くるくる回る車椅子のタイヤ (松竹梅684)
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くるくる回る車椅子のタイヤ

―――あの子の手を引くことが、今まで何度あっただろうか。

 

 

―――迷子になりかけた時。一緒に遊ぶ時。夕焼けに染まる畦道を歩く時。

 

 

―――どれもこれも、輝かんばかりのあの子の笑顔ばかりが思い浮かぶ。

 

 

―――そんなあの子に、いつの間にか惹かれていたんだろう。今ならば、そう自覚できる。

 

 

 

―――もし、あんなことになるというのなら...俺は、彼女に何と返すべきだったのだろうか

 

 

 

 

〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇

 

 

 

 

「ふあぁぁ...」

 

大きなあくびと共に、俺――小垣 祥太(こがき しょうた)は布団から這い出る。

太陽はすでに顔を出し、部屋の中の温度も徐々に上がってきた。

布団の中で蒸し焼きにされないうちに早々に起きるとしよう。

 

軽く体を伸ばしながら、今日の予定を確認する。

久々に何も予定を入れていない日曜日。講義は勿論無い。

午前中は何もなく、午後に数日分の食糧を買い出しに行くぐらいしか予定もない。

なにか気が乗ったら予定を組もうか、というほどに無計画だ。

 

「今日は新聞以外に、何か届いてるかな~っと」

 

とりあえず新聞をとるため郵便箱に向かう。

ついこの間親から手紙が来たからか、すこし郵便箱を覗くのが楽しみになっている気がする。

 

まさか最後の方に、ノストラダムスの予言について書かれてるとは思わなかったが...

まぁ予言の年まではまだまだあるみたいだし、そこまで危惧しなくていいんじゃないかな。

 

少しの期待を胸に抱きながら、扉を開く。

普段と変わらない一日の幕が開くと思っていたが―――

 

 

 

「やぁ、お久しぶり。元気してた?」

 

 

 

少し視点を下したところに、見知らぬ黒髪の少女がいた。

 

 

 

「・・・どちら様で?」

 

少なくとも自分の交友関係には、このような美少女は存在しない。

通う大学にもこのアパートにも、こんなかわいらしい子はいなかった気が…

 

「むぅ・・・まさか私のこと忘れちゃったの?小さい頃、たくさん一緒に遊んだのに」

 

小さいころ?

 

それに今気づいたが、少女の背の低さは車椅子に座っていることが原因だと気づいた。

小さなころ。車椅子の少女。たくさん遊んだ…

 

「まさか、お前・・・ユキか?」

 

俺がふと思い出した親友の名を言うと、少女は――ユキは、にっこりと笑った。

 

「そ。君の親友、大瀬 真雪(おおぜ まゆき)だよ」

 

 

 

 

 

とりあえず、玄関先で話すのも何なので、家に入れることにした。

車椅子のまま入れるほど家は広くないので、玄関に車椅子は置き、俺が居間まで運ぶことになった。

 

「いやー悪いね。ラクチンラクチン」

 

「玄関から大した距離じゃないしな...」

そう言って、座布団の上にユキを降ろす。 

とりあえずお茶を淹れるため、台所へと移動した。

 

 

彼女、大瀬 真雪(おおぜ まゆき)は、大体幼稚園児くらいの頃に知り合った、一個下の女の子だ。

彼女は脊髄の病気で下半身不随となり、子供のころから車椅子で生活していた。そのため町の人たちは大人も子供も、腫れものにさわるような扱いをしていた。

俺達が生まれ育ったあの町は、お世辞にも都会とは言えない田舎っぽい町だったが、そこまで閉鎖的といった感じでもなく、みな仲が良かった。それでもユキにはよそよそしかったのは、体に障害を持つ子にどう接すればいいのか誰も分からなかっただと思う。

 

そんな中、小さい頃の俺は周囲と違い、ユキと一緒に遊びまわっていた。外で遊ぶのと同じくらいに中遊びが好きだったからか、ユキに同情していたのかなど、理由は今となっては思い出せないが…

 

 

「っと、危ない危ない」

 

ふと昔のことを振り返っているうちに、お湯が沸いていた。慌ててお茶を淹れ、ユキのいる居間へ戻る。

 

「ごめんな遅くなっちゃって。ほい、お茶」

 

「お、ありがとね...ちょっと味薄いね。お湯熱々のまま淹れた?」

 

「うぐっ、ばれたか...ちょっと昔のこと思い出しててな」

 

「...ふ~ん」

 

ユキは少し拗ねたような、どこかはずんだ感じもする声を出しながら、薄めのお茶を飲み続ける。

自分で飲んでも薄いと感じる。やっぱりもうちょっと時間を置くべきだったか…

 

「ところで、なんでこっち来たんだ?まだ学校もあるだろうに...」

 

「ん?あぁ学校...ちょうど創立記念日が明日でさ。連休だし、そういえば一度も行ってないなーって思ってね」

 

お茶をちびちび飲みながらユキはそう言う。

なるほど。降って湧いた連休だから、遊びに出かけたくなったってわけか。

 

 

「まぁ、私がカミサマにお願いしたから、都合よくお休みができたんだけどね~」

 

 

「・・・久しぶりに聞いたな、それ。やっぱりまだ、視えてるのか?」

 

「モチのロン。小さい頃から以前変わりなく、ばっちり見えてるよ~」

 

・・・ユキがあの町で腫れもの扱いされていたのには、もう一つ理由がある。それが、今言っていたように『カミサマが見える』と昔から吹聴していることだ。

ユキが言うには、物心ついたころから見えているらしい。カミサマはなにか話しかけてくるか、カミサマはどんな姿形をしているかなどは一切話さないため、あまり信じられていなかった。

かく言う俺も、いくらユキが言うこととはいえ到底信じきれない。一応ユキに話を合わせてはいるが...

 

「...それよりさ」

 

一度お茶を飲み切り、ぐっと体を寄せてきた。

少し見ない間に大きくなったユキは、より女性らしくなったように思える。 

 

ぱっちりとした目をキラキラと輝かせながら、ユキは俺に告げた。

 

 

「ねぇ、デートしよ!」

 

 

 

 

〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇

 

 

 

 

玄関の外でボーっとしながら、着替えをするユキを待つ。

なんでも()()()()したいのだとか。一人で着替えられるのかな...

 

ユキが言うには、初めて東京に来たから観光がしたく、でも有名どころには明るくないから案内してほしいのだと。ついでに、昔話したり一緒に遊んだりしたいのだと。

まったく、わざわざデートだなんて言わなくていいだろうに...不覚にもドキッとしてしまった。

 

それに...少し、昔のことを思い出してしまう。

あの町から引っ越す前、ユキと――

 

「おっまたせ~」

 

また昔のことを思い出す直前、ユキの声でその思考は断ち切られた。

出迎えのために扉を開けると、そこにいるユキの姿に絶句した。

 

ここに来る時は学生服を着ていたため、少し少女らしさが目立っていた。

だが、白いワンピースを着こなし儚さを思わせる今のユキは、深窓の令嬢と表現されるような雰囲気を感じさせた。

 

「お~い、大丈夫?再起動しろ~」

 

ユキの呼びかけでハッと気づく。

どうやら、ギャップのせいで少し思考が止まっていたみたいだ。

恐ろしやギャップ萌え...

 

「あぁ、すまんすまん。その、なんだ。

・・・・か、かわいい...と、思うぞ」

 

「...へへっ、そう?地元で珍しくよさげな服が売ってたからさ、買っちゃたんだ~」

 

ユキははにかみながら、見せびらかすように腕を広げる。

いわゆるノースリーブというタイプだから、そんなに腕を広げると腋が見えちゃう気が...

 

「あ、この上にカーディガン羽織るから腋の心配はしなくていいよ?」

 

なぜばれたし

 

「そりゃあじーっと見られてればねぇ?ノウサツされちゃったかな~?」

 

からかうようにニヤニヤと、猫のような笑顔でこちらを見てくる。

そんな姿に、やはり昔のユキのままなのだと、どこか安心していた。

 

「うるせぇやい。そんで?デートってもどこ行くんだ?」

 

「露骨な話題逸らしだね...まぁいいでしょう」

 

そう言い、ユキは手元の袋から地図を出した。

すこし迷った後、いくつか赤文字が書き込まれている場所を指し示す。

 

「ここ!渋谷行ってみたい!」

 

「渋谷か...わかった。それじゃ、電車で行くか」

 

駅までの道順を頭に浮かべ終え、自分の荷物を一度背負いなおす。

家からは少し遠いが、歩けない距離でもない。日差しは強くなく気温もちょうど良い、少し歩いても汗をかくことはないだろう。

 

「そんじゃ、しゅっぱ~つ!」

 

「そんなに意気込まなくても渋谷は逃げないぞ~」

 

ユキの威勢の良い掛け声とともに、駅へと歩を進める。

俺はユキの隣で歩いているわけではなく、後ろから車椅子を押す係についている。

 

あの町にいた頃は、遊びに出掛ける時や遠出する時などに、こうやて押してあげることもあったなぁ。

その度に、ユキは偉そうにふんぞり返ったり、こくりこくりと舟をこいだりしていた。

そういえば一度だけ、寝ちゃったユキの顔に落書きして、後でとんでもないスピードで追いかけられたこともあったな...あれ以降、ユキは絶対怒らせないように気を付け始めたんだっけかな。

 

 

・・・思い出す記憶は、どれもこれも微笑ましい。

小さい頃の記憶は忘れやすいというが、ユキとの記憶は色あせることなく、昨日のように思い出せる。

今思い出してみれば、ユキのことを昔から、少なからず想っていたと分かる。

 

 

あぁ、なのに

 

 

『ねぇ...ショウ』

 

 

俺はなんで、あの時

 

 

『私と、付き合わない?』

 

 

ユキの告白に、答えられなかったんだろうか――?

 

 

 

 

〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇

 

 

 

 

「着いた!ここが渋谷か!」

 

「あんまりはしゃぐな、お上りさんだと思われるぞ」

 

電車から降り駅の外へ出ると、その人の数にユキは感動していた。

でも、普段は人口100人にも満たない町に暮らしてるわけだしなぁ...そりゃ驚くか。

 

「渋谷に来たはいいけど、ここで何するんだ?俺もそんなに詳しいわけじゃないから、あんまり案内とかできないぞ」

 

「ふふん、そこらへんはどうでもいいの。一個だけ見るもの決めてるから、それ以外は適当にぶらぶらしよ?」

 

なるほどそういう事か。

ユキにとってみればここにある物のほとんどが初めて見たり触れたりする物だろうし、そこまで予定を決めて動く必要がないわけか。

 

「じゃあ、その元々予定に組んでた見たい物って?」

 

「これこれ」

 

そう言って、ユキは左の方を指さす。その先にあるのは・・・

 

「あぁ、ハチ公か」

 

「そう!犬の石像なんてめったに見たことないからね~。一回でいいから見たかったの」

 

実際の犬とは違い冷たい犬の彫像を、ユキはキラキラとした目で見続ける。

俺にはそんなに見たいと思えるポイントがわからんが...まぁユキがどう思うかは自由だもんな。

 

「それにこのハチ公は、カミサマも見たいって言ってたんだ」

 

・・・また『カミサマ』か。

そいつは一体何なんだろうか。

なぜ、ユキには姿を見せているのか。

なぜ、ユキはカミサマについて詳しく話すことをしないのか。

分からないことばかりが増える。

 

「よし、満足!さぁ、次のところへゴーゴー!」

 

「はいはい、はしゃぎすぎると疲れて帰りが大変だぞ~」

 

「その時は、ショウが運んでくれるから大丈夫」

 

「がっつり他力本願じゃねぇか」

 

俺は便利屋か何かかよ...

 

 

 

 

〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇

 

 

 

 

「あ~楽しかった!満足満足」

 

「そりゃよかった」

 

結局あの後、浅草でお参りに行ったりアメ横に行ったり、また足を延ばして秋葉へ出向いたりした。

あんなに賑わってるところだとは思ってなかったな。もうちょいお寺っぽく厳かな感じかと思ったら人でごった返してたし。

 

「もう行きたいとこはないか?そろそろ時間も時間だし、泊まる所とかも考えなきゃいけないし」

 

「あーもうそんな時間か...」

 

俺の家の最寄り駅まで帰ってきたが、そろそろ日も完全に落ちる頃だ。

そういや、町ではよくこのくらいの『逢魔が時』って言って、子供たちが変質者に狙われたりしないよう早く帰るようにしてたっけかな。

 

「んで、お前どこ泊まるんだ?」

 

「ん?泊まる所か...考えてなかったな」

 

「いや、帰るって手もあるけど、今からだと町に着くころには真っ暗になりそうだろ?だから――」

 

 

「うぅん、心配しなくても大丈夫。ちゃんといけるから」

 

 

「・・・?おぅ、ならいいけど」

 

今、何か変なものを感じたような。

こう、違和感というか、怖気に似た何かというか...

 

「あ、そうだ。一つ聞きたいことがあったんだ」

 

「なんだ?」

 

「ショウはさ...まだ私のこと、好き?」

 

・・・どうしたんだろうか、いきなり。

 

「ほら、昔ショウが町から引っ越して、東京の中学校に通うって話された時、ショウに告白したでしょ?

 よくよく考えたら、私まだあれにちゃんとした返事貰ってなかったな~って思ってさ」

 

「あぁ、そういう事か」

 

その事なら、今日思い返したばかりだ。

 

ユキの言うように、俺は中学からあの町の学校ではなく、東京の中学校に進学した。いろいろと学びたいことが増えた結果、中学から東京で学びたいと思い、両親を説得したのだ。

その事をユキに話したとき、俺は告白された。

 

しかし、その時の俺はまだ、恋人という関係がどういうものか分からなかったし、推測することもできなかった。

そのため、今の関係が崩れてしまうのではないか、ユキとどのように接すればいいのかなどと迷った結果、曖昧な返事をして逃げてしまった。

 

でも、今ならばちゃんと伝えられる。

 

あの日、言葉にも態度にも表せなかったことが、今なら。

 

 

「もちろん、大好きだ。

 ユキはこれからの生涯絶対に合うこともできないと思えるほど、唯一無二の親友だと思う。

 でもそれ以上に、お前のことが、一人の女性として大好きだ」

 

 

「...あぁ、こんなに想っていてくれていたのか」

 

「ん、今なんか言った?」

 

「・・・なんでもない。それじゃ、ばいばい!」

 

何かつぶやいていた気がしたが、それは聞き取れなかった。

代わりにユキは満面の笑みを浮かべて、大きく手を振って駅へと戻っていった。

 

まぁ、予定だとあと10分後くらいに電車が来るし、それに急いで乗りに行ったのだろう。

これ以上遅くなると、ユキの両親も町のみんなも心配するだろう。

 

「あぁ、またな」

 

手を振り返すと、俺も帰路に就く。

こんな時間だし、途中でスーパーに寄って買い物していこうかな...

 

「ん?」

 

所持金を確認するためにバッグをあさっていると、一冊のノートが出てきた。

身に覚えがなかったので表紙を見てみると、そこには大きく『大瀬真雪』と書いてあった。

 

「なんであいつ俺のバッグの中にこれ入れたんだ...たぶん電車もギリギリ来てないだろうし、届けに行くとするか」

 

まだ駅から離れ始めてそんなに経っていない。駅に着くころには電車が出るまで多少余裕があるだろう。

少し駆け足で駅までの道を戻る。到着までには間に合うかな...

 

駅が見えてきた。ホームにユキの姿も見える。

東京の方の駅とはいえ、ここはそこまで大きくない駅なのでホームがある程度野ざらしになっている。

屋根のない場所で待つユキは、ここからでもよく見える。

 

「おーいユキ! わすれもの――」

 

ここからなら大声を出せば届くだろう。そう思い声を張り上げようとした、次の瞬間

 

 

 

ユキが、車椅子から姿を消した。

 

 

 

「・・・はっ?!」

 

一瞬事態を飲み込めなかったが、急いで駅へと駆ける。

改札を丁寧に通り抜ける暇なんてない。駅員に怒られることなど考えず、改札を跳び越す。

 

すぐ近くから電車の警笛が鳴り響く。先ほど見えた光景が、現実のものであることを報せてくる。

 

 

ホームの端を目指す。

 

 

もうここから電車が見える。

 

 

間一髪、間に合った。

 

 

「ユキぃ!!」

 

大声で、怒鳴るように。同時に手を伸ばす。

普段出さない大声に驚いたのか、それとも俺がここにいること自体予測していなかったのか、少しびっくりした顔でこちらを見る。

 

「掴め!まだ間に合う!!」

 

足が竦む。

ホームから身を乗り出し、手を伸ばすのがやっとだ。

 

 

しかし、ユキはそっと静かに、首を振った。

 

なぜ、なんで。どうして――!!

 

 

 

「ありがとう、シュウ」

 

 

 

「――――ごめんね」

 

 

 

 

〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇

 

 

 

 

・・・あれから、一週間ほど経った。

 

ユキはあの日、電車に轢かれた。

俺が延ばした手に掴まることはなく、勢いよく突っ込んできた電車に、まるで死を受け入れているかのように、轢かれていった。

 

・・・彼女が轢かれる直前、発した言葉の意味。それがどうしてもわからない。

 

『ありがとう』『ごめんね』

 

ユキはあの時、何を思っていたのか

 

「・・・悩んでてもしょうがない、か」

 

事故から数日経った頃、ユキの両親と会った。

俺はあの時助けることができなかった罪悪感から、何度も謝った。

でも、ユキの両親は俺を許した。許しただけでなく、責任は自分たちにあるとまで言っていた。

 

『真雪は最近、ぼーっとすることが多かったんだ。なにか気になることでもあるのかと聞いても空返事で...まるで、生きながらに死んでいるような、そんな雰囲気を漂わせていた』

 

『そのせいか、町でもめったに話しかける人はいなくなって...そんな時だったの。あの子が、あなたの所へ出かけるって言いだしたのは』

 

『祥太君には創立記念日があるから明日も休みだと言っていたが、そんなことはない...たぶん、帰るつもりはなかったんだろうな』

 

『でも、私たちはあの子を引き留めることができなかった...あの子があんなにも目を輝かせて、自分の感情を表に出すのなんて、久しく見なかったから。だから、あの子の好きにさせてあげた。させてしまったの...』

 

『だから、君は悪くない。顔を上げてくれ祥太君』

 

『ごめんね...祥太君、本当にごめんね...』

 

ユキがそんな状態にあっただなんて、全く知らなかった。

 

でも、なおさらわからないことがある。

なんでユキは俺に、まだ自分のことが好きかなんて聞いたんだ...?

 

「そのことも含めて、お前と話したいことが山ほどあるよ。ユキ...」

 

でも、どんなに祈ってもユキは生き返らない。

だから、こんな思いは無駄なものでしか――

 

 

 

『そんなことないよ、ショウ』

 

 

 

ふと、声がした。前を見る。

 

 

そこには、人がいる。

 

 

いや、人の姿をした、人ではないモノがいる。

 

 

それの、姿は。

 

 

「ユキ・・・?」

 

 

 

『うん、そうだよショウ。私は正真正銘、大瀬真雪。君の一番の親友さ』

 

 

 

「うそだ...ユキは、死んだはずだ。俺の、目の前で」

 

『うん、死んじゃったよ。でもここにいる』

 

ふわふわと浮かぶ、俺の前にいるユキの姿をしたモノ。

それは、ユキと変わらぬ顔で、ユキと同じ声で話しかけてくる。

 

『私がなんでこんな姿なのか。死んだはずの私がなぜいるのか。

 私がショウに言った、最後の言葉の意味とか。

 聞きたいことがあるんでしょ?』

 

「・・・あぁ、山ほどあるさ」

 

『そう、それを叶えるために、今私はここにいるの』

 

 

聞きたいこと?そりゃ、たくさんある。

 

なんで死のうと思ったのか。

 

なんで相談してくれなかったのか。

 

なんで、誰にも頼らなかったのか。

 

なんで、なんで――!!

 

 

『それはね...私は昔から、死ぬことが決まっていたからなの』

 

 

・・・意味が分からない。

 

 

『あぁもちろん、生物的に定められてる死とか、そういう話じゃないよ?こう、何歳で死ぬ定めにある、みたいな』

 

 

もちろん、分かってる。

 

 

『私が昔から見えていたカミサマ。あの人は、私がいつ死ぬかをずっと教えていたの』

 

 

それじゃあ、お前は。

 

 

『だんだん死ぬ時期が迫っていくことに、私は不安を抱いてた。でもカミサマは、死に方だけは選ばせてくれたの』

 

 

死ぬことがわかっていたから、お前は。

 

 

『だから、最後にショウに会いに行ったの。それで、完全にお別れして、心残りなく死のうと思ってた』

 

 

お前は、あんなことを聞いたって言うのか。

 

 

『うん、でも...ショウがあんなに私のことを想っていただなんて、知らなかったな。心残り出来ちゃったよ』

 

 

涙が止まらない。

 

 

『だから、ありがとうは私を想っていてくれたことに。ごめんねは、ショウの想いを無下にしちゃったことに。そういうこと』

 

 

俺が中学の時、町を出なかったら...あの日、ユキから告白された時、ちゃんと想いを伝えていれば。

こんなことには、ならなかったのだろうか。

 

 

『カミサマはルール違反を許さないとか言っててさ。死ぬ定めから逃れようとしても、その先が苦しくなるだけなんだってさ』

 

 

・・・そんなの。

 

 

「そんなこと、関係ない」

 

『えっ――?』

 

 

「そんなもん関係ない!俺は、これからの生涯どれほど大変だとしても、絶対にユキと一緒に生きたい!生きたかった!!」

 

 

『ッ――』

 

ユキがとっさに自分の口元を覆う。でも、目元からは涙がこぼれ出していた。

何かをこらえるように、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。

 

『そんな、こと、言われたら...私、困っちゃうよ』

 

「どんなに困ろうが知ったことか!俺はユキがいられるならなんだってする!生き返られるなら、どんな代償だって払う!」

 

『・・・本当にありがとう、ショウ。でも、もう行かなくちゃ』

 

穏やかに、涙ながらに。ユキは満面の笑みを浮かべる。

しかし、突然体が薄くなりだした。

 

『もう、時間切れなの。カミサマにお願いして、少しだけショウと会わせてもらった。けど...もう、限界なの』

 

「そんな...行くな、行かないでくれユキ!待ってくれ!!」

 

俺はまた、必死に手を伸ばす。

 

今度は確実に手が届く距離。

 

でも、俺の手は何もつかめず、只々空を切るばかりだ。

 

分かっている。もはやこの世のものでないユキを掴むことはできないと、冷静な自分は諦めている。

 

それでも、俺が納得できない。せめて、あの時つかめなかったユキの手を、たった一度だけでも――!!

 

 

『えっ...』

 

 

手に、触れた。

 

なんの奇跡かは分からないが、確かに触り、掴むことができた。

 

何秒続くかもわからない。でも今この瞬間、確かに掴むことができている。

 

『...あぁ、最後まで、私は幸せだ。ちゃんとお別れもできて、貴方に触れることもできた』

 

そんな、もう会えないみたいなことを言うな。

 

『ショウ...本当に、ありがとう』

 

待って、行かないで、置いていかないで。

 

 

 

『誰が何と言おうと、私は――幸せだったよ』

 

 

 

部屋が一瞬、強くも優しい光に、包まれた気がした。

 

 

目を開けると、そこはいつも通りの俺の部屋で。

 

 

 

ユキは、もう戻らないのだと、はっきりと分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ...

 

 

目覚ましの軽快な音に起こされ、布団から出る。

今日の予定を確認し、身支度を整える。

黒いスーツに袖を通し、ネクタイを締め家を出る。

 

 

車に乗り込み、走らせること40分。

車を止め、花束と一緒に墓へ向かう。

 

 

『大瀬家之墓』と書かれた墓石の前で、線香を焚き、手を合わせる。

 

 

ユキがいなくなってから、俺も少し年を取った。

大学を卒業後は町へ戻り、農業を始めた。町には十分なスペースもあり、過去畑作を営んでいた爺さんばあさんもいたので、ノウハウを教わりつつ日々頑張っている。

東京でいろいろ学んだ身だからか、よく敬老会のじい様たち主催の酒宴に呼ばれ、東京のことを色々話したりバカ騒ぎしてる。

毎日いろんな人と接し、すこしのトラブルもあるが、いい感じの生活を送っている。

 

それでも、俺の心にはぽっかりと穴が開いたままだ。

 

ユキからすればちゃんとお別れできたのかもしれないが、俺の心には未練ばかりが残っている。

 

でも、いつまでも引きずっていてはダメだとも思う。

 

そんな生き方を、ユキは望まないだろうと思うから。

 

「さて、掃除するか」

 

墓石周りの枯葉を掃き、雑草をむしる。

小さい植木を丁寧に刈り込み、形を整える。

花を変え、向きや色合いも考えて生ける。

 

「うん、こんな感じかな」

 

前来た頃からそこまで時間は経っていないが、やはり雑草はすぐ生えてくる。

除草剤とかはお墓だし、捲くのはよくないだろうしな...

 

「さて、帰るか...またな、ユキ」

 

線香の火もそろそろ消える。

スーツの埃をはらい、車へ戻る。

 

ふと、風が吹いた。

 

...ユキは、見守っているのだろうか。

それなら、うれしいな。

 

 

 

 

『うん、またね』




こちらは親友気取りさんへのリンク

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そして元プロット

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=246987&uid=169749


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