ゼロの使い魔--ハンテプティ・ダンプティ-- (どっとはるか)
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遭遇

タイトルも似せられたらなぁとおもいつつ一話はそのまま


それは衝撃的だった。

 

地球とは異なる、魔法という概念の存在するどこかにある世界、ハルケギニア。

 

その世界の一国、トリステインの若き貴族たちは学び舎に集い、この世界にある魔法を少しでも我が物にしようと切磋琢磨し、自分の理想の貴族へ近づこうとしていた。

 

そんな彼らの中に、七転八倒している少女がひとりだけ。

 

彼女の名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。このトリステインにて実質No.2の権力を誇る、ヴァリエール公爵家の末娘である。

 

そんな苦労とは程遠い身分を持つ者が、一体何に苦しみ、足掻いているのかといえば、彼女はなんとその身分……貴族としてふさわしい魔法の才能を持っていなかった。

 

この世界では、魔法の力を使える者をメイジと呼び、そのことが貴族の絶対条件である。ところが彼女の魔法は、唱えた呪文や彼女の望む通りに発現した試しが無いのだ。ルイズがこの世に生を受けてから、ただの一度もである。

 

現に今日も今日とて、彼女は進級のかかった春に行われる魔法の試験、使い魔召の儀式においてサモン・サーヴァントの魔法を成功させられずにいる。彼女の魔法は見当違いの位置で爆発を起こすだけだった。それこそが唯一、ルイズという少女が起こし得る魔法の形だが、魔法であってもそれは進級の条件を満たしていない。

 

「まだ……まだよ! もう一度、もう一度やります!!」

 

せっかくの美しいピンクゴールドの髪は煤け、体の至る所に怪我をし、土ぼこりにまみれるルイズの姿は哀愁を誘う。だが、そんな姿になろうと彼女はあきらめない性格だった。七だか八の四字熟語がつくような言葉で例える失敗ごとき、もはや慣れっこだ。同じような意味でも百折不撓の精神を持つルイズは、何事もなかったかのように立ち上がって杖を掲げ、またサモン・サーヴァントの呪文を唱えた。

 

「宇宙のどこかにいるわたしの使い魔よ! 我が名は『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』! 五つの力を司るペンタゴン、我の運命に従いし、使い魔を召喚せよ!!」

 

貴族の優雅さも忘れ、戦士の怒号のように気合を入れた叫びとともに、両手で持った杖を振り下ろす。

 

だからこそ、だろうか。それは起こるべくして起こる。寧ろ今まで、こんなことが起きないでいたのが幸いだったのだ。

 

「きゃああああぁっ!!」

 

またもや爆発。しかし、位置が悪い。爆発は彼女の肘もとから生まれて、そこから先の左腕を吹き飛ばしたのだ。

 

「うわあ!?」 

 

「ルイズっ!?」 

 

「いやああああっ!!」

 

鮮血が飛び、遠巻きに見ていた貴族たちの中には見慣れぬ惨劇に悲鳴を上げ、気絶するものすら現れる。ルイズ自身も、一度も受けたことのない激痛に膝をついていた。今はとっさのことで脳が麻痺し、まだこの程度の痛みで済んでいるが、さらなる苦痛が彼女を襲うのも時間の問題だろう。

 

「くぁ……え?」

 

そんな、全身が燃えるような錯覚にとらわれて、きつく目を閉じてうずくまる彼女の前に、聞きなれない金属音が響く。

 

「あんたが……まさか、そうなの?」

 

目を開けてそこにあったのは、金属の玉。鉄とも、銀とも取れない鈍色の光を放ちながら、その存在を不思議な音で、まるで生きているように訴えていた。同い年の貴族たちよりも幼く、小さい体を持つルイズの手のひらにさえ収まりそうなソレこそ、彼女の魔法の成果だ。大きな犠牲を伴いながらも、彼女の魔法は成功してくれていた。

 

「……我が名は『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』、五つの力を司るペンタゴン、この者に祝福を与え、我の使い魔と……なせ!」

 

不気味な何かわからないそれに対し、ルイズは迷わなかった。片腕の代償として召喚された使い魔候補はあまりに小さく、頼りない。結果に対しての悔しさはあるが、それでも彼女はそれへ杖をあてると、痛みの中で契約の呪文を唱えきった。そのまま崩れ落ちるように深く腰を落として屈むと、玉へと唇をつける。

 

あんたがなんなのか知らないけれど……消し飛んだ左腕分の働きくらいしてよねっ!

 

そう思った直後、彼女の意識は途切れた。痛みと、疲労と、初めての成功からくる達成感……悲しみも、後から来た喜びも、全てが彼女の意識を奪い去っていく。苦しさをはらむ不思議な表情だが、やり遂げた……そんな顔を金属の玉に押し付けたままに、彼女は目を閉じる。

 

その直後、ルイズの顔に隠されて、誰も見えないところで不思議なことが起きた。使い魔のルーンが刻まれると、金属の玉が一瞬にして、ルイズの体の中へ溶け合うように吸い込まれていく。それと同時に、失ったはずの彼女の左腕は、もとに戻っていったのだ。その玉に刻まれしルーンと同じものを、ルイズの左腕の甲に浮かび上がらせて。

 

「これは…一体? いや、今はそんなことより……しっかりしたまえ、ミス・ヴァリエール!!」

 

現場にいた試験官でもあり、監督官も務めていた教師である男、ジャン・コルベールがルイズに駆け寄る。だが、ルイズの体を抱き起し容体を確かめたところで、彼女が召喚した使い魔の正体も、左腕に起こった現象も、コルベールには何一つわからなかった。彼が生きてきた人生の中でも経験がない事態な上に、ディテクトマジックという、魔力を探知する魔法を用いても、何も反応は無かったのだ。

 

それも仕方がないこと。彼の知る世界であるハルケギニアには、本来この物体は一つも存在していないし、魔力など何にも含んでいない。

 

ヒトによって作られた金属生命体、ARMS。それこそルイズが地球より召喚した使い魔の正体である。




ハンプティ・ダンプティ(神の卵)

皆川亮二先生の作品、ARMSに出てくる金属生命体で作中のラスボスが所有する、トンデモARMS(この後のは隠しボスとかトゥルーエンド的な勝ちイベ用のボスと私は思ってます)

窮地になるとその環境に適応して進化するというARMSの中でも、殊更メアリー・スー的なARMSであり、きっとこれから何かあると「その時、不思議なことが起こった!」と、この卵の中にある様々な力が解き放たれることでしょう。

…中に誰もいませんよ? 今度はいません。


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左腕

アニメの展開も一部入れる予定


「……?」

 

自室で目が覚めて、つい顔をこすると、なくしたはずの左腕があった。それがルイズの現実。

 

「ウソ……まさか、夢だったの!?」

 

きれいさっぱり痛みも何も残っていないことを自覚して、ルイズが大慌てで体を起こす。必死に目を動かして視界に移るものを探していると、袖を失くして真っ赤に染まる、着たままのシャツが目についた。やはりそこから失ったはずの左腕が伸びてはいるものの、染み付いた凄惨な模様が、彼女の身に何が起きたのかを裏付けている。

 

「何なのよ……もう。」

 

思わず元に戻った手をぐしぐしと握り、ぐるぐる肩を回し、くるくると手のひらを返してみると、見慣れないものがそこにあった。本来メイジについているはずのないものだ。

 

「は? なによ、これ。まさか……これって使い魔のルーン!?」

 

そう、本来メイジ"が"つけるものであるルーンが、己自身の左手の甲に刻まれている。貴族の自分が使い魔になったという、不名誉と嫌悪感から右手でそれをつまみ、ひっかいてみるルイズだが、当然そんなことをしても使い魔のルーンは外れない。これは使い魔が生きている間は一生刻まれ続けているものであり、消すには死ぬしかない。そんな事は、たとえ魔法がろくに使えない彼女ですら知っていたことだが、パニックに陥っている人間は常識すら忘れてしまうものである。

 

自分の、貴族の、公爵家の、乙女の玉肌に! 使い魔のルーンなんて! それだけが今ルイズの頭にある全てである。

 

「むうう……っ! このっ、このぉ……痛っ!?」

 

右指の、常日頃手入れをしている"せいで"鋭くきれいな爪をがむしゃらに動かした為に、ルイズは手の甲を薄く切ってしまった。思いがけない、小さくも鋭い痛みに冷静さを取り戻した彼女は次の瞬間、切り傷を見て息をのんだ。

 

「え……えっ?」

 

傷は幅1センチにも満たない微かなものだが、その傷口からは血が止まり、あっという間に傷が消えていくのだ。まるで治癒の魔法を受けた状態か、時間が逆行しているかのように動く自分の肌を見つめていると、痕一つ残さずに左腕は、ルーンをつけたまま元通りとなってしまった。

 

「なんなの……これ。」

 

おぞましい。一見何ともない自分の左腕にルイズは恐怖を抱いた。今の現象から、己の左腕がどうしてまた今、ここに在るのかを理解したからだ。小さな傷と同じように、自分の腕が戻ったというのならば……いったい自分の体はどうなってしまったというのか。

 

無意識に右手で左腕を強く握る。どれだけ強く握りしめても、そこにある右手の感触は自分の左腕であり、右手の指の力を感じて左腕から届く痛みも、いつも通りだった。

 

この時、左腕が勝手に変身して大暴れでもすれば、まだ良かったのかもしれない。それはそれで恐ろしい光景だが、ルイズではない何かが左手に化けているのだと、まだ理解しうるものだっただろう。自分の左腕のはずなのに、自分の知る左腕ではない今よりもずっと、ルイズの心から滲むように出てくる不安は少なかったはずだ。

 

ただそこに在り続けるだけだからこそ、怖い。

 

不安がどこまでも溢れてくる。

 

「だ、だれかぁ……っ!」

 

再び心の平静を失ったルイズは、部屋を蹴破るように飛び出すの、あてもなく走り出した。何処へ逃げたところで、不安の原因であるモノは己の左腕だ。逃げることはできないが、一人で居続けることも、もう彼女には出来なかった。自分の体を自分で信じられない今のルイズには、誰かが、誰でもいいから傍に居て、自分をルイズだと認めてくれる存在が必要だった。

 

「あれは……ルイズじゃないか。こんな時間にどうしたんだい?」

 

「ちょっ、いったい何処に行くのよ。ゼロのルイズ!」

 

血まみれのシャツを着て目を見開いたままに、大粒の涙を流してかけていく彼女は、多くの人の目入り、その異常さに気づいた彼らにルイズが止められるのは、そう時間のかかることでは無かった。

 

浮遊の魔法、レビテーションで彼女は地面から少しだけ浮かされ空中に固定されると、覗き込まれた顔をみて叫ぶ。

 

「つ、ツェルプストー!! わたし、わたしはルイズよね? ねえ!」

 

「は? 何ワケわかんないこと言ってんのよアンタ。ねえちょっと、誰かコルベール先生呼んできなさい。この子……あんな事故があったせいで、何だかちょっと変になってるみたい。」

 

その中にはルイズと犬猿の仲であるはずの女性、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーも居たのだが、そんな彼女相手にさえ、涙目でルイズは理解しがたいことを叫んでおり、普段とは全く違うその姿は生徒たちの手に余った。

 

しばらくして、呼ばれたコルベールがルイズのもとに現れると、彼は浮遊の魔法を解くように生徒へ指示を出し、夜遅くであるということと、人目もあるという理由で解散させた。最初はキュルケが、ルイズに浮遊の魔法をかけていた水色の髪の少女を捕まえたまま、興味本位で残ろうとしていたのだが、あまりのルイズの錯乱具合から面倒くささを感じると、彼女もまた去っていった。残されたのはルイズとコルベールのみとなると、場所もそのままに、順序もなく支離滅裂にルイズが話しだす。そのまままくしたて、彼女が息も途切れ途切れになってから、やっとコルベールは口を開いた。

 

「落ち着きなさい、ミス・ヴァリエール。何やら君はその左腕を恐れているということはわかったが、まず私の話を聞き給え。」

 

そういってルイズの目を見ながら、コルベールはルイズがコントラクト・サーヴァントにより、使い魔の契約を終えた後に何があったのかを語り始め、最後に彼はルイズの話した内容と合わせた推測と結論をのべた。

 

「おそらく、その左腕は召喚した君の使い魔だろう。ディテクトマジックに反応しなかったのを考えると、先住魔法を用いた体を治すマジックアイテムか……はたまた、使い魔となるべき存在なのだから、インテリジェンスアイテムのように生きている何かなのかもしれない。」

 

「先住……魔法。」

 

先住魔法。それはこの世界の人と似て異なる種族である、エルフが主に得意として使う魔法だ。人の扱うものである系統魔法とは原理が異なっており、人間には扱うことができない上により強力だ。だがその力はエルフという種族自体、この世界の人から忌み嫌われている為に禁忌とされており、研究はあまり進んでいない。言ってしまえば未知の危険な魔法である。

 

しかし、そんな不穏で得体のしれないイメージは、逆にルイズの心を落ち着かせていた。不気味な左腕が、何者であるかを定義づけるには丁度良く、彼女を納得させられる内容となったからだ。

 

接合ならまだしも、手が生えるなどという回復魔法は系統魔法では最高クラスのメイジだろうと、存在した試しが無い。

 

「そうだ。確かに腕をいきなり失くしたというのに、目覚めればまたそこにあったのだ。君は驚いたかもしれない。でもねミス・ヴァリエール、その左腕は紛れもなく君の使い魔が、主人のためにしてくれた事の結果だ。感謝こそすれど、怖がるものではないよ。」

 

コルベールの言葉がよりルイズを安心させていく。今さっきまで不気味だった左腕が、必死に主に尽くしてるように思えてきたほどだ。

 

安心と同時に、どうしてそんなことを考えられなかったのかと、手に入れた回答によって心が凪いできたことを実感してくると、今度は顔から火が出てきた。

 

今晩、自分がやらかしてしまった失態を思い出して、ルイズは頭を抱えた。涙と不安で真っ青だった顔が、今度は羞恥と後悔で耳まで赤くなっていく。

 

「あわわわ、わた、わたわたわたし……なんということを。」

 

うずくまって赤面する少女の前に、目線を合わせてかがむ中年男性が真夜中にふたりっきり。これは体裁が悪いと気が付いたコルベールは、足早に立ち去ろうとする。彼にその気はないが、生徒が変な噂をたてられるのは避けたいのだ。ちなみに、こんな時でもルイズの手の甲に刻まれたルーンの珍妙さに気づき、頭に刻み込んでいく位に彼は女性に対し何も思うことがない。

 

「ど、どうやらもう大丈夫のようだね。さあ、もう夜も遅い。君も部屋に戻り給え。」

 

「ううううう、そんな、明日からどんな顔してツェルプストーに会えばいいのよ。」

 

先ほどまで熱心に聞いていたコルベールの言葉など、ルイズの耳にはもう半分しか届いていなかったが、彼の最後の言葉が、ふらふらとした足取りで部屋に戻るルイズにはっきりと響く。

 

「おっといけない、忘れるところだった。明日に言おうとしていたのだがちょうどいい。ミス・ヴァリエール、君は杖を新調したまえ。」

 

「は……? 杖ですか?」

 

そういえば、一度も目を覚ましてから自分の杖を見ていない。気を失って運ばれてきてからは慌てていたので、てっきり部屋のどこかにあると思っていたルイズだが、新調しろとはどういうことか。振り返りながら彼女は首を傾げる。

 

「うむ、コントラクト・サーヴァントの後に限界を迎えたのか……その前のサモン・サーヴァントの爆発のせいかはわからんのだが、とにかく君の杖は倒れた時、もう右手にはわずかな欠片しか残っていなかったのだ。外だったからね、どうも砕け散ってから、風に流されたのではないかな。」

 

「へ……ええっ!?」

 

杖がない、それは貴族にとって魔法が使えない、ただの平民になるのと同義である。杖という媒体がなければメイジである貴族とて、魔法は使えないのだ。

 

いやそんなことよりも、だ。長年使い続けていた杖を突然失ったショックのほうが、今のルイズには大きかった。

 

「新しい杖の契約には時間もかかるだろう。あんな目に遭いながらも、なんとかコントラクト・サーヴァントを成功させた君に免じて、しばらく授業の実技は大目見るようわたしが話をつけておくが、なるだけ早く済ませたまえよ。」

 

そういいながら去っていくコルベールを見ながら固まっていたルイズは、日が差し込み辺りが明るくなり始めるまで動けないままだった。

 

「そんな……。」

 

一度も魔法が成功しなかった少女の、使い魔を得た代償の規模は小さくなれど、その被害が大きいことに変わりは無かった。

 

「そんなぁ!」




杖がない!

ルイズは魔法がしばらく使えなくなった!!


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兆候

なぞのしんどう


最悪だ。

 

取り乱した晩の翌朝、寝不足のルイズは半値半起きのままに身支度を整えていると、ふつふつと低血圧から来る不機嫌さに耐えきれなくなった。我慢の限界へと達した彼女は、真っ先に目についた枕を何度も叩いている。

 

お金がない。いや、まだあるのだがこれから消える。砕け散ったらしい杖代のせいで。

 

メイジの命とも言える杖……しかも、自分の家名に負けない出来映えの杖の再発注ともなれば、しばらく貧乏生活路線は避けられない。

 

既に今月は方針を決め、この学院に支払いを済ませているからともかくとしてである。このまま杖を再発注すれば、来月小遣いに割けるお金は、ほぼ無と化すだろう。

 

一人の非住み込み形式の平民を雇うのも躊躇うくらいになると言えば、どれだけ貴族の懐事情として情けないか、伝わるだろうか。

 

元を辿れば、ルイズ自身の魔法が起こした結末なのだが、杖にかけられていた老朽化や破損を防ぐ、固定化の魔法がもっと頑丈ならば……とか、爆発なんかせずとっとと使い魔が、失敗していた最初の頃に来ていれば、こんな負債を抱えなかったのに……と思わずにはいられないのだ。

 

「くう……っ、このこのこのっ!」

 

仰向けに寝そべって、上へ放り投げた枕にルイズが空中コンボを叩き込むと、ぼふぼふと、高級品の羽毛だからこそ聞こえてくる音が響く。しかし、いくら叩いたところでそれが金貨袋になることはない。ひとしきり彼女が荒れ終わると、拳を叩き込んでいた左手、使い魔のルーンをルイズは恨めしげに見つめていた。

 

どう尽くしてくれた所で、今はただの左腕。ちょっと傷を直す力がすごいのかもしれないが、かといってそれを活かす時などあってほしくない。もう千切れるのは御免である。次も生えてくるとは限らないし。

 

いっそ腕がないままに、別の使い魔を喚び直せなかったものかと今では思うが、片腕がもげた状態でやり直し続けるなどなど出来るわけが無かった。そんなことをすれば、自分が先に天に召喚されてしまう。

 

「不思議な珍しい玉だったくせに、何で手になっちゃったのよ……あのままの方が、もしかしたら……。」

 

ままならない現実に、そうやって何度も彼女はむしゃくしゃしていた。この歳で、プライベートルームですら清楚ではいられないのだ。なによこれくらい、と外でいくら笑い飛ばせても、一人の時は出てしまう顔というものがある。今彼女は半ば自覚しながらに荒れていた。

 

「仕方なかったのよ、必要経費よ……そう、進級。進級と魔法の成功のためなのよルイズ。待って、それならお祝いがあるべきじゃないかしら。」

 

ベッドのうえでごろごろと枕を今度は強く抱き締めながら、謎の言い訳を呟き続けるルイズ。

 

ちょっぴり矛盾を含む、様々な理屈を自分で並べに並べることで慰め、漸く落ち着く頃には、せっかく着替えた彼女の制服がよれていた。

 

「あーもう! もう、もうもうっ!!」

 

仕方なくもう一着の新しいシャツをクローゼットから取りだして着替え直す。使い魔にやらせようと、利き手ではない左手を目一杯使って、余計に疲れた。それから机にある大きな鏡の前に座って、髪も再度ブラシをかけて整えてから、ルイズは漸く部屋を出る。考えるだけ毒だというのが、今の彼女の結論だった。

 

洗濯かごを取りにくる今日の当番メイドは、すわ何ごとかと部屋の荒れ様に思うだろうが、そんなことは貴族であるルイズが知ることではない。

 

「あら、ゼロのルイズじゃない。」

 

この声を聞いて、なんか世界はわたしに冷たくないかしら? とルイズは思う。やっと心を落ち着かせたのに、漣を立てる存在が部屋から出た途端、また現れるのだから。いったい安息の地はどこにあるのか。

 

昨日散々に無様な姿を見せてしまった、怨敵とも言える相手。キュルケが見計らったようなタイミングで、ほぼ同時に部屋から出てきたのだ。

 

「朝からなによ、ツェルプストー。」

 

「あら、今日は昨晩みたいにアタシに『わたし、ちゃんとゼロよね、ゼロのルイズよね!?』って聞いてくれないの?」

 

「そんなことは聞いてないわよ!? わたしはゼロじゃない!」

 

「あら、何をアタシに聞いたかは覚えてるのね。じゃあどんな顔をしてたかも、覚えているかしら? とっても貴重な顔だったから、絵に残したかったくらいなんだけど。」

 

「このっ……!」

 

いつもこうなのだ。ルイズにとってキュルケという存在は、自分を玩具のようにからかってくる、いけ好かない相手だった。その恵まれた容姿、尻軽とも言える程の移り気な性格、魔法の才能、家同士の対立と、ルイズにとっては全てが気に入らない。

 

おまけに昨日弱味を握られたと来ている。このままキュルケに付き合っていては、更なる被害にあうのは間違いない。だが、ルイズが彼女を無視して外に出ようにも、女子学生寮のこの廊下はひとつしかなく細い。二、三人通れるくらいの間はあるのだが、今はキュルケが邪魔だ。無理矢理とおろうとしたところで、きっと体格のいい彼女は自分を止めるだろう。

 

なんで下に降りる階段へ向かう廊下すら、彼女の部屋を通りすぎなければならないのか。それすら今のルイズは気にくわなかった。

 

「どいてよ、邪魔。」

 

「あら。話の途中にどこへ行くつもりなの?」

 

案の定、声のトーンを落としてきつい言葉をかけたところで、彼女が動くことはなかった。押し退けてしまおうか。そうルイズが彼女に向かって歩きはじめても、キュルケはルイズを見つめたまま動かない。

 

「朝食に決まってるでしょ。あいにく、こっちは朝早くにツェルプストーと話すことなんて、何もないのよ。」

 

「へえ。それじゃあ夜になればまた、ああやって可愛くお話をしてくれるのかしら?」

 

「夜でもしないわよ! ど・い・て!」

 

「何よ、ちょっとアナタの使い魔のことを聞きたかっただけなのに。召喚は成功してたみたいじゃないの、見せてよ、あなたの使い魔。」

 

本気でいってるのか、嫌がらせか。判断のつかない声色で、キュルケが挑発的に尋ねる。のせられやすいルイズは、その声に足を止めてしまうと彼女を睨んだ。

 

「あんた喧嘩売ってるの? そこまで見てたのなら、あの時わたしがどうなってたかも当然見てたクセに。本当に嫌な性格ね。」

 

「あ、じゃあやっぱりその左腕は、あなたの使い魔なの? 随分変な使い魔を召喚したのねえ、ふふっ。流石ゼロのルイズ……。」

 

ルーンのついた左手に刺さる視線から、守るようにルイズは咄嗟に、右手で左手の甲を隠した。

 

とことん人の神経を逆撫でするやつだ。そうルイズが反論の視線をキュルケへぶつけるも、彼女はどこ吹く風。まだまだお喋りをやめようとはしなかった。

 

「そうだ、せっかくだからアタシの使い魔も見せてあげる。ほらっ! おいでなさいフレイム~。」

 

そうやって、彼女の部屋から現れた使い魔を見ると、ルイズはキュルケの狙いを悟った。

 

ようはこちらの使い魔なんて、どうでも良かったのだ。彼女はただそれをルイズに見せびらかしたかっただけである。

 

雄々しく、力強い四本の足で立つ、巨大な火の蜥蜴。彼女の使い魔であるサラマンダーという、彼女の使い魔が何であるかを。

 

「ほら、見てみなさいルイズ。この尻尾の透き通るような美しさの炎。きっと火龍山脈の奥深くに居た子よ? 好事家に見せたって、値段をつけられないんじゃないかしら!」

 

きゃあきゃあと興奮気味のキュルケが、ルイズの前で自身の使い魔を誉めちぎる。確かにその姿は、大抵の使い魔がかすんで見えることだろう。ルイズもそのことに対し、羨ましいと思うところがないと言えば、嘘になる。

 

だからといってその事を顔に出したり、自慢話に付き合ってやる義理はない。

 

「ねえ、ちょっと聞いてるのルイズ。」

 

「っさい。自慢話がそんなにしたいのなら、あんたの取り巻きのボーイフレンドたちにでもしてなさい。」

 

「あら、てっきり悔しがると思ったのに、羨ましくないの?」

 

「誰がよ。わたしはそんなこと気にしないわ。」

 

もはや、本音を隠す気もないキュルケに遠慮はいらない。多少強引にでもキュルケを押し退けて、ルイズは廊下の先の階段を降りていく。

 

……悔しくないわけがなかった。

 

多少歳が違うとはいえ、ライバルの家の同級生の使い魔が上質なサラマンダー。だというのに、自分はただの人の左腕。階段を降りている途中で、思わずルイズはその左拳を石壁に打ち付けた。

 

この左手に、せめて力があれば。

 

「……くっ。」

 

力のある使い魔だったのなら、こんな惨めな思いをしていないのに。

 

涙の浮かぶ目をぬぐうと、ルイズは食堂へと歩き出した。

 

このとき、ルイズは気づいていなかった。その打ち付けた壁の表面が、うっすらだが砂のように崩れていたことに。

 

この日、座学は優等生であるルイズは、学院に来てからはじめて授業を休んだ。

 

杖もない、使い魔もない、たった今打ちのめされて惨めな気持ちがいっぱい。そんな精神状態で皆と同じ時間を過ごすことは、いくら気が強い彼女でも辛すぎた。




ぎすぎすなやりとりとか書くの辛いっす(´・ω・`)
でも省きすぎるわけには……。


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決闘

「決闘よ!」

 

昼過ぎの、外で行われるティータイムの最中、ルイズが叫び声をあげていた。

 

時は少し遡る。授業をさぼった彼女が昼食後のお茶を、隅の方にあるテーブルでとっていた時の事だ。みんなの輪に入りにくかった為のその位置取りだが、遠くから全体を見れるその位置にいたせいで、地面から放たれる光が目についたのだ。

 

地にある光という存在に、召喚した玉との出会いを思い出したのか。何が落ちているのか気になったルイズは、その光のもとへと歩いていく。

 

そこにあるのは、ガラスの小瓶だった。

 

「香水?」

 

ガラス瓶からは、微かに男性用の香水の匂いがする。瓶の形は女物なのを見ると、つまりは誰かのプレゼントということか。

 

丁寧に掘られた薔薇の装飾を見れば、この瓶を送った子の思いが、どれだけ強いものであるかはルイズにも良くわかった。どうせなら、その二人の関係が円満であり続けるように、持ち主のもとへ返してあげたいものだ。

 

ふと回りを見回せば、すぐ近くの椅子には薔薇を咥えた同級生のキザ男、ギーシュの姿。

 

……このバカが落としたのね。

 

はっきりとわかるくらい強く香水の匂いをさせている男なぞ、早々いない。瓶から漂うそれと同じ匂いを纏うこの男こそ、誰がどう見ても持ち主なのは明らかだった。

 

とすれば、送ったのは恋人のモンモランシーね。落としたなんてあの子が知ったら、物凄く怒るわよ。

 

ルイズはギーシュの恋人が、モンモランシーという同級生なことを知っている。彼女はキュルケほどではないが、魔法の使えないルイズをバカにしてくる一人のせいで、それほど仲は良くないし、ルイズとしてはむしろ嫌いなほうかもしれない。

 

しかし、いじめっこの持ち物とはいえど、この瓶を捨てていい気味だと笑うような卑怯な性格も、ルイズはしていない。貴族に二言はない。最初に思った気持ちのままに、ルイズはギーシュの居るテーブルへ向かい、その香水の瓶を優しく置いてあげた。

 

「ギーシュ、これあんたのでしょ。失くしたなんて言ったら、せっかく作ってくれた、彼女のモンモランシーが悲しむわよ、しっかりしなさい。」

 

「ん、何を言ってるんだいルイズ。これは僕のなんかじゃあないよ。」

 

だが、帰ってきたのはありがとうではなかった。礼を求めるつもりはなかったが、流石にこの返しは予想だにしていない。

 

「は? あんたこそ何を言ってるのよ。香水と同じ匂いをまとってるクセして、どうしてそんなこと言うのか、意味がわからないわ。」

 

香水を良く知らない、お洒落より食い気な男子達なら、まだ騙せたかもしれない。しかし、ルイズは不精者ではない。少なくとも、服がよれて髪が乱れれば、もう一度直して外に出るくらいはおしゃれにも気を使うし。爪だって薄くきれいに伸ばしている。ギーシュのように無駄にラグジュアリーさを出す香水の使い方は、正しいおしゃれと思っていないけれど、香水だってきつくない程度には使うし、嗜みもある。彼女をそんな芝居で欺けるはずが無かった。

 

「なんだよギーシュ、お前やっぱりモンモランシーと――」

 

「ギーシュ様、やはりモンモランシー様とお付き合いをしていましたのね……!」

 

しかし、それが時に悲しみを呼ぶこともある。ギーシュと同席していた男たちが二人の仲を煽る言葉に、重ねてひとつだけ……男性には似つかわしくない声が混じっていた。

 

「ケ、ケティ。」

 

ギーシュのすぐ近くの席から立ち上がった少女は、涙を流しながら彼を見ている。

 

ルイズの知らない幼めの顔だ。恐らくは一年生だろう。その少女がギーシュに向かって泣いていて、結果彼がたじろいでいる。

 

ああ、つまりこれは二股か……いくら恋愛に興味の無いルイズでも、察すること出来た。

 

あれ……二年生への進級試験昨日よね? 新入生の入学式だってついこの間よね? 

 

同時に、いくらなんでも手が早すぎやしないかと、ギーシュにあきれた。こんな"ドット"なキザ男のどこがいいのかルイズにはわからないが、涙を流すほどにケティとかいう少女は、ギーシュに惚れてしまっていたらしい。どうやったのか、口説きの手法がちょっとだけ気になった。

 

「いや、誤解だケティ! 僕の心にいるのは……。」

 

「君だけさ、とでも言うつもりかしら? ねえ、ギーシュ。」

 

昼ドラめいた展開を、ギーシュとケティがしているとまたひとつ、ギーシュの背中から男性とは違う声が。

 

先程から名前だけは出ている、ロングの金髪縦ロールをした少女という鬼、モンモランシーがそこに笑顔で立っていた。

 

「モ、モンモ……。」

 

「さあ、続きを話してごらんなさいな。」

 

「うっ……。」

 

言葉につまるギーシュ。ここではっきり誰かと言わなかったことは、致命的だった。ケティは悲しみにくれたままに、ギーシュの頬をはたくとそのまま走り去っていっていく。

 

「やっぱり、私との時間は貴方にとってはお遊びでしかなかったのですね!」

 

一人だけを愛した少女が、去りぎわに放った言葉の悲痛さが、場をなんとも言えない重たい空気へ変える。だが、この静けさは騒ぎを終わりとするものではない。

 

「ルイズ、その小瓶はギーシュのじゃなくて私のなのよ、返してくれないかしら。」

 

「え、この距離なら自分で取りに来れば――」

 

「ね、ルイズ。こっちに持ってきて?」

 

気の強いルイズがたじろぐほどの、不思議な圧のある笑顔で、モンモランシーが凄む。

 

「わ、わかったわよ。」

 

「ま、待つんだルイズ!」

 

仕方なくルイズはテーブルに置いた瓶を、ギーシュが止めるよりも早く再度手に取ると、ほんの数歩先にいるモンモランシーへと手渡した。

 

既にギーシュから同じ匂いがするのだから、あげる前のはずがない。どうしてモンモランシーがあんなことを言い、ルイズに持ってこさせたのか理解できなかったが、その真意は直ぐに解ることとなる。

 

「あら? ダメじゃないルイズ……瓶は私のと言ったけれど、中の液体はギーシュのなのよ?」

 

「ん?」

 

ルイズが頭に疑問符を浮かべている一瞬のうちに、モンモランシーは瓶のふたを開けると、その中身をギーシュめがけてぶちまけた。

 

「うわぁっ!」

 

大量の香水からくるきつい匂いが辺りに広がる。もはや匂いではなく臭い。香りの暴力だ。

 

ルイズがギーシュの近くに居たままなら、はねた香水の巻き添えを食らっていただろう。まともに浴びなくても、マントに付こうものなら数日は臭いが落ちそうにない。

 

「ふん、何よあんたなんか! 誰が一番よ、誰が心のなかにいるのよ、この嘘つき!!」

 

きっと以前、ケティに先程言おうとした口説き文句を、モンモランシーは言われたことがあったのだろう。その言葉を信じていたからこそ、許せなかった彼女もまた、吐き捨てるように別れの言葉を告げると走り去っていった。

 

残されたのは、報いを受けたギーシュと、モンモランシーに怯えて少し離れていた男子生徒たちに、ルイズのみ。

 

舞台に居たはずが、いつの間にか観客となっていたルイズもまた、もうここにいる意味はないと、昼ドラと化した現場を離れようとした所で、後ろからギーシュが声をかけてきた。

 

「全く、何てことをしてくれたんだルイズ。キミのせいで、二人の名誉か傷ついたじゃないか?」

 

ルイズには彼が何をいっているのか、全く理解できなかった。「は?」だとか「え?」等という言葉すら出てこない。時が止まるとはこのことかと思うほどに、ルイズが停止する。

 

「良いかい、僕は知らないと言ったじゃないか。あの時キミがそこから余計なことを言わないで、気を利かせてただ持ち去ってくれていれば、こんなことにはならなかったんだよ。全く、どうしてくれるんだ。」

 

無茶苦茶だ、もしくは八つ当たりか。

 

「何がわたしのせいよ。元々はギーシュ、あんたが女の子に誠実に生きていれば、何も問題なんて起きなかったことじゃない。」

 

当たり前な、ごく普通の意見を返すルイズに、周りにいた男子生徒たちが同調する。いつもは魔法の才能がにない事を、ゼロのルイズだとバカにしている人たちですらも、そうだそうだと擁護にまわり始めた。彼らの反応の通り、客観的に見たってどちらが間違っているかなど考えるまでもない。しかし、それでもギーシュは演技じみた態度で、ルイズを非難するのをやめない。

 

「ゼロのキミならドットの僕に気を利かせてくれてもいいだろう?」

 

そんな格式や何かを理由にするのなら、ギーシュこそ公爵家の中でも最上位のルイズへそんな態度をとるのは、不味いのではないかという話になってしまうのだが……おそらく彼は今、今朝のルイズと同じなのだ。問題は、そんな醜態を人前で晒していることか。

 

「ちょっとギーシュ、あんたいい加減にしなさいよね。」

 

「いい加減? ああ、確かに。今のキミをメイジとして見ることは、間違いだものね。」

 

勢いのままに、彼の口から出た言葉がルイズに突き刺さる。

 

「もともとゼロの君だけど、今は杖もないし、使い魔も無いんだろう? 平民と変わらないじゃないか。」

 

その言葉は禁句で

 

「平民に貴族らしい気遣いなど、出来るわけもない。ボクが悪かったよルイズ、もういいから行きたまえ。」

 

決して触れてはいけないものだった

 

言うだけ言って、少しは溜飲か下がったのか。冷静さを取り戻したギーシュがルイズを見ると、彼女の肩がわなわなと震えている。

 

「平民……?」

 

二股だろうと、普段から女性に悲しい思いをさせないことがポリシーな、もとの彼へと戻るにつれて、ギーシュは今やらかしてしまったことの深刻さを悟った。いくら好きではない相手でも、女性相手にこれはない。まして、自分が一番言われたくないことに、のしをつけて追い討ちをするなんて……。

 

すまない、言い過ぎた。そうギーシュが謝罪を述べる前に、ルイズが叫んでいた。

 

「決闘よ!! あんたの……今の言葉、絶対許さないんだから!」

 

今度はギーシュの目が点になった。たった今平民と変わらないと言われ、打ちのめされていた少女が決闘? メイジのランクとしては一番下の、ドットとはいえ杖を持っている自分と?

 

無茶苦茶だ。

 

「お、落ちつきたまえルイズ。」

 

「うるさい、うるさいうるさい! 黙ってヴェストリの広場に来なさい。わたしを平民扱いしたこと、取り消させてやるんだから!!」

 

正直それで済むのならば、今この場で謝って取り消したいのだが。ああ、先程の自分は本当にないなと……より強い怒りを持ったルイズを見る事で今さらだが、ギーシュは自分を恥じた。

 

「それともあんた、不戦敗するつもりなの!? メイジさまが、杖の無い平民から逃げるつもりかしら!」

 

そんな彼の変化と反省に気づかないままに、ルイズは自分で自分の首を絞めていく。こう言われてしまえば、もうギーシュは断れない。負けることができなくなった以上、自ら非を認めて謝ることも難しくなってしまった。

 

どうしたら落とし所になるのかと苦悩しながら、彼はヴェストリの広場へと辿り着く。着いてしまう。

 

「いくわよ!」

 

決闘の合図に杖すら持てない少女の戦いが始まった。




お前が言うんかい!

自分で書いといてなんですが、こんな冷静なギーシュあんまりいませんね……。


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発現

力が欲しいか?
力が欲しいのなら……

今も昔もこのフレーズ大好きです。
帰還編の三人のところが特に。でも見開きの中にある牛乳に、初見時は飲んでいた牛乳を噴いて単行本をダメにした記憶があります。

最初は今回もこのARMS。


なんて情けない戦法なのかしら。ルイズは自分を嘲笑う。

 

自分の戦える武器や防具と言えるものは、(恐らく)怪我しても直るのが早い左拳のみ。戦術なんて類いの知識は皆無、女の子だもの。

 

杖の魔法意外で戦うなんて、貴族のすることじゃないわ。自分のなかでもそんな考えが片隅にある。

 

それでも、自分の誇りを傷つけられたことが許せなかった。少し頭の冷えた今でも、それは変わらない。あそこで何も言い返せなければ、自分は平民ですと認めるようなものだった。

 

杖を失ったことは恥、それは認めてあげるけど……。

 

自身の失敗続きの結果、彼女は杖を失った。この失態は、貴族として責められても仕方がない恥だ。その事でルイズは厳しい叱責を受けることは当然と思っている。

 

「だからって、平民扱いなんて許せるわけ無いでしょう!」 

 

ルイズはもしも、万が一にもあり得ない話だが、何かの理由でトリステインの王族が自分と同じ状態になったとしても、ギーシュは同じことが言えるのかと問いたかった。

 

無理に決まっている。彼は、姫に罪を擦り付けもせずに直ぐ、己の行動を懺悔するだろう。

 

ルイズだから、自分に魔法の才能がないから、ギーシュにも、ツェルプストーからも軽んじられている。

 

「それでもわたしは貴族よ!!」

 

断じて平民などではない。力持つものに怯え、力あるものにすがって生きていこうとはしない。侮辱された己の名誉を守るために、敵に後ろなど見せない。

 

ならば、抗うしかない。己が貴族だと、自分の理想の姿を曲げないために。

 

「……ワルキューレ。」

 

魔法を持たないままに迫るルイズの前に、魔法を持つギーシュが杖を振るい応える。

 

彼の魔法により、青銅の戦乙女を模した三体の銅像が、主を守るようにして現れた。その手に武器は持っておらず、ただ壁となるようにルイズの進路を塞いでいる。

 

「何よ、こんなのっ……!」

 

「……。」

 

迂回しようとするルイズに、されに現れたワルキューレが先回りしてそれを阻む。

 

右へ逃げればまた一体、左へ逃げてもまた一体後ろへ下がろうとすれば、またそこに一体…。

 

気がつけば、ルイズは囲まれていた。七体のワルキューレによる牢獄がそこにある。

 

「くっ……。」

 

「例え決闘を挑んできた相手だろうと、レディを傷つけるのは忍びない、そこでだルイズ。」

 

ギーシュはルイズへ杖をまっすぐに構え、戦乙女達をいつでも彼女の動きに対応出来るよう、防御の体制をさせたままに語りかける。

 

「参ったと言いたまえ。」

 

「なっ……!?」

 

「キミが敗北を認めるまで、僕はこの陣形を崩さないよ。」

 

それが、ヴェストリの広場に着くまでに閃いた、ギーシュの作戦だった。己の名誉を守るために彼もまた、もう決闘は避けられない。あの場に居た仲間達が、やるだけ無駄なことだからと理解を示してくれても、貴族の噂はどこでねじ曲がるのかわからないのだ。捻れに捻くれて、杖を持たない女の子との決闘を逃げた……などという噂へと成り果てれば、彼もまた貴族として大切なものを失ってしまう。

 

ならば彼女に敗けを認めさせるしかない。傷つけず何とかするのならば、閉じ込めるのが一番だ。牢屋が良いのかもしれないが、自分はそこまで作り慣れていない。結局、もっとも得意なゴーレム操作を用いて、ルイズを包囲するのが最適だと彼は思った。

 

「誰が……どきなさいよ!」

 

青銅の戦乙女を無理矢理にでも押し退けて進もうとしても、即座に陣形を動かし、彼女を止める。下を潜ろうとすれば屈み、間を抜けようとすれば隙間を固める。

 

「――――――っ!」

 

ルイズはどうあっても詰んでいた。足の止まった彼女を銅像達の隙間から見て、ギーシュは思わず安堵する。これで終われる、周りに集まりつつある野次馬を含めて、全てのものがそう思った。

 

ルイズ以外は。

 

直後、彼女はなにかを覚悟したような顔で、全身をひねると、そのままに左拳を繰り出した。

 

「やあぁっ!」

 

ゴン、と鈍い音が響く。

 

「痛うっ……!」

 

ドットメイジの甘いクオリティで作られたとはいえ、青銅の像を殴ったのだ。、痛く無いはずがない。ルイズの双眸に涙がこぼれる。それでもルイズは止まらない。二打、三打と、何度もギーシュのゴーレムを全力で殴る。一撃で得られるのは、僅かな凹みや少しの軋みだけ。それでもルイズはその手を止めない。

 

腕が吹き飛ぶ経験をしたのよ。たかが指の骨折や、出血が何よ! そう思って殴った彼女だったが、これは悪手……というよりは誤算だった。ルイズは今、サモン・サーヴァントの時のように、脳が麻痺していない。あの事故の時よりも痛い上に、直ぐに左手が再生するぶん、何度殴ろうと痛みは消えない。

 

「上等、じゃない……っ。」

 

自分の鮮血と涙で汚れながら、ルイズは殴り続けた。

 

代価は痛み、得られるものは少しのダメージ、使える左腕の回数に限りなし。

 

「下げたくない頭は、下げられないのよ!」

 

あまりの凄惨な、それでも蛮行をやめないルイズの姿に観客が息を呑む中、やがてほんの少しだけの成果が現れた。関節となっていた脆い箇所が一つだが、使い物にならなくなったのだ。

 

一体の青銅の右腕が、ルイズを止める動きをとれなくなった。自身の成し得たものをみて、思わずルイズの口もとに笑みが浮かび、逆にギーシュは青ざめる。彼は、敗北の予感を感じたわけではない。その動かなくなった手から見えた、彼女の姿が痛ましすぎたのだ。

 

「ルイズ、もうやめるんだ!」

 

七体の銅像の腕関節一つ破壊するために、ルイズの拳は幾度となく砕けていた。今の彼女は、爆発事故の時以上に、自身の血でシャツや肌を再び染め上げている。

 

「なに、言ってるのよギーシュ。あんたが出せるゴーレムはこれで全部のはずよ。それなら……こいつら全部の全身をこうしてやれば、あんたを守るものは無くなるじゃないの。」

 

狂ってる。血を流しすぎて頭にまわっていない、そんな人間の妄言としか思えなかった。左手の事情を知らないものからすれば、いや、左手が仮に直るからと知っていても、こんなことをする人間はいかれている。

 

「あんたを倒すためのこれは、第一歩よ!」

 

「やめろぉ!」

 

再びルイズが我が身をかえりみずに拳をつき出すその手を、ギーシュは受け止めようとワルキューレの拳を前に出す。

 

だが、彼は忘れていた。今回のワルキューレは武器を持たせる形をしていない。なるべく傷つけないように作られたそれには、そもそも指がなかった。木の玩具人形のような、丸い玉だけの手は、確かに指の関節やらある角ばった手よりは、安全だ……動かさないという制約がついていれば。

 

ギーシュがうっかりやってしまった結果、人の拳撃を金属球でカウンターするという恐ろしい反撃が生まれる。

 

「う、うわああぁっ!」

 

「ぎ、いっ……!」

 

ぐしゃりと、今度こそルイズの拳は砕けた。握っていた指はつぶれ、何本かはあらぬ方向へと反り曲がり、手首の関節は、腕と手を真っ直ぐに繋げていない。

 

「こ、これは決闘だ、ぼ、僕は悪くない、キミがいつまで経っても意地を張るから……!!」

 

「ぐっ、ふぐ……くぅ。」

 

パニックになりながらも、痛みに耐えるルイズを見ていたギーシュだったが、ふと、目の前の後継がおかしいことに気づいた。自分が慌てふためいているせいで、そうあって欲しい幻を見ているのではないか。そう錯覚したほどに、その光景は奇妙なものだった。

 

「ルイ、ズ……?」

 

「ええ、あなたは悪くないわ。これは決闘なんだから。」

 

激しく砕け、骨まで見えていた手が、ルイズの左腕がもとに戻っていく。あり得ないとギーシュが不気味な存在に怯えるのも気づかず、左腕を頼もしい存在のように彼女は右手で撫でていた。

 

「絶対、このガラクタ達を倒して、あんたに参ったって言わせてやるんだから。」

 

時を巻き戻すかのように、壊れた腕を直す、血塗られた少女。

 

その光景は、戦場を知らない若い人間に恐ろしすぎた。

 

「わ、ワルキューレェ!」

 

突如としてギーシュは叫び、ワルキューレを守りから攻撃の体勢へ移行させると、己が信念も忘れルイズを殴り始めた。

 

混乱と、恐怖から彼はルイズを人として見ていることがもう出来なかった。そこにいるのはルイズなんかではない、化け物だ。殴り、倒しきらなければ、こちらがやられる。そんな思考に陥るには十分の出来事だった。

 

「がふっ……!」

 

ルイズの作戦は所詮、ギーシュから手を出さないでくれたお陰で、成り立っていたものにすぎない。こうなってはもはや決着がつくのは、時間の問題だった。

 

前後左右、至る方向から袋叩きにされる彼女の体は、左手のようにはいかずに骨が軋み、意識が揺らぐ。勘違いしたギーシュは、たとえそれでも手を緩めない。

 

ああ、どうしてよ、どうしてなの? どうして世界はいつもいつも、わたしの願いを一度たりとて叶えてくれないの……?

 

心がくじけそうになり、彼女が世界を憎んだその時、どこからか声が聞こえてきた。

 

……力が欲しいか?

 

誰? ハッキリと聞き取れる、囁くような不思議な声に、ルイズは戸惑う。倒れる寸前の幻聴ではないかと思ったが、殴られながらもルイズの意識は幸か不幸か、ハッキリしたままだ。

 

周りは自分を攻め続けるワルキューレと、少し離れたところに青ざめた顔のギーシュだけ。今の静かな声を発するには、観客たちはあまりに遠い。

 

耳元どころかもっと近い、体の内から聞こえてくるような声がもう一度ルイズに届く。

 

力が欲しいか?

 

当たり前よ、わたしは欲しい! 負けない力が、名誉を守る力が、敵を打ち倒すための力が―――

 

力が欲しいのなら……

 

わたしは欲しい!!

 

くれてやる!!

 

ルイズについたルーンが激しく輝き、鈍い音と共にその左腕の形を変えていく。髪と同じような桃色へ肘近くまでの腕を変色させ、金属的な質感を帯びていくと、精密機械の基盤のような模様が一部に浮かび上がった。

 

硬質化したその腕からは、長い刃のようなものが生えて、手の方へと真っ直ぐと伸びていく。手の一部を巻き込み鋭い刃を形成したそれは、もとの腕の三倍近くの長さがあり、剣と斧を合わせた形にも見える。肘もとからならば、ルイズの胴体よりも長いだろう。

 

輝く使い魔のルーンが、最後に刃へ銘柄のように刻まれた。その光を受けたルイズの体は痛みが消え、燃え上がるように力が沸いてくる。

 

「こ、これってもしかして……あなたなの?」

 

人の形ではなくなったその腕を、ルイズは驚きこそすれど恐怖は無かった。その腕が何であり、どう振るえば良いのか……不思議と今の彼女には理解できたから。

 

「……幻獣(グリフォン)!」

 

ルイズは異形と化した腕を振るうと、その刃はまるで、バターのようにギーシュのゴーレムを切り裂いた。人の肉体から出たものとは思えない鋭さと硬度だ。目の前にある自身の腕がもたらした光景へ、ルイズは満足の笑みを浮かべながら、更に剣を振るう。

 

「はああぁっ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

がむしゃらに、構えも剣術も何も知らないルイズが、その左腕をただ動かす。型も、踏み込みも何もないというのに、それだけで青銅のゴーレムはその身を削り取られ、ギーシュが息を飲む。七体のゴーレムはルイズ相手に数秒と保たず、ギーシュも腰を抜かし、もはや立っているものはルイズだけとなっていた。

 

「何よ、ちゃんと居たのならもっと早く出てきなさいよね。」

 

主かこんなにぼこぼこにされるまで出て来ないなんて、何てしつけのなってない使い魔なんだと思いつつも、ルイズは歓喜していた。

 

「ねえギーシュ。」

 

「ひいっ!?」

 

覚醒した少女の視線が向けられて、男は思わず後ずさる。血まみれのまま微笑む彼女の顔は、相手であるギーシュには、悪魔の笑みにしか見えなかった。

 

「続ける?」

 

「は……?」

 

「だから、決闘をよ。どうなの、降参なの? それともまだやるの?」

 

右手を腰にあて、左腕の刃をギーシュへと剣のように向けるルイズの姿は、決着を雄弁に語っている。だが、彼女と回りで認識はずれていた。誰一人とその勝利に喝采を送るものはなく、異怖だけがその場を支配していた。周りの人間には、これから惨劇が起きるのではないかという不安が消えないままだ。

 

「ま、参った……だから頼む、命だけは!」

 

「はぁ? あんた何言ってるの? 決闘は殺し合いじゃないでしょ。」

 

「き、キミは本当にルイズなのかい!?」

 

「当たり前でしょう!!」

 

「だってその腕!」

 

「これはわたしの使い魔よ!」

 

「つ、使い魔……? そんな人にくっついた使い魔なんて見たことがない、どうみても化け物じゃないか。」

 

「ふうん。あんた……次はこの子を侮辱する気? 第2ラウンドをお望みなのかしら。」

 

「め、めめめ滅相もない! 負け、ボクの負けだ。平民などと言って申し訳無かった!!」

 

「はぁ、次にまたそんなことを言ったら、あんたの腕を切っちゃうんだからね。」

 

ルイズがその左腕をもとの腕に戻す。漫才じみたやり取りと、刃を納めたルイズの姿をみて、今度こそ全員の心に決着がついた。周りの張りつめた空気は消え、興奮に包まれていく。

 

「全く、何を言って――あれ?」

 

安堵したルイズの腕から、突如としてルーンの光が消えて視界が揺らいだ。世界が回り、傾いていくなかで、彼女は昨日のように意識を闇に飲まれた。




グリフォン(幻獣)

ARMS序盤の大ボス、キース・レッドが持つARMS。両腕の刃や手から繰り出す超振動を用いた近接戦と、全身を超音波兵器にした無差別範囲攻撃を得意とする。
その刃は、教室規模の粉塵爆発を耐えたチタン合金のサイボーグを振るうだけで容易く切断し、ほんの数秒(吹き出し数個の会話程度)の時間手のひらを当てて振動波を送るだけで、同機をバラバラに破砕する。
登場時は第一部とはいえ、現代の日本に生きる学生が相手をするにはあまりに無理がある強さで、主人公達を震え上がらせた。

ここまで書くととてつもなく強く見えるが、終盤では量産型のサイボーグが同じことを可能としており、インフレに取り残された。
現にキースシリーズと呼ばれる兄弟達から彼の持つARMSは弱いとみなされ、欠陥品扱いされている。


ハンプティ・ダンプティの持つ能力は、触れた相手の情報を読み取り、それを自分のものとする。
作中のほとんどのARMSの能力を取り込んでおり、発現させることが可能である。
簡単に言えばロックマンや写輪眼。


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従者

今回はアニメ限定のキャラがいるけどいません


「ひぎいいぃっ!?」

 

目を覚ましたら。また勝手にベッドへ運ばれていた。

 

ただし、今度は痛みと同衾していたらしい。ルイズは思わず転げまわったが、そのせいで痛みは加速した。より激しくもんどりを打ち、更なる激痛が繰り返し襲い続ける。

 

「ひぐ……っ、ひぐっ……!」

 

悲鳴を上げる自身の体とのコミュニケーションを散々堪能したルイズは、せっかく目を覚ましたというのに、指一つ動かせなくなっていた。元気に動かせるはずの左手でさえ、痛くてまともに命令を出せそうになかった。

 

「……へ? あれ、ウソ! いやっ!!」

 

そんなルイズに新たなる敵が迫りつつあった。襲い掛かる新たなる敵の名、それは尿意である。むしろ、今までどうやって、昼食後に飲んだお茶を体内に留めていたのだろうか? 謎であるが今の彼女はそれどころではない。女性にとっては限界を超えているソレを抑え続けていた堤防は、もう決壊寸前だ。このまま粗相をしては、平民どころか躾のなっていな犬以下にまで自身の品位を落としかねない。

 

「どうしたら……どうしたら!」

 

視線をめまぐるしく動かし、大慌てでルイズは自分の部屋を見回した。これだけ大きなベッドのシーツとなれば、所有する人間の対象は絞られて間違いなく噂が生まれる。そもそも、洗濯は自分で出来ないうえ、、魔法の使えないルイズは自身で汚れを取り除くことが出来ない。今日の洗濯当番がおしゃべりな子だった時点で、詰みな上、おまけにここのメイドたちは噂話が大好きだ。

 

平民扱いされるという危険から一難去ってまた一難、どうしてこんな目にと絶望した彼女の目に一筋の光明が。

 

そこにあるのは箱。最近買った新しいお気に入りであり、中に入れる物を迷っていたせいで何も入っていない。金属製のそれなら染みたり漏れることもない。背を腹に変えられないルイズは、どうにか動かせる左手でそれをとろうとするが届きそうになかった。

 

「くっ……この、幻獣(グリフォン)!!」

 

刃なら届く、買ったばかりの品を突き刺すのは心苦しいものがあったが、もう本当に彼女は限界寸前なのだ。しかし、必死故にそれを彼女は忘れた。加減すら忘れて全力で刃を振るったということは、当然その刃が超振動を放っている。そうでなくとも恐ろしい輝きがその鋭さを表している幻獣(グリフォン)のブレードだ。自分の本当に大切な服や装飾品、あるいはお気に入りのシルクの下着のように扱わなければ、箱を刺さしたままにこちら側へ持ってくるなど、不可能な事だった。

 

「あっ。」

 

おまけに、手でとるように上下へ動かしたものだから……刺さるどころか机の一部ごと真っ二つにしてしまう。蓋を無視してぱかりと左右へ開かれた箱は、もはや桶としての役目を果たすことはできない。

 

「そんな待って……。やだ、ダメよ……、まだダメだったら!」

 

タイムリミット。ルイズの奮闘むなしく彼女は、新たな世界の地図をその白き大地へ召喚することになった。

 

「ぐす…ウソ、こんなのウソよ。どうしてせっかく、決闘で勝ったのに……こんな思いを。」

 

白い大陸の一部を、黄色い大地へと開墾してからしばらくの後に、悔恨に濡れたルイズは痛みを忘れて立ち上がった。怒りで幻獣(グリフォン)の刃にあるルーンが光り輝く。ギーシュとの決闘で拳を砕いた時すらも流さなかった、大粒の涙を零しながら、痛みを忘れたルイズは、その左手の平に見えない玉を握りこむ。彼女は憤怒の形相をもって、それを怒れるままに地図を広げているベッドへと叩きつけた。

 

叩きこまれた地図と、ベッドの一部が砂へと消え、いくつかの支柱が砕けて崩れ、証拠は全て消え去った。またもや大きな代償とともに。降ってきたベッドの天幕に体を包まれながら彼女は思った。最近何かを失うことが多い……左腕、杖、箱、尊厳、シーツとベッド。

 

「もう……やだ。」

 

しょんぼりいじけたルイズが幻獣(グリフォン)を解除すると、再び動かなくなった体をそのまま砕けたベッドへ体を横たえる。もう動けないし、動きたくない……痛みがまた強くやってくる前に、ルイズは意識を閉じた。

 

後から彼女は知ったことだが、実はルイズが目を覚ますまでにもう三日経っている。本来なら生きていられるかも怪しい怪我から、たった三日でここまで回復したこと自体おかしいことに、彼女は気づいていない。既に左腕以外も彼女の体は、何か超常的なものへと変化しつつあった。

 

 

 

さらにそれから数日、ルイズはほとんど自由に動けるまでに回復していた。流石に放置していたら体も腕のように体も完治した……というわけではなく、意識があるうちに水の秘薬を手配したのだ。それは生命力を回復させ、体に活力を漲らせて、傷を癒してくれる魔法の薬だ。ベッドが壊れた突然の事故も処理して新しくベッドを新調した。

 

その代償は、機会。水の飛躍は杖ほどではないにせよ高価な品だ。ルイズに合うベッドも決して安くない。そのせいで彼女は、来月の内に杖を買うお金と機会がなくなってしまい、すっかり不貞腐れていた。

 

「元気出してください、ミス・ヴァリエール。ほら、今日のデザートはクックベリーパイですよ!」

 

そこで、うさ晴らしにというわけでは決してないが、ルイズは療養中の世話をするメイドをひとり雇うことにした。今更出費がさらに増えたところで、もう杖を買い直すタイミングは変わらない。ならば楽をすべきだという理由から……というよりはこれ以上自分で何かを壊したり、散々な結果にならない為に、治療を終えた今も身の回りの世話を彼女にさせていた。

 

だが、何かと壊しまくりな最近の日々の不幸と、更にやらかすのではないかという不安からくる命令は、決して楽な範囲のものではなく、面倒で些細なことも彼女にやらせていた。

 

だというのに、どうにもこのメイドはえらく甲斐甲斐しかった。食事の時間がくれば教えてもいないルイズの好物を多く持ってくるし、小さな命令も嫌な顔を一つせずにこなすその忠誠心は、素晴らしいのだが……理由がわからなかった。

 

黄色みのある肌と、黒い髪をもつ物珍しい彼女に満面の笑顔で世話をされるのは、決して気分が悪いものではないのだが、どうしてここまでしてくれるのか気にならないと言えば、嘘になる。

 

「ねえ、あんたってどうしてここまでしてくれるの? わたし、そこまでたくさんのお給料をあげたつもりはないわよ。」

 

まさか給料の少ない駄メイドというわけでもないだろう。その特徴的な髪の色のせいで、たまに食堂でドジを踏んでいる姿は覚えていたものの、自分が雇ってからの失敗はない。部屋の掃除は毎日しっかりと行き届いているし、洗濯物を駄目にしたことも無く、むしろ今までの当番制のメイドより丁寧に洗われている。技量から受けられる給金を考えれば、お金が理由では無いはずだが、かえってそれがルイズを混乱させてしまう。今の彼女は杖がない為に貴族の威厳は何も無く、実技の授業にも出ていなければ、完治に至らない為に座学にも出ておらず、怠惰な毎日を過ごしている。平民から慕われる姿勢や、精神的な理由を持ち得ていないのだ。

 

「ミス・ヴァリエールが、私のことを救ってれたからです。」

 

「全く身に覚えがないんだけれど……。」

 

「ふふっ、無理もありません。だって――」

 

そこから語られるメイドの身に起きた話は、偶然の産物だった。彼女はもう少しのところで、色欲にまみれた貴族へ買われる寸前だったらしい。ところが、そのメイドはルイズの意識がある日に部屋の洗濯ものを回収したせいで、偶然にも彼女の専属として雇われてしまった。

 

この時のルイズはこれ以上粗相をしない為の焦りと、助けとなる手足を探すのに必死であり、メイドへの依頼の仕方はかなりの横暴ぶりだった。

 

「あんた、明日から専属になって、毎日わたしの世話をすること……良いわね!」

 

半ば凄まれて頼まれたことを報告された方々と、ルイズの目の前にいる発育の良いメイドを欲していたエロ貴族は、ヴァリエール家の怒りを買う事を恐れて売買の契約を手放したことにより、彼女の貞操は守られたのだ。

 

「どんな理由であろうと、ミス・ヴァリエールのおかげで私はまた……ここでみんなと一緒に働けるんです。平民の命や体なんて、貴族さまからは大した物ではないのかもしれませんけれど、私にはかけがえのない大切なものですから。せめて、雇って頂ける間は恩返しをさせてください。」

 

平民の気持ちはわからない。でも、ルイズも一人の乙女としてならば、好きでも無い相手に抱かれなくて済んだということから来る、安堵の気持ちを理解することはできた。

 

「あんた、名前は?」

 

「私は、シエスタと申します。」

 

平民に慕われること自体は、嫌なものではない。でも、彼女を思ってしたことではないのに感謝されるのは、何かが違うと思えるし、どうにもむず痒くて仕方ない。

 

「ねえシエスタ、次の虚無の曜日に買いものを手伝いなさい。色々とほしいものがあるのよ。」

 

それでも初めて貴族としての自分を慕ってくれる子が出来た。その事が嬉しかったルイズは彼女の名を覚えておきたくて、シエスタという名前を呼びながら命令をしたのだった。同時に、彼女からの尊敬を失くしてしまう貴族にはなりたくないと思い、最近の不幸続きだった自分を呪うのも、不貞腐れるのも終わりにして、彼女は明日からまた魔法の練習と学問へ励むことに決めた。

 

「はい、かしこまりました。馬の手配をしておきますね。」

 

今日食べた好物のクックベリーパイの味は、どこかいつもよりおいしくて笑顔になる。くよくよした気持ちを捨てて、前を向いて歩ける味だった。




鉱物のクックベリーパイ×

好物のクックベリーパイ〇

メイドのシエスタさんがPTに加わりました。


ルイズの握った玉
アニメ版ARMS PROJECTARMSでグリフォンが戦闘中に放った技。おそらく超音波や超振動が圧縮された何かで、放つと地面をえぐりながら飛んでいく。

原作では似たシーンはあれど、この技の描写はない。
アニメ版では救いがあった幼女を助けるため、主人公の仲間に防がれた。


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古剣

街角で

まぞくはいません


「ミス・ヴァリエール、もう起きていらしたのですか?」

 

「ええ、ちょっと早く目が覚めただけだから、別に気にしないで。」

 

本来、主人が起きるよりも早くに起きて部屋へ向かい、朝の支度を整えるのが専属メイドの仕事だ。しかし、ルイズはそれを咎めることなく、シエスタに目もくれず机に座って何かを考えていた。

 

虚無の曜日……今日はルイズがシエスタと、トリステインの首都であるトリスタニアへ買い出しへ向かう。そんな日にいったい、ルイズが何をしてたのか。彼女は別に、遠足を楽しみにしている子供のように、早寝早起きをしたわけではない。

 

彼女のしていたことは、金勘定。本来は貴族の、しかも公爵家の令嬢であるルイズは、そんなことをする必要などない。少なくとも魔法学院の生徒としての買い物であれば、欲しいものを欲しいだけ、いくら買ったところで彼女の財布は空にならない……今月を除いては。

 

「はぁ……。」

 

いざ従者を連れて買い物をして、途中でお金がなくなり、すごすごと帰る羽目になりました……などという醜態をさらせばみんなの笑い者である。今日が待ち望んだ週に一度の休日である以上、街へと出かけた学生は多い。すぐそこで見られていました、なんてこともある。恥を避けたいだけの早起きだったが、その見栄というものが貴族には大切なのだ。

 

平民扱いされたりする今のルイズに、これ以上の弱味は要らない。せっかく前向きに授業に出るようになり、使い魔を使いこなす為に最近は色々と頑張っているのに、またバカにされるのは嫌だった。

 

そして、何を買うか予定を考えておくのも悩みの種だ。欲しいものを片っ端から、欲しい分だけという手段を、今日はとれないのだから。

 

しかし困ったことにルイズは、小物の値段をあまり覚えていない。屋敷だ芸術品だの価格は解るが、街路で売っているようなものを買うときは、先月までは言われた分をそのまま払っていただけで、厳密な数値を覚えていない。実家にいた頃も使用人が買ってきていた為に、目安もわからない。

 

どうしたものかと悩んでいたが、目の前でてきぱきと用意をしてくれるシエスタを見て、ふと思い付いた。

 

「ねえ、そろそろ雇って一週間だし、シエスタに任せてもいいかしら?」

 

「へ?」

 

突然のことにきょとんとした顔で振り替えるシエスタに、ルイズは今日使える分だけ入った財布、貨幣袋を手渡す。

 

「部屋に足りないものをそれで買ってちょうだい。」

 

「良いんですか?」

 

「ええ、授業で使うので足りない物は無いし、生活用品ならあなたの方が、わたしより良い判断してくれそうだもの。」

 

そう言われたシエスタは、困りながらもどこか嬉しそうな顔をして、部屋を少し見た後にお金を数え始めた。どうやらやる気は出してくれたらしいが、数えていた金貨の数が増えるにつれ、彼女の手が震え、その震えがどんどん強くなっていく。

 

「足りるかしら?」

 

「じゅ、十分すぎます。多すぎるくらいです! はわわ、こんな大金持ったの初めて……。」

 

「無くさずにちゃんと持ちなさいよ。街の中でスリにあっても、いまのわたしは捕まえられないんだから。」

 

そう言ってルイズは左手をひらひらと振る。

 

既に殆どの学生達が、ルイズの左腕は使い魔だということを、ギーシュとの決闘の結末を聞いたお陰で知っている。見てくれはともかく、その戦い方も剣の魔法を用いた近接戦や、使い魔を主軸とした戦い方と変わらない……そんな風にみんなも思うようになった為、もう彼女がその腕を使い、放課後に何かをしていても、とやかく言われることは無くなっていた。

 

だが、街の人間はルイズの事情を何も知らない。そんな人だらけの中で幻獣(グリフォン)は流石に使えない。これで捕まえようとすれば、箱の悪夢のように、スリの手を周りの人ごと叩き斬りかねないし、ピンクの鋼鉄剣と化した腕を見た人達は、たちまち大パニックになるだろう。

 

なので、金銭管理は自分でするか、シエスタに任せるしかないのだが、シエスタという使用人を従えて行くにも関わらず、主のルイズが財布を手放さないのは、彼女を信用していないようで体裁が悪い。そんなわけで腕の問題以前に、お金はシエスタに預けるしかないのだが、そのメイドは大金を持つプレッシャーで、すっかり固まってしまった。

 

「が、がが頑張ります!」

 

そう言うシエスタはその大金をどこにしまおうかと、体のポケットを選び直す度に詰めた財布を取り出しては落としかけている。

 

この状態では不安だとルイズは思い、何か良い案はないかと考えたところで、ふと左腕に目が行く。

 

「そうだわ! トリスタニアへ着いたらまず武器屋に行くわよ。」

 

「はえ?」

 

「武器を持った人間相手なら、取ろうとするのを少しためらうでしょ。」

 

「私、武器なんて扱ったことありませんよ!?」

 

「見れば解るわよ。でも包丁くらいの短刀なら、流石にあんたも振り回すくらい出来るでしょ。」

 

「そらくらいなら……なんとか。」

 

ちょっと腰の目立つところに鞘をつけ、脅し用に提げていれば十分だろう。それで少なくとも、没落したメイジのスリ以外は簡単に手を出せないはず……とルイズは考えていた。

 

「さて、じゃあ出かけるわよ。」

 

ルイズが立ち上がると、シエスタは洗面器を用意し顔を洗う補佐をする。優しくタオルでルイズの顔を拭き終えれば、次は着替えの用意だ。彼女はいつものように素早く、ルイズの身支度を整えていく。

 

いつもながら悪くない仕事っぷりよね……忠誠には報いるべきかしら? それとも、流石にまだそこまでしてあげるのは、日にちが浅いかしら? でも、お金が多めに余ったら、食べ物くらいは買ってあげても良いかも。

 

……来月の杖に響かない範囲で。

 

 

 

準備を終え、外でシエスタが操る馬車に乗りこむ。その中で、ルイズはじっと左腕を見ていた。

 

ここ数日の間に解ったこと。それはこの左腕が"あーむず"という武器であること。また、刃の腕に変形させていると、その使い方と仕組が、カンニングペーパーのように頭で思い浮かぶことだった。

 

自分は"ちょうおんぱ"だとか"ちょうしんどう"等という言葉は聞いたことがないし、どんな原理かも知らなかった。なのに、この腕を変形させている間は、それがどういうものか解るのだ。

 

何で震えながら斬ると、普通よりよく切れるのかしら? 意味わかんないわ。

 

もっとも、それがもたらす効果の科学的仕組までは、やはり解らないのだが……。あくまで起こしうる効果や有用性、危険性などが解るだけ。原子や分子や音の波がどうのこうのと言われても、ルイズには解らない。いくら頭を捻っても、その説明が書かれたカンニングペーパーも出てこなかった。

 

使い魔について解らないことはまだある。それは、左腕の名前が幻獣(グリフォン)の刃だというのに、使い魔は神の卵(ハンプティ・ダンプティ)で、種族は"あーむず"というものであること。

 

竜種のサラマンダーの炎の舞や、竜種の風竜のウィンドブレスのようなものではないかとルイズは考えているが、困ったことに使い魔は喋らない。力が欲しいかと、初めて幻獣(グリフォン)を発動させた時に喋っただけで、あれからうんともすんとも言わないのだ。

 

自分の腕に話しかけるなんて、バカみたいじゃないと思いつつ、恥ずかしがりながらルイズが話してみたのだが、何も反応は帰って来なかった。

 

「他にも、何かあるのかしら……。」

 

「えっ、何か言いましたかミス・ヴァリエール?」

 

「何でもないわ。ちゃんと前見て運転しなさい。」

 

開けたままにしていた、馬車の正面の小窓越しに、シエスタが一人言に反応する。そんな彼女を見て、ふとルイズは疑問に思った。

 

「ねえ……そういえばあんたは、こんな腕のわたしが怖くないの?」

 

受け入れられたとはいえ、貴族でさえ見た目が怖いという者はたくさんいる。先住魔法の腕ではないかというだけで怯えた子もいた。認可されるだけと、好まれるには決定的な違いがある。

 

「……直接刃を向けられれば怖いかもしれません。」

 

貴族の武器である以上、平民がそれを恐れるのは当然だが、彼女はそれ以上のことを言わなかった。

 

「どちらかというとむしろ、憧れます。」

 

「憧れ?」

 

「ええ、貴族様には失礼なお話かもしれませんが、平民と同じような戦い方で、貴族の戦い方をする人を倒してしまったのですもの。厨房でも実は結構人気なんですよ、ミス・ヴァリエールって。」

 

「そ、そうなの……知らなかったわ。」

 

思わずルイズは息を呑んだ。平民から人気があることに、ではない。実は、誰にも言っていない事があり、その核心にふれるようなことを、何気なくシエスタが言ったからだ。

 

腕の変形や、使い魔自体は解らないが、幻獣(グリフォン)の刃には、魔法が一切使われていないのだ。理論上、誰か筋肉質な巨漢がルイズごとこの刃を振り回しても、ギーシュには同じことが出来る。

 

しかし、平民と侮辱される騒動があったばかりの時に、この真実は言えることではなかった。知られれば、また何か言われるのは目に見えている。

 

気づかれた訳じゃないし、セーフよセーフ。

 

そうルイズが思っている内に、トリスタニアが見えてきた。

 

「ミス・ヴァリエール、もうすぐトリスタニアですよ!」

 

久しぶりの首都を馬車の窓から見たルイズは、思わず心が踊る。先程の不安などはすっかり忘れて、買い出し後の財布でする事になるものの、好きに使える範囲での買い物に、思いを巡らせていたた。

 

「ええ。たしか、ビエモンの秘薬屋の近くだから……シエスタ、西門に止めてちょうだい。」

 

「はぁい。」

 

シエスタも女の子だからだろう。様々な商店や商品の並ぶトリスタニアへ近づいたせいか、その声色は明るい。

 

ルイズもそんなはやる気持ちが沸いてくると、街へと馬車より降り立った。

 

街角の、しかも裏路地。少し嫌な臭いのするそこを通り抜けていくと、平民用の武器屋が潰れることなく存在している。

 

「邪魔するわよ」

 

「おやおや、貴族様が何のご用で? うちは全うな商売をしてまさぁ。」

 

「客よ、その態度はないんじゃない?」

 

「なんと、そいつは失礼しやした。しかし、貴族様が何をお求めで?」

 

「わたしじゃなくて、このメイドにね。護身用の短剣で良いから、見繕ってちょうだい。」

 

思わず店主は顔をかしげた。そこの貴族に付き従う、もじもじとした黒髪のメイドはどう見たところで、戦闘が出来る体つきをしていない。持たせるだけ無駄のような気もするが……商売の機会を逃すバカはすまいと、黙っていることにした。

 

「ふぅん? まあ確かに、最近は土くれの話も多く聞きやすし、使用人全員に武器を持たせたくなるのも、わかりやす。」

 

「土くれ?」

 

「おや、ご存じではありませんでしたか。ここ最近、貴族の館に盗みに入っては消える、大盗賊ですよ。何でもすごい錬金の魔法と、30メイル近くのゴーレムを操って、もう何件もの館がその土くれに穴を開けられたり、叩き潰されたって話でさあ。」

 

30メイル(メートル)のゴーレムとなれば、学院の城壁を越え、さながら塔の高さではないか。思わずシエスタが肩をふるわせる。そんなもの相手に短剣で戦えるわけがない。

 

「あ、あのあの、ミス・ヴァリエール……。」

 

「あんたにそんなのと戦えとか言わないわよ。メイジを倒すのはメイジの仕事なんだから。あんたはそのお財布だけ守れれば、それで良いの。」

 

ほっとシエスタが胸を撫で下ろしてる内に、店主が何本かの短剣を持ってきた。どれも高級な装飾品が鞘や柄についている。見てくれだけなら一級品だ。

 

「いかがでしょうか?」

 

「うーん……悪くはないんだけど。」

 

メイジの、しかも貴族で戦闘から無縁そうな華奢な少女に何がわかるんだと、唸るルイズへ侮った視線を向けていた店主の判断は、すぐに改められる事になる。

 

「せめてもう少し、地味でも良いから切れ味が良くて、頑丈なのにしてちょうだい。これじゃ鶏肉も切れるか怪しいじゃない。」

 

店主が驚きのあまり、鼻をすする。そこにある品々は、どれも工芸品にちかいもので、切れ味は二の次どころかなまくらに近いものだった。こんな平民しか来ない武器屋では買い手などおらず、粗悪品にちかい。

 

ルイズも不思議だった。武器を手に取った途端に、なぜか幻獣(グリフォン)の時のように、その剣の性能や性質がまた、カンニングペーパーのように頭に浮かんだのだから。

 

ただ、これらの武器をルイズは下賜する記念品、もしくは貴族の周りに居るに相応しい従者へと着飾るものだと捉え、粗悪品と思わなかったことは店主にとって幸いだった。

 

「はっはっは! 貴族のおこちゃまだと舐めてかかるからだぜ親父。強突張りなら強突張りなりにちゃんと、相手は見る目を持ちやがれってんだ。」

 

そんなルイズ達の背後から届く、不思議な声。それは古びた樽の中から聞こえてきた。

 

「何かしら?」

 

「これでしょうか?」

 

思わずシエスタが一本の古びた剣を手に取る。するとと、その鍔本の金具がカチカチと、まるで口のように動いて声を発するのだ。

 

「おうおう、気安く触るんじゃねぇよ。」

 

「これ、インテリジェンスソード? 喋る意思を持った剣だわ。」

 

「おうおう。やっぱそっちの嬢ちゃんは、武器の事を良く解ってるみてぇだな。なりはちびっこなのによ。」

 

「な、何ですって……。」

 

ルイズをけなす古剣の言葉に店主が慌てた。このままでは、せっかくの客が腹をたてて逃げかねない。

 

「黙ってろデル公! 喧しいと今度こそ溶かしちまうぞ!」

 

「その犬みたいな渾名をやめやがれ、俺はデルフリンガーだ! けっ、やれるもんならやってみやがれってんだ。それに最近は、俺よりもうるせぇ新入りが来たじゃねぇか。」

 

この剣より喧しい剣などあるのか、ルイズは呆れた。

 

「インテリジェンスソードって、全部口うるさいのかしら。」

 

「いやいや、貴族様。それはインテリジェンスソードなんかじゃないんですよ。握るとただキンキン喧しいだけで、おまけに見かけ倒しなんでさぁ。」

 

「見かけ倒し?」

 

興味を持ったルイズの注意を、デルフリンガーという古剣からそらすため。店主が棚奥からその喧しい短剣を持ってきて、包まれていた布剥がして彼女に見せた。一見するとよく磨かれた、良く切れそうな黒光りの美しいナイフだ。

 

「握ってみてくだせぇ」

 

ルイズがその剣を手に取ると、まるで生きているかのように刃の部分から音がし始めた。確かにこれはうるさい。デルフリンガーを喧しい声とするなら、これはさながら金切り声だろうか。

 

だが、いつものカンニングペーパーによって、ルイズはそのナイフが煩いだけでは無いことも理解していた。

 

これは"ちょうしんどう"の短剣だ。幻獣(グリフォン)と比べると大した力ではないが、間違いなく下手な短剣よりも切れる。魔法学院の厨房で鶏肉を切ろうものなら、まな板どころか更にその下、固定化という物体を劣化や破損から守る魔法がかけられた、調理台にすら刃が沈むだろう。柄まで磨かれているのは、そこで光を取り込み、"ちょうしんどう"の力としているらしく、握ると"せんさー"と"すいっち"なるものが反応して、刃が震えるらしい。

 

「おまけになまくらと来たもんだ。」

 

「は?」

 

店主の言葉を聞いて現実に戻され、ルイズが素っ頓狂な声を漏らした。これがなまくらなら、平民はもっとメイジに歯向かえているはずだ。ギーシュくらいの貴族がこの前ルイズへしたように、平民だからと威張り散らせば、翌日にはばらばらの斬殺死体がひとつ並ぶだろう。

 

「いや、あまりにうるさい上にムカついてたんで、試し切りにそこのデル公へ切りつけたんでさぁ。なのに、あいつの錆びひとつ落とせねぇ。」

 

ルイズには信じられなかった。デルフリンガーは見た目はただの、それこそ全身錆びっ錆びのぼろ剣なのに、この斬撃を耐えたらしい。少なくとも固定化のかかった調理台よりも、間違いなく固い。

 

固定化の魔法、こんなぼろ剣に? 錆びる前にするし、錆びたらしないわよね?

 

「怪しいわ。」

 

シエスタが持つぼろ剣をルイズがひょいと取り上げる。しかし、流れてきたカンニングペーパーには、ただの剣としか書かれていない。

 

「何なのこれ?」

 

「お前さんこそ何だい? その左腕……ほんとに人間か――あでっ!? 何しやがる!」

 

びくりとルイズが柄から手を離す。地に放り投げられたデルフリンガーが何か叫んでいるが、そんなことは気にしていられなかった。

 

変形前の自分の左腕を、この剣は見抜いたのだ。もはや、絶体にただのボロ剣ではない。

 

「あんた、この手が何か知ってるの?」

 

「へへ、さてね。俺っちを買ってくれたら、何か思い出すかもねぇ……"使い手"さんよ。」

 

なんとも商売上手の剣だとルイズは感心したが、もとよりあの短剣も、このぼろ剣も、このままにしておくには勿体なく買うつもりだった。短剣はどうせ自分が持つものではないし、黒いメイド服をよく着ているシエスタならば、目立たず持てるだろう。ぼろ剣は論外。いくら固かろうと武器として使うことは考えていないし、シエスタに持てるとも思えないが、自分の左腕を知るその情報は欲しいのだ。

 

「……良いわよ、短剣もあんたも買ってあげる。」

 

即答するルイズに、シエスタも店主も驚いた。

 

「ええっ、私が持つんですか、この黒いの!?」

 

「本気ですかい!?」

 

利便性と、金目当てで理由は異なっているものの、下手になまくらならば、さっきの短剣のがましなのではと二人は思っていた。

 

「あのふたつ、いくらかしら。」

 

だが、そんな二人の意見は聞かない。貴族であるルイズがそうと決めたのだ。もはや二人にその意見を翻すことは不可能だった。

 

「デル公なら200エキューで結構ですぜ。短剣はおまけしときやす。」

 

「良いの?」

 

本命はどちらかと言えば短剣なだけに、ルイズは首をかしげる。

 

「いつもいつも客をけなすボロ剣の厄介払いに、貴族様がお力添えしてくれるんでさぁ。これ以上受け取ったら、バチが当たるってもんです。」

 

「そう。じゃあシエスタ、支払いよろしく。」

 

500エキューはまだあったはずだ、気にすることはないとルイズが支払いを促した。

 

「ええと、本当に良いんですか、ミス・ヴァリエール。」

 

「良いのよ、さっさとしなさい。」

 

「うう、解りました」

 

この煩い黒い短剣が私のかぁ……そう少しがっかりしながらシエスタが支払いを済ませると、二人は店を後にした。

 

「……革鞘でいいからつけてちょうだい。ぶら下げてないと、音が煩くって大通りを歩けないわ。」

 

すぐに踵を返して店で追加注文した時に、店主は今度はタダにしなかった。




エグリゴリの超振動ブレード的な何か。
もたらされる槍はまぁ向こうのということで、フレーバー止まりかもしれませんがつけてみました。

という建前をつけつつ、汚いデルフをルイズ自身が持つための理由とか、そういうのの為に。

あくまでハンプティ・ダンプティがガンダールヴのため、武器の情報はルイズにくれますが、ハンプティ・ダンプティ自体の力がルイズにはわかりません。
必要が迫れば解放されていきます。案外しょうもない理由とかで。


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巨躯

おかしい、こんなに文字数を使うつもりはないのに。

伸びる伸びる……といってもそこは二次創作、端折れるとこは端折ったおかげでもうフーケです。

アニメ見返すとシエスタって意外と敬語適当……。


「彼女にも、わたしと同じものをお願い。」

 

「え、そ……そんな!」

 

買い出しを終えて昼食をとり終えると、ルイズは傍に仕えていたシエスタを同席させて、彼女にも同じものを寄越すようウェイターへ頼む。

 

あれから買い出しの間、シエスタがいい仕事をしてくれた為に、ルイズからのお礼として席につくことを許されたのだ。

 

ここの方が安いとか、質がいいとか、いささか貴族の買い物としてはどうかと思う故に直接誉めることは出来なかったものの、金銭事情が切実になっていたルイズには、それがベストな買い物だった。

 

そんな優秀メイドへ綺麗な短剣も買えなかったことだし、何かモノで恩賞を与えようとルイズは思ったが、結局何も考えつかなかった。シエスタはルイズを良く知っているが、自分はまだこのメイドを気にかけ始めたばかりで、趣味も解らない。気まずくなる贈りものは避けたかった。

 

そんなわけで、ルイズは仕方なく当初の予備案、ある意味では予定通りに食べ物を与えただけのつもりだが、シエスタとしては、貴族から何かをもらうこと自体が初体験だ。更に食べたこともない上質な料理である。昼食に選ばれた料亭が貴族だけではなく、富豪の平民も利用している店とはいえ、従者が相席して食べるのは、非常に気まずかった。

 

「何よ、いらないの?」

 

「いただきます!」

 

しかし、目の前で見ていた主の昼食を食べたくないかと言えば、そんなことは無い。貰えるものは貰うし、主からの贈り物を拒むなどとんでもない。シエスタは席につくと空腹も相まり、運ばれてくるコース料理を次の皿が来る前に全て平らげていく。

 

「よく食べるわね……。」

 

「も、もうしわけありません。」

 

「いいわよ別に。それだけ働いてくれたって事でしょ。ねえ、こっちも食べる?」

 

「ええと、それじゃあ……いただきます。」

 

およそ半分ずつ残してしまった自分と比べ、そこまで太い体には見えないシエスタ。思い荷物と剣を持ったままに動いてくれた彼女とは、運動量の差はあるとはいえ、いったい彼女のどこにこれほど食べ物が入るのか。ルイズは疑問に思いシエスタをまさぐるように見つめていると、やがて視線は胸に向かっていた。入るかではなく、どこにつくのかを考えたのだ。ここまで食べればわたしも、あのくらいの胸を手に入れられるのかしら? 下げ渡しとなってしまったルイズの残飯すらも、シエスタは平然と平らげている。自分も、明日からはよりたくさん食べるべきかと考え、しかし自分の姉はシエスタより大きい胸を持つが、めっきり病弱少食ということをルイズは思い出す。

 

基準はわからない。こういう悩みにこそカンニングペーパーが出てくればいいのに……とシエスタが食事を終えるまでの間、ルイズはずっと左腕とシエスタを見て悩んでいた。

 

悔しいけれど、胸は女の武器って言うじゃない……短剣やぼろ剣みたいに、この子の乳を手で握ったらそういうのって、解らないものかしらと錯乱しつつ、少々シエスタの行儀に難があったので、そこはもしも雇用を続けるなら来月に教え込む。胸も関係が続いて信頼をもっと得られれば、揉むとしよう。そうルイズは決心した。

 

「そろそろ短剣のこと、話しておくわね。」

 

食後の紅茶も頼むと、シエスタに引き続き同席させたまま、ルイズは話し始めた。なお、ぼろ剣のほうは布で縛って鞘の中だ。いくら平民もいる料理店とはいえ、喧しさには限度がある。錆びた剣を取り出してテーブルでお話なんて真似、ルイズには出来ないしやりたくもない。

 

「シエスタ、わたしは別にあなたに嫌がらせをしたくて、あの短剣を買ったわけじゃないの。あの店主は勘違いしてたみたいだけど、これはなまくらなんてシロモノじゃないわ。むしろ逆に危ないくらいよ。」

 

「え、それってどういう……?」

 

「貸してみなさい。」

 

人目のつかない、衝立のあるテーブルを選んでいたルイズは、シエスタが何に使うかわからないままに買わされた金属製の棒を取り出す。それは固定化のかかった、薬剤をかき混ぜるための棒だ。ルイズは受け取った鞘からナイフを抜くと、おもむろにそれをすぱすぱと切ってしまった。シエスタにはまるで鉄の棒が、料理の野菜の皮むき、もしくはささがきくらいの気楽さで切り落としたかに見えて、驚きの声を上げてしまう。

 

「ええっ!?」

 

ウェイターが金属音を呼び鈴と勘違いし、慌てて口を押さえたシエスタに何事かと尋ねるよりも早く、ルイズはナイフと棒をひっこめると、何でもないとウェイターを返した。

 

「ね、すごいでしょ?」

 

興奮してルイズが話すのは、それが幻獣(グリフォン)の刃と同じ原理だからだろうか。魔法のない短剣が平民の武器なのも忘れて、ルイズはシエスタと試し切りの結果にきゃいきゃいと騒ぐ。

 

「ふふん、これを武器屋のあいつ、わたしにタダでくれたのよ。ぼろ剣の言うように、あいつはもっと目を鍛えるべきだったわね。」

 

「あはは、ほんとう。ミス・ヴァリエールの言う通りですね。」

 

ルイズは武器屋の主人のことを笑いながら、シエスタに簡単な仕組みの説明をした。

 

「なんかね、ここを光に当たらないように握ると煩くなって、代わりによく切れるみたい。指でつまんだり、そこを握らなければ、これはただのナイフってとこね。」

 

現代科学の結晶である合金ナイフであるそれは、ある程度の鉄板程度は超振動なしでも力があれば切り込める。そんな業物に思われる刃をもつ武器が、ただのナイフということは無いのだが……平民が持つナイフの切れ味の目安は、魔法を用いた刃すら使えないルイズには、解らないことだった。

 

「ふむふむ……。」

 

「この柄は普段は光にあてておきなさい。光を取り込んで、震える力に変えてるみたいだから。」

 

「それって、魔法なんですか?」

 

「それはわたしにも良く分からないわ。なんか"たいようでんち"ってもので動いてるみたいだけど、そんなマジックアイテムなんて聞いたことないもの。」

 

やはり、超振動ブレードに内蔵された太陽電池が何であるかまで、ルイズは理解できない。武器の仕組みまでしか、頭のカンニングペーパーは出て来てくれなかった。

 

「気をつけなさいよシエスタ? これで指を切ったら切り傷どころじゃ済まないわ……指が飛んじゃうんだから。料理とかあれこれと気軽に使わず、気を付けて身に着けておくのよ。」

 

「は、はい……。」

 

普段使いではなく、あくまで財布の為だけに使えと脅しつつ念押しすると、シエスタは図星だったのか、顔を真っ青にしてうなずいた。

 

「あ、そうですミス・ヴァリエール。これ、それならむしろ振らないほうが良いんじゃあないでしょうか?」

 

「どういうこと? 武器なのに振らないなんて、意味解んないんだけど。」

 

シエスタの出てきた発想が理解出来ず、紅茶を飲みながらルイズが視線で先を促す。そうすると少しおびえた様子で、その胸を腕で隠しながら話り始めた。

 

「私たち平民が襲われそうになったり、路上で痴漢にあいそうな時って、悲鳴を上げたりして助けを求めるんです。ですから、このナイフを使うのなら、その音で何かできないかなーっ……て、ダメですかね?」

 

「なるほどね……確かに悪くはなさそうだけど、それならあなたが悲鳴を上げれば良いだけじゃない。」

 

「あ、それもそうですね。し、失礼しました……。」

 

照れながら、考えていませんでしたと苦笑いするシエスタに、ルイズは笑みを浮かべながらもため息をはく。いくら煩いと言っても、このナイフの音では女性の本気の悲鳴には勝てない。シエスタは優秀なので、馬鹿の考え休むに似たりとまではルイズも言わないが、結局それは本末転倒であり、楽をしても誰も助けが来なければ意味がない。

 

「さて、話をしてるうちに食休みも済んだし、そろそろ帰るわよ。」

 

「あ、はい! すいません、お会計をお願いします。」

 

財布を持って、とてとてと支払いのカウンターへとシエスタが向かう。料金の前払い制ではない料亭へと入ることも、どうやらシエスタにとっては初めてのことであり、なんだか不思議な気分だったようだ。

 

 

 

夜、ルイズたちがトリスタニアから魔法学院へと戻り、シエスタが仕事を終えて使用人たちの寮へと帰り、起きている生徒たちも少なくなった頃。

 

「簡単に言えば生きた鉱物、あるいは金属だね。」

 

ルイズは寝る前にぼろ剣、デルフリンガーを幻獣(グリフォン)の腕へと変形させたまま握り、彼の診断結果を聞いていた。昼間はいきなり自身の腕の正体を看破したこの剣に、畏怖を覚えたルイズだったが、いざ蓋を……もとい鞘を開けて話を聞けば、似たようなことは既に知っていたりで大したことは無かった。

 

「娘っ子。この腕はお前さんの中にある玉みてーなのが本体で、必要なときにその腕を変形させるのさ。普段の腕が擬態で、むしろこっちの金属の腕の時が素ってわけよ。」

 

「ふうん。じゃあやっぱり、この腕は使い魔が化けてるのね。」

 

「まあ、そういうこったな。」

 

デルフリンガーの言う玉というのは、自身が召喚したあれの事だとルイズも見当がつく。何時の間に体の中に入ったのかは知らないが、使い魔はちゃんと召喚出来ていて、コルベールが言ったように左腕を補い、自分にしっかりと尽くしてくれていたようだ。その確信が得られればもう十分だった。

 

本当に人間か、などと言われたときには戸惑ったものだが、デルフリンガーの話を聞く限り、自分は間違いなく人間だし、腕に関しては生きた義手、インテリジェンス・ハンドとでも考えれば納得もいく……喋らないけれど。

 

"あーむず"がどんな生き物であるかを知れたこと以外は、特別、ルイズにとって衝撃の真実のは無かったのだ。それを良しとすべきか、それとも200エキュー損したと考えるべきか。腕を組んで悩んでいたところに、何やら奇妙なことをもうひとつ、このボロ剣が言っていた事を思い出す。

 

「そういえばあんた、わたしのことを"使い手"って言ったけれど、それって何のことよ。」

 

「知らね、忘れた。」

 

「あぁん?」

 

思わず握ったままのデルフリンガーへ、幻獣(グリフォン)の超振動をルイズが叩き込んだ。

 

「あばばばば! 何しやがんでい、くすぐってぇだろうが!!」

 

「あんたがふざけたこと言うからよ!」

 

買わせる文句として、あれほど意味深に発言してそれないだろう。ルイズがギロリとデルフリンガーを睨むが、顔がどこかは解らない。

 

「んなこと言われたって、6000年も生きてたら物忘れだって――ひべべべべべっ!」

 

もう一度、今度は自分の思い付く限りの全力の超振動をルイズが放ったが、デルフリンガーは壊れるどころか錆びも取れないし、鍔本の留め具のネジすら緩みそうにない。

 

「だからやめろって! あ~、でもなんだか肩が軽くなった気がするな。」

 

「はー、はーっ……あんた誰が作ったのよ。これでも壊れないなんて、信じらんない。」

 

あまりの出力に、むしろルイズの方が疲れていた。就寝前の眠気も相まって、あんたの肩は何処よなどと聞く気力も起きない。

 

この寮の壁へと直接叩き込めば、この部屋くらいは数秒で砂にする勢いだったのだが、デルフリンガーにはマッサージ程度の効果しかないらしい。信じられない頑強さに、ルイズは自分の使い魔と同じ種族か、似た何かで"ちょうしんどう"の免疫があるのではないかと思えた。

 

「ま、なんにせよこれからよろしくな。俺のことはデルフで良いぜ相棒。」

 

「はあ? 誰が相棒よ、誰が。」

 

「俺様の相棒はいつの時代も、使い手だって決まってんだよ。」

 

「何で使い手が何かも解んないのに、そんなこと言えるのよ。」

 

「そういうことだけは覚えてるんだなぁ、これが。」

 

都合の言い記憶喪失に、デルフリンガーを幻獣(グリフォン)の刃で叩き切りたい衝動にかられるルイズだが、恐らくそれは出来ない。なんだかやはり、損の側面が強すぎた買い物な気がしてきた彼女は、これってまた何かを得た代償なのかしらと、世界を呪いたくなってきた。酷くもどかしいままに仕方なく、ルイズは肉弾戦ではなく心理戦で対抗してみた。

 

「嫌よ、誰があんたみたいなぼろな剣、振るうものですか。貴族らしくないわ。」

 

明確な拒絶。よくよく考えればデルフリンガーは、ルイズの使い魔であるARMSと違って、手にもなれないし動けない。こちらが使ってやらなければ何もできないのだ。ここを弄ってやれば、少しは気が晴れるかもしれない。そうルイズは内心笑いながら、そっぽを向く。

 

「そんなこと言わねえでくれよ相棒。」

 

「嫌。」

 

「硬いぜ、俺。」

 

「嫌。鋭い剣がわたしにはもう有るもの、いらない。」

 

「盾としちゃ最適だろう?」

 

「嫌――って、あんた剣じゃない! 盾の扱いで良いの!?」

 

拒絶し続け心理ダメージを与えようとしていた途中だが、思わずルイズはつっこみを入れる。

 

「良いも何も、俺様はもとから相棒の盾として作られてんだよ。」

 

「……。」

 

心理戦も忘れてルイズは絶句した。設計者の意図が何ひとつわからない。喧しく、口が悪く、錆びてるのに壊れず、盾目的に作られた、重くて振り回しにくい、150サント(センチ)はある大剣。どんな用途で欲したら、こんなものを作るというのだろうか。寂しがり屋な旅人だって、もっと見た目や性格の良いものを作ると思うし、防ぐ目的なら、初めから盾として設計するはずだ。

 

ルイズはデルフリンガーと真面目に話しているのは、無駄な時間な気がしてきた。

 

「もう疲れた……寝るわ。」

 

「ちょ、待てよ相棒。話はまだとちゅ――」

 

何よりこのぼろ剣と話してると疲れるし、これ以上の話はこいつが思い出さないと聞けそうにない。

 

ルイズはデルフリンガーに思い出してもらうのは後回しにして、精神の安寧を優先することにした。

 

剣を鞘に納め、布で鍔本をぐるぐる巻きにしてもう喋らせないようにすると、もそもそとベッドへと向かう。

 

「あら?」

 

何だか負けたような悔しさをデルフリンガーに感じたルイズは、寝る前に月でも見て心を落ち着かせようと、空を見上げる。すると彼女は、何やらおかしなことに気づいた。

 

月がひとつしかない。そんなことは、青い月と赤い月の二つが浮かぶハルケギニアでは、月蝕や日蝕などで星が交差する時しかあり得ない。

 

「今日はそんな日じゃなかったわよね?」

 

良く見ると、月が無いのではない。見えないのだ。何かとてつもなく大きいものが、空に暗い影を作っている。それがルイズの部屋からの視界を邪魔をして、窓から夜空を半分覆い隠していた。

 

「何あれ……。」

 

その影は、中央塔に届きそうな高さがある。大きさにして約30メイル。

 

「ん、30メイル?」

 

どこかで聞いたような……と今日のそこそこ楽しかった休日を、ルイズが振り返った。

 

「……っ! そうよゴーレム!」

 

それを操る盗賊の話を、武器屋の店主としたのを思い出して、ルイズは窓を開けてより真剣に影を見た。その影はずんぐりとした人の形をしており、手と足が存在している。やはり誰かの操る、とびっきり巨大なゴーレムで間違いないらしい。

 

「まさか、あれが土くれのフーケ!?」

 

そうルイズが叫んだ直後、ゴーレムが塔を殴り始めた。物凄い衝撃の振動が大地を揺らし、聖堂の鐘のような優しさを持たない、鈍い音が鳴り響く。ルイズの体がびくりと竦むと、本能的に彼女は縮こまった。

 

「ひっ……。」

 

大地へ叩き潰されそうな、心臓へと響く音にルイズは目を閉じて震えたが、同時にフーケの話を聞いた時のシエスタが、彼女の瞼の裏に写る。

 

「そうよ、言ったじゃない。こういうのは貴族の仕事よ……。」

 

貴族に二言はないわ。自分の言葉は曲げてはいけないのよ。

 

震えながらも立ち上がったルイズは、寮を出てゴーレムのもとへと向かった。

 

「中央塔……狙いは宝物庫ね!」

 

国から預かった秘宝も中にはあるという。トリステイン貴族の名誉をこれ以上、身勝手な盗人に汚されない為にも、そこに入れるわけにはいかない。

 

ルイズは駆け寄りながらARMSを解き放ち、幻獣(グリフォン)の刃へ左腕を変える。

 

「てえぇいっ!」

 

勢いのままに刃を食い込ませ、ゴーレムの足を切ろうとしたものの、土のゴーレムはすぐにその傷を塞いでしまう。なにより輪切りにするには、幻獣(グリフォン)では刃の長さが足りなかった。

 

「それなら、こっちよ!」

 

これでは駄目だと解ると、ルイズは直ぐに別の戦法をとる。無駄に主張してくるカンニングペーパーのおかげで、こういう相手はどれが効果的なのかはっきり解るのだ。

 

デルフリンガーにした時のように、ルイズはゴーレムに手のひらを当てると、超振動を叩き込んだ。

 

「もとから砂だもの、直ぐに壊れて倒れるはずよ!」

 

海で作る砂の城だって、揺らせば崩れるのは道理だ。同じことを、幻獣(グリフォン)は建物や金属相手でも出来る。

 

だが逆に、そのカンニングペーパーから彼女が思い浮かべた光景は仇となった。それは、魔法のない時にどうなるかにすぎない。ルイズの理屈が通るのならば、30メイルのゴーレムは動くだてけで自壊しただろう。

 

固定化に似た魔法が、土を繋ぎ止めてゴーレムたらしめている。この計算をルイズは入れ忘れていた。

 

結果、ルイズは自身の部屋と同じほどの太さがあるその足を、ある程度は崩すものの壊しきれなかった。土だけならば、どうにかなったかもしれない。しかし壊した箇所はまたもとの形へと戻り、いたちごっこの状態を作り出してしまう。

 

「ちっ、なんだい鬱陶しいね!!」

 

そして、それは遥か高くにあるゴーレムの肩に立つ者の怒りを買った。半端に崩れたせいでバランスが悪くなり、ゴーレムの放つ拳打の威力が塔へはっきり伝わらなくなった為だ。壊しきれないものの、ルイズの行動は妨害になっていたらしい。

 

「邪魔すんじゃないよ!」

 

大木より太いゴーレムの腕が、金魚を掬うように振るわれる。超振動を間近で出していたルイズは聴覚が鈍っており、何かが振るわれる音に気づかなかった。

 

「えっ……。」

 

横から突然、土の壁が迫ってくるのを彼女が気づいたときにはもう遅い。

 

「がふっ……!」

 

「バラバラに砕けちまいな!」

 

激しい痛みと共に、ルイズは振り子のように動くゴーレムの腕によって、空高くへと放り出されていた。

 

見えなかった二つの月が目に映ると、一瞬の滞空をした後に重力で捕らわれて、ルイズの体が急速に落ちる。

 

死ぬ。

 

落下する背中から受ける空気の感触と寒さが、それをルイズの脊髄から脳へと伝える。

 

「きゃあああぁっ!!」

 

左腕が無事でも、ここから落ちればルイズが持たない。死にたくないと願ったルイズが、必死に視界の左側に映る学院の塔へ腕を伸ばす。だが、もはや幻獣(グリフォン)の刃すら届かない距離だった。

 

このまま落ちて、トマトのように潰れるの?

 

嫌よ、わたしはまだ使い魔を得ただけ。立派なメイジになってないじゃない!

 

コントラクト・サーヴァントの成功と同時に失った杖。一度は魔法が成功したのだから、その杖さえあれば今の自分は魔法を使えるかもしれない。

 

なのに、それすら見ることなく終われるわけないでしょう!!

 

未来を掴むために諦めないルイズへ、誰かが語りかけた。

 

力が欲しいか……?

 

ギーシュと決闘の最中に聞いた声の再来に、ルイズの心臓が跳ねた。力が欲しい……この窮地を脱する力をルイズは欲する。

 

力が欲しいのなら――

 

……ご主人様が生きるために、わたしに力を貸しなさい!

 

 

くれてやる!!

 

 

神の卵は、彼女へ新たな力を授けた。

 

「……突き刺さりなさい!」

 

ルイズは、左手が何かに触れたのを感じる。それは、すがろうとしていた魔法学院の塔に他ならない。文字通り、手を伸ばしたルイズが外壁を掴んでいた。

 

「縮んでえええぇっ!!」

 

新たに頭に浮かんだカンニングペーパーが、幻獣(グリフォン)とは異なる姿をとった左腕の使い方を、ルイズへと教えていた。新たな腕はルイズの言うように縮むと、塔の壁に彼女を張り付ける。

 

壁に食い込むその腕は、幻獣(グリフォン)が刃の付け根とする肘から手までの位置に装甲を纏っていた。丸みを帯びたそれの内側から直接生えたような、塔へと爪を突き立てた指も、人間らしさの残っていた幻獣(グリフォン)とは大分形を変えている。分厚く角張ってどこか猛獣や、魔獣を連想させる恐ろしさがあった。

 

そう、魔獣(ジャバウォック)。それが、今の左腕の名前だと理解したところで、冷静さを取り戻したルイズがはたとと気づいた。

 

「ここから……どうやって戦えって言うのよ~~~っ!」

 

ただ手が伸びる"力"だけではないことは、彼女も理解している。この手の"力"なら土のゴーレムもなんとかなるかもしれない。

 

だが、だがしかし。一度地面へと降りるか、塔の頂へと昇るかしなければ、ルイズは身動きがとれないのだ。

 

「ぼろ剣……持ってくるんだった。」

 

あれなら、右手でフーケめがけて投げつる程度はしてやれたかもと、ルイズは思った。

 

この発想がおかしく、武器屋でデルフリンガーを掴んだ時といい、武器を持つ時の力が少女のものではないことに、彼女はまだ気づいていない。使い魔は既に、左腕だけに留まっていなかった。




劇中語らない独自好き勝手裏設定・ARMSに必要な適応要素。ピンク髪になる可能性を那由多の彼方にでも持つ遺伝子。そら地球人じゃ存在しないに等しくなるって。

ジャバ男さんの腕登場。

魔獣(ジャバウォック)の腕
装甲と腕力に優れたARMSの主人公が持つ、劇中のチート武器のひとつ。怪我をしても即時、無限に再生するARMSがこれで傷をつけられると、その部位を再生できなくなるARMS殺しがその爪に内蔵されている
ARMS殺しは、作中に現れたキース・シルバーという中ボスのように、あまりに深く抉られると、人の治癒のように傷痕を脂肪ですら覆えなくなり、抉られたままなのでARMSからもとに戻せず、下手な怪我よりたちが悪い(これは爪でついた傷ではないけれど)

この爪の異様さは対ARMSの性能だけではなく、テレポートしかけてる人間を裂けば、テレポートが打ち消されたりと、概念や事象を切り裂いてしまう点にある。固定化を切り裂いてしまったのはそのせい

デルフリンガー>爪>宝物庫の固定化>幻獣>寮など貴族設備にかけられた固定化>超振動ブレード>平民設備にかけられた固定化>ワルキューレ……といった感じに考えています

また、腕が伸びる
学校の三階辺りまで伸びる
この機能は飛び道具も持つせいか、すっかり後半無くなったようにみえて、ブラック戦ではがっちり健在

他にも色々有るけど、とりあえず今発現したのはここまで。


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誤算

髭の王のやり直し、とかあったら面白そう(本文全く関係なし)


「くっ……。」

 

ルイズは爪を壁に突き刺したままに、フーケを睨み続けていた。

 

なんとか命は助かったものの、このままでは意味がない。次の一手を早く考えなければ、もう一度あの巨大なゴーレムの拳に潰されるだけだ。

 

塔と拳の板挟みにされれば、壁に赤い花をひとつ咲かせるという、地面に叩きつけられる時より自分が悲惨な光景になるのは間違いない。

 

「どうしよう……どうしよう。」

 

慌てて思考が纏まりきらないルイズは気づかなかったが、本来ならばもうとっくに追撃が来ている。相手側はなにも考える必要はなく、ただ取り逃した獲物である彼女へ、もう一度土の塊を叩きつければ良いだけなのだから。

 

そうならなかったのは、相手側にも何らかの問題が起きているということに他ならない。

 

事実、フーケは困惑していた。今目の前で起きている光景が異様なのだ。山崩れから起きる土石流の威力とまではいかないが、これだけ大きなゴーレムの質量による一撃は相当なものだ。城攻めにつかう大型の破城鎚に大きさ辺りの硬度と重さで劣る土の塊とはいえ、一辺5メイルは越える拳ならば似た威力、もしくは越える威力も出ているだろう。

 

「あれはいったい、どういう事だい?」

 

そんな拳でも傷ひとつ付けられず、耐え続けていた塔へと爪を突き立てる人間のような者が、今目の前にひとり。

 

どうやった? 何が起きている? 思わずフーケが分析に走ってしまうのは、固定化の魔法と関わりの深い土系統のメイジだからだろうか。だが、そのおかげでまだルイズは殴られずに済んでいた。

 

「っと……そんなこと、気にしてる場合じゃないね。」

 

しかし、それも長くは続かない。どうしてそうなったかよりも、今はこの状態を利用するべきだとフーケは頭を切り替えた。ルイズの使い魔といわれている左腕の爪が食い込んだ箇所の固定化は、もはや完全に掻き消されている。その位置こそ自分が狙う宝物庫のすぐ近くだ。

 

ならば何も迷うことはない。当初の予定通りに穴を明けてから、その奥にある宝を頂くまでだ。

 

「そんな所にへばり付いてなければ、感謝のひとつでもくれてやりたいとこだけど……。悪いね、生憎今くれてやれそうなのは拳しかないよ!」

 

ゴーレムが殴打の姿勢をとると、ルイズに再び死の予感がにじり寄る。だが、その感覚が先程の光景と共に自分がどうしたのかを思い出させた。

 

「そ、そうよ……こうすればいいじゃない!」

 

ルイズは爪を壁から離して宙へと跳んだ。

 

「なんでこうわたしって、こう直ぐに気づけないのかしら。」

 

何も恐れることなど無かった。自分は先程、空を舞う経験をしたばかりではないか。

 

「行きなさい、魔獣(ジャバウォック)!」

 

自由になった魔獣(ジャバウォック)の左腕を、ゴーレムの頭頂付近へ伸ばして突き刺し、縮ませ、自分を引っ張り上げる。

 

二度目の地面が足もとにない世界は、最初よりも怖くなかった。頼もしい自身の使い魔への信頼感が、より恐怖を忘れさせてくれる。伸びて! だの、縮んで! だの言うのはなんだか格好がつかなくて、咄嗟に別の言葉にしようなどと考える余裕があったほどだ。

 

「いくらトライアングルクラスに精神力のあるメイジでも、これだけ大きなゴーレムを出していたら、他に大したことは早々出来ないはずよ!」

 

土のトライアングルならば、ルイズの身近な存在にも使い手がいる。流石にこんな大きなゴーレムを出した所を見たことはないが、出来ることの限度はおおよそだが検討がつく。

 

「待っていなさいよ、取っ捕まえてやるんだから!」

 

ワイヤーアクション、もしくは救助隊が壁を蹴りながら地面や現場へと降りる姿の逆再生のように、ルイズが腕に引かれながらゴーレムという壁を蹴って登っていく。

 

「ふぇ?」

 

すると突然に、彼女の左腕の周りにあったはずの土の感触が消えた。

 

魔獣(ジャバウォック)の爪、この武器は精神シールドをはじめとして、人の思いの力で作られた超常現象を引き裂き、四散させる。精神力で作られているゴーレムとて、それは例外ではなかった。

 

強く食い込ませ過ぎたその爪は、思い切り握り混むように食い込ませている土の一部と、爪の周りにある魔法で固めて作ったゴーレム本体、それらを繋ぐ結びつきを脆くしてしていた。

 

結果、緩くなった部分からどんどんルイズの爪と引力に魔法の結合は引きちぎられ、限界を迎えたことでルイズの腕は一握りの土だけを持ちながら、スポンと抜けてしまったのである。

 

「え、何!? どうして!?」

 

この爪の力が何であるかをわかっていても、それをどう使えば、どのくらいの力加減なら千切れなかったかなど、ルイズにわかるわけもない。魔獣(ジャバウォック)の爪によってただの土に戻った塊と共に、ルイズはまた重力にとらわれてしまう。

 

「きゃ、きゃあああぁっ!!」

 

パニックになったルイズが、夜空に二度目の悲鳴をあげる。

 

だがルイズの耳に、助けとなった使い魔と思われる声がもう一度届くことはなかった。

 

「ったく、何やってんのよゼロのルイズ。」

 

風竜にまたがった憎いお隣さんの女であるキュルケと、名前をよく知らない青色の髪をした少女のふたりが、ルイズを浮遊(レビテーション)の魔法で落下から救ってくれたからである。

 

「……こっち。」

 

メガネをかけた青髪の少女の持つ杖はキュルケの物とは違い、大きく節くれ立っている。彼女の放つ浮遊(レビテーション)の魔法はそのお陰か、より頑強で頼もしくルイズには思えた。信頼感の感じられる杖からかけられた浮遊(レビテーション)により、自分が助かったということを自覚したルイズはほっと息を吐いた。

 

ふよふよと浮かされながら、杖を掲げる青髪の少女のもとへと引き寄せられると、ルイズも二人の乗る風流の後ろへと下ろされた。

 

「あんた、バカじゃないの。あんなのに立ち向かうなんて。」

 

「う、うるさいわね! 大きなお世話よツェルプーストー!」

 

「あら? 助けてあげたのに、トリステインの貴族はお礼のひとつも言えないのかしら?」

 

「ぐっ……。」

 

確かにキュルケがルイズは嫌いだ。彼女一人が自分を助けていたならば、余計なことをと言うことも出来ただろう。しかし、その感情に任せてもう一人の恩人までも無碍にするような無礼は、彼女には出来ない。

 

「悪かったわね。た、助けてくれて、あ、ああありがとう……ツェルプストーと、ええと……。」

 

礼を言い慣れていないせいか、ルイズはしどろもどろに言葉を紡ぎつつもう一人の名前を思い出そうとしていた。

 

だが風竜を喚んだという印象の部分が強すぎて、ろくに話をしたことのない自分より小さい少女の名前が、ルイズはどうしても出てこない。

 

「タバサ。」

 

「ありがとう、ミス・タバサ。」

 

「タバサでいい。」

 

気にしなくていいと、ふるふると首を軽くタバサが振ると、思わずルイズは短いながらも月光で可憐に輝くその青髪に見惚れる。

 

タバサなどという、人形に付けるはずの名前を持つような人間には思えないその髪質に、何か思い当たるような引っ掛かりを覚えたルイズだったが、その思考は轟音と共に掻き消された。

 

「何なの!?」

 

塔より上空を旋回する風竜からルイズが見下ろしてみれば、遂にフーケのゴーレムは中央塔の壁を砕いていた。

 

「宝物庫が!」

 

「あーあ、ルイズのせいでやられたゃった。」

 

慌ててもう一度、フーケのゴーレム目掛けて左腕を使い飛び込もうとしたルイズの体が、ぴきりと固まった。

 

「……え?」

 

同級生の土メイジが得意気に操る、青銅のゴーレムがひしゃげた時のような軋んだ動きで、ルイズがキュルケたちの方を見る。

 

「その爪。」

 

「気づいていないの? あんたが塔の固定化にトドメを刺したのよ。」

 

はっとしたルイズは思わず左腕に目をやれば、脳裏にはカンニングペーパー。

 

この爪は同族の再生を無効化し、てれぽーとという、空間に干渉するらしい力を打ち消し、精神シールドなる、恐らくは精神力から来るであろう物を切り裂くことができる。

 

ん、精神力からなるものを切り裂く……?

 

「え、ああああぁっ!?」

 

フーケ、タバサ、キュルケ、そしてルイズ。今この中で、生死の狭間にいたせいで余裕の無かった彼女だけが、自分のやらかしたことに気付いていなかった。

 

一度ヒビが入ったものは、前と比べて恐ろしく脆い。それは固定も変わらない。勇み足で駆けつけてたというのに賊に翻弄され、何とか生きのびるために壁へ突き立てた自分の爪が、 もしも楔のように固定化を割り裂いたとしたのなら。一番責を負うのはいったい誰になるのかなど、考えるまでもないことだ。自分の過失にルイズは膝から崩れ落ち、未来の光景を浮かべた瞬間に意識を手放した。

 

「ひぅ……。」

 

「ちょ、ルイズ! 助けたばかりなのにまた落ちないでよ!!」

 

ルイズが崩れ落ちて風竜から転がる寸前に、キュルケがその手を引き寄せる。

 

「はあ……全く何してんのかしら、この子。」

 

キュルケは、ルイズのゴーレムに殴られて出来たであろう傷を見ながら頭を撫でると、ルイズの怪我がずいぶんと軽傷なことに気づく。

 

「すり傷しかないのは、運が良かったのかしら。」

 

「不思議。」

 

今更な話になるが、この二人はフーケ襲撃の際、ルイズ同様にまだ眠りについておらず、何事かと窓を見た。あまりの大きいゴーレムを目にした二人のうち、片方は野次馬根性で、片方は自分達の住む寮塔も危険ではないかという危機意識から、外へ出たのだ。

 

「これはちょっと無理ね。」

 

「狙いは宝物庫……。」

 

「それなら、まあこっちには来ないかしら。」

 

玄関近くで偶然に合流したものの、ふたりはゴーレムを相手にするのは面倒とそれぞれの理由で判断。夜の闇の木々に紛れてその行く末を見守っていた。

 

そんな時、ひとりのメイジが遅れて寮塔から飛び出すと、使い魔と共にゴーレムへと向かっていったのだ。

 

それがルイズであり、彼女を見たキュルケは慌てて闇から飛び出した。

 

「あのバカ……何考えてんの!? あんたじゃ無理よ!!」

 

最初は、あまりに無謀な戦いをするものだとキュルケは思っていた。

 

しかし、ルイズの使い魔が放つ音と震動による攻撃は、キュルケの予想以上にゴーレム相手に奮戦し、食らいついていた。

 

「すごいじゃない、ルイズ……これならもしかしていけるかも。」

 

「難しい。」

 

キュルケが興奮してルイズを応援し始めた頃、同じように闇から出てきたタバサがその大きな杖で示し、キュルケの視界を夜空にあるゴーレムの上半身へ向けた瞬間、ルイズは振り子のような起動の拳に殴り飛ばされていた。

 

「ルイッ……!」

 

ゴーレムに近接戦を挑むという、はらはらするルイズの戦いばかりに注目していたせいで、彼女同様にキュルケも気づかなかったが、敵は木偶の坊ではない。この後に起こるであろう惨劇に、キュルケの喉が痙攣して声がかすれた。

 

ところが、 またもやルイズはキュルケを良い意味で裏切り、生き延びることに成功する。

 

何故か強い固定化のかかっているはずの中央塔へ、ルイズが使い魔の爪を立てて張り付いていた。その健在な彼女の姿を見て、キュルケは思わず胸を撫で下ろした。だがこれ以上はもう無理だと考えると、タバサの方を向いて叫ぶ。

 

「タバサお願い、あのままじゃルイズがやっぱり死んじゃうわ!」

 

「……。」

 

助けてとキュルケがいう必要もなく、親友である彼女の意思を汲み取ったタバサは、自身の使い魔である風竜のシルフィードを呼び寄せると、その背に乗って大空へと飛び立とうとする。

 

「待って、アタシも行くわ。」

 

「わかった。」

 

二人が竜と共に空を駆けてルイズを助けるまでのこと、いつもはキュルケに話しかけられるまでは殆ど喋らない、それほどに無口なタバサが自ら口を開いた。

 

「どうして?」

 

「何がよ?」

 

「ヴァリエール家は、あなたの家にとって宿敵のはず。」

 

キュルケにはどうしてか、敵を助ける理由をタバサが欲しているように見えた。

 

「我が家にとっては、ね。」

 

「我が家?」

 

「家同士はそれこそ殺しあいもあるけれど、だからってルイズが目の前で死んでも、別にアタシは嬉しくないもの。」

 

それはルイズが魔法もろくに使えず、色恋沙汰でも歯牙にもかけない、そんな敵に値しない存在だからなのかは、キュルケにも解らない。ただ、人が死ぬのを目の前で呆然と見ていても、いい気分に自分はなれないというのは間違いなかった。

 

「……そう。」

 

キュルケの答えは、タバサにとって満足のいくものかは解らなかった。しかしそれ以上彼女は何かいうこともなく、二人でルイズを助けて今に至っている。

 

「まあ折角助けてあげたのに、このせいで退学とかされても困るし、内緒にしてあげましょうか。」

 

「……。」

 

コクリとうなずくタバサと共に、二人で学院を見下ろすと、既に宝物庫から脱出したフーケは逃亡を始めていた。上空の有利をとったとはいえ、ルイズを落とさずに抱えたまま二人で戦い、逃亡を阻止するほどの猛攻を加えるのは厳しい。フーケのゴーレムが学院から離れていくのを見ていることしか出来ない二人だったが、もともと彼女たちはトリステイン国の人間ではない為か、然程気にすることも悔しさもないようだ。

 

「あーあ、逃げられちゃったか。」

 

「仕方ない。」

 

「そうね、問題はフーケよりもこっちだわ。」

 

抱えるのに疲れたのか、そう言いながら自分の膝の上にルイズの頭をのせて、キュルケはため息をひとつ吐いた。

 

「後は、この子が余計なことを言わなきゃ良いんだけれど。」

 

いくらふたりが内緒にしてあげたとしても、である。バカをつけたくなるほどに正直で真面目なルイズは、自分から宝物庫の罪を告白しそうだ。キュルケとしてはフーケに盗まれたものなどよりも、こっちの方が余程問題に思えた。




杖がなくてもルイズのせい。
ジャバ男さんは反物質だ何だよりも爪が何でも引き裂けることのがチートだと思う。


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決意

もっとぽこぽこ進められるようになりたい。

俺のGショック……とか、
コーヒー飲み逃げとか、
電車ジャックを止めるために助けを借りる相手の家の玄関ドアを、そこは平和な日本なのに急ぐからってだけで鍵ごと爆破するとか、
ああいうの大好きでどうにか入れられないかと四苦八苦。


「……ぶはっ! おう娘っ子、てめえよくもこんなぼろ布で俺様をぐるぐる巻きにしやがって!」

 

翌朝のこと、繰り返抜剣と納刀の上下運動をしながら一晩中布と格闘していたことで弛みを作り、ようやく布から喋れるほどの隙間を作ったデルフリンガーが、カチカチと金属を鳴らしつつ目覚まし代わりに叫んだことで、ルイズは目を覚ました。

 

「ふぇあ……んぅ、何? もうあさぁ?」

 

「もうあさぁ? じゃねぇよ! 昨日突然怯えたと思ったらてめえ一人でどっかに飛び出して行きやがって、厄介ごとなら俺も持っていきやがれってんだ!!」

 

その言葉でルイズはがばりとベッドから飛び起きる。起こした体を見てみれば、その恰好はやや土の匂いと汚れが残っている。

 

"あーあ、ルイズのせいで。"

 

「夢じゃ……ない。」

 

昨晩、自分がしでかしたことをその姿は雄弁に語っており、ルイズの中で罪悪感が膨れ上がっていく。

 

「せ、説明に行かなくちゃ……!」

 

自分のした責任は自分でとらなければならず、嘘や詭弁を用いて目を背けることは許されない。それがルイズの理想の貴族像であり厳しい家の教えだ。未だ彼女自身は些細な事では素直になれなかったり、魔法を失敗した時にその姿勢をとることはできないことが多々あるものの、このような大ごとを前にしてそんな風には居られない。

 

「おい、だから俺様を置いていくなってんだ!」

 

土気色の顔をしたままに、彼女は部屋を飛び出していく。はしたないと母に怒られそうな開けたままの部屋から聞こえてくる古い剣の叫びなど、彼女の耳には届いていなかった。

 

「はあっ……はあ、はあ、はあっ!!」

 

マントをばさばさと靡かせるほどの速さで必死に走りながら、ルイズは階段すら一段飛ばしで中央塔を駆け上がりきると、現場の壊れた宝物庫へ辿り着く。そこには人は誰もいなかったが、確かにフーケが盗みに入った証が残されていた。

 

秘蔵の破壊の杖、確かに領収いたしました。 --土くれのフーケ--

 

壁につちの魔法で書かれたと思われる、精神を逆撫でするふざけた文面を見てルイズは膝をついた。オールド・オスマンが信用され、国の大切な宝を任されていた学院の名誉を傷つけてしまったことに、悔しさから涙がこぼれる。

 

「わたしの、せいで……。」

 

今この場所に誰もいないことは、ルイズにとって幸いだったかもしれない。入学以来いくら魔法を失敗しても見せなかった涙と、懺悔の言葉を誰にも聞かれずに済んだのだから。

 

すんすんと鼻を鳴らし、俯いた彼女が涙を床に零していると、何やら廊下から物音が聞こえてくる。

 

「……?」

 

その人々の罵り合いと思えるような声は、上の階へと繋がる階段より漏れていた。この先にはもう、ここの代表であるオスマン学院長の部屋と、彼の資料室や寝室しかない。

 

「そうよ、報告にいかなくちゃ……。」

 

乱暴に袖で目元をぬぐいながら、ルイズは階段を上っていく。最上階の廊下へと出て、最奥にあるオスマン学院長の部屋へ近づくほどに、話し声はより鮮明に彼女の耳に届いた。

 

「フーケを倒し、名をあげようとするものは居らんのか!?」

 

その言葉を聞いたルイズの心臓が跳ねる。そうだ、汚名は雪げば良い。フーケを捉えて自分の失態を償い、名誉を取り戻す。もう一度足に力をいれて絨毯を踏み込み、勢いよくルイズは学院長室の扉を開いた。

 

「わたしがいきます!」

 

扉を開ければ、そこにいたのは教師たちと、ルイズに活を入れた声の主であるオールド・オスマンが揃っていた。

 

彼らはフーケの反抗を知ると、早朝から蜂の巣をつついたように騒ぎながら、事後処理の対応に追われていた。

 

その後、敏腕なオールド・オスマンの秘書であるロングビルの尽力により、なんとフーケの居場所を突き止めるまでに至ったものの、それまで責任の擦り付け合いをしていたような人間である彼ら教師は、誰も討伐へ向かおうとしない。そんな教師たちをみたオールド・オスマンは呆れ果て、しびれを切らした彼の叫びが廊下のルイズの耳へ届き、扉から勢いよく駆け込んだのだ。

 

突如現れた来訪者に、全員の視線がルイズへと向く。しかし多くの教師たちは彼女の無作法を叱責するよりも先に、驚きにのまれていた。いったい何を言い出すのかと。

 

「ミス・ヴァリエール!? 君は生徒じゃないか!」

 

「関係ありません! お願いします、オールド・オスマン……どうかわたしにフーケ捕縛の任をお与えください!」

 

「待ちたまえ! 今の君は杖すら持っていないじゃないか、危険すぎる!!」

 

教師である生徒を案じるように、コルベールがルイズを諌めようとする。だが今の彼女は自身の罪を贖うために必死だ。彼の言葉では、ルイズの決意を揺るがすことは出来ない。

 

「ミスタ・コルベール、確かに今のわたしには杖はありません。ですが……わたしにはこの使い魔がいます!」

 

杖の代わりと言わんばかりに左腕を魔獣(ジャバウォック)へと変形させ、それを頭上へとルイズは掲げた。彼女の在籍する学年ではない教師たちは、使い魔の話は学院の会議で耳にした程度であったため、その少女の腕から生えるには禍々しすぎる形に怯えから後ずさる。だが、腕の装甲に刻まれているルーンは光輝き、まるで任せろと使い魔自身も言っているかのようなその光景は、同時に頼もしさも感じさせていた。

 

「バカな! 君はその腕ひとつだけで、巨大なゴーレムに立ち向かうつもりなのか!?」

 

「大丈夫です、考えがあります。」

 

それに、策もある。

 

走り回ったことで酸素が身体中に満ちあふれ、やる気と彼女らしさを取り戻したお陰か。彼女の脳は活性し、フーケのゴーレムを倒すべく作戦をたてていた。

 

「この爪は、ゴーレムとして操っている土にかけられた精神力そのものを裂くことが出来ます。確かに体や腕は裂けませんが、足の繋ぎ目を何度も攻撃すれば動きを封じ、倒すことだって出来るはずです!」

 

壁の固定化をはっきり引き裂いたのも、掴んで引き裂いたらゴーレムの土がもとに戻らないのも、昨日のうちに体験済みだ。行動の軸となる足の付け根に爪を立てて砕き続ければ、その自重を支えきれずにやがては動けなくなるはずだ。確かに付け根だって決して細いとは言えない。だが、足そのものや腕、本体を砕いたり倒すよりも細く、ぐらつかせるのが目的ならば、最後まで砕ききらなくてすら良い。勝算はゼロではなかった。

 

「あれだけのゴーレムを、そう昨日今日と何度も作れるはずありません。片足だけでもろくに動けなくしてしまえば、きっと勝機はあります!」

 

すると、ルイズが気づかずにいた傍に居る二人の女性もまた、片方が杖を掲げると、残りの方も直ぐに掲げて参加を表明した。

 

「ミス・タバサにミス・ツェルプストー!? まさか、君たちまで行くつもりなのか!」

 

「ヴァリエールには負けられませんもの。」

 

ルイズが驚き左右を見れば、そこには昨晩に自分を助けてくれた頼もしい杖と、憎たらしいお隣の女の杖がある。ふたりは気絶したルイズに変わり、ここで聴取を受けていた。もちろん、一番まずいことはしっかりと秘密にしたままだ。

 

「タバサ、アナタは良いのよ? アタシがルイズに勝手に張り合っているだけなんだから。」

 

「ふたりが心配……。」

 

タバサはそのまま昨日のように首を振り、髪を揺らす。その瞳からは頑固に譲ろうとしない彼女の意思が感じ取られ、キュルケだけではなく二人が心配と言ってくれたことに、ルイズはなんだか嬉しくなった。

 

「そうか……ならば、この三人に頼むとしよう。」

 

そんなルイズやタバサの瞳から、オールド・オスマンも決意を感じ取ったのか。彼は深く一度目を閉じてから、フーケ捕縛の任務を学生であるはずの三人へと託した。

 

「正気ですか、オールド・オスマン! 彼女たちに何かあれば……!」

 

他国の留学生二人に、公爵の娘が一人。彼女たちに何かあれば国際問題や国の権威に関わり、破壊の杖の騒ぎどころではないと一人の教師が抗議の声をあげる。

 

「ならば君が行くかね?」

 

だが、そうオスマンが問いかければ教師は言葉を濁し、それ以上のことは何も言おうとはしなかった。

 

そんな腑抜けた大人たちよりも、オスマンには目の前の三人の女性の方が余程頼もしく見えている。

 

「それに、あながち実力でも間違っとるとは思っておらんよ儂は。ミス・タバサは若くして騎士(シュヴァリエ)の称号を持っておる。トライアングルメイジとしての実力だけではなく、その積み重ねられた経験から来る状況判断の能力は、ひょっとすれば儂ら教師のそれよりも上かもしれん。」

 

騎士(シュヴァリエ)!?」

 

その場にいたルイズ、キュルケのふたりは驚きの表情でタバサを見る。騎士(シュヴァリエ)とは、貴族の称号のなかでは最も位の低いものだ。だがその称号を得るためには戦功による積み重ねが必要であり、その爵位を持つものは、下手な上位の位をもつ貴族よりも戦闘においては力量、知識が優れている場合が多い。

 

そんな称号を自分達二人よりも幼く、体躯も小さい上に女性であるタバサが持っているのだから、驚かされるのも当然だ。

 

「また、ミス・ツェルプストーの家は代々軍事に長けた者を輩出しており、彼女自身の炎の魔法も、既に並みのトライアングルメイジよりも優れていると聞いておる。」

 

教師たちもがタバサに対して唖然とする中で、続けてオスマンはキュルケへと視線を向けて彼女の家系を誉める。

 

「あー……最後にミス・ヴァリエールじゃが、彼女は優秀な貴族の家の者で……いや、今は杖を持っておらぬのに魔法を語っても意味があるまい。」

 

「……っ!」

 

「じゃが……彼女の左腕となっているその使い魔は、ギーシュ・ド・グラモンの青銅のゴーレムをなます切りのように切り刻んだという。その爪の話もさることながら、昨日ゴーレムと相対しても生きておるほどじゃ。二人が魔法で戦う為にも、優れた前衛として欠かせぬ存在であろうて。」

 

最後にルイズを見たオールド・オスマンは、最初こそ言葉を濁したものの、使い魔のルーンを見るや熱をもった口調で語りだす。

 

なんだか幻獣(グリフォン)の刃と魔獣(ジャバウォック)の爪がごっちゃになっている気がしたルイズだが、オスマンに言われたことでふと我に返った。

 

「ぜ、前衛……。」

 

乙女なのに、公爵家の娘なのに、前衛。確かに今の自分はそんな戦いかたしか出来ないが、いざ誰かに口にして言われてみると、なんとも貴族の淑女らしくない気がした。

 

「当たり前でしょ、杖のないあんたが後ろに下がってどうすんのよ。」

 

「わ、わかってるわよ! あんたこそ、ちゃんとしなさいよね!!」

 

いつものルイズとキュルケによる喧嘩が始まりそうになったのを、タバサが止めるかのように彼女たち二人の間へ入ると、その大きな杖を掲げた。

 

「……杖にかけて、破壊の杖を取り戻します。」

 

「うむ、魔法学院は君たちの努力と献身に期待する!」

 

オスマンとタバサ、二人のやり取りにはっとしたキュルケとルイズがその左腕と杖を、タバサの杖に重ねるように慌てて掲げる。

 

「つ、杖にかけて!」

 

「杖……ほ、誇りにかけて!」

 

一人だけ杖ではないのがもどかしいルイズだったが、その目はやる気と勇気に溢れていた。

 

「うむ、ではミス・ロングビルよ。彼女たちの案内を。」

 

「承知しております、オールド・オスマン。」

 

「頼んだぞ。そして君たち三人は、彼女の手配する馬車で向かうのだ。現地にたどり着くまでの精神力と体力を温存したまえ。」

 

ロングビルとルイズ、タバサ、キュルケの四人は一度解散してそれぞれの部屋に戻り、準備を整えることになった。

 

「おう娘っ子、いや相棒……頼むから今度は俺もつれていってくれよ。」

 

部屋に戻るや否や、開口一番にボロい剣がルイズに向かって拗ねたような口調で語りかける。

 

「……頑丈ってあんた言ってたわね。」

 

出発の準備をしながらに、ルイズはデルフリンガーを睨む。手元に欲しいと思ったことも昨晩は確かにあった。平民の武器で戦うのは癪だが、破壊の杖はなんとしても取り戻さなければならないし、フーケだって捕まえたい。

 

だが、はたしてこの剣でゴーレムの一撃を防げるのだろうか。

 

「じゃあテストしてあげる。これに耐えられるのなら、盾にくらいは使ってあげるわ。」

 

「ムカつくがとりあえずは良いや、何でも来やがれってんだ!」

 

そうデルフリンガーが答えると、その刀身を右腕で抜いたルイズは自分の左腕を魔獣(ジャバウォック)へと変え、その爪で引き裂いた。

 

「……嘘!?」

 

「いっ……てええぇっ!! おいおいなんだ今のは!? 意識がぶっ飛ぶかと思ったじゃねーか!!」

 

精神力を裂くような爪を受けてもデルフリンガーは意識を残しており、相変わらず刀身も錆び一つ落とせなかった。むしろ傷ついたのはこちら側だ。

 

「折れ、ちゃった。わたしの爪……ってぇ! ああああぁっ!?」

 

折れた爪は回転するブーメランのような軌跡を描くと、ベッドのかけ布団を引き裂いていった。つい最近世界地図を作り、幻獣(グリフォン)の振動弾でベッド本体ごと粉々に敷布団を吹っ飛ばしたばかりだというのに、今度はかけ布団が鋭い爪によって引き裂かれ、中に詰まっていた柔らかい高級な羽毛が部屋に撒き散らされている。

 

「わ、わたしのベッド……これで全損じゃない。」

 

「へっ、このデルフリンガーさまにそんなもんで挑むからだ。娘っ子、約束通りつれていけよ!」

 

「ふんぬっ!」

 

腹立つ態度に戻ってしまったデルフリンガーを鞘に納め、布でまたぐるぐる巻きにしてから仕方なしにルイズはそれを背負い……きれなかったので腰にほぼ水平にして横につけ……たら今度はドアから出られそうにない。仕方なく出るときは引きずって持ち歩くことにするが、どうやら持っていくようである。

 

うるさい剣を黙らせて準備を進めながらルイズは思う。

 

確かに腹は立つが、この固さは本物だ。左腕で構えて攻撃を受け止めさえすれば、昨日のように撥ね飛ばされることにはなるだろうが、上からの攻撃以外なら防ぎきれるだろう。潰されたり骨折するような攻撃を主である生身はしないで済むし、後は吹き飛ぶ自分を二人の浮遊(レビテーション)で助けてもらえば、十二分に盾としてデルフリンガーは機能する。

 

青銅をぶん殴り、ぶん殴られる事に始まり、近接戦で戦うことにどんどん慣れていくルイズの思考回路は、着実に物騒なものへと変わり始めていた。

 

「左腕だし……直ぐ治るわよね?」

 

準備を終えると、彼女は自分の左腕を見つめた。親指を残して残りの指には爪が残っておらず、正直すごく痛い。ARMSの状態にすれば痛みは消えるものの、魔獣(ジャバウォック)の指は準備をするために使うには太くて使い勝手が悪く、先程までは人間の腕で居るしかなかった。人の指の形をしていても幻獣(グリフォン)は論外である。今度はタンスやらにまで刃が突き刺さって、更に家具が駄目になりかねない。

 

「……昨日のボロ剣のこともあるし、念のために持っていくべきかしら。」

 

もしも、フーケと合い見えたときも折れたままだったらと不安に刈られたルイズは、肩にかけられる程度の小さな鞄へ折れた爪を何本か投げ入れてから、部屋を出た。

 

今度はちゃんと行儀正しく、部屋の鍵も閉めて。




会議してる場所はアニメ版のように宝物庫じゃないどこか。
装備品、魔獣(ジャバウォック)の爪
ゲーム的選択肢の結果得られたもの。
そう考えるのなら分岐アイテム。
だけど、どこまで意味をもつか正直少しプロットが乱雑で解りません。一発だけで終わらないようにできればと思います。


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淑女

便利な幻獣(グリフォン)のアニオリ技
おかしい、もうフーケ編は終わってるはずなのにまだバトルが始まってすらいない……


ロングビルが御者をこなして、ルイズたち三人を乗せた馬車を走らせる。

 

その馬車は襲撃に備えて箱馬車ではなく、荷車に近いリヤカーのような形をしていた。

 

本来貴族が襲撃に備えるのであれば箱馬車の方が良いのだが、相手は高位の土メイジである。箱馬車を油や粘土に変えるような錬金を使うだけでなく、中身を箱ごと叩き潰せる巨大なゴーレムの使い手だ。そのため今回は敢えて安っぽい馬車に乗り込み、この先に在ると言われたフーケの隠れ家を目指し、一同は踏み鳴らされた林道を進んでいた。

 

「ねえ何それ。アナタ、何で腕そんなのにしてんの?」

 

「……こうでもしないと痛かったのよ。」

 

道中最初こそ気にしていなかったのだが、だんだんと訝しげな顔になっていったキュルケは我慢が出来なくなり、とうとうルイズに尋ねた。

 

ルイズは座ったままに抱えるデルフリンガーと、左腕を魔獣(ジャバウォック)のままにしていた自分の姿につっこみを入れた相手がキュルケなせいか、どこかつっけんどんな態度だ。

 

「はぁ、やっと治ったみたいね。」

 

そう言ってルイズ自身も忘れていた左腕を見ると、もう爪はしっかりと生え揃っていた。咄嗟に戦闘が始まるかもしれない以上はこのままでも問題ないのだが、いざ意識し出すと、使い魔に刻まれたルーンの光が彼女の目にちらつく。鬱陶しさに耐えかねたルイズは左腕を人の形に戻した。

 

「直ったって、何が?」

 

「爪よ、爪。」

 

そう言ってルイズは鞄から、欠けてしまった魔獣(ジャバウォック)の爪4本のうち一つをキュルケへと取り出して見せる。

 

「え、何したらこうなるのよこれ? だって……あれでしょ?」

 

ロングビルが一緒のためにキュルケは言葉にこそ出さなかったが、この爪は固定化を重ねた硬質な宝物庫の壁だろうと刺さる。そんなものが欠ける、もしくはもげる対象がキュルケには思い浮かばなかった。長々と何かに爪をはしらせるにしたって、先にルイズの指の方が折れそうなものだと彼女は考えてしまう。

 

「このボロ剣よ、ちょっとわけあってコイツを引っ掻いたら……折れたの。」

 

「どうしたらそんなの引っ掻くのよ……猫の爪とぎじゃあるまいし。」

 

改めて説明されてもキュルケには理解できなかった。今度は動機が謎になったのだ。

 

「っさい。何だって良いでしょ。」

 

「ミス・ヴァリエール、よろしければその爪をわたくしにも見せて頂けませんか?」

 

そんな二人の会話に、ロングビルが割って入る。その声はどこか貴重な虫を見つけた子供のように生き生きとしている。

 

「へ? 構いませんがどうして……?」

 

「フーケほどではありませんが、わたくしも土のラインメイジですもの。その鉄のような使い魔には前から少し興味がありましたの。」

 

彼女は馬の手綱を片手にまとめると、ひょいとルイズの持ってた爪を取り上げてしまった。いささか無礼に取れる態度だが、馬がまともに操作されていない驚きと恐怖の方がよほど大きく、責め立てることも忘れてルイズは叫んだ。

 

「ちょっ……ちょっとミス・ロングビル! 前、前を見て御者してください!!」

 

「大丈夫です。もうこの先はまっすぐな一本道しかありません。」

 

馬も無理して林の木々にはつっこみませんよと言いながら、物珍しいものを見たロングビルはその爪に軽く杖を振り、まじまじと見つめ続けている。ルイズは実家で過ごしていた頃に余所見運転する御者など見たことがなく、心臓に悪いのでやめてほしかった。多分、トリスタニアでも早々見ない。

 

「あの、あのあの! おひとつでしたら差し上げますから……後で、後で研究なり何なりしてください!! お願いします、前見てぇ!」

 

思わずルイズは馬車から御者台へ身を乗り出した。小さい体でそんな姿勢をしたせいか、制服のミニスカートが大変なアングルになっていたが、馬車にいるのは残りのどちらも女性であるために彼女の秘強を覗き見たりする者も別に居ない。

 

「アンタ、これからアタシたちはフーケと一戦やりあうかもしれないのに、そんなのでどうするの?」

 

「うるさいツェルプストー! フーケと戦う前にはらはらしてたら疲れちゃうでしょ!!」

 

「別に馬車がぐらぐらゆれたわけでもないのに、ちょっと神経質すぎよ。」

 

あわてふためくルイズに反してキュルケはマイペースだと言うべきか、それとも一歩間違えれば大事故に繋がる状況だというのに気楽すぎると言うべきなのか。だらけた姿勢で座りながらルイズを嗜めるものの、それでもルイズは意見を変えようとしない。

 

そんな二人のやりとりを見たロングビルはくすりと笑うと、御者に専念するようなフリをしつつも馬のいる前を見ずに、 魔獣(ジャバウォック)の爪を分析していた。

 

「……変わらない。」

 

そのままルイズはキュルケと口喧嘩を始めてしまい、隠れ家と言われる場所近くに着くまでロングビルが前を見ていないことに気づかなかった。多少揺れが強くなっても二人は馬車のことなど気にすることもなく、最初のルイズの慌てぶりはいったい何だったのかとタバサは思った。そんな彼女も馬車の中だというのに酔わずに本を読みふけっており、戦に臨む貴族の淑女たる姿勢の者は、誰一人としていなかった。

 

「わたくしの仕入れた情報によると、フーケはあそこの建物にいるようです。」

 

「何アレ・ただの廃屋じゃない……いえ、だからこそのカモフラージュかしら?」

 

ルイズたちはある程度近くに馬車を止めて先へ向かうと、その先に在ったのはただの廃屋にしか見えない小さな掘っ立て小屋だった。古びた木材にこびりつく苔、カビの度合いから見れば固定化が使われていないのは一目瞭然であり、とても土のメイジが拠点とする建物には見えないだろう。

 

「そこまで考えてやっているのならすごいけれど……。」

 

「罠かもしれないということですか。それならば、わたしは辺りを見回ってきます。」

 

「そんな、相手は土のトライアングルですよ!? ミス・ロングビルはラインなのに!」

 

「大丈夫です。むしろ同じ系統だからこそ多少の時間稼ぎもできます、お任せを。」

 

悲鳴が聞こえた時はよろしくお願いしますねと言うと、ロングビルは林の中へと消えて行ってしまった。

 

「あ……。」

 

「大丈夫よ、オールド・オスマンの秘書だもの。彼女を信じましょう。」

 

ロングビルを追いかけようとするルイズの肩を、キュルケが掴み向きと頭を切り替えさせると、続けてタバサがルイズへと釘を刺すかのように告げる。

 

「彼女はもともと、オールド・オスマンに私たちの護衛と案内を任されている。危険を引き受けるべきだとしたら、それは彼女。」

 

「それは……そうだけど。」

 

「それに大切なのは杖の奪還。彼女を思うのならば、フーケよりも杖を取り戻すことを先に考えるべき。」

 

任務をはき違えてはいけない。そう言われたルイズはいまだロングビルが消えた林に後ろ髪をひかれたものの、激しく首を振ると掘っ立て小屋をにらみつけた。

 

「わかったわよ。じゃあ早くしましよう。」

 

「アンタのせいで遅くなったのに仕切るな、ゼロのルイズ。」

 

「……一度あんたとは決着をつけなきゃならないみたいね。」

 

またひと悶着ありそうな予感がしたタバサが、二人が何かを言い始める前に杖でその頭をたたく。

 

「痛ったぁーい、何すんのよタバサ!」

 

「まじめに。」

 

冷気までもが漂ってきそうなトライアングルメイジの真剣な顔に、ルイズとキュルケのふたりは仕方なく押し黙った。

 

「で、どうするのよ?」

 

「罠があるのかを確認したい。」

 

あの建物自体が人を欺くために作った隠れ家ならば、室内も素直にはいかず何か罠があるかもしれない。まずはその警戒と解除からするべきだというのがタバサの案だ。

 

「と言ったって、罠だなんて……。」

 

邪魔になる罠をどうすればいいかルイズは考えるてみたが、こんな潜入や奇襲じみたことをするのも初めてであり、どうすれば良いかなど解らない。いっそ、ゴーレムが出てきてくれた方が何も気にせずに飛びかかれる分、まだ気楽に思えた。

 

「ん? ゴーレム……あ、そうだ。」

 

魔獣(ジャバウォック)の爪で戦闘態勢をとっていたルイズは何か思いついたのか、その左腕を幻獣(グリフォン)へと変形させる。

 

「アンタの腕、なんかいろいろ変わるのね。ちょっとぐにぐに動いて変わるの見てると気持ち悪いわ。」

 

「いちいち何か私にケチつけないと話せないのかしらこの阿婆擦れは。ねえタバサ、あなたは破壊の杖を見たことがあるかしら?」

 

キュルケを無視してタバサに問いかけるものの、それがつまらないのかキュルケが代わりにルイズの問いに答える。

 

「アタシもタバサもアナタと一緒に、入学した頃の校内見学で見てるわよ。綺麗な箱に入ってたから中身までは解んないけど、オールド・オスマンがすごく大切そうに語ってたのは覚えてるわ。」

 

キュルケの話にタバサもうなずく。どうやら二人も自分と同じく箱に入っていたことや、無駄に感情がこもった声で語るオールド・オスマンの話までは覚えているらしい。ルイズはよしと頷く。

 

「その箱って、固定化はかかってると思う?」

 

「箱自体はわからない。でも国から預かったものを納めておく宝物庫に、本人も大切そうにしていたものをただ何もせず入れておくのは……ありえない。」

 

「そうよね。ふふ、ふっふっふ……。」

 

そう返すタバサにルイズは満足げな笑みを浮かべると、その笑みはだんだんと獣のように険しいものへと変わっていった。

 

「ちょっと、ルイズ。アンタ何をする気なの?」

 

「二人とも下がってなさい、ようは罠があるかどうかじゃなくって――」

 

ルイズは幻獣(グリフォン)の左腕に意識を向けて力を籠めると、そのルーンが激しく輝くと共に目に見えない球を作り出した。今朝嫌な形で思い出した、ベッドをお陀仏にした振動弾である。

 

「面倒な罠が無くなっちゃえばいいのよ!」

 

アンダースローとサイドスローの中間のようなフォームでルイズがそれを放つと、弾は甲高い音と共に土煙をあげて地を走り、掘っ立て小屋の壁へとぶつかった。弾けることなく破壊力を保ち続けるソレに壁はやがて軋み始め、ついにはバラバラに崩れるとそこを起点に家全体が崩れて屋根が落ちた。

 

「この程度なら少なくとも破壊の杖は無事のはずだし、罠があったとしても、もう何も残っていないはずよ。」

 

「ルイズ、アナタ……。」

 

「ついでにフーケも潰れてくれてたらいいけれど……って、どうしたのよキュルケ。」

 

そうやって自身の成果に胸を張るルイズに対し、キュルケはどこか唖然としていた。ルイズの使い魔が放ったその威力に驚いたのもあるようだが、どちらかと言えば彼女は自身に対して驚いているようにルイズは見えた。

 

「昨日も思ったんだけど……なんだかどんどんその腕みたいに――そうね、獣って言えばいいのかしら? 野蛮になってない?」

 

「ぐふぅ!?」

 

ぐさりとルイズの胸に一本の矢が刺さる。

 

彼女が魔法から離れて一週間以上の時が経っている。この間ルイズは日々失敗を繰り返していた魔法の訓練の代わりに、使い魔をしっかりと従えるために様々な思考錯誤をしていた。それは他の生徒から馬鹿にされるのを避ける為であり、杖がないのを良いことに苛められないための防衛策だった。

 

その訓練の最中、ナイフや剣を持った近接線のような軌道しか出来ない幻獣(グリフォン)の左腕では、どうあっても爪を持つ虎のような野性的な動きになるのはルイズ自身もなんとなしに感じていた。また、直接叩き込む音と振動を用いた攻撃方法や、今みたいに手から放ったりする攻撃は対象をとることは出来るが、引き起こされる結果は大雑把な上加減は出来ず、手についている刃で切り裂く時とは違いスマートな壊れ方はしてくれない。こちらは本人としては魔法じみていてちょっぴり好きだったものの、キュルケに言われてよく考えてみれば、確かに人の目に映る姿としてはいささか暴力的に思えた。

 

「し、仕方ないじゃない! 今の私はこうしないと戦えないんだから!!」

 

だが、それは今のルイズに取れる最適解でもある。そう弁護する彼女に向ってキュルケは続けざまに二の矢を放った。

 

「でも、だからって普通壊す? 少なくともアタシは火をつけちゃえなんて、あの小屋を見ても思えなかったけど。」

 

「ぐはっ!?」

 

確かに、面倒だし壊しちゃえばいいじゃない……という発想が出てくるのは貴族の淑女らしくないだろう。ルイズはいくら魔法で失敗してばかりいたとはいえ、その爆発で物に八つ当たりしたことなど無かったことを思い出す。最近は周りで散々に物が壊れたりしていたせいで、きっと価値観が麻痺していたのだと心に言い聞かせつつ、そんな自分をルイズは恥じた。

 

「うう……確かにそうかも。やだ、気を付けないと。」

 

そうやって恥ずかしさから紅く染まった頬を両手で抑える姿は、間違いなくかわいい貴族の淑女だった……幻獣(グリフォン)の刃を出したままでなければ。

 

「でも、大活躍。」

 

ルイズをフォローするかのように、タバサは素早く動くと次は自分の番だと杖を振るった。彼女に唱えられたやや強めの風の呪文が、細かく砕けた木材の壁や瓦礫と化した屋根を払いのける。美しい姿勢ですらっと立ちながら魔法を放つその姿は、戦いの最中にどこか礼儀が織り交ぜられているようにルイズには見える。

 

「わぁ……すごい。」

 

「アナタも貴族だなんだというのなら、見習わなきゃねえ。」

 

「あんたは何もしてないじゃない。」

 

二人の漫才がタバサの背後でまた繰り返されはじめると、やがてひとつの美しい箱が出てきた。その周りには剥き出しの土しかもう残っておらず、罠が残っているようには思えない。

 

「……あった。」

 

タバサはその見覚えのにある箱自体に罠がないか確認つつ、それを慎重に開く。中には破壊の杖と思われる物が入っているのを確認すると、閉じた箱を抱えてルイズたちのもとへと向かう。

 

「……。」

 

「きゃああああああっ!」

 

「!!」

 

キュルケは本当に何もしていないことに少しだけ不満を覚え、確認と回収くらいはしてもらえば良かったかと思いながら彼女が戻るその途中、林の方から突然に悲鳴があがった。

 

その聞き覚えのある声の悲鳴に振り返ると、林の木々をなぎ倒しながら今再び、三人の前にゴーレムが立ち塞がる。

 

「お出ましね、覚悟しなさい……今度こそあんたなんかわたしの爪で引き裂いてあげるんだから。」

 

おい、淑女はどこへ行った? そうキュルケとタバサが言いたくなる思考にルイズが染まると、左腕を 魔獣(ジャバウォック)へと変化させて彼女は林に飛び込んだ。

 

「え……っ!?」

 

ゴーレムの手が当たりにくい足元まで潜り込んだ彼女は、どこか昨日と異なるゴーレムに違和感を抱き、それが何かを理解して戦慄する。

 

「なんで……?」

 

それは、昨日の闇夜の戦いでは暗さから見落としていたとか、決してそんなものでは無い。

 

「どうしてこんなものを、こいつは履いてんのよ!」

 

ゴーレムは体の一部、足の付け根辺りから胴にかけてや、拳といった部位が鉄へと変化していた。知っている人が見ればボクサーかと言いたくなるふざけた格好だが、ルイズにとっては冗談では済まない。

 

「これじゃあ…… 魔獣(ジャバウォック)の爪でも倒せない!」

 

例え鉄であろうと引き裂くことはできるだろう。だが、勢いに任せて周りの土こと抉り、千切り飛ばすような戦い方を鉄にはできない。

 

ルイズに悩む暇すら与えずに、かがむような姿勢をとったゴーレムが、槌のようにその手を真下へ振り下ろした。




パンツ、もしくはブルマを履いたゴーレムが現れた!

爪 -1
ジャバウォック本人がいるわけではないので、意思のないこれはそんなに長もちしなさそう


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火砲

やっとここまで!
デルフ……どこ?


「ルイズ、危ない!」

 

キュルケの声にはっとしたルイズは、咄嗟に後ろに下がることでどうにかその鉄拳をかわす。

 

「……! な、なによこのぉ!」

 

地面から伝わる振り下ろされた拳の衝撃に、ルイズは足が震えたものの、そんなものに負けるかと彼女は爪を鉄の拳に向かって振るった。

 

「くっ……。」

 

魔獣(ジャバウォック)の爪はたやすく鉄に突き刺さり、えぐるように傷痕を残すが、やはり土の時とは勝手が違った。物質としてより崩れにくい鉄でできたそれは、例えゴーレムの魔法そのものを引き裂こうとひしゃげることは無く、崩れ落ちることもない。

 

「ちょっと、何よこれ! 昨日はこんなんじゃなかったじゃない!!」

 

「縮んでる、でも前より手強い。」

 

駆けつけたキュルケとタバサも昨晩とは違うゴーレムに驚いていた。

 

タバサの言う通り、よく見るとゴーレムは昨日より小さかった。その大きさは、15から20メイル|(メートル)にまで小さくなっている。恐らく土だけではなく、より硬い鉄も体の一部にしているために、同じ量の精神力ではこれが限界なのだろう。

 

だがそもそも対人、しかも少人数相手ならばこれでも大きいくらいだ。小さなテナントビルが外付けの非常階段を腕にして、人間に襲いかかってくるようなものである。過剰戦力とも言えるその威圧感は凄まじく、決して気の抜ける相手ではなかった。

 

「どうするのよ!?」

 

「杖は回収した。撤退。」

 

二人のやり取りに、ルイズが思わず叫ぶ。

 

「敵に後ろを見せる気なの!?」

 

「杖の回収が一番。」

 

「でも……敵に背中を見せるなんて。」

 

自分の命よりも、誇りの方が大切ではないかとルイズは考えている。賊に後ろを見せることなど、あってはならないのではないかと。

 

「ここで全員が死ねば、貴女の家族にまで問題が飛んてしまう。」

 

「な……っ!? どういう意味よ!」

 

「きっと、学院の教師たちは責任をとらない。」

 

戦いの最中、なんとかゴーレムをかわしながらタバサの話を理解しようと、ルイズは思索する。頭に思い浮かべたのは、自分達が帰らぬ人となった時の学院の対応だった。

 

結局彼らは文句は言うくせに、オスマンがならばお前も行くかと尋ねても、最後まで誰もついてくると言わなかった。

 

そんな人間達は恐らく、女子供だけを行かせたと言う情けない事実にすら言い訳を並べ、保身に走るだろう。

 

「オスマン学院長はともかく、臆病なあの人たちはアタシらが勝手に勇み出た……とでも言うかもしれないワケね。」

 

「そして発端はあなたになる。」

 

火炎の魔法を放ちながら、先に理解したことを言葉にしたキュルケにうなずきつつ、魔法でゴーレムへタバサも反撃を試みる。だが、同じトライアングルでも力の差があるのか、それとも純粋に質量が大きすぎる為に、風と火では効果が薄いのか、ゴーレムはびくともしない。

 

二人にゴーレムの攻撃が向かっている間に、ルイズは更に考える。

 

ルイズの魔法がどうなるかを知っている教師たちからの印象は、オスマンがルイズを評しようとして言い淀んだように、決して良いものではない。

 

我々が止めたのに、録に魔法も使えない彼女が無茶なことをしたからだ……と口を揃えて湾曲した真実を唱えればあら不思議。その責は、二人を連れて向かったヴァリエール家の三女の我が儘へと早変わり。もしくは、三人とも勝手なことをしたとするかもしれない。

 

少なくとも、勇敢に彼女たちは戦った! などとは言わない……いや、言えないだろう。ならばトライアングルやスクウェアという、魔法のクラスの最上位にいながら、大人のお前たちは何をしていたのかと問われてしまう。

 

「……くっ!」

 

自分の死が、自分のせいだけではすまされない。

 

「わかったわ……戻りましょう。」

 

ルイズが悔しそうな顔で頷くと、タバサは自身の使い魔である風竜のシルフィードを呼んだ。

 

「うまく丸め込んだわね。」

 

なんとかゴーレムの隙を見出だし、降りてきたシルフィードへと走る最中、キュルケがタバサにささやく。

 

別に、タバサもそこまで学院の教師たちが非道な人間はだとは、流石に思っていなかった。

 

ルイズを良く思わない教師の視線や印象と、先程の情けなさからくるルイズの教師たちへの印象を利用して、少し思考を悪い方へ刺激してやっただけである。

 

「もともと彼女が死ねば、それで教師たちはおしまい。」

 

公爵家のヴァリエールの我が儘としても、そのような無茶を知っていたのにさせればそれ自体を罪だと言われるだろう。目先にある恐怖と責任から逃げようとしたせいで気づかなかったが、身分が低い上に大人な彼らは既に問題ある行動を起こしている。極端な話、王子が前に出ようとして、それについて行くどころか止められなかった、もしくは止めようともしなかったようなものだ。

 

だからと言って、タバサは教師たちを助けたわけではない。

 

「昨日も言ったけど、アタシもルイズに死なれたら嫌だから……助かったわ。」

 

「いい。無闇に人が死ぬのは、私も好まない。」

 

タバサは、ただ自分の言った"心配"という気持ちに従って親友と、その彼女が嫌みを言いながらも気にかけている少女が死んでしまうのを、嫌っていただけだ。

 

「そうね……ほらルイズ! 早く乗りなさい!!」

 

「あんたの竜じゃないのに、あんたが仕切るな!」

 

なお、あえて程々に嫌われるようなことをすることで、ルイズの意識を別の方へと向けさせているキュルケを参考にしたのは、タバサだけの秘密である。

 

三人が無事に乗りこみ、タバサのシルフィードが飛んだ。

 

「やった……!」

 

ゴーレムの手が届かない高さまで上がったことに、安堵の息が三人から漏れる。がむしゃらに腕を振り回すゴーレムだが、その重さからジャンプすらできない体では、空の相手へ攻撃は届かない。

 

「アハハ! 見て見て。ここまで来ればいくらアイツでも、何もできないみたい!」

 

キュルケが笑う。

 

竜自身もそのことにほっとしたのか、その場で羽ばたいたまま動かずに、魔法学院へと方角をゆっくり変えていた。

 

それは、大きな過ちだった。

 

「フフフ、甘いねぇ……温室育ちのお嬢ちゃんたちは。」

 

林からゴーレムを操っていた黒フード、フーケが杖を振る。

 

「このフーケ様が、いつまでも地団駄を踏んだままだと思うのかい!」

 

次の瞬間、振り回していたゴーレムの拳の先端が外れ、鎖の尾を引きながら弧を描きシルフィードへと迫る。

 

「なっ!?」

 

「きゅいい!」

 

3メイルはある鉄球が、シルフィードと三人にぶつかる。咄嗟に風の魔法で盾をタバサが全力で作らなければ、全員がその衝撃だけで死んでいたかもしれない。

 

それでも、とてつもない質量の一撃に変わりはない。飛んでいたシルフィードには耐えきれずにはね飛ばされ、そのせいで三人は空中へと弾かれ、散り散りに地上へと落とされた。

 

魔獣(ジャバウォック)!」

 

浮遊(レビテーション)!」

 

「……っ! れ、浮遊(レビテーション)!!」

 

三度めな宙ぶらりんな世界に慣れたルイズは、木に左腕を伸ばして掴まると、枝を何本も折りながら地面に不時着する。続いて場数を踏んでいるタバサが浮遊(レビテーション)を唱えてその体を浮かせ、ゴーレムから一番離された彼女はゆっくりと降りていった。最後に、ふたりの声に我に帰ったキュルケもまた、遅れて浮遊(レビテーション)を唱えた……だが、それでは遅すぎた。

 

「ぐは……っ!」

 

「キュルケ!?」

 

地面に直撃こそしなかったものの、風の魔法を得意とするタバサとは違い、火を得意とするキュルケは自身を完全に浮かしきる前に、地面にその背を打つ。家自体は軍人の家系でも、彼女自身がそうではないために戦闘経験がほぼ無く、判断が間に合わなかった。

 

即死こそしていないが、そのダメージと、生まれて初めて体験したであろう息もできなくなる苦痛に、キュルケは動くことが出来ない。

 

不幸なことに、彼女はゴーレムから一番近い位置へと落ちていた。キュルケに狙いを定めたゴーレムは、もう片方のもとのままな腕を振り下ろさんとゆっくりと彼女に向かって歩き始めた。

 

「キュルケ!」

 

着地するまではかなりの高さがまだあるにも関わらず、浮遊(レビテーション)を解きながらタバサが叫ぶ。普段の無口なか細い声とは異なる、悲鳴のような親友を呼ぶその声は、彼女に余裕が無くなっていたことを物語っている。

 

「エア・ストーム!」

 

着地と同時に風の魔法を唱え、必死にゴーレムを押し退けようとするタバサだが、やはりそういった力比べではゴーレムには勝てない。

 

タバサの魔法をまるでそよ風のようにしか感じていないのか、ゴーレムは止まらずキュルケに迫る。

 

「このままじゃ、キュルケが死んじゃうっ!」

 

ルイズもまた、そんな仲間の窮地に焦っていた。

 

ギーシュとの決闘で大怪我をした彼女は、血が滲む枝による多少の傷程度にはもう狼狽えないものの、キュルケを救う手段がない。魔獣(ジャバウォック)も、幻獣(グリフォン)も、タバサ同様にゴーレムを止めることは出来ない。

 

「どうしたら……どうしたら良いの?」

 

キュルケは嫌なやつよ、嫌いよと普段から口にするルイズだって、キュルケがルイズを思うように、本気で死んで欲しいとは思っていない。

 

それに、昨日は二人に命を助けてもらった。

 

「あ……。」

 

そんなルイズの視界に、ひとつの美しい箱が見えた。

 

「破壊の、杖……。」

 

確か、入学した頃に宝物庫で語るオスマンは、あれはマジックアイテムだと言っていなかっただろうか。ならば杖という名を冠しているものの、あれもまた、自分達が日用品などに用いている数々の魔法のアイテムのように使えるはず。

 

「これしか、無い!」

 

ルイズは左腕を伸ばして破壊の杖をつかむと、自身のもとへ引き寄せて大慌てでその箱を開けた。

 

「……え?」

 

小さな乙女が右手だけで持つには太すぎる破壊の杖を、魔獣(ジャバウォック)を解除して左手でもつかんだその瞬間、それが何かを理解した使い魔がルイズの頭へと情報を伝える。

 

「これ……杖じゃ無い。」

 

脳裏に浮かぶのは、いつものカンニングペーパー。両手で振るように持っていたルイズは慌ててその持ち方を変え、"安全ピン"とやらを引き抜いて、"リアカバー"なるものを引き出す。それがどうする為のものなのかは解らずとも、破壊の杖を使用可能にするために"インナーチューブ"をスライドさせ、"照尺"を立てた。

 

「ここを覗いて、狙うのね……。」

 

肩に担いで覗きこむ"フロントサイト"の先に、ゴーレムの背中が見える。見える、というよりはその枠内だけなら土の塊しかない。

 

失敗は絶対に許されない。カンニングペーパーを読んだ時はそう気構えたルイズだが、そのフロントサイトの光景にため息が漏れた。

 

「いくらわたしが初めての下手っぴでも、こんなの外すわけ無いじゃない。」

 

"安全装置"を解いて、最後に"トリガー"に手をかける。

 

「それにしても、何て面倒なのかしら。まるで……スクウェアスペルでも唱えてるみたいよ。」

 

破壊の杖を使えるようになるまでの行程の多さに、ルイズは文句を良いながらトリガーを押した。

 

しゅぽんと、とても頼もしい武器とは思えないかわいさがある音を聞きながら、放たれたヘンテコなそれをルイズは見つめていると、ゴーレムへとめり込んだ直後に爆音が起きた。

 

「きゃあぁっ!?」

 

自分が普段起こす、魔法の失敗による爆発すら凌駕するその音と吹き荒れる煙に、咄嗟に身を屈めてルイズは目をつむる。

 

「……やったの?」

 

しばらくして静寂を取り戻した世界に、恐る恐るルイズは目を開けたものの、辺りはまだ煙で見えない。

 

「あ、あ……!」

 

ようやく視界が晴れて見えてきたその光景に、ルイズは歓喜の声をあげようとする。だがその喉は震え、うまく声をあげることはできなかった。

 

目の前には、上半身を破壊の杖で吹き飛ばされたゴーレムの姿がある。それからしばらくしてピキリと音をたてると、その下半身もバラバラに崩れ、ただの土の塊と砕けた鉄に成り果てた。

 

「やったあ~っ!」

 

思わず、その場でルイズが跳ねた。トライアングルの二人の仲間でも歯が立たない、そんな相手を打破するという偉業を成し遂げたという事が、彼女にはたまらなく嬉しかった。

 

「……そうだわ、キュルケは!?」

 

喜んだのもつかの間、キュルケを思い出したルイズは破壊の杖を放り出し、ゴーレムだったものへと走り出す。彼女のもとには既にタバサが着いており、その体を寝かせたまま浮遊(レビテーション)で支えていた。

 

「命に別状はない。」

 

「そう、良かったわ。」

 

ほっとしたルイズに、まだ苦しそうな顔をしながらもキュルケが笑う。

 

「アタシが死なないで言うことは、良かった……なのね、ルイズ?」

 

かすれた声でもなおからかうキュルケに指摘されて、ルイズは顔を赤くするとそっぽを向いた。

 

「ふ、ふん!! 昨日命を助けてもらった相手に、借りを作ったまま死なれるわけにはいかなかっただけよ!」

 

そうやって、自分が走ってきた方へ視線を向けると、ルイズの放っておいた破壊の杖を持って、彼女たちの前に歩いてくる女がひとり。

 

「ミス・ロングビル! 生きていらしたのですか!?」

 

「ええ、それはもう……。」

 

「……ミス・ロングビル?」

 

生存を喜ぶルイズに対し、どこか冷ややかな声を向けたロングビルは、ルイズたちの少し手前でその歩みを止めた。

 

「破壊の杖……言うだけのことはあるわね。わたしの自慢のゴーレムが粉々じゃない。」

 

「なっ!?」

 

「ご苦労様。」

 

破壊の杖を構えながらロングビルがメガネを外すと、冷ややかながらもまだ穏やかさを残していた目つきから一変。彼女の目が獰猛な猛禽類のような、恐ろしいものへと変わった。

 

「あなたが……フーケだったの!?」

 

「その通り。盗んだは良いけれど、この杖……魔法をかけても何をしても、うんともすんとも言わなくてね。使い方がわからなかったのよ。」

 

その話を聞くや否や、距離を詰めようとしたタバサにフーケは更に一歩下がる。

 

「おっと、動くんじゃないよ! 破壊の杖はあんたたちに狙いを定めてんだ。死にたくなければ杖をこっちに投げな。」

 

仕方なくタバサは自身の杖を投げる。キュルケは落ちたときに杖は放り出してしまっているし、ルイズに至ってはもとより杖がない。

 

「……使い方?」

 

「そうさ、だから魔法学院の人間にまずは使わせてみることにしたのさ。まさか教師どもが全員とんだ腰抜けなのは予想外だったけれど、まあヴァリエールの嬢ちゃんなら多分解ると思ってたし、責任を感じて必ず来ると思ってたよ……。あんたのその左腕、武器のついたそれを見たおかげでこういうゴーレムも思い浮かんだし、宝物庫の壁にヒビを入れてくれたりと、公爵家の令嬢さまさまだよねぇ、全くさぁ!」

 

「あんた……このぉっ!」

 

ゴーレムの腕が鎖鉄球になる発想も、破壊の杖の使い方も、やはり盗めるきっかけも、どうやらルイズのお陰らしい。そのひとつひとつに、ルイズは怒りが沸き上がった。魔獣(ジャバウォック)の腕を発動させて拳を握り、フーケへと向かって走り出していく。

 

「おやおや、怒ったのかい? でも、もうあんたに用はないんだ……だから――」

 

フーケは迎撃にと破壊の杖を構え直してルイズへ向ける。

 

「さよなら、ぶっ飛んじまいな。」

 

躊躇わずにトリガーが押された。これから起きるであろう死に、タバサとキュルケが目をつむった。ルイズは止まらなかった。

 

次の瞬間、ルイズもろとも三人は破壊の杖で爆発四散……などということにはならなかった。

 

先程の爆発を起こす玉のようなものは放たれず、使い方が解らないと言っていた前の時同様に、破壊の杖はうんともすんとも言わない。

 

「ど、どういうことだい!?」

 

「さあ? どういうことかしらね!」

 

ルイズはもう、破壊の杖を持ったまま立ちつくしていたフーケの目の前まで迫っていた。

 

「しまっ……錬金!」

 

慌てて杖を抜いたフーケが鉄の盾、もとい板に近いものを自分の前に錬金する。

 

「縛り首になるまでの間、牢屋で考えてなさい!」

 

だが、そんなものにもはや意味はないと言わんばかりに、ルイズは魔獣(ジャバウォック)の拳をそのまま叩き込む。

 

「やああぁっ!!」

 

鉄板をへし曲げながら、フーケごとまとめてルイズは拳を振り抜き、殴り飛ばした。

 

「ぐはあっ!?」

 

キュルケの落下など比ではない衝撃に、白目を剥いたままフーケが林へと飛んでいく。

 

ボキバキと枝を折る音をたてて地面に落ちた彼女に、もはや意識はなく戦う力は残っていなかった。生きていたのが不思議なくらいである。

 

「ふんっ! このわたしを利用なんかするからよ!!」

 

破壊の杖を左腕で拾い上げて、ルイズが勝ち誇る。

 

「……野蛮。」

 

「というか、もうオーガか何かね。」

 

そんなルイズの背中に、二人の乙女は称賛ではなく、破壊の杖のような威力のある言葉を投げつけた。

 

「はうっ! ……あ、あんたたちねぇ、たまには誉めてくれたって良いんじゃないの!?」

 

ぎゃいぎゃいと、ルイズの叫びがこだまする。

 

何にせよ……彼女たちはフーケを捕まえ、破壊の杖は取り戻されたのだった。




ゴーレムハンマー!
発想のきっかけはルイズのARMSという"武器へと変わる"左腕。あからさまにしていては警戒されるので、変な格好と共に仕込みにしたのは盗賊ゆえ。

次はようやく原作一巻までのストーリーが終わりそうです。
好き放題が加速しそう……!


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変異

終わらなかった
短め
インターミッション、もしくは幕間の百合パート


「一回しか使えないぃ!?」

 

「そう、この破壊の杖は本当は杖じゃなくて、例えるのなら大砲だったのよ。どこをどうすれば良いのかは解るけれど、聞いたことのない部品ばっかり。」

 

「知らない単語ね……東の大陸特有の名前とか、どこかの部品なのかしら? 正直こんなの、ゲルマニアの平民貴族の家でも見たことないわ。」

 

シルフィードで学院へと戻る途中のこと、ルイズは破壊の杖……正確にはM72ロケットランチャーをフーケが使えなかった理由を、タバサとキュルケへ話していた。

 

なお、捕まえたフーケは杖を奪い、紐でぐるぐる巻きにしてシルフィードの尻尾に吊り下げている為、下手に逃げたり騒ごうものなら落ちて死ぬ。馬は御者をできる者が誰もいないので置いてきた。後で先生たちに取りに"行かせる"つもりである。それくらいは働いてかれたっていいだろうというのが、死闘を経験した三人の意見だ。

 

「それにしても……どうしてそんなことが解るのよ、アナタ。」

 

「わたしじゃないわ。使い魔が教えてくれたのよ。」

 

「使い魔って、その左腕が? 喋ってるところなんて見たこと無いけれど。」

 

「この子は喋れないわ。ただ、この手を変形させたり左手で武器を持つと、なぜだかそれの使い方が解るの。」

 

そう言って、ルイズはうねうねと左腕を幻獣(グリフォン)魔獣(ジャバウォック)へと変形させ、最後に普段の左腕に戻すと、破壊の杖を手に取った。

 

「ルーンが光ってる?」

 

普通のルイズの左腕に戻り、金属光沢のない白い素肌になったときは、くっきりとルーンが光っていることが見れたタバサがルイズの手の甲を指差した。昼間の太陽に近い空であったため、変形時の腕は見間違いかと思ったが、そうではなかったらしい。

 

「あら、ホントね。じゃあルイズが破壊の杖とかの使い方が解るのって、それのお陰なのかしら。」

 

「使い魔がルーンを刻まれると、稀に人の言葉を喋ったりするけれど……もしかして似たようなものなのかしら?」

 

「そうなんじゃない? だって、使い方を教えてくれるんでしょ。話せないのにそれでも教えようと一生懸命なんて、健気で良い子じゃない。」

 

その言葉に驚いたような顔でキュルケを見るルイズ。

 

「どうしたのよ?」

 

「いや、なんか意外だったから。あんた、いっつもいっつもわたしのことバカにするし。この子の事だってこの前は……だから、そんなこと言うなんて思わなかったのよ。」

 

その言葉に、ちょっとだけキュルケは己の発言を省みた。たしかにここ数日は、ルイズを少しバカにしすぎていたかもしれない。今はルイズが杖を持っていないがために、からかうタイミングが無かった。その反動か、キュルケはつい、普段の会話で発散するように、必要以上に小馬鹿にしてしまっていた。

 

「そうだったかしら? まあ最初のただの左腕だった頃は何それって思ったけど、今は素直にすごいと思うわよ。」

 

だからと言って、謝るようなことはしない。お互い家を継ぐ可能性がある身のため、ライバルとなるべき相手に敬意は持っても、頭は下げない姿勢をキュルケは貫くことにする。省みることがあるとすれば、ルイズへやる気を出させるための挑発が、己の日課や発散になってしまっていたことだけだ。

 

「な、何よ。嫌に素直じゃないの……ツェルプストーの癖に。でも、称賛は受け取ってあげるわ。」

 

「うわ。」

 

「ちょっと、何よ"うわ"って!!」

 

「いや、アタシに怒らないルイズって見たことなかったから、なんか、こう……ねえ?」

 

「今さっきのあんたも、わたしから見れば似たようなものだったんだけど!? っていうか! "うわ"は無いでしょ"うわ"は!!」

 

ぎゃいぎゃいと、また空でいつもの怒鳴り合いの漫才が始まる。

 

「……素直になっても喧嘩になる。」

 

「きゅいきゅい!」

 

付き合いきれないと前を向き、器用にも無表情のままに小さな口でため息をタバサがつけば、魔法学院はもうすぐだった。

 

魔法学院へと戻ると、巻かれたフーケに驚いた教師たちから三人は事情を問われた。ロングビルこそがフーケであったことを説明して教師に突きだしつつ、馬の事も忘れずに頼んでいると、コルベールにより学院長室へ来るように言われた。

 

「よくぞフーケを捕らえてくれた! わしは君たちを誇りに思うぞい。」

 

学院長室でルイズは騎士(シュヴァリエ)の称号を貰えるようオスマンが王宮に申請してくれた事と、フーケにかけられた報償金の3割を受け取れたことで、近いうちに杖が買そうなことに舞い上がった。破壊の杖を使ってしまったことと、一度しか使えないことを話したものの、それも許されたことからくる安堵が、ルイズの心をよりハイテンションにしている。

 

そのせいか、彼女は忘れていた。キュルケとの空中喧嘩の前に抱いていた疑問……どうしてフーケが自分ならば破壊の杖を使えるという、カンニングペーパーの仕組みを知っていたのかということを。そして、破壊の杖が聞いたこともない名前の何かによって作られていたことも。フーケと破壊の杖、その両方に最も学院で接しているであろうオスマンへ聞き損ねていた。

 

「さて、今宵はフリッグの舞踏会じゃ。まだ昼過ぎといったところじゃが、女である君たちは色々と準備もあろう。主役である君たちが遅れることにならんよう、年よりの話はこの辺りにしておくとしようかの。」

 

そう言ったオスマンが三人を誉めるのを止めて退室を促すと、更なる嬉しいイベントに心を踊らせたルイズは、喜びを隠せないような跳ねるような足取りで、彼女の自室へと戻っていく。

 

「あ、そうよ。ルーンのことをフーケが……まぁ、いっか。」

 

ドアノブへと手を伸ばしたとき、ルイズはようやく破壊の杖とルーンの事を思い出した。だが、もはやどうでもよくなっている。

 

誰か、もしくは何処が杖を作ったかなど、彼女はそこまで気にする必要は無いと思っているし、フーケがルーンとカンニングペーパーのことに気づいていたとしても、今頃はもう牢屋の中である。これ以上悪さもできないだろうと考え、彼女の中では破壊の杖と自分のルーンは、然したる問題ではない、思いでのひとつへシフトしてしまった。

 

「はあ……むしろ今の私に問題なのは、こっちよね。」

 

この先の部屋の中には、悲惨なことになった羽毛布団が待っているのだ。今日どうやって寝るか、部屋の掃除をどうするか。悩むとしたらまずはこちらからだった。

 

ドアを開け、活躍の出番の無かったデルフリンガーを引きずりながら部屋に入ろうとして、ルイズはふと気づいた。

 

「あれ? 今日は閉めていったはずよね……。」

 

部屋が空いている。何故だろうと恐る恐るルイズが中にはいると、その中には見知った黒髪のメイドが、丁度四散した羽毛の掃除を終えたところだった。

 

「シエスタ?」

 

「あ、ミス・ヴァリエール! お帰りなさいませ……ご無事で何よりです!!」

 

「……ただいま。」

 

そこに居た専属メイドのシエスタは、フーケの討伐に向かったことを知っているのか。自分の無事な姿を見ると、感極まった絵顔を向けてくれた。それはすごく嬉しい、嬉しいのだがまずは聞きたいことがある。

 

「わたし、鍵をかけて行ったはずよ……なんであんたは部屋の中にいるのよ?」

 

「鍵なんてかかってませんでしたよ……?」

 

ふたりしてドアを見る。するとそこには、鍵のデッドボルト(鍵をかけるとドアの側面に飛び出る突起)のないドアがあった。

 

「……は?」

 

「あら?」

 

ふたりして首をかしげた。おかしい、たしかにドアは寮塔の壁と違い、大した固定かもかかっていないし、メイジなら誰でも使える簡単な魔法のコモンマジックのひとつ、解錠でもドットメイジすら杖を一振りすれば、一発で開くような、簡素な造りだ。何より手動でも合鍵さえあれば開く。はっきり言えばちょっとお粗末な造形で泥棒だって無理ではない。

 

だからと言って、こんな風に壊れたりはしない。曲がりなりにも貴族の部屋を守る鍵なのだ。品質において、開けやすいかどうかと、壊れやすいかどうかは一致しない。

 

「変ね。」

 

「変ですねぇ。」

 

近くに落ちていたデッドボルトの破片をつまみあげて、ルイズは思わずシエスタを見た。

 

まさか、無理矢理このメイドが壊して入ったわけでもあるまい。そんなことができるのならば、モット伯なんぞ恐くなかっただろう。夜伽を命じられたところで、その真っ最中にひしゃげてしまえるはずだ、色々と。

 

「……まあいいわ。何かもう今日は朝から色々ありすぎて、考えるのも面倒くさいの。」

 

そう言った途端、ルイズは疲れが一気に出てきた。喜びのテンションすら凌駕して、まだ昼だというのに眠気に襲われる。

 

「ふわぁ……んむ。」

 

なんとか欠伸を噛み殺してみたものの、一度上ってきた急速な眠気は衰えそうにない。

 

考えてみれば、死闘を演じてきたのだ。睡魔に襲われるのも無理のないことだと、ルイズはふらつく頭で考えてベッドへ向かう。

 

「あ……。」

 

鍵はフーケのお金で再発注しようとだけ決めて、仮眠をしようとスカートを脱いで寝そべったものの、安らぎを求めたそこには掛け布団が無かった。

 

「……布団、無いんだったわ。」

 

「すみません、ミス・ヴァリエール。お布団を直ぐに元通りにするのは難しそうで……。」

 

シルクの下着を綺麗に洗える指使いのシエスタでも、何ヵ所も裂けた布団は、直ぐには縫い直せるものではなかったらしい。買い直しまでの帰還をどうしたものかとルイズは悩む。特に今すぐ布団、というか温もりがほしい。

 

「……これじゃ寝れないじゃない。」

 

舞踏会前に湯浴みはしたいが、汚れたからだよりもまずは、先に眠りたくて仕方がない。

 

ルイズはもやのかかり始めた頭で、何か無いかと辺りを見回した。

 

……少しはしたないけれど、これでいいわ。

 

「ちょっとシエスタ、エプロンと靴を脱いでこっちに来て。」

 

「へ? は、はい。」

 

そう言って、恐る恐るベッドへとやってきたシエスタを、ルイズはぎゅっと抱き締めた。

 

「み、みみみミス・ヴァリエール!?」

 

突如抱き枕にされたシエスタが慌てたが、ルイズはその手を離そうとしない。

 

抱き寄せたままに、その顔を彼女の胸によせる。ルイズの予想通り、自分が朝からフーケの討伐へと向かったことで、専属となったシエスタの仕事は留守中ほぼ無かったようだ。ルイズが朝食すら取らなかったため、彼女は今日まだ服の汚れる仕事をしていないらしく、変な臭いも体についていなかった。臭くも汚くもないシエスタの体から伝わる熱で、ルイズは暖を取りながら目を閉じていく。

 

「良い香りがするわ……。」

 

「あああ、ありがとうございます! その、最近少しだけ……。」

 

むしろ、シエスタからは主を立てる程度の、控えめにつけた気品のある香水の匂いがする。ルイズの鼻孔をくすぐるそれが、ヴァリエール家の者に仕えるシエスタの心構えに思えて、出来たメイドに思わず口許が緩んだ。

 

「ふふ。昔……家にいた頃だけど、ね? 眠れない時は、使用人にこっそりこうしてもらったの。」

 

「そ、そそそ、そうなんですか。」

 

眠そうなまま、薄く笑ったまま語るルイズの話に、シエスタは内心慌てていた。彼女はそのケのあるタイプではない。だが好きな主に突然ベッドへ抱き寄せられ、胸に顔を(うず)められれば、流石に恥ずかしい。また、そんな実家の信頼できるメイドと同じ扱いにされるなんて、冥利につきるというものである。

 

「かあさまに見つかれば怒られるけれど、ここにかあさまは、いない……から。」

 

そんな二つの感情がシエスタの体を赤く染め上げ、その暖かさに包まれたルイズはやがて寝息をたて始めた。

 

「み、ミス・ヴァリエール……?」

 

「夕方前に、おこ、して……。」

 

すうすうと完全に眠りについたルイズを、暖めるようにシエスタが軽く抱き寄せた。

 

「ふふ、可愛い……畏まりましたわ、ミス・ヴァリエール。」

 

この時、ルイズの"もしかして"は当たっていた。ドアを壊した犯人は、今優しく彼女をその腕で抱いている。

 

しかし、そのことには本人すらも、今はまだ気づいていなかった。

 

きっかけは、この前主より授かったナイフ。財布を盗られないだけで良いと言われたが、せめてもう少しだけでも力になれたらと、彼女がたまに軽くそれを振って己を鍛え始めたことで、シエスタのからだの中にある力は、ゆっくりとだが目覚め始めていた。




シエスタのチャクラが解放され始めました( ・`ω・´)

こうしたきっかけは、日本人っぽいようでそうでもない名前だけど、ひいおじいちゃんを黒髪だから彼にするか? と思ったせい。
彼の名前を漢字適当に当ててググったら、何故か軍神のタケミナカタが検索候補一番に出たのでぴったりで、もう日本人設定でやるしかないなと。

ルイズに続いて増えるゴリr

書き始めてから別の作品に子孫がいることを知って更にビックリ。

次こそ一巻までおしまい!


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