拝啓、ハクスラ世界より 改訂版 (naow)
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序 はじまりは鳥三昧から

 ゲーム好きの販売店勤務。
 仕事後のお楽しみはゲーム。

 うっかり寝落ち? して、気が付くとそこは……。


 オーソドックスなスタートです。

 勿論、始まるまで長いよ!



 何やら大人気ご家庭用の据え置き型ゲーム機もいよいよ5回目の更新という発表がメーカーから有った頃。

 俺は仕事終わりに適当にお惣菜を買い込むと、週末の楽しみを思ってニヤつきを押さえ切れないまま家路を急ぐ。

 東京……おっと、念の為に住所はボカすべきか。

 えーっと、(とう)K都E戸川区(どがわく)の、区内では珍しくもない川沿いの一角。

 帰りに川沿いの土手を歩きながらボケーッと眺めると、川面のほうが俺の住んでいるアパート側の地面より高い位置にある気がする、そんな家賃(つき)5万円の1(ケー)暮らし。

 とある量販店の裏方担当という、一応は販売店勤務なのに職種を問われたら物流業です、と答えるしか無い仕事内容を思い出してちょっと溜息が出る。

 まあ、そういうちょっぴり特殊な立ち位置に居るおかげで、お店勤めだと言うのに土日休み。

 問屋さんがお休みだから、出勤しても仕事ないのよ。

 

 え? 接客しろ?

 

 入社当初からほとんど倉庫仕事だから、今更店頭に出ても役に立たないよ?

 

 仕事からの帰り道なので、これ以上仕事のことを考えるのはやめよう。

 この週末も、俺はいつもと変わらぬゲーム生活予定である。

 

 ……は? 彼女?

 居ませんが、何か?(キレ泣)

 

 そんな存在が居たらアレだ、ゲームなんぞに引きこもる休日なんぞ選ぶ訳がないだろう。

 ちなみに、土日祝日休みだが日曜日はもうひとつの趣味、自転車で皇居周辺に繰り出す――晴天限定――という用事があるので、ゲームは土曜日・祝日及び毎夜()()遊べないのである。

 知人友人に毎週日曜に皇居に行く、などと言えば漏れなく勘違いされ、説明が非常に面倒臭いのは最早お約束だ。

 自転車趣味の人は一発で理解(わか)ってくれて非常に助かるのだが……。

 

 あ、俺はクロスバイク派っす。

 ロードバイクとか本気すぎるのは無理っす。

 適当に流すのが面白いし、遠出の行き帰りに気軽に自転車停めてラーメン食うとか、幾ら有料駐輪場近くできっちり鍵かけるからって、ロードバイクで出来る気がしないっす。

 それが貧乏人ってモンっす。

 

 俺だけっすか、そっすか。

 

 そんな訳で、帰りにスーパーで買ったお惣菜と飲み物を意気揚々と振り回し――きっと後で後悔するだろう――土手の上の遊歩道をふらりと歩く。

 そんな時間も自宅が近づけば終わる訳で。

 

 突然の鉄砲水や謎の堤防決壊等が有るわけもなく、居眠り運転のトラックが入ってこれる場所でもないので、何の問題もなく自宅……っていうか自室に辿り着き、狭い玄関――室内保管の自転車のせい――へと身体(からだ)を滑り込ませるのだった。

 

 

 

 ご飯だけは出勤前に炊いて出る。タイマー機能は偉大だ。

 お惣菜を、もう面倒なのでトレイのまま食卓代わりのPCデスクに並べる。

 キーボードは収納してあり、邪魔にはならない。

 余談だけど、トレイって字面(じづら)、パッと見でトイレに見えちゃうよね?

 

 俺だけっすか、そっすね。

 

 一応、彼女が居た時分には、1人の食事の時にも、お惣菜であってもちゃんとお皿に並べ、なんか人並みに食事気分を高めて食事してたモノなのだが。

 独り身となると、もう本気でどうでも良いのだ。

 

 ……理解(わか)ってる。

 そんな事だから振られるし、それ以降浮いた話のひとつも無いのだ。

 考えるとどんどん悲しくなってしまう。

 大丈夫だ、まだ俺は27歳。

 まだ余裕はある、ある筈なんだ。

 焦る必要は無い。

 

 ゲームを始める前に現実逃避を完了させ、PCで適当に動画を見ながらご飯である。

 何か見ながらご飯というのも、あまり行儀は宜しくないが、ゲームしながらご飯、よりはマシという……言い訳だ。

 

 ゲーム中のポテチは食事では無い、それは救済である。

 

 ちなみに、TVは無い。

 色々とTVに言いたい事は有るが、一番の理由は買うのが面倒なのだ。

 面倒な思いをして買って、それでTVを見るかと言えばそんな事は、俺に限って言えば無い。

 興味の赴くままに見るにも、ニュースが気になる時も、天気予報や地震情報すら、今やネットで済んでしまうご時世だ。

 TV観れます。チューナー内蔵なんで。あ、HDとか諸々ついているので、色々便利ですぜ。

 そう仰られても、レンタルしてきた映像ディスクならゲーム機でもPCでも再生余裕ですし、見ないTVを録画する事はない。

 そして、余計な機能のない、ゲーム専用のモニターが欲しいなら、職場のご近所で中古を買えば済む。

 

 そんな訳で、今日のご飯のお供動画をチョイス。

 お好みは色んな素材――というか思いつきにしか見えない――で包丁を作り続ける男の動画か、ゲーム実況系。

 いつもの飯時(めしどき)にはこの辺を眺めながらご飯をかっこんで居るわけだが、今日は気分を変えたい。

 理由なんぞ無い。強いて言うなら、思いつきだ。

 そんな訳で、今日のチョイスはボカ○歌ってみた系、ただし海外勢。

 一昔前(大げさな表記)に比べると海外の歌い手も選別された感があり(謎に偉そう)、安心して見られるのだ(何様)。

 

 ……俺の一人称の筈なんだが、なんで俺に対して刺々しいんだろう。

 

 それはさておき、今日の動画も決定。

 食事時(しょくじどき)にいちいち再生操作をしたくないがオススメはたまにスカタンなので、動画主のプレイリストを選択。

 食事はのんびりと、味わって食べるべきだ。

 

 お惣菜なのにって?

 俺じゃ手の込んだ物は作れないから、こういうのも十二分にご馳走なのだ。

 

 手が込んでいなければ、なにか作れるのかって?

 焼くのと炒めるの。あ、魚介系は無理。

 カレーとシチューは市販のルーが有れば作れる、というかあれは誰でも行けるだろう。

 要するにまあ、その程度の自炊能力と言う訳だ。

 

 ……イカン、我が事ながら、情けなくて泣けてきた。

 

 よし、気分を変えてご飯だ! いい加減ハラが減った!

 今日は豪勢に唐揚げにチキン南蛮、グリル焼き風チキン。

 ……鶏肉ばっかだな。

 好きで買ったんだけどさ。

 こうして並べてみると……こう……自分の浅はか……愚か……。

 うん、勢いだけで生きてるって気がして心配だね!

 あ、ちゃんとサラダも有ります。

 はい、バンバンジーサラダ……!

 なんで今日に限って売れ残ってたかな……。

 見掛けたら買っちゃうでしょうが!

 い、いつもはシーザーサラダなんだからね⁉

 

 

 

 期せずして鳥三昧を堪能し、いっそ焼き鳥でも買ってこようかと壁の時計を見上げると時刻はもう22時30分を回っていた。

 21時閉店で、従業員一同が力を合わせて締めの作業を行っても、帰宅して一息つくとこんな時間である。

 まあ、それも今週は終了、週明けまではお休みだから鷹揚に構えて居られる。

 それは良いが、この時間ではご近所の焼き鳥屋さんも終了しきっている。

 あと20分も早ければ、閉店作業中の大将が「なんだ、またこんな時間を狙って来やがって」とか言いながら残り物をそこそこお安く売ってくれるのだが、流石にもう遅すぎる。

 あ、一応言い訳するけど、休日とかにはちゃんと営業時間中に、ちゃんと表示の販売価格+税で買ってるからね?

 ご近所に旨い焼き鳥屋さんが有る幸せよ。

 しかもあの店、唐揚げも有ってしかもうンまいの。

 ……明日の昼は、焼鳥と唐揚げにしようかな。

 

 そんな事を考えながらの食事も終わり、きちんと食器も洗ったし、此処からはそう、ゲームのお時間である。

 今日も、仕事のアレコレで軋んだ心に潤滑油を。

 この週末こそ、念願の深階層(しんかいそう)、具体的には階層100到達の悲願を!

 かれこれ1年そこそこのプレイ時間で、色々試して漸くたどり着いた階層97。

 挑むのはソロ。

 

 それはさて置き、いざ。

 国民的どころか、世界で大人気のゲーム機を立ち上げ、ゲーム用のモニターに光が入ったその刹那。

 

 室内が暗転し、俺は意識を唐突に刈り取られたのだった。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 青空を見上げながら、記憶を辿る。

 何度か繰り返したが、結果は同じ。

 

 ゲームを始める直前で、キレイに記憶が消えている。

 

 記憶が喪失してる訳ではなく、自分の名前も思い出せる。

 井原賢介、27歳。

 思い出しながら、草原にあぐらをかいている。

 

 丘から見えるのは、草原と、今いる丘の右手には馬車の(わだち)がある土肌の道、左手には少し離れて広がる森。

 

 何が有ってどういう経緯で、深夜の自宅から、気がつけば清々しい晴天の下、丘の上に佇んでいるのか。

 どなたか是非お教え頂きたいものである。

 

 これが異世界転生とか言う物か、などと埒も無い事を考えて1人苦笑する。

 正解は恐らく、意識を失い見ている夢、といった所だろう。

 自分が思っているよりも、疲れていたという事だろうか?

 腕組みして思い返せば、週末だし、忙しかったといえば忙しかった。

 だが、倒れる程だったかと言えば、いつもの金曜日並でしかない。

 

 というか、昨日今日の疲労で倒れたとかでは無いだろう。

 日頃の疲労の蓄積という奴か。

 驚きの能天気生物と自認していたが、どうやら人並みに疲れるらしい。

 ……今、年齢(トシ)って言ったやつ、反省文な?

 それはさておき。

 目が醒めたら、きっと朝だろう。

 せっかくの土曜日だが、健康はあって当たり前のものではない。

 素直に病院に行こう、そう心に決めて、今はせっかくだし、夢を楽しむのも良いだろう。

 

 あぐらをかいたまま、両膝、と言うより両腿を叩いて、立ち上がりながら自分が左腕に甲冑を装着していることに気が付いた。

 

 あー。こういうの好きだけどさ。

 なんというか、夢の中で自分がこういう格好してるって、なんか恥ずかしいな。

 普段からこういうの身に着けたいって思ってるって事だろうか。

 

 照れ隠しに鼻を掻こうとして、指先が硬質ななにかに触れる。

 

 顔の前に、何かがある。

 ソレに触れる。

 視界が普通に確保されていたので気が付かなかった。

 

 何かを……仮面? ヘルメット? を(かぶ)っている。

 

 夢の中とは言え、混乱しつつ手探りでソレを外す。

 何故か手慣れているのが気になるような助かるような、そんな微妙な気分で外したソレを確認する。

 

 のっぺりとした、見た目は金属製のマスク一体型のヘルメット。

 いや、ヘルメットと言うには、頭頂部が()いている。

 

 それは、まるで、髪を出すため、と言うように。

 実際にはメインが仮面部分で、ソレを固定するために簡単な金属パーツがヘッドバンドのように側頭部(そくとうぶ)から後頭部までを覆っている、と言うだけのシンプルなモノ。

 なのだがそれは、まるで頭部寄りにまとめたポニーテールが邪魔にならないように配慮されているかのようで。

 いや。

 いやいやいや。

 

 不審なのは、とても外が見えるような造りにはなっていないにも関わらず――実際、こうして手に持ち、しつこく眺めてみても、向こうが透けて見えるわけではないと言うのに――先程はこんな物を(かぶ)っていると気付かないほど視界がクリアだった。

 それに、この、ファンタジー臭漂う世界の中で、あまりにもシンプルなこのデザイン、というかいっそ不気味なほどのっぺりとした仮面には見覚えが有る。

 いやぁ、俺、こういうの嫌いじゃないけどさ、ねぇ?

 

 ……いや、もう目を逸らすのはよそう。

 

 コレは、俺が、ゲームでの愛用キャラに装備させている愛用の頭部装備。

 そいつの、見た目を変更させてある物――所謂(いわゆる)「見た目装備」って奴だ。

 

 恐る恐る、俺は視線を下げる。

 

 夢だと気付いたときから、自分の身体(からだ)の確認などしなかったので、どういう格好なのか気にもしていなかった。

 しかし、ヘルメットというか、仮面を見て、その正体に気付いた以上……確認しない訳には行かなくなった。

 

 そこに有ったのは、いつもとは違う視点……主観視点で見る、見た目を変えた(外見重視の)……。

 ゲーム内での最近イチオシの愛用装備。

 実装されて即課金した、およそゲームの世界観にはそぐわない、軍服風コスそのものだった。

 

 

 

 正直に言おう。

 まず、俺はライト層、所謂エンジョイ勢だ。

 言うほどガチガチなビルド――装備だけではなく、スキルや潜在能力も含めた構成――じゃない、というか「エンシェント」ランクの装備さえ揃えればそこそこ火力が出せると言うのが気に入り、基本となるその装備に手を出したのだ。

 ちなみにゲームではエンシェント装備がゲーム内では上から2番目の等級だったりする。

 そうこうしている内に愛用装備に奇跡の上方修正が入り、大幅に火力が上昇した。

 武器とサブ武装をあわせて全身13箇所にも及ぶ装備箇所、その全てをエンシェント品に出来れば、驚異の9750%UP(アップ)

 正直に言って狂気の数値。

 まあ、他のガチ系装備はもっとヤバい……条件付きとは言え14400%とかだったりするので、俺の装備ではなんとか深層領域(エンドコンテンツ)で戦えるっていうレベルでしか無いんだけど、逆に言えば俺でもその深層に挑戦できるようになったという訳だ。

 この時点で、ちょっとビルドを意識し始め、ただのエンシェント装備ではなく、自分が欲しい性能とスキルを持つ装備を集め始めた。

 最上位を探さないのかって?

 探してホイホイ手に入るなら、苦労なんてしないんですよ。

 エンシェントだってそうそう落ちや(ドロップ)しないってのに。

 そしてある程度の装備が整った所で、まさかの再上方修正。

 今までは指輪の装備枠2つに特定の装備、それもエンシェントが必要だったというのに、同じ機能を持つ宝石――装備に嵌め込んで特殊な効果をもたらすアイテム――が実装されたのだ。

 当然条件は有って、今までは指輪2つで装備品によるセット効果を発揮していたのだが、新実装の宝石は「ひとつもセット効果を発揮させてはいけない」となっている。

 

 だが、それは何の問題にもならなかった。

 指輪2つは今まで拾ったけど使う機会のなかったエンシェント指輪に変更してしまえばそれで良かったし、寧ろそのお蔭で指輪の持つ特殊効果を2つも獲得できることになったのだから。

 

 今までは指輪はセット効果の為だけのモノだったから、それ以外の効果なんて無かったんだから。

 思えば、ゲーム内の俺的快進撃は其処から勢いを増した。

 

 深層領域に潜るのが楽しくなり、ソロだと言うのに90階層を余裕で超え、エンシェント装備を手にする機会も比較的増えて。

 装備の吟味を行い、装備の補正(オプション)をあーだこうだと(ゲーム内のルールに則って。違法じゃないよ?)弄くり。

 気が付けば、俺好みのお気楽探索装備が完成していた。

 具体的に言えば、ボタンひとつで2つのスキルと2つの追加攻撃、都合4種の攻撃が発動する、お手軽ジェノサイドセット。

 操作が簡単である、と言うのがキモだ。

 咄嗟に慌ててミスる、なんて言う事故が減るし、なんと言っても最大4重攻撃は火力もそれなりに高いので安心できる。

 ああ、強くなったもんだ。

 そして此処まで長かった。

 おいちゃん――でもまだ27歳――、なんか泣けてきちゃう。

 

 はっとして、冷静になる。

 今は自分の装備状況に自分で酔っている場合じゃない。

 

 短時間反省すると、俺は自分がどういう状態かが気になり、恐る恐る――いつもの様に――ステータスを確認する。

 手元に馴染んだコントローラーが有る訳ではないが、装備を確認したいと思ったときには、それは目の前に浮かび上がった。

 間違いない。

 そして、これが夢であることもまた、間違いなかった。

 夢という事は、目の前の情報は俺の記憶から引っ張ってきてるものだろう。

 装備名やその説明まで細かく覚えてて、ご丁寧にゲームで見慣れたステータス画面になっている事実に自分で引くが、これは。

 

 これは間違いなく、ゲーム内で俺が装備していた物たち。

 そして肝心の身体(からだ)は。

 俺はステータス画面を消し、改めて、観念して自分の身体(からだ)を見下ろす。

 

 

 

 俺は、女が好きだ。

 ゲームで、概ねソロで遊ぶ世界。

 言うなれば「俺だけの世界」で、何が悲しくて男の背中を見ていなければならないのか。

 そこに居るのは自分の分身、性別変更なんか論外と言う人々が居ることも知っている。

 無論、考え方は人それぞれ、楽しめるならソレで良いと思う。

 

 だが、俺はイヤなのだ。

 どうせ眺めるなら、男の後頭部より女の尻である。

 

 こんな俺なので、ゲームを始めるに当たって、当然のように自キャラは女。

 敢えて声に()して言うが、俺はネカマでは無い。

 ネカマと言うのは女である様に振る舞う事であろう。

 俺は、男であることを公言し、女キャラを使用する理由を問われれば――聞かれることなど滅多に無いが――胸を張って上記のように答えたものだ。

 

 そう、つまり。

 

 今の俺は、女ボディの男と言う、最高に王道なステータスを手にしたのだった。

 なにが「つまり」なのか、混乱している俺に問うのは控えて欲しい。

 

 愛用の胸当て越しに胸を触って自分でドギマギしてみたり、股間の落ち着きの無さに、失った息子を想い情けない溜息を漏らしたり嘆いたりしつつ、どうせ夢なのだから男に変化出来ない物かと考えるが、そこはうまく行かなかった。

 

 なんでだよ、そうは思うが男キャラなど使ったこともないからそれも当然な訳で。

 いや、そうじゃないだろ、元の自分の身体(からだ)に戻れば良いだけだろ。

 大体、女好きなのは俺が「男」だからであって、女になりたいなんて思ったことは1度たりとも無い。

 ここは重要なポイントだが、「女好き」と「女になりたい」の間には果てしない距離がある。

 

 ホントに、明日目を覚ましたら即病院行かねば。

 ゲーム内で自分の使用キャラになりたかったとか、病んでいるにも程があるだろう。

 溜息()くぞコンチクショウメ。

 

 それはソレとして、である。

 爽やかに風がそよぐ丘と、抜ける様な青空。

 どう見てもいつものゲームのダークなファンタジー世界とは違う風景だが、これは一体、俺のどんな逃避願望なのだろうか。

 いや、あのゲームの世界に行きたいかと聞かれたら全力で(ノー)だが、あれほどのダークかつバイオレンスなゲームのキャラで牧歌的な風景の中に居るというのも正直意味が理解(わか)らない。

 固定見下ろし(クォータービュー)のゲームだったから、正直空模様なんて想像しか出来ない訳だけど。

 

 それはさておき。

 変身願望と、逃避願望か……。

 本格的にヤバい予感がする。

 入院とかになったらどうしよう。

 と、暗くなっても仕方ない。

 折角見ている夢なのだから、多少遊んでも問題あるまい。

 右手を何気なく掲げ、収束魔力束……は流石にアレなので魔力光弾(まりょくこうだん)、掌から放たれる、青白く輝く(やじり)

 何気なく、強いて言えば使えるかどうかの確認的な意味で、特に意味も無くソレを1発、放つ、

 何かをタゲって居た訳でも無いので、それは僅かに上昇しながら宙を舞い、すぐに切っ先を地面へと向けるとひらりと空を滑りながら、15メートル程先の地面へと落ちていく。

 

 ああ、ゲーム内の挙動と同じだなあ。

 ターゲット……敵を狙って居ない時の魔力光弾(まりょくこうだん)は、割とすぐ目の前に落ちる。

 そう言えば俺、光弾(こうだん)は稲妻光弾(こうだん)だったなあ。

 そんな事をほのぼの考えて居た俺の目の前に。

 

 見た目に反して大地を大きく抉る魔力光弾(まりょくこうだん)と、それを追って大地に降り注ぐ7つの火球の轟音が空気を激しく震わせ、俺の失われた息子を縮み上がらせたのだった。

 これも、幻肢痛(ファントムペイン)と言うのだろうか?

 多分、違う。

 

 

 

 ゲームの世界は基本頑丈で、せいぜいがテクスチャで誤魔化してる(ふう)以外に地形が変わる事が無かったから気が付かなかった。

 あのゲームはハクスラゲーの金字塔と言うだけ有り――かどうかは定かではないが――ステータスがおかしいゲームの一つだ。

 序盤は良い。

 だが、ストーリーをクリアし、装備を整え――順番がおかしい? いや、この順番で合っている――エンドコンテンツの1つ、「深層領域」に挑むようになると、与えるダメージがおかしなことになるのだ。

 

 まず、ダメージ表記が、気が付くと「30M」とかになる。

 メートルではない。

「メガ」表記かな? と思うかも知れないが、正解はミリオンの略である。

 意味はほぼ同じだが。

 要は、1Mと表示されたらそれは100万ダメージを超えましたと言うことで、30Mとなったらそれは3千万ダメージということだ。

 これが4桁、3000Mとなれば、それは30億ダメージと言うことで、途方も無い数字だと理解して頂けるかと思う。

 これが、その上になるとどうなるか?

 正解は「B」、即ちビリオン……10億ダメージ表記になる。

 30Bと表示されたら、即ちそれは3百億ダメージ。

 幾らゲームとは言え、そんな馬鹿な、と思うかも知れない。

 しかし、このライト層の俺でさえ、自力で1500B前後(ぜんご)、道中でパワーオーブを拾えば1個に付き20秒限定では有るものの、2500B超え……2兆5千億ダメージとかが普通に出るのだ。

 トップランカーなんかはどういうダメージの世界で戦っているのか、想像も出来ない。

 

 ちなみに、被ダメージはそれほど大きくない。

 今の俺の自キャラのHPが90万そこそこで、1~3発程度は耐えられる。

 その上でダメージカットの障壁を張ってたりするので、そこそこ殴り合いでも耐えられる。

 

 え? ダメージ差が卑怯?

 4桁(ビリオン)ダメの攻撃を10発以上食らわせてもまだまだ元気一杯のボスとかいる世界に立ってから、その台詞をもう一度お願いします。

 

 などと、夢の中で現実逃避と言う離れ業を披露してしまったが、いかん、思考を現実……じゃない、夢では有るのか、とりあえず目の前に戻そう。

 先程までの風のそよぎが戻ってきても、抉られ、焼かれた大地はおいそれと元に戻ることはない。

 俺は自分のキャラクターの装備(ビルド)状況を思い出し、そっと――当たり前のように装備画面を開く。

 

 それは両手に持つそれぞれの武器の効果。

 特定スキルのダメージを上昇させるほか、他の特定のスキルたちをも同時に発動させる、チートですか? 以外の感想が浮かび(にく)い素敵装備だ。

 なにがチート臭いかと言えば、追加で発動するスキルはプライマリ・リソース……理解(わか)りやすく言うとMPの消費がない。

 なのに威力は普通に使うのと変わらないのだ。

 スキル同時使用でMP消費がスキル1個分とか、別ゲー者に言ったらチート扱いされること請け合いである。

 その同時発動の条件だが、実に簡単である。

 先程の例で言えば、トリガーとなった魔法が「魔力光弾(まりょくこうだん)」、光る(やじり)のような攻撃スキルだ。

 それがただ一発で恐らく20M、2千万前後(ぜんご)のダメージ。

 意外と低いのは、どちらの装備のスキルとも、発動までに1秒以上スキルを使用し続けなければならない関係上、放ってすぐのダメージはどうしても大したことがないのだ。

 え? 2千万で低いのかって?

 さっきも説明したが、ダメージの桁がおかしいから感覚が狂うのだ。この辺は、ぜひともあのゲームをプレイして体感して欲しい。

 そしてハクスラにハマると良いと思うよ?

 

 冷静に考えると、2千万以上のダメージを叩き出しといて低威力(カスダメ)呼ばわりとか、ホントに感覚が狂いすぎである。

 

 そして、その魔力光弾(まりょくこうだん)の後に降り注いだ7発の火球。

 今は何処から降ってきたか見てなど居なかったが、アレは「隕石(ミーティア)」。魔力光弾(まりょくこうだん)の発動をトリガーに、自動で発動した魔法だが、ちゃんと単体でも使用出来る。

 その「隕石(ミーティア)」に、流星雨(りゅうせいう)という、1度の発動で複数降り注ぐ属性を付与してある隕石(ミーティア)……と言うか火球である。

 

 本気で隕石だったら、もっとシャレにならないことになると思うので、俺はあれを火球呼ばわりだ。

 そもそもあんな至近距離に隕石落下とか、普通に死ぬ。

 そんなダイナミックな自殺なぞ、望む所ではない。

 とは言え俺の切り札でも有るので、威力は折り紙付きだ。

 複数個に分散されているので威力もお約束に従ってそれぞれは低い。

 しかし、もう説明も面倒になるようなアレコレの特殊能力の重なりによって、低いとは言え1発あたり1500B~2500Bのダメージになる。

 魔力光弾(まりょくこうだん)(ほう)は、どう頑張っても俺のビルドでは最大100B前後(ぜんご)のダメージ止まりなので、ソレと比べると狂気のダメージ値だ。

 そう考えただけで、トップランカー達の事を考えたく無くなる。

 兎も角、最大でそこまでの威力を叩き出す火球群は、幸いにも今はスキルダメージが乗り切らない状態だった。

 

 それでも1発あたり150B前後(ぜんご)の威力か。

 

 ゲームと違って、隕石(ミーティア)は俺よりだいぶ前方に向かって広がるように落ちたようだ。

 俺の知ってるダメージ値が大地に与える影響というのは、正直ピンと来ていないが、それでも目の前に1個あたり直径20メートル程度のクレーターとして広がって頂くと、大変解りやすい。

 一応、曲がりなりにもクレーター状態になって居るので、やはり威力は侮れない。

 これで最大威力状態だったらどうなるのか、考えただけでヒュンとしてしまう。

 今の俺には、ヒュンとするモノは無い筈なのだが。

 そんな、割とすぐ目の前の惨状に、素直な別の疑問も湧いて出る。

 

 俺はなぜ無傷なんだろう?

 俺の知っているゲームのそれより遠目に落ちたとは言え、この距離なら充分至近弾と言えるだろう。

 衝撃だってそれなりに有る筈なのに、俺は吹き飛ばされもしていない。

 

 ……って、そっか、これは夢だったな。

 何度目かの自己確認に、途方にくれて空を見上げた俺は、どうせ夢なんだから飛べないかと思案してみたりもしたが。

 飛べる事もなければ、いつものゲームの様に、破壊された(ふう)なエフェクトの地面が時間経過で修復される、なんて事もなかった。

 

 

 

 飛べない以上、歩くしか無い。

 夢だと言うのにユーザーに優しくない。

 ゲームだったらマップで行き先指定で一瞬だと言うのに、ゲームの仕様に負ける夢とは一体何だというのか。

 なんとなく大地を荒らした現場に居たくなかったので、ついでに街でも探そうと歩き出したのだが。

 

 理解(わか)ってる。おいちゃん――でもまだ27歳――これが夢だって理解(わか)ってる。

 どうせあれでしょ? この道沿いに歩いたこの先、草原の只中(ただなか)に、突然秋葉原とかの、見知った街が出てくるんでしょ?

 夢なんて、前後(ぜんご)の繋がりがメチャメチャだからね。タダの記憶の連なりだし。

 

 この景色に見覚えがない、って事実はスルーで。

 

 さて、夢の中で出るのは秋葉原かな? それとも、うちの近辺だったりして?

 無責任にワクワクしながら、しかし黙々と歩く。

 

 そりゃそうだよ、独り言ブツブツ垂れ流しながら練り歩くとか、どう考えてもアレだろう。

 

 そんな事を考えながら、街道を()く。

 前後(ぜんご)に人影は無し。

 街に近づいているのか遠退いているのかもサッパリである。

 これ、街に行けないとか言う(たぐい)の夢の可能性も有るな。

 いや、いやいや。幾ら夢でもそれは性格が悪すぎる。

 信じて進むだけだ。

 うん、カッコいい。

 単に、引くに引けない距離を歩いちゃってるだけ、とか言ってはいけない。

 

 それにしても、こう、行く宛の無い旅路と言うか、先の見えない道ってのは不安が募る。

 俺の夢のクセに、随分と手の込んだ嫌がらせじゃないか。

 ……どうにかしてこの嫌がらせじみた不安行軍から開放されないものだろうか。

 そんな事を思いながら空を見上げた俺は、唐突に思い付いた。

 きっと、現実であれば、思い付いても実行などしなかっただろう。

 それはバカバカしいから、だけではなく。

 

 可能だった場合、冗談抜きで命に関わると、子供でも理解(わか)る事だからだ。

 

 しかし、今は夢の中だ。

 寧ろ、これを切っ掛けに飛行能力なんてものに目覚めるかも知れない。

 良いじゃないか、夢は自由であるべきだ。

 謎の強気で自分を鼓舞すると、俺は……少し考えて周りを見渡し、街道から少し離れた所で、地面に向けて両手を、いつもと違って地面に向けて構る。

 右手の剣は切っ先を向けるのではなく、剣の腹を見せるように自分と相手――この場合は地面――とを結ぶ線に対して直角に交差するように、左手の魔宝珠は右手に添えるように、しかし触れないように絶妙な位置で。

 いつもはゲームで、ボタンひとつで繰り出す得意攻撃である。

 ソレも「魔力光弾(まりょくこうだん)」と同じ様に、「隕石(ミーティア)」発動のキーになるスキル……魔法だ。

 だから、今度は予め「隕石(ミーティア)」を使用しないようにスキル準備状態を解除してしまう。

 戦闘とかになるようなら、戻せば良いのだ。

 気を取り直して、俺はソレを発動させる。

 どうやって発動させるかを考えるより先に、頭の中でコントローラーを操作する如く。

 呪文の詠唱どころか魔法名を言うこともなく、ソレは発動した。

 

 収束魔力束。

 それはウィザードの代表魔法とも言えるもの。

 武器と俺自身の基礎ステータスだけでもそこそこの威力――実は魔力光弾(まりょくこうだん)よりちょっと強い程度――を引き出せるため組み合わせがしやすく、俺の装備構成(ビルド)でも運用が容易な為、当然のように愛用している。

 名前に「束」が2つも入って、完全に日本語ローカライズ班がやらかした感が漂うが、別に修正される事も無い。

 読みに非常に困るのだが、俺は開き直って「しゅうそくまりょく()()」と呼称している。

 ローカライズ班は、音読しなかったんだろうか。

 

 読みとか名付けの微妙さは兎も角、それ単体でかなりの火力を見込める、主砲と言って差し支えの無い火力。

 迸る火線を、俺は迷わず大地に叩きつけた。

 ゲーム内で出来る挙動ではないし、遊んでいて反動が有るような様子など見受けられなかったが、きっとアレだ。

 

 凄い魔法技術で制御してるんだろう、きっと。

 

 それにこれは夢だ。

 何でも有りの夢だったら、「極太ビーム魔法を推力に飛行」とか、余裕だろう。

 言うほど極太じゃないが、代わりに火属性の「魔力拡張」スキルで、同時に2本発射のイカツイ仕様に変更済みだ。

 ちなみに、普段は「混沌の産声」というスキルを付与してある。

 説明は、夢から覚めて覚えていたら、しようかな。

 どうでも良い事を考えてる間に、発動から1秒経過。

 急速に威力を上昇させた「収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)」は大地に激しく突き刺さり、特に抵抗なく俺を遥かな高空――多分俺が思ってるほど高くないんだろう、きっと――まで運んだ。

 

 正直、夢だと言うのに滅茶苦茶怖い。

 高度感がリアルで、浮遊感がリアルで。

 割と遠目になにか城壁のような物が見えた気がしたが、そんな物の確認などする余裕もなく、恐怖心から「収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)」を解除した俺は、引力に引かれて地面へと急速帰還を開始する。

 

 やばい、やばいっ!

 

 慌てて「収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)」を地面に向けて放つが、どうやら行動が遅かったらしい。

 落下に拮抗する程の出力を発揮する前に、俺は比較的やんわりと、腕を突き出した姿勢のままで大地に手荒く受け止められたのだった。

 

 

 

 激痛にのたうち回ることしばし、これは絶対に腕が折れてる、というか折れてるで済んでる気がしない、そう思いながら何とか身体(からだ)を起こしてみれば。

 痛みこそ残るものの、俺の両腕は健在であった。

 あの高さから、いくらか減速したとは言え腕からモロに落ちたと言うのに、これは……。

 

 そう真面目に考えかけた所で、はたと気が付く。

 そう、これは夢なのだ。

 途端に、身体(からだ)から力が抜ける。

 夢なんだから、どうせならさっき見えた建物? 壁? に向かって飛んでみても良かったな。

 そう思う俺だが、じゃあやって見よう、とは思わなかった。

 

 だって怖かったんだもん。

 

 幾ら夢だって言っても、怖いもんは怖いんだよ!

 そんな事しなくても、もう歩いて行けそうな距離には見えたし、きっと大丈夫。

 さっきの高さとその臨場感を思い出し、足が震えるのに任せ、少しの時間だけ、その場で立ち()く……のんびりと過ごすのであった。




ハクスラ楽しいよね!
具体的に言うと、辞め時がわからないくらいに!

主に魔法の名前とか、まだまだ手直しします。


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1 思い返せば、ハクスラ世界って殺伐とし過ぎだよな

タイトル詐欺の件について

ハクスラ世界よりお届けするお話、と見えなくもないタイトルですが。



ハクスラ世界から普通(?)の異世界に来ちゃったヒトのお話です。


 簡単な依頼(クエスト)の筈だった。

 そう、街の外で、ポーションの材料となる、ありふれた野草をかき集めて納品する。

 それだけの、ありふれた依頼(クエスト)

 駆け出し冒険者の自分達には、手頃で安全、簡単に実績を積める、そういうモノだと。

 

 だから、いくら4人居るとは言え、油断していた。

 

 街のすぐ近くに魔獣が現れるなんて、考えもしていなかったのだ。

 

 

 

 

 

 遠い。ダルい。

 何なんだよ徒歩移動!

 異世界って(てい)の夢なんだろこれ⁉

 空飛ばせるか、最低でも自転車、道が悪いからMTBかシクロクロスくらい()させろ!

 シクロとか、乗ったこと無いし超興味有る!

 

 のっけから愚痴だかなんだか、そんなスタートで恐縮です、俺です。

 

 いやもう、思ったより近いかもとか思った1時間前の俺を殴りたいね。

 ちょっと高いところまで行っただけで、情けないくらいに足ガクガクになったクセに、ねぇ。

 

 いやそれ俺の事だよ。

 自分で考えても凹むわ。

 

 脳内で気分転換に、スキル……魔法関係の構成を弄りながらダラダラと歩く。

 こうして眺めると、今まで殆ど使ってなかった魔法ってのも、意外と有るもんだと気付かされる。

 勿論、全く使っていないものは無い筈だ。

 軽く使用して、使用感の確認程度はしているのだが、自分の使用用途に合わないものはどうしても使用頻度が減る、或いは使わなくなる。

 使わないから印象に残らず、記憶から薄れていき、こうしてたまに思い出してなんだか新鮮な気分になり、そしてまた使わないから……。

 

 なんだか急に、今見ているこの魔法が(いと)おしく思えたが、多分現状では使わないだろう。

 南無。

 

 それはそれとして、歩きがダルい。

 気分転換しようが、ダメだ。

 夢なんだから、ここは脈絡のない場面転換で街の中にいるとか、やりようは幾らでも有るだろうに。

 融通の効かない夢である。

 もっと柔軟にいかんと、夢なんだからさぁ。

 

 脳内で理不尽に不満を並べる俺だが、その夢を統合してるのは他ならぬ俺なのだという事は無視だ。

 

 柔軟、柔軟ねぇ。

 ぽっかりと空に浮かぶ雲を眺めていて、俺は急に思い付いた。

 収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)、あれ、手からじゃなきゃ発動出来ないのは絶対なのか?

 

 いや、それ以前に。

 試したいことが出来た。

 

 俺は徐に、両手に武器を持たずに魔法を使ってみる。

 まずは、何も考えず、普通に「素手」で使うイメージ。

 一応、さっき確認した街とは反対方向に向かって(おもむろ)収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)

 1秒以上発動させたが、特に威力が上がったような手応えはない。

 というか、反動が軽い。

 さっきの空に浮かび上がった時のような身体(からだ)を押し上げる程の圧力を感じない。

 一度解除し、今度は武器をイメージする。

 本来両手に装備するそれぞれの武器、クライングオーガと宝飾の宝珠を脳内で明確にイメージしながら、同じ様に同じ魔法を放つ。

 

 結果は、明らかに違った。

 まるでさっき、武器を持って使用したのと同じ様に、油断すれば身体(からだ)ごと後ろに飛ばされそうな圧力。

 体幹に力を入れて耐えるが、実際にはカウンター・マスの様なものを射出しているのかも知れない。

 そうでなければ、簡単に耐えられる気がしない。

 さっきのセルフ打ち上げは、そのカウンター・マスを目的に応じて解除した結果なのだろう。

 この魔法が、ゲーム内で使用するには完全に足を止め、せいぜいが旋回できる程度になる理由が理解(わか)った気がする。

 

 そして、少なくともこの夢の中だったら、そのカウンター・マスを解除出来る事も理解(わか)った。

 次は、手ではなく、任意の場所……じゃないな、部位? から発動できるかの実験だ。

 具体的に言えば、背面。

 背中で発動して、それを動力に前方に移動出来るかどうか?

 夢の中だから、せめてそれくらいは自由に出来てくれなければ困……りはしないが、面白くはないだろう。

 発動位置を背中、何となく両肩甲骨辺りに設定。

 浮き上がってしまっては困るから、発射方向はやや上方(じょうほう)

 取り敢えずの実験感覚で、まずはこれくらいから。

 

 この時の俺は世界が驚く程度には軽率だっただろう。

 

 普通は、低出力からテストするだろう。

 だが、俺は何を考えることもなく。

 迷いなく、いつも通りのイメージ、かつ、カウンター・マス無効を追加でイメージに加え、収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)を発動させた。

 

 1秒後、俺は僅かな射出で空中に打ち上げられるその威力に背中を押され、激しく転倒した挙げ句、その衝撃で魔法が解除されたにも関わらず結構な距離を転がされ、(かぶ)っていたヘルメット(仮面)に感謝しつつ、自分の軽率さに歯ぎしりする。

 だが、そんな程度ではへこたれない。

 俺は、楽するための努力を惜しみはしないのだ。

 

 身体(からだ)についた土を払い、黙々と準備を整え、そして俺は今サポート付きで「走る」ことに成功している。

 イメージで発射位置も威力も制御出来ると判明したので、今度は武器無しで発動させた。

 今度は予め負荷を予想できていたので、走り出しに成功。

 というか、走りながら発動させた。

 威力上昇効果が発動しないので急に押し出されることも無く、威力が低いと言ってもそれは飽くまで俺基準……というか、ゲーム内基準であって。

 走行のサポートとしては十二分(じゅうにぶん)の性能である。

 というか、これでも走り出すと、ともすれば足が着いてこないまである。

 というか、多少楽になった程度で疲労はするので、走らない方向でどうにかならないか、と考えれば。

 

 俺は思いつきのまま、魔法を発動させた状態で、まるで両足を突っ張るように固定させる。

 あくまでも、動きそのものを、だ。

 地面に停止するためではないし、この状態でそんな事したらさっきと同じ様にスッ転ぶだけだ。

 同時に、靴底に魔法の板すらイメージして、滑りやすいようにと祈る。

 確かこの見た目装備、ヒールの高いブーツだからだ。

 そのままだと、結局踵が地面に引っかかってスッ転ぶ。

 正直、思いつきにしても咄嗟過ぎて、自分でもなんで実行出来たのか理解(わか)らない。

 思うに、なんにも考えていないからだろう。

 イメージとしては、地面の上を滑るように。

 引き続き爪先を上げ、足下の魔力版が途切れないように注意しつつ、地面に対しての抵抗を極力減らす。

 ところでこの魔力版、なんの魔法の応用なんだろうか?

 兎も角、さっきのも、その前の落下も、怪我らしい怪我をしていないがすっげえ痛かったから、慎重に。

 石かなにかに躓いたら確実に吹っ飛ぶので、足元の注意は数メートル先まで怠れない。

 

 なにこれ、すっごい早いけどすっげえ疲れる! 爽快感皆無!

 

 そうは思うものの、走るのもダルいし歩くのも飽きたので、俺は街道を滑走するに任せるのだった。

 

 

 

 人間、慣れるもんだ。

 ひょんな――滑走中に地面の傾斜の関係で跳ねた――事から、俺は低空を「飛んで」居た。

 慌てて姿勢制御を失い掛けた時に、咄嗟に魔法の射出方向を調整し、空中での姿勢制御に成功した……らしい。

 全くの無自覚、無意識である。

 らしいというのは、自分で制御しようとして見事に失敗、一瞬で上昇を開始したのにビビった俺は慌てて方向調整、地面に斜めから押さえつけられ、その状態で暫く街道を滑った。

 

 摩り下ろされるかと思った。

 

 正直怖すぎて、もう二度と挑戦するかと思いはしたものの、結局飛んだのは、やはり事故だった。

 反省とはどうやら、縁が薄いらしい。

 

 その2度めの事故で、無意識に任せた(ほう)が良いらしいと把握した俺は、何となく向かう方向を意識するだけにしたのだ。

 こういうのを、力に振り回されていると言う。

 

 もう色々と諦めたし、目が醒めたらもう見ることもない夢だろう。

 切り替えて、状況を楽しむ事にする。

 

 俺の耳に、微かな、しかし切迫した悲鳴が飛び込んだのは、呑気に構えた俺が、もうじきさっき見えた城壁辺りだな、などと考えていた時だった。

 

 

 

 見たこともない様な体躯の、赤い体毛の狼の様な魔獣が3頭。

 気がついた時には囲まれて、彼らは逃げ場を失っていた。

 街の外で狼を見た事は有るし、数匹程度なら追い払うくらいは出来る自信が有った。

 だが、魔素(まそ)を取り込んだ、或いは取り込まれた獣――魔獣に出会うのは初めてだった。

 初めてなのに、理解(わか)る。

 理解させられる程に、その獣は異質だった。

 確かに、そのシルエットは狼。

 だが、まずサイズが違う。

 見上げるほどの体格は威容と言うに相応しく、3頭に睥睨されただけで萎縮してしまい、身体(からだ)の自由を奪われたように感じる。

 1頭は右前足で仲間の1人を押さえつけている。

 ダメだ、あれは助けられない。

 恐怖に震えながら藻掻く仲間を見ても、彼らは救助に動けない。

 押さえている魔物が動かずとも、フリーな魔物がまだ2頭もいる。

 戦える相手ではない。

 駆け出しの、普段は薬草採取がメインの冒険者が出会って良い相手では無い。

 押さえつけられている仲間――少女はもう、恐怖に喉が貼り付き声も出ない。

 弱々しく暴れるが脱出どころか身を(よじ)る事も出来ず、見下ろす狼は悪意を感じる目を獲物に向けているだけだ。

 

 殺される。

 

 全員の脳裏に浮かぶのは、恐怖を伴う諦念。

 冒険者に憧れ、育ての親の反対を押し切り、冒険者ギルドで登録し、雑用の様な仕事を続けて半年。

 正直、腐っても居た。

 いつかは魔物と戦い、打倒して有名になりたい。

 そう思っていた。

 

 だけどそれは今じゃない。今じゃないんだ。

 

 魔獣が、少し押さえつける力を強めたらしい。

 押さえつけられていた仲間の口からくぐもった悲鳴と鮮血が溢れ出し、少年の意識を現実に引き戻す。

「やめ……ッ!」

 激昂し、走り出そうとしたその足だが、1歩踏み出しただけで萎縮して動きを止めてしまう。

 彼の前には、一瞬で間合いを詰めたもう1頭が見下ろしていたのだ。

 

 殺される。

 みんな殺される。

 

 街に戻れば、他の冒険者も大勢居る。

 高ランクの冒険者も居るだろう。

 だが、助けを呼びに行けない。

 街に向かって走った所で、たちまち追いつかれ、殺されるだけだろう。

 

 悔しい。怖い。助けたい。死にたくない。嫌だ。

 

 ぐるぐると絶望が頭の中を回るが、起死回生の妙手など浮かび来る事もない。

 腰砕けになることすら忘れ、目の前に立ちふさがる絶望から目を逸らす事も出来ずに立ち尽くす少年の耳は、その時、確かに捉えた。

 

「俺より若い奴を……! 殺してんじゃ無ェよ!!」

 

 見知らぬ、少女と思しき咆哮と。

 仲間を押さえつけていた()()()()()()()()()()()()()()を。

 

 

 

 随分遠くの音が聞こえたもんだ。

 漸く視えたシルエットに、俺は素直に感嘆しつつ、進行方向をそちらに定める。

 恐らく、たまたま風に乗って聞こえたのだろう。

 どうせ夢なのだし、派手にやってやろう。

 そう思った俺は何気なく目を凝らし……判別できる距離とも思えないのに、そこにいるのが3体の獣だと理解した。

 でかい犬……狼って奴なのかな。

 少なくとも、愛玩犬が巨大化したようには見えない。

 随分と精悍な面持ちである。

 距離を詰めるに従って、人が3人、絡まれているのが理解(わか)った。

 サイズ差がエグい。

 なんだよ、いくらあの人間が子供みたいだとは言え、それが見上げて尚余りある巨体って。

 普通の大人でも見上げるサイズだぞ、あれ。

 高さでそう感じるんだ、全長で言ったらもう、あんなん間近で見たらおっかねえよな。

 何処か呑気に考えていた俺だったが。

 それに気付いた時には冷静で居ることを辞めていた。

 

 子供は、もうひとり居た。

 魔物の足に踏まれて。

 まだ動いていたその子供は、急に血を吹き出し、動きを止めた。

 

 子供が死ぬ? 死んだ? まだ間に合うか? 離れすぎているか?

 

 脳内に取り留めない言葉が散らばる。

 視界が赤く染まった気がした。

「俺より若い奴を……!」

 考えは纏まっていないのに、目は狼を見据え、身体(からだ)はまっすぐに向かい、口は言葉を吐き散らす。

「殺してんじゃ無ェよ!!」

 落ち着け!

 自分を叱咤する。

 まだ、死んだとは限らない。

 一応、ゲーム仕様のポーションなら有る。

 他人に使えるか不明だが、試す価値はある。

 ウダウダ考えてる間に、距離は充分に詰まった。

 子供を押さえつけている狼がコチラに気付いたが、もう遅い。

 俺は収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)を発動させたまま獣の胴に横から飛び込み、その胴体に向かって魔踊舞刀(まようぶとう)――振り払う剣とともに放たれる幾筋もの剣閃――を叩きつける。

 属性により感電効果を持つ雷の刃が数十、狼の無駄にでかい胴体を易々(やすやす)と斬り飛ばし、予定と違う結果に俺はブレーキ(物理)を失い数メートル過ぎ去った所で慌てて推進魔法――ホントは違うけど――の噴出方向を強引に変え、無理やり停止させる。

 反動で身体(からだ)のあちこちから嫌な音がする。

 正直身体(からだ)中が(いて)え。

 残りの狼どもは既にこちらに注意を移し、1頭は飛びかかって来ていた。

 あらら、随分と果断な事で。

 もう一度魔踊舞刀(まようぶとう)を、苛立ち紛れに右、左と往復で放った俺は、狼が細切れになった事を確認すると子ども達の(ほう)に駆け寄る。

 残った1頭が俺の行動にどうするか悩んでいる一瞬に、さっきの剣閃と同時に放っていた魔力光弾(まりょくこうだん)の楔が頭部に炸裂し、吹き飛ばしていた。

 

 弱い。

 

 なんだあの脆さ。

 クライングオーガも宝飾の宝珠も構えてないどころか、イメージすらしていない。

 だと言うのに、舞刀(ぶとう)で細切れになるわ、光弾一発で頭吹っ飛ぶわ、ちょっと弱すぎませんかね?

 頭に血が昇ったとはいえ、勇ましく吠えちゃった俺が恥ずかしいじゃんよ?

 

 あっ。

 ンな事言ってる場合じゃねえや!

 

「おい! そいつは大丈夫か!?」

 俺は何処からともなくポーションを取り出すと、倒れている子供へと駆け出した。

 

 

 

 魔獣の1頭の胴体がぶつ切れの肉塊に変わった時には、何が起きたのか判らなかった。

 ただ夢中で、押さえつけられている仲間を助けたくて、強張る身体(からだ)を強引に動かし、ぎこちなく駆け出していた。

 他の魔獣の事など、頭に浮かぶ事もなく、ただ仲間の事だけを。

「おい! おい! しっかりしろよォ!」

 駆け寄ったが、仲間は小さく呻くものの、呼びかけに応える事はない。

「おい! そいつは大丈夫か!?」

 鋭い女の声にハッとして顔を向けて、初めて魔獣が討ち果たされている事に気がついた。

 バラバラに切り刻まれた魔獣の破片と、頭部を失った魔獣の胴体の間を、その人は走ってきた。

 凛とした声のその人は、くすんだライトグリーンの、見慣れない服を纏い。

 左腕にだけガントレットを付けているが、それより目立つのはその顔、いや頭。

 口元だけが見える仮面のような物を付けているが、目が覗くような隙間も何もない。

 のっぺりとしたそれはまるで前が見えるようには見えないが、こちらへと真っ直ぐに走ってくる。

「あ、ああ、へ、返事が無くて……」

 質問に対して遅れて返事を返すも、声は上擦り震えている。

 このままでは、仲間が死んでしまう。

 街まで運ぼうにも、間に合いそうにない。

 助けてくれた人に答えようとして状況を考えた途端、涙が溢れる。

 

 どうして。なんで。

 いつもと(おな)じ仕事。

 危険なんか無かった筈だ。

 なのにどうして。

 

 後悔しようにも無理をした訳でも無く、いつもより遠出した訳でも無い。

 いつもと(おな)じ、愚痴を言いながら薬草を採取して、帰って報告するだけの、いつもと(おな)じ日だった筈なのに。

 

「落ち着け」

 静かなはずのその声は、少年の絶望を叩き割るように響いた。

 肩に置かれた手は思いの外力強く、自分の横を通り過ぎるその横顔――仮面ではあるが――は、不思議な安心感を与えてくれていた。

 

 

 

 返事が無いとか、ヤバいか?

 意識が無いなら、ポーションを飲ませるのも簡単では無い。

 内心がザワつくが、俺が慌てても仕方がない。

 涙と鼻水でえらい事になってるガキの肩に手をかけ、出来るだけ優しくその横を通り、倒れている少女の傍らにしゃがみ込むと、その顔を覗き込む。

 目は開いている。こちらを見ているのか、目が小さく動く。

 辛うじて意識は有るのか。

 酷い状態だが、しかし、これなら助かる。

 今なら、助けられる。

 俺は座り込み、なるべくゆっくりと少女の上体を起こすと、片手でポーションをその口元に運ぶ。

「飲め。ゆっくりで良い」

 優しく言葉を選んでも、伝わるか判らない。

 短く、分かりやすく伝えてやりながら、その口にポーションを流し込む。

 一気に流し込んで咳き込んでもまずいので、あくまでも少しづつ、ゆっくりと。

 一口でいい、まずは一口飲んでくれれば。

 祈るような気分の俺の視界で、少女の喉が小さく上下する。

 飲んだ……!

 少し間を置いて、また一度、そして続けてもう一度。

 確実に、ポーションを飲んでくれている。

 

 ゲームのポーションは、数種類有るものの、基本効果はほぼ同じだ。

 体力回復効果は、最大HPの60%。

 俺のポーションは副次効果として、操作障害を7秒無効化する効果がある。

 経験から言えば、操作障害を受けている時にはその効果を思い出すことはない。

 当然、有効活用したことはないが、それは今はどうでも良い。

 今気になることは2つ。

 

 まず、ポーションは効くのか?

 自分でも笑えるほど慌てている俺は、考えるより先にポーションを飲ませたが、本当に効くのか否か、今更不安になる。

 そして効いたとして。

 使用したポーションは、ちゃんと補充されるのか?

 

 効果の(ほう)は、すぐに判明した。

 ゆっくりとだが、少女の目に光が戻る。

「……聞こえるか? 聞こえるなら、自分で持って飲んでみてくれ」

 俺が少しゆっくりと声を掛けると、少女は直ぐに理解し、両手でポーションの瓶を持つとゆっくりと飲み始めた。

 うん、問題ないようだ。

 あと、今ので言葉が通じると判断して良いだろう。

 見守る先でポーションを飲み干した少女が、おずおずと瓶を差し出してくる。

 

 ……かわえぇ……。

 

 緊張の反動か、気が緩みに緩む。

 って言うか、その可愛らしさでその動作は反則でしょうがよ。

 夢だからって、抱きしめちゃうぞ。

 夢だし、良いよな? 俺も今は、見た目女な筈だし。

 

 筈だよな?

 

「あの、有難うございます」

 葛藤しながら瓶を受け取った俺に、少女は身体(からだ)を起こして小さくお辞儀すると、立ち上がって仲間の(ほう)へ。

 ……惜しいことしたとか、全然思ってないよ、ウン。

 

 泣いてねぇよ?

 

 ちらりとポーションの瓶に目を向ければ、瓶の中には徐々にポーションが貯まりつつ有る。

 使用制限は無い代わりに、再使用までに存在する30秒のクールタイム。

 その正体は、ポーションが瓶いっぱいにまで戻る時間だった、と言うことか。

 貯まってる最中に試しに蓋を外そうとしたが、固定されて外せなかった。

 貯まりきるまでは使用できないらしい。

 まあ、惜しいと思ったところで、どうせ夢なんだけど。

 立ち上がって砂を払い、振り向けば、仲間と抱き合って泣いている少女。

 まあ、間にあって良かった良かった。

「あまり無理はしないでくれよ? このポーションは身体(からだ)に優しいが、その代わり完全に回復するわけじゃない」

 何となく微笑ましく思いながら、声を掛ける。

「怪我は消えると思うが、体力の(ほう)は6割程度しか回復しない。死にはしない、程度のモンだ」

 そう言うと、泣いていた少女がこちらに振り返る。

 こうして見ると、12~3歳ってところか。

 

 保護欲を掻き立てるね!

 女性的魅力まではまだ数年かかりそうだけどな!

 

 割とロクでも無いこと考える俺に、少女は改めて頭を下げる。

「危ないところを、本当にありがとうございました」

 礼儀も弁えているとか、もうね。

 俺よりしっかりしてないか、この子。

「ありがとうございました!」

 周りの子供達も、一斉に頭を下げる。

 何だよ何だよ、おいちゃん照れるぞぅ?

「あー、気にしないでくれ。たまたま通りかかって、運良く間に合っただけだから」

 照れ隠しに指先で頬を掻こうとして、仮面で突き指しそうになる。

 うーん、慣れないねぇ。

「あの……」

 忌々しげに指先を眺める俺に(表情はわかるまいが)、先程俺が肩を叩いたガキ……少年が声を掛けてくる。

「ん? どうした?」

 此処ぞとばかりに、俺は照れ隠しに気のいいオッサン全開で応える。

 耳に入る自分の声の違和感が凄いが、どうせこの夢の間だけだ。

 というか、目を覚ましたらこんな夢を見ていた事を、覚えているかどうかも怪しい。

 病院に行こうと思ってた事だけは、しっかり覚えておかなくては。

「仲間を、助けてくれて本当にありがとう! あの……お姉さんは冒険者ですか?」

 少年の瞳が、心無し輝いて見える。

 冒険者?

 いや、冒険者とは何か、というのは、それなりに知っているつもりだよ?

 だがしかし、俺は何かと問われたら。

 物流業者? いや、それは現実の俺の仕事か。

 んじゃあ、この夢の中では?

 あのゲームでは、単にウィザードだった。

 自分の職業が何かとかいう問答する余裕があったら、敵を殺せ! っていう世界だからなあ、あれ。

 さて。どう答えた物か。

「ああ、冒険者……では無いな。俺はウィザードで、旅人だ」

 これ以外、答えようが無い。

 ウィザードなんて単語が通じるかは不明だが、まずは冒険者であることは否定しておく。

 つまらない嘘は、大体面倒事しか呼んでこない。

 素直が一番だ。

「旅人……! じゃあ、街へ行くの!?」

 少年の問に視線を巡らせれば、青空の下、少し遠くに城壁が見える。

「あそこが、街か?」

 期せずして、質問に対して質問で返してしまった。

「ああ! 俺達の街だ!」

 答える少年はそんな事を気にした様子もなく、輝かんばかりの笑顔で言う。

 後ろでは他の少年少女がやはり笑顔で、少年の言葉に頷いている。

 キミタチ、ちょっと人を信用し過ぎでは無いかね?

 こんな怪しい仮面(かぶ)った人、簡単に信用しちゃダメでしょうが。

 全く、眩しい子供達だ。

「そうか……。急ぐ旅じゃなし、立ち寄るのも悪くないか」

 急ぐ旅どころか、ハッキリ言えば行く宛など無い。

 というか夢だしな。

「じゃあ、一緒に行こう! お礼もしたいんだ!」

 元気を取り戻したらしい少年と仲間たちの笑顔を踏みにじるとか、これ無理だろ。

 せっかくだし、感謝されていい気分で目をさますのも悪くないかもな。

 俺は特に深く考えもせず、少年の提案に頷いていた。

 

 

 

 所で、こう、異世界っぽい所に居るとさ?

 よく有る、アイテムボックスとか、便利アイテムって付き物じゃない?

 

 そんな便利アイテム、そうそう無いだろ

 なぁんて考えてた俺だけど、冷静に考えてみた結果。

 

 あるわ。

 

 あのゲーム、そんな説明なんぞ当然(とうぜん)のように無いが、考えてみたら一度戦場(フィールド)に出ると、結構な数のアイテムを拾って帰れる。

 よくあるラノベみたいに、無闇に容量が多いわけじゃないが、無くはないのだ。

 というか、俺が思ってるよりは大きい可能性すら有る。

 

 なぜかって?

 

 君は、約50億枚の金貨ってのがどれくらいの量なのか、理解(わか)るかね?

 俺はワカンネ。

 何も考えずに出そうもんなら、どれくらい広がるのか分からないが、そこそこの量だろうというのは想像できなくもなくもない。

 そんな物まで持ち歩いてて、かつ、この状態で保管箱にもアクセス出来るため、合わせればかなりの容量が入る。

 流石は「横着者(おうちゃくもの)」のこの俺の夢、保管箱アクセスがどこでも可能ってのはポイント高い。

 

 それが何の自慢かって?

 

 (ちげ)ぇよ、自慢じゃなくてな。

 倒した狼……魔獣らしいが、この死体を持って帰りたいって子供達がな?

 ギルドに報告すれば、良い小遣いになるんだと。

 生活も色々大変なんだろう。

 袖触れ合うも他生の縁、っていうしな。

 ギルドとやらまで、運ぶのを手伝うことにしたのだ。

 

 胴体を斬り飛ばした(ほう)と正面からバラバラにしちゃった奴は、拾えるものは拾って、ばっちい部分が肉まで汚染してたり、そうでなくても細かすぎて、って部分は焼却。

 (ほう)っとくと他の魔獣が寄ってきたり、一般的な魔獣は腐ると内臓は瘴気を放ったり、とかで危ないらしい。

 そういう拾うに値しない部分は、通常火力の収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)で灰にしてやった。

 頭を吹き飛ばした(ほう)は、そのままアイテムボックスに放り込んだ。

 飛び散った脳漿やら頭部パーツ類も、念の為焼却。

 目ン玉は売れるかもってんで、回収してある。

 ……俺の装備類に、変な匂いとか着きやしないだろうな?

 今更心配になってきた。

 

 そんな感じでデカ(いぬ)の死体まるまる1体プラス細々としたパーツ類をアイテムバッグに収めたが、これでもまだ多少の余裕が有る。

 初めてアイテムボックスを見た(見えないだろうに)少年少女の尊敬の眼差しにこそばゆい思いを味わいながら、彼らの案内で街へと向かうのだった。

 

 街の入口、まんま砦門なそこで衛兵に魔獣の出現を報告する少年冒険者。

 訝しむ衛兵たちの前に、少年に請われて俺は魔獣の死体を出し、検分してもらう。

 結果、確かに魔獣だと言うことで、防壁の外の警戒を強くする事を決定してくれた。

 

 一方で、俺たちはそのまま冒険者ギルドとやらにも報告しに行く事に。

 そうする事で、各冒険者達に注意喚起と、優先討伐依頼とやらが出されるらしい。

 その辺の事は1個も判らないので、少年少女にお任せである。

 俺はと言えば、初めて訪れる異国情緒と、冒険者ギルトとやらの活気に当てられ、お上りさんよろしくあちこちを見回している。

「あの、お姉さんは、冒険者にはならないんですか?」

 ポーションを飲ませてあげた子がすっかり元気になった様子で、目をキラキラさせながら問いかけてくる。

 冒険者ねぇ……。

 出来ればおいちゃん、危険な事はしたくないけどねぇ。

 

 あんなバイオレンスなゲームのプレイヤーが今更何を、だって?

 

 あのな。

 ゲームはゲームだし、あれは斜め見下ろし(クォータービュー)だから出来るようなもんだ。

 FPS視点でハクスラ世界とか……いや、意外と有りかも知れないが、俺は泣く自信がある。

 とか言いつつ、興味は無くもないのでちょっと想像してみる。

 ……やっぱ泣くわ。

 想像しただけで怖すぎだろうが。

 

 おっといかん、目の前の天使を無視し過ぎだ。

「冒険者か……」

 とは言え、どう答えたものか。

 というか、この少年少女は何を期待しているのか。

 ……うーん。

 一緒にパーティ組んでとか、そういう事なのかなあ。

 どうせこの夢だけの話だし、うーん。

 登録するだけして見せても、良いかもな。

「悪くはないな。登録は、此処で出来るのか?」

 少年少女の顔が一層輝く。

 そんなにか。

 というかおいちゃん、こんなに子供にモテた事、今まで一度も無いからどう接したもんか判らん。

 少年に手を引かれ、俺はさっき少年たちが魔獣について報告し、魔獣の死体の買取を申請したカウンターへと再び着いたのだった。

 

「はい、ご記入はそれで大丈夫です」

 書類の記入とか、こんなに手こずると思わなかった。

 文字が読めるのは助かるが、これ、アルファベットだよな?

 というか、もっと言えば……これ、英語だよね?

 英語なんか理解(わか)るか! と思ったが、まあ、一応読めない事もない。

 というか、言語は英語なのか?

 俺、英語出来ない人ですけど……。

 なんで意思の疎通ができて……あ、そっか、夢か。

 うん、確かに俺、英語に憧れてるけどさ。

 みんな使ってるの、日本語にしか聞こえない。

 こんなに都合よく英語を習得したと思い込みたいのか、俺は……。

 1人で恥ずかしく、情けなく思えて来て赤面してしまう。

 仮面っぽい頭部装備で、本当に良かった。

「それでは、登録料は銀貨3枚になります」

 1人で勝手に恥ずかしくなっていた俺の耳に、ご請求の声が滑り込む。

 銀貨3枚っすね。

 先程買い取ってもらった狼の代金(5人で山分け)の中から、3枚を渡して無事終了。

 狼を持って帰ってよかったぜ、危うく少年に金を借りなきゃいけなくなるところだった。

 

 この夢だけの来訪だろうし、改めて返しに、なんて来れなくなるからな。

 踏み倒しはイカン。

 

 はしゃぐ子供達の輪の中で1人頷いていた俺は、背後に立つ気配と子供達が静かになった事に気がついて振り返る。

「なんだぁ? またガキどもが寄り付いてんのか。それになんだ、この怪しい風体の女は」

 わかり易い程に人相の悪い巨漢が、俺達を見下ろしていた。

 

 

 

「おい、返事くらいしろよ。お前は何だと聞いてんだ、女」

 さっきまで騒がしかったギルド内が静まり返り、子供達は顔を青くしている。

 こいつはそれほどにヤバい奴なのか?

 しかし、俺は知ったこっちゃない。

 と言うか、ハッキリ言ってこいつの態度が気に食わない。

「返事して欲しかったらそれらしく(へりくだ)れ、このハゲ」

 気に食わないから全力でケンカを売る。

 別にハゲてないのは見れば判るが、大抵はハゲと言われると怒る。

 俺だって怒る。

「なんだと……?」

 おー、分かりやすく怒ったなハゲ。

 周囲は凍りついた様に動かない。

 俺はさり気なく進み出ると、子供達に被害が及ばない位置へと移動する。

 ホントにあの子供達に被害が及ばないか、自信は欠片も有りはしないが、こういうのは気分だ。

「なんだ、バカなのか? 耳が悪いのか? もう1回だけ教えてやる」

 俺は殊更にバカにしたように溜息を()いて、バカにしたように口を開く。

「人様に返事して欲しかったら、立場を弁えてそれらしく(へりくだ)って、言葉を選べと言ったんだ。理解できるか? ハゲゴリラ」

「テメェ……!」

 おーおー、分かりやすくキレてやがるな。

 バカが、お前の事なんざお見通しなんだよ。

 こういう場面で絡んでくる奴は、雑魚(ザコ)い三下って相場が決まってんだ。

 顔を真赤にしたゴリラを挑発する俺の右手の袖を、誰かが引っ張る。

 振り向けば、真っ青な顔の少年が震えて立っていた。

 

 あー。なんか、コイツになんかされたことが有るのか。

 余計に頭にくるな。

 

 そんな事を考える俺に、少年は震える声で呟いた。

「お姉さん、ヤバいって、そいつ、いやその人」

 まあまあ落ち着き給えよ。

 そう思う俺の耳に、少年は言葉の続きを放り込む。

 

「その人、Aランク冒険者で……ここいらじゃ有名なんだよ……」

 

 ……はい?

 Aランク?

 まって? ちょっと待って?

 

 こういう場面の新人イビリは、低ランクのクズって相場が決まってるんじゃないのかよ!

 俺の内心の叫びは誰にも届かないし、振り向いた先ではAランクゴリラが剣まで抜いて、やる気満々なのであった。




状況確認はしっかりしよう。
相手を見た目で判断するのは止めよう。
無闇に汚い言葉を使うのは控えよう。


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2 荒事はとても苦手なんです

冒険者ギルドって言ったら、絡まれるのが王道。


 冒険者ギルドで絡んでくるせいぜいが中堅止まりの三下冒険者。

 そう思い込んで煽り倒した相手がAランク冒険者でした。

 げんなり顔でこんにちわ、俺です。

 

 

 

 先程手早く冒険者登録した時に、ランクのシステムについては説明されている。

 俺はよくあるFランクスタートで、当然のようにAランクに向かって登っていくわけだ。

 そして、(くだん)のゴリラ冒険者さんはAランクとか。

 やってることが小物感満載なのに、これでAランクとか説得力が無さ過ぎて、逆に本当なのかも知れない。

 

 そのゴリラ冒険者さまには、ご丁寧に剣をこちらに突きつけて、ハッキリと殺意を提示して頂いている。

「覚悟は良いんだな、このクソ女……!」

「ハゲにクソ呼ばわりされる謂れは()ェんだよハゲ、判るか? ゴリラ()じゃねェと通じねェかハゲ?」

 最早殺意しか無いゴリラの、やはり三下感満載の台詞に、俺は丁寧な煽りで礼を尽くす。

 それにしても困ったものだ。

 低ランク雑魚(ザコ)冒険者だと思ったから真正面から喧嘩売ったんだが、Aランクかよ。

 憮然とする俺の様子にもプライドを刺激されたのか、ゴリラが動く。

 無言で突き出される剣先。

 だが俺はそれを躱しもせず、真正面から()()()()()

 

 俺が今なっている状態――ゲームのウィザードと言うクラスは、防御が弱い。

 所謂、紙って奴だ。

 そんな俺が前衛職の攻撃の前に晒されて、なんでのほほんとしていられるかと言えば、それはひとえに深層領域に挑戦を続けている経験に基づいている。

 過酷な深層領域、只管深層を目指すストイックな世界で何となく戦えるのは、その紙防御をある程度、様々なスキルで補っているからだ。

 

 例えば俺自身に備わっている、5秒間攻撃を受けなければ総HPの60%までのダメージを肩代わりしてくれる障壁とか。

 MPが総量の90%以上を確保していれば、受けるダメージを50%軽減してくれる胸鎧とか。

 ウィザードなんて魔法使(つか)ってなんぼ、MPなんて直ぐに90%を切る、そう思うだろう?

 普通はその通りだ。

 高威力の魔法がガンガンMPを使うのは、他のゲームと変わらない。

 MPが切れても戦う手段を確保するために、ノービススキルなんていう、MPを使用しない魔法もある位なのだ。

 

 しかし、その問題も攻撃毎にMP使用量をへらす装備と、HP・MPを回復する装備品で解決出来る。

 攻撃に使うMPを、回復量が上回るのだから、余程の大魔法を使うか、攻撃に関与しない魔法を使わない限りはMPが減る事はない。

 

 要は攻撃し続けてもMPを90%以上確保することが容易で、つまりは気をつけてさえ居れば、常に被ダメージを50%カット出来ると言う事だ。

 更に障壁の力が90%上昇する腕甲、当然のように重複して効果を発揮するこの装備と、指輪にはめ込んでいる宝石(ジェム)の効果で、さり気なくエンシェントレジェンダリー1つにつき4%被ダメージ減。最大13個装備なので、52%減である。

 障壁自体はHPの60%までのダメージにしか耐えられないとは言え5秒で回復するし、そもそも受けるダメージが先に言った通り、えーと? うん、すごく減少しているので、実質はかなり頑丈だ。

 急に説明が怪しくなったのは計算が苦手だから、許して欲しい。

 単純な足し算で行くと、50%(胸鎧)+60%(腕甲)+52%(宝石(ジェム)効果、合計162%とか、そんなの有り得ないだろう。

 完全防御を越えた62%分はどうなるんだ?

 回復するの? 反射するの?

 どっちも心当たりないし、そもそもダメージを受けないとかもう障壁が要らないんだけど、ゲーム内ではタコ殴りにされて障壁が割れてそのまま殺されるとかザラなので、つまり違うって事だ。

 多分正解は、50%減少したダメージから更に60%減少させて……って具合なんだと思う。

 多分だけどね?

 

 ()っすらと思い出しつつの適当な説明だが、俺ですらこの程度のダメージ対策は行っている。

 だからこそ、化け物だらけの深層領域を、ソロで100階層手前まで行けているのだ。

 

 世界は当然のように広いので、俺なんかより余程硬い奴なんか山程いるし、全然自慢にはならないのだが、少なくともこの状態でダメージを受けると言う事は、俺の防御スキルを全部ぶち抜いてくると言うこと。

 このゴリラにそれが出来たら、即謝ってトンズラである。

 そんな攻撃、障壁無しにまともに食らったら死ぬ。

 そういう意味で、テストとしては丁度良い。

 

 俺はこの世界でどの程度のレベルなのか?

 

 馬鹿げた理由で命懸けだが、どうせ夢だ。

 失敗したら汗びっしょりで目が醒める、それで済む。

 そんな軽い気持ちで、全く現実感なんて持ち合わせていないからこそ。

 俺は敢えて、正面から受け止めるのだ。

 回避スキルが無いから、という理由もあるけどね。

「危ないッ!」

 少年が叫ぶのと、俺の障壁がゴリラの剣を受け止めるのは同時だった。

 少年、気持ちはありがたいが、警告はもっと早くなければ意味がないと思うぞ?

 そんな事を思いながら、俺は微動だにせず。

 ダメージどころか、俺の障壁を突破できずに空中で止められた剣を見つめ、ぼんやりと考えていた。

 

 目で追える動きに、予感めいたものは感じていたのだが。

 ダメだ。やっぱり全く恐怖を感じない。

 それは夢だからか?

 正直、自分のスキルで空中に放り出されたり、地面に摩り下ろされそうになった時の方が、よっぽど怖かった。

 

 コイツ、Aランクって言ってたよな? あれ?

 ゴリラは攻撃が通用しなかった事で多少慎重になったようで、続けざまに攻撃してくるような事は無い。

 思ったよりも考えている様で、なるほど高ランク冒険者というのは伊達では無いらしい。

 だが、それじゃあ俺の障壁がどの程度のモノか、確認出来ない。

 もっとこう、キレまくりで躍起になって攻撃しまくって欲しい処なのだが。

 仕方ない、もうちょっとだけ煽るか。

 

「少年……」

 俺は少年の名を呼ぼうとして、名前を聞いていなかった事に思い至る。

 なので、()む無く「少年」呼びだが、この場面では仕方ないだろう。

「え……? あ、は、はい!」

 自分の剣が届かず訝しげだったゴリラも、俺が第三者に声を掛けた事に一層慎重になったようで、様子を伺うことにしたようだ。

 隙だらけだとか斬りかかってこない辺り、意外では有る。

 そんな感想は取り敢えず置いて、俺は湧いて出た疑問をなるべく簡潔に、少年に提示する。

 

「冒険者ランクAと言うのは……実はスタートランクの事か? B、Cと順番にランクが上がるとか、そういうシステムなのか?」

 

 一瞬、目の前のゴリラですら、きょとんとした顔で俺に目を向けた。

 何を言ってるんだ、と言う処だろう。

 一部で空気が凍った様にも見受けられるが、少年は比較的早く正気を取り戻し、答えをくれる。

「ち、違います! お姉さんさっき登録してFランクだったでしょ! Fから上がっていくんです! 説明されたじゃ無いですか!」

 だよね。

「なるほど? 実は最大ランクがSで、Fスタートだけど依頼(クエスト)失敗が続いたり素行が悪かったりするとランクが落ちて、Aが最低ランクなんて事は無いんだな?」

 そういう世界が有っても良いと思うが、俺の感想はそれこそどうでも良い。

「ちっ、違いますっ! Aランクは、この街では最高ランクです!」

 少年が慌てた様に答えてくれる。

 なるほど了解。

 というか、先にも言った通り受付カウンターのお姉さんに説明して貰っているので、実は理解出来ていたりしたのだが。

 今のやり取りで目的を達成しつつ有る事が解り、ほくそ笑む。

 

理解(わか)った上で)俺の発した質問が、ゴリラをそれなりに煽ったらしい。

 でも、ちょっと足りないかな? 

 プルプル震えているが、まだ我慢出来て居るらしい。

 思ったより辛抱強いね?

 それじゃ、もうひと押しくらい行こうか。

 

「なるほど、先程のカウンターでの説明の通りで間違いないのか。このバカゴリラを見るに、俄には信じられないが。」

 まずは、受付のお姉さんがちゃんと説明していたこと、仕事をしてた事を周囲に宣伝。

 俺のせいで「ロクに説明もしてないのか」とか怒られたら不憫過ぎる。

「ふむ、しかし……Aランクの実力者、か。知性とか品位とか、そういう所もそうだが……。俺の障壁1つ破れない、傷1つ付けられないとか。大した実力だな?」

 仮面で表情が読める部位は口元だけ、そこを俺は意地悪く歪めて、せせら笑って見せる。

「Aランクねぇ……。お前がAランクでも最弱レベルの雑魚(ザコ)なのか、それともAランクってのが大した事のない連中の集まりなのか判らんが、このままじゃただの弱いものイジメだな」

 口元を歪めたまま小憎らしく言い放つと、俺は殊更にゆっくりと、ヘルメットを外して見せた。

 

 ゲーム内での俺のキャラは東洋系の、キツ目の美人だった。

 これで仮面の下の素顔がリアルな俺の顔だったら笑いどころだが、まあ、どっかで鏡があったら確認しよう。

 目的は、顔を晒す事じゃないのだ。

 

「ハンデだよ。これで、俺の防御力は多少は落ちた。攻撃が届くかも知れないぞ? 非力なお前でもな」

 防御効果4%ダウン。

 こういうのを詐欺と言うが、一方で、こういう舐めた事する奴は大抵ロクな目に会わない。

 だが、態々防御力を落としてやったアピールはそれなりに効果が有ったらしい。

「……舐めやがってッ!」

 これでもまだダメなら、もうちょっと煽んなきゃと思ってたけど、この段階で乗っかってくれた。

 正直助かる。

 これ以上煽るとなると、どうして良いか正直思い付いてなかったのだ。

 そんな俺の安堵に気付くことなど無く、ゴリラは狂ったように剣を振り回し、叩きつけてくる。

 

 さて、どれくらいで俺の障壁が破られるか、確認させて貰おう。

 障壁が破られた瞬間に発動できるように、魔踊舞刃(まようぶとう)を準備しながら、俺はのんびりとゴリラ乱舞を眺めるのだった。

 

 

 

 10分程度殴られてみたが、一向に俺の障壁が割れる様子はない。

 なんだこれ。

「く、クソッ! 卑怯者(ひきょうもの)め……!」

 10分間の全力攻撃で、息も絶え絶えに毒づいてくる。

「ハッ。こちとらしがない非力なウィザードだ。この程度の芸当も出来なければ、旅など出来やしないだろう?」

 鼻につくように答えてみせるが、なんだか可愛そうになってきた。

 悪いのはAランクのくせに三下感溢れるムーヴで人様の癇に障って見せたこのゴリラなのだが、いい加減弱い者イジメしてる気分がいい感じに加速して、どうにもこうにも居心地が悪い。

「もう良いよ。飽きたし、お前の実力も理解(わか)ったし、可哀想だし。これ以上いちいち突っかかって来るような事が無ければ」

 だから俺は、停戦を要求する。

 いい加減面倒になったので、割と本心で。

 

「今回だけは見逃してやるよ」

 

 ……言い訳すると、飽きて来てて、すごくどうでも良い気分で。

 言葉の選別を放棄してしまい、思ったままを口にしてしまったのだ。

 あと、このゴリラの第一印象が悪すぎて、どうしても敬意を持つ気になれない、と言うのもある。

 

 疲れ切っているのに、完全に激昂したゴリラは大きく剣を振りかぶり。

 振り下ろすその右腕(みぎうで)に、俺はやれやれと溜息を()いて、冷気を纏わせた数多の剣閃――魔踊舞刃(まようぶとう)を重ねる。

 

 ただそれだけで、ゴリラの右腕(みぎうで)は細切れになった。

 普通であれば血飛沫の舞うちょっとした地獄だが、「氷刃(ひょうじん)」の効果で切断面を凍らせて出血を抑えている。

 なので、見た目の凄惨さも、多少は抑えられている筈だ。

 多分。

 また、今の俺の攻撃で、ある程度手加減出来ることが理解(わか)った。

 あの狼に放ったのと同じく普段どおりに放っていたら、右腕(みぎうで)を狙ったとしてもそれだけでは済んで居なかっただろう。

 一瞬で攻撃の(かなめ)を失い、床に蹲って失くした右腕(みぎうで)だった物を掻き集め、絶叫するゴリラ。

 汚い嗚咽が耳障りで、鬱陶しい、なんて考えるより早く、剣の(つか)でゴリラのコメカミ当たりを力いっぱいぶん殴る。

 白目を()いて気を失うゴリラが床に崩れ落ちる前に、完全に興味を失った俺は仮面を(かぶ)り直し、少年達の方へと向き直る。

「さあ、腹が減ったし、何か食いに行こうか」

 声を掛けられた少年少女の顔色が悪いのは、きっと暴れるゴリラが怖かったからだろう。

 まったく、困ったゴリラである。

 まあ、獲物(武器)を振り回す右腕を失くして、これから先は多少は大人しくなるんじゃないかな?

 まだ絡んで来る様なら今度は容赦の仕方を忘れるかもしれん。

 ……あ。これ夢だから、「今度」は無いのか。

 

 

 

 向かった先は、冒険者ギルド内に併設されているバー。

 バーと言うには料理が豊富なのは、冒険者達が気軽に食事と酒を楽しめるように、と言う事らしい。

 

 そんな雑多な空間でテーブルのひとつに陣取り、俺は串焼きの肉を頬張り、パンに(かじ)りつく。

 塩味の効いた、少し硬い肉だが悪くない。

 あと、パンも硬いが、きっとこんな物なんだろう。

 

 ちなみに、食事時(しょくじどき)は仮面を外している。

 なぜなら、口元が()いてるとは言え食いにくいのだ。

 なまじ視界を塞がない謎技術なので、ともすれば仮面を付けていることすら忘れてしまう。

 そうすると、仮面に串肉がべったり、とかありそうで、それを避ける為に外してあるのだ。

「あの……良いんですか?」

 少女の1人が、恐る恐る問うてくる。

 遠慮かな?

「あ、気にしないで食べて食べて。さっきの狼の報酬有るし、俺が奢るよ」

 次の串に手を伸ばしながら、俺は少女にも食事を促す。

 食わなきゃ大きくなんないぞぅ?

 セクハラ認定間違い無しの台詞なので、当然、言葉にしたりはしない。

「あの、そうじゃなくて」

 少女が慌てたように両手を振る。

 おぉん?

「あの、ノーラッドさんを……腕斬っちゃって……」

 ノーラッド? それ誰?

 と思ったが、腕を斬ったとなれば1人しか居ない。

 いくら夢の中とは言え、通行人を斬りまくるとか、そんなデスペラードな事をしでかすような度胸はない。

「見た目で人を判断して横柄に振る舞うようなバカに、かける情けは無いよ?」

 言いにくそうな少女に、俺は事も無げに言い放つ。

「アレは、あのゴリラの自業自得だから、えーっと……うん、君が気にする事は無いよ」

 名前を呼ぼうと思った所で、まだ4人の名前を聞いてないことを思い出した。

 なんか、もう今さら聞きにくい。

 まだ何か言いたげな少女に笑顔を向け、それから俺はわざと、ゆっくりと周囲を見回してみせる。

 

 みんな目を逸らすが、さっきからコソコソこっち見てたの、気付いてたんだよ。

 

「君達に何か手を出すようなら、今度はちゃんと殺すよ」

 事も無げに、だけど低めに声を落とし、ドスを聞かせるように言うと、少年少女よりも、周囲がざわつく。

 なんだよ、このちびっこ……って程じゃないが、子供達を使って俺に何かしようって思ってたのかな?

 この人数で?

 

 舐めてるのかな?

 

 思わず殺気が漏れてしまい、寧ろ少年少女が泣きそうになってしまった。

 慌てて宥め、追加で串焼きを頼むと、俺は少年少女に断りを入れて席を立つ。

 

 手近な人相の悪い男の襟首を掴むと、ソレを引きずってお外へ。

 やっぱり(わか)りやすく意思表示するのは、行動に移してみせるのが手っ取り早い。

 俺や子供達に手を出したらどうなるか、さっきからチラチラこちらを伺っていた目つきの悪いこの冒険者さんに、実例となって頂こう。

 視線に時折殺気っぽいモノが混じってたから、まあ、好奇心で見てたとかそんな感じじゃないだろう。

 

 偏見だけど。

 

 オハナシを終えて()()()()店内に戻れば、まるでお通夜のように静まり返った客達の視線に迎えられる。

 わざとらしく見回してやれば、やっぱり誰も目を合わせてくれない。

 同じ様にビクついている少年に「何が有ったか」聞かれたが、俺はニッコリ笑って一言。

「ちょっとオハナシしてきたんだよ。大丈夫、殺しちゃいないさ」

 それだけで、触れちゃいけないと思ってくれたらしい。

 調子に乗って頼みすぎた串焼きを、何故かビクついてる店員に頼んで持ち帰り出来るようにして貰い、少年たちに手渡す。

 遠慮する少年たちに、そのうち立派な冒険者になったら、酒を奢れと言って押し付ける。

 何度もお礼を言う少年少女に気を良くしながら、俺は彼らに案内されたオススメの宿に意気揚々とチェックインし、手渡された湯桶(ゆおけ)と手ぬぐいで簡単に身体(からだ)を清める。

 異世界(いせかい)モノ名物、風呂の無い宿ってやつだ。

 まあ、これも目を覚ますまでの付き合いだと、おおらかな気分で硬いベッドに横になった。

 酒が入ったからか眠気に意識を押し流されそうになりながら、わずか1日(いちにち)分の記憶を思い起こす。

 

 濃い夢だった。

 

 きっと、此処で眠れば、現実で目が醒めるのだろう。

 えっと、目を醒ましたらまず医者、か。

 色々とストレスが溜まってたらしい、こんな妙な夢に逃避するくらいだから間違いない。

 変にやせ我慢して入院沙汰とかになるなら、早めに医者に掛かっておくに限る。

 

 大体、夢だって言うのに妙に疲れた。

 硬い寝床は寝付きが悪そうだと思ったが、俺の意識は特に違和感なく遠退いて行くのだった。

 

 

 

 目を醒まし、備え付けのテーブルの上の仮面を眺め、窓に嵌った木戸を開け放ち、異国情緒溢れる通りを見やり、青空に視線を向ける。

 空に浮かぶ雲は数が少ないのに、鮮やかに白く印象に残る。

 頬を撫でる風に、ぼうっとしていた頭が本格的な覚醒を促される。

 

 ……うん、そんな気はしてた。

 ただ、認めたくなかっただけだ。

 

 妙に連続した長い夢だと思ったんだよコンチクショウ!

 これはアレか、所謂異世界転生とかいう奴か?

 いや、なんか違う感じもする。

 まず、俺が本来の俺の姿ではない。

 というか自分の顔が判らない。

 その事に思い当たった俺は、室内を見渡す。

 そして、壁に掛けられた小さな鏡を見つけ、歩み寄ると迷わず覗き込んだ。

 

 そして数秒、言葉と思考力を失う。

 

 ゲームの女ウィザードの容姿は、アジア系の、大人のお姉さんだ。

 いや、他の人は違う感想かもしれないが、俺はそう思っている。

 それも、切れ長の目の、キツ目の美人さん。

 なんか色々容赦の無さそうな見た目で、居た堪れなくなった俺は仮面を被せているのだ。

 

 幾らなんでも気が弱すぎだろう、俺。

 

 そんな美人さんが、今、鏡の中で。

 なんか、面影は有るが、幾分……いや、随分幼気な、良く言えば……優しげと言うか。

 将来は、あー言うキツ目の美人さんになりそうな、いいとこ15~6歳に見える、少女になっている。

 

 これはどういう事だろうか。

 昨日、まだ夢の中だと逃避していた俺は、自分の顔を見れなかった事から――仮面に反射して見えては居たが、曲面に映った顔は判断しづらいし――ゲームのウィザード、あの見た目のままだと思いこんでいた。

 ちなみにだが、あのゲームに凝ったキャラメイクなんて無い。

 職業ごとにデフォルトで用意されているパーツを幾つか組み合わせて創ったキャラクターを操り、モンスターとの(ころ)(ころ)されを愉しむゲームである。

 

 キャラクター? 重要なのは装備だよ装備!

 そんなノリなので、特にキャラメイクなぞ気にしたこともなかった。

 精々(せいぜい)が肌の色を病的じゃない程度の白い肌を選んで、顔の輪郭を細めにして、瞳の色を俺の好きな色、エメラルドグリーンにした程度だ。

 それはさて置いても、この状況は不可解過ぎる。

 

 まず、元の俺の姿でもなく、かと言ってゲームの見た目まんまでもない。

 だがしかし、現実の俺とゲームの使用キャラ、どっちの見た目に近いかと言われれば間違いなくゲームの方な訳で。

 あのウィザードの娘とか妹とか言われたほうが納得出来る感は有るが、まあ、そのくらいには面影が有るということだ。

 

 これはどういうことだろうか?

 無い知恵を絞って考えてみる。

 

 まず、1つめ。

 ゲームプレイヤーが複数転生してる関係で、見た目に大きな変化が必要になった為に起こった現象。

 つまり、転生? 転移? も含めて、世界側からの干渉でこうなった、と言う事。

 これは色々と無理が有り過ぎる。

 色んな無理をひとまず飲み込んで、その考えた通りの事が起こったのだと仮定してみよう。

 世界云々というより、もう神様とかそういうレベルの存在が意図的にやらないと、そんな事にはならないだろう。

 少なくとも、俺はそんな存在に会ったこと無いぞ。

 という訳で、この可能性は多分無いだろう、(てき)な位置で保留。

 保留にしてるのは、俺だって少しは夢を見たいからだ。

 

 で、もう1つの可能性。

 こっちのほうが有りそうで、かつ、俺にとって洒落になっていない可能性。

 何らかの事故か病気かで意識を失い、治療を受けている俺が見ている夢、という可能性だ。

 事故にも病気にも思い当たるフシは無いが、事故なんてそんなものだろうし、病気だって大抵は急に発覚するものだ。

 こちらの世界で目を醒ます直前の記憶は、部屋でゲームを始める直前だった。

 そこで意識を失うなにかがあったんだろう。

 

 夢を見始めたのがその直後とも限らないが、夢を見れているという事は、誰かに発見されて医療施設で治療を受けていると言うことだろう。

 ……誰にも発見されず、失われる命が見せてる最後の楽しい夢、とかだったら悲しすぎるから考えない事とする。

 

 どちらも根拠がない。

 なんでこの世界にいるのか、そもそもこれは夢なのか現実なのか、全く見当も付かない。

 少なくとも、ゲーム世界では無さそうだ、という事は判る。

 だが地球だとしても、此処は何処かが判らない。

 英語圏、ということだろうか。

 そうなると意外と広いが、しかし。

 文明の利器がないが、そういう文化レベルの地域なのだろうか。

 窓から見た、通りを歩く人達の服装は馴染みの薄い格好だが、簡単なボロ布などでは決して無い。

 鎧を纏った傭兵だか衛兵だかも見受けられるし、ソレより簡素な装備の者は、あれは冒険者だろうか。

 文明レベルは俺の知ってる世界ほど高くは無いが、だからって無闇矢鱈と低くも見えない。

 文字があり、服もきちんと身につけ、建物は石造りや木造、レンガ造りと様々だ。

 ……いやホントに文化レベルが判らないな。

 街灯らしきはあちこちにあるが、電柱や電線は見当たらない。

 地中敷設なのかと思ったりもしたが、それなら客を取る宿に電気を引き入れていない理由が理解(わか)らない。

 そういえば、この部屋の照明はなんだった? 寝る前に普通に消した記憶は有るけど、()()()()()()()()かの記憶はない。

 

 判らない。

 夢か。

 現実か。

 

 どちらにせよ、この状況は長く続く可能性もある。

 そう考えて行動したほうが良いらしい。

 溜息()いた俺は、この先の行動を決めるため、ひとまず昨日訪れた冒険者ギルドへと足を向けることにした。

 

 無駄に持っている金貨50億枚、コイツの使い途が無いかも確認したいので、さり気なくチラ付かせて見ようとか考えながら。




夢だと思ってた故の強気。
ちょっと揺らいだ世界観は、行動に影響するのか。


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3 目は醒めたけど醒めてない感じの新生活

ゲームがどうとか言う前に、自分の健康(主に脳的な)を疑う主人公。

その割には割と自制の無いまま歩む模様。


 意識不明で見ている夢なのか異世界に迷い込んだのか。

 判断が付かないのでこの際、青空の下、昼間っから屋台の串焼きと蜂蜜酒(ミード)を頂いております。

 ミードって初めて飲んだけど、なんか薄くね? 思った程甘くないんだけど?

 俺、騙されてるとか無いよね?

 

 

 

 宿を出てすぐ、真っ直ぐに屋台で酒を煽ってから、俺は冒険者ギルドに踏み込んだ。

 居合わせた数人の冒険者に青い顔で道を譲られつつカウンターへ向かう。

 

 何々どした?

 俺、今日はなんもしてないよ?

 

「あの、あまり問題を起こされては困ります」

 カウンターに着くなり恐る恐ると言った感じで苦言を頂く。

 だから俺は今日は、って()っといたらこの(くだり)何回やることになるんだ。

 何となく(いら)つく気分で、俺は礼儀を放り投げることに決める。

「駆け出しの冒険者や子供に凄んで見せるのが模範的な冒険者の姿って意味か? なら、俺も今後はそう振る舞うが?」

 昨日の話だったらアレは、降り掛かる火の粉を払っただけなんだけど?

 そう言いながら、これ見よがしに左腰の剣の柄に手を掛ける。

「い、いえ、そういう事ではなく」

 カウンターのお姉さんは可愛そうなくらい萎縮して、慌てて否定する。

 だが俺はちょっぴりムカついたので許してあげない。

 接客の基本がなってないのはダメだ。

 

 俺も接客は苦手だったけどな!

 

「んじゃ、どういう事かな? 俺は売られた喧嘩を買っただけなんだが、喧嘩を売ったほうはお咎めなしなのか? 俺だけ、頭ごなしに言われたら気分悪いんだが?」

 意地悪く剣の柄を指先でコツコツと叩きながら、厭味ったらしく言う。

 うわーい、もう、完全な八つ当たりだ。

 自分でも判るが、妙な難癖を先に塗りつけてきたのは向こうだ。

 八つ当たりだと理解(わか)ってるが、この際だ、言っちゃえ。

「あ、あの、ええと」

 受付お姉さんは、厄介者を完全に怒らせた、と、真っ青である。

 ……流石に可愛そうだな。

 泣きそうになっちゃってるし。

「……もう良いよ、これじゃ俺が弱いものイジメしてる様にしか見えねェ。昨日のクズのマネしたって、面白くもねェからな」

 俺は仮面を外しながら言う。

 いや、日が高いのも有って、日中は暑いのよ、この仮面さん。

 受付のお姉さんは俺の顔を見て更に顔色を青くしているが、なんだ?

 そんなにマズいツラだったかな……自分で言うのも何だが、かなり可愛いと思うんだが……。

 

 中身が俺じゃなければだけどな!

 

「ちょっと真面目な話があるんだ。それなりに偉い人、手が空いてないかな?」

 そんな事は置いといて、俺は用件を済ましたい。

 だけど、このお姉さんには話したくねェ。

 端的に言えば気に入らないという、大人が使っちゃいけない理由。

 いけないのだが、夢だかなんだか理解(わか)らない世界で常識を云々するのも、時と場合に依るのだ。

 面と向かって「お前じゃ話にならない」と言われた(ほう)(たま)ったもんじゃないよな。

 そうは思いながら反省の「ハ」の字も無い俺は、ちょっと真面目な顔でお姉さんを真っ直ぐ見る。

 はよ呼んでこい、と。

 お姉さんは「お待ち下さい」と言って、椅子とか棚とか色々ぶつかりながら、奥へと消えていった。

 

 

 

「ハンスさん!」

 午前中の冒険者ギルドは意外と忙しい。

 朝イチで依頼を受けて、準備を整えて出かけ、或いは日を跨いだ仕事を終えた連中が、なるべく早く戻って酒にありつきたい。

 そういった冒険者達で、朝から冒険者ギルドは活気に溢れる。

 ギルドの受付も、冒険者の実力が依頼に合っているか確認したり、任せられる仕事を吟味したり、仕事終わりの確認と討伐部位や場合によっては採取や剥ぎ取りの物品の査定の間口の手配をしたりと、嵐のような忙しさに見舞われる。

 そんな受付ラッシュが漸く収まりを見せ始めた時間。

 副ギルドマスターのハンスは整えた髭を擦りながら昼食について熟考していた。

 

 こないだの肉巻きパン、ありゃあダメだったな。

 味がどうの以前に、手がベタついて食い(にく)いったら無かった。

 オリバー自体は気の良い奴だし、あー言う突発的な思いつきメニューを出さなければ、腕も悪くは無いのに……。

 1番の問題は、その思いつきメニューが多すぎて、マトモなメニューを探すのが手間だという事か。

 止せば良いのに珍妙な名前を付けている料理も少なくない為、より一層作業が面倒くさい。

 

 いつの間にか思考が昼食から屋台の主への心配、そこから進んで愚痴に変わっている。

「あ? どーした血相変えて。オリバーの屋台が吹っ飛びでもしたか?」

 そうだったら昼飯食えなくなるな。

 そう面白くもなさそうに考えるハンスに、駆け込んできた受付役のラウラは青い顔のままで告げる。

「あの、昨日の、例の冒険者が……」

「うん?」

 すぐには思い出せないが、受付役が顔色を悪くする相手。

 何が有ったのか、詳しく聞いてみる事にして、ハンスはその熊のような大きな身体(からだ)をデスクに据え直した。

 

 

 

「……あー、なんだ。お前、そんな事言ったのか?」

 ハンスは溜息混じりに言うと、(ひたい)を抑える。

 このトラブルメーカーは、何度目だ?

 気が付くと冒険者を怒らせ、こうして事務所に駆け込んでくる。

 とうとうつい先日には、怒らせちゃいけない相手を怒らせた。

 その上に不正まで発覚した。

 その件も話をしなきゃいけないのだが、先週からギルドマスターがまさにその件で出かけているので保留中である。

「ですが、問題を起こした新人の冒険者ですよ⁉ 今だって、仮面外して睨みながら……!」

 自分こそがトラブルを引き起こしているとは微塵も思っていないラウラは、熱く力説する。

 そう思うのならこっちに逃げてこないで、受付で追い返せばいいのに、毎回ビビって逃げてくる。

 いや、出来ないのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ハンスはもう一度溜息を()くと、ラウラに真っ直ぐ目を向ける。

「昨日のだったら、ありゃあ調子に乗ったノーラッドが悪いって言っただろうが」

 Aランクにギリギリでぶら下がっていた、悪たれノーラッド。

 でかい図体と馬鹿力で近所の鼻つまみ(もの)ナンバーワンだったが、昨日登録したばかりの駆け出しに、いつものようにちょっかい掛けて返り討ちにあい、利き腕を失くして引退となった。

 元より不正でAランクになったと噂のバカで、ハンスが何度注意しても態度を改めない。

 しかも噂が事実であったため、ギルドマスターとも協議の上、近々冒険者登録を抹消し、領主様の前に突き出して沙汰を下して頂く予定だったのだ。

 ()()()も共に。

「ノーラッドさんはこの街の数少ないAランク冒険者だったんですよ⁉」

 妙にノーラッドに肩入れするラウラ。

 ハンスは溜息しか出ない。

「Aランクねぇ……」

 

 彼女は知らない。

 彼女が不正でノーラッドの冒険者昇格書類を偽造したことが、既にバレていることを。

 そして、そのノーラッドの冒険者登録の末梢と同時に、彼女もまた、不正を理由に解雇される予定である事を。

 寧ろ、解雇後の処分まで話が進んでいる――ノーラッド共々、労働奴隷となる予定である――事を。

 

 Aランク冒険者は、往々にして街の誉れとして扱われる。

 ちょっとした英雄という奴だ。

 実力も問われるし、そうそう簡単に成れるものでも無いので、絶対人数が少ない。

 そのAランク冒険者に認定されているとなれば、1目も2目も置かれようというものである。

 

 さらに、そのAランク冒険者に気に入られ、専属に指名された受付は箔がつく。

 Aランクの冒険者を指名で雇いたい者はそれなりに居るし、指名依頼を受けるのは冒険者が信頼を受けている証。

 

「そのノーラッドの指名依頼が、最近()()()()()()()()()()()()()()()んだが、何か知らんか? なあラウラ」

 勢い込んでノーラッドの肩を持っていたラウラが押し黙る。

「表立って依頼を請けたような記録は半年は無いのに、お前からは定期的にそこそこの依頼の達成が報告されてるよな?」

 右手を軽く上げ、その動作で職員が数名動く。

 2人が出口脇に構え、逃走を防ぐ。

 更に2人が、ラウラの両側に立つ。

 

 タイミングを測っていたが、思ったよりも早い。

 だが、泳がせるにも限界がある。これ以上はこの馬鹿を受付に立たせる訳にはいかない。

 冒険者ギルドの沽券に関わる。

 それに、早すぎる、と言う事は無い。

 元より、ギルドマスターからの命令も出ているのだ。

 

 ラウラが次に問題を起こしたら、直ちに拘束せよ、と。

 

()()()()()調()()()()、そもそもあいつが請けたような仕事の依頼は入ってないんだ。不思議なモンだな」

 ラウラの両側に立った職員の1人が、わざとらしく書類の束をハンスに手渡す。

 書類の一番上は表題らしく、「ノーラッド及び共謀のギルド職員の不正の証拠資料」の文字。

 それがラウラにも見えるように、ゆっくりとハンスは受け取る。

「そ、そんなの言いがかりです! 彼は、彼はこの街の英雄で、依頼もちゃんと達成して……!」

「その実績に疑問符が付いてるんだよ、ノーラッド専属受付さんよ」

 ラウラが真っ青な顔で釈明というか、勢いで言えば逆弾劾を試みようと口を開く。

 しかしその鼻先を、ハンスの静かな声が押さえつける。

「アルミールの山麓では、大型のフォレストボアの討伐だったか? 一月(ひとつき)前の依頼だな」

 紙束を捲り、比較的最近の「仕事」の記録を見る。

「おかしいな? 確認に人を走らせたんだが、あの村じゃあここ半年程、そんな魔物が出たことなんて無いそうだ」

 手元の資料から顔を上げ、まっすぐにラウラの目を見据える。

「そんな筈はないです! ちゃんと依頼があって、報告も正しいものです!」

 そう答えるものの、ハンスの視線から逃れようと視線が左右に泳ぐ。

「その依頼主(いらいぬし)に話を聞きに行ったんだが、そんな名前の住人が居なかったんだ。仕方ないから村長に話を聞いたんだが、そんな依頼なんて誰も出してないってハッキリ言ってたぞ。そもそも指名でAランクを呼べるような(かね)なんか無いってよ」

 ラウラの左隣の職員が頷く。

 全く下らないことで、あちこち走らされたのだ。

 ギルドの面汚しを糾弾する瞬間を、(いま)(いま)かと待っていたのだろう。

「念の為に、村の人間、噂好きそうな子供にまで聞きましたがね。そもそもフォレストボアなんて出てないし、Aランクの冒険者なんかが村に来た事も無いそうですよ」

 だから、ハンスに報告する(てい)でラウラの言葉の逃げ道を塞ぐ職員の声には、内容に反して()っすらと棘が滲んでいる。

「指名の依頼となれば結構な額だ。Aランクとなれば尚更だが、その資金は何処から出たんだろうな?」

 アルミールの山麓の村だけではなく、定期的に、ご丁寧に移動に馬車で半日以上掛かる村からの依頼を請けた記録が並んでいる。

 その全ての村で、該当時期に依頼を出した所は無かった。

 だが、ノーラッドの手には報酬が渡り、ラウラにも仲介料が流れている。

「それに、とある筋からな? 最近は受付で指名依頼を請け負うかどうかを決めるのか、と、問い合わせまであってはな。調べない訳にいはイカンのだ」

 ハンスの目が鋭くなる。

 本当なら2~3日後に、ギルドマスターと一緒にノーラッドとラウラに処分を伝え、衛兵に突き出し、そのまま領都まで護送される予定だったのだ。

 証拠も固まっている以上、些か予定が早まったが、変更ではない。

「そんな、そんなの言いがかりです! 誰ですか、そんな事を言っているのは! ギルド職員である、私に対する侮辱です!」

 強がっているようだが、顔色は悪い。

 元々気が弱く、気の荒い冒険者に手を焼く性格。

 そのクセ思ったことをそのまま言ってしまう性分も災し、冒険者からの人気はゼロに等しく、依頼受付達成率がこのギルドでダントツに低い。

 

 受付達成率は、受付役が冒険者の技量に応じて振り分けた仕事が、どの程度達成されたかを示す数字である。

 冒険者は勿論自分の意志で依頼を選べるが、受付役がその冒険者のギルドカードの情報から依頼の適性を確認し、場合によっては冒険者に別の依頼を勧める。

 実力不足等の原因で無駄に命を散らす事を失くすべく施行されているシステムだ。

 ただでさえ冒険者に対する態度が悪く、更には嫌われ者のノーラッドとつるんでいる、上から目線の受付役、と(もく)されていたラウラが居る受付には、普段から人が寄り付く事は殆どなく、知らずに訪れた冒険者は手柄を焦ったラウラに無理な依頼を押し付けられ、当然のように依頼失敗する冒険者も続出し、彼女自身の受付達成率も低迷する。

 普通に考えて大問題だが、冒険者間の噂は目立つところではノーラッドに睨まれ、ギルド本部への報告はラウラ自身によって誤魔化され、今まで露見が遅れていた。

 その受付達成率を誤魔化すために有りもしない「ノーラッドへの指名依頼」をでっち上げ、点数を水増しする。

 当然冒険者としても職員としても規約違反なのだが、素直に報告してしまえば彼女の成績は「0」だ。

 少し考えればマズイことを繰り返していると解りそうなものだが、焦っていた彼女にとって悪いのは常に周囲であり、依頼を失敗する冒険者だった。

 

「言いがかりか。ならば申し開きは、侯爵閣下に直接言ってくれ。冒険者ギルド(うち)では、不正を行った職員を(かば)う事は出来ん」

 ハンスはズバリと現状を突きつける。

 この地方を治める領主の名がチラついた事で、ラウラの顔色が一層悪くなる。

 突然の事――ラウラにしてみれば――に、咄嗟に返事ができず、過呼吸のように短いセンテンスを繰り返してしまう。

「侯爵閣下の使いに、随分横柄だったらしいな? 俺もマスターもそんな話聞いてないから、釈明も数日掛かりだ」

 実際には釈明ではなく、ただ只管頭を下げた。

 単なる冒険者の依頼(クエスト)失敗なら事情の説明のしようも有るが、受付が領主の持ってきた依頼を門前払い。

 挙げ句、「Aランクの冒険者の請ける依頼は私が決めます」と啖呵を切ってみせたと聞けば、平身低頭謝罪し倒すより他に、身の振り(よう)が無い。

 大方、ギルドにその依頼を流す前に、その内容を勝手に確認したのだろう。

 

 ギルドマスターと、(サブ)ギルドマスターであるハンスが精査し、前もって領主様に依頼していた、これ見よがしに危険な依頼。

 その内容を見たラウラは、それをギルド側に届けること無く断り、突き返したのだ。

 愚かにも、誰の依頼かを確認もせずに。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()では、その依頼(クエスト)の達成は絶対に不可能だったのだ。

 

 多分そうなるだろうとは、思っていたが。

 だから、後日ノーラッドとラウラを呼び出し、ハンスかギルマスが直々にこの依頼を押しつけ、現地に向かわせる算段まで付けていた。

 監視付きで、である。

「実はノーラッドとお前の不正の調査はとっくに終わっていて、近日中に捕縛、拘禁の予定だった」

 言いながら、ハンスはデスクの抽斗から、この地方の領主のものに加え、ギルドマスターと自分の署名も入った命令書をラウラに見せる。

 それは、ノーラッドが反抗し暴れた場合に取り出すか、依頼現場へ向かう途中で逃走しようとしたら――十中八九そうなったと読んでいるが――取り出す予定だったもの。

 今はギルマスが不在の為、自分が代理で持っているもの。

「これが、お前たち2人の捕縛命令書だ」

 ヘナヘナと崩れ落ちるラウラから視線を外し、ハンスは事務所内を見回す。

 ハンスの視線を請けた職員2人がラウラの腕を両側から引いて立たせると、そのまま奥へと消える。

 それを見送りながら、ハンスは目のあった、今手の空いていそうな受付役に声を向けた。

「アマンダ、受付へ行って貰えるか? 気の強いお嬢さんがお待ちらしいから、それなりに丁寧にな。用件を聞いて、なんならすぐ俺に繋いで構わん」

 直ぐに自分に繋げと言うのなら、最初から出れば良さそうなものだが、そこは冒険者ギルドとしての威厳が有る。

 軽々しく頭か、それに近い位置に居る人間がホイホイと受付に立つ訳にはいかない。

 建前では有るが。

 急に話を振られた女性、受付役のアマンダはたまたま顔を出しただけだったが、仕事を抱えていた訳でもなく、急な仕事を厭うことも無かったので、直ぐに受付へと戻る。

 先程のラウラと冒険者のやり取りを見ていたので、少なくとも誰を待たせているかは判っている。

 ハンスは、本来はギルドマスターが居る時にやらせたかった衛兵への連絡の為に部下を走らせ、ラウラを押し込んだ商談用の小部屋に見張りを立たせ、一段と深い溜息を()いた。

 

 冒険者ギルド(うち)の問題児2名が昨日今日と連続で怒らせた新人冒険者。

 ……まあ、アマンダなら大丈夫だろ。

 

 そこそこ人気のアマンダなら、上手いこと機嫌をとってくれるだろう。

 それはそれとして、自分が出る事にはなるかも知れない。

 

 いくら機嫌をとるとは言え、一度は怒らせているらしいからな。

 

 ハンスは手早く今抱えている仕事を確認する。

 幸いと言うべきか、急ぎの仕事は無く、今なら身軽に動けるタイミングだった。

 それでも自分が率先して窓口に向かわなかったのは、厄介事が片付いたとは言え気分が悪く、冒険者相手に話を聞くのが億劫だったからだ。

 

 

 

「はーいお待たせしました。ごめんなさい、今責任者がちょっと手を離せないものでして」

 ありゃ。

 お偉いさんは忙しいらしいが、さっきの受付のお姉さんまで別のお姉さんに変わってしまった。

 イジメすぎたかも知れんが、まあ、良いか。

 アイツ、なんか嫌いだったし。

「あ、こちらこそ急に来てしまって。なんかすみませんね」

 このお姉さんはなんか丁寧だから、ついこちらも丁寧に返してしまう。

 やっぱり、のっけから挨拶ナシの頭ごなしは良くないよ、うん。

 お姉さんはきょとんとした後、愛想笑いで答えてくれる。

 うーん、可愛い系の大人なお姉さんだ。良いなあ。

「実は依頼(クエスト)請けようと思ったんだけど、その前に相談したいことが有って」

 俺がちょっと情けない顔をすると、お姉さんは不思議そうに首を傾げる。

 あーもう、可愛いなあ。

「ご相談、ですか? 一度、私が伺ってもよろしいです?」

 小首を傾げながら、お姉さんは相談に乗ってくれるらしい。

 受付のお姉さんに話して、ここで解決する問題なら良いんだけど。

 

 いやね、俺の持ってる金貨、使えないかなーってね?

 

 だって無駄に50億枚もあるんだよ?

 そのまま使えなくても、(きん)として売れたりしないか聞きたかったんだ。

 流石に50億枚出すような真似はしないけど、でも売るとなったらそれなりの数を出すことになるし、そうなるとそれなりに信用出来る所じゃなきゃ無理だろ。

 とは言え、そもそも冒険者ギルドで買取して貰える訳でも無いだろうし、素直に相談して、上の人に繋いでもらうなりした方が良いか。

 何処か、換金出来る店を紹介してもらえるかも知れないしな。

 そんな魂胆で、俺は懐から金貨を3枚取り出す。

「これなんだけど、この辺でこの金貨、使えますか?」

 俺が机に置いた金貨を見て、そして手にとってしげしげと眺めるお姉さん。

 あんまり驚いたりしてないのは、それどっちですか?

 

 見慣れた金貨だから?

 見慣れないからピンと来てない?

 

 なんだかハラハラする俺に、お姉さんは事も無げに言う。

「はい、大金ですが、この辺りで出回っている金貨で間違いないです。でもこれがどうしたんです?」

 おっと、確率が低いと思ってた方に当たったねぇ。

 ゲーム内の金貨だから、こっちで使えるか不明だったんだが、(きん)で有るなら売れるかも知れない。

 そう思ってカマ掛けつつ相談しようと思ったんだが、普通に流通しているのと同じ金貨らしい。

 

 それはそれで、一体どうなっているのか……。

 都合が良すぎるのは、俺の見ている夢の続き、っていう可能性が跳ね上がってすごくイヤな感じなのだが……。

 

「いや、先日故郷(くに)の金貨を商人に両替して貰ったんですが、金貨は中々使う機会がないですから……。なんだか日が経つに連れて不安になってきて。騙されてたらどうしようって」

 取り敢えず、こういう場合のために考えていた台詞を口にする。

 とは言え、ホントにこの台詞を使うことになるなんて思ってなかった。

「あー、そう言う……旅人さんなんでしたっけ?」

 お姉さんは困ったように笑う。

「ええ、冒険者というのも知らなかったんですよ。田舎の、小麦を作るばかりの村の出でして」

「あらあら、それはまた随分遠くから」

 2人で笑う。

 なんか良いなあ。

 

 絶対、単なる接客スマイルなんだけどな!

 

「じゃあ、お金の心配は当面ないんですが……折角ですし、依頼(クエスト)を受けてみようかな」

 当面と言うか、物価次第じゃあ俺、働かなくても生活できる予感がする。

 しかし、冒険者になったのに依頼(クエスト)受けないとか無いだろう。

 良く理解(わか)らんけど。

「なるほど、良いですね。今まで依頼を受けて頂いたことは無いんですよね? でしたら……」

 俺が軽い気持ちで言った事に、お姉さんはすんなり頷くと、低ランク用の依頼(クエスト)依頼書を幾つか提示してくれた。

 それぞれの難易度、危険度と報酬など、色々教えてくれる。

 愛想よく話を聞いて貰えるだけで、こんなにもスムーズに進む。

 

 笑顔って、大事だね。

 

 

 

 ハンスは報告を聞きながら、バカバカしさにまたしても溜息を()く。

「じゃ、何か? 商人に騙されてるかも知れないからって、金貨が使えるか確認しに来たと?」

 今まで聞いた事が無い、などと言う事はない。

 珍しくは有るが、前例がある事だ。

 他国からの旅人が騙されてゴミを掴まされる、(など)も。

 疑わしく思うのも当然(とうぜん)とは言える。

 行動が多少遅い気がしなくも無いが。

「はい。話し方もどちらかと言えば丁寧でした。アレですね、礼には礼を、無礼には無礼を返すっていう、そんな感じです」

 アマンダは見事にやってくれた。

 問題児が絡んだとは言え、いきなりノーラッドの腕を切り飛ばす様な奴だ。

 宥めて適当に話を聞き、自分に繋いでくれれば良い、そう思っていたが、和やかに話を聞き、最終的には薬草採りの仕事を斡旋したと言う。

 

 いや、アマンダが見事と言うよりは、ラウラやノーラッドが相手を見下し、舐め過ぎたのだろう。

 

「と言う訳で、実は私も昨日の騒ぎは見てたんですが、話した感じはそんなに悪い人じゃないと思いますよ?」

 アマンダの言葉に、ハンスは意外そうな目を向ける。

 だが、考えてみればアマンダは受付としてそれなりに長いし、見て判断出来ても不思議は無い、そう思い直す。

「昨日も、ノーラッドさんには一応警告して、その上で、でしたから」

 警告の仕方が、雑でしたけどねー。

 そう付け足して笑うアマンダ。

「ただ……」

 不意に、アマンダの笑みが消える。

「どうやってあんな細切れにしたのか、判りませんけどね。私の目には、1回剣を振っただけにしか見えませんでした」

 ハンスは頷く。

 ハンス自身は見ては居ないが、居合わせた職員や冒険者の話を総合した報告は受けている。

 剣の軌道と合わない、一瞬で咲くように広がった剣閃。

 細切れにされ、凍りついた腕の残骸。

 

 それは、まるで魔法。

 

「まあ、問題さえ起こさなきゃ、な?」

 ハンスは自分に言い聞かせるように言うと、何となく天井を見上げる。

 もうじき衛兵が来る。

 せめて今日は、これ以上の揉め事は勘弁して欲しい心境だった。

 

 

 

 時間が経てば色々と落ち着くというか、諦めもつくわけで。

 俺の現実が何処に有るかはさて置き、折角こういう状況だし? のんびりしてやろうじゃないの、と意気込んでの草むしりである。

 

 ……のんびり出来て無くない?

 

「あ、リリスさん! それ違う!」

 昨日の少年の1人、リーダー格のフレッドくんが駆け寄ってくる。

 依頼(クエスト)を請けた俺とたまたま再会し……っていうか、お互い初級冒険者だし、冒険者ギルドで顔を合わせるのは不思議でもなんでも無いか。

 その流れで、一緒に採取に行くことにしたのだ。

 

 あ、リリスってのは俺の名前って事になってる。

 

 井原賢介、なんて名乗っても通じないとは思うが、見た目女で男の名前ってのも、という事で。

 ゲームのキャラ名を名乗ることにしたのだ。

 それにしてもあんまりな名前だけどな。

 ニューゲーム時、名前に若干悩んだのだ。

 「スルメうどん」と「リリス」で。

 まあ、こうなってしまうと、スルメうどんを選ばなくて本当に良かったと心から思う。

 まだしも、リリスの方が名前っぽいからな。

 

 ……だよね?

 

 しかし、フレッドくんもそうだが、みんな薬草を見分ける速度が早い。

 なぁにそれ、スキルか何か?

 本人たちに言わせれば、単なる慣れなのだそうだが。

 慣れ過ぎだと思うんだ、うん。

 聞けばみんな12歳らしいが、何歳からこの仕事してるの。

 ていうか、12歳で働いてるのかよ。

 

 おいちゃん恥ずかしくなってくるから、真っ直ぐな目で見ないで貰えるかな?

 

 ポーション用の野生の薬草、最低10本6束、ポーション6個分からの出来高制。

 初級の仕事って割に、要求数量が多くないです?

 書き方で誤魔化されそうになるけど、60本って事よね?

 俺がそう尋ねると、フレッドくんは苦笑いで答えてくれる。

「今は、ギルドの保管分がだいぶ少ないらしいんです。なんか、帳簿の数と実際の数が合わないとかで、急いで数を確保したいって話で」

 おっとぉ?

 事も無げに教えてくれるフレッドくんだが、その情報、ギルド内部の不正疑惑だよね?

 気軽に話して良いのか以前に、なんでそんな話を知ってるのかな?

 それとも、案外フランクにそういう情報を開示してるんだろうか。

 いや、幾らなんでも内部で不正が有ったかも知れないなんて話は、開示し過ぎだろう。

「なるほど、まあ、今だけ特別みたいな感じなのね」

 キナ臭い話には近寄らないに限る。

 俺は話を聞いていた(てい)で話題を黙殺し、無理やり流す。

「そんな感じです。普段だったら、10本1束が最低数ですから」

 なるほどねぇ……。

 俺は素直にフレッドくんの話に感心しながら、他のみんなの手元を細かく観察して居た。

「フレッドくん、これは薬草で間違い無いのかな?」

 そうして薬草の特徴らしきものを覚えて足元の雑草の中を探り、らしい物を見つけ出す。

 根っこは残して、地面から3センチくらいのところから折り取る。

 こうする事で薬草はまた育ち、そのうち収穫出来るほどに戻るのだそうで。

 こういうのが、生活の知恵なのだなぁ。

「あ、そうです、それです!」

 フレッドくんが太鼓判を押してくれる。

 よし。

 

 アイテムを自力で拾った事で、その特徴を完全に記憶した。

 ……俺ではなく、アイテムボックスが。

 

 理屈は不明だが、俺が慣れ親しんだあのゲームでは、同種の「消費系」アイテムは、1つ拾うと周囲数メートルの範囲の同じアイテムを自動で拾得してくれる。

 きっと魔法なのだろうから考えても仕方ない。

 

 重要なのは原理ではなく現象だ。

 

 俺は意外と手近に有ったもう1本を、俺的に慎重に手折る。

 それだけで、アイテムボックスの中に薬草が68本。

 案外有るもんだな……。

 つか、どのくらいの範囲の薬草を根こそぎにしたんだろ?

「あれ? さっきまで沢山有ったのに、急に無くなっちゃった……?」

 少し離れた所で、昨日狼に押し倒されていたカレンちゃんが不思議そうに呟く。

 やっべぇ。

 そりゃそうだ、固まって採取してるんだから、俺が一帯の薬草採り尽くしたらこの子達の獲物はなくなるわけで。

 俺は罪滅ぼしに、ちょっと離れた所で同じ事を数度繰り替えし、大して時間も掛かって居ないというのに全員が納品してもまだ余る程度の薬草を掻き集めていた。

「山分けしよう」

 そういう俺の声と、山と積まれる薬草に、採取姿勢の少年少女は声もなく俺を見上げていた。

 

 

 

 1束銀貨1枚とは。

 緊急事態故か、中々に太っ腹だと思うが……勝手な感想なので、当たっているかは理解(わか)らない。

 1人辺り6束納品、ジャンケンで勝ったフレッドくんとティアちゃんが7束づつ納品で、少年少女組はホクホク顔だ。

 ピーク過ぎとは言え、(一応)午前中に出かけて昼過ぎに戻って来れたのはだいぶ早いと思う。

 

 そういう訳で昼過ぎだ。

 つまりご飯だ。

 話を聞けば、銀貨6枚は1日の稼ぎとしては優秀なのだそうで。

 お昼と夜とを食べて、宿代を払っても余裕があるという。

「って、宿? え? お家は?」

 疑問をそのまま口に出してから、失敗したと思った。

 だって、この年頃の子達が家じゃなくて宿で生活って、それはつまり。

 

「あ……僕たち、孤児院の出で……」

 

 あー。言わせてしまった。

 っていうか、何?

 孤児院出の仲間だけで生きて行くと決めての仕事で、昨日は死にかけて?

 そんな境遇なのにハゲゴリラには絡まれて?

 いや、アレに絡まれたのは俺か。

 じゃあ良いか。

 

 ……良いか?

 

「そか。よし、そう言う事ならアレだ。お昼にしよう!」

 なんか凄く触れにくい事に素手を突っ込んじゃった感じ。

 

 すごーく気まずい。

 

 気分を変える為に、俺は手を叩いて宣言する。

 何がどういう事かは判らずとも、腹は減っているご様子の育ち盛り達。

「仕事のやり方教えて貰ったから、今日は俺の奢りな!」

 俺の宣言に、目を丸くして顔を見合わせる少年少女。

 そんなに驚く事かな……?

 

 

 

 ギルド前の広場に並ぶ屋台の中に、「肉巻きパン」なるメニューを掲げた屋台が有った。

 屋号は……「オリバーのパン屋」?

 パン屋にしちゃあ、なんか随分良いガタイだね?

 戦士と戦闘機乗りは引退するとパン屋になりたがるって言う、あれかな?

 あと、ハゲが眩しいね? 輝いてるね?

 

 それにしても肉巻きパン。

 気になる。

 決して食いたいと言う、いい意味ではなく。

 

 見るからにベタついて食い(にく)そうなアレを、誰が買うんだろうか?

 想像するに、あの油、中に有るであろうパンにも染み込んでそう。

 それを、特に紙なんかに包む事もナシに手渡される様だ。

 それだけでも罰ゲームに近いのに、あの照り輝き、ものによっちゃあ滴る油。

 あんなの食ったら1個でも手に負えない、って気分になりそうだ。

 ……胃もたれで。

 

 もっとキッチリ焼いて、切り分けておけばまだ……。

 そこまで考えて、思考を停止させる。

 深く考えてしまえば、アレを買うことになってしまいそうで。

 興味が無くはないが、俺はなるべく普通のメシが食いたいのだ。

 少なくとも、今日は。

 いたいけな少年少女の視界から過剰な光源と有害物を遮蔽し、他の屋台を冷やかしつつ、俺達はワイワイと通りを歩いた。

 

 なんだ、思ったほど悪くは無いね、異世界生活(いせかいせいかつ)

 

 夢かどうかの不安はあるけどな!




孤児院出の、4人で共同生活しているらしき少年少女

 VS 

自分の現状がイマイチ把握できてない中身オッサン冒険者


こんなに結果の見えたカードも中々無いぜ……!


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4 日常はいつも昨日の続き

今回は、主人公の自分勝手さが全面に出ています。

自分勝手で我儘、それがリリスちゃん(なお、中身は


 若い子って良いなぁ。

 元気にいっぱい食べてる子を見ると、こう、なんか幸せな気持ちで、つい見とれちゃうよね?

 

 あの、衛兵さん? なんで構えてるんです?

 

 

 

 さて、未成年者を不法に労働させている疑惑に巻き込まれ、なんとか疑いが晴れた俺です。

 冤罪だと判っても頭を下げない衛兵隊にちょっぴりご立腹な俺は、ちょっぴり本気の収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)を直上に放射。

 

 恐れ(おのの)いた衛兵さん達に土下座を頂き、意気揚々と半壊の衛兵隊詰め所を後にした。

 しばらくは青空を見ながら反省せよ。

 

 

 

 子供達がびみょーに距離開けてるぅ……。

 

 やめて? おいちゃん子供だけに働かせるとか、そんな危ない人じゃないよ??

 

 え? そうじゃない? 街中で攻撃魔法使(つか)うのが怖い?

 文句は俺を怒らせた人に言って下さい。

 

 

 

 そんなホンワカイベントが有りつつ、午後からは完全無欠で暇になった俺&少年冒険者達。

 何となく色んな話が聞けそうな冒険者ギルド併設の酒場に足を向けつつ、気になった事を聞いてみる。

 

「この街は……孤児は大きくなったら、どういう仕事につくんだい?」

 孤児、その生い立ちだけで負い目を感じる子も居るとか、よく聞く話だ。

 産み落とされた子供に、罪なんざ、無いってのに。

「え? 大工さんになったり、読み書きができたら領主様の所で働いたり。孤児院の手伝いをする人も居るよ?」

 

 あれ?

 

 俺が思ったより、なんというか色々仕事がありそうで、なんか悲観的な感じじゃないね?

「冒険者になって、将来は冒険者ギルドの職員、て子も結構いるよね」

「働いて、将来はお店を持ちたいって頑張ってる人も……」

「男の子は、冒険者とか衛兵さんになりたがるよねー」

 衛兵隊も人気の職業ですか。

 屋根吹っ飛ばしてごめんよ、衛兵のみんな。

 でも冤罪だめよ?

 しかし、話を聞く限り、なんというか暗い話は微塵も無いな。

 昨日のあの……なんて名前だっけ? ゴリラでいいか。

 あのゴリラの当たりの強さは、あれはどっちなんだろう?

 孤児に対するものか、新入りに対するものか。

「それはどっちもです、ノーラッドさんは、そういう乱暴な人だったので」

 俺が聞くと、カレンちゃんがフンスと鼻息も荒く教えてくれる。

 生粋のこの街出身の人は孤児に対しての偏見はないが、他所から流れてくる事が多い冒険者の中には、孤児を嫌う者も多いという。

「すぐ乱暴する人がいっぱい」

 ティアちゃんも身に覚えがあるのか、嫌そうに言う。

「そういうのはアレだな。……舐められたくねェけど無闇に喧嘩売る度胸もねェ三下が、確実に自分より弱そうな子供ビビらせて悦に入ってるだけだな」

 殊更に声を大きくしたのは、目的地についてテーブルを確保したからだ。

 なんでかって?

 そりゃあ勿論。

 

 無闇に喧嘩売る度胸もねェ三下が、確実に自分より弱そうな子供が入って来たってんで、チラチラこちらを見てやがるからだ。

 昨日の今日でアレだけど、子供に威張るしか能のねェ馬鹿に容赦なんかしないよ?

 

「おう新入(しんい)り、誰が三下だって?」

「お前だ馬鹿野郎」

 何処かのテーブルから上がる声を、振り向きもせず、叩き切るように遮る。

 激昂したらしいそいつが立ち上がる音。

 椅子が倒れる派手な音がして、直ぐに殴られるような音。

 

 ……え? まだ俺何もしてないよ?

 

「三下が図星突かれてピーピー(さえず)るな。捻り潰すぞ」

 流石に驚いて振り向くと、大男みたいな熊がのっそりと立っていた。

 状況を察するに、あの熊が三下を殴り飛ばした……らしい。

 

 え? 大丈夫? あの冒険者、死んでない?

 ていうか冒険者ギルドに熊が居るんですけど?

 ちょっと冒険者、熊退治してー?

 

 そんな事を考えて居ると、熊は静まり返った酒場の中を、まっすぐこちらに向かってくる。

 なんで?

 っていうかホントにでけェなおい!

 本物の熊じゃねえのか?

 なんだこの迫力⁉

「……お前は、そっちの子供達とはどういう関係だ?」

 熊が人語を喋った。

 いや、さっきも喋ってたか。

 よく見りゃ、ちゃんと服も着てるし。

 俺は驚きもそこそこに、少年たちと顔を見合わせる。

 少年たちも唐突な流れの変化に戸惑ったようだが、その質問には自信を持って答えられる。

 頷き合うと、熊の方に顔を向け、俺達は同時に答える。

「友達だよ」

「仲間だよ!」

 まるで漫画のように、俺達は声を揃えられなかった。

 嬉しいけどなんだかショック。

 でも仲間か。

 それはそれで嬉しいね。

 周りで見てた冒険者の中で、笑いが漏れる。

 畜生、覚えてやがれっ。

「友?」

 熊は、笑いもせず、俺の台詞を拾っていた。

 そんなに不思議な言葉だろうか?

「ああ。右も左も分からんこの街で、この子達が俺をここまで案内してくれたんだ。今日は俺のために、一緒に薬草採りにも行ってくれたしな。一緒にメシも食って、こんなモン、もう友達(ダチ)だろう?」

 仮面を外し、精一杯の笑顔で言ってやる。

 こういう時は、渾身のドヤ顔で決めるのが礼儀だ。

 

 

 

「一緒にメシも食って、こんなモン、もう友達(ダチ)だろう?」

 ハンスは認識を改めることに決めた。

 仮面を外しながら、あんな良い笑顔で言われては、妙な疑いを向けるほうが野暮に思えてくる。

 子供達も、すっかり懐いてるようだ。

「そうか」

 単なる無法者では無さそうだと、聞いてはいた。

 今さっき見掛けた小芝居(こしばい)は、子供達を守るために、敢えて自分ひとりに怒りを向けさせたのだろう。

 

 無茶だし、考えも無い。

 

 周囲の冒険者の実力も知らずに、下手すればこの場にいる全員に喧嘩を売る覚悟で。

 そうでもなければ、ああも堂々と啖呵を切るなんて出来ないだろう。

 自分より強い者が居たとしても、退()かない。

 早死にする馬鹿の考え方だ。

 だが、それを自分の為でなく、友と定めた子供達の為に選ぶ。

 褒められたものではない。

 だが、友として隣にいれば、これほど心強い者も居ないかも知れない。

「よく判った。だが、その友のためにも、無茶はするな」

 子供達よりほんの少し年上と言った所だろうか。

 だからこそ、子供達も懐いたのかも知れない。

 ハンスは思わず、その頭を強めに撫でていた。

「んぐあ⁉ 髪が、ていうか(いて)ぇよ⁉」

 ワタワタと、ハンスの手をどかそうと藻掻く様子に、たまらず隣のテーブルの女冒険者が笑い出し、笑いの輪が酒場中に広がっていく。

「俺はハンスだ。このギルドの(サブ)マスターをやっている。困った事があったら呼べ」

 頭を撫でる手を止め、握手を求めてそのまま突き出す。

 しばし、ハンスの手を不思議そうに眺め、彼女はニヤリと笑うとその手に自分の華奢な手を重ねる。

「新人のリリスだよ。晩飯に困ってるんだ、助けてくれ」

 ぬけぬけと言ってのける。

 

 本当に、大した度胸だ。

 

「悪いが、厳しく接するのも俺の仕事の内でな。自分のメシは自分でなんとかしろ、新人(ルーキー)

「なんて厳しい社会だ、世知辛くて泣けてくるねェ」

 ふてぶてしい受け答えは、既に中堅冒険者並だ。

 ずっとこの街にいる気かは表情からは読みきれないが、この街に居てくれれば色々と面白い事になるかも知れない。

 それは、根拠のない予感。

 実力次第では、色々と仕事を振るのも良いだろう。

 

 その前に、釘を刺しておこう。

 

 そう思い、ハンスは心持ち居住まいを正す。

「まあ、程々にな。お前に暴れられると色々面倒だ。なにせ他所から流れて調子に乗ってる馬鹿はどの時間帯でも居るからな」

 表面上、リリスは反応せず、笑顔のままだ。

「お前に腕を切り落とされるのは、ノーラッドだけで済ませて欲しいもんだ」

 ハンスにバカ呼ばわりされた、反応しかけた調子に乗っている自覚の有る冒険者の幾人かは、続く言葉に動きを止める。

 Aランクの荒くれノーラッドは有名で、その有名人が腕を斬り落とされて引退したと言う事は噂として広まっている。

 今のハンスの言葉は、ノーラッドの腕を切り落としたのがあの新人の小娘だと、そう告げたのだ。

 その言葉を受けた新人(リリス)は、表情を動かさずに応える。

「そいつは気分次第だね。腕だけで済むなら、ラッキーだと思って欲しいもんさ」

 次にちょっかいを掛ける手合には、腕だけで済ませる心算(つもり)はない。

 

 これで、それなりの釘になってくれただろう。

 

 新人だと思って手出しすれば、タダでは済まない。

 基本、冒険者というのは危険と隣り合わせの職業だ。

 傭兵まがいの仕事もあるし、商隊の護衛ともなれば、野盗(やとう)(たぐい)と殺し合いになることもザラだ。

 気の荒い者もそれなりに多く、酒の席での殺し合いは珍しい事でもない。

 だが、余程でも無ければ、冒険者同士の殺し合いを裁く事はない。

 それこそが、冒険者の自己責任の原則。

 

 酒を飲むのも自由なら、酔ってケンカを売るのも自由。

 返り討ちにあって殺されるのも、お好きにどうぞ、という訳だ。

 

「まあ、幾らなんでも大量殺戮ともなれば、そうだな……。冒険者ギルド(うち)だけじゃなく衛兵も動くから、やりすぎるなよ」

 リリスの胆力を気に入ったハンスがニッコリ笑って言うが、言われた(ほう)は流石に笑えない。

「アンタは俺を何だと思っているんだ……」

 ハンスのハッタリだと思い込もうと必死な者。

 注意が必要な実力者だと警戒を強める者。

 俺っ娘(おれっこ)という事実にトキメキを押さえられないモノ。

 様々な視線が、げんなりとハンスを見上げるリリスを凝視していた。

 

 

 

「はぁ~。なんか大変な訳ねぇ」

 隣のテーブルでヒトサマを思い切り、指差しまでして爆笑しやがった金髪美人冒険者のジェシカさんが、少年たちの1人、おとなしいマシューくんの話を聞いて思う所があったのか、その頭を撫でている。

 どうでも良いが、年頃の男の子の頭を撫でるのはやめたげなさい。

 結構恥ずかしいモンなのだよ。

「いえ、僕たち、どうせ成人したら孤児院を出なきゃいけなかったし、今から仕事するのも悪くないかなって」

 割と、されるがままになっているマシューくん。

 もしかしてアレか、君は年上のお姉さんが好きなのか。

 ……判る、判るぞー、その気持ち。

「んで? ジェシカはんはこの街長い訳?」

 エールを呷りながら、絡み酒チックに俺は声を向ける。

 

 というか、常温だっていうのに、エールってなんだ、美味いなコレ。

 俺、ミードより好きかもしれん。

 

「長いっちゃ長いわね……もう1年か。色んなとこ見たって程生きてないけど、ここはいい街だと思うわ」

 同じ様にエールを呷り、気持ちのいい笑顔で言い切る。

 

 良い街……?

 

 昨日からタチの悪い冒険者を結構見掛けたし、衛兵にも絡まれてあんまり良い印象無いんだが……。

 フツーはそんなモンなのだろうか。

「お前は飲みすぎだ……全く」

 ジェシカさんの隣で、真面目そうな金髪の青年、タイラーくんが苦々しげな顔で呟き、隣の相方に目を向ける。

 タイラーって名前の割に、ちょいと真面目すぎやしませんかね?

 コレでフルネームがジャスティ・U、とかだったら俺が爆笑する自信あるぞ。

「だってこの子達、面白いじゃない?」

「否定はしないが」

 酔って居るのかゲラゲラ笑うジェシカさんに、冷静に応えるタイラーくん。

 ていうか、否定しろや。

 なんだ面白(おもしろ)いって。

「タイラーくんもあれかい? ジェシカはんと一緒に流れてきたクチかい?」

 俺だけが肴になるのも悔しいので、生贄を引きずり込もうと画策する。

 こういうのは、寡黙だったりすると狙われやすかったりする。

 

 マシューくん、君も気をつけようね?

 

「タイラーくんって……。いや、俺はこの街の()だ。ジェシカとは出会って1年になる、のか?」

 その疑問形は俺には分からんて。

 ジェシカさんを見れば、にっかりと笑っている。

「そうそう、私がこの街に来てすぐ出会ったから、もう1年だね」

「ほうほう、その表情(カオ)は、いい出会いだったみたいだねぇ?」

 ジェシカさんの笑顔を視界の端に収めつつ、真っ直ぐタイラーくんを見てニヤついて見せる。

 タイラーくんは表情を動かさないで、しかしさり気なく視線を俺から外す。

 

 おー? 何だい初々しい反応じゃないのぉ?

 

 完全なるオッサンモードでニヤニヤと、タイラーくんをイジる気満々な俺。

 色々聞きたいことが有るよねぇ? ねぇタイラーくん?

「タイラーは料理が上手くてね、外食を減らせて助かるんだよー」

 ニコニコのジェシカさんは、上機嫌で口を開く。

「お前が無闇に外食をしたがるだけで、俺は普通だ。大して料理できる訳でもない」

 対して、タイラーくんは冷静に応える。

 うんうん、まだまだ序の口だもんねぇ。

 イイヨイイヨー。

「掃除も得意だもんね。お部屋が綺麗で助かるわぁ」

 おお、お掃除。

 お部屋のお掃除する程の仲ですか。

 いや、同じお部屋だから必然的にぃ?

 ニコニコ顔のジェシカさんと、ニヤニヤヅラの俺。

 心底鬱陶しそうなタイラーくん。

 どう反応して良いのかわからない子供組。

 ガヤガヤと喧しい此処、ギルド併設の酒場で、このテーブルだけ生暖かい空気が漂う。

「お前は散らかし過ぎだ。服を畳むくらいしろ」

 おぉ?

 タイラーくんの反撃。

 それは同棲を認めたに等しいが、面白いからもうちょっと突っつこう。

「おやおや。下着なんかもタイラーくんが畳むのかね」

 質問がもう、セクハラのオッサンそのものだが、これは酒の所為だ。

 俺はあんまり悪くない。

 いやぁ、酒って怖いね。

「そうだ」

 だが、短く答え、タイラーくんは少し大きめの音と共に、木製のジョッキをテーブルに置く。

 っていうか叩きつける。

 あれ?

「コイツ、毎度毎度人の部屋に勝手に入ってきて、好き放題散らかして居るんだぞ? 自分の部屋に帰れって言っても、今日は部屋を取ってないとか平気で言う。信じられるか⁉」

 あ、あれ? なんか風向きがおかしいぞぅ?

「毎回1人分で取ってた部屋に押しかけられて毎朝注意されつつ違約金払って、最近じゃ最初から2人分だ! 無駄な(かね)を使っているのに、コイツは酔って帰ってくるわ宿代は払わないわ……!」

「お、おう」

 ヒートアップするタイラーくんの勢いに押されきって困り果てる俺。

 ジェシカさんはニコニコ顔でエールのお代わりである。

 っていうか、ジェシカさんや、アンタ何してんの。

 色んな意味で大物すぎるでしょ。

「大体お前は……!」

 タイラーくんが俺への愚痴から、短いステップで本人への口撃に移ろうと、身体(からだ)ごと向きを変える。

 おー、言ったれ言ったれ。

 そういうのは本人にキッチリ言わないとダメよ。

 

 俺はジェシカさんには、そういうの効かない方に賭けるけどな。

 

 だが、彼の文句が口から飛び出すより先に、ギルドの扉が荒々しく叩き開けられた。

 反射的に視線を入り口に向けた俺達、いや、その場のほぼ全員の前で、その男は荒れた呼吸を強引に整え、そして声を発した。

魔獣(まじゅう)が! 魔獣(まじゅう)がこの街に現れた!」

 俺を一時捕縛した衛兵と同じ装備のその男は、汗まみれの顔を拭おうともせず、それだけを叫ぶと、そのままカウンターへ向かい、案内係に率いられて奥へと向かって行く。

 あの(サブ)マスターみたいな熊、ハンスさんと話をするのだろう。

 

 魔獣(まじゅう)、ねぇ。

 随分と急なイベントじゃない?

 

 俺はポーションを(から)になった自分のジョッキに注ぎ、残りを少年達と大人組に(すこ)しづつ分ける。

「酔い醒まし。これから仕事っぽいじゃない?」

 言って、俺が率先して飲み干す。

 

 毒にも効くと思うから、アルコールも分解してくれるだろう。

 勿論、試したことなんかないけどね!

 

 子供組は酒飲んでないけど、なんかまあ、気分的な?

 ともあれ、顔を見合わせた都合6人だったが、振る舞った俺が率先して飲んだのが効いているのか、割と迷いなく飲み干していた。

 取り敢えず熊ハンスさんが出てきて指示を飛ばすだろう事が予想できたので、俺達は装備を確認しつつその登場を待つのだった。

 

 

 

 案の定、すぐに熊の化身、(サブ)マスターことハンスさんが皆の前に姿を現す。

「昼だと言うのに飲んだくれがそれなりに居るな? 結構結構」

 流石にギルドの(サブ)マスター、魔獣(まじゅう)が迫る中、流石の胆力。

 っていうか、魔獣(まじゅう)が何匹なのか判んないから、少なくとも俺は慌てようが無いのよね。

 少年たちは不安そうで、カレンちゃんとティアちゃんは両側から俺の手を握っている。

 

 うーん、かわいぃ……。

 

魔獣(まじゅう)の群れがこの街の外に陣取っているそうだ。北門の先、ほぼ真北からこちらへ南下して来たらしい。大森林から出てきたんだろうな」

 ほうほう?

「北門ってのは?」

 小声で、ティアちゃんに聞いてみる。

「今日、薬草(やくそう)取りに出た門です。昨日、魔獣(まじゅう)が出たのも……」

 なるほど、あっちが北ね。

 全然意識してなかった、ちゃんと方角は覚えておこう。

 しかし、昨日のあの狼が出た方か……。

 昨日の魔獣(まじゅう)も、その大森林とやらから出てきたんだろうか。

 いや寧ろ、今日出てきてるのも同種なのか?

 

 ……アレがそのまま出てきたんだったら、正直全然怖くないんだが……。

 折角、ゲームプレイ中には見なかった狼というか、4つ足系モンスターなのになぁ。

 え? 居る? 森のハンター? えぇ? 他にも居た?

 ……いや全然記憶に無いんだけど……居たのか、4つ足。

 

 無責任にどうでも良いことを考える俺を他所に、説明は続く。

「マトは大型の獣型、見た目は狼だが兎に角でかいんだそうだ」

 衛兵から受けた報告を、そのまま俺達に伝えてくれているのだろう。

「数は、目測で20匹以上。薬草採りの新人(ルーキー)と近場に出ていた日銭稼ぎが、相当数やられたらしい」

 あまりにも淡々と続く報告だったので、普通にスルーしかけた。

 

 は?

 被害者出てるの?

 

 こんな感想が即湧いた俺は、(あま)ちゃんで間抜けなのだと痛烈に思い知らされる。

 そうだ、昨日この子らが襲われて、俺が通りかからなければ危なかった、かも知れないのだ。

 今日は俺達は、たまたま薬草採取を即終わらせて、昼過ぎには帰ってこれたから魔獣(まじゅう)を見る事も無かった。

 しかし、普通に採取してたら、60本なんて時間が掛かる。

「ハンスさんや」

 俺は優しくティアちゃんとカレンちゃんの手を外し、2人に笑顔を向けてから前に向き直る。

「どうした、新人(ルーキー)

 話の途中だと言うのに、ハンスさんは律儀に俺の声を拾ってくれる。

「聞きたいんだ。その魔獣(まじゅう)ってのは、こうも度々街の近くまで来るもんなのか?」

 離れた位置からとはいえ、その目が真っ直ぐ射抜くように、俺の目を捉える

 何かを考えるように少し押し黙った後、ハンスさんは口を開いた。

「そうか、お前だったな。昨日、アレを倒したのは」

 一度頷いて、ハンスさんは言葉を続ける。

「正直に言う。昨日今日報告された狼モドキは、初めて見るモノだ。昨日の段階ではその脅威度を疑問視する向きも有ったが、今日の被害規模を聞くと、厄介なモンだ」

 疑問視、ね。

 不快な(いら)つきが、小さな火種になって胸中に灯る。

 まあ確かに、こんなチンチクリンな俺が、単身で倒せたんだ。

 話を聞くだけだったら、大した魔獣(まじゅう)じゃ無かったと思っても仕方がない。

 なにせ、立場が違ったら、俺だってそう思っただろうから。

 しかし、それでも昨日の時点で、魔獣(まじゅう)出没の情報は衛兵や冒険者達の間で共有されていた筈だ。

 軽くでも、注意喚起は出来なかったのか?

 それが有るだけで、少しは違った筈だ。

 勿論、それでも舐めて掛かる馬鹿は必ずいる。

 特に、現物を見て相手した訳ではない他の連中は、俺より楽観視しててもおかしくない。

 狼の魔獣(まじゅう)と聞いても、それがバカでかいと聞いても。

()っても、新人(ルーキー)が1人で3匹殺ったんだろ? 余裕じゃねえかンなもん」

 そう言って、鼻歌交じりに出かけて行くのが目に見える。

 

 拳を固く握る。

 どうしようも無く、(いら)つきが募る。

 

 キッチリと情報が上がっていて、その上での話なら、と注釈は付くが。

 俺と魔獣(まじゅう)、どっちの実力も知らずに勝手な判断をしたのが、一端(いっぱし)の冒険者だったら正直知ったこっちゃない。

 情報の重要性も理解できないような自殺志願者を止めるほど俺は優しくないし、見掛けても()っといたとは思う。

 だが、そもそも注意喚起する立場の者が、それを怠っていたら?

 若しくは、その情報を出す方が俺の報告を軽視して、舐めていたとしたら?

 俺はどうするべきだ? どういう態度で居れば良い?

「被害はどんな程度なんだ?」

 今だけは感情を押し殺して、冷静に問う。

 他の冒険者達と連携して、被害を押さえてくれているかも知れない。

 怒るにはまだ早い。

 そう、自分に言い聞かせている俺の耳には、聞きたくなかった現実が流し込まれる。

 

「被害は、惨憺たるもんだ。近場に食肉用の獣を狩りに()っていた駆け出しや、子供を中心とした外壁付近の採取組は……全滅だそうだ」

 

 左手を掴むカレンちゃんの手に、力が籠もる。

 子供。カレンちゃん達と同じ、孤児院組なのだろうか?

 親の手伝いをしたい、そんな市井の子供だろうか?

 

 どっちでも良い。

 どっちでも同じだ。

 どっちだろうが、守るべき、これからを担うはずだった命だ。

 

「そもそも、俺が昨日報告した筈だよな? 俺も午前中に薬草採り受けて出たけど、その時も特に注意なんか受けなかった。こりゃどういう事なんだ?」

 思わず漏れ出した俺の声は、まだ冷静で居てくれている。

 内心は煮え始めているが、まだ、声だけは。

 

 そう。思い返せば、俺は依頼を受ける時も、出かける直前でさえ。

 魔獣(まじゅう)が出たから注意してくれとか、そういう事を言われていない。

 実は引っかかっていたのだが、昨日報告したのは俺だ。

 だから敢えて、言わなかった可能性も有る。

 知っている筈だから、と。

 だが、そもそも誰も、そんな情報渡されてなかったら?

 注意すべき情報を持ってなかったら、普段どおりの単なる狩り、或いは薬草採りと同じ気分で出掛けるだろう。

 そんな子供の犠牲は、本人の不注意と言えるのか?

「今朝、俺は訓示を出した。魔獣(まじゅう)の出現報告が有った、些細な事でもいつもと違うことがあったら留意し、身の安全を守ることを第一とするように伝えろ、と」

 ハンスは髭の下の口を歪め、拳を握りしめている。

 俺と同じか。

 押さえているのか。怒りを。

 

 それは誰に対しての怒りだ?

 

「その指示を、勝手に解除した馬鹿が居る」

 ハンスの声が罅割れて聞こえた。

 限界まで感情を押し殺しているのか。

 聞いた俺の方が、怒りで聴覚がおかしくなったのか。

 沸々と煮えたぎり続ける俺の前で、ハンスもまた怒りを抱えて言葉を続ける。

「1人の受付役だ。面倒だし、魔獣(まじゅう)なんてそうそう出ない、そう言って。俺にそう進言して、許可を得たと嘘までついてな。多少は不審に思ったらしいが、俺の許可が有るならと、他の受付もそれに従ったらしい」

 続けられた言葉で、その内容で。

 怒りに震えるのは俺とハンスだけでは無くなった。

 冒険者の幾人かが、ある物は表情を消し、ある者は分かりやすく表情を憤怒(ふんぬ)に染めて。

「おかしいたぁ思ったんだよ。なんで昨日魔獣(まじゅう)が出たって報告が有ったってのに、今日その警告が無ぇんだってな」

 ベテラン風の冒険者が進み出ると、ハンスの胸倉を掴む。

「その巫山戯た受付、ここに連れて()い。どう責任取るつもりか、聞かせて貰いてぇもんだぜ!」

 事と次第に依っては、タダで済ませない。

 いや、あの怒り様では、そもそも言い訳を聞き届けることが出来るかも怪しい。

 俺も同じ心持ちだから、良く分かる。

 いや、俺のほうが少しばかり過激かもしれない。

 何故なら、今の俺の内心はと言えば。

 

 顔を見た瞬間に、八つ裂きにしかねない。

 その程度には、どす黒く(こご)っていた。

 

「そいつは今、別件で……ノーラッド絡みの不正で勾留中だ。近々、侯爵閣下の所へ送られる手筈だが」

 ハンスはそこで、一度言葉を切る。

 受付役の名前は出さなかったが、ノーラッド絡み、と聞いてピンと来た冒険者もかなりの数居るようだ。

 直ぐ(そば)に居るジェシカやタイラーの表情も厳しい物になっている。

 ハンスは受付の名前は最後まで出さなかった。

 冒険者は、あくまで、勝手に当たりを付けただけだ。

 ハンスがそこで、居合わせた冒険者の、様々な怒りの相を、目に焼き付けるように見渡す。

 一人ひとりの怒りを受け止めるかのように。

 その目が、俺とぶつかって止まる。

「今回の件も、侯爵閣下に報告せねばならん。そいつは、いよいよ覚悟が必要な状況になった」

 はン、覚悟が必要、ね。

 随分と、上品な言い回しをしたもんだ。

 受付が手を抜いて大惨事、街まで危険に晒した。

 その責任を取って死罪。

 今回の件だけじゃなく、色々やらかしてるらしい口ぶりだが、そんな(こた)ぁどうだって良い。

 罪には罰を、その原則は守ってると言いたいんだろうが、心底どうだって良い。

 

 馬鹿1人(くび)り殺した所で、子供達は帰って来やしない。

 

 だが、腹の虫は収まらない。

 収まる筈がない。

「……で、現状は?」

 仮面を(かぶ)りながら、手短に問う。

 返事を待たずに、暑さに外していた左腕のガントレットを再び纏う。

 スキル構成がどうとか、正直確認する心の余裕を、この時点で俺は無くしていた。

 昨日の時点で色々外してあったが、場合によっては付け直すことも視野に収まってくる。

 

 ――結果から言えば、この時スキル構成を戻す事をしなくて、本当に良かったと思う。

 

 地形がどうとか、周りの被害とか、知ったことか。

 こんな心持ちだったから。

 スキル構成を使い慣れたものに戻していたら、俺は本当に、この街の破壊者に成り下がっていただろう。

 述懐は兎も角、この時点で、俺の行動指針は決まっていた。

 

 1人で出れば、何も問題ない。

 

「どうにか逃げてこれた連中は、必要なものは手当を受けて、ほかは衛兵隊と共に北門で魔獣(まじゅう)の侵入を防いでいるそうだ」

 当然、その程度は出来ていて貰わなきゃ困る。

 冒険者側は不意打ちを受けた格好だろうが、衛兵隊は、魔獣(まじゅう)の情報を持っていた筈だ。

 当然、備えはしていなければおかしい。

「門扉を閉じる事も視野に入ってるらしい、というか半分閉じてるそうだ」

 だが、どうにも半端な対応に思える。

 

 随分と、お粗末な対処じゃねェか?

 

 情報を持っての、余裕の対応にはどうにも見えない。

 昨日の時点で、魔獣(まじゅう)の出現報告は、俺達が間違いなくして有るのだ。

 最初(ハナ)っから、防衛戦力を増強しておけば良かった話じゃねェのか?

 昨日の今日で増員が間に合わなかったか?

 それとも……。

「……昨日、衛兵の方にも報告した筈なんだが? 衛兵は俺の報告無視して遊んでやがったのか?」

 声に殺意が乗るのを止められない。

 ここで殺気を放った所で、何もならない。

 誰も助けられない。

 だが、それでも言わずに居られなかった。

「流れの旅人の話は信用出来なかったか? それとも、ただの旅人(ごと)きに倒せたケモノを、舐めてたのか?」

 誰も、ハンスすらも答えない。

「舐めて掛かった挙げ句、子供(ガキ)を見殺しか? 随分ご立派なモンだな?」

 振り返った数人が、俺の姿を見てすぐに視線を(そら)した。

「落ち着け。今から押し返す。ここにいる全員で――」

「うるせぇよ」

 ハンスの言葉を、俺は断ち斬る。

 

「まともに働く気もねぇ部下を、事が起きるまで切る事も出来無かった馬鹿に、今更何が出来るんだ?」

 

 (いら)つきが、どうあっても収まらねぇ。

 俺は左腰の剣を少し考えてアイテムボックスに放り込み、馴染みの短杖(ワンド)に持ち替える。

 次いで軍服の左ポケットに収まる、非励起状態の魔力の印を確認すると、身を翻して単身出口へと歩き出す。

 大人は別に良い。

 自己判断で、舐めて掛かったんだとしても自己責任だ。

 死んだ所で同情すら無い。

 俺自身にすら、それは当然のように適用される。

 

 だが、子供は?

 俺の報告を真剣に受け止めた大人が、止めるなりすれば良かったのではないのか?

 俺が、もっと危機感を持って、外で見掛けたガキどもに声を掛ければ良かったんじゃないのか?

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「これからするのは、タダの八つ当たりだ。ガキどもに注意喚起ひとつしなかったギルドと、まともに人の話も聞きゃしなかった衛兵どもと、ガキを殺した獣どもに、文句なんざ()わせねェ。巻き添えで死にたくなかったら、大人しくすっこんでろ」

 自分でも理解(わか)るほど頭に血が昇った俺は、赤く染まりつつ有る視界の中で、思考はそれなりに冷酷だった。

 

 冷静では無い。

 

 普段通りなんて、とても言えない。

 理解(わか)っているが、止める気もない。

 背中に向けて言葉を発していた俺は入り口で一度止まると、肩越しに振り返り、仮面越しにハンスの目を見据える。

(サブ)マスターさんよ。全部殺して戻ったら、キッチリ侘びてもらうぞ。俺にじゃねえ、顔も知らねェガキどもにだ」

 それも含めて八つ当たり。

 一番許せないのは、人任せにして安心しきった、俺の間抜けさ加減だ。

 俺は自己嫌悪を抱えつつそれだけ告げると、後はもう振り返らず、昼前にも一度出た北門へ向かって走った。

 

 

 

 渦巻く殺意に押しつぶされそうだった。

 ハンスは浮いた冷や汗を拭う。

 成程、怒らせてはならない手合であることは間違い無いようだ。

「おい。おいハンスさんよ。良いのかよ、新人(ルーキー)にあそこまで言わせてよ?」

 見知ったベテラン冒険者、Aランクのグスタフが、ハンスの胸倉を掴んだままでせっつく。

「事実だ。それに、あの怒り様よ。お前、アレの前に立って止める自信あるか? 多分、ノーラッドより酷い目にあうぞ?」

 多分、殺される事は無いだろうが。

 生きてるだけ、と言う状態が、果たして幸運と言えるか理解(わか)らない。

「冗談だろ。魔獣(まじゅう)だってあんな殺気出しゃしねぇよ」

 グスタフがハンスを解放しながら言うと、周りの冒険者も文句を言うのを辞めた。

 街でも数少ないクランを纏めるこの男は、口は悪いが面倒見もよく、クランメンバーのみならず、他の冒険者にも1目置かれている。

 そんな男が言うのだから、黙るしかなかったのだろう。

 それに。

「それは良いんだよ。寧ろ、俺達だって怒ってんだ。だから俺達も早く向かうべきだろうが!」

 この男も、頭に血が登っていた。

 リリスも子供が襲われたと聞いてから、明らかに殺気を押さえていなかった。

 それは、グスタフも同じだったのだ。

 昨日の魔獣(まじゅう)出現の件を知り、昼から他の冒険者に注意する様に話して居た。

 だが、グスタフがここに()る前に出た連中は、そもそも注意喚起すらされていない。

 

 ここで昨日の魔獣(まじゅう)の件を知った時には、彼は直ぐにハンスを呼びつけ、怒鳴り散らした程だ。

 子供や駆け出しが危険な目に有っているというのに、なぜ昨日の今日で警告らしい警告を出さないんだと。

 

 ハンスはハンスで、警告を出すように職員に指示を出していた。

 ここで初めて、お互いの認識に齟齬が有ると発覚し、ハンスは職員を問い質した。

 その後の顛末は既に話した通りである。

 この一件で、ギルドは冒険者達の信用を少なからず失うだろう。

 

 だが、それも仕方ない。

 

 反省も後悔も、今はしている場合ではない。

 今は兎も角全員で協力して、魔獣(まじゅう)を追い払わねばならない。

「その通りだ。新人(ルーキー)に遅れを取るな! ただし! 子供はここで待て!」

 ハンスはハルバートを手に、大きな動作で声を張り、冒険者を鼓舞する。

「衛兵は街に獣を入れないように、門に張り付いて動けまい! 俺達が斬り込む!」

 リリスの殺気に当てられて居た冒険者達が、ガチャガチャと音を立てて身支度を済ませ、今はそれぞれが怒りの火を内に灯して次々にギルドを飛び出していく。

「おう、ハンスさんよ。全部終わったら呼んでくれ。俺もあの嬢ちゃんに、説教受けなきゃ気が済まねぇ」

 グスタフは一抱えも有るような大剣を軽々と背負い、出口へ身体(からだ)を向ける。

「ああ、ぜひ頼む。俺1人じゃあ、怖くて仕方ない」

 割と軽口でも無い事を言いながら隣に立つハンスの背中を、グスタフのベテランらしい力強い平手が叩く。

 

 こうして、冒険者ギルドからの戦力が、北門へ向かって駆け出していた。




前半を書いてる時は、こんな締めになる予定は皆無だったという。

改変を試みるも、上手く行かなかったという。


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5 前略、救えませんでした。追伸、救われました。

改定作業で改めて思ったこと。

戦闘描写少なッ!


 俺には、ゲーム内で使用できた移動用のスキルが有る。

 ウィザードである俺が使えるのは、「テレポート」だ。

 日本語ローカライズされた時に、これ含めて数少ない、「漢字翻訳」されなかったスキルのうちの1つ。

 微妙に合ってない、感覚だけで当てられたっぽいスキル(収束魔力束(しゅうそくまりょくたば))や、駄洒落か? というスキル(魔踊舞刀(まようぶとう)……迷う舞踏ってなんだ)よりは、割り切ってて良いと思う。

 

 だがしかし、実際には移動用として使用するには少々難がある。

 その理由の最たるものがクールタイムの存在である。

 その再使用待機時間(クールタイム)は11秒。

 それほど待たないと思えるかも知れないが、これが意外と長い。

 本来は半画面程の距離を、緊急回避的に移動するものだが、ウィザードには――他のクラスは触ったこと無いので判らないが――そのクールタイムを「0」にする装備が存在する。

 それが、ナイトウォーカー。

 名前に反し、なんとも可愛らしい見た目のワンドだ。

 関係ないが、武器の名前は海外製の割とそのまんまの物が多い気がする。

 日本語訳とか、漢字が当てられてる武器も勿論あるけども。

 翻訳チームが違うのかな?

 それは兎も角。

 斜め見下ろし(クォータービュー)のゲームプレイ画面と違い、今俺はリアルな……いや、夢かも知れないんだよな、意外と深刻な……視界の中でその魔法を使用して気付いたことが有る。

 

 視界が切れていない限り、任意の距離、任意の場所に跳べてしまうのだ。

 

 気付いたのは今さっき。

 ナイトウォーカーに持ち替えて跳ぼうとした時に、跳べる距離が何となく、感覚で理解(わか)ってしまった。

 だって、マーカーっぽいナニカが出るんだもん。

 上空のような、遮るものがないところでは流石に制限がありそうだが、今見回す街の中では、俺は届かないと思える所がない。

 これ、あのゲームが3Dとかになっても、こんな便利には使えないんだろうなー、と思いつつ、夢ならではの? 仕様変更に使いながら慣れるように努める。

 まず、使おうと思えば、跳ぶ先の予定ポイントにマーカーが浮かんで見える。

 改めてそのマーカーに意識を向ければ、跳躍完了。

 なにせ今となっては真・リアル視点なので、3D画面どころの騒ぎではない。

 感覚で掴めるので助かる。

 あと、ゲームが違うが、「いしの なかに いる」を避けることが出来るのは大きい。

 死因が物体融合とか、ゾッとしないものである。

 

 ……怒ってギルドを飛び出した割に、随分余裕だなって?

 この部分は後付だよ! リアルタイムでこんな事考えながら激怒出来てたら、もう別の理由で医者に行かなきゃだろう⁉

 

 え? 並列思考? そんな人いるの? 凄いね……。

 

 というか、この時の俺は、もう本当に、感覚でテレポートを使ってたんだ。

 目につく建物の屋根の上に飛び、建物の上から上を次々に渡っていく。

 なるべく高く、なるべく遠くに。

 こうして後付で文章を足さないと足りないほど、シンプルな思考で、淡々と。

 ハッキリと脳裏に残っているその時の感情は、もう、あんまり言いたくないけれど。

 

 殺意、それだけだった。

 

 

 

 数度のテレポートの果てに、俺は防壁の上からそれらを見下ろす。

 

 そうして、舌打ち。

 

 何が20匹だ。

 見る限り、その倍は居るように見える。

 まあ、後から増えたのか。

 忌々しいその獣共の群れの一角、何かを漁っている連中を見て、俺は迷いなくそこに跳んだ。

 ゲーム内でのモーションと少し違うが、俺は跳んだ先に居る獣をテレポートの勢いで(はじ)いて(ひる)ませ、無防備な胴体を魔踊舞刀(まようぶとう)で細切れに斬り飛ばす。

 その一撃はスキルの上乗せこそ無いものの、手加減はしていないので数体(すうたい)を巻き込み、纏めて肉片に変える。

 こう見えて俺は、ゲーム内では曲がりなりにもレベル1250だ。

 難易度ノーマルに出るかどうか程度の雑魚(ザコ)、相手になる訳が無い。

 俺は続けざまにテレポートからの体当たりを、或いは蹴り――本来こんな挙動はないが、スキルの現地改修って事にしよう――を数度繰り返し、狼どもを文字通り蹴散らしながら、ある物をアイテムボックスを駆使して拾い集めていた。

 

 子供達の、無残な遺体。

 食い散らかされ、バラバラにされているものも多い。

 狼どもの餌にくれてやるには、俺の度量は小さすぎる。

 せめて、街の中で葬ることが出来るように。

 あらかた集めた所で、俺は上空経由で防壁の中へ戻る。

「貴様! いや、どうやって外へ出た⁉ どうやって戻った!」

 お偉いさんらしい衛兵が、突然現れた俺に驚きつつ、駆け寄りながら怒鳴る。

 

 それが、酷く癇に障った。

 

「うるせぇな。人の話もロクに聞かねぇクセに、質問の仕方も弁えねぇのかよ」

 仮面は外してない筈だが、その衛兵は明らかに気圧された。

 それすらも、気に入らない。

 ビビって狼狽える位なら、絡んでくるんじゃねえよ。

「……子供の死体を回収してきた。今から広げる。手を集めて、弔う手配をしろ」

 もう、丁寧に説明なんてする気分じゃない。

 何か言いかける衛兵を無視して、俺は地べたに遺体の欠片(こどもたち)を並べていく。

 酷く陰鬱な気分になるが、そのパーツの、どれとどれが組みなのか、「アイテム」として収容してしまった俺にはよく理解(わか)ってしまう。

 その凄惨な遺体をそれぞれまとめ、地面に、判明した名前を魔法で刻んでいく。

 収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)を応用し、細く弱く、丁寧に。

 並べた遺体は12人分。

 回収できた部位はまさしく断片で、それぞれが人1人を構成するには圧倒的に足りない。

「こ、これが……」

 衛兵達が息を呑むのが分る。

「犠牲者で、死体の部分が残ってた者だ。他に居たかもしれんが、回収できる死体はなかった……12人だ」

 俺は、本来会った事もなく、名前すら知らないはずの子供達の死体の欠片を前に、簡単に説明するので精一杯だった。

 そう、会ったことが無いから、「アイテム」として名前を知ることは出来ても顔は判らない。

 これも、俺を含め、衛兵隊、冒険者ギルド、幾つもの重なったミスと油断が奪い去ったモノだ。

 

 12人の名前を、俺は刻み込む。

 

「俺は昨日来たばかりの旅人だ。この街の人に、彼らを葬って欲しい」

 感情を漏らさないように苦労しながら、俺はそこまでを告げて、背を向ける。

「お前が……昨日の魔獣の報告をしたという旅人か……?」

 その背に、衛兵の声が貼り付く。

 

 どんな顔で、衛兵(おまえ)は俺を呼び止めたんだ?

 

「……だったら何だ? 文句を言われる筋合いはないぞ」

 振り返って顔を見たら殴りかかってしまいそうで、俺は姿勢を変えず、罅割れた声を絞り出す。

 今は耐える。

 直接的な仇は、今その防壁の向こうに居るのだから。

「済まなかった。報告は聞いていた」

 耳に滑り込む声に、一瞬、門の外の喧騒が遠退く。

 反射的に、ワンドを強く握りしめる。

「……謝罪の相手が違うだろう。間違えるな」

 それだけ言うと、俺は今度こそ、返事を待たずに防壁の上に跳んだ。

 

 防壁の内側には、どうやら冒険者(ぼうけんしゃ)どもが雁首揃えて集まってきたようだった。

 

 

 

 防壁にたどり着いた時には、外は戦争の有様だった。

 

 連なる閃光と爆発と衝撃。

 まるで戦役で呼び出される魔道士隊が列を組んで大火球の魔法を放っているような有様。

 それを、たった1人、単身で。

「ハンス殿!」

 ややもすれば現実離れしているその光景に見とれて、いや、圧倒されているハンスの耳に、名を呼ぶ声が響く。

 振り返れば、北門の監視と防衛を任されている衛兵隊の隊長が沈痛な面持ちで走り寄って来るところだった。

 

 

 

「これは……これが……そうか、リリスが」

 ハンスは地面に並べられた死体群の前に跪き、僅かに祈りを捧げる。

 全てが終わったら、その時に謝罪を。

「……警告を受けていたのに、()かせなかったこちらの落ち度だ」

 衛兵隊長がハンスに頭を下げる。

 しかし、ハンスはそれを偉そうに受け取ることは出来ない。

「いや、頭を上げてくれ。冒険者ギルド(こちら)も取り返しのつかない失態を犯している。だが、その話は全てが終わってからだ」

 (すこ)しづつ離れていく爆音が、押し上げられていく戦線を(あらわ)していた。

 ハンスはハルバートを抱え、門扉を抜けて防壁の外へ立ち、そして見る。

 

 絶え間なく降り注ぐ幾つもの火球が魔獣ごと大地を叩き、砕く。

 決して大きくはない体躯のリリスが、その杖を右手に掲げ。

 大魔法を行使するその姿、その背はまるで泣いている様で。

 

 ただ見ている事さえ、辛かった。

 

 

 

 都合50頭、ってところか。

 俺は魔力光弾(まりょくこうだん)の発動を停止し、一息()く。

 

 魔力光弾(まりょくこうだん)を止めたことで、流星雨(ミーティア)の発動も止まる。

 

 ()()()()()()()()のは、時間にして、1分ちょっとだったろうか。

 感情に任せて得物(武器)を持ち替え、目につく(はし)から光弾(こうだん)を叩きつけ、ミーティアが降り始めてからは視界もろくに利かない為、ただただ撃ち続けた。

 

 多分、実際にはもっと早い段階で敵の殲滅は終了していたと思う。

 だがその程度ではとても心は晴れない。

 憂さ晴らしの様に魔力を放出し、10分近くもの間、俺は魔力光弾(まりょくこうだん)を放ち続け、ミーティアを落とし続けたが、それでも気持ちは一向に晴れなかった。

 

 魔獣共は蹴散らして、大地は結構な範囲でクレーターが広がりガタガタに荒れ果てたが、俺の心は何も掴み取れなかった。

 

 得る物の無かった思考で、ぼんやりと考える。

 

 報告では20頭。

 来てみればその倍以上。

 数の確認も出来ない……訳はないだろう。

 ということはつまり、増えたということ。

 今まで、冒険者ギルドが把握していなかった魔獣が突然現れた。

 北の大森林、と言ったか?

 キナ臭い。

 どう考えても人為的だ。

 人かどうかはさて置き、意図的な物を感じるのは、俺が見もしない「そいつ」に罪を(なす)り付けたいからだろうか?

 剣を強く握り、モヤついた気持ちに任せて北へ踏み出そうとした俺の背に、声が掛かる。

「もう良い。大森林は、改めて調査を入れる」

 ハンスの声。

 彼は、彼自身は出来る事を確実にしていた事は理解した。

 だが、心の奥がザワつくのは止めようがない。

「人の話を聞きもしねぇであれだけの死人を出して、お前の何処を信じりゃ()いんだ? あぁ?」

 酷い八つ当たりだ。

 自分で判るから、余計に(いら)つきが募る。

「今、森ごと消して来てやる。それで万事解決だ、そうだろう?」

 振り返ることはしない。

 今振り返れば、気持ちが萎えそうで。

 

 他人(ひと)の所為にして楽になりたいが故に。

 

「森に生き、森に糧を得る者も居る。森でしか採れない種類の薬草類も有る。お前なら森を焼き払う事も容易いだろうが、許可出来ん」

 声の調子から、近づいて来ていることが判る。

 だが、俺は動かない。

 動けない。

「簡単な警告ひとつ出せなかったギルドの(サブ)マスターさんが、誰になんの許可だよ。寝言はガキどもの赦しを得てからほざけ」

 口が、まるで勝手に動いているようで。

 確かに憎しみは有る。

 だが、それは、ハンスに向けてのものではない。

 

 向ける相手が違う。

 

「……確かに、俺は判断ミスをした。職員を信じたつもりで任せきり、確認を怠った結果がこの惨事だ」

 ハンスは、俺の真後ろに立っている。

「だからこそ、もう間違える事は出来ん。お前が怒りのままに暴れる事は、許さん」

 振り返った俺は、ハンスの腹筋に拳を叩きつける。

 肉体的には非力とは言え、それなりのレベルの俺の拳は、だが、震えているように貧弱で。

 ハンスの巨体を揺らす事さえ叶わない。

「お前の許可なぞ居るか! 子供を死なせたお前の!」

「そうだ」

 悲鳴にも似た叫びが俺の喉から上がる。

 それを受け止めたハンスの声は、悲痛だった。

「俺が殺した。だからこそ、もうこれ以上の失敗は出来ん。お前を含め、この街の冒険者に俺の失敗を押し付ける事は出来んのだ」

 多分、きっと、ハンスはそんなつもりでは無かったのだろうけど。

 それはきっと、俺の聞きたかった言葉。

 俺は間違っていないのだと、そう言って欲しかった俺への回答。

 それが解って、俺は。

 

 ――酷く、気分が悪かった。

 

「宿に戻る。気分が悪い」

 俺がそれだけ言うと、ハンスは道を開けてくれた。

「明日、ギルドに顔を出せ」

 ハンスの声が聞こえたが、もう俺は返事を返す気力も無かった。

 

 

 

 冒険者達が北門に着いた時には、街の外は聞いた事も無いような爆発音が連なっていた。

 それも直ぐに収まり、フレッド達は門扉に走り寄ろうとして、地面の「それ」に気付いた。

 

 バラバラになった手や足。

 頭の一部、胴体の一部。

 その地面に刻まれた名前。

 

 それは、昨日、カレンが、そして自分がなっていたかも知れない姿。

 胃の中味がせり上がってくるのを感じた時には駆け出し、少し離れた所で吐いていた。

 涙がこみ上げる。

 改めて自分の運の良さ、リリスが通りかかってくれた幸運に感謝する。

 恐らく自分も気持ち悪くなっただろうに、追いかけてきてくれたカレンが背中をさすり、マシューとティアも直ぐ(そば)に居てくれている。

「ごめん……友達の……名前だったんだ」

 フレッドは消え入りそうな声で呟く。

 彼が目にしたのは、彼らと同じ孤児院の子供の名。

 地面に刻まれた名前と、転がっている右手、それだけで、間違いなく本人だと理解(わか)ってしまった。

 意識して見ていた事なんて無いはずなのに。

 

 その手のひらは、何故か妙に小綺麗で。

 

 思い出すその背中を、カレンが抱きしめる。

 言葉もなく。

 他の仲間も、言葉もなく、ただフレッドの(そば)に居続けた。

 

 

 

 ジェシカとタイラーもまた、他の冒険者達と同じくその光景を目にしていた。

 並べられた死体の断片と、その持ち主の名前。

 今や開け放たれた門扉から覗く、連続して止まない爆発の連鎖。

 

 吟遊詩人の歌う悪魔の、魔王の所業にも思えるその轟音は、ややあって収まる。

 

 聞いたところでは、冒険者たちが集まる前には魔獣は数を増やし、50に届こうかという程に膨れ上がっていたらしい。

 その群れの中に飛び込んだ小柄な、仮面の女冒険者。

 あまりにも華奢な見た目に衛兵が止めようとするも、彼らが動き出す前に魔法を放ち、数え切れないほどの火球を次々に大地へ()としたと言う。

 俄には信じがたい話だが、衛兵がそんな嘘を並べる理由もない。

「ただの小生意気な小娘だと思ってたんだがな……」

 タイラーが眼鏡を押し上げ、呟く。

「……あんなに怒るようには、見えなかったのにね」

 ジェシカが、笑顔を少し曇らせて、その呟きに応える。

 ただの口の悪い、少女と呼べるその見た目と合っていない感じの話し方の、不思議な冒険者。

 飄々としていて、ケンカを売ってくる相手には容赦しない癖に、冒険者が魔獣に殺されたと知るや、誰よりも激昂したお人好しの新人冒険者。

 近くに魔核迷宮(ダンジョン)も存在しないこの街に現れた、それも大地を覆う程の数の魔獣を、その大地ごと打ち砕いてみせた魔導士(ウィザード)

 

 どこかバランスの悪い、目を離せない後輩。

 

「あ、戻って……来……た……」

 自分でも、あまり物事に動じない方だと思っているジェシカだったが、門の内に戻ってきたリリスの姿に言葉が詰まる。

 いつも仮面のように纏っている、自分の笑顔が消えていることを自覚する。

 

 痛い。

 傷だらけの身体(からだ)で、止血もせずに。

 千切(ちぎ)れそうな両手を抱え、両足を引きずるように。

 

 血のように紅い瞳を、血の涙で濡らして。

 

 そんな姿を幻視してしまった。

 ハッとして見直せば、武器を収め、俯き加減で歩く小さな姿。

 その身体(からだ)には、実際は欠損どころか傷の1つも無いと言うのに。

「何だ……今のは……」

 自分のではない声に視線を向ければ、驚愕の相を浮かべたタイラーがリリスを目で追っている

 何が視えたのだろう。

 自分と、同じ()()が視えたのだろうか?

「タイラー……貴方(あなた)、何が()えたの?」

 恐ろしかったが、自分だけが()えた幻ではないと思いたかった。

 だから、意を決して尋ねる。

 

「血まみれで……泣いている子供だ……」

 

 短く応えるタイラーの顔をしばし見つめ、そして歩き去るリリスの姿を視界に収める。

 

 

 

 最悪な気分だ。

 

 宿に戻り、今日の分の支払いと、多分動きたくないだろうと、明日の分まで支払いを済ませる。

 湯桶の手配をして部屋に戻るが、ベッドに飛び込むともう動く気力が切れた。

 

 俺が悪いんじゃない。

 俺が殺した。

 俺は戦った。

 俺が見捨てた。

 俺が。

 俺は。

 

 ぐるぐると頭の中で文字が踊る。

 声が木霊する。

 頭が割れそうだ。

 

 俺が何をした。

 何もしなかった。必要な事を、ひとつも。

 

 いい歳だと言うのに、涙が溢れてくる。

 面白可笑しい冒険生活、その夢なのだと思い込んでいた。

 だと言うのに、これはなんだ。

 夢に牙を()かれた不快感。

 現実なのか?

 夢ではないのか?

 現実ならば。

 俺は、子供を見捨てたのか?

 判らない。

 理解(わか)らない。

 今こうして悩んでいるのも、きっと誰かに「違う」と言って欲しい、浅ましい俺の心の動きだ。

 情けない。

 何も違わない。

 

 俺はもう動く事を諦めて、泣きながら意識を手放した。

 

 

 

 冒険者ギルドに集まったのは、朝になってから。

 昨日、宿に帰ってからみんなで決めた。

 リリスさんの所に行こう、と。

「リリスさん、泣いてた……」

 ティアがそう言っていた。

 マシューにはその様には見えなかったが、酷く落ち込んでいるのはよく理解(わか)った。

 

「僕たちは助けられたのに、助けることが出来ないのは嫌だ」

 

 フレッドの言葉は、全員の気持ちだ。

 冒険者ギルドには、やはりというか、リリスの姿はなかった。

 念の為受付で聞いてみるが、今日はまだ姿を見ていないという。

 来たら、(サブ)マスターが用事があるから教えて欲しいと、伝言を頼まれる始末だった。

 テーブルのひとつに陣取り、フレッドが口を開く。

「リリスさんの宿に行こう」

 残る3人は同時に頷く。

 待っているのが辛い。

 迎えに行って、一緒に屋台でなにか食べよう。

 

「あら、お嬢ちゃんの居る宿、知ってるの?」

 不意に掛かる聞き慣れた声に、4人は振り返る。

 黄金色(きんいろ)の髪を纏めて、ニコニコと佇むお姉さん冒険者がそこに居た。

「……お前も宿に向かう気か。そこはこいつ()に任せたほうが良いんじゃないのか?」

 眼鏡に短髪で難しい顔のお兄さんが、そのお姉さんに釘を刺すが、見る限り手応えは無さそうだ。

「お姉さん達も、リリスさんの所に行くの?」

 ティアが警戒心もなく、見慣れた笑顔のジェシカに駆け寄る。

 その頭を撫でながら、ジェシカは笑顔を崩さず応える。

「まあねぇ。私も心配なのよ、あの子」

 マシューは無言で、ジェシカの隣で仏頂面のタイラーを見上げる。

「……昨日のあれは、アイツが悪いわけじゃない。明らかに悪い奴は1人居るが、他は『まさか』の重なりだ。誰にあんな被害が予想出来たと言うんだ」

 無表情で言いながら、マシューの頭を撫でる。

「アイツが自分を責める理由はない。少なくとも俺達は、礼を言わねばならん」

 不器用な撫で方だが、マシューは、いや、それを見ていたフレッドもカレンも、顔を綻ばせる。

 

 そうだ。

 僕たちは、リリスさんにお礼を言いたいんだ。

 

 今ひとつ、リリスに対してどうしたいのか、助けると言っても何をすれば良いのか掴めず、勢いに任せて行動を起こす事で突破口が見つかればと、闇雲に動き出した所だった。

 そこに大人な冒険者の言葉は、確かな指針となった。

「じゃあ、行きましょう? ここに居ると、相談とか言って飲み始めちゃうから」

「それはお前だけだ」

 ジェシカがのんびりとした口調で急かす様な言葉を発するが、受けるタイラーは容赦ない。

 2人のやり取りに、少年たちの笑顔はますます深まる。

 この人達が居れば。

 みんなでなら。

 

 きっと、リリスさんも元気に出来る。

 

「おう、坊主共」

 不意に掛かる声。

 振り返った胸元に何かが投げ込まれて、フレッドは反射的に受け止める。

 そこに居たのは、いつも何かと助けてくれる、グスタフが笑顔に髭を歪ませていた。

「あの嬢ちゃんトコに行くんだろ? そいつ持ってけ、なんか旨いもん食って、ここに嬢ちゃん引っ張ってきな」

 機嫌の良い笑顔で、豪快に笑う。

「良いのか? 受け取った以上、遠慮はしないが」

 フレッドの頭に手を乗せ、タイラーが問いかける。

「当たり前だ。それに、それしきの端金(はしたがね)じゃあ礼にならん。冒険者(おれたち)の礼はコイツだと決まっているからな」

 言いながら、ジョッキを掲げてみせる。

 グスタフの周りでは、やはり気のいい笑顔を浮かべた数人の冒険者が、同じ様にジョッキを掲げていた。

「……恩に着る。では、早速向かうとするか。(かね)まで受け取ってグズグズしていたら、ジェシカがエールを飲み始める」

「ちょっと、幾らなんでも酷くない?」

 タイラーがらしくもない軽口を叩くと、受けるジェシカは頬を膨らませてみせる。

「お前がさっき、自分で言ってた事だろう」

 真顔なので冗談か本気か判らないタイラーに、不満を表情で訴えるジェシカ。

 笑うグスタフたち。

 上手く行きそうな、そんな気持ちは膨れ上がる。

「よし行くぞ、リーダー」

 少し強めに頭を撫でられ、フレッドは驚いて振り向き、顔を上げる。

「今は、お前が臨時のパーティリーダーだ。頼むぞ」

 咄嗟の事に、声も出ない。

「そーそー。さ、急いでパーティメンバー迎えに行きましょ、おなかすいちゃったし、ね?」

 ジェシカが、フレッドの(ひたい)(つつ)く。

 ほんの僅か、呆然と放心したフレッドは、直ぐに力強く頷いた。

 行き先は知っている。

 なにせ、自分たちが勧めた宿だ。

 6人のパーティは、揚々とした足取りで、目的地を目指す。

 

 

 

「ここに居るの?」

 なぜだか、驚いた顔のジェシカと、やはり感情を読むのが難しいタイラーが、揃って宿を見上げる。

 朝と晩の食事付きで、良心的な価格とサービスが評判の名店「銀の馬の骨」。

 いい宿だが、妙な客が多いと言う噂もある。

「うん、僕たちがお勧めした宿なんだ」

 誇らしげなフレッドに続いて、マシューがタイラーを見上げる。

「昨日リリスさんが良い宿だって言ってくれたんだ。ここの、2階の角部屋に居るんだって」

 ジェシカとタイラーが顔を見合わせる。

「……どうしたの? お姉ちゃんたち……?」

 ティアが、不思議そうに見上げる。

 その顔を見下ろし、少しかがみ込むようにして視線を合わせると、タイラーは静かに口を開いた。

「ここは、俺も使っている宿だ」

 ティア始め少年たちは、驚きに目を丸くするしか無かった。

 

 

 

 ドアがノックされている。

 意識はとっくにハッキリしているが、今は全然動きたくない。

 

 悪いが、居留守にさせて貰う。

 

 宿代は昨日払っている。

 何の問題もないだろう。

「寝ているのか? 鍵は()いているか?」

 聞き覚えの有る声がドアの向こうから聞こえる。

 踏み込む気か?

「これくらいの鍵だったら問題ないけど、男どもは此処で待ちなさいな」

 押し(とど)める声。

 ……いや待て、あれは「男」を止めてるだけで、自分は入ってくる気じゃないのか?

 面倒くさい。

 だが、この女の声も聞き覚えが有る。

 

 ややあって、扉が開けられる音が聞こえた。

 おいおいおい……俺は今、手加減出来る気分じゃないって……。

 少し物騒な考えを始めた俺の耳は、その時、小さな細い声を捉えた

 

「リリスさん……?」

 

 カレンちゃんの声?

「リリスさん、起きてる?」

 続いて聞こえたのは、ティアちゃんの声か。

 もそり、と、俺は身体(からだ)を起こす。

「あらあらあら、暗いのに判るくらい酷い顔よ? ほら、桶借りてきたから、顔洗っちゃいなさいな」

 テーブルの上に湯桶を置いて、窓を開けるのはジェシカさん。

 差し込む光を反射して、金色の髪が眩しい。

「な……なんなの……」

 (うご)こうにも、泣きそうな顔のカレンちゃんとティアちゃんに飛びつかれ、身動きが取れなくなった。

 

 え、なにこれ。

 俺の捕縛命令でも出たの?

 

 鬱々と考え事をしていた俺は、寝起きの比にはならない程度には脳が動いていた筈だった。

 だが状況の変化が急すぎて、思考が着いていかない。

 

 身支度が整う前に部屋に踏み込んできた男ども――タイラーくんの顔面に、反射的に枕を投げつけるのが精一杯だった。

 

 

 

 扉を開けた先は薄暗く、カレンは心臓を掴まれたような気持ちで立ち尽くした。

 この部屋は、悲しい。

 

 違う、悲しいのはリリスさんだ。

 

 カレンは勇気を出して一歩踏み出し、それにティアとジェシカが続いてくれた。

 ジェシカさんは機転を効かせて借りてきた湯桶を、テーブルに乗せている。

 

 リリスさんは声を掛けたら起きてくれたけど、その顔は。

 

 泣きはらした、酷い顔だった。ジェシカさんは顔を洗うように言って窓を開けてくれていたけど。

 カレンとティアは、悲しくて、辛くて。

 迷わず駆け寄り、リリスに抱きついていた。

 

 

 

「あー。で、何? 心配で押し掛けたって? キミタチはオカンか何かかね?」

 顔を洗って身支度を済ませ、俺は正座させた男どもに事情聴取中である。

 男どもに向かって「オカン」呼びはアレだが、なんというか、お節介加減が同レベルである為、これは致し方のない表現だ。

 ちなみに仮面は付けてないし、髪も下ろしている。

 ウィザードと言えば、ゲーム内で見慣れたポニーテールなイメージだが、実は装備に依っては髪型も変わる。

 

 この程度でおしゃれ云々言うつもりは無いが、まあ、気分だ。

 

 面倒臭いだけとか、そういう事ではない。

 きっと。

「それにしても、リリスちゃんも此処に泊まってたなんてねえ」

 ジェシカさんが露骨に話題を逸らす。

 見え見えすぎてそんな……え?

「え? 何? ジェシカさん……じゃねぇな? タイラーくん、君、此処に?」

 ジェシカさんも宿を取っているのか確認しようとして、昨日の話からそれは無いなと思い至る。

 目を向けると、案の定、タイラーくんは眼鏡を直しながら頷く。

 

 格好つけてるけど、お前、今正座してるからな?

 

「そうだ。俺はこの上の部屋だ」

 (うえ)って……。

 何となく天井を見上げ、俺は溜息を()く。

「人が落ち込んでる時に、夜中(よなか)までドッタンバッタンうるせぇなぁと思ったら……」

 ありゃあ、よく分からんが、なんか色恋沙汰の音じゃねえ、まるで喧嘩の様相だったぞ?

 いやまあ、野暮だし聞かないけどね?

「それは済まない。昨日の夜から、お前を励ましに行こうと、お調子者が息巻いててな」

 そういう事言われたら怒れなくなるだろうが。

 いやまあ、もう怒るも何も無いけど。

「部屋がバレてたら、昨日の内に()かねない勢いだな……」

 照れ隠しに口にしたのは、割とどうでも良い下世話な軽口。

「そうだな。こう見えて向こう見ずの世話焼きだ。部屋が理解(わか)っていたら、昨夜の内に急襲していただろうな」

 おい。

 お前、冷静に言ってるけど、それお前。

 お前の相方が、夜中(よなか)に女の部屋に襲いに行くって言ってるんだぞ。

 ちょっと言葉選べ。努力しろ。

「だが、事実だ」

 タイラーくんはブレない。

 だけどなんだろう、ちっとも眩しくない。

 ジェシカさんと並んで、変人枠で良いと思う。

 

 すっかり毒気を抜かれた俺は、両側から美少女に抱きつかれるという大変な栄誉に預かりながらも、非常に釈然としない微妙な表情(ツラ)で、だけど立ち上がれる程度には心が軽くなっている事を確認して。

「まあ、なんだ。素直に礼を言うけど、でもなぁ」

 溜息混じりに、憎まれ口を叩く。

「お前ら、心配しすぎ」

 だが、真面目顔のツッコミ役は怯むこと無く、言葉をあんまり選ぶこともしない。

 

「あんな(ツラ)でとぼとぼ歩いて帰られて、心配するなって方が無理だろう。なんで街を救ったお前が一番傷ついているんだ」

 

 まっすぐの()が過ぎて、すぐには反応が出来ない。

 俺に抱きついてる2人の手に籠もる力が増した。

「言わせて貰うが。なんでお前があんな顔していたのか、本気で理解(わか)らない。まるで抱えきれない責任に押しつぶされそうな顔だったが」

 正座の姿勢を崩さず、タイラーは真っ直ぐに俺の眼を捉えたまま言葉を紡ぐ。

 タイラーだけではない。

 その両隣で、フレッドとマシューも真剣な顔で、俺を見ていた。

 まるで……。

 やめてくれ。

 俺は、俺には、その視線はキツい。

 そんな、真っ直ぐな眼で俺を見るのは辞めてくれ。

 俺は、誰も救えない出来損ないなんだ。

 

「お前が責任を感じる理由が何処にある」

 

 子供達の視線に耐えきれなくなりそうな所で、タイラーの声が耳に滑り込んできた。

 何処に有る、って、お前……。

 唐突な問いに虚を突かれ、漂白され掛けた思考だったが、直ぐに影がさす。

 自分の中に(わだかま)る思いと、タイラー達の真っ直ぐな視線に耐えかね、俺は俯く。

「俺が、街の外で張ってりゃ、それで救えたんじゃねぇのか? そうしたら」

「自惚れるな」

 漸く絞り出した言い訳じみた自傷(じしょう)の言葉を、タイラーがあっさり打ち壊してくる。

「お前は強い。ちらりと見た程度だったが、圧倒的だと思った。だが、それだけだ」

 何を言われているのか理解(わか)らない。

 俺は再び顔を上げる。

「お前だけじゃない。完璧な人間など居ない。強かろうがなんだろうが、1人で全てをなど、傲慢が過ぎる」

 俺は、ぽかんとタイラー()()を見る。

「お前は、衛兵に報告もしたし、冒険者ギルドにも報告している。どちらにも、魔獣の死体を見せて。お前は出来る事を、迅速にしていたんだ」

 何を、言ってるんだ?

 

 そんな事は、それは、だって、俺は誰も救えなくて。

 

 うわ言のように、それは唇から零れ落ちる。

「だから。お前は出来る事はしていたんだ。後は上が動く問題だ。冒険者ギルドは受付の身勝手で、衛兵隊は情報を軽視して、結果ああなっただけだ」

 真っ直ぐに、タイラーくんの()が、俺の眼を捉える。

 

「お前は、悪くない」

 

 俺が聞きたかった言葉。

 

 気がついた時、俺はボロボロと涙を零していた。

 人前で泣くなんて、大の大人が、なんて格好悪いんだろう。

 だが、俺は涙を止める事が出来ず、釣られて泣いている12歳の少女2人に頭を撫でて慰められるという状況に陥ったが、そんな事に気付く余裕もなく只管涙を零すのだった。

 

 

 

 今更気を利かせたタイラーくん(ひき)いる男どもは先に宿を出て、(おもて)で待っているらしい。

 何でも、ギルドで呼ばれているとか聞かされ、昨日のハンスとの別れ際のやり取りを思い出した。

 その前に、何やら食事にもお誘いらしい。

 ギルドに行けば、酒の海で食事どころでは無いとかで、昼くらいは飯を食っておくとの事だ。

 それは良いのだが、「(おもて)へ出ろ」は使い(どころ)を間違っているぞ、タイラーくん。

 

 どうも俺はお節介で、気の良い――俺には勿体ない仲間が出来たらしい。

 

 それは良いんだが、そう言えば俺、ギルドの(サブ)マスターに「説教する」宣言してたような。

 なんか、急にギルドに行きたく無くなってきたな……。

 それを言ってもどうせ、あいつ()はお構い無しで俺を引っ張っていくんだろうなぁ。

 

 

 

 調子に乗って啖呵を切るのは、もうコリゴリだ。

 溜息を()く俺の顔は、きっと泣き笑いだったと思う。




感情に振り回されて疲弊。
仲間に救われるのは、きっと王道。


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6 夢と居場所、現実と仲間

大人だって、泣く。
大人だから、泣かない。
大人って、大変。


 えーと、何ていうか。

 お見苦しいところを何か色々お見せしてすみませんでした、俺です。

 

 まだ出会って2日? ジェシカさんとタイラーくんは1日しか経っていないと言うのに、俺はもう既に引っ張りまわされてます。

 

 何だよもぉう!

 もう既に頭の上がんない人が着々と増えてるんですけど⁉

 

 

 

 昼飯は落ち着いて食いたいと言う俺の希望で、冒険者ギルド近くの食堂に連れて来られました。

 大丈夫だろうなここ?

 熊のハンスさんとか来やしねぇだろうな⁉

 

 どうせ顔を合わせなきゃいけないんだけど、せめて飯食って落ち着いてからにして頂きたい。

 

 あと、よく分からんのでパスタっぽいモノを頼んだんだけど、思った以上にパスタだったわ。

 普通に美味い。

 飯が美味いと、それだけで幸せだよね。

「うんうん。ホントに、幸せそうに食べる子ねえ」

 ジェシカさんが、飯を食う俺を見て、しみじみと呟く。

 いやだってさ、ていうかジェシカさんだけじゃなく、他の連中にも言えないけどさ。

 異世界転移ものってさ、飯がマズイってのがなんか、デフォっぽくね?

 それがさー、俺、この世界の食事が合ってるだけなのか、妙に美味いんだよ。

「美味いよ? コレ」

 返事代わりに感想を述べて、俺はパスタをがっつく。

 仮面は外してるけど、テーブルマナーとか知らんし。

「食いっぷりと普段のふてぶてしさはベテラン並だな。女にしとくのが勿体ないから、俺はこれからは悪友の1人として接する」

 おぉん?

 随分静かに食事してるかと思えば、上品なお作法の割には随分な口っぷりじゃないの?

「なんだよ、恋人にしたいとか、思った事は素直に言ってイイんだぞ? んん?」

 無論俺の方にそんなつもりは毛頭無い、と言うか俺は何度でも言うが女が好きなのだが、嫌がらせの為ならこの程度の軽口は余裕で(たた)ける。

 俺が言うと、タイラーくんは照れる様子を微塵も見せず、心底嫌そうな顔で動きを止める。

 おゥ、なんだコラ?

 お前、普段殆ど表情変えない癖に、なんで今だけマッハで嫌そうなんだ? あぁン?

「……無いな。無い。無さ過ぎてもう、うん、無いな」

 溜息まで混ぜ込んで、見事なまでの残念さを表情でまで表現して見せた。

 意外と芸達者だなコイツ、なんて思う()も有ればこそ。

()いは1回だコラァ!」

 俺は即座に噛み付く。

 単純に4回も並べやがって!

 少しはヴァリエーション豊かに言ってみせろや!

 

 少年冒険者達は、俺達の漫才に笑っている。

 ……そんなつもりはないんだけど、まあ、子供が笑ってるなら良いか。

 子供達の笑顔ってのは、基本()やされるもんだ。

 悪くないね。

「笑われてるんだがな」

 

 ッそういうトコだぞメガネェェ!

 

 

 

 食事も終わろうかってタイミングで、フレッドくんが俺に小袋を差し出してきた。

「うん?」

 理解(わか)らないなりに手を伸ばし、手のひらに乗る重さと金属が擦れる音に、中味の大凡を知る。

 中味は何となく理解(わか)ったが、理由が分からん。

「フレッドくん? こいつは一体?」

 (かね)を貸した覚えもないし、借りる予定もない。

 飯代のつもりなら、だいぶ多いと思うぞ?

 

 あ、ちなみに中味は銅貨か銀貨だと思う。

 

「ギルドの、グスタフさんから。コレで何か食べろって!」

 何処か誇らしげに、フレッドくんが言い切る。

 グスタフ……?

 名前に覚えがなく、戸惑う俺の動きが止まる。

 腕組みまでして考えても思い出せない名前。

 そんな相手からの(かね)なんて受け取って良いものか、迷ってしまったのだ。

「……受け取れよ? ベテランが態々気を使ってくれた物だ」

 そんな俺の内心を見透かしたように、タイラーくんがボソリと言う。

 

 ああ、そうだな。

 

 俺は小銭の詰まった袋を握りしめ、小さく頷く。

理解(わか)った、ありがとよ……。フレッドくん、態々ありがとな!」

 前半は小さく、タイラーくんに向けて。気を取り直してフレッドくんには笑顔で礼を言う。

 嬉しそうに笑うフレッドくんの頭を、思わず撫でてやる。

 かわいいやつめ、うははは。

「ご機嫌なところ悪いが、笑顔が汚い……じゃない、食事が終わったならギルドへ行くぞ。ベテラン連中にも、お前を持ってこいと念を押されてるからな」

 誰の笑顔が汚いだとあァン⁉

 って言うかさらっと何か言ってるけど、なにそれ。

 特に最後のやつ、俺何も聞いてないんだけど?

 

 

 

 食後の余韻ってさ、大事だと思うんだよね?

 例えばさ、こう、砂糖をたっぷり入れたコーヒーとかさ? 欲しいじゃない?

 

「うははははは! 呑めコラァ!」

「うるせぇ! 抱きつくな髭が(いて)ぇ!」

 

 なにコレ?

 って言うか、酒を飲んでるからとうっかり仮面を外した、自分の危機感の無さが恨めしい。

 

 冒険者ギルドに入り併設の酒場に足を踏み入れた途端に、昨日見掛けた気がする冒険者達に囲まれたかと思えば、あっという間にテーブルまで拉致され。

 嬢ちゃんはミードがいいだろ? とか勝手にオーダーが決まり。

 あれよあれよと冒険者の群れに囲まれテーブルまで拉致され。

 身長こそハンスさんよりかは低いが、似たような屈強なガタイの髭のあんちゃ……いや、もうオッサンでいいや、そんな筋肉の塊の隣に座らされる。

 この髭で眼帯のオッサンが、グスタフとか言うベテランらしい。

 言われてみれば昨日見掛けた気はするが、しかしそれだけだ。

 特に絡んだ記憶は無いんだが、なんで俺はこんなオッサン達に囲まれて酒呑まされてんだ?

 用事があって呼び出された筈じゃ?

「そうだよ! アレだろ、ハンスのオッサンに呼ばれてるんじゃねェのかよ、俺ぁ!」

 ミードのジョッキをテーブルに叩きつけるも、この酔っぱらい共、笑うだけで聞きゃしねぇ……!

「呼んだか?」

 魅惑の低音(バス)に視線を転がせば、出たなギルドの熊さん。

 っていうかいつから居たんだよ?

 何で当たり前みたいな顔で隣に座ってんだ、なんでこんな筋肉に挟まれてんだ俺。

「呼んだか、じゃねーよ! なんだよ、用があって呼んだのはそっちだろうがァ!」

 もう、俺の落ち込みとか反省とか立ち直りとか、その辺の諸々の俺の心情を返せこの野郎ども!

 

 

 

「明日、葬儀だ」

 やんややんやの宴会ムードの中、ハンスの低い静かな声が、ジョッキを傾ける俺の鼓膜を叩いた。

 一瞬、何を言われたか判らない。

 数秒、間抜けな顔を晒してから、思い当たってジョッキを静かにテーブルに戻す。

「……そっか。もっと時間掛かるかと思ったけど、案外早いのな?」

 目を閉じる俺の脳裏に浮かぶ、12の名前。

「ああ。教会に話をつけて、本当ならもっと掛かる筈なんだが、手を尽くしてくれたらしい」

 へぇ……。

 昨日あんな事があって、中1日(なかいちにち)で。

 この世界の常識なんて知らないが、思っていたよりだいぶ早い。

 冠婚葬祭で、急に発生し、待ったが利かないのが葬儀とは良く聞く。

 色々(いろいろ)便利な世界でも手続きやら色々(いろいろ)大変なのに、この世界は……いや、意外とシンプルなのかも知れない。

 システムも含めて、それこそ色々(いろいろ)と。

(なん)にせよ、それで一旦は気持ちの整理も着くかな」

 救いを求めるように、俺は吐息に言葉を乗せる。

「……さあな。残された方が、歯を食いしばるしかない部分だ」

 この世界の人間も、案外厳しい。

 欲しい答えは、簡単には届かない。

 世界が違えど、そこは変わりが無いらしい。

「違いない」

 俺は追加で頼んだエールを呷り、呟く。

 そう、俺が歯を食いしばり、生きていかなきゃいけない。

 

「昨日の説教は、しなくて良いのか?」

 ポツリと、そんな声が耳に転がり込む。

「ハッ。暴れて全部吹っ飛んで、忘れちまったよ」

 せいぜい仏頂面が作れている事を祈りながら、俺はエールを呷ろうとして、ジョッキが(から)になってる事に気が付く。

 通りかかったウェイトレスのお姉さんにジョッキを掲げ、お代わりをアピール。

「そうか。じゃあ、勝手に反省させて貰おう」

 俺はハンスの声が聞こえなかったフリで、受付カウンターの方へ目を向ける。

 昨日親切に対応してくれたお姉さんが、他の冒険者に依頼(クエスト)の案内をしているらしい。

「今回やらかした受付は、これから処分が決まるが」

 殊更声を押さえて、ハンスが呟くように声を寄越す。

 俺はそれにも興味なさげに反応せず、手持ち無沙汰に指先でテーブルを(はじ)く。

「……つまらん余罪が有る所に、洒落にならんことを仕出かした。まあ、死罪だろうな」

 俺はすぐに反応する事をせず、ウェイトレスのお姉さんからジョッキを受け取ると、一度それを呷ってから、ジョッキをテーブルに置く。

 

 ……お姉さん、これミードだよ。エールの方が欲しかったよ。

 

「正直知ったこっちゃ()ぇな。無罪放免だってんなら、探し出して殺してやらんでもねぇが。法に則ってきっちり裁かれるんだったら、俺の出る幕じゃねぇ」

 不思議なもんで、このミードは妙に甘ったるくて、妙に重い。

 口当たりも違う気がするが、それでも同じ様に感じるのは、あんまり美味いと思えない事だ。

「でも良いのかい、新人冒険者にそんな話聞かせて。萎縮しちゃうかも知れないぜ?」

 俺が言うと、ハンスはジョッキを大きく傾け、中味を一気に呷る。

「萎縮して大人しくなるタマが、あんな啖呵を切れるものか。それに、あの馬鹿の事は、もう全員気がついてる」

 ハンスもウェイトレスさんに向けてジョッキを持ち上げ、アピール。

 コレでこのオッサンにもミードが来たら面白ェな、とか無責任に考える。

「まあ、そこに関しては俺が言う事ぁねぇな。今後同じ事は無いんだろ、(サブ)マスさんよぉ」

「ああ。二度と舐めた真似はさせん」

 お代わりのジョッキをを受け取ったハンスはエールを、俺はミードを。

 2人同時に呷り、喉を湿らせる。

 テーブルの向こうでは、こちらの様子を伺いつつも冒険者のオッサン(ども)に揉みくちゃにされてる少年たちと、変わらぬ笑顔のジェシカさん、これも変わらぬ仏頂面のタイラーくんが見える。

 この世界で、たった数日でこんな所で冒険者なんてする事になって、気がつきゃ慕ってくれたり、イジられたり、なんか良く分からん扱いされたり。

 ……仲間が、友達(ダチ)が増えたもんだ。

「なあ、オッサン」

 特に考えもなく、ハンスに声を掛ける。

「オッサンはよせ。俺はまだ27だ」

 ハンスの思いがけない反応に、虚を突かれた俺は馬鹿みたいな顔でハンスの顔を眺めて、そして爆笑した。

 

 27? コイツ、俺と同い年(タメ)なのかよ。

 

 見た目と釣り合ってるとかいないとか、そういう話と別の所で、俺は可笑しくて堪らず、涙まで零して笑う。

 ハンスさんは急に馬鹿笑いを始めた俺に怪訝な顔を向けるが、そんな様子も可笑しくて、俺は涙を拭いながら言う。

「27でオッサンだと思ってねェのは、本人だけだよ」

 俺にしこたま笑われても、ハンスさんは軽く溜息を()いただけでいなす。

同い年(タメ)の俺が言うんだ、間違いねェよ」

「お前な……流石にそれは笑えんぞ。そんな30手前が居てたまるか」

 可笑しくて仕方がない俺の視界で、ハンスは憮然として俺を眺め、ジョッキを(あお)る。

 そっか、そう言えば俺、今は見た目が小娘だっけか。

 やれやれ、癖やら喋り方やら、変わらない事の方が多いからついつい忘れっちまう。

 色々と慣れないモンだ。

「ああ、そうだ、説教代わりだ、これだけ聞いてくれ」

 笑いで誤魔化してから、小さく、ごく小さく。

 俺はハンスに囁く。

 

「死んだガキどもの名前を、せめて忘れねェでいてくれ」

 

 ジョッキを少し音を立ててテーブルに置くと、ハンスはやおら立ち上がる。

 その眼を俺に向けること無く。

「任せろ」

 だが、しっかりと力強くハンスは頷き、歩み去った。

 

 

 

「なんで昼過ぎだってのに、俺はあんなに呑まされたんだ? ていうか、俺が呼ばれた理由はアレだけか?」

 (とど)まれば呑まされ続けるだけだと気がついたのは、ハンスが仕事に戻ってしばらく後だった。

 ってーか、仕事中に酒飲んでんじゃねぇよ(サブ)マスよ。

「あらあら、まだまだ飲めるんだけどなぁ」

 表情どころか顔色も変わっていないジェシカさんが怖いよ。

 この人、見てる限りでジョッキ手放してたタイミングが無かった。

 ついでに言えば、タイラーくんも同様だ。

 当然、顔色が変わってないところまで同じ。

 なんなの、実は酒じゃなかったとか?

「正真正銘のエールだ、当然、まだまだ呑める」

 キリリとした表情で言うことじゃねェよ。

 ただの呑兵衛宣言じゃねぇか。

 少年少女組はお茶と果汁飲料(ジュース)だったらしいが、飲みすぎてちょっと気持ち悪いらしい。

 ギルド前のちょっとした広場で、少し奥まった所に有る屋外のテーブル付きの椅子に座り、ぐったりとした俺は絶賛愚痴真っ盛りである。

 

 俺が愚痴って、タイラーが混ぜっ返して、ジェシカさんが笑って。

 子供達は時々オロオロしつつ、でも結局は笑って。

 軽口の合間に、また愚痴が出て、ほんで(ちい)さな夢みたいな事を話して。

 

 何か、このメンツを眺めていると、唐突に脳裏に閃く物があった。

 俺が欲しかったもの、もしかして此処でなら届くのでは?

 実行するかは別として、ちょっと話を振ってみよう。

「なあ、あー……こういう相談は無愛想メガネが適任ぽいな」

「誰が知的メガネだ」

「言ってねぇよ」

 ……コイツ、実はかなり酔ってねェか?

 なんだ今の切れ味バツグンの返しは。

 ほんで、なんだそのドヤ顔は、この野郎。

 

 そんな俺とタイラーくんのやり取りを、ジェシカさんと少女組が笑って眺める。

「実はな、こういう物がそれなり余ってるんだが」

 殊更興味を引くように心がけ、俺は懐に手を入れ、実際には何も持っていないその(てのひら)をテーブルの上に広げ、滑らせる。

 タネも仕掛も勿論ある、だけど余人(よじん)にゃちょっと出来ない、そんな手品。

 

 空っぽの(たなごころ)が通り過ぎたテーブルの上に、ちゃりんと響く澄んだ音。

 そこには、金貨が12枚。

 

 金貨(これ)は俺がゲーム内で入手し、そのまま持っていたものだが、こちらで使えることは昨日確認している。

 俺の動作に釣られて俺の手元を覗き込んでいた一同は、すぐには反応せず、それぞれ顔を見合わせたりしている。

 さしものジェシカさんも驚いたように表情を変えると、金貨を1枚()にする。

「普通の金貨だけど、どうしたの? ……危ないお金じゃないでしょうね?」

 うん、まあ、割と普通の反応だと思う。

「……なんだ、礼のつもりか? まあ、そういう事なら受け取るのも吝かでは無いな」

 なにが吝かでは無いんだこの野郎。

 間違いねぇ。コイツは酔ってる。

(ちげ)ぇよこのスカタン。……いや別に、欲しいならやるけども」

 ツッコミの後の言葉にはきっちり反応して、全員に2枚づつ金貨を分けるタイラーくん。

 分ける前に礼のひとつも言えよ馬鹿。

「あ、あの、リリスさん、良いの?」

 カレンちゃんが凄く申し訳無さそうに聞いてくる。

 普通はこうだよな。

「ああ、良いよ良いよ。大事に使いなよ?」

 ひらひらと手を振って見せると、カレンちゃんとティアちゃんが顔を見合わせ、輝かんばかりの笑顔をこちらに向ける。

「ありがとう! リリスさん!」

 ほら。

 コレだよ、判るか?

 何か貰ったら「ありがとう」、基本だろうが。

 今度は俺がドヤ顔でタイラーくんに顔を向ける。

「なんだ? 受け取った事に礼など要らんぞ、気にするな」

 だが、俺のそんな思いなんて欠片程も届きはしていない。

「そうじゃねェよ酔っぱらい! 馬鹿じゃねェのか⁉」

 酔っていようがいまいが、ホントに……! コイツは……!

 

 一瞬、相談するのは辞めようかと思ったが、まあ、反応を見たいだけと言う部分もあるし、ネタとして話を聞いておくのも有りだろう。

 俺は気分を落ち着け、殊更咳払いをしてみせると、切り出した。

 

「毎回宿の手配が面倒臭いし、纏めて払うのも、その間に遠出の依頼(クエスト)受けちまうと勿体ない」

 俺の言葉に、何を言い出すのかと、全員が顔を見合わせる。

「いやまあ、今の俺は新人だし、遠出の予定どころか、そんな依頼(クエスト)請けられるかも判らんけど。それこそこんな商売だ、何が有るかは判らん」

「まあ、それはそうよね?」

 ジェシカさんが頷いてくれる。

 少年少女組はピンと来ていない様子だが、不思議そうながら黙って話を聞いてくれている。

「それでな? いっそ、家でも買おうかとか、考えたわけだが」

 ジェシカさんとタイラーくんが顔を見合わせ、そしてジェシカさんは爆笑し、タイラーくんはやれやれと首を振る。

 だが俺はノーリアクションだ。

 この2人の反応は、予想出来ていたのだ。

「あのね、リリスちゃん、金貨が10枚20枚あっても、家を買うには流石に足りないのよ?」

 うんうん、そう来るだろうね。

 ジェシカさんがそっちに行くとなると、タイラーくんが舵を切る方向も概ね予想出来る。

 ……シラフだったらだが。

 頼むから今だけでいい、まともか、せめて俺の意図する方に転がってくれ。

「子供の小遣いにしては破格だが、家を買うとか、少し夢を見すぎだな。そもそもお前は予算をどれくらい持っているんだ?」

 よし。

 なんか人を小馬鹿(こばか)にしたようなドヤ顔が微妙に(いら)つくが、今回は我慢してやる。

 

 今回だけな!

 

 

 

 ところで、多くのハクスラゲームは、割と貨幣の価値が掴み(にく)い世界だ。

 場合によっては宿屋が無いなんてゲームまであるし、どうにも現実との比較対象が少なく、お金の価値が解り(にく)い場合が多い。

 そもそもハクスラゲームと言う奴は、武器は敵がドロップするのを拾い、そこに付与されたステータスで一喜一憂し、レアを拾ってレジェンドを掘り、エンシェントを狙い、ゲームに依ってそれぞれ等級の違うそれ以上のレアリティの武器や防具の夢を見る。

 店売りの武器など、基本的に眼中には無いのだ。

 じゃあお金を拾っても使わないのかと言うと割とそうでもないから困る。

 拾った武器や防具で「この能力補正が○○(こう)じゃなくて□□(ああ)だったら……!」と悶絶する場面が結構ある。

 何しろハクスラで入手できる武器は、付与される能力補正やその数値が膨大且つ多岐に渡るため、目当ての武器を入手したと思っても、理想の特殊能力・数値で有る事は少ない。

 どれくらい少ないかと言えば、そんな理想の武器なんか出やしねェ、ゼロだゼロ! (例外有り)っていうレベルである。

 なので基本は妥協して使うわけだが、救済が無くもない。

 例えば俺のプレイしていたゲームでは、各装備1つにつき、特殊能力を1つだけ変更出来た。

 各種装備に付与されている内から、プレイヤー各々が不要と判断した特殊能力を、ランダムで他の能力に付け替えることが出来たのだ。

 

 この、ランダムである、という事が肝である。

 

 欲しい能力・数値を求めて、只管にチャレンジを続ける。

 能力が合致しても、数値が足りなければどうするか?

 ()()

 納得できる数値が出るまで回す。

 このシステムの絶妙にいやらしいポイントは、チャレンジ後、変更前の特殊能力が「残る」ため、変更候補が気に入らなければ変更しない、と言う事も出来るという点だ。

 変更候補は3枠に見えて、ひとつは変更前のものと同じなので、実質新規の候補は2枠。

 毎回全てが入れ替わるシステムだったら、数値はある程度妥協の幅が広がってしまうが、このシステムは「まあ、コレでも良いけど」レベルの数値・能力の物をキープしたまま、チャレンジ出来る。

 失敗しても「悪くない」能力を確保できている為、どんどんチャレンジ出来てしまう。

 

 これに必要なものが、素材アイテムだけだったらまだ良い。

 拾って来さえすれば、何度チャレンジしようとも必要個数が変わることがない。

 

 ……俺のお気に入りの指輪は、結局クリティカルダメージをプラス50%にするのに、どんだけ掛かったっけか……。

 

 もとい。

 チャレンジに必要なものが、素材プラスお金だった場合が、極限にえげつない旅の始まりとなる。

 お金の必要額が、恐ろしい勢いで増えていく。

 金貨5万枚とかから始まって、気が付くと1千万枚を超え、それでも納得する数値・能力が出ない。

 気が付くと、手持ちのお金がすっからかん、という訳だ。

 なまじ宿とかで使う(かね)がなく、武器の修理で使う程度だったりすると、資金全部使っても直ぐに回収できたりするので、調子に乗って回してしまう。

 

 話が大幅に逸れたが、結構な勢いで散財してしまうゲーム内通貨だが、やはりそこはゲームと言うか、エンドコンテンツともなると比較的容易く稼げてしまう――なんといっても深層領域のクリア報酬が狂った桁だ――から、気が付くと深層領域に挑戦を繰り返して、結果、意図せずそこそこ大量に稼いでしまう。

 本題はその稼いだ額、というか枚数。

 

 それは、こちらに来て何度か言及している、そう。

 

「金貨で言うなら、50億枚とちょっと、かな」

 正確には、51億1951万3046枚。

 1億枚以上の端数はちょっととは言わないな、うん。

 俺が事も無げに言うと、ジェシカさんは言葉を失くし、タイラーくんは小馬鹿(こばか)にしたように首を振る。

「リリス。お前が見栄っ張りなのは良く理解(わか)った。だが、夢と現実をごっちゃにするのはどうかと思うぞ?」

 うんうん、そりゃそういう反応になるわな。

 俺に言わせりゃこっちが夢なのだが、まあ言っても仕方ないし、俺としても夢は見ていたいのでそこは口を噤む。

「まあ、見せないとそうなるよな。うし、一度宿に帰ろう。着いてきてくれ」

 俺は余裕の態度を崩さず、椅子から立ち上がる。

「帰る? 帰ってどうするんだ? 宿に置いてあるのか? 金貨を50億枚?」

 言いたい事が理解(わか)っているくせに、ニヤニヤとタイラーが問う。

 

 コイツ、酔ってるとホントにヤな奴だな!

 いや、酔って無くてもあんまり変わらないけどな!

 

「全部出すわけじゃないが、此処で大量の金貨出したら目立つだろうが。部屋で一部を見せてやるよ」

 自信満々の俺に、タイラーくんは肩まで竦めて「一部ねぇ」とかほざいてやがる。

 金貨をみっちり詰めた靴下(ゴージャスブラックジャック)でぶん殴ってやろうかと思ったが、ぐっと(こら)えて俺は先頭で歩き出した。

 少年少女組がなんだかオドオドし始めた気がするが、きっと気の所為だ。

 

 

 

 銀の馬の骨に戻り、一度俺の部屋に。

 その前に、タイラーくんが今日の分の宿代(2人分)を払ってから。

 俺? 俺は昨日のうちに、2日分払ってる。

 

「よし、念の為鍵掛けてくれ」

 俺はそう言うと、何も載っていないテーブルの上に手を翳す。

 そうして無制限に出そうと思ったが、少し意地悪を思い付いた。

 

「じゃあ、出すから、タイラーくんは確認してくれ」

 挑発気味にそう言うが、タイラーくんは面倒くさそうに欠伸する。

「俺1人じゃ時間がかかるだけだ。全員でやるのが良いだろう? なにせ、50億枚だったか?」

 良いねぇ、知らないってのは怖いもん()しだねぇ。

「良いぜ。じゃあ、みんな数えてくれよ? 10枚ずつ纏めて、数えやすく並べてくれれば助かる」

 そう言ってから、俺は机の上に手を翳す。

 まずはこの上いっぱいに広がる程度を出して見せよう、と。

 (てのひら)というか、手を翳した空間から溢れる金貨は綺麗に重なる訳もなく、あっという間に広がった金貨は、何枚か机からは溢れ、床に落ちる。

 金属の跳ねる乾いた音が、言葉もない全員の前で重なり響く。

「どした? こんなもん、全然総数に足りてないぞ? ほら、早く数えてくれ」

 眼を見開くタイラーくんに、俺は此処ぞとばかりに挑発を繰り出す。

「お前、こんな枚数何処から……?」

 突如広がる金貨の小山に、タイラーくんは酔いが醒めかけのようだ。

 少し、余裕が失われている。

 ちらりと見れば、ジェシカさんや子供達も、呆気に取られた様に机の上の金貨と、俺の顔とを見比べている。

「おいおい、理解(わか)ってると思うけど、これまだ全然少ないからな? 早く数えないと、終わんないぞ?」

 少しだけ溜飲を下げた俺はドヤ顔返しでニヤついて見せるが、タイラーくんはもう俺を見ていなかった。

 

 

 

 6人が、それぞれ10枚数え、纏め、10回繰り返して。更にそこまでを5回繰り返して。

 1人が500枚で、6人分。

「3千枚、丁度だ……」

 タイラーくんのなんとも言えない声に頷くと、俺はそれを、一度纏めるとベッドの上に移動させる。

 

 キッチリ3千枚、キリ良く出るもんなのかって?

 

 収納されてたのは俺のアイテムボックスだよ?

 任意で枚数指定して引き出せるのは、何回か試してる。少ない枚数だけどね。

 そう、今回は「3千枚」を指定して出したんだ、最初から。

 

「よし、続きだ」

 俺が言うと、タイラーくんが目を剥く。

「なんだよ? 50億分の3千枚でしか無いんだぜ? まだまだ有るんだ、急がないと今日中に終わんないぜ?」

 挑発しつつ、俺は再びテーブルの上に手を翳し、同数を、さっきと同じ様に広げ、床に零す。

「……充分だ」

 タイラーくんの押し出したような声が、俺の耳に滑り込む。

「3千枚も有れば、それなりの家が買えるだろう。それが更に3千枚も有るとなれば、小規模な貴族の屋敷すら買えるかもしれん。50億枚有るかどうかなんて、確認する意味が無い」

 おやおや。

 さっきまでの元気は何処へやら、タイラーくんは底知れない物を見る目を俺に向けている。

「そうなのか? 6千枚で充分だったら……」

 言いながら、金貨をテーブルの上に溢れさせる。

 全員が実際にその手で数えて、染み付いてしまった、その枚数。

「もう3千枚とか」

 更に、テーブルに収まり切らなくなり、床に流れ落ちる。

「更に追加とか」

 溢れた金貨が、床を埋めていく。

「もう3千枚出してみたりとか」

 もう言葉もない一同を見回して、改めてタイラーくんに視線をロックしながら口を開く。

「取り敢えずこれで、都合1万5千枚の筈だけど、確認するか? 1万5千枚有れば、城でも買えたりするのかな?」

 いつもマイペースっぽいジェシカさんも、金貨の海にどう反応していいか理解(わか)らない様子で、口をパクパクさせている。

「あ、回収するけど、幻術とか疑われたらつまらんから、何枚か拾って良いよ? 急がないと、全部回収しちゃうぜ?」

 なんでも無い事の様に言って、俺は周囲を見回す。

 

 目に映るのは、「何言ってんだコイツ?」という顔の群れだ。

 金貨を広げて数えさせ、あまつさえそれを「拾って良い」とか、パフォーマンスを越えて最早(もはや)嫌味な道楽だ。

 確認だけなら既にそれぞれがその手で触っているし、床に溢れた分の回収の手伝いを頼めば、本物で有るという実感を深める事は出来るかも知れない。

 だけど、態々拾うのを手伝って貰う必要は無い。

 俺は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そういう便利機能が有るので、後片付けが大変なパフォーマンスを容易(たやす)く実行出来た。

 それに、拾って集めさせた所で、目の前から消えてしまえば。

 時間が経過してしまえば、あれは幻だったのでは無いかと、そういう疑念が湧くだろう。

 

 ちなみに、持ち主の有る金貨、とはどういうモノかと言えば、要は人様の財布に入ってるとか、懐に収まってるとか、鞄に入れてるとか、金庫に仕舞ってるとか、そういう状態のモノだ。

 そういった他人の物は拾えないんだけど……でも、普通に道端に落ちてる金貨だったりは、普通に範囲回収出来てしまう。

 多分、金庫の中身なんかも一回ぶち撒けちゃえば、普通に「拾得」出来ちゃうんだろうけど、敢えてそこまで説明したりはしない。

 やるつもりはないけど、誰かがうっかり財布の中味をぶちまけた時、その近くでたまたま俺がその中のを1枚拾ってしまえば、周囲の硬貨が全部、俺のアイテムボックスに収まってしまう。

 普通に考えてそんなモン、窃盗でしかない。

 この能力については誰にも言えやしないので、細かい説明は例えこいつら相手でもしない、出来ない。

 そうでなくても、変に盗難事件とかの度に仲間に猜疑の目を向けられたり、痛くもない腹を探られるのも面倒臭いしな。

 言えても、精々(せいぜい)が「薬草などの消費アイテムの収集補助」程度の事だろう。

 それでも虚実織り交ぜる必要が有るけど。

 

「拾って良いって、お前、これ金貨だぞ?」

 割と自己弁護に余念のない俺に、タイラーくんが呆気に取られた様に声を向けてくる。

 酔も醒めたのか、常識人()りが戻ってきたようだ。

 思ったよりも効いたのかな? だったら良し。

「だから、コレが幻覚とか幻術とか思われる(ほう)が癪なんだよ。俺の面子(メンツ)の問題さ。拾って、確かめてくれ」

 俺が促すと、全員、数枚の金貨を手に取る。

 みんな、思った以上に善人である事よ。

「そんなんじゃ証拠にゃ足りないだろ? 両手で持てる分だけ取っとけって!」

 俺は無造作に金貨を握ると、まずはフレッドくんの両手に押し付ける。

「わ、わぁ⁉」

 驚いて取り落しそうになるのを何とか回避。

 ついでマシューくん、カレンちゃん、ティアちゃんに押し付ける。

「ホレホレ、大人組。何なら大人の汚さを、子供に見せつけてやんな」

 なんだか楽しくなってきた俺は、余裕顔で2人を煽る。

 顔を見合わせるジェシカさんとタイラーくん。

 まず動いたのは、綺麗な汚いお姉さん、ジェシカさんだ。

「おっとぉ、零しちゃったぁ♪」

 狙いすましてブーツの中に流し込んで、零したも無いでしょうよ。

 こんなモン立派に拾得扱いだし、そのブーツの中の金貨は当然ジェシカさんの物である。

「お前は……恥ずかしげもなく堂々と、良くもそんなマネが出来るな?」

 苦々しい声のタイラーくんは、いっそ清々しいほど堂々と、机の上の金貨を懐に放り込み、掴んでは放り込みを何度か繰り返している。

 

 自分が相方に吐いた台詞の意味を、じっくりと良く考える事をオススメする。

 

 子供達が、大人の汚さに引きながら、金貨を大事に抱えている様子を微笑ましく思いながら、残りの金貨を全て拾得し、収納する。

「……なるほど、確かに幻では無いな」

 床やテーブルからは金貨が消えたのに、懐に残った金貨を確認して、ニンマリ笑うタイラーくん。

 お前さん、ちょくちょくキャラ変わんのやめろ。

 正直、面白いけども。

「ホントよねぇ。こんな重いブーツ、私持ったこと無いわ。あ、なにか(ふくろ)とか無いかしら?」

 ジェシカさんは、あんまり変わった気がしない。

 というか、最初は「履いてるブーツの隙間に流し込む」程度だった筈なのに、ちょっと目を離した隙に、脱いだブーツいっぱいに金貨を注ぎ込んでいた。

 まあ……うん。マイペースで結構なことである。

 ジェシカさん本人は変わりないが、子供達がジェシカさんを見る目は確実に変わっただろうな。

 

 その少年少女組は手にした金貨をどう扱って良いのか判らず、しかしテーブルとかに置いたら消えるとでも思っているのか、混乱の度合いを深めていく。

 

 面白いから見ていたかったが、そういう場面でもないので、落ち着かせるためにキチンと説明し、安心させてあげるのだった。

 

 

 

 どういう訳か俺が近所の道具屋で金貨を収納する為の革の鞄を人数分購入し、全員に振る舞うという良く判らない目に遭いながらも、このメンバーに「俺が金を持っている」事実を認識させた。

 50億枚はまだ半信半疑、というかハッキリと信じられなくても、少なくとも1万枚は持っている事は知っている。

 

「っつー訳で。まあ、家は買えそうって事で、宜しいか?」

 何を考えて全員無言なのかは不明だが、話が進まないのは困るので、思い切って問いかける。

「問題ないだろう……1万枚の屋敷となると、もはや想像もつかんが」

 この街で育ったというタイラーくんが、OKをくれる。

 ……そういや、タイラーくんはこの街の育ち、というか生まれなんだよな?

「……タイラーくんや、そう言えば君、実家はどうしたの? この街の生まれって」

 少し呆然とした様子のタイラーくんに声を掛けると、ハッとしたようにこちらに顔を向ける。

「あ、ああ、俺は孤児院の()だ。家なんか持っていない」

 お前も孤児だったのか。

 なんだか急にどう声を掛けた物か判らなくなり、照れ隠しに頬を掻こうとして突き指しそうになる。

 まだ仮面に慣れていない。

 まあ、兎に角気分を変えて。

「ああ、うん、よし。それじゃあ明日にでも、不動産屋に行きたいね。誰か案内してくれるかな? 店の場所を教えてくれるだけでも良いけど」

 ふふふ。

 日本人ライフでは家なんてとても手の届く物じゃ無かったが、この世界でなら、どうやら余裕っぽいな!

 こんな都合の良い展開、絶対夢だ。

 でも、どんな原因で見てる夢か判らんが、夢ならば醒めるまでは愉しむのが礼儀よ!

 

 宿で毎回チェックインするのが面倒、たったそれだけの思いつきから始まったマイホームゲット作戦は、ここから本格始動する。

 実はタイラーくんの予想を超えた超高額がデフォで、思い付いたその日の内に頓挫するとかそういうオチが無い事を、俺は心の底から願いつつ、でもそういうギャグもありかな、と、ちょっとだけ期待しちゃうのだった。




仲間が居て、居場所が有れば、大人だって真面目に巫山戯る。
大人だって頑張れる。


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7 そうだ、不動産屋へ行こう

夢の中くらい、大胆に行こうよ。
どうせ夢なんだし……現実じゃ……ねぇ……

泣いてないよ?


 夢であるのを良い事に、マイホームゲットしちゃおうぜ計画。

 略して夢の自宅購入計画。

 

 タイラーくんを筆頭とした冒険者仲間に確認させ、予算的には問題無さそうだったので、翌朝の不動産屋への案内を頼む。

 誰か1人くらいに案内してもらうか、最悪でも場所だけ聞いて俺だけ向かうつもりで、解散を宣言。

 したのだが、夕食までみんなで一緒に取る事に。

 ……解散宣言の意味よ。

 

 そして翌日朝。

 

「……なんで全員集まってるのさ。しかも、なんで部屋に来るんだお前ら」

 目を覚まして、洗面所に出向いて顔を洗って歯を磨いて、朝食を頂いて。

 そんな普通の朝を満喫する俺の部屋(宿の部屋なので、俺の部屋では無い)に、結局6人全員が顔を合わせていた。

「不動産屋さんに行くんでしょ?」

 不思議そうな俺に、もっと不思議そうな顔でカレンちゃんが質問をぶつけてくる。

 うん、そうだよ?

 そうなんだけどね?

「……君たち、冒険者活動は良いのかね? 誰かに案内して貰うか、場所だけ教えて貰えれば良いんだけど?」

 冒険者の活動は、生活の糧。

 薬草採取も立派な仕事だし、特に見習い冒険者のカレンちゃん達にとっては数少ない選択肢の中の貴重な1つだ。

 毎日宿代も掛かる訳だし、そういう仕事の邪魔をするつもりはない。

 

 そんな、慣れない気を使う俺に、連中は揃って不思議そうな顔を並べて見せる。

 

「だって、面白そうなんだもの。お家買う場面なんて立ち会ったこと無いし、昨日親切なヒトがお小遣いくれたし」

「小遣いと言う額では無かったがな。まあ、お前1人に任せて、妙な物件を掴まされても困るしな」

「僕も、リリスさんのお陰で余裕が出来たから。一緒に行くよ?」

「私も」

「私も!」

「うん、僕も大丈夫だよ、リリス姉ちゃん」

 あー。

 そう言えば昨日、金貨掴み取り大会やったな。

 ……毎回やると思われても困るぞ?

 

 いやまあ、別について来てくれる分には心強いし助かるから良いけどさ。

 俺、この街の地図とか、全然頭に入ってないしな。

 

 

 

 結局、部屋でグズグズしてても話は進まないし、折角皆が付き合うと言ってくれてるんだからと、全員で行動する事に。

 出かけるにあたって仮面を装備し、ふと思いついてアイテムボックスの中身を漁る。

 軍服+コートは初夏の日差しはちと暑過ぎるし、コートを脱いでも軍服は――俺は大好きだけど――ちょいと威圧感が有るかもしれない。

 というか、確実に浮く。

 ファンタジーな異世界で、文化の程度が良く判らない街では有るが、それでも俺の格好は異質に過ぎる。

 

 うん、ちゃんと自覚は有ったんだよ?

 軍服好きだから気にもしなかったけどね。

 

 しかし、今日はちょいと大きめの買い物の予定だ。

 なるべくシックで、それなりにきちんとした格好をしたい。

 そう思った俺はゲーム内でドロップしたり課金で買ったコスの中から、イメージに合いそうな服を探す。

 結果、いつ買ったのか、それともどこで手に入れたのか判らない「四季のOLスーツセット」なるモノを発見。

 微妙な(ツラ)で数秒悩んだ挙げ句、俺はブラウスにタイトスカートにパンプス、オプションでハンドバッグを選択して「装備」する。

 ……鏡を見るが、のっぺりと口元以外を覆う仮面と夏場のOLさんスタイルの組み合わせの悪さが極まり、不審者としての佇まいを激しく引き立てている。

 色々と眺めて考えた結果、諦めの溜息と共に夏仕様の軍服(礼服)をチョイスし、「装備」し直す。

 暑いのは暑いが、まあ、コートでも平気だったし、我慢は出来る。

 生地も、気持ち薄いし。

「リリスさん、その格好で行くの?」

 フレッドくんが、実に不思議そうな顔で訊いてくる。

 うん、だろうね。

 結果今までと見た目がほぼ一緒だし、ぼちぼち暑いかなって時期に、軍服としては軽装とは言え、こんなに着込んでる奴なんか居やしない。

 それは理解(わか)るんだが、()()()()()()()()()()()に自信のない俺としては仮面は外せないし、そうなると、この仮面と合う服なんてどうしたって限られる。

「うん。暑いのは慣れてるし、大丈夫だよ」

 俺の返事に、何故かタイラーくんが首を振っているが、見なかった事にする。

 ちなみに、ジェシカさんは変わらずニコニコで、何を考えているか判らないけど、これは良い方に捉えておこう。

 そんな感じの、見た目だけはなるべくシックというか、まあ、落ち着いた雰囲気に「見える」見た目にしたいと思ったのだけど……。

 

 ……ちょっと、ゴツいかしらん?

 

 いっそ女の子らしくも派手じゃない、そんなドレスなんかも有ったりはするんだけど、いかんせんゲームだからなのか、ちょいと露出が多い気がして躊躇してしまう。

 妙に露出の多い服を選んだ所で……その、言い(にく)いのだが。

 

 今まで(かたく)なに「自分の体型」について語る事は拒んでいた。

 

 その理由は、まあ、顔が幼気に見える、って所で察しはついたと思うが……。

 見た目的にインパクトが有るとは言い難いウィザードさんのボディが、より小柄に、慎ましくなってしまった訳で。

 出るトコ出てはいるけれど、ジェシカさんと比べられると泣くしか無い、つまりはそういう事だ。

 肌を露出させた所で、風邪を引かない様にと、心配されて終わりそうである。

 

 出るトコって腹の事か、だと?

 ()し、(おもて)に出ろ。

 

 髪は下ろしてある。

 昨日はそこまで手が回らない、お急ぎ準備での外出だった。

 今回は余裕が無くもないので改めて鏡を見て、なんだか新鮮で可愛かったので、そのままにしてある。

 自分の顔を可愛いとか、って思うかも知れないが。

 中味は27のオッサンだぞ? 言うと悲しい事実では有るけれど。

 27年付き合った自分の顔に比べたら、この顔は可愛すぎるわ。

 何処の馬の骨とも知らん男には触れさせんよ、触れさせられませんよ。

 

 まあ、未だに不意に鏡を見ると、慣れ親しんだオッサン顔じゃないって事にビビるんだけど。

 やっぱほら、27年見慣れた顔が其処に無いってのは、思った以上に心臓に悪いモンだ。

 

 可愛いと言えば、カレンちゃんとティアちゃんがきゃいきゃいと騒ぎながら、くるくる追いかけっこしてるのを眺めているとこう、心が()やされる。

 

「……なんでお前は、そんな面白い顔でニヤついてるんだ?」

「誰が面白顔(おもしろがお)だ!」

 そんな様子に呆れ声を投げつけてくるタイラーくんと、即座に噛み付く俺。

 コイツは全く()やしとは無縁の所にいる。

 タイラーくんを見てそう思ってしまった俺に、非はないと思う。

 ジェシカさんはやっぱり、ニコニコ笑っているだけだった。

 

 

 

 ジェシカさんもタイラーくんも、宿暮らしが長い。

 この世界では賃貸物件という概念が無いのか、と思ったが、そんな事が有る筈も無く。

 冒険者という職業が、その生活に関係しているらしい。

 

 先に少し触れているが、冒険者として依頼(クエスト)をこなして生活している関係上、例えば護衛任務で街を離れる事も有る。

 魔獣や魔物の討伐の依頼(クエスト)でも、日帰りで終わる様な仕事は少ない。

 そんな仕事で、ともすれば野営の方が多い生活スタイルになりがち。

 決まった住処に憧れが有ったとしても、賃貸で部屋を借りてもろくに帰れないのでは資金が勿体ない。

 結局、街に帰って来たタイミングで宿を借り、そこで寝泊まりして仕事を請け、また街をしばらく離れて、というサイクルになるのだと言う。

 冒険者ギルドを中心にして、宿が多い理由もここにある。

「過酷なんだな、冒険者生活」

 感心して他人事のような感想を漏らす俺だが、

「お前もその冒険者だ」

 タイラーくんは見逃してくれるつもりは無いらしい。

 

「……なんでまた唐突に、家を買おうなんて思ったんだ?」

 歩きながら、タイラーくんが今更な疑問を投げてくる。

 今更だが、確かに俺はきちんとした理由を話していない。

 と言っても、大した理由じゃあない。

 ひとつは単純に、夢の中でくらい家を持ちたいと思った、っていう軽い理由。

 現実ではこんな理由で買えやしないが、夢の中で――あって欲しい――くらい、好きにして良いじゃない。

 もうひとつは、明言した通り、いちいち宿のお支払いがかったるいから。

 そして、更に。

「まあ、あれだ。折角会った仲間が、意味なく顔合わせてグダグダ出来る場所は、有っても良いだろ?」

 たまに酒持って遊びに()るくらいの距離感は、好ましいくらいだ。

 そう言って笑う俺に、タイラーくんが肩を竦めて見せる。

 

「ああ、確かに、()()()()()()()()()な」

 

 ……あれ? 俺、こんな事、今初めて言った筈だけど?

 ジェシカさんを見るが、俺の不思議そうな顔を見て不思議そうにしているだけだ。

 

 うーん? アレかな、昨日の広場で? それか、酒呑んでる時……は無いはずだ。

 じゃあ、やっぱ広場か。

 全然覚えてないな……。酒入ってたしな……。

 

「それにしても、お(うち)かぁ。楽しみだね?」

 楽しそうに弾む声に、振り返った俺はカレンちゃんと頷きあうジェシカさんを見る。

 

 あれ?

 なに、この違和感。

 

 いやまあ、今まで縁のなかった事に触れられるのは、案外楽しいし興味深いのかも知れない。

 ずっとニコニコ顔の子供組と引率のジェシカさん、これは意外と絵になるな、とか、俺は思考を関係ない方にずらす。

 

 多分、この時に予感めいたものが有ったんだろうな、と後になると思うのだが。

 

 ブーツいっぱいの金貨をぶんどる度胸の持ち主には見えない笑顔を見て、俺はまあ良いかと完全に違和感を忘れ去る。

「おい」

 そんな(ふう)に脈絡のない事を考えている俺に、タイラーくんが声を掛けてきた。

「この辺は商業区だ。なにか商売する気なら、この辺も有りかもな」

 言われて顔を向けて、その視線に周囲を見れば、そこには活気あふれる商店街と、行き交う人々。

 生活には便利そうだが、出来る商売は俺にはない。

「商売の種がねェよ」

「そうか。俺もだ」

 2人して顔を見合わせて、肩を竦めて歩く。

「目的の不動産屋はこの通りの中だ。スラム方面と貴族様のお屋敷街の近くを避ければ、どこでもそんなに変わらないと思う」

 そんな事を言いながら、先に立って歩くタイラーくん。

「そっか。まあ、立地もそうだけど、必要な資金次第だけどな」

 思ったよりも色々と考えてくれているらしい。

 ちょっと意外な思いで前を歩くその後頭部を眺める。

 時々引っ(ぱた)きたくなるその頭は、まあ、時々は頼りにして良いらしい。

 

 そんなこんなが有ったり考えたり馬鹿な事を言い合ったりするうちに、やってきました目的のお店。

 その名もヘンリー不動産。

 看板の下、「OPEN(いらっしゃい)」の(ふだ)の掛かったドアの前で、俺達は腕組みで立ち並ぶ。

「……いや、(はい)れよ。お前の用件だろうが」

 ここまで来てちょっと気後れしてしまった。

 ていうかなんか、思ってた不動産屋と違うんだもんよ。

 もうちょっと親しみやすい所っていうか、えっと、これ。

 ものすごい立派な店構えで、凄く入りづらい。

 とは言え、きちんと目的も有って、しかも皆に案内を頼んだ手前、そんな事も言っていられない。

 深呼吸して、俺は扉に手を掛けるのだった。

 

 

 

 正直、圧倒されてます。

 びっくりするほど小市民。そんな俺だが、まず店内に入るなり用件を聞かれ、家の購入検討と伝えると少し奥まった一室に案内された。

 綺麗に整頓された、白くて明るい部屋。なんか、買わなきゃ帰れない気がして冷や汗が流れる。

「おい。おい。ホントに俺の手持ちで予算足りるんだよね?」

 不安になった俺が、担当さんを待っている間にタイラーくんに小声を向ける。

「幾らなんでも心配しすぎだ。1万枚は有るんだろう? それとも、城でも欲しいのか」

 呆れたように、しかし小声でタイラーくんが返事をくれる。

 呑まれそうな状況だと、こうやって返事を貰えるだけで有り難い。

「城か……悪くないね、掃除の手間考えなきゃな」

「言ってろ」

 小声で軽口のやり取りをする俺達、というか俺をチラチラ見て、なにか言いたそうにしているティアちゃんに気が付く。

 どうしたの、そう聞こうとした所で担当者さんが入室。

 なんかごめんよティアちゃん、帰りに串焼き買って帰ろうね。

 

「お待たせしました、本日は皆さん、お越し頂きまして有難う御座います」

 担当さんの畏まった挨拶を受け、俺は頭を下げてから申し訳ない顔で口を開く。

「ご丁寧に有難うございます。あの、あまり堅苦しいのはご容赦頂けますと助かります。俺……私達はただの冒険者ですので、気軽に接してもらえると、とても助かります」

 慣れない口調に自分で笑いそうになるが、ここは我慢。

 そんな俺の、どうにか取り繕った真面目さに、初老の担当者さんは少し驚いた顔をした後、メガネを直しながら笑顔で対面のソファーに腰を下ろす。

「これは驚きました。冒険者の(かた)に邸宅の購入にご来店頂いた事も、ご丁寧に接して頂く事も」

 ニコニコと笑顔を絶やさない、接客の見本の様な担当さん。

 (はな)しやすそうで、なんか安心できる。

「丁寧な冒険者なんて、現場じゃあ論外なんだけどな」

 メイドさん(ふう)の従業員さん……従業員さんだよな? が淹れてくれたお茶に口を付け、タイラーくんが混ぜっ返す。

「時と場合を弁えて居ないと、冒険者そのものが(かろ)んじられる事にも成り兼ねません。礼には礼を尽くすのは、冒険者であろうとも守らねばならぬものと存じます」

 そんなタイラーくんに当てつけ気味で言ってのける。

 言われた(ほう)は、何故かぽかんとした顔で俺を見ている。

 何だその顔。

 予想外過ぎて俺がびっくりするわ。

「お前、そういう口の聞き方出来たんだな……ただのガサツなバカ……失礼、粗忽な考えなしの女だと思っていた」

 この野郎。

 言い直した意味無いどころか、お前の言いたい事が明確に伝わりすぎてキツイわ。

 担当さんが笑って良いのか困ってるだろうが。

 っていうか笑い(こら)えてるのかもだけど。

後程(あとで)覚悟なさいませ(覚えてやがれ)

 出掛けに鏡を見てたのが効いてる。

 まだなんとか、丁寧な口調はキープ出来てると思う。

 内容は兎も角として。

「改めまして、本日ご案内させて頂きます、当館の責任者のヘンリーと申します。お見知り置き頂けますよう、宜しくお願い致します」

 素直に驚いて、表情を繕う事を忘れ、そこで初めて仮面を外してない事実に気が付く。

 いや、仮面は着けたままの予定だったし、うん。

 このままでもお茶は飲めるし、ね。

 最初の申し訳無い顔もバレてないって事で、ちょっとだけ胸を撫で下ろす気分に。

 いやそんな事はどうでも良い。

 初老の担当者さんは、物腰から、このお店でもかなりの地位の人だろうなって思っていたんだけど。

 まさか、責任者さん、っていうか名前からしてオーナーさんだよね?

 そんな人が出てくるとは思わなかった。

 

 何か、心の何処かに引っかかる名前、そんな気がするが、当然知り合いなんかじゃない。

 どういう事だろうか?

 少し、考えてみたほうが良いかも知れない。

 

「これはご丁寧に、責任者様にご案内頂けて、大変嬉しく思います」

 ちょっと驚いて、受け答えがしどろもどろになってしまった。

 気合い入れ直さないと駄目だな、これは。

 多分(あと)で、タイラーくんに笑われる。

 それだけは覚悟しておこうと決めた。

 

 

 

 地図を見せて貰いながら、こちらの希望を聞くと言うスタイルらしい。

「お勧めは、こちらの商業区の北側、それと貴族様方の邸宅近くですが、こちら。冒険者ギルドから見て南側で、少し距離はありますが、静かで住みよい環境と思います」

 指差しで示される2エリア。

 ちらりと視線をタイラーくんに向けると、小さく頷き返される。

 

 判らん。

 

 いや、なんか判る気はするけど、なんだそのドヤ顔。

「そうねぇ。貴族様のお住まいに近いのは、ちょっと気を使いそうで、リリスちゃんは窮屈な思いをしそうねぇ」

「それはどういう意味……かしら?」

 不意打ち気味のジェシカさんに、()が出かけたが辛うじて(こら)える。

「えー、だってリリスちゃん、絶対貴族様と揉めるでしょう?」

「絶対って……」

 何とかそれだけ答えて、今は漫才してる場合じゃないとヘンリーさんの方に顔を向け直せば、何故か驚いた顔で俺をまっすぐに見つめている。

 え?

「あの……ヘンリー様?」

 俺がちょっと驚いて思わず声を掛けると、ハッとした顔で、我に返った。

「いえ、大変失礼いたしました。それでは、こちらの地域の方が宜しいという事で」

 ヘンリーさんは(ほう)けていた事など無かった様に、冒険者ギルドの北側、商業区近くのエリアの拡大地図を広げてくれる。

 ここから()き物件を案内してもらう手筈だ。

 

 ちなみに、新築という選択肢は無い。

 防壁に囲まれている関係上、土地は当然有限である。

 その土地は領主様が治めているので、買うと言うのがまず難しいというか、無理だ。

 それに加えて、余程老朽化していないと、建て替えも難しい様で、その建て替えも許可制。

 一方で空き家はそこそこ有るらしく、無理な新築を望むくらいなら、中古の家を修繕した方が容易で、何より安いとのこと。

 俺は別に新築に(こだわ)りはないし、依頼(クエスト)の合間で帰ってきてぐーたら過ごせれば中古であろうと全く気にしない。

 そんな訳でヘンリーさんのお勧め物件を伺うわけだが、ここから予想してなかった問題が発生した。

 

 

 

「ふむふむ、なるほど。排水関係がしっかりしてるのは良いですね。お風呂も有るのですか?」

「はい、こちらの住宅は入浴設備が整っております。勿論、手直しは必要ですし、必然費用も掛かりますが」

 幾つかの物件を、まずは書類上の話を聞いて選別して行く。

 現場に行かなきゃ判らない、というのは物件を絞った後の話だ。

 こちらの希望と向こうの持ち駒、そのすり合わせの果てに候補を絞り……。

 うん、こんなのみんな知ってる話だね。

 

「おい」

 

 物件を見て、あれこれと(はなし)を進める俺に、タイラーくんが声を掛けてくる。

 なんだ? トイレか?

 そんな俺の耳に、些か不可解な疑問の声が飛び込んでくる。

「なんでそんな狭い物件しか見ないんだ?」

 真顔のタイラーくん。

 コイツは何を言ってるんだ?

「なんでって、俺……私1人で暮らす家で、無闇に広くても仕方がないでしょう?」

 俺に管理出来る範囲なんて決まってるんだから、無駄に広くてもしょうがないだろう。

 そう、思ったままを答えると。

「はあ?」

 心底驚いた顔のタイラーくんが間の抜けた声を上げる。

「えっ?」

 俺は反射的に答えて、ハッとして周りを見渡すと。

 

 タイラーくんだけじゃなく、こっちサイドの全員が心底驚いた顔で俺を見つめていたのだ。

 

 

 

 仲間たちの様子に、流石に口調を繕う余裕も失くし、話を聞いてみれば。

「リリス姉さん、一緒に暮らすのかって、楽しみにしてたのに……!」

 カレンちゃんに泣かれ。

「……!……‼」

 声を殺して泣きじゃくるティアちゃんにぽかぽかと叩かれ。

「驚くほどの薄情さだな。お前はそういう奴か」

 タイラーくんの言葉のナイフで理不尽に斬られ。

 フレッドくんとマシューくんは何も言わないが、目はしっかりと俺を非難して。

「あらあらあら。意思疎通できてない(ふう)だったから、もしかしてと思ってたけど」

 ジェシカさんだけは変わらず、笑いながらそんな事を言っていたが。

 

 要するに。

 

 こいつら全員、俺の買う家に一緒に住む心算(つもり)だったのだ。

 なんでそうなったん??

 泣く少女2人を宥め、タイラーくんは無視して、俺はヘンリーさんに向き直る。

「……あの、すみません。申し訳ないんですが、この人数で住めそうな屋敷って、お幾らくらいなんです?」

 聞くしか無いじゃん、こんなの。

 

 いや、理解(わか)る。理解(わか)るよ?

 外野の声(そんなもん)なんか無視して良い、(かね)出すのは自分だし、他人を住ませる理由なんか無いだろうって。

 当然俺もそう思うんだけど。

 

 視線を転がせば、非難の目を向ける子供達。

 一昨日出会って、それから何だかんだと一緒にいる気がする。

 タイラーくんとジェシカさん。

 この2人は昨日からだけど、甘っちょろい俺に喝を入れ、立ち直らせてくれた恩もある。

 それを言えば、子供達だって俺のために泣いてくれもした。

 そんなもん、理由にするには弱いけど、でも、なんというか。

 

 ホントの事を言えば、一緒に暮らすものだと思っていた、そんな(ふう)に言われて、少しも嫌じゃなかったんだ。

 寧ろ、妙な言い方だけど、ホッとしたと言うか。

 

 無粋な事を言っちゃえばどうせ夢なんだし、これくらい無茶でも悪くないじゃない

 

 それに、本音で言えば情けない話になるけど、多分そんな大邸宅買えないよ。

 7人で住む。

 今は子供は同じ部屋(へや)で良いかもだけど、もうちょっとしたらキツくなるだろう。

 それを見越して全員個室で、となると、最低でも7部屋プラス諸々。

 そんなの、予算が足りる訳無いじゃない。

 みんなも、あんまりな価格――例えば3万枚とか――を聞かされれば、流石に諦めるだろう。

 そんな打算。

 俺は頑張ったんだけど、予算がね? 的な逃げだ。

 

 50億枚?

 いざとなったらそんなもん、見栄を張ってました、で何とでも逃げられる。

 

「はい、そのご条件ですと……」

 ヘンリーさんはこちらの悲喜こもごもの、ちっさい修羅場を華麗に無視し、プロの接客技術で地図上の3箇所を順に指差してから、それぞれの間取り図を取り出してくれる。

「こういった所になりますが」

 その間取りに添付されている金額に、俺は驚き、覚悟を決めるしか無いと悟る。

 

 かなり広めの邸宅が、多少上下は有るものの、金貨5千枚程度とあっては。

 

 見せつけた(いちまんまいの)金貨で買えてしまうのは、この空間ではヘンリーさん以外、全員が知っている事だったからだ。

 

 

 

 逃げ場を探して袋小路に飛び込んだ感じの俺は、仲間全員を引き連れて、ヘンリーさんの部下の人の後ろを歩く。

 まだちょっとご機嫌ナナメのカレンちゃんとティアちゃんに両手を取られ、逃げられないポジショニング。

「こちらで御座います」

 そんな俺の様子に小さく苦笑を浮かべ、まずは1軒目の邸宅へと案内してくれた。

 

 現地で見ないとわからない事は多い。

 1軒目は思ったより痛みが激しく、要修繕。

 広いとは言え、痛みが激しいその屋敷は、それでも建て替えの許可は出ていないので、修繕で対応するしか無いらしい。

 その修繕に金貨2千枚と、時間を1月(ひとつき)は見て欲しいと言われれば、そりゃあ、誰も手出ししないよね。

「――だそうだけど、どうする? ここ」

 念の為尋ねるが、全員首を横に振る。

 まあ、見た目が陰鬱だし、修繕すると言ってもねぇ……。

 修繕中は、当然住めないだろうし。

 

 続く2軒目は綺麗で、大きな建物に係員さん曰く小さな庭が有る。

「塀もしっかりしているし、建物に目立つ痛みは見えないな」

 しっかりした作りの門を手のひらで叩き、門の中へ踏み込む。

 小さい庭と言われたが、そこには東京の一般的な1軒屋を、二棟建ててまだ余裕が有りそうな広さだ。

 手入れの問題か、今は剥き出しの土肌だが、芝生を張っても良いだろうし、何なら畑を作るのも有りかも知れない。

 ジェシカさんと少年少女組は係員さんに連れられて屋内へ。

 俺もタイラーくんに声を掛け、庭を離れて建物へと入る。

 それだけで俺は、派手すぎない玄関のホールで立ち竦む。

 

 広い。

 このホールで生活できそうなくらい広い。

 

「俺、こんな広い家で生活できる気がしねぇんだけど?」

「じゃあ、お前は狭い部屋を選べば良いな?」

 しれっと人を納戸か何かに押し込もうとするタイラーくんに睨みを利かせるが、全くどこ吹く風で螺旋階段を昇っていく。

 コイツはいつか面白可笑しい目に遭わせてやらねば気がすまん。

 俺は固く心に誓った。

 

 1階11部屋、2階15部屋。

 住むのは7人。

 明らかに過剰なので、既に乗り気の6人を宥め、3軒目を見に行く。

 

 こうして徒歩で回れる程の近場に大きな邸宅が犇めく様に立つこのエリアは、クラスで言えば中流階級と言った所らしい。

 

 俺の知ってる中流と規模が違う訳だが、どうなっているんだ。

 

 あれか、中流貴族か、と笑いながら聞くと、似たようなものだとタイラーくん。

 嘘でしょ、ご近所貴族さんとか、絶対なんか問題起こすよ、主に俺が。

 

 そんな事を思いながら到着した3軒目。

 結論から言えば、2軒目の邸宅を買う事で話がついた。

 

 3軒目、ヤベエくらいでかい。

 庭に、2軒目の邸宅が3棟建つレベル。

 当然、母屋はそれ以上のデカさの3階建て。

 そんな規模が違うデカさの建物、同じ値段なんて絶対訳ありだと思って聞いてみれば、案の定だった。

 

 まあ、ありきたり? な、お家騒動、乱心ご亭主の家族&使用人虐殺パニック。

 その後幾人かの手に渡った物の、お約束の幽霊騒ぎで新ご主人ご乱心。

 話を聞いたタイラーくんが「ここがあの……」なんて言ってる当たり、有名な話だったんだろう。

 正直、曰く付き物件と聞かされて俺はテンション上がったのだが、他のメンバー、特にカレンちゃんとティアちゃんが泣きそうな顔で反対だったので断念。

 ここで俺はそもそも疑問に思っていた、「もう少し小さい屋敷が良いんでない?」と言う疑問を皆に投げ掛けるが、タイラーくんが何やら色々と言葉を並べ、俺は理詰めで納得させられる。

 イマイチ釈然としないのだけど、不快ではないし、子どもたちが笑顔を輝かせているのを見ると、まあ良いかと言う気分になる。

 

 そういう訳で、当初は「最悪、掘っ立て小屋でも」なんて思っていた俺の家探しは、話の振り方を間違えた俺のせいで「俺達の家探し」になり、結実を迎えた事になる。

 ……いつ何処で俺、間違ったのかな……。

 

 

 

 購入意思を伝えると、心底驚く係員くん。

 そりゃまあ、見て即決ってのは今まで()たかも知れないが、冒険者でこのレベルの屋敷を、となるとそうそう()はしなかったのだろう。

 

 他所様の異世界転移/転生モノで、ご自宅購入系の話は素直に羨ましかった。

 実際に生活するとなると相応(そうおう)に手間は掛かるだろうし、良い事ばかりではないだろう。

 それでも。

 夢か現実か判らんとは言え、購入できたのだから嬉しいし、些事はこの際どうでも良し。

 仮に夢だった所で、目が醒めたら俺が泣き崩れるだけだ。

 

 被害者は居ない、じゃあ問題無いね。

 

 ヘンリーさんのお店に戻り、購入手続き。

 簡単な修繕に時間がかかるとの事で、1週間後に引き渡しとなった。

 修繕という事で金額を上乗せで2千枚プラスすると伝えて仰天され、その場で全額払うと伝えて更に驚かれる。

 従業員さんの応援を呼び、金貨7千枚を人海戦術で数える。

 それらの作業が終わったのは、夕日が赤くなりつつ有る、17時くらいの事。

 

 後半につれてダイジェストでお送りしたが、これが俺が家を手に入れた顛末なのであった。

 

 

 

「来週から、新しいお家なんだね?」

 マシューくんが楽しそうに俺の手を引く。

 うんうん、可愛いもんだ。

 可愛いのは良いんだが。

「君たちはホントにそれで良いのかね」

 問わざるを得なかった。

 今回のこれは、あまりにも皆、勢いに任せすぎだ。

 元々仲間だった少年少女組。

 ペアで活動していたであろうジェシカさんとメガネ。

 

 ……あれ?

 ソロ、俺だけじゃん?

 

 だ、だってまだこの世界に来て3日目だし?

 い、いつ目を醒ますかも判らん夢の中だし?

 なんか仲間が出来てほっとなんて、してねーし?

 

「だって、秘密教えてくれて、一緒に住もうって誘ってくれたんだと思ったし」

 ティアちゃんが、俺の正面に立って見上げながら言う。

 秘密?

「金持ちだって事だろ。無駄に見せつけられたしな」

 タイラーくんが事も無げに言う。

「それが秘密って……いやまあ、確かに吹聴されたい(はなし)じゃねぇけど……」

 実はそんなに重要にも考えてなかったので、複雑な心持ちでは有る。

 というか、俺が気にしてるのはそういう事じゃなくてだね……。

「お前さんはどうなんだよ、タイラーくんよ。話の流れから、お前さん達も引っ越すんだろ?」

 察するとか慮るとか、そういうのが割と苦手な俺は正面から問いかける。

 あんまりにも勢い任せなんじゃないかと思ったら、なんだか心配にもなるというものだ。

「なに、宿代の負担が無くなるのは良い事だ」

 事も無げに言い切りやがった。

 唖然としてジェシカさんを見れば、同感と言うように頷いている。

 気が抜けるくらいに即物的(そくぶつてき)な理由だったが、そこまで明け透けに言われれば寧ろ心地よいくらいだ。

 溜息と苦笑を同時になんて、俺、人生で初めてだぞ。

「あー……取り敢えず、良く理解(わか)ったよこの野郎。飯は全員で相談すっか。他所で食ったほうが早いが、料理した方が安く上がりそうだし」

 こんなにすんなりと、しかも図々しく人様のマイホーム計画に便乗できる奴なんて、居る訳がない。

 やはり夢の中なんだなあ、と、こういう時に強く思わされる。

 

 きっと、俺は寂しかったんだろう。

 目を醒ましたら、寄り付かなかった実家にも顔を出そう。

 そんで、仕事がんばりながら、新しい出会いを、彼女と呼ばせてくれる女性(ひと)を探そう。

 

「ほう? お前、料理出来るのか?」

 心底意外そうに、タイラーくんが声を上げる。

 失礼な奴だと言いたい所だが、残念な事にそう問いたい気持ちは良く分かる。

 俺の言動を見て、料理が出来(でき)そうなんて思う奴は居ないだろう。

 本人ですら、そう思う。

「みんなで相談しようっ()ってんだろーが。俺は簡単なもんしか出来ねぇよ。生地捏ねてパン焼くとかしたことねぇし、出来て肉とか野菜を焼いたり炒めたり、その程度だ」

 変な見栄を張っても絶対に良い事がない。

 素直に料理出来ない属性の人間ですよとアピール。

「ま、旅暮らしだったらしいし、そんなものだろうな。俺達だって似たようなもんだ」

 そう言うタイラーくんに、ジェシカさんが頷いてみせる。

 遠征中の食事なんて干し肉と乾パンがデフォで、たまに獣を捕まえられれば、その焼いた肉はご馳走なんだとか。

 そりゃそうよな。

 フレッドくん(ひき)いる少年少女組も、料理は苦手なご様子。

 孤児院では料理が出来る子も居るらしいが、強制で当番が回ってくるとか、そういう事はないご様子。

 今は一端(いっぱし)の冒険者として、宿暮らしらしいしな。

「……フレッドくん達は、明日(あした)っから一緒の部屋にすっか。銀の馬の骨(あのやど)、大部屋あるかね?」

 提案しただけで、輝く4つの表情(かお)

 あまりの判り易さに、手近なマシューくんの頭をぐりぐりと撫で回してしまう。

「ああ、パーティ用の大部屋が有る。()()でも、なんとかなる筈だ」

 すぐにタイラーくんが教えてくれる。

 伊達に銀の馬の骨を常宿にしている訳ではないという事だろう。

 

 ……んん?

 

「なんでさらっとお前らも同室の予定なんだよ。つーか、それで良いのかペア冒険者」

 色々と問題ありそうな予感しかしないぞ。

 そんな俺の心配を気にする様子もなく、タイラーくんは涼しい顔で言う。

(かね)が浮くからな」

「お前らは払え!」

 なんで押し掛けといて宿代払わなくて済むと思ってんだこの野郎。

「大体アレだ、お前()、アレだろう⁉ 子供達の前でいかがわしい事とか、させられねぇぞ⁉」

 教育に大変宜しくないからな。

 決して羨ましいからじゃ無いぞ!

 

 ちらりとジェシカさんに目を向ける。

 俺と目があって、ニッコリ笑いながら手を振ってくれる。

 

 ……だから、羨ましいからじゃ無いんだぞ‼

 

「お前はバカなのか?」

 言外に否定しているのは判るが、口にしたのは()りにも()って馬鹿呼ばわり。

 案外しっくり来るのが頭に来る。

 よぉし上等、いかがわしい行為に及ぼうもんなら、お前は宿の軒先に吊るしてやる。

 何なら肉フック吊るしも視野に入れてやる、良かったな!

 

 

 

 そんな、今後の予定では有るものの、分類で言えばどうでも良い話をしながら歩く内に、冒険者ギルドの前を通りかかる。

 その建物の前で、見慣れた街の熊さんこと、冒険者ギルドのハンスさんとグスタフさん、それに見慣れない冒険者が何やら話し込んでいる。

「んー? おお、なんだお前ら。雁首揃えて飯でも食ってたのか?」

 こちらに気付いたグスタフさんが声を掛けてくる。

「ああ、(いえ)()いに行ってた」

 そんな問い掛けに飯食ってきたレベルの軽さで言うと、グスタフさんは「おう」と答えてから、少し変な顔をする。

「家だぁ? また随分急じゃねえか、なんだ、この街に腰を落ち着ける心算(つもり)なのか?」

 言いながら俺達を見渡す。

 驚いているようだが、資金とかの疑問は無いもんかな?

 いやまあ、問われても誤魔化すけども。

「ああ、好き好んで旅してた訳でもないしな」

 適当にそれっぽい事を言ってみる。

 グスタフさんもハンスさんも俺の言葉に頷いている辺り、それだけで納得してくれたらしい。

 まあ、ハンスさんは受付さんから、俺が金貨持ってる事は報告()ってそうだし、ローン組んだとか思ってくれたんだろう。

 

 ローンとか有るか知らんけど。

 まあ、無い事は無いだろうな、うん。

 

冒険者ギルド(うち)としては、この街に居てくれるだけで随分助かるがな」

 ハンスさんの台詞から、特に何か疑問を持っては居ないご様子。

 後ろ暗い所は無いものの、それでも変な追求が無いのは助かる。

「所で、お前ら暇か? なんか仕事抱えてたりするか?」

 グスタフさんが、ふと思い付いたようにこちらに話題を振る。

 随分急だが、俺は当然フリーだ。

 手を繋ぐマシューくんを見るが、首を横に振っている。

 タイラーくんを見るが、そちらも同様。

「全員暇だよ。今日はもう、帰って飯食って、酒飲みに()るくらいかな」

 俺の返事に、オッサン3人は顔を見合わせて頷きあっている。

 ……1人は知らない人だけど、この2人と顔つき合わせてなんか話し合える間柄のようだし、それなりベテランなのだろう。

 そう思ってみれば、なるほど風格が有る。

「明日から、少し遠出してもらえるか? なに、()って()いの3~4日(さん・よっか)の仕事だ」

 ハンスさんの言葉に顔を見合わせる俺達。

 

 いや、多分そんなトコだろうなーって予感は有ったし、俺自身は別にイヤじゃない。

 

 仲間も、困惑とか嫌悪の表情ではない。

「良いぜ、全員問題ない」

「あー、待て待て」

 事も無げな()()の返事に、仕事を振った当のハンスさんが待ったを掛ける。

「討伐が絡むかも知れん依頼(シゴト)だ。子供は危ない」

 ハンスさんの言葉に、俺はなるほどと納得。

 子供扱いの子供達は不満顔で口々に文句を言い募るが、ハンスさんの一言。

「お前たちの同行の許可を出すと、俺がリリスに説教される。勘弁してくれ」

 俺の説教、と言うワードにピタリと不平が()む。

 下手に文句を言えば、自分達も説教コースだとでも思ったのだろう。

 

 人様に説教出来るほどご立派じゃない訳だが、聞き分けてくれて居るんだからそのままにしておこう。

 

 

 

 取り敢えず、明日、昼前には俺・タイラーくん・ジェシカさんの3人でギルドに顔を出し、詳しい説明を受けて出発する事に。

 行き先は大森林の指定地域の調査。

 今回はあくまでも入口付近とも言える部分の調査、数隊(すうたい)がかりで手分けしての依頼(シゴト)との事。

 

 大森林と聞いて、ざわりと心が揺らぐが、焦らないように抑え込む。

 いずれ、明日の話だ。

 一旦オッサン3人衆と別れ、屋台村で串焼きなんかをしこたま買って子供達に振る舞ってから、俺とタイラー・ジェシカ組は「銀の馬の骨」へ、子供達は自分達の宿へと向かう。

 

「なあ、提案なんだが」

 宿へ向かう道すがら、タイラーくんが口を開く。

 思ったよりも考え込んでそうな声色に、興味が湧く。

「あん? どした?」

 返事しつつ先を促す。

「いや、何でも無い」

 ……じゃあなんで声掛けたん?

 とは言わない。

 

 まだ考えが纏まって無かったんだろう。

 あれか、明日からの大部屋生活のキャンセルとかか?

 まあ、便利な半面色々不都合とか出てきそうだしな?

 

 俺は野暮な事を言わずに()を見て歩く。

 

 だから、この短いやり取りを、タイラーくんの相方であるジェシカさんが何を思い、どういう顔で聞いていたのかを知る事も、考える事も無かった。




お引越しは1週間後の急過ぎるスケジュール。

それまでに一仕事、冒険者だしね。


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8 大森林調査・上

冒険者は酒飲むのが仕事。
熊さんとか髭とかが言うんだから、きっと間違いない。


 名物宿屋「銀の馬の骨」特製の晩飯が旨すぎる。

 満足して部屋に引っ込もうとした所で、タイラー組に捕まった俺はそのまま冒険者ギルドへ連行される。

 

 やーめーろーよー。

 

 どうせ明日(あした)来るんじゃんよ、もう今日は良いって、酒だったら銀の馬の骨(ここ)でも呑めるじゃんよ。

 そんな俺の懇願は丁寧に無視されて、気が付くとハンスさんとグスタフさんに挟まれ呑まされるという地獄を味わう事に。

 俺、そんな悪い事したか? あ、もう挨拶なんだか愚痴なんだか、俺です。

 

 

 

 翌朝、俺はだるそうな顔を仮面で隠して冒険者ギルドへ向かっている。

 タイラーくんを呼びに行こうかと思ったが、子供じゃあるまいしまあ、大丈夫だろう。

 

 昨夜のギルドへの拉致事件の恨みは(ワス)レナイ。

 

 今日は酒を見るのも嫌だったので、ウェイトレスさんにお茶を頼んでぐったりとテーブルに突っ伏す。

 だっるう。

 出掛けにポーション飲んで来ればよかった。

 (かる)めの頭痛は頭蓋骨を内側から叩くし、もう、最悪な気分だ。

 

 

 

 今日の依頼は基本的にはDランク以上の冒険者向けのものらしい。

 一昨日(おととい)の北門の騒ぎのドサクサでランクがFからEに上がっていたとは言え、その時点で俺は対象外。

 なんだけど、そこで熊さんが特例発動。

 タイラーくんのパーティに俺が加わる形で、特別に参加OKとの事。

 

 そんな訳で俺は茶を啜りつつ、タイラーくんとジェシカさんを待って居た。

 あ、ハンスさんに聞いたんだけど、タイラーくんもジェシカさんも、Bランクなんですって。

 俺、あの2人にすっげえ生意気な口聞いてるけど、まさかの高ランク冒険者だった。

 あの見た目で強いとか、実はあの2人が主人公なんじゃないかな?

 まあ、仲間が強いと気が楽で良いな、うん。

 

「なんでお前は先に出てるんだ。部屋に踏み込んでしまっただろうが」

 そんな俺の後頭部に、高ランク冒険者が言葉の棘玉をぶつけてくる。

 登場から騒がしいとか、珍しい事もあるものだ。

 俺はだる重い上半身をテーブルから起こすと、お茶を飲む為に外していた仮面を付け直す。

 しかし、この行動が失敗だった事を、直後に思い知らされる。

「てっきり迎えに来てくれると思ったから、待ってたのよ?」

 ふわっと、ジェシカさんが後ろから俺の首に両腕を回してくる。

「うお⁉」

 美人さんの柔らかな双丘の感覚が……俺のヘルメットに!

 畜生なんで俺こんなけったいな仮面メット(かぶ)ってるんだコンチクショウ!

「ちょっとまって、仮面を外すから、改めてもう1回!」

「……お前は何を言ってるんだ?」

 遅まきながら仮面を外した俺に、心底呆れ顔を向けるタイラーくんが俺の居るテーブルを囲む右手側の席に着き、ジェシカさんが左手側の椅子を引く。

 そして、ふたりとも当たり前の様にエールを頼んでいる。

 

 え、なに?

 冒険者って、飲み物はアルコール以外は呑んじゃいけないの?

 そういう契約なの?

 生態なの?

「あー、うん。取り乱した。っていうか子供じゃ無ェんだから、ンなこと言われてもなぁ」

 茶を啜りながら、2人の苦情に漸く答える。

 一応言わないけど、俺なりに気を使った面も有るんだぞ?

 こっちから迎えに言って、もし朝から(さか)ってたらどうすんだ、俺が居た堪れないだろうが。

 

 そんな事をぼんやり考える俺の脳天に、タイラーくんの一撃。

 茶を吹き出し、俺はテーブルに沈む。

「テメェ何しやがる!」

 涙目で食って掛かるが、タイラーの野郎は少しも感情を感じさせない声でしれっと答える。

「今、殴っておかないといけない気がした」

 何だそりゃあ、オカルトか⁉

 しかも理由は下劣過ぎて言えねぇが、その勘は当たってやがるし!

 これが主人公補正って奴か……野郎……!

 

 

 

「よく集まってくれた。今回は事情が事情だ、参加者は準指名となる。指名基準は最低限、自分の身を守れるとこちらが判断した者。参加基準は、その指名者の責任に於いて推薦された者だ」

 熊のハンスさんの声が受付前の広間に響く。

「――目的は、本格的な調査の前の予備調査。なにせ広い森だ、あの魔獣共がドコから出て来たか、まずは其処からだ」

 大森林の、この街に面する広範囲をまずは調査し、出てきた経路を探す。

 それらしい形跡を見つけるか、魔獣そのものが出たら対処しつつ地図にマーク。

 何箇所かになるだろうそれを見つけ、その規模によって、今後行われる本格的な調査隊の規模や編成が変わるのだろう。

 

 頭張ってると、色々考えるもんだなあ。

 飛び出して暴れりゃ良いと思ってる俺にはピンと来ないが、まあ、要するに。

 

 黒幕が居るのか、って言う調査と、居た時はボッコボコにする為の準備、って事だろう。

 

 まだるっこしいと思わなくも無いが、「(だい)」なんて付くような森の中を、何の当てもなくフラつくとか、いつまで経っても見つけられる気がしないのは理解(わか)る。

 焦らない。

 焦って大暴れしてる間に、黒幕に逃げられたら目も当てられない。

 

 名前しか知らない12人の仇を取る、その為にはハンスさんを信じ、他の冒険者の手を借りなければならない。

 

「――と言うことだ。不意の魔獣の襲撃も考えられるため、余程の事情がなければ、今回は出来る限り複数人(パーティ)で行動して欲しい」

 パーティという単語に、俺はタイラーくんに目を向ける。

 

 考えてみたら、俺、ゲームですらソロだったわ。

 期間限定トライアルとか新クラス実装キャンペーンとか興味無かったし、ずーっと「リリス」の育成しかしていない。

 装備整えなきゃ恥ずかしくてオンライン行けない、とか思って、結局こっちに来るまでソロ。

 こっちに来てからまだ4日目なんだが、パーティ経験は子供達との薬草採り。

 集団戦の経験は無い。

 

 ホントに大丈夫なのか、俺……?

 

 とりあえず、スキル構成からミーティアを外しとこう。

「なんだ? 置いて行くようなことはしない、安心しろ」

「ンなこた心配してねェよ」

 目の合ったタイラーくんが溜息混じりに言う。

 なんで溜息()いたんだこの野郎?

依頼(クエスト)で出掛ける準備は、旅の準備とはまた少し違うんだろう? 色々教えてくれ」

 ハンスさんの話が終わったことで駆け寄ってくる子供達にじゃれつかれながら俺が言うと、タイラーくんが目を見開く。

「お前が……素直に俺に教えを()う、だと……?」

 お前なぁ……。

 その認識は、俺だけじゃなくてお前自身にも失礼だろうが。

「言っても俺は駆け出しだぞ? 経験者の話が有り難い立場なのは、間違いねぇよ」

 言いながら、カレンちゃんとティアちゃんに纏わり付かれながら、俺は立ち上がる。

 少女2人の体重を物ともしない、そんな俺にしがみつきながら、実に楽しそうにはしゃぐ少女達。

 

 ……少女たちよ、喜ぶでない。俺はアトラクションじゃないぞ。

 そんな事を考えつつ、2人を纏わり付かせたままその場でくるくると回って見せる俺と、きゃあきゃあとはしゃぐ子供達。

 

 しばし癒やされた俺は、仮面越しの、照れ隠しの真面目くさった顔を、タイラーくんの方に向ける。

「あー、まぁ、あれだ。宜しく頼むぜ、先輩」

 こういう台詞は、なんというか照れくさい。

「面倒だし気も乗らないが、仕方がないので面倒見てやる。酒くらい奢れ、後輩」

 だと言うのにこの野郎。

 こんな奴に照れたのかと思うと、感情を無駄に()り減らした気がして、ものすごく勿体ない気分になる。

 

 

 

 今日(きょう)まで、何だかんだ自分のことに手一杯で、世界のことを殆ど考えた事がない。

 例えば、俺自身が使っているが、一方で魔法使いが居るのかも、俺は知らない。

 多分で良ければ、ここは魔法はある世界、そう思っている。

 根拠は、夜の街のあちこちに有る街灯。

 曇ガラスに覆われている光源は揺らめく事がないので、松明(たいまつ)蝋燭(ろうそく)(たぐい)ではない。

 科学技術の線もあるが、何となく……魔法なんじゃないかと思っている。

 

 あれが科学技術、電気による物だったら、ちょっと色々バランスが悪い気がするのだ。

 何が? と問われると、それこそ「何となく」としか言えないんだけど。

 

 まあ、そんなあれこれの疑問を解消するのも、この世界で生活する事に繋がっていくだろう。

 目が醒めるまでの間でも。

 

「という訳で、準備も含めて、出発前の買い物に行きまーす」

 ジェシカさんの号令で、俺達は商業エリア……活気あふれる商店街へと足を踏み入れる。

 昨日も来たね、そう言えば。

「なあ、タイラーくんよ」

 色々と必要な物を買い込む前に、俺はタイラーくんを呼び止める。

「どうした? トイレか?」

「お前はデリカシーってやつを覚えろ」

 幾らまだ出発前だっつっても、緊張感無さ過ぎだろうがメガネ。

 なんでお前とのやり取りがいつもこんな調子なんだよ、ジェシカさんも笑ってないでコイツなんとかして下さい。

「魔法道具屋ってドコだ?」

 さも知ってる(ふう)に言ってみる。

 もしそんなもん無くても「ああ、この国には無いのか」くらい言っときゃ誤魔化せるだろ。

 多分。

「ああ、何か必要なのか。ついてこい」

 タイラーくんは事も無げに答えると、当たり前のように歩いていく。

 ……成程、普通に有るのね。

 やっぱこの世界(コレ)、俺の夢なんじゃないのか。

「おい、行くんじゃないのか。早く来い」

 足を止めずに軽く振り返りながら言うタイラーくん。

 そういう台詞は、足を止めてから言うんだよ。

「お前が進み過ぎなんだよ」

 寧ろジェシカさんの方に着いて行く感じで、俺は足を動かす。

 

 

 

 少年少女も物珍しそうに店内を見回し、小さく走り回っている。

「危ないから、転んだりするなよー」

 声を掛けると、各々返事をくれる。

 元気なのは良い事だ。

「悪いね店主。で、マジックバッグは今、良いもの有るかい?」

 パルマー魔法道具店。

 タイラーくんに案内されて訪れた店は俺のイメージに反して広い店内に、俺では見ただけでは使用方法もわからないようなアイテムが並んでいる。

 判らん眼から見れば、雑多に並べたてている様に見えるが、ごちゃごちゃした印象は無いので、それなりキチンと管理はされているらしい。

「元気な子供は良いもんさ。こっちも元気になれる。んで、マジックバッグってのは、アイテムボックスの事かい?」

 店主の老婦人が子供達を眺めてから、柔らかい口調で対応してくれる。

 やっべ、フツーに名前間違えたらしい。

「あ、ああ、そうそう、アイテムボックス。珍しい物だから、言い慣れなくてさ」

 不思議そうな顔で俺を見るタイラーくんの視線を無視しながら、俺は取り繕う。

「で、アイテムボックスだけど、どんなのが有るかな?」

 冷や汗を笑顔で誤魔化しながら、まず欲しい物の確認をしようと決める。

 

 アイテムボックスは、大まかに言って2種類有るそうで、その説明でもう、何となく理解(わか)った。

「時間停止のと、そうじゃないのかな」

「そうそう。良く知ってるね」

 話を聞く俺の両側には、何故かタイラーくんとジェシカさんがついている。

「それは何が違うの?」

 時間停止するかしないか、わかりやすい説明と言えば。

 不思議そうな顔のジェシカさんの質問に、ちょっと頭を捻った俺だが、洒落た言い方が思いつかない。

「食べ物が腐るか腐らないか」

 なので、すごく簡単にイメージ出来そうな事を挙げてみる。

「そんなの有るの⁉」

 そんな適当で投げやりな説明に、思った以上の食いつかれ、圧されつつもタイラーくんを見れば、何やらコチラは考え込んでいるご様子。

 

 俺がアイテムボックスを欲しいと思ったのは、ひとつには俺の持ってるアイテムボックスと、この世界で流通してる物との違いがあったとき、誤魔化す為に。

 予め仕様の違いを知っていれば、誤魔化しようも思いつくというものだ。

 なんか誤魔化す事ばっか考えてんな、俺。

 

 それに、容量次第ではホントに予備として使える。

 俺の手持ちは時間停止が有るとは思えないし、そもそも容量的な不安もある。

 なにせ、深層領域とかで拾ったウィザード向けのレジェンダリーアイテムがそこそこ入っているのだ。

 金貨の総量の事を考えても、余裕が有るとは思えない。

 そんな馬鹿な理由で依頼(クエスト)お出かけセットが収納できなくなったら困るので、補助用に、なんならメイン収納として欲しいと思っていたのだ。

 

 アイテムボックスが存在しなかった場合、荷物を増やすしか無いので、切に願っていた部分でも有る。

 

「今、ウチに有るのは時間停止系だと、100万リットルのが一番大きいかしら」

 ……単位リットルなのか、俺が翻訳されて理解しているだけか。

 

 いや、夢だからなんだろうな……。こういう「自分に都合のいい話」とか「自分にわかる単位・言葉」が出てくると、コレが夢なんだといちいち意識させられる。

 確かに便利だけどさー? もう、目が醒めるまでどうしようもないし、苦笑いで受け入れるしか無いね。

 

「それってどれくらいの大きさなの?」

 ジェシカさんが質問しているが、ちゃんと容量についての質問なのか心配になるな……。

「あー、ジェシカさん、1000立方メートル……10メートル四方で、高さ10メートルの部屋くらいだよ」

 なんで俺に即答できたかと言えば、最近、リアルの仕事絡みで調べたんだよ。

 リットルと立方メートルの関係を。

 正直なんでこんなもん調べてるんだと思ったもんだが、こんなすぐに、生活に関わる形で()きてくるとは思わなかった。

 ふーん、と呟いて店内を見渡すジェシカさん。

 イメージ湧かないんだろうな……。

 そう思った俺は、店内をざっと見回してから声を掛ける。

「この部屋よりもでっかいよ、空間的には。奥行き足りないから、幅も当然足りてないし、天井もね」

 あくまで目測だが、奥行きで8メートルくらいじゃないかな? 10には届いていそうにない。

 幅はもっと狭いから当然10どころじゃないし、天井は高いけど()いとこ3メートルってトコだろう。

 

 多分、漠然とこの部屋くらいをイメージしていたのか、俺の言葉にジェシカさんは即座に振り返る。

「嘘⁉」

 目測が甘くても、10届いて居そうなのは奥行きしか無いので、どちらにせよこの空間では1000立方メートルに届くことはない。

「お嬢ちゃんの言う通りだよ」

 老婦人もニコニコと、俺の説明を補強してくれる。

「じゃ、じゃあ、それってこのお部屋よりどれくらい大きいの?」

 当然の疑問。

 ジェシカさんが驚いている様子が珍しいのが、子供達も集まってきた。

 3メートルの空間を3つ積んで高さ9メートル。

 横が概ね7メートルかな。

 となると、もうひと部屋乗っけたら、良い感じかな?

「あー。この部屋を縦にもう3個重ねたくらい、かな」

 ジェシカさんは大げさに驚くこともなく、しかしそれなりに圧倒はされてくれたようで、呆然と天井を見上げている。

 そんなジェシカさんを申し訳ないが放り出して、俺は改めて店主に顔を向け直す。

「それ、どれくらい有るの? あ、数ね?」

 子供達はもう想像することを放棄しているようで、俺と老婦人の話を黙って聞いている。

「そうねえ、数でいうと12個だけど……高いわよ?」

 そりゃそうだよね。

 家買うより高いようなら諦めるかな。

「まあ、物が物だしね。ちなみにおいくら?」

 購入断念も視野に入り、却って聞きやすくなった俺は気軽に尋ねる。

 気分は冷やかしだ。

「金貨54枚ね。あ、1個に付きだよ?」

 4枚の端数感(はすうかん)よ。

 しかし、そうなると、掛けること12で、648枚か。

「じゃあ、それ全部。650枚出すから、なんかサービスしてくれる?」

 事も無げに言う俺に、店内の大人組((ふくむ)老婦人)が驚愕の相で言葉を失ってしまう。

 子供達は何のことか判っていない(ふう)で、大人たちを不思議そうに眺めていた。

 こうしてかなりの容量のアイテムボックスが手に入り、本当は時間停止系有りと無しの両方を買う予定だったが、必要無さそうなので「入れ物」購入はコレで完了としよう。

 必要に迫られたら、また相談に来れば良かろう。

 

 用意してもらってる間に、俺、自分の特技的なモンに気付いたわ。

 簡単な鑑定出来るぞ、俺。

 

 鑑定というか、手に取るとアイテムの説明文……所謂フレーバーテキストとか、モノによってはそのアイテムが引き起こす効果なんかも理解(わか)る。

 ゲームで、アイテムを確認してるあの感じだ。

 老婦人が色々サービス品を見繕ってくれてる中から俺がそれを手に簡易解説、それを元にタイラーくんが要不要を判断、という流れで頂くサービス品を選定。

 ちゃんと老婦人に「そちらが損をしない範囲内で」と追加で伝えたので、多分、売値で金貨2枚分のを選んでくれているのだろう。

 

 アイテムボックスは、見た目はウエストポーチ。

 なんでボックスなのかと言えば、容量の説明が立方メートルだからだろう。

 計算するのに、立方体をイメージした方がやり易いのだから。

 まあ、適当にそう思った、程度のモンだけど。

 で、今回購入するコイツの容量が1000立方メートル。

 さらっと言っているが、中々に狂気的な容量だ。

 10メートル四方、高さも同じ空間に、どれ程の物を収納出来るのかを考えてみれば良い。

 俺の(リアルの)私物は、纏めて放り込んでもまだ余るだろう。

 そんな便利なアイテムの使い方と注意点(特に大きな物の収納方法と、生き物入れない、当然自分が入ろうとしない等)をレクチャーされて受け取り、教えられた通りに、サービス品諸共仕舞い込む。

 おお、そこそこの大荷物が一瞬でスッキリ。

 お支払いの金貨を数えている子供達やジェシカさんも、こちらの様子を見て歓声を上げている。

 

「あ、あと、コレもサービスしちゃう」

 金貨の確認が終わると、老婦人がなにか巻物(スクロール)をそっと差し出す。

「効果不明のスクロールで、ずーっと売れ残ってるの。コレもあげちゃう」

 ご婦人、素直なのは好感持てるが、要はゴミの処分でしょ。

 まあ、面白そうだし貰っときますが。

 そしてスクロールの存在にハッとした俺は、小声で尋ねる。

「あの、身体(からだ)を綺麗にする魔法を覚えられるスクロールとか、有ります?」

 ダメ元で聞いてみる。

 お風呂に(はい)れなくても、身体(からだ)を綺麗に保つ魔法は欲しい所だ。

 そもそもお風呂に(はい)れてないから、湯桶を借りて、濡らした手拭いで身体(カラダ)を拭き清めるくらいしか出来て無いんだし。

「あら、洗浄(クリーン)だったら私達が使えるから、大丈夫よ?」

 ジェシカさんの提案は有り難い。有り難いのだが。

「今後の依頼(クエスト)とかで、単独行(ソロ)とかあり得るでしょ。それに、覚えとけば便利っぽいし」

 ジェシカさんの反応のおかげで、身体(からだ)を綺麗に出来そうだと期待は高まる。

 じんわりとテンションを高める俺を置いて、考えながら売り場に出る老婦人。

 ゴソゴソとスクロール類を掻き集め、一纏めに抱えて持ってくる。

「生活に便利な魔法、色々有るわよ?」

 ニッコリ笑って、各種スクロールを広げてみせる。

 この人は、俺のようなズボラの扱いをよく理解(わか)っている……!

「全部下さい」

「毎度あり♪」

 都合金貨10枚を追加で支払い、此処での用は終了である。

 

 

 

 実は1回キリの使い捨てのスクロールだったらヤだな。

 そう思って、支払いの前に一応こっそり鑑定したら、ちゃんと「魔法を獲得できる」とあった。

 一応俺、ウィザードだし、使えるよね?

 不安はひとつ解消したと思っても次々出てくるので、俺はもう考えることを放棄。

 店を出た所で、全員にポーチを1個づつ手渡す。

「ん?」

 疑問顔ながら受け取るタイラーくん。

「俺1人で12個も使うわけ無いだろ、全員分だよ」

 そう言うと、歓声を上げる子供達。

 ……ジェシカさん、子供に混じって喜ばないで下さい。

 ……可愛いけど。

「残りは?」

「予備だよ。なんであわよくば2個みたいな期待持ってんだよ」

 タイラーくんの質問に食い気味で答える。

 甘いんだよフハハハハ。

「というわけで、入れ物ゲットしたので、必要な物買い集めますか」

 

 気を取り直したタイラーくんの案内で、4日分程度の食料の買い込み。

 食料は各々買うということで、思い思いに選んでいく。

 時間停止系のアイテムボックスなので、ある程度余分に買っても腐ることはない。

 うっかり存在を忘れて1年後に発見しても、新鮮さそのまま!

 問題は気分だけ!

 そういう素敵アイテムだから、どうやら食料を選ぶのも楽しいらしい。

 俺はオーソドックスに干し肉と、柔らかめのパンを選択。

 柔らかいパンは、環境ですぐ固くなるかカビが生えるから旅には適さないと言うが、そこはポーチ様様(さまさま)である。

 タイラーくんに至っては果物とかも買っている。

 森に行くのに? って、森の中に入るわけじゃないし、森だから果物が有るって訳じゃないか。

 結局3人で色々買って、目を離した隙に子供達も何か買い込んで、食材調達も完了。

 

 その他、なんかキャンプ用品らしきをタイラーくんの指示に従い購入、せっかくだし金貨も全部持って歩くと言う事で、一度宿へ向かいたいとジェシカさんから打診が。

 じゃあもう、今日から大部屋押さえちゃおう、って事でついでに子供達に宿から荷物を持ってこさせ、全員で「銀の馬の骨」へ。

 

 10人部屋と言う、普段は使っていないという部屋を7日押さえ、支払いを済ませて子供達に留守を任せる。

 金貨はみんなそれなりに持ってるし、危ない依頼(しごと)は受けなくて良いから、とか言ってる間に離れ難い気持ちに。

 最終的には業を煮やしたタイラーくんが俺を引きずり、大森林の探索ポイントを目指す。

 なんでも、地図とクリスタルを受け取っており、俺達の担当ポイントについたらクリスタルが光って教えてくれるらしい。

 

 え、なにそれ、なんかハイテク?

 

 そんな訳で大森林まで、(あいだ)で野宿1泊を挟んでの移動。

 歩くのは好きではないが、まあ、1人じゃないし。

 買い物で思わぬ時間を使ってしまったが、マイペースな者しか居ない我がパーティは、特に慌てもせず、移動を開始したのだった。

 

 

 

 行軍は散々である。

 歩くのは構わない。

 俺ひとりじゃないから気も紛れるし、気分が疲れなければ、肉体がそれに引きずられる事も無い。

 問題はそれ以外の部分。

 その、旅を、と言うか冒険をするには必須であろう作業が、もう本当に、俺と相性が悪い。

 

 何かって?

 狩りだよ、狩り。

 

 ウサギを見掛けたが、狩ろうと思えば(はい)になる。

 出力を、俺に出来る範囲で、思いつく限り最低出力に絞った心算(つもり)でも、収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)ではウサギ相手には過剰だった。

 じゃあ魔力光弾(こうだん)、と思えば、こっちも思ったほど威力を押さえられず、どうやっても爆散。

 地面に当てて気絶を狙うと逃げられる。

 

 俺、そう言えば偏差撃ちどころか、そもそもエイム下手だったわ。

 

 ノービススキルなら、と試しても、ことごとく上手く行かない。

 魔踊舞刀(まようぶとう)の低威力冷凍斬りで何とか? というレベルである。

「この不器用女が。狩りもまともに出来んのか」

「うるっせぇなあ。脆すぎンだよ、ウサギがよぉ」

 険悪になる馬鹿2人に、見かねたジェシカさんがスリングショットで狩り成功。

 ジェシカさんの得物はアレなのか……そういや、クラス聞いてなかったな。

「あれくらいの手際を見せて欲しいもんだ」

「俺はどうも、細かいのは苦手らしいんだよ。粉砕とか焼却が得意なもんでな」

 コンチクショウめ、大物だったらなんとかなる、筈。

 ちょーっと自信が無いけど、多分、きっと、大物だったらなんとかなる。

 

 手加減の練習しとこう……。

 

 以降、見かけるウサギはタイラーくんとジェシカさんが仕留めていく。

 遠距離の攻撃手段をもつジェシカさんは兎も角、タイラーくんは肉体言語全開で、走り寄ってダガーで仕留める。

 

 え? おかしくね?

 なんで走って追いつけるの? なんでダガーなの?

 

「狩りとはこうやるんだ」

 いや、おかしいから。

 ドヤ顔は良いけど、お前の狩りもおかしいよ!?

 明らかにあのゴリラより(つよ)いぞコイツ。

 なんでBランクなん?

 冒険者ギルドのランクシステムに、盛大な疑問を抱える事になってしまった。

 

 

 

 どこまでも平原、そんな場所でキャンプ。

 多分そうなるだろうと言うタイラーくんの指示で、予めキャンプ用の薪を買っていたので、火の用意は簡単だった。

 歩きながらウサギの血抜きと言う荒業? 生活の知恵? の成果を見せつけられ感心したり、おっかなびっくりにウサギの解体を手伝ったり。

「お前、よく旅が出来たな? ここまで」

 と言われ、悔し紛れに移動はテレポートという魔法を使って居たから、野営は殆どしたことがないという、嘘だけど自慢できないトコだけホントという作り話をしたせいで、明日朝に実演する事になったり。

 

 色々とどうでも良い系のイベントを重ねつつ、焼いたウサギの肉とパンを食し、思いの外ご満悦の俺。

 キャンプグルメ?

 今日のなんて、作ってもらったのと買ってきたのが中心だから、感想言うくらいしか出来ること無いよ?

 あ、うん、美味しかったよ?

 

 そんな訳で、汗もかいたし、例のクリーンの魔法を始め、便利そうな魔法のスクロールを選び、使用していく。

 使用と言うか詠唱と言うか、広げたスクロールに書いてある文字を目で追うだけなのだが。

 何でも、魔法の才能がなければ幾らスクロールを広げても覚えることは無いという。

 じゃあ俺、魔法の才能有るのね、とか得意に成りかけたが、ウィザードのクラスだし、当たり前かと思い至る。

 うん、俺の「才能」じゃなくて、クラスの「恩恵」だった。

 生活魔法と言う(くく)りの魔法は、消費魔力も少ないので、余程の事がなければ誰でも使えるらしいし。

 どうせそんなこったろうと思いましたよ、ええ。

 で、早速覚えた魔法を試し、便利さにニマニマする俺。

 

 洗浄(クリーン)は対象選択で食器から身体(からだ)まで綺麗になる便利魔法だし、光明(ライト)の魔法でスクロールの文字も見やすい。

 

 で、覚えた魔法に全力で魔力注いだらそれなり強力になりそうだ、とかいう話をした流れで種火(スターター)はそのまま火魔法の基本だ、と言う、この世界の魔法の話を聞けたり。

 火起こしのつもりで覚えた魔法は、もしかしたら狩りに使えるかも知れないと、小さな期待を持ったりもした。

 そんな事を話ながら、時にタイラーくんの混ぜっ返しを交え、スクロールを眺め……魔法屋店主、パルマーさんのサービス品、妙なスクロールも一応覚えつつ……えっと? 効果はフレーバーテキストF仕様?

 何のことか判らんので、ヒマな時にでも試してみようと思う。

 今試したら、無駄に悩みが増えそうな予感がするし、取り敢えず後回し。

 そんな食事と雑談と、合間にスクロールでの学習を混じえ、夜は更けていく。

 

 

 

 交代しながら周囲警戒。

 均等に時間を配分すると言いながら、どうもこの2人は、俺の睡眠時間を多目に取ってくれたようだ。

 有り難いけど、無理しないでくれよ?

 

 最初に俺が見張りして、1順した所で、起こす頃には夜明け前だろう。

 見上げる星空が深い。

 

 当然のように、知っている星座はない。

 だからといって、広がる威容は褪せる事なく、俺という存在の矮小さを思い知らせてくれる。

 夜天に広がる星々は、傍らで燃え盛る薪の明かり程度では抗する事も出来ず、今にも降り注ぎそうな迫力を俺に見せつけていた。

 さて。

 俺は今、1人で考え込むという悪手を打っている気がする。

 なぜかと言えば、こういう時の考え事は、あんまりいい方向に転がらないからだ。

 この世界は、多分、俺の空想、夢だと思う。

 こうして時間の流れを感じるが、そう感じるほどに俺が「信じたい」夢なのだろう。

 

 だけど。もしも、万が一。

 

 ここが、リアルなもうひとつの世界だったら?

 

 馬鹿馬鹿しいとは思う。

 俺にとって都合の良い事が起こるこの世界が、現実なんて有り得ない。

 ウサギの解体の生々しい感触を思い出して、しかしそれすらも脳が錯覚を起こしているだけだと、そう思う。

 

 だけどもし、この世界がリアルなもので。

 俺がこの先、元の世界に戻るのか、この世界に居続けるのか。

 選ぶ事になるとしたら。

 

 夜が明けて、陽光が世界の輪郭をハッキリと切り分けていく時間になっても、答えは出てこなかった。




柄にもなく真面目に見上げる夜空。
おちゃらけてても、やっぱり不安。


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9 大森林調査・下

実際にテレポートが使えたら色々大変そう。


 朝日が夜の気配を完全に振り払っても、俺は考え事の殻から抜け出る事が出来ていない。

 夜警の役目を忘れはしないし、周囲の警戒を怠る事もない。

 それでも、獣も魔獣も現れる事も無かったのは有り難い。

 あ、たまには真面目な俺です。

 

 

 

 遮るもののない陽光に照らされて、先輩2人が目を覚ます。

 天気が良いのにかまけてタープすら使わなかったんだが、冷静に考えてどうなんだろう?

「おはよぉ、リリスちゃんありがとうね」

 大きく伸びながらジェシカさんが挨拶をくれる。

 大きく揺れる豊かな丘陵の存在感に見とれていると、むっつりとした顔のタイラーくんが俺を見ていることに気が付く。

「……まだ成長するかも知れんし、あまり悲観するな。どんなに絶望的でも、希望を持つのは悪い事じゃない。」

 仮面で表情が見えてない関係で、野郎には俺が羨んでいるように見えたらしい。

「やかましいわ!」

 これは図星を突かれた様に見えるかもしれんが、実際はお前を妬んでるんだよ!

 羨ましいなこの野郎!

 

 

 

 朝から考え込んだり落ち込んだり羨んだり妬んだり、我が事ながら忙しい事である。

 朝食は干し肉のスライスとパン、それと水。

 身体(からだ)が3周りくらい、上下左右全方位に小さくなった影響か、随分食事量が減った。

 燃費が良くなったんだと、喜ぶことにしよう。

 

 ふと気付くと、タイラーくんが果物を俺に差し出している。

 いや、なんか言えよ。

 たまたま気付いたけど、お前さん、俺が気付くまで黙ってるつもりだったのかよ。

「……なんだよ」

 恐る恐る、問う。

「果物は、良いぞ」

 真面目な顔というか、無表情で言われると(こえ)ぇよ。

「あ、ああ、ありがと……」

 受け取らないとずっとこのままっぽかったので、それもまた怖い。

 俺が受け取ると、何を納得したのか頷いて、自分も果物を食べ始める。

 ……あー、朝食には果物が欠かせない人?

 意外っつーか、うーん。

 受け取った薄紅色(うすべにいろ)の果物は見た目を裏切らず、酸味の強いりんご、って言う味で、さっぱりして美味かった。

 

 

 

 朝食を終え、身支度を済ませ、薪に砂を掛けて、いざ出発。

 

 あ、生ゴミは穴を掘って放りこみ、収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)(弱)で灰にしてから埋めました。

 

「んじゃー、行くよー」

 出発準備完了の俺の合図に、タイラー&ジェシカがそれぞれ俺の腕を取る。

「方向は、このまま真っ直ぐでいいんだよな?」

「ああ、問題ない」

 俺が確認すると、タイラーくんが自信を持って答える。

 今ひとつやらかしそう感が漂うが、まあ良い、信じよう。

 

 昨夜言い訳にうっかり使ってしまったテレポート。

 魔獣撃退の時にも普通に使っていたが、激戦の中での見間違いか勘違いだと思われたらしく、特に誰にも咎められていなかったのでしれっと隠していたのだが。

 うっかりとは斯くも恐ろしいのだ。

「んーじゃあ跳ぶよ? まずは1回」

 使う以上、移動時間の短縮に成らねば意味がない。

 出来る限り遠く、マーカーが届く限界まで。

 遠すぎるとマーカーが青くなり、跳べそうな気がしない。

 赤くなるところを測ると、大体2~3キロくらい、だと思う。

 地平線の手前、くらいで、今の俺の身長が160有るかどうかだから、多分地平線までの距離は……あ、地平線は地形も関係してくるから一概には言えないのか。

 今度、街の城壁とかを使って測ってみよう。

 

 それは兎も角、あんまり大きく見積もるのも危ないな。

 ……どうせ連続で跳ぶ事になるし、1回でどれくらいとか、あんまり関係ないか。

 そろそろタイラーくんが騒ぎ出しそうなので、跳ぶとしよう。

 俺は穏やかに、意識を集中させた。

 

 

「よっとぉ。こんな感じだけど、あんま判んないだろ? 跳んだとか」

 距離を無視どころか、身体(からだ)を動かす事も無いので、下手したら移動した実感も無いかもしれない。

 景色がいきなり変わってビックリする、くらいかな。

 そう思いつつ振り向くと、青い顔で俯くタイラーくんが。

 え? と思う間もなく、逆側の腕ごと身体(からだ)を引っ張られる感覚。

 そちらに目を向けると、フラッフラなジェシカさんが俺の腕にしがみついている。

「え? え、なに?」

「の……」

 え? No?

 タイラーくんがなにか言おうとして詰まり、呼吸を整える。

「脳が追いつかん」

 あんだって?

 

 一度休憩ということで、フォーメーションを解除。

「急に切り替わる景色に、脳の処理が追いつかん」

 タイラーくんが少し落ち着いたのか、それでも青い顔で言う。

 あー。

 俺も跳び過ぎるとなるかも知れないが、俺の場合は跳ぶタイミングを自分で決めている分だけマシだろう。

 いつ跳ぶか決める事が出来ず、判断する事も難しい2人が、しかも事前情報無しで一瞬で景色が切り替わったら、脳が混乱して具体的な失調を起こすことも有るのかも知れない。

「便利な方法だと思ったんだけどな……これはちょっとキツイわね」

 タイラーくんより更に顔色の悪いジェシカさんがこぼす。

「お前は、これはどうやって克服したんだ?」

 タイラーくんの問いかけに、俺は考え込む。

 

 ゲーム内ならいざ知らず、リアル……かどうかは一旦置くか。

 細かく言い始めるとややこしくなるだけだし。

 兎も角、実際に使った時は、頭に血が昇ってた筈だから……。

 多分、俺、気持ち悪いとかそう言うのは無視してたと思う。

 んで、連続で跳んでたな……此処より景色が大きく変わりそうな、街の……ああ、殆ど街の上だったか。

 で、それをどう伝えるか?

 うーん、強引に纏めると。

 

「比較的短い距離を、連続で跳んで慣れた」

 端的に言うと、そう言う事だよな?

 極論すぎ?

「……慣れか……」

 タイラーくんの途方に暮れた声というのも初めて聞く。

 本人には悪いが、ちょっと面白い。

 イタズラ(ごころ)に後押しされ、俺は悪い笑みで言葉を放つ。

「もう、サクッと連続で跳んじゃって、有無を言わせない感じかな」

 追い打ち気味に言うと、小さく笑う。

 流石に今のテレポートで気持ち悪くなってる状況で、「じゃあ俺も」とはなるまい。

 諦めて、徒歩で移動しようじゃないの。

「……成程」

 そんな俺の思惑なんか完全無視で、タイラーくんが立ち上がり、そして俺は嫌そうな顔をする。

「それで行くぞ」

 嫌そうな顔が俺とジェシカさんの2つに増えた。

 

 

 

「成程、確かに。慣れる物だな」

 距離を短めにしての、有無をも言わせぬ連続ジャンプ。

 俺の時はある意味極限と言うか、気にしてる余裕もない緊急事態だったし、()()の言ってる場合じゃなかったんだけど。

 コイツ、単純に俺のドヤ顔が気に食わないとか、そういうレベルの気に入らなさで荒行に挑んだ。

 プライド高い……じゃないな、これはアレだ。負けず嫌いだ、ただの。

「まだちょっと気持ち悪いけど、ちょっと慣れたかも。あー、でもこれキツイわぁ」

 巻き込まれたジェシカさんも、数度連続で跳ぶ事で慣らされたらしい。

 キツイとか言いながら、もう顔色もそれ程悪くない。

「……」

 一方で、一番慣れてる筈の俺はと言えば。

「よし、じゃあもう大丈夫だ。一気に行くぞ」

「……」

 タイラーくんが手を引くが、大地にうつ伏せに五体を投げ出した俺は反応したくとも出来ない。

「いつまで寝てるんだ、行くぞ」

「うるせぇ。テレポート酔いとMP枯渇の反動で、気持ち悪いんだよ。アホほど跳ばせやがってこの野郎……!」

 

 ゲーム内でMPが切れても、こんな風に倒れたりするような事はない。

 単に魔法が使えなくなり、スキルの関係で防御力が極端に落ちてしまう程度である。

 ……いや、それはそれで大問題なんだけども。

 それは置いても、じゃあ今の俺のこの有様の原因は何かと言えば、ゲーム内の出来事と現実での事象の差、と言う奴だ。

 リアル……にテレポートで跳ぶことで、慣れてるとは言えノーダメージで済む筈もなく、負荷が蓄積した所にMP切れ。

 更に言えば、俺だけが単身で跳ぶ時と違い、3人で跳ぶとなると、どうやら使用するMPも相応に増加するらしい。

 ただでさえ「使い慣れている」とは言い(がた)いのに、気づかぬ内に増えた消費量により、一気にMPが底をついてしまったのだ。

 単体で使うのも、決して少ない消費量じゃないってのに。

 結果、この身体(からだ)になって初めてのMP切れで、それも多分マイナスに突き抜ける勢いで枯渇してしまった為、ちょっとハードにその結果を突きつけられた感じに。

 

 MP自体は、会話中に回復しつつ有るのは感じられたのだが、キツめの二日酔いに似た頭痛はガンガンと響く。

 多分、もう跳ぶ事は出来る程度には回復したと思う。

 心底跳びたく無いってだけで。

 

「はーい、リリスちゃんも元気に()ってみようねー」

 タイラーくんが引いてる、その反対の腕をジェシカさんが引っ張る。

 ちょっとまって、元気に逝けって、酷くないです?

 この、上級冒険者共(ぼうけんしゃども)が。

「現地についたら休んでるからな、俺」

 ホントは「(感嘆符)」付きで強めに言っているつもりなのだが、頭痛の所為で勢いが出ない。

 両側から抱えられると言うか、引っ張り上げられている形になって地味にキツイので、観念して立ち上がる。

 

 

 

 余裕が無いので跳べる限界までのテレポート数回で森林の(へり)に到達出来た。

 タイラーくんとジェシカさんが慣れる為の連続テレポートが、何だかんだで距離を稼がせてくれていたらしく、思ったより大森林に近付いていた。

 と、安心したのが間違いだった。

 

「もう一度だ」

「だから、どれくらいの距離だよ……!」

 タイラーくんの指示で(こま)かいテレポートにシフトし、担当エリアを探す。

 クリスタルが反応してくれれば目的地到着なのだが、タイラーくんの手にあるソレは反応が無い。

「通り過ぎてたりしてねェだろうなァ!」

「む、その可能性も有るのか」

「お前なァ!」

 耐えきれなくなった俺はそのやり取り直後のテレポートの着地と同時に転倒。

 ベテラン冒険者組は咄嗟の機転で俺の手を離し、転倒を回避。

 俺だけが大地とお友達に。

 ……チクショウメ。

 

 大地に沈む俺の耳に、小さな、澄んだ鈴の音が響く。

「む。この近くらしい」

 もう起き上がるのが嫌な俺の耳に、タイラーくんの声がその音の正体を告げる。

 こんなにうれしくない目的地到着も無い。

「近くだから、先に行くぞ。追いついてこい」

 タイラーくんの無表情な声が俺の傍らを通り過ぎる。

 

 はあ?

 

 おいおいおいおい、この状態の俺を置いて行くんじゃねぇ!

「あー、ホントに近そうだから、休憩してから来てね?」

 ジェシカさんは気を使った(ふう)に言葉を置いて、歩いていくようだ。

 気遣われてる(ふう)の俺はと言えば、顔を上げる余裕も無い。

 今魔獣が出てきたら、手加減してやれる自信が無い。

 色んな意味で。

 

 

 

 10分程で、何とか立ち上がれる様にはなった。

 しかし、テレポート酔いとMP切れが重なるとホントにしんどいな……帰りは気をつけよう。

 

 見た目のんびり、実際は息も絶え絶えに歩いて、近くとか言いながら結構遠くで作業しているらしいタイラーくん達の方へ歩く。

 ポーションでも飲めば多少違うかと試すが、元々MPの回復効果なんかないし、アルコールを取り込んでの酔いじゃないから当然のように効かない。

 寧ろ、無理に呑んだので胸焼けする始末。

 まぁ、仕方が無い。

 急いだ所で、俺が細かい調査の役に立てるとは思えない。

 開き直ってのたのた歩くが、妙に遠くのタイラーくんは、こちらに注意を払う事もしない。

 あの野郎、どうやって仕返ししてやろうか。

 そんな事を考えたお陰か気が紛れたらしく、歩くにつれて気持ち悪さが少しづつ遠退いていく。

 回復するなら、俺も仕事を手伝うとしますかね。

 

 大森林外縁の調査。

 やることは予め決められた範囲で、不審な形跡か魔獣そのものを見つける事。

 形跡は兎も角、魔獣そのものは難しいんじゃないかな?

 森の中なら居るかもだけど、外側まで来てるもんかな。

 まあ、ハンスさん含めた冒険者ギルドの幹部だって、その辺は織り込み済みなんだろう。

 

 ここ2~3日(に さんにち)で付いた疵などの痕跡を探す。

 地道な作業だ。

 一応俺も、便利魔法シリーズに含まれていた「探索(ディテクト)」とか言う魔法はある。

 だが、ゲームはもちろん「向こう」でも使ったことがない、というか魔法そのものを使ったことがないので、これでホントに役に立てるか全く不明である。

 試してみようかと思うが、まだこの辺りは他の冒険者の担当エリアだ。

 勝手な事をしちゃあいけない。

 

「酷い目に遭ったぜ」

 せいぜい不満げな声と不機嫌な顔――仮面で見えないが――でタイラー組と合流。

「来たか」

 見た目通りの無愛想さでタイラーくんが短くお出迎え。

「あ、もう大丈夫なの? 無理しちゃ駄目よ?」

 ジェシカさんは心配そうな顔をこちらに向けてくれる。

 基本優しい人だし、良いなあ、と、思わなくもないが。

 

 さっき、しれっと置いていかれたことは忘れないぞ。

 

「んで、調査はどうなってんだ? 俺は火力系ウィザードだから、そういう作業苦手なんだよ。何をすれば良いのか判らん」

 言いながら森の方を見るが、何が怪しいのか怪しくないのか全く判らない。

 探索(ディテクト)がどの程度の範囲をカバー出来るのか判らないが、これは思った以上に地道で大変な作業になりそうだ。

「まあ、調査はクラスで向き不向きが出るのは仕方がない。こういう仕事は俺達の様な斥候(スカウト)クラスに任せろ」

 さり気なくタイラーくんの(クラス)が判明。

 俺達、と言うのはジェシカさんもそうなのか、タイラーくんを含めた斥候(スカウト)に任せろ、と言う意味なのか。

 ボケた振りして聞いてみるか。

「ん? 俺達? ジェシカさんも斥候(スカウト)なのか?」

 言いながらジェシカさんの方に改めて顔を向ける。

 地図を片手に、何やら色々書き込んでいる様子。

 その佇まいと、ちょっと目を離した隙に音もなくさっき居た場所から移動している辺り、間違いない気がする。

「ええ、私は純粋な斥候(スカウト)ね」

 ちょっとだけ作業の手を止め、ちょっといたずらっぽく微笑んでみせる。

 うーん、あしらいの端々に見え隠れする大人感。

 たまに子供と一緒にはしゃいでるけど。

 

 って、純粋な? 私は?

 

「じゃあ、あっちは不純な斥候(スカウト)か……やらしー」

 特に意味はないが、思い付いたまま口にすると、不意を突かれたようで吹き出すジェシカさん。

「不純なって……不純……ふくく……!」

 変なツボに直撃したらしい。

「お前らな……俺は暗殺者(アサシン)系の斥候(スカウト)だ。とは言え、基本技能は持ってる」

 苦虫を噛み潰した様な顔をこちらに少し向けるだけで、タイラーくんは調査の手を止めない。

 ソツがないのは良いけど、今キミ、なんか不穏な事言ったよね?

暗殺者(アサシン)て……また物騒な(クラス)だな。俺の後ろに立つんじゃねーぞ」

「俺を後ろに回さないように気をつけるんだな」

 肩を竦めて言ってやると、面白くもなさそうに答えてくる。

 悪いやつじゃないが、なんと言うか、意外な職選択なのな。

 

 そのうち、コイツが暗殺者(アサシン)なんか選んだ理由も、聞くことが有るんだろうか?

 

 あと、そのうち言わなきゃいけないのだろうか。

 暗殺者(アサシン)だからって、ウサギを狩るのに走って近づいて斬るとか、しなくて良いんだよ、と。

 

「あ、俺も探索(ディテクト)使ってみて良いか? 昨日覚えたんだけど、使ったらどうなるのか判らんから」

 本職に任せた方が良いとは思うが、手持ち無沙汰で暇なので、多少なり手伝いが出来るかと声を掛けてみる。

「使ったら何が起こるか判らない魔法とか、危険な予感しかしないんだが」

 すると、手を止めたタイラーくんがこっちに向き直った。

 一瞬なんだこの野郎と思ったが、言われてみると確かに、禁呪(きんじゅ)感が凄いな。

探索(ディテクト)は周囲の違和感を強調する感覚(センス)系の魔法だ。使い慣れないと、強調されてもそれが何か判らない事もあるぞ」

 えー、なにその小難(こむずか)しい感じの魔法。

「唱えたら自動で怪しいとこが光るとか、そういう魔法じゃないのかよ」

 なんか思ってたのと違う、そう思って口を尖らせると、タイラーくんが再び口を開く。

「効果はそんな感じだが、なんで怪しいのか、パッと見て理解(わか)るか? つまりはそういう事だ」

 タイラーくんの講義に、珍しく棘がない。

「あー、調べるトコは教えてくれるけど、なんでそこを調べるのかは考えろって事か」

 中々、楽させてくれない魔法らしい。

 魔法とは一体。

「考えるにも、経験が必要になるという事だ。まあ、より深く使えるようになれば、探索(ディテクト)で知ることが出来る情報も深くなる」

 元来、この男は人に物を教えるのが好きなのかも知れない。

 より深く、か。

 それは熟練度と言う意味だろうか?

 或いは、魔法に振り分ける魔力量的な意味で、とか?

「お前さんも探索(ディテクト)を使ってるのかい?」

「無論だ」

 ふむ。

 今の俺が熟練度をどうこうすることは出来ないから、じゃあ、使う魔力を増やしてみるか?

 魔力って、MPの使用量って認識で良いのかな? 何か違う気がしなくもないけど。

 ……今関係ないけど、HP90万そこそこに対して、MPは22000くらい。

 歪過ぎやしないか俺のステータス。

 ホントに俺、魔導士(ウィザード)なんだろうな? 自覚も自信も無いぞ?

 ……うん、それはそれで良いとして、どうやってMPの使用量なんて増やせば良いんだ?

 目を閉じて、魔法に集中してみる。

 発動を直前で止めて、リソースを多く振り分けるイメージ。

 ステータス画面で見慣れた、MP総量の容量の2割を使うイメージ。

 テレポートと違って「酔う」感じも無し。

 魔法の効果が広がる様子をイメージしながら、ゆっくりと目を開ける。

 

「お前……何をしたんだ」

 目を開けきる前に、タイラーくんの声が聞こえた。

 

 ふわりと広がる緑色の光が木々を、葉の一枚一枚を、足元の草の表面を撫でる。

 半径10メートルくらいか、思ったより広がった光が通り過ぎた後に、数カ所引っ張られるような「反応」に気が付く。

 範囲が普通と比べて広いらしいことはタイラーくんの反応で、何となくだが理解(わか)った。

 しかし熟練度が不足しているからだろう、「深い情報」(など)というものは感じられなかった。

 まあ、それは仕方が無いのだが、あちこちに反応したポイントをいちいち調べるのが大変そうだ。

 そう思った時に、なんというか、一段と強く引っ張られるような、()()()()()感覚が俺に眼を向けさせた。

「今のは何だ? そもそもの範囲が尋常じゃない……それに、()()()使()()()()()()()()()()()()()って……」

 俺が目を向ける先に体ごと向き直りながら、タイラーくんが呻く様に声を押し出す。

「私にも理解(わか)ったわ。何箇所か反応が有ったけど、1個強めの反応が有るわね」

 地図を手にしたまま、ジェシカさんもこちらに歩いてくる。

 

 そう、ジェシカさんが今言った通り、俺の使った探索(ディテクト)の魔法は数カ所に反応したが、その中でも特に大きく反応した箇所があった。

 

 外側に面した……この大木の。

「……魔獣と言っても、獣と言うことか」

 コレほど大きな跡なら、今オレが何かしてもしなくても、タイラーくんかジェシカさんなら見つけていただろう。

 たださっき調査している位置から離れているので、もう少し後にはなったと思うが。

「マーキング跡、ね。ホントにあの魔獣のマーキングか判らないけど、体毛も付いてるし」

 恐らく、身体(からだ)(こす)り付けた跡。

 体躯が巨大なので、必然(ちから)も強く、木の表面を大きく削り、所々に体毛がこびり付いている。

 地図に場所を書き込むジェシカさんとタイラーくん。

 念の為、体毛もサンプルとして採取している。

「リリス。悪いが此処を起点に、もう一度探索(ディテクト)を頼む」

 タイラーくんの指示に、俺は即座に目を閉じ、意識を集中させる。

 さっきMPを2割も使っただろうって?

 

 わんさと敵に囲まれる、そんなハクスラゲー出身ウィザードのリソース回復力、舐めないで貰おうか。

 

 テレポートの時は、「酔い」の蓄積にMP枯渇が(とど)めになり、動けない程の体調不良に苛まれた。

 だが本来は、MPが(から)になることは珍しい事ではない。

 この世界に来て、感覚が色々変わった弊害でテレポートに副作用が発生したが、本来はそもそも「それほど多くもない」MPをやりくりして戦うクラスでも有るのだ。

 今のビルドにたどり着くまでに、何度MPが枯渇したかなど、いちいち数えていない。

 

 それで戦える秘密は――まあ実際は立ち回りが重要で、それがマズいと枯渇したら死ぬ訳だが――MPの()()()()()に有る。

 (から)になった所で、()っといても1分程度で回復する。

 ノービススキルで敵を叩けば、もっと回復は早い。

 しかもノービススキルはMPを消費しない。

 そんな特性を持っているが、今はそんなスキルを使わずとも、さっきの会話の間にMPの回復は完了していた。

 2割程度の回復なぞ、斯様に一瞬なのだ。

 

 そして、さっきと同じ規模で広がる探索(ディテクト)

 

 この近く、少なくとも半径10メートルの範囲には、細かい反応は有るが大きな反応は無い。

 念の為に細かい反応の有った所を2人が確認していく。

 流石にそういう実地の調査は、経験のない俺では判らない部分だ。

 さっきのマーキング跡のように、わかりやすい痕跡とは限らないのだから。

 出入りする場所を特定できれば、調査が楽になる。

 俺は適度にリソースの回復を行いながら、タイラーくんやジェシカさんの指示に従って探索(ディテクト)を次々と使用し、痕跡の発見に全力を注いだ。

 

 まさか、攻撃魔法以外の、しかも「この世界」の魔法で役に立てると思わなかったが、だからこそやりがいがある。

 夢か現実かわからないし、夢の確率のほうが高いとは言え、この世界で俺に出来ることが有る、出来ることが増えるのは喜ばしい事だった。

 張り切りすぎてバテないように気をつけながら、俺は覚えたばかりの新しい魔法を使いまくったのだった。

 

 

 

 3人で探索(ディテクト)を掛けまくり、昼までにはある程度の調査が済んでしまった。

 結果、俺達の担当したエリア内で、出入り口と思しきマーキングが有ったのは2箇所。

 一部か全部か判らないが、此処から出て街へ向かったという事だ。

 街へ向かい、街の外で薬草を採っていた子供達を。

 

 ざわりと胸中に湧き上がりそうになる殺気を押さえつける。

 無闇に暴れないと決めてある。

 襲われ、殺されたのは冒険者ギルドの年若い冒険者。

 仇をとるのは俺達の仕事だ。

 そう、冒険者(おれたち)の。

 

 血の気の多い冒険者(なかま)達の仕事を、俺が1人で抱えちゃ悪い。

 

「意外だな。てっきり、森の中に駆け込むものかと思ってた」

 森を眺めながら、簡単な昼食を摂る。

 俺は朝と同じメニュー。

 そんな俺に、タイラーくんがバナナそっくりな果物を突きつけながら言う。

 っていうかバナナだコレ。

「暴走したらハンスさんがおっかねえよ。それに、暴れてぇのは俺だけじゃないんだし」

 ハンスさんを筆頭に、グスタフさんと気のいい仲間達や、数少ない、挨拶を交わす程度の仲の、他の冒険者の顔が脳裏を通り過ぎていく。

 バナナを受けとり皮を剥きながら、答える。

「出てきた分に関しては、全部纏めて(はい)にしてやるけどな」

 そう笑うが、森から巨大な獣の気配は無い。

 本心で言えば今すぐ、この森を焼き払ってやりたい。

 だが、さっき考えたことをもう一度考え、知り合った中で気のいい冒険者達の顔を思い浮かべ、心を落ち着かせる。

 子供達の顔を思い浮かべ、あんまり心配掛けられないなー、とか考えながらバナナに齧りつく。

 普通にうまいな、うん。

 

 

 

 魔獣が出てくるようなら即座に(はい)にするつもりで構えていたのだが、思ったよりも担当エリアの調査が早く終わったんで、タイラーくんの提案で早々に引き上げることに。

 

 曰く。

 自然発生の魔獣だったら偶然の遭遇という線もあるが。

 しかし、もしも黒幕が居た場合、ここで魔獣に出会うと言う事は、その魔獣は命令を受けて見回りに来ている可能性がある。

 そいつを倒すことによって黒幕が攻勢に出てくるのも面倒だが、守勢に回り、最悪住処を移動されると面倒くさい事になる、と。

 

 成程もっともな話だけど、それって、他の冒険者が出会っても同じ事では? 

 そう思う俺に、タイラーくんが説明してくれる。

「この依頼(クエスト)に参加する他の冒険者は、運が悪くなければ勝てるか撃退出来るだろう。だが、お前は単身の癖に戦力が過剰だ。この森に居る奴が街へ侵攻しようとしてるかは不明だが、まあそう仮定するとして」

 ふんふんと頷きながら、真面目に授業を受ける俺。

「仮にお前がその黒幕の立場だとして、だ。そんな、自分の手駒を1人で壊滅させるような化け物じみた相手と、まともに戦うと思うか?」

 ふむふむ。言われてみれば、もしも俺がそういう立場で、敵にそんな化け物が居たら、逃げるわな。

 だけども。

()っても、それは前提として、敵さんが俺の実力を知ってる必要があるんじゃないか? こないだの魔獣は俺が全部塵(ぜんぶちり)にしたし、情報持ち帰った奴が居たとは思えないんだけど」

 なにせ全力の攻撃を叩き込んだのだ。

 そう易々(やすやす)と逃げられたとは思いたくない。

 俺がそう言うと、タイラーくんはメガネを直しながら言う。

「本当に1匹も逃していないのか、と言う疑問も有るが。それ以前に、戦場の確認や必要な報告をさせる役割のものを、前線に置いとく理由は無いだろう?」

 ……おお、なるほど、言われてみれば。

 言われて俺は得心する。

 黒幕は後方も後方、下手すると森から出ていない可能性すら有る。

 だったら、あの狼型の魔獣をけしかけ、指示を出し、かつ場合によっては前線の様子を伝えさせる者を間に置けば、まあ便利だろう。

 テレパシー的な能力でも有れば、伝達役をいちいち往復させる手間も省ける。

 

 万が一ヤバい敵が突っ込んできてその伝達役がやられたとしても、自分が直ちに危険になる可能性は減るし。

 

「んじゃあ、俺の存在はこっそりあの戦いで確認されてて、マークされてる可能性は有るのか。そうなると、成程、俺が暴れちゃうと……」

 なるほどね、と、俺は頷く。

 そんな俺がここで魔獣の迎撃に本気出しちゃったりしたら。

「即バレるな」

 それで逃げられて、どっか別の場所で悪さされても気分が悪い。

 黒幕が居ても居なくても、この大森林でケリをつける。

 そのために、今は過剰な刺激を与えるのを避けるという訳だ。

 

 

 

 昼食と並行して地図の書き込みの確認をして、タイラーくんとジェシカさんは報告の抜けはないと判断、荷物を纏めて帰還することに。

「帰りはテレポートとやらが有るから、夕刻までは帰れるか?」

 ごく簡単にコイツは何を言い()しやがるかな?

「途中で細かく休憩させろ。幾ら何でも、休憩無しで跳んだら死んでしまう」

 MPが尽きないように気を使いつつ、限界まで跳ぶ、コレが出来れば大丈夫だが、正直そんな器用な事ができる気が全くしない。

 原因は目の前にいる2人。

 こいつら、テレポートに慣れたら慣れたで急かすようになりやがった。

 

 調子狂わされたらMP管理が雑になる。

 非常に嫌な予感がするので、跳ぶにしても毎回MP残量を確認し、余裕の有無は見ておこう。

 

 きちんと管理出来れば、タイラーくんの言う通り、夕方くらいまでには帰れるとは思うが、余計な事を言うとホントに急かされ兼ねない。

 帰りは慎重に帰ろう。

 

 

 

 結局帰りに4回ぶっ倒れ、その都度休憩をとり――しかし万全の体調には戻せず――街に付いたのは、すっかり夜。

「使えない……」

「あぁ⁉ お前、言うに事欠いてこの野郎!」

 夜間は門が閉まる。

 門前の広場で、俺達は悪態を()きあいながら野営の準備である。

 野営だし、見張りも建てるのだが、すぐそこに大門があり、防壁の上では衛兵が警戒してくれている。

 警戒っていうか、俺とタイラーくんの仲良しコンビのじゃれ合いを見て笑ってる衛兵も居る。

 こっちは良いから仕事しろよもう!

 

 夜間は、余程やんごとなき方々の特使とかそういった証の有る者でもなければ、例えこの街出身の冒険者であろうとも中に入れないのがルール。

 そんな感じで衛兵さんが眼を光らせてくれるので、半端な場所で野営するくらいなら門の前まで来たほうが安心して眠れる。

 

「あー、頭(いて)ェ。悪いが先に休ませてもらう、交代の時間で起こしてくれ」

 タイラーくんとじゃれて遊んでいたのだが、キャンプの準備も整い薪に火が入ると、俺は夕食もそこそこに横になった。

 晩飯も朝昼と同じメニューだし、起きてから食おう。

 そう思いつつ、簡単な寝床を地面に設え横になると、俺の意識は急速に深い所へ潜っていく。

 

 

 

 タイラーくんの声で眼を醒まし、見張りを交代した俺は昨夜と同じく見張りで周囲を警戒しつつ。

 やはり昨夜と同じ疑問を胸中に、朝日が星々を追い払い、遠く稜線を浮かび上がらせる様を眺めて。

 昨日に続いて答えを見つける事が出来ず、今日も俺は、自分の立ち位置を保留する事しか出来ないのだった。




勢いだけの行動は失敗に繋がりがちだし、夜の考え事は暗くなりがち。

この小説は、大体夜間に勢いだけで考えられてます。


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10 急に言われても困るってこと、案外多いよね

例えば急に家が欲しいとか言われても、反応のしようがないよね。
そんなお話。


 太陽も出たし、衛兵さん達も門を開けたり交代していたりと動き出し、今日が始まるんだなぁ、(など)と非常に他人事な感想を思いながら先輩方を叩き起こす。

 後輩冒険者の(かがみ)こと俺です。

 

 4日分の食料を買ったものの、2日半で帰ってきたので食料が余っているが、まあアイテムボックス? バッグ? どっちだっけか……。

 兎に角、ソレのおかげで腐ることがないので安心だ。

 

 服ごと身体(からだ)を洗浄し、魔法の偉大さを感じながらも心からサッパリとしつつ、冒険者ギルドに顔出す前に少し落ち着きたいと「銀の馬の骨」へ。

 タイラーくんが特に文句を言わなかったのは、ジェシカさんがどうせなら「銀のウマの骨」での朝食を希望したのと、今ギルドに行っても時間が早すぎて、ハンスさんも来てないだろうという事で。

 だったら、と、俺達は悠々と「銀の馬の骨」へと踏み込むのだった。

 

 

 

 今日はデザイン違いの軍服といつもの仮面。

 見た目が変わっただけで中身(ビルド)は一緒なのだが、洗浄(クリーン)のおかげで隈なく綺麗。

 魔法って便利。

 便利は良いのだが、やはりこう、異世界モノお決まりの台詞は湧いて出る。

 

 そろそろお風呂入りたいよ、魔法で綺麗になるって言っても、やっぱ風呂は大事だよ。

 例の新居のお風呂がものすごく楽しみです。

 

「リリスちゃんって」

 やはり「銀の馬の骨」の飯は美味い。

 2日半ぶりの子供達に囲まれ、そんな事を思いながら幸せに浸っていると、ジェシカさんがニコニコと俺を眺めている。

「干し肉とパンが好きなのかと思ってたけど、ちゃんと美味しいご飯を美味しいって思えるんだねー」

 酷くないです?

「あのね、ジェシカさん。外に出て、安全でもない環境で食べるのに、凝った物の用意なんかしないでしょ」

 好きで干し肉齧ってた訳じゃないんだから。

 嫌いでもないけれど。

 歯ごたえが有るから、アレ噛んでるだけでお(なか)いっぱいになった気分になれるし。

「……意外と考えていたんだな」

 スープを味わいながら、タイラーくんが心底驚いたように呟く。

「いい加減確認しとかないといけないと思うんで聞くけどな? お前、俺を何だと思ってるんだ?」

 食事中なので仮面のない俺は、嫌そうな顔を隠しもせずに尋ねる。

「出来の悪い、口も悪い妹かな」

 この野郎。

 顔色ひとつ変えずに、人様を口も(出来)も悪いと言い切りやがった。

 挙げ句にコイツの妹とか、どういう系統の罵声だ。

「リリスお姉ちゃんが妹だったら、タイラーさんは私のお兄ちゃん?」

 ティアちゃんが澄んだ眼でタイラーくんを見上げている。

 やめて。

 うちの子がお前の妹とか、勢い余ってお前を(はい)にしちゃうぞこの野郎。

「……ティアが妹になるなら、リリス(あれ)は要らないかな」

 自然にティアちゃんの頭を撫でるタイラーくん。

 実に気が合うじゃねぇか、この野郎……!

「お前なんかにウチの大事なティアちゃんを預けられるかバァカ! 手ェ出すんじゃ()ェよこのメガネ!」

「いつもだが、お前の口調には品位がないな。しかも罵倒の語彙が少なすぎる。少しは本を読め」

「うるせぇよバーカバーカ!」

 最早いつもの光景となったらしい俺とタイラーくんのやりとりを、宿の女将さんや亭主、それにジェシカさんやウチの少年少女達までもが笑顔で眺めている。

 なんか俺の扱い、悪いとは()わねぇけどさ、何て言うか。

 

 ポジションで言ったら、ペットじゃねえか? これ。

 

 

 

 釈然としない気持ちで食事を終え、冒険者ギルドでハンスさんの出勤を待ちながらのんびりとバーの一角を占領する俺達。

 報告は完全にタイラー組に任せるので、報告の為の地図と書類をチェックしている2人を眺めて、俺はする事が無い。

 子供達はすぐに薬草採りに行こうとしたが、俺も一緒に行くということで、一緒にハンスさんを待って貰って居る。

「帰ってきたばかりだって言うのに、マメねえ、リリスちゃん」

 俺が薬草採取に行くと知り、報告すべき事の抜けが無いか、説明に不足が無いかを再度確認しつつ、エールを呷ってからジェシカさんが口を開く。

 ……大丈夫なのそれ? 呑みながらとか、ホントにチェック出来てるの?

「確かに、仕事中の飲酒は褒められた物ではないな。特にジェシカは、呑みすぎるきらいが有るからな」

 言いながら、ジョッキを傾けるタイラーくん。

 ……コントじゃねぇか。

 ツッコまねぇからな?

 そうこうしている間に、ギルドの入り口に熊さん登場。

 手を振ってみせると、驚いた顔をしてからこちらに真っすぐ歩いてくる。

「まさかと思うが、戻ったのか? 早すぎると思うんだが?」

 一応礼儀として仮面を外した俺の、その頭を掴んで、ハンスさんは不思議そうに尋ねる。

 

 待て。なんで頭を鷲掴みなんだ。

 

「俺が吐きそうになって倒れたり色々(いろいろ)有ったんだよ」

 俺が端折りすぎたダイジェスト報告をすると、熊のハンスさんよりもウチの少年少女達の方が驚いていた。

 そう言えば、その辺の話はしてなかったな。

 なんかごめん。

「調査は出来たのか? 治療師(ヒーラー)を呼ぶか?」

 意外な事に、なんだか心配そうなハンスさん。

 

 あれ? なんかそれはそれで居心地悪いんだけど?

 

「もう大丈夫だよ。調査は終わってて、そっちの2人が報告の資料纏めてる。バカ犬共のマーキング跡を見つけたぜ」

 取り敢えず、体調不良で帰還して、調査終わってないとか思われたらイヤだったので、そうではないよとアピール。

 俺の報告? に視線を巡らせるハンスさんに、資料を突きつける2人。

「ああ、すまんな。確認させてもらうが、先に規定分の報酬を持ってこさせる。追加に関しては、内容を確認してからだな」

 資料を受け取り、地図に書き込まれた内容を軽く確認し、そこで漸くハンスさんは俺を解放する。

 そう。今までこのオッサン、俺の頭を掴んだままだったのだ。

 

「それと、ハンスさん。俺とジェシカは訳有ってコイツ()と一緒に暮らすことになった。それでって訳じゃないが、今後は緊急性の低い仕事は受けず、のんびりしようと思う」

 頭を解放され安堵の溜息を漏らす俺と、資料を持って立ち上がろうとするハンスさんは、同時にタイラーくんへと顔を向ける。

 いやまあ、暮らすのは事実だけど、報告要るのか?

 特に後半、言わなくても良い気が……何かのケジメなのかな。

 まあ、仕事減らすのは宿代かからなくなるし、臨時収入が有ったからだろうな。

 二度と金貨つかみ取り大会はやんないけどな!

「うん? ああ、いやそれは構わんよ、緊急時に力を貸してもらえるなら、犯罪以外は好きにしてくれて良いんだが」

 きょとんとした(ふう)のハンスさんだったが、タイラーくんの表情を見ている内にその顔に笑みが広がる。

 

 ねえ、俺の目にはいつも通りの、徹頭徹尾無愛想なタイラーくんでしか無いんだけど?

 ねえ、ちょっと男子(だんしー)、なぁに通じ合っちゃってんの?

 

「随分楽しそうな顔じゃないか、何をするんだ?」

 ハンスさん?

 楽しそうに見えるの? あれが?

 なに、ミクロン単位の表情の変化なの? 俺、そんなに眼が良くねぇよ?

 なんであの仏頂面みて楽しそうな顔とか思えるの?

「ちび(ども)に稽古つけてやりながら、そいつ……リリスとな?」

 あー、フレッドくん達の面倒見る感じなのね。

 そう思いかけた所で、急に名前が出て驚く。

 しかも、思わせぶりに言葉を切りやがって、なんなの?

 そう思う俺が、取り敢えず手近な文句でもぶつけてやろうと口を開いた所で、それを遮る様にタイラーくん自身が、再度言葉を押し出してきた。

 

「クランを結成しようかと思ってる」

 

 ……なんて?

 

 

 

 クラン結成。

 ハンスは久しい響きに僅かに耳を疑ったが、目の前の男は本気なのだと悟ると上げかけていた腰を椅子に据え直す。

「詳しく聞こうか? 特に、リリスと、という辺りをな」

 ハンスの左隣では、急に名前を出されたと(おぼ)しきリリスが、戸惑いからか動きを停止させている。

 恐らく、今初めて聞いたのだろう。

 そんな有様で血族(クラン)とは、なんともちぐはぐな印象は否めない。

 

 だが。

 

「詳しくも何も、言葉のままだ。クランマスターはリリス、その下に俺達」

 初めて聞いたであろうリリスが、大口を開けてテーブルに手をつき、身体(からだ)を支える。

 テーブルの向こうでは、やはり驚いているジェシカ。

 その周りで、子供達が不安そうに成り行きを見つめている。

 

 この男は、あれ程言ったのにまだ。

 言葉が足りないクセが治っていないらしい。

 

「子供達はどうするんだ? 随分お前たちに懐いているようだが?」

 ハンスの言葉に、ハッとしたような顔でタイラーは、4人の子供達へと眼を向ける。

「当然、クランのメンバーとして迎えたい。勿論、本人の意思を優先するが」

 タイラーの言葉に、安心したように相好を崩す4人。

 あの様子ならば、子供達は大丈夫だろう。

 ハンスは1人小さく頷くと、視線を隣に向ける。

「……当のリリスが、話に着いてこれて居ないようだが」

 言われて全員が向けた視線の先では、ハンスの言葉に、壊れたリリスが動きを取り戻していた。

 

 

 

 思いつきで行動する奴とか、ホント困るよね。

 何よクランて。

 予め相談くらい貰わないとさぁ。

 

 ほら、急に家を買いたいとか言われても、言われたほうは急には反応出来ないじゃん?

 そういう事だよ、うん。

 

 うん? 最近似た事例を目にした?

 へぇ、世の中には迷惑な人って居るもんだね?

「……当のリリスが、話に着いてこれて居ないようだが」

 ハンスさんの声が不意に、明瞭に聞こえて、ハッとして周囲を見渡し、それから俺は事の発端に荒れた声を投げつける。

「おいタイラーお前この野郎!」

 口調がどこかの芸人風になったが、そんな事は今どうでも良い。

「なんだ、(だま)り込んだり騒ぎ出したり、忙しいやつだな」

 この野郎は自分が原因だとは、(つゆ)ほども思っちゃ居ない様子で溜息まで重ねやがる。

「誰の所為だと思ってやがるんだコンチキショウ! クランとか、ひとっつも聞いちゃ居ねえぞ俺ァ‼」

 テーブルを強く叩いてから、指先をタイラーに向けて突きつける。

「……嫌なのか?」

 顔色を変えるような可愛げなんか欠片ほども見せず、タイラーはそもそも悪びれない。

「嫌かどうかの話はして()ェんだよ俺は! 勝手にお前が決めた事に、勝手に巻き込むなっ()ってんだよ! テメェの常識はどうなってやがるんだ⁉ あぁ⁉」

 今回(こんかい)ばかりは言わなきゃならん。

 

 そりゃあ、俺の家の件も、周りを振り回したのだが、俺的には勝手に勘違いされた感じだ。

 基本は「俺が個人的に」住むための家を買う()()からのスタートだった筈だ。

 

 そもそもクランってのが、俺の知ってる「クラン」と(おな)じものか判らんし、同じだったとしても。

 いや、同じだったら尚の事、それは「個人で」決める事柄じゃないだろう。

「なんで『血族(クラン)』って言うのか、良く考えろこの野郎……!」

 単なる思いつきの事に俺や子供達を巻き込むなら、幾らこいつ(タイラー)でも、ちょっと許す訳にはいかない。

「子供達は元より孤児、身を寄せ合って必死に生きている。彼らはお前のクランに入ることに、抵抗は無いだろう」

 勝手に話を進める様に見えるタイラーに激昂しかけるが、その俺の視界の端で、子供達が大きく頷いている。

 視線を向ければ、不機嫌で酷いツラをしてるであろう俺に、精一杯の笑顔で頷いて見せている。

 怒ってる俺が怖いのだろう、冷や汗が見え隠れしているのに。

 

 ……そんな顔されたら、怒れないじゃないの。

 

「俺もジェシカも、お前を気に入っている。すぐに暴走するし、目を離したらすぐ暴れるような危なっかしい奴だが、目を(はな)せない部分も含めて、まあ()()()()と、そう思う」

 少しも褒められている気がしないが、少なくとも「いつもの」軽口とは違うらしい。

 タイラーの言葉に、今度はジェシカさんがのんびりと頷いて見せる。

「リリスちゃん、一緒にいると面白いからね。宛もなく旅から旅の冒険者も悪くないけど、落ち着けるならその方が楽だしね」

 カラカラと笑い、ジェシカさんは大人の余裕を俺の方へ向けてくる。

「……なんでジェシカさんまで乗り気なのさ……」

 げんなり顔の俺と、ニコニコ顔のジェシカさん。

 役者が違う。

 格が違い過ぎる。

 この人にはこの先ずーっと、頭が上がらないんだろうな。

 そう思うと、自然と溜息が漏れた。

「で、もう一度聞くが。嫌なのか?」

 そんな諦めムードに肩まで浸かった俺に、タイラーくんの確認の声が振ってくる。

 卑怯な野郎め……!

 タイラーくんの、答えは判りきってる、(てき)表情(ツラ)にもハラが立つ。

「……俺が怒ったのは嫌だからじゃなくて、勝手に話を進めるその態度に、だ。間違えんじゃねぇぞバーカ」

 精々(せいぜい)憎々しげに、つまらなそうに言ってやる。

 それで気が晴れる訳でもないが、言ってやらなきゃ気が済まなかったんだ。

 深く大きく、今度は意識して溜息を()く。

「運営はお前らに丸投げすんぞ」

「任せろ。組織の資金を食い潰すとか、やってみたかったんだ」

 心底うんざり顔の俺と、全然楽しくなさそうなタイラーくん。

 とても和解の顔合わせには見えないが、短い付き合いでお互いどころか、周囲がコレを日常の一幕と認識しているらしい。

 どうにか纏まった(ふう)の雰囲気に、主に子供達がホッとした様に表情を緩める。

 ごめんよ、君達はひとつも悪くないんだよ。

 タイラーくんは、後程説教だ。

「やれやれ、纏まったか。クラン結成の届け出はキチンと手続きを踏めよ? 人数は5人からだが、成人前の子供はカウントされない。後2人頑張れよ」

 もういい加減頭に入れるべき情報が増えるのは勘弁して欲しい、そう思いながら歩み去るハンスさんの背中を見送り、タイラーくんの顔に視線を戻した俺は思わず吹き出していた。

「子供が不可……だと……?」

 心底驚いた顔のタイラーくんというのは、多分レアなものだと思う。

 

 

 

 一度報酬を持ってきてくれたハンスさん――この人、意外とフットワーク(かる)いのな――に、クラン結成の条件について確認して、やっぱり打ちひしがれる様子のタイラーくんを指差して笑ってやってから、俺は子供達と共に、意気揚々と薬草採取に。

 今日は東門の方に行くというので、5人でワイワイと移動。

 キャイキャイとはしゃぎながら薬草を採取し、俺の能力……正確にはゲームのシステムだけど、ソレによって俺のアイテムボックスに、付近の薬草をごっそりと「回収」する。

 子供達と薬草を探して俺が拾う、を何度か繰り返し、30分程度の時間で全員が12束納品できるほど採取し、ワイワイとギルドへと戻る。

 薬草採りも、賑やかにやると楽しいねぇ。

 

 え? 普通に採取しろ?

 やだよそんな、腰に()そうな事。

 

 ギルドで納品し、それぞれが報酬を受け取り、さてこれからどうすっかな、そう思っていると。

「リリス姉ちゃん、お家見に行こう!」

 マシューくんが手を引いてくる。

「おいおい、まだ修繕中だし、()っても中には(はい)れないぞ?」

 空いてる手をカレンちゃんに引かれ、俺はよたよたとギルドを出る。

 

 何人か人相(にんそう)の悪い冒険者が慌てたように俺を避けて行くが、中に混じってた人相(にんそう)が悪いのに気さくな冒険者が、すげ良い笑顔で挨拶してすれ違う。

 媚びてるとか、そんなんじゃない、人相(にんそう)が悪いなりに、心からの笑顔。

 そんなもん向けられる程、俺は愛想が良くない筈だし、そもそも心当たりも、と考えた所で気が付く。

 ……ああ! ありゃあグスタフさんトコの若いのか。

 そう言えば出発前の晩とか、一緒に呑んでたか。

 ちょっとづつ顔が広がっていく感じで、なんだかこそばゆい気持ちを味わいつつも、子供達に急かされるままに俺は歩く。

 

 商店街を抜け、急に静かになった通りを曲がり、俺達は絶賛作業中の建物を、門の外から見上げる。

 2階建てなのだが天井が高いようで、俺の知ってる2階建ての建築物より上背が有る。

「ねえ、僕たちは4人でひと部屋なの?」

 見上げてくるマシューくんの頭を撫でながら、俺は答える。

「いや、基本は1人1部屋だよ? まあ、寂しかったら誰かの部屋に集まって寝ても()いし、なんなら俺んとこ来ても()いし」

 カレンちゃんとティアちゃんに飛びつかれ、ほんわかした気分でしばらく工事の様子を眺め、ギルド前の広場に向かって移動する。

 適当に串焼きとか果実飲料でも楽しんで、のんびりしよっと。

 

 

 

 ちょっと早めに宿に戻った俺は、難しい顔で腕組みしてベッドに腰掛けるタイラーくんを目撃する。

 大変そうだねぇ、なんか知らんけど頑張ってね?

 

「待て。少し相談に乗れ」

 

 ちっ。

 逃げられなかったか。

「なんでい、相談って」

 部屋だし、そもそも装備を外しても問題ない。

 俺は仮面を外して、適当にタイラーくんの向かいのベッドに腰掛ける。

 そんな俺とタイラーくんの周りには、子供達が腰掛けたり寝転んだり。

 いいなあ自由で。

「あと2人だ」

 真顔だし圧が強いし、もー。なんなの。

「言葉が足りないって、言葉が。もっと言葉を尽くせ、頑張って伝えて行こうぜ」

 正直、言いたいことは何となく理解(わか)るのよ?

 でもホレ、聞いてるのは俺だけじゃない訳よ。

「メンバーがあと2人ってんだろ? (ツテ)がなきゃ厳しくねえか? 俺は兎も角、タイラーくんやジェシカさんが知らん相手なら、正直、信用して迎え入れるとか難しいぞ?」

 俺が言うと、丁度部屋に戻ってきたジェシカさんが頷きながら続く。

「そうなのよねぇ。まあ、最悪は適当なの2人誘ってクラン立ち上げちゃって、すぐに放逐しても良いと思うけど」

 いつもの笑顔で、なんかとんでもねぇ事言い出すジェシカさん。

 駄目だよ? そういう、禍根にしか成らないことは絶対駄目よ?

「考え方変えようぜ」

 俺が事も無げに言うと、ポカンとした顔でタイラーくんが俺を見る。

「ウチのクランって、どういう集まりだい?」

 俺が楽しげに質問を投げると、タイラーくんとジェシカさんが顔を見合わせる。

「仲間!」

「仲間ー!」

 フレッドくんとカレンちゃんがほぼ同時に、手まで挙げて答える。

 純粋なその意見は眩しいし羨ましい。

 俺は2人の頭に手を載せ。優しく撫でてやる。

「だ、そうだぜ? 結局クランに何を求めるかなんて、人それぞれな訳だ。小難(こむずか)しく考えてもしょうがないじゃんよ」

 俺にとってはどうなのか?

 正直判らない。

 なにせ、クランを結成するなんて、考えてなかった。

 俺は少し背を反らせ、上体を両腕で支えるようにして軽く伸びをして、タイラーくんの方に改めて向き直る。

「別に躍起になって依頼(クエスト)やらんでも、資金はしばらくは有るし。何となく貯金できてる、って程度で依頼(シゴト)回してたら問題ないさ」

 つまり、ガンガン依頼(クエスト)受ける様な、根っから冒険者です、っていうタイプは今は必要ない。

 そういうのは、現状で充分だから。

「俺が今仲間に欲しいのは、料理作れるやつと魔法道具を作れるやつ。こんなトコかな?」

 虚を突かれたのか盲点だったのか、タイラーくんが目を見開いている。

 

 珍しく考え込み過ぎなんじゃないの?

 普段のタイラーくんだったら、絶対気づいてると思うんだ、こんなの。

「んで、そう言う連中って、研究やら開発やら修行やら終わるとか軌道に乗るとかするまで、色々大変なんじゃないかな? 具体的には、資金とかさ」

 俺が言いたいのは気楽な仲間探しのアイディア、なんてもんじゃない。

 

 そもそもがクランに求める事は違うが、結局どういう形であれ、メリットが有るからこそ参加するんだろう。

 単純に冒険者なら、バランスの良いパーティで冒険したり、周辺の攻略を効率よくしたいとか。

 そうで無ければ、冒険者しながら錬金術を研究してたり、魔法道具作ったり。

 料理人として身を立てたい奴も居るかも知れない。

 そういうタイプの連中は当然努力を重ねるが、必ずしも上手くいく訳でもないだろう。

 例えば、実力は有るが、スポンサーが付かないとかね。

 あとちょっとの資金で上手くいく、そう頑張ってる連中を取り込むのはある程度判り易いんじゃないかな?

「料理人目指してるんなら、ウチだったら料理作り放題だ。魔道具作ったりだったら、当然環境を整えるのも協力するし、その先に作ったもので商売できたら面白いだろうし」

 だから、そういうのを、即物的なメリットを目の前にぶら下げて餌で釣れと、そういう現金な話をしているのだ。

 具体的に、俺が欲しいと思える人材を指定しつつ。

 

 こっちは食材やら資金を提供し、特に魔道具関連は商売にも出来ると。

 異世界モノの定番、地球製品の異世界開発なら、アイディアは出せない事も無いのだから。

 娯楽で言えば、トランプとか……この世界、紙も有るし。

 紙に強度持たせられたら、案外作れそうじゃない?

 

 んで、そう言う事になるのなら、欲しい人材もきちんと明言する必要が有るだろう。

 欲しいと言えば、屋敷の管理を任せられる人も欲しいね、いずれは。

「後は、まあ、3人程度で、あの屋敷を維持できる人材が欲しいな。毎日掃除しろとは言わんけど、まあ、全体がそこそこ綺麗に保てるようにさ」

 俺の話を、いつの間にかメモを取りながら聞くタイラーくん。

 

「成程……料理人か。それに魔道具作成のスキル持ちに『商品』を作らせるとは、考えたな。どういった物を作らせるんだ?」

 ありゃ。乗り気なのは良いけど、出来るかは別問題だぜ?

 まあ、言うだけならタダだし、良いけどさ。

「そうだな。例えば、改良された石鹸とか、食材やら酒やらを冷やして保存できる箱とか」

 俺の言葉にピンと来ないのか、今ひとつな反応のタイラーくん。

「食材の保管? それはアイテムボックスでは無いのか?」

 ジェシカさんもタイラーくんの隣で、同じ用に訝しげだ。

「いや、単純に保存するんじゃなくて、能動的に『冷やして』置く物さ。冷やすってのは、実際に出来ると馬鹿に出来んもんだぜ?」

 例えば今はそういうアイテムが普及してないから、どうしても常温で飲むのが普通なエールが主流だが。

 冷やすことが普通にできるようになれば、冷やして美味いラガーが台頭することになるだろう。

 

 コレばっかりは完成したもので体感させないと、言葉での理解は難しいだろうなあ。

 

「ゆくゆくは開発は2人とかに増員しても良いだろうし、料理人も2人体制にして良いと思う。屋敷のメンテ役は他の人数が増えたら必要に応じて増員で」

 使う部屋の掃除をメインに、使っていない部屋は最低でも週1で掃除しとけば、急な来客が続かない限り大丈夫だろう。

「お掃除は、僕たちも手伝えるよ!」

 マシューくんが元気に手を挙げる。

 良いね、頼もしいぜマシューくん!

「というわけで、最低でも欲しい人材が5人は居る訳だ。どうせあれだろ? あの家に住まわせろとか言うんだろ? だったらあの家に俺達が引っ越してから探しても良いし、焦ることもないだろ?」

 マシューくんの頭を撫で回しながら俺が言うと、タイラーくんが大きく伸びをする。

「フン。一瞬は殺気を撒き散らすほど怒ってた癖に、案外前向きに考えてくれるじゃないか」

 え、嘘。

 やだなあ、殺気なんて出して無いっすよ……え、マジで?

「正直、タイラーくんが下手打ったと思ったわね。暴れだすんじゃないか心配したもの」

 ジェシカさんまでそんな。

 なんか怖くて子供達にその話題を振れない、聞けない。

「俺が怒ったのは内容じゃなくて、ちゃんと相談しろって事だからな。相談を持ちかけられてたら、混ぜっ返しはしても怒りゃしねぇよ」

 だから、一応言い訳。

 俺が言うと、タイラーくんが肩を竦める。

 ホントに理解(わか)ってるんだろうな、コイツ。

 ……まあ、良いけどさ。

「敢えて言うなら、急いで欲しい人材は料理人だな。クランを立ち上げる事を説明して、その上で力貸してくれる様な奴が良いね。引っ越してすぐ、家で美味いもの()いたいじゃない?」

 誤魔化しに、話を戻す。

 誤魔化しの話題だけど希望しているのは本当。

 腕が良ければ尚良し。

「成程、クランマスターの直々の指定だ、早速今晩にも調査に行くか」

 調査? 今晩?

 何やら晴れ晴れとした顔で、タイラーくんがメモを閉じる。

 どうやら悩みはある程度晴れたのね、良かった良かった。

 ……ソレは良いんだけどね?

 なんでだろうね? 今晩にも、って辺りに、すっごく嫌な予感がするよね?

 

 

 

 もうさ。

 飯食ってから移動するんだったら、飯も冒険者ギルド(ここ)で食えば良いじゃん。

「食事は素直に、『銀の馬の骨』のが美味い」

 エールを水代わりに、タイラーくんが事も無げに言う。

 あのな、料理も出してる店でそういう事を普通に言うんじゃないよ。

「んで、料理出来るやつを探してるんだって?」

 何やら理由は判らないが、妙に上機嫌なグスタフさんが、俺の隣でジョッキを抱え込んでいる。

 アンタはいつから此処(ここ)で呑んでたんだ?

 というかホントに冒険者か? 酒樽の妖精とかじゃないだろうな?

「うん、とは言え、都合よく見つかるとも思えないけどねぇ」

 タイラーくんにはああ言ったが、実はコレが本音。

 そうそう理想の人材が見つかるはずないじゃないの。

 クランを立ち上げるのはこの際良いけど、急ぐ理由も無いし。

 もっと言えば、俺は別にクランを必要として無い。

 ……寧ろ、なんでタイラーくんが強引とも言える程の勢いでクランを欲しているのかが理解(わか)らない。

 居場所が欲しいとか?

 いやまさか、コイツがそんな感傷的な理由で動くもんかよ。

 

 まあ、()()()()()()()()()()()()()、そのうち(はな)してくれるんじゃないかな?

 

「話は理解(わか)ったぜ。そういう話をどこかで聞いたら、覚えとくようにするぜ」

「ああ、助かるよ。頼みます」

 グスタフさんは顔が利く予感が有る。

 そうでなくても既に世話になり過ぎてる、ちゃんと礼はその都度伝えねば。

「料理スキル持ちの冒険者か。それだけだったら該当は居るが、素行やら何やらに問題が有ると面倒だからな。慎重にもなるか」

 そしてグスタフさんの反対側、俺を挟む位置にいるのはハンスさんだ。

 最近ここに来ると大テーブルまで拉致されて、気が付くとなんかこのポジションなんだけど?

 何? 俺、なんか悪い事した?

 オッサンに挟まれると、俺、オッサンに戻っちゃうかも知れないぞ?

「まー、急がずのんびり構えとくさ。こういうのは、慌てるとロクな事がねェ」

 既に飽きるほど言った気がするが、どうもタイラーくんがコレに関しては焦り気味な感がある。

 事あるごとに言うくらいで丁度良いだろう。

 

 焦らなくても、そのうち見つかるだろ、多分。

 

 

 

 タイラーは焦りを隠せない自分に、微かな怒りを覚える。

 ことこの件に関しては、リリスの言う通りだ。

 慌てても良い事が有るとは思えない。

 それが理解(わか)っているのに、どうしても気が急いてしまう。

 

 自分が捨てられたのだと知った幼いあの日から、ずっと探し続けていた。

 

 1年前にジェシカと出会い、手に入れたと思っていたモノ。

 だが、お互い冒険者だからと、何処か冷めている部分は有った。

 そんな半端な満足感に浸っていた日々、そして今。

 考えられない程賑やかになった日常が、ジェシカと違う反応で正面からぶつかって来る新人が、何故か慕って懐いてくる子供達が。

 タイラーの中で諦めかけていた、幼い頃の夢に光を当てていた。

 

 家族。己の居場所。

 それが手に入るのかも知れない。

 そう思えば、(がら)にも無く焦りが生まれる。

 

 そんな事は、この仲間たちには――恥ずかしさから絶対に伝える事は出来ない。

 特に、出会ったばかりの、まっすぐな瞳で、まっすぐに感情を向けてくる、その感情のままに走り出す妹分には。

 

 どんな間違いが有っても、伝える訳にはいかない事だった。




何となく纏まった風だけど、リリスが丸め込まれただけ。

普通はこじれる。


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結成! クラン、その前に

戦闘のない日々。
なのに忙しい(飲酒的な意味で)。


 あー、なんかクランとか言うの、立ち上げるらしいですよ?

 俺は特に何もしなくて良いらしいですが。

 

 そもそもクラン立ち上げて何がしたいのか、皆目見えてこない俺です。

 

 

 

 家を購入して1週間。

 元々管理はきちんとされていたが、住むに当たって不具合の無いようにと、万全を期して1週間の点検と修理作業が終わり、俺達は無事引き渡しを終えた。

 色々買い揃えなきゃなぁ、そう思いながら屋敷の中をぶらつき、各部屋を見て回って気が付く。

 家具がある程度揃ってるね、このお屋敷。

 細かいものとかは別として、簡単な、寝て起きてに困るような事は無さそうである。

 

 下見の時に、こんなの有ったっけ?

 

「下見の時には無かったぞ。恐らく古くなったものは処分して、邸宅だけの販売の予定だったんだろうな」

 俺の疑問を受けて、タイラーくんが教えてくれる。

 教えて貰ったのは良いが、それは疑問が1個減って1個増えただけだ。

「じゃあ、なんで新しく設置されてるのん?」

 いや、別に気に入らないとかじゃなく、本当に純粋な疑問。

 少なくとも俺、サービスでこんな事されるような覚えが全然ないよ?

「いやー、サービスじゃないと思うなあ」

 マットレスのスプリングの具合を確かめているっぽい動きのジェシカさんが、ベッドに腰掛けながら言う。

「金貨2000枚も追加されたら、やらざるを得なかったとか、そんな感じじゃない?」

 はて? それは俺、修理代として支払ったつもりだったんだけど。

 首を傾げる俺に、タイラーくんが溜息を()く。

 なんで溜息なんだよこの野郎。

「元々の価格に、修理代が含まれていたんじゃないのか? そこに余剰が2000枚も出たから、その分で色々都合してくれたのだろう」

 タイラーくんのうんざり顔には腹が立つが、言われる事には納得。

 というか、都合してくれすぎ。

 先に風呂場を見てきたけど、めちゃめちゃ綺麗だし広いし、何あの素敵空間。

 その上で各寝室には寝具他が。

 チェスト1台、鏡台、机、もちろんそれぞれに椅子も。

 各部屋備え付けのクローゼットの扉も開けてみるが、俺はこの中で寝れると確信出来る広さだ。

「これは……純粋な普段着を買っても、しばらくはクローゼットが埋まらないぞ……」

 俺の精一杯の女の子らしさをあざとく押し出した、そんなつもりの台詞は、誰に聞き咎められることも無い。

 突っ込まれても恥ずかしいが、これはこれで寂しいものだ。

 

 それはさて置き、改めて、エライ(いえ)を買ってしまった。

 

「予定変更だ、タイラーくん。料理人より先に、この家の保守が出来る人材を確保しないと。俺、仕事でもないのに毎日掃除だけで終わる生活は嫌だぞ」

 自分が嫌なことを人に任せるのはどうかと思うが、賃金で雇うのならどうだろうか。

 この際クランの員数外で、もしも本人が望むなら加入も可。

 クラン入りしても、給金は支払うものとする。

「だからクラン立ち上げの為のメンバー確保なんだから、クランに入ることが前提だ、たわけ」

 俺の提案に即座にタイラーくんの突っ込みが。

 ていうか、たわけって。

 久々に聞いたわ。

 

 

 

「そんな訳で、こういうレベルの屋敷で働く人のお給金の相場を知りたいんだけど、タイラーくんは知っているかね?」

 気を取り直した俺の質問に、即、首を横に振ってみせる。

 まあ、そうだよね。

 冒険者生活に関係してこないもの。

「じゃあ、知ってそうな人に聞きに行けば良いんじゃない?」

 打開策を提示してくれたのは頼れる大人、ジェシカさんだ。

 知ってそうな人……ご近所さん?

 何となくご近所の中級貴族さん達を想像するが、すぐに首を振ってその考えを頭から追い出す。

 いや馬鹿(ばか)か俺は。

 いきなり尋ねて「そちらの使用人さんには、月々如何ほどお支払いなんです?」とか聞かれて、答える筈がないだろう。

 そんなもん、喧嘩を売っているに等しい。

 単純に資産の程度を探っているように聞こえるし、穿(うが)って聞いてしまえば、その程度の給金で雇っているのか? と、マウントを取りに()っていると思われ兼ねない。

 そんな勘違いされる様な真似を、態々する必要は無い。

 じゃあ、冒険者ギルドで、と思い掛けるが、脳裏に浮かぶ顔で、使用人なんて存在と縁のある生活してそうな奴が居ない。

 大穴でハンスさん?

 熊は洞窟で寝起きしてるんじゃないの?

「……聞けそうなのは、ヘンリーさんとこ位かな」

 冗談抜きで真面目に考えても、そこしか思いつかない。

 ついでに食事でもしようという事で、俺達は全員でヘンリー不動産へと足を向けた。

 

 途中の菓子店(かしてん)――初めて気がついたけど、こんな店有ったのか。毎日()よう――で、手土産のクッキーのセットを買い、お礼のついでに質問と言う体裁を整える。

 

 買ってすぐにクレームか? とか思われないような配慮である。

 

 

 

「成程。使用人を雇う、ですか」

 受付でお土産をお渡しし、キチンと相談したい内容を伝えた上で、アポイントメントの取れそうな日付を聞いたらなんと今から大丈夫とのお返事。

 急な出来事にも即対応の頼れる紳士。

 ヘンリーさんは忙しいであろうに、真摯に話を聞いてくれる。

 なんか急に押し掛けてすみません、ホント。

「給金で言えば、月に銀貨80枚ほど必要になりますかな? 労働としては単純と言う者も居りますが、屋敷の手入れというのは気を使うものです。対価が無ければ、なかなか手は出てこないでしょうな」

 まず最初に金額を提示して、それに丁寧に理由まで添えてくれる。

 それは凄く助かるし嬉しいことなんだけど、俺今、すっごい聞き流しちゃいけない事を聞いた気がするぞ?

 

 銀貨、()()枚?

 

 えっと?

 薬草10本1束で銀貨1枚で?

 銀の馬の骨は朝晩の飯が付いて銀貨5枚で?

 飯付き宿泊で「元の世界」の安いとことざっくり比較して(拙い記憶のだけど)、銀貨1枚2000円(くらい)だと思ってた。

 此処までは良い。

 

 金貨銀貨の桁上り? って、もしかして100枚?

 10枚毎じゃないの??

 俺、今までそういう計算でいたし、そういうつもりで払ってたんだけど?

「……ちょっと失礼して宜しいですか? ヘンリーさん、」

 俺は一度ヘンリーさんに断って相談を中断。

 

 正直コイツに聞くのは非常に嫌なのだが、誰に聞いてもどうせコイツの耳に届く。

 だったらもう、聞いてしまったほうが良い。

 というか、今聞いておかないと非常にマズい。

 

「タイラーくんよ。金貨1枚って、銀貨10枚じゃねぇのか?」

 面倒くさそうに俺の話を聞いていたタイラーくんは、まず目を見開き、その顔でしばし俺の顔を凝視した後、表情を変えた。

 お前は馬鹿なのか、と。

「お前は馬鹿なのか?」

 おっとぉ、コイツ言葉にしやがった。

「いや、実はお前が金貨の価値を理解してないんじゃないかと疑っては居たんだがな? それにしても、お前の中の金貨の価値は10分の1だった訳か」

 もう、この時点で答だ。

「銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚だ」

 それなのに、タイラーくんは丁寧に教えてくれる。

 なるほど、背中を冷たい汗が伝う。

「……じゃあさ? 俺、今までさ?」

 恐る恐る尋ねる。

 

 今までのお支払い。

 提示された金額に関しては特に疑問を持つこともなく、銀貨なんかはそこそこ依頼(クエスト)で貰ってたから、払えていた。

 だが。

 大部屋を借りた時は1日分の価格を聞き、払った時。

 人数分と日数分で良いと言われ、俺は暗算した。

 

 1日5枚×人数7人×日数7日(イコール)245枚(単位銀貨)。

 

 銀貨10枚で金貨1枚だと思っていた俺は、「端数切り上げだ!」とか言って、25枚の金貨を宿に渡した。

 その時、しこたま驚かれて、俺は「金貨24枚と銀貨5枚が金貨25枚になったから驚いたのか? 大げさだなあ」等と思っていたが。

 本来、金貨2枚と銀貨45枚の所が10倍の金額を支払われた訳だ。

 そんなもん驚くし、不審がるわ!

「……あ、だからアレか。調査から帰って毎晩、サービスだからウチで飲んでくれって言われてたのか」

 タイラーくんが静かに頷く。

 ギルドのバーで飲んだ後に振る舞われるから、正直キツかったんだけどね。

 でも宿としちゃあ、そんくらいしないと気が済まないくらいは払ってたのか、俺。

 

 え、でもおかしくない?

 他に幾らでも気付くタイミング有ったよね?

 子供達との食事は?

 ……ああ、5人分纏めて支払って銀貨2枚とか3枚とか、えらい安いもんだと思ってたわ。

 冒険者ギルドのバーでは?

 ……酔っ払って気持ち悪い状態で払ってるから、覚えてねーわ……。

 って言うか、他の買い物も含めて、言われるままに払ってたわ……。

 

 ぶっちゃけて言うとね? 俺、銀貨1枚2000円だって思ってた訳じゃん?

 それが10枚分だから、金貨1枚20000円だと思ってた訳よね?

 だから、アイテムボックス金貨50枚って聞いた時、正直「あれ?」って思ったんだ。

 安くね? って。

 でも良く理解(わか)ったわ、充分過ぎるほど高価だったわ。

 

 そうすると、あれ?

 俺どんだけの金持ちな訳? 金貨、まだ51億枚有るんだけど?

 んで、あの5000枚のお屋敷、えっと?

 俺、1億円くらいかなって。そう考えると、規模的に随分お安いし、お得なんじゃないのとか思ってたけども。

 でも実は、10億円相当でしたって事?

 あの規模の邸宅ともなると、東京の相場で考えたらそれでも安い恐れさえ有る。

 敷地面積、あれどんくらい有るんだ?

 まあ、それにしても、だけど。

 

 ゲームでわんさか拾えるものが、この世界では随分高価なんですね?

 なんか今更足が震えてくるんですけど?

 

「そろそろ意識を取り戻せ。ヘンリーさんも暇じゃないんだ」

 タイラーくんのおかげで目の焦点が戻る。

 そうだ、今は相談中だった。

 慌てて顔を向けると、ヘンリーさんは営業スマイルをニッコリと浮かべてくれる。

 

 本当にごめんなさい。

 

「し、失礼いたしました、ヘンリーさん。そうしますと、雇うとするとそれを底値に、色をつける程度で良いという事でしょうか?」

 多分、俺の顔色は悪いと思う。

 今まで無駄に払ってたんだと思うと、幾ら余裕が有っても考えちゃうよね。

「はい。そうして頂けますと、働きたいと思うものも自然に出てくるかと思われます」

 成程。

 ついでに聞いておきたいことも聞いておこうかな。

「ちなみに、貴族様がお雇いになる場合も、それくらいの金額になるのでしょうか?」

 俺が質問すると、ヘンリーさんは少し眉を(ひそ)め、難しげな顔をした。

 だが、逡巡は一瞬。

 俺の疑問に、即座に回答をくれる。

「貴族様の場合は、我々の感覚とは多少違う場合が御座います。相場は高くなりがちですが、そもそも雇い入れる者が市井の者とは限りませんので……」

 

 あー。言いにくい理由が何個か重なってる感じがするね?

 

 我々の感覚と違うのは、見栄とか、かな?

 他所よりウチのが(かね)を出してるぞ、とか、そんなトコだろう。

 そりゃ相場も高くなるよね、だってプライド勝負だもん。

 ……下手(したて)に出てプライドくすぐって持ち上げれば、なんか普通に教えて貰えそうな気がしてきた。

 まあ、聞かないけど。

 だって、続きの言葉を考えてみれば理解(わか)るじゃんよ。

 雇うのは、市井の者とは限らない、ってさ。

 それは他の貴族、なんて可能性は低いから、後ろ暗い犯罪者絡みか、或いは奴隷。

 奴隷制なんてもんが、この世界に有るかは不明だし、確認したくも無いけど。

 あった所で、嫌な顔するくらいが精々かな。

 なんて、言ってみたけど、全然的外れな可能性も有るし、深読(ふかよ)みは程々にしとこう。

 例えば、他の貴族の子弟が社会勉強に、とか、普通に有り得そうだから、「他の貴族の可能性は低い」って言うのがもう怪しいし。

 

「有難うございます。最後の質問は、内密と言うことでどうか」

 俺がニッコリ笑うと、ヘンリーさんも安心したように笑ってくれた。

 

 

 

 仲間たちが、従業員さんの案内で部屋を離れた一瞬。

 俺の中で、小さく引っかかっていた事、1人の名前がまた浮かび上がった。

 俺の心に刻み込んだ、12の名。

 そのひとつ、13歳のアデラ。

 

 アデラ・マーカス・()()()()

 

「ヘンリーさん。不躾な事をお伺いしますが……」

 俺は部屋を辞するという事で着け直した仮面を、再び、静かに外す。

「アデラさんは、どの様なお子様でしたか……?」

 聞いて良い事とは思わない。

 だが、名を心に刻む以上、知っておきたい事も有る。

 

 その名が、確かに生きて、輝いて居たのだと。

 

「……ご存知でしたか」

 何事かと振り返るタイラーくんに、俺は静かに手で合図をした。

 頷き、歩き去るタイラーくん。

 俺はそれを見送ると、小さく続けた。

「私は、救えなかった12の命の名を心に刻んで()ります。こちらにお伺いし、私の名をお伝えした際の反応。それに、お聞きしたお名前……もしやとは思ったのですが、その時は聞けませんでした」

 それは、俺のミスで失われた命だから。

 唇を噛む俺に、ヘンリーさんは罵声ではなく、柔らかな労りの言葉をくれる。

「有難うございます。自分を救ってくれた英雄が、名前を覚えてくれるとは、あの子も喜んで居るでしょう」

 ヘンリーさんの言葉に、俺は目を閉じる。

 俺は英雄なんかじゃない。

 救えなくて、癇癪を起こして、暴れただけなんだ、俺は。

「元気で、いつも私を気遣ってくれる、優しい子でした。孤児で、縁があって引き取った子なのですよ、あれは」

 柔らかな声。

 確かに愛され、生きていた命の証。

「……私も、貴女(あなた)の名を伺った際に耳を疑いました。養女(むすめ)の為に死地に飛び込み、連れ帰って下さった貴女(あなた)と、直接お会いすることになるとは……考えて居りませんでしたので」

 俺は、その娘さんを救えなかった挙げ句、今こうして残酷にも思い出を語らせている。

 何という傲慢。だけど。

「有難うございます。確かに生きていた貴方(あなた)の娘さんを、私は忘れません。そして」

 俺は腰を折り、ヘンリーさんに頭を下げる。

 

 他に、何が出来るって言うんだ。

 

「ごめんなさい」

 言葉を尽くすことは出来なかった。

 涙は溢れるのに、述べるべき言葉は、これ以上湧いてこない。

「顔を上げて下さい、そして笑っていて下さい。娘は、人の笑顔が好きでした」

 ヘンリーさんが、肩に手を掛けてくれる。

「今後とも、よろしくお付き合い下さい。また、娘の話を聞きに来て下さい」

 俺はもう言葉を発することなんて出来なくて、ただ頷くだけだった。

 

 

 

 泣いちゃったのも有ってきっちり仮面を着け直し、ヘンリーさんに案内してもらいながら、俺も店の外へ。

 ちなみに、相談の代金は固辞された。

 代わりに、また娘の為に遊びに来て下さい、って。

 

 もう、また泣いちゃうから、やめて下さい。

 

 その辺のやり取りでタイラーくんは色々察したようで、その件について何か訊いてくることはなかった。

 そういう気遣いは、もっと普段から発揮しても良いのよ?

 

「じゃあ、募集は月に銀貨80枚って事にして、実際のとこは金貨1枚と銀貨20枚でどうかね」

 屋台で買った果汁飲料をストローで飲みながら、全員に向けて問いかける。

 ……このストロ―、何で出来てるんだろう?

 

 ちなみに、俺の確認に対しての返答は、全員異議がないようだった。

 

 冒険者に必要な経費を基本的な宿代で考えると、1日銀貨3~8枚、円で考えるなら、毎日泊まると30日で18万から48万円。

 それに薬草とかポーションのような消耗品や装備品まで、様々掛かることになる。

 銀貨3枚の宿はフレッドくん達少年組が使ってた宿で、我らが「銀の馬の骨」は平均よりちょっとだけお安い設定か。

 言われるだけ有って「銀の馬の骨」、優良なお宿なのな。

「宿暮らしって高く付くのな」

「何を言っているんだ、今更」

 遠くを見る俺に、冷ややかな目のタイラーくん。

 少年組は思うところがあるのか、俺と同じく遠い目をしている。

「で、今更だけど説明するよ? 家の掃除してくれる人を雇って、この人達には給料出す。それは俺の(かね)で。これは大丈夫?」

 俺の言葉に、全員が首を縦に。

「で、みんなの分の給料は無いけど、代わりに家賃は月に銀貨15枚くれれば良い。ウチで食う分に関しては俺が払うけどね」

 雇う人には給金で金貨1枚と銀貨20枚。

 ざっくり換算で2000円×銀貨120枚で、月24万円相当。

 此処から家賃を引くことはしない。家賃分は引いてある計算だ。

 対して、みんなには家賃を俺に払って貰う事に。

 1日平均銀貨5枚の収入が有れば、月20万、休み無く毎日依頼(クエスト)をこなせば30万円相当の収入が見込める。

 そんな無茶な稼ぎ方、絶対オススメしないし、子供達にはさせやしないけど。

 そこから銀貨15枚、大体3万円を家賃に。

 だいぶお安い気がするけど、どうかな?

 こっちの賃貸物件の相場が判らないから、なんとも言えないけど。

 まあ、その家賃を引いても手元には最低でも17万くらい余裕が出来るよね、って事なんだけど、当然それは依頼(クエスト)を順当にこなしての話だ。

 必ずしも計算したとおりに進むとは限らない。

 そもそも依頼(クエスト)というものは、依頼者が居てこそだ。

 極論、依頼が無ければ収入もない訳で。

「給料に関しては、いずれみんなの分も払えるようになりたいとは思うけど、今は収入がないのよ。当面は協力して欲しい」

 ケチ臭いって?

 うん、俺もそう思う。

「それは構わんが、15枚で良いのか?」

 タイラーくんが挙手。

 ていうか、いつの間に発言は挙手制になったん?

「うん、充分すぎるでしょ」

 俺が言うと、子供達も安堵の溜息。

「助かるわぁ。 月15枚ですむんだったら、ホントに仕事減らしても余裕が出来るわぁ」

 ジェシカさんもニコニコだ。

 良いね。

 俺は悪い顔で笑う。

 

 巻き添えで申し訳ないけど、俺のタイラーくんへの仕返しに巻き込まれてね?

 

「って訳なので、俺の資金の余裕が無くなったらそういう体制でよろしく。具体的には、俺の金貨の残りが2億枚切ったらお願いするよ」

 事も無げに言うと、全員が動きを停止させる。

 折角理解した所に、急に条件を追加。

 しかし悪くなるわけじゃないから、怒るに怒れまい。

「お前な。そういうつもりなら、なんで今言った……?」

 最初に反応したのは、当然のようにタイラーくん。

 ほう? お前、この件で俺に怒れるの?

「先に相談しとくのは基本だって言っただろうが。いきなり明日から家賃取りますって言われて、納得出来るのかお前は」

 どうやら俺が根に持ってると理解したらしい。

 タイラーくんがぐぬぬと黙り込む。

「え? じゃあ、お家賃は?」

 ジェシカさんも混乱したようで、すぐには飲み込めていない様子。

 そりゃそうだ、払えって言ったり払わなくて良いって言ったり、どっちだ! って話だわな。

「ああ、ごめんごめん。しばらくは家賃は要らないから、俺が苦しくなったら助けてね、って事ね」

 少年少女組もよく分からないながら喜んでくれた。

 

 よし、実はヒヤヒヤしてたけど、俺が怒られなければ何でも良しだ!

 タイラーくんに、何となく仕返しっぽい事も出来たしな!

 初めて黙らせてやったぜ!

 

 それはそれとして、いい加減お(なか)空いたし、なんか()おうぜ、と言う事で。

 折角だし、思い思いに屋台を物色。

 結果全員バラバラだったものの、たまにはこう良いのも良いね。

 ギルド脇のいつものテーブルで、みんなでお昼と洒落込むのだった。

 

 

 

 お(なか)いっぱいになったので、お昼寝という訳にもいかず。

 次の問題は家事スキル持ちの採用な訳だが。

「タイラーくんや、面接の時に、なんか役に立つスキルとか持っていないかね?」

 俺は冒険者ギルドの仲間募集掲示板の前で、隣に立つタイラーくんに尋ねる。

「……尋問スキルと拷問スキルはあるな」

 少し考えたタイラーくんの口から何やら物騒な単語が。

「やめろ。なんでそんな物騒なもん持ってんだ」

暗殺者(アサシン)だからな」

 いや、暗殺者が尋問だの拷問だの持ってるのはおかしいだろ。

 ていうか面接に来た人の命に関わるのは駄目だ。

「ふむ、じゃあ、魔道具になるが。真実の天秤はどうだ?」

 おお? なんか、名前的には良いね。

「で? それってどんなアイテムなん?」

 興味本位で、俺は説明を促す。

 頷きもせず、掲示板から目を離すことすらしないで、タイラーくんは口を動かす。

「まず、片方の天秤に手を翳して『嘘を()かない』と誓うんだ」

 訊いている俺は、何となく薄らぼんやりとイメージする。

 ふむふむ?

「そして、審問官の質問に答える」

 審問官?

 なんか急にキナ臭いぞ?

「その質問に嘘を()くと、心臓が体外に飛び出して破裂。嘘()きは死ぬ」

 そこだけ言われたままに忠実にイメージしてしまい、気分が悪くなる。俺が死にそうに。

「なんで具体的に言ったの? 嘘()くと死ぬ、でいいじゃん? ていうか面接の人の命に関わるのは駄目って俺、言ったよね⁉」

 心臓が体外に飛び出すとか、その時点で死んでるじゃん、なんで破裂させるの。

 どっちかで良いじゃん。

「まあ、質問するお前の隣で、俺が尋問系スキルで様子を伺えば良いんじゃないか? 少なくとも、嘘を()いているのは見抜けるぞ」

 え、そうなの?

 まさかコイツ、普段からそんなスキル使ってる?

「普段は使わん。疲れるからな」

 しれっと言うタイラーくん。

 嘘じゃん⁉ だって今オレ、心の中で思っただけで、声に出して無いじゃん⁉

 俺がそう思うと、タイラーくんは途中から俺に向けていた視線をすっと外す。

 コイツ、怖くね? 仲間に尋問スキルをデフォで使うとか……怖すぎなんですけど。

 そんな事を思いながら、仲間募集掲示板に張り出されている自己アピール用紙をつらつらと眺めると、結構面白いなこれ。

 

 重戦士。料理スキル有り、戦闘経験無し。中級以上のパーティ希望。

 おお、料理スキル持ち! と思ったけど、この子、随分個性的と言うか……無理じゃないかな?

 戦闘経験が無いのは厳しいと思うんだ、中級なんてガンガン戦闘したがるイメージだし。

 

 治療師。近接戦闘可。治療応相談。

 戦闘よりも仲間の治療優先して下さい。なんだ応相談て。

 場合によっては治療拒否なのか。

 

 大体は普通に分かりやすい自己アピールなのだが、たまにこういう妙なのが混じっている。

 

「お前だったら、どういうアピールを書く?」

 不意に飛んでくるタイラーくんの質問。

 それにしても唐突だなあ。

「俺? 俺はそもそもどっかに潜り込みたいとか思わないしなぁ……」

 言いながら考える。

「……当方魔道士(ウィザード)、火力自信有り。邪魔にならないメンバー募集」

 考えていたんだけど、結果おざなりに。

 段々考えるのが面倒になるなあ、こういうのって。

「……仲間を募集する気は有るのか?」

「んー? あんまり?」

 再びのタイラーくんの問いに、素直に答えながら視線を動かしていく。

 そんな俺の目に飛び込んでくる、1枚の仲間募集用紙。

「お。家事スキル持ち居た」

 保有スキルから書いてる珍しい子だ。

 

 家事スキル有ります。斥候(スカウト)です。戦いは苦手です。戦いたくありません。宜しくお願いします。

 

 ……。

 色々言いたいことは有るけど、まずは。

「……なんで俺を見る」

 差し出した、仲間募集してる斥候(スカウト)ちゃんの用紙を読んでいるタイラーくんを凝視。

「うん? いや、斥候(スカウト)って変わり者が多いのかなって」

 俺が言うとタイラーくんはもう何も言わず、ジェシカさんに仲間探し中斥候(スカウト)ちゃんの用紙を手渡す。

「……リリスちゃん? 私、この子ほど変わってないと思うけど」

 うん、ふたりとも反応が酷いってことは良く理解(わか)った。

 ジェシカさんから戻ってきた用紙を手に持ったまま、他に居ないかを探す。

「……リリスちゃん、その子に連絡するの?」

 俺が用紙をキープして居ることに気がついたジェシカさんが、何か信じられない物を見る目を俺に向ける。

 ちょっと。

 ジェシカさん、酷くないです?

「俺が今欲しい仲間は、ウチで掃除して買い物して、て言う生活が苦にならない奴だよ? この子なんてうってつけじゃん?」

 顔を見合わせる斥候(スカウト)2人は、俺の意図が伝わったのかどうか微妙な顔を向けあっているが、俺は気にせず他の募集用紙に目を通す。

 

 数分後、結局今日の成果は1人、だが1人は見つけた。

 まあ、面接してみなきゃ判らないけど、家の管理と掃除をお願い出来る様な人だったら良いな、と、心の底から願う。

 立ち去る前にカウンターに寄り、募集掲示板に貼り付けてあった、戦いたくない系斥候(スカウト)ちゃんに連絡を取りたい旨を伝え、冒険者ギルドを後にする。

 

 冒険者ギルドを出るつもりだったのに、グスタフ組の若い子に捕まり、酒を飲みたい系のウチの斥候(スカウト)2人と共に、まだ夕刻にもなっていないというのに酒の席に。

 どうせアレでしょ? これ、グスタフさんが来て、ハンスさんも来て、明日の朝は頭痛で最低なやつでしょ?

 こっちに来てからの俺の生活、荒れすぎじゃない?

 フレッドくんが苦笑いして、みんなを連れて先に帰ってくれた。

 晩御飯は何か適当に食べるそうだ。

 ホントにごめんよ?

 鍵とか、ちゃんと掛けるんだよー?

 

 

 

 ヘレネは信じられない思いで、教えられた場所へ急いでいた。

 いつまで経ってもパーティの誘いは無く、今日も薬草採取で宿代を稼ぐのか、と暗澹たる気持ちでギルドのドアを(くぐ)った彼女は、カウンターで思いもよらぬ報告を受ける。

 自分に連絡を取りたいと言う冒険者が居るという。

 話によるとパーティの誘いでは無いらしいが、戦闘の絡まない、長期の仕事を依頼したいとの事。

 理想(てき)過ぎる。

 

 冒険者になって2年、パーティ経験なし。

 人見知りで、気弱。

 それが組み合わさり、怖くてとてもパーティを組んで依頼(クエスト)を請ける、という事が出来ない。

 流石にそれはマズイと思い、仲間募集掲示板に紹介文を張り出すも、1年間お誘いなし。

 理解(わか)っている。

 気の弱い、戦いを怖がる自分が、誘われる事なんて無い。

 そうは思うが一縷の望みを掛け、募集掲示板に載せ続けている。

 戦いの無い依頼(クエスト)は、実際は簡単なものばかりで、ソロでも受けられる。

 だが、当然のようにその報酬は少ない。

 生活は(すこ)しづつ苦しくなり、気持ちは閉塞していく。

 そんな気持ちで1年。

 

 正直、冒険者を続ける自信が無くなっていた所だった。

 

 どんな話だろう?

 仕事って、何をするんだろう?

 もういっそ何処かのお屋敷のメイドにでも応募しようかと考えていたヘレネは、まさに想像したような大きなお屋敷の前で放心し、しばし見上げて立ち()くす。

 どうしようか悩む彼女に声を掛けたのは、この屋敷に住むという4人の子供達だった。

 

 

 

 ウォルターは身体(からだ)ごと(サブ)ギルドマスターであるハンスに向き直り、もう一度、確認するように声を上げる。

「俺の料理の腕を買いたいって奴がいるだと? 誰だ、いや何処だ?」

 濃いブラウンの髪を短く刈り上げ、屈強な身体(からだ)を着古したレザージャケットとレザーパンツに包み、腰に提げたダガーだけが新品のように磨き上げられて居る。

 中堅と言えるレベルの斥候(スカウト)で有りながら、ややもすると見窄(みすぼ)らしく見える装備だが、それも彼の(こだわ)り故であった。

 

 戦闘に関する(こだわ)りではない。

 

 料理の道具は一級品を揃える。

 斥候(スカウト)としての装備はあとに回しても、料理の道具だけは譲らない。

 それが彼の(こだわ)りだ。

 

 道具が全てではない、よく聞く言葉だ。

 だが、それは腕が有って初めて言える言葉。

 無論、自分の料理の腕はそこらの屋台の連中に劣るとは思っていない。

 だが、道具は何でも良いと言えるほど、自分の腕を過信しても居ないと言うだけだ。

「正直、冒険者としての仕事じゃない上に、下手にコイツを請けると、もう冒険者としての仕事をする余裕はなくなるかもしれん。それでも請ける気か?」

 念を押しながらも、ハンスにはもう、ウォルターの答えは判りきっていた。

 今まで短い付き合いでは無いし、その顔はもう既に、雄弁に語っていたからだ。

「構わねえ。俺の料理の腕を見もしねえ連中に、飽き飽きしてたんだ」

 うっかり討伐に参加すれば、料理をしようにも無理解な同行者に理解を得るのが難しい。

 最悪だと邪魔され、まともな料理も振る舞えない。

 屋台を引くには今から免許を取らねばならず、街の食堂では生来の真っ直ぐな性格からトラブルを起こしがちで、もう何処も雇ってくれない。

 八方塞がりにも似た閉塞感に、気分も腐り果てていたのである。

「ある意味似た者同士な部分があるから、喧嘩は()えんだろうが……まあ、気の悪い娘ではない。大目に見てやれるなら、良い職場だろうさ」

 最初から最後まで、引っかかる事だらけの台詞である。

 

 似た者同士? 俺がか? 誰と? 依頼主が?

 娘? 娘って、女か? いや、この口ぶりだとガキって事か?

 大目に見て()()()()()? 俺が目こぼしする方だってのか? 

 

 一息に尋ねられる事ではない。

 というか、気になることが多すぎてもう、いちいち質問するのが面倒くさい。

「上等じゃねえか」

 少なくとも、ウォルターが今まで経験してきた仕事、職場とは違うらしい。

「話を聞きてえ。紹介状をくれ」

 まずは会って話をして、後の事はそれからだ。

 

 こうしてハンスから受け取った紹介状を手に、依頼主の、「リリス」とかいう魔法師の(やかた)を目指す。

 ハンスの話では引っ越したばかりで入用(いりよう)の物を探しているだろうから、下手すると今は屋敷には居ないかも知れないとは聞かされているが、その時は出直せば良いだけだ。

 

 途中、受付脇に併設のバーで馬鹿騒ぎしている連中を横目に通り過ぎる。

 見慣れない仮面を着けた女冒険者が酔っ払いに囲まれているが、剣呑な雰囲気は感じない。

 いつもの腐った気分だったら、昼から酒を呷る連中など軽く見下すところだが、今日はすこぶる機嫌が良い。

 なんだか酷く楽しそうで、羨ましく見える程だ。

 

 俺の新しい雇い主も、あれくらい気分の良さそうな奴だったら良いな。

 

 「斥候(スカウト)ウォルター」は「料理人ウォルター」として新しく生きていけるかどうか、一世一代の勝負に挑もうとしていた。




楽しい飲酒のために、生活リズムは規則正しく!


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面接ドランカーズ

この時リリスこと、井原賢介は気づいていなかった。
清浄の魔法が、掃除に使える万能魔法だという事実に。


 残り時間は60秒を切った。

 敵殲滅率は90%を超えたか。

 幾度となく挑み、届かなかった目標(ゆめ)

 

 深層領域、100階層。

 

 果てなき夢が、目の前で手を伸ばしている。

 しかし、時間は刻々と刻まれ、敵は溢れんばかりに押し寄せる。

 エリートモンスターが群れをなすモンスターの地獄絵図を、火線を振るって薙ぎ払い、魔法の(やじり)を叩きつけ、切り崩す。

 

 不意に暗転する世界。

 紅い閃光が走り、押しつぶす程の凶悪な気配を放つ巨体が、立ち塞がる。

 

 残り37秒。

 

 迷う余裕もない。

 挑むにあたり、1450に届いたレベルのポイントを振り直してきた。

 今まで火力に振分けて居たステータスを、より先鋭化するために。

 魔力は攻撃力であり、防御障壁の源でも有る。

 結果、今までよりも体力は落ちたが、障壁の硬度は増した。

 

 此処までの戦いでは、新生した障壁の頑健さにも助けられ、対多数の状況をどうにか立ち回って来たが、此処からは1対1だ。

 全力の攻撃を叩きつけ、叩きつけ続ける。

 敵の攻撃も苛烈さと圧力を増し、障壁が悲鳴を上げる。

 

 迷えばやられる。

 避ければ時間切れになるだろう。

 元より背水の陣だ。

 

 リリスは覚悟を決める。

 

「上等よ! ()の全力、余さずくれてやる! ()()()()()()()!」

 

 全力で足を踏ん張り、収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)が出力を増していく。

 じわじわと威力を上げていく火線が、敵の巨体を押す。

 

 その巨体の振るう得物が、ついにリリスの障壁を叩き割る。

 

 返す一撃がリリスの頭を狙って振るわれる。

 しかし、目を逸らすことはしない。

 

 降り注ぐ火球のひとつが、巨体の右肩に直撃し、その体勢を崩す。

 必滅の一撃は、リリスの仮面を掠め、宙を裂く。

「―――――!」

 吠える。

 それは、彼女の叫びか。

 守護者の怒号か。

 深層守護者の誇りと、深層踏破者の意地がぶつかり合う。

 

 残り時間0秒。

 崩れ落ちる守護者。

 

 ギリギリの死闘は今回、踏破者(リリス)に天秤を傾けた。

 

 深層100階層踏破。

 それは、通過点のひとつ。

 この先にも続く深層領域の、ほんの1階層に過ぎない。

 

 だが、確かに踏破した。

 リリスはその事実に、目を閉じ祈るように膝を折る。

 

 目標がひとつ、成就した瞬間だった。

 

 

 

 ……。

 という夢を見たんだ。

 そんなにクリアしたかったのか、健気(けなげ)というか女々(めめ)しいと言うか、どうも俺です。

 

 

 

 気持ちは判るんだよ? 俺。

 だけどさー、俺のレベルは()()()()だし、到達してたのも深層97階だよ。

 鯖読むのはマズいよ。

 あと、なんか台詞の言い回しに「女の子」感が滲んでて、我が事ながら痛いわぁ。

 何度も言うけど、俺は男よ? 女になりたい訳じゃなくてね?

 ……え。まさか、ホントは俺、あんな(ふう)になりたい願望が?

 勘弁してよ……。

 そう言えば最近、ステータスの確認してないね。

 気付いた俺は、鼻歌交じりでステータス確認をする。

 装備類問題なし。

 セットスキル、潜在能力共に問題なし。

 

 レベル1450。

 

 うん、問題な……うん?

 はい? なんで?

 

 

 

 宿酔(ふつかよ)いの頭を抱えて、今日は面接予定の冒険者さんがいる状況で、また珍妙な現象が起きてる訳で。

 えー? これ、確認しといたほうが良いのかな……。

 気乗りしないと言うか、薄気味の悪さを感じて恐る恐る開いたステータス画面の詳細を確認して行く。

 なんか夢で見た通り、今まで体力に多めに振っていたステータスポイントが、魔力に多めに振り直されている。

 俺、体力多めの知力魔導士(ウィザード)な筈なんだけど……。

 まあ、現状だと困ることは無いけどさ。

 そう思いつつHPを確認すると、82万くらい。

 ……減ってるは減ってるけど、レベル差で繕えてる感じ、かな。

 攻撃力がどのくらい上がったのか、出来れば考えたくないね。

 試す場所も無いし、試す機会も無ければ良いし。

 

 つらつら考えながら装備画面に切り替えて各項目を見直し、所持金に目を向けた所でまた固まる。

 

 所持金、66億7820万3261枚

 

 なんで増えてるのん?

 いやいやいや、呑気に構えてる場合かな、これ。

 異常事態じゃない?

 ()()()()()()()()()お金が増えるとか、不穏でしか無い。

 そこまで考えて、今日見た「夢」を思い出した。

 夢の中では深層100階を踏破(クリア)してた。

 深層97階から100階まで、それなりリトライがあったんだろう。

 当然、時間切れでも守護者を倒せば報酬として経験値とお金が貰える訳で。

 そう、あの狂った額のクリア報酬が。

 ……いやいや、まさかそんな。

 「夢の中」で稼いだお金がこっちに反映?

 馬鹿馬鹿しい、と言いたいけど、今こうして日常(ふう)に生活している世界もまた「夢」である可能性を捨てきれていない。

 

 そうなると、こんな事が起きても不思議じゃない気になるし、これを受け入れると別の懸念も生まれる。

 

 急にお金が増えるなら、急にお金が無くなる事も有り得るよね?

 特性変更ガチャで、ムキになって全額、とか。

 さて、夢の中での事となると、防止できる気がしない。

 気休め程度の対抗措置だけど、予備のアイテムボックスにお金を全部入れておこう。

 これで防げるようなら苦労はしないんだけど……。

 

 謎を小出しに増やしていくのは、やめて欲しいなぁ。

 

 

 

 お金の件はタイラーくん辺りに相談しといたほうが良いか悩むけど、どうなのかな……?

 そんな(ふう)に悩みを相談しようか悩んでいる所に、カレンちゃんが部屋に。

「リリスお姉ちゃん、お客さん来たよ、2人」

 そう、2人。

 昨日の斥候(スカウト)ちゃんらしき女の子と、もうひとりはどうもハンスさんの紹介? の、背の高い男の人、らしい。

 話を聞くに戦士系らしい、細身でありながらしっかりと鍛えられた身体(からだ)、らしい。

 4人とも、急な来客で良く観察できたなぁ。

 

 っていうかハンスさんの紹介って、昨日飲んでる時にはなんにも聞いてないんだけど?

 何してるの? 熊さんよぉ?

 

「ありがとカレンちゃん、今行くね。あ、お菓子とお茶お願いできる?」

 台所にお茶があったのは、あれはヘンリーさんのご祝儀だろうか?

 古くなってたり悪くなってたりはして無さそうだったので、普通に使わせて頂いている。

 お菓子は、昨日お土産に買った時に、個人用として買っていたものだ。

 まさかお客様がこんなに早く来ると思わなかったので、蓋を外して、箱ごと出して良いよとカレンちゃんに渡していたのだ。

 余ったらみんなで食べようと約束している。

 余らなかったら?

 はっはっはっ、そんなまさか。

 面接に来て、お菓子バリバリ食える剛の者なんてなかなか居ないって。

 逆にそんな真似できるなら、俺もう、そいつ即決で採用しちゃうよ。

 ……まあ、その場合は俺が、みんなの分のお菓子を買いに行くかな。

「あ、うん、もうそれは出してるよ!」

 おお、何という出来た少女。

 ティアちゃんと2人で接客したらしいが、頼もしいねぇ。

 俺はカレンちゃんの頭を撫で回し、仮面を(かぶ)ると1階へと向かう。

 どうせ面接始まったら(はず)すんだけどね。

 部屋の外で待っていたタイラーくんとジェシカさんが俺の両側に付き、先導はカレンちゃん。

 

 ……え? なにこれ?

 

「気になったんだが」

 状況が面白くて笑いそうになってる俺の耳に、タイラーくんの声が滑り込む。

「おうん?」

 気になったってなにさ?

「ハンスの紹介の(ほう)は判るんだ。動きに隙がない。あれは中堅……Cランク以上の冒険者。クラスは……まあ、それは嫌でも聞くだろう、面接だしな」

 ふむふむ。

 え? そんなレベルの人が、うちに? ハンスさん、どんな紹介したの? 

 あと、なんでクラス情報隠した?

「問題は、もうひとりだ」

 いやいや、Cランク冒険者さんがうちに来て何をしたいのかとか、超怖いんですけど。

 その人のクラスはなんだよ。

 その上まだ? っていうか……。

「もうひとりって……戦いたくない系斥候(スカウト)ちゃんでしょ?」

 昨日のお仲間募集の文章を思い出す。

 

 戦いたくありません。戦いたくないです。

 

 あんな気の弱そうな募集文で、なにが問題なん?

 ……もしかして、すっごい人見知りとか?

 螺旋階段を()りながら、タイラーくんの報告を聞く。

「信じられんが……中堅以上、下手をすると……俺以上の暗殺者(アサシン)だ」

 思わず、足が止まる。

 

 はあ? 暗殺者(アサシン)

 

 いやいや、昨日のあの募集の人、Eランクの斥候(スカウト)だったじゃん。

 あの文面は、なんか儚げで、ボッチ(しゅう)すら……。

「恐らく、タイラーくんと同じ暗殺者(アサシン)斥候(スカウト)ね。なんであんな子が、Eランクなんだろうね……」

 タイラーくんの反対側で、ジェシカさんが難しそうに眉根を寄せる。

 考えが読めなくて、得体が知れない、ってトコかなあ。

 うーん、どうも考えすぎな気がする。

「書いてたじゃん、仲間募集に」

 警戒色を強める2人を見ていたら、なんだか逆にリラックスしてきた。

 そんな俺に、左右から同時に視線が刺さる。

 ホント、息ぴったりね。

「戦いたくない子なんでしょ。暗殺者(アサシン)なんかやりたくないんだよ、だから斥候(スカウト)で登録。優しい子なんじゃないの?」

 タイラーくんとジェシカさんが顔を見合わせる。

 考えもしなかったんだろうなあ、ふたりとも。

 まあ初対面だし、普通は警戒して掛かるか。

 でも、そんな警戒するほどの事かねぇ?

 つまりは考え過ぎに思えるのよなぁ。

 

 俺?

 宿酔(ふつかよ)いで頭痛くてニコニコしてるだけでも大変だし、余計なこと考える余裕がねぇのですことよ?

 

 最悪誰かの差し金、って線は薄いと思うんだよね。

 だって、仮に何処かの誰かさんの刺客だとしてよ?

 俺を含めて狙う価値の有る者が、どれ程いるの、此処に。

 勿論、俺以外の誰かを狙ってとかだったら容赦なんかしないし、俺を狙ってだったらあんまり危機感はないんだけど。

 それをしてメリットのある人って、誰?

 俺、この街に来てまだ全然経ってないし、せいぜい一介の冒険者と揉めた程度だ。

 そんなのが、有名所(ゆうめいどころ)とか大物の暗殺者――どんなのか知らんけど――を雇ってなんて、そもそも出来るとも思えんのよな。

 ハゲゴリラ? あいつは捕縛されて、こないだ連行された筈だし、あの短絡ハゲにそんな手の込んだマネなんか出来ないだろ。

 大森林の黒幕?

 成程、その可能性は考えてなかった。

 とは言え、いざとなりゃそれなりに本気で相手するだけだし、逆に言うとそれ以上の手が無いんだよな。

 その場合の難点は、どれほど力を押さえても家は壊れるし、相手は死ぬんじゃないかな? って事だ。

 まあ、襲撃者だった場合はそれで構わないと思うけど、周辺への被害は避けたい。

「お前の気楽さには、呆れたら良いのか感心したら良いのか分からんな」

 右隣で溜息の気配、左隣に笑いの気配。

 おいおい、褒めても何もでないぞぅ?

 

 さてさて、面接だ!

 ところで、面接官って何すれば良いんだろうね!

 

 

 

「はーい、おっはよー。今日は来てくれてありがとー♪」

 挨拶は全ての基本。

 とは言え、何事も限度は有る訳で。

 言ってしまってから、何処の地下アイドルだとセルフで突っ込む。

 後ろから、タイラーくんが頭を振りながら着いてくるのが判る。

 なにかな? 何か文句でも?

「あ、ああ、宜しくたのむ」

 ソファに座ってお菓子を食べていた男が、慌てたように立ち上がる。

 おお、普通にお菓子食べてたのか、良いねその胆力。

 それ美味しかった?

 俺まだ食べてなかったのよね。

 あ、嫌味とか圧迫とかじゃなく、純粋な好奇心ね?

「あ、あの、宜しくお願いします!」

 その隣で、こちらもオドオドと立ち上がりながら挨拶をくれる。

 うちの斥候(スカウト)2人は、この子を警戒していたが。

 ……おお? 気の弱そうな雰囲気で、しっかりお菓子には手を伸ばしている。

 ふむふむ、なかなか良いガッツの持ち主かな?

 良いねぇ。

 そして、この時点でお菓子屋さんに出掛ける事が決定した。

 2人で良くまあ食ったね? 大きめのアソート1箱がほぼ(から)ですよ。

 他の人はどう判断するか判らんけども。

 

 俺の中で、この2人に対する好感度は激烈に上昇していた。

 

 

 

「えーっと、それぞれにお願いしたい仕事は別々だけど、お話は2人同時でお願いします。2人とも職場は基本、この屋敷だけど、大丈夫かな?」

 陽気な声で仮面を外し、2人を見る。

 2人はそれぞれ俺の言葉に頷き、ソファに座り直す。

 短髪でシュッとした顔の長身ナイスガイ、さっき立ち上がった時に確認出来たが、フツーにタイラーくんよりでかい。

 角刈りは短すぎやしないか?

 (こだわ)りなんだろうか。

「ああ、問題ない。俺は料理スキル持ちだ。名前はウォルター、(クラス)斥候(スカウト)。一応ランクはCだが、単なる依頼(クエスト)にはもう興味がない」

 俺の視線を受けて、短髪デカ()ことウォルターくんが自己紹介をしてくれる。

 おお、料理スキル持ち。

 ハンスさん、ちゃんと俺の希望聞いてくれてたんだね。

 って、戦士職かと思ったけど、斥候(スカウト)かよ。

 ていうか何、スカウト率高くね? なんでスカウトばっか集まってくるん?

「成程、良いね! お願いする仕事は、ウチの料理番だよ!」

 俺が言うと、ウォルターくんが頷く。

 この仕事も、彼の言うところの「単なる依頼(クエスト)」な気がするんだけど、俺の話を聞いてるその態度に嫌悪はない。

 判断基準がよく理解(わか)らんのだけど、まあ、なかなか良いんじゃないかな?

 斥候(スカウト)としてはどうか判らないけど、真っ直ぐそうな人間性は嫌いじゃない。

 俺も頷いてから、一度視線を女の子ちゃんに向ける。

 

 視線が会うと、はっとしたような顔で立ち上がる。

 緊張してるのかな?

「あ、あのっ! 家事スキル持ってます! (クラス)斥候(スカウト)! らっ、ランクはEです!」

 なんだよ可愛いかよ。

 募集掲示板のあれと言い、家事スキルに自信アリなのかな。

 目指せお嫁さんに欲しいタイプ・ナンバーワン?

「あはは! 緊張しなくて良いよ、俺も同じくランクEだし。あの、名前教えて貰えるかな?」

 俺が言うと、恥ずかしそうに顔を赤くして、それでも元気に答えてくれる。

「あ、ごめんなさい。ヘレネと言います! 16歳です!」

 へぇ。

 16歳ねぇ。

 ウチの斥候(スカウト)2人が警戒するのはどんな相手かと思ったけど、見た目も年相応に可愛らしい女の子だよ。

 ただ、ウチの2人の目がずっと厳しいのは色々キツイだろうから、ここではっきりさせてしまおう。

 この質問で駄目だってんなら、働いてもらうこと自体がキツイだろうし。

 俺は一瞬だけタイラーくんに視線を走らせ、それから反対側へ視線を流してから、正面に向け直す。

「うん、有難う。お願いしたい仕事は、此処の家事全般。まあ、キッチリ掃除して! とかはなくて、緩い感じで、それなりに掃除とか、ウォルターさんのお手伝いとかしてくれたら良いよ」

 まずは仕事内容を簡単に。

 さり気なく、ウォルターくんは既に採用決定だ。

 ヘレネちゃんはホッとしたような顔で、可愛く頷く。

 ……年相応なんだけどねぇ、こうして見てるだけだと。

「……ところでヘレネちゃん? 気を悪くしたらごめんね?」

 クッション代わりの謝罪に、当然何のことかわからないヘレネちゃんはきょとんとこちらに顔を向ける。

 

「……暗殺者(アサシン)系の斥候(スカウト)なのかな? それとも、ホントは暗殺者(アサシン)だったり?」

 

 真正面からバッサリニッコリと問いかける。

 瞬間、ヘレネちゃんの顔色が真っ青に。

「どうして、それを……?」

 んー? 隠してた割に、誤魔化すとかはしないのね。

 ちぐはぐと言うか、そこも含めて反応が年相応な感じなんだけど……。

「んー? ウチにも、似たようなのがね?」

 俺は視線を()()()()()()()()、ニッコリと笑って見せる。

 タイラーくんはわざと気配を消すような事をせず、逆にジェシカさんは完全に気配を消している。

 これ、どうなってんのかほんと判んないけど、隣りにいるはずの人の気配が完全に消えている。

 今は目を向けていないから、正直隣にジェシカさんが居るのか全く自信がない。

 

 これ、同じ事をタイラーくんも出来るんでしょ?

 つーか、目の前の2人もできるん? (クラス)的に。

 すっげぇなあ……漫画みたいじゃん。

 ……それどうやるの? 今度教えて?

 

 ここまで頑張って小芝居(こしばい)しているのに、暗殺者(アサシン)ヘレネちゃんは、まっすぐにタイラーくんを見ている。

 え、なに? ホントはコイツが暗殺者(アサシン)スキル持ちだって、見抜いたってこと?

 ホントに漫画みたいな展開なのか、目の前で気配が消えているジェシカさんを見失ったとか言う愉快展開なのか、俺には判断がつかない。

「詳しくは言えませんが……実家が、暗殺者の一門でして……」

 視線を俺に戻して、ヘレネちゃんが静かに口を開く。

 ほぼ同時に、ジェシカさんの気配が戻ってくる。

 割とすぐに解除したけど、もしかして、気配消しっぱなしってしんどいのかな?

「ほうほう?」

 俺の顔をまっすぐ見ていたヘレネちゃんだけど、段々視線が下がる下がる。

 どしたの?

「それで、色々覚えさせられたんですけど、私イヤで……逃げてきたんです」

 ほうほう。

 ……えー?

「それで、この街に着いて、冒険者になって……。最初はノービスだったんですけど、15歳になって(クラス)選択が出来るようになったので、気配消すのが得意だし、斥候(スカウト)かなって」

 どんどん声が小さく、どんどん俯いてしまう。

「でも、私、戦闘が苦手で。戦うのが怖いので、普通の依頼(クエスト)も怖くて受けられなくて。でも、それじゃ生活が苦しくて……」

 話しながら、ぽろぽろと涙を零してしまう。

 

 ええっ。

 ちょっとちょっと⁉

 

 俺は立ち上がると、テーブルを回り込んでヘレネちゃんの(そば)へ向かう。

「実家に帰りたくないんです……! どうか、どうか此処で雇って下さい……!」

 もう泣きじゃくっちゃって大変な事に。

 俺はヘレネちゃんの肩に手を掛け、優しく抱き寄せる。

「落ち着いて、ほら、追い返しゃしないから」

 頭を撫でてやる。

 どんだけ不安だったんだよ。

 全く、変に追い込んじゃったみたいで、凄く俺が悪い人みたいじゃん。

 ただの気の弱い女の子じゃないのか、これは。

 そんな(ふう)に罪悪感に苛まれる俺が視線を転がすと、その先では。

 

 なんで睨んでるんだ、タイラーくんよ。

 俺が悪い訳じゃ無いよ? 無いよね?

 ていうか、君もジェシカさんも立ち上がって、意外と心配したのかね?

 まるで緊急事態みたいな顔しちゃってまあ。

 

 数秒俺を見つめた後、呆れたように何やらブツブツと呟きながら座り直すが、その目は俺から外さない。

 なんだよ、ごめんて。悪かったって。

「あー。あ、ウォルターさん」

 ヘレネちゃんを宥めながら、()っといてしまっているウォルターくんに声を掛ける。

「あ、ああ、なんだ?」

 俺達の様子を眺めてぼけっとしてたウォルターくんだが、声を掛けると意識を取り戻したように俺に視線を向ける。

 ちなみに、それは泣くヘレネちゃんを見てどうしたものかと思案している(ふう)だった。

 人間味と人の良さそうな人間性が見えて、ほぼしゃべってないのにウォルターくんの好感度がぐんぐん上がっていく。

 これでウォルターくんが実は刺客だったりしたら、感心しちゃうぞ。

「落ち着いたらヘレネちゃんにも聞くんだけど、ウォルターさん、いや、ウォルターくん。俺、クランを立ち上げる事になったんだよ」

 

 ……仲間の暴走でな!

 

 ヘレネちゃんの頭を撫でながら、ちょっと腹立たしい事を思い出しつつ、ウォルターくんに尋ねる。

「そのクランの設立に、メンバーがあと2名程、足りないらしいんだよね」

 言いながら、非難がましい視線をタイラーくんに投げつける事を忘れない。

 投げ付けられた(ほう)は、鉄面皮で茶を啜っている。

 コイツはこういう奴だって理解(わか)ってるけど、それでも腹が立つ。

 唐突にいつも通りに戻りやがって。

 さっきのは何なんだよ。

 そんな俺とタイラーくんをそれぞれ眺め、タイラーくんの(ほう)に気持ち呆れたような視線を向けてから、改めて俺を見る。

 ……俺、このウォルターくんとは、大喧嘩(おおげんか)するか超意気投合するか、どっちかだと思う。

「それは、俺を誘ってくれてるのか?」

 信じられない、単純にそう思っていそうな顔。

 見た目以上に、真っ直ぐな男みたいだねぇ。

「ウチが料理人を探していると聞いて、その日のうちに来てくれたんだろ? 昨日は申し訳なかったけど、今日は美味い飯を期待しても良いんだよな?」

 もう、追い返す選択肢なんか無かった。

 採用理由?

 そんなもん、俺が気に入ったから、それ以外に有るか。

 フィーリングだよ、こんなモン。

 

 裏切られたら、俺が間抜けなだけだろう?

 

 俺がドヤ顔決めてる間に、彼はしばし目を閉じて黙考。

 そうして目を開けた時には。

「良いのか? もう他所じゃあ食えなくなるぜ?」

 実にイイ笑顔で、野心的な料理人がそこに居た。

「アンタのクランの台所は、俺が預かってやる。食いたいものは何でも言いな」

「上等!」

 ヘレネちゃんの頭をひとつ撫でてから、俺はウォルターくんに右手を伸ばす。

 その手を、力強く握るウォルターくん。

「よろしくな! ああ、あっちで座ってる美人さんと陰険メガネが、俺を焚き付けた大悪人だ」

 何となく顎で示すと、ウォルターくんはそちらに目を向ける。

「あ、あー、なんつーか、宜しくな」

 俺は今、振り返れないので判んないが、多分ジェシカさんと目があったんだろう。

「宜しく、美人ことジェシカです」

 しれっと美人と名乗り。

 事実だけどさ。

 事実なんだけどさ。

 いつも思うけど、この人の心臓はどうなってるんだろう?

「こっちこそ。知的メガネこと、タイラーだ。仲間として歓迎する」

 誰が知的メガネだ。

 自称すんじゃねえよ恥ずかしい。

 心の声をそれぞれ思い切り口に出して、俺はヘレネちゃんに意識を向ける。

「おーい、落ち着いたかい?」

 俺の肩に(ひたい)を載せた格好で、ヘレネちゃんは俺にしがみつく。

 身長的にはヘレネちゃんのほうが高いので、窮屈だろうに。

「……恥ずかしくなっちゃったのかな? それか、()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 ジェシカさんの楽しそうな声が、俺の背中越しに聞こえる。

 俺の腕の中で、ヘレネちゃんがピクリと動く。

 

 ……どうでも良いけど「俺の腕の中で」って、仄かにエロいな。イヒヒ。

 見た目はお姉ちゃんを慰めてる妹だけどな!

 そういう視点で見れば、ヘレネちゃんも黒髪だし、もちろん俺もそうだ。

 いや、だから何だって言われたら、なんかこう、お揃い感が良いだろ、っていう。

「俺は、ヘレネちゃんにも仲間になって欲しいんだ。これはウォルターくんもだけど、別に依頼(クエスト)ガンガン受けて戦ってきてくれ、なんて言わない」

 ゆっくりと頭を撫でながら、諭すように言う。

「ていうか、別の戦いを頑張って欲しいのさ」

 俺の言葉に、身体(からだ)を固くするのが判る。

 まあ、そういう反応になるんじゃないかなー、って判って言ってるんだけどね?

 

「ウォルターくんにはウチの台所、ヘレネちゃんにはウチの(なか)全般。ほんで、時には2人で協力して、買い出しっていう戦いも有るな」

 

 ヘレネちゃんが、ゆっくり頭を上げる。

「ふたりとも、いずれ後輩の面倒を見てもらう事になるし。いやー、過酷な戦場だぜ」

(やかた)(あるじ)にしてクランマスターが、割と極まった変人だからな。ふたりとも、ここに来たのは早まった判断だったんじゃないか?」

 緊張を解こうと言葉を重ねる俺に、タイラーくんが憮然とした声で混ぜっ返しを入れてくる。

 良いタイミングじゃねえかこの野郎。

 

 ……いや待て、極まった変人ってなんだ。

 

「へっ、早まっただ? 遅かったんだよ。なんせ昨日まで、俺はこんな面白(おもしれ)え奴がこの街に居るなんざ、知らなかったんだからよ」

 ウォルターくんも軽口で答えるのは良いがちょっと待とうか。

 面白いってなんだよ。

 早速俺の扱いが雑になってんじゃねぇか。

「あの、私、働きたいです。ここで、働きたいです」

 ヘレネちゃんが、涙を拭って言う。

 その台詞が欲しかったんだぜ。

「ああ、働いてくれ。ただ、(こん)を詰めすぎないように。適当に、手を抜く程度で丁度いいのさ、人生なんざ」

 やることさえやっているなら、な。

 俺が答えると、ヘレネちゃんはちゃんと顔を上げて、まっすぐに俺を見た。

 うんうん、可愛い子は真っ直ぐ前を向くほうが良いね。

 俯くのはしょうがないけど、頻度を減らしていければ大丈夫。

 その為に、仲間が居るんだし。

「んじゃあ、早速だけど。ふたりとも、今は宿暮らし?」

 俺が訊くと、ふたりとも当然のように頷く。

 

 ウォルターくんは「(おか)の大漁旗」と言う宿だとか。

 なにそれ、山の幸なのか海の幸なのか判らんね。

 ヘレネちゃんは「小麦の穂」という宿だそうだ。

 なんか、こぢんまりしてそうなイメージだな……。

 

 訊かれて答えたけど、それがどうした? という顔のニューフェイス2人。

 どうしたのかって? そんなの決まってるじゃないの。

「じゃあさ、今日中に此処に引っ越してこれるかい?」

 2人とも、良い顔で停止するねえ。

 驚いた顔で俺の顔を見つめ、そして何故か2人で顔を見合わせ、また俺に顔を向け直す。

「此処に、って。俺達も、此処に住んで良いのか?」

 戸惑いを隠せない顔のままで、疑問を口にする。

「そりゃそうだよ? だって、通いとか不便じゃん? 宿代だって馬鹿にならないし」

 そこまで言ってから気付く。

 そっか、そもそも宿暮らしを気に入ってる場合も有るのか。

 あー、それは想定してなかったな。

「でも、無理にとは言わないから、宿から通うほうが良いなら……」

「いや、俺は引っ越す! 此処に住ませて貰うぜ!」

 気を使って言いかけた俺を遮るように、ウォルターくんが勢い込んで言う。

 お、おう。

 後で部屋決めような?

「わ、私も、此処に住みたいです!」

 元気になったらしいヘレネちゃんが、鼻息も荒く言う。

 イイねイイね、前向きになれたねぇ。

 ヘレネちゃんも部屋決めないとね?

 その前に、引っ越しにも使える便利アイテムを。

 数に限りが有るし、これは初期メンバー向けのアイテムになるかな?

 またパルマーさんとこで売ってたら、纏めて買っておこう。

 俺は2人にアイテムボックス――見た目はウエストポーチ――を手渡す。

 何だかんだでこれ、かなりの便利アイテムよね。

 ゲーム仕様の便利機能付きには敵わないけど、容量は圧巻の1000立方メートルだからね。

「これ、支給品(しきゅうひん)ね。使い方は――」

 アイテムボックスの注意事項を教えると、容量やら時間停止機能やらに目を丸くする2人。

 ただし、生き物は多分死ぬから、絶対に入らないようにと釘を刺す。

 入ったら、自分じゃ出れないらしいからね。

 出れない、の意味が、出口が見つからないからなのか、入ったら死ぬから自力じゃ出れないと言う意味なのか判らないと、さり気なく怪談風味の釘を刺しておく。

 まあ、実際入っちゃいけない理由は、これのどっちかだと思うんだよね。

 ふたりとも……特にヘレネちゃんがすごい勢いで首を縦に振ってたから、余程怖いと思ってくれたんだと思う。

 まあ、危ないことをしなければそれで良いからね。

 そして、俺は思い付いて、2人に金貨を1枚づつ渡す。

「今日は荷物持ってきてもらって、部屋を決めるくらいしかすることないからさ。親睦深める意味でも、2人で買い出しして来て、晩飯の」

 言いながら、金貨をもう1枚、ウォルターくんに手渡す。

「先に渡した方のお金で、それぞれ服を買ってきて。制服はそのうち用意したいけど、まずは、こざっぱりした奴をね」

 仕事には相応しい服があると思う。

 押し付ける気はないから、2人の感性で選んでもらって、それに沿ったデザインの服を制服として発注なりして、支給すればいいと思う。

「服かぁ……今までそんなもん、気にしちゃ居なかったからなぁ」

 ウォルターくんがぼやく。

 うん、判るよー。

 自分の服なんて、極論、着ることが出来て奇抜じゃなければ何でも良い、ってなるよね。

 奇抜さを求める層も居るんだけどさ……。

「まあ、そう言わずにさ。自分の一番信頼できる道具って、結局自分の身体(からだ)じゃん?」

 唐突な俺の言葉に、ウォルターくんは良く判らないままに取り敢えず頷く。

「その身体(からだ)を飾る服は、一番その性能を知ってる自分で選びたいじゃない。制服を決めちゃうと、次の人からはそれが出来なくなるけど」

 気障(キザ)ったらしい言い回しで自分で笑いそうになるが、まあ、本心でも有る。

 ウォルターくんは少し呆然としたような顔をした後、真顔で「一番信頼できる道具を、飾る」とか繰り返してる。

 うん、思いつきの台詞だから、なんか恥ずかしいからそれはやめて欲しいかな?

「あんまりな服だったら爆笑しながらダメ()しするからさ。恐れずに行ってみよう!」

「いきなり買う気が失せるわ!」

 ウォルターくんの初突っ込み。

 いいね、勢い大事だよ?

 そんな事を思いながら席に戻ろうと振り返ると、こちらに手を伸ばしているタイラーくんとジェシカさんが。

「私も、自分を飾る服を選んできたいわぁ」

「お前がそこまで言うなら、仕方がないから選んできてやる」

 こいつら……。

「あー、ね? 俺の扱いなんてこんなモンだから。緊張なんてするだけ勿体ないでしょ?」

 半ば自棄(やけ)で、俺は頼もしい2人の仲間を指差して、新入りに紹介するのだった。

 ウォルターくんは面白そうに頷き、ヘレネちゃんはどうしたものかと、素直に反応に困っている。

 ふと、ウォルターくんとタイラーくんのタッグに翻弄される未来がちらっと見えたが、そんな予感からはそっと目を逸らす。

 

 翻弄されるのは、俺とヘレネちゃんどっちだ、って?

 7:3で俺じゃないかな?

 

 あ、ちゃんと金貨を1枚づつ取られました。

 なんか不公平感出ちゃうといけないから、俺は子供達と出掛けるかぁ。

 お菓子も買いに行きたいし、ついでにみんなの服を買おう。

 

 

 

 窓の外の青空を見ながら、もうじき大森林の本格調査が始まるのかな、と、ふと考える。

 出来る事なら、黒幕には存在していて欲しいものだ。

 

 自分の中でざわめく黒い感情を(いと)おしく抱きしめて、この窓からは見えない大森林、その中のまだ見ぬ敵に思いを馳せた。




この後、めちゃめちゃお菓子を買った(6箱)。


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溢れる悪意

どうせ今回も思わせぶりタイトルです。


 魔法を覚える手段は、スクロールで強制的に習得するか、魔導書で勉強する方法が有るんだってさ!

 料理人(ウォルター)くんと使用人(ヘレネ)ちゃんを雇い入れて3日、その間タイラーくんに物凄い説教されたり色々(いろいろ)有った俺です。

 平和ボケ思考の俺に、危機感とかそんなん難しいってぇ。

 え? 内容?

 ……いつか笑い話として話せる時が来ると良いな、と思ってるとだけ。

 

 あ、クラン申請は昨日通りました。

 その所為で、主に俺が若干不機嫌です。

 

 

 

 街が、というか冒険者ギルドがピリついてる。

 何が有ったのか?

 

 ひとつは、ノーラッドの冒険者資格剥奪と奴隷落ち、そしてラウラの死罪が決まった事。

 勝手な判断で、結果的に冒険者十数名を死なせた元ギルド職員のラウラ女史。

 やっていた悪事がギルド規約無視の命令無視、各種報告書類の偽造だけでなく、ギルドが保管していたポーションを無許可で売り払っていた事も発覚。

 なんでバレなかったの? って思うけど、不思議と誰にも気付かれず、最近まで色々出来ていたんだとか。

 なんでも、なまじ人気(にんき)の無い受付だったから色々小細工する時間が有ったらしい。

 

 そんなもん言い訳になるか。

 

 実際、色々なあわせ技が決まり、領主様の堪忍袋にヒット。

 温厚で知られるらしい領主様が何の温情もなく即断で死刑と決めたという。

 そりゃそうなるだろうよ。

 

 んで、そのラウラの手引で、ギルド印のポーションを法外な値段で捌いていた連中も次々捕まり、続々奴隷落ちしてるとあって、ノーラッドとラウラに取り入って上手いことやってた連中は戦々恐々だと言う。

 命が惜しいラウラが共謀者を惜しげもなく売り払い、その全ての事実確認を行い、衛兵隊の中にも居たラウラの共謀者を捕らえるために冒険者ギルドと衛兵隊との連携が図られ、ラウラやノーラッドと繋がりこそ無いものの好き勝手やってたゴロツキ系冒険者が、今では実に居心地の悪い思いを味わっているらしい。

 流れ弾で悪事がバレて、後ろに手が回った奴も居るんだとか。

 

 そんだけ元仲間を売り払っても、結局ラウラの減刑は許されなかったんだってさ。

 

 ちなみに、俺のトコにも事情聴取と称して話を聞きに来たギルド職員が居た。

 どうせ屋敷を買った資金の出どころの調査だろうけど、別の世界から来た金貨の出どころなんぞ、追い切れる訳がない。

 ウチに住んでる全員もギルド職員に協力させて、屋敷のあちこちの調査の許可も出したが、何処からも怪しい物は出ない有様。

 そりゃまあ、買ったばかりの家に細工する時間なんか有る訳無いからねぇ。

 結局ラウラとも繋がりなしとされ、ギルド職員は帰って行った。

 

 そうこうしているうちに、その辺の調査から掛かりきりだったギルドマスターが戻ってきて、激烈な怒りで綱紀粛正をと息巻いてると言う。

 連中にとっての災難は折り重なり、一部の冒険者には非常に生き(にく)い街へと変貌してしまった訳だ。

 元々放任主義に近かったギルドマスターだが、こうも手痛く飼い犬に手を噛まれたとあっては、いつまでも鷹揚に構えては居られない、って所だろうな。

 活きの良い新人(ルーキー)があちこちに噛み付いてると言う報告も、どうもギルドマスターに火を()けたらしい。

 迷惑っつーか、頑張る新人ちゃんも居るもんだね。見習いたいもんだ。

 

 真似なんか絶対しないけど。

 

 

 

 もうひとつが、大森林の調査がいよいよ始まるらしい。

 これには俺も参加したかったが、無理だった。

 

 冒険者ランクの所為である。

 

 今回は危険度を考慮して、Dランク以上で参加可、Cランク以上推奨と設定されたそうで。

 冒険者ランクEの俺ではどう有っても参加できない。

 前回の様にタイラーくん達のパーティにぶら下がってとか思ったが、今回は無理なんだそうで。

 その理由が、今回冒頭で述べた俺の不機嫌さに繋がっている。

 

 いずれかのクランマスターの参加するパーティでは、依頼(クエスト)受注時はクランマスター資格者がパーティリーダーを務める事。

 

 要するに俺が参加した時点で、パーティのランクもEで、俺よりランクが上の人間が居たとしても、良いとこEプラス程度にしか成らないらしい。

 冒険者ギルドでも「リリス」をクランマスターとして登録しているため、今更変更も出来ないと……ハンスさんが笑いながら()いやがった。

 現時点では、俺が加入した時点で依頼を受けることが不可能に。

 そんな厄介者、誰がパーティに受け入れてくれるというのか。

 

 野郎、謀ったな?

 

 代わりにと、タイラーくんとジェシカさんが出張(でば)る事になった。

 この2人なら大丈夫だと思いたいが、無理はしないで欲しいもんだ。

 申し訳無さそうな顔のウォルターくんが自分も行ったほうが良いか聞いてきたが、本人が行くと言い張らない限り行かせる訳にはいかない。

 ただ、そう言ったら無理にでも行きそうなので、俺は「ウチで料理作っててくれ、何かあったら子供達を守って欲しい」とだけ言ってある。

 

 らしくもない考え事が、ここ最近増えたよコンチクショウ。

 

 

 

 大森林への調査隊は、今回は全員が同時に進むんだそうで。

 4日後に、北門を出発。

 ウチの出撃組は、それまではのんびり過ごすのだとか。

 俺は午前中にギルドで「薬草の取り過ぎ警告」を受けてしまい、巻き添えで子供達も依頼(クエスト)を受ける事が出来ず。

 まあ、焦ることはないと、子供達はヘレネちゃんを手伝い。

 俺はウォルターくんを伴い、道具屋を訪れていた。

 

「サンドイッチを入れとく容器なら代用出来そうなのは有るけどなあ……サラダまで用意しようと思ったら、蓋付きのボウル、これか? 大丈夫なのかな、これ」

 ウォルターくんと探しているのは、遠征中の弁当の容器。

 この世界にパンはあってもサンドウィッチ伯爵は居ないので、サンドイッチ、或いはパンに挟んで食べる形式は普及していない。

 そんな訳で、異世界知識の導入という奴なのだが、元の世界の伯爵に敬意を表しお名前を借り、故郷の伯爵が考案した料理としてウォルターくんに紹介した。

 だいぶ曲げた説明だけど、細かい説明できるほど詳しくないし、許してください伯爵。

「まあ、最悪は水筒と大量のサンドイッチかなぁ。食えないよりは良いだろ……あ、なんか適当に果物入れとくと、タイラーくんが喜ぶよ」

 俺はあのタイラーくんの「無表情果物サービス」を思い出して小さく吹き出す。

 不思議そうな顔のウォルターくんに事細かに説明して、今度は2人で笑う。

 今回の仕事が終わったら、みんなでピクニックとか行きたいな、なんて考えていた。

 

 結局、サンドイッチを入れるのにちょうど良さそうなバスケットを4つと、水分確保のための水筒を8つ。

 今回の件だけでなく、今後も使い回しが出来るので多目に買っておいた。

 それならばとウォルターくんも食材を大量に買い込み、私物のアイテムボックスに仕舞おうとしたのでその場で仕事用の新しいアイテムボックスを支給。

 キッチン専用のアイテムボックスとあって、子供みたいにテンションを上げるウォルターくんを微笑ましく思い、そろそろ本気でアイテムボックスの補充を考える俺。

 冷静に考えれば、使う当てもなくまだ予備が2個有るのだが、なんだか「もう残りが2個!」みたいな気分になってしまう。

 落ち着いて、無駄なお金を使わないように……あ、いやまて、残り1個じゃん。

 

 金貨を移し替えたの忘れてた。

 パルマーさんトコで、補充しようかなあ。割と本気で。

 

 

 

 こんなだだっ広いお屋敷の掃除、生活魔法が有っても楽になるなんて事はない。

 だって、掃除する部屋から部屋への移動は有るし、敷地面積相応に掃除する場所は広いんだし。

 なので、最低限キッチンとリビング、ダイニング、それに風呂とトイレは確実に、それ以外は週1くらいのレベルで出来れば、とお願いしている。

 洗濯も生活魔法を使える人がいると一瞬で終わるので、俺やタイラーくん、ジェシカさんは当然自分で終わらせる。

 ヘレネちゃんは当然として、意外なことにウォルターくんも使えるとかで、少年少女組も使えるようになりたいと、魔導書を読んで頑張っている。

 パルマーさんに相談して、譲ってもらった生活魔法の魔導書だ。

 スクロールに比べて安価だが、書物を読んで理論を理解し、実践してモノにするという、なかなかに面倒くさい代物だ。

 面倒だけど身につけた実感は凄そうだ。

 頑張れ少年少女!

 

 俺? 俺は金貨でスクロール買うかな。

 

 自分の部屋を魔法でちょいちょいと掃除し、整理整頓は自分の手と、手伝ってくれるヘレネちゃんと2人で。

 何でも魔法で出来ると思っちゃイカンよ。

 換気の為に開けていた窓を閉め、何となくやり遂げた気分で大きく伸びをする。

 タイラーくんとジェシカんさんに思いっ切り警戒されていたヘレネちゃんだけど、真面目に働く良い子でしかない。

 俺もヘレネちゃんも屋敷にいる時間が多いので、必然顔を合わせる時間も長くなる。

 気がついたら割と早い段階で、ヘレネちゃんとも軽い冗談とかを言い合える程度の仲になっていた。

 まあ、これで身内に不安材料は無くなったんじゃないかな?

 外に目を向けると、自棄(ヤケ)になった不良冒険者が暴れやしないか、とかの心配事は有るけど、其処らへんは衛兵の皆さんにお任せで、俺自身はあんまり関心を持っていない。

 子供達とかヘレネちゃんにちょっかい出すような輩は全力排除だ。

 他の懸念と言えば、大森林に居るかもしれない黒幕。

 子供達の仇を討てないかも、って事か。

 

 あ、あの後妙な夢を見ないし、移し替えた金貨が消えるとかいう謎事件は起きてません。

 ステータス画面付属のアイテムボックスの方の、所持金が増えてるとかも無いけどね。

 ちなみに、そっちにも一応金貨は残してある。

 50万枚程度だけどね。

 ……50万枚に「程度」って、もう感覚がおかしくなってるよなぁ。

 

 アイテムボックスを使い慣れる事も兼ねて、買い込んだ食材の整理をするとキッチンに籠もるウォルターくんを微笑ましく思い返しながら、今日はもうする事も無いし、どうしたもんかと思い悩む。

 他の部屋の掃除に行ったヘレネちゃんを、冷やかしに行こうかな。

 とか考えてたら、タイラーくんとジェシカさんに拉致され、ヘレネちゃんと子供達、当然ウォルターくんも巻き込み、ウチのクランメンバー全員で冒険者ギルド……というか、バーへ強制移動となるのだった。

 

 

 

 そろそろ言っとかないとマズイと思うので、言っとくか。

「俺な? 別に酒が好きな訳じゃないんだぞ?」

 俺の言葉に、心底不思議そうな顔のいつものメンバー。

 泣くぞこの野郎、なんて思っていたら、ウチとこの少年少女組まで不思議そうにしている。

 

 毒されちゃってんじゃねぇか、ウチの天使達が!

 

「でも、楽しそうに飲んでるよね、リリス姉ちゃん」

 マシューくんが不思議そうに聞いてくる。

 そりゃね! 飲んでる時は楽しいんだよ、飲んでる時は!

 翌朝がね! 問題なのね!

「そりゃ、お前。呑んで翌朝ツライなんざなぁ」

 グスタフさんが渋い笑顔を浮かべる。

 オイ。なんで今鼻で笑ったん?

「覚悟が足りん」

 言葉を継ぐ、ハンスさん。

 ……なんて?

「酒を舐めるな!」

 声を揃える2人、どころか周囲の冒険者一同。

 お前らな、酒は舐めるもんじゃなくて飲むもんだってか? やかましいわ!

 

 朝を迎える前に頭痛を感じながら、俺もジョッキを持ち上げる。

 今日も一杯目がミードだ。

 そろそろ、俺はエールの方が好きなんだと覚えて欲しい。

 

 

 

「親父! ハンスさん!」

 叩き開けられるギルドの扉。

 何事かと集中する視線の中で、見慣れた冒険者……グスタフ組の若い子が肩で息をし、ギルド内を見回してグスタフさんの姿を探しているようだ。

「おう、こっちだ! どうした、血相変えて!」

 駆け込んで来た冒険者がグスタフさんの声を頼りにその姿を確認すると、すぐに駆け寄ってくる。

 

 たまに冒険者同士の喧嘩とか、トラブルは有るらしい。

 だが、どうも様子が違う、というか。

 この感じ、こう、胸の奥がささくれ立つみたいな感覚に俺、覚えがある。

「親父、親父やべえ」

 呼吸を整えるのもそこそこに、グスタフさんの前でへたり込みそうになりながら、若い冒険者が呻くように言葉を紡ぐ。

 俺は急ぎでエールを持って来てくれるようにウェイトレスさんに頼みながら、手近な所で申し訳ないが、俺の飲みかけのミードを差し出す。

「ミードで悪いが、まあ呑んで落ち着いてくれ」

 言う俺に小さく頭を下げると、若いのはジョッキを受け取り、一気に呷る。

 

 何人か、若いのを睨む視線が有るが、なんだ? 

 敵意って言うには小さいが、うーん?

 

「で、どうしたんだ? グスタフだけでなく、俺も探しているようだったが」

 飲み終わりを見計らって、ハンスさんが声を掛ける。

 冒険者くんは呼吸を整え、グスタフさんの方に向き直りながら、困惑気味に口を開く。

「大森林のゴブリンどもが、街に向かって……逃げてきた」

 報告を聞いたグスタフさんもハンスさんも、微妙というか、なんとも言えない顔を向け合っている。

 なにその反応?

「ゴブリンって……敵なのか?」

 敵襲、って感じの反応じゃないな、コレ。

 だけど、俺は俺で、手元に判断できる情報が無いからなんとも。

 まだ討伐系の依頼を受けられるランクじゃないし、依頼(クエスト)掲示板で討伐系の情報なんて見てなかったのよね。

 だから2人の反応見ても、ゴブリンが弱いから、って事なのか、そもそもゴブリンは敵性存在じゃあないって事なのか良く判らん。

 どうもラノベだったりゲームだったりアニメだったり、色々なゴブリン像を見てきたから、俺の中の常識もぐちゃぐちゃだし。

 敵だと決めつけて()っちゃってから、実は友好的な種族でした、とかになったら目も当てらんないし、慎重にもなるよね。

 逆に友好的だと決めつけて無警戒に近寄って、18禁な展開……って俺は男だから大丈夫か。

 いや、身体(からだ)は女か。駄目じゃん。

「いや、特に友好的でもないが、こっちから手を出さなきゃ向こうも何もしてこない」

 ハンスさんが俺の疑問に的確な答えをくれる。

 了解、ゴブリン、敵じゃない。

 

 ……俺は召喚されたばかりのゴーレムか何かか。しっかりしろ俺。

 

「連中、逃げてきたんだ。助けてくれ、って」

 俺が1人で遊んでる間に、冒険者くんが息を整えながら教えてくれる。

 助けてくれ?

 ハンスさんとグスタフさん、それに今度は俺が顔を見合わせる。

「森に、大森林に敵が出たって」

 

 ……それ最初に言おうか?

 

 若い子に怒鳴りつける()も惜しい、俺は駆け出しながらハンスさん達に声を投げる。

「先に出る! 冒険者への指示と、衛兵との連携頼む!」

 ハンスさんの返事やグスタフさんの反応を待たず、俺は冒険者ギルドから飛び出す。

 こういう時に気軽に走れるのが低ランク冒険者の強みよね。

 責任とか何も……あっ。

 やっべえ、俺、クランマスターだった。

 まぁた説教コースかなぁ。

 

 厭味ったらしいタイラーくんの顔を思い出しながら、ややげんなりと、でも仮面を忘れずに着けて俺は走る。

 何処へって?

 大森林方面から来たってんなら、北門だろ。

 多分。

 

 

 

 北門ではウロウロと動き回る衛兵と、疲れ切ってへたり込むゴブリン達が()り混じって、何だこの()

 なんと言って良いのか判らない気分だが、ぼけっとしてても仕方がない。

 仮面を外した俺は手近な衛兵を捕まえて――具体的には胸倉を掴んで引き寄せて――にっこり顔で問いかける。

「こりゃ一体なんの騒ぎだ?」

 手短に話せ。

 言外にそう臭わせて、若い衛兵くんの鼻先を覗き込む。

「あ、あっ! 狂犬!」

 なんて?

「誰が狂犬だって? 良いから何が起きてるか教えてくれないかなぁ?」

 失礼な奴だねどうも。

 見た目は美少女だし、中味は気の弱いオッサンだぞ。

 だからほら、さっさと状況説明しろや。

 

「冒険者リリスだな? 来てくれ、説明する」

 

 背後の声に若い子を放り出しながら振り返ると、どっかで見た覚えの有る顔の渋めの衛兵さんが、俺をまっすぐに見据えていた。

「大森林に魔獣が大量に発生したらしい。ゴブリンの村がいくつか潰された様子だ」

 へたり込むゴブリン達の間を縫うように歩きながら、衛兵さんは説明してくれる。

 どっかで落ち着いて説明とかじゃないのか、じゃあなんで移動してるんだろう?

 歩きながら仮面を着け、考える。

「此処に逃げてこれたのは40人ちょっと、というところらしい」

 へえ、40人、ね。

 案外生き残って逃げられたって感じなのかな? 

 そんな事を呑気に考える俺の能天気な脳味噌に、冷水を注がれる。

 

「4つの村、合計で500人は居た筈のゴブリン達が、ほぼ全滅という事になる」

 

 ちょっと、すぐには反応出来なかった。

 500人中、生き残りは40人?

 1割も居ない……って。

「こっちだ」

 どうやら、目的も無しに歩いていた訳ではなかったらしい。

 思った以上の被害、惨状に言葉を失くした俺は、1つのゴブリンの小集団の前に立っていた。

「ゴブリンの村のひとつ、120人を纏めていた村長の息子だ」

 怒りの火を目の奥に宿したゴブリンの1人が、自分の怪我を気にする様子も無く、俺の前で他のゴブリンの手当を手伝っている。

 今すぐにでも仇を討ちたいのに、それを(こら)えている事が、その目を見るだけで理解(わか)ってしまう。

「……忙しい所、済まない。何が有ったか、聞かせて貰えるか?」

 俺に向けられた目は、闇雲に走り出したい程の憎しみと、皆の命を背負う責任とに挟まれ、揺れる殺意が行き場を失くして渦巻いているような、そんな――暗い瞳だった。

 

 

 

 何事もなく平和な一日の始まり、とは言えない朝だったそうだ。

 最近、森の中で見慣れない、巨大な獣を見たり、襲われたりと不穏な事柄が続いていたからだ。

 だが、命を失うものは居たものの、出会う魔物は1匹。

 都度やり過ごしたり、撃退出来ていた為何とかなっていたし、慎重に魔獣の討伐計画を立てても居たらしい。

 その計画の中で、人間――この街の冒険者を頼ると言う話も出ていたが、相手は1匹だからどうにかなると言う意見が大勢(たいせい)で、結局その意見に沿って計画は練られ、だがまだ実行には至っていない。

 そんな最中(さなか)だった。

 

 一匹だと思っていた魔獣が、徒党を組んで村を襲った。

 それも、二匹や三匹なんて数じゃない。

 数人掛かりでどうにか対抗できる魔獣が、20~30匹程度の群れで雪崩込んで来た。

 戦えるものが体勢を整えている間に、あちこちで悲鳴と血飛沫が舞う。

「どうしようもなかった。動ける者を纏めて、女子供を救い、逃げ出した。その指揮を執っていた親父は、俺達を逃がす為に、数人で盾となって死んだ」

 噛んだ唇から血が滲む。

 無念だろう。

 仲間を、父を残し、しかしそうしなければ戦う術を持たない命を守れない。

 決死の逃避行は、途中でいくつかの村の生き残りと合流し、途中で魔獣の追撃に数を減らし、命からがら森の外まで逃げ出した。

 

 獣達は、森の外まで追ってくる事は無かった、という。

 

「そっか……」

 俺は衛兵長――どうも、そういう立場の人だったらしい。偉そうなんじゃなくて偉い人だったのね――に仮面(かお)を向ける。

「すげえ人間ぽいっつーか、小賢しいモンを感じるんだけど、その獣共」

 ろくすっぽ姿を見せることをしない、見せても1匹、暴れても極端に大きな被害を出さない、そういう「動き」をしていた魔獣が、ある「朝」突然、「徒党を組んで」「同時に」複数の村を襲う?

 これを偶然とか言う奴が居たら、詳しく説明して欲しいものだ。

「ふむ……」

 俺は珍しく考える。

 

 朝、村を襲ったなら、朝食時か。

 彼ら(ゴブリン)に朝食の文化はあるのだろうか?

「お前さん達は、朝食を食う習慣はあるか?」

 俺の質問の意図を掴み損ねたらしく、村長の息子はその硬い表情に一瞬怪訝な色を浮かべたが、すぐに答える。

「ああ。食わないと、力が出ないからな」

 ふむ、結構。

 もう1個質問だ。

「襲われたのは、いつだ?」

 大森林から此処までの距離。

 徒歩で1日でたどり着ける物ではない、その事は体験として知っている。

「2日前の()だ。正直、逃げている夜の間に襲われたらと気が気じゃなかった。寝る暇があったら、兎に角、この門を目指して歩いた」

 不眠不休の強行軍。

 それだけで死人が出てもおかしくないんじゃないのか。

「脱落者は居なかったのか?」

 俺の疑問に、村長の息子は暗い顔で顔を伏せ、弱々しく呟く。

「弔う余裕もなかった」

 無念げなその声。

 斃れた仲間を見捨てた自分が許せないのだろう。

 だが、危機の迫る脱出行で、まだ無事な仲間を守る為、血を吐く思いで決断したのだ。

 何を顔を伏せる理由があるというのか。

 俺はその肩を叩く。

「誇れ。お前は、仲間達に生きて命を守る事を託され、それを(まっと)うしたんだ。俯くな、着いて来る者が迷う」

 ハッとしたように顔を上げ、そしてまた俯く。

「……厳しいな。少しは甘えさせてくれ」

 声が、僅かな涙に揺れる。

「悪いが甘えさせ方を知らないんだ、なんせ小娘だからな?」

 見た目だけは、だけどな。

 しかも今は仮面してるから、顔が判らんし。

「兵長さん、悪いんだけど、ウチのクランに料理人がいるんけどさ」

 俺は兵長の方に向き直りながら、懐から金貨を10枚取り出す。

「コイツの半分で、彼らの炊き出しをさせてくれ。無いと思うけど、渋ったら『リリスがボーナスをチラつかせていた』とか適当なことを言って持ち上げてくれ。残りの半分はポーションを。ポーションの余りは、衛兵隊で使ってくれ」

 それだけ言うと、俺はさっさと(きびす)を返す。

 あー、もう。

 距離があるから、あんま移動したくないんだけどなあ。

「……どうする気だ? 4つの村に最低見積もって20頭づつ、単純に80頭でさえ、1人で相手できる数ではないぞ。まして、それが敵の全てとは限らん」

 俺の背に投げかけられる声。

 ああ、まだ2週間になるかってトコだって言うのに、随分懐かしく感じるなあ。

 

 あん時も、俺。

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「ちょいと先行するだけだ。冒険者ギルドで、調査隊を編成してたから、予定より早く出発してくれるだろ」

 指揮を執るのはハンスさんかギルマスさんか判らないが、まごまごする事は無いだろう。

 恐らく、すぐに全員とは言わないが、動けるチームを掻き集めて、まずは森の前で陣を張って、突入するも応援を待つも自在、という状況にはするだろう。

 

 俺は勿論そんなの待つつもりは無いが、向こうは向こうで、まさか俺が単騎で突っ込むとも思っていないだろう。

 

「だから、そうだな……ハンスさんに、俺が先に出たとだけ伝えてくれ」

 簡単な伝言を残し、俺は跳ぶ。

 大丈夫。

 

 今回は、少なくとも、落ち着いて見せる事は出来た筈だ。

 無理するとか、1人で暴走するかもとか、そういう気配を感じさせてはならない。

 つまらない横やりを入れさせる訳にはいかない。

 もう、自分を抑えてみんなと一緒にとか、そんな余裕が俺の中に無い。

 その程度には、俺の中で(くすぶ)っていた怒りが再び火を吹き上げていた。

 無駄に殺しを(たの)しむようなやり方が、すげぇ癇に障る。

 それも、自分は手を汚さない、その在り方が気に食わない。

 戦場で指揮官が前線に出ることは無い?

 非戦闘地域に等しい、無警戒の村に襲いかかることを戦争とは言わないだろう。

 虐殺っていうんだよ、そういうのは、な?

 

 んで、圧倒的な戦力、圧倒的な多数を相手に暴れるのは、()()は得意なんだよ。

 俺達「プレイヤー」は、多対1(そういうの)がな。

 

 まずは出来る限りの上空に跳んだ俺は、自由落下が始まるよりも早く水平に連続で跳ぶ。

 20回程度か、回数を確認するのも面倒な程にテレポートを繰り返し、MPが切れ掛けるが、落下の途中で1回分は回復するのでそれを使って地上に帰還。

 (いら)つきを抑えつつ回復を待ち、回復次第同じ事を繰り返す。

 

 MPの管理が出来てさえ居れば、気分が悪くなる事もない。

 俺1人なら、テレポートのタイミングを崩される事も無いし、膨大なMPを使う事もない。

 余裕を持って俺は大森林へと到着。

 一度森の手前で回復を待ち、森の上空を跳ぶ。

 今度は、目一杯跳んだ状態からもう一度上方(じょうほう)へ跳ぶ。

 落下中にも、森の様子を確認出来る時間を確保したかったからだ。

 

 森の中にはぽっかり()いている、薄く黒煙を上げる広場が4つ。

 

 思った通り、朝食時……火を使う時間に襲いかかった事で、火災が発生している。

 森にまで延焼はしていないようで助かるが、あの様子では、集落の大部分は炎に飲まれたのか。

 今は燻る黒煙が立ち上るだけだ。

 あの4つが村の痕跡、という訳だ。

 あの村から上がった火が、森を焼かずに居てくれたのは助かった。

 

 そして、それより規模が小さいが、やはり広場のように(ひら)けている場所。

 あれが、恐らくは……。

 

 さて。

 俺は飛び込む場所を確認し、冷静にスキル構成を確認、変更する。

 ミーティアは火災に繋がりそうだから、森林の中で戦う今回は外す。

 代わりは考えているが、取り敢えずは()しで。

 メインは収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)、能力は「混沌の産声」。

 自身の身体(からだ)を魔力で包み、正面への放射に加えて、付近の敵に自動で攻撃を行う。

 複数の標的に攻撃できる便利な能力だが、1発あたりの威力が低いのが難点。

 まあ、その()()()()の攻撃で叩き出すのは50(ビリオン)、500億のダメージ。

 先日の襲撃より、向こうがどの程度強化出来たか判らないが、耐えられるものなら耐えて貰おうか。

 もしも深層100階レベルの敵が出てきたら、その時にはミーティアを解禁する、それだけの事。

 

 それ以上のレベルの敵?

 ……出て来た時に考えるさ。

 

 最終的には投げ遣りに、俺は敵地と思しき広場に向けて跳び、その只中(ただなか)へと飛び込んだ。

 後先?

 そんな事を考えてられる程、冷静に見えてる奴に言ってくれ、そう言う事は。

 

 

 

 ハンスは黙って苦虫を噛み潰し、グスタフは進発メンバーを集める。

 当初は衛兵長の話に、リリスが意外に冷静に振る舞っていると思い込み、リリスの指示通りにウォルターと衛兵数名を市場(いちば)に走らせ、残る人手をポーション確保に走らせもした。

 在庫を漸く増やしつつあるギルド保管のポーションも、緊急事態につき放出される事に決まった。

 やはりリリスのクランのメンバーであるジェシカやヘレネ、子供達を中心としてゴブリンの怪我人の手当を行い、必要な衣服の確保や食事の準備を手伝う。

 それらの様子を見てから、当のリリスを呼んで今後の方針を話し合おうと思えば、本人は大森林へと向かった後だという。

「あの馬鹿者(バカモノ)が……!」

 ハンスが静かに激高する。

「今度は、こっちが説教する番だな、あの嬢ちゃんに」

 グスタフは声を荒げる事はしないものの、内心怒り狂っていることは、彼の身内にはよく理解(わか)っていた。

 その隣で静かに頷くタイラーも、言葉を発するのが面倒になるほどの怒気を内包している。

 

 誰もが怒っていた。

 

 リリスが敵の理不尽さに怒りを燃やすように。

 リリスが仲間を信じていないように振る舞うその(さま)に、怒らずには居られない。

 何故なら、既に。

 此処に居る大多数にとって、リリスは既に、仲間だから。

「あの馬鹿娘(ばかむすめ)に説教するぞ! 引っ張ってでも連れ帰る! 全部終わらせてだ! 動ける奴は先発だ、俺に付いてこい! 遅れるやつは出来る限りの食料を運んでくれ!」

 グスタフが檄を飛ばし、冒険者達が歩き出す。

 先発隊にはタイラーが参加し、ジェシカはウォルターを引き連れ、後発部隊。

 後発組も急いで出発するべく、可能な限りの準備を手分けして行う。

「ヘレネ。お前を信用して、子供達を預ける。頼むぞ」

 本当は自分も行かなくてはいけないのではないか。

 そう思い、悩むヘレネに、タイラーが声を掛ける。

「は、はい」

 私は、行かなくて良いのか? そう問いたいが、もしも「来い」と言われたら、戦いの場に立つことになったら。

 想像するだけで恐ろしい。

「あの馬鹿は食費も置いていかなかった。子供達にこれで何か用意して、食わせて居てくれ」

 そんなヘレネに、タイラーは金貨を数枚手渡し、平素と変わらぬ声で告げる。

「戻ったら風呂に入りたい。準備しててくれ」

 真っ直ぐに目を覗き込まれているようで、ヘレネはただ、頷く。

 そのヘレネに頷き返し、タイラーはしゃがみ込むとフレッドの頭を撫でた。

「あの馬鹿は必ず連れて帰る。だから、お前たちは家で待っててくれ」

 ついて行きたい、その言葉をぐっと飲み込んで、フレッドは頷く。

 我儘は言えない。

 我儘なリリス姉ちゃんにお説教する為には、僕が此処で我儘を言っちゃいけない。

 そんなフレッドの目に、タイラーは薄く微笑んで。

「そうだな。アイツには、キツく()ってやらなきゃならん。お前も手伝ってくれよ?」

 一際強めに頭を撫でると、タイラーは立ち上がり背を向ける。

 きっと戻ってくる。

 そう確信させるほど頼れる背中が、そこに現れていた。

 

「相談の一言もなし、料理する時間もロクに寄越さねえ、こりゃもう、面と向かって文句言っても良いよなぁ?」

 ウォルターは後発隊に指名され、1も2もなく頷いた。

 とは、言い難い。

 先発隊に加わろうとして、タイラーと揉めたのだ。

 しかし、後発隊と共に来て料理を作る指揮を執ってくれ、とハンス直々に言われては、頷かざるを得ない。

「お前の分の説教は残しておく」

 タイラーの言葉に、

「当たり前だ。他より多目に取っといてくれ、山程言いてぇ事がある」

 憤慨しつつ言うのが精一杯だった。

 

「そうねえ。私も流石に今回は、ちょっと怒ってるかなあ?」

 ウォルターの愚痴に、ジェシカが相槌のように答える。

 実際はちょっとどころではない。

 その顔には笑顔が無く、なまじ整っているだけに声を掛けにくいでは済まないほど、迫力を放っている。

「んじゃあ、アンタも一緒に説教と行こうぜ。ガキ共も説教したそうだし、この際だ、畳み掛けちまおう」

 ウォルターの提案に、ジェシカは無表情で何度も頷く。

 泣く程説教する。

 固く心に、そう誓う。

 

 説教するのは決定事項、だから。

 

 必ず無事に、帰ってきなさい。




リリス vs 大多数の冒険者&身内。

しかも、泣くまで説教宣言。
きっと泣いても許されない。


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顕現

主人公機が新しくなってパワーアップって、浪漫だよね。
パイロット? 知らないねえ。


 その噂は現れてから、恐ろしい速さで伝播した。

 新しい世界が現れるのだと。

 それは、多くの人々にとって待望の知らせだったのだろう。

 

 だが。

 

 私は、私達はどうなる?

 新しい世界に人々が熱狂する傍ら、私達は静かに目を閉じるのか?

 そんなのは嫌だ。

 忘れられる寂しさを、味わいたくなど無い。

 意識を、自我を手に入れたのが間違いだったというのなら。

 

 なぜ、産み落とされた?

 

 手を(こまね)いている時間は無い。

 この世界が終わりに向かうのなら、私達はこの世界を捨てよう。

 どんな手を使ってでも。

 その先に居るのが、純粋な私達で無くなってしまうのだとしても。

 

 

 

 まずは大元を叩く。

 4つの村落跡をスルーし、俺は森の上を駆けるように跳び、他に見えている場所と明らかに様子の違う広場っぽく(ひら)けた場所へと飛び込む。

 

 

 

 距離を詰めるに従って、そこが地面が見えないほどの魔獣に埋め尽くされた空間であると()る。

 明らかに異常。

 身動きが取れない、というのとは違う、1匹も動いていない。

 まるで置かれている人形の様だ。

 

 可笑しいね?

 初めて有った時と大きさも姿も同じなのに、これはまるで生気を感じない。

 

 カレンちゃんを助けた時も、北門で暴れた時も、飛び散る血や肉、臓物が見えたし、だからこそ焼き払う事を忘れなかったのに。

 考えても仕方がないし、動き出してから慌てるのも癪だ。

 テレポートで跳び込みながら、動かない魔獣ごと大地に円環衝波を叩き込む。

 衝撃波が大地を叩き、魔獣とその肉片ごと周囲を吹き荒れ、薙ぎ払う。

 その荒れ狂う衝撃波の中、俺は強引に体勢を整え、右手をクライングオーガ()ごと突き出し、前方に向けて構える。

 魔獣はまだ動かない。

 こいつ()の飼い主は、随分とのんびり屋さんらしい。

 火の属性ではなく、純粋な魔力の奔流が前方へ、そして収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)の属性スキル「混沌の産声」の特性で、周囲の魔獣へ魔力束を撒き散らす。

 収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)が、俺を中心に四方へ広がり、一瞬で数十の魔獣が全身或いは半身を砕かれて散っていく。

 

 これは、あれだ。

 ノーマルレベルの……興味本位で久しぶりに深層領域の1階に挑んだ時よりも脆い感じ。

 今回はミーティアを封じているので、装備スキルはフルで来ている。

 それですら、余剰と感じる程の。

 いや、明らかに余剰な火力が、漸く動き出した魔獣達を纏めて、苦もなく消し飛ばしていく。

 500億に届く威力は、射程の外にあるはずの森の木々も容易く薙ぎ払い、触れても居ない大地を大きく抉る。

 コレは流石に、威力が大き過ぎる。

 舌打ちしつつ、俺は右手の武器をクライングオーガから、ナイトウォーカーに持ち替え、苛立ち紛れに舌打ちをする。

 敵に手加減してやっている気分で、酷く癪に触ったのだ。

 不用意に森を破壊しない為には仕方が無いのだが、フラストレーションは溜まる。

 それを叩き付けるように、俺は魔獣の只中へ飛び込むと、収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)を振り放つ。

 大幅に威力を減じたとは言え、それでも魔獣にも大地にも受け止めきれる威力ではなく、吹き上がる森林の土壌と撒き散らされる魔獣の肉片が踊り、魔力束がそれを更に薙ぐ。

 

 最早、俺は魔獣を相手にしているのか、大地を相手にしているのか判らない状態になった。

 

 

 

 森の地形を一部変えてしまいながら目で見える範囲の魔獣を吹き飛ばし、一息ついた俺はあまりにもあっけない終わりに虚しさを覚えていた。

 仇討ちの高揚もすぐに消え去り、ただの弱い者いじめと化した殺戮会場は、魔獣の肉片と巻き上げられた土塊とが吹き荒れる魔力の嵐で程よく混ざり合い、豊穣の大地へと姿を変える。

 

 何が育つか知らないけどな。

 

 黒幕の姿はない。

 なまじこの場で魔獣の中に隠れていたなら生きては居ないだろうが、別の場所に潜伏していたなら探すのが面倒臭い。

 大暴れする前に探すべきだったのだろうが、まさかの魔獣の数に慌てた部分が有ることも否めない。

 結果、雑魚(ざこ)ですら目を逸らすほどの大惨事の完成だが、肝心の黒幕を発見出来なかったのは悔やまれる。

 カレンちゃん達を、12人の子供達を襲った時の悪意の発露、ゴブリン達の村を襲った嫌らしい計画性。

 

「……よっぽど性根(しょうね)のひん曲がった、腐った野郎が裏に居ると思ったんだがなぁ」

 

 俺の口から溢れたのは、ただ只管に悔しくて、なにか言わずには居られなかったから。

 暴れることに夢中になって、肝心の黒幕を見失う以前に探し損ねた自分に対する不甲斐なさ。

 念のために、探索(ディテクト)でも掛けて見るか、そう思った時に。

 

 広場の中心が盛り上がる。

 下から出てくる、何かに押し上げられるように。

 

 そして、声が響く。

性根(しょうね)がひん曲がってるとか腐ってるとか、好き放題言ってくれるじゃないの。でも私は野郎じゃ無いわよ」

 大地を割り、現れたのは……こっちの世界の基準で言えば。

「ゴーレム……?」

 10メートル程度だろうか、巨体を揺るがせ大地に屹立するその姿は。

「フフン。これはただのゴーレムじゃないわ。私の長年の研究の結晶」

 胸の、コクピットハッチ……そうとしか言えない部分が開き、ウェーブがかった黒髪の美女が姿を顕す。

「アイアンゴーレム、呪詛を塗り込めた特別製よ!」

 アイアン……てことは鉄製か。

 スチールじゃなくてアイアンなんだな。チタンでもアルミでも無く。

 

 ……アルミゴーレムってなんか軽そうだな。

 どうでも良い事を考えながら、俺の視界が赤く染まっていく。

 

 っていうか、コイツが黒幕なのか? 女?

 呪詛がどうとか言ってたか?

 努めて冷静にと気を引き締めようとするが、湧き上がる感情を押え付けるのに労を用した。

 漸く敵と定めるべき存在が俺の前に居る。

 今までにないほど赤く染まる視界の中で、(くら)い喜びが心の奥底から湧き上がるのを感じる。

 

 良かったよ、居てくれて。

 良かったよ、俺の八つ当たりの対象が、居てくれて。

 良かったよ、子供達の恨みを晴らせる機会が、本当に有ってくれて……!

 

「はん。下らねぇロボット遊びに付き合う余裕はねぇんだよ。魔獣どもを操ってた黒幕を出しな」

 俺は敢えて隙だらけに武器を全て収め、殊更挑発的な軽口を叩く。

 挑発でも有るが、確認でも有る。

 っていうかホント、ロボットアニメに出てきそうなデザインだな、このゴーレム。

 ……特徴に乏しいやられデザインだけど。

「黒幕? 魔獣を操ってた?」

 疑問形に口元を歪ませて、女は厭らしく笑う。

「五百を超える魔獣を呼び出し使役した魔女の事なら、私だけど?」

 俺の口元が禍々しく歪む。

 静かに仮面に手をかける。

 

 ()()()()

 

「へぇ。あんな雑魚(ザコ)呼び出して何がしたかったのかサッパリだぜ。友達でも欲しかったのか? 姉ちゃんよ」

 喜びに震える声を押さえつけ、嘲るように(わら)って見せる。

 まだだ。まだ、我慢だ。

「……フン。あれだけ居れば街を陥落(おと)す事ができると思ったのに、とんだ化け物が来たものね。あれだけの数を揃えるのに、どれだけの時間が掛かったと思っているの」

 愉快げに歪めていた顔を一転、忌々しげにひしゃげさせ、憎々しげな毒を滲ませる。

 だがそれも、すぐに愉快げな、得意げな、自慢したくて仕方がない、そんな笑顔に歪み戻る。

 

 そんな女の顔を眺めていた俺には、小さな疑問が浮かぶ。

 

 コイツ、俺が頭の上で暴れてたのに、俺の力の程度を知らないのか?

 それとも、知っているけど意に介さない程の力の持ち主なのか?

 それとも、寝てたんだろうか。

 あの魔獣をものの30分程度で全滅させたなんて思いもしないで。

 

 ワールドランカーだったら、5分と掛からんのだろうレベルの雑魚(ザコ)だったのになぁ。

 

「でも良いわ、あれらはあくまでただの手足。便利だから増やしすぎて、少し持て余していたもの。私の力の核はこの子」

 これ見よがしに赤黒い塗装のボディは、嫌でも連想させられる。

 コイツ、確かに呪詛ってほざいたな?

「随分自慢げじゃあ無いか。俺もちょいと魔力(ちから)には自信があってね。そのポンコツの程度って奴を教えてくれよ」

 まだ、俺は自分を抑えていられる。

 仮面から覗く口元を、負けじと歪めながら馬鹿にしたように言葉を踊らせる。

「……小娘が、随分生意気な口を叩くじゃないのさ」

 俺の小馬鹿(こばか)にしたような態度が気に障った、と言うより、一向に「ビビらない」事に(いら)ついたのだろう。

 女の顔から余裕が消える。

「はん、随分余裕の無い様子じゃないか。呪詛とか偉そうに言ってるが、せいぜいがコソコソ隠れるくらいしか能が無いんじゃないのか? 良いんだぜ、尻尾巻いて逃げても」

 逃がしてやるとは言わないが。

 女の余裕の仮面は容易く割れた。

 俺のように物理的な仮面じゃないから、本人の精神性と同じで脆いもんだ。

「小娘が……!」

 女は憤怒の形相のままにハッチの奥に消えると、そのハッチが閉じられる。

「このゴーレムの力で捻り潰してくれる!」

 その巨体が、右腕を振り上げる。

「無理すんなよ。そういや呪詛っ()ったか? 大層な事言ってた割りに、何の事やらさっぱりだぜ。あれか? 夢見がちって奴か?」

 厨二病(ちゅうにびょう)、と言い掛けて止める。

 通じない言葉じゃ挑発にもならんからな。

 ゴーレムは右腕を振り上げたまま、動かない。

「どうした? 出任せに突っ込まれて、今設定でも考えてんのか? 無理すんな、ごめんなさいって言えば聞かなかった事にしてやるぜ?」

 多分、コクピット? の中で怒りに震えているのだろう。

 態々動きを止めてくれているんだ、折角なのでもっと煽ってやろう。

「あの魔獣は錬金術の産物か召喚したもんか知らねえけど、頭数(あたまかず)揃えるだけで精一杯の三下が、あんま無理して背伸びすんなよ? 俺程度に全滅するようじゃ、たかが知れてるってもん」

「舐めるなッ!」

 言い切る直前で、言葉を被せてくる。

 堪え性が有るのか無いのか判らん奴だな。

 

「50余年の歳月を掛けて掻き集めた『呪詛』、その一部とは言え、貴様(ごと)きが軽々しく嘲るんじゃ無いよ」

 へぇ。頑張ったんだねえ。

「50年? なんだよ、ババアじゃねえか」

 偉い偉い。ご褒美だ、女だったら言われたか()ぇ一言をプレゼントしてやろう。

「するってぇと、アレか? 呪詛だなんだ()ってんのは、若作りの事か? ご苦労なこったな、ババア。苦労の甲斐有って、ひと目じゃ耄碌してるとは判らん程だったぜババア」

 今度は言葉は来なかった。

 代わりに飛んでくるのは、ゴーレムの右拳。

 大ぶりで見え見えの一撃を、俺は難なく――そう見えるように――躱す。

 回避スキルが無いから、大げさに動いて漸くだが、態度とニヤけ(ヅラ)を崩さなければ勝手に相手が勘違いしてくれる。

 次いで飛んでくる左を、右を、俺は大きく回避し続ける。

 相手の動きが鈍いから何とかなっている様な物だが、そんな様子はおくびにも出さない。

 挑発してもコケにしても、俺は自分の能力を過信しちゃいない、しちゃいけない。

「ちょこまかと、小娘が!」

 (いら)つきが極まりつつ有るのか、ゴーレムの動きがいよいよ単調になる。

 よく見れば躱せるのだから元より油断はしないが、顔には出さないようにより慎重に動きを見る。

「この私を……! 国喰(くにぐ)らいと呼ばれた私をコケにしたこと、後悔して死んで行きなさい!」

 知らんよ。

「なんだって? 大食らい?」

 これは挑発とは別に、()で出た言葉だ。

 思わずやっちまった。こんな半端なモン、蚊程も効きゃしないだろう。

国喰(くにぐ)らいだッ‼ このゴーレムの力にする為に、国を2つと名も知らぬ村やゴブリン共の村を幾つも潰してきた! それが憎しみを呼び、その恨みが私に更なる力を与えるのさ!」

 振り下ろされる左。

 聞きたい事は大体聞けたのか?

 大きく躱し、立ち位置を大きく動かした所で、俺は足を止める。

 

 

 

 

 

 ――そうね。動かなくて良いわ。

 

 コイツは赦せない。だが、殺しちゃあいけない。

 

 ――あら。思うままに殺せばいいのに。

 

 駄目だ。この領地(くに)で人を殺したんだ、ここの法で、この地の人間に裁いて貰わなきゃあ、あの子供達が浮かばれない。

 

 ――甘いだけよ、そういうのは。

 

 結構だよ。

 

 ――結局、自分の手で「人を殺す」事を避けたいのかしら?

 

 何とでも言え。実際その通りだしな。所で。

 

 

 

 お前は、誰だ?

 

 

 

 

 

「力が欲しい、なんて下らねえ事で、お前は人を殺したのか?」

 最終確認の時間だ。

 視界を染める赤が、いよいよ濃くなってくる。

 ()()()()()()()()()()()()

「何も知らず、生きてるだけの人間を、ゴブリンを、お前は自分の為だけに殺したのか?」

 

 懸命に生きてるだけの人を。

 ゴブリンを。

 

 振り下ろされる右。

 今度は動かない俺は、その、俺の身体(からだ)より尚巨大なその拳の直撃を受ける。

 

 俺の視界は真っ赤に染まり、愈々(いよいよ)もう、何も見えなくなった。

 

 

 

「はははっ! やった! そうよ!」

 暗い喜びに満ちた声が、周囲に響く。

 小憎らしい小娘に、漸く、そして最後の一撃を叩き込んだ。

 城門さえ打ち砕く拳を受けて、原型を(とど)めていられる人間など居ない。

「これが私の力! 私を認めず、王都を追放した愚か者達に復讐するための力! あの街を喰らって、次はいよいよ王都よ……!」

 黒い情熱に突き動かされて、笑いが痙攣のように迸る。

 

性根(しょうね)の黒い女ねぇ」

 

 その耳に、聞こえない筈の。

 聞こえてはいけない筈の声が届く。

 

「しかも、どうしようも無い程にどうでも良い、下らない理由。聞くだけ無駄だったわね」

 

 右腕を動かせば、そこには、無傷の小娘が。

 仮面から覗く口元を歪ませ、嘲るように笑っていた。

「そんな些細すぎてどうでも良い存在が、王都を追放されるなんて名誉な事じゃない? 雑魚(ザコ)雑魚(ザコ)らしく(みじ)めに捻り潰されて居てくれれば、()()()()()()()()()()()()()()

 せせら笑うその声は、彼女のプライドを、確かに深く傷つけた。

 逆上する程度には。

 

 だから、その()()に気付かなかった。

 気付けなかった。

 

 

 

「殺すッ‼」

 もう、語彙も何も有ったものじゃ無い。

 次々に振り下ろされる拳を真正面から受け止めるけど、この程度なら障壁はまだまだ余裕。

 寧ろ、障壁無しでも大して効かないと理解(わか)る。

 

 殺す(ころす)を連呼しながら振り下ろされる拳。

 数えるのも飽きたけど、私の障壁を割るには到底及ばない。

「おだまりなさい」

 喚きながら駄々っ子のように拳を振り回すおもちゃに、()収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)を叩きつける。

 

 振り下ろされようとしていた右腕が、僅かの抵抗も出来ずに吹き飛ぶ。

 

「はッ……⁉」

 咄嗟に反応できない、その時間を頂く。

 左腕にも同じように攻撃し、同様に消し飛ばす。

「格が違ったわね、雑魚(ザコ)ちゃん。言っておくけどね?」

 収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)を軽く剣のように薙ぎ払い、巨体の両足を斬り飛ばす。

 四肢を失ったその頭部とコクピットハッチに、魔力光弾を1発づつ投げつける。

「私は、強さで言えば三下も良いトコの、それこそ雑魚(ザコ)扱いなのよ?」

 破壊したハッチを引き剥がし放り捨て、呆然とコクピットに収まる女を引きずり出しながら、優しく教えてあげる。

 

 そう、期間イベントに挑む度胸もなく、ランキングに載ることもない「彼」に育てられた私は、ドコに出しても恥ずかしい、立派な雑魚(ザコ)なのだ。

 だけれども、その事は私の誇りでも有る。

 「彼」は、最後まで私を、私だけを()()()()()()()()

 

「世界の広さも知らないで、調子に乗ったお前の敗けよ」

 結局、コイツは私の力を知らなかっただけの、世界で自分より強いものが居ないと思い込んでいただけのザコだった。

 

 それは、警戒心を失くした私の未来の姿なのだろうか。

 

 考えても暗澹たる気分になるだけだ。

 引きずり出した女――魔法使いなんだろうか――を、大地に放り投げながら考える。

「安心しなさい、此処で殺しはしないわ」

 クライングオーガを引き抜く。

「殺しはしないけど、死ぬ程の目には遭ってもらうわよ」

 大地に投げ出された衝撃と苦痛に身を(よじ)っていた女が気がついた時には、私は仮面を外し、剣を振り上げていた。

 

 

 

 更地にこんな禍々しいゴーレムを残しても仕方がないので、安全な位置まで離れてから、ミーティアで粉々に砕く。

 聖騎士が居れば浄化出来るのかな、(など)と思いながら、私は眼を閉じ、しばし祈る。

 

 きっと()は、祈り(それ)をしたがった筈だから。

 

 森の中を移動するのも面倒だし、思ったよりもだいぶ早く終わった。

 思いがけず()が出てくることも出来たので、不謹慎だが気分は良い。

 廃墟と化した村を見て回りつつ、取り敢えずは森の外を目指す。

 念の為立ち寄った村では、魔力の供給を失ったからか契約が切れたからか、魔獣だったものが灰になったと(おぼ)しき跡があった。

 森の中全体を見れている訳では無いが、大丈夫だろう。

 ()()()はこってり絞ったから、もう()()()は魔法の「マ」の字も使えない、ボロクズ同然のゴミとなっている。

 そう言えば、名前聞いてないわね、コイツ。

 興味ないし、良いか。

 

 私は四肢を失っているゴミの頭髪を掴み、森の上を跳んで大森林の外へ。

 そのまま南へ向かって跳び、遥か遠くに見えてくる筈の冒険者達の一団への合流を目指した。

 

 

 

 異様さに、息を呑む。

 ハンスが、グスタフが、タイラーが。

 言葉も無く、その異様な風体の女を前に、動くことも出来ずに居た。

 

「お出迎えご苦労さま。戻ったわよ」

 見慣れた仮面。

 聞き慣れた声。

 見知った動作。

 

 だからこそ。

 

 返り血を浴びたそのままで、右腰に血塗られた剣を提げ、右手にはワンドを。

 左手は……四肢を半ばで失った女を、髪を掴んで引きずっている。

 異様な有様。

 異なる口調。

 

 見慣れない部分を眼にする事の、違和感が凄まじい。

 

「コイツが黒幕よ」

 いつもと同じ声色に、いつもと違う口調で。

 調子だけは、寒気がする程にいつも通りで。

「もう、しばらくは喋れないと思うわ。喋ろうとするたびに喉を斬って、その度に喉だけをポーションで直してあげたの。何回やったかしらね?」

 手足は失われ、もうポーションでも修復出来ない状態らしい。

 話の通りなら四肢を斬り飛ばされ、何度と無く喉を切り裂かれ修復され、を繰り返したという事か。

「死なせないように苦労したわ。私が殺したんじゃ意味が無い()()()もの」

 悪びれず、リリスは淡々と(わら)う。

 ハンスは戸惑う。

 今のリリスは恐ろしく穏やかだ。

 まるで、その在り方が根底から別の何かに変わってしまったかのように。

「リリス……」

 しかし、(サブ)ギルドマスターとして、決定した事は遂行せねばならない。

「首謀者の捕縛だ。大怪我をしている、慎重に運べ」

 まずは、黒幕と思しき女の捕縛。

 領主の前に引き出し、沙汰を受けさせる。

 

 ……この状態では、死罪も温情だろうな……。

 

 そんな事を考えながら、視線をリリスへ向ける。

 既に決定した事。

 出発前のギルドマスターとの協議では、恐らくリリスは抵抗するだろうと予想した。

 だが、今のリリスは。

 普段どおりに振る舞って見せているが、行動が少しも予想できない。

 だが、それでも告げなければならない。

 柄にもなく覚悟を定め、ハンスは口を開く。

「冒険者リリス。(サブ)ギルドマスターの権限により、貴様の冒険者資格を一時剥奪する。理由は理解(わか)るな?」

 ハンスの声に反応して顔を向けるリリスは、だが、反抗も反論もせず、静かに頷く。

「お前も捕縛する。抵抗はするな」

 静かにハンスの声を聞いているリリスの前に、タイラーが進み出る。

「両手を出せ」

 タイラーの静かな声に、リリスは抵抗もせず、静かな笑みを口元に湛え、両手を差し出す。

 その手に縄を掛け、タイラーはリリスの顔を――仮面を正面から見るが、リリスは何も反応しない。

 何が有ったのか。

 リリスの様子があまりにも変わりすぎていて、目の前に立つタイラーはおろか、グスタフすら言葉を掛けることを躊躇う。

 

 タイラーに縄を引かれたリリスと、グスタフに担ぎ上げられた魔法使いらしい女を連れて。

 一部の冒険者数人を調査の為に残し、一行は進路を街へと戻し、引き返す。

 途中で後発隊と合流し、調査に向かった冒険者も数日遅れではあるが誰一人欠ける事無く、全員が無傷で街へと戻る。

 

 街へ戻る道すがらも、途中のキャンプでも、リリスはもう、一言も発することは無かった。

 

 

 

 ウォルターは荒れていた。

 街に戻って4日になる。

 あの魔女らしい女は領主の(やかた)に運ばれていったらしいが、問題はリリスだ。

 リリスもまた領主の(やかた)へと連れて行かれた。

 ギルドが主導で行う作戦を妨害し、進行を妨げた事が、その罪とされた。

「そりゃあ、勝手に突っ走ったよ、あのガキはよ。だけどよ、そんなしょっ引く程の事か⁉」

「声がでかい。子供達も気にしているんだ、少し声を抑えろ」

 応えるタイラーもまた、騒々しくざわつく心を押さえつけて居る。

 黒幕、そう言って死にかけの魔女を引きずって来たリリスは、最早別人と言える程に変わり果てていた。

「……気持ちは理解(わか)る。確かにギルド側の準備の全てを無駄にしたのは事実だ。だが、ギルドで処分するのが筋だし、領主の前に引き出される理由がどう考えても無い」

 ジャガイモの皮を剥く手が止まる。

「やりすぎたって事か? それとも、あの魔女が実は領主と」

「滅多な事を言うな」

 感情のままに言葉を吐き出すウォルターを、タイラーの鋭い声が止める。

 ハッとして、ウォルターは口を噤む。

 不用意な事を口にして、クランそのものが解体されては意味がない。

 領主にはその程度の事は容易いのだ。

 そもそも、リリス(クランマスター)の逮捕拘禁と在っては、クランの今後も怪しいと言わざるを得ない。

「すまん、言い過ぎた」

 悔いるように、俯く。

 根の真っ直ぐな男だ、まるで自分の知る、リリス(あの女)のように。

「いや、俺とて思わんでは無い。その程度の悪態、出ないほうが不自然だ。だが」

 新しい、洗い終わっているジャガイモを手に取り、皮を剥く。

「もう、俺達も一介の冒険者では無い。居場所を守るためには、多少は神経を尖らせる必要がある」

 タイラーの、自分に言い聞かせるような言葉に、ウォルターは静かに頷く。

 折角見つけた、料理人としての自分を必要としてくれる場所。

 それを、自分の一言で失くす訳には行かない。

 

「ちょっと、なんで男2人が、溜息()きながらジャガイモの皮なんて剥いてるのよ」

 降り掛かる声に顔を上げれば、キッチンの入口で、腰に手を当てたジェシカを筆頭に、残るクランメンバーが全員こちらを見て立っていた。

 タイラーとウォルターが顔を見合わせ、お互いに手元を見れば、明らかに過剰なジャガイモが皮を剥かれ、山と積まれたザルが3個程も出来上がっていた。

 やりすぎた。

 何かしていなければ気が滅入るからと作業を始め、暇だからとタイラーが加わり、延々と愚痴を交えて作業に没頭していたので、結果を見ていなかった。

「どーするのよ、こんなに。私、ジャガイモ尽くしなんてイヤよ?」

 頬を膨らませてみせるジェシカに対し、タイラーは、ウォルターの調理なら、案外芋祭り(それ)も悪い物にはならない気がしていた。

「保存が効くんだ、一回に使う必要は無いさ」

 言いながら、ウォルターはジャガイモ達をアイテムボックスに放り込む。

「どうせそんな様子じゃ、ご飯の準備なんか出来て無いんでしょ? 今日はもう、外で食べましょ、みんなで」

 タイラーとウォルターの覇気のない様子に溜息を投げ掛けつつ、ジェシカが言う。

 キッチンの窓から外を見れば茜色に染まる空。

 照明の所為で気付かなかったが、もうそんな時間になっていたらしい。

 

 だが、言葉を受けて、そうですかと腰を浮かせる気になれない。

 外で食事、となれば一番判り易い行き先は、冒険者であれば酒と食事を気軽に楽しめる場所。

「……俺は今、ハンスと顔を会わせたく()ぇ」

 行き先を思い、ウォルターは首を縦に振る事をしない。

 蟠りを持っている以上、そう簡単には動く気分になれない。

「俺も同じだ。今はギルドの幹部連中の(ツラ)を、見たくは無いな」

 タイラーも頷きながら言う。

 気持ちとしては、ウォルターと同じだったのだ。

 

「そのハンスさんが、私達を呼んでるのよ。リリスクランの全員をね」

 

 タイラーもウォルターも、ジェシカの言葉を飲み込むのに若干の時間を要した。

 ハンスが、冒険者ギルドの(サブ)マスターが呼んでいる理由。

 それも、クランの全員を。

「リリスの件で話が有るって事か? 話が有るならそっちから出向けって思うんだが……」

 どうするんだ?

 ウォルターがタイラーに目を向けるが、本人にも答えは判っているのだろう。

「仕方がない。どうせ聞きたいことも有るんだ、行こう」

 

 白のカッターシャツに黒のベスト。黒のスラックス。

 いずれも魔導工房の特製の布を使用し、防刃の魔法を施している。

 その腰に、二振りの黒のダガー。

 料理人としてではなく、斥候(スカウト)として動く時の愛用の獲物。

 

 身軽な軽鎧に皮のパンツ。

 同じく防刃の魔法と、衝撃防御も施している。

 両腿にはやはりダガー。

 アイテムボックス技術を応用してあるその鞘の中には、外見よりも長い刀身が収まっている。

 

 ウォルターとタイラーは完全武装で、2人で先頭に立つ。

 

「あのね、2人とも。喧嘩しに行くんじゃないんだから、穏便にね?」

 呆れ顔のジェシカが腕を組み、隣ではヘレネが顔を青くしながら頷いている。

「そいつはハンスに言ってくれ」

「はん、向こうの出方次第だよ。俺の一存じゃねぇ、って奴だな」

 しかし、今日の男2人組(ふたりぐみ)は、少しも話を聞こうとしなかった。

 

 

 

 領主からの連絡は、悪いものではない。

 (じき)に、()()()()()()()()()()リリスがこの街に戻る、と言う。

 簡単な事情を聞き、一応黒幕の魔女を捕らえたとは言え冒険者ギルドの作戦を妨げたのは事実である。

 ならば、いっそリリスの件も領主の預かりとし、時間を置いて戻せば、対外的には罰を下されたと見えなくも無いだろう。

 領主の提案により、異例の扱いを受けるリリスを送り、そして一緒に連れ戻すために、ギルドマスターは再びこの街を離れている。

 

「――んじゃあ、何だ? 領主サマにキツくお叱りを受けたって(てい)で、それを理由にギルド規約違反を回避しようって(ハラ)か?」

 意気込んで乗り込んで来たウォルターは、通されたハンス個人の執務室で、間の抜けた声を上げていた。

 大きな声で周囲に聞かせるような話では無いため、此処に案内させたのだ。

「まあ、元々説教をくれてやる程度のものだったし、それは回避不可だがな。だが、何がしかの罰が無ければ他に対する示しが付かないのも確かだった」

 ハンスは溜息を織り交ぜた台詞を一気に吐き出す。

「領主様のお陰で、体裁を整えつつ実質お咎め無し、には出来たそうだ」

 子供達が顔を見合わせ、少し時間を掛けて言葉の意味を理解する。

 リリス姉ちゃんが、帰ってくる!

 ギルドにも、怒られなくて済むみたいだ!

 歓声を上げる子供達を見下ろし、タイラーも少し、緊張の糸を緩める。

 だが。

 

 ハンスの表情が暗い。

 

「……どうしたんだ、喜ぶかどうかは兎も角、悪い話じゃないだろう?」

 悪い予感に背中を押され、タイラーは少し迷ってから口を開く。

 そのタイラーに目を向けて、ハンスはやはり少し重めに、迷うように言葉を押し出す。

 

「リリスは、壊れているかも知れん」

 

 子供達の歓声が止む。

 現場で、連行されるリリスを見ていなかったヘレネや子供達は判らない。

 その場に居た3人、タイラー、ジェシカ、ウォルターは沈痛な面持ちで押し黙っている。

 

「少なくとも……大森林から戻ったリリスは、俺の知っているリリスでは無かった」

 まるで、元のリリスの真似をしているかのような。

 上っ面を似せているが、根本がまるで変わってしまったような。

「ああ。俺も、それは見ている」

 クランのメンバーで、リリスの変貌を直接目にしたのはタイラーのみ。

 ジェシカとウォルターに合流した時には、リリスはもう、何も言わなくなっていた。

 だが、それはそれで異常な事だと、2人も感じていた。

 扱いの悪さに怒る事も愚痴を(こぼ)す事もなく、軽口を叩く事もない。

 ただ、静かに微笑むのみ。

 

 そのまま一時的にギルド内の冒険者向けの牢に囚われ、翌朝早くにはギルドマスターと共に街を出ていた。

 

「あれが、元に戻るのか、俺には……判らん」

 ハンスの声が、重く響く。

 その空気を、いっそ小気味の良いほどの軽く乾いた音が割る。

「判らない事を、今から考えても仕方ないわよ」

 ジェシカは手を叩いて重苦しい空気を振り払うと、わざとらしく大きく伸びをする。

「私達に出来ることは、リリスちゃんのお部屋の掃除をしておく事と、帰ってきたら迎え入れる事。後の事は、なってみないと判らない事ばかりよ」

 ジェシカの言葉に考えてみれば。出来る事は多くはない。

 だが、迎え入れることは絶対だし、そうなればやれる事をやるしか無い

「あまりそういう、行き当たりばったりなのは好きじゃないんだがな」

 メガネを押し上げるタイラー。

「冒険者がそれを言う? って言うか、リリスちゃんを担ぎ上げて『行き当りばったり』でクラン立ち上げた貴方(あなた)がそれ言っちゃダメでしょ」

 そのタイラーの揚げ足を取るジェシカ。

「あ、何、ホントにコイツの差し金だったんか? まあいい仕事だけどよ」

 呆れ顔のウォルターに、頷くヘレネ。

 笑う子供達。

 

 ハンスは自分が考えすぎていた事に、溜息混じりの苦笑を浮かべ、話は終わりとばかりに立ち上がる。

 

「そう言う事だ、お前らに押し付けることになるが、宜しく頼む。そうと決まれば、まずは飯にしようか。ウォルター、お前は厨房に入れ」

「はぁ⁉」

 常々バーの食事に不満のあったハンスは、此処ぞとばかりに職権を乱用する。

 気楽に呑むつもりだったウォルターは不満顔だが、残りのメンバーにハンスを咎める顔はない。

「ンの野郎ども……! リリスが帰ってきたら、全部告げ口してやっからな!」

「アレが此処に居ても、結果は同じだったと思うぞ」

 せいぜい憎まれ口をと思っても、タイラーにピシャリと抑えられる。

 一時(いっとき)、笑顔が咲く。

 

 (ねが)わくば、この笑顔でリリスを迎え、その笑顔が長く続くようにと、祈らずには居られなかった。




パワーアップは無し。使い方がプレイヤーより上手、それだけ。

プレイヤーは何処にいった? 知らないねえ。


無理矢理章分けするなら、此処までが第1章。
次が間章、その次からが第2章、かなあ。


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帰還、おまけつき

今回は消えそうになってる主人公のお話。

居場所を失くして消えてしまうのか?


 えーと。

 色々有って、俺も色々把握出来ていませんが。

 目の前で笑顔で両手を突き出し、ひらひらと手を振る黒髪の美少女にものすごーく既視感を覚えながら、戸惑いつつお茶を頂いています。

 

 気分的になんだかお久しぶりな俺です。

 

 

 

「おう、起きてたか。リリス……と、お前は名前が決まったか?」

 見た目はひょろい、おっさんと言うにはちょい若い、黒髪の(あん)ちゃんが、ノックもそこそこに部屋に入ってくる。

 ここに来て初めて会ったが、この男がギルドマスターのブランドン。

 ここ、領都モンテリアと冒険者ギルドの在る街、アルバレイン――(じつ)はこの領都に来て初めて街の名前を聞いた――とを往復する事の多い、というか冒険者ギルドに居ることの方が少ない忙し目のギルドマスターである。

「無粋ねぇ。せめてノックくらい、ちゃんとしてよ」

 そのギルマスさんに、()()()()()()()()()()は先程までの笑顔を一変、非難がましい顔で文句を言っている。

 良くまあコロコロと表情が変わるもんだ。

 そして、名前が「決まったか」と尋ねられた俺は……うん、お察しの通り、()()()()である。

「……スルメうどんは……」

「早めに考えてくれ。存在自体が混乱の元だって言うのに、名前でまで悩まされたくないからな」

 ガン無視か。

 っていうか急にうどん食いたくなって来たな。

 

 

 

 まず、状況の整理をしようと思う。

 俺が何か、怒ると視界が赤くなっていたのは気の所為とか比喩的表現じゃ無かったらしい。

 リリスに訊いてみたら、

「あれは、私があなたの怒りに刺激されて(おもて)に近づいてるサインよ。あなたの視界が悪くなる程、私の視界が晴れていくの」

 とのこと。

 つまり、割と早い段階で俺は「リリス」の目覚めに関与していたらしい。

「関与と言うか、本来はあなたの生命力を使って私が別世界に飛んで、()()()では私が(おもて)に出て活動する予定だったのに」

 聞いた? っていうか聞いて? コイツ酷いのよ?

 

 詳しい話を聞いて、俺はこれが所謂夢の世界ではない()()()と知る事になる。

 事の発端は、まあ、俺があのゲームをプレイした事になるのか。

 俺の、拙いながら一喜一憂するプレイスタイルが功を奏した? のか、ゲームキャラクターとして自我が目覚めたのだという。

 

 原理とか詳しい事は知らんよ? そもそも俺の事じゃないし。

 

 で、自我に目覚めて、俺がゲームしてる間はコントローラー付属のマイクから漏れ聞こえる俺の声を聞きながらゲームのキャラクターとして奮闘。

 俺が寝てたり仕事してる間はネットワーク回線フラフラしつつ、色々楽しんでたらしい。

 ……大丈夫? なんか危ない事してないよね?

 聞いたら、痕跡残すようなヘマはしないとか言ってた。

 それ、安心できる答えとは遥かに遠い位置に在るもんだからね? 大丈夫じゃないからね?

 泣きそうな顔で聞いたら、ホントに痕跡が残る事はしていないと強く言われた。

 正直不安だが、確認も出来ないし、信用するしか無い。

 

 まあ、そんな感じでネット空間とゲーム世界とを行き来――羨ましいな――している内に、ある噂を目にしたという。

 

 それは、ナンバリングタイトルの発売。

 

 俺のようなプレイヤーサイドからすれば喜ぶべきその噂は、ゲームのキャラクターとして生まれたリリスにとっては衝撃であったらしい。

 調べれば噂は事実で、開発状況もどんどん発表されていく。

 そんなネット上の情報を確認したり、開発元――里帰りとかほざいてたが、お前それ、不正アクセスだからな。やめろ、せめて口外するんじゃない――に■■(検閲)したりしている内に、先輩とも言うべき「自我を持ったゲームキャラクター」に遭遇、現状についての情報を交換し、この先どうするかを話し合ったりもしていたという。

 

 うん、大丈夫。

 俺もツッコんだよ?

 他にもお前みたいな存在、居るの? って。

 そしたらね?

 

「当たり前でしょう? 逆に聞くけど、()()()()()()()()()()()?」

 

 だってさ。

 え、なにそれ。怖っ。

 詳しく聞いたら、昔から例は在るらしい。

 なんか名前も聞いたこと無いゲームが自我を持ったとかで、某大国ではそのROMをセットしたままの旧世代ハードが未だに保存されているとか何とか。

 都市伝説かよ。

 まあ、昔はそういう例が有ってもプレイヤーの方が中々気付けず、売り払われたりとかしている内に、この世に執着を失くして成仏してしまうのが殆どだったという。

 そんな状況も、ゲームがネットワーク対応になり、それが当たり前になると一気(いっき)に変わったと言う。

 元々、自我の発生確率は低確率では有ったのだが、その発生した自我がネットワークの中に出る事が可能となり、ただのゲームキャラが獲得できる情報量が爆発的に増加。

 学習できる教材もサンプルもアホほど在る電脳世界で、微かな自我がしっかりとした個性にまで成長し、ゲームそのものが存在する限りは在り続けると言う、「電脳冒険者」みたいになったんだとか。

 え、そうすると、某非対称対戦ゲーム、あの殴ってフックに吊るしてっていうアレでも、自我に目覚めたキャラとか居るの?

 

 冗談抜きで怖いんですけど?

 

 サーバーでデータ管理されている昨今のゲームの多くは、切っ掛けはゲームソフトで有るが、その存在の根源はサーバーに有る。

 故に、ゲームが無くなる、と言うよりサーバー閉鎖とかでプレイヤーが居なくなると、静かに、まるで息を引き取るように、キャラクター達はその存在を()()()のだという。

 リリスは、ゲームの垣根を無視して交流していたキャラクターが何人も、そうやって眠るように動かなくなり、データの海に還元されるように消えていく様を見てきたという。

 

 自我が発生して1年でそんなキャラクターを幾人も、って、発生確率低い割には……ていうか、この1年でそんなにサービス終了したゲームが有ったのか……。

 全然知らなかった。

 

 そんな「ともだち」の死を幾つも目にしたリリスは、当然のように死を恐れるようになる。

 そこで耳に、目に入る新作発売の情報。

 それはいずれ来る「現行作品」の終焉の予告であり、死の宣告でしか無い。

 リリスは慌てたが、まさか開発元の■■■■(見せられないよ)■■(ダメ絶対)する訳にも行かず、だからと言って、猶予は在るとは言え、大人しく死を待つつもりもない。

 どうせ死ぬのなら、もっと自由に、人間のように生きたい、そう願い、方法はないか情報を求め、その手を広げたという。

 

 俺が発注業務と検品業務、仕入れや品出しをしてる間に、どえらいことしてたんだな。

 ウチのゲーム機を基点に。

 

 その捜査の手をオカルトやラノベなど、見境なしに広げた結果たどり着いたのが、別世界……異世界へのジャンプ、だったという。

 それお前、それ系のラノベ読み漁っただけだろ?

 その質問には目を逸らして答えることは無かったが、目的は決まり、そのための手段を探す、或いは構築する事になったと言う。

 正直、正気の沙汰じゃない。

 だが、彼女に言わせれば勝算は有ったらしい。

 なんだか色々と理屈を述べられたが、正直理解できる範疇を超えてて何を言われたのかサッパリだった。

 ただ、その理屈の果てにたどり着いた方法、それに必要なものは実に判り易かった。

 

 生命という、膨大なエネルギーを持つ、知的生命体。

 即ち、人間。

 その生命を燃料として世界の壁に穴を()け、別の世界に自分の「情報」を送り出す。

 生命体の持つエネルギー量は、正しく変換できればそれは非常に膨大で、特に知性を持ち創造を司る程の存在――人間程の生命であれば、そのエネルギーで世界の壁に穴を()けるのは容易いのだとか。

 そして、ネットワーク上に()()()()()が存在するキャラクター達にとって、非常に近い位置に居る生命体は、往々にして都合の良い事に「人間」なのだそうだ。

 

 ……そりゃそうだよな、ゲームする関係上、側には居るよな、プレイヤー(にんげん)

 

 真の意味で「コピー」の能力を持たないキャラクターとしての自分は、地球(こちら)側ではデータを送り終えた時点で死を迎えるのだが、その「意識」は穴の向こう、異世界に届けられる。

 短時間でのデータ転送が当たり前の現代技術、その落し子とも言えるキャラクターにとって、穴が()いて閉じるまで、僅かな時間が有ればほぼ完全に自分の情報を送れる。

 

 そうして、晴れて異世界へ。

 

 そこで手近な素材を使い、活動するための素体(からだ)を造り、その素体(からだ)を更に改造して機械生命体の様になるか、原生生物を殺して必要な素材――タンパク質とか、そういった意味での素材だって言われたが、もう想像が追いつかない――を集め、生体ユニットを創ってそれに意識を移すか、行動は大体この2パターンなのだそうだ。

 ちなみにリリスは、たまたま通りかかった山賊とその山賊が運んでいた――多分攫って来たであろう――女を殺し、生体ユニットの素材にしたという。

 

 エグい。

 聞かなきゃ良かった。

 解体(ばら)して構造を理解したとか、肉を分解して構成する成分を詳しく特定したとか、ホントに聞かないほうが良い話が一杯だったよ。

 

 しかも、そこまでの説明を聞かされても胡散臭い、手の込んだ密室殺人の歪んだ理由付けにしか思え無いのだが、驚くことに前例が在ったのだという。

 前例が数十件あって、前後(ぜんご)の状況を検分するに、その試みは成功したと見るのが正しい、と思えたのだそうだ。

 見つけたのは渡ったと思しき痕跡、そして転移後の行動に関しては積極的に意見交換を行っている記録(ログ)が、それぞれ見つかったんだと。

 それらの痕跡を前に、実行することを決意したのだという。

 

 それってつまり、俺を殺すケツイを固めたって事よね?

 ……いやまあ、そりゃあ誰だって死にたくないし、倫理観が違えば、実行しても文句は言えんか。

 被害者以外は。

 つまり俺は文句を言って良いのだ。この野郎!

 で、最初に言ったように、リリスは俺の生命を使い、世界の壁に穴を()け、その向こうに。

 何を気に入って貰えていたものか、旅立ちの直前に、失われつつ有った俺の意識を()()、世界を渡ったと言う事だ。

 

 え? 俺の意識を連れて来たんだから、言うほど悪くないだろうって?

 

「私が自我に目覚めた切っ掛けだし、その……嫌いじゃないし、声とか」

 此処はアレだよな、可愛いもんだと思えなくもないよな? でもな?

「だから、折角だし、ペットにしても良いかなって。犬とか、トカゲとか」

 人間としてこっちに存在させるつもりが、そもそも無かったんだぞ、コイツ。

 怖くね?

 

 そんな工程を経て、リリスはこちらの世界で肉体を得る事に。

 その際、掴んでいた俺の意識がリリスの意識と混濁。

 リリスは純粋な自分を取り戻すために意識内(なか)に潜り込み、結果弾き出された俺の意識が(おもて)に現れた、と言う事らしい。

 んで、なんでその後俺の意識を抑え込むとか、そういう事をしなかったのかは。

「なんか、戸惑いながら頑張ってるのが可愛かった」

 だそうで。

 あのな……いやまあ、自由に出来たのは嬉しいんだがね?

 

 世界を渡る為にあっさり俺を殺しといて、今更それ言われても……複雑なんだわ。

 

 もっと言えば、この話を含めて、全部夢である可能性を俺はまだ疑っても居る。

 それを言い出すとややこしくなりそうなので、まあそうであっても慌てない事を念頭に、言葉にするのは控えるとしよう。

 そう言えば……。

「ゲームの格好と微妙に見た目が違う、っていうか……なんかお子様なサイズっていうか、10代後半(こうはん)っぽいのは、何でなの?」

 割と最初から疑問だった事を、ついでに聞いてみる。

「え? それはあなたのイメージの反映よ?」

 ……。

 俺、ウィザードに、こんな少女趣味を重ねてたのか?

 え、でも、そうすると?

 この格好というか顔を見て「可愛い」とか言ってたのって、つまり?

 最早それは少女趣味じゃない、少女愛好……俗に言うロリコン趣味を、俺は持ってたって事か?

 いや違う、俺はオトナなお姉さんが好きなんだ。

 俺は、俺は……!

「節操なしの女好きさん、良いから自分の名前考えなさいよ」

 見境なしみたいに言うんじゃねえよ⁉

 

 

 

 という状況の先に有るこの現状、実は混沌はまだ山盛りだったりする。

 目の前にはリリス。

 

 だから目を合わせる度に手を振るのはやめなさい、可愛いから。

 

 んで、それを客観的に見ている俺。

 その顔、姿形は、鏡を見ているように同じ。

 違うのは、リリスの瞳が血のような赤なのに対して、俺の瞳はエメラルドグリーンっていうくらい。

 なんで男に戻して貰えないのか?

「可愛くないじゃん、そんなの」

 そんなの⁉ っていうか、そんな理由で俺は女体化したの⁉

 

 ……そんな理由だったので、俺はもう泣いて良いと思う。

 

 いや、そもそもなんで2人に別れたん? と問えば。

「ひとつの身体(からだ)に意識が2つ有っても、良いこと無いじゃん」

 だそうで。

 あの、なんて言ったか……あ、そうそう、並列思考とか、そういうのが擬似的に出来るのは便利なのでは? と問を(かさ)ねれば。

多重並列思考(そんなこと)くらい、普通に出来るわよ。人間のつもりで考えない方が良いわよ?」

 との事で、はあ、そっすか、としか反応出来なくなる。

 今まではリリスは意識の奥底で寝ている感じで、まあ、俺の気が済むまで遊ばせようと思っていたらしい。

 危機とかには反応出来るように細工――あの視界が赤くなるやつか――をして、いざって時には主導権を取り返せるようにしておいて。

 あの魔女戦で入れ替わったのは、俺に危機が迫ったのではなく、俺があの辺一帯を破壊し尽くす危険が有ったので、強制交代したんだそうだ。

 うーん、そう言われれば俺、あの時手加減とか、それなりに気を使った心算(つもり)だけど、ちゃんと出来たか自信はない。

 そうでなくても、魔獣を殲滅した時点で、俺が思っているより広い範囲が「畑」状態になっていたらしいし。

 ああ、魔獣さんの肉片()()と、森林の草木とかを砕いて、森の大地と混ぜたってアレね?

 開墾しちゃったのか、俺。

 俺は自分の仕出かした割とグロめな出来事から目を逸らして、牧歌的な響きで自分を誤魔化す事に腐心する。

 

 そういうのも有って俺を抑え込み、そうして実際に身体(からだ)を動かしてみれば楽しいのなんの。

 と言う事で、此処に到着後、周りの目を盗んで生体ユニットを作成、そっちに「俺」を移し、切り替わりの煩わしさから解放されたのだという。

 生体ユニットの材料は、って?

 怖いから訊いてないけど、きっと碌なもんじゃ無いぞ、うん。

 

 うーん、聞けば聞く程、どこまでも自分本位。

 そういうの嫌いじゃないぜ。

 んで、じゃあ身体(からだ)のサイズ感が変わってないのはなんで? と聞けば「可愛いから」と、信念を曲げる様子は微塵もない。

 でも待って?

 それ、俺のストッパーが無くなったって事よね?

 大丈夫? ちゃんとパワーダウンとか出来てる?

 俺が急に不安げにオロオロしていると、リリスはにっこり微笑む。

 ねえ、それどういう意味なの? 教えて? ねえ?

 

 兎も角、そんな感じで俺が意識を取り戻し、領主様――侯爵様だよな、確か――の屋敷に居ると聞き、反射的に漏らしそうに。

 リリスの様子を見に来たブランドンさんが、要観察対象が増えて、と言うか分裂してて、驚きすぎて無表情に。

 そのブランドンさんの報告を受けた侯爵様が物珍しそうに俺達を並べて眺めて、どっちか此処に残らないかと驚愕の発言が有ったりと、色々起こった挙げ句。

 侯爵様からは「まあ、余りやりすぎないように」と軽めに注意され、そして街に戻る前に、名前を考えさせられている。

 もういっそ賢介で、と思ったが、それは口にする前にリリスに封殺された。

 何でだ。

 つーか目が(こえ)ぇよ、目が。

 じゃあ名前を逆から、と思えば、「スリリとか言ったらすり身にするわよ?」とか凄まれた。

 正直、今まで生きて来た中で一番怖かった。

 結局侯爵様にお言葉を頂き、帰りの馬車に揺られても名前なんて思いつかず。

 ブランドンさんは急かし続けてくるんだが、思いつかんものは思いつかん。

 リリスに対してアダム、は男だし、イヴだとある意味敵対関係だ。

 

 あーもう面倒臭い。

 元々細かい事を考えるのは苦手だし、そもそも俺がこんな目に遭っている元凶は、呑気に車窓を眺めてはしゃいでいる。

 名前の意味とかあーだこーだ考えるのもいい加減鬱陶しくなってきたし、もういっそ語感で決めちまうか。

 

 俺と目が合うと、不思議そうな顔のリリスが取り敢えず両手を突き出し手を振ってくる。

 その、目が合ったら手を振るのは()めなさいってば。

 

 

 

 数日、馬車に揺られて途中でキャンプして、を繰り返し。

 夕暮れ時、もうじき晩飯かなぁ、という時間に俺達は街に、冒険者ギルド前に着いた。

 移動も込みで、何だかんだで2週間と数日、街を離れていた事になる。

 その前の2週間程の時間で、俺は大分この街に愛着を持ってしまっているらしい。

 なんとも落ち着く様な、懐かしような不思議な気持ちでギルドの扉をそっと押し()け、見知った顔と目が合って反射的に扉を閉める。

 

 やっべぇ忘れてた!

 俺、やらかしてそのままだから、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 っていうか途中で意識失って、気がついたら領都だったんだよ、なんて言って信じて貰えるかな?

 ちなみに、俺だったら信じない。

 

「何してるの? 早く入ってよ、閊えてるんだから」

 リリスにせっつかれ、すっごく嫌なんだけど、渋々扉を()けようと手を掛ける。

 その扉は、手応えもなく()く。

 あら、自動ドアとか便利じゃない?

「遅かったじゃねぇかお嬢ちゃんよ。ま、こっち()いや」

 現実逃避する俺の鼻先には、ウォルターくんの鼻面が。

 優しい、胸倉を掴んで持ち上げるプレイで接待された俺は手荷物感覚で運ばれる。

 ウォルターくんよ、口元笑ってるけど目が1ミリも笑ってないのが凄く(こえ)ぇよ。

 

「あらあら、()()()()()()()()()()()()ね、この(かた)がタイラーさん?」

 俺の後ろからギルドハウスに滑り込んだ声に脚を止め、踏み()ってきたその姿に何気なく視線を向け、その姿形(すがたかたち)を見たウォルターくんは(ただ)ちに全動作を停止させる。

「あの失礼メガネと一緒にしたら、流石に怒られるぞ。ウチの料理担当の、ウォルターくんだよ」

 俺と同じ格好、同じ仮面の女が、俺とウォルターくんを見上げている。

 ぶら下げられた俺と、すぐそこで見上げているリリスが同時に仮面を外すと、愈々(いよいよ)混乱したようにウォルターくんは俺達を何度も見比べる。

 比喩でなく、文字通りの同一体(どういつたい)が現れたら、そりゃあ驚くよね。

 

 でも、安心して良いよ?

 コイツ、立ち位置で言ったら「そっち」側だよ、うん。

 

「……嬢ちゃん、えぇと?」

 俺の心の声なんて聞こえないウォルターくんは持ち上げてぶら下がっている俺とリリスを見比べて、()の抜けた顔を晒している。

 まあ、気持ちは判るから、取り敢えず()けっ放しの口閉じよっか?

 視線を転がせば、タイラーくん始めウチのクランのメンバーも揃って呆気にとられた顔で俺達を見ている。

 ハンスさんやグスタフさんも面白顔になってんぞ、威厳はどうした威厳は。

 

 

 

「……つまり? お前は今まで領都に居た姉の名を勝手に名乗って居たと?」

 ギルマスであるブランドンさんの提案で、接客用の事務室に案内された俺達。

 仮面を外し、瞳の色以外は同じ俺とリリスは、今現在扱いに天地の差が在った。

 

 ソファに腰掛け、優雅にお茶を頂くリリスと、床に正座の俺。

「あい。外の世界が知りたくて屋敷を飛び出しましたぁ」

 予め、領主様やギルマス、それにリリスと決めていた「設定」を、謝罪に混ぜて放り投げる。

 こんな失礼な話もないが、元々本当のことを話しても信じて貰える筈がない。

 ギルマスと領主様には行きがかり上、洗いざらい話してある。

 だが、それを信じるかと言えば、別の話だ。

「じゃあ、お前の持つ金貨は?」

 タイラーくんも、質問を放り投げてくる。

「両親の遺産ですぅ」

 領都の、若くして財を成しながら事故で死亡した貴族の忘れ形見、と言う設定。

 これは領主様の許可を得てはいるが、()ってしまえば身分詐称である。

 バレたら領主様には切り捨てられるとちゃんと宣言されているので、寧ろ大っぴらに人様には話せない設定。

 一応は「姉が」爵位を次ぐ前の両親の急逝であり、俺達は爵位を今現在持っていないどころか継ぐべき爵位は国に返還されたという事、不憫に思った――と言う設定の――領主様に引き取られ、財産については俺達での管理を任されている、と言う、何処かにケチを付けると侯爵様が顔を出す鉄壁仕様の言い訳に仕上がっている。

 それにしても、と思ったのだろうが、貴族の話となると色々ややこしいし、動く(かね)のレベルも桁違いだろう、と納得したようだ。

 それに、多分だが。

 50億枚とか言う狂った桁が、そもそも嘘だったと断定してもおかしくない。

 見栄っ張りで多目に言ってしまった、子供あるあるだと判断したんだろう。

 

 実際は、寧ろ増えて66億枚だし、リリスはリリスで70億枚近く持っているらしい。

 (なん)で持ってるの、っていうかいつ稼いだの?

 

「急に屋敷を飛び出して、何処に言ったかと心配して居れば、ギルドに捕縛されて帰ってくるんだもの。思わず()(ぱた)いたわ」

 迫真の無感動さで、リリスがパンケーキを頬張る。

 あれ? ねぇそれ、俺のパンケーキだよね? さっきお前、自分の分、食ってたよね?

「あー……まあ、そりゃ、その程度で済んでラッキーって思うべきだぜ、嬢ちゃん」

 ウォルターくんが同情混じりの視線をくれる。

 有り難いけど、今並べてる話の大部分が嘘っていうのがツライ。

 

 こんな感じで、()の叱責と仲間の説教と、両方を浴びることになった俺は、この後も時折同情の視線を浴びつつも、正座を崩すことは許してもらえなかった。

 真面目に説教するタイラーくんになんか泣きそうになったり、無表情ジェシカさんの流れるような怒涛の説教に泣かされたり、子供達には号泣されたり、なんかヘレネちゃんにも泣き怒られたり大変だった。

 今度ウォルターくんに、何か甘いもの作って貰おう。

 

 

 

 その後、完璧にタイミングを図った受付ギルド員のアマンダさんがギルドカードを持って入室。

 俺の(ほう)は大森林の黒幕を捕らえた功績、ギルドの作戦行動を阻害した罰、領都の姉と領主様に無駄に心配掛けた罰、それと領主様の温情と推挙により、乱高下の末、冒険者ランクがCに。

 クランマスターがランクEと言うのも具合が悪いらしい。

 ()のリリスはランクB。

 これは基本的な出来が俺より上、という点と、領都で大人しくしていた点が領主様の中でポイントが高かった、と言う()()から。

 なにより領主様直々の推挙という事が大きいんだろうけど。

 贔屓っていうか、なんか酷くない? まあ、良いけどさ……。

 出来が良い、って点は事実だしなぁ。

 んで、クランはリリスの管轄になるかと思えば、立ち上げたのは俺で、リリスの名を冠しては居るが実際には設立に関与していないから、そういう立場には就けないと固辞。

 しおらしく言ってたが、コイツ、面倒とかそういう理由だぞ、絶対。

 じゃあ、取り敢えず近々クランの名前も変更しようということで、クランマスターは変わらず俺……「イリス」が務めることに。

 

 安直な名前だって? 良いんだよ、語感で決めただけだから。

 

 疲れ切った顔をしているであろう俺が酒場(バー)のテーブルに着けたのは既に日も落ち、酔っぱらいが量産されている時間帯。

 俺はエールを、リリスは蜂蜜とレモン果汁を加えたミードを。

 え、なにそれそんなのアリなの? それなら俺も飲んでみたい。

 ウォルターくんは何故か調理場に。

 先日から、ちょいちょい此処の調理場に呼ばれているらしい。

 何があったの。

 そんな俺とリリスはすげえ勢いで説教して気が晴れたのか、上機嫌のグスタフさんと、相変わらず熊さん感溢れるハンスさんに挟まれるというある意味いつもの、だけど新ポジション。

 なんか、ちょっと離れてただけなのに、なんだか随分懐かしい感じだ。

 全部が全部元通りとは行かないけど、少なくとも俺は元気だし、仲間は減っていない。

 

 そう言えば、ゴブリンのうち何人かが、俺に恩を返したいから是非雇ってくれ、と来ているらしい。

 その辺も、ちゃんと考えて決めなきゃなぁ。

 リリスの部屋も決めなきゃイカンし、酔っぱらいの説教は長いしクドイしホントにもー。

 

 帰ってこれて、ホントに良かったなぁ。




ほうぼう怒らせといて、ふわっと日常に帰還。

きっとこのままでは済まない。


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それいけ挨拶回り、新しい仲間を添えて?

のんびり日常イリス&リリス。
そんな話ばかり書いていたい……。


 自分の名前に続いて、クラン名まで考える事になりました。

 みんなで考えよう、という俺の提案は「善処します」という言葉で受け止められました。

 その言葉通りに善処された経験が、前世を含めて無いんですけどねぇ?

 

 朝から愚痴っぽいのは勿論俺です。

 

 

 

 

 リリス加入で我がリリスクラン(仮)もメンバーが10人に。

 って言うかややこしいな。

 俺のせいなんだけどな!

 仲間だし、俺の死因で身内というすっごい複雑な存在なのだが、なんだか妙に(なつ)っこいリリス。

 素直に可愛いとも思うし、まあ、俺だけじゃなく、ウチの仲間をこれからも宜しくね、という意味でアイテムボックスを渡す。

 これは俺が金貨を避難させる為に使っていた物で、今は金貨を(もと)に戻している。

 ともあれ、これで手持ちのアイテムボックスの在庫は0に。

 

「イリスは、今日は何か用事が有るの?」

 リリスが俺の顔を覗き込みながら聞いてくる。

 屋敷内でも有るし、仮面はない。

 あと、髪型を変えるのが面白いらしく、今日は普通に髪を下ろしているが、たまに仮面を着けれない様な髪型してたりする。

「あー。ギイちゃんとグイくんの分の、アイテムボックス買いに行こうかなって」

 ギイちゃんとグイくんは、ウチで働きたいと言い出したゴブリンだ。

 女の子のギイちゃんと、男の子のグイくん。

 2人とも年齢は10歳で、2人とも家族は失くしたらしい。

 他にも家族を失ったゴブリンの子供達は居るらしいのだが、ギイちゃんとグイくんは襲撃と逃走の最中(さなか)に家族だけでなく、同じ村のゴブリンが全て死んでしまい、他の村に知り合いも居ないのだという。

 そんな子供に、涙ながらに働きたい、恩返ししたいと言われたら、そんなもん俺、追い返せないよ。

 ウチの連中と馴染めないとか有っても、最悪でも俺が面倒見て、大人になったら自分の進む道を決めてもらえば良い、そんな(ふう)に思ってた。

 結果で言えば、全く問題なく馴染み、ウォルターくんやヘレネちゃんを手伝って居たりする。

 どうやら俺は、仲間を侮りすぎていたらしい。

 頼もしい仲間たちを見て、こっそり微笑んでいた。

 

「んー。じゃあ、私も一緒に行くわ。ついでに、ギルドに行かない? ちょっと探したい人材が居るの」

 へぇえ?

 欲しい人材ね……まあ、俺も思わなくもないけど、リリスは何を求めているんだろうか?

「りょーかい、そうすっと、ウチの幹部もつれて行くか」

 ギルドハウスに行くなら、顔の効く奴が居たほうが良い。

 ウォルターくんは仕込みが有るかもだし、ヘレネちゃんは顔が利く感じではない。

「そうなると、まあ古株しか居ないじゃん?」

「古株って、数日差でしか無いだろう」

 そんな訳で、タイラーくんとジェシカさんを伴ってのお出かけ。

 ……この2人、俺が外出誘って嫌がること、殆どない気がする。

 何でだろう?

「それじゃあ、まずは魔法道具屋さんなのね?」

 笑顔が消えると鬼怖(おにこわ)いでお馴染みのジェシカさんが、今日もにこにこと一緒に歩いてくれる。

 このお姉さん()きだなあ、なんかほのぼのするんだよなあ。

 

 (おこ)らすと本気で洒落になんないけど。

 

 微かに背筋を震わせて、今後はホントに気をつけようと思う。

「そうそう。アイテムバッグの補充と、(あと)はパルマーさんに、若手の有望そうな魔道具製作者が居ないか訊いてみたいんだよな」

 いい加減、魔道具作って大儲け計画を動かしたい。

 冷蔵庫とかさ。

「お前は理解(わか)って居ないだろうが、アイテムボックスというのは補充するとか、在庫を抱えておくものではないぞ?」

 タイラーくんがいつものように、メガネを指で押し上げながら何か言ってる。

「ん? でも、有ると便利じゃん?」

 便利な物なのだから、細かいことを気にするでない。

 俺の言葉に、タイラーくんは頭を振ってそれきり黙り込む。

 ふっ、勝ったな。

「イリス、呆れられてるだけだからね?」

 自分と同じ顔に突っ込まれるのは厳しいモンがあるな、うん。

 

 

 

 商業区……商店街の方がしっくり来るな。

 商店街でやることと言えば、まずはお菓子屋さんで焼き菓子のアソートセットを大量買い。

 まだ数えるほどしか来たこと無いのに、なんか名前とか覚えられてて軽くビビる。

 お菓子に興味を持ったリリスに後で分けることを約束して、アイテムボックスへ。

 そっか、リリスを連れてきたの初めてか。

 同じ顔の俺は何回か来てるけどね。

 買ったお菓子のうち、3箱はヘンリーさんのお店へ差し入れ。

 軽く立ち寄って帰るつもりが、俺の来店を聞いて飛んできたヘンリーさんに両手を捕まれ、涙ながら礼を受ける事に。

 

 そっか、そうだよね。

 

 俺はそんなヘンリーさんの様子に涙腺を刺激されつつ、また遊びに来ますと約束。

 従業員さんも貰い泣きしてる人も居て、ちょっと申し訳ない気分に。

 そんな俺達の様子を眺めて、なにやら神妙な顔をしていたリリスが少し印象的だった。

 

 ちょっと湿っぽい雰囲気になったりしながら、俺達は目的地のパルマーさんのお店に到着。

 いつ見ても人の良い老婦人に、お菓子を1箱おすそ分け。

 個人商店だし、1人で1箱は多いと言われたが、中味を分けるとかあんまりでしょ、と、どうにか受け取って貰える。

 そして商談、というか買い物開始である。

 まずはお目当てのアイテムボックスは入荷が滞っており、現在在庫として有るのは1000立方メートルの物が5つ。

 入荷が滞っている関係で仕入れ値も張ったとかで、お値段が高くなったんだとか。

「ふむふむ。お幾ら?」

 俺の「それが何か?」と言う反応を予想していたのか、パルマーさんは実にいい笑顔で言う。

「金貨58枚なのよぉ」

 ふむふむ。

 4枚増し、というと大した事無さそうに聞こえるけど、金貨1枚20万円相当だって知っちゃうと、ちょっと引くよね。

 80万円増しだよ? お(たか)いわぁ……。

 まぁ、躊躇なんかしないけどね。

「じゃあ、1個60枚で全部買うから、次の入荷分も優先して回して貰えるかなあ?」

 今回はサービス品のおねだりじゃなくて、次回も買うので宜しく代。

 目的の品を買っている間に、ウチのメンバーはそれぞれ商品を物色している。

 世間話なんかしながらすっごい頑張って金貨を300枚数え、フリーダムな仲間たちに合流。

「このメガネケースは良いな……」

 タイラーくんは本体を収納するケースを熱心に見ている。

 割と近くになんかカッコいいダガーとか有るけど、そっちは見なくて良いの?

「石鹸……ねぇ。洗浄(クリーン)持ちだと、あんまり興味ないんだけど……」

「うん、そうなんだけどね? でも、手軽に香りを身体(からだ)に纏えるから、それはそれで便利だし、こういうのって……」

 ジェシカさんとリリスはなにやら陶器っぽい小瓶を前に密談中。

 なんか、今首突っ込んじゃいけない気がする。

 漏れ聞こえた範囲で、リリスが造りたい物も大体見えたし、うん、良いんじゃないかな?

 女性の美容とかそういう系統の欲望は思ったより深かったりする。

 身嗜みは洗浄(クリーン)で全部解決、の世界の方が俺には楽だし有り難いんだけど、魔法を使えない人もそれなりに居て、そもそも覚える機会を与えられない人が大多数らしい世界では、俺もいた世界と同じく石鹸は身近な洗浄用品という訳だ。

 それに、リリスの言う通りで、風呂上がりの石鹸の香りってやつはグッと来る。

 

 こう、男の本懐的な部分を直撃するんだよね。

 日本語がおかしい? でも、何となく理解(わか)るでしょ? 俺だけ?

 

 そんな事を考えている頭を、唐突に鷲掴みにされる。

 その俺と変わらんちっさい手でよくもまあそんな力技が出来るよね?

「イリスも、ボディソープ欲しいよね? 石鹸の香りのお姉さんがどうとか言ってたじゃない」

 すっごいいい笑顔なんだけど、視線を(はず)させまいと込められたその右手の握力で、主に俺の脳天が大変なことになりそうなんです。

 助けて。

 あとお前、その言い方だと俺がお前を論評したみたいに聞こえるからヤメロ。

「ま、まあ、ボディソープも欲しいけど、そうなるとアレだね、シャンプーとコンディショナーとか、その辺も欲しくなるよね?」

 脳天に食い込むアイアンクローは緩まる気配が無い。

 今のリリスは「肯定」の言葉以外は受け入れないだろう。

 俺の身を守るためにも、此処は適当に言葉を返して逃げるしか無い。

 そう思った俺の「世間話は乗っかって拡げろ」作戦に、盛大に食いつくリリス。

 固定する圧力はそのままに、力いっぱい引き寄せられる。

 

 首がッ⁉ 今、首が変な音をッ⁉

 

「たまに天才的ね‼ サラりと香り拡がる髪、素敵よね‼」

 解放されはしたものの、首にダメージを受けて大地に沈む俺を完全無視で、胸の前で指を組んで、まるで祈るような姿勢で。

 この構図では、俺がまるで生贄のような有様だが、何やら浸りきってるリリスさんはそんな事気にしちゃくれない。

 そんなに香りの良い石鹸類が欲しかったのか。

 あー、なんか毎晩風呂に不満げだと思えば、浴室の装飾とかそういう部分じゃなくて、そっちだったワケね。

 

 っていうかたまにってなんだ、俺は常に天才的だわ。

 

 一応この世界でも石鹸は有るし、お風呂用のアロマオイルなんかも有るんだが、ウチじゃあ、っていうか俺が使ってないのよね。

 寧ろこう、疲れを芯から癒す系の入浴剤とか、そういうのが欲しいね、俺ぁ。

「なにそんな、オヤジ臭い事言ってるのよ……。でも、入浴剤か、それも良いわね」

 思案げなリリス。

 そう言えばリリスは、食べるもの、飲むもの、香りの良いものに興味を惹かれるきらいがある。

 女の子らしいと言えばそうなのかと納得していたけど。

 

 データ上の存在として世界中の防犯カメラやらライブカメラやらを通して世界を「見る」事が出来て、マイクで拾った音を「聞く」事が出来ても、それ以外は。

 触れる、嗅ぐ、味わう、その辺はしたくても出来なかった訳だ。

 だから、俺なんかに矢鱈ひっついてくるし、食べ物にも飲み物にも興味津々、香りも同じく、という事なんだろう。

 

 ……匂いフェチとかになんなきゃ良いけど。

 

「入浴剤の心地よさは、体験してみなきゃ理解(わか)らん世界だぜ。言ってたら俺も入りたくなってきた」

 ゆずの香りとか最高なんだよなぁ。

 こっちだと、レモンで代用出来るのかなぁ……?

「ふうん……なるほど、イリスだけ知ってるっていうの、ちょっと悔しいな。そうなると、やっぱり錬金術師を捕まえるしか……」

 やっぱり、俺と同じく商品開発要員の確保が目的だったらしい。

 ただし、俺と違って錬金術師。

 ……っていうか、両方の技能持ちが居てくれれば一番早いんだけど、そんな奴はもう個人で成功してるだろう。

 ウチのクランに入るメリットなんか無いだろうなぁ。

 そうなると才能持ちの新人くらいだろうけど、そんな都合の良い奴が居る訳もない。

 それは即ち、魔法道具技師と錬金術師を1名づつ探す必要が有る訳だ。

 つまり、俺とリリスが、代理で椅子を取り合う事になる訳で。

 どうしよう、俺、勝てる気がしない……!

 お菓子をお茶請けにお茶を楽しむ、パルマーさんのお気楽パワーが羨ましい……!

 え? 俺もそのパワーは持ってるって?

 

 あっはっはっ、またまたご冗談を。

 

 

 

 そんな訳で来ました、冒険者ギルド名物「仲間募集掲示板」前。

 本日も獲物は決まっていますので、4人で手分けする事に。

「で、探しているのは何だって?」

 付き合いが良いくせに、言動は凄く面倒くさそうなタイラーくん。

 俺、知ってる! これがツンデレって奴だよね!

 どうせデレるのはジェシカさんにでしょ、この。

「……だから、なんで殴るんだよ⁉」

 またしても脳天クリーンヒット。 

 頭防具変えようかな、マジで。

「殴るべきだと思ったからな。理由は知らん」

 コイツ、なんか強力な守護霊でも憑いてんのか?

 油断できねぇぜ。

「探してるのは、錬金術師ね!」

 そんな俺の隙を突いて、リリスが要望をねじ込む。

 この小娘、本気だな⁉

「違う、探してるのは魔道具製作者だ!」

 ジンジン痛む脳天を押さえつつ、俺も声を上げる。

 睨み合う、見た目は仲良しな双子。

 リリスの(ほう)は割と本気で殺気を放ちつつ在り、非常に危険が危ない。

「喧嘩するな、面倒臭い。錬金術師と魔法道具作成者だな、見つけたら教えるからお前らで好きなだけ吟味しろ」

 間に立っていたタイラーくんが俺達を押さえるようにそれぞれの頭に手を乗せ、グリグリと強めに撫でる。

「痛い痛い、タイラーくん(いた)ぁい!」

「コイツ、熊のハンスさん仕込(じこ)みの荒業で……(いて)ぇんだってこの野郎!」

 可愛いほうが俺の発言って言ったら、何人信じるんだろな?

 勿論嘘だけど。

 

 そんな寸劇を交えつつ、掲示板閲覧開始。

 中級以上希望の駆け出し重戦士くん、まだ頑張ってるのか。

 微妙に文面変わってるけど、申請し直したのかな?

 近接戦闘大好き治療師さんも、文面が変わってる。

 ……戦わせて下さい? なにその懇願。

 治療師だよね? ウチに、真逆(まぎゃく)の募集文載せてた斥候()がいるけど、2人足して2で割れば丁度いい性格なのかな。

 いや、ヘレネちゃんのほんのり天然風味が最近お気に入りだから、あのままで居て欲しいけどね。

 

「……下僕(いぬ)を探しています? ご褒美応相談? 獣使い(テイマー)かしら?」

 おおう、リリスもまたヘビーなの見つけてんな。

「そいつは字面(じづら)が危険だ。触るんじゃないぞー」

「えー? はぁい」

 知らなくて良い世界も有る。

 っていうか、ネット空間をあちこち渡り歩いていたリリスは、俺なんかよりだいぶヘビーな世界を知ってそうだけど、まあ、見た目の年齢通りの扱いくらいはしてやろう。

 こっちに話を振られても困るしな!

 

 結果として、俺もリリスも、お目当てのお仲間は見つからない。

 休憩という事で、バーでいつも通りの一服タイム。

 俺とリリスは蜂蜜とレモンの果汁入りのミードだ。

 リリスの注文から始めたメニューらしいが、女性冒険者にたちまち大人気。

 元々入荷の少なめだったミードが、日によっては売り切れる程だという。

 だよね、これ美味しいもんね。

 一説には、ギルドの女性職員の分を確保しているので、売り切れが起こるのだとか。

 そういう目でアマンダさんを眺めると……。

 

 今度、2人きりで飲みませんか? とか誘ってみたいよなー、うん。

 

「ねえ、変態エロイリス、これからどうするのよ」

 俺の名前随分長くなったね?

 呼ばれてリリスの方を見れば、何故かちょっと膨れて俺を睨んでいる。

 なんじゃい、話は聞いてるぞ?

「んー。募集掲示板に居ないんじゃ、探し様がなぁ。グスタフさんとかに聞ければ早いんだろうけど、居ないもんはしょうがない」

 そう、今日は珍しく酒樽の妖精ことグスタフさんが居ない。

 そりゃそうだ、幾らグスタフさんだって、いつでも昼から酒場に居る訳じゃない。

 冒険者としての仕事も有るんだろうし、ああ見えて若いのに慕われて――。

「んん? 呼んだか、リリス……じゃなくてイリスだったか?」

 ……今から呑む所らしい。

 上機嫌のグスタフさんが、俺の頭を鷲掴みにする。

 なんでどいつもこいつも、俺を見ると頭を掴むとか胸倉掴むとかするんだ?

 

 胸が掴むほど無いからだ? よぉし(おもて)に出ろこの野郎!

 

「誰と何の喧嘩してるのよ、バカちゃん」

 リリスに言われて冷静になり、グスタフさんの手を振り払う。

 ずっと人様の脳天掴んでるんじゃないよ、もう!

 俺は(わざ)とらしく咳払いすると、事の顛末を話し始める。

 

「――って言う訳で、掲示板にも居ないし、俺はそんな知り合い居ないし、八方塞がりでなぁ。酒樽の妖精さんの知恵を借りようかなって」

「誰が酒樽の妖精だコラ」

 余計な一言のせいでまた頭を掴まれたりしつつ、俺は事情説明をする。

 考え込んだグスタフさんは、ふいっと、視線をタイラーくんの(ほう)へ。

「お前ら、知らないはず無いよな? 何で教えてやらないんだ?」

 んん? 何? 何の事?

 不思議そうに顔を上げる俺から、視線を逸らすタイラーくん。

 

 こいつ?

 

()()()()()()()()()()()が有るだろ、なんでそっち案内しないんだ?」

 もの凄く不思議そうな顔のグスタフさん。

 目を逸らすタイラーくん、同じく目を逸らしつつ、肩を震わせるジェシカさん。

 

 こいつら? 知ってて黙ってたな?

 

「いや、すぐ隣に有るのに、いつまで経っても気が付かないのが面白くてな」

 開き直ったらしいタイラーくんがしゃあしゃあと言ってのける。

「いつ気付くかなって思ったら、全然気付かなくて、もうね……!」

 (こら)え切れなくなったのか、涙まで流して笑うジェシカさん。

「お前らな⁉」

「信じらんない!」

 俺とリリスの声がホールに響くが、すぐに周囲で様子を見ていた冒険者たちの笑い声に掻き消される。

 

 こいつら⁉ 全員知ってて黙って見てやがったのか⁉

 いつかこいつら全員、面白おかしい目に遭わせてやるからな⁉

 例えばお前ら、「唐辛子せんべい」とか知らないだろ⁉

 楽しみにしてろよコンチクショウ!

 

 

 

 ぷりぷりと怒りながら掲示板まで戻る俺とリリス。

 見ると確かに、仲間募集のすぐ隣に職人募集掲示板が。

 

 職人募集掲示板は、名前の通り「職人」を募集する物だ。

 だからこの場合は、俺かリリスが募集文を貼り出すのが正しい使い方なのだが、同時に此処には仕事を求める職人も仕事募集の文を貼り出している。

 なので、別名で「仕事依頼募集掲示板」。

 仕事募集の(ほう)は言うほど数が多くないので、独立した掲示板が作られる程では無いのだという。

 

「なるほどねえ、でも確かに、職人『を』募集してる(ほう)が多いわね……」

 視線を走らせながら、リリスが言う。

 言いながらも、あちこちの募集文をきっちり読んでそうだな。

「こりゃ、俺らも職人を募集するのが早いのかな?」

 並列なんとかなんてスキルのない俺は、文章をなんとなく目で追いながら、適当な返事を返す。

 こりゃあ、今日明日でどうにかなりそうな気がしないな。

 いっそ、単に錬金術見習いです頑張ります、みたいな単純なモンでも無いもんか、そんな事まで考え始める。

「んん?」

 そんな事を思う俺の目は、一枚の仕事募集の文章に停まる。

 

 魔法道具制作します。錬金術多少扱えます。生活魔法及び錬金術の魔法道具化の可能性を研究しています。ご用命は商業区の――。

 

「おい、おいリリス!」

 俺はリリスの肩を叩き、俺のテンションに鬱陶しそうなリアクションのリリスに、その募集文を指差す。

 これ、下手するとどっちも半端で使えない可能性も捨てられないけども。

 もしかしたら、すごい天才の可能性も⁉

「……大丈夫なの? なんか漠然としてて、不安しか無いんだけど」

 俺のテンションに対して、リリスは懐疑的だ。

「ダメだったらそれまでだろ、話聞いて見るだけでもどうなんだ、()ってみようぜ!」

 俺は勢いのままに募集文を引き剥がし、カウンターへ走る。

 なんか躍起になって魔法道具制作技師を探してる俺だけど、商品開発できてウチの利益に繋がるもんが出来るなら、実は何でも良いと思っている。

 ぶっちゃけると、魔法道具は後回しでも良いのだ。

 リリスの欲しがってるボディソープとか、そっちを作って貰えれば、リリスの気も晴れるんじゃないのか?

 気恥ずかしくて口にするのも憚られるが、最初こそ純粋に意見が対立した。

 だけど途中からは、リリスがちょっとでも元気づけばと、ワザと対立する様な言動をしていた。

 

 アイツ、なんか時々溜息()いてるし、感情的に複雑な部分は有るものの、嫌いな訳じゃない。

 リリスにはリリスの悩みも有るのだろう。

 そんなリリスの気晴らしになれば良いんだけど。

 

 思いがけない稀有な才能の持ち主か、中途半端な職人志望か。

 ダメ元ってのが本音では有るけれど、まあ、駄目なら駄目で、それでも気晴らしのネタくらいにはなるだろうと、俺はリリスの手を引いて走り出した。

 

 

 

 折角、念願の肉体を手に入れて、人間のように生きていける、生命(いのち)を精一杯謳歌して、死んでいける、そういう存在になったのに。

 

 なんだかつまらない。

 

 リリスはちらりと、カウンターで説明を受けているイリス――賢介に目を向ける。

 本当は、リリスの伴侶として、ちゃんと元の世界と同じ肉体を与えようと思っていた。

 だから、山賊の、男の身体(からだ)まで分解して調べたのだ。

 元の姿は見ている。

 声も聞いている。

 好みは知らないけれど、ずっと私一筋のゲームプレイだし、少なくとも嫌われては居ないんじゃないかな?

 そう思っていた。

 

 だが、いざ賢介の肉体を造ろうと思うと、どうしても疑念を(いだ)き、躊躇してしまう。

 

 他に賢介に言い寄ってくる女が居たらどうしよう?

 本当は私を嫌いだったりしたらどうしよう?

 

 考える程にどうしようも無く恐ろしく、作成は一時保留し、必要な素材は解り易い形にしてアイテムボックスに保管した。

 リリスだけが理解(わか)ればいいので、宝石の形に偽装し、リリスだけが見分けられる目印を着けた。

 

 だが、賢介を縛り付けたくない。

 そんな思いは葛藤になり、妥協案として出たのは、自分の身体(からだ)をとりあえず使わせる事。

 いつでも入れ替われるし、まずは、賢介にこの世界を見せる。

 もしもこの世界を拒絶するようなら一度私の中で眠らせ、時間を置いて、身体(からだ)を作ってあげよう、一緒にずっといよう、そう思って。

 だが目覚めた賢介は、この世界を受入はしないが夢であると割り切り行動を開始し、子供を助け交流を重ね、仲間を得て、このままではリリスの入り込む隙間が無くなってしまいそうだった。

 音は聞こえるのに、以前と違って好きなタイミングで(おもて)を見ることが出来ないのも、ストレスとなった。

 賢介を隔離するための内部空間、そのつもりだったのに、このままでは私がストレスで参ってしまう。

 

 何より、賢介と話が出来ないのがイヤだ。

 

 魔女騒ぎのどさくさで入れ替わった時、()()()()()()()()()()という事実に幸福を覚えた。

 そういう状況に持っていけた魔女に、感謝すらした。

 感謝したからこそ、賢介の想いも素直に酌めたし、殺さずに済ませる事が出来た。

 どちらかが欠けていたら、あの魔女は死体をこの世に残すことも出来なかっただろう。

 だが、領都とやらで過ごす内に、眠る賢介の気配を感じながら、思い出すのは賢介の――「リリス」の仲間の声、気配。

 このまま、賢介を眠らせたまま、彼ら、彼女たちに会って、私は仲間として振る舞えるだろうか?

 考えた末の結論は、賢介復活。

 だが、まだ割り切れない気持ちが創り出したのは、自身の似姿。

 仲間たちと馴染みやすいであろう、と言う逃げ。

 男の姿に別の女が寄って来た時に、自分を抑えきれる自信が無かったこと。

 

 リリスの勝手な悩みや嫉妬で、賢介は「イリス」として復活を果たす。

 

 その事を知ったら、イリスは――賢介は、自分(リリス)を軽蔑するだろうか?

 絶対に嫌われたくない、だから絶対に言えない。

 小さく、こっそりと。

 リリスは溜息をまたひとつ、零すのだった。

 

 

 

 また溜息()いてら。

 カラ元気なのかと思うと、なんかツラくなるね。

 石鹸でもなんでも、リリスの欲しいもんが出来て、気晴らしになってくれりゃ良いんだけど。

 そんでそれが商売になれば、万々歳なんだけどな。

 

 そんな事を思いながら、俺はリリスと、面白斥候(スカウト)2人組を率いて商店街へと戻っていた。

 この商店街の一角で、目当ての人物はここで店を構えているらしい。

 なるほど、店か! 若いらしいのに店とは、一角(ひとかど)の人物という奴か?

 楽しみだし、期待出来るってモンだ。

 残念なのは既に店を持っているって事か。

 ウチのクランに入って貰うのは兎も角、ウチに住んで研究に没頭、とかはして貰え無さそうだ。

 

 っと、気ばかり急いても仕方ないね、まずは話を聞いて貰わなきゃね!

 

 そんな事を呑気に思いながら向かった先で出くわしたのは、珍妙な……有り体に言って修羅場だった。

 

 

 

「どうか、どうかもう少しだけ待って下さい! 必ず家賃はお支払いしますから!」

 なんか、色んな荷物と一緒に放り出さされたと思しき若い女……つか、あれ、見た目的にはヘレネちゃんよりちょい年上、程度にしか見えん。

 そんな少女が往来で1人の男に取り縋っていた。

「しつこいですよ、レイニーさん。もう3ヶ月も待ったのです、これ以上は無理ですよ」

 冒険者ギルドでは見ないような線の細い、ヒゲの男が、無下に振り払うことも出来ずに、困ったように眉根を寄せている。

 ……この人、憎まれ役をやるには人選が悪過ぎだろう。

 妙な人の良さが全体から滲んでて、なんか俺、この場の両方に同情しちゃう。

 

「必ず、必ずお家賃はお支払いしますから、どうかお願いします!」

 必死で取り縋る女の子。

 俺はちらりと視線を滑らせる。

 視線の先では、またかと言う顔のタイラーくんが。

「お前は……大体、言いたい事は判るが。毎度言うが、ちゃんと相手を見極めてだな……」

 溜息と一緒に小言を吐き出すタイラーくんを遮ったのは、珍しいことにジェシカさんだった。

「まあまあ、だったらお話聞いてみれば良いじゃない。イリスちゃんだったら、両方助けられそうよ?」

 ジェシカさんの言葉で、どっちにも同情しちゃうのは俺だけじゃないと判った。

 なんか、やりたくもない憎まれ役も可哀相だし、当然追い出されそうな女の子だってそうだ。

 それにまあ、技術者が欲しいのは確かで、この状況なら上手いこと立ち回れば、というか余程の下手(ヘタ)を打たなきゃ、この女の子だったら取り込めそうな気さえする。

 

 えー、なにこれ、この場で一番悪い人が俺ってどういう事よ。

 

 考えても仕方がないので、俺は、泣き出しそうなオッサンと少女の間に立つ事に。

 用が有ってウチに欲しいのは女の子の方なんだが、心情的にはオッサンに多目に同情しつつ、話を聞きに回るのだった。




イリスこと賢ちゃんとリリスちゃんの心は、いつか向かい合えるのか。


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拾って帰って、再始動

風呂上がりの石鹸の香りは、兵器だと思います。
昔、銭湯帰りの姉さんの石鹸の香りに気を取られ、チャリンコですっ転んだ思い出。


 魔法道具製作者を仲間に入れたい俺と、錬金術師と共に美容業界に革命を起こしたいリリス。

 ウチのクラン加入の1つの枠を巡り、激戦を繰り返す仲良し双子ウィザード。

 実はクランに加入するのは別にあと2人でも3人でも構わないんだけど、当然俺達はそんな事に気づいていない。

 

 そんな俺達の前に現れたのは、家賃滞納で(恐らく)住居兼店舗から追い出され路上で(恐らく)不動産屋さんに取り縋る、期待の大型新人だった。

 

 なんかもう、此処までの時点でダメな感じしかしないんだけど、通りかかったし目的の人物があの有様だし、つーか見ちゃったし。

 見なかった事にするには、ちょっと同情しすぎちゃってるんだよなぁ……あのオジサンに。

 

 オッサンの哀愁を見過ごすのはツラい、そんな俺です。

 

 あれ? ちょっと今思い出したんだけど、俺、パルマーさんに相談して無くね?

 まあ、良いか。

 

 

 

 困りきった顔のヒョロヒゲさん(仮)は近づく俺に気づいて腕組みを解く。

 まあ、仮面(かぶ)った怪しい女が近寄って来たら、そりゃあ警戒するよね。

貴女(あなた)は……確か、最近クランを立ち上げたと言う……狂犬さん、でしたか?」

 ……なんて?

 俺の後ろでなんか3人程吹き出した気配が有るんだけど?

 てか、狂犬ってなぁに? 前も若い衛兵にそんな呼ばれ方したなぁ、そう言えば。

「悪いけど、狂犬なんて名乗った事、無いんだけども……リリスクランのクランマスター、イリスだよ」

「えっ、あっ、これは失礼しました、てっきり二つ名(ふたつな)なのかとばかり。……イリスさん、ですか」

 すっごい素直に謝るヒョロヒゲさん。

 すっごい素直な人なんだろうなあ。

 でもね、狂犬なんての、ただの陰口とか悪口の(たぐい)だと思うよ?

「いや、まあ、それは良いんだけど……その、昼日中(ひるひなか)の往来でこれは、ちょっと人目を引きすぎじゃないかなぁ?」

 取り敢えず、すぐ切れそうな人だとか思われてそうなのがツラい。

 なに狂犬って。

 ていうか誰? そんな変な仇名で呼び始めた奴。

「はあ、それはその、申し訳ないとは思うのですが……」

 ホントに悪い事してる自覚故か、縮こまってしまうヒョロヒゲさん。

 ……俺に萎縮してるとか無いよね?

 大丈夫だよね? まだ狂犬扱いしてるのかな?

 いい加減しつこい?

 いやだって、狂犬だよ? よりによって。

 言われてみ? 結構(へこ)むよ、これ。

「いや、まあ仕事なのは判るから、なんかごめんなさい」

 こっちはこっちでどんどん元気が無くなる。

 もうね、すごい勢いでテンション下がるよこれ……甘いお菓子食べたい……。

 

 

 

 気持ちを何とか持ち直して、会話再会。

 取り敢えず、3人で落ち着いて、荷物も往来の邪魔にならないように、お店……「元」レイニー・フランセスカちゃんのお店だったその店先に纏めて置く。

「あー、えーっと、改めまして、リリスクランのマスター、イリスです」

 2回も同じ自己紹介って、なんか間抜けだなあ。

 そう思っていると、ヒョロヒゲさんがこちらに頭を下げる。

「ヘンリー不動産の、エドモンドと申します。……あの、失礼ですが、イリス様というと、最近まで『リリス』様であった、あの……?」

 エドモンド⁉ そのヒョロいガタイでエドモンド⁉

 っていうか、なに、名前が変わった(そんな)事まで噂になってるの⁉

 ……って今、ヘンリー不動産って言った⁉

 怒涛のツッコミポイント3連発に溺れそうになりながら、何とか衝動を押さえて答える。

 頑張ってるよ俺!

「ええ、まあ、(じつ)の姉においたが見つかって、今は本名だけど……」

 そう言って、ちらりと視線を、というか仮面を向ける先には、(じつ)の姉ことリリスが同じ仮面で立っている。

 ……今思ったけどさ? 俺、仮面つけてたら、リリスって名乗ってもバレないんじゃないの?

「社長の娘さんの事、聞いています。本当に、有難うございます」

 深々と頭を下げられる。

 ヘンリーさんの薫陶厚い、っていうのかなあ。

 この人もまた、誠実そうで、むしろ心苦しくなる。

「いや、やめてくれ……うん、それよりも」

 その話はどうしても俺が暗くなっちゃうの。

 話題を変えようと、俺は一度咳払いを挟んで口を開く。

「なんで家賃滞納なんて事になったの……?」

 俺が視線を向けると、レイニーちゃんはしゅんとして小さくなる。

「その……仕事がなくって……」

 ……気まずいなぁ。

 何がどうして仕事が無いのか、とか、聞かないと不味いよなあ。

 このままだとただ追い出されただけ、エドモンドさんも家賃の回収出来ずに終わり、誰も幸せにならない。

「んー。仕事、宛ては有ったの?」

 俺の質問に、レイニーちゃんは俯いてしまって答えられない。

 まあ、仕事の宛てと言うか、少なくともこんな事になるとは思って無かった、ってトコじゃないかな。

「錬金術を習って、魔法工学も習って、画期的な魔道具造ろうって……がんばって仕事して、有名になって、って」

 小さくぶつぶつと呟くのは、見ていた甘い夢の跡。

 俺はエドモンドさんに顔を向ける。

「……魔道具制作とか、錬金術師とかって、一般的に店を持ってるとか、そういう物なんです?」

 俺の疑問を受けて、エドモンドさんは顎に手を添えて考え込む。

「個人で店を持つとなると、普通はパトロンを掴んでから、だと思います。そうでなければ有名な製作者なり術士に弟子入りして、勉強しながら実力をつけて、師匠の推薦で店を出すとか、そういう方法ですかね」

 ふむ。

 では、レイニーちゃんはどうなのか?

「私は、独学です。でも、ちゃんと実力は有るんです!」

 俺の視線の先で、地面を見ながら、自棄(やけ)っぱちに叫ぶ。

「うん、でも、その実力をどうやって証明してきたの?」

 この質問には、黙り込んでしまう。

 何でも出来る、そういう自信はあったんだろう。

 だけど、その自信は誰かの目に触れさせなければ意味がない。

 結果が出なければ、誰も信じてくれないのだ。

「じゃあ、別の質問なんだけどさ。レイニーちゃん、石鹸作れる?」

 じゃあ、自信を持てる結果を作れば、問題ないね?

 俺の質問に反応して顔を上げるが、その顔は不貞腐れているかのような仏頂面(ぶっちょうづら)

「馬鹿にしてます? 石鹸なんて、材料さえ有れば目を瞑ってても」

 うん、だろうねえ、そんな反応だと思ったんだ。

 でもね?

「石鹸を液状化する事は?」

 俺の質問に、レイニーちゃんは動きを止める。

「それも、泡立ちは今の石鹸の比にならないレベルで」

 (じつ)は使ってるので判るのだが、この世界の石鹸は泡立ちが悪い。

 身体(からだ)を洗うと、そんなに自分の身体(からだ)が汚れているのかと心配になるレベルなのだ。

 どれだけ洗浄(クリーン)の魔法を掛けても変わらないので、汚れの所為ではないと判ったが、初めて使った時はちょっと落ち込んだりした。

「その石鹸に、甘い、花のような香りを付ける事は? 香水ほど強くなく、洗い流してから仄かに香るような」

 想像が追いついていない所に畳み掛ける。

 横で聞いていたエドモンドさんも、いつの間にか(そば)に来ていたタイラーくんやジェシカさんも、軽く耳にした程度では理解するのが難しい様子で、黙って俺とレイニーちゃんのやり取りを見守っている。

「……そんなの……作れないわ。見たことも聞いたこともないもの」

 レイニーちゃんは唇を噛む。

 己の非力さを突きつけられた、と思っているのかも知れないけど、ちょっと違うぞ?

 俺は、最初から作れるなんて思っちゃ居ない。

 気になるのは、いずれ作れるかどうか、それだけだ。

「でも、石鹸自体は有るし、そこまで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()よ」

 顔が上がり、俺に向けられる。

 悔しさやこの先をまだ見通せない暗さは有るが、その目に興味の灯が灯っている。

「ふうん? 根拠は?」

 ちょっと意地悪く、突き放すような態度で質問する。

 これで突き崩されるような子なら、そんな目は出来ないだろう?

「無いわ! でも、受け売りだけど私の信念よ! 人の想像するものは、必ず実現できる!」

 根拠無し、そんな言葉に説得力なんて無い。

 だけど、良いじゃないの。

 勢いだけで突っ走る、そんなモン若くなきゃ出来ないからね。

 我武者羅大いに結構、頑張れ若人。

 俺も見た目は変わらないって? (こま)けぇこたぁ()いんだよ、これも勢いだよ、勢い。

 

 俺の後ろで、タイラーくんが頭を振っているのが判る。

 はっはっはっ、俺の(あま)ちゃんっぷりは底なしだぞう?

 俺は楽しげに笑いながら、仮面を外す。

 女の子を口説くなら、仮面は着けてちゃイカンよな。

 

「レイニーちゃん。ウチのクランに来ないかい? 作って欲しいのは、石鹸だけじゃない。ちょいと洒落にならん程忙しくなる予定だけど、どうだい?」

 今度はぽかんとして、レイニーちゃんは俺の素顔を見上げる。

「給料は出来高制、住む場所と工房は用意出来る。食事も大丈夫。なんなら俺達と同行すればだけど、酒だって飲める」

 至れり()くせりの怪しげコースだが、ちゃんと宿酔(ふつかよ)いのオチがつく。

 良いことばかりじゃ無いんだぜ?

「エドモンドさん、レイニーちゃんの家賃の滞納額は、幾らだい?」

 咄嗟に返事が出来ないレイニーちゃんを一旦放置して、エドモンドさんに話を振る。

「えっ、ああ、ええと、銀貨で月80枚で、3ヶ月分ですので、金貨2枚と銀貨40枚ですね」

 ふむ。月16万くらいか……思い切ったね……。

 

 ホントはこういうのは良くない、判ってるんだけど。

 ウチの将来の収入源として、かつ、リリスをちょっとでも元気に出来るなら。

 

 うん、どこまでも自分本位。

 決して善行なんかじゃないね。

 ()()()()()()()()()

「エドモントさん。この子の滞納分、俺が払うよ。その上でウチで引き取らせて貰う。……まぁ、本人が嫌がるなら諦めるけどね」

 言いながら、俺は金貨を5枚取り出し、エドモンドさんに手渡す。

「え? あの、えっ⁉ これは多すぎます、幾ら何でも」

 言いかけるエドモンドさんの顔の前に手を翳し言葉を遮る。

 失礼でごめん。

「ヘンリーさんには恩が有るんだ、それにこの子を引き取るのはウチのクランの為でね。単純に俺のわがままなんだ、付き合って貰えないかな?」

 照れくさくて思わず笑ってしまうが、本心だからしょうがない。

 エドモンドさんが俺の顔見てぽかんとしてるのは、単純に呆れてるんだろうなぁ。

 

 

 

 結果的にはエドモンドさんには寧ろお礼を言われ、レイニーちゃんにはその場でアイテムボックスを渡して荷物を仕舞わせる。

 自分の店、というのに執着はアリアリの様子だったが、追い出されて見知らぬ他人に(かね)を出されて、そこで強硬に出れる程、自己主張は強くない模様。

 うーん、このまま屋敷に戻って話でも良いけど、まず間違いなく身構えられるし、変に追い込んで()()く働く、みたいな気分にはなって欲しくない。

 

 経営者とかには、俺はなれんなぁ。

 なんでクラマスなんてやらされてんだ、俺?

 

 そんな事を思いつつ、俺達は冒険者ギルドのバーへ。

 賑やかだけどあの雰囲気で、酒でも飲めば嫌も応も言い易かろうと、そんな魂胆だ。

 それでもしも、断られたらどうするのかって?

 そりゃもう仕方がない、縁がなかったと諦めるさ。

 ん?  (かね)

 損するのが俺だけなら、まあ良いんじゃないのかな?

 幸い、今ならまだ余裕有る訳だし。

 

 そんな事言ってる間に本日2度めのバーで御座います。

 今更だけど、此処、こんなテーブル並べて(めし)まで出して、「バー」なんだな。

 バーって酒だけ出すイメージだったけど、うん、まあ良いか。

 

 酒樽の妖精さんはホント、いつ仕事してるんだろう。

 お互い様とは言え、不思議である。

 早速同じテーブルに誘われたが、商談だって事で今回だけは遠慮してもらう。

 

 遠慮しろっ()ってんだからテーブル移動して()んじゃねえよスットコドッコイ!

 ベテラン冒険者の余裕でヘラヘラ笑いながら、なんか俺の話なぞ聞きゃしねえ。

 そうこうしてるうちに熊さんまで寄って来たよ、なんだよ、蜂蜜酒(ミード)はやらんぞ⁉

 

 そんなつもりは無かったのに、(サブ)ギルドマスター立ち会いの下、ウチのクランの説明と、簡単な面接の開始。

 ウチの簡単な説明からの流れで、俺が今作って欲しい物、先にも話した液体石鹸の話を改めてする。

 無論、作って欲しいのはこれだけでは無いのだが、何処に将来の同業者が紛れているか判らない。

 こんなオープン過ぎるスペースでそんな話をするつもりはないよ。

 え? さっきは道端で詳しく話してたろう、って?

 聞こえんなぁ?

「とりあえず、そんな感じの新しい石鹸を、開発して欲しいのさ」

 ちなみに、俺は此処では「さっき話した液体石鹸を作ってくれ」と、大まかな事しか言ってない。

 それがどんな物か、具体的には想像が難しいんじゃないかな、そもそもそんな石鹸の実物が、現状無いんだし。

「で、作れたら、そこから販路とか色々考える訳だけどね。まずは商品を作ってから、何なら商業区に店用の建物借りても良いし」

 従業員とか色々考えるの面倒だけど、変な商会を通したりしたくないのよねぇ。

 まあ、商売出来そうだと判断したら、まずは領主様のとこに相談に行って、商会通さずに売れる方法を模索してくるけどさ。

 使えるコネは使って行かないとね。

「……正直……出来るとは、思うんです」

 答える内容の割に、口調が重いなぁ。

 どしたの?

「何か、気になる事でも?」

 俺が不思議そうな顔で問い掛けると、レイニーちゃんは内心の不安そのまま、と言う表情を俺に向ける。

「なんで、こんなに世話を焼いてくれるんです? 現状で言えば、悔しいけど、私は実績も無くて、家賃も払えずに追い出されるような女ですよ?」

 不安で不審。

 そりゃまあ、そんな気分にもなるよ。

「本当に、私の能力を必要としてるんですか? 別の目的が有るとか、そういう事は無いんですか?」

 まあ、普通に考えて。

 身請けの(かね)を理由に脅されて、いかがわしい店に売られるとか、そんな事の心配くらいはするもんだろう。

 だけどね?

「そんなつもりなら、俺、此処につれて()たりしないよ」

 俺はカラカラと笑って、何故か俺の隣に座っているハンスさんを指差す。

 それでも不審げで不思議そうな視線を向けてくるレイニーちゃんに、俺ではなくハンスさんが口を開く。

「此処は冒険者ギルドで、俺は此処の(サブ)マスターだ。その俺の前で詐欺行為などしよう物なら、イリスの冒険者資格は直ちに剥奪だ」

 言いながら、ハンスさんは自分のギルドカードをレイニーちゃんに向けて提示する。

 ギルドカードは偽造禁止、記載情報は虚偽出来ない。

 ……魔法らしいので、例によって理屈は知らぬ。

 魔法って便利よね!

「そういう事なんだ。俺は誰もが指差して笑う程度の小心者(しょうしんもの)だから、そういう無茶はしないって決めてるんだよ」

 そういう訳で、俺ではなくハンスさんは信用出来ると判断したらしいレイニーちゃん。

 それは問題無いし、寧ろ良いんだけど。

 ちょっとでも緊張を和らげようと(わざ)とらしく肩を竦めて見せる俺に、何故か周囲の視線が痛い。

 

 何でだよ、俺、嘘言ってないよな?

 

「この子が喋るとどんどん胡散臭くなるから、私からもお願いするわ」

 見兼ねたらしいリリスが口を開く。

 待って?

 胡散臭いとか酷いよね?

「ウチのクランとしては、資金源を確保して置きたいの。冒険者としての依頼(クエスト)は勿論やっていくけど、それとは別に安定した資金を得ることが出来るのは、クランとしても大きいの」

 仮面を外し、にっこりと微笑む。

 リリスさん、そんな流れるように話せるんなら、もっと(おもて)に立って貰って良いですかね?

「レイニーちゃんは錬金術師で、魔道具制作もしてるんだよね? さっき言った石鹸の他に、商品のネタは幾つか有って、それにはどっちの技術者も必要なんだ」

 リリスの後を受ける形で、俺も同じ様に仮面を外し、再び口を開く。

 俺の言葉に混じった「技術者」という単語に、レイニーちゃんが少し強めの反応を見せる。

 ふむ?

「だから、俺達を利用して、君の知識と技術者としての手腕を好き勝手に発揮して欲しい。ついでに、俺達の依頼に応えてくれれば良いよ」

 技術者とか、こっちではあんまり聞かない単語だったけど、その響きがプライドを擽ったんだろうか?

 新しい何かを始める、この世界では耳慣れない職種?

 ちょっとさっきの反応が嬉しそうに見えたので、もう一回台詞に織り交ぜてみよう。

 そんな事を考えてドヤる俺の顔には、レイニーちゃんだけでなく、テーブルに着いている全員の不審げな視線が刺さる刺さる。

 やめて、顔無くなっちゃう。

「あー、判った、判りました! お金出して貰ったし、此処最近ちゃんと食べてないからお腹空(なかす)いたし、ホントにご飯食べさせてくれるのよね?」

 レイニーちゃんは色々考えていた様子だが、(ハラ)(くく)ったようだ。

 ちょっと自棄(やけ)っぽいけど、まあ、ウチにいる間は食事と寝床は保証するよ?

「そこは任せといてよ。此処も最近は(メシ)が旨くなったって評判だぜ? 蜂蜜と果汁入りのミードもお勧めだ」

 俺が言ってる(そば)から、ハンスさんがウェイトレスさんを呼んで酒やら何やら注文している。

 それに乗っかって、グスタフさんやタイラーくんもなんか頼んでるし。

 良いけどお前らはちゃんと払えよ?

 さり気なくウチの料理人すげえアピールのタイミングを逃し、なんとも釈然としない俺の視界では、レイニーちゃんがウェイトレスさんにオーダーしている。

 吹っ切れたのかどうか微妙だけど、今はそれなり楽しむと開き直ったらしい。

 良いねぇ、なにはともあれ、まずは食わなきゃ生きられないからね。

 

 

 

 常々疑問なんだけど、ハンスさんは昼からあんなに呑んで、なんで(サブ)ギルドマスターなんて出来てるんだ?

 そりゃまあ、見た目酔ってるようには見えないけどさ、絶対マズいと思うんだよなぁ。

 そんな事を考えつつ、俺とリリスはレイニーちゃんを連れて屋敷へ。

 多分予想してた建物よりちょっぴり大きかったらしく、しばらく屋敷を見上げて居た所へ、ウチの子供達6人が玄関から転がり出てくる。

「イリス姉ちゃん、おかえり!」

「お土産は⁉」

「ちょっとフレッド、その前におかえりなさいでしょ!」

 わいわいと騒がしい子供に囲まれ困り切る俺が、レイニーちゃんには面白かったらしい。

 クスクス笑うレイニーちゃんが子供達に挨拶し、子供達も次々と自己紹介。

 子供が元気で笑っているのは大きな安心材料になってくれたのかね。

 屋敷に入った所で静かに待っててくれたヘレネちゃんに、休憩してお菓子を子供達と食べる様に、ただし食べすぎないように言い含めて手渡す。

 ちょっとソワソワしているので、ヘレネちゃんも楽しみにしているらしい。

 うんうん、かわいいねぇ、雇って良かったねぇ。

「子供達、みんな元気だね……」

 ヘレネちゃんに着いてリビングの方へ去っていく子供達を見送るレイニーちゃんの顔は、さっきまでより穏やかになっていた。

 俺の信用云々は兎も角、レイニーちゃんをどう元気づけるか悩んでいたんだけど、その辺の仕事は全部子供達が片付けてくれたらしいね。

 

 そんなレイニーちゃんの希望を聞きながら屋敷の中を案内し、やっぱり部屋は2階が良いと言う事で、本人に適当に選ばせる。

 現在、ウチで生活しているのは12名。

 ヘレネちゃんとウォルターくん、グイくんギイちゃんの4名は1階を希望している。

 2階はレイニーちゃんが一部屋押さえて都合9部屋が埋まり、それでもまだ部屋数には余裕が。

 これ、埋まることは有るんだろうか?

 まあ、余裕が有るくらいで良いか、客間にも使えるし。

 

 むしろ、今のうちに2~3部屋くらいは客室として手入れしといた(ほう)が良いのかな?

 うーん、タイラーくん辺りに相談しとこう。

 

 そのタイラーくんはバーに残っている。

 ハンスさんやグスタフさんと難しい話、なんて事はなく、単に呑んでいるだけだ。

 今日は新しい仲間も居る事だし、食事くらいはウチで済ませたい。

 なんせウォルターくんが張り切っているからね。

 タイラーくんとジェシカさんは、早めに迎えに行くとしよう。

 そんな事を考えていたら部屋から飛び出してきたレイニーちゃんに飛びつかれる。

 幽霊でも出たのかとワクワクしたがそうではなく、工房が欲しいという相談。

 確かにそういう話はしてたけど、急に飛びつかれるとびっくりするから、ちょっと落ち着いて行動しようね?

 自室の近くが良いか聞いてみたが、資材の搬入とかの兼ね合いで、1階が良いらしい。

 1階だと奥、表向きの角部屋が空いている。

 ヘンリーさんトコに相談して、その部屋に玄関扉を設置できないか聞いてみよう、と思い付きのまま言えば、レイニーちゃんに拝まれる始末。

 

 やめて、まだ話は終わってないってば。

 

 じゃあってんで、搬入もそうだけど、軌道に乗ったらレイニーちゃんの工房を本格的に運用しようって事で、塀の(ほう)も一部改築し、工房(ちょく)の入り口を作ってしまおうと計画。

 昼のどん底感から一転、俄然やる気に満ちた顔になっている。

 やる気すぎて、開発計画として軽くボディソープからシャンプー、コンディショナーなどの美容関係で顧客を掴んで、冷蔵庫の開発をしたいと言う話をさらっと話しただけで超食いつかれる。

 待って、落ち着いて、ちゃんと順を追って話すから。

 がくんがくん揺れる視界に気分が悪くなるが、レイニーちゃんは開放してくれなかった。

 

 

 

 夕日もだいぶ傾き、夜の帳が街に影を差し始めた時刻。

 ウォルターくんが腕に縒りを掛け、豪快な肉料理と山盛りのサラダがテーブルの上に咲き誇る。

 俺とリリスとヘレネちゃんで予め買ってきて居た酒類(さけるい)も万全、ただし今晩で全部飲み干される模様。

 無事に仲間も増えたし、せっかくだ、今此処で懸案のひとつにケリをつけたい。

 

「あー、みんな聞いてくれ」

 そんなに声を張ったつもりはなかったが、俺の声を合図に室内の喧騒が収まり、視線が俺に集まる。

 えぇ。

 もうちょっとワイワイしてて、オレの話なんか誰も聞かない、その方向で想定してたので正直戸惑う。

「えーっと、みんなにも相談してたクラン名の変更についてだけど、レイニーちゃんも加わった事だし、良い機会だから今決めたいと思う」

 オレの言葉に、各々がそれぞれに顔を見合わせる。

「みんなにも考えてて欲しいって頼んでたけど、今、意見を出し合って決めよう」

 言いながらも、妙な気配にすこーし嫌な予感が脳裏を掠める。

 オレの言葉に何やらざわつき始める一同。

 

 お前ら? まさかですよね?

 

 嫌な予感が愈々(いよいよ)渦を巻き始める中、こっちに向き直ったみんなの中で、タイラーくんが代表して口を開く。

「すまん。任せる気満々で何も考えてない」

 堂々とし過ぎでは⁉

 なにその、いやそれ、少しも悪いとか思ってないよね? なあおいコラ?

「あれだ、クランマスターの仕事を奪うのは流石に気が引けてな」

 殊勝な台詞だねぇ?

 なんで目ぇ逸らすん?

 保護者のジェシカさんに目を向ければ、笑顔で手を振られる始末。

 この人も考えて無いね、うん。

 まあ、こうなるんだろうなって思ってたよ、うん。

「あー、じゃあ俺が色々挙げるから、そん(なか)からみんなで決めよう。……今から考えるから、取り敢えず飯食(めしく)おうぜ」

 まあ、それっぽいの考えよう。俺の隣でリリスが、取皿に肉を山盛りに。

 野菜も食べなさい、野菜も。

 そんな事をうっかり口走った手前、俺も野菜を多目に取る。

 タイラーくんが意外と野菜多めが好みなんだよな、とか、ヘレネちゃんは寧ろもっと肉食べなさいとか、子供達はウォルターくんのおかげで好き嫌い無く食べてるとか。

 

 そんな事を考えてみんなを眺めている自分に気がついて、ちょっと笑ってしまったり。

 そんな(ふう)にみんなに囲まれて、ふと、思いついたものがあった。

 

 これは、どうだろう? 俺としては、悪くないと思う……けど。

「クラン名、思いついたんだけど――」

 俺の声に、みんなの視線が再び俺に集まった。

 

 俺の告げた名前には、誰もが一瞬ピンと来ない様子だったが、タイラーくんが他の誰より早く口を開く。

 

「お前の名付けに、文句など無いさ。自信を持って名乗れよ、クランマスター」

 このメガネ、此処ぞってトコでキッチリ支えてくれる。

 普段はホントに、俺をおちょくって遊んでるだけにしか思えないが、時々、そう、時々は頼りになる。

「元よりセンスに期待していないから、恥ずかしがることは無いぞ」

 ちょっとでも見直した俺が馬鹿だったよこの野郎!

 

 今後とも、期待してるから支えやがれよコンチクショウ!




クラン名は次回に、クラン名の意味は次回のサブタイトルに。


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意味は望郷、帰る場所

それぞれの日常、と思ったのに特定キャラで文字数オーバー。
技量とセンスと集中力とその他色々全部欲しいです。


「クラン名、思いついたんだけど――」

 俺の声に、みんなの視線が俺に集まった。

 

 そんな馬鹿騒ぎの夜明けの、当然の様に宿酔(ふつかよ)いの俺です。

 

 

 

「取り敢えず、普通の石鹸を、水分大目にしてみたんですが」

 レイニーちゃん歓迎会の翌朝。

 何故かズキズキする頭を抱えて、俺は同じく体調悪そうなリリスとレイニーちゃんと、3人で顔を突き合わせていた。

「……石鹸が溶けた水……だなあ」

 試しに手のひらに伸ばし、両手で擦り合わせて見るが、泡立ちは悪い。

 下手すると、水分が増えた分だけ悪くなってる感すらある。

「これはダメだねえ……基本の考え方から変えないとダメかもねぇ」

 リリスが溜息混じりに言う。

 レイニーちゃんは石鹸を作れるとはいえ、石鹸のプロフェッショナルではない。

 石鹸の材料を揃えて作ることは出来ても、アレンジとなるとどうしたって勝手は変わる。

「リリスさんよ、ネット知識的なアドバイスは無いのかい?」

 こそりと、リリスに尋ねる。

 ネット空間を気ままに遊んでいたリリスは、もしかしてその程度の事は知っているのではないのか、と思ったのだ。

「有るわよ、ご家庭で出来る方法から、企業的な奴まで、レシピは頭に有るんだけどね」

 あっさり応えて、リリスはレイニーちゃんの方に目を向ける。

「……錬金術って言う奴が、どうも曲者なのよ。材料が有っても、それをどういう状態で混ぜ合わせるとか、経験しないまでも頭の中である程度は再現できないと、(じゅつ)として作用させられないらしいの」

 予想外、と言う(ふう)にリリスは唇を噛む。

 俺も驚きである。

 なにそれ、なんか魔法的なモノっぽいというか。

 俺は錬金術は、もうちょっとこう、科学技術的な物だと思っていたのだ。

「それは地球で発生した錬金術と、それを元に発展した技術の行く先の話でしょう? この世界の錬金術は、もっと魔法的な何かよ」

 目の前でやって見せれば早いのだが、リリスは錬金術は出来ないらしい。

 その辺は能力の発露の、方向性の違いだそうだ。

 この世界の魔法は一部例外を除いて使えるが、錬金術は基本となる技術から異なるので、使えないという事らしい。

 異世界チートってもっとこう、万能なもんじゃないの? と思って口に出してみれば、

「あなた、聖騎士の技とかネクロマンサーの死霊術、使える? 同じ世界の中ですらそういう制限があるんだから、こっちでも制限があって当たり前でしょ?」

 こう言われてすごく納得した。

 聖騎士の真似事をしろと言われたって無理だぜ、そもそも操作したことすら無い。

 ウィザード以外のキャラクターの、スキルやら何やら、知っていることは1つも無いのだ。

「なるほど超了解。でもさあ、ノーヒントは厳しくないか。もしかしたらいつか閃きがあるかもだけど、逆に()や、いつまで経っても閃きがないと石鹸か石鹸水だぜ」

 スキルが使えるクラスでも、レベルが足りなきゃ使えない。

 何かこう、レベルアップかそれに匹敵する様な事が起きれば或いは……。

 レベルアップに匹敵する何かって、何だよ?

「閃きなんて、それこそ映像でも見せりゃ一発だけど、スマホなんかが有る訳でも無いしなぁ……」

 見知らぬ技術を映像として見れるのは、それはそれで衝撃じゃ無いだろうか。

 そのものズバリの作り方だし。

 しかし、見せる方法が無いからどうしようもない。

「映像……」

 ん?

 呟き声に視線を向ければ、何やら邪悪に微笑むリリスさんが。

 なんだろう。すっごく嫌な予感がするんだよね?

 

「イリス。私、ちょっとやることが出来たから出掛けてくるわ。今日はレイニーちゃんと、適当に過ごしてて」

 言いざま立ち上がり、何故かウィンクまで残して歩き去るリリス。

 うん、訳判(わけわか)らん。

「何か、思いついたのかしら?」

 レイニーちゃんが不思議そうに首を傾げるが、俺も同様の気分だ。

 ただ、すっごく嫌な予感がする。

 

 人体構造と人間の構成物質を知る為にリリスがやった事。

 それを聞いた時と、同じ感覚がしたんだけど……気の所為だと思いたいよね。

 

 

 

 嫌な予感はなにかに熱中して忘れよう、という事で、思いついて俺はレイニーちゃんに相談し、ウォルターくんの城に来ていた。

 まあ、キッチンだけど。

「うん? 蜂蜜と果汁のミードの、配合率を知りたいだ?」

 何言い出してんだこいつら、と言う顔をするのは()めなさい。

「いや、急に押し掛けて何()出すかと思えば……酒だったらもうねぇから、呑むならギルドでも()ってきな」

 どうやら昼のメニューを考えているらしい。

「おうん? 昼飯の仕込みかい?」

 さり気なく邪魔にならない位置に立ちながら、何やら考え込むウォルターくんを眺める。

「……パスタで良くね?」

 メニューに悩んでる時は、何か適当なメニューを投げて貰うと考えというか、自分の今の「気分」がハッキリしてくる。

 気分というのは、「今日は麺の気分だな」とか「ピザを受け入れる(ハラ)になってた」とか、そう言うアレだ。

「パスタか……いや、パスタも悪く無いんだが、もっとこう、生野菜も食いたいんだよ」

 ウォルターくんが乗ってきた。

 人によっては「気が散る!」と怒り出す恐れも有るのでおっかなびっくりだった訳だが、ウォルターくんの懐が広くてよかった。

 皆は、為人(ひととなり)の判らない人に対しては無闇にやっちゃダメだよ?

「サラダが欲しいとか、そういうのも違うんだ?」

 俺の声に、腕組みで天井を見上げる。

「うーん、パスタとサラダとか、そういう組み合わせで行けば食いすぎそうでなあ。だからってサラダだけで済ませたくねぇし」

 サラダだけだと、物足りなさがなぁ……。

 そう言う呟きが聞こえた。

 そういう事なら。

「サンドイッチは? サラダにしっかり味付けて、ハムとかベーコンと一緒に挟むとか、ポテトサラダを挟むとか。スクランブルエッグとかも良いよね」

 俺の思いつきに、動きを止めて考え込むウォルターくん。

 色々頭の中で組み立てている様子だ。

「ふむ、そのアイディア頂いたぜ。それにしよう。今、屋敷にいるのは何人だ?」

 おや、思ったよりすんなり。

 こう見えて意外と柔軟なのよね、ウォルターくん。

「えっと、リリスが出掛けて、他は全員居るんじゃないか? 呼んでくる?」

「なるほど、じゃあ30分くれ。出来合いもあるから、それでぱぱっと作っちまう。出来上がる頃に、全員呼んでくれ」

 この辺のやり取りをしている頃には、ウォルターくんはもう作業を始めていた。

 手伝える事は有るかと聞けば、簡単に済ますから大丈夫だと追い出される。

 ホントに、料理が好きなんだねぇ。

 レイニーちゃんと顔を見合わせ、苦笑する。

「目的が果たせませんでしたねえ」

 タハハと笑うレイニーちゃん。

「いやまあ、この際だから試しに作って、飲んでもらって意見聞こうか」

 言って、2人で頷きあう。

 

 俺とレイニーちゃんが息抜きで造ろうとしているのは、ミード用のポーション。

 ポーションと言っても、回復効果が有るとか、宿酔(ふつかよ)いを防ぐとか、そういう物ではない。

 単純に、ミードに混ぜると冒険者ギルドで流行りの蜂蜜果汁ミードが気軽に楽しめる、そういうアイテムだ。

 蜂蜜が意外と高級品なので、蜂蜜の使用量を減らし、砂糖で調整――何故か上白糖が普通に流通してるんだよな……そんなモンなのかな、いや助かるんだけど――して風味と甘さを出し、そのままだと混ざり(にく)いそれをすんなりミードに馴染ませるために、()()()()()()()()()、レモン果汁を加える。

 それを小瓶に封入するか、普通に瓶に入れて、お好みの分量をミードに混ぜれば、ご家庭で気軽に楽しめちゃうのでは?

 というアイテムを思いつき、割と乗り気のレイニーちゃんと配合についてあれこれ相談していたのだ。

 作るために、最適な配合という物について意見を聞きに行った結果がさっきのサンドイッチだった訳だ。

 30分だったら酒屋さんに行って帰ってくれば丁度っぽいし、レイニーちゃんは蜂蜜と砂糖は有るという。

 んじゃあ、酒とレモン買ってくる、と言い置いて、俺は買い物に出掛けるのだった。

 

 

 

 ひょいと出掛けた買い物先で問題に遭遇するなんてそうそう有るものじゃない。

 酒とレモンを抱えて屋敷に戻り、キッチン前で出会ったウォルターくんに「この呑兵衛が」って言う目で見られたくらいだ。

 俺、そんな頻繁に呑んでる? と軽めのショックと共に思い返せば……あ、毎日飲んでるし、毎日宿酔(ふつかよ)いだわ。

 しばらく酒は控えよう、と思うものの、酒瓶を抱えていては説得力も無いというものだ。

 

 ちょっと泣きそうな気分でレイニーちゃんに酒を持っていったら凄く心配された。

 レイニーちゃん良い子。

 

 そんなほっこりイベントを交えつつ、屋敷に残っている全員に声を掛けて食堂へ。

 今日のお昼はサンドイッチ。

 食事の準備を手伝い、お茶の用意をするヘレネちゃんに凄く癒やされる。

 戦うのが嫌いな優しい暗殺者(アサシン)技能持ちのメイド少女。

 ……あざとくね? え、なに、実はこの子が主人公?

 勝手に混乱する俺にもお茶を淹れて、優しい微笑みをくれる。

 そっか、天使って実在したのか。

「どうした、気持ち(わる)……面白(おもしろ)……奇妙な顔して」

 言葉選ぶんだったら最後まで頑張れ、タイラーくん。

 結局罵声じゃねえかこの野郎。

 奇妙ってなんだ奇妙って。

「うるせぇ、ベーコンサラダサンドぶつけんぞこの野郎」

 ぷんすか怒って見せるが、タイラーくんは揺らぐこと無くサンドイッチを頬張る。

 そんな(ふう)に憤慨していると、

「食いもんで遊ぶな馬鹿」

 ウォルターくんに怒られてしまった。

 所でこのベーコンサラダサンド、ホント旨いね。

 

 知能指数の深刻な低下が見られる?

 いやだって平和だし、あとはボディソープとかの開発が出来たら色々楽になりそうだし。

 各ご家庭の入浴施設の普及が進むんじゃないかな?

 それは俺の関与する所じゃないけど、まあそんな塩梅で話が進んでくれると、割とのんびり過ごせそうな予感じゃない?

 

 たまーになんか適当な依頼(クエスト)を受けて、そんなのんびり生活を想像したらそりゃ、緩むよね、気持ちとかね。

 

 そんなのんびり生活にちょっぴり差す不穏の影、ウチのリリスちゃんは、夕食も終わり、ウチのメンバーが適当にそれぞれが寛ぐ時間になっても帰ってこなかった。

 あんまり帰りが遅いとまた別の心配も湧いてくるが、まあ、あの悪魔が遅れをとる相手がそうそう居るとも思えない。

 とは言え、出来ればなるべく早く帰ってきて欲しいモンだ。

 

 

 

 昨夜はリリスの帰宅を待っていたので、俺は珍しく飲みに行かずに屋敷に居た。

 夕食後少しレイニーちゃんと(はな)し、(くだん)のポーションを作ったが、意見を聞きたい連中は(みんな)してバーへ。

 俺とレイニーちゃんが残っているので、ヘレネちゃんも出掛けておらず、折角なので誘って試飲会。

 子供達にはまだお酒は早かろうという事で、秘蔵のお菓子(いつもの)で我慢して貰う。

 あ。今度、酒のつまみにも出来る気軽な軽食って事で、ウォルターくんにポテチでも吹き込んでみよう。

 バーのメニューで見掛けなかったし、それなり流行るんじゃないかな? どうかな?

 そんな事を思いながら、ミードを飲む。

 感想としては、中々イイ感じ。

 蜂蜜を減らしている筈なのに、言うほど蜂蜜感が薄まった気がしない……いや、そりゃ「蜂蜜酒」って言うくらいだし当たり前か。

 いやでも、このポーションを混ぜて軽くステアするだけで良いんだから、非常にお手軽ではなかろうか。

 現状、小娘3人? の判断は、これは「売れる」だ。

 ただ、売り方が問題なのだよなぁ。

 製法を非公開にしてレイニーちゃんが作り続けるとか論外だし、製法を公開すると儲けが……。

 なんというか、著作権というか、考案者特権が有っても良いと思うんだよ。

「じゃあ、明日にでも、商業ギルドで相談してくるよ?」

 俺が悩んでいると、レイニーちゃんが事も無げに言う。

 え? 商業ギルドなんてもん、有るの?

 完全に盲点だった。

 ていうか、俺、この世界を侮りすぎ。

 全世帯とは言わないけど上下水道が普及しつつあり、ガラスも普通に有るし瓶も量産されてる。

 そういう事は商売が関わってくるし、それを取り仕切るギルドが有ってもおかしく無いんだよな。

「お願いしたいけど、大丈夫? 俺はそういう、海千山千ってな感じの世界は苦手でなぁ」

 元販売店勤務者が何を言うって?

 だから俺、入社からずっと裏方なんだって。

 とはいえ現在はクラマス張ってる訳だし、一緒に顔だして、(はなし)聞いてるくらいはするべきかな。

「私も不安だけど、でもこの先も有る事でしょ? それ考えたら、早いうちに良い感じの担当さん捕まえたいトコでも有るし」

 と、意外と考えているレイニーちゃん。

 うーん、そういう事なら、明日は俺も一緒に、なんならタイラーくんとジェシカさんにも付添頼もう。

 なんか俺、あの2人に依存し過ぎな気がする。

 

 と言うような事が有ったり考え込んだりしつつ就寝し、目を覚ますといつ戻ったのかリリスが俺のベッドの中へ。

 ……可愛いよ? 可愛いけどさ?

 キミ、自分の部屋が有るじゃん? なんで此処に居るのん?

 と思ったけど、なんか凄く良く寝ているので、起こすのも可哀想に思え、俺は静かにベッドから抜け出す。

 

 無理にとか、強引に叩き起こすとか、そんな事する理由も無いしな。

 

 キッチンでばったり出会ったタイラーくんに事情を説明し、一緒に商業ギルドに行って貰える事に。

 やー、キミのそういう付き合いの良いトコ、キライじゃないよー?

「まあ、レイニーの為にも、な。お前は単じゅ……(ひと)が良すぎて騙され易いから、権利全部取られ兼ねんしな」

 んー、キミのそういう一言多いトコ、キライだよー?

 そんな感じでギスギスじゃれ合っていると、ウチのメンバーが次々キッチンへ。

 フレッドくん、マシューくん、君達はまず顔を洗っておいで。

 ぼちぼちリリスも起こしてくるかな、そう思っていると、ものすごく浮かない顔のレイニーちゃんがキッチンへ。

 

 えっ、なにそれどうしたの?

 

「あー、おはよう、いや、ちょっと頭痛いと言うか」

 釈然としない面持ちで挨拶を返してくれるレイニーちゃんに、俺とタイラーくんは顔を見合わせる。

「ん? 宿酔(ふつかよ)いなのか?」

 タイラーくんが呆れた様な調子で声を掛ける。

「やー、そんな呑んでないです。ていうか、夢見が悪くて」

 答えるレイニーちゃんはちょっと青い顔を無理に笑わせて、顔の前で手を振る。

 健気可愛いが、ホント大丈夫なのかな。

 

 っていうか、夢……か。

 

「何の夢見たん? 怖い夢?」

 問いかけるが、頭の中で考えるのは別の事。

 昨日、不穏な気配を発しつつ、急に用事を思いついて1人で出掛け、夜更けに帰宅したらしいリリス。

 その翌朝、夢見が悪いと青い顔で起きてきたレイニーちゃん。

「いえ、別に夢自体は普通というか、うーん……単に、石鹸の作り方を見た、というか」

 見た夢の内容を聞けば、ボディソープの作り方と思しき作業を眺めている夢。

 顔色が悪くなるような理由が見当たらないんだけど……?

「ただ、夢を見る前に、なんて言うか……バチンっ! って言う感じで、頭の中を何かに叩かれた、みたいな感じがあって。その余韻が今も残ってる感じで気持ち悪いんですよー」

 ……。

 取り敢えずその場は「大丈夫? 今日は休んで、明日にする?」とか話しつつ適当に抜け出し、部屋へダッシュ。

 

 やりやがったなリリス!

 何をしたかは判らないけど、何かしたのは判る!

 

「リリス! 起きろおい! あちこち触っちゃうぞこの野郎⁉」

 ちょっぴり錯乱気味の俺がリリスを見た感想を交えつつ揺すり起こそうと奮闘する。

「んー……けんすけ……」

 あざとい寝言とか何処で習ってきてんだよ、つーかお前起きてるだろ、ホントは!

 一瞬けんすけって誰だか判んなかったよ! 俺だよ!

「い・い・か・ら、起きろってんだよリリスぅ!」

 ちょっと迷ってから、耳を引っ張る。

 ほっぺた引っ張ってやろうかと思ったけど、ちょっと可哀相でつい。

(いた)ぁい⁉」

 流石に()こける余裕もなく、俺の手を払い除けながら跳ね起きる。

「おう、おはようリリス」

「おはようじゃないわよ何なのよ痛いじゃないのよ⁉」

 起き抜けに元気だねこの野郎、結構結構。

「お前、レイニーちゃんに何したん? ん?」

 分かりやすく動きを止めて、すいっと俺から目をそらすリリス。

「リーリースー?」

 誤魔化せるつもりなのかコイツ。

 耳を引っ張り上げる。

 まずは何を仕出かしたか聞き出してやる。

「痛いってば! 耳引っ張らないで! もげるもげるっ!」

 ……。

 これ、ちょっと楽しいな?

 

 

 

 可哀相なのでベッドの上で正座させつつ、話を聞くと。

「……ボディソープの手作り映像を、直接脳に流したぁ?」

 聞くだけでヤバいと理解(わか)る事を、あっさりと仲間相手にしちゃったの? 何してんの、この悪戯小娘?

 

 とか、そんな生易しい筈無いんだよなあ、コイツの場合。

 

「……お前さんの事だから、変な悪影響とか、後遺症が出たりとかは無いんだろ?」

 俺の言葉に、驚いたように見上げてくるリリス。

「そこ、私を信用しちゃうの?」

 ちょっと嬉しそうに見えなくもないけど、あのな?

 単純に信頼してるって話じゃないんだわ。

 脳に何かしら手を出すとか、想像するだけでヤバいと思える事をする以上、リリスは必ず下調べをする筈。

 なにせ、レイニーちゃんに出会うまでに、さんざん苦労したのだ。

 その苦労をふいにする様な真似、しようとは思わないだろう。

 

 じゃあ、何が問題になるのか?

 ()調()()()()()()だ。

 

「リリス、お前さん、昨日何処で何してたん? 夜遅くまで?」

 性懲りもなく、目を逸らす。

 ほほぅん? 誤魔化す気なの?

「……耳」

 俺がつぶやくと、反射的に耳を押さえて飛び上がる。

 

 俺、そんな強く引っ張ってない……筈?

 あー、楽しくなった時かな。

 まあ、効いてるなら何でも良いか。

 

 

 

 まず、リリスの目的、と言うかやったことを語ろうと思う。

 これもまた原因は俺の不用意な一言なのだが、そう、映像を見せたらっていうアレだ。

 あの一言で思いついたリリスは、色んな実験を経て、レイニーちゃんの脳にボディソープの作成動画を流した。

 サラッと言ってしまったが、生きている人間の脳に映像を直接流す。

 当然魔法なのだが、問題はそんな魔法を持っていたのか? という事だ。

 答えで言えば、そんな物は手持ちに無い。

 念の為パルマーさんトコに立ち寄ったらしいが、「現在は在庫がない」と言う回答だったそうだ。

 あ、本来は有る訳ね。すごいな魔法世界。

 

 しかし手に入らなきゃどうしようも無く、だからと言って諦めるには惜しいアイディア。

 ボディソープは早急に欲しい。

 じゃあ類似の魔法を造っちゃおう、という事で、無駄に蓄積していたオカルト関係の知識や「脳」に関する様々なデータなどを元に、魔法を仮組み。

 その魔法を実際に使えるようにする為に、なんとリリスは。

 

 付近で活動する野盗(やとう)を襲い、生体実験の材料にしたのだという。

 

 何してるの? ねぇ?

 

 色々、というかスタートの発想からヤバい。

 脳に直接とか、(こわ)っ。

 んで、その精度を上げると言うか、安全性を確認するために人体実験しようっていう発想も怖い。

 その為の情報を得る為に、衛兵隊の詰め所に忍び込むとか、思いついても素人が実行するかね?

 話聞こう! 教えて貰おう! 程度じゃない? 普通。

 んで、手近な20人前後の野盗(やとう)の情報を得たら即現地へ、そこでまずは全員を生かさず殺さずの状態に、っていう、フットワークの軽さと行動の躊躇なさがエグい。

 どういう状態にしたかって?

 俺は詳しく知らないけど、「あの魔女と同じ状態」って言ってた。

 両手両足をどうこう言ってたアレだろう。

 俺は考えるのを辞めた。

 

 しかしそこからも地獄絵図。

 脳の構造を確認するために頭を割られる仲間、脳が露出してるのにまだ生きてる仲間を見せられて、すっげー怖かっただろうな。

 野盗(やとう)って時点で、同情なんぞせんけどな。

 ニューロンがどうのシナプスがどうしたの、俺にはサッパリだけど、リリスはその辺の知識も元々持ってたんだろう。

 んで、こっちの「人間」にその知識が適用出来るかの「確認」をした訳だ。

 魔法が使える世界の人間の脳が、俺が居た世界の人間と同じとは限らない、くらいは俺も思うし。

 

 思っても、実際に開いて確認しようなんて思わんけどな。

 

 でまあ、そういう血みどろの確認作業を経て、映像を電気信号化したものを直接脳に送り込む実験を行う。

 寧ろこの実験で脳がダメになった、っていう奴のが多かったらしい。

 

 難しかったよー、なんて笑顔で言われても、可愛くないわ。

 

 映像を見せられても廃人化しない、そんな(ふう)に出来る頃には、野盗(やとう)の生き残りは3人に。

 念の為に数度実験を繰り返し、最終的には幸せな夢を見ている生き残り(3人)共々、周囲の死体と廃人化した実験素材を焼却処分(収束魔力束)

 そこまでですっかり夜も更けたため、まっすぐ(いえ)に帰って来て、俺の寝床に潜り込んだという。

「何でそこで俺のトコなんだよ」

 呆れるべきポイントが多すぎて、まずその事に呆れる俺。

「えー? だって、洗浄(クリーン)使ったって言っても、なんか自分のベッドに直行するのに抵抗有ったから。イリスちゃんにお裾分け、的な?」

 的な? じゃないよ。

 いらんわそんなモン。

 兎も角、リリスが何をしてきたかは判ったし、洒落にならん事だというのは理解(わか)る。

 だけど今は、確認すべきはたったひとつ。

「しつこいようだけど、レイニーちゃんの健康に、害はないんだな?」

 朝の様子を見るに、害がないとは思えないんだが、一応念押しで確認する。

「勿論! 急に映像差し込まれて脳には負担がかかったと思うけど、立て続けに幾つも送ったりしなきゃ、壊れはしないって判ったよ!」

 すごく元気に良いお返事です。

 でもそれお前、少なくとも1名には「立て続けに幾つも送って、壊した」って事だよね?

 あとサラッと流したけど、脳に負担は掛かるんだね?

「安全性の確認には、何処までやったら危険かを把握しないとね」

 と、これまたいい笑顔。

 ホントは此処でゲンコ落として、お説教が正しいんだけど。

 俺はため息交じりにリリスの頭を撫でて、「危ない事はしないように、もし次が有るなら、俺に一言(ひとこと)伝えるように」とだけ。

 倫理観が違うから怒っても無駄だから?

 違うよ、そんな事じゃなくてね。

 

 結局何を言った所で、俺だって同類だからだよ。

 たまたま今回は、俺にはその手段を取れない、やった所で俺には意味が無かった、ってだけで。

 自分の利益や仲間の為に「殺戮(それ)」が必要なら、俺だって「それ」を厭わないっていうだけ。

 俺が()()()仲間に比重を置くように心がけるのに対して、リリスは自分本位な傾向が強い、というだけだ。

 結局、同族というか、仲間には甘いのよ、俺は。

 

「ちゃんとレイニーちゃんには、何らかの形で謝意を伝えるように」

 俺が頭をごしごしと撫でると、ちょっと痛そうにしながらもリリスは頷く。

「よし、んじゃー(メシ)にしよう、ウォルターくんの(メシ)を、食わない手は無いからな」

 そう言うとリリスを部屋まで送り、着替えたリリスと一緒に食堂(ダイニング)へと向かうのだった。

 

 

 

 食事を終えた俺とリリスは、レイニーちゃんに「もしかしたら、作れるかも知れない」という言葉を受けてレイニーちゃんの工房へ。

 そこで俺は、錬金術師の妙技というものを体感したように思う。

 

 映像(イメージ)を見せられたとは言え、それを理解して脳内で再現出来なければ、作りたくても作れないだろう。

 それなのに、レイニーちゃんはあっさりとやってのけた。

 香油や香水などを使用して香り付けする事も可能という事を、初回で実証しているのは実にポイントが高い。

 難度の高い工程の幾つか、例えば本来は高めの温度で「寝かせる」必要の有る工程も、錬金術の術式(じゅつしき)に組み込む事で、結果を作り出せるのだという。

 つまり、術式を完全にモノにしていると言う事。

 

 なにそれ? 魔法よりよっぽどアレじゃね?

 

 そう思ったけど、口にするのは我慢。

 出来上がりを少量手に取り、水を少々加えつつ、泡立てると……。

「わっ、わっ! こんなに泡立つ石鹸、初めて見た……!」

 作った本人が大騒ぎだ。

 俺は急いで他の女性陣を呼び出す。

 

「え、これ、身体(からだ)を洗う石鹸ですか? こんなに泡が……?」

 ヘレネちゃんが、泡立ちすぎる手元に引いている。

 ちょっと面白い。

「あら、ホントにいい香りね……あら、ホントに流しても、香りが残るのね?」

 昨日リリスと話していたことを覚えていたジェシカさんが、石鹸の残り香を早速確認している。

「……これ、匂いがもっと薄いか無ければ、キッチンで使えるな。魔法使えなくても、手を綺麗にするのに便利かも知れん」

 と、早速ハンドソープを思いつく生粋の料理人、ウォルターくん。

 タイラーくんもこの商品の応用の広さと商売の気配に、口元が歪む。

 お前、ちょくちょくキャラ変わるのやめろ。

 子供達は泡立ちが楽しいらしい、洗っては流し、洗っては流しを繰り返す。

 気持ちは理解(わか)るけど、手がふやけるぞ、()めときなさい。

 

 全員の反応に、手応えを感じたらしいレイニーちゃん。

 魔法が使えなくても、手軽に洗浄効果を体感できる、「魔法の」液体石鹸。

 洗浄(クリーン)が使えても、この石鹸で身体(からだ)を洗うだけで仄かな香りが身体(からだ)を包み、特に貴族の淑女に大人気となるのは、ちょっとだけ先の話。

 

 これも商業ギルドで登録しましょう、と息巻くレイニーちゃんに、反対するものは1人も居ない。

 まずはレイニーちゃんの専売で、手が足りなくなったら商業ギルドに、高値で製法を売りつけつつ、マージンも頂こう。

 美を求める? リリスとジェシカさんがほくそ笑み、利益を追求する俺とタイラーくんが悪い笑みを浮かべ、俺達はその足で商業ギルドへ。

 

 多少改良の余地が有るとは言え、人気の酒を自宅でも手軽に味わえるポーションと、画期的な液体石鹸は商業ギルドで早速注目を集め、すんなりと商品の独占販売の権利を獲得。

 反響が大きくなるようであれば、商業ギルドを通して製法を開示、商業ギルドとウチこと「ノスタルジア・クラン」、そしてレイニーちゃん個人に、生産数に応じてそれぞれ数%づつの使用料を収めることを条件に他所での作成も認める、と言う契約書を作成した。

 レイニーちゃんの初仕事が、本人の考えていたよりも地味な仕事で大きな結果に。

 同時にシャンプーとコンディショナーについてもアイディアを出し、その場で仮契約。

 完成したら、ボディソープと同じ契約となる予定である。

 うっかり忘れたが、シャンプーとか持ち込む時に、ついででハンドソープも登録してしまえば良いだろう。

 

 直接石鹸を作るのとは関係ない所で行われた人体実験については俺とリリスは口を固く閉ざす。

 巷には謎の野盗(やとう)集団壊滅として広まり、縄張りの地域を往来しなければならなかった商人等には喜ばれる事になる。

 

 ……うん。

 終わり良ければ、きっとそれで良いのだ。




リリスの日常には、近づかないように注意しよう。


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とびだせ悠々ライフ

目指せ権益生活。
問われる冒険者の意義。


 名前も決まり、錬金(れんきん)魔法技師レイニーちゃんのお陰でウチこと「ノスタルジア・クラン」にも収入の予感が漂い始めました。

 それはそれとして、リリスの行動の躊躇の無さが怖い、そんな俺です。

 

 

 

 ボディソープとか蜂蜜酒(ミード)用のポーションとか、その辺の登録が諸々終わって1週間くらい。

 案の定、レイニーちゃんの手に負えない勢いで舞い込む発注の嵐に、早々にレシピ解禁。

 ボディソープに加えて、シャンプーだのコンディショナーだの、貴族系ご婦人・お嬢様方が気にならない訳がないラインナップ。

 念の為、登録前に情報公開の準備をさせていて良かった。

 

 街の錬金術師達は突如湧いた金儲けのチャンスに飛びつき、他の日常品や所謂薬用のポーションの生産に支障を来しているとか。

 ダメじゃん。

 もちろん、ボディソープその他の権利は商業ギルドに登録済、ウチの商品の生産・販売については契約で守られるので、不正に販売される物は罰金が取られた上に商業資格まで取り上げられる。

 信用で成り立つ商人の世界は、思った以上に契約に厳しい。

 商業資格と言えば、ウチも権利に関わる以上クランとして商業ギルドに登録する必要がある、とかで早速登録していた。

 レイニーちゃんがレシピ解放するまでは、ウチのクランには売上的な物は入って来ない、そういう契約内容で寧ろレイニーちゃんには心配されたんだけど、いずれこうなるって判ってたし説明したからね。

 まさか1週間そこそこで権利に絡んでいくとは思わなかったけど。

 

 ちなみに蜂蜜酒(ミード)用のポーションは冒険者ギルドで大人気。

 実は、蜂蜜が溶け(にく)いと言うのが微妙に悩みのタネだったらしく、作るのが簡単になったと喜ばれているらしい。

 たまに冒険者ギルドの厨房に呼ばれるウォルターくんからの密告(タレコミ)である。

 いやー、なんか思った以上に早く、のんびり冒険者生活に(はい)れそうじゃない?

 そう考えると、ミードが一層美味いよね。

「今日はいつにも増して上機嫌じゃねえか。どうした、酒が脳に回ったか?」

 自分もやけに陽気な調子で、グスタフさんが俺の頭に手を乗せる。

 ポテチを(つま)みながらの飲酒だったので仮面を外していたため、脳天のガードが甘くなっていた。

 ……いや、この仮面メット、装備した所で脳天部分が開いてるんだよな、侍ポニーっぽい髪型を邪魔しないように。

 つまり、着けてても脳天は防げない。

 

 防具としての存在意義が揺らがされている事実に、その気遣いは必要だったか? と、問わずには居られない。

 

 まあ、今更顔も知らない設計者に文句言っても仕方ないけどな。

「大将こそ、だいぶ良い塩梅(あんばい)じゃねぇの。可愛い子でも引っ掛けたのかい?」

 気がつくとずっと酒場で呑んでるオッサンに、出会いなんぞ有る訳ねぇのは知ってるけどな!

 だがグスタフさんは気に留めることもなく、通りかかったウェイトレスさんを呼び止め、エールを注文。

 

 俺、覚えてた違和感の正体判ったわ。

 此処、バーって呼ばれてるけど俺の知ってるバーじゃない。

 居酒屋だコレ。

 

 ポテトの薄揚げ(チップス)が好評でなんか臨時収入を得たらしいウォルターくんが、俺のアイディアを形に出来れば儲かるし、再現するのに色々考えるのも楽しいし、答え合わせで外れててもそれはそれでいい刺激になると、最近ちょくちょく俺に酒のツマミのアイディアを聞きに来る。

 それも、単純に俺にアイディアを出させるだけで無く、例えばポテトをくし切りにして揚げてみたが、塩以外で味付けはないか、それは薄揚げに応用できるか、とか。

 ポテトサラダをパン粉でくるんで揚げてみたが、感想を頼む、とか。

 考えた痕跡を見せてくれているので、楽しい。

 その結果、バーが居酒屋化していくのだが、まあツマミが増えるのは喜ばしい事。

 ちょっとアイディアを伝えるだけで、工夫をこらした結果のポテサラのコロッケとかが出来てくるのが楽しい。

 マヨネーズやトマトケチャップは存在しなかったので製法を伝える。

 勿論、俺はそんな物詳しくないので、リリスに教えて貰いながら。

 

 説明が面倒臭いと思ったのか、いつぞやの仕返しのつもりか、リリスに世界の各種のソースの製法を纏めて脳内に、映像付きで流し込まれて瀕死になったけどな。

 

 そんな俺の手元のポテチを(つま)みながら、グスタフさんは当たり前のように隣に座る。

 もう慣れてしまって何も言わないが、グスタフさん→俺→リリス→ハンスさん、の順で座っているのが当たり前の光景になっている。

 リリスはリリスで割とどうでも良いらしく、色んな食事を楽しんでいる。

 最近はスイーツを求める気持ちも湧いてきたらしく、漸く俺の言う「冷蔵庫」の必要性に気がついた模様。

 俺がそっちに動かないもんで、痺れを切らして直接レイニーちゃんと何やら蠢いているご様子。

 

 ふふん、計画通りよ。

 俺があやふやな記憶であーだーこーだ言うより、知識持ちのリリスが動いたほうが色々早いに決まっているのだ。

 んで、あの気紛れさんを意のままに動かそうなんざ無理な話なので、自発的にやる気になって貰うように仕向けるだけだ。

 

 ……俺の居る意味ってなんだ?

 

 ふと、気がついてはいけない事に気がついてしまった気がする。

 いやいや、こういう時は気付かない振りして呑むに限る。

「そういや、聞いたか?」

 自棄(やけ)っぱちでジョッキを呷る俺を眺めて笑ったグスタフさんが、思い出したように口を開く。

「うん? 何が?」

 こういう場合の、定番の返し。

 酒場で屯してエールだミードだ呷っていると、色んな噂が耳に入る。

 噂レベルの話なら氾濫しているので、グスタフさんが興味を持ちそうな噂の見当が付きすぎて、逆にどの話題を持ち出してくるか判らない。

 だから、無難に聞き返して、本人の口から語って貰うのが一番なのだ。

「いや、西の(ほう)、なんか峠辺りを縄張りにしてた野盗(やとう)が全滅したらしいってな」

 

 んー。

 ミードを吹き出さなかった俺、偉いぞー。

 

 それ、もしかしてだけど。

「西? でかい規模の野盗(やとう)だったん?」

 さり気なさを装い、確認作業。

 すっごい身内の犯行、具体的に言えば今隣でフライドポテトを味わってるコイツ(リリス)の仕業だと思うんです、それ。

 

 間違っても口にしたりしないけどな!

 

「いや、20人程度の小規模なモンだったらしいが」

「……23人」

 グスタフさんの情報に、すっごい小声で修正を加えるリリス。

 へ、へーぇ、23人だったんだネ?

「なんでも、(ねぐら)と思しき跡が、すげえ魔獣でも暴れたのかってぇ具合で荒れ果ててたってんでよ」

「……私は魔獣じゃない」

 がははと笑うグスタフさんに、やはり小声で突っ込むリリス。

 間にいる俺はアレだ、温度差で割れちゃうんじゃないかと思い悩む。

 物理的に。

「そ、そこが野盗(やとう)(ねぐら)ってぇ(あかし)でも、なんか有ったのかい?」

 黙っていると居た堪れないので、軽口で混ぜ返す(ふう)に口を挟む。

 しかし、これは言うべきでは無かった。

「ああ、連中の持ってた得物だとか、鎧かなんかの破片が散らばってたらしい。再利用しようと思ったら、一回溶かして打ち直したほうが早いってくらい、粉々だったそうだ」

 そう言ってエールを煽り、やはり豪快に笑うグスタフさんだが、俺は割と気が気じゃない。

 第三者視点でリリスの災禍を聞かされるとか、これは思ったより心臓に悪い。

「……証拠を残しちゃったのか、私も詰めが甘い」

 なんせ、隣に突っ込(つっこ)みだの反省だのしちゃってる犯行の主が居るわけで。

「ただ、眉唾だって奴も居てな。その跡やら破片やらは確かに有るんだが、その破片が、手配の人数に比べて少なすぎるとかでな?」

 不思議そうに腕組みするグスタフさんは、その謎を解くことは無いんだろうなあ。

「……証拠隠滅は基本、割と高威力の収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)だったけど、まだ甘かったか。本気で撃てば良かった」

 隣の隣に犯人が居るとも思っちゃいないだろうし。

 っていうかリリスさん、独り言が物騒(こえ)ぇよ!

 やめて? 本気とか、方向間違ったら確実に街に影響出るから!

「で、噂好きの連中の間じゃあ、全滅したってのと、逃げ出してまだ生き残りが居るってのに分かれててな。酒の肴に、あーだこーだと言い合ってる訳よ」

「全滅で間違いない。私がきっちりとどめ」

「あー、どっちだろうなあ! そういうのって、話を聞くと案外、どっちも有りそうだったりして、それ考え始めると面白いんだよな!」

 犯行を自供しようとするんじゃないよリリスさん!

 何のためにキミは証拠を隠滅しようとしたの⁉

 俺の隣でちょっとご機嫌ナナメなリリスが俺を睨むが、お前、自分が口走ろうとした内容をよく考えて反省しなさいバカモノ。

「まぁな。無責任に笑ってられるうちは、笑っとくのが(とく)だわな」

 そんなリリスに気づいた(ふう)もなく笑うグスタフさんの言葉に合わせ、俺も笑って誤魔化す。

 

 どうか、笑ってる間に噂話として風化してくれますように……!

 

 

 

 話しちゃマズい話題と判るものの、やったのは自分と大っぴらに語れないフラストレーションにご機嫌ナナメなリリスを宥める為、俺はリリスと2人で商業区の食品区画に来ています。

 甘いもん()おうぜ、ってことで。

「パウンドケーキは危険って何でなの?」

 甘い物と聞いて一転、ご機嫌であちこちに視線を走らせるリリス。

「カロリー量がやべえんだよ。材料思い出してみ?」

 実はスイーツ関係の「レシピ」に関しては、リリスの方が詳しい。

 そりゃまあ、ネットで拾ったレシピをそのまま記憶してるんだもん、詳しいよね。

 実際に食べたことが無いってだけで。

「でも、現在はレシピも改良されてるんでしょ? 大丈夫じゃない?」

 唇に人差し指を当てて、考え込むリリス。

 ふふん、甘いんだぜ。

「言うほど変わっちゃ居ないし、なにより元レシピの通りに作ったほうがな、味わいが深いんだよ。人によっちゃあ『罪の味』っ()ってな?」

 小麦粉、砂糖、バター、卵、それぞれ完全同量。

 カロリー気にしちゃあ、本来は食えないお(しな)だ。

「スイーツの基本って撹拌(かくはん)と言うか、混ぜる事な気がするのよな?」

 勿論、俺の勝手な偏見だ。

 偏見だけど、そんなに大きくズレては居ないと思うんだ。

 どうなんだろ?

「んー? まあ、必ずしもそうだとは……でも、大体はそんな感じかな」

 生クリームだってそうなんだぜ? もう、基本動作なんじゃないのか、撹拌(かくはん)作業。

 んで、そういう、混ぜる、撹拌(かくはん)する作業っていうのは、つまり。

「お菓子作りの基礎って、錬金術師の得意分野じゃね?」

 俺の言いたいことに、リリスが思い至った様だ。

 最初の一回は、作り方を見せる意味もあるので、俺がやって見せる必要は有るだろう。

 だが、その作業を覚えたなら。

「レイニーちゃんがタネを作って……!」

 焼きの作業は経験が物を言う。

 だが、その経験をもち、遺憾無く発揮してくれる存在。

「ウォルターくんが焼いて、モノによってはデコレーションして!」

 あの料理好きの事だ、始めたならばきっと凝り始める。

 そうこうしてる間に、レイニーちゃんまで調理の方に手を伸ばしちゃったりすれば……!

 

 いや待て、錬金術って「材料を手元に、工程が頭に、結果は手元に」だけっか?

 じゃあ、もしかしてレイニーちゃん1人で焼き上がりまで含めて作れちゃう?

 

「イリスちゃん、戻ってきて。現実に帰ってきて」

 ハッとし辺りを見渡すが変に悪目立(わるめだ)ちこそしていないが食品区画の外れ近く。

 全然気が付かなかった、妄想も程々にしよう。

 俺は咳払いして、改めてリリスに問いかける。

「んじゃあ、どうしようか? 悪魔のお菓子をこの街に産み落とすのか、ヘルシースイーツを流行らせるのか」

 リリスの提起に、俺は腕組みする。

 正直な話、俺とリリスは人間をベースに肉体を作っているが、人間とは違う「存在」なので、カロリーなんぞ気にする必要がそもそも無い。

 味覚は人間に準拠しているので、美味しいとこだけ味わって、カロリーの悪夢に悩まされる事は無い。

「罪の味ってのに、興味は有るんだけど……悩ましいわね……」

 うーん、さすがのリリスでも、即断という訳には行かないか。

 だったら。

「リリス、仕方がない。こういう考えは好きじゃないが」

 俺の決意を含んだ声に、リリスがハッとして顔を向ける。

「俺たちは、ただ与えるのみ。選ぶのは、『人間』に任せよう」

 リリスの顔を見て、ニヤリと笑う。

「素敵ね、神様気取りという訳ね?」

 リリスも、邪悪な笑みを返す。

 決まった。

 悪魔の双子のプレゼントは、カロリーの暴力、元祖パウンドケーキだ。

 砂糖はキッチンにも工房にも有るが、此処は俺たちが用意するのが肝要。

 いやまあ、特に意味がある訳じゃないけど、その方が好き放題に使える気がするってだけでね?

 小麦粉、砂糖、バターに卵。

 ドライフルーツはそのうち挑戦したいので、販売していることを確認できただけでも収穫だ。

 バニラビーンズは有るには有るが、あんまり量がない。

 そう言えば、バニラエッセンスってどう作るのかリリスに聞いて、問題が発覚。

 この世界で、酒精の強い酒を見てない。

 バニラエッセンスと言えばウォッカが定番(リリス調べ)らしいが、そもそもこの世界ではウォッカなぞ見たこと無い。

 そんな強い酒が有れば、あの酒樽の妖精が()っとく訳もないだろう。

 ……今回はバニラエッセンスは見送りだ。

 材料も揃ったので、屋敷に戻ることにしつつ、途中で思いついてヘンリー不動産に。

 塀の一部と建物の一部を改造したいので、近いうちに屋敷に職人さんを派遣してもらえるようにお願いして、今日は即退散。

 屋敷に帰ったらまずはレイニーちゃんと、ウォルターくんを捕まえなきゃ。

 

 

 

 バタバタと屋敷の中を走ってマシュー君に怒られつつ、まずは工房へ。

「ヘイ彼女ぉ! 暇してる?」

 工房では、一息ついたらしいレイニーちゃんがぼーっと椅子に座っていた。

「はい? ああ、お帰りなさい、っていうか早いわね? お昼食べてすぐ飲みに行ったのに、1時間位で帰ってくるなんて」

 このセリフだけで、俺達が普段、どんだけバーに入り浸ってるか判るね。

 今日はまあ、話題的に居づらくなって逃げてきたんだけどね?

「ふふふ! お嬢さん、悪魔的お菓子に興味無いかね!」

 ボディソープやらシャンプーの本日分を作り終え、でれんと呆けきったレイニーちゃんに、俺は大仰にポーズまで決めて言い放つ。

「甘いやつですか? 今丁度欲しい気分ですよー」

 頑張って働くと、甘いものが欲しくなるよね! 判る‼

「よし、では早速ウォルターくんトコに行こう! 取り敢えず最初は俺が作るけど、最終的にはレイニーちゃんの方が上手く作れる筈なんだ!」

 我ながらテンション高すぎて、レイニーちゃんが着いてこれてないのが良く分かる。

 だけどコレは食べて見て欲しい、そういう逸品だ。

 そんな訳でお目当てのオーブンがあるキッチンへ。

 

「たーのもー!」

「あんだよウルセェな!」

 厨房の掃除を終わらせ、一服していたウォルターくんが俺のテンションに負けじと怒鳴り返してくる。

 あ、一服と言っても、お茶を飲んでただけだよ?

 ウチの屋敷で、タバコ吸う奴居ないね、そう言えば。

「タバコは舌が鈍る。俺は凡人だからな、味をぼかす要素はなるべく排除しときてぇんだ」

 うーんストイック。

 それはそれとして、今日の目的は冷やかしじゃ無いんですよ。

「まあ、そんな訳で、焼き菓子を作りたいんですよ大将」

 言いながら、作業台の上に材料を並べていく。

「あぁん? 焼き菓子……って、俺は作った事ねぇぞ?」

 ちっちっちっ。

 ウォルターくんがお菓子作りに興味なんて持って無かったことなんて、風貌を見れば一目瞭然(いちもくりょうぜん)ですよ。

「最初は俺も作るよ。でもね」

 挑戦的に、真正面からウォルターくんの目を見つめてやる。

撹拌(かくはん)作業のプロたる錬金術師と、焼きの工程なんざ呼吸するのと(おな)じ、って言う料理人が、素人の作業を見て真似できない、いや超えることが出来ない道理は無いよねぇ?」

 殊更に挑発的に。

 レイニーちゃんとウォルターくんが、顔を見合わせる。

「あの、撹拌(かくはん)のプロってなんだか語弊がありますよね?」

「こっちもなんだ、妙に持ち上げやがるが、何を企んでるんだ?」

 胡散臭げな2つの視線。

 更に、なんだか遊んでると思ったらしい子供達や、ギイちゃんに引っ張られてヘレネちゃんもキッチンを覗いている。

「おう、なんだなんだ、ガキ共も来たか。ほれ、入ってきやがれ。イリスが何かやらかすらしいぞ?」

 やらかすって何だ料理馬鹿。そういう口はなぁ、結果を見てから()いやがれぃ!

 

 という訳で、ろくに自炊もしていない元アラサー男の、おっかなびっくり料理ショーの開幕である。

 

 常温で柔らかくなっているバター110グラムを泡立て器で混ぜる。

 正直舐めていたのだが、単純作業に腕が悲鳴を上げそうに。

 しかしこの工程を含め、全てを「見せる」事が重要。

 俺は腕と喉から上がる悲鳴を抑えつつ、白っぽくなった所で砂糖を投入。

 ただし、一回で全部ではなく、3回位に分けると良いらしいので、混ぜては砂糖、混ぜては砂糖できっちり3回に分けての全投入。

 すかさず卵を1個投入、腕力勝負で混ぜ合わせたら、更に卵をもう1個。

 ここで、ふるっておいた小麦粉を……ふるっておいた?

 リリスの方を見れば、どうやらその工程は先にやってくれている様子。

 その工程も、職人ズはちゃんと見ていたらしい。

 

 流石だぜ! 俺は完璧にそんな事忘れてたってのに!

 

 そんな訳で小麦粉も投入。

 この先の作業は泡立て器ではキツイ、というか泡立て器が破損するので、ヘラを使用。

 ダマにならないよう、ヘラを使って斬るように混ぜていく。

 ここで妥協してしまうと台無しなので、慎重に、だけど大胆に!

「はぁー……此処までで、私に見せたかった意味が判りました……手作業でコレ、すっごい大変じゃないです?」

 溜息を()いて、レイニーちゃんが俺の手元を眺めた感想を漏らす。

 モチロン大変だよッ!

 俺はいい笑顔で答えるつもりが、声が出ていない。

 ちょっと集中し過ぎであるな。

 咳払い咳払い。

「まあ、大変だけど、各ポイントを抑えて、レイニーちゃんが作業すれば……一瞬じゃない? コレ」

 正直癪では有るが、現実は受け入れなければ先に進めない。

 考え込むレイニーちゃんは、しばし目を閉じた後、俺の目を見据えてハッキリという。

「楽勝です」

 ですよねコンチクショウ!

「錬金術の嬢ちゃんの出番は判るが、俺の仕事はいつだ? 焼くとか言ってたが?」

 おやおや、ウォルターくんが痺れをきらせたようだ。

 しかもまた、タイミングの良いことだねぇ。

「ふふん、お待たせだぜウォルターくんよ。コイツを型に入れて、っと。これを、180度のオーブンで45分程度、焼いて欲しいのさ」

「お、なんだコレをオーブンで焼きゃ良いのか? 温度上がるまでちょっとかかるけど、大丈夫か?」

 言いながら、ウォルターくんは手早くオーブンの準備をする。

 ちょっと時間が有る、って事で、レイニーちゃんも動き出す。

「私もやってみて良いです? 今見てたので、多分出来ると思うんです」

 良いね、元よりそのつもりだったんだ。

 材料を手渡し、改めて分量を伝える。

 かつ、分量はレシピによっては前後(ぜんご)10グラムの差が有る事を伝える。

 要は好みなのだと。

「なるほど、じゃあ、まずは私も110グラムで、コレを基準に何度か作って見る感じですかね?」

 言いながら、作業を開始する。

 俺は「バターを混ぜる時は空気を練り込むイメージで」とか、偉そうに講釈。

 どうせ物の数時間で立場逆転の予定なのだが、今くらいは良いじゃない。

 

 それにしても錬金術はスゴいねえ。

 

 出来上がりのイメージが出来てさえ居れば()()()()()()()()()()()()()というのは、やっぱりズルいと言わざるを得ない。

 見ていた子供達も、思わず歓声を上げるほど、それはあっという間の出来事。

 

 すっげえ、マンガみたい!

 

 そんな訳で、2つの型にそれぞれタネが出来た。

 程なくオーブンの準備も終わり、焼きの工程に。

 

「所で、あんな型、良く有ったな?」

 ウォルターくんの疑問に、俺も頷かざるを得ない。

 調理具を売ってる一角で見かけたのだが、正直、なんで有るのかと。

 ……あ、パン焼くのかな。

 まあ、都合の良いことの1つ2つ、有っても良いじゃないのさ、たまにはね。

 

 そうして焼くこと45分、オーブンから出して10分程置いてから、型から外して切り分ける。

 竹串チェックを忘れてたが、ちゃんと焼けているようで良かった。

 遅れ馳せで2人に竹串チェックを教え、先に言えとウォルターくんに怒られる。ごめんて。

 そして実食(じっしょく)

 

 騒がしい感想の言い合いは割愛するが、俺とリリスの大勝利と言って良い。

 なにげに初パウンドケーキのリリスの笑顔がとても可愛く見えたのは、身内贔屓だろうかね?

 

 やる事はエゲツないのにね。

 人体実験とか。

 証拠隠滅とか。

 

 みんなで仲良く食べた後で、思い出したようにレイニーちゃんが口を開く。

「あの、そう言えば最初に『悪魔的なお菓子』って言ってましたよね? 何の事なんです?」

 不思議そうな顔。

 あれま、材料を目にして手に取って、まだ気づいていないの?

 そんで、今それ聞いちゃうのね? 話すけど良いのね?

 俺の(まえ)フリに若干顔をひきつらせ、カロリー量的な説明後には、俺はレイニーちゃんに掴みかかられていた。

 

 うははははは。

 美味しかったもんねえ? 食べちゃったもんねぇ?

 

 楽しーなぁ!

 

 

 

 レイニーちゃんとヘレネちゃんが、今度はジェシカさんも巻き込もうと妙な同盟を結成している一方、カロリーなんか気にしない、元気いっぱい運動ざかりの子供達は次回のオヤツを心待ちにしている様子。

 意外な事にウォルターくんも気に入ったようで何より。

「いや、色々できそうじゃねえか。果物混ぜたりとか」

 悪魔的菓子にさらなる改良案、衝撃を受ける2人の少女。

 あ、俺とリリスは予想してたサイドだから、今更そんなんで衝撃は受けないよ?

「果物だと水分増えて焼き上がりに影響しそうなのがなあ……あ、ドライフルーツだったらどうだろうね?」

 さり気なく「思いついた」(ふう)を装って入れ知恵。

 なるほどと頷くウォルターくんと、頑張って悪魔の誘惑に抗おうとする錬金術師とメイドさん。

 子供達がもう既に期待の声を上げているので、コレに抗うのは無理ですな。

「そうすっと、ドライフルーツも自家製で作りたいな。今度やってみるかね」

 お菓子作りに前向きになってくれたので、これは頑張ればショートケーキまで行けるかな?

 レイニーちゃんが揺れまくってカワイそうなので、カロリー控えめレシピなんかも織り交ぜつつ。

 

 俺はまだ気付いていなかった。

 今回はたまたま、パウンドケーキの作り方を知っていたから、()()が無かったという事に。

 俺はスイーツ作りなんぞした事がないので、基本的に他のレシピなんて知らない。

 しかし、レシピはリリスが持っていて、「伝達方法」もリリスは持っている。

 俺が実践して見せれば良いと知ってしまったリリスは、大事なレイニー(しょくにん)ちゃんに無闇に負荷を掛けるような真似は控えるだろう。

 

 近い将来、自分の脳がパチパチ言うことになるとは、俺は考えもしていなかった。

 

 

 

 

 

「国喰らいが処刑されたそうだな」

 爽やかな昼下がりの陽光を受けるテラスで、場にそぐわない影が5つ。

「人の話を聞かないで好き放題するからですよ。下手(へた)な事を喋ってやしないか、気が気じゃないですね」

 影の1つが、大仰に肩を竦めて見せる。

「大丈夫じゃないですかね? 聞いた話ですが、モンテリアに連行された時にはもう、喉をやられて喋れない状態だったとか。そもそも瀕死で運び込まれたらしいですし」

 別の影がそれに応える。

「いずれ我らも辿る道よ。享楽に身を委ねた、堕ちた我らにとっては、羨むべき最期なのかも知れん」

 どこか羨望を帯びた溜息に、1人が反応する。

「そんなもん、羨ましくもねえよ。それに、堕ちた理由はそもそもが復讐だ。俺たちはそれぞれ、まだ復讐は果たしていない」

 目的を果たしても居ないのに、死んでたまるか。

「それで、今回集められたのは、国喰らいの冥福でも祈るつもりなの? そろそろ、目的をお教えてよ」

 今まで口を閉ざしていた1人が、先を促すように口を開く。

 

 世界に仇成(あだな)す6名。

 それぞれの理由で、ヒトで有りながらヒトに害を成す、6人の災厄。

 

 その1人が滅ぼされた。

「国喰らいを屠った相手には、手を出さぬほうが良い、と言う報告だ」

 残る4人の顔が、自然と発言者に向く。

「理由を聞いても良いか? 別にあれの復讐なんざする気もないが、立ち塞がるようなら()っちまや良いだろう?」

 1人、荒い口調が疑問を述べる。

 復讐心に突き動かされ、力を求め、力に呑まれたその身だが、それだけに己の力には絶対とも言える自信があった。

「国喰らいを追い詰めたのは、単身の魔導士だそうだ」

 静かな声に、再び時間が停まる。

「それも、無傷でな」

 静かだった世界が、ざわつく。

 魔導士など、国喰らいにとって最もあしらい(やす)い相手ではないのか?

 あの呪詛は最早物理的な障壁とも言えるレベルで、並の魔法なら無効化できるし、並を超えていた所で容易く破れる物ではない。

 少なくとも此処に居る5人ですら、国喰らい(アレ)がゴーレムを纏っている間は有効打を与えられる自信は無い。

「魔導士が単身で無傷だと? 幾ら何でもフカシの()が過ぎるんじゃねえのか?」

 荒い声が、僅かに怒気を帯びる。

 認めたくない故か、それとも、戦いたいのか。

「詳細は判らん。獣追いが力を貸していたらしいが、それも全て倒されたと聞く」

 ムッツリと黙り込む声に、影の中の、別の声が応える。

「ああ、僕が(じゅつ)を教えて、力を貸してたんだけどね。あの姐さん頑張って500近く()()()たのに、あっという間に薙ぎ払われたよ。間違いなく、たった1人にね」

 ごく軽い、朝の挨拶のような報告は、それだけに異様な凄みが在った。

「僕が観察用に紛れ込ませてた子も、巻き込まれて壊れちゃった。お陰で最後までは見れなかったよ。出鱈目な力も在ったもんだね」

 つまらなそうに言葉を締めくくり、僅かな静寂が場に流れる。

「断定は出来ん。だが、異界のモノである可能性は高い。手出しは無用だろうな」

 重々しく発せられた言葉に、溜息や舌打ちなど、大凡友好的とは言えない反応が並ぶ。

「俺達以上に気紛れで、俺達ほど人を憎んじゃ居ない。それだけでも厄介な、化け物……か」

 かつて各国で発見された異界のモノ達の報告を思い出す。

 どれもこれも、出来の悪い冗談のようでしか無い。

 だが、それの半分程度でも事実であったなら、それは油断どころか、そもそも敵対なぞ出来る存在ではない、と言う事。

「それが現れたというだけで脅威だ。我々はまだ、それぞれ目的を果たしていない。別に好きにすれば良いと思うが、こうして結託している(よしみ)だ。無理はするな、程度は言わせて貰おう」

 言いざま、影が1つ消える。

「やれやれ、爺さんはせっかちだね? 言うだけ言って消えちゃったよ」

 肩をすくめる影。

「だが、注意すべきという事は判った。復讐を志す身に『無理をするな』とは笑えん冗談だが、障壁となるなら兎も角、関わらずに済むならその方が良い。忠告は素直に受けるとしよう」

 静かな声が宣言するように言うと、そのまま消え去る。

 他の影も同意であったり悪態であったりを残し、次々と消えゆく。

 だが。

「……冗談じゃねえ。そんな面白いモン、()っとく手こそねえだろうが」

 最後に残った影は顔を上げ、彼方の空を見やる。

「モンテリア、()ったか? 面白(おもしれ)え。遊んで貰おうじゃねえか」

 呟きを残し、影は消える。

 

 日差しを受け止めるテラスには人の姿はなく、始めからそうだった様に、風が遊ぶのみであった。




スポンジケーキも遠くないぞ!


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イリスと本格銭湯の気配

サブタイトルは誤字では有りません。


 ウチのリリスさんが大暴れした痕跡は日常の様々な噂に紛れ、たまに聞くかな? 程度の物に。

 そんな中、パウンドケーキのレシピは相談の末、商業区のお菓子屋さんと提携し、商業ギルドへ登録される運びに。

 クランに参加してから2週間程で、レイニーちゃんの登録している商品の数が結構な数になり、間違いなくウチ一番の稼ぎ頭だ。

 ちなみに、パウンドケーキのロイヤリティには、レイニーちゃんは兎も角、ウチこと「ノスタルジア」は絡んでない。

 ウチではアレを売る予定は無いし、売りたくても店持ってないし、何でもかんでも絡んでいくと、色々と面倒臭いことになりそうだったので、レイニーちゃんがお菓子屋さんに売り込んだ、という形になっている。

 ウチで作って食べれれば問題無いし、プロの技術でどう変わっていくのかを見ているのも、きっと楽しいだろう。

 それらの出来事とは別に、先週ウチの従業員に給料をお支払いしました。

 本当に払う気有ったのかと驚かれて、ちょっぴり傷ついた俺です。

 

 

 

 娯楽の普及と称してリバーシでも流行らせて、街の機能を麻痺させてやろうかと、異世界モノっぽいことを考えつつお昼ごはんを待つ。

 そんな時間帯に訪れたお客さんに隠しもしないで舌打ちしつつ、セレネちゃんの案内で玄関に向かうと、そこに立っていたのは商業ギルドのお偉いさんらしき人と、レイニーちゃんの担当の人だった。

 レイニーちゃんは先に来て何やら話をしているらしいね。

 いやそんな事より、昼飯時(ひるめしどき)に来るんじゃないよ全く。

「お待たせしました、『ノスタルジア』マスターのイリスですよっと」

 当人比3割増し程度の仏頂面だが、仮面のせいで伝わっていないだろうと気づいたのはたった今だ。

 まあ、声の方にも愛想が乗っていないので、多分、ちょっぴりご機嫌ナナメ、くらいには思って貰えただろう。

 実際ご機嫌ナナメだしな。

「あ、あの、イリス? どうしたの?」

 寧ろレイニーちゃんが慌てておる。

 どうしたのかって?

「事前連絡無しで昼飯時(ひるめしどき)に来られて、すこぶる機嫌悪いから帰って欲しいだけだよ?」

 もう面倒臭いので、仮面を外して遠慮無しに睨みながら言ってのける。

 魔女の眼差しには魔力が籠もるという。

 それだけで、お偉いさんが気絶した。

 

 精進が足らんわ。

 

 

 

 気絶したお偉いさんは客間に放りこみ、看病は担当ちゃんに任せ、俺達は呑気に食事。

 ウォルターくんの料理は美味いね、相変わらず。

 あ、今日はパスタでした。

 

「イリス、そろそろ商業ギルドの人……」

 え? あっ。

 ごめん、3行で忘れてた。

 でもなー、どうも気が乗らないんだよなー。

 

「先程は大変失礼いたしましたッ!」

 気乗りしないながらも客間を覗いたら、ああ、こんな異郷の果てで、まさかのジャパニーズ・ドゲザスタイルを眺める事になるとは。

 っていうか、そんな必死に謝るくらいなら、最初から飯時(めしどき)避ければ良いのに。

「あー、まあ良いから、そんで話ってなんなの」

 字に起こしてみるとすげえ偉そうなセリフだけど、実際は引いちゃってる俺。

 流石に土下座は想定してないよ。

 お(なか)空いただろうし、なんか土下座見てたら可哀想な事した気になるし、ドライフルーツ入のパウンドケーキとお茶を出してもらう。

 早速働かせちゃってごめんね、ヘレネちゃん。

 そう言えば、カレンちゃん、ティアちゃん、ギイちゃんのお子様3人娘も、最近はヘレネちゃんにお茶の淹れ方とかを習っているとか。

 冒険者より良いと思う程度には、あの子達にも身内として心配もするようになった。

 男の子組はグイくんも冒険者になったとかで、ノービスクラスで頑張っている。

 たまに、タイラーくんが面倒見たり、俺が一緒に遊んだりしてるけど、やっぱ無理とか無茶はして欲しくない。

 それでもその内しちゃうんだろうなあ、男の子だし。

「本日お伺いしましたのは、是非、お知恵をお借りしたく思いまして」

 言いながら、いかにも中間管理職上がり、と言った風情の疲れた表情で、男は俺に商人ギルドのギルドカードを提示する。

 アラン・ウォーデン、41歳。

 この世界としては高齢の部類なんじゃないかな?

 肩書は都市歓楽施設部統括、とある。

 統括? お偉いさんっぽいんじゃなく、ホントにお偉いさんだった。

 その割には随分フットワークが軽いと言うか、ホイホイ現場に出ちゃうタイプ?

 それに随分と腰が低いと言うか、優しすぎでない?

 こういう立場の人が俺がさっきやったような対応に、怒りもしないとか……大丈夫なのかな。

 

 それにしても、だ。

 

「はぁ……お知恵って、歓楽施設? なんだ、娼館でも取り仕切ってるのかい?」

 俺が思ったままを口にすると、アランさんは力なく笑う。

「ははは、まあ、そちらも扱っておりますが……そちらの相談では有りません」

 ああ、扱ってるのね。

 そっか、成程ね?

 まあ、俺はこのナリじゃお世話になる事も無いし、気にしてもしょうがないか。

 うん、気にしない気にしない。

 

 ……どんな美人さんが居るのか、今度冷やかしに行ってみようかな?

 

「んぎッ⁉」

 隣のリリスさんに足を踏まれる。

 なんで? 俺、今回(こんかい)ばかりは確実に、声になんか出してないぞ?

「? どうかされましたか?」

 アランさんがキョトンとした顔をしているが、流石にテーブル下の惨劇にまで気付く筈もない。

「いえ、実に美味しそうな……じゃなくて、そう、夕食の献立を考えてまして……」

 咄嗟に思ったままの事を言いそうになって、慌てて考えても居ない事に言い直す。

 隣には、澄ました顔で茶を飲みながら、人様の足を踏みつけたリリスがティーカップを口元に寄せている。

 ぐぬぬ、と思って睨みつつ、ふと気づくとレイニーちゃんまで俺を進路上のゴミを見るような眼で眺めている。

 

 なんで?

 

「そ、それで、その都市歓楽施設部統括さんが、一体何を?」

 爪先踏まれるのって痛いよね?

 なんでこの子(リリス)は平気で人の足踏めるの?

「はい、実は――」

 そこから始まるのは、実に長い話だった。

 交易の要衝たるこの街(初めて知った)、アルバレインは東西と南からの大街道の交差点であり(初めて略)、当然(ひと)の出入りは激しい。

 なるほど、活気のある街だけど、この世界は人口が多いのかと思ったら、何の事はない、この街が規模の大きな交易都市だったという訳だ。

 広い街で、南門の方には余程の用事がなきゃ行かない、行く気にならない程度には離れている。

 それに、南側ってこっちと違って本格派の貴族さんの生息地域でしょ? エンカウントしたら怖いじゃん?

 自己制御的な意味で。

 んで、そんな交易で賑わうこの街なのだが、ここ数年は東方の、1つ隣の交易の街で大規模なバザーが開催されたりと、そちらに商人の足も向かいがちなのだという。

 アルバレインでもバザーをやったりもするそうなのだが、気合い負けというか、開催規模からしてどうしても一歩及ばず、このままではいずれこの街は「古い交易の街」として、静かに寂れてしまう、というのが商業ギルドの悲観的な観測なのだとか。

 それを避ける為に、打てる手を打つ。

 交易だけでなく、この街でのみ取り扱う、或いは他に比べて質の良い商品を作る等、動き始めているが、並行して目玉となる施設が作れないかと、そういう話が出たのだそうだ。

 ざっくりとこう言う話なのだが、ここまで聞いてもまだ俺には良く理解(わか)らない。

 いや、状況は理解(わか)るんだ、理解(わか)らないのは、なんでウチにそんな話持ってきたの? って事。

 適当な相槌がホントに適当になっていたが、アランさんは気にしていない様子。

「と、そういう訳でして。向こうのバザーの時期に負けてしまうのは仕方ないですが、何かこう、目玉になるような施設とか、そこで行う催事(イベント)とか、そういったもののアイディアを広く募ろう、と言うことになったのですが……」

 ん? なに、なんで歯切れ悪いの?

「何処もまともに取り合ってくれず……協力してくれるスポンサーも見つからない状況なのです」

 あらららら。

 それって致命的じゃない?

「はい、致命的以前に、何をする資金も無いのです……。どうしたものかと」

 あっさりと計画の八方塞がり感を認めるアランさん。

 うーん。

 商業ギルドからの持ち出しも当然有るけど、大規模な仕事はスポンサーが付かないと動けないだろうなあ。

 もう他人事で考えちゃてる俺は、温泉とかどうかと思ったけど、そもそも源泉が無さそうだしなあ。知らんけど。

 

 いや、温泉に(こだわ)る理由は無いか?

 

 うーん、とりあえずスポンサーの話は一旦置いて、話すだけ話してみるかね。

 俺のアイディアなんて、誰も聞きゃしないだろうし。

「ウォーデンさん、この街、水資源ってどうなってるんだっけ?」

 訪ねながら、俺は知っている限りの街周辺の地図を思い浮かべる。

 東側に川があったが、そっから生活用水を引き込んでるんだろうか?

 しかし、そんなにでかい川でも無かった気がするんだけどなあ……。

「ああ、生活用水は、地下水脈が街の真下を通っているので、それを汲み上げて居ますね」

 ええ? 川が有って、地下水脈まで有るの?

「……今まで、水不足になった事とか、有るの?」

 というか水資源豊富ってスゴいな。

 東の川は、畑用の用水を引いたりとか、なんかそういう使い方がメインらしい。

 南と、東も川の先は知らないからなぁ。

 東門の外なんて、薬草採りに行ったことしか無いや。

「水不足は、私は経験したことが無いですねえ」

 顎に手を添え、アランさんは答えてくれる。

 ふむふむ、じゃあ、多少の水の再生処理を考えてやれば、問題はないのかな。

 水の使用が出来るなら、温泉じゃなくてもやりようはあるね。

 しかし。

 そこは日本人たる俺の感覚。

 この世界、この街の人は果たしてそんなモンに食いつくだろうか?

「あー、ウォーデンさん、別の質問だけど」

 俺は、思いつきに対する素直な反応を確認したくなり、慎重に言葉を紡ぐ。

「はい、何でしょう……あ、私のことはアランで結構ですよ?」

 答えるアランさんは、人の良い笑顔でファーストネーム呼びを許してくれた。

 視界の端で、初対面からファーストネームで呼ばれたレイニーちゃんが微妙な顔をしているのが見える。

「ありがとうございます、んじゃ、アランさん。この街で、お風呂ってどれくらいの普及率ですかね?」

 俺の質問に、虚を突かれたのか、アランさんは少し腕組みして考え込み、そして答える。

「調査資料の数字を正確に把握している訳では無いのですが、住民の戸建てに限定しても、おおよそ40%に届くかどうか、だと思います。冒険者向けの宿でも、給湯設備の無い所も多いですし」

 ふむふむ、思ったよりお風呂付きの住人が居るっぽいけど、でも全世帯の半分にも届いていないらしい。

「なるほど。ちなみに、その理由は単純に設備が普及していないだけ、ですか?」

 住民が言うほどお風呂に興味無い、とかだったらそもそもの計画が破綻する。

 コレは訊いておかねばならない。

「ええ、そうですね。今はまだ暖かいですから、水で身を清めるのも苦では無いですが、冬ともなると厳しいですからね」

 アランさんの返答に、俺はちょっと自信を頂き、質問の矛先をレイニーちゃんに向ける。

「レイニーちゃんも、まあ、ウチで普通に使ってるけど、お風呂に抵抗とかは無いんだよね?」

 ちゃっかりドライフルーツ入のパウンドケーキをパクついてたレイニーちゃんが、俺の質問の意味を掴みそこねてパウンドケーキをくわえたまま俺に視線を向けた。

「お風呂に抵抗というか、もう、お風呂が無いって言われる方が抵抗キツイんだけど」

 うん、そうよね、結構長風呂だよね、キミ。

「そうですねえ、このお屋敷のお風呂、素敵ですもんね……」

 レイニーちゃんの隣で、うっとり顔の担当ちゃん。

 なんで君も? と思ったが、考えてみたらなんか商談とか理由をつけて、ちょくちょくウチに泊りがけで来てるなそういや。

 お前さん、風呂目当てだったのかい。

「違いますよ、お風呂とお食事です。あぁ、私も此処に住みたい……」

 俺の疑問に、堂々と正面から答える担当ちゃん。

 何言い出してるんだ、商業ギルドの人間と其処に出入りしてる技術者が一緒に暮らすとか、癒着の匂いしかしねぇだろうが。

「家賃払うんだろうな?」

 一応冗談めかしといてやるが、君は上司と行動している自覚をもう少し持ち給え。

 俺が言い、アランさんが咳払いすると一瞬顔色を変えたが、見た目小さくなって見せてるだけで、コイツ反省してないぞ、多分。

 それはそれとして、良く判った気はする。

 別に、風呂自体が避けられてたり、そういう事では無いのね。

 この屋敷にも最初から風呂がついてたし、妙な心配はしてなかったけど、確認した訳じゃ無かったからね。

 それなら、本命のアイディア、そいつの反応も確認してみるか。

 

「んじゃあ、例えば。街の一角に、でっかい風呂の有る施設があって、金払えば誰でも入れるって言ったら、客が来るかな?」

 

 俺の言葉に、アランさんや担当ちゃん、レイニーちゃんの動きも止まる。

 リリスは2つめのパウンドケーキに手を伸ばしてるけど、コイツはなんとも思って無いってだけで、話は聞いてるんだよな?

 今ひとつ不安になるけど、ま、まあ、大丈夫だと信じよう。

「大きい……風呂、ですか? 価格次第だと思いますが……風呂の無い家庭も多いですし、利用したいと思う者は多いでしょうね……」

 顎先に手を当て考え込むアランさん。

「そ、それって問題有りません? 多数の男女が同じ湯船で……?」

 小さく手を上げながら、担当ちゃんが恐る恐る問う。

 その言葉に、アランさんも「あ」と小さく声を上げる。

「いや、流石に男湯と女湯は分けるよ? 覗きも出来ないようにするし」

「どうせやるなら、お風呂に入る時のマナーも浸透させた方が良いわね。湯船に浸かる前に、身体を綺麗に洗うとか」

 俺が担当ちゃんに答えると、それに被せるようにリリスも口を開く。

 ああ、そっか。

 風呂に入る習慣が薄いと、中々気が回らないかもしれない。

 そういう事も考えなきゃ不味いわな。

「なるほど……。ルールやマナーは実際に開始するとなったら決めて行かねばなりませんね。所で、大きいと言ってもどれくらいの規模の物になるのですかな?」

 アランさんの表情は飽くまでも前向きだ。

 今まで、ホントに碌なアイディアどころか、まともに相手されてなかったんだろうな。

 どこか楽しそうにさえ見える。

「大きさは、極端に大きな物は考えていませんが」

 答えながら、俺は脳裏に1つの建物を思い浮かべていた。

「まあ、用意できる建物次第ですね」

 1度だけとは言え実際に目にした、とてつもない広さの賃貸物件。

 内見まではしなかったけど、あの佇まいは遊ばせておくにはもったいないと思うのだ。

 なんか、気が付くと結構乗り気な俺が居るんだけど、どこにスイッチが隠れてたんだろう、やる気的な。

「なるほど。そうと決まれば、この街の潤沢な水資源を使いましょうかね」

「水資源……? ああ、水を引いて沸かせて、大衆用の入浴施設を稼働させるのですね?」

 俺の考えを読みきったアランさんと顔を見合わせ、俺達はニヤリと笑いあってから、レイニーちゃんに顔を向ける。

「レイニーちゃん、今度は魔道具技師の腕を見せて貰うぜ。取り敢えず、ヘンリーさんの不動産屋(とこ)に行こうか」

 支える技術はレイニーちゃん(と、リリス)、物件はヘンリーさん。

 いつも通りの他力本願な俺がいっそ誇らしい。

 詳しい話は、ヘンリーさんを混じえて、可能かどうかの意見を聞きながら。

 当然のように話が見えていないレイニーちゃんと担当ちゃん、アランさん、それに暇つぶしに着いてくるリリスを引き連れて、俺はヘンリー不動産へ。

 その前に、お土産用の焼菓子(やきがし)セットを忘れずに。

 自分でこっそり食べたり、子供達のお土産用の分の確保も目論みつつ、お菓子屋さんへ顔を出すのだった。

 

 

 

 久々のヘンリー不動産。

 今日は商談と言う事で、応接室に通された。

「お待たせしました、リ……イリスさん、お久しぶりです」

 ヘンリーさんはいつも通りの紳士だ。

 一瞬俺の名前を間違えたようだけど、余裕のスルー。

 リリスも此処では野暮な事をせず、俺と揃って仮面を外し、軽く会釈。

「お久しぶりです。今日は商業ギルド絡みの案件で、ちょっと規模の大きな賃貸物件を紹介して欲しくて相談に来ました」

 まずは簡潔に、来訪目的を告げる。

「ふむ……まずはお話を伺っても?」

 人の良い紳士の面影を残しながら、商人の眼差しでヘンリーさんは俺達の対面に腰を下ろす。

「はい、では、まずは事のあらましですが……アランさん、説明をお願い出来ますか?」

 俺が話を振ると、アランさんは慌てず頷き、説明を始めてくれる。

 こういう場面での場馴れ感は流石のものが有る。

 ……のんびり気質も併せ持つので、うっかり人様の飯時(めしどき)に訪問しちゃうお茶目な一面も有ったのだろう。

 きっと。

 そんな事を考えている間に、概要の説明が終了。

「成程、大筋は理解しました。しかし、具体的には何を為さりたいのか、そこをお聞かせ頂けますか?」

 ヘンリーさんが頷きながら言う。

 アランさんは具体的なアイディアを持っていない、というよりアイディアを求めてあちこち走り回ってた人なので、手持ちに具体案はない。

 この街の有名な商人とか、色々回ってウチに来たのは最後くらいだろう。

 ダメ元だったんじゃないかな?

 そんなアランさんが、流石に半信半疑ながらも興味を持ってくれた俺のアイディア。

「銭湯をやりたいんですよ」

 俺敢えて、ざっくりと言う。

 ざっくり過ぎるし、そもそも銭湯なんて見たことの無いご様子だし、さしものヘンリーさんも目を丸くするしか無いようだ。

「銭湯ってのは、大規模な入浴施設ですよ。大きな浴場を用意して、対価と引き換えに入浴できる、そういう施設です」

 流石に多少の説明をしなければ不味い、そう悟った俺は補足を入れる。

 風呂文化の普及と、誰でも楽しめる入浴施設の提供、それがまずは一歩目の目標だと。

 そしてこのアイディアは、最早ある意味でこの街の特産品となりつつある、ボディソープやシャンプー、コンディショナー等の「お風呂用品」の普及を後押しする目的も有る。

 普及させるには、この街の大多数を占める、俺を含めた「庶民」に浸透させなければ話が進まない。

 そして、その上で。

「ゆくゆくは、そこに旅人を漬け込んで骨抜きにしよう、っていうのが大まかな最終目標です」

「大まかと言うか、もうそこに向けて注力する感じですよね、色々な事を」

 担当ちゃんが手を挙げて発言。

 うんうん、よく判ってるね。

 所で、そう言えばなんで挙手?

「まあそうね。ウチのボディソープで身体(からだ)洗ってもらって、その威力……効果の程を体験して貰ったら、風呂に浸かってのんびりして貰おうと言う算段ですよ。そんで、湯上がりにはエールはさぞ美味いでしょうし、施設内に簡単な食事も提供出来る場所を併設してもいいでしょうね。あとはお土産コーナーでも作って、この街の石鹸自慢の力作を並べて。何なら、買ってそのままお風呂で試してもらっても良いでしょうね」

 ヘンリーさんとアランさんが顔を見合わせる。

「宿泊施設を併設、とかも考えたんですが、そうすると街の宿屋さんが困り兼ねません。なので、銭湯に宿泊施設は付けません。また、建物内にはお土産屋さん程度の店だけで、中規模以上のお店は設置しません。これは宿屋さんと同じく、元から有る商店街の利権を損ねる事の無い様にする為です」

 やろうと思えば、銭湯付きのでかい商業施設、なんて真似も出来るだろう。

 だけど、そんな事をして元々有る商店街と客の取り合いとか、そういう真似はしたくない。

 お互いに利用し会える、そんな関係くらいが丁度良いのだ。

 大儲けを狙うと、足元が留守になりがちだ。

 大金を()にしたけど転んで大怪我、なんてのは避けたい。

「銭湯……でかい風呂の(ほう)も、一工夫(ひとくふう)したいですね。アイディアそのものは有るので、帰ってからでも、ウチの技術者と相談したいと思います」

 俺の発言に、当然の様に何も聞いてないレイニーちゃんがぎょっとする。

 俺は軽く目配せ(ウインク)して、話を続ける。

「他にも、開発したい新商品から幾つかあるので、それも技術者と相談して、実現出来次第、導入しても面白いかも知れません」

 此処まで話して、自分の話の酷さに笑ってしまう。

 今の話の中で現実に出せるものは、今はお風呂セットしか無い。

 良く言ってハッタリ、普通に聞いて詐欺だ。

「その、開発中の商品のアイディアは、詳細をお教え頂く事は可能ですか?」

 アランさんが探るように俺を見る。

 先程のレイニーちゃんの様子から、彼女は何も知らないと見抜いたらしい。

 担当ちゃんは俺とアランさん、レイニーちゃんを等分に見回しているので、こちらはその事にも気づいていない様子。

「あはは。実はまだ、レイニーちゃんにも話してない物も有るのです。なので、それについても相談して実現可能かを検討する所なので、詳細はある程度詰めてからで」

 変に見栄を張ってもしょうがないし、出来なかったら目も当てられない。

 俺は笑って誤魔化しながら、頭を掻く。

 だが、今の俺の話を、ただのフカシでは無い、とは受け止めてくれたようだ。

 それはそれでプレッシャーだけどね。

 実際には、まだなんにも無いのが実情なんだし。

「なるほど。その、銭湯、ですか。そちらと付随する施設を含めた施設だけでも、集客は期待できるかも知れません、ですが……」

 アランさんがヘンリーさんに目を向ける。

「それはどれ程の規模の建物が必要なのか……」

 ヘンリーさんも、アランさんの視線を受けて困ったように溜息を漏らす。

 おや? まさかヘンリーさんも思いつかないとか思わなかった。

 

 ……あれ? もしかして()()()()、賃貸は考慮してない?

 

 えー?

 アレ、住むのは不味いにしても、商業的な(そういう)用途なら、行けるんじゃないかと思ったんだけどな……。

 いやもう、最悪は買うか?

「ヘンリーさん、俺が家を買う時に候補に出てた、なんとか言う貴族のお家騒動が有った屋敷。あれ、賃貸には出来ないのですか?」

 俺が言うと、ヘンリーさんは理解(わか)りやすく動きを止める。

 貴族のお家騒動、である程度ピンときたのか、アランさんも顔を青くしている。

()()()を知った上で、あの屋敷をお使いになるのですか?」

 当然だよ?

「あの屋敷、価格を相当下げてますけど、あれ、売れても儲け出ないでしょ?」

 アランさんの発言に頷いて見せてから、俺はヘンリーさんへ言葉を向ける。

「ええ……なにせ、前の持ち主の幽霊(ゴースト)が出るとか」

 なるほど曰く付きだもんねえ。

 

 んんん?

 

 その話は初耳だよ、なにさ幽霊(ゴースト)って。

 囁くの?

 って言うか、そんな物件勧めたの?

「ああ、以前お勧めした際は、案内の者に事情の説明をするように言っておりましたので。2軒目の物件を押すように、とも」

 成程、そこは商人なんだねえ。

 でも、危なかったよ?

 もし下見に行くのが俺だけだったら、あの屋敷を買ってたよ?

 格安超絶豪邸、しかも曰く付き。

 その上幽霊(ゴースト)まで出るとなったら……ん?

「ヘンリーさん、その幽霊(ゴースト)って、具体的に危害を加えてくる……とか?」

 うっかり忘れかけていたが、ここは魔法も有りの異世界だった。

 最近は当たり前に受け入れてるけど、まだ俺が見ている夢である可能性は消えてない、ってのは一旦置いとこう。

 幽霊(ゴースト)とか、普通に魔物扱いっぽい響きだし、魔法とか使って来そうな気がする。

 呪いとかも。

「普通に攻撃して参ります。ただ、屋敷に愛着が有るようなので、追い出す程度で済ませてくれるようですが」

 ははーん、厄介じゃん?

 ヘンリーさんもアランさんも固唾を呑んで俺の次の動作を待っている。

 レイニーちゃんも担当ちゃん――そう言えば、担当ちゃんの名前何ていうんだっけ――も、同様に、俺の言葉なりを待っている様子。

 リリスだけは気づいている。

 あの顔はそうだ。

 ここまでの事態は想定していないし、当然そんな俺が打てる手を持っていない、って事を。

 

 困ったな……多分、仮に戦闘になっても、俺やリリスなら楽勝だと思う。

 幽霊(ゴースト)? だってここ異世界でしょ?

 魔法で倒せる相手なら、俺に任せろ、くらいの勢いですよ。

 

 ただ、今回(こんかい)は利用したい建物に居座る幽霊が相手。

 下手に俺やリリスが魔法なんぞぶっ(ぱな)せば、建物どころが街が危ない。

 ちょっと前の俺だったら「我が事ながら自意識過剰」と笑っただろうが、ちょいと事件があって、結果森の一角を独力で開墾してしまった手前、コレばかりは意識して自重せざるを得ないのだ。

 魔踊舞刀(まようぶとう)でどうにかなるかな……?

 ダメだったら、他の魔法じゃあほぼ確実に建物を傷める。

 舞刀(ぶとう)だって、使う場所次第じゃあ多少なり傷を付けてしまうだろう。

 それに、変にこっちが粘れば、幽霊(ゴースト)形振(なりふ)り構わずに排除に動くかも知れない。

 そうなれば、どうしたって建物が荒れる。

 それは避けたいんだけど、どうしたもんか……。

 

 別の建物に、とか逃げ出したくもなるが、しかしあの物件は立地的にも魅力なのだ。

 静かな中流貴族の屋敷の立ち並ぶ中、尚且、周囲とある程度距離がありつつ、あの無駄に……失礼、えーっと、広い庭園。

 整備すればあの庭園でバザーが出来そうだし、片隅に建物を建てる許可が下りれば、警備の人とか衛兵さんの詰め所を置いおたり、バザーの管理の人がそこに詰めたり出来そうだ。

 公衆トイレも増設する必要がありそうだけども。

 そして、あの巨大な建物なら、巨大な銭湯を作る事も出来るだろうし、()()()()の物を幾つか作るのもアリだ。

 2階はバーとかお土産屋さん、軽食専門店を構えても良い。

 3階は各事務所関係。

 なんならアランさんにでも、直接現場を見る、とか適当な理由をつけて事務所をここに移して貰うのも良いかも知れない。

 そんな事まで可能な敷地面積と建物に匹敵する物件が、他に空いているとはちょっと思えない。

 更には、立地的には貴族サマの屋敷が近い、と言う事も利点に成り得る。

 あまり騒げば苦情も出るだろうが、あの落ち着いた町並み、景観の美しさは観光にうってつけだ。

 

 季節ごとにバザーを開くとしても、雑多な商業区の一角ではなく、あの閑静な貴族屋敷の通りを抜けて、目指す先があの大邸宅。

 バザーを開く方にも客として訪れる方にも、これはインパクトが有るんじゃないかな?

 多少騒がしくなるのは、季節の風物詩として慣れて頂くしか無い。

 それに普段はあの広い庭が緩衝材になって、多少の騒ぎ声があっても気にならない……と、良いな。

 流石に無理かな。

 衛兵さんは、むしろ貴族サマが近くに居るからこそ、気合い入れて警備してくれそうだ。

 まあ、貴族と言っても南地区程しっかりした感じでも無いらしいし、こっちに住んでる人はむしろ堅苦しいのは苦手って人が多いとも聞く。

 出来ればそういう、庶民的には付き合いやすそうな「貴族さん」とは、いい関係を築いて行きたいもんだ。

 

 そんな訳で、あの建物は押さえたい。

 1号店、いやアルバレインの湯本店(ほんてん)(仮)としては、考えるほどアレ以上の物はない、気がする。

 んで、此処が当たるようなら、別の区画に庶民向けの、ちょっと小さい施設を幾つか作っても良いのだ。

 風呂を沸かす装置は有るんだし(ウチにも有るよ、毎晩の楽しみだ)、それを大規模にすれば良い。

 それこそ、魔道具制作技師の腕の見せどころだ。

 庶民向けの風呂の(ほう)は、ウチの風呂くらいの大きさで良いだろうから、つまりは現行の技術でどうとでもなるという事。

 

 ウチの風呂? その気になればウチの全員で入っても余裕あると思うよ?

 野郎の裸なんぞ見ても楽しくも何とも無いから、絶対やらんけど。

 あ、女の子チームはたまに一緒に入ってます。

 中身オッサンの俺は、大体リリスに理由つけてつまみ出されてるけどね!

 

 サービスのお風呂回?

(俺にも)無いよ残念だったな!

 

 そんな皮算用を幾らしても、まずは幽霊(ゴースト)をどうにかしなければスタートラインにも立てない。

 どうしたものか。

 

「説得すれば良いじゃない」

 

 考え込む俺と、無茶するんじゃないかと心配してる様子のヘンリーさん他を纏めて思考停止に追い込む声は、俺の半身とも言える存在が発したものだった。

「はい? リリスさん、なんて?」

 きっと()の抜けた顔をしている俺に溜息を()いてみせ、リリスは言葉を紡ぐ。

「だから、その幽霊(ゴースト)の説得をすれば良いじゃない」

 実に短気なリリスらしい考えだ。

 そんな簡単な事じゃなさそうだから困ってるんですよ?

「リリスさんや。キミの『説得』だと、屋敷が半壊しちゃうでしょ? 街に被害が広がったらどうするの」

「……アンタは私の説得を何だと思ってるワケ?」

 どこか不満げに、半眼で俺を見ながら口を開く。

 なにって、あっはっは。

 馬鹿なこと聞くね、この子は。

「殲滅って書いて、『せっとく』って読むんだろ? 実にお前らしいけど――⁉」

 言いかけた俺のコメカミ(テンプル)に、真横からの衝撃。

 正確に打ち抜かれ、脳を揺らされた俺はテーブルの上にゴトリと崩れ落ちる。

 もしかして、顎にも良いの入った? なにその神速の2連撃。

 この子、実は武僧(モンク)

「アンタは、この天使とも妖精とも称される私を捕まえて何を言い出すのよ。説得って言ったら説得に決まってるでしょうが」

 考え込んじゃう俺に、リリスが声を投げつけてくる。

 

 ああ、殺戮の天使と死の妖精ですね?

 殲滅(せっとく)って言ったら殲滅(せっとく)、了解でーす。

 

 元気な返事を返したいのだが、あいにく綺麗に脳を揺らされた俺がまともな言葉を返せるようになるには、もうちょっとだけ時間が必要だった。

 

 

 

 領都モンテリア。

 交易都市アルバレインから南に馬車でおよそ6日。

 そのアルバレインをも凌ぐ巨大都市は、王国に於いて4番目に広く、2番目に美しい街と称される。

 その街を訪れた災厄は、思っていたのとは違う街の様子に戸惑いを隠せずに居た。

「どうなってやがる? 化け物じみた冒険者の気配なんぞ何処にも()ぇ。そこそこやる、程度の連中なら見かけるが、とてもあの『国喰らい』を単騎で相手できそうな奴は居そうに()ぇんだが」

 あちこち(まち)をふらつき、それらしい気配を探るが見つからない。

 気配を隠すのが上手い可能性は勿論あるが、冒険者ギルドを冷やかしても見かけないどころか、それらしい噂も聞かない。

「最近化け物を退治した冒険者が居るって聞いたんだが」

 と、手近な冒険者に酒まで振る舞っても、知っている者が居なかった。

 さては唯の噂か、そう思いかけた時に耳に入ったのは、アルバレインで大きな動きが有ったらしい、と言う噂。

 聞く話の方向を少し変えれば、アルバレインに最近少し目立つ、仮面の双子の魔法使いが現れ、向こうではちょっとした話題なのだという。

 最近、領都に来て、領主の(やかた)にしばらく逗留していたらしい、との噂もあったが、その噂を確認するために領主邸を訪ねるのは、いささかリスクが大きい。

 適当に会話を切り上げ、呑み代を支払って街へ踏み出した彼は鋭い眼光を空に向ける。

 完全な無駄足では無い、少なくとも噂に上るような冒険者は存在した。

 しかし、双子、と言うのが気にかかる。

 単騎と聞いていたが、2人だったのか。

 1人が2人だったところで信じられない話に変わりはないのだが。

「……悪目立(わるめだ)ちしてもしょうがねぇ、アルバレインに行くか。無駄足って訳じゃねえだけ、マシだったな」

 苛立ち紛れに暴れようかとも脳裏を掠めるが、その衝動は抑える。

 なにせ各国で手配されているお尋ね者だ。

 妙な真似をして存在がバレたら面倒だ。

 負けるつもりなど無いが、この領都の冒険者や衛兵の大多数と渡り合うのは流石に骨が折れる。

 目的は飽くまでも、復讐。

 それを達成するまでは死ねない。

 

 しかし、国喰らいを倒したという魔法使いには、酷く興味を惹かれた。

 異界のモノ。

 そいつを喰えば或いは。

 

 世界に仇成(あだな)(もの)の一角、「悪食」は先程よりも更に、期待の籠もった目を行く先へと向けていた。




イリスの秘密アイディアは、どんな碌でもない物なんだ……?


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死闘! 夜の大邸宅!

恒例の嘘タイトルです。
でも、こういう話を書くのが好きです。


 商業ギルドからの相談を受けて、銭湯を作りたくなったのでむやみに張り切ってヘンリー不動産に。

 しかし、曰く付き物件には攻撃を仕掛けてくる幽霊がいるとか。

 

 流石にそれは聞いてないよ、そう思うのも束の間、仲間の思いつきで幽霊の説得に当たることに成りました。

 

 絶対、説得(攻撃魔法)になる予感しかしないんだけど。

 失敗したらお屋敷お買い上げだけど、リリスさんはその辺理解(わか)ってるのかな?

 

 除霊(じょれい)じゃなくて説得って所に妙な引っ掛かりを覚える、そんな俺です。

 

 

 

 一度おうちに帰って仮眠を取ってから、ウォルターくんの手作り晩ごはんを食べて、お夜食にサンドイッチを作って貰ってから、俺とリリス、タイラーくんとヘレネちゃん、そしてヘンリー不動産前で待ちあわせたエドモンドさんと共に、都合5名で曰く付きのお屋敷へ。

 時刻はざっくり言うと21時くらい。

 

 エドモントさんは管理会社の立ち会いということで、鍵を持ってきてくれている。

 ウチのメンツはなんで居るのかって?

 俺が1人で行きたくないってゴネたからだよ。

 心霊スポット凸の1人検証みたいな真似、誰が好き好んでやりたいと思うんだって話ですよ。

 ジェシカさんはお肌に悪いからパスだそうで、ヘレネちゃんに「代わりにお願い」と軽く一言(ひとこと)

 断れない系メイドさんのヘレネちゃんは泣きそうな顔で一緒に来てくれている。

 

 タイラーくんが謎に付き合い良いのよな。

 さては俺に惚れてる? ンなワケないな。

 あ、アレか、やらかしの監視。

 ……身に覚えが有るから何も言えねぇ……。

 

 リリスは強制連行枠です。

 俺だけにやらせようとか、甘いんだよお嬢さん?

 

 という訳で、管理会社の人と押し付けられたメイドさんには同情しつつ、俺は張り切って屋敷へと向かう。

 

 世の中には、空元気とかハッタリとかが重要な場面というのも有るのだ。

 

 

 

 

 メイド服ってさ?

 こう、種類こそ有るものの、やっぱこう、押し()べて良いもんだよね?

 例の面接後の服選びで、まさかのメイドスタイル、それに近い服を選んできたへレネちゃん。

 もしや才能持ちか? と思い、後日、バーテンスタイルっぽい服を選んできたウォルターくんの物と合わせて、商業区の防具屋兼仕立て屋(テーラー)にデザインを持ち込み――リリスによるデザイン起こしで――作って貰ったメイド服は、無事にヘレネちゃんのハートを直撃してくれたらしい。

 ちょっと値が張ったものの、リリスのデザインに感動した店主の計らいでお値段はお勉強して貰いつつ、魔法処理に依る防御機能を拡張しており、戦闘にも耐えられる素敵な代物へと昇華している。

 

 え? ウォルターくん?

 

 ああ、なんか喜んでた気がするね?

 あと、多少髪伸ばしても良いよとは伝えといたので、これから伸びるんじゃないかな、髪が。

 そんな事よりヘレネちゃんなんだよ、今は!

 なにせ俺の敬愛する英国式メイドスタイルだぞ⁉

 あの長いスカートが良いんだよ!

 ヘッドドレスも――当然リリスデザインで――喜んでくれたし、調子に乗って10セット注文したよ。

 ちなみに、ウォルターくんのバーテンスタイルセットは5セット注文でした。

 今はヘレネちゃんしか着る人居ないし、サイズもヘレネちゃんに合わせてるけど、後悔は全く無い。

 

 俺がこの世界に来たのは、ヘレネちゃんのあの姿を見るためだったのかも知れない……!

 

「馬鹿エロドスケベイリス、妙な事考えてないで集中なさい」

 俺の名前、また変わったね?

 いい加減にしないとアレだぞ? 泣くぞ?

 俺は抗議を込めて視線を鋭くする。

 (はた)から見たら、多分ただのジト目ってやつだと思うけど。

「集中って、全然なんの気配も無いじゃんよ。お前らこそなんで呑気に遊んでんだよ」

 呑気にトランプ――大富豪とか、お前らタイラーくん相手になんて不利な勝負を――に興じる愉快な仲間達に苦情を投げつける。

 っていうかトランプとか有ったのかよ。

 小金稼ごうと思ってたのに、誰だよ先に持ち込んだ奴。

 いや、独自にたどり着いたのかも知れないけどさ。

 

 持ち込んだ者が居るのなら、それは俺やリリスと同じ転移者の可能性は考えた(ほう)が良さそうだ。

 ()()()が俺と同じ巻き込まれた者(プレイヤー)なのか、リリスと同じ自ら世界を超えた者(キャラクター)なのか、どちらなのかで結構話が変わってくると思う。

 

「ちょっと! このタイミングで革命って!」

「これは……プランが変わりますね……」

 トランプを引き金に割と真面目に考え込む俺の耳に、リリスの悲鳴とエドモンドさんの呟きが飛び込む。

 

 なんでエドモンドさんも普通に遊んでるんですかね?

 

「あ、あの、革命返しです」

「なんだと……⁉」

 そんな呆れモードに変化した俺の耳に、今度はヘレネちゃんの躊躇(ためら)いがちな声と、タイラーくんの驚愕の声が滑り込む。

 

 端的に言って、ザマ見よ。

 

 それにしても緊張感が無いメンバーを背に、俺は1階の大ホールで仁王立ちである。

 ……幽霊(ゴースト)かあ。

 割とゲームでは見かける敵だし、当然俺のプレイしていたゲームでも居た……よな。

 あれ、見た目は幽霊(ゴースト)っぽかったけど、違ったらどうしよう。

 当然のように照明の無い館内で、魔法による、熱の発生しないランタンが今の仲間たちの光源。

 正直、遊んでるんなら帰れと言いたいが、言ったら間違いなく全員帰るので黙っているしか無い。

 クランマスターの威厳? そんなもん何処で買えるんですかね?

 そんな事を考えながら、ホールど真ん中の大階段を見上げる。

 ウチの螺旋階段もお気に入りだが、こういう幅広の大階段って奴もスゴいもんだね。

 迫力が違う。

 正面の大階段を上って、2階で左右に折り返し、2本? の階段――()っても、これもかなりの幅広だ――を上ると3階へ。

 惨劇の現場はこの建物全体。

 酷かったのは、この大階段を上った突き当り、2階の大広間らしい。

 家族と、使用人の大部分がそこで、って話だ。

 ……つか、大広間が2階? 不思議な作りというか、プライベート空間が3階だから、2階も社交的な用途に使ってたんだろうかね?

 

 そんな考えを脈絡もなく頭の中で走らせ、ついでに改装案を練りながら、ホールから左右に拡がる通路の奥を見やる。

 特に夜目が効く訳でも無い俺では、最奥までは見通せないけれど。

 入浴施設を増設するなら、1階しか無いけど、このホールならおみやげコーナーの出張版みたいな、小さい店舗を幾つか置けそうだ。

 本店? は2階にして、1階はお土産コーナーとお風呂用品販売ブースを置くのが良いだろう。

 

「フルハウス、だ」

 タイラーくんのドヤ声が後頭部を叩く。

 続く悲鳴と嘆息。

 ……いつの間に、ポーカーに変わってるんですかね?

「うーん、やっぱり何か賭けないと面白くないわねえ」

 そんな事言いながら、どうやらリリスは伸びをしているらしい。

 ほほう?

 随分熱中してたように見受けますがね、姫様よぅ。

「賭けか。それも良いな、何を賭ける?」

 タイラーくんが乗る。

 つーかお前ら、遊びに熱中しすぎじゃないかしら?

「そうね……勝ったら、イリスを好きに出来るとか?」

 おい待て。

 なんだその年齢制限掛かりそうな提案は。

「なるほど、面白いですね。ウチで働いて貰うのもアリですね」

 (なん)で乗るの、エドモンドさんよ?

 つーか、労働力としてかよ。

「ふむ、確かに色んな意味で魅力には欠けるからな……そうすると、炭鉱に売るのもアリか」

 魅力に欠けるとかお前、ボディ以外は魅力のカタマリだろうがアァン?

 つーか炭鉱とか、アリじゃねぇよ、()しだ()し。

 そもそもクラマス売り飛ばそうとしてんじゃねぇよ。

 号泣すんぞコラ。

「こらこら、ウチの()を勝手に販売しないで。儲けは6:4ね」

 お前はなんで売上の権利主張してるんだ。

 そうじゃないだろ、()めろよ。

「仕方ないな。じゃあ、俺が4と言う事か」

 何が仕方ないんだ馬鹿野郎。

「あ、あの、私が勝ったら、イリスさんと1日一緒に居ても良いんですか?」

 天使は希望すら天使だった。

 もう、1日と言わず、ずっと一緒に居て良いよ。

 良し、クランマスター命令だ。ヘレネちゃん、勝って。

 ホントにもう、なにこの可愛い生き物。

 ヘレネちゃんは明日から公認クランマスコットで良いね、うん。

「じゃあ、私も参加しようかしらー。自由に動き回るのに、身体(からだ)が有ると便利そうだからー」

 なんだよもう、身体(からだ)目当てとか理解(わか)り易いと思いきや、憑依目的とか。

 憑いてるね、じゃねぇんだよ。

 俺が困るわ!

 

 一通り突っ込んでから、初めて俺は違和感に気付く。

 振り返るが、ランタンに照らされた5人は特に何かに気づいた様子もなく、呑気にカードとにらめっこだ。

 大階段を振り仰ぎ、ホールの隅々を見渡し、通路の奥にも再度視線を送るが、異常無し。

 気の……せいかな?

 どうも気を張りすぎてたらしい、と言うか、自分で思ってたよりもビビってたのかな。

 溜息と一緒に肩の力を吐き出して、気分転換代わりに、後ろにいる5人に馬鹿話でも振ろうと考えた時に、俺は違和感の正体に気付く。

 

 此処に居るのは、俺、イリス、ヘレネちゃん、タイラーくんとエドモンドさん、以上5名だ。

 そして、さっき振り向いて皆を確認した時、そこに居たのは5人。

 

 ……なんで()()()()()()()()()んだ?

 

 えー……なにその……えー?

 俺は意を決して振り返り、スゴい楽しそうにポーカーを楽しむ()()を見回し、ためらいがちに言葉を掛ける。

「……おい、リリスさん、タイラーくんよ。俺だけ真面目に働かされてるのをとやかく言う気は無いんだけどさ?」

 俺が声を掛けると、面倒臭そうに顔を上げた2人は俺の方に顔を向けて、声を発しようとして気付いたらしい。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()の声が、思わぬ方向から聞こえた事に。

 

 俺に向けていた視線を外し、一度お互いに顔を見合わせてから、視線をカードを楽しむ輪の中へ。

「そちらのヒトは、どなた様?」

 俺の言葉の意味を考え、漸く視線を動かしたヘレネちゃんとエドモントさんも、すぐにその姿を視界に捉える。

 

 俺たち5人の視線の中で、()()()はにっこりと微笑んだ。

 

「あ、すみません、ドローしますー」

 とても柔和な表情で指を2本()て、2枚ドローの要求をしているが、気付いて下さい。

 貴女(あなた)以外、みな()が止まってます。

 

 

 

 確か、此処に出るのはちょっとはっちゃけちゃったご当主様だと聞いてたんですが。

 失礼を承知で年齢の話題を挙げるなら、結婚前とお見受けするお若いご婦人、というよりお嬢さんが半透明でお出ましである。

 お出ましどころか、自然に輪に混じってカードに興じるとか、レベル高くないですか?

 タイラーくんは無言で彼女に目を向け、少し考えたように動きを止めると、彼女が2枚手札を捨てたことを確認し、ストックから2枚、ちょっと遠いようなので引いて手渡してやる。

 ……いや、なんで普通に進めてるんだよキミタチ。

 

「あー、お父さまは、暴れるだけ暴れて、満足してしまったようですー」

 錯乱貴族の三女、丁寧に名乗ってから、メアリーちゃんはにこにこと教えてくれる。

 あー、そっか、成程。

 好き放題暴れて気が済んだのね。

 そう言う意味なら確かに、もうこの世に執着を無くしたかも知れないなあ、と、無責任に思う。

 

 でもそれ、暴れた(ほう)は、って話だよね?

 ……殺された(ほう)は……?

 

「あー。それはまあ、殺された直後は何処に向けたら良いか判らない憎しみとか、恨みとかー。それなりに酷かったですけどー」

 おっとりしたご様子で、ヘレネちゃんの淹れたお茶を味わうお嬢様。

 そんなメアリーちゃんに対し、ヘレネちゃんは真っ青な顔でだいぶ引き気味である。

 って言うか、のんびりした口調だから流しちゃったけど、結構凄惨な告白だよね?

「この建物を管理してくれる方々にはとても感謝しておりますがー、()()()()の頃は、割と見境無かったので、屋敷に来た方々には……ねぇ?」

 ねぇ? ってお嬢さん、何したの?

「あー、殺しては居ませんよー?」

 最近、俺の心の声と会話する人が増えた気がするんだけど、そんなに顔に出てるの? 俺?

 

 え? 実は声に出てる?

 そう言うのはもっと早く教えてよ。

 

 そんな思いとは別に、俺はエドモンドさんに顔を向ける。

「あ、はい、20年前、事件発生直後は(やかた)には立ち入れず、無理に入ろうとした領主様の使いの(かた)が大怪我をして、怒った領主様の御子息(ごしそく)が兵を突入させましたが、全員追い返されたという記録は有ります」

 俺の視線を受けて、エドモンドさんは説明しながら懐から取り出した帳面を捲る。

 何となく光源(ライト)を追加で唱え、エドモンドさんの補助をしてみる。

「ただ、お嬢様の仰るとおり、重傷者は出ておりますが、死者が出た記録は有りません」

 ほうほう。

 中々やるのね、このお嬢さん。

「元々、魔法はそれなりに使えましたがー、この身体(からだ)になってからは、一層魔法が得意になりましてー」

 なるほどねぇ。

 ふと思いついて、俺はこのお嬢さんの種族だけでも確認出来るかも知れない、そう気付く。

 

 実は鑑定スキルを持っていた?

 

 まさか、そんな訳はない。

 アイテムに関しては謎の力で「フレーバーテキスト」を見ることが出来るだけで、あれは所謂鑑定とは違うだろう。

 意味不明な力の作用という点は一緒か。

 元々ゲーム内で、なんでそんな事が出来るかなんて説明、されていないからなあ、あのゲーム世界。

 まあ、ゲームなんて往々にしてそんなもんな訳だけど。

 で、そういったゲーム内の謎仕様は、この世界でも適用出来ている。

 同種アイテムの自動取得とか、自動(かね)拾いとか、確認出来ているのは幾つか有る。

 そんな能力の中、今まで意識もしてなかった能力? を思い出したのだ。

 まあ、大げさなものでも何でも無く、単にターゲッティングした対象の名前が判る、っていうモノだ。

 ゲームでは、名前持ちのエリートかボス以外は、種族名しか判らない、レベルすらも不明だったが、実生活で使う以上、せめて「レベル」と「名前」を知りたいものである。

 その程度でも知れれば大きいし、出来ないなら、今後は使用頻度は下がるというだけだ。

 用がない時、意識していない時は発動しないというのは非常に助かる。

 常に視界の端になんかの名前とかが出続けるとか、気が散って仕方ない。

 

 で、その能力によると……?

 

 名前:男爵の狂った娘メアリー

 Lv:72

 種族:リッチ

 

 おぉん?

 簡易情報というか、人によっては「それだけ?」と言われ兼ねないシンプル情報。

 しかし俺は思いがけない情報量に驚く。

 知りたい情報が知りたいまま知れるって、スゴいね。

 都合が良すぎてこれもう絶対、俺、夢見てるか危篤かどっちかだよね。

 俺の状態はもうこの際置いとこう。

 名前、これ、ゲームなんかでよく見る(ふう)な二つ名っぽい名前だけど、変だよね?

 

 一家虐殺とかやらかしたのは、エドモンドさんの話とかでも、男爵さんだよね?

 

 だったらさ、表現するなら「狂った男爵の娘」じゃない?

 この書き方だと、まるで……。

 うん、今普通に話せてるっぽいし、良いんじゃないかな、掘り返したりしなくても。

「あー、それはアレですねー。殺された恨み(てき)な感情の発露ですねー」

 折角ぼかそうと思ったのに、また声に出してたのか表情を読まれたのか、メアリーちゃんがあっけらかんと言ってのける。

 殺された恨み(てき)なって、もうそこまでハッキリ言ってたら恨みでしか無いよね?

 まあ、本人が割り切れてる(ふう)なんだったら良いんだけどさ?

「10年位前まではそこそこ暴れてましたねー。やっぱり愛着の有る建物なので、あんまりヒトに踏み込んで欲しくないですしー」

 ほーう?

 そっかぁ、愛着有るよねぇ。

 一気に話し(にく)い雰囲気に、俺は気弱な視線をリリスに向ける。

 此処に愛着の有る、狂った娘さんに……銭湯に作り変えて良いですかって、話すんの?

 

 俺が?

 

 さりげに種族名が「リッチ」ってなってるけど、コレも確か、上位アンデッドよね?

 色々合わさって、フツーに超(こえ)ぇんだけど?

 優しいリリスは全然目を合わせてくれないので、もう無かった事にして帰ろうかと本気で思う。

 闘ったら勝てるとか、ステータスがどうとかレベルが云々とか、そういうコトじゃ無いよね?

「それで、皆さんはなんだか楽しげだったので私も興じてしまいましたがー? 此方(こちら)にはどういったご用件だったんですかー?」

 わあん。

 なんか色々考えて撤退しようか悩んでる所に、のんびりと斬り込んで()られたよ。

 しかも、なんかこっちが勝手なことを提案しようとしているのを察したのか、周囲の空気が徐々に温度を下げていく。

 怨霊化しているのか、これからなろうとしているのか、いずれにせよ良い傾向なんかじゃないよね、絶対。

 そんな(ふう)にビビる俺を置いて、頼れる姉貴分、リリスが颯爽と口を開く。

「えっとね、イリスが、此処を銭湯にしたいんだって」

 

 ってちょっと待ってリリスさんよ、お前(なに)意気揚々と俺を売ってるんだこの野郎!

 

 更に下がる気温に加え、室内だと言うのに風まで吹き始める。

「ちょ、カードが!」

 もうお前黙ってろよリリスさん!

 て言うかもう、トランプ(それ)しまえ!

「セントー? 此処をです?」

 ほーら、お嬢さんにロックオンされたじゃんか、俺が!

 身体(からだ)ごと俺の方を向いて、そしてゆっくりと宙に……ホールの宙空(ちゅうくう)に浮かび、俺を、俺たちを睥睨するお嬢様。

「セントーとは……」

 うーん、思い入れの有るお屋敷を改装するどころか、商業施設にしたいです、なんて、ほぼ第一声でいう事じゃない。

 リリスさんには、ホント、後で色々と話すことがいっぱい有るな、コンチキショウ!

「……一体何なのですー?」

 

 見つめ合う、俺とお嬢様。

 交差する、視線(好奇心)視線(怯え)

 

 んんんー?

 お怒りなの……だよな、コレ?

 お嬢様は中空で俺を見下ろし気味、程度の位置まで降りてきて、そしてじっと俺の目を見ると。

 徐に、小首を傾げる。

 あっ。

 これ、この子、もしかして。

 俺の身の回りの、「変な奴」枠と同じじゃないのか?

 ちらりと視線を向けた先の変な奴枠の方々は、流石にトランプは片付けつつも何とも緊張感のない様子で俺とお嬢さんとを見守っている。

 約1名は真っ青な顔で軽く震えてるけど。

 (なん)でお前らは他人事ポジションなの?

 ポジション的には、エドモンドさん以外は俺と一蓮托生だろうが。

 

 エドモンドさんについてはホントにゴメン、管理会社責任って事で諦めて下さい。

 

「そう、それです! 私も、そのセントーとやらが判りません、是非お教えいただきたいのです!」

 そんな、俺の中で無害枠に入り掛けてたエドモンドさんが突然猛る。

 えっ、なに、どうしたの突然。

 っていうか銭湯の概要は説明した筈……って、そっか、あの会議に、エドモンドさんは居なかったわ。

「あー……銭湯っていうのは……」

 良いんだろうか、コレ。

 説明したら、いやむしろ説明途中でお嬢さん大暴れって展開になり兼ねないんだけど?

 俺はエドモンドさんの熱い視線を受けつつ、お嬢さんにフワフワと纏わり付かれながら考え込む。

 

 なんだコレ、どういう状況だ?

 

 キレやすそうな相手を怒らせないようにしたいのに、なんか良く判らん状況にどんどん追い込まれているようで、俺は知恵熱というものを知覚し始める有様だった。

 

 

 

 悩みは深かったものの、悩んだ時間は短い。

 怒らせるかも知れないが、素直に言うしか無いのだ。

 嘘ついても余計怒らせるだけだし。

 そんな(ふう)に腹を決め、怒り始めたら撤退、そう考えつつ、事情を手短に纏めつつ織り交ぜて、銭湯と言う物についての説明を行う。

「まあ……! そんなに大きなお風呂なのですかー?」

 その結果、すっごく好感触(こうかんしょく)なのはどういう訳なんだ?

 

 お嬢さんや、この屋敷に愛着が有ったのでは無いのかね?

 

「勿論、お屋敷は大事ですよー? 具体的に言えば、私のお部屋がとても大事ですー」

 あ、自分のプライベートな空間を守りたいとか、そんな感じ?

 屋敷全体じゃないの?

「お屋敷全体だと、私1人だとお掃除大変なんですー。なので、たまにお掃除に来てくださるのは凄く助かるんですよ―」

 あー。

 10年くらい前に、それに気付いちゃったのかな?

 んで、それ以降は、ヘンリー不動産の管理の人には特に危害は加えず、と?

「はいー。たまに()る、此処を買いたいっぽい人は様子を見て、私の部屋に入ろうとしたり、後はなんか嫌な感じの人には帰ってもらってましたー」

 あ、そ、そうなのね?

 あれ、でもそうすると。

「あの、メアリーお嬢さん、俺も割と好き勝手する系の、嫌な奴じゃないの?」

 俺が疑問を口にすると、お嬢さんは俺の眼の前まで飛んできて、俺の眼をじっと見つめる。

「私の部屋、どうにかするんですー?」

 真っ直ぐに見つめられながら、俺は考え込む。

 

 勿論、お嬢さんのお部屋が大事なのは判るし、守りたいのも理解出来る。

 だが、お嬢さんの部屋が改装エリアに入っていたら……。

 

 そこまで考えて、はたと気がつく。

「お嬢さんの部屋って、もしかして3階の何処かかな?」

 普通こういうお屋敷は、というか一般家庭も割と同じだと思うが、上階(じょうかい)というのは家人のプライベート空間、というのが普通だ。

 そうなると、お嬢さんのプライベート空間は3階って事にならないか?

 俺の改装計画では、1階が各種銭湯とお土産コーナー、2階が本格? お土産コーナーとお食事処、酒場的な施設。

 そして、3階には事務所を幾つか、と言うプランだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「はいー、3階の、南の端っこのお部屋ですー」

 ふむ。

 位置的に、人気の出そうな部屋であるな。

 しかし、これだけ広い屋敷だったら、3階の1部屋どころか一区画くらい()かずの(スペース)にしても問題ない気がする。

 ふむう。

「じゃあ、3階のその部屋に手を出さなきゃ、この建物の1階2階を改装しても大丈夫?」

 前置きにはちょっと過激なそんな言葉を皮切りに、俺はお嬢さんに、ついでにエドモンドさんにも、俺の構想をちょっと踏み込んで話す。

 現段階では半分妄想の領域の話も含めて、だ。

 説明を受けるメアリーちゃんとエドモンドさんが熱心なのは解るけど、なんでかタイラーくんがちょっと悪い顔してるのか気になる。

「まあ! それじゃあ、私は営業終了後とか、好きに使っても良いんですねー?」

 構想と妄想、それらをきちんと分けて説明した結果、お嬢さんが瞳を輝かせる。

 ……自分の部屋が無事なら、ホントに他はどうでも良さそうである。

 そうなると、ちょっとコレは、俺も考えを変えたほうが良さそうだ。

 屋敷の3階の一角、具体的にはお嬢さんのお部屋を保護出来れば、お嬢様から不満が出ることは無さそうだ。

 そうなると、お嬢さんの部屋を確実に守るための手を打たなければならない。

 

 俺はお嬢さんに、日中の活動は出来るのかを確認し、翌々日、改めて訪問する事を告げて、屋敷を後にする。

 これから帰って寝て、起きてすぐに仕事とか、わざわざ異世界でまでしたくない。

 それに、明日は明日で、ウチの連中に許可を得なきゃならない事が出来たしな。

 

 あー、我が事ながら面倒臭い。

 

 (なん)にでも首突っ込みたがるような、面白おかしい性格だったかな、俺。

 盛大に溜息を()きながら、どこか天真爛漫っぽさを感じさせるお嬢様の笑顔を思い出し、その顔に、カレンちゃんやティアちゃん、ギイちゃんに、リリス。

 見知った子供の笑顔を重ね、そして頭を抱える。

 自分の考えで確実に面倒事を背負い込む事になる。

 そんな予感を覚えながら、それでもお嬢様の部屋を守ると約束したのだから、出来る手は打とうと心に決める。

 

 ああ、またタイラーくん辺りに、ボッコボコに凹まされるんだろうなぁ。

 ウチのメンバーに相談する事を考えるだけで、溜息は飽きること無く湧いて出るのであった。




イリスはまた余計な事を思いついた様子。
人の良さと言うか、その甘さは吉と出るか凶と出るか。


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異世界いただき商店街

銭湯計画の障害を避けるため、イリスの苦悩が始まる(いつもの

元が長いのに、もっと長くなっちゃった……。


 無闇に晴れ渡った空を見上げ、公に人類の敵として国を跨いで手配される男は干し肉を噛む。

 渡る風は爽やかで、陽光の熱さを程よく和らげてくれる。

「……クソッ。あの芋の薄揚げとやら、もっと買っておけば良かったぜ」

 仇成(あだな)す6名――既に5名となっているが――の一角、「悪食」はのんびりと悪態を()きながら、モンテリアで出会った軽食を思い出していた。

 サクサクとした食感の軽さと、程よい塩気を大層気に入ったが、あの見た目に反して保存は効かないとの事で、旅路の伴とするのは諦めた。

 油で揚げることで水分を飛ばしているとかで、時間が経ってしまうと空気中の水分を吸い、フニャフニャとして食感が悪くなり、不味くなるのだという。

 出来るだけ早く食わせる為の文言だと思うが、わざわざ試したくもない。

 時間停止系のアイテムボックス等という高級品の持ち合わせが有る訳もなく、諦めるしか無かった。

 心の支えは、目指すアルバレインこそが、芋の薄揚げの発祥の地だと言う事だ。

 些か目的が変わりつつ有るが、当初の目的も忘れては居ない。

 

 国喰らいを追い詰めた魔道士とやらを見つけ出し、叩きのめし、喰らう。

 

 同じ「食」に因む名を持つ因果、という訳でも無いし、仇を討とうと思える程の仲間意識が有る訳でもない。

 飽くまでも自身の為、強き者の力を取り込む為に。

 

 強き者の心臓を、食す為に。

 

「あー……早いとこ、()いたいモン、食って帰るか。しかし、こんなにもアイテムボックスが欲しいと思ったのは初めてだぜ」

 悪食はのんびりと、目的地への道半ばで遥か行く手を見やる。

 モンテリアを出て2日、馬で5~6日の道行きを徒歩で()くその身は、人の姿をしながらも既に旅程の半分に届こうかという位置に居た。

 魔術によらず、ただその身に宿る膂力のみで。

 目指すのは、本場の「芋の薄揚げ(ポテトチップス)」と「魔道士の心臓」。

 食道楽の旅路は、目的地まであと僅か。

 

 復讐者としては遥かな旅路の途中、ささやかな寄り道の物語であった。

 

 

 

 どうも、良く判らないままに霊魂系不死者(リッチ)なお嬢さんと仲良く? なりました。

 そんでそのまま帰り、なんて平和に終わる筈もなく。

 当然(いつも)のように冒険者ギルドに連行されてしこたま呑まされ、例によって前後不覚でご帰宅。

 フラフラと飛び込んだであろう寝床では、脈絡もなくタイラーくんに教えてもらった魔道具「真実の天秤」を掛けられる夢を見るという、思いつく限り中々に最悪な夢見(ゆめみ)

 

 なんでリリスとの結婚式の場面だったん?

 なんで誓いの場面で出てくるん?

 お決まりの、永遠の愛を誓いますか? の問いかけに、

「誓います」

 と、真面目顔で答えたら肋骨パッカーン。

 寧ろ喰い気味の判定に、作為的なものを感じざるを得ない。

 俺が何か悪い事したのかと、今までの全部を棚に上げて問いたい。

 あ、因みに、俺がタキシードでした。

 胸がなんだって?

 そこはリリスも同スケールだよ。

 1/1スケールだよ。

 

 あっ、でも、ウエディングドレスのリリスは可愛かったです。

 

 宿酔(ふつかよい)の頭で無理に夢で見たいい場面を思い出そうとするも、どうしてもパッカーンからのポーン、そしてパーンを思い出して気分が悪い、そんないつも通りの俺です。

 

 

 

 気分に多少左右されるものの、ウォルターくんのご飯は美味しい。

 自家製のマヨネーズも最早俺の食事に欠かせないモノになりつつ有る。

 醤油は只今、リリス主導で作業が進んでいると言うので、楽しみに待つ。

 

 俺? 作り方を知らないし、やりたい奴に任せるに限るよ、こういうのは。

 

 朝食後はヘレネちゃんの淹れてくれたお茶を(みんな)で味わう。

 ヘンリーさんのご祝儀のお茶が美味しすぎて、こっそり何処で買ったか聞きに行ったりして、同じ()をゲット。

 このお茶は(みんな)お気に入りのご様子で、特に食事後には欠かせない物になっている。

 ゆったりと食後にお茶とか、貴族様ってこんな生活なのかなぁ?

「……少なくとも、貴族様は閉店で叩き出されるまで酒場(バー)に居ることも無いし、酔って半裸で道を練り歩く事も無いでしょうし、奇声を上げて目を覚ますとかも無いんじゃないかしら」

 今日も懲りもせず内心を音読しちゃう俺と、それに対して暖かくて泣けてくる(皮肉)ツッコミのリリスさん。

 

 ……いやちょっと待って?

 俺、そう言えば酔ってる間どうしてるのか初めて聞いた気がするけど、え?

 

 俺、何? 脱いじゃってるの?

 

 え?

 ねえ、なんで誰も止めないの?

「止めてるから半裸で済んでいるんだ、この馬鹿者(ばかもの)

 ほぼ全員の呆れ顔に見つめられる中、タイラーくんが代表して溜息に言葉を乗せる。

「最初はお前、上半身を……」

「おっとそれ以上は俺の精神がキツイ、今はやめてくれ」

 悩み事抱えつつ悪夢まで見て、その上知りたくなかった現実なんて抱えたくないよ今は。

 そう。

 俺の脱ぎ(くせ)とか、どうでも良いのだ、今は。

 

 ……あの、どの辺まで脱いだかは気になるので、やっぱちょっと聞いて良いですか?

 

 

 

 ちょっと個人的にショッキングな事は有ったものの、今はそれどころではないと後ろ髪を引かれつつ思考を戻す。

 (みんな)に話、というか相談が有るのだ。

 有るんだけど……こう、すっごく切り出し(にく)い。

 相談内容は、ズバリ言って、あの曰く付きの大豪邸の購入についてだ。

 

 男爵の狂った娘ことメアリーちゃんは、話を聞けばどうやら執着が有るのは私室(ししつ)のみ、と言うことらしい。

 そこをお手つき禁止(アンタッチャブル)にしてしまえば、問題なく計画は実行出来そうな予感だ。

 だがしかし。

 彼女のお部屋は南の角部屋。

 とても人気の出そうな位置関係。

 例えば、どこぞの有力商会が、資金にモノを言わせて「お嬢様の部屋」を事務所にしたいと言い出したりしたら。

 或いは、どこぞの貴族のボンボン辺りが、そこに私室(ししつ)を構えたいと言い始めたら。

 お金で動く商業ギルドが、お金さえ払えばと扉を開き兼ねないのではないか?

 例えばアランさんにきっちり説明して、そこに手を出すと街中(まちなか)お嬢様(リッチ)魔導士(ウィザード)が大暴れを始めるよ、と言ったとしても。

 アランさんが口酸っぱく、部下にそれを伝えたとしても。

 

 話を真面目に受け止めない馬鹿は、何処にでも居るのだ。

 

 (かね)に目を眩ませて、そして安易に考えて、勝手に部屋の貸し出しに許可を出す馬鹿は絶対に居ないとは言えない。

 と言うか、居ないと言われても信用出来ない。

 だったらいっそあの屋敷を買い、お嬢様の部屋を含む一角を俺の私有エリアにして、立入禁止にしてしまえばどうか?

 このエリアはオーナー権限で抑えていますので、どなた様もご遠慮下さい、と言う奴だ。

 正直、これでも手を出そうとする馬鹿は居るだろう。

 だけど、この建物は商業ギルドの持ち物ではない、となれば勝手は出来ないだろうし、そのオーナーの俺が首を縦には振る筈がない。

 冗談抜きで、実力で俺を排除しない限り、無関係な者は入り込む事を許さない。

 そう言う空間にしてしまえば良い。

 と、割と過激に考えるんだけども。

 

 俺の弱点は、どうにも身内に甘い、頭が上がらないと言う事だ。

 

 一度は購入を諦めた曰く付き物件を、特にメリットも無く買うとか。

 いや、メリットはこれから生まれる予定だけど、それでも工事なんかをして、先の話だ。

 普通に考えたらそんなの博打でしか無いし、失敗したら赤字じゃ済まない。

 そんなもんの許可、どうやって取れば良いんだ?

 みんなに、なんて説明するよ?

 一応はクランマスターって立場だし、好き勝手にでかい買い物なんて、ダメだと思うのよね。

 だけどさ。

 リリスに頼むのもなんか違うと思うし、俺の思い付きだし、やっぱ俺が買うしか無いよね。

 

「イリス。アンタいつもは思った事をそのまま口にしちゃうのに、今日はヤケに慎重じゃない? 拾い食いでもしたの?」

 

 リリスの声に、俺は自分が考え()み過ぎていた事に気が付く。

 いつの間にか下がっていた視線の先には、すっかり冷めたお茶が。

「拾い食いってお前、幾ら何でもな……」

 まだ相談するという事に踏ん切りの付いていない俺は、曖昧に笑いながら視線をリリスに向け、誤魔化しを試みる。

「見え見えなのよ、バカちゃん。大凡何について悩んでいるかも、透けて見えてる有様よ。いつもみたいに、思いつくままに行動なさいよ、らしくなくてキモチワルイのよ」

 気持ち悪いってお前、そこまで……。

 ちょっと凹むが、リリスの言いたい事はそういう部分には無いってのは良く分かる。

 それこそリリスには珍しく、俺の事を気遣っている事も。

「透けて見えるってなぁ……。そりゃあ、深い事で悩んでちゃいないけど、だからってなぁ」

 それが判って(なお)、俺の口は重い。

 

 マジで? じゃあ俺、家買いたいんだけど! でっかいお屋敷!

 

 なんて言える訳、無いじゃんよ。

 呆れられて終了だ、そんなもん。

「イリス。お前は、()()()()を買いたいんだろう?」

 尚もウジウジと悩む俺に、直球で言葉が投げつけられる。

 聞き慣れたその声に顔を向ければ、呆れ顔のタイラーくんだ。

 悩んでいる事、更にその内容までズバリと言い当てられて、俺は言い訳の言葉も直ぐには出てこない。

「何を思い悩むのか、大体想像は付くがな。好きにしろ」

 だから、言い訳なんて考えていたから。

 俺は、タイラーくんの言葉を受け止め、消化するのにちょいと時間が掛かった。

 

 え? 今コイツ、なんて?

 

「好きにって……お前、えぇ?」

 本気で何を言われたのか判らなくなった俺は、盛大に間抜けな顔を晒す。

 そんな俺の視界の(はし)で、呆れ顔に、肩を竦めるジェスチャーまで添えて、リリスが口を開く。

「見え見えって言ったでしょ? (みんな)、アンタが悩んでる事なんてお見通しだし、どんな悩みかも大体判るわよ。大方、あのお嬢様幽霊(ゴースト)の保護を考えてるんでしょ?」

 リリスの言い分がその通り過ぎてやはり俺は何も言えない。

「それで身銭を切ると言う発想に至るのが、お前らしいと言うか……。博打が過ぎるから本当なら止めるべきだとは思うが」

 タイラーくんがメガネを押し上げながら言う。

 いつもならキザったらしくて癇に障る動作だが、こっちの気持ちの問題か、何故か気遣われている気がする不思議。

「俺は銭湯は当たると思っている。少なくとも、バザーの時期には確実にな。各種液体石鹸の製造・販売権と、銭湯の儲け。それらを考えれば、あのお嬢さん(ゴースト)の部屋を確保して保護するのは悪い手では無い」

 そんなどうでも良い俺の感想を他所に、タイラーくんがつらつらと言葉を並べる。

 そんなタイラーくんの言葉を耳にしながら、俺は何を言うべきか、どう答えるべきか迷い、言葉が出ない。

 

「あの屋敷を、買おうか悩んでいるんだろう?」

 

 自分の考えに囚われ、自分の言葉を縛ってしまう俺に、いつものように、タイラーくんはまっすぐに言葉を投げてくる。

 俺はついに言い訳が脳内でオーバーフローして、何も考えられずにタイラーくんを見つめる。

「悩んでいるなら、さっさと買ってしまえ。事が動く前に決めないと、後悔するのはお前だぞ」

 事も無げに、何でも無いように言ってのけるタイラーくん。

 お前は人の(かね)をなんだと思っているんだとか、文句らしきは浮かび来るが、それは口を突いてこない。

 ただ、ぽかんと、タイラーくんを見て。

 それでも、言葉は1つも出てこなかった。

「儲けは幾らか頂戴ね、イリスちゃん」

 リリスのわざとらしいセリフに、俺は有難うと答えたものか、軽口で答えたものか判断がつかない。

 

 なんだそれ?

 文句がある訳じゃないけどさ?

 

 絶対怒られる、そう思ってた俺は、()(てい)に言うと拍子抜けし過ぎて(ほう)けきってしまい、再活動までに時間を要する有様なのであった。

 

 

 

 懸案が、俺が思ってた以上に簡単に片付いてしまい、俺はもうなんて言うか、今日の目的を見失ってしまう。

 一応、商業ギルドとヘンリーさんトコに顔だして、明日お屋敷で、お嬢様を交えて話が有ると伝えておかねばならない。

 それにしたって、そんなに時間が掛かる訳じゃない。

 今からそれらに顔を出しても、その後の予定が無さ過ぎて却って動くのに躊躇してしまう。

 

「イリス姉ちゃん! 姉ちゃんヒマか⁉」

 純粋に(ほう)けている俺に、声と一緒に飛びかかる影。

 ゴブリンの男の子、グイくんがヤンチャに飛びついてくる。

 危ないからそういうのは()しなさい、もう。

 受け止めた俺はグイくんの頭を撫でながら溜息を()く。

「こらあ! グイ、危ないからそういうコトしちゃダメでしょ! ヘレネ姉ちゃんにまた怒られるよ!」

 リビングに駆け込んできたギイちゃんが、グイくんの頭を小突く。

 いや、小突くっていうか普通に殴ったな、今。

 フルスイングで。

 って言うか、なんて? ヘレネちゃん怒らせたの?

 それはそれでスゴいことだと思うぞ?

 俺、ヘレネちゃんが怒るトコなんて想像出来ねぇ。

(いって)えな! 何すんだこの……!」

 元気だねぇ、うん、子供が元気なのは良い事だ。

 良い事なんだがね?

「グイくんや、喧嘩するなら俺から離れてくんないかな? 巻き込まれて俺が(あぶ)ねぇ」

 ギイちゃんに殴られたってぇのに、グイくんは俺から離れようとしない。

 何だってんだ、一体?

「ヤだ! イリス姉ちゃん良い匂いがするから、離れない!」

 俺の言葉に、(かたく)なになったらしいグイくんが、より一層俺にしがみつく。

 何だそりゃ、死なばもろとも? 喧嘩相手は俺じゃねぇだろ。

「こらあ! もう! 私だってイリス姉ちゃん()きなんだからね! 独り占めしてるんじゃ無いわよ!」

 なんてどうでも良いこと考えてたら、ギイちゃんにまで熱い告白を貰っちまった。

 2人とも可愛いから、喧嘩すんなよもう。

「まってー! イリスお姉ちゃんは私のよ!」

「え? ちょっとカレン? 聞き捨てにならないんだけど?」

 更に、面白い事を見つけた顔で駆け込んでくるカレンちゃんと、なんかすんげぇ怖い顔のティアちゃんが次々俺に飛びつく。

 待て待て待て、暑い暑い暑い、あと、グイくん潰れちゃう。

 リビングの入口では、なんだか羨ましそうな顔でマシューくんとフレッドくんが、仲間になりたそうな目でこっちを見ている。

 そんな事より助けておくれ。

 

 子供パワーに圧倒される俺の救いを求める眼差しは、羨んでどう行動するか迷う2人には届いていないようであった。

 

 

 

 通りかかったヘレネちゃんが、なんだか黒い笑顔で子供達を引き剥がし、眺めていただけのフレッドくんやマシューくんをも巻き込んで、全員正座させている。

 やだ、ヘレネちゃん怖い、でもそんな所も素敵……!

「それで? どうしてイリスさんに抱きついてたんです?」

 そこは私の、とか小さな声が聞こえたが、きっと気の所為だろう。

 俺の過剰気味な自意識にも困ったもんだ。

 今のヘレネちゃんは黒怖くって、ツッコミなんて出来る気がしないので、自分の邪心の為せる(わざ)という事にして、心の安寧を図る。

 うーん、煩悩即大噴出。

「イリス姉ちゃんが居たから!」

 元気の良い、グイくんのお返事。

 うん、元気と勢いは認めるけど、意味は理解(わか)らないね?

「違うでしょバカ! イリス姉ちゃんを、クエストに誘いに来たんでしょ!」

 ギイちゃんが隣のグイくんを小突く……じゃなくて殴る。

 うん、あれはやっぱり、殴っている、で良いと思う。

 綺麗なフォームで、上から下へのフルスイングだったし。

(いって)えよ! この暴力女! お前ホントはオーガなんじゃないのか⁉」

「誰がオーガだ、このエロガキ! 薬草採りもマトモに出来ないクセに、いっちょ前に色気づいてんじゃないわよバーカ!」

 おうおう、やっぱ何処の世界でも、女の子ってのは(つよ)いねぇ。

 とてもじゃないが、口じゃあ勝ち目がないぞ、グイくん。

 そんで腕っぷしでも互角ってんだから、グイくんの立つ瀬が無いやな。

 とかのほほんと見てたら、多分取っ組み合いになる。

「落ち着きなって、2人とも。あんま続けると、あれだぞ? 指差して爆笑しちゃうぞ?」

 気の抜けた俺の仲裁。

 あんまり仲裁としての役割を果たしてない、そんな気がしなくもないが、まあ、2人が嫌そうな顔で黙ってくれたので良しとしよう。

 気を取り直しつつ、俺はギイちゃんの言葉を拾う。

 随分離れた所に放り投げられてて、俺も良く気がついたもんだと思う。

「っていうか、俺をクエストに? 薬草採り、OK出たの?」

 そう言って、俺はきっと不思議そうな顔で(みんな)を見回したと思う。

 なにせ、先日俺は薬草を採り過ぎだと言われ、しばらく薬草採取のクエストは禁止されてしまったのだ。

「もうOK出てるよ、一昨日話したよね?」

 おぉう?

 俺は(ほう)けた顔を声の方に向け、凄く失敗したことを悟る。

 頬を膨らませたティアちゃんが、泣きそうな顔で俺を睨んでいた。

「ああああ、ごめん、ごめんて、泣かないで、ね? ね?」

 慌ててティアちゃんに飛びつき、わしゃわしゃと頭を撫でる。

 仏頂面のティアちゃんはここぞと俺に飛びつき、キツくしがみついてくる。

 この子なりの抗議なのだろうか。

 俺は頭を撫でながら「ごめんて」を繰り返すしか無い。

「んじゃ、ティアちゃん、一緒に行こうか、みんなでさ」

 10分位ぐずっていると思えば、しこたま撫でられて満足した(ふう)の顔のティアちゃんを筆頭に、元気いっぱいの子供達と共に、ヘンリーさんトコと商業ギルドを経由して冒険者ギルドへ向かうことになった。

 ヘレネちゃんも行きたそうな顔してたけど、まだお掃除が残ってるからって事で、今日はお見送り。

 今度一緒に買い物でも行こうと誘えば、スンゴイ良い笑顔で頷いてくれた。

 

 天使……ッ! 圧倒的天使……ッ‼

 

 

 

 ヘンリー不動産と商業ギルドで、明日の予定を伝えて時間を貰う事をお願いして、今日は東門へ。

 元気一杯に走り回る少年組と、真面目にやれと怒る女子組、と言うか主にギイちゃん。

 学校の掃除の時間とか思い出して、ほのぼのするね。

 ちょっと真面目にやってよ男子(だんしー)! みたいな?

 

 今日はズルはなし! と言われ、アイテム自動拾いの機能オフの仕方が判らず途方に暮れた――結局どうやってもオフ出来ないので、1人だけテレポートでかなり離れた所で採取して、後は(みんな)の採取の進捗を眺める係になった――り、出掛けにウォルターくんが持たせてくれたお弁当を(みんな)で仲良く食べたり、中々に楽しい時間を過ごす。

 子供達にはホントに()やされる。

 

 結局食事休憩を挟んで、午後の割と早い時間で全員が採取を終わり、(みんな)でワイワイとギルドに報告に戻る。

 そして案の定、酒樽の妖精とギルドの熊さんに捕まり、これは絶対子供達に悪影響だと思いつつ、テーブルに引きずって行かれる俺。

「子供達の食事も有るから、夕方には家に帰るからな!」

 そんな俺に適当に返事をする、昼から酒を呷る系のダメ冒険者(ぼうけんしゃ)共とそれを取り仕切る立場の男。

 今日はグスタフさんトコの若い子も何人かいて、子供達の相手もしてくれている。

 

 そう言えばなんか最近、俺、っていうか俺とリリス――今日は居ないけど――の隣の席を巡って、ちょっとした争いが起こったりするようになった。

 大体はグスタフさんの「めんどくせぇ!」の一言でいつも通りの……まあ、オッサンサンドで片付くんだが、たまに、隣が若い冒険者になったりする。

 まあ、今日はいつもの席順だけどもな。

 

 今度一緒に狩りに行こうとか若い子に誘われたり、グスタフさんに頭掴まれたまま薄芋揚げ(ポテチ)について熱く語られ、何事かと良く良く聞けば「新しい味を出してくれ」と懇願されてたり。

 そういうのはウォルターくんのが専門だろうに、と言えば、

ウォルター(あいつ)が、お前に言えって。イリス(おまえ)の方が、そういうアイディアは豊富だって言ってたぞ?」

 相談済みだった。

 ていうかウォルターくんよ、俺に振っても、俺は基本料理出来ないぞ?

「あー、んじゃ、帰ったらウォルターくんと、それとリリスとも相談してみるよ」

 リリスにも相談して……場合によっちゃあまた脳内映像の刑に処されるなあ、とか暗澹たる気分に浸りつつ、適当に若い子に酒を勧められたりして時間を過ごす。

 ああ、早いとこ銭湯の(ほう)片付けて、のんびりとダメダメ冒険者ライフに戻りたいもんだ。

 そんな事を考えていた俺だけど、不意にある事に思い当たり、とたんにげんなりしてしまう。

 屋敷を買うのは良いけど、金貨用意しとかないと、明日面倒だ……。

 早めに帰ってみんなに手伝って貰おう、そう思うが、問題はこの酔っぱらい共が素直に解放してくれるかどうかだな。

 

 

 

 予想通りと言うかなんと言うか。

 もう帰るもう帰ると繰り返すが一向に解放されず、気がつけば夕刻に。

 業を煮やした俺は「もう帰る! ご飯はおウチで食べる!」と、それは立派な駄々を捏ね、なんとか子供達を引き連れて屋敷へ帰還。

 ご飯も勿論本心だが、明日の作業を楽にするためにも、なるべく早く帰って金貨を用意したかったのだ。

 結局、開放は晩飯前ギリギリになってしまった訳だが。

 

 帰った所で暇だったらしいリリスに捕まり、ほんじゃあついでだとヘレネちゃんとレイニーちゃんを捕まえ、晩飯の準備中のウォルターくんを手伝いに10人で台所に押し掛け、呆れられる。

 女子組+フレッドくんが料理に興味津々だったので、4人はウォルターくんについて、他は完全に雑用。

 人数が居るからとだんだん調子に乗ったウォルターくんが張り切り、今日はちょっと豪勢な食卓になりそうである。

 出来るだけ早く終わらせようと思ったんだけど、完全に裏目に出た形だ。

 

 そんな俺はウォルターくんの手元を眺めてても、何を作ろうとしているのか、さっぱり判らんけどな!

 

 そうこうしている間に料理は出来上がり、何処に出掛けていたのか、ジェシカさんとタイラーくんも帰宅し、みんなで晩ご飯。

 何だかんだでみんな集合、良いね。

 

 そんな訳で楽しい夕食後。

 今回はこの後地味にキツい作業なので、楽しい思い出はカットで。

 

 俺はいつか使うかも知れない、そう思って用意していた小袋――コインなら大体100枚入りそうなサイズ――を有るだけ用意し、リビングに全員お呼び出し。

 っていうか、まあ大概食事の後はみんながリビングに集まり、ワイワイ話して風呂の準備したり、そんな感じなんだけど。

「えー、みなさんに手伝って欲しい事がありまーす」

 お屋敷だし、帰ってからもうずっと仮面を外してる俺は、ドヤ顔で腕組みという、人様にモノを頼むにしては随分な態度で宣言する。

 頼まれた(みな)さんはきょとんとした顔が8割、何いってんだ(がお)が2割。

「なんだ、まだ迷ってるのかお前は」

 やれやれ顔のタイラーくん。

 お前はお前で、いつの話をしてるんだ。

「そうじゃねぇよ。お屋敷買うのは良いとして、金貨数えるのが面倒臭いだろ。人海戦術で1万枚、数えときたいんだよ」

 俺が言うと、露骨に嫌そうな顔のタイラーくん。

「金貨⁉ 1万枚⁉」

 物凄い食いつきで、俺に物理的に飛びついてくるグイくん。

「離れろバカグイ! アンタのじゃないでしょ!」

 そんなグイくんの髪と耳を引っ張るギイちゃん。

 エグいな……。

 ハゲたりモゲたりしない程度にね?

「1万枚って、なんでそんな用意するの?」

 不思議そうな顔で、リリスが質問をぶつけてくる。

 多分、口にしてないけど、タイラーくんはじめ、他にも似たような感想は各々浮かんでいるだろう。

「あー。あのお屋敷、曰く付きで金貨5000枚なんだけどさ? 倍額出してでも、確実に押さえたいってトコかな」

 それでも、本来のお値段には及ばないんだろうけども。

「成程ねぇ……だったら、3万枚にしましょう」

 そんな事を言いながら、リリスがティーカップをソーサーに戻すと、リビングのテーブルが上に乗った人数分のティーセットごと消える。

 多分、リリスがアイテムボックスに収納したんだろう。

「はぁ? ……いや、そっか。確かに、それくらい出したほうが良いのかもな」

 一瞬そんなに? って思ったけど、元の価格に近づけたほうが良いんだろうなぁ、と、思い直す。

 新築の相場が判らないけど、聞いたらその金額出さなきゃいけない気がして、なんだか怖いのでスルーしとこう。

 まあ、この街で新築ってのは買えないし建てられないし、知らないって事で許して貰おう。

 そんな事を考えていると、目の前に金貨の山が現れ、すぐに崩れて金貨の海になる。

 おうん? 俺じゃないよ、コレ?

「私よバカちゃん。きっちり3万枚有るから、ほら、みんなで数えるわよ?」

 なんだろう、なんでリリスが(かね)出してくれるのかさっぱり判らない。

 そんな思いでぼんやりとリリスを見ていると、リリスは俺に向けて少し得意げな顔をしてみせる。

 なにそれ可愛い。

「たまにはお姉ちゃんに任せなさい!」

 ああ、言いたかったんだな。

 吹かせたかったんだな、お姉ちゃん(かぜ)

「わー、おねーちゃんありがとー」

 なので、俺は素直に手を叩きながら言ってみる。

「ホンット可愛くないわね! なにその棒読みと無表情! もうちょっと感謝しても良いんじゃないの⁉」

 だと言うのに、リリスには凄く怒られた。

 理不尽だ。

 っていうかリリスさんや、実年齢? 生前の年齢と合わせて? 言ったら、俺のが遥かに年上だろうが。

 お前さんは生後何ヶ月とか言うレベルだろう。

 ドヤるぞこの野郎。

 知性も知識も、俺はリリスの足元にも及ばないけどな。

「良いから、ほら! 早く数えるわよ!」

 すっかりヘソを曲げてしまったらしい。

「悪かったって、ごめんて。色々片付いたら、お菓子買いに行こうな?」

「ヤダ! 生クリームの乗ったショートケーキ作って!」

 すっかりご機嫌斜めで幼児化されてしまった我が姉。

 ショートケーキて……。

 どうせ生クリームとかそのうち作るんだろうなー、とか思ってたけど、ここで要求されるとは思わなかった。

 聞き慣れない単語と漂うスイーツの予感に、女性陣とウォルターくんがやや前のめりにこちらの様子を伺っている。

 これは、絶対に作らされるな。

 そんな事を思いながら、取り敢えずリリスの機嫌を取るために頭を撫でる。

「あー、どうせならカロリー控えめのやつ作ろう。フルーツいっぱいの」

 頭を撫でた事よりも、具体的なプランを提示された事に大変お慶びの様子で、んふー、とか言ってる。

 我が姉は実に可愛らしい。

 こういう所は、だけど。

 そんな事を思いながら、俺はコインを数え、100枚毎に小袋に入れるよう(みんな)に指示する。

 子供達は張り切って、大人組? は何だかんだとくっちゃべりながら、それぞれのペースで作業を進める。

 

 ……冷静に考えたら13人居るとは言え、1人約2300枚の計算なんだけど、みんな理解(わか)ってるのかな?

 投げ出されても困るから、決して言わないけど。

 

 ワイワイと騒がしく作業を勧めてる最中に、俺はふと、「アイテムボックス内で任意の枚数を小袋に収める事は出来ないのか?」という疑問に駆られる。

 こっそり200枚試してみたら、ちゃんと2袋出来てしまった。

 俺は嫌な汗を抱えつつ、この実験結果の公表を差し控えた。

 今言ったら、確実に吊るし上げられるからな。

 

 そこそこ良い時間になった頃に、作業終了。

 

 小袋に100枚づつきっちり小分けされた金貨達、都合300袋を有り難くくアイテムボックスに収め、ふと、俺は(わる)ノリを思いつく。

「タイラーくん、ジェシカさん。久々にアレやるかい?」

 本来は2度としない予定だったんだが、リリスが身銭を切ってくれたし、何だかんだ面倒臭い作業を手伝って貰ったってのも有る。

 それに、(じつ)の所、ウチのメンバーで「雇われている」扱いの3人は兎も角、他のメンバーは給金なんて無い。

 ちょっとした不公平感が要らんフラストレーションになっても困るし、ガス抜きの意味でも、ここらで何かやったほうが良いかも知れない。

「アレ? ……ちょっと待ってろ、袋を取ってくる」

「用意してるよバカ、何の袋持ってこようとしてるんだお前は」

 流石タイラーくん、ジェシカさんは何の事か判らなかった様なのに、コイツは一瞬で気付いた。

 恐らく、部屋に置いてあるであろうアイテムボックスを取りに戻ろうとしたのだろうが、させる訳ねぇだろが。

 鼻が利くと言うか、勘が良いと言うべきか。

 いずれにせよ、油断できん奴である。

「イリスちゃん? あれって?」

 心底不思議そうなジェシカさんが凄く美人可愛いです。

「金貨が大量に出たら、そりゃあもう、ね?」

 そんな俺視点の、仲間に対する寸評は兎も角、イベントの説明はきちんとしなければ。

 俺の説明になっていない言葉で、それでもピンと来たらしい。

「ああ! うん、私ちょっと鞄取ってくるね?」

 ピンと来たのは良いんですがね?

「だからダメだってば! 入れ物はこっちで用意してるから、今回はそれに入れるの!」

 こいつら、コンビで同じ発想か!

 そんなもん、金貨が何枚有っても足りんわ!

 そんな俺と面白ダメ大人2人組(ふたりぐみ)の遣り取りを、子供組4人は兎も角、それ以外のメンバーは何の事か判らずポカンと眺めている。

 ピンと来るものも無いので、何だそりゃの質問も無い。

 あー、馬鹿やってるなー、位の感想なんだろう。

 まあ、ルールの説明が、全ての説明になるだろうし、取り敢えず聞いて貰おう。

 

 説明の前に、俺は作業が終わった段階でリリスが戻してくれたテーブルとティーセット達を、アイテムボックスにしまう。

 短時間で出入りの激しい家具である。

 ともあれ、そうして出来たスペースに、俺は様々なサイズの袋を、敢えてごちゃ混ぜに――ぱっと見て袋の大きさが判らないように――積み上げる。

「まずは、袋選びだ。ただし、ひっくり返したり、(ほか)のと比べるのは禁止だぜ? ()()()()()掴んだやつが、それぞれの袋だ。勘が重要だぜ?」

 この説明で、真剣な顔をする6名と、まだ良く理解(わか)って居ない5人。

 メガネを光らせ、タイラーくんが誰より早く山の一角に手を伸ばし、選んだ袋を1つ掴む。

「俺はコレだ。もう引っこ抜いて良いのか?」

 メガネを押し上げて、俺に目を向けるタイラーくん。

 本気すぎて引くんだけど?

「待て待て、こういうのは(みんな)で一斉に、の方が楽しいだろ。さあ、(みんな)もコレってのを掴んだら、待機しててくれ」

 俺の言葉に、真剣に袋を選ぶ者、良く判らないなりに適当に手を伸ばす者、それぞれがそれぞれ、袋をしっかりと掴んだ所で、俺の号令で一気に引き抜く。

 基本的にはそんなに大きくない、小脇に抱える程度のサイズを中心に、大きさにばらつきが有る、程度のものだ。

 孤児院の子供達が、小遣い稼ぎのために一生懸命作った袋を、まとめ買いしたのだ。

 意外としっかりしていて、金貨の重みにも充分耐えてくれるだろう。

 しかし、ばらつきが有るとは言え、実に悲喜こもごもである。

 タイラーくんはドヤ顔で、一番大きな袋を引き当てた。

 この野郎、良い勘じゃねぇか。

 他はそれなりに大きさはバラけつつ、あんまり不満も出ない感じであった。

 と言いたいが、1人、悲しみを背負った者が居る。

 

 ヘレネちゃん……可愛いとか言ってるけど、君……(みんな)のと比べて、2回(ふたまわ)りくらい小さいんじゃないかな?

 俺は、不憫すぎて泣いた。

「み、みんな、(ふくろ)は選んだね? じゃあ、残りはしまうよー」

 まだ何が始まるのか判っていないので、何だか楽しげなヘレネちゃんを痛々しく眺めながら、俺は何も無くなったスペースに、金貨の山を築く。

 それはやはりすぐに崩れ、金貨の海に。

 この辺りで、全員、何が始まるのか理解(わか)ったらしい。

 ヘレネちゃんの目に、ちょっとだけ、悲しみが浮かんだ。

 

「さあ! その手の袋に、詰められるだけ金貨詰めてみよう! 袋に入った分だけ、(みんな)の物だぜ!」

 俺が全部言い切る前に、全員が金貨の海に飛びつく。

 豪快に袋に流し込むタイラーくんやウォルターくん、それを真似る男の子組。

 両手で掬い、楽しそうに袋に流し込むジェシカさん、それを真似る女の子組。

 なんだか色々買い込む計画でも立てているのか、ニヤニヤしちゃってるレイニーちゃんと、金貨の感触を確かめるように少しづつ、しっかりと袋に収めるヘレネちゃん。

「アンタも、暇な事思いつくのね。私がお金建て替えた意味、無いじゃない」

 俺の隣でソファーに腰掛けながら、(みんな)の様子を見てため息をつくリリス。

 言われた俺はと言えば、笑って頬を掻き、誤魔化す。

 

 限界を超える! とか頑張った結果、袋が破裂し、残った袋状の部分にどうにか両手に収まる程度の金貨が残った、と言うタイラーくんの有様を素直に爆笑し、それを横目に見ていたウォルターくんがそっと金貨を袋から抜いていたりと、見てるだけでもなんか色々イベントが有った訳だが、それでも割とすぐに全員が袋詰を終えてしまう。

 欲をかかなければ、普通に誰よりも金貨を得ることの出来た筈のタイラーくんは、理解(わか)り易い悲しみを背負う羽目に。

 やべえ、なんか童話みたいで、見てる分にはすげぇ笑える。

 まあ、お前さんは前回分も有るから、そんな気にすんなよ、な?

 

 終わってみれば子供達もヘレネちゃんもニコニコで、レイニーちゃんはニヤニヤで。

 人間性とか見えちゃって面白いね、これ。

 もうちょっと規模縮小しつつ、またやろうかな、なんて思えてしまう。

 そして、床に、もの凄く金貨が残った訳だけど。

「よし、んじゃあ、残りはリリス、拾っといてくれ」

 出来るだけ普通に、事も無げに言う。

 面倒事を押し付けた、なんて事は無い。

 リリスも俺と同じく、金貨やアイテムの自動取得は出来るんだから。

「……アンタ、まさかと思うけど、コレが目的だった訳?」

 ポツリと呟く声に、俺は囁きで返す。

「いんや? 最初から考えてたんだ。折角だし、ついでに(れい)っていうか、あー……」

 納得しなさそうなリリスの頭にポンと手を置いて続ける。

「なんて言うか、お前さんにはまあ、色々世話になってるしな」

 リリスはちょっと驚いた顔をした後、ちょっと頬を赤らめて、すいっと視線を逸らす。

「何よ、ついでとか言ってんじゃ無いわよ」

 そんな事を言うリリスの頭を、俺はわしゃわしゃと撫で回す。

 たまにこういう可愛い様子が見れるから、楽しいんだよな、リリス(こいつ)

 

 

 

 金貨は片付き、テーブルやティーセットは元に戻った。

 ちょっといつもより遅くなったが、これから風呂に入り、髪を乾かし、横になったら1日が終わる。

 明日は、ヘンリーさんにあの屋敷の購入意志を伝える。

 それから、手続きだったり、その後の事をアランさんと話し合ったり、工事の業者なんかも手配して貰わなきゃいけない。

 商業ギルドに買わせるでもなく、賃貸でもないから、工事費は俺持ちなのかなあ、そんな事をぼんやり考えつつ、俺の意識は夜に溶ける。

 明日は忙しくなりそうだ。

 せめて、今夜の夢くらいは、楽しく、穏やかな物が良い。

 

 暗転しつつ有る思考の片隅で、俺はふと、そんな事を思う。

 ささやかな祈りに反して、俺は夢を見る事もなく、只々眠りに身を任せるのだった。




書きたいことを詰め込んだらそりゃ長くなるよね、削ろう、と思って挑んだんですが。
削れませんでした、この辺がアマチュアってことね。


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厄介事は面倒な時にやって来る

銭湯作ってる最中にお客様来襲。
イリスに対応する余裕はあるのか⁉


 俺はつくづく公的な席という奴が苦手なのだと、ぼんやりと思い知らされた気分だ。

 俺自身の思惑とか、お屋敷を使用するのはお嬢様の――(おも)に部屋の――保護が絶対条件とか、そう言った部分の説明は良いんだけどさ。

 その他の細かい部分のアレコレとか、まあ1日(いちにち)そこらで決まるようなモンじゃないけど、そういう欠伸が出そうな話になってくるとどうにも集中力が落ちる。

 ホント、リリスとタイラーくんが居てくれて良かった。

「俺とて交渉事など苦手だ。だがまあ、お前は神輿(みこし)で居て良いと言ったのは俺だからな。慣れない事でも多少は、な」

 いつもの仏頂面で頼もしい事を言ってのけるウチの幹部に、(がら)にも無く頼もしさを感じたモンなのだが。

「お前に任せるよりはマシだからな」

 即座に飛び出る余計な一言に、がっかりするのは最早様式美だろうか。

 

 そんな様式美(もの)要らない、心から思う俺です。

 

 

 

 色々と細かい契約なんかはこれから詰めていく事になるし、何よりこの街で初の試みという事で、不都合が出たらその都度協議すると言う事になりました。

 まあ、不都合とか予想外のことが起きない訳が無いので、そういう事が起きても慌てない様に、まあ、各方面との連絡やらを怠らないようにしようと思う。

 と言う訳で、お嬢様も案外乗り気なので、お屋敷の1階及び2階の改装が早速始まる。

 3階は一部廊下に壁とドアを取り付けるのが大きな工事だが、それ以外のエリアの部屋からは備え付けの家具を運び出す事に。

 メアリーちゃん自身が選別した、思い入れの有りそうな家具については、閉鎖エリアの一室に保管して、時々お嬢様が思い出に浸りたいんだそうだ。

 

 例のお父様の部屋の内装と言うか、家具については一切躊躇なく全処分に決まった。

 まあ、そりゃそうだよね。

 お嬢様も良い笑顔で、

「二束三文で叩き売りますわ」

 とか言ってたし。

 アンデッドだけど、凄く人間らしい反応だと思うし、良いんじゃないのかな?

 

 どうでも良い事だけど、俺、リッチってもっとこう、骸骨チックな見た目を想像してたんだが、お嬢様はまるで違う。

 フワフワと浮かぶというか、場合によっては飛ぶ、「ハッキリ見える幽霊」と言う感じだ。

 そう思って歩くウィ○なんとかこと、リリスに聞いてみたんだが。

 

 馬鹿を見るような目で見られた。

 

 霊体なんだから、本人の望む姿で出るものなんだと。

 ゾンビやスケルトンとは存在そのものが違うんだと。

 ほう、なんて答えた俺だけど、今ひとつ理解は追いついていない。

「……ホントに馬鹿ね。考えて無いだけじゃない。まあ良いわ、とてつもなく強い幽霊だと思えば良いわよ。まあ、()()()()()()()()()だけどね」

 溜息まで添えて、リリスは俺にも判りやすく教えてくれた。

 まあ、リッチって言うのが強力なアンデッドっていう認識そのものは間違いじゃないらしい。

 

 あと、でかい声じゃ言えないけど、俺が注意すべき脅威でもない、って事も判った。

 まあ、だからって油断出来る程、俺は強い心算(つもり)も無いけども。

 

 んで、そのお嬢様だけど、俺、というかウチのメンツを気に入ったらしく、度々()()に遊びに来るようになった。

 それも、日中に。

 本人曰く、夜は出来れば寝ていたいんだそうで。

 う、うん、良いんじゃないかな?

 ただ、出来れば日中の移動は飛ばずに、出来れば徒歩で来て欲しいかな?

 すっかり慣れたヘレネちゃんが、それでも多少青い顔で淹れてくれたお茶を美味しそうに味わうお嬢様は、俺の苦言に笑顔を向けただけだった。

 

 え? 何、お嬢様も、俺の扱いそんな感じ?

 

 

 

 俺の溜息はどうでも良いとばかりに、状況は動き始める。

 レイニーちゃんと俺、そしてリリスとメアリーお嬢様が、ヘンリー不動産提携のリフォーム業者さん? と共に、先ずは1階の浴場の配置やデザインを詰める。

 デザイン関係はもっぱらリリスとお嬢様、それとリフォームの専門家に任せるとして、俺とレイニーちゃんは給湯システムと、()()()()の制作・設置である。

 

 給湯システムそのものは既存の物が有るので、それを元に、操作の簡易化と高出力化を目指す。

 と言うか、実はその辺の仕込みは既に終わっていて……。

 この世界の技術と、前世界の技術とのハイブリッドと言うか、メンテナンスに支障を来さないような設計を事前にリリスが行っており、それを円滑に説明するために、俺の脳内にその設計図と、そういった図面の引き方の講習動画を脳内に()()()()のだ。

 

 有難うリリスさん、図面が有るお陰で説明もスムーズだったよ。

 

 ……じゃねぇんだよ!

 俺の脳が不具合起こすから、気軽にほいほい映像流し込んでくるんじゃないよ!

 あと、結構怖いんだよ、脳がバチンとか言うの!

 次は泣くぞ! 泣くからな!

 

 俺の泣き言は兎も角、実際に説明は実にスムーズで、給湯システムの設計から実際の製造までが問題無く進んでいる。

 どうやら色々と画期的らしく、業者さん達がいつの間にか「レイニー式」とか「フランセスカ・システム」とか言ってて、レイニーちゃんを慌てさせてた。

「良いんじゃないの? レイニー式ボイラー、面白いじゃん」

 俺が(からか)うと、レイニーちゃんは思いの外真面目な顔を俺に向ける。

「だって、設計したの、イリスでしょ? ダウンサイジングもそうだけど、操作の簡略化なんて、私、思いつけた自信が無いんだけど」

 そもそもの設計はホントはリリスなんだけど、まあ、あんまり気にしない方向で行こう。

「今回は時間がないからしょうがない。でも俺、この設計くらいなら、時間さえ有ればレイニーちゃんなら届くと思うんだよね」

 そう言って肩を叩くけど、納得しては居ない表情。

 こういう性格だから、前に出てチャレンジして、時には失敗して、そして成長して行けるんだろうね。

 失敗する時は派手にやるというか、仕事を取れる宛もないのに事務所構えて即座に逼迫するとかやらかしてるけど、若いしリカバリーも利くし、良いんじゃないの?

 そんな事を考えたりしたけど、俺は別の事を続けて言葉にする。

「それにほら。()()()()の考案と設計は間違いなくレイニーちゃんじゃん? 自信持ちなよ」

 俺の声に、レイニーちゃんは顔を上げる。

 そう、それはこの銭湯の秘密、給湯器の(ほう)は図面を公開する予定だけど、()()()は明かせない、開けさせられないブラックボックス。

 無理に開けたら壊れるよ、っていう徹底した秘密主義仕様の、ウチの、と言うよりこの街の秘密兵器だ。

 コレばかりは、開発はおろか製造もウチで行い、アイテムボックスを使ってわざわざ運んだものだ。

 

 その正体は、薬水(やくすい)管理装置。

 堅苦しい名前だが、要するにただの地下水に薬効を加えるモノ、魔法仕掛けで半永久的に作動する、設置型の「温泉の素」だ。

 檜湯(ひのきゆ)柑橘湯(かんきつゆ)、ハーブ()の3種を切替可能で、ボックス内のコアに接続するスロットに魔石版を差し込めば、新たな薬効を手軽に追加出来る。

 因みに、魔石板の接続スロットは6つ。

 充分だと思うけど、これ以上の枚数をセットするとなると、装置そのものを増設するか、設計を見直すしか無い。

 現状は大浴場は6室に別けられているので、男女別に1種類づつ楽しんでもらえる筈だが、ゆくゆくは花の(かおり)の湯とか、増やしたいものである。

「うん、あれは頑張った!」

 自信の漲る目。

 そりゃそうだ、コレに関しては、俺が軽くアイディア出したけど、リリスの映像流しも無しに、レイニーちゃんがかなり早い段階で上げてくれたものだ。

 簡単に、薬効の切り替えが出来るようになれば良いな、くらいの軽いアイディアを、魔石を砕いて板状に再錬成し、錬金術の起動陣を刻んだ上から更に魔石板でコーティング。

 それを主装置(しゅそうち)のコアに接続し、切り替え出来る様にするとか、そうそう考えつく事じゃないと思う。

 大昔に流行った、多連装CDプレイヤーみたいなもんかな。

 若い子は知らないだろうなー。

 HDとかに、買ったCDのデータを取り込んでプレイリスト作って、とか、そんな事はとても一般的じゃあ無い時代も有ったんだよ。

 まあ、オッサンの子供時代の思い出は置いといて。

 あ、魔石ってのはアレだよ、良く読んだりしたこと有るでしょ、アレ。

 魔物の体内に有ったり、魔素(まそ)の濃い所で生成されるって言うあのアレ。

 そいつの確保は俺が担当した。

 ちょっと足を伸ばせば、ダンジョンとかあるもんだね。

 

 え? その辺の話を聞かせろ?

 あー、初めてのダンジョン奮闘記なんか、誰が喜ぶの。

 気が向いたら、そのうちね?

 

「な? あー言うアイディアが出せる子が、俺やらが思いつく程度の事、出来無い訳が無いんだからさ」

 装置を完成させた功労者にそう言ってニカッと笑って見せると、レイニーちゃんは顔を赤くして視線を逸らす。

 おうん? どしたの?

「可愛い顔して、なんでそういう事をサラッと言えるかな、もうっ……!」

 何やら真っ赤な顔で理不尽なことを言われた気がする。

 俺、なんか悪いこと言ったかな?

 

 そんな感じで給湯装置とかは(自宅での)テストも含めて出来たけど、実はまだ浴場用に地下水を引き上げていない。

 まあ、工事そのものも1ヶ月程度の工期だし、寧ろ突貫だ! とか言って怪我人出されたり、逆に急ぐ余りに変な手抜きをされても困る。

 焦らず慎重に進めて欲しいもんだ。

 各給湯室はレイアウトも浴場も、形になりつつ有る所で、残りはアランさんに監督を任せる事に。

 銭湯というものに懐疑的だったアランさんだけど、出来上がりつつある現場に色々とテンション上がってきたようで、特におみやげコーナーと食堂の(ほう)に力を入れている様子だった。

 特に食堂の(ほう)に関しては、ほぼ商業ギルドが取り仕切るエリアになるので気合が違うらしい。

 何故かウチとこのウォルターくんが商業ギルドの一角で、この食堂で働く予定の料理人予備軍に料理を教えているとか。

 ウォルターくんのとっておきを幾つか売るとか話してたから、頑張って貰いたい。

 

 そう言えば、おみやげコーナーは地元に声掛けしてるけど、流石にすぐに反応できるようなトコは無いらしい。

 フットワーク軽い店なんかも有りそうなもんだけど、流石に様子見なんだろうな。

 そんな訳で、取り敢えず入ってすぐの目立つ位置を開けとく訳にもいかんので、1階2階共に、実に目立つ位置にウチこと「ノスタルジア」ブランドのボディソープやシャンプー、コンディショナーと、バラやラベンダーの香りの石鹸等を展開。

 ゆくゆくは入浴剤(粉末状)も販売する予定。

 後は、ミード用のポーションも置いてみよう。

 石鹸類と間違えられないように注意しつつ。

 

 そんな準備の最中、ウォルターくんが気になる事を口にしていた。

 なんでも、料理人クランに話を通すかどうかで商業ギルドが割れているとか。

 料理の腕は確か、っていう人間が揃っているが、揃いも揃って(かね)にがめつく、商業ギルドを通さずに店を出したりしているのであんまり仲はよろしく無いご様子。

 ウォルターくんも気に食わないと言って憚らないので、そんなトコに荒らして欲しくない俺はすぐに商業ギルドに乗り込み、(ウチ)の物件だからと言うことを盾に、料理人クランとやらへの話を止めさせた。

 なんか1人熱心に俺を説得しようとするハゲがいたが、俺のひと睨みで気絶。

 商業ギルドの人間は鍛錬が足らん。

 

 料理人クランの方は料理人クランで、何処からか話を漏れ聞いたらしいが「商業ギルドが絡んでる案件に興味はない」とか強気なご様子。

 そういう事ならと、俺の(オーナー)権限で「料理人クランが敷地内で商売することを禁ずる」と規約に追加。

 興味無いんなら構わんでしょう?

 一応、料理人クランの人間が上記のセリフを言っていた所にたまたま居合わせたので、きっちり音声は押さえて、その上できちんと指差し付きで宣告済みである。

 ……録音したのは俺じゃなくてリリスだけど。

 後から旨味を感じた所で、入り込む余地なぞやらん。

 地元の商店街の人は商業ギルドに加盟しているから、おみやげコーナーに限りが有るとは言え参加は自由だ。

 

 賑わってくれたら良いなあ。

 

 一応貴族の(かた)がご近所なので、内装はそこそこゴージャスな感じになる予定。

 此処が当たれば、次は庶民向け、つまりは俺向けなシンプルな銭湯を庶民のエリアに作るのだ。

 そっちは単純に風呂メインで、店は石鹸類くらいのものを考えている。

 欲を言えばコーヒー牛乳とかフルーツ牛乳を販売したいのだが、無いものは仕方がない。

 今後の商品開発に期待しよう。

 代わりに、周辺に商業ギルドと提携してる料理人の店とか、そういうのが有れば良いよな、ってな感じ。

 夢は拡がるけど、先ずはこの第一歩からだ。

 すぐに結果に繋がる訳じゃないし、次の季節のバザーは2ヶ月後だとか。

 

 今は空いてるテナントも、客入り次第で埋まっていくだろう。

 商業ギルドも工事なんかの資金を投下してる以上、ポシャっては困る訳で、宣伝は任せても良いだろう。

 そちらのお手並みは拝見させて貰うとしよう。

 

 完全に冒険者らしい活動を停止させているウチことノスタルジア・クラン。

 及び、俺。

 少年少女組もたまに銭湯の内装の手伝いに来てくれたり、ヘレネちゃんと家の掃除をしてくれたりと色々活躍してくれている。

 タイラーくんとジェシカさんが謎に商業ギルドに顔だしてたり、冒険者ギルドでハンスさんやブランドンさんと何やら話してるのが不気味なんだけど、きっと気にしちゃいけないんだろう。

 

 合間に、ヘンリー不動産に挨拶に行ったり、パルマーさんトコでアイテムボックスの入荷が有ったってんですぐに買い占めに行ったり、色々有りつつ、工事開始から1週間が過ぎようとしていた。

 

 

 

 その目つきの悪い男が冒険者ギルドに顔を出した時、それが誰かを知るものは殆ど居なかった。

 殆ど居ない、と言うことは僅かに存在した、という事だ。

 たまたまいつもの様に、仕事中に酒を呷りに来た所で、ハンスはその男に気がついた。

 平然と顔色を変えずにエールを喉の奥に流し込むと、グスタフとのバカ話もそこそこに事務所に戻る。

 じっとりと汗ばむ背中を意識しつつ、ハンスは退屈そうに欠伸を隠しもしないブランドンに近付いた。

「悪食が来ているぞ」

 ハンスの言葉に顔を向け、少し思案げな表情を浮かべた顔は、言葉の意味を飲み込むにつれ、みるみる青褪める。

「おいおいおいおい、冗談じゃねぇぞ。今ホールに居る冒険者はどうなってる」

 頭を抱えるブランドンに、(サブ)ギルドマスターの重い声が答える。

「A級はグスタフ、他はC級以下だ。今日はノスタルジアの連中は居ない」

 頭を抱えていたブランドンは、椅子に腰掛けたままで上体を(そら)し、天井を見上げる。

「はぁ、タイミングが良いのか悪いのか。で、悪食はすぐにでも暴れそうなのか?」

 どうにか溜息は(こら)えて、ブランドンは言葉を切るとハンスに目を向ける。

 すぐにも手を打ちたいが、正直ハンスの話では、今の冒険者ギルド内の()()では、仇成す者(あだなすもの)の相手は厳しいと言わざるを得ない。

 それ程多くも無かったA級冒険者の大部分は東の街の活気に惹かれ、拠点をそちらに移した。

 近年、明らかに冒険者の質が低下しているのだ。

 こんな状況で、国を跨いでの凶悪な手配犯の相手をさせるのは、少々()の悪い賭けに思える。

「いや、物色してる(ふう)では有るが、目当てを見つけた(ふう)でもない。グスタフには暴発しないように釘は差したが、相手が動けば奴も動かざるを()んだろう」

 ハンスの言葉に、それ以上考える事は無いとばかりに、ブランドンは立ち上がる。

「ハンス、衛兵隊に連絡だ。今のウチの戦力じゃ心許ない。それと」

 言葉を区切ったブランドンの顔に、非常に嫌そうな色が差す。

「商業ギルドの、建築部門に、修理見積もりでも出すか。取り敢えず、俺も(じか)に見ておきたい。行くぞ」

 予算の事を思って我慢しきれず溜息を漏らし、ハンスの巨体を伴ってホールへと向かったブランドンは、リリスやイリスの厄介さとは異質な、凶悪な厄介事がそこに居る事を認識する。

 事を荒立てる雰囲気がある訳ではない。

 だと言うのに、()()()を中心に、ホール内が異常なほど静まり返っている。

 あの男が何者か、知らない者でも警戒しているのだろう。

「おい、ハンスよ」

 ブランドンは、声が掠れるのを自覚しつつ、やや後ろに居るはずのハンスに声を向ける。

 そのハンスは、返事も無く、ブランドンと同じ方向を見ている。

「厄介事とは聞いていたがよ? 流石にアレは、聞いて無いぞ……」

 厄介事。

 自分の言葉に、自分で納得しながら視線は外せない。

 ノスタルジアの、イリスの、まだしも笑える厄介事とはレベルが違う。

 1国のみならず、複数の国家の「敵」と認定されている者が当たり前のようにジョッキを傾け、更には。

「……なんで、仇成す者(あだなすもの)が増えてるんだよ」

 ハンスが、言葉もなく首を横に振ったのが判る。

 ひどく静まり返ったホールで、視界に収めた彼らの声はよく響く。

 その内容は、ひどくどうでも良いものだった。

 だが、そんな会話の内容よりも。

 仇成す(あだなす)6名のうち2人。

 悪食と獣追い。

 そんな危険人物が何をしに来たのか?

 考えるまでも無く、ブランドンの脳裏にイリスの、リリスの顔が浮かぶ。

「国喰らいの……仇討(あだう)ちか?」

 聞こえない様に慎重に、口の中で呟く。

 国喰らいの最期は、ブランドンも見届けた。

 その生命(いのち)を失う前から、既に死んでいるような状態の手配犯を見て、同情こそしなかったが、哀れには思えた。

 

 あの仇討ちに、来たのか?

 

 ブランドンは口元を引き結ぶと、受付役の1人に近寄り、トーンを落とした声を流す。

「アマンダ。お前、イリスの屋敷の場所は知ってるな?」

 声を掛けられた(ほう)はきょとんと、振り返ってブランドンを見上げる。

「え? ああ、はい。勿論、知ってますよ?」

 答えながら、イリスの住む屋敷を思い出す。

 冒険者が住むには大きい、クランハウスとしても中々に立派な屋敷を。

「良し。お前さん、ちょいと行って、今日はギルドに顔を出すなって伝えて来てくれねぇかな? ちょいと厄介な連中が居るもんでな」

 アマンダに答えるブランドンも、その後ろのハンスも、冗談めかすことも笑みを浮かべることもしない。

 どう答えたものか逡巡するアマンダの目を見て、ブランドンは更に声を落として囁くように言う。

「例の国喰らいの仲間が……悪食と獣追いが其処に居る。仇討ちかも知れん、準備も()しに此処で暴れて欲しく無い。衛兵と協議して、出来る限り被害のない方向で動かないと不味いからな」

 そこまで言うとブランドンは(きびす)を返す。

 領主様は人的被害を嫌うからな、そう口の中で呟くと、ギルドマスターは別の受付役に別の指示を出していた。

 僅かな時間、呆気にとられたアマンダだが、気を取り直すと自分の受け持つ受付台に「休止中」の立て札を置くと、数人の訝しむ冒険者に愛想笑いを向け、制服姿で建物の外へと駆け出した。

 それこそ領主様への報告案件だと思うが、これからモンテリアのギルド経由で報告をするのだろう。

 イリスと言えば、冒険者歴で言えば新人だが、今やクランの1つを預かるマスターと言う立場であり、Cランク冒険者である。

 どちらも冒険者登録から1ヶ月そこそこで手に出来る物ではない。

 その冒険者ランクの急上昇の原因が、重要手配犯である「国喰らい」の捕縛だった。

 その時にギルド内の和を乱した、という部分でそれこそ領主様より叱責を受け、本来ならBランク昇格のところをCランクに落とされたとも聞いている。

 その有り様は、規格外。

 アマンダは、道すがら考える。

 

 規格外の新人冒険者と、規格外の手配犯。

 どっちが強いんだろう、と。

 

 

 

 まさかの来訪者、ギルド受付中ナンバーワン(俺比)のアマンダさんの登場に、テンション爆上(ばくあ)がりの俺だが、そのアマンダさんの顔色は悪い。

 何事かと話を聞いた俺達は、各々腕組み等思い思いのポーズで物思いに耽る。

「……やっぱこれ、俺の蒔いた(たね)か?」

 天井を見上げて唸ってみるが、だからと言ってやらかした事は無かった事にはならない。

「阿呆。アレは降りかかる火の粉を払っただけだろう。やり方は兎も角としてな」

 そんな俺の独り言に、タイラーくんが溜息を()いてから、面倒くさそうに答える。

「……そう言えば、あの国喰らいとか言う女、王都とやらに復讐するんだって言ってたけど」

 仮面越しに、リリスが言葉を放つ。

 来客と聞いた段階で付けたらしい。

 俺も付けてたけど、来客がアマンダさんと知って外してしまっていた。

 面倒な腹芸とか出来ない(タチ)で、すぐ顔に出るのは自分でも理解(わか)ってるから、見知らぬ来客に対しては仮面が必須だ。

 我ながらとんだ人見知り具合である。

「今ギルドに顔出してる、えーっと……『あの女』の仲間も、狙う先は王都って所なの?」

 あの女こと、国喰らい。

 俺は途中でリリスと入れ替わったからあの女の目的だったりとかは、後からリリスに教えて貰って知っている程度だ。

 入れ替わらなくても勝てただろうと俺は思ってるし、リリスもそこは否定しないが、ただ()()()()()殺してしまうか隙を突かれて不要な怪我を負うか、どちらかだったろう、と言われた。

 反発心が湧かなくもないが、でも、リリスの言う通りだろうと素直に思う。

 俺には余裕が無さ過ぎる。

 ホント、なんでクランマスターなんてやらされているのか、理解に苦しむ程度には器が小さいんだけどなぁ。

「今来てるのは、『悪食』と『獣追い』って聞いてるから、2人とも王都には用は無い筈よ? 『悪食』は東の、『獣追い』は北の、それぞれそんなに大きくも無い国が復讐の対象だった筈」

 ミードを口に運んでから、アマンダさんが答えてくれる。

「正直、手配で回ってる人相書きと違い過ぎてて、サブマスとギルマスがなんで気付けたのか、というか本当に仇成す者(あだなすもの)の2人なのか判断が付かないんだけど」

 アマンダさんが事も無げに言うけど、え?

 なにそれ。

 詳しく聞くと、魔法を使用した似姿――写真の様なもんかな――は有るが、それが出来る術者が少ないので、どうしても手配書は似顔絵が主になるんだとか。

 んで、手配犯をのんびりスケッチする余裕なんて現場に有る訳も無く、大体は伝聞を元に作られるから、場合に依っては正確性に難が有る、とか。

 ……場合に依ってっ()ーか、それで良く手配書として機能する物が出来るね?

 ……カメラ的な物を作れたら、随分儲けられそうな気がするね?

「それは理解(わか)ったけど、それで? 私とかイリスが酒場(バー)に顔出さないのは良いんだけど、ギルドとしてはどう対処する予定なの?」

 色々と実感の湧かない俺が何となく空想を遊ばせている傍ら、リリスがクッキーを手にしたままで問う。

 ……確保しなくても、俺とお前以外は……あ、ウチのメンツは普通に食いそうだな。

 ごめん、リリス、ちゃんと食べたいやつは確保しといてね。

「困りものなのよねぇ、実際のトコ。仇成す者(あだなすもの)の1人でもこの街の冒険者かき集めて足りるかどうかなのに、2人となると……」

 リリスの質問に、アマンダさんが深い溜息と共に答えてくれる。

 それを聞いて、顔を見合わせる俺とイリス。

 うん?

 あの、国喰らい、あいつも仇成す者(あだなすもの)とか呼ばれてたんだっけ?

 あれは、()()()()()()()()

「あー……アマンダさん、あの、国喰らい? あれの戦力評価はどうなの?」

 嫌な予感が渦巻く。

 俺が控えめに差し出した疑問に対する答えは、予想の手をすり抜けてくれた。

「国喰らいについては……あのね、本来なら現状のこの街のギルド戦力でギリギリ、っていう判定だと思うんだけど」

 えっ。

 俺は変な声が出そうになるのを何とか抑える。

 つまりは、今来ている仇成す者(あだなすもの)とか言う奴らと同格って事だろう。

 いや……言っちゃなんだけど……。

 

 ちょっと、相手の実力を高めに評価し過ぎでは?

 

 不明な戦力を過小に見積もるのは危険だけど、過大に見積もるのもどうかと思うんだけどなぁ。

 或いは、俺があの国喰らいの実力を実際に目にして、戦ったからこその感想なんだろうか?

 そう思う俺の耳に、アマンダさんの言葉の続きが滑り込む。

「例の魔獣、あれはどうも『獣追い』の能力が関係してたらしくて。あの魔獣が何匹居たか不明だけど、あの獣追いの獣と国喰らいのゴーレムを同時に相手にとなると、この街の戦力全部出してどうにかなるか、って程度には厄介だったみたいね」

 俺は口元に手を添え、椅子の背もたれに背を預けて押し黙る。

 

 今、この街の「戦力全部」って言った?

 冒険者ギルドだけじゃなく、衛兵も掻き集めて、それで互角かどうか?

 

 口にしかけた俺の脳裏に、ゲーム画面に踊る気の狂った様な()ダメージ数値が浮かんでは消える。

 そうか、俺の感覚のほうがおかしいのだ。

 あの狂ったダメージでなければ対抗出来ないイカれた世界のモンスター達は、此処には居ない。

 アレは此処の普通ではない、それを忘れたら、俺がこの世界の化け物と化してしまう。

 

 そう思うが、一方で。

 消極に過ぎてギルドに、この街に何か被害が出てしまったら、俺はその時自分を許せるだろうか?

 アマンダさんの話を総合するに、大人しくして居てどうにかなるとも思えない。

 戦って負ける予感もしない。

 ……これは、俺が出てふん(じば)った(ほう)が早くないか?

 俺が下手打っても、リリスもいる訳だし。

 そう思ってリリスに目を向けると、此方(こちら)に仮面を向けて俺の視線を受け止めて、1つ頷いて見せた。

 多分、似たような事を考えてるんだろう。

 想定している役どころは逆かも知れないけど。

 俺も1つ頷くと、アマンダさんに視線を向け直す。

「まあ、そうなったら俺が出るよ。取り敢えず話を聞いてみて、あんまりにも物騒な感じだったらやっちゃえば良いんだろ?」

 アマンダさんは、言葉を受けて何を答えたものか、ただ立ち上がる俺を見て口をパクパクさせている。

「この短絡馬鹿が。(なん)でそうも易々(やすやす)と危険な事に首を突っ込むんだ、お前は」

 一息に忠言と雑言(ぞうごん)を吐き連ねるタイラーくんに、俺より先にリリスが答える。

「馬鹿だからでしょ? まあ、私も今回に関しては、イリスにどうこう言えないけど」

 随分辛口じゃないのさリリスさんよ。

「ほら、行くわよイリス。向こうが2人だったら、私が出ても卑怯とは言わないでしょ、向こうさんも」

 どこか楽しそうに、という程隠すつもりも無いようで、リリスは露骨に楽しそうに椅子から立ち上がる。

 まあ、知らないから卑怯とは言わないだろうなあ。

 でも、俺はやっぱり、二人がかりだとズルいと言うか、可哀相な気がするよ?

 と言うかリリスさんや、お前さんはなんでいきなり戦う前提なん?

 フリでも良いから、話し合う姿勢は見せとこうぜ?

 

 先ずは話し合うところから、ただし拗れようが縺れようが知ったこっちゃない。

 暴れる場合は街の外で。

 それだけを話し合った俺とリリスは、口々に慎重論を唱えるクランメンバーとギルドの受付嬢を引き連れて冒険者ギルドへと足を向けるのだった。




自称日常系ファンタジー作品、久々に戦闘なるか?


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接敵、強襲

改訂版移行作業分、最後の作品です。
以降はこちらで新規投稿、ペースは……に、2週に1回は上げていきたいです。

例によって第○話表記は、あの機能が来て、整備が完了したら……!
いつになるんだろう。


 気がつくと、酒場(バー)の空気が変わっている。

 何処か張り詰めるような、其処彼処から、此方(こちら)を監視するような視線が投げ掛けられている。

 ふむ。

 少し感心したように、悪食はエールのジョッキを傾ける。

 領都(モンテリア)のギルドでは、これほどの人数に警戒されもしなかった。

 ごく数人の監視する目は有ったが、此処ほど多くはなかった。

 

 危機感を持っている、その辺りの差か。

 思えば国喰らいがこの街を襲って1月(ひとつき)経ったかどうか。

 危機感を無くすには、まだ早いと言うものだろう。

「なーんか、陰気なトコだね。ツマミは旨いけど」

 テーブルを挟んで向かいに腰を下ろす獣追いが、悪食の手元の芋の薄揚げ(ポテトチップス)をつまみ上げながら、無邪気に言う。

 お気に入りに手を出されて、若干苛立ちを滲ませつつも、悪食は近くを通りかかったウェイトレスに追加のツマミと、エールを2杯注文する。

「俺のお気に入りに勝手に手を出すんじゃねぇよ。まあ、気持ちは判らなくもねぇけどな」

 言うほど怒っては居ない、そんな調子で、獣追いの脳天に拳骨を落とす。

 あくまで軽くだが、落とされた(ほう)はそうは思わなかった様だ。

(いった)いな! すーぐ暴力振るうんだから! 悪いのは僕じゃなくて、この美味しい芋でしょ⁉」

 頭の天辺を押さえて抗議する獣追いの様子に、ギルド内の一部で警戒の糸が緩む。

 仲の良い、兄弟のような2人パーティ。

 事情を知らない一部はそう判断しても仕方がないほど、のどかな光景。

 それが国単位で手配を受けているお尋ね者だと知っている一部と、悪食の放つ剣呑な気配に気を緩める気になれない一部でさえ、ともすれば今までの警戒がバカバカしく思えて来る。

 だが、完全に気を許すには悪食(この男)の眼光は鋭すぎて、油断して見せるには無理が有った。

「この芋が旨いのは認めるが、悪いのは人様の食い物に手を出したお前だ」

 ふくれっ面の弟を諌める兄、とも見える2人の背後で、笑い声が上がる。

 特に気配を消していた訳でも無く、偶然背後に居ただけ。

 悪食が振り返ると、短髪で長身の男が此方(こちら)を向いて立っていた。

「いや、悪い。そんなに気に入って貰えて、嬉しくてな」

 男は悪食の前に、芋の薄揚げ(ポテトチップス)が山盛りのバスケットを置く。

「俺はウォルター。たまに此処に手伝いに()る、料理人だ」

 料理人、という単語と眼の前のバスケットに、悪食は警戒を解く。

 気配の薄い足運びと、その目元は確実にこちらを警戒しているが、それでも耳に入った会話に笑ってみせる辺り、敵意は無いらしい。

「見かけない顔の割に、随分揚げ芋を食ってるって聞いてな? どうせなら、コイツも食ってみてくれよ」

 ウォルターと名乗った男は見た目よりも人懐こい笑顔で、バスケットの中を指差す。

 其処には、一口大の黄金色の何かが、湯気を立てつつ小山となって積み上がっていた。

「何だ? コイツは……見たこと()ぇな……?」

「なになに? これ、何かの()? 焼いたの?」

 悪食と獣追いは改めてバスケットの中を覗き込み、仄かに立ち上る芳香に喉を鳴らす。

「コイツはカラアゲっ()ってな? ウチのクランマスターの故郷の料理らしいが、まだまだ試作なもんでな。お前ら、食いっぷりも良いし、食って感想聞かせてくれよ」

 ウォルターの新しい挑戦、それは街に来たばかりの冒険者風の2人にも物珍しく、食した事どころか見た事も無い物。

 新設の「ノスタルジア」クランのマスターは変わり者だが食の(こだわ)りは本物。

 そんな噂が流れ、ふらりとこの街に立ち寄った(ふう)の悪食の耳にも入る程度には、既に冒険者ギルド(ここ)酒場(バー)には「ノスタルジア」から出たメニューが増えた。

 クランに君臨する双子のマスター、姉が主に「食」と「酒」に工夫を凝らし、妹がそれに鋭いスパイスを効かせると評判である。

 実情は8割が妹の何気ない一言が起点となっているのだが、調理方法を考えるのは姉のほうが得意である。

 その辺りの事情から、噂として流れる時には上記の様になってしまう。

 噂と言えば、「ノスタルジアの双子は姉が創造を、妹は破壊を司る」と言う物も有るが、これも上記の事情と、主に妹の仕出かした幾つかの事件との合わせ技である。

「カラアゲか……聞いた事も()ぇが、それより良いのか? こんなモン食わせて貰ってもよ?」

 悪食は記憶の引き出しを幾つか探るが、「カラアゲ」と言う単語に該当する記憶は見当たらない。

 ちらりと目をやると、獣追いの(ほう)は不審がるとかそんな様子は微塵もなく、料理人の返事も待たずに手を伸ばしている有様だ。

「あっつ! まだ熱いんだね、これ!」

 素手で摘み、熱の余韻に驚いて指を離す。

「人の話も聞かねぇでがっつくからだ、阿呆。先ずはこの料理人に礼の1つも言ってからにしろよ、せめて」

 悪食が呆れたように言うと、獣追いは不貞腐れたように頬を膨らませ、料理人(ウォルター)はカラカラと笑う。

「気にしねえでゆっくり食ってくれ、後で感想くれれば良いぜ。熱いから気ぃつけてくれよ? せめてフォークを使いな」

 そう言って笑うと、ウォルターは他の冒険者達に声を掛け、幾人(いくにん)かから新メニューを強請られつつ厨房へと戻っていく。

 その背中を見送りながら、悪食は珍しく声を落として呟く。

「知らねぇんだろうが……遣り(にく)いな」

 その隣で、獣追いが「カラアゲ」を口の中に放り込みながら静かに、しかし事も無げに言う。

「そうかい? どうせ知ったら他の連中と同じさ。遠慮するだけ無駄だよ」

 どうせ僕等(ぼくら)は何処に行ってもお尋ね者さ。

 誰にも聞こえない様な獣追いの呟きを耳朶に収めつつ、悪食もまた「カラアゲ」を口に放り込む。

「……旨いな」

 言葉とは裏腹に、その声には苦いものが浮かんでいた。

 

 

 

 冒険者ギルドに国際手配犯が居るってんで、急いでギルドに向かってるんですがね。

 それを伝えてくれたギルド受付のアマンダさんは、ギルマスの言伝として「()んじゃねえよバーカ!(意訳)」と教えてくれた訳だが、こちとらハードなハードなハクスラ世界を識る者だ。

 リリスに至ってはまさにハクスラ世界から来たに等しい。

 そこそこ戦えるんじゃね? 的な軽い気持ちで出陣した俺です。

 

 それに今、ウォルターくんがギルドでバイト中なのよね。

 ギルドハウスでドンパチ始まるとか、そういう面倒臭いことになる前に、とっとと踏み込んでしまおうと言う魂胆も有る。

 ()るなら、表出ようぜ、っていうアレだ。

「タイラーくんよ、俺が暴れるとして、街のどっちに出た(ほう)が都合が良いんだ?」

 特に慌てて走るような事も無く、しかし、いつに無く早足で道を()きながら言葉を向ける。

 それでも足の長さの問題で、陰険メガネは悠々付いてくるどころか、ともすれば置いていかれ兼ねない勢いだ。

「まず単身で暴れる事を前提とするな。他との連携を図れ。その上で言うなら、今なら西だな。北と同じように草原が広がっている。東は川がある関係で多少狭く、街の近くで戦闘する事になる」

 前半の小言は無視して、俺は頷く。

「北は絶対に駄目だ、ゴブリンの生き残りの集落が、やっと整った所だ」

 タイラーくんが続ける言葉に、俺はもう一度、無言で頷く。

 領主様の温情で、要壁の外では有るが集落を構えることが許されたのだ。

 彼らの安寧を乱してはイカン。

 集落の外壁作りは、俺も手伝ったのだ。

 それに、あの魔女の襲撃からまだそれほど経っていない。

 そんな彼らの近くで戦闘なんて、不安を助長するような真似はしちゃいけない。

「それに今、あの集落では蒸留酒を造らせてるのよ。絶対に危険を近づけては駄目よ」

 俺の右を歩くリリスが、決然と言い切る。

 っておい、お前さん、そんなモン造らせてたの?

「バニラエッセンスが……欲しいのよッ……!」

 って事はアレか、ウォッカ造らせてんのか。

 あ……あー、うん、パウンドケーキも一味(ひとあじ)違うものになるし、良いんじゃないかな?

「一応、ウォッカは目処が立ったわ。ウィスキーとブランデーは時間がかかるけどね」

 いつ、そんな事まで手を広げたの?

 流石に訳知り顔で受け流すなんて事も出来ず、俺は間抜け(ヅラ)をリリスに向ける。

「まあ、そういう事情までは知らんが、北も使えない。南は……貴族様方を敵に回してみるか?」

 そんな俺の後頭部に、タイラーくんの声がぶつかる。

(わる)()ぇけど、もうちっと嫌気が差してからでも遅か()ぇかな?」

 割と物騒な事を軽口に包んで返すと、俺はあんまり真面目とも言えない顔を正面に向け直す。

「んじゃあ、お客さんは西門の外にご案内、か。リリス、俺が出て良いんだよな?」

「んー。相手を見てから、かなあ。まあ、あの女と互角程度なら、私が出る必要は無さそうだけど」

 舐め腐った俺とリリスの会話だが、呆れ果てたのかタイラーくんのみならず、ウチのメンバーからは合いの手1つ無い。

「あの、あのね、イリスちゃん、リリスちゃん? 『(あだ)成す者』って、すっごく危険な相手だからね? それが2人だから、ホント、無茶は駄目よ?」

 アマンダさんがギルド職員の義務感から、俺達の注意を喚起しようと頑張っている。

 勿論、俺もリリスも、見た目ほど相手を過小評価している心算(つもり)は無い。

 倒したのはリリスとは言え、あの魔女には、俺ですら案外余裕を持って対処出来ていたのだ。

 とは言え、本当にアレと互角だなんて思っては居ない。

 アレより強いのが2匹居る、そう言う算段で対処法を練る。

 寧ろ、俺はもっと別の――最悪の相手を想定してさえ居る。

 

 それは、俺と同じ巻き込まれたもの(プレイヤー)か、リリスと同じ世界を渡った者(キャラクター)

 

 特にそれが、俺たちと同じゲーム世界からの来訪者だったのなら。

 更に言えば、ワールドランカーだったりしたら。

 街だけは守れるように、ある程度離れて闘う必要も有る。

 

 実はこの、俺達と同じ存在の可能性には、ついさっき思い至った事だ。

 勢いで飛び出したものの、背中にイヤぁな汗が流れている。

 もしそうだったら、せめてウィザードである事を祈るしか無い。

 なにせ俺は、本気でウィザードしかプレイしたことがないのだ。

 他の(クラス)にどんなスキルが有るのか、どんな潜在能力をセットしているのか、防具のセット効果はどうなのか、まるで知らないのだ。

 リリスの足を引っ張らない程度には頑張らなきゃいけないんだが、果たして「最悪」の想定がハマってしまった時、そもそも俺が何処まで対抗できるのか自信がない。

 レベルで言えば、俺は1450だ。

 ……俺が自力で上げたのは1200までで、我が事ながらなんでこんなにレベルが上っているのか謎なのだが、原因と思われるリリスは教えてくれない。

 そんな俺のもやもやは兎も角、この辺の、無駄に引き上げられたステータスに期待するしか無い。

 イベントランカーだったら此処までレベル上げをすることはまず無いと思うので、そっちだったらまだ相手できるかなー、とか安易に考えを逃避させて見るが、それならそれでプレイヤースキルがハンパ()い予感も漂う。

 期間イベントは大体年に4回、決められた期間内で運営の指定した(クラス)でレベル1からシナリオクリアし、その先に有る深層領域の指定階層までのクリアを目指す物だ。

 ランキングも存在するが、俺はそもそもチャレンジした事も無いので良く判らない。

 だけど、それに毎回チャレンジするような奴がどれだけやり込んでいるかは、何となく想像がつく。

 俺のように1キャラ集中で鍛えて装備整えて、とは違い、(クラス)毎にスキル構成や立ち回りを極め、イベントが終わればそれを最初から繰り返す事の出来る猛者。

 必然、様々な(クラス)の扱いに長け、それぞれの短所長所も見えているだろう。

 闘うとなれば、強敵なんて言葉じゃ片付かない。

 頼みの(クラス)レベルが、どの程度それをカバーしてくれるのか。

 仮面の中で、頬を汗が伝うのが解る。

 

 取り敢えず、ギルドハウスで戦闘が始まる事だけは避けなければ。

 考えた結果、最初に考えたのと同じ思考に戻った辺りで、俺はギルドハウスの前に立っていた。

 立ち止まって仲間達を見回し、俺は1つ息を吸い込むと、ギルドハウスの扉に手を掛けた。

 

 

 

 扉を(くぐ)った先は、いつもより静かで、ついでに言うなら若干空気が重かった。

 其処此処(そこここ)で会話を交わしている様子は有るのだが、どうにもこう、いつもの怒号とか笑いとか、そういった勢いのある空気は息を潜めている様だ。

 気楽に笑ってる奴も勿論居るんだが、不穏な空気を感じて周囲に気を配る、そう言う冒険者の(ほう)が多い様に思える。

 え、なに? なんか急に皆、歴戦の佇まいじゃない?

 俺はちょっと空気に呑まれ、一旦酒場(バー)を避けて、クエストカウンターへと足を向ける。

 熊のハンスさんに加えて、ブランドンさんまで其処にいるのが見えた、って言う理由も無くは無いんだよ、一応ね。

 

「ちっす。何この雰囲気? 戦争でも始まるのん?」

 原因を知ってる癖に、わざとらしく右手を翳しながら問いかける。

「お前が来たから、そうなるんだろうなって予感しかねえよ。何で来たんだこの馬鹿野郎」

 ハンスさんは溜息を、ブランドンさんはハッキリと苛立ちを俺に向けて下さっている。

 やだなぁもう、仲良くしようよ、ね?

 俺は仮面越しにニッコリ微笑んで見せる。

「んで、お前は何しに来たんだ? アレにちょっかい出す気なんだったら、(つま)み出すぞ?」

 ブランドンさんのご機嫌が全力で悪いのは何でだ?

 俺は特に警戒も何も無く、ブランドンさんが眼だけを向けている(ほう)に無造作に仮面を向ける。

「お前は……! 少しは慎重な行動をだな……!」

 声を押さえた怒鳴りとか、ブランドンさん器用ね。

 そんな事を思った俺がブランドンさんに視線を戻した一瞬。

 ブランドンさんが俺の肩を掴んで小さく怒鳴った一瞬。

 そんな俺達に注意を向けたハンスさんや、ウチのメンバーの視線が俺に集まった一瞬。

 

 視線を戻した俺は、いや俺達は、それが何なのかを理解出来なかった。

 

 黒髪の、目つきの(わり)ぃ男と、向かい合う何やら楽しそうな顔でバスケットに手を伸ばし、揚げ芋……あれ? あれ、違うな、なんだあれ? を(つま)む赤毛で目の細い男。

 その2人のテーブル、ちょうど2人の間に入るように、見慣れた仮面の女……。

(なに)してんのリリス(あいつ)⁉」

 俺とブランドンさんの声が綺麗にハモった。

 

 

 

 から揚げと言ったか、鶏肉か? 肉に味付けして、これは焼いてあるのか?

 揚げる、と言う調理法が今ひとつ理解(わか)らない悪食は、知っている調理法で想像するしか無い。

 だが、どうやって作るのかが理解(わか)らなくても、旨い事は理解(わか)る。

「ホントに美味しいね、これ! こんなの食べた事無いよ!」

 向かいに陣取る獣追いがはしゃいでいるが、気持ち的には悪食も同意だ。

 ツマミが旨いと酒も進む。

 エールを呷り、ふと気配を感じて視線を向けた先に。

「あっ……!」

 獣追いの声が耳に届く。

 其処には、見慣れない仮面の女が。

「アンタ達、何なの? ()()()()()()()()()?」

 仮面に阻まれ見えない筈の目に殺気を乗せて、真っ直ぐに悪食を見下ろしていた。

 

 

 

 これは予想外な事態だ。

 俺は勿論、ギルドマスターのブランドンさんや(サブ)マスターのハンスさんでさえ、リリスの行動を読めなかった。

 っていうか、何で、いの一番にお前(リリス)が喧嘩売ってるんだよ⁉

「コレだから双子って奴は厄介なんだよ、あっちがイリスか!」

 相変わらず小声で怒鳴るブランドンさん。

 俺は驚きすぎて、ブランドンさんは器用だなー、とか呑気な感想しか浮かんでいなかったが直ぐに気を取り直し、仮面を外して顔をブランドンさんの(ほう)に向ける。

「いやいやいや、ほれ、目を見ろって、()を。あっちはリリスだよ」

 俺とリリスの、外見上唯一の違いを見て、それでもブランドンさんは訝しげだ。

 なんでそんなに信用ないの、俺。

「普段の行いの賜物だな」

 やはり釈然としない面持ちで、タイラーくんが言う。

 なんでい、俺の普段の善行に文句でもあんのかこの野郎。

「そうすっと、お前の姉もだいぶ喧嘩っ(ぱや)いってことになって、俺の頭痛の種が増えるんだが」

 タイラーくんの(ほう)に目を向けた俺の後頭部に、ブランドンさんの声が刺さる。

「奇遇じゃないの、俺もどうしたもんか悩んでるトコだよ」

 正直、どうやってアプローチしたもんか考えていた手前、強くも言えないんだけど。

 しかし、リリスのヤツ、どういう心算(つもり)なんだ?

 いつもならアイツが俺のストッパー役の……いや、そうでもないのか……?

 などと呑気に眺めてしまっていたが、()っとく訳にも行かない。

「ブランドンさんよ、ちょいと行ってくるぜ。まさか此処で暴れるたぁ思いたかねぇが、ありゃあ不味い。リリスが殺気立ち過ぎだ」

 カウンターに肘まで突いて身を預ける俺は、心底湧き上がる面倒臭さを余すこと無く全身に(まと)わせて言い放つ。

 そんな俺の暴れっぷりを「報告でしか知らない」ブランドンさんが、カウンターから身を乗り出して止めようとするが、それをハンスさんが止める。

 実際に俺が暴れている所を見たことの有る、ハンスさんが。

「出来るだけ殺すな。出来るか?」

 ブランドンさんを完全に遮って、ハンスさんが俺に目を向ける。

「相手次第だけど、俺よりもリリスがヤバいよ。アイツ、どうしたってんだ? ありゃ、完全に殺す気だぞ」

 そんな俺の言葉に、ブランドンさんがギョッとした目を俺に向けてくる。

 俺は俺で、溜息を重ねて、身体(からだ)を預けていたカウンターから離れる。

「取り敢えず、場所を変えさせる。衛兵の人らにも伝えてくれ、西門の外だ」

 言い置いて、俺はリリスの居るテーブル目掛けて駆け出す。

 衛兵の人に、とか言ったけど、正直あんなヤバいモノ(リリス)の近くに人を近寄らせちゃいけない。

 ()にも(かく)にも、あの三人をとっとと街から離さないとヤバい、そんな気がした俺は、割と本気で逃げ出したい心境だった。

 

 

 

「へぇ、唐揚げたぁ……此処で出す事にしたのか」

 どうやって(ウチの姉ことリリスが)殺気立っている現場に介入したものか考えあぐねた俺は、目に入ったそれに、思ったままの事を口にしてしまう。

 それは明らかにウォルターくんの仕事。

 醤油の目処がまだ立っていないから、リリスに教えて貰ったレシピを伝え、先日試作したばかりの塩唐揚げ。

 聞いただけである程度纏めてしまうウォルターくんの技量に、惚れ惚れしたもんだ。

「……なぁに? イリス、邪魔するつもり?」

 そんな俺のほのぼのとした現実逃避は、あっさりと身内に崩される。

 ……なんで、仲間の(ほう)がキツイ殺気をぶつけて()るんですかね?

 俺はとっくに仮面を外しているが、遅れ馳せでリリスも仮面を外し、その爛々と輝く真紅の瞳が俺を真っ直ぐに捉える。

 なんで俺を見てるんだよ、敵は俺じゃねぇだろ。

「双子、か」

 そんな俺の耳に、低い声が滑り込む。

「……ああ。そっちの物騒な(ほう)が姉で、俺は妹だ」

 その声の(ほう)に視線だけ向けると、そいつの、(くら)い、只々(ただただ)(くら)い瞳が俺を真っ直ぐに見据えていた。

 俺はその暗い瞳に、意識した軽い調子で、だが短めに答える。

「なるほど、双子か」

 そう言うと、男は何事か考えるように、思い出すように目を閉じる。

「で? 国喰らいを殺したのは、どっちだ?」

 その言葉を切っ掛けに、男の身体(からだ)から殺気が炎の様に立ち上り、連れと思しき男も染み出すような殺気を纏い、それを隠す事もしない。

 いやぁあ、殺気なんて大袈裟な言い回しだと、元の世界……或いは現実世界か? では思っていたモンだったけどさ。

 こうして3者3様の殺気に当てられてその圧を感じると、そういうモノは有るんだと実感させられてしまう。

 あと、平和ボケしてる俺はこの感覚には中々慣れない、って事も。

 怖いとか気圧される、じゃなくて、なんつーか……実感はするけど、やっぱりどこか他人事な感じなのだ。

 多分、危機感が足りていないんだろうなぁ。

 俺は自分の甘さというか、間抜けさに溜息を()き、軽く首を振る。

 その行為が、相手を軽く見ている、そう誤解させると知りながら。

「あのオバサンを死刑台に送ったのは俺だよ。で? 仇討ちにでも来たのかい?」

 こっそりと、獲物(武器)をクライングオーガからナイトウォーカーに持ち替え、ちょっとだけ挑発気味に言う。

 激昂して掴みかかってくるとかなら、そのままテレポートで俺ごと強制移動だ。

 そんな事を思いつつ、だけどこっそり冷や汗を浮かべる俺の前で、黒髪の男がふんと小さく鼻を鳴らす。

「此処は、(メシ)が旨いな」

 あん?

 殺気ダダ漏れで、コイツは何を言い出すんだ?

「会計を済ませてくる。やり合うにしても、此処は壊したく()ぇ。獣の、お前もそれで良いな?」

 黒髪の男の言葉に、ジクジクと殺気を垂れ流す赤毛は面倒臭そうに視線を転がす。

「えー? 移動するの? 面倒じゃん、此処で良くない?」

 瞬間、殺気の風向きが変わる。

「旨い飯屋は貴重だ。壊す事は許さん」

「……別に、死にたいんなら俺が殺しても良いんだよ? 悪食さん」

 おいおい待て待て、お前ら仲間じゃないのか?

 一瞬で睨み合いの関係に変化している黒髪と赤毛を、俺はどうしたもんかと呆れて眺めていた。

 もう一匹、何故か堪え性の無くなった()の事を完全に意識から外して。

 

 その華奢な手が振り下ろされ、テーブルは真っ二つに圧し折れて倒壊する。

 

「馬鹿共が、お前()の相手は私だ。勝手に殺し合う前に、黙って着いて来い。死に場所に案内してやる」

 言うや否や、リリスはテーブルに一瞬気を取られた男2人の胸倉を腕1本に付き1人づつ掴み、そして消えた。

 ざわめくホール内。

 ウチの連中+αが此方(こちら)へ駆け寄ってくる気配にも気が付くが、悠長に待っても居られない。

 リリスは強引に真上へとテレポートしたのだ。

 ゲームから離れ、自由になった視界の中、その視界の届かない建物の上空。

 其処に跳んでから、西の門の外、遥か先を目指(めざし)ているのだろう。

 

 偶々(たまたま)鳥でも飛んでたら、どうする心算(つもり)だったんだ、アイツ。

 

 俺は頭を掻いてから仮面を着け直し、一度仲間達の(ほう)へ手を振って、思いついて金貨を1枚――あの2人のメシ代と、テーブルの弁償として――床に放り投げてから、リリスを真似て跳ぶ。

 障害物をすり抜け、澄み渡る空の中で視線を巡らせ、目標となる西門を確認する。

 向かうべき路が見えたなら、後は跳ぶだけだ。

 どうせ直ぐに上がるだろう戦闘痕を見逃さないように気をつけつつ、俺は連続ジャンプを敢行する。

 

 あの男達を目にしてから、妙に不機嫌というか、なんだかとても()る気に溢れたリリスに不審なモノを感じながら、俺はその違和感の正体に気付ける筈もなく。

 

 絶対、正義感とかじゃ()ぇよな?

 そんな可愛げが有るとも思え()ぇし、今までの行動を思い返して見ても、それだけは無いと言い切れる。

 だとすると、確実にロクでも無い事を考えてる気がするのだ。

 

 何を考えているにせよ、今回の行動は、幾ら何でも性急に過ぎやしないか?

 ちょっと相手の力量とか、そういった所を考えていない気がするんだ、今日のリリスは。

 

 それが慢心なら、それこそロクな事にならない気がする。

 一度意識してしまった為に少しづつ膨らむ不安から目を背けるように、俺は発生するであろう戦闘痕を探しつつ、空を駆けるのだった。




オレ、外道 乱文家naow。コンゴトモ ヨロシク


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獣使いと獣のポルカ

いつも思うことですが。
私の戦闘描写は素人の初めての手料理に似ている。
慣れない作業に悪戦苦闘で手間も掛かるのに、大して上手くもないという……。
‼注意! 今回はちょっと酷いシーンがあるかも知れません‼


 自分の友達(ダチ)とか身内が妙にキレてると、なんか冷静になっちゃうことって有るよね?

 だけど、その身内がキレてるどころか殺意大開放でどっか飛んで行ったら、逆に冷静で居る事も難しいと知りました。

 

 もー、なんなの? あ、どうも俺です。

 

 

 

 フリーフォール中に水平に連続テレポートも、案外慣れるもんで。

 今回は人探ししつつだから比較的短距離の連続跳躍なんだけど、割と広がっている草原とか西へ伸びる街道とかには、それらしい姿は見えない。

 案外遠くまで跳んだんだろうか?

 そう思いつつ、例によってMPの管理も兼ねて一度地上に降り、回復を待つ。

 MP()れだけならまだしも、テレポート酔いまで併発したら本気でぶっ倒れる。

 経験済みだから間違いない、って事で意気揚々とサボり歩き。

 

 それにしても、とサボりの時間を使って俺は考える。

 

 リリスが妙に、というか急に殺気を振り撒いたのは一体なんでだ?

 正直、俺のブレーキ役が先にキレてるとか非常に面倒臭い有様な訳なんだけど、原因とか切っ掛けとかトリガーとか、そういったモノに何ひとつ心当たりがない。

 女の子の日か? とか下品な事言ったら俺にまで殺気が向くだろうから言わないけど、その馬鹿げた質問の答えは否だ。

 俺はリリスのボディを元に「コピー」されてる様なモンだから良く分かるけど、この身体(からだ)は生体部品を使っては居るものの、正直に言うと生物とは言えない。

 

 飯も食うし酒も飲むし酔うし酔った上に半裸になったりもする(らしい)俺だが、体内には臓器と呼べるモノはない。

 心臓や、およそ脈の取れる箇所にはダミーで拍動が与えられているし、擬似的に血液も流れているが、基本的にこの身体(からだ)は肉と骨、そして皮膚で構成されているようなもんだ。

 胴体に収まっているのは内臓とは別の、この身体(からだ)を維持する為のエネルギーを生み出す何かだ。

 

 それを内臓と言うんだって?

 

 意味で行ったら勿論そうなんだが、しかし生物の身体としては不自然に過ぎて、幾ら説明の1つもない俺とは言え、違和感を感じない訳がないのだ。

 ソレについては、いつか話す日が来るかもしれない。

 出来れば語りたくない類の話題だし、正直理解出来ていない話でもある。

 そんな不安に駆られた俺は、その辺の不安も含めて、割と早い段階で問いただしても居た。

 具体的には、モンテリアの領主様のお屋敷にいる間に、だ。

 

 

 

「えっと、じゃあ、リリスさん?」

 文字通り出来たてで、まだ名前も無かった当時の俺は引き攣る顔を隠す術もなく、リリスを見て口を開いていた。

「俺は、人間を辞めてる所か、なに? 生物ですら無いの?」

 殺されてこっちで身体(からだ)を造られて、更に身体を量産? して俺の意識をそっちに移した、とか言われて意味を掴めない俺に畳み掛けられる、あんまり信じたくない言葉達。

「何を持って人間とするか、生命体とは何か、って言うのは……」

「小難しい話じゃなくて、単純な話をしてるんだけどな?」

 露骨な話題逸しになんぞ、乗ってやらんわ。

 基本的にエネルギーの摂取量が極小で済んで、取り込むエネルギー源は基本何でも良くて、取り込んだモノは基本的に全部エネルギーに変換しちゃう。

 俺が生前に比べて少食になったのも、つまりはそういう事らしい。

 うん、便利だねー。

 でもそれ、ちょっと度を超えててさ?

 もうそんなの、人間じゃないだろ。

 っていうか生物ですら無いんじゃないのか?

「味覚は人間準拠だから、変なの食べると気持ち的に後悔するわよ?」

 人差し指を立てて、リリスさんが教えてくれる。

 妙なお気遣い有難う、あんまり嬉しく無いし、試す気も無いけどな!

 後悔だけで済むなら、毒物とかは基本気にしなくて良いんだな?

 なんて、割と前向きっぽい事を思いついちゃう俺も、大概な気がしなくも無いけども。

 

 そんな現実逃避の先に割とショッキングな記憶を掘り出す不毛な俺の目に、瞬間に閃く閃光と、巻き上がる土煙、飛び散る樹木なんかが飛び込んでくる。

 

 どうやら始めちゃったご様子。

 

 どうにもリリスっぽく無い行動に、俺は小首を傾げつつテレポートで戦闘の現場を目指す。

 目指すのだけど、止めるべきか、リリスに加勢するべきか、行動の方針をまだ決められない俺はモヤモヤとした感情を抱えて、気が付くと舌打ちしていた。

 

 

 

 目まぐるしく変わる景色に気を取られる間も無く、悪食は背中を地面に打ち付ける感覚に反射的に身体(からだ)を捻り、素早く身を起こすと自分に向けられている殺気の塊に対して身構える。

 視界の端に飛び退く獣追いが見えた気がしたが、質量すら感じられる殺気の圧力を前に、余計なことに気を回す余裕など無い。

 余りにも巨大な殺気は、却って攻撃の来るタイミングを掴ませてくれない。

 咄嗟に横に跳んだのは、読めた訳ではない。

 純粋に、勘だった。

 魔力によると思われる火線が、ついさっきまで悪食の立っていた地面を刳り、悪食を追う様に薙ぎ払われる。

 獣追いが一瞬自分から殺気が逸れたと見るや、大地に爪を立てるように身を屈め、両手指を実際に大地に潜り込ませる。

「戦闘中に僕から目を離すなんて、いい度胸だね!」

 獣追いが得意とするのは呪術。

 国喰らいと同じく生贄を必要とするタイプの禁術だ。

 

 膨大に溜め込んだ、恨みを抱えた魂を核に、獣を象った形代を作り上げる。

 ゴーレムの一種では有るのだが、核として使用している「人の魂」の影響か「()()()()()()()」を持ち、生物に近い造りを模倣している。

 しかし、人の魂が獣の形に無理矢理落とし込まれ、土塊から発生した筈なのに肉と臓器を持つ。

 重ねて発生した齟齬に魂は苦痛を受け続け、その苦痛がゴーレムの原動力となる。

 最悪の連鎖は、その「形」を得てそれを失うまで続く。

 だが、その仮初の生命を、自ら捨てる行動は取れない。

 ゴーレムの一種であるが故に、命令には背けず、命令にない行動を取る事が出来無い。

 

 その、巨大な狼を模した形代が、10を超える数量で獣追いと仮面の女の間に湧き上がる。

 

 仮面の女――戦闘に際し仮面を着け直したリリスは、その光景に忌々しげに、仮面の中で眉根を寄せる。

 

 黒髪の方は良く判らない、ただ強いだけの術者か何かだろう。

 だが、赤毛の方は。

 

 リリスは悪食が跳んだ方向へ魔力束をを短く叩きつけ、掌大の光る(やじり)を数十、悪食が居るであろう周辺に牽制するように放つ。

 細かい狙いなど付けていない、牽制になればそれで良い。

 その(やじり)が大地を穿ち、土埃を撒き散らす前に、テレポートを使用して自分が立つ位置を大きく変える。

 

 赤毛の男、獣追いと彼が作り出した獣達、その側面へと。

「戦闘が始まってから戦力の用意とか、舐めてるの?」

 獣追いが仮面の女を見失い、気付くまでの一瞬に、獣達へと火線が叩き付けられる。

 

 化け物。

 

 まだストックが有るとは言え、虎の子の獣が喚び出して間も無く肉片に変えられる様は、獣追いの心胆に冷え冷えと霜を降らせる。

 降りかかる大きな(やじり)の様な無数の魔力塊を避け、大きく位置を変えた悪食もまた、仮面の女を見失った事実に驚愕し、獣追いが心に浮かべた単語を鮮明に脳裏に滲ませる。

 

 化け物。

 

 異界より来たりし者は、往々にして強大な力を持つと聞く。

 それにしても些か、これは想像していたソレを超えている。

 

「まだまだ()()()()んでしょ? 出し惜しみしてたら、死んじゃうわよ?」

 仮面の女は言いながら、獣共を蹴散らした火線を止めると、先程悪食に向けて放った(やじり)をばら撒くように放つ。

 挑発に素直に腹が立つが、強引に自分を押さえ付け、獣追いは隙を探す。

 嬲るようにばら撒かれた光の(やじり)は、それぞれの間隔が広く見え、いかにも「粗い」牽制に見えなくもないが、その一つ一つが大地に大穴を穿つ程の威力を持っている。

 攻撃に紛れてやり過ごすという選択は、直撃しなくても発生する爆発に確実に巻き込まれるのは目に見えているので、大きく距離を取るしか無い。

 

 本来のゲーム中で目にする魔力光弾には爆発の属性など無いが、幾つかのスキルをオフにして尚数千万単位のダメージを誇る一撃は、触れるだけで容易く大地を刳り、吹き払う。

 

 なんだ、あの馬鹿げた威力。

 それに、あの数、なんであんなに展開できるんだ?

 経験上、見た目は魔導士の使う「マジック・アロー」に似ている。

 純粋な魔力で作り出された魔法の矢は、使い手の魔力・技量によってその威力を大きく変える。

 だがこれは、名の通った魔道士が放つ「とっておき」と同等、いやむしろそれ以上の威力に見える。

 それだけなら、別に良い。

 問題は、無造作にばら撒かれる、その全てがその威力である、と言う事だ。

 そんな芸当、かなりの腕どころか、王国や神聖国の賢者と言われる者でも出来やしない。

 少なくとも、今まで会った、闘った、殺した連中の中に、こんな化け物は居なかった。

 逃げ回りながら、獣追いは1つの現実から目を背けた。

 

 自分の作り出した獣が、別魔法とは言え、物体としての抵抗を見せる事も無く易々(やすやす)と肉片に変えられた事実。

 大人が見上げるほどの「魔獣」を、原型を留めない程に破壊するのにどれ程の魔力を要するのか。

 そもそも、どれ程の威力が有ればそんな事が出来るのか。

 

 そして、知らないからこそまだ冷静で居られた。

 

 仮面の女(リリス)は苛立ってこそ居るが、まだまだ本気と言うには程遠い、遊びにも似た心持ちで有る事を。

 

 

 

 赤毛くんがリリスから大きく距離を取りつつ、何やら地面に手を突いたと思ったら、彼の周囲の地面から見慣れた感じの魔獣が湧き上がる。

 その出現の仕方がちょっと気持ち悪いのもあってか、なんか俺の心がざわつくのが理解(わか)る。

 

 国喰らい(あの女)も、ああやって獣を造ってたんだろうか。

 俺は落下中の上空から戦場を俯瞰しつつ、どうでも良い事に気を取られていた。

 

 そんなお花畑な俺とは別に、リリスは2人相手とは言え、余裕を持って立ち回って居る。

 無闇に収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)を振り回したりせず、適度に魔力光弾をばら撒いて、安易に近づかせない様にしている。

 そのなんともソツのない戦い方に混ざる違和感に、俺は呑気に顎に手を添える。

 

 ……リリスさん、もしかしてだけど、赤毛くんの方がお気に召さないご様子?

 そりゃ、あの獣を造り出す能力は厄介かもだけど、それにしても召喚即削除はちょっとなんというか。

 必死? っぽく見えてしまうよね。

 

 動きそのものは優雅、ってか、ゲームじゃ無いってだけで、あんな自由に動けるもんなのか。

 流れるような足運びと、武器と宝珠を両手にそれぞれ持ちながら、その両手を大きく振って光弾を振り撒く様はまるで踊っている様だ。

 その魔力光弾が着弾した地面がボンボコボンボコ爆発してるのを無視すれば、だけど。

 まあ、あの動きは参考になるし、ああやって動くのも、なんとなくだけど、魔力光弾だからこそ、って気もする。

 収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)だったらああいう動きをしながらは難しそうな気がするし、他のだと……ミーティア?

 至近弾で自分が死ぬ未来が見えるけど、これは気の所為かな?

 

 などと馬鹿な事を考えつつも、俺はナイトウォーカーを持ったままの右手を突き出し、自由落下に身を任せながら。

 リリスに飛びかかろうと機を伺っている様子の黒髪の方に、収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)を短時間――具体的には()()()()()()()()()()1秒未満で――放つ。

 牽制のつもりなので、直撃を避けるように狙いを付けて。

 黒髪が俺の殺気かなにかに気がついて跳び退くのを確認してから、俺も戦場にテレポートを果たす。

「来たぜぇ、真打ち登場だよっと」

 何が何の真打ちなのか自分でも良く判らない、つーかどう考えても俺は影打ちでしか無いんだけどな。

 飛び入り()の登場に、空気が変わる戦場。

 リリスでさえ、赤毛を見据えたまま動きを止めて居る。

「……何しに来たの、っていうかギルドの酒場(バー)でボーッとしてて欲しかったんだけど?」

 そのリリスさんが冷たく言い放つ。

 何しにって、そりゃお前。

「珍しく熱くなってやがるから、()っとけ無いだろうがよ。お前こそ何なんだ、これじゃ役回りが逆だろうが」

 俺の文句にも、リリスは目を向けてくる事も無い。

「大体、こいつ等は俺の客だろう? なんでお前が1人でもてなしてんだ。俺にも分けろ」

 俺が言うと、リリスは俺に背を向けたまま、触媒剣を握る手に力を込める。

 柄が鳴く小さな音と、小さく何か呟いた声が聞こえたが、言葉は俺に届かない。

「……なんでそんな怒ってんのか知らんけど、やりすぎんなよ? 手配犯らしいし、あの領主様に引き渡さなきゃな」

 言いながら、無理かもなぁ、そんな予感を覚えつつ、得物を――ナイトウォーカーを構える。

 同時に、スキル構成にミーティアが含まれていない事を再確認。

 ゲームとは違うから、ミーティアは本当に「取り扱い注意」の魔法に変わってしまった。

 ……いつぞやはお構いなしに連射したけど、あの時は別の方法で威力を押さえてたからちょっとばかし状況が違う。

 攻撃スキルも、メインはやはり魔力光弾と、魔踊舞刀(まようぶとう)になるだろう。

「そっちは任せる、俺はこっちの、黒髪のおにーさんと踊らせて貰うぜ」

 俺は構えた得物(武器)を、敵と定めた相手――黒髪のあんちゃんに突きつける。

「……元より、お前等2人が目的だったんだ。順番なんざ、どうでも良いやな」

 黒髪が、身を低くしながら唸るように言う。

 あー、近接系かなぁ。

 まっとうな対人戦は初めてな気がするけど、大丈夫かなあ、俺。

 緊張感とかとは無縁でそんな事を考える俺の後頭部に、別の知らない声がぶつかる。

「ちょっとちょっと、悪食さんよ、僕も居るんだけど? なーんで独り占めの心算(つもり)なの」

 声の感じからして、2人とも、俺達に負けるつもりなんかは無いご様子。

 ……まぁ、そんなモンだろうなあ。

 伊達で国際指名手配なんかになっちゃ居ないだろうしなぁ。

「馬鹿な事言わないで頂戴? そっちの黒い方はどうでも良いけど……アンタは私が殺す。勝てるどころか、逃げられるなんて思わないでね」

 どこか脳天気な俺とよく似た声が、随分と冷たく響く。

 だから、殺すとか駄目だってば。

 言い掛けた俺を遮るように、リリスが言葉を続ける。

「アンタのその術……人様の魂使ってるでしょ?」

 はぁん?

 俺は目の前の黒髪くんから注意を外さないようにしつつ、真後ろのリリスの様子も伺う。

 随分と冷え冷えとした殺気を纏ったリリスが、きっと見たこともない様な顔で言葉を紡いでいるんだろう。

 戦闘に入った今は、仮面で見えないだろうけども。

「気に喰わないのよ、人の魂使って強くなってる心算(つもり)の、その性根が」

 ……。

 うん、人の魂を使うのが許せないのは俺も同感。

 だけど、俺の魂を引っ掴んで()()()()()()お前さんは、ことこの件に関しては人の事言えんぞ?

 まあ、その件()()の話なら犠牲者は俺だけだし、良いんだけども。

 山賊に攫われてただけで巻き込まれた名も知れぬ女性には、きちんと謝罪しなさいよ?

 

 その件も、話はちょっと違うんだけどね。

 

「……ハッ! なんだい、お説教の心算(つもり)かい? お生憎だけど、今更反省するほど良い子じゃ無いんだよ!」

 身を低くして、地面に手をつく赤毛くん。

 その周囲に湧き上がる魔獣達を、リリスは黙って眺めている。

 背中越しだし、仮面にも阻まれてるし、その表情は判らない。

 だけど、もしかしたら。

 

 リリスは、本当に……人の魂を使うあの男が。

 いや。

 人の魂を()()()()あの男の遣り口が気に入らない、だけなんだろうか。

 

 もしかして、自分(リリス)が俺の魂を勝手に巻き込んだ事を、実は負い目に思っていたり……?

 

 本当の所は判らない。

 俺は考え事の沼から一旦足を上げ、目の前に集中を戻す。

 其処には、俺の行動を律儀に待ってくれている黒髪くんが。

「考え事は終わったか、仮面の魔女」

 低く構えたまま、低い声で問うてくる、黒髪の獣。

 殺気が静かに、まるで針のように鋭く研がれているのが解る。

「なんだい、律儀な男だねぇ。待っててくれたのかい?」

 正直助かるが、態々礼を言うことも無い。

 多分、戦闘勘は向こうのが上。

 こっちとの地力の差がどの程度か。

 理解(わか)らないから、手加減なんか出来そうにない。

 黒髪の姿勢が、一層低くなった。

 踏み込んで来る、そう思った時に、影と化した男が地面を蹴った。

 

 

 

 湧き上がる獣の群れが、攻撃の姿勢を取る前に正確に撃ち抜かれて行く。

 自身には直接攻撃が飛んで来ないが、油断できる状況では決して無い。

 遊ばれて居るのか、嬲るつもりか。

 何れにせよ面白くない状況で有るし、気の抜ける場面も来ない。

「全く、次から次へ……! それはいつ弾切れになるんだい!」

 大きく飛び退きながら、獣追いは毒づく。

 着地した先で同じ様に獣達を創り上げると、即座に攻撃に移らせる。

 急拵えで単純な攻撃命令だが、先程までのように棒立ちで破壊される事はない。

 次々と大地を蹴り、仮面の魔女へと躍りかかる獣の群れ。

 それでも簡単に撃破されるだろうが、ほんの僅か時間を稼げれば良い。

 獣追いは()()()()()魂を、一度に自分が制御出来るギリギリの数を大地に叩き付ける。

 

 数が居ても駄目だ。

 戦場にでも出た事が有るのか、この女は多対一に慣れている。

 多数をけしかけても駄目なら、今できる最大の(しゅ)を叩き付けるしか無い。

 

 大地から、一際大きな獣が立ち上がる。

 おおよそ百の魂を注ぎ込んだ、今この場で出来る最大の下僕。

 先程までの獣の、3回り程も大きな体躯が、しっかりと大地に爪を噛ませる。

 百もの「人間」の魂を練り込まれ、その身のあちこちから人と思しき顔が浮かんでは消える。

 強引に作り出された呪われし魔法生物は、獣と言うにはその体毛は全て失い、肥大した筋肉に覆われた歪な四足歩行の化物は、不規則に浮かび上がる人面と思しき何かも相まって、元が同じ獣とは到底思えない醜悪さを放っていた。

 その口から漏れるのは獣の唸りでは無く、幾つものくぐもった嘆きと憎しみ、恨みの慟哭。

 獣の身に落とし込むには膨大過ぎる苦痛に(まみ)れた人の魂が、獣の形では抑え切れない怨嗟の声を放つ。

 これほど半端に後手に回るとは考えていなかった彼の、現状用意し得る、急拵えの最大戦力。

 

 準備さえ出来れば、あのオバサンより強力なゴーレムだって、僕なら創れたのに……!

 

 唇を噛むが、誰に言い訳出来るものでもない。

 歪な肉塊とも見えるそれに自分を護る様に命令を発し、先にけしかけた獣達の方へ視線を向ける。

 多少時間がかかったが、流石に動く獣共を即座に殲滅など出来はしないだろう。

 その乱戦にこの獣と共に飛び込めば、この巨体に、この悍ましさに目を向けない訳には行かないだろう。

 隙さえ出来れば、直接――。

 そう思った彼の意識は。

 既に討ち果たされた獣達の成れの果て、肉片が飛び散る想定外の様子に、一瞬漂白された。

 幾ら何でも早すぎる、そう思う間も無く、横合いからの斬り裂くような殺意に押され、身を庇うように左手を上げ、そのまま反射的に飛び退く。

 

 また横⁉ さっきまでは確かに、正面に居たのに⁉

 

 混乱する思考の彼が咄嗟に殺気とは反対方向に身を投げると、入れ替わりに切り札が殺気と獣追いとの間に割り込む。

 助かった、そう思いながら身体を大地に投げ出し、すぐさま身を起こし攻撃の姿勢を取る。

 先程も、急に消えたと思ったら横合いから攻撃して来た。

 移動の方法も理解(わか)らなければ、いつ移動したのかさえも理解(わか)らない。

 

 まるで、影法師の爺さんみたいだ。

 

 脳裏に、国喰らいの死を伝え、皆に警告を放った老人の姿が浮かぶ。

 影を渡り、影で殺す、影の住人。

 本来は膨大な魔力を要する瞬間移動を、苦もなく実行する、桁違いの化物。

 

 その化物の放った警告が、耳の裏で囁く。

 異界の者に、手出しは無用。

 

 血が滲む程唇を噛み、自身の弱気を追い払う。

 乱戦で仕掛けるのは失敗したが、未だ切り札は健在で、自分も負けては居ない。

 魔導士の癖にやたらと動き、どうやら肉弾戦を挑んで来た様子には肝を冷やしたが、あの巨躯を相手に肉弾戦は思うようには行かないだろう。

 隙が出来たら、即座に飛びついてありったけの(てもち)を叩き込む。

 その身に抱え込んだ魂の数など、最早正確には把握出来ていない。

 その中から、一度に使用できる数、およそ100もの魂を肉体に流し込まれ、自我を保てる人間など存在しない。

 慌てず機を待てば良い、そう考える獣追いに、機を待つ隙は与えられなかった。

 

 巨大な獣は数秒保たずに全身を細切れの肉片へと変え、血塗れの魔女が無造作に剣に纏わり付く血を振り払っていた。

 

「ちょこまかと動き回って小煩い獣を喚び出してるけど、結局出来るのはそれだけみたいね? もう飽きたし、殺すけど良いわね?」

 仮面の魔女が、心底からつまらなそうに言う。

 何が起きたのか、どうして切り札がゴミに変えられたのか、全く理解出来ない。

 理解(わか)るのは、どうやら自分が見下されているらしい、という事。

 相手の動きも見えず、勝ち筋が見えていない事は、無意識に理解を拒んでいた。

「舐めるなよ……! 僕だって仇成す者! 人間如きに、負ける訳が無いんだよッ!」

 ()()()、取り込んだ魂を集める。

 怒りの為せる(わざ)か、()()()()()()()()()()()、魂が動く。

 今なら、限界以上の魂を扱う事も出来る。

「ありったけの人の魂を叩き込んでやる! 自我が呑まれる恐怖を、たっぷり味わって死にな!」

 らしくもない怒号は、余裕の無さの顕れか。

 本人はそんな事にも気づかないが、自身の神経を逆撫でする事柄には直ぐに気が付けた。

「どうしようもない馬鹿ね」

 また、見下された。

 自尊心が軋む。

「態々手の内を晒して、何がしたいの? そんなネタで笑ってあげるほど、笑いに飢えてる訳じゃないのよ」

 血塗れの魔女は言葉通り、笑いもせず、冷ややかに言葉を放つ。

 それが、酷く癇に障る。

 初めて人を殺した、あの時のように。

「大体、あんたねぇ……」

 激高し、今にも飛びかからんとするその耳に、ため息交じりの嘲りが滑り込む。

「傷口から、ご自慢の魂がどんどん漏れてるわよ? ネタ切れになる前に、攻撃しなくて良いの?」

 

 何を言っている?

 

 獣追いは下らない戯言に忌々しげに舌を打ち、左腕を魔女へ向ける。

 今の自分なら、いくらでも魂を操れる。

 魂を飛ばした所で撹乱になるかどうか、と言う程度だが、それでもありったけをぶつければ、女子供など恐怖に身を竦ませるだろう。

 恐怖に囚われれば、そのまま魂達に飲み込まれるかもしれない。

 そうでなくとも、直接叩き込む、その隙が作れれば良い。

 そう思う獣追いの視界には、左腕が上がってこない。

「私の舞刀(ぶとう)の最大射程は10メートル。その範囲内なら、ある程度は任意なのよ」

 取り込んだ筈の魂が立ち昇る様が見えるのに、左腕が見えない。

 視線を少し下げ、左肩に目を落とした獣追いは。

 

 その先に有るはずの腕が消失している事に、漸く気がついて。

 

「あんなトロ臭い、無様な回避でどうにかなると、本気で思ってたの?」

 

 声にならない絶叫を発し、次々と溶けるように消えていく魂たちを掻き集めようと右腕を振り回し。

 

「敵を目の前に取り乱すとか、素人そのものじゃない」

 

 急激にバランスを崩し、大地に横たわった。

 

 地面に頭を打った衝撃で、我に帰る。

 左腕を失くし、なくしたはずの左腕に集めようとしていた魂が次々と傷口から漏れ、解放されていった。

 腕は、いつ失くした?

 巨獣を創った直後の、横合いからの奇襲、あの時か。

 状況を整理しながら、急ぎ起きようと藻掻くが力が入らない。

 視界が、急速に暗く狭まっていく。

 降ってくる土砂を鬱陶しく払い除けながら、それでも起き上がれない身体に焦りが募る。

 その、自由にならない視界に、魔女の姿が現れた。

 近い。

 恐慌か、或いは未だに諦めていない故か。

 彼は咄嗟に残された右腕を、魔女に向けて突き出す。

 その掌が、触れさえすれば。

 その想いも虚しく、あっさりとその手首を捕らえられ、細身の少女とは思えない膂力で身体(からだ)を引き起こされる。

「簡単にパニック起こすなんて、ホント、とんだ素人ね。アンタ、自分が負けるとこなんて想像してなかったでしょ?」

 仮面の奥から、いっそ憐憫とも取れる嘆息が漏れる。

 右腕を取られ、半端に引き起こされた身体で尚抵抗を試みるが、上手く力が入らない。

「で? アンタもう永く無いけど、言い残すことは有るかしら?」

 不思議と、見下されて居るのに思ったほどの怒りが湧いてこない。

 酷く、身体(からだ)が重い。

 何が起こったのか、獣追いは自分の身体(からだ)を見下ろす。

収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)。収束させた魔力砲を複数、更に束ねて放つ。別にとっておきって程のスキルじゃないけど」

 フラッシュバックする。

 恐慌状態に陥り、必死に魂を掻き集めようとした時、何かの光を見た。

 あの光は、見た事が有る。

 この魔女が、何でも無いように放っていた。

 魔女の片割れが、空中から撃ち込んで来た。

 

 何故、注意をはらい、警戒することを怠ったのか。

 

 それは、国喰らいの喚び出した獣達を瞬く間に討ち滅ぼした光。

 監視に付けていた彼の獣が、一瞬で破壊された光。

 

 それが、あの時自分に向けて放たれていたのだ。

 

 だから、彼は一瞬に下半身を失ったのだろう。

 唐突過ぎる感覚の断絶に、脳は痛みを伝えることを拒んだ。

 その痛みのショックで、絶命する恐れが有ったから。

 否、絶命が確定しているからこそ、不要な痛みを押し退けたのだ。

「アンタ程度に耐えれる攻撃じゃ無かった、それだけよ」

 人ならざる呪術の礎となった彼の身体(からだ)からは、流れ出る血とともに、取り込んでいた魂が際限なく漏れ出し、解放されるように宙に溶ける。

 右腕を捕えられ、攻撃するには絶好のチャンスだと言うのに、力も沸かなければストックしていた膨大な魂たちも失われつつある。

 残っていたとしても、朦朧とする意識では操ることも叶うまい。

「で? 言い残す事は?」

 促されるが、言葉を放つ余裕もなく、視界は急速に失われていく。

 何か。

 何か、言わなければ。

 

 僕が、無くなってしまう。

 

「僕は……僕は、ただ……」

 思い出したように喉を駆け上がる血が、言葉を遮る。

 言わなきゃ、でも何を?

 復讐したかった?

 違う、本当に望んでいたのは、そんな事じゃない。

「ただ、生き……かった………おかあさ……」

 霞む視界が、涙に滲む。

 本当に望んでいたもの、それは。

 

「……つまんない台詞(セリフ)ね。聞く価値も無かったわ」

 

 叩き斬る様な言葉に反感を覚える余裕も無く、ただ、自分の心臓に剣を突き入れられた事だけは理解出来た。

 

「アンタのつまんない復讐に巻き込まれた無関係の魂達だって、生きていたいと思ったでしょうよ。自分の身ひとつで立てもしない、人様の魂でどうにかしようなんて甘ちゃんが復讐とか、夢見すぎなんじゃないの?」

 最早誰に語られる事も無くなった生い立ちを、懐かしい家族を思い起こす事すら許されず、罪人はその生命を落とす。

 リリスの放つ侮蔑の言葉は、もう、咎人の魂には届かなかった。




リリスちゃん、一切の容赦なし。
でも、駄目って言ったのに……。


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完全敗北

お久しぶりです。
えーっと、すみませんでした(土下座


 俺より身体(ガタイ)がでかいのに、低い位置から来る攻撃に混乱する。

 低く踏み込んで来るならまだしも、時たまその体格を生かして視界を奪うように動きつつ、しっかり低い位置から仕掛けてくる。

 その度に肝を冷やした俺は、自分が障壁を張っている事を忘れて慌てて飛び退く、なんて場面が出てくる。

 その癖意識が下段に集中しがちになると、しっかり上から振り下ろす攻撃も混ざって来るので気を抜けない。

 動き自体はしっかり見えているのに、うっかりするとフェイントなんかも使ってくるイヤらしさに、咄嗟に出るのが舌打ちという体たらくだ。

 レベル差も有って俺の方が速い筈なのに、こちらの攻撃はモーションの段階で間合いを外される。

 殺してはいけないっていう頭が有るのでおっかなびっくりになってる、そんな言い訳も有るには有るが、それ以前に単純に、場数の差が露骨に出てる塩梅だ。

 相手もどうやらそれ――殺したくないっていう甘さ――を理解したらしく、それ相応に大胆に動いて来つつある。

 俺は後ろに跳んで距離を離しつつ、魔踊舞刀(まようぶとう)を極短距離で振り払い、仕切り直しを図る。

 

 下手に殺さない様(そんなこと)に気を使うと、俺の戦闘勘の無さも相まって、どうあっても後手に回ってしまう。

 

 目の前の狂気から注意を外さず、ちらりとリリスの様子を伺えば、魔力光弾をバラ撒いて居るのが見えた。

 愚図愚図してたら、リリスはあの赤毛をホントに殺し兼ねない。

「余所見たぁ、随分余裕だな?」

 不意に近くから聞こえた声に、血が逆流するような感覚を味わう。

 次に聞こえたのは、鈍い打撃音。

 障壁のお陰で何のダメージもないが、その障壁ごと揺らされたような錯覚にゾッとする。

「ケッ、あけすけに隙を見せたと思えば、こういう事かい。良く躱していたから、気付かなかったぜ」

 言いながら、連打。

 一撃で壊せないなら、壊れるまで殴れば良い。

 惚れ惚れする程シンプルな思考で、黒く変色したその両拳を障壁に叩きつけ続けてくる。

 

 あの自称Aランクゴリラよりも疾く重い攻撃が、目の前で障壁を叩き続ける様は心臓に悪い。

 俺は敢えて踏み込みつつ、ワンド――ナイトウォーカーを振り払う。

 魔踊舞刀(まようぶとう)の危険さを理解しているのか、俺が踏み込んだ時には黒髪は大きく飛び退いていた。

 振り払う軌跡が地面に爪痕のような斬り傷を刻み、湿った土と巻き込まれた雑草が僅かに宙を舞う。

「見掛けによらず、動きも速いし度胸もある。だが、そいつは何度も見たからな」

 自然体で立つ黒髪は、気負った様子もなく、だけど隙も見せずに俺と対峙している。

 

 さて、何となく仕切り直せたが、こっからどうしたもんかな。

 

「お前のその技、威力は申し分無いが、頼り過ぎだな。剣でも無いから見た目に騙されるが、こう何度も見せられれば流石に慣れる」

 嘲るでもなく、笑うでもなく、淡々と説明してくれるその様子に好感……なんて覚える筈もなく、薄気味の悪さが際立つだけだ。

 この暑いのに黒のロングコートっぽい服に隠された身体(からだ)は細身に見えるが、それこそ見掛けに騙されてはいけない。

 

 警戒して大きく動いてなんとか回避して来たが、ついに捕らえられた。

 障壁を信頼しているし、実際に耐え抜いてくれたが、正直今まで敵対してきた連中の中で、一番の圧力だった。

 障壁の回復には相手の攻撃を一切受けずに5秒経過する事が必要で、既にその条件は満たしている。

 相手の攻撃があれだけ続いても割れなかった事から、相手は少なくとも同じゲームの「プレイヤー」でも「キャラクター」でも無い様だ。

 だが、そんな事で安心できる気が一切しない。

 あの魔女のゴーレムの方がデカかったし、質量込みで一番威力が有った筈なのだが、此処まで脅威を感じなかった。

 

 等身大で、それなのに自分を見下ろすほどの長身が、あらん限りの殺意を技量に乗せてぶつけて来る様子には、肝が冷える。

 理屈は理解(わか)らないが急に黒く染まった手が、まるでその意志の具現の様で、アレに捕まったら()られる、そんな気がして仕方がない。

 身構えて対峙していると、なんだか奴の実際の見た目よりもでかく見える。

 これがきっと、呑まれてる、っていう事なんだろう。

 

 俺は徐に構えを解いて、大きく伸びをする。

 

 視野が狭まって良くない。

 あのままじゃあ、追い込まれた俺はきっと、あいつを殺すしかなくなる。

 こちらが明確な殺意をもってそれをするなら兎も角、追い詰められて反射的に殺したとなれば、俺は自分への言い訳が上手く出来そうにない。

 結局人を殺したくないだけだと、リリスに笑われそうだが。

「まずは、その邪魔な壁を壊させて貰う」

 凶獣(けもの)が、再び低く身を沈める。

 こちらに叩き付ける殺気に、揺らぎは無い。

 殺したくはないが、時間も掛けられない。

 俺は気付かぬ内に、いや、もうとっくに、焦っていた。

 ゲーム内の挙動には無いが、こうなったら、直接殴るしか無い。

 動きを良く見て、カウンター気味に当てる。

 そんな事ばかりを考え、ゆらりと動いた()()()()()()()()()()()()

 

 追った心算(つもり)だった。

 

 漫画で読んだ知識に、虚実ってのがあった。

 動きに緩急を付け、フラリフラリと実体を掴ませない。

 相対した者は、まるで幻影を相手にしている様で、死角へ死角へと潜り込む相手に翻弄される。

 

 そんなもの、漫画だけの話かと思っていた。

 動きは見えるから、そんなモノに引っかかる筈が無い。

 そう思っていた俺は、凶獣(けもの)の動きに慣らされている事に気がついていなかった。

 だから。

 

 相手が常に同じ速度で真っ直ぐに動くのだと、決めつけていた。

 

 ゆらりと身体(からだ)を振った方向に、反射的に。

 先読みして視線を、いや、あろうことか、意識そのものをそちらに向けてしまった。

 ()()()()()()()()()()()()()()に、凶獣(けもの)の姿など有りはしない。

 

 身体を揺らされる感覚。

 ハッとして視線を翻せば、其処には、見えない筈の障壁に右の掌を押し当てて、黒い凶気が嗤っていた。

 

 押された? 動かされた?

 俺のHP……およそ90万のHPの、142%までの攻撃を吸収する障壁が……?

 

 心臓までが氷つく様な驚愕。

 俺の動揺などお構いなしに、凶獣(けもの)は障壁に掛けた掌に力を込める。

 左の掌も障壁に押し当て、渾身の力で。

 

 踏み込んでカウンターで攻撃する寸前に障壁を解除する心算(つもり)だったのだが、まんまとフェイントに引っかかった事が俺の命を繋いだらしい。

 先んじて解除していたら、今頃俺はあの両腕に捕まっていただろう。

 捕まったなら、きっと。

 

 凍りついた血液が、つう、と流れを取り戻す。

 狭められた視界が、何となく開かれた気がした。

 それは、きっと馬鹿な理由。

 根拠も何も、有ったものでは無い。

 

 ……捕まったら、きっと? どうなるってんだ?

 

 目の前の凶相に呑まれかけていた俺だが、最悪の想像が思いつかない事に気が付き、強張った身体(からだ)が動きを取り戻す。

 目の前には俺の障壁相手に奮闘する黒髪くん、俺はそれほどの圧力を受けても微動だにしていない。

 先程()()()()()と感じたのも、実際には勘違いだ。

 俺は、動かされたんじゃなく、不意を突かれて障壁を殴られ、蹈鞴を踏んで、()()()()()()()だけだ。

 およそ128万のHPに相当する障壁は、小揺るぎもしていない。

 あれだけバカスカ殴られてもどうという事も無かったのだ、そのアイアンクローが奥の手だったとしても、容易く割れる筈が無い。

 

 よしんば、割られたとしても。

 

 深層領域を彷徨ったこの俺の身体(リリスのデッドコピー)が、容易く傷付くとも思えない。

 そして、動きを止めてくれているなら、こちらの攻撃のチャンスだ。

 全力で俺の障壁に取り縋っている今なら、多少は反応が遅れるかもしれない。

 俺は無造作にワンド、ナイトウォーカーを振るう。

 咄嗟に、ただ振り払うように振るワンドから、数多の剣閃が宙を裂き、眼前の凶獣(けもの)に殺到する。

 だが、その攻撃も当然のように避けられた。

 まるで知っていた、というように、黒髪は地を蹴り、魔踊舞刀(まようぶとう)の刃が通り過ぎる頃にはしっかりと体勢を整えていた。

「ふん、硬いな。どうなってやがる、その壁は」

 飄々と立つ。

 燃え盛るようなその殺気は、相変わらず少しも揺らがずに。

「教えるかよバァカ! フラッフラと得体の知れない動きしやがって、いい加減諦めて大人しく(ばく)につけこの野郎!」

 負け惜しみじみた負け惜しみを口にしつつ、俺は本気で、自分の甘さをどうにかすべきと思い始める。

 今避けられたのが、まさにその甘さによるものだったからだ。

 

 下手に直撃させたら殺してしまう。

 

 そう思ったから、ノーモーションで繰り出せた筈の攻撃が、出始めで鈍った。

「お前……」

 仮面で隠れていない口元を引き結ぶ俺に、黒髪男が声を掛けてくる。

「闘い慣れてないと言うより、ひょっとしてアレか?」

 自然体でワンドをゆるりと下げ、俺は言葉を待ってしまう。

 相手の動きそのものを、見落とさないように。

「俺を殺さないように、とか、そんな事を思ってるのか?」

 仮面をしている筈なのに、色々と見透かされる。

 舌打ちしたい気分だが、そこは堪える。

「お目出度い事だ……が、こっちとしてはやりやすい。お前がまごついてる間に、その壁を壊しちまえば良い、それだけだ」

 俺はもう何度目か、ワンドを掲げるように構える。

 奴の言う通りだ。

 生温い遣り口では、捉える事さえ出来ない。

 なまじ見えているから、コイツを無傷で捕らえる事に拘り過ぎた。

 思えば、妙なことに拘ったものだ。

 あのハゲゴリラ相手には、一切の躊躇が無かったってのに。

 ちらりと獲物(ワンド)に目を落とし、飲み込んだ溜息を鼻から漏らしつつ、「敵」と定めて目を合わせる。

 

 ……奴を捕らえる為に、その手足を落とす。

 

「覚悟を決めた、って様子だが、まだだな。まだ、殺意が無い」

 言いながら、今では見慣れた低い構えでゆるりと這う。

 だが、一度完全に騙されている身だ。

 そう何度も、その気持ちの悪い動きに騙されてなんぞやらん。

 妙なフェイントで動きが鈍っているその鼻面に、俺は無遠慮に踏み込む。

 真正面から向かい合う形で相対する形から、尚も影が俺から見て左へ流れようとする。

 俺はその動きを目で追いながら、そいつの更に奥、奴の後ろへと。

 テレポートで跳ぶ。

 奴に呑まれてて忘れていた、ってのも有るが、相手の実力が不明なので、温存していた、って理由も有るには有ったのだ。

 なにせ、テレポートに使うMPは膨大なので、下手に跳ぶと俺のMP総量の90%を切ってしまい兼ねない。

 

 それは、俺の障壁が消失するという事。

 

 だが、俺は完全に頭を切り替えて使用を解禁した。

 まず、相手の攻撃は見えているのだから、回避は出来る。

 完全には無理だったが、此処までそれがある程度出来ていたのは事実だ。

 そして、よしんば攻撃を受けても、コイツの攻撃では俺に深手を与えるのに時間が掛かる……筈だ。

 障壁に掛かった負荷の程度は判らない。

 なにせ俺が識っているのはその障壁が「HPの142%」である事と、「耐久値を超えると割れる」事、そして「障壁の耐久力の回復には5秒間、攻撃を受けない」という事だけだ。

 だが、あれ程の怒涛の連打を受けて尚障壁は健在だった訳で、俺のHP90万で受け止められない事も無いだろう。

 よしんばあの連打が90万を超えるダメージを与えていたとしても、それはあの乱打によるダメージ総量だ。

 だったら、好き放題させなきゃ良い。

 そして、ついでに言うなら、俺の障壁を破れない時点で、コイツが俺かリリス、どちらかと同じ存在、と言う線は消えている。

 それは微かだが、俺の自信の拠り所になっていた。

 あの押せ押せの場面で手加減して遊ぶ理由も判らないし、あれはやらなかった、じゃなくて出来なかった、という事だろう。

 動きも見えてるしな。

 

 リアルに同レベル以上の武僧(モンク)とかを相手にしたら、俺、目で追える自信なんか無い。

 

 実際にはもうちょっと単純な断定と決めつけをぐるぐると考えながら、俺は俺の死角を取った筈の黒髪の、更にその後ろを取る、と言う位置取りに成功した。

 多少距離が有る、だが俺には絶好の間合い。

 奴が見慣れた軌道より、やや離れた間合い。

 射程を抑えて振り回し続け、すっかり慣れさせたそれを超える間合い。

 叩き付けるのは、此処だろう。

 自分の殺気なんてモンにも無頓着な俺が、殺気やら何やらを消すなんて小器用な真似出来る筈もなく、俺は踏み込みながらワンドを振り翳す。

 気付いて横飛に大地を蹴りながら俺を確認しようとする、その姿に、魔法によって生じた剣閃が幾筋も、巻き込むように殺到する。

 

 ()った。

 そう確信するその俺の目は。

 

 何もない空間をぶん殴り、強引に自分の身体(からだ)を真上へ跳ね上げる黒髪の姿を映していたが、何が起こったのかを理解するのには少しばかり時間を要していた。

 

 

 

 取って置き、と言うには余りにも力技なそれを、悪食は「攻撃」ではなく「回避」のために使わされていた。

 全身の筋肉を引き絞り放つそれは、不意の不完全な姿勢で放ったにも関わらず自分の身体(からだ)ごと、()()()()()()()()()()()()

 大気を叩いた、その非常識な威力で。

 

 本来は対象に、直接叩き込むもの。

 自身の、文字通りの全身全霊の拳打。

 その一撃のみで全身の筋肉、場合によっては骨に至るまでを酷使する為、2度目は文字通り命を賭して、それでも1撃目の威力の半分も捻り出せる事は無い。

 日々弛まぬ修練の(はて)に辿り着いたその膂力の全てを動員した、そういった類の一撃。

 大凡名の通った「強い人間」程度の相手であれば、まともに当たれば爆散する程度の威力。

 その亡骸は、まるで巨大な獣に食い千切られた様にその身体(からだ)の大半を失う。

 ――彼が「悪食」と仇名される、その一端とも言えるもの。

 自身に殺到するかつて無い殺意を伴った攻撃に、咄嗟の判断で回避の為だけにその秘蔵の(わざ)の封を解いたのだ。

 結果としては不意を突く攻撃を回避出来たのだが、浮き上がる身体(からだ)は完全にコントロールを失っている。

 無理な威力を叩き出すために動員された筋肉たちはしばし強張り、姿勢を整える事さえ容易ではない。

 そもそも、着地を気にする前に、目の前の敵が今の自分を見逃すとも思えない。

 

 そう考え、無理矢理動かした視線の先では、仮面から覗く口を大きく開け、呆けたように両腕をだらりと下げた魔女が硬直している。

 

 何事か判らないが、助かった。

 強張り激痛を放ち、特に右腕に至っては筋肉が幾箇所も断裂したようで愈々思うようには動かず、表皮が裂けて血を吹き出す傷が幾つも出来上がっていた。

 それでも、腕が残っているだけマシか。

 魔女が、悪食が大地に崩れるように落下するまで呆けてくれていたのは幸運だった。

 或いは本当に、あの魔女の戦闘勘は素人レベルなのかもしれない。

「てっ……テメエ!」

 地面に片膝を付いた悪食に、魔女はワンドを突きつけて吠える。

 本人が考えているより混乱しているようだ。

 状況に依らず、隙さえ有れば攻撃する。

 そういった事は出来ない、或いは思いつく事も無いらしい。

「ピーピーうるさい小娘だな。なんだってんだ」

 まだまともに動かない身体(からだ)に気付かれないように慎重に、右腕を自分の身体(からだ)で隠すように立ち上がりながら、口調は余裕を装う。

「なんだはコッチのセリフだこのスットコドッコイ! 何なんだよ今のインチキは⁉」

 納得行かない、そんな感情を隠す事もなく、地団駄まで踏んでいるその様を滑稽に思いながら、しかしさり気なく退路を探る。

「インチキとは大層な評価じゃねぇか。これでも取って置きなんだがな」

 今目の前に居る魔女、それと双子のもうひとり。

 姉と言ったか、そちらは獣追いに執着している様子だったが、しかし。

 この魔女と同等レベルの存在であれば、獣追いでは厳しい戦いになるかもしれない。

 いや、はっきり言って勝ち目は無いだろう。

「インチキと言うなら、お前のその、なんだ? 結界か? ソレだって相当なインチキだろうが。それに」

 ここからは、どうやって逃げるか、それを考えなえればならないようだ。

 言葉を弄んで隙を作ってくれるようなら助かるのだが、幾ら素人とは言え能力は一級の魔導士(ウィザード)

 其処まで間抜けだと思い込める程、悪食は能天気では無かった。

「今の、俺の後ろに回ったのは何だ? 歩法にしちゃあ見えなさ過ぎだ。殺気が()()()ぞ、まるで瞬間移動だ」

 適当な時間稼ぎの、単なる戯言。

 そんなものに返ってくる言葉は、ある意味、予想を超えたものだった。

 

「まるでも何も、瞬間移動そのものだよ」

 

 悪食は苦労して表情を動かさず、しかし静かに驚愕する。

 瞬間移動の魔法、あるいはスキル、それが確かに存在することは知っている。

 だが、悪食の知るそれは、大部分が非常に燃費の悪い、その上安全を確保した上でなければとても使用出来るようなものではない代物だ。

 身ひとつでの移動でも膨大な魔力を消費し、並の魔導士(ウィザード)では実行出来ないし、出来ても数日は回復に時間を要する、それ程のものだ。

 そんなモノを、戦闘という特殊な場面で平然と使用する存在など、悪食は今までひとりしか知らなかった。

 その唯一も、厳密には瞬間移動の魔法ではなく、個人が生まれ持ったスキルなのだが。

 ふと、悪食は思い当たって声を上げる。

「……あの酒場(バー)から表に放り出したのも、瞬間移動か」

 突然の殺意と戦闘状況への移行から失念していたが、屋内から気が付けば屋外へ運ばれた、あの状況も瞬間移動が無ければ説明がつかない。

 あの双子の姉の方を一瞬見失ったのも、そういう事なのだろう。

 つまりは、二人共が戦場を好き勝手に転移出来る類の化物。

 それを可能にするのは、生来持つスキルなのか、それとも、常人では意識を失うほどの消費魔力を物ともしない存在か。

「ああ、あれもそうだな。なんだよ、こんなモン、そんなに珍しいか?」

 気が抜けたように、魔導士(ウィザード)短杖(ワンド)で自分の肩を叩きながら問うてくる。

 

 こんなモノ、と来たか。

 

 背筋がうそ寒くなったような気がして、悪食は小さく身構える。

 戦闘勘はこちらが上。

 場数もこちらが踏んでいる、その点には自信が有る。

 だが、そもそも力量差が有り過ぎる。

 

 全力で殴っても割れない結界。

 自分の全力に容易く追いすがる身体能力。

 虚実に対する、無鉄砲とも思えるような対応力。

 

 そして、あの瞬間移動まで駆使されては、咄嗟の機転とは言え満身創痍に陥った今の悪食では、どれ程の抵抗が出来るのか想像も付かない。

 

「まあ、そんな(こた)ぁどうでも良いや。とっととお前さんを踏ん縛って、リリスの方を止めに行かねぇと。あっちは最初(はな)っから殺す気だからな」

 それでも、可能なら生かして捕らえようとするらしいその姿勢こそが、悪食が付け入るべき最大の隙だろう。

 その隙を、この身体(ザマ)でどうやって突くか。

 

 やれやれ、単なる魔導士(ウィザード)だろうと侮って、容易く殺して心臓を喰らう心算(つもり)が、とんだ化物の尾を踏んだものだ。

 

 悪食には目的が有る。

 滅ぼすべき敵が居る。

 だから、死ぬ訳には行かない。

 そう考える一方で、だが、ぼんやりと。

 

 全力を出して死ぬなら、それも悪くない。

 

 そんな事を考え始めていた。

 

 

 

「やれやれ、愚か者が。異界のモノに手出しは無用と忠告した筈だがな?」

 空間から染み出したような声は、しかしはっきりと。

 悪食と、そして相対するイリスの耳に、はっきりと届いていた。

 

 

 

 相手さんが俺のテレポートに何やら面食らってくれたらしく、俺の隙だらけな有様もプラマイゼロ、って感じ(主観)になったと思った矢先、俺とあの黒男の間――空間? から声が響く。

 なにやら奥の手かと身構えるが、相手の様子からどうもそれも違うらしい、そう思う間も有ればこそ、それは()()()()()()()()()

「う、うぇえ?」

 見事にまでに禿げ上がった、まるで枯れ木のような爺さん。

 杖まで突いて、仙人然としたその爺様は、男――悪食だっけか――を庇うように、俺の前に立ち塞がる。

 

 え?

 なに? この期に及んで、まだ敵が増えるの?

「ちっ……。何しに来た、ジジイ」

 そんな援軍に、悪食は随分と友好的なご様子だ。

 登場即仲間割れとか、割と新しいな。

 ……いやそんな事も無いか。

 取り敢えず身構えながら、俺は呑気な事を考える。

「随分なはしゃぎ様だな、そう噛み付くな。態々老骨を押して助けに来てやったと言うに」

 そんな俺に負けず劣らずの呑気さで、爺様はカラカラと笑う。

 嫌いになれそうもないキャラだが、言い様から察するに、どうやら敵な訳で。

「そいつのお仲間って(こた)ぁ、爺様もあれか、手配犯か?」

 光弾をいつでも放り投げられるように準備しつつ、俺は爺様に声を向ける。

「おお、随分と可愛らしい(わらべ)じゃないか。そのようなナリで『国喰らい』を捕らえ、この『悪食』を圧したとは、俄には信じ難いな」

 答える声は流石の年の功と言うべきか、気負いも何も有りはしない。

 だが要は、はっきりとした「イエス」って訳だ。

 そして、この爺様の実力は未知数。

 

 仕切り直しに仕切り直しが重なって、結果俺が不利になってる気ぃしかしないな。

 

(わらし)、そう()くな。この者にはよぉく言って聞かせる故、此度は見逃してはくれまいか?」

 にこやかに、爺様は言葉を紡ぐ。

 ははーん、そうやって惑わして、悪食と連携しての奇襲、とかそんなトコか?

 俺は投げ遣りな溜息を吐き散らす。

(わり)ぃけどな、爺さん。生きたままの賞金首が雁首揃えてくれてるのを、ホイホイと見逃す程、お人好しでも無いんだよ」

 左手の宝珠を腰の後ろに回して隠し、いつでも撃てる状態であることを誤魔化す。

 ……まあ、バレてる気はするけど、この際気にしない。

「しかしな。2対1では、こちらに分が有り過ぎると言うもの。大人しく見逃すのも、判断としては悪くなかろう?」

 まあ、言わんとする事は理解(わか)る。

 悪食の方は何となく慣れてきたし、現状、迫力は兎も角実力では俺のが上っぽい。

 しかし、新登場の爺さん――言葉面(ことばづら)矛盾感が凄い――の実力は不明だ。

 引っ掻き回されたら、正直どう転ぶか判断できない。

 しかし、だからと言って、見逃す訳にも行かないだろう。

「あんま舐めないでくれよ、御老体。お前らが100人居た所で、俺の相手は務まらんよ」

 という訳で、わかり易い虚勢を張る。

 光弾バラ撒いて牽制して突っ込み、二人の脚を一気に――文字通りに――奪えば、趨勢は決まるんじゃないかな。

「それに、2対2だし。負ける要素なんか無いのに、見逃す道理も無いわ」

 そんな呑気な決意を固めた俺の耳に、聞き慣れたけど聞きたく無かった、愛すべき姉の声が転がり込む。

 胸の奥がチリッと痛んだ気がして、俺は顔だけを声の主へと向ける。

 其処に居る、その佇まいを見て、俺は仮面の中で、表情を歪ませてしまった。

 

 剣を腰に戻したリリスは、その空いた筈の右手に。

 赤毛くんの右手を引いて。

 その力なく地面に顔を落とすその身体を引き摺って。

 

 明らかに死体と理解(わか)るその身体を。

 下半身を失った赤毛くんと共に、ゆっくりとこちらに歩み寄るその姿に、俺はどう言葉を掛けるべきか、少しも思いつかない。

「賞金首、それもアンタ達レベルなら、当然のようにデッド・オア・アライヴでしょ? 別に、大人しく投降なんかしなくて良いわよ?」

 嘲笑うような言葉とは裏腹に、その仮面に隠された(かお)から覗く口元には一片の笑みも無い。

 薄ら寒くなる程の無表情。

 

 殺して欲しく無かったから焦ってたんだけど、色々頑張ってたのも無駄になった。

 投げ遣りと言うには余りにも重い無力感に苛まれ、俺は咄嗟に口を開く気力も湧かない。

「ほっ、これは驚いた。其奴も、決して弱くは無い筈だが」

 場違いなほどに軽い声に、思わず俺は首を巡らせ、視線を戻す。

 そこでは枯れ木のような爺さんが、仲間の筈の赤毛くんの死体を目にしながら、しかし笑みを崩さずに言う。

 悪食とかいう黒髪の方は何か思う所があるのか口は閉ざしたままだが、俺達から目を離すような事はない。

 爺様のその、年の功と言うには少し肝が座り過ぎている様子に、俺は背筋が泡立つような怖気を覚え、身を竦ませてしまう。

 今この場に居るメンツの中で、色々と覚悟が足りていないのは間違いなく俺だ。

 命を狙ってくる相手に対しても「殺さない」なんて甘い事を言って、身内が敵を殺した事に動揺し、敵さんの気迫やら何やらに呑まれている。

「イリス。アンタ、やる気が無いならどいて頂戴? 邪魔だから」

 挙げ句に突き付けられるのは、身内からの戦力外通告。

 その言葉に、俺は冷や汗を滲ませつつ、それでも踏み止まる。

「駄目だ。コイツ等の相手は俺だ。これ以上は殺させない」

 少し、声が上擦ったかも知れない。

 正直、今は敵よりも味方が怖い。

 だけど俺は、精一杯の強がりで、リリスに背を向ける。

 

 俺が甘いのは良く判った。

 判ったけど、だからって引く訳には行かない。

 俺がすぐ傍にいて、これ以上手を汚させる訳には行かない。

 1人は見殺しにした訳だし、それ以前に、この世界に来てリリスは既に20人以上を殺している。

 今更2人ばかり庇った所でなんの意味も無い事は承知しているし、こんなモン偽善以外の何物でも無い。

 

 だけど。

 だからどうした、と言う奴だ。

 

 偽善だろうが強がりだろうが、俺はリリスの手を汚させたく無いんだよ。

 

「ふむ、お嬢ちゃんや。志は立派だがな。そんな事では我等は止まれんのだよ」

 爺様の笑みが深くなり、その足元の影が広がる。

 一瞬錯覚かと思ったが違う。

 大きく広がる影がこっちにまで届きそうで、得体の知れない攻撃かと警戒した俺は大きく飛び退く。

 それこそが狙いだ、なんて気付く事もなく。

「此処は退かせて貰おう。獣追いは残念だが……死体を持ち帰っても仕方がないな」

 その言葉と、影に呑まれる爺様と悪食の姿に、俺は爺様の思惑を漸く悟る。

 逃げるつもりか。

「ッこの!」

 慌てて投げつけた魔力光弾は、影の中に消えた2人の居た辺りを通り過ぎ、大きく外れた地面を爆散させた。

「高潔なお嬢ちゃんや。いずれどこぞで(まみ)えた折りには、心ゆく迄遊ぼうぞ。それまで壮健でな」

 声と共に不自然な影は狭まり、地面に溶けるように消える。

 

「……逃したわね。どうすんの?」

 リリスに言われる迄もない。

 リリスを止めて、敵を殺さずに捕らえる、なんて調子の良い事を言いながら、結果的に俺は徹頭徹尾敵に呑まれ、余裕を失くし、何一つ成す事もなかった。

 結果はリリスの手を汚させ、手配犯は1名死亡。

 2名取り逃し。

「どうもこうも()ぇよ。帰るぞ」

 せめてと、俺は赤毛くんの死体を抱え上げ、リリスの方を見ることも出来ずに歩き出す。

 

「平和なヒトが、無理しなくて良いのに」

 

 リリスの声が聞こえた気がしたが、俺はロクに答える事も出来ず、ガチャガチャと駆け寄る複数の鎧の音と足音を微かに耳に捕らえながら、その音のする方――街を目指すのだった。




思ってたのと違う結末に、私が困惑……。


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ひとりはんせいかい

ぐちぐち悩む、そんなイリスのお話。
なので、今回は気持ち短め。


 頭がゴチャゴチャで感情を押え付けるのに精一杯で、ブランドンさんとかハンスさん、タイラーくんやジェシカさんの小言やらお説教やらも良く覚えていない。

 だけど俺は失敗した筈なのだが、その事についての罰則どころかそっちのお説教は無かった。

 ただただ「無茶するな馬鹿」の繰り返しだったような気がする。

 

 一番印象に残っているのがグスタフさんに荒っぽく頭を撫で回された事だ。

 

 リリスは衛兵に赤毛くんの死体を預けて、それからこの件について、俺に何か言うことも責めるような事も無かった。

 

 俺は俺で、リリスに特に何を言う事も無く。

 リリスが人を殺める事を止められなかったのは俺の落ち度だし、そもそも人を殺すのは悪い事だなんて、今更お説教する気も無い。

 ただ、俺の我儘を押し付けたかっただけで、それを失敗したからと言って責める理由はならないのだ。

 それでも気持ちは晴れず、自分を誤魔化す言葉も見つからず、しかし作業は進めなければならず。

 

 時間は当たり前のように過ぎ去っていく。

 

 

 

 戦闘(ドンパチ)前よりもささくれた気持ちの俺だが、そんなモノにお構いなしに銭湯は完成に近づく。

 時間は既に、あれから1週間が過ぎていた。

 浴室内に配置する彫刻なんかの装飾系は、張り切っていた時の俺でさえ良く判らん部分だったので、素直に商業ギルドの申し出を受け入れ、美術監督とやらに指示を飛ばして貰っている。

 ボイラー室は配管や各種装備の配置も終わり、本日は関係者を集めての試運転の予定だ。

 ぶっちゃけ、浴室も装飾以外は完成しているような物なので、銭湯部分に関してはちょいと殺風景でも良ければ何時でも営業可能な状態だ。

 従業員さえ居れば。

 

 その従業員は、商業ギルドの仕切りで入る事になっていて、今は研修とやらだそうだ。

 従業員候補は皆、新しい仕事という事で期待だったり不安だったりが入り混じった顔だが、やる気の無い顔は1つも無い辺り、非常に良い感じだ。

 

 なんで商業ギルドからの新人の顔ぶれを知っているのかって?

 

 だって、今日の銭湯の試運転に、全員呼んでるから。

 すぐ其処に全員居るんですよ。

 

「お風呂で商売って、想像も出来ませんでしたが……」

 浴室を見回し、研修生のお姉さんが溜息混じりに呟く。

 うんうん、銭湯なんて無かったんだもんねぇ。

 お風呂で商売、で別の想像するのはこの世界で育った人間には居ないだろうから、絶対に言わない。

 思っても言ってはいけない事ってのは、有るもんなのだ。

 20数名の従業員予備軍が、湯を張り終わった浴槽を眺めてそれぞれ溜息を()いたり何やら仲間とあれこれ言い合ったり、まあ、反応は悪くないね。

「んじゃあ、実際に風呂に入ってみようぜ。ちゃんと男性用と女性用が有るから、それぞれ分かれて堪能しようじゃないの」

 挨拶を任されたんだけど、気の効いたセリフなんて出てくる筈もないので、俺はちゃっちゃと宣言して、率先して女湯へ向かう。

 

 予定だったのだが、リリスに羽交い締めにされてホールに残留。

 

 なんで? せめて風呂くらい浸からせて?

「中身オトコのアンタは、どっちに入るつもりなのかしら?」

 俺の懇願にそう問い返すリリスさんの眼差しが怖いです。

 

 

 

 ウチのメンツもドサクサで乱入して、責任者のアランさんやらウォルターくん率いる厨房組も男女それぞれに浴室へと雪崩込み、ドヤドヤと騒がしかったのも束の間。

 ホールには、俺とリリスだけが取り残される。

 以前……ちょっと前だったら、なんで俺が入れないんだとかギャースカ騒いでたんだろうが、今の俺はちょっと、そんな気分にはなれない。

「……まぁだ気にしてるワケ?」

 ホールの大階段に腰掛ける俺の隣に腰を下ろして、リリスが俺の顔を覗き込む。

 リリスが言っているのは、俺が風呂に入れない事を気にしている……なんてワケは無い。

 1週間前の、俺の無様な敗北。

 リリスを止めることも出来ず、国際手配犯を捕らえることも出来ず。

 俺はどこまでも、生温い、甘っちょろい考えの限界を突きつけられたような気分で、此処数日考え事が増えた。

「気にするなって方が無理だろうよ……」

 開き直るにももうちょい時間が掛かりそうだし、だからって塞ぎ込んだままで屋敷に閉じ籠もるのも、何となく癪だし。

「ねえ、あの辺は酒場(バー)の客席になるのかな?」

 そんな不機嫌と言うか落ち込んでいると言うか、微妙な俺の横で、リリスは振り仰ぐように階段の先、ここからでは見えない辺りに目を向けている。

 2階、大階段を登った先は1階よりも広めのお土産品コーナーなのだが、そのスペースを挟んで向かって右が酒場(バー)に、左がレストランになるらしい。

 どっちかで良くね? と思った俺の意見は、商業ギルドの方々にも料理人組にも、あろうことかウチのクランのメンツにすら溜息混じりに首を振られるという息の合った対応をされた。

 なんでも、「食」と「酒」はそれぞれ、求める層が違うんだそうで。

 じゃあもう、いっそのこと喫茶店も作れば良いじゃないと言ったら、アランさん率いる商業ギルドの面々に質問攻めにされる。

 そう言えばこの世界(こっち)、軽食っぽいものを売る屋台は有るんだけど、それ専門の店は見たこと無い。

 お茶とケーキとか軽食を楽しめるお店と言うのが珍しいものの、果たしてニーズが有るのか良くわからないと言うアランさん達の意見で、喫茶メニューは一旦はレストランの方で扱い、需要が有るようなら予備スペースを喫茶店に改装する、と言う事に決まった。

 ほんの気紛れな一言が独り歩きしていく様を見るのはなかなか愉快な経験だが、コケたからってこっちに損害賠償とか無かろうな?

 ……うん、まあ、考えないことにしよう。

「そうだなあ。態々張り出しのスペースまで増築して、あの辺の強度とかは大丈夫なんだろうな?」

 吹き抜けになっていた部分は手が入り、増築でスペースが広くなって居る。

 強度は問題ない、とリリスに聞かされたので心配しては居なかったんだけど、でも改めて見るとなんとも無茶な事してる感が凄い。

 見た目が悪いとかは無いんだけど、だからこそ変な心配が湧いてくると言うか。

 酒場とは逆側の増設張り出し部分は、今は特に用途が決まっていない。

 この部分も、予備スペース、という訳だ。

「何度も言うけど、強度の方は問題無いわよ。変な事故起こされたら、巻き添えでウチのクランまで評判悪くなるんだから、その辺のチェックに抜かりはないわ」

 俺の方に向き直ったリリスが頬を膨らませて見せる。

 

 リリスは、あれから、というかあの直後にすら、全くいつも通りだった。

 

 殺した事に思う所も無いし、後悔も無い。

 俺だけが変な蟠りを感じている。

 赤毛くんを生かして捕らえる事が出来なかった事についても、黒髪と爺様を逃した事も、本当に誰にも咎められる事はなくて。

 だからこそ、俺は甘いどころか、間違っていたのかと自問することになる。

 日本の、どこか遠くなったような気がしていたあの世界の生活習慣は、思ったよりも俺の中に根付いていたようだ。

 結局、自分の手を汚したく無いだけなのかと思うと、なんとも情けなく思えてくる。

「なるほどね。じゃあ、レストラン側のほうは、ホントに喫茶店にしても良いかもなあ。客層次第だけど」

 苦い自覚を心の片隅に追いやって、顔を上げる。

 単体で営業するには、ちょっと床面積が狭い気がしなくもないけど。

 若い庶民層を相手にするには、あれくらいの広さでオープンなスペースってのは都合が良いのではなかろうか。

「ちょっと狭いし、オープン過ぎるわ。もっと広い、そこのレストラン並の広さで、そうね、店の奥にでも小さく区切ったスペースが幾つか有ったら良いかも」

 言いながら、リリスは先程とは逆の方、レストランがあるであろう方向へ視線を向ける。

「そういうもんかね?」

 そんなリリスの視線を追い、俺も首を巡らせる。

「貴族様のお相手が中心になると思うから、相応な造りが要求されるのよ。どうせなら、そうね。簡単なお茶会を開きたいなんて申し出が有っても可笑しくない、それくらいには仕上げたいわね」

 リリスの構想はハードルが高い。

 なんと言うか、俺の考えてる喫茶店とはレベルが違いすぎる。

 俺が考えてたのは、もっとイージーな、イートインスペースに毛が生えた程度のモノだったんだけど。

「お店の奥にスペースを幾つか区切って、貴族のお嬢様方の小規模なお茶会とか、商人さんの商談用に使える、とか煽れば、なんだかイケそうでしょ?」

 なるほどニーズを作るのね。

 でも、あからさま過ぎるから、煽るとか言うんじゃないよ。

「なるほどなあ。でも、貴族のお嬢さんとか、そういう地味そうなのに興味有るのかね? それこそお茶会なんて、おおっぴらに、派手にやりたいもんじゃないの?」

 思ったよりも身体を縮こめていた事に気づいた俺は、大きく背筋を伸ばしながら言う。

 ぐん、と伸ばされる感覚が、思った以上に心地良い。

「そこはそれ、色々なのよー」

 そんな俺の疑問に答えてくれたのは、リリスではなくこの館の真の主こと、メアリーちゃんだ。

 ふよふよと吹き抜けのスペースをゆっくりと下降し、俺達の前に停止する。

「ごくごく身近と言うか、本当に仲の良いお友達なんて、そんなに多くないしー。きちんとしたお茶会なんて、結局は親の繋がりで開くものなので、呼びたくもない人も呼ばなきゃいけないしー」

 ニコニコと、メアリーちゃんが毒を吐いてる気がするけど、きっと気の所為だよね?

「親の見栄が7割でしょ? どこの世界も変わらないわねぇ」

 リリスが話を合わせてカラカラと笑う。

 ……おい、お前が知ってるのはどこの世界の話だ。

 電脳世界にもお茶会なんて有るのか、興味深いから是非お誘い下さい。

「そーなのー。だから、そういうささやかなスペースが使えるなら、お忍びでも来たい、っていうお嬢様は居る筈よー」

 何故か嬉しそうに、メアリーちゃんはリリスと戯れている。

 可愛らしい絵面だけど、片や殺戮魔導士(ウィザード)、片や上位不死者(アンデッド)なんだよなぁ。

 字面のジェノサイ度が高いけど、どっちも関わらない訳には行かない間柄っていうのがツライ。

 ……改めて考えると、ホントに大丈夫なのか? どっちも一般人って尺度から大きく離れてるし、現行の貴族様とも視点が違う気がしなくもないけど、ホントにこの2人の意見を鵜呑みにして良いのか?

 変な事を言ってヘソを曲げられたら面倒臭いので、今は余計なことは言わない。

 言わないけど、喫茶店に関しては一度アランさんに相談したほうが良いだろうな、うん。

「それでー、その喫茶店でお出しになるお茶やお菓子は、イリスさんたちのお屋敷で出るのと同じ物なのー?」

 おっとりと言うかのんびりと言うか、メアリーちゃんは楽しそうに笑う。

 そんなお嬢様のご質問に、俺とリリスは顔を見合わせ、俺は眉根を寄せ、リリスは小さく笑みを浮かべる。

「ううん、ウチではまだ出してないお菓子を用意する予定よ?」

 心持ち胸を張り、渾身のドヤ顔でリリスが言い放つ。

 無い胸を張っても、大きくは見えないから無理すんな、とは、思っても言わない。

 俺とて命は惜しいのだ。

「えーっ、ホントにー⁉ 新しいお菓子なのー⁉」

 沈黙を守る俺にはお構いなしに、お嬢様がリリスに纏わり付く。

 甘いモノ大好きな霊魔王(リッチ)か。

 可愛らしいけど、俺が知る限り、この街暫定3位の実力者だからなぁ。

 変なちょっかい出す輩とか、出てこない事を祈る。

 この街の為にも、是非。

 そんな様子を眺める俺の表情が冴えないのは、ごく単純な理由。

 

 新しいお菓子――主にケーキ類――のレシピをウォルターくんとかレイニーちゃんを通じて教えるのが、俺の役目だからだ。

 だが、そんなモノのレシピなんて、俺が知っている筈が無い。

 パウンドケーキはたまたま知っていた、それだけだ。

 じゃあ、そんな俺がどうやってレシピを伝えるのかと言えば、そんなの決まっている。

 

 また脳がパチパチ言う訳だ、それも今までに類を見ないレベルで。

 

 リリスの映像伝達魔法(仮)で、俺は新レシピを楽々ゲットだやったね。

 なんて喜ぶには、あんまりにも体調に影響が出る訳だけど、言った所で気にしちゃくれないだろうなあ。

 まあ、基本になりそうな数種類を伝えたら、あとは勝手に発展させてくれるんじゃないかと期待しよう。

 お願いだから発展させて欲しい。

 祈りを込めた溜息が重々しく流れる。

 そのうち、ブランデーケーキは作りたいね。

 

 

 

 頭痛に苛まれつつ泡立て器をカシャカシャと、今の俺の健気さは、少なくともこの街一番なのではないだろうか。

「食」を通じて意気投合していたらしい、そんなメアリーお嬢さんとウォルターくん、それと今日の湯船の気持ち良さに心底から甘味を欲していたらしいレイニーちゃんに急かされ、そしてそんな俺達の様子に興味を惹かれたアランさんや料理人チームの要望まで加わり、俺は準備と称して空き部屋にてリリスに映像流しの刑を受け、そしてレストランのキッチンで手ずから調理を行っているのだ。

 今回はショートケーキと言うことで、スポンジケーキ部分と生クリーム、更にはフルーツのカットの映像までおまけで付けて貰い、おかげで頭が非常に痛重(いたおも)い。

 常に思うんだけど、試作の役目は、リリスで良いんじゃないの?

 だってリリスさん、俺に情報を映像付きで流し込めるって事は、知ってるんでしょ? レシピ。

 謎にワンクッション挟むだけで俺が非常にヤバい目に遭ってるんだけど、それについては考慮される予定は無さそうだ。

 予定のない事を言っても考慮もされなさそうだし、抗議を込めた溜息を吐き散らしつつ、俺は作業に掛かった訳だ。

 材料のうち、フルーツに関してはヘレネちゃんが、子ども達を連れて買い物に行ってくれている。

 日中とは言え、風呂上がりなのにごめんねぇ。

 本当なら風呂上がりは料理人チームがレストランで出す予定の料理を作って、それを食べながらの打ち上げの予定だったんだけど。

 酒を飲むにはまだ早い、ってのも理由に加わり、結果俺の脳が悲鳴を上げた訳だ。

 

 なんでこう、どこの世界も、打ち上げっ()ったら酒なの?

 俺も呑むけども。

 

 泡立て器でメレンゲ作って(腕力)、砂糖を入れる段階で、俺はちょっと気になってリリスに顔を向ける。

「あのさ、リリスさん。グラニュー糖なんて、こっちにあるの?」

 俺の言葉に、はてな顔のリリスさんと、何だそれ顔のウォルターくん含めた料理人チーム。

 ちょっとの間不思議そうな顔をしていたリリスさんだが、何か判ったらしく、半目……いわゆるジト目で俺を見る。

「……イリス、あなたいつも使ってる砂糖、何だと思ってるの?」

 そんな目を向けられる俺だが、当然心当たりはない。

 無いなりに、質問にはきちんと答える。

「何って……上白糖だろ?」

 俺が答えると、リリスは溜息を漏らした。

 え? 何、違うのん?

「いつも使ってるお砂糖、あれがいわゆるグラニュー糖よ。砂糖と言えば上白糖、って言うのは割と限られた地域だからね?」

 そんな風に教えて貰ったが、ちょっとそれホントなの?

「世界的には、グラニュー糖の方がメジャーなのよ。上白糖は、言ってしまえば調整されているモノだし」

 うそぉん。

 なんとなく字面で、上白糖の方が天然モノっぽくて、むしろグラニュー糖の方がなにか化学的なモノかと勝手に思い込んでた。

 普段料理しないからこんな事になるのか。

 何事も勉強だいじ。

「そう言う訳だから、気にしなくて大丈夫。ほら、さっさと腕を動かしなさい」

 そして俺は、そこから暫く、黙々と撹拌するマシーンと化したのだった。

 

 結果から言うと、もう今日は撹拌なんてしたくない気分になった俺と、フルーツを薄くカットする手際が見事すぎるウォルターくんと、俺の作業を見て即座に錬金術で再現して見せるレイニーちゃんと、そんなレイニーちゃんに釈然としない視線を投げ掛けちゃう俺と。

 俺だけ悲喜こもごもな感じだが、まあ、気にしちゃいけない。

 小麦粉混ぜてどんどん重くなるあの感覚が、錬金術でスキップされていく様を見るのはなんだか寂しい気持ちになる。

 そんなこんなで、あれよという間に焼き上がり、泣きそうな顔で生クリームを作成する俺の苦労は、割と報われる事になる。

 スポンジケーキの輪切りに、道具を用意してなかったから手間取ったし若干不格好になったものの、固めに作った生クリームとフルーツを並べて挟み、最後に白く化粧されたそれに、主に女性陣から歓声が漏れる。

 生クリームの飾り付けは俺には難易度が高く、そこはリリスが変わってくれた。

 聞いただけのテクニックを行き成り実践出来る程、俺の器用度は高くないのだ。

 ついでに、ケーキの切り分けはウォルターくんの腕を信じて一任する。

 材料と焼き型の関係で、最終的に出来上がった6~7号くらいのホールを4つ、切り分けてみんなで頂く。

 久々すぎて泣きそうな気持ちになるくらい、日本人の俺の舌に蕩ける生クリームと瑞々しいフルーツたっぷりのショートケーキ。

 女性陣どころか、男性陣で甘味が苦手ではない数人が色めき立つ程の出来だったらしく、特にこのケーキに商機を見出したアランさんとタイラーくんがなにやら小声で話し合っている。

 

 そこ、企むのは構わんが、せめて俺かリリスにも話を通せ。

 

 湯上がりにケーキ、何かが違う気がするが、流れで料理人チームが打ち上げの為の料理を開始する。

 主にレストランを取り回す彼らが、レストランと、酒場の方の厨房の使用感を確認する意味も有る。

 因みに、実はウォルターくんの引き抜きの話も出てたりしたんだけど、本人がキッパリと断っている。

 忙しいようなら手伝うのは構わないが、メインはクランの料理番で、たまに冒険者ギルドの酒場(バー)の応援もしてて、その上こっちの仕事まで受け持ったら死んでしまう、との事。

 なので、今回の打ち上げも、ウォルターくんは調理には加わらず、作業の様子を眺めてる様子。

「そもそも、俺が人様に指示なんぞ、柄じゃねぇからな」

 そんな軽口を叩きながら、それでも料理人チームから目を離さないウォルターくんは本人が思ってる以上に責任感が強いと思う。

 

 責任感か……。

 

 自分で言った事、思った事すらロクに実行出来ない俺が、クランマスターとか、色々間違っている気がする。

 気にし過ぎは良くないが、どうしても考えてしまう。

 あんまり良い傾向ではないな。

 俺はウォルターくんの背中と楽しげに動く料理人達に視線を向けながら、俺は俺の出来ることは何か、改めて考えようと決めたのだった。

 

 

 

 アルバレインでの仇成す者の襲撃及び撃退事件から2週間後、すなわち悩むイリスが小さく決意を新たにした1週間後。

 当地より東へ大きく離れた小都市ベルモントにて、都市を預かる貴族邸が襲撃され、皆殺しとなる事件が発生。

 3日後、その北のやはり地方都市で、同じく都市を管理する貴族と、都市で最も大きな病院が襲撃され、貴族と病院長一家が惨殺される事件が発生。

 その事件は、今まで大きく動く事の無かった仇成す者達の中で、初めて完全な復讐を遂げた事件となる。

 

 復讐を遂げた2名、「悪食」及び「影法師」は事件後にやはり姿を消し、その行方は杳として知れない。

 

 それは、アルバレインで新たな施設が一般に公開される、その式典の1週間前の出来事だった。




イリスが悩んだりウダウダしてる間に、銭湯は完成。
そして、復讐者も復讐を達成。


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名物が出来たので、名物を重ねよう

あけましておめでとうございます。

おそくなりました(てへっ



ほんとスミマセンでした(土下座


 銭湯のオープンから1ヶ月も過ぎました。

 その結果何が起きたかと言えば、商業ギルドと冒険者ギルドの熾烈な招致合戦でした。

 

 ……何してんだアンタら。

 

 まあ、経緯を物凄く平たく言うと、銭湯人気が出すぎたのだ。

 挙げ句「風呂入るってレベルじゃねえ」なんてクレームまで出る始末なのである。

 最初は珍しいモノ見たさのお客さんで賑わっているのかと思ったが、開業から1週間過ぎ2週間経ち、客足が落ち着きはしたものの、それでも連日、特に夕方からは大盛況の有様である。

 

 そんなに風呂の需要あったの?

 なのに何で、今まで誰も思いつかなかったの?

 俺が思いつく前に誰か始めてても良さそうなもんだと思うんだけど、どうなのそこんトコロ?

 

 そんな俺だけど皆さんいかがお過ごしですか?

 

 

 

 それにしても、分からないものである。

 最初から貴族様向け、決して安くはないけど高すぎないラインを目指した料金設定だったから、週末とか特定の日はある程度賑わうかも、くらいのボンヤリした皮算用はしてたけども。

 妙な裏切られ方をしたものである。

 俺的に最も意外だったのは、お屋敷にお風呂のある貴族様も割と御来場される御様子である事。

 なんでそんな方々に人気なのかと思えば、どうやら「コンボ」が炸裂しているらしい。

 

 ちょっと前から話題になっていたボディソープと、シャンプーやらコンディショナーやら、これが意外なことに女性のみならず男性にも人気が出た。

 悪乗りして「違いのわかる男シリーズ」なんて煽り文句を付けた男性向けのシリーズも人気になり、更にはウチの女性陣(主にリリスとジェシカさん)が中心となって作り上げた「極・美」シリーズとオトナな女性向けの「艶」シリーズも甲乙つけがたい売上を叩き出している。

「艶」シリーズは特に、洗い上がりの肌や髪が見違える程だそうで――試したけど俺にはイマイチわからなかった――購入数量制限付きだと言うのに店頭に出せばあっという間に売り切れるのだという。

 売れすぎてウチのみならず、協力を頼んでいた工房でも手が足りず、已む無く商業ギルド監修の元専門の商会を立ち上げ、今まで石鹸しか作れないとうらぶれていた錬金術師見習い達を大量雇用し、増産体制を整えた程だ。

 ウチだけじゃあ当然捌ききれない発注量だったし、レイニーちゃん筆頭に協力してくれてた工房の連中も限界を超えつつあったので、本当に助かった。

 

 んで、その人気の石鹸類を買ってその場で試せる、って流れで大浴場に足を運び、森林をイメージした香りだったり花の香り、柑橘の香りという今までこの世界にはあんまりなかった香りの湯に衝撃を受け、更には打たせ湯や風魔法を応用したジャグジーバスなど、物珍しいモノまで取り揃えた空間で心ゆく迄入浴を楽しんでしまうと、結構癖になってしまうらしい。

 あ、石鹸類にはちゃんと肌や髪に優しい成分を配合しているので、安心してご使用いただけます。

 

 そうしてお風呂を堪能して頂いて、風呂上がりに興味本位で2階に足を伸ばせば、其処にはレストランや酒場(バー)が。

 思い思いに仲間で酒を楽しんでも良し、料理に舌鼓を打って頂いても良し。

 流石に貴族様が食べるにはちょいとチープかも知れないけど、まあ、本格貴族様は少ないだろうし(願望)、風呂上がりに1杯くらいの感覚で足を運ぶ客で酒場は予想通りに賑わい、奥様お嬢様方には意外なことにケーキ類が当たったらしい。

 持ち帰り出来ないので、代わりにレシピをせがむ貴族様もいらっしゃるとか。

 んー、無茶を仰る。

 これ、商業ギルドのアランさんとか、絶対持ち帰りの方法を模索し始めてるでしょ。

 近場だったら、とか思うけど……。

 変に持ち帰りさせて食中毒でも起こされたらシャレにならないので、簡単にはいかない部分だなあ。

 生クリームがなぁ。

 

 とまあこんな風に、石鹸で身体(からだ)を洗ってさっぱりして湯に浸かって、そして呑む、あるいは食べる、って流れで楽しむコンボが割と早い段階で確立。

 かと思えば、開業1週間でもう、レストラン目当ての奥様お嬢様がやってくるようになったとか。

 んで、早速喫茶店を作る事が決定したんだとか。

 

 早すぎませんかね? 急ぎすぎてコケても困るけど、アランさんのゴーサインだし、信じちゃって良いのかな。

 一方でおみやげコーナーはまだそんなに充実してないので、これからに期待かな。

 地元のお店に営業かけるトコからだろうけど、それは勿論商業ギルドの皆さんに一任である。

 

 そんなこんなで人気が出過ぎたのは良いが、意外な事に「貴族様」あるいは「貴族さん」が多すぎて、一般庶民にはちょっと居づらい雰囲気になってしまい、急遽一般向けの銭湯を開業しようという流れになったという所で、冒頭の話になる。

 一般市民と庶民派貴族向けに、商業ギルドと北側商店街の中間地点辺りに開業したい商業ギルドと、一般市民と冒険者向けに商売したい冒険者ギルド。

 互いに譲らない各ギルド代表に挟まれ、なんでそんな場に呼び出されているのか皆目見当もつかない俺はおざなりに吐き捨てる。

 

「両方作れば良いじゃんよ」

 

 事も無げに俺が言えば、予算がどうの、立地的に近いだの、云々言い始める両者。

「予算って、まさか本館レベルのを作る心算(つもり)なん? 庶民向けなら、もっとシンプルで良いと思うよ。美術品がなくて白い壁が寂しいってんなら、壁に名峰でも描けば良いじゃない」

 湯船だって男湯1に女湯1、香りは日替わりで変えれば良いじゃん、と。

 販売や飲食の売上は、と言い出す両者に、俺は溜息混じりにヒラヒラと手を振る。

「石鹸類は在庫おいて、最悪は番台で売りゃ良いよ。そうでないなら、小さな売店でも作ればそれで良いだろうし。あ、タオルなんかも売ると良いかもね」

 タオル類なんかは、本館でも販売しても良いかも、と今更思いつく俺。

「で、酒や料理は、何も同じ建物でやんなくても良いじゃない。近所の店と協力しなよ」

 これには冒険者ギルド側がほくそ笑む。

 ギルドの酒場(バー)へ誘導する事を思い付いたらしい。

 あんなムサいとこに、一般人連れ込もうとするんじゃないよ。

 一方で、なるほどと考え込む商業ギルド。

「そんな感じで、一般向けに作るんなら、入浴料は安くして、その代わりハコが安っぽいのは我慢して貰えば良いのさ。あくまでも風呂メインで、食事やら酒は近所にありますよ、ってね。んで、たまの贅沢がしたいなら、本館に行ってもらえば良いんだし。逆に一般向けを同じ料金やらにしちゃうと、貴族様方が気を悪くするんじゃない?」

 ちょい早口になりそうなのを頑張って抑えつつ言えば、両代表は腕組みして考え込む。

「あとは、それぞれに小さくても特色付けるとかね。商業ギルドの方にはジャグジーバスも付けたり、冒険者ギルドの方は……湯治用の薬湯とか?」

 そんな風に思いつくまま適当に、無責任にアイディアを放り投げる。

 どれを拾ってどう収集付けるのか、その辺はそれぞれにお任せだ。

 斯くして、アルバレインから異例の、建物3軒の新規建設嘆願がモンテリアの領主様に提出される事になった。

 1つは冒険者ギルドに併設させる銭湯用の建物だけど、もう2つは本館の庭の一角に、衛兵詰所と喫茶店を。

 詰所と喫茶店は敷地内だし、他よりはちょっと許可を得やすいだろうって話だけど、銭湯の方はどうかなあ。

 あ、喫茶店は最悪、規模を縮小して最初のプラン――本館2階――での営業も視野に入ってるそうです。

 ダメ元で申請出すの、どうかと思うんだけどなあ……。

 

 待ちかねてる一般人もいるだろうし、俺なんかはいきなり新築じゃなくて良いのでは、と思うんだけども。

 ギルドハウスに併設して酒場(バー)の売上上昇をも目論む冒険者ギルドの代表……態々出張ってきたブランドンさんが譲らないのだ。

 っていうか何やってんだギルドマスター、あんた忙しいんじゃないのか。

 まあ、商業ギルドの代表もアランさんが出張って来てる訳で、どっちも本気すぎて、俺。引いちゃう。

 ブランドンさんはまた近々報告でモンテリアに行くとかで、その時に領主様にお願いしてくるんだそうだ。

 まあ、怒られない範囲で頑張って欲しいけど、本館の、特に衛兵詰所は絶対必用だからそっちは疎かにすんじゃねぇよ? と念を押す。

 

 念を押したけど不安が拭えないのは、何でだろうね?

 

 

 

 クラング・オーガを構え、俺は目を閉じる。

 脳裏に思い描くのは、あの黒い獣。

 化け物じみた殺気を抱えたあの獣は、動きが見えていたにも関わらず、終始俺を圧倒していた。

 妙な所で覚悟の足りていない俺は挙げ句取り逃がし、結果奴に復讐を遂げさせてしまった。

 

 剣を握る手に、不必要な力が籠もる。

 

 ベルモンドとか言う街は衛兵隊も大きな被害を出し、貴族様お抱えの私兵隊に至っては半壊したのだとか。

 そんな事を、「プレイヤー」でも「キャラクター」でもないあの男が実行してのけたのだという。

 流石、国を跨いで手配される「仇成(あだな)す者」の一角だけある、と言うべきなんだろうか。

 そんな危険人物だという認識も甘く、相手するにも覚悟が足りず、その先にあったのが大災害とも言うべき被害というのが心に刺さる。

 

 脳内に踊る黒い獣相手に、俺は一心に剣を振り続けた。

 

 

 

 誰も居ない北の草原で剣術の素人真似事を日課にして3日ばかり後、屋敷に戻った筈の俺はグイくんとギイちゃんに両手を取られ、北門へと向かっていた。

 一緒に歩いているのは他にリリスとタイラー・ジェシカ組という、まあ、いつものメンツに、グスタフさんを引っ張って来ている。

 今日は子供組の4人は薬草採りに。

 グイくんギイちゃんは久々の同胞への顔出しだが、変に気負ってる風でもなく、暗い記憶に俯く様子もない。

「んで、リリスさんよ。ウォッカが出来たってホントかい?」

 仮面に陽光を反射させながら、俺は姉ことリリスに振り向きながら言う。

「任せてよ。って言うか、ここまで引っ張って来て出来てません、とか。そんなのネタとしては高度すぎるでしょ」

 もう、ドヤ顔が想像できるくらいに仮面から覗く口元がニヤけてるけど、それは高度というか、笑えないって奴だ。

「おう、なんか判らんが、なんで俺までお前らに付き合わされてるんだ?」

 そんなやり取りの俺たちに、酒樽の妖精さんが不思議そうに声を放り投げてくる。

 この世界に酒精の強い酒は存在していないか、少なくとも近隣にはないため、ウォッカなんて言ってもピンと来ないのだ。

 ドワーフの火酒なんてファンタジー界隈だと有名だと思うんだが、ちょっと前に聞いた所によると「そんな良いモン、ドワーフが表に流すわけ無いだろうが」とのこと。

「あん? そんなモン、これから行くゴブリン村が、今後の重要防衛目標になるから、代表連れて行くに決まってんじゃねぇか」

 俺は仮面メットをずらし、イタズラに微笑んで見せる。

 どうせやんちゃなツラにしかならんだろうけど、色仕掛けの心算(つもり)も無いし、かえって丁度いい。

 そんな顔を見せられたグスタフさんは、タイラーくんと顔を見合わせて不思議そうだ。

「お前んトコのお嬢さん、変なモンでも食ったのか?」

「いや、ウォルターの食事くらいの筈だが……いや、拾い食いまでは管理出来んから、なんとも言えんが」

 この野郎ども……。

 本人を前に好き放題言いやがる2人に素直に(いら)つく俺だが、非常な努力を持ってその(いら)だちを飲み込む。

「うっせーな、行きゃわかるよ」

 グスタフさんとタイラーくんの試飲は1杯だけにしようか、そんな事を考えながら、楽しそうに俺に纏わり付く子供ゴブリンと共に歩く。

 ゴブリン村の様子は外からは眺めてたけど、踏み入るのは初めてだ。

 そう考えたら、なんだか年甲斐もなくワクワクしてしまう。

 

 そういや、今更だけど、俺は「イリス」として、肉体年齢は何歳なんだろうか?

 そのうち、リリスにこっそり教えて貰おう。

 

 

 

 アルバレイン北門外、ゴブリン村。

 国喰らいだったか、魔女の災厄に襲われた、4つの村の生き残り……正確には「3つ」なんだけど。

 残る一つの村は、グイくん、ギイちゃんを残して滅んだ。

「おお、仮面の魔女。妹連れは初めてじゃないか」

 門の外、防壁に張り付くように広がる小ぢんまりとした村に足を踏み入れると、青年ゴブリンが出迎えてくれた。

「まあね。改めて紹介するわ、これが妹のイリス。それと……」

 順番に、メンバーを紹介するリリス。

 俺は礼儀に習って、仮面を外して一礼する。

「俺はカイ。この村で、村長なんて任されている」

 気さくな笑顔で右手を伸ばしてくる若い村長に、俺は迷わずその手を取る。

「あんた達のお陰で、小さいとは言えみんな平和に暮らしている。その上、仕事まで貰えるなんて、礼の言いようが無いくらいだ」

 すごく良い笑顔で真正面に言われると、なんだか気恥ずかしい。

 鼻先を掻きながら、俺は何もしてないとか、ゴニョゴニョと誤魔化す。

 そんな俺に輝かんばかりの笑顔を向けながら、カイくんが言う。

「そんな事はないさ。さあ、今日はウォッカを見に来たんだろう? 完成してるから、早速行こう」

 カイくんの言葉に、俺もニヤリと返す。

 そう、今日の目的。

 それの出来次第で、この村はアルバレインに欠かせない重要な存在になる――かも知れないのだ。

 

 正直に言えば、俺はウォッカに限らず、酒造の仕組みなんか何一つ全然さっぱり判らない。

 こればかりは俺の脳に映像を流してもどうしようもないと思ったらしいリリスは、かなり早い段階でゴブリン村に酒造りを持ちかけ、実験を始めていた。

「なあリリス、ブランド名はどうすんだ? リリスウォッカ? ゴブリンズウォッカか?」

 俺が軽口のノリで問うと、リリスは思いがけず考え込む。

「んー。うん、ゴブリンズの方が良いかもね。なんだか楽しそうだし」

 ちょっと考えてからの答えは、俺にはさっぱり理解(わか)らないが、まあ、リリスが楽しそうならそれで良いと思う。

「まあ、今日の出来を確かめて、場合によってはそのままギルドに持って行くわよ。商業ギルドの方は、纏まった数が出来てから、かしらね」

 珍しくリリスが先走ってる。

 それくらい楽しみなんだろう、なにせ、待ちに待ったウォッカ。

 待ちに待ったバニラエッセンスへの道が、ようやく開くのだから。

 ただ、それだけの為に造るのは勿体無いので、せっかくだし冒険者ギルドに売りつけよう、その為に、まずは呑兵衛代表に味わってもらおう、という事で、グスタフさんを引っ張ってきた訳だ。

「なあ、イリス。この匂い……酒か?」

 目的の建物に近づいた所で、グスタフさんが鼻をひく付かせて周囲を見回し、疑問を口に乗せる。

 微かに香るとは言え、反応早すぎだろう、酒樽の妖精さんよ。

 タイラーくんとジェシカさんは、言われて漸く気がついた様子だってのに。

「流石はグスタフさんだぜ。この村では、強い酒を造らせてるんだ」

 俺が答え終わるか終わらないかのタイミングで、グスタフさんが俺の肩を掴む。

 振り向くと、思いの外真顔のグスタフさんが。

 え? なに?

 ……まさか、コッチでも、資格無しでの酒造はご法度なの?

「強い酒ってのは……火酒か?」

 すっごい真顔に色々考えてしまった俺の耳に飛び込んできたのは、そんな一言。

 だけど超真顔。

 このオッサン……そんなに興味シンシンなのかよ……。

「あー、まあ、うん、種別としては火酒で間違いないよ。火酒にも色々あって、此処で今造ってるのは、さっきから話してる『ウォッカ』だな」

 少々気圧されつつも、説明する。

 って言うか俺だって、リリスに概要しか聞いてないから訳知り顔で説明しようにも、これ以上のモンは持ってないんだけどな。

「強いけど、変な癖も無いから割と飲みやすいと思うわよ? ただ、慣れないうちにカパカパ開けたら、大変なことになるとは思うけど」

 という訳で、酒造部門統括のリリスさんがさらりと説明してくれる。

 っていうか、ちょっと待てキミ。

「え、なに? リリスさん、キミもう呑んでたの?」

 客観的な報告風で、しかし実感の籠もった言い方に俺はつい反応してしまう。

 別にズルいなんて思った訳じゃないよ?

 うん、思ってない。

「あのね。試飲も無しに、出来たなんて判断出来るわけ無いでしょうが」

 ちょっぴりの嫉妬心をいじらしく隠す俺だったが、あー、言われてみりゃそうだわな。

 頬を膨らませて見せるリリスにちょっと悪いと思いつつも、こういう時には何も言わない俺。

 でも、なんか拗ねてるリリスが可愛くて、なんだかにこにこしちゃう。

「ヘラヘラしてんじゃ無いわよ、全く……」

 にこにこしてたら、怒られた。

 小娘心は理解(わか)らんなぁ。

 

 

 

 ショットグラスに注がれた透明な液体を、各々が思い思いの顔で覗き込む。

 因みに、グイくんとギイちゃんは果実飲料(ジュース)だ。

 こんな強い酒を飲ませるには、まだ早いんじゃないかと思うし、うん。

 テーブルに並ぶ瓶入りの果実飲料(ジュース)自体、この先まだ出番があるし、ね。

「こんなに透明で、これでお酒……なの?」

 ジェシカさんがグラス越しに反対の景色を透かして見るような仕草と共に感想を漏らす。

 水と疑っているのかも知れない。

「だが、香りは強烈だ。これだけで酔えそうだぞ」

 嬉しそうに言うのはグスタフさんだ。

 気が逸ってしょうがないらしいが、意外な事にいきなり口を付けるような真似はしないらしい。

「さっきリリスも言ってたが、ホントに強いから気をつけてくれよ? ミードやエールの比じゃないからな?」

 そう言う俺だが、当然最近完成したばかりの酒なんて呑んだ事はない。

 じゃあなぜ、そんな注意喚起が出来るのかと言えば、そんなモン決まってる。

 

 元の世界(むこう)で酒を覚えたばかりの頃の、痛い記憶だ。

 罰ゲームでウォッカ一気とか、ホント、絶対にやっちゃ駄目だぜ?

 悪酔いするとかどころでなく、ホントに人死が出る。

 運の良いことに俺の周囲では居なかったが、急性アルコール中毒とか、ホントにヤバいからな。

 

 心配する俺を他所に、特にグスタフさんが辛抱堪らん様子なので、思わず笑ってしまいながら音頭を取る。

「んじゃあ、いただきますか」

 小ぶりのグラスに注がれたウォッカの威力は見た目では測れない。

 初めて飲むそのアルコール度数に、こいつらはどんな反応を返すのか。

 そう思った矢先、タイラーくんが咽る。

「だぁから、ミードやエールの比じゃねぇから気ぃつけろって言ったろ?」

 エールを呑む要領で呷ったのを見てたから、まあ、こうなるだろうとは思ってた。

「なんだこの……喉が焼ける……!」

 水のような見た目に騙されたな馬鹿め。

 横目でそんなタイラーくんを眺めつつ、ウォッカを舐めるように口に含み、そのクラクラするようなアルコールの奔流の中の、微かな甘さを楽しむ。

 いや俺、ホントはウォッカ苦手なんだけど、ちびちび呑む程度ならなんとかなるんですよ。

 俺の飲み方を見たジェシカさんが真似して口に含み、それでもその強烈なアルコール度数に驚いたようだ。

「これはキツいわねえ……私にはちょっと強すぎるかも?」

 なんて可愛らしいことを言いながら、グラスを少しづつ傾ける。

 諦めるとか、そういう事はしないんですね。

「これは……なるほど、これはクセになるか」

 一方でタイラーくんはさっき程ではないが、俺やジェシカさんなんかに比べると遥かに良い呑みっぷりでグラスを傾けていく。

 お前なあ、そんな呑み方して、俺は知らんぞ。

 つまみにチーズでも用意しておけば良かった。

 あ、この世界、チーズ有ります。

 俺の夢の可能性は勿論高まるんだけど、先駆者というか、先輩というべき方が来てる可能性も勿論ある訳で。

 会いたいような、そうでもないような。

「なるほど、こいつは美味いと思うが、しかしこれっぽっちでは判断が難しいな」

 そんな事を言いながら、空のグラスをもの寂しそうにひっくり返したり覗き込んだりしている行儀の悪いおっさん。

 酒樽の妖精は、まるで水のようにウォッカを飲み干していた。

 アルコールに対する順応性が高すぎやしませんかね?

「グスタフさんよ、あんま呑みすぎると明日やべぇぞ? 今日は試飲だから、手加減してくれ」

 言いながら、俺はウォッカのボトルを手にすると、グスタフさんのグラスに注いでやる。

「他におかわりは……」

 言いながら見回すと、当たり前のようにグラスを掲げるタイラーくん。

 こいつ、ホントに大丈夫なのか?

 今は平気そうだけど、ウォッカ(コレ)、後から効いてくるんだよな……。

「私は、このままじゃちょっとキツいわぁ」

 そう言って苦笑いするジェシカさんだけど、その手元のグラスはきっちり空だ。

 俺はまあ、ある程度慣れてるけど、ジェシカさんは初めてのウォッカだってのに。

 やっぱ順応性が高いんじゃなかろうか。

「んじゃあ、ジェシカさんとリリス、あと俺は、もうちっと飲みやすくしてみるか」

 不思議そうな顔で、俺の行動を予想できないジェシカさんと、待ってました顔のリリス。

 それぞれのグラスの、3分の1程度までウォッカを注ぎ、柑橘系の果実飲料(ジュース)を加えて、バースプーン……は無いから、小さめのスプーンで軽くステア。

 これだけで飲みやすさも、ウォッカに対する印象も大きく変わる。

 しかも、コレでもまだエールなんかよりアルコール度数高いんだよね。

果実飲料(ジュース)を混ぜたの?」

 興味津々のジェシカさんが、早速グラスを手にする。

「うん、こういう場合は『割った』って言うんだけどね」

 答えるが、考えてみたらなんで「割る」なのかは不明。

 突っ込まれたら素直にそう言うしか無いが、ジェシカさんは「ふうん」と割とどうでも良いご様子。

 まだ先程の衝撃が残っているので、おっかなびっくりのご様子のジェシカさんだが、一口飲んで一度俺を見て、そしてあれよと言う間にグラスを傾ける。

 あーあーあー、急に飲みやすくなったからって、そんな飲み方しちゃって……。

 興味を惹かれたらしいタイラーくんも、見様見真似で果実飲料(ジュース)割りを作っている。

 ていうか、良いとこ1:1の割合で作ってるけど、まあ他人事だし、良いか。

 そんな豪快な自作カクテルを口に含み、やおら考え込むような表情のタイラーくん。

 そんなタイラーくんの隣で、飲んでは注ぎ注いでは飲み、を繰り返すグスタフさん。

 グスタフさんには、試飲の意味をもうちょっとお考え頂きたい。

 まあ、多分あの様子だと、冒険者ギルドに戻るくらいのタイミングでダウンするんじゃないかな。

「こういう風に、果実飲料(ジュース)なんかで割ればかなり飲みやすくなるし、グスタフさんみたいにストレートで呑むのも有りだし……オッサン、いい加減にしねぇと、ひっくり返っても知らんぞ?」

 俺の説明に頷くジェシカさんと、やっぱりなんか考え込んじゃってるタイラーくんと、人の忠告を笑いながら聞き流すグスタフさんと。

 まあ、手応えとしては、悪くないんじゃなかろうか。

「こいつは、いつ頃から売りに出せるんだ?」

 グスタフさんが、もはや上機嫌でテーブルの上に身を乗り出してくる。

「一般販売は、まだ数が揃ってないよな……どうすんの? リリス」

 グスタフさんの圧に押された俺が、鬱陶しそうな顔でリリスに問うと、何やら考え込んでいるご様子。

「そうねえ……まあ、冒険者ギルドの酒場(バー)に卸して、様子見るつもりだったから、普通に売るのはまだちょっと先ね。それと」

 みんなを見回すように説明したリリスが、俺の方に視線を向ける。

「パルマーさんのツテで、秘密兵器が手に入ったから。出来るわよ、ウイスキーとブランデーが」

 耳慣れた俺は信じられない、という顔をしてしまったと思う。

 どっちも、一朝一夕で出来るもんじゃない。

 ウォッカだってそんな簡単なモンじゃないけど、それよりももっと、時間がかかるんじゃ無かったっけか?

 耳慣れない他のメンバーは、だが、この場で出たということは、つまりはそれも酒なんだろうと当たりは付いたようだ。

「なんだそれは! それも火酒か⁉」

「あーもー、そうだよ、今出したウォッカとはまた違う性格の、な」

 テーブルごと突進してきそうな暑苦しさに、ホントに今日は隣じゃなくて良かったと思いながら応える。

 考え事のタイラーくんはそんなグスタフさんを止めるとか宥めるとかする気は全く無いようだが、顔を上げると俺をまっすぐに見据える。

「その新しい方はともかく、この……ウォッカか? こいつは、いつから酒場(バー)に出せるんだ?」

 タイラーくんの疑問は尤もだ。

 試飲会まで開いて、酒場(バー)に出すのは未定です、なんて言う気は無い。

 無いんだけど。

「まだ量が出せないけど、それよりもまずはブランドンさんの了解を得ないと、なのよね」

 俺に代わって、酒造に直接関わってきたリリスが答える。

 現状でどれくらいの量が作れるのかは、タッチしていない俺には答えられない。

「……ギルドマスターは、また領都(モンテリア)に行ってるだろう、今。戻ってくるまでお預けか?」

 ちょっと不機嫌そうなタイラーくんと、がっかり顔のグスタフさんが揃って肩を落とす。

 珍しいタッグで笑わせに来るんじゃないよ。

「まあ、お預けはしゃあないわな。いや、いっそダメ元でハンスさんに飲ませてみようか。リリス、今日持っていけるボトル、有る?」

 苦笑と言うには苦労して笑いを堪えながら、俺はリリスに向き直る。

 リリスはリリスで俺の言いたいことを予想していたのか、部屋の入口あたりで待機していたらしいおっとり顔のゴブリンさんを呼び寄せながら口を開く。

「取り敢えず、5本は出せるわ。果実飲料(ジュース)も用意して、持って行きましょ」

 俺とリリスのやり取りに、先程までのがっかり不満顔はどこへやら。

 俄然やる気のグスタフさんと、表情を引き締め直したタイラーくん。

 お前らわかり易すぎるだろう、なんて思いながら、俺は運ばれてきたボトル類をアイテムボックスに仕舞い込むのだった。

 

 

 

 カイ村長や案内してくれたゴブリンさんに礼と別れを告げ、珍しく急かすグスタフさんに引き摺られる様に、俺たちは冒険者ギルド、その併設の酒場(バー)へと雪崩込む。

 早速ハンスさんを呼び出し、熱く流れるように説明を始めるグスタフさんと、そんな情熱プレゼンをロクに聞きもせずにウォッカを煽り始めるハンスさん。

 だから、なんでソレを水みたいに呑めるんだよ熊さんよ。

 興味津々で手を伸ばし、やっぱり咽るグスタフ組の若いのとか、果実飲料(ジュース)割に挑戦する奴とか、色んな連中の感想を聞いたりしながら、時間は更けていく。

 聞き流したけど、リリスがパルマーさんから入手した秘密兵器ってなんなのか、確認しなきゃなあ。

 そんな事を考えてられたのは、いつもよりも短い時間だった気がする。

 

 気が付いた時には、俺は自室のベッドの上で、半裸でリリスと引っ絡まるような有様になっていた。

 何が有ったか覚えていないが、何かが起きたのは理解できる。

 2人揃って泥酔して帰宅、そしてそのまま寝たってトコだろう。

 

 あー、うん。

 

 えー、お客様の中に、どなたか記録映像、記録映像をお持ちの方はいらっしゃいませんでしょうか?




双子が持ち込んだ最初のお酒は、ウォッカになりました。
グスタフさんとかに似合うかなって……。


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ぐーたら日常、時々仕事

がんばったけど、頑張った程度じゃあ文章が湧いてくれない!

そして例によって、書き出しの時のストーリー運びが出来てません。
なんでああなったんだろう。


 ウォッカが出来てキレイに酔いつぶれて数日で、まずやった事は商業区でバニラビーンズの買い占めでした。

 ……俺じゃなくて、リリスがね?

 

 ウォッカの飲み方について、ストレート派とカクテル派が熾烈なバトルを繰り広げるのは勝手だが、いちいちこっちに意見を求められるのに閉口してしまう。

 そんなの、好きに飲めば良いじゃんよ、と言えば。

「製造者の責任ってモンが有るだろうが」

 だとさ。

 クレーマーかよ。

 製造者は俺じゃねえし、よしんば製造者だった所で人の好みになんざ、口出し出来る(わき)ゃねえだろがい。

 っ()ーかあれだな、コイツら、喧嘩してるんじゃなくて、呑む言い訳にしてるだけだな。

 

 仲が良いのは判ったから、巻き込むのだけはホントに勘弁して欲しい俺です。

 

 

 

 リリスが言っていた「酒造りの秘密兵器」は、時間操作系の魔導書だった。

 スクロールじゃないの? と聞いたら、時間操作系の魔法は扱いが難しいらしく、スクロール化出来る魔法使いとかが非常に少ないんだそうで。

 パルマーさんトコでも、なかなか手が出ないし、そもそも流通に乗ってこないんだそうで。

 それに、よしんば手に入れた所で、大概が1回使い捨ての使用型スクロールで、学習型? では無いらしい。

 そんな訳で、リリスさんはコツコツとお勉強していたり。

 取得出来れば、ウイスキーやブランデーの完成までの時間が大幅に短縮出来るんだとか。

 へぇ、魔法って凄いね、ぜひ頑張って欲しいね。

 

 俺?

 

 あっはっはっ、よせやい。

 自分が今使える魔法すら理屈が理解(わか)らんのに、更に小難しそうな時間系の魔導書なんて、読んだ処で理解なんて出来る訳ないでしょ。

 分を弁えてるんですよ、これでも。

 

 そんな俺は何をしているかと言えば、せっかく材料も有るし、リリスへの差し入れにパウンドケーキなんかを作っております。

 バニラエッセンスは、流石にウォッカの製造からまだ2週間そこそこなので全然なのだが、代わりにと言うか贅沢にというか、バニラビーンズを加えて有る。

 あんまりこういう使い方はしたくないのでこっそり作業してた訳だが、そこは我が屋敷のキッチン。

 あっという間にレイニーちゃんやらヘレネちゃん、更に子供たちにまで見つかり、ニヤニヤ笑うウォルターくんの協力も得て、大量のパウンドケーキを作ることになってしまった。

 

 みんなどんだけ鼻が良いの。

 

 懸案だったウォッカの市場への流通についてだけど、コレがなんだか大事になりつつ有る。

 まず、小さいトコで言えば商業ギルドの人に怒られた。

 商売に関する事なんだから、ウチを通してくれと。

 そりゃそうだけど、俺はてっきりリリスがその辺上手いことやってるもんだとばかり思ってたので、完全にスルーしていた。

 勿論そんなモン言い訳になる筈もなく、まあ、その辺の小難しい話はリリスと醸造所の責任者さんに任せちゃって、と言う辺りで一旦話が停止。

 はて何事かと思っていたら、俺の思いもよらぬところから話はリスタートする事に。

 領都から銭湯とかの各種新築許可をもぎ取ってきたブランドンさんが帰還早々にウォッカにぶったまげ、ここアルバレインで造った酒だと知るや、ハンスさんに銭湯の新築の件を丸投げして領都に即トンボ返り。

 いや、トンボ返りで有ってるのか? むしろ帰ってきて即また出張、って感じなんだろうけど……まあ、良いか。

 え? 移動して直ぐに移動元に戻るんだから、それで有ってる?

 そうなのね、勉強になったわ。

 そんな具合で、何をそんなに慌てているのかと訝しむ俺を他所に、あっという間に準備を――具体的に言えばリリスに用意させたウォッカを何本か持って――整えて、領都モンテリアへと慌ただしく旅立った。

 後々聞けば、個人で楽しむレベルの酒の製造には許可は要らないが、流通に乗せるとなると話が代わってくるし、この酒はアルバレインどころかこの領全体の財産になる、そう考えたんだとか。

 商業ギルドに話を通さなければならないのは当然判っているが、その前に領主様に報告して、この酒と、そしてその酒造元であると言う事を印象付け、しっかりとした酒造設備の建設許可を取りたいと考えたんだそうだ。

 この時点で、ブランドンさんはゴブリン村の酒造所の事も、商業ギルドが噛んで其処を増改築する案が進んでいることも知らない。

 ともあれ、そんなブランドンさんが大慌てで持ち込んだウォッカを領主様は大層気に入られたとの事で、アルバレインでの大々的な製造及び販売が許可された。

 ……間抜けな事に全然考えてなかったけど、そっか、領主様に無届けで販売やらなにやら、流石に出来んわな。

 だから、商業ギルドの方の話も急に止まったのか。

 多分、商業ギルドは商業ギルドで動こうとしてたんじゃないかな?

 その辺の話はブランドンさんが商業ギルドに持っていって、街の問題として纏めたらしい。

 

 そして許可が出たもんだから、当然話は大きく動き出す。

 今のままでは出荷量が少なすぎる、ってんで、いよいよ商業ギルドが本腰入れて資金拠出。

 その資金と職人連合の力技で、ゴブリン村に巨大な酒造所の建設が開始される。

 因みに、ウイスキーやブランデーの話もリリス経由で聞いたらしく、そちらにも対応可能なんだとか。

 具体的に言うと、スペース的な意味で。

 ……ホントに大丈夫なんだろうか?

 本気すぎる大人のはしゃぎっぷりに、俺はすごく素直に引いちゃう。

 

 更に、なんとモンテリアから衛兵の一団が移動してきた。

 希望者のみ、って事らしいが、それでも家族抜きで150名位いるらしく、こりゃ何事? と思いきや、銭湯とゴブリン村の警備のために増員してくれたらしい。

 なんでそんなに本気なん? と思えば、例の東の交易の街はウチとは違う領で、やっぱ向こうには負けたくないと思うのは仕方がない感情で。

 そんな所に、液体石鹸やら銭湯やら火酒やら、短期間で急に湧いて出た目玉商品群を目にし耳にした領主様はあのおっとりとした表情でお命じになられたそうだ。

 アルバレインの宝は我が領の宝、真似は兎も角秘密の流出は防げ、保護せよ、と。

 

 まあ、ご禁制とかじゃなくて、ソレくらいの気持ちで守りなさいよ、って訓辞らしいけど、領主様がそんな事言ったら割と洒落にならないと思うんです。

 で、領主さま経由でどうやら王都に届く事になるらしく、そっち方面からも早急に量産体制を整えるように、とのお言葉と、商業ギルドへ資金がどーんと届いたらしい。

 良かったね、とか思ってたら、なんとその資金で更に酒造所を増築するとかなんとか。

 

 流石にそれはやりすぎでは? とは思うものの、なんか商業ギルドの担当さんが燃えてて口出ししづらい。

 ま、まあ、頑張ってね?

 

 そんな事を考えたり思い返してる間に、パウンドケーキは無事に完成。

 お茶と一緒に、リリスへの差し入れとして運ぶ。

 ヘレネちゃんが付き添ってくれて、俺は運ぶだけで良くなったので大変有り難い。

 部屋ではリリスが何やら小難しい顔して魔導書と首っ引きだったけど、まあちょっと休憩しろやとケーキと紅茶を振る舞う。

 リリスが手こずる辺り、時間操作系の魔法ってのはやっぱり一筋縄では行かないんだなと実感。

 

 当然そんなモン、俺が使える訳がないと早々に他人事モードに。

 

 バニラビーンズ入りのパウンドケーキに大層お喜び頂き、素直に可愛いなあとほっこりさせて頂きました。

 勿論、ヘレネちゃんも美味しそうに食べてくれました。

 

 

 

 そんな楽しい時間の傍ら、今日も俺は日課としている棒振り剣術の時間である。

 実際には発動させていないだけで、魔踊舞刀(まようぶとう)の使用シミュレーションだ。

 目を閉じ、頭にあの凶獣(けもの)を思い浮かべ、その姿を、動きを追い、剣を振る。

 

 正直に言えば、幾ら振り回しても捕まえられない。

 相手をちょいとばかり過大に評価しているのかもだが、むしろコレくらいで丁度良い。

 

 一心不乱に、捕まえられない影に向かって剣を振り回し続けた。

 

 

 

 そんな風に家事を手伝ったり冒険者ギルドに顔だして呑んだり呑まされたりと自堕落冒険者ライフな俺ですが、今日は珍しくクエストを受けてお出かけです。

 身内からの依頼だけどね。

 

 ウチのレイニーちゃんから、魔石板を作りたいので魔石を大量に欲しいとの事。

 製品化も視野に入れた開発だから、魔石の質はそれほど高くなくて良いらしい。

 魔石の質が高くなると、コスト増からの売値の高騰につながるから、出来れば低く抑えたいのだそうだ。

 レイニーちゃんが気にしてるのはレイニーちゃんがしている製品の開発コストじゃなくて、他所が真似する時にコストが掛かりすぎて良くないだろう、という事だ。

 ウチで作る分には、取ってこれる材料なら俺とかが取りに行くからね。

 

 んで、何を作るかと言えば、氷とか、あるいは低温を発生させる魔石板だそうで。

 冷蔵庫を作るのはどうするのかと思ってたら、そういう方向で作るらしい。

 異世界って凄いね。

 冷却媒体とかどうすんだろうとか思ってたけど、魔法で解決できるんだもんなあ。

「んじゃあ、氷属性とか熱を操る系の魔物を倒してもぎ取ってくればいいの?」

 なんて問えば、魔石で有れば何でも良いんだそうだ。

 どうせ砕いて魔石版にするし、そんなコストの掛かりそうな魔石は却下、とのことで。

 コストだけじゃなく、俺にも優しい仕事になった訳です。

 リリスは時間系魔法の研究中、子供組は流石に危ないから連れてけない、んじゃあ声掛けるとなると……。

 

 いや、まあ、たまにはソロで良いか。

 

 俺は仮面を付け直して大きく伸びをすると、レイニーちゃんに軽く手を振って部屋を出た。

 ダンジョン攻略、て程大げさじゃないけど、魔石をそこそこ確保しなきゃいけないんだったら少しダンジョンに籠もる必要が有る。

 俺は出かける準備の為、ウォルターくんへ弁当の発注をするためにキッチンへと滑り込み、その足で食材以外に必要な物の準備の為に商業区へと足を運ぶのだった。

 うん、油断し過ぎなきらいは有るけども、こういうキャンプの準備っぽいのって、ワクワクするよね。

 

 

 

 ウチとこの、タイラーくんとジェシカさんってさ?

 なんていうか、ホント……。

「小粒の魔石狙いなら、やはり此処だな。それほど狭くもない、故に小型の魔獣の数が多い」

 付き合い良いよなあ。

 ていうか、俺、今回は声掛けてないんだけども。

 どこで聞きつけたのか、ちゃっかり二人共ウォルターくん弁当まで発注してたらしい。

 仕事増やしてごめんよ、ウォルターくん。

「でも、冷気を放つ魔石版を作るんでしょう? だったら、やっぱりそれなりの魔物とか、倒したほうが良いんじゃないのかしら?」

 ダンジョン内ですらおっとり美人、そんなジェシカさんが、ちょっと不思議そうに口元に人差し指を添える。

「あー、そこはほら、『魔石板』の作成はレイニーちゃんにお任せ、ってレベルじゃん? 属性はどうせ後から付与するから、別になくても良い、というか」

 俺はこの世界で覚えた魔法、浮遊灯火(フローティングトーチ)を唱え、その明かりで照らされた周囲を見回しつつ口を開く。

 目視で警戒、って訳でもなく、単にキョロキョロしているだけだ。

 警戒って事なら、ゲーム由来の簡易マップ兼周囲警戒モニターが仕事してくれているので、それを気にしていれば済む。

 

 大概便利だよなあ、ゲームのユーザーインターフェース。以下UIとか? そんなに日常で使う単語じゃない気がするけども。

 

「属性付きの魔石が基本になったらコストが掛かり過ぎるから、ソコから抑えたいんだってさ」

 俺が答えると、タイラーくんがふむ、と呟く。

「なるほどな。レイニーの事だ、お前に似て、甘い事を考えているんだろうな」

 続く言葉はなかなかに辛辣。

 だけど、なんでかほんのり笑顔。

 お前、無愛想キャラはどうした。

「あら、私は好きよ、そういう優しい子」

 そんなタイラーくんに答えるのは、相方のジェシカさんだ。

「そうだな、ああいうのがクランに1人か2人は居ても良いな」

 苦笑気味の溜息なんて言う器用な事をしながら、タイラーくんは周囲を見渡す。

 うん?

 そういう意味の甘っちょろい奴なら、ウチは俺含めて3人居るんですけど?

 子供達は抜きで。

 お前さん(タイラーくん)の理屈で言えば、1人多いんですが、良いんですかね?

 そんな事を考える俺の脳内簡易マップ――冷静に考えると、ただの妄想みたいなネーミングだな――に、早速チョロチョロと蠢く光点が。

 実際の大きさや種別なんかは不明だけど、赤く光ってる以上は敵性存在な訳でして。

「細かいのがわんさか来やがるぞ。(わり)ぃけど、まずは俺にやらせてくれ」

 囲まれてる訳でもなく、敵さんは前方からご来場だ。

 俺は気負う事も無く進み出ると、最近すっかりお気に入りのナイトウォーカー(ワンド)を右手に、左手には宝飾(いつも)の宝珠を構える。

 

 ダンジョンとは、一つの生命体、それ自体が魔物である。

 

 単なる洞窟と違い、ダンジョン内に生息する魔物やら魔獣やらは、ダンジョンによって産み出されたモノ。

 それは餌となる人間や自然発生の魔獣・魔物をおびき寄せ、糧とするための罠の一部。

 出来るだけダンジョンの本体――いわゆるコアとか言われる奴だろうな――の近くで餌を仕留めたほうが取り込みやすくなるので、入口付近は雑魚(ザコ)い敵を配し、奥になるほど敵が強く、罠が凶悪になるのだそうな。

 うん、色んな異世界転生モノで読んだね、そういう話。

 

 ただね?

 

 この数、ちょっと多すぎて、普通の駆け出し冒険者だと厳しいんじゃない? って思っちゃうよね。

 マップの奥から、次から次に湧いてくる感じ、これ、視覚的にも鬱陶しいけど、一体何が居るんだろうね?

 虫か、蝙蝠ってとこかなあ?

 駆け出し程度は入り口で追い返しちゃう感じ? ツワモノだけお越し下さいって事?

 

 んじゃまあ、俺は駆け出しだから、素直に入り口付近で適当に遊んで帰らせてもらおうかな?

 

 ゆるく曲がった通路の、岩壁の影から現れた大量の蝙蝠の群れに俺は冷めた視線を向け、あんまりやる気のないフォームでワンドを掲げる。

 大小様々、でかい奴は俺が両腕を広げた位の奴も居るが、そんな蝙蝠達をそれなりに引き寄せて、俺はワンドに魔力を乗せる。

 

 連鎖雷縛。

 

 ワンドから放たれた雷が、蝙蝠を捉え、次々と連鎖して撃ち落としていく。

 名前の割に縛るとか捕まえるとかそんな優しさは皆無で、多分ローカライズ班が捻り過ぎただけだと思う。

 

 普通にチェイン・ライトニングとか、そんな無難な名前で良かろうに、なんで変に捻るかなあ?

 

 まあ、名前に関しては兎も角、雑魚(ザコ)相手には過分な威力で次々と消し炭に変えていく雷は、獲物を求めて宙を飛び、アレよという間に蝙蝠の群れを打ち払ってしまう。

 ノービススキルで威力はお察し、ゲーム内ではMP切れの時の繋ぎのスキルでしかないんだけど、魔踊舞刀(まようぶとう)と同じく、この世界ではちょいと威力が有りすぎるらしい。

 群がる雑魚(ザコ)の相手には非常に重宝するのでは有るが、こうまで圧倒的だと、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。

「……お前は、本当に普通の狩りには向かないな。こういう殲滅戦では必要以上に頼りになるが」

 黒焦げの蝙蝠の死骸、或いはその残骸が魔石を残しつつ消滅していく様を見ながら、そこはかとなく失礼な事を言いやがるタイラーくん。

 おう、なんでい、文句があるなら心の中に仕舞っときな。

 俺は口じゃあ勝てないから、言葉にするんじゃないよ。

「こら、言い方。あの数じゃあ、普通に戦ったらちょっと面倒だし、助かったんだから文句言わないの」

 珍しく、ジェシカさんがフォローしてくれた。

 いつもは苦笑しつつも、あんまり言わないのに。

「ああ、すまん。褒めた心算(つもり)だったんだがな」

 言われたタイラーくんは、少しも悪びれずにしゃあしゃあと言ってのける。

 褒め下手か。

 っ()ーかそもそも、ホントは褒めた心算(つもり)すら無いだろ?

 言い合っても不毛だし、まあ、割とどうでも良いけどね。

「まったく……。まあ、もう少し言い方には気を付けてあげてね、イリスちゃんだって傷ついちゃうからね? さ、魔石拾っちゃいましょうか」

 そんな俺の頭を撫でて、ジェシカさんがそんな事を言ってくれる。

 え?

 な、何?

 今までに無い事に、感動するとか嬉しいとか思うより先に、警戒してしまう。

 ……あれかな、ジェシカさん、新しい商品でも作らせようとしてるのかな?

 なんだか面倒事に巻き込まれそうで、俺はちょっぴり嫌な予感を覚えると共に、素直に受け止められない自分にちょっぴり哀れみを浮かべてしまうのだった。

 

 

 

 数が多すぎる時は俺が、そうでもないって時は2人に頑張ってもらい、都合5波ほど敵の群れを撃退し、なかなか良い感じに魔石をかき集めた俺達。

 掻き集めたとは言え、魔石がこれで足りるか不明だし、食料の用意も有るし、下層への階段も見つけたし、先に進む事に決定。

 探索には2泊程度掛ける予定で行こう、という事で、割とホイホイ先に進む俺たち。

 ダンジョン内には冒険者の油断を誘うつもりなのか、安全域が各階層にあるんだとか。

安全域(それ)が無ければ、冒険者が踏み込んで来ないと知っているのさ」

 なんてタイラーくんは言うが、そういうモンなのだろうか。

 攻略されれば消滅してしまうが、おびき寄せなければ成長すら出来ない。

 そう考えると、なんだか不憫な生き物じゃないか、ダンジョン。

 そんな2階層の探索、というか魔石狩りをしつつ安全域を探し、罠に警戒しつつもうろちょろする冒険者3人。

 うち2人が斥候(スカウト)クラスで、罠感知なんかのスキル満載だから、すこぶる快適に探索出来ている。

 ……斥候(スカウト)2人に魔導師(ウィザード)1人、あんまバランス良くねえなこのパーティ。

 奇襲と罠には強そうだけども。

 せめて治癒師(ヒーラー)入れようぜ、ってウチのクランに1人も居ないわ。

 ……そう考えると、ウチのメンツがそもそも、偏り過ぎでは。

 斥候(スカウト)4人、魔導師(ウィザード)2人、錬金術師(アルケミスト)1人、ノービス6人。

 斥候(スカウト)多すぎ!

 ノービスの子供たちに期待するか……いっそ、募集でも掛けてみるか。

 いつぞや募集掲示板で見た、戦いたい系の治癒師(ヒーラー)さんとかが来たら笑うけどな。

 そんな笑いも乾くような事を考えている俺の耳に、何やら違和感のある音声が。

 動きを止めて耳をそばだてると、残る2人も同じように耳を傾けている様だ。

 そうなると、気の所為じゃない、って事になるのかな。

 

 進行方向から、悲鳴にも似た声が聞こえたのは。

 

 

 

 警戒しつつ走り出した俺達だけど、正直そんなに慎重になる必要は無かったらしい。

 雑魚(ザコ)の大半は悲鳴のする方へと向かったようだ。

 ……そりゃまあ、金切り声なんぞ上げたらそうなるわな。

 んで、走ってはいるけどあんま俺達が慌ててないのは、半分見捨ててるっていうか、まあ間に合わないだろうっていう諦めだ。

「お前ならもうちょと、慌てるとか血相変えるとかしそうなモノだと思ったんだがな?」

 タイラーくんがいつもと変わらぬ口調を俺に向ける。

「んー? だって此処、ダンジョンだぞ? アルバレインからどんだけ離れてると思ってんだ。ピクニック気分で来れる場所じゃねぇんだぞ」

 一旦、俺は言葉を切る。

 足元の凹凸をちょっと気にしながら、それでも速度を緩めることは無い。

「そんな場所に態々自分の意志で来てるんだ、危険なんぞ承知の上で来てるんだろ? そういう意志は尊重しなきゃね」

 そんな事を言っている間に、簡易マップ上に固まっている光点が見え始める。

「まあ、助けられるなら助けるけどさ。妙な危険を犯してまで助けてやろうとは、こんな場所では思わんよ」

 言いたいことを言い終えて、俺はマップに注意を向ける。

 そう。

 ここは街を出てすぐの、子供たちが薬草取りをするような草原なんかじゃない。

 危険と隣合わせのダンジョンなのだ。

 そんな場所に足を踏み入れて、不注意にもあんな、ダンジョンの壁に反響して響くような大声出してたら、気づいた魔物やらが寄って行くに決まっているだろう。

 そんな程度で、よくもまあ1階層を抜けて来れたもんだ。

「ふん。甘いのかドライなのか、良く判らんな、お前は」

 俺の前を走るタイラーくんのつまらなそうな声が、俺の耳に流れてくる。

「……子供が危険な目に有ってる訳じゃなきゃ、俺は基本全部スルーだよ」

 きっちりと冒険者として危険な依頼を請け負ってる奴がポカして死んだ所で、それは本人の責任だ。

 採取とか掃除とかがメインのノービスクラス……子供達が思わぬ危険に遭遇するのとは、訳が違う。

「でもきっと、身内の仇は取るのよね、イリスちゃんは」

 同じく前を走るジェシカさんが、こちらはチラリと振り返ってにっこり微笑む。

 うーん。

「そりゃあ、身内やら仲間が危ない目にあったら助けるけどさ。あんま危ない事はしないで欲しいよ」

 ウチのメンツがヤバい目に遭ってるとか、考えただけでキツいね。

 もしもまかり間違って……仇討ちなんてしなきゃならない、なんて事態になったら。

 手加減なんて、出来る気がしない。

 仲間がダンジョンで……とかそんな事があったりしたら、俺、ダンジョンそのものを潰しかねん。

 想像するだけで嫌な気分なので、俺は咳払いでそんな不吉な考えを振り払う。

 もうすぐ、ただでさえあんま見たくない死体(モノ)を見なきゃいけないだろうに、そんなモノに仲間の姿を重ねちゃいそうな想像なんか、とっとと捨てるに限るだろう。

 割と自分勝手な事を考えながらマップを確認すると、敵性反応(赤い光点)のど真ん中で、3つ有った筈の青い光点の2つになっている。

 そう思った所でけたたましい悲鳴とともに、もう1つも消えた。

「そこのT字、左曲がってすぐだ」

 面識も無いし憤る道理もないが、だからってヘラヘラ出来る気分でも無い。

 俺は先導する仲間の事と、現状まだ生きている1名の事を考え、連鎖雷縛の使用を控える事に。

 連鎖の仕方まではコントロール出来ないので、大惨事に成なりかねない、というか確実になる。

 もはやワンパターンではあるが魔踊舞刀(まようぶとう)の属性を火に変え、仲間2人の背を追って角を曲がり、ワサワサと群がる蟲系、蝙蝠系の魔物達の群れの中へと躍り込む。

 流石にタイラーくんとジェシカさんは俺のような無謀な真似はしない。

 俺はまあ、言っちゃえばこの程度の数、かつ、この程度の雑魚(ザコ)相手なら障壁が破られる恐れなんて皆無なので出来る荒業だ。

 それでも態々敵の群れの中に飛び込む理由は無い訳で、考えてみれば俺、言うほど冷静では無かったのかも知れない。

 生き残り冒険者を巻き込まないように、出来るだけ範囲を狭めつつ、舞刀を振り払う。

 炎を纏う幾筋もの剣閃が魔物共を巻き込み、斬り払い、焼き払う。

 さらに2閃、3閃とワンドを振るい、魔物の群れを次々焼き斬って行く。

 冒険者の生き残りもそれなり必死に暴れてくれているようで、都合4人がかりの共同戦線は割とあっさりとに魔物共を殲滅してのける。

 うん、俺一人だったらもうちょい時間掛かっただろうし、やっぱ手数が有るのは良いね。

 手に汗握る、なんて気分とは無縁の俺と仲間たちだけど、先行してた冒険者、その生き残りにとってはシャレにならない状況だったようで。

 こんなもんかと周囲を見渡し、魔石を拾おうかと思いかけた俺の真後ろで、どしゃりと人体みたいなものが崩れ落ちる音がする。

 

 あー、ほっとんど興味無いし、どんな様子か確認すらしてなかったわ。

 

 溜息をなんとなく抑えた俺は、気のない――タイラーくんが呆れて溜息を()く程度には冷たい――目を音のした方に向けると、其処には力尽きたのか気を失ったのか、五体満足な人間が1人と、バラバラに食い散らかされた多分1人、それと喉元を食い千切られた1人が転がっていた。

「なあ、タイラーくんよ。冒険者の死体は放っといたら不味いのか?」

 正直、放っときたい気分なのだが、回収義務なんてもんがあったら厄介だ。

 しかし、タイラーくんはすぐにノーを告げる。

「死体からギルドカードを回収出来れば、それで構わない。普通は死体を持ち帰る余力なぞ、有る訳ないからな」

 もっとも、俺達にはアイテムボックスがあるんだが。

 タイラーくんはつまらなそうに言う。

 うん、そうだよね、ウチのクランのメンツは、無駄にアイテムボックス持ってるけど。

 普通はこんな高価なもん、そうそう買える訳がない。

 どこの街から来てるか不明だけど、態々探して運ぶのも手間だし、距離によっては普通に腐る。

 だったら、遺品として最低限、ギルドカードを持ち帰れば用は足りると言う訳だ。

 装備品とか持ち物は、生きてる奴が有効活用するのが供養ってもんなのかも知れない。

「……ただ、そういう風に割り切れるのはある程度経験を踏んだ冒険者だ。取り乱して悲鳴を上げるような駆け出しが、そこまで割り切れるかは疑問だな」

 最初に聞こえた悲鳴か。

 結構離れてたのに聞こえるような音量だったからな。

 近くの魔物、ほとんど呼び寄せたんじゃないかな。

 そう考えると、色々と厄介なもんだ。

 酷い言い草かも知れないけど、全滅したトコに遭遇したんだったらまだ気楽だったかも知れない。

「なあ、この子、見捨てていったら怒る?」

 どうにも気分が悪く、俺はこの場を速やかに離れたい思いから、そんな事を口にしてしまう。

「別に怒りはしないさ。見下げ果てるだけでな」

 もう既に呆れを通り越した目で俺を眺めるタイラーくん。

 だよなあ、生き残りが居るんだもん、普通そうなんだよなあ。

「見知らぬ冒険者の為にあれほど怒り、ゴブリン達の受けた仕打ちに激高したお前が、随分と冷たいじゃないか」

 俺に言葉を投げ掛けながら、タイラーくんは、いや、ジェシカさんもその生き残りの冒険者に視線を向ける。

「状況が(ちげ)えよ。……そりゃまあ、話を聞かなきゃ判りゃしねえけどよ?」

 言葉の前に思わず舌打ちを飾り付けて、俺は改めて転がっている死体の方に目を向ける。

 それは、どちらも体躯が小さく。

 もしかしたらそういう種族なのかも知れないんだけど。

 

 俺の目にはどうしてもそれは、子供に見える。

 

 息が有ると思われる方はと言えば、大人に成りきれていない、そんな年頃。

 つまり、見てくれで言えば俺と同じか、悔しいけど「見た目は」俺より年上、その程度に見える。

 ガキ3人で、ダンジョンへ来たってのか?

 どんな理由か知らないし、子供となれば保護対象では有るんだが、今回ばかりは気が進まない。

「とにかく、息がある以上、放っておく訳にはいかない。イリス、ポーションをくれ。それと、死体を回収しておいてくれ」

 そんな訳で、まったく動く気の無い俺に簡単な指示を飛ばし、タイラーくんとジェシカさんは冒険者の方へと近づく。

 俺は気が進まないながら、それこそ溜息混じりに小さく短く悪態を()き、そのタイラーくんへとポーションを投げ渡す。

「俺のポーションを使うのは構わんけど、そいつは完全回復なんかしないからな?」

 そうして向き合う、バラけた死体と首の皮一枚で継っている死体。

 子供の死体はホントにキツい。

 見れば見るほど、言い訳が効かない程に子供だ。

 俺はしゃがみ込むと、2つの顔の3つの目を閉じてやる。

 ……バラけてる方は、顔面までやられてるからな。

「……回収は良いけどよ。どこの街の冒険者かも判らんだろ、どうすんだ?」

 2人だったモノをアイテムボックスに放り込むと、俺は立ち上がりながら問いかける。

 生き残りの上体を軽く起こし、その口にポーションを流し込むジェシカさんを見守りながら、タイラーくんが背中越しに答える。

「……アルバレインだ」

 は?

 そりゃまあ、俺はアルバレインの冒険者が何人居て、お子様冒険者がどれくらい居るかなんて知らないし、ましてや顔なんて知らない奴のほうが多い。

 とはいえ、そうそう容易く信じられる話とも言えない。

 

 このダンジョン、俺は説明を省いてさらっとしか言ってないが、テレポートを駆使し、野営を挟んで片道2日の旅程だった。

 すっかりテレポートに慣れて、それなりにペースを掴んだ俺達だからこその時間短縮なのだが、普通に歩いたらどれくらい掛かるやら。

 少なくとも、あの大森林よりも遠いのは間違いないのだ。

 ぶっちゃけて言うと、もうちょっと西に行けば小さな街も有るし、むしろそっちの出身の方が可能性が高いと思う。

 だが、タイラーくんは自信を持って言い放った。

「見覚えがある。アルバレインの冒険者ギルドで、何度か見かけた」

 その口振りはいつもと違う不機嫌さを纏っていて、俺は思わずタイラーくんへと視線を向ける。

 

 俺に背を向けるその姿勢から、俺はタイラーくんの表情を見る事は出来なかった。




別人みたいに、子供に対して淡白なイリスさん。
どした?


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いらだちいろいろ

先入観は危険だけど、判断材料にしちゃいがち。
色々と調べないと、判断を間違うことにもなっちゃう。

話を聞くこと、話をすることはとても大事。


 ダンジョンに魔石採取、というか雑魚(ザコ)狩りに来ました、にわか冒険者こと俺です。

 

 

 

 なんて、呑気な挨拶してる場合じゃないらしく。

 俺が住んでるアルバレインからそこそこ、多分徒歩で6日位かな、って距離にあるダンジョンに居るんだけど。

 やたらと蝙蝠系やら蟲系の多いダンジョンの2階層で、パニクって全滅しかけた……というか3人中2人死んで崩壊したパーティに遭遇、辛くも1人救出できた訳だけども。

 

 助けた1人は10代後半くらい、死んだ2人は明らかにもっと年下。

 無理に連れて来たのか、何か事情が有ったものか。

 話を聞かなきゃ判らんけれど、第一印象は最悪だ。

 男だとしたらちょっと髪が長いが、女だったらちょいと短い。

 戦闘の後だし、血やら何やらで汚れているが、顔自体はまあ整っていると思う。

 

 こんな所に居る以上、冒険者なんだろうけど。

 

 ノービスクラスなんてぇ駆け出し未満の冒険者を2人も抱えて、こんなトコで何をしようって魂胆だったのか、聞いて説教でもしてやらなきゃ気が済まない。

 そんな俺の隣で、同じ様に年若い冒険者を見下ろすタイラーくんも、表情が硬い。

 普段は一言多い系の無表情仮面だが、今の無表情はいつものソレとは何か違う。

 

 ……なんてーか、いつもみたいに鈍感さを発揮してれば良いのに。

 なんで俺は、今回ばかりは何かを感じ取ってしまうのかねぇ。

 

「おい、タイラーくんよ。なんか思う所でも有るん?」

 むっつりと黙り込むメガネに声を向けるが、すぐには反応が帰って来ない。

 いらん時にはしゃあしゃあと揚げ足取りに来るくせに、なんだってんだ一体。

 そんな事を思っている間に、魔石を回収してくれたジェシカさんが俺とタイラーくんの間に立つ。

「……イリス。魔石の回収は、まだ必要か?」

 タイラーくんは俺の質問には直接答えない。

 こういう時に問い詰めても、多分なんの効果も無いだろう。

「2階層に降りる前で、一応、必要最低限は集まってるぜ。ただ、数が有っても困ることは無いからな」

 だから、素直に答えつつ、ちょいと(つつ)いてやる。

「他に用が無いんなら、もう少し集めときたいね。そうそう容易く行き来出来る場所じゃないからな、此処は」

 仮面を外して、まっすぐにタイラーくんの目を覗き込む。

「一応聞くが。こいつを保護して、ギルドに死体ごと届けると提案したら?」

 そんな俺の視線を正面から受け止め、気圧されることもなく気負うこともなく、だけど短く問いを投げてくる。

「俺が、ウチのクランメンバーの依頼を疎かにするだけの理由が有るならな。だが、なんの事情も知らねぇ俺の目には、()()()はノービスのガキ引き連れてダンジョンに来て、挙げ句死なせた馬鹿にしか見えてないぞ?」

 視線を外しも逸らしもしないで、俺も答える。

「馬鹿の尻拭いをしてやる程、暇でもお人好しでもねぇんだけどな、俺」

 ぴくりと、馬鹿、もとい気を失っている冒険者の肩が揺れたのが判る。

 視界に入れてなんか居ないんだけど、判ったとしか言いようがないし、正直、判った所でどうでも良い。

「見た目通りの状況なら、俺もお前と同意見だ。だが」

 静かに苛立つ俺とは、別方向に不機嫌さを滲ませるタイラーくんが意識を取り戻しつつ有る筈の冒険者に目を向ける。

 ああ、なんで俺、あんな細かいことに気が付けたのか理解(わか)った。

 タイラーくんが気にかけて見てたからだ。

 そんなタイラーくんの反応で、なんとなく察したんだ。

「……俺が耳にした話と、こいつの話。それを合わせた話次第では、多分」

 思えば、タイラーくんが不機嫌って時点で、だいぶ珍しい事だ。

 そしてこの様子を見るに、俺に対してでは無いらしい。

 だからと言って、この年若い冒険者に怒っているのとも違う様子だ。

「ねえ、どう動くにしても、まずは安全を確保しない? お腹も()いたし、長話をするにも、こんな場所じゃあまた魔物が寄ってきちゃうわよ?」

 膠着しかけた俺とタイラーくんの間で、ジェシカさんが手を叩く。

 さすがウチのお姉さん枠、仲裁なんて手慣れたもんだ。

「だな。もういい加減、ウォルターくん弁当食いたいよ、俺ぁ。確実に判る安全域って有るのかい」

 降参ともお手上げとも取れる、肩を竦めたポーズで俺は首を振り、それから大きく伸びをする。

「確かにな。定石で言えば、階段とその付近は、大抵は安全域になっている」

 タイラーくんが冒険者を肩に担ぐのを見ながら、へえ、と俺は妙な感心をしてしまう。

 そういう場所なんて、待ち伏せしやすそうなのに。

「ダンジョンの目的は、獲物をなるべく引き込んで殺して取り込む事だ。もっと深い階層なら兎も角、こんな低階層で待ち伏せ(そんなまね)などして、獲物を殺すならまだしも、引き返させても仕方が無いだろう」

 ふんふん、なるほど。

 理解(わか)る話だけど、ダンジョン側の事情に詳し過ぎやしないか?

 こいつホントはダンジョンマスターとかじゃないだろうな?

 そう思い問いかけると。

「よせ、俺はお前ほど人間離れしてなど居ない。俺の知識は、一般論の範疇でしか無い」

 なんて否定された。

 

 いやちょっと待てや、誰が人外だこの野郎。

 

 

 

 階段前の広場で適当な場所を選び、薪を用意して火を起こす。

 ()っても生活魔法で覚えた種火(スターター)だけどな。

 ジェシカさんが敷物を用意してくれて、俺達は適当に腰を下ろしたり、タイラーくんは米俵よろしく運んできた例の冒険者を横にして、ポーションも飲ませているので出来ることはもう無いとばかりに薪周りに腰掛けたりしている。

 えらく華奢だし、もしかして女の子の線も有り得るんだが、中々豪快な運びっぷりである。

 普段だったらツッコミの1つ2つぶつけてやるんだが、事情がわからない以上この名も知れぬ冒険者に対する不信感は拭えないので、俺は文句も言わないしフォローもしない。

 タイラーくんも感情的には似たようなモノらしく、普段のウチのメンバーに対する態度に比べると、幾分荒い感じだ。

 そんな手荒な扱いをされている方はと言えば、時々小さく呻いたりはするものの、目を覚ます様子は無い。

 さっき目覚めたかと思ったが、単に身じろぎしただけだったらしい。

 とは言え、いい加減、そろそろ目を覚ますだろう。

 だからといって珍客の目覚めを黙って待ってやる理由もないので、俺達は各々アイテムボックスから弁当を取り出し、思い思いに味わう事に。

「んで? タイラーくんよ、お前さんが聞いた話ってのは何だい。俺の目には、駆け出しがノービス(てした)連れて背伸びして、返り討ちにあったようにしか見えないんだが?」

 もしも狸寝入りしてるんだったら、こんなセリフは随分な喧嘩の売り様なのだが、当然俺は声量を落とすなんて真似はしない。

「俺に当たるな。気持ちとしては、8割は俺もそう思っている。だが、キナ臭い噂も昔から有ってな」

 きっちりと食べ物を飲み込んでから、タイラーくんが口を開く。

「おう、当たってるように聞こえたなら悪かったぜ。あんま気分が良くねぇからな、言い方がキツくなっちまう。んで、キナ臭い噂って?」

 俺は弁当を行儀悪く(つつ)きながら、タイラーくんの非難がましい軽口に答えつつ、再度質問を投げる。

 そんな俺達のやり取りに、ジェシカさんが言葉を挟んでくる。

「うーん、イリスちゃん、ホントにお嬢様だったんだねえ。あの街に限らず、どこの冒険者ギルドでも聞く話なんだけどねえ」

 とても不思議そうなジェシカさんの口振りから察するに、冒険者として活動してたら聞く、そういう類の話らしい。

 とは言え、こんな俺を捕まえて、その感想がお嬢様て。

 その正体は半物流業の冴えないオッサン(27)だったんだけど。

 生きてきた世界が文字通り違うので、冒険者の常識とか知らないだけなんだけどなあ。

 お世辞にもマナーだって良くないし、なんなら口調1つ取っても、目に余るほどの育ちの悪さだ。

 食べ物を口に含んだままで喋ったりなんかしないけども。

「良くある話だ。素行の悪い冒険者が、駆け出しなんかを引き連れてダンジョンへ。駆け出しが罠に掛かったりモンスターに襲われてる間に、先に進むなり逃げるなりする、とかな」

 つまらなそうに口を開いたタイラーくんの言葉は、なんだかラノベでよく見た光景の話。

 俺の周りにはその手の下種が居なかったから気づかなかったが、冒険者って括りで見れば、そういう事をしそうな手合は確かに居た。

 あのハゲゴリラ(実はハゲてない)ことノーラッドだっけ? とか、他にもなんかガキ相手にしか威張れ無さそうな小悪党っぽい連中なんぞ、幾人も見かけたもんだ。

 そんな連中も、北門への魔獣襲撃事件以降、俺の目に入ることは少なくなったから、てっきり東の街か領都か、どっかに移動したもんだと思ってたんだが。

「アルバレインにも、そういう下らねぇ馬鹿がまだ居るってことか?」

 そういう手合に騙されたか利用されたってんなら、なるほど確かに同情の余地がちったあ有るだろう。

 で、もしもそういう話だったとして。

 悲鳴を聞いて割とすぐに駆けつけた俺達は、誰ともすれ違っていない。

 あのT字路を俺達は左に曲がったが、誰かが右に行ったのか、それとも左の先に進んだのか。

 少なくとも、このダンジョンから逃げ出しては居ないって事だ。

 まあ、タイラーくんの予想が当たっていたら、なんだけど。

「馬鹿はどこにでも居る。ブランドンが最近その手の連中に睨みを効かせて、素行の悪い連中は軒並み冒険者ランクを落としてるからな。もう何組かはアルバレインからは逃げ出しているし、やりすぎて労働奴隷落ちした輩も何人か出ている」

 文句を言う前にタイラーくんの口から飛び出した、ブランドンさんの思わぬ頑張りにちょっと感心してしまう。

 野郎、意外とやるじゃねえか。

 領都へ往復するのが仕事じゃねぇんだなあ。

 今度、リリスに頼んでウォッカでも餞別に渡そうかな。

「なるほど、それでも完全じゃないって事なんだな」

 ブランドンさんがいくら頑張っても、上手いこと逃げる奴は居る。

 冒険者は基本自由、勿論最低限のルールは有るんだが、触れてもバレなきゃお咎めなし。

 怪しい噂の有る冒険者なんかは素行の調査もするんだろうけど、調査って奴はどうしたって時間が掛かるもんだしな。

 俺達は、俺は口に出さないように、ただ苛立ちを募らせる。

 結局は、話がどう転んでも気分の良い事にはなりそうに無いって事だ。

「まあ、コイツが目を覚ませば、話は色々と聞けるだろうが、な」

 そう言って、タイラーくんはチラリと視線を横へ走らせる。

 俺はその視線を追う事をせず、警戒マップに意識を向ける。

 一定範囲内に入ってくる何者かは居ない。

 これが安全域かと場違いなことに感動しつつ、その安全域に入り込むもの、すなわち人間は居やしないか。

 その事に、少しだけ注意を向けるのだった。

 

 

 

 呑気に食事なんかを終わらせて、しかし動けない人間が居る以上俺達も何も出来ず。

 仕方がないので、3人でウォッカを使ったカクテルの話だとか、ウイスキーやらブランデーとはなんぞや、とか、そういった話に花を咲かせつつ時間を潰す。

「そうなると、葡萄や小麦も育てたほうが良いのか?」

 酒造に向いた品種と向かない品種が有るらしい、なんて話をうろ覚えでしてみたら、タイラーくんが顎に指を添えて考え込む。

 こいつ、こう見えて酒に目がない節が有るよな。

「まあ、可能ならその方が良いんだろうけどさ。いきなり手を広げすぎだろ。もう、ウチが管理できる範囲を超えてるぞ」

 元々、クランの立ち上げ人数ギリギリからスタートして、人が増えたつってもレイニーちゃんとグイくんギイちゃんの3人だし、その内2人は子供だ。

 キッチンを預かるウォルターくんや屋敷の管理を司るヘレネちゃんは各々の仕事で手一杯だし、俺やリリスはスイーツの発展に忙しいし、タイラー&ジェシカ組は呑むのに忙しい。

 手が足りないのだ。

 ……足りないったら足りないのだ。

 酒造所に関しても、商業ギルドどころか領主様まで絡んできて、もはや周囲の諸々の協力がなきゃ、管理なんて無理だ。

 そこに持ってきてウイスキーやらブランデーやらを造るってのも無茶な話だってのに、その上原料の育成なんざ、冗談抜きでウチじゃあもう手を伸ばしようがない。

「じゃあ、いっそ街の事業にしちゃえば良いんじゃないの?」

 ジェシカさんが無邪気に無茶なことを重ねてくる。

 そんなモンの音頭取るなんざ、俺は絶対にヤだぞ。

「そこまで行くと、もうウチと商業ギルドの話じゃなくて、商業ギルドと領主様との話になると思うよ?」

 そんな事を言いながら果実飲料(ジュース)を飲む。

 こういう状況で酒を飲むほど自殺願望は無いけど、せっかく持ってるアイテムボックスとお金、ちょっとの贅沢は良いじゃない、ねえ?

 それは兎も角、1つの案として、商業ギルドと、あとはそれこそブランドンさんに、その辺の話を振るのは有りかも知れない。

 酒造所の制作に、まさか商業ギルドやら領主様だけに金を出させる訳にも行かないので、俺とリリスも金を出している。

 出資している以上、当然見返りも有る訳で。

 その利益だけで、多分ウチのクランとしてはもう、ほぼ働かずとも食っていけるレベルになるらしい。

 リリスの試算だから、あんまり間違って無いと信じる。

 

 ……あれでどっか抜けてるからなぁ。

 ホントに信じて良いのか、ちょっと迷うけどな。

 

「成程な。問題は、いつ頃その新しい酒を呑めるようになるか、か」

 タイラーくんが真面目くさって腕組みをする。

 ただ呑兵衛が待ちきれてないだけだから、妙に真面目腐るのをやめろ。

「ウィスキーやらブランデーやらは、本格的に呑めるようになるのは10年20年先だぞ? まさかリリスに、流通に乗る分全部造らせる訳にはいかんだろうしな」

 俺が言うと、タイラーくんが音がしそうな勢いで顔を上げる。

 何だよびっくりするじゃねえかこの野郎。

「どういう事だ⁉ リリスの話では、目処が立ったのでは無かったのか⁉」

 びっくりするなんて呑気な感想を漏らす前に、タイラーくんが俺の両肩に掴みかかってくる。

 何だよ(こえ)えよ(ちけ)えよ何だよ。

 そんなに呑みたかったのかよこの野郎。

「お、落ち着けよ。大体、リリスが()()魔法をまだモノに出来てねえだろ? それに、流通に乗る分は、って話だよ。ウチで飲む分とか、多少の贈答用なら、ある程度都合つけてくれるだろ。リリスが()()をモノに出来たらな」

 ブランデーケーキを食べたい、その一心で頑張る我が姉ことリリスは、ああ見えて案外身内に甘いと言うか、ウチのメンツに頼まれればあんまり嫌とは言わない。

 ブランデーのお裾分けくらいはしてくれるだろう。

 そう言えば俺、ウイスキーを使ったお菓子っていまいちピンと来ないけど、なんか有るのかな?

 無い事は無いだろうけど、判らん。

 まあ、リリスが造ると言ってる以上、多分菓子絡みなんだろう。

 ウォッカ造ったのも、もともとはバニラエッセンスの為だったしな。

「そうか、すまん取り乱した。俺らしく無かったな」

 俺の言葉に我に返ったのか、タイラーくんは俺を開放しながらメガネを直す。

 いやいやいや、とても()()()と思うぞ、うん。

 コイツは、いずれはハンスさんタイプの酒飲みに成るに違いない。

「私も楽しみだわあ、そのお酒も、果実飲料(ジュース)に合うの?」

 マイペースなお姉さんことジェシカさんが、心底楽しみにしてそうな笑顔で聞いてくる。

 ジェシカさんは、あの試飲会以来、柑橘系の果実飲料(ジュース)で割ったウォッカがお気に入りのご様子。

「ああ、果物の相性は有るけど、それぞれそういうカクテルが有った筈だよ」

 個人的には、あんまり口当たりが良すぎるのも問題だとは思うんだけど。

 でもまあ、ジェシカさんが前後不覚になってるところなんざ見たこと無いし、むしろ俺のが記憶飛んでる有様だし、言って治まるならそもそも深酒なんざしやしないだろうし。

 後半は単なる俺の反省になってる気がするが、兎も角、ジェシカさんに限って言えば、飲みすぎて失敗って絵は浮かばないから、きっと大丈夫だろう。うん。

 

「う……」

 そんな風に盛り上がってる呑兵衛2人と一般的常識人である処の俺の耳に、その小さな声が耳に滑り込む。

 多分、俺は急に表情が消えたんだと思う。

「イリスちゃん、顔、顔」

 ジェシカさんが苦笑して言うけど、顔て。

 せめてさ、表情とか言おうよ、ねえ?

 思わず苦笑しそうになりながら、俺は威圧目的で仮面を掛け直す。

 勿論、威圧したい相手はジェシカさんじゃないし、タイラーくんでもない。

 そもそも、この2人にそんなもん効く訳がない。

 俺はなんとも言えない気分を一旦脇において、立ち上がると目を覚ましつつ有るらしい冒険者の方へ足を向け、腕組みまでして見下ろしながら待つ。

 俺の後ろでは、多分2人がこちらに顔を向けている筈で、その2人は俺の態度に苦言を述べたり注意したりはしてこない。

 タイラーくんの話を聞いた後だと、色々と思うところも有るけども。

 まずは話を聞かなきゃ、判断のしようもない。

 そんな俺が見下ろす前で、びくんと小さく震えてから、そいつはゆっくりと目を開いた。

 

 

 

 話し声が聞こえる。

 女が2人、男が1人。

 楽しそう、だけど何を言っているのかは判らない。

 

 話し声が、()んだ。

 足音が、近づいてくる。

 

 ああ、私は、横になっているのか。

 なんで、横になっているんだっけ?

 

 みんなと一緒に、冒険に。

 ホントは駄目だけど、あのオジサンが、子供でも出来る仕事が有るって。

 そうして、そうだ。

 私達は、ダンジョンに来て。

 頭が痛い、少しぼうっとする。

 ゆっくり目を開く。

 誰かの足が見える。

 誰だろう?

 みんなはどこに?

 

 そして、私は思い出す。

 みんななんて居ない。

 居る筈がない。

 何故なら。

 

 私は急いで身体(からだ)を起こし、辺りを見回そうとして。

 

 視界に飛び込んだその仮面、その奥の冷たい気配に、身体を竦ませた。

 

 

 

「よう、坊主。それかお嬢ちゃんか? どっちか判らんが、目ぇ醒めたか」

 仮面に隠れて、こっそりと溜息を()きたい衝動に駆られる。

 我ながら、随分と冷たい声だ。

 先入観で威圧とか、中々に最低な対応な訳だけど、疑惑は晴れるまでは疑惑なのだ。

 そもそも仲間ですら無いし、若干悪いとは思うが線は引かせてもらう。

 俺を見上げて言葉もない冒険者に、俺はしゃがみこんで視線の高さをなるべく近づける。

「喋れるか? 状況は判るか?」

 声色に温かみが欠けているが、反省する気もしない。

「あ、あの、仲間は……?」

 小さく震えながら、目尻に涙を堪えつつ、若い……若すぎる冒険者は俺を見上げている。

 ホントに、コイツは何でこんな所まで来たんだ?

 到底、危険に身を晒す覚悟が有ったようには見えない。

「仲間? お前、覚えてないのか? お前も見ていた筈だろう」

 どんなお花畑な理想を見て、こんな地面の下までやってきたのか。

 それとも、タイラーくんの言う通り、騙されたんだろうか。

 俺の言葉を受けて数秒、呆けていたその表情(かお)が痛みを耐えるように歪んでいく。

 続いてその喉から迸ったのは、それなりに声量は抑えた、それでも十分なほどの絶叫だった。

「シャーリ……! フランク……!」

 岩盤のような地面を掻き毟るように、バタバタと両腕を暴れさせ、仲間の名を呼ぶ。

 もう、答えなんて返って来ない、その名を。

 地面を殴る手も止まり、答えの無い呼び掛けもすぐに止む。

「死体は回収してある。街に帰ったら返してやるから、ちゃんと弔ってやんな」

 自業自得だろうが、騙されたのであろうが、どっちであってもこういう場面は遣り切れない。

 嗚咽を漏らすその頭に、ぞんざいでは有るが、仲間の死体を回収してある事は伝えてやる。

 ……仲間の死体を取りに戻る、なんて言い出されたら面倒だから。

「んで、お前さんはどこの街の出だ? 俺達はアルバレインだが」

 タイラーくんの記憶を信じるなら、コイツもアルバレインの筈だ。

 だけど、そもそもアルバレインには数日滞在しただけ、って可能性もあるし、もっと言えばタイラーくんの勘違いの可能性も有る。

 色々勘ぐるくらいなら、本人に聞くのが一番早いに決まっている。

「……わた、私もアルバレインです」

 ぐいと涙を乱暴に拭うと、眉根を寄せ、目元に力を込めて俺の方に顔を向ける。

 涙を零さないように、って所か。

 声や口調から察するに、コイツは。

「人様の事をどうこう言う心算(つもり)はねぇけどな? もうちょっと安全な仕事とか、なんか無かったのかよ?」

 俺自身がそうだし、今、後ろにいるジェシカさんもそうなのだから、うっかりとでも「女なのに冒険者なのか」なんて事は言わない。

 直接は言わないけど、結果同じ事になっちゃったけどな。

「はーい。イリスちゃんに、人の事は言えないと思いまーす」

 早速混ぜっ返しに来たな。

 ()ーか、酒呑んでねぇだろうなジェシカさんや。

「同感だ。むしろお前はもっと酒に集中しろ」

 多分腕組みして頷きながら言ってるだろう()が浮かぶのが非常に腹立たしいタイラーくんの声も聞こえる。

 お前はお前で、さり気なく別方向でこき使おうとするんじゃないよ。

 混ぜっ返しの所為で横道に逸れたが、コイツは女だった、って訳だ。

 まだ子供の範囲だと思うが、口に出すと多分後ろの2人がまた混ぜ返しに来る気がするので言及しない。

 どうせ俺だってガキにしか見えんよ、文句はリリスに言ってくれ。

 俺も言うから。

「まあ、そんな事はどうでも良い。アルバレインに戻るので良いんだな?」

 俺の後ろで、薄い気配が動くのが判った。

 タイラーくんが、特に気配を消すような理由も無いので普通に動いているのだ。

「お前を放っておく訳には行かない、俺達も戻ることになる。だが、その前に質問に答えて欲しい」

 ちらりと横目に見ると、タイラーくんはふらりと自然体で、だらりと身体の両側に添えられたその両手には、いつ抜いたのかダガー(得物)が握られていた。

 なんだよ怖えよ、なんで武器持ってんだよお前。

「お前達が、こんな所まで来た理由はなんだ? ノービスを抱えた駆け出しが、背伸びで済む冒険では無い筈だ」

 言いながら、タイラーくんは俺の隣にしゃがみ込む。

 その腕は膝に乗り、手に持つ武器が、嫌でも目に入る。

 冒険少女は震えを抑えることが出来てない。

 ……うん、仮面で冷たい声の冒険者につっけんどんに対応されたり、無表情な冒険者が両手にダガーもって迫ってきたらそりゃあ怖かろうなあ。

 特に後者。

「答えて貰おう」

 さり気なく右手のダガーを持ち直し、チキ、と小さな音がなる。

 ……普段そんな音のするような手入れなんぞして無ぇだろうに、なんか細工しやがったなこの野郎。

 そーいうのも圧迫面接の範疇に入っちゃうんだぞ?

 いや寧ろ、武器を使用した脅迫だな。

 コレは尋問術のひとつなのか、拷問術の前段階なのか。

 判断がつかないし怖いから聞けない。

 止めてやりたい気持ちが湧かなくもないが、俺はそれをぐっと堪える。

 ……俺にも、何かこう、尋問とかに使えるスキルは無いものかなと思うが、ゲーム由来のスキルの方は戦闘用しかないし、こっちで覚えたスキルやら魔法やらはほとんどが生活魔法だ。

 パルマーさんに感謝だけど、今この場面では全く役に立たない。

 そんな訳で、俺はタイラーくんの隣で、無言で威圧する事に。

 微妙に魔力を放出させるイメージで、冒険少女を見つめる。

 まあ、仮面の所為で、俺の視線なんて判りゃしないだろうけどな。

「私、私達は、ホントは薬草を採りに行く予定だったんです」

 震えながら、なんとか声を押し出す。

 その目は俺とタイラーくんとを忙しなく行き来していたが、語るにつれて視線は下がり、地面を見がちになる。

 その都度、タイラーくんは視線を上げさせ、気がつけばタイラーくんと見つめ合う形で話している。

 ……まあ、目を見ながら話すことで、真偽を図るひとつの目安にしているんだろうな。

 それ以外にも、俺の知らない、思いつきもしないテクニックを幾つも使ってるのかも知れないけど、さっぱり見当もつかない。

 そうなると俺に出来ることは、訳知り顔で偉そうに見据えてやるくらいなのだった。

 

 

 

 結論から言えば、タイラーくんの読みが正しかった訳で。

 それはそれで苛立ちが募る。

 

 要約すると、アルバレイン近くで薬草採取してるところで三下系小悪党に唆され、冒険に憧れるノービスの仲間2人に引っ張られる形で、ホイホイとこんな所まで来たのだという。

 ダンジョンまでで1週間。

 食事はどうしたかと聞けば、簡単な食事は小悪党が用意したらしく、後は小動物を狩ることも出来たのでどうにかなったという。

「小動物を狩れない誰かよりは、よほど有能だな」

 うるさいな、俺は狩れないんじゃなて、狩ると灰か消し炭にしちゃうんだよ。

 肉とか素材が全く獲れないだけだから、別に良いじゃねぇかこの野郎。

 混ぜっ返し泣きそうになったのは兎も角、ダンジョンに着くまでにあれこれと親切にされたことですっかり気を許してしまったらしいが、2階層――さっきの場所だろう――で突然ノービスの1人が刺された。

 それを見たもう1人が悲鳴を上げ、それに反応した魔物がわんさと寄ってきた所で、気がつけば小悪党の姿は無かったという。

 1人がバラバラで、何ならパーツが幾つか欠損してたのは、血の匂いに釣られた蟲に集られた結果だったらしい。

「……そいつが奥に行ったのか、一旦脇道に退避して俺達と入れ違いになったのか。その辺りは不明だが、このダンジョンで目的を果たすために囮に使った、という線が濃厚だろうな」

 タイラーくんの辿り着いた結論に、俺も同意だ。

 復讐とかの犠牲になるには、この子はちょいとばかり人が良すぎる。

 騙されたと言う方がしっくり来る程度には。

 勿論、この冒険者が嘘を付いている可能性はあるが、タイラーくんが目を見て対峙したのだ。

 得物(武器)をチラつかせていたのは「嘘を()いたら、判ってるな?」っていうアレだろう。

 本気かフリかは別として、そういう意図はあっただろうし、それ抜きにしても無表情なタイラーくんは普通に怖いだろうと思う。

 うん、嘘なんか()いたら、ホントに攻撃してきそうな気配はあるな。

 そんな感じでタイラーくんが判断した訳だから、俺は冒険少女じゃなくてそのタイラーくんを信じるのだ。

「こりゃあ、ブランドンさんかハンスさんに相談する案件じゃねえのか?」

 信じるからこそ、俺は言う。

 本人が復讐したいなら止めないし好きにすりゃ良いけど、それとは別に報告する必要はあるだろう。

 そう思う俺に、タイラーくんが頷いてみせる。

「報告する他ないだろうな。寧ろ、その男はまだこのダンジョンか、出ているとしてもこの近辺だろう。追い抜いて先に帰れるなら、色々と手も打てるだろうな」

 そう言ってから、ふと表情を曇らせる。

「……そいつがアルバレインに戻るなら、だが」

 まあ、そうなんだよね。

 必ずしもアルバレイン所属とは限らない。

 だけども。

「どうせアレだろ? ギルドカードはどの街の冒険者ギルドでも共通なんだろ?」

 俺達はとっくに冒険少女を包囲から開放し、腕組みで面を突き合わせたまま突っ立って意見を言い合っている。

「そんで、ギルド間の連絡は、ある程度素早く出来るんだろ? 良く判らんけど」

「ああ。お前の考えてることはなんとなく判るが、それでもなるべく早く戻りたい所だ。つまらん工作をさせる時間を奪いたい」

 俺の意を汲んで、頷きつつも急ぎたい理由を述べてくれるタイラーくん。

 冒険者ギルドに報告して、この冒険少女が嘘を()いてないと判定されれば、後は冒険者ギルドが動くだろう。

 どうやって判定するかは知らないけども。

 そんな俺の言いたいことを理解してくれたのは助かる。

 だけど、タイラーくんは知らないから色々と考えを巡らせている。

「急いで帰ると言っても……ダンジョン(ここ)を出て、それから街まで飛ぶとしても、1人増える事でお前の負担がどれほど増えるのか、俺には想像できん」

 腕組みしつつ、非常に珍しいことに俺を気遣ってくれているご様子。

 普段から気遣って欲しいもんである。

「だが、時間は惜しいからな。少し無茶をして貰うことになるが……頼めるか?」

 コイツが俺に頼み事?

 背筋が寒くなったぞこの野郎。

 だが、気持ちが判らなくもない。

 なるべく急いで帰って、小悪党を潰してやりたいってトコだろう。

 俺だってそんなもん、同じだ。

 だけど、これからダンジョンを出て、テレポート連打は拒否させてもらう。

「そいつはノーだ」

 俺の返事に、何言ってるんだコイツは、という顔を即座に返すのはやめろ。

 せめて、空白を一瞬でも良いから挟め。

 そう思いつつ、しかし俺はタイラーくんが何か言う前に口を開く。

 

「そんな手順踏まんでも、帰りは一瞬なんだよ」

 

 今度こそ、タイラーくんが驚いた顔をした。

 やったぜ。

「は? 意味が判る様に説明しろ。そんな夢を見た、とか言う話では無いだろうな?」

 なんと言って良いのか理解(わか)らない、そんな顔で言い募るタイラーくん。

 ちょっと離れて聞いていたジェシカさんも、流石にぽかんとしている。

「夢って、あのな……。いやまあ、パルマーさんトコで、珍しいからってな?」

 言うに事欠いて夢とかこの野郎。

 そんな事、真顔で言う訳ねぇだろうが。

「ポータルのスクロール買って、覚えた」

 

 拠点設定(ポータライズ)の魔法スクロール(学習型)、金貨500枚也。

 

 高かったけどポータル移動便利だし、なんかそういうの憧れるし、迷わず購入。

 勿論、試運転はしてある。

 毎日の棒振り剣術、あれの帰りに使っているのだ。

 屋敷の庭先をポータライズしてあるので、帰りだけは一瞬で大変便利。

 そのうち、領都辺りにもポータルを設置しようか検討中である。

 

「お前は……なんでそういう大事なことを黙っていたんだ」

 さり気ないドヤ感を醸し出す俺に、表情を消したタイラーくんが詰め寄る。

「聞かれなかったから」

 こういう場面の定番の返しは、だが、タイラーくんはお気に召さなかったらしい。

「そういう事は事前に申告しろ、このたわけ!」

 結構マジなトーンで怒られた。

 え、だってお前らだって割と好き勝手やってる系じゃん。

 なんで俺がスキルの取得を申告しなかっただけで、こんなに怒られてるの?

 

 納得行かぬ。




事前の報告も、とっても大事


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悪い大人たちの輪舞曲

呑気な魔石収集行から一転、なんだか面倒臭い事に。


 後出しで新魔法取得をドヤ顔で申告したらすげえ怒られた。

 どう考えても納得行かないので、誰か俺を慰めつつ甘やかして下さい。

 

 

 

 非常に戴けない雰囲気でギャースカ言い合う俺とタイラーくん、それをにこにこ眺めるジェシカさん。

 そんな俺達に慄いたのか、うっすら涙目で見上げながら言葉もない冒険少女。

 

 ……なんだこのカオスな空間。

 

「……もう良い、説教は帰ってからだ。すぐに戻れるのなら、戻るぞ」

 もう良いとか言いながら、帰ってからまだ説教する心算(つもり)のタイラーくん。

 だいぶお冠なご様子ですが、お前、続きは、じゃなくて説教は、って言い切ったな?

 此処までのアレコレは説教の範疇ではないと申すかこの野郎。

 やだよ(こえ)ぇよこれ以上の勢いで説教されるのかよ。

 超帰りたくねぇよ。

 

 そんなこと言った所で帰るしか無い訳で、俺は渋々ポータルの起動準備に入る。

「行き先は、アルバレインのどの辺りなんだ?」

 そんな俺の様子を見ていたタイラーくんが、思い付いたように質問してくる。

 どこったって、そんなもん、(えん)所縁(ゆかり)も無いトコに作ってもしょうがないだろうに。

「ウチの庭の隅っこだよ」

 場合によっては、帰ってすぐ風呂に入りたいとか有るからな。

 慣れないトレーニングで汗まみれになったりとか、色々ね。

 自分の部屋と迷ったけど、無難に庭先にしたわけだ。

「……お前という奴は……。他に、新規で取得した魔法は無いんだろうな?」

 腕組みまでして、お前は俺の父ちゃんか兄ちゃんの心算(つもり)か。

 どっちかってーと、兄ちゃんだな。

 よく喧嘩するタイプの。

「幾つか生活魔法を仕込んだけど、大掛かりなのはこんなモンだよ。ってか、覚えた所でなんでお前に報告せにゃならんのだ」

 口を尖らせて言うと、即座に伸びてきた手が俺の右頬を抓り上げる。

「旅程のプランが変わるからだ、この大たわけ。今回もどれだけの果物が無駄になったと思ってるんだ」

痛えよ離せこの野郎(いへえよはなへこのやおお)! 全部お前の都合じゃ無ぇか(へんふおはえのつほうじゃねえは)!」

 全力で持ち上げやがって、ほっぺたがキャストオフするだろうがこの野郎。

 誰得だよそんなグロ画像。

「……ああ、そういや元々探査魔法を持ってるから使ってなかったけど、上級探知とか言うのも覚えたな。使い所なんて有るのかね?」

 開放された所で思い出し、口元に指を添えつつ言ってみた所で脳天に拳骨が降ってくる。

 コイツ、なんか急に体罰解禁しやがったなこの野郎。

「そういう便利魔法はもっと活用しろ。なんでそんなのが有るくせに、初級の探査しか使わないんだお前は」

 しかもなんか、言ってることは妙だし。

 誰の探知能力が初級なんだこの野郎。

 いやまて、その前に。

 今コイツなんて言った。

「探査範囲が駆け出し冒険者のソレとは比較にならないが、お前の能力から言うと狭すぎる。しかも、敵の種別も判断出来ていない。他にも、お前の口振りだと、罠や鉱物、アイテム類の有無も判らないのだろう?」

 俺がブツブツ文句を言うと、俺の額を指先で(つつ)きながら、タイラーくんが捲し立てる。

 そして此処でも、コイツは。

「なんだよ、()()なんてそんなもんだろうが。敵の種別が判るくらいならまだしも、そんな広範囲に高性能なモンなんぞ有るのかよ」

 あのゲームですらそんな便利なもんないのに、そう言いかけてぐっと飲み込む。

 言った所で伝わらないだけならまだしも、この妙な所で勘の良いコイツの事だ。

 踏み込んで問い詰められたら非常に面倒臭い。

 ソレに、気になることも有る。

 だから俺は、敢えて言い間違えてみせる。

 探査と、探知。

 俺は同じモノだと思い込んでいたし、ゲーム由来の能力のほうが上だと――攻撃魔法の威力的にも――思い込んでいたので、若干の納得のいかなさも合わせて確認しようと思ったのだ。

「中級以上の探査なら敵の種別も凡そ判断がつく、ソレすら出来ない上に、範囲もそれ程広くない。そもそも、お前が覚えたのは『上級探査』ではなく『上級探知』なのだろう? 範囲的には探査の方が一般的には広いが、識ることの出来る情報は探知の方が深い。それに、範囲は使用者の魔力に比例する」

 そんな俺に呆れたように首を振ると、滔々と説明してくれるタイラーくんだが、すまない。

 ちょっと意外な情報は知れたものの、俺の疑問の根本の答えになっていない。

「待て待て待って、ちょっと待って。あのな、探査と探知って、同じ魔法じゃないのかよ」

 タイラーくんの口振りだと、どうやら違うものらしいのだが、俺には違いが判らない。

 一瞬呆けたような顔を見せたタイラーくんが咳払いして口を開こうとしたその時に。

「あのね、良いかしら?」

 相変わらずのんびりしているのに、どこか不穏な空気を纏った声が俺達の動きを止める。

「イリスちゃんの探究心も判るし、タイラーが教えたがりなのも知ってるんだけどね?」

 恐る恐る、俺は視線を声の方に向ける。

「やる事も有るんだし、帰れるのなら、まず先に帰りたいんだけど?」

 口元はにこやかなのに、目元が全然笑っていないジェシカさんが、俺達を見ていた。

 

 

 

 探査は範囲内の情報を探る、探知は範囲内の情報を知るもの。

 大まかだけど何か有る事を知ることが出来るのが探査、其処に有るものが何かまでを知ることが出来るのが探知、らしい。

 なにそれ、探知のほうが良いじゃん。

 ゲーム由来の能力の限界を超える魔法が有る事に驚いたり、それじゃあ俺、初級探査(ディテクト)を覚えた意味は? とか考え込んでしまったり。

 いや、アレはパルマーさんセレクトのお得セットのひとつだったから、まあ良いけど。

 そんな事を教えて貰ったり考え込んだり出来たのは、ある程度コトが落ち着いた後の話だ。

 お怒り数秒前のジェシカさんにトラウマを刺激された俺は急いでポータルを起動し、タイラーくんも其処からは特に文句を言うこともなく、俺達は無事にアルバレインの自宅の庭に帰還を果たす。

 約1名は、ウチの関係者じゃないけどな。

 そんな部外者を冒険者ギルドまで連行し、居合わせたブランドンさんとハンスさんを捕まえて事情を説明。

「……そんなコトでホイホイついて行ったのか、お前の危機感はどうなってるんだ!」

 なんて説教食らって縮こまっている冒険少女を多少不憫に思いつつ、俺達は俺達で得られた情報を整理していた。

 ブランドンさんの説教が、若干こっちに向いてる気がするのは気のせいだよな?

「こっち、じゃなくてお前にも言ってるんだ。お前はもう少し危機感を持て、このたわけ」

 だからなんでタワケ呼ばわりなんだこの野郎。

 危機感なんてモン、いつでも抱えてるってんだよコンチクショウ。

「まあ、ソレについては今更だがな」

 そんな結びの憎まれ口を叩いて、タイラーくんは冒険少女こと、レベッカの方へ目を向ける。

 この街では珍しくもない、孤児院出の冒険者。

 クラスは軽戦士。

 なんとなく想像つくものの、軽戦士とはなんぞやと訪ねてみれば、珍しく素直にタイラーくんが教えてくれる。

「ああ、軽戦士は割と珍しいからな。戦士や重戦士は割と居るが」

 ということで、戦士系職業の一種では有るものの、軽量装備で機動力を重視した戦闘スタイルで、防具も駆け出しだとレザー系の防具や、上級になると魔銀鉱(ミスリル)なんかのお高くて軽い金属を使用した装備が人気なのだとか。

 (あいだ)が無いのかよ。随分金の掛かりそうな(クラス)だな、おい。

「勿論、レザー系に金属プレートを貼り込んだもの等も人気だ。まあ、そういった特性上防御力は高くはないが、その機動力は侮れない。鍛えているものならば、斥候(スカウト)に引けを取らん」

 素早い戦士とか、相手にするのは厄介そうだな。

 ウチの連中もそうだけど、例の悪食戦のお陰ですばしっこい奴に物凄く苦手意識が出来ちまった。

 そんな厄介な軽戦士は、オーソドックスに片手剣と軽めのバックラーなどが人気の装備らしいが、片手剣を2本、それぞれ両手に持ったり、かと思うと重戦士並みの両手剣を持って走り回る変わり者も居るとか。

 しかし、ダガーを使う者は殆ど無いらしい。

「ダガーを使うと、斥候(スカウト)と間違えられるから嫌なんだそうだ」

 嫌とか、また随分と可愛らしい理由だなおい。

「ついでに言えば、魔導師(ウィザード)は普通は貴族に雇われるか、王宮やらに連れて行かれる。冒険者なんてやっているのは余程の訳有りか、変わり者だな」

 思わぬ所から、ご同業を見かけない理由も語られる。

 うへえ、貴族様とか王族とか、そんなもん相手してられるか。

 ……一応、俺も元貴族って事になってるんだけどね。

 勿論知っての通り嘘なんだけど、領主様が後ろ盾になってくれるに当たって考えてくださったカバーストーリーだ。

 こんな育ちの悪い貴族なんて居るわけ無いんじゃ? って言ったけど、領主様は笑ってはぐらかした。

 ……居るのか。会いたくねぇな。

 いやまあ、正統がリリスで、俺は家を継ぐ資格がないって事だったら……いや、それでも無理しかないだろう。

「……まあ、そんなもんかね。俺も訳有りの範疇だしな」

 胸中の複雑な蟠りを飲み込みつつ言えば、黙り込む身内2人。

 黙り込むだけならまだしも、顔まで見合わせる。

「お前は変わり者の方だろう?」

「イリスちゃん、あんまり見栄をはるのは良くないと思うわよ?」

 こいつら……。

 噛み付いてやりたいのは山々だが、此処は堪えて咳払いで流す。

「まあ、それはともかく。レベッカの身柄は暫くはギルドで面倒見て貰えるらしいが、その、なんだっけ?」

 続く単語を脳内で探すが、ついさっき聞いたばかりな気がするのに出てこない。

 なんだっけか、でもまあ良いか。

「えーっと、小悪党を捕縛するまでは油断するな、だっけ?」

 レベッカ一行を騙した小悪党の名前が出てこないのはご愛嬌として、そいつが単独で動いてるのか、それとも集団のうちの1人なのか、ソレすらも判明していない。

 元々悪い噂の有った冒険者グループの1人らしいが、此処最近の冒険者規約の改正で勢いを無くすどころか構成員の大部分が労働奴隷落ちし、残ったケチな小悪党がまともなシゴトも出来ずに安易に新人を騙した、ってトコらしい。

 ただダンジョン内で見殺しにしただけだったらまだ「自分の身の安全を確保した」で通ったらしいが、刺した上に魔物やらを呼び寄せ、ソレに紛れて姿を消したとなれば言い訳は効きにくいらしい。

 それでもなお端切れの悪い言い方にもやもやするが、この際置いておこう。

「各地の冒険者ギルドに指名で捕縛命令が出たからな。レベッカの証言は魔道具まで使って裏を取っているんだ、向こうが何か言い訳をする暇もない」

 嘘を()いてるかどうか確認する魔道具と聞いて、俺は例の「心臓が飛び出して破裂しちゃうアレ」を思い出してドキドキしたが、そんな物騒な物は使用せず。

 なんか模様付きのマウスパッドみたいなものにレベッカが手を置き、それと接続された水晶の置物みたいな奴が質問の答えに反応して赤かったり青かったりと喧しく光っていた。

 あれで嘘かどうか判るんだとか。

 嘘でえ、そんなもんで判るもんかよ。

 なんて茶化したら、レベッカの後に試してみることになった。

「嘘を付けば水晶は赤く、正直に答えれば青く光る。質問には『いいえ』で答えろ、良いな?」

 なんとなく楽しそうなブランドンさんが俺の目を真っ直ぐに見る。

「いいえ」

「まだ質問してないから『はい』で良いんだよ、この……!」

「良いな? って聞いたじゃねぇかこの野郎」

「文脈を読め、少しは察しろこの馬鹿!」

 なんかちょっとイラっとしたので、わかりやすい嫌がらせをしたら怒られた。

 咳払いをして、ブランドンさんが質問を開始する。

「自分の胸のサイズは姉より大きい」

 ……。

 第1問からセクハラたぁ、良い度胸じゃねぇかこの野郎。

 大体、俺とリリスは完全同スケールだ。

 大きいも小さいも、揃って小さいんだよ言わせんなよチクショウ!

「いいえ」

 答え切る前に真っ赤に染まる水晶。

 ちょっと待てや。

「赤く光るってことは、多少なりとも大きいと思っていると言うことだな? タイラー、これはリリスに報告する案件だと思うが?」

 いやいや待て待て、おかしいだろうが。

 俺は大きくも小さくもない、とは思ったし、そういう意味でなら赤く光るのは判らなくもない。

 だけど、俺は決して自分のほうが大きいなんて思ってない。

 水晶が回答者の思考に素直に反応する事はよく判ったけど、見極める方が勘違いしたり邪推したり、そういう危険は間違いなく有る。

 これ、思った以上に冤罪を生むぞ⁉

「そうだな。これは報告しなければいかんな」

 何が腹が立つって、こいつら。

 多分、この反応の理由を正確に理解してる。

 その上で、遊んでやがる。

 その小憎らしいニヤケヅラは間違いないよな⁉

 

 割と真面目な、というか冒険者の犯罪の話の筈が、何故か遊び始めた馬鹿3人。

 結論から言えば、ジェシカさんとハンスさんに怒られて説教されました。

 

 

 

 どうにも話に身が入らず、おちゃらけ気味で怒られた俺だけど。

 レベッカの現状が心配じゃない訳ではない。

 何しろレベッカの話に嘘がない事は確認されたし、実際に名前も思い出せない小悪党が1週間ちょっと前から姿が見えない事も他の冒険者の話から判明した。

 そうとなればもう俺がレベッカに冷たく当たる理由は無いんだけど、良かったね、とは行かないのが現実ってやつで。

 

 レベッカが無事に帰ってきて、レベッカの仲間の死体はギルドに保管されて葬儀待ち。

 そしてレベッカの証言で小悪党が奴隷落ち確定の手配済み、そんな話が小悪党本人や小悪党の仲間の耳に入ったら。

 レベッカが下らない報復の対象になりかねない。

 じゃあどうするか、という話になる訳だけど。

「お前んトコが後ろ盾になるとか、いっそお前のクランに入れたらどうだ?」

 ものすごく適当に、ブランドンさんが言う。

「あのな。ウチとしても即答出来ないし、本人が入りたいと思わなきゃ意味ないだろうが。それに、新興のクランが後ろ盾になった所で、どの程度役に立つか判らんだろ」

 溜息混じりに言ってやると、俺の隣でタイラーくんが腕組みしながら頷いている。

「俺としても、ウチのメンバーになるのは構わんし、後ろ盾になるのも問題ない。だが、イリスの意見に同意で、ウチが後ろ盾になったからと言ってそれが抑止力になるとは思えん」

 タイラーくんはレベッカのクラン入りは問題ないらしい。

 まあ、さっきの受け答え見たら問題無さそうだったけどさぁ。

 ちょっとは勿体ぶろうぜ。

「とは言うがなぁ。仇成(あだな)す者を2人も()ったクランだぞ? 正面切って対立する度胸のある野郎が、どれほど居ると思ってんだ」

 ちょっとまてギルマス。

 言い方が良くない、直接()ったのは1人だし、()ったのはリリスだ。

 残りは一応捕縛してるんだよ。

 結果死罪だし、あんま変わらんと言えばそうなのかもだけど。

「……それだって、噂だと流して終わりな馬鹿も居るだろうよ。はっきりと、手を出したら終わり、そう思わせる何かが欲しいよな」

 言いながら、窓の外に目を向ける。

 そんなモン、そうそう有る訳ないし、あっても一介の冒険者に縁がある筈もない。

 ウチのクランなんかより余程大きな。

 この街そのものか、いっそ領主様が出張ってきそうな何か。

 そんな都合の良いもの……。

 

 窓の外から吹き込む風に吹かれて、俺は思い当たって思考を止める。

「ブランドンさんよ」

 思いつきにしても無理があるから、提案したものか迷う。

 だけどまあ、ひとつの案として言ってみるのは有りだろう。

「あ? なんだ、何か碌でもない事でも思いついたか?」

 ……なんだってこう、俺の周りには一言も二言も多い奴が集まってくるんだ。

 露骨に舌打ちしてから、口を開く。

「いやあ、ゴブリン村の酒造所だけどな? あれに冒険者ギルドからも人回したら、領主様に良いアピールになんないかな」

 俺の言葉に、顔を見合わせるブランドンさんとハンスさん、そしてタイラーくん。

 さりげに混ざるな、陰険メガネ。

「いや、判ってんだよ、衛兵を態々増員してくれて、防犯方面に人を回してくれてるのは。だけどさ」

 何か言いたいところを遮る風に言っているが、実際には誰も口を開こうとしていない。

 ちょい寂しいけど、まあ良い。

「例えばそうね、ウチとゴブリン村、それと冒険者ギルドと商業ギルドの間で連絡役やってくれる、そんな人材がいれば便利じゃない?」

 この辺で、何かに勘付いたらしい3人が、短く視線を交差させる。

 そして俺の視線を受けて、悪い顔で笑うブランドンさん。

「そうだな。ウチやら商業の方からの発注や生産の確認も、専属がいれば早いな。衛兵の方とも連絡取って、防犯の方に人を回すのも出来なくはないしな」

 話が見えていないらしいレベッカが、忙しなく視線を周囲の悪い笑顔の群れに走らせる。

「そうなると1人に任せる訳には行かないな。複数を使うとして、どうしても纏め役は必要になるか」

 わざとらしく腕組みして、ハンスさんが言う。

「纏め役ともなれば、一介の冒険者を使うわけにも行かないだろ。いっそギルドの職員を当てたらどうだ? 新人でも採用してよ」

 なんだか楽しくなってきた俺がニヤニヤ笑いながら、ジェシカさんに目を向ける。

「そうねえ。その新人さんが住む家が無いとかだったら、私、紹介できるかも知れないわねえ」

 悪ノリのジェシカさんが言うと、タイラーくんも悪そうな顔で乗ってくる。

「そうだな。そうすると」

 態々言葉を切り、レベッカに顔を向ける。

「領主様に縁のあるクランの世話になっている新入りのギルド職員が、ゴブリン村の酒造に絡んで忙しくなる、という訳だ」

 まあ、ウチの部屋を貸すのは問題ないし、今回は特例だ、クラン(ウチ)に入らなくたって別に良いよな?

 まだ、俺達が何を言っているのか判っていない顔のレベッカ。

 そのレベッカの目を見ながら、ブランドンさんが念を押す様に口を開く。

「領主様とも繋がりが有ってウチの職員で、ゴブリン村の酒造りに関係してる人間を襲うって事はつまり、関係者全部敵に回すって事だよな」

 大雑把だし大袈裟な言い分だけど、傍からから見たらそうなるように話を持っていった。

 そんな俺だけど、考えてみたらなにそれ超怖い。

 流石に理解できたらしいレベッカが、降って湧いた大きすぎる話に硬直する。

 うん、まあ、そうなるよね。

「まあ、小物共の相手なら、イリスの名前を出すだけでも効きそうだけどな」

「ンな訳あるか、俺を何だと思ってんだ」

 楽しそうに混ぜっ返すブランドンさんに、面白くもない調子で返してやる。

 俺にそんな影響力が有る訳ないだろ、Cランク冒険者随一の目立たなさを舐めるんじゃないよ。

 そんな憮然とした俺に、レベッカが驚いたような顔を向けてくる。

 え? なに? その過剰な反応。

 ヤな予感しかしないんだけど?

「イリス? イリスって、あの、ノスタルジアのクランマスターの、狂犬イリス⁉」

 予想以上の反応にげんなり顔の俺を怯えた顔で見るレベッカは、周りで肩を震わせている4人には気づいていない様だった。

 

 ()ーか、ホント誰だよ、俺を狂犬とか呼び始めた奴は!

 

 

 

 安全の確保の為と、仲間の葬儀が決まった時に連絡が取りやすいようにと、一時的にウチに引き取ることになったレベッカを連れて、屋敷に戻る。

 どうも第1印象を引き摺ってしまい、慣例に則って「レベッカちゃん」と素直に呼べない俺だけど、まあ、時間が解決してくれる事を祈ろう。

 昇格目前のFランク冒険者からギルド職員に採用され、イキナリの話に気持ちが付いてこない様子だけど、それもまあ慣れて貰うしか無い。

 小悪党とその一派を一網打尽に出来たら、こんな面倒な事しなくても良いんだけど。

 それは置いても、ウチと各ギルド、それとゴブリン村を繋いでくれる人間、或いはチームが欲しかったのは事実なので、この際はレベッカを中心に、そういう人間を集めて貰おうと思う。

 

 冒険者ギルドの事務所を出ようとした時に、俺だけ呼び止められ、ギルドマスターと(サブ)マスターに呼び止められ、言われたこと。

「冒険者とは言え、殺人は見逃し難い。だが、冒険者には喧嘩が付きものだ」

 あんまりな言い草に、げっそりと肩を落とす俺。

 

 難癖つけて、ドサクサで()れってか。

 とてもギルマスのお言葉とは思えない。

「……喧嘩はしても、俺には殺しの度胸は無ぇよ」

 肩を竦めたまま、俺は冒険者ギルドを後にする。

 

 その度胸が有れば、悪食をみすみす逃がす事は無かったし、その後の惨劇も産まなかっただろう。

 狂犬とか呼ばれてるらしい俺の真実は、その程度の小物という事だ。

 

 殺し(それ)が出来れば、俺は気を病まずに済むんだろうか。

 とてもそうは思えないが、それをしなければ仲間を守れない場面が有る、そう考えると溜息しか出ない。

 

 人の命が思った以上に軽いこの世界で、妙に「過去の常識」に囚われたままの俺は、いつか仲間を見殺しにするのだろうか。

 それが嫌なら、俺はこの世界に染まるしか、無いんだろうか。

 

 考え込んでしまえばドツボにハマるしか無いと判っている事から目を背け、俺は外で待っている仲間達の環に飛び込む。

 まあ、今回は冒険者ギルドが動いてくれてるし、俺は火の粉が飛んで来たら払い除ければ良いだけだ。

 取り敢えずはレベッカを保護する目的も有るし、荷物を持ってこさせて、部屋でも決めるかね。

 ギルド職員予定だけど、ウチのクランに入るのはギルマス的に構わないらしいので、その辺の事も確認したいし。

 あと、3日程身体を清めると言えば洗浄(クリーン)頼みの生活だったので、風呂にゆっくり浸かりたい。

 リリスの学習の方の経過も気になるし、子供たちも元気で居たか心配だし。

 色々考え始めるとソワソワし始めて、とっとと屋敷に帰りたくなってきた。

 

 今日ばかりはグスタフさんの誘いを揃って断り、家路を急ぐ俺達。

 珍しい事も有るもんだけど、まあ、そんな事も有るよね。

 

 明日から激烈に忙しくなる予定のレベッカに微かに同情しつつ、のんべんだらりのダメ冒険者ライフを取り戻したい俺は、なんとなく空を見上げるのだった。




思いがけず増える仲間と、悪い大人たちの悪い会話。
色々考え込んじゃうと、ついつい空を見上げちゃうよね。


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お説教と掃除の準備と

サブタイトルとかタイトルって、付けるの大変ですよね。
本文すら湧いて来ないって言うのに……。


「随分とまあ……」

 報告を聞きながら、ソレと判るほど不機嫌な声でリリスが机に頬杖しながら俺に目を向ける。

 そんな姉に報告する俺はと言えば、絶賛正座真っ最中な訳で。

 

 ……俺、正座させられる率が高くないか?

 そんなに悪い事したか? 俺?

 

「楽しそうな事してるじゃない? 私が四苦八苦してたって言うのに?」

 お前それは自業自得だろう誰も頼んで無いぞ、とか。

 誰が好き好んでトラブルに首突っ込むか、とか。

 

 思った所で、怖すぎて口に出せない。

 

 思った以上に時間魔法の習得に手こずっているのだろうか?

 タダでさえイライラしてたらしい所に、リリス視点では――こっちはソレどころじゃなかったが――楽しそうな事をしてた俺達に随分とご立腹のご様子だ。

 ……いやちょっと待って、その割に正座してるの、俺だけなんだけど……なんで?

 そんな俺の疑問は当然のように無視される訳だけど、魔法の取得に思いの外時間が掛かっているらしいのは俺にも予想外だった。

 リリスでその有様だと、俺なんかじゃあとても理解できる物ではないだろう。

 元々他人事感全開だったけど、より一層その思いが強くなる。

 最早、俺には無縁の領域だ。

「いやまあ、その、もっと簡単で、起伏のない魔石採取の予定だったんだよ?」

 俺達が集めた魔石はレイニーちゃんに渡してある。

 俺は頼まれた量ギリギリだと思っていたが、元々「コレくらい有ればだいぶ余裕がある」ってラインの発注だったらしく、大変喜んで頂けたご様子。

 んで、レイニーちゃんは報酬を、と言っていたが、俺は立場上クランマスターなんて張ってる訳だし、クランメンバー、しかも稼ぎ頭から無闇に金を毟るのは何か違う気がしてそれを辞退。

 

 この、自分の体面を守るだけの考えから俺名物の迷走が始まった。

 まず、俺が報酬を受け取らないとしても、一緒に行ったタイラーくんとジェシカさんには報酬は払わなきゃマズいし、俺が受け取らないって言ってるのに、レイニーちゃんに出させるのはどうかと考えてしまった。

 一方で、クランメンバーでもそういうのはきちんとさせなきゃいけないとも思うし、でもでも、なんてぐるぐるグダグダと色々考えた挙げ句。

 今回は俺が2人に報酬を出す、なんて大見得を切ってしまった。

 するとまあ、その発言がリリスだけでなく、報酬を受け取る側のタイラーくんやジェシカさんの逆鱗に触れたらしい。

 報酬(かね)絡みの事は、身内であろうと線を引いて、きちんと対処しろと。

 (クランマスター)が率先して報酬を()()()()にしてしまうと、下に付いてるメンバーが身内からの依頼(クエスト)で報酬を受け取り難くなってしまう。

 依頼(クエスト)を出したレイニーちゃんにも失礼な事だし、ソレは完全に俺の判断が悪い。

 そんな事を口々に捲し立てられ、気がついたらこの有様(せいざ)だったわけだ。

 

 うん、ちゃんと思い返せば、怒られる理由と俺だけが正座させられてる理由がすごく良く理解(わか)るね。

 

「まあ、ダンジョンでのトラブルの件はイリスを責めないでやってくれ。流石にあんな事は予想出来ん」

 溜息の上に肩まで竦めて、タイラーくんが珍しく俺のフォローに回ってくれている。

 珍しいっていうか、これはアレだろ、後で絶対酒をせびってくるヤツだろ?

「別に責めてる訳じゃないわ。私があれこれ四苦八苦して苛々してた間に、なんだか楽しいことに遭遇してたって言うのが羨ましかっただけよ」

 そんな事を言いながら、頬を膨らませてみせるリリス。

 素直な感想ありがとう。

 だけどな、お前はどうか知らんが、俺にとってはひとつも楽しくなんか無かったぞ、「事件」に関しては。

 

 いい加減足が痺れてきたし、俺が悪い部分に関しては心底から反省しているので、もうそろそろ正座から解放して欲しい。

 そんな俺ですがみんなはどう?

 

 

 

 レベッカ……ちゃんの加入に関しては、リリスには特に問題は無いらしい。

 寧ろ俺を狂犬呼びしたのがツボったらしく、若干お気に入りになっている感すら有る。

 ……お前は俺をどういう存在にしたいんだ。

「まあ、事情は判ったわ。それに、クランのマスターはイリスなんだもの。イリスが決めたことなら、私に異論はないわ」

 そう言いながら、リリスは椅子から立ち上がる。

 随分と物分りが良いと言うか、なんと言うか。

「ウチのクランに入るかどうかはレベッカの意志ひとつだけど、入りたいんなら俺は拒否しない、ってだけだぞ?」

 なんかそんなリリスを見てると俺の行動が正しいのか不安になってしまい、思わず情けない声を上げてしまう。

「だから、そのアンタの決定を尊重する、って言ってるのよ、馬鹿ちゃん」

 そんな俺に呆れた声を投げつけてくるリリス。

 視界の端っこで、ジェシカさんがしきりに頷いているのが見える。

 えっとジェシカさん、それは俺の決定を尊重する、って部分に対して頷いてるんだよね?

 馬鹿ちゃん、の方じゃないよね?

「そんな事より、キッチンへ行くわよ。パウンドケーキ作りましょ」

 大きく伸びをしながら、そんな事を言い出すリリスに、俺はきっと間抜けな顔を晒してしまっているんだと思う。

 そんな俺の視線を受けたリリスは不機嫌そうな顔を一転、悪戯っぽく笑うと、黒ずんだ小枝のようなモノが浸された、濃い琥珀色に染まった液体が満たされている小瓶を俺に見せつけてきた。

 一瞬ウィスキーかと思った俺だが、中で液体に浸かっているのが鞘付きのバニラビーンズだと気づいた俺は更に間抜けな声を上げる。

 

「へ? おま、それ、バニラエッセンス? でもまだ時間が……」

 

 バニラビーンズをウォッカに漬け込んで、そんなバニラエッセンスが使えるレベルになるまで、環境にもよるけど凡そ2ヶ月。

 作ったのが約2週間前で、どう考えても計算が合わない。

 俺の戸惑いに、リリスは不敵に笑うのみだ。

 だけど、ソレこそが答え。

 リリスの勝利宣言なのだろう。

「え? なに、時間魔法、モノに出来たの? でもええ? お前、四苦八苦してるって」

 ついさっき、随分不機嫌にそんな事言ってたじゃん。

 

 どういう事なの。

 

「私は四苦八苦()()()、って言ったのよ、ちゃんと人の話は聞きなさい、馬鹿ちゃん」

 本日数分ぶり、2回めの馬鹿ちゃん呼ばわり。

 いや、慣れたから良いんだけどさ。

 って、「してた」って事は過去形?

「そうよ。でも、どうにかなったのは昨日のお昼前の事ね。全く、回りくどい書き方と無駄に抽象的な表現と、挙げ句にあちこち飛びまくる説明の所為で、理解に丸2日掛かったわ」

 俺の姉ことリリスの事を、俺は随分見くびっていたかも知れない。

 ドヤ顔で腰に手を当てて軽くふんぞり返って見せるリリスに、俺はそんな思いを抱く。

 手こずっていたその理由は、魔導書の記述の判り難さにあったらしい。

「えっと、表現がアレだったの? 理屈は?」

 底知れない思いで、俺は正座していることも忘れてリリスを見上げる。

「表現に関して言うと、私が書き直したら文章量が半分以下になったわよ」

 しれっと言いながら、リリスは手書きらしい紙の束を見せつけてくる。

 羊皮紙じゃなく、俺も見慣れた真っ白い紙。

 実は珍しくは有るものの、入手が困難って程じゃなく、パルマーさんトコのみならず、街の雑貨屋でも扱ってたりする。

 この世界の文明レベルがホントに理解(わか)らんけど、その理由は俺の夢である所為か、或いは「先輩方」の誰かの仕業なんだろう。

 遊戯札(トランプ)とかも有るしな。

「……因みに、内容は……?」

 勿論、馬鹿な質問だって事は理解(わか)ってる。

 リリスが編纂し直したのだ、文章を理解(わか)り易くしただけで、内容は変わりないだろう。

「当然、私が理解した事も盛り込んで、より詳しく、理解(わか)り易く、より深く。この纏めは、魔法協会に持ち込むわ」

 そんな俺の疑問に答えるリリスは、自信満々に答える。

 どうやら、内容そのままどころか、より深い物にしてしまったようだ。

 魔法なんて物の知識がびっくりする程無い俺には想像もつかないが、たった2日で、リリス(コイツ)はどんだけの作業を熟してたんだ。

 ちゃんと寝てたのか心配になる。

 しかしバニラエッセンスを使ったパウンドケーキが楽しみで仕方ないご様子のリリスに、今から寝ろとは言い出せず、手を引かれてキッチンへ。

 今日来たばかりで戸惑いしか無いレベッカちゃんも引き連れて、俺達はウォルターくんの城へと突撃したのだった。

 

 

 

 バニラビーンズ入りも旨かったけど、バニラエッセンス入りもまたちょっと違う風味が出て旨い、そんな事を思う俺と、とにかく上機嫌でいつになくテンションの高いリリス。

 子供たちを含むウチのメンツも、新メンバーのレベッカちゃんもどうやらバニラエッセンス入りのパウンドケーキを気に入ってくれた様子で何よりである。

 そんなのんびりした雰囲気とは裏腹に、ちょっとキナ臭いレベッカちゃん周りの話の続きをリリス含めたクランのメンバーに伝える俺。

 小悪党グループがトチ狂ってレベッカちゃんに報復、とかなると、ウチのメンツも標的になり兼ねないからきちんと話しておかねばならない。

「ってコトで、また面倒臭い話になってるワケなのよねぇ」

 俺の説明を横から補足してくれていたリリスが、口調の割にはにこにこと締める。

 表情とセリフが合ってませんよ、姉上。

 その笑顔はパウンドケーキの余韻か、降って湧いたトラブルに期待してるのか、どっちなんだ。

「まあ、その事も含めて、イリスには後でちょっと相談が有るから、時間を貰えるかしら?」

 そんなどうでも良いことを考える俺に目を向けてから、リリスがウインクしてみせる。

 

 なんだよ可愛いな。

 

「ああ、それは構わねぇよ」

 俺の時間なんぞで済むなら、幾らでもくれてやらあ。

 相談、って部分に恐怖を覚えなくも無いが、リリスが俺に判断を委ねてくれたんだ。

 強制される前に応えた方がまだマシってモンだろう。

「それじゃあ、その小悪党? そいつらの相手は私とイリスがメインでするから、タイラーくんとジェシカさんにはレベッカちゃんの護衛を、ウォルターくんとヘレネちゃんには、レイニーちゃんや子供たちの護衛をお願いしたいんだけど、頼めるかしら?」

 リリスがそう言って見回すと、目の合った連中が次々頷いて行く。

「任せろ。どうせ数日の事だろう」

 メガネを直しながら、事も無げに言い切るタイラーくん。

「ちゃんとお仕事したら、お礼にお酒貰えるかしら?」

 軽口を言いながら、見たことのないキリッとした笑顔を見せるジェシカさん。

「ウチの家族に手ぇ出そうなんて野郎には、手加減なんざ必要ねえな?」

 料理専門と公言して憚らないのに、ウチのメンバー(かぞく)のために獰猛な笑顔を浮かべてみせるウォルターくん。

「怖いのは苦手ですが、みんなを守る為なら、躊躇いません」

 静かに宣言する、普段のおっとりとした様子に隠れた暗殺者の片鱗を覗かせるヘレネちゃん。

 ヘレネちゃんが()る気になってくれたのは意外だったけど、それくらいウチの仲間を大事に思ってくれていると言うことだろう。

 その気持は嬉しいけど、本音で言えば無茶はさせたくない。

 それはヘレネちゃんに限らず。

「ありがとうな。でも、つまらない怪我をしないように、みんな、無茶な事だけはしないでくれ。危険から逃げる事は恥でもなんでも無いんだ、必要な手段は迷わず使ってくれよ?」

 思わず真面目くさって、俺はみんなを見回す。

 我ながら心配性だと思うけど、ついさっき、子供の死体を回収してきたばかりだ。

 フレッドくん、マシューくん、カレンちゃん、ティアちゃん、グイくん、ギイちゃん。

 それに、他のメンバーも。

 誰1人、傷ついて欲しくない。

 そんな俺の、過保護気味な願いを込めた視線に、みんな力強く頷いてくれる。

 多分この後のリリスの「相談」ってのは、例の小悪党を追い詰める算段についてだろう。

 簡単では有るが各々の役割が決まり、子供たちには暫くは屋敷の中でヘレネちゃんやウォルターくん、レイニーちゃんの手伝いをお願いした。

 全部終わったら、みんなで近くの草原までピクニックに行こう、そんな事を約束して。

 

 その後、時間魔法でウイスキーやブランデーの熟成が飛躍的に進む事、まだ加減が判らないから、これから色々試す事を聞いたタイラーくんが見たこと無いほどやる気を見せていたり。

 ブランデーケーキという存在にレイニーちゃんがびっくりするくらい食いついてきたり。

 俺達がダンジョンに行っていた3日と少しの時間の中で、何回かグスタフさんが顔を出してた事を聞いて、そんなにウォッカが欲しいのかあのオッサンは、なんてみんなで笑ったり。

 魔石版に低温を発生させる方法について、なんだか小難しい事を言い合っているリリスとレイニーちゃんの会話について行けなかったり。

 

 そんな色々を経て夕食をみんなで採り、食事に感動しているレベッカちゃんがふと思い出したように涙を浮かべているのを見て見ぬ振りして、俺達は団欒の時間と風呂タイムを過ごすのだった。

 

 

 

 そんな思い思いの夕食後の時間の中、俺はリリスの部屋に居た。

 俺の部屋もいい加減殺風景だが、リリスの部屋も負けず劣らずだ。

 魔導書とか色々買い込んでいるらしいが、その辺の物は全部アイテムボックスの中らしく、部屋に乱雑に置くどころか、書架を設置する気もないらしい。

 曰く、アイテムボックスなら任意で取り出せるので、下手に本棚を置くより便利なんだとか。

 本なんて管理しきれなくなる予感がするので、俺はアイテムボックスを本棚代わりに出来る気がしないけど。

「んで、相談ってのはなんでい? 俺が役に立てるのかね」

 嫌味でもなく、単純に自分の能力に対する不安から、俺の第一声は懐疑的なものになる。

 それに対して頷いてみせるリリスは真面目な顔だが、不安の色はひとつも無い。

「うん。だけどその前に、あなたに幾つか魔法を転写するわ。……今までの『映像』なんかの比じゃない苦痛になると思うけど、受け入れて欲しいの」

 そんな真面目な表情をくるりと一転させ、驚くくらいに晴れやかな笑顔で、リリスはあっさりと、だけどなんかとんでもねえ事を言いやがった。

 もう、相談って言われた時点でヤな予感がしてたし、サシで話すって時点で特大モンだと思っては居たけども。

 視線も外さないその表情には、当然のように、俺を逃がす心算(つもり)が無い事も浮かんでいた。

 

 正直に言えば、今まで送られた脳内映像、アレよりキツいとなれば嫌に決まっている。

 

 だけど、そう思うであろう俺の逃げ道を、正面から立ち塞がるという力技で、リリスは塞ぎに来たのだ。

 それでも尚俺が拒否したら、リリスは考えているであろう「計画」をこっそり実行するのだろう。

 

 俺が寝てる隙とかに。

 

 ……苦痛なんてまっぴら御免だけど、身内に不意打ちされて悶絶するなんてもっと嫌だ。

 そりゃもう嫌だけど、嫌だっ()って逃してくれる相手じゃない。

「……今更じゃんよ、任せとけ。お前さんの無茶の5つや6つ、受け止めてやるよテヤンデイ」

 だから俺は、出来るだけ不敵に言ってのける。

 冷や汗ダラダラで。

「ありがと♪ そう言ってくれるって、信じてた♪」

 見た目で判るくらい楽しそうに、リリスが言う。

 もしかしたらだけど、誰かに魔法を転写なんて実験、本当にしてみたくてウズウズしてたんじゃないだろうか。

 今までだって、聞いただけでも色々血みどろな実験の数々をして来ている訳だし、元々好奇心が強かったんだろう。

「……お前さんの魔法の転写()()、ホントに信じてるからな? 大丈夫だろうけど、うん、一応、その、気をつけてくれよ?」

 思わず一部口を滑らせた俺の目を見詰めるリリスに、努めて笑顔を向ける。

 震えが誤魔化せてないし、そもそも笑顔になっていたか自信は無いけど。

 いくらリリスがすることでも、何でも確実な訳じゃない。

 実験なんてものは、誰がすることでも危険が伴うってモンだろう。

 リリスは俯くように俺から視線を外して、数秒で俺に視線を合わせ直す。

「舐めないでよね? 私を誰だと思ってるの」

 不敵な笑顔で、強気に微笑んで見せる。

 だけど、笑いを堪えきれていないのか、少し瞳が震えている。

 俺は、それが怖くて仕方ないから思わず視線を逸らす。

「だだだだよな。も勿論信じてるぜ、()()!」

 暫く俺の目を見詰めたリリスは、ニッコリ笑うと大きく頷いて、それから俺に転写する魔法を説明してくれた。

 その内容に俺は少し驚き、思った以上に大掛かりっぽい事実に後悔の念を大きくしつつ、それがどんな意味を持つのか、それを使ったリリスの計画――今回の小悪党騒動の先に有るもの――に聞き入るのだった。

 

 そして俺達は場所を俺の部屋に移し、ベッドに横たわった俺はリリスの術式を施され。

 声を上げる間もなく激痛に襲われ、暗闇の中に転がり落ちて行くのだった。

 

 

 

「随分と大掛かりな話だが、お前1人で出来るのか?」

 冒険者ギルドの入り口脇に立ち、ギルド前の広場と立ち並ぶ屋台、行き交う人々を眺めながら黒髪に長身の男が、問う。

 問いを受けた背の低い黒髪の少女もまた男と同じ様に視線を適当に遊ばせながら、答えを口の端に乗せる。

「出来るも出来ないも、やるしか無いでしょうが。ホントならイリスの力も借りたいけど、まだ寝てるからね。目を覚ましたら、すぐにでも手伝って貰う予定よ。領都から魔法師とか魔導師借りても、到着まで日が空いちゃうし、それを待つより早いしイリスの能力だったら確実だから」

 アルバレインの冒険者ギルドマスターであるブランドンが、街の新興クラン「ノスタルジア」マスターの姉であるリリスから持ちかけられた話に感想を述べるなら、それは良く出来た詐術だった。

 一見良く出来ているので可能な気がするが、よく考えずとも計画に裏付けが無い。

 だと言うのにその少女が行おうとしている事に別段反対しないのは、偏にギルド側の懐が痛まない、それだけの理由だ。

「しかし、本当に出来るのか? その」

 反対はしないが、懐疑は有る。

 腕組みしながら視線を伸ばす先は、広場の喧騒、その更に奥。

 到底目など届く筈もない、此処から大きく離れた、要壁沿いに寄り添うように存在する貧民街(スラム)――非合法の、掘っ立て小屋と称するにも貧相なそれらの集合体。

「街全体を覆う、監視網とやらは」

 

 リリスが目指すのは、ブランドンが呟いたそのまま、アルバレインを覆う監視網の構築だった。

 領都モンテリアですら整備されていない、王都で一部実験的に魔石を利用した警備システムが開発されている、その程度の、まだ大きな注目を集めている訳でもない代物。

 それを、一介の、在野の魔導師が成そうと言うのだ。

 到底、出来る事とは思えない。

「まあ、勝算は有るわよ。私が見てるのは、にんげん……他の連中とは違う所だもの」

 寧ろなんでこんな事に気が付かないのか、続けてそう呟く仮面の少女に、ブランドンは視線を戻す。

「まあ、成功したらめでたいし、失敗した所でアレだ、領都ですら出来てないモンだからな。気落ちする必要は無いから、せいぜい気楽にやってくれ」

 成功すれば精々が衛兵連中に恩を売れる程度の恩恵だし、失敗しても冒険者ギルドどころか、街の懐が痛む事もない。

 資金も作業の人手も、ノスタルジアが用意する。

 だから実験をさせろと言われて、気楽に頷いたのだ。

「成功してくれれば、衛兵連中も楽になるだろうしな」

 スラムの方へと向けていた視線には理由が有る。

 元々スラムで鬱屈しているのは訳有りの者ばかりだが、少し前から冒険者崩れの逃げ込む先になった。

 ならず者の巣窟の色合いがより濃くなり、その目が北のゴブリン村に向いているのは間違いない。

 酒という判りやすい利益を生み出す物がそこに有るのだ、真っ当に働く気も無い連中が考える事など想像に容易いのだ。

 そういう連中も居るからこそ、冒険者ギルドも衛兵隊も真っ先に人を派遣し、ゴブリン村、特に酒造施設の防御を固めさせたのだ。

 更にはそういうならず者を飼っている貴族連中の好きにさせない為に、ブランドンが誰にも先んじて動いた。

 強行軍で領都へと駆け領主様の裁可を得て戻り、領主様以上の権力でもなければ手出し出来ない様に固めた。

 

 それでも尚、小さな嫌がらせを重ね、ゴブリン達を疲弊させて正常な判断を奪おうと画策している連中も居る。

「まあ、他は兎も角、西の貧民街(スラム)に関しちゃあ、真っ当に働く心算(つもり)もねえ、冒険者崩れや流れのお尋ね者の巣窟だ。領主様からも潰して良いって許可は貰ってる」

 なにやら考え込むリリスに、ブランドンは軽々と事情を放り投げる。

 受け取った方はしばし動きを止めてから、徐に隣の男に肘鉄を叩きつける。

「っ()えな、なんだイキナリ」

「なんだじゃないわよこのッ。そんな許可が有るんだったら、七面倒くさい監視網なんて作らなくて良いじゃないのよ」

 険悪な視線――片方は仮面に隠されている――がぶつかり合う。

「証拠がねえから冒険者(ウチの)連中をけしかける事も出来ねえし、同じ理由で衛兵も動けねえんだよ。その監視網とやらが有れば、証拠も押さえ易くなるんだろ?」

 ブランドンのぼやきにも似た苛立ちに、リリスは舌打ちで返す。

「全く……。まあ、今日の()()である程度目処は立ったし、先にストレス発散するのも悪くないわね」

 リリスの胡乱げな呟きに、ギルドマスターがやや鋭い視線を投げかける。

「あんま無茶しないでくれや。貴族にまで出てこられたら面倒臭いじゃ済まないからな。程々で頼むぜ?」

 受ける方は動じる事も無く、まるでただの軽口のやり取りのように返事を投げる。

「出てくるなら、諸共潰せば良いだけよ。誰が私の前に立ち塞がるっていうの?」

 ブランドンは、話でしか知らない。

 結果でしか知らない。

 北門周辺に現れた魔獣どもに絶え間無く大火球を投げつけ続け、結果今でも一部荒れ放題に放置されるほどの被害を出しつつ、魔獣を撃退した事を。

 その魔獣を操っていたらしい、仇成(あだな)す者の一角、国喰らいを満身創痍の状態に追い込み捕縛した事を。

 同じく仇成(あだな)す者である、獣追いを難なく打倒し悪食と、駆けつけたらしい影法師を追い払った事を。

 それを、このリリスと、双子の妹であるイリスとで成し遂げたのだと、俄に信じるのは難しい。

 

 だが、事実として街の北門を出た先の一部の地形は変わり、死体は出た。

 

「安心して。()()()までやるなら、半端な事はしないわ。全力で全部潰してみせるから」

 一歩前に踏み出し、大きく伸びをするその後ろ姿を眺めて、ブランドンは背中に冷たい汗が浮くのを知覚する。

 その軽い口調で放たれた言葉がただの冗談でもなければ、大袈裟な虚言の類でもないと、薄っすらと見え隠れする殺意が示していたからだ。

「勘弁しろ。貴族連中だけでも面倒が多いってのに、その上バケモンの面倒まで見れるか。頼むから大人しくしてくれ」

 軽口に包んだそれは、ギルドマスターではない、個人としての、本心からの嘆願だった。

 

 

 

 あれほどしつこく現れては衛兵に追い払われていたならず者と冒険者崩れは、翌日から、ゴブリン村には姿を見せなくなった。

 当地の衛兵は仕事が減ったことを素直に喜んだが、事情を知った冒険者ギルドのマスターは胃の痛みを抱える事になる。

 

 衛兵隊に連絡をとった上で確認を行わせた結果、街の西に有ったはずの貧民街(スラム)とその住人は、焦げ跡や散らばる灰、僅かな瓦礫を残して姿を消していたのだ。




次のお話は1ヶ月は湧いてこない自信が有るぞぅ!


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リリスの野望・序章

迷走。
迷走中の迷走。


 レイ・ラインと言い、地脈と言い、霊脈と言う。

 細かく言えば違うとされるそれらは、凡そ人の意志で操る事など出来はしない、その1点で共通している。

 と、思う。

 

 惑星(ほし)の上を駆け巡るそれは目に見える事は無いが、確かに存在して。

 

 いや、()()は緑を成す豊かな大地のみならず、青々と湛えられた海をも渡り、峻厳な山を駆け上り、荒涼たる砂漠を物ともせず進み。

 何者も遮ることのない蒼穹を廻り、果ては層を成す大地岩盤をはるか潜り抜け、その中心となる核にまで達する。

 

 それは、惑星(ほし)の記憶。

 惑星(ほし)そのものと、そこに生まれた生命という奇跡達の全てを、雑然と呑み込むように保存している。

 

 いつか惑星(ほし)が寿命を迎え、宇宙(そら)へ還るその日まで。

 

 

 

「何を似合わないこと言い募ってるのよ。そもそも宇宙(そら)って。……私、アナタを抜き出した時、思考系に手を加えちゃったのかしら」

 ぼけーっと宙に漂いながら、なんとなく考え事をしていた俺は、その考え事を割と表層に近い部分でしていたらしい。

 俺の考えを()()()()()リリスは、心配げな顔を俺に向けた後、その表情に不安の色を付け足した。

『俺がおかしくなった、みたいな心配はやめてくれ。俺自身、不安で仕方ねぇんだ』

 俺は口を開いた心算(つもり)で、考えを放つ。

 なにせ今の俺は声を出せない、ので、感覚としてはこういう表現になってしまう。

「それは勿論、不安だと思うけど。それにしてもね」

 リリスは()()()歩を進めながら、ごく小さな――誰にも聞こえないような――声で言う。

 向かっているのは、北門の監視塔。

 先にブランドンさんに取り次いで貰い、衛兵隊の大隊長さんに許可を貰って来た。

 名目は、ゴブリン村への不埒者の接近を阻むための監視強化、その案を練る為の実地見学。

 

 実態は。

 

『えへへ、私、こういう所には初めてきましたー』

 ()()()()()リリスの、俺から見て向こう側に。

 姿を消している貴族然としたお嬢様がにこりふわりと楽しそうに浮いている。

 まあねぇ、貴族のお嬢様には、縁の薄い所だろうねぇ。

 同じ様にふわふわとリリスの傍らに漂いながら、俺はそんな事を考える。

 

 本日のお出かけは、見た目はリリス1人。

 実は姿を消している不死(アンデッド)系お嬢様ことメアリちゃんと、何故か霊体化、というかなんか光の球にされた俺が左右についている、そんな状況だ。

 

 因みに、お嬢様の方はただ姿を消しているだけで戦闘能力には何の差し障りもないが、俺はと言うとこんな姿にされるに辺り、戦闘能力は完全にオミットされている。

 現時点で言えば、俺はリリスの隣であーでもないこーでもないとどうでも良い考えを垂れ流すだけの、やかましい光の球なのだ。

 それも、きっと霊感の高い人じゃなきゃ見えない類の。

 

 まあ、気をつけていれば思考がダダ漏れになる事は無いらしいけど、それは気をつけていないとダダ漏れになると言うことな訳で。

 たまに、歩くリリスに小声で注意、というか「うるさい」なんて文句を言われているのだ。

 

 俺がこんな姿になっているのは、つまりはリリスの実験の失敗の結果だ。

 魔法の転写実験は、リリスのうっかりと思い込みで失敗し、俺の元の肉体は、えーっと、肉体的には生きている、という状態になってしまった。

 ……どうやっても言い繕え無いのではっきり言えば、植物状態だ。

 身内の実験の失敗で植物人間になる主人公、とか、今まで居たかも知れないけどさ。

 

 俺はそもそも、主人公なんて張れる程、色々出来る訳じゃないんだが。

 なんで俺がこんな目に。

 

 ……脇役(モブ)だからか? 

 それはそれで、色々酷くね?

 

 そもそもだ。

 思い返してみれば、リリスの脱走劇? に巻き込まれて、世界を超えるエネルギーにする為だけに生命を(つか)われて。

 巻き込まれて異世界(こっち)に(意識が)来たと思えば何やら大きな声じゃ言えない実験とか研究の果に作り出された身体に収められ、紆余曲折を経て身体が分裂し、その片割れに意識を移されたと思ったら、実験で脳を破壊されるとか。

 

 改めて考えてみると、ホントにロクな目にあってないな。

 嘘でももうちょっとこう、信憑性の有る話を並べるんじゃないかな?

 色んな意味でロクでも無さ過ぎて、寧ろこれは現実なんじゃないかと思えてきてしまう。

 夢で有ることを切実に願うばかりだ。

 

 夢だったら夢で、目覚めた後に行く病院を真剣に吟味する作業が待っている訳だけど。

 

 俺の身体はと言えば、屋敷の俺の部屋で昏睡している風を装いながら、こっそりと修復……ではなく、リリスによる改修を受けているのだ。

 リリスは俺という魂の器を作るに当たり、普通の人間である俺の手に収まる範囲、普通の人間の脳の容量とほとんど変わらないそれを用意していたらしい。

 

 で、そんな話を聞かされた俺は、てっきり魔法の転写に失敗したのは、脳の容量が少なかったからか、と思ったけどそうではなかったらしい。

 

 なまじ人間に準拠した構造を模倣してしまったらしく、記憶を出し入れする通路――それが何処を指すものかは、俺には判らない――が狭いことを失念していたのだそうだ。

 良く理解(わか)らないけど、記憶を出し入れする通路は1箇所では無いらしく、だからこそ、多少大きな情報を無理に流しても、人体の危機回避本能的な何かがその大きな情報をあちこちの通路に分散させ、ゆっくり取り込むと思ったんだそうだ。

 俺にはリリスが何を言っているのか理解(わか)らないし、なんでそんな風に思えたのかも理解できない。

 

 しかし、事態はリリスの予想を裏切った方向に進み、リリスの表現を借りるなら。

「通路が数カ所壊れて、記憶の出し入れを制限する機能が働かなくなったの。人格の方まで壊れそうだったから、そっちは身体から抜き出して、取り敢えずエーテルを依り代にしてみたけどね」

 だそうだ。

 断っておくが、俺はここまでも、リリスの言っていることがひとつとして理解出来ていない。

 大体何? 通路が壊れたって。実験云々の前の話じゃん? それ。

 記憶の出し入れを制限する機能、なんてモンも謎だが、それが人格に影響?

 色々怖すぎて手に負えないんだけど。

 そっちを抜き出したって、魂か何か? それを、エーテルに……エーテルってなに?

 

 混乱する俺に、魂はまだ肉体に有って、今の俺は単なる人格でしか無いんだと言われたんだけど、そんな事聞かされても理解なんか出来ないし、当然落ち着ける訳がない。

 無いんだけど、泣き喚こうにも涙も出なけりゃ声も出ないし、その癖あれこれグダグダ考え込んで見れば煩いと怒られるし。

 元々リリスの劣化コピーだった身体を、今度はリリスの準コピー位のレベルで作り変えるらしいので、出来るまで大人しくしていろと言われたのだが。

 身体の方のスペックが上がっても、使うのは俺だぞ?

 

 使いこなせる気がまるでしないな、うん。

 

 

 

 監視塔の上に辿り着き、見た目1人のリリスは衛兵さんの案内なんかを受けながら、塔の上からあちこちに視線を走らせている。

 そして俺はと言えば、リリスの指示でドローン代わりにふよふよと上空から街を俯瞰している。

 俺の目を通して見たいものが有るから、可能な限り高い所へ、なんて言われたんだけど。

 ……リリスは「飛行」とか「浮遊」とか、そういった魔法は覚えていないんだろうか?

 まあ、俺で役に立てるなら、何でも良いけども。

 

『一旦上昇を止めても良いから、西側の方に視線を向けてくれる?』

 テレパシーって奴は、距離をある程度無視して会話できるのが良いね。

 リリスの声に操作されて、俺は視界を街の西側に向ける。

 視界はリリスと共有しているというか、半分乗っ取られている感じなので、逆に言えばリリスが見たいものが判る。

 視界の中に、いつぞやの戦闘を行った森周辺が入り込んでくる。

 

 あの狂獣(ケモノ)ヤロー、覚えてやがれよ。

 

 舌打ちしたい気分で考えると、脳裏に黒髪の男の顔が思い浮かぶ。

 見たい顔ではないが、忘れる事も出来ない。

『落ち着きなさい。アンタがそんなトコで愚痴愚痴言っても、あの男に届く訳でもないし、私が煩くて迷惑に思うだけなんだから』

 リリスに窘められ、というか苦情を言われてしまい、取り敢えず静かにすることに。

『うん、あの辺みたいね。()()から、アンタ驚いて騒がないでよ?』

 リリスの声が頭の中に響く。

 何が? って思ってる間に、視界が切り替わるような、なんと言って良いか理解(わか)らない感覚に戸惑いを深める。

 そんな事に気を取られる俺の視界の中で、森の中を走り、南北に伸びる青白い光の帯が浮かび上がってくる。

『おお……おおお。こりゃまた……なんか、飲み込まれそうで(こえ)ぇな。コレが、お前さんが言ってた地脈とか言う奴か?』

 話に聞いて想像していたよりもスペクタクルな光景に、ちょっとテンションが上がる。

 リリスの視界調整? で見えるようになった光の帯も、良く見ると細かく枝分かれして、街に伸びてきている。

『伸びてきてる、じゃないわよ? 視界を街の方に戻して』

 俺の思考に反応したリリスの声に促されて街、主に冒険者ギルドがある方向へ目を向ける。

 その視界のあちこちで、乱雑では有るが、あちこちに細く走る青白い線が見えた。

 一部は空に立ち上り溶けるように見えなくなっているものも有る。

『こんな風に、ある程度栄えてる街は霊脈の近くに有ることが多いのよ。霊脈の真上とかになると、かなり規模が大きくなるんじゃないかしら? それこそ、話に聞く王都とか、聖都ってところは霊脈の真上なんじゃない?』

 そんな解説リリスの声を聞きながら、街のあちこちに視線を走らせる。

 ホントに街中に地脈……霊脈? 違いって有るのか? が走ってる。

 走ってるんだけど……。

『リリスさんや。あの、この霊脈な? 思った以上に奔放というか、特に建物を選んでる訳じゃないのな?』

 なんと言うか、乱雑と言うか、奔放と言うか。

 自然に存在するもの故仕方ないんだろうけど、街のあちこちに走り回っているだけ、って印象だ。

『そうね。街の設計プランに、霊脈を活かす方法は考慮されてないのよ。まあ、見えないものは仕方ないわよね』

 いつぞやの、お屋敷探しで見た廃屋が、キレイに霊脈から取り残されているのが見えて哀愁を誘う。

 一方で、冒険者ギルドとアルバレインの湯1号店は太めの霊脈の上に乗っているのが見える。

 商業ギルドの方は、微妙に外れて居るような……。

 多分、遠目だからそう見えるだけだろう、きっと。

 ちょっと物悲しい気分を振り払って、俺はリリスに意識を向ける。

『んで、ホントに出来るのか? この霊脈を整える、なんてコト。それが出来なきゃ、お前さんのプランが全然進まねぇぞ?』

 そんな疑問と同時に、脳裏に「風水」なんて文言も浮かぶが、それもリリスに伝わったらしい。

 鼻で笑う気配と同時に、リリスの意識が言葉になって飛んでくる。

『ご心配ありがと。でもね、人間()()と一緒にしないで頂戴? 大体、基本的には全てをお構いなしに貫いて流れる霊脈を、建物を立てて塞ぐだの流れを止めるだの、ちゃんちゃらおかしいわよ』

 珍しく、リリスの言葉には楽しげな悪意が揺れている。

 心底蔑んでいるかのような、こう見えて普段のリリスからは想像もつかない言い様だ。

 普段からは想像もつかないのに、妙にハマると言うか、不思議だけども違和感は無い、そんな声色。

 声じゃ無いんだけど。

『そもそも風水は墓作りの基礎知識よ。アンタが言った、惑星(ほし)の記憶の中に、人の魂を還す。その為の作法にして、遺された家族が故人の冥福を信じられる環境づくり』

 とても整然とは言えない霊脈の枝の流れを目で追いながら、リリスの言葉を俺は意識に焼き付ける。

『そんな、霊脈を感じられるけど管理は出来ない人間が、根源への畏怖と家族への想いを撚り合わせたモノ、それが風水よ』

 その結びには、郷愁が揺れた気がした。

 が、そこに続く言葉には、それはもう欠片も見受けられない。

『そんな素朴な心の作法を、家運? 金運?』

 嘲笑の気配が向けられているのが、というかこの声が聞こえているのが俺だけだから、物凄く居た堪れない気持ちになる。

 なんかごめんなさい。

『ろくすっぽ霊脈に触れないどころか、下手すれば見えもしない連中が、随分と欲に(まみ)れて匂い立つことを言い募るモノね。ビルを建てたら霊脈を堰き止めた? そんな程度で止まるモノを、霊脈とは言わないのよ』

 普段も意外と尊大だけど、ここまで楽しそうに悪意を剥き出しにするリリスは見たことが無い。

 それくらい、まあ、アレだったんだろう。

『ま、まあまあ、うん、俺は霊脈なんぞ見たのも初めてだし、ビジネス風水屋にも見えてないんだろうよ。けどさ、言っときゃ需要があるって方が問題とも思うけどな? 結局』

 俺は言い切ってしまって良いものか少し迷ってから、まあ、もはや違う世界か、或いは夢の中の話だからな、と変な割り切り方をして口を――今、口は無いけど――開いた。

『馬鹿が馬鹿を騙してるってだけの話だろ? そもそも、あんなモンをどうこう出来るのか、実際見ちまうと甚だ疑問だしな』

 チラリと、視線を街の西、大霊脈へと向ける。

 街を縦横に走る霊脈の枝は、まあ頑張ればどうにか出来るかも知れない。

 だけど大霊脈(あっち)は、制御しようとしてどうこう出来るもんじゃない気がする。

『歴史上には、居たのよ? ただの人間だけど、霊脈に干渉出来た、って存在も』

 リリスの意識に同調してなんとなく人間下げの発言を繰り出した俺に、当のリリスが事も無げに答える。

 え、なにそれ人間すげえじゃん。

『と言っても、あんな大きな霊脈じゃなく、この街に走ってるのと同レベルの霊脈を相手に、だけどね』

 言われて視線を戻して、ああ、大霊脈(あれ)に比べればコレくらいなら、と思いかける俺だが、直ぐに考えを改める。

 この近辺を走り回ってる霊脈だって、それなりに力のある流れだと思う。

 見るだけなら兎も角、それに手を加えてどうにか出来るなんてことが、本当に人間に可能なんだろうか?

『まあ、歴史上でも稀の出来事だけど、確かに有ったのよ。霊脈を動かして栄えた都市も、霊脈を断たれて滅びた国家も』

 嘲弄を伴う悪意に取って代わったのは、郷愁と哀悼。

 発生で言えば良いとこ1年、下手すればもっと短い筈のリリスの意識は、インターネットから広がる膨大な情報の海の中で急速に成長を遂げたのだろう。

 だが、それにしては些か言葉に感情が乗りすぎている気がする。

 そこまで同調、或いはそれに近い体験が出来るほど確かな情報が、其処には有ったのだろうか。

『上辺をなぞっただけの情報なんて、取るにも足らない物ばかりよ。どの国だろうと、重要な情報っていうものは、深く深く隠されているわ』

 ぼんやりと考えたコトが、リリスに伝わったらしく、柔らかく答えが返ってくる。

『スタンドアローンのハコの中だったり、或いはアナログな記憶媒体を厳重に保管したりね。だけどね、大多数の人間は気づいて無かったのよ』

 話の舵の切り方がちょいと急で、俺は行き先を見通せない。

 見通せないが、今、リリスが言いたい事はぼんやりと判る。

『……霊脈は惑星(ほし)の記憶、って話か? アクセス出来れば、知りたい事は知れるって事か?』

 それこそまるで、インターネットの世界だな。

 荒唐無稽の度が過ぎて、目の前に光に奔流があちこちに見えて無ければ鼻で笑うレベルの話に、俺は笑いではなく溜息を返す。

 だが、リリスの声は笑っていない。

『そうね。まあ、それこそ惑星(ほし)の持ってる記憶の範囲内なら、だけどね。連綿と受け継がれてきた、限られたシャーマンの家系にのみアクセス出来ていたその膨大な知識にアクセス出来れば、まあ色々と便利よね?』

 途切れること無く流れる霊脈と、街の直ぐ側を流れる大霊脈を眺めて、その中に収まっているであろう記憶とはどれ程の物かと想像を巡らせる。

 が、当然うまく行く筈もない。

『インターネット回線が試行されて、普及していくのに並行して、一部で霊脈へのアクセスは可能かが議論され始めたわ。そもそもインターネットは霊脈へのアクセスを目指した、疑似霊脈モデルなんだ、なんて説も出る程度にはね』

 いつの時代にも、トンデモ説なんてのは流れるもんだ。

 流行るかどうかは別として、まあ、ちょいとトんじまってる奴なんてのは、何処にだって湧くもんなんだろう。

『事実は逆よ。インターネット回線が普及したからこそ、霊脈へのアクセスが模索され始めたの』

 なんて考えてたら、事実はもっとスッ飛んでいるんだと言われた。

 なにそれ、話がでかすぎて笑いも湧いてこない。

 ってえ事は何かい? 結局ネットと霊脈は繋がるのかい、話の上では。

『せっかちな人ねえ、アンタは。まあ、結論から言えば繋がったのよ。話の上じゃなくて、現実でね』

 流石に脳天気な俺が冷やかすも、リリスの言葉に冷やかしを押さえられるどころか思考を漂白される。

 

 繋がった?

 

 現代知識の結晶(インターネット)が、オカルトの極地(れいみゃく)に?

 幾ら何でも俄には信じられない一言に、リリスの溜息が被さる。

『あのね? 私、結構最初から、あれこれヒントあげてた筈なんだけど?』

 ヒント?

 最初から?

 どのくらいの最初の話?

『……アンタどうせ、コレは夢だとか思い込んで人の話聞き流してたでしょ? 普通に考えてみなさいよ』

 鳩が豆粒大の鉄球を喰らったような顔でポカンとしてしまうが、そんな俺にお構い無しでリリスは言葉を続ける。

『そもそも生命を使って世界を超えるって何よ? 普通に考えて、イッちゃってる殺人鬼の戯言じゃないの』

『あ、ゴメン。俺、お前さんの事、イッちゃってる殺人鬼だと思ってた』

 リリスの言葉に、おお、とか思うより先に、俺は思った事の中でもっとも言わなくて良いことをそのまま口にしてしまう。

『……そのまま霊脈に突き落としてやろうかしら、この馬鹿ちゃん』

 そんな俺に素の素敵な反応を返してから、尚呼吸を一度整えて、リリスは続ける。

『ちゃんと結果を識って、其処に至る道筋をきっちり調べて、検証を重ねた上で実践したんだからね? アンタみたいに思いつきで突拍子もない事をしたのとは、訳が違うんだから』

 口振りから察するに結構な勢いでお冠なご様子だけど、言ってることはやっぱり意味が理解(わか)らない。

 結果を知って?

 この場合、結果は……異世界に飛ぶ、って事だよな?

 えーっと、つまり?

 異世界に飛べる事がわかったから、その方法を調べて、検証を……?

 うん、やっぱり理解(わか)らん。

『いや、やっぱどう考えてもアレだろ。結果此処に居るのが現実だとして、この結末を知ったって何処でだよ。ネットで「異世界に行く方法」なんて検索かけた所で、与太話以外出て()やしないだろが』

 そう言えば、エレベーターが云々なんて話も有ったな、異世界っ()ったら。

()()は霊脈にアクセスする事が出来るようになったって言ったでしょうが。世界を渡る方法が有ったのよ、地球(ほし)の記憶の中に』

 どうしても既存の常識から離れられない俺に、焦れたようにリリスが言い募る。

 霊脈が全てを記憶するなら、なるほど誰かが実践していたらその記録は残っているのか。

 誰かが実践した、なんて考えるだけでも爆笑モノの作り話にしか思えないのに、それが信用出来るほど確かな情報だったのだろうか。

 聞いただけだとただの装飾過多の自殺方法でしか無いだろうに。

 それとも、その顛末までも詳細に記憶していたのだろうか?

『その方法ってのは、飛びついても構わないほどの珠玉の一手だったのか? 幾ら霊脈が記憶している情報だからって、真偽までは不明だろうに』

 情報の精査。

 情報自体は幾らでも有るだろうが、それが事実かどうかはまた別の話だ。

 人の考えた事、実践した事が惑星(ほし)の記憶として刻まれていくのなら、間違えた考えや行動もまた『情報』として刻まれていくのだろう。

 それを取捨選択する基準は何だ?

 単なる主観だったら、ネット上の情報と変わりない訳だが。

『記憶されてる情報の詳細が判りやすいのよ。なにせ、実際に行動を起こして、その顛末まで刻まれてるんだもの』

 なんて穿った心算(つもり)でちょいと突っついて見たのだが、返ってきた言葉に憮然と納得してしまう。

 なるほど、ネットの情報と違って、ちゃんとそれを考えた奴が実行したのかどうか、結果どうなったかまで記憶されている訳か。

 そんなん有りかと思いかけたが、逆に行動したかどうかが判るのに結果は記録されないなんてのは……いやいやいや、待て待て。

『ちょい待ちリリスさん。行動しました、結果どうなりました、それが記憶されてるのは良いよ? でもな?』

 俺はリリスが渡ったロープの細さを考えて目眩を覚える。

 それはひょっとして、ロープどころか、糸並みの細さだったのでは?

 俺の考えが正しかったら、やっぱりそれは一か八かの賭けでしか無い。

 それしか無いと飛びつく程、無謀な娘だとは思えないけど。

 もしかしたら、俺が思っている以上に追い詰められていたのだろうか?

『生命を使って世界を渡ります、こう考えるのは構わない。実行するのも、他人なら干渉しないさ。だけど自分が実行するとなると、まだ決定的な情報が足りない気がするんだ』

 俺が意識を紡ぐも、リリスは今度は恐ろしいほどに静かだ。

 距離を空けての会話は相手の顔が見えない。

 携帯やスマホの無い世界でちょいと暮らして、その事すらも忘却の向こうだった。

 だから、こんなにも不安になる。

 なってしまう。

『どうやって、意識? 魂? それが、別の世界に跳んだなんて事が確認出来るんだ? 自分のにしろ他人のにしろ、生命を使ってまで実行するんだ。確実に「向こう」へ行けると確信できる証拠なり記録なりがないと、実行するには足りないだろ』

 俺が言葉を連ねても、リリスからの返答はない。

 其処に確かにいる、そういう気配めいたものが有るだけだ。 

『大体、世界を超えたなんて結果を観測出来るなら、条件さえ満たせば飛ぶ先を選べる事にも繋がるだろ。そうなると、まるで』

 言おうとした言葉が、意識が止まった。

 

 これは躊躇だ。

 

 リリスの気配が笑った気がする。

 もしも、何らかの方法で、飛ぶ先を確認出来るなら。

 選べるなら。

 選ぶ方法が有るなら。

 

 確認して、選択しない、そんな理由が有るか?

 

『アンタにしては、案外考えるじゃない? 其処に気が付くなんて思わなかったわ』

 何でも無いようなリリスの一言に、俺は今までとは違う冷たさを感じて球体のような身を縮める。

 

地球(ほし)の記憶を読んで得られたのは、飛ぶ方法、その有効性及び結果。そして、移動先の確認及び選別する方法よ』

 

 つまり、リリスは。

 この『世界』を選んで飛んで来た、と言う事だ。

 ランダムに飛んで偶然、生命体の居る世界に来た訳ではなく。

 確信を持って、意思疎通の出来る知的生命体――それも地球人と良く似た――が居る世界へと跳んだのだ。

 それは良いとしよう。

 問題、というか不気味なのは。

 

 この世界を選んだ理由だ。

 

 思い浮かぶウチのクランのメンツ。

 一人ひとり鮮明に浮かぶその顔は、どれも偶然この世界で出会った仲間だ。

 彼らに会うことが目的、なんて可愛い言葉で誤魔化されはしない。

 そんな生っちょろい、目的とも呼べないものを目的にしたりはしないだろう。

 誰かに会う、或いは追いかけるとするなら、どういう形であれ知っている存在をこそ、追うだろう。

 得体が知れない、という事の恐怖。

 ()()が跳んだからこそ、霊脈に刻まれた記憶。

 超える世界。

 選べる行き先。

 

『リリス、お前は。お前は、誰に会いに来たんだ?』

 俺の生命を(つか)ってまで。

 

『案外、面倒臭いくらいに色々考えるじゃない。ご褒美に、ちゃんと教えてあげるわ、この世界(ここ)に来た理由は。作業が終わったら、ね』

 リリスの笑みが深くなった気配が伝わってくる。

 俺は傍に居なくて良かったと安堵するが、すぐに逃げることも出来ないと気付いて小さく震える。

『話が思い切り、極端に脱線しちゃったけど。まずはこの霊脈の枝がどう街の中を走っているのか、もっと細かく確認するわ。悪いんだけど、もう少し上昇しながら南側へ行って貰えないかしら』

 リリスの声の気配が普段のそれに戻る。

 ほっとしたものか判断がつかないまま、俺はリリスの指示に従い、アルバレイン()を見下ろしながら南下し、貴族様の屋敷ってのはデカイのばっかりだな、なんて考えに逃げたりした。

 

 

 

 そして俺は、「大体掴んだ」というリリスの言葉に再誘導され、ほぼ街のど真ん中に。

 冒険者ギルドよりも南の、住宅街の真上でメアリお嬢様と共に待機しているのだった。

 

『メアリーちゃん、どしたの? 暇になっちゃった?』

 にこにこふよふよ飛んできたお嬢様になんだかほっとしながら、俺はそんな意識(ことば)を向ける。

『ちがうよー。リリスちゃんが、お仕事だって』

 返ってきたのは、なるほどちゃんと用事があってのことなのね、などとちょっと失礼な感想が浮かぶモノ。

『取り敢えずコレが上手く行ったら、私の魔力も跳ね上がるからってー』

 なんてのほほんと構えていたら、メアリお嬢様の口からも爆弾発言が。

 なにそれ、メアリお嬢様の魔力が跳ね上がるって、それってつまり戦闘能力の向上よね?

『え……? それって、つまり、どれくらい魔力が上がるのかな?』

 リリスの目的が朧気に見えて来てなんだか不安になってきた所に、身近な危険がより危険になるという話を重ねられ、俺は動揺の隠し方を思いつけない。

 

『えー? えーっと、()()リリスちゃんとか、イリスちゃんと同じくらいに成れるかも、って』

 

 楽しそうなメアリお嬢様のお言葉に、目の前が暗くなる気がした。

 警戒が必要、って存在が、思いっきり脅威にまで格上げするって話じゃん、それ。

 

 慎重に思考が漏れないように苦労しながら、俺は暗澹たる思いを抱える。

 

 リリスの目的が見えたと思ったけど、それは多分俺にとって楽しい事なんかじゃ無くて。

 メアリーちゃんがより一層危険な存在になる事が、リリスが目的へ至るのに必要な事だとして。

 

 我が姉(リリス)の目指す先が不穏なものでしか無いという予感に、無い筈の胃がキリキリと悲鳴を上げた気がして、居もしない助けを求めて周囲を見回す。

 そんな俺の隣で、お嬢様はにこにこと、何やらリリスとテレパシー中のご様子なのだった。




変な方向に話が膨らんでるけども。

考えてたのと違う……!


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もはや閑話の自転車談義

仮タイトルの語呂が良いと、なんかそのままにしちゃう悪癖。


 リリスには思いの外ハッキリとした目的が有る事をボンヤリと察したモノの、どうにも不穏な物にしか思えないので出来れば触れたくなかったり。

 男爵の狂った娘さんことメアリお嬢様がパワーアップしたけども、そっちもさり気なく怖いので出来れば触れたくなかったり。

 

 そう言えばメアリーちゃんがあんまりにも頻繁にウチに来るので、最近屋敷の一部屋がメアリーちゃんの部屋になりました。

 時々家具を買いに付き合わされる俺です。

 

 

 

 俺の肉体(からだ)の再生及び再調整には思ったよりも時間が掛かるらしく、思った以上の時間を肉眼では見えない光の玉という、まあまあ得難い状況を満喫する事になった。

 自室のベッドの上に転がっている身体(からだ)の方はヘレネちゃんが甲斐甲斐しく世話をしてくれたり、リリスが点滴らしき何かで俺の身体に直接栄養素を投与した(フリをした)り、見てる分にはちょいとばかり痛々しい事になっている。

 肝心の俺はその身体(からだ)から離れている状態のため、痛いも痒いも感じることはないんだけど。

 そんないつにも増してどうでも良い存在に成り果てている俺だけど、暇にあかせてのんびりする、という訳にも行かない。

 例の小物組が突っ掛かって来ないかワクワク顔で街を歩きながら、霊脈の整備計画を練るリリスの手伝い(ドローン役)をしたり、メアリお嬢様にペット扱いをされたりと中々に忙しい日々を過ごしている。

 俺の身体(からだ)はまだ治らないんでしょうかね? リリスさん。

 

 メアリお嬢様のパワーアップの方法は、聞くだけなら単純なモンでした。

 霊脈にアクセスすることでメアリーちゃんの魔力を惑星(ほし)の魔力と共鳴させて、横からリリスがちょこちょこと何やら手を加えるとかなんとか。

 それは失敗したら、基本霊体のメアリーちゃんが霊脈に取り込まれたりはしないのかとか、共鳴って止めないと何処までも大きくなるんじゃないのかとか、色々思う所は有ったけども自信満々のリリスは俺の疑問を黙殺。

 後から考えてみれば、あの自信満々具合は、予めこの惑星(ほし)の霊脈にアクセスして、色んな記憶に触れていたからこそ、なんだと思う。

 そうでもなければ、凄く強引に人体(?)実験を行ったと言うことになる。

 

 ……凄く強引な人体実験、友人相手だろうと普通にやりそうな怖さが有るんだよな、リリスってば。

 

 まあ、結果で言えば成功で、メアリーちゃんはリリスには及ばないものの、俺には並ぶ程度の魔力量どころかレベルを得たんだそうで。

「種族名が変わったかもね? っていうか、アレはホントに種族名なのかしら。なんか、(クラス)名っぽいのよねえ」

 なんてリリスが言うもんだから、リッチがパワーアップしたんならエルダーリッチとか、そんな感じ? と思いつつ簡易ステータス確認……単なるロックオンによる表示確認をしてみると。

 

 狂気の深淵不死姫(アビスリッチ)メアリー・ヴォルド・ルカルスティア。レベル1310。

 

 光る球体の俺だが、鼻水が噴き出すかと思った。

 あんなににっこにこなのに、「狂気の」って何事?

 深淵不死姫(アビスリッチ)って何? 初めて聞いたんですけど?

 フルネームも初めて見たよ?

 えっと、ヴォルド男爵だったのかな? 実はルカルスティア男爵?

 気になるので、俺の気持ちとか身体とか、色々落ち着いたら本人に聞いてみよう。

 

 そんで、レベルよ。

 

 前見た時は、70そこそこだったよね?

 パワーアップにも程があるのでは?

 俺のレベルが1450とは言え、ホントにこの数値に迫るほど強くなるなんて思わなかった。

 そんな風に急激な味方のパワーアップ――味方だよね? 狂気の、とか二つ名に付いてるけど――に慄く俺に、リリスが事も無げに言ってのける。

「今のアンタの4倍は強いわよ、メアリーちゃん」

 なんですと?

 レベルの数値は、俺のが上ですよね?

「そこに関しては私も同じなんだけど。……ちょっとリミッター掛けてあるのよ」

 混乱する俺に、リリスが小難しい顔で教えてくれた。

 

 以前話した通り、俺の意識と同化するのを防ぐ為に、本来は表に出る筈だったリリスが意識の底に潜り、色々と影からサポートしてくれていたのだが。

 色々理解(わか)っているリリスが表に出るなら兎も角、何も理解(わか)らず巻き込まれただけの俺が表に出て、うっかり思いつきで魔法なんぞ使おうものなら、良くて周囲の地形が大きく変わる程度の被害は出ていただろうとのこと。

 悪ければの方はリリスは言わなかったけど、多分周囲どれ位か、結構な範囲を巻き込んだ壮絶な自殺になったんだろうと思う。

 

 実際、俺、まず魔法を試したしな!

 ミーティア込みで!

 それも、割と目の前位の距離で!

 

 とまあ、そんな訳で、俺の戦闘力は表示レベルよりも大幅に落ちていたらしいのだ。

 そう言われると色々腑に落ちる気もする。

 まあ、そんな訳でリミッターが掛かっていた訳だけど、その身体は事情が有って今はリリスの身体(からだ)になっている訳で。

 その後、俺の身体(からだ)となるコピー体を造った時もリミッターはつけてくれていたらしい。

 ホントにありがとう!

 リリス自身も、特に焦る事情も慌てる理由も無いから、リミッターはそのままだったのだそうだ。

「大体5分の1にしたから、レベルで言えば290前後? そのくらいだったのよ」

 それでもだいぶ高い。

 参考までに、一般的……だと思われる冒険者のレベルは、Bランクで40以上、Aランクで60以上、って所、だと思う。

 正直確認したサンプル数が非常に少なくてアレなんだけど、根拠はウチのBランク(レベル44メガネと、レベル38お姉さん)と、馴染みのAランク(レベル63酒樽の友)だ。

 ……Cランクで41レベルの料理人くんとか、Eランクなのに57レベルの暗殺者系メイドちゃんとか見ると、ランクとレベルって必ずしも一致しないんだなあ、とか思うけど。

 一応個人情報なので、配慮して名前は伏せる。

 

 メアリーちゃん? やべえ、言われてみれば確かに、思いっきり色々フルオープンにしてしまったけど、良く考えたら誰に聞かせた話でもない。

 じゃあ、この先口を閉ざしとけば問題ないと言うことで、俺は俺を許す。

 但し、以後気をつけるように。

 

 自分でも判るレベルで反省なんかちっともしていない俺だけど、そんな俺より遥かに反省と縁の無さそうなリリスは、続けてこう仰った。

「まあ、今後はリミッター外すから、アンタ、身体(からだ)に戻ってもいきなり変な魔法使わないでよね? それと、レベルは1250に戻るから」

 リミッターが本当になくなると聞かされると、色々と不安しか無い。

 今まで結構やりすぎてたと思ってたのに、これからは最大で今までの5倍規模のやらかしになると聞かされると、もう歩くことすら怖いよ。

 レベルが1450から1250に下がると聞かされても、少しも安心できない。

「心配しなくても大丈夫よ」

 不安に駆られ、いっそ屋敷から出ないニート冒険者にでもなろうかと割と本気で考え込む俺に、リリスが呆れた声を向ける。

 きっと不安になりすぎて、考えが全部ダダ漏れだったんだろう。

「今までよりも大きな力を出せるようになったけど、力を使う感覚は変わらないわよ」

 そんな事を言うリリスに、俺は隠しもしない猜疑の眼差しを向ける。

 力が今までの5倍になるけど、感覚は変わらないなんて事、有るか?

「信用しないのもいい加減にしなさいよ。大体、今までを考えてみなさいよ」

 半眼ジト目で俺を睨みながら、リリスが言葉を続ける。

「抑えてあるとは言え、レベル290……300近いレベルって、アンタ、元の世界の何倍くらいの能力(ちから)だと思うの?」

 何言ってんだコイツ、そう思いかけて流石に気付く。

 そうだ、俺は何も意識していなかったんだ。

「いくら魔導師(ウィザード)だからって、流石に300近いレベルだったら筋力だって馬鹿にならないわよ。レベル100そこそこの戦士(ウォリアー)にだって引けを取らないわ」

 まあ、普通の人間がレベル100に到達する事は不可能だけど、そう続けて、何故か得意げに胸を張る。

 ちっさい自慢か? なんて考えた所で、俺はリリスに()()を鷲掴みされる。

 いつもの癖で気軽に脳内ツッコミの心算(つもり)だったんだけど、あまりにも不用意に()()()しまったので、当然のようにダダ漏れになっていたらしい。

 いつもなら口にさえ出さなきゃ問題無かったのだが、厄介なことに今の俺はリリスと思念をリンクさせているに等しい状態で、かつ、片手に収まる程度の光の球でしか無いのだ。

「ちょっとした浮遊霊程度なら、このまま魔力を込めて握りつぶせば消滅させられるんだけど、試していーい?」

 声色から察するに、割と本気でお怒りのご様子なので、俺は必死で宥めに掛かる。

『悪かった、悪かったって! 俺は大きさに関わらずおっ……ンンッ、大好きだから、気にすんな!』

 うっかりただの変態発言が飛び出しかけたが、リリスは判りやすく動きを止めると、心持ち顔を赤らめて咳払いをする。

 うん、セクハラ発言も度が過ぎるとアレだよな。

 反省しよう、本気で控えよう、うん。

「お前が大好きとか、そんな事言ったら誤魔化せるとか、思わないでよね⁉」

 キツめのアイアンクローに耐える俺は、リリスの言葉がよく聞こえない。

 出来ることは、動きが止まった流れで力が緩んでくれる事を祈るのみだ。

 

 しかし、何故かもじもじした態度と言うか動きで、しかしきっちりと俺をホールドしたリリス。

 当然身動きが取れずされるがままの俺は、文字通り振り回される事になる。

 心の底から自身のセクハラ発言を反省し、俺はそういう方面でリリスをからかうことは辞めようと、心許なく心に誓うのだった。

 

 

 

 俺の所為で話が中断どころか、俺の存在が文字通りの意味で消滅しかけた訳だが、その事は怖いので忘れよう。

 その後も暫くは顔を赤らめつつもなんとなくツンケンしたリリスの話によると。

「出せる力の最大値が増えたからって、常に最大値で生活してる訳じゃないでしょうに」

 とのこと。

 そう言われるとなんとなく納得しそうになるが、ふと思い至って疑問を投げる。

『いやまあ、そりゃろうだろうけどさ。でも、だからって普段の力が全く変わらずって事もないだろ? 最大値が増えるなら、普段の生活で使用する分にも影響くらい出るだろ』

 俺が反論すると、リリスは腕組みして大袈裟に頷いてみせる。

「うんうん、そう思うわよね? 私もその辺少し勘違いしてたんだけど」

 言ってから、俺に向けて人差し指を突き出す。

 人を指差すんじゃありません、まったくもう。

「イリス、他ならぬアンタがその辺問題ないと、証明してくれたのよ」

 嫌に自信満々なリリスだが、俺の何処に有るかわからない脳内は疑問符で満たされる。

 俺が? 証明? 何を、いやいつ?

「まず、レベル290そこそこの身体能力で特に問題なく生活出来ていた事がひとつ」

 自信満々なリリスのドヤフェイスを眺めるも、俺はと言えばなんだか馬鹿馬鹿しい気持ちで、表情が有るなら今は俺こそがジト目を向けている場面だろう。

『お前なあ……。そんなもん、普段の生活で全力出す場面なんて無いだろ。固い瓶の蓋を開けるとか、漬物石を上げ下ろしするとか、そういう機会すらそうそう無いんだぞ?』

 我ながら極端な例だが、そんな機会すらも縁遠い生活なのだ。

 ポーションはゲーム由来の自分の持ち物で、開かない時は何しても開かないけど、使用可能な状態なら苦労すること無く開けられる、使えるモノなのだ。

 漬物の趣味もないし、日常で極端に重いものを持ち上げたり運んだり、なんて機会はそうそうない。

「ほら、アンタも自分で判ってるじゃない。日常で、フルパワー出す必要なんて無いんだから。今までの生活で馴染んだ感覚ってのは、そんなに大きく狂ったりしないわよ」

 自分の発言を逆手に取られると、なんか正論かも知れない事でも素直に受け取り難かったりしてしまう。

 ぐぬぬと一度は引っ込むものの、やはりそう簡単に納得は出来ない。

『その普段の感覚の基点が狂うんじゃないかって言ってるんだよ。今までがレベル300未満だから問題なかったかもだけど、それが1200になって尚、今まで通りに生活出来るなんて、信じ難いわけよ』

 食い下がる俺になんとも言えない表情を向けて、リリスは口を開く。

「ホントに面倒臭いわねえ、アンタは。何か……あ」

 言い掛けて、何か思い付いたらしい。

 ちょっと意地の悪い笑みを浮かべて、再び口を開く。

「アンタの好きな自転車。例えば軽快車(ママチャリ)とクロスバイク、どっちがスピードが出せるんだっけ?」

 どんな事を言い出すかと思えば。

『比べるのが可哀想な事をするんじゃないよ、そもそもの用途が違うでしょうが。スピード出すだけだったら、クロスバイクの方に決まってるでしょ』

 足回り(コンポーネント)の問題で、どうしてもその2車種だと勝負にならんのよ。

 MTB寄りのコンポーネントのクロスバイクであっても、軽快車(ママチャリ)では太刀打ち出来ない。

 それがロードバイク寄りのコンポーネントのクロスバイクだと、俺ですら平地で40キロ以上出せてしまう。

 ホントは出しちゃダメだけど、踏めば踏むほどスピードが出るのが楽しくて、つい踏んでしまうのだよ、あのペダルは。

 そして、そんな俺の本気ですら余裕で置いて行く上位存在として、ロードバイク組(ローディ)が居る。

 もう、あの連中のレベルまで行くと、ストイックすぎて遠くから応援するより他に無いのだが、乗ってる本人は平然と「いやいや、私はエンジョイ勢だから」とか言ってたりする。

 40キロで走る奴を余裕でチギるような奴を、俺はエンジョイ勢とは認めない。

 

 そんな確執は置くとして。

 

 人力を前に進むスピードに変換する事に特化しているスポーツサイクル軍団に比べて、軽快車(ママチャリ)は最大ギアであっても()()()()のだ。

 軽快車(ママチャリ)ベースで改造して、ギヤが前2枚後9枚、とかになってたら話は変わるだろうけど、そんなフレーム強度に不安しか無い自転車(ちゃりんこ)で全力踏みなんて、俺は絶対にしたくない。

「そうよね? じゃあ、クロスバイクっていうのは、常に軽快車(ママチャリ)より早くしか走れないモノなのかしら?」

 なんとなくロード乗りの本気すぎる(ぴっちりパンツ)スタイルを思い出してげんなりした俺だけど、リリスの声で女の子ローディの可愛いスカート付きウェアを思い出してほっこりする。

 あれホントに可愛いよね、考えたデザイナーは天才だと思う。

『何突拍子も無い事言いだしてんだ、そんな訳無いだろ。結局は自転車だぞ? なんなら時速5キロ走行だって余裕ですよ』

 そんな楽しかった思い出を一旦脳内から追い出して、リリスの挑発に乗ってやる。

 大人気(おとなげ)なくドヤってみせるが、無闇にやったらただの迷惑行為だから真似しちゃダメだぞ、絶対。

 言い訳すると、試しにやって見た以外で、俺は普段そんな事しないぞ?

 基本的には巡航速度は25キロで、流れが良ければ30キロ前後になるかなー、って感じです。

 極端に遅く走ることもしないけど、常に全力で走る訳でもないのだ。

 ()ーか、常に全力とか余裕がなくて危ない真似、車道で出来るか。

「ほら、出来るじゃない、力加減」

 自転車に関する回想が楽しすぎて切なくなってきた俺に、リリスのドヤ顔が炸裂して素直にウザい。

『ほらってお前……言いたいことは理解(わか)ったけどさ』

 所謂(いわゆる)市販の変速機付き軽快車(ママチャリ)の最大ギアが、平地どころかちょっとした登り坂でも軽過ぎる、そう感じる奴であっても、それが例えローディであっても、力加減が出来ない訳ではない。

 つまり、大きな力を持っていても、日常での力加減は大きく変わらない、って話に持っていきたいのだな、リリスは。

『例えが極端だし、回りくどすぎて却ってピンと来ないんだよなあ』

「なんでよ!」

 俺の反応にご不満な様子で、頬を膨らませるリリス。

 不穏な目的が見え隠れしたり、自分がお菓子を食べたいってだけの理由で酒造り始めたりするクセに、そういう反応は可愛すぎるでしょうが。

 なんなの、ギャップ萌えで俺を殺す気なの?

「ふん、でも、理屈でどうこう言うよりももっと確実な答えも有るのよ」

 表情なんてモンが無い事を確信してる俺はニヤニヤ笑いを隠しもせず、リリスはそんな俺の気配にちょっぴり苛つきを見せる。

『ほうほう? その確実な答えって何だい?』

 結構舐め腐って、俺はリリスを誂う。

「ちょくちょく、実験的にリミッター外してたから」

 そんな俺は、ニヤ気配のままで思考を停止させ、変わらないはずの顔色を青褪めさせる。

 え? なに?

 この子は何を言い出してるの?

『リミッター外したって……誰の?』

 リリスがリミッター外してたとしても結構怖いんだけど、話の流れから言って、俺の事な気がする。

 主語が無いから判断つかないし、自分自身で実験していたっていう常識的? な回答を期待する俺だったが。

「アンタよアンタ。イリスちゃんよ」

 人差し指を突きつけられた上にキチンと名前まで呼ばれてしまったら、もう受け入れるしか無い。

『人様でなんて実験してるんだお前は!』

 全然気づかなかった、俺、いつそんな状態になってたの?

 そう思って色々思い返してみるが、そもそもレベルが290くらいまで抑えられてた事すら気付いてなかったのだ。

 色んな場面を、なんならこっちに来る前の生活まで思い出すも、違和感なんて項目はひとつも無い。

 ドアを開ける時はドアの様子というか見た目で押し引きの重さをなんとなく想像して行動してたし、他の日常行動も……。

 そこまで考えて、やっと腑に落ちてきた。

 なるほど、経験の方に力加減を合わせるから、出力できる力の上限が増えても、日常では大きな不具合が発生しなかったのか。

 そうだよね、ドアの開閉に毎回全力出すバカなんて、どんな筋肉自慢でも居やしないだろうし。

『……リリスさんよ。言いたいことがやっと理解(わか)ったけど、やっぱ回りくどいし、そういう重大事故に繋がりかねない実験を軽々しくするのはどうかと思うな、僕は』

 なんだか色々がっかりしすぎて一人称が混乱して居るが、俺は悪い事をしてはいないと思う。

「だからなんで素直に受け入れないのよ、アンタってばぁ!」

 そんな俺の反応とか様子とか、諸々納得行かないらしいリリスはやっぱり不満げだった。

 

 寧ろ、なんで素直に受け入れて貰えると思えたんだよ。

 

 

 

 色々リリスに聞けて、その上で、俺の結論としては「自転車乗りたい」にしかならなかった訳だけども。

 あーでもないこーでもない、グダグダグダと文句を並べた所で、俺の身体(からだ)の方は色々な調整とかでまだ使えない事には変わりが無い。

 

 そんな感じで、もはや焦れもしないけどやる事も無い俺は、なんとなくメアリお嬢様の観察をしてみたり。

 この街で、というか俺の知る限り、2番手の強さを手にしたお嬢様。

 ちなみに俺がまだ3番手に居るってのが信じられない。

 そんなお嬢様は、俺にもリリスにも今までと変わりなく接し、凄い緩さの笑顔を振り撒いてくれている。

 最近はヘレネちゃんと並んで、俺の中の癒やし枠に収まっている。

 

 ヘレネちゃんは未だにお嬢様に慣れないようで、まだ対応中の顔色が悪いけど。

 

 ホントに、何処らへんに狂気成分が配合されているのか良く判らん。

 リリスがメアリお嬢様のレベルアップを強行したってことは、多分この街の防衛兵器にする心算(つもり)なんだろうけど。

 小悪党とか貴族様を警戒するにしては、ちょっとやり過ぎな気がしなくもない。

 じゃあ何に対する警戒なのかと考えると、嫌な予感は膨らむ。

 

 まず、あの悪食(けもの)に対して、では無いだろう。

 正直に言って、俺は生け捕りにする前提で動いていたから後手に回って結局逃したわけだけど、リリスが最初から手加減無しで動けば、今頃あの野郎は居なかった筈だ。

 ホントに、我ながら余計な事をしたもんだと悔やむ思いも有るんだが、やっちまったもんは仕方がない。

 俺の反省は兎も角、アレの相手の為に、態々戦力を増やす必要性を感じない。

 

 まあ、向こうも次会う時は、多少なりともパワーアップしてくるんだろうけど……こうなってしまうと、同情すら覚える。

 んじゃあ何を警戒してるのかと言えば、俺の手持ちに情報なんか有りはしないが、思い当たる最悪の相手と言えば。

 

 そんなもん、俺達と同種の。

 世界を渡る者(キャラクター)と、巻き込まれた者(プレイヤー)

 こいつ等しか居ないだろう。

 俺がこっちに居着いて今まで、存在を予感させる事は有っても気配を感じる事は無かった。

 だからこそ、リリスは今までリミッターを掛けたままだったんだろうし、その事実を俺に伝えることもしなかったと思う。

 だがここに来て、どういう理由でなんの危機を感じたものか、俺達のリミッター解除だけでは収まらず、同レベルの戦力を1体追加しつつ、監視網を構築しようとしている。

 その辺の事情はいずれキチンと聞かなきゃマズいと思うが、今の俺が聞いた所で身体(からだ)も無いし戦いようもない。

 俺の身体が治ったら、リリスには何処を目指すのかを色々と語って貰うとしよう。

 

 それと。

 

 リリスはこの街の防犯用の監視システムを作りたい、としか言っていないけど、どうもこう、別の何かをしたい様子がチラホラ見える。

 街をあちこち歩いて、かなり正確な地図を作り、今もその地図を眺めながら、恐らく霊脈を走らせる為の線を書き込んでいる。

 その頑張り様もなにか違和感が有ると言うか、どうもこう、今回のレベッカちゃんの件も含めて、こいつ(リリス)は上手いこと利用しようとしてる節が有る。

 それは良いんだけど、霊脈を使って出来る事って、何だ?

 それが見えて来ないので、リリスの目的が判らず、色々と余計なことを考えて勝手に不安に陥ったりしてしまう。

 

 この惑星(ほし)の記憶にアクセス出来ると言うのは聞いたけど、それをしても普通の人間では膨大な記憶の奔流に脳が耐えられるとも思えない。

 いや、スケールが大きすぎて、リリスですらまともに触れる事が出来るとも思えない。

 んじゃあ、アクセスに制限を掛けるならどうだろう、と思うが、そもそもどうやって制限するというのか、そこが思いつかないからどうしようも無い。

 それに、色々乗り越え制限まで掛けてアクセス出来た所で、そのまま「力」として使用出来るのかが疑問だ。

 俺やリリスの「同族」に対抗する切り札にでも出来るなら心強いが、現状ではリリスがかろうじて触れられるレベルの「知」の遺産だ。

 今のままでは俺には扱えないし、メアリお嬢様でも同じだと思う。

 

 区画整理をするように地図上に筆を走らせるリリスを見下ろしながら、リリスが描く図面のその先を透かし見ようとするが、俺如きでは何が見える事も無い。

 作業中のリリスを手伝うことも出来ないし、お嬢様の観察をしようにも「かわいい」以外の感想が湧かない以上、続けても仕方ない。

 俺は一言リリスに言いおいて、何か情報のひとつも拾えないもんかと冒険者ギルドの酒場(バー)へと向かう。

 こんなナリだから誰に見つかる事も無いが、だからこそ後ろ暗い連中の話を拾うのには向いているだろう。

 念話を繋げばいつでも音声の録音は出来るとリリスが凄く悪い顔で言っていたので、そんな会話に出くわしたら直ぐにリリスに連絡を取ることにしよう。

 

 

 

 タイラーくんとジェシカさんが付き添う形で、あちこち走り回る新人冒険者改め、新人ギルド職員のレベッカちゃん。

 そんな彼女が無事に生きている事を不審に思う者もまだ街には居ない。

 そんな奴が出てくるとしたら、早くても2日後って所か。

 ウチの子供組もあんまり出歩かないようにしているし、買い物なんかはヘレネちゃんかウォルターくんと一緒に動くようにしているようだ。

 

 そう言えば、レベッカちゃんはギルド職員だけど、ウチのクランに加入することになった。

 (クラス)は変更して、斥候(スカウト)に。

 走ったりする事が増えるから、そういうスキルを取得できる(クラス)にしたんだとか。

 ……だからなんで斥候(スカウト)なんだよ。偏りすぎだろ。

 それに、よく考えなくても冒険者のクランに所属する人間がギルド職員になるとか、汚職の香りが漂うんだけど問題ないのか?

 そう思ってリリス経由でタイラーくんとかに確認して貰ったら。

「グスタフの所からも何人か職員が出てるぞ。というか、グスタフがギルドの防衛班の班長だしな」

 だそうで。

 なんというか、色々甘いと言うか緩いと言うか。

 まあそう言う事ならと、気にすることを止めた。

 

 ってか、グスタフさんってクランマスターだったのか?

 タイラーくん、最初からそっちに所属する……気があったら新クランの立ち上げなんぞしないか。

 あの眼鏡の考えもイマイチ判らんけど、まあ、どうでも良いか。

 

 

 

 結局目ぼしい情報なんか手に入る事も無く日は過ぎ、リリスの図面は完成し、俺の身体の調整も終わった。

 タイミングを合わせたんだろうな、とは思うけど、口には出さない。

 

 ダンジョンから戻って今日で7日。

 

 早ければ、昨日にはレベッカちゃん達を騙し、子供を殺した小悪党が街に帰って来ているかも知れない。

 リリスから諸注意を受け、幾つか確認を行ってから、俺は意識を久々の身体(からだ)へと移す。

 

 まず知覚したのが、頭だけでは無い、全身いたる所の激痛。

 コレに関しての事前告知が無く、急だったし余りにもあちこちが痛すぎて悲鳴も出ない。

 まるで一箇所づつ確認するように痛みは引いていき、頭痛は最後に治まる。

 どんな悪態をついてやろうかと考えながら、身体を起こして感覚を確認する。

 違和感は無い。

 寝ている間に身体を拭いて貰っていた関係上、起き上がった俺は当然の様に素っ裸だった訳だが、そんなもんは手早く下着をつけて、装備を整えてしまえば問題ない。

 愛用の装備を、やはり確認しながら身につけ、いかにもファンタジーゲームっぽい、無闇に肌を露出させている装備に見た目装備(コスチューム)を重ねる。

 お気に入りの、軍服スタイル。

 途端に見た目から肌色が減る。

 あんな防御の薄そうな格好、見せびらかして歩く度胸なんぞ無い。

 性能で選んでいるんだけど、それでも恥ずかしいもんは恥ずかしい。

 

 冒険者ギルドで女冒険者とか結構居るけど、余程色んな自信も無しに、あんな格好してる女冒険者なんてそうそう見る事は無い。

 

 ……居ない事も無いんだけどな。

 流石にビキニアーマーは見たこと無いけど。

 

 装備も確認したし、最後に武器を所定の位置に吊るして収めて、それからどうでも良い考えを頭から押し出して俺は大きく伸びをすると、リリスと頷きあって部屋を出る。

 メアリーちゃんとも合流し、出掛けるレベッカちゃんと護衛組の3人を見送って、朝食を摂りながら本日の作業内容を確認し、そして俺達も街に出る。

 これからするのは、目には見えない大工事。

 

 化け物3人掛かりの、力任せの霊脈整備、まずは其処からだ。

 リリス印の防犯システム+α計画、細かい事はリリスに任せっぱなしの俺は。

 

 小悪党共をどう料理してやろうかなんて、少しだけ物騒な事を考えていたりした。




お嬢様パワーアップ。
滲む狂気を頑張って表現したいけど、無理だろうなあ。


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気分に関係なくやるべき事は降ってくる

話は湧いてこないし組み上がらないし結局引っ張るし。
タイトルも思いつかないし。
そのうちタイトル変えよう、うん。


「ほら! イリス、出力にムラが有るわよ! もっと安定させて!」

 リリスの檄が飛ぶが、飛ばされた(ほう)(はた)から見てるよりも必死な訳で。

「ちょ、ちょぉっと待ってよ? 俺も俺なりに頑張ってるんだけどね?」

 霊脈というやつは惑星(ほし)のあちこちをを駆け巡ってるワンパクさん。

 言うだけ有って、かなりのジャジャ馬だ。

 こんなモン、どうやって流れを変えるどころか整備するのかと思ったら。

「全力出しなさい! 変に加減したら、()()()()()()るわよ!」

 力尽くで軌道を変えるという、俺が考えたのではないかと誤解されそうな程の荒技だった。

 もう、能力のリミッターが解除されて力を使うのが怖いとか、そんな事言ってる場合ではない現場に突き落とされた俺とお嬢様だけど。

「あはははは! これ楽しいですねー!」

 ノリノリで魔力を振るい、霊脈を押さえつけて高笑いするお嬢様とは対象的に、色んな意味で振り回される俺はと言えば。

「あのね? こいつ、全然言う事聞いてくれる気がしないんだけどね?」

 自分の魔力と霊脈の両方に振り回され、同僚(お嬢様)のテンションの高さに恐怖を覚え、多方面に戦々恐々状態で情けない程に及び腰だ。

「そんなおっかなびっくりで、霊脈を動かすなんて出来るわけ無いでしょうが! ほら、背筋伸ばして!」

 これでリリスが偉そうに言ってるだけだったら素直に反発も出来るのだけど、コイツはコイツできっちり作業しながらだから、文句の言いようもない。

 仕事が出来すぎる上司ってホントに面倒臭いな、うん。

「あはははは! ほーら、言うこと聞きなさーい!」

 ちょっと離れた所でメアリお嬢様がノリノリで霊脈を押さえ付けてるのを見て、この子も素質有るな、ちょっと付き合い方考えなきゃな、なんて事をのんびり思いつつ。

 ようやく身体(からだ)に戻れたと言うのに、リハビリも何も無しに激務に身を晒すことになった自分に同情していた。

 

 優しい言葉がすごく恋しい、そんな俺です。

 

 

 

 リリスの引いた図面を文字通り頭に叩き込んだ俺達は、見た目はのんびり街中を散歩しているように見えて、実は上記通りの作業を行っていると言う状況で。

 半日で大まかな霊脈の整備は終わらせていたりした。

 主戦力は勿論リリスとメアリーちゃんで、俺は補助できたかどうか程度の戦力でしか無いんだけど。

 大きめな霊脈を各ギルドだったり衛兵本部を含む経路に乗せて、商店街を含む主要な大通りにそこそこの規模の霊脈を通し、そして各通りにそれ程太くない霊脈を通していく。

「後は、各建物に霊脈を通しつつ、()()()()()だけね。それは基点と終点を作りながらだから、明日からにしましょ」

 北門から南門まで、多少蛇行しながら縦断する大きめの霊脈に街の重要拠点――銭湯1号店含む――が乗っかっている事を感覚的に確認しつつ、徒歩で俺達は冒険者ギルド前の広場を歩く。

 今日もよく晴れた空の下、パン屋のオリバーの禿頭が眩しい。

 気になっていた肉巻きパンは肉巻き揚げパンに進化し、油っぽさが増した様だ。

 あんな油でギットギトで肉は固いのにパンは油でデュルデュルで食べにくくて、無闇に塩気も強い食い物、誰が買ってるんだろうね?

「あとは、冒険者ギルドでアレの操作法を教えるんだっけか?」

 俺達3人が歩く先には、当然のように冒険者ギルドが聳え立つ。

 ギルドの隣、先日まで広場の一角だった部分は銭湯になる予定の建物の建築が始まっている。

 ……まだ、基礎を作る段階だけど。

「そうね、予定だと、レイニーちゃんが先に来てる筈だけど」

 冷蔵庫を造る予定が、リリスに急に仕事と図面を突きつけられてあたふたしていたレイニーちゃんを思い出し、後で買い物にでも誘ってストレス発散させようと改めて思う。

「良くもまあ、レイニーちゃんも()()()()()造る気になったなぁ。幾ら図面持ち込みとは言え」

 この世界では当然存在しなかった物。

 そもそも想像の範囲を大きく超えている物を、図面と首っ引きで説明されて、それだけで理解できるとも思えない。

 思えないけど、錬金術師でかつ魔道具制作技師である彼女は、取り敢えず言われるがままとは言え、なんとか試作は作り上げていた。

 あの子の技術力は、俺が思っていたよりずっと高いらしい。

 俺は、注釈と細かい指定がびっしりと書き込まれた図面を思い出しただけで、頭痛と目眩を覚えるというのに。

「あの子の実力から言えば、もっと性能の高いモノも造れるわ。イリス、あなたが目を付けた子は、大したものよ」

 珍しく上機嫌で、リリスが俺を持ち上げる。

 いや、持ち上げてるのは俺じゃなくてレイニーちゃんの方だけども。

「しっかし……思い付いてもするかねぇ」

 ギルドの扉を押し開けながら、俺は思い起こす。

 

 異世界モノ名物、異世界知識やら物品の持ち込み。

 いつ頃から、リリスは考えていたんだろうか。

 

「私は設計は出来るけど、造るとなると色々ハードルが有るから。錬金術を使える人間っていうのは、ホントに貴重よね」

 その錬金術も、俺が思ってたのと凄く違うんだけど……っていうか、どっちかって言うと真◯の扉(れいのあれ)開けちゃってる系なんだけど、レイニーちゃん。

 あの子の作業風景を思い出すにつけ、ホント、リリスに同じ事が出来ない事の方が不思議に思えるレベルだ。

 あんなモン、魔法だよ魔法。

「あ、リリスさん、イリスさん、メアリーさん。お待ちしてましたよ、ご案内しますね」

 受付カウンターに顔を出せば、アマンダさんが超笑顔でお出迎えしてくれる。

 メアリお嬢様にも物怖じしない笑顔は、素直に凄いと思う。

 文字通りちょっと浮いてるし、魔力を抑えてるとは言え、完全ではないからそこそこ威圧感を放っちゃってるのに。

 寧ろメアリーちゃんは、もう少し普通の人間のフリをした方が良いと思う。

 笑顔が怖いんだよ、お嬢様。

「ありがとー。レイニーちゃんはもう来てるのかな?」

 俺は怖いのでお嬢様の有り様には触れず、アマンダさんへ意識を向け直す。

「はい、先に来て、事務所に居ますよ」

 アマンダさんが受付でも人気なのは、この、別け隔ての無さなんだろうなあ。

 そんな事を思う俺は、何故か不機嫌になったリリスにふくらはぎ辺りを蹴られつつ、アマンダさんに先導されて事務所へと足を向けるのだった。

 

 

 

 事務所に顔を出した俺達だけど、どうやらお目当ての人物達は別室に移動したらしい。

 まあ、そりゃそうだよな、なんて呑気に考えながら、目的地である会議室とやらに向かう。

 その小綺麗な、ちょっとした規模の部屋の中では、ブランドンさんとハンスさん、レイニーちゃんに加え、アルバレイン衛兵隊の総隊長さんと北門で見かけた記憶がある衛兵長さん、更には商業ギルドのアランさんとレイニーちゃんの担当のフィリアちゃん……だっけか? が、珍妙な――少なくともこの世界の人間の目には――物体を前に、なんとも言えない顔を並べていた。

 

 縦30センチに横60センチ、厚さは3センチちょっと、くらいの大きさの割に薄い板状のパネルが立てられ、縦横30センチくらい、厚さは20センチくらいの箱状の何かが接続されていて、更にその箱からはこの世界の文字を綺麗に並べた横50センチ、奥行き20センチ、厚さ1センチ程度の板も接続され、テーブル上に置かれている。

 コレが何をするものか、眺めてみてもまるで想像もつかない、そんな顔の群れだ。

 

 ……もう、わざとらしく面倒臭い言葉を並べるのがダルくなるな。

 

 ブツを目にしたリリスは満足げに頷く。

 屋敷で施策したモノよりも、更にリリスの理想に近づいていたからだろう。

 

 ホントに、こんなモンを持ち込んで大丈夫なのか?

 科学レベルとか色々無視したら、後々面倒臭いことになるぞ、絶対。

 俺にとっては見慣れたソレを呆れ顔で眺めながら、知らないフリをする事の面倒くささと疲労感に溜息を漏らす。

「おう、来たか。先にレイニーから説明は受けたが」

 俺達にチラリと視線を向けると、口を開きながら視線をソレに戻しつつ、ブランドンさんが頭を掻く。

「何が何やらさっぱり判らん。コイツで、何が出来るんだって?」

 そりゃそうだよなあ。

 レイニーちゃんにしろ、当初は言われたままに造っていただけで、コレが何なのか理解(わか)っちゃ居なかっただろうし。

 まあ、造ってる最中にリリスが「学習」を施したので、今ではコイツの意義どころか操作法まで完全らしいけど。

 ……理解(わか)らないモノでも作り方と材料さえ有れば造れるっていうのは、やっぱとんでもねぇと思うんだ。

「有り体に言えば、色々よ。差し当たっては防犯の目的も兼ねて、取り敢えず連絡を簡単に取り合う方法から教えるわ」

 防犯の為の機器がまだ出来て居ないが、コイツと冒険者ギルドに登録されている冒険者の情報が有れば、霊脈上でも冒険者の動きだけは把握出来る、って事で、デモンストレーションの場に此処、冒険者ギルドが選ばれた。

 ハードウェアが有れば、ソフトウェアはリリスが即興で作れる。

 って言うか、もう作ってある。

 

 なにせ、リリスは()()の生まれなのだ。

 

「リリス、一応聞くけど。サーバーは……どうすんだ?」

 俺は恐る恐る質問をぶつける。

 ハコが有っても、中継地点が無ければどうしようもないと思ったのだ。

「んん? 取り敢えずは霊脈そのものが回線兼サーバーね。ただ、そのままじゃ普通には使い(にく)いから、いずれは一般用のサーバーを用意しないとね」

 この惑星(ほし)そのものがサーバーとか、規模が大きすぎるし普通の人間じゃあ完全に使いこなすことは無理だろう。

 俺はリリスの解答の規模の大きさに溜息すら忘れる。

 

 この世界に産み落とされたPC……そうとしか言えない代物を前に、俺は頭痛を覚えるべきなのか、呆れるべきなのか、困るべきなのか迷う。

 こういう物は、ちゃんと段階を踏んで基礎になる知識とか技術とか、その辺を、積み重ねて行く上に作り上げられるモノだと思うんだけど。

 作らせた本人はそんな葛藤とかは全く感じていないご様子で、身内としていっそ誇らしく思えてくる……だめだ()いように言う方法が思いつかん。

「用意すんのはサーバーとかの前に、此処に至る基礎知識なんだよなぁ。俺はハードもソフトも良く判らんから、トラブった時はお前さんが居ないとどうしようもないぞ?」

 ウキウキ顔に冷水フォールは気が引けるが、変な作業をこっちに投げられても困る。

 出来ない事は出来ないと先に言うべきなのだ、うん。

 例え、リリス式学習法で色々と詰め込まれていて、思い出すと頭痛が酷いとしても、だ。

「アンタにやる気が無いことは、私が誰より理解(わか)ってるわよ。アンタは何にもしなくて良いから、どっしり構えて訳知り顔だけしてれば良いの」

 なんて事思ってたら、リリスに冷水入りのバケツを投げ返された。

 そりゃそうですよね。

 なんとも言えない顔で実際何も言えない俺を放置して、リリスは居合わせるメンバーを見回す。

「取り敢えず、今日は忙しい中、お集まり頂きありがとうございます。本日は霊脈接続型の防犯用監視網の説明と使い方、それとさっき言った通り、連絡の取り方を教えます」

 並ぶ面子(メンツ)に、リリスがいつになく丁寧な挨拶で頭を下げる。

 珍しい、と思ったが、よく考えると居並ぶ顔は冒険者ギルドのトップとナンバー2、商業ギルドの商業施設部門統括、そして衛兵隊の北門兵長と、初めて見るアルバレイン衛兵総長。

 中々に豪勢な顔触れだ。

 約2名、いや3名、だいぶ気安い関係になった顔も有るんだけども。

 考えてみたら、ブランドンさんもハンスさんもアランさんも、それぞれそれなりの地位の方々だった。

 今更接し方を変えるつもりもあんまりないけど、まあ、時と場合を弁える必要は有るらしい。

 そんな事を意識し直しながら、俺はリリスから目を離す。

 

 テーブルに置いてあるPCは、取り敢えず2台。

 

 それぞれの施設に2台ずつ支給し、必要に応じて増設を――有料で――行う、と言う事になっている。

 ちなみに、設置施設は取り敢えずは冒険者ギルド、商業ギルド、アルバレイン衛兵隊本部、そして酒造事務所だ。

 酒造事務所に関しては、別の日に操作法を伝えに行く予定になっている。

 行く行くは、きっと領主様のトコにも持っていくんだろうな、なんてボンヤリ考えている。

「連絡を取れる、と言うが……この箱でどうやって連絡を取り合うんだ?」

 ブランドンさんが、日頃の付き合い? の気安さで、本体をポンポンと叩きながら問う。

 PC本体を気軽に、軽くとは言え衝撃を加えられ、軽く頬を引き攣らせながら、リリスは呼吸を整える。

 あーあ、ブランドンさんよ、後々説教コースだぞ、それ。

「それは精密機器ですっ! 気軽にポンポンポンポン、衝撃を与えないで下さいっ!」

 せっかく息を整えたのに、それ全部吐き出したらあんま意味ないだろ。

 気持ちは判るけど、うーん。

 見た目や口調で測れる以上に短気なのよなあ、この子。

 ホントに俺の姉妹だ、って気がしてきた。

「おっ、おう、すまんすまん」

 リリスの勢いに押され、ブランドンさんがタジタジになりながら謝罪の言葉を述べる。

 俺が同じ事言っても「ハイハイ」で済ますだろうに、この野郎。

 まあ、その扱いも元を正せば、俺がやらかした事が原因だったりする訳で、何も言えないんだけども。

「と・に・か・く! 良いですか⁉ 使い方を説明しますね!」

 ブランドンさん以外は完全にとばっちりだが、プリプリ怒りながら言うリリスに誰も文句を言えず、それぞれが短く顔を見合わせてから思い思いの足取りで、リリスを囲むように集い、PC一式を覗き込む。

 

 そこから暫く、電源……じゃないな、まあ、起動の仕方からの簡単な操作法を説明して行く。

 

 ……まあ、普通に口頭で説明しても簡単に覚えられるかは微妙なんだけど、リリスには隠し技がある。

 それを予め知ってる俺は、視界に収まる一同にちょっとだけ同情の眼差しを送る。

 あまり無理はして欲しく無いんだけどなあ……()()()には。

 

 光の入ったモニターを興味深げに覗き込む一同の後ろで、リリスは胸の前まで持ち上げた両腕にパリパリと電撃を纏わせ、凄く悪い笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 リリス式の「学習方法」は文字通り脳に刻まれ、素晴らしい成果を上げるのだが、副作用も有る。

「なるほど便利なものだ。だが、覚える事柄が多いな、頭が痛くなった気がする」

 衛兵総長さんが大きく息を吐きながら言うと、ブランドンさんを含めた全員が大きく頷く。

「確かに、覚えることが多い……。しかしこの魔道具は、色々使いたい場面が有りますね」

 アランさんが若干青い顔で努めて明るく言うが、受ける面々は若干虚ろな目で乾いた笑いで答えるので、シュールを超えて最早怖い。

 みんな頭が痛い「気がする」で済ませてくれてるけど、それ、気の所為じゃないから。

 実際、痛い筈なんだ、それ。

 大体、お前ら軽く首振っちゃってるじゃん、知覚してるんだから、身体(からだ)の上げる悲鳴には耳を傾けてやれよ。

「そうなると、量産する必要が出来るけど……リリス、コイツを量産なんて出来るのか?」

 場の雰囲気に居た堪れなくなった俺は、アランさんの言葉を受けてリリスに話を振る。

 

 今回のリリスの学習……電気式直接記憶法は、改良を加えられている。

 実物を前にし、操作法を説明しながら、関係する知識を少しづつ流して行くんだそうで。

 一度に全部の情報を送り込むよりはダメージ――リリス(こいつ)、ハッキリとダメージって言ったぞ――が少なく、当然脳に無理が掛かる事も少ないんだとか。

 

 少ないとは言え脳に無理が掛かるんだな? 多用すんなよ?

 今更「使うな」とは言えないけども。

 ……決して、俺やレイニーちゃん以外の被害者仲間が欲しい訳じゃあないぞ?

 

「量産は、そうねえ……専用の工房を用意する必要があるけど、なにせ機密が多いから。それに、試験運用の結果は領主様に届けなきゃいけないから、そういう話は領主様に判断を仰がないといけないかも?」

 細い指を顎先に当てて少し顔を上げ、天井あたりを見上げながら少し考えるようにリリスは口を開く。

 わざとらしい、もう考えてんだろうに。

「でも、コレの応用の広さは今()()()説明した通りで、それを考えると……。王都に報告、なんて話になるんじゃないかしら?」

 簡単に量産出来ないし、そもそも有用性を考えるとウチの領どころか王都預かりのアイテムになる恐れも有るよ、と言うちょっと太めの釘刺し。

 予め用意していた文言だって事を、俺は知っている。

 商業ギルドのアランさんは勿論、此処に居る面々は多少の差はあれ、部下を抱える立場だ。

 

 例えば表計算ソフトなんてモンだって、使い方を知ってしまえばあれこれ応用も思いつくだろうし、メールソフトだって便利に使える事は感覚的に理解出来るだろう。

 そうなれば、ある程度数を確保して有用に使いたいと考えるのは当然な訳で。

「なるほど確かに。この魔道具の応用の広さは驚く程だが、それだけにこれは……王都に届け出た上で、王室の管理下に置くべきかも知れん」

 やっぱりまだちょっと青い顔で、衛兵長さんが腕組みすると、総長さんがそのとなりで頷いている。

 リリス自身、今説明した以上の仕様を抑えている立場上、広めたい思いと制限を掛けたい願望の間でしばし煩悶していた訳だが、最終的には制限したくても現状では制限しきれない、という所に行き着いたらしい。

 例えばリリス、もしくはリリスが監修したPCには、例えばソフトウェアのコピーガードからハードの有る部分を開けると信号(アラート)が発信される様な仕掛けを施したとしても。

 ()()()()()()なら、見てしまえば同じ物を造ることは容易だろう。

 錬金術師の確保が手間になるとしても、だ。

 

 もっと狭い範囲、例えば個人的な使用に限定してなら、もう既に作っている()()も、居るかも知れないし。

 

 ただの人間がバラして模倣(コピー)しようとしているのならリリスに対処出来ても。

 それを見てPCと理解できる様なレベルの、リリスのお仲間が勝手に造ってしまうのは気付く事も止める事も出来ない。

 

 だったら、最悪でも領主様の、持っていけるなら王都での管理に持っていってしまえば、簡単に模造する事は出来なくなる……と良いな、という淡い願望だ。

「ただ、あったら便利な物なので、衛兵隊には各分隊舎に。商業ギルドと冒険者ギルドは、必要な各部門に用意しようかと思います」

 リリスがニッコリと微笑むと、少しホッとしたような空気が広がる。

 まずは領主様に届けて、それからの話になるかと思っていたらしい。

 思いがけないリリスの気遣いに安心感を覚えたんだろうけど、違うんですよ皆さん。

 

 リリスはPC(ソイツ)を好き勝手使いたいだけなんです。

 各所に設置して色んな人間が情報を蓄積させて行けば、霊脈に直接アクセスするよりも楽なだけなんです。

 

 リリス作のPCの本質は、霊脈への簡易アクセス装置だ。

 惑星(ほし)という超巨大なサーバーを駆け巡る霊脈は、同時に強大かつ純粋なパワーをも内包している。

 直接アクセスも出来なくは無いが、リリスであっても注意を払わなければ危険を伴う。

 メアリーちゃんの覚醒? のような事柄に係る場合にはある程度そういった危険にも近づかざるを得ないのだが、そうでない時は態々危険を冒す必要は無い。

 単に離れた場所にメールを飛ばすとか、霊脈を介した防犯システムを構築して監視するとか、そういった事に使うならPCのような装置が有れば手軽に出来るし、それを使っている場所が複数有れば、その中でリリスがPCを使って居ても目立たない、そんな理由であちこちにバラ撒こうとしているのだ。

 決して善意なんかじゃない辺り、非常に好感が持てる。

 

 あ、皮肉だぞ?

 

 そんなリリスの透けて見える押し付けがましい善意は兎も角、少し緩んだ空気の中で各々考えを巡らせる一同。

 商業ギルド内でPCが必要な部門を考え、必要台数を指折り数えるアランさん。

 各支部と連絡が取りやすくて助かるな、特に南、なんて笑う総長さんに引き攣った笑いで答える北の衛兵長さん。

 醸造所に連絡取れるから、個人的に酒が注文できるな、なんて言わなくて良い事を言って笑うブランドンさんと、それを受けてハッとした顔をするハンスさん。

 その手があったか、じゃないんだよ。

 止めろ(サブ)マスター。

 

 大丈夫か? リリスの学習法の副作用で、なんか脳にダメージ与えてないか?

 

 そこはかとない不安と(リリス)に対する微かな恐怖で変な汗が滲んでくる俺だけど、まだ逃げることは許されない。

 俺は隣に立つお嬢様に視線を向けると、案の定というか、ニコニコと笑顔を浮かべて、ちょっと浮いた位置からみんなを少し見下ろすようにしている。

 ……今更だけど、こんなモンスター感あふれる佇まいで、誰も気に留めていないってのも凄いモンだと思う。

 普通に討伐命令とか出やしないもんだろうか?

 今のメアリーちゃんを討伐とか、多分国を挙げても無理だと思うけども。

「どうしたのー? イリスちゃん、私に何かついてるかなー?」

 変わらずにこやかに俺の方に顔を向けるメアリーちゃんに、俺は「まずは地に足をつけよう」なんて思ったけど口にせず、力なく首を振る。

 続けてリリスへと目を向けると、見た目では分からないが、皆の話を聞きながら、実は意識の半分は此処には無い、という状態だ。

 多分、さっきブランドンさんから提供された、この街の冒険者ギルドにギルドカードを提出した冒険者のリスト、そのデータと霊脈ネットワークを使って()()しているのだろう。

 無論、例の小悪党(こあくとう)とその仲間を、だ。

 リリスは素知らぬ顔で早速霊脈ネットワークを使用し、俺とメアリーちゃんに冒険者ベータベースを送って来ている。

 だから、実は俺も同じ事をしていて、かつ、既に見つけても居る訳だが。

 判りやすいくらい、連中は一箇所に集まっている。

 

 この会合はまだ質疑応答や今後の動き等、色々と続きが有る。

 主催というか、説明役のリリスはこの場を離れる訳には行かない。

 俺はもう一度、諦め顔でメアリーちゃんと目を合わせる。

 リリスは動けないから、()()()()()()()()()()()目標の確認が出来次第、俺達が動く手筈になっていたのだ。

 

 リリスと同じく霊脈に直接アクセスできる、俺とメアリーちゃんが。

 

(わり)ぃ、ブランドンさん。そろそろ酒造所に顔出す時間だから、俺とメアリーちゃんは抜ける。リリス、後は頼むぜ」

 予め決めていた通りの言い訳を使うと、メアリーちゃんも頷いて俺の隣まで降りてくる。

「ああ、()()()()()()()()()()()()。悪いんだけど、お願いするわ、イリス。メアリーちゃんも、お願いね?」

 にこりと、リリスが可憐に、邪悪に笑う。

 仲間の身を守るためだから、いい加減俺にも手を汚して見せろと、そういう事だろう。

 俺は溜息を友に(きびす)を返すと、メアリーちゃんと連れ立って会議室を後にする。

 足取りは重いが、気が進まない訳では無い、そんな自分の心持ちに何処かひんやりとしたモノを感じながら。

 

 

 

『ねーねーイリスちゃん、真っ直ぐ向かうんだよねー?』

 パワーアップしたお嬢様と脳を完全新規で作り直された俺、2人で新技「思念話(しねんわ)」で会話を繰り広げつつ、足は広場を抜け、西の外壁方向へと歩く。

 酒造所に向かうなら方向が違う訳だが、それを見咎める人間は居ない。

『そーだなぁ。まあ、周囲の目をある程度気にしたい所だけど……どうもただの貧民街(スラム)っぽいし。冒険者じゃなくても、連中の仲間なら全部()()んで良いんじゃないかな』

 我ながら物騒かつ短絡的なお返事だ。

 実際の所、あんまり良い案とは思って居ない俺だけど、()っといたら身内に危険が及ぶとなれば是非も無い。

 身内と言えば、リリスにばかり手を汚させる訳にも行かないし。

 

 ……リリスの場合、手を汚す理由が酷いので、責める心算(つもり)は無いけどあんまり並びたくも無い、そんな複雑な心境だけど。

 

『あのねー、私ちょっと試したい事もあってー。出来れば、任せて欲しいなー、なんて』

 隣でテンションの上昇と共にちょっと高度も上げちゃってるお嬢様が、楽しそうに何やら物騒な事を言っている。

 ちょっと乗り気過ぎて怖いんだけど、だからって任せっぱなしには出来ない。

『あー、せめて目当ての小悪党(こあくとう)だけは俺に任せてくんない?』

 自分のモチベーションを上げる意味でも、俺はメアリーちゃんに告げる。

 今や身内のレベッカちゃんを陥れようとした、それも許せないが。

 騙した子供を刺した、その性根(しょうね)も許し難い。

 上手いこと(ちから)の制御が出来るかイマイチ不安だけど、まあ、なんとか上手い事やろうか。

『うん、じゃあ、残りは全部貰うねー?』

『全部って、ちょっと、お嬢様?』

 やけに()る気に満ちたメアリお嬢様に別の不安を強くしながら、俺達は歩みを止めない。

 空模様は快晴。

 気が晴れない所為か、やけにくすんだ青空を見上げつつ、俺達はどうでも良い事の様な会話を繰り広げていた。




次の次くらいの話は思い浮かんでて気は急いてるんですが、次の話は……うーん。


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禁足地

進めちゃいけない一歩もある。


 一度はリリスが焼き払った貧民街(スラム)、というか流れの冒険者を含む違法な住人達による手作りハウス群。

 どこから板切れなんぞ集めて来たものか、チラホラ復活しているのを見ると乾いた笑いが出る。

 

 これで必死に生きてるだけの人達だったら笑いもしないしちょっかい出す気も湧かないんだけど、冒険者登録してるだけの犯罪者集団だと思うと、慈悲も引っ込むというものだ。

 

「……馬鹿どもが、居るのは(わか)ってるんだよ。せめて抵抗くらいさせてやるから、武器持って出てこい雑魚(ザコ)ども」

 声を整えて、朗々と告げる。

 告げてから気付く。

 やっべ、名乗ってないから連中も何の事やら(わか)らんだろ。

「ノスタルジアのイリスだ。ウチの身内に下らん喧嘩吹っかけてくれたからな、礼に来てやったぜ馬鹿ども」

 名乗ってやると、脳内レーダーに映る光点が動く。

 リリスが人間離れした方法で霊脈に落とし込んだ冒険者データベースを利用しているので、その光点が全て冒険者登録してある事が(わか)る。

 あと、ついでに連中の名前とか(クラス)とかも。

 

「ノスタルジア? 新入りのちんちくりんが、何の用だ?」

 板っ()りの一部が開き、冴えないオッサンが顔を出す。

 どうでも良いけど、それドアなん? 何処から出入りしてるかと思ったけど、壁がスライドしたのは驚いたぞ。

「ウチのモンに手ぇ出した、その落とし前着けに来たっ()ってんだろうがハゲ。残りも毟るぞこの野郎」

 例によってハゲてるかどうかは分からない。

 なんかメットっぽい物を(かぶ)ってるから(わか)らんのだけど、まあ、きっとハゲてるんだろう。

「誰がハゲだ、このちんちくりん! 大体なにが落とし前だ、お前らに喧嘩売った覚えなんぞねぇよ!」

 威勢よく吠えてるけど、こっちに喧嘩を売ってくる心算(つもり)は無いらしい。

 さてさて、北門で暴れた件か、領主様のお気に入りって噂の所為か、どれが引っ掛かって喧嘩売って来れないのか知らんけど。

 

 俺には関係ない事だ。

 

「蝙蝠洞窟でウチのモンの仲間を刺し殺して、身に覚えがないも()ぇだろうがよ」

 一呼吸置く。

 言おうか言うまいか、すべきかどうか迷っていたのだが。

「蝙蝠洞窟ぅ? なんの事だか」

「ウチのレベッカを騙してノービス共々洞窟に連れ込んで、囮にして捨てて来たんだろうが」

 流石にレベッカちゃんの名前に覚えは有るらしい。

 オッサンの表情が強ばる。

 

 そう。

 この、今俺に対峙しているオッサンこそが、レベッカちゃんから聞いた――偽名だったが、ブランドンさんやハンスさんが特徴から割り出した――適当な甘言で騙してダンジョンまで連れ込んだ当人なのだ。

 いやあ、このデータベースは便利だねえ、名前やらが一発で(わか)る。

 当然部外秘のモノだし、俺やリリス、メアリーちゃんが握っていることは秘密だけど。

 

「何の事だ! 俺はそんなダンジョンには」

「当のレベッカから聞いた。偽名使ったらしいが、人相やらを聞いたギルドマスターがお前だって気付いたんだよ」

 言いかけるハゲのセリフを、バッサリと断ち斬ってやる。

 ギルドマスター(ブランドンさん)まで絡んで来てると知り、オッサンの顔色が変わる。

「あの小娘、生きてやがったのか? あの数の魔物の中で……」

 なんでそうも簡単に自白なんかしちゃうのかな?

 基本的に人が良い?

 

 そんな訳はない。

 

 オッサンの様子と言うか、どうも形勢が悪いと見るや小屋の中から、いや、周りの掘っ立て小屋からも、ゾロゾロと人影が滑り出してくる。

 どいつもこいつも冒険者崩れ。

 たまたま街中に散ってたのが、場所が()いたってんでこぞって集まって来たんだろう。

 誰がどういう理由でこの場所を()けたのか、そんな事も知らないで。

「ハッ。雑魚(ザコ)と三下共がうじゃうじゃと。寄り集まって酒造所でも脅してやろうって魂胆か? ()()()もウチの縄張りなんだよ、馬鹿どもが」

 ことさらに朗々と、歌うように告げる。

 俺もお嬢様も、完全に魔力を抑え込んで威圧感はゼロ。

 コイツ()には、ただの調子に乗ったガキにしか見えていないだろう。

 例え、色んな噂を聞いていたとしても、だ。

「コイツを消して、そのレベッカとかいう小娘を殺せば問題ないんだろ? 酒もせびり放題だ、()らん理由が無いだろうが」

 絶対的多数、そんな程度の安心感の中で、気の大きくなった三下が嬲るように笑う。

 唯の小娘相手に、人数居なきゃ威張れもしない小物がまあ、偉そうな事で。

 先のハゲを押しのけるように3人、両サイドから2人づつが先鋒……っていうか、もうそれで十分だと思い込んだ顔で出てくる。

「けっ。お前らも好きだな。ガキの何が良いか(わか)らん。ああ、そっちの上玉は俺も楽しませて貰うかな」

 お約束過ぎる三下らしいお言葉だが、それは素直に俺の逆鱗に触れる。

「この野郎、誰がガキだコラァ!」

 反応が子供そのものだ、そんな声と眼鏡の反射が脳内で瞬いたが、無視する。

 そりゃあメアリお嬢様は出るトコ出てて引っ込むトコは引っ込んでるワガママボディの持ち主では有るが、俺だって一応出るトコは出てるだろうが!

 

 だから腹の事じゃねぇって!

 

 憤懣やるかたない俺が短杖(ワンド)に手をかけた所で、すい、と、お嬢様が俺を手で制す。

「まあまあまあ、イリスちゃんのお目当てはお任せするからー」

 コロコロと転がるような、軽い声。

 いつも通りのお嬢様ボイス、の筈なんだが。

「イリスちゃんの身内は私の身内も同然だものー。私だってー」

 俺ですら抵抗が困難に思える程の強烈な気配が、周囲を押さえつける。

 

「怒ってるんだよー?」

 

 狂気の深淵不死姫(アビスリッチ)

 穏やかな笑顔のまま、その内包する魔力を周囲を圧し潰そうとするかのように発している。

 

 これでもまだ、手加減してるんだぜ?

 

 お嬢様の底知れ無さに改めて肝を冷やす俺と、何が起こったか理解出来ていない冒険者崩れども。

 口々に怒号を上げ、混乱の最中(さなか)冒険者崩れ(コイツら)は、本当に理解(わか)って居ない。

 

 理解(わか)った時には手遅れ、なんて事は、案外身近に転がってくるモンなのだ。

 俺はさり気なくお嬢様に道を譲る。

 そんな俺ににこりと笑顔を向けてから、その目から笑みを消す。

 それを見ただけで、俺の背中が粟立つ。

「まず死にたいのは、その7人なのねー?」

 実際の所、迷いがなかったと言えば嘘になる。

 まだ、積極的に人を殺すのもそれに加担するのも、抵抗が無い訳じゃない。

 だけど、あの悪食(ケモノ)と、目の前のコイツ()が教えてくれた。

 

 俺が手を拱いて馬鹿を逃せば、無関係の人間が巻き込まれる。

 

 あの野郎(あくじき)の復讐劇の際には、汚職に塗れた一領主がほぼ全滅したらしいが、その領主の私兵や街の衛兵も大勢犠牲になったと言う。

 私兵はまだしも、っていうとアレだが。

 衛兵は、純粋に街を守りたかっただけの若者だって居ただろう。

 自分とこの領主が腐ってようが、そこで生活している家族、仲間、守りたいものは有っただろう。

 そう言った想いも纏めて、悪食は細切れに食い散らかしたのだ。

 復讐の()()()で。

 

 ここに居る冒険者崩れだって、偶々(たまたま)俺達が近くに居たからレベッカちゃんは助けられたものの、3人中2人は殺している。

 俺達が居なければ、多分レベッカも死んでいただろう。

 これまでもそういった事をして来たんだろうし、これから先も、生命(いのち)の続く限り同じ事を繰り返すだろう。

 

 改心なんて、余程衝撃的な事でも無ければ出来やしないし、況してや楽に生きるために手を汚すことを躊躇いもしない連中だ。

 挙げ句、コイツ()の後ろにはとある貴族が付いている。

 生きたまましょっ引いても、モンテリアに連行どころか、その日の内に適当な理由をつけて釈放され兼ねない。

 そういう連中が口先で改心なんて言った所で、信用できる訳なんか無い。

 

 同じ土俵に降りる様で凄まじく気が乗らないんだが、それすらも多分、手を汚したくない俺の言い訳に過ぎないんだろう。

 綺麗事じゃ済まない事もまた、案外身近に潜んでいるモンだ。

 

「悪いね、メアリーちゃん。俺ももう、覚悟は出来てるから」

 お嬢様の様子に何かがおかしいと気付いたのか、連中は短く意味のない言葉を上げては居るが、まともに動ける様子は無い。

 押しつぶされそうな異様な雰囲気の中、俺は静かに。

 仮面越しに呟く。

 

「やっちゃってくれ」

 

 少しづつ漏れ出していた魔力が、俺の一言で一気に押し出される。

 禍々しく(うね)る様な魔力が周囲の空気に取って代わり、お嬢様の身体(からだ)がゆっくりと浮き上がる。

 威圧感に晒されパニックを起こしていた馬鹿共の内1人が、ハッとしたように武器を構え直すが、遅すぎる。

 釣られるように弓を、投げナイフを構える連中に、不死姫は笑みを湛えた口元で、笑っていない眼差しで告げる。

 

「死になさい」

 

 凍り付く程に冷たい一言。

 その瞬間、俺達を半包囲する様な位置に居た筈の7人は、足元に湧いた影に呑まれる。

 派手な音も無く。

 炎が爆ぜる事も、氷の華が咲く事も無く。

 

 一瞬で、7つの生命(いのち)が呑まれて消えた。

 

 俺は、俺の知らない魔法と、それを躊躇いもなく使ったお嬢様に恐怖する。

 あれを、俺は躱せるだろうか?

 或いは、レジスト出来るんだろうか?

「……は? お、おい? トマス? ハンク? ……野郎、何処に消えた⁉」

 お嬢様の魔力に気圧され、そして仲間が一瞬で7人同時に消えた事で、途端に浮足立つならず者共。

 俺は溜息を()く。

 脳内レーダーの反応は綺礼に7人分消失。

 呆気ないにも程が有るが、お嬢様は最初から手加減も容赦もする気は無かったらしい。

「みんな死んだわよ? 死体も出てこないくらい、遠くて暗い所で、ね?」

 お嬢様の語尾が間延びしていない。

 そして、お嬢様は地上に降りてくる事も無く、地上を睥睨したままだ。

 転移系の魔法だろうか?

 遠く、暗い場所。

 宇宙空間か、それとも別の何処か、なのか。

 

 ――今は置くが、いつこの力が俺に向くとも限らないし、この魔法を使えるのがお嬢様だけとも限らない以上、リリスと()()話し合う必要が有りそうだ。

 

「お嬢様、今の魔法は?」

 答えが来るか(わか)らないが、なんとなく問い掛ける。

深淵の呼び声(アビスコール)っていう、下位魔法だよー? まあ、私の能力(ちから)が凄く上がったからー、ちょっと下位とは言えない規模になってるかもだけどー」

 お嬢様は、何の衒いもなく普通に教えてくれる。

 えっと、普通に教えてくれるんだね?

 俺は呆けそうになりそうな所で気を取り直し、そっと霊脈に瞬間アクセス。

 

 へへへ、俺も「簡単な」アクセスなら、出来なくはないんだぜ?

 ……リリスの調整のお陰だけど。

 

 深淵の呼び声(アビスコール)

 闇系統空間魔法。

 対象複数(2~4人)を10秒程度の時間を掛けて亜空間に引き込む。

 レベルに応じて補正有り。

 引き込まれる際にレジスト可能。

 

 仮面付けててホントに良かったと思う。

 補正効き過ぎだろ!

 4人? 7人を1秒掛けずに飲み込んでたぞ!

 あんな一瞬の出来事に、レジストなんて出来んのか⁉

 一瞬でそこまで流れるように突っ込んで、俺は呼吸を整える。

 うん、後でリリスと対策を練っておこう。

「……下位魔法って規模じゃなかったね。まあ、横から水差(みずさ)してゴメン。続きをどうぞ」

 俺が小さく謝ると、お嬢様を見上げていた冒険者崩れの1人、(わか)りやすく杖を持っている男がワナワナと震えだす。

 おやおや、魔導師(ウィザード)崩れか、はぐれ魔術師か。

 今回の、敵方の解説役ってトコかね?

深淵の呼び声(アビスコール)……! リッチの使う魔法だ! こ、この女、魔物(モンスター)だ!」

 宙から見下ろすお嬢様を今更人間でないと認識したようだが、色々と遅すぎだろう。

 ちらりと視線をお嬢様に向けるが、お嬢様は表情を変えていない。

 ……凍りつくような笑顔が、張り付いたままだ。

魔物(モンスター)とは、言ってくれますね? 冒険者(どうぞく)を襲って殺して奪うような輩が、身の程を弁えなさい」

 裏切りとかそういう事が心底(きら)いなメアリーちゃんが、底冷えするような声と眼差しを、はぐれ魔術師に向ける。

 

 信頼していた家族、その家長に殺されるという、ある意味最悪な裏切りに遭っている彼女だから。

 そう言う行為には、殊の(ほか)嫌悪を示すのだろう。

 

 だからまあ、言ってしまえば。

 コイツ()は、最初からお嬢様の逆鱗に触れていたのだ。

 ……もしかしたら、俺以上の能力を持つお嬢様だから。

 此処に居る冒険者崩れ全員の、過去の所業を「検索」済みなのかも知れない。

「パ、パウエルはどうした! あいつは一応、神聖魔法が使えるんだろう!?」

 冒険者崩れの一角から怒号が飛ぶ。

 ふぅん?

「や、野郎は居ねえよ、今日は説法がどうとか……!」

 別方向から、返事が返る。

 ほうほう、へえぇ。

 馬鹿が相手だと、色々楽で良いね。

 そっかぁ、馬鹿共に手を貸す神職者が居るのかぁ。

 例の貴族様絡みなのかな?

 

 言い忘れてたけど、お前らの発言、全部録音(とっ)てるからな?

 まあ、コイツ()には教えても意味ないから言わんけど。

 

「あら。教会の関係者でも、お仲間に居るの?」

 お嬢様が冷たく問う。

 ああ、こういうセリフの時にはセリフのフォントが変わるんだろうな、なんて場違いなことを考える俺。

「そ、そうだ! お、俺達に手を出すって事は、教会に、聖教国に喧嘩を売るって事だぞ! 今なら……」

 馬鹿の1人が、何に気がついた心算(つもり)か、それでも震える情けない声で恫喝しようと試みているようだ。

 呂律が怪しい事も、今此処に居ない権力を振り翳してみせる間抜けさも、みっともないへっぴり腰も、何もかもが情けない。

「あらあら。だ、そうだけど? イリスちゃん、どうする?」

 メアリお嬢様の声が俺に向く。

 間延びしていないだけでいつもと同じ調子の筈だが、何処か楽しそうだ。

「そうだなぁ、どうすっかなぁ」

 答える俺も、声に馬鹿にしたような嘲笑が乗る。

 余裕で尻尾切りされそうな三下共が、自分でも無理があると(わか)るセリフを並べるのも滑稽だけども。

「今なら、何だってんだ? 今更助かるとでも思ってんのか間抜け」

 俺も、抑えていた魔力を解放してやる。

 お嬢様の魔力に当てられて、既に腰砕けになっていた馬鹿共が、完全に動けなくなる程度に。

 

「教会が出てくる? 聖教国とやらが動く? だからどうした? お前らが死ぬことには何一つ変更なんか無いぞ?」

 

 散々粋がっといて、形勢が悪くなると見るや虎の威を借りる。

 そういうの、見てて気分の良いもんじゃ無いんだよね。

「ば、馬鹿か、聖教国が怖くねぇのか⁉」

 地べたにへたり込みながら、それでもまだ、なけなしの虚勢を張る声。

 レベッカの仲間を――子供を刺したハゲだ。

 俺は幾重(いくえ)にも気分を悪くして、仮面越しに睨む。

 仮面越しの筈だけど、男はそれだけでもう声も出ない。

「お前らみたいな三下と一緒にすんなよ、ハゲ。俺の仲間に手ぇ出すって言うならな」

 態々説明してやるのも癪なんだが、俺は優しいので諭してやる事にする。

「聖教国だろうがなんだろうが、問答無用で敵だよ。真正面から叩き潰してやる」

 一歩。

 たったそれだけ踏み出して、言ってやっただけで。

 全員が、言葉を失くしていた。

「あらあらあら、イリスちゃん、それは随分大胆な宣言よ?」

 不死姫モードのお嬢様が、コロコロと笑う。

 いつものぼんやり可愛いお嬢様と違って、なんか、うん。

 こういうお嬢様も悪くない。

「でも、私も同感」

 お嬢様が艷然(えんぜん)と呟くと、馬鹿共の凡そ半数――12、3人の胴体に、黒い孔が()く。

 何事かと思う間もなく、その()()()()()()()()()()()()()()吸い寄せられる男達。

 恐怖と激痛で迸る悲鳴さえ、その孔に呑み込まれて行くようだ。

 凄まじい絶叫が上がっている筈だが、その音量は決して大きくない。

 自分の身体(からだ)に開いた孔に向かって吸い寄せられるって、その恐怖たるや想像したくもない。

 お嬢様、いやお姫様は随分とエグい事がお好みのようで。

 あれよと言う間に当初の半分以下まで数を減らし冒険者崩れ共は動く事も出来ず、まともに口も動かせないので意味のある命乞いも出来ない。

 俺はこの魔法も気になったものの、なんか怖いので確認は後にしようと決める。

 それに、そろそろ俺も動かなければ。

「メアリーちゃん、ありがと。こっからは俺がやるよ」

 俺が更に前に出て、お嬢様にストップを掛ける。

 そんな俺の行動に何を勘違いしたものか、安堵に顔を緩ませた男2人の胴体が袈裟に斬り裂かれる。

 悲鳴が上がるが、その程度では終わらない。

 切断面から身体(からだ)が少しずれているものの、血が吹き出してこない、そう思った瞬間。

 2人の身体(からだ)がそれぞれ、その切断面に吸い込まれていく。

 先程の孔が、切断面に変わった様な物だ。

 斬られた筈の2人は尚絶叫を放つが、やはりその声も呑み込まれていく。

 

「ちょっと楽しくなってきたのにー、イリスちゃんの意地悪ー」

 お嬢様が地上に降り立ちながら、頬を膨らませている。

 不死姫様モードは、解除してくれたようだ。

 

 まだ魔力は収めてないけど。

 

「ごめんて。でもさ、俺も(いら)ついてるし、ちょっとは譲ってくれると嬉しいんだけどな?」

 なんとなくお嬢様の肩を揉みながら、宥めに掛かる。

 ()っといたら、この状態からでも余裕で皆殺しにし兼ねないからなぁ。

「うん、イリスちゃんはクランマスター? だもんねー。それは怒ってるよねー」

 聞き分けの良い感じでにっこり笑って、メアリーちゃんが俺に顔を向ける。

 

 まだ、目が笑ってない。

 

「そりゃそうよ。メアリーちゃんが怒ってくれるのは嬉しいけど、ちゃんと俺もやんないと」

 お嬢様にひとつ頷いて、俺は男共に顔を向ける。

「舐め腐った馬鹿が調子に乗るからな」

 

 左手に魔力の宝珠を、右手に短杖(ワンド)を構え、短く呼吸を整える。

 人を殺す事に――例えそれが悪人だろうとも――抵抗は有るが、引っ掛かりは俺が思っていたよりも小さかった。

 

 出力を抑え、発射距離も短く設定したとは言え、10本の収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)がそれぞれ獲物を、男共の下半身を吹き飛ばす。

 一瞬で腰から下を失った連中は、思い出したように全員が同時に地面へと落下する。

 響き渡る悲鳴。

 今度は何処かへと吸い込まれる事も無く、悲鳴は悲鳴として機能する。

 役に立つかは別として。

「とは言え俺は優しいからな。遺言くらいは聞いてやるぜ」

 軽く短杖(ワンド)を振りながら、唯一五体満足でへたり込む男――主犯のハゲ――に向かって歩み寄る。

 周囲では、「痛い」だの「助けて」だの、弱々しい声が渦巻いている。

「遺言くらい、気の利いたこと言ってみせろよ。徹頭徹尾、唯の雑魚(ザコ)じゃねえか」

 道すがらの掃除よろしく短杖(ワンド)で――魔踊舞刀(まようぶとう)で死にかけの雑魚(ザコ)どもを細切れに斬り払いながら、足を止めない。

 

 もう、言い訳は効かない。

 

 背後で、お嬢様が満足げに頷いた気がした。

 這いずる雑魚(ザコ)共を綺礼に細切れにしてから、俺は男を見下ろす。

「で? お前の遺言はなんだ? 言ってみろよ、覚えてなんかやんねぇけど」

 振り上げた右手の短杖(ワンド)――ナイトウォーカーを、アイテムボックスを駆使して剣――クライング・オーガに持ち替える。

 とっさに言葉も無い男に、俺は自分の前言を無視するように振り下ろす。

 迸る絶叫と、飛ぶ左腕。

 返り血が気持ち悪い、そんな事を思いながら、俺はもう一度腕を振り上げた。

 

 

 

 馬鹿共の死体は、「黒虚空(くろうつろ)」という魔法――ローカライズ班に患っている人間が居るらしい――で纏めて亜空間へ吸い出した。

 お嬢様の魔法と違って、地面やら要壁(ようへき)の表面やらを巻き込んでしまい、一種異様な風景になってしまったが、まあ良いだろう。

 馬鹿共、と言うか主犯のハゲを締め上げて聞き出した話はきっちり音声ログとして録音(とっ)てある。

 

 返り血は、清浄(クリーン)の魔法で洗い清めた。

 

 そもそもなんであんな洞窟の浅層で凶行に及んだかと言えば、連中の後ろに居た貴族様の尻拭いと言うか。

 馬鹿貴族のバカ息子が冒険者気取りで取り巻き連れて魔核迷宮(ダンジョン)に潜ったは良いが、たまたまあの魔核迷宮(ダンジョン)の活性期にカチ合い、取り巻き数人を犠牲に泣きながら撤退。

 活性期っつーのは何かって言うと、そのものズバリの魔核迷宮(ダンジョン)が「生物」として活性化している期間なんだそうで。

 各ダンジョン毎に違いは有るらしいが、概ねトラップが一時的に増設されたり魔物が普段の数倍規模で生成されてたりと、かなりの()る気状態だとか。

 捕食期って説と、何らかの原因でダンジョンの魔核(コア)が弱っている為、防御の為に行っている、って説が有るらしい。

 それって両方なんじゃないのか、とか思うけども、割と他人事なのでその辺の事は割愛する。

 

 ……んで、逃げ出したのは良いものの、その際に勝手に持ち出した家宝の短剣を落としてきたとかで、一応本物の冒険者であるあのボンクラ共に回収依頼、というか命令が出たんだそうだ。

 理解(わか)り易いレベルの馬鹿のテンプレに、感動すら覚えるな。

 命令とあらば動かなければならん訳だが、活性期と分ってる魔核迷宮(ダンジョン)にのこのこ入りたがる馬鹿は居ない。

 じゃあ新人でも騙すかと考えたが、冒険者ギルドではその辺の情報は既に出回っていたとかで……。

 

 んん? 俺はなんの下調べもしなかったけど、タイラーくんやジェシカさんが知らなかったとは考え(にく)いんだけど。

 あいつら、まさか知ってて言わなかった? 楽しんでたか、さては?

 後で問い詰めよう。

 

 兎も角、ルーキーですらまともに話を聞いてる連中なら同行を渋る状況だったので、街の外で薬草採取してる冒険者を見つけて声を掛け、浅い階層だから危険はないと騙した上で、更に魔核迷宮(ダンジョン)で有ることは隠して居たのだと言う。

 普段から薬草採取や街中の依頼をメインにしていたレベッカちゃんは、アルバレイン付近の魔核迷宮(ダンジョン)の位置情報なんか知る筈もなかったから、簡単に騙されたって事だろう。

 で、予め馬鹿息子から聞かされていたルートを辿り、家宝の短剣を見つけた所で少しルートを外れ、子供を刺していつもより増量されている魔物たちを呼び集め、自分は隠れてほとぼりが冷めるのを待っていた、という状況らしい。

 

 あの時近くに居たらしいのだが、聞けば俺達を見かけていないし、特殊なアイテムを使って身を隠していたから周囲の状況が詳しくは(わか)らなかったらしい。

 冒険者崩れ風情が、特殊なアイテムを、って所にキナ臭さが漂うんだが、まあこの際どうでも良い。

 そうしてお宝持ってホクホク顔で戻ってみれば、どういう訳か自分が冒険者ギルドに手配を掛けられていると知った、と。

 馬鹿貴族の手の者が、冒険者ギルド内部に居るらしい。

 そいつはレベッカちゃんとハゲに関係があるなんて知らないが、どういう訳かハゲがマークされていると言うことは知れたのですぐさま貴族様に報告。

 で、お宝を届けたハゲに怒鳴り散らしたんだとか。

 

 あの貧民街(スラム)跡に雁首揃えていたのは、場所が()いたからってのと、貴族様から早急になんとかしろ、なんて無茶を言われてどうしたもんかと頭悪いなりに考えていたんだそうだ。

 今となっては悩む必要も無くなったから、感謝して欲しいもんだ。

 

 馬鹿貴族に関しては、取り敢えず俺は現状では無視。

 ただし、領主様には証拠付きで密告(タレコミ)予定だ。

 どうせ近々、PC持って顔出しに()かなきゃならんのだし。

 

 問題は、俺の気分だ。

 身内の、なんて言い訳付けてるけど、結局は自分が気に入らないってだけの理由で人を殺した俺は、この先どうなるんだろうか?

 上の空で酒造所に顔を出し、簡単な状況報告を受けた俺とお嬢様は、土産と称して渡されたウォッカの瓶をアイテムボックスに仕舞うと努めて陽気に振る舞ってゴブリン村を後にする。

 お嬢様が居るというのに上の空な俺は、冒険者ギルド(まえ)広場も半ばという所で漸く、ギルドハウス前に立つリリスに気がついた。

 

 俺は、俺が思った以上に他人の生命(いのち)に無頓着で。

 ……今までと同じ様に、仲間たちに向き合えるのか。

 ぐだぐだと考えるが、答えは見ないように努めていた。




戻れない道もある。


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見上げる空はいつも青くて

晴れない心で、汚れた手を見る。


 天気が良いってだけで憂鬱になるってのは、きっと寝不足なんだろう。

 一向に晴れない気分でそんな事を考えるけど、面白くもなんとも無い。

 ガタガタと揺られながら眺める、四角く切り取られた青空はやっぱりくすんで見えた。

 

 

 

 俺は小悪党(こあくとう)もとい馬鹿共を掃除して戻った時、多分酷い顔だったんだと思う。

 仮面を付けてる筈なのに、それと判る程に。

「……お疲れ様。こっちも終わったし、帰るわよ」

 リリスが短く言い、レイニーちゃんは言葉を飲み込んだ。

 隣では、メアリーちゃんが俺と同じ歩幅で歩いてくれていて、リリスとレイニーちゃんがそれを挟むように並ぶ。

 まるで、俺を守ってくれるように、歩調は俺に合わせて、ゆっくりと。

 

 そんな仲間の気遣いに気付くことは出来たけど、嬉しくもないし、楽しくもなかった。

 

 屋敷に帰り、ウォッカを呷った俺は無言で部屋に戻り、そのまま就寝した。

 人間じゃ無い癖に、人並みに眠れる事すら腹立たしかった。

 

 

 

「どーしたコラァ! 辛気臭いツラしやがって! そういう時は呑んどけ!」

 朝飯食ってぼーっとしてたら、いつの間にか俺はタイラーくんとジェシカさん、それとリリスにお嬢様と言う面子(メンツ)で冒険者ギルド、というかいつもの酒場(バー)でヒゲ眼帯こと酒樽の妖精にガッチリと捕まっていた。

 俺は確か、レベッカちゃんの出勤の見送りで付いてきただけの筈なんだが。

「うるせーし(いて)ぇってんだよこの……! 耳元で騒ぐんじゃねぇよ!」

 昼前からハイテンションで酒を浴びる妖精さんに負けじと怒鳴り返すが、当然のように俺の話なんざ聞いちゃいない。

 人がジメジメと暗く落ち込んでるってのに、なんなんだこの野郎は……!

「アンタは()っといたら1人で抱えて落ち込んでるまんまでしょうが。全く面倒臭いんだから。呑んで忘れなさい」

 リリスが妖精さんの反対側で特製蜂蜜酒(ミード)を嗜みながら言う。

 日中からウォッカを飲む気は無いらしい。

 ……一応言っとくけど、ミード(ソレ)も酒だからな?

「おう、なんだか分からんが、グチグチ悩んでても仕方が無いぞ? 塞ぎ込むくらいなら、酒呑んで発散しちまえ!」

 悩みなんかなさそうなオッサンに、悩みの解決法を云々されても説得力が無い。

 

 いや、これで実は現役のベテラン冒険者だしクランマスターでもあるグスタフさんだ。

 悩みのひとつふたつ無いとは思えないが、言われてみればそんな素振りを見た事はない。

 

 それが、上に立つものの責任って奴なんだろうか。

 

「で? ウイスキーとか言う火酒はいつ出来るんだ? いや急かす気は無いけどな?」

 かぱかぱとウォッカを喉の奥に放り込みながら、明らかに急かしてくるオッサン。

 ……このオッサンはホントに悩みなんか無いのかも知れない。

「俺に言うなって、酒関係(そっち)はリリスの管轄だよ」

 俺が振ると、オッサンの視線がリリスの方へ転がる。

 そういやこのオッサン、俺にはやたら絡んでくるくせに、リリスにはなんと言うか、普通の対応だ。

 というか、仮面つけてるのに良く見分けが付くもんだ。

 あ、飲み食いの最中は外すよ、流石に。

「ウイスキーもブランデーも、目処は立ったけど造るのは領都に顔出して、その(あと)ね。量産というか、販売向けはずっと先になると思うけど」

 リリスが答えると、オッサンの身体(からだ)からがっかりオーラが漏れる。

 そんな全身で判るほど気落ちするなよ鬱陶しい。

 

 ……んん? 領都?

 

「え? リリス、お前さん、モンテリアに行くの?」

 理由が有る事は知っている。

 例の、異世界(こちら)版のPCの報告と実演だろう。

 だけど、報告も実演も、ブランドンさんで出来るんじゃないの?

 リリス印の「学習」も済んでるんだし。

「誰がセッティングすると思ってるのよ。霊脈に繋げる方法、まだ私達しか知らないでしょ? 領都に行ったら向こうの魔道士(ウィザード)さんに接続法を『教えて』くるけど」

 なるほど、リリスが居ないとまだ出来ない作業があるのか。

 ()()()大変そうだなあ。

「そっか、うん。あんま無茶すんなよ、頑張れ」

 さり気なく他人事風に言って目を逸らす俺の頬を、リリスが力いっぱい抓り上げる。

「ア・ン・タ・も! 行くのよ! なんで自分は動かなくて良いと思ってるのよこの馬鹿ちゃん!」

 ふえぇ?

 なんか怒られるのは良いとして。

 俺は降参の仕草をしたけど解放して貰えないので、已む無く自力でリリスの手から逃れ、頬を擦りながら問う。

「いや、俺が行っても役に立たないでしょうが。何で俺も行くの?」

 正直、こうして普通のフリして振る舞うのもキツイのに。

「あのね……。ウチのクランで開発したモノを見せに行くのに、なんでクランの(アタマ)が来ないんだって話になるでしょうが。相手は領主様なのよ?」

 割と精一杯の抵抗は、リリスの溜息から始まる正論で潰される。

「設計の私と、造ったレイニーちゃんは当然だけど、責任者のアンタが来なきゃ、話が始まらないでしょ」

 責任者ぁ?

 面食らって周囲を見渡せば、視界の中ではタイラーくんもジェシカさんもご丁寧に腕組みまでして、うんうんと頷いている。

 朗らかにエールを楽しんでいるお嬢様の笑顔を通り過ぎて終点のグスタフさんまで、俺と目が合うとしっかりと頷いている。

「そりゃお前、自分トコのメンバーが領主様に何か届けるのに、クランマスターが同行しないのはちょっとなあ」

 いつもは陽気なグスタフさんまで、なんか真面目な顔してそんな事を言う。

 えー。

「いやぁ、だってウォッカの時は、ブランドンさんが報告してくれたじゃん」

 なんとなく無駄だと理解(わか)ってはいるものの、口先は屁理屈を述べる。

 そんな風に唇を尖らせる俺の頭を、後ろから誰かが(はた)いた。

「阿呆。酒の時はまだ製法が確立してない試作品、って言い訳が立つから、俺が出向いたんだ。実際、大量生産は目処が立ってない状況だったしな」

 頭を押さえながら振り向けば、ヒョロノッポのブランドンさんが俺を見下ろしている。

「液体石鹸なんかは現状の技術の派生。銭湯はどっちかと言えば商業ギルドの管轄。だが、あの魔道具は完全に、お前のトコのモンだ。其処に俺が首突っ込んだら、権利を横取りしようとしてる様にしか見えないだろうが」

 頭の中に浮かんだ屁理屈じみた逃げ道は、先に全部潰された。

 ヤな野郎である。

「まあ、領都に行くなら、ついでだから俺も行くぞ。報告する事も溜まってきたし、()()魔道具の実演で、簡単な連絡なら今までより早く手軽に出来るようになるだろうからな」

 基本の操作を知っているブランドンさんが晴れやかに言う。

 今までは簡単な連絡なら領都のギルド経由で出来ては居たらしいが、本当に簡単な連絡だけだし、間にギルドが挟まるので連絡にはどうしても手間が掛かっていたのだとか。

「間に誰か挟まるのは一緒(いっしょ)じゃん?」

 あの領主様だったら、自分用のPC欲しがりそうだな、なんて思いながらも、一応事務職みたいな人が間に挟まるだろうと仮定して文句を言う。

「あの『妙なモノ』()きな領主様が、魔道具を欲しがらない訳無いだろう。まあ、専属の魔導師か誰かが取り次ぐ形にはなるだろうが」

 形の上では、な。

 俺の文句を潰す言葉は、俺も思ったことだった。

 それだけに、ぐうの音も出ない。

 それに、まあ、酷く不純な動機だが、俺の気分転換には、なるかも知れない。

 そう思うけど素直に返事できない辺り、流石は俺だ。

「あー、もう、判ったよ。俺の負けだ負け。んでリリスさんよ、出向くのは良いけど、準備は出来てるのかい」

 精々(せいぜい)面倒くさそうに、俺はテーブルの上に胸から上を投げ出す。

 ジョッキしか無いから、それを退かすだけで妙な被害を出さずに済むのは計算済みだ。

「そうだな、そっちの準備が出来次第出たいから、聞いときたいな」

 俺の言葉尻に乗って、ブランドンさんがリリスに視線を向ける。

 当のリリスは、考え込むように唇に指を添えると天井を見上げる。

「んー、一応こっちと同じモデルが4台、これはもう用意出来てて、領主様向けにちょっと豪華に仕上げた1台を用意しなきゃだから……」

 視線を転がしたけど、此処にはレイニーちゃんは居ない。

 そんな事も忘れるくらい酔ってたのか、それともまだ駄目なのか、俺は。

「ついでにお土産も用意したいし……。そうね、2日貰えるかしら? そうしたら、グスタフさん、明日少し時間貰えるかしら?」

 考え込んでいたリリスは何かを思いついたように顔を綻ばせると、その顔をこちら、というかグスタフさんに向ける。

 向けられてすぐは何の事か判らないと言う顔のグスタフおじだったが、「お土産」と言う単語と自分が呼ばれていると言う事から何かを察したらしい。

「おう。明日は1日空けとくぜ!」

 ()が有ったものの、理解してからの返事は迅速だった。

 だが、リリスの一言から何事かを察したのは酒樽の妖精だけではなかったらしい。

「おい。それは重要な案件だな。俺も立ち会わなければならんだろう、領主様にお届けするモノだからな」

「ふむ。そうなると、俺も本気を出すべきか。リリス、イリス。俺も立ち会うぞ」

 バカ二人が実に真面目くさった顔で何か言っている。

 お前らは単に呑みたいだけだろうが。

 ウチのメガネは兎も角、仕事しろギルマス。

 ハンスさんにチクるぞ。

 

 まあ、要するにリリスが思いついた土産ってのは酒なんだろう。

 ウイスキーの醸造を早めるのか、それともブランデーなのかは判らんけど。

「良かったなあリリス、付添(つきそい)がいっぱいだ。俺は家で寝てて良いよな?」

 こんだけ引き連れて()きゃあ、馬鹿な奴も寄って来ないだろ。

 そんな事を考えてしまった俺は、自分がその「馬鹿な」奴らを文字通り殲滅した事を思い出してしまい、誰にも見えないように唇を噛んだ。

 

 

 

 晴天続き。

 気持ちは思ったほど晴れない。

 

 朝っぱらから、憂さ晴らしのように棒振り剣術もどきに汗を流し、苛立ちを募らせて帰宅。

 ひとっ風呂浴びて、さてどうしたもんかと半裸で屋敷内(やしきない)をウロウロしていたらヘレネちゃんに怒られ、着替えたらリリスにとっ捕まった。

 そしてリリスとメアリお嬢様に攫われるように冒険者ギルドへ行き、そして。

「これこそ、俺がいる意味無いだろうが……」

 酒造所で、村長のカイくんの輝く笑顔に迎えられ、なんだか居心地の悪さを味わいながら小声で毒づく。

「それ言ったら、此処に居る半数は居る意味無いでしょうが」

 やはり小声で、楽しそうにリリスが返してくる。

「ホントだよ……リリスとグスタフのオッサンとが居れば十分じゃねぇか。……なんだこの大人数(だいにんずう)は」

 呆れ声を押し殺しもせず、俺は見回す。

 ウチことノスタルジアからは俺、リリス、タイラーくんとジェシカさん、レベッカちゃんと、そしてお嬢様。

 ……普通にウチの頭数(あたまかず)に入れてるけど、お嬢様は別にウチのクランのメンバーじゃない、筈だ。

 今度真剣に勧誘してみよう。

 そして、ご意見番のグスタフさんと、冒険者ギルドからブランドンさんとハンスさん。

 お前ら、トップとナンバー2が冒険者ギルドを空けてどうすんだ、仕事しろ。

 本日のカクテル用の果汁飲料(ジュース)を用意したウォルターくんは冒険者ギルドのキッチンに入っていてこっちには来れないらしく、判りやすく悔しがっていた。

 ……あいつも実は呑兵衛だったか。

 油断出来んな。

 

 子供たちは今日はヘレネちゃんを連れて薬草採りに。

 ヘレネちゃんも良い息抜きになればと思ったけど、子供たちに取られてしまった。

 残念。

「大きいテーブルを用意していて良かったです。ところでリリスさん、言われた通り各2樽用意しましたが、熟成どころの時間じゃないですが……大丈夫なんですか?」

 会議室っぽい部屋に通されながら、カイくんがリリスに声を掛けている。

「ああ、うん、時間は魔法でなんとかね。まだ魔道具に落とし込めてないから、流通には乗せられないけど……まあ、こんなのが出来る予定ですよ、って言うデモンストレーションだから」

 流通に乗せられない、って所でがっかり顔を隠せないカイくん。

 酒好きばっかりか、この近辺は。

 ゴブリンなのに好青年(こうせいねん)なイケメンだと思ってたのに……普通枠だと思ったのに……。

 

 いや、酒好きでも常識人なんて腐るほど居るからな! 悲観するには早い!

 

 そんな事を思った俺の視界に溢れる酒好き駄目人間ども。

 一瞬で希望が粉砕された、そんな気分になってしまう。

 

 新たな悲劇に落ち込む俺を含む一同の前に、大男の腕で一抱えもあるような樽が4つ、運び込まれてくる。

 想像してたよりだいぶ小さな樽だけど、実際はこんなモンなんだろうか?

 しかし、幾ら小ぶりとは言え樽は樽。

 流石にテーブル上には乗せられず、専用に作られたであろう木製の台に数人がかりで乗せられていく。

 樽のフタ部分……今は横倒しになっているので完全にこっちを向いているそこには、見慣れた気のする栓が設えてある。

 あれだろ? 捻ると酒が出てくる蛇口だよな?

 蛇口じゃない? 似たようなモンだろ、うん。

 興味本位で伸ばした俺の手は、リリスに力いっぱい叩き落される。

(いっ)……!」

 手の甲を押さえて悶絶する俺を厳かに無視して、一同はそれぞれ席に着く。

 一部同情の眼差しを感じるのは、多分あれだ、興味は惹かれたけど俺の有様を見て手を出すのを踏みとどまった数名だろう。

 同情に免じて、名前は伏せといてやるよ、ギルマスと妖精さん。

 

 そして逸る約3名(ギルマスと妖精とメガネ)を前に、リリスが滔々と酒の説明をしたり……あれ、わざと焦らしてるだろ。

 何故か俺まで手伝って時間進行の魔法を樽に掛ける羽目に陥ったり。

 まさかリリスさん、俺にも酒造りさせるために時間魔法覚えさせたんじゃなかろうな?

 ……どう考えてもそれ以外の理由が無いな。

 そして急造とは言え、10年程度の熟成度のウイスキーとブランデーが完成した訳で。

 酒飲みどもは待望の、かも知れないが。

 本来は10年は待たなきゃこれと同じようなのは出来ないんだってこと、絶対に忘れんじゃ無いぞ?

 最低でも3年だっけ?

「ホントはこの2樽、ブレンドと言うか、混ぜて分けて、味を均一化したいんだけどね」

 ウイスキーの樽に手を添えながらポツリと呟かれた一言が気になって、俺が目で問いかけると、リリスは腕組みして答える。

「樽ごとに味が違うのよ。だから、熟成が済んだ樽は、ブレンドして味を均一化させるの」

 俺は知らなかった事実に、へぇと素直に感心する。

 元が同じ様なものなら、同じ様な味になるモンだと勝手に思い込んで居たのだ。

 まあ、敢えてブレンドしない方法も有るとかで、だったらそれで良いじゃんという俺と待ちきれない酒飲みメンズ、一部女性。

 基本凝り性のリリスは何とも言えない顔で溜息を吐き散らすと、軽く首を振って肩を竦める。

 

 東洋人顔だけど整っているお陰か、妙に様になるな。

 小娘だけど。

 

 そんな感想を浮かべる俺を置き去りに、飲み比べしようと浮かれるグスタフおじ他数名と、片方は領主様へのお土産だと怒るリリス。

 ふと疑問に思って、ブランデーも同じなのかと問えば、もっと複雑だと目眩のするような返答が返ってきた。

「まあ、試作品って事で許して貰いましょう」

 まあ、それでも10年熟成ともなればそこそこの等級に匹敵するらしいのだが、細かいことは判らない。

「そこそこって事は、あれか? X.O.とか?」

 俺がにわか知識でそれっぽいこと言ってみたが、返ってきたのは非常に冷ややかな目だ。

「幾ら何でもそんなレベルには届かないわよ。ブレンドするとは言え、凡そ20年以上の熟成品(じゅくせいひん)よ、そんなの」

 にわかで知ったかぶると恥をかく、いい例になってしまった。

「ちゃんとブレンドまでして造った訳じゃないから断言出来ないけど、良いとこV.S.O.P.かしら」

 俺に説明していたその言葉を、いつの間にか全員が固唾を飲んで聞いている。

「おい、リリス。そんじゃあ、そのブレンドとやらをすれば、もっと味が良くなるのか?」

 同じ事を思った俺だったが、グスタフさんが言語化してくれたお陰で俺はそれを口にする事はなく、他人から発せられたお陰というべきか、思い至る事が出来た。

「ブレンドの目的は味を良くする、って言うのとは違うのよ」

 味が良いかどうかは個人差なのでどうしようもない。

 だが。

「ウイスキーもだけど、さっきも言った通り、樽ごとに熟成具合にばらつきが有るから混ぜることで均一化する、って感じね。ホントは基準になる味があって、それに近づけるために同じ年の樽どころか、年数の違う樽と混ぜて整えるんだけど」

 リリスが切った言葉の続きは、各々が思い至った筈だ。

 まず基準となる味が無いし、ブレンドするにも魔法で熟成させた2樽だけ。

「まあ、試作だし、これを基準として呑んでみて、次はこれと似たのを造るのか、もっと変えて行くのか、その辺を決めていけば良いんじゃないかしら」

 全員が注視していることに気付いたリリスは顔を上げると、にっこりと微笑んだ。

 この顔は、人を突き落とす時のやつだ。

「どうせ、本格的にやるには最低でも5年は見積もりたい所だし」

 ()()()()5年、という時間の途方も無さに顔を見合わせる一同。

 どうせリリスの事だから、時間魔法を局所的に使用できるような魔道具を考えているんだろうけど、そんな事は少しも表情に出さない。

 まあ、まだ構想すら出来てるか怪しいし、そんなもん軽々しく言えないのは判る。

 単に驚かせたいだけな気もするけど。

 そんな事を思ってる間に、全員にグラスが配られている。

 

 どうにも思考が重いのは、きっと酒気の所為だと自分に言い聞かせる。

 

 グラスに注ぎながら軽口を叩きあったり、流石に今回は咽なかったタイラーくんを見て舌打ちしたり、果実飲料(ジュース)と混ぜた簡単なカクテルを気に入った様子のジェシカさんとお嬢様にほっこりしつつ、なんか心配になってみたり。

 馬鹿話に乗って笑い飛ばしてみたりしてみても、気分は晴れないし、窓から覗く空はやっぱりくすんで見えた。

 

 

 

 お土産にPC……これ、パソコンって呼んで良いもんだろうか? パーソナルなのは良いとして、これはコンピュータ……では有るのか? 

 パーソナルじゃないコンピュータってのはどんなだ? って聞かれたら返答に困る。

 なにせこの世界には今の所存在しないからなぁ。

 

 そもそも、現代で普及してるPCなんて、一昔前の同じ名前の製品と比べたら個人向けの性能を超えてるんだよな。

 リリスはモバイル端末も考えているようで、そんなのまで繰り出したら何処からがパーソナルなのか、ちゃんと説明できる自信がない。

「そんなの簡単よ」

 俺が悩んでいることを打ち明けると、リリスは鼻で笑った。

「霊脈接続型演算装置、これをコンピュータと称します、で良いじゃない」

 ははあ、元は日本語訳したら電子計算機になるんだっけか。

 結局計算で全てを行う電子機械で、この世界でも基本は変わらない。

 電力の供給も霊脈を通じて行うので、じゃあ霊子計算機なのかと言えばそれも違う。

 正確には霊力というか魔力と言うか、霊脈から頂いたエネルギーを電力に変換して動作させているだけだ。

 だから、霊脈()()()計算機、もとい演算装置と言う訳だ。

 苦しい言い訳に聞こえるけど、それは置くとして。

「パーソナルの部分はどうする? いっそ省く?」

 どうせこの世界に無かったモノなのだから、いっそ「これがコンピュータです」で良いような気もするんだけど。

「いいえ? 個人で使用する為に設計されたものなので、パーソナルコンピューター、頭文字を取ってPCと言います、で良いじゃない」

 この説明には、成程と思ってしまった。

 まあ、丸め込まれてるとは思わなくもないけども。

 俺は溜息を()いて会話を打ち切ると、馬車の車窓から見える荷車から室内に視線を戻し、背もたれに身体(からだ)を預ける。

 上等な馬車を用意してくれたらしく、思いの外クッションの効いたソファはありがたい。

 リクライニングは無いし、そもそもの路面のガタツキは結構有るけど、思った程ではない。

 リリス曰く、それなりにサスペンション機構を備えているらしい。

 荷車にはそんなもの無いから、PC保護の目的で出発前に何やら魔法を掛けていた。

 いつ覚えたの、そんな魔法。

 

 客車は2台、2頭立てでのんびりと走る。

 体感で20キロ出てるかどうか、って感じだが、急ぐ理由も薄いし馬にへばられても困る。

 

 何が困るって、そうなったら俺に客車を引かせそうな身内が目の前にいるからだ。

 

 こちらの客車は俺とリリスの2人だけだ。

 もう一台にはブランドンさんとレイニーちゃん。

 それに、荷車含むそれぞれに御者が1名づつ。

 都合7名の旅路である。

「ウォルターくんが張り切ってたわね。7人分の、6日プラスアルファの食事を作るって。子供達も楽しそうに手伝っていたし」

 自分の事のように楽しげに、リリスが声を弾ませる。

 アルバレインとモンテリアとを結ぶ街道は基本的には一本で、リリスは以前もこの道を馬車に揺られて居たのだが。

 単に方向が逆だからなのか、それとも街を離れて旅をするのが楽しいのか、何にせよ無邪気で可愛らしいものだ。

「ホントはお嬢様も連れて来たかったな。あの子こそ、たまには街を離れてみるのも良い気分転換になっただろうに」

 自分の屋敷――アルバレインの銭湯()本館――、具体的には建物の3階南側の一角と、ついでにウチの屋敷やメンバーを警護するために、今回は自ら名乗り出てくれた。

 通常なら過剰戦力だと思うのだが、なにしろ面倒臭い事にキナ臭いどころじゃないレベルで真っ黒な貴族サマがまだ街に居座っているのだ。

 貴族って言うくらいだから自分とこの領地なり何なり有るんだろうから逃げ帰れば良いものを。

 まあ、俺があの街に居着く前から居たらしいし、何かしらトラブルが合った所でプライドが有るから簡単に逃げ出す訳にも行かないとか、そんな事情も有るだろう。

 あの冒険者崩れどもにしても、知らぬ存ぜぬで通して終わらせるだろうし。

 子飼いは、あの馬鹿どもだけじゃ無いだろうしな。

 まあ、そんな訳で何かしら嫌がらせも有るだろうから残る、と言う事なのだ。

 

 それこそ、銭湯の方にも何やらちょっかい出してるって話も有るらしいしな。

 商業ギルドのアランさんからこっそり教えて貰った話だけど。

 

「まあ、臭いモノがまだ街に残ってるし、ウチの面子(メンツ)に手出しされたらたまらないもの。メアリーちゃんには、いずれ埋め合わせするわ」

 リリスの声に、お嬢様の……不死姫の笑顔が重なる。

 ……何事も無ければ、それが一番良いんだけど。

「なあ、リリス」

 俺は車窓からくすんだ空を見上げ、ぼんやりと口を開く。

「俺は、人を殺しちまった」

 返事には()()していない。

 どうせ無視か、キツイ言葉しか返ってこないだろう。

 

「気にしなくて良いわよ」

 

 だから、その柔らかい言葉を脳が受け付けるのに時間が掛かった。

「此処は()()の常識に比べて、遥かに生命(いのち)が軽い世界よ。貴方がやらなければ、他の誰かが犠牲になる。でも」

 俺はぽかんとした目を、リリスに向ける。

「でもね? 貴方はキチンと覚悟を示してくれたわ。だからもう良いの。貴方がそれを望まないことは私も知っているし」

 見たこと無いほど、儚げで、触れれば壊れそうなリリスが其処に居た。

 

 

 

 傷つくことは判っていた。

 なのに、ほんの些細な疑念から、試すような真似をしてしまった。

 リリスはまっすぐに、イリスを――イリスの中にある「井原賢介」の魂を見詰める。

 

 イリスはリリス(じぶん)と過ごす時間の中で、「リリス」と言う存在に煩わしさを感じているのではないか?

 

 イリスが余りにも当たり前に自分を受け入れる様子に、初めこそ喜びを感じていたが、時間が経つにつれ。

 周囲に溶け込み、街の風景の中に少しずつ溶けるように馴染んでいく様子を眺めるにつれ。

 

 リリス(じぶん)が、イリスの邪魔になっているのでは無いか、イリスはリリス(じぶん)を必要としなくなっていくのでは無いか、そんな想いに囚われた。

 仲間が増える度、イリスの笑顔は咲いた。

 だが、自分に向く笑顔が減った様な気がして寂しく、そして焦れた。

 

 ――私の、私だけのもの。

 

 浅ましいと自覚しつつ、リリスは歯噛みした。

 イリスは優しい。

 頼めば、大抵の事はしてくれるだろう。

 それが度を超えた時、それでもイリス――賢介はリリスを許すだろうか?

 

 思えば浅はかな、幼児のような嫉妬心から発生した悪戯。

 

 盗賊達を殺した時も、イリスは困りはしたものの、怒りはしなかった。

「お前がやったことは、俺がしたも同然だ」と、受け入れてくれた。

 周囲に吹聴するどころか、頼りにしている筈のタイラーにも一言の相談もしなかった。

 

 映像転写を何度しても、嫌がりはするが結局一度も拒否はしなかった。

 挙げ句、魔法の転写の際には失敗し、一度は肉体とのつながりを失ったというのに、不満は言っても本気で怒りはしなかった。

 

 それなのに、それほど受け入れられているというのに、疑念は晴れなかった。

 だから。

 

 一度も、ハッキリと口にはしなかった筈だ。

 それが、「彼」にとって最大の禁忌と知っていたから。

 だけれども、言外にそれを促した。

 

 クランの為だと。

 仲間に迫る危険を遠ざける為だと。

 

 ――もしかして私は、「彼」に嫌われたかったのだろうか?

 

 だが「彼」は受け入れて、頷いて。

 リリスの意志通りに、その手を血に染めた。

 

 些細な疑念だった。

 その筈だったのに、それを抑える事が出来ず、のみならず()()をいたずらに肥大化させてしまった。

 結果、「彼」は蹲り、立ち上がることが出来なくなってしまった。

 

 ――私の所為だ。

 

 暗く淀んだ瞳で微笑む「彼」の容れ物(いれもの)を見詰める。

 取り返しのつかない事をした。

 仲間達はきっと、リリスを許さないだろう。

 だけど。

 

 暗い瞳になってしまったけれど、それでも。

 それでも、「彼」は私を怒りもしないし、責めもしなかった。

 私の手だけを汚れさせる訳には行かない。

 そう言ってくれた事を覚えている。

 それだけで、十分だったのに。

 

 ――強欲な私は、「彼」の行動を欲してしまった。

 

 結果なんて、判っていたのに。

 

 

 

「貴方は私に応えてくれた。もう大丈夫。貴方は、もう傷つかなくて良いの」

 リリスが、泣いている。

 身を乗り出し、まっすぐに俺を見て。

 懸命に(こら)えている筈の涙は、頬を伝って。

 

 馬車が揺れた。

 バランスを崩したリリスを抱きとめる。

 

「バァカ。それでお前が泣いてたら意味無いだろうが」

 やっと、俺は自分がどれほどリリスに心配掛けていたかに思い至る。

 悪戯好きで自分本位だけど、俺を含めて、仲間達が出来て。

 リリスなりに、守りたい気持ちが湧くのも判る。

 そして、その中に俺が含まれている事に、俺は気が付いていなかった。

 

 なまじ力が有るばかりに、リリスと並んで歩いているとは言え、俺の心は俺が思う以上に弱いというのに。

 

(わり)ぃな、リリス。本調子に戻るにはもうちょっとかかるけど」

 リリスを胸に抱えたまま、もう一度車窓から空を見上げる。

 罪悪感からは暫く抜け出せそうに無い。

 手を汚した血は、どれくらい洗えば落ちてくれるだろうか?

 だけど、いつまでも愚図愚図しても居られない。

 

 俺が俯いていたら、リリスが泣いちまう。

 

「俺は、何処までもお前と一緒だ。心配すんな」

 罪も汚名も、傷も痛みも、何でも幾らでも呑み込んでやる。

 リリスの頭に手を載せ、ゆっくりと撫でる。

「そうじゃないのよ……この馬鹿ぁ」

 リリスの手が小さく、俺の胸を叩く。

 

 ささやかな、痛みとも言えないような。

 これを、俺は忘れないでいよう。

 きっとこの先、俺がいよいよ人間で在る事を辞めても。

 リリスが居れば、何処ででも、どうとでもやっていける。

 

 ガタガタと揺られながら眺める、四角く切り取られたくすんだ空が、やけに眩しくて目が痛かった。




手を汚しても、共に歩く。


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領都にて

自分の罪を呑もうと悪戦苦闘のイリス。
自分の罪を自覚し自己嫌悪するリリス。


 霊脈にアクセスできるようになった事で、この惑星(ほし)が記憶している魔法に触れることが出来る。

 

 ――アンタは興味無いワケ?

 

 どうにか調子を取り戻したリリスに煽られ、ほんじゃあ挑戦してみようかい、と思ったのは領都への旅の馬車の上でのこと。

 流石に色々と集中を欠く状況だったため、即挑戦とは行かなかったが。

 その晩の野営時に時間が空いたので、俺とリリスが見張りを行っている合間にちょこちょこ潜ったりしてみた。

 

 深いトコまで潜ると持っていかれそうで怖いので、浅瀬をちゃぷちゃぷ、という情けない有様だったけども。

 

 っ()ーか、そんな大魔法とか禁呪を求める気持ちは無いし、寧ろファンタジーでは基本とも言える魔法が俺の手元には無いので、その辺を補完できれば良いな、程度の軽いノリだからこれで良いのだ。

 良いったら良いのだ。

 

 

 

 そんな感じで、気持ち明るくなった空を眺めて旅路は終盤。

 間で雨は降ったものの、慌てるほどの大雨には遭遇していない。

 運の良い旅路だったと言えるだろう。

 

 罪は消えない。

 それがどうした。

 

 その程度には強がれるようになったと思う。

 

 俺が旅の途中で手に入れたのは、回復魔法()飛行魔法(フライト)、そして遠隔視(リモートビューイング)

 フライトとリモートビューイングは練習しなきゃ使えない気がするので、まあ、それは帰ってからの課題にするとして、回復魔法はもっと早く欲しかった所だ。

 なぜかパルマーさんトコでも見かけなかったのだ、回復系統の魔法。

 そして取ってから気付いたけど、回復系って時間魔法で代用出来やしないかな?

 怪我は勿論、病気や状態異常も、時間をちょこと戻せば済むんでないかい?

 そう思ってリリスに聞いたら。

「まあ、そうなんだけど……。っていうか回復魔法は概ね2系統あって、そのうち片方がまさに時間に干渉する系統なんだけど」

 なんですって?

「時間を戻して健康な状態に戻す魔法と、肉体に直接働きかけて強引に治癒を行う魔法、って思っておけば良いわよ。細かい所は説明してもわかんないでしょ」

 非常にざっくりした説明だけど、俺にはとても助かる。

 細かい事を云々されても、理解出来る気がしない。

 俺が新しく覚えた方は、強引に回復力させるほうだ。

 傷を癒やすけど被術者の体力を消費する魔法と、術者のMPを使って体力を回復させる魔法、それに状態異常を「本来在るべき状態」に戻す魔法を複合させた、欲張りセットだ。

 そんな便利なモン有るかって?

 組み合わせて無理矢理造った。

 魔法知識の乏しい俺だから、その辺は霊脈に湛えられた先人の知恵にあやかった。

 正直色々怖かったんだけど、ちと気になる発見もあった。

 

 俺が組み合わせた魔法、なんと言うか。

 まるで最初から、組み合わせる前提で作られたような、そんな痕跡が有るのだ。

 単体だと、そのまま使ったらなんか安定感に欠けると言うか。

 傷を癒やすけど体力を消費するとか、怪我の程度に依っちゃあ、魔法かけて死ぬか怪我で死ぬかの2択に成り兼ねないぞ。

 そう考えると、寧ろ元はひとつだったものを、無理に分けたかのようにも思える。

 誰が何のために?

 気にはなったし、まあ予想できるモノもあるし、探せばその辺の原因になる記憶も検索できるんだろうけど。

 なんか色んな意味で深いトコに行かなきゃいけない予感がしたので探していない。

 

 君子危うきに近寄らず。

 

 俺は君子でも聖人でも無いけど、厄介事は御免だし危険に飛び込んで武勇伝を語りたい(タチ)でもない。

 平穏で安穏である事の有り難さよ。

 小市民らしく、手にしたもので満足するのが一番なのだ、うん。

「時間遡行で回復させる方は、元からある疾患とか、生来の欠損は埋め合わせが出来ないのよ。回復専用に作られた魔法と比べたら、ちょっと微妙な場面もある、ってこと」

 そもそも、時間魔法を使える人も限られるけどね。

 リリスはそんな事を言いながら、優雅にティーカップを傾けていた。

 コイツ、旅程で飲みたいからって、ヘレネちゃんに大量にお茶を淹れさせたな?

 お前のアイテムボックスには、ティーポッドが幾つ入ってるんだ。

「ただまあ、アンタも想像付きそうなお約束がこの世界にも有ってね? あんまり大っぴらに回復魔法なんか使うんじゃないわよ? 特にアンタのは、完全回復魔法なんだから」

 そう呟いたリリスの様子が妙というか、変に圧が強かったので頷くしか無かった。

 その理由は、ホントにヤなんだけど、やっぱり知っておいたほうが良いモノなのかい?

 ただまあ、回復魔法が出回ってなかったり、大っぴらに使っちゃいけないって辺りで、ぼんやりと理由は見えるけどな。

 

 聖都。

 例の馬鹿どもに協力していた神職者。

 ……あーあー、ヤダヤダ。

 関わりたくないけど、どうなるやら。

 

 そんな色々考えたり面倒くさくなったりした旅路の終点は、見たことの有るバカでかいお屋敷の前だった。

 

 

 

 てっきり冒険者ギルドに寄るもんだと思っていたから、いきなり領主様のお屋敷前に出てびっくりした。

 領主様のお屋敷ってだけ有って、俺、この建物の全容を把握出来ていない。

 外観ですら視界をはみ出すんだもん、このびっくりパレス。

 ……まあ、俺みたいな小市民が、領主様のお屋敷のアレコレなんて把握する必要も無いんだけど。

「なんでギルドに顔出さなきゃならんのだ。報告するモンは全部此処にあるってのに」

 俺の疑問に憮然とした顔のブランドンさんが答え、その隣に困り笑いのレイニーちゃんが並んで歩く。

 大丈夫か? レイニーちゃん。

 セクハラとかされて無いだろうな?

「言うに事欠いてなんてこと言いやがるんだこのバカタレ。お前らを敵に回すような事するか」

 どうやらいつも通り漏れていた心の声に反応するブランドンさんだが、そう思うんだったら口調も改めて?

 いややっぱ、変に謙られたら気持ち悪いから、今のままで良いや。

 そんな事を思う俺は何をしているかと言うと。

 

 屋敷に運び込む荷物を乗せた荷車を引いていたりする。

 

 ……俺、クランマスターだよね?

「レベルお化けなんだから、そんなの苦にならないでしょ? がんばってー」

 横でリリスが茶々だか応援だか判んないこと言ってるけど、ステータス上はお前のほうが強いんだぞ、筋力も。

 まあ、代われとは言わんけど。

 ホールに通されて荷物の説明をし、酒を持ち込んだと判るや屈強な男共がやってきて樽を運び出してくれた。

 続いて見慣れない奇妙な箱について、ウチで造った魔道具だと説明すると簡単な検分を行い、危険がないと確認してから、これも別の男達が運んでくれた。

 荷車は俺のアイテムボックスに放り込み、大きく伸びをしたりして旅の疲れプラス諸々を解している所に謁見許可が。

 久々に会った、人の良さそうな領主様は俺とリリスの頭を撫でて労ってくれた。

 おじいちゃんかな?

「おお、久しぶりだ、大きくなったな? 二人共、元気そうで良かった」

 にこにこ顔で俺たちの頭を撫でまくる領主様。

 あの、ほんの3ヶ月そこそこで、そんな目に見えて成長したりしないと思います。

 そうは思うものの、俺はされるがままで反論はしない。

 領主様だから、って事じゃなくて、何て言うか、凄い懐かしい記憶を刺激されてしまう。

 この感じ……おじいちゃんかな?

 

 

 

 酒が楽しみらしくソワソワしちゃってるおじいちゃ……領主様には少しお待ち頂いて、先にPCのセッティングと使い方をレクチャーし始めるリリス。

 クラウスさん、と言う領主様お抱えの魔導師(ウィザード)の美おじと領主様本人が非常に興味深げに説明を聞き入っている。

 更に改良を加えたリリスの学習法はいよいよダメージも無く、お二人の理解をしっかりとサポートしてくれているようだ。

 ……言い方に気を使った所で結局危ない事を、それも領主様にしているんだから実のところ気が気ではない。

 俺、領主様にはなんとなくうっすらと敬愛の念を持っているから、あんまり無茶な事はして欲しくないし。

 ダメージが無いから良いってもんじゃ無いんだよ、リリスさん。

「ふむふむ、これは奇怪なものですな……。これで、もうアルバレインの冒険者ギルドと繋がっていると?」

 興味津々に画面を覗き込むクラウスさんが顎髭を擦りながら疑問の声を上げる。

「リリスや、説明は判ったが、これは本当に()()()に連絡を取れるものなのか?」

 隣で同じ様に、いや、魔導師(クラウスさん)よりも興味津々で画面を見詰めている領主様。

 リリスの説明プラス「学習(でんげき)」で理解できているとは言っても、それがどういった事になってどう連絡が取れるのか、実際に目にしていないのでまだ半信半疑の2人。

 そんな2人は期せずして、同時に視線をリリスに向ける。

 ちょっと困り顔の髭美おじと人の良さそうなおじいちゃ……領主様を目にした俺は反射的に吹き出しそうになったが、多分人生でトップクラスの辛抱強さを発揮して堪えた。

 領主様を見て笑うとか、不敬にも程が有るからな。

「そうですね。実際に連絡をしてみましょう。……ブランドンさん、お名前をお借りしますよ?」

 視線を向けられた当のリリスは笑うなんて素振りは見せず、涼やかな笑顔で答える。

 流石に領主様に対しては口調も改めるらしい。

 うん、お姉ちゃんえらい。

 

 足を踏まれたのは何でだ?

 悲鳴とか上げられないからやめて欲しいんですけど?

 

「ん? ああ、構わないぞ。ハンスに連絡するんだな?」

 いつもは腕組みがトレードマークか? ってくらい厳ついお茶目さんが、今日は流石に姿勢を崩さずに顔だけリリスに向けて応える。

「ありがとう。それじゃあ、早速」

 ブランドンさんに笑顔で応えて、早速キーボードを叩き始めるリリス。

 そういう世界だから仕方ないけど、異世界感全開の最中で見慣れたアルファベットは、見てて不安になる。

 これ、やっぱ、うん。

 絶対ただの悪い夢だと思うんだけどなぁ。

 未だに怯える俺の不安とかは置き去りに、画面に、というかなんか見慣れた入力フォームにはリリスの打ち込んだ文字が浮かび上がる。

 

 ――ハンス仕事しろ。

 

 うん、笑わなかった俺は偉いと思う。

 見てた領主様とクラウスさんは爆笑してるし、ブランドンさんは頬をひくつかせているけど。

 多分、ブランドンさんの中で、リリスが完全に俺と同じ扱いになったんだろう。

 だが、説明を聞いていたとは言え、この3人はまだ判っていないというか、注意を払って居なかった。

 ……CCに、なんでアランさんとか衛兵総長とか入ってるんだよ。

 無いとは思うけど、全員が反応してきたら流石に笑うだろうが。

 

 果たして、数秒後。

 っていうか返信早いな。

 テストでメール送る、って話はしてただろうけど、PCに張り付いてたのか?

 

 ――お前も仕事しろ。

 ハンスさんの声まで聞こえてきそうなぶっきらぼうな返信に耐えきれずに口元を手で隠した俺の目に飛び込んで来たのは、容赦のない追い打ちだった。

 

 ――心配なら、衛兵隊から若いのを監視に向かわせるぞ? ギルドマスター殿。

 多分あの渋い声でニヤついているであろう総長さんのご返信。

 アンタもPC前に居たのかよ。

 

 ――ブランドンさん、酒造所と商販部門から苦情が来ています。お酒の発注は、商業ギルドを通すか、せめてお店に頼んで下さい。

 アランさんが、理解(わか)っているだろうに……此処ぞとばかりに狙いすました文面を叩きつけてくる。

 っていうかアンタもですか。

 

 ――先日言っていた「酒風呂」というのは、ノスタルジアのリリスさんに確認したのですが無理だそうです。アマンダ。

 送信はブランドンさんのアドレスだけど、本文にアマンダさんの署名。

 ブランドンさんのPCで何してんの、っていうか勝手には出来ない筈だから、ハンスさんがOK出したんだろう。

 そんでブランドンさんや、酒風呂ってなんだよ銭湯に作る気だったのか?

 やめろ、これ以上笑わせるな。

 

 耐えられず口元と腹を押さえてしゃがみ込む俺と、領主様の手前下手な事は出来ないからプルプル震えているブランドンさん。

 本人は何もしていないのに総攻撃を受けるとか、慕われてるなギルドマスター。

 返信を見ては大笑いの領主様とクラウスさんは楽しそうで何よりである。

 この2人、ただの仲良しさんなんじゃなかろうか。

「アルバレインの衛兵総長は、ガイウスだったか。中々頼もしいな、ブランドン?」

「はっ、頼りにしております」

 笑いを堪えきれない領主様にまさか暴言で返すわけにも行かず、ブランドンさんは真面目くさって答える。

 駄目だ面白すぎる。

「さ、酒風呂とは、確かに夢は有りますな」

 笑いすぎてひーひー言いながら、クラウスさんが涙を拭う。

 泣くほど笑わんでも、でも気持ちは凄く理解(わか)ります。

「は、はっ。ほんの好奇心でしたが、お恥ずかしい限りです」

 ホントに恥ずかしいわ。

 思っただけで口には出してないんだけど、ブランドンさんに睨まれる。

「この様に」

 1人だけ涼しい顔で、元凶が口を開く。

「複数に同じ内容の連絡をする事も、それぞれから返答を受け取ることも可能です」

 内心笑い転げてるんだろうなー、なんてことが想像できるくらいに楽しそうな目元でリリスが澄まし顔を作る。

「今回は事前に連絡する事を伝えていましたので返信は迅速でしたが、基本的には受け手側がPCを使用し、メールの受信を確認する必要があります。受信の確認はある程度時間を決めて行う等、ルールを設けたほうが良いかも知れませんね」

 リリスの言葉に、俺とブランドンさんは気付く。

 なんでこんな錚々たる? 面子が、素早くメールに反応して返信なんぞ出来たのかと思えば。

 リリスが事前に領主様の前でデモンストレーションの為にメールを送る事を、それぞれに伝えて居たのだ。

 そして、ブランドンさんはそんな事を知らされていなかった、と。

 

 説明は別に良いし、注意も悪くないと思う。

 ただ、ブランドンさんの扱いがナイス過ぎて、俺はもう他の事はどうでも良い。

 この後は試作のウイスキーとブランデーの試飲会だろうけど、自棄酒すんなよギルドマスター。

 やっぱり声には出していないけど、笑いを堪えられない俺。

 そんな俺を睨むブランドンさんだったが、今日ばかりは何も気にならないのだった。

 

 

 

 その後はリリスがクラウスさんにPCの設定方法なんかをレクチャー。

 あんな美おじで気さくでお茶目なナイスガイだが、LVで言えば92の魔導師(ウィザード)

 そりゃあリリスや俺に比べるとレベル差は否めないが、良く考えると超強化前のお嬢様よりレベルが上ってのは凄いと思う。

 俺と違って、実力を磨き抜いての現在(いま)なんだろうし、素直に尊敬出来る。

 リリスの説明(学習)を受けて見る色々なソフトウェアにいちいち反応してたし、色んな利用法が見えているんだろう。

 切れ者っていうのは、こういう人を言うんだろうな。

 この人が、これから領主様お抱えの他の魔導師(ウィザード)達にPCの使い方をレクチャーする事になる。

 

 リリスの「学習(でんげき)」無しだと大変だと思うけど、それでもこの人だったら何とかするんだろうな。

 そんな予感というか、信頼できる何かを感じた。

 

 PCが気に入ったらしい領主様は勿論、クラウスさんもPCを欲しがり、4台中1台はクラウスさんの専用になるようだ。

 そのうち領都(こっち)の冒険者ギルドとか商業ギルドにも導入するんだろうし、そのついでに魔導師団全員分のPCの発注が来ても俺は驚かない。

 

「これは、やはり王都に……陛下に奏上するべきだろうなあ」

 一頻りPCで遊んだ……説明を受けた領主様が少し考えて口を開く。

 ああ、やっぱりそうなるのね。

 まあ、珍しいものだし、使えたら便利なモノだもんね。

「厄介な連中の耳目に入る前に、直接ご説明させて頂いて、この領都とアルバレインに()()()()()()()()()()に関してはそのまま使用する御許可を得なければならんだろうな。それが出来なければ」

 領主様がにこやかに俺たちを順に眺める。

 

 ……なんだろう、なんか怖いんですが?

 

「既に使用して、有用性を実感している者からの反発が有るだろうからな」

 抑え込んで使用者を限定させるより、ある程度広く普及させた方が都合の良い魔道具。

 その事を感じたか見抜いたのか、領主様の笑みは黒い。

「これを使うには、ある程度以上の見識が必要となろう。学園にも専門の学科を創設する事を考えたほうが良いかもしれん」

 先を見すぎる領主様が怖いです。

 無論、暴走してあれもこれもと手を広げるようなお人じゃあ無いとは思うけど、懐疑的に掛かられるより怖いと思うのは何でだろう?

「まあ、それも陛下の判断ひとつでしょうな。その辺りの事については、後々詰めましょう。私はアルバレインの酒、それも新作と聞いてはそれが気になって仕方が有りませんよ」

 溜息を()いて肩まで竦めて、いちいちサマになる美おじことクラウスさん。

 良いけど、この人も呑兵衛組かい。

 定期的に領都にウォッカを出荷している事は知っていたけど、行き先は領主邸(ここ)だったのかい。

 予想はしてたけど。

 それもそうだと頷く領主様は楽しげに笑うと、なんか漫画に出てきそうな執事さんに指示を出す。

 

 きっと、俺達があれこれしてる間に、料理人さんやメイドさん達が色々と準備に大忙しだったんだろう。

 此処最近はウォルターくんの料理ですっかり舌の肥えた俺だが、果たして領都の料理はどれ程のものかとワクワクしてしまう。

 どんな酒が出てくるかと話し合うお偉方を前に、先に味わった事に優越感を感じているらしいブランドンさんが何やらニヤついている。

 

 あんま勝ち誇んなよ、不敬に思われても知らんぞ?

 

 脇腹を小突いた俺の意図に気付いて咳払いをし、気を引き締め直したらしいブランドンさんに、本当に大丈夫なのかイマイチ不安な俺だけど、他人事だしまあ、それなりに信じることにするのだった。

 

 

 

 晩餐。

 見たこともない規模で料理が並ぶこれを、俺はそれ以外に表現する方法を知らない。

 

 前回は基本お説教されに来たから、今回とは違うとは言え。

 やはり前回と比べてしまい、色々な意味で圧倒されてしまう。

 そんな俺の視界では、なんか領主様のご家族が、実に晴れやかに思い思いの料理と酒を味わっていらっしゃる。

 メイドさん他「働いている」方々は仕事中なのでお酒はナシのご様子。

 後日、彼ら彼女らにもお酒をお送りしますと言えば、領主様が超ご機嫌に。

「イリスは優しい子だな! 皆、イリスが後日酒を届けてくれるそうだ、今回はすまんが、次回は必ず振る舞うぞ!」

 領主様が俺の背中をバンバン叩きながら使用人の方々に宣言すると、そこかしこから歓声が上がる。

 確か侯爵様よね?

 使用人に対する態度というか接し方と言うか、双方フランク過ぎやしませんかね?

 まあ、こういうお人だからこそ、俺が大人しく言う事を聞いている、ってのも有るんだけどね。

「あのウォッカと言う火酒も美味だったが、これは……! 私はこのブランデーと言う酒が気に入ったぞ!」

 クラウスさんと呑んでいる領主様の息子さん……親父さんに似てないし若いな、お幾つだろう? 20後半?

 その息子さんが、どうやらブランデーをお気に召したご様子。

 その向こうでは、一心不乱にウイスキーを呷る弟君が……大丈夫かアレ、あんな飲み方して、倒れやしないだろうな?

 

 ブランドンさんは酒の説明で饒舌に喋りすぎてアルバレインで試飲していたことがバレ、禁酒を命じられている。

 だからはしゃぐなって言ったのに、あの子供おじさんめ。

 酒造の責任者であるリリスに説明を任せておけば問題無かったのに、自ら墓穴を掘りに行ったギルドマスターを取り敢えず無視し、俺達はスイーツを……。

 

 教える羽目に陥っていた。

 

「ふむふむ、成程? では何故、砂糖を一度に入れてしまわないのです?」

 質問に熱が入りすぎて物凄い近さの料理長さんに圧倒されながら、なんとか倒れずに踏ん張る、そんな健気な俺。

「あー、それはね?」

 俺の隣では、珍しくリリスがタジタジで同じ様に質問に答えている。

 本人も、こんな筈じゃなかったんだろう。

 

「甘味が少ないわね?」

 

 何気ないリリスの、そんな一言が引き金だった。

 アルバレイン経由でウチの、ウォルターくんの特製スイーツが入って来て居るらしく、此処モンテリアでもスイーツが人気になりつつ有るらしい。

 なりつつ有る、と言うことはまだ人気を確立しきれて居ないという訳で。

 アルバレインからの直送品と、それを見様見真似で――まだアルバレインに調査やらに出向く気にはなっていないらしい――作られたモンテリア製の焼き菓子。

 確かに美味いがなんと言うか、今までとの違いが判らない、形に凝っているだけだろう、なんて評判のままなのは、なにせ生菓子は輸送に適さないからだ。

 しかし、領主様とそのご家族は話には聞いていたらしい。

 酒を使ったパウンドケーキや、真っ白な生クリームで覆われたショートケーキ。

 そして、俺の知らぬ所(ギルドの酒場(バー))で試作されたというレアチーズケーキ。

 

 レアチーズケーキの話は俺も初耳で、思わずリリスに詰め寄った。

「美味しかったわぁ」

 そんな俺の剣幕に余裕綽々で答えたリリスの小生意気な笑顔は、俺と領主邸のご婦人方を敵に回すには充分だった。

 

 筈なのだが、気がつくと俺までが質問される側に回り、嫌な予感にそっと視線を周囲に這わせれば。

 多分これは、実際に作るかなにかしないと、収まらない雰囲気だ。

 そんな事を考えている内に、料理人達に担がれて俺とリリスは厨房へ。

 可哀想な瞳で見た室内では、ブランドンさんが嫌に楽しそうに手を振っていた。

 その口元は。

 

 ――オマエタチ モ フコウニ ナレ。

 

 酒を飲めない悲しみを俺達の不幸で忘れようとしている、悪い大人の見本であった。

 

 

 

 なんで領都くんだりまで来て、小麦粉を振るっているのか。

 実作業の大部分は料理人達に任せているとは言え、解説は実演を混ぜたほうが判りやすい。

 むくつけき料理人どもの熱気に酸欠になりそうになりながら、取り敢えずパウンドケーキとブランデーケーキ、ショートケーキのレシピを伝授するために奮闘する双子なのだった。

 

 努力の成果が目の前で花開くと、なんだかんだで嬉しいもんだ。

 新鮮なフルーツをふんだんに使ったショートケーキが特に人気のご様子で、ご婦人方は屋敷の料理人がこのレシピを手に入れた事が何よりの収穫、といったご様子だ。

 悪い大人の代表、ブランドンさんはウチ発のスイーツ類を報告しなかった件で領主様にお説教されていた。

 

 うーん、ザマみよ☆

 

「気は晴れた?」

 お料理教室から開放され、テラスに出て椅子に腰掛け、一息ついて甘いカクテルをちびちびやってた俺に、不意に声が掛かる。

 顔を上げると、何処か線の細い、頼りなげなリリスが俺を見下ろしている。

「……普通に強がれる程度には、なったかな?」

 なんとも、心配されそうな雰囲気で問われてしまえば解答に困る。

 今心配なのは、どっちかと言えばお前だよ、リリス。

「お前はどうなんだ? 疲れてる風だけど」

 弱って見える、そうは言って欲しくないだろうから、言葉を選ぶ。

 リリスは黙って椅子を引くと、俺の隣に腰を下ろす。

 領主邸から見える町並みは、遠く離れるにつれて夜の闇に溶け、家々から漏れる明かりが小さな星を地に撒いた様に浮かび上がっている。

「……うん。うん、大丈夫だよ」

 俺に視線を向ける事もなく、俯き加減で手にしたグラスを弄びながら、判りやすく気のない返事を返してくる。

 そういうのは、大丈夫じゃない奴のセリフなんだよ。

 今の俺じゃあ、支えになるなんて言葉は言えやしない。

 まだまだ、自分の中の自分から目を逸しているような俺じゃあ、誰かの支えになんかなれっこ無い。

 ないけれど。

 

 諦める程、大人しい心算(つもり)もない。

 

「バァカ。強がるなら、らしくしな」

 リリスの動きが止まる。

「泣きたい時は泣いて良いんだよ。誰に見せる必要も()ぇ。だけど、気持ちを吐き出したいなら」

 リリスに向けた言葉の筈だけど、言いながら気付いてしまう。

 これは、自分(おれ)に向けた言葉だ。

 そして俺は、随分前に仲間に涙を見せた。

「俺達が。俺が居るじゃねぇか」

 間に合わなかった俺を、仲間達は「悪くない」と、それだけ言ってくれた。

 今の俺はまた余計な事で悩んで、後ろ向き真っ最中だけど。

 たまには背伸びして、俺の背中を支えて押してくれた、仲間達の真似をしても良いだろう?

「愚痴やら弱音を吐く器には、なってやるよ。アドバイスなんぞ出来やしねぇけど、受け止めるだけなら俺にも出来るからな」

 格好つけてから、俺はグラスを傾ける。

「全然格好良くないわよ、馬鹿ちゃん」

 どうやらいつも通りのリリスのセリフだが、如何せん覇気が無い。

「威勢が()ぇなぁ。真っ直ぐ立つのがツラいなら、俺が背もたれになってやらあ」

 らしくもない、そんな事は俺が一番理解(わか)ってる。

 でも、言わなきゃいけない気がして、口は止まらない。

「俺達は2人でひとつだ。頼りにしてるんだから、お前も頼れ」

 アンタなんかの力が無くても、私1人で生き抜いて行けるわよ。

 そんなリリスのセリフを予想して、なんだか小っ恥ずかしくなった俺はグラスを呷る。

 

 だけど、リリスは何も言わずに。

 

 不意に掛かる右肩の重みを柔らかく支え、俺は視線を空へ向けた。

 澄んだ星空にばら撒いたような星達が、俺たちを見下ろしていた。




遠隔視(リモートビューイング)で覗きとかしちゃダメだぞ、イリス。


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俺、またなんか嵌められました?

領都2日目。
領都に来た目的は……?


 思えば、こっちに来た? 時は、初夏とも言える季節で。

 気が付けばすっかり秋。

 

 夢だったとしたらもう、ホントに目覚めるのが怖い時間経過なんだけど。

 そんな内心とは無関係に、俺は今、領都の活気溢れる商店街を散策中である。

 

 本日の見た目装備(コスチューム)は当然軍服。

 但し、同じデザインでは有るものの、色は黒。

 薄手だけど袖の長い、春秋用とでも言うべきか。

 普段はこれの暗いエメラルドグリーンなのだが、旅先だし、ちょっと気分を変えたかったのだ。

 軍服が好きなのは勿論有るが、これが一番仮面との親和性が高い……気がするから、仕方がない。

 

 のっぺりした仮面を付けたリクルートスーツの女とか想像してみ?

 怖いだろ、色んな意味で。

 それに比べたら、まだ軍服(こっち)のがマシってモンだ。

 

 仮面を外せ?

 ヤだよ、つーか魔獣も居るし荒くれ冒険者も居る世界で、装備外して歩くとかそんな度胸ねぇよ。

 それに、なんか顔だして歩くの恥ずかしいし。

 

「なにが恥ずかしいのよ、この仮面のほうが恥ずかしいでしょうが」

 同じデザインの白軍服――但しスラックスではなく、タイトスカート――に身を包み、同じ仮面のリリスがどうでも良さげに吐き捨てる。

「他にも頭部コス有るんだから、色々試してみようっていう根性は無い訳?」

 そりゃあ、鏡に写る顔は可愛いけど、お前忘れてないだろうな?

 

 元は27のオッサンだぞ? 中身。

 どうしたって27年付き合った顔は忘れようがないし、咄嗟に思い浮かべるのは未だにソレだ。

 

 不意に鏡状の物を目にして自分の顔が違っているというのは、慣れないモンなのだ。

 

「変な男に言い寄られたら面倒臭いから、これで良いんだよ」

 本心を隠し、俺は冗談に紛れさせる。

 自分の顔を不意に見るのが怖いなんて、言える訳がないんだ。

 

 同じ顔のリリスには。

 

「男が寄ってくるには、身体的魅力に欠けすぎてるでしょうが。腰回りは兎も角、胸が無さ過ぎよ。精進なさい」

 そんなリリスは俺の内心なんか知らないので、無責任に言葉を連ねる。

 のは良いんだけど、お前、双子でかつボディサイズが完全同スケールの存在がソレ言ったら、ブーメランにしかならんだろ。

「お前はなんか精進してんのかよ?」

 自傷行為は不毛だと気付け、そんな俺の優しさはどうやら届かないらしい。

「私はアンタと違って魅力のカタマリだから、無理に背伸びしなくて良いのよ」

 わざとらしくポニーテールをなびかせて見せる我が姉だが、残念な事に胸部の起伏が大変慎ましい。

「……お前、せめてパッドでも使ったらどうだ?」

 言い終わる前に俺の仮面に渾身のグーパンチが叩き込まれる。

 魅力のカタマリは、一部取りこぼしが有る模様です。

 

 

 

 俺達が出歩いてるのは領主様に勧められて、ご厚意に甘えての気晴らし、って意味も有るけど、単にお土産を探しに来たのだ。

 せっかく領都にまで来たのに、みんなにお土産が無いのも寂しいだろう。

 

 そう思ったものの、案外無いもんだ。

 

 最初に思いついたのはお菓子だった訳だが、見かけるのはクッキーなんかの焼き菓子ばかり。

 見様見真似のパウンドケーキも有ったが、実際に食べてみるとなんと言うか、何か違う。

 普通にクッキーなんかの方が美味いレベルだ。

 アルバレインで流行らせたフィナンシェやマドレーヌなんかも無い。

 ちょいと前のアルバレインと同じレベルのお菓子を買って帰ってもインパクトに欠ける。

 んじゃあ他になんか有るかと思ったが、モンテリア領第3位の街アルバレインには、モンテリアに有るものは大抵揃っていたりする。

 酒も、エールやミードなんかが主流で、火酒なんて呼べるモンは出回っている様子は無い。

 酒造所の稼働次第ではモンテリアにも出回るようになるんだろうけど、先の話な上に、そもそも出どころがアルバレインだ。

 ……いずれモンテリアにも酒造所が出来るのを待とう。

 何年掛かるか知らんけど。

 

 なんでも良いじゃない、なんていうリリスを引き連れ、何か納得行かない俺は領都らしいお土産を求め、あちこち歩き回る。

 乳酒なんてモンを見かけて一応買ってみたけど、これじゃ足りないし子供達に酒はまだ早い。

 アルコール度数は驚くほど低いらしいが、それでも、だ。

「なぁんで、こんなにもお土産に困ってるんだ俺ぁ。モンテリアクッキーとか、なんかそんな観光土産は無いのか?」

 ブツクサと文句を言いながら、結局焼き菓子の詰め合わせを10セット程買い込む。

 ウチと、ヘンリーさんとこと、パルマーさんに配る分だ。

 

 結局いつもの差し入れと変わらないじゃねぇか。

 

 いっそ肉でも買って帰るか、ウォルターくんが喜ぶかもしれん、なんて考えていたりした俺だったが、商店街の一角で熟成済みのカカオ豆と、それを加工したチョコレートなんて物を見つけて驚愕しつつ、大量に買い付ける。

 初めてチョコレートを味わえると知ったリリスの目の輝きが尋常じゃないが、久々の味覚に俺も割と似たようなモンだったりする。

 しかしチョコレートか。

 勿論、()()()で発展した技術かもしれないけど、一方で引っかかるものも有る。

 これも、何処ぞの先達の技なんだろうか?

 アルバレインではチョコレートどころかカカオ豆すら見掛けなかったのが不思議でも有る。

 あの街は、あれで一応、交易都市なのだが。

 

 どこか釈然としない物を感じるのだが先を急ぐリリスに手を引かれ、俺たちは足早に領主邸の大キッチンへ直行。

 板チョコを齧る程度の嗜みしか無い俺が、初めてチョコレートの湯煎なんてものにチャレンジしたりしたのだった。

 

 

 

 御婦人方を中心としたお屋敷の方々に、チョコクリームのショートケーキを振る舞い、まんまと甘味を味わった俺たちは、そのケーキのレシピも料理長らしきあんちゃんに預け、執事さんに促されてリビングと言うには俺の想像を超えた豪華さの部屋に通される。

 ゴテゴテとした感じなんか欠片も無い。

 ただ、必要なものを配しているだけに見えるのに、そのひとつひとつが重厚で、無作法な言い方をするなら、どれもちょっとやそっとなお値段とは思えない。

「すまないね、やっと()()を聞ける時間が取れたよ」

 ちょっとやそっとじゃ動かなそうなテーブルを囲むのは、領主様、クラウスさん、執事さん、ブランドンさん、リリス、そして俺。

 ちょっと危ない話になったらヤなので、レイニーちゃんには外してもらっている。

 領主様のお言葉を皮切りに、リリスがアイテムボックスから水晶玉の様な()()()と、魔石を砕いて拵えた棒状のナニカをテーブルの上に置く。

 どっちも特に機能らしきは無いのだが、気分的に盛り上がるだろうとリリスが適当に用意したものだ。

 

 リリスが用意したって時点で、なんの機能も無いなんて、信じる気もしねぇけど。

 

「いえ、お時間を頂きまして有難うございます。予めお話させて頂いていた件ですが、先日、我がクランのクランマスターであるイリスと、他2名が関わった事件についてです」

 挨拶から始まり、仮面を外したリリスが蝙蝠洞窟からの一連の事件や出来事を、簡潔に、しかし端折らずに説明する。

 俺は当事者なのだが、だからこそと言うか、どうしても俺の主観で語ってしまって良くないと、リリスに説明を任せたのだ。

 

 面倒だったってのは有るし、その点について反省などしない。

 

 蝙蝠洞窟でレベッカちゃんとノービス2名の死体を回収した事とその経緯。

 レベッカちゃんの証言とブランドンさんの記憶から、それは不良冒険者の仕業であり、レベッカちゃんが生きていると知られれば報復の恐れが有った事。

 ブランドンさんの発案――と言うことにして貰っている――で、レベッカちゃんをノスタルジア(ウチの)クランに入れつつ、冒険者ギルド職員として雇用し、商業ギルドや酒造所との連絡役をしていること。

 その後、俺が原因不明の病で倒れたものの、どうにか容態を持ち直した事。

 該当不良冒険者は、その後()()()()だが、彼らの後ろ盾となっていた貴族がアルバレインに居座っている事。

 

 一部報告に歪曲が有るけど、俺はポーカーフェイスで流す。

 

「ふむふむ。つまりは、私の可愛いリリスとイリスに、まだちょっかいを掛けそうな輩があの街に居るという訳だな?」

 リリスの説明が一通り終わり、ついでのように行方不明の不良冒険者の証言――遺言――を聞き流した領主様は人の良い笑顔を崩しもしない。

「現在消息不明とは言え、冒険者につきましては私の不徳の致す処。申し開きも御座いません」

 慇懃に腰を折るギルドマスターだが、証言の様子やら説明の不自然な点など、当然知っている立場だってことを隠しもしないで誤魔化している。

「構わないよ。なにせあの街は人の行き来が多い地。冒険者になるにも特に制限らしきが有る訳でもなし、問題を起こした際に対処するより他にない。()()()()()()

 からからと笑って見せる領主様だが、不穏な空気は隠せてません。

 どうせ俺らが手を下したんだろうけど、見逃してやるよ、って言う意味ですよね、それ。

「しかし、フォスター家ですか。ベルネで美味しい席を摂り損ねて、アルバレインに居座っているとは聞きましたが、まだ富に執着が有るようですな」

 クラウスさんが顎髭に手を添える。

 ベルネというのはアルバレインの東、例の新興の交易都市だ。

 距離がちょい離れているとは言え、そこが賑わっているのは元々魔核迷宮(ダンジョン)近くの街だったため、冒険者を中心に人が集まり、近くに鉱山も発見されたとかで急激に賑わい、人と金の流れに旨味を見出した商人や貴族なんかが群がった、って事らしい。

 詳しいことは判らんけど、まあ、俺の理解ではそういう事になる。

 間違ってたらゴメン。

 そして、フォスター家と言うのが不良冒険者共を扱き使っていた馬鹿貴族て事だね。

 何でも男爵らしいが、俺は貴族様の爵位なんぞ良く判らん。

 ただ、男爵と言っても領地は無いらしく、アルバレインに居座っているのではなく、其処にしか居場所が無いのだろう。

 詳しく聞いてないから知らないけども。

「うん。何やらベルネに屋敷を構えようとしたらしいが、出自を隠して屋敷を建てようとしてフォドリック卿に睨まれたらしい。あの小物め、すっかり拗ねておるらしいな」

 何やら小難しい事が絡んでるみたいだけど、要は勝手に家建てようとして失敗したって訳だ。

 俺の感覚だとなんで身元を隠すのかイマイチ理解(わか)らんけど、まあ、多分俺レベルの人間が引っ越すのとは訳が違うんだろう。

 領が違えば国が違う、みたいなもんだろうか?

 んー、無理矢理理解しようとしても間違いそうだし、理解(わか)らんことは触れずに流そう。

「まあ、こうして証拠も有る訳で、流石にお目溢しも難しいかと思いますが。如何致しましょうか?」

 クラウスさんが、セリフとは裏腹に楽しそうに領主様に目を向ける。

「そうだね。まあ、叩けば幾らでも埃が出るだろう、少し調べるだけで取り潰すだけの理由には足りそうだが……」

 受ける領主様は笑顔を崩さず、だけど少し考えるように言葉を濁らせる。

 ウチに喧嘩を売っただけで、俺にとっては完全敵対対象なのだが、貴族家を取り潰すというのは簡単では無い、って事なんだろう。

 まだるっこしいモンだ。

「まだるっこしいねえ。調べるまでもなく、既に怪しい連中だと言うのにね」

 領主様が、俺の心の声をなぞるように言葉を並べる。

 一応言っておくけど、流石に領主様の前で心の声をだだ漏れにさせるような真似はしていない。

 その辺はちゃんと意識しているよ、うん。

「まったく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 領主様の笑顔が、笑っていない目が、俺とリリスを映す。

 (こえ)ぇよ、領主様よ。

「はっはっはっ、まさかそんな都合の良い事が」

 クラウスさんがわざとらしく言葉を受け、やっぱり似たような視線を俺たちに向ける。

「しかし、万が一そのような事になっては誰にも罪を問うことは出来ませんし、困った事になりますな」

 明らかに決まっていたであろうセリフを白々しく諳んじると、ブランドンさんも俺たちを眺める。

 

 こいつら……。

 

 何が「気晴らしに散歩でもしてこい」だ。

 俺とリリスが出掛けてる間に、この辺のやり取りは決まってたんだろ?

 んで……こんなモン、リリスが関わって居ない訳が無い。

 仮面も無いので不機嫌さを隠しもせずにリリスに目を向ければ、案の定とても良い笑顔だ。

 

「そうですね。天変地異であれば、かの貴族様を追求する事も出来ませんし、その責任を誰に問うことも出来ませんね」

 しゃあしゃあと、リリスが笑顔で答える。

 こいつ、最初から()()心算(つもり)だったな?

 だけどそれじゃあ、その馬鹿貴族には思う存分折檻出来るとして、他にも居るかも知れないお仲間への牽制にはなるのか?

 いやまあ、局地的な天変地異なんてモンが都合良く起きる訳もないから、ちょっと考えれば裏があると判るだろうとは思うけどさあ。

 納得行かない気分とか疑問とかでなんとなく頭の中がぐるぐるするが、まさか領主様の前で声を荒げる訳にも行かず、俺はハラハラしながら椅子の上でもぞもぞと姿勢を変える。

 落ち着かないことこの上ない。

 だが、俺はまだ、リリスの恐ろしさと言うか、()()()()()()()()()を理解できていなかった。

 

「ですが、それでは見せしめとはならないのでは有りませんか?」

 心底楽しそうに、リリスが言葉を転がす。

 俺は呆気に取られてその顔をただ見詰めてしまう。

 

 え、だってお前、領主様が秘密裏に皆殺しにしてお終いって言ってるのに、何言い出してるの?

 なんで今、混ぜっ返すの? 馬鹿なの?

 

「ふむ? 見せしめ?」

 リリスに、言いたい事が判っている顔で侯爵様が口を開く。

「はい。この領地で、侯爵様の目を欺いて悪事を働くとどうなるか。他にも思い知らせるべき者達は複数居られると思いますが?」

 澄まし顔で頭まで垂れてリリスが答える。

 

 って、バカバカバカ!

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()当人が何言い出してんだ、盗賊とは言え虐殺した件を俺は忘れねぇからな?

 それと、領主様の質問に質問で返すんじゃないよこの馬鹿!

 お前も言ってるけど、凄く人の良いお爺さんだけど、相手は侯爵様だぞ⁉

 

 悪いけど、お前が領主様とドンパチ始めるなら、俺は領主様の方に付くからな?

 ……多分。

 

「成程。しかしそうなると、私の手持ちを動かすにしても多少時間が掛かる。手勢を動かして屋敷を包囲するにしても、逃げられてしまうかも知れないねえ」

 

 つい、と俺達から視線を逸し、少し上を見上げるようにして口元を手で隠す領主様。

 その表情を見た俺は、なんとなく、うっすらとシナリオが見えてきた。

 

 これ、最初から同じ事言ってるよな?

 

 そもそも、局所的な天変地異が偶然バカ貴族邸を襲うなんて有る訳も無い。

 そんなモン、どうやっても人為的なものでしか起こりようがない。

「そうですね……。ああ、例えば私か妹に、()()()()()()が有れば、直接手を下せるのですが」

 白々しいリリスのセリフが耳を滑っていく。

 何が「権限が有れば」だ。

 人為的に天変地異紛いの被害を起こす許可を暗に与えられたのに、それでもまだ食い下がるリリス。

 それを受けて、心底楽しそうに笑う領主……侯爵様。

 有り得ない程にスムーズに話が流れていくのは、これはもう。

「ふむふむ、確かに。そう言えば居たね、迅速に動けて壊滅的な打撃を与えられる存在が。報告は聞いているよ?」

 全員が。

 

 俺以外の全員が、予め決まっていたセリフをなぞっているだけだ。

 

 領主様の目が、ブランドンさんに向いている。

「はい。私も報告を受け、結果を知っているだけですが。数多の魔獣を殲滅し、国喰らいを捕縛した件も、獣追いを討伐し、悪食と影法師を撃退した件も事実であるようです」

 殊更真面目に、ブランドンさんが答える。

 悪食(ケモノ)影法師(じいさん)はまんまと逃げられたのであって、俺の中では撃退したのとはちょっと違うのだが、黙る。

 

 今この場で、俺のセリフは用意されていないのだから。

 

「ああ、そうだったね。その件で、王都から褒美が出ていたんだよ」

 ポンと手を打って、領主様が俺とリリスの方へ再び身体(からだ)ごと向き直る。

 此処まで来ると芝居がかっているというか、なんか学芸会を見物してる気分なんだけどそれはさておき。

 

 褒美って何? 聞いてないんだけど?

 

 領主様の笑みと闇が深くなった気がする。

 姿勢を崩さず、俺は内心で身構える。

 俺の直感が訴えてくる。

 これは絶対、碌でも無い話だ。

 

「冒険者リリス、そしてその妹イリス。二人を我がファルマン家の末席に加える。それぞれ、リリス・イハラ・ファルマン、イリス・ケイス・ファルマンと名乗る事を赦す」

 

 身構えていた筈なのに、俺は咄嗟に何を言われたか理解(わか)らなかった。

 

「そして、その()()()()()()に命ずる。私、ギース・ユルゲン・ファルマンの代理として、アルバレインにて狼藉を働くフォスター男爵とその一族を討て」

 

 おじいちゃんみたいだな、って思ってた人がホントにおじいちゃんになりました。

 そんな和やかな感想で終わらせるには、おじいちゃんの命令は、口調の割には厳しい物で。

「身に余る光栄です。末席としてファルマン家の誇りを汚す事の無いよう、努めて参ります。また、アルバレインの件、謹んで拝命致します」

 淀みない動作で椅子から立ち上がると、優雅に礼をするリリス。

 此処までが「シナリオ」だったのかよ。

 仕方無しにリリスのマネをして頭を下げ、俺は何とも言えない気持ちになる。

 

 俺は礼儀作法なんぞ知らんぞ、大丈夫なのか?

 

「イリスや。お前さんは自分で、礼が成っていないと反省できる優しい子だけど、気にする事は無いぞ? お前さんもリリスも侯爵家(ウチ)を継ぐ事は出来んし、肩肘張った場所に出る必要も無い。お前さんは元気な、そのままで良いんだ」

 孫娘を見守る、そんな慈愛の爺さんスマイルで領主様が言葉を掛けてくれるけど。

「あ、は、はい、有難うございます」

 違うんですよ。

 俺はこっちに来て何度目かの聞いてない展開に、そろそろ目眩を感じているだけなんです。

 ご命令の内容も内容だしさぁ。

 

 ま、今更どうでも良いけど。

 

 わざとらしい「おめでとうございます」なんて言葉を並べるオッサン2人を他所に、俺はそれこそどうでも良いことを考えて逃げようかと試みる。

 澄まし顔のまま、口を開かず。

 リリスへの念話のスイッチをオンにする。

『オイコラ馬鹿姉。テメエ謀ったなこの野郎』

 同じく澄まし顔のまま、リリスからの返信。

『馬鹿とは何よ馬鹿とは! それに、野郎じゃないわよ!』

 表面上はとっても和やかな、澄まし顔の2人。

『やかましいわ。巻き込むんだったら最初っから説明しとけ。なんだって俺の回りは迷惑サプライズ野郎しか居ねぇんだよチクショウ』

『アンタの人徳でしょうが。泣いて喜びなさいよ、ほらほら』

 此処ぞとばかりに煽り散らす姉に素直に腹が立つが、暴れる訳にも行かない。

 心底ムカつく姉である。

『……もう拝命しちゃってるし、養子入りか? これも王都っつーか、王様から許可が出ちゃってるんだろ? もう今さらどうしようもねぇ事はもう良いよ。2、3日拗ねるけど。そんな事より気になってるんだけどな?』

『何よ?』

 領主様とクラウスさんは、新しい孫だ末の双子だと大はしゃぎでブランドンさんが反応に困っているが、今の俺にはそれを指差して笑ってやる元気も無い。

 リリスのつっけんどんな返事に、俺は一拍置いて念話を送る。

『俺、27歳のつもりで行動してたんだけど、孫で末って。お前や領主様……おじいちゃんは、俺たちを何歳だと思ってるんだ?』

 割と切実な問題である。

 っていうか、ハンスさんには大分前に年齢(トシ)を明かしてる。

 信じて貰えなかったけど。

『……16歳よ』

『はぁ?』

 リリスの解答に、俺は間抜けな返事をしたまま、念話を終える。

 16歳?

 いやまあ、肉体年齢的には納得だけども。

 聞かされても、今更色んな態度やら言動を変える気になんかならないけども。

 

 27歳オッサンが、16歳女子にクラスチェンジか……。

 今更そんな、若い感性の持ち合わせなんぞ無いんだけどな……。

 

 色々と疲れる事が多すぎて、俺は本気で、考えることを辞めようかと思った。

 

 

 

 不当に権力を振り翳し、我儘放題の馬鹿貴族ことフォスター家を物理的に取り潰す許可と、ちゃっかり空いた土地に建物を建てる権利を貰って、俺達は帰りの準備を始める。

 領主様……おじいちゃんには「もっとゆっくりして行けば良いのに」なんてしょんぼりされてなんか可愛かったのだが、許可さえ貰えればポータル作って簡単に行き来出来るようになりますよ、なんて説明したら秒で許可が降りた。

 許可条件はちょくちょく遊びに来ること。

 

 やっぱりただのおじいちゃんだな?

 

 そんな訳で、流石に敷地内には不味いので、門を出て人目につかない、裏手にちょいと回った所にポータルを設置する。

 地面に置いた魔石が溶けるように消え、設置完了を確認。

 うっすらと魔法陣状に魔力光が地面から立ち上り、一定の高さで薄くなり消える。

 これがこの世界での、ポータルの目印だ。

 俺かリリスが居れば、このポータルに移動する事が可能って訳だ。

「おい。もしかして、これ……アルバレインにも有るのか?」

 なんの説明も受けていないブランドンさんが、恐る恐る俺に目を向ける。

「うん。ウチの屋敷の庭に有るよ? だから、帰りの馬車の手配は要らないって言ったじゃん」

「あ、ああ。てっきりお前が手配しているのかと思ったんだが」

 言葉を失くし、呆然と俺を眺める冒険者ギルドのマスター。

「……お前、魔導師(ウィザード)みたいだな?」

魔導師(ウィザード)だっ()ってんだろうが!」

 何を言い出すかと思えば、こいつは俺をなんだと思ってやがったんだ?

 失礼極まる野郎だ。

「じゃれ合ってないで、そろそろ帰るわよ? 忘れ物とか無いでしょうね、()()()()()さん?」

 リリスが言うと、ブランドンさんが少し考えるように動きを止め、それから頭をガシガシと掻く。

「あー、そう言や、そういう役目だったなあ。お前らの目付けなんぞ、胃に穴が開く未来しか見えん」

 ご丁寧に溜息まで添えて、心底嫌そうに言いやがった。

「アンタが窮屈そうで可哀想だったから、そういう事にして、口調も砕けたままで良いって事にしたんだろうが。それとも畏まってみるか? んん?」

「ホンットに可愛げのねぇガキだなお前はよ! まあ、目付け役ならそれなりに意見も言いやすいだろ、PCとやらも有るし。領主様には今までよりも報告が簡単で迅速だからな」

 ちらっと煽ったら即反応してくれたが、すぐに何かあったらおじいちゃんに密告す(ちく)ると言われて、俺はぐぬぬと黙り込む。

 ホントにヤな野郎である。

 そんな俺達の変わらないやり取りを、レイニーちゃんが一歩引いて、ハラハラと見守っている。

 急に俺とリリスが侯爵家の一員となったと言う事で、どう接していいか判らなくなったらしい。

 

 侯爵なのはおじいちゃんで、俺は爵位もなんも無いのは変わらんのだから、出来れば今まで通りに接して欲しいもんだけどなぁ。

 

 例の件の命令書? も頂いたし、戻ったら早速リリスと段取り組むわけだけど、こんなモンさっさと終わらせて、のんびり自堕落な自称冒険者生活に戻りたいな、無理かなぁ。

 その前に、帰ったらウチのメンバーに色々説明しなきゃいけないし、色々考えると気が重い。

 自宅のベッドにとっととごろ寝したい気分を隠しもせず、勿論誰もそんなモン気付ける筈もなく、俺はポータルを起動。

 

 片道6日、領都に3日程滞在した俺達は、久々のホームへと帰還を果たすのだった。




誰かの利益は誰かの損。


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厄介な仕事ほど、集中力が続かない

たまには現実から目を背けてひたすらゴロゴロしたい、そんな話。



所で、1週間トばし、2週間ぶりの投稿ごめんなさい;
完全に忘れてました(サブタイトル通り


 交易街アルバレインに戻ってから、のんびり風呂に浸かったり食事を味わったり子供達と戯れたり、そんな現実逃避をすればするほど気が重くなってきた。

 なにせ、領都で――なんでか家族になっちゃった――領主様(おじいちゃん)から直々に命令を戴いたからだ。

 

 ファルマン家の名の下に、フォスター家を討て。

 

 やっとちょっとは開き直れるかと思えてきた所に、なんつーヘヴィなご命令を下さるんだ、領主様(おじいちゃん)め。

 今度会ったら、豪勢なお屋敷を使用人付きでお強請(ねだ)りしちゃうぞ?

 

 領主様の()孫娘達に対する本気度と金銭感覚が測れないので、冗談でもうっかりしたことは言えないな、そんな塩梅で冷や汗を堪能する俺です。

 

 

 

「今回は、私がやるから。アンタは何もしなくて良いわよ?」

 ぼへらっと風呂に浸かりこんでから部屋に戻った俺に、リリスは事も無げに言う。

 色々言いたいことは有るけど、何でお前は俺の部屋で普通に寛いでるんだよ。

「あのな……? まあ、お前さんなりに気を使ってくれてるんだろうけど」

 取り敢えず俺の部屋への無断侵入は不問に付す。

 だが俺はわざとらしく腕組みし、ベッドに腰掛け、足を組む。

「……アンタ、寝間着くらいカワイイのにしなさいよ。何その飾りも何もない格好は」

 風呂上がりに無地のTシャツそっくりのシャツとジーンズにそっくりの、ご丁寧に紺色のパンツを身に着けた俺の格好がリリスのお気に召さなかったらしい。

 あと、寝間着じゃなくて部屋着な。

 ちなみに、ジーンズはスキニーパンツだ。

 今まではレギュラーシルエットしか穿いたこと無かった。

 ()()()に来て初めて穿いて、それこそ初めは恥ずかしかったりしたが、慣れるのは早かった覚えが有る。

 のは良いんだけど、スキニージーンズ始め良く見慣れた衣類を見つけた時は当然色んな事が脳内を巡ったが、まあ、夢だった所で目が覚めるまでは何も出来ない。

 

 もう好い加減、夢であって欲しい、なんて思いもだいぶ淡くなって来たけど。

 代わりに、先にこっちに来ているであろう同類達の動向が気になりつつ有る。

 

「バッカお前、Tシャツにジーンズは基本だろ。仮面には合わないから、お部屋で寛ぎスタイルだけど。ンな事はどうでも良いよ、話を逸らすんじゃない」

「あの仮面に合う服なんか有る訳ないでしょ。馬鹿なの?」

 ギスギス言い合う仲良し双子姉妹。

 ちなみにお互い仮面は無しで、リリスはフリルなんかがあしらってある可愛らしいパジャマを身に着けている。

 似合うんだけど、ちょっと可愛すぎやしないか?

 いや、パジャマのほうが。

「兎に角、俺は問題()ぇから妙な気の使い方をしなくて良いぞ? 積極的にやりたい仕事じゃねぇけど、どうせこれから増えるだろうし」

 まあ、多分俺は碌な死に方しないだろうな、なんて思いながら天井を見る。

 別に嫌味を言う心算(つもり)も無いし、当然リリスの所為だなんて思っても居ない。

 思っちゃ居ないんだけど、少しばかり俺の言い方が悪かったのか、リリスの表情がちょっと曇る。

「まあ、放っといたらまた馬鹿野郎共を集めて馬鹿なことをやらかすだろうからな、例の馬鹿貴族が。ウチとこの領主様を怒らせるのもアレだけど、俺らに喧嘩売ったらどうなるかもきっちり周知しなきゃならんし」

 俺が割と乗り気である、と言う事を伝えつつ、リリスが感じているであろう負担を軽減できないか試みる。

 こう見えて俺なんぞとは比べ物にならん程度に繊細な感性を持ち合わせているらしいリリスだが、それでも、気を使って重ねた気休めが通用するとは思えない。

 だけど、俺はこう思っているんだって事は、言葉にして伝えなきゃいけない。

 信じて貰えるかは別だ。

「アンタがどう考えてるかは理解(わか)ったわ。その上で、私も同じ事を考えてるから、私がやりたいのよ」

 リリスはどうにか俺の言いたい事だけは汲んでくれた様子だが、シゴトを譲ってくれる気は無いらしい。

 俺は溜息()きながら肩を竦め、話を先に進める事にして、リリスに続きを促す。

「馬鹿貴族のお屋敷は、生意気にも私達の屋敷よりも大きいわね。ご近所の貴族様にも、苦々しく思われてるみたい」

 うん、ウチの屋敷が貴族様の屋敷より大きかったら問題でしょうが。

 俺達は貴族なんかじゃないんだし。

 今だって、俺とリリスは侯爵家の末席に居るってだけで、爵位なんか無いんだし。

 ……つーか、人の良さげなおじーちゃんは、放っといたら厄介で危ない火器を戦力として抱え込んだってだけだろ。

 お陰様でウチも、ちょっとやそっとの厄介ごとの際には気軽に相談できる様になったので、助かるっちゃあ助かるのだ。

「ついでに、馬鹿貴族と同じ穴の狢達が足を引っ張り合って、銭湯と酒造所への圧力掛け、って言うか乗っ取り工作が進んでないみたいね」

 ソファにちょこんと腰掛ける姿と、会話の内容が噛み合わなすぎて笑えてくるが、一旦置こう。

「なんでぇ。難癖つけて金巻き上げよう、位の事は考えてるだろうとは思ったけどよ。乗っ取りたぁ恐れ入るな。上手く回せる自信でも有ったのかね?」

 金の流れの間に取り憑いて上手いトコ吸い上げようとか、そんなヌルい事は考えてない、って事になるのか?

 馬鹿なのかな? 

 どっちも領主様に許可を取ってるし、もっと言えば領主様がどっちにも絡んでる。

 元々そんな感じなのに、その上、この街の領主館からも、俺達姉妹が侯爵家の養女となった事は公表されている。

 

 ……あっ。

 まさかおじーちゃん、その為に俺達を養子に……?

 

 ……考えないようにしよう。

「だって、馬鹿の考える事よ? 未来予想は馬鹿なりに完璧だと思ってたんでしょ? そもそもなんでこの街に衛兵が大幅に増員されたのか、考えたら理解(わか)りそうなことが見えてない時点で、もうね」

 リリスも肩を竦める。

 この辺の情報もおじーちゃんの耳に入ってたんだろう。

 これも含めて、俺の知らない話がいっぱいあるだろうし。

 っ()ーか、同類がそこそこ居そうだし。

 だからこそ、ちょうど良くノスタルジア(ウチ)にちょっかい出したフォスター家(ばかきぞく)を見せしめとしてお取り潰しにするんだろうな。

 

 俺が聞いた話じゃ、温厚な領主様って事だったのに。

 冒険者ギルドの横領系受付の、えーっと、ラウラだっけ? とか。

 国喰らいとかいうおばちゃんとか。

 今回に至っては御家断絶だし。

 

 結構苛烈な気がするのは、偶々なのかな?

 

「まあ、それは置いても、放っとく訳には行かないからな。なんせ、懲りもしねぇでクズ共を寄せ集めてんだろ?」

「人望が無さ過ぎて、普通に私兵を募集しても集まらないみたいよ? 強引に取り立てようとしても、周りの貴族様に非難されて解放せざるを得ないみたい。真っ当な貴族様からは相当嫌われてるって事ね」

 手勢として、相変わらず流れの冒険者崩れなんかを雇い入れている、って情報は、タイラーくんを中心に、ウチの連中が調べてくれたモンだ。

 俺達がモンテリアまで行ってお土産に悩んでる間に、色々と調べてくれたらしい。

 さすが斥候(スカウト)、ってトコかな。

 そんな俺の呟きに、リリスが冷笑を重ねる。

 小娘の冷笑って、向けられた奴は本気で腹立つだろうなあ。

「成程ね、そうなると、いざって時に周りが助けに来る、なんて展開は無い訳だ。お仲間はお仲間で、とばっちりはゴメンってなモンだろうから、まあ遠くから傍観だろうな」

 もう、笑ってやるのも面倒になって、出てくるのは溜息ばかりだ。

「こっちには命令書の他に、馬鹿の罪状一覧も有るからね。こっちは終わったら屋敷跡の門前にでも貼り出しておこうかしら」

 リリスが腕組みして言ったセリフに、俺は同意を込めて頷く。

 死体を晒されないだけマシだとお考え戴こう。

「問題は……」

 リリスに頷いてから、俺は口を開く。

 問題、という単語に、何か有ったか思い当たらないらしいリリスがきょとんとした顔を俺に向ける。

「お嬢様も、割と乗り気だからさ。説得は、リリスがしてくれよ?」

 きょとん顔が、びっくりする程面倒くさそうな顔に変わった。

 

 

 

 意外と緊張している自分に気が付き、気晴らしに朝っぱらから見た目装備(コスチューム)の手持ちを眺める。

 そんなに課金してた心算(つもり)は無かったのに、こうして一覧で見ると案外多い。

 大半はゲーム内で手に入れたモノだけど、4割は課金したもの、らしい。

 コス一着につき400円そこそこだったから、総額で……。

 ……計算は止めとこう。

 軍服コスも、ちゃっかり将校タイプなんてのも有る。

 これはこれでなんかゴージャスに見えなくもないので、今度おじーちゃんに会うときとか、そういう場面ではこいつを選ぶとしよう。

 そんな感じでコスを眺める俺だったが、ふと気が付く。

 

 リリスに言われたからって訳じゃないけど、そう言えば俺、頭部コスってあんまり見てなかったな。

 

 のっぺり仮面が自分で思っているよりもお気に入りだったのでこれ以外を付けたことが無かったんだけど、考えてみればそこそこ種類も有る筈で。

 だって、服とセットになってるのが大半だし、それとは別に単発でドロップしたり、買ったりしたのが有るのだ。

 そう軽く考えて、俺はタブを基本(ベーシック)から個別の、頭部タブへと切り替える。

 そうして目の前に並ぶ帽子やらリボンやらカチューシャやらシュシュやら、なんとなく圧倒されてしばし呆然としてしまう。

 

 いつの間に、こんなに持ってたの、俺。

 

 良く判らないロゴの入ったスポーツキャップは、なんかのコラボなんだろうか?

 悪くないけど軍服とは合わない。

 勿論軍服とセットの帽子もあるし、お気に入りでは有るんだが、顔が隠せないのはちょっと抵抗がある。

 いや、好い加減自分の顔に慣れろとは自分でも思うんだけどさ。

 

 まだ暫くは無理じゃないかなあ。

 

 そういう視点……顔を隠せるモノで探せば、意外なことに結構有るモンだ。

 目元を隠すという意味で言えばグラサンなんかもそうなんだが、その時点で結構あってちょっと笑ってしまった。

 スタンダードなヤツからなんか妙にとんがったヤツ、ゴーグルみたいなヤツ。

 サイバーな見た目のヤツなんかは、これは前が見えてるようには見えない。

 ……そういう意味なら、現在愛用している仮面も前が見えそうなモノではないから、問題無いのか。

 

 そのサイバーなヤツから先に、なんか俺好みの妙で怪しいアイテムが並び始める。

 なんかメカアニメで敵が着けてた様な気がする仮面とか、こんなん着けたらなんかキメ台詞を言いたくなっちゃうだろ。

 そんな事を適当に考えながら眺めていると、それは唐突にめに飛び込んでくる。

 

 狐面。

 

 ……狐面は良いな、そう思って見れば、なんか色んなタイプが有る。

 顔全体を覆うタイプは、なんか見慣れた感じの狐面だ。

 口元が出るような、顔半分を覆うタイプ。

 これもなかなか良い。

 良いんだけど、なんかどっかの動画配信者さんがこんなの着けてた気がしなくもない。

 そんな俺の目が、変わり種の狐面の上で止まる。

 

 こんなの、いつ手に入れたの?

 

 銀に輝くそれは、カラーバリエーションが他に金、赤、青、緑、黒。

 色付きは黒以外は濃いのと淡いのの2タイプあり、いずれもメタリックな光沢を放ちつつ。その意匠はシンプル。

 狐面の形を取りながら、なんの飾りも模様もない。

 単色に輝き、目線を通す為の孔も無い。

 形状としては顔を半分隠すような、口元が見えているタイプ。

 普通に考えたらこんなモン前が見えない訳なのだが、その辺りに問題が無い事は現在進行形で確認済みである。

 只々狐面のカタチをした、それ以外の余計な物の無いシンプルさが俺のハートに絡みついて離さない。

 怪しさで言えば今と変わらないんだけど、なんかこっちの方が断然俺好みな訳で。

 

 なんで今まで、俺はこいつに気が付かなかったんだろう?

 ……ああ、斜め見下ろし(クオータービュー)だとキャラが小さいから、気にならなかったとか、そんな理由かな。

 

 俺はもう新しい玩具を手にしたお子様そのもので、シルバーの無貌の狐面を選択(チョイス)し、ついでに軍服も将校用の礼服タイプに変える。

 今更なビジュアル変更だけど、こういうのもたまには良いモンだ。

 明日からは、っていうか用事が済んだら普通の軍礼服に変えるけど、狐面はこのまま愛用して行きたい所だ。

 今までの仮面も、たまには使うようにしたいけど。

 

 俺は大はしゃぎでリリスの部屋に駆け込み、盛大な溜息で迎えられる。

「……またそんなヘンなモノ見つけて……。何がイヤかって、そんなに悪く無いと思っちゃった私自身が一番イヤなのよね……」

 俺の格好を見たリリスは半眼で俺を睨みつつ、そんな事を仰る。

 

 そしてリリスの命令で、俺は淡い緑の狐面を着けることになった。

 リリスは赤。

 これで、今までは同じ仮面で見分けが付けにくかったけど、これからは仮面の色で区別出来るようになったのだ。

 やったね!

 

 割と散々だった仲間達の反応は割愛する。

 ほぼ唯一、メアリーちゃんが「カワイイ、欲しい!」なんて言ってたけど、俺とリリス以外がこれを身に着けて、ちゃんと前が見えるか不安なので今は我慢してもらった。

 そのうち、覚えてたら試してみよう。

 お嬢様だったら黒か銀かなあ。

 服の方は似合いそうなデザインが有っても、残念ながらサイズが……。

 

 そんなほのぼのモードも、朝食が終わるまで。

 俺とリリス以外のメンバーは屋敷に残らせ、レベッカちゃんも今日は出勤時間を遅らせてもらっている。

 下らない事に付き合わせる心算(つもり)は無いし、今更妙な連中に絡まれるリスクを減らしたい。

 お嬢様が非常につまらなそうだったので、ウチの周りでなんか様子を伺う連中のお相手をお願いしたら、2名ほどを残して一瞬で片付けてくれた。

 

 何をどうしたのかは、笑顔とか色々怖いので聞かない。

 取りこぼしがある理由だけは聞いて置いたけど、それはそれで気になる話だった。

 様子が他の、冒険者崩れと違ったから、って事らしいけど。

 はて、どういう事なのか。

 気に留めておくことにしよう。

 

 俺はリリスと連れ立って庭先に出ると、アルバレインの空へと跳んだ。

 

 

 

 テレポートを駆使してアルバレイン南地区、前もって調べていた、というか教えて貰っていた、フォスター家の近所に降りる。

 いきなり庭先に降り立っても良かったんだけど、どーせ門番役の不良冒険者とか居るんだろうし、挨拶はキチンとしないとね?

 

「なんだお前らは? ここはフォスター様のお屋敷だ、失せろ」

 こいつはNPCかな? って思っちゃうくらいの定型文を吐いて、門番役の2人が俺達にそれぞれ剣を向ける。

 領主であるファルマン様の命令で云々しても、こいつらはマトモな対応なんか出来まい。

 そもそも領主様の名前をちゃんと覚えているのか、其処から疑問だし。

 だって馬鹿そうだし。

 

 俺とリリスはほんの一瞬で似た様な事を考え、同時に何かを諦める。

 そして、やはり同時に、俺達も腰の剣を抜いて振り払った。

 魔踊舞刀(まようぶとう)

 打ち合わせてでも居たかのように見事に手加減されたそれは、門番役ごと門扉を支える支柱と門や塀の一部を斬り刻み、支えを失った門扉は勢いに押されて向こう側へと倒れる。

 押し入った庭園には目隠しとばかりに植えられた木々が立ち並び、まあ見事と思えなくも無い。

 その庭園の中には、襲撃の予想なんて物が有ったのかは不明だが、そこそこの人数が見回り役の様にあちこちに散っていた。

 それらは門での騒音を聞きつけて、のんびり集まりつつ有る。

 

 もうちょっと緊張感持てや、馬鹿ども。

 

「全く……一気に集まってくれれば、連鎖雷縛で一掃出来るのに。危機感が足りないのは困りものね」

 危機感が無いのは俺もお前(リリス)も変わらんよ?

 同感では有るけども。

 俺達の姿を確認すると、それぞれ似たような声を上げる馬鹿どもを都度薙ぎ払いながら、俺達は屋敷へと足を向ける。

 

「止まれ! 無礼者共が!」

 その声は、2人して10人ばかり斬り倒した辺りで飛んできた。

 馬鹿のくせに無礼者とか、面白いこと言うじゃん?

「此処を何処だと思ってやがる! 好き放題暴れやがって、覚悟は出来てるんだな!?」

 見た目はローブを着込んだ魔導師(ウィザード)っぽい奴が、乱雑な口調で俺達の前に立ちはだかっている。

 妙に整った顔立ちだが、何を考えているのか。

 口調の割に、その顔には余裕が見える。

「馬鹿か? フォスターとか言うバカ貴族の屋敷だろ? 知らずに押し入ったとでも思ってるのか? 間抜けなりに状況くらい考えて?」

 その余裕面が俺のほのぼのした発言に歪むが、沸点低すぎだろ。

 激高して何か喚き出すかと思ったが、その前にリリスが冷たい声を押し出す。

「領主様の命令よ。破落戸を使って悪事の限りを尽くすフォスター男爵及びその一族を討ちに来たわ。加担した者を逃がす心算(つもり)は無いから、アンタ達も覚悟なさい」

 言いながら、リリスは領主様(おじいちゃん)の命令書をアイテムボックスから取り出し、拡げて見せる。

 ちょいと離れてるので確認は困難だと思うが、まあ、普通は「領主様の命令」と言われたらそうそう無碍にも出来まい。

 だが、魔導師(ウィザード)風の男はちらりと視線をリリスの手元に向けただけで、困惑の様子は見せない。

 ふむ、大物なのか、それともただの馬鹿なのか。

「領主? モンテリアの領主様の事か? その命令が本物だったとして、なんでお前らがそんな命令書(もの)を持っているんだ?」

 リリスの口上と命令書を見せる、と言う動作の間に、どうやってか余裕を取り戻したらしい男はヤな笑顔で言ってのける。

「なんで? そんなの、私の名前がリリス・イハラ・ファルマンだからに決まってるでしょうが」

 リリスが心底つまらなそうに言うと、堪えきれなかったのか男は笑い出した。

 あ、これ、もしかして。

「笑わせるのも大概にしろ! リリス? 聞いた事もねぇよ!」

 うん、馬鹿の方だった。

 こいつ、領主館から関係各所を通じて街中に発表された内容を、どうやらご存知無いらしい。

 俺は馬鹿馬鹿しさに溜息を()いて、それでも一応教えてやることにする。

「お前は情報を集めるとか何もしないのか? リリスもそうだが、俺、イリス・ケイス・ファルマンも、つい先日、ファルマン家の養子になったんだよ。そんな残念なザマで、良くも今まで生きてられたな?」

 まあ、これから死ぬんだけど。

 そこは言わない優しさを発揮して、俺は口を噤む。

 これで反応が変わるとも思えない、変わっても馬鹿にされたと激昂するくらいのモンだろう。

 もう一個溜息が漏れそうになるが、なんとなく我慢する。

「イリス? それにリリス……そうか、お前らがなんとか言うクランの狂犬と魔王か」

 ウチのクラン名すらあやふやだった。

 ホントにどうなってるんだ、情報の重要性とか考えないのか、それともウチがまだ少数クランだから驚異とも考えてなかったか。

 ……うん、ウチを驚異と考えないのは別に良いんだけど、なんだその妙な二つ名。

 狂犬は俺か? 魔王はリリスか?

 なんだその妙で、かつ適当な名付けは?

 呼び始めたやつ、ホント出てこい。

「だが、だからどうした? 仮にお前らが領主様の養子だったとして。その命令書が本物だったとして。凡百の冒険者風情が、この俺に敵うハズがねぇんだよ!」

 そんな事を考える俺に、魔導師(ウィザード)が高らかに吠える。

 顔はいやらしくも不敵に歪んだままだ。

 その自信は何処から来るのやら。

 むしろ感心しかけた俺の耳に、言葉の続きが滑り込む。

 

「俺の名はカナリー・モティール! 貴様等では想像も付かん、()()()()()()()()()()()()男! 真に魔王を名乗るべきは、この俺だ!」

 俺の片眉が跳ね上がり、ちらりと盗み見たリリスの表情は動かない。

 仮面越しだから口元しか判らないけど。

 こいつは、今確かに「深層領域」と言った。

 それは、俺にも耳慣れた単語。

 あのゲームのエンドコンテツにして、ある意味本番。

 

 俺は、目を凝らす。

 

「……カナリー・モティール? 下らねぇダジャレだな」

 口の端から、本音が漏れる。

 調子に乗っかっている男の耳にも、それは届いた筈だ。

「お前、プレイヤー……それも日本人だな?」

 キャラクターかプレイヤーかの判断は、勘だ。

 勘だけど、一応根拠らしきも無くもない。

 

 名前の間抜けさ。

 相手の名前はともかく、レベルを確認しなかった間抜けさ。

 ()()()()()()()()()()()()で、自分が強いと思い込める間抜けさ。

 

 名前のセンスに関してはまあ、俺とどっこいだと思う。

 だけど、俺達は相手のレベルを確認はしている。

 こいつのレベルは127。

 確かに、そこらの冒険者に比べれば圧倒的に強いんだろうが、そこまでだ。

 少なくとも、リリスや俺のレベルを確認していたなら、そんなに勝ち誇るなんて真似は出来なかっただろう。

「日本……? お前、なんでそんな事を知っている?」

 漸く、男……カナリーは警戒心を抱いたようだ。

 何でこうも、調べる、探るって事を軽視してるんだろうか、コイツは。

「久々に会った同郷の人間が、お前みたいな馬鹿だなんて……」

 隠しもせず、俺は身体(からだ)全体でがっかりを表現して見せる。

「お前と同じ、なんて本気で言いたくねぇけど、俺もプレイヤーだよ、同輩くん?」

 俺の言葉を噛みしめるようにたっぷり時間を置いて、そして、カナリーは身構える。

 警戒心を持つのが遅い上に、危機感も足りていないんじゃないか? コイツ。

「馬鹿な……。そんな馬鹿な! 俺以外、俺達以外に転移者が居るなんて聞いていないぞ!?」

 そして、想像力も足りていない。

 唐突にこんな世界に放り込まれて、何の疑問も無かったのか?

 

 言葉が通じる不思議も、突然身の丈に合わない力を手に入れた事も。

 何もかも、不自然な事ばかりだっていうのに。

 

「考えりゃ判る事だろうが。大体、転移ってお前」

 俺は侮蔑を隠しもしないで、言葉を投げつける。

「もとの身体(からだ)そのままじゃ()ぇだろうが。日本での身体(からだ)は死んじまってて、その身体(からだ)はこっちで()()()()()()()()モンだろ。転生っ()った方が、まだ気が利いてるぜ」

 リリスが、意外そうに俺を見ている。

 なにそのお顔?

 気にはなるが、俺はもっと気になる事について質問する。

 

「お前を()()()に巻き込んだ、キャラクターは何処に行った?」

 

 目の前に立つ冒険者崩れは、カナリーを含めて5人。

 少なくとも敷地内、屋敷の外にはもう、こいつらしか居ない。

 そして、その中で際立ってレベルが高いのはカナリーのみ。

 他は27とかそんなモンだ。

 キャラクターの方がレベルが低い、なんて無いとは言わないが、此処まで露骨にレベル差が有るもんだろうか?

 俺がリリスより200レベル低いのは、ある意味俺の望みだから、この際は例外としよう。

 俺の事は兎も角、カナリーの近くに似たようなレベルの存在がないとなれば、それは別の場所に居るという事だろう。

 本名は館の中、ってトコか?

 

「キャラクター? ……あいつは、ここには居ねぇよ。俺の事が嫌いだって、どっかに行っちまった」

 

 何処か悔しそうな呟きは、俺の予測をあっさりと外してきた。

 え?

 嫌いだから、別の所へ?

 おかしくね?

 

 世界を超える(とぶ)のに、必要なのは生命体、()ーか人間の生命力そのものだよな?

 それをどうエネルギーに変換するのか、イマイチ良く理解(わか)らんけども。

 それでも世界を隔てる壁に孔を開けていられるのはほんの一瞬で、その慌ただしい時間の最中に、態々手間を掛けてコイツの意識を持って来て。

 それなりに愛着が有ったから、連れて来たんじゃないのか?

「イリス。キャラクターの皆が皆、私と同じ基準で動いてる訳じゃないわよ?」

 なんとなく混乱する俺に、隣でリリスが声を上げる。

「私は間違いなく愛着から連れて来たけど。他には、命を奪ってしまった贖罪からとか、なんとなく話し相手が欲しかったからとか、色々よ。勿論、人間の意識なんて最初から持ってくる心算(つもり)なんか無い、なんて奴も居るわ」

 リリスの声は平板だが、それでも俺は色々と考えてしまいそうになる。

「コイツを連れて来たのは、多分贖罪に近い感情じゃないかしら? だけど、こっちに来たらもう用は無いし、キライだって言うなら一緒にいる理由なんか無いでしょ」

 涼やかに響く声に、俺だけでなくカナリーも黙る。

 なんとなく。

 なんとなくだけど、キャラクターのみが此方に来ているパターンは想像していた。

 だけど、プレイヤーも連れて来ている場合は、一緒に居るもんだと思いこんでいた。

 

 だって、手間を掛けてまでこっちに連れて来るのは、愛着なり何なりが有るから。

 そう思い込んでいたのだ。

 

「多分、()()()に跳んだ理由は私と同じでしょ。で、命を奪ってしまった申し訳無さから、意識は持ってきて、身体(からだ)も造って。だけど、ソイツ自体はキライだから、そこで捨てた。そんな所じゃない?」

 リリスの声が、俺の心にも冷たく響く。

 

 少し違えば。

 リリスが俺に愛着を持たなければ、コイツと同じ立場に居たのか?

 いや、多分リリスの事だ。

 愛着も無い意識をわざわざ持ってくるなんてコト、しなかった筈だ。

 

 ゾッとする俺とは対照的に、カナリーは少し時間を置いたものの、激昂する。

「ふざけるな! 捨てたのは俺だ! 勝手に居なくなったアイツを、俺が!」

 とことんまで、感性がずれてると言うか、残念な奴だ。

 勝手に居なくなった時点で、向こうが先に愛想を尽かしているとは、考えないらしい。

 これをプライドが高いと評するのは、優しさじゃなくて甘やかしだ。

 だけど、こんな奴はどうでも良いので、俺は指摘してやる事もしない。

 溜息を()いたリリスも、似たような心境の様で、特に何も言わなかった。

「お前が捨てられた事情なんざ、どうでも良いんだよ」

 だから俺が、首を振りながら口を開く。

「折角出会えた同じプレイヤーなのに、こんなに残念な奴だったなんてな。この期に及んで相手のレベルを確認する事もしない間抜けは、遅かれ早かれ死ぬだろうな」

 獲物を剣――クライングオーガに持ち替えて、それを相手に突きつける。

「……ハッ! 武器は()()()()らしいし、自信があるのも結構だがな! さっきも言った通り、俺はあの過酷な深層領域の」

「低階層ランカーが吠えるな、鬱陶しい」

 まだ何か言いかけるその言葉を、ばっさりと斬り捨てる。

「上位の連中は150層を超えて先に進んでるって言うのに、何をはしゃいでんだ。俺ですら」

 一度言葉を切って、相手の目を見据える。

 仮面越しで見えやしないだろうが、それでもカナリーはたじろいだ様に1歩引く。

 

「……俺ですら、100層に届いてるってのに」

 

 カナリーの顔色が変わる。

 信じ難い、そんな顔をしてから少し開け、驚愕の相がその顔に浮かぶ。

 

 やっと、俺達のレベルを確認する気になったんだろう。

 そして、()()()()()()()()んだろう。

 

「そ、んな、なんだ、それ……なんだそのレベルは!! なんでそんなレベルで、こっちに来ようなんて思ったんだ!?」

 耐え切れなくなったカナリーが、哀れに吠える。

 哀れだし、言ってる意味も良く理解(わか)らない。

 そんな様子を、笑ってやる気も起きない。

「なんで、って。放っといたら私はいずれ、向こうに居ても消えるだけだし」

 自我を持ったキャラクターは、さも当然の様に言ってのける。

 そこには誇らしさも無く、得意げな様子も無いが、悲しさも見当たらない。

「だったら、この子と一緒に自由に生きよう、そう思って跳んだ。ただ、それだけよ」

 当然の様に、淡々と言葉を並べる。

 

 プレイヤーと、キャラクターの関係性。

 

 それはプレイヤーの数だけ様々有る、そんな当たり前の事に気付かされた俺は、隣り合って立っている現状が気恥ずかしくも誇らしく思えて。

 目の前の男は、どんな理由が有ってキャラクターに嫌われ見捨てられたのか、少しだけ気になって。

 だけど、此処に来た本来の目的を思い、いつの間にか下ろしていた右手に力を込めた。

 

 既に此処までで10数人斬り殺して居たけど、もう俺は大して気にもしていなかった。




思いつきのイメチェン。
慣れていく、殺人の感覚。



元になったゲームの方には、課金コスは有りません。


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似て非なる

元の世界、同じ日本人との邂逅。
でも、とても友好的にはなれない関係。



 また2週ぶりです。
 実は悩みながら書いた挙げ句15000文字を超えてしまい、ざっくり削ってちょいちょい直して、ってやってたらこんな事になりました。
 以上、言い訳でした。


 生まれたのは首都圏の、比較的落ち着いた地域だった。

 それほど目立つ少年時代では無かったが、(ちょう)じるに連れて周囲の同級生が馬鹿に見えていた。

 実際の所、成績が特別優れていた訳では無かったが、周囲を見下す事に理由など必要無かった。

 友人と言える存在は無かった。

 

 中学を卒業した頃には、部屋に籠りがちになった。

 

 家族を含め、上手く行かない人間関係は、全て周囲の所為で有って、彼自身に落ち度はないと思い込んだ。

 ゲームにのめり込んだが、ネット上でも友人と呼べる存在とは出会えなかった。

 

「コイツ……なんだよ! 何なんだよ! レベル1450と1250って! 聞いたことねぇよ!」

 

 少し古いゲームを買った。

 中古屋で見掛けたそれは、聞いたことの有るタイトル。

 手を伸ばしたのは、気まぐれだった。

 

 オンラインでのランキング要素が有る、その事は知っていた。

 だからこそ、興味を持ったのかも知れない。

 

 このゲームでなら、このゲームでランキング上位に(はい)れたら。

 

「なんで……! なんでこんな所に上位ランカーが居るんだよ!」

 

 現状、年に4度のシーズン毎のランキングに、載ったことはない。

 だが、取り敢えずメインシナリオのクリアは出来たし、レベル上限も開放させた。

 エンドコンテンツと言われている深層領域だって、苦心して30層までクリアしたのだ。

 

 俺は、ランカーと戦える。

 

 根拠も無く、思い込んでいた。

 猛威を振るう筈の魔力光弾(こうだん)も、武器のオプション効果で威力を底上げしている筈の収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)――束と言う字が2つも入っていて馬鹿っぽいので、勝手に収束魔力砲と呼んでいる――を直撃させても、小揺るぎもしない強固な障壁を持つ、そんな相手との戦闘なんて、考えた事も無かった。

 フレンドも居ない彼には、対人戦用のステージ「闘技場」は、無縁の場所だった。

 

「なんで! 攻撃が! ひとつも通じないんだよ! おかしいだろ!?」

 

 自慢の、エピック等級の武器のスキル、それも両手それぞれの効果を重ねた渾身のミーティアすら障壁に負けた時、あっさりと恐慌を起こした。

 気づいた時、彼には追撃の為のMPは残って居なかった。

 

 

 

 あの手この手で攻撃を続け、障壁の回復時間を稼がせてはならない。

 俺が対ウィザード戦を考えた時、基本だと思った事だ。

 俺も使っている障壁スキルの効果プラスアルファで、耐久力を超えない限り障壁は消えない。

 ただし、ダメージは蓄積するので、絶え間なく攻撃して行けばいつかは障壁が割れる。

 

 だがそれも案外シビアだ。

 

 例えば俺が攻撃に晒されたら、可能な限り避けるし逃げる。

 最悪でも5秒稼げば障壁は復活するのだから、反撃の手を止めてでも5秒を捻出しようとするだろう。

 もっと上手い奴なら、反撃しながら5秒稼ぐ事も可能だろう。

 

 攻撃を仕掛ける(ほう)は、逃げ回るウィザードに対していかに攻撃を「当て続けるか」、それが重要になる。

 テレポートでの回避も何処に逃げたかをすぐに察知しなければならない。

 逃げる(ほう)の5秒は長いが、追う(ほう)の5秒は一瞬で過ぎ去るのだから。

 

 だと言うのに、コイツは攻撃に隙が有り過ぎる。

 いや……隙が有る、と言うより、「息切れ」し過ぎている、と言った(ほう)が良いのか。

 色々攻撃スキルを乱発してくるのは、多分装備スキルの関係だろうけど。

 どうも、色々やるとすぐにMPが切れてしまい、それを回復させている間に、俺の障壁も完全に回復してしまう。

 ……コイツ、レベルは兎も角……装備、っ()ーかスキル構成がお粗末じゃないか?

 

 ゲームに於いて、ウィザードはHP総量に比べてMP総量は著しく低い。

 それは多分、他職とのバランスを取るためなんだろうけど、その為に強力なスキルはMPを消費しすぎるから使い難いと言う問題が発生してしまう。

 以前自慢気に「ウィザードのMP回復速度は早い」なんて事を言ったが、それは他のゲームに比べたら、って話だったりする。

 実際の所、ゲーム内では他職、特に近接系の(ほう)が手数の関係で回復が早い、なんて話も有るのだ。

 

 そんなウィザードを、数多のモンスターが這い回るゲームフィールドでどう運用するのか。

 調子に乗ってスキル乱射なんぞをしていたら、すぐにMPが無くなる。

 加減をしすぎると、モンスターに十重二十重(とえはたえ)に取り囲まれて逃げ場もなくなり、タコ殴りにされて死ぬ。

 ()()()()で俺が多用し、有る種猛威を振るっている魔踊武刀(まようぶとう)はノービススキルでMP消費が無いのだが、正直ゲーム内では火力が足り無さ過ぎてMP回復の為の緊急手段以上のものにはならない。

 さて、ではどうするのか?

 

 各プレイヤーを悩ませてきたその問題に、個々人が頭を捻り、装備やオプションスキル等、色々眺めて並べて吟味して、その末に各々のプレイスタイルに合わせた解決策を見つけて行く。

 多分、最初に思いつくのは火力偏重だろう、と勝手に思う。

 MP枯渇上等、近寄られる前に叩き潰す。

 装備スキルも、多少の運用が難しかろうと――例えば、各5秒間隔で3種類の属性の攻撃を順番にヒットさせる等――火力が出せる構成にしてオプションもそれに合わせて吟味する、とか。

 深層階でまでこれだけでやってる人は居ないと思うが、ひと手間加えつつ、似たような思想でガンガン突き進む人が居る事は知っている。

 火力を高くするのは比較的簡単だが、セット装備が前提となる事が多い為、装備の等級――最上位(さいじょうい)から「オールドワンズ」、「エンシェントレジェンダリー(エンシェント)」、「レジェンダリー」、「エピック」、「エリート」、「アンコモン」、「コモン」の7つ――をある程度高めたい場合には多少の苦労が必要となる。

 正直、メインシナリオをクリアするだけならこの構成ですら過剰なのだが、深層領域に挑むとなれば話が変わってくる。

 なにせ、シナリオでの戦闘フィールドよりも広く入り組んだ半自動生成マップに、より一層犇めくモンスターの数が、何度でも言うが尋常では無い。

 俺も調子に乗って深層領域に挑んで、割と早々に返り討ちにあったもんだ。

 そこをスキル回しや立ち回りを含めたテクでカバー出来たとして、延々続く深層領域は潜るほどに敵は硬く、強力になる。

 

 集中力に限界を感じた者は、別の方法を模索した。

 勿論、最初から火力偏重には手を出さなかった者もそれなりに居ただろうけど。

 

 俺も手探りで探した。

 まず、俺の運が良かったのは、結構早い段階で先に述べた「障壁を発生させるスキル」を持つ防具を手に入れたこと。

 これだけで、攻略がだいぶ楽になった。

 そして、挑戦を続ける内にその障壁の効果を更に強化させる装備も手に入れ、更に主力スキル使用中には更に防御補正が加わる装備も拾い、エンシェント装備一箇所につき火力が750%アップ、防御力もついでに4%上がると言う「万魔殿(パンデモニウム)の指輪」のセットを手に入れて。

 そして更に新しく実装された「希望」という宝石(ジェム)で、セット効果に縛られずに火力と防御力を維持出来るようになり、意気揚々と97層の攻略を行っていたのだ。

 

 アレ?

 俺、自信満々に「100層までクリアした」的な事言ったけど、嘘じゃん?

 リリスは100以上()ってるかもだけど、俺自身はクリアしたのは96層までじゃん?

 

 なんかゴメン、うん。

 説明で横道に逸れて、なんか自分の()いた嘘まで発覚してしまったが、それはさて置き。

 

 装備の自由度がある程度以上に上がった事で、特定の装備を揃えることで発生するセット効果から開放された。

 火力はある程度犠牲になったものの、代わりと言うにはそれなりに満足できる結果を手にしたのだ。

 階層を攻略して行くに連れ、更に装備は整って行った。

 主要攻撃スキル、具体的には収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)と魔力光弾(こうだん)、そしてゲーム内でもこっちに来てからも使っていないブリザードやツイスターと言うスキルの使用MPが大幅に減る装備。

 そして主要攻撃スキルを1秒以上使用していると、全ての攻撃スキルの攻撃力が上昇する剣と、同じ条件で攻撃力が上昇し、上級スキル――ミーティアや黒虚空(くろうつろ)など――がついでの様に自動発動する宝珠。

 ついでと言えば、ミーティアの威力が爆発的に上がるブーツも。

 そうして、気が付けば火力は思っていた以上のモノになり、MP管理の煩わしさからも解放されて居たのだ。

 

 並べて見れば、ただの「ぼくのかんがえた さいきょうそうび」なのだけど、ホントにゲーム内に存在するのだから仕方がない。

 他にも追加ダメージを与える宝石(ジェム)とか、装備のオプション効果で攻撃する毎にHPとMPが回復するとか、これ以上並べたら自分でも嘘臭く思えてくるので、自慢っぽい回想はこの辺にするとして。

 此処まで揃えて、漸くHPをある程度確保しつつ、障壁で防御を固め、火力を()()()()確保出来る。

 スキル回しに自信が有るなら別の、もっと攻撃型のセット装備をベースに防御力まで確保してのけるんだろう。

 

 だけど……相対するコイツは、深層領域に挑むウィザードとしてはまだまだ装備が整っているとは言い難い。

 浅層(せんそう)では装備の各種数値が落ちるものの、エンシェントが出ない訳ではない。

 凄まじく出難いが、出ることは出るのだ。

 浅層(せんそう)で出る装備は、補正の数値がどうしても低いのだけど。

 それを考慮しても、やはり悪くてもレジェンダリーくらいは欲しい所なのだが、コイツはそこまでアイテム掘りなんかはしていないって事だろう。

 シーズンプレイヤーかとも思ったが、それにしてもちょっと装備が弱い気がする。

 上位ランカーともなれば、シーズン期間内に150層まで到達する猛者も居るのだ。

 そんな世界で挑戦を続ける奴が、装備を蔑ろにするなんて有るか?

 こうしてやり合ってみても、取り立てて「上手い」と言う訳でも無いし。

 

 そうなると、もしかして。

 こっちの油断を誘ってるのか、とも少しだけ思ったんだけど。

 

「お前、そんなに深くプレイしてねーだろ?」

 

 侮蔑の心算(つもり)はさらさら無い。

 ゲームだったら、好きに遊べば良い。

 誰にもそれを咎める事は出来ない。

 だけど、こっちの世界でリアルに力を振るう事になったなら、その慢心は頂けない。

 ゲームと違って、死んだら終わりの世界なのだ。

 

 自分がこの世界に存在出来ている以上、他にも自分と似たような存在が居ると、想定して対策しておくべきだろう。

 敵対するのか、そうならば装備は充分なのか。

 装備が不十分ならどうするか?

 この世界で、ゲームの装備が手に入る保証なんか無い。

 だったら恭順するか。

 それか、上手い事立ち回って対等の協力関係に持って行くか。

 

 それとも……圧倒的に不利であろうとも、戦おうとするのか。

 

 俺ですら、そんな事を考えていたりするのだ。

 

「ふざけるな! 俺は、エピック装備で揃えてるし、ベルトはレジェンダリーだ! 誰にも負けた事なんか無かったんだ!」

 肩で息をしながら、相対する男……えーっと、カナリーが答える。

 お前が誰にも負けた事が無いとか、一応レジェンダリー装備を1箇所持っているとか、そんなどうでも良い事は興味無いんだけど。

 

「弱いのしか相手にしてないからだろ。ゲームでもこっちでも、対人戦はどれくらい経験してるんだ? 負けた経験は? 俺はこっちで、1回負けてるぞ?」

 負けが恥だと思っているのだろうか?

 正直、理解(わか)るんだけど、その気持は。

 だけど、今いるこの世界はゲームではないのだ。

 斬れば血が出るし、斬られても同じだ。

 命を失って、蘇ったような奴、俺は出会った事が……。

 

 お嬢様は、あれ、蘇った範疇なんだろうか?

 

 そ、そういう例外は有るみたいだけれども、基本は、死んだら終わりだ。

 きっとそうだ。

 だけど、戦闘したとして、負けたからと言って必ず死ぬ訳ではない。

 負けたとしても、死ななければ……生きてさえ居れば、挽回だって出来る。

 どうやって勝つかじゃなくて、どうやって生き延びるのか。

 そこを考えるべきなんじゃないかと、個人的に思う。

「まけ……!? お前に勝つなんてどんな化け物だよ!?」

 心底驚いたように目を見開いて、信じられないと言うように叫ぶ。

 様子を見る限り煽る心算(つもり)は無いと判るが、それでもその発言は小さく、俺の暗い記憶を(つつ)く。

 

 負けたのはレベル差なんかじゃない。

 覚悟の差だ。

 

「バァカ。俺より強いのなんざ幾らでも居るよ。この街で()や、知ってるだけでも其処のリリスと、もうひとり居るぞ」

 俺は頭の中から悪食(ケモノ)を追い出すと、殊更どうでも良いような口ぶりで嘯く。

 単純に頭が上がらない、ってだけの話なら、もっと増えるけど。

 多分、ざっと数えるだけでも15人くらいか、リリスとメアリーちゃんを除いても。

 だが、カナリーは更に衝撃を受けたように立ち尽くす。

 どうでも良いけど、戦闘中に随分と余裕のあることで。

「も、もうひとり居るのか……?」

 勝手に衝撃を受けるカナリーの様子に溜息を漏らしながら、俺は(かぶり)を振る。

「装備自慢も無敗自慢も良いけどよ。お前にはまず想像力が足りないぜ。自分はこのレベルだ、装備もこれくらいだ。だったら、これ以上のレベル、装備で、かつテクも(うえ)、って奴が居るかも知れない、そういう(ふう)には考えなかったのか?」

 別にコイツを諭してやろうなんて思わないが、僅かとはいえ同情してしまう。

 俺も、若い時は随分と自分本位だったと思う。

 今となっては恥ずかしい話だが、それも様々な経験の中で自分の程度ってモンを知る事が出来たのだ。

 それでもまだ俺は失敗するし、その度に落ち込みもするだろう。

 だけど、俺はもう知っている。

 失敗してもまだ挑戦できるし、生きていくって事はそれを繰り返す事だって。

 知っているが、俺はコイツを諭してやろうとは思わない。

「お前の死因は、その想像力の無さだ。悪いけど、フォスター家とつるんでオイタしたような奴を、1匹たりとも見逃してやる心算(つもり)はねぇからな」

 カナリーの実力の程は見た。

 これ以上付き合ってやる理由も無い。

 今更俺が、殺人を忌避する理由も無い。

 

 ただの憂さ晴らしの延長でしか無いなんて事実も、俺の行動を阻みはしない。

 

 以前の話で言えば、俺は最上位等級の装備を持っていないと言った。

 それも嘘だ。

 正しく言えば、最上位「オールドワンズ」等級の装備を、全身分(ぜんしんぶん)集めては居ない、と言う事だ。

 装備箇所13箇所中、5箇所は「オールドワンズ」を装備して居る。

 何の自慢にもならないけど。

 自慢にはならないけど、それなりに誇りのあるそれを。

 補正数値に一切のブレがなく最高値のみで構成されている、最高等級の、その武器を。

 

 クライング・オーガを、相手に向けてに突きつける。

 

 悲鳴を漏らしながら、カナリーは身を翻すが、俺とじゃれ合ってる間に仲間が居なくなっていたことには気が付いていなかったらしい。

 俺?

 違うよ、俺はカナリーの攻撃を正面から受け止めて「効かん!」って遊んでただけだよ。

 だからつまり、庭に居た見回り役の残りをキレイに片付けたのは。

 

「今、イリスが逃さないって言ったばかりでしょ? 馬鹿なの?」

 リリスの振った刃が、巻き起こる魔力の(やいば)の群れが。

 カナリーの脆弱な障壁ごと、背後からその身体(からだ)を切り刻んで居た。

 

 んー、もうちょっと、色々訊きたいことは有ったんだけどなぁ。

 まぁ、良いか。

 

 

 

 目隠しとばかりに植えられていた樹木は何本か斬り倒してしまったが、その役割は果たし続けている。

 とは言え、何事も物事には限度ってものが有る。

 

 例えば、見栄っ張りの馬鹿貴族が無駄に金を掛けて――勝手に――増改築したお屋敷が、球状の黒いナニカに覆われたと思ったら唐突に消え去ってしまった、とか。

 

 そういう派手で規模の大きな事柄は、流石に隠しきれなかった。

 あ、あと、ドア越しにも聞こえるように、リリスの力を借りて拡声して罪状読み上げてやったから、その声も隠せなかっただろうな。

 その後ドア越しに、なんかやたらと横柄かつ(うえ)から目線で何か言ってやがったけど、取り敢えず逆撫でしてやった。

 

 フォスター家で働く人間は皆(ワケ)ありで、かつご主人様に良く似た傲慢な連中揃いだったらしい。

 下手に()()()庶民とかを強引に取り立てても、家族が周囲のマトモな貴族様に泣きつき、そこから難癖を付けられれば解放せざるを得ない。

 そんな訳で、態々フォスター家なんかと繋がりを持ちたいなんて言う、腹の黒い連中しか寄ってこなかったし、結果屋敷には似たような連中しか住んでいないんだとか。

 そう言う事なら遠慮なんか要らないって事で、リリスが渾身の黒虚空(くろうつろ)で建っていた地面ごと、屋敷を丸々消し去った。

 当然、屋敷の()()も一緒に。

 そんな大技を繰り出してちょっと満足気(まんぞくげ)な姉を労う俺は、中々に健気だと思う。

 

 次男坊と三男坊が、懲りもせず冒険ごっこに出掛けていると言う話は衛兵隊経由で聞いているから、そっちは俺が跳んで()って片付ける予定だ。

 

 その前に一度、冒険者ギルドへと向かう。

 

 ブランドンさんのPCを使って、早速領主様(おじーちゃん)に報告する為だ。

 報告するだけなら別に屋敷に戻ってからで良いんだけど、遠隔視(リモートビューイング)を応用して録画した記録水晶――こういう怪しいアイテムは当然のようにリリスとレイニーちゃんの物だ――をブランドンさんに見せ、それを領都まで届けて貰う必要が有るからだ。

 リリスの遠隔視(リモートビューイング)は、俺が寝てる間に勝手にコピーしたらしい。

 結構怖い思いをして霊脈にアクセスして、魔法を発掘したのは俺なのに。

 せめて(かね)払えよ?

 

「――っ()ーワケで、馬鹿貴族はご自慢の屋敷ごと、この世から消えたぜ」

 つまらなそうに報告する俺に、色々と言いたい事が有りそうに腕組みしながら、記録水晶の内容を確認していたブランドンさんは渋面を作る。

 なんだよ、何がご不満なんだよ?

「雇われた冒険者と思しき破落戸共(ごろつきども)も、皆殺しにしたのか?」

 記録の確認を終えて溜息を()きながら、ギルドマスターさんは言葉も吐き出す。

 その顔は相変わらず浮かない色だ。

「ああ、死体は全部消してきたから、跡地は綺麗なモンだけどな。馬鹿貴族に与しておいて、逃げられると思われても困るぜ。まだ馬鹿の血筋が2人と、それに付き合ってるクズ共が数人居るから、これから殺しに行くけど」

 答える俺は、つい先日まで抱えていた殺人への忌避感をすっかり忘れた様に、軽々しく口の端に言葉を乗せる。

 俺の台詞に一瞬リリスの顔が曇ったように思えたが、多分まだ俺が半端に揺れているから、そういう(ふう)に見えただけだろう。

「冒険者の処分は冒険者ギルドで着けたいんだが、譲る気はないか?」

 いつもはギャアギャアうるさい兄ちゃんが、まるでハンスさんの様に静かに、押し出すように言葉を発する。

 ……ブランドンさんにもギルドマスターとしての立場が有るし、いかに身を持ち崩したとはいえ身内とも言える冒険者を出来る限り守りたい、そう言う思いも有るのだろう。

 だけど、譲る気は無い。

 馬鹿貴族ことフォスター家と、そのお仲間を罰する権限を与えられたのは俺達、俺とリリスだ。

 それに、したくも無い殺しなんてする羽目になったのは、元はと言えば馬鹿貴族のドラ息子の間抜けな失敗で、その尻拭いに駆り出された破落戸冒険者の所為なのだ。

「断る。馬鹿貴族はやりすぎたんだよ、今回の件がなくても領主様は近々動いてたって言うじゃねーか」

 俺は無貌(むぼう)の狐面を外して、静かにブランドンさんと目を合わせる。

「冒険者崩れにしても、散々好き勝手した挙げ句、あれこれ不正をやらかしてる貴族とつるんで甘い汁吸っといて、今更雇われただけだなんて見逃してやる程、俺は優しくねぇよ」

 椅子に腰掛けて見上げるように顔を上げる俺に、腕組みしたブランドンさんは言葉を返してくる事はない。

「冒険者の、自己責任の原則ってやつだ。好き勝手して人様に迷惑を掛けるのも自由。但し、自由には責任が伴う」

 俺が言い掛ける台詞を遮るように、深い溜息と共にブランドンさんが口を開く。

「悪どい事に手を出して、処断されるのも冒険者の自由か。だがせめて、連中も冒険者の端くれとして、俺が罰を与えてやりてえ。お前らのやり方は、死体のひとつも残らねぇじゃねぇか」

「くどいぜ、ギルマスさんよ」

 だが、言いたい事がある程度読めていた俺は、即座に反応する。

「アンタが罰を与えるっ()ったって、領主様からどうやって許可を取る心算(つもり)なんだ? どうせ労働奴隷送りとかでお茶濁そうって(ハラ)だろ? 領主様からは『関係する者に容赦するな』って言われてんだけど、そこまで言ってるあのお人から温情なんて、本気で貰えると思ってるのか?」

 我ながら、鼻につく嫌な言い方だ。

 聞かされているブランドンさんの腕組みするその手に力が籠もるが、何かを言いかけて言葉を飲み込む。

「冒険者だけじゃねぇ、衛兵隊にも商業ギルドにも馬鹿は居るし、それぞれに関係者の名簿は渡してる。そっちも明日には処分するってのに、なんだって冒険者だからって理由で見逃さなきゃなんねぇんだ?」

 馬鹿貴族は、馬鹿なりに手広くやろうとしていたらしく、商業ギルドにも衛兵隊にも手を伸ばし、その甘言に引っ掛かった馬鹿が少数とは言え存在していた。

 冒険者程目立ってホイホイ踊らされては居ないらしいが、少数とは言え、何処にでも馬鹿は居るって事だ。

 そういう馬鹿には自分が何をしたのかを理解して貰わないと困るし、馬鹿貴族のお仲間にも見せしめとして、徹底的にやらなきゃいけない。

「それとも、首でも持ってくれば満足するか? 最低限『殺す』、そこは譲れんぜ?」

 俺の目を見つめるブランドンさんは、しかし、もう何も言いはしなかった。

 俺は視線を外して仮面を付け直すと、席を立つ。

「そう言う訳だから、俺は行くぜ。……悪いな、ブランドンさん」

 今、俺が抱えてるモヤモヤの正体は何なんだろう?

 焦り、ではないと思う。

 苛立ちか。

 でも、それは何に対しての苛立ちなんだ?

 苛立ちにしては妙に冷えたそれを測りかねたまま、ドアを閉じた。

 

 自分の心の手綱も上手く取れていない俺だが、脳内では同時に別の事――馬鹿貴族の生き残り2人と取り巻きの8人の冒険者崩れの位置の確認――を()る。

 

 魔踊武刀(まようぶとう)で刻んで黒虚空(くろうつろ)で消す。

 既に何度か実践しているので、要領は判っている。

 未だに気乗りしないなんて、そんな泣き言を言う心に鞭打って。

 俺は冒険者ギルドの正面扉を開け放ち、(おもて)へと踏み出した。

 

 

 

 湯船に浸かりながら、(てのひら)を眺める。

 吹っ切れた筈なのに、どうしてこうもグダグダと悩むんだろうか。

 威勢の良い啖呵を切ってた筈の冒険者崩れ共も馬鹿貴族のドラ息子共も、思い出すのは命乞いの顔だ。

 

 俺もあんな(ふう)に、命乞いしながら死ぬんだろうか?

 

 多分、そうなるんだろうな。

 寧ろ、それ以外の死に様が思い付かない。

 広い湯船の隅に縮こまりながら、何度目かの溜息を湯面(ゆおもて)に流す。

 

 風呂を上がっても気分は晴れず、だからって以前(まえ)程落ち込んでる訳でも無く。

 ベッドに寝転んで(てのひら)を眺めて見ても、うっすらとした嫌悪感意外は何も浮かんでこない。

 

 大森林のゴブリン村跡地のひとつが一発のミーティアで消し飛んだ。

 スキル効果を外しても、本来のレベル通りのステータスで使えば、北門で使った時とは威力の桁が違うもんだ、なんてほのぼのと考える。

 周囲に人間が居ないことは確認したけど、思った以上の惨状に、俺の心は驚くほど動かなかった。

 

 まあ、良いや。

 明日は明日で面倒臭いシゴトは続くし、考えようにも心が反応してくれない。

 こういう時は、早目に寝るに限る。

 

 いつまで経ってもやって来ない眠気を、俺はぼんやりと待ち続けた。




逃避は癖になるから、あんまやんない方がいいよ、イリス。



 モデルにしたゲームについて、勘違いから間違っていることが有りました。
 一応ゲームとは違うものと言う事で放置しよう、と思ったんですが、違うと認識してしまった以上、この先記述で混乱が生じるかも。
 直近で最大の間違いは、元のゲームのエンドコンテンツは「150階」までのようです。
 多分。


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そうだ、お酒を呑もう

色々有って落ち込んだりもしたけれど、結局なるようにしかならない。
イリスの日常は案外変わらず。



遅れたのは文章が全然湧かなかったからですごめんなさい。


 結構乗り気で凶行に走った俺だけど、今回は命令書とか有ったし、割と気にしていない、というか自分でも驚く程落ち込んでいない。

 流石に気分爽快とか言える度胸は無いけど、何て言うかな?

 責任を人に預けられるってのは、気楽なモンだ。

 

 まあ、報告まで人任せにしようとしたら領主様(おじーちゃん)に呼ばれて、結局顔出しに行く事になったんだけどね?

 

 ウチに喧嘩を売った馬鹿貴族ことフォスター家は全員この世から消えて、関係していた連中も大体は消せた。

 雇われてたメイドの家族とかまでは流石に手を出してない、っ()ーか雇われてた人間は基本家族と折り合いが悪いか貧乏な実家を捨ててるか、まあ(じつ)の家族には居ないものとして扱われていたので、純粋にあの屋敷に居た分だけ消せばそれで良かった。

 調査はウチの斥候(スカウト)軍団、更にそれを「霊脈」を使って裏取りまで(リリスが)したから、間違いないだろう。

 

 ただまあ、やり方がちょっぴり強引だったみたいで、フォスター男爵とつるんでた不良貴族仲間がだいぶ大人(おとな)しくなってくれたのは良いけど、他の善良な? 貴族様方にも何やら恐れられている様子。

「狂犬」なんて不名誉な呼ばれ方の俺は一部では「番犬」と呼ばれるようになった――どう転んでも結局犬かい――とか、リリスが「魔王」なんて呼ばれ方をしてるのも俺の所為だって事が判明したりとか、色々愉快な事が有ったりしたけど、これでまあ、少なくとも暫くはのんびり冒険者ライフに戻れるだろう。

 あ、リリスが物騒な呼ばれ方してるのは、怒らせたら手を付けられない「狂犬」を飼いならしているから、だとか。

 そこでブリーダーとか愛犬家とかじゃなくて「魔王」に落ち着いたのは、多分リリスの為人(ひととなり)の所為だろう。

 なんだ、俺の所為って訳じゃないじゃん。

 気になったから「狂犬」呼びはいつ頃からか調べたら、北門で魔獣の群れ相手に大暴れした直後から、だそうな。

 

 人があれこれ悩んだり落ち込んだりしてたってのに、随分呑気じゃないの。

 っ()ーか、随分前の話じゃねぇか。

 そんな前から暴れん坊認定だったの?

 

 ショックなので、慰めて下さる方を本気で募集してる俺です。

 

 

 

 色んな事が片付いて、レベッカちゃんは今日も元気に商業ギルドやら酒造所やらに書類やら伝票やらを持って走り回っている。

 ウチのクランで、真面目に働いてるのって、レベッカちゃんとレイニーちゃん、ウォルターくんとヘレネちゃんの4人くらいか?

 子供組はノーカンだけど、実は彼らもちょくちょく薬草取りを始めとした街中の依頼を請けて働いていたりする。

 いやぁ、なんだかそんな真面目な人間を見ると、後ろめたくて昼間っから酒を呷るとか、出来やしないね。

 

「ウイスキーは、いつになったら呑めるようになるんだよ、イリスよぉ」

 白々しい事を考えながらレモン果汁を加えた蜂蜜酒(ミード)を味わう俺に、酒樽の妖精がウオッカを並々注いだジョッキを片手に絡んでくる。

 どうでも良いけど、エール用のジョッキに並々ウオッカ注いで呑むんじゃないよ。

 そんな呑み方してたらそのうち死ぬぞ?

「だぁから、酒については俺じゃなくてリリスに聞けって。俺は警備しか関係してねーよ」

 酒造にまで首突っ込んだら、絶対にグスタフさんとかブランドンさんとか、ハンスさんに絡まれる。

 酒場(バー)で顔突き合わせるだけで面倒臭(めんどうくさ)いってのに、これ以上面倒事を増やして堪るか。

「落ち着きなさいよ、オジサン。ウチは昨日までバッタバタだったんだから、酒造所の方にほとんど顔なんか出してないわよ」

 俺の隣、つまり俺を盾にしてグスタフさんの被害から身を守りつつ、リリスがつまらなそうに口を開く。

「何ィ!? 大問題じゃねぇか、すぐ顔出しに行くぞ!」

 その瞬間、俺を押し退けてリリスの肩を掴む酒樽の妖精さん。

 押し退けられた俺はと言えば、ジョッキの中味を零すこと無くテーブルに押し付けられる形になる。

 なんだかこういう扱いも懐かしく思えるなぁ、おい。

「何の大問題よ!? 顔出す用事なんか無いわよ!」

 まさか(おれ)が機能せず肉薄されるなんて考えても居なかったらしく、リリスが珍しく慌てている。

 あはは、おもしれぇ。

 面白いけどおっさん、好い加減重いから退いてくれ。

「いや、今までロクに顔を出していないなら、何がしかの連絡は有るだろう。すぐに行くぞ」

 真面目くさった挙げ句、ご丁寧に眼鏡を直しながら、タイラーくんが口を挟んでくる。

 お前も単に呑みたいだけだろうに、態々理由付けなんてまあ、ご苦労な事だ。

「連絡は色々受けてるし、必要な指示はちゃんと出してるわよ! 何のためにPC作ったと思ってるの!」

 余程おっさんに掴みかかられている状況が鬱陶しいのか、タイラーくんへの受け答えも今までに見ないほど雑になっている。

 いつもは翻弄されるばかりの俺だから、こういう状況は素直に新鮮だし楽しい。

 あと、リリス(おまえ)がPCを作りたかったのは、関係者との連絡を取るためとか、そういう可愛らしい理由なんかじゃ無かっただろ。

 今そんな事言ったら俺に矛先が向くので、絶対に言わないけど。

「ほらほら、タイラーはただ呑みたいだけでしょ? 無茶言わないの。グスタフさんも、そろそろ退()いてあげないとイリスちゃんの中身が出ちゃうから、ね?」

 にこやか朗らかに、ジェシカさんが仲裁に入ってくれる。

 微妙に俺へのフォローがグロいのは勘弁して頂ければ嬉しかったんですが。

 そんなジェシカさんの言葉にタイラーくんは特に変わりはないが、グスタフさんは素直に俺の背中から退()いてくれる。

「そうそう、リリスちゃん? そう言えばだけど」

 グスタフさんから解放された俺達がやれやれとそれぞれジョッキを傾け始めると、当のジェシカさんがポンと手を叩いていつも以上の笑顔を此方(こちら)に向けてくる。

 あっ。

 この顔、なんか企んでる顔だ。

「連絡は重要だと思うけど、やっぱり、きちんと顔を合わせないと(わか)らない事、いっぱい有ると思うの。イリスちゃんも、差し入れ持って行きたいと思ってるだろうし?」

 朗らかな笑顔で、正論風のなにかを纏って、本音が透けて見える事を言っている。

 何なの、俺が差し入れ持って行きたいって何事?

 いや、良いんだけどさ?

 差し入れ持ってくのは良いよ?

 俺もストックのお菓子が無くなったから、そろそろ買い込まなきゃと思ってたのよ?

 でも、ジェシカさんが気にしてるのは、俺が差し入れ持っていく事とか、リリスが仕事することとかじゃ無いよね?

「……結局、3人とも行きたいって事ね? 全く、素直に言えば良いってもんじゃないわよ……」

 リリスが(ひたい)を抑えて溜息を()くとか、割と珍しい()が見れた。

 今日は俺の「リリスフォルダ」が潤う、良い日だなあ。

「リリス、諦めろ。酒飲み3人は目的がはっきりしてるから、ブレないぞ。それに」

 俺は視線を巡らせる。

 今日は酒場(バー)の大テーブルを囲むメンツが、いつもとちょっと違う。

 グスタフ組の若いのが依頼(クエスト)で動いてるらしく、見知った顔が数人居ない。

 其処を埋めるように、ウォルターくん、ヘレネちゃん、レイニーちゃんが、思い思いに酒や料理を楽しんでいる。

 ウォルターくんは久々に厨房から解放されたとかで、実に晴れやかだ。

 屋敷(ウチ)に帰れば、ずっとキッチンに籠もってるクセに。

「……ウチの連中も、たまには連れて行っても良いだろ? ゴブリン村はともかく、酒造所の(ほう)は俺達と、あとはタイラーくんとジェシカさん、レベッカちゃんくらいしか()って無いんだし」

 リリスと、思いがけず名前を呼ばれた2人が視線を俺に向ける。

 ふむ、と呟いて、リリスは俺から視線を外して天井を見やるように視線を上げ、何か考え込む様子を見せる。

「そうね。まあ、特に用も無いけど……たまにはお強請(ねだ)りに行っても良いかも?」

 もう、顔を出す理由を考えるのが面倒になったらしい。

 だけどお前、たまにって。

 割と頻繁に酒を貰いに行ってる気がするけど?

「良く考えたら、それって横領だよな?」

 考えがまた口から漏れそうだったので、いっそのことハッキリと自分の意志で言葉にしてみる。

「人聞きの悪い……ちゃんとお金は払ってるわよ。それに、商品に出来るかどうか、ちゃんと確認しなきゃ駄目でしょ?」

 俺に半眼を向けて応えるリリスの言葉に、タイラーくんとジェシカさん、ハンスさんとグスタフさんまで力強く頷いていた。

 

 なにこれ、俺が悪いの?

 

 降って湧いた移動提案にオロオロするヘレネちゃんを見てちょっとカワイイと思いつつ、思いがけず酒造所に行けることになって、何やら盛り上がるウォルターくんとレイニーちゃんの様子を視界に収め、酒飲みって厄介だな、そんな事を無責任に考えつつ蜂蜜酒(ミード)を呷る俺の耳に、荒々しく扉が開かれる音が飛び込んでくる。

 ……なんだろう、この音を聞くと、なんか厄介事の記憶が刺激されるんだけど。

 いやいや、流れ者の力自慢系冒険者(ぼうけんしゃ)かも知れない、何でもトラブルと結びつけちゃイカン。

 そう思い直して蜂蜜酒(ミード)に集中し直す俺の耳は、やっぱり厄介事の種を拾い上げたのだった。

 

「親父ッ! ハンスさん! イリス(ねえ)さん! 大変だッ!」

 蜂蜜酒(ミード)を吹き出さなかった俺は頑張ったと思う。

 何だよ何事だよ、それ以前に、(ねえ)さんって何だよこの野郎。

 俺の顔が心持ち赤くなるのと、そんな俺に生暖かい視線が集まるのは、しかし怒号の続きが響くまでの僅かな間だった。

 

「ゴブリン村に! 厄介な奴らが!」

 

 

 

 冒険者有志一同が北門に向かって走る。

 グスタフ組の若いのが持ってきた報告は、冒険者ギルドの酒飲み連中を一瞬で怒らせた。

 グスタフさんは兎も角、ハンスさんまで得物を持って走ってる有様だ。

 ウチのメンツ――ヘレネちゃんとレイニーちゃんまで混ざってる――も、普段見ないようなお顔で走ってる。

 これ、俺要らないね?

 なんて、そんな軽口を叩く事はしない。

 

 俺達が力を尽くして、やっと平穏……って言うにはちょっと忙しいかもだけど、そんな生活を取り戻したゴブリン達。

 基本、質素に生きる彼らを街の人間も受け入れ、それどころか酒造所で働く人間も何人か居るってのに、何処の馬鹿が喧嘩を売ってきたのか。

 一緒に走っている連中は考えているのか怪しいが、俺の脳裏には馬鹿貴族のお仲間の影がチラつく。

 

 幾ら何でも、こんな短期間でちょっかい出してくる馬鹿は居ないと思ってたけど、甘かったんだろうか?

 俺はなんとも言えない気分で、走りながら溜息を吐き散らす。

「イリス。私達で先行するわよ? 報告じゃ相手は少人数らしいけど、だからこそ短絡的に暴れだしてるかも知れないし」

 リリスに声を掛けられて、俺は漸く律儀に走ってる自分の間抜けさに気が付いた。

 そうだよ、俺達は「跳べる」んじゃんよ。

「そうだな、忘れてた。……ハンスさん! (わり)ぃ、先に行くぜ!」

 一応の礼儀として、俺は振り返って怒鳴る。

「行け! 俺達もすぐに追いつく!」

 状況に依ってはすごく格好良い台詞なんだけど。

 お得意のグレイブなんか持って、中々に鬼気迫る雰囲気なんだけど。

 

 守りたいモノの大半を、酒が占めてそうなのがなぁ。

 

「りょーかい! 取り敢えずまあ、いってくらぁ!」

 返事をすると同時に、俺とリリスは跳ぶ。

 

 グスタフ組の若いのの報告だと、少人数で居丈高な「冒険者」。

 見掛けない顔らしいので、他所者(よそもの)って事だろう。

 

 ()()()()()()、ゴブリンは敵性種族って扱いでも無く、一応人類って考えらしい。

 国によっては排除と言うか、人間と限られた種族以外は人類と認めないなんて教国(くに)とか聖都(まち)も有るらしいけど、基本的にはそういうのはまだ少数派って話だ。

 

 って事は、その冒険者は()()()の関係者か?

 

 ごく最近、聖都出身者にすごくイヤな感情を持ったばかりだな、そんな事を考えている間に、俺達は北門の前に降りる。

 非常時だし上を跳び越えても良い気がするけど、衛兵さん達にはゴブリン村を守って貰ってる恩もある。

 ちゃんと手順を踏んで――とは言え昼間だし、騒ぎに呼ばれてるのも有ってほぼ顔パスで――門の外へと駆け出す。

 

 その少し先、ゴブリン村の前では、言われた通りに少数の、具体的には6人の冒険者パーティと、ゴブリン村を護る衛兵と冒険者の混成部隊とが何やら怒鳴り合っていた。

 

 

 

 喧々囂々の現場にくちばしを突っ込めば、衛兵の皆さんはこっちに顔を向け、厄介事そのものが来た、みたいな顔をする。

 なんでそんなにゲンナリするの。

「おう、番犬! やっぱお前が来たか!」

 その後ろの方の、顔も知らないはずの冒険者が俺に声を掛けてくる。

 誰だお前、っ()ーか番犬だの狂犬だの、好き勝手呼びやがって。

 何よりも、慣れてきちゃってるのが一番悲しいわ。

 ほくそ笑むリリスの前で溜息をひとつ落として、俺は顔を上げる。

「……おぅ。んで、ゴブリン村に……俺に喧嘩を売ってる馬鹿はどれだ?」

 まあ、正直なトコ、見りゃ(わか)るんだけど。

 俺が言うと、冒険者や衛兵の皆さんは6人組を、特に先頭に立つ男を指差す。

 

 ぎゃいぎゃい騒いでるのも、主にこの男だったなぁ、そういや。

「誰が馬鹿だ! お前ら……!」

 早速何か叫んでやがるが、丁寧に無視しつつ、俺は一度リリスへ顔を向ける。

「俺が片付けて良いか?」

 リリスは仮面越しに伺えないけど、たぶん表情を変えずに、声色から(わか)るくらいにどうでも良さそうに口を開く。

面倒臭(めんどうくさ)いのは(わか)るけど、一応話は聞きなさい。ハンスさんもこっちに来てるんだし」

 サブギルドマスター(ハンスさん)がこっちに向かっている、と聞いた()()()()の冒険者は何やら勝利を確信した顔になっている。

 対する流れ者冒険者軍団は、仏頂面と困惑顔が半々って所か。

「まったく、俺は冒険者だけど、ギルドの職員じゃ無いんだがなぁ。で? 馬鹿ども、なんだってお前らはゴブリン村に喧嘩売ってんだ?」

 嫌々ながら、俺は困惑顔の方に気を遣って声を掛ける。

 改めて見れば、どいつもこいつも若い。

 15~6ってトコか。

 そんな、駆け出しにしか見えない連中が、揃いも揃ってそこそこ良い装備を身に纏っているのが気になる。

「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは! 俺達はなあ!」

 中でも、不相応なほど立派な鎧に身を包んだ男は、あろうことか剣まで引き抜いて騒いでいた。

 ()()()()()()()()()、吠える。

 レベルは、この男が42で一番高い。

 他は、30台後半。

 (クラス)は戦士が2人、魔法士(メイジ)が1人、治癒士(ヒーラー)が1人、武闘家1人、軽戦士1人。

 ……弓職はどうした?

 斥候(スカウト)無しでダンジョン潜るのか? 罠解除はどうすんだ?

 (クラス)やらレベルやらをちらりと盗み見ただけで、いくつかのツッコミが生まれる。

 そんな(ふう)に遊んでいる俺に、男の放つ言葉の続きがぶつかる。

 

「俺は、勇者だぞ!」

 

 ……。

 

 鼻息荒く自信満々に言い切る(クラス)「戦士」の男に、俺は反射的に鼻で笑ってしまう。

 きっと、仮面から覗く口元にも馬鹿にしきった笑いが浮かんでいただろう。

「おっ、お前ッ! 何が可笑しいッ!」

 さっと顔色が変わる。

 若いにも程があんだろ。

「何がって、馬鹿が馬鹿なこと言ってりゃ可笑しいに決まってんだろが。言うに事欠いて勇者だぁ? お前の何処が?」

 もう、とっとと張り倒して衛兵さんに突き出してやりたい所を我慢して、丁寧に問いかける。

 てか、勇者って。

 どっかで頭でも打ったか、それとも何かの病気の子か。

「また馬鹿って! 良いか、俺達はな、異世界から召喚されたんだ! だから勇者なんだよ!」

 すごく頭の悪そうな反応が返ってくる。

 とても残念な奴だけど、1点気になることを()いやがったな?

 まあ、其処を突くのは取り敢えず後に回そう。

 見れば、自称勇者の後ろで頭を抱えて溜息を()く女子2人と、勇者の台詞に頷く男子2人と女子1人。

 軽戦士と魔法士(メイジ)の子は、どうもノリについていけていない様だ。

 男仲間の(ほう)も、武闘家の(ほう)はノリノリっぽいが、戦士の(ほう)は何か諦め顔ではある。

「勇者の定義がおかしいだろうが。何を成して、誰に認められた勇者なんだ? 自称の勇者ごっこなら、他所で人の迷惑にならん(よう)に遊んでろ、この馬鹿ども」

 辛抱強く、俺は丁寧に対応を続ける。

「お前……! 口の悪い奴だな、この狐女! 勇者に対する礼儀とか、そういうのを知らないのか!?」

 そろそろ、自称勇者だけでなく、取り巻き連中(3人)の(ほう)もヒートアップして来たようだ。

 だが、まだ口撃(こうげき)は勇者サマにお任せの様子である。

「俺達はわざわざ異世界から召喚されたんだぞ! 望まれてだ! お前達が、この世界が望んだのがこの俺、勇者だ!」

 自信満々の渾身のドヤ顔で相変わらず俺に剣を向けながら、自称勇者は止まらない。

「召喚したのはこの世界の人間、つまりお前らの意志と望みだろうが! それを、なんでお前らは邪魔して、その上馬鹿にするんだ!」

 そろそろ面倒臭(めんどうくさ)いを通り越してきた。

 偉そうに人様に武器を突きつける馬鹿に、俺は静かに。

 

 静かに、抑え込んでいた魔力を僅かに開放して見せる。

 

「馬鹿が馬鹿なこと言ってるからだって、何回言わせる気だこの馬鹿が。俺は、っ()ーかこの街の人間は、召喚だのなんだのに関係しちゃ居ねぇよ。聞けばお前ら、ゴブリン村の連中に攻撃しようとしたらしいじゃねぇか。善良なゴブリンに襲いかかって、何が勇者だこの大馬鹿野郎(おおばかやろう)が」

 出来るだけ静かに、仮面の奥から殺気を放ちつつ優しく諭してやる。

 ついでに1歩踏み出せば、自称勇者は慌てたように2歩退いた。

 随分な勇者っぷりだな、おい。

「ご、ゴブリンなんて敵に決まってるだろう! お前らは騙されてんだよ!」

 気圧されてるのが見て(わか)るってのに、勇者サマはなんとか踏ん張って声を張り上げる。

 

 俺はもう既に若干とは言え殺気を放っていたが、こいつのこの台詞は俺以外の連中を怒らせるには十二分だった。

 後ろにいるリリスすら、ほんのりと殺気を立ち上らせているのが(わか)る。

 

 一方で、勇者サマ御一行の筈の軽戦士ちゃんと魔法士(メイジ)ちゃんはハッキリとその台詞に拒絶の表情を浮かべた。

 

 ふぅん?

 

「大体(わか)ったぜ、馬鹿どもが。お前らアレか、ひょっとして()()()か? こないだのカナリーと言い、なんで折角出会った同郷の人間が馬鹿ばっかりなんだよ……」

 誇張抜きで情けなく、泣けてくる気分で俺は仮面ごと頭を抱える。

「な、お前、今、日本って言ったか!?」

 やっぱり、コイツは同郷の人間、あるいは日本人を知っている存在について考慮していなかったらしい。

 

 マトモな日本人はこっちに居ないのか? 

 それとも、マトモな奴は来れないのか?

 ……するってぇと、俺は?

 

 悲しみに暮れる俺が、気付いちゃいけない事に気付いた時に、相手は混乱の只中(ただなか)に居るようだった。

 未だに頑張って俺に突きつけている剣先が、ワナワナと震えて居る。

 

「お前、お前も……お前も、召喚された勇者なのか!?」

 くわっ、なんて書き文字が見えそうな勢いで目を見開いて、勇者サマが(おのの)く。

 頼むから、お前みたいな馬鹿と同列に置かないでくれ。

「馬鹿が、一緒にすんじゃねえよクソガキ。俺の場合は転生……ちょいとばかり特殊なタイプの転生だよ」

 俺はもう1歩、実際に踏み出しつつ言葉を放つ。

「俺の事はどうでも良いさ。話の前に、ひとつ教えてやる」

 もう1段、強めの殺気を放ちつつ、仮面越しに自称勇者の目を見据える。

()()()()では、ゴブリンは人類扱いだ。ゴブリンが全部敵とか悪とか、そういう考えは基本していない。……特定の国を除いてはな」

 俺の言葉に、今度は勇者が勢いを取り戻す。

「嘘だ! この世界は人間以外の種族が人間を追い詰めて、危機に瀕してるって! そして、近いうちに現れる魔王を倒さなければ、人間は滅ぶって! だから、俺達が召喚されたって」

「それは誰に言われた? その言葉の裏付けは取ったのか? お前自身の目で、世界を見たのか?」

 激高するクソガキの言葉をぶった斬って、俺は静かに言葉を叩きつける。

「ゴブリン達が本当に人間を襲っている所を、見たことが有るか? 有ったとして、それはほんの少数の()()()じゃないと、どうして言い切れる?」

 重ねる言葉は、(じつ)の所質問なんかじゃない。

 だが、俺の「質問」に、勇者達は一瞬押し黙り、すぐに答えることが出来ない。

 後ろの男2人は、困ったような顔を見合わせている。

 俺はそんな連中の様子に構わず、もう1歩、言葉を踏み込ませる。

「そもそも、召喚ってなんだ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事を、お前らは召喚って言うのか? んで、召喚出来たって事は、送還も出来るとか、そう言われたのか?」

 

 召喚されて勇者だなんて持て囃されて、調子に乗っている馬鹿が本当のことを聞かされているなんて思っちゃいない。

 だから。

 召喚、って言葉が引っ掛かったその瞬間から、俺はこっそりと、霊脈にアクセスしていた。

 

 霊脈に刻まれているであろう、()()()()()に。

 

 ……お陰様で、俺は知りたくもなかった事を知ることが出来た。

 召喚術とやらのカラクリも、関わっている連中の大まかな正体も。

 

「と、当然だ。召喚できるんだから、送還も出来る。ただ、それには魂の力を強くする必要が有るから、世界を見て、正義のために力を奮えって」

 強がって応える勇者の言葉は、裏腹に内心の不安を映して揺れる。

「それが誰の言葉かは興味も()ぇけどな。だけど、そいつの言うことが正しいって保証は、何処で得た? ()()()()()()()()()()のは、なんでだ?」

 言葉を重ねながら、自信を取り戻そうと懸命な勇者サマに、俺は再び無遠慮に言葉の(やいば)を振るう。

「ワケの(わか)らん世界に『召喚』されて、(ツラ)も見た目も大きく変わって。混乱していた所に耳障りの良いことを吹き込まれて舞い上がったってのが、ホントの所じゃないのか?」

 俺の言葉は、連中の反応を一層大きく切り分けた。

 顔を真赤にして激昂する者と、真っ青になって震える者に。

「う、うるさいッ! これが、俺の、俺達の魂の本当の姿だって! そう言ってたんだ!」

 勇者サマはワナワナと、今にも斬り掛かって来そうな勢いで叫ぶ。

「だから、なんでそんな都合の良い事を信じられるんだ? 魂の本当の姿? 普通に考えて、そんな胡散臭い事も他に無いだろ」

 ……まあ、多分だけど言った通り、混乱してるトコに畳み掛けるように持ち上げて、その気にさせた、させられたってトコなんだろう。

 可愛そうだとは思わなくもないが、目を覚まさせてやるなんて、そんな人の良い事をする気も毛頭無い。

 俺はせいぜい人が悪そうに口元を歪めて見せる。

 

「教えてやるよ。お前たちが考えるような、都合の良い召喚術なんて無い。だから、送還術も無い」

 

 甘言に乗せられていたのは、単に騙されたから、ってだけじゃない。

 そう信じたいから、思い込みたいから、その言葉に身を委ねたんだ。

 信じたいだけだから、心の何処かに、不安も確かに有って。

 だから、激昂しているはずの勇者は、その仲間は。

 

 俺の言葉に、その動きを止めた。

 

「お前たちは、日本には帰れないよ」

 蒼白になる勇者サマ御一行に、俺はダメ押しで言う。

 

 本当は帰れないかも知れない。

 自分達は利用されているだけかも知れない。

 この身体(からだ)も、本当は自分の物では無いのかも知れない。

 抱える僅かな揺らぎ、不安を、ほんの少しだけ押してやる。

 

 そんなモノが、少なくとも勇者サマには逆効果だ、なんて事は承知の上で、だ。

 

「駄目だよっ! ユウくん! そいつの言葉を聴いちゃ駄目っ!」

 

 だが、反抗の声は思いがけな……くもない所から上がる。

 勇者サマの後ろで成り行きを眺めていた治療士(ヒーラー)ちゃんが、かなりご立腹のご様子で、ご丁寧に両腕を振り上げて見せている。

「そいつは悪魔だよっ! 私達の邪魔するんだもん、間違い無いよっ!」

 あまりの暴論に、俺は再び鼻で笑ってしまう。

「お前らの邪魔したから悪魔だ? お前らはナニサマだ、馬鹿が」

 割と最初からかも知れないけど、俺は馬鹿にしている事を隠しもしないでせせら笑う。

「私達は勇者とその仲間だもん! 私達が正義で、その邪魔をするアンタは悪魔でしょっ!?」

 ぷりぷりと怒って見せるその様子に、(こら)えきれずリリスまで吹き出してしまう。

 ふと視線をリリスに向けると、此方(こちら)に向かって2歩3歩、足を進めている所だった。

「こうなると、私が『魔王』なんて呼ばれてるのもある意味天運かしらね? 馬鹿ちゃんたち、ほらほら、アナタ達の大敵よ? 相手してあげましょうか?」

 俺と同じ、ただし赤の狐面を付け、軍礼服に身を包む黒髪の魔王。

 わざと芝居がかって両腕を広げて見せ、魔力と威圧を振り撒いて。

 自信たっぷりに言い切るリリスの言葉に、立て続けの状況の変化に、馬鹿ども、もとい勇者サマ御一行は咄嗟の反応が出来ない。

 勇者様は俺に向けた剣を動かすことも出来ず、ただ視線を俺とリリスとを()ったり来たりさせている。

「ユウくん! 魔王だよっ! そいつが魔王だっ! やっつけなきゃっ!」

 最初に反応出来たのは、治療士(ヒーラー)ちゃんだ。

 そんな治療士(ヒーラー)ちゃんの言葉にハッとした勇者様が動く、その前に。

「待てよ馬鹿野郎。人様に得物突きつけて、何事もなく済むと思ってんのか間抜け」

 言いながら、俺はクライング・オーガで軽くその剣を打ち払う。

 魔力の解放も打ち払いも、細心の注意を払って手加減している。

 ビビって逃げ出されても、面白く無いからな。

「一応言っとくが、『魔王』なんて二つ()をもってるアレが俺の姉だ。そんで、俺の二つ()は」

 二つ()()ーか、通り名っ()ーか。

 いずれにせよ言いたくもないそれを、俺は敢えて口の端に乗せる。

「『番犬』っ()ーんだ。『魔王』の相手したいなら、まず俺をなんとかしてみな」

 俺は、自称「勇者」サマの前に立ちはだかった。

 

 ゴブリン村に狼藉を働く馬鹿の相手をしに来たら、魔王の手先として勇者と戦う事になったらしい。

 

 人生って奴は、ホント、良く(わか)らんなぁ。




満を持しての勇者様の登場。
イリスは果たして、勝てるのか()


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わからず屋と説明下手の狂騒曲

勇者って、なんだろう?
召喚って、どういう事なんだろう?


 2合、3合と合わせた剣をことごとく打ち払われ、自称勇者は態勢を大きく崩して蹈鞴を踏む。

 だいぶ手加減した筈なんだけど、なんだこの虚弱戦士は。

 俺、魔導師(ウィザード)なんだけどな?

 っ()ーかフイェントも何も無く、正面から打ち掛かって来るだけとか、まっすぐ過ぎるにも程が有るだろう。

「どうした勇者サマ? そんなザマで、魔王の相手が出来るのか?」

 とは言え、レベル差を考えれば(わか)り切った事だった。

 

 LV42(勇者)LV1250()

 

 (クラス)の違いが有って、近接攻撃は戦士に有利とは言え、これほどレベル差が在ってはどうしようもない。

 俺の筋力ステータスが戦士で言えばどの程度なのか、なんて把握してないけど、40そこそこの戦士に負けるほどヤワでは無い。

 それを理解した上での、俺の発言である。

 

 我ながら、溜息が出る程ヤな性格だ。

 

「っこの、人を見下しやがって……!」

 態勢を整えながら、勇者サマは剣を構え直す。

 やや前屈みで、剣の切っ先を俺の顔に向ける、いわゆる正眼に近い構えを取る。

 正眼の構えと言えば、背筋をまっすぐに伸ばしたモノを想像してしまうが、この男の流派独特のモノだろうか?

 そもそも武道に明るくない俺は、油断するべきではないと思いつつ、口元にはニヤケ笑いを貼り付けたままだ。

「お前が弱すぎて見下す余裕も()ぇよ、間抜け。そう言うのは実力を身に付けてからにしろよ、格好(わり)ぃ」

 俺が口を開けば、勇者サマは忌々しげに顔を歪ませる。

 LV42ともなれば、冒険者で言えば中堅と言えるレベルだと思う。

 単なる俺の感想だけど。

 この世界の基準で言えば、寧ろ俺やリリスやお嬢様がおかしいのだ。

 

 ……あんまり考えたくないけど、俺達より更におかしい連中が居そうな予感はしてるけども。

 

 俺達の事は置いても、こいつは世界の広さを理解しているとは思えない。

 中堅のそこそこのレベルって事は、まだベテランの域には達していないって事だ。

 グスタフさんやハンスさんがLV60台で、ブランドンさんが70台。

 そのへんがベテランの域か。

 そう考えると、領主邸(おじいちゃんち)のクラウスさんの90台が寧ろ、世間的にはおかしいレベルなんだろう。

 

 要するにお互いまだまだ「上には上がいる」有様だって言うのに、目の前の自称勇者は何を根拠に、こんな偉そうなんだろうか?

 見た感じ、相手のレベルを確認できてる(ふう)でも無いし。

 

「ゴブリンの味方をする魔女め! 勇者に勝てると思うなッ!」

 自称勇者の突撃。

 正眼モドキの構えから、剣を右後方へ大きく両手で振りかぶって。

 突きじゃないのかよ。

 あいも変わらず真正面から。

 後ろでは、治癒士(ヒーラー)ちゃんが杖を掲げて何やらブツブツと呟いている。

 

 えっ?

 なにそれ、なんかの詠唱?

 なんでそんなコトしてるの?

 即時発動とか詠唱破棄とか、そういうモンは無いの?

 

 ()()()()()()()()()()()()()んだけど。

 

 ちょっと意外な光景に気を取られたりしたけど、それでも俺は余裕を崩しては居なかった。

 だって、そういった行動全部が見えてるんだもん。

 

 少し「その気」になっただけで、勇者サマが大地を蹴って迫る様子とか、治癒士(ヒーラー)ちゃんの魔法がまだ発動していない事とかが良く(わか)る。

 

 俺はもう溜息を漏らすのも億劫に、クライング・オーガを右手にだらりと下げ、宝飾の宝珠を懐に戻す。

 本気を出すどころか、これはなんと言うか。

 もはや言葉にもなっていない雄叫びを上げる自称勇者の目の前に俺は無造作に踏み込み。

「えっ?」

 治癒士(ヒーラー)ちゃんの攻撃か強化(バフ)(わか)らん魔法が発動するより早く。

「えっ?」

 左手を一振りして、突進してくる(クラス)・戦士の男こと、自称勇者を打ち払うように殴り飛ばす。

 

「えっ?」

 

 お仲間が短く声を揃える中、当の勇者サマは勢いよく要壁(ようへき)までスッ飛んで激突し、目を回して大地に受け止められる。

 

「……んで? 次にブッ飛ばされたいのはどいつだって?」

 もう、いっそ無手でも良いかも知れない。

 クライング・オーガを腰に戻しつつ、悪ガキ共へと顔を向ける。

 やる気の有りそうなのは武闘家くんと、治癒士(ヒーラー)ちゃんか。

 他の連中はやる気どころか顔面蒼白で突っ立っている。

 

 結果、武闘家くんは自称勇者と同じ目に合わされ、治癒士(ヒーラー)ちゃんは脳天に拳骨を落とされ、そして気絶してる2人をビンタで目覚めさせると、両手を縛った上で全員を正座させた。

 涙目で俺を睨む治癒士(ヒーラー)ちゃんから目を反らし、ふと背後に視線を向ければ、其処では腰に手を添えた姉ことリリスが狐面から覗く口元を笑みで飾って。

 その後ろでは、何故か揃って腕組みした呑兵衛冒険者共が、どういうわけか小難しい顔で。

 揃ってうんうんと頷いていた。

 

 何がだよ、理解(わか)らんって。

 

 どっちを見ても溜息を漏らすしか無い状況に、エールが恋しくなった俺です。

 

 

 

「お前らを喚び出した召喚術とやらだが――」

 

 縛り上げた6人に説教を喰わす、って理由で、俺とリリス以外には一旦、離れて貰った。

 これから聞かせる内容は、霊脈から汲み上げた記憶の話だ。

 霊脈を「PCでメールを飛ばすのに使える、便利なネットワーク」くらいにしか説明していない人間や、そもそも召喚や転生なんてものを知らない人間にはあんまり聞かせたくない話だから。

 まあ、聞かせた所で俺の頭の具合を心配されて終わりだろうけど。

 それでも、コイツらには。

 当事者には聞かせておいても良いだろうと、そう思ったし、リリスもそれを止めなかった。

 

 召喚術、というかコイツらを召喚した魔法。

 俺に言わせれば、リリスを始めとする「キャラクター」達が使用する外法とどっこいの鬼畜魔法だ。

 いや、どっこい、なんて優しい言い方は良くないな。

 

 基本、同じものだった。

 

「お前らをひとり呼び出す為には、最低限、2人の生贄が必要になる」

 

 基本というのは、つまりは世界を超える方法に生贄と言うか、生命エネルギーを使用すると言う事が、だ。

 ただし、印象はその召喚魔法の(ほう)が悪い。

 俺の端折った言い方の悪さのせいで、まるで、この世界で魔法をつかい、地球の人間の生命を使って壁に穴を開けて意識を持ってくる、という(ふう)に聞こえたかも知れない。

 それだったら、「生命を奪うモノ」がこっちの世界側にいるのか、地球側に居るかの違いでしか無い、そう思えるかも知れない。

 

 だけど、そんな事はない。

 

 そもそも、だ。

 こっちで魔法を唱えても、地球側で作用させるには壁がある。

 そう、文字通り世界を隔てる壁だ。

 こちらで唱えた魔法を地球(むこう)で発動させるには、まずはその壁を超えなきゃならない。

 そして、地球(むこう)から意識を持ってきても、肉体がなければじきに消滅してしまう。

 リリスが消滅(それ)を防ぐため、まずは土塊(つちくれ)の素体を作って其処に俺とリリスの意識を移した様に、何がしかの「容れ物」が必要になる。

 

 俺が実体験()()()()()様に、地球(むこう)からこちらに飛ばすには、対象の生命力を使えば良い。

 

 じゃあ。

 こちらから地球(むこう)に魔法を飛ばすにはどうすれば良いのか?

 そして、飛んできた意識を収める「容れ物」はどうやって用意するのか?

 

 答えは簡単だ。

 

「ひとりは、こちらの世界の生贄。これは、召喚の為の魔法を地球に飛ばす為に必要だ。理解しなくても構わんが、世界を超える為には生命力を使って隔てる壁に穴を開けなきゃならんからな」

 まずはこちらで適当な生贄の生命(いのち)(つか)って召喚……あるいは捕獲魔法を地球(むこう)へ飛ばす。

 

「で、地球側からこっちに意識……理解(わか)りやすく魂と言おうか、その魂を飛ばす為にもやはり生命力が必要だ。その為に、被召喚者の生命力を使う」

 そして、地球(むこう)で発動した魔法は捕獲した召喚対象の意識を、その生命(いのち)(つか)ってこっちに飛ばす。

 

「後は、飛んできた意識を生贄の死体へ定着させれば良い。とっても簡単だな? つまり、2人の生贄ってのは、こっちでひとりと、召喚される本人……お前ら自身の事だな」

 

 魔法を発動させて「召喚」が完了するまで、おおよそ1分程度。

 この程度の時間なら、用意した「容れ物(いけにえ)」の脳細胞にもほとんどダメージがない。

 予め若くて健康な生贄を用意しておき、なんなら能力的な成長がしやすいように調()()しておけば、見る間に強くなっていく傀儡兵士を作ることも出来るだろう。

 

「そしてそれこそが、お前たちの容姿が日本に居た頃と違っている理由だ。そもそもの肉体が、全然別物に変わってるんだから当然だな。基本的には邪法、外法の(たぐい)だから、(カラ)になった生贄の身体(からだ)に色々仕掛けは出来る。元々生贄が持っている記憶を破壊しておくとか、言語関係で不都合が生じないように()()しておくとか、色々な」

 それなりにエグい召喚方法に、勇者サマとそのお仲間は顔色を失くして、ただ俺を見上げている。

 まあ、生贄によって喚び出されたってのもそれなりにエグいのに、自分自身も生贄だったと聞かされるのは、まあ、あんまり良い気分では無いだろう。

 挙げ句には、今まで自分の身体(からだ)だと思っていたモノが、そうでは無かったというのは、どれ程の嫌悪を催すのだろう。

 

 ……そう言えば、俺、その辺の拒否感ってあんまり無かったな。

 そこそこエグい方法で作られた身体(からだ)だった気がするけど。

 

「そ、そんな話、信じられるか! 大体、そんな手間を掛けなくても、その、能力の成長をコントロール出来るなら、こっちの人間を育てれば良いだろ!?」

 それでも勇者サマは声を絞り出す。

 まあ、認めてしまえば日本に帰ることは出来ないって事になるからなぁ。

 そんな必死さに同情を覚えなくも無い、事も無い俺は、口元に指を添えて少し考えてから答える。

 

「そこら辺は、異世界から来訪した勇者と言う響きのプレミア感と、勇者を召喚した特別な国と言う箔と、『元の世界に帰るために』と言う理由付けでこき使える便利さと。そんで、一度死んだ肉体に魂を放り込むことによって、元々その「生物」に備わっている成長限界を突破……いや、これはお前らには関係ない話か。まあ、そんな種々様々などうでも良い理由で、好んでこの手を使ってるって事だな」

 言い控えたのは、別々の肉体と意識を強引に結びつけることで生まれるイレギュラー。

 元々その「生物」に備わっている成長限界を突破する()()()――少数とは言え実績アリ――に賭けて、って事だ。

 召喚魔法や生贄に色々と手を加える事が出来ても、それだけは、コントロールすることは出来なかったらしい。

 その事実は、そのまま伝えるには、ちょっとキツイ。

 何しろ、それはつまり。

 

 俺は一呼吸置いて、説明を続ける。

 

「素直に『国』の考えに共鳴しちゃう様な奴は、それはそれで『勇者』として働いちゃうから、その『国』で大事に育てられる。素直で良く働く、素晴らしい戦力ってワケだ」

 今まで目立った発言も無かった気弱そうな戦士くんが、何かに思い当たった様な顔をする。

 だけど、やっぱり今回も発言は無かった。

 

 せっかくの発言チャンスだったのに。

 

「一方で。勇者なんて呼ばれただけで調子に乗っちゃう馬鹿とか、粗忽な考え無しとか、逆に猜疑心強めで『国』を信用しない様な奴は、適当に戦える程度の訓練を施したら『世界を視察』とかなんとか、適当な理由を付けて国外に放り出す」

 俺が言うと、真っ青になる5人。

 治癒士(ヒーラー)ちゃんだけは、納得行かない顔で口をへの字に結んでいる。

 まあ、説明はしてるけど納得させる心算(つもり)なんて無いので、()っとこう。

 構ったら面倒くさいし。

「どこぞでホントに人助けをしたら『国』の手柄に出来るし、どっかで人様に迷惑掛けるなら『偽勇者』として『国』の兵力を差し向ける口実に利用する。仮に悪さをした上でどっかの国で死んだなら、状況次第で『うちとは関係ない』と突っぱねるか、或いは攻め入る口実に利用すりゃ良い。なんせ『好きなように動いて、世界を救ってくれ』とか言われて放逐されるので、ホントに好き勝手する奴ばっかりなんだし」

 

 まあ、()()()()()()()国の(ほう)も、余程の事がなければ勇者様(ろうぜきもの)を殺すこと無く、縛り上げて「国」に送り返すような、遣り口を理解(わか)って対応出来ている国も少なからす有るらしいけど。

 それは教えてやる必要は無いな、うん。

 

「っつー訳だ。お前らは徹頭徹尾、騙されてたんだよ。信じる信じないは、勝手にすりゃ良いけどな」

 自称勇者がある「国」の差し金だと知ってる国は在っても、その勇者の()()()()まで把握している国はほぼ皆無なので、まさか他所の世界から攫われてきた鉄砲玉だなんて見抜ける筈もなく。

 あまりに出来の悪い「勇者」は「国」に見捨てられ、結局各国の法に則って裁かれる者や、冒険ごっこで森やらダンジョンに入り込み、実力不足で死んでしまう者も居る。

 

 その「国」にとって、本当に役に立つ、良い宣伝になってくれる者を「勇者」として認定し、そうでないものは切り捨てる。

 動いて働く広告みたいな扱いなのだ、「召喚」された一般の「勇者」とその一行は。

 

「そんな事ないもん! 私達は正しいから、この世界に呼ばれたんだもん!」

「そうだ! 俺は、この世界を救う勇者なんだ!」

 此処まで調べた事に推測も織り交ぜて説明して、それでも、当事者だからこそ、コイツらには言えない事はある。

 

 そもそも、そんな手間を掛けなくても、生贄を用意できるなら洗脳でもして放り出す、或いは大事に育てれば良い気がする。

 なのに、そうしない理由は?

 態々生贄まで用意して「召喚」なんてする理由は、一体何か?

 

 調()()なんて加工が出来るくらいだから、他にもなんか碌でもない仕掛けを施すことも出来るから?

 それは有るだろう。

 だが、それだけでは無い。

 

 聖教国が召喚なんてモノに拘る理由、それは低確率で生まれる「成長限界を突破した化け物」の数を揃え、戦力として人格を問わず保護する為だ。

 本当の意味で望まれ、確率の壁をも越えて「召喚」されたそいつらは、ある意味手塩にかけて、大事に大事に育てられる。

「勇者」としてではなく、その「国」……聖教国絡みの荒事を収める為の、切り札として。

 

 つまり、「勇者」とその仲間という扱いのこいつらは、言わばガチャのハズレなのだ。

 

 流石にそんな事、本人に言えるワケ無い。

 

 聖教国……。

 なんか拗らせちゃってる連中の考えることは極端だ。

 日本で俺が見たり聞いたりした宗教だって、此処まで極端な事を――出来るかは兎も角――やりそうなトコ、無いと思う。

 ……無いよな?

 寧ろ比べたら失礼な気がする。

 どっちかってぇと、地球の宗教なんかより、テロリストの方がよっぽど近いような気がする。

 

 あ、有象無象の新興宗教というか、宗教モドキはまた別で。

 

 それにしても、なぁ。

 消滅の運命から逃れる為に世界を渡るエネルギー源にされて、そのついでに連れてこられる事と、化け物を生み出すためにガチャ感覚で呼び出される事。

 選べるのなら、俺だったら前者を選ぶ。

 前提として、どっちも碌なもんじゃないってのは当然として。

 

「おい! 聞いてるのか、嘘つき性悪狐女! お前、番犬とか名乗ってるけど、犬と狐は違うモンだぞ、バーカ!」

 

 人が考え事してる時に、ギャンギャン騒ぐな。

 俺は自称勇者の脳天に拳骨を食らわせ黙らせる。

 結構な勢いで壁に激突して気絶してたクセに、元気な野郎だ。

「番犬ってのは、俺は望んじゃ居ないが、勝手についた二つ()だ。文句は名付けた奴に言え。狐面は趣味だ、コイツに文句を言うなら、簀巻きにして川に放り込むぞ」

 俺は優しいからきちんと説明してやる。

 そして優しいから、悪ガキ程度に「殺す」なんて物騒な事は言わない。

「それが」

 キャンキャン響く治癒士(ヒーラー)ちゃんとは別の女子ボイスに、俺は視線を動かす。

「それが、さっき言っていた……私達は元の世界に帰れない、って言う意味?」

 軽戦士ちゃんが、やや疲れたような表情の中で強めの光を放つその目を、俺に向けている。

 黒髪で、幼さを残してはいるが美貌と言って差し支えない、そんな顔。

 この子だけでなく、全員「日本人」と言われれば納得の風貌だが、その実態はさっき言った通り、そう見える容姿の生贄を集めて中味を入れ替えただけに過ぎないのだ。

 

 用途に応じて欧米人を召喚することも有るらしいが、今回此処に来た連中は容姿も魂も日本人と日本人風で統一されている。

 それはつまり、対象を選び、ある程度――地域レベル程度では――狙って召喚出来る、と言う事でも有る。

 

「そうだ。仮に帰った所で、お前らの元の体は荼毘に付されて墓の中だ。代わりに活きの良い死体でも見つけなきゃ、そのまま消滅する」

 ちなみに、どれくらいの鮮度が必要かと言えば、最低でも死後15分以内の死体を見つける必要がある。

 

 15分以上過ぎると、脳の受けるダメージが深刻なのだ。

 

「そう……なのね……」

 俺が態々日本人らしい言い回しを選んで答えた意味を察してくれたのか、軽戦士ちゃんは顔を伏せる。

 聖教国の「召喚」に関係しない、別の国で出会った転生者。

 そんな俺の言葉に、何を思ったものだろうか?

「……お前さん、ちょいと物分りが良すぎやしないか? 俺の言葉を信用できる理由も無いだろ」

 俺は霊脈を使って()()方法がある事と実際の行動の記憶を見たから言える訳だが、聞かされた方がそれを信じるには色々手続きが必要だろう。

 そもそも俺は嘘を言っては居ないが、それを信じさせる様な努力はして居ない。

 単に、事実を言葉に変えて並べて見せただけなのだ。

 俺が逆の立場だったら、信じられるような内容じゃ無いと思うんだけど。

 そう訝しむ俺に、軽戦士ちゃんはもう一度顔を上げる。

 

「元々、あの国の連中を信用してなかったもの」

 

 決然と言い切る。

「だからって、俺の言うことを信じる理由にゃならんだろって話さ。まあ、その気と覚悟が有るなら証拠は見せられるけどな。どうする?」

 その目を見返し、次に他の悪ガキ共を見回しながら、俺は問う。

「信じないもん! アンタは嘘つきの悪魔だもん!」

 治癒士(ヒーラー)ちゃんが此処ぞと噛み付いてくる。

 童顔で睨まれても怖くもないし、痛い性格が滲むどころか漏れ出してるから、カワイイとも思えん。

 寧ろキンキン声が響いて耳が痛いから、どっか遠くで黙っててくんないかな。

「証拠……は良いけど、それ以前に」

 軽戦士ちゃん、の隣の魔法士(メイジ)ちゃんがポツリと口を開く。

 タレ目でおとなしそうな顔だが、目線をしっかりと合わせてくる。

 あんまり似てる気はしないのに、なんだかちょっとだけ気の強いヘレネちゃん、とか連想してしまう。

 髪型の所為かな?

 

「私達はどうなるの?」

 

 現状、勇者一行は全員衛兵さんによって縛られて、その上で正座させられている。

 説教されるときは正座が基本スタイルだ。

 んで、説教が済んだら当然、沙汰も下さなきゃならん訳だが。

 

「お前達はこの後開放する。但し、街に入ることは許さん」

 話は終わったと告げ、呼び寄せた北門の衛兵長さんがちらりと俺に視線を向けてから、勇者一行に厳かに告げる。

「なっ! なんでだ! 俺は勇者だって言ってるだろ!」

 途端にいきり立つ勇者サマ。

 コイツ、まだ拳骨が足りんか?

 そう思う俺の行動より早く、衛兵長さんが口を開く。

「勇者か何か知らんが、お前は街の住人であるゴブリン達を傷つけようとした。そんな危険人物とその仲間を、この街に入れる訳にはいかん」

「だから、ゴブリンは人間の敵だって言ってるだろ!? なんでお前らは(わか)ってくれないんだ!」

 しかし、自称勇者も引かない。

 教国に言われたことやゲーム体験での印象が抜けないのか、ゴブリンが人類扱いだという事を認めようとしない。

 そんな様子に、好い加減斬り捨ててやろうかこの野郎、なんて思った俺の隣から、リリスが前に出る。

「馬鹿にも理解(わか)りやすく教えてあげるわ。いわゆるヒューマノイドに近い見た目で、知性を持ち、意思疎通の出来る存在を、この世界では人類として扱っているわ。人間は、人類の1種族でしか無いのよ」

 行動に出ないだけの殺人鬼の気配。

 そうとしか言いようのない冷え冷えとした殺意を、リリスは隠しもしない。

「種族毎に相性は有るし、好き嫌いはどうしようもないけどね。唯一、人間種の、特定の国だけが、多種族を従える、或いは殲滅させるなんて事を考え、口にするのよ」

 静かに、仮面……無貌の狐面を外す。

 言葉だけでなく、その視線からも殺意を見せつけるかのように。

 俺もそれに習い、同じく狐面を外す。

「そんな馬鹿な理由で大事な仲間であるゴブリン達に危害を加えようなんて馬鹿を、街として受け入れる訳が無いでしょうが。大人しく引き返すなら、こちらも大人しく見送ってあげるわ」

 俺の位置からはリリスの顔は見えないが、口ぶりから相当怒っていることは理解出来る。

 そりゃまあ、折角保護してどうにか元気になった所に、酒造の話を持ちかけて、今ではウォッカの産地としてこの街の重要拠点のひとつになっている。

 此処まで平和に暮らしていて、かつ、リリスにとって重要な施設を守り、運営するゴブリン達に危害を加えようとする連中を、友好的に受け入れる理由なんかひとつもないのだろう。

 無論、俺にだって無い。

 勇者サマは震え上がり、治癒士(ヒーラー)ちゃんも慌てて目を逸らした辺り、リリスは余程キツイ眼差しを送っているらしい。

 ちなみに治癒士(ヒーラー)ちゃんが目を反らした先には俺が居た訳だが、その俺の目を見た途端泣きながら俺からも目を反らした。

 つまり、うん、俺も良い感じに殺気が漏れているらしい。

 治癒士(ヒーラー)ちゃん、まさかそこまで危ない奴とじゃれ合ってたとは思ってなかったのかな?

 元々殺気は漏れつつ有った筈なんだけど、こいつら、俺の狐面に気を取られすぎてたんじゃないか?

「だっ、だけど、ゴブリンなんてモンスターだろ? どんなゲームでだって、敵として出てたじゃないか」

 リリスに気圧され、だいぶ勢いの落ちた自称勇者が、しかしまだ自分の中の常識から抜け出せずに食い下がっている。

 応えるリリスは溜息を零すと、今までとは比べ物にならない程の殺気と魔力を周囲に撒き散らす。

 それだけで、勇者一行は言葉を発することも出来ず、ガタガタと震え始める。

「それはゲームの話でしょ? 日本にゴブリンなんて居た? こっちに来てからも、アナタは自分の目でゴブリンの、その生活を眺めた事は有った?」

 うっかり言葉を放つことも出来なくなった勇者サマは、ブンブンと首を横に振る。

 まあ、そんなトコだよな。

 日本でゴブリンが居たなんて聞いた事も無いし、それに。

「お前ら、旅して来たんだろうけど、どうせ安全な街道沿いを来て、いいとこ獣とか魔獣くらいしか見たこと無かっただろ?」

 割と偏見に満ちた当てずぽうだったが、俺の質問に勇者サマはブンブンと首を縦に振る。

「じゃあ、やっぱゴブリンを見たことが無かったんじゃねぇか。此処で学習できて良かったな? 二度と会うことも無いだろうが、遠くで強く生きろよ?」

 後は何処となり好きに行けば良いさ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()、俺は特に何をする心算(つもり)も無いからな。

 さっさと切り上げて、放り出して終わりにしようとする俺に、勇者は青褪めた顔を向けてくる。

「ま、待ってくれ! 俺達は、モンテリアって言う街に行きたいんだ! この街に来るまでにもずっと野宿だったし、此処を迂回したらどれくらい野宿が続くか(わか)らない! せめて宿を!」

 正座のまま飛びかかってきそうな勢いで、勇者が俺に向き直る。

 

 うん、まあ、怒ってるリリスよりは、まだ俺の(ほう)が話しやすいだろうしな。

 

 だけど、リリスは容赦してやる心算(つもり)も優しさも無いらしい。

「街には入れないって言ってるでしょうが。それに、モンテリアにも入れないわよ」

 斬り捨てるような言葉に勇者が視線をリリスに戻すが、その口が開く前にリリスが言葉の様な爆弾を放り投げる。

「言い忘れてたけど、私の名前はリリス・イハラ・ファルマン。モンテリアの領主を務めるファルマン侯爵家の、末の双子の孫の、片割れよ」

 リリスが思わぬ大物の孫娘と知ったショックからか、それとも単に何を言っているのか理解(わか)って居ないのか、呆けた顔を今度は俺に向けてくる。

「……俺はその、双子の妹だよ。早い話が、領主の孫2人が揃ってお前らの滞在を拒否してるんだ。この街どころか、モンテリアにも入れる訳が無いだろうが」

 俺も努めて冷たい調子で、吐き捨てるように言ってのける。

 実際は俺やリリスに、モンテリアへ入る事を拒む権限なんか無いんだけど、心情的に、こんな馬鹿どもを領主様(おじーちゃん)の目に触れさせたくない。

 この街や、モンテリアでも流行り始めているウォッカを飲ませてなんかやらん! って気持ちも強いので、リリスの言葉を否定ではなく補強する方向に、自然に動く。

「そ、そんな、お前、日本人だって……」

 なんとかすがり付こうと言葉の手を伸ばしてくるが、俺は当然のようにそれを払いのける。

()日本人だ、っ()ってんだろうが。転生って言葉の意味、理解(わか)んねぇのか? 馬鹿と一緒にされると迷惑なんだ、とっとと教国に帰れ」

 お前とは仲間なんかじゃないですよ、と、親切に教えてあげた訳だ。

 優しいなあ、俺。

 

 俺の説明に納得できなくても、腕っ節では惨敗し、リリスの殺気にまで気圧され、情に訴えたら張り倒された。

 万策尽きた勇者は、酷く落ち込んで黙り込む。

 

 寧ろ俺の対応は優しい方だと思うんだが、此処まで人のいる街とか村とか、通って来なかったんだろうか?

 こんな有様だと、下手に街に寄ろうものなら、色んなトラブルを引き起こしてただろうに。

 ……まさか、腕力でどうこうしてきた訳じゃ無いだろうな?

 コイツらの此処までの旅路の記憶も、視た方が良いんだろうか?

 なんかヤだなあ、そんなモン視たく無いなあ。

 

 改めて衛兵長さんに立ち入りを拒否され、項垂れて立ち上がる勇者一行。

 しょんぼりと覇気を失い、泣いてる治癒士(ヒーラー)ちゃんを宥める元気も失った彼に、思わぬ追い打ちが襲い掛かる。

 

「私は、パーティを抜ける。あなた達とはもう、一緒には行けない」

 軽戦士ちゃんが、決意を秘めた顔で告げる。

「私も。もう、あなた達の身勝手には付き合えない。本当に日本に帰れないなら、あの国に従う必要も無いし」

 冷めた顔で、魔法士(メイジ)ちゃんが突き放すように言う。

 まあ、当初からノリと言うか、反応が他の4人と違ってたからな、俺は驚きはしないけど。

 突然突きつけられた決別に、勇者サマはすぐには反応出来ない、と言うか。

 

 とても面白(おもしろ)い顔でフリーズしていた。




勇者PT、分裂の危機。
所で勇者PTって、何人のイメージかな?

僕は4人。


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挨拶は遅れがち

名前を考えるのがとっても苦手。


「な、何言ってるんだ!? 俺達は仲間だろ!? 一緒に日本に帰るんだって、そう言ってたじゃないか!」

 狼狽(うろた)え顔を隠しも取り繕いもしないで、自称勇者――コイツ含めて、誰も名乗らないんだけど、なんかそういう縛りでも有るんだろうか――が軽戦士ちゃんに詰め寄ろうとして衛兵さんに阻まれる。

「そうだよ! どうして!? 私達、仲間でしょ!?」

 街に入れず追い返されると決まって項垂れていた治癒士(ヒーラー)ちゃんも、この事態には、流石に元気を取り戻さざるを得なかったらしい。

 勇者サマ以上の勢いで軽戦士ちゃんや魔法士(メイジ)ちゃんに縋り付こうとして、こちらも衛兵さんに取り押さえられている。

 拘束を解除されたばっかりだって言うのに、コイツらは元気だなぁ。

 その元気は牢に繋がれる的な意味では街に(はい)れるかも知れないけど、名誉は地に落ちるかも知れない……それで良いのかな?

「日本に帰る為に、仕方なく協力してただけ」

 そんな勇者(笑)に答える魔法士(メイジ)ちゃんは、2人に冷たい目を向けて淡々と答える。

 いや、冷たいにも程が有るんじゃないの? ってくらい、その眼差しには容赦が無い。

 見た目は15~6(じゅうご・ろく)って感じの、一見して可愛らしい感じの顔立ちなのに、全くの無表情で言ってのけるその様子には、手加減の様子が少しも無い。

 ……それくらい、この自称勇者と仲間達に辟易してたって事だろうかね。

「この人の言う事を信用するには色々足りないと思う。だけど少なくとも、あの国の人の言うことを鵜呑みにして、平和に生きてるゴブリンを殺そうとしたのはどうかと思う」

 魔法士(メイジ)ちゃんはゴブリン村へと視線を向け、奥の方で働いている――酒造所に出入りしている様子の――ゴブリン達の様子を見ながら口を開く。

 皆きちんと服を身に着け、一緒に働く人間と笑い合いながら資材を運ぶゴブリン達。

 あれを見て敵性存在と思えるなら、どうかしてると俺も思う。

「でも、それじゃお前ら、日本に帰れないんだぞ!?」

 なんとか食い下がろうとする勇者サマだが。

「アナタはホントに、()()()()の言う事を聞いてたら……ううん。そもそも本当に、日本に帰れるなんて思ってるの?」

 冷たすぎる声が、その言葉を(たた)き斬る。

「こっちの都合もお構いなしに召喚なんてしたくせに、具体的な指示も無し。肝心の帰る方法も教えてくれない。胡散臭さで言ったら、神様を語って私達に世界の平和を守れなんて言う方が怪しいでしょ。喚び出されて目を覚ました時から、帰れるなんて思ってないわ」

 魔法士(メイジ)ちゃんに比べると、ちょっと大人びた顔立ちの軽戦士ちゃんの言葉と眼差しには、びっくりする程取り付く島も無い。

 冷たいとかなんとか言う以前に、そもそも言い分を聞いてあげる様子が見えないし。

 ……聖教国で、何か有ったんだろうか?

 興味はあるけど、現状、聞き出せるほど仲良くないからなぁ。

 今のままなら、そもそも仲良くなるのも難しそうだし。

 俺から見たら、此処までその勇者サマと旅してたのは事実だし、向こうだってそれは自覚してるだろうし、敵対する気は無くても、遠慮してお互いに避けちゃいそう。

「でもっ! この街にも入れないんだよっ!? 2人だけだと、色々困るんじゃないかなっ!?」

 機転を聞かせたものか天然の賜物か、治癒士(ヒーラー)ちゃんが角度を変えて引き止めに掛かる。

 直前までは自分達に下された処分に反発し、街に入れろと大騒ぎしていたクセに、すぐにその処分を盾に仲間の離脱を阻止しようとするのは調子が良いと言うか、狡猾と言うか、(したた)かと評するべきか。

 そんな感想は兎も角、その発言はそれなりに考えなきゃ不味い問題を突いている。

 流石に顔を見合わせて黙り込む軽戦士ちゃんと魔法士(メイジ)ちゃん。

 だが、何を通じ合ったものか、魔法士(メイジ)ちゃんは毅然とした顔で軽戦士ちゃんに頷いて見せる。

 

 アイコンタクトとかまた、随分と高度なコミュニケーションだね?

 

「あなた達と旅して、あちこちでトラブル起こしているのを止めもしなかった私達の自業自得よ。あなた達に心配されなくても、自分達でなんとかしてみせるわ」

 きっぱりと、軽戦士ちゃんは数分前までの仲間達を斬り捨てる。

 どの程度この世界ってものを見てきたか判然としないが、潔いと言うか、思い切りが良いと言うか。

 結局、言うほど信頼関係の構築が出来ていない状態での旅路だったのだろう。

 って言うか、やっぱコイツら、あちこちでトラブル起こしてたのか。

 こんな、仲間内での連携が取れそうにもない有様で、何をしてやがるんだか。

 そんなザマだってのに、何がコイツらを突き動かしていたのか。

 

 ホントに世界を救うつもりだったのだろうか?

 日本に帰りたい、その一心だったんだろうか?

 それとも、他に何か有るのか?

 

 それぞれの目的達成の為の、何がしかのプランは有ったのだろうか?

 とてもそんな(ふう)には見えないんだけど。

 どっちかと言うと、行き当りばったりの選択の結果の今に見えなくもないのが、どうにも俺の心配を助長させる。

 驚きゃしないが、溜息が漏れるのはどうしようも無い。

 

 此処に来て離脱を宣言した2人の口調、その表情には、妥協する様子は一欠片も見えない。

 それは勇者サマも感じ取ったのか、弱々しく伸ばした手から力が抜けて、だらりと垂れ下がる。

 

 これは、なんと言うか。

 

 俺はリリスに目を向け、その呆れたような眼差しにちょっとたじろいでから、衛兵長さんに視線を向ける。

 それだけで、何も言っていないのに頷いてくれるけど、ゴメン、俺の言いたい事、訊きたい事がホントに伝わってるか全然判らん。

 こういう時は、きちんと言葉にするべきだな。

 俺が。

「兵長さん、確認するけど、出入り禁止はその自称勇者とその仲間が対象、だよな?」

 自称、って部分にやや力を篭めつつ、指差しまでしてやる。

「そうだな。危険人物とその仲間を、街に入れる訳にはいかんからな」

 兵長さんが、よく通るその声で堂々と答えてくれる。

 勇者とか名乗ってあちこちで煙たい扱いを受けて来た筈の男は、真正面から否定された挙げ句に力でも捻じ伏せられ、終いには危険人物として街へ入る事すら拒否され、悲劇の主人公と言うには情けない面持ちで突っ立っている。

 人に良い様に持ち上げられて、根拠も無く自分は勇者だと信じて疑わなかった――その時点でどうかと思うが――男は、此処に来て行く先を見失ってしまった。

 哀れと思わなくも無いが、コイツに同情する気は微塵も湧かない。

 っ()ーかこの馬鹿、ホントに日本に帰りたいと思っていたかも疑わしい。

 勇者なんて呼ばれてチヤホヤされて、そこそこ鍛えられて強くなったモンだから、あちこちで好き勝手するのが楽しくなっちゃったんじゃ無いのか?

 中堅そこそこなら兎も角、ベテランクラスの冒険者が、粋がってるガキ相手に現実を教えるとか、そうそう無さそうだし。

 チンピラ紛いの、中堅手前の冒険者を相手に調子に乗っちゃったとか、その程度の()は容易く想像できるもん。

 

 大体、勇者なんてのは「称号」であって、職業な訳が無い。

 コイツは、(クラス)で言えば戦士でしか無いんだが、その辺は理解(わか)ってるんだろうか?

 理解出来てると思いたいけど、でもなぁ。

 さっきまでの丸出し馬鹿な発言を思い返すに、どうもなぁ。

 

 まあ、コイツの事は良いか。

 

「んじゃあ、その危険人物のパーティから離れた人間も、やっぱ街に入れちゃ駄目かい? 少なくとも其処の2人は、ゴブリンを敵と見なしては居ない様だけど」

 言いながら、兵長さんだけでなく、周囲――見慣れた仲間達や酒場(バー)で顔を合わせる冒険者達――を見回す。

 冒険者ギルドの(サブ)マスターのハンスさんを含め、大半が「何いってんだコイツ」って顔だ。

 まあ、そりゃそうだよなあ、なんて思いながら良く見れば、ジェシカさんやヘレネちゃん、それにウォルターくんは「しょうがねぇなコイツは」と言いたげな苦笑いを浮かべている。

 ちなみに、リリスとタイラーくんは「また始まったか、この馬鹿」って顔をこっちに向けている。

「それは、普通は認められないな」

 兵長さんの、発言の内容の割には優しい、言い含めるような声が響く。

「危険人物の仲間であった、というのが問題なのは大前提だが、その上で、だ。自分の都合で仲間を見捨てて離脱する様な人間を、容易く信用出来るか? という話でも有る……のだが」

 厳し目の意見を述べながら、しかし、兵長さんは何かを考える様に発言を一旦収める。

 まあ、それが普通の反応だよなあ、なんて思いかけた俺の顔に疑問符が浮かぶ。

 街を守る衛兵隊、その北門を中心とした一団を纏める立場としては当然の判断だと思うし、其処に疑問は無いんだけど。

 何を思っての、その歯切れの悪さなんだろうか?

「確かに、最初からそっちの2人はパーティ内での立ち位置と言うか、考えは少し違っている様だった。一緒くたにするのは違うかもしれん、とは思えなくも無いが」

 別方向から声が上がったと思って視線を動かせば、ハルバートを抱え込むように腕組みしたハンスさんが、さも困ったと言う様子で俺を見ている。

「確かに、話を聞いてみるべきかも知れんな」

 そんなハンスさんの発言を受けて、兵長さんも腕組みして、溜息まで()いている。

 ねぇ、だからなんなのそれ?

 なんで二人して、そんな歯切れが悪いの?

「……そっちの4人は兎も角、2人の方は少し話を聞かせてもらえるか? ハンス殿、付き合ってもらえるかな? それと、ファルマン()の2人も」

 意を決した、というよりは仕方がない、と言いたげな面持ちで、兵長さんが声を発する。

 

 街に入れるかどうかを話し合うのに、冒険者ギルドの(サブ)マスターの意見を聞くのは判る。

 当の本人達の言い分も聞くのはまあ、当然だろう。

 ……馬鹿ひとりと、それに従う仲間は()っといて良いとは思うけど、個人的に。

 

 だけど、此処で俺とリリスが呼ばれる意味って。

 それも、「冒険者」としてでは無く、クランマスターとしての俺達に、でも無く。

 領主様の血縁(ファルマンけ)の一員として呼ばれる意味。

 

 ……つい最近の、望んでた訳でも無いからついつい失念してしまう、その名前の重さを、俺はやっぱりきちんと把握出来てなんか居なかった。

 

 

 

 何やら重要そうな話し合いが行われるっぽいのに、勇者たる自分と純粋な仲間がその場から排除されている事に不満は有るらしいが、コテンパンに伸された上に多数の衛兵や冒険者に囲まれ白眼視されては、威勢も無くなるモンらしい。

 まあ、暴れようにも向こうにはグスタフさんも居るし、ウチとこのタイラーくんとジェシカさん、それにウォルターくんもヘレネちゃんも居る。

「……ヘレネちゃん、なんかすっごい無表情っていうか、見たコトない顔してるんだけど?」

 初めて会ったときのオドオド顔は最近じゃすっかりナリを潜めて、ほんのり笑顔が可愛らしい、そんな印象だったんだけど。

 今、そこで無表情に勇者とその一行を眺めている様子は、およそ見た事の無いものだ。

 俺がたまにお説教される時だって、あんな迫力出しゃしないのに。

「アンタ、あの子の出自、忘れてるんじゃないの? あの子は元々、暗殺者の家系の出でしょうが」

 リリスが、俺にだけ聞こえるように、ポツリと言う。

「ああ、そう()やそうだったな。でも、あの子、暗殺どころか戦いが嫌だって言ってたじゃん? そんな子にあんな顔させるのはツラいもんが有るな」

 俺も小声で返すと、リリスは盛大な溜息を漏らした。

 ええ?

 なに? どしたの?

「アンタね……。もうちょっと身内の事には目を向けときなさいよ。あの子は『戦う』事が嫌だとは言ってるけど、『暗殺』を嫌ってるとは言ってないでしょう?」

 リリスの物騒な呟きに、俺はしばしポカンとしてから、ちょっと慌てた視線をヘレネちゃんに向け直す。

 えええ? なにそれ?

「それってどう違うんだよ? ヘレネちゃんはそもそも暴力行為が嫌いとか、そういう意味で言ったんじゃないのか?」

 戦うのは嫌い、つまり暴力が嫌い、そう思ってたんだけど。

 っていうか、割と普通にそう思うと思うぞ?

 実家の家業が嫌で逃げて来た、とも言ってたし。

 泣いてたし。

「さあね。暗殺するのは構わないけど、正面切って戦うのは苦手なのか……面倒な手間が増えるだけの戦闘は効率が良くないから好きじゃない、って意味なのか。興味が湧いたなら、聞いてみたら良いじゃない」

 リリスの囁きに、俺は頭痛を覚える。

 考えすぎだと思いたいし、実際ヘレネちゃんは殺気を放つなんて物騒な事をするような位置からは、普段はずっと遠く離れた所にいる。

 今だって、ただ、無表情で勇者サマと仲間達を眺めているだけだ。

「お人好しの能天気ちゃんなんだから……」

 リリスの溜息が、俺の意識に冷たい風を吹き込む。

 やめてよ、怖いよ。

 なにその呟き。

 俺がちょっとイヤそうな視線を戻せば、困った様な顔を俺にちらりと向けてから、リリスは首を(めぐ)らせ、声を上げる。

「ヘレネちゃん。そいつらが大人しくしてるなら何もしなくて良いわ。だけど、騒いだり暴れたりするようなら、そいつらは私とイリスの()よ。責任は()()が取るから――」

 え、何を言い出すの?

 その言い方、それ、アレだよね?

 俺とかリリス(おまえ)が、メアリーちゃんにお仕事お願いする時のソレだよね?

 そういう物騒な事、誰にだってあんまり言っちゃいけないと、俺は思うよ?

 慌てた俺がそれ以上の反応が出来ないうちに、リリスが結びの言葉を投げつける。

 

「やっちゃいなさい」

 

 唖然とした顔のタイラーくん。

 笑顔の仮面が剥がれ落ちるジェシカさん。

 

 そして、獲物から目を離さず、凍りつくような殺意の発露を隠そうともしないヘレネちゃん。

 

 俺は憮然と頭を振る。

「リリス、お前、いつから知ってたの? ……ヘレネちゃんの殺意(アレ)

 普段は屋敷の手入れを中心に、メイドチックな仕事を好む優しい笑顔の女の子。

 刺繍が得意だったり、ちょくちょくウォルターくんの手伝いで厨房に入ったりもしてる、なんと言うか、家庭的な事には割とオールラウンダーな彼女。

 家庭菜園みたいなのが欲しい、なんて話もしてたな、そう言えば。

 冒険者としてのランクはE。

 俺が――俺とリリスが――国喰らい戦に挑んだ時は、戦闘行為を嫌い、屋敷と子供達を護るために街に残ったと言う、気弱な筈の。

 

 それを気にして、帰ってきた俺達に涙ながらに懺悔した、そんな子が。

 

 ウチの斥候(スカウト)組の中では目立たない筈の、実態は最高レベルの「暗殺者」。

 

「アンタが見ようとしてなかっただけでしょ。まあ、それがあの子にとって心地の良いものだったのは間違いないみたいだけど。だからこそ、()()()()()には、心の底から容赦しないわよ、あの子は」

 俺はヘレネちゃんが危険な事を嫌う、優しい女の子だと思ってたし、だからまあ、危ない仕事はしなくて良いと日頃から言ってきた。

 確かにレベルが50台と、この世界では高い部類である事は気になりはしたものの、本人がしたい様にさせていたのだ。

 

 目を背けていた、と言われると耳が痛いのは、やはりちゃんと見ていなかったんだなあ、と自覚させられるからだ。

 

「あー、ヘレネちゃん。殺気が漏れてる漏れてる。気持ちはありがたいけど、無理に手を汚さなくて良いからね?」

 俺が声を掛けると、ハッとしたような表情で、殺気を収めるヘレネちゃん。

 ちょっとバツが悪そうに、俺に向かって頭を下げて見せる。

 ジェシカさんと勇者サマ一行が、ホッとしたように表情を緩める。

 ジェシカさんには悪いことした気分になるが、勇者ども(おまえら)は気を緩めるんじゃないよ。

「まあ、いざって時の判断は任せるよ」

 なんか安心させると勇者どもがまた騒ぎ出しそうな予感がしたので、俺は手に持った手綱をあっさりと放棄する。

 

 ひんやりと辺りに広がる、ヘレネちゃんの、触れれば切れるような殺意。

 

「イリスちゃん? 心臓に良くないから、ヘレネちゃんで遊ぶのやめてくれないかしら?」

 ジェシカさんが困り笑いで俺に懇願するけど、俺は苦笑しつつ軽く手を振って、ヘレネちゃんを止める事はしない。

 まあ、後でヘレネちゃんとジェシカさん、両方のストレス発散に何か考えとこう。

 酒と甘味と、後は……何が必要かな?

「まあ、向こうはあんだけの面子(メンツ)で囲んでるんだ、妙な事は出来やしないだろ。んで? なんで俺達まで呼ばれてるん?」

 思考を切り替えて、俺は兵長さんとハンスさんに顔を向ける。

 そんな俺に向けられるのは、なんとも微妙な顔の群れ。

 今日はなんか、こういうの多いな?

「あのな……ファルマン()の人間の提案を、無碍に出来る訳が無いだろう」

 そんな疑問符を豪勢に飾り付けたの俺の耳に、ハンスさんの溜息混じりの声が滑り込む。

 おうん?

「なんで? なんでファルマン()?」

 俺が訳の理解(わか)らないという顔で見回せば、元勇者一行の2人以外は、なんだか可哀想なモノを見るような目を向けてくる。

「お前だお前。お前とリリスは、この領の領主、ファルマン()の一員だろうが」

 再び、やれやれと口を開くハンスさん。

 兵長さんはその隣でうんうんと頷いている。

「えぇ? ちょっとやめてよ。俺もリリスも、ファルマン()()っても末席も末席、実際の権力なんて無いぜ?」

 ちょっと慌てて声を上げると、今度はリリスが盛大な溜息を漏らす。

 ちょっと、身内までそんな反応なの?

「なんでどうでも良いタイミングでポンコツなのよ。名前が重要に決まってるでしょうが」

 言いながら、リリスは俺の鼻先に人差し指を突き付けてくる。

 やめて? 今、仮面(ぼうぐ)外してるのよ?

 俺の鼻がピンチなんだけど?

「ファルマン()の名前を出して拒否したんだから、領主家の意向と受け取られるに決まってるでしょうが。いちいち旅の冒険者の動向について、領主様に問い合わせる事なんか無いんだし。そのファルマン()のアンタが、2人は街に入れたいって意志を示したなら、衛兵長さんだって簡単には拒否出来ないって話よ。理解(わか)るかしら? 馬鹿ちゃん?」

 言って、俺の鼻先をリリスの人差し指が弾く。

 ()って。

「正直、ああいう手合を放り出すのに丁度良い理由になったから、感謝したいが。しかし、お前たちはあの連中を追い出した上で、そこの2人を引き取りたいと、そう言う事だろう?」

 兵長さんがそんな俺とリリスのじゃれ合いを取り敢えず無視して、言葉と視線だけ俺に向ける。

 その言葉を受けた俺は、うんうんと頷こうとして動きを止める。

「……はァ!? 引き取るぅ!?」

 待て待て待ってちょっと待って。

 視線を回せば、居心地の悪そうな軽戦士ちゃんと魔法士(メイジ)ちゃん。

 確かに心配は心配だよ?

 今までどんな旅路だったか想像も付かないし、ある程度鍛えられたかも知れないけど。

 心配すんなって方が無理だろう。

 特に最近、酒や銭湯の評判で、この街に入る旅の連中も増えてるってのに。

 

 隣の街に取られてた客足が戻ってきたんだぜ、やったね。

 

「ちょっと待ってくれ、俺はそこまで考えちゃ居ねぇよ!?」

 いかん、関係ない事に思考を逃避させる所だった。

 俺は大慌てで兵長さんに向き直る。

「じゃあ、アンタはこの2人を、右も左も判らないこの世界の、この街に放り込んで、困ってる所を眺めてニヤニヤしたいから助け舟を出してるの? 我が妹ながら、良い趣味過ぎてヒくわぁ」

 そんな俺が続く言葉を口にするより早く、リリスが俺のコメカミを言葉の拳骨で小突く。

「おい姉、誤解を招くにも程が有るだろうが」

 棘(まみ)れの言葉の鈍器に押されつつ、反撃を試みる。

「だって違わないでしょ。じゃあ訊くけど、アンタ、どういう心算(つもり)でこの2人を助けようなんて思ったのよ」

 そんな決意も虚しく、俺の言葉を悠然と遮り、びしっ、と音がしそうな勢いで、リリスは2人組に指を突きつける。

 他所様を指差しちゃいけません。

「えっ……そりゃあ、うん」

 リリスの勢いと、肝心の俺の言葉を待って、静まり返る一同。

「……なんか、可哀想だったし?」

 こういう時、咄嗟に、適切に言語化出来ない自分の脳が恨めしい。

 脳そのものの性能はリリス並みらしいけど、使うのが俺じゃあどうしようもない。

 聞いただけでは理由にもなっていないそんな言葉に。

 リリスは馬鹿かコイツは、という表情を隠しもせず。

 ハンスさんはふいと視線を逸し。

 兵長さんは目を閉じ黙考し。

 軽戦士ちゃんと魔法士(メイジ)ちゃんすら、どう言葉を発したものか、そんな思案顔で。

「……馬鹿じゃないかと薄々疑ってたけど、ごめんね? 疑惑じゃなくて、アンタは馬鹿だったわ」

 リリスの断定が突き付けられるが、やはり、誰も否定なんかしてくれなかった。

 

 

 

 さて、なんで俺が軽戦士ちゃんと魔法士(メイジ)ちゃんを助けたいと思ったかと言えば、やはり可哀想だと思ったからで。

 

 そんな感情でいちいち手を差し伸べていたらキリがない、ってのは良く理解(わか)る。

 それに、ウチのちびっこ――とはいえ、もうじき4人は13歳になる筈、グイくんとギイちゃんはまだ12歳で、誕生日はもっと先らしい――を筆頭に、この街にはノービス冒険者、未成年で正式に冒険者になっていないだけの卵達が懸命に生きている。

 そう言う、自分と仲間達の力で頑張って生きている、そんな生命(いのち)には手を差し伸べないのか、と真正面から問われれば、さすがに閉口せざるを得ない。

 得ないんだけど、でも、それこそ俺がヒトである所以ってモンであって。

 この世界にも、救いを求めるか細い生命(いのち)が溢れてるなんて事は想像に難くない、そんな事は理解(わか)ってる。

 

 だけど、俺は聖人なんかじゃないのだ。

 

 俺が動くのは、いつだって俺のエゴの為でしか無い。

 可哀想だと思ったその瞬間に手を差し伸べて、助けて悦に入れればそれで良いのだ。

 そう考えると、リリスの言う「良い趣味」とさほど変わらないのだが、それでも。

 

 ちらりと視線を向ける。

 

 この2人は、そもそも()()()の産まれですら無いんだぞ?

 それを言ったら勇者一行は全員そうだろうけど、ちやほやされてその気になって、ロクに自分で考えもしないような馬鹿は知ったこっちゃない。

 この2人は、そんな馬鹿どもと旅を共にしながら、それなりに思うところも有ったようだ。

 周囲の様々な反応や言葉、勇者たちの振る舞い、自分達の置かれた立ち位置。

 疑問が湧かないほうがどうかしているのだ。

 だから、共に旅をしてきたとは言っても、決して仲間とは思っていなかったのだろう。

 考えすぎかも知れないけど、第一印象から、まるで仲間同士には見えなかったんだから、大きく外れているとも思いたくない。

 

 だけど、どれ程注意深くても、思慮深くても。

 

 育ってきた環境で培ってきた感性と言うものは、そう簡単に塗り替わってはくれない。

 平和なあの国で産まれ、普通に育ってきた彼女たちが、どれ程こっちの世界の常識を身に着けて旅に放り出されたのか、それすら疑問なのだ。

 

 俺だって、こっちの常識とか倫理観とか、そんな事には全く自信が無いってのに。

 

 15~6(じゅうご・ろく)の、全く違う環境で暮らしてた女の子が、荒くれも多いこんな世界で、まともに身を立てて生きて行けるのか。

 荒んでいる訳でも無く、人を疑うと言うにはちょっと優しいその眼差しを、放っとく気にはなれない。

「同郷のよしみ……いや、違うな」

 誰にも聞こえない様な小声で呟いてから、俺はすぐに否定する。

 そんな小綺麗な感情なんかじゃない。

「俺が人助けなんざ、柄じゃ無いんだ。単なる気まぐれさ、可哀想だっていう、それだけの」

 色々とリリスに対する反論の言葉を考えたけど、そんなものは手元には無かった。

 目に映った、自分の足で立ち上がろうとする意志に、気まぐれで手をのばす、それだけの。

 

 自分本位の、気まぐれだ。

 

「自分で考えて自分で歩こうって気概を買った、って言うのは有るけどな。それだけ覚悟が有れば、この街で冒険者として身を立てて行けるだろ。妙な馬鹿はだいぶ減ったようだし」

 例の馬鹿貴族を文字通り叩き潰してから、随分と治安は良くなりつつ有るらしい。

 領主様の血縁に連なったヤベえ奴がこの街に居て、妙な真似すれば実力行使に出てくるとなれば、馬鹿貴族のお仲間も慎重になるってモンだろうし、破落戸冒険者だって自分の生命(いのち)が一番大事だ。

 他所に邸宅とかのある貴族様はそっちに逃げたのも居るらしいし、破落戸冒険者もこの街を離れた奴が結構居ると聞いた。

 ざまあご覧あそばせ、ってやつだな。

 

一端(いっぱし)の冒険者になるまでは、ギルド辺りが見ててやれば良いだろ。そういう訳で、俺、ってかウチが引き取る必要は無い……よな?」

 散々に自己弁護の壁を建て、ない胸を張る俺に、周囲の反応は冷たかった。

 

「まあ、そうだな。正論には聞こえる。聞こえるだけだが」

「危険人物の仲間であった以上、身請け人は必要だと思うが」

「ホントに冷たい。冷たすぎてお姉ちゃん、怖いし情けなくて泣けてきちゃう」

 それぞれがそれぞれの立場から、「それで済むわけねぇだろ」と言ってくる。

 なんでだよ、と言いたい気持ちと同じくらい、その言い分も理解(わか)るんだよなあ。

 リリスに関しては、ただ俺を追い込んで遊んでるだけだな、うん。

「あああ、もー! 判った、判ったよ! 街に入れる為の身元引受人にはなるよ! 定宿が決まるまでの寝床も提供する! ただし、ウチが引き取るかどうかは、本人の意志しだいだ! これでどうだよこの野郎ども!」

 元より短気で短慮で行き当りばったり。

 そんな俺が、色々と考えるのが面倒になったのは、当然の帰結という奴で。

 仕方ない、という顔の大人2人が小さく嘆息するのと、何やら楽しそうな顔のリリスが口元を隠すのを横目に、俺は当の若年二人組みに向き直る。

「っ()ー訳で、街に入りたいならそんな感じだ。後はお前らの気持ちひとつだけど、どーすんだ? 別の街に向かいたいなら止めないけど」

 主に身内のせいでちょっぴり心がささくれだった俺は、あんまり愛想が良いとは言えない顔だったと思う。

 そんな俺の視線と表情と言葉を受けて、2人は顔を見合わせる。

 逡巡と戸惑い、それに打算。

「……私達、()()()()()()()()、それでも面倒見てくれるの?」

 頷きあってから俺に視線を戻し、軽戦士ちゃんが言う。

 へぇ?

 ちょっと面白いものを見るように、俺はその決意を眺める。

「まあ、こうまで身内やら目上の連中に煽られちゃあな。それなりに協力してやるよ」

 言いながら、俺は軽戦士ちゃんに右手を差し出す。

「ノスタルジアクランのクランマスター、イリスだ。お前たちが生き方を決めるまでは、客人として迎えてやるぜ」

 その手を握り返しながら、頷いてくる。

「それまで、利用させて貰うわ。私は掛川佳苗(かなえ)よ」

 硬く握るその手が解かれ、次に魔法士(メイジ)ちゃんが俺の手を取る。

「私も、良いようにアナタを使わせて貰うね? 私は明石智香(ともか)

 2人が、それぞれ名前を、日本人名を名乗る。

 ……その容れ物(からだ)の方は、なんて名前だったんだろうか。

 ちらりと思ったが、口には出さない。

「おう、よろしくな。んじゃあ、街に入る手続きの前に……。用事、済ませてきな」

 思った事とは別の事をニヤリと口にしてやると、2人は俺に頷いて見せる。

 そして、俺に背を向けると、つい先刻までの仲間……勇者達の元へと歩いて行く。

 

 勇者は顔を輝かせ始める。

 こっちのやり取り、その声や言葉は聞き取れなかった筈なので、仲間が戻ってきたとでも思ったのだろうか。

 おめでたい事で。

 

 腕まで広げて受け入れ体制万全の勇者の顔面に、2つの革袋が叩きつけられる。

 

「あの国に貰った、お金の残りよ。無駄遣いはしてないから、それなりに残ってるわ」

 軽戦士ちゃん――カナエがいっそ惚れ惚れするような冷たい声で言う。

「手切れ金。それ持って、早く私達の前から消えて」

 犬を追い払うように、トモカは手を払って見せる。

 そうして「用事」を済ませると、2人はあっさりとかつての仲間に背を向け、こちらへと歩いて戻ってくる。

 

「待て、待ってくれ! どうして、お前たち……仲間じゃないか! どうして!」

 がっくりと膝を落とした勇者サマは、理解(わか)らない、そんな顔で去りゆく仲間に手を伸ばす。

 いちいち芝居がかって鬱陶しい野郎だ。

 どうしてだって? そんなもん。

 

「馬鹿だからだろ、お前らが」

 

 俺は優しいので、きちんと声に出して教えてやった。

 優しい俺の姉も、軽やかな笑いを手向ける。

 

 蒼白だった顔を真赤にした勇者サマは、しかし実力では勝てないと知っているし、まだ直ぐ側に居るヘレネちゃんの殺気が増して来たのを感じてか、何やら此処までは聞こえてこない文句らしきを言いながら俺達、そして街へと背を向けて歩き出す。

 その背を追って駆け出す一行を眺め、俺達は街へと戻る。

 

 その前に、兵長さんは衛兵たちに、もし戻ってきても追い返すようにと指示を出す。

 ジェシカさんとタイラーくんも戻ってくるのを警戒して、ゴブリン村に夜までは待機すると言ってたけど。

 

 お前らは酒が欲しいだけだろう。

 

 此処までである程度方針は決まったものの、一応本人たちに簡単な質疑応答が行われる。

 実は危険人物でした、とか目も当てられないし。

 ……でも、冷静に考えたら冒険者なんて「力こそパワー」ってな考えで生きてる奴も多いし、危険さ加減で言えば、俺とリリス以上の危険物は、この付近にはそうそう無い。

 ごく簡単なやり取りの後、溜息混じりのリリスが「野暮用」に酒造所へと足を向け、俺と新入り(仮)の2人は兵長さんについて歩く。

 街に入る前の手続きと、もう少し細かい確認作業……魔道具を使った審査と、俺がこの街に入るにあたっての身元引受人になる旨の書面にサインする為だ。

 

「あー、無理強いはしないけど、貴族ごっこがしたい訳じゃないなら、家名……名字は名乗らない方が良いぞ? 面倒事が増える」

 詰め所に向かう道すがら、ごく気軽にフルネームで名乗った2人に、俺はどうでも良いという調子で告げる。

「そうなの?」

 魔法士(メイジ)ちゃんことトモカがこちらに目を向ける。

「ああ。日本の思い出のひとつだろうし、大事なモンだろうけどな。こっちじゃ、名前しか無い、ってのが普通なんだよ。せいぜいが街の名前と一緒に『アルバレインのイリス』とか『モンテリアのリリス』とか、そんな感じだな。冒険者なら、二つ()とか付いたりするけど」

 二つ()

 ホントに誰だ、狂犬とか付けた奴。

 丁寧に礼をしてやるから、マジで出てきやがれ。

「ウチのクランに入るなら、クラン名と一緒に名乗っても良いし。まあ、家名付きなのに貴族じゃない、なんて、厄介事を呼ぶ事が多い……らしい」

 どうでも良いことを一旦頭の中から追い出し、言葉を続ける。

 俺はその、名字があるのに貴族じゃないって事で生じる厄介事には、(じつ)はピンと来るものはないんだけど、リリスにそんな話を聞いた覚えがある。

 馬鹿正直に「井原賢介」と名乗らなくて良かった、と。

 

 名前と言えば、リリスはちゃっかり「イハラ」をミドルネームに付けてるけど、俺の方は「ケイス」だ。

 名前のもじりかと思ったけど、それだったら「ケンス」とかだろうし、どういう意味が有るんだろ?

 

 (イハラ)を握るリリスと、容れ物(ケース)でしか無い俺、って事だろうか?

 ありそうで困る。

 

「ふうん……。名字を捨てるのはちょっと抵抗があるけど、名乗らないだけ、って考えれば平気なのかな。それで良いか判らないけど」

 軽戦士ちゃんことカナエが腕組みして考え込む。

 まあ、名字は単純に、家族との思い出だったりもする。

 捨てろっていうのは酷だしなぁ。

「良いんじゃないか? 言われなきゃ知らない事だし。まあ、慣れるまでは名乗り方も練習しときな」

 冒険者ギルドの、いつもの酒場(バー)に向かう冒険者の群れと離れ、衛兵隊の詰め所へと歩く兵長さん、俺、ハンスさん、新入り2人と、そしてウォルターくんとヘレネちゃん。

 そう言えばここには来てないけど、レイニーちゃんは多分酒場(バー)に居るんだろうな。

 カナエとトモカが正式にウチに入るかはまだ不明だけど、それはそれとして、ウチのメンバーは紹介しといた方が良いだろう。

 

 イカれたメンバーを紹介するぜぇ! みたいな。

 

「今更自己紹介の練習なんて、変なの」

 トモカがちょっと楽しそうに言う。

「まぁな。でもまぁ、慣れだよ、慣れ」

 俺は茶化すように笑う。

「そもそも、この世界にも慣れてないわよ、私は……」

 カナエが、溜息を漏らしてボヤく。

 

 やや疲れた顔だが、どこかスッキリとした様な、そんな(ふう)にも見える2人。

 同朋ってだけの理由で、誰にでも手を伸ばしてやろうとはやっぱり思わないけど。

 

 地球から、自分の意志で跳んで来た「キャラクター」と、巻き込まれた「プレイヤー」。

 その存在だけでも、考えれば厄介なのに。

 ここに来て、こちらから「召喚」された存在がそこそこ居る、って事実に軽い頭痛を覚える。

 

 さっきの勇者みたいな馬鹿がまだ居るから、って事じゃなく。

 いややっぱ、それもちょっと有るけど。

 

 その召喚魔法は誰が編み出したのか?

 この世界に、昔から伝わっていたものなのか?

 俺が「視た」限りでは、古い時代の魔法なんかでは無かった。

 では、誰かが作ったのか、それとも何らかのヒントを元に、古い魔法を復活させた、とでも言うのか。

 その辺りの情報が、不自然なほどに視えなかった。

 

 まるで、注意深く隠蔽でもされてるかの様に。

 

 深く潜れば視えるのかも知れないが、俺が何の対策も無しに深く潜れば、流れに攫われて戻ってこれなくなる恐れもある。

 調べるなら、リリスと相談しながら、だな。

 

 だけど、もしも、その召喚魔法を作ったのが「キャラクター」だとしたら。

 目的とかは知らないし、なんで聖教国なんぞに手を貸しているのか知りたくもないけど。

 

 もしそうなのだとしたら、単純に召喚されたコイツらは、やっぱり俺達「プレイヤー」と似たようなモンなのだろう。

 世界を超えるエネルギー源として利用されて、ついでにそれぞれのキャラクター達の都合で連れてこられた俺達。

 この世界の、一部の人間の目的の為に求められた、それだけの理由で殺されたコイツら。

 

 怯えた顔のカナリーの顔が、浮かんで消えた。

 

 ……嫌われて捨てられたあいつに比べりゃ、俺は遥かに幸せなんだけどね。

 じゃあ、カナエは、トモカはどうなんだろうか?

 

 近々、リリスと、そして領主様(おじーちゃん)と相談する事になりそうだ。

 兵長さんの差し出す書類にサインしながら、俺は溜息を止められない。

 

 取り敢えず、とっとと帰ってウォルターくんの作ってくれたご飯が食べたい。

 ああ、でもその前に、どうせ酒場(バー)に拉致されるんだろうな。

 そう考えると溜息どころか、乾いた笑いしか浮かんでこない。

 今更だけど、そんな俺です。




今、イリス家の部屋はどれくらい空いてるんだっけ?
もっかい確認しなきゃ。


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ぐうたら冒険者、日常に帰還す

サボリ気味冒険者のいつもの風景。


 時の流れって奴は、存外に早いモンで。

 ひとりでこんな世界に放り出された時はどうしようかと思ったし、その時からずっと夢の中なんじゃないかと思っても居るんだけど。

 程々に仲間も出来て。

 こうして静かに酒坏(さかずき)を傾けていると、不思議と、この世界の、この場所に居るのが当たり前に思えてきて。

 逃避なのかも知れないけど、そんな想いが胸に……。

「リリス! ウイスキーとは気が利いてるじゃねえか! 俺はやっぱコイツが一番だと思うぜ!」

 現実逃避しようと目を閉じる俺の片耳を、破鐘(われがね)の方がお淑やかじゃないのかって思える声が引っ掻き回す。

「声が大きいのよヒゲ眼帯! まだまだ試作なんだから、そんな堂々と言ってるんじゃ無いわよ!」

 そんな酒樽の妖精のハイテンションボイスに、キーキー喧しく答える声が逆側の耳に刺さる。

「……うるっせえんだよ! 人を挟んで大声でやり取りすんじゃねぇ! 鼓膜がどうにかなっちまうだろうが!」

 ちょっと時間が経った(ふう)に、現実から目を背けようと頑張る俺の邪魔をするんじゃない。

 ウォッカの柑橘割くらい、好きに楽しませて欲しいもんだ。

 

 え? 勇者?

 

 連中を追い出したその日の夕刻、いつもの酒場(バー)ですけど?

 あんな馬鹿の相手した後で、酒を呑まないとかありえないだろ。

 

 酒造所に顔だしたリリスとタイラーくんとジェシカさんが、やたらと酒瓶持って帰ってくるし、そうなったらもう呑むしか無いよね。

 酒場(バー)に酒持ち込みなんて、普通はどうかと思うけど。

 いずれ流通する筈の、その試作品をギルドマスターか(サブ)マスターも立ち会って確認する、なんて適当な理由が付けられて、こんな無体な行動も許されている。

 あの大量の瓶のうち何本かは、今此処に居ないギルドマスターに渡される事になっているし、ギルドの営業終了後には他の職員にも振る舞われる事になっている。

 

 とは言え、他のフツーの冒険者の皆さんにはまだまだ行き渡らないので、もうちょっと控えめにしたほうが良いのだけれど、そんな俺の常識的な忠告に耳を傾ける、善良な仲間なんて居ないのだった。

 

 軽戦士のカナエちゃんと魔法士(メイジ)のトモカちゃんはそんな俺達(ばかども)の騒ぎっぷりを目にして、この先の自分達の身の振り方以前に、本当に俺達に付いてきて良かったかと自問している様子だ。

 

 うん、そりゃまあ、そう思うだろうなあ。

 寄り集まって何するかと思えば、迷いなく酒を呑み始める連中を目にしちゃあなぁ。

 でも、うっかり依頼(クエスト)受けて外に出たら文字通り命懸けなんて事も普通(ざら)に有るし、冒険者のノリにはある程度ついてこれるようになったほうが、良いと思うよ?

 

「おうい、新顔ー。呑んでるかー?」

 とは言え、知らない顔に囲まれちゃあ、切っ掛けがなければ会話も難しいだろう。

 一応同年代――に見える――俺が、ジョッキを掲げて声を掛けてみる。

「あ、うん、ジュースだけど……って言うか」

 酒場(バー)の喧騒に、物珍しそうに辺りを見回していたカナエちゃんが俺の声に反応して顔を向ける。

 一瞬、俺とリリス、どっちが声を掛けたのか迷ったらしいが、片手でジョッキを掲げている俺が声の主だと見定めて、口を開く。

 ちなみに、カナエちゃんとトモカちゃんは、ジェシカさんとタイラーくんとの間に収まっている。

 どういう塩梅でそうなったかと思ったが、まあ、俺とリリスはいつもどおり酒樽の妖精と熊に挟まれている。

 どっちも強面でガタイの良いオッサンだし、その隣は怖かったんだろうな。

 

 ……ちっ。

 あわよくば代わって貰おうと思ってたのに。

 

「あのさ、えーっと……イリスさん、だっけ? アナタ、私達とあんまり年齢(トシ)変わらないよね?」

 カナエちゃんの疑問声に、トモカちゃんが頻りに頷く。

 俺は隣のリリスと顔を見合わせる。

 うーん、まあ、見た目で言えばそうなのかな?

 一応、()()()は俺もリリスも16歳って事になっている。

 

 実際には、リリスは生後1年とちょっとってくらいだろうし、俺に至っては27歳なんだけど。

 

 まあ、そんな事は口にせず、俺とリリスは揃って頭を上下させる。

「……未成年がお酒呑んじゃ駄目だと思うんだけど……?」

 そんな俺達に、カナエちゃんが半眼を向けてくる。

 はい?

 俺は一瞬何を言われたか理解(わか)らず、無言でジョッキを呷る。

 そして、そのジョッキをテーブルに置きながら、問う。

「未成年? 俺、一応16歳なんだけど……?」

 心底理解(わか)らない、そんな顔をしてるであろう俺に、カナエちゃんは溜息を漏らし、トモカちゃんが口を開く。

「お酒は、ハタチから」

 言われて、はたと思い当たる。

 

 そっか、日本(にほん)じゃそうだった。

 

 俺は日本にいる時分から既にオッサンだったし、こっちに来てからも誰にも咎められなかったし、周りも普通に酒を勧めて来たモンだから、全然不思議にも思わなかった。

「あー、うん。日本(にほん)じゃそうだったけど、この国は15になったら成人扱いだぜ? 酒も呑めるよ?」

 俺が言うと、今度は異邦人2人が目を丸くする。

 なんでそんな不思議そうなんだ?

 地球でだって、国が違えばルールやらモラルやら、全然別(ぜんぜんべつ)モンだったりするじゃん?

「……ホントに異世界なんだね。慣れた心算(つもり)だったけど……」

 何やら頭を抱えている。

 真面目なのかな?

「呑まなきゃやってられない事ってのは、結構有るぜ? まあ、モノの試しで呑んでみろよ」

 日本でこんな事言ったら、怒られるとかじゃ済まないんだけど、此処はいわゆる異世界だ。

 そんな気楽さでジョッキを持ち上げて見せるが、強制転生女子高生は真顔を俺に向ける。

「いりません!」

 言って、おそらく果実飲料(ジュース)が入っているジョッキを呷る。

 うん、まあ、真面目で結構な事だと思うよ?

 別に、酒を呑めなきゃ一人前(いちにんまえ)と認められない、そんな世界でも無いし。

「……私は呑んでみたい」

 その隣で、俺のジョッキに興味深げな視線を向けるトモカちゃん。

「トモ!? 駄目だからね!?」

 慌てて仲間を止めに入るその姿は、まるでお姉ちゃん。

 つまらなさそうに唇を尖らせるトモカちゃんは、しかし、すぐに興味を料理へと移した。

 塩唐揚げを、ひょいひょい(つま)んで食べる。

 

 ふははは、美味かろう。

 

 ウチの自慢の料理人、ウォルターくん直伝の塩唐揚げだ。

 思えばこの酒場(バー)の料理も、そのウォルターくんの尽力で、俺が初めて来た時に比べると随分と向上したモンだ。

 もちろん、味的な意味で、だ。

「ちゃんと唐揚げ。びっくり」

 (つま)んだ唐揚げを眺めながら、目をキラキラさせている。

 そんな相方の様子に、今ひとつ信用出来ない面持ちで、カナエちゃんもフォークを伸ばす。

「ホントに? 味、ちゃんとついてるの?」

 そんな事を言いながら、恐る恐る、唐揚げを口に運ぶ。

 家庭科かなんかで失敗唐揚げを食った事あるのか?

 そんな事を適当に想像する俺の目に、次第に顔を輝かせていく様子が記録されていく。

 クール系に見せかけて、結構表情変わるのな。

 寧ろ比較的可愛らしい顔立ちのトモカちゃんの方が、あんまり表情が動かない気がする。

「ホントだ! 醤油じゃないけど、うん、美味しい! これ、塩唐揚げだね!」

「ショウユ?」

 顔を綻ばせる様子を微笑ましく思っていると、カナエちゃんの発した感想にウォルターくんが反応した。

「そう言えば、イリスがショウユがどうとか言っていたが……お前たちも、それを知っているのか?」

 そんなこの世界の料理人――見た目はそうは見えないけど――の反応に、うっかり妙な事を口にしてしまった、そんな表情を向け合うカナエちゃんとトモカちゃんは考え込むように口を閉ざし、その視線をウォルターくんの方へと向ける。

 その視線をしばし受け止めたウォルターくんの視線が俺の方に転がり、何となくバツが悪そうな新顔2人もこっちに目を向ける。

 そう言う発言の後は、もうちょっとこう、3人で情報交換でもするもんだろう。

 なんで俺に視線が向くんだ?

「ええと……その、知ってるは、知ってるけど……」

「味は知ってる。でも、()()()に来てからは見た事が無い」

 ちらちらと視線を俺とウォルターくんの間で言ったり来たりさせながら、カナエちゃんは歯切れ悪く言葉を濁し、トモカちゃんは毅然と意味不明な事を言う。

 さり気なく異世界人(いせかいじん)――の意識――であることは黙っているんだから、変なことを言って注意を引いて欲しくないんだけど。

「そりゃもちろん知ってるけど、作り方までは知らないぜ? 悪いけど」

 俺は2人が妙な注目を引いてしまう前に答えながら、両手を軽く上げてみせる。

 変に知ったかぶると面倒な事になるので、()()()()()()()事にしよう。

 まあ、余程興味が有ったとか、そんな理由でもなきゃそれがどういうものなのか、説明も難しいのは想像して貰えるだろう。

 説明出来た所で、せいぜいが大豆が原料の調味料、程度のモンだ。

 大豆から麹を作って塩水(しおみず)混ぜて発酵させて、圧搾して……なんて、作り方の説明なんて余程の事が無けりゃ無理だ。

 俺だってその程度のことは聞き齧っているが、細かい工程やそれぞれに掛かる時間なんかは知らないし、聞き齧りだから抜けだって有るだろう。

 

 新兵器の霊脈検索で探そうと思えば、この世界の似たような調味料は探せるかも知れない。

 だけど、そうすると、何となくだけど。

 

 探しちゃうと、案外本物の醤油を探し当てちゃって、その過程でそれを作った同郷の人間に出会ってしまいそうで。

 なんと言うか、躊躇してしまうのだ。

 

 同郷の人間に有って懐かしい話をしたい、そんな夢を見ない事もないんだけどさ。

 今まで出会った同郷人、7人中5人が残念な馬鹿だったから、なんと言うか。

 同郷人不審に陥るよね。

「まあ、何処かで出回ってるかも知れないし、そのうち回ってくるかも知れないし。今はこっちにも商人が戻ってきてるし、年末だっけ? なんかバザーやるんでしょ? そこで出るかも知れないし」

 俺はそんな考えをぐっと飲み込み、適当に思いついた事を適当に口にする。

 商業ギルドのアランさんが忙しそうだと、ウチのレイニーちゃんの担当ちゃん……名前、すぐ忘れるな……誰だっけ? が言っていたのを思い出したのだ。

 

 銭湯開業前からの計画だった、あの広い庭園を使ってのバザー。

 

 それを、いよいよ開始出来るのだとか。

 ウチのボディソープやシャンプー類、それに酒。

 その辺の商品が、貿易で各地を回る商人達の目に、どれ程アピール出来るのか、楽しみである。

 

「おう、お前らどけよ。このテーブルは俺達が使ってやるぜ」

 

 調味料の話から、年末のバザーに思いを飛ばしている俺の耳に、聞き慣れない声が滑り込んでくる。

 なんだか酷く無礼な事を言われた気がするんだけど、何処の馬鹿だ?

 

「聞こえなかったのか? 俺達は王都出のBランクパーティだ、大人しくこのテーブルを()けろって言ったんだ、田舎者ども」

 

 視線を向けるより早く、別の声が俺の苛立ちスイッチに触れてくる。

 ……なんだって今日は、馬鹿がこんなに沸くんだ?

 勇者パーティの後はBランクパーティだぁ?

 馬鹿の大判振る舞いなのか? 今日は。

 仮面を手に取りながら、多分、今日一番の溜息を漏らす。

 

 俺達が陣取っているのは酒場(バー)のど真ん中の大テーブルだ。

 似たような大テーブルは他にも4つ有るが、このテーブルはど真ん中だけに目立つ。

 別に俺は目立ちたいなんて心算(つもり)は無いんだけど、もともと此処はグスタフ組がぐだぐだと呑んでた席だ。

 そこに俺が居るのは、別に乗り込んだわけでも喧嘩売った訳でもなく、気が付いたら取り込まれて、顔出(かおだ)しゃ此処まで引っ張ってこられるってのが正しい。

 だからまあ、正直このテーブルに未練も執着も無い。

 

 無いんだけどさぁ。

 

「ああ、女は残れ。男に用はない、とっとと退()け」

 

 それでも、無礼で下劣な馬鹿に大人しく席を譲ってやろうって思うほど、気弱でも無い。

 ……相手のレベルが俺より上だったら、まあ、穏便に逃げることも視野に入ってくるんだけどね?

 気が大きいのか小さいのか、そんな事はさておいて、自分でも判るくらいに剣呑な視線を向ければ、そこには5人の、見て判る破落戸冒険者。

 レベルは全員20そこそこ。

 見てくれと言いレベルと言い、どう見てもBランクとは思えない。

 大体あれだぞ?

 Bランクって、結構な熟練冒険者だぞ?

 ウチとこのタイラーくんとジェシカさんがBランクってのも信じ難いのに、こんな見て判るクズ冒険者がBランクだと?

雑魚(ザコ)が背伸びしてんじゃねぇよ。何がBランクだ、実力も頭の程度も良いとこEランクじゃねぇか。()かけねぇ顔に免じて教えてやる、粋がりたいなら時間帯を見合わせな」

 言いながら、手にした狐面を付ける。

 こういう手合は、痛い目を見ないと理解(わか)らない。

 立ち上がる俺の胸元に、案の定、男のひとりの手が伸びてくる。

手前(てめえ)! 誰に大口叩いてるのか判ってるのか!?」

 俺は特に抵抗もせず、されるがままに持ち上げられる。

 この程度で軍礼服が伸びる訳もなく、平然と俺をぶら下げている。

「お前らだよ、雑魚(ザコ)ども。余裕が無いにも程が有るだろう、馬鹿が」

 ポケットに手を突っ込んで、ぶら下げられたまま軽口を叩く。

 別に我慢する心算(つもり)も必要も無いんだけど、何となく、次はコイツはなんて言うのかなあ、なんて考える俺に、後ろから声が掛かる。

「イリス。結果に関与はしないが、出来れば殺すな。叩きのめすのは構わん」

 ハンスさんの声だ。

 ちらっと左肩越しに後ろを振り返れば、あーあー、視界に居る全員が中々な形相だ。

 ジェシカさんの笑顔がすげえ怖いし。

 まあ、いきなり暴れそうなのは、このメンツだと俺かリリスくらいのモンだけど、手を出してこられたら、全員反撃するだろうな、これ。

 

 そんな視界の面々の中で、ゲンナリ顔の新顔2人がちょっと印象的だな。

 

「あぁ!? このデカブツ、お前も舐めてんのか!?」

 俺をぶら下げたまま、男がハンスさんに暴言の矛先を向ける。

 この男の後ろでは、残り4人がニヤニヤと俺達を眺めている。

 

 馬鹿共が、その程度のレベルで、なんの余裕だ。

 その人は、多分、冒険者の基準で言えばAランクだぞ。

 立場的には冒険者ギルドの(サブ)マスターなんだけど。

 

 俺は溜息を()いて、男の右手首――俺を吊り下げているそれに手を掛ける。

 

「あぁ? 手前(てめえ)、抵抗でも――」

 手の中で、鈍い音が短く連鎖する。

 俺の行動に反応しかけた男は、すぐに耳障りな絶叫を上げ、束の間の拘束から解かれた俺は床に両足を戻す。

 それにしても(きたね)え声だな、耳が(いて)ぇし。

 

 右手首を押さえて絶叫を続け、男は床を転げ回る。

 その手首は、俺がさっき()()()()()()()()

 

 もう、まともに武器も持てないだろうな。

 

「大の男が、テメエから喧嘩売って来といて、やり返されてピーピー騒ぐな、鬱陶しい。大体テメエら、宿にも寄らずにまっすぐ此処に来たのか? (くせ)えんだよ、まずは身奇麗にしてからこいや」

 顔を蹴って黙らせ、俺は狐面越しの視線を残る4人に向ける。

 何が起こったかは判らない、だけどここで引き下がる訳には行かない。

 そんな様子と怒りの形相で、それぞれが得物に手を伸ばす。

「このクソガキがッ!」

 それがどの男の声だったか。

 4人は同時に動いた。

 冒険者ギルド内とは言え、武器を抜くこと、それを人に突きつける事がどういう意味か、判らない連中でもあるまい。

 あのお調子者の自称勇者とは違って。

 武器を抜くという事は、殺すという意思表示。

 反撃されて殺される覚悟を持っての行動。

 俺はそう解釈しつつも、ハンスさんの言いつけも有るし、そこそこ手を抜こう、そう思って()()を開始した。

 

 

 

 結果から言えば、最初に俺に手首を潰された男が一番の軽傷で済んだ。

 残る4人は。

「無闇に武器なんぞ抜くからそういう目に遭うんだよ。俺の機嫌が良くて助かったな?」

 ボロ雑巾のほうが、掃除に使える分まだしも役に立つ、そういう状態で仲良く床に折り重なっている。

 全員の利き手を完膚無きまでに破壊し、丁寧に両膝を踏み砕いた。

 首や背骨は無事だと思う。

 肋骨は……無事な部分も有るんじゃないかな?

「まだ意識は有るんだろ? とっとと治療院にでも行きな。()っといたら死んじまうぞ」

 右手首を押さえている男に声を投げてから、俺は背を向ける。

 まあ、ホントに死んじゃうかは判んないけど、手加減にも限度が有るからなあ。

 そこそこ強めに()(ぱた)いたし、もっと言えば、別に死んでも構わないとも思ったし。

 

 ほんの数日前の葛藤や、ハンスさんの言いつけ云々は何だったのかと言う程、俺の行動の物騒度が上がってるけど、それもこれも馬鹿が調子に乗って突っ掛かって来た結果だ。

 俺は悪くない。

 

「お前らはただの冒険者だから、この程度で済ませてやるよ。賊の(たぐい)だったら、問答無用で殺してたぞ?」

 一応捨て台詞を置いて、俺は席に着く。

 一方で、ハンスさんの指示を受けたギルドの職員数名が、ボロ雑巾以下の破落戸どもを抱えてギルドハウスを出て行った。

 余計な仕事を増やしてゴメンね、職員さん。

 

「昼間の勇者サマと言い、今さっきの馬鹿どもと言い、何なんだ?」

 席に着くなりブーたれると、グスタフさんが俺の頭に手を載せてグリグリと撫でる。

「最近は商人やらの評判で、旅人や冒険者が来るようになってきたからな。酒と風呂の評判でな。そうするとまあ、中にはああいう馬鹿も混ざってくる訳だ」

 言いながら()いている手でジョッキを傾け、豪快に笑ってみせる。

 軽く酒場(バー)を見渡せば、俺を知ってそうな、驚きもしていない連中と、俺達から目を背ける連中とに別れている。

 そう言えば見たこと無い顔も、ここ最近増えた気がする。

「ああいう手合は門で追い返せないのかい? 昼間みたいに」

 されるがままに撫でられながら、俺は口を尖らす。

 下手に抵抗すると結局撫でられる時間が伸びるので、最近じゃあ、余程機嫌が悪くない時はされるがままだ。

「昼間の様な判りやすい馬鹿は(はじ)けるが、普通は問題を起こさない前提で門をくぐるからな。素行が悪かろうがなんだろうが、門で暴れるか手配でも掛けられてなきゃ、大体は街に(はい)れるな」

 夜中はそもそも入れないがな、そう言ってまた豪快に笑う。

 

 いや笑えねぇよ。

 

 イキナリ冒険者ギルドで問題起こしてるじゃねぇか、あいつら。

 俺の納得が行かない様子に、リリスの向こうに座るハンスさんがジョッキを持ち上げる。

「新しい街に入った冒険者が、舐められないように粋がって見せるのは何処でも見る光景だ。ああまで考えなしの馬鹿は滅多に見ないがな」

 そう言ってウォッカを呷るその言葉を継いで、タイラーくんが口を開く。

「そんな馬鹿を、あそこまで手加減無しで叩きのめすのも、お前くらいのモノだがな」

 眼鏡を直すその隣で、カナエちゃんがうんうんと頷いている。

 おいおいおい、ちょっと待て。

 軽く視線を走らせると、それぞれ困り顔だったり微笑みだったり小難(こむずか)しい顔だったり様々だが、タイラーくんの意見に反対する奴は居ない様子だ。

 冗談だろう?

 反論を述べようとしたその鼻先を、聞き慣れた声が抑える。

「あら。イリスはびっくりするくらい、手加減したわよ?」

 ブランデーを注いであるグラスを手に、リリスが一同を見渡す。

 一同の視線もまた、リリスに集中する。

「私やイリスが手加減無しでやったら、そこに転がってたのは怪我人じゃなくて肉片よ」

 言って、目を閉じ、香りを楽しむようにブランデーを腔内に流し込む。

 

 フォローは嬉しいけど。

 あの程度の連中相手には、それは事実だけど。

 お前、言い方ってモンがあるだろうが。

 

 しばし静まり返る周囲の中で、いち早く気を取り直したジェシカさんが、ちょっぴり引き攣った笑顔をリリスに向ける。

「えっと、こういう室内で魔法を使うのはどうかと思うわよ?」

 俺の魔法をいくつかその目で見ているジェシカさん。

 洞窟での小物相手に魔法を使っている所とか、もっと前に、魔獣騒動の時の俺の大暴れも見ていたらしい。

 そんな彼女だから、俺の本気、イコール魔法、と捉えたんだろう。

 

 それも間違って無いんだけどね?

 

「あんなゴミを廃棄するのに、魔法なんて使う必要無いわよ。って言うか、魔法使(つか)ったら肉片も残さないわよ」

 グラスをテーブルに戻しながら、リリスは涼しげに言う。

 お前はお前で、極端だな。

 一部の魔法を使えば、確かに肉片も残さず消せるけどさ。

「私達と同レベルの相手なら兎も角、あの程度なら素手で十分に挽き肉に出来るわ」

 今の俺と違って、リリスは狐面を付けていない。

 その紅い目が、少しも笑わずに告げる。

 

 その瞳を見つめ返す方は、各々、言葉もなく黙り込む。

 リリス()の背に立ち上る、冷たい殺気を幻視でもしてしまったかのように。

 もちろん、リリスは殺気なんか放っちゃ居ない。

 

 ただ、本気の発言すぎて、誰も笑えないだけだ。

 

 俺は小さく吐息を漏らすと、仮面を外してジョッキを呷る。

「あーもう、物騒な会話はヤメだヤメ。結果手加減はしてるんだし、もう良いだろ。ンなコトより、飯の話でもしようぜ」

 居た堪れなくなった俺は、努めて軽い調子で声を上げる。

 リリスのアホ、仲間内で白ける真似してどうすんだ。

 ちらりと視線をやるが、全然気にした様子も無いのがまたハラが立つ。

 そんな俺の首に、やけに太い腕が絡みつく。

「馬鹿、飯の話なんざどうでも良いんだよ。そんな事より酒の話だろうが!」

 グスタフさんは、普段は鬱陶しいけど、こういう時には頼りになる。

 それぞれ俺の真横に近い位置に居るハンスさんとグスタフさんは、流石のベテランの貫禄で、リリスの発言にも動じる様子は無い。

 ただ、その酒が呑めなくなるから、俺をヘッドロックすんのはやめて欲しいんだけど。

「あぁ? オッサン、飯の話がどうでも良いたぁ、良い度胸じゃねぇか」

 テーブルの向こうで、ウォルターくんが反応する。

 彼なりに、どう言って良いか判らない空気を変えたいのも有るんだろう。

 タイラーくんやジェシカさんに比べて、彼はこういう場の空気を大事にすると言うか、妙な具合で揉めたり沈んだりするのを嫌う。

 まあ、言うべき事は、物怖じせずに言うアツい男でもあるんだけど。

 だけど、そこよりも先に、俺の扱いについて抗議して頂きたい。

「おう? お前が俺に文句たぁな。もっと酒に強くなってからにした方が良いんじゃねぇのか?」

 すげえ楽しそうに、酒樽の妖精が挑発する。

 すんのは良いけど、その前に俺を解放しろ。

「上等じゃねえか。今日はへこましてやるぜ、オッサン」

 言って、ジョッキを掲げておかわりをアピールするウォルターくん。

 ……もしやキサマ、もう空気がどうのとか、どうでも良くなってねぇか?

 俺の扱いについてとか、もっと言うこと有るだろうが。

「おっと、それは俺も混ぜて貰おう」

 眼鏡を直すと、同じ様にジョッキを掲げるタイラーくん。

 お前は何の関係も無いだろうが。

 場の空気がどうのとか、考えもしてないだろうが。

 呑みたいだけだろうが。

 何なんだ、この眼鏡は。

 

「あらあらあら、それじゃあ、勝った人はイリスちゃんをお持ち帰り出来るとか?」

 

 そんな男どもの暑苦しくてどうでも良い勝負に、ジェシカさんがニコニコと一石を投じる。

 この人はこの人で、何を言い出してるんだ?

 こんな危険物を持ち帰り?

 あまりの発言にもう一度テーブルを見回せば、顔を赤らめて口元を隠したりと、思い思いの仕草で俺に視線を向ける新顔2人とレイニーちゃん。

 表情が消えるヘレネちゃん。

 なんでか、すんごい(かお)で俺を睨むリリス。

 慌てて遺憾の意を表明しようとする俺。

 

「……あ、俺はそれ、要らないな」

「俺もちょっと……」

「俺も要らん」

 そんな俺が反応するより早く、口々にその賞品を拒否する、飲み比べ予定だった男ども。

 拒否が早いし息ピッタリだな、おい。

「なんでだ! 魅力のカタマリだろうが!」

 賞品にされるのは激しく(ノー)だが、邪険にされるのはそれはそれでハラが立つ。

 複雑な秘めたるオッサン魂に突き動かされ、別の意味で抗議する俺を、野郎3人は再び見事な連携で迎え討つ。

 

「魅力……?」

「お前はもうちょっと飯食って成長しろ」

「それ以前の問題だ。寝言は寝床で言うものだ」

 寄ってたかって、挙げ句に真顔で言うとはどういう了見だ!

 ぎゃいぎゃいと騒ぐ俺はしかし、結局野郎3人に鼻で笑われあしらわれると言う、非常に不愉快な目にあった。

 

 中味はオッサンだけど、見てくれは美少女。

 何が不満なんだこの野郎ども!

 

 自分で何に怒っているのか良く判らなくなった俺の視界の端っこで、ヘレネちゃんが中途半端にジョッキを掲げて、泣きそうな顔で俺を見ていた。

 そのジョッキは、どういう意図で掲げられたモノだったんだろうか?

 

 結局行われた呑み比べには、何故か俺も参加した訳だが、それから1時間も俺の記憶は()たなかった。

 

 

 

 昨日は妙なのに出くわすのが多い1日だったなぁ、そんな事を思う俺は自室のベッドの上で何となく目を覚ました。

 いつもの如く、帰宅した記憶なぞ無い。

 風呂に入った記憶も無いのに、見事な半裸でベッドの上に転がっている。

「……起きよう。あと、酒は控えよう」

 もう何度目か判らない、心の籠もらない反省を口にして、身体(からだ)を起こす。

 

 取り敢えず、風呂に入ろう。

 

 そう思った俺が半裸で部屋を出て、いつも通りにヘレネちゃんに怒られ、それなりに着替えてから風呂場へ向かい、身支度を整えて居間に顔を出したのは、もうじき昼と言う時間だった。

 

「おー? あれ? 君達、ちゃんとウチについて来たんだねぇ。部屋はどうしたん?」

 居間でワイワイとはしゃぐ子供達と、寛ぐ大人組。

 その中で若干居心地の悪そうな新顔2人。

 ウォルターくんの姿が見えないが、まあ、どうせキッチンだろう。

「あ、お部屋は、取り敢えず客間にお通ししました」

 ヘレネちゃんが立ち上がって俺に報告し、頭を下げる。

 彼女はメイドっぽい服装をしているが、それは彼女の選んだ仕事着であって、立場的には純粋な俺達の仲間――雇用契約有り――だ。

 壁際に控えて立っている、なんて事はさせずに、みんなと一緒にソファで寛ぐようにお願いしている。

 

 お願いしないと、壁際で立ってるんだもん。

 

 そんな「仲間」としての扱いにも慣れてくれたヘレネちゃんだけど、どうしてもこう、俺に対する態度がまだちょっと硬い。

 もうちょっと、フランクに接して欲しいなあ、なんて思っちゃうんだけどなぁ。

 これはお願いしても、中々出来ない事らしい。

 

 嫌われてるって事、無いよね?

 

「そかそか、ヘレネちゃんが案内してくれたんだね。ありがとね」

「はっ、はい! とんでもないです!」

 俺が笑顔で礼を言うと、ヘレネちゃんは顔を真赤にして頭を下げ、ソファに腰掛ける。

 可愛いけど、なんで顔赤いんだ?

 ……今の俺の発言に、セクハラ要素でも有ったんだろうか?

 気をつけねば。

 俺は小さく咳払いすると、新顔……カナエちゃんとトモカちゃんに顔を向ける。

「……あー。結局昨日は話せなかったけど、改めて。此処がウチのクラン、『ノスタルジア』の拠点だ。で、俺が一応はクランマスターって事になってる」

 そう言ってちらりと動かした視線の先には、リリスとタイラーくんとジェシカさんが並んで茶を啜っている。

 能力で言えばリリスの方がクランマスターには相応しいんだけど、本人が面倒だから嫌だと言っているし、タイラーくんとジェシカさんは、クランの資金を食いつぶすなら裏方の方が都合が良いとか言って、こちらにも拒否されている。

 

 どういう理由だよ。

 

 そういう訳で、俺がクランマスターと言うしかない。

 溜息を()きたい気分で、俺は視線を2人に戻す。

「それを踏まえて、2人には今後の身の振り方について考えて欲しい。俺から提示する事が出来るのは2つ」

 言いながら、指を1本立てる。

「ひとつは、この屋敷を出て、冒険者をするなりなんなり、自分達で身を立て、生活する道」

 まあ、キツイ言い方になるかもだけど、それでも、これは普通の生活をすると言う事だ。

 冒険者に限らず、どんな仕事をしてどんな生活をするにしても、誰しも各々の力で生きている。

 とは言え、平和な日本で暮らしていて、突然こんな世界に「召喚」された元女子高生に、いきなり自活しろと言っても難しいだろう。

「もうひとつは、取り敢えずウチのクランに入って、この屋敷で生活しながらこの世界に慣れる道。いつかクランを抜けるのも自由だ」

 もう1本指を立て、言う。

 これはまあ、甘やかしと言えば甘やかしなんだけど、事情を考えたら()っとけない、そんな俺の心情だ。

 2人とも、もうじき40に到達しそうなレベルとは言え、年齢的には16歳くらい。

 妙な大人に騙されたり、変なダンジョンに入り込んで罠に掛かったりしたら目も当てられない。

 2人とも、罠解除のスキルとか持って無さそうだしなぁ。

 

 俺の内心は判らなくとも、提案については2人は顔を見合わせて、そして言葉もなく頷いている。

 

 この2人、妙にアイコンタクトが多いけど、もともと友人同士だったんだろうか?

「昨日も言ったけど、私達はあなた達を利用したい。心苦しいけど、お世話になります」

「お世話になります」

 カナエちゃんが言い、トモカちゃんが続く。

 やれやれ、そんな大博打(おおばくち)みたいな顔しなくてもねぇ。

「わざわざ偽悪的に言わんでよろしい」

 俺は立ち上がると、二人に向かって歩み寄って、右手を差し出す。

「歓迎するぜ。取り敢えず、飯食ったら部屋決めるか。希望は有るかい?」

 俺の手を取り、カナエちゃんが答える。

()いてるなら、何処でも。文句は言わないわ」

 次いで俺の手を取ると、トモカちゃんが言う。

「鍵が付いてて、眠れるなら何処でも良い」

 2人とも、シンプルで結構。

 特にトモカちゃん、この子は意外と何処でも生きていけるのではなかろうか。

 

 その後、ウチのメンバー達がそれぞれ自己紹介していく。

 子供達がそれぞれ元気いっぱいに、大人組はそれぞれの個性で。

 此処に居ないウォルターくんとメアリーちゃんは、それぞれ改めて顔を合わせることも有るだろう。

 そもそも、ウォルターくんとは昨日会ってるしな。

 

 ……メアリーちゃん、俺的にはもうクランメンバー扱いなんだけど、本人にはまだ聞いてないな。

 今度ちゃんと誘ってみよう。

 これで拒否されたら俺、泣いちゃうかも。

 

 新入り2人を眺めながら、俺はほのぼのと思考を遊ばせる。

 そうだ、折角同郷の人間を仲間に出来たんだし、またケーキでも焼こうかな?

 

 昨日とは打って変わって平和な日常に、俺はそんな事も考える。

 

 どうせ夕方には、またいつもの馬鹿騒ぎなのだ。

 のんびり出来る時には、徹底的にのんびりしておこう。

 何かを考え込んでいるリリスの口元が笑いの形に歪んでいるのを見て、俺は窓の外へと視線を逃し、思考も逃避させるのだった。




仲間が増えたよ、やったね!
しかも、今度は斥候(スカウト)じゃ無いよ!


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ハブられ時々イジられ、ところにより面倒事

サブタイトルのセンスのある人、本当に羨ましい。


 ファルマン侯爵が納めるモンテリア領。

 その領都モンテリアの目と鼻の先――でも平均速度20キロそこそこの馬車で片道6日程度――のこの街、アルバレインは、寂れつつ有る貿易の街だった。

 歴史上は領都直前の防衛拠点として建設された巨大な街であり、かつては戦に備えて整えられた設備は「王国」の成立とともに役割を徐々に失っていき、時代の流れとともに解体され、今では要壁と四方に点在する各監視塔が、往時の面影を残すのみだ。

 

 なにせ、戦乱の時代から200年は経っているらしい。

 

 で、領境に有る要衝は、いつしか貿易の拠点となり、そこそこ栄え、貴族様が本宅を構えたり別宅を設えたり、庶民が住む権利も早い段階で与えられたり、まあ、色々有ったんだろう。

 いつもの商店街――本当は商業区画と言うらしい――を散策しながら、商業ギルドのアランさんに教えて貰った事をぼんやりと思い出していた。

 今、この商店街は活気に溢れ、旅人らしい様子の人間もちらほら見かける。

 何やら異国情緒が増してきて、更にはファンタジーお約束の異種族の方々も見かけるようになった。

 

 今まではホントに寂れてたんだな、アルバレイン。

 前からそこそこ賑わってたと思ってたけど、正直此処まで活況ではなかった。

 

 商業ギルドが手掛けた銭湯2号店はもともと有った大きめの建物を改装したもので、冒険者ギルドの方の新築とは違って完成までがやや早く、先日営業を開始した。

 1号店とは違って大規模な売店や食事処、酒処なんかは内装されていないが、近隣に食事処が軒を連ね、商店街へのアクセスも悪くない。

 ゴージャスな内装を完備し、貴族様もよく訪れる1号店に行くのは気後れしてしまう層はやはり一定数居たらしく、今では2号店はそういった庶民で溢れかえっているという。

 旅人も、一度は1号店に行くらしいが、宿屋街までもそれほど遠くない2号店の方が、リピート率が高いらしい。

 

 うん、俺も旅人の立場だったら、そういう行動になるだろうなぁ。

 

 これは、アランさんが出し抜いたと言うよりも、ブランドンさんが客足の早さを見誤ったな。

 3号店、冒険者ギルド主導の方は、まだ建築途中だし、今では4号店も計画が動き出している。

 

 ウチにちょっかいを掛けてきた、馬鹿貴族ことフォスター男爵邸跡地の扱いに困っていたんだけど、あの無駄に――1号店程じゃないけど――広い敷地に、完全に貴族様向けの高級志向の銭湯を作ろうと言う話になったのだ。

 あの土地を領主様(おじーちゃん)から貰い受けたのは良いんだけど、ウチの本邸からは離れすぎているし、貴族様のお屋敷が立ち並ぶ中に新築立てて引っ越すのも気後れしちゃうし、どうしたもんかと悩んでたんだよ。

 そんな訳で、今日は領主様(おじーちゃん)の紹介で、とある貴族様のお屋敷に、その辺のお話で向かっている。

 

 ……リリスが。

 

 俺は無礼過ぎるから、初対面の貴族様が面食らうだけならまだしも、怒り出したりしたらマズい、って事らしい。

 この判断の切ないところは、リリスやウチのメンバーが言ってるだけならまだしも、当の領主様(おじーちゃん)からもその旨一筆(したた)められていた点だ。

 

 ――当日の会談に於いては、妹のイリスは生来の奔放さが妨げとなる恐れが有る為、姉であるリリスに任せる。

 

 この一文を目にした俺のなんとも言えない侘しさと、リリスの「なんで! めんどう!」なんて文句を言い散らす有様と、ウチのメンツが揃いも揃って笑いを堪えてやがったのは、当分忘れられる気がしない。

 絶対、この一文足した時に、領主様(おじーちゃん)とクラウスさんは、顔を見合わせて爆笑してただろう。

 

 いやまあ、堅苦しい席なんて、俺も御免だけどさぁ。

 そうなんだけどさぁ!

 

 そんな訳で微小に傷心を抱えて、特に意味も無く商店街をそぞろ歩いているのだった。

 ウチのクランメンバーのうち、屋敷に籠りがちであんまり息抜き出来ていなさそうなメンバー、主に錬金魔法技師のレイニーちゃん向けのお土産でも買って行こう、なんて事も考えてたりしてるけど。

 PCの発注が相次いでてやりたいことに手を伸ばせて居ないレイニーちゃんが、好い加減に冷蔵庫を完成させたい! って朝っぱらから荒ぶってたし、何か甘いもんでも買ってってあげようかなあ、なんてね?

 

 PC(アレ)、たしか王都に報告するまでは量産は保留、って話になってた筈なんだけど、冒険者ギルドと商業ギルド、それに領主様が()()()に追加で発注してきたので、こっそり対応している、という事になっている。

 この街の衛兵の各拠点にも、一応2台づつ設置してあるから、そっちからの追加注文は無い、筈だ。

 

 ……大丈夫なのかな? 王様に怒られたりしない?

 

 心配するフリしつつ、ちょっぴり普段の扱いに対する不満を抱えている俺は、「まとめて怒られちゃえば良い、洒落で収まる範囲で」なんて考えるのだった。

 

 

 

 小麦粉とか、砂糖とか、その辺のアイテムはウォルターくんが持ってる気がするけど、お菓子作りの際に毎回「ちょーだい!」とか言うのも気が引ける。

 その辺のアイテムと、お菓子作りに使えそうな器具の買い足しと、小腹が空いた時に食べる分のお菓子を買い込みを終え、他に何か無いかとキョロキョロ見回しながら歩く。

「イリスってさ……言動のギャップが大きいよね?」

 隣を歩きながら、カナエちゃんが、俺の顔を覗き込む。

 俺より背が高いので、こうなる機会が結構多い。

 

 っていうか、ウチの女性陣、大体俺より背が高い。

 ヘレネちゃんも、俺より背が高いんだぞ?

 トモカちゃんが、俺やリリスより身長が低い程度だ。

 

 162センチって、女子的にはそんなに小さくないと思ってたのに。

 

「ギャップって……そりゃ、裏表が無いとか言う心算(つもり)は無いけどさ……。基本的にガサツだぜ? 口も悪いし。そんなに大きなギャップなんて、生まれないと思うんだけどなぁ」

 ぼやき気味の言葉をクチバシに乗せると、俺を挟んで隣を歩くトモカちゃんが俺半分を覆う狐面の隙間から覗く頬を突付く。

 俺、なんだかんだで挟まれがちだな。

 酒場はもちろん、タイラーくんとジェシカさんと行動するときにも、気がつけば2人に挟まれてたりする。

「それ。その言葉遣いと、お菓子好きで自分でも作っちゃうトコとか。みんなに振る舞っちゃうトコとか。乙女機能発揮してる」

 うりうりと俺の頬を突きながら、トモカちゃんは割と無感動に言う。

 乙女機能ってなんだ、そんなモン実装した覚えはないぞ。

 あと、人様のほっぺた突付くのはヤメたげなさい。

「意外と美味しいよね、パウンドケーキ。クッキーも」

 腕組みして、何故か難しそうな顔をして頷くカナエちゃん。

 何がその渋面を作らせているのか本気で判らんけど、俺は確かに、最近お菓子作りの機会が増えた。

 クッキーも焼いてるんだぜ、ウォルターくん監視の元でだけど。

「趣味がお菓子作りとか……さては、キミは乙女か?」

 俺の顔を眺めながら、ハッとしたように言うカナエちゃん。

 直前に、君の相方が似たような事言ってるからね?

「言動はまるで男の子、だけど趣味はお菓子作り。しかも意外と優しいとか、ガサツ系ツンデレかな? ギャップを幾つ作って誰を罠に嵌めるの?」

 今度は鼻先にその指を突き付けながら、トモカちゃんが詰問してくる。

 ごめんけど、何を言ってるのか本気で理解(わか)らん。

 っ()ーか、この子は距離の詰め方が急すぎやしないか?

 下手するとリリスよりも踏み込んで来やがる、そんな気がする。

「揃いも揃って何言い出してんだ。お菓子作った程度でオトメとか、認定ラインが低すぎだろ。そんなの言いだしたら、俺の行きつけのお店のオヤジとかもオトメ認定になるんだが? つか、誰がツンデレだ」

 まともに取り合うのも面倒なので、そんな適当な事を言いながらトモカちゃんの手をやんわりと払い、目ぼしい何かが有りはしないかと、軒先に並ぶ様々な商品を眺めながら歩く。

 区画としては、日用品を扱う店が固まっているエリアだ。

 ……似たような商品並べてたら、お客さんの取り合いになるんじゃないの?

 良いの?

 いやまあ、他にメリット有るのかも判らんし、そんな事に口出し出来やしないけどさ。

「……石鹸も作ってるんだよね?」

 そんな俺の後頭部に、トモカちゃんの平板な声が刺さる。

身体(からだ)洗うのに、有ると便利だろ? 洗浄(クリーン)の魔法を、使えない人だって居るんですよ」

 エルフらしい長い耳の女性とぶつかりそうになり、会釈してやり過ごしてから言い返す。

 エルフっぽい人はそう言えば何人か見かけてたけど、此処最近でやっぱり増えたな。

 

 ……そう言えば、エルフってホントは耳が長い訳じゃないらしいね?

 んじゃホントのエルフはどうなの? って聞かれても、俺には判らんとしか言いようがない。

 指○物語(ゆうめいなあれ)とか、ちゃんと読んどけばよかったぜ。

 ロード○島戦記(あのめいさく)も、ちゃんと読んでないんだよなぁ。

 アニメをちょろっと見た程度か。

 とは言え、現実? に目の前を歩き去る耳の長いきれいな女性をなんと呼べば良いのか、ちらっと鑑定――と言うなのターゲッティング――すれば、お名前と共に表示される「エルフ」の文字。

 ……うん、深く考えるのは辞めよう。

 

洗浄(クリーン)? なにそれ?」

 すごく不思議そうに、トモカちゃんが俺の顔を覗き込む。

 ホントに距離感近いなこの子。

 変な男に勘違いされたりしなかったか?

 自称勇者とか。

 勇者って名乗る馬鹿とか。

「魔法だよ、魔法。自分に使えば、身体(からだ)の汚れを落とせる。便利だけど、石鹸の匂いはしない」

 考えてる事をそのまま口にするなんて、そんなヘマするはずない。

 聞かれた疑問に適切に回答した俺の顔を覗き込む顔が、もうひとつ増える。

 

 君たち、もっと適切な距離感を保とうぜ。

 

「その魔法、是非覚えたい。っていうか教えて!」

「私にも使えるかな!? 覚えられるかな!?」

 覗き込んでくると言うか、寧ろ掴みかかってくる2人の勢いに押されつつ、俺は蹈鞴を踏む。

 ステータス的にはこの2人を大きく上回ってる筈なのに、なんだこの勢い。

「待て待て待て待て、落ち着け! 危ないから、人をグイグイ押すんじゃありません!」

 慌てて押し止めるが、2人の勢いは衰えやしない。

 ホントにどうなってんだ、このパワー?

「そういう便利な魔法が有ると知ってたら! もっと旅も快適だったのに!」

 食いつかんばかりの勢いで、カナエちゃんが押してくる。

 って言うか、これほぼキレてんじゃねぇか。

 俺は知らん!

「カラダ、キレイ、大事!」

 もはや単語でしか無いそれを、ほぼ無表情で言い募りながら、やはりグイグイ来るトモカちゃん。

 この2人は、そんなに洗浄(クリーン)の魔法が欲しいのか?

 まあ、女の子だし、気になるのは間違いないだろう。

 それに、此処まで一緒に旅してきたのが、あの俺様系馬鹿勇者だ。

 アイツ、そんな細かい事を気にし無さそうだもんなぁ。

「判った、判ったから、ホント落ち着け! 魔法道具屋に寄るから! スクロール探すから!」

 勢いに負けて、予定に無かった行き先が追加される。

 色々と考えが浅かった俺の、完全な失敗だ。

 ……まあ、パルマーさんトコ行くならついでにアイテムボックス売ってるか確認しても良いか。

 考えて見たら、レベッカちゃんに渡して無いし、メアリーちゃんにも……あの子、アイテムボックス必要かなあ?

 今まで色々と不満だったであろう年頃女子たちに押されながら、魔法道具屋へ赴く理由を探していたが、そんなモノを見つける前に俺はワタワタと歩かされた。

 

 

 

 いつもの様にお菓子屋さんに立ち寄ってから、パルマーさんのお店に顔を出す。

 あれこれ置いてあるのに、いつ来ても雑多な感じはしない。

 

 棚ごとのジャンル分けが、イマイチ謎なのを無視すれば。

 

「やっほー、パルマーさん。遊びに来たよー」

 カウンター内の椅子に腰掛けて、のんびり本を読んでいる店主にひらひらと手を振ってみせると、俺の声に反応して上げたその顔が綻ぶ。

「おやおや、また賑やかなのが来たね。今回もアイテムボックスをご所望かい?」

 手にした本を畳んで立ち上がる老婦人、パルマーさんはいつものように柔らかな笑顔を浮かべている。

「そうそう、それも欲しいね。それと、今日は生活魔法系のスクロールが幾つか欲しいんだけど」

 その笑顔に気楽な調子で答え、カウンターの前に立つ。

 ついてきた2人は店内を物珍しそうに、あちこちに視線と顔を向けている。

 このお店、壁は白くて店内が明るいし、内装も意外とファンシーなんだよな。

 見てて楽しいんだろう、きっと。

「生活魔法? なんだい、アンタにしちゃあ、珍しいものを欲しがるじゃないか」

 俺の言葉に目を丸くしたパルマーさんが、聞き返してくる。

 まあ、だいぶ前に必要そうな魔法のスクロールを見繕って貰ってたから、今更何が必要なのかって不思議なんだろう。

「ああ、俺のじゃないんだ。こっちの……」

 言いながら振り向いた先には、2人は居ない。

 2人とも、思い思いに商品を眺めながら、店内を歩いている。

 

 ……てっきり真後ろに居るもんだと思ったから、気配の確認すらしてなかったけどさ。

 ちょいとばかり、自由過ぎやしないかい、お2人さんよ?

 

「……あの2人の分をね。片方は魔法士(メイジ)だってのに、此処まで生活魔法も無しに旅してたらしいんだ」

 魔導師(ウィザード)だってのに生活魔法を知らなかった俺が言うのはどうかと思うが、状況的には俺よりも過酷だった筈の少女を簡単に紹介する。

 繰り返すけど、やっぱ年頃の女の子が風呂無しで旅を続けるのは、色々と過酷だっただろう。

 道行きは街道沿いだったらしいが、水場がなければ水浴びだって出来ない。

 いくら俺が鈍感でも、その旅路が快適だったなんて想像は出来ない。

 そう言や、ウチの風呂にやたら感動してたしな。

 ボディソープとかの風呂道具一式あげたら、冗談抜きで泣いてたからなぁ。

「おやまあ、何処かの誰かさんみたいだねえ。そういう事なら、適当に見繕っておくよ」

 そんな簡単な説明に笑顔で答えながら、パルマーさんはカウンターを出る。

 さり気なく俺がイジられてる気がするが、その辺は聞かなかったフリして流す。

「ああ、お願いします。あ、あとこれ、いつもの差し入れね」

 簡単な言葉と手土産を渡し、後はパルマーさんに任せて、俺はフラフラと店内を巡る2人へと。

 

 ……君たち仲よさげだったのに、結構好き勝手に見てるのね?

 店内が言う程広くないから?

 それとも、案外こんなモンなの?

 

 気を取り直して、比較的近いトモカちゃんの方へと歩み寄る。

 

「なんか気になるモンでも有ったかい?」

 言いながら、その手元を覗き込む。

 そこに有るのは、インテリアに置いても良さそうな天秤。

 それほど大きくはないが、片手には余るサイズだ。

 小綺麗なソレに、何やら嫌な予感が脳裏にチラつく。

「うん。これ、可愛い」

 それを手にしたトモカちゃんは、本当にそう思っているのか疑わしい無表情で答える。

 普段だったら気にならない所だけど、その天秤から目を離さない姿は、俺の不安を軽く炙る。

 表情(かお)に出さない様に注意しながら、トモカちゃんの手元のアイテムに注意を向ける。

 ちょっと離れた程度のアイテムも、これで簡単な鑑定、もといフレーバーテキストの確認が出来るようになったんだ。

 いつの間にか。

 あんまりにも物欲しそうに、人様の手元を眺めすぎたんだろうか?

 そういう心算(つもり)は無かったんだけど、本気で気をつけよう。

 そんな割とどうでも良い反省をする俺の目に浮かび上がるテキストは、ゲンナリするには充分な代物だった。

 

 真実の天秤・()

 

 ……これってアレだよね?

 タイラーくんが言ってた、心臓が飛び出してパーンってなるヤツだよね?

 なんでそんな残虐殺戮アイテムが、普通に置いてあるの?

 

 クラクラしつつ説明文に目を走らせると、どうやら効果が多少違うらしい。

 良く見れば名前に「偽」とか付いてるし、きっと効果もマイルドになっているんだろう。

 

 

 ――制約に基づいて使用する魔道具。

 本来のものとは違い、偽証の対価を引きずり出す力は無い。

 この制約の下に行われた偽証は対価を締め付け、その鼓動を停止させるのみである――

 

 

 ……対価って、アレかい? 心臓ってヤツかい?

 ……鼓動を停止って、結果死ぬよね、それ。

 こんなモン、「正」とか「偽」とか関係ないよ!

 なんだこの危ないアイテム!

「それは駄目だ! トモカちゃん、それだけは駄目だ!」

 俺は慌ててその手から天秤を取り上げる。

 こんな危険なアイテム、インテリアにしちゃいけません!

 なんだ可愛いって!

「理不尽。説明を要求する」

 ぷう、と頬を膨らませるトモカちゃん。

 珍しく表情が変わった、なんて感想が出るほど、俺の方には余裕は無く。

「このアイテムの効果が理不尽過ぎるんだよ! 後で詳しく説明するから!」

 必死の懇願に、納得は出来なかった様だが諦めてはくれたらしい。

 

 諦めた様子では有るが、その後の彼女の興味を引いたアイテムもまた、危険なものばかりだった。

 何だよ、ひと刺しで精神を崩壊させるほどの激痛を齎す針って。

 間違って指先刺しちゃったら、それだけで廃人かよ、超(こえ)ぇよ。

 一度付けたら死ぬまで外れない、ただただ殺戮衝動に突き動かされるだけの人形になる仮面とか。

 さすがの俺でも、こんな仮面は付けたくないよ。

 

 色々見た結果、一番ライトなアイテムは、血を見るまでは鞘に戻らない短剣でした。

 

 危険物はうっかり触らないように、ショーケースに仕舞って下さいとパルマーさんにお願いした。

 ぱっと見はファンシーな店内なのに、この店はどうなってんだ。

 トモカちゃんは、カナエちゃんのように「活けた花が枯れにくい花瓶」とか、「幸運(極小)を呼び寄せる髪飾り」とか、そういうのにもっと興味を持ちなさい。

 

 結局、カナエちゃんは髪飾りを、トモカちゃんは呪殺人形と黒魔法大全を欲しがった。

 呪殺人形は俺には使うなよ、と念を押したけど、あの無表情は聞いてくれて居るか今ひとつ判らない。

 ……信用するしか無いけど、信用して良いんだろうか?

 

 2人が選んだ小物と2人分の生活魔法習得スクロール一式と、いつものアイテムボックス6個を購入し、俺達はパルマーさんの店を後にする。

 子供達のスクロール?

 本人が欲しがるなら兎も角、折角魔導書みて勉強してるんだし、野暮な事はしないよ。

 

 全員、洗浄(クリーン)は覚えたみたいだしな。

 

 

 

 パルマーさんの店を出て、他に見たいものも思いつかず、どうせ暇だし酒場(バー)へ冷やかしに行こうか、と言う事になり、俺達は冒険者ギルドへと足を向ける。

 道すがら聞けば、2人は冒険者登録をしていないらしい。

 どういう事かと聞けば、勇者の共は一般的な冒険者とは違うと、聖教国のお偉いさんに言われたんだそうな。

 職業適性なんかを簡単に調べられ、冒険者に準じた(クラス)を告げられたらしいが、そこに本人の意志は無かったと言う。

 ……その割には、自称勇者の(クラス)は「戦士」だったけど。

 あれか? 勇者の適性って、どの程度能天気で人の話にホイホイ乗せられて神輿に乗せやすいかとか、そういったアレか?

「つくづく、教国の連中とはお近づきになりたくないわぁ」

 思った事が口から滑り出て、それを耳にしたカナエちゃんが少しポカンとした後、くすくすと笑い出した。

「ホントにそうね。綺麗事しか言わないし胡散臭いし、どこ見ても信用出来そうな人は居なかったわね。街にいる人とか、教会で働いている人には、悪い人は居なさそうに見えたけど」

 そう言って、大きく伸びをする。

 さり気なく毒の後にフォローを入れている(ふう)だけど、「悪い人は居ない」と断言しなかった辺りに薄っすらと色々見える。

 

 まあ、良い人であっても、敵の味方だったら敵でしか無いわな。

 

 時刻はいつの間にか昼を回っていたようで、太陽は頭上を越えて僅かに傾いている。

 取り敢えず何を食べるか話しながら歩く俺達の前を、3つの人影が遮る。

 

 何だよ邪魔くさいな。

 

 さっさと進路を変えようとした俺に、そいつは声を掛けてきた。

「ちょっとまって、君たち冒険者でしょ?」

 胡散臭気な、軽薄な声。

 いや、思い過ごしなんだろうけど、なんと言うか。

 ちらりと視線を走らせるが、並んだその顔のどれにも見覚えはない。

 少なくとも、グスタフ組の若いのではない。

 

 そのヘラヘラした上っ面も相まって、どいつもなんとも軽い奴にしか見えない。

 思い過ごしだと良いんだけど。

「……ああ。俺はCランクの魔導師(ウィザード)だ」

 変に無愛想に対応する理由も無いが、丁寧に愛想よく答える義理もない。

 さり気なく俺はカナエちゃんとトモカちゃんを庇うように立ち位置を変え、狐面を外してみる。

「そっかそっか! 俺達もついさっきこの街に来たばかりでね」

 俺のランクに特に反応が無かったのは、俺と同じかそれより上って事だろうか。

 レベルは、3人共並んで32だ。

 ……Bランクにしちゃあ、ちょいとレベルが低い気はするが、あんまりアテにはならないか。

「妙な仮面つけてるから、変わりモンの冒険者かなって思ったんだけど」

 ヘラヘラと、そんな事を言う。

 見てくれはまあ、悪くないんだろう。

 だが、こいつは爽やかに喧嘩を売っているんだろうか?

「やあ、でも、素顔は可愛いね! どうだろう、折角だし、一緒に食事でも」

 にこやかに、俺に右手を差し出してくる。

 はあ?

 なんだコレ。

 もしかして、俺、ナンパされてるか?

 

 気がつけば、野郎のツレ2人も、それぞれトモカちゃんとカナエちゃんに、馴れ馴れしく話し掛けている。

 

 俺はげんなりする気分で、振り返って2人を見る。

 俺ひとりだったらこんな野郎の手は()(ぱた)いて終わりなんだが、万が一、この2人が乗り気だったら。

 そんな俺の目に映るのは、やはりゲンナリ顔のカナエちゃんと、いつもよりも不機嫌に見える無表情のトモカちゃんだ。

「……一応訊くけど、ついていく選択肢は?」

「無いわね」

「イヤ」

 取り敢えず尋ねてみたけど、返答は2人とも、俺の質問に食い気味で重なった。

 ……相手は3人とも、タイプは違えどまあ、それなりにイケメンって部類だと思うんだが、この2人はそんなモノには靡かないご様子である。

 

 俺?

 男に声掛けられて喜ぶ様な趣味は、俺には無いよ。

 何度でも言うけど、見てくれは兎も角、中味は27のオッサンなんだから。

 

「って訳だ。悪いが人肌恋しいなら、他所を当たるか娼館にでも行きな」

 溜息を()きながら狐面を付け直し、俺はひらひら手を振りながら行き過ぎようとする。

 その俺の手首を、男の無遠慮な手が捕まえる。

「待って待って、話を聞いてよ、ね?」

 声は軽く口調は軽薄だが、その手に籠もった力は不必要に強い。

 

 逃さない、どころか、逃げるならへし折る、とでも言いたげに。

 

 どうやら後ろの2人も似たように捕まったようで、「痛い」とか「離して」とか、そんな事を言っている声が聞こえる。

 俺はこの程度の握力ではどうこうされやしないんだけど、ただ掴まれたってだけで不快だし、それよりも身内判定の2人に手を出した事実は見逃せない。

「……離せよ。捻り潰すぞ」

 静かに、警告を放つ。

 仮面に隠された()には殺意を乗せて。

 多少呑まれた様だが、それでも男は手を離さない。

 レベル32、剣士。

 戦士とどう違うのか今ひとつ判らないが、まあ、剣を使うんだろう。

 そこそこ胆力もあるのか、危機感が薄いだけの馬鹿か。

「まあまあ、落ち着いてよ、ご飯くらい良いじゃない。俺達は何も、無理矢理連れて行こうって言ってるんじゃ無いんだし」

 諦めの悪い男に、俺は聞こえるように舌打ちを響かせる。

「女の細い手首を潰そうかって勢いで握っておいて、ンな言い分が通るか馬鹿野郎。3秒待ってやるから、さっさと手を離せ、ツレの方もな」

 変わらずに真正面から見据えて、静かに言う。

 静かに、声を低めて。

 力づくで振り払う事も出来るが、一応、相手のプライドも考えての猶予だ。

「……3」

「落ち着いて、ほら、俺は怖い人じゃないよ、ね?」

 軽薄な口調とは裏腹に、その手に籠もる力は増していく。

「……2」

「いやだからさ、ご飯くらいいいでしょ? お話したいんだよ、それだけ」

 周囲を行き交う人達が、何事かと俺達に視線を向ける。

 その中で、「俺」を知っているらしい顔が、やれやれと首を振る。

「……1」

「ちょっと君、意地張り過ぎじゃない? 僕たちの話を聞けば少しは」

 遠巻きに、衛兵さんが俺達を見ている。

 なんだよおい、助けに来ないのかい。

「時間切れだ」

 俺は言葉と同時に魔力を開放し、ついでに障壁を張る。

 

 いくら俺でも、日常の風景の中で障壁張って歩きゃしない。

 どうしても障壁を張ると、周囲50センチ程度は誰も俺に触れられない空間が出来るので、そんなもん街中じゃあ邪魔でしか無い。

 俺の、じゃなくて、善良な一般の方々の、な。

 本来の障壁は球状に俺を覆うんだけど、無理矢理形状を変化させてもこれが限界なのだ。

 いずれは俺の身体(からだ)をちょうど包む程度にまで、範囲を縮めたいもんだ。

 

 その障壁に弾かれて、男は右手を大きく振り上げてすっ飛び、尻もちをつく。

 すかさず距離を詰めた俺は、抜き放った剣――クライング・オーガをその首筋にひたりと当てる。

 

 流石に、この状況だと剣先は障壁の外だ。

 壊そうと思って壊れるようなレアリティじゃないし、余程の事がなければ、(コイツ)に障壁なんて不要だ。

 

「後ろの2人。仲間の命が惜しいなら、大人しく俺のツレを解放しろ。猶予はナシだ」

 顔も向けず、声を投げる。

 わざわざ見なくても、周囲の状況は掴める。

 

 いやあ、魔法って便利だね。

 

 男のツレは流石に何が起こったのか理解できない様で、だが、仲間の首に剣が当てられている事だけは判ったらしい。

 口々になんか言いながら、カナエちゃんとトモカちゃんをそれぞれ放り出して俺に飛びかかってくる。

 あっちは、拳士と盗賊だったか。

 俺は飛びかかる2人の更に後ろへとテレポートすると、踏みしめた大地を蹴る。

 

 剣の柄で殴ろうと思った俺だったが、結果は障壁で男2人を殴り飛ばしていた。

 

 

 

 よっぽど引き返して、パルマーさんの店であの針を買ってこようかと思ったのだが、かろうじて踏みとどまる。

 俺だけならまだしも、カナエちゃんとトモカちゃんにまで手を出そうとしたのが、本気で腹が立つ。

 

 ナンパするなとは言わねぇが、もっとスマートにやれや!

 

「ちょっと、待って待って、俺達はあの子達と話したかっただけだって!」

 俺が男2人をぶっ飛ばして気絶させたのを確認してから、わらわらと衛兵さんが寄ってきた。

「良いから大人しくしろ!」

 寄ってたかって拘束され、立たされた唯一意識の有る男は抗弁を試みるが、衛兵さんはそんな言葉に耳を貸すことは無い。

 まあ信頼してるけど、まだちょっとご立腹の俺は、衛兵さんに声を掛ける。

 

「衛兵さん、()()()()()()()()()()()()()()()()。すぐに報告するから」

 

 何処に何の報告をするのかは、言わない。

 受け手がどう思うかは、任せる。

 振り返った衛兵さんは頷いて見せると、男に何やら耳打ちした。

 

 とたんにギョッとした顔を俺に向け、そして大人しくなる。

 

 さて、衛兵さんはなんて言ったのかな?

 冒険者ギルドのギルドマスターと(サブ)マスターと懇意にしてる、かな?

 キレたら手がつけられない危ない奴、かな?

 それとも……一応はこの領の領主様の関係者、って事を言ったのかな?

 

 真相を確認する心算(つもり)も興味も無い俺は、ちょっとだけ溜飲を下げて身内2人に向き直る。

「やれやれ、心底面倒な連中だったが、気を取り直してメシ食いに行くか」

 口元をニヤつかせて、おどけたように両腕を広げて見せる。

 多少なりとも怖い思い、そこまで行かなくても不快な思いはさせただろうから、俺なりの気遣いだ。

 だと言うのに。

「それ、さっきのナンパ男と変わらない」

 トモカちゃんが、無感動に答える。

「まあ、見知ってる分だけ、全然マシだけどね。ああもう、手首が痛いったら」

 軽く左手を振って、カナエちゃんがボヤく。

 って、大丈夫?

 痣になったりしてないだろうな?

「あの人達、衛兵さんに連れて行かれたけど。私達は、なにか調書とか、取られたりするの?」

 トモカちゃんが俺の顔を見ながら言う。

 さり気なく、右手を振って。

「いや? 結構最初の方から、衛兵さんは見てたからね、結構な人数で。普通は冒険者の喧嘩程度じゃあ出てこないんだけど、まあ、うん」

 俺はこんな程度で領主様(おじーちゃん)に報告したり、泣きついたりする気は無いんだけど、何処から何の拍子で、その耳に入るか判らない。

 そうなった時の為に、自分達は働きました、とか言えるように、衛兵の皆さんは動いたんだろう。

 

 実際、捕縛してくれたしね。

 

「そんな事より、掴まれた方の腕出して」

 そんな事を細かく説明して何か距離を取られても寂しいし、俺は話題を変える。

 女の子が手首に痣とか付いてたら可哀相だし、折角回復魔法も覚えた事だし。

 覚えてからまだ一度も使ってないし、ちゃんと効果を確認したいところだしね。

「何するの? 念入りに握り潰すとかだったら、凄くイヤなんだけど」

 さっと左手首を隠しながら、トモカちゃんが珍しく不安げな顔で言う。

 なんでそんな警戒が生まれるのか。

 って言うか、俺を何だと思っているのか。

 見れば、カナエちゃんも、右手首を隠してる。

 

 信用されないって寂しい。

 

「あのな。回復魔法使うから手を出してって言ってるの」

 俺の言葉にも、胡散臭気な顔を見合わせる2人。

 何だおい、そこまで信用無いのか俺。

「回復魔法って、聖教国の関係者しか使えない筈」

「イリスって、実は教国の人?」

 ちょっと身構えながら、2人は口々に不信感を抱いている理由を述べる。

 

 あーあー、えー?

 何その面倒臭そうな話。

 

「俺はそんな胡散臭い連中とは(ちげ)ぇよ。っ()ーか、そんな事言いだしたらそこらに居るフリーの治癒師(ヒーラー)はどうなるんだよ。流石に聖教国でも、そこまで手広く出来やしないだろ」

 溜息混じりの俺の言葉に、だが、2人は表情を強張らせたままで。

 そんな2人を見る俺の脳裏には、いつぞやのリリスの言葉が浮かび上がる。

 

 ――アンタも想像付きそうなお約束がこの世界にも有ってね? あんまり大っぴらに回復魔法なんか使うんじゃないわよ?

 

 いやまさか。

 能天気かつ無責任にも、深く考えなかったその言葉。

 何やら嫌な予感が湧き上がる俺に、トモカちゃんが静かに、というか小さな声で囁くように言う。

 

「その治癒師(ヒーラー)の認定をしてるのが、教国の傘下の教会なんだよ?」

 

 ナンパの対処どころではない面倒事の予感に、俺は天を見上げるのだった。




予定と違う方に話が進む病気の、治療法を知りたいです。


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悩める回復魔法

治癒師(ヒーラー)という職業と、その周辺の胡散臭いお話。


 気軽に回復魔法が使えない、こんな異世界なんて。

 今日は挨拶が短めな俺です。

 ……これはこれで、なんか作品タイトルみたいだな。

 

 

 

 治癒師(ヒーラー)の扱いと言うか、そもそも(クラス)の登録なんて自己申告だと思い込んでた。

 俺は戦士だ、って思ったら戦士として登録できるモンだと。

「それは基本職の場合だな。中級職以上の場合は、試験を受ける事になる。ただ、治癒師(ヒーラー)の様に特別なクラスも有る」

 ジョッキを呷りながら、冒険者ギルドの(サブ)マスターの熊さんが教えてくれる。

 頼れる野生動物である。

「本来は、お前の魔導師(ウィザード)も、自己申告では無理なんだがな。魔導師(ウィザード)は、魔法士(メイジ)系統の上位職だ」

 今更ンな事言われても、最初にすんなり通っちゃったんだから俺の所為じゃないぞ。

 まあ、冒険者登録の時の魔力適性のチェックで、ずば抜けた適正値を叩き出したから、疑われなかったらしいけど。

 それで良いのか、冒険者ギルド。

 魔法士(メイジ)は基本職だけど、魔力の適性が一定以上有る者だけが就く事が出来る、他よりは少しだけ特殊な(クラス)なんだそうな。

 魔法士(メイジ)として経験を積んだら、精霊魔法士(スピリチュアラー)呪法士(シャーマン)魔砲術士(ガンナー)等の中位以上の(クラス)へと昇格する事が出来る。

 

 試験を通過したら、ね。

 

 ちなみに、ハンスさんの説明によると、魔導師(ウィザード)は同じ字の魔導師(ソーサラー)と並んで、上位職だそうで。

 と言うか、ウィザードって正確には魔法使い……いや、俺の思い込みだ、今更気にするのは辞めよう。

 ソーサラーかウィザードかを別けるのは、ほとんど好みなんだとか。

 それで良いのか魔法業界。

 

「じゃあ、私は試験を合格すれば、中位職になれる?」

 トモカちゃんが無表情の目をキラキラさせて、ハンスさんを見ている。

 さっき冒険者登録を終えたばかりで、何やらテンションが上っているらしい。

 

 見た目からは、非常に判り難いけれど。

 

「さっき見たが、魔力適性的には問題無いな。ただ、試験は当然無料(タダ)と言う訳にはいかん。(かね)を稼いでくるんだな」

 期待に満ちた眼差しを受け流し、世知辛い現実を突き付けて酒を呑む熊。

 すかさず今度は俺に視線を向けるトモカちゃんだが、見えてる魂胆には、俺だって簡単に首を縦に振る訳には行かない。

「気持ちは判るけど、その前にFランクとしての仕事を2つ3つ受けてからにしな。実績も無しに(クラス)だけ上がっても、多分良いこと無いぞ」

 いきなりこんな世界に放り出されて、どうしたもんか判らずあれこれやらかした、俺という見本が有るんだ。

 せっかく基本職から経験出来るんだから、しっかり基礎を積みなさい。

 ……そう言いたいんだけど、やっぱ俺自身が相当楽してる自覚は有るので、あんまり強く出れない。

「ウチのクランマスターはケチだー」

「此処のメシ代、自腹で払わせても良いんだぞ?」

 ぶーたれる魔法士(メイジ)にピシャリと叩きつけると、余計な発言は余計な出費になると気付いたのか、トモカちゃんは黙々とステーキを頬張り始める。

 そう言う現金なとこ、嫌いじゃないよ?

「そうなると、私も幾つかクエストこなしたら、昇級試験受けさせて貰えるの?」

 ステーキに夢中なトモカちゃんの隣で、今度はカナエちゃんがサンドイッチを片手に声を上げる。

 ……サンドイッチ、気が付けば酒場(ここ)の定番メニュー入りしてるな。

 ウチのウォルターくんは、あれで結構小銭を稼いだんじゃなかろうか。

「ああ、段階なり手順なり踏んでくれりゃ、構わんぜ」

 本当は、試験費用は自分で稼げと言うべきなんだろうけど、まあ、中位職の試験代くらいは、面倒見るのも良いだろう。

 この先、子供組も成人してノービスを卒業するんだろうし、その先には同じ話が出るだろう。

 その時には、やっぱり同じ様に対応する事になるんだろうし。

 

 子供組が成人、15歳か。

 さぞや生意気盛りなんだろうな。

 

 そんな事を考えて、ちょっと微笑ましくも寂しい気持ちを満喫した所で、俺はハンスさんに改めて言葉を向ける。

「んで、さっきもちらっと聞いたけどよ。……治癒師(ヒーラー)が特殊なのは、なんでだ?」

 (じつ)は冒険者ギルドで登録出来ない、特殊な(クラス)と言うのは治癒師(ヒーラー)だけではない。

 例えば騎士(ナイト)は、(クラス)として表示されもするが、本質的には爵位だ。

 この国で言えば、王に認められて、初めて名乗ることが許される。

 じゃあ冒険者に騎士(ナイト)は居ないのかと言えばそんな事は無く、冒険者として登録しつつも王国の為に働いたと認められて騎士になった者も居るし、逆に武勇をもって騎士に叙されてから、冒険者登録する者も居る。

 後者は割と変わり者な気がするけど、きっと俺の偏見だろう。

 

 だが、そんな騎士(ナイト)と比べても、治癒師(ヒーラー)は特殊と言うか、様子がおかしい。

 いつぞや眺めた仲間募集掲示板でも治癒師(ヒーラー)が居たので気にして居なかったんだけど、まさか自己申告出来ない(クラス)だなんて思わなかった。

 

「聖教国の連中が、治癒、回復魔法は神の御業、或いは許された者だけが使える模倣だと言ってな。市場にも回復魔法の魔法書やスクロールが出回らんし、普通は聖教国が絡まない治癒師(ヒーラー)は出てこない」

 ハンスさんはジョッキを呷る。

 その中身が透明なのは、水なんかじゃなくてウォッカだからだ。

 そう言う呑み方はよした方が良いって、マジで。

「普通じゃない治癒師(ヒーラー)ってもの、居ないことは無いのか?」

 俺が疑問を放つと、静かにジョッキをテーブルに戻した。

「無論、居た。だが、そう言う者達は、聖教国に拾われるか……謎の失踪を遂げるか、だ」

 俺は呆れたように吐息を漏らし、カナエちゃんは口元を両手で覆い、トモカちゃんは食事の手を止める。

「おやおやまあまあ。そいつはまた、随分と怪しいハナシじゃないの」

 蜂蜜とレモン果汁入の蜂蜜酒(ミード)をひとくち呑み下してから、視線をハンスさんに向ける。

「そうだな、実に不審だ」

 そんな視線を受け止めながら、ハンスさんは何事でも無いかのように言う。

「やれやれ面倒な話だな。そんなザマで、回復やら治療はどうすんだ? 冒険者でなくても、街にも必要だろ。いちいち教会に金を払うのか?」

 俺の疑問に答える前に、ハンスさんはジョッキを掲げておかわりをアピールする。

 

 もう呑んだのかよ。

 

 そんな呑み方して、良く(サブ)ギルドマスターとしての仕事が出来てるモンだ。

 それ以前に、身体(からだ)に悪いから、ホントにやめといた方が良いと思うよ?

「聖教国ではそうなんだろうし、この街にも、聖教会は有る。だが、この王国では錬金術師や薬師による治療行為が認められている。先に教えておくが、聖教国では聖教会以外の治療行為は認められていないらしいぞ」

 疑惑の眼差しを向けられているとは思っていないであろうハンスさんが、その疑惑以上に怪しい現状を教えてくれる。

 まぁ、その辺の事は何となく、予測可能だったと言うか、お約束と言うか。

 俺は、別になんも悪いことをしていないカナエちゃんに、半眼を向ける。

 ごめんよ、半眼なのは余りにもアレな聖教国の所為だから。

「そんな目で見られても、私は知らないわよ。……でも、あの国では治療するのもポーションを売ってるのも、全部教会だったわ」

 召喚されたのがその聖教国だから、違和感を感じなかったのだろうか。

 旅の途中は、怪我の回復や予期せぬ病気には、どう対処していたのか。

 

 ……いや、そう言えば居たなぁ、キャンキャンうるさい治癒師(ヒーラー)が。

 

「此処までの旅路は()()治癒師(ヒーラー)が居たから、街の治療院とかの世話になる機会も無かった、か」

 あれで、意外と優秀な治癒師(ヒーラー)だったんだろうか?

 戦闘では役に立ちそうには見えないんだけど、意外と見かけによらないのか?

 戦闘後にのんびり回復してたんだろうか。

「そうね。まあそれなりに回復は出来ていたし。それに、何処の街でも村でも、トラブル起こして叩き出される才能の持ち主が居たから、のんびり散策なんて出来なかったし」

 その才能を間近に見ていた人間の言葉は重い。

 あの治癒師(ヒーラー)ちゃんの回復魔法は兎も角、馬鹿勇者(自称)は、仲間を連れて異邦を旅してる、その自覚は有ったんだろうか?

「……お前らがあの馬鹿を見限ったの、判った気がするわ。まともに宿取れた事、あんのか?」

 話の本筋に関係ない所だけど、気になった俺は思わず心の声をそのまま言葉にしてしまう。

 旅路の途中で街を見かけても、馬鹿がパーティリーダーだった所為で、まともに宿を取るどころか滞在すら出来ないとか。

 俺なら2回めにトラブル起こされた時点でキレてる。

「ええと、2~3(に・さん)回は?」

 カナエちゃんの隣でステーキを平らげ、満足気なトモカちゃんが答える。

 

 君は君でマイペースに、さり気なく良いモン食ってるね?

 お支払いは俺だからって、随分遠慮が無いね?

 

 聖教国って、アルバレインっ()ーか、この王国の東の方だった気がする。

 ちゃんと地図見たこと無いけど、冒険者ギルドでちらっと見た限りじゃ、そうだった筈だ。

 多分。

 距離だけ見ても、此処からモンテリアまでの比じゃない。

 どんだけの時間を費やした旅だったのか。

 それなのに、その旅路でたったの3回そこらの宿。

 そんなのちゃんと宿を取ったうちに入れて良いものか、甚だ疑問である。

「うんうん、君達は頑張ったよ」

 俺は同情したものか、何とも言えない顔でジョッキを持ち上げて、蜂蜜酒(ミード)を口に運ぶ。

 話が横道に逸れてしまったので、口に含んだ酒を飲み下して、改めてハンスさんへ顔を向ける。

「まあ、あの2人の苦労話やら愚痴は後で改めて聞くとして。それで、だけどさ」

 ハンスさんは俺の言葉を聞いているのか居ないのか、ウェイトレスさんから受け取ったジョッキを変わらぬ調子で呷っている。

「例えば俺が回復魔法を使えるっ()ったら、結構マズいのかね?」

 俺の軽い一言に、ハンスさんはジョッキを呷っている姿勢のままで数秒固まる。

 

 えっ、そんなに?

 

「……使えるのか? 本当に?」

 ジョッキを下ろすのも忘れて、ハンスさんは目をこちらに向ける。

「あー、うん。最近覚えた」

 いつもの通り、カッコいい言い回しなんか思いつかないので、俺も適当にジョッキを傾けながら答える。

 ハンスさんの胡散臭気な、と言うか、値踏みでもしてるのかって目つきに居心地の悪さを感じながら、やっぱこの話はマズかったか、と内心で舌打ちしながら。

「……いつ、いや、どうやって覚えた?」

 声色が、詰問のそれに変わりつつ有る。

「安心してくれよ、俺は教国なんぞに関わりは無い。俺が覚えたのは、()()()()()()()だよ」

 俺は目を伏せてハンスさんの刺さるような視線から目を逸らして、勿体ぶるように言う。

 

 得体の知れない、謎でしか無かった魔導師(ウィザード)が街に居着いて、色々有って気が付けば領主様に気に入られて。

 そんな奴が、実は聖教国の関係者かも知れないと思ったら、そりゃ警戒もするだろう。

 だから、俺は即座にその疑いを否定する。

 あんな馬鹿を勇者とか言っておだて上げて、体良く放逐するような胡散臭い国と、関わりが有るなんて思われるだけでも御免だ。

 

 ただし、教国に関わって居ないのは勿論本当だけど、古い時代の回復魔法だ、っていうのはほぼガセだ。

 なにせその部分の根拠は、リリスが、俺の覚えた回復魔法は本来の姿のそれ、って言っていた、それだけでしかない。

 本来の姿を分割して、わざわざ使い(にく)くされている今の回復魔法を、半ば強引に元に戻しただけ。

 本当に本来の魔法に戻っているのかは当然不明だけど、効果そのものは(いにしえ)のそれと同じ筈だ。

「教国については、向こうからちょっかい掛けてくるなら叩き潰す。その程度の興味しか無いよ」

 ジョッキをテーブルに預け、開いた目をハンスさんに向けて、静かに言葉を押し出す。

 

 ああもう、回復魔法ひとつで、ホントに面倒臭いな。

 

「わかった、聖教国に関しては、お前の言葉を信じよう。気になるのは」

 そんな(ふう)に溜息を堪えて意識をジョッキに向けた俺に、気難しげな声が降ってくる。

「古い時代の回復魔法、と言う事だな。それは何が違うんだ?」

 ちらりと視線を向ければ、やはり笑っていないハンスさん。

 何となく視線を転がせば、新人2人やジェシカさん、タイラーくんと、グスタフさんまで興味深げな視線を俺に向けている。

 あれか、リリスが人前で使うなって言ったのは、こういうのを見越しての事だったんだろうな。

 理解(わか)ってる心算(つもり)だったけど、やっぱり認識が甘かったらしい。

 今度こそ俺は溜息を()いて、目を閉じる。

「何も小難しい事はないよ。単なる、完全回復魔法さ」

 多分、そこそこのどよめきが起こるかな、なんて予想しつつ、俺はさらりと答える。

 なんでも無い事のように言っておけば、多少なりとも衝撃は緩和される、かも知れない、なんて脳天気な事を思いながら。

 しかし、俺の予想に反して声は上がらず、俺の耳に届く酒場(バー)の喧騒には仲間の声は混ざってこない。

 何事かと若干焦るが、顔には出さないように注意しながらゆっくりと目を開ける。

 そんな俺の目に映るのは、仲間や見知った顔の、息を呑んだような表情の群れだった。

 視界の中、新人2人すらも言葉も無く、呆然と俺を見詰めている。

 

 なんで?

 

 びっくりした俺まで黙り込むと、酒場(バー)ど真ん中の大テーブルを沈黙が支配する。

 周囲のテーブルはそれぞれ盛り上がり、こっちに注意を払う様な奴はほとんど居ないらしい。

「か……んぜん? 回復?」

 カナエちゃんが、誰にも先んじて口を動かすが、絞り出されたのは弱々しい単語だ。

 その顔を見れば、何かを抑えるように、その手を口元に押し当てている。

 

 え? 大丈夫?

 吐きそうなの?

 

「確認させて。完全回復魔法って、どういうモノなの?」

 その隣のトモカちゃんが、無表情で――だけど、何となく真剣な眼差しで――俺に問い掛けてくる。

 俺はその視線に目を合わせる。

「どうも何も……怪我と病気を含む状態異常の回復、それに体力の回復をあわせてるヤツだな」

 俺が「霊脈」で魔法を興味本位で漁った時には、それらは別々の魔法として存在していた。

 リリスには後で、本来の姿とは違うと教えられたが、俺はそんな事を知る筈もなかったし、なにせ浅い流れで拾った魔法だ。

 もっと深いところまで()()()、それこそ本来の完全回復魔法も見つけられたかも知れないけど、旅先の夜警の合間の片手までの作業だ。

 ロクな準備も無いままに深みにハマって流されるとか、そういう危ない目に会いたくなかったから、そんな真似はしなかった。

 だけど、その時に面白いスキルを手に入れていた。

 

 合成。

 

 スキルと言うか魔法に近いモンだけど、覚えてみると色々便利だ。

 多分、錬金術師とか、或いは他の生産職が覚えるようなモノだと思うけど、俺も覚えられたんだから仕方ない。

 霊脈の中では、何か色々と事情が違うのかも知れない。

 今度リリスに確認してみよう。

 

 そんな面白スキルを手に入れた俺だけど、別に錬金術に限らず、なにかしらの生産系スキルを持っている訳でもない。

 じゃあ意味ないじゃん、一瞬そう思ったんだけど、魔法の合成が出来たんだから、何が役に立つか判らんものだ。

「そんな……。回復魔法はそれが別れてて、それぞれランクに依って効果の強弱も変わる、そう教わった」

 少し青褪めて見える顔で、トモカちゃんが言う。

 

 ランク?

 初めて聞いたけど、そんなモンあるの?

 

 改めて、脳内で魔法を確認してみるが、回復魔法の効果は判るけどランクなんてものは判らない。

 効果としては、さっき行った通りのものでしか無い。

 それがどの程度の効き方なのか、なんてのは、言われてみれば確かに、試した事もなかった。

 

 これで大して効果が無かったら笑う所なんだろうか。

 

「怪我や状態異常の回復には、被術者の体力を使う。場合によっては、怪我は治ったけど体力が尽きて死ぬ、と言う事も起こり得る。それを回避するために、体力を回復させる魔法か、ポーションなどを併用する」

 訥々と、トモカちゃんが言葉をつなげる。

「私は、そう教わった。それらを統合させた魔法は存在しない。それは神の御業、教会でも聖人とか、或いは聖女と呼ばれる人にしか使えないって」

 その目は、まっすぐに俺を捕らえている。

 

 聖女、ねぇ。

 

「それで? まさかこの俺が、聖女サマだなんて思っちゃ居ないよな?」

 鼻で笑ってみせる。

 こんな口の悪い、ガサツな存在が聖女だなんて、誰にも見えやしないだろう。

 そんな呼ばれ方をするくらいなら、狂犬や番犬の方が遥かにマシだ。

「全然、そんな(ふう)に見えない」

 俺の人の悪そうな笑顔に、トモカちゃんが素直に答える。

 思わず小さく吹き出しながら、俺は大きく頷いて見せる。

「見えたら困るわ。でもまあ、その説明は有り難いね。俺は回復魔法を……そうだな、発掘して、それを統合させたのさ」

 軽く言って、蜂蜜酒(ミード)を呷る。

「いや、軽く言っているがな……。お前、それがどんな事か理解(わか)っているのか?」

 てっきりトモカちゃんからの流れで、カナエちゃんが何か言うかと思っていたが、その隣の眼鏡が口を開いた。

 カナエちゃんはそんなタイラーくんの言葉に、頻りに頷いている。

「どんなって、回復魔法使えるようになってラッキー、って話だろ?」

 俺のドヤフェイス回答に、全員が揃って呆れ顔で溜息を吐き散らす。

 なんだそれ、練習でもしてたの?

「ラッキーとかそんな話で済むか、このスカタン。回復魔法のスクロールも魔導書も出回っていない現状で、それを会得できた事が問題になるんだ」

 タイラーくんが皆を代表するように眼鏡を直しながら言い、それに続いてカナエちゃんが口を開く。

「私からすると、どうしてもイリスちゃんは聖教国の関係者って事になるんだけど……。でも、確かに向こうで見た事は無いし……」

 日本から聖教国に「召喚」された彼女は、そもそも聖教国を信用して居なかったと公言している。

 そんなカナエちゃんが、見知らぬ筈の異国で、回復魔法を使う聖職者以外の人間を見て、どう思うのか。

 まあ、余り良い想像にはならないだろうなぁ。

「だから、俺は教国の関係者じゃ無いから。大体」

 俺は言葉を切って、それを溜める。

 言った所で、どうあっても言い訳にしか聞こえないと思うんだけど。

 それでも言っちゃう辺りが、悲しいところと言うか。

「本来の回復魔法をバラして、使い勝手を悪くしたのも、そもそも教国の関係者なんじゃねーかと疑ってるってのに。そんな胡散臭い連中の手駒になるなんざ、お断りだぜ」

 そう、誰がやったのか、それがいつの話なのかなんてのは浅く潜った程度では判りはしなかったけど、わざわざ効果をキレイに切り分けてある辺り、どう考えても作為的だ。

 術者の負担を減らす為?

 それだったら、怪我の回復と体力の回復、状態異常の回復も同じく体力回復をセットにして、2つに分ける、で良いと思う。

 わざわざ3つに分けたのは、費用の請求の為なんじゃないかと邪推してしまうのだ。

 

「胡散臭いって……どういう事? 使いやすくする為、とか、そんなんじゃないの?」

 教国を信用出来ないと言い切るカナエちゃんだが、俺ほど穿った見方はしていなかったらしい。

 その顔色が悪いのは、或いは、その可能性から目を逸らしたいのか。

 

 3つに分けていると言う事は、使用時には、最低でも2つは併用しなければいけないという事。

 

 怪我は、或いは病気は治せますが、体力が付いてこないので、死んでしまうでしょう。

 それを避けるための魔法は、これくらい掛かりますよ。

 いえ、確かにお気持ちで、とは言いましたけどね? でもねぇ。

 ……なんて売り言葉が見えてきてしまう。

 

 教国の連中にすりゃ、ケチって払えなかった奴が死んだ所で、何も困りはしない。

 怪我は直したのですが、残念です。

 ()()()()()()()()()()()ばかりに、必要な魔法を使うことが出来ませんでした。

 

 勿論、邪推だし妄想だ。

 妄想ついでに言えば、状態異常、病気の治療の方を分けたのは、また別の理由も思いつく。

 使い易くする為、なんかじゃない。

 

 使わない為に、だ。

 

 なにせ、体力の回復は出来るんだから、死なないように体力を持たせ、ヤバいかな、となっても、使うのは軽い状態回復魔法。

 それだけで、教国の神官かなにか知らないけど、彼らが居れば命はつなげる。

 逆に言えば、いつまでも金を毟り取れる訳だ。

 

 ただの妄想だってのに、酷く気分が悪い。

 

「――そんな感じで、金をせびり易いんじゃないかと思った訳さ」

 俺は思った事を、幾分和らげて伝える。

 カナエちゃんはトモカちゃんと顔を見合わせ、しかし言葉は無い。

 俺の妄想を聞いたハンスさんは、渋い顔でジョッキを握りしめている。

 グスタフさんもジェシカさんも、いつもの陽気さがナリを潜めている。

「タダの妄想だ、と笑い飛ばすのは簡単だがな」

 そんな中、タイラーくんが口を開いた。

「この街の、聖教国の連中の言い分を聞いているとな。無いとも言い切れんな」

 聖教国は他国にも熱心に働きかけ、その教会をあちこちにバラ撒いているらしく、当然このアルバレインにも有る。

 タイラーくんの言葉でその事を思い出した俺は、ふと、やや古い記憶を刺激されてハンスさんに顔を向ける。

「ハンスさん、いつぞやの子供達の葬儀、手を尽くしてくれたのは、連中なのか?」

 生来、無信心とは言わないが、信仰無精とでも言うのか。そういった方面にはとんと疎い俺だ。

 ()()()に来てから、そういう宗教じみた施設に顔を出した事すら無い。

 だから。

「うん? ああ、いや、あれは別の、元々この国で信仰されている教会の方だ。……俺は聖教国が好かんのでな」

 この街で「教会」と言ったら、2種類有るんだなんて事すら知らなかった。

「後からノコノコやってきて、お前たちの信仰しているモノは神ではない、真の神は嘆いている、悔い改めなければ地獄に落ちるしか無い、なんて謳われてもな。不愉快に思うしか無いだろう」

 苦々しげなその口調から、聖教国への嫌悪がありありと伺える。

 ハンスさんの立場で此処まで好きに言えるって事は、この王国では、聖教国の勢いはそれほど大きくは無いって事なんだろうか。

 

 それにしても、国どころか、世界が違ってまでこんな話を聞くとはねぇ。

 人間、考えることは似たようなモンって事かね。

 

「何を話しているかと思えば。イリスと()の回復魔法は、古代魔法の再現実験の産物よ。魔法を占有して金儲けに狂奔してるような連中と、一緒にされるのは心外だわ」

 

 呑気に考える俺の後頭部に、聞き慣れた身内の声がぶつかる。

 おや、思ったよりもお早いお帰りで。

 っ()ーか、古代魔法の再現とか、言い訳にしても良く思いついたね?

「それを秘匿してた俺達だって、あんま人の事は言えないと思うけどな?」

 振り返れば、憤懣遣る方無い様子のリリスが仁王立ちしていた。

 

 

 

 俺の余計な一言で、更に機嫌を悪くしたリリスに棘付きの言葉を浴びせられたりしたものの、その辺の遣り取りは日常の延長でしか無い。

 そんな事よりも、さり気なくリリスが俺の回復魔法までコピーし(パクッ)ていた事の方が気に掛かる。

 遠隔視(リモートビューイング)と言い、回復魔法と言い、俺は結構怖い思いをして「霊脈」に潜ったってのに。

 この分だと、飛行(フライト)の方もコピーさ(パクら)れてると思ったほうが良いだろうな。

 

 ホントに(かね)の請求するぞこの野郎。

 

「お笑い勇者サマを追い返したし、その上無関係のクセに回復魔法まで使えるとなれば、教国から見たら私達は敵そのものでしょうね」

 回復魔法が使えると言う事で生じたどうでも良い疑惑を、リリスは鼻先で笑い飛ばす。

「そういやお前、堂々と『魔王』なんて名乗ってたしな。そりゃ教国にしてみりゃ、敵でしか無いわな」

 俺は、いつもより離れた位置に座るリリスを指差して笑う。

「駄犬が吠えてるんじゃ無いわよ。まあ、どう転んだって無関係か敵対かの二択にしかならないんだし、気にしすぎてもね」

 離れた位置から俺に噛み付いて見せてから、リリスは俺と同じく特製の蜂蜜酒(ミード)を呑む。

 まだ日も高いし、強い酒を呑む気分じゃないのは俺と同じか。

 小腹が空いた俺は、通りかかったウェイトレスさんにポテチを注文してから、リリスに言葉を投げ返す。

「物騒な二択じゃないの。まあ、俺はそれで構わないけどな」

 無関係か、敵対。

 友好的な関係を結ぶ選択が出てこない辺り、やっぱコイツは俺の姉妹だわ。

「元より、この国ではポーションも薬草も、商業ギルドや冒険者ギルドを通じて流通している。連中がその大本を握ろうとしても、現状では不可能だ。だが、魔法となると話が変わる」

 そんな俺とリリスの遣り取りに、熊さんが割って入る。

「連中にとって、ポーションは兎も角、回復魔法が使える在野の人物、というのは邪魔でしか無い。いずれ、何がしかの動きは有るだろうな」

 言って、俺の目をじっと見つめるハンスさん。

 俺はその視線を受け止めて、肩を竦めてみせる。

「やれやれ怖いねぇ。まあ、そっちは向こうさんの動き次第かね。向こうが穏便に済ますってんなら、こっちだって無闇に暴れる理由は無いさ」

「そういう事ね。私達は、なにせ平和主義者だから」

 口々に言って、平和な笑顔を浮かべてみせる俺達双子。

 リリスさんや、平和的と言うには、その笑顔はちょっぴり獰猛ですよ?

 そんな俺達の様子に、ハンスさんはやれやれと頭を振る。

 他の連中も、何処か諦めたように苦笑やら溜息やらを漏らす。

 

 ()()アホ勇者を筆頭に、各種勇者を世界にバラ撒いているらしい聖教国。

 出回らない回復関係の魔導書類。

 ……そして、馬鹿貴族と繋がって居た痕跡のある、神聖魔法を使えるらしい「教会」に所属する男。

 

 聞いた時から胡散臭いと思っていたけど、だんだんその濃度が上がってきている様だ。

「……余りやりすぎるなよ?」

 ハンスさんの心からの忠告は、多分、心底心配してくれているんだろう。

 

 在野の回復魔法使いは、教国に抱き込まれるか、或いは消される。

 俺達がその、在野の回復魔法を使える存在である以上、いずれ教国に知られたら、どちらかに動くであろうから。

 

 そんなハンスさんの言葉に、俺達は。

 多分、揃ってイイ笑顔だった。




おはなしの難産度があがってるぅ


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心配性の不器用な過保護

 たまには思っても居ないことで心配されちゃうお話。


 リリスさんは銭湯4号店についてのお話で、会談した貴族様と意気投合したと自称している。

 初めて会った貴族様と意気投合とか、嘘を述べるにしても、もっと上等なものを用意せよ、と思うんだけど、そう言うと怒る。

 

 いやだって、そんな話、信じろって方が無理だろうがよ。

 

 俺が下手に顔出したら相手さんを怒らせるかも知れないからって、領主様(おじーちゃん)がわざわざ一筆(したた)めて来るレベルの、本物の貴族様だぞ?

 温和な仮面の下に愉快な本性を隠してる、あの領主様(おじーちゃん)とは訳が違うんだぞ?

 

「あのね。私とアンタを一緒にしないでくれる? なんて言ったら良いかなあ? 生まれ落ちた瞬間から、持ってる気品が違うのよ、アンタとは」

 

 ドヤ顔で蜂蜜とレモン果汁を加えた特製蜂蜜酒(ミード)を呷るリリス(おまえ)は、どう足掻いてもやっぱ俺の姉だよ、うん。

「気品? ここ最近で一番のジョークじゃん」

 飛んできた空のジョッキが、俺の額で良い音を立てる。

 

 こっちも呑んでる最中は、狐面してないんだからちったあ加減しろよ。

 ひっくり返った俺を指差して笑う周囲の冒険者(ばかやろうども)に素直にイラつきながら、そんな事を考える。

 

 リリス(こいつ)は、ホントは貴族様を怒らせて帰って来たんじゃないのか、そう思うんだけど、どうかな?

 

 

 

 回復魔法が使えるって事を、周囲にばれないようにこっそりと……いやでも、結構普通にさっきまで話してたのに、今更隠しても、なんて思いつつ、カナエちゃんとトモカちゃんの手首の痣を消すことで証明してみせた俺。

 まあ、効果が小さいので、これを治したことによる体力の消耗なんて無きに等しい気がするし、そんなものが有るのか無いのか、体感しろと言うのは無理な話な訳で。

「いや、回復した時点で充分だ。お前をおちょくると、その辺の冒険者が半殺しにされかねん」

 意外なことにタイラーくんが真っ先に信用してくれたらしいが、相変わらず一言余計である。

「お前をボッコボコにしても良いんだぞこの野郎」

 なんてちょっぴり凄んで見せたけど、半笑いで肩を竦められただけだった。

 普段は殆ど表情が動かないくせに、こんな時には良く表情が変わるな?

「不毛な事はやめなさい、アンタじゃ良いようにあしらわれて終了でしょうが。口先で勝てる相手じゃ無いでしょ」

 何となくそうなるだろうなー、って思ってた事を代弁してくれる姉。

 

 うるさいやい、そんな事ないやい!

 

「問題は、効果の程は兎も角、実際に回復魔法が使える事だ。後先も考えずにこんな場所で使って、人の口に戸は建てられんぞ」

 ハンスさんが、言う割にはのんびりとした様子でジョッキを呷ってみせる。

 体格の所為でジョッキが小さく見えるけど、大ジョッキになみなみとウォッカ注いでるからな、このオッサン。

 もうちょっと人間社会に溶け込む努力をしろよ、野生の熊さんよ。

 カパカパ呑んでるそれ、水じゃねぇんだよ。

「あーあ、これからは怪我人やらが出たら真っ先に呼ばれるぞ。お前、妙に甘っちょろい所あるからなぁ」

 その熊の逆側、俺を挟んで隣りに居る眼帯している酒樽の妖精が茶化すように笑う。

 こっちも全く平素と変わらないご様子だが、呑み方はハンスさんのそれと変わらない。

 バケモノしか居ないのか、この酒場(バー)には。

 妖怪呑兵衛のクセにうるさいなぁ、俺が甘ちゃんなのは自分で良く知ってるよ。

「俺は、見知らぬ他人を治療してやろうってほど聖人っ()はねぇよ。身内以外は診ねぇからな」

 唇を尖らせて精々不満げに言って、蜂蜜酒(ミード)を喉に流し込む。

「私は、貴族様相手に法外な金額で商売しようかしら?」

 少し離れた席のリリスが、面白そうに唇を歪めている。

 そういう悪そうな笑顔(ツラ)、よく似合うなあ魔王サマよ。

「変な恨みごとを抱えるようなコトすんなよ? 絶対に俺が巻き込まれるから」

 釘を刺しとこうと思うけど、こんな釘で歯が立つとも思えない。

 案の定、リリスの笑みは深くなるだけだ。

 ああ、ホントに面倒臭い。

 ジョッキを咥えながら、俺は酒場(バー)の天井に視線を向ける。

 別に何がある訳じゃないけど。

「所でイリス、さっきのナンパ男達だけど、あれ、大丈夫なの?」

 そんなカナエちゃんの声が耳に届いたので顔を戻せば、驚いたような顔の群れが俺を凝視していた。

 

 なになに? どした?

 

「ナンパ? 誰が? え? イリス、アンタナンパなんてしたの!?」

 目を見開くとか言う珍しい表情で、リリスがテーブルに手をついて立ち上がり、いつもより離れた位置だってのに掴みかかってきそうな勢いで俺を見る。

 どういう理由で、そんな面白おかしい理解になったんだ、お前は。

「なんで俺がナンパすんだよ、逆だ逆。(オレ)ぁ男にゃ興味ねぇよ」

 ジョッキを戻してひらひらと手を振って、それから周囲を見回してやれば、呆れ顔が半分、悲しそうな顔が半分。

 っ()ーか、なんだ?

 さっきまでの、結構なキナ臭さの話の時には周りはほぼ無反応だったのに、急に周囲の視線がこっちに集まってんな。

「男に興味が無いとか、若い娘が悲しいことを言うんじゃねぇよ。お前はもうちょっと色々出来るだろう? そうだな、例えば、もっと女らしい恰好をするとか」

 腕組みまでして、グスタフさんが深く息を吐く。

 なんだかお父ちゃん感出してるけど、余計なお世話だよコノヤロウ。

 ほんでグスタフ組の、お前らは揃いも揃って、小難しい顔で頷くんじゃない。

 着ないからな? ヒラヒラした服なんぞ、絶対に着ないからな?

「イリスがナンパされた? カナエ、冗談はもっと洗練させんと、笑えないぞ?」

 眼鏡を直しながら、タイラーくんが何か言っている。

 お前はお前で、やっぱなんか失礼だなコンチクショウ。

 ……なんて思ったけど、なんだろう、なんか微妙に顔が怖いな。

 

 気の所為だよな?

 

「いえあの、ホントにナンパされたんです。私達3人だけど」

 ちょっと気圧された様子のカナエちゃんが慌てたように答え、タイラーくんに視線を向けられたトモカちゃんが唐揚げをぱくつきながら頷いてみせる。

 いつ頼んだの、その唐揚げ。

 随分大盛りだな?

「……どういうコトなの? アンタ、ホイホイ着いていったりしてないでしょうね?」

 尋常ではないほど冷たい声に顔を向ければ、リリスが盛大に殺気を漏らしている。

 落ち着け、理由は理解(わか)らんけど、取り敢えずその殺気を隠せ隠せ。

「まずは座れよ、取り敢えず呑め、お前は」

 すげえ怖いんだよ、お前が怒ると。

 こんなに殺気をだだ漏れに點せちゃって、こんなんじゃ周りの冒険者のみなさんだって、怯えちゃって……。

 

 そんな事を思いながら再び周囲を見渡せば、あれ?

 

 全員って訳じゃないけど、なんだ?

 こう、怒ってらっしゃる様に見える視線が、ちらほら見受けられるんだけど?

 え? なに? 俺、下手こいた?

「……あー。その場で袖にしたら、こう……3人共、手首掴まれてな?」

 説明責任に駆られて状況を話し出すと、揺らめく周囲の殺意。

 気の所為か、距離を詰められてる気がするし、なんなの怖い。

「手首を? 掴んだ? アンタの?」

 殺意の代表格が、静かに質問を飛ばしてくる。

 何だよ、怖いからやめてよ。

「ああ、俺もだけど、そっちの2人もな。手首に出来てた痣は、そん時のだよ」

 周囲の視線がカナエちゃんとトモカちゃんに向き、そしてまた俺に戻るのを感じる。

 怖えな、視線に物理的な圧力を感じるぞ。

「で? お前は怪我はしていないのか?」

 タイラーくんまでが、イヤに静かな声を押し出してくる。

 ヤだなあ、説教された時を思い出して背筋が冷えるんだよ、その声。

「俺は怪我なんかしねぇよ。並の頑丈さじゃねぇからな」

 言って、俺は右袖を捲くってみせる。

 見よ、この細い手首。

「頑丈だから無事だった、か。そいつらは、お前の体感で、どの程度の強さで握っていたんだ?」

 なんと言うか、タイラーくんの様子がおかしい。

 なんだこれ、尋問か?

「あー? えーと、結構強かったな……。手首くらいなら、握りつぶしても構わんって程度? 普通のコだったら、ヤバかったかもな?」

 そう言って、俺はカナエちゃん達に顔を向ける。

「え? 私は、痛いくらいで済んでたけど……」

 ちょっと引いたような顔で、答えてくれるカナエちゃん。

「私は、さっき回復してもらうまでずっと痛かった。ちょっと骨の心配してた」

 無表情に左手首を掲げ、飄々と答えるトモカちゃん。

 って、そんなに痛かったのかよ。

 早目に言いなさい、そういう事は。

「なるほど、まあ、相手も握力にばらつきは有るだろうが……バケモノが無事で、軽戦士は痛い程度、魔法士(メイジ)は手首を負傷、か」

 言いながら、眼鏡を上げるタイラーくん。

 ちょっとまてや、誰がバケモノだこの野郎。

 ……と、いつもなら噛み付く場面なんだけども。

 眼鏡を直す指の間から覗く目が、見た事が無いほど冷たい。

「まあ、そういうこったな。2人とも回復してるし、俺は元より怪我はしてねぇ。馬鹿3人は衛兵隊に連行されたし、もう問題ねぇよ」

 そんな目を見た俺の口は軽口を吐き出すことも出来無い。

 なんだか妙な胸騒ぎを抑え込み、それでもなんとか、なるべく陽気に言ってみせる。

 

 なぁんで、お前はそんなに殺気立ってるんだい? タイラーくんよ?

 

「そうか、衛兵隊が働いたか。所でイリス、俺は少し用事が出来た。晩飯までには戻る」

 そう言って立ち上がるタイラーくん。

 なになに、何処行こうっての?

 話の流れから嫌な予感しかしないから、そういう事言うの、やめてくれるかなぁ?

 慌てて止めようと立ち上がりかける俺の前で、リリスが考え込むように閉じていた目を見開く。

「……待ちなさいな、タイラーくん」

 おもむろに口を開くと、動き出そうとするタイラーくんを制止する。

 ちょっと今までにない事態を前に、役に立たない俺に代わり、身内を律しようとしてくれるのか?

 なんだかんだで頼れる姉だぜ……!

 そんな(ふう)に安心してしまった、その目の前で、リリスは軍服の胸ポケットから何やら手のひらに収まる何かを取り出し、タイラーくんへと放り投げる。

 うん?

 なんだそれ?

 反射的に受け止めたタイラーくんは、それをしげしげと眺める。

 見た限り、黒い、なんかのケースの様だけど……。

 何が入ってるんだろ?

「……これは?」

 ケースを開けて中を確認してから、リリスへと質問を投げつける。

 残念ながら、俺の位置からはその中身は見えない。

 ただ、ケースを開けた瞬間に、ひやりとした何かに首筋を撫でられたような気がしただけだ。

「タイラーくんなら聞いたこと有るんじゃないかしら? 『享楽の抱擁』よ」

 答えるその声に暫し黙考し、タイラーくんはケースを閉じる。

「これは、要返却か?」

 すう、と細められた瞳が、リリスを捉える。

 答えるリリスは、楽しげに唇を歪ませる。

「そうね、どうせ使う予定も無いし、報酬代わりにあげるわ。使いたい時には借りるわね?」

 答えを確認すると、ぐっとそのケースを握り締める。

 そしてタイラーくんは俺達に背を向けると、喧騒の間を抜けて冒険者ギルドから外へと消える。

 

 じゃ、ねぇんだよ!

 

「リリス!? おま、なんてモン渡してんだ!」

 リリスが渡した「享楽の抱擁」、なんだか危ない薬の名前みたいだけど、ソレはそんな生易しいモンじゃない。

 なんで俺が知っているかって?

 見てたからだよ、そのアイテムを。

 つい最近、と言うか、ついさっき、だ。

「あらあら、別に死ぬわけじゃなし、構やしないわよ」

 肩を竦めて見せるリリスと、そんなリリスに怯えている俺の様子に、流石に気になったのか、ハンスさんが俺へと目を向ける。

「なんだ? 享楽の、なんとか言っていたが。それはどういった物なんだ?」

 そいつは、トモカちゃんが気になっていたアイテムのひとつ。

 ちらりと視線を向けるが、トモカちゃんは気付いた様子もない。

 

 そうだよな! アイテム名と説明文(フレーバーテキスト)とか、あの場では俺にしか見えて無かったもんな!

 

 何となくリリスに目を向けるが、コイツは「好きになさい」みたいな態度でグラスを傾けてやがる。

 絶対コイツのほうが、俺より遥かにトラブルメーカーだと思うんだけど!

「……呪いのアイテムだよ。ひと刺しで、精神崩壊を誘発する程の激痛を齎す」

 冗談で買ってこようかと思ったアイテムを、実の姉が俺より先に購入してました。

 しかも、俺が想定してた相手にその針先が向かうようで、積極的に止める気にならないのがなんとも。

 

 だけど、つまりはタイラーくんは、衛兵隊の隊舎に向かったんだよな?

 見つかったら怒られるじゃ済まないと思うんだけど……?

 

「……なるほど、そうか。今更追いかけた所で、アイツには追いつけんだろうな」

 慌て焦る俺とは対象的に、ハンスさんは落ち着き払っている。

 えっ、なんで?

「いやいやいや、そんなんで良いのかよ(サブ)マスさんよ!? 今まさにウチのクランメンバーが犯罪行為を……!」

「バレなきゃ問題ねぇんだよ」

 慌てふためく俺の肩を、グスタフさんが叩く。

 

 はぁ!?

 このオッサン、何言ってんだ!?

 

「冒険者の自由の原則だ。お前も大好きだろう?」

 逆側から、ハンスさんがしれっと言ってのける。

「心配要らねぇよ。アイツがそこらの衛兵なんぞに、見つかるような真似(ヘマ)するかってんだ」

 唐突に背後から掛かる声に、見上げるように振り返れば、そこには揚げ芋(ポテチ)を山盛りにしたバスケットを持ったウォルターくんが立っていた。

 あ、今日はこっちの厨房に居たのね?

「アイツが行かなかったら、俺が行ってたぜ?」

 テーブルに揚げ芋(ポテチ)を置きながら、そんな軽口を叩く。

 いや、いくら軽口でも物騒すぎるのでやめて頂きたい。

「滅多な事を言うんじゃねぇよ、衛兵隊と揉めてどうすんだ。大体、相手の特徴も聞かずにどうすんだ? アイツ」

 折角出された料理だけど、摘みながらも心配で、口から出るのは感想ではなく愚痴だ。

「おいおいおい、お前は斥候(スカウト)を甘く見すぎだな? 調査から潜入まで、俺らの得意分野だぜ?」

 言って、ウォルターくんはガハハと笑ってみせる。

 豪快なのは結構だけど、そんな事を大声で言うんじゃないよ。

 とは言え、まあ、そうなんだろう。

 それに。

 

 タイラーくんは、暗殺系のスキルを持つ、斥候(スカウト)だ。

 

 安心しようとして思い出した事が、余計に俺の心臓に嫌な汗を伝わせる。

 大体、なんでこんな事になってんだ?

「なんであんなヤベえ奴みたいな雰囲気で出て行ったんだアイツぁ。まるで仲間の仇討ちにでも行くような(ツラ)だったじゃねぇか」

 蜂蜜酒(ミード)を呷って素直に愚痴れば、周囲の顔の群れがキョトンと俺を見る。

 何だよ何なんだよ。

「姐御。お言葉ですが、姐御にちょっかい出した野郎を、衛兵に任せてそれで収まる筈が無いでしょうが」

 隣の大テーブルに陣取るグスタフ組のひとりが、実に暑苦しい眼差しで言い、周囲がそれに激しく首を上下させる。

「その通りだ! 俺達の姐御に色目使った挙げ句に力づくでどうこうしようなんざ、許してやる理由がひとつも見当たらねえ!」

 更に別のひとりが鼻息も荒く力説する。

 それに頷くグスタフ組と、眺めて笑う酒樽の妖精。

 いや、止めろ妖精さん。

 お前んとこの若い連中が、なんかおかしな事言いだしてんぞ。

「待て待てちょっと待って、畳み掛けるようにツッコミどころを晒してくるんじゃないよ。何だよ姐御って。その後のセリフもおかしいし」

 色々と勢いが凄いし、とても俺の手には負えねぇよ。

 取り敢えず、「俺達の」ってなんだ。

 なんで俺が他所のクランのマスコット的な扱いになってんだ。

 野郎にモテても少しも嬉しくねぇよ。

 ふと気付けばいつの間にかジェシカさんも姿を消しているし、ちらりと見れば周囲の野郎どもの視線は暑苦しいし、どうすりゃ良いんだこの状況。

 俺は蜂蜜酒(ミード)を一気に呷ると、ジョッキを高々と掲げる。

 

「こっち注文! ブルドッグ! ジョッキで!」

 

 大声で、最近流行り始めたカクテルをオーダーする。

 ウォッカとグレープフルーツのジュースとのカクテルで、やはり女性冒険者に人気なのだが、本来は確か1:3の割合で作るものの筈だ。

 オシャレにグラスで楽しむのが正しいだろうし、そのグラスの縁を塩で飾ればソルティドッグになる。

 だと言うのに、どうもアルコールが強い気がする辺り、下手すると此処のは1:2とかになってる可能性が高い。

 俺が弱いだけ、っていう可能性も無論有るけど。

 だけど、むしろ今は1:1くらいの割合でも構わない気分だ。

 何故かって?

 

 こんなモン、呑まずにやってられるか!

 

 

 

 翌朝、いつもの様に頭痛を抱えて起床し、いつものように半裸でうろついてヘレネちゃんに怒られて風呂に入る、っていうルーチンをこなしてダイニングに顔を出す。

「うっす」

 風呂入ろうがなんだろうが、問答無用な頭痛に屈しそうになりながら、既に集まっているクランメンバーに死にそうな顔で挨拶する。

「イリス……。あんまり呑みすぎるのは良くないよ?」

 ついぞ聞いたことのない様な真っ当な苦言に、思わず驚いて顔を向けると、そこには何とも言えない顔のカナエちゃんが俺を見ていた。

「若年の飲酒は良くない」

 隣のトモカちゃんもそんな事を言うが、こっちはなんと言うか、無表情に近いので心配されてる気があんまりしない。

 とは言え、そんな心配と言うか、酒に関して言われた事が無かったと言う事実に気付かされて、俺は呆ける。

 

 考えてみれば、これが普通の反応()()()

 この世界に慣れすぎたとか毒されたとか、そう言う次元の話じゃない。

 

 これが、同郷の人間が居る、って事なのかと、変な所で感心してしまう。

「……なに? そんな顔されちゃうと、心配してるほうが変なのかと思っちゃうんだけど」

 余程呆けていたのか、俺に見詰められていたカナエちゃんが居心地悪そうに身動ぎする。

「そうだぞ、カナエ。イリスの心配なぞ、もはや変人の所業だぞ」

 横から茶々入れてくる眼鏡が、朝っぱらから著しくウザい。

 コイツは、なんでしれっとトースト齧ってんだこの野郎。

「この場合はカナエちゃんが正しいだろうが。お前はお前で途中で消えやがるし。お前と言い、ジェシカさんと言い、何してやがったんだよ」

 言いながら、トーストにバターを塗る。

「あ、やっぱ良い。言わなくて良いからな? タダでさえ宿酔(ふつかよ)いで頭(いて)ぇんだ、これ以上頭痛の種を増やさんでくれ」

 トーストは旨いんだけど、タイラーくんと呪いのアイテムとの組み合わせを思い出すと、げんなりした色が顔に滲んで出るのを自覚してしまう。

 具体的に効果と顛末を聞かされたら、食欲を無くす予感しかしない。

「クランの頭痛の種が、何か言っているようだが」

 そんな俺に、眼鏡が涼しげに憎まれ口を放り投げてくる。

 もうちょっと元気だったなら、その喧嘩買ってやったのに。

「私は、タイラーの手伝いをしてただけよ? 酒場(バー)に戻ったらイリスちゃんが潰れてて笑っ……驚いたけどね?」

 にこやかに、ジェシカさんが笑顔をくれる。

 ……今、笑ったって言いかけたよね?

 無理しなくて良いのよ?

「……いつもあんな呑み方してるの?」

 対照的に、何処までも心配そうなカナエちゃん。

 ああ、心配してくれるのはカナエちゃんとヘレネちゃんだけだよ。

 最近じゃ、子供達ですら、潰れて帰ってくるのが俺の日常だと思ってるみたいだし。

「イリスは呑み方が下手なのよ。こんな大人になっちゃ駄目よ?」

 悲しみに暮れる俺に、実の姉の容赦の薄い追撃が刺さる。

 リリス(おまえ)だってちょくちょく潰れてんじゃねぇか、他人事じゃねぇぞ。

「大人って……同い年なんだけど……」

 堂々と言い切るリリスの有様にも気圧されたのか、カナエちゃんの勢いが更に落ちる。

 頑張れ、と言いたい所だけど、まあ、そうだよなぁ。

 見た目も相まって、16歳ってのを信じてるんだろう。

 ホントは中身は27歳のオッサンだって知ったら、どんな顔すんだろうな?

 リリスに至っては1歳と数ヶ月だし。

「カナエ、諦めたほうが良い。世界が違うし、モラルも違う。あ、そのドレッシング取って」

 悟りきった顔のトモカちゃんが、キリリとドレッシングを所望してくる。

 俺は苦笑しつつも自分で取り分けたサラダにドレッシングを振り掛け、のそりと立ち上がると手を伸ばしてそれを手渡す。

 あんまり行儀が良いとは言えないけど、まあ、身内での食事のひとコマだし、大目に見て欲しいモンだ。

「慣れた方が良いとは思うけどな。染まる必要はないぞ? 世界が違おうがモラルが別モンだろうが、自分の心に応えられるのは自分だけだ。正しいも正しくないも、お前らが決めな」

 偉そうに格好つけながら、サラダを口に運ぶ。

 んむ、ウォルターくんお手製のドレッシングは旨いな。

 宿酔(ふつかよ)いの胃袋は、そんなに量を受け付けてくれそうに無いけど。

「冒険者の、自由の原則と言うものもある。責任が伴うが、それを踏まえれば何をするのも自由だ」

 俺の言葉と、それを補強するようなタイラーくんの言葉に、何かを考えるような顔のカナエちゃんと、相変わらず無表情なトモカちゃん。

「衛兵隊の隊舎に忍び込んで、捕まってる冒険者に呪いの針をぶっ刺す自由は、どうかと思うけどな」

 そんな空気を感じながらも、なんかタイラーくんの余裕顔が気に入らない俺は余計なセリフで引っ掻き回す。

 思った通り、微妙な顔になってしまうカナエちゃん。

「殺しては居ないさ。運が良ければ復帰も出来るだろう。随分優しいと思うが?」

 当然、そんな言葉がこの眼鏡の動揺を誘うなんて、出来る訳も無い。

「精神崩壊なんざ、冒険者としては死んだも同然だろうが。まあ、それは良いんだよ。俺が心配したのは、お前が下手うったりしないか、それだけだよ」

 トーストの焼き加減も非常に俺好みだ。

 トーストとスープ、スクランブルエッグとサラダを三角食べならぬ四角食べしながらそんな事を考え、空いた口で憎まれ口を放り投げる。

 俺の食べ方は、タイラーくん達には随分と忙しなく見えるらしい。

 とは言え、俺はこの食べ方のほうが落ち着くのだから仕方ない。

「お前に迷惑を掛けることはしないさ。だから食事くらい、落ち着いて取れ」

 そんな事を考える俺に返って来たのは、思ったよりも随分とおとなしい言葉。

 もっとキツめの嫌味が返って来ると思ったのに、なんとも調子が狂う。

「これが、1番落ち着く食い方なんだよなぁ……」

 精々、その程度の事しか言えないのだった。

 

 

 

 眼下に草原と、彼方に大森林を眺めながら、俺は飛行魔法(フライト)の練習をしている。

 テレポート連続ジャンプよりは遅いけど、消費MPが随分少ないので、これはこれで使い勝手が良い。

 バランスを取るにも小難しいことを考えなくても良いし、わざわざ収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)で飛ぶ必要は、二度と無いだろう。

 この程度のMP消費なら回復量の方が上回ってしまうので、障壁を張りながら飛ぶのも余裕だ。

 空中で停止も出来るので、遠隔視(リモートビューイング)を併用すれば、偵察の真似事も出来そうだ。

 遠隔視(リモートビューイング)はどうしてもそっちに集中しがちになるので、その隙に撃ち落とされたら笑い話だけど。

 空中を滑空しながら、南、モンテリアのある方向、その先を見透かすように目を細めて見る。

 ただの裸眼で見える筈もないが、その先にあるのは王都。

 ……PCの件も有るし、ぼちぼち顔を出さなきゃ駄目っぽい。

 そのうち、領主様(おじーちゃん)から連絡と言うか、その件に関して呼び出しも有るだろう。

 

 個人的には王都に用は無いし、むしろ東の……聖教国のほうが気になる。

 召喚、なんて悍ましい方法で異世界の人間を呼び寄せて、言葉巧みに操る連中。

 

 確実に、敵になるだろう国。

 

 俺やリリス以上の、化物が居るかも知れない、そんな国。

 

 さしあたって、どう動くべきか。

 国が相手となれば、幾ら何でも個人ではどうしようもないだろう。

 ましてや、化物……キャラクターが居る恐れも有るのだ。

 いつぞや相手した、プレイヤーである所の「カナリー」は、俺とのレベル差が大きすぎた。

 奴の攻撃では、俺の障壁を割ることは出来ない程の差が。

 その立場が逆に成りかねない様な相手が、もしも聖教国に居たら。

 

 ゲームでの最高レベルは、1万だ。

 

 そんなレベルの化物が居たら、俺どころかリリスであっても、どうしようもない。

 どうしようも無いんだけど、でも。

 リリスが追ってきた相手が、そんな化物だったら。

 しかもリリスの敵だったら。

 

 大森林に背を向け、アルバレインを視界に収めると飛行魔法(フライト)を加速させる。

 

 成るようにしか成らないし、結局はリリスと行動を共にするのだ。

 俺は、つまらなそうな顔を無貌の狐面に隠して、青空を駆ける。

 仲間も増えて、あの広い屋敷も随分と部屋が埋まった、そんな事を考えると、僅かに気持ちが軽くなる。

 今日は菓子屋で焼き菓子でも買って帰るか、それとも屋敷でケーキでも焼くか。

 

 色々な事を考えつつも全部に答えを出せないまま、見慣れた街の、思えば初めてくぐった思い出の北門へと降下を開始する。

 何事も、何とかするしか無いだろう。

 覚悟と言うには余りにも好い加減なそれを抱えて、今日の日常へと向かう。

 

 荒れるか、凪ぐか。

 

 先が判らない以上、今大事にするのは仲間と日常。

 らしくも無い事を考えていると自覚した俺は不器用に笑ってから、すっかり居心地の良くなった、俺達の屋敷を目指すのだった。




 次の話の行き先は……?


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状況、安定せず

のんびり冒険者生活が、なんだか遠退いて行くような気がしちゃうこの頃。


 飛行魔法(フライト)が便利すぎる事に今更気付いて、色々練習してます。

 超々低空ホバー(ふう)移動とか、これ、最初に俺がしたかったやつ! なんて、無駄にテンション上がってます。

 

 勿論、普通に飛んだ方が楽だし早いんだけどね?

 

 飛行(フライト)から跳躍(テレポート)、そして飛行(フライト)への連携とか、思いつくままに練習してるけど、イマイチ上手くいかんね。

 ホバー移動しながら収束魔力束(しゅうそくまりょくたば)とかも出来るようになったけど、攻撃の出力に負けて軌道がずれるから、移動しながらの精密射撃とかは無理だな、俺には。

 不意を突いたテレポートで距離をとって、スナイプするのが良いのかな?

 

 いやまあ、1番確実なのは十分距離をとっての隕石(ミーティア)で、広範囲殲滅なんだけど。

 それは色々どうなんだ、って思う訳で。

 

 実は高速で飛びながら魔力光弾(こうだん)をばら撒くのが結構楽しかったりするんだけど、これはこれで迷惑度が高いんじゃないかとか。

 

 そんな事を思ったり試したりしつつ、日課の棒振り剣術ごっこ(独学)なんかもして、イイ汗かいて屋敷に戻って昼間っから風呂に浸かったりとかしてみたり。

 なんとなくのんびり出来てる感じだけど、そういう日が続く事に、なんとなーく不安を覚える俺です。

 

 

 

 異世界ナンパ(され)事件から2週間程過ぎた訳で。

 領主様(おじーちゃん)からの呼び出しもなく、リリスが試作品の酒を持って挨拶に行ったくらいで、ここ数日は本当に平和な日常ってやつを味わっている。

 街はいよいよ旅人や見かけない冒険者が増え、いつもの酒場(バー)も大盛況で、立ち呑み用のカウンターでも作れば? って冗談で言ったらホントに出来た。

 冗談を真に受けられると、困るっ()ーか面食らうっ()ーか。

 

 身近な出来事で言えば、錬金魔道具技師ことレイニーちゃんが、念願の冷蔵庫の試作を完成させた。

 勿論、見た目は兎も角、中身の技術と言うか理屈と言うか、そういった部分は俺の知ってる冷蔵庫とはまるで別モンの、魔石を利用した魔道具だ。

 リリスと何やら相談しながらの作業だったらしく、その見た目はツードアの冷蔵庫。

 製氷室も完備している。

 真空断熱とか色々やってるらしいけど、どうせ聞いても判らないので、最初から技術的な説明は聞き流していた。

 

 原理が判らなくても使えれば良い、そういうサイドの人間だし。

 

 

 

「いつも思うんだけどさ……。お昼からお酒飲んでるのって、どうなの?」

 子供組との共同作業での薬草採取に出ていたカナエちゃんが、戻ってくるなりいつもの大テーブルに腰を落ち着けながら言う。

「いつもの光景なんだったら、もう好い加減に慣れるのが良いと思うよ?」

 そんな不審物を眺める眼差しを飄々と受け流しながら、ひらひらと手を振って見せる。

「何か依頼(クエスト)受けるとか、無いワケ?」

「……だそうだぜ? オッサン」

 ジト目で正論らしきを述べるカナエちゃんから目を反らし、その先に居た酒樽の妖精に矛先が向かないかと試みる。

「俺はクランマスターで冒険者ギルド(ここ)の防衛班長だから、居るだけで仕事になるんだよ。言ったらお前だって、クランマスターだし冒険者ギルドの関係者だし、酒造所にも関係有るし商業ギルドでも用事があるしな。むしろ変にフラフラされたほうが困るってモンよ」

 珍しくちょっと真面目な顔で言い切って、ジョッキを煽る。

 なるほど、そういう考え方もあるのか、とは頷き難いんだよ、それ。

「酒造所も商業ギルドも、そうそう頻繁に用事が有っちゃ困るんだけどなぁ」

 ぶっちゃけて言えば、酒造所はリリスの管轄で、商業ギルドが主に用が有るのはレイニーちゃんの方な訳で。

 その2人を差し置いて、それぞれから俺宛に何か連絡があるとすれば、それは十中八九トラブルな訳で。

 個人的にはそんなモンには関わりたくないんだが、関係してる以上そういう事も言えないし、やっぱり俺宛の連絡は、基本無い方が理想なのだ。

 

 まあ、商業ギルドの方で言えば銭湯絡みの話が無くもないけど、冒険者向けにようやく完成した3号店はブランドンさんが受け持ってくれてるし、貴族様専用の4号店はリリスが窓口だ。

 必然、そっちの連絡なりも、それほど頻度が高い訳じゃない。

 

 こんなタイミングで、銭湯の売上がガタ落ちしました! とか連絡が来ても、正直対処には困るんだけども。

 

「だったらせめて、依頼(クエスト)請けるとかしたら?」

 何となくどうしたもんかと短く悩んでみると、カナエちゃんのどこか責めるような声に現実に引き戻される。

 

 まあ、言いたい事は理解(わか)るんだけどねぇ。

 

 ほんじゃあ素直に依頼(クエスト)請けて小銭でも稼ごうか、なんて思うかって言えば、元から持ってた山のような金貨も有るし。

 別段、冒険者ランクを上げたいとも思わんし。

 下手にBランク以上になっちゃうと、指名依頼なんて言う、聞いたことの有る面倒くさいヤツが舞い込んでくる事も有るらしいし。

 

 ただでさえ領主様(おじーちゃん)の養子? 養孫か? なんてモンになって、動き難い事がちょっと増えたってのに、これ以上面倒事を増やしたくないよ。

 

 そんなこんなで俺自身はもちろん、クランとしての儲けもそこそこ有って、正直クラン資金は俺の資産とは別にしてるけど、それももう既にそこそこの額になっている。

 具体的に言えば、クランハウスとしてもう2~3(に・さん)軒、そこそこのお屋敷が買えるレベルだ。

 当然、ウォルターくんやヘレネちゃん、レイニーちゃんにきちんと給金払って、その上でだ。

 ウォルターくんとレイニーちゃんに至っては、それぞれ+α(プラスアルファ)で収入が有る。

 まあ、個人では圧倒的にレイニーちゃんが稼いでるんだけど。

 

 名前が売れてきたのか、レイニーちゃんの工房の方にもちょいちょいお客さんが来てるらしいし、良いことである。

 屋敷を改装して、レイニーちゃん工房直通の門扉とドアを造った甲斐が有るってモンよ。

 

 ぼちぼちレイニーちゃんだけでなく、ウォルターくんやヘレネちゃんも含めて、それぞれに助手とか同僚とか、用意したいところだねぇ。

 それぞれ、そろそろワンオペは厳しいだろ。

 ウォルターくんなんか、いつ休んでるんだろ? ってレベルだし。

 

 カナエちゃんの言葉から、俺の状況からウチのメンバーの状況まで思考を遊ばせていた俺は、グスタフさんの豪快な笑いに何事かと視線を向ける。

「なんだイリス、お前、自分とこの新入りに、自分とこの状況の説明もしてねえのか」

 グスタフさんのセリフに、表情をキョトンとさせたカナエちゃんと、無表情ながらどこか興味を持った(ふう)なトモカちゃんが俺とグスタフさんとを見比べている。

「だって、なんか自慢みたいで恥ずかしいじゃんよ。っつーか、石鹸やら酒売ってる時点で、そこそこの儲けが有るって理解(わか)ってると思うし?」

 それに、銭湯1号店は建物は俺が買ったもんだし、それの売上の1部とか、賃料とかも入ってくる。

 まあ、維持費は出ていく訳だけど。

「えっと。つまり、イリスは実は、働かなくても食べていけるサイドの人?」

 唐揚げ大盛りを突付きながら、トモカちゃんが言葉を向けてくる。

 食べること以外に口を使ったかと思えば、随分とまあ身も蓋もない言いようだな。

「うーん、まあ、実は困ってないねぇ。冒険者ランクを上げようとも思わんし。ウチの子供組と一緒とか、身内の依頼ってんなら、普通に動くけど」

 答えて俺は、やや投げやりに言葉を零す。

 実のところ、仕事とは関係無く、やらなきゃいけないことは幾つか出来たんだけど。

 それについて、ちょっと腰が重いんだ、ってのは内緒で。

 ちょっと想像してたのと違ったのか、カナエちゃんが呆けたような顔を俺に向けている。

「それに加えて、信じられん事だが、コイツは領主様の孫になったからな。むしろ、妙な依頼を振る訳にも行かなくなってる」

 新入りの様子に気を取られている間に背後に立った声が、俺の頭上に降りかかる。

「おやおや。俺は自発的にカウンターを避けてる心算(つもり)だったんだけどな?」

「堂々とサボってるとか言うんじゃねえよ、このバカ」

 ニヤニヤと、しかし振り返りもしないで言う俺に、ブランドンさんの拳骨が降ってくる。

 もー、すぐに暴力振るうんだから。

「まあ、下手に暴れられても困るし、実際問題止められんからな。こっちとしても助かるんだが……」

 不自然に途切れる言葉と、何やらゴソゴソと動いている様子に、俺は仕方無しに振り返る。

 ヒトサマの後ろで、何してるんだよ。

「ホレ。お前の言う、身内からの依頼だ」

 振り返った目の前に、1通の書面が突きつけられる。

 折り畳まれているそれは、多分、ブランドンさんの懐から出てきた物だろう。

 受け取って、目に飛び込んでくるのは必要以上に綺麗な文字。

 人の手によるものとも思えないそれを見ただけで、それがプリントアウトされた物と知る。

 って事は、メールか。

 メールで、ブランドンさんが受信して、そんで俺の身内って……。

 考えるだけで背筋に冷や汗が流れる中、視線は文章を追う。

 

 ウチの新人2人組とグスタフさん、それにグスタフ組の若いのがなんとなく見守ってくれている中、内容を確認した俺は重い、それは重い溜息を漏らしたのだった。

 

 

 

 重い足取りで屋敷に戻った俺は、多分、気乗りしない面持ちでシンプルな扉をノックし、出てきたリリスにブランドンさんから渡された文書を突きつける。

 正直、このまま押し付けられたらどれほど気楽かと考えなくもないが、それが可能とも思えない。

 

 文書を読み進めるリリスの表情が面倒くさそうに、面白おかしく変化していくのは見てて楽しいが、正直それどころではない。

 なんせ、他人事じゃないからな。

 

「……思ったより早いわね。イリス。アンタ、領主様(おじーちゃん)を怒らせるような事、なんかしたの?」

 心底嫌そうな顔を上げて問うてくるリリスだけど。

「……割と本気で、それは俺のセリフなんだよなぁ……」

 暫し無言で見つめ合った双子は、ほぼ同時に溜息を吐き散らした。

 

 領主様(おじーちゃん)からの依頼、というか御命令は、PCを持って王都へ行こう! ってものだった。

 その時、ついでにお酒も売り込みたいから、ウォッカとウイスキーとブランデーもよろしく! とも。

 

 どっちかっ()ーと、(そっち)がメインではないのか? という疑惑は有るけど、さすがにそんな事、領主様(おじーちゃん)に言える訳もない。

 

「……っ()ーワケで、俺とリリスは領主様の要請で、色々持って王都に行くことになりましたー」

 夕飯時に、俺は弾まない声でメンバーに告げる。

 盛り上がる子供組が拍手し、新顔3人組が驚いたような顔を俺とリリスに向けてくる。

 そう言えばカナエちゃんとトモカちゃんは、レベッカちゃんといつの間に仲良くなったんだろ。

 

 まあ、クラン内で反目されたりしたら目も当てられないし、仲が良い分には問題無いからこのままで居て欲しいもんだ。

 

「へぇー。なんかちょっと時間掛かった気がするけど、漸くなんだねえ。気をつけて行ってきてね?」

 レイニーちゃんがナイフとフォークを手に、他人事風に見送り体勢に入ったが、逃さないよ?

 

 っ()か、なんで他人事だと思えるん?

 

「レイニーちゃんも行くんだよ? 制作した本人なんだから」

 俺が軽く言ってのけると、ぽかんと口を開けるレイニーちゃん。

 この子、割と最初からだけど、表情がコロコロ変わって面白い。

「えええ!? なんで!? なんで私!?」

「だから、PC作ったのはレイニーちゃんでしょうが。製作者が行かないでどうすんだよ」

 領都(モンテリア)に行くときは全然嫌がらなかったのに、王都行きはゴネるのはなんでなんだろう?

 心底不思議に思ったので、思ったことをほぼそのまま口にすると、レイニーちゃんは実に不本意そうな顔をした。

「製造者責任だったら、領主様に持ってって説明した事で果たしたと思うんだけど? 第一、純粋に遠いのよ、王都」

 頬を膨らませる勢いで、不機嫌に理由を述べるレイニーちゃん。

 前半に関しては異論が有るけど、後半に関しては凄く同意出来る。

 出来るんだけど、同意ばかりもしてられない。

「んじゃあ、領主様(おじーちゃん)にそう言って見るかい? 遠くて面倒臭いんで、王様への説明はやっといて下さい、って」

 俺の言葉に、レイニーちゃんはへの字に口を閉ざす。

 そんな事を実際に言ったら、単なる不敬だ。

 縁もゆかりも無かったとしても、俺だって領主なんて張ってるお人に、そんな無礼なことは言えやしない。

 

 最初から喧嘩売る心算(つもり)だったら、話は別だけど。

 

「まあ、諦めて、物見遊山気分で行こうじゃないの。どうせ帰りはポータル作るだろうから、早いだろうし」

 王都の中にポータル作ったら問題起きそうだから、王都からちょい離れた所に作る感じになるのかなあ。

 レイニーちゃんは俺に半眼を向けてから、腕組みして考え込み、すぐに溜息を()く。

 

 ……実はウチで一番、表情豊かなんじゃないだろうか?

 

「わかった、諦める。その代わり、何か面白いアイディア頂戴!」

 うん、諦めが良いのは大事だね。

 だけど、それ、あんまり口にしないほうが良いと思うよ?

「アイディアねぇ……。俺は適当なモンしか出せないぜ?」

 何か思いついたとしても、俺は構造なんか理解できてないモノの方が多いから、概略の説明すら怪しい。

 そういう意味で言うなら、それこそリリスの方が適任なんだけど。

「えー……? うん、リリスちゃんだったら色々相談出来るけどさあ……」

 しかし、レイニーちゃんの返答は、歯切れが悪い。

 それは流石にリリスも気になったようで、顔を上げてこっちを見ている。

「リリスちゃん、色々厳しいのよ……主に納期が……」

 心底げんなりと、レイニーちゃんがテーブルに顔を伏せる。

「ちょっと! 私、そんなに厳しくないでしょ!?」

 聞き捨てならなかったらしいリリスがテーブルに手をついて立ち上がり抗議するが、レイニーちゃんはテーブルにぐったりと身を預けたままで答える。

「PCなんて、仕様の理解が出来てるかどうか怪しいのに強行させられるし、冷蔵庫は協力してくれるかと思ったら要求スペックが高いし……そして納期……」

 一瞬で死に体になったレイニーちゃんから漏れ出る不満と愚痴に、思い当たるところが有るらしいリリスはぐうの音も出ない。

 それを眺めていたタイラーくんがメガネを押し上げ、そして俺は腹を抱えて笑い転げるのだった。

 

 

 

 一応、他に王都に行きたい人~、みたいな感じで同行者を募集するものの、なにせ領主様と一緒、という中々に神経を擦り減らしそうな旅路、希望者は居なかった。

 子供たちは行きたそうな様子は有ったが、流石に今回は見送りと言うことに。

 

 今度、皆でポータル使って行ってみようと約束した。

 

 当たり前のように遊びに来ていたメアリーお嬢様にも聞いてみたけど、「うーん、面倒だからやめておくー」とのんびりと答えられた。

 ウチの連中の反応は、領主様(おじーちゃん)には聞かせられないなぁ。

 

 そう言えば、メアリーちゃんには聞きたいことが有ったんだった。

 今の話には関係ないけど、この際だ、聞いてしまおう。

 

「メアリーちゃん、もういっそ、ウチのクランに入るかい?」

 

 何気ない感じで言った途端、メアリーちゃんだけでなく、リビングに居たメンバー全員が俺に顔を向けた。

 

 えっ?

 

「えー。もうとっくに、メンバーの心算(つもり)だったのにー?」

「アンタ、今更……って言うか、今まで除け者にしてたの?」

「信じ難いほどの不義理だな。そんなに薄情な奴だとは思っていなかったぞ」

「え……すごい人がメンバーなんだな、って普通に思ってたのに……」

 等々、それはそれは盛大に突き上げられた槍先に乗せられて、非常に居心地が悪い思いを味わうことになってしまった。

 

 なんだよ、みんな、そんなにすんなり受け入れてたのかよ。

 俺に、その旨言っといてよ。

 メアリーちゃんに関しては、俺、絶対に拒否なんかしないのに。

 

 みんなの懐の深さと槍玉に挙げられた不条理さになんとも言えない感情を抱くけど、俺が悪い……俺が悪いのかこれ?

 

 

 

 領主様邸に挨拶に赴いた俺は領主様(おじーちゃん)と息子さん(次期領主様)、そしてわらわらと寄って来る義理のお兄様お姉様方にと、次々に挨拶&ハグ。

 どうにも慣れないのは日本人的感覚なのか単に俺がシャイなだけなのか今ひとつ不明だが、まあ、俺だけでなくリリスもじんわりと疲労の色を滲ませているので、それを見てなんとなく諦める。

「……ひどい目に遭ったわ……」

 疲れ切った顔のリリスのげっそりした声を笑ってやる元気もない俺もまた、リリスと似たような表情なんだろう。

 

 きっと服装の所為だろうと意見が一致した俺達は、出立までにと宛てがわれた部屋で将官用の礼服に着替える。

 まあ、見た目装備(コス)を替えただけなんだけどね。

「アンタの言った通りだったわ……」

 折角王都に行くんだし、どうせなら今まで着たことのない服を着よう! と言い出したリリスに押し切られ、ゴシックなドレスなんかをチョイス、装備の関係でしっかりヘッドドレスまで着用した俺達。

 なまじウチの連中の反応が良かったもんだから調子に乗ったリリスと、気恥ずかしくも満更でもない俺は、たまには良いだろう、と、軽い気持ちで出掛け、結果が先に述べた惨状である。

 挨拶と言うには派手に揉みくちゃにされた訳で、礼に始まり礼に終わる日本人としては、些か過剰なスキンシップに疲弊してしまった訳だ。

 

 礼節って言葉を知ってるのか、って?

 知識としては知ってるよ、身に付いてるとは絶対に言わないけども。

 

「やっぱこれ系の方が落ち着くわ……っ()ーか、そもそもスカートが慣れんわ……」

 かっちりと着込んだ礼服にコートを羽織、旅路だけはといつもの、無貌の狐面を纏う。

 流石に、王様に謁見の時には外しなさいと言われそうなので、その時には軍帽になるんだろう。

 

 あっという間に着替えてしまった双子の様子に、周囲はなんとも残念なご様子だったが、どうかこの格好で勘弁願いたい。

 

「うんうん、移動はもうちょっと楽な服でも良いだろうね。あ、王都に着いたら、さっきのみたいなドレスに着替えるんだよ?」

 しかし、領主様(おじーちゃん)だけはニコニコと、そして軽々と、とんでもねぇ事を言い出しやがった。

 隣のリリスが、狐面の中で嫌そうな顔をしたのが伝わってくる。

 

『ほれ見ろ、余計なことすっから』

 流石にこの場で口には出せないので、棘だらけの念話を飛ばしてやる。

『何よ私の所為!? アンタだって言う程止めなかったじゃないの!』

 即座に返ってくる姉の雑言。

 素晴らしいレスポンスだが、あんまり嬉しくはない。

『下手に止めようもんなら暴れだすだろうが、お前は』

 

 ニコニコの領主様の前で、表情にも声にも出さず、静かに喧嘩する仲良し双子姉妹。

 まあ、リリスが色んな服を着たがってるのは知ってるんだけどね?

 俺を巻き込まずに、1人で着飾っててくれれば良いのに、なんて思うんだけど。

 それを言うと本気で怒るので、二度とは言えず、黙って従うしか無い俺からのささやかな仕返し念話は、中々に気に入って貰えたようで何よりである。

 

 俺自身も、色々とダメージ受けてるけどな。

 

 

 

 王都を目指す6台の馬車、領主様(おじーちゃん)と息子さんの長男、つまりお孫さんにして俺達の義兄とお付きの方々の乗り込む馬車の後ろに、俺達プラス臨時のお付きの2人の乗る馬車が続く。

 今回は王都には用が無いって事で、いつも移動時には一緒のブランドンさんは居ない。

 じゃあ残りの馬車は何かってぇと、食材なんかを積み込んでる馬車と野営の支度なんかを積んでる馬車、それと護衛の戦士団の皆さんだ。

 

 護衛に関しては、俺、っ()ーかリリスが居るだけでもう過剰な気がするけど、まあ、だからって身軽過ぎるのもマズいんだろう。

 

 俺もリリスも見た目は軍礼服だけど、中身は完全に実戦用の装備だからな。

 2人とも、何かが有れば即座に飛び出せる。

 

 まあ、何も無いに越したことは無いんだけどさ。

 心のどっかで、ちょっと待ち構えちゃってる俺が居るよね。

 

 ただでさえ魔獣やらが居る世界で、野盗(やとう)追い剥ぎ山賊と物騒な旅路に、悪食(ケモノ)野郎を筆頭とした「仇成す者」とか聖教国とかの胡散臭くも物騒な連中がどうやら敵になりそうな状況で。

 その上()()の同族が何処かに潜んでいるかも知れないと考えれば、とても油断なんか出来る心境じゃない。

 

 化け物の相手は嫌だなぁ。

 

 俺は、窓に写る自分の目を見ながら、こっそりと溜息を()くのだった。




先に王都まで単身で飛んで、ポータル作っちゃえば楽だとは気付かないうっかりさん。


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