緋弾のアリア~裏方にいきたい男の物語~ (蒼海空河)
しおりを挟む

一人の武偵 硝煙と高校受験

 武偵――それは武装探偵の略である。

 凶悪犯罪の増加に伴い武装した彼らは警察に準じた逮捕検を有し、武偵法の許す限り権利を行使できる犯罪捜査のスペシャリスト。

 なるほど字面だけ見れば立派なものだ。

 9mmの鉛弾が飛びかう現場はさぞ命の尊さを自分に教えてくれるだろう。平和な日本で生きる一般ピーポーな俺には関係の無いお話。

 

 だから……な?

 目の前のキザなお兄さんよ、落ちつこうぜ。人類には言語という素敵なコミュニケーション手段があるんだ。

 争いはなにも産まない。ナイチンゲールはマジリスペクトっす。

 

「だから降参するって! ほらほら、拳銃落としちゃうよ! 両手でバンザイしちゃうよ!」

「油断を誘おうという作戦は通じない。隙だらけで教官を倒す手腕を見ていたからな……アンタは間違いなく、この試験で最強の相手だ」 

「だーかーらーッ!」

 

 前世のお母さんお父さん……俺、なにか悪いことしたでしょうか?

 保育園のとき大好きな女の子のスカート覗きをやりまくったら保育士のお姉さんに怒られたせいですか。

 小学校のとき、小鳥と無邪気に戯れそうな美幼女ちゃんのパンツをダイレクトタッチしたせいですか。

 中学校のとき、修学旅行で悪ふざけで風呂場覗きやろうとして先生に朝まで正座をさせられたせいですか。

 でも高校では反省して写真部でチア部やテニス部のスコートの鉄壁ガードを追いかけただけなんですけど。

 

 そんなことを思いながら俺はいままでのことを思い出していた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中学三年の冬。

 受験シーズンだといろいろ思考にふけってしまうのは人の性だと思う。

 隣を歩いていた友人たちがバスに乗り、

 

「じゃあな、大石。またあしたー」

「ケイ、良かったら一緒の高校来いよ! お前なら一番バッターにぴったりだからな」

「あぁ、まあ考えとくわ」

 

 手を振って別れた。

 彼らはこれから塾があるからだ。俺はある理由から成績面では余裕なもんだ。

 もちろん予習復習は欠かしたことはない。天狗になれるほど頭がいいわけじゃないから。

 ただ子供は暗記力、大人は理解力に優れるという。歴史とかの暗記科目さえ気を付ければ、問題はなかった。

 少々ズルをしている気がして申し訳ない気持ちを抱きつつも家路へと向かっていた。

 寒さに身を縮込ませて考えるのは生前のこと。

 俺は前世の記憶がある。少々エッチな面は以外は至って普通の自衛隊員として生きてきた。

 まあそれはいい――わけじゃないんだけど……どう足掻いても事実は変わらない。

 死因はおそらく事故死。だけど次に目を覚ました途端赤ん坊だった。

 意味がわからない。

 

「輪廻転生かあ。熱心な仏教徒じゃないけど……でも拾った命。今度こそカメラマンになってみせる! 親父と、約束したしな……」

 

 ぱらぱらと白く冷たいボタ雪が降りしきるなか俺は拳を握る。

 戦場カメラマンだった父。だが紛争地帯で反政府組織と間違われて射殺され、送られてきたのは細かい道具以外には、父の日記とヒビの入ったカメラだけ。

 日記には俺と一緒に世界の歴史を残したいという旨が書かれていた。まあ、結局エロばかりでカメラマンにはなれなかったわけだが。

 いやあれだ。悩むくらいなら女の子のぱん……もとい素敵な風景写真を撮ろう!

 もちろん父との約束は忘れてはいないぞ。ただ俺の興味がそっち方面なだけで。芸術的な撮影はどうしてもセンスがいる。才能凡人クラスな俺じゃ厳しい。でも別の道もある。

 もう一度夢を追おうではないか。カメラマンとしての夢を。戦場カメラマンじゃなくて普通のだが。この大石啓(おおいし けい)、がんばってグラビアアイドルとかの撮影に関わっていきます。

 

「よし、受験シーズンで控えていたがちょっくらコンビニでカメラ雑誌でも買っていくか!」

 

 後に思えば、これこそ運命の岐路だったのかもしれない。

 観察眼は無駄にある俺はソレ(・・)を見過ごさないかっただろうから。

 コンビニのドアをくぐり、雑誌コーナーへと行く。そこでカメラ関係の雑誌を探している途中に気になる言葉を見つけた。

 学校、受験、高校。

 どうやら受験シーズンということもあって高校の特集をやっているようだ。

 その表紙に踊る文字は、

『君も武偵になろう! 犯人逮捕のスペシャリスト養成所――東京武偵高校特集記事』

 武偵……武偵か。って武偵ってなんだよ。武装した探偵? 平和な日本でなんでそんな危なっかしい職業あんの!?

 いやいや探偵ってあれだろ。推理とか……でもないな。もっぱら浮気調査とか本当に地味な仕事で真実はいつも一つ(キリッ!)なんて空想の産物だ。

 クヌルプとかシュプールとかいう山奥のペンションに孤立する羽目にでもならない限り、推理なんてするものじゃない。

 同じ日本じゃなかったのか?

 どうにも判らない。

 

「……うん、見なかったことにしよう。あれだ、俺、荒事苦手だし」

 

 よく判らないがこれ以上見ていると危険な気がする。

 カメラマン的第六感というか、これでも危機回避能力はあるつもりだ。

 ただ目を離せない。ペラペラと適当にめくると銃の説明を見つけてしまったからだ。

 前世は自衛隊だったんで見覚えのある銃を見るとちょっと嬉しくなってしまう。

 俺もまだガキだなぁ……。

 

「うお、シグか!? そういや射撃検定のときに撃たせてもらったんだよな……」

「ちょっとお客さん」

「ロクヨン(64式小銃)は……さすがにねえか。アレはジャムりの常習犯だしな。突撃銃っつーより狙撃ライフルって感じだし」

「お客さん!」

「おわぁ!?」

「立ち読みするにしても一時間以上してるんだけど?」

「す、すいません!」

 

 やば、どうもハッキリモノを言うタイプの人だった。つかヤクザじゃねえの!?

 強面すぎんだろ!?

 ど、どうしっかな、買おうか買うまいか……でも、これは手に取ると後に引けなくなる気が――

 

「……嫌な予感がするしやーめよ…………げぇ」

 

 やんば!? 

 折り目が盛大についちまった! ぐちゃってしちゃった!

 おそるおそる店員を見ると、

 

「買いますよね?(にこり)」

「……はい」

 

 これって脅迫罪とかならないんでしょうか……ちくしょー。

 ……だがまあ、冬休みまでそう遠くない。それが終わればもう受験目前だ。決して損にはならないだろう。

 高校生活は一生の思い出。

 体育祭でハッスルしすぎた三年が閉会の言葉を言っていた校長をひきずり降ろして校歌を斉唱したり(そのあと浜辺で酒盛りして警察に補導された)、修学旅行で生八ツ橋が変な味するなと馬鹿笑いしながら食べたり(半分食べたおみやげを渡してあとで怒られた)とか面白いこと一杯だ。

 そんな面白おかしい体験をもう一度できるのだ。これほど嬉しいことはない。

 俺は雑誌を買って家路へと向かったのだった――

 

 

 

 

 

 

 

 俺が家に帰ると出迎えるのは古い道場。戦後直ぐに建てたらしい。祖父が経営していて週三回、子供たちを相手に剣術を教えている。

 そう剣術だ。剣道ではないらしい。流派は良く知らない。

 刀とかは浪漫を感じるけど振りまわすのに興味はないからだ。

 

「け~い!! 帰ったようじゃな!!」

「ただいまじーさん」

「早速、突きと素振りを始めるぞ!」

「はいはいちょっと待ってくれって。着替えたいから」 

 

 白髪にちょび髭。なのに筋骨隆々の元気過ぎる老人――大石十衛門(おおいし じゅうえもん)は俺の祖父だ。

 内弁慶の外仏で身内にはやたら厳しい人なのだが……。

 ある時から気にいられてしまった。日本男児たるもの武道に通じべきと朝夕と稽古させられている。

 剣と、あと槍も。槍はともかく剣は突きを重視する変わったスタイルで実践的ではある。俺としてはカメラ片手に夕陽でも撮りたいのだが……。

(断っても無理やり連れ戻されるからな~。さっさと終えてるか。今日は子供たちもいるし、素振り&突き練習だけで終わるだろうし)

 真っ白な胴着に着替えようとしたとき。

 がさり。

 

「……ん? その袋はなんじゃ」

「これ? 高校の特集だよ。俺も中学三年だし、いろいろ考えたいんだ」

「ほうほうほう、そういってエロ本でも買ってきたのではないかぁ? そしたら儂がかつよ……じゃなくて没収するぞ」

「エロじじい、本音が垂れまくってんぞ!」

 

 への字にしてエロそうな目つきしやがって!

 普段は真面目な癖に――って。

 

「あれ本がねえ!?」

「……これは――」

「勝手に読むなよじーさん!」

 

 ひったくるように取り返し、祖父の顔を見ると何故か険しい表情。

 訝しみながらも、とりあえずさっさと素振りを終わらそうと自室に戻ろうとして呼びとめられた。

 

「啓」

「なんだよ」

「高校は……どこにするか決めたのかの?」

「まだだけど。あー大丈夫。あんま金銭面で負担にならないようにするからさ。近場で済ますつもりだから」

 

 両親はいない。

 どちらとも航空機の事故で亡くなってしまったからだ。正直、あのときは泣いた。

 前世でも父を早くに亡くしていたが、今生でも同じ目にあうとは思わないだろう。

 それ以来、父方の祖父の家にお世話になっている身だった。

 だから、まあ、俺なりの気遣いというか……とにかく負担は少ない方がいいってやつだ!

 俺の言葉をどう受け取ったのか祖父がとんでもないことを言い出した。

 

「……そうか。啓、今日は稽古はせんでええ。ゆっくり休みなさい」

「え、えぇぇぇ!? じーさんなんで――」

「たまにはええじゃろう。今日は子供たちの稽古も休みにする。そうじゃな……久しぶりに寿司でも行こう。知り合いにとびっきり旨いネタを仕入れる奴がおるからの」

「寿司!? いくいくっ、何時にいくの!?」

「そうじゃな――」

 

 稽古を休むなど盆や正月、あとは両親の命日以外まずない。

 だが俺は気にしていなかった。

 寿司に吊られてすっかり忘れていたのだ。

 祖父の発言の意図を。

 回らない高級寿司店で舌鼓をうっているときも「受験する高校は任せなさい。儂の方でなんとかしよう」という祖父の言を受け入れてしまった。

 元から祖父の金で通わせてもらうわけだし文句はない。

 だが何処かは教えてもらえなかった。

 

「来るべき日に教える」

 

 ただそれだけを繰り返して。

 

 

 

 

 

 

 

 二月も過ぎて俺はイラついていた。

 相手は当然祖父のこと。

 いつまで経っても願書の申し込み先を教えない祖父にしびれを切らした俺は文句を言いに自室へと押しかけた。すると、

 

「じーさんいい加減にどこの高校なんだ――」

「来たか……往くぞ!」

「――え、えぇ~!?」

 

 ぐいぐいと手を引かれ、車に放り込まれた。傍目からすれば誘拐の現場にも見えなくない。

 そして運転席に座った祖父はエンジンをかけて運転し始める。

 もうなにがなにやら判らない。

 危ないのでシートベルトを付けつつ俺は訳を話せといわんばかりに祖父を睨む。

 すると思い出話でもするかのように、いきなり語り出した。

 

「……お前が四年生のときじゃったな」

「は? なにが。それより何処向かって――」

「あのとき儂は天賦の才というものを見た」

 

 きーてねー。

 鈍感主人公ばりに全スルーしてやがるよ。耳鼻科でも紹介してやろうかおい!

 

「大体四年生っていつのことだよ。あのときは親父もお袋も生きてたし、夏休みに遊びにいったときしか……」

「お前が忘れても儂は忘れない。あのときの突きは素晴らしかった。鋼鉄の扉すら薄紙を破くがごとく……そう思わせる一撃。身も毛もよだつとはこのことじゃ。だからこそ惜しい……この才能を腐らせるのが」

「…………なにいって」

「のう啓よ。素直になって、いいんじゃぞ? たった2人しかいない家族。もっとお前はワガママになっていいんじゃ。だから儂は決めたのじゃ」

 

 なんだろう……こう事後承諾撮影がバレで女子たちに追われているときの危機感というか、今すぐにでも逃げたい気持ちになってきたんだけど。

 

「儂と……そしてお主には偉大なお先祖様がおる。純な日ノ本のサムライの血筋――今一度、この乱れた世の中で振るってみい!」

「だからなんなんだって――」

「さあ着いたぞ! 東京武偵高校! お主が諦めようとした道じゃっ!」

「おい! まさか……そんな。俺はそのつもりなんてないって!」

「はっはっはっ! そう照れかくしなんぞせんでええ。雑誌に折り目までつけて行きたいという気持ちはちゃ~んと判っておる! 学費なら全額払う準備もあるからの。ほれ必要な書類は全て入っている。じゃあの……いってこい」

 

 おい……まさかあれだけで行きたがってたと思ったのか!?

 それと親指を人さし指と中指の間にさしこむのやめろっ。意味がちげぇ!

 だが自分の中で盛り上がってしまったのかじーさんはまったく俺の言を聞き入れない。

 無理やり孫への想いを断ち切る自分みたいな感じで車ごと帰っていきやがった!

 

「くっそ訳わかんねえ! 帰ったら文句いって……が!?」

 

 いきなり頭部を襲う痛み。

 背後に誰かがいる気配がする。振り向いてみると拳を握った、やたら柄の悪そうな女性がいた。

 

「おいそこの重役出勤したクソヤロウ。おどれ受験生やな」

「え、いや、まあそういうことになるのか……?」

「だったらさっさと来いや! 時間押してんだよ! いっぺん死ぬか?」

「は、はいぃ!?」

 

 こっわ! 良く判らんけどめっちゃこっわ!

 なんか逆らっちゃいけないオーラ出てるし。

 不良って奴っすか。でもスーツ着てるし……まさか教師?

 GTOとかで教師に憧れた御仁なのだろうか。

 

蘭豹(らんぴょう)先生! 準備できました」

「わあった。オラこい受験生ぇ! 一般中(ぱんちゅー)だからって容赦しねぇぞ気合入れてけや!」

「う、うっす!」

「なんだちったぁ声だせんか。良しならさっさと銃を選べ。銃の選び方も試験の一部だからな」

「じゅ、銃!? それって銃刀法違反って奴じゃ……」

「お前ちゃんと受験内容調べたのかおい。実技試験は銃を使用するって書いてただろうが! 武偵は法律で銃器の使用が許可されてんだよ。無論、非殺傷の弾丸だし殺人はダメだがな。そこらは入ってから決めろ」

 

 俺……一体どこの世界にいるのでしょうか……? ここアメリカかなにか? なんで周囲の人もなに当たり前のこといってんだって顔なの?

 くそ、どの道この怖いやーさん風の試験官? っぽい人から逃げたら指詰めとかされそうでやだし、やるしかないのか。

 でも銃って。

 ズラリとならぶ銃、銃、銃の山。

 全て拳銃なことから9mm弾限定なのかなと思いつつ、見ると見覚えのある拳銃があった。

 

「シグ……これなら大丈夫……か?」

 

 触れたその拳銃はひやりと無機質な感触を返してきた。

 『SIG SAUER P220』――日本では9mm拳銃の名称で親しまれている自衛隊の制式拳銃でもある。

 片手に収まる気持ち小さめの日本人向けの作られた拳銃。自衛隊御用達とあって映画やアニメにもさりげに登場していることが多い。

 スライド式で装弾数は9発、か。モノによって多少ばらつきがあるらしけど。

 これなら扱えそうだ。

 安全対策もちゃんとされているし。まあ、変な扱いをしてハンマー周りに衝撃を与えると暴発するらしいけど……そこは先生方がきっとなんとかしてくれるはず。

 マガジンの抜かれた銃を見て扱いを予習する。

 蘭豹先生はなぜか無言で見ていてやりにくいけどさ。

 

「ほお……(一般校のくせに随分手慣れてるやないか。マニアか? まあどーでもええか)

「あのなにか問題でも……?」

「いんや。……さあて良し全員拳銃は持ったな。一般中学出身の貴様らには動かない的を狙ってもらう。その後で適正を見て試験内容を決めるから、さっさ行けや! 武偵憲章第五条『行動に疾くあれ。先手必勝を旨とすべし』――既に試験は始まっているんやからな!」

 

 わ、わ、わ。

 全員走って行ってるし。やる気まんまんだなぁ。

 

「おどれ――」

「はい走ります!」

 

 やばいやばい、睨まれてるし急がないと。でも逆に適当にやれば落ちるのかな。

 東京武偵高校――どうも全体的に火薬臭い。

 射撃訓練をしたときも似たような感じだ。俺はどうやって落ちればいいか考えつつ他の受験者の後についていったのだった。

 

 

 

「では撃て」

「っていきなりかよ!?」

「撃ち方は既に教えたやろが。それにちゃーんと教師が見張ってる」

 

 的――人型のシルエットがぶら下げられている。刑事ドラマでよくあるあの的だ。

 だが違和感を覚える。

 どうも装飾が少ないというか。

 

「点数表示がない……?」

 

 そうだ、的なのに何処に当てればいいか判らないんだよ。

 あれ、中央を狙えばいいのだろうか。

 不幸なことに俺の担当はあのふりょ、もとい蘭豹先生だった。

 振り向いても、

 

「それも含めて試験や」

「ですよねー」

 

 仕方ない。どうせ俺のような奴は落ちるだろうし、適当に中央を狙おう。

 鼓膜を破らないために耳当てを付ける。右手は引き金を、左手は支えるように。

 軽く肘を曲げて――

 

 パンッパンッパンッ!

 

「…………」

 

 他の受験者も同様に、装弾数限界まで撃ち尽くす。

 同時に撃っているのでマシンガンでも乱射しているかのように炸薬の音が響きわたる。

 耳当て越しでも衝撃を感じ、なにがなんだか分からなくなっていく。

 気付いたときにはかちっかちっと弾もないのに引き金を引いていた。

 

「もう一度撃てや」

「え? はあ、判りました」

 

 まずったのかなと思い的を見てみる。

 肩と腕のギリギリの部分に穴2発。

 あちゃあ……外れまくりだなぁ。いや逆に考えろ。これなら落ちるに違いない!

 ポジティブポジティブ。

 再度マガジンを装填し直す。

 新たな的が、今度は俺を撃って見やがれ! と言わんばかりで出てきた。

 人質にナイフを突き付けているじゃないか。右手にナイフを持ち、左半身は人質っぽい的で隠れている。

 いや重要なのはそこじゃない。

 

 小さい。犯人の上半身程度の身長しかない。しかもリボンを付けてる!

 あれか、幼女を人質にとった凶悪犯だな。おのれ卑怯な……ッ!

 

「……これは当てちゃいけないな」

 

 ちょっと気合を入れ直し撃つべし、撃つべし!

 引き金を引き、腕、肩と衝撃が伝わる。

 カランカランと弾丸が的に向かい、残った薬莢が地面に金属音を鳴らして落ちていく。

 

 パン、カラン、パン、カラン……。

 

 どうせならパン、ツー、パン、ツーならやる気10割増しなのに。…………はい、変態です、すいませんでした。

 結果は、はい2発でした。

 当たんねぇ……。また肩と腕に一発ずつ。

 おじちゃん(助けるの)遅いよぉ、と言われてるようで……。

 すまない、俺はダメだったよ……仕方ない、仕方ないんだ。落ちるためにはむしろいいんだ!

 それを見ていた試験官の蘭豹先生は黙ってサラサラとファイルに書いていた。

 そして全員が撃ち終わった後で筆記試験だという。

 普通逆じゃないか?

 まあテストなら余裕で落ちることはできる。

 俺は怒られないよう皆のあとをついて行こうとしたが、それは叶わなかった。

 肩を掴まれ動きを止められた。

 

「……え」

「おどれぁ、こっちこい」

「ちょ、ちょー!?」

 

 まさか適当に撃っていたのがバレた!?

 体育館裏でちょっとシバいたろとかそういうのですか!?

 ごめんなさい不合格でいいんで痛いのとかはちょっと……。

 内心戦々恐々としながら連れて行かれた先は、別の生徒たちが集う場所だった。

 どうも廃ビルを想定した場所みたいだけど……。

 

「ここで別の試験を受けとけ」

「あの……なんでですか?」 

「成績が成績だからなぁ……筆記ではお前の実力は測れん。実技だけで判断することにしたわ」

 

 あれっすか。

 余りにも悪過ぎだから頭もダメだろう、と。そんな理由だろうか。

 下手に逆らっても脳みそ撃ち抜かれそうだし。

 俺は黙って頷くと「ちょいと待っとけ」と言われて彼女はどっかに行ってしまった。

 残りは受験生らしい人ばかり、なのだが。

 

「ふんふんふん! 体調は万全だな!」

「……拳銃のメンテは終わり、あとは……ぶつぶつ」

「……(ぎろ!)」

「ひっ……」

 

 皆さん殺気だっておられませんか!?

 ずっとスクワットをやっている筋肉だるまさん、片手で人の頭を潰しそう。

 銃をバラしている人はその道のスペシャリストの雰囲気を醸し出している。

 ピリピリしている御仁は俺を睨んでくるし。

 

 待てよ……殺気だつ、俺、成績最低、劣等生。

 そうか。そういうことか。

 ここにいる人たちは受験ピンチ組なんだ!

 つまりラスチャンに賭ける者の溜まり場、というわけだ。そりゃピリピリするわな。

 なら俺見たいなやる気なし男はお呼びじゃない。

 邪魔しないよう隅っこにいこう。

 それに優男というか、うんぶっちゃけ彼女いそうなイケメンさんが御一人いる。

 黙っていても息が詰まりそうだ。

 ちょっとだけ、話してもいいかな?

 手持ち無沙汰な俺は声をかけることにした。

 

「よ、ようアンタも受験者だよな」

「ああそうだよ。そっちはどこの武偵中?」

 

 うおっ、今、歯をキラっとさせたぞ!

 なにこと痛そうなイケメンさんは。でもまだとっつきやすそうなだけいいのだろうか。

 

「ぶ、武偵中? いや一般、かな。アキバちゅー」

「そうか、一般出身か。それは大変だな」

「ああ、ホントホント。あ、大石啓いうんだ、よろしくな」

「俺は遠山金次(とおやま きんじ)。まあ、よろしくな」

 

 握手をする。

 イケメンは爆発しろと言いたいが、ここまで突き抜けていると逆に清々しいな。

 俺は試験官が来るまでに間、適当に話しをしていたのだった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

試験ー1

「蘭豹先生!」

「んだよ?」

「どうもこうもありません! 何故、一般中学出身の生徒を対テロ試験に捻じ込んだんですか!? あれは武偵中出身の者じゃなければダメでしょう!!」

 

 禿頭の先生が蘭豹に詰め寄る。

 問題というのは生徒の一人――大石啓という少年を危険な実技試験に参加させるというものだ。

 武偵中の生徒は総じて銃器の扱いやテロなどの事件に対処法を知っている。

 なのに蘭豹は試験官という立場を利用し、かの生徒は筆記でなく実技で実力を測るべし、と現場判断を下したのだ。

 万が一のことがあってはならない。少なくとも武偵高に所属していない時点では。

 そのことを詰問する禿頭だが彼女の表情は変わらない。

 めんごくせーな、と吐き捨てるように呟くと説明をし始める。

 

「九発中四発」

「はい?」

「重役出勤の、大石啓の最初の成績や」

「その成績で決めたと? 初めてなら上々でしょうが、命中率80%を超える受験生もいました。彼を理由に沿える意味が判りませんっ」

 

 懐からジッポライターを取り出し、口にくわえた煙草に火を付ける。

 肺の中の煙をゆっくり吐き出しながら蘭豹は言う。

 

「肩と腕。犯人制圧に欠かせない二点を正確無比の精度で撃ち抜いたんや。まあ腕は狙わんてもいいんだが……。もう一度やらせたら九発――全弾を二点に交互で打ちぬく神業を見せた。この意味くらいおどれだって判るだろ」

「それは……」

 

 蘭豹の意図が判り言葉に窮する相手。

 射撃はセンスだ。どんなに努力しても秀才は天才になりえない――否。努力では到底達しえない基準が他の技能より格段に低いのだ。

 ダメな奴はいつまで経ってもダメ。

 逆に神より授かった才能を持つ奴は、初めてでも容易に目標を撃ち抜ける。やり方さえわかれば。

 大石啓という少年は、交互に正確に……たった二点、二十五m先の数センチの穴を狙い撃ちできる才能を見せたのだ。

 慣れない銃で修正したのか、撃ちはじめこそブレてはいたが、それでも二発ずつ計四発を当てた。まったく同じ場所に。

 針の穴を通す、とはまさにこのことだ。

 並の才能ではできない。

 蘭豹はその底知れない才能を認め、だからこそ他の実力者が集う試験に放り込んだ。

 身体も鍛えている。

 射撃もでき、さらに肩と腕だけを狙う非殺傷の精神も持つ。

 武偵としての心構えは上々。

 

「文句なら試験後に聞いてやる。だが他の奴らが度肝を抜く結果を引っさげるだろうやけどな」

「…………判りました。ですが事故があってはいけない。彼には私が付いておきますがよろしいですね?」

「勝手にすりゃいい。ついでに防弾制服、煙幕&閃光弾、マガジン二つ届けてやってくれや。アタシはモニター室で監督だからな」

「ええ」

 

 教諭と別れ、専用のモニター室へと向かう蘭豹。

 歩いて数分、目的の部屋へ入る。

 全員、教務科(マスターズ)――ようは教師陣が集まっていた。

 この試験は強襲科(アサルト)。犯人逮捕では最前線で戦う武偵高でも一、二を争う危険なものだ。

 今回は敷地内の対テロ用として練習に使っているビル四つを丸々使用した大規模な試験だった。これは試験監督である蘭豹のゴリ押しで決まったもの。スパルタな彼女流の試験ついでに武偵の実力も鍛えてしまおうという理由だ。

 ただ弊害として教諭の手が足りなくなってしまった。

 そのためある条件付きで他の教師の手を借りていたのだった

 室内を見回す。すると本来いるべき人間が一人いないことに気づく。

 

「おい、チャンはどこいった鼠ィ」

「チ? チャンちゃんは忙しいからねずちゃんに任せたーって」

「あんのヤツ。フケたか」

 

 答えたのは諜報科の教諭の一人、大逃鉄鼠(だいとうてっさ)

 お団子頭と小学生にしか見えない合法ロリっぷりが特徴。だが、アメリカのペンタゴンにさえ鼻歌まじりに侵入できるといわれる現役Sランク武偵だ。

 彼女はいつもの朗らかな笑顔でチャンがいないと言った。

 チャン・ウー……諜報科の教諭兼徒友(アミカ)制度の副監督。いつも姿を見せず声だけしか聞こえないのだが、今回は本当にいないらしい。仕方ない。

 蘭豹は画面で映る一人の少年について聞いた。

 

「おい鼠、モニター下のふらふらしてる受験生をどう思う?」

「ちー、あーあの隙だらけの子? 蘭ちゃんが推薦したんだっけ」

「……今度その名で呼んだら生皮剥いで死なす!」

「ちぎゃあ!?」

 

 ゲンコツをかまそうとした蘭豹の手をすり抜け、部屋の隅に逃走する鼠。

 こういうときの逃げ足は見事なものだった。

 ふるふる震えながら、気を逸らすために「あ、あの子のことだけど」と言う。

 

「み、ミジンコにしか思えない」

「……ほう」

 

 彼女は生来の怖がりだ。逆にだからこそ侵入など諜報任務において無類の実力を発揮できる。

 その鉄鼠独特の評価が相手を大きさで表現すること。

 鼠を基準に、相手の気配を大小を言い表す。

 つまりミジンコとは、

 

「まったく、これっぽっちも、ちり芥ですら劣る力なの。だから、どうして蘭ちゃ……蘭豹せんせが推薦したか全然判らないの」

 

 蘭ちゃ、でぎろりと睨まれながらも、彼女の評価はお世辞にも良いものではなかった。

 いや、最低最悪のものといっていい。

 びくびくしながら上目使いをする彼女に蘭豹も頷く。

 

「なるほど。アタシも同感や」

「へ?」

「ゴミでへタレでクズにしか思えねえ。ちょっとハジキがうまいだけ。他の奴には大袈裟に言ったが、ぶっちゃけ素人やろな」

「じゃ、じゃあなんで……」

「勘」

「勘って……」

「お前も良く知ってるやろうが、窮鼠(きゅうそ)猫をかむってよぉ。死にかければ案外化けるかもと思ってなわけや」

「ちぃ……なんか一部、気になる単語があるけど、まあいいや。もう始まるし」

「お手並み拝見ってやつやな」

 

 平面な画面に大石啓が映る。

 きょろきょろと挙動不審な彼は今動きだそうとしていた。

 

 

 

 ×  ×  ×  ×

 

 

 

 うすぐらい灰色の空間。

 もう逃げていいですか。帰ってネットの写真画像とか眺めたいんだけど。

 

「とまあ、愚痴ってもしょーがないのは判るけどさあ……ゴム弾使ってサバイバルごっことか、なあ」

 

 俺が渡されたのは、マガジン二つと煙幕弾&閃光弾。そして赤茶色の少し派手目な服――防弾制服とかいうらしい。

 制服と防弾ってちょっと訳が判らないんですけどね……弾丸が直撃したら普通に死ぬんじゃないの?

 俺が来ていた学校の制服より厚めだけど、さ。それでも薄い。

 防弾チョッキって着たことあるけど重い。十キログラムはある。走ったら一キロともたず汗だくだくになるくらいの代物だ。

 それでも弾をまともに喰らえば骨折しかねない。それをこのペラペラな制服で防げるのか?

 無理っす。ぜってー撃たれたくねえ。

 もしかしたら、武偵高ならではの超技術とかあるのかもしれんが、それでも戦いたくない。

 

「あー、どーすりゃいっかな…………ひっ!」

 

 パンパンとどこかで銃声が聞こえた。

 破裂音がする。おそらく試験とやらが始まっているからだろう。

 正直逃げたい。だがあのマフィアすら裸足で逃げそうな先生にシバかれそうでいやだし、曲がりなりにもじーさんが申し込んだ高校だ。

(でも……無理だ……人なんて撃ちたくない。だって当たりどころが悪ければ死ぬだろ?)

 俺をがんじがらめにしばり付けるのは前世の記憶だった。

 レーザールール……それは自衛隊で教官からいやってほど叩きこまれた規則だ。

 銃口からレーザーが出ていると思え。だから必要じゃないときは決して銃口を人に向けてはならない。

 根本的にダメなのだ。俺は。的は撃てても人など撃てるわけがない。

 

 うじうじ悩んでいた俺は腰にぶら下げた手榴弾型の閃光弾をこつこつ叩きながら、フロア内をうろうろする。

 幸い室内は廃墟ビルを想定しているせいか、ドラム缶やら壊れた机やらゴミが散乱している。

 しかも日当たりが悪く部屋の隅は、局地的に陽が沈んだように暗い。

 角っこで隠れながらしばらく時間を過ごした。

 十分か……一時間か……ときは過ぎる。

 そして決断した。

(帰ろう。ビル内で戦うならそっと一階から外に出てしまえばいい。じーさんには悪いけど、たとえゴム弾でも人に銃を向けるなんて御免だ。失格なら失格にしろ)

 やけ糞だった。

 とはいえ誰かにあってバン! は回避したい。

 そろそろと猫も気づかぬスピードで暗がりから遮蔽物を利用しつつ、動きだす。

 こういうときはむしろ何気ない動作で歩くのがいい。

 じーさんの稽古から逃げているときに役だったやりかただ。

 慣れない動作はむしろコケたり、物音を発しやすい。人間一番慣れている動作こそ理想の歩法。

 さりげに激写するために鍛えた俺なりの生きる糧さ! ……なんか言ってて空しくなってきた。早く帰ろう……。

 ドンッ。

 また上の甲斐から破裂音がした。近い。

 まるで死神が俺を急かしているようだ。

 角を曲がりもうすぐ階下へ――というところで足もとに転がっていた石を蹴飛ばしてしまった。

 そして目の前には。

 

「――な、背後にいるだと!?」

「あ」

 

 どーもこんにちわとばかりにお互い目を合わせる。すべての時が止まった。

 動いたのはおっさんだ。

 腰のホルスターから拳銃を取りだし、こちらに銃口を合わせようとする。

 つか至近距離で撃つ気!? やめてくれ死んじまう!

 

「いっきなりっ! 銃向けんなや!」

「この……離せ!」

「銃口向けんなって親に教えられなかったんかよっ」

 

 無意識に銃口から逃れようとして上にカチあげた。相手が俺を撃とうとしたのか天井に向けて銃弾が発射される。

 もう嫌だ、なんでこんな事態になってんのさ! もう負けでいいから…………ってあ、降参すりゃいいじゃん!

 そう思い、力を緩めると当然相手が俺に覆いかぶさる恰好となった。

 俺は負けです、と言おうとしたのだが、ゴンッと鈍い音がした。

 驚愕の表情で俺を見るおっさん。

 え、どうしたの!?

 

「ガァッ!? ……ま……これ、ねら……って……――――!?」

「え、おいおいどうしたんだよ! ……石?」

 

 バラバラと降ってきた石の破片。

 なんだよこれ。

 上を見ると天井の一部がごっそりと欠けていた。

 えーーーつまりあれですか。古いビルの天井に銃弾を撃ち込まれたせいでおっこちた、と。

 天井のコンクリが相手の後頭部にドガン、って?

 

「お、お~いおっさん生きてるか。息はしてるけど。……もしかしなくてもやばいよな。結構デカイ石だったし」

 

 ちらりと見る。

 白目を向いたむさいおっさん。享年、推定40歳。

 冷たく、嫌な汗が背筋を撫でるように流れる。

 

「やばい……脳の大事なところって後頭部に集中してるじゃねえか!? おい起きてくれっ、頼むから!」

 

 頭を揺らさんよう、胸を揺らす。どうしようと思っていると。

 

「動くな! そのまま手を上げろ!」

「だぁぁぁぁ! なんでこうなるんだよ!」

 

 今度は筋肉ムキムキの……つか俺が最初きたときスクワットしてた野郎じゃねえか。

 丁度いい!

 

「おいアンタちょっとこっち来てくれ! このおっさん後頭部に石直撃しちまったんだよ!」

「そんなことより武器を捨てて投降しろ!」 

「そんなことだと? おい、このサッカーボールクラスのコンクリが頭にぶつかったんだぞ!? 最悪、記憶障害とか起こるかもしれねえ。でも俺じゃどうしていいかわかんないんだよ。お前武偵目指してんだろ! 怪我人の介抱とサバイバルごっこどっちが大事なんだよくそったれ!」

「なッ!? ……ぐ」

 

 どうしていいか判らない俺は怒鳴り声をあげる。

 口をつむぐ筋肉だるま。

 必死の訴えが功を奏したのか、拳銃を降ろして近づいてきた。

 

「……わかった。とりあえず一時休戦だ」

「ああ、助かる。情けない話だが応急処置の仕方もよう判らんから」

「一般校出身だってな。そりゃ付属の俺らと違ってしかたねえさ」 

 

 なんだ……すげえイイ奴じゃん。

 筋肉だるまっていうと馬鹿ってイメージがあるんだけど勝手にそう思っててすまん……。

 俺は横にどけようと立ち上がろうとしたのだが、そのとき変なひっかかりを覚えた。

 ピンッ!

 

「え?」

「は?」

 

 ドドンッ!

 音に遅れてくるのは真っ白な煙と閃光。

 耳をつんざく大轟音。

 

「ぐわッ!? 目がァァァァァァ!!」

「耳が……ぐわんって!」 

 

 もしかしなくても腰のピンひっこ抜いちまった!?

 上を向いてたおかげで閃光はあまり目に入らんかったけど……耳……みみがァッ! 鼓膜破れるかとッ。

 まじすんません!

 と、とりあえず立たないとあれだよな。

 

「くっそまじ厄日だ……ん、なんだこれ?」

 

 足先にぶつかる物体。

 硬く重いようでそのままにするとやばいと思い、拾い上げる。たぶん拳銃だろうな。床に置いたままじゃ危険だ。返そう。

 煙幕も晴れてきたし。

 俺はさっきの男の前に行こうとして、

 コツン。

 

「あ……?」

「え……?」

 

 

 拳銃持って歩きだそうと手を振った。

 なにかにぶつかる。

 相手の眉間にゼロ距離で銃口をあて見下ろす俺。

 人の気配を察し、上を見上げて事態を把握していく筋肉さん。

 おもむろに両手をあげて、

 

「こ、降参だ。まいった……」

「いや、俺」

「いい、何も言うな。お前は正しいし、卑怯じゃない。一般校出身なら手札が少なくて当然なんだ。どんな手だって駆使しなくちゃいけないだろう。俺が、甘かった。……テロじゃ民間人を装った犯人だっている。こんなんじゃまだまだだな……」

 

 やだこのイケメンかっこいい…………じゃねーよ! 俺の話を……。

 

「だか――」

「慰めはいらない。恥の上塗りだ。ほれ使ってない煙幕と閃光弾やるよ」

 

 だめだ俺の話を聞く気がねぇ!

 野暮なことは言いっこなしだぜ、みたいに暑苦しい見た目と反して爽やか過ぎるお兄さんだ。

 これ偶然でしたって言ったら傷つく、よな?

 言わぬが花なのかな……。

 

「……じゃあそこのおっさんに介抱頼んでいい? 俺、ちょっくらひとっ走りしてせんせー見つけてくっから」

「あん? その設定はもういいって…………いや武偵はそれぞれ自分のスタイルがあるし、俺がいうことじゃないか。頑張れよ新人」

「あ、ああ……」

 

 もうどうにでもなれや。

 俺は貰った煙幕&閃光弾を受け取りつつ、階下へと向かった。

 だが途中でなにかが反射する光が見えた。

 なにげなしにそっちを見る。

 

「……ま、いっか」

 

 手に持ったリボルバータイプの拳銃をひらひらさせて降りる。あ、拳銃もパクッちまった……。

 

「………………」

 

 

 

 

 

 夕陽が廃ビルの窓から差し込む。

 茜色の屋内で俺は息をひそめながら歩く。おっさんは筋肉さんがいるし大丈夫だろうけど、安全圏に行きたい気持ちは変わらない。

 あれから三十分。

 随分静かになったもんだ。

 今は四階。もうすぐだ。

 くそ、ドクドク心臓が鳴っていやがる。

 こういう息が詰まるタイプのものはホント好きになれねえ。

 ジョットコースターならまだいいのに。

 

「もう誰にも会いませんように……」

 

 ぼそっと呟く。マジでお願いしたい。

 でもこういうことを言うとお約束のように、

 

「ちょっとお兄さんいいかしら?」

「あーへいへいそっすよねー、そうなりますよねー」

 

 まーた捕まった。今度は前髪ぱっつんの黒髪ロングさん。背が低いけど本当に高校生?

 でも幼い体躯に対して、冷たい表情がすごくお似合いだ。

 結論――とっても強そうです。しかもSっ気ありそう。こういうパターンのお約束として。

 現実逃避したい。

 後ろを振り向く。誰もいない。

 向き直す。

 

「なにかしら?」

 

 無論敵さんがいる。このビル、すぐに降りれないようにか階段が両端にある。

 つまりフロアの西、東、西、東ってなってるからめんどくさい。

 その途中に敵がいる以上、スルーできない。

 拳を握る。ぐっぱーしながら考える。

 うん、降参しま――

 

「勘違いしないで欲しいのだけど私、失格してますから」

「え、あ、ああーなんだ! んじゃなんてここに?」

「降りてる途中なのですけど、よろしかったらエスコートしてくださらない? あ、拳銃も既に盗られてるので」

 

 ちらっと流し眼でこちらを見る少女。風でスカートが気持ち浮き上がる。

 10mは開いているのにふわりとバラの甘い香りがした。

 

「そういうことならお任せあれ!」

「あら嬉しい。じゃあお願いしますねナイトさん♪」

 

 男って単純。うるせいこちとらストレスがマッハでやばいんだよ。

 あのふあっふあなスカートの内部に惹かれるのは間違いじゃない! うん。

 罠っぽい気がしないでもないけど、どーせ負けていいし。

 相手が手を差し出す。え、手を繋ごうって?

 是非是非やらせていただきます!

 カツン。

 

「……おっとっと」

 

 足もとの出っ張りに引っかかったようだ。

 中腰になる。

 

「あら、大丈夫ですか?」

「へーきへー――」

 

 バババンッ!

 

「――き?」

「か、はぁ……そん……」

 

 がくりと倒れる女生徒。

 薄い、もとい胸部装甲が軽めの胸から落ちるのは三つの弾。撃たれた?

 だがそれより重要なのは、

 

「……パン――ッ!」

 

 仰向けで倒れた少女。俺がすべきは銃弾の主に撃たれないよう逃げること。

 だが動けない! 動けない!

 

「は、はぁ……はぁ……!」

 

 なぜならそこにパンツがあるから。こう見えそうなんだよ!

 真っ白な肌と黒のハイストが生み出す芸術線。まさにこの世の楽園。見ないなんてとんでもない。

 すぐさま介抱せねば!

 

 ――――ってはっ!?

 いやいやいや、ダメだダメだ。いくらパンツァーニストの俺でもそれはイカン。これは自分から求めるものではない。

 風で揺れる刹那の一瞬こそこのスカートの奥の宝は光輝くのだ。下から覗いたらただの変態! 

 犯罪行為を犯そうとする愚か者には、ただの布切れになってしまう。

 

 ……く……恐ろしや。理性が飛びそうだった。まるでそう、毒だ。するすると内側から俺を犯そうとした媚毒。だがしかし俺は耐えたぜ! もう二度とこんなことはしないと誓おう。

 

「俺に毒は効かん……二度目はない……ッ!」

 

 だから黒パンティ(推定)さん今度は風におなしゃす!

 俺が女生徒を見てると足音が聞こえてきた。

 顔を上げてそちらを見る。

 

「お前は……キンジか」

「さっきぶりだな。はは……」

「なにがおかしい」

「だって敵同士なのに協力し合うってのがな。それに女生徒は基本傷つけないのが主義だから気絶だけさせるって案外難しいもんだ。毒なんて危ないものを使う子だ。助けるためなら仕方ない」

「……判らん」

 

 さっぱり判らん。

 協力? 毒?

 武偵さんってどうしてこう一般人に判らない言葉で話したかるのかね。

 でもいいや。どーでも。

 相手は爽やかに笑っているが目は全然笑ってない。

 構えてこそいないが銃を片手にこちらをどうしようか考えているのだろう。

 だがそーはいかない。もう終わりだ。

 俺はスッと手をあげ、

 

「降参だ、こーさん」

「その手は喰わない。兎のように振舞い、隠した獅子の牙で喰らう。一般であることを逆手にとった見事な策士だった」

 

 おーい! 犯人が両手あげてるのにダメなんすか!

 

「だから降参するって! ほらほら、拳銃落としちゃうよ! 両手でバンザイしちゃうよ!」

「油断を誘おうという作戦は通じない。隙だらけで教官を倒す手腕を見ていたからな……アンタは間違いなく、この試験で最強の相手だ」 

「だーかーらーッ!」

 

 なんでこう俺の行動を裏目になるの。ど、どうすりゃいい。痛いのはごめんだ。

 右手を握りしめる。と硬い感触が。

 思いつく。そう拳銃を捨てればいいじゃん。

 思い立ったが即行動。

 俺は数m先に銃を投げ捨てた。

 怪訝そうなキンジ。銃を構えつつ、俺の意図を探ろうとした。

 だが拳銃がコンクリートの上に落ちた瞬間、

 バンッ!

 一筋の弾丸の飛翔しキンジの額へと。

 

「な――くぅ!? ……まさかそうくるとはな」

「…………」

 

 絶句。いろんな意味で絶句した。

 暴発。

 リボルバーの撃鉄を上げっぱなしだった……。落ちた瞬間運悪く撃鉄が落ちて発射。それがキンジの眉間に偶然直撃しかけた、と。

 

 キンジが人間の限界を超えてるんじゃないかという反射神経で銃弾を避けたのが凄すぎる。

 なにが嬉しいのかはっはっは、と笑いながら眉間を抑えていた。

 

「引き金を引かず、投げた拳銃の暴発で死角から撃つ、しかも正確に眉間を狙って、か。兄さんの不可視の銃撃(インヴィジビレ)と同系統の技術だな。さしずめ無意識の銃弾(アンコンビレ)。ますます油断ならない」

「あーうん、もーどーでもいいや……」

 

 たらりと血を流しているのに凄い笑顔だ。まるで好敵手にあえた、とばかりに。

 言葉じゃ通じあえない、よなぁ。なんかもうどこぞの戦闘民族っぽいし。

 盛り上がっているのかキンジはさあやろうじゃないか、とばかりに臨戦態勢に移っている。

 俺も一つの決意を胸にシグを構えた。

 

「やる気になったか。そうこなくちゃな!」

「ああ……やる気になったよ。手段は一つしかない」

「そう、やることは一つすなわち――」

「逃げることだばっきゃろーーーー!!!!」

「たたかい……ってそう来るか!?」

「まともにやってられるかってんだ!」

 

 へタレと言いたければ言えばいい!

 三十六計逃げるにしかず。

 こうなったら全速力で一階まで駆け降りるんだ。最初からこうすりゃよかったんだ。

 階段を三段抜かしで降りていく。

 キンジは俺のこの行動も予測していたのか、すぐ背後から追っている気配がする。もう男のケツなんて追うじゃねえよ!

 キンジの銃弾であろう――時折ピュンピュンと背後でいやな発射音がするが気にしない。気にしないっったら気にしねえ。

 俺は前だけを見て走るんだ!

 勢いよく降りたせいか、煙幕と閃光弾を落としてしまった。

 ピンごとだから爆発しない。よかった、もう一度破裂したらのたうちまわること確実だった。

 

 そして、三階にところでガランゴロンガランゴロンと鐘の音が響く。

 

「鐘の音……?」

「よーしガキどもー! 試験終了や!」

「お、終わったのか……は、ははは……はぁ~~~~~」

 

 いつからいたのか蘭豹先生が手を叩いてやってきた。

 肩の力が抜ける。

 まじで……本当に……疲れた。

 

「おい大石、貸し出した装備一式を返せや」

「あーはいどうぞ」

 

 シグを渡すとなにやらいじっている。そして更に笑みを深めて高笑い。……何したいの?

 

「ほう、そう来たか……クックックッ。んだよ、しけた面しやがって。入学したらたっぷり絞ってやるからな覚えとけ!」

「え、は、はあ……」

 

 インパラを見つけたハイエナみたいな顔の蘭豹先生。怖いっす。

 あと俺は逃げてばっかだったから落ちるんじゃないかと。

 

「とりあえず早期入寮の準備は終わっている。今日からここがお前の学校や」

「は……いぃ? そうきにゅうりょうってなんですか?」

「なんだ聞いてないのか? お前の祖父って名乗るじじいが、合格したらすぐ武偵高校に入れて欲しいって申請書類に入ってってのや。武偵は特殊な職業だ。高校入学までの一ヵ月弱。武偵付属中三年分の内容をみっっっっっっちり叩きこんでやるから覚悟しなっ!」

「い、いやでも不合格じゃ意味ないんじゃ……」

 

 最後の希望にすがり、そう聞いてみると口角を広げる先生。

 

「安心しろ、武偵は結果が全てだ。試験の裁定では、BいやAはかたい。……もしかしたらSランク武偵の誕生かもしれんな」

「つ、つまり……?」

「合格や」

「…………うっそぉ」

 

 

 良く判らないまま東京武偵高校に受かってしまった。

 しかも後日送られた書類にはSランク相当の文字。

 武偵のランクは低い順にE、D、C、B、A、S……そして世界で数人しかいない(ロイヤル)

 上から二番目のランク。

 野球ならいきなり一軍スタメンみたいなもんなのだろうか。逃げたい。けど合格した以上やめるにやめられなかった。もう流されるしか俺に残された選択肢はなかった。 

 

 とりあえず死亡率がトップとかいう強襲科に入らされそうになり、全力拒否。

 なんか鼠とかいうチビ可愛い先生に助けられ、諜報科へ入ることになった。

 もう、ホント、どうしてなんだろうね。

 

「うわぁぁぁ……死にそう………………あ、あの無表情&ヘッドホンさん可愛い。風でも吹かんかな?」

 

 武偵高校ってレベルの高い子が多いようだ。少しだけ救われた。

 なんか現金だなと思いつつ俺は東京武偵高校諜報科へと入ることになるのだった――

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

試験ー2

ちょいオリ設定も込みです。


 武偵とは常に危険と隣りあわせの職業だ。

 小さくは猫探しから、大きくは国際指名手配の犯人を単身で追うことさえある。

 平和のため、日夜研鑽(けんさん)を積み、犯人逮捕に全力を尽くす。

 日本の平和もまた彼らの働きによるところが大きい。

 だからこそ評判は落としたくない。武偵は危険で学生でも命を落とすことはザラにある。でもそれは犯罪者とのやり取りならであって、安全なはずの試験で不幸な事故は極力避けたい。

 近藤教諭はその考えから大石啓という一般中学出身者の監視を申し出たのだった。

 本来なら優秀な成績を収めた、付属の武偵中出身者の能力の詳細を調べるために付くそれは安全というためについていたにすぎない。

 そして彼が見た大石という少年の評価は、

(凡庸……そして不用意だ。なぜ蘭豹先生は彼を推したかのか。理解に苦しむ)

 身長は175cmほどで中肉中背。一重の瞼は眠たそうに見える。

 室内をフラフラと歩く黒髪の少年はあまりにも隙だらけ。

 武偵という職業を目指す者として見ても才能の欠片もなかった。

 集中力に欠き、伏兵がいるかもしれない室内で隠れもしない。武器はホルスターに納めたままで挙句の果てに、手榴弾を手でいじる始末。

 ときおり響く轟音。

 武偵ならお馴染の戦いだ。しかし怯えた表情でやっと暗がりへと隠れた彼を見て、近藤は人知れず息を吐く。無論、その意味はあきれしかない。

 時間の無駄、と感じた。ビル内の各所には監視カメラが付いている。

 このような有様ならきっと蘭豹含め他の同僚たちも失格にするだろう。

 近藤はのんきに他の受験者が来ないかと思いながら監視の目を外した。それがどんな結果を生むかも知らずに。

 

 近藤は決して無能な武偵ではない。コツコツと実績を積み、経験に裏打ちされた堅実で隙の少ない戦い方。玄人好みの武偵である。

 Aランク武偵は伊達じゃない。その経験が彼を狂わせた。周囲の警戒を怠っていないはずの虚を突かれた。

 コツンと小石を蹴る音。

 振りかえるとそこに居たのは――無表情で立つ大石だった。

 

「――な、背後にいるだと!?(コイツはフロアの隅っこで隠れていたのではないのか!?)」

「あ」

 

 驚愕。狐に化かされたような、とは正にこのことだ。

 脳内で目まぐるしく情報が錯綜し、強引に解を導きだしていく。

 

 背後に男――大石啓だ。

 なぜここに。怯えていたのではないか――待て本当にそうなのか?

 大石啓はあの蘭豹が試験に捻じ込んできた――つまりなにかしら稀有な実力があった。

 しかし隙だらけだった――もしそれが釣りであったなら? 敵に目をごまかす陽動であったなら?

 つまり、

(弱者を装い、私の裏をかいたのか!? このAランク武偵である私の慢心を狙って……)

 全ては手の平の上だったのだ。

 

 

 

 だがこのまま終わるわけにはいかない。

 近藤は半ば無意識のうちに拳銃を抜き、構えようとする。

 当然、相手も反撃する。

 

「いっきなりっ! 銃向けんなや!」

「この……離せ!」

「銃口向けんなって親に教えられなかったんかよっ」

 

 お互い銃を掴みあっての乱戦模様。

 銃口に指を掛けた状態での押しあいで天井に向けて三発撃ってしまう。

 だが近藤は内心でにやりとした。

(私の油断を誘い、背後まで来たのは合格だ。しかし小石を蹴ってしまったのは不運だったな。このまま力づくで制圧させて貰うぞっ!)

 本来なら教諭を襲う受験生などいない。だがこの試験――途中から彼らの参戦も予定されていた。

 勘かそれとも別の考えからか、大石啓が教諭陣も敵であると判断したところまではいい。

 しかしこれまでだ――そう思いながら強引で抑えつけようとした近藤は第二の失策を犯す。

 不意に彼の力が弱まった。

 覆いかぶさる格好の近藤。

 彼は見た。少年の口元が孤を描くのを。目の錯覚かは判らない。

 だがこの窮地で緊張感が抜けた表情は――まるで勝利者の余裕と感じられた。

 その意図はすぐ判明する。

 ガンッッ!!

 後頭部を襲う衝撃。重たいコンクリートが床に音を立てて落ちる。

 背後にも敵がいたのか?

 踏んばろうとしたが、脳を激しく揺さぶられ意識を保てない。

 

「……ま……これ、ねら……って……――――!?」

「え、おいおいどうしたんだよ! ……石?」

 

 黒いカーテンが視界を覆っていく。

 最後に彼が見たのは自分を見下ろす少年の顔。

 敵を倒した高揚感がまったくない。

(……武偵の心構え……か。犯人にも……慈悲の念を、持つとはな…………)

 ……ただただ悲しそうな顔がとても印象的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 大石啓が近藤教諭を撃破した。

 そのときフロアには四人いた。

 一人は筋肉質な男。彼は漁夫の利を狙い、静かに啓へと足を運ぶ。結果は惨敗。

 自分の足もとに煙幕と閃光弾を使う豪快な作戦で敵を倒す。

 その様子を静かに見ていた遠山キンジは分析をしていた。

 注目すべきは敵の背後へ回った手腕。

 

「散歩道を歩くようなごく自然な動作。一般人と思って侮ると致命的だね……これは難敵だ。だが――」

 

 思考。彼の頭では人智を遥かに超えた速度で啓への対処法を導きだす。その時間、わずか0・5秒。

 

「彼我の距離約五〇m。敵を倒した直後の一撃。不用意に近づかない方がいいね」

 

 近づけば乱戦に持ちこまれる。ならば離れた距離から狙撃すればいい。

 心臓の鼓動は普段と変わらない。捕食者と化した彼に負けの未来は一切ない。

 東の風一m。湿度四〇%。五〇mの短距離なら外す道理はない。

 位置的にキンジは上の階。啓は下の階に近い場所にいた。

 薄闇の中、周囲の気配だけは気を付けつつキンジは機会(チャンス)が訪れるのを待つ。

 だが敵が来ることはないだろう。上の階の敵は全て倒したのだから。教諭も含め。

 

 キンジは天才だ。結果だけを鑑みれば。だがそこには秘密があった。

 HSS――ヒステリア・サヴァン・シンドローム。

 性的興奮をトリガーに思考力・判断力・反射神経などが通常の30倍になる奥の手ともいうべき能力。

 遠山金四郎の祖先である遠山キンジ。一族の者達は発動条件は違えどみな、HSSという稀有な才能で世の中の平和を護ってきた。

 ただキンジはこの能力が好きではない。むしろ嫌いだ。口調がキザったらしくなったり、女性のお願いは断れないという欠点で損な目にもあってきたからだ。

 今回も偶然再会した幼馴染のせいでHSSを発動してしまい、その状態で試験にのぞんだ。結果は上記の通り。

 どこかで頭を抱えたい気持ちを抱きつつ、HSSモードの彼はまったく気にしない。

 酒で気分が高揚しているときは恥ずかしいことができても、シラフになったらのたうち回ってしまうのと一緒。今はそのときではない。

 

「……動いたな」

 

 啓はやり取りを終え、階下へ向かおうとしていた。

 キンジは柱の横においてあった、穴のあいたドラム缶から静かに敵を狙う。

 彼からはまったく見えない絶好の位置。

 仕留められる!――引き金を引く正にその瞬間。

(こっちを見た!? 偶然? いや、適当に見て真っすぐこちらを見るわけない)

 確かに目があった。

 しかも拳銃を持った手をひらひらとさせて撃てるものなら撃ってみろ――そう言わんばかりの所業。

 余裕の表情。お前の企みなどお見通しなんだよ、と言わんばかり。

 啓を見たキンジは挑発とは別の意図があると考えた。

 

 ――やるなら来いよ。決着をつけようぜ?――

 

 笑う。大胆不敵な相手にキンジは心の中で盛大に笑った。

 面白い。

 

「やってやろうじゃないか」

 

 キンジは物影から出て彼のあとを追う。

 失格者の真横を過ぎる。

 助言なのか一言、

 

「強いぞ」

「上等だ」

 

 それだけのやり取り。彼も同じ中学出身か。

 そんなことを思いながら階下へと降りていく。

 

 出会いがしらの一撃だけは避けたい。

 念のため階段近くの柱で立ち止まったキンジ。

 話し声が聞こえてくる。

 遠くて詳細は判らないが女性のようだ。

(まいったね。レディーは傷付けたくないのだけど?)

 またちらりとキンジの方へ顔を向ける啓。

 何かの合図かと注視すると手をぐっぱーさせている。

 その意味のするところは、

(一般だと思っていたが、武偵用の手信号まで使えるとはな。『毒』…………なるほど。違反者か)

 一瞬、女生徒の周囲にキラキラ光る粒子を見つけた。毒粉をまいているのだろう。

 強烈なものじゃないのか啓は堪えている。

 試験は公平を期すために、道具の持ち込みは制限されている。まして毒は屋内で使うと大惨事になりかねない。

 HSSのキンジは見抜けたものの、試験官やモニター越しではまず判らないほど微細なもの。

 バレたら停学――最悪退学もあり得る違反。

 言葉に語らずとも判る。

 内密に処理しようと協力を申し出ているのだ。

(オーケー。おいたが過ぎるレディーには少々寝てもらおう)

 正確に狙いを定める。彼が偶然転びそうになったところに三発撃ちこむ。

 痣にならないよう細心の注意を払いながら。

 もう隠れる必要もない。

 キンジは姿を現す。

 

「お前は……キンジか」

「さっきぶりだな。はは……」

「なにがおかしい」

「だって敵同士なのに協力し合うってのがな。それに女生徒は基本傷つけないのが主義だから気絶だけさせるって案外難しいもんだ。毒なんて危ないものを使う子だ。助けるためなら仕方ない」

「……判らん」

 

 相変わらずの隙だらけ。

 だがキンジにはそれがポーズだと判っていた。

 

「降参だ、こーさん」

「ふ……その手は喰わないよ。兎のように振舞い、隠した獅子の牙で喰らう。一般であることを逆手にとった見事な策士だ」

「だから降参するって! ほらほら、拳銃落としちゃうよ! 両手でバンザイしちゃうよ!」

「油断を誘おうという作戦は通じない。隙だらけで教官を倒す手腕を見ていたからな……アンタは間違いなく、この試験で最強の相手だ」 

「だーかーらーッ!」

 

 どこかおかしい。なぜそこまでして降参をアピールするのか? 

 投げた拳銃が床を叩く瞬間に判った。

 バンッ!

 

「な――くぅ!? ……まさかそうくるとな」

「…………」

 

 下からすくいあげるような弾丸。

 たまたま拳銃に目をやったからこそ避けられた。

 銃口がこちらを向き、トリガーが衝撃で落ちる瞬間を見ていなけらば、いまごろ仰向けに天井を眺めていたことだろう。 

(投げた銃の暴発をここまでコントロールするなんて……やはりアンタは最高だ!)

 卑怯と罵る人もいるだろう。

 だが奇想天外な攻撃方法にキンジは賞賛を送る。

 HSSの彼でも読めない攻撃など兄の金一以外見たことなかったからだ。

 

「引き金を引かず、投げた拳銃の暴発で死角から撃つ、しかも正確に眉間を狙って、か。兄さんの不可視の銃撃(インヴィジビレ)と同系統の技術だな。さしずめ無意識の銃弾(アンコンビレ)。ますます油断ならない」

「やる気になったか。そうこなくちゃな!」

「ああ……やる気になったよ。手段は一つしかない」

 

 互いに銃を構えた。

 最終決戦。

 試験時間まで残り少ない。この一撃が全てを決める。

 

「そう、やることは一つすなわち――」

「逃げることだばっきゃろーーーー!!!!」

「たたかい……ってそう来るか!?」

「まともにやってられるかってんだ!」

 

 まさかの逃走。

 想定していなかったとはいえ、虚を突かれたのもまた事実。

 コンマ数秒の間、キンジは完全な無防備を晒す失態すら犯した。

 

「ここまで意表を突かれたのも初めてだ! だが逃がさないぞ!」

 

 即座に背後から撃つも狙いがそれる。

 階段を降りて、姿を消した彼を追うも、

 

 ガランゴロンガランゴロン!

 

「これは……終了の合図か。まさかこんな形で終わるとは……」

 

 拍子抜けだ。できれば啓とは正面から戦いたかった。

 心のどこかで失望の念があった。

 視界の先には啓と試験官である蘭豹の姿。

 彼は借りていた拳銃と装備一式を返納し、階下へと降りていく。一度も、振り返らなかった。

 冷たい奴だ……そう思いながら歩きだすキンジに蘭豹が声をかける。

 

「オイ、そこの奴、足もとに気を付けろ」

「なるほど……」

 

 階段のすぐ脇。僅かなくぼみに挟まっていいたのは二つの球体。

 

「煙幕、閃光弾……罠に嵌めようとしていたのか。だがこれで引っかかる俺じゃない」

「フン、それだけじゃない。この銃も見てみぃ」

 

 なにがおかしいのか蘭豹はくっくと笑いをこぼす。おかしくて堪らないといった風だ。

 受け取ったのはシグP-220。

 そしてキンジは気付く。

 

「安全装置が掛かったまま……しかも軽い、ということは」

「くっくっくっ面白いやろ? マガジンはカラ。アイツはこの銃をまったく使っていない。敵から奪ったリボルバーの一回だけ。これがどういう意味を示すか……判るやろ」

「武偵憲章第七条――悲観論で備え、楽観論で行動せよ。ほぼ丸腰という状態で試験に挑み己の限界を試したということですか……」

一般中学(パンチュー)出身のアイツが憲章を知っていたか知らんがなぁ。だが少ない手札で三年間武偵の訓練を積んだ相手を圧倒したのは事実。そして相手に拳銃を使わんかった。そうお前を除いてな」

「……どうやらアイツを誤解していたようだ。ストイックなまでの武偵を目指す。憧れで目指す俺とはまた別。なるほど……」

「憧れだろうが、ストイックだろうが、結果を残せなきゃ良い武偵にゃなれん。せいぜい頑張るこった」

「はい」

 

 蘭豹はそういいながら上の階へと登っていった。生徒たちの回収に向かったのだろう。

 あれほどの成績をあげれば合格は間違いない。

 キンジは東京武偵高校での生活に心躍るものを感じていたのだった――

 

 

 

 

 

 

 都内某所。

 ある一室では二人の少女が寛いでいた。

 片方はゆるい天然パーマに長い金髪をツーサイドアップ。身長は140cmを超えたばかりの幼い少女。人懐っこい笑顔に身長と反比例した巨乳は男性の視線をくぎ付けにするだろう。

 もう片方は表情に乏しい黒髪の少女。日本人形をそのまま等身大にした女の子は芸術的な美しさを放っていた。だがどこか危うい……魔性の魅力を兼ね備えた容姿はまるでバラのように美しく、鋭かった。

 金髪の少女がぶーぶーと文句を垂れていた。

 

「ちょいと夾竹桃ー。どーしてインターンの話を蹴ったの? あのままでも合格確実だったじゃん。リコがいっしょーけんめい根回ししたってのにさー」

「悪いわね。でも、高校一年だけは絶対むり。あの男がいるから」

「それにしたって納得いーかーなーい~っ! ジャンヌを含めたアタシらで一番きっついのはリコりんなんだよ? 」

 

 ある極秘作戦のため、彼女たちは密かに武偵高校への潜入を図っていた。

 元々、東京武偵高校中等部に行く予定だったが、同人誌の手伝いを餌にリコがお願いしていたのだ。

 とある難敵を相手にするリコ。夾竹桃も協力するのはやぶさかではなかったのだが……急遽やめたのだ。

 納得のいかないリコに夾竹桃が説明する。

 

「大石啓……あれはダメ、ヤバイわ。例えるならそう、彼岸花。小さく踏みつぶせそうでその実、真っ赤な血に染まった毒花よ」

「あれー? 毒使いのきょうちゃんが毒に例えるなんてめっずらし~。…………もしかしてーフラグ立っちゃった? バッキバキに立っちゃったの?」

 

 夾竹桃はありとあらゆる毒に精通する。むしろ自分の知らない毒などあってはならないというほど。

 その執念は一族を滅ぼしてでも欲すほど。

 毒に生涯を捧げるような彼女が自分を地に伏せさせた相手を毒に例えるのだ。そうそうあることではない。

 にんまりと、だがどこか笑ってない目でリコが夾竹桃に言うが、彼女の表情は朱に染まることはなかった。

 むしろ青い。

 彼女は自分の様子をリコに気付かれないように窓際へ向かう。同僚に怯えた表情を見せたくない。ちいさいプライドからだ。

 窓の側から東京の夜景を眺める。大小様々な光がついては消える。

 かがやく灯りで気付かないが大都会、東京の闇は深い。底知れない。

 無造作に黒髪を払うがまとわりつくのはあの言葉。夾竹桃は撃たれてもしばらく意識を保っていた。

 だからこそ薄めで見てしまった。大石啓の瞳を。

 

『俺に毒は効かん……二度目はない……ッ』

 

 心の奥底まで貫く視線。

 

「どーしたのー?」

「……いえ、ただ恐怖というものを初めて知った、気がするわ」

「なーにそれ?」

「さあ、自分で言ってて判らないわ。ただ全身を叩きつける殺気とは別種の、毒のように身体の芯から絡み付いて離さない恐怖は、もう味わいたくないものね」

「――へえ」

 

 ダメ、ダメ、ダメ。思い出してはいけない。

 だが逃げれば逃げるほど追いかけてくるのはあの男の目。

 嫌悪感。生理的に嫌。

 大石啓の視線は生物として許容できない。

 バケツ一杯のゴキブリを鷲掴みした方がまだマシと言えるほどであった。

 

「リコはわっかんないけどさー。なんだったら同人のネタにしちゃえば? そいつがねっちょぐっちょに犯されるやつ。少しは気が晴れるかも」

「同人……そうね。ちょっと書いてみようかしら」

 

 夾竹桃は同人誌を書くのが趣味の一つだ。内容は百合たまに薔薇。

 レズかホモという二極端な嗜好だが好きなのだから仕方が無い。

 だが直ぐに彼女は筆を置いた。

 リコが怪訝そうに見るが、

 

「思い出すのも嫌なのに書けるわけないじゃない! むしろ絶対お断り。お金積まれてもダメねっ。紙とペンが穢れる!」

「そこまでなんだ~?」

「あのねっちょりした視線が生理的に嫌。むしろなんで息してるのかしら……ぶるぶる」

「むーこれは想像以上にダメっぽいねー。同族嫌悪って奴?」

「アレと同族にしないで! ……でも、そうね、他人の力を借りて私を倒したりする手腕は同じなのかしら……?」

「くふ♪ 仕方ないねー。ここは一つ、このリコ大先生が助太刀いたすぞー!」

 

 任せろとばかりに胸を叩く。

 ポヨンと弾む豊満な胸に若干、夾竹桃は目を細める。

 見なかったことにして「何するの?」と聞くと、ケラケラと笑いながら、

 

「……春だし、交通安全を呼び掛けるくらいなんだから、不幸な事故にあっちゃうのも仕方ないと思わないかなー?」

 

 天使の笑顔で悪魔な発言。一人の少女が少年へと襲いかかることになる。

 その結末がどうなるのかは誰も知らない。

 

 

 

 




夾竹桃がこんなとこいねえよ! とかリコじゃねえのかよ、とかはご勘弁を……。
他のSS見るとリコ試験登場が割と多いかなと思ったのでして。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

武偵高校の入学式

 春。古来日本より愛され続けてきた桜の花びらが舞う季節。

 空は記念すべき日を祝福するかのように晴天に恵まれた。

 俺は武偵高校の男子寮で、鼻歌交じりで準備をしていた。

 

「ふふふ~んふーふーふ~んふふふ~んふーふーふ~んー……っと。よし装備完了」

 

 ゴムスタン弾をマガジンに入れて拳銃に装着。

 腰のホルスターに拳銃を差しこむ。

 拳銃持つなんて銃刀法はどうなってるのと最初思ったが、校則で決まっているらしい。

 治外法権だよな、ほんと。刀剣も装備しなくちゃいけないとかね。

 

 合格してから二ヶ月弱。学生時代の華とも言える高校入学。

 その最大の山場で難所であろう受験さえ切りぬければ、あとは卒業のみ…………のはずなのだが。

 俺だけはその前にもう一つと試練、いや地獄を突破しなければならなかった。

 

 グランド百周、腹筋背筋腕立てスクワット百回×三セット、室内射撃場で速射、片手、レフトハンド射撃等々――初日にあの不良教師から言い渡された内容だ。

 休みは中学の卒業式と昨日の一日だけって、労働基準法的ななにかに引っかかんないすかね? もう過ぎたことだからいいけどさ。

 おかげで無意識に拳銃を持っていく習慣さえ生まれたんだから泣けてくる。

 ピンポ~ン!

 呼び鈴が鳴る。たぶんご近所さんだろう。

 俺は鞄をひっつかみ玄関の方へと小走りで向かう。

 ドアを開けると黒髪に目はキレ長なイケメンさん。

 

「よっ、おはようケイ」

「おっすキンジ。わり、装備に手間取ったわ」

 

 遠山キンジ――試験の最後で戦った(逃走が正しい気もするが)アイツが隣だった。

 入寮したときにバッタリ出会ったときは誰か判らなかった。

 雰囲気がまったく違う。山猫と家猫レベルぐらいだ。

 「良く似た双子さんがいたりする?」って真面目に聞いてしまったからな。

 そうしたら慌てて「あのときは気分が高揚してておかしくなってたんだ!!」とか必死に弁解してた。

 良く判らないが、トリガーハッピーな人なのかもしれない。

 バイクに乗ると人が変わる白バイ隊員さんもいるし突っ込まないでおこう。あれはフィクションだが。

 兎にも角にも、同年代で試験前に話した仲。中学から武偵を志しているから細かいことも色々知っているし、自然と話すようになっていた。

 

 合流したあとはのんびり登校だ。

 男子寮を出て高校を目指す。本来はバスに乗れば楽だが、折角の入学初日。

 キンジの提案で少し早目に出ようということになった。

 歩いていると俺の背中にひときわ異彩を放つブツがある。

 キンジが指さしながら言う。

 

「やっぱり気になるんだが……十手(じって)、だよなそれ」

「祖父に相談したら勝手に送ってきたんだよ。母の形見っつって」

 

 ああ……とそこでキンジが言葉を濁す。

 キンジも親は他界しており、肉親は兄一人らしい。話題にしていいか迷ったようだ。

 お互い様だから気にすんなと言うと言葉を続けてきた。

 

「……母親が武偵だったんだっけ?」

「Dランク武偵だとさ。初めて知ったからマジで驚いたっつーの。しかも知ってたとばかり思ってたとさ」

「ああ……でもあるかもな。俺の兄さんなんかは秘密保護に該当するものじゃなきゃ割とぺらぺらしゃべるけど」

「マイペースな人だったからなぁ。仲間内じゃ昼行燈(ひるあんどん)ってあだ名から『昼子ちゃん』って言われてたらしいし」

 

 そう俺の母、大石杏子は武偵だったらしい。Dランクらしいので腕はまあ普通レベルだったのだろう。

 そのとき使っていたのが十手。

 長さ五〇cm幅一・五cmの特注デカ十手。カーボンナノファイバーだかなにか知らんが、凄まじく硬い。

 でも丁度いいっちゃ丁度良かった。

 ナイフで切った張ったは苦手だし、十手なら道場で練習した突きも問題なく行える。

 武偵なんて……って思ってたが、母さんがやってたらな少しは頑張ろうかなと思えるようになった。

 ……できればカメラマンになりたい気持ちは当然あるけどな。

 

 余談だがシグも母親のお古だったりする。

 試験で使ったシグP-220ではなく、その先代のシグP-210-6という旧式銃。

 旧式といって侮ることなかれ。

 数々の名銃を生み出してきたスイス謹製の一品。鍛錬に研かれたボディは妖しい光を放つブルー・フィニッシュが施され、スマートなグリップは使いやすさも抜群。

 一点物の高性能拳銃で当時ではかなりの命中精度を誇っていたらしい。

 装弾数8+1の9mm弾使用。シングルアクション。トリガーは軽くなめらかでそれでいて滑らない。コルトガバメントのシングルトリガーですらその域に達していないという人もいる。

 味のある木製グリップが非常に美しい。

 その分、お値段が高過ぎたらしく、当時1500ドル。現在は生産中止もあって4000ドルはくだらない激レア拳銃だと。

 絶対壊すなよお前、壊したらファンにハチの巣にされるかもな――――byキンジ。

 

 等々銃マニアなのかなと思いつつ、実家から送られたときに延々と説明されました。

 拳銃や弾薬も基本的に自分で用意しなくてはいけない。諭吉さんが羽を生やして飛んでいく。

 節約のためにもこの拳銃はありがたく使わせてもらっている。

 ただし、シングルアクションは一度スライドを引いて撃鉄を上げないと撃てないので急な事態に対応しずらい。お金が溜まったらP-220も買おうと思ってる。諭吉が小隊を編成できるぐらいになったら。

 

 周囲に制服を着た素敵な女子たちが見え始めた頃。

 遅刻時間にはまだ早いのにダダダダダッ!! とダッシュで近づく足音が聞こえた。

 なんとなく後ろを振りむくと、目に映るのは白と赤のコントラスト。

 

「んなっ、巫女服!? いつからここは参道になったんだ!? そして胸でけぇっ!!」

 

 黒のロングヘアーを白リボンで結び、巫女服に身を包んだ純和風の美少女が登場。

 ゆっさゆっさとけしからん暴れん坊を身体に飼っていらっしゃる。

 俺に限らず周囲の男子の目線を釘づけだ。

 そんな彼女は何故かこちらへ一直線へ突進している。

 

「キンちゃーーーーーーーーんっっっ!! 白雪もご一緒させてくださーーーーーーーーい!!」

「げっ……し、白雪……」

「お前知り合いなのか?」

「ま、まあ……」 

 

 歯切れの悪いキンジ。

 すぐに逃げたいけど逃げれないという風にそわそわしていた。

 よく判らないが一言言っておこう――グッジョブ! 便乗して知り合いになっちまえ! 女っ気のない今までの人生サヨウナラ。ようこそバラ色夢色の学生生活。友達の友達は友達だよな?

 胸を抑えながら目の前で止まる美少女様。絹のようになめらかな黒髪が顔を撫でる。

 キンジに誰? と目線で訴えかける。

 

「あ~~星伽白雪(ほとぎ しらゆき)。幼馴染みたいなもん」

「あ……すみません、勝手に盛り上がっちゃって。キンちゃんばかり見てたから……。星伽白雪です。星伽神社の武装巫女(ぶそうみこ)やってます」

 

 ぶ、武装巫女!? 最近の巫女さんは(ぬさ)(木の棒に白い四角い紙が付けられた道具)じゃなくてポン刀を引っさげるのが通なのか?

 いやっ、そこはいいじゃないか! 可愛いは正義! 良い男はさらっと受けとめるべきだ!

 両手を重ねてゆっくりお辞儀をする姿は素人目に見ても洗練されてて美しい。礼儀作法を知っていなければできない所作はまさに大和撫子。

 太陽が雲を遮っても艶のある黒髪がまた独特の雰囲気を出している。

 どう見ても美少女ですありがとうございました。

 

「ど、どもです。大石啓っていいます」

 

 自分でも情けないなと思いつつ、どもり気味に返事をする。

 下手なアイドルより貴重な日本美人だ。黒髪ロングなんて現代日本じゃ絶滅保護指定人物だぞ。

 緊張しない方がおかしい。

 そんな俺の対応にも、にこっと白百合の花が咲くように返す星伽さん。

 

「大石さんですか。これから三年間よろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしくっす!」

「ところで」

「はい?」

「……キンちゃんとは、どういった関係なのかな……?」

 

 …………雲行きが怪しくなってきたぞ。

 なんか例えようのないプレッシャーが……気のせい、だよな?

 

「キンジとは受験のときに知り合って。な?」

「お、おう。入試のときに話してな……」

「そうそう」

「……じゃあ、ナニカトクベツなカンケイじゃない――ってこと? 」

「特別ってなんだよ。友達だから普通じゃないのか?」

 

 質問の意味が判らず、首を傾げていると、星伽さんからの謎プレッシャーがふしゅ~と消えていった。

 ただその後は「キンちゃんの隣を歩くなんてとんでもない!」と言いだし、キンジの三歩後ろを歩いていた。どこの妻だ。

 

「そうなんだ……よかった。…………キンちゃんが私をおいて二人っきりで行くなんてなにかあると思ったけど勘違いよねそうよね私が一番キンちゃんに近いんだしぶつぶつぶつぶつ――」

「な、なんか呟いてるんだけど」

「あ~~白雪って昔からああなることが多いんだよ。だからちょっとなぁ」

 

 するとキンジが「ここだけの話な」と前置きをして耳打ちする。

 

「こいつ、俺が他の女の子と仲良くしていると拗ねたり怒ったりするんだよ」

 

 ここまで来るとさすがの俺も判る。思えば最初から俺ってそこらの背景扱いされてた気がする……。

 

「お前……どうしてか判る?」

「判らないからめんどくさいんだよ。たまに男にもいちゃもんつけるし、意味判んねぇ」

「……あ、そっすか。まあ、頑張れ……」

「あ? ああ……」

 

 はい終了~~~! どう見ても幼馴染が好きな女の子と鈍感な主人公の図ですふざけんなっ!!

 誰か……助けてください! リア充を爆発させる方法ってなにかないか?

 

 今もとぼけた表情のキンジ。

 さりげに星伽さんを見ると、頬をリンゴのように染めてチラチラとキンジを見ては顔を伏せていた。どう見ても恋する乙女だった。いじらしすぎる。

 入学式の前からこんなラブコメシーンを見せられて恋人居ない歴、前世含め四十年余り。心が荒むのは仕方ないことだろう。

 ピリピリしてると自覚しながらも武偵高校を目指す。キンジは俺の変化気付いたのか静かに歩いている。

 ……ごめんよ若者。でもお兄さん器狭いからダメなんだよ。ちょっとだけ心の中で泣かせてくれ。

 周りを歩く新入生らしき人達が俺を見て道を空けていく。でも気にしない。今だけはそっとしてくれ……。

 

 後ろから風が吹く。さりげに星伽さんの呟きが聞こえてきた。

 

「……これから、毎日お弁当作って……お早うもして……そしてそして、キンちゃん様と私は月夜の晩に身体を重ねて…………きゃっ! ダメだよ! お淑やかにしないと嫌われちゃう。で、でも朝のちゅーくらいなら……」

 

 死体蹴りとか鬼ですか星伽さぁん!!

 心で号泣しながら俺+カップルもどきたちは歩くのだった。

 

 

 

 東京武偵高校。

 レインボーブリッジ南方に浮かぶ人工浮島。南北約二km&東西五百mというとんでもない場所にある。ていうか日本はいつこの場所に浮島を作った。もう別世界だよな、ここ。来た以上どうしようもないのだけどさ。

 高校が目前の状態で俺は考えた。

 星伽さんは仕方ない。誰だって知り合いの一人や二人いるし、彼女は純粋にキンジを想っているのだ。俺がどうこう考えてもしょーがない。

 だからこそ前を向こう。

 武偵を目指しているからか、女の子たちは総じて健康的で活力に溢れている。これでも観察眼には自信があるからな! 

 不摂生という言葉など彼女らの辞書にはないのだろう。

 俺は事情に詳しいであろうキンジに聞くことにした。ただその前に、

 

「なあキンジ。悪いなぴりぴりしちまって。どうしても抑えれなかったんだ」

「……別に仕方ないさ。それでどうしたんだ?」

 

 大人げないことをしていたのにあっさり流してくれるキンジ。こういうイケメン力が星伽さんのような子の心を捕らえるのかもしれない。参考にしよう。

 俺は本題に入ることにした。

 

「東京武偵高校ってどの程度のレベルかと思ってさ。周囲の奴もなかなか高かったけど、先輩は判らないからな。キンジは多少知ってるんだろ?」

「なるほど、途中から気配が鋭くなってたのはそのためか……。東京武偵高校はレベル高いからな」

「おっ、やっぱり? くっくっくっ、楽しくなってきたな!」

「お前は楽しめるのかよ……」

 

 うるさいリア充。楽しまなくちゃ損だろうが。

 女の子のレベルが高いのはいいことだ。

 やっぱり高校恋愛は憧れだろ!

 甘酸っぱい青春の日々。楽しまなくちゃな!

 

 校門が見えてきた。

 嬉しいのだろう、皆笑顔で武偵高校の門をくぐっている。これから新しい舞台の幕開け。心が沸き立つのは当然だろう。

 一人の少女が俺たちを抜きさり走っていく。

 一瞬だが金髪のゆるふわ巨乳さんだ!

 はらりと舞うスカート。まさかの僥倖に内心で歓喜する。

 なんか黒いぞ! エロティックだな! っても思ってみたら黒光りした拳銃でした。

 ……うん、武偵高だもんね。スカートの中に拳銃仕込む子もいるよねそりゃ。

 

 若干テンションが下がりつつ、俺たちも校門を通り過ぎると、

 

「ようこそ武偵高校へ!」

「来たか新入生っ、強襲科はいつでも死ねるから楽しみにしておけよ!」

「新入生の皆さんは体育館にお集まりくださ~~~い!」

「あ、そこ子たち困ったら装備科へ来てね。重火器のメンテから魔改造まで受けてるから! これ値段表」

「黒魔術研究会にこないかね諸君。我ら闇魔法結社の真髄をお見せしようではないか、はーはっはっは!」

「俺たちのチームはいつでも才能のある人材を求めている! Aランク武偵のいるから安心だぞ!」

 

 凄い熱気だった。

 両サイドに先輩であろう方々が熱心に勧誘をしている。一部おかしいのもあったが。

 ただ俺たちがやってくると一瞬静かになった。

 え、どうしたの?

 賑やかなのには変わらないけど、微妙に注目されているような……。

 

「……おい、あれか?」

「ああ写真と同じだ。キレ長のスラっとした男に、背中に十手を装備した眠たそうな男」

「Sランク認定された奴らか。教官まで倒したらしいな……」

「教官ってAやSランクの化け物ぞろいなのに……」

 

 い、居心地が悪い。

 噂してるようだけど何を言っているかよく聞こえない。

 俺は気を紛らわすためにキンジに話しかけた。

 

「し、しっかしアレだな! やっぱりレベル高いな。こりゃ腕が鳴るってもんだよな!」

「……さっきから思ってたんだが、もしかして上勝ち狙いか? 一年の差は想像以上にきついぞ」

 

 上勝ち……? ……上……上って年上のことか? ……ああ、つまり年上狙いかっていいたいのか。先輩のハートを射止めることができるかっていいたいんだろう。たまにキンジは変な言葉を使うから一瞬判らなかったぞ。

 まあ先に卒業しちゃうから、学生時代の一年ってけっこうでかいもんな。

 でも大丈夫だろう。

 

「一年の差なんて気にしたってしょーがないだろ? むしろ障害がある方が燃えるってもんだ。いまから学生生活が楽しみで仕方ないぜ俺は」

 

 ザワッ。

 気持ち大きめの声でいっちゃったけど、まあいいだろ。

 いつでも恋人募集してますんで!

 キンジは何故かあんぐり口を開けたあと、苦笑していた。

 

「こりゃ新学期早々、いろいろ大変なことになりそうだな」

「よう判らんけど……ま、なるようになるだろ?」

「はは、違いない」

「キンちゃーん、あと大石さん、そろそろ時間だってー!」

「ああ、じゃあ行きますか!

「おう」

 

 ようやく自分の世界から脱せたらしい星伽さんに施されながら体育館へといく。

 キンジは白雪さんに手を引かれて、連れられて行った

 突き刺さるような視線が浴びせられていたが、きっとリア充のキンジのせいだろうなきっと。

 

 晴れやかな天気。鼻につく火薬のにおい。硝煙やら弾丸が飛び交うとんでもない三年間が始まる――

 

 

 

 




※補足
※修正→シングルアクションでもオートマティックは撃ちきるまではスライドしなくてもいいそうです

拳銃のシングルアクションとダブルアクション……平たくもの凄く適当にいうと、引き金を引いたとき弾がでるかでないかの違い。シングルは撃鉄を起こす、スライドを引くなどの動作を行わないとトリガーを引いても弾が出ない。安全装置の一つみたいなもの。種類にもよるがスライドを引けば撃ち切るまで撃てるらしい。

 ダブルアクションは引き金を引くと勝手に撃鉄を起こして弾を撃てる。詳細はもっと細かいけど、銃マニアじゃない作者ではここまでが限界でした。

コルトガバメント……アリアの愛銃でもあったりする。シングルアクション。ただアリアの拳銃は改造で三点バーストやらしてあるのでバンバン連射する。ただこの拳銃で連射機構をつけるのは現実的には無理らしいです。アニメ凄い。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

好きなアニメはなんですか?

 梅雨が鬱陶(うっとう)しい六月の中旬。

 初夏の訪れは遠いけれど、都会特有の粘りつく湿気が不快指数をはねあげる。

 少し動くだけでじとりと汗をかくものだが、俺は別の意味で汗をかいていた。

 場所は屋上。吹きつける風は弱く、前髪を揺らす程度だ。

 先週、TVでは化粧の濃いアナウンサーが梅雨入りを発表していたが、珍しく梅雨の中休み。空は晴れていた。

 そして俺の前にいるのは一人の女子。

 赤みがかった髪が特徴的で、普段は元気な彼女は、しおらしく目を伏せて俺に言ってきた。

 

「入学式のときからアタシね…………大石君のこと、ずっと見てたの……。最初は遠くからだったけど、ちょっとでも近づきたくて」

「…………」

 

 ごくりと生唾を飲む。

 俺の心中など知らずに彼女は言葉を続ける。

 

「勇気を出してね、いいたいな……って。だから……言うね大石君。私……私……」

 

 びゅうっと風が吹く。

 彼女のショートカットが揺れる。

 そして――

 

「今度の麻薬捜査で強襲逮捕するからフロントやって!!」

諜報科(レザド)の俺がなんで強襲科(アサルト)の真似事せにゃならんのですかね!!」

 

 リアル犯罪者相手に強襲(デート)をしてくださいとお願いされる。

 色気のいの字すらない!

 念のため確認するが強襲科は強襲逮捕――ようは突撃兵よろしく、突っ込んで犯人逮捕しましょうねって仕事。

 諜報科は犯罪組織に対する諜報、工作、破壊活動を主に学ぶ。まあ後ろでこそこそしましょうねってタイプだ。決して正面に立つお仕事じゃない。

 少なくともフロントって最前線だろーが!

 二年のお姉さまにそこら辺を突っ込むと、

 

「えー、だって諜報科兼強襲科みたいなもんじゃん」

「入試の試験は変に高いランクになっちゃいましたけど、諜報科のCランクっすよ。麻薬捜査ってガチやばい類の任務じゃないですか!」

 

 武偵高校の俺たちは学生だが、依頼に応じて任務を請け負うシステムがある。単位にもなっているので確かにやらないと不味い。

 進級できない可能性がグンとあがる。授業だけでは落第の可能性があるのだ。

 でも、でもだ。

 個人のランクに応じた依頼を行うのが普通。

 そしてCランクはせいぜい連続ひったくり犯を捕まえろとか、万引きの多いデパートの覆面捜査員とかまだ拳銃でドンパチやらないレベル。

 麻薬捜査なんてヤバイのは最低B、国際指名手配犯が噛んでたらAやSなんて当たり前。

 武偵の中には犯罪者間で“賞金首”にされている人もいるそうだ。危険度の高い任務ほど、日常生活にも影響を及ぼしかねない。

 この前なんて大阪に連れてかれたら軍用ヘリがあったんだぞ! 迷路みたいな港の倉庫街を彷徨って、偶然見つけたときは硬直した。しかも銃撃戦が始まってゾロゾロ黒服サングラスがやってくるし!

 機械類は多少強いので適当にコード引っこ抜いて逃げたら、後で先輩方に褒められる意味不な展開になったし。

 ……うん、俺がやれるわけない。

 

「ランクなんて飾りです。偉い人にはそれが判らんのです」

「ランク重要、めっちゃ重要! 飾りじゃねっす」

「大丈夫、私たちはBランクだから受領できるし。君はなんちゃってCランクじゃん。Sランクレベルなんだしー、今だって十件連続達成中じゃん? いける、いけるよ君! 自分のカラを打ち破るんだ!」

「カラ破る前にハチの巣にされそっすよ!」

「仕方ないな~」

 

 必死に説明するが先輩はとうとう伝家の宝刀を出して来た。

 ワザとらしく、右手を動かすと自分の胸に手を突っ込む。

 胸の谷間(推定Dカップ)からスッと紙切れを取り出す。

 俺は胸ガン見です。悪いか? ホモじゃなければ絶対目がいくだろっ。

 

「私達のチーム全員のメ・ル・ア・ド♪」

「さあ行きましょう先輩。不届き者な犯罪者を撲滅してやりましょう!」

「あははははは! 判りやすくて好きだよー!じゃあ明日の夕方に学校集合だからねー♪」

「は!? しまったぁッ!?」

 

 るんらるんらと去っていく先輩に俺は手をついた。

 拒否ろうにも絶対、テープレコーダーを仕込んでる。

 つーか胸元にチラッと小型の機械が見えたから会話はキチンと録音しているはず。

 どのみち、目をうるうるしながら頼まれると断れないのだが……。

 

 ちくしょーそもそもなんで先輩らが俺をターゲットにするのか判らねえ。

 大体もう一人の天才君を狙えば、

 

「ようケイ、なにやってんだ」

「あ、いたターゲット候補生」

 

 噂をすれば影……って噂じゃないけどキンジ登場だ。

 片手に袋をぶら下げている。

 

「なんのことだ?」

「こっちの話。てかどーしたん?」

「どうしたもなにも昼休みだろ。天気いいから屋上で喰おうと思ったんだよ……白雪に弁当渡されたし……」

「あーはいはいリア充粉砕しろ」

「爆発より酷い!?」

 

 黙れ独り身の敵。肝心の星伽さんは……いないな。ちっ、野郎だけかよー。

 星伽さんは奥ゆかしい性格ゆえに、無理に昼を一緒しようとはしないみたいなんだよなー。

 まあ食事を一緒すると砂糖でも苦いと思えるほど甘ったるい空間が形成されるのでどっちもどっちか……。

 いつも、こんなやり取りをしているが俺は別にキンジを嫌っているわけじゃない。ただの軽口だ。

 友人の武籐と一緒にキンジをからかうのはいつものことだし。

 今日はいい天気だ。ついでだし、一緒に飯でも喰おうかって話になった。

 

 

 

 教室からコンビニで買ったパンと取ってくる。

 じめっとはしているが、海も近いし見晴らしがいいからか涼しい。

 隣で喰ってる野郎の弁当がピンク成分が豊富だったり、ハートマークが見えた気がするが気にしない。気にしないったら気にしない。

 ……くっ、今日のカツサンドは塩辛いぜ……。

 話題らしい話題もなく、適当に食べていいたらキンジの方から話題を振ってきた。

 

「そういや見てたぜ。また先輩の協力すんだな。嫌だ嫌だって言う割に」

「うっせ。女子からのお願いは断れない性分なんだよ」

「……お前、もしかして性的に興奮すると強くなるタイプだったりする?」

「なにそれ?」

 

 キンジがいきなりアホなことを言い始めたぞ。

 意味が判らん。

 

「あー、いやあれだ。男って女を守ろうとすると強くなれるって思わないか?」

「言わんとしてることはなんとなく判るが……。何、キスとかパイタッチで真の力を発揮するみたいな?」

 

 冗談めかして言うと、キンジが真剣な表情で頷いた。

 おい、マジ顔で言う事か?

 

「そんな感じだ。……で、どうなんだ?」

「……はぁ~、お前なぁ……。どこのラノベ主人公だっての。そんなアホでピンポイントな能力あったら笑いを通りこして憐れむぞ俺は」

「お、おい、それはさすがにないだろっ!」

 

 だって本当にその手の話しは探すと結構見つかるぞ。

 18禁ならきっとえっちぃことしたらパワーアップするとかになるな絶対。

 

「どうせなら、こう、小学生みたいだけど可愛らしい少女が二丁拳銃とか二刀流とかでバンバン活躍するってのが良くないか? 特殊能力よりよっぽど現実味があるぜ」

「それもおかしくないか? 体格が小さければその分、筋力はないし運動能力は落ちるだろ。現実的じゃないな」

「だよなー。はぁ~女の子でも落ちてこないかなー。それで恋愛が始まったらいいのに」

 

 手元のサンドイッチを喰いつくしたので適当に横になる。

 青空が俺を見下ろしていた。

 

「お前かなり疲れてるな」

「毎日死ぬ思いしてるからなー。そういやさ」

「なんだ?」

「お前んちってどうなの?」

「質問の意味が判らないぞ」

「いやーキンジの家族構成とかは聞いたことあるけどそれ以外じゃ聞かなかったしな」

 

 知り合って二、三ヵ月だけど、たぶん学校では一番仲がいいのがキンジだろう。

 特に深い意味はなく、ただ話しのネタとして聞いてみただけだった。

 するとキンジが言うべきかどうか悩む素振りをする。

 

「……まあお前ならいっか」

「別に言いたくないなら言わんともいいけど」

「隠してることじゃないしな。遠山金四郎って知ってるか?」

「あ? あ~~~っと、あれか、でーでーでーででででででででーでーで~って奴」

「なんで効果音しか覚えてないんだよ。遠山の金さんだろ。この桜吹雪が見えねえか! って」

 

 それそれ。

 なんというか、殺陣の部分だけは結構好きだったから覚えてたんだよな。

 それ以外は、まあうん、何年も見てないし忘れてた。

 でもそれがなんなんだろう?

 

「俺の家ってその遠山家の血を引いてるんだよ」

「……え、それってつまり」

「遠山金四郎の子孫ってことだ」

 

 マジで?

 嘘だろ、と言いたかったけどキンジはこういう嘘をいうタイプじゃない。

 でも確かにスケーターにも戦国時代の武将の子孫がいたりするし、あり得なくはない、のか?

 

「そりゃあ……凄いな」

「別に血を引いてるだけだしな。でも、正義感は強い人が多いから、昔から警察とかに役所の人間とかになってる人が多い。俺もそれを誇りに思ってる。一応、これ周囲には言わないでくれよ。武偵だと色々物騒だしな」

 

 犯罪者に狙われるかもってことか。キンジの兄は腕のいい武偵さんらしいし。

 

「ああ、それは判ってるけど。想像以上に凄い話だったな~」

「そういうお前はどうなんだ? 古い家って聞いたけど」

「あーごめん。ぶっちゃけ興味なかったから判らん」

「お前な……」

「普通は自分の家がなにかって気にしねえと思うけどなあ。知ってることといったら、結婚するときに両親の名字が同じだったから手続きが楽だったー、とかじーさんの突きを母さんが避けまくって結婚が決まったとか、そういうエピソードしかねえや」

「ほのぼのしてそうな、殺伐としてそうな、良く判らない話だな……」

「一般家庭なんてそういう――」

 

 キーンコーンカーンコーン!

 予鈴が鳴り響く。どうやら昼休みも終わったようだ。

 

「時間か。あー明日だるいなー」

「そう言いながらキッチリやる癖に」

「女の子の前では格好付けたいんだよ」

 

 キンジと談笑しつつ屋上から出ていった。

 

「………………」

 

 

 

 

 

「気を付け、礼」

「さようならー」

 

 放課後だ。

 同じクラスのキンジや武藤(車両科でガタイのいい奴。気が合う)と別れながら俺は教室を出た。

 明日はまた先輩方に連れて行かれるからな、今日はぐっすり休みたい。

 適当に食糧を買いこんだら帰ろうと、廊下を歩いていたら、

 ドンッ!

 

「きゅふん!」

「うわっとっとと。わりー大丈夫?」

 

 しまった考えすぎでぶつかっちまった。

 慌てて手を貸そうと相手を見ると女子だった。

 そして見えたのが胸元。

 ドオン! と効果音が突きそうなほどの巨乳様。

 金髪のゆるふわウェーブも超グッド!

 おお、なんかラッキー、と思ってたら、

 

「にゅふふ~♪ いっけないんだーリコのお胸を凝視しちゃって~」

「あ、いや、その……すんません!」

「んーん別にいいよー。いいもの見れた?」

「それはもう素晴らしい桃源郷で……って、いやあのですね」

「くふ♪」

 

 小悪魔チックな笑みを浮かべている少女。

 凄い、めっちゃ可愛い!

 星伽さんは和風美人ならこの子は洋風人形。

 コロコロと変わる愛らしい仕草は猫を彷彿させる。これはまたすんばらしい美少女っぷり。ハラショー!

 ……武偵高校に来て良かった。

 内心で大歓喜していると、少女が俺の手を掴む。

 

「え? ちょ――」

「リコ知ってるよ~、大石啓君だよね! ちょっとお話したいからついてきて」 

 

 ふにゅりとマシュマロみたいに柔らかい手を俺を包んでいる。

 甘い匂いを発する美少女の手を払うことなどできるわけなく、そのまま屋上へと連れて行かれた。

 

 東京湾が見渡せる武偵高校の屋上。

 そこに俺と峰理子(みね りこ)と名乗る少女がいた。

 何故つれてきたのか聞くと、

 

「くふふ~、噂の大石啓って男の子が気になったのです! リコは探偵科(インケスタ)だからね、好奇心おーせーなんだよ」

 

 探偵科は未解決のプロファイリングとか、浮気調査やら、一番探偵っぽいことをする科だ。推理学とかもしているらしい。

 入学試験でSランクをとった直後に諜報科へ移った生徒、ってのは確かに興味が惹かれるかもしないな。

 俺としては美少女様とお近づきになる絶好のチャンスなのでどうぞ来てくださいって感じだが。

 

「それで何が聞きたいんだ? 携帯電話やアドレスならぜひ赤外線通信をお願いしたいけど」

「おにゃのこ好きなんだね~♪ でもどうしよっかな~なに聞こっかな~。勢いできちゃったからね~! くふ♪」

「ああ、なるほど峰さんはそれで――」

「リコでいいよー。私もケー君と呼んじゃうから♪」

「お、おう」

 

 なんというかパワフルな女の子だ……。

 何が楽しいのか判らないけど、拳銃をクルクルと回して遊びながらどうしよっかな~と落ちつきなく撥ねている。

 当然、二つの最終兵器も絶賛稼働状態だ。いいぞもっとやれ!

 ……こほん取り乱した。

 小動物みたいな峰……いやリコさん。

 おされぎみの俺にダメダメだぞーと言ってきた。

 

「ケーくんノリわるいぞォ! そんなんじゃリコりんフラグは立たないぞ、ぷんぷんがおー」

「いや、こういうノリは慣れてなくてな……」

「リコの友達もそんな感じだけどね。同人誌書いてるけど、普段はぐだーっってしてるんだよね~。タイプが一緒なのかな~?」

「フラグといい同人誌といい、その手の話が好きなん?」

「モッチモチだよー! 『スペシャル妹デイズ』とか『禁じられたお医者さんごっこ』とかゲームしてるよ」

 

 それ18禁じゃね!? 男性向けの奴じゃねえか!?

 な、なんというか発言の一つ一つが凄すぎる。

 リコさんはいまどきの女子高生? っていうのかテンションが高すぎてこっちがおっつかない。

 いまどきの女子高生でも男性向けのゲームはさすがにやらないと思うけどさ。

 どうしたもんかと思っていると彼女の拳銃に目に映る。あ、あれって……。

 

「それって――」

「ん~この拳銃?」

「そう! それあれだ……え、えっと、ワルサー3P!」

「いや~んケーくん溜まってるの? ワルサーP99だよー」

「おうふ間違った……全然ちげえ……」

 

 なんか似てたからさ。

 でもワルサーP38、だったな確か。

 ん……?

 

「そうか、そういうことか……」

「ん、どしたの?」

「峰不二子……」

「……え?」

 

 な~んか峰って名字に引っかかりを覚えてたけど、そうかルパン三世か!

 ワルサーシリーズ持ってて名字が峰。

 なんちゅーストライクな……。

 俺、ルパン三世は大好きなんだよな~音楽も好きだし、次元や五右衛門も大好きだし。

 まさに大人のアニメって感じで。

 でもリコさんみたいな若い子でも好きなんだなー。

 

「ルパンかー」

「……ねぇ、ケーくんどーしたのかな? どうしてリュパンとか言い始めたのかリコりん気になるなー」

 

 リュパン?

 いや発音の問題か。金髪だしハーフなのかも。

 

「そりゃあ、ルパン大好きだし」

「……ケーくん武偵でしょ? 犯罪者が好きって不味いんじゃないのかなー?」 

「そういうもんなのか?」

 

 そっか。アニメで良い印象持っているけど、ルパンって実在した怪盗がモデルだもんな。

 でもなんでリコさんは好きだって――――はっ!?

 

 俺はいまとてつもない大チャンスを手に入れているのではないか?

 大石啓、よく考えろ。

 うまくいけばリコさんに好かれるかもしれない。

 念願の恋人ゲットの一歩になるかもしれないんだ!

 星伽さんはキンジLOVEだが彼女はフリーの可能性が大。慎重にことを運べ。

 

 まずリコさんはルパンが好きなのは違いない。

 だってワルサーなんて拳銃持ってるし、ルパンだって知っている風だった。

 アニメ好きなのも確実だ。

 仮にも俺は探偵みたいな職業。

 推理しろ……彼女の好みを分析するんだ……推理学だってちょっとかじったし。

 ルパンは大人向けのアニメ……じゃあ渋い、落ちついた男が好みなんじゃないか?

 でもいきなり振舞っても遅い。

 さりげなく……さりげなく……冷静さをアピールしよう。

 クール大石となるのだ!

 

「武偵でも関係ないだろう。あの数々の困難を乗り越える姿は尊敬に値する」

「ふ~ん…………(夾竹桃が嫌ってた理由がちょっと判ったかな~嘘つきの匂いがぷんぷんだねー。これは少し怪しい気配を感じるかも)

 

 正直に言えば、あの女ったらしっぷりを尊敬しているのだが言えるわけない。

 ルパンダイブとか凄すぎる。

 リコさんの喰いつきは悪くない。いけるかな?

 

「ねえそれって何世?」

「ルパンといえば三世しかないだろ?」

「そう、そうなんだ……やっぱりみんな三世三世っていうんだね……」

 

 どうしたんだ。声のトーンが低くなっているんだけど、気のせいかな……。

 ちゃきっと俺に拳銃を向ける理子。

 え、ちょ、おま!

 ……待て、クール大石! 悪ふざけの類に違いない。男ならワンパンするが女の子でしかも悪戯っ子っぽい理子ちゃんが撃つはずがない。うんオーケーオーケー。納得だ。

 

「慌てないんだねぇ……」

「撃たないって判ってるからな」

「…………四世ってさ、どう思う?」

「は?」

「もし、仮に、リュパン四世っていたらどうする~? って思ってね~リコりんは気になったのです」

 

 いきなり話が飛んだな……いや、考えろ大石啓!

 リコさんの様子が少し変だ。もしかしたら凄く重要なことなのかもしれない。

 ここでこそキチンとした答えを返すんだ!

 四世……つまりルパン四世ってことだよな。続編かな……。

 そういや同人誌を書いてる友人がいるっていってた。

 つまり同人でルパン四世を書いている――――これが答えに違いないっ!

 ならさりげに褒めよう。

 

「……いいんじゃないか? ルパン四世。面白そうだ」

「へぇ面白い……? ……ハッ、滑稽ってことか。天才じゃない数字だけの凡人にはお似合いってことなのかなぁ~?」

「いいじゃないか四世(・・)。期待してるよ」

 

 ぴく…………なぜかリコさんの表情が固まった。

 俯いたあと、いきなり怒りの形相で俺をにらみ付ける。

 え、え、なんで!?

 

「その名で呼ぶな!! 四世四世四世四世、よんよんよんよん――数字じゃないんだよッ!!」

 

 泣いてる!?

 良く判らないけど逆鱗に触れちまったのか?

 先ほどの笑顔はどこえやら。

 口調もえらく乱暴になっている。

 俺の馬鹿やろーーーー!

 リコさんに好かれようとして地雷を踏みつけてしまったッ。

 でも何が悪かったんだ……? ルパンが好き過ぎてこだわりがあるってことか?

 面白いじゃなくて渋いとか言えばよかったのか? 判らねえッ!!

 

「何か言ったらどうだあぁ!? 最初から判ってたんだろ、じゃなきゃリュパンって言葉が出るわけない……ッ! 舐めやがって!」

「…………」

 

 ……ごめんよく判んないっす。

 こ、ここは一つ――戦略的撤退、撤退だ!

 お前最低って言った奴がいたら、だったらお前が宥めてみろって言ってやる。

 般若も裸足で逃げていきそうなほど怖いんだよ! キレる若者って奴か!?

 泣きじゃくるだけなら手を貸せるけど、今も拳銃突きつけられて怖いし。

 う、撃たないよね、うん。

 俺はリコさんに背を向ける。

 当然相手が許すはずもなく。

 

「逃げるのか、おい……! 逃がすと思ってるのか?」

 

 ですよねー。

 でも撃たないと信じて俺はコツコツと歩く。

 たぶん……だけど……適当な感想で彼女は怒ったのかもしれない。

 俺が彼女に好かれようと下心を持って接したのに気付いて激怒したのだと……言い訳だけど。

 最後に振りむいて言う。それでも面白いと思ったから。

 

「四世、いいじゃないか」

「あぁッ!?」

「ルパン四世。三世は天才だったろ。だったら違った方がいいじゃないか」

 

 三世はおっちょこちょいだけど盗みの天才。

 四世を作るなら、逆に天才じゃなくて悩むけど頑張る秀才タイプがいい。

 十分キャラが立っている。

 主人公がみんなハンコを押したみたいにまったく同タイプなんてアニメファンから激怒されかねんぞ。まあルパンは人気アニメだから許される可能性は高いけどさ。でも違ったタイプの方が個人的には好きだ。

 

「同じ天才なんて逆に量産型っぽくて面白くない。逆に才能がないけど努力していく奴の方がよっぽどいい。まさに四世――そう思うよ、リコさん。……怒らせて悪かった。じゃあな……」

「………………お前――」

 

 屋上の扉を閉める。彼女の声はもう聞こえない。

 あーあ、背を向けながら謝るとか最低だ俺……。

 こんなんだから彼女の一人も出来ねえんだよ……。

 俺は落胆した気持ちのまま、トボトボと寮へ帰るのだった――

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

野郎共のお祭り

たくさんの感想&お気に入りありがとうございます!

今回は少々勘違い成分が薄いですがどうぞです。


 この前のリコさん激ギレ事件から数日後。

 放課後、教室から出たところで待ちぶせされていた。

 前と変わらない様子。

 移動するわけでもなく始まったのは数日前の件について。

 

「あ、リコさん……」

「リコでいいよ、ケーくん」

「そ、そっか? じゃあリコ、はどうしたんだ。前のことなら本当悪いと――」

「この前のことは気にしないでいいよんケーくん。リコりんが大人気なかったからねー、気にし過ぎたらぷんぷんだよっ。でもみんなに言うとワルサーでハチの巣だぞ~?」

 

 そういっておどける姿は本当に気にしていないらしい。

 仲直り、できたということかな……。

 最後の一文は女の子らしいというか、きっと怒っちゃったのを自分でも気にしていたのだろう。

 年頃の子は些細なことでも感情をむき出しにしてしまうのは仕方がない。

 というか全て可愛いのでオールオッケー! えへへ、とはにかんだ笑顔が素敵だったし!

 なので俺も真剣に返した。

 

「女の子を泣かしたら男が全て悪いってもんだよ。でもあのとき言ったことは嘘偽りない本当のことだから」

「そう、なんだ~。でもお口チャックじじ~だぞケーくん」

 

 あまり触れて欲しくないようだ。

 きめ細かい手首の先を摘まむような動作で真横に引く。

 

「乙女の秘密は重要なので~っす! いっちゃったら、魔法使いのお友達と同人誌のお友達に頼んで、氷漬けで強制毒壺水泳の刑に処しちゃうゾ~♪」

 

 たぶんアニメ……いや同人サークルの仲間の方が濃厚かも。

 同人誌の子は前聞いたけど、魔法使いは売り子やコスプレイヤーかな。

 

「そりゃ怖いな。でも楽しそうなお友達だなあ。お近づきになりたいもんだ」

 

 きっとリコと同じで明るく素直な子に違いない。

 そうじゃなくても武偵高校の女の子はみんな可愛いし。

 ぜひ紹介して欲しい。

 

「そんなこと言ってるといつかホンキで殺っちゃうぞっ♪ ではでは、リコは任務があるので失礼するであります!」

「俺は大歓迎だけど……。まあ任務頑張ってなー」

「くふ♪ らじゃーだよっ。集まりもあるし、()に聞いて良かったら紹介するかもね。じゃあね~(ただしテメーの行き先は地獄だがな)」

 

 おお! まだ美少女(推定)たちがいるのか。期待して待ってるぜ!

 ビシッ! と真面目な顔だけど、何処か愛着のある敬礼をしたあと彼女は去っていった。

 彼女の姿が見えなくなったところで小さくガッツポーズ。

 

「……はぁ~~っ、よっしゃ! 紆余曲折あったけど少しは仲良くなれたんじゃないか俺。こりゃ高校生活も楽しくなってきたぜ!」

 

 単純ここに極まれりだが心の重しがなくなったんだ。少しくらいいいだろう。

 どうやって切りだすか悩んでいたところでリコさ……リコから言われた。

 情けなくはあるものの、重要なのはこれからさ! ちょっと仲が進展したんじゃないかおい! 運が俺に向いてきたぜぇっ!

 

 気分の晴れた金曜日。

 天気は夜にかけて激しい雷雨が予想されるが、そんなの吹き飛ばせそうなくらいテンション上昇中だった。

 思わずスキップでもしてやろうかと考えていたとき、後ろから声をかけられた。

 

「――大石」

「はいはーいなんでございましょう。今日は何でもできる気分だぜぇ!」

「ほう……そりゃあイイことを聞いた。大石ィ」

「え゛ッ?」

 

 女性らしからぬ低い声がする。コツコツと靴音がする。

 ポニーテールを揺らしながら、そいつは口にタバコを咥えながら、くっちゃくっちゃとガムを噛んでいた。

 背後からやってきたのは夜道で出会ったら即逃げましょうの超不良教師&スパルタの鬼にして俺の天敵、蘭豹先生だ。

 校内なのにタバコ&ガムとか何処のヤンママだよ! 893なご職業の人も裸足で逃げるぞ……。

 火を付けてないのがマシだと思える自分の感性が悲しくなってくる。

 やってきた鬼女は、俺の返事を聞かずにクイッと親指を立てながら、

 

「ちっとツラぁ貸せや。文句は、ねえよな?」

「う、うーっす……」

 

 ついてこいとばかりに言ってくる。

 断る選択肢など、ありはしなかった。

 

 教訓――――人の顔と内容を確認してから承諾しましょう。

 

 

 

 

 

 気分はドナドナされる牛さん。

 おうし座の俺にはなおのこと相応しいな。夕焼けがいい塩梅に気分を盛り下げてくれるぜ、ははは、はは……。

 火にバケツ一杯の水と消火剤をぶちまけられたようにアゲアゲなテンションが消えている中。

 案内されたのは、幾多の戦士たちが試験内容とカンニングしよう攻め入り、討ち死にしていったツワモノたちの夢のあと。

 教諭たち教務科(マスターズ)の本拠地。

 ……簡単にいえば職員室だ。

 中に入ると意外なメンツが揃っていた。

 

「キンジ、武藤に不知火(しらぬい)、……お前等も呼ばれたのか?」

 

 全員同じクラスのメンツだった。

 キンジが最初に俺に気付いて声を上げる。

 

「ケイか。やっぱり呼ばれたんだな」

「いや、なんつーか捕まったって感じなんだけどよ……」

「おうっ、我が同士ケイ! お前も呼ばれたのか」

 

 お馴染な感があるがお隣さんで強襲科Sランクのキンジ。

 その後に続くように、元気一杯の体育会系なノリの男。

 短髪に借り上げた黒髪で三枚目な車輌科(ロジ)Aランクの武藤剛気(むとう ごうき)

 エロ本の貸し借り同盟の一員だ。

 

「武藤も来たのか。車両科、諜報科一に強襲科二人か……バランスいいな。不知火もいるし」

 

 どうせ人数の頭合わせとかそんな理由だろ。

 俺の言外に込められた言葉を理解したのだろう、茶髪の男子が苦笑する。

 

「戦うメンバーに困ったらとりあえずの強襲科(アサルト)招集は武偵の定番だからね」

 

 キンジをクール系のイケメンとするなら不知火は貴公子然とした爽やかイケメンさんだ。

 どことなく女子に対して突きはなした接し方をして人を選ぶキンジに対して、こちらは真面目にモテる。モテまくる。

 礼儀正しく、優しいのだから当然なの、か? 武藤と俺に声をかける女子は二人の知り合いしかほとんどいねえけどな!

 

 コイツは射撃、格闘、判断力などバランス良く兼ねそなえた優等生で強襲科では堂々のAランク武偵として校内では有名だ。

 しかもそれを鼻に掛けないイイ奴なのが憎い。

 キンジにしろ不知火にしろ、友人を優先するタイプなので普段から仲良くやっていた。

 

「俺、諜報科なんだけど」

「そういったらオレは車両科だぞケイ。そういや聞いてくれよ。この前よお、いきつけのレンタル店いったら入荷したらしい裏モノがすでに売れてたんだぜ……全力で探してこの前見つけてきたぜ」

「ああ、それはキツイ……キツイなあ。親が部屋を掃除したあと、秘蔵本を机の上に丁寧に重ねて置いてあったくらいきついなあ」

「わかってくれるか同士!」

「判らいでか同士!」

 

 ガシッ! と力強く握手をしてお互いの友情を確かめ合う。

 キンジと不知火の恋愛富裕層には判るまい……。

 

「女なんてみんな同じようなものだろ……」

「ハハ、武藤君と大石君は気が合う見たいだねえ」

 

 イイ奴だけど、一度殴ってやろうか。特にキンジ、お前の発言……いつか武藤が発狂するぞ……。

 

「……で武藤、女優さんは?」

「黒髪ロングのヨツヨちゃんだ。巨乳っぷりが堪らないぜ」

「相変わらず黒髪ロング好きだな……」

「嫌か?」

「グッジョブ!!」

「貸すときはお前もとっておきのを持ってこいよ。じゃねえと轢きころすぜ!」

「わあってるって」

 

 武藤がなぜ黒髪スキーなのかはあえて言うまい。

 あれはそう桜の――

 ゴゴンッ!

 

「いだぁ!?」

「あぱっち!?」

「テメエら、教師の前で堂々と猥談してンじゃねえぞ。未成年だろーが。せめて時と場所を考えろや」

「す、すんませんでした……」

 

 盛りあがってすっかり忘れてた。

 でもそれ以上突っ込まないカラッとしたところが数少ない蘭豹の良いところではあるか。

 

「テメエ、失礼なこと考えてんなぁ? いっぺん死ぬか?」

「何も言ってないのに!?」

 

 

 

 

 

 少々悪ふざけが過ぎたが話を本筋へと戻す。

 

「特別依頼?」

「そうや。武偵局からの依頼でな」

 

 武偵局って学生じゃないプロからの依頼なのか!?

 

「プロの方からの直依頼ってスゲーぞおいっ!」

 

 武藤の興奮したような声にキンジも答える。

 

「確かに願ってもないことだぞ。先輩方との繋がりもできるし、プロの技を盗むチャンスだ」

 

 概ね肯定的な空気に俺は内心で恐怖していた。

 だってやばい匂いがぷんぷんするぞ。キンジたちはまだいい。

 AやSランクの実力者だし、年季が違う。

 だが俺はどうだ? とてもじゃないがその器じゃない。

 それに最近思うことだが、俺が過大評価されている感がある。

 

 先輩チームと一緒に依頼を受ける→実力ないから犯人と遭遇、必死に逃げ回る→何故か先輩に褒められる→評判を聞いた他の先輩が俺を呼び出す……の強制ループ。

 

 そろそろこの流れを断ちきりたい。

 俺は裏方でひっそりしたいんだ。銃弾が飛びかう戦場は御免だ!

 ……でも蘭豹先生って俺の泣きごとを聞きなれているせいかスルーするんだよなあ。

 ここは一つ、空気の読める男、不知火に希望を託そう!

 武偵同士で通じるというトンツー……あれだモールス信号。面白いから習ってたんだ。武偵用に多少変わっているが基本は一緒だった。

 前世でも自衛隊で習っている人がいたから興味もあったしな。

 昔とった杵柄。今役立てるときがきた!

 背後から指で合図を送る。

 『イライ アヤシイ ジタイ』

 不知火は一瞬、身体を揺らしたあと、さりげに拳を握った。

 了承の意。冷静なコイツのことだ、降ってわいたこのチャンス。

 逆に例えようのない不自然さを感じたのは同じなのだろう。

 説明を始めようとした蘭豹に「すいません質問が」と丁度いいタイミングで話しかけた。

 

「ですが僕らはまだ一年です。プロからの依頼なんておかしいですよ。任務は大石君は裏技で任務をこなしていますが、本来は訓練期間未達成……危険ではないですか?」

 

 ナイス不知火! さすがなんでもこなせる男!

 武偵高の生徒は一定期間の訓練を終えると、民間から依頼を受けることができる。

 E~A、そして特別なSランクはその受けることのできる依頼の範囲だ。

 しかしどの制度にも“抜け道”が存在する。伝統と言ってもいい。

 

 『事件に居合わせた武偵はランク、立場に関わらずその事件を解決するために行動するものとする』という法律の拡大解釈。

 先輩の仕事を“見学”してたら巻きこまれた。仕方なく(・・・・)、事件解決に乗りだしました、という文句でやっているわけだ。

 一般校出身なのになぜか俺が先輩方と一緒に依頼を達成しているのもそう。

 実力や才能のある生徒を早期に鍛えあげるためという、公然の秘密、らしい。

 

 最初はそういうのが武偵なのだと思っていたら、キンジから話を聞いてひっくりかえったからな……。

 武偵憲章第六条――自ら考え、自ら行動せよ……って笑われながら言われたけど知らんがな。

 何処をどう勘違いしたのか「イキのいい一年がいるからちょっと揉んでやろう」って誘われたのが運のツキ。

 なぜか俺が意外に使えるという変な評判が立っているらしい。

 ここいらでちょっとストップしてもらいたい。

 蘭豹先生がタバコに火を付けながら言う。

 

「なるほど、確かにヒヨッコなお前等がプロの依頼を受けるのはおかしいわな。後ろでバレバレの指会話してる奴の言う通りっちゃ言う通りや」

 

 ばれてーら。

 だが気分を害したわけではないらしい。

 煙をくゆらせながら、人さし指で机を叩く。

 

「梅雨もじきに明けるわな。そうすればもう夏場……警察は忙しいのは定番……」

「……?」

 

 なんの話をしているんだ?

 いきなりの話題転換に俺以外の奴も怪訝そうにしている。

 先生はイラつくようにタバコを噛んでいた。

 

「深夜徘徊、万引き、家出、未成年の飲酒……気の急いた早漏野郎は早々にポリ公のお世話になってやる。武偵にも依頼が来ているし、低ランクの先輩方にとっちゃ単位取得の稼ぎ時や」

 

 それくらいならまだいいじゃないか、と声が漏れそうになったが怖いので無論言わない。

 腹を立てている原因は別にありそうだ。

 しかし迂遠な言い方で肝心の本筋……内容が見えない。

 

「二倍」

「二倍……?」

「東京二十三区で発生した軽犯罪またはそれに準じる事件の発生件数がや」

「二倍!? どんだけ増えてるんだよ!?」

「確かにニュースで万引き犯とかの話題が増えている気がしましたが……おかしいですね」

「だからってことや。警察は事態を重く見て巡回の数を増やす。すると足りない分、武偵局に依頼という形で回されていく。その間隙を縫って凶悪犯罪のいくつかが東京武偵高校にも流れる。人員が圧倒的に足りんわけや。大石がやたら先輩に誘われンのも手が足りねえ証拠。使える奴は引っ張りだこや」

 

 そういう流れだったのかよ!?

 それで忙しかったのか?

 武藤やキンジも心当たりがあったのか頷いている。

 タバコを灰皿に押しつけた先生は「だから元を断つ」と言った。

 

「元を断つ……」

「優秀な諜報担当の先輩方が組織の割り出しは済ませてる。大陸で荒稼ぎしていた新興の麻薬組織があろうことか日本の首都を狙いうちしてボロ儲けを画策していた。ナメられてるってことやな。警察、武偵局は本丸狙い。そして名古屋&東京武偵高校の連合で予備のアジトや倉庫をぶっ潰す」

 

 聞いたところによると、金を得るために金を使うを信条とする組織らしく、巧みに不良学生やホームレスを騙して使っていたとか。

 しかしすげえ……そこまで判るもんなのか。

 ならこれが済めば俺もしばらく安泰なのかな。

 …………あれ、この流れやばくね?

 俺の中で警鐘が鳴った気がする。

 いつものパターンですよお兄さんって言われてる気ががが。

 流れを変えるために意見を挟む。

 

「で、でも、そこまで計画が来てるってことはもうメンバーとか決まっているんすよね?」

「ああ」

 

 ほっ、よかった。ならあんし――

 

「だが気が変わったわ」

「え」

「一年は依頼をこなせるようになってくると、内容の吟味はそこそこに受けたがるバカがでるもンや。ここに呼んだ奴のほとんどはプロの依頼と舞いあがって疑わなかった。そういう奴らにはお仕置き依頼をしといたけどな。武偵は信じるのも重要だが疑うことも大切や。それを怠ったバカ共は今頃ガチムチの教官にしごかれてるだろうなぁ」

 

 くっくっくっと邪悪な笑みを浮かべる先生。鬼だ……まじもんの鬼がいるで……。

 蘭豹先生が俺を見る。少しだけ、少しだけ優しい表情に見えなくもない。

 

「それに比べて大石の判断は対応として及第点にはある。単純なモールス信号はへたくそやけど、依頼者を前にしたと仮定すれば、相手に気付かれずに会話しつつ、疑う心を忘れない。そこら辺が多くのチームから評価される点なのかもしれんなぁ」

 

 でも今回はその表情やめてー。嫌な予感しかないんですがー。

 

「と、いうことは――」

「合格。遠山と武藤も途中から判っていたようだし、お前等四人ともな。他には狙撃科(スナイプ)Sランクのレキ、中等部三年からも二、三人くらい来る。……お祭りや、大暴れして名古屋の奴らに東京武偵生の凄さを見せつけてやりぃ!」

 

 完全裏目きた! 

 

「ちょ、俺、ぇぇ!?」

「やったなケイ! ナイス判断っ。最初はあのモールスだけじゃ判んなかったぞおいっ」

「腕が鳴るな」

「ええ、ここまでの規模の作戦に参加できる意義はあるでしょう」

「そしてチームリーダーは大石、お前がやれ。Bランク以上の凶悪犯罪十一件連続検挙中のお前が実績の上でも妥当だろうからな。サブもお前が選んでおけよ。プロやニ、三年も近くいるし、勉強させてもらえ。作戦は明後日、2000(ふたまるまるまる)を持って開始される。逝って来い!」

「なんでこうなるんだぁぁぁぁ!?」

 

 こうして即席チームが結成され、俺がなぜか指揮を執るという当初の予定から真逆の展開へとなったのだった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は主人公の仕事っぷり? を見せる回になります。
さて視点どうしようかな……解説的な三人称にするか、主人公視点入りにするか……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

双子の愚者

 時は全ての人々に平等だが、機会(チャンス)という気まぐれ者は実に不平等だ。

 運の良い者、実力のある者、富める者…………誰にだって尻尾を振るし、そっぽを向く。

 しかし武偵に失敗は許されない。

 僅かなチャンスを逃さず確保すること。常にアンテナを立て、時流を読み、そして勝利する。

 上を目指す武偵にとって必須の技能。

 そんな生徒を育て上げるための方法の一つがある。

 

 ワンデイミッション。

 特殊科目。

 蜃気楼。

 

 呼び名は様々だが、共通していえるのは学校の掲示板にあがるとすぐに無くなってしまうという事。

 ○○して欲しい等の依頼形態もあれば、一日研修と称してプロの技能を学べる機会もある。

 だが地雷も多い。

 ボランティアをしただけで、単位がロクに貰えないものや、先生方のお使いなどトンでもない内容まで。

 そして一人の少女は内容不明の科目を履修した。

 指定された時間に教務室に来い……ただそれだけ。実に怪しい。

 

「う~ん、こりゃしくったかー?」

 

 誰もいない、靴音だけが支配する暗い校内を怖がらずに歩く少女が一人。

 ポニーテールにした金髪を揺らしながら、独り呟いた。

 武偵高校中等部三年火野ライカ。

 気軽に受けた講義だったがどうもきな臭い。

 いや、最初から怪しくはあった。

 しかし掲示板に張られたときに面白そうだと思い、履修したのが運の尽き。

 夜中の学校に来いなどと一方的に連絡を受けたのだから無理もないだろう。

 半ば諦めつつ担当の教諭がいる部屋へとやってきた。

 ノックをする。

 

「三年の火野ライカです。先生いますかー?」

「入れや」

「……入ります」

 

 声を聞いて一瞬声を詰まらせながらも入る。猛烈に嫌な予感がしていた。

 そして中の人物を見て、心の中で嘆息した。

 強襲科の主任、蘭豹だったからだ。

 怪力無双で武偵の中でもかなりぶっとんだ人種に分類される先生。

 素手でバスをひっくり返した、酔った勢いで学園島を僅かに傾かせたなど人外級の噂がたつ女傑。

 凄まじいスパルタっぷりに歯に衣着せぬ物言い。

 そんな先生が居たのだ。終わった……と諦めても仕方がない。

 覚悟を決めて室内に入ると、他には誰もいない。

 自分だけか、と更に絶望していると、

 

「おどれでしまいやな」

「へ? アタシ以外にもいるんすか?」

「某がいるでござる」

「って上!?」

 

 どうやっているのか、忍者のように天井に足を付け、真っ逆さまにぶら下がる女生徒がいた。

 シュタっと足音を感じさせずに降りる。

 口元を隠し、さらに季節外れのマフラーで身に付けた様子はある意味清々しいほどの……。

 

「バカがいる」

 

 一刀で斬って捨てた。

 

「馬鹿ッ!? 出会いがしらに失礼でござる!」

「だってもう夏も近いのにマフラーしてるとか……口調もおかしいし……」

「心頭滅却すれば夏もまた涼しでござるっ。口調は昔からでござる」 

「ええーでも」

「ぴーちくぱーちくはしゃぐなアホ。尋問科にでも送りつけたろか!」

「すいませんでした(ござる)」

 

 くるくる回した拳銃を突きつけられたからか直ぐに謝る二人。

 尋問科はその名の通り逮捕した犯人を尋問するための技術を専門に習うところだ。

 心理学から人体学まで幅広く習うため、武偵でもかなり特殊な部類に入る。

 一部では拷問方法も習っているという不穏な噂もあるのでお世話になりたくないのが普通だ。

 気を取り直して蘭豹は話し始めた。

 

「最初に言うが、大当たりやひよっこども」

「そうなんですか?」

「火野よォ、一応言ってやるが、そういうのを調べ上げるのも武偵の仕事の内なんやぞ」

「い、いや~、直感で選んだんでー」

「チッ、まあ強襲科ならそれでもええか。おい……ええっと風魔陽奈(ふうま ひな)神奈川武偵高付属中学やな」

「そうでござる。あと諜報科でござる」

「やっぱり他校生かー。こんな特徴的な奴ぜってーいないし」

 

 何も一校だけに依頼や講義が来るとは限らない。

 東京以外にも同一の内容が掲示板に張り出されていただけのこと。

 ぺらぺらと紙をめくる蘭豹は詳細を説明する。

 

「続けんぞ。今回おどれらに出した内容は『夜間実戦見学』一時間だけで締め切った。その内容は東京武偵高校の生徒と一緒に、プロのお手伝いをするってー内容や」

「本当に当たりじゃん! やった!」

 

 喜色満面のライカに、無表情を装っているが拳でガッツポーズをしている陽奈。

 武偵では一年学年上の先輩に勝つことを上勝ちといい、それだけ凄いことを示している。

 一年の差はそれほど大きく、技術に隔たりがある。

 しかも武偵の技術はメシを喰うための種になるため、上級生になると自然と隠すようになっていく。

 後輩と先輩が組むツ―マンセルの特訓制度、戦徒(アミカ)もそうした背景があると言われている。

 

 逆に言えば、後輩の立場の者たちからすれば得る物ばかりだ。

 技術だけではない。

 実力者と知りあえば、将来頼りになる相棒や上司になる可能性もあるし、渡りを付けることもできる。中には人脈を駆使して有力者を紹介する武偵までいる。

 一石二鳥どころか三鳥にも四鳥にもなる。

 これほどオイシイことはない。

 

「今回の標的は大陸でヤクを売りさばいていた新興の麻薬組織『プリツ二ェツィ グルピェーツ』ロシア系の組織や。直訳して『双子の愚者』。そいつらが東京を舞台にケンカ売って来やがったからちっと砂にするってのが今回の作戦や」

「砂ってリンチじゃないですか……。でも、なんか、はしょってないですか?」

「ひよっこに全部教えるわけないやろ。とりあえず複数箇所を同時に突入、そして警察と武偵局の面々が大暴れするが……このとき少数をワザと逃がす」

「逃がすでござるか?」

「そうや。目的は秘匿事項だから言わんが……まあネズミだけが目的じゃあないってことや」

 

 蘭豹は地図を広げる。

 ほとんどが四角形……倉庫街の地図だ。

 南側が海で単純そうだが、微妙に曲がりくねって動き辛い地形になっている。

 

「薄く広げた網の一つがオマエらが見学する予定の(キロ)チーム。全員一年や」

「一年ですか……」

 

 その言葉に少し肩を落とすライカ。

 できればプロはダメとしても二、三年がいるチームの方が望ましい。

 戦徒を狙うには一年上と知りあうのは悪くないが、今のところその意思もない。

 当たりの中の外れを引いたと思った。

 だが蘭豹は何が楽しいのか、愉快げに笑っていた。

 

「普通に考えりゃあ外れやろーなぁ。申し込み順で配属チームを決めたから最後だったお前らは一番下の一年に決もうたんやし。だが、くく……」

「アノー何がおかしいんですか」

「某にはさっぱりでござる」

「Sランク二人にAランク二人、Cが一人」

「へ?」

「その一年チームの構成がや。どや、まだ外れだと?」

 

 ポカンと口を開けたライカ。

 Sランク武偵――天才の称号。次元を超越した化け物。武偵を志す人間なら一度は称されたい。

 さらに(ロイヤル)ランクという至高の頂きはあるが世界に数人しかいない階級など現実離れしている。そんなのは大統領とか芸能界の大御所みたいなものだ。

 そのためSランクこそが身近でかつ、まだ現実的な……夢を見れるランクだった。

 それが同チームに二人。大犯罪者でも確保しにいく編成だ。

 陽奈は陽奈で無表情で驚くという変な芸当を見せつけていた。

 

「東京でSランク……もしや師匠が……」

「そういや遠山は神奈川から来てたんやな。先輩か」

「戦妹でござる!」

 

 風魔陽奈は遠山キンジの戦妹だ。

 中学時代、戦闘訓練でキンジにやられて以降、契約を結んでいた。

 キンジは基本女子との接触を嫌う。中学時代に女子から酷い目にあったからだ。

 ただ陽奈は諜報科には珍しい素直な性格でそれゆえに関係も良好。

 師匠と慕った相手が今回のような大規模な作戦に出ている――その事実が彼女のやる気に火を付けた。

 

「これは某も下手なマネはできないでござる! 早く、早く行くでござる!」

「待て風魔」

「ぐえ」

 

 今にも駆けだしそうな……というよりも走りだした陽奈の襟元をすばやく掴んで引きよせる蘭豹。

 カエルが潰れたような声をあげ、苦しむ陽奈。

 実力はあるのにこういう部分がマイナス評価となってBランクに留まっているのだが、本人はいつ気付くのか……。

 咳きこむ少女を横目に話を続けていく。

 

「Kチームのリーダーは大石啓、諜報科のCランク。サブリーダーは不知火亮(しらぬい りょう)で強襲科のAランクだ。キチンと動きを見ておいとけ。ちったー勉強になるやろ」

「けほけほっ……なぜにCランク……某より低いでござる」

 

 陽奈の呟き。

 キンジの実力を知る彼女からすれば、先輩の彼の名がないのを不思議に思った。

 先輩だが自分より低ランク。よくも悪くも中堅クラス。なにか理由があるのか?

 蘭豹は特に気にせず話す。

 

「おどれはBランクだったか。しかし噂くらい把握していると思ったんやが……」

「噂でござるか?」

「あ、それ聞いたことある。確か強襲科のSランクをとったのにすぐ諜報科にいったとかなんとか」

「師匠と同じSランク!? でもなぜCランク武偵なのでござるか?」

「まったく普通の動きしかしねえからや。教諭たちから、優等生で問題児って言われてんな」

「真逆の評価ですね……」

 

 優等生で問題児。

 噛みあわない二つの評価。

 含みのある言葉に二人は疑問そうな表情だった。

 蘭豹は資料らしき紙を取りだす。

 

「Sランクとつけたが、入学以降は射撃も格闘の並レベルで体格も標準。国語や数学などの一般科目は常に九十点台やし、武偵の大原則である不殺の心得に関する行動は順守するから、生徒指導は二重丸。世にも奇妙な記録をうち立ててやがるんだわ」

「記録でござるか? でもそんなびっぐにゅーす、聞いたことないでござる」

「……凶悪犯罪十一件連続達成中。なのに無射撃制圧で消費弾丸ゼロ。近接格闘を駆使したわけでもない。いつのまにか(・・・・・・)犯罪者どもを制圧。その鮮やかな手並みが上の耳にも届いていてな、二つ名の検討もされ始めてるって噂のホープや」

「二つ名ってどんだけヤバイ先輩なんですか……」

 

 二つ名とは真の意味で凄腕の称号であり強者の証。

 それは武偵にとっても犯罪者にとってもだ。

 ヨーロッパでは双剣双銃(カドラ)のアリアという凄腕のSランク武偵が存在し、その名は遠く日本にも届き始めている。

 その仲間入りとするかもしれない男がリーダー。

 波乱の予感しかしない。

 ライカと陽奈はえも知れない不安を抱きつつ、蘭豹に連れられて現場へと向かうことになったのだった。

 

 

 

 

 

 大都会東京某所。

 昼間はサラリーマンたちが電車に我先にと乗り、首都高速は車が奏でるエンジン音が晴れた空に轟く。

 だが奴らは確かに存在し、人々の幸せをかすめ取ろうと暗躍する。

 凶悪犯罪が増加した日本の闇。裏にうごめく法を犯す者たち。

 港で働く男たち相手に商売をするコンビニの光。暗闇にポツンと浮かぶ店の灯りは弱く、闇の深さをよりいっそう強烈なものにしていた。。

 

 ……その闇を払うのは警察であり、我らが武偵の仕事。

 

 ライトを消し、エンジンも極限まで吹かさない。

 蘭豹の運転した車が港近くで止まる。

 

「行ってきい。帰りは先輩に頼れ」

「はいっ」

 

 ここは既に戦場だ。

 それを理解している少女二人は各々の武器を携え、車を飛びだす。

 指定された場所へ歩いて五分。

 何処からか声が聞こえた。

 工場の中か周囲のドラム缶か。

 声というヒントがあるのに、まったく位置を特定できない。

 無意識に冷や汗が出た。

 

「今宵の月は?」

「ウサギが踊る宴会場」

「……君たちが見学にきた子猫ちゃんたちか」

 

 目の細い短髪の学生がゆらりと背後から現れる。

 

「東京武偵高校中等部三年の火野ライカです(背後……ッ。一年上の先輩はどれだけ強いんだ)」

 

 夜の散歩にでも行くような足取り。

 見えない実力差を感じた。

 貴公子がお姫様を敬うように、片膝をついて右腕を胸にあてる。

 

「今夜のエスコート役を仰せつかった遠山キンジです。よろしく。……陽奈も久しぶりだね。また一段と綺麗になった」

「ししし師匠っ!? そそそういうお戯れはよしてほしいでござるっ!?」

「おっといけない。余りの綺麗さに口が勝手に賞賛を始めてしまうんだ。ごめんね?」

 

 見上げてウインクをする姿は実に様になっていた。

 

「~~~~~っ!」

 

 陽奈はボンッと湯気を出して硬直していた。

 凄くキザだな、とライカは内心で思う。

 悔しいのは素直にカッコいいという感想を最初に抱いてしまったことだ。

 白馬にまたがって来ても違和感が無い。

 犯罪者がいるかもしれない地域で場違いなやり取り。

 しかしキリッと表情を引きしめ、装着していた小型インカムでなにやら二、三回と話すと、

 

「少しトラブルがあったようだ。とりあえず二人ともこのインカムを付けてほしい」

「判りましたけど……犯罪者(ホシ)ですか?」

「……本部では作戦の連絡は来ているけど、それとは関係ない。ちょっとしたじゃれ合いさ」

「じゃれ合い……?」

 

 キンジは質問には答えず、それじゃあ行こうか、と施す。

 少女二人がついていく。

 角を曲がるとそこは入り組んだ絶妙な位置だった。

 東西に曲がりくねった隘路。しかし車が通るスペースはある。

 車輌を置ける適度な広さに、丸見えになってしまう海側には小屋が建ちならぶ。

 北側は廃工場の壁。ドラム缶などの敵の射撃線と視界を防ぐ道具もあり、最高の拠点であった。

 

 三人の武偵がいた。

 足音に気付いて振りむく。

 爽やかに笑みを浮かべた男が最初に声を上げた。

 

「君たちが見学の子たちか。僕は不知火亮、強襲科の一年だ。今日はよく勉強するといいよ」

 

 僕たちもプロの仕事をお勉強しにきたんだけどね、と茶目っけのある表情で言う。

 キンジもキンジだが、こちらも格好いい。

 少し頬を染めたライカ。

 隣のガタイのいい男が続く。

 

「おっ、女子二人とはいいな! 武藤ってんだ。飛行機、船舶、車とか、乗り物のことならなんでも聞いてくれよ!」

「あ、はいっす」

「どーせ楽な仕事だ。肩の力抜けよ、後輩」

 

 がっはっはっと人懐っこい笑顔。

 だがさりげなく自分の実力をほのめかしていた。

 乗り物のスペシャリストの車両科でも一年で車以外の技能を持つ生徒は多くない。

 誇張でなければ相応のセンスか経験の持ち主だ。

 そして肩にドグラノフを担いだ少女が抑揚のない声で簡素な自己紹介を行う。

 

「……狙撃科一年レキです」

「レキ殿はSランクの凄腕スナイパーでござる」

「遠山先輩の他にいたSランク武偵の一人なんですか……」

「僕は運が良かっただけさ。そこまで凄いとは思わないよ」

「いえ! 師匠は凄いでござる! 絶対、凄腕武偵として世界に名を轟かせるに違いないでござる!」

「ふふ、レディに期待されたら答えなくてはいけないね」

 

 キンジが前髪を払い決める。

 その様子に武藤が困惑した表情で見つめる。

 

「……キンジィ、お前ちょっと様子おかしくね? たま~に変な口調になるよなお前」

「これも俺さ。それに今はもう一人の方を気にした方がいいんじゃないかい?」

「もう一人って……もしかしてリーダーの大石啓って先輩ですか?」

「そうそう。それで武藤……名古屋のとトラブルを起こしているって本当かい?」

「名古屋?」

「そうだ! 名古屋の……女子校のリーダー格とケイがメンチ切ってんだったっ。とりあえず来てくれ!」

 

 車の向こう側へと向かった武藤とキンジ。

 ライカと陽奈は一度顔を合わせたあと、後を追うように走っていった。

 

 

 

 黒髪をツインテールに纏めた名古屋女子高の一年、鯱国子(しゃち こくこ)は腸が煮えくりかえるような思いだった。

 

「なんとか言ったらどうだ、ああっ!? 東京の! さっさとここを明け渡せ。インポ野郎!」

「うわっ……」

「これはなんとも……」

 

 犬歯を剥きだしにして怒る。

 手は既に二丁の拳銃に手がかかっている。なぜかリボンも持っている。

 後ろの仲間らしい少女たちも、その剣幕に右往左往していた。

 だが三脚椅子に腰をかけた男は動じない。

 武偵にとって拠点は重要だ。

 

 天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず――――孟子より

 

 絶好のタイミングより、好立地が勝り、土地よりも人の輪こそが一番だという。

 少女は己の実力に絶対の自信があるのだろう。

 なら次に欲するのは地の利。

 あとは犯人が迷い込む天の時が揃えば申し分ない。

 それゆえに中には他人が見つけた場所を強引に奪おうとする者の現れる。

 実力主義の面が強い武偵。

 我の強い武偵は仲間でもチームではない人間には争うことを辞さない人だっている。

 

 周囲の視線を集めた二人は両極端だった。

 烈火のごとく猛る女に、静かにたたえた水面のように座る男。

 椅子に座った人物こそ大石啓だと理解したライカと陽奈は……背筋が凍った。

 ゾクリ……!

 二人は同時にその男を見て心が竦むような感想を抱く。

(優等生で問題児!? どう見たって問題児じゃないか! 今にも拳銃を抜きそうな雰囲気だよ!!)

(……まるで抜き身の刀……。今にも相手を切り刻まんとする妖刀のような男でござる!?)

 相手の殺気は全身を射殺すように激しく鋭い。

 ……しかし動じない。

 項垂れるような姿。表情を見せない。

 いかなる烈風も瞬時にかき消していた。

 ボソリと呟く。

 

「…………話しに、ならねぇ……」

「だったら痛い目にあってもいいんだな……オイ、ナイフを貸せっ。サイレンサーで胴体撃たれるのと、薄皮をじっくりと切られるの、どっちがいい?」

 

 心臓に拳銃を突きつけ、冷たく月光を反射するナイフは男の首筋に触れる。

 武偵同士のいざこざに過ぎた行為。

 思わず飛びだしそうになったライカ。

 

「――ちょ!?」

「待った」

「え?」

「伊達や酔狂でSランクを取ったわけじゃない。無意味に挑発をする男じゃないよ、彼は」

 

 キンジが彼女を止める。

 だが余裕そうで、彼もまた一筋の汗をかいていた。

(いつもは武藤と一緒に騒ぐような男なのに、なんだこの圧力は……。これが、大石啓という男の本気、か)

 昼間と百八十度違う。

 近くで見ていたヘッドホンの少女は呟く。

 

「……風が吹かない?」

 

 その声は誰にも届かず、事態は進む。

 不知火も武藤も止めることができず、ただ見ているしかできなかった。

 そして鯱が白銀の刃を振るう。

 ジ、ジジ……電灯が瞬き、灯りが消えた。

 暗闇。誰も動けない。

 二人を再び照らしたとき、静止していた。

 

「なぜ動かない」

 

 首元に添えた命断つ凶刃に身じろぎ一つしなかった。

 鯱は名古屋でも上位の腕前を持つ武偵だ。

 人間なら誰しも危険を冒されると判っていれば条件反射で動くはず。

 殴ると言われて、視界の半分を塞ぐほどまで拳が迫れば避けようとするだろう。

 本気の殺気に、躊躇ない攻撃に反応一つしない。

 

 ――初めから止めることを予測していたとしか思えない。

 ケイはゆっくりと口を動かす。

 

「………………動くつもりがないからだ」

「仲間の安全と任務成功のために、か?」

 

 けっして動くことはできない。

 仲間を信じ、仲間を助けよ――リーダーの男は言外に不退転の意思を示していた。

 沈黙。

 鯱はふうッ……と深いため息を吐いた。

 

「…………あーあー判った判った。ここまでされて引かない方がカッコ悪い。名前、なんていうんだ?」

「大石、啓」

「テメエの面と名前、覚えたぜ。いつかお礼(・・)にいくからな」 

「…………」

「結局最後まで顔を伏せたままか。いけすかない奴だ。……おら戻るぞお前ら!」

「は、はいっ」

 

 肉食獣を彷彿させる凄絶な笑みを最後に浮かべたあと名古屋の一団は去っていった。

 犯人に遭遇してすらないのに、精神的に疲れる。

 知らず知らず肩に力が入っていたライカと陽奈。

 キンジがそっと耳元で「問題は無くなったから自己紹介しないと」と暗にケイのところへ行くよう指示する。

 微妙に近寄りがたい。だがチームリーダーなのだ。挨拶しなければいけない。

 おずおずと近づいていった。

 

「あ、あの?」

「…………ああ」

 

 気だるげに返す男子。

 適当に切りそろえた髪の奥で瞳だけがらんらんと不気味に輝いていた。

 眉間にシワがよって不機嫌そうだ。

 自然と口調は早くなった。

 

「と、東京武偵高中等部三年の火野ライカっす! 今日はご指導ご鞭撻よろしくお願いします!」

「神奈川武偵高付属中学の風魔陽奈、諜報科でござる。先輩の技を見学させていただくでござる!」

 

 彼女たちの声が周囲に響いていた。

 

「大声あげるな……響くだろ……」

「あ、すいません!?」

 

 バッと頭を下げる。

 だがそれ以上のお叱りの声もない。

 後ろに下がってしばらくは沈黙がその場を支配した。

 遠足に来たわけでない。

 各人、周囲の警戒を怠らず、拳銃を片手にそのときを待った。

 

 ……ザ……ザザ……うさ……ザザ……

 

 音が聞こえる。

 車輌からの通信。武藤がヘッドホンに神経を集中し、内容を覚える。

 窓から顔を出した。

 

「連絡があったぞ。『ウサギは小屋から飛び出した。飼育員は急げ』だとさ。…………俺たちの出番だぜ」

「……そう」

 

 ケイの近くの壁に腰を降ろしていたレキは音も無く立ち上がる。

 そのまま歩くと思われたが立ち止り、振り返った。

 

「大石さん」

「……なんだ」

「“風”は貴方を知らないといいます。どうしてなんでしょうか?」

 

 コテンと首を傾げる。表情は読めない。

 

「……風なんてしらん……吹かないのが、一番いい」

「そうですか」

 

 ヘッドホンに手を当てる。コクンと頷いた彼女は何を言うでもなく、闇に消えていった。

 そのあとを不知火が追う。

 

「それじゃ僕とレキさんは潜伏しつつ、周辺警戒に入るから」

「おうよ。キンジはフロントマンだな」

「ああ。武藤とお嬢さんたちとケイはここで待機――」

 

 そこまでいいかけたところでケイがゆっくりと立ち上がる。

 一陣の風が、夜を駆け巡った。

 

「臭いな……」

「くさい?」

「こっちだ」

「お、おい!? ケイっ勝手に行くなって!」

 

 突如の奇行。

 武藤の制止に耳を貸さず、両手をポケットに突っ込んだまま道を進む。

 武藤は今回オペレーター役も担っている。

 連絡役として車輌から離れられない。

 仕方なくキンジに頼む。

 

「今日のアイツはおかしい。頼むぜキンジ」

「判ってる」

 

 愛用のベレッタを片手に後を追おうとしたキンジに後ろから少女たちが声をかける。

 

「あ、あの自分たちもついて行っちゃダメですか!」

「師匠の働きを間近で見たいでござる!」

「……う~ん、どうする?」

「不知火が周囲を警戒しているし、二、三年のチームとも連絡は取り合っているから、まあ大丈夫だが……キンジの判断に任すぜ」

「そうかい。じゃあレディのたっての願いだ。叶えるのが紳士の役目だね」

「それじゃあ――」

「背後を警戒しつつ、ケイを追う。行くぞ!」

「はい(ござる)!」

 

 三人はケイのあとを追うのだった――

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

双子と愚者と少年と

長くなってしまったので二つに分けました。


 雲が多い深夜の東京。

 ポッカリと合間をぬって月の柔らかな光が注いでいる。

 ギィィィィ……

 ガラスの割れた扉が開かれる。

 重々しい金属音。

 パラパラと零れおちる錆から長期間、使用しれていない廃工場だと判る。

 身体を滑らせるように内部へと侵入した。

 そんな彼を追いかけてキンジ、ライカ、陽奈もやってきた。

 

「埃が多い……草や蜘蛛の巣も張っているけど、ここにいったい何があるんだ?」

「……来なくていいのに」

 

 拒絶するような雰囲気に少しムッとした少女が反論する。

 

「犯人が――」

「アタシ、判らないですけど犯人がいる可能性があるんだし、一緒に居た方がいいんじゃないですか?」

「…………言われたでござる」

 

 しょぼーんとする陽奈はさておき。

 ケイは真っすぐ歩き始める。

 無警戒に進む姿に本当に大丈夫なのか? と誰かが疑問に抱いても仕方ないほど隙だらけだった。

 暗闇を照らすのは月明かりのみ。

 奥は見通しが利かない。だがドアがないが、奥行きはある。部屋がありそうだ。

 ベルトコンベアやボロボロになった箱が積み上げられている。

 漁業関係だろうか?

 ケイを除いた三人は左右後ろと拳銃を向けながら慎重に進む。

 暴走気味の一名が全てを台無しにしているが。

 部屋の中央でおもむろに立ちどまった。

 

「どうしたケイ?」 

「……おめぇ」

「ん……?」

「拳銃……いらねえや。マガジンも……渡しとく」

 

 ひょいっと放りなげてキンジに渡す。

 思考が読めない。

 だが気配だけは鋭く、息のつまるような威圧感だけは強くなっている。

 後ろの少女たちは怖がってか、気持ち後ろに下がっていた。

 振り返っていたケイは再度前を向き直そうとする。

 キンジが注意しようとした。

 

「それじゃ丸腰だ――」

 

 ――と言おうとしたとき、

 ドンッ!

 しまった! それがキンジの最初の感想だった。

 不意打ちを警戒しなかったわけじゃない。

 しかし周辺一帯には武偵のチームが幾つも存在し、行動している。

 その中でKチームはかなり外れの方に位置していた。

 後悔先にたたず。

 高速で回転する脳は回避動作――否、間に合わない。

 拳銃は構えたまま。

 ならば撃ち落とすのみ。

 コンマ数秒の間で判断し、ベレッタで狙いを定める。

銃弾撃ち(ビリヤード)……いけるか……ッ!?)

 亜音速を超えて、凶弾迫る。だが――

 カキィン!

 火花が散り、金属音が室内に木霊する。

 

「ケイ!?」

「……うるせい……」

 

 ふらりとキンジの前に出たのはケイだった。

 横を向いたまま後ろに動き、背中に背負った十手で銃弾を弾いたのだ。

 一際険しい表情で前を見つめる。

 奥から片言の日本語が聞こえた。

 

「トマレ!」「ブキヲオロセ!」

 

 女性、そして幼いのか甲高い。

 同じ声なのに二か所から聞こえる。

 スピーカーを使っているのか?

 それとも犯人は最低二人いるということか?

 キンジは近くのベルトコンベアの後ろに隠れた。

 後ろには陽奈。通路を挟んで反対側にはライカ。

 

 そしてケイは……前に進み始めた。

 

「先輩なにやってんですか!?」

 

 半ば悲鳴をあげるようにライカが叫ぶ。ケイの行動は無謀など生ぬるい。敵の射線にさらされてなお自分の身体を晒すなど自殺志願者が狂人の所業だ。

 ガリガリ……ガリガリ……

 背中からおろした十手を右手にぶら下げ、地面を引き摺る。

 猫背気味に前に突きすすむ姿はまるでゾンビだった。

 犯人の声に焦りが混じる。

 

「ツギハアテルゾッ」「ブキヲオロセッ」

 

 その言葉に歩みを止めた。

 だが次に発したのは腹の底から響くような声。

 

「ぴ~ぴ~うるせえ……用事があるのはその先なんだ。どけ……ッ!」

 

 怒気を孕んだ声が潜んでいた敵の耳朶を叩く。

 淡々と、しかし激怒していると判る声音。

 

「ィ、イカセルカ!」「ウツゾ!」

「撃つ……撃つか……。ここってほとんど密閉空間だったな……」

「……?」

「そう人生が終わるな……暗黒時代だ……。風もない……全員、道連れにすることになる」

「……ナン!?」「ダッテ!?」

「ケイッ! まさか爆弾でも仕掛けたのか!?」

「爆弾!? 仲間も一緒にやるつもりですか先輩ッ」

 

 返事はない。

 だが犯人の目にはしっかりとケイの瞳が見えていた。

 血走り、正気の沙汰ではない。

 異常、異端、異質……。

 追い詰められた人間そのものだった。

 撃つか、撃たないか。

 迷いが生じたそのとき、ふっと月が雲に隠れた。

 そしてインカムを付けていた武偵たちの耳に不思議な声が聞こえた。

 

         ――私は、一発の銃弾――

 

 静寂な夜に乙女の歌が響く。それは祈り。純粋な少女の聖歌。

 

 

     ――銃弾は人の心を持たない故に、何も考えない――

 

 彼方から狙うは勝利の一撃。金属の銃弾はスライドされ、今はただ空を疾走するのを待つばかり。

 

 ――ただ、目標に向かって、飛ぶだけ――

 

 風が、凪いだ。

 

 

 

 ズドッッッン!!

 廃ビルの屋上から放たれたドグラノフの弾丸は工場の窓を貫き、ベルトコンべアにあたり跳弾し、まず一人の手に持っていた拳銃を弾く。

 

「アァ!?」

 

 ライフルの勢いは止まらない。絶妙な角度で弾丸は天井、壁を経由しもう一人の相手の拳銃を弾いた。

 その二人の背後から、

 ドンッ!

 

「カハッ!?」「テキ!?」

「麻薬密売は判らんけど、殺人未遂で逮捕ーってか!」

「おとなしくしてください」

 

 背後から一撃。

 武器もなく、体格で劣る犯人の少女たちは為すすべなく捕まり、手錠をかけられた。 

 姿を現したのはガッシリした体格の男と今も爽やかスマイルを浮かべている男。

 武藤と不知火だった。

 

「時間稼ぎサンキュ、ケイ!」

「インカムで会話は聞いてました。絶妙なタイミングでの狙撃でしたねレキさん」

『ん……』

「武藤、不知火、ひやひやしたぞ」

「え……あれ先輩たちいつの間に!」

 

 暗がりだ。

 暗視ゴーグルを使っていないのは判っていた。

 武藤と不知火は銃声とインカムから聞こえる会話から事態を知り、追ってきたのだ。

 そして密かに室内に侵入。

 遮蔽物も多いので犯人の近くまでは来たのだが、問題は揉み合いになったときの暴発。

 室内では跳弾や流れ弾の危険もあるし、時間稼ぎをしたらしいケイは敵の眼前に居て動けない。

 

「だけど、ケイがわざとらしく『暗黒』っていったからな。雲も多いし、次に月が隠れるのを待てってレキも判ってたんだな。さっすがリーダー」

 

 決めるねぇ、と笑いながら武藤が近づく。

 喜びを分かち合おうとケイの肩を軽く叩こうとしたが、

 スカッ

 最小限の動きで避ける。

 

「…………ただの偶然だっての」

「嘘つけ。にしても、今日のケイはホントにツレネエなぁ……」

 

 答えずにケイは前へと進む。

 進路上には二人の少女。

 月に照らされた彼女たちは幼いながらも独特の美しさを持っていた。

 12、3歳ほど。

 太陽の光を知らぬような真っ白な肌に純白の銀髪。

 ちょこんと飛び出した八重歯が親しみやすさ感じさせる。

 今はぐるるとうなり、来訪者を拒絶する犬のようにケイを睨みつけていた。

 

「クソッ、コノインポヤロウ!」「シネ、ニホンザル!」

 

 あくまで可愛いのは外見だけ。

 ぺっと唾を吐き、ケイの靴を汚す。

 

「…………」

 

 無言で手を上げる。

 殴られる……そう感じ、無意識に首を竦めた少女たちだったが、

 ポンッ

 暖かい……むしろ体温が高めの、大きな手が少女たちの小さな頭を撫でる。

 

「……?」

 

 すれ違いざまに二人の頭を撫でて去っていった。

 言葉は発しない。

 そして奥の部屋へ行く。

 見張りとして不知火と中学コンビが残り、キンジたちが後を追うと、そこは狭い部屋だった。

 鼻を摘まむような臭気がある。

 どうも魚をさばいていたのか、骨が散らばっていた。

 山があった。麻薬の山。

 巧みに偽装しているが、いつでも運べるようにキャスター付きの土台の上にあった。

 匂いは恐らく警察犬の鼻を誤魔化そうとしたのだろう。

 後ろから声がした。

 

「近くに無許可で停泊していた船舶がありました。おそらくこれを乗せて海に逃げようとしていたと思われます」

 

 レキも到着していたようだ。

 淡々と分析する。

 キンジが御礼を言う。

 

「レキか。ありがとう助かったよ」

「風の声を聞いただけです」

「ははは、なかなか詩的な表現だね」

「別に」

「おいおい、それより大手柄じゃねえか俺たち! たしか警察や武偵局の目的って、隠した麻薬のありかと、他組織との関係を洗うために逃がしたんだろ? 片方の目的を達成しちまったぜ!」

 

 武藤が歓喜の声をあげる。

 今回の麻薬組織の活動は入念な準備によるものだった。

 数ヶ月前から犯罪率を上昇させ、警察や武偵の余裕をなくし入り込む隙を作る。

 そしてバイヤーや暴力団関係者に自分たちの実力を売り込みをしつつ、ヤクを売りさばくのが目的。

 その手口でドンドン成りあがった組織なのだが、今回はなぜか手口が荒かった。

 怪しい素振りをしていた男を逮捕。

 尋問科が、法律に則って、丁寧に聞いた結果、判明したのが今回の事件だ。

 プロまで出し抜いて見つけたのだから、今回のメンバーには少なくない報奨金に単位も得られる。

 キンジも表情を緩め、頷いていると一人だけ暗い顔をした者がいた。

 

「…………くそが」

「ケイ?」

 

 Uターンして戻っていく。

 喜びなど一切ない。

 むしろ表情は険しくなる一方で、刺すような気配が最大限にまで高まっている。

 どこかと戦争をするつもりなのかというほどだ。

 コツコツと少女たちの側を通るとき、ケイは大声で嘆いた。

 

「……俺は……俺はこんなものの為にやったんじゃねぇ……!!」

「先輩……泣いて……」

「おい、ケイどうしたんだよ」

 

 ライカや武藤の声にも答えない。

 慟哭。

 見る者の心を揺さぶるほどの絶叫。

 ただただ涙を流し、俯く。

 熱のこもった叫びは周囲の者の口を挟めない。

 少女たちに一言、

 

「悪かったな……」

「エ……?」「ナンデ……?」

 

 やはり答えない。

 もう一度、頭を撫でたあと、振り向く。

 キンジに十手を渡した。

 十手は、とても熱かった。

 

「……キンジ、悪いけど拳銃と十手、今日は持って帰ってくれや……明日、登校するときに回収するから……」

「それはいいがケイはどうするんだ?」

「悪いけど、帰るわ……不知火はリーダーに、キンジはサブで頼む。じゃあな……」

「ァ……」

 

 哀愁の漂うゆっくりとした歩調でその場を去ろうとする。

 少女たちが呼びとめようと声をあげた。

 

「ァ……アノ……!」「マッテ、ワタシタチ……!」

「何も、言うなよ」

 

 言葉を遮るように金属の扉は閉められた。

 それから数分後、作戦の終了が伝えられた。

 

 

 

 

 

「警察がこっちに向かっているそうだ。もうじきに来るとさ」

「そうか……」

 

 犯人逮捕をしたのに一同は浮かばない表情を浮かべていた。

 ケイの事だ。

 あそこまで激情を露わにするなど始めてだ。

 特に気にしているのは、武藤だった。

 

「オレ、単純に喜んじまったんだが……軽率だったかなあ……」

 

 その言葉に不知火が慰めるように言う。

 

「とはいっても普段の彼とは別人のようだったから仕方ないよ。でも、彼は彼なりに熱い想いを持っているようだね」

「師匠……あの大石啓とはどういった御仁なのでござるか? 怖かったり、熱かったり滅茶苦茶でござる……」

「そう、だな…………ケイは奥の部屋を気にしていたよな」

 

 キンジの声に一同が頷く。

 ケイは奥の部屋を見たとで『こんなもののためにやったわけじゃねえ――!』と叫んでいた。

 ケイから渡された拳銃をみながら、

 

「もしかしたら、なにもないことを期待していたのかもしれない」

「……なにもないのを、でござるか?」

「ああ、そこのお嬢さんたち――」

 

 いきなり話題の中心になり身体をびくつかせる麻薬を守っていた少女たち。

 自分たちが組織の関係者なのは既に白状していた。

 

「幼い少女が麻薬売買に手を染める……そんな現実を嘆いたのかもしれないな」

 

 その言葉にライカが疑問の声をあげる。

 

「でも先輩だって武偵なら知ってるんじゃ……」

 

 凶悪犯罪が増加近年は犯罪者の低年齢化は進んでいる。

 武偵として長くいれば当然の常識なのだが、キンジは首を振った。

 

「彼は一般中学出身なんだ。犯罪が増えているのは知っていても、現実に目の当たりにしたのは初めてか、少なくとも多くない。先輩たちに連れられて凶悪犯罪ばかりこなしていたようだけど……もしかしたら犯罪者たちに思うところがあったのかもしれない。それなら、あの発言の意味も判る」

「甘いってことですか……」

「ああ理想主義者って奴かもね。でも――」

 

 キンジの声を被せるように武藤が叫ぶ。

 

「熱い、めっちゃ熱い奴じゃねえか! くそォ、カッコつけやがって……! …………オレ、アイツってどこかいい加減な奴だって思ってた。Sランクとかだって偶然じゃねえかって思ってた。オレもおちゃらけた人間だけど、少なくとも武偵としては上だって思ってた。でも、違う。アイツは凄く、真面目に武偵って職業に向き合ってたんだ。……内心で馬鹿にしてた自分が情けねえ……」

 

 壁を殴り、血がにじむ。だが足りない。武籐は拳を握ったままうなだれる。

 思えば簡単だったのだ。犯人の前に姿を晒し、命掛けで戦っていた。

 活躍したのにそんな自分を誇ろうともせず、犯人にすら涙を浮かべて現状を嘆く。

 さびしそうな後ろ姿が、やけに小さかった。

 自分の浅薄な考えが見抜かれていたのではないか?

 誰よりも純粋な男。胸が痛い。

 

 その心を撃ち抜いたのは彼だけではなかった。

 

「アノ……」「キイテホシイコトガアル」

「なんだ?」

 

 たどたどしい日本語で語られたのは少女たちの半生だった。

 

 ……それは幸せな家庭が墜ちていく物語。

 双子として生まれた少女たちはロシアの片田舎で生まれた。

 しかし、家は貧しかった。毎日必死に働く父親。

 寡黙ながら、大きく暖かい手で撫でられるのが少女たちにとって一番幸せだった。

 だが、母親の身体は弱く、病魔に侵される。

 治せないわけじゃない。

 しかしお金が足りない……圧倒的に。父親の出した結論は、麻薬……犯罪だった。

 どこにも非合法に手を染める人間はいる。僅かな手掛かりで裏の人間との繋がりを得て、バイヤーとして金を稼ぐ。

 

 でも、間に合わなかった。

 麻薬に手を染めて見た目は綺麗になった手で、妻を抱きしめながら……彼女は命を落とした。

 それから父親は自暴自棄になっていく。

 悪徳商売を嫌うどころか率先して行い、新興の麻薬組織まで立ちあげた。

 金に取りつかれたように稼ぎに稼ぐ。

 少女は油断されやすいと、娘である双子にまで犯罪を強要した。

 だが数ヶ月前に、突然自殺した。母親の墓標の前で自分の頭部を撃ち抜いて。

 疲れたような、シワだらけの顔を天に向けながら……。

 

 普通なら組織内部で抗争でも起きるものだが、意外と組員たちは争うことはなかった。

 しかも双子を祭りあげ、ボス扱いまでした。

 先代である父親の金払いがよかったからとか、人望があったとかではない。

 ただのスケープゴート。

 なにかあればトンズラする準備だけは影で行い、幼い少女たちを矢面に晒す外道たち。

 そんな少女たちが率いる組織ゆえに穴だらけの計画で日本を狙ったのだ。

 ばれないわけがない。

 

 双子の愚者ではない。

 双子と愚者――最後まで名前を改めることはなかった。

 

 

「それでここまで大胆な計画をできるくらい情報が集まったんだね……」

「ドーセ、イツカ、ジブンタチモ、ケサレル」「ダッタラ、イマキエヨウト、オモッタ」

 

 一息に話した少女たちはどこか憑きものが落ちたように晴れやかだった。

 だけど、その小さな花たちはしゅんと萎んだ。

 

「デモ……」「イキタイ……ッテ、オモッタ」

 

 沈む女の子をキンジが慰める。

 

「人間だからね、当然のことさ、だから――」

「アノオトコ」「オオイシ、ケイ」

「うん……?」

「ホンキ、デ……」「ワタシタチ、シンパイ、シテタ」

 

 思い出すのは暖かいより熱い掌。

 セピア色にかすんだ思い出。

 父親の優しい笑顔が、少年の泣き顔と一致した。

 まったく違うはずなのに……。

 でも大きな手は熱く、そしてわずかに震えていた。

 それが少女たちに痛いほど判った。この人は本気に自分たちを心配して、怒っているのだと。

 ……誰かに助けを求めていた。ずっとずっと声にならない叫びをあげていた。

 武偵の少年は、一度は放った銃弾を易々と受け流し、唾を吐きかけても、彼は少女たちの心を見つめていた。

 そして心の奥底から嘆いたのだ。

 こんな現実があってたまるか! と心で号泣する少年。

 少女たちにはそう見えた。

 

「モウ、イチド」「アイタイ」

 

 でも告げられたのは拒絶の言葉。「なにも、言うなよ」と。

 小さく、でもはっきりと。

 きっと汚い自分たちじゃ、まだダメなんだ。だったら――

 

「武偵になればいいんじゃないかな?」

「ブテイ?」

 

 優しくキンジは導く。

 今のキンジは女の子に世界で一番優しい。

 だからこそ未来へと道案内をすることにした。

 

「君たちは父親に犯罪を強要された。そしてまだ幼い。組織の長もただの身代わり人形とくれば、裁判所でも心象はよくなるだろう。司法取引をすれば条件付きで出所もできる。その一つがつまり」

「ブテイ、二……」「ナルコト?」

「そういうこと。裏の人間じゃなければ、知りえない世界もあるからね。そういう人材は意外と必要とされている。……そうすれば彼の隣へ行くことも容易になるよ」

 

 ささやかれた言葉を飲み込み。

 少女二人は頷き合う。

 武偵になりたいと、願う。赤いランプが近づく。警察だ。

 辛い現実がやってくる前に、少女たちは決意を言葉にした。

 

「ブテイニナル、ゴメンナサイ、ッテ」「ブテイニナル、アリガトウ、ッテ」

「イイタイカラ――」

 

 

 

 

 

 警察に連れて行かれた少女たち。

 キンジたちは武藤が運転する車に乗り、帰っていた。

 口は開かない。

 各々が心の内でなにを思うかは判らない。

 

 その中でキンジは後ろに流れていく街灯の灯りを眺める。

 手元にはケイの古めかしい拳銃がきらりと反射していた。

 

「……拳銃はなくても、彼は撃ち抜くことができるのかもしれない。犯罪者たちの心を……」

 

 

 

 大石啓――諜報科Cランク。強襲科顔負けのフロントマンの仕事を行うが、隠密を尊ぶ諜報科のランクは低い。

 しかし面白い記録がある。

 凶悪犯罪十二件解決中、内九件で逮捕した犯罪者たちは前向きに社会復帰を目指しているとのこと。

 それが判明するのはだいぶ先のこととなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗闇を男が一人歩く。

 顔は若く、まだ高校生といったところ。

 東京武偵高校の制服を身にまとう彼はなにかに耐えるようにゆっくりと進む。そっと歩く。

 ときおり横を通りすぎる車や、突風に舌打ちしながらも目的地へと向かう。

 見えるのは一つの灯り。

 日本各地にあるお店――コンビニ。

 

 まるでオアシスを見つけたようにその日始めて、歓喜の表情を浮かべる。

 

「やっと……やっと、ついた。やっと

 

 

 

 

 

 

 トイレに行ける…………ッ! そこら辺でするのは人間的にアウトだし、かといって緊張したからちょっとトイレ行くって可愛い子たちの前で言いだしづらいし……。ずっと我慢してたから辛かった……マジで……!」

 

 

 

 




    ≡ ≡ ヽ○ノ  |W| 
    ≡ ≡  /   | | 
    ≡ ≡ ノ)   |_|


            |W| 
   入ってま~す! >| | 
            |_|


            |W| 
            | | 
      _| ̄|○   |_|



すいません悪ふざけが過ぎました。
駄目だったら即消しますので……。

         


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

武偵の正義

今回では一部表現の関係上、PC閲覧を推奨しています。



 黒歴史――それは誰しも一つはあろう闇に葬りたい出来事。

 最近の風潮では、「俺の右腕が……」とか「エターナルフォースブリザード! 敵は死ぬ(キリ!)」とかの厨二病罹患者が多く持つものとされている。

 だが……だがな……普通に失敗したエピソードの方も辛くないか!?

 よくあるパターンでは、知り合いと思って声をかけたら別人でした、とかさ。

 どっちが辛いかの論争はやめておこう。キノコタケノコ論争みたいにキリがない。

 ただ、この前の事件は辛かった……色々と……。

 

 

 

 最初はそう、すんごく緊張していた。

 実績があるからとリーダーを任せられたが、そもそも他の凶悪犯罪では先輩という頼りになる人達がいたのだ。そこがメンタル的に楽。

 でも今回は違う。

 俺リーダー、しかも後輩付き。

 レキっていう芸術的な美しさを持つお嬢さんと組めたのは嬉しいが、それを喜べるほど余裕はなかった。

 昔からリーダーっていう責任ある立場が苦手だったからだ。

 会社なら新入社員に「お前次のプロジェクトリーダーな」「え゛ッ」ってなる。

 そして残念ながら武偵のお相手は殺しも辞さない犯罪者様。こんな事態になってお腹がキリキリ鳴らないわけない。

 緊張感を和らげるために、そのときなぜか裏ビデオを見てたな。結構、すんごい奴。外国産は素敵だね!

 まあ……結局だめだったが……。

 途中でやってきたキンジは鼻血を吹いたあと少しおかしくなったけど、意外と純な奴なのかもしれない。

 

 ……痛いだけで最初こそ大丈夫だった。

 問題は現場について名古屋の鯱? さんが来たあたりから。

 ちっこくてきゃんきゃん喚く姿がチワワっぽくて和む。三脚に座った俺とちょうど目線が同じくらい。小学生かと思った。

 でもそのときだ……お腹の悪魔が急に大暴れしやがった。

 そのせいで動けって言われても動きたくないとしか言えない。動けない。

 お願いは聞きたいけど、すまん、ここは男のプライドを優先させてくれ!

 あれだ……遠足や修学旅行でバスとかに乗ると不思議とトイレに行きたくなる現象。

 前日からキリキリな腹部が現場という何処にもトイレがない場所について暴れだしたんだ。

 しかもやってきたボーイッシュな金髪ちゃんと、ござるなんてテンプレな忍者風少女までご登場。

 先輩って言ってくれるし、見栄っ張りな俺は引くに引けなくなった……十分後にもうグロッキーだったが。

 頼む……大声ださないで……お腹に……響くから……。ごめん、ホントごめん。

 

 冷や汗も出てヤバイと思ったとき、人間追いつめられると火事場のクソ力を出せるもので、俺の嗅覚が一瞬だけ人類の限界を突破して見せた。

 つまりトイレの悪臭っぽいの。

 俺はそこに希望を見た。地獄に仏とはこのことだ。

 即座に行動。でも痛いからゆっくりゆっくりと。

 キンジ、お前くんなよ!

 お嬢さんたち、お願いだから男便所にこないでね?

 ぎゅるるるる

 うん、もう行こう。かまってられん……。

 その後はロシア人形っぽい少女たちが拳銃撃ってたけど、そのときは既に何がなんだか判らなかった。むしろ切羽詰まっていた。

 ……いいか撃ってみろ、この辺一体悪臭まみれになるからなっ。俺の人生暗黒時代突入しちゃうからな! そうしたら道ずれにしてやる!

 ヤケクソ。

 全身の神経を腹に集中して前進した。死なばもろとも……散ってやろうじゃないか。

 でも頼りになる仲間たちが登場。武藤とか不知火が少女たち止めてくれて助かった。

 だが武籐……肩を叩こうとすんじゃねえ! ちょっとの衝撃でヤバイ、ヤバイんだよもうっ!

 不運は続く。

 今日の女神様は俺にそっぽを向きやがる。

 

 だって臭いしドアないしならトイレと思わないか?

 あったのは麻薬の山。

 愕然、絶望とした。泣ける。

 小四のとき、簡単なテストで解答欄全部ミスってゼロ点とったときくらい絶望した。

 俺はこんなもののために頑張ってたんじゃねえよもーーーーーーー!!

 

 ……あは、あははははハはハぁ…………そういや、あんとき隠してたテスト用紙が風でぶっ飛んで、ジーさんの背後にひらひら飛んでたなぁ……。

 思わず「テェェェェェストォォォォォォ!!」って持たされた竹刀で突いて即座に隠したからよかったけどさー……ああ、お花畑が見える……今そっちに――

 

 ……待て! 現実逃避すんな俺。

 うん大丈夫。少しだけ波が引いた。

 お嬢ちゃんたち悪かったね?

 普段なら構ってやりたいけど、アメちゃんやりたいけど、うん呼びとめるのはストップ。

 お願いされたら男のプライドが足を石にしちゃいそうだから、さっさと行かせてくだせい。

 そして俺はやっとコンビニについてトイレに――

 

「入ってま~す♪」

「さっさと出ろやゴラァァァァァ!!」

 

 

 

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「はっ!?」

 

 ……夢か?

 あのあとどうなったとかはどうでもいい。

 うん大丈夫。俺は人間の尊厳は守れた。

 オレハダイジョウブ。ナニモナカッタ。

 

 天井が見える。男子寮の真っ白な天井だ。

 二段ベットの上段からゆっくりと降りる。

 冷気がパジャマの隙間を通り、少し身震いする。

 窓の外からは濁った東京湾が見えた。

 学園島という名の通り、海はまん前。埋立地の上にあるのだから当然だが。

 

「こういうとき、同室の奴がいないってのもけっこう寂しいもんだな……」

 

 本来は四人まで同室で過ごせるのだが、広々とした部屋がやけに寒々しくて……気分を落ち込ませる。

 俺が男子寮で一人なのは不吉な理由からだった。

 中途半端な時期の入寮だけじゃない。後で知ったが前の寮生は事故で半身不随になり、武偵高を辞めていた。他には行方不明や銃弾を喰らって即死とか。

 この部屋呪われてんじゃねえのか?

 今更文句を言ってもしょうがないけどな……。

 

 制服……じゃなくて、朝飯を先に食べよう。

 冷蔵庫から適当な材料を出す。

 火を付けフライパンを熱する。

 バターを一かけら。油の跳ねる音と共に香ばしい匂いが室内に漂う。

 ベーコンを上に乗せるとジュウッと音をたてながら、肉の薫りがよりいっそう鼻を刺激する。こんがり焼き目がついたところで器に移し替えておく。

 味噌汁は前日に作って置いた、豆腐とネギの味噌汁を温めなおし、同じく作っておいたきゅうりとニンジンの一夜漬けを皿に乗せてテーブルに並べる。

 真っ白なホカホカご飯を茶碗によそえば、典型的な一人暮らしの朝飯の出来上がり。

 伊達に一人暮らしをしちゃいない。

 朝飯を食べたら、整髪料で適当に寝ぐせを治し、防弾制服、シグ、十手を装備。

 鉄板入りのカバンに教科書を入れれば準備完了だ。

 外に出ると寒風が吹きすさび、眼下に見える木々は茶色の枯れ葉がそこかしこに見られた。

 

「おはようケイ。今日も寒いな」

「キンジか、おはよう。もう十二月だしなあ……雪が降らないのは助かるけど」

「温暖化っていうけど、氷河期の方があってるよな」

「確かになー」

 

 朝の生活スタイルが似ているキンジとは、よく部屋の前でバッタリ会うことが多い。

 星伽さん……最近は白雪でいいですよって言われたので……白雪さんはランダムで会う。

 そもそも男子寮に女子が来ることは風紀上よろしくないらしいが。まあ恋する乙女にとっては些末なことか。もう羨むレベルは過ぎたからどーでもよくなってきた……。気分的なものもあるが。

 木枯らしが吹く東京の空の下、適当な話をしつつバス停へと向かう。

 ただでさえ、数ヶ月前の黒歴史の夢を見て気分がダウナーなのに、曇り空が更に拍車をかけてくれる。

 普通の高校なら昨日見た番組や、スポーツの話をするところだが、武偵高はやはりそっちの話題にいってしまう。

 キンジは先日の事件について話題を振ってきた。

 

「そういやこの前の、『横浜裏カジノ事件』は相当根が深かったみたいだな」

「あれか……なーんかカジノの親父に感謝されて困惑したなぁ」

「そりゃそうだろ。マフィアに娘を人質に取られてたのをお前が助けたんだから。あれが無かったら親父さんはそのままブタ箱行き確定だったし、娘さんは海外売り飛ばされるところだった。お前がのした組織の人間がいなかったらやばかったぞ」

 

 そうは言われても素直に喜べなかった。

 確かに助けることは出来た。親父さんも娘さんもお互いの無事を喜びあいながら、何度も俺に御礼を言ってきた。

 でもさ……ちょっと突入まで数時間あったから、肉まん買いに横浜の中華街を歩いてたら道に迷って、ついた先には拳銃持った兄ちゃんがいる。刺青に、サングラスにピアスの三タテ。

 そして足もとには少女が縛られてたってなったら即通報ものだろ。

 見回りをしていた警官を助けに呼んだら、観光に来ていた警視総監様、護衛してた先輩の武偵までやってきて大騒ぎになったんだぞ……。

 あとはあれよあれよという間に娘さんが人質だったとか親父さんが脅されてたって判って、警視総監の娘と親父さんの娘が親友。

 総監特権発動で異例の感謝状まで貰う始末。

 元の動機が肉まん求めてました、なんて言える空気は霧散していた。

 

「偶然だよ。俺はただ――」

「何言ってるんだよ。裏の裏まで読んでなきゃあの場面での成功はなかった。謙遜のし過ぎは逆に嫌味だぞ」

 

 これだ。最近はこの不相応な評価が辛かった。

 黒歴史の件なんてまさにそれだ。腹が痛くて帰ったら賞賛の嵐。どう反応すればいいのか判らない。

 事実は事実だ。父と娘、二人の人生を救った。

 きっとそれは誇らしく、素晴らしい。

 しかし胸にシコリのようなものが少しずつ溜まっていた。

 ……我ままだけど、俺の実力じゃない。過大評価は好きじゃない。

 

「……裏なんてない、あるのは平べったい表だけだ」

「ケイ……本当にどうしたんだ? 顔色も悪いし……」

「武偵って仕事に色々悩んでるんだよ……」

「そうか……(麻薬少女の件にしろ、ケイは犯人も大切に想う奴だし、まだ迷っているのか。俺が相談に……いや、逆にダメだ。ケイの目標は正義の理想形……そう思えてしまう未熟な俺じゃ、むしろ悩みを増やしちまう……。理想に燃えて現実に行動できる武偵なんて…………あ)」

 

 キンジがいきなりポンッと手を叩いた。

 どうしたんだ?

 

「ならうちの兄さんに相談するのはどうだ?」

「お前の?」

「ああ、現役の武偵だし俺もたまに相談するんだ。いいアドバイスをもらえると思うぜ」

 

 キンジの断言する言葉に彼の兄に対する厚い信頼を感じた。

 兄貴の話はたまに聞く。

 正義感が強くて、凄腕の武偵なのにおにぎり一つで依頼を受けたこともあるとか。基本的にいい人そうではあるな……。

 そうだな、ちょっと聞いてみようか。

 

「じゃあ頼むわ」

「了解。兄さんは仕事の関係で移動が多いから早目に出した方がいいからな。今の住所は――」

 

 キンジに住所とアドレスを聞く。

 ただこういうことは携帯のメールで相談するのは失礼だろう。

 大人の人だし、ちゃんと手紙にしたためて送ろう。

 そうして俺は相談の手紙を出すことにした。

 手紙の書き方は詳しくないが、一生懸命書こう。今の現状を切実に……。

 

 

 

 

 ■  ■  ■  ■

 

 

 

 

 横須賀市浦賀某所。遠山金一(とおやま きんいち)宅。

 プロファイルリング新理論、FBI射撃術、医学大全――様々な専門書を取りそろえ、女性(・・)が様々な資料を取りまとめていた。

 そう女性だ。

 ブラウンの髪を三つ編みに纏めた姿は非常に見目麗しい姿であった。

 道を歩けば振り向かない男はおらず、その横顔は同姓ですら溜息をついて見惚れてしまう。

 だが名前は遠山金一。染色体はXY。生物学的には男性。

 女装癖があるのではなく、それが彼女(・・)の本気を出す方法。

 キンジが性的興奮をトリガーに能力を極大化させるHSS(ヒステリアサヴァンシンドローム)。

 金一――通称カナはそれとは別に女装することで発動することができる。

 何故この状態なのか?

 数日後に迫った依頼のための準備として少々HSSを発動させる必要があったためだ。

 今まで以上の難敵を相手にせねばならない。少しでも成功率をあげるための案を、考えていたところ、ちょうど大石啓からの手紙がきたのだった

 『友人が最近、武偵の仕事について悩んでいるから相談に乗ってほしいんだ。手紙を送るらしいからアドバイスをしてくれないか?』

 愛する弟キンジからの連絡だ。

 宛名は大石啓。

 

「さて、噂の超新星新人、大石啓くんの悩みなんだから、ちゃんと返さないといけないわね」

 

 最近、武偵たちの間で噂される新進気鋭の武偵。たった一年足らずで、凄腕武偵の称号である二つ名も正式に決まった。

 そんな超人じみた彼にも人並みの悩みがあるというのだ。

 ここは先輩武偵としてキチンとアドバイスしないと! と手紙の読み始める。

 

 

 

 『きっとこういうことを相談することは迷惑かもしれません。でも私の低能では判りません。

 こんなダメな私ですが単刀直入でいいます。私は武偵を辞めたいです。小心者なんです。

 万事塞翁が馬、とは言いますが流されるままではいけない。

 他が私を賞賛する。ですがただの偶然です。私の実力ではない、みんな勘違いなんです。

 他者の評判が辛い。自分の力じゃないのに、過剰な評価が辛い。でも喜んでいる人もいる。

 あんなに自分を持ちあげられると……もうどうすればいいのか……。

 にぱーと笑う少女の笑顔が自分の進むべき道を惑わせる。積み重なる零が辛い。

 良い職業だと思います。でも小市民な自分は貯まっていくものの重さに耐えられないんです』

 

 

 

 自虐が過ぎる――それがカナの感想だった。

 想いだけが先行して書きなぐった字は本心を吐露しているともいえる。しかし――

 

「聞いた話だと様々な事件を解決したのに、勘違いなの? 結局、なにがいいたいのか……んん?」

 

 カナはそのとき不自然な文の形態――違和感を感じた。

 医学にも通じた彼女。医学知識も豊富で、患者の心を癒すために心理学だって学んでいる。

 だがこの文には医者としてより、武偵としての本能が囁いた。

 字面に惑わせるなと。

 犯罪者にも優しさを振りまく少年。優秀な武偵。ただ感情だけで書きなぐった手紙を送るのか?

 あまりにも幼い文面の真意を読み解こうとする。

 そしてHSSの優秀な頭脳は隠された意味を見抜いた。

 

「……あははははははは! なるほど、そういうことだったんだ。お茶目な少年なのね♪」

 

 良く見れば簡単なこと。普通なら失礼だが、そこは武偵。

 武偵なら挨拶代わりの暗号付きの手紙など日常茶飯事だ。

 

「横じゃなくて縦読みね。二行目の縦読み。『きん事が者んぱい』……つまり『きんじがしんぱい』。優秀な啓くんならキンジのHSSには気付いているでしょう。不安定なキンジの能力はまだ発展途上。正義感ばかり強くて、ちょっとした挫折で武偵の道を諦めるかもしれない。あの子の精神的な弱さを見抜いていたのね……」

 

 深読みのし過ぎではないか――否。

 優秀な武偵なら相談するにしても、相手の実力を見極めるのは当然。それは作法だ。例え知り合いの兄で武偵でも本心を吐露するなら最低限の実力は持っているよな? というジャブのようなもの。挨拶だ。

 キンジはHSSの力を好んでいない。

 キンジのHSSは本能的に女性を護るべき対象とする。

 その女性の味方をするというHSSの弱点を利用され、ワザと性的興奮を与えられる。

 弱い女性は男相手のケンカに使ったり、都合のよい用心棒にキンジを使った。

 正義感の強いキンジだが『独善的な正義』は自身の主義に反する。そのためキンジは女性嫌いになった。

 それでも武偵という職業に憧れはあったし、カナにも尊敬のまなざしを送っていた。

 しかしカナは思う。

 いつか、それが仇になるのではと。

 もし自分に不幸があり、死んだとき……周囲の人間が彼を責めたら? 無責任な言葉を投げかけたら?

 実際に今、準備している任務では一時的に死ぬことになる(・・・・・・)。相手はいままでの組織と違いは強大で狡猾だ。事情は伝えられない。

 自慢の弟。きっと大丈夫……。でも不安は付きまとう。

 そのとき、頼りになるのは背中を預けあった戦友たちだ。

 大石啓はそれを見抜いていた。敵にすら涙を流す少年は友人の未来を案じていたのだ。それならこの手紙の意味も見えてくる。

 

「重要なのは文字の意味じゃない。書き殴った手紙全体にから伝わる心の不安定さ、悩み。キンジの危うさを案じていたのね……。どこまでも優しい少年。キンジ……良友に恵まれたわね……」

 

 口元を緩め、カナはマリア像のごとく慈愛に満ちた表情で微笑む。

 大石啓はキンジの不安定で不確かな『正義』に悩んでいた。想いだけが先行した幼い気持ちを危ぶんでいた。

 二つ名を与えられる武偵。でもその二つ名は縁をなにより大事にする変わった名前。

 

『円』(シルクロ)の啓……情熱の国スペインの言語にて与えられた大団円を願う男。理想に殉じる覚悟を持つ人間。燦々と照りつける太陽のように熱意を失わない武偵。きっとこの子ならキンジを任せられる……」

 

 カナは手紙を書き始める。

 その相手は大石啓。ただしキンジへの想いを裏に仄めかしていた。

 数日後――遠山金一は世間的には死ぬこととなる。浦賀沖海難事故で……。

 そして心無いメディアは『船に乗り合わせていながら事故を未然に防げなかった無能な武偵』と遠山金一を非難する。親類のキンジも巻きこんで……。

 二人の武偵は己の未来を決めることとなる。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十二月の武偵たち

すいません、勘違いのネタを考えてて遅れました。
そしてこの辺りの勘違い成分は微妙に薄いと思います。
高クオリティの勘違いは連続で作るのは難しい……(汗)

感想でご指摘がありましたので一文。
※今回の手紙はPCで観ることを推奨します。文字数の関係で暗号が判らなくなるので。



 12月下旬。

 身も凍る北風が暴れまわる季節。

 愛を語らう恋人たちの熱には敵わないだろう。

 そんな中、学校ではさらに気炎をあげるポニーテールの女性がいた。

 

「脇を締めろ! 周囲の警戒が甘い! 下手に突き動作ばっかりすんなや! 敵に撃たれないよう小刻みに動けっていったやろ! 入試でSランクとった本気をみせんかいッ。CQC(ナイフ試験)は子供のちゃんばらとちゃうんやぞ!」

「す、すいませんっ!」

「以前はちゃんと的を狙い撃ちしたろうが! なんやそのへぼい射撃の成績は! 九mm程度で手ブレさすなや!」

「おっしゃる通りで……」

「あっさり不知火にのされんな! 腕伸ばしたらその分、相手に絡み付かれるって以前の実習で教えたやろ! あーもーっ! なんでこういう結果になるんやー!」

 

 今にも口から火でも吐きだしそうに、荒れている蘭豹。

 メキメキィッ! と飲みほした空き缶を片手で潰している。スチールと書かれた缶をだ。頼むから俺の頭でそれはしないでください、お願いします。

 それを横目に対人用のリングの上で天井を眺めていた俺に不知火が手を差しのべる。

 

「大丈夫かい大石君?」

「いつつ、いや大丈夫だ不知火。しっかしなんで俺、ここにいるんだろうな……。周囲の奴も困惑しているし」

 

 現在、俺は急遽捻じ込まれた強襲科の二学期試験に付き合わされていた。

 ……俺、諜報科なんだけど……必死に頑張って無難にCランクとれてホッとしたところで拉致られた。

 Cランクでも上出来だと思うんだが……。

 近接格闘関連の技能は履修しているがあまり得意じゃない。

 じーさん直伝の剣術&槍術なんで身を入れて練習してないから、むしろ無意識に突き動作をして怒られるくらいだった。

 なのに蘭豹は都合が悪いやら、電話がどうたらといいながら俺を引っ張りだした。

 結果は散々なものだった。

 今もギロリとこちらを睨みつけ、

 

「大石ぃ、おどれ拳銃格技(ガンカタ)は履修してなかったよなぁ~?」

「あの二丁拳銃だかで近接戦するアクション戦闘っすか? そりゃ、やってないですけど……」

 

 そもそもあれって架空の近接戦闘術やら言われてたと思ったんだけど……なんで普通に近接格闘の一つとしてあるかわからん。

 

「武偵の拳銃は打撃武器や。人殺しできないからゴムスタン弾は打撃と変わらんやろ。おめぇ、三学期から履修しとけや、シゴいたるわ! そもそも大石は格闘全般が弱すぎや!」

 

 拳銃って打撃武器なんだ……凄い斬新過ぎる解釈を聞いた……。

 

「あの、しごくなら別の意味で――」

「あぁ?」

「なんでもないでっす! 了解っす!」

「チッ、そりゃ委員会の連中がうるさくなるわ、二つ名の公表も止められんようだし……」

 

 上の委員会やら、二つ名がどうたら言っていたが良く判らないけど……。

 くそー、自由な時間が……一般常識系の国語や数学の授業って、実はとても平和で穏やかなものなんだって、真剣に思えるようになってきた。担当のゆとり先生は俺の癒し。そもそも荒事なんて専門じゃないっての。

 

 ガチ戦闘をする強襲科と違い、諜報科は裏稼業のお仕事だ。

 盗聴、盗撮なんでもござれ。女の子に気付かれず激写するために鍛えた技能があったからこそ。

 こそこそと人目に付かない動きはお団子娘のネズミっ子の鉄鼠(てっさ)……てっちゃん先生のお墨付きで、なにかと褒めてくれていた。怖がりで机の後ろでお団子頭でお話する変なスタイルだったけど。

 入試のときに事故で倒してしまった強襲科の近藤先生も禿頭で強面だが意外と優しいし、面倒見が良かった。

 実家で変に身についていた突き動作を生かす格闘方法も教えてくれたりする。

 とりあえず次の試験者が来たので不知火と一緒にリングを降りる。

 誰かが俺を指さしながら、ひそひそと話す。

 

「Sランクっつったけど本当なのか? 俺だって倒せそうだったぜ……」

「まぐれだろ。射撃だって顔面や心臓撃ちのミスがないだけで、命中率は半分切ってたぜ。動かない的でそれじゃあ……なあ?」

「でも事件は連続で解決中なんじゃなかったっけ? 七十件超えてるとか」

「大半は先輩たちのおこぼれに預かってるって聞くぜ。諜報科のクセに強襲科より先に敵で出会うときだってあるらしいし」

「二つ名の検討されてるって噂あったよな? こんな奴が貰うくらいなら不知火の方が――」

「僕がどうしたのかな?」

 

 隠す気がないのか俺と不知火の耳にもしっかり聞こえていた。

 普段はあまり合わない人ばかりなのでスルーしていたのだが、不知火がニッコリしながら声を投げかける。

 表情は優しいが目が笑っていなかった。

 相手もそんな言外の圧力を感じたのだろう、慌てて逃げていく。

 

「なんか悪い……」

「別にいいよ。同級生が悪く言われているんだ。注意するのは同然だよ。でも誤解しないで欲しいんだけど、強襲科は危ない依頼が多いから連携を大切にするし、仲間同士の和も同じ。ああいう人たちばかりじゃないからね?」

 

 爽やか笑顔。風がないのにふわりと髪が巻きあがった気がする。

 こういうさり気ない気遣いが不知火のモテる主要素なんだろうなー。

 クリスマスのお誘いはひっきりなしに来ていたらしいし。

 結局、キンジや武藤とかのいつものメンバーで過ごす予定になったのが不思議でならない。

 不知火の言葉に俺も気にしていないと、手を振りながら返す。

 

「判ってるって。お前もキンジもダチを大切にしてるって判ってるし……ってそういやキンジはどこいったんだ?」

 

 強襲科の試験ならキンジも出なくちゃいけない。

 でもこの場にアイツの姿がなかった。

 不知火も今、気付いたようで周囲を見回す。

 

「確か綴先生に呼ばれて出ていったのは見てる。けど直ぐに戻って来ているとばかり……」

 

 綴先生といや年中ラリってるようなダルそーな空気を醸し出している尋問科(ダギュラ)担当の短髪美女様だったか。

 諜報学部は諜報科と尋問科の二つの科があるので比較的、目にすることが多い。

 退廃的な雰囲気のお姉さまっぷりは個人的には……アリだな。

 ただ女王さまと一部の生徒から呼ばれているのが気になるが。Mじゃないので普通のお付き合いでお願いしたい。どのみち相手にされないがな!

 もしかして夜の特別講習と称してあーんなことやこーんなことやってねえよな? 

 やってたらクリスマスケーキで顔バンの刑だぞキンジ。

 蘭豹の不機嫌な声が響く。

 

「まぁた、あのジジババ共の嫌味電話くるんかい……あー適当に始めェ!」

「は、はい!」

 

 機嫌の悪そうな蘭豹が号令をかけ、リングでは受験者たちが困惑しながらも戦っている。

 それは置いておくとして……。

 本来の強襲科の人数に反して、室内の人数は少ない。

 この試験が終われば、お勤め終了――帰ってよしってわけだ。キンジも帰ったのか?

 用事があるならあり得なくはないけど。

 不知火はケータイで誰かに電話をかけていた。

 

「あー、うんじゃあ校門に集合ね。遠山君がいないんだけど、そっちは連絡ある? ない? ……んー、綴先生に連れられたらしいけど……いやいや夜の特別講習なんてあるわけないでしょ。教育委員会に訴えられるよ」

 

 百パー武藤だな……さすが同志、俺と同じこと思ってるし。

 そして不知火、美人教師に連れていかれて、夜の教室で二人っきり(妄想)なら誰だって想像するはずだ。委員会とか関係ねっす。

 不知火が通話を終えると、仕方ないので更衣室に向かい胴着を脱いで制服に着替える。

 その上からダウンジャケットも来て外に出ると、

 ひゅぅ……

 小さく耳を掠める音、東京のビル群を照らす夕焼け空、ぶるりと震えた。

 武藤が俺たちを見つけて大声をあげる。

 

「さみー! お前ら遅いぞ!」

「校門指定したのは武藤じゃんか! つか、玄関に居た方がよくね?」

 

 俺の反論に武藤は甘いとばかりにチッチッチッと指を振る。

 

「それじゃあ、もしかしたらオレと一緒に帰りたい女子とスレ違うかもしれないだろう! 寒い冬の校門でたそがれるオレ、美少女(確定)がおずおずと頬を染めながら『武藤君……一緒に帰らない……?』という。そして、そのまま夜の街へ――」

「なん……だと!? お前、天才か!?」

「あはははは、そうすると僕たちは待ちぼうけになっちゃうよ?」

「友情より愛! 当然だろ!」

 

 武藤と声をそろえながら言うと、不知火は苦笑いしていた。くッ、イケメンはなにやっても様になってやがる。

 コイツはモテるからお誘いの話題に欠かないが、まあいい。

 今日は俺たちとつるむんだから同志認定してやらんでもない。

 しっかし、不知火は十人以上声をかけられてよく断る……あ。

 

「武藤……俺はトンデモない事実に気が付いてしまった……」

「どういうことだ?」

「不知火をエサに大学生みたいに合コンスタイルで可愛い女子たちを集めればいいんじゃないか!」

「お前……ッ! マジでさいっこーに頭がキレてやがるな! それいいじゃねえか!」

「よ、よく本人の目の前で言うね。さすがにエサは酷いよ」

 

 不知火はドン引き気味だがこの際いい!

 なんで俺はこんな簡単な事実に気付かなかったんだ。

 

「うるせい、恋人たちの聖夜で野郎とパーティーって時点で悲しみの涙しか湧かねえんだ! というわけでお願い、むしろ土下座するからどうかお情けを不知火様!」

「途中から清々しいくらいにへりくだってるね……でも御免、断っちゃったから今からだと誰に声をかけても迷惑になっちゃうよ。他の子は他の子でお店とか予約しているらしいから」

「ちくしょう……」

「あ、あ、あの大石啓先輩ですか?」

「……ああ、そうだけど?」

 

 武藤たちと話していたら、もじもじしながら栗色の髪の一人の生徒が近づいてきた。

 制服からしておそらく中等部の三年生だろう。

 片手には一枚の紙。白い肌をリンゴのように染めてバッと差しだす。

 

「私、大石先輩に憧れててっ! あの……だから戦徒契約、お願いできませんか?」

 

 ひゅうと武藤が口笛を鳴らす。

 武偵の先輩後輩で一年間専属で訓練を行うシステム。

 東京武偵高校の中等部なら契約はできる。

 相手は不安げに瞳を揺らしていた。

 普通なら即刻返事を返すべきなのだろうが、

 

「……すまん、とりあえず保留でいいか? これから出かけるところだし……」

「あ……は、はいっ! 私、白姫って言います。どうぞよろしくお願いします!」

 

 タタタッと小柄な身体で去っていく一年生。

 からかうように武藤が言う。

 

「別に後輩と出かけてもいいんだぜ」

「バカ言え。これで戦徒の申し込みが二十件超えたんだぞ。どうしろってんだよ」

 

 これが初めてではない。

 思った以上に……っていうと失礼だが、武偵を目指す人は真面目だ。

 後輩たちも優秀な先輩に指導を受けたいらしく、有名な先輩に後輩が戦徒契約を持ちだすのは珍しいことではない。

 ただ俺が指導できることなんてあるわけない。

 いつも誰かに助けてもらってる身だし。そうじゃなくとも受けてもいいんだけど、俺なりの狙いもあったから保留……実質、お断りしようかと思っている。

 

 結局、野郎どもで聖夜を過ごすことになった。

 途中でイチャラブするカップルを無意識に威嚇しながら進む。

 でも想像以上にやつらの繁殖力は旺盛で、中には見せつけくるバカップルまでいたので、俺と武藤(おまけで不知火)はこれ以上街の幸せリア充を見るのも辛くなり、とりあえず男子寮へ。

 キンジは電話や男子寮の部屋を訪ねてもおらず、連絡は付かなかった。

 仕方ないので、留守電&キンジのポストにメモを残し、俺の部屋でチップスやジュース、申し訳程度のホールケーキを用意。

 そういえば俺のポストに手紙が入っていた。おそらくキンジのお兄さんのだろう。

 武藤たちが待っているから見るのはあとにしておくか……。

 三人でクラッカーを構え、パンパンパン! と放つ。

 

「野郎の面が滲むぜメリーくるしみまーす!」

「引き殺したいぜぇメリーくるしーでーす!」

「みんな楽しくやろうねメリークリスマス!」

「ノリ悪いぞー不知火ー」

「ええっ普通じゃだめなの?」

「あははははははははっ!」

 

 ゲームをしながら夜中まで遊んだがキンジは現れなかった――

 

 

 

 

 

 冬休み――俺は荷物整理をしていた。

 折角の正月を男子寮で過ごしたいとは思わない。

 フローリングの床が冬の寒さで冷たい。

 やっぱり畳でも入れようかな……じーさん家が道場や通路以外畳だし……。まあ部屋に入れるのがメンドウだから今度考えよう。

 通帳や財布、携帯と荷物を入れていく。

 適当に付けたテレビがなにやら緊急ニュースをしていた。

 

『先日おきた、浦賀沖海難事故の続報です。日本船籍のクルージング船・アンベリー号ですが、所有していたクルージング・イベント会社は自分たちの対応は間違っておらず、むしろ犯人の暴走を止められなかった武偵に問題があったとされています。船長や船員も日ごろの訓練のおかげで乗客に被害はなく対応として十分でしょう。私たちは問題を起こし、行方不明となった武偵の親類に突撃取材を敢行し――――』

 

 ぴっ

 もうすぐ出かけるのでテレビを消した。

 しっかし武偵かー、行方不明って死んだってことか?

 

「危険な職業に変わりないんだよなー。やっぱりいろいろ考えさせられ……ん?」

 

 ハラリと茶封筒が床に落ちる。

 手紙は差出人は遠山金一。つまりキンジの兄だ。

 そういえば読むの忘れてたな……。

 電車の時間も余裕があったので、俺は封を開けて読むことにする。

 

 最初に書いてあったのが学生が武偵を辞める方法。

 柔らかく、丸っこい女性っぽい字とほのかに香る甘い匂いに疑問を感じながらも読みすすめた。

 

 

 

『武偵高校に通っている場合の転校方法

 

・武偵高校の生徒は使用拳銃等の登録は法律で四月と定められており、転校する場合は事前に申請しなくてはいけない。

・また受理されるまで数ヶ月~一年前の審査期間があるので来年の春に辞める場合は秋、できれば夏までに申請書類を提出した方が望ましい――――等々』

 

 うわ、こういうのがあったのかよ。

 そういや蘭豹にいろいろ書かされた覚えがあったなぁ。

 続いて金一さん本人のアドバイスが書いてあった。

 

 

 

『キミのお手紙を読みました。迷いと悲しみが文面全体からひしひしと伝わってきました。ル

ビコン川を渡るといいますが重大な決意のもと切実にこの文をしたためていたのでしょうね。

君の感じた苦労は私も感じたことがあります。誰だって実力以上の評価は肩の荷が重く辛い。

アナタはがんばったのでしょう。でも忘れないで欲しい。アナタの功績は確かに存在すること

「助かったんだ」と安堵の声を漏らし、アナタを讃える人々は確かに存在するのです。大切な

のは仲間……バカなやり取りも心地よいと思える友の存在と、救われた人がいるという事実。な

かなか心を開かれない犯罪者の方々もアナタを賞賛している声がある。ただそれでもダメなら

……かなり辛辣な言葉を書きます。武偵をキッパリとやめた方がいいでしょう。なぜならアナ

タが仲間をしんじることができないからです。そして運も実力の内という言葉を知った方がい

い。仲間を、信じてきた周囲の人々を振りかえって。その笑顔を、想い出してみてください。

これが私の助言です。難しく話したかもしれませんが簡単なことです。武偵である自分を誇れ

るか、それだけ。人を救い、相手も救う武偵は誰よりも誇り高く生きなくては辛いでしょう?

一つの真理に、四つの信念、七つの勇気。私なりの仕事のポリシーです心に止めおいてくださ

い。アナタとアナタの友人にも、ね。迷ったときは太陽を求めなさい。若いアナタに斜陽は似

合わない。

                                  ――遠山金一より』

 

 

 

 長い文面は詩的だった。

 七つの勇気とかの数字はなにを表しているか判らないが、諺的な意味かな?

 なるほど……

 

「わからん!」

 

 ごめんお兄さんよ、詩的での小説の一文としてはいいかもしれないんだけど、意味が判らんです。

 どうやら俺の凡俗な脳みそで理解できることは一割が良いところだ。

 つまり自分で決めなさいって言ってるんだよな?

 俺も手紙をちゃんと書けたわけじゃないし、仕方ないっちゃないのかな。

 戦徒契約の紙を取りだし、腕を組みつつ、

 

「これも悩みのタネなんだよなー」

 

 ピンポォ~ン!

 音程の外れた呼び鈴の音がした。

 誰かが来たのか?

 玄関のカギを外しながら、

 

「はいはーい、誰ですかっと」

「どーも、私たち突撃サンデーマガジンなんですが少々お話を――」

「あ、すいません新聞は間に合ってますんで」

「えちょ――!?」

 

 ガチャ

 ……たまにいるんだよなー、学生寮に入りこむ新聞屋とか。ちゃんと入り口に関係者以外立ち入り禁止って書いてあるのにさ。学生だからな、ちゃんと学校に通報しておこう。

 別にチッ、男かよどーせなら美人なお姉さんが来てくれたらいいのに、って思ってないからな。顔面偏差値が優秀そうなアナウンサー風の男にキレたわけじゃない。うん。

 ああいうのは契約時と集金のときに別の人が来るから、どのみちロクなのがいない。自分勝手な意見だけど。

 考え事を邪魔されて舌打ちつつ、リビングへと戻る。

 外は寒いし、バス停で待ちたくない、適当にゲームで時間を潰して三十分。

 ちょうどいい時間だ。

 

「今からバスで駅まで行けば、ぴったりだな。そんじゃ行くか」

 

 ピンポォ~ン!

 ……またかよ。

 ゲンナリしつつ、玄関の扉を開けると、

 

「だから新聞はいらないって………………キンジ?」

「…………あぁ……すまん、ちょっと……中入れて貰っていいか?」

 

 数日間音沙汰の無かったキンジが目の前に居た。

 武偵高の制服だが、シワだらけ、髪もぼさぼさで目にくまができている。

 尋常の様子じゃない。

 

「おいおい、顔青いぞ! とにかく入れよ」

「…………あぁ」

 

 もともと武藤みたいに騒ぐタイプじゃない。

 女子とも距離を取りたがる、不器用な奴だが兄に憧れて武偵を目指している男だ。

 それがこんな風になってるなんて……。

 幽鬼のようにふら付いた足取りで、リビングに腰を下ろした。ストーブを消したばかりだったが再点火。

 さすがにこのまま放置はできなかった。

 

「メシは?」

「……まだ、今日は喰ってないな……」

 

 夢破れた若者みたいに今も項垂れている。

 前髪で片目しか見えないが、その瞳は力なく光も薄い。

 

「なら喰ってけよ。今のお前、まるでゾンビだぞ」

「……はは、ひでえなソレ」

「ホントに調子狂うな……。少しにおうからシャワーだけでも浴びといた方がいいぞ。その間に作っておくからさ」

「……わりぃ」

 

 音を立てず浴室の扉を閉めるキンジ。

 料理といっても帰省する直前だったから、卵や肉類の食材がない。

 だがそこは男の一人暮らし。腐らない食べ物の備蓄は大量にある。

 袋のラーメンでいいだろう。寒いし身体もあったまる。

 水を沸騰するまで火をかけいる間に、具が無いのも寂しいので、ドライキャベツを解凍。ニンニクを二欠分スライス。フライパンの上にオリーブ油を垂らし、カリカリガーリックスライスを作成。

 麺を入れると白煙が上がる。肌に暖かさを感じつつ、ちょうどよく茹であがった麺に味噌調味料を溶かし入れるとふわりと濃厚な味噌の香りが室内を満たす。

 やばい微妙に腹減ってきた。今度、味噌ラーメン屋でも行こうかな。

 ラーメンの器に移してカリカリガーリックと解凍したキャベツを乗せて完了。

 

「よっしできたっと。さてキンジは……ってうわあっ!?」

「……おう」 

 

 す、既にテーブルにいるし!? 一声かけてから出やがれってんだ! 気付かない俺も俺だが……。

 まあとりあえずラーメンを目の前に置く。

 

「心臓に悪い……まあいいや。適当に食べてくれ」

「ほんと悪りぃ。いま自分の部屋には行きたくなくてな……」

「別にいいけど、言えたら後で話してくれよ」

「……ああ……」

 

 ズルズルと麺をすする音だけが部屋の中に響く。

 日が早くなって、外は既に夕焼けが見え始めていた。俺は部屋の隅に置いた椅子に座り、紙をのんびりと眺める。

 ……あー、ほんとこの紙がやばいなぁ。なんで俺はこう思った通りにことが運ばないんだろうなぁ。

 カサリと紙を探る音がした。キンジがボソリと呟く。

 

「……なあ、ケイは……やめるつもりなのか?」

 

 なんの脈略のない言葉。やめる……かぁ。たしかにこの連鎖は止めなくちゃいけないよな……。

 

「そう、だな。辞めるつもりだけど」

「本当にそうなのか? お前は結構、できる奴だと思うぞ……」

 

 キンジがこちらを見ている気配がする。

 そちらへは向かず、両手を頭の後ろに組みながら、

 

「俺はそんな凄い奴じゃない。重いんだよ……それにキツイ。積み重なっていくのがさ……」

「……お前も色々辛い思いしてるのか……」

 

 珍しい。いつもは謙遜するなって言う癖に。

 そろそろキンジの事情を聞くか。

 そう思って振りむこうとしたら、キンジの方から話題を振ってきた。

 

「兄さんが、行方不明になった」

「え?」

「……TV見てないか? 浦賀沖海難事故で船が沈んだ……そのとき一人の武偵が行方不明になったって話を、さ」

 

 そういえば、さっきニュースで言ってたな……あまりTVを見る方じゃないし、武藤たちと騒いでたしな。

 ……おい、その話の流れからすると。

 

「お前の兄さんって遠山金一さんか? まさか本当に?」

「あぁ…………試験の日に綴先生に呼ばれて、な」

「大丈夫なのか!? …………いや、悪い、だったら行方不明って言わねえよな……」

 

 口をつむぐ。キンジは項垂れたまま、力のない笑みを浮かべていた。

 

「……今まで手続きやらマスコミの奴らが大挙してやってきたから避けたりで忙しかったんだ……」

「手続きは判らねえけど……なんでマスコミが関わってくるんだよ。被害者に取材でもしたかったのか?」

 

 そのときキンジの目に僅かに憎悪の感情が宿った、気がした。

 ぎりりと歯ぎしりをする。

 手が真っ白になるほど拳を握り、テーブルの上に降らないはずの雨がぽつり、ぽつり、と木目をうつ。

 

「…………船が沈んだのは“武偵殺し”っていう犯罪者関わっているらしい……。兄さんは沈み始めた船の中で犯罪者と対決して、それで……うぅ……」

「……キンジ」

「兄さんは必死に乗客を避難させて、しかも一人船に残ったんだ! それがあの船の会社……クルージング・イベント会社は乗客の訴訟逃れでもしたいのか兄さんが悪いって言い始めやがった……!」

「おい……キンジ」

「『私たちの対応は問題ない。無能な武偵のせいでうちは被害に遭った。どうしてくれるんだ』……TVの前で被害者面だッ。……それにマスコミも便乗してバッシングが止まらなくなってる。ネットに、TVに、新聞に…………クソォッッッ!! 兄さんは最高の武偵なんだ! それを武偵のぶの字もロクに知らなそうな奴がしたり顔でいいやがって……ッ!」

「おい、キンジ!」

 

 もういい! それ以上言わなくていい!

 キンジの肩を掴む。

 中学から武偵を目指して、近接格闘でも勝てたことのなかったコイツの肩は、とても小さく思えた……。

 

「なあ…………ケイ、これ、ちょっと持っていっていいか?」

 

 キンジが手に持っていたのはテーブルの上に置いてあった金一さんの手紙。

 それの言わんとしていることは一目瞭然だった。

 キンジの家族は兄しかいない。いや、祖父母はいるから天涯孤独ってわけじゃないけど、親兄弟って枠組みなら両親がすでに他界し、兄の金一さんが一番身近な家族だったはず。

 きちーな……肉親を失う辛さを俺も痛いほど判ってる。

 だから俺は了承の意を伝えた。

 

「ああ、いいぜ」

「…………ありがとう。部屋ぁ……戻るわ……」

 

 キンジが背を向ける。

 普段は不知火や武藤と憎まれ口をたたき合いながら一年近く付き合いがある。

 このまま終わらすのはあまりにも後味が悪い。

 

「キンジ!」

 

 戸棚から取りだした鍵を放りなげる。

 声に反応して振り向いたキンジが、飛来してきた鍵を反射的に受けとる。

 チャリッ!

 

「これは……」

「合鍵だよ。武偵憲章第一一一条だっけか? 『仲間を信じ、仲間を助けよ』ってな。通報したけど、うるさいマスコミっぽいのも侵入してた。自分の部屋より、俺んとこなら少しは平和に過ごせるぜ」

「ははっ……憲章増えすぎだろ……」

 

 俺がふざけて言うと、キンジが少し眉を緩めて苦笑した。

 「サンキュ……」といって部屋を出ていった。

 俺は携帯を取りだし、じーさんに電話する。

 

『じーさん? 悪いんだけどさ、ちょっと今年は実家に帰れなさそうなんだわ。理由? …………あーなんての? 男にゃ戦わないといけないときってあるだろ。その背中を支えるやつも必要かな……ってさ。あーうん、命日には行くよ。じゃあ――』

 

 一通り話して電話を切る。細かく言うのは照れ臭いというかデリケートなので誤魔化しながら。

 俺は紙――戦徒契約の文面を見ながら、

 

「やっぱ任務、受けるのはしばらくやめよう。戦徒契約もなぜかショタ系の野郎ばかりやってくるし…………それにキンジの兄さんが頑張ったのに、行方不明でバッシングとか酷ぇ。母さんも父さんも死んで、俺も死んだらじーさんも泣くのかな……」

 

 他にも最近、悩んでいた最大の理由もある。アレだけはダメだ。チキンハートの俺にゃ重すぎる。

 そいつを止めるためにも任務を受けるのはやめよう。やればやるだけドツボにはまる。命がいくらあっても足りない。

 幸い今季の単位は十分にある。授業を真面目に受ければ進級は問題ない。

 

「危険が多い武偵はそれだけ事故もあるってわけだ。みんなには悪いけど、俺はもう無理だわ……」

 

 じーさんには……言い訳はできるだけ後にしよう。

 でも戦徒契約はどうすっかなあれ断るのも結構キツイけど……。

 

「そういやあれって後輩指導がメインだったよな? 低ランクの先輩に高ランクの後輩が付くのは教務科からも止められるっていうし…………転科するのもいいかもな」

 

 俺は聞きたいことがあったので、もう一度じーさんに電話することにした。

 そのあとは荷物を広げながら、転科と転校について調べていく。

 キンジはその日帰ってくることはなかった。

 

 

 

 次の日の朝。

 一晩経ってふっきれたのか、妙に晴れ晴れしたというか、覚悟を決めた男のようにキンジがやってきた。

 開口一番。

 

「ケイ、サンキュ。いろいろ世話になったわ。まだマスコミとかはうるさいけど、俺は俺の道を行こうと思う」

 

 もしかしたらキンジは武偵をやめる決意をしたのかもしれない。

 あれほど酷い目に遭ってるんだ嫌いになってもしょうがない。

 俺はかける言葉が見つからず「そっか」とだけ呟いた。

 するとキンジは真っすぐ俺の方を見ながら、

 

「なあ……ケイはやめるつもりなんだよ、な?」

「ああ、そうだな。そのつもりだ」

「……お前は素質あると思うよ。なにもやめなくとも……」

「言っただろ。積みかさなる重さがキツイってよ。諜報科も危険がないわけじゃないし、探偵科(インケスタ)にでもなろうかと思ってるわ。母さんも同じだったらしいし」

 

 母さんはEランクで探偵科(インケスタ)を卒業したらしい、と昨晩じーさんから聞いた。Dランクは父さんとの結婚資金を稼ぐために頑張ってランクアップしたとか。

 探偵科にしたのは、まあ母さんが探偵科だったからって理由だ。別に深い意味はなく、どれでもよかったからな。

 なんか自分本位なところが見え隠れしているけど、俺もそんなところは母さんの血を引いているのかもな。

 キンジは考え込むように俯いたあと、

 

「なら、俺も探偵科(インケスタ)になる。責任取りたいしな……」

「責任? 判らんけど……諜報科は独立独歩って感じで親しい奴はいなかったし、面白いかもな。授業のときは頼りにしてるぜキンジ」

「ああ任せろケイ。…………俺なりに、な」

 

 

 

 




次回は三人称。できれば三学期登場のアリアにも絡めればと思います。

あと前話で11月としましたが12月に修正しました。
記憶が正しければ、原作だと浦賀沖海難事故は冬としか書かれてなかったんですが、漫画アリアだと12月24か25日ってあったので。

手紙ネタ連続ですいません。これ以降はまずないかと思われます。カナは天才なんだからもうちょっといい文は思いつかないの? とかはご勘弁を。作者の頭脳じゃ精いっぱいです……。
これ勘違いっていっていいのかなぁ……変則勘違い?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

双剣双銃と円の出会い

 それはそれは素敵で純粋な呪文。

 陳腐だけど心に残る歌詞がある。

 

『世界の全てが敵にまわっても、君がいれば大丈夫』

 

 それは親友だったり、恋人だったり、我が子であったり。

 歌でなくとも、映画や物語ではたまにあるだろう魔法の言葉。

 だがキンジは、違うのだと、まやかしであると悟った。

 各新聞社は一面に大々的に報道した。

 

『大事故! 浦賀沖海難事故で船と漁業被害は合わせて十億円以上! 一部では訴訟の動き!?』

『クルージング・イベント社の対応は及第点! 同乗した武偵が無能を晒した!?』

『被害に遭った乗客は武偵に訴訟は起こせないかと抗議! 法律ではどう解釈する?』

 

 なぜ助けるために頑張った者が責められないといけないのか?

 いや、真実など彼らにはどうでもいいのだろう、ただ面白半分にTVで報道し、視聴者の興味をひければいいのだから。

 記者とカメラを片手にマスコミは好奇の視線で少年に詰め寄る。

 

『アナタのお兄さんが事故を防げなかったそうですが、それについて一言お願いします!』

『弟なんだから謝罪の一言くらいないんですか! それが武偵を目指す人なんですか?』

『おいおい子供じゃないんだからダンマリはよくないよ? そんなんじゃ心象悪くなるってわからない? ゴメンナサイって言えばいいんだよ』

『両親がいないんだってね。もしかしてお兄さんは普段の素行が悪い部分もあったんじゃない? ねえそこら辺教えて貰ないかなー?』

 

 デリケートな部分にも否応にもなく踏みにじる者たち。

 集団で子供を追いまわす姿を咎めるものは少なく、目を閉じ、耳を塞いで逃げるしかなかった。

 ネットは嘲弄で無責任な文字を打ちこみ騒ぐ。

 

『この前、沈没事故って無能な武偵のせいで沈んだって聞いたぜ。マジ死ねばいいのに。浜辺に船の油が漂着してくせぇ』

『名前なんだっけ?』

『猿山だっけシラネwwでも偉そうに武偵なんてカッコつけて死ぬとかイミフww自分の頭の中でも探ればいいんじゃねww』

『犯罪者よりアイツラの方がアブねージャン』

『武偵なんてそんなもん。探偵気取った奴らがうまく金を吸い取るシステムを作っただけに過ぎないよ』

 

 お前たちは何を知っているんだ? 武偵という職業で救われた人だって多いはず。

 だが百の成功より一の失敗を彼らは嗤い、指摘する。

 中には真面目な意見があっても「自演乙ww」「身内だろ?ww」などと書かれ、まるで聞く耳を持たない。

 携帯の着信には『星伽 白雪』の名前がズラリと並ぶ。だが出る気にはなれなかった。そんな余裕もなかった。

 

 キンジは思う。

 これが自分の目指した武偵の姿なのか? 死体に石を投げるような仕打ちをする……そんな奴らを護るのが自分の目指した仕事なのか?

 人を護ろうとしたのに後ろから刺され罵られるような仕打ち。

 兄が行方不明という事実だけでも気絶しそうな衝撃を覚えたのに、世論はさらに彼の心を抉る。

 絶望という言葉は、望みが絶たれるとも書けるが、絶たれるというより熱意や希望、感情などをゴッソリ抜き取られるものだと感じだ。

 取材陣の目から避け、捜査願いを出したり、警察に兄の特徴などを聞かれたりと過ごして数日。

 学生寮にも忍びこむのだから、その歪んだ熱意に恐怖すら覚えていた。

 中学から武偵として磨いた、犯人の視線を逃れる隠蔽技術、誰かいないか探る捜査技術などなど……記者から逃れるのに使う自分の姿にキンジはそこはかとない笑いがこみ上げる。

 まるで犯人のようだ、と。

 

 体力も精神もガリガリに削られ、ただ眠りたかった。

 しかし自分の部屋の前には記者の姿。舌打ちをする。「しつこい」と吐き捨てるように呟いた。

 運良く、教務科の先生が摘まみ出していたが自分の部屋に戻るのも嫌な気分だった。

 それでも自分の部屋はそこしかない。

 友人たちも単位集めに年末の依頼を受注して大忙しか、余裕な者は実家に帰省しているのが大半だろう。

 ただ通路を歩いているとゲームらしき甲高い音がした。心に余裕が無い分、神経が尖り、僅かな物音を察知できたのだ。

 場所は自分の隣の部屋――一年足らずの付きあいだが、犯人にも情を移す、生粋のお人よし。

 

 キンジと違い、大石啓という男はとにかく騒がしい。

 武藤と教室で堂々と猥談をしたり、芸能やアイドルの話題に一喜一憂したり……でも依頼ではここぞという場面で現れ、劣勢でも一気に覆す。

 その鮮やかさと凄さは一度組んだだけでは判らない。数回パーティーを組んだとき、狙っているのだと理解できる。

 将棋やチェスを指す相手を盤面ごとひっくり返すのがアイツの得意技だと誰かが苦笑いして言っていた。

 今はただ誰かに会いたい。

 そんなときにしっかり居るケイに、キンジは少しだけ口元をゆるめながら、指は呼び鈴を押していたのだった。

 

 

 

 

 

「だから新聞はいらないって………………キンジ?」

「…………あぁ……すまん、ちょっと……中入れて貰っていいか?」

「おいおい、顔青いぞ! とにかく入れよ」

「…………あぁ」

「メシは?」

「……まだ、今日は喰ってないな……」

 

 そんな余裕すらなかった。

 貯金は依頼をこなしていたから余裕がある。

 都内のビジネスホテルに泊まっていたのだ。

 食事はコンビ二でパンやおにぎりで済ましていた。

 

「なら喰ってけよ。今のお前、まるでゾンビだぞ」

「……はは、ひでえなソレ」

「ホントに調子狂うな……。少しにおうからシャワーだけでも浴びといた方がいいぞ。その間に作っておくからさ」

「……わりぃ」

 

 寮の作りは基本どの部屋も同じ。

 キンジは勧めるがままにシャワー室へ入る。

 シャァァァァァ……

 暖かい湯水が肌に沁みる。たった数日なのに、長いこと暖かさを忘れていた気がしていた。

 シャンプーも失敬してキンジは頭を洗う。柑橘系の香りに包まれながら泡を流す。

 壁を背にすると、ひやりと冷たい感触。だが温水の雨が頭上に降りそそぎ冷気は消えていった。目をつぶり顔をあげる。バチバチと顔に当たり、湯けむりが室内を白く染めていった。

 体温の上昇に伴い、血流が増し、淀んでいた血液も正常な流れでどんどん脳へと送られていく。

 

 綺麗に流れていくお湯とは裏腹に、心は黒く淀んだ思いがこびりつく。

 内心にぐるぐると渦巻くのはマスコミや、無遠慮な人々の悪意。ネットで放たれた言葉が鋭い刃となって己の心を傷つける。うっ屈した想いを抱いたまま、十分ほど、ただぼうっとシャワーにうたれるがままになっていた。考えすぎか、無意識の行動か、気づくとキンジはテーブルに座っていた。

 

「よっしできたっと。さてキンジは……ってうわあっ!?」

「……おう」 

「心臓に悪い……まあいいや。適当に食べてくれ」

「ほんと悪りぃ。いま自分の部屋には行きたくなくてな……」

 

 侵入した記者はドアの前にで呼び鈴を押し、中には窓から撮影を試みるマスコミもいる。

 部屋のPCでネットの内容を見てしまい、無情な批難を見る場合だってあった。今はあまり近寄りたくなかった。

 

「別にいいけど、言えたら後で話してくれよ」

「……ああ……」

 

 濃厚な味噌の味とニンニクの香りが喉と鼻を刺激する。

 温度的にも、栄養素的にも、暖かく気遣いのあるラーメン。

 こういう、ささやか気遣いも大石啓の魅力だった。

 だがキンジが気になったのはふわりと鼻に薫った香水の甘い匂い。発生源はテーブルの隅に置いてあった手紙だった。

 目に入ったのは偶然。ただそれが兄、金一からのものだと自然と判った。

 香水の匂いは女装した兄が使う香水と同じだったからだ。

 文面を見て、キンジは呟く。

 

「……なあ、ケイは……やめるつもりなのか?」

「そう、だな。辞めるつもりだけど」

「本当にそうなのか? お前は結構、できる奴だと思うぞ……」

 

 キンジのケイに対する評価は高い。

 近接戦闘は入試で見せたまま、それ以降は発揮することは少なかったが、なにより対犯罪者の先読み能力では極めて優秀な技能を有する。

 気付けば先回りをして犯罪者を取りにがす余地を残さないのだ。それでいて、仲間の武偵たちの活躍をさせるように動く。

 自分は裏方に徹し、だけど他者には気持ちよく依頼を消化させる。中には逮捕された犯罪者もケイの姿と言動を見て、更生する者すらいる。

 その縁の下の精神を評価する者は少ないが、確かに存在していた。

 ケイは自嘲げな表情を浮かべる。

 

「俺はそんな凄い奴じゃない。重いんだよ……それにキツイ。積み重なっていくのがさ……」

「……お前も色々辛い思いしてるのか……」

 

 謙虚過ぎるケイ。だからこそか、不思議とキンジの口は動いていた。

 

「兄さんが、行方不明になった」

「え?」

「……TV見てないか? 浦賀沖海難事故で船が沈んだ……そのとき一人の武偵が行方不明になったって話を、さ」

「お前の兄さんって遠山金一さんか? まさか本当に?」

 

 ケイは先読みに優れる。

 諜報科にいてTV関連の情報収集を忘れるわけがない。

 キンジはそれが彼なりの気遣いだろうと感じていた。

 

「あぁ…………試験の日に綴先生に呼ばれて、な」

「大丈夫なのか!? …………いや、悪い、だったら行方不明って言わねえよな……」

「……今まで手続きやらマスコミの奴らを大挙してやってきたから避けたりで忙しかったんだ……」

「手続きは判らねえけど……なんでマスコミが関わってくるんだよ。被害者に取材でもしたかったのか?」

「…………船が沈んだのは“武偵殺し”っていう犯罪者関わっているらしい……。兄さんは沈み始めた船の中で犯罪者と対決して、それで……うぅ……」

「……キンジ」

 

 胸に渦巻くのはドス黒い感情。

 思いだすだけでキンジは怒りがこみ上げてきた。

 

「兄さんは必死に乗客を避難させて、しかも一人船に残ったんだ! それがあの船の会社……クルージング・イベント会社は乗客の訴訟逃れでもしたいのか兄さんが悪いって言い始めやがった……!」

「おい……キンジ」

「『私たちの対応は問題ない。無能な武偵のせいでうちは被害に遭った。どうしてくれるんだ』……TVの前で被害者面だッ。……それにマスコミも便乗してバッシングが止まらなくなってる。ネットに、TVに、新聞に…………クソォッッッ!! 兄さんは最高の武偵なんだ! それを武偵のぶの字もロクに知らなそうな奴がしたり顔でいいやがって……ッ!」

「おい、キンジ!」

 

 肩を掴まれる。だがキンジは俯いたままだった。

(ケイだって辞めようとしてる、俺ももうたくさんだ。武偵なんか辞めて一般校にでも――)

 そのときカサリと手に触れる紙の感触。

 鼻にふわりと懐かしい匂いがした。昔の思い出がふと蘇った。

 キンジは母親を失い、泣いていた。

 金一はそんなキンジを慰めようと女装をしてカナとなった。まだ幼い弟の心を護るために。

 

「なあ…………ケイ、これ、ちょっと持っていっていいか?」

 

 ケイの目線が下がり、手紙に目が止まる。ふっと笑い、

 

「ああ、いいぜ」

 

 気持ち良く了承した。

 彼にも判っていたのだろう。

 たぶん手紙を読むと泣いてしまう。そんな姿を友人には見せたくない。

 キンジは立ちあがり、部屋に戻ることにした。

 

「…………ありがとう。部屋ぁ……戻るわ……」

「キンジ!」

 

 条件反射でキャッチしたのは鍵。それは気持ち、暖かかった。

 

「これは……」

「合鍵だよ。武偵憲章第一一一条だっけか? 『仲間を信じ、仲間を助けよ』ってな。通報したけど、うるさいマスコミっぽいのも侵入してた。自分の部屋より、俺んとこなら少しは平和に過ごせるぜ」

 

 おちゃらけながら、親指を立てる。重い空気は霧散していた。

(……まったく本当にいつも決める奴だよお前は)

 思わず笑いがこみ上げる。

 数日ぶりの笑顔だった。

 

「ははっ……憲章増えすぎだろ……」

 

 キンジはそういって自分の部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 現在も行方不明となった兄、金一の捜索はされているが、沈没時は荒れくるう嵐の真っただ中。そして真冬。希望を抱くにはあまりにも厳しい現実だった。

 キンジもまた兄の生還を願いつつも絶望していた。

 空は星灯りが見えず、東京の人工灯が波に反射してゆらゆらとゆれる。

 ベット横の照明をつけつつ、手紙を開く。

 薔薇を基調とした香りが鼻腔を強く刺激する。ある意味これが兄の最後の形見と言っていい。

 他にもあったバタフライナイフとベレッタM92Fも御守りとして持っている。

 

「兄さん……ぅ……」

 

 ベットにも入らず、窓の前であおむけで手紙を見る。

 灯りはベットの横のライトのみ。下手に灯りを付けるとまたうるさい奴らがくるかもしれないからだ。

 また込み上げそうになる涙を抑えつつ、ゆっくり、ゆっくりと文面を読む。

 それが友人に当てた手紙だと判ってはいても、兄が残した最後の言葉でもある。

 だが読んでいくうちに不思議な感想を抱くようになった。

 

「……これは……何かおかしく、ないか?」

 

 違和感。

 勘違いなどの部分はおそらくケイが謙虚ゆえに、それに類する言葉を送っているのだろうとは想像できる。

 しかしおかしい。

 

「『アナタもアナタの友人もね』……ってまるで俺に対しても言ってるような……」

 

 武偵の性か、それとも常に目標としてきた兄の言葉からか、その裏があるように思えてならない。

 いつしかキンジは食い入るように手紙の文面を凝視していた。

 

 十分……一時間……。

 

 時計の秒針はコチコチと時の音を室内に響かせる。

 壁に背をもたれて読む。

 ベットの上でうつ伏せになりながら文字をなぞる。

 ベランダに出て、空を半分覆っている星雲の下、頭を冷やしながら手紙を眺める。

 

「……くそッ……やっぱり気のせいなのか? だが『一つの真理に、四つの信念、七つの勇気』なんてポリシーは聞いたことないぞ」

 

 判らない。やはりなにもないのか?

 だが一度、疑問に思ったらならトコトンやるべし、ともある。

 キンジは飽きることなく手紙を片手に一夜を過ごした。

 

 チュンチュン

 小鳥のさえずりが耳に届く。瞼の裏を焼く陽光。ゆっくりと開けると太陽が出ていた。

 

「あ……寝ちまってたのか……」

 

 床の上で寝てガチガチに固まった筋肉を軽く動かしながら起きあがる。

 どんな最悪な日々でも朝日は全てに平等だ。

 雲ひとつない晴天を眩しく見つめながら、キンジは手紙を広げた。すると――

 

「……これは!?」

 

 文字に太陽にかざすと特定の文字だけ、うっすらと痕が見えた。

 微量の油が用紙についたように、ごく一部だけ付着した痕が浮き出ていたのだ。

 そのときバラバラだったパズルのピースがかちりと嵌った。

 

「『迷ったときは太陽の光がアナタを導くでしょう』……そうか、そういうことかっ」

 

 ただの油ではなく、特殊な紫外線だけに反応する香料を使っている。

 もともと医学に精通した兄は薬品には詳しい。

 そして、手紙に散りばめられたヒントの数々。

 斜に構えて……一、四、七の数字……心に止める……。

 

「斜めに、一四七行目……止めるのは……七文字ってことか」

 

 浮かび上がった文字はバラバラで、漢字も含めてあった。

 だが全ての意味を理解したとき、キンジは笑った。

 あまりにもおかしくて、ても嬉しくて、涙を流しながら呟く。

 

「……は……はは……ははは! 『キンジがんばれ なかまをしんじ なかまをたすけよ』……本当に、最高の兄だぜ……ッ」

 

 あまりにも簡素な言葉。

 だけどそれは確かに、亡き兄が自分を励ます黄泉からの言葉だと感じた。

 不思議と心の中がスッと軽くなる。

 茶封筒に入っていたらしい手紙。

 だが最後に遠山金一の名前はあれど、宛名は書いていない。

 

「ケイというより、俺に対してだったのか……」

 

 文面を読んでわかった。

 実力以上の評価とは大石啓ではなく、HSS……ヒステリアモードというスーパーマン状態になってしまうキンジに対しての言葉。

 それならばしっくりとくる。

 兄、金一はもしものために、この手紙を送ってきたのだ。

 だが新たな疑問も出てくる。

 それは友人のケイについて。

(だけどケイもまた悩んでいたのは事実だった……じゃあ俺とケイの両方だったのか?)

 友人もまた武偵について悩んでいた。

 文面にもケイと友人――つまりキンジに対してと暗にほのめかしていた。

 では、その彼が辞めると明言したことの真意は?

 そこまでの事実に思いいたりキンジは愕然とした。

 

「……俺か……? もしかして……俺のことが、アイツの最終的な決断を後押ししてしまったのか……?」

 

 マスコミやネットで兄や自分が叩かれていることは既に承知のはず。

 悩みつつも歩みを止めなかった一人の将来有望な武偵であり大切な友人。

 だが……彼は決断したのだ。もう武偵になるのは諦めよう、と。世間に武偵に失望したのだ。

 夕陽に照らされながら、深く底の知れない黒曜の瞳は失意に沈んでしまった。

 それは仕方ないかもしれない。

 明日無き学科と言われる強襲科は生存率97.1%。2.9%は卒業をまたず、事故などで死亡する。他の学科でも死亡する生徒は、ごくわずかだが……確かに存在していた。

 もともと一般校出身の大石啓は冷静に考え、結論を下した。ならば自分がとやかく言うべきではない……だが。

 キンジは活力が戻った瞳で晴れた空を見上げる。

 

「俺は武偵を、諦めない。兄さんを超える武偵になって、そして武偵殺しも捕まえてやる。……ケイ、これは俺のワガママだが……お前はやっぱり凄い武偵になれる。『仲間を信じ、仲間を助けよ』……自分勝手かもしれない……だが今度は俺がお前を助けてみせる!」

 

 脳裏を焦がすのは、半年前の麻薬少女たち。彼女たちは他の誰よりも熱心に、全力でカリキュラムをこなし更生の道を爆進中だった。

 犯罪者すら魅了する素晴らしい友人をこのままにしてはおけない。

 優しく諭すような手紙。それを見て、片方が武偵を諦め、片方が武偵を再度目指す……なにか悲しかった。

 しかし彼の決意は固いように見えた。

 言葉を口にしても、ただ闇雲に説得してもダメだろう。

 悩んだ末、出た結論は同じ科目を選択すること。

 敵を知り己を知れば百戦危うからず。近いほうが行動もしやすい。

(俺だけじゃない……他にも頼もしい仲間(・・)たちがいる。俺なりにやってみせる……)

 夢をあきらめた友人を立ち直らせるため、キンジは第一歩を踏み出した――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 羽田空港、国際線。

 ファーストクラスの乗客にのみ許されたVIP専用の出入り口から一人の少女が現れる。

 ピンクのツインテールを揺らし、カメリアの瞳は真っすぐ前方を見据えながらきびきびを歩く。

 小学生にしか見えない小柄な少女がたった一人で進むのだ。

 近くの人間はぎょっとしながらも声を掛けることはできなかった。

 そうさせるほどの風格が少女にはあった。

 桃色の唇が開く。

 

「相変わらずゴミゴミしているわね。だけど……この日本に来ているはずね“武偵殺し”は……」

 

 コツコツと荷物の受け取りに向かう。

 彼女の目的はある組織の者たちの逮捕。

 そしてその犯罪者たちが行った罪を被らされた女性の冤罪を証明するため。

 武偵殺しもその組織のものだった。

 ひらりとスカートが舞う。ふとももには二丁の拳銃が見え隠れしていた。

 それを見咎めた空港の職員が目を細めて少女に近づく。

 

「すみませんがそのスカートの下に隠しているものはなんですかね?」

 

 百九十はあろう巨漢が少女を見下ろす。

 並の人間ならその威容に驚き、目を伏せてしまうくらいに……。

 さらに万が一のことがあってはならないと警備員もさりげなく周囲を固めていた。

 だがそんなことはおかまいなしに、少女は目尻を上げながら、

 

「あら、日本の男性に英国紳士の真似をしろとは言わないけれど、いきなりレディに向かってスカートの中身を見せろとはHENTAI国家というのもあながち間違いじゃないのね」

「……保安上の理由です。こちらに来ていただけますか?」

 

 こめかみに青筋を浮かべた男性が近づくと少女はバッと手帳を見せた。

 

「これは……」

「神埼・H・アリア、武偵よ! 帯銃の許可くらいちゃんと貰っているわよ。それくらい搭乗者記録からちゃんと調べなさいッ!」

 

 一喝して少女は去っていく。

 国家間の法律の違いなどケースバイケースではあるが、武偵は航空機に銃器を持ちこむとは可能だ。

 彼女は欧州でも有名な武偵の一人。

 その活躍から双剣双銃(カドラ)のアリアという二つ名も持っている凄腕武偵。

 武装しながらファーストクラスに入れたのも、万が一ハイジャックなどの事件が起きても早急に解決できるよう準備していただけだ。

 それくらい調べれば判ることをわざわざ職員が連れて行こうとするのだから、怒るのも無理はなかった。

 二本髪を揺らしながら、進み手荷物を受け取る。

 ガヤガヤと賑やかな空港を出ると、黒塗りの車が彼女を待っていた。予約していたのだ。

 運転手に荷物を渡す。

 空を見上げながら彼女は呟いた。

 

「イ・ウーの奴らなんて、みんな私が捕まえてやるんだから。だから待っててねママ……早く無実を証明して見せるからッ」

 

 

 

 

 数日後――

 

 アリアは女子寮に荷物を運びいれ、学園島や東京の主な場所も全て頭に叩きこんだ。

 本日は登校日。

 東京武偵高校での生活が始まる。

 

「……これで準備はオーケーね」

 

 お気に入りのヘアピンで前髪を止め、立ち上がる。

 まだ高校一年生。三学期からの編入だが成績に問題はない。

 欧州でも強襲科のSランクとして活躍したプライドもある。

 だが重要なのは他にあった。

 時間まではまだあったので、PCを開き、知り合いの武偵に調べて貰った生徒の記録を出す。

 まずどういう人材がいるのか知りたかったので、質より量……大半の生徒の記録がある代わりに写真などはなかった。

 

「狙撃科のSランク一年レキ……寡黙だが依頼は着実にこなす、ね。これはキープしましょう。超能力捜査研究科のAランク星伽白雪……接近戦もこなすが能力は不明、優等生だが感情が不安定。連携に難しいわねパス――」

 

 武偵にとってパーティーは重要だ。

 ただ彼女は基本、一人で任務を行うことが多かった。

 だが先日、新宿警察署で母親と面会したときに口を酸っぱくして言われたのだ。

 

 ――優秀なパートナーを見つけなさい、それが貴女のためにもなるから――

 

「…………判ってるわよ、それくらい……」

 

 マウスを動かしながらスライドさせると彼女は口元を緩める。

 

「やっぱり最有力候補はこれね」

 

 マウスをクリック。

 ぴっと表示されたのは大石啓一年という文字。

 左手を顎に沿えながら情報を精査する。

 

「大石啓一年、武偵歴一年弱だが将来有望な武偵。二つ名は“円”《シルクロ》の啓。強襲科Sランク、諜報科Cランク、今季は探偵科へ移る。転科直後のためランクは暫定E、様々な技能を磨こうとする向上心はプラスね。しかも連続検挙率77件達成中、同じメンバーでやることを良しとせず、様々なメンバーで今も依頼をこなしている。その高い柔軟性や協調性が二つ名の“円”の由来である……か。あたしにピッタリじゃない! あとはあの噂さえなければ、だけど」

 

 画面をスライドさせて出てきたのはもう1つの情報。

 『大石啓の二つ名は妥当ではないのではないか?』という言葉を始めとした問題。

 武偵では二つ名は凄腕の称号としてブランドの一つとなっている。

 授与できれば知名度はうなぎのぼり、個人指名されやすいし、依頼者の中には二つ名の武偵にしか依頼をしない者までいる。

 そんな中、彗星のごとく現れた新人に当初は新年には正式に発表となる見通しであった。だがそれに異議を唱える者が現れた。

 現在はCランク武偵ではないか、それに一部の者が働きかけて要望しているではないか、と。

 事実、秋ごろから一部の武偵たちが大石啓という少年に二つ名を与えるべきと主張する動きがあった。

 上でごたごたしている間、結局二つ名の公表は春以降とされている。

 だがアリアにとっては関係なかった。

 二つ名があろうがなかろうが関係ない。有望ならパートナーに少々強引な手を使ってでも引きずりこむ。

 

「どのみち時間(・・)がないわ。少し手荒なまねをしてでも引き込まなくてはいけないわね」

 

 PCの電源を落とし立ちあがる。

 鞄を片手に髪を払う。。

 トットットッと体重を感じさせない足取りで玄関から外に出ていった。

 

 一月の東京。

 ヨーロッパと比べて湿度のある空気に少しだけ目を細める。

 だが大都会とあって気温はそこまで低くない。

 空気が悪いが、朝日は心地良い。

 母親と久しぶりに会え、パートナー候補も豊富そうな東京武偵高校、武偵殺しも僅かだが手がかりも見つかった。

 全ての風が自分の良い具合に吹いていると思えた。弾んだ気持ちで通学路を走っていく。

 アスファルトの道を掛けながらアリアは武偵高を目指していると、

 ドガァンッ!

 轟音が静かな朝を破る。

 道の先で突如、車が衝突し、一台が横転。

 横転した車にぶつかってきた車の中から数人の男たち出てきて、拳銃を片手に銃撃戦を始めたのだ。

 

「登校初日から事件なんて……面白いわ、ねッ!」

 

 ジャキジャキィ!

 二丁のガバメントを持って、ツインテールを後ろに流しながら疾走する。

 距離は三十m……二十m……十m。

 犯人が気付き、振り返る。だが遅い。

 ドンドン!

 

「コノ……チビッ!」

「そんな腕前でアタシに当たるわけないでしょ!」

 

 相手は四人――内二人の拳銃を弾く。

 銃口から射線を予測。

 避けざまにゴムスタン弾を肩に撃ちこむ。苦痛に歪み身体を折る。

 くの字に折れた相手の顎に素早く蹴りを一線。

 

「がはぁ!?」

「……ぐぇ!」

「あと二人!」

 

 もう一人には拳銃を複数個所撃ちこむ、痛みで気絶させる。

 最後の一人――というところで犯罪者は大声で、

 

「止まれぇ! 止まらないとコイツを撃つぞ!」

「……い……いや……ッ!」

「チッ……人質ね」

 

 横転した車の前に銀色のアタッシュケース。

 空いた中身は札束が大量に入っていた。

 現金輸送車を襲ったか、銀行強盗か……人質がいる点から銀行強盗の線が強いだろう。

 追ってきた数人の武偵たちも手出しができない。

 

「よ~しオメエらぁ……拳銃は捨てろよ、じゃないとこのアマの頭を撃ち抜く!」

「面倒ね……」

 

 せめて僅かな隙さえ見つかれば……そう思ったとき、いきなり横転した車の裏から、

 チャリンチャリンチャリンッ!

 人間悲しいもので硬貨の落ちた音には無意識に反応してしまうものだ。 

 それが人の金を掠め取る者ならなおのこと。

 首だけ右を向いた瞬間、

 

「――あ?」

「――今!」

 

 拳銃を投げ捨てながら小柄な体格をさらに低くして急接近するアリア。

 肌を撫でる空気を感じながら、犯人の目がこちらを捉えたときには、

 

「ぎゃふぅ!?」

 

 拳銃をカチあげた勢いのまま腹にひざ蹴り。

 身体を崩したところで首裏に肘打ちをして気絶させた。

 捕まっていた女性は一度恐怖に顔を歪めたが、大丈夫だと判ると、急いで武偵たちの元へと逃げていく。

 髪を払う。

 武偵グループのリーダー格らしい男が握手を求めてきた。

 

「ありがとう助かったよ。小さいのに凄いね」

「小さいは余計よ! それより、さっきの音は貴方たちの仲間?」

 

 その言葉に相手は微妙な顔つきで否定する。

 

「いや、違うな。…………まあ運悪く銃撃戦に巻きこまれたってところだろう」

「ふ~ん、ちょっと失礼するわね」

 

 仮にも硬貨をバラまいて犯人の意識を逸らしたのだ。

 ちょっとした興味で車の裏を覗く。

 すると「ナイス機転!」「いや、ちょ!?」とバンバン肩を叩く者と、困惑している黒髪の少年がいる。

 寝ぐせがたち、眠たそうな目つきが特徴的だ。

 叩かれている方は散らばったお金を拾おうとしているのに、叩かれてさらに散らすという状態だった。

 アリアは気にせずずかずかと進む。

 

「ちょっといいかしら?」

「え? …………おおっすんばらしくキュートでデコ可愛い! なんですか麗しいお姫様! アドレス交換ならいつでも受け付けていますけど!」

 

 困惑した表情をあっという間に引っ込めて満面の笑みを見せる。

 アリアはボンッ! と瞬間沸騰。仕事の賞賛はともかく、容姿をストレートに褒められるのは慣れていないのだ。

 

「にゃにゃにゃァ!? にゃに言ってんのよアンタバカなの!」

「あだ!」

 

 スパン!

 アニメ声で喚き散らしながら思わず叩いてしまう。

 膝をついていた相手の頭の位置がちょうどいい具合にあったのも原因と言えば原因だった。

 さすりさすりと痛そうに頭をさする男。

 動揺を隠すように早口で先ほどの件について聞く。

 

「とととにかく、さっきは助かったわ! あんた名前はなんていうの!」

「えっとー大石啓って言うんだけど。あ、一年ね! よろしくっす!」

「そ、そう。私は神埼・H・アリア! 一年よ。今日から東京武偵高校に転校してき、て……って大石啓?」

「あっと、そうだけど?」

 

 このときケイはさりげなく二つのファインプレーを行っていた。

 一つはアリアの言動。

 我が強く、上から目線になりがちなアリアの言葉に反発する者は多い。事実、今も一方的に叩かれている。だが可愛いが正義! の彼にとっては些末なことだったのでスルーしていた。

 さらに年齢。アリアの体格はおせじに見ても幼い。小学高学年といっていい。だが鉄鼠という先生なのに成人を過ぎたロリ可愛い教諭もいたので特に気にすることはなかった。

 だが相手の機微に疎いアリアもまた、そんなケイの対応をスルーする。

 それ以上に重要な情報があったからだ。

 

「じゃあアンタがあの(・・)大石啓ってわけなのね。ふーん……」

「え、俺なんかやったっけ?」

 

 じろじろと観察するアリア。

 美少女に見つめられるのは嬉しいが、下手なことを言っても逆上されそうだと感じケイはじっとこらえる。

 だが不機嫌そうな顔でアリアは、

 

「ちょっと立ってくれない?」

「あ、ああ、いいけど……」

 

 立てと命令する。

 戸惑いながらも立ち上がるといきなりアリアはパンッ! と足払いをしてみせた。

 意味が判らないまま、転倒し、青空を見上げるケイ。

 そんな相手を情けないとばかりに罵る。

 

「武偵憲章第五条――『行動に疾くあれ。先手必勝を旨とすべし』。今のだけでも風穴だらけになるわよアンタ! 隙だらけだし、どーしてこんな攻撃も避けれないの!」

「いや、さすがにいきなりやられたら、ちょっーっと無理かなー、と」

「『無理』『疲れた』『面倒臭い』、この三つは人間の無限の可能性を押しとどめる悪い言葉よ。そんなんでよく二つ名を得ようとしたわね」

「良く判らないけど、そんな悪い言葉なのかな? 疲れたり、面倒臭いって思うのは、割と普通にあるよーなって思うんだけど。人間辛いときだってあるし、言葉だけでもバーっと吐きだす方が楽になると思うんだけど。いやもちろん、怠惰が素晴らしいとはいわんけどさ」

「…………はぁ~、もういいわ。別にアンタだけが必要な訳じゃないし。失礼するわ、悪かったわね」

 

 背を向けて去っていくアリア。

 追おうにも小銭をぶちまけたまま、なのですぐ向かうこともできず、結局ケイがアリアを追うことは無かった。

 そして彼女のケイに対する第一印象は『期待外れ』。

 小銭で犯人の気を逸らした機転は素晴らしいが、あまりにも実力不足。

 一流の武偵である彼女の目には、大石啓の能力は低く見えた。

 どんな隙だらけでも強者なら即座に対応できる攻撃に反応できない。

 あまりにも稚拙、あまりにも未熟。

(まだ大丈夫よアリア。あんな外れだっていることは想定の範囲内。きっと噂の方が正しかっただけね。別の武偵のも当たってみましょう

 風を切って歩くアリア。

 そんな少女を熱っぽい視線で見つめる者がいた。

 

「凄い……あんなに小さくても戦えるんだぁっ!」

 

 ライトブラウンの髪を短く纏めたツーサイドアップ。

 中等部の制服を身に纏った女の子はキラキラした目でアリアを見つめていたのであった――

 

 

 

 

 

 

 

 




ぶっちゃけ手紙ネタはほとんどノーヒント状態ですし、わかった人は凄いです。
探偵科に推薦いたします。
つ東京武偵高校推薦状



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大石啓の秘密?

主人公完全終了の回。
ぶっちゃけ説明回なので面白くないかもです。


 蘭豹は荒れていた。

 大いに荒れていた。

 今もぷるぷると震えながら受話器を握っていた。

 相手の男は蛇のようにねちっこく語る。

 

『ちょっと東京武偵高校(そっち)の大石啓? でしたっけ。困るんですよねぇ~、学校の箔を付けようとして無暗にやたら二つ名の申請をするとかぁ。なんでも蘭豹先生が入試でSランクの判定だされたとかぁ~――』

「じゃあかしィわァッッ!! ネチネチネチネチ、現場におらんかったよそもんがエッラソーに武偵を語るんじゃないわ!!」

 

 グシャア!

 受話器ごと握り潰す。

 はーっ、はーっ、と大声を出しすぎて酸素を求めた。青筋を立てながら電話だったものをゴミ箱にぶち込む。

 そんな彼女にだるそーにタバコを吸っていた綴が声をかける。

 

「それぇ、いちおー学校の備品だぞォー蘭豹よぉ」

「それくらいわかっとるわ! それでも毎日毎日、飽きもせず掛けられたら電話の一つくらい壊したくなるやろ!」

 

 がァァァァァーっ! とドラゴンでも現れたように彼女は荒ぶっていた。

 蘭豹という武偵は意外と知名度がある。それは逆――マイナスの意味で。

 武偵校の行く先々でとにかく問題を起こす。そしてクビになって各地を渡り歩いていたのだ。

 そうして行きついたのが東京武偵高校。

 日本の首都に居を構える高校は教務科も優秀な人材が揃っているが、ぶっ飛んだ人間が多く、蘭豹もまたその一人に数えられていた。

 しかし全体として見ればまだ可愛い面もあり、結果として心地良い職場としてクビにもならず、いまも働いている。

 だが他校では違う。

 型に嵌らない人間など、常人には受けいれ難いのが世の常。過去に被害にあっている人間もまたいた。

 二つ名を得るには低ランクな大石啓の問題点、それに蘭豹が関わっているとなれば、これ幸いと嫌味の電話をかける者もいた。つまらないことだが、そんな人間ほど粘着しだすとしつこい。

 ガンガンと荒々しく机をたたく。

 怒りが収まらない彼女に綴は提案した。

 

「ならよー、調べるっきゃねえんじゃないかねぇー」

「あ? ……調べるかぁ。確かにあのアホンダラは、普段は実力を発揮しねえのに依頼はこなすんだよなぁ……うし、鼠ィ、ちっと大石啓について調べろや!」

「ちちぃ!? なんで私なの!?」

 

 蘭豹の剣幕を恐れて、隅っこで大人しくしていた鉄鼠。

 いきなり話題を振られてびくびくしていた。

 蘭豹は当然とばかりに言う。

 

「ウチは強襲が専門や。調べるなんてちまいことは諜報専門の奴に任せるに決まってるやないか!」

 

 断言する蘭豹に鉄鼠は思案げにひとさし指をあごに当てる。

 断るとあとが怖いので受けるしかない。だがタダで受けたくない。

 

「ちー…………じゃあ、十……いや五回、飲みに付き合ってよ! もちろん蘭豹せんせが奢りだからね!」

 

 ちなみに鉄鼠は無類のお酒好きで屋台好きだった。

 仕事終わりに高架下の屋台で熱燗を片手に、おでんや焼き鳥をくらうのが大好きな女の子。

 親父臭いと言われても何処吹く風。

 一日の疲れを、アルコールで誤魔化し、熱で鼻を刺激するほどの薫りを放つニンニク串を食べ、ダシが中心まで通ったダイコンやタコを食べる快感は止められない。

 ただ問題だったのは、その容姿。

 見た目は小学生と間違われるレベルの幼女なので、新しいお店に行くと九割以上の確率で揉める。

 免許証を見せても信じて貰えず、口論だけで三十分――最悪、お酒を出して貰えないことも多い。

 行きつけのお店にいけばいいのだが、新規開拓もしたいのが人情だった。

 そういうとき、役に立つのが大人の友人たち。

 一人より二人の方が説得は容易い。

 付き合ってもらえば、その分、行けるお店が増えるので彼女にとっての絶対条件だった。

 蘭豹は十九歳なので実は未成年なのだが。

 面倒そうな空気を感じ、蘭豹は舌打ちをしながら抗議する。

 

「なんでウチが付き合わなあかんのや」

「これでも私はSランクだよ? 依頼ならせーとーほうしゅうは必要だよ!」

「む……むぅ…………わあったわあった! 付き合ったるわい! 酒は嫌いじゃないしなぁ」

 

 その返事に喜色満面の笑顔を浮かべる鉄鼠。

 

「ホントっ! じゃあけーやく成立ね。千葉とか群馬とか静岡の屋台とか付き合って貰うから!」

「待てい、県外やないか! どこまで行く気や!?」

「ちち? だって東京都内の屋台は全部網羅したから、遠征したかったんだよ! 依頼は受理済み、キャンセルしたらキャンセル料として十回付き合ってもらうからね!」

「逆に増えとるやないか!」

 

 まさかの県外遠征。屋台に行くためだけに。

 ベクトルの方向がぶっ飛んでいる鉄鼠に若干引く蘭豹。

 ひゅう、と隙間風が入りこむ。綴の吸っていたタバコの煙がゆらゆらと消えていく。

 

「…………ふぅー、こっちも付き合うぜぇー鉄鼠ぁ。女三人、屋台のネタぁ、喰いつくしてやるのもいいやー」

「ちぃ? 珍しいねツヅリン」

「ツヅリンはやめなさいってーのォ。冬の空、騒ぐのもいいかって思っただけー」

「らじゃらじゃ! じゃあ依頼の準備するのっ」

「依頼したんだから気張れよ鼠ィ!」

「ちっちー! 判ってるのランラン!」

「おどれ、ちょい待てや、なんでその名前を知ってるんやオイ、逃げんなや死なすぞ!」

「ちぎゃー!?」

 

 脱兎ならぬ脱鼠のごとく教務室から逃げだしていく。顔を真っ赤にした蘭豹が猛然と追跡していった。

 強襲科対諜報科の戦いは、逃げ足の速い鉄鼠が勝利を収め、そのまま彼女は目星を付けた場所に向かっていく。

 

《授業放棄ネ…………鉄鼠チャァン、アトデ反省文、百枚ダカラネェ~~~》

 

 チャン・ウーの声がぼそりと校内に響いていた。

 

 

 

 

 

 東京都内文京区。

 日本最大の国立大、東京大外の校舎が周囲を悠然と見下ろす。

 赤門の前を通りすぎ、鉄鼠はメモを片手に道を進む。

 都会とはいえ平地ばかりではない。東大近辺は登り降りの道路も多い。

 雪に不慣れな都会で積雪があった日にはスリップ地獄になりそうな道を彼女は歩く。

 

「この裏道をまっすぐいけば……」

 

 歩いて十数分。

 都会なのにいつのまにか辺りは静けさに包まれていた。

 目の前には、贅沢にヒノキを使った日本家屋。そして達筆な文字で書かれた『大石道場』の看板。

 パシパシと顔を叩き、笑顔を作る。どこにでもいる童女のように。

 獣耳ニット帽に、手編みセーター、手袋にジーンズ。

 色気よりも可愛げさを前面に出し、白を基調にすることで純真さを演出。

 鉄鼠はちょこちょこと敷地内へと入る。

 臆病者ゆえに最大限の警戒を払いつつ、なんてことのない無邪気な笑顔を浮かべて呼び鈴を押そうとした。

 

「なにか御用かの、お嬢ちゃん?」

 

 着物を着た老人がカランコロンと下駄を鳴らし庭の方からやってきていた。

 気配を感じなかったことに驚きつつ、返事をする。

 

「ちっ!? ええっと、鉄鼠っていいますっ。武偵高校の先生をやっているの」

「ほう……武偵高校さんの。小さいのに御苦労じゃのう。して何用かのぅ」

「ちょっと大石啓君のことについて聞きたくて」

 

 ニコッとしながら鉄鼠は答える。

 無邪気な笑顔を浮かべる鉄鼠に老人、大石十衛門は好々然とした笑顔で返す。

 

「ほっほっほっ、なるほど、そういうことか。そろそろ来る頃合いとは思っておった」

「ちぃ?」

「まあまあ入りんさい。外は寒いじゃろう」

「あ、はい」

 

 どうぞとばかりに玄関の扉を開ける。

 味のある漆喰の扉が真横にスライドする。

 鉄鼠は施されるがままに中へ入ろうとしたその時、

 ゾクリッ!

 

「――ッ!?」

 

 長年の経験が警鐘を告げた。

 全力で後ろに飛びずさる。

 ビュォンッ!

 風を切り、肌色の槍が通りすぎる。

 手刀による高速突き。予備動作皆無の攻撃を避けれたのは運がよかっただけだった。蘭豹や綴ですら回避できるか判らない。

 そのまま直撃していてば眼球はおろか脳すら串刺しされかねない勢い。

 身体を回転させながら距離をとった。

 荒く白い息を吐く。

 

「はぁ、はぁ~~っ……。な、なにするの!」

「ほう、あれを避けるか。合格じゃな。しかし面白い動きをする。忍の技、ではないか。我流……盗人に似た泥くさい動きじゃのう」

「いきなり攻撃とか意味が判らないの!」

 

 断固抗議する。

 当然だ。下手すれば失明しかねない攻撃をされて憤らないわけがない。

 だが相手はまったく意に介さなかった。

 

「天下の東京武偵高校――教諭もまた一流の武偵と息子の嫁から伝え聞いておったからのぅ。それくらい避けられない輩に、話すことなどない。できたのじゃからそう憤慨することもなかろうて」

「ちぃ……納得いかないけど、まあ、判ったの。とっとと情報よこせなの」

「ホッホッ、図々しさも可愛いのぅ」

 

 いきなり死にかねない攻撃を受けて、遠慮のなくなった鉄鼠。

 家の中に入っていく十衛門に全力で警戒しつつ、後を追うように入っていった。

 

 

 

 カコーン!

 鹿脅しが小気味良い音が響く中。

 八畳の居間の中央にこたつが敷いてあった。

 十衛門はお茶を鉄鼠に出した。

 

「緑茶で大丈夫ですかな」

「あ、いえ大丈夫なの」

「茶菓子も揃っておるでの。ようかん、どら焼き、まんじゅう、せんべえ、どれでも好きに食べるといい。ところで――」

「ち?」

「そんな隅っこにおらんでも。もう攻撃せんし、コタツで暖をとりませんかな?」

 

 なぜか鉄鼠は隅っこのストーブの前に正座。

 家主は部屋の中央に、客人は部屋の隅にいるという不思議な位置取りだった。

 

「お気にせずに」

「しかしのう」

「隅っこが好きなだけなの」

「そ、そうなのか? まあ、それならいいのじゃが……」

 

 真顔で答える。彼女は攻撃方向が予測しやすい隅っこが大好きなだけ。

 真剣に答える相手に十衛門は少し可哀想な子を見る目をしたが、強制はしなかった。

 重要なのは来訪の用件。

 鉄鼠は真剣な表情で切りだした。

 

「知っているかも知らないけど、大石啓に二つ名が正式に発表されることになったの。これは武偵として世界的に認められた実力者の証。けど本人のランクは低く、実技も微妙。だけど依頼は完璧にこなす……これについて祖父である貴方が知っていることを話してほしいの」

「さて、どこから話したものかのぅ」

 

 しわがれた手で蓄えた白髭を撫でる。

 懐からキセルを取りだし、先っぽの火皿に刻みタバコを詰め、火を付けた。

 白煙を口から吐きだし、話しだす。

 

「儂はのぅ、ギャンブルが好きでな」

「ち?」

 

 首を傾げる鉄鼠。

 老人はキセルを片手に手をクイッと回すような動作をした。

 

「パチンコや競馬、当たるか外れるか。一か八かの勝負。老いた身体でも心の臓がドキドキして面白いわい」

「あのー、それがなにか――」 

「まあ、聞きなさい。儂に関わらず一族の者は、血気盛んな者が多い。息子もだし、儂の父や祖父もそうであった。先生ならある程度調べはついておるのではないかの? 大石という家の系譜を」

 

 問いかけるように鉄鼠と見つめる。

 彼女は一度、目を瞑り、考えたあと言葉を返す。

 

「……『天保の三剣豪』そして『大石神影流』ですか?」

「分家じゃがの。長竹刀に、時には二刀を扱う型破りの剣技。九州に居を構える本家は技を機械のように、模写するだけでいけない。若かりし頃の御先祖様は竹刀片手に江戸中で道場破りをして名を馳せたものじゃ。いつの時代も百の練習より一の実戦。儂の道場では突き以外は指導せん。若者、特に男の子には自ら技を編みだす喜びを知って欲しいからのぅ。ロマンじゃろ、自分だけの剣術。儂は大好きじゃ」

「は、はぁ……」

 

 意図の見えない発言に疑問げな鉄鼠。

 話は続く。

 

「息子もまた血気盛んでケンカも多かった。百戦錬磨の喧嘩屋。木刀片手に一人で百人の暴走族と喧嘩して、相手をのしたあとで警察に捕まったときは褒めたもんじゃ。じゃがそれでこそ男。争いの中にこそ悟りがある。そんな息子が成人後に女を連れてきた」

「大石杏子さん、です?」

「そう。暴れん坊ながら教師として道を歩んでいた息子に現れた女性。長い黒髪にお淑やかな笑顔。古き良き大和撫子の姿。しかも長く続く武家の娘と聞く。儂がもう二十年若ければ告白しておるところじゃ。これとない良縁に儂は喜んだわけじゃが――さて鉄鼠先生はどれくらい息子の妻について調べたのかのぅ?」

「ち!? ……ええっと、Eランクで卒業した武偵。在学中は落第しない程度に依頼をこなしたけど一般常識の成績が高い程度で特筆すべき点はなし。Dランクにランクアップしたけど、最後は航空機の事故で夫とともに死亡、なの」

「……ふむ、まあ、妥当なところだのう」

 

 言葉を選びながら鉄鼠は言った。

 十衛門は少しだけ寂しそうな表情を浮かべる。

 一人息子と、その妻のことを思い出したからだ。

 彼に残った唯一の肉親は孫の啓のみ。複雑な心中を察して鉄鼠は、それ以上言葉を重ねなかった。

 吸い終わったタバコの灰を灰皿に落とす。

 次の刻みタバコを詰めて火を付けながら彼は遠い目をしつつ、息を吐く。

 

「初めて見た息子の相手の印象はそう――――覇気が足りない、じゃった」

「覇気?」

「そうじゃ。武家の娘……誇り高いはねっ返りでもいいし、夫を立てる良妻でもいい。じゃがあやつの目、仕草はいまどきのおなご同然。挨拶に来たときもこちらの会話をロクに聞かず、果てには雪が積もる庭に裸足で飛びだし、フラフラと歩いて一言――『東京は空気が悪いな~』じゃ。いい加減、堪忍袋の緒が切れてもおかしくなかろう?」

 

 お淑やかというより、頭がお花畑と言っていい言動。

 頭の固い十衛門にとっては看過できない。竹刀片手に庭へ飛びだしたのも無理はない。

 だが……と彼は続けた。

 

「千回」

「ち?」

「千回、突いた。何十年も鍛えあげた剣技。基礎こそ奥義と信じて、片手突きを極めた儂の剣を、涼しい顔で息子の妻、杏子は避けきった。汗で庭の雪が解けきるほど突いたのに、相手には一撃も当たらない。汗の一筋すら流さない。幽霊が目の前にいるのかと思ったくらいじゃ」

「え、でも杏子武偵にそこまでの実力があったって記録は……」

「これを見るがいい」

 

 バサリ

 十衛門は一冊の本を鉄鼠の前に投げた。

 その表紙を見ると、

 

「ち? ……エロ本!? お爺ちゃんなんてもの投げるの!?」

 

 『金髪ボインフェスティバル! 胸囲(きょうい)のFカップ祭!』と書かれた本。

 正真正銘のエロ本だ。全裸金髪の美女が誘うような表情で大事な部分だけ手で隠す表紙。

 真面目な話をしていた中でいきなりのふざけた行動に鉄鼠は顔を赤らめながら抗議する。

 しかし十衛門は涼しい顔で見るように言う。

 

「騙されたと思って開いて見てみなさい」

「ち、ち~!! ……ま、まあ興味は無いわけじゃないけど、ごにょごにょ……」

 

 耳までリンゴのように赤くしながらページを開く。

 薄目を開けてみると、

 

「『武偵格技セレクション』……? 中身が、違う?」

 

 精巧に偽装しているが表紙と中身がまったく真逆であった。

 

「それは孫の部屋にあったものじゃ。これ以外にもエロ本が武偵関連の捜査技術などのハウツー本じゃった。そして、それは母の部屋も同様。漫画や女性ファッション誌に偽装して、全ては格闘技術などの本。普通なら逆なのにの。努力を人には見せんのじゃ」

 

 母、杏子は仕事の関係で祖父の家にいることも多かったので部屋もある。

 本人が亡くなった今でもそのままだった。

 そして本棚に並んだ書籍は全て、中身が違う。

 啓の部屋に隠してあったエロ本も一部がそうであった。が、中身を変える意味が判らない。

 エロ本やあまり見せたくない本を真面目な内容の本に変えるなら判る。

 だが不真面目な表紙の中身が真面目な内容。

 あまりにもおかしい。

 

「母、杏子も姓は“大石”。先生はそこら辺の調べはついておりますかな?」

 

 目を細め、鉄鼠を見つめる。

 今までと違い、空気が引き締まる。

 鉄鼠は相手の瞳を真っすぐ見つめ返す。

 

「……見当はついてなくはない、の。でも確信を持てる情報が見つからなかったの」

 

 大石啓という少年についての情報は少ない。

 普通に小学校にあがり、中学に行き、東京武偵高校に来てからは大活躍。

 目ぼしい情報はなんど精査しても判らなかった。

 ならば両親になにか手がかりはないかと探したが、あまり情報が集まらない。

 だが大石という名字なら、あるいは。

 勘同然で確信に至るにはあまりに弱い根拠だが、情報網を駆使してかき集めた中で信用できるピースがあった。

 

「啓の母、大石杏子の御先祖様は、そう――忠臣蔵四七士の中心人物、といえばもう判るかのぅ」

 

 日本の多くが知っている有名な話の一つ。主君に殉じた武士の記録。

 

「じゃあ、やっぱり――」

「名前を明かすのもよいのじゃが……重要なのはその生き方。先生は忠臣蔵についてどこまで知っておるのかの?」

「ち? 意地悪な吉良のせいで、主君は切腹の上、お家は断絶。最終的に残った忠義の士、四七人が主君の仇打ちを果たす、じゃないの?」

「それは美談に彩られた物語で詳細は違う。まあ、これは相手の家で聞いた話じゃからどこまで正しいか判らぬがの。その御先祖が実は、そこまでの忠義を持ち合わせてなかったら?」

「ちぃ?」

「カリスマもない、能力に優れていても、のんべんだらりと目立たず過ごす。昼行灯とはまさに奴らにこそお似合いの言葉……」

「ち……でもその人には四六人もの仲間が残っていたの」

「逆じゃよ逆。四六人しか残らなかった(・・・・・・・・・・・)。本人もまた仇討ちなんぞせず、本当にのんべんだらりと一年を過ごしておった。仇討ちの相手、吉良上野介はいまの世では悪人扱いだが、当時は名君の呼び声も高く、極悪人でもないのじゃ。そりゃ乗り気になるわけがない。じゃが極一部の部下はそんな御先祖の実力を見抜いていた。しつこくしつこく説得されて一年間。結局、仇討ちの旗頭として戦う羽目になった――それが真相じゃよ。相手の油断を誘うためというのも間違ってはおらんが、どちらかというと腹の決まった彼の詭弁じゃな。当時から無能を演じつつも実力の片りんを曝け出していたらしいしの」

 

 昼行灯――それは普段は誰の目にも止まらない。昼間に灯した光は太陽でかすんでしまうから。

 だからこそ、夕闇の中、いざというときに真価を発揮する。そんな男。

 

「はぁ~~、美談の裏はとっても人間臭いの」

「あくまで相手の家の記録にあっただけじゃがの」

 

 人の陰に歴史あり。

 だが本当の続きはこれからだと十衛門は言った。

 

「そうして矢面に立てされた大石一族は、徹底的に実力を隠すことに注力した。良い職につくには成績がよくないとままならんから、適度に実力をみせつつ、手柄は全て上司や部下に譲りわたす。軍閥と関わって、途中からすっぱり縁を切ったりのぅ」

「なんか努力の方向性を間違えてるの」

「じゃがそれを可能にする才能も実力もあったのが皮肉なことじゃの。そしてそれは孫の母、大石杏子も同様」

 

 コツコツと灰皿にキセルを叩く十衛門。

 

「杏子の一族は伝統的に歴史の中で表に出たがらない。忍びでもないのに、ひっそりと生きる。能力はある。才能もある。じゃがとにかく本気を出さないことを家訓する奴らなのじゃ。母の記録もまたおかしい部分があったのではないかの?」

「……僅かだけど情報を改ざんしたあとがあったの。世界最高クラスのセキュリティレベルを誇る武偵局のデータベースに」

「ほぼ間違いなく、杏子の仕業じゃな。アレはとにかく自らの功績を隠すことには細心の注意を図る」

「で、でもおかしいの。自分の評価を下げる真似なんて……」

「『ランクの意味が判らないなぁ。相手に警戒されるだけでメリットないよー。ひ弱に見せて、最後にちょっとだけ頑張る……逆風車理論って素敵!』……ランクを上げないのかと儂が聞いたときの返事じゃ。呆れてものも言えんかったわい」

「えー……」

 

 大石杏子のいままでの功績は至って平凡なものだった。

 報酬の割に時間のかかる“迷い猫探し”などの低ランクの依頼を、一日で数件こなすハイスピードっぷりは特筆すべき点だがそれ以外はない。

 Dランクに上がったあとも同様。

 しかし一つだけ不審な点があった。

 

「鉄鼠の調べで当たった共通点……大石啓の二つ名申請に関わった武偵は全員、大石杏子と依頼をこなしたことがある、のは」

 

 最初は偶然かとも思った。

 だがもし大石杏子という武偵が想像以上に喰わせ者だったなら?

 十衛門はその言葉にニヤリ、と不敵な笑みをもらす。

 

「大石杏子は前に出ない。依頼が解決できれば誰が活躍しても問題ない。逆に言えば、上司、仲間、部下の扱いが非常に達者じゃ。他者から見れば大活躍させることも可能。そうして依頼をこなした仲間たちの中には、それが切っ掛けで才能を開花させた者もいるとか」

「…………」

「さて、そんな生え抜きの武偵たち。恩義のある武偵がいつまでも低ランクの不遇を囲っている……しかも航空機の事故で亡くなった。じゃが一粒ダネが武偵として大活躍中であったなら?」

「母に受けた恩義を子に返す……?」

「ホッホッホッ、儂が焚きつけた面もあるがのぅ! 『大石啓は大石杏子の一人息子。じゃが母と同じく、低ランクに留まらんとしている。皆の力で世界の舞台に引き上げてはどうか?』とな」

 

 もし啓がこの会話を聞いたなら「ふざけんな糞爺!」と反論していたことだろう。

 彼自身からすれば実力相応なのだから。

 とんだ狸じじいっぷりを見せた十衛門は穏やかに笑う。

 それは亡き息子とその妻を思い出したからなのか少しだけ陰があった。

 そのとき鉄鼠が疑問の声をあげた。

 

「でも、やっぱり変な点があるの」

「ふむ、どこがじゃ?」

「母と同じく、活躍したがらないならどうして七十件以上も大々的に事件を解決したのが――」

「そうじゃ! まさしく儂が狙っておったのはそこじゃ!」

 

 カンッ!

 キセルをテーブルに叩き、灰が舞いあがる。

 びっくりした鉄鼠を置いて彼は拳を握りながら熱く語り始めた。

 

「孫が武偵高校に行きたがっていないのは察しておった。じゃがエロ本に偽装した武偵のハウツー本。高校特集でチェックは入れている。奴とて古き日本男児の血を引いておるのじゃ。儂らの……道場破りにあけくれたもう一つの大石の血……功名心、闘争心、向上心。決してタダの木偶ではない。男子三日会わざれば刮目してみよ――さて三年も経てばどうなるか。のるかそるかの大ギャンブルじゃ」

 

 武偵は危険な職業だ。

 肉親としての情を優先するなら遠ざけるべき。

 だが大石十衛門という男は、笑顔で我が子を千尋の谷に落とす。

 

「ち……えっと?」

「鉄鼠先生」

 

 十衛門は真剣な表情だった。

 長くない余生の楽しみは血のつながった孫の成長のみ。

 思い出すのは数年前。小学四年生で自分の才能を超える技を見せた。

 父より母の薫陶(くんとう)を受けたのだろう。

 以後は才能の欠片すら見せない。だがそれが逆に彼の期待を膨らませた。

 昔から落ちつき聡い子供で既に大器の片りんが見え隠れしていた。

 

「母方の大石家の教えを孫は忠実に守っておる。敵を騙すならまず味方から、能ある鷹は爪を隠す……この世の全てを騙し、安穏と過ごそうとする一族。じゃが武人の血を引く荒くれ者の、儂らの血がそれを良しとしない。今の現状もまさにそれ。だからこそ――」

「だからこそ?」

「大石啓の言動、行動全てを信用してはならん。それは全て演技。かつての御先祖と同じく。無能を語り、無害を演じ、無知を弄する――それこそが奴らの真骨頂。騙しの一族。真面目に相手するだけペースを握られるだけじゃ」

「……じゃあ大石啓は二つ名の与えられるに相応しい実力があるってことでいいの?」

 

 一番重要なのはそこ。

 蘭豹に言われたのも、本人の実力が判らないのが理由だった。

 十衛門は当然とばかりに言った。

 

「儂すら驚嘆させた才能を持つ孫じゃ。ランクでアヤツの真価は図れんが、最低でも儂に勝らずとも劣らない能力を秘していよう。二つ名なんぞ奴を世界の舞台へあげるためのスポットライト、通過点。…………願わくば――儂の目が黒いうちに孫の成長した姿がみたいのぅ」

 

 庭を見る。珍しく雪が降っているようだ。

 松も地面もうっすらと雪化粧が施されている。

 啓の母親、杏子と初めて会った日のことを思い出していた。

 母と超えて、息子は世界へと雄飛しつつある。いやさせる――立派に成長した大切な孫を想い描きながら最後に呟いた。

 

「大剣豪の血、そして大石内蔵助良雄の血――さて啓よ、儂にもう一度、数年前の輝きを見せてくれ。それだけが楽しみなのじゃから……」

 

 

 

 

 

 ■  ■  ■  ■

 

 

 

 

 

 東京武偵高校。

 昼休み、俺と武藤は教室でダベっていた。

 

「は、は、ハックシュン! これは美少女が俺の噂をしているに違いないな、うん」

「バーカ。ならオレの方が先だろうが。ケイが先なんて許さねえ」

「言ってろ。……それでダンナ、例のブツは?」

 

 にんまりと笑う。

 いやー、もう最近は掘り出しものもないしなー。

 期待してみてたんだが、どうも武藤の様子がおかしい……どうしたんだ?

 

「……すまん」

「え?」

「妹に、捨てられた」

「…………マジ?」

「マジ……しかも母のエロ本発掘→テーブルの上に揃える→漫画を失敬しにきた妹が発見→激怒ののち焚書のコンボ……で」

「おうふ……! そりゃあ……やべぇ、な」

 

 母発見、妹発見、エロ本処理の三連続か……東京湾で入水自殺したくなるな……。

 

「ァァァァああああァ! ダチから借りてた『妹パラダイス』が一番上にあったのが最悪だぁー! あいつずっとゴミ虫を見るような目で見やがってー!」

 

 なぜ妹モノがあるのかは突っ込まんぞ。

 

「てーか妹いたなら紹介しろよー。俺の巧みな会話術で仲裁してやんぜ!」

「……いや、万が一うまくいったらそれもそれで嫌だな」

「なんだよ、シスコンか?」

 

 妹さんが美人ならしょうーがないけど。

 

「単純にお前が俺より先に女と仲良くなる可能性があるのが気にいらん」

「はっはっはー、テメエ、ぶち殺すぞ♪」

「おー、喧嘩なら買ってるぞー」

 

 笑顔で語りあう。

 うん、友情って素晴らしいね!

 女一つでここまで争うとは。

 とまあ冗談はさておき、仕方無い。

 なら憐れな子ヒツジにお恵みをやろうかね。

 

「仕方ねーからほら、俺のは渡しておくぜ」

「……え、いいのか? こっちのブツはないのに」

「ダチだろ?」

「おお心の友!」

 

 お前はどこぞのジャイアンか。

 サクッと亀裂の入った友情をエロ本というボンドで修復しつつ、交換予定だったブツを渡す。

 早速とばかりに武藤はページを開いたのだが、

 

「おい……これ中身違うじゃねえか!」

「え? あ、ごめん。これトラップ本だった」

「なんだよ、そのトラップ本ってよ」

「いやー、なんつーか、小学校の時とかさ、親の部屋にエロ本あるかなーって探したことないか?」

「そりゃあるけど……」

 

 男の子なら一度はあるはずだ。

 自分の金で買えないんだから、入手方法は限られている。

 

「んで、母さんの部屋にあったからいくつか失敬したんだけど」

「待て、のっけからおかしくないか?」

「親父って剣一筋っつーか、まったくないんだよ、それで母さんの部屋にいくつかエロ本があってさー、だけど表紙だけで中身が違うんだよ。まあ表紙だけでも十分エロいからこっそり自分の部屋に持って来たんだけどな」

「変わった家族だなー」

「まったくだ」

 

 そんな三学期の一コマだった。

 

 

 

 

 




なにやっても信じてもらえない方向にシフト。
情報は鉄鼠から蘭豹&綴に。
さらにキンジたちの耳に入るのも時間の問題ですね。


これにて原作前のお話は終了。次回からは原作一巻へと続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

裏方の円 始まりの一日

 男子学生寮。

 今日から二年生として武偵高に通う。

 少し肌寒く、しかし太陽の光は春の訪れを学園島全体に降り注ぐ。

 薄紅色の花びらが空に舞い、空気も雰囲気も香り立ちこめる。

 そんな新学期の朝。

 俺はなにをしているかというと。

(可愛ええなぁ、ネコ~。ほっこりするわ~)

 やっているのはネットサーフィン。

 遠足前の小学生ではないが、始業式に遅れたら沸点の低い教師がブチ切れかねない。念のためにと夜の十時に寝たら、五時に起きてしまうというオチ。二度寝もうまくできなかった。東側に窓があるから、徐々に朝日が差しこんでくるし。

 暇つぶしにPCで記事などを見ていたら、偶然猫の動画を見つけた。

 猫のあのだらーんとしたスタイルが好きなので、リンクを使ってポンポン見ているとなぜか、通販サイトに。

 マタタビが格安――って買う奴いるのか?

 

「高くないし、ギャグで買うのも面白いかも。……いやいややっぱ止めよ。えーっと戻す戻す」

 

 なんとなくポチってカートに入れたが冷静に考えたらゴミが増えるだけだ。

 ――――ピンポーン……キンちゃん…………お前か……。

 ん? 朝から呼び鈴、でも俺の部屋じゃないな。あー、キンジか。どうせ白雪さんといちゃこらしてるんだろーなー。

 外を見ると明るく、完全に日が上がっている。準備もしたいしそろそろやめるか。

 小鳥たちが騒がしくなってきた朝の一時。

 チュンチュン、チュ――ズドンッ! ……チュンチュンチュン!

 

「うひゃぁ!? くっそ、まじくっそ! 誰だよ寮内で発砲した野郎! 心臓に悪いんだよっ」

 

 発砲音にビビったぞ!?

 普通なら警察に一一○するところなのに、そう思わない自分が悲しい。たまに寝ぼけて拳銃の引き金を引くバカ野郎がいるらしい。アホな奴は目覚まし代わりにする奴もいる、らしい。空砲だから問題ないとほざく野郎には、猪木さんばりのドロップキックをかましてやりたい。

 死人がいままでいないことが奇跡に思える。頼むから白黒車輌が寮の前に止まる事態だけは勘弁してほしい。

 銃社会怖い。発砲、ダメ絶対。

 思わず握ってしまったマウスをパットの上に戻し、て――あ。

 画面に大きく表示された一文。

《スペシャルネコセット、購入ありがとうございました!》

 ビックリしたときにマウス握ったときにクリックした、のか?

 ネット決済完了。

 九八○○円なり。

 

「…………あーーー! なんでカート入れっぱだったんだよ俺!? アホかアホなのか!? キャンセル、いやもう決済してるから無理だろ。なんで朝からこんな目に……」

 

 いらんゴミを買っちまった……。いや貯金はあるし、マネー的には大丈夫なんだけど、こうなんての、衝動買いしたあとやっぱり別にいいものあるじゃんって後悔する気分というか、なぁ。

 いたずらでカートに入れるのは、今後やめよう……。

 変に気分が落ちこんだ。お隣さんはテンパっているのか僅かに白雪さんの美声が聞こえる。

 ドジった俺と幸せ一直線のお隣。

 ……よし、今日はさっさと出よう。

 キンジとダベりながら登校しようかと思ったが、考えてみると野郎二人で登校とか空しすぎる。

 ついでだ、学園島をぐるりと回ってみよう。ちょっとしたヒューマンウォッチングとシャレこもうじゃないか。

 

 鞄に筆記用具を詰めこみ、生徒手帳を胸ポケットに入れる。

 腰のホルスターに形見のシグP-216をさす。

 「ですだ」の口調がキュートな平賀さんには特注の十手ホルダーも作っていただいたので、背中にキチンと納めておく。

 始業式だから、今日は伝達事項があるだけだ。

 諜報科だと、頭の湧いたどこぞの犯罪者がウィルスをバラまくらしく、早々に依頼をこなしているらしいが。

 探偵科に所属して三ヵ月。

 要領がまだ掴めないからランクはE。どのみち来年には武偵高校からオサラバして平和なハイスクールライフの予定だけ。

 

 依頼の誘いもあるけど全て断っている。

 一年弱の経験で判った。ぶっちゃけ依頼は出れば出るだけ墓穴を掘る。

 バカの一念岩をも通すっていうか、死に物狂いでやってるおかげか、いまはまだ大丈夫だがいつ死ぬか判らないんだ。

 だったら適当な理由をでっちあげて断ればいい。

 女の子のお誘いは、正直、非常に、とっっっても! 断るのは辛かったのだが、命が掛かっているんだ。

 ご期待連鎖を止めるには何処かでストップしないといけない。

 心の中で号泣しつつ、お断りの返事を入れた。

 なぜかすんなり引き下がっていったけど。

 ああいうのはプロフェッショナルの仕事。俺にはやっぱりきつい。

 腕時計を見る。

 時刻は七時四○分。二十分は余裕で回れるし、問題ない。

 玄関の扉を開く。

 

 眼下に広がる学園の施設群と埃くさい東京の空気、そして髪先を揺らす冷たくも、どこか心安らぐ風の感触だった。

 キンジの部屋をスルーしながら一階まで降りていく。

 陽の当らない部分はまだ寒い。

 さっさと行こうと学生寮の入り口を出ると、

 

「あ、おはよう大石さん。いい天気だね」

「あれ白雪さん? とりあえずおはよう!」

 

 お淑やかに笑みを浮かべた女生徒、星伽白雪だった。

 常日頃からケアをしているであろう黒髪がサラサラと揺れている。

 大山のごとき二つの胸部装甲が素晴らしいし、紅白の巫女服が良いアクセントを出している。

 着物って胸が無い方がいいっていうけど、この盛り上がりもまたいいよな!

 だけど……キンジと一緒にいるとばかり思っていたんだが。

 

「キンジはどうしたん? 一緒に登校するかとばかり思ってたんだけど」

「キンちゃんは……メールのチェックしてから、来るって言ってたから……」

「あー、それで待ってたとか?」

「先に行くように言われたから、もう……行くつもりだよ」

「アイツは、まったく……」

 

 気にしていないと軽い調子で微笑むが、憂いの混じった表情をにじませていた。

 俺は無神経な友を思い呆れながら溜め息を吐く。

 良妻賢母の鏡とも言える和風美人な白雪さんだが、キンジはどうも彼女を煙たがっている節がある。

 それは彼女だけでなく、女生徒全般に、だ。

 何度も見た光景なので慣れたものだけど、アイツはどうして女性を嫌うんだろうなあ。中学校でなにかあったらしいことは伝え聞いたんだけど。

 

 お兄さんも結局見つからなかった。トラウマとかメンタル面に触れるのも気まずい。

 TVの騒動は潮が引いたようになくなり、身辺は落ちついたんだけど、まだ気にしているのかもしれない。

(……あとで奢れよコノヤロウ)

 フォローだけでもしておこう。ただでさえ美人な白雪さんが暗い顔すると、なにもしてないのにものすごい罪悪感が襲ってくる。

 微妙な空気を払うように言う。

 

「まああれだよな! キンジって照れ屋っつか、白雪さんが綺麗過ぎて恥ずかしいだぜきっと! だから気に病むことないんじゃないかっ」

「え、キンちゃん……もしかして白雪のせいで……そんなぁ……」

 

 え、更に落ち込んだ? 

 さりげに褒めてポイントアップと思ったら地雷を踏んだのか俺!?

 

「いや白雪さんのせいじゃなくって……なんつーかキンジは幸せものだってことだよ!」

「だめだよ、白雪はキンちゃんの迷惑にはなりたくないから……でもやっぱり側にいたいし、うぅ~~!」

「だぁーー!? 俺から見てもベストカップルだから問題ないって! お弁当とか受け取って貰ったんだろ。白雪さん以外にそんな奴いないって!」

「そう……そうだよねっ、殿方の心を掴むにはまず胃袋から! 明日も明後日もずっとずっと側にいるからねキンちゃん……!」

 

 パアアッと表情は明るさを取りもどし、というより今でも輝かんばかりになっている。

 なんか涎を垂らしたり、真っ赤になったり、している。

 ……というかなんで俺は他人の恋路を必死に応援しているのだろうか?

 空しさだけが積もってきたので、さっさと駐輪場へと向おうとしたところ、

 ガツッ!

 

「うわわぁっと!? なんだこれ? 木材?」

「あ、気を付けた方がいいよ。春だから」

「春と木材ってなんか関係あるのか?」

 

 俺の大声に気が付いたのか、白雪さんはこっちを見ながら丁寧に説明してくれた。

 

「春は新入生が来るんだけど……戦徒の申請をする生徒も多くて、先輩が戦徒にするかの試験をするの。学園島を使って銃撃戦とか追跡試験とか……だから障害物にするために木材や鉄材をワザと置いてたりするの。建物が破損したら、業者の人がすぐ修理できるからね」

「なにそれ怖い」

 

 相変わらず俺の予想を斜め上どころか、真上に飛ぶ宇宙船ロケット並にぶっ飛んでるよこの学校。

 さも当たり前のように話す白雪さんだけど……。

 今日はあまりうろ付かずに帰ろう。

 パコンと軽く木材を蹴ったあと、背を向けると、

 

「大石さん!」

「どしたん白雪さん?」

「武偵殺しとかの事件もあったし、最近物騒だから気をつけた方がいいよ。あと励ましてくれてありがとうッ」

「お、おう、どりゃサンキュー」

 

 タッタッタッと小走りに去っていった。

 

「は、ははどりゃってなんだよ。……うしっ、張り切って学園島の散策に行きますかね!」

 

 御礼一つであった言う間に気分が上向きになった。

 いやー、いいことするとやっぱ気持ちいいねー!

 安値で買った古自転車を引っ張りだし、走り出したのだった。

 

 

 

 シャーーーッ!

 風を後ろに軽快な調子でペダルを漕ぐ。

 あちこちに植えられた桜の花びらが道路を桃色に染める。

 まさに春といっていい光景だ。

 中等部も非常に初々しい美少女たちを拝めたし眼福眼福。

 心地良い風が顔面に当たる。

 微妙に逆立ってしまった髪を手ぐしで直しつつ、俺は東京武偵高校へと目指していた。

(にしてもいい天気だなー……ん?)

 ふと陰が差したせいだろうか。

 上を見て、日差しに目を細めたときに誰かがビルの屋上にいたような気がした。

 んん?

 パチパチと数回瞬きをしたが良く見えない。

 別に気にしなくてもいいのだが、黒いシルエット。ひらひらと舞うスカートにツインテール。変態じゃなければまず女子。

 屋上、スカート、女子――――つまり。

 

「下から見える! カメラーカメラー……くそ忘れた! こうなったら脳内シャッターを使ってやる!」

 

 ガッデム!

 風景を撮るつもりが偶然、白の絶対領域を映し出してしまった、という寸法だったのに!

 ビルが高いのでダメかもしれないが、そこはそれ。

 視力はこれでも両方とも2・0。全神経を眼球に集中させたらあるいはっ!

 上を見ながら猛然と走りだす。

 なぜ美少女(確定)が屋上にとか関係ない!

 そこにパンツがあるから俺は全力で足もとへ行く。

 古い自転車はいきなり全力で走りだしたせいかギィギィと錆ついた音を奏でる。

 頼む、持ってくれ。俺をあの理想郷まで連れてってくれ!

 走っていると後ろから誰かの気配を感じた。

 風を切って走ってきたそいつは俺の隣を併走してきた。

 

「お、お前……はぁっ、ケイか! もしかして同じ状況かっ!?」

「うくっ……はぁはぁ……おうお早うっ、キンジ! お前もか!」

 

 息を切らしながら猛追してきたキンジ。

 お前もか! 白雪さんのお誘いは断りながらパンツはちゃっかり覗こうと……! 最低だが、最高だなお前っ。興味ないふりして、やはり漢の本能には逆らえんようだな!

 走りながら目を見つめる。真剣な表情で頷いた。

 ならばともに往こうエルドラドへ!

 友が頑張るなら俺もとペダルにより一層力を込めた。

《減速させやがると爆発しやがります》

 なんかボーカロイドっぽい機械音。

 キンジ、いつから変声機なんて持ってたんだ? 小学生名探偵にでもなるのか?

 などと思いながら隣を見ようとしたそのとき――

 バギンッ!

 

「あ゛ッ」

 

 ペダルが急に軽くなった。やば、チェーンが外れたかのか!?

 勢いを付けたところでの故障に思わず、前のめりになる。

 体勢を直そうとしたが、突然のことで訳が分からず、俺は自転車から投げ出された。

 

「いっつッ!?」

 

 伊達に一年間、武偵高校に通ってない。

 なんとか受け身を取りつつも、ゴロゴロとアスファルトの上を転がり、身体中に擦り傷が出来上がる。木にぶつかったところでやっと止まった。

 くそうっ、覗きを敢行した天罰ですか神様! ちょっとは寛容になれよもうっ。

 

 ――ばかはそっちだ……そんな助けかた……!――

 

 あれなんかキンジが浮かんで、いやパラシュートに逆さの少女? お前らなにやって……。

 土を払いながら立ち上がろうとしたとき、奇妙な光景が目の前を通りすぎたその瞬間――

 ドカカァァァァン!!

 耳をつんざく大轟音にひっくりかえる。

 

「けほっけほっ! え……えぇ~…………爆発ってどういうこと……?」

 

 数十m先でもくもくと黒い煙が立ち上っている。

 制服の裾で煙たさを緩和しようと頑張っていると段々煙が晴れてきた。

 そして見えたのは無残に散った俺の自転車。

 あと隣になぜか拳銃……いやでっぷりしたマシンガンっぽい銃――UZIっていうのか? が隣に転がっていた。

 中古だけど去年から愛用してた自転車なのに……ッ!

 なんで俺ってこう、災難に巻き込まれるんだろう……って。

 

「そうだ、キンジ大丈夫か!?」

 

 自転車の件で大いに嘆きたいところだが、とりあえず友人の安否が気になる。

 一瞬だがキンジが逆方向に飛んでいったのは見えていた。

 急いで立ち上がり逆方向へと向かおうとしたのだが、ガクリと足の力が抜けてよろける。

 ダメージ……自転車から落っこちた上に、爆発で耳の鼓膜がキーンと甲高い音が鳴り続けている。

 やばい、なにか支えがないと倒れる……。

 左手を前に突きだし、硬い感触があったので背中を預けようとしたのだが、グラリと何故か後ろに倒れる。

 ガランガランガランガラン!

 

「うわわぁ、て、鉄骨をこんなとこに放置すんじゃねえよ!?」

 

 よくみたら壁に立てかけてあったらしい鉄骨が数本横倒しになっていた。

 こわッ、下敷きになったら死んでたかもしれん。泣きっ面に蜂ってまさにこのことだよ、まったく!

 ジ、ジジ……ジジジ……。

 良く見ると鉄骨の下に変な機械が潰れていた。

 さっきの自転車の側にあった奴といい、もしかして戦徒制度の試験の、なんだっけ……そう街の各所に置いた障害物。

 先輩と後輩がきゃっきゃうふふの銃撃戦でもやっているのだろうか?

 頼むから俺を巻き込まないで欲しい。切実に。

 今も制服の端っこが擦り切れてるし。

 近くに体育館があり、側に大きな布切れが落ちていた。

 おそらく、あそこら辺にキンジがいるかもしれない。

 

「はぁ~~~~っ、大丈夫か確かめるか……ってあのオモチャはなんだ?」

 

 さっきのオモチャと同じタイプの機械が三台。体育館のある敷地のまん前に陣取っていた。

 俺との距離は三、四○mほど。

 なのをするのかと思って見ていたら、

 バラララララララッ!

 UZIが体育館の入り口に向かって火を吹き始めた。

 銃撃!? あれ撃てるの!?

 やばいと思って隠れたようとしたとき、一台の銃口がギュン! とこちらを向いた。

 

「――ッ!」

 

 黒光りする銃口。今まさに撃とうとしている。

 撃つ……? 誰を……? 俺に決まっている。

 当たれば――死。

 死にたくない!

 

 いままでの人生で一番早く動けた気がした。

 目の前に落ちる桜の花びらがやけにゆっくりに感じる。

 ドクンドクンと心臓の音がうるさい。

 右手で即座に拳銃を掴む――止め金を強引に外す――構えようとしながら左手でスライドを引く。

 相手はまだ、動いていない。

 狙いはUZIの銃口――当たる、そう確信しながら俺は引き金に指を掛け、力を込めた。

 

 カチン

 カチンカチン

 

「……………………あぁ、早くても遅くてもタマがないと当たらんよね。いろんな意味で」

 

 バララララ!

 

「うひゃあ、ごめんって! だから撃つんじゃねえっ!」

 

 火事場のクソ力というか間一髪、で鉄骨の裏に隠れた。

 キンキンキンと目の前で火花が散る。

 やっぱり鉄骨を配置した人最高! 本気で助かってます!

 内心で鉄骨さんに賛辞を送っていると、数回の射撃音のあと、UZIが爆発四散した。

 ……たぶん、キンジか女の子のどっちかが撃ったんだろう。

 はぁ~っ、終わった。真面目に死ぬかと思った。

 へたり込む。鉄骨の向こう側ではキンジと女の子がなにやら揉めている様子だ。「風穴!」とかいって拳銃を振りまわしている。

 行った方がいいんだろうが……時計を見る。

 うん、始業式まで時間ない。遅れたら蘭豹先生か綴先生あたりに罵倒されること受け合い。Mじゃないので勘弁してください。

 キンジも女の子も無事みたいだし、俺は一足先にふけるぜ!

 もう今日はもめごとはノーサンキューだ。

 俺は近くに落ちていた鞄を拾うと、そのまま裏道から学校へと向かった。

 

 

 

「ぜーはーぜーはー……今日の俺って、うぇ……もう色々頑張り過ぎてねぇかな……」

 

 ひーこらしながら走り続け、始業式には十分間に合うタイムで学校の前に到着できた。

 服はボロボロ、汗はダクダク。荒ぶる心臓を宥めるために深呼吸を数回。

 周囲の人間は俺の姿を見て、ひそひそを話す。

 注目されるにしても女の子だけにして欲しい。

 ええい、ぼそぼそ話すんじゃねぇ。あんな目に遭ったら誰だってこんな姿になるだろうが。

 事情を知らない人にそれを言っても仕方がないんだけどよ。

 鞄を背負い直し、ポケットに手を突っ込んで歩く。

 

 ――あれが…………円…………まじか――

 ――依頼……始業式…………オーラが――

 ――戦徒……三〇……よほど…………――

 

 き、気になる……。

 なんでここまで注目されなきゃいかんのだ。

 うん、俺だってボロボロの制服着た奴がいたらこいつ金ないの? って思うけどさ。

 そこは日本人的なスルースキルで見るなよ、頼むから。

 降り積もった桜の絨毯(じゅうたん)を踏みしめながら玄関へと向かう。

 

「ここまで注目されちゃあ新入生のチェックも出来ねえなぁ……」

 

 ボヤく。まだ見ぬ美少女たちを観察するにもこんな状況じゃやりづらい。

 無視を決めこんでいると後ろから呼びとめるハスキーボイスが一人。

 

「先輩、お、お久しぶりです!」

「ん?」

 

 振りむくと金髪をポニーテールした女子。拳一つ分は低い頭だが女子の平均では高い。誰かとよくみたら見覚えのある顔だ。

 

「あれ……火野、ライカだっけか」

「あ、はいっ、そうっす大石先輩」

「お、おおーっ、半年ぶりか!? そうか今年から高一だもんな!」

 

 随分前だけど麻薬事件のときに一緒にいた後輩の一人だ。

 正直に言えばあの事件は黒歴史の部類だが、月夜に映える金髪の少女は割と印象に残っていた。

 

「ええ、今度は正式に後輩ですんで、機会があればご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いしますっ!」

「教えることって言っても、あんまりないけどなー」

「そんなこと――」

「ライカー、おはよー!」

「あかり?」

 

 軽い足音と共に手をぶんぶん振りながらやってきたのはライトブラウンの髪をツーサイドアップにした小柄な少女。

 ライカと違い、拳一つ分じゃなく、頭一つ分以上小さい。ちょこちょこ走る姿はリスっぽい愛らしさが出ていた。

 明るく向日葵が咲いたような笑顔でやってきた少女は俺とライカを交互に見る。

 

「ライカ、この人、誰なの? なんかボロボロだけど」

「馬鹿あかりっ! “円”(シルクロ)の啓って聞いたことないのかよっ。お前の大好きなアリア先輩と同じ二つ名持ちの凄腕武偵だぞ!」

「アリア先輩と同じっ!? でも、う~~ん……なんか冴えない人だけど」

 

 さ、冴えないって酷い……。

 というかシルクロってなんだ?

 火野さんがあかり? ちゃんにチョップを喰らわせていた。

 

「見た目で判断するなっ! ……すいません先輩、あかりはこういう奴なんで」

「ま、まあ別にいいよ。実際、ボロボロだし」

「依頼でもしてたんですか?」

「いや、まあ、その……な」

 

 正直に言おうか迷った。

 ぶっちゃけ逃げ回っただけだし、かといって可愛い後輩の尊敬の眼差し(憶測)に無様な返答はしたくない。

 返事に迷っていると火野さんはどう思ったのか、

 

「あ……すいません、依頼内容を聞くのはマナー違反ですね。先輩のことだからどーせ無茶したんでしょうけど」

「あーうん、そんなところ」

 

 無茶に違いはない。

 ただUZIの銃口から逃げてただけだけど。

 話題を転換したかったので俺は疑問に思っていたことを聞いてみた。

 

「それより“円”(シルクロ)ってどういうこと?」

「あれ先輩のところに連絡いってないんですか? 四月から正式に“円”の啓という名が世界中に公表されたって。凄い名誉なことなんですよ二つ名って。武偵の憧れですよ!」

「そうそうアリア先輩も双剣双銃(カドラ)のアリアって素敵で可憐な二つ名があるんですよ!」

「二つ名って……」

 

 痛い痛い痛い痛い! なにその厨二名。

 喜色満面な顔で火野さんが言ってくるがたまったもんじゃない。思わず否定の言葉で出ても仕方がないだろう。

 

「いらねー……」

「えぇっ、二つ名ですよ。凄腕の証――」

「痛いんだよ」

「え?」

 

 びっくりしたように目を見開く火野さん。あかりちゃん同様だ。だが正直に言わせて貰おう。

 

「二つ名なんて堂々と名乗ってたら痛い目に遭うだけだ。それなら何もない方がいい」

 

 黒歴史になるだけだからな。

 シルクロの啓(キリッ!)なんてどんな厨二。

 

「誰が付けたか知らないけど、ただの大石啓で十分だよ。二つ名なんて栄誉でも名誉でもなんでもない。痛い目に遭うだけの重しだっての」

 

 キーンコーンカーンコーン

 学校の鐘が鳴る。

 

「やばチャイムだ。始業式が始まっちまう! 火野さんとあかりさんは急がなくて大丈夫なのか?」

「あ、はい……大丈夫です。新入生は別なんでまだ余裕があるんで」

「じゃあ悪いけど俺行くから!」

 

 俺は返事を待たずに、背を向けながら急いで教室へと向かったのだった――

 

 

 

 




アリアAAの主人公、間宮あかり登場です。
たまーに出てきます。

白雪のキャラがつかめない……。
ヤンな属性以外、割と普通過ぎるから扱いに困る。突きぬけたキャラの方が判りやすいなぁ……。

次回はキンジたちの三人称視点です。
勘違いの欠点――視点変更による展開の遅さが出てしまいますが出来るだけ面白くなるよう頑張ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

桜舞う春の学校

今回は当社比1・3倍の文量で少々長めです。


 キンジは鬱屈した思いを抱いたまま、春を迎えていた。

 幼馴染である白雪の誘いをメールチェックと嘘をついて断ったのも、もう少し考えたかったからだ。

 理由は主に二つ。

 まず一つ目が兄の件。

 “武偵殺し”を見つけ捕まえる――その目的のために、慣れない探偵科の授業の中で行動し始めたキンジ。

 だが気合いを入れたのも束の間、肩すかしを喰らう。

 他の武偵が捕まえたというのだ。悪いことではない。凶悪な犯罪者が一人いなくなったことは喜ばしいこと。

 でも欲をいえば、自分の手で決着をつけたかったのに、と思ってしまった。

 もやもやとした“なにか”だけが胸にくすぶり、今も治まる気配を見せない。

 

 そして二つ目が友人、大石啓についてだ。

 予想通り彼は依頼を受けなくなった。仲間たちに協力を要請されても、適当な理由を付けて断る。問題なのは彼に対する周囲の反応だった。

 七七件――そのほとんどは単位が多く貰える凶悪事件の解決。必須科目さえクリアすれば、卒業間近。

 更に噂の域を出なかった二つ名“円”(シルクロ)が正式に公表される見通しとの情報をキャッチしていた。

 おそらく始業式の日に教務科に呼ばれるだろう。

 ランクの低さなどで彼の実力に疑義を挟む人もいるので学校内での反応は、賞賛半分不満半分。教務科の悩みの種であった。

 強襲科から諜報科へ。そして三学期は探偵科へ。

 一つの技能を極めるスペシャリストより、多彩な場面で行動できるオールラウンダーな武偵を目指しているのだろう、という評価が多数を占める。

 だがキンジは予想していた。

(おそらくケイは来年の春にでも転校するつもりだろうな。それまでになんとかしなくちゃいけないのだが……)

 武藤と不知火にはケイのことについて打ち明けていた。

 しかし二人の反応は期待とは違っていた。

『転校するのは寂しいけどよ、別に武偵じゃなくたって会えるし、本人が辞めるっつってんのに無理やり引きとめたら轢かれるぜ?』

『僕も武藤君と同意見ですね。もちろん大石君のことは友人としてとても好ましいとは思っていますよ? ですが武偵は殉職率も高い危険な職業。要求される知識も半端ではありません。多くの犯罪を経験してきた彼は決断したんです――――僕たちのすることは笑顔で見送ることではないでしょうか?』

 二人は冷静に分析し答えを返していた。

 武偵という危険な職業は友達感覚でやっていいものではない。ときには仲間を見捨てる覚悟さえ持たなければならない。

 自分が助けると息巻いてもそれは一人よがりもいいところではないか、という考えが浮かんでは消え、結局転校について触れることもできないまま、キンジは春を迎えていた。

 

 やることなすこと裏目に出ているような錯覚を覚え、そんな気分を少しでも払おうとキンジは頭を振る。

 ぼんやりと時計を見たとき気付いた。

 

「げ、七時五五分ってバスに間に合わねえじゃねえか」

 

 急いで鞄を持つ。

 鏡を見て髪がおかしくないかだけはチェックする。

 目の前には黒髪の目つきが鋭い男がいるだけ。問題ない。

 玄関の扉をあけて、キンジは飛びだした。

 嗅ぎ慣れた都会の空気、穏やかな朝日を楽しむ間もなく、三段抜かしで階段を駆けおりる。

 

 生涯、キンジは七時五八分のバスに乗り遅れたことを後悔することになる。なぜなら――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バサバサと制服をはためかせた少女が一人。

 桃色の髪を両サイドに結び、強い意志を宿した紅紫(カメリア)の瞳はビル屋上、フェンスの上から注意深く観察していた。

 傍目からは今にも飛びおり自殺でもするのではないかとハラハラしてしまう光景だ。

 しかし少女は自殺志願者ではない。今も絶妙なバランスで仁王立ちしていた。

 万がいち転落しても、隠し持ったフック付きワイヤーを射出すれば問題なかった。

 双眼鏡を片手に遠くを見つめていた。

 ぷるんとした小さな唇が開く。

 

「来たわ。あれね……」

 

 目つきの悪い根暗そうな少年が自転車をこぎながら直進している。

 真横を走る遠隔操作されたセグウェイ。先端にはUZI。

 十四の頃から欧州で名を馳せてきた神崎・H・アリアは独自に集めた情報、経験、そしてなにより直感が、爆弾事件(ボムケース)だと見抜く。

(武偵殺し……ッ! ママに罪をさらに被せて……もう容赦しないわ! 必ずその鼻っ柱を折ってやるんだから!)

 日本に来てからアリアの母には更に罪状が追加されていた。

 狡猾な犯罪者は罪もない女性に被せ、今ものうのうと自由を謳歌している。

 ギリリッと歯ぎしりをしながら彼女は降下するタイミングを図っていた。

 そのとき少年の進路上に誰かが飛びだす。

 思わず舌打ちをした。面倒なことになった、と呟く。

 自転車に取り付けられた爆弾は集約した情報の結果、一定速度以下で作動するタイプだと推測していた。でなければ汗をかきながら激走するわけがない。爆弾さえなければ武偵高校の生徒ならセグウェイの破壊くらいできないわけないのだから。

 パラグライダーにてビルから降下。邪魔な障害物を取りのぞいたあとで救出するプランに修正を加えなければならない。

 最悪、被害者が二人になる。

 誰なんだと双眼鏡を覗くと、

 

「大石啓!? アイツ、なにやっているのよ!」

 

 いつか出会った期待外れの少年、大石啓がそこには居た。

 相変わらず眠たそうな目つき。整髪料でわざとしてるのか、天然なのか、ところどころはねた髪。

 黒い瞳は険しい表情で双眼鏡のレンズ越しにただただアリアの方を真っすぐ見つめていた。

 パチパチと数回、瞬きを繰りかえす。

(……まばたき信号(ウインキング)?)

 武偵には言葉を介さない様々なやり取りが存在する。

 チーム限定の符丁、暗号もあれば、指でのトンツーを駆使した指信号。まばたきもまた信号の一つ。

 大石啓は数回のまばたきをしたあと、いつか出会ったときとは違い、真剣な表情のままだった。

 判ったな? 不敵なまでにブレない目つきで。

 早かったので誤訳の可能性はあれど、アリアは信号を解読し、一つの答えに辿りつく。

 

「『オレガ タオス』……ね。腐っても二つ名持ちということかしら。武偵としては一応及第点の対応ね」

 

 ニヤリと楽しげに少女は笑みを深めた。

 倒す――つまり邪魔な障害物は自分が処理すると言っているのだ。

 そしてお前は救助に専念しろ、と言外に伝えている。

 大石啓は自転車を走らせ、タイミング良くもう一人の少年と併走し始めた。伝えるべきことは終わったとばかりに、アリアの方を見ないで、少年の方に顔を向けていた。頷き合う。

 

Ask and you shall receive(求めなさい、そうすれば得られる)……何事も全力で求めなければ得ることもできない。アンタが事件を解決できるかちゃんと見定めてあげるわっ」

 

 アリアは躊躇(ちゅうちょ)なくビルから飛び降り、パラグライダーを開いたのだった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全速力で自転車をこぐキンジ。

 バスに乗り遅れても、十分間に合う時間帯なのだが彼には止めることができなかった。

 

《このチャリ には爆弾 が仕掛けてありやがります 減速して も爆発しやがり ます》

 

「なんでこういう状況になってるんだ!?」

 

 

 キンジが叫びたくなるのも無理はなかった。

 ハイジャックならぬチャリジャック。

 サドルの裏からピッピッピッと死の音色が聞こえる。

 プラスチック爆弾を仕込まれた上に、九mm機関銃――通称UZIを取り付けられたセグウェイが併走して今も脅していた。

 

《助け を求めたら 爆発 しやがります》

 

 携帯をとろうと懐に手を忍ばせたところでの指摘。丁寧過ぎて泣けてくる展開だった。

 だがキンジは走りながら奇妙にも思っていた。

(爆弾にジャック……まるで武偵殺しの手法そっくりじゃないか。模倣犯、か?)

 今はそれを確かめる術はない。

 左右の足でペダルを必死に回転させつつ、せめてもと誰もいない道路を走る。

 だが正面を見ると一人の男子が横道から出てきて上を眺めていた。

(やばい! もしかして助けを呼んだことになるのかっ!? だけど追い越せば――)

 乳酸が足に蓄積されていく。

 徐々に重さを増してきたペダルをこいでいる状況ではハッキリと相手の顔を見る余裕などない。

 何を思ったのか正面の相手は、いきなりキンジと進路方向を同じにし、自転車を走らせ始めた。

 最初からスピードがのっている以上、キンジは少しずつ正面の生徒との距離を縮めていってしまう。

 進路を変える――否、減速したら最悪、相手も巻き込んで爆死。キンジだって死にたくない。

 考えた策は高所……橋や埠頭から海に向かって全力ダイブ。セグウェイも道連れにできる。落ちる瞬間にどこかに捕まればまだ助かるかもしれない。

(ならまずは巻き込まないように追いこし……ってケイじゃないか!?)

 算段を付けていたところで、相手の生徒が猛然とダッシュし始めた。

 最悪のタイミングでキンジと併走してしまう。しかもその相手は大石啓――先に学校へ行っていたはずの友人だ。

 ピンチのときに颯爽と駆けつける友。これが偶然なわけがない。

(お前、もしかしてこの状況を読んでいたのか? いや、別の可能性もある)

 確認のために聞いてみる。

 

「お、お前……はぁっ、ケイか! もしかして同じ状況かっ!?」

「うくっ……はぁはぁ……おうお早うっ、キンジ! お前もか!」

 

 最悪だ――とキンジは思った。

 模倣犯? の狙いが一人だといつから誤解していたのか。

 同時に狙う可能性もあるだろう。しかし希望もある。

(ケイは一度止まっていた……つまり爆弾はないあるいは解除済みで、セグウェイから逃げおおせたところで俺と合流したってところか)

 不運の連鎖に舌打ちする。

 キンジは横を見ると、彼はやや上方を見ていた。

 そしてこちらを真剣な表情で見つめたあと頷いた。

 普段ののんびりとした雰囲気などどこへやら。

 たった一つの目的のために戦う武偵の目をしていた。おそらく友人であるキンジのために。

 

 何を見ていたのか――その意図はすぐに判った。

(女の子!? しかも飛び降りた!? まさかあの子に助けを求めて……?)

 パラグライダーを付けた少女がビルの上から跳躍――射抜くような目でキンジだけを(・・・)見ていた。

 ガシャン!

 金属と金属が激しくぶつかり合う音。

 横を見ると、ケイはゴロゴロと歩道の上を転がり、植えられていた木にぶつかっていた。

 そしていつのまにかセグウェイはケイの自転車にぶつかったときに無理に発砲したことで暴発。その機能を停止させていた。

 

「サンキュ、ケイ!」

 

 大声で御礼をいいながら今度はピンク髪の少女に目をやる。

 巧みにパラグライダーを扱い、ふわりと浮かびながらキンジの正面にグルンと真っ逆さまになる。

 少女の狙いを理解し、思わず驚きの声が出た。

 

「お前っ、この自転車には爆弾を付けられてるんだぞ!? まさかその体勢で――」

 

 条件反射で拒絶の言葉が出てしまう。

 キンジは女性との接触を極度に嫌う。女性を守る遠山家の本能であり遺伝的才能――ヒステリアモードを発動してしまうから。

 助けられる立場で手段を選べないとはいえ、できれば遠慮したいのが本音だった。

 だが少女――アリアがそれを許さない。

 

「『武偵憲章第一条――仲間を信じ、仲間を助けよ』! 全力でこぎなさいよバカっ!」

「バカはお前だろっ、そんな助け方があるか!!」

 

 逆さの状態でパラグライダーを操作する少女。一気に接近し、キンジを助けるつもりなのだ。

 

「ごちゃごちゃうるさいわね! いいからいくわよ! アンタだけじゃない、もう一人の仲間も身体を張ったんだからアンタも頑張りなさい!」

「く……やるしかないのかよっ!」

 

 有無を言わさぬ特徴的なアニメ声に口をつぐむ。

 どちらにせよ海に突撃する作戦も周囲を巻きぞえにする危険性を孕んでいる以上、ここで助けてもらった方が得策だった。

 意を決したキンジは、両手を広げた少女に抱きついた。瞬間――

 

 ドォォォォォン!!

 

 少女の身体からだろう甘い匂いを感じる余裕もなく、爆風を受けながら第二グラウンドの倉庫へと突っ込んでいった。

 

 

 

 暗闇――数秒か、数分か、それ以上か……衝撃で気絶した時間は判らない。

 キンジと少女は防弾跳び箱の中にいた。

(いつつ……助かった、のか?)

 先に目を覚ましたのはキンジだった。

 思わず顔を起こそうとした――しかしそれが間違いだったとすぐに知ることとなる。

 最初に目に入ったのは学年が書かれてない名札。だが『神埼・H・アリア』とだけ書かれてあった。問題はもう一つ。

 

「ぶ!? 胸!? いやいや平静になれ遠山キンジ。大丈夫、大丈夫……まだセーフだ!」

 

 視界を襲ったのはカワイイブラジャーと肌色の世界。ケイなら大歓喜のラッキースケベだがキンジにとっては目に毒そのものであった。

 だがお椀というより、寿司屋にある醤油の受け皿クラス--生意気そうな口調に反してとても慎ましい胸。『バストアップブラA→B』という文字が哀愁を誘う。

 せめて服だけでも直そうとしたキンジだが運悪くアリアも目を覚ます。

 ぱちくりと愛らしいまぶたを数回動かし、状況を把握するとギャーギャーと騒ぎ出した。

 

「ちょっとアンタ、何、服を脱がそうとしているのよ! 犯罪者! 強猥! 痴漢!」

「待てって、俺はなにもしていない!」

「人でなし! 恩知らず! ヒラメ人間!」

「待て最後のは意味判らないぞ!」

 

 ポカポカとキンジを叩き始めるアリアだが長くは続かなかった。

 

 バララララララララ!

 鉛弾の嵐がキンジたちを襲う。

 間一髪で跳び箱内部にひそんだアリアが舌打ちをする。

 

「まだいたのね『武偵殺し』のオモチャが!」

「『武偵殺し』!? 模倣犯じゃなかったのか!?」

「へぇ、武偵殺しかもって思ってたんだ。ただの変態でもないのね」

「変態は余計だ!」

 

 武偵殺しを捕まえると決意したキンジは地道に調査を進めていた。兄の無念を晴らすため――その執念で武偵殺しが爆弾使いであること、狡猾で尻尾を掴ませない犯罪者であることを調べ上げていた。

 だからこそ今回の手口が武偵殺しの手口と似ていると予測したのだ。

 

「じゃあ捕まったのは――」

「偽物よ。本物は未だにお天道様の下でのさばっているわ! 今もあのオモチャで楽しそうに弾丸をプレゼントしながらねっ!」

「……なるほど、じゃあ俺が捕まえる余地がまだあるってわけだ……」

 

 キンジの感情は――純粋なまでの喜びだった。情報を受け取った脳は活力を手足に伝えていく。

 不謹慎ともいえるかもしれない。少女の言葉は誤っているかもしれない。

 だが兄の仇をとりたい――信じたい方を信じるのが人情というもの。少なくともキンジにとっては。

 人しれず手に力が入っていたキンジ。だからこそ次に起こる予想外の事態に思わず動揺する羽目になってしまった。

 バラバラバラ!

 感情を知らぬ機械が二人の命を奪おうと弾丸を撃ち続ける。

 アリアは跳び箱の隙間から撃ち返そうと更に身をかがめた。

 ぷにゅん

 ドクンッ!

(あ……やばい)

 小さくとも存在感を放つ二つのマシュマロ。

 胸を顔面に押し付けられたキンジ。

 どんなに外見が幼い少女でも女らしさを集約させた一部分にキンジの胸は際限を知らずに高鳴っていく。

 ドクンドクン――ドクンッ!!

 

(なって、しまった! ヒステリアモードに!)

 脳が目まぐるしく回転し、世界の全てが止まった錯覚すら起こす。

 熱を伴った血液は全身を巡り、脳の奥底に力を与えていく。

 UZIの銃弾が一時的に止む。

 弾丸とて無限ではない。様子見と銃身を冷やすためのクールタイム。数秒のタイムラグ。

 キンジはおもむろにアリアをお姫様だっこした。

 突然の奇行に顔をリンゴのように真っ赤に染めたアリア。

 じたばたと手足を振りまわしながら暴れる。

 

「にゃ!? こ、こここんなときににゃにすんのよぉッ!」

「……君の言葉で俺は救われた。改めて戦う意義を思いだせた。だから御礼に少しの間だけお姫様にしてあげよう」

「あああ、アンタ、頭でも狂ったの――――ひゃぅぅ!?」

 

 慈愛の黒瞳がカメリアの瞳をじっと見つめた。硬直した少女は動かない。

 そっと安全地帯(とびばこ)に降ろし、ストンと跳び箱から出る。

 キンジの目が現在の状況を分析し始めた。

(俺が無防備ならもう撃ってもいいはず。なのに撃たないのは…………なるほど、そういうことか)

 柔らかな笑みを浮かべた。

 よく見ればセグウェイの内、一台がそっぽを向いていた(・・・・・・・・・)

 視界の奥には見慣れた友人が銃口を向けて引き金を引いていた。しかし弾丸は出ない。

 銃口の向きから推測して相手を一撃で破壊できるはずなのに。

(弾なし? いや啓がそんなミスをするわけないな。そういえば、最初のセグウェイを破壊したときも自転車だった。あの時点で拳銃の弾を既に使い果たしていたか、転落時に銃が故障したかってところか。だが十分だ。俺とほぼ反対側にいる存在のせいで敵はどちらを攻撃するべきか困惑している。相変わらず、玄人好みの味のある仕事をする奴だな)

 時にブレーキの壊れた自動車のように突撃し、時に誰よりも冷静に冷徹に戦況を見極めて奇策を成立させる友人。

 今回ならキンジとアリアとの中継役を飛び入りで行う絶妙なバランサーとしての役割を演じ切っていた。

 敵に回せば身の毛がよだつ恐さ、味方ならこれ以上ない安心感。灼熱の激情を胸に抱く熱血漢。それでいて犯罪者にすら滂沱の涙を流す純粋な武偵。

 ……高過ぎた理想が武偵への道を閉ざすなどあってはならない。

 自分勝手だがやはり説得したい――――だが今すべきことをキンジは行う。

 

(ボロボロの身体で敵の注意を惹きチャンスを作った友のために。そして愛らしく可憐な少女……護るべき存在を背にした状態で、戦えない武偵など死んでしまえ!)

 二台のセグウェイに付けられたUZIが十数の猛火となってキンジに迫る。だが当たらないっ。

 キンジの双眼は敵の弾道を完全に予測していた。

 眼前に迫りくる弾丸の雨。

 頭を狙った生命を穿つ槍を紙一重に回避――

 

「機械の正確過ぎる狙いが仇になったな!」

 

 ――――しきった。黒髪が僅かに揺れる。

 動揺の欠片も見せない姿に、様子を見ていたアリアは息を飲んだ。

 

「アンタ……!」

「これで終わりだ!」

 

 バババババババンッ!

 違法改造のベレッタF92――三点バーストもフルオート射撃も可能な通称キンジモデルが敵を断罪せんと七度、火を噴いた。

 銃弾は銃口を向けていたUZIの銃身を一撃で貫き、残りは別方向を向いていたUZIを破壊した。

 敵の銃弾を避け、撃破する――一秒にも満たない神技を見せたキンジの姿をアリアは生涯忘れることはなかった。

 

 このあと、キンジがアリアに切れたスカートのゴムの代わりにベルトをあげたり、ちっちゃな容姿から小学生と間違え、アリアを激怒させたりするなどのトラブルを起こしながらも二人はこの場を去っていった。

 ケイは居なかった。

 まるでやるべきことはやったとばかりに。さりげない自転車での体当たりに囮。

 キンジは微笑む。

(ケイ……やっぱりお前は心の芯から武偵だ。辞めるなんて馬鹿らしすぎる。お前の熱意は犯罪者の心すら撃ち抜く……絶対に立ち直らせてやるからな!)

 

 アリアは激怒しながら逃走したキンジを追いかけていた。しかし内心では別のことも考えていた。

(あんの猥褻男~捕まえて風穴祭決定ねッ! ……でも銃弾を見てから避けるなんて神業ができる男がいるなんてね。それに期待外れと思ってた大石啓の戦い方も悪くない。調べが足りなかったわ。ママのためにもあいつらの実力――見定めてやるわ!)

 

 暗い路地裏を走りながら学校を目指すケイ。

(早くしないと蘭豹あたりにドヤされるー! 制服は買い換えんといけないしメンドくせぇ…………あ、今日特売でモヤシ一袋十円だっけ、買わないとな)

 それぞれの思惑を胸に暖かな春空の下を若き武偵たちは進んでいく。

 これが後に『緋弾のアリア』と世界中の犯罪者から恐れられる鬼武偵な少女と、二人の少年の硝煙の匂いにまみれた最低最悪な出会いだった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって場所は東京武偵高校に移る。

 一際小柄な少女がアスファルトを蹴り上げながら校門へと入っていく。

 

「褒められた♪ 褒められた♪ アリア先輩に褒められた~! ライカに自慢しよ~っ」

 

 一三九cmのアリアに劣らずとも勝らない(・・・・・・・・・)幼児体型。

 ちょこんと見せた八重歯。

 元気いっぱい喜びいっぱいの女の子。

 今年入学した花の一年生――間宮あかりはデレッデレな顔で先日のことを思い出していた。

(えへへっ! アリア先輩に頼まれた強襲用パラグライダー……諦めずに縫ってよかったぁ!)

 強襲科Eランクの上、射撃技能は一四四位でぶっちぎりの最下位。

 だがあかりはとにかく諦めが悪い。不屈の精神とも言っていい。

 同じ小柄な体型で大活躍中のアリアに強い尊敬の念を抱き、粘り強く試験を受けた結果、念願の戦姉妹(アミカ)契約も叶った。

 武偵としての実力はまだダメダメながら、パラグライダーも必死に編んだ結果、自分にも他人にも厳しいアリアから「いい子」と高評価され、一緒に風呂まで入った。

 スキップでもしそうな勢いで玄関に向かおうとしたとき周囲の様子がおかしいことに気づく。

 一年生たちのひそひそ声が耳に届く。

 

「あれが“円”(シルクロ)の啓……二年男子の首席候補の一人って聞くけどまじか?」

「あのボロボロの姿を見ろよ。依頼をこなしてたに違いないぜ。始業式前にちょろっとやるなんてオーラも格も違いすぎる」

「戦徒申請を三○回以上断ってるらしいわ。よほどの実力者じゃないとダメってことね」

「でも本人の実力は大したことないっていう先輩もいるらしいよ」

「犯罪検挙率一○○%、七七回連続達成中なのに?」

「先輩たちとチームを組むことが多いらしくて『コバンザメ』ってあだ名もあるとか……」

 

(なんなんだろう……?)

 頭の上にクエスチョンマークを出しながら、人垣を縫っていく。

 風に乗って男性特有の低い声が聞こえてきた。

 

「ここまで注目されちゃあ新入生のチェックも出来ねえなぁ……」

 

 ざわつく新一年生たち。

 つまり品定めをしていたのだ。

 声をかけてくれるかと何人かの生徒たちは期待した表情をケイに向けていたが、それに答える間もなく、一人の生徒がケイに近づいていった。

 

「先輩、お、お久しぶりです!」

「ん?」

「あれ……火野、ライカだっけか」

「あ、はいっ、そうっす大石先輩」

 

(え、ライカ?)

 馴染みのあるハスキーボイス。

 中学時代からの友人だった。

 いたずら好きでからかわれたことは、数えただけで両手の指を軽く超える。

 だが自分や友人たちに見せたこともない表情――憧れとも敬いとも諦めともとれる複雑な顔で一人の男性を見ていた。

 あかりは無意識に走り出した。

 

「お、おおーっ、半年ぶりか!? そうか今年から高一だもんな!」

「ええ、今度は正式に後輩ですんで、機会があればご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いしますっ!」

「教えることって言っても、あんまりないけどなー」

「そんなこと――」

「ライカー、おはよー!」

「あかり?」

 

 何故そんな顔を見せるのか?

 なんだかんだいって仲の良い友人の横顔には憂いの色が見て取れた。

 計画無しの無鉄砲娘のあかりは、気付いた時には足が動きだし、友人の元へと突撃していた。

 挨拶をしながら近寄り、もう一人の男性を見る。

 眠たそうな目つき、ボロボロの制服――身だしなみとは程遠い煤けた男。

 ライカは無神経な男子から男女と呼ばれている。そんな男子に対してあかりは少しだけ嫌悪感があった。

 無意識な敵意のせいか発した言葉に刺があった。

 

「ライカ、この人、誰なの? なんかボロボロだけど」

「馬鹿あかりっ! “円”(シルクロ)の啓って聞いたことないのかよっ。お前の大好きなアリア先輩と同じ二つ名持ちの凄腕武偵だぞ!」

「アリア先輩と同じっ!? でも、う~~ん……なんか冴えない人だけど(というか私よりトロそう……)」

 

 先輩ながら大変失礼な感想。内心も同様だった。

 ライカが目を吊り上げて怒った。

 スパン!

 チョップがあかりを襲う。

(いだい~! バカライカのバカ力~!)

 あかりは両手で頭を押さえながらライカに睨むが、当の本人はケイに頭を下げていた。

 

「見た目で判断するなっ! ……すいません先輩、あかりはこういう奴なんで」

 

 普段の不敵な態度と違い、非常に腰が低い。

 アリア先輩以上に気を使っている、とあかりは内心で思う。

 

「ま、まあ別にいいよ。実際、ボロボロだし」

「依頼でもしてたんですか?」

「いや、まあ、その……な」

「あ……すいません、依頼内容を聞くのはマナー違反ですね。先輩のことだからどーせ無茶したんでしょうけど」

「あーうん、そんなところ。それよりシルクロってどういうこと?」

「あれ先輩のところに連絡いってないんですか? 四月から正式に“円”の啓という名が世界中に公表されたって。凄い名誉なことなんですよ二つ名って。武偵の憧れですよ!」

 

 二つ名と聞いては言わずにいられない。

 あかりはなぜか自慢するように胸を張り言う。

 

「そうそうアリア先輩も双剣双銃(カドラ)のアリアって素敵で可憐な二つ名があるんですよ!」

 

 ふふんアリア先輩はアナタより凄いんだから! と言外に込めている。

 

「二つ名って……」

 

 戸惑いながらも次に出た言葉は周囲を驚かすに十分だった。

 

「いらねー……」

 

 トンデモ発言。

 むしろ迷惑だと言う風に漏らした。

 あかりは目をまんまるにしたまま固まり、ライカは驚きの声をあげる。

 

「えぇっ、二つ名ですよ。凄腕の証――」

「痛いんだよ」

「え?」

「誰が付けたか知らないけど、ただの大石啓で十分だよ。二つ名なんて栄誉でも名誉でもなんでもない。痛い目に遭うだけの重しだっての」

 

 硬直――ケイの声は周囲で耳をすましていた生徒たちにも十分に聞こえていた。

 前代未聞の「いらない発言」に問い詰めたいところだったが、

 キーンコーンカーンコーン!

 

「やばチャイムだ。始業式が始まっちまう! 火野さんとあかりさんは急がなくて大丈夫なのか?」

「あ、はい……大丈夫です。新入生は別なんでまだ余裕がありますから」

「じゃあ悪いけど俺行くから!」

 

 絶妙な間で鳴った鐘に生徒たちは声をあげるタイミングを失っていた。

 始業式に参加しない一年生たちは時間的に余裕がある。

 ゆっくり教室に向かいながら、不遜な発言をした大石啓という先輩の話題で盛り上がっていた。

 だがその内容は好感二不満八だった。

 

「おい、いくらなんでもちょーし乗ってねえかあの先輩」

「強襲科の間じゃ実力不足だって聞いたぜ。この前も女子に投げ飛ばされてたのにヘラヘラしてたらしいし」

教務科(マスターズ)の評価は高いらしいけど、実はゴマ擦ってるんじゃないのぉ? あーあ、なんかシラケちゃった」

「素直に喜べないのかねぇ。評価されるのが迷惑とか偉そうにさ」

「武偵高校の男子って碌なのいないなぁ」

「何言ってるの、不知火様と遠山様がいるじゃない! トップツーよ。よく一緒にいるし裏では……ぐへへへへへ」

 

 不穏な発言が飛び交う。だが一部の男子たちだけは違っていた。

 

「凄いなぁ~、あんな大胆発言をサラッと言っちゃうなんてそこに痺れる憧れるぅっ! …………うぅ戦徒契約は断られちゃったけど、やっぱりもう一度お願いしようかなぁ」

「あれで調子乗っているとか実力ないとかニワカばかりだね。実際問題、解決事件(コンプリート)の数は別格なのに」

「神埼アリアの方がよっぽどタチ悪いって。啓先輩はキングのK。アリアなんかより格上だからあの程度は問題ないよ」

「『過剰な評価はただの重し』……名言録にメモメモ…………謙虚さからくる発言だね……」

「……さりげなくアリア先輩が侮辱された気がする!」

 

 ピコンとツーテールの髪が跳ねながら、あかりがキョロキョロしていた。

 そんな彼女にしずしずと近づく女子が一人。

 

「あかりちゃん、ライカさん、おはようございます。今日も良いお日柄で……(あぁ、今日もあかりちゃんは太陽のように輝いてかわいいかわいいかわいい!)」

 

 佐々木志乃一年、探偵科(インケスタ)所属。長い黒髪に白百合の肌。背筋を伸ばした姿だけでも深窓のお嬢様を彷彿させる――事実、いいとこのお嬢様だったりするが。さる武人の血を引く末姫でもある。

 しかしあかりを見る目の中にはハートマークがいっぱいだった。この場でその意味を知るのはライカただ一人。少しだけ憐れみのこもった目をあかりに向けていた。

 それに気付かないあかりは手を上げながら無邪気に返事する。

 

「志乃ちゃんおっはよー!」

「おぅ、はよー」

「あら、ライカさんいつもより元気が無いようにお見受けしますが」

「それがねー」

 

 三人は仲良しでよく一緒にいることが多い。

 玄関へと向かいながら、あかりは先ほどの出来事を志乃に話す。

 下駄箱で靴を綺麗に揃えながら志乃がそういえばといいながら、

 

「その方なら噂で聞いたことがあります。なんでも通信科(コネクト)鑑識科(レピア)の男子に人気とか。今は探偵科のEランクですね。見かけたことがあります」

 

 通信科は通信ならなんでもござれでバックアップ的な技能の習得を専門とする。僅かな音声から犯人の割り出しすら行う。

 鑑識科は遺留品から科学的調査を行う。探偵科と協力する場合も多い。

 補足として日に当たらない建物内での依頼が多く、戦闘も行わないので小柄で色白の男子が多かったりする。そのぶん強い男子の先輩に憧憬のまなざしを送ることが多い。その対象は言わずもがな。

 最低ランクのEという事実に驚きを隠せないあかり。

 

「えぇーっ!? それおかしいよ! アリア先輩と同じSランクじゃないの? 比べるまでもないじゃん!」

「あかりちゃんまたアリア先輩アリア先輩って」

「志乃ちゃん?」

「いえいえなんでもないですよ、うふふふふふふ……」

 

 悪鬼のごとき表情を見せた志乃だったがすぐ笑顔に戻る。友人の少ない彼女は初めての友達であるあかりに執着する傾向があった。

 下駄箱に靴を放りなげたライカは鞄を肩にかける。

 いつもならここで適当にからかうことが多いのにまったくその素振りを見せない。

 あかりが心配そうにライカを見た。

 

「ねえライカ、やっぱり様子がおかしいけど、あの先輩になにかされたの? だったら私が――」

「アタシは一度、大石先輩とチームを組んだことがある」

 

 ライカは落ち着いた口調でぽつぽつと話し始めた。

 

「去年のワンデイミッションの話だよね? そういえば話をはぐらかされた気がする」

「まあ、な。突然だけどさ、アリア先輩って凄いよな。銃も格闘も筆記も完璧。さらには九九件連続で犯人を逃したことのない完全無欠の武偵。あかりが憧れるのも無理はないと思う」

「え? そうっ? だよねだよね、そういえば私、この前褒められてさ――」

「だけど、先輩……大石先輩もある意味凄いんだよ。なんつーか、不完全の完全っていっていーのか? アリア先輩は完璧だけど、あの人は違う意味で完璧というかー、歪んだ完全っていうか……あぁわっかんないっ!」

「ライカーこっちも意味が判らないよー」

 

 がしがしと頭をかく。

 うまく言葉にできないライカだが、考え込んでいた志乃が言いなおした。

 

「つまり宝石で例えるなら、一流の職人たちがカッティングして輝く深紅のルビーのようなアリア先輩。対して大石先輩は子供が原石からヤスリや布で磨きあげた歪つながらも怪しく輝くアメジスト……ってところでしょうか?」

「ちょっと長いけど、それだ!」

 

 我が意を得たりとしきりに頷くライカ。あかりは意味を理解できない。

 

「えぇっと、結局どういうことなの? ライカは大石先輩に憧れてるってこと?」

「そんな単純じゃないんだって……」

「だってもなにも戦徒契約でも結べばいいんじゃないの? 私のときは散々無理だの格違いだの言ってたけどさー」

「うぐ……ば、馬鹿あかりにはあの人に契約を申し込むって意味が理解できてないんだよ! 一から指導するアリア先輩と違ってさ」

「馬鹿っていった! じゃあ説明してよ。察しろみたいに言うけど、言葉にしなきゃ判らないじゃん!」

「まあまあ御二人とも落ち着いて。ホラ教室に着きましたよ?」

 

 がるるるると威嚇し合うライカとあかりを志乃が宥める。

 がやがやと騒がしい一年の教室に入り、ライカは荒々しく椅子に座る。

 そして声のトーンを落としながら二人に説明し始めた。

 

「普段は軽い人だけど、依頼じゃ人が変わったように寡黙なんだよ先輩は。しかもこっちの背筋が凍るほどの威圧感を放ちながらさ。口じゃなくて背中で語るタイプって奴」

「えぇ~そうは見えなかったけど……」

「あの人は、さ。証拠写真の撮り方が異常にうまいし、機材にも詳しいから通信科や鑑識科の男子に人気なんだけど、もう一つ人気の理由があるんだよ」

「理由……?」

「犯人に対しても涙を流す――そんな熱血漢で理想家なんだ。アタシのときは麻薬密売に手を出した双子たちに対して泣いてたよ。今でも覚えてる……双子を捕まえたあとで寂しそうに去っていった後ろ姿。昭和の刑事ドラマみたいにさ、犯人にも正面から向き合って体当たりする人だから…………アタシは尊敬してるんだ」

「でも尊敬してるなら戦徒契約でもして教えてもらえばいいのに……」

 

 素直なあかりからすればライカのいい分は納得がいかなかった。

 真っすぐに気持ちをぶつかればいいと思っていた。

 しかしライカはゆっくりと首を左右に振った。

 

「単純じゃないっていったろ。先輩の理想はアタシには……いや大半の人間には重すぎる(・・・・)んだよ。ある意味、アリア先輩より遥かに困難な道をあの人を歩いているんだ。茨の道を素足で歩くような……そんな道をさ」

 

 清き川には魚は住まない――真面目すぎる人間が疎まれるように、高尚な志を持つ者は万人に好かれるとは限らない。嫌われてはいないが、近寄ることもできない。

 

「男子は馬鹿だからとりあえずって申し込みをする奴は多いけど、アタシを含めて女子連中はそこら辺空気を読んで申請してない。最初から無理な戦いをしたくないから」

「ライカらしくないよ。だって」

「あかりちゃん、たぶんライカさんだって散々悩んで出した結論だから、そんなに問い詰めちゃだめだよ」

「志乃ちゃん……」

 

 詰めよろうとしたあかりを志乃が宥める。

 その様子を見ていたライカは窓に腰かける。

 空はどこまでも高く青かった。

 

「大石先輩についていける人はとっても限られてると思う。たぶんついていけるのは――」

 

 別れと出会いを告げる桜の花びらが宙を踊る。ライカは手の届かない高さまで舞い上がった桃色の粒を見ながら言った。

 

「機械みたいにどこまでも愚直に付き従う人か……ペットが御主人様だけに懐くように、どんな危機的状況でも先輩の背中だけを見つめていられる奴だけ………………そう一緒に笑顔で死ねるような奴だけしか――」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

茜色の空の下で

いつもお読みいただいてありがとうございます。



 いつの時代でも変わらないものはある。

 個人的には、ダルい行事ナンバーワンの始業式&終業式……いや長期休暇を目前にした終業式はまだメンタル的に楽ちんだな。

 ただそんな睡魔との決闘場である始業式を回避することができた。ただし蘭豹や綴先生のジト目を全身に浴びながら、ネチネチお言葉をいただく試練を課されたのでプラマイゼロだった。

 ボロボロな姿で教務科に呼び出され、爆弾事件について聞かれたり、“円”(シルクロ)の啓としての心構えがどうたら言われたり……。

 爆弾で死にかける出来事もあって精神限界を軽く突破した。右から左に聞き流して、途中から「はい、判りました、気を付けます」ばかりしか言っていない。

 まあ名前とかどうでもいいや。

 始業式が終わったころやっと解放され、教室へと向かう。

(うーん、二年生かぁ~修学旅行楽しみだなー)

 高校生活の一大イベント修学旅行。学校にもよるが大概は二年の春~秋が時期だろう。たしか夏にやるって聞いた。

 転校するにしても来年になってしまう。だから修学旅行は武偵高の生徒として行くことになる。

 さすがの武偵高校でも修学旅行くらい普通にやるだろう。

 寺まわったりとか、遊園地いったりとか。

 いい思い出になるし、それまでに仲の良い女友達でもできないかなーと妄想していたら、目的地についていた。

 二年A組。

 入ると最初に目に入ったのは、

 

「よーう始業式フケたキングじゃねえか。しかもイカした格好しやがって。教務科でしっぽり楽しんだかぁ?」

 

 武藤のニヤケ面だった。チェンジだ暑苦しい。しかも変なアダ名を呼ぶな。

 ボロボロの姿にそれだけで終わらすのは地味に凄いが。

 訓練とかでしょっちゅうボロくなるから見慣れたものなのだろう。

 一部の先生方は俺をロックオンしているという認めたくない事実もある。よく格闘訓練では蘭豹にしばかれているからなぁ。

 かといって言われるがままなのもシャクなので、仕返しにこの前の出来事を突いてみる。

 

「これはこれは妹にエロ本捨てられたゴーキー君じゃあーりませんかぁ」

「テ、テンメ、痛いところを突きやがって! あと名前はやめろっての!」

「別に剛気ってかっこいい名前だけどなぁ」

 

 ずっと前に軽口で腐女子が喜びそうな熱い名前だなっていっただけなんだけど……。

 何を思ったのか武藤がちょっとこっち来いと手招きをする。

 良く判らないけど、隣の席だし座りながら顔を寄せる。

 「ここだけの話な」とひそひそ声。

 

「キンジ&不知火ってその手の女子に人気なんだよ。アレな意味で」

 

 おい、まさか。

 

「……腐ってる?」

「ああ、いい具合に腐臭漂う内容だ。偶然、知る機会があったんだが中身は……うえぇっ」

 

 顔色の悪い武藤。それだけで察してしまった。

 ヤバイ方の薔薇が咲き誇っているのだと……お、恐ろしい……。

 禁書なんて生易しいものじゃない。いろんな意味で次元を超えた悪魔学書(グリモア)だ。

 顔がヒクヒクしてしまう。俺はある可能性に至り、身震いした。

 恐る恐る聞いてみる。

 

「……もしかして、俺等も?」

「い、いや、そこは大丈夫だ。俺らはアイツらのオマケ程度にしか思われてないのが現実だからな。『月が二つあるのにスッポンを足す必要なんてないでしょう?』っていってたぜ」

「なんだろう……それはそれで胸をグサリと突き刺された錯覚が……」

「おい、ばかやめろ、轢くぞ。新学期早々、しょっぱい涙が止まらなくなるじゃないかよ。まあそういうわけだから、そっち方面にいかないよう気をつけてるってわけだ」

「お、おう」

 

 ……うん、この話題はなかったことにしよう。

 お互い頷きあう。先ほどのことは記憶から綺麗さっぱり消去しよう。

 無知は罪という言葉はあれど、知らない方が幸せな場合もある。

 気分転換に違う話題でもと思ったとき、変な匂いがした。どうも武藤が発生源のようだ。

 

「お前なんか匂うぞ? ……なんかベリー系のやつ」

「臭そうに言うなって。男なら体臭にも気を付けるべきだとって思ってな。通販で『魅惑のフェロモンβ』って香水買ったんだよ。五万円もしたがいい買い物だったぜ。くくく、ケイ悪く思うなよ。一足先に彼女持ちにさせてもらう!」

「いや……それって典型的な騙し商品じゃ」

「いや以前αバージョンを買ったときは綺麗なお姉さんに道を聞かれたんだ! 当社比二倍の効果ってあったからな、きっとお姉さんも二倍来てくれるさ!」

「その心は?」

「モテるって文字に思わず食指が動いてましたー!」

 

 ガクリと膝をつき項垂れる武藤。まあ俺もそれを見たら思わずクリックしてしまうかもしれない。

 そう考えるとスペシャルネコセットなんて安いもんなのかもなー。香水でトータル十万使ったらしいし。

 つか、話がループしてねえか、これ?

 

 そんなやり取りをしていたら、花も照れそうなほどの爽やかスマイル不知火君が手をあげてやってきた。

 性格的にはすんごい良い奴なんだけど、キャーキャー騒ぐ女子がバックに添えられると非常に複雑だ。

 僻んでも空しいだけなのでスルーする。考えるだけ無駄だ。

 普通に対応する。

 

「やあ、今年も同じクラスだね。一年間よろしく」

「おーっす不知火。つーか俺の前の席なんだなー」

 

 不知火が目の前の机に座る。

 俺の前が不知火、左隣が武藤。

 武偵高って五十音順で決めているわけじゃないみたいなんだよな。

 成績か所属している科なのかは不明だが、まあ一生徒の俺に判るわけがない。

 いつの間にか復活していた武藤も自分の席に座る。

 

「先生に当てられたときは頼むぜケイ!」

「つっても武偵高の先生は勘がいいからなー、一回一学食くらいの御礼は頼むぜ武藤さんよ」

 

 武藤は車輌科(ロジ)のAランクなので武偵としては優秀なのだが、通常の授業の成績はあまり良くない。

 俺は逆に成績はいいが、ランクは低い。なので授業ではお互いサポートしたらメシを奢りあう約束を去年もしていた。

 とはいえ専攻科目が違うので、俺が助けることが多かった。

 

「うぐ、しっかりしてやがるなぁ。まあ最近は懐も暖かいし大丈夫だ」

「おっけー、契約完了ってな!」

 

 武偵とはいえ高校生。一限~四限は通常の授業なこともあって武藤には宿題の手伝いもたまに頼まれているから慣れたものだ。

 午後は所属科の授業か依頼をこなす時間なので、一般的な高校生より勉強時間が少ない。

 武偵高生はどーも偏差値が五十未満と低い。

 よく言えば資格取得や将来のためになる実戦的な授業をしている。悪く言えば脳筋、偏った知識の集団といったところか。

 HRが始まるまで武藤たちと雑談をしようとしたとき、もう一人の存在に気付いた。

 来たなら声でもかけてくれればいいのに、疲れたように突っ伏していた。

 

「よう無事だったみたいだなキンジ! それにしてもなんでぐったりしてるんだ? 怪我はしてなさそうだけど……」

 

 爆発事件に関してはキンジに怪我がないことは遠目だが一応確認できていた。

 そういやどーっかで見たことがある子だと思ったら、三学期のときに出会ってたな。今更だけど。

 確か神崎アリアさんだったはず。

 あんときは爆弾と銃撃のダブルショックな出来事で余裕がなかったけど、声かければよかったかなぁ。

 ……まあ同学年のはずだし、いつか会う事もあるか。

 

 見た目からして気が強そうな子だったし喧嘩したのかもしれない。

 キンジは近づいてくる女子には拒絶オーラ全開だし、あの手のタイプとキンジなら水と油だろう。火薬と拳銃も追加だな。

 俺の声に反応してか、キンジが顔だけこちらに向けた。

 

「……おぉ、ケイかぁ、さっきはありがとうよ。でも頼む、今だけは女の子の話はしないでくれ、頼むから……!」

「わ、判ったから、そう睨むなって。お前、目つきが鋭いから微妙に怖いぞ」

 

 触れて欲しくないようだ。

 御礼を言われるようなことをしたつもりはないけど、とりあえず黙っておく。

 というかあれだけの騒ぎでも武偵高って普通に授業とか始業式をやるんだよなぁ。

 銃撃戦が当たり前にある日常って何年もいると感覚がおかしくなりそうで怖い。

 俺たちの会話に武藤と不知火も興味津々な様子だった。

 どう話そうか悩んでいると、ガラリ教室の扉が開かれる。

 

「皆さーん、席に着いてくださ~い! 二年最初のHRを始めますよー」

 

 入ってきたのは近所のお姉さん的な雰囲気を醸しだす眼鏡の女性。いつも笑顔を絶やさない聖母。

 探偵科の教諭――高天原(たかまがはら)ゆとり先生だった。

 心の中でガッツポーズする。

 よっしゃ! 武偵高で一、二を争うほどの常識人様が担任とは幸先がいいぜ! 

 蘭豹あたりが来た日には絶望しかないからな。弾丸避けの小テストとぬかして、教室内でマシンガンを乱射するなんて朝飯前だし。しかも理由がネットでムカつく奴がいたからなんてやってられん。

 ゆとり先生はおっとりした口調で声をあげながら両手をパンパンと叩く。

 

「はいは~い、注目ちゅうも~く! 早速ですが自己紹介のお時間にしちゃいます! まずは三学期から転入してきた神崎・H・アリアちゃんの紹介をしまーす。入って来て~♪」

「女の子かぁ~! 可愛い子なら嬉しいん、だけ、ど……あれ?」

 

 入ってきたのは桃色髪のツインテールに吊りあがった赤紫の瞳。

 体躯は小学生かと思う容姿だが、俺は彼女が高校生であることを知っている。

 教壇に上がった彼女はキョロキョロとなにかを探すような仕草をした。

 一度、こちらを見たあとで視線が左……彼女から見れば右にズレる。

 たぶんキンジを見たのだろう。

 憮然とした表情。波乱の予感がする。

 とはいえとびきりの美少女には違いない。

 クラスの主に男子連中の熱い視線を浴びながら少女が最初に発したのは、

 

「アタシ、あいつらの隣に座りたい」

 

 俺とキンジを交互に指さして言った。

 カチン――――教室内の空気が固まる。

 キンジは教壇にいるアリアさんの姿を目にした途端、金魚のように口をパクパクさせながら茫然としていた。

 俺は……うん、どう反応すればいいか判らない。

 困惑した空気の中、最初に反応したのは意外にも武藤だった。

 

「マジか! キンジにもようやく春が訪れたんだな! 先生ーオレ変わりまっす! あ、でもケイの隣ってのはちょっとムカつくが……」

 

 野郎あとで校舎裏こいや。

 逡巡した武藤だったが考えは変わらないようだ。

 ゆとり先生もポンッと掌を合わせて喜ぶ。

 

「最近の女の子は積極的ね♪ じゃあ武藤君お願いねぇ~」

「はい了解であります!」

 

 アリアさんは顔を赤くし始めたが、それで止まる奴らでもない。

 俺も大歓迎だ。

 先生が確認するように聞いてきた。

 

「遠山君も大石君もそれでいいかしら~?」

「万事オッケーっす! むしろこっちからお願いしたいですし!」

「えっ!? いやちょっと待てよ、俺はいいなんて一度も――」

「……キンジ、これ返すわ」

 

 アリアさんが細長い革製のベルトをキンジの机に放ってきた。

 え、なんでお前のベルトをアリアさんが持ってんの?

 そんな疑問がよぎった瞬間、キンジの左隣の女子がガタンと勢いよく立ちあがった。

 金髪巨乳の女神様――理子さんだ。

 にししと笑いながら廊下に届くようなでっかい声で言った。

 

「理子判っちゃった! 判っちゃった! これフラグがばっきばきにできてるよ! キー君のベルトをアリアが持っていた――謎だね謎だねっ。その事実が意味するところは、太陽も羨むあっつあつな恋愛真っ最中なんだよ!」

「えええええええええええええええ!?」

 

 クラス中の人間が大声をあげて叫ぶ。

 「あの朴念仁のキンジが……嘘だろ」「遠山君は不知火君とデキてたんじゃないの? 不潔!」「待て、俺とアリアさんがデキている可能性はないのか? 俺の名前もあったよな?」「お前があんな美少女を捕まえられるわけないだろ」などなど教室中で騒ぎ合う。

 一部、ひじょ~~に侮辱的なご発言が混じっていたが、そいつはあとでシメておこう。

 とりあえず俺だけでも弁護することにした。

 

「いや違うだろ。キンジがそんなウラヤマ――じゃなくて恋愛してるのを俺や武藤が気付かないわけねーし」

 

 冷静に突っ込む。

 キンジとはつるむことも多いので割とそこら辺の事情は知っている。

 女子に冷たい態度をとるコイツがそんなオイシイ――いや素敵――でもなくて、朝の爆弾事件に関しても昔からの知り合いって感じじゃなかった。

 ただ俺の発言を聞く奴はいなかった。

 アリアさんは顔を瞬間沸騰させ、キンジはふざけるなとばかりに立ちあがる。

 

「にゃああっ!? そそそんにゃわけないでしょ!」 

「おい理子、誤解を招くようなことを言うな! 俺たちはそんな関係じゃないっ!」

「ねえ、どういうことか教えてよっ。不知火君のことは遊びだったの!?」

「キンジ、お前は俺たちの仲間だと思っていたのに!」

 

 ……アレだなー、俺空気扱いっすねぇ。ああ……今日は塩辛い雨がよく降る日だなー。

 いろいろ心折れたのでストンと席に座る。

 アリアさんがキレたのか「風穴あけるわよ!」と拳銃を乱射して、この場は一応の収束を終えた。

 俺はというと自分の席で不貞腐れていた。

 HRが終わったところでキンジは嫉妬にかられた男子連中に追われてフェードアウト。

 アリアさんは女子連中に囲まれて身動きが取れなくなり、隣の俺は締め出された。

 

 武藤が俺の肩をポンと叩く。

 お前の気持ちはよく判るぜ、といいたげだったが正直、今日はもう疲れた……。精神的に大ダメージを負っていたので適当に会釈を返すくらいしかできなかった。

 顔って……そんなに大切なものなのでしょうか?

 哲学に目覚めそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人夕暮れの廊下を歩く。コツコツと寂しく靴音だけが反響する。

 爆弾事件について書いた調書に記載漏れがあったとはいえ時間がかかった。。

 他二人の書類が完璧だとは……アリアさんはともかくキンジならミスの一つもしそうなんだけどなあ。

 スタントマンばりに自転車から落下するは、真横から吹き付ける鉛の嵐に遭うはロクなことがない。

 肩を回すとこっていることがわかる。

 ……明日は筋肉痛でもう一度地獄をみるなコレ。

 

「あ~~~、もう働かない。働かないったら働かない。今日は帰りに弁当でも買って帰ろーっと……ん?」

 

 視界の端で僅かに揺れる物体が見えた。

 なんとなくそちらに向くと誰かが窓際にいる。

 ただ海に浮かぶ西日が逆光となり、黒いシルエットと大量のオレンジ光しか見えない。

 俺が脇を通り過ぎようとしたとき、相手から声をかけてきた。

 抑揚の無い聞き覚えのある声で。

 

「大石さんですか。こんばんわ」

「え、あ、あーレキさんか。夕方だけど、こんばんわ?」

 

 近づいてみると愛用のドグラノフを担いだレキさんがいた。

 夕陽を浴びたエメラルドグリーンの髪に一部の隙もない整った容姿は幻想的な魅力に溢れていた。

 クッと首を横に傾ける。

 

「以前レキでいいと言ったはずですが?」

「ああ、ごめんそうだった。失礼がないように、普段からさん付けで呼ぶ癖があるからつい」

「別に気にしていませんよ」

 

 とはいったものの、レキ……に関してはとびきりの美少女だから、つい敬称になりがちなんだけど。

 気押されるというか。

 そういう意味じゃ、キンジって凄いよなー。アイツは男女問わず相手を呼び捨てにする場合が多いし。良いか悪いかは別として。

 

 目の前の胸にスッポリ収まりそうな女神様はじっと上目遣いでこちらを見ていた。

 

「あ、あのー、どうしたんですかね……?」

「………………」

 

 答えない。返したのは視線だけだった。

 底の見えない不思議な双眸。

 夕陽の中で見つめ合う男女――って字面だとムード満点だけど、若干俺はのけぞっている。チキンと陰で罵られそうだが待ってほしい。

 目の前に容姿偏差値七○を余裕で超えるうれっこアイドルが無言でこちらを見る――しかも徐々に陽が落ちていく。整った容姿が逆に不気味さを演出しているのだ。

 照れより先に怖さが先行する。

 どうしようか迷っているとやっと口を開いてくれた。

 

「アナタの目は何を映しているのですか?」

「そりゃ目の前にいるレキさ……レキじゃないんですかね」

 

 えらく抽象的で回りくどい質問だった。

 忘れてた。レキは不思議っ子ちゃんだったのだ。

 随分前に風がどうたらと聞かれた気がするが、よく判らない。

 レキは頭の上にクエッションマークを浮かべて、言葉を変えて聞いてきた。

 

「アリアさんを見るアナタの目を見ていました」

「はい?」

「とても不思議そうな瞳で見ていました」

「は、はぁ」

 

 あ、あのー言葉のキャッチボールをお願いします。

 だが俺の内心が伝わるわけがなく、レキの言葉が続く。

 

「同じく私を見るアナタの目もまた不思議なものをみる目でした。私とアリアさんだけを。一体、アナタはどうしてそんな感情を抱いたのでしょうか。教えてください」

 

 心の奥底まで見抜くような透き通った瞳でこちらを見るレキ。

 静かな校内で逃げても追いかけてきそうだ。俺は答えに窮していた。

 一つだけ思い当たる節があった。

 しかしそれを喋るわけにはいかない。

 おかしいと言われたらショックだし、嫌われる可能性がある。

 正直、誤魔化して逃げたいんだけど……。

 なんかレキが持つドグラノフのライフルスリングを握る手に力が入っている気がする。

 逃げたら撃つ……いやないとは思うけど、逃がしてくれなさそうだ。

 仕方なく言葉を濁すことにした。

 

「不思議というか、ただそう見えただけっていうか……レキだって風で例えることが多いだろ? 俺の場合は風を見るというか、そんな感じで……」

 

 あかん日本語になってねえよ。

 しどろもどろに答えてしまった。

 さすがにダメかなーと思っていたのだが、

 

「なるほど。大石さんの目には風が映るのですね。去年の夏に風を嫌う発言がありましたが、それも見えてしまうが故のものですか。ずっと疑問に思っていたことが解消できてよかったです」

「ああ、うん……」

 

 得心がいったとしきりに頷いている。

 よく判らんけど、それでいいのかレキさんよ。

 

「それでは私は帰ります。さようなら」

「ああ、また明日」

 

 ぺこりとレキさんは頭を下げると近くの階段に向かい姿が見えなくなった。

 はぁっ……き、緊張した……。

 可愛い子のお願いならできるだけ聞きたいけど、さすがなあ。

 

「ピンクやエメラルドグリーンなんてアバンギャルドな髪色に染めてる(・・・・)のが不思議だなーと思ってました、なんて言えるわけないし。綺麗だし似合ってるから、余計突っ込めないんだよなー」

 

 まあ気付かれなかったんだしいいや。

 やることもない。帰ることにした。

 

 体育館や武道場からは「テェイ!」と気合の入った声。

 ボゥーッと汽笛の音が茜空に木霊する。

 いまならビルの灯りが夜の都会を照らし始め、キラキラと夕陽に反射した水面が見られるだろう。

 ふとカメラのことを思いだした。

 

「そうだ。最近、写真を撮る機会が少なかったし、久しぶりに部屋から撮ってみようかな」

 

 学生寮からの眺めはなかなかのものだ。

 疲れていたが趣味は別。あのカシャッというシャッター音は例えようの無い心地良さがある。

 今日は大変な出来事ばかり起きた。心の洗濯でもしないとやってられない。

 適当に買いものでもしたら、撮ろうと思って家路を急いでいると向こう側から誰かが歩いてきた。

 武偵高の制服ではない、髪をオールバックにした二十台前半だろう男性だ。

 黒髪だが鼻が高く多分外人さん。

 関係無いし、通り過ぎようとした。

 

「すまないが少々よろしいかな」

「はい?」

 

 流暢な日本語で話しかけられた。道案内でも頼まれるかと思ったんだけど。

 

「君、この緋色に染まった空は美しいとは思わないかい。美しいといえば、桜という木はとても儚く、ゆえに一瞬の輝きが人々の心を魅了する。英国でもこれほどのものは早々ない。わざわざ来た甲斐があったというものだ」

「あーはい、それはよかったですねー。それでなんか御用ですか?」

「昔から計画を練ってきてやっと花開こうとしているんだ。やっと辿りついた。時間も残り少ない今、余計なものまで抱えこまれては困るのだ。だから直々にやってきた。君が無能か有能かを確かめるために。だから……もし舞台にすらあがれない駒なら――――」

 

 大袈裟に両手を広げ、朗々と話を続ける。こちらの返答は一切無視で。

 …………春、だなぁ。

 お父さんお母さん、アナタ方の息子はいま変な男に絡まれています。

 どーか助けていただけないでしょうか。いい加減、お家に帰りたいです。

 

 語り終えた男はじっとこちらの目を見ながら最後にこう言った。

 

「今ここで…………死んでもらおうと思う。修正可能な内に、ね」

 

 二人の男の間に風が吹き、どこかで悲鳴のような声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




現実にアリアやレキの髪色をした少女がいたら割と驚くと思います。
ゲームやアニメではスルーする場合が大半ですが。


もう三話使っているのに一日経っていないという事実。
段取り悪くてすいません……。
いろいろ伏線張ったりしているので、寛大なお心で読んでいただけると助かります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

背け合う二人、向き合う二人

 男はある組織のリーダーだった。

 とある目的のために組織を立ちあげた。

 お互いに切磋琢磨し高め合う集団、といえば耳触りは良いが実際は無法者の集団。

 端的に言えば犯罪者がまとまってお互いの技能を高め合うという、警察や武偵たちからすれば仕事のハードルをあげてくれる実に嬉しくない連中である。

 男はある一族をずっと監視していた。自身の求める人間が生まれるのを長きに渡り待っていた。

 そして季節が百回以上巡った末、彼が心から求めていた少女が誕生し計画を練り始める。

 計画は完璧。

 ほぼではない、文字通りの完璧。

 男は人智を遥かに超えた推理力(すいりりょく)を持つ。極限まで研ぎ澄まされた推理力は未来予知と言っても構わない精度を誇っていた。

 事実、自分の推理が誤ったことはない。

 ある少年に自分の子孫である少女を巡り合わせる。反発しながらも少女と少年はお互いを認め合い能力を高めていく。そうすれば己が長年求めた目的が叶うであろう。大願成就のための算段はついていた。

 計画発動まであと一年。

 

 二○○八年、四月。

 ヂリ……。ノイズが走る。

 組織の少女二人は言う。

 

「あの男は気持ち悪い。近づきたくない」

「正体が見破られた。ムカつく」

 

 データにはどこにでもいる少年だった。目的の少年とは違う一般人。

 才能の片鱗も窺わせない凡俗そのもの。男は少年を思考の外に追いやった。世界に散らばるアリの一匹を気にする必要もない。

 

 

 

 七月。

 気まぐれにある麻薬組織を少年にぶつけることにした。

 経験値は高い方がいい。手ごろな駒を操り日本へと誘導する。これでまた少年は一段高みへと登り、計画は盤石のものとなる。

 ヂヂ……ヂヂヂ!

 ズレが生じる。男の予想が僅かに変化した。

 少年のほかにもう一人の存在がチラつくようになる。

 予想通りの結果ではあった。男は暗闇の中、安楽椅子に座り、思考の海にその心を沈める。

 髪の毛一本程度の事。誤差ですらないとして、男が気にすることはなかった。

 しかし小骨に引っかかったようなもどかしい感情だけが、いつまでもあとに引いていた。

 未来予知はあくまで予知(・・)であり、多少の差異を気にする必要もない。とはいえ大きく外したことはないのだから下手な占い師が裸足で逃げるほどの精度を誇っていたのも事実。

 気のせいだろうと調べることはなかった。

 

 

 

 時が動いたのは二○○九年、三月。

 組織の少女たちがGGG(トリプルジー)作戦なるものを行うとき周囲の人間の調査を行っていた。

 利用価値のある人物を選定するためだ。

 計画発動の秒読み段階に入り、男はPCに送られてきたデータに目を通す。キレ長の目つきの悪い少年が画像には映っていた。

 

「『武偵継続の意思アリ、GGG作戦対象と接触させることは容易』だと?」

 

 男は不思議に思う。少年は兄を失い、心無い愚かな聴衆たちに翻弄され、絶望を胸に抱く。ドス暗い感情のまま少年は武偵への道を諦める。

 ……おかしい。裏で一枚噛んだのだから、彼はもっと失意に打ちひしがれるはずなのに。

 自分に言いきかせるように、

(ふむ……しかし、これなら大丈夫だね。せっかく実った果実を慌てて収穫することもないし、このままなら…………?)

 所詮誤差――――そう考えたとき。

 途端、彼は心臓を鷲掴みにされた感覚を覚えた。一寸先すら見通せないまっくろな霧が晴れていく。

 彼は気付く。

 なぜ私は誤差を誤差であるとしか認識しないのだ、と。既にあり得ない。

 未来予知すら可能とした推理力、条理予知(コグニス)に誤差という二文字は存在しない。

(誰が原因だ? いや……誰などと、火を見るより明らかだ。大石啓――彼しかあり得ない。まさか僕の予想を外させた上に、日本から遠く離れた僕の疑問を挟む余地を与えないなどと。…………ふ、ふふふ。少し興味が湧いてきたよ)

 だからこそ日本へ向かう。データでは見えないなにかを見極めるために。

 

 

 

 

 

 そして件の生徒――大石啓が目の前にいた。

 大石啓は爆弾事件に巻きこまれ、一人で先に学校へと向かい、放課後は書類の記載ミスで居残りさせられ、途中で他の生徒と雑談したあとこの道を歩く。

 予定調和。推理した通りの流れ。そこにはなんら脅威的な気配を感じさせない。

 なにもおかしい部分は見当たらず。

 

 男は空気の流れやアリ一匹の気配すら感知する。

 相手の能力を正確に読み取っていく

 身体能力――特筆すべき点はない

 射撃才能――武偵高校では下かた数えた方が早い。

 不審人物への対応――隙だらけで、瞬き一つで首を狩れる

 エトセトラエトセトラエトセトラ……。

 

(これは酷いな。よく今日まで生きていたくらいだ。しかし……どんな正確無比のコンピューターでも、バグは発生するもの。彼は世界に生まれたバグでありノイズであるのかもしれない。処理した方がいいのだろうね……)

 大石啓の殺し方など一○○○○通り以上を容易に考えつく。

 だが同時に試してみたいと思った。

 大石啓という存在のおかげで少年は別の強さを手に入れつつある。

 絶望の闇の中、少女が手を差しのべた手を握り、次第に得ていく強さとはまた違うものを。

 

 きょとんとした顔の大石啓に男は全力で叩きつける。“殺意”という名の暴力を。

 鳥たちは本能で危険を感じ、慌てて飛び去っていく。

 並みの者ならあまりの恐怖に身を縮こませ、嘔吐し、昏倒するだろう。

 空気は震え、風となって吹き荒れる。

 

「今ここで…………死んでもらおうと思う。修正可能な内に、ね」

 

 条理予知は未来を覗く。

 大石啓は腰を抜かし、背を向けて一目散に逃げていく――自分はその姿に嘆息し、投擲したナイフの一撃で彼の心臓を貫く。

 定められた運命のレール。

 男は懐に手を入れナイフを取りだそうとした。

 一枚の葉っぱが舞いあがる。

 ゆっくり……ゆっくり……と一秒を何十倍にも引き延ばした感覚の中、せめて苦しまないようにと指に力を込めたその瞬間――

 

「おおっと思わず手が滑ったーー! 秘技『ハンドシャッター』!!」

 

(な――ッ!?)

 パキーーーッン!

 レールも時間も運命も、ガラスが砕ける音とともに崩れ去っていった。

 大石啓は腰を抜かすことも、逃げることもせず、ただ背を向けた。逃げることはしない。ただ立っていた。

 両手の親指と人差し指で長方形を作っていただけ。

 だがその事実こそが……たったそれだけのことが驚嘆に値した。

(私の条理予知(すいり)を破ったのか。生涯でただの一度も間違ったことのない推理を)

 いや、正しくは二回――もう一人の少年、遠山キンジの一件も含めれば既に二回。

 驚愕の事実に固まっているとケイは男の様子を見て首を傾げた。

 

「……お兄さん()見えたのか?」

「ああ、ばっちり視えた、ね」

 

 君に未来を破られる姿をね、と内心で呟く。

 太陽は翳り、月が姿をぼんやりと表す。男はもう一度推理をし始めた。

 しかし彼の行動の前提条件に“偽り”“騙し”という名のフィルターをかけると、まるで違った答えが出てきてしまう。

 二重にブレた答えに男は感嘆する。

 

「素晴らしかったよ。極東の島国に来てこんな出来事にあうとは」

 

 パチパチと賛辞の拍手を送る。

 自分の能力を破った少年がいるなど予測できなかった。

 

「す、素晴らしかったのか。アンタ見た目によらず凄いんだな……。まあ、嫌いじゃないけどな、そう言う奴は」

「気が合うみたいだね。ところでさっきに指を長方形にする行動は意味があるのかい?」

「ああ、あれ? カメラがないときに使う俺流のワザでさ、心でシャッターを切るってーの? ああして写すと不思議と忘れないからな」

「ふむ、自己暗示術か。普通だね(……いやまてよ)」

 

 男はいまの情報に裏の意味があるのではと考えた。

 心音、脈拍、体温に乱れなし……嘘は言っていない。

 しかし嘘を言っていないという嘘をついているのなら?

 よく大人が使う、嘘は言っていないが本当のことも言っていない、という文言だ。

 凡人ならそれでも嘘をついているという後ろめたさから、動揺の兆しを見抜くことは可能。だが相手は自分すら騙し通そうとする少年だ。

 全てを予知する頭脳が『“嘘”の可能性』というフィルターを掛けると一つの事実が浮かび上がる。

(条件付き完全記憶能力――――いや条件も過ちで、純粋な完全記憶能力を持っている、か。それくらいできなければ私への対応もできないだろう)

 男は自戒する。大石啓という少年を過小評価していたことに。そして安穏と生きてきた自分に対して。

 この結果も十分に予知できたはずなのだ。

 昔と今の自分は……違う。

 昔は初代リュパンと吸血鬼などの強敵たち相手に自らの能力全てを振るい戦ってきた。

 今は静かにただ安楽椅子に座って計画を待つ老人染みた生活。

 どちらが時代の自分がよりキレていたのかは明白だった。

 

 もちろん体感としては、経験も加味して今の自分の方が優れていると思っていた。

 だが人間は自分の都合の良い風に物事を捉えがちだ。自らも知らず知らずの内に、世界で一番だという錯覚の泥沼に嵌っていたのではないか?

(深淵を覗く者は自らもまた覗かれていることを忘れてはならない。僕は常に相手の未来を覗けると知らず知らずの内に自惚れていたのだ……彼に覗かれていることも気付かずに。栄枯盛衰――私もまた消えゆく定めにあるのかもね……)

 だからこそ男は少年を知る努力をしようと思った。

 探偵は未知なるものを暴かずにはいられない。

 なぜなら男は誰よりも優れた探偵であるという誇りがあったのだから。

 

「そういえば君はさっき風が吹いたときになにも感じなかったのかい?」

 

 その風は殺気という強烈な悪意に満ちたもの。並の武偵なら肝を冷やし、心臓を縮ませるもの。

 だがケイは涼しい顔だった。

 

「風ねぇ……どーせ吹くなら盛大に吹いて欲しいもんだなぁ。あんなそよ風じゃなくてさ。どっちにしろ期待外れには違いないが」

「ははは、期待外れかッ! それはそれは、とても辛辣だね。紳士を自認する者としては申し訳ないな」

「紳士だからこそ、じゃないのかな。どのみちアンタと考えを同じくすることはないだろうけど」

「おっと振られてしまったか」

 

 男はあわよくば組織の勧誘も、と考えていたが先に釘を刺されてしまった。

 嵐のような殺気はそよ風と断じ、答えの先読みすらしてしまう。

 重要なのはいまも偽り続けるという面の皮の厚さ。大胆不敵。

 条理予知は脳に囁く――これはただの凡愚で普通の高校生でしかないと。

 だが事実は彼に告ぐ――殺気に対して運命を粉砕した輝きを忘れるなと。

 

(表と見せてかけて裏。裏と偽り表。表と騙して裏――――『いつも自分をきれいに明るく磨いておくように。あなたは自分という窓を通して世界を見るのだから』とはかの劇作家であったが…………彼の窓は黒く塗りつぶされ、四方を暗黒に包まれたブラックボックスのようだ。実に興味深い)

 これは組織の女性陣に評判が悪いのも当然だ、と男は言葉には発さずに評した。

 女性は無意識下で男性には誠実であることを望む。本人たちは認めないが、彼女らは捻くれ者でいて割と純情だ。どこまでも裏をかく大石啓との相性は日常でも戦場でも最悪の部類だった

 気づくと相手の視線が徐々に鋭くなっていった。

 ケイは男に対し忠告する。

 

「アンタのような奴は嫌いじゃないし、いまはなにもしない。…………だけど実際に行動してしまったら俺はアンタを捕まえなくちゃいけない。特に外見だけで判断するアンタは、な」

「……舐めてもらっては困るな。中身も見た上で判断しているさ」

「短時間でなにが判るっていうんだ。初対面だけどあえて言わせてもらうぞ。早漏な男は嫌われるんだぜ?」

「この国には『一寸の光陰軽んずべからず』という言葉があるそうじゃないか。いや……この場合は時は金なり、かな。急ぐ理由は僕にもあるのだよ」

「俺はじっくりと時間をかける方が好みなんだけどな。どの道……争う運命にあるわけだ」

 

 伝えた言葉――それは宣戦布告。組織のリーダーに面と向かって強い意志を見せつけた。

 射抜くような黒瞳が男を映す。

 男は笑みが止まらない。

 かつてヨーロッパを中心に世界のありあらゆる強敵と、推理を、武力を、情熱を、全身全霊をかけて戦った青春の時代。

 男は神に感謝した。最期(・・)にこんな強敵を用意してくれた心意気に。

 身体が熱い……冷静なはずの男は高らかに笑った。

 賛美歌の代わりとでも言うように。

 

「はっはっはっ、何もかもお見通しというわけか。だけどそれでも言わせてもらおうか……運命を曲げることは叶わない、と」

 

 大石啓という存在を改めて観察する。

 未だに虚実の混じった対応をとる。男の眼にはそう映った。

 彼はどこまで見通しても“表”だった。裏など存在しない。

 しかし諺でもある――真実は小説よりも奇なり、と。

 どんな推理も条理予知を破った真実には敵わない。

 大石啓は演じる。

 凡人のごとく、あまりにも判りやす過ぎる。とても幼稚で……単純で……あけっぴろげであった。

(だがコインの両側が表などあり得ない。裏の裏が表であると誰が言う? 叙述トリックに近い騙し方、リチャード・ニーリィの殺人症候群のような少年だ……。構えていれば判る正体も、真実か虚実かが判らなくなっていく。…………実に面白い! 帰ったらまずは己を鍛え直そう。組織のリーダーとしてではない、一人の男として最後の戦いに勝つためにね)

 男は歩み始める。やるべきことは終わったとばかりに。

 久しぶりに全身の血液が煮えたぎる。高揚した感情を発散するために少しでも身体を動かしたかった。

 だが横を通りすぎたとき、ケイは男を呼びとめた。

 

「待てよ」

 

 カツンと男の皮靴がアスファルトの地面を叩く。お互いに顔を合わせない。

 ケイは上着のポケットに両手を突っ込みやや猫背の姿勢で。男は着こなしたスーツに背筋をびしっと伸ばしながら。

 すれ違った形で彼は言う。

 

「武偵憲章第三条――『武偵は強くあれ、ただしその前に正しくあれ』だったか……。だがアンタのような漢は割と好きな部類なんだ。でも俺には俺なりのポリシーがある……出会い方さえ違えば最高の親友にだってなれたかもしれない。なのにやめないなんてとても残念に思うぜ……」

 

 旧知の友を思いやるような発言。男は無法者でいくつもの罪を犯していた。最悪、死刑さえあり得るほどに。武偵と犯罪者――次に二人の運命が交差するときは、お互いに拳銃を突きつけ合う間柄となっているだろう。

 

「ならばこう返すよ。武偵憲章第九条――『諦めるな、武偵は決して諦めるな』と。僕は武偵じゃないけどね。……長年追い求めてきた目的の果てが、理想がそこにはある。君のポリシーに反するなら……僕は揺るがない信念で立ち向かうとしよう。願わくばお互いにとって後悔の無い終わりを。ではね」

 

 コツコツコツ――――――男は夕陽を背にして去っていく。

 カツカツカツ――――――ケイもまた、振り返らずに歩く。

 運命の三女神ナレチニツァがいるならこう告知するだろう――『二人は宿命のライバルである』と。

 最後に男は呟く。

 

「大石啓――初代リュパンすら破れなかった私の推理力を二度も凌駕した我が生涯最期のライバルよ。条理予知(コグニス)を破ったその力……名付けるならば条理不知(シュレディンガー)の啓。君の輝かしい将来を見ることができないのが残念だが…………せめて次に対峙するときは、僕に蓄積された一五○年間の全てを駆使して君たちの障害となろう。シャーロック・ホームズの名に賭けて、ね」

 

 男――シャーロックは夕闇の中へと静かに姿と消していった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歩いて数分。

 ケイはふぅーっと細く、長く息を吐いた。

 街灯が点いた下。徐々に夜の帳が降りはじめた。

 

「いきなり話しかけられたときはびっくりしたけど……ホントなぁ。嫌いじゃねえんだけど。変態紳士(・・・・)ってーのは。でも――」

 

 思いだすのは風と背後で聞こえた悲鳴。

 音が空気に伝わり、耳朶に届いたとき脳は女性だと判断した瞬間、彼は振り向きざまに起きているであろう桃源郷を求めた。

 事実、女性の秘境を瞼に焼き付けることができたのだが、

 

「黄色帽子装備の小学一年(推定)のくまぱんはさすがにアウトだ。まさか声掛け事案とかやってないよな、あの外人さん。親同伴だったから大丈夫だとは思うが……次に出会ったときに犯罪行為をやってたら紺色の正義の味方に説教してもらおう、うん……ん?」

 

 あんまりな評価を下されている男だった。そんなケイの視線の先に変わった組みあわせの二人組がいた。

 黒髪にキレ長の目の男子。そして桃色ツインテールの少女。

(あれ、キンジと……アリア、さんか?)

 二人はケイに気づくこともなく闇の中へと消えていった。

 追いかけようとも思ったが、そもそも遠目なうえに、暗くなり始めて本人かどうかの判断が付かない。

 アリアは特徴的な髪色で本人だと断言できるが、キンジは中肉中背(ちゅうにくちゅうぜい)の一般的な男子。知り合いを連想してしまったが他人の空似である可能性は高い。

 結局ケイは二人を追うこともなく帰途に着いた。

 帰った途端、即日配達でやってきた業者から受け取った品――スペシャルネコセット。

 真空パックのマタタビの茎、粉末マタタビ、原材料イヌハッカと書かれた意味不明な香水五個という謎構成に、お金を無駄にしたことを思い出し、また落ち込むのは別の話である――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、どこまで行くのよ。いくらアタシが魅力的な美少女でも英国紳士ならもう少しまともな対応をするものよ?」

「あいにく日本男児なんでな。それにレディがトランクに着替え一式を詰めこんで片手に男子寮に突撃するなんてしないだろう。いきなり『アタシのドレイになりなさい!』とかぬかすし。話を聞いてやるだけでもありがたいと思えよ……」

 

 街の灯りにキラキラとピンク髪を反射させる少女と目つきの悪い男子生徒。

 アリアは不満げな声音でキンジに文句を言う。

 キンジは自信過剰な相手の物言いに、がっくりと肩を落としながら小さな公園へと入っていった。

 

 何が起こったかというと、男子寮の自室にいたキンジの部屋に突如やってきたのだ。

 しかも理由がまるで判らない。何故判らないの? と逆に聞かれるくらい。

 泊まる気まんまん、準備万端で強襲してきた小さな侵入者に、キンジは話をちゃんと聞くし、相手(アリア)の用件を前向きに検討することを条件に、とりあえず場所を変えることを成功した。

 場所を変えた理由は幼馴染である白雪が原因だ。

 白雪はキンジが他の女子を仲良くすることを極端に嫌う。それで過去に何度も大暴れしたことがあった。

 理由が判らないという鈍感さを発揮しつつも、とにかくアリアと白雪を近づけてはならないということだけは本能的に理解していた。

 危機感を抱いたキンジはぶーたれるアリアを無理やり連れだして人目の付かない場所で要件を聞こうと思ったのだった。

 

 実際、彼らが男子寮を離れた数分後に白雪がキンジの部屋の前でインターホンを押していたので間一髪と言ってもいい。

 公園の一角――街灯の頼りない灯りがブランコを照らす。

 アリアとキンジは手近にあったという理由でそこに腰を下ろした。

 

「……で昼間助けてくれたことについては御礼は言うし、感謝してる。それに、お前の、あー……とにかく大変失礼もしたしそれについては謝る。だけど、それでなぜ俺の部屋にやってくるんだ?」

「アタシの要件はただ一つ。アタシのパーティにフロントマンとして入りなさい。そこで一緒に武偵活動をするのよ!」

 

 チームの最前線で戦う負傷率トップの過酷なフロントマンにキンジを指定した。

 ビシッと指を指す。一方的な物言いに普通なら敵愾心の一つも湧くだろう。だが存外、彼の心に反感の念は少ない。

 武偵殺し――兄の仇の存在こそがキンジに一考の余地アリと思わせていた。

 一度は絶望という名の泥沼にどっぷりと浸かり武偵の道を諦めかけた。

 しかし友の助けもあり、心の闇を祓い、険しい地の底から這い上がることができた。身も心も千切れるような苦痛、挫折を覚えたからこそ強くなれる。

 精神的に成長し、感情よりも理性を優先できる術も多少だが身に付いていた。

 

「強襲科、なあ。協力云々はともかく強襲科自体は別に悪くないんだが……」

「なによ不満があるの――――って満更でもない様子かしら?」

 

 拒絶されることを想定していたらしいアリアは意外そうな顔を向ける。

 キンジは悩むように腕を組みながら、

 

「そりゃ、元々強襲科として去年の十二月までは過ごしてきたからな。見知った奴も多いし。いつも死ね死ね言う輩ばっかりだけどいい奴らばかりだよ。転科しろって言われたら強襲科以外は勘弁してもらいたい」

「ふ~ん、ちょっと拍子抜けね。もっと抵抗するかと思ったから断り辛いように押し掛けて来たのに」

「確信犯かよ!?」 

「作戦よ。それにしてもちょっと予想が外れちゃったわ」

「予想?」

 

 ブランコに乗りながらキーコキーコと前後に動かすアリア。スカートから覗かせる物騒な拳銃(ブツ)がなければ完全に小学生だ。

 

「アンタ、今は探偵科のBランク(・・・・)でしょ。だからそっち方面でこだわりとかがあるのかと思ったのよ」

「Bランクは出来過ぎだ。あれはケイのサポートがあったからこそできた。俺の実力はDランク、良くてCランクがいいとこだ」

 

 それは半分当たり、半分外れといったところだった。キンジの能力は決して低くない。

 兄の仇である武偵殺しを死に物狂いで探した。

 午後に行っている探偵科の講義はまさに犯人の捜索術、追跡術、プロファイリングなどの技能を学ぶもの。より身を入れて授業に取り組んだ。そのせいで国語や数学の成績が落ちていはいたが。

 

 元から才能もあったのだろう。だからこそセグウェイに追跡される窮地の状況でも自身が助かる方法を思いつくことができた。

 凄腕の武偵で高い医療技術を持つ兄。同学年の武藤、不知火、白雪はAランク武偵。ケイは二つ名持ちで数多くの事件を解決してきた実績を持つ。

 周囲の人間のレベルが高すぎるゆえにHSS発動時以外の、自身の能力を過小評価する傾向にあったが限りなくBランクに近い実力を既に身に付けていた。

 

「ケイ? それって大石啓のことよね。アイツがなんかしたの?」

「……俺の住所を調べ上げたのもそうだけど、お前どれだけ調べてるんだよ……」

「アタシは三学期から使えそうな奴は調べていたの。アンタはノーマークだったけど、大石啓については十分な資料を集めているわ。それより話を逸らさないで。試験のときになにやったの?」

 

 キンジとケイが仲が良いことは知っていた。

 諜報科Bランクの風魔陽奈に餌付け、もとい報酬を払って調べ上げていた。

 だがなぜランク考査に彼の名前があがるのか?

 アリアはそこに興味を持った。

 キンジはぶっきらぼうに言う。

 

「別に大したことじゃねーよ。筆記の手伝いに……実技の情報収集考査で、アイツが試験官の目を逸らしたおかげで試験時間を必要以上に取れたってだけだ」

「はぁ? 今回の情報収集って……たしか試験官が臨時に立ちあげたブログを僅かなヒントから探し出せってお題目でしょう。どう関わるのよ」

「い、いいじゃないか、そんなこと」

 

 カチャッ!

 黒光りする二丁の銃口がキンジを狙う。

 

「ごちゃごちゃまどろっこしいのは嫌いよ。言わないなら顔面にもう二つ鼻の穴を追加してやるわよ! それと告げ口とかつまらない真似はしないと誓うわ」

「……チッ、めんどくさい奴」

 

 半ば脅迫まがいの文言に舌打ちをするキンジ。

 身体はミニマムだが態度はビッグな少女にぽつぽつと話す。

 

「ケイが試験中にエロサイトを見て試験官にドヤされてたんだよ」

「………………さ、さいっっっっっってーーーーね!!」

 

 アリアの中でケイの株が大暴落を起こした。

 ガラガラとなにかが崩れ落ちる幻聴が本人には聞こえていた。

 ジト目にプラス冷気が含み始めたところでキンジが慌てて弁解する。

 

「ま、まて事情はあるんだっ!」

「どんな訳あるっていうのよ! しし試験中にっ! え、ええ、ええええエリョサイチョを見てるとかフザケ過ぎじゃないっ!!」

 

 ガチャンとブランコから勢いよく立ち上がり、顔をリンゴよりも真っ赤にしながら噛みまくるアリア。

 目線は丁度同じ高さだった。

 

「アイツはどうも武偵ランクを上げたがらないんだよ」

「それと試験がどう繋がるのよっ」

「いいから聞けって! その一件でケイは強制的にEランク確定になったんだ。無難にこなせばC、Bくらいはいけるはずなのに。担当官との問答をしている間に時間が終了していたんが、前代未聞のことで相手も頭に血が昇っていてな。ヒントらしきキーワードをボロボロこぼしてたんだよ。終了の合図は試験官が通達するまでってなっているし、ヒントを言いまくり。ごちゃごちゃしている隙を突いた結果として、探偵科の成績は大幅に上がったってわけだ」

「そんなの結果論じゃない! 大石啓――あーー、もう面倒だわっ。そのケイって奴の大ポカ、エロ猿がアホなだけってことでしょ!」

「だからなんだ」

「え?」

 

 落ちついた口調でハッキリ言った。

 

「俺は運良くBランクになって、アイツはEランクに落ちた。しかもその悪行が一部で広がっていて一年の中にもケイの実力を疑問視する声は広がっている。依頼の誘いもかなり減ったし、今では断り続けてばかりだが誰も気にしていない。着々と武偵高を去る準備が整っているってわけだ。全てはアイツの計画通りにな」

「ちょっと待って、それ初耳なんだけど。ケイは武偵を辞めるつもりなの?」

「そうだ」

「……そう。勿体ない気もするけど、それも良いのかもしれないわね。実力不足も否めないし」

「おい……何様のつもりだお前。ケイは十分凄いだろうが」

 

 ムッとした顔で少女を睨む。

 友人が貶める発言にも聞こえる。

 一年以上の付き合いのある友を今日知り合った少女が訳知り顔で言われるのはシャクに障った。

 

「実際そうでしょ? 自転車でセグウェイに体当たりした勇気は認めるわ。立派な武偵ね」

「当然だろ。ケイの事件解決(コンプリート)件数はずば抜けてるんだ」

「だけどそれとこれとは別よ。筋肉、判断力、反射神経、動体視力、CQC、射撃技術、格闘技術etcetc――――朝のアンタに比べたら全てにおいて彼、大石啓は見劣りするわ。最初はアンタと一緒にスカウトしようかと思ったけど…………本人が辞める気なら無理に止めるつもりはないわ。やる気の無い奴に興味はないし、引き止めるほどの魅力も感じない」

「俺の所には無理やり押しかけておいてか?」

「論より証拠。アンタはアタシの目の前で実力を見せた――あの動きは凡人が一生掛かってもできない、一握りの天才じゃなきゃね。もちろんケイが駄目ってわけじゃないわよ? 実績という数字の上では確かに凄い。最近は依頼をこなしてないから実戦で観察する機会はなかったけど、何か光るものはあるのかもしれない。だけどアタシには判るの。彼は一般人レベル――凡人だってね」

「根拠は?」

「勘よ」

「勘かよ……」

「アタシの勘は結構当たるのよ。そうじゃなくとも今、求めているのは最前線で戦えるフロントマンよ。それもアタシの背後を任せられるくらいのねっ。それは遠山キンジ――アンタよ! 九九回の事件で一度も犯人を逃したことの無かったアタシから、初めて逃げおおせたアンタだからこそ信用できるの。光栄に思いなさい!」

「俺は犯罪者じゃないっての……」

 

 宣言しながら、ふふふっと楽しそうに笑うアリア。

 その表情はまるで初めて頼もしい友人を得たという親しげな雰囲気で、白雪とはまた違った魅力の少女にキンジは思わずそっぽを向いた。

 なぜか心臓が高鳴り、性的興奮――HSSが発動しかけたからだ。

 昂ぶる感情を鎮めるために、キンジは慌てた口調で本題に戻す。

 

「と、とにかくだ! 少なくとも武偵殺しに関しては全面協力してもいい」

「当然ね! アンタはもうアタシのパートナーなんだからっ」

「ただし、要求が一つある。報酬といっていい」

「報酬ってアンタねぇ……」

「お前は俺に協力しろと“依頼”した。ならばお前(いらいぬし)から報酬を貰うのは武偵として当然だ。それともSランク武偵様は報酬を払う余裕もないのか?」

「言うじゃない! まあ筋は通っているし……いいわ。ならアンタはなにを要求するのかしら?」

 

 キンジはじっとアリアを見る。

 考えているのか数秒の時が経つ。

 アリアはその目線が自分の身体に向いていると勘違いしたのか、頬を真っ赤っかにしてバババッと両腕で身体を隠すようにした。

 

「あ、あああアンタッ。まままさか性的よよ欲求とか――――」

「――――ケイにもう一度、武偵の魅力を思い出して欲しい。その上で武偵を諦めるか判断して欲しい。そのための協力をお前にもお願いしたいんだ」

「へ?」

 

 間抜けな声がアリアから漏れた。

 キンジは真剣な目で語る。ただ友のために。

 握った両の拳は肌が白くなるほどだった。

 

「アイツは武偵高の誰よりも真摯に、真剣に、真正面から武偵として向きあい戦っていた。だけど……俺が……俺のせいでアイツは武偵の道を諦めたんだ。女々しいかもしれない。迷惑かもしれない。だけど…………ケイのお陰でまっとうな人生を送り始めた奴らも多いんだ。俺だってうじうじと兄さんの後ろ姿ばかりを見て、周囲の頼もしい仲間たちに目をやらなかった……そんな糞ったれな人生まっしぐらな俺を助けてくれたのがケイだ!」

「…………アンタ」

「俺はたぶん初めて武偵として生きるか悩んだ。普通の高校生として生きるかどうかを。理不尽な連中の言葉に耳を塞ぎながら何度も何度も……。そして戦い続けることを決意した。だけど……ケイはもう…………武偵に絶望していた。辞めるとハッキリ言った。無理に武偵になってくれ、とは言わない。ケイに助けられてばっかりの俺が口出しをする資格はない。だけど、もう一度だけ振り返って欲しい……お前の側には多くの仲間と救われた人々がいるのだと。だから――」

 

 キンジは兄に憧れ、その背中を追う事ばかりしていた。

 武偵という仕事の闇の部分に目をそむけ、流されて武偵を目指していた。しかし今は違う。

 殉職や市民の弾圧もあるだろう――それでも前を向いて生きると決意した。ダイヤモンドでも砕けない意志で突き進むと誓った。

 だからこそ――

 

「これは俺の自分勝手で子供染みたエゴだ。でも……ケイは武偵として将来誰にも真似できない境地に至る――そう確信しているし、信頼しているんだ。だからお前…………いやアリア、協力して欲しい。俺への報酬であり依頼は『大石啓の武偵への道をもう一度考えさせる』。これだけだ」

「随分、曖昧な要求ねぇ……」

「駄目か?」

「アタシを誰だと思っているの? アタシは神崎・H・アリア! 英国の由緒正しい貴族(デイム)の一族。やってやれないことなんて雷と泳ぐこと以外ないわッ!」

「そ、そうか……(雷と泳ぐことは苦手なのか)」

「そうと決まったら、ソイツの家に突撃よッ! アタシが風穴空けるって言えばきっとすぐ思い直すに違いないわ!」

「それじゃ脅迫じゃねえか!?」

「ちょ、ちょっとは・な・し・な・さ・い・よ~! ドレイのクセにナマイキね!」

「勝手にドレイにするなよ! ちゃんと作戦は練ってあるんだっての」

 

 拳銃を両手に飛び出そうとしたアリアをキンジが後ろから羽交い締めにして数分。

 足のスネや腕を齧られつつもなんとか平静を取り戻したアリアにキンジは、自分の考えていた作戦を伝える。

 それを聞いたアリアは最初は驚いたように目を見開いたが、徐々に呆れた感じでキンジを見ていた。

 

「……アンタ、戦いのときは冴えてるクセになんでそんな作戦を思いつくのよ。それって最低でも留年、最悪退学もあり得るんじゃない?」

「あれはちょっとハイになってたというか……まあ兎に角だ。今のアイツはどんな依頼でも断りかねない。だからこそ断り辛い条件を加えれば一、二件は引き受けれくれるはず。それにケイは女の子に弱いからな、アリアの美少女っぷりなら意見を通しやすいはずだ」

「まどろっこしいわねぇ」

「お前が猪突猛進過ぎなんだ。下手に意固地になられたらアウトなんだからな。とりあえず作戦は明日から行う――いいな?」

「判っているわよ。その代わりアンタもキチンと働きなさいよ」

「判ってるさ。全力でやらせてもらうさ。これからよろしくな」

「ええ」

 

 自然と手が伸びて二人はぐっと握手をした。柔らかい感触をキンジは感じ、固くゴツゴツした手をアリアは感じ、少しだけ赤くなった。

 作戦の段取りを決めたあと、二人は寮に戻る。

 夜遅くなって帰るのが面倒になったのかアリアが泊まると言い出し「帰れ」「帰らない」と口論しながら。

 まるで十年来のケンカ友達のように――

 

 




煩悩>推理、これ大事(笑)

ケイVSホームズの勘違いをどうするか凄く悩みました……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

青海の猫探し

今回の文量はいつもの二倍近くあります。
少々長すぎだと感じられたら、あとで二つに分割しておきます。




「ウォッカのスペルがВодкаか。う~ん、ロシア語はムズイなぁ」

 

 朝の六時。

 太陽は都会の向こう側から昇り始め、小鳥たちが大合唱を演奏し始める頃。

 俺は野菜ジュースを片手にロシア語の勉強をしていた。

 切っ掛けは去年に犯罪者の少女たちの件だ。理由はたった一つ。

 

「ふふふ、武藤め。いまどきの男はインテリがモテることを知らないらしい。ロシア美人とお知り合いになって自慢してやるぜ!」

 

 欲望百%含有の目的だが、そうじゃなくとも外国語は話せるようになりたい。

 前世では海外にいかないから英語なんてどーでもいいと、思っていたせいで随分苦労した。

 入社試験の面接で英語ができないことをネチネチつっこむ試験官いたんだ。

 しかも私生活やら、親の年収やら、スーツの値段まで気にする糞野郎で物凄く憤っていたのを覚えている。

 自衛隊に入隊するときも高校生に負けて最下位だったけど、郵便局に受かったとかで欠員に滑り込みセーフ。だけど補欠合格なんて情けない結果だった。

 だからこそ語学は他教科よりさらに熱を入れてやってきたつもりだ。

 父や母も外国語が堪能で、子供の俺にもセサミ的なビデオを用意してくれてたのも大きかった。

 おかげで英語は文も会話も完璧。中国、ドイツ語は会話だけなら可能。密かな自慢だった。

 シャーペンを筆記用具入れに戻して時計を見る。

 思ったより時間が経過していたので切り上げいつも通り学校に行く準備をした。

 弾丸(非殺傷弾)も今日はちゃんと込めている。使う機会が永遠にないことを祈るばかりだが。

 教科書を鞄に入れて立とうとテーブルに手をついたとき、指先に当たる硬い感触。

 ん? これは……。

 

「そういやイヌハッカの香水なんてあったな……」

 

 昨日の夕方に即日配達で届いたスペシャルネコセットの一つだ。

 試供品と書かれているのだが細かい説明はないわ、五つもあるわ、妙に装飾だけは凝っているわで、絶対九八〇〇円の内半分以上はこのせいに違いない。

 イヌハッカというのだからハッカ系の匂いかと思ったんだけど、ハーブっぽい香りがした。

 強くないし、首元を嗅がないとまず気付かれないだろう。

 

 ……そういえば武藤も体臭には気を付けた方がいいって言っていたか?

 アイツの情報は信用ならないけど、汗臭いよりちゃんと身だしなみも気を使うのは悪くない気もする。

 試しに二、三回プシュッと首や脇に吹きかけてみる。

 あまり強い匂いじゃないが……むしろこのさり気なさが個人的にはいい。失敗しても気付かれないし。

 

 では出発と玄関を出たところで。

 ガチャ

 お隣さん――つまりキンジの部屋のドアも開き、

 

「おはようケイ」

「おっすキンジ……と、は? いやおま……?」

 

 背後からもう一人出てきたのは昨日出会った少女。

 

「これで三度目ね大石啓。改めて自己紹介するわ。神崎・H・アリアよ。あとおはよう」

「あー、はい? おはよう神崎――」

「アリアでいいわよ」

「お、お前、なんで今出てきてるんだよっ」

「何言ってるのキンジ? 話があるんでしょ?」

 

 カメリアの瞳が俺を射抜く。

 腕を組んで微妙に背伸びしたい小学生みたいな姿。

 ちんまりして可愛らしい。ほのぼのしてしまうが今重要なのはそこじゃない。

 ふるふると震える指で俺はキンジとアリアさんを交互に指差し、

 

「お前らなんでおんなじ部屋から出てくるんだぁぁぁッ!? キンジィィィッ! ヤったのか、ヤっちゃったのか!? 大人の階段を三段抜かしでいっちゃったんだなっ!?」

「ちが――!?」

「な、なななななななにゃんでアタシがこんな奴とーーーッ!! 風穴風穴風穴風穴風穴ストリームッッッ!!」

「ぎゃああああああああ!?」

「ま、待て、なんでこっちにまで銃口を――!?」

 

 びっくりして言ったしまった言葉に拳銃を乱射し始めたアリアさん。俺と巻きぞえを喰ったキンジは逃げ始めたのだった――

 

 

 

 

 

青海(おうみ)で猫探し?」

「そうそう、ケイにも手伝ってほしいんだ」

 

 朝から美少女(二丁拳銃装備)に追いかけられるという素敵でようで、硝煙臭い殺伐とした一幕のあと。

 キンジとアリアさんが同じ部屋から出てきたのは、単に昨日の一件で話があっただけらしい。

 考えてみれば白雪という絶世の美女を前にしても動じないキンジだ。そんな関係になるわけない。

 俺の早とちりだった。ご本人様には謝罪したけど、俺とキンジの間(俺&キンジの間の席だから)でぶっすーと頬を膨らませながら不貞腐れていた。

 ……マジですんませんでした……。

 

 それはそうとキンジのお願いなのだが……他の人の依頼を断っている以上、いくらキンジの頼みでも聞く訳にはいかない。

 

「……確かに広い街で猫一匹を探すのがキツイのは判るけど。俺が依頼を断っているのは知ってんだろ?」

 

 三学期から俺が依頼の協力を全て断っているのをキンジが知らないはずはない。

 キンジは済まなそうに一度目を伏せたが。

 

「それが不味い状況なんだ」

「不味い……?」

「あー、つまりー、真っ正直に言えば…………単位が少なくて留年しそう」

「は? いやいやいや。キンジって探偵科の試験でBランクになってたじゃん」

 

 Bランクなんて一般校なら秀才か優等生予備群じゃないか。

 そいつが単位を落としそうとか無理がある。

 だがキンジは肩を落とし、どんよりと暗いオーラを纏っていた。

 

「探偵科の試験に集中しすぎたせいで、そのぶん一般科目にシワ寄せがきてな……補修&単位落としまくったんだ。麻薬組織やカジノ事件の単位がクッションになって進級できたけど、正直夏休み&冬休み消滅に留年危機のトリプルアタックで絶対絶命なんだ……。だから頼むケイッ! 少しでいいから協力してくれっ。武藤や不知火は他の奴らのヘルプで捕まらないし、別の奴でアテにできそうなのはケイしかいないんだ!」

「うっわ、お前どんだけ成績悪いんだよ」

「他に友人もいないしさ。お前だけが頼りなんだ!」

「サラッと切ないこというなよ……でも、う~~~ん……」

 

 パンッと両手を合わせて懇願するキンジ。

 交通手段の他に犯人輸送車、装甲車など車輌科は様々な局面で必ず一人は必要になる。車輌科エースである武藤はいろんなグループから引っ張りダコだろう。馬鹿っぽいけど話しやすいし、乗り物マニアのアイツは車、船舶、航空機なんでもOKのスペシャリスト。

 不知火は単純に女子人気のせいもあるが、要領も良いし誰が相手でも苦もなく連携できる。人当たりも面倒見もいいからこっちもこっちでひっぱりだこ。

 キンジは一目置かれている節があるのだが、生来の付き合いの悪さや兄の一件で単独行動も多く、良くも悪くも一匹狼的な存在。交友関係が狭く深い? 傾向にある。

 腕を組んで唸る。

 

 猫探しはたま~にある探偵科Eランクの依頼。

 危険は少ないし、友人の頼みなんだから、二つ返事で受けたいところなのだが……。

 でも来年の一般校に移るために、もう下手な依頼はこなしたくない。

 命を落としかねない武偵高から去るために、心で泣きながらお断りの返事を先輩たちに伝えているんだ。特にお姉様方。

 女子のお誘いを断腸の想いで断ったのにキンジの頼みを聞いたら、だったら「俺もー」「私もー」と言われたとして、そっちの方を拒否するのは……筋が通ってないし、男らしくない。

 悩む俺にアニメ声の天女様が声を発した。

 

「そそ、それアタシも手伝っていいけど?」

 

 声の主はアリアさんだ。

 う~ん、たまに思うけどどーっかで聞いたことのある声質なんだけど……思い出せん。「ア、アンタのためじゃないんだからねッ!」ってセリフがドはまりしそう。いや、どうでもいいんだけどな。

 その声にキンジが何故か棒読み気味に答える。

 

「お、おー、本当かぁアリアー。友達思いの友人を持って俺は幸せだぁー。だけど二人だとまだ厳しいし、もう一、二人くらい猫探しに加わってくれる奴はいないかなぁー。白雪も来るかもしれないしー」

 

 ど、どうしたんだキンジ……今のお前の声、凄く機械音声っぽいぞ……?

 うん……? 

 つまりあれか、白雪さんはキンジに着くとして……もう一人のプリティピーチさんと肩を並べて依頼をこなせるわけか。

 アリアさんという気が強いが将来有望な女子と一緒に猫探し。

 その光景を想像してみる。

 『おお猫を見つけたぞ!』『ケイやるじゃない! あははぺろぺろ舐めてくるわよっかわいい♪』『い、いやアリアさんの方が可愛いと、お、思うぞ?』『ホント……? 嬉しい! 付き合って』――――おおっそれなんて桃源郷!

 うぅ……凄く……魅力的です……ぐぅッ! で、でもそれじゃ、筋が通らないしカッコ悪いぞケイ!

 

 そのときアホな声が俺の右耳に届いた。なぜか反応した暑苦しい野郎が一匹。

 先日、ネットで無駄に高いモテ香水を騙されて買った嘆きの男、武藤剛気だ。

 

「それ本当かキンジィ! ならこの不肖、武藤剛気が白雪さんの先導役を――」

「悪いがちょっと静かにしててくれ!」

「アンタはお呼びじゃないの!」

「ごふぅ!? む、武藤は死んでも、エロは死せず……ガクッ……」

 

 キンジ&アリアコンビによる息のあったツープラトンハイキックで武藤をリノリウムの床に沈めた。

 武藤よ……白雪さんの気を惹きたい気持ちは判らんでもないけどな……。まあ板垣さんにはあの世で謝っておけよ。

 てかなんで武藤を気絶させたんだ?

 あまりに息のあったコンビネーションで驚いたけど、協力してくれるならいい気もするんだけど。少し腑に落ちない。

 キンジとアリアさんが武藤とごちゃごちゃやっているときにヒラヒラリと一枚の紙が俺の机の上に落ちる。

 たぶんキンジの懐から落ちてきたんだろう。

 文字が目に入った。

『名前:ミミミ、白猫、生後一○ヵ月、性別:雌、特徴:鼻、両耳、両手足の先っぽがこげ茶色』

 猫についてのメモのようだ。依頼者の両親だろうか?

 だが一番重要なのは最後の一文だった。

 女の子特有の丸く愛らしい、そして子供っぽい拙い文字で、

 ――ミーミしんゆう、はやくあぃたい、おねがいしゆす――

 猫か犬か判らない絵が不自然に滲んでいた。

 数ヶ所に渡ってポツポツと雨粒が落ちて乾いた痕。必死な想いで書いたのだろう。最後の『す』の文字は全体がザラザラしていた。

 昨日あった変態紳士さんじゃないが…………これは反則だ。女の子の涙は世界最強の武器なんだから。

 

「キンジその依頼、受けよう」

「ホントかケイっ!?」

「ああ、気が変わった。男として引くわけにはいかないな」

「本当かケイっ。恩に着る! やっぱりケイに相談して良かった!」

「…………ふ~ん、ちゃんと武偵の顔になれるんじゃない」

 

 バンバンと肩を叩き合くキンジ。

 アリアさんが若干呆れた感じながらも、ニコやかな笑顔をしていた気がする。

 すぐ顔を伏せてしまったので詳細は判らなかったが。

 午前の普通授業を終えたあと、午後からさっそく依頼をこなすため現場へと向かう。

 せっかくの外出だし、汗臭くないように香水をもう一度吹きかけておこう。

 べ、別に春らしい素敵な出会いを期待しているわけじゃないしっ。

 

 

 

 

 

 江東区青海。

 お台場やお台場海浜公園を有し、隣駅で降りれば東京国際展示場(愛称:東京ビッグサイト)が今日も逆ピラミッドを形成している。

 日本が誇る一大観光地で思春期の男女三人が集まってやるのが猫探し。

 字面がシュール過ぎて少し笑ってしまう。

 

 白雪さんは事情があって駄目だった。キンジが携帯で聞いていただけなので詳細は判らないが、彼女の所属するSSR――超能力捜査研究科とはその名の通り超能力を研究する科で、一部では超偵という呼称もあるとか。

 眉つばモノだが、アメリカでも透視で犯人逮捕できたとかあるし、機密とかうるさいのかもしれない。結局、三人で猫探しをすることとなった。

 

 ガヤガヤと賑やかな駅の北口を抜けると、老若男女様々な人々が行きかい、パフェなどの出店もあった。

 東京武偵高校の近くとあって自分たちと同じく依頼を受けおったであろう人達もチラホラ見受けられる。

 突っ立っているだけで通行の邪魔になってしまう。

 とりあえず近くのスタバで相談することにした。

 室内はコーヒーの濃厚な薫りが漂う。しっかしこの鼻の奥底まで刺激する匂い、朝なら一気に目が覚めそうだ。今度、コーヒーミルでも買ってみようかな?

 あまりこういうチェーン店に足を踏み入れないのか、アリアさんは好奇心旺盛な猫のようにキョロキョロと内装を観察していた。

 店員さんがやってくる。

 

「ご注文よろしいですか?」

「ああ、はい。ドリップコーヒーで。キンジは?」

「よく判らないからケイと同じでいいや。アリアはどうするんだ?」

「ふぁ? コーヒー、エスプレッソ・ルンゴ・ドッピオ! 砂糖はカンナでお願いっ」

 

 謎のコーヒー呪文がチェリーのように小さいアリアさんの口から放たれた。……コーヒー党?

 微妙に店員が困っているが気を取り直したように言う。

 

「えぇと……ご注文はドリップコーヒー二つ。エスプレッソ・ドッピオはございませんので、フォーム・ドピオ・エスプレッソでよろしいでしょうか?」

「はい、それで」

 

 微妙に名前が違う気がしたが、アリアさんが口を挟むことはなかった。

 注文の品が届いて一口。苦いけどやっぱりインスタントと違って濃さが違うな。

 うん、決めた。昨日はダメな買い物したんだ。今度は良い買い物をしよう!

 アリアさんの「味は普通ねぇ、もうちょっとこう――」とコーヒーのウンチクを漏らし始めたのはおいておく。今は猫のことが気になるし。

 一息ついたところで本題だ。

 

「それでキンジはなにか情報を持ってないのか? メモや携帯画像はいいとして、目撃情報とか」

「悪い……昨日の今日だから情報が少ないんだ。他の奴なら監視カメラをジャックして映像を洗いざらい調べるんだろうけど俺は機械は苦手だから足で稼ぐ方なんだよ」

 

 キンジの発言の中に一部ヤバイ内容が含まれていたが突っ込まんぞ。武偵高の奴らはみんなハッチャケ過ぎだから、やってられん。

 端的に言えばほぼノーヒントで一匹の猫を探さないといけないわけだがかなり厳しいな。

 

「ちっとキツイなー、青海だけでも南北で四km、東西一、二kmくらい? だよな。一周で一○kmマラソン、校庭五○周分……絞らないと厳しいなぁ」

「そういうケイはなにかないの? アンタも探偵科でしょ。なら推理は十八番じゃない」

 

 う……そこを突かれると痛いんだけど……。

 

「正直、推理学とかは苦手分野なんだよなぁ。ノックスの十戒とか、ヴァン・ダインの二十則とか?」

「それは推理小説における守るべき鉄則。中国人を出してはいけないとか笑っちゃうけどね。たしか超能力者って意味合いだったわねえ。まあ、アタシたちの相手はエスパーじゃないただの猫だけど。……キンジはなにかないの?」

「こっちもお手上げだ。そういうアリアはどうなんだ。調べたがお前って強襲科のSランク武偵らしいじゃないか」

「そうなん!? は~っ、アリアさんってすげーんだなぁ」

 

 俺のようなSランク(笑)じゃなくて正真正銘の凄腕様ってわけだ。

 アリアさんはキンジのSランクという言葉に気を良くしたのか、少し口元を緩めていた。

 

「うんうん調べることはいいことねっ! でも推理はニガテなのよねえ。直感はともかく推理が遺伝してないのか、さっぱりだわ」

 

 出来そうな雰囲気だったのだが、世の中そんなに甘くない。

 キンジが青海周辺の地図を見ながら、

 

「つまり全員そっち方面は厳しいわけだ。仕方ないから、まずは――っとそういや時計がなかったな……」

「あれキンジ、いつもの腕時計は?」

「ちょっと修理中だ。まあ携帯で確認できるからいいが……最初は二時間ほどバラバラで探そう。通行人に聞き込みをしつつな」

 

 と提案した。時刻は午後の二時。

 最近は日も高くなってきたから、六時――つまり四時間の時間的余裕がある。

 前半は各地で探し、後半は情報を元に集中して探すということだろう。

 特に異論はなかった。

 

「オッケー。そういや猫って日当たりが良い場所を好むし、警戒心が強いから人通りが少ない場所を中心に探すといいかも。たまに猫関連のサイトを見るとそういう場所の写真が多いしな」 

「なるほどねえ、それじゃまずはその方向でいってみようかしら」

「あ、そういやアリアさんの携帯の番号知らないんだけど」

「あら、そうだったかしら? なら赤外線通信で送るわ」

 

 イエスっ! 必要だから当たり前とはいえ、女子から携帯番号とかを聞くのはなかなかハードルが高い。

 心でガッツポーズしつつ、顔は平静を装う。がっつく男はモテないからなっ。

 そしてお互いの探す区画を決めることにした。

 キンジは外周から反時計まわり、アリアさんは時計まわり、俺は中央部から捜索。

 最高の出だしに気分を上向きにしながら俺は中心部へと足を向けた。

 

「………………」

 

 

 

 

 

 歩き始めて一時間。

 地方にいけばまだ肌寒い春。でも昼間になれば事情は変わってくる。

 大都会特有の百万を超える人口集中、車や機械の排熱、お天道様まで支援射撃をかませばぶっちゃけ暑い。

 歩いているからなおのこと。日差しから逃れるついでに路地裏を覗く。

 猫が四匹、丸まっていた。ぺろぺろと毛づくろいをしている。

 カメラを構えて……視点を低く、猫の目線で……十分明るいからフラッシュは無し。パシャリ。

 題名は『ニャンコの井戸端会議』とでもしようか。

 こういう写真は女子受けがいいのでたまに販売していたりする。

 あと鑑識科の人に写真を提供して欲しいと頼まれていたりもする。証拠写真の参考とか意味が判らんが、まあ可愛いは正義。写真を求められたら撮るのがカメラマンの仕事だろう。戦場カメラマンは考えてないが、中東の言葉だけでも勉強してみようかな……?

 ニャゥ、にゅっ、ふ~み? 

 さすがに気付いたのか猫たちがこちらに近づいてきた。

 シャッター音が気になったのか、小さな猫耳をクリックリッと小刻みに動かしつつやってくる。

 

「ミ―ミちゃ~ん、いませんかー。ほーらチッチッチッ」

 

 舌を鳴らして更に近づける。昔から動物には割と警戒されない。ギャグみたいに懐かれることもないが。

 でも今日は少しだけおかしい。

 すんすん、ぺろぺろ、トンッ!

 指先に鼻を近づけ舐めたあと、腰をおろしていた俺の腕を伝い、一匹の猫が登ってくる。

 首元の匂いを嗅いだあとは、ふにゃあ~といいながらズルズル落ちていった。

 ……おーい毛がくっつくからへばり付くなよー。

 とはいえ猫は好きなのでされるがまま。

 うーんモテてるな。でもこういうモテはいらんのだが……。

 ひっつかれつつ、毛色を確認するが全部外れだった。

 

「う~ん、生後一年にも満たない幼猫だから、体格的に外れだとは思っていたけどなかなかいないなぁ」

 

 そんなとき、後ろで誰かが立ち止る気配がした。

 

「ガッハッハッハァッ! そんな猫まみれになって一体どうしたのかな大石少年よ!」

 

 振り抜くと、白髪にカイゼル髭という非常にインパクトのある男性がいた。腕を組んで喜色満面だ。

 一度見たら忘れなさそうなその人の名は、

 

「警視総監さん?」

「うむいかにも! 青島大五郎であーる!」

 

 数ヶ月前の『横浜裏カジノ事件』でお世話になった警視総監――青島大五郎(あおしま だいごろう)さんだった。

 

 

 

 

 

 青島大五郎――各都道府県が実施している採用試験に合格して警官となった。高卒のノンキャリアで生粋の生え抜き警官。

 『現場を知らない奴に現場を語る資格無し!』と豪語してヤクザの抗争だろうが、犯罪組織の真っただ中だろうが鉄砲玉のように突っ込む。

 そんな暴走列車も跳ね飛ばしそうな戦い方に、子連れ狼の大五郎から『狼要らずの大五郎』と恐れられている。

 国家公務員Ⅰ種試験から幹部候補生となったエリート、キャリア組と違い、本来ノンキャリアでは警視総監から二階級下の警視長が限界だ。

 だが凶悪化、組織化する犯罪者たち、武装探偵や武装検事の躍進などに危機感を抱いた警察組織はキャリアとノンキャリアの壁を撤廃。

 先に警視総監となっていた青島氏の新人時代からの盟友であり、喧嘩友達でもあり、警察組織の体質を抜本的に直そうとしていたキャリア組の筆頭、室伏正道(むろふし せいどう)氏の活躍もあって日本初のノンキャリア警視総監となったのだった――

 

「とまあ言うわけで俺とムロっさんは正義の警察官として悪しきシステムを見事、逮捕終身刑のムショ送りにしたってぇわけだ」

「長いっ! 話が非常に長いですよ青島さん! しかも以前出会ったときも同じことを仰ってますし!」

「おっとそうだったかな? まあ若いモンはもっと豪快に青春を送ろうや! 爺の戯言を聞き流すくらいな! ガハハハ!」

「痛いッ、痛いとッ、痛いからァ!? バシバシ背中叩かないで! ミシッって、背骨がミシっていっちゃってるからッ!!」

「ガーッハッハッハァッ!」

 

 レインボーブリッジでも封鎖しそうな名字だが、実際はそれ以上に突き抜けた人だ。

 豪快が服を着て歩いているような御仁で、いまも二m近くはあろう偉丈夫から繰りだす張り手が俺を襲っている。

 つか、マジで痛いからやめてくれッ。猫ちゃんたちはデカ声にビックリして逃げていってるけど、ついでに俺も助けてくれよ! 

 これが世に言う猫の手も借りたいというやつなのだろうか? いや違うのは判ってるけどさ!

 なんとか剛腕から逃げおおせた俺は、改めて青島さんと向きあう。

 

「いつつつつつ、腰が折れるかと思いましたよ」

「鍛錬が足らんなぁ! どうだ、警察学校に入るなら俺が直々に鍛えてやるぞ?」

「男臭そうな場所は断固拒否します!」

 

 自衛隊の新兵教育とは言わないまでも、警察学校も男男の男祭。それなら男女比率がほぼ拮抗している武偵高の方が遥かにマシだ。

 というか青島さんの出で立ちは着物に下駄という、なんというか前時代的で風変わりな格好だった。

 

「そもそも警察の超VIPがなんで平日の青海に来てるんですか。思いっきり私服ですし」

「あぁ、そーいやー言ってらんかったか。定年だよ、定年。ちっと早いがな」

「え、青島さんって六○歳超えてたんですか!?」

 

 曖昧だが公務員法だと六二歳前後が定年退職だったはず。

 でも青島さんは白髪とはいえ、シワも少なく、着物の上からでも筋肉が盛り上がっているのが判る。

 豪快なモノ言いと同じく、元気溌剌(げんきはつらつ)、気力十分といった風だ。とても六○台には見えない。

 

「ガッハッハァッ! そりゃ五一歳だから若いそうに見えるのは当然だろう!」

「なるほどそれなら納得。あれ、でも警察の警視総監って五○半ばを越さないとなれないって聞いたことがあったような」

「俺んときぁ時の運が味方したのよ。ちょうど事件で中東マフィアの首領(ドン)を捕まえたときだったし、ムロっさんの口添えもあった。頼りになる部下や背中を預け合った同僚たちのエールもな」

「じゃあなんで――」

 

 背中をぶったたいたり、若干人の話を聞かないところはあるが、この人がとても凄い人だというのは判る。

 一本の野草が成長し続けて、警察界全体を覆う大樹となった生きた伝説のような人。

 でも俺の疑問の声に青島さんは少し肩を落として寂しそうな顔をする。

 

「……黒革の高級ソファーは俺の背中にゃあ柔過ぎなんでな。パイプ椅子に雑多なデスク。固くて暗いパトカーの座席。あとはアンパンと牛乳でもありゃそんでいい。警察道は現場百回、突撃千回がモットーでな。だから思うところもあって警察人生は定年したってぇわけだ」

「そうだったんですか……」

「そうショボけた顔すんなって! お前さんにゃ感謝してんだよ。ツマラン書類にぺたぺた判子の流れ作業。あとはお偉いさんとの御相談。ムロっさんは歳もあって引退しちまってたしな。警視総監の部屋が牢獄に見えてしかたねえ。腐ってオフ日に横浜をぶらついてたらお前さんに出会ったわけだ」

「もしかしてカジノの?」

「おう、爽快で痛快だったぜぇ! 警棒片手に悪漢どもをなぎ倒すのはよ。しかも捕まってたのがウチの娘の親友と来たもんだ。裏カジノの被疑者(マルヒ)が娘の親父だっつーんだから、なァ?」

「まあ、俺は隅っこで逃げ回ってただけですけどねぇ」

 

 正確には追っかけてきた奴が転んで気絶しただけだが。でも実はマフィアの幹部で弱そうな俺を人質に窮地を脱しようとしていたらしい。

 ぶるぶる……下手すりゃ逃走中に殺されてたんじゃないか俺?

 今思うと築三○年の風雨に晒されたボロボロの吊り橋をダンスしながら渡るくらい危なっかしい。

 ボヤいた俺に青島さんはガハハと喉ちんこが見えるほどの大口で笑った。

 

「若モンが謙遜するんじゃないぞォ!」

「いや幸運とか偶然とかそんなもんで」

「男なら堂々と胸を張って『全て俺の計画通りだ!』って宣言するくらいでもいいんだぞォ。運も実力の内。時の運は俺も恵まれた! とゆーわけでお前さんは実力者! 娘もどんなゾクよりシビれてハクいぞーって言うてたしなぁ!」

霧雨(きりめ)さん? そういえば娘っていう割には年齢が離れてますね」

 

 青島霧雨は目の前の青島さんの娘。

 霧雨さんは……なんというか一言で言うとスケ番なんだよなぁ。初めて見たときには目を疑ったものだ。

 普段着が長袖、長スカートに赤いスカーフのセーラー服。腰にはチェーンとヨーヨーまで装備という絶滅危惧種的な出で立ち。

 ボサボサの長い黒髪は狼を連想させる。

 警察官の娘がこれでいいのかと疑問に思うが。

 

「ああ……アイツぁ殉職した部下の一人娘さ。つまり義理の娘ってーやつだな。俺には妻もおらんし、家で一人ぼっちにしちまうことが多かったからちょっとヤンチャに育っちまった」

「す、すいません! 無神経なことを言っちゃって……」

 

 頭を下げて謝ったのだが、青島さんは特に気にした風はなかった。逆にしんみりしそうな空気を笑顔で吹き飛ばした。

 

「ガッハッハァッ! いいってことよ。まーなんだ? そんなチェーンをじゃらじゃらしてる女なんて誰も近づかねえ。孤立気味なヤンチャ娘の唯一の理解者が親友の日向(ひなた)ちゃんなわけだ。もしお前さんが見つけなかったら、日向ちゃんは暗い泥沼人生を送り……親友を失った娘を前に、俺は一生自分を許せなくなるところだった。だからこそ、今は空港の警備員をしているんだからな」

「警備員?」

「ああ、空港にゃ警察の警備隊もいるが、空港側の警備力強化のために羽田の総括警備部長ってぇのをやってる。マフィアのクソ虫どもの半分は空の玄関口から堂々とやってきやがる。これでも俺ァ一度見たホシは絶対忘れない。日向ちゃんと娘のためにも全力で止める。これから羽田空港の入国ゲートは犯罪者どもにとっては刑務所のゲートとおんなじってぇわけだ! ガッハッハァッ!!」

「それで警視総監を辞めて空港の職員になったってわけですか」

「平たくいえばな! 信頼できる部下に後釜は任せたし、突撃しか能がねぇ男にゃ犯罪の最前線である空港勤務の方が性に合ってんだ。ま、感謝してんだぜ大石少年。いろんな意味であの事件は良い転機になった」

「青島さん……」

 

 青島さんはニカッと白い歯を見せて、俺の右肩に手をかける。

 俺よりも遥かに大きい……父親と子供くらい差のあるごつごつした幅の広い、年季のある掌だった。

 

「世界を見下ろす神様ってーのは警察が呆れて拳銃(ナンブ)でぶっ放したいほどエコ贔屓(ひいき)が大好きなんだよなぁ。大石少年よぉ、偶然とか幸運とか言うけどな、幸運の女神がほほ笑むってぇのはそれだけお前さんが愛されているってぇわけだ。偶々ってのが気にくわないのは判る。俺だって偶然ぶっぱしたタマが的確に逃走車のタイヤを貫いちまったうえに、超幸運にも他の車輌と衝突することもなく停止したとき、俺ァ度肝を抜かされた」

「そう、なんですか?」

「応よ! だから、あー、なんての? ウチの生意気な娘なんか、昔は将来は親父を超えるサツになるとかほざいてたクセに、こないだ武偵もいいかも、とか言いやがった。拳握って殴り合い(はなしあい)したぜ、まったく! まずはテメーのおツムの弱さを直せってんだ」

「ははは……殴り合いは話し合いじゃないですよ」

「ウチ流のジャレ合いだ。まあだから大石少年よぉ、ツッパリ娘も、ソイツの親友も、親父さんも…………感謝してんだ。俺もな。偶然道の真ん中で転んでいた奴を拾い上げたのに、感謝の言葉を阻む理由はねぇ。そいつぁ相手の好意をドブに捨てる最低な態度だ。これぁ個人的なお願いだが……アイツらの言葉だけでも、ちゃんと拾って(・・・)やってくれや。感謝の言葉にゃ笑顔で返すのが出来る男の器量ってもんだぜ?」

 

 右手でグッとサムズアップした青島さん。

 俺の浮かない顔の意味を見抜いていたのかもしれない。

 当然だ……様々な人の表情、感情と接することが多い警察官。そのトップだった男が青二才な俺の内心など、子供の嘘を暴くように簡単だったのだろう。

 ……キンジたちを軽く見ているわけじゃないんだけど、肉体的にも精神的(・・・)にも年長者の言葉はとても重くまっすぐ心に浸透した。俺の心が少しだけ、軽くなった気がした。

 

「そう、っすね。ありがとうございます青島さん。こんな顔をしていたら霧雨さんや小春ちゃんに甲斐性無しって言われかねないですよね」

「ガッハッハッハァッ! 良~い面構えになったじゃねえか! でもウチのノータリン娘にゃちゃん付けで十分だぞ。バイクに乗って江の島の不良軍団をシメるんだ、とかアホなこと抜かすくれーだしな。乱闘騒ぎはやめろっての」

「あはは……さん付けしろって言われたんで。女子のお願いは出来るだけ聞くのがモットーですし」

「う~~~ん、ならたまに男の頼みも聞いてくれんかね?」

 

 元々湿っぽいのが嫌いな人だ。なにかあったらガハハと笑って済ます人だけど、ちょっと流れが変わったような……。

 

「頼み? 青島さんの頼みなら出来るだけ聞きたいですけど……内容が気になるんですが」

「おーっし! じゃあ配役は決まってっからよろしくな!」

「ちょ、ちょっと待ってください! 配役ってなんのですか!?」

「あん? そりゃーおめぇ、配役っつったら映画に決まってんじゃあねぇか」

「映画!?」

 

 待った待った!? どうしてそこで映画が出てくる!?

 これでアイドルの撮影会って言うなら即断するけど撮られる側は駄目だ。そういう舞台で演技スキルがないとかじゃない。

 単純に前へ出るのが苦手な性分なんだ。役者とか顔が引きつるぞ。

 なんとか止めるためにまずは事情を聞くことにした。

 

「青島さんは空港の警備員なんですよね? 撮影とか縁遠いじゃないですか」

 

 当然の疑問をぶつけると青島さんは鼻を擦りながら口の端を上げた。

 

「ガッハッハァッ! 実はなぁ~俺の若手時代を元にしたドラマが放送決定したんだよ!」

「ほ、放送ってマジですか?」

「マジもマジ、大マジよぉっ! 『逮捕一直線! 熱血刑事闘争録』ってドラマだから暇なら見てくれよ。割と忠実に再現してあるからな!」

「再現ってもう収録してるのか……いやそれより配役って、もしかしてドラマに!?」

「いんや、さすがにそりゃあ止められた。警察人気を狙ってるタヌキどもの声がうるさくてなぁ、商売敵の武偵はストップだとよ。……でもちょっとした条件をプロデューサーが提示してきたのよ」

「もう突飛過ぎてこんがらがってきたんですけど……」

「いいじゃねえか。でだ、ドラマは警察の威信も掛かってるってんで二四話構成で丁寧に作られる。んで、視聴率が一度でも二○%を超えたら劇場版を一本。五回超えたら二本予定してんだ」

 

 ああ、うんここまで言われたら、さすがに判る。

 

「劇場版に出ろって?」

「おう! まあハショ役だから大丈夫だろう。一作目はストーリー上無理。出てもらうのは二作目だ。特別編ってぇことで俺も出演するんだぜ!」

「あー、それならまだ……いいのかなぁ?」

 

 エキストラ役ってことか。

 まあ武偵は何でも屋だから指定依頼されたら受けなくちゃいけない場合も多いし、何事も経験か。

 正直、めっちゃめちゃ苦手ではあるが。

 

「二作目の台本は出来てんだ。題して『横浜中華街を封鎖せよ! ~蠢く世界の闇に立ち向かう、ベテラン刑事と新星武偵の十字砲火(クロスファイア)~』ってなぁ!!」

「封鎖に青島ってなんて喧嘩売るタイトル……ん?」

 

 待てや、横浜中華街に武偵って。

 

「……つかぬことをお聞きしますが、その武偵って――」

「ガハハァッ! そりゃあ俺とお前さんに決まってんじゃねえか!」

「決まってんじゃねえか、じゃないっすよ!? どこからどう見ても主役の片棒担いでんじゃないですかっ」

「大丈夫大丈夫! ちげぇのは、セリフと登場とダメ出しの回数だけだ」

「いらねー! 最後は特にいらねー!」

 

 大根役者に主役とか、そもそも俳優でもない奴に頼まないでくれっ!

 人の話を聞かない青島さんとなんとか説得しようとしていたら、特徴的なアニメ声が俺の耳に届いた。

 

「ちょっとケイ、ちゃんと待ち合わせ場所に居なさい! もう四時になってるわよ!」

「アリアさん、とキンジか。悪いっちょっと話しこんでてさ」

「ケイー、協力をお願いしたとはいえ道草喰うのはやめてくれ」

「うぅ……すまん」

 

 気付くと時計の針は四時一○分をさし示していた。

 青島さんに呼びとめられていたとはいえ、これは完全に俺が悪い。

 アリアさんとキンジに謝っているともう一人の御仁が大声でキンジを呼んだ。

 

「お~う! オメエはカジノんときに居た遠山少年だなぁ! なんだ依頼でもやってんのかい」

「青島警視総監!? なんでこんなところに……」

「あによキンジ。この白髪巨人と知り合いなの?」

「アリアお前な……この人は青島大五郎、警察組織のトップ、つまり大ボスだ。数ヶ月前に横浜裏カジノ事件で話す機会があったんだ」

「ふ~ん」

 

 警視総監を白髪巨人呼ばわりとかある意味大物だなアリアさんは……。

 仕事モードらしく、携帯と数枚の紙を取り出してシャシャシャとなにやら書きこんでいる。

 たぶん目撃情報や聞き込み調査をまとめているのだろう。

 

「ガッハッハァッ! こりゃまた面白いメンツだなぁ。んでなんの依頼やってんのかオジサンにも教えてくんねえか?」

「武偵は関係者以外の者に軽々しく情報は提示してはいけない――――ってアタシの携帯とらないでよ!」

 

 頭上から携帯をさりげなく抜き去っていく青島さん。元警官なのになんかスリっぽいぞ。

 アリアさんがぴょんぴょん跳ねながら取り返そうとするも、相手の身長は二m近く。届くわけがない。

 痺れを切らしてのか彼女が、よじ登ってやっとのことで携帯を取り返したときに彼は言った。

 

「この猫なら南のテトラポット付近に居たぞ」

「え、本当ですか!?」

「おう! いったろ一度見たホシは忘れないってな! 耳とか足先がこげ茶色で珍しかったからよく覚えてる。ちんまかったしまだ付近にいるはずだぞ」

「ありがとうございます! さっそく行ってみます!」

「おうおう! 頑張れよ少年少女よ! あと大石少年、映画は決定したら部下を寄こして強制連行するから覚えとけよ!」

「――ってなにさらっと恐ろしいこといってんですか!?」

 

 青島さんが背を向ける。手をひらひらしながら、

 

「ガーッハッハァッ! 逃走したら元警視総監の権力を使って陸海空の総力を使って追跡するからそのつもりでな! とりあえずこれは依頼料の前払いだ!」

「国家権力乱用してんじゃねえ!?」

 

 ポーンッとなにやら四角形の箱を放り投げたのでなんとかキャッチする。

 青島さんはそのままカランコロンと下駄を鳴らしながら足早に去っていった。

 嵐の過ぎ去ったように一気に静かになる。

 あとに残ったのは今日集まっていた俺たち三人。

 

「結局、なにがしたかったのよあの失礼なカイゼル髭は!」

「さ、さあ……」

「いろいろ終わった気がする」

 

 良い話で終わりそうだったのに、なんでこうなんたんだチクショウ……。

 キンジたちの質問には適当に返して、とりあえず目的地へと向かったのだった。

 あとで箱の中身をみると一個、百万円するらしい超高級な武偵弾(試作品で割安だとメモにはあったが)が五発も入っていて腰を抜かす羽目になったのを記しておこう。

 

 

 

 

 

 猫は意外と早くに見つかった。

 テトラポット――正式名称は消波ブロック。海岸とかに行けばゴロゴロ置いてある。

 昔あの上で釣りをしたこともあるけど、落っこちると怖いんだよなぁ。

 それはさておき、

 ナァ……ナァ……?

 俺の両手にスッポリと収まる小さな子猫。

 少し泥が付いて弱々しく鳴いている。体温も気持ち低かった。

 ただ学園島のすぐ近くにある青海は武偵たちの姿をよく見かける。

 午後の四時を過ぎているから、学校帰りに散歩や買い物をする者も多い。

 運よく通りがかった武偵高の救護科一年生。しかもタイムリーに獣医学専攻という、宗宮(そうみや)つぐみさんにさっそく診てもらった。

 三つ編み眼鏡少女の宗宮さん曰く、

 

「この子はちょっとお腹がペコペコなだけです。なので暖かいミルクと安心できる寝床さえあれば、すぐ復調しますよ」

 

 とのことだった。

 宗宮さんに御礼を言ったあと依頼者である早水(はやみ)さん宅へ向かう。

 

 青海の一角にある賃貸マンション。依頼を請け負ったキンジが代表としてインターホンを押す。

 ぴんぽ~ん!

 中から「は~い!」という女性の返事とともにトタトタと足音が二つ近づいてくるのが判る。

 扉を開けて出てきたのは小学生らしい少女とその母親。

 クリっとした双眼がキンジ、アリアと向き、最後に俺の肩によじ登っていた白猫のミミミに目が向けられる。

 すると可憐な蕾はパッと花を咲かせた。

 

「ミ―ミ! ミ―ミだ! ママ、ミ―ミがかえってきた!」

「あらあら、武偵さん、こんな早く見つけてくださってありがとうございます」

「いえミミミちゃんが見つかってよかったです。少し衰弱していますが、暖かいミルクを飲ませて休ませればすぐ元気になるはずです」

 

 長い黒髪を揺らして頭を下げる母親。

 少女は数日ぶりに再開した家族を前に喜びを隠すこともせず、顔をほころばせながら猫を優しく抱きしめていた。

 やっぱり女の子は笑顔が一番だな。奥さんも美人さんだし、それだけで疲れが吹き飛ぶってもんだ。

 

(かなで)、お兄さんとお姉さんにちゃんと御礼を言いなさいね?」

「うん♪ おにーさん、おねーさん、ミ―ミを見つけてくれてありがとうございました!」

「当然のことをしたまでよ」

「ああ」

「女の子の笑顔だけでおーるおっけーってな」

「あの……ちょっとしゃがんでー?」

 

 ん、なんだ?

 良く判らないけど女の子のお願いだししゃがんでみると、

 チュッチュッチュッ!

 ミルクの香りがふわりと鼻腔に届き、頬に軽く押しつける感触。

 キンジ、アリア、俺の順番でほっぺたにキスされたようだ。

 おぉ……ちょっとびっくりした。しかし純粋な笑顔を向けられて微笑ましさしか湧かない。それ以外の感情が湧いた場合は洩れなく紳士という名の変態になるだろう。

 女の子ははにかんだように笑いながら、

 

「えへへ、ママがパパにおれーするときいつもやってたの! だからおれー!」

「奏! す、すいませんちょっとおませな子で……」

「いいんじゃないかしら? 将来有望そうなレディーね♪」

「うんうん御礼がキスとか素敵だと思うぜ!」

 

 アリアさんはよしよしと女の子の頭を撫でていた。

 今も幸せそうな笑顔で猫を抱きしめている。

 こういう笑顔を見れるなら、武偵の仕事もちょっといいのかもしれない。あくまでこういう平和的なものだけなら、だが。

 ちなみにキンジは硬直していた。初心だなぁお前…………。

 

 

 

 

 

 夕焼け空のもと、のんびりと帰る俺、アリア、キンジの三人組。

 アリアは途中で買ったももまんというにくまんの仲間っぽい食べ物を頬張りながらキンジに対しダメ出しをしていた。

 

「いいキンジ? 今日のアンタはダメダメよ。猫探しも結果的には助かったけど推理力が足りないわ。あのときのアンタはもう少し冴えていたはずなのに……」

「んなこといっても、あれは特別というか」

「特別? なにか条件があるの?」

「そーいやーキンジってたまーにおかしくなるときがあるよなぁ」

「ばッ、それ言うなよケイっ」

「ケイそれホント? こらキンジ、ドレイならご主人さまに隠し事をしちゃダメじゃない! キリキリ吐きなさいっ」

「だーーーっ、とにかくダメなものはダメだっての!」

「もう駅に着いたんだからあんまり騒がない方がいいぞー」

 

 キンジとアリアさんは喧嘩しつつ、切符を買うという器用な真似をしながら改札へと向かう。

 キンジが通る。

 ぴっ

 ついでアリアさん。

 ぴっ

 最後尾に俺も通ろうとすると、

 

「そこの君、ちょっと待ちなさい」

「え?」

 

 駅員さんに呼び止められた。

 しかめっ面の駅員さんはちょいちょいと足もとを指さす。

 にゃあ、にあ、なァ~?

 わらわらと数匹の猫が俺を真っすぐ見つめていた。

 すごいなー、カルガモの親子みたいだー。猫が俺の後ろで列をなしていた。

 ……あぁはい、判ってます。そんな冷たい目で見ないでください。男にそんな目で見られても悲しいだけなんで。

 駅員さんの視線に冷気が伴い始めたので弁解してみる。

 

「なんかこの子たちに好かれちゃってて……」

「ペットであろうとなかろうと動物を連れて乗車する場合はケージに入れてください。それに野良なら尚のこと匂いなどで周囲が不快な思いをするでしょう。他のお客様の御迷惑になりますので極力……」

「やっぱダメっすか?」

「ダメです」

「ですよねー」

 

 途中からおかしいなとは思ってたんだ。

 歩いていると猫が妙にこちらを見ていたり、近寄ったりでたまに頭を撫でたりしながら帰っていたんだ。

 そうしたら何匹かくっついてきて……。

 アリアさんはあきれたような目でこちらを見ていた。

 

「ケイのそれは自業自得でしょ。まったく気が利くけど、それはねぇ」

「いやなんのことかさっぱりですけど!」

「とにかく男子寮まで、そこまで遠くないんだから歩いて帰りなさいっ! いくわよキンジ!」

「あ、おいアリア! すまんケイっ、とりあえず先行ってるわ!」

 

 あっさりと言ってしまった。

 猫さんを追い払えばいいのだが、上目使いのつぶらな瞳を追いはらうのは……非常に難しい。

 し、仕方ない。陸路でもそう遠くないし……うん、節約節約。

 結局、キンジたちと別れて家路を目指す羽目になった。

 

 

 

 

 

 歩いて十分。

 RPGの勇者よろしくメンバー、俺猫猫猫猫猫猫猫という非常に偏ったパーティを形成しながら青海ダンジョンを進んでいるとベルの音が鳴り響いた。

 カランカランカラン!

 「六等ティッシュで~す!」「うむティッシュありがとう」「いやそこは悔しがりなさいよ」などと女の子たちの声が聞こえてきた。

 どうも福引をやっているようだ。はっぴを着た女性がティッシュを取り出していた。

 私服のおそらく女子高生だろう二人組はキャッキャッしながら去っていく。

 ライトまで出して精を出しているようだけどそろそろ暗くなっているし終わりだろう。

 買い物をしたわけでもないし、通り過ぎようとしたのだが、

 

「ちょっとそこのおにーさんっ! 福引やっていかない?」

 

 呼び止められた。

 周囲は人通りも少なくなっており、女性ばかりで男は俺しかいない。

 明るい笑顔の女性がまっすぐこちらを見ているし。

 

「……俺?」

「そうそう! もう時間なんだけど、ちょーっと福引をやってくれる人がいなくて……六等しか出ていないの。あんまりひどい結果だと近所のおば……主婦の人もうるさくて……お願いっ!」

「いやそう言われても。福引って近所で、買い物したときにチケット貰うものなんじゃないか?」

「それならダイジョーブ! ここに携帯のストラップを売っているから! もう一品しか商品ないけど、三百円で売っちゃう♪ ……ねぇお願いっ買って?」

 

 こ、これは! 女性が下から覗きこむように見ている! だが重要なのは両手で抱え込むようにした胸!

 推定Fカップの巨大な双子山が盛り上がって…………非常に眼福です。肌色の悪魔はその存在感を遺憾なく発揮し、頭がくらくらしてしまう。

 谷間が……やばいレベルに達している。いたずらっ子の表情は明らかに狙ってやっている。

 だが、しかし、

 

「買った!」

「はい、毎度あり~♪」

 

 断ることなど出来なかった。あぁ、意思が弱いと罵りたければ罵ればいい!

 良く判らんミニ水晶玉を手渡されたがどうでもいい。今日は、とてもよい一日でした。

 満足して帰ろうとしたら、

 

「ちょ、ちょっと福引を忘れてるよおにーさんっ!」

 

 お姉さんに呼び止められて福引をやることとなった。

 福引はあのぐるぐる回して玉を出すオーソドックスなタイプ。

 一等から六等まである。だけど期待はしてない。

 この手のくじ引きでティッシュ以外を引いたことがなかったからだ。

 福引の景品=鼻をかむか夜のお供くらいしか思っていない。

 適当に回してコツンと出てきた球の色は――――銀色だった。え、銀?

 カランカランカラン!

 

「お、大当たり~~~! 本日初めての二等賞だぁぁぁぁ!!」

「に、二等? 本当に?」

「はい♪ はぁ、よかったぁ、これなら近所のBBA……じゃなくて叔母様方の愚痴を聞かなくて済みますっ。景品はお一人様民宿二泊三日の旅。海辺の老舗でウニやタイなど高級な魚介類が自慢のお店ですよ!」

「お、おォォォォすげえ! 今日は本当にいい日だなぁ! ……あれ、でも一人なんだ?」

 

 こういうのって二人組とかが定番だと思ったんだけど。

 俺の呟きをどう解釈したのかお姉さんがむにゅぅと豊満なは胸を押し上げながら悩み始める。

 

「う~ん済みません、資金の問題で一人なんですよぉ。でも、そうですよねぇ……おにーさんだけだと恋人さんを連れていけませんよねぇ。でも二等賞は一つしかないし……」

「いや、俺は、そのー」

 

 恋人いない歴=年齢なんすけど……でもハッキリいうのも辛い。

 お姉さんはどう勘違いしたのかさらにヒートアップしていく。

 

「判ってます! 判ってますよぉ~~。おにーさんはモテモテなんでしょう。お姉さんの勘は良く当たりますから! …………よし、わっかりました。三等の遊園地のペアフリーチケットもプレゼントしちゃいましょう! 旅行券にチケットどっちとも持ってけ泥棒っ! どーせもう福引は終わりですし」

「ちょ、そんなダメなんじゃ――」

「大丈夫ですよ! これ期限が来週までなんで。しかもこの遊園地、来週にはレディースデイと称してイベントがあるらいんですよ! 可愛い子もいーっぱいきますしアイドルがイベントのために来園するそうですよ。ここはひとつ彼女さんを楽しませてください!」

 

 ……なぬ。可愛い子? しかもたくさん。さらにアイドルとな!

 そう言われたら男としては、そりゃ。

 

「是非頂きます!」

「はい、どうぞ~♪」

 

 いやー、情けは人のためならずって言うけど、こんな早くに良いことが自分に巡ってくるなんてなぁ。勘違いされちゃったけど、こういうパターンならぜひ来てほしい。

 二枚のチケットをいただき俺はホクホク顔で寮へと帰っていった――

 

 

 

 

 

 ■  ■  ■  ■

 

 

 

 

 

 ケイと別れたアリアとキンジは電車に揺られながら寮の最寄り駅へと向かっていた。

 キンジは先ほどのアリアの態度に疑問を抱いていた。

 

「おいアリア、さっきはなんでケイを置いていったんだ。少しくらい待ってもよかったんじゃないか?」

「キンジ、アンタはアイツの匂いに気付かなかったの? 結構判り易かったのに」

「匂いって……なんのことだよ」

「あっきれた! あのハーブに近い特徴的な匂い。間違いなくイヌハッカの匂いよ。あんなの付けてちゃ猫の一○や二○、ひっつくに決まってるじゃない」

「イヌハッカ……?」

 

 首を傾げる。

 あまり聞き覚えの無い単語だったからだ。

 アリアは相方の鈍さに嘆息しつつ、説明し始めた。

 

「イヌハッカというのはシソ科ネペタ属の多年草よ。ハーブの一種で英名ではキャットニップ――『猫が噛む草』という意味を持つ。この草にはネペタラクトンという物質があって猫を興奮させる作用があるの」

「おい……それってまさか」

「平たく言えばマタタビとおんなじ。しかもかなり強い香りがしたから成分を凝縮させてるんでしょうね。犬に比べて鼻が利かないはずの猫が列をなすくらいなんだから」

 

 マタタビと同様の効果を持つイヌハッカ。

 しかしマタタビに比べると知名度が低く、知らない者も少なくない。

 アリアはふぅと息を吐く。

 

「……ちょっとだけケイを見直したわ。すっとぼけるのは正直気にいらないけど、自分なりに最善を尽くそうとした結果なんでしょうね」

 

 アリアは相手に対し、自分と同じ実力を求める傾向にある。

 大石啓は自分には釣り合わない。彼女が信じる直感は彼を否定しているからだ。

 しかしさり気なく依頼の効率を上げるための努力をしようとしたのは評価できる。

 対してキンジは頭を掻きながら項垂れた。

 

「俺の行動は見抜かれてたってわけか……」

 

 イヌハッカなど特殊なハーブを朝に学校で話して、昼過ぎに調達できるわけがない。

 つまりキンジが自分に猫探しの依頼を協力して欲しいと申し出ると数日前には見抜いていたのだろう。

 友との力の差を感じ、浅はかな作戦で協力させようとした己に情けない気持ちが湧きおこる。

 だがアリアは毅然とした態度でそれを否定した。

 

「ホント、今のキンジはバカキンジなのね! それは勘違いも甚だしいわ!」

「勘違いだって?」

「そうよ。アタシはアンタたちと違って付き合いは短いけど……ケイは何故、アンタが依頼することを判ってて承諾したの? なぜ最善を尽くそうと努力したの? 前者は前もって構えていれば用事があるとでも言えたでしょう、後者ならやる気がないんだからする必要もない」

「……確かに。じゃあ俺たちの依頼を承諾したのは――」

「意識的か無意識かは判らないけど……脈はあるっていうことじゃないの?」

「そう、か…………そうか」

 

 電車に揺られながら少年と少女は学園島へと向かう。

 少年が胸に抱くのは希望。

 少女が胸に抱えるは切望。

 互いの願う目的は未だ合わされない。

 夕焼け空の向こう側には暗い海へと沈む太陽の姿があった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 江東区青海某所。

 周囲は闇に包まれて、人通りも一気に減っていく。

 都会に蠢く悪意の塊。

 その一部はそこにいた。

 それはケイが先ほど出会った福引の女性――そして女子高生の二人。

 彼女たちはおもむろに顔を掴むと、

 ベリベリィ!!

 皮をはぐようにして表れた少女たちの真の顔。

 金髪と豊満な胸、そしてにんまりと笑みを浮かべる少女。

 

「くふふ♪ 第一段階せーいこーう!」

 

 長い黒髪に能面を張り付けたような少女。

 

「ホント、大石啓の側には近寄りたくないけど……大丈夫かしらね?」

 

 そしてウェーブかかった銀髪に騎士然とした少女。

 

「アレが件の大石啓か。所詮は騙すことしか能のない一族。この世の策全てを行使する私の敵ではない」

 

 銀髪の少女がそう論じると金髪の少女――理子は人差し指を振りながら否定する。

 

「ノンノン♪ ジャンヌちゃん、それはダメダメだぞー。私たちの計画で一番の不確定要素は排除するって決めたじゃん」

「無論判っている。だがそこまで脅威なのか? あの程度の変装すら見破れない輩、勇敢な騎兵に赤子を恐れよと言うようなものだ」

「それがアウトなんだよー。脅威の有無だけじゃないの。ケーくんはジャンヌのターゲットから学校で二番目に信頼されてるしぃー、夾竹桃のターゲットの親友はケーくんを尊敬しちゃってる。ウチのターゲットに至っては一緒に依頼をこなしちゃってるんだよ? 理子は正体を見破られてるしぃ犯罪者の娘を裁けないからといって、放置するわけにはいかないの。今だって疑われないよう、細心の注意を払ってるんだから」

 

 峰・理子・リュパン四世――リュパン一族の末姫である理子は下手な事件を起こせばケイから疑いの目を向けられることは判っていた。

 だからこそ細心の注意を払い、半年以上に渡って監視し続けていたのだ。

 理子の意見に夾竹桃も同乗する。

 

「……私も理子と同感だわ。アレの介入は極力避けたい。二年間かけて育てた花を摘むだけの作業……その難易度をあの男のせいであげられてはたまらない。ぶっちゃけ目がキモいし」

 

 理子と黒髪の少女――夾竹桃は揃って排除すべしと言う。

 だが今一つ納得のいかないジャンヌと呼ばれた銀髪の少女は疑義を挟んだ。

 

「だが、わざわざ遊園地に行かせるのか? ストラップは私特注の盗聴器を渡し、民宿をフェイクに使い、遊園地に誘導させるなど。さらにお前の元戦妹……島麒麟だったか。ライカとかいう女への尊敬の念まで利用するなどリスクが高い気がするがな」

「くふっ♪ べっつに理子はヘマしないよ。ただライカちゃんがケーくんを気にしてるのは納得いかないよねーって戦妹に同情するだけ。おねーちゃんの私は妹のためライカちゃんと麒麟ちゃんを呼び出す。ライカちゃんの目を覚まさせるために、ケーくんに恥をかかせる――そのために遊園地へとおびき出して指定場所に行く。だけど運悪く、ジェットコースターが何者かに遠隔操作されちゃった! 爆弾でふっとんだコースターは運悪く一人の少年に――ってね♪」

「追加でジェットコースターにプラスチック爆弾込みでか。歩兵百に騎兵千人で挑むような用意周到っぷりだな」

「あったりまえじゃーん! これでもかすり傷を負わせるかどうかってレベルなんだよ? 理子はケーくんのこととーっても信用してるの。だって…………教授(プロフェシオン)も一目置いているらしいから、ね?」

 

 その言葉に目を剥くジャンヌ。聞き流すわけにはいかない重要な情報だった。

 

「なんだと、教授が!?」

「それは私も初耳なんだけど?」

「ほぼ確定情報だよ。だって理子はケーくんの監視を怠ってないからね」

 

 ジャンヌたちが目に見えて動揺する。

 彼女たちのボスこそが教授だからだ。

 自分たちの遥か上に立つ実力者。その者が一目おいているという事実。

 より一層警戒心を持った彼女たちを横目に理子は男子寮の方向を向いていった。

 

「ごめんねぇケーくん。四世って呼んだこと、割とリコりんは根に持っちゃってるんだ。それにぃお空への招待状は二枚しかないの。だぁかぁらぁ~代わりに地獄への招待状を送ってあげるね♪ …………理子が理子となるために、絶対に邪魔させないんだから――」

 

 悪意は牙を剥く。

 その一撃はすぐにやってくる。

 誰もが望まぬ形で――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回の勘違い成分は薄めです。すいません。
ケイの大活躍はたぶんもう少しあとになると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

強襲科と弾丸

最近は二万文字以上ってのが普通になってきたり……(汗)
ちょっとずつ展開を変更したりします。



 昨夜はパラパラと小粒が雨が降っていたものの、早朝には止み、コンクリートジャングルに水化粧を施していた。

 とはいえこれから天候が崩れるらしいから念のため折りたたみ傘は持ってきてある。

 4時限目で使った国語の教科書を鞄にしまう。

 先日はキンジたちと依頼をこなしたわけだが、今のところ噂らしい噂もない。クラスメイトの態度に変なところもない。

 武偵生(特に女子)の依頼協力を断るか断らないか、二択に迫られないことにホッと安堵の息を吐く。

 昼休みに入って教室内の人間の半分は学食か別の場所に食べに行ったようだ。

 まずは学食でメシでも喰うかなー。

 

「武藤ー、学食いかね……っていないし」

「武藤君なら、今日は別のチームと一緒に見回りの依頼を受けたからいないよ?」

 

 前の席にいた不知火が振り向きながら言う。

 相変わらずバックに涼風が吹くような爽やかさだ。

 それにしても依頼か。車輌科は忙しいな。

 

「それにしても見回りって警察みたいだなぁ~」

「いや実際その通りだよ。どうも警察関係者が援助交際をやらかしたらしくてね。東京都内で三件目。マスコミの対応に追われて都内の警備が疎かになっているんだ」

「そんで神様仏様武偵様ってわけかー」

 

 都会の渋滞やそこら中にある一方通行、深夜でも止まないエンジン音。

 それに囲まれながら運転するって凄く神経を使うだろう。考えただけで机に突っ伏したくなる。

 両腕を下に顎を乗せながら不知火を見上げる。

 

「どーすっかなー、購買は拳銃所持した野獣共の巣窟だし……不知火はここで喰う? 弁当は持ってきてるんだろ?」

 

 購買=戦場――それが武偵高の常識、らしい。

 常日頃から身体を鍛えている奴ばっかりだしあそこは野獣の巣窟なので除外だ。外のコンビニに行くか、学食が妥当だろう。

 不知火は懐から手作りだという弁当を取りだす。

 都市伝説ならぬ学校伝説の一つとして、不知火が弁当を忘れると女子が列をなしてオカズを渡していくとか。

 ……あぁ、あのときはお裾分けしてもらった。から揚げはとてもとても塩っ辛くて、甘酸っぱい青春の味がしたなぁ……は、ははは……。

 

「な、なんか目のハイライトが消えているけど、大丈夫?」

「おぅ、ちょーっと思い出し傷心しただけだ。……どーせなら学食で喰わないか? 話し相手プリーズ」

「あーごめん。実は僕も依頼があるんだ。警察主催の一般公開日があってね。新型の敵地侵入用偽装コンテナや各種警察の備品を一般市民説明するとか。屋台も出すらしくてそのヘルプなんだ。それで昼食を取りながら相談する予定だから……」

「そうなのか? みんな依頼が多いなー」

「さっき言った不祥事が結構、波紋を広げていているらしくてね。人手が足りないって架橋生(アクロス)の子に頼まれたんだ。ごめんね」

 

 架橋生ってーと『日常的に他組織へ研修しにきている子たちの総称』だっけか? たぶん警察の関係者なんだろう。

 なーんか女子が不知火を誘うために理屈をこねている気が――といかんいかん、ひがみ過ぎは女々しくてカッコ悪い。ほどほどにしないと。

 不知火はすまなそうにしているけど、俺も強く引きとめる理由はない。

 ぶっちゃけ惰性でツルもうとしただけだし。

 

「気にしなくっていいって。なんとなく誘っただけだし」

「そっか。それじゃあ人を待たせてるから」

「おーう」

 

 不知火はひらひらと手を振りながら去っていった。

 それにしても警察か……。たしかに朝のニュースでアナウンサーが言っていた気がする。

 思い出すのは昨日会った青島さんのことだ。

 出会いは偶然だったけど、仲間想いな人だ。少しでも古巣の戦友たちのためにと見回りをしていたのかもしれない。

 あれ、ならなんで武偵弾を持ってたんだろう? 青海で出会う確率はゼロじゃないとはいえ送った方が手っとり早いのに。

 いや…………考えてもしょうがないな。案外、偶然出会っちゃったとかそういう理由かもしれん。

 過剰な悩みで頭皮にストレスという名の除草剤をぶちまけたくない。十円ハゲとか若白髪とか勘弁してもらいたい。

 よし忘れよう。それより、メシだメシ!

 

 心を切りかえるように努めながら立ち上がる。

 いつも学食に行くのもつまらないので、気分転換ついでに外のコンビニで買い物をしよう。

 そういえばキンジやアリアさんはどうすんのかな?

 今の今まで会話に参加していなかったし。ふと横を見ると、二人は二人でなにやら話し込んでいた。

 

「キンジ、今日という今日は来てもらうわよ!」

「そりゃあなんでも協力するとはいったが……別に探偵科のままでも良くないか?」

「ふぅ……アンタはなに言ってるの? 今のキンジはバカキンジ過ぎる。バカバカバカバカの四乗よッ。だから強襲科でみっちり調教しなくちゃいけないわ!」

「どれだけ俺はバカなんだよ!? お前な、もう少しは言葉ってもんが――」

「どーしたんだよキンジもアリアさんもさ」

 

 なにやら揉めているようだったので話しかけてみた。

 まあ単純に美猫なアリアさんと言葉を交わすのが楽しいのもあるが。他の女子とは絡みが少ないぶん、密かな癒しなのだ。

 白雪さんとは朝以外の絡みが少ないし、レキさんは話す内容が思いつかない。

 理子さんは複数の女子と楽しそうに談笑していることが多いので輪に入れるわけない。

 そんなアリアさんは唇を尖らせながら、むすっとしていた。

 キンジが嘆息しながら言う。

 

「アリアが強襲科に転科しろってうるさくてな」

「ドレイのクセに生意気なのよ! それになんでも言うこと聞くっていったじゃないっ!」

「な、なんでも…………ごく」

「ケイも頼むから変な想像するな! アリアの戯言だからっ」

 

 お、おう、そりゃそうか……。アリアさんって帰国子女だからか、ちょっと過激な日本語も多いんだよな。

 アメリカなんて通報で「友達が倒れている、どうすればいいの?」「落ち着いてください。まずは生きているか死んでいるか(確認して)確定させましょう」ってのを勘違いし、ピストルで撃って死んだのを確定しましたっていうブラックジョークもあるくらいだ。

 ドレイも友達感覚で言っているかもしれない。

 

 キンジは迷っているのか両腕を組みながら視線を宙に彷徨わせていた。

 しかし転科かぁ~。こればっかりは本人次第だしな。

 どうして探偵科に転科したから知らないけど、今はBランクだけど、強襲科ならSランク。

 俺が口を挟むことじゃないから去ろうとしたんだけど、

 

「そういえばケイも入試のときに強襲科のSランクを取ったのよね。この際、キンジと一緒に戻ってきたら? すぐ逝っちゃいそうな身体つきなんだから、特別にアタシが死なない程度に鍛えてやるわよ」

 

 オゥ……アリアさんが獲物を狙う猛禽獣のような目でこちらをロックオンしてるし!

 だけどただでさえ、死と生の水平線ギリギリを飛行しているんだ。自分から墜落した飛行機などいない。

 ズズイと前に出るアリアさん。冷や汗をかきながら必死にこの状況を打破しようと思考を巡らす。

 

「い、いや、あのですね? こう昨日みたいな依頼ならともかく強襲科とかは、ちょーっと御免かなと」

「そういえばケイって昨日はアタシとキンジが、そのつつつつつ付きあうとか、へ、変、変な勘違いしてたわね! ついでだから、いまここで仕返ししてもいいんだけどッ!」

「あー……えー……つ、つまり」

 

 や、やばい。変なこと思い出したのか、顔を真っ赤にして爆発寸前だ!

 頼むキンジ! ヘールプッ、ヘルプミー! ちょ、ちょっとお前、両手で合唱するな! 

 なにやらアリアの後ろで書いている。

 ぺらり……俺じゃ無理?

 あの野郎~~~今度遅刻しそうなときは放置してやる!

 

「俺はー、そ、そう! 裏方の方が得意なんだよ! 裏方一番、フロント屋の強襲科はタイプ的に合わないんだって。言うだろ適材適所って。なんの訓練も無しに突撃兵をやれとか無茶だと思うんだ!」

 

 その言葉に一考の余地があったのか鋭い目つきは変わらないまでも、少しだけ勢いを削げた。

 いくぶん落ち着いた口調で考え始める。

 

「ふぅん? でも、そうね。確かに鑑識科(レピア)通信科(コネクト)の子たちの評判は上々って聞いたことあるし。補給兵や偵察兵を前線に送るのは愚行ね」

「だろ? だったら――」

「判ったわ……アタシも少し焦っていたみたい。じゃあ今度一緒に依頼を受けましょう。強襲科(・・・)でね」

「はい?」

「だって訓練もなしにやるのはダメなんでしょ? だったら軽く一回任務をこなしてもいいんじゃない。アタシが駄目だと思ったら、もう金輪際、誘うことをしないと誓うわ」

「あー……でも依頼は極力やらないって」 

「もちろんアンタに損はさせない。他の断った人に申し訳ないってところでしょ? だから誰にもバレないようこっそり、少しだけ手伝ってもらう。怪我しないように最大限のサポートだってする。さあどうするの大石啓。レディがここまで譲歩してるのに手を掴まないのが日本紳士の流儀なのかしら?」

 

 挑発的な目が俺を試すかのように覗いてくる。

 そりゃあ、アンタ、男がここまで言われたら――

 

「確かにそこまで言われて引くのはカッコ悪いな。よしやってやろうじゃないか!」

「そうこなくちゃねっ! さあキンジはどうするのかしら? 尻尾を巻いて逃げ続けるの?」

 

 うんうんと嬉しそうに頷くアリアさん。

 煽りだとは心の中で判ってはいたものの断れなかった。孔雀や白鳥も見惚れそうなくらい綺麗な少女にここまで言われるのは……うん、男として嬉しくないわけがない。

 ただキンジは少しイラ立つようにアリアさんを睨んでいた。

 

「……お前、ケイをダシに――」

「違うわ。あとで話すから――」

「ん? どうしたんだ?」

 

 アリアさんがぱちくりと数回瞬きをすると、キンジは不満ながらも立ち上がった。

 

「転科は無し。自由履修として強襲科の授業を受ける。それでいいだろうアリア」

「まあ今日のところはいいわ。それじゃ行きましょうか」

「行くってどこにさ」

 

 二人の間でなにが決まったのか知らないが、若干蚊帳の外に置かれているようで気持ち悪い。

 だから疑問の声を上げたのだが、キンジはちょいちょいと教室の時計を指さした。

 

「そりゃあ昼飯に決まっているじゃないか」

「おわぁ!? もう三○分切ってる! 急ごうぜ!」

「言っとくけどアタシのももまんはやらないからね!」

「だーれが喰うか!」

「よっしゃ俺は席を確保すっから食券頼むぜキンジ」

 

 腹が減っては戦は出来ぬ。

 キンジとアリアさんと共に急いで学食へと向かったのだった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さてやってまいりましたのは恐怖の強襲科――通称『明日なき学科』と呼ばれる俺にとっては伏魔殿的場所だ。

 キンジとともに自由履修や装備品の確認などのためにやってきている。

 剣戟、銃声、掛け声……実家の道場とは比べ物にならないほど大勢の生徒たちが集っていた。

 なんかいきなり撃たれそうで怖い。念のため過ぎるかもだが、シグのスライドを引いて装弾しておこう。

 最近、俺には凶運の神様が取り憑かれてるかってくらい運が下降気味な気がする。爆弾事件しかり、映画出演しかり。そういえば武偵弾貰ったんだよな。帰ったら少し見てみよう。

 

 とりあえずあまり訪れない施設なので、キンジの後ろについている。

 えっと……あれだ。

 学校の校長室とか、余所の部室内とか普段いかない場所って妙な居心地の悪さを感じてしまう。アウェイ感ともいえる。

 頼りのアリアさんは外で待っているとかで入り口で別れてしまった。

 まあ彼女は綺麗だし嫌が応にも人目を惹いてしまう。

 逆に俺やキンジの野郎二人だけなら気にも止められないだろう――と思っていたのだが。

 

 外見は普通の体育館と同じ板の上にカマボコを乗せたような形の建物。

 キンジが扉に手をかけたところで立ちどまる。

 不思議そうにこちらを見ていた。

 

「どうしたんだケイ? ここに来るのは別に初めてじゃないだろ?」

「いやー、なんつーか強襲科って居づらくてさ。そこはかとないアウェイ感というか」

「良く判らないが、とっとと済ますぞ。遅いとアリアがうるさいしな」

「お、おう了解だ」

 

 キンジが勝手知ったる学び舎とばかりに躊躇いのない動作で扉をスライドさせる。

 俺は少しだけ縮こまりながらあとを追う。

 

「お、おじゃましま~す……」

 

 遅刻した生徒が教室に入る気分で中へと足を踏み入れる。

 存外大きな音をたてた扉だが、室内は騒音で満ちている。気にする奴はいないだろう。

 そう思っていたのだが、誰かの視線がこちらを向いた気がした。

 こっそりキンジの後ろから覗くとなかの奴らがこちらに気付き、次々と手を止めていく。

 …………誰だ、野郎二人なら気にしないだろうって言った奴。あーはい、俺だよバカ野郎フラグ立ててんじゃねえよ!

 誰かが呟く。

 

「キンジだ」

 

 その言葉は波紋となり、周囲へと伝播していった。

 なんかすんごく嬉しそうな顔でキンジの元へと集まっていく。

 ……お前、フツーに友人いるじゃねえか。どうみても歓迎ムードで――

 

「……ほんとだキンジじゃねえか! やっと帰って来たかッ。じゃあさっそくだが死んでくれ!」

「うるせえ、お前の方こそとっとと死ね!」

「キンジィ~一秒でも早く死ねよ」 

「お前こそコンマ一秒でも早く死にやがれッ!」

「やっと帰ってきてくれたか! 武偵はお前見たいなマヌケから死ぬものなんだぞ」

「だったらテメエはなんで生きてやがるんだ!」

 

 歓迎……ムード? 

 いや……そういや聞いたことある。強襲科ってお互いに死ね死ね言うのが挨拶だとか。

 それにしたって端から見てもキンジはたくさんの仲間たちに囲まれ、人望があるように思える。

 教室ではしかめっ面が多く、女子など事務的な会話しかしないキンジ。

 だが今、強襲科の中心に居るのは紛れもなくコイツだった。

 男子女子分け隔てなく親しげに肩を叩き、悪口を言い合っている。

 さすがの熱気にそっと後ろに下がり、距離を取ったのだが逆にそれがいけなかった。

 

「お、おい大石もいるぞ……?」

“円”(シルクロ)の啓が!?」

「いやコイツはタマ無し(ルーズバレット)でいいだろう。女子にだって負ける奴だし」

「それよりキンジと一緒にいるってことは、もしかして大石君も強襲科に……?」

「……まあ、どっちでもいいが……」

 

 頼むからそんなに注目しないでくれ。若干冷ややかな目線がお兄さんキツイっす。

 以前蘭豹に連れ去られたときもだけど、強襲科とはどうも波長が合わないというか……。

 たぶん強襲科を蹴って諜報科に所属したのが問題なのかもしれない。

 戦闘の最前線に立つ強襲科と違い、諜報科は裏でこそこそと動きまわり策略を練るタイプ。

 武将と軍師くらい違う。野球のバッターとピッチャーくらい違う。根本的な役割に差違がある。

 しかも強襲科の天敵中の天敵が諜報科らしいし、そこから拒絶反応を持たれているのだろうと勝手に推測している。

 どうにも居心地が悪い。

 どうやれば状況を打破できるかと思案していたとき、人ごみをかきわけ近づく少女たちがいた。

 

「丁度いいところにいらっしゃいましたわ! 元Sランク武偵の大石先輩とお見受けいたします」

「……Sランクはともかく、確かに俺は大石だけど……君は?」

 

 こちらの都合をお構いなしで話しかけてきたのは――――一言でいえばゴージャスな少女だった。

 腰までかかるドリル……じゃないけど軽くカールした金髪ロング。

 赤い口紅に扇子、ロングスカートに黒皮のブーツ。ここまでお嬢様です、という看板を背負ったような風貌の女性をみたことない。

 後ろには顔のそっくりなおかっぱ頭の少女が二人。双子なのだろう。

 

 月光を浴び、触れたら霧散するような儚い美しさを持ついつかの双子と違い、こちらは活力に溢れるというかやけに刺々しい雰囲気をもっていた。

 なぜかこちらをジト目で睨みつけている。

 いや重要なのは、眼前の少女だ。

 …………失礼ながら思わず噴き出しそうになっていた。

 あまりにもテンプレートが過ぎるというか、現実でこんな人種がいるとか俺の人生、いろんな意味で意表を突かれ過ぎだろ!

 綺麗な女性にいきなり笑うとか失礼千万なので必死に顔を引きしめる。

 

「オーッホッホッホッホッホッホッ! (わたくし)は強襲科のAランク高千穂麗(たかちほ うらら)と申します。以後お見知りおきを」

「~~~~ッ!」

「……? ああ、失礼いたしましたわ。後ろの二人は湯湯(ゆゆ)夜夜(やや)。ワタクシの下僕……まあ召使いですわね。実家は武装弁護士をしていますの」

「そう、か」

「ええ! 家は高千穂ビルディングというビル丸々一つが家ですの! 素晴らしいでしょう!」

 

 バサリと扇子を広げ、またオホホホホと笑い始める。

 や、やめろ!  笑いたいのはこっちなんだぞ! どこまで定番を地で行くんだっ!? 

 と、当の本人には心から悪いと思っているよ? 笑ったら拳でぶん殴られるくらいの覚悟はある。だけど……ぶふっ!? い、イカン、ツボに入ったっ!

 全力で顔を強張らせて込みあげる笑神の攻撃を堰きとめる。

 キンジも含め、いきなり登場した少女に周囲はなにをするのかと様子を窺っているようだ。

 高千穂さんは反応の薄い俺をどう思ったのか、腕利きの芸術家が手がけたとすら思える精美な眉を怪訝そうにひそめた。

 

「……どうやら大石先輩は回りくどいことがお嫌いのようですわね。湯湯、夜夜! 例のものを出しなさい!」

「は!」

「こちらに!」

 

 はいっと少々乱暴そうに渡されたのは、戦徒の申込用紙と小切手と書かれた紙一枚。数字は書かれていない。

 ふぁさっと前髪を払うとこれまたお決まりのセリフを言ってくれました。

 

「強襲科の元Sランクに七七件の解決事件(コンプリート)がおありで。華々しい実績をお持ちの“円”の啓――私の戦兄に相応しい先輩ですわ。ですのでそれ相応の報酬を用意致しました。白紙の小切手です……お好きな額を記して構わないわ。もちろん戦徒契約をしてくれるならですが?」

 

 扇子でそっと口に隠しながら、妖しく笑う少女。念願の美少女からのお願いだ。受けてやりたいのはやまやまなのだが、それどころではなかった。

 くぅ……! ギャグじゃない……ギャグじゃないんだよな! 天然って下手な芸人より質が悪いっ。そ、そろそろ限界だ……ッ!

 あとそれは先輩に付いていっただけなんで俺の実績じゃないですけどね!

 勘違いされているようなので訂正しようと俺が声を発する――その直前で後ろから覗きこんでいたキンジが声をあげる。

 その声音はドスが効いており、目も据わっていた。

 

「おいそこのクルクル金髪。お前…………まさか金で戦徒の権利を買おうと思ってやがるのか? 先輩と後輩が切磋琢磨し合うシステムを。『エンブレム』ルールとかの試験を受ける気がない奴が何を言ってるんだ。それに偉く上から目線のようだが……それが先輩に対する物の頼み方か?」

 

 キンジがポケットに手を入れながら横やりを入れる。

 『エンブレム』ってなんだっけ? 

 確か戦徒契約に関する試験だったのは覚えてるんだが、縁がないから思い出せん。

 キンジの言葉を受けて高千穂さんが返す。

 

「アラ、そこにいらっしゃるのは一度は強襲科から逃げた遠山金次先輩ですわね。御高名はかねがね聞いておりますわ」

 

 俺の横でピキッという謎の音がした。

 

「…………最近の一年坊は躾のなっていない奴が多すぎだなァ……ッ!」

「ワタクシは本心を申し上げただけですが?」

 

 お、おーい高千穂さんやめなさいっての!? キンジがキレかけてるから!

 身体が資本の強襲科は上下関係に厳しい。平たくいえば体育会系とでも言うのだろうか?

 キンジも戦徒の陽奈さんにはちゃんと先輩後輩の態度で接している。

 そのぶんさっきみたいな気軽に悪態を言いあう竹を割ったような気質も持ち合わせているが、基本後輩に対しては厳格に対応する傾向が強い。

 そして高千穂さんだが…………どーも言葉に悪意が無い。刺は多分に含まれているが、さも当然といった風に話す。

 生粋のお嬢様みたいだし、おそらくだが蝶よ花よと育てられて、先輩に対する言葉使いや空気を読むことが不得手なのだろう。

 普通ならそれはそれで微笑ましいんだけど相手が悪かった。

 

 キンジは一般科目の成績は悪いが決して不真面目な奴じゃない。むしろ兄の一件もあって真摯に授業を受けることが多い。

 そんなキンジに対して、女性で後輩で強襲科の高千穂さんは相性が最悪だ。教育的指導も辞さないだろう。

 今も謝る気配を見せない彼女にかなり御立腹の様子だ。

 う、うぅ~ん……俺も思うところがないわけじゃないんだけど、喧嘩とかは嫌だなぁ。なんか納める方法はないのか?

 こんなときにアリアさんがいると頼もしいんだけど――――ん?

 ふと脳裏によぎるのは彼女が拳銃を持って暴れる姿。

 あぁ……あったじゃん。手っとり早い方法が。

 どのタイミングで横やりを入れるべきかを図っているとその機会はすぐにやってきた。

 高千穂さんが、そういえばといいながら目を細めて言う。

 

「ニュースで知っておりますわ」

 

 もの凄くイヤな予感がした。キンジとニュースで思いつくのはただ一つ。

 

「あん?」

「なんでも兄の遠山武偵を事故で殉職なされたとか。しかも心無いバッシングの嵐。よろしければ武装弁護士の父に頼んで弁解の機会を与えて貰っては――――」

「もういい、一度シメて――――!」

 

 案の定、言っちゃったし! 天然お嬢様の地雷原突入率が恐ろしいすぎる!

 これたぶん善意百%で言ってるんだろうけど、聞いた相手にゃ悪意百%にしか聞こえんっ。

 慌てて拳銃を上に向ける。正直、いきなり発砲するのは人としてアレな気がするけどキンジはすでに拳銃に手をかけている。こんなところで銃撃戦なんて見たくない。ましてや友人と綺麗なお嬢さんなんて。俺は勢いに任せたまま数回トリガーを引いた。

 ドンドンドンドン!!

 拳銃を天井に向けて発砲した。

 みんなが驚いたように注目するが、周りの顔を見えないように努めた。

 どういった視線で見られるか怖かったからだ。

 

 す、少し暴力的なだったかな……? でもこういう方法しか思いつかなかったんだ。

 居心地の悪さばかりが先行する。俺がいるとどうも場が荒れそうだ。離脱した方がいいな。

 キンジと高千穂さんの顔を見ないまま言う。

 

「キンジ、このあとの申し込みって別に一人でも、大丈夫だよな?」

「あ、あぁ」

「じゃあ俺はちっと先に帰るわ。居心地わりーし。あと高千穂さん」

「わったい!? じゃなくてなんですかっ?」

 

 わた……? いやそれはいいや。

 やっぱ乱暴そうな先輩に見られたかなぁ……?

 上ずった声で喋ってるし。

 個人的には可愛い後輩のお願いはできれば聞きたい。いちゃこらしたい。切実に!

 だけどAランクの優等生になんちゃってSランク(笑)俺が教えられることはないだろう。尊敬とか憧れは重すぎる。無論、小切手を受けとるなんて論外だ。

 だから適当な理由を付けて断ることにした。

 

「高千穂さんの申請は受け入れられない。俺の出した功績なんて無為の評価だし、金を払う価値は一円玉の欠片も無い。だから、断っておくよ」

 

 過剰な評価で渡されるほど白紙の小切手は安くないだろう。

 背中を向けながら歩きだす。

 

「それに悪意はないんだろうけど、友人を悪く言われるのも嫌だ。金は三欠くに溜まるってな。義理や人情欠くくらいなら、俺はお金を捨てとくよ」

 

 そもそも過大評価で出されたもんだし、分不相応なお金だしな。財布は二万が限界です。お金怖い。

 彼女の返答は聞かず、俺はそのまま強襲科の扉を開き、外へと出ることにした。

 

 

 

 外に出るとすぐ右横にアリアさんがいた。

 壁に小さな身体を預けて、顔だけこちらに向けている。

 待っていたのだろう。両手を合わせてして謝罪の意を伝える。

 

「ごめん、受け付けはまだ終わってないんだ。キンジに任せたから」

「そう、じゃあアタシはキンジを待っているわ。アンタは帰るの?」

「そうだな~、このまま居ても騒動に巻き込まれそうだし、先に帰っかな」

「帰ってもすることないんじゃない?」

「買い物とかいろいろあるんだよ。それに明日の朝にはレディとデートがあるからな!」

 

 どうだと言わんばかりに胸を張ってみると呆れられた。

 

「アンタのなかでは先生に指導されるだけのがデートなわけ? じゃあアタシからも誘ってあげようか? いっぱい出してあげるわよ」

 

 まあ実際デートじゃないですけど!

 申請にいったときに運悪く蘭豹と遭遇し、明日の早朝に面かせやという、ありがたくないお言葉を頂戴した。なんで俺はあの人に目の仇にされているのか判らない。

 アリアさんはセリフだけなら魅力的で二つ返事でお願いしたいが、ジャキジャキィと二丁拳銃を取り出すお嬢さんに頼むと出してくるのは銃弾だけだろう。

 

「……色気の“い”どころか火薬と土の味しかしないお誘いとか嬉しくねぇっす」

「ま、そうでしょうね。帰るのは別にいいわよ。今日は申請その他もろもろで時間が潰れると思ってたからね」

「お、そっか? んじゃあお先に。また明日」

「ええ」

 

 俺はそのまま校門へと歩いていく。

 時計の三時三○分。探偵科には強襲科の手続きのために授業を受けない旨は伝えてあったので、今日の学業はこれにて終了だった。

 地面に落ちた桜の花びらがアスファルトの上で波を形作っていた。

 ――アンタは……アタシと…………――

 とても小さな声が耳を撫でた。呼ばれたのかと思い、後ろを振りむく。

 アリアさんは強襲科の裏手にある自転車置き場へと向かっていた。空耳だったようだ。

 そのまま一足先に学校をあとにした。

 

 

 

 

 

 とはいえこのまま帰るのもつまらない。

 途中で手作りメロンパンの移動販売があったので適当に二つほど買ってみた。

 甘く濃厚なクッキーに似た薫りに自前の腹の虫が負けたからだ。

 一つは鞄に収め、カリカリメロンパンをかじる。

 暇つぶしがてらに街の方へと向かうことにした。

 

 人間は忘れる生き物だが、ふとしたきっかけで思いだすことがある。

 その内容は取りとめもないもの、くだらないものの方が多いと思う。

 先生が語っていた雑談の内容を期末試験の途中にふと思い出したり、勉強中にネットで見たニュースの内容を思い出したりなどなど……。

 今必要なくね? っていうものに限って、記憶という名の雑多な倉庫からピンポイントで抜きだしてくるのだ。

 現在、その中から引っ張り出された情報は示していた。

 

「そうだ、ルパンを見よう!」

 

 理子さんからルパンを連想させて思い出した。一年近い前の記憶だけど唐突に観たくなった。

 運が悪いのか、たまに見るテレビ欄にはルパン再放送の文字を見た覚えはない。

 金を払ってまでは観なくていいやと思ったのだが、懐かしい名作を観ながら自室でグダグダするのも良い案に思える。

 帰宅途中の会社員や学生たちがごった返す街の中を歩く。

 半ば衝動的にレンタルショップ店へ行き、アニメコーナーを目指したのだが――

 

「ねぇし……どこにもない!」

 

 見つからない。三○分も小中学生がいる中、恥ずかしい気持ちに耐えながら探し続けたのにルパンのルの字もない。

 なぜか武偵が主人公のアニメやらは充実してるクセに! なぜこうも武装○○が豊富なんだ?

 武装探偵に始まり、武装検事、武装弁護士と様々な職業の人が武装しているアニメがある。武装すればなんでもいいのか?

 しまいに武装司書とか武装コックとか武装美容師とか現れないよな?

 特に武装コックとかリアルでライバック兵曹がやってきそうで怖い。家族を人質にとったら洩れなく相手は死亡するだろう。

 ずっと立っていたせいか両足が強張る感じがして、軽く足首を回す。

 結局、目的のブツは見つからなかった。

 一つはカリオストロの城。

 個人的に一押しだ。とっつぁんの「アイツは大切なモノを盗んでいきました――貴女の心です」とか渋過ぎ。

 一番覚えてるのは次元がカップメンを喰うシーンと、下町で食べていたスパゲッティ? パスタ? を大量にかっ喰らう場面だけど。

 あれでカップメンやスパゲッティをねだったのは良い思い出だ。

 だが一番借りたかったのは、アレだ。

 シリーズ通して唯一のオールキャスト変更で物議を醸したけど、被害総額いくらって突っ込みたいド派手なカーチェイスに地下に眠る黄金城が幼心を揺さぶった。

 もうそれが無いとかね……凄くショックだ。この世界に来て一番悲し過ぎるぜ……。

 もしかして人気ないのかなぁ……タイタニックとかプライベートライアンとかは普通にあったのに。

 

「風魔一族……ないなんて……失望したぜこのやろう……」

 

 風魔一族の野望は何度見ても飽きなかったのに。せっかく街まで遠出したのにカラ振りとかさ。

 自然と両肩が下がり、失望したまま店の入り口へと向かう。

 コンクリートの大地にまだら色の湿り気を残す都会の端。

 自動ドアをくぐる。

 

「申し訳ございませぬッッッ!! 某の未熟な技で御不快な思いをされたこと深くっ、深くっ陳謝致します故になにとぞ……なにとぞ御慈悲をーっ!!」

「…………」

 

 ガーーー

 後ろに前進する。

 ……どうやら俺は疲れているらしい。

 黒のポニーテールに茜色のマフラーを巻いた少女が往来のド真ん中で土下座するというシュールな幻覚を見た。俺はなにを言っているんだよ。

 改めて入り口に、

 

「申し訳ございませぬッッッ!! 某の未熟な技でごふか――ッ!」

 

 バック

 巷では女の子が路上で平伏するのがトレンドなのだろうか。流行の最先端を行く首都TOKYOならあり得……ないですわな。

 そして顔を見てないけど、特徴的な忍び風の装いはどう見てもキンジの戦妹の風魔陽奈さんだった。

 三度外へと出る。

 

「申し――!」

「天丼はいいから」

「あぅ?」

 

 ポコンと痛くない程度にチョップ。

 女子の中で一番付き合いが長いからこそできるジャレ合いだ。

 陽奈さんはシミ一つない額をさすりながらこちらを見上げる。

 

「大石殿ぉ~、なにとぞご容赦を~」

「いや、なんで俺が何かを許さなきゃいけない流れなのかが判らないんだけど……」

 

 とにかく立ってもらおう。

 周囲の人が「女の子に土下座させるとか最低」「通報した方がいいかな」とか不穏な単語が混ざり始めてるし……。

 手を引いて立たせながら悩む。一体全体どーして土下座されないといかんのか。

 俺はただルパンのカリオストロと風魔一族のDVDがなかったかボヤいてたんだけど……?

 あ。

 もしかして。

 俺はある可能性に思い当たり、念のためにと聞いてみた。

 

「陽奈さんってもしかしてレンタルショップ内にいた?」

「ぐす……はいでござる。実は依頼で大石殿を知りたいという御仁がおり、尾行していたでござる」

 

 あぶねぇー! 勘違いじゃねえか!

 陽奈さんはなんというか、見た目は古風でクールな装い。

 第一印象だけならなんでもできる才女といった雰囲気を醸しだす子だ。物語なら主人公のパートナーとかライバルとか強敵とか、とにかく冷徹や冷静さが売りのタイプ。

 諜報科のBランクなので優等生さんなのだが……。

 実際は純情で素直な女の子なのだ。ランク考査も毎回『素直すぎる性格に難あり』という、普通の学校ならあり得ない理由で落とされるくらいだ。

 さてそんな子が土下座する状況というとさっきの発言しかない。

 

 彼女の名字は風魔だし、尾行は……穏やかじゃないが、とにかくあとを追っていたら、偶然俺の呟きを聞いてしまったと。

 キンジの教育のおかげか素かは判らないが、先輩をたてる子で俺が元諜報科ということもあり、友好的に接してくれている。

 今回の件はつまり――俺の発した偶然の呟きを「下手な尾行だと駄目出しを受けてしまった! どうしよう!?」という勘違いからの行動に違いない!

 ふ、ふふふ、俺だって日々成長しているのだ。

 自慢じゃないが伊達や酔狂で他人の過大評価を受けてはいない! 本当に自慢じゃないが!

 ならばおかしな誤解に発展する前に解いてしまえばいい。ただ目的のアニメがなかったから落胆していたのだと言えば…………。

 

「いや待てよ?」

「大石殿……?」

 

 それもどうなんだ。

 クールビューティーな一年後輩の女の子。

 学校の中ではライカと同じく知り合って長い。キンジの戦徒でたまに出会うこともある。

 先輩の俺に対してもちゃんと接してくれる素直で良い後輩だ。

 その先輩である俺がアニメがないからマジ顔で失望してた――って聞いたらどう思う?

 脳内でシミュレートしてみる。

『大石先輩……目当てのアニメがないだけでマジ顔失望とかあり得ないでござる……』

 可愛い後輩から心底蔑むように言われる男の図。あまりにも情けない。過大妄想かもしれんが俺だって見栄の一つや二つ張りたい。

 ここは別の理由で誤魔化した方がいいんじゃないか?

 しかしどういえばいいのか。

 黙りこくった俺に不安そうな目で見つめてくる陽奈さん。道端に捨てられた子犬のようで早く返答しなくてはと焦る。

 し、仕方無い。とにかく俺が凄くないっていえばいいはずだ!

 

「ひ、陽奈さんや。俺は別に失望したわけじゃないんだ」

「でも、さっき大石殿は確かにおっしゃったでござる。確かに昨今は風魔の技に陰りありと言われておりますし、某も一族の中で諜報科に向いているかどうか悩むばかりで……うぅ……」

 

 じわりと目元に滴が溜まって言ってるよーっ!?

 

「あ~~~、つまりだな…………陽奈さんだからこそ俺は判ってしまったんだ」

「某だからこそ? それは一体どういうことでござるか?」

「あーと、そのだな。アレだアレ」

「あれ?」

 

 アレアレって俺はなにが言いたいんだよ!

 いや大体の方向性は決まってるんだ。

 陽奈さんは素直ゆえに落ち込みやすい。つまりちゃんとした理由があれば、誤魔化しやすいことも意味している。

 彼女は優秀で俺は大したことないとアピールできればいいんだ。

 心理学でもあるじゃないか。人は無意識下で繋がっていると。虫の知らせで知己の危機を察知できたとかなんとか。

 無垢な瞳が見上げる。俺は嘘をつく罪悪感を感じつつも必死に取り繕う。

 

「そうあれだ! 知ってる奴ってなんとなーく判るもんじゃないかなと! つまり学校でも付き合いの長い陽奈さんだと不思議と判っちゃうとかそういう奴で」

 

 自分でもなにを言っているかよく判らなくなってきた。こう家族だと足音とかで「やばい母さんだ!? 部屋に来る前にエロ本を隠さないとっ」っていう感じで慣れた人なら判るんじゃね? ということで。

 俺の言葉を好意的に受け取ってくれたのか、彼女は驚いたようだった。

 

「つ、つまり、某の動きを完璧に見抜いておられたと?」

「そうそう! あと失望ってのは言葉の綾で、ただ先輩として厳しくいっただけに過ぎないんだ!」

 

 陽奈さんだから判った。他はダメですって論法だ。おそるおそる見ると。

 

「そ、そうでござるか? 別に失望されていないでござるか?」

「そうそう!」

「はぁ~っ……そうでござるか。少し安心したでござる。師匠と大石先輩にはお恥ずかしいところを見せたくないので……。ですが某の隠行を見破るとはさすが大石殿でござる!」

 

 誤解&誤魔化し完了!

 う~ん、やっぱり素直でいい子だなぁ~。キラキラした目でこちらを見ながら大袈裟に言ってるのはなんだけど。

 突っ立ったままだと通行の邪魔になるので、そのまま寮を目指し、一緒に歩き始めた。

 落ちついたところで尋問というか質問。内容はもちろん尾行についてだ。

 

「んで依頼者は――ってさすがに言えないか」

「……すみませぬ。ただ悪意があってのことではござらぬゆえ大丈夫かと。大石殿を知りたいという学校の女子(おなご)がおりまして――」

「なんでも聞いてください」

 

 ポロッと自白しているところがドジ可愛い後輩、それが風魔陽奈。

 野郎なら陽奈さんと天秤をかけて悩むが、依頼者も女子なら問題なし!

 

「ぬぅ?」

「あー、いやいや別に変なことじゃなけりゃ教えますよって。後輩の依頼に協力しようじゃないか!」

「それは助かるでござる。今日の夕飯にモヤシ以外のれぱぁとりぃが欲しいので」

「切ないことをサラッと……」

「忍びは耐え忍ぶもので――」

 

 きゅぅと可愛らしい音が鳴る。発生源は言うまでもない。

 彼女は世間一般でいう苦学生だ。仕送りが少なくてバイトをしながら通っているのだが、それも修行の内だとか。

 でもこんな姿を見せられたら、なあ。

 鞄から袋に入れたままのメロンパンを取りだし、陽奈さんに渡す。

 目をぱちくりしながら俺と白い袋を交互に見る。

 

「メロンパン。頑張る後輩に先輩からのプレゼントってーことで」

「かたじけないでござる! はむはむはむ」

 

 そっこーで食べ始める少女。

 ほっぺたとかにパンのカスを付けながら両頬をパンパンに膨らませていた。

 ……いや~、和むねぇ。遠慮なしにかぶりつく姿とかちょっとしたマスコットだ。見た目は凛々しいのに、なぜか小動物を想起させる。

 食べ終わったあとで早速の質問タイムと相成ったのだが、

 

「そういえば調べろ以外に内容を聞いてないでござる」

「ダメじゃねえか……」

 

 陽奈さんのうっかり侍が発動。いやこの場合、依頼主の落ち度か?

 答えようにも内容が判らないと始まらない。

 特に動揺した雰囲気もなく、手帳とペンと取りだす陽奈さん。雑誌の記者?

 

「仕方ないので特技とかなんかないでござるか」

「特技というかカメラは趣味だけどな。あとは……突き?」

「それはリサーチ済みでござるので…………う~む」

 

 リサーチ済みかい。

 しっかしなあ、前世分の上乗せで国語とか数学なら強いけど、特技は勉強なんてアホな解答だしなあ。

 でも他に実家でやってたって言ったら、母さんとの遊びくらいしかないや。

 

「RPGでソッコークリアとか?」

「あ、RPG(アールピージー)でござるか!?」

「まあアホくさいとは思うけど」

「そ、そんなことはござらぬよ!? これはメモメモでござる!」

「うーん、まあ依頼者さんの役に立つならいいけど……」

 

 RPGをどれだけ早くクリアできるかの勝負。

 いわゆるRTA(リアルタイムアタック)――最短時間クリアタイムを競うものだ。

 うちの母さんは普段こそポワポワしてるのにコントローラーを握ると人が変わるらしくぶっちゃけ鬼強い。

 ちっちゃいころからやってたけど、実の息子にもいっさいの手を抜かない。手加減という言葉をどこかにポイしちゃったくらいにだ。

 戦略ゲーは特に凄まじく、アーケードの三国志だったかは全国ベスト10位の実力者。

 三国志や信長の野望も滅法強い。しかも手加減なし。千対三万の戦力差も簡単にひっくり返す。推理ゲーもあっという間に犯人を見つけるし。

 その中で俺が勝てる数少ないジャンルの一つがRPGのRTA。そしてもう1つが、

 

「対戦だな」

「対戦?」

「そうそう一騎打ちのガチンコ勝負。小学校の前からずっと勝負し続けて一万戦以上。お互い死力を尽くした戦いだったぜ!」

「就学前から……ガチンコ……一万……なるほどでござる」

 

 陽奈さんが感心したように頷きながら、速記していく。

 ちょっと大仰だと思うんだが……ただの格ゲーなのに。

 でも彼女の夕飯をモヤシからハンバーグやカレーにランクアップさせるためにも協力を惜しむわけにはいかない。

 思い出したことをドンドン喋ることにした。

 

「でも母さんって酷いんだぜ? 『デモニオバイラール!』とかいってとにかく避けまくったりするからさ。延々と。カウンター待ちなのは判るけどなぁ。おかげでお互いに回避&カウンター合戦で千日手状態に陥るばっかりだ」

 

 思い出すとウチの母親はいろんな意味でぶっとんでたなぁ。ゲームの技名を叫びながらかますわ(技名と実際の攻撃が九割の確率で違う)、コントローラーをぶん回すわ(ごめんと言いながら視界を遮ることも)。

 初心者じみてるのに強い。反則込みでだが。

 頭脳系はべらぼうに強いけど、動体視力や咄嗟に判断力を要する格ゲーは比較的苦手らしかった。

 強いけど戦法がめっちゃセコイ。

 口プレー、くらい投げ、カウンターヒット……なんでもいいけどとにかく一撃与えるとひたすら固まる。時間終了まで固まる。亀戦法ってくらいガード&回避に専念する。

 そうなると崩すのが不可能に近いから、自然と俺も真似して先にダメージ喰らった奴=負け状態。

 口喧嘩しながらゲームするって光景が日曜日の定番だった。ちなみに親父は遠近感が狂うからとかでほとんどゲームをやらなかった。

 さて大して話していないのだが陽奈はパタンとメモ帳を閉じた。

 

「これなら大丈夫でござる」

「そうか? 陽奈さんが良いって言うならならいいけど」

 

 質問タイムは終了したようだ。そんなに答えた覚えはないんだけど、ご本人様は満足そうにしていた。正確にはよだれが出そうなほどにだ。

 きっと報酬を貰ったあとでなにを食べるか想像しているのかもしれない。

 カァカァ……。

 カラスが鳴きながら都会の空を飛んでいく。

 鳴き声に反応したのか妄想世界から帰還した陽奈さんがコホンと咳払いを一つする。

 

「……さっきからずっと思っておりましたが某は呼び捨てで大丈夫でござる。後輩なのですから」

「あ、あ~そう? でもなぁ……」

 

 そういえば前にも言われたっけか?

 けどメンタル的なハードルがなー。

 ライカは明るくて話しやすい典型的な女友達って感じで呼び捨ても抵抗が少ない。けど陽奈さんみたいなクールさんってついついさん付けしちゃうんだよな。

 でもキンジは風魔って呼び捨てだしいいんかな?

 

「じゃあ……陽奈、でいっか?」

「うむでござる! 今後も師匠と同じく良き手本として技を盗ませていただくでござる」

「盗むほどのものはないけどなぁ」

「御冗談を」

 

 冗談じゃなくて本心だけど、まあ可愛い後輩さんに慕われるのは気分が良いのでそのままにしとこう。

 割と良い雰囲気のまま肩を並べて歩く。

 陽奈さ……陽奈はこのまま女子寮に向かうそうだ。

 途中まで帰り道が一緒なので行動を共にしていた。

 なにか話題はないかと思っていると、

 

「そういえばメロンパンの御礼がまだでござる!」

 

 陽奈が唐突に言い出した。

 

「別にただの善意だから御礼とか要らないぞ」

「それはダメでござる。大石殿から一宿一飯の御礼を返さずのうのうと帰宅するなど言語道断。なので情報を御礼にしたいでござる」

 

 とりあえず一宿はしてないと思う。

 

「情報?」

「某は諜報科ゆえいろいろ知っているつもりでござる。なにか知りたいことがあればお教えできまするが」

「情報……情報かぁ」

 

 なんとも諜報科らしい。でも困ったなぁ。特に知りたい情報がないんだ。

 普通なら女の子の情報! って言いたいけど。ポリシーというか『その人を知りたいなら出来るだけ本人に聞くべし』って決めてる。

 決して美少女限定、この世の桃源郷と断言できる学科、特殊捜査研究科(CVR)を極秘調査→袋叩きあったなんて知らない。どこかの諜報科男子と車輌男子が可憐な武偵高女子軍団のゴムスタン弾を大量に貰ったという事実を俺は知らない。

 …………男の急所を狙い撃ちとか、百合少女たちは男子に容赦しないって情報だけは持ち帰れた。……よく、生きて帰れたよな……俺たち。

 とにかくだ!

 聞くネタがない。仕方ないので無難な選択をすることにした。

 

「じゃあ雑学でも教えてくれ」

「雑学?」

 

 そう――女性と話すときに重要なものの一つがトークスキル。

 総合的には好印象を与えるために容姿や頭の回転力が、必要になるとか言う奴もいるが別の戦法だってある。

 それが雑学。へーへーへーって言われるような相手の感心を誘う話題! 天気の話などもう必要なし。

 現役女子武偵なら有益なネタを知っているはず。そんな考えから聞くことにした。

 陽奈の言葉を待つ。そして口を開いた。

 

「ではちょっとした異国のアヤカシについて一つ」

「お、いいねぇそういった話は大好きだぜ! それでそれで?」

「吸血鬼の弱点に関する話題でござる。大石殿は吸血鬼の弱点というとなにを想像するでござるか?」

「そりゃあ、十字架、ニンニク、白木の杭……えーとほかには流水、太陽、銀の弾とか?」

 

 あげて見ると弱点だらけだな。でも強キャラ扱いが多いけど。

 

「聖書もでござるな。一度招待された家しか入れないとか、鏡に映らないなどなど見分け方も豊富、なのでござるが――」

「が?」

「正直にいえばどれも効かないという話もあるでござる。元々串刺し公のヴラド・ツェペシュがドラキュラの元ネタで、人間に効くわけないだろうと」

「あー、そりゃそーだわな。心臓に杭なんて人間だって普通に死ねるし」

「でもたまに調べると面白い話も転がりこんでくるでござる。両腕や舌、胸に弱点があるとか、狼男みたいな姿だとか、聖騎士に封印されたとか。与太話の類とはいえ、意外なエピソードが結構あるでござる」

 

 吸血鬼なんて映画、アニメ、ドラマとかで設定が大量に足されていくから弱点に際限がないんだよな。

 俺の反応が良いからか陽奈の言葉にも熱がこもっていく。

 

「古今東西その手の話題は尽きないよなー。日本でもあるよなそういうの」

「日本といえば妖怪変化や御呪(おまじな)いとか豊富でござるな。『まじ』とは蠱。災厄を防いだり起こしたりする呪術全般を指す言葉でござる」

「おまじないか。いい雑学になりそうだな。そんで?」

「コックリさんやワラ人形に始まり、織田信長が幸運を呼ぶ鳥としてシロサギを飛ばしたのも一種の『まじ』で、近年ではインパール作戦にも司令官が行ったという記録があるでござる。あれは祈るしかないというだけでござったが」

「ふむふむ」

「他には――縁結びの特殊なタイプに『宣結び』(のむすび)などがあり、宣るとは呪る。自らの血を相手に塗りこみ行動を制約したなどがあるでござる。実際にはただの暗示なのでござるが」

「はぁ~色々あるな。陽奈って物知りなのか?」

「母上の趣味が古書集めゆえ自然と知る機会があったのでござる。他にも知りたいでござるか?」

「もちろん! そういう話は嫌いじゃないからな」

「では――――」

 

 そうして途中まで陽奈と一緒に帰ることとなった。

 ジャンヌ・ダルクが影武者とかクレオパトラの一族がいるとか眉つばな話題に花を咲かせながら。

 地味に人生初の女子と一緒の帰宅だったし、俺の運も捨てたもんじゃないのかもしれない。

 ウキウキ気分でその日は平和のまま終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 ■  ■  ■  ■

 

 

 

 

 

 希少価値という言葉がある。プレミアでもいい。

 路傍の石ころより金銀の方が価値があるように、需要に対して供給が追い付かなければ値段は跳ねあがっていく。

 マーク・マグワイヤのシーズン七○本塁打達成時には、一個数千円のボールがオークションで二七○万ドル――日本円だと三億で落札された。

 なにも希少価値が付くのはモノだけではない。

 それは人によってさまざま。

 常に大凶しか引かない人が偶然凶を引き当てたら?

 氷のような表情が常の滅多に笑わない少女が自分に向けて満面の笑みを浮かべたら?

 

 

 

 

 

 時は遡ってケイたちが強襲科を訪れていたときのこと。

 高千穂は次第に硬直していくケイの表情に、表面上は余裕ぶっていたが内心では焦っていた。

戦姉妹試験勝負(アミカチャンスマッチ)に負けた以上、アリア先輩の契約は不可能。遠山金次は風魔陽奈との契約を継続した。狙撃科のレキ先輩は契約拒否。あとは女好きだけど強襲、諜報、探偵科の三学科に精通した大石啓先輩しかいらっしゃいませんわ……絶対におとしてみせますっ!)

 高千穂麗は他者を平気で見下すし、従者の湯湯、夜夜をアゴで使うのも厭わない。

 優秀な両親に豊富な資金で家庭教師も一流揃い。英才教育を受けた典型的なお嬢様だった。

 彼女はプライドと向上心と負けず嫌いが人一倍強かった。だからこそか自身に裏打ちされた女王さま然と振舞う態度に、従者の双子は嬉々として彼女の指示に従う。 

 

 成績は常に上位じゃなきゃ納得がいかないし、上を目指し続けたからこそ強襲科でAランクの座を勝ち取った。

 次に目指すはSランク――それは世界の武偵たちが目指す一つの頂点。彼女はRさえ視野に入れる。

 そのためには自分より実力が上の先輩じゃなければ納得がいかなかった。

 強く、可憐に、麗しく、実力と美しさを兼ね備え、上を目指し続けることができる才能の持ち主。

 それこそが高千穂麗であった。

 

 彼女は大石啓を高く評価していた。

 周囲の強襲科の人間は射撃成績や格闘技能が低いこと。そして同じSランクのキンジを引き合いに出してケイの能力を疑う声が大きかった。

 馬鹿なのだろうか? なぜ判りやすい数字に目がいかないのだろうか? 

 猿でも判る経歴に屁理屈をこねて評価しない衆愚。それが感想。無能な同級生&先輩方には呆れを通りこして憐れみさえ湧く。

 強きものには相応の敬意、待遇を。Strong is beauty(強きは美なり)。彼もまた美しさを持つ男。

 なにより注目すべきは“円”(シルクロ)と七七件の事件を解決した実績。

 神崎・H・アリアに負けず劣らずの彼を放っておく法はない。

 

 大石啓に師事するためにはどんな手も辞さない覚悟がある。そのための下準備も済ませてある。

 女好きの情報を生かし、男性なら見惚れるであろう笑みを扇子で隠しながら絶妙な角度で見せつけた。

 しかし…………なびかない。片手で胸元を持ち上げて強調するも視線は一向に動かない。

(この私の魅力が足らないとでも言うの? それともホモなのかしら……)

 とても酷い評価をされていた。

 ケイが聞けば全力で弁解をし始めるだろう。

 

 それはさておき。

 色香も小切手も効果が薄いなか、焦りだした彼女の前を遮ったのは遠山金次だった。

 どうやら金で交渉することに異議を唱えているようだ。

 戦徒試験勝負――先輩が後輩に対して行う試験であり、『エンブレム』とはその名の通り星型のエンブレムを使用したもの。

 強襲科推奨の試験でエンブレムを一定時間内に先輩から奪えれば良いというものだ。だが彼女は金で解決する方法を選んだ。小さいときから問題は金で解決してきたから。

 高千穂にとってはすでに興味の対象外。東京武偵高校が誇るSランク武偵の一角ではあるので敬意は払う。

 だから親切丁寧に凄腕弁護士を紹介したのだが彼は逆に怒っていた。

 判らない。ただの親切心だったのだが。

 

 そして鳴らされる。

 四つの銃声。

 ドンドンドンドン!

 拳銃を撃つなど武偵高では日常茶飯事で気にすることでもない。

 だが問題は撃った人間にあった。

 中途半端な整髪料でボサボサの頭。鋭利な刃物のような瞳。硝煙を(くゆ)らせた一人の男が静かに立っていた。

(大石先輩が……発砲した!?)

 高千穂は動揺した。ケイ以外のその場にいた者全員がどよめく。

 なぜ驚くのか?

 それはケイにあった。彼には“タマ無し”という蔑称がある。

 射撃成績が極端に悪いことと、射撃場以外で発砲した場面がないからだ。

 彼を下に見る者たちは、どーせ碌に拳銃が扱えないから撃てないんだろうよと蔑む。

 だが逆に評価する者たちにとってはどうだろうか。

 彼はそう。

 撃てないんじゃない――――撃たない、もしくは撃つに足る場面が無かっただけではないか?

 滅多に銃を撃たない男が発砲した――それ相応に理由があるのだと。

 そしてその原因は高千穂ではないか?

 ずっと彼女の誘いに対して強張った顔をしたのは怒りを抑えていたからではないか?

 彼女は突然のことに頭が真っ白になった。

 口を金魚のようにパクパクして謝罪の一つでも言おうとしていたが、ケイに先制されてしまう。

 

「じゃあ俺はちっと先に帰るわ。居心地わりーし。あと高千穂さん」

「わったい!? じゃなくてなんですかっ?」

「高千穂さんの申請は受け入れられない。俺の出した功績なんて無為の評価だし、金を払う価値は一円玉の欠片も無い。だから、断っておくよ」

 

 コクコクコクコク!

 とにかく頷く。

 申請どころではなかった。これ以上の深入りは不可能。発砲したことの真意は不明だがこちらに非があるとみて行動した方がいい。

 高千穂にはそれ以上の策は思いつかなかった。

 ケイは背を向けながら言う。

 

「それに悪意はないんだろうけど、友人を悪く言われるのも嫌だ。金は三欠くに溜まるってな。義理や人情欠くくらいなら、俺はお金捨てとくよ」

 

 彼の去り際の言葉。彼女はえ? と心なのかで疑問が浮かぶ。

(それは金より友人を選ぶということ? 金の方が大切ではないのかしら……でも、私は…………)

 最後の言葉がやけに耳に残り、彼女が忘れることはなかった。

 特注の防弾制服、職人が手掛けた拳銃、(かしず)く従者は百人以上。

 金があったからこその人生。いままでそれが当たり前だと思っていた。

 その彼女が生まれて初めて金に対して疑うことを覚えた。

 金か友か。

 まだ彼女は理解できない。心の片隅にひびが入っただけの出来事。

 そう遠くない未来、高千穂麗は生涯で一番の親友と運命的な出会いを果たす。そして数多くの事件に仲間たちと共に駆けぬける。

 損得を超えた友情を胸に抱いて。

 時に笑い、時に悲しみ、時に喧嘩して、時に仲直りをする。

 そして最後に思い出す。春の終わりに武偵高校で会ったある男の姿を。

 

『あの先輩は、きっと私のドス黒く淀んだ心を撃ち払ったのかもしれないわね……』

 

 ただの人が彼の真意を窺うことなどできはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一組の男女が通学路を歩みを進めていた。

 左肩付近に縫いつけられた校章から東京武偵高校の生徒と判る。

 男子は右手に持った鞄を背負うように持ち、女子は荷物がないのか手ぶらだった。

 春空の上で今日も一日、(あまね)く全ての人々に光を注いだ太陽が休むとばかりに沈み始めていた。

 少女が口を開く。

 

「キンジ……みんなに囲まれてるアンタってカッコよかったわ。やっぱり強襲科だといきいきしてるわね」

「な、なんだよいきなり。気持ち悪い奴だな……」

「ふんっ。アタシが珍しく褒めてるんだから素直に受け取りなさい」

「そりゃ、あんがとさん」

「ふんっ!」

 

 ぷいっと顔を背ける。少女――アリアの素直な感想だった。

 付き合いは短いが、普段よりしおらしい彼女にどう返せばわからなかったキンジは、いつもの憎まれ口でしか返せなかった。

(まったく、調子が狂う。なんでコイツが、こんなに……)

 自分の好みはもっとお淑やかな……聖母のような女性だと思っていたのに、なぜこうもコイツの笑顔を思い出すたびに暖かくなるのか。

 キンジには判らなかった。 

 この小さな猛獣がなぜか愛らしい子猫に見えてくる。

 さきほどゲームセンターのUFOキャッチャーで取ってきたレオポン――ふと眉がチャームポイントな猫のぬいぐるみの携帯ストラップがポケットの中で存在感を放つ。

 偶然二つ同時に釣れたのでキンジとアリアは分けあっていた。

 千円以上使っても取れなかったアリアに代わりキンジが取ったぬいぐるみ型ストラップ。

 『やった!』『かぁーーわぁいいーーーーー!』『一匹あげるっ。アンタの手柄だから御褒美よ。……えへへ、可愛いっ♪』

 いつものしかめっ面など何処へやら。そこにいたのは無邪気にぬいぐるみを抱きしめて喜ぶ少女だった。

 すぐにはしゃぎ過ぎたことに気付き表情を引っ込めてしまったが、朱色に染まった耳までは隠せなかった。

 自らの体温が上昇しているのか、夕陽のいたずらで頬が染まっているように見えたのか判らない。

 キンジもアリアも出会って数日しか経っていないのだから。

(なにをいっているんだ俺は。コイツがどうなるとかは関係ないだろう! それよりも本題だ。安い挑発までしてケイを引き込んだこと。Sランクのアリアがそうまでしたい目的。不透明なままにしておけない)

 変な空気を払うためにも口を動かそうとしたとき、

 

「ケイには、ちょっと悪いことをしたかもしれないわね」

 

 アリアは前を向いたまま言った。

 学校では強襲科に入れることも検討していた言動とはおおよそ考えられない。そして少女が軽々しく己の考えを翻す性格ではない。

 キンジは怪訝そうな目を向ける。

 

「どういうことだ?」

「ケイは強襲科には向いていないってこと」

「お前な……アイツは俺よりもずっと凄い武偵に――」

「だからアンタはバカキンジなのよ。別に武偵に向いてないって意味じゃないわ」

「よく判らないぞ?」

 

 どうにも要領を得ない。奥歯に物が挟まったような言い方だった。

 歩くたびにピンク色の髪が揺れる。

 なにかを思い出すように彼女は言う。

 

「キンジ、アンタは“アリア”って言葉の意味を知ってる?」

「アリアはアリアじゃないのか?」

「“アリア”はオペラの独唱曲って意味でもあるんだよ。アタシは舞台でたった一人で唄い続ける孤独のアリア。皮肉な言葉ね――ヨーロッパでも、日本でも……アタシに付いて行こうとする奴はほとんどいなくて、ついていけるレベルの人間はまずいない」

「……そうなのか」

 

 Sランクとは天才のさらに一握りの人間だけが許された特権。

 特別がゆえに肩を並べられる人間は限定される。少女のように我の強い者では背中を追うのも一苦労だろう。

 高すぎる頂きに……地上の灯りは遠すぎる。

 アリアはキンジを上目遣いに見つめる。太陽を眺めるように目を細めて。

 

「だから、仲間たちに囲まれて悪態をつき合うアンタの姿は眩しかった。スポットライトで照らされているのは果たしてどっちなのかしらね」

「な、なにいってるんだよ。それだけお前が凄いってことなんじゃねえか。そ、それよりケイが向いていないってどういうことだよ」

 

 アリアの視線から逃れるように空を見上げる。

 いつのも気の強さはなりを潜めたアリアは美少女と言っていい可憐さで彼を見つめていた。

 キンジは気持ちを落ちつけようと深呼吸する。

 沈み始めた空は夜が訪れ始めていた。

 

「アタシはアンタたちが囲まれている様を外から見ていたわ。だから気付いたけど……ケイは周囲に溶け込みきれていない」

「溶け込みきれていない……? まあアイツは成績云々でやっかみとかも受けてるからな。そりゃ気にいらない奴もいるんじゃないか?」

「違うわ。無意識かもしれないけど、ケイの持つ“空気”っていうのかしら……連帯感とか協調性とか、決定的に違うのよ。ただの勘だけど、ケイは昔から確固とした“自分”というものを持っていたのかもしれないわ」

「ちょっと曖昧過ぎてわからないな……。アイツは誰とでも連携できるから“円”って二つ名も持ったんだし、その自分? みたいなのも別に問題ないんじゃないか?」

「大人を子供たちの中に放り込んだ状態というか、自然と生まれる一体感がなにかに阻害されている感じというか……駄目判らない」

 

 アリアは少しイラ立ったように足もとの小石を蹴った。

 バラバラのピースは脳内に漂い、霧となってその正体を掴ませない。

 勘という名の手だけでは、答えが得られなかった。

 

「あー、もう判んないのよ! アタシも違和感を感じているのは確かなの。もう面倒過ぎだわ。武偵殺しだってさっさと捕まえなくちゃママが――」

「ママ?」

 

 アリアの口から意外な言葉が漏れたとき、彼らを前に通せんぼする者がいた。

 気配を感じ二人は前にいる人物に注視する。

 ぢ、ぢぢぢ

 街灯が灯り、それは照らされる。

 紅白の巫女装束。ハチマキには『泥棒猫退散』と書かれ、抜き身の刀を片手に黒髪の少女が声をあげる。

 

「……キンちゃぁ~ん。そこの雌猫ってどこの段ボールにお住まいなのかなーー。白雪が捨ててきてあげるよーー?」

「なに、この女?」

「げ……ッ! い、いや白雪これは、その、な?」

「大丈夫、キンちゃんはその子にストーカーされていたんでしょ? 大石さんからちゃあんと事情を聞いているから……」

「なにを喋ってんだよケーーーーーイッッッッ!!」

「にゃにゃにゃにゃんにゃのこの女はーーー!」

「問答無用ーーーかーくごーーー!!」

 

 彼らの一日は終わりにはまだ遠かった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

侍と貴族と巫女

遅くなってすいません。
悩み過ぎるとなかなか文章が進まないものですね……。


 ――かーごーめぇ、かーごーめぇ――

 何処かで聞こえる少女の唄。

 朝に昼に夕焼けに。森に囲まれ、社にこもり、巫女は巫女と共に有る。

 隠れた二つの雪は見えず、風は流れに身を任せ、粉はハラハラ白積もり、華は器用ならずも皆を慕う。

 その中心には棘を纏い、気丈に振舞う、星伽の白薔薇。一目見れば幸せ其のもの。

 なれど寄りそう星伽の巫女は、しきたり、因習、伝統と。飛べる術を知らず識らず詩り得ない。

 飛ぶ術知らぬ、鳥は飛べない。其れは籠の中と変わりない。鳥すら飛べぬ世界の中で、翼を持たぬ乙女は出れぬ。

 いついついつもこの時も。見えぬ格子(こうし)は日差しを通し、巫女は捕らえて通さない。

 だけど、それでも、いつだって。

 御伽の王子は唐突に。姫の心を救わんと。やってくるのが世の常か。

 

「こんなつまらない場所にいないで、外に行こうぜ――――しらゆき!」

「あなたといっしょならどこまでもついていきます――――キンちゃん」

 

 夜空に華が咲く季節。ミンミンゼミは彼らを送る。

 闇夜の森を駆け回り、祝福するは赤青緑、宵の華。

 白魚の手に、重ねられたは幼き侍。侍ならば鎖も断てよう。

 少女の心は救われた――――――――――だからこそ、引けぬ想いと惹かれる想いは緋色に染まって恋焦がれる。

 

いつまでも(・・・・・)おそばにおつかえさせてくださいね、キンちゃん♪」

 

 心の鳥は、(おうじ)の中で飛び立たぬ――

 

 

 

 

 

 

 ■  ■  ■  ■

 

 

 

 

 

 

 熱したフライパンに入れたオリーブ油をひく。

 サイコロステーキをのせるとジュウッと油が撥ねて肉の焼ける匂い漂う。

 薄くスライスしたニンニクを入れて塩コショウを振りかける。

 ガツンと鼻を通り抜けるパンチの効いた香りが宙へと踊りだす。まるで焼き肉屋の店内だ。換気扇の処理を超えた煙はなかなか凄いモノがある。火事のセンサーは念のためカバーしてたり。意味ねえなこれ。まあとにかく。

 この濃厚な香りだけで唾液が溢れ、夕飯に期待感が増すってものだ。

 やはりお肉最高! アニメ的なでっかいステーキは買えないけど、半額セールをやっていたから丁度よかった。 

 肉をひっくり返して満遍なく火を通す……ちょっと油を少なくし過ぎたかな?

 隅っこの肉がフライパンにへばりついている。もう一度、油を足そうとオリーブ油の容器を手に取ったとき、

 ぴん……ぽぉ~ん

 相変わらず変に間延びした呼び鈴の音が室内に木霊した。

 あちゃ、誰かきたのか。とりあえず火を止めてっと。

 急いで玄関へと向かう。

 ……あ、油を持ってっても意味ねえじゃん。まあいいや。

 

「はいは~い、どなたですガッ!?」

 

 足に衝撃。

 ギャアアアッ!? あ・し・の……小指がァァァァッ!

 拳銃の弾を保管している木棚に直撃、して!

 更に不運だったのが、棚の上には剥き出しの非殺傷弾やこの前もらった武偵弾を適当に置いていたこと。

 バラバラバラバラァ!

 衝撃で床に一面にばら撒かれてる。

 俺は痛みでケンケンパの片足状態。つまり。

 ズルリ

 すっ転ぶ。丸みを帯びた円柱状の弾丸のせいで。それはもう盛大に足を取られ倒れる。ポーンと手の中のオリーブ油が宙を舞っていた。

 

「ぶっはぁ!? いっっった~~~~っ! 何だよこのコントみたいな流れは――」

 

 そのとき不穏な音が玄関の方から聞こえてきた。

 べちょっ

 ……べちょ? べちょっとなんだよ。

 恐る恐る顔を上げて見てみると、キャップの外れた油が通路や壁に四散していた。

 それだけども嫌だったのだが、容器が逆さまの状態で犬神スタイル(足は無いけど)を取っている。

 靴の上で。ドクドクとマイシューズの中に、油が、流れ込んで。

 

「ちょい待てよもーーーっ!?」

 

 何で玄関に行くだけでこんな大惨事に発展するんだよ……。発展するのは懐の経済と男女仲だけにしてくれ……。

 あとの掃除を思うと泣きたくなる光景だった。

 もし呼び鈴を鳴らした相手がキンジなら愚痴の一つでもこぼしてやる!

 そう思いながら扉を開けるとそこにいたのは、

 

「……白雪さん?」

「あ、大石さんこんばんわ。そちらにキンちゃんはいらっしゃいませんか? お部屋に居なくて」

 

 愚痴は却下。女子に文句は言えません。

 緋袴に長い黒髪に白リボン。雄大な二つの富士山をお持ちでいらっしゃる女性――白雪さんだった。

 

 彼女は「んしょっ」と言いながら手に持っていた白袋を降ろす。

 中から覗かせるのはブロック肉や玉ねぎ、カレーのルゥ……カレーだな。

 たぶんキンジのために買ってきたものだろう。相変わらず人生の勝利者街道まっしぐらな男だ。武藤の血涙が目に浮かぶよ。

 たまにキンジが遊びにやってくることもあるから白雪さんがこっちの部屋に来たんだろうけど……学校で別れたままだったので、どこをフラついているから知らない。

 

「悪い、キンジとは学校で別れたまんまだから判らないんだ。ごめん」

「そうですか……。大丈夫かなキンちゃん。この前のチャリジャック犯も捕まってないし」

 

 あー……あれはシャレになってないもんな。俺だって一歩間違えれば、あの世で母さんや父さんに説教されてたかもしれない。他人事じゃないんだ。

 心配そうに瞼を下げる白雪さん。大切な幼馴染がついこの間、危険な目に遭って今日もどこにいるか判らないとなっちゃ彼女も気が気でないのだろう。

 美少女の悲しみはできるだけ解消するように努めるのも男の仕事ってもんだ。そうじゃなくとも、知り合って長いのだし手助けしたい。

 不安材料だけでも取り除ければいんだけど……。あぁ、そういや別の人がいるじゃないか。

 

「あ、でも今は大丈夫だと思う。たぶんだけど。今日はキンジの近くに心強い仲間が一緒にいるはずだから」

「仲間ですか? 武藤さんや不知火さんですか?」

「いや最近知り合ったアリアって女の子。ちっこくて可愛いんだよなー」

「………………それ、詳しくお教えいただけますか。微に入り細に入り、一から十まで、ふふ、ふふふふふ」

「お、おう、別にいいけど」

 

 な、なんか笑顔なのに目が笑ってない気がするのはなぜだろう?

 背後にゴゴゴって擬音が視覚的に出てきそうな、妙なプレッシャーが……いや白雪さんに限ってあるわけないか。清楚な大和撫子を地で行く人だし。

 彼女からすれば、見たことも聞いたこともない人がキンジの近くにいるから安心だと言っても信用できるかは別だろう。

 見知らぬボディーガードより、顔の知れた友人や家族の方が、感情面では大丈夫だって思うのと同じ。

 ならば俺がその不安や心配事を無くせるようにアリアさんのことを売り込んであげよう。

 無論、彼女に感謝されたらいいなーという下心付きでだけど。

 

「なんか心配そうだけどキンジに危険はないと思うぜ。なんてったって、爆弾事件でキンジを助けたのがアリアさんなんだから。キンジにとっちゃ命の恩人なんだし、一緒に行動してるくらい普通じゃないか? 御礼とかしてるのかもしれん」

「お、御礼……私だって滅多に褒められないのに……で、でもキンちゃんが大怪我したら嫌だし……ここは夫の無事を喜ぶ妻としての姿を見せた方がいいかな……」

 

 お、少しだけ威圧感が失せたかも。ちょっと俯き加減にぶつぶつ呟く姿は微妙に怖いけど……。

 ……よし! もう少しアリアさんが凄いってアピールしよう。そうすれば白雪さんも安心できるはず!

 

「キンジを助けるときとか凄かったよ。パラシュートで一気に降下してきてさ。爆弾付き自転車を漕いでたキンジを、小さな身体なのにぎゅっと離さないようにしっかり抱きしめて助け出したり――」

「ぎゅ、ぎゅっと!? 抱きしめて!? そそそんな羨ま……じゃなくて嬉し……でもなくて、と、とにかくやってたんですかっ!?」

「あ、ああそうだけど」

「ほほほ他には何かあるかな? かな?」

「え? ええっと、朝一緒に部屋から出てきて――」

 

 ――熱心に朝から事件について調査するアリアさんなら信用できるよ、といいたかったのだが、肩を震わせながらこちらの声が聞こえていないようだった。

 

「同じ部屋……あ、朝帰り……? キンちゃんに……泥棒猫が…………ふ、ふふふふふふふふふふ♪ お、追い払わなきゃ。まずはキンちゃんに仕掛けた愛妻ちゃん三号機(という名の発信機)を頼りに……きっとそこに盛った野良ネコもいるはず。うふ、うふふふふふふふふ……」

「ええっと、あの白雪さん……な、なにか気に障ったことでもありましたでしょうか?」

 

 ゴゴゴの次はオドロオドロしい雰囲気に押されて、思わず変な丁寧語で喋ってしまった。

 両手をゾンビみたいにぶらんとさせて、静かに笑う白雪さんが少しホラ―チックに見えてきたのは見間違いでしょうか……?

 綺麗なのが余計に凄みがあるというか……でも、こちらを見上げるとニコッといつもの笑顔を向けてくれた。

 なぜか最初と微妙に違う気がするけど、気のせい、か?

 

「大石さんありがとうございます……私も幼馴染として……その雌――アリアさんにたっぷり御礼参り(おれい)したいので……ちょっと行ってきます」

「ああ、うん。行ってらっしゃい?」

「はい、それでは……失礼致しますね……」

 

 そのままヒタヒタと足音も聞こえないほど小さな足取りで階段へと向かい、姿が見えなくなった。

 

「あ、袋置いていっちゃってるけど、そんなに急ぎだったんかな? ……とりあえずキンジの部屋の前に置いておくか。まだ四月だし、野菜も痛まないだろう。あーーーそれより、油の掃除がメンドーだなぁ……」

 

 白雪さんのことは気になるけど、まあアリアさんのことはある程度、説明できたと思うし大丈夫だろう。

 それより後ろの目も覆いたくなる惨状を思い出し、気が滅入ったまま、洗剤を取りに室内へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 ■  ■  ■  ■

 

 

 

 

 

 

 そして愛という名の科学の力によってキンジたちを発見した白雪は、隣に居たツインテールの少女を即座に敵だと判断し、刀を抜く。

 白雪は担ぐように持った刀をアリアの肩口から斜めに袈裟斬りを行う。

 問答無用の攻撃。全ては囚われの王子様(キンジ)性悪な雌猫魔女(アリア)から取り戻すために。

 触れれば頭と胴が永遠にサヨナラしそうな一撃に、アリアは小柄な体躯を生かしてしゃがみながら横っ跳びで距離を取る。白刃が目の前を通り過ぎ、ひやりと背筋が凍る。

 

「キンジ、なんなのよコイツはぁッ!? わひゃッ!」

「悪霊退散、煩悩退散、雌猫退散ァーーンっ!」

 

 空気を切り裂く音が耳元を掠める。

 悲鳴混じりのアリアの声に、一時硬直していたキンジの意識が戻り、幼馴染を止めようと声をあげる。

 

「し、白雪、ストップ! ストップだっ! これはだな――!」

「大丈夫だよキンちゃん! そこの淫乱ピンクに騙されてるんでしょっ! 私が今助けるからねっ!」

 

 絶対正義であるはずのキンジの言葉も届かない。悪い女に騙されているのだと脳内補完していた。実のところ彼女の暴走は一度や二度ではない。

 キンジはモテる。本人は気付いていないが女子たちの評判は高い。

 鋭く冷たい目つきに猥談に興じる下世話な男子たちと違い、下心の無い視線。

 女子は相手の視線に敏感だ。特に胸を見ているかどうかはすぐに察する。

 本人はヒステリアモードにならないためにという理由でも、周囲の女子はぶっきらぼうだが紳士的な態度と捉え好反応だ。更に天然ジゴロな発言も飛び出すことがある。不知火と並んで人気があるのも仕方がなかった。

 白雪からすればたまったものではない。なので度々暴走しては物理的に排除することも多かった。

 

 常人ならいきすぎた行為。しかし良くも悪くも彼女は純粋だった。

 彼女の実家、星伽神社は古来より長く続いている名家中の名家。宮内庁とも繋がりのある特殊な家系。

 その家の長女である彼女は英才教育が施されている。無論、淑女としての教育も。

 生涯ただ一人の男性を愛し、共にあり続けるべし。

 その対象はもちろんキンジだ。幼き頃、かごのとり同然だった彼女を花火大会に連れ出したことが切っ掛けで淡い恋心を胸に秘めたまま、今でもなお彼だけを見つめていた。

 高校で再会して以降はほぼ毎日、炊事洗濯掃除とお世話してきた。

 殿方の心を掴むためにはまず胃袋から――そんなちょっぴり腹黒な思惑も胸に抱いたままやってきている。

 ポッと出の(アリア)に奪われるなど論外だった。

 

「天誅天誅天誅天誅天誅ぅーーーっ!」

「わひゃ!?(速い! ここま接近されると不用意に拳銃も抜けないっ)」

 

 さしものSランク武偵であるアリアも、同じ武偵高の生徒からの奇襲にたじたじだった。

 剣術の心得がある白雪の白刃が幾重にも重なり、蜘蛛の巣のような線を作りだす。

 振るわれた刀がアリアの前髪を数本ほど剪定した。ボンサイと違い、こちらは根元から叩きおる勢いだが。

 割って入るには激し過ぎる。キンジは止めるタイミングを窺いつつ、再度静止するために声をかける。

 

「なにやってるんだ! 白雪やめろって! そいつは敵じゃないっ!」

「大丈夫っ、だからっ、キンちゃんはっ、助けるっ、から!」

「こっちっ、は全然っ、安全じゃないっ、んだけっ、どっ!」

 

 お互い短く息を吐きながら一方的な攻撃にスカートがめくれるのも気にせずに回避していく。

 袈裟斬り、逆袈裟、水平斬りに反転して逆水平、兜割り。

 防弾制服なら多少の刃程度は防げる。白雪も判っているのか制服しか狙わない……たまに頭を狙っている風にも見えるが。

 どのみち服のうえでも直撃すれば骨折は免れない。

 拳銃を取り出そうにも当たれば大怪我必至。白雪が真上から真下に振り下ろした攻撃を避けたアリア。

 背中に隠し持っていた二本の小太刀を素早く抜きはらいクロスさせると白雪が即座に攻撃する。

 ガキィンッッッ!!

 LED式小型街灯が照らすなか、オレンジ色の火花が少女たちを彩った。

 動きが止まったところを見計らい、キンジが白雪を後ろから羽交い締めにする。

 

「いいかげんにしろ白雪! 怪我でもしたらどうするんだ!」

「ぁっ……。す、すみませんッ、キンちゃん様!」

「……つ、疲れた……」

 

 アリアはバックステップで刀の攻撃圏外へ逃れるとへなへなとしゃがむ。

 今まで経験したどの犯罪者とも違う鬼気迫るプレッシャーで精神的に疲れていた。戦妹のあかりの友人となぜか同種の気配を感じる。

 大和撫子ってこういう人種ばかりなのかしら、と頭の片隅で思っていた。

 

 白雪の方はというと、怒気を孕んだキンジの声でようやく正気に戻り、アリアに背を向けながらちょこんと地べたに正座している。

 彼に触れられた肩をそっと撫でながら両頬が朱色に染まっていく。泥棒猫(アリア)に見せていた般若の形相とうって変わって、乙女の顔そのものだった。

 なにか期待するような瞳でキンジを見上げるが、日本人離れした肌色の峡谷が彼の煩悩を激しく刺激する。

 ドクンッ

 熱を帯びた血液と鼓動。慌てて目を逸らす。

 瞬時に視界から外す。ゴホンゴホンとワザとらしく咳払いしながら白雪の手を取って立たせた。

 

「怒鳴って悪かった……とりあえず立てよ。汚れるぞ」

「キンちゃん様ぁ……ッ!」

「そのキンちゃん様ってのはやめろよ」

「ご、ごめんねキンちゃん様ッ。私がうっかりしてたから……」

「……はぁ~~~っ」

 

 話しを聞いているのかいないのか、天然気味に返す幼馴染に深く溜息を吐く。キンジが袴に付いた土を払う。

 なぜか「とても幸せです……♪」という声が洩れていた。

 白雪の後ろでアリアが説明しろとばかりに、カメリアの瞳が抗議の視線をキンジの顔面に突き刺していた。

 この場で一番の被害者は彼女なのだから当然といえば当然。小太刀を収めつつ、いつでも二丁のガバメントを抜けるように警戒しながら距離を取っていた。

 

「コイツは俺の幼馴染で星伽白雪。SSRのAランク武偵だ。白雪、このちびっこいのはアリアで強襲科のSランクだ。分けあって一緒に行動している」

「こ、行動を共に!? 私だって朝と夕しか一緒できないのにっ。このストーカー女! キンちゃんから離れてぇーーっ」

「ス、ストーカー!? な、なんでアタシがこここんな奴の後ろを追わなくちゃいけないのっ。キンジはドレイっ! アタシの忠実な犬なのっ!」

「い、犬……ドレイ……だ、駄目だよキンちゃん! そんなアブノーマルな遊びは、遊びは私に対してやってくださいぃー! 犬耳でも尻尾でも……そそその、ふりふりの裸エプロンだってしちゃうんだからっ。お早うからお休みまで、三つ指ついてずっとずっとお側に侍りますからぁー!」

「待て待て待て待て! 二人とも落ちつけよ! どっちも変なことを抜かしてるんじゃないっ!」

 

 二人の乙女はいがみ合い、キンジが間に入って仲裁する。

 どこかの誰かが振りまいた誤解を解くのに、キンジは四苦八苦しつつ、一応の納得をしてもらえた。

 とはいえつい先ほどまで全力で戦っていた二人が仲直りするのも難しい。

 白雪は心のなかで敵認定しているのは変わらず、アリアは元々素直じゃない。

 お互いに牽制するような目で睨み合い、結局微妙な空気を保ったまま、彼らは男子寮に向かって歩きだした。

 

 

 

 キンジを中央に左右にアリアと白雪が並ぶ。意外にも先に奇襲をしてきた白雪の方がいつもの調子を取り戻していった。

 ときおりキンジと自分の掌を交互に見ながら、嬉しそうに両手を胸に抱く。雪のように白くきめ細かい手が双子山を雪山にしていた。途中からは「駄目……そんな朝からなんて激しいよぉ……」「いっぱい、中に……ッ♪」など蕩けた表情でぶつぶつと独り言を呟きながら自分の世界に没頭していた。

 アリアは犬歯を覗かせながら最初こそ威嚇していたものの、相手の敵意が薄れていくのを感じ、意識を携帯に移す。なにやら操作をしていた。

 三人の間に会話はない。居心地の悪さを感じていたキンジは、そんな空気を払拭しようと携帯を弄っていたアリアに声をかける。

 

「そんなに携帯をいじってどうしたんだアリア。周知メールでもあったのか?」

 

 学校から生徒へ連絡事項や緊急事態を発信する場合のもの。

 キンジが爆弾事件(チャリジャック)に遭った際も他の生徒たちに連絡がいっていた。

 可能性は低いがもしかしたら武偵殺しが――と思ったキンジだったがアリアの口から返ってきたのは聞きなれた名前だった。

 

「気になったことがあったから、アンタの戦妹の風魔陽奈にケイの調査を頼んでいたのよ。まあケイは曲がりなりにも元諜報科のCランクだし、あの子じゃ見つかるだろうから念のために依頼内容をボカしてたんだけど、うまく調査してきたみたいね」

 

 先輩に決闘などで勝つことを“上勝ち”と言われるように、学年が一年違うだけでもかなりの実力差が生まれてしまう。

 拳銃、格闘、捜査、法律、心理等々――帯銃帯剣を認められる武偵には平和な日常生活では知り得ない知識を数多く勉強しなくてはならない。

 一部の天才たちを除き、学年差は学校差(・・・)と認識した方がいいほどだ。中学生が高校生に、脚の速さや腕っ節で勝負を挑むようなもの。

 風魔陽奈が見つかってしまうのも仕方がなかった。

 アリアもそれを見越していた。キンジは疑問そうに聞く。

 

「そりゃアイツならそれくらいできるだろうけど、ケイについてか? そんな気にすることがあったか?」

「ん~っ、武偵殺しの方の調査が芳しくないから片手間なんだけどね。ケイって今までの実績と射撃や格闘の成績に格差があるじゃない? アンタみたいに何か裏があるんじゃないかなってね?」

「お、俺はともかく……ケイかぁ。確かにその可能性はあるかもしれないな」

 

 未だにHSSを隠しているキンジはアリアの探るような視線に、心の中でひやひやしながら誤魔化し気味に話題を変える。

 彼もケイの成績を不思議に思っていた。

 もしかしたら自分のように何かしらの隠し玉があるのか。彼ならもう秘密を明かしてもいいかもしれない。

 だが今まで中学時代には女子にバレて酷い目にも遭った。それとなく話したときには冗談だと受け取ったらしく、そんなラノベ主人公がいるかよと言っていた。

 結局、キンジはまたいつかにしようと問題を先送りにして話を施す。

 

「それでどうだったんだ?」

「ちょっと待ってね……」

 

 携帯の小さな画面に風魔陽奈からの調査概要が並んでいる。

 要約して手帳に書いていく。

 

《大石啓二年生調査書》

『壱――調査対象との彼我距離三○m追跡。隠密行動も、最初から見破られていた模様。発言内容から他者の気配を事前に覚えれば目視せず察知が容易とのこと。諜報科BまたはAランク相当の実力有り。

 弐――RPG(対戦車擲弾)の射撃による一斉制圧が得意とのこと。同系統のパンツァーファウスト、ロケットランチャーなどの武器も同様と推測。拳銃より重火器全般の扱いに長けている可能性有り。

 参――幼少期より母親と一万回以上組み手をしていたとのこと。実家は大石神影流創始者、大石種次の分家であり、潜在的な高い近接能力また英才教育を受けている可能性大。母親の実家も何かしらの武家である可能性有り。ただし詳細不明。また武偵高校の格闘成績との乖離(かいり)に何かしらの意図があるものと見る。

 四――デモニアバイラールという技を母親から伝授されている模様。詳細は聞けず。母親、大石杏子は探偵科Dランク武偵。正式な二つ名は無し。負傷経験無し。ただし過去の経歴に一部不審な点があるも、武偵局のデータベースでは判明せず。

 

 ……PS・メロンパン美味しかったです』

 

 以上だった。最後の文字に呆れたように溜息を吐いたキンジ。

 餌付けされてんじゃねえよ、と思いながら感想を言う。

 

「風魔はあとで説教するとして。改めて文字にすると凄いな。やっぱり学校の成績は手を抜いていたのか……?」

 

 まるで強襲科だ。幼少期から鍛えていたのなら納得できるとキンジは思った。

 能ある鷹は爪を隠す。

 相当の実力者なら本来の実力を誤魔化すことも容易だろう。昼行灯と呼ぶに相応しかった。

 しかしアリアは渋い顔をしながらキンジを窘める。

 

「ちょっとキンジ! 字面をそのまま信用しないの。ちゃんと考えなさいっ。探偵科でしょ?」

「お前、風魔の調査結果を疑うのか? なんだかんだいって実力は確かな奴だろう」

「よーく考えて。ケイは何故、普段の成績が悪いのかってことを。そこに秘密があるはずよ」

「秘密か……う~ん……」

 

 運もあったが曲がりなりにもBランクの探偵科になった彼は、額に手を当てながら考える

 大石啓。一年からの友人。一般中学出身なのに並の武偵生を遥かに凌ぐ実績。評判はまちまちだが武藤と同じく、お調子者ながら話しやすいタイプ。

 だがその影で忘れていたことをキンジは思い出す。それは初めて出会った日の出来事。対峙したときには驚かされた。

 ヒストリアモードでやや記憶が曖昧だったが額に触ったとき、あのとき撃たれた傷を思い起こした。

(そういえば……アイツは入学試験のときに戦ったが、無意識の銃弾(アンコンビレ)を放った以外は逃げの一手だったな。なぜ得意な近接に持ち込まなかったんだ……? いや普段の訓練でも俺や他の奴と組み手をしてもいつも負けている……。だから昼行灯って呼ばれ……いや、もしかして――――ッ!)

 ハッとした表情で見上げた。

 不透明だった謎という名の霧が晴れ、一つの真理に至る。

(昼行灯――つまりそれが鍵だったんだ! アイツは出来るだけ実力を発揮しないように動いている。俺の過大評価は全てHSSに依るがアイツは過小評価を狙っているんだろう。結果としてチグハグな評判と成績になったんだな……)

 アリアは彼の表情を見て、満足そうだった。

 

「判った?」

「ああ、判った。俺は勘違いしてたんだな。表面だけじゃなく裏を見るようにしないとな……能ある鷹は爪を隠すってのは正にこのことか……」

「この場合なら『大賢は愚なるが如し』の方が適切かもね。賢いがゆえに愚かとみさせるってね。アタシもケイの扱いについて判った気がするわ」

 

 頷きながらアリアは思う。

(やっぱり答えまでの道標を用意すればキンジはアタシの考えを判ってくれるのね。そう――アタシの足払いなどを避けれなかったケイの格闘能力が低いのは間違いない。でも実績がある。周囲の人間の活躍も著しい。つまり智略、陽動、洞察力、ハッタリ……言葉や行動で相手の先の先を読んで行動し、先回りして制圧する知略型の戦闘方法。ああいうタイプは嘘とか平気で吐くし。風魔の出した結果もたぶん表面上じゃ騙される。おそらく格闘と駆け引きを駆使して戦うのね。けどデモニアバイラール……あれだけは情報のなかで浮いてるわ。あとで調査すれば面白い事実が見つかるかしら……?)

 微妙にお互いの考えがズレているが気付かない。

 アリアが自分の考えを話そうとしたとき、先んじて声を発した人物がいた。

 妄想世界から帰還した白雪だった。

 

「あのキンちゃん。そこの雌猫と二人で、なんで大石さんのことを調べているの? 能力がどうとか……」

 

 途中からしか聞いていなかった彼女は不思議そうな表情でキンジを見上げる。

 アリアに絶対零度の視線を浴びせつつ、キンジには花が咲いたような笑顔を向けるという歌舞伎役者も驚きの器用さを見せる白雪。

 

「雌猫じゃなくてアリアよっ! アタシはキンジと契約してるの。ケイに武偵の道をもう一度歩んでもらうのを協力するってね。代わりにアタシの事件に付き合って貰うの」

「内容が違うぞアリア! 『武偵についてもう一度考えさせる』だ。あーとだな白雪……能力云々は脇道に逸れてたからいいとして……ケイが武偵高校を辞めるらしくてな。俺に原因があるんだが、一度考えて欲しいって思ってるんだ。俺のワガママなんだがな……」

「ええと、事情は判らないんけど……大石さんに直接言えばいいんじゃないかなって、思うんだけど。一年からのお友達ですし……。あ、ごめんなさいキンちゃん! 偉そうなこと言って……」

「……いや、白雪の言うことはもっともだ。回りくどいってのは判ってるんだが……。ただな、言えない、いや言っちゃいけない(・・・・・・・・)。それだけは直接言っちゃいけないんだ」

「どういうことよキンジ。前に言った理由が全てじゃないってわけ?」

「ああ……」

「えっと……?」

 

 話が見えない白雪は僅かに首を傾げる。

 対してキンジは言い難そうにしていた。

 白雪の言葉はまさに正論。ケイももしかしたら単刀直入に聞いてほしいのかもしれない。

 そんな想いが脳裏をよぎっていた。

 しかしいつもと違うキンジの雰囲気に何をいうのかと二人は静かに次の言葉を待っていた。

 コツコツと三人分の足音だけが響く。

 キンジは顔を上げて暗くなった空を見る。

 見上げた空は一片の曇りもない薄い青が海のように広がる。

 だが田舎と違い、大地を照らす都会の人工灯が星空の輝きを打ち消していた。

 希望の光を奪い、絶望がそこにある――そんな底なし沼が今も都会のそこかしこに存在する。

 キンジはよく知っていた。痛いほど理解していた。それはいつも、すぐ傍にあることを。

 

「兄さんが死んで、マスコミや他の奴らに責められて、一度は武偵を諦めかけた。白雪には随分心配かけたな。悪りぃ、あんときは碌に返信しなくてよ」

「そ、そんなことないよっ! それにキンちゃんはやっぱり正義の味方だもん! あの時から、ずっと…………」

「そんな大層なもんじゃねえけどな……。アイツ――ケイは武偵を辞めようとしている。アリアにも話したよな? 俺を救ってくれたアイツが救われないのは嫌だってな」

「……そうね、確かにそんなことを言っていたわ」

 

 ケイが武偵高を辞めようとしていることは白雪にとっては初耳。驚きを隠せない表情だった

 風が吹く。都会の排ガスまみれの空気は生ぬるく、どこか纏わりついてくる不快感。

 二人の数歩先を歩いていたキンジは振り返る。自嘲げに笑い、その顔には陰が差していた。

 

「嘘だ」

「え」

「最初にこう言った――『自分勝手で子供染みたエゴ』だってな。その通り、これはエゴ――――そして単なる意地なんだ。入学以来、何度も依頼で助けてもらって……勉強も、友人関係も、武偵の進退すらアイツがいなきゃ駄目だった。対して俺はどうだ? 友達や仲間と言うが何もしちゃいない。将来のことすらアイツを頼って、兄に助けられて……。おんぶに抱っこの情けない奴じゃないか…………ははっ、笑えてくるぜ」

「そんなことないよキンちゃんッ! キンちゃんは――」

 

 白雪の悲鳴にも似た声を遮るようにキンジは大声をあげた。

 

「だからっ! 俺は俺のやり方でアイツを説得することにした! ケイに話せばアイツは自分で解決してしまうかもしれない。それじゃだめだ。俺が俺のやり方でアイツの度肝を抜いてやる! そのとき初めて、俺はアイツと対等になれると思う。助けてもらってばかりの関係に終止符(ピリオド)を打ち――――心の底から『親友』と呼ぶことが出来る!! ……こんな回りくどいやり方はアホらしいかもしれないが、そんな餓鬼染みた意地を……俺は通したいんだ……。笑いたければ笑ってくれ。俺の鈍い頭じゃこんなことしか思いつけないんだ……」

 

 友人、仲間とは本来対等であるべきだ。いつも一方が助けられる関係がいいのか――いや良くない。いいわけがない。そんな救われてばかりの自分自身が許せない。

 だからこそキンジはケイに相談することを避けた。

 もしかしたら……どこかで怖がっていたのかもしれない。ハッキリと拒絶されて、望みが断たれるのが嫌なだけかもしれない。

 だけど、それでも――――自分なりの意地を通したかった。理路整然とした理由など微塵(みじん)も存在しない。

 ……通過儀礼なのだ。

 真の仲間(とも)と呼ぶための、親の友と呼びたいがための……自分に課した試練。相手に対して迷惑極まりない行い。でも譲れなかった。

 キンジは不器用だ。口が達者でも、勉強ができるわけでも、要領が良いわけでもない。

 ヒステリアサヴァンシンドロームという奥の手は存在する。口調がキザになって女子のお願いを断れない天然ジゴロ少年になるデメリットを割いても活路をなりふり構わないならそれもアリだろう。

 だが、それは、遠山家代々に伝わる遺伝的資質であり、努力して得た技能ではない。

 運良く神様から授かった、宝クジのようなもの。それをしたり顔で誇れるほど彼は厚顔無恥(こうがんむち)ではない。

 泥に塗れようが、下手を打とうが、自分なりの意地でやってみせる。決意は揺るがない。

 熱い感情を瞳の奥に窺わせる。数ヶ月前のキンジではなかった。

 白雪もまた、そんなキンジの気持ちを察し、協力を申し出た。

 

「き、キンちゃん! 私も協力するよ! その……大石さんには色々お世話になってるし、出来るだけサポートするからっ!」

「いや申し出はありがたいけど……やめとけ。アリアは人使いが荒いからな。下手すりゃチャリジャック犯を捕まえる手伝いもさせられるぞ」

「アタシはそこまで鬼じゃないわよ」

「嘘つけ。俺は半ば脅し文句も用意してたくせに」

「それは戦略っていうのよ!」

 

 口喧嘩を始める二人。

 しかし嫌悪な雰囲気ではなく、どこかじゃれ合いにも似たやり取りだった。

 危機感を覚えた白雪が大声を張り上げる。

 

「だ、だったらチャリジャック犯のお手伝いもするぅーっ! アリアからも犯人からもキンちゃんを守るからっ!」

「お前は何を言ってるんだ白雪……。言っとくがケイの一件の代わりに、俺はこの前のチャリジャック犯をアリアと一緒に追うって約束している。危ない橋を渡るかもしれないんだぞ!」

「そ、その、キンちゃんは覚えてないかもしれないけど……ずっと昔、花火大会で私はキンちゃんに救われたの。籠の中にいた私をあの暗い社の中から連れ出してくれた。それに大石さんも普段からよくしてくれる。恩返しする理由がたくさんたくさんあるのに、キンちゃんが頑張ろうとしてるのに私だけなにもしないなんて嫌だよっ!」

 

 グッと両手を握りながら熱弁する白雪。

 不退転の決意を感じ、キンジは困っていた。

 諭すように白雪を真っすぐ見据えた。

 

「だけど白雪、お前は実家の方はどうするんだ。この事件は武偵殺しが絡んでいるかもしれない。兄さんの仇を取るためにも、俺はこの事件から手を引くつもりはない。最悪、爆弾で死ぬことだって――」

「いいじゃないキンジ。人は多い方がいいわ」

「アリア!? なに言ってるんだ。白雪は関係ないだろう!」

 

 キンジが大声を出すが、アリアは白雪をじっと見た。真っすぐと、カメリアの瞳が黒曜石の瞳を覗く。

 白雪もまた力強い視線を返す。

 

「超能力捜査研究科Aランク武偵、星伽白雪。死ぬかもしれないわよ?」

「それでも私はキンちゃんのために尽くしたいの。誰でもない私の意思で」

「だってさキンジ。断ってもくっついてきそうよ? 諦めなさいな」

「はぁ~~っ……他人事だと思って。……白雪、危なかったらすぐ逃げろよ?」

 

 その言葉にパッと白百合の花が咲いた。

 

「大丈夫! 危ないときはキンちゃんが守ってくれるって信じてるからっ。あ、そういえば腕時計ないよね? 新しいのを買ってきたから付けてみて!」

「い、いや、修理に出してるんだが……」

 

 満面の笑みを浮かべながらいそいそとキンジに腕時計を付ける白雪。ジト目でアリアを見るも、彼女はくすりと笑って楽しそうな顔をしていた。

 反論するのもバカらしくなるほど、嬉しそうな顔で。

 それを察知した白雪が割って入る。

 

「い、いちおー許してあげるけど、キンちゃんを誑かしたり、誘惑したら承知しないからねッ!」

「ゆゆゆ誘惑ってアタシが!? アア、アンタにゃに言ってるのよっ、ああアタシはこここんな奴、別に好きじゃないしっ! ただ倉庫でカッコいいし、お姫様だっこは良かったけど……じゃなくて!」

 

 瞬間湯沸かし器になったアリアが湯気を頭上に湧かせながら反論すると、白雪もヒートアップしていく。

 

「思いだしたっ! キンちゃんと抱き合ったってどういうこと! 返答次第では――」

「何よやる気! 言い値で買うわよ!」

「だーーーっ! なんで途中までいい話だったのに喧嘩し始めるんだお前等はっ!」

 

 お互い拳銃と刀を向けあって、いがみ合いつつ、キンジが仲裁する。

 ビュォッ!

 三人の間に通り過ぎた風は、いつもより激しく湿り気を帯びたものだった――

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

嵐の中の大事件

 手を見よう。右でも左でもいい。

 人種によって色の違いがあるだろうが両親から頂いた大切なもんだ。

 特別か特殊か特異な事情でもない限り、人間なら普通に持っているだろう両手。

 ホクロがあったり、爪が長かったり、岩のようにゴツゴツしていたり、白魚みたく可憐でちっちゃかったり。

 掌の肉が冷たい金属に食い込み、汗が流れおちた。滑らないように握り直していると下から蘭豹の怒声が届く。

 

「オラァッ! フック付きワイヤー昇降訓練、きばれや大石ぃ! ちんたらやっとったらもう一○○○往復やらせっぞ!」

「りょ、りょーかいっす」

「返事が小さい!」

「了解ッ!」

 

 高さ一○m弱のロッククライミング用の屋内設備。てっぺんに固定したバーにフック付きワイヤーを引っ掛けて昇り、そして降りるという訓練をさせられていた。

 先日、強襲科の依頼を一回やることになったとき、蘭豹先生に捕まって仰せつかった早朝訓練のせいだ。

 あんのゴリ……じゃなかった理不尽教師め。「朝五時半には強襲科に来い。一分遅れるたびに単位を一ずつ減らす」なんて脅してきやがって……。

 バスもまだ出てない時間だから仕方なく自転車で登校する羽目になったんだぞ。

 しかも雨だ。今日は天候が悪い。傘は差したけどズボンがまだ湿ってる。

 ほんと今日は厄日だ…………あれ、最近厄日しかなくね?

 墨を塗りたくったような黒雲につられてテンションが下がる。

 竹刀をびしばし床に叩きつけていた蘭豹が声を張り上げて喝を入れてきた。

 

「シャキっとせいや大石ぃ! おどれは格闘も射撃もよろしくねーやろ! ならワイヤー捌きで奇をてらうしかないやろっ! ええか、手のスナップが大事や。野球ボールをぶんなげるようにしなりを利かせながら射出すればええんやからな!(……ま、本当の実力が判らんけど絞っときゃしまいに判るはずやし)」

「はいはいよっと、やってますから!」

 

 いや別にそんなに不満があるわけじゃないんだけどさ。

 熱心に教えてくれるし、やるからにはキチンとしたくなるのが性分だった。

 口より身体を動かそう。この訓練もひとえに死なないための努力なのだから。

 現在やっているのは割と初歩的な――ワイヤーの昇降訓練だ。

 フック付きワイヤーは片手で持てる簡単な装置。掌にスッポリ収まる程度の大きさで、片手で握れるよう長方形の穴があいている。

 よく使うのは屋上のフェンスに引っ掛けて、降下。振り子のように動きつつ、窓を破って突入するという映画さながらのダイナミック戦法だ。

 また、これとは別に先端の鋭いタイプがあって、引っかける場所がない場合は対象に突き刺して壁や急斜面に張り付くものもある。

 

 武偵の必須技能の一つで、俺も実戦で使ったことがあったっけか。風が強い日に使ったせいでフックが外れ、ほぼノーロープバンジーで落下。運よくゴミ箱に突っ込む大惨事をかましたがな! トラウマもんだよ……。

 兎に角だ。

 命綱は一応あるし、内申を下げられて留年とかもしたくない。地道に頑張ろう。

 そうやって一、二時間の間延々と昇降作業をこなしていたのだった。

 

 

 

「よし、今日はもう上がってええで。朝の授業には遅れんようにな」

「はぁ……はぁ……ありが、とう、ございました……はぁ……」

 

 肩で息をしながら、やっと訓練が終わったことに安堵する。

 時計を見ると時刻は八時を回ったところだろうか。

 朝のホームルームは九時までに教室へ入ればいいので十分余裕があった。

 熱気のこもった室内。不快度指数が急上昇中なので換気ついでに近くの窓を開く。

 涼風が入り込み、火照った身体を冷ましていく。

 窓から空を見上げる。シトシトと降り注ぎ、雨雲は灰色の大地を雨水で満たそうと努力していた。

 ……そういや流行を先取りしたサイクロン様が渦を巻いてやってきているんだっけな。そのせいで大気が不安定になっているんだった。

 週明けには関東地方に直撃というコースを取るかもしれないらしい。

 地震雷火事おやじの四番目の台風様――おやじ=大山嵐(おおやまじ)=台風らしいが、なんでだろうな。台風って不思議とわくわくするのは。ガキっぽいなとは思うだけど……まあいいや。

 そろそろ着替えよう。体操着がべっとりと肌に付いて気持ち悪いし。

 そう思って男子更衣室を向かい始めたのだが、

 

「大石ぃ!」

「はいっ――ってわ!? ……ペットボトル?」

 

 いきなり蘭豹先生に呼び止められた。ペットボトルを投げて寄こしてくる。

 中身は綿菓子を薄く透明にしたような液体――昔からあるスポーツ飲料だった。

 最近は他社の製品に追い落とされているが、俺個人としては大好きな飲み物だ。

 

「なぁに鳩が一一○mm個人携帯対戦車弾(空飛ぶ日産マーチ)を喰らったような目ぇしとんのや。朝から汗かいたんやから水分補給くらい普通やろ」

 

 なんで陸自の内輪ネタ知ってるんだろ、この先生。前世の自衛隊ネタは空担当だったから詳しくは陸自から移ってきた先輩に教えてもらってたけど。

 ……まあ教務科さんは個人的に耳を覆いたくなる経歴の持ち主がわんさかいるそうなので普通なのだろうか? 怖くて聞けない。綺麗なバラには棘があるというし、教務科のお歴々は射程外(とおく)から眺めるだけで十分です。ゆとり&鉄鼠先生は癒しだけどな。

 そんな女傑さまからスポーツドリンクを賜ったわけだけど何か裏があるんじゃないかと疑ってしまうのは俺の人間が出来てないというだけじゃないと思う。

 

「あの~、なんでくれるんですかね? 腹の中身まで鍛えろ的な意味とか含んでます?」

 

 ミリタリーもの繋がりでそんな連想をしてみた。早食い早飲み早着替え早行動……軍隊なら全ての行動は無駄なく鍛えろ的な。軍じゃなくて武偵だけど。

 蘭豹先生に限らず、教務科の人はどことなくそんな雰囲気というか……うーん、適切な言葉が思い浮かばない。

 とにかく、この手の教官的な人がタダでくれるとか怪しい……って別にただの好意かもしれないんだけどな。むしろそっちの方がバッチこいだけど。

 ……さすがに疑いすぎか。ペットボトル一つで悩むのもアホらしい。

 素直にお礼を言おうと改めて先生を見たのだが、蘭豹はそんな俺の様子に満足げな顔で頷いていた。

 

「おっとさすがに諜報科の経験者にゃバレるか。いい読みしとるなぁ大石ぃ~。そりゃ下剤入りのスペシャルドリンクや。強襲科生徒(アホども)にはたまーに仕置きと対毒訓練、あと不用意に渡されたもんに警戒心を抱かせるために仕込んでるんやが、一発看破(ひとめ)で見破るたーなぁ。ハッハッハッ!」

 

 ハッハッハッ……じゃねえよっ!?

 俺が考えてたのは「いっき! いっき!」的な体育会のノリであって毒物を盛ることじゃない! 盛るのは胸のバストだけで十分だ!

 ほんとーにこういう明らかにおかしいトラップを仕掛けてくるから武偵高は怖いんだ。

 まあ、とにかく助かってよかった。俺グッド、ペーネ、ハラショー!

 たまたまだけど運がいい。ついでに宝くじやtotoBigを買ったときに幸運の女神さまが舞い降りてくれると最高。

 さて、そんなトラップを仕掛けた蘭豹先生をジト目で見ていたところ、後ろの出口から誰かが勢いよく扉を開け放って入ってきた。

 

「はぁはぁ……大変だ! とんでもないことが起きたぞ! 誰か強襲科の奴で――おーっ、ケイいいところにっ!」

「よかった……。大石君、武藤君、神崎さん、レキさん……これだけ居ればなんとかなるかもしれないね」

 

 振り向くとそこには見慣れた二人――武藤と不知火が立っていた。

 雨の中を駆けてきたのか制服が酷く濡れているようだ。

 水も滴る良い男な姿だが、全力疾走してきたのか肩を上下に動かして息を切らしている。

 

「不知火に武藤……どうしたんだよそんな慌てて。朝っぱらから居るなんて珍しいな」

「そりゃあ一夏のアバンチュールを楽しむために単位目当ての依頼を片っ端から受けてるから当然――って今はそんなところじゃねえぞケイ! 大事件だっ!!」

「事件? 殺人未遂とか?」

「そんなん日常茶飯事だろうが! そういうチャチなもんじゃねーんだよ!」

「チャチて……」

 

 でも事実、武藤の方が正論だったりするから泣けてくる。ひじょ~に遺憾ながら。信じたくなかったけど。

 凶悪犯罪の増加した日本では何でも屋の武偵制度とやらが成立し、昨今での活躍は目まぐるしいものがある。

 逆に考えると何故成立したのかっていう理由が存在しなくちゃいけない。

 腹を抑えて「なんじゃこりゃあっ!?」とか言いたくなる……あれは刑事だけど。 

 その答えの一つが……銃社会。アメリカの共和党に媚びを売って、どんどん規制解除をやっちゃったらしいのだ。中には数千円で買えるものもあるとかで危険なことこの上ない。俺が知っている日本以上に凶悪犯罪が常態化しているのだから悲しすぎる。

 そんな良くも悪くも犯罪慣れしている武籐たちが大事件と騒ぐのだから、生易しい事件なわけがなかった。

 

「発生したのは事件はバスジャックだ! 武偵高の生徒たちが利用する七時五八分の通学バスがやられたみてーだ。チャリジャックに続いて、バスジャックだぜ! 何処の馬鹿野郎か知らねーが轢いてやりたいぜまったく!」

 

 吐き捨てるように説明した武籐に続いて、いつもは涼しい顔の不知火も表情には険しさがあった。

 

「それだけじゃない。狙ったのか偶然なのか経験が未熟な一年生ばかりで、三年生は皆無。二年生も少ないらしいよ。高ランクの二年生や経験豊富な三年生勢は近頃の警察関連のゴタゴタで出張ったりしててね。バスに乗り合わせてなかったんだ。かくいう僕らもその口さ。正直彼らだけじゃ状況を打破するのは非常に厳しいものがあるだろうね……」

「絶対絶命もいいとこだなおい……」

 

 一年のなかには俺みたいな一般中学出身者もいたりする。四月でまだ学校に慣れるので大変な時期にバスジャックとか不運過ぎる。

 頭を抱えたくなる状況だった。そんな中、不知火たちの後ろからさらに来訪者がやってくる。

 特徴的なアニメ声の女の子。

 

「――というわけでC装備をしたあと女子寮の屋上に来なさいケイっ! 事件は待っちゃくれないわよ!」

 

 ちょこちょこと猫のように軽い身のこなしでやってきたアリアさん。

 スライドドアの溝に足を引っ掛けて危うく転びかけるもツインテールを左右に流しながらぴょんとステップを踏んで着地。なんでもないように振舞う。

 腰に手を当てて自信満々な様子が相変わらずちっこ可愛い。

 その後ろにはいつものドラグノフを背負った不思議系美少女レキさんが無表情無発言でコクリと首を前後してこちらに会釈していた。

 つかアリアさんや俺なんて何の役にも立たないんだけど……悪運だけで生き残ってきたようなものだし。

 そういうのはそれこそプロの警察官や武偵に任せた方がいいような。

 探偵科の俺じゃあ役に立たないし……?

 

「あ、ちょい待った! まさか爆弾処理要員か? 元諜報科っていっても爆弾処理は専門外なんだけど……」

 

 武偵高の諜報科は昔の忍者みたいなもので諜報活動や破壊活動等々あるが、爆弾処理など高度な技術を要するものもある。ただし習うのは二年生以降。俺は途中で転科したのでその手の講義は受けていない。

 爆弾で典型的な『青の導線か赤の導線か~』タイプは習ったことがあるけど、それは武偵の基礎知識として習うもの。専門的な知識量は、そこらの武偵高の生徒と変わりない。たまたま奇跡的な幸運で今日までなんとかやってきた。はっきり言って、そんなマグレ当たり野郎が積極的に関わっちゃいけない気がする。

 今回は武偵高の、キンジとか他の仲間たちの命にも関わっているんだ……。ドジを踏めば、昨日まで机を並べて笑い合っていた友人が――――いなくなる。悪い言い方をすれば、仏花が机の上に添えられる光景を目にすることになる。だからだろうか、アリアさんが次の発言には軽く救われた。

 人差し指を真っすぐこちらに向けながら言ってきた。

 

「ダイジョーブ! アンタがそう言うと思ってたから後発組(ウラカタ)に回って貰うわ!」

 

 裏方……なるほど、それだったら俺も助けになれるかも……。さすがアリアさん。もしかしたら俺の心情を察してくれたのかもしれない。委縮していた心に少しだけ勇気の炎を灯った気がした。

 

「……わかった。アリアさんの折角の頼みだし、ここで引いたら男じゃないもんな」

「じゃあ、アンタは――」

「ああ通信なら任せてくれ。そこら辺が妥当なとこだろうし」

「ふぇ?」

 

 あれなら、元々専門だった(・・・・・)からイケるかもしれん。

 様々な情報を瞬時に処理しつつ、的確な助言を伝える技能は才能(センス)より経験(つみかさね)が物を言う。

 人間は両方の耳で別々の情報を処理することができない。

 「二丁目の田村さんがアナタに用事があるらしいですよ」「どーも先輩、今度一緒に遊びにいきませんか?」――こんな短い文でも、いきなり同時で喋りかけられると脳の処理能力を超える。

 だが数年間本気で鍛えれば、習得できないわけじゃない。努力を重ねたからこそできる技。才能以上に努力、経験が物を言う世界――それが通信。

 だからこそ本職の通信科(コネクト)に頼むのが筋なんだけど、今回は俺がやらせてもらう。数少ない自信を持ってやれる部署。むしろ探偵科より、そっちに転科するのも面白いかもしれない。今更だけど。

 アリアさんが目を見開く。なぜか驚いた様子だった。

 

「ちょっとストップ! ケイのポジションは別のね――――(おかしいわねぇ……? アタシの勘が正しければ、ケイはフロントバックを好むだろうから誘導したのに。希望がまったく別の……後衛ポジションじゃない。どうしてかしら……?)」

「それってどういう――」

 

 ――ことだ、と聞き返そうとしたとき。

 バンッッッ!!

 俺の声を遮るように荒々しく扉が再度開け放たれて飛び込んできた人物がいた。

 長い黒髪。脇に抱えた古めかしい刀。

 雨に濡れて白い着物にうっすらと黒いラインを覗かせた女性。

 

「神崎アリアッ! そ、その話、私も入れさせてッ! キンちゃんを……キンちゃんを助けたいの!」

「白雪さん!? キンジを助けたいってどーいうことなんだ?」

「にゃにゃあああにゃ!? ちょ、ちょっとおちちつつききなさい!」

 

 俺の言葉に返すでもなく白雪さんはアリアさんの両肩を掴んだまま、ガックンガックンと相手を揺らしまくっていた。

 普段の大和撫子を絵にかいた雰囲気とはまったく違い、彼女は気が触れたようにぶつぶつと独り言を漏らす。

 

「早くしないとキンちゃんが危ないのっ! ええっとバイクじゃ追いつけないから……なにか、なにかない!? どうしよう……どうしよう……私が頑張らないと……。今度は私が助ける番……。占いがこんな結果になるなんて……は、はやく! はやくいかなくちゃ――」

「アンタはまず冷静に――」

「――――そうだぞ星伽ぃー。お前はすこぉーし頭を冷やすといいぜぇー」

「あぐぅ!?」

 

 ゴツンと鈍い音が白雪さんの脳天に響く。

 微妙に間延びした口調とともにやってきた人物は、

 

「綴先生?」

「おーう綴さんだぞぉー」

 

 いつもの咥え煙草。ラリってる感じの危ない雰囲気を醸し出している綴梅子先生だった。

 煙を燻らせながら白雪さんに対して少し厳しい視線を投げかけている。

 

「…………んでぇ、星伽よぉーお前さんは武偵高(うち)の預かりモンだって判ってんのかぁ。都会(そと)に出るのだって散々本家の奴らにゴネたんだろぉー?」

「で、でも、それはっ! キンちゃんと一緒にいるためで……だから、キンちゃんが危ないならアタシ……が――」

「そんでバスジャックにってか? 冷静に考えろよなぁ、優等生のお前らしくない。私はお前さんのデータは一応預かってるんだわ。アンタの超能力(ステルス)と爆弾は相性が悪いだろー? それにポン刀引っさげながら狭いバスの中でなにするのかねぇ。宮内庁(くないちょう)からもよろしく言われてんだよぉ。…………つまり大人しく別の奴らに任せておけってことだ。判ったな?」

「それは……けど」

 

 何かを思い出したのか目を見開いて顔を上げる白雪さん。

 冷静さは取り戻したものの、悔しそうに服の裾を握りしめているようだった。

 

 それにしても本家に、宮内庁?

 宮内庁っていうと天皇とかの皇室関連の行政機関のことだよな……。西暦六○○年後半あたりには既にその元となった組織があったっていう歴史ある部署だ。

 ……もしかしなくても白雪さんって物凄いお嬢様だったりするんだろうか?

 それに生徒会長で女子バレー、手芸、園芸部の部長で偏差値75オーバーで完璧超人だなぁ…………いや今、重要なのはそこじゃない。

 白雪さんはいまどき珍しいほどの大和撫子タイプで一途な女の子だ。周りがヤキモキするくらいに。

 キンジのことは幼少時から慕っているという話を聞いたこともあるし、俺もいくつかアドバイスした。

 正直奴は爆発しろと言いたいが……まあ置いておいて。

 白雪さんは何か見えない鎖にでも縛られたように彼女はその場から動かない。

 いつものほんわかとした笑みを周囲に振りまく姿とはまったく別の動揺した姿を見せた。明らかに助けに行きたいであろうことは容易に察せられる。なのに彼女はそれ以上動こうとしなかった。

 顔を伏せながら、ぎゅっと胸元の服を握りしめるばかり。

 やっと視線を上げたが、目で相手に訴えかけても、綴先生は肩を竦めて察してくれと言わんばかりに顔を背ける。

 彼女にとっては大切な幼馴染。そして俺にとっては付き合いの長い友人。そいつの危機。

 ……助け舟を出したって悪くない、はず。

 

「いいんじゃ、ないですかね? 白雪さんだって出たがってるじゃないですか」

 

 俺が後ろの方で口を出すと、ダルそうに頭を掻きながらこちらに視線を向けた。

 ……おう、チッって舌打ちされたんすけど。

 やばい。なにか判らんけど美人が顔を歪めると全てこっちが悪い気がしてきた。

 だ、だけどここは頑張れ大石! 俺のようなビビりと違って白雪さんは必死に頑張ってるんだからな! ファイトだ!

 怯まないように目に力を入れて見返す。

 

「……んだよ大石ぃー。お前ぇ……結構なフェミニストだと思ったんだがなぁー。いや悪い意味で言ってないぞ。お姉さんは好ましい部類だと思ってるさ。だけど、警察にとってのヤマ、消防士の火災現場、そして武偵にとっちゃ事件は戦場だぞぉー。…………女を戦場に行かすなんて随分素敵な紳士さまだねぇ~?」

 

 すんげー毒吐かれましたよ、おい。忘れてたけどこの人、尋問科(ダギュラ)の先生じゃんか!

 口八丁手八丁が武偵高でも随一なのが尋問科。蛇のようにねちっこくこっちの心を弄ぶことが大得意。

 一気に勝算がなくなったような…………いや諦めんなよ俺! さっきからごちゃごちゃ悩んで駄目人間に思えてくるんだから、こういう時くらい頑張れって話だ!

 内心汗だらだらだけど兎に角、言葉を出してみる。

 

「い、いやぁ~ホラ! アリアさんだって行くし大丈夫じゃないかって……」

「まーそっちは大石と神崎に、レキ、武藤、不知火とSランクにAランクがゾロゾロ居るわな。セオリー無視でいの一番に現場へカチ込むのを先生は見逃してあげるんだけどなぁー? 更に星伽まで連れてっていくわけだ。『(かえる)の面に水』って知ってる? それとも『面の皮が厚い』ってーか?」

 

 毒の割合が増えてるよ! どんだけ白雪さんを行かせたくないんだろうか。

 ちょっと周りはどうかち視線を向けると、アリアさんはどちらでもいいのか倉庫からC装備――防弾チョッキやヘルメット、ひざ当てなどの準備をし始め、携帯で誰かと連絡を取っていた。時折、アニメ声で怒鳴っている。もしかしたらキンジ相手かもしれない。

 不知火は手信号で「ごめん、僕にはどっちが正しいか判らない」と済まなそうに頭を下げていた。俺のワガママみたいなもんだから、仕方ないか。

 武藤はニヤけたり顔をしかめたりと百面相をしている。コイツ、ぜってー白雪さんと一緒だったらいいな、でも危険なのは――て感じ考えてる気がする。

 レキさんは、扉の付近でしゃがんでいつもの無表情(ポーカーフェイス)を維持したまま、雨宿りに来ていたのか、それにしては身綺麗な子犬の頭をぽふぽふと両手を使い撫でていた。とても和む。

 あー、うん、とりあえず説得頑張ろう……。

 

「大切なのは助けたい気持ちって奴じゃないっすかね?」

「気持ちでこなせたら警察はいらないだろぉー?」

「そこは、こう先生のお力で、お一つ」

「だーから、宮内庁のお偉いさん相手にどーこうできないってぇの」

「俺も全力で頑張りますんで!」

「………………あ? お前さんがか」

 

 アレ、少し手ごたえがあった?

 今までは鬱陶しそうにしていた先生が、初めて興味を惹かれたようにこちらを注視してきた。

 目は口ほどに物を言う。諜報科で相手の瞳は情報を探る上で重要だと習った覚えがある。勘違いかもしれないけど、ホンの数mm、綴先生の黒瞳が左右に揺れたような気がした。

 意外だけど……あれか、俺個人のやる気が突破口かもしれない。もう少しそこから攻めてみよう。ハッタリとかなら得意だからな! 自慢できんが!

 

「いやー、俺も全面協力しますし、白雪さんも安全っすから!」

「ほうほう……最近サボり優等生さま“円”の全力、なァ? 期待していいのかねぇ」

 

 眉間にシワを寄せて厳しい顔だが、悩んでいる様子だった。その思考の間隙を突いて不知火の援護射撃が入る。

 

「……綴先生、彼の解決事件(コンプリート)は七七件ですよ。その実力は間近で見てきた僕が保障致します。さらに神崎さんも九九件の事件を解決した実績――――星伽さんが負傷する可能性はかなり低いかと」

「武偵高きってのダブルスコア組か……大丈夫といやぁー確かに……いやでもなぁー……」

 

 ナイス不知火!

 先生に見えないように親指を立てて御礼をしておく。不知火はウインクして、口パクで「頑張ってね」と伝えてきた。ほんとこういうさりげない気遣いが凄いなお前。嫌味じゃないイケメンさんだ。

 俺の解決事件(コンプリート)については先輩方についていったものが大半なので、こそばゆいけど…………とにかく先生から初めて前向きなお言葉が来た。ここは畳みかけるべしだ!

 

「当然ですよ! 解決までの糸口は見えてますから! もう終わったも同然です!」

 

 ……解決するのはアリアさんたちだけどな、とカッコ良くないことを内心思いつつ、必死にアピールする。

 

「随分なビックマウスだけどなぁー、しかしお上に逆らうってのもメンドーだし――」

「――ええやないか綴。行かせたれや。上がなんじゃい! ルールなんざ適当に破りくさって上等だろがぁ」

「蘭豹先生?」

 

 後ろから綴先生の肩を掴んで言ってきたのは意外にも蘭豹先生だった。

 一瞬こちらに目を向けられたとき何故か冷や汗というか、少し怖かったけど顔だけは満面の笑み。

 それに対し、綴先生はやられたとばかりに額を抑え「やれやれ」と言いながら後ろを向く。

 

「それじゃ駄目って言ってんのによぉー。個人的な考えで私を使うなよぉー」

「武偵憲章第四条――『武偵は自立せよ。要請なき手出しは無用の事』。ええ言葉やないか。こいつらは自分達(テメエら)で考えて事件に立ち向かってんやろ。蝶よ花よと預かりモンを囲うのもええけど、たまにゃあ動かさないと腐るかもなぁ」

「花は腐っても人は別だろぉー? それより本家とかがなぁー…………あーあーわかったわかったから、そんな好戦的な目に見つめるなっての。別に良い子ちゃんぶるほど、私もお行儀良くないさ。……でも今度奢れよぉ?」

「商談成立ってわけやな。おし、じゃあ大石ぃ!」

「は、はい?」

 

 大丈夫そうで俺は人知れず胸を撫で下ろしていたが、いきなり呼ばれて少しびくっとしてしまった。

 動揺しつつも返事を返すと、

 

「おどれも協力するってことでええんやな? 前言撤回なんて抜かしたら潰すぞ」

「いや、もちろん手伝う予定ですけど」

 

 そこでニヤリと笑う蘭豹。

 ゾクゥ!?

 ドアが空けっぱなしで、雨に冷やされた風が背筋を駆け抜けた……そんな悪寒がした。

 あれ……俺、やばい?

 

「全力で頑張るって?」

「だから確認しなくてもやりますって!」

「言質はとったでぇ? 綴も聞いとったな?」

「音は取ったぞー」

「え?」

 

 なんだろう……こう退路を塞がれた感が……。

 

「よーし! ヘリ二台にパイロットの車両科二名を確保してやるで! 星伽ぃ!」

「は、はい!?」

「えかったな。ワイらが特別に見逃したるで? 黙って王子さまでもなんでも助けてやりゃいい」

 

 笑顔の蘭豹はそういうと綴先生になにやら話す。先生は肩を竦めたあと、そのまま手をひらひらさせながら部屋を去って行った。たぶんヘリやらを手配しにいったのだろう。

 白雪さんは先生方にお礼を言っていた。

 

「あ、ありがとうございます! 大石君もありがとう!」

「いや不知火が丁度いいタイミングで言ったのもあるから」

「僕はただ親しい友人が頑張る姿に感銘を受けてポロっと口をこぼしたに過ぎないよ。大石君の行動あってのことさ」

 

 あーもう! 不知火がイケメン過ぎる!

 今度俺に飯でも奢ろう。……もちろん武藤やキンジも連れてなっ。

 

「不知火君もありがとう……これでキンちゃんを助けられるっ。…………ちょっと、実家には悪いこと、しちゃったけど」

「俺は良く判らないけど。まあなんだ、後でいいんじゃね? 後悔は後に悔いるってんで、終わった後でもできるし、怒られたらそんときはそんときで。それより笑顔でバスにいるアイツを迎えにいけばいいんじゃないか。最善か知らんけど最適解ではあると思う」

 

 緊張から解放されたのか、一筋の滴を流した彼女はこちらを見上げながら小さな白花が咲く。

 こういう時にどう言えばいいのか判らない。ちょっと照れくさいので横を見る。

 

「そ、それよりまだ始まってもないし準備しないといけないんじゃないか?」

「……うん、そうだね。それじゃあちょっとアリアのところに行ってくるよ。……キンちゃんのお友達が大石君や不知火君のような人で本当に、良かったと思う。ありがとう」

「お、おう」

「頑張ってね」

 

 大輪の白百合の花を咲かせたあと、白雪さんはアリアさんの元へと走っていく。俺は少し照れながら、不知火は爽やかな笑顔で。

 

「……不知火もサンキュ」

仲間(とも)を助けよ――ってね。それより早く遠山君たちを助けにいかないと。きっと苦戦しているはずだから」

「そうだな……まあ俺ができることは少ないけどさ」

「大石君は謙虚だね」

「謙虚っていってもなぁ……」

 

 不知火が苦笑する。どういっていいものか。

 悩んでいるとテンション高めの武籐がやってきた。

 

「いよっしゃ! 白雪さんにいいところ見せてやるぜえ!」

「……武籐ー、だったら助けてくれよ。綴先生怖かったんだからな」

「まあまあ、いいじゃねえか! それより久しぶりのチーム戦だぜ! いっちょやったろうじゃねーか!」

「武籐君は熱いね。まあ僕も頑張ろうかな」

「ったく、俺もまあボチボチやるけどさ」

 

 誰が言うでもなく、右拳を掲げ、コツンと三人で拳を合わせる。

 頑張らないとな。

 

「とりあえずC装備で行くらしいから準備するかな」

「おーし、ビシッと決めてやるぜ!」

「そんじゃ俺も――」

 

 ――通信科の施設に向かおう、そう思って足を出口の方へと向けたが、それは叶わなかった。

 ガシッ!

 男性と違い、一回り小さな女性の掌が俺の動きを止める。

 なぜか、肩を、掴まれた。

 蘭豹が、笑っていた。獰猛な肉食獣を彷彿させる顔で。

 

「大石ぃ~、全力で、本気で、偽りなく、気張るんやろぉ?」

「うぃ!? えーまあ。だから裏方として通信でもと――」

「アホんだらぁ! だーれも、んなもん期待しとらんわ! ええからC装備の後、ヘリに乗り込めやぁ! 星伽のお守りはおどれの仕事やろ、前線行く奴が勝手に持ち場を離れるなちゅうに!」

「いや、俺は通信――」

「強襲科のS取った奴がバックに戻んな。死ぬ時は身体の前面にタマ受けて死ね! 死ぬほど気張れ!」

「マジで!? いや、ちょ――!?」

 

 違うッ!

 俺は通信くらいしかできないし!

 助けを求めてリーダー格であろうアリアさんを見ると感心したように頷いていた。

 

「……そういうこと、か。教師からの強制連行って形をとったわけね……。婉曲的な手法だけど、それがアンタのやり方ならアタシが口を出す必要もないわ。それに必要なメンバーや移動手段も用意させるんだから、素敵な交渉術だったわケイ。…………これなら、後はキンジの実力を測れば準備は整うわね――」

「ちょっとーアリアさーん! あのー俺はですね!」

「え・え・か・ら……とっとと着替えぃ!!」

「あだだだだだだ! 耳は引っ張らないで――わかった、わかりましたから! 手を離して! 耳なし芳一になっちまうっ!」

 

 ぶつぶつと呟きながらアリアさんが自分の世界に入ってしまう。

 有無を言わさず耳を引っ張っていく蘭豹先生。なし崩し的に装備を整える羽目になった。

 不知火と武藤はすぐ準備が終わったのか、俺の肩を叩いて屋上に向かう。白雪さんとアリアは女子更衣室へと行っていた。

 レキさんは犬の背後に周りバンザイさせながら「よろしくお願いします」と一緒に頭を下げるという不思議な行動をしたあと、そのまま彼らと同じく去っていった。

 

「お、おう…………?」

 

 蘭豹にドヤされながら俺は適当に着替えて気付いたらヘリに乗り込んでいたのだった――

 

 

 

 

 

 ■  ■  ■  ■

 

 

 

 

 

 時は遡り、早朝八時前。

 東京武偵高校第三男子寮付近にて。

 

「くそっ、今日は体育で持久走があるってのに雨なんてツイてないな。土砂降りのなかを走らされかないぞ……。あ、バス待った! 入れてくれっ!」」

 

 ポツポツと降りだした雨のなか、キンジは急いでバス停の前まで走る。

 バス停の屋根の下で傘を数回ほど開閉し、水気を払って閉じるとバスの入り口へと向かう。

 何人かの生徒が列を作っていた。仕方なく最後尾へ並ぶ。

(チッ、思ったより込んでいるな。想定していた人数より多い。雨でみんな早めに来たってことか)

 内心舌打ちをしていた。不特定多数の人間と触れ合うことを嫌うキンジにとってあまり歓迎できた事態ではない。とはいえここで歩いて学校に向かうという選択肢もない。十中八九一時限の授業をフケる羽目になるからだ。

 列が進みやっと自分の番が来る。後ろには誰もいないので満員気味だが一人、二人が辛うじて入り込めるスペースがあり、そこに乗り込もうとした。

 すると眼鏡にセミロングの髪を短く結んだ一年生がキンジの姿を認めると薄く頬を朱に染め、慌てて中へ中へと押して入り口付近に空きスペースを作った。

 

「あ……遠山先輩おはようございます! 今すぐなかに行きますから!(やった! 憧れの先輩のすぐ傍なんて嬉しいな。牡羊座が一位だったからかな……?)」

「あ? ああ、悪いな……(スペースは空いていた気がするが……まあいいか。しかし女子の隣とか運が悪いな。バスが混んでるし、ヒスらないように気を付けないとな)」

「いえいえ!(キャッ、クールな顔が渋くていいっ!!)」

 

 バスへと乗り込んだキンジは極力、性的興奮が起きないように入り口付近の手すりに掴まった。

 衆人環視のなかでHSSを発動し、天然ジゴロと化したら真面目に不登校になりかねない。

 日常生活で(かせ)の多い自身の能力に人知れず溜め息を吐き、気分転換に外の風景を眺める。

 まだ冬の冷たさの残る雨粒が肌を湿らせ少し身震いする。黒く濁った空はこれからの荒天を予期させ、さらに気分が滅入る錯覚を覚えた。

 ふと自分が身につけた腕時計が目に入る。洋風ものと違い、紅葉の絵柄や陰陽を思わせる黒と白のコントラストが不思議と心に安らぎをもたらす――そんな和テイストの腕時計だった。白雪にプレゼントされた時計だ。

 太陽や電灯の光を反射させるといざという時、犯人に見つかる恐れがあるため、光が反射せぬように軽くいぶした一品。

 理子に修理を頼んでおいた時計がポストに入っていたものの、朝食を作りにやってきた白雪がチラチラと彼の顔と腕を交互に見ていた所為でやむなく付けていたのだ。

 涙目でにじり寄り、天然なのか推定Eカップはあろう胸の谷間を覗かせていた彼女の頼みを断れるわけがない。白雪本人は先に行かせていたので今はいない。

 武偵高の校舎はその他、学生相手のデパート、コンビニ、何が入っているか判らないビルのテナント――流れる建物たちの向こう側には東京のビル群が建ち並び、今日も世のサラリーマンたちはあくせく働いていることだろう。

 

 無意識に車内の生徒を観察する。

 男女は半々。一年が六、七割。残りは二年生だろう。

 耳に届く会話は、仕事の内容より昨日のテレビやファッションについての話題が多い。

 二年、三年と上がっていくと過酷な依頼の経験から自然と喋る内容が変わっていく。

 最新の衣服より拳銃メーカーの新商品。そして性能の良し悪しについて語り。

 スポーツは純粋に楽しむのではなく、効率よく筋肉を鍛えるための手段。または犯罪者に対して有効な武道の話題に。

 何気ない仕草で一般人を装うが、注意深く観察すれば隙が少ない戦士――つまり立派な武偵生へと変わっていく。

 極一部では教室内でエロ本ネタや香水やらで騒ぐ奇特な人物もいるが、そいつはそいつで立派な経歴を残しているので強者の余裕と見る者もいる。

 

 キンジは中学から武偵を志しており、武偵としての経験値は四年間分。特別な事情を除き、同年代の中では経験豊富な分類だ。

 特に最前線で戦う強襲科は単純な戦闘技能より、如何にして戦場から生きて帰るかという生存本能、技能が勝手に身に付く。

 周囲の分析をしていたのも、そんな理由からだった。

(そういえば……最近は忙しいというか、騒がしいな。アリアが空からやって来て。白雪が刀片手に大騒ぎ。理子は調査の代わりで俺にギャルゲーを買わせたり。……さらにチャリジャックに武偵殺し、か。それに――)

 不知火亮――武藤剛気――そして大石啓。

 学校では付き合いの長い良友であり、悪友たち。武藤がケイに貸そうとしたエロ本が何故かキンジの机の上にあって、危うく誤解を受けそうになったり、食堂では不知火がやたらと近くに座って女子から変な目で見たれたり――少々納得のいかない出来事もあったがその思い出は存外面白いと彼は思っていた。

 TVで見る一般高校の生徒たち。楽しそうに青春を謳歌する彼らを眩しそうに眺め、ふとその輪の中に入ってみたいと思うこともあった。

 事実、兄を失った際にはそういう腹積もりだった。

 しかし、なんだかんだで今も武偵を目指している。

 硝煙臭く、乱暴で、非常識極まりない。死んだ学生の統計を示せば、恐らくベストテンには入ろう学校なのに。

(やっぱり俺はとことん武偵向きなのかもな――)

 自然と口の端を伸ばし、一人で思わず笑ってしまう。

 今日もまた騒がしい日が訪れることに例えようのない感情を抱いていたとき。

 

『このバス には爆弾 が仕掛けてやがります』

「……え?」

 

 有名なボーカロイドの機械音声。

 聞きなれた、しかし○○Pが作った歌などではなく、最近聞いたばかりの忌々しい声。

 隣にいた眼鏡の少女が困惑した表情で携帯の画面を見ていた。

 

『減速 すると爆発 しやがります』

「な、なにこれぇ!? わ、わたし……え……ちょっとなんで消えないの!?」

「まさか武偵殺しか!? おい、ちょっと貸せ!」

 

 少女の手に収まっていた携帯を半ばひったくるように奪い、画面を見る。

 通話状態のままで操作を受け付けない。

 話を聞くと、二つ折りタイプのその携帯はポケットの中に入れたままで、マナーモードにしていたら振動を感じたので取ったのだと言う。

 そうしたら携帯を開くまでもなく声を発し始めたのだと。

 その事実にキンジは武偵殺しの線を強める。

 先日のセグウェイといい、犯人が機械いじりを得意とすることは明白だ。

 彼は大声で叫んだ。

 

「みんな冷静に聞いてくれ! ……このバスに、爆弾が仕掛けられて可能性がある。この少女の携帯を遠隔操作して犯行声明を出し、爆弾を仕掛けたと言ってきている。見過ごすことはできない。……そこのお前とお前! 教務科(マスターズ)と武偵局に連絡をしてくれ」

「ちょ、ちょっと先輩どういうことだよ!? 爆弾だなんて……」

「どうやって知ったんですか! 抜き打ちの試験とかそういうことですか?」

「いや待て。この人って二年に有名な遠山先輩じゃ……。それじゃ本当に爆弾が……?」

「有名か知らんが、とにかくごちゃごちゃ言ってないで武偵なら即座に行動しろ! 間違いだったら後で土下座でもなんでもするから早くしてくれっ!」

 

 周囲は困惑していたが、キンジのネームバリューもあってか、それとも先輩の剣幕に気押されたのか、一年の男子たちは慌てて携帯を片手に連絡を始める。

 無論、間違いの可能性もあり、キンジとしても心の片隅ではいたずらであって欲しいと願っていた。

 その場その場で瞬時の判断を迫られる武偵は、早とちりをしがちでたまに世間の非難に晒されることもある(怪しいオジサンが子供を連れていこうとていたのをとっちめたら実際は親子だった、など)。

 しかし『爆弾』『遠隔操作』『ボーカロイド』――武偵殺しにしろ、模倣犯にしろ共通点が多々ある。

 車内に爆弾が仕掛けらていると半ば確信しながら、キンジはバスの運転手のところへと向かう。

 

「運転手、今の声は聞こえていたよな。すまないが今の速度で維持してくれないか?」

「は、はいわかりました。しかし爆弾なんて……」

「それは今調べる。すまないがみんな、上の荷物棚や座席の下とかを調べて――――」

 

 キンジが言いかけたその時。

 ドクン

 背筋が凍るような、カチコチに凍った氷の芯が背骨に差しこまれた錯覚を覚える。

 視界に入った窓の外。赤いオープンカーが併走していた。激しい雨にも関わらず。

 強烈な違和感。車が走る普通な光景に、運転手がいない不自然な事実に。脳は警鐘を鳴らす。

 そして先日のチャリジャックの際に追跡してきたセグウェイ。それにに取り付けられたUZI(ウージー)の銃口がこちらに向けられているのを。

 

「――ッ!? 射線入ってるぞッ!! 全員しゃががめええええ!!」

 

 バラララララッ!

 鉛の嵐が窓を突き破り生徒たちに襲いかかる。

 キンジの大声と数人が外を見ていたこと。そしてさすがは武偵高校の生徒というべきか。

 車内の生徒たちは反射的にしゃがむ。

 悲鳴を上げながらもパッと見では銃弾に当たった生徒はいないようだった。

 ほっと安堵の息を吐くキンジだったが、

 ドン!

 

「な!?」

 

 突如車内に大きな衝撃。ギャリギャリィと金属が擦れ合う耳触りな音が響く。

 キンジは運転手を見ると、

 

「…………ぅ」

 

 肩から血を流し、ハンドルの上にうつ伏せになっていた。

 慌ててシートベルトを外し、近くの生徒に預ける。

 

「お、おい、大丈夫か!? くそッ、肩に血が……痛みで意識が吹っ飛んだのか。誰か救護科と……あと車両科の生徒はいるか!」

「あ……応急手当なら私が」

「よし頼んだ。あと運転だが……」

「い、いや俺は強襲科だから――」

「私は通信科で――」

「自分は鑑識科で運転はさっぱりです」

「……不味いな、運転経験なしか」

 

 不運は重なる。車両科の生徒が一人もいなかった。

 せめて武藤か、不知火が居てくれれば。

 車両科の武藤ならバスの運転は当然できるし、不知火も多少こなすことができる。

 アリアが入れば敵の撃破は余裕だろう。ケイなら誰にも思いつかないような奇策で一気に解決できるかもしれない。

 

 ――――だが彼らはいない。

 

 キンジはバイクならともかく大型車なんて運転したことはない。普通自動車も軽く触った程度だ。

 しかも運の悪いことに車内の二年生は鑑識や救護など戦闘とは無縁で、強襲科は自分だけ。

 車内のみんなは最初に音頭を取ったキンジに対し、縋るような目で見ていた。

 

「仕方ない、俺がやるからみんなは爆弾を――」

 

 バララララ!

 まるでキンジの声を遮るように再度弾丸が窓から放り込まれる。

 一部の女生徒はガタガタと震え「死にたくない」「なんで自分たちが」と呟くものすら居た。

 なんとかバスのアクセルを吹かし、速度を維持しようにも、前方が見にくい。下手に頭を出すと撃たれかねないからだ。

 動く爆発物となったバスは何度かガードレールに体当たりし、火花を散らしながら橋へと向かう。

 犯人に弄ばれ、頼りになる仲間たちもいない。八方ふさがりの状況。

 自身で解決したいが取れる手段はただ一つ。

(ヒステリアモードなら、あるいは。だが……駄目だ。あれは諸刃の剣。あとでどうなるか判らない。それにこんな緊張状態で興奮できる行為なんて常識的にも状況的にも土台無理だ。かといってこのままじゃジリ貧……。考えろ、考えろ、考えろッ! 強襲科で……探偵科で俺は何を学んできたんだ――――ッ! 危ない!)

 キキィ!

 慌ててハンドルを右にきる。ホンの五○cmの距離も無く、危うく他の乗用車に追突するところだった。

 悪天候ゆえか普段より交通量が少ないことが幸いだったが、これでは考えにふけるのもままならない。

 冷静に考えようにも他人に指示しながら自らも行動するには経験が浅かった。

 キンジの潜在的な能力は高いだろう。強襲科という最も過酷な舞台で生き続けた四年間は馬鹿にはできない。されど、その花が咲くにはしばし時が必要だった。

 唇をかみしめながら舌打ちをする。

 ――せめて信頼できる友が一人でも居れば。

 『たら』『れば』で物事を考えるなど愚行。だが思わずにはいられない。

 状況が彼の思考を鈍らせ、堂々巡りの思考の中、ただただ時間だけが無為に過ぎていく。名案が浮かばぬまま、バスは進む。

 そのバスに空から近づく二台のヘリが、あった。

 

 

 

 

 

 ■  ■  ■  ■

 

 

 

 

 

 なぜだろう?

 そう考えた俺は悪くないはず……たぶん。

 いや自分の発言に責任を持ちましょうと言われたそれまでなのだが。

 

 アリアさんや蘭豹先生に半ば押し込まれるようにヘリに乗せられ『第二分隊リーダー』なんて急場の役職を小さなお嬢様から賜り、件のバスに向かっている。

 先に現場に向かったのがアリアさんをリーダーとして、不知火、武藤と蘭豹先生に捕まった憐れな三年生の車両科男子。

 その後を追うように向かっているメンバーは俺、白雪さん、レキ、そしてヘリを操縦している長身でシャープな顔立ちの一年生女子、武藤貴希(むとう きき)さん。武藤と同じ名字でどことなく、アイツと似ている雰囲気を感じたのだが、さすがにキンジや他の生徒たちが危ない状況でのんびり談笑するのはKYだろう。

 彼女は無理やり連れてこられたのか不機嫌そうな表情でヘリを飛ばしていた。二、三言葉を交わしただけで終わった。

 当初は一台の予定だったが綴先生が後発組に白雪さんを入れるために、もう一台用意してくれたらしい。

 ぶぶぶと携帯が振動したので取り出す。メールが届いたようだ。内容はというと。

『こっちは先にバスへ突入するわ。レキは待機。ケイと白雪は臨機応変に対応しなさい。あとヘルメット内臓の通信機能の電源は付けておいて。以後携帯は使えないから』

 しまった、忘れてた!

 心の中で謝りつつ、ヘルメット内臓の電源を付ける。悪天候のせいかザザザとノイズが入るものの、通じるようだ。

 これでスイッチを押せば、アリアさんたちと連絡することも可能だ。

 メールから察するにどうやら彼女たちはバスに直接乗り込むようだけど……。

 それにしても臨機応変かぁ……。個人的にはビルから紐なしバンジーを連想するので、バスに降下したくないのが正直な感想なのだけど。

 内心苦慮していると通信科と連絡を取っていた白雪さんが、ヘッドホンの位置を調節しながらこちらに聞いてきた。

 

「大石さん、なにか連絡でも……?」

「ああ、アリアさんたちは先に降りるってさ。こっちはレキ以外の奴は臨機応変に対応しろって。白雪さんは、どうする?」

 

 あれだけ慌てながら先生に直訴したのだ。たぶん一緒に行くと言うのかと思ったのだけど。

 

「私は……ここで通信科やバスの突入組とか、キンちゃんと連絡を取り合うつもり、だよ」

「あれ? てっきりキンジの元に行くんだろうって思ったんだけど」

 

 意外だったので少し驚く。直ぐにでも飛び出していくのではと思っていたから。

 彼女は一度を目を閉じて、考えたあとゆっくりと首を左右に振った。

 先ほどと違い、落ちついた表情で言う。

 

「先生方の言ってた通り、私じゃあまり……役に立つか判らないから……。それに星伽のこともあるし……」

「いやでもさ。さっきも言ったけど、そんなの後で考えれば――」

「ううん駄目。ここまで来て自分勝手だなぁって判るんだけど……実際先生たちの言う通りなの。私の習った超能力(ステルス)だと、足を引っ張る可能性がある。キンちゃんやみんなを助けるには、アリアみたいな子が必要だと思うから……だから私は、ここで見守る。私の出来る最善を尽くすの。きっと、それが一番、正しいはずから……。ごめんね、大石さん、先生に掛けあってくれたのに……」

「いや白雪さんがそう言うならいいんじゃないか? 俺も偉そうに言えないし……」

 

 彼女の瞳は少し沈んでいるようにも見えたが、その声音は硬く何を言っても自分の考えを曲げる意思がないように思えた。

 これ以上俺が言葉を重ねても迷惑でしかないのだろう。たぶん白雪さんの心を開かせるのはアイツしかいない。

 手に持っていた携帯。隙間風に揺られて水晶型ストラップが、俺のヘルメットにぶつかる。その音はどこか鈍く、彼女の心情を表しているようだった。

 レキは我関せずと、ドラグノフを片手に座っていた。

 

「バスジャックか……。にしても風が強くてふっどぉ――ッ!?」

 

 ぐらりとヘリが揺れる。

 どうにも嵐が来ているせいか悪天候で揺れ過ぎているようだ。

 つーか、さっきからグラグラ足もとが変にブレる気がして嫌だなぁ。気分もあまり良くない。

 空中か……嫌な思い出もあるし、どうしたもんかな……。

 白雪さんは真剣な表情でマイクに何か話しかけている。そっとしておこう。バスの近くまで来ているが、下を見降ろしても、対象のバスは見当たらない。もう少し時間があるようだ。

 レキに話しかけてみようかな……。彼女はアリアさんからヘリの上で待機と命じられているから時間的に余裕があるだろうし。

 あまり話題に花が咲くタイプじゃないんだけど、車の中で読書した気分というか、ぶっちゃけ体調が優れない。

 

「ああーっと、そっちの調子はどう?」

「……? いつも通りです」

「ああ、うん、そっか……」

 

 会話終了。いや待て俺。もうちょい粘ろうぜ!

 なので引き続き続行する。

 

「雨は降るし、風は強いし、大丈夫?」

「問題ありません。私には風の声が聞こえます。荒々しいように思えますが、存外この場の風はそこまで激しいものではありませんよ」

「へ、へーっ! さすがだな狙撃科のエース! どんな長距離射撃もお手の物ってわけだ」

「はい」

 

 淡々と答えるレキ。

 しかし勘違いだろうか? 僅かだけど、ドラグノフを強く握り、どこか誇らしげな顔付き(無表情だが)をした気がした。

 なんというか自分の腕に絶対の自信があるような、黙して語らず、だがこの子ならできると断言できる頼もしさが感じられた。

 凄いな……ホント。

 そう思っていると彼女の透明な瞳がこちらに向き、話しかけてきた。

 

「しかし大石さん。どうも落ち着かない様子ですが、どうかされたんですか?」

「ああ、いや……なんつーか、こういう大事件は緊張しちゃってさ。俺なんかが役に立つのかなーって」

 

 体調のこともあるが何よりこういう人命が関わる場面だとどうしても身体が硬くなってしまうというか、責任とかの重さを必要以上に感じてしまう。

 会社の社長とかにはちょびっとだけ憧れるが、それ以上に職務に対する重責がどうもな……。

 俺の言葉をどう思ったのか彼女は少しだけ首を傾げると、抑揚のない平坦な声で話し始めた。

 

「それはいけません。どんなに優秀な人間でも冷静さを欠くと実力を半減してしまいます。呼吸を整え心臓を落ちつかせた方がいいでしょう」

「わかっちゃいるんだけどなかなかな……」

「…………日本の各種武道は精神鍛錬の意味合いも強いと聞きます。大石さんのご実家も道場をやっていると風の噂で聞きました。剣や弓に関する精神を落ちつける術もあるのでは?」

「なくはないけど、なぁ……」

 

 剣は突き一辺倒だったから論外。弓も一応あったけど……。

 

「弓は…………うん駄目だな。あれも論外過ぎる……」

 

 じーさんに「武士は弓術も優れた方がいい」と言われて持たされたことがあったがてんで駄目駄目な結果を残した過去がある。

 むしろ弦を引いたら衝撃で転んでなぁ……。折れちゃったんだよな。しかも矢があろうことか、ほとんど真上にぶっ飛んだ上に風で俺の頭の数cm横を掠めるとか死にかけたし。

 

「あっという間にへし折れるからなー……うん、無し」

「そうですか」

「いや、わざわざアドバイスしてくれたのにごめん」

「いえ特に問題はありません」

 

 そういうと彼女はまたドラグノフを片手に目を瞑って集中し始めてしまった。

 ……うぅ、ちょっと言い方が悪かっただろうか?

 駄目だなーどうも。いつもより頭が更に回ってない気がする。

 もう、腹を決めてかからないとヤバイのに……くそ、怖ぇ…………けど降りて爆弾をどうにかしないと、いけないんだよな。

 もやもやと考えているとグラリとヘリが揺れて思わず床に手を付いてしまう。

 そのときカツンと携帯が手元から滑り落ちる。

 

 やば! 三万もした奴だから早く拾わないと!

 慌てて拾おうとしたところ、白魚の手が俺の携帯を拾いあげた。白雪さんだ。

 

「ああ、ごめん。ちょっと揺れたせいで……ありがとう」

「それはいいんですけど……これ……? すいません大石さん、この水晶のストラップを見せていただいてもいいですか? ちょっと気になって」

「ストラップ? 別にいいけど、三○○円の安物だぞ?」

 

 白雪さんが何やら気持ち険しい顔付きでストラップを眺める。

 何故か携帯からストラップを外し、携帯だけは返してくれたのだが、じいっと一分間ほど睨みつけていた。

 さすがにおかしいので話しかけよう。

 

「それ、なんかあったの? 気に入ったとか?」

「気のせいかな……でも僅かに残滓が……だけどこの程度なら……粒子の濃い日で……」

 

 透明な水晶に反射して黒髪の少女の顔を映し出す。

 ただの綺麗なガラス球だと思うんだけど……巫女さん的に占いグッズが気になるのかな。

 

「……違うかな……あっ、ごめんね勝手に外しちゃって! どうしても間近で見たかったから!」

「いや別にいいけど、欲しいならあげるけど? 安物だし」

「う、ううん、そういうことじゃないんだ。少しだけ心当たりというか、ザワ付く感触がしただけだから。気のせいだったみたい。気にしないで……」

「ならいいけど?」

 

 結局、彼女が何をしたいのかは判らなかった。

 改めて水晶を眺める。無機質なそれは安物にしては丁寧な作り込みで、鏡みたいに俺の顔を映しているだけだった。

 うーん、水晶……水晶ねぇ?

 そういや水晶って名言もあるんだっけか。例えばヨハン・ゲーテとか。詩人が水を掬えば、水晶となる――だかいう奴。

 偉人の言葉ってなんでこう、湧水のようにポンポン出てくるんだろうなぁー。

 てか偉人じゃなくても、例えば不知火だ。あいつの喋る言葉の一つ一つは、男の俺からしても決まっているというか、カッコ良い。

 俺もそういうセリフが言えたら、もうちょいカッコよくなれるのだろうか?

 水晶を見つめる。こうビシっと決まる言葉を。

 

「……俺はお前を見ているぞ。透明な水晶の先、その心の奥底まで…………」

 

 ……………………死にたくなった。クサイのもさることながら何処で吐けばいいんだよこんなセリフ!

 やべぇ、さぶいぼが……頭を打ち付けてのたうちまわりてぇっ!

 幸い小声だったから周囲には聞こえなかったはずだ。つーかこんなアホなことしてないでアリアさんたちの方を見よう!

 うん、そうしよう!

 アイツら必死に頑張っている最中に安全地帯の中で俺はなにやってんだって話だ。

 

「とにかくバスを――ってうおっ!?」

 

 さっきの風より一段と揺れて足元がおぼつかなくなる。

 立っていたので思わずゴツンと窓に額を打ち付けて火花が散った。痛ぇ……。

 こりゃあ、あれかアホなこと考えていた罰と考えよう。

 そのままアリアさんたちの方を見ると、既に現場に到着していたらしく、前方のチームがヘリから降下し、パラシュートを展開していた。

 

 だがバスに降り立ったその瞬間、突如バスが右にハンドルを切り、誰かが体勢を崩した。あれは――ッ!?

 

「不知火!?」

「大石さん、どうしました!?」

「ヤバイ、不知火がバスから落ちかけてる! どうすれば……っ!」

「……大石さんも降りる予定ですし、バスの上に移動した方がいいかも……」

「あ、ああ、そっか。いや、そうだよな。武藤さん移動して貰っても――」

「――大丈夫、もう移動しているよ」

「マジか! ありがとう!」

 

 白雪さんと話している間にもう準備を終えていたようだ。

 アリアさんたちが乗っていたヘリは車輌科の生徒以外いないので、そのまま帰る予定になっている。

 もう既に現場から離れ始めているようだ。

 

 ……とにかく不知火たちが心配だ。急いでヘリのドアを開ける。

 ビュオゥッ!

 雨の滴が顔面を叩き、思わず目を瞑ってしまう。片手をあげたとき足もとにカツンと振動音。

 あれ、何か落としたような――いや、いいから早く状況を確認しないと!

 場所はまだビル群の中。高度は一○mから一五mでビルなら四、五階くらいだろうか。

 不知火はワイヤーを巧みにバスの割れた窓――何故割れたかは不明だが――にフックを引っ掛け、武藤がなんとか引き上げている。

 遠目だから判別しにくいが、一応大丈夫そうだった。

 ボンッ!

 

「なんだ!? 車が横転してる……?」

 

 赤いオープンカーがいきなり半回転したあと、脇の街路樹に衝突して煙をあげている。

 爆弾……? いや事故? 判らない……もう何がなんだか……。

 アリアさん曰く、このバスジャック犯はこの前キンジの自転車に爆弾を仕掛けて人間と同一犯である可能性が高いらしい。

 彼女がいち早く事件を察知したのも、その犯人が使う特殊な電話を拾ったからだとか。

 一定速度以下になるとバスに仕掛けられた爆弾を起動するらしいけど、犯人は映画の『スピード』でも観たのだろうか。

 

 頭がこんがらがってきた。

 バスの真上を飛んでいるので様子を見ずらい。

 少し身を乗り出して見下ろす。安全には気を使いつつ。

 

 ――だからそう、そんな場面だからこそ、普段は碌に仕事をしない運を司る女神さんがハッスルしちゃったりする。

 具体的には、

 カァンッ!

 甲高い金属音が真上から響く。その瞬間、ヘリがグラリと傾き――

 

「は……?」

 

 足を支えていた金属の感触が消え、代わりに全身を打ちつける風雨。

 まるで走馬灯のようにゆっくりと流れる光景を阿呆みたいに口を開けながら、何故か遠ざかっていくヘリの様子を見ていた――

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

頼もしい背中

 嵐は止まない。

 彼女にとって風は身近なものだった。

 時に激しく、時に緩やか、時に破壊し、時に爽やか。

 幼少より纏ってきた第二の家族と言えるかもしれない。

 慣れ親しんだ風を全身に浴びながら、少女はただバスを見続ける。感情に蓋をしてただ見続ける。今はまだその時ではないから。

 少年がヘリから降下していった。

 下手をすれば即死もあり得る高度から自然に飛んでいく。降下というより、階段を一段降りるような気軽さだった。

 少女はただ見続ける。

 刻が来るまでただひたすらに――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ケイより一足先に出発したアリア班。

 ヘリで学園島の上空を縫うように進み、バスの近くまで接近する。

 元々は滑走路を建設するために作られた人口浮島(メガフロート)

 その上に作られた学園島は東西五〇〇メートル、南北二キロと細長く、バスや自転車を使わないと不便なくらいの距離があった。

 視界の悪い嵐の中で、道路を走る長方形の物体――バスの姿をカメリアの瞳が捉える。

 装備チェック、OK。敵狙撃兵などの存在、認められない。心拍数、やや高いが概ね良好。

 ふぅ、と息を吐く。いつもなら手早く済ませていた準備。だが彼女の後ろにはいつもと違う要因があった。

 

 仲間。

 肩を並べ、苦楽を共にし、そして犯罪者を捕まえるための頼もしい――仲間(コムラート)

 静々と任務をこなすレキとはまた別の人たち。同級生の四人、不知火亮、武藤剛気、星伽白雪、大石啓。

 

 アリアは身じろぎをしてTNK(ツインナノケプラー)製防弾ベストのフィット感を確かめる。

 間違って着てきた『SSサイズ、男性』と書かれたベスト。とても着心地が良い。ジャストフィット。英国では大柄な外国人用に調整されたブカブカ装備と違ってズレが少ない。

 だが不思議と胸の奥から込み上げる怒りを覚え、ベストをぼすぼすと数回叩く。

 何が彼女をそうさせるのかは繊細な年頃の乙女にしか判らない難題だろう。

 一度両手で胸部に触れる。

 ポフポフポフ

 長い長い溜息を吐いた彼女は頭を左右に振ってバスを睨みつけた。今考えるべきは自分個人のことではないと切り替えたのだ。

 風雨は激しいものの、この程度なら問題ないとアリアは直感的に判断を下す。

 

「アタシが先に降りるから、武藤、不知火の順番に降下してっ!」

「おうよ! ドンと来いだぜ!」

「いつでも行けるよ」

「じゃあ、アタシに続いて。三数えたら降りるわ。三……二……一……GO!」

 

 ドアを開け、何の迷いもなく、彼女は空の人となった。

 常人なら物怖じをしてしまいそうな高さだが彼女には関係ない。これ以上の修羅場など幾つも潜ってきた。臆する理由はない。

 

 ――もしイギリス時代の武偵たちが今の神崎・H・アリアの姿を見たらおかしいと呟くかもしれない。

 理由は簡単なもので天才特有の独特な感性を持つ彼女に合わせるのが至難の技だからだ。

 人材もえり好みするし、自分レベルのパフォーマンスを無意識に要求してしまう。

 ただ今回に限っては状況が違う。

 第一に時間がない。彼女の目的を達するためには是が非でも、この事件を解決したかった。

 無論、欲を言えばSランク相当の実力を隠しているであろうキンジを引き入れて能力を図りたいという意図もあったが、運が良いのか悪いのか件のバスに乗り込んでいる。仕方ないと合流を優先することにしていた。

 第二にキンジやケイと一緒に依頼をこなしたことが彼女の精神的なハードルを低くしていた。

 ケイのいないところでキンジと喧嘩していたり、豪快な元警視総監がやってきたり、刀を持った女子が襲いかかったりと始まりから終わりまで騒がしい一日だったが、悪印象は少ない。

 見えない心の天秤が無意識に“協力”という方向に振れていただけのこと。

 誰でもできるとても小さなこと……だけど、アリアが無意識に選んだ行動はとても大きい。

 その事実に気付かないまま、彼女はパラシュートを操りながら降下する。

 

 雨粒がヘルメットに当たりバチバチを音を立てる。左右に結んだツインテールが意思を持ったかのように風を受けて暴れる。

 それでもアリアは程よい高さからパラシュートを切り離し、風に吹き飛ばされないようにワイヤーを射出、固定。バスの上に危なげなく着地した。

 雨で滑りやすい金属の床で落ちないようにしっかりと踏みしめる。

 

「先に入るわ!」

 

 アリアは返事を待たず、迅速に行動を開始する。猫科の動物を彷彿させる、軽くしなやかな身のこなしでスルリとバスの内部へと入り込んでいった。

 

「二年の神崎アリアよ! 救助に来た――きゃぁ!? 荒い運転ねぇッ!」

 

 一度バスが大きく揺れてフラ付きながらも姿勢を戻す。

 助けが来たことに気付くと生徒たちは一様に明るい声があがる。

 彼女の小さな体躯に不安げな表情を見せた生徒もいたが、Sランクの知名度ゆえか「二年の有名な先輩だ」「あのSランクの……」と小声で話し、胸をなでおろしていた。

 周囲の反応には目もくれず、アリアはキンジを探す。すると肩を怪我して横になっている運転手と、その近くで必死に運転しているキンジを見つけた。

 近寄りながら話しかける。

 

「随分ワイルドな運転するじゃないキンジ。レディをエスコートするには運転技術も必要よ?」

「アリアか!? お前が来たということは外の奴は倒したのか?」

「外? 何言ってるの?」

「お前こそ何言ってるんだ。この前、俺やお前を狙ってきたUZI付きのセグウェイ――アレの車バージョンが併走してただろう? 赤い奴だ。あれが窓を撃ちまくったせいで運転手が負傷したんだよ」

 

 キンジの言葉にアリアは怪訝そうな表情を見せた。そんな話は聞いてないと言う風に。

 

「ちょっと待って。赤い車…………いえすぐ近くにはいなかった気がする。にしてもアンタ、電話じゃ何も言ってないじゃない」

「そもそも俺は電話なんて取ってないぞ!」

「どういうこと……?」

 

 話が喰い違う。見えない糸が彼らを絡み始めていた。

 

 

 

 

 

 アリア突入のあと、間髪入れずに男二人組も風に揺らされながらもバスに接近する。

 武藤が着地し、不知火も着地しようとした瞬間――バスが強引な進路変更を行う。

 三車線の内、中央から右へと。

 急激な駆動に車体が数mm左のタイヤが浮き上がり激しく揺れる。

 下手をすれば横転しかねない乱暴な運転に武藤が舌打ちをしながらバスにへばり付く。

 

「危ねえ!? んったくよぉっ、一体誰が運転してやがんだよ! 俺なら一○回轢いてやりたいくらいへたくそだなーオイ! そう思わないか、しらぬ――?」

 

 振り向くともう一人の仲間の姿が見当たらない。バスに突き刺さったワイヤーだけが空しく有るだけ。

 一般人なら茫然としてしまう事態だが、そこは修羅場を潜ってきた武偵高の生徒。転落のケースにすぐ思い当たり、慌ててバスの左側面へと寄る。

 見下ろすと不知火はそこにいた。ヘルメットが外れている以外、外傷らしい外傷はない。

 危険を瞬時に判断したのか、ナイフを抜き放ち、バスの壁に突き刺してなんとか道路に投げ出されないようにしていたが、いつ投げ出されるか判らない。

 

「大丈夫か不知火!?」

「は……ははは、なんとか、かな? しかし右腕がなかなかキツイね」

「待ってろ、今引き上げるからな!」

 

 そうは言ったものの不知火のワイヤーを引っ張り、彼を引き上げよう踏ん張りが利かない。

 金属の上では雨が摩擦係数を著しく減退させ、下手すれば自分が落ちてしまいかねなかった。別の方法が必要だった。

 不知火の危険な状況はそれだけではない。

 バスの左後部、時速八○kmで走る大型タイヤが、無慈悲にも回転している。

 時折ケプラー製のベストをタイヤが激しく擦り、ゴムの焼けたような匂いが鼻先をよぎる。引き込まれたら骨は粉々、肉はすり潰されて生前の面影を残さない死体の出来上がりだ。

 ハリウッド映画さながらのアクションだが、映画と違ってこちらは文字通りの命掛けなのだからシャレでは済まされない。

 車輌科の武藤は慣れない展開に四苦八苦しながらもなんとかバスの中に入る。

 

 中を見ると運転手らしき男が横に寝かされ、何故かキンジがドライバーに付いている。

 「お前かよ!?」と突っ込みを入れたい気持ちを抑える。今は不知火が先だ。

 顎に手を当て悩んでいたアリアも彼の危機に気付く。

 ただ武藤がジェスチャーで「こっちは任せてくれ、爆弾は頼む」と伝えたのでそのままキンジのところに居た。不知火を引き上げるには純粋な力が必要。自分の方が適任だろうと考えた結果だ。

 近くにいた一年に早口で伝える。

 

「そこの一年! 俺がそこのポールに自分のワイヤーを括りつけたあとで仲間を引き上げる。手を掴んだら後ろから他のヤツと協力して引っ張ってくれ!」

「あ、は、はいっ! で、でも先輩……あの外で――」

「いいから早くしてくれ! 俺は強襲科じゃねえから細けえ判断はあっちのツインテお嬢様に頼むぜっ!」

 

 そう言って有無を言わさず手伝わせる。

 武藤が手を伸ばす。大柄かつ腕のリーチもある武藤の手の範囲に不知火を納める。

 不知火は歯を食いしばりながら、右手のナイフを握りしめ、左手を伸ばし、ハシッと力強く掴み返す。

 

「まったくバスに乗るだけでも大変だよ」

「キンジが運転してるみたいだな。あの野郎、死にかけたって文句言ってやる! 今度四人で『レッツゴーゴーカレー』の全乗せトッピングを奢らせようぜ!」

「なかなか手厳しいねぇ……じゃあ僕はスペシャルメニューで、も……?」

 

 一台の車が真横を通り過ぎる。

 引き上げられる瞬間、視界に入る。どうしようもない違和感が彼に警鐘を鳴らす。

 ポタリ、と濡れた前髪から水滴が流れ落ちる……音がやけにはっきりと聞こえた。嵐で碌に聞こえないはずなのにだ。

 

 不知火亮は人気者だ。弁当の差し入れやデートのお誘い、頼りにされることも多い。

 だが周囲の女子が息を飲むほどの容姿や人当たりの良さなど所詮普通の高校では人気者でも、武偵高校では一概にも言えない。

 武偵高の生徒は常に不幸な事故(・・・・・)による命の危機に晒されている。

 『無能な仲間は敵より怖い』――戦争モノではよくボヤかれるお決まりのフレーズ。

 彼が好かれるの真の理由は肩を並べ、背中を預けてもいいと思えるほどの実力者であることが一番の要因だ。

 だからこそ気付く。誰も乗っていない車がいることに。

(無人の、車……ッ!?)

 同時にアリアの叫びにも似た声が耳に届く。

 

「犯人のオモチャよ!? してやられたわッ!!」

「つ――!?」

「え、いや、どういうこと……」

 

 一人事態をうまく飲み込めない武藤は手を伸ばしたままだ。

 車内のどこかで、くぐもっているがやけに聞きなれた声が彼らに告げる。

『大丈夫だアリア。トラブルはガードレールにぶつけてガラスを割った程度だな。あとはガードレールにぶつけて風通しが良くなった』

 キンジに良く似た……だが決してキンジが喋っていないはずの音声が、誰かの携帯から流れている。

 声帯模写――アリアの掛けた携帯はそもそもキンジに繋がっていなかった。

 運転していたキンジから話を聞いたアリアは自分たちが危険な状況に陥っていることに気づく。

 

 スカートがめくれ普段は秘匿すべき純白の布が見えることも厭わず、アリアは太もものホルスターから拳銃を抜き放つ。

 狙いはオープンカーに取り付けられたUZI。

 だが裏を掻かれた格好の状況で、相手の銃弾が先に発射されるのは火を見るよりも明らかだった。

 弾丸は発射される――――薬莢が排出され銃身から弾が解き放たれる直前。

 その時、敵の銃口を注視していたアリアと不知火は視界の端で、何かが上から落ちてきたのを確認する。

 まるで図ったようなタイミングで落ちてきた物体は、タイヤの下へと吸い込まれるように落下した。

 ガツ!

 何かが割れるような音と共に右側のタイヤが跳ね上がり、車は横転しないまでも片輪走行の格好となった。

 オープンカーに固定されていたUZIは目測を誤り、弾丸は不知火たちの頭上を通り過ぎる。

 そのチャンスを見逃すほど彼らは甘くない。

 

「武藤君強く引っ張るからしっかり支えて!」

「お、おおぅ!?」

「くっ、はぁぁぁぁぁっ!!」

 

 右手のナイフを握りしめ、渾身の力で上体を引き上げる。

 その勢いのまま、左手は武藤の腕を絡めるように掴む。

 身体を捻り、右肩で武藤の胴体にショルダーアタックをした格好となる。刹那の時間、右手が完全にフリーとなり、腰に手を当てた。

 素早くホルスターからサブマシンガンにも匹敵しそうな巨大拳銃を引き抜く。

 H&K MARK 23――通称《ソーコム》。ドイツH&Kが開発した名銃であり、迷銃。海水に数時間浸けても使え、地球のあらゆる場所で作戦行動を行え、耐久性も抜群。ただしサイズはハンドガンにあらず、ハンドキャノンと称していい化け物拳銃。

 そんな超重量の拳銃をいともたやすく手に持つと、コンマ数秒だけアリアの視線を盗む。彼女は目線だけ動かしただけで狙いは変えない。

 誰がどこを撃てばいいのか――迷いが一欠片もない彼女に不知火は苦笑する。

(自分のやることをやり通すって感じかな。神崎さんらしい、一直線なやり方だね)

 引き金に力を込める。

 彼女が銃を狙うなら自分は別の場所を。

 アリアの弾丸はUZIに。不知火の弾丸は敵のタイヤを撃ち貫く。金属片が飛び散り、走行に致命的なダメージを与える。パンクというより破壊といってもいいほどだ。

 人間が操縦していたならまだしも、遠隔操作された車ではそれ以上走行することはできなかった。

 操縦が利かなくなり、スリップしながら最後は横転する。車はうまい具合に道路を塞ぐことなく、道路の隅で黒煙を吐いていた。

 不知火は一度、上空を見上げた。ヘリからケイの姿が見て取れた。

 親指を立てて御礼の意を伝えた後、武藤に引き上げられる。

 

「やれやれ、爆弾も処理してないのに随分とぼろぼろになっちゃったな」

「水も滴るいい男って奴だろ。普段から爽やか過ぎるし、間を取っていいんじゃねーか?」

「だったら、勝利を祝うシャンパンシャワーの代わりと思うことにするよ」

「前借りもいいとこだな」

 

 武藤がからかうような声に不知火は軽く肩を竦めた。

 思い出されるのは不自然な車の跳ねあがり。あれがなければ死ぬ可能性もあった。

 

「大石君に助けられたみたいだね」

「あー、やっぱ何かしてたのかアイツ」

「たぶん車のタイヤに障害となる物を投げ込んだ、かな? かなりの速度が出てるし、うまく跳ねたんだろうね」

 

 不知火に見えたのは何かしらの物体が車の下に落ちていったことだけ。

 だが上空からケイが身を乗り出し、不知火たちを見ていた。何かしらやったのだろうと予想できる。

 車は高速で動けば動くほど段差に引っかかったとき高く跳ねやすい。タイヤ目掛けて何か硬いものでも投擲(とうてき)したのだろう。

 爆弾の関係で時速八〇k/m以下にできないバスに併走してたのだから、タイヤで押し潰れない硬度でかつ数センチの大きさのモノなら跳ねる高さも大きくなる。

 そのおかげで敵の射撃線から逃れることができたのだった。

 

「アイツらしーなホント。どうせなら直接拳銃で撃ちゃいいのによ」

「そっとサポートするのが彼流だし、いつものことだしねぇ」

「それもそうだな。いつものことか」

 

 周囲の人間には判らないであろうやり取り。

 二人にとってはいつものことで済まされていた。

 裏方に徹すると言いながら、いつの間にか最前線にいたり、過保護じゃない程度に手伝う友人。

 実際は作戦行動前に出歩いたら逮捕対象と鉢合わせしたり、お腹が痛かったから堪えていたら別の意味に捉えられたりしているだけだが。

 ケイが聞いていたら断固抗議しそうな話題をしたあと、二人はキンジたちの元へと行く。

 

 武藤がキンジの肩を軽く叩いた。

 

「まったく、お前が運転してたんかよ。危うく死にかけたぜ。ほら運転なら俺に任せとけ! 免停リーチ中だけどな!」

「リーチ一発、バスの通行帯違反でドラ一付きのザンク……減点三九点か? ……スマン」

「重い方の死亡事故三回分じゃねえか!? そこまでひどくねーだろこの野郎! 轢くぞ!」

「悪い、少し悪ふざけが過ぎた。……頼む武藤。爆弾はキッチリ始末するからバスを……みんなを頼めるか?」

 

 いつもの軽いやり取りのあとで頭を下げる。

 キンジ、ケイ、武藤、不知火の男四人メンバーで一番真面目な性格をしているのはキンジだ。

 兄の死を乗り越えてでも武偵高に留まった彼は、もしかしたら学年で一番真摯に勉強や訓練に取り組んできたかもしれない。

 バスジャックで役に立っていない自分を内心責めているのか、表情は険しく、拳は強く握られていた。

 バックミラーやクラッチレバーの感触を手慣れた動作で確かめながら武藤は運転席に着く。

 

「飯、一回奢れよ」

「え?」

「依頼で迷惑掛けたら飯を奢るってのが、いつもの決まりだろ。飯食って糞して水と一緒に流すから、そんで手打ちにしようぜっ」

「そんな決まりあったか?」

 

 代返やテスト範囲を教えるとかならやったことがあるが、これといって決まりを作った覚えがなかった。

 チームを組んで依頼をこなすこともさして多くない

 あまりチームを組まないキンジが思わず疑問の声をあげる。

 

「そこは流れで察しろよ! あー、とにかく俺は運転しか能がねーからあとは頼むぜ。お前なら俺ができねーこともできるんだからよ」

「そうか……判った。後は任せてくれ。犯人に吠え面かかせてやる」

「おう、頼むぜ! それに今日は守護神(ストッパー)がいるから、おもいっきし無茶もできるぜ!」

「もしかしてケイが来てるのか!?」

「そーいうこった。ま、頑張れよキンジ!」

「あ、ああ……」

 

 手の甲をぶつけ合い、武藤はそのまま運転に集中する。

 まっすぐ走っているだけなのに彼がハンドルを握った途端、車内の微弱な振動が収まる。周囲を警戒し、不審な車が居ないか確認しながら進む。

 車輌科Aランク、武藤剛気――――運転技能は東京武偵高校の中でも指折りの実力者。車内全体に重くのしかかっていた目に見えない重圧が幾分霧散していた。

 その姿を見たあとキンジは振り返る。不知火主導で爆弾の捜索に当たっていた。

 マイペースなアリアは彼らと同じような場所を流さず、車内の側面やダッシュボードなどを漁っていた。

 キンジと武藤の会話が終わるのを待っていたのか、不知火が話しかけてくる。

 

「話は終わったようだね」

「ああ、不知火も悪い。俺の下手な運転の所為で――」

「それは言いっこなしだよ。それよりもっと建設的な話をしよう。状況を確認するよ。僕たちは学園島~お台場間の橋を渡りきっている。さきほど連絡があって警察や武偵局が交通規制を行っているんだけど、東側は別の交通事故があって大渋滞。最終的にはレインボーブリッジに向かうことになるかもしれない」

「まだ時間はあるが……予断は許さないか。確か燃料がやばかったよな?」

「だね。燃料メーターが二割弱だから……三〇分くらいかな。正直やばいね。学園島は曲がり道が急だから戻れないとして、お台場も台風とはいえ会社員やカフェの従業員とかが多い。唯一行けるのがレインボーブリッジだけど橋を渡り切って南にいけば品川、北にいけば東京駅……どれも最悪の事態になる。日本至上類を見ない大惨事に。事件を解決できなかったら僕らは、マスコミのフラッシュを嫌というほど浴びる羽目になるだろうね」

「写真を取られて一面を飾るより、額縁に入ってお通夜の方があり得る状況だけどな……」

「無能って花束を添えられてかな? 死人に鞭打ちようなことはされたくないなぁ。……ここで、食い止めないとね」

「もちろんだ。それで爆弾の場所なんだが……アリア、ちょっといいか?」

「なによ」

 

 キンジがアリアを呼ぶとぶすっとした表情で答える。

 携帯の件で武偵殺しにまんまと騙されていたせいだろう。険呑な目つきでずっと爆弾を探していたのだった。 

 

「爆弾なんだが、たぶんバスの真下ある。ほぼ確実に」

「ふぅん……随分断言するじゃない。まぁ確かにアタシもそんな()はするけど、何か根拠になる理由でもあるのかしら?」

 

 その言葉にアリアの目が猫のように細められる。

 訝しげというより、興味を惹かれたのか、言葉のそっけなさとは裏腹に何処か期待するような目でキンジを見上げていた。

 キンジはもう一度考える。探偵科で一体自分は何を学んできたのか。数ヶ月の努力は無駄にしたくない。

 脳は断片的なピースを迅速かつ正確に拾い上げていく。推理学や犯罪心理学など分厚い資料を片手に勉強してきたのだ。今こそ役立てるとき。

(車内……アリアたちの降下……犯人のポリシー……時間……解除……それにケイの存在。ならば選ぶべき解決方法は――)

 彼女が顎で次の言葉を施すとキンジは額に掌を当てて何かを考えるような仕草をしつつ話す。

 

「そう、だな。爆弾があったと判ったとき俺はみんなに指示していくらか室内を改めたんだ。敵の妨害もあって進まなかったが、判りやすいところにはなかった。それにアリアたちが上から来たのなら天井にないことも証明している」

「ええ、そうね」

 

 銃口で狙われ、慣れない運転と後輩ばかりの車内。

 自分が守らなくてはならない――その極限状態でも彼は事件を解決する糸口を探っていた。

 だからこそ話すべき内容はすぐにまとまっていた。話は続く。

 

「そして相手の攻撃だ。犯人は遠隔操作したUZIでこちらを攻撃したが、どうも窓より下を狙ってない気がする。つまりバスの下部に設置した爆弾に弾が命中することを嫌ったのかもしれないってわけだ。愉快犯的な思考もあり得るが……武偵殺しは尻尾の欠片すら見せない狡猾な奴だ。何かしらの意図が含まれていると考える方が自然だろう。爆弾の場所を特定したら、あとは解決方法についてだが――」

 

 スラスラと答えていくキンジにアリアは目を見開く。

 咄嗟に声を出そうとしたが音がうまく喉を通らない。くぐもった断片が息と共に吐かれるだけ。

 トクンと、鼓動が聞こえた。

 彼女の小さな胸の奥にあったあやふやな答え。

 勘では判るが、理屈が解らない。一という答えが存在し、即座に一と答える彼女に方程式など解せない。天才であるがゆえに凡人を納得させる(ことわり)がなかった。

 でもキンジの答えにはその“理屈”が存在した。

 言われてみれば簡単な理論。コロンブスの卵に例えるのもバカバカしい。

 しかし彼女は喜色満面な顔でキンジを褒める。

 

「キンジ……アンタ、やるじゃない! そう、そうよ! アタシはこういうパートナーを――」

「アリア、済まないが話を続けていいか? もう時間がない。事態は切迫してるんだ」

「え? そ、そうね! 奴隷のクセに判ってるじゃない! ……そ、それでどうするのよっ」

 

 一瞬事件のことなど忘れてしまいそうなほどの驚き。条件反射か照れ隠しか、ついつい奴隷と言ってしまっていた。

 ちょんちょんと自分の人差し指をつつき合いながら、大人しくなる。

 舞い上がってしまった自分を内心で叱りつつ、アリアは続きを聞くことにした。

 よく観察すれば、耳先がほんのりと染まっていることが判るだろう。

 端から見ていた不知火は苦笑しながらも特に口を挟まない。誰も馬に蹴られたくないのだから。

 キンジはそんな彼女の様子に小首を傾げつつ、気にせず続けた。

 

「続けるぞ……と。とりあえず不知火は下に爆弾があるか確認して貰っていいか? 床にハッチらしきものがあるから見れるはずなんだが……」

「OK。じゃあ少し様子を見てくるよ」

 

 そう言って不知火は作業を始める。キンジはそのままアリアと向き合った。

 

「……正直、爆弾を解除する時間は無いと思う。だから別の方法で解除した方がいい」

「ちょっとキンジ。少し矛盾してるわよ? 解除できないって言いながら別の方法でって……」

「悪い、言い方が悪かった。爆弾なんだが……おそらく適当な器具を用いて取りつけているんじゃないかと思うんだ。爆弾をバスの下に溶接なんて真似は絶対しないだろうし、磁石でくっつけるのも途中で落下の可能性がある。離れないように強力なタイプを使えば磁気による誤作動の可能性も高まるしな。だからホームセンターで買えるような固定器具とネジでも使って、両端から固定しているはずだ」

「なるほどアタシも判ったわ。つまりアレね……器具を壊して――」

「そうだ。ドライバーとかで外してもいいんだが、最悪体温検知とか触れただけで爆弾が起動するタイプだと目も当てられない。銃弾で的確に撃ち貫いた上で、うまく海に落下させる。一定速度以下で爆発するとしてもバスが加速していれば、バスから離れてから爆発するまでにはタイムラグがあるはずだからな」

 

 キンジの言葉は常識的に考えて、あまりにも分の悪い賭けだった。

 バスの真下に潜り込みドライバーで外した方がまだ確実性がある。触れただけで爆発するデリケートなものなら既に爆発してたっていいのだから。

 あまりにもアグレッシブな意見。しかしアリアは肉食獣のような笑みでキンジを見上げる。

 獰猛な猫科の動物――虎とさえ思えるような好戦的な笑みで。

 

「最高に良い考えだわっ! キンジ、やっぱりアンタはできる人間よ。アタシが保障してあげるっ」

「……体育館の一件なら買い被りだと言っておくぞ。それより、目敏いお前なら呼んでいるんだろう? 狙撃科のエースを。ケイまで呼んだんだ。アイツを呼ばないわけがない」

Exactly(その通りよっ)! お見通しってわけねキンジ。そして常識にとらわれない大胆な作戦。よく思いついたって褒めてあげるわ。具体的には今度ももまんを一個あげちゃっても良いわよ!」

「お前それ、俺の金じゃねえだろうなっ! まったく。……俺だってもう少しベターに事を進めてもいいとは考えていた。個々の能力に頼らない作戦でもいいかと思ったんだが時間の問題もあるし……ケイがいるなら安心してできるからな」

「ケイ? なんでアイツが関わってくるの?」

 

 キンジの言葉にアリアが疑問の声を上げる。彼女なりにケイを分析はしていたが、いまいち判らなかった。

 行動は何処かチグハグ。だが抑えるべき点はちゃっかり抑えている。

 アリアの疑問そうな声にキンジは答えた。

 

「他者のフォローなら……そう安い言葉だが、天才的だ。神懸かり的だな。来て欲しい時に居てくれる、助けて欲しい時にやってくる、窮地になったら割って入れる。そして俺たちが失敗しても、ケイが居ればちゃんとシメてくれる。任せた背中は戦車砲すら貫けないほど重厚で頼もしい……そんな奴だ」

 

 照れくさそうに鼻を擦って微笑むキンジ。

 世の中には絶対など存在しない。だがキンジの言葉ははケイに対する絶大な信頼で溢れていた。

 『仲間を信じ、仲間を助けよ』――武偵憲章第一条にもあるもっとも大切な条文。チャリジャックでも彼女はキンジを諭す言葉として使っていた。

 しかし共に犯罪者たちと戦い、窮地を切り抜けてきたキンジと書類による経歴と猫の依頼以外で彼を良く知らないアリア。

 元より孤独に戦ってきた。だから彼女の口から出たのは釘を刺す言葉だけだった。

 

「……ケイが凄いだろうことは判るわ。数字でも現れてるからね。猫の一件でも確かにその片鱗らしきものは見えた。ただアタシにはキンジがそこまで信頼できる根拠がまだ判らない。武偵は全力で仲間を助けるという信念は必要だけど、同時に依頼者(クライアント)の要求を完遂する義務が発生する。いざとなれば……仲間を見捨て己の力だけで運命を切り開く必要もあることだけは、覚えておきなさいよ」

「いつも強気なお前らしくないな。それに変な言い回しだ。……言っておくが、俺は馬鹿なんだよ。どうしようもねーくらいに、な。ごちゃごちゃと考えても、いつも堂々巡りになっちまう。さっきの素敵過ぎるドライブでもな。ただ、運命を切り開くのに必要なものだけは……理解してる」

「なによ、それは」

 

 一度言葉を切るキンジ。瞑目し、深く長くゆっくりと息を吐く。

 彼の瞼の裏には過去の自分が映っていた。流されるように生きてきた昔とはいえない、ごく最近の姿。

 ピッ! と右手の人さし指を立てる。

 眉を顰めたアリアがその指を見ていると、彼女の鼻先をちょんと突く。

 

「熱いラーメン喰って、友達に愚痴ることだ」

 

 目が点になった。そしてジト目でキンジを睨む。

 

「あのねぇ、ふざけないでよキンジ」

「さあな。ただ今に思うとあのときのケイには随分救われた。自身の心一つで見えない運命なんてポンポン変わるんだ。悩んだってしょーがねえだろ」

 

 アリアは彼の言葉を胸の奥で反芻する。

 ――運命。

 古今東西、似たような言葉はどこの国にもある。

 それは小説、ドラマ、映画、時には政治家の口から放たれるある種ありきたりで耳タコな常套句。

 そして思い出す。

 実家では出来そこないと蔑まれてきた。弱い自分を護り続けてきた優しい影。大切な家族。

 理不尽な運命に抗おうとして日本へと訪れたのではないか?

 自身がそれを認めてどうするの、と自戒した。

 

「それがアンタが信頼するケイの姿?」

「そうだ」

「そう……なんかちょっと、羨ましい、な。アタシはずっと一人だったから」

「何言ってんだよ」

「え?」

 

 今度はキンジが心底呆れたように言う。

 

「押しも押されぬ天下のSランク武偵様だろ。凡人な俺からすりゃ喉から手が出るほど羨ましいぞ。それと、お前だってもう俺たちの仲間だ。一人じゃねえだろ、なあ?」

「美少女の仲間なら大歓迎だぜ!」

「既に戦友なんだから仲間以外の何物でもないね?」

 

 武藤がニヤリと笑い、不知火は相変わらずの爽やかフェイス。

 キンジが拳を出して、無理やりアリアの拳にコツンと当てる。

 アリアはあうあうあうと掠れた声で呻く。普段なれないシチュエーションにしどろもどろになっていた。

 ぷしゅぅと頭の上で白煙があがる。

 

「ケイが始めた頑張ろうの合図だ。……レキへの連絡。不測事態時のフロント役。緊急時には爆弾処理の代理もアリアじゃなきゃ難しい。頼むぞ」

「あぅ……あぅあぅ」

「アリア?」

「――は!? そ、そそ、そうね! アタシがいないと始まらないわねっ! それじゃ早速連絡しておくわっ」

「ああ、事件解決と行こうぜ。不知火あったか?」

「うん、あったよ。とびっきりの奴がね。たぶんカジンスキー型プラスチック爆弾だ。推定容量三五〇〇立法センチ……電車が吹き飛ぶレベルだよ、これ」

「……まともに炸裂すれば、タルにナイフ刺してぶっとぶ海賊オジサンの体験を生で味わえるってわけだ」

「ただし衝撃や爆炎で五体満足には飛べないだろうけどね」

「子供のおもちゃにしちゃ笑えない話だ。どの道、さっさと処理しないとな」

 

 そのとき、忌々しい機械音声が彼らの耳に入った。

 

『有明 コロシアムの 横を右折しやがれです』

 

 犯人から突如の要求。無視すれば遠隔操作で爆破されかねない。

 目の前には二手に分かれた道。キンジが急いで声をかける。

 

「ちっ! 武藤、聞いたか!?」

「わあってら、お前ら! カーブするぞ! 左側に寄れ!!」

「きゃあっ!?」

「アリア!」

 

 コロンと転がったアリアをキンジがうまく胸元へ納める。

 武藤の声に反応して瞬時にキンジたちを含めた生徒たちは左側に寄る。

 減速で爆発するタイプの爆弾が取り付けられている以上、速度を緩めるわけにはいかない。

 ブレーキをほとんど踏まずにコーナーへ突っ込む。一瞬ハンドルを逆に切り、即座に戻す。

 クラッチレバーも小刻みに操作。乗用車とは比べ物にならないGに武藤が腕力と技術で巧みにいなしながら曲がる。

 ギャリィィィ!

 タイヤが擦れる音が車内に響き、生徒たちは必死にポールや座席にしがみ付く。

(さすが車輌科の優等生。絶妙なコーナリングだな)

 ふう、と一息。冷や汗を拭うと胸元にちょこんと治まる猫が一匹。

 上目遣いでキンジを見上げている。

 ぶるぶると震えているが寒いというより、体温が急上昇しているのか顔が沸騰したように赤い。

 

「おい、アリア大丈夫か? 何処か打ったのか? お前は胸部のクッション少ないし、気を付けろよ」

「あ……あ……あ……ん、たねぇっ……ッ」

 

 あちゃあと不知火が額に手を当てながら嘆息する。

 武藤は「天誅だな」と小悪魔な顔で俺は知らんと運転に集中する。

 

「そそそそそれは胸っ! むねっムネのことを言いたいのね! アタシはまだ成長期がある、あるから! ひ、ひんにゅ――いえ、少し慎ましいだけよ! さっきは凄いと思ったけど、アンタはレディーの扱いがなってないわ! 調教風穴っ! 風穴、風穴、風穴すぺしゃるトルネード!」

「どわあああああああ!? こんなところで乱射しようとするな馬鹿!」

「は・な・し・な・さ・い・よ~~~~っ!!」

「離したら撃つだろうが! わ、わかった! 後でももまん買うから! ももまんピラピッドを形成するくらい買うから治まれ! 俺はまだしなくちゃいけないことがあるんだよ! お前もそうだろ!」

「ふーっ! ふーっ! ふーっ! …………。わかったわ。ちょっとカッとしちゃったけど、今は銃を納めておくわ」

今は(・・)、かよ……。まあいい。俺はちょっと上に行ってくる」

 

 アリアの言葉に後でどうなるのかを想像して、ガックリくるキンジ。

 いざとなったらバックれようと決意しながら、目で上を示す。

 

「上?」

「ああ。アリアの携帯を傍受&妨害したことと言い、さっきの指令といい、どこかに中継するためのアンテナが取り付けられている可能性がある。外せば爆弾の遠隔操作を防げるかもしれない」

「……待ちなさいっ! それにしたって――?」

 

 パチパチパチ

 キンジがまばたき信号(ウインキング)をすると、彼女の勢いが目に見えて衰える。

 最後は神妙な顔つきで頷いた。だが声だけは怒気を強める。

 

「――それにしたって無謀よ! アンタは何も分かってない!」

「さっきからあーしろこーしろって煩いな! さっさとアリアは後発組と連携を取れるようにしろよ!」

「判ってるわよ馬鹿! もういい! 勝手にすれば!」

「そうさせてもらう」

「それじゃあ僕の防弾ベストを渡すよ。車内の後輩君たちも不安がってるし、下手な混乱が起きないよう車内で彼らの面倒を見ておくよ」

「済まないな。それじゃあ借りるぞ」

 

 キンジはアリアとの会話もそこそこに、不知火から防弾ベストを借りて上へ向かう。

 ヘルメットも欲しいところだったが、万が一を考えて武藤は付けたまま。

 アリアも連絡するために必要。不知火は転落時に失っているので、ボディだけは守れる状態で昇っていった。

(『盗聴、敵残存の可能性あり』――――あとは予想が的中しないことを願うばかりだが)

 キンジには一つの仮説があった。

 もし、それが当たっていたらこの作戦はおろかケイたちにも危害が及びかねない。

 意を決して昇り切ると、

 ビュオウ!

 突風で思わずたたらを踏んでしまう。

 額や頭に雨粒が当たり、水滴が垂れて視界を塞いでくる。

 腕でしきりに拭いながら、風に飛ばされないようにしゃがむ。

 手さぐりで探すこと数十秒。

 バスの右側面。塗装と同色でカモフラージュしているが、妙な突起物を見つける。

 

「やっぱりあったか。よし……これならイケるか……?」

 

 ベレッタを取り出し、至近距離から一発。残骸はバラバラと海や道路の上に落ちていった。

 場所は既にレインボーブリッジ。時間も残り少ないが他の仲間たちならやってくれるだろう。

 このまま事件が終わってくれればいい――そう願った矢先、首筋にゾワリと冷たい手が這うような嫌な予感がした。

 咄嗟に横っ跳びをすると、

 バララララララララッ!!

 幾重も通り過ぎる鉛の弾丸が彼の横を通り過ぎる。

 

「やっぱり来やがったな! 素直に終わらせてくれるとは思ってなかったが……ッ!」

 

 転がりながら、バスの中央部分で起き上がり、片膝を突く。

 逆側の左方向を見ると、先ほどと同じようなオープンカーが二台。

 おあつらえ向きにUZIも取り付けられている。

 悪天候の、しかし黒光りした銃は確かな存在感を放ち、キンジを睨んでいた。

 拳銃を片手に姿勢を低くしながら考える。

(盗聴器か何かでこちらの情報は手に入れているだろう。バスジャックは既に最終局面だ。これ以上の追加はないはず。こいつらがヘリに銃弾を乱射したらシャレになんねえからな。釣れてくれたのはありがたい……あとはどう処理するかだな)

 悩んでいると聞き覚えのあるアニメ声が届く。

 

「こんの馬鹿キンジ! ヘルメットも被らず囮なんて危ないことして、冷や冷やしたわよ!」

「悪いアリア。下手に喋ると盗聴されると思ったからな……」

「判ってる。そしてこいつらを始末すればフィニッシュってのもね。合わせるわよ!」

「了解だッ!!」

 

 彼我の距離10m前後。

 ヒステリアモードでないキンジでも銃を連射すれば当てられる距離。

 最悪、二丁拳銃のアリアが撃ち漏らしを始末してくれるだろう。

 勝利を確信し、拳銃を構える。

(残念だったな、武偵殺し! どうやら俺たちの作戦勝ちのようだ)

 そして引き金を引く――その瞬間。

 ドンッッッッ!!

 

「なっ――!?」

「きゃ――!?」

 

 爆音。後に見えたのはバス後部から立ち昇る黒煙。

 一瞬、雨の降る方向すら捻じ曲げた爆発に思わず二人はしゃがみこむ。

 バスは蛇行するも直ぐに立て直した。

(まさか、ここまで読んでたのかっ!? 糞ったれ!!)

 キンジは素早く被害状況を確認するが角度の関係で見れない。

 

 しかし煙の量とバスの速度が緩んでいないことから、威嚇用か、もしくはキンジたち武偵の隙を作るためのものではないかと予想が付く。

 そして二人に向けられる銃口。いつでも撃てるぞとばかりに狙いを定め続けていた。

 何故すぐに撃たないのか?

 犯人の意図は読めないが楽観視できる状況ではないことだけは確かだった。

 

 先の衝撃でキンジとアリアの拳銃は手元から滑り落ち、腕一本分くらい離れたところにある。手を伸ばせば届く範囲だが、それを許すほど敵は甘くないだろう。

 自分の狙いが読まれていたことに、キンジは歯ぎしりをする。

(どれだけ多くの人々を弄べば気が済むんだ! 武偵殺しめっ!)

 ヒステリアモードでなくてもイケると思っていた。

 スラスラと作戦が思いつき、勢いのまま進めていた。

 だがそれこそが罠。

 まるで夏の蚊。誘蛾灯に引き寄せられ、自滅していく様は今の自分達にそっくりだ。

 横を見ると、アリアもどう出るか迷っているようだった。

 万事休すか――そう思った。

 だが同時に不思議と大丈夫という気持ちも心の何処かにあった。

 まだ大丈夫。アイツ(・・・)がいるから。

 

 その時。

 そうその時。

 

 ヒュン!

 嵐で周囲は轟音が響く中。軽い風切り音が二人の耳に届いた。

 黒い影が二人の目の前を横切ると同時に、

 カカァァァンッ!!

 二度の打撃音が鳴り、UZIが無理やり明後日の方向へとねじ曲がる。

 顔を上げると彼は空からやってきた。

 レインボーブリッジのコの字状の柱――アンカレイジ部の頂点にフックを掛け、ワイヤーの伸長限界まで伸ばし、敵の銃口を逸らした。

 途中からフックを外してグルグルと回転する姿は宙投げだされる人形のようにも見える。

 だが力がまったく入ってない姿は逆にいえば自然体とも言えた。

 

 そして彼はバスの金属盤をたわませながら着地する。

 ただ着地はしたものの、バスは高速で動いている。

 ピタリと止まることはできず、滑るように移動してキンジに背中を預けるような格好でぶつかり、ようやく止まる。

 やってきたのはもちろん大石啓。

 ヘルメットはしておらず、腰には拳銃もなく丸腰。ただ静かに立っていた。

 ケイはやや俯き加減に敵車輌の方をぼんやりと見ていた。

 

「助かったぜケイ。あと悪い……ちょっとしくじった」

「…………」

「ケイ……? おいっ、お前頭!」

「血だらけじゃない!?」

「…………」

 

 キンジとアリアが驚きの声をあげるが彼は答えない。

 前髪が顔に張り付き、額からはだくだくと血が流れ出している。

 鮮血が顔面をしとどに濡らし、赤黒いお面みたいになっていた。

 顎先から朱に染まった水滴がポタ、ポタ、と斑点を作っていく。

 そしてケイに反応したのは彼らだけではなかった。

 ぎゅるんっ!

 二丁のUZIがケイに照準を合わせる。

 まるで待ってましたとばかりに彼の命を奪わんと銃口は顔の付近を狙う。

 それは先ほどのキンジとアリアを狙った時の比ではない。

 無機質な機械。だが、その奥には武偵殺しの確かな“殺意”が如実に現れ、今ここで消そうとする意思が存在していた。

 銃口の動きで反射的に距離を取ったキンジとアリアは足もとの拳銃を拾い上げる。

 

「とりあえずじゃがみなさいっ!」

「悪いが手当は後だ! 今は――」

 

 その時、ずっと黙っていたケイがスッ、と手をあげ喋り始める。まるで手出し無用とばかりに。

 

「…………必要ない……な?」

「アンタは何言ってんの! いいから後ろに下がって――」

 

 だがアリアが言い終わる前に敵の攻撃が開始された。

 バラララララララララ!

 ケイと二丁のUZIの位置は丁度、正三角形を描いていた。

 彼から見れば、両サイドから襲う銃弾。十字砲火(クロスファイア)の格好となった形だ。

 弾丸の数は合計で三〇発以上。

 高さの関係で敵の銃弾は下から上へ撃っている形となる。とはいえ亜音速のそれは普通なら避けることは困難――のはずだった。

 フラ……ユラ……フラリ……ユラリ。

 ケイが動き始める。船でも漕いでいるかのように、右に左に、前に後ろに。斜めに中腰、しゃがみもした。

 端から見れば奇怪で、酔っ払いが千鳥足で自宅へと向かう姿にも思えた。

 でも重要なのはその結果――――全ての銃弾を紙一重で避けていく。

 ズボンに一条の焦げ跡を残し、防弾ベストの表面を削り、耳横を通り過ぎ、前髪を数本散らしながらも直撃を避ける。紙一重というより皮一重というギリギリの回避。

 皮膚には赤い線が幾重にも走る。

 だが目線は前だけを注視し、まるで意に介さない。

 

「な!?」

 

 驚愕で声を漏らしたのはキンジか、アリアか。

 命中精度の甘い軽機関銃とはいえ、命を狩り取るには一撃あれば十分だ。頭部に命中すれば高確率で重傷、直撃なら即死もあり得る。

 

 だが、当たらない。彼は確かに居た。居るはずなのにまるで弾丸だけがすり抜けていく。姿が見える幽霊(ゴースト)でもいるのかと錯覚するほど巧みに避けていった。

 

 弾が尽きたのか、排熱処理のためか、敵の射撃が止まる。

 ケイもピタリと止まる。

 しかしフェイントだったのか、最後の一撃とばかりに二つの銃身から火を吹き、命を奪う鉛の弾が発射された。

 長年の経験とセンスからそれが危険なコースだとアリアが察知する。

(不味いわ! 動きを止めた瞬間の油断、顔面に直撃コース! くっ、間に合うかしらっ!?)

 不覚にもあまりの鮮やかな回避術に呆けていた。拳銃を持ちあげるも間に合わない。

 銃弾がケイの頭部を目がけて迫る。

 雨も風もものともせず、空気を切り裂き、螺旋(らせん)を描いて直進する弾にケイが見せた顔は、

 

「…………本当に、いいんだな? ……やっちまっても」

 

 笑顔。満面の笑み。

 しかし獲物を狙うような、獰猛な笑みでもなく、冷笑や誤魔化すような苦笑いでもない。

 愛おしい恋人でも見つめるような、優しい瞳。

 あまりにも場違いな表情にアリアは、ケイが誰かに問うているようにも思えた。

 ふと思い出すのは以前キンジから聞いた犯罪者に情けをかけるという話。

(犯人に……同情、している?)

 判らない。

 ただ常人の計り知れない彼なりの信念の元、こぼれ落ちた言葉なのだろうとだけ察せられた。

 ケイはゆっくりとのけぞる。

 同時に右手を持ち上げ、腰のあたりを通り過ぎる。

 撃ち返そうと言うのか?

 だがホルスターには愛用のシグはなく、空を切った手はそのままむなしく前へ突き出すだけ。

 緩慢な動き。とても間に合わない。でも笑い続ける黒瞳の奥には、完全勝利の未来しか映していない。

 ビュオォォォォォンンンッッッ!!

 風と呼ぶには生易しい、烈風とも言える強烈な風が彼らを襲う。

 そしてケイの目と鼻の先まで迫った弾丸は――――

 

 

 

 キキィィィンッッッ!!

 

 彼の目の前で火花を散らし、弾丸は二つとも足もとへめり込んだ。

 そして細長い円筒状の物体――新品の鉛筆を縦に三、四本ほどくっつけた長さの何かが、クルクルと回転しながらカランと軽い音を立ててアリアたちの足もとに落ちる。

 

 ケイは揺るがない。

 さらにのけぞった姿勢は西部劇のガンマンのようであった。

 しかしテンガロンハットなど被っていないし、拳銃すらない。

 無意味な動作。だがゆっくり差し出していった右手は次の瞬間。

 ハシッ!

 拳銃が現れた――――否、空から降ってきた(・・・・・・・・・)

 確かに空から落ちてくるのが見えていた。

 だがそれを事前に投げ、バスに着地し、敵の銃弾を避けた後で、拳銃を見ずキャッチする。

 あまりの曲芸技にさすがのキンジも、ケイのこなした荒業にどう表していいか判らなかった。

(拳銃を投げたのは銃弾を避けるために身を軽くするためか……? いやそれよりあの、曲芸だ。超能力(ステルス)には物体を引き寄せる『アポーツ』なんて眉唾なものあるとか、ないとかあったが……ここまで来ると未来予知の類でもあるんじゃないかって疑いたくなるな。まるでヒステリアモードの俺みたいな技だぞ。やはりケイも何かしらの条件下で能力を発揮するタイプか……?)

 キンジの疑問に答える者はいない。

 ケイは拳銃をUZIに向けながら、優しく――乙女の柔肌でも触るように静かに、しかししっかりとした手つきで、引き金を引き、シグは火を噴く。

 飛び出した弾丸は二つの軌跡を宙に描く。

 それは二丁のUZIの銃口へと正確に入り込み、爆発四散した。

 そのままケイはグラリと後ろに倒れ込む。

 慌てて近寄るキンジたちにケイはポツリと呟く。

 

Jesus(なんということだ)……とても、残念過ぎる……」

 

 歯ごたえの無さを嘆いたのか、別の意味があるのかは分からない。

 キンジたちがそれを問う前に、彼は空中にもう一発銃弾を撃ち込み、そのままガクリと気を失った。

 

「おい、大丈夫かケイ! ケイ!」

「あまり揺らさない方がいいわキンジ。転倒時に脳震盪を起こしている可能性もある。ゆっくり横にして。どの道、ヘリが来たみたいだしね」

「ヘリ?」

 

 キンジが急いで助け起こすと、ヘリのプロペラ音と共にドラグノフを構えたレキがやってくる。

 ケイが撃った銃弾は狙撃の合図だと数瞬して判った。

 彼女はいつものように呪文を唱える。

 とても澄んだ声で。

 

 ――私は一発の銃弾――

 ――銃弾は人の心を持たない、故に何も考えない――

 ――ただ、目的に向かって飛ぶだけ――

 

 ドラグノフから発射された弾丸は、雨を貫き払いながら寸分違わぬ角度でバスの下へと向かう。

 ガキン!

 取り付けられた爆弾の固定器具を正確に破壊し、四角いケースに入った爆弾は火花を散らしながら道路を滑る。

 撃つ角度も調整したのだろう――橋のガードレース下をキチンとすり抜け、海へと落下していく。

 最後は一際大きな爆発音がキンジたちの後ろで響いていた。

 

 

 

 バスジャック事件を解決した後、バスの上に大の字で倒れたケイは目を覚まさなかったが、応急手当をした白雪曰く「気絶しているだけ」で命に関わるものではないと言ったので一同は胸を撫で下ろしていた。

 そのままレキたちが乗っていたヘリの乗せられ病院へと搬送されていく。

 キンジや不知火はケイの安否を知るためヘリに同乗し、武藤は運転手が負傷していることもあり、不満顔ながらそのままバスに残っていた。

 アリアも仲間の容体が気にはなったものの、チームリーダーという立場だったので警察や武偵局の人間が来るまで待たなくてはならない。

 レインボーブリッジはケイが破壊した車の件もあって、封鎖されている。

 乗用車が通らない橋の上で、アリアは武偵殺しに繋がる手掛かりがないか、事件現場で調査をしていた。

 拾いあげるのは一本の矢。

 

「なんでこんな物があるのかしら……?」

 

 金属製の矢尻には二つの弾痕。ケイの目の前で弾丸を弾いた正体だと容易に想像はできる。

 ただどうしてそんなモノがここにあるのか? 誰が放ったのか?

 悩みながらも証拠物件の一つとして回収した。

 このあと、警察、武偵局、東京武偵高校の鑑識科やなぜか超能力捜査研究科(SSR)までやってきて大規模な調査が行われたものの、武偵殺しの正体を暴く決定的な証拠は見つからなかったのだった――

 

 

 

 

 

 

 

 




悩んで悩んで結局ケイが負傷する羽目に。
次回はイ・ウーのあの人がちょっと出たり、ケイの起こした勘違いの原因やらになります。
出来たら一巻の勝負のところまで行けたらなー、なんて。たぶんこのペースだときついかもですが……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夢幻の中に生きる者

 ――バスジャック事件数日前、イギリス某所――

 

 コツコツと小さな足音が洞窟に響く。

 太陽も月明かりも届かない場所で、彼女を照らすのはランタンの灯りのみ。

 道は狭く、閉所恐怖症の人間なら一分と経たず逃げだすに違いない。

 左右は大人二人がやっと通れるほどで、天井は二メートルほど。

 舗装など当然されておらず、転ばないようランタンは低めに持ち、剥き出しの地面を照らしていた。

 そして洞窟の最奥――木製のドアが取りつけられている。

 ドアの中央部には真鍮製(しんちゅうせい)のドアノッカー。

 

 ぴたりと足は歩みを辞めた。

 緊張しているのか、クラウンタイプの中央がへこんだ独特の帽子をきゅっきゅっと被り直す。

 薄暗いので手鏡は使えない。軽く眉を撫でながら整え、髪を手櫛で大まかに直す。

 埃を払おうと服を数回払うが、古ぼけた洞窟の割に汚れが少ない。

 

「ここか……良し」

 

 手を伸ばし、ドアノッカーに手を掛ける。

 すかすか

 小さな手には期待した感触は返ってこなかった。

 手を伸ばし、ドアノッカーに触れようとする。

 ぴょん、すか、ぴょん、すか

 ちょっぴり跳ねて腕を振るうも金属製の冷たいソレが手に収まることはない。

 手を伸ばし、ドアノッカーに一生懸命掴まろうとする。

 ぴょんぴょんぴょんぴょんぴょんぴょんぴょん!

 跳ねるたびに黒と灰色のドックトゥース柄のスカートがヒラヒラと暴れる。

 ふとももまで伸びた銀髪が、犬の尻尾のようにぶんぶん振られるが無情にも手は届かない。

 手加減しては、この頂上(ドアノッカー)には触れられない。

 こんなところで醜態を晒しては御先祖に顔向けできない、と考えながら飛び上がる直前、

 

「ふっ、はぁっ! ……ああ、ドアの前の君、来ているのは判っている。入りたまえ」

「あ……はい」

 

 絶妙なタイミングで中から声が掛かった。

 若い男性の声。まるで年老いた老人が若かりし頃の声音で喋るような安心感とそれに反比例した若々しい声。

 一語一語ゆっくりと、しかし耳から聞こえた音は見上げても頂点が窺えないほどの大樹を連想させるほど、揺らぎがない。

 妙な気恥かしさを覚えながら彼女はドアをくぐる。

 室内に入ると中は思ったよりも広い。

 日本なら二〇畳はある大広間。奥にはさらに二つほどドアがある。

 左右にはランプが灯され、年代を感じさせる絵画や陶芸品の数々が彼女を迎えた。

 蓄音器などの一昔前の古い機器がクラシックな雰囲気を醸し出す。

 規模は極小なれど、博物館として展示したなら価値が判る者はお金を出してでも見るだろう。札束に代えればちょっとした紙幣のプールを作れるほどの一品が、室内のそこら中に所狭しと並べられていた。

 そして中央にはこれまた、歴史を感じさせる古びた机と安楽椅子があり、一人の男がそこにいた。

 彼女は静かな口調で淡々と話しかける。

 

「呼ばれてきた。それで、教授は何をしているの?」

「ふっ……はっ……身体を、ふっ……ふっ。鍛えているだけさ。しっ……はっ……いずれ訪れるであろう生涯最高の戦場(パーティー)で演目を披露できるように、ね」

「そう、ですか」

 

 教授と呼ばれた若者はジャージにタンクトップという部屋の雰囲気とは真逆のラフな出で立ちで運動をしていた。

 腕立てや腹筋、背筋、時折拳銃を引き抜いたり、ナイフでの動作も一つ一つ確認していく。

 その動きに無駄はなく、華麗で流麗。整った容姿も相まって一枚の絵画のようであった。

 一通り終わったのだろう――手に持ったナイフをくるりと手慣れた動作で振るうと、机の上に置いてあった鞘に納める。

 そしてタオルで軽く汗を拭きながら苦笑い。

 

「おっと、緊張しているようだけどいつも通りの態度で構わない。君を呼んだのは頼み事があってね。むしろお願いする立場なのだ。英国紳士として、淑女に気を使わせるような誤解を受けてしまったのなら済まないことだ」

「そうで……そう。じゃあいつも通りで話す」

 

 若干表情に乏しい彼女は表情の通り、ぶっきらぼうな口調で話す。教授と呼ばれた男はその言葉に柔和な笑みで返していた。

 天才的な頭脳とカリスマ、その他全てにおいて優れた能力を持つ組織のトップ。一部ではかの天才科学者アインシュタインと軽口で議論を交わしていたという突拍子もない与太話すら出ているほど。

 しかし、そんな荒唐無稽(こうとうむけい)な噂が流れても自然に信じれてしまう――それほどのオーラが彼にはあった。

 彼女は顔ではポーカーフェイスを保っているものの、どこか緊張を隠せない面持ちで入り口に立っている。

 教授はリラックスした表情で椅子を勧めると、ようやくほっとした顔で彼女は木製の椅子に座った。

 椅子に座ると足先が地面に届かない。

 若干、少々、幾分、成長期の遅い自らの身体に人知れず溜息を吐きながら彼女は組織のボスと向き合う。

 コツ……コツ……と規則正しい音を奏でながら大きな古時計――ホールクロックが二人の横でBGMを奏でる。

 最初に口火を切ったのは教授だった。

 

「さて……君を呼んだのは他でもない、一つ依頼を受けて欲しくてね」

「依頼?」

「そう依頼だ。君には三つ頼みたいことがある。まず、これを見てくれたまえ」

 

 パララと机の上に数枚の写真を並べる。

 黒髪黒瞳でアジア系の黄色人種。写真は全て同一人物で武偵高の制服を着ていた。

 

「これは……」

「ターゲットさ」

 

 ランプに灯りがフラフラと頼りげ無く揺らぐ。同時に二人の影もまた揺らいでいく。

 彼女は腰に下げた弓を無意識に触れた。

 使いこまれた木製の弓は簡素な造りながら、細やかな手入れがなされ、使い手の愛情を感じる一品だった。

 愛らしい少女の姿とは対照的に彼女の目は鋭くなり、相手の真意を探るような目つきになる。

 

「殺せ、という命令?」

「いやいや、決してそういうものではないんだ」

 

 ゆっくりと落ちついた様子で首を左右に振る。ただそれだけの行動でも彼が行うと一流の映画俳優がやるような優雅で気品に溢れた動作だった。

 教授は楽しそうに微笑む。

 机の引き出しから愛用のパイプを取り出すと、タバコの葉っぱを詰め込み火を点ける。

 煙を口の奥に吸い込む。鼻に、喉に、肺に、ニコチンが吸収され、満たされる。口からパイプを離し、ふぅ、と一息。白煙が吐き出された。

 

「……やはりタバコは良いね。最近の紙タバコはいけない。悪臭の原因になるし、味も不味い。ボロボロと灰が地面に落ちるのも品がない。君もどうだね、一つ」

「匂いは獲物に逃げられる」

「ははは、そうかそうか。まあ仕方ないな。…………では本題といこうか」

 

 右手にパイプを持ち、煙が出ている。銀髪の少女は真剣な面持ちで姿勢を正す。

 

「舞台は極東の国、日本。数日後にウチの子がバスジャックを行う。そこら辺は君の耳にも届いているだろう?」

「知っている。確か……GGG(トリプルジー)作戦という名前だったはず。……私もその作戦に参加せよと?」

「当たらずも遠からず、だね。直接彼女たちの援護をせよという依頼じゃない。彼女……特にリュパンの曾孫は別の理由もあってこの作戦に並々ならぬ決意を胸に秘めている。それに横やりを入れるほど僕も無粋なことをするつもりはない」

「では一体どうすればいいの?」

「そこで写真の彼に繋がるというわけだ。彼女の作戦には直接関係ない人物……この男はバスジャックを行うときTOKYOのレインボーブリッジという場所で、バスの上に降り立つ。君には即死コースで彼に矢を一本打ち込んで欲しい」

「……殺せという依頼と代わりない気がする」

「さあ、どうだろうね?」

 

 クックックッと教授はとても愉しそうに嗤う。そう、とても愉しそうに嗤う。

 灰皿にパイプを置き。両手を組んで、手の甲に顎を乗せる。

 

「あくまで放つのは矢一本だ。それ以上は禁止する。無理に殺そうとかは考えず、ヒット&アウェイだと思って対処すること。ああ、それと一つ目の依頼が終わったら大石啓に関する情報をまとめて送ってくれ。彼に関する情報がさほど多くないからお願いするよ。それでまず一つ。二つ目はちょっとしたお使いだ。これに関しては後日現場に着いたら手紙を送るからそちらを見て欲しい。そして最後の一つは……これだ」

 

 そういうと彼は机の上に分厚い封筒を置いた。

 厚さは五〇〇ページ以上ある辞書と同等かそれより多い。

 ペラペラと紙をめくり大まかな内容を把握していく。彼女は徐々に表情を険しくしていった。

 

「……なかなか難儀な依頼……それに、まるでこれは――」

「これは――何かな?」

「……いえ」

「この依頼がとても困難だろうことは承知している。だからこそ報酬も破格にしているつもりだ」

「報酬の内容は?」

「一万ポンド(※当時の相場で約一億四八〇〇万円相当)だ」

「一万ポンド……現金は――」

「おっとすまない。君は現金ではなく、現物の方が良いんだったね。それに僕からの直接依頼を一万ポンド程度の端金で行うのも宜しくないか。……なら、そうだな……二四金、九九.九九(フォーナイン)以上の金地金(インゴット)、一二〇kg(約四億円相当)――でどうかな?」

 

 教授はまるで彼女の要求を先回りするようにスラスラと話していく。

 彼女は少しだけ目を見開いた。報酬についてどう話すか一瞬迷ったのだが、自分の言う事の全てを先に言われたのだ。

 内容は破格の条件。特定の人物に生死を問わず矢を一本撃ち込むだけ。お使いというのも相手の話振りからさほど難易度が高いものではないだろうと察せられる。

 最後の内容も口では困難と言っているがそこまで無理難題ではない。ただ少し面倒だな、と思う程度のこと。

 どの道うまくいけば死人を出さずに常人が稼げる生涯賃金をごく短期間で得ることができる。

 これほどうまい話は早々ないだろう。

 お金はあればあるほど良い。彼女が断る理由などなかった。

 

「それだけあれば、多くの孤児院に寄付できる……拒否する理由はない」

「そうかそうか。受けてくれるか。そう言ってもらえると嬉しいね。あとは、そうだな……君のモチベーションを上げるためにある情報を伝えようか」

「情報……?」

「そうさ。確か君は、数ヶ月前に別件で依頼をしていたね。そのとき君を邪魔した少女たちが居たはずだ」

「……それは」

 

 教授は全てお見通しとばかりに話すと、彼女は少しだけ悔しそうな顔をした。

 別に叱責される謂われはない。彼の組織するイ・ウーは割と自由が利く。

 よほどのことをしなければ放逐やある日突然“行方不明”になることもない。極一部やり過ぎて除名されかけている人間もいるが。

 彼女も暇があればお金稼ぎの一環として裏の仕事を請け負っている。ただ、あるとき邪魔をしてきた武偵たちが居た。

 

 月夜に照らされ映しだす。白チューリップのように色彩が薄く、しかし若さと活力に満ちた女の子たち。

 地面に倒れ、土に塗れ、血に染まりながら尚、勝者の笑みを浮かべる姿は狂人か策士か。

 

『才能なんてないけれど』『意地と意志なら負けはしない!』

『いままで見えない闇に怯えてた』『けれどウチらを救った人がいる!』

『貴女がどんなに強くても』『決してあの人には届かない!』

『“K”に出会うそれまでに』『“K”を迎えるそれまでに!』

『ゴメンナサイと言うまでは』『アリガトウと言うまでは!』

『――お前ら何かに負けてたまるかっ!!』

 

 死に体の姿で豪語する双子がいた。その執念は鮮烈で強烈で、記憶に今も尚鮮明に焼き付いている。

(確か名前が……アーなんとか……リーなんとか…………聞き忘れた。……重要なのはそれじゃない。あの双子たちが言う“K”――双子は強かった。そして“K”という人物を格上の存在とする言動もあった。あの二人の上位互換というなら、これほど厄介なモノは無い)

 “K”という単語がやけに耳に残っていた。

 記憶にあるのはその精神。不退転の覚悟。

 何がなんでも喰らいつくしつこさと、したたかさ。

 並の相手とは違い、かなりの苦戦を強いられた。

 色々と苦い思い出が脳裏をよぎり、知らず知らずのうちに拳をぎゅっと握った。

 その様子に満足そうに男は頷くと話し始める。

 

「彼女たちが言っていた。“K”という人物――ケイという名前なんだがね、気になるんじゃないかい?」

Key(ケイ)……。確かに彼女(・・)がどんな人物かは気になる」

「彼女? いや彼だよ。まあKeyは女性に多い名前だから仕方ないけどね。そして、その写真の人物こそケイ――Key・Oishi(ケイ・オオイシ)だ」

 

 苦笑しながら彼女の間違いを正す。

 相手はきょとんとした表情を返している。

 「そうですか」と何でもない風を装って呟いたが、良く見ると頬が僅かに赤く染まっている。

 自身の勘違いに恥ずかしがっているようだった。

 男は気にせず話し続けた。

 

「彼の実力は世界有数といえるだろう。何せ、この僕が敗北したのだからね」

「…………は? 教授が、そのKeyに? …………エイプリルフールはもう過ぎました」

「そのまさかさ」

 

 彼の認識としてはそうだった。今まで外れたことのない“推理”を、未来予知に等しい次元まで昇華したそれを軽々と破った男――――大石啓。

 引き分けなどと潔くない……負け犬の遠吠えみたいな真似を彼はしない。

 心の底から、純粋なまでに、教授は負けを認めていた。だからこそ顔も心も悔しさを見せず、相手を賞賛するように放つ。

 だがそうした彼の言葉に驚愕したのは相対した彼女だった。

 あらゆる点に於いて他者の追随を許さない実力を持つ組織のボスを――教授の辞書に敗北の二文字を書き記したのだ。

 それは偉業と言っても良い。同時にそんな相手を害せよ、という依頼は無茶を通り越して無謀。

 二万ポンド相当の金塊が報酬とは破格の好条件、とはとんでもない。

 一本の木が教授の一言で、あっと言う間に天を貫く大樹となって彼女の眼前に現れた。そのプレッシャーは計り知れない。

(イングランド人嫌いな巨人が相手じゃないけど、豆の木を切る斧も無い。あるのはたった一つの弓だけ……)

 調子に乗れば相応の報いを受ける困難な依頼だと理解した。

 警戒心を高めながら彼女は慎重に答える。

 

「……報酬の額がケタ違いなのにとても消極的な内容の依頼。武偵ランクSないし、あるいは……(ロイヤル)クラスの難敵と戦え、と。……これでもまだ割に合わないくらい」

「必要なら報酬の上乗せするが?」

「欲しいけど……必要ない。あの双子の借りを、その師匠である相手に返すのも悪くない。それに――――」

「それに?」

「――なんでもない。ではこの依頼、確かに承りました。報酬の受け渡しはお任せします」

「そうか、では行ってくるといい。君にとっては非常に困難な依頼となるだろうが…………good lack(幸運を祈るよ)

In the middle of difficulty lies opportunity(困難の中に、機会がある)……やるべきことをただこなすだけ」

 

 そう言って彼女は去っていった。

 ドアを閉めて出ていくと室内は静寂に包まる。

 教授と呼ばれた男はくつくつと笑っていた。

 

「ははっ。アインシュタインの名言か。君自身の目で見て、そして感じることができるだろうな。そう――彼の月明かりの無い真夜中より暗く昏く染まった“死相”は写真からでも視えただろう。油断ならない相手……だが成功の糸口は視えている。ならば大丈夫と己を信じれるのも彼女の実力ゆえだろうし、僕もそう“推理”している。しかし――」

 

 彼はおもむろにチェス盤を取り出すと、テーブルの上に置き、一人駒を並べ始める。

 コツ、コツと小気味良い音をたてながら駒を動かす。味方も敵も、彼が動かす。ただ、時折視線をチェス盤から離し、正面を見ていた。

 あたかもそこに誰かが座っていて、駒を動かしているという風に。

 駒は次々とぶつかり合い、舞台から退場していく。

 笑いながら行うその姿は、まるで純粋にゲームを楽しむ少年と大差ない。

 カツン、と男のポーンが敵陣へと切り込んだ。将棋の成金のように、チェスなら昇格(プロモーション)がある。

 ポーンはキング以外の何者にも成れる。

 クイーンも、ナイトも、ビショップも、ブロックも、ポーンも……全てを狙える位置に突き進め、反撃も容易に出来ない場所へと凶打する。

 彼は無垢な少年のように笑っていた。

 

「さて……こちらは差した。君をどう打つ“K”? “緋弾”を正しく導くためには武力の急騰(パワーインフレ)が必要だ。君という“駒”は性質上あまりにも強力過ぎる。それこそ次代を担う若き俊英たちの実力を削いでしまうほどに……。だからこそ君の戦力がどの程度になるか測らせてもらう。願わくば、僕の想像を超える結果を願うばかりだ。ふふ……ははは! 実に楽しいことだ!! 若かりし頃、リュパンとの闘争を思い起こさせる。結果が実に楽しみでならないなっ」

 

 いかな稀代の天才でも、世界一のスーパーコンピューターでも、あるいは神でさえも。

 未来予知はできても確定した未来を知る術は存在しない。

 全てはあやふや。水の都ロンドンの霧と同じく、薄くかかった白のヴェールが未来を覆い隠す。

 『人の可能性』という霧が彼の条理予知(すいり)にノイズを与える。直接は影響しない。

 ただ百……千……万通り――コンピューターなど遥かに凌駕する彼の頭脳が弾き出す未来への予想図。

 完璧なはずの“推理”は、しかし遠く日本にいる彼には通用しないだろうと思っていた。

 自身が行動を起こしたことで、ケイの死は確定している。そう視えていた。

 だが……依頼した彼女の弓矢など容易に防ぐ。防げないはずがない。

 なのに自身の“推理”は生存の可能性を導き出さない。……出せない。一手一手が常に手さぐりの連続だった。

 未だ識らない敵と相対する。それはとても危険であり、厄介であり、常人なら避けたいはず。

 

 しかし――だからこそ、楽しい。

 使っていない脳の領域を刺激し、次の一手を考えるだけで不思議な笑みが込み上げてきて、口元は弧を描いてしまう。

 

「ふふ……彼女は強いよ。誇りを口にしても、実際の行動は非情なまでの現実主義者(リアリスト)。引き際を誤ることがない義賊の一族、颱風(かぜ)のセーラ。現時点で二人(・・)の相手をするには些か厳しいレベルだろう。さらにもう一人の魔女(・・・・・・・・・・)との相性も抜群だ。それは春の東京を極寒の大地へと変貌させ、視えぬ凍刃は命の炎を切り刻んで凍結させる。厭世に浸る猫を招いても、結果は変わらない。……しかし、何故だろうね? 君なら不思議と、いかな死地でも切り抜けてしまうと思える僕がいる。まるで童話で語る白馬の王子を信じて疑わぬ童女のように……。……さあ差してくれ、逆転にして奇転。条理を凌駕する一手を。願わくば、それがこれからの世の中にとって良き選択であることを願おう……大石啓」

 

 キングの喉元に突きつけるは一体のナイトとプロモーションを果たした女王(元ポーン)。挟み打ちにされたキングに対し、相手もまた女王とポーンで応戦させる。

 揺らぐオレンジ色の焔に囲まれて、教授は子供っぽい笑みを浮かべながら誰もいないチェス盤の向こうを見つめていたのだった――――

 

 

 

 

 

 そして舞台は日本へと移る。

 教授より極秘依頼を受けた銀髪の少女、セーラは東京湾を一望できる場所でただ来るべき時を待っていた。

 ……カタ、カタ、カタ……

 暗黒色に染まった空と荒れ狂う海。間断なく吹き付ける風は少女の服を絶え間なく翻させる。

 遮蔽物が少ない場所で、迷彩柄の雨ガッパに身を包み、愛用の弓を小さな胸に抱いていた。

(台風というモノはとても荒々しい破壊の嵐……欧州とは異質なモノ。でも、この程度ならまだ扱える)

 決して恵まれた体型を持たない彼女はともすれば嵐で吹き飛んでいしまうほど小柄だ。

 しかし身を固くし、近くの橋に結んでいる命綱のお陰で吹き飛ばされても転落することはない。どちらにせよ、自身の能力を駆使すればこの程度の嵐を御することなど造作もなかった。

 セーラは眼下を見下ろす。

 見えるのは、海と車と、そして橋。

 レインボーブリッジの吊り橋を支える重要部分――アンカレイジ部の高所にて、彼女は獲物が到着するのを静かに待っていた。

 ジジジとノイズと共に耳に付けたイヤホンから声が聞こえてくる。

 

『ああ、アリアさんたちは先に降りるってさ。こっちはレキ以外の奴は臨機応変に対応しろって。白雪さんは、どうする?』

「盗聴器の感明度は良好。さすがオルレアンの魔女」

 

 それはケイの水晶型ストラップに仕込まれた盗聴器による音声だった。当然声の主はケイである。

 彼女は事前に東京都内の拠点に潜む彼女たちとコンタクトを取っていた。

 緻密な計画のもとバスジャック事件を起こした首謀者の女の子からはあまり良い顔で対応されなかったものの、件の大石啓は彼女たちにとっても脅威であり、何より教授の直接依頼とあっては無碍にすることなどできるわけがない。

 仕掛けた盗聴器の周波数を聞き、超能力(ステルス)用の特殊な処置を施した受信機もセーラに渡している。

 少なくともセーラと首謀者の少女はいつでもケイの会話内容を知ることができる状況であった。

 

『いや白雪さんがそう言うならいいんじゃないか? 俺も偉そうに言えないし……』

 

 その声は武偵高の生徒とは思えないほど、不安や恐れの感情が見え隠れしていた。

 ビュオゥ!

 不意に突風が吹く。

 風に飛ばされないようにワイヤーを締め直しながらセーラは首を傾げる。

(……これが教授に敗北を与えた男……? 本当に? 初めての狩りに不安を覚える狩人のような……。写真越しで死期(・・)が見えるのも今思えばおかしかった)

 彼女には特殊な能力があった。

 それは死期の近い人間や動物の動向を読むというもの。さらにほぼ一〇〇%の精度を誇り、外すことはまずあり得ない。

 数日前に教授と会ったときの自信もこれに起因している。

 写真を見た瞬間「この男は近日中に死ぬ」と理解していたのだ。

 そして教授から依頼されたことで、彼女は自身の手によってこの大石啓という少年は死ぬのだろうと確信していた。

 彼に恨みは無い。ただ運が悪かっただけ。

 彼女は知らず知らずの内に対象の脅威度のランクを下げてしまっていた。そしてもっともらしい結論を下す。

(思えば教授は悔しそうなどころか、終始笑顔で語っている。きっとこちらをからかっただけ)

 そう考えながらどうやって狙撃しようかと彼女は思案していた。問題は激しく打ちつける風雨と自身の腕だけ。

 ふぅ、と軽く息を吐く。その姿にはケイに対しての警戒心は薄れていた。

 緩んだ緊張の糸。目の前の獲物は獰猛な鷹ではなく、愚鈍な鶏と相違ない。

 風向きが変わり風が逆方向に吹きすさぶ。

 その時彼女の耳に声が届いた。

 

『バスジャックか……。にしても風が強くてふっどぉ――ッ!?』

 

 ケイの慌てた声。嵐の上に上空をヘリが飛んでいる状況なら不意の揺れも多く、普通に考えれば揺れて驚いただけだろう。

 しかし彼女は二つのキーワードに反応した。

(……『フッド』って、なんで自分のファミリーネームを……それに風? 気になる。けど偶然の発言?)

 セーラはかぶりを振る。

 あまりにも馬鹿馬鹿しい。ナイーブになっているのか。余計な雑音は必要ない。ただ自身のするべきことをするだけ。

 彼女はケイに対しての警戒心を緩めていたこともあり、神経質になり過ぎたのだと深く考えようとはしなかった。

 しかし――

 

『弓は…………うん駄目だな。あれも論外過ぎる……』

 

 ピクリ、と片眉が一度動く。

 まるで弓を軽視するような発言だ。

 自身の弓に絶対の自信を持つ彼女からすれば、挑発とも取れる。

 無論、彼女に対して言っているわけではない。腹を立てるのはお門違い。いい加減依頼の完遂努めようと一本の矢を背中の矢筒から取り出す。

 ……カタカタカタ……

 激しい風音が鳴っている。

 アンカレイジの上部にいるせいもあり、顔面に打ちつける風と雨粒のバチバチと音を立てるほど激しく普通なら痛くて目を覆ってしまうだろう。

 しかしセーラは目を閉じて念じる。思い描くのは風。一筋の風が自身の身体を纏うイメージ。

 その途端、雨粒が彼女を打ちつけることはなくなる。雨粒が身体に当たる寸前で不自然な軌道を取っていた。

 ――魔女の力。彼女の一族には、かつて魔女として風を操る者の血が混じっていた。そのおかげでセーラもまた風を操る能力を先天的に備えている。

 

 風と雨さえなければ嵐などどうということはない。弓に矢を添えて背中を後ろのアンカレイジに付ける。

(雨、フッド、弓……バカバカしい。そんなことあるわけない)

 疑問が鎌首をもたげるが余計な思考は片隅に捨て置いた。

 狩人として優れた聴覚を持つ彼女は、嵐の轟音の中でバリバリバリと規則的な機械音を捉える。

 欧州ではさる名家の御令嬢でSランクの凄腕武偵、神崎・H・アリアはバスの中。

 レキというもう一人の狙撃手は厄介だが、自身の隠蔽は完璧だ。

 優秀な警察犬でも風で匂いを消せば簡単に隠れられる。狙撃手の弾丸も数cm程度は反らすことはできよう。

 そのうえで先制すれば取りまわしの利きにくい狙撃銃で対応するのは不可能。何も心配することはない。

 

 セーラの脳裏にはターゲットの眉間を貫くイメージが出来上がっていた。

 身を乗り出し、ヘリを見つめる。会話の通りなら、ターゲットは友人を心配してヘリから身を乗り出しているはず。

 最初はこめかみを一直線。途中、風によって軌道が変化。最後は眉間を貫き、鮮血の雨が降る。

(……それで終わり。せめてもの手向け。ヴァルハラにでも逝けるよう祈ってあげる)

 ギュゥ、ゥ、ゥ――と弓を引き絞り、彼女は遠目に見える黒髪の少年に狙いを定めた。

 そのとき囁くような、とても……とても小さな声が彼女の耳奥を障った。

 

 ――俺はお前を見ているぞ。透明な水晶の先、その心の奥底まで――

 

「――――ッ!?」

 

 カタカタカタ

 ――――硬直。

 雨や風じゃない。狩人としての本能が警鐘を激しく鳴らす。ヒュッと無意識に乾いた息を吐く。

 魂すら凍らせる悪寒がスルリと耳を伝い、脳へ侵入してから喉奥を支配し、肺と心臓へ満たし、全身を伝播していく恐ろしさが、コンマ数秒にも満たない瞬間に走る。

 セーラは思わず、耳に付けたイヤホンを毟り取り、金属の床に叩きつけた。

 ガシャリと音を立てる。

 幸か不幸かイヤホンは角の方に転がり、風で飛ばされることはなかった。

 ザザザとノイズが聞こえてきているがまだ使えるだろう。

 しかし彼女はイヤホンを拾わなかった――――否、拾えなかった。

 ターゲットに感づかれたかもしれないとか危険な高所で不用意に動けなかったという理由ではない。

 セーラの青眼はレインボーブリッジの上を飛ぶ一台のヘリに釘付けだった。

 

「お、大石啓は…………死神を使役している……!?」

 

 最初は何も無かった。だがイヤホンから囁くように聞こえた声。その直後、ソレは現れた。文字通り死神としか形容できない異形。化け物。

 ヘリを覆う黒と白のコントラスト。黒いローブと白い骨。黒い霧と白い鎌。

 耳をつんざく爆発音がイヤホンから聞こえてきた。あのまま聞いていたら鼓膜が破れていたかもしれない。でもその幸運を喜ぶ余裕はなかった。

 カタカタカタと物音がずっと何処からか聞こえていた。

 最初は暴風で揺られた木片やそこらのゴミかと思っていた。

 しかし今なら判る。それは、黒いローブと白い骨と黒い霧と白い鎌を持った化け物が鳴らす歯音だった、と。

 肉片などどこにもない、ある種、病的を通り越して芸術的とさえ想起させるほど真っ白な骸骨がそこには居た。

 何が楽しいのか今も、カタ、カタ、カタ、と口から音を発し、愉しそうな笑顔でセーラを見つめていた。

 

 数多の死線を潜り抜けたはずの彼女だったが、身体は拒絶反応を示し、強烈な吐き気を催す。片手で口を抑えると、鼻奥にツンとした刺激を感じ、心のざわめきは収まらない。

 アレは生ある者が見てはいけないものだと身体が拒絶反応を示しているのかもしれない。

 意図せずして、(つが)えていた矢を落としてしまっていた。

 濃厚な“死”の霧が今もなおヘリを覆い続けている。その中心にはおそらく大石啓がいるだろう。

 余命数日と宣告された老人でもこれほどの死――死相が見える人間はかつて誰もいなかった。

 空の暗黒より黒い霧を遠目にセーラは必死に乱れた精神を落ちつけようとしていた。

(落ちつけ、落ちつけ……ッ。違う違う違う! そう違うッ! これは見たイメージを具現化したモノ。つまり死神を幻視するほどの死相が大石啓に現れているだけのこと。逆に言えばそれだけこっちからすれば好機(チャンス)。何も恐れることは無い)

 深呼吸を二回。スゥハァスゥハァ。

 想像のナナメ上どころか、真上も真上。大気圏を突破しそうなほど突飛な出来事に動揺してしまったが、ただそれだけのこと。

 

 再度ケイの方向に目をやると死神の姿はどこにも居なかった。

 やはり幻だったのだと、安堵の息を吐く。

 件の彼はワイヤーをヘリに引っ掛け、一〇mほど下にいた。こちらとの距離はどんどん縮まっていく。

 見つからないようにアンカレイジの隅で縮こまる。

 最初に動いたのはケイだった。

(ッ!? こちらの位置を見抜いた!?)

 ――彼女が潜む橋のアンカレイジ。その最上部にワイヤーを引っ掛けていた。

 身を固くする。

 情報では大石啓の経歴でまず目にするのは『強襲科(アサルト)元Sランク』。

 強襲科は最前線で犯罪者たちと死闘を繰り広げる生粋のアタッカーだ。狙撃手であるセーラにとって、距離を取れば与し易い相手でも近距離~中距離の戦闘では立場が逆転する。

 不自由な足場で逃げることも叶わないこの場所では絶対絶命と言えるだろう。

 脳裏によぎるのは教授も評価していたという情報。

 今回に限っては単独で一矢撃つだけの任務であり、装備は最小限しか用意していない。

 生半可な準備では、彼と対峙しても勝利を収めることは極めて難しいだろう。

 攻撃するなら近づく前が一番安全だった。

 死神などと馬鹿らしい幻覚で最初の好機を逃すなどらしくない、と心の中で舌打ちをする。

 最悪、海に飛び込んで逃げることも選択肢の一つとして考えていた。

 

 しかし、それは杞憂だった。

 彼はサーカスの空中ブランコ乗りよろしく、ワイヤーを使って華麗に宙を一回転すると、そのままバスの上へと降り立つ。

 セーラに気付いていたのかはともかく橋の上を高速で移動するバスはあっという間に彼女と彼の距離を離していく。

 つまり――――それは狙撃手にとってのベストな距離。強襲科にとっては絶望的な距離。狩人は一度狙った獲物を逃さない。

 即座に次の矢を取り出し、彼の眉間に狙いを定める。

 こちらに気付いているにしろいないにしろ、教授の依頼の一つは『即死コースに一矢だけ撃つ』というもの。結果は問わない。

 なら依頼は確実にこなすだけでいい。セーラはバスの上に立つケイに対し、全神経を集中しながら限界まで弓の弦を引いていく。

 ギチ、ギチ……ギリ……

 彼女の元に“風”が集結していく。

 ハリケーンにも負けない真空を纏った純粋な風。自然の力ではなく魔女としての能力で収束していく透明な暴力。

 雨粒も波も、ゆっくり、ゆっくりと。世界の全てが遅くなっていく中で、彼女は渾身の一矢を放つ。

 

「――――シィッ!!」

 

 撃つ。

 一直線に向かう凶矢。全神経を矢尻に集中させて放った矢は、空中で銃弾のごとく螺旋(らせん)を描き始める。

(危険……アレは危険。だから終わり。大石啓!)

 彼女の精神は完全に復調したわけではなかった。普段なら獲物に対し敬意を払う。死んだことすら気付かせず、瞬きの間に命を射抜く。

 だがその一撃はただガムシャラに撃っただけ。

 もしかしたらヘリの中にいる巫女やスナイパーに位置がバレてしまったかもしれない。でも精神的な余裕を奪われていた。

 それほどまでに、死神から向けられた無垢な笑みが心の奥底で影響していた。

 撃ってからいつもの自分らしくないと気付くが、放たれた矢が止まることはない。

 

 遮二無二撃たれた矢が、離れていくバスへと向かっていった。

 遠くの的を華麗な弓捌きで貫くでもなく、子供染みた暴力で全てを押し流すように。

 横から突風が吹くも、風を纏った矢は逆に吹き飛ばすような剛直さでケイへと迫っていく。

 彼我の推定距離一五〇m。

 一四〇m……一〇〇m……五〇m…………一〇m。

 ケイはバスの上に立っていた。

 防弾ベストを着こんでいるが、頭部はヘルメットを落としたのか無防備。即死コースはそこしかない。

 そして憐れな少年の頭部に、一本の矢と真っ赤な花が咲くことになる――――はずだった。

(……? 笑った?)

 森育ちで視力の良い彼女は一瞬だが、彼の口元が上がったように見えた。

 そして僅かに動く。

 ゆらり、と後ろに数cm。だが、その程度で彼女の矢から逃れることはできない。

 風に干渉し、矢尻の先をミリ単位のレベルで捻じ曲げる。

 くるりと進行方向を変えた矢が、再度彼の眉間を穿(うが)ちに襲いかかる。

 矢と眉間は手を伸ばせば届く距離。

 当たる――――そのとき。

 キキィィィンッッッ!!

(――なッ)

 火花が散った。

 火花は三つ。

 彼女の矢はクルクルと宙を力無く舞い、彼の足もとに二つの弾丸がめり込む。

 セーラは驚愕に目を見開く。

 遠目だったが確かに、視えた。

 攻撃を避けたことではない。運悪く(・・・)、UZIが放った二つの銃弾と彼女の矢の三点が交差し、弾いてしまったのは判っていた。

 風を操作しても銃弾の方が突風で進行方向を変えてしまっては仕方がない。

 だが腑に落ちないのはその後。

(死相が……消えた? 死神が腕を振るったと同時に。……死相を死神が相殺したとでも?)

 ――もし日本のサブカルチャーに詳しい者が見たなら『死亡フラグを重ねて、逆に生存フラグにした』などと考えたかもしれない。

 とはいえその手の話に疎い彼女は予想外の出来事の驚くばかりだった。

 ケイに矢が当たる寸前――あの死神が顕れ、白骨の腕を振るっていたのだ。

 鷹のように鋭く伸びた爪が左から右に薙いだとき、三つの凶弾は互いにぶつかり合い、標的(ケイ)から遠ざかってしまった。

 死神はあくまで幻覚。

 事実、超能力(ステルス)やそれに類する力の奔流は欠片も感じない。攻撃を弾いたのも同様だ。

 だが現実としてケイは生きており、倒れてはいるが仲間たちに介抱されている。

 結果があるなら必ず原因がなくてはならない。

 先ほど動揺してしまった反省も含めてセーラ・フッドは冷静に彼、大石啓を分析する。

(可能性は二つ。欧州の祓魔師(エクソシスタ)などには『強化幸運』(ヴェントラ)とかの加護を与える連中もいる。それを受けていたか、あるいは――――こちらが探知できない次元の、超高位の超能力(ステルス)持ち。おそらくこちらが濃厚)

 写真からも漂ってくるほど判りやすい死相。

 通常なら七日以内に彼は一〇〇%死ぬはずだった。今までこの予想を外したことはない。つまりなにかしらのカラクリがあると考えるのが普通だった。

 そこに教授を退け、敗北させたという話を事実として考える。あのような異質なモノを見せられたら認めざるを得ない。

 大石啓は――――油断ならない難敵であると。

 教授の資料には、大石啓は超能力は持っていないと記されていた。

 しかしそれが誤りだったとしたら?

 教授すらも騙して(・・・)いたとしたら?

 

「バカバカしい……とは言えなくなる。教授の目すら欺くことが可能なら理由になる。むしろ隠蔽に特化した超能力が故に判らない? もしくは相手の能力を無効化できる類の可能性も――」

 

 彼女は幾つかの推論を立て、その情報はイ・ウーの教授の元へと届けられた。

 教授は後日その情報に口元をほころばせながら読むこととなる。

 そして何処から洩れたのか、イ・ウーから別のところへと情報が流れ、欧州――特にイギリスを中心に裏社会では密かに大石啓という武偵の名が広まっていき、それが更なる苦難となって彼に振りかかるが、それはまだ先のことであった――――

 

 

 

 

 

 ■  ■  ■  ■

 

 

 

 

 

 死ぬ死ぬ死ぬから!!

 混乱する中で半ば無意識にワイヤーを伸ばせたのは僥倖(ぎょうこう)だった。

 スイッチを押して、フック付きワイヤーを射出する。

 カチンとハマる金属音と共に、ヘリの足にうまくワイヤーが引っかかる。

 

「はぁーっ、はぁーっ…………はぁ~~~っリアルで転落死するかと思ったぞおい……訓練しててよかった。マジで……」

 

 心の底から蘭豹先生に感謝だ。朝の昇降訓練で身体がワイヤーを射出する動作を覚えたからこそ無駄なく動けた。帰ったら御礼の一つも言った方がいいかもしれない。

 ――もし、ヘリにワイヤーのフックが引っかからなかったら――

 ブルリと悪寒が走る。たぶんこの寒さは冷たい雨だけじゃない。

 うっかり落っこちたら真下は海。普通なら安心かと思えば全然違う。

 ヘリは橋の二、三〇m上空を飛行している。

 レインボーブリッジの高さはクイーン・エリザベスⅡ号の通行を想定して作られた高さで、確か五〇mそこらだったと思う。

 つまり合計すると高度は約七〇~八〇mの位置だ。

 どっかの雑学であったが、上空七五m以上の高さから水面に落下した場合、一〇〇%の確率で死ぬ。というか生還例が無いから一〇〇%なんだが。

 どのみち生きてても骨はバラバラ、重傷の状態では嵐の東京湾に飲み込まれだけ。そうじゃなくても東京湾は意外と浅いので海中のヘドロに頭から突っ込んで抜けだせず、窒息という可能性もある。

 どうあがいても絶望とか鬼畜にも程がある。

 

 バックンバックンと嵐にも負けないほど荒れ狂う鼓動を何度か深呼吸をして宥める。

 現状はヘリにぶらさがった状態。嵐に激しく左右に揺られているので正直、今にも落っこちそうで怖い。つーか酔いそう……。

 とりあえずワイヤーを巻き上げて昇ろうと思ったのだが、

 

「アレ……動かない……。もしかして、壊れた?」

 

 何処かしらの金具が壊れたのかうんともすんとも言わない。

 昇降訓練の時には普通に使えたのに……。不意の落下で慌てて操作したから不具合が生じたのか?

 それほど繊細な器具ではなかったはずだけど。

 こうなるとあとは他の人に頼むしか手がなくなる。

 ……非常に申し訳ないんだけど、レキや白雪さんたちになんとか引っ張り上げてもらうしかないだろう。

 出来なかったら、まあ、うん、近くに降ろして貰えないかなーと。

 上を見上げる。雨が目に入った。

 つか痛い! バチバチ入って目ぇ痛い! 今気づいたけどヘリメットが無くなってるし!

 そういや通信機能ってヘルメット内臓じゃないか!

 ……どうしよう。携帯は……こんな宙に浮いた状態じゃ正直使いたくない。落っことしそうで嫌だ。しかも風雨+激しく揺れている状態だととてもじゃないが話すのは難しい。

 手で雨避けをしつつ、見上げているとレキがいつもの無表情顔でこちらを見ていた。

 

「おーい! ワイヤーが壊れて動けないから引き上げるか、バスに降ろしてくれないかッ!!」

「……?」

「聞こえないのか? おーいってば!」

 

 声は聞こえているようでレキは首を傾げたりしているが……どうも俺が声を上げて何かを伝えようとしているとしか判らないようで……。

 ヘリのプロペラ音と嵐の轟音の二重奏ではさすがに無理みたいだ。

 し、仕方無い。ジェスチャーでなんとか意志を伝えよう。

 人差し指で上! 上! とアピールしてみる。

 反応が薄い。

 両手の掌を上にして持ち上げるように手を動かして見る。

 コテンと首を傾げた。不思議そうな顔で親指を立て、首を切るように真横へスライド。片手で輪っかを作り、オッケー? と問いたげだ。

 違う違う。左手を左右に振って全力否定。

 ぜってー勘違いされてる。勘違い道一年生の俺が言うんだから間違いない。なあなあで済ましたら碌でもないバターンに入ると俺の第六感が告げている。

 ――パン!

 下の方から音が聞こえた気がした。

 

「……銃声?」

 

 少し気になったのでバスの方を見てみる。キンジがバスの上に立って何かをしていた。

 というか嵐の中で何をやってるんだろう。爆弾を探しているのか……?

 くそッ! てことはまだ見つかってないのかもしれん。

 爆発したら怖いが、友人たちを残してこのまま宙ぶらりんなのもよろしくないだろう。

 誰だって死んで欲しくないんだから。怖いけどな!

 俺はレキの方を見上げると、ワイヤーを指さして持ち上げるジャスチャーをする。

 すると白雪さんも出てきてレキと何やら話している。

 そしてこちらの方を見ると、両手で輪っかを作った。大きく丸。つまり了承。

 おお! 伝わったのか!

 レキもコクコクと頷いて判ってくれたようだ。

 何故かヘリが橋の方に寄っているが、まあいいか。何かしら状況の変化があったのかもしれない。

 両手を合唱して謝罪の意を伝えておく。

 ヘリから落ちるとかヘマしてスマン!

 こちらの意を汲んでくれたのか、レキは気にしなくてもいいよ、とばかりに首を左右に振ったあと、最後に一度、ゆっくりと頷く。真剣な表情だった。脳内で「今はそれより事件を解決しましょう」と喋っているように感じた。たぶん間違ってないだろう。

 Sランク武偵だという彼女は既に武偵のとしての心構えができているのだ。白雪さんもAランクだし、ほんと凄い人ばかりだ。

 文字通りプロフェッショナル。

 そんな彼女たちの足を引っ張っているようで少し申し訳なく思う。

 レキがワイヤーに手を掛ける。俺は出来るだけ風に揺られないよう姿勢を正す。

 そして――――

 

 ペいっ

 

 レキはヘリに引っ掛けていたワイヤーのフックを「えいやっ」とばかりに外して、放り、投げた。

 ………………投げた?

 重力に従って再度落下し始める俺。

 うん、落ちてるね。ひゅーっと。

 ああ、うん。また、ですかね。

 

「フックを持ちあげろって意味じゃないんだよぉぉぉぉォォォォォォォォッ!?」

 

 後日、レキから聞いたこと。

 俺のジャスチャーは別の意味の手信号(ハンドサイン)だと思われていたことが判明した。

 「俺が()る。いいからさっさと(前線に)あげろ」という強襲科の生徒が好んで使う用語だと。だからバス=前線と解釈して降ろしたと。

 ……今度から手信号はしっかり行おうと思った。ジェスチャーとかフィーリングで伝えようとするなとか、そもそも選択肢に手信号がなかったんだとか。

 色々ビビってたからだよ、ロープ一本でヒモ無し? バンジー状態だから余裕なかったんだチクショー…………。

 

 橋の上空に移動していたヘリ。当然真下は海じゃなくコンクリート製の道路。

 落ちたら痛いとかいう次元じゃないっ!?

 カチカチとワイヤーを操作しても動かない。

 これ、死ぬんじゃねーっすか?

 …………待て待て待て待てぇぇぇぇ!?

 空が下で地面が上で視界がグルグルと海底してジェットコースター一〇年分くらい回転してもう回るのは嫌だつか航空機関係に良い思い出が無さ過ぎあれ墜ちるだろ帰っていいですかもう勘弁してよこんちくしょーーーーっ!!

 

「――――――あ」

 

 最後、記憶に残っていたのは黒。黒い棒が目の前に迫っていたこと。

 そしてカコカコォン! と二連続で鳴る甲高い音と頭部の衝撃。

 何が何やら判らないうちに俺の意識はブラックアウトしていった。

 

 

 

 

 

「――――はっ!? ……え、アレ? 俺、どうしてたっけ?」

 

 飛び起きて周囲に目をやる。

 寝起きのせいか意識に薄く靄がかかったような、ズキリと頭部に痛みが走った。

 起きたはずなのに初めから俺は立っていた。

 左右にはピンク色の鮮やかな花びらの桜並木。桃色の雨が俺の足もとへと降り注いでいる。

 剥き出しの地面。前は先が見通せず、薄い霧がかかり、その先に何があるのか判らない。

 二日酔いの朝みたく、不快な痛みがズキズキと頭をかき鳴らす。

 ノイズの掛かった記憶を探ると、雨、バス、事件……あぁ、そう、そうだ、俺は確か――

 

「もーっ、ケー君。そんなカカシと競うように呆けてどーしたの? 頭痛い? 脳外科行く? しーてーすきゃーんで頭をぶった切る?」

「いや、俺は武偵で事件に行ってたから。つかぶった切るとか物騒だろ…………え?」

「ぶてーい? じけん? くははっ、ジョーダンジョーズっ♪ 脳内妄想でもしてたのケー君?」

 

 鈴がカラカラ鳴る様な、とても心地良い声が俺の耳に届いた。

 目の前には一人の女性がいる。

 綺麗系と可愛い系を足して二で割ったような顔立ちで、そこらのアイドルよりよっぽど容姿が整っている。

 そんな彼女は親しみを含んだ悪戯っ子の笑みを俺に向けていた。

 でも…………誰だっけ?

 

「いや……あの、すいません。どなた様、ですか?」

「…………え? 嫌、春ボケなら止めて欲しいよ。ワータシのこと忘れたっていうの?」

 

 相手は冗談だと思ったのか一瞬眉を顰めたものの、手をひらひらさせながら、向日葵も負けてしまいそうなほど明るい笑顔で再度話しかけてくる。

 その顔は今日初めて出会った人間に対する話し方じゃないと判るほど、親しみの情が込められていた。

 でも自慢じゃないが、俺にはとびっきりの美人さんや可愛い幼馴染など居ないし、昔知り合った女の子の知り合いとかもほとんどいない。

 何故か男の知り合いばかりだった。近所も野郎ばかりだし。どうしてこうなった俺。

 と、とにかくだ。

 武偵高で知り合った人ならさすがに忘れる訳が無いし、それ以外での知り合いも女子では記憶にない。

 こんな綺麗な人に話しかけてもらえるのは光栄だけど、そんなのは東京近辺で「絵に興味ありませんか?」と言って店に連れ込み、法外な値段で絵を売ろうとする輩とかしか会ったことがなかった。あと手相とか。

 だからか少しだけ警戒心を持って話しかける。

 

「ごめん、本当に誰か判らないんだよ」

「ちょっと、本気で止めて。今日はお祝いで来たんだよ? 気持ちは新幹線よりはやーく急いできたんだよ? 記憶喪失のフリ? それにぶてーとか意味判らないよ。意地悪言ったのは謝るから……ねえ、私の顔をしっかり見て? 高校時代から付き合ってたんだから、ねぇってば……」

 

 そっと白く、きめ細かい手が俺の両頬を包む。

 とても悲しそうな黒瞳が縋るようにこちらを見つめていた。

 目は口ほどに物を言うというが、彼女の目に嘘はないと思えるほど、真摯に真剣に、俺の心を射抜く。

 ドクン!

 心臓が高鳴る。

 長い黒髪。明るい笑顔。小ぶりな口元。大きくもなく小さくもないほどよく育ったお椀型の胸。スラリと伸びた肢体。

 …………あぁ、そうだ。

 俺は彼女と知り合いだった。

 中学時代に隣の席だった時から気になっていて、でもどこに進学するか判らず友人と同じ高校に進学したら偶然同じ高校、同じクラス、更に隣の席で……。

 一念発起して高校最初の夏休み前に告白……答えはOK。

 それから修学旅行では夜に二人で抜けだしたり、文化祭では写真同好会の展示で誰もこない教室に笑い合って、大学時代は進学で違う県になったけど必死にバイトして交通費を稼いで……あれ、でも俺の高校は…………いや違う。拳銃を使う高校なんてある訳ない(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「ご、ごめん! ちょっと寝ぼけてた! いや本当にごめん。この通り!」

 

 何が「どなた様、ですか?」だよ!

 高校時代からの恋人にどんな仕打ちだ!

 俺が苦しかったときにはいつも彼女が居てくれた。親より、親友より、誰よりもこの子は側で俺を助け続けてくれた。

 からかわれることも多いけど、それだって明るく笑ってくれた方が可愛いって言った俺に対する最大限の愛情表現なんだ。

 地面に付かんばかりに頭を下げると彼女はぶすっとした声音で呟く。

 

「清月堂のろーるけーき。たくさん」

「お、おう! 清月堂でも満月堂でもなんでもこいや! たくさんおごるからっ!」

「なら許してしんぜよー。瀬戸内海くーらいの心で」

「狭い!? 微妙に狭いだろその心っ」

「くははっ、ケー君もちょーし出てきたね! だからこそ楽しいんだよね♪」

 

 そう言うと、彼女はコロリと表情を変えて笑う。

 この空気が心地良い。

 お調子者の気がある俺と、常に楽しさを求めてはしゃぐ彼女は会話が噛み合う。

 お互いに軽口をたたき合いながら、気付くと時間が過ぎている。

 友達とも親友とも恋人とも言える万能な距離感。

 いい加減そうで意外と繊細な面がある以外、彼女は普通の女の子だ。

 硝煙臭いあの高校(・・・・)とは縁もゆかりもない民間人で…………あの高校? 民間人?

 何を言ってるんだよ俺は。

 さっきまでは思い出せた気がしたんだが…………いや違う。

 

 俺は東池袋高校を卒業して、全力で勉強した甲斐あって東京大学文学部行動文化学科を専攻することになったんだった。

 社会心理学的とかを習いながらカメラマンを目指そうとしたけど……。

 偶然中学時代の恩師に出会い、教師の面白さを教えられて、それからカメラマンを目指し続けるか、教師になるかずっとずっと悩んで、何度も彼女に相談して。

 家庭教師として(いのり)という少女に教えるのが大変だったけど、とても面白くて……最後は彼女と一緒に、亡き父の墓前に形見のカメラを添えて、教師になることを報告したんだ。

 馬鹿だな俺は……そんな大切なことを忘れていたなんてさ。

 彼女を傷つけてしまったことに、バツが悪くて頭をガリガリと掻く。

 そんな俺に気付いたのか彼女は気にするなとばかりに首を左右に振ると、努めて明るい声で「そういえば」と言いながら薄桃色の唇に人差し指を当てる。

 

「ケー君って何処の高校に赴任するんだっけー?」

「え、高校? あ、ああーっとだな。……うん、何処だっけ?」

 

 腕を組んで頭を斜めにしても何故か思い出せない。

 まるで初めから存在しないかのように。

 東京……武偵……いやそんなのは知らない。

 悩み始めると呆れた表情で彼女が言う。

 

「もー、そういうヌケているところは変わらないんだからー。仕方ないなぁ。ええっと、確かこの前の手紙に書いてあったかな? ……あ、あった。神奈川県横須賀市居鳳(いのう)町にある居鳳高校だって」

「お、おう、そうだそうだ。その居鳳やら右脳やら言うところだった気がする!」

「自分が書いた手紙の内容を忘れるって、おっかしー」

「い、いいじゃないか!? 思い出したんだし! それにそっちだって居眠りから目を覚ましたときメガネメガネーとか呟いてたよな! メガネしてないのに。傑作だったぞあれは」

「聞こえない聞こえないー。そんなじじーつは存在しませーん。ホラホラ、高校デビュー記念のお祝いなんだから早く遊びにいこーよ!」

「高校デビューて、俺教師なのに……。まあいっか。んじゃ行くか。かなえ」

「うんうん、その調子だぞ、ケー君。楽しくいこーねっ♪」

 

 長髪を尻尾のようにふりふり揺らしながら、ふざけ調子で先を走っていく。

 ――助かったぜケイ。あと悪い……ちょっとしくじった――

 

「え?」

 

 後ろを振り向く。

 誰か……そうとても大切な友人の声が聞こえたような。しかし誰の声だったか思い出せない。そもそも誰もいないのだから空耳だろう。

 晴れているはずなのに、桜の花びらがとても冷たかったり、周囲は桜と地面と彼女以外まったく見えないが、きっといつもの(・・・・)光景。

 

 俺は彼女に先導されながら歩く。気付くと前の前には屋台。

 店は棚が三段になっていて人形やお菓子など景品が並ぶ。そしてライフルタイプのおもちゃ銃とワインのコルクみたいな弾。

 平たく言えば射的屋だった。

 

「……今日って祭だったっけ?」

「ん~? お祝いする日なんだから屋台の一〇や二〇くらいあるんじゃない?」

「そういうもんか?」

「そういうもーんだよ♪」

「そ、そうか」

 

 そう言われるとなんか俺が間違っているような気がしてきた。

 屋台の主にお金を払い、銃口に弾を込める。

 隣に居たかなえも主にお金を払おうとしていた。

 ここで俺はちょっとしたことを思いつく。

 何故だろう……射的なんて得意じゃないが、不思議と当たる気がする。

 ならここは男を魅せる場面ではないかと。

 

「かなえ、ストップ」

「ふぇ? どーしたんの? 同時攻撃で倒す?」

「ああ、うん。同時攻撃なら倒れそうだし」

「だったら私も協力するから」

「いや、必要ない……な」

「え?」

「彼氏に任せろ。華麗に景品を打ち抜いてやるぜ!」

「おおー、ケー君が燃えている。じゃあ、頼もっかな♪」

 

 射撃なら訓練してるし、年季が違うぜ!

 …………あれ、俺どっかで練習してたっけか?

 ――アンタは何言ってんの! いいから後ろに下がって――」

 え?

 また振り返る。特徴的なアニメ声。

 一度聞いたら忘れないほど甲高い女の子の声が聞こえた気がしたのだが……。

 

「ケー君! 早く景品取ってよ」

「あ、ああ」

 

 腰に手をやり、そこにある重みが無いことに首を傾げながら、銃を構えると――

 

「……ケー君、どーしたの?」

「……あれ? 射的は?」

「昼間のデートならもう終わったじゃん。ケー君が射的で全弾外す