ペルソナ~vanishing pretext~ (ササキアンヨ)
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ペルソナ~vanishing pretext~

ワールドトリガーのペルソナパロです。本作はpixivで連載している本編の外伝的立ち位置にある作品です。興味があればぜひ読んでください。


12月25日 木曜日 曇り

 

 理由が無ければ戦おうとは思わない。それは当然のことだろう。もちろん、簡単に命を賭けてしまえる危うさがある者はいる。彼らが何を考えているのは正直よく分からない。人種が違うのだ。そうとしか思えない。

 

 頬に冷たさが触れた。顔を覆っていた本を取って友人が差し出した珈琲を受け取る。微糖だ。

 

「雷蔵。不貞腐れてんのか」

 

 彼の声はひどく乾いていた。冬であるにも関わらず、冷たい珈琲を買って来たところからも彼は動転している。

 

「そうだったらどんなに良いか分からないな。キャプテンが呼んでるのか?」

 

「他の先輩方、だ。雷蔵。おまえが消えたらペルソナ使いがひとり減る。剣道部がいま卓球部に負ければ領土が少なくなる。そりゃあ、先輩方は困るところだよな。だが、むしろ……」

 

 諏訪は言葉を濁した。俺が知っている限り、キャプテンは他の先輩方のように強欲ではない。ペルソナ使いがペルソナ使いたる所以を行動と言葉で皆に示している。だが、それが伝わっているとは思えない。

 

 いま、三門市内には3つのペルソナ使いのグループが互いに領土をかけて戦っている。第一高等学校の剣道部、第二高等学校の卓球部、第三高等学校の文芸部。領土とは三門市内のある、それぞれの担当区域だ。

 

 担当区域とはもちろん、シャドウが出没する場所になる。しかし、ペルソナ使いというのはそうポンポン存在することはない。希少な存在なのだ。だから、本来ならばこの領土戦は不毛だ。三門市を守るために3つの高校が力を合わせて対処するべきことがらなのである。

 

 だからこそ、一昨日のような過ちが起こる。あってはならないことが起こる。協力し合えていたなら起こらなかった事態を回避出来ない。

 

「諏訪。俺にはもう戦う理由が無い」

 

「雷蔵。自分を責めすぎるのをやめろ。俺たちはまだ剣道部に入ってから1年間も経っていない。ペルソナ使いとしちゃ、ようやく脂が乗ってきたと言える。確かに先輩方は意地の張り合いだとしか思えない闘争にのめり込んじゃいるが、俺たちにはまだ戦う理由がある。そうだろ?」

 

「無いよ」

 

「三門市の人たちを守る。それがペルソナ使いとしてあるべき姿だ。そうだろうが!?」

 

 諏訪に胸ぐらを掴まれる。ああ、剣道部に入るときもこんなやり取りをした覚えがある。こいつは直情的で感情的で粗野だ。それなのに思慮深くいつも誰かのために動こうとする。友人として尊敬出来る美点だ。

 

「そんな理想論じゃ誰も救えない……。何も救えない……!ペルソナ使いが本当にやらなければならないのはシャドウを滅殺することだ。それだけだ。自由も愛情も友情も青春も幸福もすべてを擲ってでもシャドウを殺さなければならない!」

 

「…………っ!」

 

「でもな、俺にはもうそんなことは出来ないんだよ。すべてを犠牲にするのは無理だ。もう出来ないんだよ。だから、諦めてくれ……諏訪」

 

 俺は立ち上がり、ベンチを後にした。

 

「俺はこれからも戦い続ける!雷蔵、どうせおまえは戻って来る。俺はいつまでも待ってるからな!」

 

 諏訪の言葉はけして戯言ではない。そうさ。俺たちは友達だもんな。でもな、その席にはもうひとり居るべきなんだよ。3人座れるベンチに2人しかいないのはおかしいことだ。そうだろう、諏訪、レイジ。

 

 

12月23日 火曜日 雪

 

 夜。漆黒に覆われた世界の摂理は人々に安息と休息を与える。無知な者たちは守られているばかりで、守っている者に感謝の言葉を述べることはない。尤も、その当人たちはそんなものを求めているわけではないが。

 

 そして、夜であっても空は漆黒ではない。花弁が流れ落ちるように体内から溶け落ちるように赤が溢れていた。月は白いがゆえに空の異様さをペルソナ使いたちに示している。

 

 赤い空は単に結界とだけ呼ばれているペルソナ能力の一部だ。この空間に存在できるのはシャドウとペルソナ使いだけだ。そして物体を破壊することが出来ない。だからこそ、思う存分戦えるのだ。

 

 だが、結界にシャドウが湧き出るわけではない。シャドウはゲートより現れて人間を襲う。ペルソナ使いのひとつめの仕事は結界にシャドウを追い込むことなのだ。

 

「おい!諏訪、弾幕足りないぞ!」

 

「何匹いるんだ、こいつら……。今日がシフトじゃなけりゃ、ナンパにでも繰り出したかったのによお!」

 

「どうせ戦果はゼロだろう」

 

「決めつけてんじゃねえ。明後日はクリスマスだろ!俺みたいな恋人が居ない女たちが待ってるはずなんだよ!」

 

「無理無理。今回もクリスマスは俺とおまえでパーティして終えるんだろうよ」

 

「レイジのやつは良いよなぁ!彼女持ちで!俺たちの仲間内ではあいつだけなんじゃねえの」

 

「そりゃ、レイジはモテるでしょ。料理も出来て頭も良くて運動神経抜群で身長が高い」

 

「せめて、パーティに前入りさせて料理作らせようぜ。んで、そのあとデートでも何でもさせたらいい」

 

「さすがに迷惑でしょ。でも、こんなにシャドウを倒したんだから俺も少しくらいの報酬は欲しいな」

 

「だろ?」

 

 2人のペルソナ使いの周囲には赤いオーラを纏ったシャドウが夥しいほどの群れを成している。このシャドウは異世界からやってくるネイバータイプ。けして強くはないが、単純に数が多いのが厄介な点なのである。

 

「仕方ねぇな、ペルソナ!」

 

「行くぞ、ペルソナ!」

 

 剣道部員、諏訪洸太郎が生み出したのはティボルト。赤い襟巻きで身を包む熊の骨格だ。肉や神経の通っていない空洞だが、諏訪の思うままに動き、炎系の魔法を使う。

 

 同じく剣道部員、寺島雷蔵が生み出したのはアドーニス。三叉槍を振り回す男性型で額に青く光るもうひとつの目があるのが特徴だ。防御系の魔法を多く使うが、疾風をも自在に操る。

 

 これほどのシャドウを相手にするには多少の消耗は避けられない。そんなことは分かっていたから2人は短期決戦を選んだ。ペルソナでシャドウたちをみるみるうちに溶かしていく。だが、今夜のシャドウたちはまるで飢えた獣のように湧き出て来る。

 

「おい、マズイんじゃねえか、雷蔵。俺たちが任されてる担当場所はあとひとつある。そっちは手付かずだ。もし周囲に民間人がいたら」

 

「だが、おまえが抜けたら俺も落ちるぞ!シフト外の先輩に応援を呼んだ方がいいかもしれない」

 

「馬鹿か。あの人たちがそんな要請に応えるかよ!今日だってキャプテンが俺たちの5倍の担当場所抱えてんのに手伝いもしねー」

 

「仕方ない。ここを最速で片付けるか!暴れろ、アドーニス!」

 

「ぶっ殺せ!ティボルト!」

 

 それから15分かかりシャドウを撃破した。急いでもうひとつの担当場所へ向かう。ペルソナ使いだけが探知出来る赤い空が見えているので道を間違える心配が無いのは良いところだ。結界の外に置いておいた自転車でふたりは向かう。

 

 その場所で。見つけてしまった。結界の外に少女が倒れていた。傷は……深い。回復系の技を2人のペルソナ使いは持っていなかった。そして、少女は消滅した。

 

 シャドウに殺された者はみなそうなる。消滅する。俺たちはその現象を神隠しと呼んでいる。少女の家族は少女の死を理解出来ない。そもそも、そんな少女は居なかったのだという結論に落ち着く。そして欠落感を抱えながら一生を過ごす。

 

 少女の死を覚えていられるのはペルソナ使いと元ペルソナ使いとペルソナの才能はあったが、それを目覚めさせることが出来なかった者だけだ。

 

 諏訪洸太郎と寺島雷蔵は付近にいるシャドウをすべて殲滅した。慈悲など最初から持ち合わせていたわけではない。ネイバータイプのシャドウに自我は無い。だからこそ、意味は無いというのに。ふたりは出来るだけ敵に対して少しでも苦しむように傷を与えることにした。

 

 すべては無駄であるというのにも関わらず。泣きそうな顔をしてふたりは敵を殺した。

 

 

12月24日 水曜日 晴れ

 

 俺はのろのろと登校する。今日は終業式のみ。と言っても部活はあるから行く意味はある。だが、正直に言えば彼と会うのが嫌だった。

 

 でも、その罪悪感も彼の姿を見た瞬間吹き飛んだ。彼は……木崎レイジは顔を青ざめさせていた。そして、俺を見つけてこう言った。

 

「雷蔵!ゆりを……林藤ゆりを知っているか!?彼女が居ないんだ。それどころじゃない。だれひとりとしてゆりを覚えていない!」

 

 レイジにはどうやらペルソナの才能があったらしい。あぁ、なんてことだ。それを知っていれば剣道部におまえを誘った。今年の新入生が3人だったのなら、昨日の惨劇だって防げただろう。

 

 だが、それは意味の無いイフなんだ。もう起きてしまったことは変えられない。林藤ゆりは昨日シャドウに殺された。16歳の若さで未来を絶たれた。

 

「覚えて……いる。ゆり、おまえの彼女じゃないか。彼女が……いったいどうしたんだ?」

 

 声が震えていないか、変に強張っていないか自分がいまどんな顔をしているのか俺には分からなかった。

 

「良かった。少なくとも、ゆりはこの世界に居た。それが証明出来て何よりだ。諏訪、あいつにも話を聞きたい。校門で一緒に立って待ってくれるか」

 

 俺は小さく頷いた。その間は地獄のようだった。レイジに何を聞かれても平静を保てない。だって、レイジは今夜、幸せなクリスマスを過ごすはずだったんだ。それを壊したのはシャドウだ。でも、俺なら救えたはずなんだ!

 

 諏訪が俯いてやってきた。そして、俺とレイジが並んで立っているのを見てすべてを悟ったようにほんの数秒だが目を閉じた。

 

 その後、3人で学校へ行き名簿を確認した。林藤ゆりという生徒は居なかった。学校をサボり、バイト先のケーキ屋さんにも行った。林藤ゆりという店員は居なかった。

 

 当たり前だ。シャドウに殺されたのだから、居るはずがない。レイジがいちいち希望を持って足掻こうとしている姿を見て滑稽だと思う者がいるのなら、俺は今すぐそいつを殺してやる。

 

 最後に林藤家を訪ねた。両親は案の定ゆりという娘が自身に居たことすら覚えていなかった。だが、彼の兄と名乗る人物。林藤匠は自身の妹のことを覚えていた。

 

 しかし、事態の真相にまで思い当たることが出来ない。彼もまたペルソナの才能があるにも関わらず見出されなかった人物なのだ。

 

 俺と諏訪はレイジと林藤匠に神隠しという三門市内でたまに起きる事象について説明した。これは剣道部が犠牲者を出したときにペルソナ能力のある遺族に説明するやり方である。

 

 諏訪はレイジにいつも食べているどら焼きを差し出した。白い息を吐きながら彼はそれをもくもくと食べる。彼の目は真っ赤だ。もう涙を流し尽くしてしまったのか、今は泣く様子が無い。

 

「なぁ、諏訪。なぁ、雷蔵。覚えてるか。俺の将来の夢」

 

「ゆりと一緒にレストランを開くんだろ?」

 

「あぁ。でも、もう叶わない」

 

「………………」

 

「俺、高校辞める」

 

「は!?何でだよ、レイジ!」

 

「夢を諦めたわけじゃないんだ。だが、今の俺にとってこの学校は思い出の場所だ。おまえたちとの、そして、ゆりとの。海外で頭を冷やして来るよ。向こうで修行して一人前になったら三門市に戻って来る。その頃には、ゆりのことだって折り合いをつけてみせるさ。それに神隠しなんだろ?お茶目なアイツだ。ひょっこり顔を出すかもしれない。でも、今は無理だ」

 

 ペルソナの説明をすればいいのか?シャドウがゆりを殺した。だから、生き返ることは無い。再びレイジの前に現れることは無い。だが、俺はそんなことを言おうとは思わなかった。

 

 話が理解出来るかとか今更そんなことを言っても何の解決にもならないとか、そんな理由じゃなかった。

 

 俺は怖かった。間に合わなかったせいで、おまえのせいでゆりが死んだと責められるのが怖かった。あれだけ、今回の事態は自分たちのせいだって自覚してたのに。それでも、俺は怖い。こんなにも優しくこんなにも世話好きな友人に嫌われるのがとても怖かったのだ。

 

「決めたのか、レイジ」

 

「ああ。悪いな」

 

「そういうことなら仕方ねぇな。レイジ、俺はこの街で暮らし続けるからよ、一人前になって戻って来たら教えてくれ。そのときは雷蔵も一緒に酒でも呑もう。この約束を守ることがここを出て行く条件にしよう」

 

「分かった。そのときはみんなで呑もう」

 

 ゆり以外の前でこれまで一度も笑ったことのない友人が俺たちに初めて笑いかけた。それはすべてを諦めた目だった。生きることへの希望すら見失っている目だった。俺はレイジに声をかけることが出来ない。

 

「もうすぐ、部活だ。行こうぜ雷蔵」

 

「俺は、行けない。もう剣道部は辞める」

 

「は?な、何言ってやがる!」

 

 俺はそのまま駆け出した。目的地なんかどこでも良かった。街の端、自然が豊かな場所に。誰にも迷惑をかけない場所に。俺は地面に足を付き拳で何度も何度も地面を殴っていた。

 

 自身のあまりの情けなさに。恥ずかしさに。弱さに。友人を失ったことへの悲しみに。寂しさに。怒りに。俺は打ち震えていた。

 

 俺が戦って来たのは三門市民を守るためじゃない。おまえたちの平和を守りたかったからだ。なのに。なのに。それだけなのに。

 

「何でその程度のことが出来ないんだよおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 俺は折れた。

 

 俺の戦う理由は消えてしまった。

 

 もう、どうだっていいじゃないか。

 

 どうにでもなれ。



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