迷宮には喰種が潜む (たーなひ)
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一話

読んでくれてありがとうございます。


ーー喰種(グール)ーー

 

見た目は一見普通の人間と変わらないが、その実人間を喰らう化け物である。

常人の4倍以上の身体能力を有し、再生力すらも兼ね備えているだけではなく、人間の武器では喰種の皮膚に傷をつけることすら難しい。

さらに、喰種特有の器官ーー赫包(かくほう)ーーを持ち、そこから触手のようなものーー赫子(かぐね)ーーを出すことが出来る。

 

だが特筆すべきは喰種の身体能力よりもその食性だ。

 

人肉しか食べることが出来ない。

 

それが喰種が恐れ怖れ畏れられてきた理由。

アレルギーのような生温いものではない。

喰種は人肉、水、そしてコーヒー以外は口にすることが出来ない。そもそも消化すら出来ないのだ。むしろ毒ですらある。

加えて言えば、人間の食べ物は美味しく食べることも出来ない。人間から喰種になった男曰く、スポンジだとか腐ったなんとかだとか……とにかく食えるようなものではないということだ。

 

その分人間に比べれば幾分か燃費は良く、一ヶ月に一度程食事を取れば生きられる。

だが、食事を取るのも簡単では無い。それぞれには“喰い場”と呼ばれる縄張りのようなものが存在し、その中にいては自由に人間を狩ることも食べることも許されない。かと言って誰の縄張りでもない場所で狩ろうとすれば、同じように考える者たちとの争いになる。

喰種の食事の確保も簡単では無いのだ。

さらにそれに拍車を掛けるのが、喰種の飢餓だ。人間の空腹感とは比べものにならない程に辛く苦しく、理性が飛ぶ。

 

とは言え、喰種は如何せん数が少ない。

路地裏や人気の無い所さえ通らなければ、一度も喰種に襲われずに一生を過ごすことも不可能では無い。

 

そして多くの喰種は、人間に紛れて生活している。

それほど優れた種であるなら、隠れるような真似をせずとも人間を好きなように殺せば良いと思うかもしれない。

 

そう出来ないのは、CCGと呼ばれる機関に、喰種捜査官がいるためだ。

通常の兵器ではダメージを与えられない喰種の皮膚も赫子であればダメージを与えられるという点に着目し、その赫子を武器に変え、戦うのが喰種捜査官。

常人の数倍の運動能力を持つ喰種と渡り合う程に訓練された捜査官の存在のせいで、喰種は好きなように狩りを行うこともできないのだ。

 

故に、喰種は人間に紛れ、闇夜に紛れて人を喰らう。

 

 


 

 

(知らない天井だ………)

 

目覚めて真っ先に思い浮かぶのがそんなことはであることに微かに安堵を覚えながら、辺りを見回す。

 

(まずは状況把握が先決か)

 

見たことのない部屋。どこか時代遅れな雰囲気を感じる。

出入り口は………木製と思われる扉が一つ。

監視カメラの類は無し。

そして……人の匂い。

 

そこまで情報を集めた所で、次は自らの様子を確認する。

 

(拘束具の類は無し。

赫子は………大丈夫。問題無さそうだ。赫子が出せるということは、恐らくだがCCGの施設では無い。CCGの施設であれば、赫子を使えなくなるガスだかなんだかが充満してると聞いた記憶がある」

 

(服は………なんだこれ。やっすいボロ布を纏わせただけみたいな…………んんん???)

 

(なんか………体がちっちゃくないか?手も………足も………)

 

何度も確認するが、明らかに手足が短く、小さくなっている。とてもではないが、176センチの男性の身体とは思えない。

 

 

「どうなっているんだ………」

 

(ん?今のは誰の声だ?)

 

明らかに男性ではなく、女性の可愛らしい声が聞こえた。

 

 

 

「…………んんんんん????」

 

 

(俺の声じゃねぇか…………)

 

 

どうやら、俺は女の子になったようだ。

 

 

 

 

 

一頻り動揺したところで、先程までは気にしてすらいなかった鏡に向かって歩いていく。

 

(なんだこの感覚……変な感覚だ)

 

歩幅も違えば、体の重さも目線の高さも違う。

ベッドから降りた直後は危うくこけるところだった。

 

 

なんとか鏡の前まで辿り着き自分の姿を確認すると、嫌でもこの不可思議な現実を認めなくてはならなくなった。

 

(どう見ても女………だよなぁ………)

 

艶のある綺麗な黒髪のセミロング。

女性らしい顔立ち。

俺が声を出すたびに同時に開き、可愛らしい声を発する口。

推定だが、身長は150センチ前後辺りだろうか。

恐らくだが、年の頃は14〜16。

 

……やっぱり誰がどう見ても女だ。

 

因みに、男と女の違う所もしっかりと確認済みだ。

別にどうでもいいことだが、胸はそこそこあった。

 

 

一体どんな施術をすればこんな風になるというのだろう。プチ整形で済ませられるようなものではない。

だがCCGの技術であれば、こんな訳の分からない事も出来そうな気もする。

ただそうなると、拘束具は愚か監視すらないこの現状に納得がいかない。

 

(……いや、あり得ないことでもないか)

 

もし外に何人もの特等捜査官や白い死神がいるのであれば、俺が暴れたとしても易々と捕まえられるだろう。

であれば、態々拘束や監視をする必要も無い。暴れたら取り押さえられるだけだ。

その場合は脱出は諦めるしか無い。

 

 

念のために、改めて赫子を展開してみるが、以前と変わらない様子で展開出来た。

 

(この際、俺がどうしてこうなっているのかは一先ず保留だ。今必要なのは情報と……………肉か)

 

先程までは気がつかなかったが、かなり腹が空いている。

まだ我を忘れるほど辛くはないが、早めに肉を食べないと満足に戦闘も出来なくなってしまうだろう。

 

 

(しかし……………似ているな………………)

 

(まるでーーーー)

 

 

「あれ、起きたんですね」

 

ドアが開き、一人の少年が入って来た。

 

(いけないいけない。足音にも気付かない程思考に没頭していたとは……)

 

「あ、はい」

 

応えると、どこか安心した様子の少年。

白い髪に赤い眼。幼さと純朴さを感じさせる顔立ちは、白髪や赤眼と相まってウサギを彷彿とさせる。

 

「ちょっと待ってて下さいね!」

 

そう言って少年は部屋を出て行ってしまった。

 

 

 

 

もう一度少年が戻って来た時、少年はもう一つの生物を連れて来た。

黒髪のツインテールであるからか幼さを感じる容姿だが、その胸は見た目にそぐわない程に大きい。

 

「やぁ、目覚めたようで良かったよ。僕はヘスティア!」

 

その生物はヘスティアと名乗った。

人の形、人の言葉、人の声を紡ぐその生物。

 

一見すると人間にしか見えないその生物が、人間……喰種ですらないことを喰種の本能は敏感に察知していた。

 

(なんだ……コレは……)

 

「あの……ここは……?」

 

だが永らく人間の社会に溶け込んでいた事が功を奏したのか、動揺を隠し仮面を貼り付けながら言葉を紡ぐ事ができた。

 

「ここは僕のーー僕達の本拠(ホーム)さ」

 

見ての通り立派なものじゃないんだけどねと、苦笑しながら言うヘスティア。

 

「いえ、そうではなくて……地理的な方の……」

 

「あぁ、そういうことかい。と言っても、細い道にある寂れた教会だよ。ちょうどウチの前に倒れていたんだけど、覚えてないかい?」

 

「教会……?」

 

(教会……ということはここはの中?にしては些かボロっちいが……)

 

「あれ?覚えてないのかい?」

 

キョトンとした様子のヘスティア。

 

「はい。それどころか、ここが何処かも良く分かってないんです」

 

そう言うと、白髪の少年とヘスティアは顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

聞けば、ここは“オラリオ”というらしい。

無限にモンスターが生まれるダンジョンを中心とした巨大な都市。それがオラリオ。

 

そして現状では異世界と断定するしかない程に変わった世界には、神が居る。

比喩でもなんでもない。正真正銘の神だ。

曰く、大昔に暇を持て余した神達が娯楽を求めて降りて来たそうな。

笑い飛ばしたかったのは山々なのだが、ヘスティアがその神の一人であるということを告げられてからは、納得せざるを得なかった。

実際に神であるのか否かはどうでも良い。とにかく、俺が食えないと判断する生き物を判別出来るなら問題ない。

 

 

そして下界の子供達は、神によって『恩恵(ファルナ)』を刻む事が出来る。『恩恵』を刻まれた下界の子供は、常人以上の身体能力を得る事が出来る。

さらに『経験値(エクセリア)』を貯めることによって、“レベルアップ”することができるらしい。

にわかには信じ難いが、【ステイタス】の更新の様子を生で見せられてしまっては信じる他無かった。

 

そんな『恩恵』をこの迷宮都市オラリオで活用しているのが“冒険者”。ダンジョンで魔石やドロップアイテムを換金することで生計を立てる者達の総称。

俺の前に座っているこの白髪の少年ーーベル・クラネルーーも冒険者らしい。

 

 

 

「ーーーと、まあ、とりあえずはこんなところかな?何か思い出したかい?」

 

一通り説明を終えたヘスティアが俺に聞いてくるが、正直お手上げだ。

全く理解が追いつかない。

 

「いえ……何も……」

 

「どうしてあんなところに倒れていたのか、それも覚えてないのかい?」

 

「はい」

 

そう。こうなった経緯が何一つとして思い出せないのだ。

 

自分の名前も、同胞の名前も世話になった人も、敵の名前も、住所も思い出せるのに、こうなる直前の記憶だけが曖昧だ。

 

「そうか………。あ、そうだ。名前を聞いていなかったね」

 

(名前か……)

 

偽造の身分証や運転免許証、偽名はいくつか持っているが、自信を持って名乗れるのはこれだけだ。

 

(オガミ)サクヤです」

 

「……姓前に来るということは……それに黒髪黒目……極東から来たのかな?」

 

(極東?)

 

そう言えば、ヨーロッパ圏で日本は極東と呼ばれていた気がする。

 

「ご両親は?」

 

「両親は……分かりません」

 

そう言うと、怪訝そうな顔を見せる。

 

「……分からない?」

 

「何処にいるのか、そもそも生きているのか、死んでいるのかも分からないです。そもそも顔も覚えてませんしね」

 

事実だ。

物心ついた時から肉親と呼べる存在はおらず、帰る場所はあの喫茶店以外には存在しなかった。

まあ、その喫茶店も無くなり、親のように思っていた人も亡くなってしまったのだが。

 

(……っと、雰囲気が暗くなってしまったな)

 

初めて会った人間に聞かせるような話では無かった。

二人ともが地雷を踏んでしまったと思ったのか気不味そうな顔をしている。

別に気にしなくてもいいんだがなぁ………。

 

だが、良いきっかけにはなった。

 

 

「……そろそろ行きたいと思います。ご迷惑をお掛けしました」

 

粗方の情報は集まった。後は自分の目と耳で確かめていけば良い。何より、人間にこれ以上借りを作るのはあまり気が進まない。

そう思って切り出したのだが、二人の反応は芳しくない。

 

「……当てはあるのかい?」

 

「無い……ですけど、歩きながら探すしか無いですかね。歩いているうちに記憶が戻るかもしれませんし」

 

「それは………うん、そうだね。ベル君、荷物を持って来てくれるかい?」

 

「あ、はい」

 

別の部屋に行ったベルが、すぐに戻って来た時には、鞄と呼ぶにはあまりにもお粗末な皮の袋を抱えていた。

 

何かと思ったが、それを俺に向けて差し出して来た。

 

「……これは?」

 

「倒れていた君が大事そうに抱えていた物だよ。中身は見ていないから安心してくれ」

 

「はぁ…」

 

一体何なのだろうか。

あれほどの衝撃の事実に驚いた今なら、生首が入っていてもそれほど驚かないだろう。いや、人間の生首であれば思わずかぶりついてしまうかしれない。

 

 

鞄のような物を受け取り中を開くと、その中には布に包まれた何かがあり、さらにその中も布に包まれており、計4枚もの布に包まれていた。

二人には見えないように鞄の中で身長に布を剥がしていくと、ようやく本体が姿を現し…………。

 

 

(ーーーーー!)

 

 

思わず息が止まった。

 

幸か不幸か生首ではなかったが、生首以上に衝撃的な物だった。

 

それはマスク。

人間に紛れて暮らす喰種にとっての必需品。戦闘時に顔が割れる事を防ぐためのもの。

 

以前愛用していた物とほぼ……いや、サイズ以外は全く同じマスク。

 

何故コレがここにあるのか。

 

全く持って見当もつかない。

 

だが、そんな事を考えるのは後で良い。

 

 

 

今はとにかく、腹が減った。




ダンまちのSS書くのめっさ久しぶりなんやけど、こんな感じでどうでしょう。
誤字報告よろ。


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二話

原作開始前って時間軸を想定してるんでよろです。


(さて、どこへ行こうか………)

 

ヘスティア達の本拠から出た俺は、人の多い方へと歩を進めていた。

 

まず現状最優先すべきなのは食事。

つまり人を狩る必要があるのだが、少し困っていた。

まず、この世界の事を知らなさすぎる為に狩場を選べない。

東京であれば狩りに向いている場所は把握しているが、何せ初めての場所の為、どこであれば容易に、バレずに狩ることができるかが分からなかった。

 

 

 

どこで狩りを行うか考えながらしばらく歩き、人通りの多い大通りまで出たところで、改めてここが異世界であることを実感する。

まず、街並みがファンタジーにありがちな中世の欧米のような雰囲気であること。

そして何より多種多様な人種だ。獣人、エルフ、小人など、現実には有り得なかった景色が広がっていた。

 

その中で最も気になった事と言えば、やはり彼らの味だろう。“神”とされる存在と違い食べられる気がするから、おそらく食べることはできるのだろうが、味の方はどうなのだろう。いずれ確かめてみたいところだ。

 

 

話を戻そう。

大通りに出た俺は、改めてどこで狩りを行うか考える。

 

辺りを見回していると、嫌でも目立つ一つの建物を見つけた。

それは天を突くほどの巨大な白亜の塔『バベル』。

大昔に建てられた塔で、ダンジョンの蓋のような役割をしているらしい。つまり、あのバベルの下にはダンジョンがあるのだ。

そして、そのダンジョンには昼夜問わず冒険者達が命を懸けて潜っている。

 

(……とりあえず行ってみるか)

 

 

 

 

バベルの下、ダンジョンの入り口の前には冒険者と思われる武装した人で溢れて賑わっていた。

 

(なんというか……殆どがチンピラみたいな感じだな……)

 

中には誠実そうな人間もいるのだが、どちらかと言えばチンピラ染みた人間の方が多いように思える。

まぁ腕っ節が重要視される世界であれば、無法者が多いのも仕方の無いことかもしれない。

 

それに……と、自分の体を見回す。

ボロボロの布切れを見に纏ったようなみすぼらしい格好。

若く、瑞々しい魅力的な身体つき。

それに贔屓目に見ても可愛い顔。

 

(好都合だ)

 

チンピラのような人間は御し易く、行動を操りやすい。

加えて今の俺の体であれば俺の望む方向へコントロールすることも容易かろう。

 

 

 

 

「あの…………」

 

「んぁ?なんだ、嬢ちゃん」

 

目をつけたのは、いかにもチンピラそうなオッサン三人組。

恐る恐るお伺いを立てるように声を掛けると、談笑を中断してこちらを振り向く。

 

「これからダンジョンに潜られるんですよね?」

 

「そうだが……」

 

「私を連れて行って貰えませんか?」

 

そう言うと、三人ともが目を丸くする。

 

「……オイオイ。今のは聞き間違いか?なんて言った?」

 

「私をダンジョンに連れて行っては貰えませんか?」

 

もう一度言うと、一人が大きく溜息を吐いて口を開いた。

 

「あのなぁ、嬢ちゃん。どういうつもりなのか知らねぇがーー」

 

「ーーお願いします!どうしてもお金が必要なんです!!」

 

「ぉぉ……」

 

必死そうな声音で言うと、気圧されたように声を漏らす。

 

「い、いや、そうは言われても……なぁ?」

 

残り二人にも問うが反応は芳しく無い。やはりもう一押しは必要か。

 

「お願いします!なんでもしますから!」

 

涙声でそう言うと、チンピラ三人の視線が下衆な種類の視線へと変わる。

全身を上から下へ舐め回すような視線が体を走り、これまでにない種類の不快感を味わうがここは我慢だ。

 

一頻り視姦し終えたのか、何やら3人で相談し始めた。

所々下品な言葉が聞こえた来るが、聞こえないフリを貫き通した。

 

 

「あー、まあ、そこまで言うんなら連れてってやってもいいぜ?」

 

しばらく相談した後、ぬけぬけと言い放つ男。

 

「ありがとうございます!!」

 

精一杯の感謝を込めて礼を言う。

 

(………チョロ)

 

なるほど。これが女の武器というやつか。確かにこれは強力だ。

こればっかりは女の体になって良かったと思わざるを得ない。

 

 

 

 

いつもは3人でダンジョンに入り、適当に9階層辺りまでのモンスターを狩って日銭を稼いでいるらしいのだが、今日は俺という足手まといが居るので6階層辺りまでのモンスターを狩るらしい。

 

“階層”ということから分かるように、、下に行けば行くほどモンスターの強さと出現頻度は上昇していくそうだ。

 

そして不思議な事に、ダンジョンのモンスターは壁から生まれてくる。さらにそのモンスターは『魔石』なる核を持っているらしく、その核を破壊したり取り除いたりすることで灰になって消えるそうな。最速で絶命させるだけならそれで良いのだが、冒険者が稼ぎを得るには魔石を換金せねばならないので、魔石を砕く以外の方法で絶命させなければならない。

どういう仕組みでダンジョンからモンスターが湧いて出てくるのかは誰も知らないらしい。

 

どうしてそんな事を知っているのかと聞かれるとそれは単純、彼らに聞いたのだ。

ヘスティアやベルには聞けなかった事は多くある。特にこれからも狩場として使う可能性の高いダンジョンについてや、冒険者については知っておかなければならない。

 

一先ず冒険者について聞けたのは、この都市最高であるレベル7、レベル6、有力派閥のレベル5の冒険者辺りだ。

……何やら冒険者には二つ名なるものがついているらしく、なんだか少し……こう……可哀想だ。

 

因みに、彼らは冒険者の半分を占めているレベル1だそうだ。

まぁそうだろうなという気持ちと、安堵の気持ちが丁度半分ぐらい……というのも、戦闘の様子を見る限り、それほど強いようには見えなかったのが前半分。

後半分は、最初に出会った彼らがレベル1で良かったということ。聞けば、レベル一つあがるだけでもかなり次元が違ってくるらしい。恩恵が刻まれていないレベル0の俺が、レベル2以上の冒険者と戦って勝てるかと言われると、少なくとも空腹で殆どエネルギーが無い現状では勝てるかどうか不安だ。しかし運の良いことに、レベル1を引き当てられたということの安堵であった。

 

 

それらの情報が聞けた辺りで、俺達は6階層でモンスター狩りを始めて一時間程が経過していた。

 

「随分人が少なくなりましたね」

 

入り口近くではちらほらと見かけた冒険者も、今では殆ど見なくなった。

 

「大体この時間はこんなもんだ」

 

「そうなんですか……」

 

「人に会わないなんてのもザラにあるもんな」

 

「確かに!」

 

ワイワイと談笑を始めた3人。

 

(ヤるなら……ここか?)

 

「ここを人が通る事ってあんまり無いんですか?」

 

「あ?あぁ。正規ルートからはかなり外れてるからな。この辺には滅多に来ねえだろうよ」

 

それは良かった。

んじゃ、やりますか。

 

 

「あっ!」

 

ドサリと音を立てて俺が躓くフリをすると、前を歩く3人が歩みを止める。

 

「オイオイ、何やってんだよ……」

 

そのうちの一人が態々俺の所まで来て手を差し出してくれる。

ふーん、紳士じゃん。

 

「す、すいません」

 

その手を取って微笑み掛けると、後の二人も釣られるように俺に近寄り手を出し始めた。

 

そんなに触って欲しいのか……。変態かな?

 

(まあ、好都合か)

 

 

 

 

 

 

「……へ?」

 

惚けた声を出すのは、3人組の冒険者のうちの一人。…まあ、既に3人組では無くなったのだが。

 

「え?は?ちょ、は??」

 

赫子によって刈り取られた二人の首の断面から血が噴き上がる。

その血飛沫を全身に浴びながら残した一人に体の向きを変える。

その目は赫眼*1になっており、興奮状態であることを隠しもしない。

 

「……っっ!!!!な、なんだよ!!なんなんだよぉ!!」

 

顔に驚愕と恐怖を前面に押し出しながらも、彼は獲物であるショートソードを構える。

 

「そら、行くぞ」

 

気楽そうに声をかけて近づくと、相手はショートソードで切り掛かってくる。大振りの攻撃はフェイントでもなんでもなく、首筋を狙った渾身の一撃と言った所だろう。

 

だが敢えて反応せず、それを首筋で受ける。

 

 

ガキン!

 

「……はぁ……はぁ……」

 

手応えはあった。

躱されずに、確実に当たった。

当たったが…………。

 

「……思っていたよりも衝撃が強いな。あまり受けるのは体に悪いか」

 

「は!?な、なんで……!」

 

斬れてないんだ!!と言おうとしたのだろう。

言えなかったのは、俺が両頬を掴み上げているからだ。

 

「……余計な事は喋るなよ」

 

「っ!!……だ、誰かっーー」

 

頬を掴んだまま地面にそこらの壁に叩きつける。

 

「がっ……」

 

「喋るなと言っただろう。次に余計なことをすれば殺す」

 

そう言うと首を縦に振った。

 

「……よし。いくつか質問がある。正直に答えたら生かして返してやろう」

 

そう言って頬を掴んだ手を離し、喋りやすくしてやる。

 

「ゲホッゲホッ!」

 

「最初の質問だ。喰種(グール)を知ってるか?」

 

「し、知らない!」

 

「本当に?」

 

「本当だ!」

 

ふむ……他の喰種はいない……のか?

 

「最近人が死んだりとかしたか?」

 

「そんなの知らねぇよ。こんなとこに潜ってんだから、人が何人か死んだところで問題にもならねぇよ」

 

「……そりゃそうか」

 

(同族が居ないのは残念だがまぁ……良い事を聞いたな)

 

ダンジョンのなかであればどれだけ人を殺しても問題にならないということであれば、飢えることはまぁ無いだろう。

 

「じゃあ次はーーーー」

 

 

そこからは、かなり常識的な部分を聞いた。

物価や、冒険者のなりかた、地理、ファミリアや神についてや亜人間(デミ・ヒューマン)についてなど、常識で知っておかなければいけないことを知ることが出来た。

 

 

「な、なぁ…もう良いだろ?早く帰してくれよ!」

 

「ん?んー……まぁ、そうだな。あ、最期に一つだけ。汚れを洗い落としたいんだが、どこに行けば良い?」

 

「どこって……普通にバベルの施設を借りれば良いだろ」

 

「へぇ」

 

そんなことまで出来るのか。

中々太っ腹だな。

 

「も、もう良いか?」

 

「……そうだな。もう良いか。後は自分の目で確かめるよ。じゃあな」

 

「……………はぇ?」

 

赫子で頭を刈り取り、またも血飛沫が噴水のように溢れ出した。

 

(馬鹿なヤツだ。少し考えれば生かして返す気がないことぐらい分かっていただろうに)

 

まあ、逃すはずもないからどちらにしろ死んでいたことに変わりは無いのだが。

 

これで3人分の肉、装備、彼らの所持品、情報の4つが集まった。

一石二鳥どころか一石四鳥の大勝利だ。

 

 

 


 

 

 

サクヤが去った後のヘスティアファミリアの本拠。

 

「あの子は大丈夫でしょうか……」

 

「まだ言っているのかい?ベル君」

 

「やっぱりウチに置いてあげた方が良かったんじゃ……」

 

「……あのねぇ、ベル君。君も分かっているだろうけど、ウチは極貧ファミリアだ。毎日の生活だってギリギリだし、女の子一人を養う余裕なんて僕らには無いんだ」

 

「でもそんなの、僕がもっと頑張ればーー」

 

「ーーベル君」

 

続きを言わせまいと、ヘスティアがベルの言葉を遮る。

 

「君は優しい子だ。だから、ベル君は頑張って頑張って、僕も彼女も養うだけの稼ぎを持ってくるかもしれない。でも、君は駆け出しの冒険者だ。万が一君が無理をして死んでしまった時、残された僕達はどうすれば良いんだい?」

 

「…………」

 

真剣にそう言うと、ベルは黙りこくってしまった。

駆け出しであるベルには日銭を稼ぐのに精一杯。その稼ぎすら無くなるとなれば、露頭に迷うことは想像に難くない。

 

「……まぁ、彼女も本当に当てが無くなったんなら、僕らの所に来るかもしれないしね。だろ?ベル君」

 

「そう…ですね」

 

切り替えて明るい声音で言うと、ベルも言葉を返す。

 

「よし!それじゃあステイタスの更新をしようか!」

 

そうして、ベルは今日のステイタス更新を行ったのだった。

*1
興奮状態になると、喰種の白目は黒く、黒目は赫くなる




はい。
一応どんな感じの赫子にするかは決めてるんですけど、甲赫とか尾赫とか、そういう分類っていります?reに入ってからは特に赫子の相性とか種類とか殆ど死に設定やったし、どちらかと言えば赫子でコンセプトがある何かしらの形を取ってたりするんで、そう言う方向で良いかなって。どうでしょう?


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三話

男の首を跳ね飛ばしこの場で生き残っているのは自分だけとなったサクヤは、まずは一番新鮮な先程殺したばかりの男の肉にかぶりつく。

ほんのつい先程まで生きていただけあって、新鮮で美味い。

特に眼球なんかはまだ神経が生きていることもあり、プリプリとした食感と口の中で弾ける感覚は形容し難い美味しさだ。

 

優雅にゆっくりと食事を取っていたのだが、ここはダンジョン。

ゆっくり食事を取る暇など与える筈もなく、数匹のモンスターが肉を横取りせんとやって来た。

 

(あれは確か……コボルトって言ったっけか)

 

二足歩行するオオカミのようなモンスターがよだれを垂らしながらこちらに向かってくる。数は5。

 

 

「………他人の獲物を奪うつもりか?」

 

ピクリとコボルトの群れは歩みを止めた。

それは単に気まぐれだったのか、サクヤを警戒したのか、はたまた全身血塗れになりながら食い殺さんばかりの怒気と殺気をぶつけられているからだろうか。

 

当然ながら、自然界においては横取りなど日常茶飯事だ。

それは喰種(グール)も例外ではなく、それによって起きる戦闘も少なくない。だが、その競争は野生と比べても厳しい。殺し過ぎれば喰種捜査官がやってくるから一月に何人も狩る事は出来ないため、精々一月に一人程度。それも成功する確率は高くなく、それにありつけなければ耐え難いほどの飢餓感に襲われる。

故に、喰種は喰い場と称した自らの縄張りのようなものを主張する。そしてその喰い場で好き勝手に狩りを行おうものなら喰い場の主に殺されてしまう。

 

そして今、狩人が狩った肉に群がる烏合の衆。

結末は決まっていた。

 

全身を血で染め上げたその体が、禍々しく光る赫眼が赫い一閃を作り上げる。

人一人分の肉を喰い、エネルギーを摂取した喰種の身体能力は常人を遥かに凌ぐ。レベル1の身体能力が常人の2倍だとすれば、喰種はそのさらに倍、4倍以上の身体能力を持っているのだ。

 

間合いを詰めたサクヤは肩甲骨の辺りから赫子を展開する。

手に沿って形作られたそれは、例えるなら死神の鎌。

 

身の丈ほどある鎌を振り回し、先程の男達と同じように真っ二つ切り裂いた。

 

丁度胸の辺りを真っ二つにしたせいで魔石が砕けたのか、コボルトの体は灰になって消える。

 

(すげぇな……ホントに灰になった)

 

冒険者が倒した時にも灰になってはいたが、やはり自分の手で経験するとまた違った感覚だ。

 

灰の他には砕けなかった魔石が数個転がっており、これを換金して冒険者は稼ぎを得るのだそうだ。まあ、上層で取れる魔石の金額なんてたかが知れてるそうだが。

 

閑話休題。

邪魔者も排除したところで、改めて食事を再開する。

 

 

3人分もの肉を食べ切れば、流石に腹は満たされた。

彼らの持ち物を根こそぎ奪い去って、サクヤはその場を去った。

 

 

 

 

「ありがとうございましたー」

 

店員の声を背に店を出る少女ーー言うまでもなく、拝サクヤである。

 

ダンジョンで腹ごしらえを済ませたサクヤはまずシャワーを浴びて血を洗い落とした。シャワー室に辿り着くまで馬鹿みたいに注目を浴びてしまったのは失態だったなと反省。

その後何をするのか考えたが、まずは服を買うことにした。

あんな服とも呼べないボロ布では街を歩くにも注目を浴びて目立ってしまうからだ。

 

そんなわけで、こうして服屋で服を買ったというわけだ。

買ったのは黒のホットパンツと赫のインナーシャツ、黒のジャケットを2セットほど。

………いや、言い訳をさせてくれ。スカートなんて履けないに決まっているだろう?俺が着られる服となると派手なのは無理だし、露出度の高いのも無理。となればボーイッシュな服装になる。これがまた意外と様になっており、結構気に入っている。

 

 

腹を満たして身嗜みを整えたら、後は住処。

 

そしてそれに関連してだが、俺はファミリアに入り、冒険者になりたいと思っている。

今日のように毎度毎度上手くレベル1が釣れるとは思えないし、この手をずっと使っていれば必然俺の噂も立ち始めるだろう。

だがファミリアに入り冒険者になれば、一人でも何の違和感も無くダンジョンに入りやすくなる。さらに、冒険者としてレベルを上げることが出来たら、もっと高いレベルの冒険者を狩ることも出来るようになるはずだ。

 

一先ず腹は満たされたし、少なくとも一ヶ月は何も食わずとも生活出来るのだから、その間にファミリアを見つけるとしよう。

何、このオラリオには数えきれない程ファミリアがある。すぐに見つかるだろう。

 

 

 

 

 

 

(やべえ……流石に舐めてた)

 

ぜんっっっぜん見つからない。

 

行くところ行くところ、全部俺を門前払いにしやがる。

 

マジで意味わかんねぇふざけんな……と言いたいのは山々だが、そりゃそうだわなと思わなくも無い。

こんな獣欲の捌け口にしか使え無さそうな弱っちい女を冒険者として入れてくれるような危篤なファミリアは無かったようだ。勿論条件付きで入れてくれるという所もあったのだが、揃いも揃って足元を見ており、ただでさえ厄介な事情を抱え込んでいる上にそんな

 

もちろん、俺が弱小ファミリアの門しか叩いていないというのも理由の一つなのだろうが、それにも事情があった。

前提として、俺が最も危惧しなければならないのは正体がバレることだ。そして関わる人が増えれば増えるほど、正体がバレる危険も大きくなる。ファミリアに入ればそれだけ関わりも深くなるだろうし、その危険はますます大きくなる。

そのため、俺はなるだけ人が少ない小さなファミリアに入りたがっているのだ。

 

(しっかし………まさかファミリアに入るのがこんなに難しいとは……)

 

完全に大誤算だ。

3日ぐらいあれば見つけられるだろうと思っていたのが、すでに一週間と少しが経過し、完全に手詰まり状態になっていた。

 

 

とは言っても幸いと言うべきか、金には余裕がある。

この前釣り上げた3人組の所持金や装備、その時稼いだ魔石を交換して、一ヶ月を宿で暮らすには十分過ぎる程の貯金があるのは、喜ぶべき点だ。

それに、喰種だから食事に金がかからないということも大きいのかも知れない。人間のように毎日食事を取らずとも問題無いのは喰種の利点の一つと言える。

 

 

閑話休題。

 

 

まだオラリオで過ごして一週間程の身ではあるものの、今日の街は少し違うように思えた。

どこか慌ただしく、忙しないような印象だ。

 

「すいませーん」

 

「ん?なんだ、嬢ちゃん」

 

野菜を売っているおっちゃんに声を掛けた。

 

「なんか街が慌ただしいんですけど、なんかあるんですか?」

 

「もしかして嬢ちゃん、最近オラリオに来たって感じか?」

 

「えぇ、まぁ」

 

「そうかそうか。んじゃあ知らねぇのも無理ねぇな。明日『怪物祭(モンスターフィリア)』って祭りがあるんだよ」

 

「モンスター……フィリア?」

 

(モンスターフィリア………怪物愛者?)

 

些か闇の深そうな名前の祭りだ。

 

「どんな祭りなんですか?」

 

「あそこに闘技場があるだろ?」

 

そう言って指を指す先には円形競技場がある。

 

「あそこの一日貸し切って、【ガネーシャ・ファミリア】がダンジョンから連れてきたモンスターを調教するんだよ」

 

【ガネーシャ・ファミリア】といえば、オラリオでも屈指の規模を誇る巨大なファミリアだ。

 

「はぁ……。つまり、ショーみたいな感じですか?」

 

「そうそう」

 

ははーん。イメージは掴めた。

ここでのフィリアってのは愛とかの意味では無いらしい。

 

「でもそれで、なんでこんなに街全体が慌ただしく?」

 

「年に一度の祭りだからな。露店なんかも沢山出るんだよ」

 

「へぇ……」

 

なるほどなるほど。要は明日でっかい祭りがあるって訳ね。

折角だし、明日は見に行ってみるか…?

 

「ありがとう、おっちゃん」

 

ファミリアを探すのは大事だが、今すぐにしなければ死ぬということもない。怪物祭とやらを楽しんだ所で精々一日潰れるだけなのだから大差無いだろう。

 

「おう、気にすんな。ついでになんか買っていかねぇか?安くしとくぜ?」

 

「え!ほんとですか!ではお言葉に甘えて…」

 

店頭に並ぶ野菜を観察する。どれも不味そうだが、人間からすればそんな事はないのだろう。

態々食べもしない買う必要は無いと思うかも知れないが、これにだって思惑がある。単純に、他人との友好的な関わりは人間社会を生き抜く上で必要だ。さらに、こういう人間の食べ物を購入したという過去があるだけで喰種であるという容疑からは外れやすくなる。

 

 

「毎度。また来てくれよ」

 

「はい!」

 

適当に見繕ってもらい、数個の野菜を購入した。

以前はそのままゴミとして捨てていたのだが、折角こんな世界に来たのだから活用している。

 

来たのは貧民街。

そこで野菜を配り歩くことで、善性の人間であることをアピールするのだ。

そうすることによって、殺人の容疑をかけられにくくなる。よく例え話として、殺人事件の容疑者が例に挙げられる。前科持ちの男か、今まで真っ当に生きてきた男か、どちらが犯人かという話だ。当然、大半の人間は前者を犯人と考える。

つまり、それまでの印象によって左右されるのだ。善行を積めばそれだけ善人と認識され、容疑者からは外される。

そうやって喰種は人間社会に溶け込んでいるのだ。

 

だから、俺は今日も善行を積むのだ。

 

 

 

 

 

そして次の日、俺は昨日の予定通り怪物祭を楽しんでいた。

 

昨日話しかけたおっちゃんが言っていた通り沢山の露店が出ており、人の数も多い。まあ残念ながら、露店の食い物なんて食えないんだが。

思っていたよりも規模が大きいようで少し驚いた。

 

唯一の誤算はと言えば、人が多過ぎて思うように動けないという点だろうか。人混みに流され流され、思うように闘技場に辿りつけない。ここまで人が多いと辟易してきて、もうショーなんて見なくても良い気がして来た。

 

 

と、俺が人混みに四苦八苦していると、ふと人の動きが止まった。そして全員がある一点を見つめ始める。

何が……と近場の人に聞こうと思ったのだが、それに目を奪われているらしく、声を掛けても反応が無い。

 

そして俺もその方向を見てーーー。

 

(うわ、すげぇ綺麗な人だ………)

 

目を奪われた。

ローブを全身に見に纏い、透き通る白い肌はローブに包まれていない顔しか見えないにも関わらず、ローブでは隠しきれない美しさが人の目を奪っている。

 

(……いや、違うな。『神』か)

 

美しさに気を取られたが、喰種としての本能は彼女を人間では無いと教えてくれた。

なるほど神であればこの魔法染みた魅力にも納得がいくというものだ。

 

誰もが彼女に目を奪われて口をつぐみ、その通り道を自然と空けてしまっている。

 

彼女が通り過ぎるまで、長い沈黙が続く。

 

 

(……?)

 

俺の近くを通る時、俺に視線を向けたような気がするが出来ることなら気のせいだと思いたい。



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四話

「モンスターが逃げたぞー!!!」

 

ぼちぼち祭りを楽しんでいるとどこかから声が上がり、続いてどこかで爆発音が鳴り響いた。

 

モンスターを都市内に連れ込んでる訳だから、そういう事が起きるのはおかしなことでは無いだろう。

ただ、市民としてはたまったものではない。楽しい祭りがモンスターパニックになるのだから、この後主催の【ガネーシャ・ファミリア】には苦情が殺到することだろう。

 

こういう混乱した状況下は、喰種が数人分の肉を確保するチャンスだ。暗闇や混乱と言った要素は、尽く人間よりも喰種に有利に働きやすいと言える。

決まって行方不明者が出てくるし、近くの路地で死体が〜なんてニュースもザラにある。

まぁ、今回俺は腹が満腹だから人を襲ったりする必要はないんだが。

 

 

(……さて。どうするか)

 

どんなモンスターが逃げたのか知らないが、俺が勝てないモンスターが逃げ出している可能性は十分にある。

そう考えると、この人混みに従って逃げるというのが最も無難な選択だろう。

だが、これは逆にチャンスでもある。

こういう場面で人を助けて回れば、間違いなく善人アピールに一役買うはず。

リスクはあるが、逃げや守りに徹しさえすれば死にはしないはず。

 

(……よし。じゃあ行きますか)

 

 

喰種は感覚器官も人間より優れている。

特に嗅覚は、血の匂いを嗅ぎ分けたり、喰種か人間かを嗅ぎ分けたり出来る程発達している。

 

屋根に登りその嗅覚をフルで活用し、血の匂いを探し出す。

 

(……あっちか)

 

少し遠いが、かなり出血しているようだ。

腹でも貫かれたのだろうか。

 

(行ってみる…………あ、やっぱやめよう)

 

その方向に足を向けると、何やら蛇のようなものがウネウネと動いている。この距離であの大きさなら、おそらくかなり大きい。

出血の主には申し訳ないが、あの大きさのモンスター相手に戦うのは些か分が悪そうだ。精々頑張ってくれ。

 

(他は………お?)

 

血の匂いを嗅ごうと思ったが、その前に破壊音が鳴り砂埃が舞っている場所がある。

だが破壊の激しさとは反対に、あまり血の匂いは感じられない。上手く逃げおおせているということだろうか。

 

(行ってみますか)

 

もし負けそうなモンスターならば隠れて様子を伺っていれば良い。

 

 

 

鼻息を荒くして暴れているモンスター。

白い毛並みと、人の体以上の太さを持つ腕。大きいゴリラのようなモンスターは、何かを追っているかのように暴れまわっていた。

 

(デカいな……だが……うん。負けはしなさそうだ)

 

あれだけの肉が太いと倒すのには一苦労……もしくは不可能だろうが、逆に言えばそれほどスピードは無い。いずれ来るスタミナ切れや上級冒険者まで粘ることは可能に思える。

 

問題は、このモンスターが何を追っているのかという事だ。

絶えず移動しているこのモンスターは、俺がかなり近づいているにも関わらずそちらにしか意識が行っていないようだった。

逆に言えば、それだけ執拗に追われているにも関わらず未だ捕まっていないということは、恐らく一般人ではないだろう。

 

(まぁ、一先ず追いますか)

 

 

 

しばらくするとある程度の広間に出た。

どうやら追われていた人物は迎え撃つ事にしたようだ。

 

相手は………………あ?

 

(ベル?)

 

まさかまさか、唯一の顔見知りとも言える彼との邂逅。

こんな所で会う事になるとは思わなんだ。

 

ベルはスピードではモンスターに勝っているようだが、パワーも殺傷力も足りていない。圧倒的なリーチと破壊力を持ち合わせたモンスターの攻撃は、みるみるうちにベルを追い詰めていく。

 

(やばいな……アイツ負けるんじゃないか?)

 

見れば、ナイフで斬りつけたようだが傷一つ付いていない。あの白い剛毛に防がれてしまったようだ。

決定的なまでに殺傷力が足りない。

加えて目立つのは戦闘経験の無さだ。恩恵のおかげか身体能力には目を見張るものがあるが、素人臭さがある。新人の喰種捜査官でももう少しマシだろうに。

 

(あ)

 

ベルが吹き飛ばされた。

クリーンヒットでは無かったが、何せあの剛腕だ。

モロに体に入らずともかなりのダメージだろう。

 

その証拠に、ベルに動き出す様子は見えない。

 

(オイオイ、死ぬわアイツ)

 

どうする……。

助ける……にしても少しリスキーではある。見た限り躱し続ける事はギリギリ可能だろうが、一撃でもまともに喰らえば喰種と言えど無事ではいられないだろう。

 

だがそれでも唯一の顔見知り。見捨てるには些か惜しい。

 

それに、今考えついたが、ファミリアならばヘスティアの所に入れば良いのではないだろうか。

見たところベルしか仲間は居ないようだし、規模も小さい。

まさに思っていた通りの、理想の物件だ。

であれば、助けたい方が良いだろう。

 

(んじゃま、行きますか)

 

ベルを助ける為に屋根を蹴り、間に入ろうとするーーーー

 

 

 

『ガシリ』

 

 

 

ーーーーが、それは叶わなかった。

 

 

「は?」

 

 

体が前に進まなかったのだ。どれだけ進もうとしても、ピクリとも動かない。

 

それは俺の腕が掴まれているからだと気付くのにそう時間は掛からなかった。

 

後ろを振り向くと、2メートルはゆうに帰る程の大男が俺の腕を掴んでいた。

 

「…………………」

 

(全く気づかなかった……。俺が?後ろを取られたのか?人間に?)

 

もう一度言うが、喰種の感覚器官は人間のそれを大きく凌駕する。

それでも気づかなかった……いや、反応出来なかったのか?速すぎて。

 

………と、言う事はーーー。

 

(ーーー紛れもない強者)

 

雰囲気やこの距離に来るのに気づかなかった事ももそうだが、俺の腕を掴む手がこの男の強さを教えてくれる。

 

互いの視線が交錯すること暫し。

そこで俺は、ようやくこの男が人間ではなく、獣人であることに気付いた。恐らくだが猪人(ボアズ)

 

だがしかし、意図が読めない。

なぜ俺をこうして掴んで動きを止めているのか。俺の知り合いではないなずだし、こんなことをされる理由が無い。……というか、早く離してくれないとベルが殺されてしまう。

 

「離してーーー」

 

「ーーーダメよ。あの子の邪魔をしては」

 

離してくれ。

そう言おうとした所で、美しい声が降ってきた。

 

声の方に視線を向けると、つい先程すれ違った綺麗な女神がそこに立っていた。

 

「少し待っていなさい。すぐに遊んであげるから」

 

「……?どういうーーー」

 

…ことだ?と続けようとしたが、女神に視線を向けられたかと思った瞬間、俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

「おはよう」

 

そう言われて、ようやく意識が覚醒する。

 

まず自分の状態。

縛られて……もない。拘束や体のだるさも無く、眠気もない。

至って健康状態だ。

 

次に目の前の相手。

扇状的なまでに肌が露出した黒のドレス。ドレスの上からでも容易に欲情を促される体付き。総じて評するなら、目を逸らせなくなる程の美貌………いや、そんな言い方すらチンケに感じる“美”そのものの結晶がそこにいた。

 

そして場所。

正面は一面ガラス張り。上品なカーペット。あまり物が無いにも関わらず質素さを感じさせず、寧ろ豪華さを感じさせる。

 

改めて正面に座る女神を見やる。

声や雰囲気、状況から察するに、ローブを纏っていたあの女神と同一人物だろう。

 

何故こんな状況になっているのかは全く分からないが、とりあえず相手の様子を伺ってみることにしよう。

 

「……おはようございます」

 

とりあえず、挨拶をしておく。挨拶は大事だからな。

 

「あら、落ち着いているのね」

 

「まぁ……そうですね」

 

もちろん混乱はしているが、慌てふためく程ではない。目の前に白い死神が居るとか、実は今までのは夢で目が覚めたらCCGの実験施設でした!とかに比べれば幾らかマシだ。

 

「………………」

 

ワイングラスを弄びながら、此方を真っ直ぐに見据えてくる。

 

何を考えているのか全く分からず、いたたまれなさのようなものを感じる。

 

……もしかすると、こちらから質問するのを待っているのだろうか。

 

「……貴女は?」

 

「フレイヤよ」

 

(ほう……フレイヤ……。

 

 

 

……フレイヤ!!!????

 

フレイヤって!都市最強派閥の一角じゃねぇか!!嘘だろ!?)

 

何の冗談だ一体。

都市最強派閥の主神が目の前って本当に何の冗談だ。

 

「あの……もしよろしければ、よろしければで良いんですが帰り道を教えて頂いても宜しいでしょうか?」

 

「………」

 

ニコリと微笑を作るフレイヤ様。

 

(あ、ダメですか。そうですかそうですよねごめんなさい)

 

 

「…………貴方、あの子とは知り合いなの?」

 

「あの子?」

 

「貴方が助けようとしてたあの子よ」

 

……もしかしてベルの事か?

 

「顔見知りって感じですかね。それがなんですか?」

 

「いえ、なんでもないわ」

 

……分かんねぇ。本当にどういう意図があんのか分かんねえ。

 

ワインを一口煽ってグラスを置いた後、目を鋭くして此方を見据える。

 

「……貴方、何者なのかしら?」

 

「へ?」

 

「初めて見る魂。器と中に入っている魂が別のような……器の中に入っているのが別の魂であるような……不思議な魂」

 

立ち上がり、こちらに歩いて来る。

何故か分からないが、動く事が出来ない。

 

なんだ、何を言っている?魂?

 

「フフ…動揺しているのね。安心して。何も考えなくて良い。()()()()()()()()()()聞いておくわ」

 

フレイヤ様の指が、俺の胸を撫でる。

 

そしてまた、意識を失った。

 

 

 

 

 

次に目を覚ました時も、先程と全く同じ部屋、同じ状況だった。

 

「本当、下界の子供達は面白いわね」

 

クスクスと楽しそうに笑っているフレイヤ様。

どうやらデジャブでは無かったようだ。

 

しかし、何が“面白い”というのだろう。

 

 

 

喰種(グール)に異世界……本当に不思議だわ……」

 

 

「………は?」

 

 

「確かにこの世界に喰種なんて種族は居なかったはずだし、信じるしかないのでしょうけど……」

 

 

「……は?は?は?」

 

 

「あの子程じゃないけれど興味深いわ」

 

「一体何を………」

 

「あら?どうしたの?」

 

「どうしたって………何故、それを……それらを知ってる?」

 

「何故も何も、貴方自身から聞いたのよ?」

 

「……一体どういうーー」

 

フレイヤに詰め寄ろうと歩を進める。

 

しかし、それは一瞬で目の前に現れた大男に止められる。

 

「貴様から近づく事は許さん」

 

「あぁ?」

 

どこにいたのか知らないが、目の前に一瞬で現れた猪人(ボアズ)の男は無機質な声でそう言った。

 

俺の腕を掴んでいたあの時とは違う、明確な敵意を視線に滲ませ、此方を見据える。

 

 

そこでふと思い出したのは、俺の餌になったあの3人組の冒険者との話。

 

 

『この都市で一番強い冒険者ァ?』

 

『そりゃあ唯一のレベル7の“猛者”だろうよ』

 

『んだよ、んな事も知らねえのか?【フレイヤ・ファミリア】の団長の猪人(ボアズ)だよ』

 

『名前?名前はーーー』

 

 

ーーーオッタル。

 

姓も無く、ただそう呼ばれている都市最強である唯一のレベル7。

 

目の前に立つ男がそのオッタルである事を疑う余地は無かった。

 

 

俺の目の前に立っているのがホンモノの化け物であるという事を理解すると、途端に頭がクリアになっていく。

ハイになっているのか、はたまた単に命を諦めてしまったのか…、自分でも分からない。

 

(バレてしまったのは仕方が無い。俺に危険を感じ、殺す気ならすぐに殺しているはず)

 

だがまだ生きているという事は、俺に何かしらがあるということだ。

 

詰め寄る前ーー元いた場所に戻り、改めてフレイヤ様を見据える。

 

微笑を崩さず、ただ俺の事を面白そうに見ている。

 

「落ち着いたかしら?」

 

「まぁ、はい」

 

「人間の肉しか食べられないなんて、気の毒ね」

 

全く思って無さそうだが、そこはスルーだ。

 

「美味しいですよ?フレイヤ様も食べてみたらどうですか?」

 

「フフ…遠慮しておくわ」

 

ワインを煽り、飲み終えたグラスをテーブルに置く。

 

そして、微笑を称えたまま口を開く。

 

 

「貴方、私のファミリアに入る気は無い?」



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五話

そういえば、ダンメモの方のモンスターにグールってのが居た気がするんですけど、完全な別種で、区別はついてるっていうご都合主義的な感じでよろしくです


「【フレイヤ・ファミリア】に……ですか?」

 

「えぇ、そうよ。悪い話ではないと思うのだけど……」

 

そう言われて考える。

普通なら、大派閥に入ることによるデメリットは殆ど無い。資金人員資産どれも揃っている派閥であれば、日々の生活で切羽詰まるなんてことも無いだろうし、何より最大派閥であることの恩恵は大きい。

だが、俺の場合は致命的なデメリットがある。関わる人が増えれば増える程、喰種であることがバレる危険性は高まるのだ。しかも、それが“最大派閥の新人”ともなれば大きな注目を浴びることになるだろう。

だから最初から大きな派閥は候補として挙げもしていなかったのだが……。

 

「貴方の懸念は最もだと思うけれど、問題無いわ」

 

俺の考えを見透かしたかのように、フレイヤ様が口を開く。

 

「貴方の事は公表しないつもりだし、万が一バレたとしてもウチならある程度の融通は効くわ。それに、貴方には貴方の役割を与えるからファミリアの子達と特段関わる必要も無い」

 

(……なるほど)

 

公表しないと言うのであれば注目を浴びる事はないだろう。

最大派閥と名高いファミリアにどれだけの権力があるのか知らないが、ある程度の融通が効くというのは嘘では無いのだろう。バレた場合に庇護下に置いてくれるかも知れない。

“役割”というのは不明だが、これ以上関わる人間が増えない事は喜ばしい事なのだろう。

 

つらつらと特典を連ねられたが、一見飛びつかない理由が無いほどの好物件に思える。

だがしかし、メリットが大きければ大きい程その代償である“役割”とやらが気になる。

 

「……その“役割”というのは?」

 

「先に答えを聞かせて貰おうかしら」

 

………まぁ、そうだわな。

対等な取引とかでは無いし、その上あちらに生殺与奪の権利がある。完全に不利な状況なのだから、悪い条件を先に聞いてから選べるなんて訳もない。

 

………あれ?というかそもそもーー

 

「…これ、断ったとして俺……じゃなくて、私の命あります?」

 

「…………」

 

ただただ微笑を返してくるフレイヤ様。

 

「あ、そうですか……」

 

薄々そんな気はしてたが、やっぱり断るという選択肢はハナから無かったようだ。

 

 

(……でも、まぁ良いか)

 

どんな事をやらされるのか知らないが、死にさえしないなら許容範囲だ。とは言え、愛玩動物とかそういうのは是非とも勘弁して頂きたいが。

 

「……分かりましたよ。入りましょう、【フレイヤ・ファミリア】に」

 

「そう…。良かったわ。勧誘が成功して」

 

「勧誘……ね……」

 

ほんと良く言うよ。どこからどうみても勧誘どころかただの脅迫じゃないか。

 

「何か?」

 

「いいえ、何にも」

 

結局入る決め手になったのは脅されたからだが、実際のところは殆ど入る気になっていた。

誰にも喰種である事を知られない……というのは不可能だし、その点主神であるフレイヤ様が知っていてくれるなら色々と手を回したり出来るかも知れない。バレた際の口利きも期待出来るなど、メリットは多い。それこそ“役割”とやら以外にはデメリットなどほぼ皆無だと言えるからだ。

 

 

「では、その“役割”とやらをお聞きしても?」

 

もう入ると口にしたのだし、聞いても良いだろう。

そう思って聞いたのだが、フレイヤ様は立ち上がり、窓の外を眺める。

それに釣られて俺も外を見たのだが、遠く見える地平線と僅かに見える市壁で、ようやくこの部屋がかなり高い位置ーーおそらくはバベルーーにある事に気が付いた。

 

「………好きになさい」

 

 

「………は??」

 

 

言われた意味が分からなかった。

 

「好きに動いて構わないわ。冒険者として名を上げるも良し、ダンジョンに篭って人を襲い続けるも良し、ダンジョンに潜らず市民として暮らすも良し」

 

とにかく何をしていようが、ある程度は根回しをしといてやる……と、そう言った。

 

そして、こう付け加えた。

 

「ただし、ベル・クラネルの近くでね」

 

「………ベルの?」

 

「貴方は貴方の思うやり方でベル・クラネルと関わり続ければ良いわ。元々ヘスティアのところで冒険者になるつもりだったんでしょう?」

 

……つまり、冒険者としてベルとダンジョンに潜るという事を勧めているわけだ。

なんでも良いと言いながら、俺がそれを選ぶのを分かり切っているようだ。

まぁ、実際そうするのが一番丸い手だろう。ダンジョンに篭り切りになるのは流石に危険だし、身分の保証すらない俺が市民として暮らせるのかと言うと難しいだろうし。

 

「そう…ですね」

 

「定期的に私の所に来て色々な事を報告なさい」

 

「……“色々”と言うと?」

 

「あの子の様子や……そうね、貴方が食べた人間なんかを教えてくれれば上手く根回しして挙げられるかもしれないわね」

 

「……………」

 

(旨すぎる。余りにも話が旨すぎる)

 

本当にそんな事で良いのだろうか。

確かにフレイヤ様の言う通り、ベルがいる【ヘスティア・ファミリア】に入って冒険者になろうと考えていただけに、入ったファミリアは違えど、当初と大筋は変わらず冒険者として生きていくことになるだろう。

実質全くデメリットが無い。それどころか、最大派閥の庇護下という巨大なメリットを得られている。

 

「……他にはどんな条件があるんですか?」

 

そう言うと、一瞬キョトンとした(風に見えた)顔をして、またクスリと微笑を作る。

 

「そんなに警戒しないでも大丈夫よ。貴方は普通に冒険者として過ごしていれば良いわ。……でも、そうね………強いて言うなら……」

 

そこで言葉を切り、此方に視線を向ける。

 

「……あの子には手を出さないでね?」

 

 

ゾクリ。

 

 

「………はい」

 

およそ人とは思えない、身の毛もよだつ存在感に、思わず跪いてしまった。

 

(これが……“神”か…!)

 

そんな俺の様子を見て満足したように笑みを深めたフレイヤ様は、もう一度窓の外ーー眼下の迷宮都市ーーを見やる。

 

 

「一応聞いておきたいんですけど……」

 

「何かしら?」

 

「彼が死にそうな場合は()()()助けた方が?」

 

ダンジョンに潜っていれば、少なからず命の危機というものも訪れるはず。そしてそれがベルに降りかかった際、俺は全力でベルを助けなければいけないのだろうか。ここでの全力というのは、赫子などの喰種の力を使用してでも…という意味だ。

 

顎に手を持っていき、少し考える素振りを見せる。

 

「そうね………自分で考えなさい」

 

「ぇぇぇ………リョウカイデス」

 

(嘘でしょ……?)

 

一番嫌な答え。『見捨てろ』よりも、『なんとしてでも助けろ』よりも、最も難解で困難な返答。

明確に『助けろ』ではないのが特に悩ましく、理解出来ない。

 

 

「質問はもう良いかしら?」

 

「あ、はい」

 

質問はなくも無いが、どれも踏み入った質問で地雷であるような気がしてならない。

 

「じゃあ、恩恵を刻みましょうか。こっちに来て背中を向けなさい」

 

(ふぅ…いよいよか)

 

別に今か今かと待ち望んでいたというわけでも無いが、多少の緊張と興奮は隠し切れない。新しい事というのはいつだって心が躍るものだ。

 

フレイヤ様が言った通りに背中を向ける。

 

「背中に直接刻まないといけないから、服を脱いでちょうだい」

 

「はい」

 

言われた通り服を脱いでいく。オッタル……さんが此方に背を向けており、何故かと思ったのだが……。

 

(そうか。俺、今は女の体なのか)

 

それは流石に背中向けるか。

 

「では恩恵を刻むけれど、いくつか注意しておく事があるわ」

 

「……はい」

 

(…まだなんかあるのか……)

 

ツーー…と、指が背中をなぞっていく。

 

「【フレイヤ・ファミリア】である事は誰にも言わないこと」

 

「誰にも…ですか?」

 

「えぇ。ベルにも、ヘスティアにも、ギルドにもね。だから残念だけど、冒険者登録は出来ないわね」

 

「わかりました」

 

冒険者登録にどれだけの価値があるのかは知らないが、確かに【フレイヤ・ファミリア】であることがバレるのは避けたい。至極真っ当な注意だ。

 

背中がだんだんと熱くなってくる。

 

「それと、神に嘘をつかないこと」

 

「なんでですか?」

 

「神は下界の子供達の嘘が分かるのよ。魂の揺らぎからね」

 

「へー……」

 

初耳だ。嘘はバレるのか……気をつけないといけないな。

……ってことは、さっき『質問はもう良いかしら?』って聞かれた時もバレてたのか。

 

(嘘をついて誤魔化す癖は早めに直さないとな……)

 

日常的に嘘をつくのは人間であっても変わらないだろうが、喰種は特に嘘をつく必要に強いられる。喰種であるという疑いを掛けられない為に日常的に騙し欺し瞞しているだけに、咄嗟に出てくる言葉が嘘ばかり…なんてこともザラにある。

嘘が通じないというのが本当であれば、下手な嘘は逆に真実をバラしてしまう可能性がある。

なるだけ嘘を使わずに切り抜けられるようにならないといけない。

 

「最後にもう一度言うけれど、あの子には手を出さないこと。良いわね?」

 

「はい」

 

“手を出す”というのはどういう意味を孕んでいるのだろうか。性的な意味か、暴力を加える的な意味か、はたまた喰ってしまうという意味か……全部な気がする。

ガワが女かだけで中身は男だからそもそもそんな気は無いが、ベルの方が俺に惚れるという可能性は十分にあり得る。

控えめに見て美人でしかも強い(確定事項)のだから、魅力的な要素は兼ね備えてしまっている。もし惚れられちゃったらどうしようかなぁ?

…念のために重ねて言うが、俺に男と恋愛する気は無い。

 

羊皮紙と思われる紙が背中に当てられ、それを剥がすと背中の熱が消えていく。

 

 

「……これで恩恵は刻み終わったわ。で、これがステータス。初期値だから何の面白みも無いけれど、一応渡しておくわ」

 

そう言って羊皮紙を渡してくる。神はこうして羊皮紙に写して俺達にも見られるようにしてくれるらしい。

 

渡された紙を眺める。

 

 


 

オガミ・サクヤ

 

Lv.1

 

力:I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

 

《魔法》

【】

 

《スキル》

【】

 

 


 

 

……確かに、何の面白みも無いステータスだ。初期値の0は当然として、スキルも魔法も無い。まぁ、無いのが当然らしいのだが。いかんせん面白みに欠けて、つまらないと思ってしまう。

 

「それじゃ、帰って結構よ。最初のうちは伸びるのが早いから、一週間ぐらいたったら来てみなさい」

 

「あ、はい」

 

「出口はあっちよ」

 

「……はい」

 

(素っ気無………いや、名残惜しくされるのも嫌なんだけどもさ)

 

こう、いい具合に送り出してくれたりはしないのだろうか。

 

「では、失礼しました」

 

もう用は済んだとばかりのフレイヤ様に見送られ、サクヤは部屋を去ったのだった。

 

 


 

 

「………不服?」

 

サクヤが出て行った扉が閉まったのを見送ったところで、フレイヤはオッタルに問い掛ける。

 

「いえ、滅相もありません」

 

「フフ……」

 

ゆっくりと立ち上がり、また迷宮都市を見下ろす。

 

そしてサクヤがバベルを出たのを見届けた所で、フレイヤは口を開く。

 

「確かに、魂の色自体にはそれほど惹かれるものは無かった…」

 

「……?」

 

「けれど、魂の形そのものは歪んではいないのに凄く歪だった。まるで和室にあるコーヒーカップにワインが入っているかのような、そういう歪さ」

 

そこで一度言葉を切り、サクヤから廃教会ーーベルの本拠ーーに視線を移す。

 

「あの子ほどじゃないけれど、興味をそそられるわ」

 

オッタルはそんな女神の言葉を仏頂面で聞いている。

 

 

「あの子達はどんな物語を見せてくれるのかしら?」

 

 

女神は、ショー開始前の子供のように無邪気に笑っていた。



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六話

別に低評価つけるんは良いんやけど、せめて何が悪いんか教えてくれん?ただただモチベ下がるし気ぃ悪くなるから改善すべき点を指摘してくれんとなんのメリットも産まないよ?


(さて、これからどうするか……)

 

バベルから出たサクヤは、道が広く人通りの多いメインストリートを歩く。祭りの後片付けがあるのか、日はほぼ落ちかけているにも関わらず喧騒が止む様子は無かった。

 

何にせよ、一先ずベルに会う必要があるのだが、その点に関しては大きなアドバンテージを得ている。既に一度会っていることも勿論だが、何より彼の本拠を知っているということが大きい。

本拠が大々的に周知されているファミリアもあれば、誰にも知られない本拠だってある。弱小ファミリアの中でも貼り紙などで宣伝すらしてもいない本拠などは、探すだけでかなりの時間を食うだろう。だが幸運にも俺はベルの本拠を知っている。

まだ目覚めたてで周囲のマッピングなんかも頭の中でしていたこともあるし、記憶を辿って行けばすぐに着くだろう。

 

 

 

(着いた……が………人の気配がしないな)

 

ボロボロに廃れた教会に到着したが、全く人の気配がしない。

一瞬あのまま死んでしまったのかと思ったが、であれば俺にあんな命令を下したりはしないだろうと思い直す。

 

(ま、気長に待つか)

 

別に急いでいる訳でもないし、待ってさえいれば来るのだからそれまで待っておけば良い。

幸い喰種は毎日の食事を必要としないから、その気になれば後一週間ぐらいなら待てる。

 

 

しばらく待つ事にした俺は、改めて自身の事について考える。

特に気になっているのは、フレイヤ様の言っていた魂の話だ。器と中に入っている魂が別物……そういうニュアンスの言葉だったはず。つまり、中身が俺、器は……恐らく体の持ち主と思われる。

と、言うことは、女の体になってこの世界に来たのではなく、女の体に自身が憑依したということなのだろうが、そうなると気になる点がある。

この体の元の持ち主が誰なのかという話だ。体が違うどうして以前と変わらず赫子を出せるのか。なぜよりにもよって喰種の体に憑依したのか………いや、喰種だからこそ憑依したしたのか?

そして一番気になるのは、似ている点だ。

誰に…と言うと、他ならぬ、自分自身に。勿論、以前の男であった頃の自分にだ。だから、最初は女体化でもしたのかと考えていたのだが………。

 

 

「あれ?」

 

「君は……」

 

待ち始めて30分ほど経った辺りだろうか。家主である、ベルとヘスティアが帰ってきた。

 

「こんばんは」

 

「あ、あぁ。こんばんは。どうしたんだい?やっぱりアテが無かったのかい?」

 

(あぁ、話が進むのが早い……)

 

もっとゆっくりと状況の説明をしてからだと思ったんだが、俺が持って行きたい着地点の方の話題を先に出されてしまった。まだ二言三言しか話してないのに……。察しが良いのか悪いのか……。

まぁ、それならそれで問題無い。

 

「まぁ、そんな感じです。」

 

「そうか……。一先ず中に入ろう。話はそれからだ」

 

 

 

「さて。話を聞こうじゃないか」

 

「はい」

 

……よし。

まず気を付けないといけない事は、嘘を言わない事。

 

「改めて、この前は助けて頂いてありがとうございました」

 

座ったままだが一礼。

 

「気にしないでくれよ。君みたいな女の子を道端に見捨ててたら神の名折れだからね。それと、君を連れて来たのはベル君だ。礼ならそっちに」

 

「そうなんですか。ベルも、ありがとうございました」

 

「あぁ、いえ、気にしないで下さい」

 

「いえいえ、命の恩人ですから。放置されていたらきっと死んでたでしょうしね」

 

「そ、そんな大層な事は……!ただ当たり前の事をしただけで……」

 

(……薄々分かってたけど、コイツ良い奴だな)

 

これが演技という可能性も完全には捨て切れないが、多分根っ子から人が良いんだろう。人の多い東京ですら、倒れている人は喰種の餌になるか、十中八九厄介事の種になるので見捨てられることの方が多い。

 

「まぁまぁ、その件は置いておこう。僕らに話があるんだろう?その話を先にしようじゃないか」

 

脱線しかけた話をヘスティアが軌道修正する。

 

(話が早くて本当に助かる)

 

「えっと……実はですね。私、ファミリアに入ったんですよ」

 

「へー!良かったじゃないか!」

 

ツインテールはが揺れ、明るい声は此方を心から祝福しているように感じる。

 

で、問題はここからだ。いかに嘘を使わず切り抜けるかにかかっている。

 

「でも私、宿以外に泊まれる場所が無いんですよね……」

 

「え?」

 

「でも普通、本拠に部屋があったりしますよね?」

 

「うーん……ちょっと止むに止まれぬ事情がありまして、本拠には泊まれないんですよ」

 

「ふんふん。それで?」

 

「で、仕方なく宿を借りてるんですけど、いかんせん出費が嵩んでしまうんです」

 

「ふんふん」

 

「で、これからダンジョンに潜ってお金を稼ぐ事になるんですけど、一人だと流石に危険じゃないですか?」

 

「うんうん………ってちょっと待ってくれ。“ダンジョンに潜って”って……」

 

「あれ?言ってませんでしたっけ?冒険者になったんですよ」

 

あれ?言って無かったっけ?……言ってない気がして来た。

まぁ大丈夫だろう。

 

「そうか……うん。続けてくれ」

 

「それで、もし良ければ、そちらのベル君とパーティーを組ませてもらえませんか?」

 

「…!」

 

「なるほどね……」

 

ベルが驚いたように目を見開き、ヘスティアはうんうんと唸りながら考えている。

 

「同じファミリアの仲間はどうなんだい?」

 

「色々あって関わりも全く無いし、仲が良くないんですよね……」

 

関わりが無いのも本当だし、仲が良くないのも本当だ。

まぁ、そもそも知り合いですら無いんだが。

 

「うーん……」

 

「神様……」

 

「待て、ベル君」

 

ベルが何か言おうとしたのをヘスティアが遮る。

 

「ボクだって、ベル君が一人でダンジョンに潜っているのは心配だ。一緒に潜ってくれる仲間が増えるのは良い事なんだけど、それが他派閥ともなると色々と問題が出てくる事がある。その点はどうなんだい?」

 

「一応、主神様からは許可を得てるんです。というか、むしろそうするように勧められました」

 

「……その主神の名前は?」

 

「申し訳ないんですけど、主神様からは所属を隠すように言われてまして……」

 

「それは……うん。ちょっと待ってくれ。少し考える」

 

またツインテールをウネウネと揺らしながら考え込み始めるヘスティア。

それを尻目に、ベルが此方に質問を投げかける。

 

「どうして僕なんですか?」

 

まぁ、当然の疑問だろうな。

 

「一応知り合いですし、冒険者でファミリアのメンバーが一人って事は知ってたので、何と言うか、お買い得かな〜…と思っています」

 

「お買い得って……」

 

苦笑いをするベル。

 

「……という事は、主神の命令で此処に来た訳じゃないんだね?」

 

聞いていたらしいヘスティアが此方に質問をしてくる。

 

「はい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ベルと関わるようには言っていたが、此処……つまりこの本拠に行くように、ベルの所に行くように命令された訳ではない。つまり嘘では無いのだ。

 

「ふう……分かった。許可しようじゃないか。態々ベル君の主神であるボクにまでお伺いを立てに来たんだしね」

 

「……ありがとうございます」

 

(ふぅ……一先ずクリア……かな?)

 

見ると、ベルは少し安心したような顔をしている。

パーティーが出来たことが嬉しいのだろうか。

 

「それじゃあ、ベル君。サクヤ君と少し話をしたいから、少し出て行ってくれないかい?」

 

「…?はい」

 

バタン。と扉が閉まり、ベルの足音が離れていく。

 

 

 

「さて…と。ベル君は居なくなったけど……それでも主神が誰か話せないかい?」

 

(そりゃそういう話になるよなぁ……)

 

人払いをするということは、そういうことだ。

 

「……本当に申し訳ないんですけど、誰にも話すなと言われているので……」

 

「……正直に言ってキナ臭いと思わなくも無い」

 

(そりゃそうだろうな)

 

でも、と続ける。

 

「嘘をついてるわけじゃないみたいだし、ベル君の仲間が増えるのはボクも望んでいたことだ。……ベル君を頼んだよ。サクヤ君」

 

「……はい。誠心誠意頑張ります」

 

差し出されたヘスティアの手を握る。

 

(あぁ……この神も良い奴だ……)

 

幼い外見に反して、瞳は強く、意思を物語っている。

俺に真っ直ぐに信頼を向けている。

 

 

(あぁ……もしフレイヤ様で無く、彼女のファミリアに入れていたら………何か変わったのだろうか……)

 

そんなたらればに意味は無いけれど、こんな風に腹に一物を抱えたままベルに関わる事は無かっただろうと断言できる。

 

 

 

「話、終わりました?」

 

「あぁ、ちょうど今終わった所だよ」

 

ひょこっと顔を出したベルで、僅かばかり張り詰めていた空気が霧散する。

 

「良かったじゃないか、ベル君!仲間が増えて!」

 

「はい!」

 

「ほら、改めて挨拶をしておきなよ!」

 

「拝・サクヤです。よろしくお願いします。ベルさん」

 

「ベル・クラネルです。よろしくお願いします。オガミさん」

 

互いに改めて名乗り、握手を交わそうと手を伸ばす。

 

「かたーーーい!!!」

 

が、その手はヘスティアによって叩かれる。

 

「固い、固いよ君達。これからは命を預ける仲間になるんだろ?もっと砕けても良いんだぜ?」

 

(む……まぁ、それもそうか)

 

「よろしく、ベル」

 

「…うん。よろしく。サクヤ」

 

今度こそ、しっかりと握手を交わす。

 

 

「た・だ・し!!」

 

が、今度は握手しているベルの腕を掴み抱き寄せる。腕を掴み豊かな胸を押し当てるヘスティア。

 

「ちょ!神様!?」

 

「ボクのベル君は渡さないからな!」

 

『ガルルル…』と聞こえて来そうなほど肉食獣を思わせる視線を俺に浴びせるヘスティア。

 

思わずクスリと笑ってしまいながらも言葉を返す。

 

「……別に取りませんよ」

 

「フン!良いかい?ベル君。油断は禁物だぞ!」

 

「は、はい?」

 

「こういうタイプは実は虎視眈々と狙っているんだ!命を預け合う中で次第に恋に落ちて……なんてのは絶対に!ぜっっったいに許さないからな!!」

 

「いや、だから別に狙ってないですって」

 

「分かったかい?ベル君!」

 

「わかりました!わかりましたから!離して下さい神様!」

 

「照れちゃって可愛いなぁホントにもぉ〜!」

 

「うわっ!ちょっ!やめ!」

 

「あー……私、帰りますねー……」

 

「ちょ!待ってサクヤ!助けて!!」

 

「………明日の朝迎えに来る」

 

「えっ…」

 

バタン。

 

「……嘘でしょ!?サクヤ!!??サクヤぁぁぁぁ!!!!!」

 

(ホント愉快な人達だなぁ……)

 

随分と久しぶりに、心の底から笑えた気がした一日だった。

 



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七話

グロ注意……かなぁ?
これぐらいのグロは全然大丈夫なんかいな?



「ふっ!」

 

『グギャァ!』

 

ベルの振るう漆黒のナイフによりゴブリンが引き裂かれ悲鳴を上げる。

 

これで本日の討伐数は27匹。まだダンジョンに潜って二時間も経っていないにも関わらず、いつもの倍以上の討伐数を叩き出していた。

理由は主に3つ。

一つ目はステータス。何故だか知らないが、目を見張る程の急成長を遂げているベルのステータスは、既にレベル1の中でも中堅クラスの実力を発揮していた。

二つ目は武器。主神であるヘスティアより賜った漆黒のナイフ“ヘスティア・ナイフ”はその性能を遺憾無く発揮して、モンスターを切り裂き続けている。

そして三つ目ーー。

 

「ほいっ」

 

メキィ!と拳がゴブリンの顔面に突き刺さり、物凄い勢いで壁に吹き飛び呻き声をあげる。

 

 

ーーそう、新たな仲間の存在だ。

人数が増える事による利点は言うに及ばずだろう。それに加えて、この3階層のモンスター相手にも全く遅れを取らない戦闘力。

 

 

何度目かの戦闘を終え、魔石の回収作業を開始する。

 

「………ふぅ」

 

ベルの仲間に加わったサクヤは息を吐き出す。

その手には、一体どれだけのモンスターをその手で捻り潰したのか、血が滴り落ちる程付着していた。

 

「ほ、ホントにすごいね……」

 

そんなに血を付けても平気なんて……とは、言わなかった。

 

「ん?そう?」

 

シュッシュッと拳を素振りして見せるサクヤ。

 

拳を振るう度に血が飛び散るが、それを全く気にした様子は無い。

 

「ま、(素手での戦闘には)慣れてるからね」

 

「へ、へぇ〜……そうなん……ですか……」

 

(女の子として、血を全く気にしないっていうのはどうなんだろう……)

 

思わず敬語が出てしまうベルであった。

 

 

 

「今日は何階層まで行くつもりなんだい?」

 

あれからいくつかの戦闘を終えて歩きながら、サクヤは問い掛けた。

 

「うーん……サクヤはどこまで行った事があるんだっけ?」

 

「俺ーーじゃなかった、私は6階層だな。余裕だったからもう少し下まで行けるとは思うが……」

 

(念のために一人称は気をつけておかないとな。どこからバレるか分かったものではないし)

 

生ける嘘発見器がいるこの世界では、些細な事でも疑いの対象になれば致命的だ。なるだけ疑問に思われる事は少ない方が良い。

 

「僕はまだ5階層までしか行ったこと無いんだけど……どうしよっか?」

 

「ふむ………」

 

どうするか……。

ベルの動きを見たところ、俺が以前潜った時とステータスはそれほど大きな差はない。恐らく6階層でも十分に通用するだろう。

とは言えまともに連携が取れそうも無い二人が、初日から新たな階層にチャレンジするというのは些か危険が過ぎる。

ベルが慢心してあっさり死んでしまった……なんて報告をするのは御免被りたい。

 

「一先ず、今日は5階層を入念に攻略することにするのはどうだろう?」

 

「うん。良いんじゃないかな?」

 

「よし……と、来たか」

 

『ガルルル……』

唸り声を上げながら接近して来たのはコボルト。数は4。

 

「……どっちの二体が良い?」

 

「それじゃ僕は右の二体」

 

「了解」

 

もっと数が多ければ突っ込まずにお互いの動きをカバーしながら戦えるようにするんだが、これぐらいの数ならどちらとも一人で処理出来るだろう。

 

先程分担したように、向こうも二体ずつで分かれてくれた。

 

 

ベルがコボルトに切り掛かったのと同時に、二体の内の一体がサクヤに向かって突っ込んで来る。

 

左肩が前に出る形のファイティングポーズを取っていたサクヤは、コボルトの爪を使った引っ掻きを余裕を持って躱す。そしてすれ違いざま、体を低く落としてコボルトにローキックをかまして転けさせる。

 

もしもう一体が来なければこのまま止めを指すつもりだったのだが、もう一体が突っ込んで来たために失敗に終わる。

そのもう一体は涎を垂らしながら歯を剥き出し大きく口を開けて突進してくる。

通常、攻撃する為に力を入れるのであれば口を閉じ、歯を食いしばる。だがあそこまで歯を剥き出し大きく口を開けているということは、牙を使った噛み付きだと瞬時に読み取る。

 

『ガガッ…!??』

 

顔を前面に押し出し、噛み付かんとするコボルトの口に、間合いに入った瞬間手を突き刺す。予想していなかったのか驚いたような声を上げるコボルト。

 

「ほら、美味いか?私の手は?」

 

口の奥深く、喉のそのまた奥まで突っ込んだ手は食道を掴む。

そして、その手を力の限り全力で引き抜く。

 

すると、 ブチブチと音を立てながら内臓が剥がれて行き、完全に引き抜くと血を吹きながらコボルトは倒れる。

 

ドチャリと引き摺り出した臓物を地面に捨て置くと、起き上がったらしいコボルトが恐れを成したかのように二歩後ずさる。

だが、同族がやられた恨みか、モンスターとしての本能か。

コボルトは後ずさるのをやめ、サクヤに向けて牙を剥く。

 

対するサクヤはファイティングポーズを取っていた……と思った瞬間。

 

「シュッ!」

 

最速の攻撃手段であるジャブ、それがコボルトの鼻に突き刺さる。

 

『グガァッ…!』

 

威力よりも速度を重視したジャブだが、弱点である鼻に当たったコボルトは悶絶する。

当然、その隙をサクヤが見逃す筈も無い。

全力で振り抜いた右手はコボルトの胸の真ん中を正確に貫く。

そして、確かな硬い感触を手の中に感じると腕を引き抜いた。

抜かれたのは魔石。モンスターの核とも言えるその魔石を失うと、モンスターは灰になって消える。

コボルトも例外では無く、瞬く間にその体は灰へと変わる。

 

僅か20秒にも満たない戦闘を終えたサクヤは、噴出した血を浴びたせいで全身に血が飛び散っており、赤い斑点を作り出している。

頬から垂れる血をペロリと舐めて、顔を顰める。

 

「……不味っ」

 

 

 

見れば、ベルもちょうどコボルトの喉を掻っ切ったところだった。

 

「サクヤ、こっちは終わったよ……って、どうしたの!?」

 

今度は手だけではなく、全身に血を浴びているのを見て彼女自身が怪我をして出血しているのかもしれないと、ベルは考えたのだ。

 

そして後ろに見える引き摺り出された臓物を見て、思わず吐き気を催す。

 

「いやね、口の中から魔石を掴みだせないかと思ったが、少々無理があったようだ」

 

(や、やっぱりおかしいよこの人ー!!!)

 

 

 

5階層になれば、それまでとはモンスターの出現頻度が明確に高くなる。加えて、この階層からは新たなモンスター、“ウォーシャドウ”が出現する。

鎧を引き裂く鋭い爪とこれまでとは一味違う戦闘力を持ったそのモンスターは新米殺しと呼ばれており、数多の駆け出し冒険者を引き裂いて来た。

 

 

「ふっ」

 

「ほぅら!」

 

また1匹、また1匹とウォーシャドウは数を減らして行く。

 

ここにいる二人の冒険者も、まだ冒険者になって一ヶ月も経たない紛うこと無き新米、駆け出し冒険者だ。

 

だがこの二人は一味違った。

片や、(ベル自身は知る由もないが)早熟を促すレアスキルを持ち、稲妻の如き速度で壁を駆け上る。

片や、人間を遥かに凌駕する身体能力を持ち、戦闘経験も豊富な喰種。

どちらも優に新米の域を超えており、中堅と呼んで差し支えないレベルに達していた。

 

「!ベル、しゃがめ!」

 

サクヤの声に応えてしゃがむと、その体が元あった位置に爪が振り下ろされる。

 

最初9体ものウォーシャドウに囲まれていた二人であったが、連携が少しずつ板に付いてきたこともあり、5体にまで数を減らしていた。

 

「ありがとう!助かったよ!」

 

礼を言いながら、ベルは体勢を立て直す。

 

「キツそうだが……大丈夫か?ベル」

 

「……うん。まだ大丈夫。っていうか、なんでサクヤはそんなに余裕そうなんだ……」

 

「軽口を叩けるなら本当にまだ大丈夫そうだな……っと」

 

爪を躱し、カウンターを顎に叩き込む。モンスターに脳があるのか不明だが、カウンターで顎を狙ってしまう癖は健在であった。

続く回し蹴りでウォーシャドウは吹き飛び、ピクリとも動かなくなった。

 

別に競っているわけではないが、最初に倒した4体の内の3体はサクヤが倒したものだ。

それまでの階層では一方的な“蹂躙”だったが、今は紛れもない“戦闘”。明らかな戦闘経験の差がその対応に如実に現れていた。一対一を効率良く済ませる技術。己の五体をフルに活用した攻撃。我流で荒削りはベルとはそのスムーズさに大きな差があった。

 

 

「ふっ!」

 

負けじと、ベルはナイフを振るいウォーシャドウを切り裂く。

 

負けたくないというプライドと、仲間がいるという信頼感はベルの行動の一つ一つを生き生きとさせてゆく。

 

ナイフでもってウォーシャドウを絶命させると、残り三体に動揺が走る。サクヤに比べて隙が多く、倒し易いと考えていただけに目に見えて動きが変わった事についていけないのだ。

 

続けて瞬く間に1体、2体と倒せば、最後の1体も動揺が消え失せたのか突貫して来る。

少し距離があった為に周りを見渡してみたが敵影は無し。サクヤの方をチラリと見てみるが、残り最後の1体はベルに譲るようで、魔石の回収作業に入ろうとしていた。

完全な一対一。

 

多対一なら兎も角、一対一では既にベルにとって余裕の相手だ。単身楽な装備も持たず5階層に突っ込んで痛い目を見たあの日からは大きく成長しているのだから。

 

僅か数秒後、ベルのナイフは最後のウォーシャドウをその命ごと切り裂いた。

 

 

 

 

 

「ふぃー……さっぱりした!」

 

バベルに備え付けられたシャワールームで血や汚れを洗い落としたサクヤは、バベル内で換金を済ませてベルと合流する。

 

「いやー、それにしても今日は大漁だったねぇ」

 

額にして前回3人組と潜った時とほぼ同じ。3人チームでそこそこベテランだったと思われる彼らと同じ額……それも一つ下の階層までで稼げるというのは、中々に凄いことでは無いだろうか。

 

「こんなに稼げたの初めてだよ!」

 

「へぇ……」

 

確かに言われて見れば一人で稼げる額なんてたかが知れてるし、あの本拠を見た限りではそれほど稼げているようにも見えない。

ベルのほくほく顔を見るに、本当にベルにとっては高額なのだろう。

 

 

「一先ず、連携は問題無さそうだな」

 

「うん」

 

段々動きも噛み合って来ていたし、コンビとして特に致命的な欠陥も無かった。

 

 

「それにしても、サクヤの戦い方ってホントに凄いね。どこで習ったの?」

 

「うーん………地下?」

 

「?ダンジョンってこと?」

 

「いいや、ただの喫茶店の地下室だよ」

 

ふと、あのコーヒーの香りが思い出される。

と、同時にあの人のスパルタ素手喧嘩塾を思い出しげんなりしてしまう。

 

(なーんで良い思い出だけ思い出してくれないかな……。折角いい気分だったのに……いや、あのスパルタですらも良い思い出だったのか……?)

 

「サクヤ?」

 

呼ばれて、現実に意識が引き戻される。

 

「どうしたの?」

 

「……いや、感傷に浸っていただけだよ」

 

「?」

 

訝しげな顔をしていたベルだが、詮索はしなかった。

 

 

しばらく歩いていると、ベルは何かを思い出したように「あ!」声を上げた。

 

「そうそう!神様と、お祝いをしないかって話をしてたんだった!」

 

「お祝い?何の?」

 

「仲間が増えたお祝いだってさ!」

 

「ふーん?」

 

(お祝いする程のことだろうか……)

 

何かにつけて集まりたがるやつもいたりするが、今回はきっとヘスティア様が気を回してくれたのではないだろうか。まだ二日しか会ってないし、交流深めるというのが目的だろう。

 

「で、どこでやるんだ?」

 

僕のオススメの店なんだけどね、と前置きしてから、その店の名を告げた。

 

「“豊穣の女主人”!」




今までの作品でもあんまり書いてこなかった戦闘シーンをちょっと頑張ってみたんですけどどうでしょう?

付けといた方がいいタグとかあったら教えてくれると助かるマン。


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八話〜豊穣の女主人〜

なんとなく、サブタイトルのところに話数の他にサブタイトルらしきものをつけてみることにしました。理由は単純。後で見返した時にどこの話かわかりやすくするためです。


「それじゃあ……ベル君の仲間が増えた事を祝ってぇ〜〜〜……かんぱーい!!」

 

「「かんぱーい!!」」

 

ジョッキを合わせる音が“豊穣の女主人”の店内に響く。

 

 

「しかしまぁ……こういう店に来たのは初めてだな」

 

まさに酒場という印象が最も適しているだろうその雰囲気。

客層も冒険者らしき者が多く、酒に酔って顔を赤くしながら飯を食らっている。

 

カウンターにいる恰幅の良い女の人が恐らく店主だろう。すごく貫禄あるし。

ウエイトレスは皆女性で、エルフやヒューマン、猫人(キャット・ピープル)などと多様だ。しかも美人。

 

「ほらほら、どんどん食べてよ!」

 

無邪気にそう言うベル。

差し出されたのは……おそらくスパゲティ。

 

「………」

 

「?どうしたんだい?サクヤ君」

 

「……いえ」

 

(分かってたことだけど……やっぱり無理だよなぁ……)

 

喰種は人肉以外の物を口にすることが出来ない。

当然人間の料理は毒そのものであり、栄養にすらなりもしない。

もしかすると食べれたりしないだろうかと思ったが、残念ながら食べられないようだ。

 

「頂きます」

 

だが、そのスパゲティを……。

 

「あむ……」

 

食べた。

 

 

「どう?美味しい?」

 

(ゲロまずだよ。残念ながらね)

 

「そっちのも食べて良いかい?」

 

「あ、うん!どんどん食べてよ!」

 

吐き気を催す程の不味さ。

だがそれをおくびにも出さず満面の笑みを作り上げてスパゲティを口に放り込んで行く。

水で口の中に残る不味さを流し込みたいが、水をがぶ飲みしていれば流し込んでいる印象を抱かれてしまう。なるだけ水を飲まず、自然に、自然に食事を取る。

 

 

喰種が人間社会に溶け込む上で、避けて通れないのは飲食の問題だ。

人肉以外には水とコーヒーしか飲めないが、それはなんとか誤魔化すことが出来る。だが、食事に関しては誤魔化しようがない。人肉を面前で食べられる訳も無いし、人間の料理を一口を口にしなければすぐに喰種だとバレる。

そこで、喰種は人間の料理を食べている“フリ”をするのだ。

噛むフリをしつつ、噛まずに飲み込む。飲み込んだ物は早いうちに吐き出す必要がある。

これを習得していれば、人間の社会で溶け込む事ができるのだ。いや、溶け込む上では必須の技術ですらある。

勿論、食べ過ぎれば腹を下すから食べすぎてはいけないが。

 

当然、サクヤもこれを習得している。

 

この世界に喰種が居ないのであれば、そこまでのカモフラージュをする必要は無いのではないかと思うかも知れない。

実際、食事を取っている所を見た事がない→人肉しか食べないなんて発想が飛躍することは無いだろう。

だが、人前で一度も食事を取らなければ不信感は段々と募っていく。

不信感は不審に。不審は疑念に。疑念は確信へと至り、気付いた時には喉元に刃が突きつけられている……なんて事が起こり得ないとも限らない。

だから、最大限出来ることはやるべきなのだ。

 

 

 

「で、どうだったんだい?」

 

「何がですか?」

 

ヘスティアがふとベルに問いかける。

 

「サクヤ君の調子というか、組んでみた感じとかさ」

 

「それが聞いて下さいよ!サクヤって凄く強くて、素手でモンスターをなぎ倒していくんです!」

 

「…素手で?また見た目に似合わず豪快な……」

 

「ね!サクヤ」

 

「んぁ?あぁ」

 

(やめろ、俺はまだ吐き気と戦ってるんだ。あまり話しかけないでくれ……)

 

「それじゃ、パーティーを組んだ感じでは問題なさそうかい?」

 

「はい!」

 

「そうですね」

 

答えた後、グビっと水を煽り、口に広がっていた不味さを洗い流していく。

 

 

 

「貴方がベルさんの新しい仲間ですか?」

 

突然、ウエイトレスから声を掛けられた。

銀……いや、どちらかと言うと灰色の髪と、薄鈍色の瞳を持ったヒューマンの少女。因みに控えめに言って美人だ。

 

「まぁ、はい」

 

「あ、自己紹介をしてませんでしたね。シル・フローヴァです。お名前はなんて言うんですか?」

 

「拝・サクヤです」

 

「オガミさん…ですか?」

 

「あぁ、サクヤ君は極東の名前だからオガミが家名なんだよ」

 

「そうなんですか!じゃあ、サクヤさんとお呼びしますね!」

 

「どうぞどうぞ」

 

(なんか……距離が近い……いや、話すのが上手いのか)

 

こういう風に距離を詰めてこられるのは正直苦手だ。

ついつい胡散臭く見えてしまう。

 

「コラァ!!シル!!サボってんじゃないよ!!」

 

カウンターの方から野太い怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「ミアお母さんに怒られてしまいましたので、仕事に戻りますね」

 

ペロリと舌を出し、ベルに向けて手を振りながら去っていく彼女。

 

(……あざといなぁ)

 

手を振り返すベルと、それを物凄い形相で睨み付けるヘスティア。

 

デレデレするなー!とベルを怒鳴りつけるヘスティアを肴に水をちびちびと飲んでいると、ふと視線を感じた。

 

見れば、『ミアお母さん』と呼ばれていたカウンターにいる店主が此方を………いや、俺を見ていた。

 

(…………?)

 

俺がそれに気付くとすぐに目線を切ったが、確実に俺を見ていた。

 

(単純に従業員を捕まえてしまったから……とは考えにくいな)

 

恨みがましい視線では無かったように思える。

 

「どうしたの?サクヤ」

 

「……いや、何でもない。これ食べていいよ。私はもうお腹いっぱいだから」

 

「サクヤって小食なんだね」

 

「まあね。コスパの良さがウリだからさ」

 

「……よく分からないけど、一杯食べないと大きくなれないよ?」

 

「おや?セクハラかい?」

 

ニヤリと笑ってやれば、ベルも意味を理解したのか、顔を真っ赤にする。

 

「い、いや!ち、違くて!」

 

「何言ってるんだベル君ー!!!」

 

またワーワーと慌ただしく騒ぐヘスティア。

 

(ホント、愉快な人達だなぁ……)

 

また水をちびちびと飲みながら、ヘスティアの百面相を楽しんだのだった。

 

 

 

 

その数日後。

 

 

「なぁなぁかぁいそうぅ〜〜〜!?」

 

「は、はひっ!?」

 

ベルが思わず悲鳴を上げてしまったのは、ギルドのアドバイザーでもあるハーフエルフのエイナ・チュールの剣幕故だ。

 

「キィミィはっ!私の言った事全っ然わかってないじゃない!!5階層を超えた上にあまつさえ7階層!?迂闊にもほどがあるよ!」

 

「ごごごごごめんなさいぃっ!」

 

ここまでエイナが怒っているのにも理由がある。

つい1週間と少し前の事だが、ベルは5階層で絶対絶命の危機に陥ったことがあるのだ。上層に中層のモンスターであるミノタウロスが現れ、当然敵うはずもなく逃げ回っていたのだが、遂に追い詰められてしまう。そこで彼を助けたのが都市最強と名高い【ロキ・ファミリア】の若き剣士、“剣姫”アイズ・ヴァレンシュタイン。それからベルはアイズにほの字になっているのだ。

 

 

「ま、待ってくださいっ!そのっ、僕っ、あれから結構成長したんですよ!それに、仲間も増えましたし!」

 

そこで、エイナはピタリと動きを止める。

 

「……仲間?」

 

「はいっ!」

 

「…………………」

 

確かに、パーティーを組んでいれば対応の幅はかなり広がる。

だが、【ヘスティア・ファミリア】へ入団して冒険者登録をしている人間が居れば間違いなく自分の目に止まっている。それが無いということは、その仲間というのは恐らく他派閥。

何も他派閥の冒険者とパーティーを組むのは珍しいことでは無い。珍しいことではないが…………。

 

エイナはベルをじっと見つめる。

 

この純朴そうな少年は、見るからに騙されやすい。しかも単純で、嘘をつくのが下手だ。これほどまでに詐欺に合いやすそうな少年もそうはいないだろう。

 

「その仲間って、どこのファミリア?」

 

「え?えっと……それが……聞いてないんですよね……」

 

「……聞いてない?」

 

「教えられないって言われてて……」

 

怪しい。

派閥の所属を隠すのはやましい事があるからだ。勿論当人達の間で止むに止まれぬ事情があるのかも知れないが、客観的に見れば怪しいと思わざるを得ない。

 

「その冒険者ってどんな人?」

 

「どんな…?うーん……凄く強くて……強い……です?」

 

悲しいかな。サクヤがベルに与えていた印象は、『素手でモンスターを嬲り殺し、血塗れになっても気にしないヤベー女』であった。実際、ダンジョン以外で一緒にいる事が少ないこともあって、性格を知り尽くす事は出来なかったのだ。

 

「そ、それだけ?」

 

「え?い、いや〜……」

 

流石に『血塗れになっても気にしない女』…とは言えない。

強いという点以外には怖いとか、そういう類の印象しか出てこない。

 

 

「失礼なやつだな。もっと可愛いとか美人とか言えないのかい?」

 

「え?」

 

「あ、サクヤ!」

 

「あまりレディを待たせるもんじゃないぞ?随分と遅いもんだから、何かあったのかと思って職員に聞いたらこの部屋だと教えてくれてね」

 

突然入ってきた女性に困惑するエイナを他所に、どういう経緯でここに来たのかを説明する“サクヤ”と呼ばれた女性。

 

「ご、ごめん」

 

「ま、別に良いんだけどさ」

 

サバサバとした雰囲気や、可愛いというよりもカッコいいという印象が先走るその見た目のせいか、どこか男っぽさを感じさせる。

 

「あ、あの〜…?」

 

「拝・サクヤだ。よろしく、エイナさん」

 

極東の名前だから、拝が姓かとエイナはアタリをつける。

それよりも、気になる事があった。

 

「なんで私の名前を……?」

 

「ベルから聞いてるからね。アドバイザーさんの話は」

 

「話?」

 

「ちょっ!サクヤ!」

 

ベルが慌ててサクヤの口を塞ごうと立ち上がるが、それよりもサクヤの口の方が早かった。

 

「凄い美人だってね」

 

「……………ちょっと、ベル君ったら……」

 

頬を染め、照れた表情でベルを見てしまうエイナ。

又聞きとは言え、褒められている事が分かると嬉しいものだ。

 

「い、いやっ!ち、違くて!……サクヤ!」

 

ベルもまた、顔を赤くして弁明を試みようとするが上手い言葉が思いつかなかったため、サクヤを咎めるように声を上げる。

 

「ハッハッハ。良いじゃないか。悪口を言ってた訳でもないんだし」

 

「そういう問題じゃないでしょっ!?」

 

煩すぎて他の職員に叱られるまで、騒がしさは留まる所を知らなかったという。

 

 

 

「……で、彼女がその一緒にパーティーを組んでいる冒険者ってことで良いのかな?」

 

「あ、はい」

 

「いっつもウチのベルがお世話になっております〜」

 

「あ、いえいえ。アドバイザーですから……」

 

「サクヤは一体誰の立場なんだ……?」

 

「……うーん」

 

エイナは冒険者と聞けば真っ先に思い浮かぶようや筋骨隆々の無骨な男をイメージしていた為、彼女が仲間だと言われた時には驚いた。

話してみても胡散臭そうな感じでも無く、どちらかと言えば単純に親しみやすいという印象だ。

それにベルとも良好な関係を築けているようで、楽しそうに会話をしている様は二人の信頼感を感じさせる。

ベルが『強い』としか言えない程には強いらしいし、実力の方も申し分なさそうだ。

 

 

一先ず、彼女の事は置いておこう。

 

仲間が増えた事は非常に喜ばしいことではあるが、7階層やその先に進むには足りない物がいくつもある。

 

「……君達、明日って時間ある?」

 

「明日…?まぁ、僕は大丈夫ですけど……」

 

どうなの?と、ベルがサクヤの方を向く。

 

「私も問題無いが……」

 

「じゃあさ、一緒に防具を買いに行かない?7階層やその先に進むには、ベル君の装備だと厳しいからね。折角だし、オガミさんも一緒に」

 

 

そうして、明日はベルとサクヤ、エイナの3人でショッピングに行くことになったのだった。

 

 



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九話〜買い物〜

 

今日は、昨日約束した通りエイナ、ベル、サクヤの三人で買い物に来ていた。今は待ち合わせ場所から移動している所だ。

 

その行き先はと言えば、バベルだとエイナは言う。

バベルには神の住処と公共施設と武器屋なんかのテナントがあるとサクヤは聞いていたが、ベルはただ公共施設があるだけだと思っていたらしい。

しかも目当てはあの【ヘファイストス・ファミリア】の店舗。都市でも屈指の鍛治系ファミリアだ。

 

 

バベルに着くと、エレベーターに乗って上へと上がる。

この前恩恵を刻んだ時にこれに乗って降りて来たから特段不思議に思う事はなかったが、ベルはかなり驚いていた。

科学技術が発展していなさそうな世界でエレベーターがどう動いているのか疑問だったが、どうやら魔石を利用しているらしい。不思議パワーだ……。

 

 

バベルの4階に到着したので一度降りる。目当てはもう少し上らしいが、折角だと言う事で見て行く事になった。

 

(たっっか……!)

 

3000万という価格を見て思わず驚いてしまった。

隣のベルも大体似たような反応だ。

 

すげぇな【ヘファイストス・ファミリア】。ここら辺のテナント全部が一つのファミリアの店なのか……。

 

「ああ、この4階から8階までのテナントは全部【ヘファイストス・ファミリア】のものだから」

 

…………すげぇな、【ヘファイストス・ファミリア】。

 

 

ファミリアの規模の大きさに圧倒されていると、店員が声を掛けて来た。

 

「いらっしゃいませー!今日は何の御用でしょうか、お客様!」

 

(ん?なんか聞いた事のある声が……)

 

店員の方を向くと、黒いツインテールの幼女のような容姿。かと思えば異様にデカい胸がアンバランスさを感じさせる。

さて、誰あろう。

 

「……なにやってるんですか、神様」

 

「……」

 

そう。ベルの主神、ヘスティアであった。

 

(バイトをする神様……威厳とかどうなのだろうか)

 

ワーワーと言い合っていたが、上司らしき男の声でヘスティアは仕事に戻って行ってしまった。

 

「……あ、相変わらず、変わった神だね?」

 

「お見苦しいところを見せてすいません……」

 

「大丈夫だよ。じゃあ、上に行こうか?」

 

もう一度エレベーターに乗り上の階に着くと、またまた『ヘファイストス・ファミリア】の店舗が並んでいた。

 

しかしその階にある武器は比較的安く、俺たちの手持ちで十分に買える程度の値段だった。

 

どうやら、まだ未熟な頭角を見せていない鍛治師が打った武器なようで、確かにショーケースに入っていたような武器達とは扱いも違う。

 

 

ここが目的のフロアらしく、別れて自分の目当ての装備を探すことになったのだった。

 

 

(折角だし……武器でも探すか)

 

素手での攻撃力には限界がある。多少怪我をしても治るとは言え、下の階層に進めば攻撃が通らなくなるのは時間の問題だ。実際、7階層のキラーアントの甲殻ですらも手が貫通しなくなっている。まだ打撃として通っているから良いとしても、アレより堅牢になってくるといよいよ素手では厳しくなってくる。少なくともレベルが上がるまでは。

勿論、赫子を使えば攻撃力は申し分無いのだが、いかんせん使うのはリスクが大きすぎる。

 

そこで必要になってくるのが、高い殺傷能力を持った武器だ。それも人というよりもモンスターを狩りやすいもの。

 

急いで用意しなくても良いように思えたが、折角来たのだから探して行こう。

 

「サクヤは何を見てるの?」

 

「あぁ、私は武器を見ようと思ってね」

 

「武器も使えるの?」

 

「んー……多分ね」

 

実際、武器はあまり使った事はない。赫子を武器のように展開することはあっても、武器を使った記憶は殆ど無い。精々喰種捜査官のクインケと呼ばれる武器をちょっとばかし借りたぐらいだ。

上手く扱える自信は無いが戦闘の基本は既に出来ているのだから、慣れてしまえば扱うのはそう難しく無いはず。

 

 

ベルはベルで防具の買い物があるので、バラバラに店内をブラブラと歩き出した。

 

ナイフにバゼラード……長槍に大剣……。

武器を眺めるのも楽しいものだ、などと思いながら流し見て行く。

 

 

ふと、エイナさんが声を掛けて来た。

 

「あれ?もしかして、サクヤさんって今まで素手で……?」

 

「まぁ、そうだね」

 

「へ、へ〜……」

 

スッとエイナは俺の手に視線をやると、すぐに目を逸らした。……なんか若干引いてない?

 

「うん?なんか付いてました?」

 

「あ、ううん!なんでもないの!」

 

「?」

 

血がまだ付いてたりしたのかとも思ったが、真っ白い綺麗な手だ。この手を見てどこに引く要素があるのだろうか……分からん。

 

「え、えーっと、ど、どんな武器を探してるの?」

 

「うーん……」

 

どんな武器……か。

今俺が求めているのは安定性や取り回しのしやすさ以上に破壊力、攻撃力だ。

ベルの使っているナイフ程のレベルであれば破壊力も問題無いのだが、アレはトップブランドである“ヘファイストス”の名が刻まれた一級品の武器だ。数百……いや、数千万ヴァリスは優に超えてくるはず。流石にまだそんな額の武器を買う事は出来ないので、武器の特性として高い攻撃力が見込めるものが望ましい。

となると、やはり大剣や大太刀、戦斧、戦鎚のような重量武器になってくるか。切れ味は勿論必要だが、それに加えて武器そのものの重さも非常に重要だ。ある程度大きい武器であれば、この辺りに置いてある安物でも十分な攻撃力が見込めるはず。

 

「大剣みたいな、重たい武器が欲しいかな」

 

そう言うと、エイナは疑うというよりは、心配するような視線を向けてくる。

 

「重たい武器って……使えなきゃ意味ないんだよ?」

 

(む?そんなに非力に見えるかな……)

 

確かにそれほど筋肉があるようには見えないが、筋肉の密度なんかは人間とは比べ物にならない。まぁ、そんなことをエイナは知る由も無いのだが。

 

「心外だな、エイナさん。こう見えても力には自信があってね」

 

「えぇ?うーん……」

 

(やっぱり信用されてないな……)

 

まさか壁を壊して見せる訳にもいかないし……と、どうやって力を見せるか考えていると丁度ベルが声を掛けて来た。

 

「これにしようと思うんですけど……って、どうしたんですか?」

 

ここでふと名案を思い付いた。

 

「おぉ、良い所に来たな、ベル」

 

ちょいちょいと手招きをすると、防具が入った箱を持ったまんまこちらに近付いて来る。

 

「手ぇ出して」

 

「え?うん」

 

頭に疑問符を浮かべたベルが右手を差し出すと、俺はその手を握って握手を交わす。

 

「え?サ、サクヤ?」

 

「エイナさんがね?私が非力っぽく見えるらしいんだ」

 

「はぁ……」

 

「でも、こうすればちょっとは力があるってこと……分かるんじゃないか?」

 

「え?…………っ!ちょっ!サクヤ!?痛い!痛いって!」

 

右手に力を込め、ベルの右手を砕かんとする。

 

「イダダダダ………!!」

 

叫び声が若干悲痛になってきたので、流石にそろそろ止めておこう。

 

パッと手を離すと、ベルは右手をさすさすとさする。

 

「いやー、悪いね。力を見せる方法がこれしか思いつかなくってさ。ポーションやるから許しておくれ」

 

いくら俺が喰種とは言っても、殺しもしないのに痛めつけるのは趣味では無い。一応申し訳ないと思う程度の気持ちはある。

 

「そういうのは先に言ってよ!」

 

恨みがましい視線を向けて来るベル。

 

「いや、ホントごめん。今度なんか奢るよ」

 

「もう……」

 

不満はありそうだが、一応怒りは収めてくれたようだ。

しかし……人が良過ぎないだろうか。ハッキリ言ってこれは本気で怒っても文句は言えないレベルのはずだが……。

 

 

「……ま、これで力があるのは分かったでしょ?」

 

「えぇ……う、うん……」

 

また引かれてる……流石に仲間を実験台にしたのは心証が悪かったか。

 

「で?ベルは何の用だったんだ?」

 

「あ、そうそう。これにしようと思うんですけど……」

 

そう言って、装備品の入った箱を見せてくる。

中に入っているのは、白い軽鎧(ライト・アーマー)なようだ。

 

「あれ?もう決めちゃったの?」

 

「はい!」

 

「そっかー……良さそうな鎧を見繕ってあげようと思ってたんだけど……うん。ベルくんが使うんだもんね。キミガこれ、って決めたんなら、それでいいと思う」

 

「……ありがとうございます」

 

そう言って、ベルは会計をしにカウンターへ向かって行き、それを見届けたエイナも店内を物色しに行った。

 

 

(んじゃ、俺も探しますか……)

 

予算は10万ヴァリス。ベルの予算である1万ヴァリスと大きく違うのは、俺自身の食費などの生活費がほぼ0に等しいからだ。

 

(それにしても……良い武器が全然見つからない)

 

初めは、どうせ武器の良し悪しなど分からないし多少は安物でも……と思っていたのだが、これが思いの外分かるもので、多種多様な武器を使う捜査官達と命を削り合っていた時間は無駄では無かったと思い知らされる。赫子で武器を形成しているということもあってか、自分が思っているよりも武器の良し悪しは分かるらしい。

 

「まだ探してるの?」

 

店内の物色が4周目に突入したところで、ベルが声を掛けて来た。

どうやら無事に買えたらしく、白い鎧と緑のプロテクターを持ってホクホク顔だ。

 

「そうなんだよ。中々お眼鏡に叶う武器が無くてね」

 

「他の店に行ってみる?」

 

「……そうしようか」

 

 

 

カウンターの前を通り店の外へ出ようとして、ふと立ち止まった。

 

「サクヤ?」

 

「……ちょっと待っててくれ」

 

俺の目に止まったのはカウンターの奥。売り物というよりも、飾り物のように壁にかけられている大鎌(サイズ)

黒いーー恐らく鋼の柄に、紫色の光を発している刃。大鎌(サイズ)と呼ぶには余りにも禍々しく、どちらかと言えば死の大鎌(デス・サイズ)と呼ぶのが相応しいだろう。

見るからにここに置いてある武器の中でも特別良い武器に見える。

 

「……あれは?」

 

店員に声を掛けると、あぁ、と続ける。

 

「見ての通り大鎌だよ」

 

「そりゃあ分かるが……売り物なんだよな?」

 

飾り物にするには些か派手さに欠けているから、おそらくは売り物だと予想した。

 

「……オイオイ、嬢ちゃん。アレを買う気か?やめとけやめとけ」

 

だが、店員は心底心配しているかのように購入するのを勧めなかった。そこまで高い武器なのだろうか。

 

「……なんでだ?」

 

ここだけの話だが、と前置きをして話し始める。

 

「ありゃあな、呪われてんだよ」

 

「……はぁ?」

 

「おっと、勘違いすんじゃねぇぞ?実際に『呪詛(カース)』がかかってるってわけじゃねぇ。“曰く付き”って事だ」

 

「と、言うと?」

 

「元々よ、大鎌使いってのは少ねえんだよ」

 

「はい」

 

それは大いに理解出来る。

明らかに剣や槍とは形状が異なる為、扱いが難しいのだ。比較的扱いやすい剣よりも敷居が高く、使いこなすにはセンスが必要だ。

その点、普段から赫子を鎌の形に取って武器にしていた俺であれば問題無いだろうが。

 

「数少ない鎌使いは、コイツをこぞって使おうとしたらしい」

 

見るからに立派だから、当然、使いたい冒険者も多かったことだろうと想像はつく。

 

「最初に買った一人目は運悪く“怪物の宴(モンスター・パーティー)”にあったらしくてな。その使い手は食い殺されたらしい」

 

怪物の宴。一ヶ所に、一斉に大量のモンスターが生まれることだ。数の暴力に、数多の冒険者が命を落としたと聞く。とは言え、そう何度も何度も起こるようなものでも無い。運が悪かったと言うしか無かっただろう。

 

「二人目は強化種。三人目はダンジョン内で闇討ち。四人目はまた“怪物の宴”」

 

「そりゃまた……」

 

「そっからも何人か続いたらしいが、10人を超えた辺りから買う奴は居なくなったって話だ。そんだけ使い手が尽く居なくなってるってのに、毎度毎度キチンとこの店に戻って来るってのが“曰く付き”って言われる理由だな」

 

話を聞く限りでは、紛うことなき“曰く付き”だ。ただの不幸と言うには余りにも出来過ぎている。使い手を殺す武器…ってところだろうか。

別に物に意思が宿ると本気で信じている訳でも無いが、魔法やら神やらがいる世界なら物に意思が宿った所でそこまで驚きはしない。

廃棄すれば良いとも思ったのだが、そんな武器を処分したら後が怖いということで仕方なく飾っているらしい。

 

まぁ、関係無いが。

 

「で、値段は?」

 

そう聞くと、信じられない物をみたように驚いた。

 

「は?……嬢ちゃん、話聞いてたのか?」

 

「ちゃんと聞いてたさ」

 

「じゃあなんで」

 

「何、どうせ呪いやら不運やらで死ぬようなら所詮はそれまでだったってことだろう?死んだのを武器のせいに出来た彼らは幸せだろうよ」

 

「……俺が売った武器が原因で死なれちゃ寝覚が悪いんだよ」

 

「心配するな。次にこの武器が返ってくる時は、私の『ただの鈍だったよ』って言葉と一緒だ」

 

数秒睨み合う。

 

逸らしたのは、店員の方だった。

 

「……ハン!威勢だけは良いみたいだな。予算はいくらだ?」

 

「え?10万だけど…」

 

「じゃあ10万だ。さっさと払いな」

 

「……そんなに適当に値段決めて良いのか?」

 

まさか、俺が千だと言えば千で済んだのだろうか……?

 

金を払いながら問いかけると、知るか、と言ってから続ける。

 

「どうせ値札なんてねぇんだ。気にすんな」

 

「……それもそうか」

 

無茶苦茶なようだが、無いものは無いのだから仕方が無いだろう。であれば今自分の命に賭けられる最大の価値を賭けさせるのは当然だと言える。

 

 

「おらよ」

 

差し出された大鎌(サイズ)を受け取ると、ずっしりと重さを感じる。

 

「ありがとう。おっちゃん」

 

「ぜってぇもう来んなよ」

 

既に何かしらの作業に移りながら、ぶっきらぼうにそう言う店員。良いやつじゃないか。

 

初めての“自分の武器”というものにワクワクとしながら、ベルとエイナに合流した。




サクヤの容姿が欲しいって感想を頂きましたので、折角やし二ヶ月ぶりにペンタブを握ってみようかなと思います。やる気はあるけど下手くそやから期待はするな。


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