ごく普通の天使として生まれた『×××』
しかし彼は皆と同じことが出来なかった。
劣等感に蝕まれ消耗していく日々、しかしそんな彼の日々を塗り替える出会いが訪れる。
それは彼にとって救いでありそして残酷なものだった。
「今日はここまでにしましょう。」
ピアノを弾いていた女性は立ち上がり楽譜を取ると、にっこりと微笑み教室を後にした。
それを合図に少年と少女は一斉に立ち上がり、ただ一人を除いて元気に外へ駆け出して行った。
一人残った少年は机に顔を突っ伏していたが、むくりと顔をあげると楽譜を食い入るように見つめながら、先程何度も歌った賛美歌を歌いだした。
最初は軽やかに旋律をなぞりやがて音を変えていく歪で賛美歌と呼ぶには少し荒々しいものだった。やがて少し歌ったところで声が出なくなり歌はそこで途切れる。
「また今日もダメだった...」
少年は深い溜息をつき頭を掻きむしると顔を歪めた。
「なんで出来ないんだよ!髪の色も肌の色も光の輪の色だって何一つ皆と変わらないのに!」
少年の悲痛な叫びは静かな教室にこだまするとやがて外から聞こえてくる少年少女の喧騒に紛れ静かに消えていった。
────────────────
彼の名は『×××。』
彼は他の天使と同じように蜂蜜色の髪と海のように青い瞳、眩い光を放つ光の輪と純白の翼を持って生まれた。
ごく平凡な天使として生まれた彼は、これから他の天使と...皆と同じように平凡な人生を歩んで行くのだろうと思っていた。
だがそれは彼の叶わぬ願いとなった。
皆が自由自在に大空を飛び回るなか、彼だけはぎこちなく空を飛び。
皆が賛美歌を歌いリズミカルな音色を奏でている時、彼だけはまるで喉に何かがへばりついたかのように同じような音色を奏でることが出来なかった。
できない。
誰に教えて貰っても彼が皆のようにできることはなかった。
皆も彼が教えても出来ないからといって仲間外れや罵ったりせず、寧ろ気遣い励まし優しい言葉をかけた。
だが皆の気遣いは更に少年の心を苦しめていった。
何一つ皆と違うものはないのに自分だけは出来ない、何度教えて貰っても出来ない自分が情けない、そんな焦りやもどかしさ、劣等感が彼の心に溢れていく。
皆もいっそのことなぜ出来ないのかと罵ってくれた方が気が楽だったが、ただでさえ何も出来ないこんな自分にも、優しくしてくれる皆にそんなこと言えるはずがなかった。
やがてそれは彼の中で石のように重たいものとなり小さな体をじわりじわりと蝕んでいった。
だがそんな彼にも唯一心の安らぎを感じることがあった。
それは下界に降り、人の姿に変化して町外れの教会に行くことだった。
教会に着くと彼は一枚の絵画を食い入るように見つめる。
そこには水色の髪の白い衣を纏った天使がにっこりと微笑み、慈愛に満ちた眼差しを浮かべていた。
その笑みを眺めているだけで何故か全て許されたような気持ちになり、辛いことがあってもまるで嘘のように消えていくのだった。
その日も彼は教会へと足を運んでいた。
いつものように早まる気持ちを抑え教会の扉に手をかけようとした時微かにだが声が聞こえた。
あわてて手を引っ込め音をたてないようにしゃがみ込むと扉にそっと耳をあてた。
(珍しい...僕以外にもここに来る人がいるなんて。街の人かな?)
内心そう思いながら声を聴こうと神経を集中させた。
♪〜♪〜
(歌?それも賛美歌?)
扉越しに先客であろう女性...いや少女の歌声が聞こえてくる。
皆が歌うような豪華さはないがそれはどこか素朴で懐かしくじんわりとあたたかくなるような歌声だった。
ポタッ
「あれ?どうして涙が...」
気づけば少年の目からは涙が溢れていた。
拭っても次から次へポロポロと零れ落ちていく。
最初はわけが分からなかったが聴き入っていくうちに彼は気づいた。
「ああそうか...」
少女の歌声は確かに懐かしさやあたたかさがあるが、それとは別にほんの少しだが苦しみや寂しさが混じり胸を締め付けるからだ。
やがて緩やかに歌は終わりへと近づいていく、歌を聴いていくうちに彼の中にある気持ちが芽生えた。
あの少女に歌を教えてもらいたいと。
確かに皆の歌い方とは少し違うかもしれない、だが彼は確かにあの歌に心を打たれ皆と同じように歌えないのならば、あの少女のように歌いたいと思ったのだ。
やがて歌が聴こえなくなると彼はポケットに入れていたハンカチで、涙を拭い静かに立ち上がるとドアノブに手をかけゆっくりと引いた。ギギギと鈍い音をたてながら扉が開き歌っていた少女の姿が目に入る。
「えっ?」
しかし女性の姿は思っていた姿の予想と反しており驚きを隠せなかった。
金色の髪はショートヘアに切られており、瞳はサファイアのように青く、何よりも彼の目を引いたのは窓から差し込む光を受けて輝く白銀の鎧だった。
毅然とした立ち姿と凛々しい顔つきはどう見ても少年にしか見えず、先程歌っていた少女とは思えない。
もしかしたらこの少年の他にも誰かいてその誰かが歌っていたかもしれないと思ったが、少年の他には誰もいないようだった。
(もしかしてさっきの歌はこの少年が歌っていたのか?いやそんなことはないよな。)
戸惑いを感じながらも彼は目の前の少年に聞いてみることにした。
「あの、さっきの賛美歌を歌っていたのは貴方ですか?。」
鎧を着た少年はかなり驚いているようで、何度も目をぱちくりしながら口を開いた。
「はい、さっきの賛美歌を歌っていたのは私ですが...?。」
その凛々しい見た目とは真逆の鈴のような声が建物に響いた。
何故少年が少女のような声を出せるのか、それとも少女が少年の格好をしているのか、彼の頭はこんがらがりそうだったがひとつだけ確かなことがあった。
この声は間違いない、先程歌っていたのはこの少年だと。
「それであの、失礼なことをお聞きするようですが賛美歌がどうかされましたか?」
困ったような顔で少年は首を傾げる。そんな少年の様子を見て彼は慌てて言葉を放つ。
「あのいきなりごめんなさい!お恥ずかしい話ですが、実は先程までこっそりと貴方の賛美歌を聴いていました。」
すると先程まで凛々しかった少年の顔がみるみるうちに赤くなり、まるで熟れた林檎のような真っ赤な色になった。
「ききき聞いてたんですか!?」
「はい!とっても素敵でした。」
「恥ずかしい...まさか聞かれていたなんて...。」
少年はへなへなと座り込み両手で顔を覆うと今にも泣き出しそうな声でぼそぼそと何かを呟いている。
そんな少年の様子を見て不謹慎だが吹き出しそうになるのを堪えさらに続ける。
「えっとなんか誤解してるみたいですけど実は貴方の歌を聴いて感動しまして。」
「へっ?」
その返答は予想外だったようで少年は間抜けな声をあげると彼の顔を見た。
「私の歌を聞いて感動...した?えっ?」
「はい、だからおこがましいかもしれませんが貴方に歌を教えて貰いたくて。」
少年は最初自分をからかうために彼が冗談を言っているのではないかと半信半疑だったが、彼の言葉は切実で鬼気迫るものがある。
何より彼が少年を見つめる目は真剣で、とても嘘をついているようには思えない。
少年が考えを巡らせていると彼はこれでもかと言うほど深々と頭を下げていた。
驚きやめて貰うように頼もうと思ったが彼は頭を下げたままこう言った。
「お願いします!僕はあまり上手く歌えなくて皆の足を引っ張って来ました、それが苦しくてどうしようもなかった。」
目を力いっぱい閉じ絞り出すかのように彼は悲痛な声で続ける。
「でも貴方の歌を聴いた時とても心があたたかくなりました。だから僕も貴方に教えて貰えればきっと歌えるような気がしていや、歌えるようになると言うより僕は貴方のように歌いたいんです。」
全て言い終わった時まるで時が止まってしまったかのように静寂が訪れた。
彼の額からは玉のような汗が流れ、心臓の鼓動が早鐘のように早くなる。口に溜まった唾を飲み込み閉じた瞼に更に力を入れた。
永遠に続くかのように思われた時間だったが少年の一言が静寂をかき消した。
「...頭を上げてください。」
彼はゆっくりと頭をあげると目の前の少年と目が合う。先程までの林檎のような顔と違い凛々しく真剣な眼差しが彼を捉えた。
「私は専門的に歌を習ったわけではありません、ましてや教えたとして貴方が満足するとは限りません。ましてや必ず歌えるようになるという保証はありません、それでも構いませんか?」
「はい、貴方に教えて貰って歌えなかったとしてもきっと僕は後悔しないです。」
彼の言葉を聞くと少年の凛々しい顔は崩れかわりに優しい微笑みが浮かんでいた。
「なら私に断る理由はありません、精一杯頑張りますね。」
少年の言葉を聞き緊張の糸が切れたのか彼はしばらく呆然としていたが、徐々に言葉で言い表せない高揚感と喜びが彼の心をいっぱいに埋めつくした。
「ありがとうございます!本当にありがとうございます!!」
上手く言葉で言い表せなかったが少年への感謝の気持ちでいっぱいだった。
また少年も彼の輝く笑顔をみてこういうのも悪くないなと思った。
「いえいえいいんですよ、それよりも自己紹介がまだでしたね。」
少年はにっこりと笑顔を浮かべると右手の手甲を外すと彼に差し出した。差し出した手を握ると少年のあたたかさが彼の手に伝わってきた。
「私はジャンヌ・ダルクと言います、よろしくお願いしますね。」
「僕の名前は× × × です、よろしくお願いします。」
握手と自己紹介を交わすと二人はお互いに微笑んだ。
いつの間にか日は日は傾いておりあたたかなオレンジ色の光が二人の出会いを祝福するかのように柔らかく照らしていた。
これが僕...いや俺とジャンヌとの最初の出会いだった。
ここまで読んで下さりありがとうございました!
めちゃくちゃな駄文でしたが楽しんで頂けたら幸いです。
目次 感想へのリンク しおりを挟む