創星記ー異伝ー FFXV~冒険の果てに待つものは~ (星野啓)
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Chapter00
創星記の神話


この小説における“ファブラノヴァクリスタリス”を書いております。
感想大歓迎です。


 

 

かつてこの星には、何もなかった。

ある時、星に父神ブーニベルゼに追われた女神エトロが立ち寄った。傷ついたエトロは、自らが流している血をそのままに世界の終わりを探したが、この星には『終わり』がなく、当然『始まり』もなかった。

嘆き悲しむエトロの血から、人が生まれこの星に『始まり』がもたらされた。『終わり』という名の死の扉が開き、エトロは扉を漸く潜ることができた。

エトロが消え、ブーニベルゼが遣わした、追手である兄弟神リンゼ、パルスもエトロを見失い、この星を去った。ブーニベルゼはエトロを見つけるため、自らの分身であるクリスタルを星にもたらした。

パルスはブーニベルゼの意志の元、クリスタルを通し、エトロの行方を掴むため2体のファルシを作り出した。同じくエトロを追うリンゼも、パルスに負けまいと4体のファルシをクリスタルより生み出した。

 

やがて星は、人と共に命の円環を育み、クリスタルは世界に光をもたらし、星を育んだ。いつしか星は人々から『イオス』と呼ばれるようになった。

 

パルス、リンゼ両神によって生み出されたファルシ達は己が使命のために人を調停し、管理してきた。人々はファルシ達を崇め、いつしか六柱の神【六神】として信仰の対象となった。

六神の一柱であるイフリートは、創造主パルスの

[人々の文明こそ、エトロの住う、この世と唯をなす不可視世界へと辿り着く]

という考に基づき、人々に自らの炎を貸し与えた。

リンゼから生み出された他四柱の神は、リンゼの

[人々の死が、不可視世界へと辿り着く]

という考えの元、イフリートの行いを責めた。

なかでもリンゼのファルシ、シヴァは数多の生命の中でも人の存在は混沌を広げる原因となり、星を滅ぼす存在として、責め苛んでいた。

しかし人を愛し、慈しむイフリートの姿に心打たれ、リンゼのファルシ、シヴァはイフリートを深く愛するようになる。

やがて人々は、イフリートの恩恵を得て、人の文明は神の元に栄えていき、いつしか天高くそびえる“ソルハイム文明”へと発展して行った。

同じくパルスから生み出されたラムウは、イフリートの献身を憂いた。栄華を極めた人々が益々高慢となり、いつしか神を蔑ろにしていったからである。

ソルハイム文明は、神からの離別を唱え高度な魔導機械文明を築き上げ、遂には対神兵器と共に神に反旗を翻し始めた。

 

これに怒ったイフリートは、人々を滅ぼすために星ごと消し去ってしまおうとした。

シヴァは、失意の中に怒り狂うイフリートを止めようとし、ラムウは文明を潰えさせないためにイフリートと戦うことになった。

星の消滅を止めるため、残りの三神も戦いに参戦したことにより、後に魔大戦と呼ばれる大規模な神同士の争いが巻き起こった。戦いに巻き込まれ、ソルハイムは滅ぶことになる。

魔大戦の後、星の疲弊を感じたブーニベルゼは、エトロの力が増すことを恐れ、ファルシ、バハムートに神々の調停と人の管理の任を与えた。

 

力を使い果たした神々は、人々が二度と神に逆らうことの無いよう、闇を退ける力と共に神の言葉を聞く力を与え、眠りについた。

一方人の管理を任されたバハムートはクリスタルへ宿り、自らの聖剣の力をとある領主に託し、人々の生きる縁とした。人々は、神の声が聴ける唯一の存在を『神凪』として崇めた。

眠りについた神々は神凪を通して意思を伝え、先導し星を守ったという。

しかし星の衰えは静かに迫っていた。星の終わりから、じわじわと染み出した混沌は瘴気となり、瘴気は生き物から生き物へ伝わり徐々に星を蝕んでいった。

 

いつしか聖剣とクリスタルの力を与えられた領主チェラム家が、瘴気で狂った生き物【シガイ】から人々を守る役目を負うようになった。

それから2000年の時が流れ、いつしか人は神々の伝承もあいまいなまま、星の滅びに直面していた。

そして真の王が生誕する。

 



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Chapter00 嵐の予兆

物語は王子が出発する前から始まっています。


 

 

ーmorningー

 

 

 

 

 

真っ暗な闇の中、瓦礫が散乱している。あちこちから煙が上がり、シガイとも人ともつかない悲鳴が満ちていた。

 

「....ノクト」

 

ネヴィラムは歩き出す。あちこちが痛い。指先の感覚がない。魔力が暴走しているのが分かる。

 

「っく....痛...まだ、痛覚、あるな」

 

生きてる。ノクト、お前は?何処にいる。

 

突如、頭上が強烈な光に包まれる。まずい、と思った瞬間にはドサリと誰かに引き倒される。誰だ?俺は行かなきゃならない。テラフレアが世界を滅ぼす前に。どいてくれ!

 

「....!」

 

覆いかぶさったのは、冷たくなった、血塗れの愛しい弟。

 

 

 

 

 

 

 

「ノクト!!―――っ!!!はぁっ…は…はっ……!!」

 

喉が鳴っている。背中には汗が伝って冷たくなっている。

 

「ゆめ、か....」

 

蚊の鳴くような小さな声が、たった1人の部屋に響く。あれは夢。しかし今後“いつの日か必ず起こる”瞬間なのだ。最近この夢が頭を離れてくれない。もう思い出しているのか、“視せられている”のかわからなくなった。夢の中の、ノクティスの冷たい身体と生温い滑りが手の中に生々しく甦える。

 

冷汗が止まらず、インナーがへばり付く。そのせいか、未だ生々しい感覚のせいか、手の震えが止まらない。ネヴィラムは腕で自身を抱え込んだ。震えを止めたくて、寒さを和らげたくて。しかし、ネヴィラムを温めてくれる存在は此処にいない。

 

外は薄ら白み始め夜が終わったことを示していた。王城の外はいつも通り。瓦礫などひとかけらも落ちていない。

 

「あぁ、起きるか」

 

頭痛がする頭を抱え、ゆっくり寝床から足を下ろした。一瞬くらりとしたが、震えは止まっていた。

 

 

 

久々に帰ってきた我が家は、いつもと変わらぬ使用人たちが行き交い、見知らぬ顔の兵たちが忙しなく歩き回っていた。

 

(あれは王の剣か。俺の顔を見知っていなくても当然だな)やれやれと首を振りながら、朝食の席へ出向く。久々の息子の帰郷を祝い、父王が朝餉に招いていたのだ。

 

部屋に着くと扉の前に立っていた老執事が頭を下げる。この顔は知っている。スキエンティア、一族でルシス王家に支えてくれている。

 

「スキエンティア、朝からご苦労さん」

 

「ネヴィラム王子、おはようございます。申し訳ございません」

 

スキエンティアは申し訳なさそうに頭を下げる。ネヴィラムにはこれだけでわかった。

 

「父上は会議に出向かれたか?」

 

「はい。早朝から王の剣が帰還し、報告を受けておられ、その後すぐに緊急会議に出られています」

 

「....そうか。相変わらずお忙しい」

 

「ネヴィラム様、レギス様よりお手紙をお預かりしております」

 

「ありがとう。サンルームに置いておいてくれ。食べながら確認する」

 

はい、と礼をして静かに下がっていく。ネヴィラムは滅多に人を側に置かない。それを知っているスキエンティアは、気を利かせて下がったのだろう。

 

「....スキエンティア!」

 

俄かに思いついたネヴィラムは、少し遠ざかった老執事に急いで声をかける。

 

「なんでございましょうか、ネヴィラム様」

 

丁寧な仕草で近寄ってきた老執事に父王への言付けを頼む。そして届け物も。

 

「かしこまりました。確かにお伝えいたします」

 

「頼むな」

 

 

 

サンルームまでゆったり歩くと、いい匂いが香ってきた。温かなパンとスープ。昔、王城で過ごしていた頃気に入っていたクリームコーンスープが置かれている。料理人にオーダーしたのは勿論自分ではない誰か。ふっと口元が緩んだ。

 

「いつもの味だ」

 

ひどくホッとする。インソムニアの一歩外に出れば、平和に身をさらすことなどできない。ネヴィラム・ルシス・チェラムは絶えず二フルハイム帝国から付け狙われる存在だ。まっとうな生活などできはしない。ネヴィラムでなくても、安心できる場所など、どこにもなかったが。

 

 

 

「ネヴィラム王子、お戻りでしたか」

 

香りのいいコーヒーで一服していると、低く少し硬い声音が聞こえた。

 

「ドラットー将軍、顔を見るのは久々になるな」

 

「そうですね。第1皇子は王城にいらっしゃる事のほうが少ない」

 

「それは嫌味か?タイタス・ドラットー将軍?」

 

「そのようなつもりは決して。我ら王の剣も壁外にいる事が多ごさいますので」

 

ニヤリと笑いかけ、ネヴィラムはドラットーに席を促す。ドラットーはきっちり礼をして、正面に腰かけた。

 

「私のようなものに斯様なお心遣い、痛み入ります」

 

硬いドラットーの声に、ネヴィラムはにこやかな顔を崩さず、ドラットーのためにソーサーを持ち上げる。

 

「....時に将軍、警護隊とは仲良くしてるか?」

 

「仲良く、などと兵に仰るのは王子ぐらいなものです」

 

ふふぅんと鼻をならし、笑いを絶やさない顔で目をすがめ、鋭い視線を向ける。語調はいつの間にか槍のように鋭く、容易くドラットーを磔刑に掛ける。

 

「....で?どうなんだお前が煮え切らないことを言うときは大概厄介ごとを抱えている時だと思うんだが?タイタス・ドラットー?」

 

 

 

この男の目はいつもどこか遠い何かを見ている時があるとドラットーは思う。

 

ルシスには現在、二人の王子がいる。一人は国外で過ごすことが多い第1王子、ネヴィラム・ルシス・チェラム。風来坊のように見えて、優秀な外交官として、国内外問わず政務に就く者になら名が知れている。あまり、国内の礼典には出席することがないため、国民の認知度なら弟のノクティスのほうが高いだろう。その第2王子、ノクティス・ルシス・チェラムは幼少期から、国王レギスの考えで一般的な家庭の子どもと同じく、学校に通い、バイトをして、時には一人暮らしの家に友達を連れ込んで徹夜でゲームをする、実に国民に近い王子である。ルシス王家の伝統的な王位継承権の選定方法により、この第2王子が次の王に決まっている。この決定に、ドラットーは納得できないでいた。ドラットー自身、インソムニア出身でないこともあり、クリスタルに異常に執着する文化を持つルシス王家に疑問がないわけではなかった。軍事面に明るく、外交官として国外情勢をよく知っている第1王子のほうが、ルシス王国を真に守れる存在ではないか?そう考えざる得ない。それはドラットーが壁外に故郷があることに深く根差している。

 

 

 

「ネヴィラム様。これは先日の作戦での経緯ですので他言無用に願います」

 

「うん?まだ作戦書がこっちに回ってきてないからな。壁外戦の経緯か?」

 

「はい」

 

そういうとドラットーは静かに目線を落とし、その膝の上ではこぶしが固く握られた。

 

「隊の内少なくとも5名が犠牲になりました。私は故郷に帰してやることができなかったのです。その後敵は撤退。新型兵器を実践に投入し、性能を試すだけ試して撤退したのです。あの戦いは紛れもなくわが軍の敗北です」

 

そう語るドラットーの顔は怒りに満ちていた。

 

「私は無力です。我は故郷を守るために闘ってきた。しかし、このままでは故郷を守るばかりか、失うばかり。しかし陛下は魔法障壁の強化に徹しておられる。なぜその慈悲を壁外のものにもかけてくださらなのか!」

 

一息に言い切ったドラットーは、ハッとしたように

 

「...王子の御前で失礼いたしました。お許し下さい」

 

 

 

 

 

(これは、“アタリ”、か...)

 

ネヴィラムは、思わずため息がこぼれた。失意の中で頭を下げるこの哀れな将軍に対してではない。無論自分の父を侮辱されたからでもない。この男を作り出してしまった元凶に向けてだ。

 

「いや、いい。将軍の言う通りだ。我が国が、辺境を切り落とし、平和を得ようとしていることは紛れもない事実だ。陛下は、“何を守るか”を定めていらっしゃる。歴代のルシス王たちも、その使命を全うしてきた。けどお前が守りたいと思っているものを守れるとは限らないだろうな」

 

 

 

暖かな光に包まれたサンルームに似合わない、静かで冷たい声がドラットーの心を蝕んだ。この王子は何を言っている?もはや王は国民のことをお見捨てになったのか?自らは見捨てておきながら、我ら王の剣には死地に赴き国を守れという。とんだ暴君ではないか。

 

 

 

みるみる内に顔色が失せていく将軍をネヴィラムはただ静かに眺めていた。嘘偽りは一切述べていない。遠からずこの国は亡ぶ。神話の通りであるならば、それが真の王が生まれた時から定められた運命だ。シガイが増え続け、世界は闇に満ちる。二フルハイム帝国がこの国を亡ぼすまでもなく、多くの人が闇におびえて王が使命を果たすのを待つのだ。物を忘れることができないネヴィラムに去来する今朝の夢。あれはこの世界に起こる避けることができない未来なのである。

 

しかしこの星の命運など、知る人間など限られている。王であるレギスであっても、すべてを知るのは死して歴代王の列に加わる時だろう。ネヴィラムが物言わぬ星の命運を知っているのは、ネヴィラムに夢見の才があることに加え、余計なことを吹き込む存在がいるからに他ならない。

 

 

 

「...では、私は、我らは、何のために今まで王に仕えてきたのか。これなら、やはり..」

 

「...いずれ亡ぶことが決まった国を守るぐらいなら、生まれた国を見捨てて帝国側に下り、自身の力で故郷を救う方がいい、ってな?」

 

「....ネヴィラム様、それは」

 

「いや、言わなくていい。見捨てているのは俺も同罪だから」

 

「ネヴィラム様..」

 

「何も言わず、お前たち国民を放り出す王に、加担する王子もまた、お前の敵になるだろう。けどドラットー、覚えておいてくれねぇか?誰よりもその決定に悔いておられるのもまた、その王なんだと言うことを」

 

 

 

ドラットーは目の前の王子の顔が、寂しさに彩られるのを見た。その顔は、今朝方、敗北を伝えたときの王の面影によく似ていた。

 

次の瞬間、パッと明るい表情に変えた第1王子は、まるで友人を遊びに誘うような口調で未だ混乱の中にいるドラットーに言葉を投げる。

 

「父上をどう思うかは臣下の自由だよ、ドラットー将軍。俺がとやかく言うことじゃない。唯、これだけは言っておく」

 

“父上は決して臆病なだけの無力な人ではないよ”

 

 

 

何処か優しさの覗く声音に、全てを煙に巻く笑顔を貼りつけて王子は席を立つ。その手に手紙を携え、自室に引き上げるようだ。見送らねば、と腰を浮かすドラットーに手を振って孤独な背中が去っていく。あれだけ王を信じておきながら、クリスタルは第1王子を拒んだ。夢見の力がクリスタルに拒絶されたのだと専らの噂だ。クリスタルを信ずる国に生まれながら、クリスタルに拒絶され、心内を誰にも漏らさず壁外に生きる王子。何人たりとも王子と同じものを見ることは出来ない。ドラットーは、最後に王子が放った言葉を捉えきれず、悩むのだった。

 

 

 

 

 

ーThe Dayー

 

 

 

(疲れたぁ)

 

なんで実家に帰ってまで腹芸をしないといけないのだろうか?しかしながら、ネヴィラムにとってドラットーは防衛の要の一角を担うものだが、少し思うところもあった。決まっているのだからと言って命を切り捨てる。そのやり方がネヴィラムにとって最も嫌うものだったから、唯その一点に尽きる。

 

 

 

「人は、神の傀儡にはならない、か」

 

ほうっと息をつくネヴィラムの脳裏に道化面が蘇る。

 

「あんな格好しながら、一番道化から遠い人なんだよなぁ、あのヒト」

 

手の中には、父の置き手紙。帰ってきてくれて嬉しいこと、コルから旅の報告は聞いたこと、疲れているだろうから十分に休むこと、そのほか身体に気をつけるようにと、あらん限りの父の心がそこにあった。

 

 

 

ーコンコンコン

 

 

 

「?誰だ」

 

ークライレス です、ネヴィラム王子。遅ればせながら、ご挨拶に罷り越しました。

 

 

 

忙しい中来られない父を気遣って自分だけ会議を抜けてきたのだろう。大変優秀な副官だ。

 

「クレイラス。来てくれて嬉しいよ。元気か?」

 

厳しい相貌を崩し、大きな胸に抱きしめられる。前線を退いたとはいえ、まだまだ王の盾としての実力は失われているわけではないだろう。

 

「王子は少しお痩せになられた。辛い役割を押し付けて言えることではないですが、ご自愛なされよ」

 

「大丈夫だよ、俺は。父上はご息災だろうか?」

 

「っふ、ノクティス様も、ネヴィラム様も、侮られては困りますな、父王はそこまで老いぼれてはおりませんぞ、無論、この私も」

 

「ふふっ、そうか」

 

「そうですとも。ですから、ご心配には及びませんぞ」

 

「なら良かった。“ノクティスも”ってことはまたアイツ王都城に戻ってないのか?」

 

からかい半分に、クライレス と廊下を歩きながら問いただすと

 

「一人立ちとは、寂しいものですな」

 

と親の顔をするクライレス 。

 

「いつかイリスも嫁に行くしなぁ?」

 

ネヴィラムからの追い討ちに、

 

「まだ早いですよ」

 

と食い気味に反論する。

 

 

 

そこへ慌てた足音が聞こえてくる。

 

「クレイラス様!ここにいらっしゃいましたか!」

 

「何事だ。王子の御前で」

 

息をつく暇もなく喋り始めた側近を止めたクライレスに、ネヴィラムは「いいよ」と先を促した。

 

「っは!先程西ゲートより連絡があり、ニフルハイム帝国よりの使者が御目通りしたいとの事です」

 

「なんだと?して、陛下は?」

 

「お会いになるそうです。クライレス 様にも同席をと」

 

「わかった、すぐ行くと伝えろ。わかっていると思うが、身辺チェックを怠るな」

 

「っは!」

 

「よし、行け」

 

インカムに手を当てながら走っていく側近を目で見送りながら、クライレスは厳しい表情を崩さない。

 

「また急に、帝国の真意がわからん」

 

「使者、ねぇ?そんな情報は俺だって掴んじゃいない」

 

「ネヴィラム様、これにて失礼いたします。帝国の様子を探らねばなりません」

 

「あぁ。父上を....」

 

頼む、と言いかけた言葉は最後まで出ることはなかった。クライレス のインカムに、“使者は帝国の宰相である”と言う情報が入ったからだ。

 

「宰相?」

 

「そうらしい、益々わかりませんな」

 

「俺も行こう、時間を稼ぐから、父上と話し合ってくれ」

 

「申し訳ございません」

 

悔しげなクライレス に、気にするなと言い置いて着替えに今し方出てきた自室の扉を潜った。

 

 

 

 

 

応接室へ入室したネヴィラムを、胡散臭い笑みが出迎えた。

 

「ルシスの王子御自ら出迎えていただけるとは、光栄です」

 

大きく手を広げ、帽子のつばを片手で押さえ、恭しく礼を取る。ネヴィラムはゆっくりと長身に近づき、その手を差し出す。

 

「こちらこそ、ニフルハイム帝国の宰相殿が急な来訪と聞いて、おどろきました。遠く遥々のお越し、歓迎します」

 

差し出した手が緩やかに取られる。手はそのまま口元へ。冷たい手の甲に暖かな温度が触れる。

 

「この戦を終わらせるためです。どのような苦労も惜しみますまい。それに、」

 

“このように、利発な御子息にも会うことができました”

 

「私は幸運だ」

 

悪魔のように黒を纏った長身が、身をかがめ、甘い声で道化芝居を続けている。どうも胡散臭さが拭えぬ男が、寛ぎやすいようにネヴィラムは一手打ってやることにした。

 

 

 

「この様では宰相もお疲れでしょう。人払いを」

 

「ネヴィラム様!それは、」

 

「私めは、王子を害そうと言う気は更々ありませんよ?ルシスの方々!」

 

兵の言葉を遮り、大仰に手を広げて見せる。これでは、更に言い募った方が、平和を主張する敵国の特使へ、敵意があると見做されかねない。

 

「控えよ。アーデン宰相は和平を打診しておられる。今俺を害して特にならないのは、分かっておられるはずだ。でしょう?アーデン宰相?」

 

「無論ですとも。ネヴィラム殿下」

 

ニッコリとした笑いが浮かんだ顔を、今すぐ殴りたくなった。八百長勝負はここまでだ。

 

 

 

兵たちが去り、静かになった部屋にアーデンのフィンガースナップの音が響く。

 

「はぁーい、これでナイショ話し放題だよ?オレのモグーナ」

 

「誰が“オレのモグーナ”だ。変な呼び方すんな」

 

アーデンは後ろからネヴィラムを抱きながら顎を頭に乗せてそのまま口を聞く。因みにモグーナは愛称である。本来なら女性につける様なものだが、アーデンは揶揄ってこう呼ぶことがある。本来の名もアーデンのお遊びでつけられているので今更である。

 

「あれ、冷たい。誰がルシスまで送ってあげたんだっけ?」

 

「頼んだ覚えはないぞ、宰相閣下」

 

「あ、そう。じゃあ、あのまま放り出しちゃえばよかったかなぁ。ま、君ならそのまま飛んでっちゃうかもしれないけどね」

 

全くよく回る口だ。これだからアラネアに“似たもの家族”なんて大変不名誉なあだ名がつけられるんだ。まぁ自分の魔力量なら、この身を鳥に変じることもできるだろう。それなりの代償を伴うだろうが、この際、

 

「そのまま飛んで帰、」

 

帰ってやったらよかった、と思考の海のから答えようとしたネヴィラムの目尻に、冷たい無骨な指が触れた。いつの間にか前に回っていたアーデンの指が、目尻を擦っている。

 

 

 

「また、夢、見たの?」

 

低く、やや掠れた静かな声だった。

 

何千年も前に感情を置き忘れてしまったはずの、自称、

 

化け物の温度を感じる声。

 

「...今回はノクトだった。最近よく人が死ぬよ」

 

努めて冷静に報告することを心掛けた。その声音に相手は何を思ったか。アーデンから帰ってきた返事は普段の明るさを取り戻していた。神様嫌いの道化の声。

 

「君の夢は人の死を視るものだからね、そりゃあ死ぬでしょ」

 

「だからって人間が死ぬとこを、何度見たかないさ」

 

同じ調子でふざけて返すと、目に添えられていた手はゆっくりと頬に移される。顔を包み込む様に添えられて、アーデンに魅入られる。

 

 

 

「クリスタルに拒絶され、見たくもない死を見せられる。哀れな、モルガンテ」

 

ゆっくりと言葉を発するアーデンが、ネヴィラムに着けた首輪、“モルガンテ”。蜃気楼の名を持つその名は、アーデン曰く”幻“や“虚い”を表す古代語なのだそうだ。約15年ほど前戯れに付けられた首輪だと思っていたが、アーデンが何を思って、この名を付けたかはまだ聞けていない。

 

アーデンの腕に捕まり、胸元に閉じ込められながら、ネヴィラムは目を見開き続けていた。

 

「憐れむふりはやめてくれ。俺は、アンタじゃない」

 

胸に身をうずめながら、声は確固たる意志を感じさせた。

 

 

 

「そう言うところが飽きないんだよねぇ。高潔な王子様。キミはいつだって全てを飲み込んで黙秘することを選ぶ。例えそれが、この世界にたった1人の■■だったとしても」

 

■■、結局俺のはインスタント。本職には敵わない。俺は、あんたを、一人にする。

 

 

 

瞳を閉ざし、下を向いた青年の耳にカシャンと小気味のいい音が届く。耳慣れたアーデンの愛用している懐中時計の音だ。

 

「時間?」

 

「うん、そろそろ真面目にお仕事しなくちゃね?」

 

「........」

 

「うん?お父上が心配?それとも俺の心配してくれてるの?」

 

 

 

「....いや。何も出来ない我が身を呪っていただけさ。

 

....王の間までご案内します。アーデン・イズニア宰相閣下」

 

「ありがとうネヴィラム王子。良い時間だったよ。調印式まで、お心健やかにすごされます様に」

 

笑顔の下にズキリと痛む心を隠し、アーデンの言葉を受け取ると、アーデンを扉へ促した。

 

 

 

 

 

『陛下、ニフルハイム帝国の使者をお連れしました』

 

「入れ」

 

 

 

王の間の扉が開き、父の顔が目に入る。やや疲れた顔つきだ。すぐ側にクライレス、側近たちも一様に並んでいる。会釈し、自分も席へと向かう。

 

 

 

「どうも皆さん!ご機嫌如何です?こりゃあどうも!」

 

ステージの幕が上がる。この男が演じ始めてしまったら、誰にも止めることはできないだろう。大柄な身体をフルに使ってステージを演出する。喉から発せられる声音はこの場を支配する。

 

「偉大なるレギス国王陛下にお会いできて光栄です。では改めまして陛下、私の自己紹介をお許しください。アーデン・イズニア、ニフルハイム帝国の宰相です。」

 

どうぞ、お見知り置きを、と芝居がかった仕草で帽子を胸につける。

 

「ニフルハイム帝国の宰相殿が、たった一人で此方に来られるとは大胆なことを」

 

「さて陛下!わたくしは今日という記念すべき日に、停戦をご提案します。陛下は既にお気づきでしょうが、先の戦いでの撤退は戦略的なものではございません。いわば、我が国の意思を示したのです」

 

ダンッと階段を踏み鳴らし、臣下たちの方へ視線を向ける。刹那視線が交わり、アーデンが笑った様な気がした。

 

「我々も、終わらせたいのですよ。この、無意味な戦争を」

 

「それは本心か?」

 

「勿論です。条件はございますが、それはたった一つです。このインソムニアを除くルシス領を全て、帝国領とすること....おっと!大事なご提案がもう一つございました」

 

領土の話が出てすぐ、ガタリと大臣たち側近が腰を浮かせる。それはそうだ。領土を失う。それは王家の信頼に直結するだろう。それを封じる様にステージは続く。

 

「御子息のことです」

 

「息子たちだと?」

 

これにはレギスも顔色を変える。表面的には抑えているが、はらわたが煮えくりかえっているだろう。

 

「はい。ネヴィラム王子は聡明な御子息、先程は楽しい時間を過ごさせていただきました」

 

アーデンがネヴィラムの座している席に向けて一礼する。

 

「ネヴィラムを、帝国へ差し出せ、と仰るか?」

 

レギスの声が硬くなる。家族には無償の愛を注いでいるレギスのことだ。心を痛めているだろう。

 

「いえ。そうではございません、第2王子ノクティス様のことです」

 

役者は軽々しく心を弄ぶ。一度緩んだレギスの顔がきつくなる。同時に先ほどまでなかった緊張が臣下たちに走る。

 

「ノクティス王子とテネブラエの御令嬢、ルナフレーナ様お二人の御婚礼は如何かと。和平の象徴として。何かご心配でもおありですか?大丈夫です!ルナフレーナ様は陛下の事をずっと尊敬しておられます。12年前から変わらぬ御心で。それに第1王子が即位なされば、ルシス王家も安泰でしょう。おっと失礼。ノクティス様を軽んじた訳ではございませんよ?第2王子としての立場がおありだと申し上げたまでです」

 

「進言感謝する、イズニア宰相。下がって良い」

 

「ありがとうございます。良い返答をしてくださると信じておりますよ」

 

そういうと役者はステージを降りていった。

 

 

 

ーK nightー

 

 

 

両国はその日から停戦に向けて協議に入った。連日の協議だが、大体の意見は二つに絞られていた。このまま疲弊する戦いを続けるか、まだ拮抗した状態で、領土を失いながらもクリスタルを守るか。民を守り、未来を守るという都合の良い選択肢が、そう多いわけではなかった。早々にルシス王国政府から、停戦について全面的に同意する旨の書面が帝国に送られた。

 

 

 

併せてインソムニアへの移民対応と、補償制度、ノクティス王子の婚礼が発表され、事態は現実を帯びていくことになる。同じくして、民には複雑な感情が広がった。最も顕著だったのは、帝国に焼け出され、着の身着のまま居を移した移民たちの反応だった。

 

 

 

 

 

【王の剣 修練場】

 

ーおぉぉぉおあぁ!

 

ガシャン!

 

そこら中でシフトの音がする。火花の散る音、転がる悲鳴、拍手と笑い。ネヴィラムはここが嫌いではなかった。多分呼び出した相手も。

 

 

 

「兄貴!着てんじゃねーか!電話しろよ!」

 

廊下の奥からノクティスが走ってくる。今日の付き人はグラディオラスだったらしい。ノクティスの後ろを走ってくる。

 

「すまんすまん、今着いたばかりでな」

 

「ったく!結構久しぶり、じゃん?」

 

少し遠慮がちに聞いてくるところを見ると、まだこの兄に慣れないところがあるらしい。そう思いたい。これで嫌われていたらちょっと傷つく。年に数回しか戻ってこない兄の存在など、側仕えの人間と比べれば雲泥の差だろう。現に去年のノクティスの誕生日は出席しなかった。まだ扱いに困っている、という距離が普通の兄弟関係だ。だが、そんな”お久しぶり”な状況だが、ノクティスには伝えなければならないことがあるのだ。しかも、この場でいうのが最も利用価値がある情報。ネヴィラムの頭の片隅は、いかなる時も冷たさが残る。

 

 

 

「ざっくり半年ぶりだなぁ、ノクト元気にしてたかい?え?こいつめ」

 

チョコボの様なツンツン頭をかき混ぜると「やめろよ!セットしてきてんだよ!」と思春期らしい発言が返ってくる。お前今年20歳になるんじゃなかったか?

 

心の中で突っ込みながらグラディオラスを振り返る。

 

「グラディオラスも久々だったなぁ。ごっつさ増したか?」

 

「ネヴィラム様もご健勝で何よりですよ。ま、若いんで、成長期なんすよ」

 

「てめぇ、そりゃ嫌味かい?このヤロウ、人が年上だって気にしてるって知って言ってるだろ!」

 

ノクトを脇にホールドしながら厚い胸板に突っ込む。男らしくも清潔感ある匂いがするグラディオラスの胸板。ぶつけられたノクトは悲鳴を上げている。

 

「っぶ!おいやめろって馬鹿兄貴!今日はなんで呼び出したんだよ!俺ぶつけられるために呼び出したのかよ!」

 

「その通りだったらお前ただのドMじゃねぇか」

 

バカ騒ぎを続ける王族に対して、周囲の王の剣たちが何事かと、こちらをうかがっている。こちらに近づいてくるものも何名かいた。それをしり目にネヴィラムがようやく口を開く。

 

「喜べ!わが弟よ!姫君との結婚会場が決まったぞ!」

 

少しばかり大げさに6歳下の弟に父からの報告を伝える。なんで大げさにするって?楽しい話は大仰にやった方が面白いだろ?ちょっと良くつるんでる奴の癖が移ってることは否めないが、祝いたい気持ちは本物だから良しとしてほしい。

 

「え、何?俺なんも聞いてねぇんだけど」

 

困惑顔のノクティスに代わってグラディオラスが尋ねてくる。

 

「どこになったんですか?王都城内ではないんですか?」

 

「あぁ、陛下のご意向でな。停戦協定の式典もあることだし、国内は何かとごたごたするだろうから、思い切って国外はどうか?ってな。そのままハネムーンとしゃれこむのもいいんじゃないかぁ?弟よ、オルティシエだからな」

 

「オルティシエ?」

 

「水都オルティシエ、か船に乗ってだから、結構遠いんじゃねぇか?ノクト」

 

きょとんとしているノクティスに曖昧な情報を伝えながらも、グラディオラス自身ピンときて無いように見えた。

 

「グラディオの言う通り、オルティシエは、水の街だ。今は帝国領だが、アコルド自由都市連合が自治を行っている。首長のカメリアも多分歓迎してくれるさ。儲け話には目がないからな。やべ、こんなこと言ってたらどっかからチクられたらこぇな」

 

「さすが、外交筋では負けなしのネヴィラム様だなぁ。完璧じゃねぇか」

 

「忙しすぎて危うく弟の結婚式で損ねるとこだったけどな」

 

年上二人が盛り上がる中、当事者のノクティスは首をひねってばかり。

 

「まじか...実感ねぇわ....」

 

 

 

その様子に、やれやれとため息をついて笑っていると、何人かの王の剣が集まってくる。

 

「王子結婚するってホントだったんですねぇ。おめでとうございます」

 

「結婚式、いいっすね!」

 

「ルナフレーナ様とほんとに結婚するんだぁ」

 

口々に祝辞を述べていく傍ら、残りの王の剣らは暗がりからこちらをうかがっているにとどまっている。やはり、溝は深いところまで侵食してきているらしい。

 

 

 

「王子、おめでとうございます」

 

少しかすれ気味の、少し硬い声が聞こえてくる。

 

「ニックス、お前いたのか」

 

ノクティスの声が明るく響く。

 

「えぇ、今は王都の門で警備の任務についてますんで。今日は故意対に呼び出されて」

 

と傍らにいたふくよかな体型の男を呼び寄せた。

 

「よく言うぜニックス、王子、聞いてくださいよ!コイツこないだの任務で独断専行しすぎてドラットー将軍からお咎め食らってるんですよ」

 

「余計なこと言うんじゃねえよリベルト、王子コイツのことなんて聞かなくていいですから」

 

軽快な会話が繰り広げられ、ノクティスの顔も自然にほころぶ。

 

「なんだ、そうだったのか。お前らはマジで俺に遠慮しねえよな?俺王子なんだけど」

 

言葉とは裏腹に、うれしそうな口調でニックスと呼ばれた王の剣によって行く。ノクティスの言葉にこたえるようにリベルトと呼ばれた男が口を開く。

 

「王子が以前ここにこられた時に、俺らから気を使われるのが嫌だとおっしゃってたんでねぇ」

 

「確かに、ノクトが一人暮らしにあこがれたのって、そういうとこあるもんなぁ?」

 

グラディオラスも同意するようにうなずく。そこまでの事情を知らなかったネヴィラムは、なるほどな、と少し外野から事の成り行きを見守っていた。

 

聞くところによればノクティスは、よくこの修練場を通りかかるらしい。移民の部隊である王の剣は、嫌煙される存在で、この施設も王都城の外れに位置する。王都城の中で居心地が悪いノクティスの避難所であり、王都の人間より気安く接してくる王の剣たちはある意味よりどころとなったのだろう。ネヴィラムは自身はほとんど王都にいないことに加え、ドラットーぐらいしか接触がなかったため、ノクティスの打ち解けようは新鮮だった。

 

 

 

ノクティスは表向き、そっけない返事をするわががままな王子だが、幼少期から一般的な生活をしてきたこともあり、立場にとらわれない物の見方をする。それは差別の中で生きる王の剣たちにとって類まれないことであり、ノクティスが王の剣たちをルシスに繋ぎ止めているといっても過言ではないが、本人にまだ自覚はない。ノクティスの才能だ。

 

(けど、限界がきているな。王の剣は二つに分かれかけている。どうしていくのかは”アイツ次第”か)

 

ノクティスの周りは明るく、話の輪が咲いている。しかし、明るさが増せば、陰も濃くなるのが道理。緊張に満ちた視線は監視に近くなりつつある。

 

 

 

「...グラディオラス」

 

「はい、ネヴィラム様」

 

「あそこの連中に気をつけろ。何かあるかもしれねぇから」

 

輪から外れたグラディオラスを小声で呼び、盾に策を吹き込む。

 

「夢を、見られたのですか?」

 

グラディオラスの気配がとたんに硬くなり、鋭い目が向けられる。

 

「いや、”まだ”だ。ただし、ここにいる何人かは、”夢に出てきた”。だから...」

 

優秀な盾の息子はそれだけで察しがついたらしい。気配を緩め、一つうなずいた。

 

「うまくやってくれ。できれば殺したくない」

 

「かしこまりました。俺は王子につきます。この事、父に伝えてよろしいでしょうか?」

 

「いいけど、たぶんクライレスは感づいてるだろう」

 

「わかりました」

 

険しい空気は完全には取れず、しわが少しよった顔のまま不敵な笑みを浮かべたグラディオラスに、ネヴィラムはうなずくだけで返す。

 

輪の中では王子が王家の魔法であるシフトをレクチャーしているようだ。

 

 

 

「で、ここから...こうっ!」

 

シュン!と鋭い音がして、ノクトの体が修練場の高台に移る。シフトだ。

 

「相変わらずすごいもんですね。俺らじゃ、”ああ”はいかない」

 

口笛を吹きながらニックスが感想を漏らす。若手の王の剣がノクティスの真似をして何人か飛び出し、床に激突している。

 

「アッハハ!普通はああなるんだよ。王子のようにはいかねぇって」

 

リベルトも若手を指さして笑う。床に転がっている王の剣に、ノクティスが手を差し伸べる。礼を言いながら立ち上がっているところを見れば、大きなけがはないらしい。

 

離れたとこで見守っていたネヴィラムだが、そうもしていられないので、自身もシフトでノクティスに近づく。

 

「派手に行ったなぁ、こりゃ」

 

「へへへっ、初めはこんなもんだろ。俺も結構グラディオにやり込められたし、親父にもしごかれた。兄貴は?」

 

「ん?うーん。さぁねぇ、俺は床とキスする趣味はなかったしなぁ?」

 

「変な言い方すんなよ、俺だって好きでやったわけじゃねぇよ!」

 

にんまりと笑いながらガシガシとノクティスの頭をなでてやっていると、先ほどノクティスに助けられた王の剣たちが怪訝にこちらを見ている。

 

(そうか。王の剣といえどネヴィラム・ルシス・チェラムを見知ってる奴は少ないか)

 

遠慮がちに取り巻いている王の剣たちに第1王子であることを名乗ると、一斉に膝をつかれる。先ほど第2王子には親しげにしていた者たちを含めてだ。ぎょっとしながら顔を上げて立つように言うが、従おうとしない。

 

「立て、お前たちに頭を下げられるほどのことを俺はできていない。それどころか、王家はお前たちの故郷を敵国に置いてきてしまった」

 

「兄貴!それは、」

 

「事実だノクティス」

 

「けど、そんな言い方ねぇじゃねぇか!親父は!兄貴は!」

 

それを聞いて、口火を切ったのはニックスだった。

 

「ネヴィラム様、そんなこと言わんでください。まだ終わっちゃいない。俺たちも、この国も、まだ戦っている。俺らのほとんどはレギス陛下が命を救ってくださった連中です。俺らの他にも、故郷ではまだ仲間が踏ん張ってる。王子が先にあきらめんでくださいよ」

 

力強いセリフに何人かうなずく。ノクティスはホッとしたような顔を浮かべ、ニックスと肩を組んでいる。

 

ネヴィラムには、その光景がまぶしく、美しすぎる宝石のように映った。

 

 

 

 

 

しばらく王の剣たちと交流していたノクティスだったが、側近のイグニスからの連絡を受け、また来る、と約束し、ノクティスは修練場を出ていった。ノクティスを送るため、ネヴィラムも修練場を出る。

 

明るい空気が霧散した現場に、薄寒い空気が取って代わる。去り際のネヴィラムの耳に、不穏な声が届く。

 

 

 

 

 

 

 

ー結局俺たちは捨てられる。失ったものは戻ってこない。夢見がちの王族め。やはり俺たちが剣をとらなければ。




キャラクターの設定に関しては別途投稿しますね。


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Chapter00-1 嵐の夜に

王子は、運命の入り口に立つ。


ーEgoistー

 

 

 

慌ただしい一日の終わり。人払いが済んだ王の部屋に、父と息子が向かい合う。

 

 

 

「ネヴィラム、帰国してすぐ挨拶してやれずすまなかったな」

 

「いえ父上、お体の具合はいかがですか?」

 

ネヴィラムはできるだけ明るい声を装ってレギスに声をかける。

 

「大丈夫だよ、ネヴィラム。お前こそ、苦労掛けている。そう言えば、ノクティスには会えたか?」

 

久々に顔を合わせた父の顔は、記憶の中の父より心なしか小さく見えた。しかし変わらぬ温かな目。

 

「少し前に。王の剣たちと言葉を交わしておりました」

 

「そうか。私はノクトにも重荷を残して逝くことになるな。まったく、不甲斐ない父ですまないな」

 

レギスの言う重荷とは、“真の王”としての務めを言うのだろう。真の王はいつかこの世界を覆う闇を払う。伝説に言われる通りならノクティスこそが世界を救うのだろう。しかし父からすればどうだろう。愛する息子は世界の人柱となるべくして生を受けたのだと言われたら。

 

「....父上」

 

ネヴィラムにはかける言葉が見つからなかった。自分にはこの王に言葉をかける資格などない。クリスタルに拒まれ、絶望の果てに悪魔と取引し、道化に成り果てた自分には。そう思ったから。

 

 

 

「ネヴィン、此方へおいで」

 

黙り込んでしまったネヴィラムを、父王が呼び寄せる。そしてゆっくり手を取り、自分の手でネヴィラムの手を摩った。

 

「!ちち、うえ、あの、」

 

「お前は、優しい子だな。いつだって自分より誰かを心配している。挨拶も出来ぬ父に、ささやかな休息を差し入れてくれたしな」

 

スキエンティアから聞いたぞ、と手を摩り、夜空の様な目がネヴィラムを写す。瞳に映る自分は、幼く見えた。

 

「お前がクリスタルに拒まれた時、私は何処かで嬉しかったよ、ネヴィン」

 

「父上、それは」

 

「お前が頼りないと言うことではないよ。これでやっと、守れる、そう思ったのだ」

 

「父上はいつも民を守っておられるではありませんか」

 

「....だが、本当に守りたいと思ったものを、守れたことはあまりに少ない」

 

そう言うレギスのうちに去来するのは、共に旅をしたという仲間や、母、家族のことだろうか。

 

ネヴィラムが全て見聞きしたわけではない。神の加護だという夢が見せる悲しみや、人伝てに聞いたに過ぎない。

 

「....父上は、クリスタルに拒まれ、臣下らが私を疎んでも、私に帰る家をくださいました。それだけで私は、十分でございます」

 

父の腕に抱かれ、温かな手で背を撫でられるとネヴィラムはこの上ない嬉しさを感じると同時に、護りたくとも護れない物悲しさが募った。

 

 

 

「ありがとう。ネヴィン。お前がそう言ってくれて、私は嬉しいよ。お前がいてくれるから、ノクトは1人ではなくなったが、お前自身はいつも1人で背負い込んでいる気がしてな?ふふふ、まったく、誰に似たんだか、親の顔が見たくなった」

 

空気を切り替える様に、抱きしめた腕からネヴィラムを解放し、両肩に手を置きながら茶目っ気のある顔で、ウィンクする父を見て、ネヴィラムも同じ調子で

 

「多分、父に似たんです。私は尊敬申し上げています。お会いになりたければ、鏡をお探しください。きっとお会いになれますよ」

 

レギスはその答えに「言うようになったな」と大笑いし、もう一度ネヴィラムを抱きしめた。

 

 

 

今度こそ共に夕食をと、食堂へ移動しているとふとレギスが切り出した。因みに護衛として、コルが部屋を出たところから同行している。

 

「ネヴィン、あれを送り出すときは、父として送り出したい。折角の門出だ。それが如何なるものの始まりであっても、祝ってやりたい」

 

「わかりました、壁外へ出るまでは、私から何か言うのは避けておきます」

 

「助かるよ」

 

「あとでノクティスが悲しむ結果になるやもしれませんが....」

 

これから起こる事で、如何な方向に進むかは分からない。しかしノクティスが壁外へ行くこと、アーデンが動き始めたことは偶然とは思えない。帝国も軍を動かしていることはネヴィラム自身が手に取るように知っていたし、ドラットーや移民、市民の一部にも不穏な動きがある。調印式が平和に終わる確率のほうが低いだろう。言わずにはいられなかった。

 

「そうだな。そのときはお前を便りしてもいいだろうか?ノクティスの兄君?」

 

「....はい父上。ノクトのことはお任せください。何よりあれには、イグニスやグラディオラスらも居りますから、なんとかなりますよ」

 

「うむ、確かにな。“仲間”は頼るものだ。そうでなければ、王など立ちゆかん」

 

そばのコルに、なぁ?と首を振りながらレギスが答える。やれやれと首を振っているコルにしても、頼られていることに誇りを見出していることだろう。王とはそういうものなのだ。“信じて預ける”、“誇りに責任を持ち、胸を張って生きる”何より大切なことだ。王の威厳や覚悟などその後からいくらでもついてくるだろう。このレギスのように。

 

 

 

コルが扉を開けるとイグニスが奥で頭を下げた。イグニスの前の席では既にノクティスがテーブルについていた。入室に気がついたノクティスが立ち上がり、ネヴィラムにはフィスト・バンプ、父親には少し恥ずかしげな顔でハグをしてもう一度席についた。

 

「何年ぶりだ?3人で夕飯食べるの」

 

どことなく嬉しそうなノクティスがイグニスに話しかける。

 

「そうだな、ノクトが王都城を出て一人暮らししたのが、16歳だったか?それからここでは食事をあまりとっていないから、それ以前ということになるんじゃないか?」

 

イグニスが少し考える仕草をしながら、後方から答える。

 

「ノクトが16の時かぁ。俺が二十....一の時?

 

記憶をたぐっていたネヴィラムに、レギスが代わりに答える。

 

「そうだな。ノクトには高校祝いに一人暮らしの許可を出したから、ネヴィラムにはバイクをプレゼントしたんだったな」

 

あぁ、そうだそうだ、と1代目の相棒のことをネヴィラムが思い出していると、そういえばとノクティスが切り出す。

 

「親父、レガリア貸してくれるって本当なのか?」

 

「イグニスから聞いたのか?ふふっ。あぁ、オルティシエまではかなり距離があるからな。折角免許持ってるんだ、未来の奥方を乗せてドライブでもどうかと思ってな」

 

「....あ、ありがとう。親父」

 

照れ臭さが拭えないのか、ポリポリと頭をかいている王子をヴィラムとレギスは微笑ましく見守った。

 

「よかったなぁノクト。俺がバイク飛ばしてる時、羨ましがったもんな」

 

「で、その後速攻で車の免許取ってなぁ。兄貴にはいっつも勝てねぇから、兄貴がバイクなら俺は車だ!と思ってさ」

 

へへへっと得意そうに笑うノクトに、イグニスが「その割にはあまり運転できていなようだが」と鋭いツッコミを背後から入れる。

 

「イグニス!それいうな!」

 

 

 

食卓には笑いが満ちて、背後にいるイグニスやコルまで爆笑する始末。最近で最も幸せな食事の席になった。デザートが運ばれてくる時になって扉がノックされる。

 

「なんだ?」

 

レギスが返答しようとするのを、ネヴィラムが止め、入るように促す。

 

「ご苦労様、スキエンティア。良いタイミングだった」

 

「恐れ入ります」

 

スキエンティアからボトルを受け取ると、向かい側のノクティスに「これ、俺から」と渡す。

 

「?なにこれ、酒か?」

 

「シャンパンだ。ラベル見てみろ」

 

「ラベル?ヴィンテージ?....M.E.736年....って」

 

「8月30日、お前の誕生日」

 

ネヴィラムは、イグニスに合図を送りながらウィンクを一つ。イグニスは、叔父である老執事からグラスを受け取りながら、シャンパンを開けている。

 

「ネヴィン、いつの間に仕込んでいたんだ?」

 

笑いを堪えながら、レギスがグラスを老執事から受け取る。

 

「去年は祝えませんでしたので、今年は記念できるようなものがいいと思いまして、少し早いですが、旅立ちを祝して」

 

グラスを掲げてノクトを祝う。願わくば、この瞬間だけでも幸せ満たされんことを祈って。

 

 

 

「出立の時は郊外までコルが送る。そこからレガリアで“ハンマーヘッド”を目指すといい。レガリアの整備を担当している技師がいる。私の旧友だ」

 

「わかった、ハンマーヘッドな」

 

「出立の日取りは追って伝えよう。準備をしておくんだぞ、ノクト」

 

はーい、と間延びした返事をしながら、ノクティスは部屋に引き上げた。因みにシャンパンは、恐る恐る一口飲んで、味を気に入ったらしく、少しずつ飲んでいたが、眠気が差してきたらしいノクティスは早々にイグニスに取り上げられた。ボトルはノクティスが記念にすると言い張ったので、中身の残り半分ほどは父と兄が飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

【ネヴィラムの部屋】

 

 

 

ーーバイクで荒野を疾走している。腰には小さな荷物。なぜだ?俺は眠ってたはずだ。

 

 

 

急に何かに身体が吹っ飛ばされる。硬い感触が頬と頭に突き当たり、ハッと気がついた瞬間、大きなコンテナとシガイが目に入り、視界がブラックアウトする。

 

ー走馬灯。

 

あれは....ニックスとリベルト?そして、王の剣の作戦会議室、ドラットー?

 

 

 

「ッあぁ!....ッハ....はぁ...」

 

ベットから跳ね起きる。

 

....夢....あれは、誰かの『死』だ。初めて視る夢。王の剣の作戦会議室ということは、王の剣の誰か。あの荒野は壁の外だ。そんなところで“都合よく”シガイが。何故?

 

ズキリと痛む頭を抱え、サイドテーブルに手を伸ばす。水が欲しい。身体の中の水分が搾り取られたかのようだった。

 

ドサリと身が崩れる。サイドテーブルに伸ばしたはずのネヴィラムの手は空を切り、ガタンッと机の上のものが揺れる。

 

「ッツ、あ、っぐ....」

 

身体の芯から寒さが這い上がる。身体は言うことを聞いてくれないのに、頭は勝手に働き続けている。誰かが死ぬ、そう告げてきた運命に向き合うために。

 

 

 

しばらくそのまま蹲っていると身体の震えが消え、少々痺れが残るまでには回復した。そろそろと立ち上がると、一瞬ふらつきはしたが、すんなり立つことができた。

 

(いけるか?)

 

頭の中に、燃える火の色を思い浮かべる。あの夢の中に出てきたコンテナには見覚えがあった。ホルヘクス研究所所属のものだ。研究用のシガイ運搬用の専用コンテナ。あんな所にそうそうには転がっていない代物。だとすると持って来れる人物も限られる。真意を確かめなければ、ネヴィラムの気がすまなかった。

 

頭の中で真っ黒な姿をとらえる。ネヴィラムは今度こそ水の入ったカラフェを掴み、洗顔用の桶に水を注ぐ。そして水に手をかざし、魔力を注ぐ。

 

水面がゆらりと揺れ、鏡のような水面が窓辺に映る雪山を映し出す。

 

(何処にいる?)

 

豪華な内装の部屋の景色の中を探しながら見ていると、

 

 

 

「あれぇ?幻かなぁ、いつから俺鏡に映らなくなっちゃったんだろ。ねぇ?モーガン?」

 

やっと目的の人物が映り込んだ。

 

「なにボケてんだ。単刀直入に聞くけど、インソムニア郊外にシガイとか送り付けて無いよな?」

 

「なに、どうしたのモーガン。らしくないよ?俺が怪しいの今に始まった話じゃないじゃない」

 

「送ったんだな?」

 

噛み付くように言ったネヴィラムも口元に、アーデンは人差し指をかざし、その後自分の口元に持っていく。

 

「....早とちりしないの。俺は送ってないよ。“俺は”ね。確かにルシスは滅べと思ってるけど、まだそこまで見境はなくしてないつもり。だってまだ愉しめるし」

 

きつく水面に映るアーデンを睨みつけ、吐く息を噛み殺していたネヴィラムだったが、アーデンの言葉に、虚を突かれ、黙り込む。

 

(今奴はなんと言った?じゃああれはアーデンの差し金じゃない。じゃあ誰が。王の剣1人殺した所でなにもならない。そんなことで得する奴なんてこいつしかいないと思い込んでいた)

 

「嘘じゃないんだな?」

 

「お前にだけは、嘘は言わないよ。そう言う約束、でしょ?モルガンテ 」

 

復讐に取り憑かれているはずの鳶色の瞳は、穏やかに凪いでいた。相手は2000年越えの怨念。こんなことでボロを出したりしないことは、ネヴィラムにもわかっていたはずなのに。人の死一つに取り乱さずにはいられない。

 

「代わりに、本当のことも言わないだろ?」

 

「何処まで信じるかは、君次第、ってね。調子出てきたねぇ、それでこそ遊び甲斐があるんだ。その調子で居てよね、オウジサマ」

 

深淵からからかいの声が聞こえてくる。今水面越しじゃなければ殴っていた。

 

この水鏡は、揺らすと消えてしまう。せっかく使った魔力が無駄になる。相手が遠いと魔力を余計に消費するのに、もったいない。落ち着いた頭でアーデンに話しかける。

 

「あのコンテナを動かせるのは、アーデンか、魔道研究所所長であるヴァーサタイルどちらか。ヴァーサタイルが何故、王の剣を始末する?」

 

「まぁ、一応彼も帝国軍の人間だしねぇ?」

 

「王の剣1人始末するために動く奴じゃない。もっと別の....」

 

「別の....なに?」

 

にやりと笑いながら、人の真剣さを悪魔が側で笑っている。

 

「....。そもそもあの王の剣、何処へ向かおうとしてたんだ?たった1人で、兵装も最低限で....最小限の兵装ならやることが限られる。潜入とか、あんたみたいな外交特使とか...」

 

だんだん白んでくる空のように、急に視界がクリアになったような気がした。

 

「そう言うことか。彼女は密偵か。王の剣が外交特使なんてやるわけない。なんならその手の話が俺に入って来ないわけない。なにを探るんだ?バイクが走っている方角は帝国へ向いているが、敵国宰相が動いている状況で密偵は愚策すぎる」

 

 

 

「....そーいえば、これ独り言なんだけど。....こないだ急にレイヴス君がテネブラエに向かったねぇ。結構急いでたっけなぁ。あと、関係あるかわからないけど、魔導兵部隊のグラウカ将軍の新しい鎧がロールアウトしたらしいねぇ。将軍ってばこないだのガラード地区の制圧戦出てたから、受領はどうなってるかわかんないけど」

 

今まで黙って聞いていたアーデンが、水を得た魚のように話し出す。ネヴィラムが顔を見れば、面白い悪戯を思いついた子どものように、愉しそうにわらっている。

 

“どうするの?”

 

口の動きだけでそう伝えてくるアーデンの言葉は、こちらを試しているかのようだ。実際試しているのだが、これはただの選択ではない。人の命がかかっている。見殺しにするか、救うか。ネヴィラムが選択する。

 

「レイブスは急いでテネブラエに向かったんだな?」

 

「そうだよ。足の速い揚陸艇が欲しいって言うから、モーガンの貸しちゃった」

 

「.....うん....ぁ?危うく聞き流すとこだった。なんで俺の使うんだよ。しかも事後報告だし。キレていい?」

 

思わず言い返してしまった。今コイツなんて言った?

 

「いやだよ。許可は結局宰相府から出すし、君のは試作機だから、試験運行とか何かと動かしやすいんだよ。いちいちやってるとめんどくさいしさ」

 

「会ったら一発殴らせろ。....ルナフレーナ、か」

 

痛いのに、と言っているアーデンに、確信めいたネヴィラムの声が届く。賢い子だ、あれだけの情報でほぼ未来予知クラスの発想を巡らせる。

 

「君とこうやって話すのすっごく面白いんだよねぇ、やり合いがいがあるって言うか、さ?」

 

「勝手に人で遊ぶなよ。アーデン、1人くらい運命ねじ曲げただけじゃ変わらんだろ?」

 

「さぁね?神さまって奴は、人間が決められたレールから外れるのが大っ嫌いな生き物だから、嫌われるだろうね」

 

今更なにを、とネヴィラムは思う。なんとなく、苛立ちにも似た気分が身のうちに満ちる。この身はすでに呪われているのだ。

 

「わかった。でも俺もカミサマ嫌いだから両思いだ。じゃあなアーデン。また近々、な」

 

「王子様もどうぞご無事でね。大切な暇つぶしだもの、取りあげられちゃ、かなわない」

 

大袈裟に首を振って見せるアーデンに、そういうのは本人のいないところで言えよ、と言うツッコミをぐっと我慢して魔力を切る。

 

 

 

一瞬視界がブラックアウトするが、目を閉じて、もういちど開く頃には回復していた。水鏡は魔力消費が少なくて助かる。通信端末を使うと必ずどこかで足が付く。でも魔力で作り出したものなら、追及は困難になるだろう。万全を期しておくことに越したことは無い。とにかく動かねばならない。

 

 

 

執務用の服に着替え、使用人にドラットーを呼び出すよう伝えると、部屋を出た。朝の風がほほをなでていくが、今のネヴィラムには全く感じられなかった。静かな廊下には人の気配はなく、廊下の突き当りのネヴィラムの執務室まで誰にも会うことは無かった。やけに静かな廊下を進み、部屋に入室してしばらくたった時、扉からノックの音が響く。

 

「入れ」

 

「王子、お呼びでしょうか?」

 

「ドラットー、すまないな。わざわざ」

 

ドラットーの顔色は、前回会った時より悪くなっていた。その顔色を見たネヴィラムはドラットーに席を勧める。疲労の色が濃い将軍は、王子の厚意に甘えることにしたようだ。重い音をさせて座り込む。

 

「あまり時間がないだろうから諸々は省くが、王の剣に陛下からの密命があったか?」

 

ハッとした顔でドラットーが顔を上げる。その顔はどこか怯えているように見えた。

 

「それは、陛下からお聞きになったのでしょうか?」

 

「まぁ、そんなところだ。近く旧テネブラエに行くものがいると思うんだが」

 

「はい。お察しの通り、隊員を1人、テネブラエへやろうと思っています」

 

こちらを警戒している将軍を先手を打って黙らせる。

 

「1人?潜入にしてもツーマンセル以上だろう。1人で、と言う陛下の指示か?」

 

「いいえ、人数については私の差配でございます。王子」

 

痛い所を突かれたような顔の将軍に対し、ネヴィラムが畳み掛ける。

 

「目的がなんであるか、部外者の俺はとやかく言わない。だがドラットー、優秀な王の剣の指揮官であるお前が、こんな俺でも気づくようなミスをやらかすとは思えん」

 

ぐっと何かに堪えるようなドラットーを見るのはこれで2度目。一度目は帰郷直後のサンルーム、そして今回。共通するのは、父王の決定。

 

「今、王の剣を動かすわけには、参りません。和平協定も大詰め。協定調印式への日取りを定めている最中です。その間、兵を動かすのは、いたずらに帝国を刺激することになりましょう」

 

フンとネヴィラムは心の中で鼻で笑う。軍という単位において1人も3人も変わらない。ネヴィラムは“1人で行かせた”ことを咎めているのだ。それが何故帝国を刺激することに繋がるのだろうか。

 

 

 

「わかったよ、ドラットー。お前のことだ、“俺に見えていないもの”がお前には見えているんだろう」

 

引き下がったネヴィラムに、ほっとしたような顔した将軍は言葉を紡ぐ。

 

「滅相もございません、聡明な王子より、ものの見えている者がいるでしょうか。それに私は故郷の誇りに従っているだけです」

 

その声は一縷の決意に満ちた、強い声だった。

 

(そうか。お前の決意は揺るがないのか。それがお前の誇りなら、俺は俺の決意をもって報いよう)

 

「国境までは護衛をつける。お前の言う通り、帝国を刺激することない人数の、な」

 

「....わかりました。決行日は王子にご連絡を?」

 

「そうしてくれ。護衛に関しては俺が選んでおこう」

 

「畏まりました」

 

ドラットーに背を向けるように、クルリと椅子を回し「下がっていい」と声をかける。今、あの男の顔は見たくなかった。きっと亡霊のような顔をしている、そう思ったから。

 

 

 

ー父の死の夢。それを初めて視たのはネヴィラムがまだ、小さかった頃だ。ノクティスが生まれる前。未だ夢見の能力を理解しきれていなかった。ただのタチの悪い悪夢だと思っていた頃、父王は大柄の鎧武者に刺し抜かれて死んだ。年老いた父が何者かの狼藉によって死ぬのだと知った。それと同時に、なにをしても救えぬ命がある事も。

 

 

 

 

 

部屋を出たところでコルがネヴィラムを呼び止める。

 

「コル?どうした?」

 

眉間にシワを寄せイライラしているような顔だった。

 

「ネヴィラム王子、今ドラットーと話していたか?」

 

「あぁ、それがどうした?」

 

ゆったり歩きながら、コルに先を促すとドラットーと同じく将軍職にある男は、正面を睨みつけながら声を低めて言う。

 

「....ネヴィン、お前なら気付いていると思うが、警護隊の配置がここ最近おかしい。王の剣が護衛のように振る舞っている」

 

「なるほど。だから最近廊下に誰もいないんだな」

 

静かな廊下の訳がわかった。どうやらドラットーは意外と幅広いところまで掌握しているようだ。もしこの状態がドラットーだけの手腕であるなら、とんだ策士だが。

 

ふーん、とコルの後ろをついて歩く。

 

「コルが配置負けしたからって、どうこう言うような人間じゃないってことはわかってる。が、ドラットーに対しては早まるな」

 

「何故だ!この状況で何かあったら、王を守りきれん!」

 

「コル・リオニス!」

 

声の大きくなったコルを止める。コルはやりきれない顔で握り拳を下げた。

 

「....すまん。熱くなった」

 

らしいなぁ、と思いながらネヴィラムはニンマリとして、少し上の位置にあるコルの肩を叩く。

 

「いいよ、コルがこの国のこと思ってくれてる証だからな」

 

ヒラヒラと手を振りながら、少しふざけて返すと、コルは真面目な顔に戻って、バシン!とネヴィラムの背を叩く。

 

「っ痛!何すんだよ」

 

「ハハッ、そうしてるとノクティスそっくりだな。....俺が守りたいのは、国だけじゃない。陛下も、ノクティスも、お前もだぞ」

 

ツンと鼻の奥が痛くなる。これだからコイツ未だ独身なんじゃないだろうか?

 

「そのセリフは、嫁さんもらう時にい、え、よ!」

 

と、少し勢いをつけて背中を叩く。しかしさすがルシスの誇る不死将軍、小揺るぎもしない。茶化したことで、少し和んだのか、コルのシワが1つなくなったような気がした。見た目あまり変わらないが。

 

 

 

珍しいネヴィラムの若者らしい姿に、コルがひっそり和んでいたのは、ネヴィラムにはバレることはなかった。

 

 

 

「少し寄り道してもいいか?」

 

唐突にコルが確認してくる。

 

「?まぁ、外交問題も今は俺の手を離れてるし、暇人だけど。どこに連れて行ってくれるんだ?」

 

「お前に紹介したい奴がいてな」

 

どうやら行先は警護隊のトレーニングルームらしい。クレイラスの部屋も近くにあるから、クレイラスに用事だろうか?

 

威勢の良い声が響くトレーニングルームに入ると、見慣れない金髪の青年が、訓練を受けていた。どうやらシフトを使わない、護身術の訓練のようだった。

 

「コル?」

 

説明を求めるが、肝心のコルは正面を見たまま。青年を見ていろ、と言うことだろうと認識し、ネヴィラムは青年の動きを注視する。

 

体の動きは良い。しなやかで、重心がややブレるが綺麗な着地。不器用な動きや無駄な動きが多いが、今後鍛えれば形にはなるような、そんな動きだ。何より飲み込みが早かった。

 

 

 

ーガン!

 

青年が投げ飛ばされ、壁際に追い詰められる。

 

「いってぇ」

 

「大丈夫かぁ?ちょっとふっ飛ばしすぎたか?ヤッベ、お前に怪我させたらコル将軍に殺される」

 

相手をしていた警護隊のメンバーが、青年を助け起こす。

 

「だ、大丈夫です!怪我とか!ノクトの!あ、王子の足を引っ張りたくないんで!」

 

甲高く、人好きな気配のする声。

 

「可愛いヤツだな」

 

素の感想を漏らすと、隣でコルが笑っている。

 

「?」

 

「いや、俺も最初そう思った」

 

「だよな。いやいや、あいつ誰よ?なんでノクトの足引っ張ることになる?」

 

コルは未だ少し口の端を歪めながら、あれは王子の友人だ、と端的に説明する。

 

「ノクトの、友人かぁ」

 

ほぅ。とひとつうなずく。“あの”内気なノクティスが。

 

「旅についていくことを陛下が了承されてな。護身術を仕込んでいる」

 

ネヴィラムがそう説明を受けていると、青年が警護隊から丁度一本取れたところだった。

 

「やった....勝てたぁ」

 

汗だくの青年が、達成感に満ちた目で床に崩れて落ちる。

 

「ってオイオイ!」

 

ネヴィラムは、青年が頭を打たないように床と青年の間に滑り込む。

 

「あ、すみませ...ん....?ノク...ト?」

 

「悪いなノクティスじゃねえんだ。怪我ないか?」

 

一応ケアルを流し込みながら、袖で汗を拭ってやる。だんだんと状況がわかってきたのか、1人であたふたし始めた。明瞭に聞き取れないが、どうやら目上の人間への敬いや、申し訳なさの謝罪を繰り返しているようだ。

 

「すまん、何言ってるかは、はっきりわかんねぇんだけどとりあえず無事っぽいな。よかった」

 

「もももも、申し訳ありません。俺プロンプト・アージェンタムって言います一般ルシス市民です王子に同行させてもらえることになってここで鍛えてもらっててそのあの、」

 

「ちょっと落ち着け!あー、Mr.アージェンタム?」

 

「はいぃ!落ち着きます!」

 

 

 

ははは、と乾いた笑みを浮かべ、ネヴィラムはプロンプトを助け起こす。そして一歩下がり、手を胸に軽く当てて

 

「いつも弟のノクティスが世話になってます。ノクティスの兄、ネヴィラム・ルシス・チェラムです」

 

と名乗る。そこからのプロンプトは、それはもう面白かった。声にならない悲鳴をあげ、顔色をコロコロ変えて、結局、小さな声で、「服汚してませんか?」ともじもじ小さくなってしまった。

 

「コル、すっごくかわいい。弟より可愛いかもしれねぇ」

 

「それはノクティスに言うなよ。傷つくぞ」

 

置いてけぼりのプロンプトは、「あの、その」と落ち着かない様子だ。

 

「いや、こっちこそ急に出てきてすまなかった。気にしないでくれると助かる。ノクティスと仲良くしてくれてありがとうな」

 

そう言われたプロンプトは

 

「もったいないです、自分なんかに」

 

と自信なさげにしていた。そんなプロンプトにコルが王都警護隊の戦闘服を手渡す。プロンプトは初めのうちはキョトンとしていたが、すぐに何を手渡されたかわかったらしく、着ても良いか律儀に確認してから、嬉しそうに袖を通す。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

コルがプロンプトの肩を軽く叩きながら、

 

「よくやった」

 

と声をかけている。ネヴィラムも

 

「似合ってるよ、アージェンタム君」

 

と声をかける。するとプロンプトは、嬉しさを隠せないままに遠慮がちに

 

「あ、あの、俺、ただの一般人なんで、もし良ければアージェンタムじゃ無くて、プロンプトって呼んでください」

 

と言う。ネヴィラムは、コルのそばを離れプロンプトに手を差し出す。

 

「プロンプト、俺もネヴィラムって呼んでくれ。なんならノクトみたく、ネヴィンでも良いぜ」

 

「いや、お兄さんなんで、その、よろしくお願いします。ネヴィラム様」

 

「なーんだ。寂しいなー」

 

戯けてそう言うネヴィラムに対して、プロンプトはおずおずと

 

「じゃあ、あの、ネヴィン...」

 

「なんだ?プロンプト」

 

決まってるぜ、と言いながら少し服の襟を直してやる。

 

「へへへっ、憧れてたんだ」

 

遠慮がちではあるが、敬語を外して話すプロンプトを眩しそうに眺めるネヴィラムの後ろからコルが声をかけてくる。

 

 

 

「クライレスと連絡がついた。このまま挨拶に行こうと思うが、プロンプト。時間は大丈夫か?」

 

「は、はい!」

 

「ネヴィンも行くか?」

 

「俺もクライレスにちょっと言いたいことがあるから、ついでに行こうかな」

 

わかった、と言いながらコルが部屋を出て行く。ネヴィラムもプロンプトを促しながら、部屋の外に出る。

 

 

 

ーdepartureー

 

 

 

「失礼する」

 

コルが入室を告げると部屋の中からクライレスの声がする。

 

「なんだ、コルか」

 

こちらに顔を向けたクライレスにプロンプトが慌てて頭を下げる。

 

「し、失礼します」

 

「あ、グラディオラスもいる」

 

部屋に入ると、親子で話し込んでいたのか、グラディオラスが部屋にいた。ガタイのいい人間が多いので、クライレスの部屋が狭く思える。

 

「どうした?プロンプトがいるなんて」

 

グラディオラスが、話しかける。その問いにコルが代わりに答えるように

 

「警護隊の服を渡したついでにクライレスに挨拶を」

 

と説明する。

 

「そうか。訓練中怪我なくこなせたか?」

 

クライレスが、プロンプトを気遣うように先に問いかける。それに対してプロンプトがまたあたふたして答えるのを眺めながら、ネヴィラムはソファに座り、クライレスの蔵書に目を通す。好みの傾向が似ていて、ネヴィラムはこの部屋が好きだった。

 

 

 

「友人として、旅に同行する。十分な理由だ、その役割に誇りを持ちなさい」

 

恐縮しているプロンプトにあくまで優しく声をかけるクライレスは何処か父親の顔をしているようだった。

 

「王子と一緒に行動することで、普通の旅とは少し勝手が違うこともあるだろうが、まずは自分の身を大切にな。旅にはイグニスも、この愚息も同行する。何かあったら助け合うといい。旅とはそのようなものだ」

 

「はい!」

 

「旅の準備もあるだろう。行きなさい」

 

「ありがとうございます!失礼します!」

 

部屋に入った時より明るい顔で、プロンプトが退出して行く。グラディオラスもクライレスに、後でと言い残し、部屋を出て行く。退出間際、プロンプトがネヴィラムに手を振ったので、ネヴィラムも手を振り返す。

 

 

 

「ネヴィラム王子、お待たせしました」

 

クライレスがネヴィラムに声をかける。

 

「いや、大丈夫。急ぎじゃない。コルの話が終わってからでいい」

 

「そうか、それではコル、王子が譲ってくださったぞ。お前のことだ。俺はドラットーのことじゃないかとふんでるんだが?」

 

フフっと笑いながらクライレスはコルに先を促す。コルはネヴィラムに目礼を寄越してから

 

「その通りだ、クライレス」

 

と詰め寄った。

 

「話がしたいが、まだ話せていない」

 

「このところ顔色が良くない、理由は協定、だな」

 

クライレスには核心が見えているようだった。そしてこの国の行末すらも。

 

「領土の件を知って王の剣のやつらも動揺している。クライレス 、本当に俺は警備を外されるのか?今こそ王のそばに」

 

その言葉を最後まで言い切る前にクライレスが話し始める。まるで、話を遮るかのようなタイミングだった。

 

「伝えた通りだ。警備計画書も陛下の承認を受けている」

 

「クライレス、この国の宰相であるお前が、おかしいとは思わないのか?これでは警護隊が排除されているようなものだ!」

 

「落ち着けコル。何かが起きれば、真っ先に市民に被害が及ぶ。お前の配置は“陛下の命でもある”」

 

コルは納得できないかの様に首を振り、クレイラスに食い下がる。

 

「....それは、何かが起きる、と言うことか?」

 

「今、ルシスが取れる手は非常に少ない。それを陛下はずっと考えていらした」

 

 

 

(!?)

 

はっとネヴィラムが顔を上げる。父王が自ら命の終わりを定めているかの様に聞こえたからだ。ネヴィラムと時同じくして、コルも何かに気が付いたかの様に息を飲む。

 

「それは、」

 

「良いかコル。もう一度言おう、何かが起きれば、市民へ被害が及ぶのだ。『最も信頼できるものに民の非難を頼みたい』それが陛下のお言葉だ」

 

言われたコルも、言い渡したクライレスも、鎮痛な面持ちだった。言葉にできない虚しさと、物悲しさが部屋の中を支配する。

 

「....父上は、定められたのだな」

 

静かになった部屋の中に、ネヴィラムの声だけが転がった。死に場所をとはいえなかった。それを口にするにはあまりに父王は優しすぎたから。

 

「王子....」

 

「ネヴィラム様。陛下をお恨みなさるか?もしも恨まれるなら、このクライレスに。私は陛下の盾として、一切を被る覚悟にございます」

 

そう言うクライレスは、毅然としていた。盾としての誇りを、努めを全うすべく立っていた。自身も父として2人の子の行末を見たいだろうに。優しい父の顔をするクライレスを見てきたネヴィラムは何もいえなかった。その代わり、ポツリと

 

「父上に合わせて欲しい」

 

とクライレスにねだった。ネヴィラムが何か強請るのは非常に稀だ。これにはクライレス もコルも目を見張った。

 

「少しでいい、ほんの一時でいいから」

 

下を向いたネヴィラムの目からは、何も流れてはいなかったが、少なくともクライレスには、ネヴィラムが泣いている様に見えた。幼かったネヴィラムが、悪夢を見たと部屋を飛び出し、夜空の見える廊下で1人、膝を抱えていたのを抱きしめた時の様に、クライレスは自らの胸にネヴィラムを抱き寄せた。

 

「このクライレスにお任せください。王子の頼みは必ず叶えて差し上げましょうぞ」

 

「ありがとう」

 

さぁさぁ、話があるのではないのですか?とネヴィラムをソファに座らせながら、クライレスが話を促した。

 

「あぁ実は、」

 

気持ちを切り替えて、ネヴィラムは王の剣の護衛についてクライレス に報告する。

 

 

 

 

 

【同時刻、王都城エントランス】

 

※ノクティス視点

 

 

 

「この車、乗るのいつぶりだっけな」

 

「確か王子の元に届いて、ひと月ほどで乗らなくなったな。たまにネヴィラム様にも貸すほどには」

 

イグニスはため息をつく。

 

「なんで今日この車なんだ?」

 

「調印式の来賓送迎用に使いたいと、ドラットー将軍から伝言があった。城についたらそのまま引き渡す」

 

「ふーん。そのまましばらく使ってていいよ。全然乗ってないし」

 

「運転には飽きたか?」

 

はぁ、とため息を吐きながら、ハンドルを切ってエントランスへ車をつける。

 

「いや、後ろに座ってた方が気楽だし、好きなとこ運転できる訳でもねぇじゃん。乗せたいやつ乗せられねぇし」

 

ぶすっと拗ねるノクティスに、イグニスもやや同情的に声をかける。

 

「お前は、まぁ王子だからな。自由にはできないだろう。乗せたいのは陛下か?」

 

なんでわかんだよ、と後部座席からボス!っと前のシートを殴るがイグニスは得意そうな顔で、ノクティスに笑いかけるだけだ。

 

 

 

エントランスの階段を登り切ると、ドラットーが出迎えた。

 

「お待ちしておりました、王子」

 

「ドラットー、久しぶり」

 

ノクティスに頭を下げたドラットーはイグニスに問いかける。

 

「イグニス、車は?」

 

「駐車場に止めてあります」

 

「ご苦労。イグニス、陛下は今日1日お忙しい。いつでも連絡を取れる様にしておけ」

 

はい、と答えるイグニスの後ろで、この時間なら空いてるって聞いたけど?とノクティスが文句を言う。

 

「会議が長引いているのでしょう。王子、出立は明日でしたね。会えるよう、祈っています」

 

「あ、うん」

 

車の回収へ向かったドラットーを残し、ノクティスとイグニスは王都城へ入る。人が慌ただしく行き交い、ノクティスを見るとギョッとした顔で立ち止まり、慌てて頭を下げるものもいた。

 

「お久しぶりです、ノクティス様!」

 

「あ、あぁ、久しぶり」

 

戸惑いながら挨拶する様子に、イグニスがもうすこししっかり挨拶をしろと小突く。

 

「挨拶までめんどくさがるな、ノクト」

 

「ちげーよ。別に足止めてまで俺に頭下げてこなくていいってこと。みんな忙しいだろうし」

 

ふむ、とイグニスがノクティスを眺めていると、後方からイグニスに接触しながら走り去っていくものもいる。

 

「すまない」

 

「あぁ、いやこちらこそ」

 

半身を下げて、イグニスが王の剣を通すと、大柄の男が走り去って行く。

 

「皆がノクトのことを知っているわけでもないらしいな」

 

「王の剣って、全員が同じところにいるなんて滅多にないって、ニックス言ってたっけか」

 

「しっかりしてくれ、聞いてるかノクト」

 

仲のいい王の剣のメンバーの顔を思い浮かべながら、これくらいの気楽さがいいと、ノクティスは思った。王子と言われるたびに、背負いようのない重りが肩にのしかかっている気がする。それがノクティスにとってたまらなく辛い。『真の王』などと今言われても、未だにクリスタルはノクティスに役割の内容を教えようとしない。そんな状態で何をなせばいいというのだ。ノクティスは父が誇らしかった。しかし、どんどん老いていく父に、焦りが募るばかりで、ノクティスにできることなど限られていた。[何もできない第2王子]そう揶揄されているのも知っている。しかし幾らやろうとも、理想に届くにはあまりに小さな一歩であったし、理想は遥か高みにありすぎた。

 

 

 

「...わかってるって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーJourneyー

 

 

 

【ノクティスの自室】

 

 

 

「今日は親父には会えないのか」

 

感情が抑えられた声音でぽつりと話すノクティスに、イグニスは慰めるように肩に手を置いた。

 

「今日は難しいだろうが、明日の出発にはおいでになるそうだ。ノクト大丈夫か?」

 

「平気だっつの」

 

「ならいいが」

 

切り替えるようにイグニスは、式典用にあつらえられている荷物の確認に取り掛かった。

 

「俺は式の荷物の選別に行ってくる。その間、ここの片づけ、頼めるか?」

 

「あいよ」

 

しばらく使っていなかったが、結婚を機に環境が変わることも踏まえて片付けておこうとここ数日作業しているが、やっと一区切りつきそうだった。

 

ノクティスの返事を聞いてから立ち上がり、サボるなよ、と言い残しイグニスは部屋を出ていった。ノクティスは手元にあったカーバンクルのお守りをぐっと握りしめ、部屋の中を見渡す。

 

(親父、夕飯食べた時から一度も会えてねぇ。無理してねぇんだよな?)

 

壁際に掛けてある剣を荷物の中にしまいながら、だんだん整理されていく部屋とは逆に、ノクティスの内心は混沌としていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

【クライレス 私室】

 

 

 

ーコンコンコン

 

 

 

ノックの音がなり、鈴のような声が訪をつげる。

 

「きっとイリスだな。最近ここに泊まっておりましてな、着替えを持ってきてくれておるのです」

 

クライレス がネヴィラムに目で確認を取り、一つ頷いて扉へ向かった。

 

「イリス、よく来た」

 

「父さん、着替え持ってきた!」

 

「あぁ助かる」

 

こちらに気がついたイリスが、あ、と言いながら口に手を当て慌てて頭を下げる。

 

「イリス嬢、ちょっと見ない間に美人になったな、元気そうでよかったよ」

 

言われた方のイリスは、顔を真っ赤にしながら

 

「お久しぶりです、ネヴィン様」

 

と蚊の鳴くような声を出した。普段のイリスを知っているコルや父親のクライレスからすれば仰天物の場面である。

 

 

 

「ノクトが来てるのか」

 

「はい、ノクト、陛下へのご挨拶でお城に来ているみたいなんですけど」

 

それを聞いたネヴィラムは、一瞬顔を曇らせてから、すぐに元の顔に戻り

 

「今どこにいるか知ってるか?」

 

とイリスに尋ねた。イリスはその一瞬の表情にひっかりを覚えたが、特に何も言わずに明るいトーンでイグニスが言っていた王子の居場所を兄王子に教える。

 

「ノクトならお城の自室に行くって言ってました」

 

「ありがとう、イリス」

 

柔和な顔で例を言ってネヴィラムは

 

「クライレス、後は手筈通りに。ノクトの出立までには準備を整えて戻る」

 

と言い置いて部屋を出て行った。

 

「父さん、ネヴィン兄さまと何かあったの?」

 

「いやイリス、国防の話だ。そういえばイリス。今日の夕食はグラディオラスと外で食べようと思うんだが、お前何か食べたいものあるか?」

 

それを聞いたイリスは顔をパッと明るくして嬉しそうにその場で跳ねた。早口に飛び出すリクエストに、すこし疲れた顔をしながらコルに顔を向けると

 

「俺はこれで失礼しよう、クライレス無理するなよ」

 

と笑いを殺しながら出て行く。

 

「お前、人ごとだと思いよって」

 

「人ごとだぞ。イリスの父はお前だけだ」

 

「お前も子供を持てば味わうことになるぞ」

 

ぐぬぬ、と恨みがましいような嬉しいような複雑な表情のクライレスを尻目に、扉を閉めるコルであった。

 

 

 

自室に帰ってきたネヴィラムは、すこし長めのため息をはく。“打てるだけの手を打っておく”クライレス経由で伝えられた父の言葉だった。ならば自分も出来ることをしよう。例え最愛の家族を救えぬ結果だったとしても、この手から溢れるものは少ない方がいい。これはただのエゴだ。でもそう思わずにはいられない。破滅的な考えに至るには、ネヴィラムは優しさに触れすぎていた。それがどんな形であったとしても。

 

 

 

ーピピピ

 

 

 

ネヴィラムのインカムに着信がある。

 

「ネヴィラム王子、ドラットーです」

 

「ご苦労。決まったか?」

 

「はい、明日、夕刻テネブラエへ向けて出発させます」

 

声音は固く、緊張を滲ませていた。

 

「わかった。明日、隊を配置する」

 

ネヴィラムは出来るだけ静かな物言いを心がけた。

 

 

 

“起こり得る危険には先に手を打っておくのは定石”クレイラスにチェスを教わった時の鉄則だった。

 

“相手の策に対しては奇策を持って弄さなければ、潰されるだけ”これはアーデンとチェスをした時痛い程教え込まれた戦術。

 

ネヴィラムはどちらにも理があると思って守っている。熱戦を交わす前の段階では、情報が命の要となる。誰がどう思い、どう策を巡らすか。余さず絡めとらなければ負けてしまう。そして相手の牙城を砕く時、真っ向勝負では時間がかかりすぎてしまう。それでは味方を見殺しにするも同じなのだ。“奇策を弄さなければ”。

 

いつのまにかベッドの上で足を抱え込むようにして考え込んでいたネヴィラムに、窓から差し込んだ西日がかかる。

 

 

 

と、部屋の中に可愛らしいチョコボの鳴き声がした。

 

 

 

「?」

 

音の発信源である端末の表示には『ノクティス』の文字。

 

「はい」

 

「あ、兄貴か?」

 

電話口の弟の声は弾んでいた。

 

「お前さん、俺にかけたんじゃないのか?」

 

「うっせ。こないだのボトル、兄貴が持ってったじゃん。あれどうなったかと思ってさ」

 

きっとノクティスは、記念にしたいと言っていたシャンパンボトルのことを言いたのだろうと想像し、ボトルは洗浄のためにスキエンティアに預けていると言うと

 

「そうなのか」

 

どことなく残念そうな返答に変な予感が働く。

 

「ン?なんだよ。もしかしてお前旅に持ってこうとしてたとか?ノクト〜そんなに嬉しかったのかぁ。可愛いやつめ」

 

そう揶揄ってやると、「なんだよ、悪いかよ。つか、可愛いとか言うなよ!おい聞いてんのかバカ兄貴!」とキーンと劈く声で叫ばれる。まったくもって元気なことだ。

 

「聞いてるよノクティス。わかった、なんとかしといてやるからお前は旅の準備進めとけよ。お上りさんになるからな、絶対」

 

ならねぇよ!とどこから湧いてくるかわからないような自信を見せ、弟からの通話が切れた。

 

どことなく力が入っていた体から、するりと何かが抜けていく。緊張だったのか、力だったのか、ネヴィラムにはわからない。ただそこにある日常が救いだった。

 

 

 

ベッドにだらりと下げられた手からこぼれた端末には、イグニスから、ノクティスの家の掃除に行くこと、外交レポートを資料として回してほしいことなどがメッセージで届いていた。

 

全てが遠い。一週間後、このような日常が流れているとは到底保証されていない。アーデンの計画通りなら、王都は焦土と化しているだろう。ネヴィラムはそれを知りながら、この国を見殺しにする。それが決められた定めであるから。1人でも多くの者を救おうと足掻いてみたが、帰郷までに運命を変えられたのは数少ない。人の死を語る女神の夢も、一欠片でしかない。最早ネヴィラムが最も救いたい人は、運命の歯車の一部だ。楯を突いたところで小石のように砕かれる。全てを知り得ないが故に、無駄な希望が湧く己に初めて嫌悪したのは、まだネヴィラムが6つの頃だった。今再び、絶望が始まろうとしていた。

 

 

 

....ラム

 

......ヴィラム

 

 

 

「ネヴィン!」

 

はっとして目を開く。いつのまにか寝ていたらしい。珍しく夢は見なかった。眠っている間のことを思い出そうと、ぼんやりしていると暖かな手が頭を撫でた。

 

「ネヴィン、しっかり体を休ませたいなら、こんな所で寝てはいけないよ」

 

「...父上」

 

ノクティスの電話があって、イグニスからレポートを頼まれて...あれからどれくらいたった?必死で状況を確認しようとしているネヴィラムに、レギスはこう言った。

 

「クライレスから、ネヴィンが会いたがっていると聞いてな。何事かと思って飛んできたんだが、当のお前はベッドの上で何もかけずに横たわっていたから、驚いたぞ」

 

穏やかな口調で話すレギスだが、起こされた時の声から察するに、相当焦ったのだろう、そう当たりをつけてネヴィラムは素直に頭を下げる。

 

「申し訳ありません、父上。ノクティスと話しているとほっとしてしまって。いつの間にか寝てしまっていたようです」

 

ゆっくりと体を起こすと、レギスもそれに合わせて隣り合わせで座る。

 

「お前に大事がなくてよかった」

 

よしよし、と頭を撫でられる。直に感じる“父親”の暖かみに頬が緩んでいくのを感じると同時に、変わらぬ様子で撫でてくれる父の手が、酷く気高く、穢し難い物のように感じた。

 

「父上、ドラットーの件は...いえ。父上はもう定められたのですね?」

 

それを聞いたレギスは、表情を固くする。

 

「クリスタルを守る王として、何を守られるか」

 

「...すまない、ネヴィラム。全てを守れぬ不甲斐ない王を許しておくれ」

 

「父、上。....とうさま。私は父さまの死を知りながら、俺は!」

 

もういい、と肩に手を置かれる。はっとして顔を上げると父の顔は笑っていた。

 

「いいのだ。いいか?ネヴィラム。お前が今から何をしても、誰と共に生きようとも、お前は変わらぬ私の息子だ。私の可愛いネヴィラムだ。お前は、この国の、そしてこのレギスの、誇りだ。常に、胸を張れ」

 

「父さまは、全てご存知の上で...?」

 

一つ頷いたレギスは、

 

「全てを知っている訳ではない。だが、お前がお前の考えの下、守りたい物を守らんがために、身を削っていることは見ればわかる」

 

 

 

“父親だからな”

 

 

 

笑っている父の顔は未来を見ていた。ネヴィラムの目から大粒の涙が溢れる。ポロポロと堰を切ったように流れ落ちる様を、ネヴィラムは茫然としながら止められずにいた。

 

 

 

「お前が泣くのを久しぶりに見た気がするな。ノクティスはよく泣いていたが、お前は何時からか泣かなくなっていたから」

 

「と、さ...ま」

 

「お前にも、ノクティスにも辛い思いをさせる。特にノクティスには、何も伝えずに行かせることになる。私はお前で罪滅ぼしをしているのかも知れん」

 

 

 

哀しみにもがきながら、使命という檻の隙間から、2人の息子にあらん限りを尽くした男の顔だった。

 

 

 

罪滅ぼしであっても構わない。運命の中でも、抗おうとするその姿を、息子2人に見せてくれた。覚悟を間近にしていないノクティスも、いつかはレギスの意思を知るだろう。父はこの世界を救う為に死ぬ。その魂は世界へ還元される。そこ彼処からレギスの遺志を感じることがあるだろう。例え、その死を間近にしなくても。

 

「父上は、ノクティスに生き様を示されてきました。そしてわたしにはこのかけがえのない一瞬を。罪滅ぼしであっても、我ら兄弟は生きて行けるのです。父上のお陰で」

 

口に出しておきながら、その言葉はさながら自らに言い聞かせているように、ネヴィラムに帰ってきた。そうだ。父王の思いを、誰がノクティスに伝えてやれるのだ。

 

泣いてばかりいられない。泣くのはこれで最後。

 

 

 

「真の王の臣下として、ノクティスの兄として.....父上の息子として、未来を勝ち取って参ります」

 

「あぁ。父はすこし遠いところから、お前たち二人の幸せを祈っている。健やかであれ、とな」

 

 

 

ギュッと抱きしめた父の体は、いつの間にか小さくなっていた。否、自分がいつの間にか父を抜いたのだ。

 

懐かしい父の匂いが鼻腔を過ぎ去り、暖かな温もりが溶け合った。

 

部屋に引き返していく父を目に焼き付け、ネヴィラムは出立の準備を整えた。明日、ノクティスを送り出した後、王の剣を護衛する。その後からは、時間との勝負になるだろう。調印式も上手くやらねばならない。

 

今度こそ、父王に言われた通りしっかり布団をかぶって眠りについた。




この物語の主人公は、ネヴィラムですが、ノクティスも主人公です。
本編でノクティスはすんなり出発していきましたが、複雑なところがあったのではないかと思っています。それをオリキャラに若干表現してもらっています。


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Chapter00-2 嵐がおきて

王子、出発。
物語が始まります(やっと)


これは“真の王”が星を救い、神々から決別する物語

 

 

 

 

 

 

ー旅立ちー

 

 

 

「ノクティス王子の出発を認める」

 

「ありがとうございます、陛下」

 

「旅の無事を祈る、下がって良い」

 

はい、とやや小さな声でおざなりな礼をして勢いよく部屋を出ていく息子に、身を乗り出しながら、止められないレギスを端から見ていたクライレスは、「行ってこい」とだけレギスに声をかけた。背を押された形の王は第一の臣下に礼を言い、席を立った。

 

 

 

 

 

エントランスまで出たところで

 

「今から出立か?ノクティス王子!」

 

頭上の声にノクティスが振り向くと、遥か上の小窓から自分の兄が顔を出しているのを見つける。

 

「兄貴!見送りにきてくれてたのか!?」

 

大声で呼びかけると、「ちょっと待て、今そっちいくから!」と声をかけられ、どうやって来るのかと待っているとそのまま身を乗り出して来る。

 

「え、ちょっ!あれまずいんじゃないの?」

 

プロンプトが後ろで騒ぎ始める。兄の所業や性格を多少知っているほか3人は「あぁ〜またかぁ」と言った顔で成り行きを見守る。

 

 

 

ヒュン、とシフトの音がして兄が目の前に現れる。

 

「兄貴ィ、無駄にシフト使うなよな?まさか寝起きってことはねぇだろ?」

 

「うん?寝起きだけど。ほらこことか寝癖で...」

 

つまり、とノクティスは呆れた。

 

「兄貴寝起きでそのまま部屋から出てきたのかよ、みっともねー」

 

「つか、さすがネヴィラム様だな。寝起きであんだけ動けんのか」

 

ノクティスのツッコミと、グラディオラスの斜め上の賛辞が贈られる中、まあまあ、と手をひらひらさせたネヴィラムは、ノクティスにホイっと何物かを手渡す。

 

 

 

「あ!あん時のボトル!...ってなんか入ってんの?」

 

シャンパンのボトルを受け取ったノクティスは、中にある物を繁々と眺める。慌ててネヴィラムがボトルをかっさらう。

 

「ダメだぜノクト。これは魔法のボトルだ。困った時に開けるんだぜ☆」

 

ウィンクを一つして持たせてやると、「分かったよ...」としぶしぶイグニスに預けた。

 

「後これ、小遣な。王都での金は外と違うからな。ちょっとしか無いから、大事に使うんだぞ」

 

とノクティスにギルを握らせる。

 

「行っておいで、ノクティス」

 

「ん、あんがと」

 

わしわしと頭を撫ぜてやっていると、後方から声をかけられる。

 

 

 

「ノクティス王子!」

 

ドラットーの声に振り向くと父王が、ゆっくりとした足取りで、こちらへ降りてきているのが見えた。ネヴィラムが踏み出すよりも先に、ノクティスが駆け寄る。

 

「色々と言い忘れてな。ノクト、大事な友人たちに迷惑をかけないようにな」

 

口酸っぱく言われていることなのか、ノクティスはむすっとした顔付きで「そんなこと、わざわざ言わなくていいって」と口を尖らせている。

 

「知っての通り頼りない息子だが、どうかよろしく頼む」仲間に向けて言葉をかける父親に、恥ずかしさが勝ったのか、ろくに仲間の返事を待たないまま

 

「行くぞ、コルが車で待ってんだろ?」

 

と声をかける。

 

「くれぐれも、未来の奥方に失礼のないようにな」

 

そう言われたノクティスは、大仰に礼をしながら

 

「そちらもニフルハイム帝国サマに失礼のないようにな」

 

と言い返す。

 

「心配などいる物か、ネヴィンもいてくれる」

 

「そりゃそうか。でもお互い様!」

 

「いいかノクト。途中で投げ出すことは許されない。すぐに帰れないことは、覚悟しておきなさい」

 

そういう父王の顔は、いつも通りの心配そうな父の顔だった。ネヴィラムはズキリと胸が痛んだ気がした。

 

ノクティスは、そのことを知ってか知らずか、

 

「そんな簡単に帰らないし、投ださねぇよ。ご安心を?」

 

と胸を張りクルリと踵を返す。

 

これだけは、とレギスが一歩、歩を進める。

 

「気をつけていくんだぞ」

 

そう言われたノクティスはレギスを振り返る。その肩にレギスが手を置く。昨日の夜、ネヴィラムにそうしたように。

 

「ルシス王家の人間として、このレギスの息子として“常に、胸を張れ”」

 

びくりとした顔のノクティスは、ぎゅっと口をつぐみ、しばらくして「はい」と返事をしてから、今度こそコルが待つ車へ向かっていった。

 

 

 

「行ったな」

 

ポツリとレギスがこぼす。

 

「はい、行きました」

 

万感の思いが込められているであろう言葉に返事をしながらネヴィラムも王に振り向く。

 

「私も王の剣を国境まで護衛してまいります」

 

その言葉に驚いたのは、王の背後に控えていたドラットーだった。

 

「王子御自ら王の剣の護衛ですと?」

 

「お前には言ってあったはずだ。“護衛をつける”と」

 

「ですが、王子御自ら護衛など...」

 

「なに、国境までニフルハイム帝国への連絡を届けなきゃならないから、ついでだ」

 

「ですが、」と食い下がるドラットーを遮るように、レギスが「頼む」とネヴィラムに言い渡したおかげで、その場を逃れることができた。事前にクライレスに言っておいてよかった。

 

「では、父上。行ってまいります」

 

「頼んだぞ」

 

「はい」

 

 

 

レギスに背を向け、一歩踏み出す。武器召喚と同じ原理で服を身につけ、一瞬にして警護隊の真っ黒な衣装に変わる。数人の王の剣が背後に続く。

 

 

 

ゲートまで車で乗り付けると、商業用のトラックと思しきトラックが一台止まっている。

 

「あれか?」

 

そばの王の剣に尋ねると肯きのみで返される。先程から恐ろしいほど物静かなこの男に、ネヴィラムは密かに怪しんでいた。一旦車を降り、コンと一つトラックの荷台を叩く。すると内側から開かれ、1人女性が顔を出す。

 

「貴方が、クロウ?」

 

「ネヴィラム王子?!」

 

急な王子の登場に驚いたらしいクロウを奥へ押しやり扉を閉める。

 

「クロウ、単刀直入に言うが、貴方は狙われている。おっと、どうしてかは聞くな、貴方の荷物が無事届け先へ届くとまずいと思っている奴がいるのさ」

 

クロウの言葉を遮りながら、一気に事情を話す。走る車がアスファルトを走っていく音がする。早く仕込みを済ませてしまわないと王都の外に完全に出てしまう。

 

「何も言わないで言うことを聞いてくれ、いいか?必ず助ける」

 

コクコクと頷くクロウに簡単な目眩しの術式をかける。

 

「いいか?貴方が一度でも大きなダメージを食らったら、幻の死体が現れるよう仕込んである。シガイ程度なら出し抜ける。幻が出現している時間は30分。その隙に貴方はその場から離れるんだ。ガラードへ逃げればあとはなんとかなる」

 

「どういうことですか?王都へ知らせねば...」

 

ネヴィラムに食ってかかるクロウに、良いから、と話す。「王都は別働隊が動く。貴方は壁外にいて欲しい。後でニックスやリベルトを送る。それまでガラードを守ってくれ。頼む。後で必ず理由がわかるようにするから」

 

ネヴィラムの必死さが伝わったのか、気圧されたのか定かでは無いがクロウは黙ってうなずいた。

 

「よし、じゃあこの先予定通り作戦を遂行してくれ。国境までで、予定通り護衛は外れる」

 

「わ、わかりました。王子...。あ、あの!」

 

「どうした?」

 

せっかちに説明を終えた王子に、これだけは聞いておかなければと、クロウが口を開く。

 

「どうして、私なんかを。私は移民です」

 

それを聞いた第1王子は、全てを覆い隠してしまうような笑みを浮かべ、少し沈黙した後に

 

「.....ありがとう、クロウ・アルティウス。この任務だけじゃ無い。この国に、王を支えてくれたこと、感謝する」

 

と言った。

 

 

 

「はい」

 

ガタンと揺れる車の中、反射的に敬礼を返したクロウだが、狙われている自分の状況や、高貴な身分の人間から頭を下げられている状況もどれも一行に現実味が湧かなかった。

 

 

 

この国が、戦場になるということも。

 

 

 

確かにこの前まで自分たち王の剣は帝国相手に戦闘をしていた。仲間も大勢犠牲になった。その犠牲の上でようやく和平交渉が行われるというときに、この王子が戦乱を運んできた。平和のために婚約する弟とは真逆のように映る。自分たちの故郷を犠牲にした平和は、嘘っぱちだったのだろうか?先ほどから車に酔ったのか顔色を悪くしている王子は一体何を見ているというのだろうか。

 

『ガラードを守ってくれ』『この国を支えてくれたこと、感謝する』

 

移民である自分を守ろうとする不思議な王子。平民と同じ目線に立つ弟君も、気さくである意味で変わっているが、この王子も変わっている。そんな王族たちに、クロウは忠誠を誓ったのだ。

 

 

 

クラクラする頭を押さえ、ネヴィラムは車が止まるのを待った。大掛かりな幻術を組み込んだせいで、継続的に魔力が減り続けている。発動する時、一気に消費される分を考えれば、あまり無理はできそうにない。いつのまにかアスファルトの感触から、舗装されていない道の感触に変わっていた。捲し立てたからなのか、事態の深刻さが伝わってしまったか、その両方か、クロウは黙り込んでしまっている。頭の片隅で申し訳ないと思いつつも、今のネヴィラムにはこれで精一杯だ。

 

やがてガタンと車が止まり、外から扉が開く。国境についたようだった。

 

 

 

「俺はここまでだ。どうか、無事で」

 

「...お、王子!」

 

車を降りていくネヴィラムを、クロウは咄嗟に呼び止めた。

 

「なに?」

 

振り返った王子の顔は幼く、修練場にちょくちょく顔を出すノクティスに似ていた。キョトンとした第1王子に対して、クロウはありったけの感謝を告げる。

 

「ありがとう、見捨てないでくれて。王都の人間じゃない私を、守ろうとしてくれて、ありがとう」

 

咄嗟のことで敬語が吹っ飛んだ気がするが、今はそんなこと、クロウはどうでもよかった。“見捨てられてなかった”それが一番嬉しかったのだと、伝えたかったのだ。

 

その言葉に、初めて気恥ずかしそうな顔をしたネヴィラムは

 

「上手くいくよう、祈ってる」

 

と早口に言って今度こそ車を降りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Sideーノクティス】

 

 

 

 

 

「シャキッとしてよ、王子ぃ」

 

「わぁってるって」

 

イラついた様子で返答するノクティスに対して、からかうことをやめないのはプロンプトだ。後部座席に座っているノクティスに、ハンドルを握りながら、ちょっかいをかけている。嬉しくて仕方ないと言うようなプロンプトの様子に、年上2人は見守る姿勢を貫いていた。

 

(助手席に座るイグニスは前をみろ、と度々注意していた)

 

からかわれているノクティスはたまった物では無い。気恥ずかしさからか、プロンプトに対しそっけない態度で返事していた。

 

「そういえば、結婚もびっくりしたけど、お兄さんの登場もびっくりしたー!全然会ったことなかったし!たまーにテレビとかで名前とかは聞いたことあったけどさ。なんかすっごく優しくしてもらっちゃった!」

 

ハンドルの上で手をパタパタさせながら、プロンプトがノクティスに話を振る。

 

「まぁ、兄貴滅多に帰ってこないし。紹介つっても居なかったからな」

 

「へぇーお城の中に居ないんだ....あ!ノクトもか」

 

1人で納得しているプロンプトに、イグニスが補足を入れる。

 

「ネヴィラム様に場合は国内にいらっしゃること自体が少ない。優秀な外交官として働いておられるからな」

 

イグニスが端末に入っている外交レポートのファイルを眺めながら、一般人にはあまり知られて居ない第1王子を紹介する。それに合わせるように

 

「この第2王子サマとは6歳も離れてらっしゃるからな、俺が城に上がった時にゃもう、1人でバリバリやってらしたな。それもあって、俺らもあんまりネヴィラム様には会ったことねぇんだ」

 

とグラディオラスも言添えるが、2人ともどこか空を掴むような説明でプロンプトは、「ほえー」とぽかんと口を開けて返事をする。

 

「イグニスの叔父さんとか、グラディオの妹のイリスとかは、結構喋ってたな。帰ってきたら必ず時間とってくれるし....鍛練頼んだらボッコボコにされるけど...」

 

「へぇ、なんか優しそうなお兄さんじゃん」

 

ポリポリ頭をかきながらそう言うノクティスに、プロンプトは明るく声をかける。

 

「俺さ、出発前にお会いしてさ!ネヴィンって呼んでって言われたんだけど、なんか恐れおおいんだけど、マジで!」

 

「兄貴が自分で言ったんならいいんじゃね?呼べば?」

 

「俺一般人なんだって!もう、忘れてない?」

 

「いいんだよ、そう言うの、俺も、兄貴も多分好きじゃねぇから」

 

そう言われたプロンプトは、「えぇー」と言いながら嬉しそうに片手で顎あたりをかいていた。

 

 

 

「まぁ、これから結婚するわけだしな。しっかりしないとまずいぞノクト。ネヴィラム様にも言われただろう」

 

「わかってるって!うっせーな人ごとだと思いやがって」

 

照れ隠しで、口がついつい悪くなるノクティスだが、そのことを知っている旧知の仲間たちは、「かわいいなぁ」と心の中でこっそり呟く。

 

「あ、今なんか変なこと考えただろ」

 

ノクティスの鋭いツッコミもなんのその。

 

「いやぁ、いいじゃねぇか、結婚」

 

「ルナフレーナ様にお会いするのは久しぶりだな、ノクト」

 

同じく後部座席で、ノクティスの隣に座るグラディオラスが、顔をノクティスの方に突き出しながら、結婚の部分を強調する。その鼻先を手で押しやりながら、ノクティスがイグニスの質問に答える。

 

「うーん、12年ぶりくら...い?」

 

はっきりとは思い出せないが、帝国がテネブラエを襲撃したあの日以来会えていないのは確かだ。あれからルナフレーナがどうしているのか、時々報道される神凪の活動を通して知る以外、細々としたやりとりがあるだけで、ほとんどわからなかった。ノクティスは不安と期待がないまぜになった、複雑な気持ちを整理できずにいたのだ。

 

「ノクトがえーっと、8歳?だいぶ前だね!」

 

「前を見て運転してくれプロンプト!」

 

はーい、と生返事を返しプロンプトが前を向く。

 

「結婚式するんだよねぇ、すごいなぁ」

 

「へへっ、お前はまず恋人からだな」

 

しみじみと言った様子でプロンプトが呟くと、すかさずグラディオラスがツッコミを入れる。車の中に笑いの渦が巻き起こる。

 

 

 

「俺、これでも結構頑張ってんのにぃ、グラディオはさ!....」

 

ガタン!

 

パンパン....プスプス...

 

 

 

続く言葉が出る前に、大きな揺れに遮られた。その後にレガリアがどんどん失速していく。

 

「え!」

 

「こりゃ」

 

「もしかしなくても、まずいな」

 

「ウッソだろ、どうすんだよ」

 

完全に止まってしまったレガリアの前に回り込み、グラディオラスが修復を試みるが、通常の車とは勝手が違い、仕組みを理解するのにも苦労しそうな様子だった。

 

「やっベーなこりゃ、イグニス!ハンマーヘッドへ連絡は着くか?」

 

「今発信している...」

 

一早いイグニスとグラディオラスに任せきりの年下2人は、おやつの袋を開け始めた。

 

「プロンプト〜調子乗りすぎたな」

 

「うっさいなぁ、ドキドキしてたのはノクトもでしょー?」

 

笑いを抑えられないノクティスにプロンプトが口を尖らせる。

 

 

 

 

 

この後なかなか連絡がつかないことに焦れて、「車、押して行こう」と言い出したことを、夕方のノクティスは後悔することになる。

 

 

 

 

 

 

 

ーUr calamityー

 

 

 

ノクティスたちがレガリアに苦労していたのと同時刻、ネヴィラムは黄色の何の変哲もないバンを護衛をつけて送り出し、“ついで”の用事をこなすために進む向きを変えたところだった。

 

(今頃ノクティス達は郊外まで出ている頃だろうか)

 

 

 

強かった日差しが傾き始めたかと言う頃。ネヴィラムは国境から10キロ南下したところまで来ていた。長く続く荒原に、舗装されていない道が通り、人気のない寂れたガソリンスタンドが傍に佇んでいる。まだ大きな魔力消費が無いところを見ると、彼女は襲撃を免れているようだった。空にはまだ戦艦の機影は無い。帝国皇帝イドラ・エルダーキャプトが、ルシス王国に入国するまでにはまだ間があるらしい。

 

 

 

ガルルルル

 

「!」

 

不意に目の前に身の丈ほどの狼が地面から湧きだした。黒色粒子をばらまきながら出現した狼は、じりじりとネヴィラムのほうへ歩いてくる。異論の余地はない。シガイの狼だ。とっさにシフトして逃げようとしたネヴィラムの先を読んだように、狼は大きく跳躍しネヴィラムの背後に回り込んだ。

 

(万事休す、か)

 

ため息をついて魔力を練り上げようとしたネヴィラムの目の前に、狼の大きな顎がガバリと開く。

 

息が止まった。

 

 

 

覚悟を決めていたネヴィラムの左ほほを、生暖かい湿ったものがべたりとあてられる。

 

「っひ!」

 

思わず顔を顔をそらすと

 

『クゥイィン』

 

獣の声と比べるとやや濁った声がする。そっと振り返ると、狼の大きな鼻が突き付けられ、もう一度ベロッと大きな舌でなめられる。よくよく狼の目を見れば、明るい金緑石の色。

 

「おまえ、もしかして、アーデン、」

 

シガイが人に懐いてくることなどあり得ない。心当たりを確かめようとするが、獣は何も話さない。鼻の頭をネヴィラムに押し付け、大きな体でぐいぐい押してくる。

 

「お、おい。なんなんだよ、お前何ものだ?」

 

依然として懐いてくる大きな狼は柔らかな毛を撫でていると首元に皮のベルトが掛かっているのを見つける。辿っていけば、丁度狼の耳の後ろあたりにケースがはまっていた。開けようと背伸びをすると狼が一気にしゃがみ込んだ。ドサリと砂埃がして咳き込むネヴィラムの様子を心配するように、狼が顔を寄せてくるのを撫でて止め、今度こそケースを開く。

 

 

 

[ そいつが導き手 背中に乗っておいで ]

 

紙の上にぼんやりと浮き上がるアーデンの字。

 

(やっぱりか)

 

ネヴィラムの魔力を感知して浮き上がるようになっていたと言うことは、間違いなく自分宛てだろう。

 

「お前が連れて行ってくれるのか?」

 

狼の耳の後ろをかいてやりながら尋ねると、物言わぬ獣はネヴィラムをその背に促した。鼻に押されるようにその背にに跨がれば、グンと目線が上がる。そのまま荒原を疾走し始めた狼の首元を掴みながら、ネヴィラムはその暖かい体を堪能するのだった。




ネヴィラムが二重スパイみたいな役回りなので、名前がやたら出てきてややこしいですね。
作者もそう思う。


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Chapter01
Chapter01 嵐の最中 前編


今回視点があっちこっちに行きますので、まずはネヴィラム(モルガンテ)の視点を投稿します。
モルガンテの軽い説明
ノクティスの兄ネヴィラムの帝国のすがた。表向きアーデンの息子兼、副官。ネヴィラムが魔法で姿を変えている姿。髪と目の色がアーデンと同じ色になる。


ーmarionette manー

 

 

どれくらい走っただろうか。毛に埋もれていた顔を上げると、日は完全に傾き、大地を真っ赤に染めていた。狼は疾走を続け、国境を遥かに超えた場所にいるようだった。

 

(どこまで走っただろうか。この辺りはまだダスカ地方のようだが)

 

日が沈んで仕舞えばまだこの辺りは肌寒い。しかもシガイが出る。アーデンの所までたどり着ければ何も問題ないだろうが。

そう思っていたネヴィラムの下で、狼がスピードを落としていく。それに気がついたネヴィラムが前方を見ると、黒い艦影が見えてくる。アーデンの座乗艦、“ノーチラス”。帝国機動戦艦の中でも足の速い方の艦だ。黒いカラーリングで統一されており、中に執務室も“一応”完備されている。アンカーを打っている艦の船底まで走って行った狼は、大柄の男が立っている前まで走り、ゆっくりとネヴィラムを下ろして消えた。鼻を擦り付け名残惜しそうにしていたのが印象的だった。

 

「やぁ。遅かったから迎えをやったんだけど、役に立ったかな?」

「いや?壁外で車がないって言うのは中々地獄だし」

 

 

ドクン

 

一歩踏み出し、歩き出したつもりだった。鼓動が一拍打った途端、カクリと体の力が抜ける。倒れ込む前に、アーデンに受け止められたと思った途端、全身を剣で貫かれたかのような痛みがネヴィラム襲う。一瞬飛んだ意識の向こうに吹き飛ばされるバイクと、クロウが見えた。

 

「ちょっと!今度は何したのさ、しっかりしなよモルガンテ」

名前を呼ばれている事はわかるが、声が出せない。説明することができないもどかしさと、痛みでアーデンのストールを握りしめる。急速に失われる魔力に合わせて、身体が軋む。身体中痛くないところがなかった。

「何やらかしたかは、後で聞かせてもらうからね」

そう言ってアーデンはモルガンテ(ネヴィラム)を横抱きにして艦内に運び入れた。入り際にモルガンテ が辛うじて首から上に幻覚の術式をかける。途端に髪が重厚な赤ワインを染み込ませたような赤銅色に変わり、似た色の髪を持つアーデンの胸元になびく。

 

「アーデン様、如何致しましたか」

船内の狭い廊下を進んでいると、廊下の奥から厳めしい顔つきで右目に眼帯をした老人がアーデンに問いかけてくる。

「あぁ、船長。丁度そこで息子を拾ってね」

「!...モルガンテ様は、お怪我を負われたのですか?」

苦しそうな顔をしているモルガンテを指して、厳しい顔をする老人に、アーデンは軽い口調で答える。

「いやぁ、そう言うわけじゃないと思うんだよね。取り敢えず寝かせようと思うから、王都まで任せるね。ネモ船長」

ネモに肩を竦めて見せたアーデンは、そのまま船室の扉をくぐった。

 

「下ろすよ。息してる?」

触れた所が焼かれるように痛く、二の句を告げないでいるモルガンテ にアーデンが軽い口調で尋ねる。モルガンテは、答える代わりに左手でシーツを握り込み、空いている右手で左腕をきつく掴んで身をよじった。身を絞るような呻き声が漏れ、顔は苦悶に彩られていた。

「魔力を補填する速度に、身体がついてってないね。だから言ったんだよ。『自分を大事にしなよ』って。君は小さかったから覚えてないかもしれないけど。まったく馬鹿な子だねぇ、君は。そこまでしたって、誰が君に報いてくれるんだい?」

苦しむモルガンテの様子に、呆れた口調でアーデンが呟く。小さな声だったが、モルガンテの耳には届いたのか、切れ切れに何事か呟いた。気がついたアーデンが耳を寄せる。

「....それ、でも、いつか、だれか、を、すくえたら...」

 

“きっと素敵だ”

 

アーデンは口の動きだけでつぶやかれた最後の言葉を聞いて、この愚かな子供を今すぐにでも滅茶苦茶にしてやりたくなった。最早意識まで手放してしまった養い子は、神々から拒絶され、絶望を味わったはずだ。だが未だに誰かを救おうとする。子供の中の何がそう決意させるのかがアーデンには理解できなかった。

人に裏切られて幾星霜。

記憶の彼方で綺麗な髪が、目が、口が、何か言っている。

しかし今のアーデンにはそれが何者なのか、分からなくなっていた。

 

 

急激な魔力消費のせいなのか、それとも苛む痛みのせいなのか、ひどい悪夢を見た。それはモルガンテにとって見慣れた光景だった。王都インソムニアが、火に包まれ荒廃し、ひどく真っ暗な中、父やノクティスが彷徨う夢。父とノクティスは血まみれで、こちらに向かって虚ろな目を向けて、何かを言う。何を言うかはその都度違ったが、今回はただ口から血を溢れさせ、何か言いたいのか口を動かすだけだった。

聞き取ろうと一歩踏み出したモルガンテの前で、父王の顔が苦しそうにゆがむ。何があったのかと父を見れば、父の胸には見慣れた剣が刺さっていた。

父王から贈られた、モルガンテ(ネヴィラム)愛刀(ガンブレード)、『マグノリア』。

鋭い剣先には、目も覚めるような鮮やかな、赤色が見えた。

 

 

 

 

額の冷たい感覚で、目覚めると

「だいぶうなされてたね。大丈夫?」

枕元に腰かけたアーデンが視界に入った。震える手で額にあるアーデンの手を取る。

体から痛みは消えていた。しかし手にはまだ、父王を刺した感覚が残っているように思えて、恐怖が手から這い上がってくるようだった。

「...ここ、どこだ?」

ゆっくり間をおいてアーデンが答える。

「ノーチラスの中。執務室に備えられているベッドの上。君は夜、この艦に合流してすぐに倒れた。で、夜通し寝てた。ほら、夜明け見える?」

戦艦の小さな窓から薄っすらと沈んでいく月が見え、だんだん白んでいく空が見えた。納得した様子のモルガンテがゆっくりと体を起こすと、アーデンが背中にクッションを差し込む。凭れてろ、ということらしい。

「で?説明してくれる?何があったか」

執務室に格納されている椅子を出して固定し、体ごとモルガンテに向き直ったアーデンが問う。

「...1人、人間の運命を捻じ曲げた。それだけだよ」

「ふぅん。で、その体たらくってわけ」

低く、少し掠れた声だった。どこか嘲りの様な言葉。しかし、どこか怒りにも似た感情を感じる声。

「今回は魔力消費が膨大だった。防御に、大規模な幻影魔法も組んだから。彼女をガラードまで逃がすなら、ここまでしないと助からない」

クッションにありがたく背を預けながらモルガンテが説明する。

「うまくやりなよ、“その時までは”。モグーナに死なれちゃったら、ノクティスをいじめるしか楽しみがなくなっちゃうじゃない」

暗闇から道化が笑う。そう、遠からず滅ぶ道だ。真の王が世界から闇を消し去らなければ、この世界は滅ぶのだと、この星に生きるものなら赤子だって知っている。すべてを信じているかは、別として。

「...ジョーダンじゃない。いい加減人をおもちゃにするのやめろよな。特にノクトは。それこそ、宿願を果たす前に壊れちまったら、本末転倒になるのはアンタのほうだ」

あと、モグーナって呼ぶな、と付け加えると、道化は先ほどと違い、至極機嫌のよさそうな顔をして

「やだよ。俺の可愛いモグーナ。大丈夫だよ、加減して遊ぶからね。...あぁ、早く真の王サマになってくれないかなぁ。まだ壊しがいがないよ」

楽しそうなアーデンに対し、モルガンテは寝返りを打って仰向きになり

「じゃあ、(モルガンテ)はその真の王を導くために、せいぜい働かないとな。それまで持てばいいんだから、十分だ」

と囁くような声で言った。それを聞いたアーデンは身を乗り出し、同じ色をした頭を自身の胸元に引き込んだ。

 

ー...まだインソムニアに着くには時間がある。せめてそれまでは俺の可愛いモーガンでいて

ゆっくりと、とても静かに発せられた声だった。胸元に引き込まれたモルガンテには少しくぐもって聞こえたその唐突な言葉は、モルガンテ(ネヴィラム)の心を抉った。

 

身を離したモルガンテの指に、アーデンが何かをはめる。右手だ。一晩中握り締めていたせいか、力がまだ抜けていない手を取って、人差し指にはめられた“それ”はひんやりとしていた。

「これ貴重なものだから、壊したり無くしたりしたらダメだからね」

真っ黒な指輪だった。父王が身につけている光耀の指輪と違って非常にシンプルで、表面に細かな文字が彫り込んであるようだった。

「なんで俺に指輪なんだ?今更俺に首輪のつもりなのか?」

人差し指に嵌った指輪に触れながら、少しづつ差し込んでくる朝日に灼かれるアーデンの頬を、日差しから避けてやる。揶揄うようなモルガンテの言葉に対して、アーデンは人差し指を立てて、まるで教師か何かのように説明する。

「これは、そうだな。言うなればストッパーだよ。君の急激な魔力の吸収を抑えられる。昨日みたいな無茶は出来なくなるけど、少しは長く生きられる。壊れるまでのタイムリミットが伸びるわけだ」

そう言われたモルガンテからは、途端に表情が抜け落ち、様子が一変する。白磁で作られた精巧な人形のような顔をして、その琥珀のような瞳には何も浮かんでいなかった。

「そんな顔しないの」

アーデン は両手でモルガンテを挟み込み、真正面から向き合う。モルガンテの意識が強制的に引き戻される。

 

「君にはまだ、やることがある。でしょ?」

「わかってる。言われなくても、やり切るさ」

人形に表情が戻り、見開かれたままだった目が瞬きを始める。モルガンテに人間らしさが戻ってくるのを、アーデンは満足そうに眺めていた。

目標達成のために生まれた、ネヴィラムのもう一つの仮面。それがモルガンテという存在だ。この世のどこにも実体は存在しない架空の人物。帝国宰相アーデン・イズニアの息子であり、宰相府の副官という立場だと知られているが、その実態は、己の運命を呪った1人の少年が、苦しみの中で作り出した生み出したもう1人のネヴィラム(生贄)だった。

 

顔を上げた生贄が足掻くための手札を切る。

「アーデン 。残念だが“可愛いモーガン”の時間は終わりだ」

その答えを聞いたアーデンが歯を見せてニンマリと笑う。

「じゃあ行こうか、モルガンテ・イズニア副官。国崩しの時間だ」

体の内側に、冷たい炎が燃えている気がした。

宰相府の皮肉屋で、冷静で嫌味な副官が顔をもたげる。

「お供します、とか言えばいいのか?この場合」

「何拗ねちゃってんの、モーガン、カワイィ」

気持ち悪い声出すな!とアーデン の顎を下から押し上げ、眼前から退かすと、床に足を下ろした。

機械の力で対流する風が、冷たく足元を抜ける。執務室のクロークを開け、モルガンテの服を引っ張り出すと、無造作に身につけた。ハンガーに掛かっていた王都警備隊の服は、武器召喚と同じ要領で仕舞う。

軍靴を履き終わった頃、部屋の通信機が着信する。

「どうした?」

『副官殿、目を覚まされましたか。では艦橋(ブリッジ)へお越し下さい。もう少しで、王都インソムニアです』

「了解した、艦長。宰相閣下もお連れする」

『ありがとうございます。では後ほど艦橋(ブリッジ)で』

 

 

「お待ちしておりました。体調は如何ですかな」

髭を蓄えた老齢な艦長が、艦橋(ブリッジ)に入ってきたモルガンテとアーデン を出迎える。

「ありがとう艦長、問題ないよ。」

体を気遣う艦長に、笑ってみせてから艦橋中央へ移動する。眼前にはインソムニアの絶対的な防御『魔法障壁』が広がっている。これがあるために、この戦艦もインソムニアに直に着陸することはできない。周辺の谷に待機させることになっている。着陸態勢に入る中、艦橋に遅れてアーデンが入ってくる。

「閣下、予定通りのポイントで着陸します」

完全な棒読みで、モルガンテがアーデンに呼びかける。

「なんか(ふね)に乗ってるといつもその喋り方になるよね。部下の前だから?」

脇に立っていたモルガンテの頭に、衣紋掛けのように帽子をかぶせながらアーデンが問いかける。被せられたモルガンテはため息とともにその帽子を脱ぎ手の中で玩ぶ。

「一応、貴方の部下です。一応ね」

その寸劇の様子に、いつもの仕事ぶりを知っている部下たちから苦笑いが漏れる。任務中である現在、一寸先も見えない戦場で戦う艦内の兵たちにとって、魔導兵を運用する部隊に配属されることは、評価される反面、臆病者の誹りを受けることもあった。しかし宰相府直属部隊であるこの(ふね)の船員は別だ。一定の成績が求められるが、身分も保証される憧れの職場。

そしてこの艦だって実質仕切っているのはアーデンではなく、艦長であるネモとモルガンテだ。日常業務についても宰相が真面目にやっているところを誰も見たことがない。きっとこの副官がしっかりしているから、大丈夫だろうというのが、宰相府直属部隊の常識だった。

「艦長、俺たちが降りたら半舷休息とする。警戒態勢オレンジで待機してくれ何かあったら即応を頼む。ただし迎撃のみだ。こちらから射つな。絶対に」

空気を断ち切るようにモルガンテが言い渡す。空気が張り、緊張感が艦橋に戻ってくる。

「了解しました」

優秀な艦長は、うなずいた後復唱し、伝令が艦全体に伝わっていく。これがニフルハイム帝国の日常であり、戦に明け暮れる国の宰相副官、モルガンテ・イズニアの日常だった。モルガンテは背筋に這い上がる寒気を感じ、抑えるように拳を握り込んだ。

その様子を後ろから見ていたアーデンは、何も言わずにその手から帽子を取り上げて、クルリと被り直した。

「そうだった、モルガンテ。一度ガーディナに降りるからね」

まるで天気の話をするようにそう告げるアーデンに、モルガンテは怪訝な表情で振り返った。

「ガーディナ?なんで今ガーディナなんだ?ただの港町だろ?」

思わず口調が普段のものになったモルガンテに対して、眉を軽く上げたアーデンは笑みを深くした。モルガンテはそのアーデンの笑みだけは嫌いだった。琥珀色の目が爛々と輝き、獲物を見定めた目をする時、アーデンは復讐鬼に戻るからだ。

己の運命を呪い、神々を恨み、愛する人を討たれた悲しみに呑まれた復讐鬼。

 

今に生きる何人たりとも今の男の目には映らない。

その瞳の中にモルガンテは、いない。

「...せっかくだしノクティス王子に会っておこうと思ってねぇ。彼、どうせ今海を渡るためにガーディナにいるでしょう?君も来るんだ」

「...」

“おいで”という割に、拒否権のない言葉に、何も言えないモルガンテを置いて、艦は順調にガーディナに向かって飛ぶ。艦橋の大きな窓からは美しい海の光が見え、戦を知らぬ白い雲が日差しをやさしく遮っていた。

「俺はまだ、彼奴に会うつもりはない。無理やり連れて行っても一言も話さねぇからな」

「いいよ、モルガンテは俺の人形ね」

鼻歌が聞こえてきそうな声で即答したアーデンに、モルガンテは噛みつくように言い返す。

「俺はご自慢の機械人形とは違う!」

貝のように口を閉ざしたモルガンテは、そこからガーディナから艦に帰るまで、本当に一言も話すことは無かった。

 




主人公ノクティスがいないFF15。今作の主人公はネヴィラムとノクティスのダブル主人公なので、両方に見せ場をあげたい。


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Chapter01 嵐の最中 中編Sideノクティス

今回はノクトサイドで。
短めです。
ガーディナのうさんくさいおっさんの話。

追記しました。2020/10/1


時間は、モルガンテ(ネヴィラム)がノーチラスに到着したころにさかのぼる。

 

 

「こいつはすぐにゃできねぇぞ。中に運んだら適当に遊んでな」

レガリアの修理のため、父親から言われていた『ハンマーヘッド』に到着したノクティスだったが、シドから突き放した物言いをされ、少し気圧されたノクティスだった。

「親父の旧友っつてたけど」

「なんか、すっごい怖い感じだったよね」

プロンプトの意見には全面的に同意するノクティスだった。王都とは全く違う世界が広がるハンマーヘッド周辺は原野が広がり、ここまで歩いてきたノクティスたちは長い溜息をつく。そんな一行に、シドの孫である、シドニーが気を利かせて地図を差し出す。

「ノクティス王子のほうは、このあたり初めてだよね?地図あげるから、いろいろ見ておいで」

「ん。ありがと」

もらった地図をその場で見始めるノクティスの隣で、のぞき込みながらプロンプトがおずおずと尋ねる。

「あ、あの、王子のほうってどういう...」

あぁ、そのこと、とこともなげにシドニーが説明する。

「ノクティス王子のお兄さんいるでしょ?ネヴィン。私、ネヴィンと同い年でさ。たまによってくれた時にノクティス王子の話聞いてたんだ」

「兄貴が?」

地図に目を落としていたノクティスが顔をあげる。

「そうだよ。ネヴィン、あぁ見えてノクティス王子のこと好きなんだと思うよ”いいお兄ちゃん”って感じでね」

「そ、そうなんだ」

シドニーに微笑まれ、急に気恥ずかしくなったのかノクティスが話を切り上げて自販機へ向かう。プロンプトが名残惜しそうにシドニーを見ながらノクティスを追うと

「ホントに”ギル”って書いてある」

とネヴィラムにもらったコインを使ってコーラを買っていた。プロンプトが追い付いて肩を組むと、「なんだよ」といいながらノクティスからも手を組まれる。

「やっぱさ、ネヴィン言ってったみたいにお金違うんだね」

「みてーだな」

「俺らみんな揃って”お上りさん”だな」

プロンプトのしみじみとした言葉に、ノクティスは手のひらのコインを見つめた。ずっと王都で過ごしていた自分(ノクティス)と違い、兄(ネヴィラム)は外で生きていたのだと、こういうところで思い知らされる。兄とのどうしようもない差に、悔しい思いで、下を向いたノクティスの頭の上に刺青のある腕がドンと置かれる。見上げれば、グラディオラスが歯を見せて笑っていた。

グラディオラスにつられて笑う年少二人に、ガシガシと頭をなで、それはプロンプトが文句を言うまで続いた。

「グラディオ」

「なんだ?」

「...あんがと」

ふふんと笑いながら最強の盾であるグラディオラスは

「なんのことだか分んねぇな」

とニヤリとノクティスを小突いてから、シドニーと話しているイグニスの元に歩いて行った。

「...グラディオって“ああいうところ”がカッコイイんだよねぇ」

「お前がなんでわかった風なんだよ」

「っへへへ、うれしいくせにぃ~」

イグニスが呼ぶ方へ歩いていきながら、揶揄うプロンプトの脇腹に鉄拳制裁を加え、「行くぞ」と声をかけて走り寄る。

(“俺らみんなお上り”か、俺だけじゃねぇんだった)

同じ立場が誰かひとりでもいてくれるということに、確かな安心を覚えながら口の端を緩めていると、イグニスが声をかけてくる。

「ノクト、ちょっといいか?実は、整備費用の支払いで王都から持ってきた金が底をつきた。シドニーに相談してみようと思うんだが」

「マジか」

どうやら外の厳しさは、ノクティスが思っていたものよりも厳しい物のようだった。金銭感覚はあまり狂っていないと思っていたが、実は狂っていたらしい。ノクティスは少々ショックを受けながら仲間たちの言葉をぼんやり聞いていた。

「まさかの一文無しかぁ」

「そうなるな」

うなずく二人に、冷静なグラディオラスが突っ込む。

「でもよ、それにしたって整備代にしちゃ高すぎねぇか?」

グラディオラスの言を受け、ノクティスは自分のショックを引き起こした元凶が誰であるか感ずいた。

「あの爺さん...」

ノクティスは踵を返してガレージの外で待機しているシドニーのほうへズンズン進んでいく。乾いた風と青い空に、目が覚めるような黄色の服のシドニーは、オイル汚れのついたその顔に、怪訝な表情を浮かべた後、納得したように腕を組んだ。そして訳を話して聞かせた。

「じぃじがね、さっき「外の厳しさを教える」って言っててさ。君たちに野獣退治で稼がせろって、さっき依頼をとってきたの。じゃあバイト代出すから頑張ってみる?場所はこの辺りだからレガリアいらないと思うし」

「なるほど。世界の広さを知れ、ということか。どうする?ノクト」

イグニスが感じ入ったような口調でノクティスを促すのを、グラディオラスが「ポジティブ...」と若干引き気味に眺める中

「じゃあ、やるか」

とノクティスが決断する。その答えにシドニーが指を立てて、注意事項を言って聞かせた。

「いい?王子。王都じゃそんなことなかったと思うけど、ここら辺は夜、『シガイ』っていう化け物が出るからね。夜は必ずモービルキャビンか、ここに戻ってくること」

そういって姉のように注意してくれるシドニーにくすぐったさを覚えながら、ノクティスが「わかった」と返事すると

「これ、前金ね。じぃじには内緒。それだけあれば泊まれるでしょ?」

とウィンクしてノクティスの手に封筒を手渡す。秘密だよ、と注意のために立ていた人差し指を口元に持っていき、<シィ―>といたずらっぽそうに笑う。その笑みにノクティスの後ろではプロンプトがノックアウト、イグニスがせき払い、グラディオラスが口笛を吹くという三者三様の表情を見せていた。いずれもノクティスの後ろで繰り広げられ、残念ながらノクティスには見えていなかった。

 

モブハントをこなし、ついでに人助けもして、大物を倒した後のイグニスの料理は格別だった。標でキャンプを行い、翌日早朝からグラディオラスに付き合って、最年少二人がハンマーヘッドまで走り込みを行ったせいで、車を受け取る頃にはバテバテになったが、それはまた別の話だ。

 

「王子!一日外で過ごしてみて、どうだった?」

シドニーが大きく手を振って出迎える。どうやらシドは久々のレガリアで徹夜に近い時間で整備を楽しんだらしく、まだ寝ているとシドニーが笑いながら説明する。

「そうなのか」

「ホント、車好きな人なんだねぇ」

プロンプトがガレージの写真を撮りながら感想を漏らす。昨日と同じく、朝から気持ちい風の吹く、所謂絶好のドライブ日和だった。

「じぃじは機械いじり全般が好きだと思うよ、武器とかも改造したことあるって言ってた」

レガリアの元に一行を案内しながら、シドニーが誇らしげに解説する。

「待たせたね、ほら、キレイになったでしょ?」

「おぉ、こりゃあもう汚せねえな」

グラディオラスがボディにそっと手を滑らせる。ノクティスも運転席側に回り込み、レガリアの正面、側面と順にじっくりと見ていく。そんなノクティスにプロンプトが明るく声をかける。

「よーしっ!じゃあ、レガリアと写真とろ!」

「私撮ったげるよ」

そう申し出たシドニーに、プロンプトがドギマギしながらシャッターボタンを教えるのを、ほか三人はニヤニヤしながら見守った。

「撮るよー」

撮れた写真を確認しひとしきり騒いでから(主にイグニスとグラディオラスのポーズに年少組から突っ込みが入った)シドニーに見送られ、ガーディナに向けて出発したのだった。

 

ヴェナの標の脇を過ぎ、岩場が一気に開けると、目の前いっぱいに海が広がる。潮の香りが強くなり、風が一気に強くなる。

「海!海見えた!」

「おお!マジだ!」

身を乗り出して興奮する年少組に、いつもセーブを掛けるはずのイグニスとグラディオラスも今回ばかりは声が大きくなる。

「ガーディナ渡船場だな」

「泳ぎたくなるなぁ!」

「グラディオ子どもなの?リゾート地だよ?柔らか~いベッドとマッサージ!」

プロンプトとグラディオラスが年齢の逆転を見せる中、車は順調にガーディナに向けて進む。

大はしゃぎの車内の空気そのままにガーディナに到着した一行は、一旦周辺の情報を集めようと、渡船場へ向かった。

 

 

「残念なお知らせです」

「はぁ?」

華やかなリゾート地にそぐわない黒を基調とした衣装で、赤銅色の癖の強い髪を風になびかせて、大柄の男がテラスの入り口の階段を下りてくるのが見えた。男の後ろには影のように寄り添う青年が一人。同じ髪色、同じ瞳の色で、どこかしら似た面差しの青年だった。

「船、乗りに来たんでしょ?」

無精ひげをなでながら、大男の方が尋ねてくる。その気配に気圧されたか、プロンプトが慌てた声を出す。

「え、うん」

「うん、出てないってさぁ」

うさん臭さがぬぐえない男に対してグラディオラスが一歩前に出る。

「なんだ?あんた」

「待つの嫌なんだよねぇ、帰ろうかって思ってさ。停戦の影響かなぁ」

グラディオラスの問いには答えることなく、癖のある髪を書きながら、一行の中央を堂々と抜けると、不意に振り向きノクティスに向けてピン、と親指でコインを弾いた。

 

反応できずにいるノクティスの顔に、コインが届く寸前に横から延ばされた手がコインをつかむ。先ほどまでうさん臭い大男の傍に立っていた青年だった。青年は無表情にとったコインを、ノクティスの傍で手を伸ばそうとしてたグラディオラスに手渡し、黙礼をして大男のに続いて桟橋へ向かっていく。手のひらに乗せられたコインをノクティスに見せながら、グラディオラスは鎌をかけた。

「停戦記念にコインでも出たのかよ」

戸惑うプロンプトと、憤るノクティスをしり目にうさん臭い大男は「それ、お小遣い」といってピエロのように手を広げて見せる。

「あんた、なんなんだ?」

苛立ったようなグラディオラスの声と、警戒を強めるイグニスの鋭い目線が差し向けられたが、大男はこともなげに答える。

「見ての通りの、一般人」

首を少しかしげながらありえないことを言いながら大男は去っていく。その後ろを背筋をただした赤毛の青年が付いていく。

 

「ねーわ」

こればかりは全員ノクティスに同意である。

「あのひょろっこい奴、俺の間合いに気配もなく入ってきやがった」

「コインとってくれた人?」

警戒を強めるグラディオラスの言葉に、何度もコテンパンにされているプロンプトは驚きの表情を見せる。

「あいつの気配、俺もわからなかった」

ノクティスもグラディオラスに合わせる。警戒するに越したことは無いだろうと、イグニスがその場を収め、一行はようやく、ガーディナ渡船場周辺の情報をダイナーで聞くことができた。

 

 

「あ、ホントに船無いよ。どうしよう」

困惑するプロンプトを他所にノクティスは釣り場を探し、年長組は先ほどの男たちの話をしていた。

波音に消されるぐらい静かな声で、グラディオラスが軍師としてのイグニスに尋ねる。

「帝国人、の可能性はないか?破壊工作の一貫とかよ」

顎に手を当ててグラディオラスの話を聞いていたイグニスは、そこでゆっくり首を横に振った。

「いや、和平を申し込んできたのは帝国側だ。今更ここで破壊工作をするメリットはない。もしここで王子一行を潰したかったら、よっぽど大きな作戦を展開させなければ。ルシス領内でそこまで大きな動きをすれば、戦争に突入するだろう。焦土となった領土を欲しがりはしないと思う」

イグニスの答えに1つうなづきながらグラディオラスは

「顔つきも帝国人っぽくないしなぁ」

と出入り口を眺める。

 

『イグニスー、グラディオ!あっちに釣り出来るとこあるって!』

桟橋の上からプロンプトが呼びにくる。その横にはそわそわと落ち着かない様子のノクティス。

「わぁったよ、釣りになると元気になるな、こいつは」

「まったくだ」

やれやれと目を細め、「この話はまた後で」と言ってイグニスはグラディオラスを促してノクティスたちと合流した。

 

 




プ「ねぇねぇ、ノクトこの荷物何?」
ノ「ん?これシドニーに預けられた。道すがらのモーテルに届けろって」
プ「シドニーからお願い事されたの?!いつ?!」
グ「すごい食いつきだな」
イ「シドニーが好きなのか」
プ「そういうわけじゃないって!って笑わないでよノクト!」


イグニス、お母さんだから見守るポジであんましゃべらない。
影薄い??


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Chapter01 嵐の最中 中編Sideアーデン

今回のキーワード
父王の真意とは
アーデンの服のセンス


ーEncounterー

 

王子一行から十分に離れた駐車場で、アーデンは自分の愛車に乗り込む。隣には先ほどから一向に口をきかない静かな人形、モルガンテ。

「ねぇ、機嫌直してお話ししようよ。何日かぶりの弟くん、どこもケガしてなさそうでよかったじゃない」

車を発進させながらアーデンが呼び掛けるが、モルガンテは黙って運転しろと言わんばかりにちらっとアーデンを見ただけで、すぐに景色に視線を戻してしまった。その様子にアーデンは何も言わず、車を走らせる。

 

 

やがて艦との接触ポイントについたが、日の光を嫌うアーデンは岩場の陰に避難する。非常に開けた高台で、ガーディナの一帯を見渡すことができた。モルガンテは隣にいるアーデンを置いて、陰から出ると、草の生茂る野原を横切り、崖の淵までゆっくりと歩いた。崖の下に広がる海は大きな波音を立てて打ち付け、よく晴れた乾いた風が潮の香りを運んできた。モルガンテは、沖に浮かぶ島影を眺める。モルガンテ自身はあの島に行ったことは無い。しかし、中の様子はよく知っていた。

 

<神影島>

 

ルシス王国の聖地であり、王家が所有し管理する場所の一つでもあるあの島は、モルガンテ(ネヴィラム)の夢に何度も登場していた。

 

(あの島で、悲しいことが続く...それを俺は止めたいのに、力が足りない)

 

風に遊ばれていた髪が、不意に収まる。上を見ると帽子をかぶせられていた。誰の帽子かは、言うだけ野暮だ。高い背の後ろには黒い艦影が迫りつつあった。魔道機関の音と、人工的にたてられた風がなびく。アーデン顔には濃い影ができていく。

 

「そろそろ行くけど、気は済んだ?」

この男にかかれば、ロマンチックな気遣いも、ノスタルジックな哀愁もどこかへ吹き飛ぶ。ただ修羅たらんとしたアーデンの在り方が、風情という人らしさを拒絶しているようだった。

モルガンテ(ネヴィラム)がアーデンを知ったときにはすでに復讐の鬼と化していた。そうでなかったことなど一度もない。ただその合間に垣間見せる一面をモルガンテ(ネヴィラム)は知っていた。

 

 

ーいつか。

 

不意に手を伸ばしてきた養い子の様子に、先程とは違う様子を認めたアーデンは、モルガンテのしたい様にさせた。

不意にモルガンテが焦点の定まらない目をしていう。

「いつか、本物の貴方を、俺に見せてくれないか?」

アーデンは初めは何を言っているかが理解できなかった。

「急にどうしたのモーガン?」

モルガンテが後ろに見える島を、右の人差し指で示しながら、左手でアーデンの服を握る。

「いつか、いつかあの島からアンタが解放されたら、いいのにな」

そう思って。と泣きそうな顔をするモルガンテの顔が、その白い服が、風になびく髪が、アーデンの記憶の彼方の誰かと重なった。

 

「なぁ、アーデン 」

『ねぇ、アーデン 』

 

記憶の中の麦畑と似ても似つかぬ緑豊かな野原で、色も長さも違う髪、でもその表情が、どこか“彼女”を思わせた。

「■■■」

口にしたはずの名前は、空虚な吐息となって漏れただけだった。

 

彼方に消えてしまった影を捕まえる様に、アーデンは目の前の養い子を腕の中に閉じ込めた。

 

腕の中でモルガンテは、黙って抱きしめられながら、空を見上げて密かに思う。

(ほらカミサマ。まだこの人はこんなにも人らしいのにどうして化物にしてしまうんだ?)

 

 

ーloseー

 

 

 

(ふね)に戻ると、先ほどの憂などかけらも感じさせない、道化らしい動きでアーデンが入ってくる。

高機動戦艦としての能力を遺憾無く発揮したノーチラスの眼下には美しい王都の街並みが広がりつつあった。

 

艦橋(ブリッジ)に一歩、踏み出すと片手を広げ

「美しい、王都インソムニア。今頃ルナフレーナ様が到着されている頃だろう。あぁ、惜しいねぇ。綺麗な花嫁サマ!見たいなぁ、ねえ?モグーナ」

とその場でアーデンが一回転して見せた。道化のように振舞うアーデンに対して養い子の反応は非常に冷ややかなもので

「デカイおっさんがオヒメサマみたいな格好しても締まらないですよ。閣下」

とこちらもアーデンのおかげで、いつもの様子を取り戻せていた。

「冷たいねぇ」

フンと鼻を鳴らすのみにとどめたモルガンテはそこから着陸まで一切話さなかった。

 

(今から故郷を焼こうというときに、どんな顔をすりゃ良い)

 

一見不機嫌に見えるモルガンテと違って、アーデンは何がそんなに機嫌を良くするのか、笑みを絶やすことはなかった。笑いが収まった艦橋には、魔導機関が唸る音が響く音と、軍靴の響きだけがたっていた。

 

インソムニア郊外に着艦したノーチラスは半舷休息に入り、見送りの兵たちが見送る中、ルシスからの迎えの車に乗り込む。運転手に断りを入れ、モルガンテが運転席に座る。車内にはすでに、二フルハイム帝国国王イドラ・エルダーキャプトが乗り込んでいた。見送りの兵にいまだ手をひらひら降っているアーデンに早く車に乗るようモルガンテが促す。

 

「陛下がお待ちです。閣下、お早く」

「わかってる、よ」

失礼いたします、とイドラに話しかけ長身のアーデンが身をかがめて乗り込む。ちなみにアーデンの正装についている腕の大きな羽飾りはモルガンテが預かった。邪魔すぎる。

後部座席の二人の様子を見てから、モルガンテは正面に目線を戻した。

「じゃあモルガンテ、よろしくね」

「畏まりました」

 

できるだけ物静かにモルガンテは車両を発進させる。車内は非常に静かなもので、イドラはじっと焦点を一つに止めて何も言わない。普段よくしゃべるアーデンの口もさすがに今の瞬間は動かずのんびりとした様子で車外に流れるインソムニアの景色を眺めていた。

門での警備を通過し、インソムニアに中心を進む。

ネヴィラムとして見慣れているはずの景色だが、幼少期から過ごしていなかったからか、モルガンテはいまだに身になじまなかった。他人の家に来ている、そんな感覚を覚えながら車を進ませていると王都城が見えてくる。車寄せに車を寄せると同時に後部座席のドアが開けられ、SPが張り付く。報道関係は規制されていて王国広報のカメラが1台こちらを向いているだけだ。夕方のニュースには今カメラに映っているであろうイドラの姿が流されるだろう。

柔和な笑みを浮かべ緩やかに手を振る年老いた皇帝。ルシスの民にはどう写るだろうか。

明日の記念式典が国内に大々的に報じられているため、余計に今、王都城周辺にいるのは、警護を任されている王都警護隊と王の剣のみだった。

 

ゆったりとイドラが降車し、少し遅れてアーデンが車を降りる。ネヴィラムにとっては見慣れた顔ぶれが出迎えに立っている。しかし今の立場は敵国の宰相、その副官兼護衛の立場であるモルガンテ。

顔を変え、姿を変えた赤毛の青年将校なのである。生まれたころから知っている人間たちが、見知らぬ顔でこちらを見るのを、モルガンテはアーデンの後ろに控え、表情を変えずただ前だけを見ていた。

「出迎え、感謝いたしますぞ、ルシスの方々」

そういうイドラの声に、ルシス王国宰相のクライレスが笑みを浮かべながら答える。

「遠路はるばる、よくぞお越しくださいました。イドラ・エルダーキャプト陛下。先ほど、テネブラエ当主ルナフレーナ様もお付きになられました。今夜は夜会を開かせていただく予定です。それまではどうぞおくつろぎください」

イドラと硬く握手を交わしたクライレスは、一行を城の中へと導いた。

 

廊下の脇を足早に王の剣が抜けていく。モルガンテは1度見た人間の顔は忘れない。あれはニックス・ウリックとリベルト・オスティウムだ。挨拶もおざなりに血相を変えて走っていく2人と関係すること、と想像したモルガンテは一つの答えにたどり着く。

 

「きみ、何か余計なことしてない?」

隣に歩いているアーデンが身を屈めて耳元でささやく。

「“なにも”。閣下、陛下の御前ですお戯れはお辞めください」

側から見れば、宰相がオキニイリの従卒を揶揄った様に見えただろう。全く耳に入っていない様子のイドラより、そばを歩いているクレイラスの視線が気になった。モルガンテはげんなりとしたが、努めて硬い声を出す。

 

「これは、イドラ陛下。遥々良くぞお越しくださいました」

謁見の間に通された一行を、ルシス王が王座から出迎える。

「宰相殿も、何度も足を運んでいただき、苦労をかけた」

 

アーデンに呼びかける王の顔をモルガンテは目にすることが出来なかった。顔を見せろと、言われて初めて目にできる。ただの一回の従卒にとって王は雲の上の存在だ。

「これはこれは、レギス陛下。“世界”のためです。どれほどの苦労がありましょうか!」

イドラの弁を代替する様にアーデンが挨拶を返す。傍らから出てきたアーデンにも、イドラはなにも言わなかった。

レギスが一拍置いて、アーデンに話しかける。

 

「宰相殿、今日はご子息までお連れくださったのか?」

突然のルシス王(父親)の言葉に、モルガンテの体がびくりと痙攣する。自分の父親に対してこれほどの恐怖を抱いたことなど一度もなかった。

モルガンテの様子をしってか知らずか、アーデンが一歩進み出て、片手を差し出してその背にモルガンテを隠す。胸に手を当てて礼を取ったアーデンがレギスに返答する。

「数年前に打ち捨てられていた所を拾いまして、今は私の副官を任せております」

「ほう、お若い様に見えるが御立派な御子息をお持ちの様だ」

「いえいえ、陛下。陛下のご子息には叶いませんよ」

アーデンの声を聞きながら、だんだんと冷静さを取り戻したモルガンテは、面をあげよ、と呼びかけられても冷静にルシス王(父親)と対面することはできた。

毅然と(こうべ)をあげる。レギスの瞳にはいつもの温かさにかわって、硬い色が浮かんでいた。

 

「お初にお目にかかります。ニフルハイム帝国宰相付、副官を拝命しております。モルガンテ ・イズニアと申します」

なんとか声を震わせずに言い切った。そのかわり後ろでに隠した拳の震えは止められなかったが。

「よくぞおいでくださった。調印式までルシスを堪能されよ」

「ご配慮に感謝いたします」

かけられた声は何時もの父の声だった。自分に向けられていないとわかっていながら、緩む目尻を抑えることができなかった。

 

 

一通りの挨拶を終えたニフルハイム帝国一行は、宿泊先のホテルに通された。イドラはその年齢もあり、夜会まで休むことになった。そもそも最近のイドラ・エルダーキャプトは無気力で王座に座るだけの存在だとモルガンテは認識していた。アーデンが唆し、動かしさえしなければ、絶望の中でもがく事をやめたただの人形に過ぎないと。

実際その通りに見えた。

 

ホテルの個室で、モルガンテは1人、窓辺に腰掛けてウェルカムドリンクを傾けながら、1週間前まで自分の国だった街を、暗雲たる思いで見つめていた。

唐突に部屋の中にノックが響く。

 

「モーガン、こっち来なよ。夜会用の服選んであげるから」

ドアで隔てられたせいでくぐもっているが、間違えなくアーデンの声だった。

「服なんてアンタ興味あったのか」

ドアを開けながらそう返事すると

「まぁね。現代(いま)の服は好きになれないけど」

と肩を竦められる。アーデンは過去の話をあまりしない。今日はとても珍しい日だと、モルガンテは思う。宿願達成までの第一歩を踏み出せて、こんな男でも喜ぶものなのだろうかと、ふとそんなことがよぎったが、素直に男の言うことに従うことにした。




[謁見のシーンもしゲームでするとしたら、アコルドの首相との腹芸みたいになるかも。どれだけ信頼を得られるかによってこの後の自由行動時間が伸びてレアアイテムゲットとか面白いかも]


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Chapter01 嵐の先へ

お待たせしました。
誤字は後程訂正していきます。
アーデン面白い。
ルーナイケメン


アーデンについていくと大きな部屋に通される。たくさんのトランクが並び、軍人たちの手で開かれている。少し距離を置いてサイズの小さめの服が何着か入ったトランクが開けられていた。

「こっち」

「え?うん」

トランクの前に鏡が据えられ、衣紋掛けに2着の服がかけられる。アーデンがそのうち1着を手に取って、モルガンテにあてる。黒を基調とした服で、少し今のアーデンの服に似た、ヒラヒラした服だった。

「うーん、なんかやっぱ違うね」

あーもういいよ、と手伝っていた兵を下がらせたアーデンはもう1着の方をあてがった。

「お、おい。なんで今更服なんだよ。いつもの軍服があるだろ!それじゃダメなのか?」

「ダメじゃないけど、面白くないし」

「人で遊ぶのやめろってば」

諦めたようにアーデンの差し出す白を基調としたゆったりとした服を鏡越しに見る。どこかしらテネブラエの作りに似ているが、首元には銀があしらわれ、しっかりとした作りだった。

「偶には父親らしいこともしないとねぇ」

ギョッと後ろを向くと猫のような顔をして笑っているアーデンと目があった。急いで前に向き直し、されるがままになった。

 

(なんだ?あの顔。怒ってはいないし、喜んでもいないような...“父親”?もしかして父上に対して嫉妬、なんてありえないか。あのアーデンだもんな)

 

ふと気になったことをモルガンテが口に出す。

 

「この服ってアーデンの趣味か?」

「キミに服くれる人間って帝国で俺以外にいるの?変なのとつるまないで欲しいんだけど」

 

発言だけ見れば立派な親のそれだが、何度も言うが話しているのは“あの”アーデンである。どうしても裏がないか探ってしまう。疑わしげな視線を受けて、アーデンがやれやれと首を振って、モルガンテに着替えてくるようにいう。

部屋に備えられた衝立の奥へと入り、モルガンテはいそいそと支度を整える。やがて白い衣装に包まれたモルガンテが出てきた。腰には二丁の銃がホルスターに納められてついている。

 

「うん、いいねぇ。いつも黒っぽいからたまにはいいんじゃない?」

「...意外。黒の方がいいって言うと思った」

そういうとアーデンは複雑な表情を一瞬してから、それを笑顔の裏に隠してしまう。

 

「まがりなりにもオウジサマだね、馬子にも衣装?」

モルガンテの頭に軽く手を何度か置くと、アーデンはいつもの服装から、やや古めかしい洒落た燕尾服の様な衣装に、帽子と傘を空中から取り出して身につけ、モルガンテに手を差し出した。

「エスコートしていただけますか、your Highness(王子サマ)?」

恭しくその手を取ってモルガンテは頭を下げる。

「よろこんで、your majesty(陛下)

 

 

【同時刻インソムニア、王の剣執務室】

 

 

「第1王子が見当たりません。計画を阻害される前に探しますか?」

緊張感に満ちた声が響く。

「ルーチェ、今は抑えろ。今動けば計画が逆に破綻する可能性がある」

生真面目な男を抑えながら、今はまだ待てと、いい含める。

「わかりました。任務を続行します」

「頼んだ。帝国からの返答はあったか?」

「はい、将軍。自治領を作るという約束は本気のようです。本日、具体案が提示されました」

「よし。計画決行までは隊に紛れて行動しろ。反対派に気づかれるなよ」

「はっ」

ドラットーは確固たる意志を持って言い渡す。

「故郷は我々の手で救うのだ!力を借りずとも、我々自身で自由を勝ち取れ!」

 

決意に満ちたものを阻めるものなどいなかった。

これは人によって故郷を踏みにじられた、1人の男と仲間たちの恐ろしいほど堅い決意。覚悟の表れであった。

 

 

 

 

 

 

ーEve of the signing ceremonyー

 

 

開幕を告げる花火が肅々と花開く 火種を空に散らばらせ炎が雨の様に降る様を予見させる様な

                        神凪の日誌第2巻より

 

 

 

「拝謁かなって誠に光栄です。改めて、お心尽しに感謝します」

テラスの階段を側近を伴って登ってきたイドラに、レギスは出来るだけ柔和な笑みを浮かべた。相手の方が腹芸は1枚も2枚も上手の様だ。

「こちらこそ、ご足労をお掛けしました、イドラ陛下。よくぞこの様な遠い場所まで」

「如何程の苦労でもありません。明日は両国にとって記念すべき日になりますな。それにしてもインソムニアは美しい街だ」

イドラは後ろに見えるビル群の夜景や、花火に照らされた宮殿を手に示しながら、そう口にする。

そんなイドラに軽く会釈を返しながら、眼力鋭く向かい合う。

「都市計画も、ご指導願いたいものだ。和平の証として」

和平の部分を強調して話すイドラに対して、「よろこんで」と返答はするが、レギスはこのイドラの態度から、ただならぬ物を感じとっていた。イドラは表舞台を宰相に明け渡し、玉座を開けた傀儡の王と揶揄されていたはずだ。しかし目の前のイドラからはその様な脱力した様な印象は一切持てない。いまだ衰えぬ蛇の様な目に、焦げ付いた羨望が見え隠れした様にみて取れた。話が途切れイドラが従者と共に場を離れた絶好のタイミングを見計らい、クライレスがするりと王の元に戻ってくる。

「油断ならぬ相手、だな」

「何かあったのか?」

表情を曇らせる王に、臣下は眉根を寄せる。夜闇に輝くインソムニアとは打って変わって2人の話し合いは暗く静かに進む。首を振るだけで答えた王に対し、クライレスは全てを察した様だった。

「準備は進めておくぞ、レギス」

「頼む」

短く言った王の言葉は、花火の音にかき消された。

 

 

「美しいインソムニアもこれで見納めかと思うと、存外勿体なく感じるものだね」

父王の様子をテラスの反対側から見守っていたモルガンテの視界に、琥珀色の液体の入ったグラスが差し出される。初めて気がついたとばかりに振り向けば、アーデンが同じ色に染まったグラスを片手に掲げ、乾杯の仕草をしていた。周囲の人の声も聞こえぬほど、見入っていたらしいことに気がつき、慌ててグラスを受け取る。

「勿体ないって?景色のことか?」

「さっきの俺の話聞いてなかったでしょ。君がそんなにご執心なのは、輝く未来の花嫁でも、美味い酒でも、美しい景色でもない。“滅び逝く国”なんだね」

否定できなかった。この国で過ごした時間はあまりに短い。しかし、星の命運のためとはいえ、城を、街を、故郷を潰さねばならない。モルガンテ個人に戦争という大義名分がない以上、それはあまりに空虚なものだった。

手の中に収まったグラスから、かすかに酒精を感じる液体を飲み下す。一瞬喉の奥がカッと燃え上がる様な感覚がして、何も感じなくなった。

くらりとする視界の中で、酒には強いと思っていた自分に対して、ぼんやりとし始めた頭で考えを巡らせようとする。

「あ、れ...」

ふらつき始めた身体を支えようとテラスの手摺に手を伸ばそうとしたが、うまく掴めず体が傾いでいく。

「おっと」

軽妙で明るい声が耳元に聞こえる。自分たちの様子に誰かが気がついたのか、パタパタとした足音と心配げな声がする。最早目も開けられぬほど混迷する意識の中、アーデンの取り繕った様な声をぼんやりと聞く。

 

「申し訳ありません、調子に乗って飲み過ぎてしまった様で、......いえいえ、御手を煩わせるわけには....そうですか、では.....あぁ、.....ございます....、......どうも、... 」

 

よくもまぁそんなに綺麗に嘘が出てくるものだと感心しながら、モルガンテの意識は闇に落ちた。そのため最後の一言はモルガンテの耳には届かなかった。

『ありがとうございます“陛下”』

 

 

柔らかな布の感触を指先に感じて目を開くと、枕の下にカサリと音を立てる物がある。一気に意識を覚醒させ部屋の中を見回す。どうやら城の中の客室らしい。自動発動の幻惑魔法は継続しており、視界には赤い髪が垂れている。枕元についた手に紙の感触を感じて拾い上げる。これが先ほどの音の正体らしかった。

アーデンからのいつもの手紙。いつもより少しだけ長い。

 

ーおはよう、お寝坊さん。薬がうまくいったなら、お前が目を覚ますのはフィナーレの5時間前の世界だと思うよ。世界が終わるまで後5時間。なんかコレ変な小説の冒頭文みたい。俺は先に観客席に引っ込むとするよ。折角念願の王都陥落が見られる。

 

「何が“お寝坊さん”だよ。俺に薬もったって自分で書いてちゃ世話ないぜ」

ツッコミを入れながらモルガンテはその先を読み進める。

 

ーそういえばテネブラエの掃除の時に使った()がお前のことを探してたよ。お前を殺す気なのかな?まぁどうでもいいけど。気に入らなかったら、殺しちゃっていいよ。あれにもう用は無いから。

 

「俺が殺し嫌いなの知ってるくせにな」

 

ー次に会うのは、日が昇ってからになりそうだね。君が何を救い、何を切り捨てるのか、これは“君”だからできる選択肢だ。楽しませてくれよ?

 

「高みの見物、か。でも俺はプレイヤーの方が好きなんだ。観客席じゃ面白く無い。受けて立つさ」

 

最後まで読み終わって目を離すと、手紙が勝手に燃え上がる。相変わらず魔法のセンスは誰の追随も許さない。恐らく現代ルシスにおいて、アーデンを上回る術者はいないだろう。

(単に年の功ってのもあるだろうけどな)

心のなかで鼻で笑ったモルガンテの耳に、ノックの音が飛び込んだ。

 

***

 

モルガンテの部屋のドアが開けられたのと同時刻、神凪ルナフレーナが宿泊する部屋の扉もまた開かれた。

「グラウカ将軍、何故ここに?」

ホテルの中ではあまりに浮いてしまう出立の、ニフルハイム帝国将軍がそこに立っていた。息を飲むルナフレーナに構わずグラウカは流体金属でできた鎧の体で踏み込んでくる。

『昨夜宴の席で言っただろう“私のために働いてもらう”と』

鎧の中からくぐもった機械音で発音されるグラウカの声。確かに身に覚えのあるセリフだったが、ルナフレーナは言う通りに動こうとは思っていなかった。

「私が貴方の言う通りのままになるとでも?」

その言葉に何が面白かったのかグラウカは笑い始めた。

『囚われの身で、人質として差し出されているお前に、何ができる?何も出来ん。お前も、お前の国も。帝国に屈した』

畳み掛けるグラウカに対して、ルナフレーナは毅然と目を向ける。平穏なホテルの一室が、まるで戦場かの様な緊迫感を纏わせる。

「国が屈したからと言って、その国の人々の心まで支配したつもりですか?少なくとも私は、帝国に屈した覚えはありません。何かを滅ぼし、そして手に入れた物に正義などありません」

『清廉潔白なお前に何がわかる!』

気がつけば部屋中央のソファに押し付けられていた。

「くっぁ」

激情のままにグラウカが続ける。

『奪われた物を己が手で取り戻す!誇りを!それの何処が悪だというのか!』

「う...誇りを、取り戻しても、踏みにじられた、もの、たちの、思いは、...どうなるのです」

押し付けられながら、首にある甲冑を手で押さえながら反論する。

「過去...を...悔やんでばかり...では、未来は、変えられ...ない」

絞り出されるルナフレーナの言葉に、苛立ちを募らせたグラウカは、ルナフレーナを振り払い、叫ぶ。

「あぁ!」

『我らは過去の甘さを思い知らされた!もう2度と人を信ずるものか!変えられないだと?踏みにじられたのは我らの誇りだ!』

不妨にぶつけた頭や首を庇いながら、ルナフレーナは壁にぐったりと体を寄せながら反論する。

「これから、踏みにじられる....者...たちも...おり、ましょう。痛みは...ただ悲しみ..を、産む...のに...」

それをこの武人は理解し得ないのだろうか?

薄れゆく意識の中、ルナフレーナは必死で訴えた。グラウカが流した涙を、さらに流させる愚かな行為を止めようと、手を伸ばした。

 

 

『お前にはわかるまい。神凪のお前になど...』

完全に意識を飛ばしたルナフレーナを見下ろし、その手を地で染め上げた男の嘆きが続く。

『誰にも理解される必要などない。我らは我ら自身の手で、取り戻す。それが唯一の方法なのだ』

 

背後の扉から王の盾が入室してくる。帝国兵であるグラウカに膝まづき、「ご命令を」と短く言葉を吐く。

「この女を連れて行け。あとは手筈通りだ。レギスを殺し、指輪を奪取して帝国へ差し出す」

淡々とした機械の声が、王の盾に命を下す。

「故郷の誇りにかけて」

一斉に頷いた王の盾は、ルナフレーナを持ち上げ、部屋の外へ運び出していった。

 

***

 

「失礼する」

 

 

息が止まった。

 

 

扉が開かれた先に立っていたのは、国王のレギスであったからだ。

今のネヴィラムの姿は帝国宰相の息子、モルガンテ・イズニア。

レギスの息子であるネヴィラム・ルシス・チェラムではない。

慌てて取り繕う様に、片足を下げて礼をすると、レギスは笑いながら片手を上げてそれを制した。

「レギス陛下御自らこの様なもののためにお運びいただけるとは」

「存分に楽しまれたようだが、自らの身を大切にされよ」

いたずらを仕掛けるような顔で、あるいは若者を嗜めるような言葉をかけるレギスに、何も言うことができなくなり、下を向く。

「醜態を晒しました。申し訳ございません。両国の和平を思うと気が緩んでしまったようで」

本心は真逆だが、最もらしい嘘をつく。その言葉に笑いを交えた顔を真顔に戻しつつ、レギスはモルガンテに椅子に座るように勧める。

 

「実は、貴殿と話がしてみたかったのだ」

それは思いがけない言葉だった。敵国の宰相の息子に、一国の王が”話がしたい”とは。アーデンでもここまでの突拍子の無さはないような気がする。

 

(試したことがないから知らないだけかもしれないケド...)

 

「それは、なにゆえでしょうか?」

「いやなに、大した事では無い。私にも貴殿の様な年の頃の息子がおりましてな。機会があれば、年の近い貴殿の方が、お分かりになるのではと思ってな」

緊張して固まるモルガンテに対して、レギスは明るい顔で語る。昼下がりの城内は、式典直前であるからか、いつもより騒がしく、部屋の外では多くの人間が行きかう足音が耳に届く。

扉の前にクライレスが控えているのか、外でやり取りをする声がかすかに聞こえた。

 

「それは、どのようなことでしょうか?」

「...これからしばしの間会えなくなる息子たちに、何か贈ってやりたいと思い、考えたのだがこれが難しい課題でして」

 

切々と語られるレギスの言葉に耳を傾けながら、モルガンテはいま、この話をしている国王(父親)の真意を探っていた。敵国への戦略なのだろうか、と考えて自分の愚かな考えを早々に振り払った。レギス()は何より子どもを戦の道具にすることを嫌う。ノクティスが郊外でシガイに襲われたと話す父の顔や、テネブラエからやつれた顔で戻った父の顔が、脳裏によみがえっては消えていった。

 

「息子達には、これから王族と言う立場ゆえに期待や、運命がのしかかると思う。せめてその背を押し支えてやることができればと。いや失礼。よくよく聞いてくださるので話過ぎてしまいましたな」

 

 

「御身には、何か考えがおありなのではないですか?」

 

面映ゆそうに髭のある頬を指で撫でる王に対して、

その言葉は自然とモルガンテの口について出た。父の顔が何かを定めているように見えたからだろうか。

 

言ってしまってから、何を言っているのか、と思い直したがレギスはその答えが気に入ったのか、その顔に笑みを浮かべた。

「....手紙を、届けていただきたい。息子たちに。他ならぬ貴殿に頼みたいのだ」

 

「何を、おっしゃっているのか、私は...」

敵国の人間で、と慌てて続けようと困惑した声を出すモルガンテに対して、静かに沈黙していた老いた王は、ややあってゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「...貴殿は、このルシス王家に伝わる伝承をご存知だろうか?」

「....創星記と呼ばれるものでしたら、少しばかり、聞いたことがありますが」

それが何か、と尋ねると王は王家にのみ伝承されてきた数奇な運命を辿った、ある兄弟王子のことを話した。

曰くその兄王子は生まれてしばらくしてから特異的な能力があるとわかり、民を救うために奔走したのだという。しかし兄王子の記録はある一点で途絶えた。それ以後王家には兄弟が生まれることをよく思わないものが増えたのだという。

 

モルガンテ、いやネヴィラムすら聞いたことのない王家の秘事だった。

「それ、は...」

頭の中でピースが次々に埋まっていくような感覚に襲われ、混乱する感情の中、辛うじて出した声は震えていた。

「其方に伝えるかは迷った。だが、これから息子たちに私の思いを届けてもらう相手に、これから旅立とうとする子に、隠し立てをするのは、フェアじゃない。そう思って話した」

 

正面に座る王の顔は、託す者の目だった。信じて後に繋げようとする親の目。

部屋の中に慌ただしい足音が戻ってくる。開けられた窓から西日になりかけた太陽が、王の姿を照らしていた。

 

「レギス陛下、お受けいたします。ご子息に必ず手紙を届けると、陛下の思いを届けるとお約束いたしましょう。陛下のそのお覚悟に必ず報いてみせます」

 

そういうとモルガンテはルシス式の礼で王へ忠誠を示した。その礼に王は、悪戯が成功した後のような達成感に満ちた表情で手紙を手渡し、「頼むぞ」と手をそっと添えた。シワのよった歴戦の王の手が、ことさら暖かくモルガンテを包んだ。

『時間だ、そろそろいくぞレギス』

無遠慮なノックと共にクライレスが扉から顔を覗かせる。

「わかった」

短く返答した王は晴れやかな表情で部屋を出て行く。その背を追うクライレスが、ふとこちらを見てニヤリと笑ってから、何も言わずに王を追って部屋を出て行った。

 

嵐が過ぎ去ったかのような静寂の中、モルガンテは次の行動に移すべく、身の回りを整え、大切な手紙を異空間に仕舞い込んだ。

 



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Chapter01 夜明けへ 前編

ニックスが好きだからかっこよく描きたかった
そして初代王にも人の頃があったと、作者は言いたい
2020/10/26追加


-escapee-

 

 

その夜。世界は目まぐるしく変化した。

城に立て篭り、守りを固めたクリスタルはしかし、老獪な策によって奪われた。

暮れていく日に合わせ、魔導機関を備えた帝国機動戦艦がインソムニアの空を覆っていく。

放たれたシガイは数知れず。それらは時間と共に確かにインソムニアを破壊し、崩壊させて行った。

 

 

 

 

 

M.E.756 5.16. インソムニア セントラル市街地

 

 

市民の避難が思ったより組織的な物で、普段なら人気の多い中央市街が蛻の殻だった。

(コルか。また合流できるだろうか)

シガイが建物に張り付き、何かを探して飛び回っている。

ほんと数時間前まで美しいビル群だった景色は瓦礫の山に代わり、堅牢な王達の像だけが聳え立っていた。

 

城から離れていく揚陸艇を睨みながら、モルガンテはシガイを追い、市街の中心部にたどり着く。

 

 

 

 

『こんな物のために大勢が死んだ。これには何があるというんだ?』

ビルの欄干で男が、白い装束の女性を追い詰めている。

「力です。貴方には到底扱えぬ“力”」

追い詰められたはずのルナフレーナは、毅然と男に立ち向かう。

「チカラ?」

何もわかっていない男は、愚かにもその指に指輪をはめ、

 

そして炎に包まれた。

 

男の崩れた指からこぼれ落ちた指輪を、再びルナフレーナが手に取り、跪いて胸元で包み込んだ。その表情は悲痛に歪み、悲しみに満ちた思いで、崩れ落ちた“男だったもの”を見つめた。風に流され消えていく灰に、呆気にとられていたドラットーだったが、すぐにその瞳をルナフレーナに向けた。怒りに満ちた目だった。

 

「指輪を、渡してもらおう。姫君。さすれば命まではとらん」

「出来ません。指輪はノクティス様に届けます。私はレギス陛下と約束したのです」

「では、貴女にはもう用はない」

 

 

()()

 

 

剣が届く寸前で、転がり込んだニックスがルナフレーナ を救い出す。そしてその剣を、幻覚の術式を解いたモルガンテ(ネヴィラム)が受け止めていた。シフトにより燻る煙と火花を散らす剣先を受け止めながら、魔力で髪が僅かに揺れていた。

 

「これは一体、どういうことだ?タイタス・ドラットー」

低く問うネヴィラムに、ドラットーは目に見えて色をなくした。

「....ネヴィラム殿下」

背後でルナフレーナを守っていたニックスがネヴィラムに気がついて声をかける。

「王子」

「ニックス、フルーレ嬢を守ってくれて感謝する。ここに居ない、ノクティス(おとうと)に変わって」

振り返らずにそう告げると、ネヴィラムは剣を思い切り振り切った。魔力が込められたその一撃は、易々とドラットーを吹き飛ばし、瓦礫の中に沈めた。

 

「ネヴィラム様」

ルナフレーナが、震える脚を叱咤しネヴィラムに歩み寄る。涙が溢れんばかりの表情で、ボロボロに傷ついた神凪の姫は泥だらけの両手で指輪を差し出した。

その震える手をしたから両手で包み、ネヴィラムはルナフレーナに戻した。下を向き、ついに涙を零すルナフレーナにゆっくりと首を振ってきていた服を肩にかける。

「フルーレ嬢、どうか指輪をノクティスへ。私ができうる限り、お守りします」

「申し訳ありません、私たちのために、陛下が...」

涙ながらに訴えるルナフレーナに、ネヴィラムはもう一度首を振った。

「父王は姫が助かったことを一番に喜ぶでしょう。ニックスもありがとう。姫を助けてくれて」

傍らに立つ騎士も、ボロボロの風態で魔法も尽きているようだった。魔法のない王の剣の姿に、ズキリとした痛みを感じながら、ニックスをねぎらうとニックスもルナフレーナと同じように表情を歪めた。式典や礼典でしか顔を合わせたことのない弟の許嫁は、その顔に悲しみを引きずらせながらも、凛々しく顔を上げる気高さを備えているようだった。

 

 

背後から瓦礫の崩れる音が劈き、流体金属でできた鎧が這い出てくる。

『姿が見えないと思っていれば、このようなところまでノコノコと』

機械音声のくぐもった声が、戦争の只中に響く。ゆっくりと此方に歩を進めながらドラットー(グラウカ)が語る。

『今更出てきたところで、何も変わらん。バケモノも放たれた』

上空の駆動音に一同が見上げれば、大型の異様なバケモノを吊り下げた戦闘艦が2機、インソムニアの城へ向かっていた。

 

(ダイアウェポン...グラウカが前線まで出て鎧を受領したのは、“コイツ”を運ぶついでか...)

 

 

『ルシスは崩れ去る!...さぁ、指輪を渡せ』

此方に向けて鎧で覆われた手を出すグラウカに対して、ネヴィラムは口を開く。

「グラウカ将軍、いやドラットー。故郷を救うというお前の意思はなるほど高潔なものだろう。だが、お前はだが、聡明なお前がなぜ読めなかった?侵略を繰り返す帝国のどこに夢がある。希望がある。戦をするばかりの国に飲まれて、無事なのは国だけだ。自治区に何ができる?」

瓦礫に塗れた中、ネヴィラムの声が朗々とその場に轟く。

 

突如として城の方で、ダイアウェポンが咆哮する声が遠雷のようにネヴィラムの声を打ち消した。

呼応するように今度はグラウカが吠えた。

『貴様1人、何が出来る?今まさに国を滅ぼされようとしている時に、民1人救えぬ王子(ガキ)が!これまでなんの手も打たず、ただ父王の行いを見てきただけの出来損ないに!私の理想の何がわかる!もう少し頭を使え。力ではない争いも、この世界にはあるのだ。私は故郷の誇りを!腑抜けた王から、自らの手で!守り抜くのだ!』

怒りに任せたグラウカの大剣を受け止め、ネヴィラムは地面に一気に体が沈み込むのを感じた。

 

(流石、最新型の流体金属の鎧。魔力吸収の指輪をしたままじゃ勝ち目ないか)

 

 

指輪を外しかけながら、

「自らを守れるのは武人だけだ....民にそれはできない。自らの行いを....人を救う正義と...考えているならそれは正義ではない。独善だ、国を守ることに正義など不要だ...」

 

歯を食いしばり、息の合間に切れ切れに語ると、

 

突然に世界が止まる。闇に包まれた。

 

こいつはヒーローの役目だ

後ろからの声に、後ろを振り返るとニックスが歴代の王達に囲まれていた。その指には光り輝く光耀の指輪。

 

「...ニッ...クス...?なんで...」

あまりにも小さなネヴィラムの声は、誰にも届かないようだった。

 

 

《我らは星の未来に備える者》

《欲深き人間よ、資格を審議する》

「王都が燃えてるってのに、アンタらは高みの見物か?“第一”か“第二”か知らねぇがな、さっさと発動しろっ!」

ニックスの負傷した体から絞り出される声と共に、現状が少しずつ見えてくる。

(これが、第一魔法障壁なのか?)

ネヴィラムの混乱を他所に、物語は1人でに進んでいく。

 

 

《身の程知らずの人間め》

《貴様は王家の人間ですらない》

《王都の守りは我らの役目にあらず》

《現国王の責》

《貴様には星の未来が見えぬのか》

 

「星の未来ってなんなんだよ」

次々と語られる歴代王達の声が、耳の奥で響く。

本来真の王にしか見ることのできない景色。

寒々しい闇の中、燃え上がる王達の影だけが頼りだった。

それが眼前に広がっている現状に、ネヴィラムは唇をかみしめた。忸怩たる思いがよぎり、どうしようもない我が身を呪った。

 

神の末席に名を連ねた王達は、人らしさなど消し飛んでいた。冷たく突き放し、己の使命のみを全うする。

《何も見えておらんのか》

《やはりただの人間には抗えぬこと》

そう王達が勝手に合点している中、声がかかる。

 

「待たれよ。この者たちには確固たる意思がある。“未来を守ろうとする意志”だ」

 

つい3日前までは、城のどこかで聞いた声。端末で着信を入れれば、必ず折り返して伝言を入れてくれていた。ノクティスの頭を撫でながら、此方を振り向いて自分の名前を呼ぶ声。食卓で苦手な野菜が出た時、ノクティスと3人で舌を出して見せて笑い合った、あの声が。

もう、二度と聞くことがないと、思っていた声が。

「父上...」

ネヴィラムに、神の列に加わった父は応えることはなかった。その代わりに、父王は神々へとりなした。

 

《意志を持つ者に、どうか光を》

《良かろう、若き王よ》

《代償を差し出す覚悟あらば、若き王に免じて選ばせてやる》

(王子)か、その()か》

《どちらかの命を捧げよ!》

 

 

「...断る」

ニックスは王達からの問いかけを静かに撥ねつけた。

王達の中からも動揺が伺えた。

「力なんか要らない。俺がここにきたのは、アンタらに文句を言うためだ」

へへっと憎まれ口を叩きながら、弱々しい笑い声を立てるニックスに対し、歴代王達は失笑を浴びせかけた。

 

《審議は終了だ》

《貴様に資格はない》

 

()()()()()()

 

剣が振り下ろされ、ニックスの片腕は瞬く間に炎に包まれた。

「ニックス!」

ネヴィラムが駆け寄って炎を物ともせずに縋り付く。消えない炎に苛立ちを募らせながら、火を払う。

 

「あぁ、っぐ」

「クソッタレ!しっかりしろニックス!」

ケアルをかけるが、一向に治癒する様子のない火傷に、ネヴィラムは王達に向けて、叫ぶ。

「人間弄んで愉しいか!」

罵声を聞いても、歴代王達は揺るがない。

 

《我らは貴様らを救う責などない》

《星の命運に沿って世界はめぐる》

《人は運命に逆らうことなどできぬ》

《全ては神によって導かれし道》

《人がそうと気づかぬだけで》

《王もまたその一角に過ぎぬ》

 

それを聞いたネヴィラムは拳を握りしめた。

「なんだよ、そりゃ」

一本、足を踏み出す。

「民1人救えぬ王など笑い種だ。神だと?運命だと?じゃあ俺はなんなんだ?!王にも成れず、化け物にもなりきれない。なんの運命を背負わされた?俺は...っ!」

その声に差し挟むように王達の声が割って入る。

 

《本来お前に資格などないのだ》

《神々が禁忌と定めた()()に魅入られし者》

《世界を乱す発端になりかねん》

《邪魔が入らねば、神々の制裁が届いていただろう》

《端無くして生き延びているお前に》

《何が背負えるというのだ》

 

他の王達の話を黙って聞いていた、羽根飾りの様な意匠を凝らした剣を持つ中央の王が口を開く。静かに諭すような、他の王達とは一線を画す落ち着いた声音だった。

 

《頑是ないお前には、何もできん》

思わずネヴィラムは押し黙った。これではただのわがままを言う子供同然だと、その瞬間理解したからだ。ネヴィラムの持つ魔法で覆せるほど戦況は有利ではない。

これではグラウカに言われた言葉通り、“()()()()()()()()”そのものだ。

 

「黙って聞いてりゃ、オオサマは、好き勝手言いやがって」

俯いていたネヴィラムの膝の上で、片手を焼かれる痛みに蹲り悶えていたニックスが、声を絞り出した。

ネヴィラムは、慌てて膝の上のニックスを見る。緩やかに体を起こしたニックスは、支えているネヴィラムにカラリと笑いかけた。

「ここで意地張ってガキみたいに騒いでんのはどっちだよ」

焼かれた方の片手をかばいながらネヴィラムの前に座りなおしたニックスは言葉を続ける。

「あんたらの大事な指輪が奪われるぜ、だが今ならまだ間に合う。あんたらが石になってる間に、この王子サマは、やれることをやろうとしてる。動いてねぇ奴が、横槍入れるんじゃねぇ」

 

ニックスの啖呵に、王達は沈黙した。

失笑は、聞こえてこなかった。

 

《・・・それは命乞いの心算では無いのだろうな》

 

「っへへ、命なんかどうでもいい、“望む奴には未来を見せてやりたい”ただ、それだけだ」

 

《ほぅ、恐れぬか》

 

ニックスとネヴィラムの目の前に羽根飾りの様な意匠を凝らした剣を持つ中央の王が進み出る。ニックスを支えて睨むネヴィラムへ剣先を向け問いただす。

 

《其方を拒んだ世界を、其方は救えるのか?》

 

ネヴィラムは一呼吸おいて、剣先に手を当てて答えた。

「正直世界なんて大っ嫌いだ。だがな、俺はレギス・ルシス・チェラムが長子、ネヴィラム・ルシス・チェラムだ。ここで王の剣(自国の民)を守れぬ王子などお笑い種だ!俺はどこぞの誰かと違って、世界から迫害される存在になろうとも、救いたい者を救う。俺は俺の道を行きたい!神に資格無しと言われようとも、俺は!」

 

《・・・未来には絶望しか無くとも?》

《夜叉王...》

《王よそれは》

《良いのだ。その覚悟が本物なら其方らの覚悟に、我らも報いてやろう》

 

夜叉王と呼ばれた王は、羽根飾りの様な意匠が施された巨大な剣を、ネヴィラムの両肩に触れ、再び中央へと構えなおした。夜叉王がたてたガシャン!という音を皮切りに、他の王達も剣を構えなおす。

《お前たち二人に力を与えよう》

《しかし条件がある》

《人知を超える我らの力を貸し与えるのは夜明けまでだ》

《そして代償を払ってもらう》

 

《一方にはその命と身を削る苦しみを》

《一方には片方に貸し能う魔力と死へと向かう呪いを》

 

「ずいぶんいい条件じゃねぇか」

「契約、成立だ」

呪いなんて今更だ、とニックスの拳に自分の拳をぶつけるネヴィラムに、同じくニックスが不適に笑った。

 

《抑止の指輪を解き放て、そして我の力を受け入れよ》

 

立ち上がったネヴィラムに、夜叉王が剣を構える。

胸の前に両手を掲げ、右の指からアーデンから与えられた黒い指輪を外す。指輪を無くさぬ様に首のチェーンに通してから、夜叉王の剣の前に身を差し出すと、王は剣をネヴィラムへと突き立てた。

 

「がっっ」

 

一瞬視界がブラックアウトし、目蓋の裏に草原が見えた。

金色の髪の女性が柔らかく此方に向かって微笑んでいる。彼女が佇む木の根本に、粗末な衣装を身に纏った無精髭の男がゆっくりと身を起こすのが見え、

 

男の目を引く様な髪が、風に遊ばれる様子を見ながら意識が現実へと引きずり戻される。

 

《これで我らが力の一部を貸し与えた》

《後は》

《お前たち次第だ》

《星の子らに》

《クリスタルの加護あれ》

 

王達が姿を消すと同時に、世界に音が戻ってくる。ニックスの肩に触れ、ネヴィラムは力を流し込む。

流し込まれた力をニックスは雷撃へと変え、今まさに瓦礫の向こう側から、躍り掛からんとしたグラウカの身体を吹き飛ばす。

 

「っへへ、憎いねぇ、王様たち」

「全くだ、プライドが高いのが玉に瑕なんだが!」

肩から手を離したネヴィラムに、軽い調子でニックスが憎まれ口を叩く。ネヴィラムもその調子に合わせて肩を竦めた。

 

グラウカが飛ばされた瓦礫の方から、ガァン!と頭の割れる様な音が聞こえる。そして低い唸り声の様な排気音と同時に、瓦礫の山から車が躍り出た。

 

「ちょっ」

「やべ、お姫さん!」

ニックスがルナフレーナを横抱きにして飛び、ネヴィラムはシフトで回避する。瓦礫から車体が飛び出し、今までルナフレーナがいた場所にタイヤを滑らせながら着地する。

車体前方のライトが少し凹んでおり、グラウカとぶつかったであろう跡が付いていた。

 

「痛ってて」

片足を引きずりながら、ドアを開けて出てきたのは小太りの男だった。

 

「リベルト!」

ニックスが駆け寄っていく。

「うっかり帝国兵を引いちまったかもしれねぇんだけど、あれ知り合いか?」

冗談にしては嫌にリアルな冗談を飛ばしながらニックスと拳を合わせている男に対して、急ごしらえのケアルをかけながら、ネヴィラムが話しかける。

「リベルト・オスティウム、頼みがある」

初めのうち、ギョッとしていたリベルトだったが、ニックスが魔法を使うことができる事、タイムリミットがある事を話されると、複雑な表情を浮かべた。最後に「力には責任が伴う。そう言うもんだろ?」と締め括ったニックスに、リベルトは小太りの体を小さくして

「すまねぇ、俺はお前に全部背負わせちまうんだな」

と声を震わせた。その言葉が、リベルトの誠実さを体現しているかの様だった。ふっくらとした人好きのする顔と小さな瞳が、ニックスに向けられ、硬く結ばれた口元が、見えなくなるほど下を向いたリベルトの側に、ルナフレーナが寄り添った。

「リベルトさん...」

「良いって、リベルト。俺とお前に仲だろ?...その代わり頼まれてくれないか?ルナフレーナ・ノックス・フルーレ様、俺たちの未来の王妃様だ。彼女を守って王都を出てくれ。頼む、これで借りはチャラ...」

ニックスの言葉を遮って、いや、と首を横に振ったリベルトは真正面からニックスに向き合った。

 

「おいニックス、水臭さいぜ。お前今から王様に代わりに戦うんだろ?王子さまとさ。じゃあ、俺はガラードで仲間と待ってる。お姫様も送り届ける。だから!....お前が戻ってきた時に酒くらい奢らせろ。いいな?戻ってきたらチャラだ」

「リベルト...」

負傷している片足を引き摺ってニックスの元に歩み寄ったリベルトは、ぎこちなくニックスとハグをする。

「だから必ず帰ってこいよ」

「そう言う事なら浴びる程飲まなきゃな」

 

最後にポンとリベルトの肩を叩き、双剣の片割れをリベルトに託したニックスは、向きを変え瓦礫の山を見つめた。

片手を上げ、拳をぐっと握りしめて、戦友に告げる。

 

「じゃあ頼んだぞ“ヒーロー”」

 

その言葉に戦友は鼻で笑って答える。

 

 

そんなリベルトに、ネヴィラムも目配せをして頷く。

「王子、アイツを頼みます」

「わかった。フルーレ嬢を頼むな。.....フルーレ嬢、また後ほどお目にかかりましょう。どうかご無事で」

指輪を渡されたルナフレーナは、無言で肯き、リベルトに促されてアウディの車に乗り込む。ピルケースを窓から勢いよく投げ捨てたリベルトは、一気にアクセルを踏み込む。

 

車が勢いよく通り過ぎた後、ニックスは道端に転がったピルケースを拾い上げる。

「ニックス、それは?」

「これですか?アイツの()()()みたいなもんです。ヒーローには必要のないもんだ」

何処か嬉しそうに語るニックスに、同じく口元を緩めたネヴィラムだった。

 

 




ここから戦闘シーンが続きます。
作者は物書きの勉強中ですので、出来ればコメント等にて、どこを直すべきか、何が評価できるのか、お寄せ下さるとうれしいです。


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Chapter01 夜明けへ 中編

首都での巨獣大戦パート2
特撮っぽい画面が表現できてたらいいな
ちょっと短め


-at first light-

 

 

 

『力が戻った様だな?しかしそれでは勝てまい』

流体金属の鎧が再起動し、鎧の形を整えていく。

のそりと瓦礫を落としながら、駆動し起き上がったかつての王の剣、タイタス・ドラットーは、その面影を捨て去り、帝国という鎧を盾に己の理想を振りかざした。

 

「ニックス!」

ニックスに向けてネヴィラムは手を突き出した。青白い仄かな光が掌に溢れ、ニックスに向けて放たれる。淡い光はニックスを包んだ途端、炎となってその身を包んだ。

一瞬で炎は消え、ニックスはドラットー(グラウカ)の剣をウォールで防ぐ。

ガラス状の魔法の壁は、グラウカの大剣を防ぎ、弾いた。

『っく!』

「うぉおら!」

双剣をかざし、グラウカの鎧の隙間目掛けてニックスが突っ込む。瞬時に体を反転させたグラウカが大剣の腹で、ニックスの胴体を薙ぎ払った。

 

「...ッグ!っくそ、かってぇな!」

後方までとんぼ返りしたニックスに、魔力を補填しながらプロテガをかけると、ネヴィラムも自分の剣(ガンブレード)を召喚する。

「ニックス、あの流体金属の鎧は衝撃を吸収する。サンダー系で削って叩け」

小声の作戦会議に、ニヤッと不適に笑ったニックスは

「リョーカイです、王子」

と軽く立ち上がる。そんなニックスに、「ネヴィンでいいって」と肩を叩く。

 

 

 

 

『もう手遅れだと言うのに、お前たちはまだ争うのか?素直に指輪を渡して仕舞えば、この蹂躙も止められるかもしれん』

片手を前に出し、ニックスを説得しようとするグラウカに、ニックスは踏み込みながら

「本当にそうか?勝手なこと言うなって!」

とサンダガを打つ。着弾と同時に周囲の地面が明るく光り、鎧の動きが一時的に鈍くなる。

すかさずグラウカ目掛けてネヴィラムがシフトで押し込む。

「指輪だけじゃ帝国は満足しないさ。そんなに甘い国じゃ無い。お前は12年前のテネブラエで、何を見てきた、愚か者が!」

シフトの勢いでよろけたグラウカに、再度攻撃を畳み掛ける。

「レギスは、息子可愛さに全てを切り捨てた!私は故郷を守るために戦った!愚かと言われようが、卑怯者と罵られようが、私の正義を貫く!それしか最早、散っていった仲間たちに報いることなどできんのだ!」

ブラスターから魔導エネルギーを放出させながら、体制を立て直し、グラウカが吼える。

 

ダイアウェポンの放つ光弾が、その場に居た者たちの足場を吹き飛ばす。ネヴィラムとニックスは、己が武器を大上段に構えて向かい側へと力一杯振り投げる。

「何故裏切った!帝国のどこに夢がある?!あんたも故郷に対して帝国がしてきたことを忘れたわけじゃねぇだろ!」

着地してきたところを打ち据えにきたグラウカの剣を防ぎながら、追いやられたニックスがグラウカに憤る。

 

『帝国か、ルシスか、そんな事は既に問題では無い!ニックス!我々の守りたいものはなんだ?お前の答えも同じはずだ!』

 

次々と炎を上げて崩れ落ちていくビルの中、ニックスが腕を掲げる。

「勘違いしないでくれ、“今を守っても”故郷は救えない。俺はそう思っただけだ」

 

ニックスの掌に光が宿り、眩く輝く。

それは指輪の叡智の力。

 

光に呼応し、石像となっていた歴代王達が目を覚ます。

インソムニアの最後の砦たる第一魔法障壁が起動する。

 

ダイアウェポンに向かって、巨大な槍状の剣を構え、王の姿が消えた。

 

凄まじい破壊音と、苦しげな化け物のつんざく声でネヴィラムは何が起こったかをようやく理解することができた。

 

「自分の国の首都で、壊す事を厭わないってか」

思わず自分の気持ちを吐露してしまう。

今までの王たちが魔法障壁を築き、身を削ってまで大切してきた王都が、王によって壊されることがあろうとは。

 

期せずして撤退中の戦艦の中で同じことをアーデンが呟いているとは露知らぬまま、ネヴィラムはグラウカを追いかける。

 

 

ダイアウェポンの巨体を頭から殴りつけた槍使いの王は、重心を下に下げて、ダイアウェポンを背負い投げる。

大きな音と共にダイアウェポンが浮き上がり、帝国機動戦艦を何機か巻き込みながら、インソムニアへ沈み込む。

化け物の上空にシフトした夜叉王が、その剣と拳を以って、ダイアウェポンのコアを破壊する。

断末魔の叫びを聴きながら、ネヴィラムが夜叉王の巨大な鎧の飾り部分にシフトする。

後方に戦艦によって運ばれるダイアウェポンが見えたからだ。

 

初代王(夜叉王)!聞こえているかどうか分からないがが、第2空挺団が2体目のダイアウェポンを連れてくる!迎撃をお願いしたい!」

《了とした。道を示せ》

 

ネヴィラムが剣を突き立て、意思を伝える。

王と共にシフトで移動する時、力を渡された時の様なフラッシュバックが起こる。

 

***

 

祭壇がある。まるで王都城の王座の様な祭壇。

覚束ない足取りで、白い衣装の男が何かを抱えて祭壇へと歩いていく。一歩踏み出すたびに、男の足元にはどす黒い跡が残る。酷い怪我を負っているのだと思った瞬間、手元の剣が目に入る。それは深い青色の剣だった。以前アーデンが手慰みに出した剣とよく似た、美しい剣。今は剣先が濡れ、滴が垂れていた。

 

(俺が、傷つけたのか?)

気がついた途端、哀しみが雪崩れ込んできた。

自分では無い。この記憶の主人の哀しみが。

 

「あぁ、どうして...」

いつの間にかこぼれていたネヴィラムの声に合わせる様に聞こえもしない声が響く。

《....兄上....私は...どうすることも出来ぬのだ...私は、世界を救わねばならない...兄上とは異なる道で...使命を....》

 

胸の内に去来する若い男の声は、初代王、夜叉と言われた若き王の苦悩だろうか。兄と呼ばれたその人が、恩讐を糧に生き延びている事をこの王は、なんと思っているのだろうか。

 

***

 

熱い炎の風と共に戦場の景色が戻ってくる。

どうやらフラッシュバックが終わったらしい。頬に伝う涙を飛ばしながら、ダイアウェポンを運んでいる戦艦にシフトする。火花が視線を覆う中、敵の咆哮が聞こえる。

 

《此奴を落とす。船を砕くぞ、後は好きにせよ》

「....分かった」

フラッシュバックしたあの光景を、聞けるものなら聞きたかった。養い親(アーデン)に良く似たあの男が、あの後どうなってしまったのか。王は何故、苦悩しているのか。

 

しかし戦場にそんな悠長はない。

眼前に迫るダイアウェポンの上で戦うニックスに合流する。

 

 

 

だんだんと白んでいく空と共に、ニックスの体は疲弊していった。ネヴィラムから絶え間なく送られ続ける魔力に体が耐えきれず、悲鳴を上げ始めていた。

心臓を握られている様な息苦しさに、太陽で焼かれる様な皮膚の痛み。グラウカの剣を受け止めるたびに、骨に直に響く様な痺れを感じる。

 

《さっきの威勢はどうした。どうやら身に余るものを背負わされているな?》

かつての上官は、ニックスの疲弊に敏感に感づいた。

あまり力の入らない左手を狙って剣を振り下ろしてくる。

《お前に教えたはずだぞ、ニックス。気持ちだけじゃ、戦いには勝てないと!》

打ち込んでくる一撃をなんとか逸らし、サンダガを打ち込む。グラウカの顔を覆う鎧が部分的に吹き飛び、顔が露出する。かつて共に戦場を飛び回った男の顔は、黒く煤で汚れ、少なからずダメージを負っている事が見て取れた。

 

「あんたはどうなんだ?帝国に鎧借りて、故郷の誇りを守るのか?アンタ1人で、戦ってるみたいに見えるぜ?将軍。それこそ、王子のこと言えねぇじゃねぇか!」

 

飛び掛かったニックスが、グラウカの体を押し、ダイアウェポンの上から叩き落とす。ガクンと足元が揺れ、ダイアウェポンが崩れていく。どうやら運んでいた戦艦が、王によって砕かれたらしい。

重力に従って落ちていく体が地面につく寸前で停止する。

 

「ニックス!無事か?!」

炎を纏いながら着地したネヴィラムがこちらに向けて手を出している。大方物体の勢いを緩める魔法でもかけてくれたのだろうと予測して、ニックスはネヴィラムに向けて親指を立てて見せる。

「大丈夫だ!助かったぜ、ネヴィン!」

「っ..急に呼ぶなコンニャロー!力抜ける!」

「なぁに恥ずかしがってんだか!自分で呼べっつったんでしょうに!」

 

崖の下と上で2人、束の間の小噺に笑いを挟む。

それも長くは続かない。

 




次回首都攻防戦完結です。
中途半端ですがここできります。
アンチ・ヘイトタグの追加は、ここのドラットーに対する流れもあり、つけています。


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Chapter01 夜明けへ 後編

続きです。
これにて王都戦完結。
次回ぐらいに王子たちと...合、流...?


-再起-

 

 

 

『故郷の誇りを守るために、そのためだけに私は全てを捧げて王に支えてきた。だが私は過去から学んだ。為政者とは弱きを切り捨て、進むものなのだと。なれば私はルシスを切り捨てる』

そう言い切るグラウカは、さっきまで着込んでいた鎧が少しづつ剥がれ、継ぎ接ぎだらけの鎧が熱で焦げ付いていた。髪に焦げる匂いと、ギシギシと音を立てる接合部から、血を流しながら、なおも前へと歩を進める男の目には、強い光が宿っていた。

「アンタの言う過去は、未来につながってんのかよ、将軍。俺は今のアンタを見た確信した。アンタが陛下を殺してまで手に入れた世界はこれだよ」

とニックスは焼け焦げた両手を広げて見せる。

周囲には瓦礫が重なり、焼け出されたルシスの国民が脱出の為に城壁を目指している事だろう。そこにあったのは、まさに地獄と化した荒れ果てた戦火の街だけだ。

「もうアンタは引っ込みがつかなくなっちまったんだよ、将軍。アンタは陛下の今だけに目を向けて、勝手に失望しちまったんだ。アンタが歩んできた、積み上げてきた誇りを、陛下が無為にしてしまったってな!」

 

『お前こそ、あの男に夢を見ているのだ。壁外の民を見捨て、城に籠もった臆病者の王は、我らに何をくれた!』

グラウカが大きく跳躍し、回避したニックスの動きを読んで、その首を抑える。

「っぐ!」

「ニックスを、離せ!」

地面に落ちたククリを拾い、鎧の隙間を狙ってシフトし、飛びかかったネヴィラムだが、グラウカの腕で羽虫のように振り払われる。背中を地面に強かにぶつけ、思わず息が詰まる。痛む身体を引きずって身を起こしながら、食いしばった歯の間から言葉を紡ぐ。

「.... 住む場所があっても....守るための鎧が....なければ、帝国では.....生きてはゆけまい。」

ネヴィラムの脳裏に、寒々しい要塞から見える、氷原が蘇った。誰も助けてはくれない。あの場所では。

 

立ち上がり、額から流れる血を拭い、反逆者を真正面から見据えて立つ。

「テネブラエは信仰と神凪、アコルドは商業と知略。双方が鎧を纏って帝国の中で生きている。ドラットー、お前のその鎧は、これからできるお前の国は、何をもって身を守るんだ?」

 

ニックスを片手で軽々と持ち、泰然としていた男が揺らいだ。

 

『私は掛けていた。この調印で、王は目を覚ましてくださると。だが、王は、レギス陛下は、我らを守ってくださらず、脆く崩れ去った。道を違った王について行くことなど誰ができよう』

腕の中のニックスが、動いた。

グラウカの手首に、焼けただれた手を当てて、紡ぐ。

「アンタは過去に縛れてる。そんなんじゃ、夢がサビついちまうぜ。陛下と違ってアンタは託す事をしなかった」

炎に包まれたニックスの手を伝い、グラウカにも熱が押し寄せる。徐々に火に包まれていく鎧のまま、グラウカはニックスを振り払おうと大上段に剣を構え振り下ろした。

 

「だからアンタは此処までだ!」

 

シフトして残像を残したニックスはそのままグラウカの背後を取る。

『古い手だ。そんな物では、何もできん』

「どうだかな?」

『?なんだと』

バチリとシフトの火の粉が視線をよぎる。

シフトの勢いそのままにネヴィラムが重い一撃を叩き込む。グラウカの顔は驚愕に歪み、鎧は益々溶けていく。

首元に刺さったククリは、致命的な攻撃になったようだった。

 

 

日が昇り始めた瓦礫の街は、シガイが消え、歴代王たちもその役目を終えて石像へと帰っていく。

 

 

 

『これが、結末か』

ポツリと溢された男の声は、既に弱々しい。

溢れるはずの血も、炎と共に吹き上げられ、男は今まさに燃え尽きんとしていた。

「陛下は未来のために、力を尽くした。お陰で、故郷には希望が残った。暗い夜を、生き抜く希望が」

微かに、グラウカ(ドラットー)が鼻で笑うのが聞こえた。

「希望...か、私は...最後まで....信じる、ことが、できなかった物だ...」

 

崩れる男の喘鳴を、ニックスとネヴィラムはただ静かに聞いていた。

かつての王の剣将軍は、譫言のように言葉を紡ぐ。

「どれほど....儘ならぬ...ものか、やって、みるが...いい」

 

戦いに明け暮れた男の最後だった。

 

 

「っあぁー、終わった...ねみぃ」

口調とは裏腹に、王族と同等の力を使ったニックスの体はグラウカの状況と変わらなかった。崩れ落ちるように地面に転がったニックスに、ネヴィラムが駆け寄る。

「ニックス...」

「これが、代償ってやつかな。痛くねぇとこがねぇ」

ニックスの燃えていく腕を、ネヴィラムが包み額に当てる。さながら神凪が祈りを捧げる仕草に似ていた。

「何して...?」

訳がわからないニックスが声をかけたときには、腕の灰化が止まり、埋め火のように燻っていた魔力が、ネヴィラムに吸われていく。

 

 

突如、治癒を行っていたであろうネヴィラムが咳き込む。慌ててニックスは手を振り払い、起き上がる。

痛みが無くなっている事に、ニックスは気付く余裕は無かった。口の端に着いた血を拭ながら、ネヴィラムがもう一度手を握ろうとするのを、慌てて止める。

「何やってんだ!」

「静かにしてくれ、もう少しで終わるから」

「おい!」

 

ニックスを黙らせたネヴィラムは治療を再開した。

 

≪クロノス≫

 

 

太古に、この星が生まれるより前に、女神が冥界に消える時生み出された古い魔法。古くはルシスにクリスタルと共に持たされた英知。あの人は、冥界に消えた死神に愛された小さなネヴィラムを皮肉に揶揄い、戯れにか、当てつけにか、この魔法を叩きこんだ。

 

(アノ人の暇つぶしもこんなところで役に立つとは思わなかったな...)

 

ふと意識を飛ばしかける手前で、全く意味のないことに意識をやりながらネヴィラムは治療を継続する。

魔力を吸収するキャパシティが高いネヴィラムにとって相性の良い魔法≪クロノス≫。

対象の過剰分の魔力、その他影響(ダメージ)を吸収し、自らと入れ替えることにより対象の一時的にダメージを軽減することにも利用できる魔法。神の末席たる歴代王の力の代償を覆すには、もってこいの魔法でもある。

 

「神々の呪いは、ニックスの身を削るもの。それは命を奪うも通のものだ」

ニックスの手が震える。構わずネヴィラムは言葉を続ける。

「神々は、人が一人死んだところで何も損なわれない。俺はそれが最も嫌いだ。そんなこと、捻じ曲げてでも変えてやる」

言われたニックスは、ネヴィラムの言葉を黙って聞いていた。そして先ほどまで崩れようとしていた腕で、手で、拳で、右ストレートを仕掛けた。

話す事に注意を向けていたため、攻撃は見事に右頬に吸い込まれるように決まる。

斜め方向の力に沿ってネヴィラムの体が傾ぐ。

倒れる。

この間、僅かコンマ3秒。

 

何が起こったかわからないネヴィラムがもう一度顔を上げる頃には、ニックスが襟元を掴み上げていた。

「にっく...」

「馬鹿野郎!お前なんか王子でもねぇ!大馬鹿野郎で十分だ!」

「ちょ...」

「聞かねぇ!カミサマに逆らって人1人救って、それでテメェが死んでちゃ世話ねぇだろうが!」

今度はネヴィラムがつかみ返す番だった。

「お前だって、指輪嵌めた時死ぬ気だっただろうが!」

「俺は王の剣なんだよ!国のために死をも恐れぬ誓してんだよ!」

「王子も国を守る責務があんだよ!コノヤロウ!」

「お前の!覚悟は!...」

そこでニックスは一度言葉を切った。

いつものニックスの語調に戻り、荒々しく息を吐きながら、掴んでいた手を離す。

「ネヴィン、テメェの覚悟は、お前自身だって、こんな所で潰えちゃ行けねぇもんなんだよ。俺だって覚悟してんだ、お前がしてない訳ない。わかってる。でもな、護りたいと思った奴に、そいつが命捨ててまで俺は救われたくねぇんだ」

わかるか?とニックスは視線を合わせる。

「責務とか運命とか神様とかそんなんじゃねぇ。いいか?ネヴィラム王子、一回しか言わねぇから耳かっぽじって聞けよ?」

 

“アンタは救われていいんだ”

「だから、少なくとも俺にはさっきの魔法二度と使うんじゃねぇ、お前が自分を救い出すまで、俺はお前を救う側だ。俺を救いたきゃ、先に手前をなんとかしやがれ」

わかったか?と小首を傾げてニヒルな笑いを浮かべているはずの男の顔が、見えなかった。歪んだ視界が、ゆらゆらと揺れる視界が、見たい景色を歪めていた。

 

朝日が差し込む瓦礫の中、王子は1人の(とも)を得た。

 

 

グラウカの亡骸の側に、光るモノが落ちているのを見つけたのは、すっかり殴り合った後のことだった。

「なんだ、こりゃ」

ニックスが拾い上げると、隣にいたネヴィラムが覗き込む。

「“コアチップだ”これで記録を取る。本来ならこの位置に収まっているはずなんだが」

と胸元の鉄板をコツコツと叩く。

「やけに詳しいな。なんでそんなことまでしってんだ?」

ネヴィラムはクルリと振り返り、たっぷり3秒間沈黙してから、それはもう綺麗なロイヤルスマイルをお見舞いした。それを見たニックスは、視線を逸らし、二度とその話をしなかった。

 

(おっかねぇ....なんだってんだよ、あの笑顔...)

 

 

【ガーディナ渡船場】

早朝、ホテル[シーサイド・グレイドル]

 

朝の支度をするため、何気なくつけたラジオでイグニスは恐ろしい情報を耳にする。

 

 

“王都陥落”

 

 

 

朝の日課から戻ったグラディオラスは、部屋に入ってすぐ鍋を吹きこぼれさせ、そのまま動かなくなっているイグニスに驚いて慌てて駆け寄る。

喧ましい警報音を鳴らすコンロを黙らせて、声をかけようとしたその時、ラジオのアナウンサーの声が耳に入った。

 

『繰り返しお伝えします。たった今、情報が入りました。王都インソムニアが、帝国軍の襲撃を受け、陥落状態とのことです。詳細な情報はまだ入っておりませんが、王都城周辺が壊滅状態との事です。

繰り返しお伝えしております通り.....』

 

「イグニス、俺は襲撃に備える。お前は情報収集へ向かってくれ」

「あ、あぁ。わかった。頼むグラディオ」

正気を取り戻したグラディオラスがイグニスに厳しい表情で言う。言われたイグニスも、ジャケットも羽織らずに急いで外に向かった。

 

「ックソ。何があったてんだよ....」

グラディオラスの呟きに答えるものはなかったが、背後の扉が開いた。

「プロンプト....」

「グラディオ、早いね。さっきなんかものすごい音してさぁ、なんの音だろうって思ったんだけど、キッチンからしてて。....そういえばイグニスは?」

寝起きのボサボサな髪の毛を手櫛で整えながらグラディオラスに声をかけたプロンプトは、中々返事をしないグラディオラスといつもなら助け舟を出してくれるイグニスがいない事に違和感を覚え、部屋に入ってくる。

「...あぁ、イグニスなら、今外に」

「外?」

「王都が、陥落したらしい」

「え、グラディオ....今...王都が...え?」

無言で端末を差し出すグラディオラスの手元を覗き込んだプロンプトは、回線がパンクしてしまったのか、中々接続できない中、唯一読み込んだ見出し記事で、炎を上げて焦げている街の写真を目にしたのだった。

 

 

「あの....おはよ」

ノックの音が部屋に響き、プロンプトの声がする。

いつも通りの朝だ。このタイミングで起き上がらなければ、次はグラディオラスが来る。経験上グラディオラスの起こし方が非常に手荒いモノだと分かっているノクティスは、出来るだけこのタイミングでで起きると決めていた。

「...今起きるよ..」

ボーっとしながらベッドを抜け出すと、普段より曇った顔色のプロンプトと目が合う。気まずく視線を逸らすプロンプトに、訳がわからず視線を向けると、ソファで項垂れているグラディオラスが目に入る。イグニスは見えない。

「はよ、グラディオ。なぁ、イグニスは?」

顔を上げずにグラディオラスが答える。

「すぐ戻ってくんだろ」

つっけんどんな物言いに、寝起きの機嫌の悪さも合間みあって苛立ちを覚えながら、一言言ってやろうと一歩踏み出したところで、玄関ポーチからドアの開く音がする。

「なぁイグニス、グラディオなんでこんな機嫌悪りぃんだよ」

いつもならすぐ答えてくれるイグニスが、今日に限って黙りこんでいる。こちらをじっと見つめるイグニスに焦れて

「なんだよ」

と詰め寄ると、おずおずと言った様子で新聞を差し出し

「どこの新聞も同じだ」

とだけ口にした。普段とかけ離れたイグニスの様子に薄寒いものをを感じ、ノクティスのうちに焦りが生じる。何か恐ろしいモノが居るのに、見えない感覚。恐怖が無意識にノクティスを支配した。

「何が!」

その言葉に突き動かされたかのようにプロンプトがつっかえながら、返事する。

「お、王都が....陥落した」

「はぁ?!」

 

何を言っているのか脳が一切理解を拒否した。

仲間たちが現在わかっている情報を読み上げ始めても、それは変わらなかった。ただただ優しい笑顔で送り出してくれた父の顔が浮かんでは消えた。

 

「落ち着いて聞いてくれ、ノクト」

懇願するようなイグニスの言葉にも、ノクティスは荒々しく返答することしかできなった。落ち着けと言われても、冗談のような状況で、今自分が落ち着いているのか、そうでないのかさえ、わからなかったからだ。

「インソムニアが...ニフルハイム帝国の襲撃を受けたらしい」

挟む暇を与えず、グラディオラスが淡々とした口調で手に持った新聞の内容を読み上げる。

「昨日の夜、調印式の席で騒ぎがあった。帝国軍は王都城周辺を爆撃。国王陛下が、死亡...とのことだ」

「おい、待てよ!」

必死で事態を把握しようと動く頭の傍ら、死亡という言葉が重く心にのし掛かった。

 

「知らされていなかった」

憤るように言葉を詰まらせるイグニスに、言葉の意味を乱暴に問う。

「何がだよ一体!」

「調印式は昨日だったんだ、ノクト!そして俺たちは王都を出た所で」

「バカ言うな!俺たちはオルティシエに!」

「向かってたさ!だが襲撃されたと報じられている!今朝の国内全ての新聞にだ‼︎」

イグニスは恐らく、政略的な目的で結婚式が執り行われるはずだったことを言いたいのだろう。和平の象徴として、帝国側から条件として提示された結婚。行うのは帝国側が望んでのことだったはず。しかしその結婚を待たずして、半ば騙し討ちのように国を奪う帝国に怒りをぶつけているのだ。

分かっていながら、ノクティスの口からは

「...冗談...だろ」

としか漏れてこなかった。それ以外、言葉を紡げなかった。

「だったら、本当にいいのに」

とプロンプトも同意する。

悲痛な空気が、一瞬で昨日までの旅の空気を吹き飛ばしてしまった。

 

 

「他に情報は?」

冷静にグラディオラスがイグニスに確認する。イグニスは黙って首を振る。ため息をつきながら

「自分たちで見てくるしかないってことか」

と言い切る。

「なら、インソムニアに戻ろう!」

間髪入れずプロンプトが声を上げる。すかさずイグニスがリスクを提示する。意見が分かれ、グラディオラスはノクティスに確認する。

「どうする」

3人の視線を受け、歯を食いしばったノクティスは、下を向いて小さく答えを出した。

“戻ろう”

と。

 

 

車の運転をイグニスに任せ、王都に向けて車を進める。

途中次々と入ってくる情報は、耳慣れた街のどこかが崩壊している情報や、避難のための情報ばかりだった。

「デケェのがとんでやがるぜ」

空を覆うように黒黒とした帝国の飛空艇が飛んでいくのを、低い声でグラディオラスがいう。怒りに満ちた声に、イグニスが宥めるような声で説明する。

「帝国機動戦艦、ミネルヴァ級と呼ばれている型だな。あれで魔道兵や兵士達を始めたとした武力運ぶんだろう」

「魔道兵って...?」

小さな声でプロンプトがイグニスに尋ねる。

「人造兵だ。大量生産されている人型の兵器。帝国が物量戦に出てくるのは、魔道兵の開発が大きいだろうな」

グラディオラスが顔を歪め、ノクティスは唇を噛み締める。

「ックソ...」

 

雨が降り頻る中、やっとの思いでたどり着いた丘の上で、ノクティスは眼前に広がるインソムニアが、黒煙を上げて日を浴びているのを茫然と眺めることになる。

 

「....なんなんだよ..これ...」

言葉を失うノクティスを他所に、プロンプトは両親へ、グラディオラスは父親へ、イグニスは叔父に、それぞれ連絡を取ろうとする。だが、どれも一向に繋がることはなかった。機械音声で、通話できないことを告げるアナウンスが虚しく繰り返される。

その時プロンプトが手に持っていたラジオに、王都の電波が入る。

 

『....国間...されていた、和平条約については、この事件を受け、当面の凍結が発表されました。また、崩御されたレギス国王陛下に続き、第1王子ネヴィラム様、第2王子ノクティス様のご逝去が確認されたとのことでしたが、加えてノクティス様との婚約が発表されていたテネブラエのフルーレ家、神凪のルナフレーナ様のご逝去が相次いで確認されたとのことです...せいh』

 

動揺したプロンプトがボタン操作を間違えてラジオを消してしまう。

「消すな!情報が途切れる!」

グラディオラスが注意する。泣きそうな顔のプロンプトが、ごめんと謝りながら取り落としてしまったラジオを拾おうとしゃがみ込む。

「グラディオ、仕方ないさ。プロンプトは情報を集めて探査するなんて経験はない。無理もないさ」

「すまん」

「いや、俺こそ...あの...これ本当なのかな」

今までただ一介のルシス市民だったプロンプトは、メディアの情報が全てだった。ノクティスと交流を始め、情報を出す側の状況もわかるようになってきたが、国の利益などついぞ理解できそうもない話題であったからだ。

 

3人の背後でノクティスが電話を取る。

「!....もしもし、コルか?!」

 

 




to be continued...
Go to next chapter...

すごいところで切りました。すみません。切るタイミング分からない。

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Chapter02
Chapter02 夜明け 前編


お久しぶりです。

今回ちょっと短め。
王子の旅が始まる。


「もしもし、コルか?」

「無事で、いる様だな」

どこか安心したような、それでいて重々しいを言葉が続く。

ゆっくりとしたコルの口調に、ノクティスは苛立ちを募らせた。

「どうなってんだ!」

怒りをぶつけるかのように電話口で叫ぶが、普段とは違う、どこかぼんやりとした男の声は、ノクティスの所在をただただ聞くばかりだった。

「外だよ、そっちに戻れない!なんなんだよこれ?どうなってんだよ!親父は!ルーナは?王子が死んだってどういうことだ?!説明しろ!」

畳みかけるようにまくしたて、その答えをノクティスは待った。眼前に広がる故郷が、黒煙を上げている理由を、ただ知りたかった。今、質問に答えられるのは、電話越しのこの男だけ。

しかし、頼れるはずの将軍は

「俺は、ここを出てハンマーヘッドに向かう」

とだけ告げた。

そして、次の言葉を聞いた瞬間、煩わしいほど鳴っていた帝国機動戦艦の駆動音も、周囲の雨音すら、聞こえなくなった。

 

 

「陛下は、亡くなられた」

 

 

二の句を告げないでいるノクティスに、将軍は淡々と指示を伝える。

「何が起きたかは必ず教える。まずそこを動け」

そう告げる将軍の言葉に、ノクティスはため息の様な返事をして、端末を持った手をだらりと下した。

「将軍か?なんと」

ノクティスの様子に、何かを感じ取ったのか、イグニスがそっと質問してくる。

「ッ...ハンマーヘッドに行くって」

「そうか...」

ただそれだけ答えたノクティスに、イグニスもそれ以上質問しようとしなかった。

雨が降ってくる足元だけが、視界に広がる。

数日前まで、笑っていた父親の顔が、美しい街が、友たちが、(いえ)が。

浮かんでは消えていく。

 

「陛下は?」

グラディオラスの声が、ノクティスを現実に引き戻す。

けれど、ノクティスには事実を口にできるほどの余裕はなかった。数日前、自分を笑って送り出してくれた最愛の父が、あの強く優しい親父が、もうこの世にいないことなど、何があっても言いたくはなかった。

 

沈黙のままのノクティスに、最悪な結果を予期したグラディオラスは、冷静な、感情を押し殺した声で

「ひとまずこの場を離れるぞ」

と声をかけた。冷たく聞こえるその声に、プロンプトが少し、怯えた表情をするのを、イグニスが促しながら、一行は丘を後にした。

どうしようもない不安と悲しみを、胸に秘めて。

 

 

ー強さを求めてー

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

落ち込んでいるノクティス一行から、時間を少しさかのぼる。

 

「さぁて、ここからどうしますかね。妙案はおありですか、敏腕外交官?」

朗らかに笑うニックスの表情は、戦う前と同じく明るかったが、ボロボロの服に、微かなやけどの跡。すすで汚れた王の剣の仮面が、背中から外れかかっていた。

「ニックス、知ってるか?“外交”ってのは、熱戦が始まる前にやるもんなんだよ。こうなっちまったらお役御免だ」

座り込んだ瓦礫の上で、やれやれといった風で両手を軽く掲げて見せると、ニックスは座りなおしてネヴィラムを正面から指さす。

「だから、アンタの出番じゃないか。王子は、あー、ノクティス王子な。まだ、壁のこっちがこんなことになってるって、知らねぇんじゃねぇか?まんまと帝国につかまっちまうことがあったら、それこそまずいんじゃないか?」

もはや王都インソムニアは過去の栄華を一切感じさせない瓦礫の山だった。

人の気配はなく、シガイが黒色粒子をまき散らせながら上り始めた朝日に消え始め、魔導兵の残骸が、家屋の残骸と共に転がっていた。その様子を見るともなく見つめた後、ネヴィラムは一つ息を吐く。

「...、リベルトがうまくフルーレ嬢を連れ出してくれていれば、塀の外まで出れただろう。ちょっと休ませてもらってから、俺たちも出よう。ここに至って“今の俺”じゃ、何もできないから」

そういって地面に横になる。魔力を消費しすぎたせいで、先ほどから視界が狭くなりつつあった。

(指輪、外したから反動が...)

吐き気をこらえつつ息を整えるために空を見上げると、ノクティスの瞳の色の様な深い色の空が、ちょうど夜から取って代わろうとしていた。所々煙に汚された、傷だらけの空。

そう、ぼんやりしていると、顔の横に傷だらけのブーツが、土を踏む。

「ん?」

視界に、真剣な顔をしたニックスの顔が映り込む。そのまま黙ってみていると、ニックスは膝をついてネヴィラムの頭を地面から浮かせ、自身の膝へ導く。

「...これって、『硬い』とか文句言うシチュエーションなのかな?」

そう務めて茶化すような口調で言うと、ニックスは固く結んでいた口を緩め、口を開く。

「...俺、アンタの見方になりますよ」

唐突でいて、怒鳴られた続きだと感じさせる、誠実なニックスの声。

声に、顔に、空気に、飲まるような気がして、ネヴィラムは黙って続きを促した。

「アンタは、“死神サマ”に好かれてる。そうだろ?だから、城の連中は、アンタを煙たがってた。不気味だってな?けどアンタは何を言われようと、命を救おうとした。それは、王子だからか?」

「....yesでもあり、noでもある、かな。王子だから、臣民を守らなければ、そう思ってやったところもあるから」

膝の上で、覗きこまれながら真正面からネヴィラムはニックスに向き合う。

誰にも、養父(アーデン)にすら言ったことのない、心の声。

「ニックス、お前さ、明日死ぬってわかっている人と、関係ない振りして笑顔でしゃべれるか?」

「....」

「しゃべれちゃったんだよなぁ。俺。5歳の頃だ。その死が、必要なことだと、わかったから」

その言葉に、「人が死ぬことが、必要なこと?」と今まで黙って聞いていたニックスが尋ねる。

「最悪だよなぁ。神様連中は、ヒトゴトだと思ってさ」

へへへ、と誤魔化すように笑うネヴィラムだったが、ニックスはニコリともしなかった。

「もう、聞かねぇ」

ぽつりとそうこぼしたニックスの声は恐ろしく低い声で、何かを押し殺しているような声音だった。

「ごめん、あの」

「俺も身勝手な奴、嫌いですから」

真剣な顔のまま言い切ったニックスの言葉が、ジョークだと気が付いたのは2秒ほどたってからだった。

「っふふ、身勝手ってそれ、俺のことも含むのか?」

「当たり前じゃないですか。あんなぶっ飛んだことするヒト、身勝手じゃないとしたら、なんなんすか?」

 

ひとしきり二人で揶揄ってから、ネヴィラムがゆっくり体を起こして、体についた土埃を払う。

そして改めて向かい合う。

「向こうには屈強な護衛3人もいるじゃないですか。じゃあ俺はアンタの護衛になりますよ。国なんて墓標の上に立つんだ。それくらい俺にだってわかります。でも近づいてくる闇を振り払って明日を掴まなきゃならねぇでしょ?ここで拾ってくださった命だ。どこで捨てるかは俺が決めさせてもらいますよ」

スッと差し出した手を、同じく土埃に汚れた手がつかむ。

「もう2度と立ち止まれないぞ?」

挑むような口調のネヴィラムに合わせるかのように、悪戯心を含んだ顔で

「アンタはそろそろ、仲間って単語学んだ方がいいっすよ」

とニックスがニカッと歯を見せて笑う。

ネヴィラムが虚を突かれたような顔つきで、少し言葉の意味について考えるようなしぐさをすると「何初めて聞いたみたいな顔してんですか」とニックスが馴れ馴れしく肩を組む。「痛てっ」といいながら、くすぐったい顔をしてもう一度空を見る。

「まぁ、もうすぐオニイチャンからのプレゼントにも気づく頃だし、行くか」

「お供します」

 

見上げた空は、明るさを増し、風が煙を流し去ったからか、少しずつ澄んでいった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「警護隊は、もう機能してないんだろうな」

「あぁ、将軍が外に出るというくらいだからな」

運転席のイグニスが冷静に分析する。しっかりした声も心なしか震えていた。

「中は、どうなっているんだろう...」

「そのうち報道されるだろう、それまでは」

「あぁ、まずはハンマーヘッドだ。他は後で考えようぜ」

心配げな顔で助手席から乗り出したプロンプトが食い気味に聞くが、だれもその答えを持ってはいなかった。流れを断ち切るかのようにグラディオラスが言葉を投げる。

“後で考えたい、今はそれどころではない”

言外にそう告げているかのようだった。

 

「...帰れないケド、旅はできる...」

そういわれたノクティスは、俯けていた顔を少し上げた。

痛々しい精いっぱいの笑顔のプロンプトが、そこにいた。

「...っあぁ。そう、だな。いこう」

つっかえながら、そう返事をしたノクティスに、車内の空気がやっと少し明るくなったような気がした。

 

雨音しかしない車内で、グラディオラスの端末が鳴る。

「もしもし!お兄ちゃん?!」

場にそぐわない、可憐な声が端末から車内に響く。

真横でいたノクティスが勢いよく振り向く。

「イリスか?!」

「イリス、今お前どこにいる!王都はどうなった!」

「今は、護衛の人に連れられて、レスタルムに向かってるところ。兄さん無事なの?」

普段の明るいイリスの声からは想像できないほど、掠れた声に、グラディオラスは不安をぬぐえなかった。

「とりあえずな。俺たちは将軍からハンマーヘッドに行くように言われてる。いったんそっちに行ってから合流になるぞ」

「大丈夫!...大丈夫だから。兄さんはノクトの傍にいてあげて」

『大丈夫か』と言おうとしたグラディオラスに、イリスは勢いよくそう告げた。

“ノクトの傍に”そう言うイリスの声が、あまりに切実で、未だ生存を告げていないのに生存を確信している妹に、グラディオラスは『勝てねぇな』と思うのだった。

「...おう、任せとけ。必ずレスタルムまでたどり着けよ」

端末越しの妹は、うん、と小さな声で言ってから、「兄さんも、ね?」と言ってから名残惜しそうに端末を切った。

 

「ついたぞ、いこう」

話終わるのとほぼ同時に、イグニスがハンマーヘッドに到着したことを知らせた。

先ほどより少し明るい表情なのは、イリスが無事だと、一人でも所在を知ることができたことが理由だろうか。

 




まだお兄ちゃん合流しません。
というわけで、ニックス生き残った。


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Chapter02 夜明け 中編

今回も短め。
合流しないなぁ。


ーNext stepー

 

 

「やっと来たね。来るって聞いて待ってたよ」

雨上がりのハンマーヘッドのガレージで、シドニーが手を振っていた。

「無事で、ほんとに良かった」

そういって手を握てくれるシドニーの手は、雨のせいかとても冷たくなっていた。

長い間、それこそ将軍から知らせを受けてからずっと外に出て、ノクティスたちを待っていたのかもしれない。

「天気も悪くて、大変だったね」

気遣いを見せてくれるシドニーに、プロンプトが安心したような声で声をかける。

「ここまでは、帝国軍も来てないみたいで、良かったぁ」

 

「将軍は?」

ぽつりとノクティスが聞くと、シドニーは一行を店の奥に促しながら

「用事があるからってもう出ていったよ。じいじに、色々伝えてあるみたい」

と話す。店の奥の古びたソファにノクティスたちを座らせると、壁際にある棚から、タオルを人数分出して手渡してくれる。

数日前まで滞在していたハンマーヘッドで嗅ぎなれた、エンジニアの匂いがかすかに香るタオルに、やっと現実味を取り戻していく。

 

「来るって聞いてから、ずっと心配して待ってたんだよ。じいじも、私も」

そっと暖かなマグをノクティスに渡しながら気づかわし気な視線を向けてくるシドニーに

「ありがと」

と礼を言ってマグを受け取る。暖かなココアが、シドニーの心を表しているかのようだった。

「シドは、どうされているんだ?」

イグニスが尋ねると、シドニーは顔色を曇らせた。

「...いつものじいじと、ちょっと違うんだ。なんだか、元気がないみたいでね」

話をするシドニーの顔は、今にもこぼれそうな涙を、堪えている顔だった。

 

「そっか...」

そういったっきり、ノクティスも口を閉ざしてしまう。

よく父親から旅や冒険の話を聞いた。どんな武器でもたちどころに改造しようとする少年の様な仲間の話は、幾度となく聞いた。そしてその話の終わりには、かなず父は悲しそうな顔をしてこう言うのだ。「もう、長く会っていないな」と。それが誰のことを指すのか、ノクティスは知っていた。優しい父が、心を痛めていることも。悔やんでいることも。

今の自分たちのように、とても仲が良かったことも。

 

マグの中身がすっかりなくなり、雨に濡れた髪が渇いてくる頃。

「落ち着いたら、会ってあげてよ」

そういうシドニーの言葉に促されて、シドがいるという、車庫の奥へと向かった。

真っ暗な車庫の中。所狭しとタイヤや、部品が置かれている部屋に交じって作業用のデスクがちょこんと部屋の隅に置かれていた。デスクの上には、工具に交じってフォトフレームが一つ。

そのすぐ隣に肩を落とした老人が一人、座り込んでいた。

 

「シド?」

そっと声をかけると、しゃがれた声が語りだす。

「目的は『クリスタル』と『指輪』を奪うことだった...」

「!...では、停戦の意志は、初めからなかった、と?」

イグニスの確信めいた発言と共に、グラディオラスは眉間にしわ寄せて首を左右に振った。

「うそ...」

プロンプトは茫然と言葉を失っていた。

「何 騙されてんだよ!」

絞り出すように憤った感情をそのまま吐き出すと、黙ってうなだれていたシドがぴしゃりと言葉を遮る。

「バカ言え!...そう簡単に、騙されるもんかよ。王都で起きたのは一方的な襲撃なんかじゃねぇよ。あいつは、城で戦争をしたのさ。迎え撃ってやるつもりでな」

ちらりとノクティスのほうを見て苦く笑って見せてから、老兵は力なくうなだれて、吐息をこぼすように言葉を紡ぎだす。

「だが...備えちゃいたが、力及ばなかったってのが、現実だろうよ」

口を開こうとしたイグニスを遮って、“細けぇことは、コルの坊主に聞きな” そう言葉を締めくくったシドは、最後まで信じていた光が失われてしまったことに、耐え忍んでいるようだった。

ふらつきながら立ち上がったかつての盟友は、ガレージの外に出ていきながらやるせない思いを若者たちに投げかけた。

 

「オレはレギスと、顔も合わせちゃいねぇんだ。もう何年んも前からな」

“王の墓所”に行ってみな、とコルからの伝言を伝えたシドは、ガレージの椅子に深く腰掛け帽子をぐっと深く被り直し低くぽつりとノクティスに向かって呟いた。

 

「おめぇは、親父より長生きすんだぞ。そんで親父より、幸せになれ」

 

 

 

「じいじから、話聞けた?」

ガレージの反対側でレガリアの整備をしてくれていたシドニーが、近づいてきたノクティスに声をかけた。

「あ..。うん、将軍が“王の墓所”に向かったって。だから俺らも今からそこ行くとこ」

「そっか。話、聞けたんだね。よかった。レガリアにちょっと口に入れられるもの積んどいたから、道すがら食べて。あと、これ...何か聞いてる?」

シドニーの手にあったのは、出発の日にネヴィラムが持たせてくれたボトルだった。

 

「あ、それ兄貴が...」

「ネヴィン?」

不思議そうな顔をするシドニーの反対側で、イグニスがノクティスに尋ねる。

「ノクト、ボトルに何か入ってないか?」

イグニスに言われるままにボトルに目をやると、確かに紙状の何かが入れられているのが分かる。

「なんだ?メモか?」

隣からグラディオラスがのぞき込む。

「メッセージボトルなんじゃない?...ネヴィン、おしゃれな恰好してるし。プレゼントもおしゃれにしたかったんじゃないかな」

淋しそうな口調でプロンプトがノクティスの持っているボトルを写真に撮る。

 

もう会えないかもしれない兄が残した手紙。

ボトルの封をそっと外して、中に入っていた手紙を取り出したノクティスは、見る見る内にその表情を変えることになる。入っていた手紙の内容が、想像していたものとは違ったからだ。

 

[親愛なる弟とその仲間諸君]

で始まる手紙は、ある夢の内容について語られることから始まっていた。

 

______________________________________________

 

 親愛なる弟とその仲間諸君

 

このボトルを開けてるってことは、事故じゃない限りは“困ったことになった”ってことだな?

渡すときにも言ったが、これは魔法のボトルだ。困った時に開けるんだ。

うっかり開けちまったならここで読むのをやめて、困ったときまでしまっとけ。いいな?

 

 

よし。では今困っているお前に、一つ夢の話をしよう。

 

1人の王子が、国を追われる夢だ

王子は思わぬ時から、思わぬ敵に追われるようになる

信じて慕った見方はもはやなく

 

王子は王座へ上る

上る階段は羅刹の道

 

そんな夢を見た時から、俺は二つほど覚悟していた

一つはこのルシスが破れる事

二つ目は、わが最愛にして第113代国王、レギス・ルシス・チェラムとの別れだ

国が亡べば王も滅ぶ

それが道理だ

父上は王としての責務を全うされるだろう。俺の夢は知ってるな?

“死神サマ”の見せる夢は、人の死を予言する。これは覆ったことがない

 

次代国王はお前になる

俺はクリスタルに拒絶されたせいで王位継承権は無いからな

つらい責を背負わせる兄を許してほしい

お前より先に人生を生きてきて、外を歩いてできるだけ役に立つように準備してきたつもりだ

出来れば頼ってくれ

それに、お前は王様に成っても一人じゃないよ

隣を見てごらん

今両隣にはきっと、イグニスやグラディオがいてくれるだろう?

目の前にはプロンプトがいてくれるかもしれないな

彼らは守るべきルシスの民であると同時に、お前を支えてくれる“仲間”だ

 

王様も一朝一夕でなれるもんじゃない

父上もそう言ってた

俺も、生き残ることができてたら真の王ノクティスを支える臣となる

歩け あゆみを止めるなよ、新たなルシス王

 

お前の兄貴より

 

追伸

フルーレ嬢のことは心配するな。兄貴がわが身に変えても守って見せるぜ☆

お前の武運を祈ってる

_____________________________________________________

 

 

 

「....兄貴、また一人で先行きやがって」

「ノクト...大丈夫か?」

側にいたイグニスが、様子が変わったノクティスを気遣う。

 

手紙から目線をあげたノクティスは、手紙の兄から言われた様に、周囲を見渡してみる。

気づかわし気な目でノクティスの様子を見ている参謀イグニス。

怪訝な顔をしながら、手紙から覚悟を定めている盾のグラディオラス。

同じ目線からそっと隣に寄り添おうとしているプロンプト。

それぞれの目がノクティスへと注がれていた。

まだ戸惑っていて、何も言わず笑って送り出した父王の面影が消えない中、無理やり前に踏み出さねばならない状況を共に乗りこえようと、模索している仲間の顔である。

 

「まだ、旅はできる。か」

「え?」

口に出してみた言葉に、プロンプトが反応する。

「お前が言ってくれたんだろ?“旅ができる”って」

「う、うん。そうだけど...」

「ルーナも、きっとあきらめてない。兄貴も...」

「そうだな」

「ルナフレーナ様は神凪でおられるしな」

イグニスとグラディオラスがうなずいて見せる。

「俺は、“真の王”になれって言われても、何していいのか分かんねぇ。けど、今俺があきらめちゃいけないのは分かる」

 

考えている頭はごちゃごちゃで、口に出すことすら自分にとってはままならない。

それでも、“今”言わなければならないとノクティスは感じていた。

「親父がなんで俺になにも言わなかったのかって!笑って送り出しただろって!なんで親父が、俺だけ残したのか。それもわかんねぇ。王子だけ残したって、国がなくなっちまったら終わりじゃねぇかって!」

「ノクト...」

涙の混じった声で、思いの丈を迸らせる。掠れそうな声と、頭にめぐる酸素が無くなってしまいそうなほど息を吐き切った時、ノクティスの両肩に手が乗せられる。

イグニスとグラディオラス。二人が肩をなでていた。

「ノクト!」

目の前からプロンプトがノクトを包み込む。同じ背丈のプロンプトが、少し力を込めてノクティスを抱きすくめる。肩で息をしながら、ノクティスは頬に涙が伝う感触に初めて自覚できた。

 

 

 

「シャキッとしろよ、王子。待っちゃくれねぇんだ」

「いけるか?ノクト?」

「いきなり王様、だもんね」

 

やっとの思いで涙を止めたノクティスが、恥ずかしそうにシドニーからタオルを借りて顔を拭い終わったあたりで、三人から声がかかる。

 

「おぅ、ノクティス」

三人の声に応えようとしたノクティスに、ガレージから出てきたシドの声がかかる。

雨は、いつの間にかやんでいた。

 

「なに?」

ノクティスの傍近くまで歩いてきたシドは

「お守りだ、もってけ」

とノクティスの手のひらに腕輪を握らせる。

表面にルシス王家の紋章と、レガリアの印章に似た模様が彫られたもので、内側にも美しい文字の装飾が施されていた。一部分黒ずみが見られ、古びている印象の装備だった。

「これって...」

「俺が、お前の親父と一緒に旅してた時に、俺が作って彼奴にやったもんだ。お前の親父と俺は最後、喧嘩別れしちまってな。そん時彼奴が投げてよこしやがった。今度はちゃあんと守れるように、もってけ」

ぎゅっと、手の上から皮のグローブに包まれた骨ばった手が握りこんでくる。

「うん。ありがとな、シド」

まっすぐ目を見て礼を言うと、シドは微かに帽子を下げて、またガレージへ戻っていってしまう。その様子を見送って、レガリアの傍で待ってくれていた仲間に告げる。

 

「行こう。コルに会いに行く」

「うっし、運転はイグニスに任せよう。おめぇはちったぁ休め」

後部座席に共に乗り込みながらグラディオラスがやや乱暴にノクティスの頭をなでる。

シドニーはイグニスに、目的地である王の墓所の位置を説明し、隣に座るプロンプトがそれを聞きながら地図にメモをしている。

シドニーに見送れらながら、一行は王の墓所へと出発したのだった。

 

 




次こそは兄貴と合流したいなぁ。
弊小説の兄貴は、弟のこと大好きです。
けど一方で、使命についても非常に冷静に受け止めています。
そこが弟との違い。


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Chapter02 夜明け 中編 兄side

その頃お兄ちゃんは何をしていたか・・・


ーmergeー

 

 

「まずはどこへ?」

ボロボロの服を着たまま瓦礫同然の王都を2人の男が歩く。活気に溢れていた王都にはもはや人の影すらなく、朝焼けに染め上げられていく街にはシガイの気配も消えた。静寂の中2人の足音だけが響く。

「ニックスはガラードへ。クロウがそこで踏ん張ってくれているはずだから」

何でもないように首だけ此方に向けながら、ネヴィラムが話す。ネヴィラムの言葉にニックスは咄嗟に反応することができなかった。何故なら今この第一王子が語った名は、死んだと思っていた大事な妹分の名前だったからだ。

呆気に取られているニックスの気配を察してか、悪戯が大成功した時の悪童の顔で、ネヴィラムがニヤリと笑う。

「生きてるよ、彼女」

此処で一発顔面に入れなかったことを、ニックスは無性に誰かに褒めて欲しかった。

(因みにこの時のネヴィラムの悪人面は養父譲り)

「ックソ...お前にゃ色々言いたい事はあるけど、礼は言っとく」

「毎度あり」

にっこりと満面の笑みを浮かべた。

「....俺“は”?じゃあネヴィンは?」

頭の中で引っ掛かりを覚えた事を指摘すれば、ネヴィラムはニックスに別行動を提案する。

 

「ニックスはガラードでクロウと合流してほしい。その後の事は、また指示するから」

と端末を手渡す。ニックスが王都で使用していたインカムと酷似した耳に掛けるタイプと、ノクティスも使用している様なタブレット。受け取りながらもなおも言い募ろうとしたニックスに、ネヴィラムはズイと指を眉間に突き出す。

「クロウに顔を見せてやってくれ。俺が無理やり巻き込んじまった。死んでた方がマシかもしれない世界に」

後半の尻すぼみな物言いに、ニックスはネヴィラムの優しさを感じ取って黙った。代わりに、勝手に1人で走って行こうとしている友人に、声をかけた。

「どうしたってお前は無茶するだろ?だから約束だけは守れ!国の前にお前を大事にしろ、でないと俺が国崩ししてやる」

やりかね無い凶悪な顔で、街を半壊させた男が凄む。

「わかったわかった。そんな顔するなって、怖いから」

早口で捲し立てると、ヨシ、と肩をパンと叩き、街の出口から反対側のハイウェイへ歩き去っていく。

呆気のない事だったが、再会が約束された別れは、

 

寂しくなかった。

 

 

 

 

「さてと....」

強化魔法をかけていた腰のポーチから、通信用の端末を出す。幾つかのボタンを押し(タップできない。何故なら液晶じゃないから)ノーチラスの艦橋に繋げる。どうせアーデンはいない。今クリスタルを本国まで輸送の真っ最中で、流石に手は抜けないだろう。

「モルガンテ様、ご無事でしたか。今どちらに」

時期に繋がった回線に、頼れる老齢な艦長が応える。

「今首都攻略戦の成果を見て回っていたところだ。攻略戦の指揮は今誰が取っている?」

「それは....」

 

ザッとノイズが入ったあと、「いけません!」だの「まだ動かれては!」だのと喧騒が向こう側から伝わってくる。

「.....どうした艦長、混線か?」

「モルガンテ、俺だ」

聞こえたのはしゃがれた老人の声ではなく、疲れを滲ませた青年の声だった。

「もしかして、レイヴスか?」

「あぁ、前線の指揮も俺が。お前は無事だったらしいな、モルガンテ」

「怪我を、したのか?」

真面目そうな青年の顔が、脳裏をよぎった。ネヴィラムとモルガンテを行き来する生活の中で、この苦労性な青年の存在はある意味で貴重だった。同じ歳の妹を重ねたのか、何くれとなく世話を焼いてくれる、兄の立場が多いネヴィラムにとって、兄と呼べる存在だった。モルガンテの立場となってからは、素性を明かさないながら、歳の近さからか、生来の面倒見の良さなのか、少々刺々しいが対等に接してくれる数少ない人物の中の1人である。ネヴィラムにとってもモルガンテにとっても、出来れば失いたくなかった。

 

「腕を持っていかれただけだ。今は義手を手配している所だ。前任のグラウカの鎧に使っていた」

流体金属で覆われた大きな鎧。故郷を守るために燃え尽きた男の最後を、思い出してしまった。

「そうか...」

沈んだ声だったのだろう。上の空な返事に対して「大丈夫か?」とレイヴスが呼びかけてくる。

「大丈夫。レイヴス、片腕持ってかれたのか?」

いつもの調子に声を戻して尋ねると、レイヴスが気にするなと言わんばかりに返答する。

「奢った俺に対する、罰なんだろうな。これは」

晴々としたレイヴスの声に、モルガンテはとある伝説を思い起こしながら語りかけた。

「大昔のどこかの話みたいだな」

「あぁ、太陽に手を伸ばした愚か者の話だな。確かに。だが俺は後悔はしていない。愚者は経験から学ぶものだという。俺は俺なりにやるだけだ」

やはり自信に満ち溢れた一角獣を止める事は、乙女でもない限り無理らしい。乙女でもまして女でもないモルガンテが、どうしようもないのだ。

「あぁわかったよ、もう何も言わないさ」

投げやりに返事したモルガンテに、衝撃の言葉が伝えられる。

「それと、お前に伝えることがある。人事の件だ」

「?」

首を傾げたモルガンテにレイヴスは、静かな声音で告げた。

「俺の治療が終了し次第、俺がルシスの暫定統治を任される」

 

その言葉は帝国軍人としてのモルガンテは、ただの事実として聞き入れた。

しかし、ルシス王家の第1王子のネヴィラムとしては、諾々と飲み込むことができなかった。

相反する感情が、一瞬自分の内から濁流のように押し寄せ、言葉が出なくなる。

「ッ...」

その様子をレイヴスはいかに理解したのか。通信の向こう側からは、何も聞こえてはこなかった。

時間にして一瞬の間が空き、モルガンテがネヴィラムを置き去りにして口を動かした。

「わかった。じゃあ、今レイヴスは本国に向かってるわけだな?帰ったら俺の機体返せ。宰相府の正式許可はまだ下りてないんだ」

「っふ、何の話をするかと思えば、そのことか。悪かった。本国に帰還次第、宰相の母艦のほうに送り返す。」

「暫定統治を任されるなら、将軍職だな。昇進を祝う方が先だったか?テネブラエの人間が最高位になっても祝福してくれる奴は少ないだろうし、俺ぐらいは祝ってやろうか?」

「それこそ、心にもないだろ?モルガンテ。お前はそんなことを気にする男ではないと思うが?...だいたい、あの無粋な宰相の部下に、そんな気遣いができたとは」

口先だけの軽口の応酬が、無関係なところで滑っていく。他愛もない会話が終わったときには、やっとネヴィラム(亡国の王子)が現実に戻ってきた。

 

「では、また。しばらくは顔も見れんな。体に気をつけろ」

「今だって声だけ...わかった。レイヴスもな」

そういって端末の電源を落とす。だらりと手をたらし、ぼんやりと空を見上げる。

空は何食わぬ顔で雲を流していく。機能と変わらぬ、しかし決定的に違う朝。

モルガンテの表情の乏しい顔から、苦労性な王子の顔に戻って、武器召喚と同じ要領で愛用のバイクを取り出し、またがる。荒れた衣服も同じく着替える。

(フルーレ嬢は、おそらく難民に紛れて進んでいるはず。誓約をやるならまずは...あそこか)

なんとなく場所を予想しながらエンジンをスタートさせる。

 

 

***

 

「ここで一泊するか」

どうせ財布は宰相サマ持ち。

贅沢をしても一本どころか、ネジが恐ろしい本数が飛んでいるあの御仁が、一泊の贅沢にとやかく言うタチじゃないのは、10数年の付き合いでネヴィラムに染み付いている。

 

ガーディナの街まで一昼夜走り続けて、砂だらけになった上着を手で払う。料理人も寝心地の良いコットもない中で、侘しいキャンプをする気には結局なれなかった。渡船場の脇のパーキングにバイクを止め、食事をするためにホテルシーサイド・クレイドルに向かった。

 

 

「....アンタ?もしかして第1王子ぃ?」

後ろから急に声をかけられて、ネヴィラムは気を抜いていたことに気がつく。舌打ちをする前に公用の顔(朗らかな王子の顔)に切り替えて振り向くと、茶髪に緑のネクタイにアクセサリーを身につけた若い男が座ってこちらに手を招いていた。

「失礼だが...貴方は?」

「あ、そんなに警戒しないでよ。王子...っとアンタも王子様だった。弟君の方にはもう挨拶したんだけど、オレ、ディーノ。アクセサリー屋兼新聞記者ってとこ」

「ノクトにはたまに驚かされる。アイツいつの間にか顔広げてるから」

やれやれと首を振って見せると、「へぇ」とディーノが首を出す。

「?...どうかしたか」

「いや、噂じゃ完璧なお兄ちゃんで、家に寄り付かない鉄壁の外交官って触れ込みだったんで。意外と...」

一旦そこで言葉を切ったディーノは、伺うように顔を見てくる。

 

(こいつ、最期まで生き残りそうな奴だなぁ)

その用心深いところにネヴィラムが感服しながら、ディーノの警戒を解くように声をかける。

「別に不敬罪なんて吹っかけたりしないよ。ノクトは世渡りなんて知らないから、今後も何かと声かけてやって欲しいな」

ほっとした態度になってディーノは握手のための手を出す。

「なんだ。意外とオニイチャンも気さくな方じゃん。ここら辺もこないだ帝国軍の宰相がきてたらしいから、気をつけてネ。俺、応援してるから」

「っふ。ありがとう。応援には応えないとね」

思わず笑ってしまいながら手を出して握手を交わす。

 

ディーノは目の前の優男がなぜ笑ったかはわからないだろう。

いつの日かこの男こそ、その帝国宰相の後ろにいた青年だと知ったら、どんな反応をするだろう。そんな想像をしてしまって笑っていたなんて。誰も想像できまい。

(誰にも言えない、俺の秘密)

踵を返した後ネヴィラムは、うっそりと笑いを浮かべてホテルに向けて歩を進めた。

 

 

 

「いらっしゃいませ!あ、ネヴィラム様。ご無事でしたか。ルシスの本国が襲撃されたって聞いて、不安だったんです。ニュースでは亡くなられたって...」

ホテルの受付嬢は堰を切ったようにネヴィラムに声をかけてきた。

「ご心配をおかけしました。引き続き国民の皆様にはご苦労をおかけしますが、一刻も早く混乱を収束できるよう最善を尽くして...」

「ネヴィラム様!」

言葉を途中で止められたネヴィラムは、下げていた頭をそろりとあげる。目の前の受付嬢の目には涙が浮かんでいた。若い、恐らくノクティスぐらいの年齢の受付嬢の涙に、ネヴィラムは内心焦った。

(おいおい!頼むからこんなところで泣かないでくれ!俺が泣かしてるみたいじゃ....)

 

「ネヴィラム様。私、恋人があの戦いで、死んじゃったかもしれないんです。王の剣にいて...それで....」

そこまで言って受付嬢はハッとしたように口つぐみ、小さくごめんなさいと謝ってきた。

「申し訳ない。彼らに護衛を任せたのは、王家です」

謝る彼女に、ネヴィラムは本心から頭を下げた。

戦いになれば人が死ぬ。

それは至極当然で、覆し用のない事実。

そしてそれぞれには、家族も、恋人もいる。

それをわかっていて、ネヴィラムは命を選択した。

 

「必ず、彼らに報いることが出来るよう、全力を尽くします」

そう言ったネヴィラムに、彼女は

「『あの日』調印式の日、なんだか様子がおかしくて...。『これで故郷が救われる』とか言って、それで、私、何も言えなくて....。ネヴィラム様、王都に戻られた時、もしまだ覚えてくださっていたら、これを彼に渡してくださいませんか?」

と縫い目の見えないハンカチを差し出してきた。

「お預かりします」

「彼の名前はソニト。ソニト・ペラムって言います。王子、お願いします」

 

頭を下げられる資格はない。この手で見殺しにしたかもしれない。それでも彼女は恋人の無事を一心に祈っている。恐らく、恋人を止められなかった自分を責めながら。

 

(俺も、自分を責めてるのか。自己満足とわかっていながら)

 

ホテルの部屋でベットに横になりながら、受け取ったハンカチに慎重に保護魔法をかけ、武器召喚とは少し違うプロセスで仕舞い込む。

(届けて、あげたいな)

 




カッコ()の中が心情ですね。
書き方を変えてみました。
なんだかスコールみたいになったなぁ。

長らくお待たせしました。思い出したように投稿しますのでまたお待ちくだされば幸いです。


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Chapter02 夜明け

やっとノクトは出発しました。
そして長らくおまたせしました。ちょっとづつ、再開です。


 

 

 

ーホテルシーサイド・クレイドルー

 

久々にありつけた寝床で、気が緩んだのかもしれない。

気づいたときには、ネヴィラムは夢のただ中にいた。煙をくゆらす街。その町影には見覚えがあった。

商業都市アコルドを擁する、水都オルティシエ。水神リヴァイアサンが眠っていると言われる街だ。

その町が、煙を吐いて崩れている。

(リヴァイアサンの目覚め...)

 

「聖石に選ばれし王は、星の闇を払う!それはお前も承知であろう!」

気高い声が、海面の急上昇した沈みゆく街に響き渡る。その声をネヴィラムは茫々とした思いで聞いていた。

弟の婚約者、神凪の、ルナフレーナの透き通るような声は、確かに水神に届いているようだった。

何物にも屈せず、神に挑んで見せる様は勇敢であり、蛮行だった。

(夢に視る…ってことはフルーレ嬢は…もう死の女神にみいられてるのか?なぜ?)

鎌首をもたげているリヴァイアサンは水の都を壊さんとする勢いで、その瞳は怒りに染まっていた。夢の中での水神の言葉を聞き取ることはできなかったが、水神を崇めている民が住まうはずの街に向けて、尾を振り下ろすのだ。

(この戦い、何かがおかしい。神凪を進んで屠ろうとする神はいない。水都の街オルティシエも、アメリアだって街に危険が及ぶようなことはしたくないはず。なんで、こんなことに)

 

 

 

「なんで…」

静かな朝日に沈む部屋の中で、ネヴィラムの声だけが響く。

謎が解き明かされないまま目が覚めたわけはすぐに分かった。

チリリと小さな痛みが手から伝わる。アーデン指輪だ。どうやら魔力を抑制されたせいで一時的に魔力が不足し、夢から覚めたらしい。

「....確かに魔力大量消費するのはいただけなかったが...釈然としねぇな....」

 

とはいえ脱力感にも似たあの強烈な辛い感覚がないのは、単独行動中のネヴィラムにとっては救いだった。

「フルーレ嬢は...命に変えても守るって約束、だったな...」

弟との約束だ。

守ってやらねば、兄が廃る。

真の王として全ての神に認められるためにも神凪であるルナフレーナは大切な存在。護られるべき大切な命だ。

 

 

(つっても、命に優劣つけられるほど...お前は偉いのかよ)

そう胸の内の誰かが皮肉を言うのを聞きながら、しかし既に命の剪定に手を貸してしまったネヴィラムは、部屋のドアを静かに閉めた。

 

「こうなれば、まず先にフルーレ嬢にあって確かめる必要がある....か」

 

――――――――――――――

[side ノクティス]

 

「タッカが昼飯持たせてくれてよかったよなぁ」

 

しみじみと手の中にあるサンドイッチを頬張りながら、グラディオラスが満足げに言う。

 

「ほ~んとほんと!トマト届けた甲斐あったよねぇ」

「そのせいで、サンドイッチに野菜入ってんだけど・・・」

「王子の野菜嫌いは、まだ当分続きそうだな」

「子どもっぽいよ、ノクト~」

「うっせ」

 

運転を任されているイグニスは無言で、助手席のノクティスが差し出したサンドイッチを、一口かじってまた前を向く。後部座席でノクティスの野菜嫌いをいじるグラディオラスも、プロンプトも、手には大振りのサンドイッチを持っている。

ノクティスはこのサンドイッチをくれた男のことを少し思い出し、笑ってしまう。

 

 

 

「待てよ」

 

日に焼けて、ガタイがいい体格は、ともするとハンターのように見えるが、

小さく背中を丸める姿には妙に愛嬌があった。

この、タッカという親切な男は、その昔シドに救われたことがあるらしかった。

言葉少なげに、ノクティスたちを心配する目に、ノクティスは少し肩の力を抜くことができた。

 

「なに?・・ん?あんたって、」

「タッカだ。お前たち、車で行くのか?」

「うん」

「じゃあ、ついででいいんだが、食材の買い足しを頼みたい」

「へ?なんで俺が?」

 

不満2割、不思議さ8割の顔をしているノクティスに、後ろからイグニスが「言葉遣い」と小突く。

そんな二人をよそに、タッカはもじもじと続けた。

 

「いや、食材は無くても困りはしないんだが・・・その、シドさんが」

「シド?」

 

意外な名前が出てきたことに、今度はイグニスが反応する。

 

「お前たち、あんな状況じゃ、しばらく帰れないだろ?」

「・・・まぁ、な」

 

掛けられた言葉に、咄嗟につっかえたノクティスに、タッカは少し寂し気でやさしさに満ちた目を投げかけた。

 

「俺も、すぐ家に帰れなくなったことがあって、少しだけだが、お前たちの苦労が分かる」

「・・・」

「シドさんが、『外の生活に慣れさせたい』って話しててな。それで、その、俺が「頼み事をしてみたら張り合いがあるんじゃないか」って、その、話をしてな」

「そうだったのですか」

「シド・・・」

 

それでな、とメモをぺらりと渡してくる。タッカは、これを渡すまでに考えに考えたらしい。少しよれてしまって、書き直した跡がいくつもあるメモを、イグニスが目を通す。

 

「そこに乗ってる食材は、すぐそこでとれるもんばっかだが、ちょっと、量がいる。たのまれてくれるか?」

「分かった、そいうことなら引き受ける」

 

と即答したのノクティスが、挨拶もそこそこに出発し、一行はルシストマトをはじめとした『サンドイッチに使う食材』を知らず知らずのうちに集め、タッカに渡しに行ったというわけだった。

そして、報酬として、決して少なくない旅金とこのサンドイッチを受け取ったノクティスたちは、改めて王の墓所へと車を走らせている。

 

 

 

 

「ほれ、ノクト。これお前のだよ」

 

グラディオラスがクーラーボックスから取り出したのは、どうやらサンドイッチのようだった。

包み紙が一つだけ2重になっている。

 

「ん」

 

素直に受け取ってみて、まずノクティスは先ほどイグニスの口元に運んだものとは匂いが違うことに気が付いた。なんだか少し、香ばしい匂いがするのだ。

 

「お!ガルラのカツだ!」

「え、いいなぁ!」

「肉ぅ??」

「タッカの気遣いか」

 

ガルラの肉を、確かにノクティスたちはタッカに届けていた。

そんなに多い量ではなかったが、質の良いところをイグニスとグラディオラスが切り分けていた。

その時の肉を、タッカは野菜が嫌いなノクティスのために、カツサンドにしてくれたらしかった。

 

「えぇ、これ、やっば!うまい!」

「ノクト、これ系の味濃いめのカツ好きだもんねー」

「おぅ!」

 

がっつりと衝撃的でジューシーな味が口の中にあふれ、肉汁がさっぱりとしたレタスに挟まれてパンに吸い込まれている。クレイン小麦で作られた香り高いパンは、パン耳が付いたままだったが、サクリとした感触で歯切れがよかった。カツには塩コショウが振られていて味にはキレがあり、ソースが付けられたあげ衣は、時間がたっているにもかかわらず、ざくざくとした食感を残していた。

 

「・・・タッカ、いい奴だよな」

 

ノクティスがぽつりとつぶやく。

 

「そうだな、タッカはシドへの恩があるんだろうが、それ以上の気遣いを感じると思う」

「タッカみたいに、外で暮らしている人たちって、これからも安全に生きていけるのかな・・・」

「プロンプト?」

 

怪訝そうなグラディオラスの声に、「え、あ・・・」と少し戸惑ったような声を出したプロンプトに

 

「環境は、変化せざるをえないと思う」

 

と端的にイグニスが説明した。

 

「おそらく、今後はこの周辺に帝国軍が配備されることになるかもしれない。そうなると、俺たちを探すための検問が設けられることもあるだろう」

「ここに長くとどまるのも、危険、か」

 

グラディオラスが懸念を口にする。

 

「っくそ・・・」

 

ノクティスが、言い切れない言葉を言い換えるように、小さく舌打ちする。

 

「でもでもさ!帝国も無理なことって市民にはしないとかない?「助ける」とか言ってるからさ、無理なことしたらバレるじゃん」

 

プロンプトの発言に、ノクティスがハッと顔をあげる。

 

「プロンプト・・・お前」

「へ?」

「なんか偶に、鋭いよな」

「え?今さ、俺ばかにされなかった?」

「っふ、へへ、してないしてない」

「ちょっと~、もう、笑ってるじゃん!」

 

車は、前に前に走っていく。まだこの周辺には帝国軍が到達していないのが不幸中の幸いだと言える。

車内は深刻な内容を伝えるラジオの代わりに、のんびりとしたカントリーミュージックが流れ、

食べ終わったサンドイッチの紙屑がひとところにまとめられてゴミになっていて。

頭上には、どこまでも澄んだ青い、美しい空が広がっている。

薄っすらと雲が風に流されて、崖がごつごつと張り出した石山の向こうに消えていく。

 

「もうすぐで、とりあえず指定された途中の集落につくぞ」

「りょーかい、・・・」

 

助手席のノクティスが両手を前に出して、ぐっと突っ張り、深呼吸をした。

 

「・・・おれは・・・一人じゃない」

 

その言葉を聞いた車内は、誰からともなく、っふと詰めていた息を吐いた。

その場の空気が、人知れず張りつめていたものが、ノクティスの言葉で和らいだ気がした。

 

「うっし!行くか!」




タッカさんに初めて会った時、「なんて優しいヒトなんだろ」って思った気持ちをそのままに書きました。
あと、このゲーム、なんといっても飯テロの多さですよ。
再現できていれば幸いです。


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