腐り目とオッドアイ (おたふみ)
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出会いは偶然に

ここは都内の某赤提灯。

なんでこんな所で飲んでるかって?今日は雪ノ下の結婚式があった。相手は俺じゃないことは一人で飲んでる時点でわかるよな。わかれよ。

相手は大物国会議員の二世。軽く話をしたが、その辺の有象無象の百倍マシだ。特に葉山。

 

花嫁の控え室に挨拶に行ったら、雪ノ下に『私、本当は…』なんて言おうとしたから、『おめでとう』とだけ言って部屋を出た。俺だって…俺だってな!雪ノ下のことが!!

 

…今さら言ってもどうにもならん。仕事?有給休暇使って一週間は休みだ。

 

時間もたっぷりあるからやけ酒って訳だ。由比ヶ浜?とっくに戸塚と結婚したよ。おのれ由比ヶ浜!

 

なんて、現実逃避をしながら飲んでる訳だ。

 

しみるなぁ、日本酒…。

 

「あの、お隣よろしいですか?」

 

この声!まさか!

 

「雪ノ…下じゃねぇよな…」

 

「はい?」

 

「いえ、声が知人に似ていたもので…。すいません」

 

「お気になさらずに。よろしいですか?」

 

「ど、どうじょ」

 

か、噛んだ!!

 

し、仕方ねぇだろ。見てみろよ。吸い込まれそうになるほど綺麗なオッドアイ、白い肌、触れると壊れてしまいそうな細い腕…。普段はアニソンしか聞かない俺でも知っている。…スーパーアイドルの高垣楓が目の前に!

 

ここは戦略的撤退しかない。

 

「じゃ、じゃあ、俺はこれで…」

 

「…少し、お付き合いいただけませんか?」

 

少し陰りが見た。

 

「だけど、アナタはアイドルでは…」

 

「今、ここに居るのは只の酒好きの女…」

 

少し悲しそうな目だ。

 

「はぁ…少しなら」

 

「ありがとうございます」

 

こうして高垣楓と酒を飲むことになった。

 

「では、私たちの出会いに…あら?」

 

「どうしました?」

 

「ごめんなさい、お名前を聞いても?」

 

「比企谷です。比企谷八幡」

 

「比企谷…八幡…。素敵なお名前ですね」

 

「そうですかね?名前でよくイジメられました。ヒキガエルだとかヒキコモリだとか」

 

「まぁ、こんなに素敵な人なのに」

 

「おだててもなにも出ませんよ」

 

「本心ですよ」

 

「ありがとうございます。では、乾杯しましょうか」

 

「「乾杯」」

 

やっぱり、今日の日本酒はキクなぁ…。

 

「はぁ、酒(しゅ)あわせ」

 

「へ?」

 

「うふふっ」

 

まさかのダジャレ…。

 

「もっとお洒落なバーとかで飲んでるイメージなんスけどね」

 

「いいえ、日本酒大好きです」

 

「さいですか」

 

「ビールも好きですよ。早苗さんや友紀ちゃんと飲みますよ」

 

あの二人とも飲むのか。すげぇな。姫川友紀は許さん、在京オレンジ球団のファンとは!

 

「あとは瑞樹さんも」

 

「へ~」

 

「この前は志乃さんとワインバーに行きました」

 

「なんか、凄いメンツですね」

 

「はい、みんな素敵な仲間です」

 

「仲間…か」

 

奉仕部での光景が目に浮かぶ。

 

「八幡さん?」

 

「はい?へ?名前呼び?」

 

「ダメ…でしたか?」

 

「いえ、驚いただけです」

 

「それと、なんだか悲しそうなお顔をしてましたよ」

 

「き、気のせいですよ。そ、そういう高垣さんだって…」

 

「『楓』と呼んでください」

 

「い、いや、それは…」

 

「今だけでもいいんです」

 

「か、楓さん」

 

「呼び捨てでいいですよ」

 

「か、か、楓」

 

「はい、八幡さん」

 

な、何この破壊力!

 

「それで、八幡さんは何がそんなに悲しいんですか?」

 

「つまらない話ですよ」

 

「話すことでアナタの心が軽くなるなら」

 

「実は…今日は好きな人の結婚式だったんです…。高校時代の部活仲間で、友達は…二回断られたか。たぶん、両思いだった…と思います」

 

「どうして…」

 

「俺もアイツも今までの関係が好きで、ぬるま湯につかってる状態でズルズルと…。彼女はそれなりの家柄で、気がついたら彼女は政略結婚することになっていて…、取り返しのつかないところまで…。結婚相手がクソ野郎だったらブン殴って拐おうかと思ったんですが、出来た人で…。彼女の幸せを壊す訳にもいかず…、一人でやけ酒…」

 

俺は初対面の人に何を言ってるんだ…。

 

「そんなことが…」

 

「情けない男ですよね」

 

「そんなことない…と言ってもアナタは自分を責めるんでしょうね」

 

「まぁ、そうですね」

 

「雪ノ下さん…ですか?」

 

「っ!すいません、声が似ていたので…」

 

「私も似たような理由で八幡さんに声をかけました…」

 

「え?」

 

「私、今日フラれてしまったんです」

 

高垣楓をフるとは…。

 

「逞しくて、ぶっきらぼうで、少し顔が怖くて誤解されることが多いんですけど、とっても優しいひと…」

 

高垣さんの顔が曇る。

 

「あの人は、私のことは『アイドル』としか見れないみたいで…」

 

と、いうことはプロデューサーか。

 

「それに、エナドリを受けとる時のあの笑顔は私には見せてくれない。きっとあの人は彼女のことを…」

 

綺麗な瞳から涙がこぼれた。

 

「高が…、楓…」

 

「八幡さんの目、あの人にソックリで…」

 

こんな腐った目のプロデューサーとか大丈夫なのか?

 

それよりも、目の前で女性が泣いている。しかも、飛びっきりの美女が…。

 

自分で似合わないことはわかっている。でも、今日だけは…今だけはこんな俺でも許してくれ。

 

楓の手をそっと握る。

 

「今夜は飲もう」

 

「…はい」

 

 

 

 



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欺瞞に満ちた誘い

楓は色んなことを話してくれた。モデル時代のこと、アイドルに転身してからのこと…。

俺は過去の黒歴史を披露して、笑われたり慰められたりした。

 

店を出て、ふと時計を見ると終電が終わってる時間だった。さてどうしたものかと悩んでいると、予想外の提案が。

 

「八幡さん、ウチで飲みませんか?」

 

「い、いやマズイですよ」

 

「マズイ?何がですか?美味しいお酒があるんです。あと梅酒も」

 

「梅酒?」

 

「ええ、和歌山から送ってもらった梅で私が漬けたんです。美味しいですよ」

 

「それは是非とも飲んでみたいんですが、ほら、あれがこれで…」

 

しどろもどろになっていると。

 

「ほら、タクシー捕まえましたよ」

 

タクシーに放り込まれた。意外と強引…。

 

半ば引きずられるように楓が住むマンションに。

 

「座っていてくださいね。今、お酒出しますから」

 

本当にマズイと思い部屋を出ようとした。

 

「いや、本当によくないので、帰りま…」

 

上着の裾を強く握られた。

 

「楓?」

 

「…帰らないでください」

 

「で、でも…」

 

「今は一人になりたくないんです…」

 

楓はフラれたばかり…。俺はその人の代わりにはなれない。でも、楓の声は…。

 

「俺は楓の想い人の代わりにはなれない。それに、俺自身が楓を雪ノ下の代わりに見てしまう。そんなのは…欺瞞だ」

 

「それでもいいんです。私は八幡さんに居て欲しいんです」

 

そんなこと言われたら、今の俺は断れない。

 

「…それが許されるなら、俺だって楓と居たい」

 

「私は…居て欲しいんです」

 

「わかりました」

 

楓が俯いてしまった。

 

「ごめんなさい、我が儘を言って…」

 

はぁ、美人には勝てないな。思わず頭を撫でてしまう。

 

「楓みたいな美人の我が儘を聞けるのは本望だよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「ほら、飲みなおそうぜ」

 

「はい」

 

もう一度座り、楓が酒を持って来てくれるのを待つ。

 

「ほら、『久○田』ですよ」

 

「え?いいの?」

 

「一緒に飲みましょう」

 

そう言うと、ピッタリ横に座ってきた。

 

「ち、近い近い…」

 

「ここには私たちしか居ないんだから、いいじゃないですか」

 

「いや、ヤバいですよ」

 

「ヤバい?何がですか?」

 

わかってるだろ?

 

「ほら、色々と。ね?」

 

「色々って?」

 

「俺の理性とか…ね?」

 

それを聞くと日本酒を口に含み俺の口に流しこんできた。

 

「な、なななな、何を…」

 

「何って、口移しですよ」

 

た、た、た、高垣楓とキスをしてしまった!!

 

「では、もう一度」

 

酒を流しこんだあと、舌を絡めてきた。

 

「うん…うふ…ん…」

 

い、色っぽい。白い肌がほんのり赤くなっているのがわかる。

 

「そ、そんな、ことされたら俺は…」

 

「我慢なんてしないでください…」

 

「明日の朝、後悔しても知りませんよ」

 

「後悔なんてしません。私は八幡さんのことをもっと知りたい…」

 

「…わかりました」

 

ひとつ、間を開けて楓を見つめる。

 

「俺も楓のことが知りたい…」

 

「八幡さん…」

 

 

 

………

……

 

カーテンから射す朝日で目を覚ます。そっか、昨日は楓と…。

ふと横を見ると楓が居ない。キッチンの方を見ると楓が居た。

 

「おはようございます、コーヒー飲みますか?」

 

「おはようさん。いただくよ」

 

て、なんて格好してるんですか!今着てるの俺のYシャツだよね?

 

「ふふっ、どうしたんですか?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「なんつう格好を…」

 

「『彼シャツ』やってみたかったんです」

 

昨日は見れなかった眩しいくらいの笑顔…。スレンダーな身体。Yシャツから透ける肌。

 

「綺麗だ…」

 

「そ、そんな真顔で言われると…」

 

「す、すまん」

 

「八幡さんに言われると、なんだか嬉しい…」

 

「そ、そうか…」

 

コーヒー飲み、少し落ち着く。

 

「かえ…、高垣さん仕事は?」

 

「楓のままでいいですよ。しばらくオフなんです。最近忙しかったんで、まとめて休みをもらいました。八幡さんは?」

 

「俺は一週間有給を取りました」

 

ふむ、と考える素振りを見せる楓。

 

「八幡さん、休みの間は私の恋人になってください」

 

「はい?」

 

「だから、休みの間だけ私の恋人になってください」

 

「い、いや、天下のスーパーアイドルと期間限定とはいえ…」

 

楓は首を横に振った。

 

「今、アナタの隣に居るのは、只の『楓』です」

 

『お酒が好きな』とつけたし、笑みを浮かべる。

 

こんなの勝てる訳がない。勝てるヤツが居たら、ソイツはホモだ。

 

「じゃあ、休みの間だけ…」

 

「…はい」

 

何はともあれ一旦帰らないとな。

 

「着替えとかしたいので、一旦帰りますね」

 

顎に手をあてて、また考える楓。何をやっても絵になる。

 

「休みの間は、ここで暮らしませんか?」

 

「はい?」

 

思考がぶっ飛んでる。

 

 

 

 

 

 

 



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初めてのお出かけ

「とりあえず、お買い物に行きましょう♪着替えとか食器とか♪」

 

えっと、一週間ここに住むこと決定なの?

 

「た、高垣さん?」

 

「…」

 

「高垣さ~ん」

 

「…」

 

「コホン。…楓」

 

「はい、なんですか?八幡さん」

 

確信犯かい!

 

「一週間だけとはいえ、一緒に暮らすのはマズイですよ」

 

「…嫌…ですよね、こんな、呑んだくれの女と暮らすのなんて…」

 

論点が違~う!!

 

「違いますよ。楓みたいな美人と暮らせたら最高ですよ。最高過ぎて昇天してしまうまである」

 

「うふふっ。じゃあ、決まりですね」

 

「いやいや。アナタはアイド…」

 

言いかけたところで、口をふさがれてしまった。…楓の艶やかな唇で…。

 

「アナタの前では、只の『楓』です。アナタの『楓』でいられる時間をください」

 

俺のどこを気にいったのか…。あっ、目ですね。

…俺だって、この声を聞いていられるなら…。

 

今はそんな欺瞞でも…。

 

「はぁ、わかりましたよ」

 

「じゃあ、服から買いに行きましょうか」

 

「いいえ、まずは眼鏡です」

 

「眼鏡?」

 

「顔バレしたら大変です」

 

「そうなんですか?」

 

「楓が大丈夫でも、俺が『高垣楓』のファンに殺されます」

 

「それは困りました。では眼鏡屋さんから行きましょう」

 

楓には持っている帽子を深めにかぶってもらい眼鏡屋へ。何故か俺にも伊達眼鏡をするように言われた。

 

「なんで俺まで眼鏡なんだ?」

 

「う~ん、そうですね…。比企谷八幡ではなく、只の『八幡』になってもらうんです」

 

「いや、意味がわからん」

 

「じゃあ、私だけの『八幡』で」

 

何この笑顔!女神だ!女神がいる!

 

「じゃあ、俺もかけますよ」

 

眼鏡をかけて楓を方を向いた。

 

「似合いますよ」

 

「元モデルの楓に言われると、そんな気がしてきます」

 

「じゃあ、この調子で服も買いましょうか」

 

ファストファッションの店に入り、楓セレクションの服を購入して着替えた。

 

「どうですか?」

 

「バッチリです。八幡さんは素材がいいので、なんでも似合いますよ」

 

「そんなことないって言いたいですが、楓が言うなら信じますよ」

 

「あら、そんなに信用してもらえるんですか?」

 

「今は、俺だけの『楓』で、楓だけの『俺』ですから」

 

俺らしくない。こんな欺瞞しかない、傷を舐めあってるだけの関係なのに、なんだかそう思えてしまう。今はそれでいい。楓が笑顔でいてくれるなら。ホント、俺らしくない。

 

「何か可笑しかったですか?」

 

俺、笑っていたのか?

 

「いや、なんでもない」

 

「でも、八幡さんが笑顔だとなんだか嬉しいですね。一週間だけの恋人なのに」

 

「同じこと考えてました」

 

「ふふ、そうですか。それと…」

 

「それと?」

 

「言葉使いがメチャクチャですよ。くだけた話し方をしたと思えば敬語になったり」

 

ん?気がつかなかった。

 

「普通に話してくださいね。アナタだけの『楓』なんですから」

 

「わかったよ。楓もそうしてくれ」

 

「は~い」

 

「そろそろお昼にしようか?」

 

「何がいいかしら?」

 

少し考えると携帯を取り出した。こちらに謝りを入れると。

 

「あ、美優さん、お疲れ様です。今、○○の辺りに居るんだけど、美味しいランチのお店あるかしら?」

 

ん?え?電話の相手って…。

 

「ありがとう。参考にさせてもらうわ」

 

「今の相手って、もしかして…」

 

「三船美優さんですよ」

 

oh…、アイドルネットワーク。

 

「あ、地図が送られてきました。行きましょう」

 

三船美優さんから教えてもらったお店でランチとなったんだが…。

 

「…な、なんか、男性客俺だけなんですけど…」

 

「ふふふっ、みんなアナタに注目してますよ」

 

「はぁ、キモイとか思われてるのかな…」

 

きょとんとした顔でこちらを見る楓。うん、可愛い。

 

「何を言っているんですか?アナタが格好いいからですよ」

 

え?

 

「本当に好意に鈍感なんですね」

 

「昨日も話しましたけど、悪意は感じとれるんですがね」

 

「アナタには、間違いなく好意も向けられていますよ」

 

「そうなんかね」

 

「特に今は私から」

 

 

【挿絵表示】

 

 

テーブルに肘をつき、ウインクをしてくる。俺、もう死んでもいい。

 

「ほら、料理が来ましたよ」

 

見るからに女子受けしそうなパスタやサラダがテーブルの上に並べられた。

 

「いただきます」

「いただきます」

 

うん、旨い。お腹にはたまらないけど、旨い。

 

「うん、美味しいわ。これは赤ワインかしら」

 

「楓?」

 

「一杯だけいいかしら?」

 

「ダメ」

 

「え~」

 

この人は…。

 

「今夜も付き合うから、我慢してくれ」

 

「は~い」

 

本当に呑んだくれなのね、このひとは…。

 



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『恋人』というもの

次は食器やら歯ブラシやら日用品を買い揃える。

…と、思ったらデパート?

 

「そういうモノは荷物になりますから、最後にしましょう」

 

まぁ正論だな。

 

「せっかくだから、デートっぽいことをしませんか?」

 

「は?」

 

「今は恋人同士なんですから」

 

「そうだったな」

 

そんな笑顔で言われたら断れる訳がない。何回、笑顔にやられてるんだよ。この休みの中はこの先もやられるんだろうな。

 

デパートの中を一通り冷やかしてまわる。楓がマッサージチェアから動かない時はどうしようかと思った…。

 

しばらくデパートの中を見たあとに100均へ。

 

箸や茶碗、マグカップなどをカゴの中へ。…それはいいんだが、何故か色違いをペアで。

 

「こういうの、やってみたかったんです」

 

きっと、今までこういう普通の恋人達がやるようなことをやったことがないんだろう。…俺もないんだけどね。

俺が叶えてやるのもいいのかもしれないな。

 

「八幡さ~ん、このハート型なんてどうですか?」

 

ガフッ!

 

「ど、どうしたんですか?」

 

「な、なんでもない。いいと思うぞ」

 

この天然25歳児め!可愛いじゃねぇか!

 

買い物を終えて部屋に戻ると、楓がご機嫌で買ってきたものを整理している。鼻唄も聞こえてくる。

 

「なんで鼻唄が『S(mile)ING!』なんですかね?」

 

「え?いいじゃないですか。卯月ちゃん、とっても可愛いんですよ」

 

「そりゃ、認めますけど…」

 

「コホン。高垣楓、がんばります!」

 

ガフッ!

 

「だ、大丈夫ですか!」

 

「大丈夫じゃない…。可愛い過ぎる…」

 

ダメだ。このままでは俺がキュン死してしまう。

 

「風呂の支度してきます」

 

「お願いしま~す♪」

 

風呂を掃除してお湯をはり、リビングに戻るとすでに夕食の準備が出来ていた。…早い。

 

「出かけていたので、簡単なモノですが」

 

「充分だ。それにうまそうだしな」

 

「では、いただきましょうか」

 

「いただきます」

「いただきます」

 

ひとり暮らしで家庭的な味に飢えていたのだろうか。楓の料理はすごく美味しかった。

 

「八幡さんは、どこに住んでいるんですか?」

 

「ウサミン星の近く」

 

「私、ウサミン星行ったことあるんですよ、はーとちゃんと」

 

「濃いメンバーだなぁ」

 

「三人で朝まで飲みました」

 

「ウサミンは永遠の17歳だから飲んだらダメだろ」

 

「ウサミン星は治外法権なので大丈夫で~す」

 

「なるほど、そういう理屈なのね」

 

食事後に酒を飲みながら、そんな話をして風呂に入り寝ようとと思うと。

 

「八幡さん、今夜も…いいですか?」

 

俺は、その申し出を断る選択肢は昨日のあの時から失っている。

 

お互いの心の隙間を埋めるように身体を重ねた後、眠りについた。

 



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何もない一日

目を覚ます。少し満たされた気持ちと、欺瞞であると、偽物だとわかっているのに、楓と共に夜を過ごしている罪悪感…。

 

今朝も楓はご機嫌でキッチンでコーヒーを淹れている。

 

って、なんて格好してるのあの人は!

 

「あ、おはようございます」

 

「おはようございます。…じゃなくて!」

 

お、お、お尻が丸見え!

 

「やってみたかったんです、『裸エプロン』」

 

楓のやってみたかったシリーズ…。うん、可愛い。

 

「きゃっ!どうしたんですか?」

 

気がついたら、後ろから抱き締めていた。

 

「朝から、こんな格好をして、俺をどうするつもりだ?」

 

「どうもしません。アナタの好きなようにしてください。私はアナタの『楓』なんですから」

 

理性の糸が切れた音がした。楓をお姫様抱っこしてベッドに運ぶ。

 

「これもやってもらいたかったんです」

 

「俺も初めてやったよ。楓は軽いな」

 

もう一度二人でベッドへ潜りこんだ。

 

………

……

 

腹減ったな。

もう昼じゃねぇか。楓はまだ微睡んでるし、シャワー浴びて昼飯作るか。

 

サラダを盛りつけ、パスタを茹でていると、楓が目を覚ました。

 

「おはようさん。起きて大丈夫か?」

 

「はい。ごめんなさい、ご飯の支度を…」

 

「気にするな。これでも、元は専業主夫希望だったからな」

 

「ふふっ、いいですね。私の専業主夫になりますか?」

 

「それは魅力的な提案だ。もうすぐ出来上がるから、シャワー浴びてきな」

 

「は~い」

 

昼飯を食べ終り、洗い物をしている。今日は何をしようかと考えていると、後ろから楓が抱きついてきた。

 

「どうした?」

 

「朝のお返しで~す♪」

 

「そっか。あと少して洗い物終わるから」

 

「は~い♪」

 

…あれ?

 

「あの…離れてくれないの?」

 

「離れませ~ん♪」

 

いや、可愛いんだけど…。

 

「洗い物しにくいんですけど…」

 

「頑張ってくたさ~い♪」

 

そ、それに…。

 

「あ、あの…、当たってるんですけど…」

 

「当ててま~す♪」

 

確信犯かよ…。

 

「酔ってます?」

 

「酔ってませ~ん♪」

 

おい、あのワイングラスはなんだ?アンタはイタリア人か?

 

「~♪」

 

俺にすりすりしてご機嫌だよ。こんなのが続いて俺の理性がもつワケないだろ。誰だよ、俺のこと『理性の化け物』って言ったヤツ。ここに連れてこい。やっぱり、やめてください、連れてこないでください。死んでしまいます。

 

「今日は一日、こうしていませんか?」

 

「そういう怠惰な一日、大歓迎だ」

 

「今日は一日中くっついてますね」

 

「そんなことされたら、何回理性が飛ぶか…」

 

「アナタが私をもとめてくれる。私もアナタをもとめている。理性なんて必要ありません」

 

「そう…だな」

 

今まで、こんなに人にもとめられたことがあっただろうか?必要とされたことがあっただろうか?欺瞞でも偽物でも、もうどうでもいい。後のことは未来の俺に任せよう。

 

ベッドに居たりテレビを見たりと怠惰な生活をして二日目は終わっていった。

 

 



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仲間の後押し

三日目は映画館からスタート。最後に観た映画ってなんだっけ?

 

…プリ○ュアだった…。

 

当たり障りのないハリウッド大作。爆発すげぇな、いくら使ってるんだよ。そんな映画を目をキラキラさせながら楓は観ている。俺の評価は伝えないでおこう。

 

「楽しかった♪」

 

「単純明快、気分爽快な映画だったな」

 

「八幡さんは、どんな映画が好きなんですか?」

 

「プリ…、もっと文学的なヤツかな」

 

「フランス映画とか?」

 

「ま、まぁ…」

 

プ○キュアなんて、絶対言えない!

 

「楓ちゃん?」

 

映画館を出たら、楓が声をかけられた。この声はまさか!

 

「瑞樹さん!変装してたのに、よく私だってわかりましたね」

 

目の前には、『わかるわ』でお馴染みの川島瑞樹が…。すげぇ、本物だ。って、隣に『高垣楓』が居るんですけどね。

 

「まぁね、楓ちゃんだし。…そちらは?」

 

「初めまして、比企谷八幡といいます」

 

「私の彼氏で~す」

 

「!!」

「!!」

 

「か、楓ちゃん?」

 

「お、おい、それは言ったらマズイだろ」

 

「そうですか?」

 

「き、君、比企谷君っていった?」

 

「はい」

 

「ちょっとこっちに」

 

「瑞樹さん、私の八幡を盗らないでください」

 

「わ、私のって…。ちょっとお話しするだけだから」

 

「もう!ちょっとだけですよ」

 

川島さんに引っ張られ、人気のない階段に。

 

「アナタどういうつもり?」

 

「どうって言われても…。まぁ、恋人同士としか…」

 

「アナタは、あの『高垣楓』と居るのよ!」

 

「そうっスね、一週間だけですけど…」

 

「それって、どういう…」

 

川島さんは、たぶん楓が心をゆるしている人だ。嘘がないように伝えよう。

 

「この前の日曜日に、赤提灯で飲んでいたら、声をかけられたんです。…フラれたからって、高垣さんをフった相手に似てるからって…」

 

「…そんなことが」

 

「高垣さんの声、俺が好きな人に似ているんです」

 

「それって…」

 

「そうです。お互いに心の隙間を埋めているだけなんです。偽物とわかっていて…」

 

「そんなのって…」

 

「わかっています。よくないことぐらい…」

 

「じゃあ…」

 

「でも、高垣さんの…、楓のあんな悲しそうな顔はみたくないって思ってしまったんです。たとえ偽物でも、偽物の俺でも、楓が笑顔になってくれるならって…。それで、一週間だけの恋人になることを了承したんです」

 

川島さんがジッと俺の顔を見ている。

 

「嘘は言ってなさそうね」

 

「わかるんですか?」

 

「こんな魑魅魍魎だらけの芸能界に居れば、それくらいわかるわ。それに…」

 

楓の方を向くと。

 

「彼女の笑顔は本物よ」

 

「そうか、本物の笑顔なんだ…」

 

「アナタのあの笑顔も…」

 

「え?」

 

「ううん、気にしないで。一週間だけだけど、楓ちゃんのこと、よろしく頼むわね」

 

「うっす」

 

「よし!」

 

川島さんが背中をパーンと叩く。

 

「い、痛いっすよ」

 

川島さんと楓のところに戻る。

 

「楓ちゃん、お待たせ」

 

「八幡さん、瑞樹さんの色気に惑わされてないですか?」

 

「大丈夫だ。俺は楓一筋だから」

 

「もう!ノロケちゃって」

 

また背中を叩かれた。だから痛いって。

 

「楓ちゃん、この子離しちゃダメよ」

 

「はい♪」

 

「絶対によ」

 

「はい♪」

 

そう言って、楓は俺の腕にしがみついてきた。

 

「君も楓ちゃんを泣かせないようにね」

 

「うっす」

 

「じゃあ、私は行くわね」

 

「瑞樹さん、また飲みに行きましょうね」

 

「はいはい」

 

あっ、そうだ。

 

「川島さん、ひとついいですか?」

 

「何?」

 

「『やっはろー』って、言って、もらっていいですか?」

 

「や、やっはろー?」

 

「ありがとうございます」

 

うん、似てる。

 

川島さんが去った後。

 

「川島さんには、『若みずき』を進呈しよう」

 

「若みずき?」

 

「千葉の蔵元で作ってる日本酒」

 

「へぇ、いいですね。和歌山には『楓』ってお酒があるんですよ」

 

「それは是非飲んでみたいな」

 

「一緒に飲みましょうね」

 

「その前に昼飯だ」

 

そう言って、映画館をあとにした。

 

 



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過去との決別

昼飯はファーストフードでハンバーガー。『I LIKE ハンバーガー♪』…。違う事務所ですね。

 

小さい口でほおばるとか…。何をしても本当に可愛いなこの人は。

 

「どうかしましたか?」

 

「いいや。なんでもねぇよ」

 

「?」

 

「午後は水族館でいいんだよな?」

 

「はい。お仕事では行ったことはあるんですけど、ゆっくり見れなかったので」

 

「そっか」

 

「それに、八幡さんと行けるのが楽しみで」

 

なにモジモジしながら言ってるの。この娘は俺をキュン死させる気ですか?絶対そうですよね?

 

ハンバーガーを食べ終り、水族館へ。川島さんと話をした後から、楓と腕をくんで歩いている。どうやら、気に入ったようだ。

 

 

…水族館か。あの時を思い出す。あの頃は本当にガキだった。でも、ガキなりにやってきたつもりだ。そのまま、社会人になり由比ヶ浜の結婚。そして、雪ノ下…。楓との出会い。やっと大人になれた気がする。やっと『高校生』の恋愛から脱却出来たんだろう。楓と出会い一緒に行動した少ない時間だけど、そう思わせてくれているのは間違いなく楓だ。本当に感謝しかないな。

 

…楓さん、何を言ってるんですか?『あれは煮付け、こっちは刺身で日本酒ね』とか、やめて。物思いにふけっているのが台無しです。

 

 

展示も終り、そろそろ出口か。楽しいな水族館って。

 

「少し心配しました」

 

「え?」

 

「ここに入ってすぐに暗い顔になったので」

 

「す、すまん、昔のことを思い出して」

 

「でも、今はいいお顔で安心しました」

 

「それは、楓が居てくれるからだよ。楓が隣に居てくれるから、昔の俺から脱却できたんだよ。ありがとな」

 

「そ、そんな、私は何も…」

 

「いや、楓のお陰だよ」

 

楓の頭を撫でる。髪サラサラ…。

 

「はい、八幡さんのお役にたてたのなら、嬉しいです」

 

水族館を出て今日は帰宅かと思ったのだが…。

 

「少しだけ寄り道いいですか?」

 

「かまわねぇよ」

 

「この前のデパートへ行ってもいいですか?お化粧品が買いたくて」

 

「了解」

 

で、デパートの化粧品売り場に居るんだが…。

 

「楓、すまんが外に行ってるわ」

 

「どうしました?」

 

「香りに酔った…」

 

「男性は苦手かもしれませんね」

 

「入り口で待ってる」

 

「すぐに行きますね」

 

デパートを出て、深呼吸。ふぅ、生き返る。途中で315プロのプロデューサーにアイドルにならないかって名刺渡されたんだけど、丁重にお断りしました。なんで俺に声をかけたんですかね。男のアイドルって人材不足なの?

 

そんなことを考えていると…。

 

「比企谷…君?」

 

「お、早かったな、かえ…で…」

 

振り向いた先に立っていたのは…。

 

「雪ノ下…」

 

 

 

 

 



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終わった恋と、隣に居る愛

な、なんで雪ノ下がここに!

 

「あら、私の声を他の人と間違えるなんて、目だけでなく耳まで腐ってしまったのかしら?それに、今は雪ノ下ではないのだけど。ごめんなさい、脳も腐っているのね」

 

…なんだ、この違和感。

 

「お、おう、すまん」

 

「まぁそれはいいわ。それで、比企谷君はこんなところで何をしているのかしら?」

 

楓のことを言う訳にはいかないな。

 

「し、知り合いが、買い物をしててな、待っているところだ」

 

「知り合い?アナタに知り合いなんているのかしら?」

 

なんだ、何故だ、無性に腹が立つ。

 

「ま、まぁ、居るんだよ」

 

「本当かしら?もしかして、私のことストーキングしてたのかしら?気持ち悪い」

 

あぁ、そうか。俺は雪ノ下に憧れや恋心を持っていたんだ。だから、こんなやり取りも楽しめた…。でも、楓に出会えて、高校生の恋から脱け出すことができた今は苦痛でしかない。

 

「そ、そんな、訳、ねぇだろ…。俺は待ち合わせしてるんだ。じゃあな」

 

頼む、行ってくれ…。

 

「せっかくの元・部活仲間との再会を邪険にするのね。アナタはそんなんだから、いつまでたってもボッチなのよ」

 

やめろ…その声で罵倒するな…。

 

「やめて…くれ…」

 

「なんですって?聞こえないわ。まともにしゃべれなくなってしまったのかしら。あぁ、普段から話す相手がいないから退化してしまったのね」

 

やめろ…。俺をその声は俺を優しく包んでくれる声なんだ。罵ったり拒絶する声じゃないんだ。

 

…ダメだ。

 

「やめろって言ってるんだよ!」

 

思わず声を荒げてしまった。

 

「!!ご、ごめんなさい、そういうつもりじゃ…」

 

「じゃあ、どういうつもりなんだよ…」

 

ダメだ、自分で自分を止められる気がしない…。

 

「そ、それは…」

 

もう爆発しそうだ…。

 

「お待たせしました。…八幡さん?」

 

声のする方には楓が居た。

 

「楓…」

 

「どうしたんですか?怖い顔して…。それと、そちらの方は?」

 

楓が雪ノ下の方を向くと、雪ノ下は少しあわてたようだった。

 

「あ、あの…」

 

「高校で部活が一緒だった雪ノ下だ」

 

「あぁ、あの雪ノ下さんですか。でも、ご結婚なされてたので名字が変わったのでは?」

 

「クセが抜けなくてな。それについてはさっき了承してもらった…たぶん」

 

あれ?どこまで話たっけ?雪ノ下のこと。

 

「初めまして。私は高垣楓と申します」

 

「た、た、た、高垣…か、楓…さん」

 

楓の名前を聞いて、さらに雪ノ下は動揺しているようだ。そりゃそうだ。

 

「ひ、比企谷君とはどういうご関係なんですか?」

 

あ、それ聞くのね?って、だいぶ冷静になってきたな。雪ノ下がテンパってるのを見ていたからだな。

 

「はい、八幡さんとはお付き合いしてます」

 

あぁ、言っちゃった。

 

「そ、それは買い物に付き合うとかの…」

 

「いいえ、男女交際です」

 

涼しい顔して言うなぁ。なんか笑顔だし。

 

「う、嘘よね、比企谷君…」

 

「…嘘じゃねぇよ」

 

雪ノ下はノックアウト寸前だな。

 

「た、高垣さんは、この男に弱味を握られて脅迫されてるんですね。それなら…」

 

今まで笑顔だった楓の雰囲気が一変した。

 

「そんなことする人ではないのは、雪ノ下さんの方がご存知なのではないですか?」

 

「そ、それは、そうですけど…。いつも比企谷君とはそういうやり取りを…」

 

「今まではそうだったのでしょう。でも、さっきの八幡さんの顔は苦しそうでしたよ」

 

いかん、ここは公衆の面前だ。楓はアイドルとして、雪ノ下は議員の妻としての顔がある。

 

「楓、ストップだ」

 

「でも…」

 

「楓の気持ちは嬉しい。だが、ここはデパートの入り口だ。これ以上は迷惑になる」

 

「…わかりました」

 

「ありがとな、楓」

 

雪ノ下の方に向きなおる。一言だけ言わせてもらうか。

 

「俺はもう雪ノ下の罵倒には耐えられない。そういう関係でもない。今の俺には楓が居てくれるんだ。じゃあな」

 

「待って比企谷君!違うのよ!」

 

何が違うだよ…。もう振り返らない。

 

「さよならだ、雪ノ下」

 

俺が歩き出すと、楓は雪ノ下のところへ行き、一言二言声をかけて戻ってきた。

 

「何を雪ノ下に言ったんだ?」

 

「乙女の秘密です」

 

そう言って、手を繋いできた。所謂、恋人繋ぎで。

 

部屋に戻りドアを閉めると、激しいキスをされた。

 

「ど、どうしたんだ、楓」

 

「恐かったんです…」

 

え?

 

「一瞬、思ってしまったんです。八幡さんが雪ノ下さんに盗られてしまうんじゃないかって…」

 

俺は楓を不安にさせてしまったんだな。今度は俺からキスをした。

 

「大丈夫だ、そんなことはない」

 

「ごめんなさい、疑ったりして…」

 

「気にするな。俺の方こそ、不安にさせて悪かったな。俺は楓だけの俺だ」

 

「じゃあ、証明してください…」

 

「証明って、どうやって…」

 

「…あ、あの…ベッドで…」

 

楓って、意外と積極的だよなぁ。

 

「覚悟しとけよ」

 

「はい」



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夢と現実と

 

【目だけでなく耳や脳まで腐っているんじゃかないかしら】

 

うるさい!

 

【高垣さんの弱味を握っているのね。汚い男】

 

そんなんじゃねぇ!

 

【高垣さんを利用して寂しさまぎらわして、姑息ね】

 

お前に何がわかる!

 

【アナタも高垣さんに利用されてるだけよ】

 

そ、そんなことは…。

 

【所詮、アナタなんて使い捨て】

 

やめろ。

 

【早く捨てられてしまえばいいわ】

 

やめろ!

 

【屑谷君】

 

やめてくれ!

 

………

……

 

「…さん!」

 

「…幡さん!」

 

「八幡さん!」

 

ゆ、夢…。

 

「よかった…。うなされてたんですよ」

 

「そっか、ありがとな」

 

「大丈夫ですか?」

 

「なぁ…」

 

「なんですか?」

 

「…俺は…楓を利用しているのかな?」

 

「…そうかもしれませんね」

 

「っ!」

 

「でも、私には八幡さんが私を利用してるようには思えません」

 

「そ、そうか…」

 

「はい」

 

これを聞くのは正直怖いな…。

 

「楓は俺のこと…、利用しているのか?」

 

「…利用してないと言ったら嘘になります」

 

やっぱり、そうなのか…。

 

すると楓は俺の顔を胸元に抱き寄せた。

 

「最初は特にそうでした。あの人に似ていると…。でも、今は違う。あの人とアナタは違う。今はアナタと居たい、アナタに居てほしい。アナタでなければダメなんです」

 

あぁ、楓は俺のことを…。

 

「かえで~」

 

「はい、なんですか」

 

「俺も最初はそうだった。今は俺も楓と居たい。楓じゃなきゃダメだ」

 

「はい…」

 

俺も楓のことが…。

 

 

しばらく楓に抱き締められた後。俺が先にシャワーを浴びて朝食の準備、その間に楓がシャワーとなった。

 

「ふぅ、さっぱりしました」

 

「おう、朝飯もうすぐ出来るからな」

 

「八幡さん、どうしてボディーソープで髪を洗うとキシむんでしょう」

 

まさか…。楓の髪を触る。

 

「楓…」

 

「はい」

 

「もう一回洗ってきなさい」

 

「は~い」

 

なんなのこの娘は?一色や小町だったら『あさとい』で一蹴なのに…。天然、恐るべし。

 

『高垣楓、恐ろしい子!』

 

…やってみたかっただけです、ごめんなさい。

 

 

 

「普段、都内で遊ぶ時はどこへ行くんですか?」

 

朝食を食べながら楓が聞いてきた。

 

「…神田周辺かな」

 

秋葉原とは言わない。言えない。STOPヲタバレ!

 

「本屋さんとかですか?」

 

「ま、まぁ…」

 

神保町の古本屋とかも行くけど、主にコチラ側に優しい本屋です。

 

「秋葉原も近いですよね」

 

「お、おう…」

 

え?バレてる?

 

「今日はその辺に行きましょう♪」

 

こうなったら、もう止められねぇな。

 

「了解だ」

 

「秋葉原で、是非八幡さんと行きたいところがあるんです」

 

「ほ~ん」

 

楓と秋葉原って結びつかないなぁ。

 

 

 

 

 

 



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他人から見た二人

ここは神保町の古書店。古書店特有の臭いがたまらん。普通の本屋とも図書館とも違う臭い。

さてと、お宝はあるかなぁ…。

 

「八幡さん、私こっち見ててもいいですか?」

 

「俺はこっちにいるからな」

 

「は~い」

 

おっ!『ドグラ・マグラ』か。一回読んでみたかったんだよな。こっちは…、おお!『虚無への供物』。もしかしたら…。あった!『黒死館殺人事件』。やべぇ、欲しい…。

 

夢中になって本を見ていたら、人にぶつかってしまった。

 

「きゃっ!」

 

「おっと、すいません。大丈夫ですか?」

 

ころんでしまった相手に手を差し出すと、そこには楓にも負けないほどの綺麗な瞳、…そして楓とは違う豊満なむ…ゲフンゲフン。楓はあれだ、美乳だ。そう、その美乳を毎晩…ぐへへ。

 

おっといかん。

 

相手の女性が手を取ったので引き起こした。

 

「ケガとかないか?」

 

「…大丈夫…です。…こちらこそ…すいません。…前を…見てなかった…ので…」

 

細い手だなぁ…。なんて、考えてると。

 

「八幡さん、何を女の子と手を繋いでニヤニヤしているんですか?」

 

おうっ!雪ノ下もビックリの冷気!

 

「あ、楓…さん…」

 

「あら、文香ちゃん。おはようございます」

 

「おはよう…ございます…」

 

文香ちゃん?も、もしかして…。

 

「楓、この娘って…」

 

「鷺沢文香ちゃんですよ…。いつまで手を握ってるんですか?」

 

「あ!おう、す、すまんな、鷺沢さん」

 

「い、いえ…、大丈夫…です…」

 

鷺沢さん、なんでそんなに顔赤いんですかね?怒ってらっしゃいます?

 

「ダメですよ文香ちゃん、八幡さんは私の彼氏です」

 

楓は急に何を言い出すの!本当のことだけど!

 

「そうなん…ですね…」

 

鷺沢さん、なんでちょっと残念そうなの?

 

「八幡さん、行きますよ!」

 

「え?え!え~!!」

 

なんで怒ってるの?あぁ、俺の三大奇小説が!

 

古書店を出る時に、鷺沢さんが呟いた一言が聞こえた。

 

「とても…お似合いのお二人です…」

 

楓も聞こえてたのか、少し頬が緩んでる。

 

次は神田明神へ。

楓が入り口付近の掲示板のポスターをジッと見ているので、俺も見てみる。

 

「なになに…。スクールアイドル?」

 

「可愛い娘達ですね。でも、ウチの娘達も負けてませんよ」

 

「そうだな。その中でも先頭に立って引っ張ってるのが楓だろ?」

 

失念していることが多いが、楓はトップアイドルなんだよな…。俺なんかが側に居て…、やめよう、こんな考えは…。

 

「八幡さん、お参りしましょう」

 

「そうだな」

 

ちょっとネガティブになりかけたけど、楓が笑顔でぶっ飛ばしてくれる。

 

「ところで楓、神田明神のご利益って知ってるか?」

 

「いいえ。なんですか?」

 

「恋愛運・仕事運、あと勝負運かな」

 

「まぁ、素敵ですね」

 

「そうだな」

 

恋愛運か…。今がMAXなんじゃね?

 



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開運の女神達

本殿でお参りを済ませて境内を見ると、何やらTVの撮影のようだ。昨今のパワースポットブームがあるから、こういう企画が多いんだろうな。

 

 

 

「八幡さん、おみくじ引きませんか?」

 

「じゃあ、運試ししますかな」

 

二人でおみくじを引く。あっ、大吉だ。どれどれ…。

 

『恋愛・壁を乗りこえて吉となる』

 

ほ~ん、今のおみくじってそんなこと書いてあるんだな。

 

「俺は大吉だったぞ。楓は?」

 

「はい、大吉でした。お揃いですね」

 

耐性はついてきても、この可愛いさは反則ですよ。

 

「では、結びましょう」

 

「待った。諸説あるんだが、良かったおみくじは持っててもいいらしいぞ。ちなみに俺は財布に入れた」

 

「では、私もそうします」

 

「なんか、いいこと書いてあったのか?」

 

「恋愛運にいいことが書いてあったので」

 

赤くなってモジモジしちゃって。これだから、高垣楓は最高だぜ。

 

 

境内を出ようと考えていたら、先ほどのTVの撮影が終わったようだ。スタッフ達が機材を片付けたりしている。すると、談笑していたアイドル達の方へ楓で駆けていった。

 

「歌鈴ちゃん、茄子ちゃん、佳乃ちゃん♪」

 

「楓さん…、あわわわ!」

 

楓に駆け寄ろうとした、巫女風衣装の娘がつまずいた。

 

「おっと、大丈夫か?」

 

転ばないように、抱き抱えた。セーフ。

 

「あ、ありがとうごさいましゅ」

 

あっ、噛んだ。

 

「ふふふっ、歌鈴ちゃん噛みましたね、神田だけに…」

 

あ~、言っちゃったよ。頭をよぎったけど、言わないようにしてたのに。

 

「あう、恥ずかしい…」

 

なんか、ほっこりするな。

 

「それで、八幡さんはいつまで歌鈴ちゃんを抱いているんですか?」

 

あっ、ヤベッ!

 

「す、すまなかったな」

 

「い、いえ、大丈夫でしゅ…」

 

また噛んだ。

 

「道明寺歌鈴さんか」

 

「は、はい!」

 

「なんか可愛いな」

 

「えっ!そ、そんにゃこと…はわわわわ」

 

おう、ワタワタしてる。可愛えぇのう。

 

「八幡さん…」

 

冷たい視線が…。

 

「楓が一番可愛いぞ」

 

「もう、そうやって…」

 

顔、赤いぞ。

 

「楓さん、そちらの方は?」

 

ショートカットの娘が聞いてきた。この娘はたしか…。

 

「鷹富士茄子さん?」

 

「はい、そうです」

 

ふむ、こっちの娘は…。

 

「はじめまして~。依田は佳乃と申しまして~」

 

「すげぇ、ジャポネスクだ、346の開運三人娘だ。俺は比企谷八幡だ」

 

「素敵なお名前ですね」

 

「徳の高い名前でして~」

 

「はわわわ、また噛んでしまいそうなお名前。でも格好いい…」

 

「私の彼氏ですよ~。歌鈴ちゃんにはあげません♪」

 

ぶっちゃけちゃったよこの人は。まぁ、今さらか。

 

「はううう、まさに美男美女」

 

「まぁ、素敵ですね」

 

「そなたそなた~」

 

「ん?俺?」

 

依田さんが俺を呼んだ。

 

「そなたには~、今から困難にあう相がみえます~」

 

まじか!

 

「ですが~、相手を信じ、仲間を頼れば~乗りこえられますゆえに~」

 

なるほどな。相手を信じて仲間を頼るか。俺に出来るのか?

 

「わかった、心にとめておくよ」

 

「それが良いのでして~」

 

「ありがとな」

 

「それは~楓さんも同じでして~」

 

「ありがとう、佳乃ちゃん」

 

鷹富士さんが、ポンと手を叩いた。

 

「きっとお二人は幸せになれますよ」

 

「鷹富士さんに言われると、そうなれる気がするよ」

 

「茄子ちゃん、ありがとう」

 

「いえいえ」

 

 

遠くからスタッフの『撤収します』と声が聞こえた。

 

「じゃあ、俺たち行くわ」

 

「またね」

 

挨拶をして三人娘から離れ神田明神をでた。

 

 

 

 

「はぁ、素敵なお二人でしたね」

 

「あの二人なら、苦難も乗りこえられます」

 

「でして~」

 

 

 

 

 



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秋葉原デート

来ました、秋葉原電気街。オタクの東の聖地と言っても過言ではない。そんなところに一緒に居る相手が…。

 

「八幡さん、見てください。可愛いフィギュアがいっぱいですよ。こっちのお店は電車の模型ですよ」

 

楓なんだよなぁ。なんかエンジョイしてるし…。

 

「八幡さん?」

 

このまま黙っているのは、なんとなく…、いや…だな。

 

よし、言うか。

 

「あ~、楓」

 

「なんですか?」

 

「実は、東京に遊びに来る時は、だいたい秋葉原に来てるんだ。あと中野ブロードウェイ」

 

「そうなんですね。このカゴの部品らしきものはなんでしょう…」

 

「ここへ来てラノベやマンガやアニメのDVDを漁ってる。それはPCのパーツ」

 

「へ~、楽しそうですね」

 

「日曜の朝は、必ずプリ○ュアを観ている。劇場版をやれば映画館にも行く」

 

「可愛いですよね、プリキュ○。特にキュアフェ○ーチェ」

 

あ、あれ? しかも、フェ○ーチェ知ってるし。

 

「楓さん?」

 

「なんですか?」

 

「引かないの?」

 

「?」

 

何故?って顔してるけど…。

 

「お、俺、オタクだよ」

 

「だから、それがどうかしたんですか?」

 

「いや、嫌悪されるかと…」

 

「ふふふっ、いいじゃないですかオタク」

 

「へ?」

 

「八幡さんの趣味なんですから、否定しませんよ」

 

「そ、そうか」

 

「お部屋がポスターやフィギュアだらけだったら、多少はビックリしちゃいますけど」

 

「それはない。部屋は本だらけだ」

 

「事務所で、菜々ちゃんと奈緒ちゃんがマンガやDVDの貸し借りとかしてますし、比奈ちゃんは夏と冬に『締め切りがぁ』って言ってますし。たまにチカちゃんと変身ゴッコもするんですよ」

 

「346プロって、結構居るのね」

 

「だから、オタクの話は『マニア』ってま~す」

 

ここでブッこんでくるのね、ダジャレ。

 

「なんか、難しく考えてたわ」

 

「それに…」

 

「ん?」

 

「八幡さんのことを、また知ることが出来ました」

 

なんか拍子抜けだな。しかも、そんなこと言われるとは…。俺は承認欲求が強かったのかもな。

だから、あの頃も…。修学旅行や生徒会選挙でも…、きっと認めて欲しかったんだろう。自分のことを話さずに…。そんな、都合のいい話はあるわけがない。

今はこうして自分のことも話せる。相手の話も聞いて理解することも少し出来ている気がする。

 

だが、昨日はアイツにあんな対応しちまって…。心を乱されるなんて、まだまだ俺もガキだな。次に話す機会があったら…。

 

「八幡さん?」

 

「なんでもない。ケバブでも食べるか?」

 

「は~い。あっ!ガチャポンだ!やりたいです。この酒瓶キーホルダー欲しい!」

 

「はいはい」

 

 



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『楓』の想い

「八幡さん、今朝言った寄りたい場所へ行きたいのですがいいですか?」

 

楓が秋葉原で寄りたい場所…。さっぱりわからん。

 

「かまわないぞ」

 

とある家電量販店に入り、店員に一言二言…。

 

「店員さんのOKが出たので行きましょう」

 

楓の案内で移動。そこは狭いステージ、100人も入れないであろう客席。

 

「ここは、新人アイドルのデビューや人数限定のシークレットイベントなんかをやるんですよ。私も何回かここで歌ったこともあります」

 

「へぇ~、知らなかったよ」

 

すると楓はステージに立った。

 

「私のデビューもこんな感じの場所でした」

 

今でこそ、大きなステージで歌ったりしているが、いきなりそんな場所からスタートした訳ではない。想像もつかない努力があったであろう…。

 

「八幡さんのことを知ることが出来たので、八幡さんにも私のことを知っていただきたくて」

 

ステージの上で楓は客席の中心に居る俺を見て微笑んでくれている。

 

「ありがとう、またひとつ楓のことが知れたよ」

 

「ステージ、上がってみますか?」

 

楓が手を差し伸べた。俺もステージのすぐ近くまで行く。

 

 

「いや、遠慮するよ。そこは『高垣楓』が望み、努力して辿り着いた場所だ。俺が気安く立っていい場所じゃない」

 

「じゃあ…。えいっ!」

 

そんなに高いステージではないが、楓が飛び降りてきた。それを俺は慌てて抱きとめた。

 

「おい、危ないぞ」

 

「ごめんなさい。でも、これで私はアナタにの楓に戻りました」

 

こちらを向いて満面の笑みを浮かべる。テレビやステージとは違う笑顔だ。

 

「さぁ、行きましょうか」

 

従業員にお礼を言って店を出る。

 

「次はゲーセンでも見るか?」

 

「そうですね」

 

そんな話をしていると。

 

「あれ?楓さんですか?」

 

「あら、卯月ちゃん」

 

The王道アイドル、島村卯月が駆け寄ってきた。

 

「おはようございます」

 

「おはようございますっ♪」

 

「今日はどうしたんですか?」

 

「ニュージェネの抽選ミニライブの下見です」

 

ほう、あそこでやるのか。

 

「凛ちゃんと未央ちゃんも居ますよ」

 

後ろから、二人の美少女が来た。

 

「待ってよ卯月」

「しまむー、速いよ」

 

「ごめんなさい、楽しみで」

 

「凛ちゃん、未央ちゃん、おはようございます」

 

「楓さん!おはようございます」

 

「おぉ、変装してる楓さんだ。おはようございます」

 

すげぇ、ニュージェネだ!本物だ!って、楓と一緒に居てアイドルに会い過ぎだな。

 

「今日は三人なんですか?」

 

「いえ、プロデューサーさんも居ますよ」

 

大柄のスーツを着た男性がこちらに近づいてきた。

 

「…プロデューサー…」

 

あきらかに、楓の顔が曇った。

 

「高垣さん…。先日は…」

 

「すいません、今はプライベートなんで…。失礼します」

 

楓が歩きはじめると。

 

「待ってください!」

 

プロデューサーが楓に手を伸ばした。

 

「やめろ」

 

そう言って、俺はプロデューサーの手首を掴んでいた。そして自分でも思いがけない言葉を言ってしまった。

 

「俺の楓に気安く触ろうとするな」

 

自分でも聞いたことのない低い声だった。みんな唖然としている中、楓の手をとり歩きはじめる。

 

「行くぞ、楓」

 

「は、はい」

 

そのまま駅へ行き、電車に乗り込み楓の部屋へ。終始無言のままだった。

 

あぁぁぁぁぁぁぁ!やっちまったよ!何やってんだよ俺!なんだよ『俺の楓』って。確かにそう言ってたけどさ、あそこで言ってよかったのかよ。しかも、相手はプロデューサーだろ?楓が仕事がやりにくくなるだろ!バカじゃねぇのバカじゃねぇのバーカバーカ…。

死にたい。

 

落胆して楓の方を見ると、何故かモジモジしていた。

 

「あ、あの…楓さん?」

 

「は、はい!」

 

「すまなかったな…」

 

「い、いえ、大丈夫です。むしろ、ありがとうございました」

 

「休み明け、仕事やりにくいとかないか?」

 

「あのプロデューサーとは、今は直接一緒に仕事はしてないので」

 

こ、これは確認した方がいいのだろうか。

 

「あのプロデューサーって例の…」

 

「はい…」

 

やっぱりかぁ、そうかぁ…。

 

「あそこで八幡さんが『俺の楓』って言ってくれて、すごく嬉しかったです」

 

「そ、そうか?」

 

「なんていうんでしょうか、最後に少し引っ掛かっていた物がとれたというか、もやが晴れたというか…」

 

「お、おう…」

 

「完全に吹っ切れたと思います。今までフタをしていただけだったんだと思います。でも、もうフタを外してもそこにはプロデューサーへの想いはありません。あるのは、八幡さんへの想いだけです」

 

俺が楓に雪ノ下のことを吹っ切れさせてもらって、俺もそれが楓に対して出来たってことなのかな。

 

「そ、それに…」

 

「?」

 

「とても格好よかったです」

 

「お、おう」

 

そ、そうなのか…。照れくさいな。

 

「そ、それと…」

 

「まだあるのか?」

 

「八幡さん、格好よすぎて…。抱いてほしくなってしまいました…」

 

まったく、この娘は!あざといんだから!

 

楓をお姫様抱っこする。

 

「せ、せめてシャワーを…」

 

「俺が我慢出来なくなった」

 

 

 



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ディステニー(運命)

「八幡さん、八幡さん」

 

楓に体を揺すられる。

 

「おはよう、どうした?」

 

「おはようございます。今日はディステニーランドに行きましょう」

 

『フンスッ』って擬音が聞こえそう。

 

「どうしたんだ急に」

 

「デートの定番なのに、今日まで見逃していた自分が恥ずかしいです」

 

「まぁ定番だな」

 

「と、いう訳で行きましょう♪」

 

三日前の俺だったら確実に断っていただろう。だが今は…。

 

「よし!行くか」

 

着替えを済ませて電車に乗り込む。車窓はビル群から見慣れた景色に変わっていく。

舞浜駅の改札を出ると楓が駆け足になる。

 

「八幡さん、早く早く♪」

 

どれだけ大人っぽくても、やっぱりここへ来ると女の子に戻る。入場口で順番待ちをしている時からどこへ行こうかとそわそわしている。

 

「耳とか付けるか?」

 

「はい♪」

 

入場してカチューシャタイプの耳購入・装着・可愛い。

最初は、あの時に雪ノ下と乗った絶叫系アトラクション。『助ける』なんて、烏滸がましかったんだろう。高校生に何が出来たのやら…。

 

大した感傷もなく次のアトラクションへ。楓は絶叫系とまったり系を上手くおりまぜてくれている。

 

いくつかアトラクションに乗っていると喉が渇く。結構叫んでいたからな。

 

「楓、そこのベンチで休んでいてくれ。飲み物買ってくる」

 

「お願いします♪」

 

「チュロスとか食べるか?」

 

「わぁ、いいですね」

 

「了解」

 

さすがに、この夢と魔法の国でナンパはないだろ。

楓と離れ飲み物とチュロスを購入。戻ろうとしたら、声をかけられた。

 

「先輩?」

 

「んあ、一色か」

 

「何をやっているですか?こんなところで」

 

「見りゃわかるだろ」

 

購入した飲み物とチュロスを見せる。

 

「私の分まで、ありがとうございます。…はっ!こっそり私の分を買って出来る男アピールですかディステニーランドだけに運命感じちゃいますけど今日は友達と来てるので二人っきりできて告白してくださいごめんなさい」

 

「なんで、一色が来てるのを知らないのにお前の分まで買わにゃならん。しかも、相変わらず俺はフラれるし。まあ、俺も連れと来てるからな」

 

「男だけでナンパ目的ですか?」

 

「ここでそんなことするかよ。彼女と来てるんだよ」

 

「エア彼女ですか?雪ノ下先輩が結婚したからって…。悲し過ぎます。今度私が一緒に来てあげますから」

 

「違ぇよ。ほら、あそこのベンチ」

 

楓の方を見るとこちらに気がつき手を振ってきた。

 

「な?」

 

「う…そ…」

 

「本当だよ」

 

「先輩!騙されてないですか?美人局とかじゃないですよね?」

 

「金銭要求されたことはねぇよ。それとレンタル彼女でもない」

 

「お、お話しさせてもらってもいいですかね?」

 

「ま、大丈夫だろ」

 

一色と二人で楓の元へ。

 

「お待たせ」

 

「ずいぶんと可愛い女の子と楽しそうに話をしてましたね」

 

え?恐い。ヤンデレ?違うよね?違うって言って!

 

「あぁ、高校の後輩だ」

 

「一色いろはです。先輩の彼女さんですか?」

 

「はい」

 

「本当だった…」

 

おぉ、見事な『orz』ポーズ。

 

「結衣先輩も雪ノ下先輩も結婚して、私にチャンスが来たと思ったのに…」

 

「一色さん、大丈夫ですか?」

 

「ちょっとショックです…」

 

仕方ない。俺の飲み物をやるか。

 

「ほれ一色、これ飲んで落ち着け」

 

「ありがとうございます」

 

一気に飲みやがった…。

 

「で、いつから付き合っているんですか?」

 

「この前の日曜の夜からか?」

 

「そうですね。あっ、でも日付変わっていたかもしれませんね」

 

「雪ノ下先輩の結婚式の日じゃないですか!!切り替え早すぎですよ!」

 

「まぁ、なんつーのかな、運命?」

 

「先輩キモイです」

 

「ほっとけ」

 

「一色さん、そんなこと言ってはダメですよ」

 

「はぁ、すいません。…でも、どこかで見たことあるような…」

 

楓が眼鏡を一瞬だけ外した。

 

「あわ、あわわわわわ、先輩大変です!た、たか…ムググ」

 

慌てて口を手でふさいだ。

 

「騒ぐなよ。でも、その通りだ」

 

「ど、どうして…」

 

「結婚式の後に赤提灯でやけ酒飲んでたら出会った」

 

「本当にあの偶然には感謝しています」

 

「わ、かりました…」

 

項垂れる一色…。やっぱり一色もそうだったのか…。

 

「一色。なんか、すまん」

 

「謝らないでください。踏み込めなかった私がいけないので…。私は行きますね…」

 

「悪いが内密にな」

 

「…わかってます」

 

一色を見送りベンチに座る。

 

「やっぱり八幡さんはモテるんですね」

 

「今思えばなぁ…。あの頃は、勘違いだと自分に言い聞かせてたからな」

 

「トラウマの話ですか?」

 

「え?俺、あの時そんな話もしてたの?」

 

「ええ、してましたよ」

 

「恥ずかしい」

 

「でも、もう大丈夫ですよね?」

 

「ああ、楓が居るからな」

 

 

 

 

 

 



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楓のお宅訪問

その後もアトラクションを楽しみパレードを眺める。

 

「お土産買いたいんだが、楓はどうする?」

 

「私も少しだけ買います」

 

パレードを見終わり、お土産物を買いに店に入った。目星はつけていたので、それをチョイス。

 

「八幡さん、もう決まったんですか?」

 

「まあな」

 

「チョコクランチ?」

 

「それは自分用」

 

「キーホルダー3個?」

 

「あ~、これは楓にお願いしたいんだが…」

 

「?」

 

「ニュージェネの三人に渡してもらえないか?あの時、雰囲気悪くしちまったからな」

「わかりました」

 

「楓は?」

 

「あと少しだけ付き合ってください」

 

「はいよ」

 

買い物を済ませて、ディステニーランドをあとにする。

 

「八幡さんの家はここから近いんですか?」

 

「アパートは、まぁ遠くはないな」

 

「八幡さんのお部屋に行ってみたいんですけど…」

 

「何もないぞ」

 

「はい、かまいません」

 

「断る理由もないしな」

 

電車に揺られ数駅。俺が住むアパートへ。あれ?小町以外に女性が来るの初めて?

 

「狭いけど、あがってくれ」

 

「お邪魔します」

 

「適当に座ってくれ。コーヒー淹れるから」

 

「先に手洗い・うがいをしたいので、洗面所を借ります」

 

さすが、手洗い・うがいは基本ですな。俺は台所でいいや。

楓のコーヒーを淹れて、俺は冷蔵庫からマッカンを出す。久しぶりだな、MAXコーヒーよ。

 

「八幡さん…」

 

「テーブルのところに座ってくれ」

 

「何故、歯ブラシが二個あるんですか?」

 

「あぁ、小町のだ」

 

「誰ですか?」

 

怖い怖い!あと恐い!

 

「妹だよ」

 

「え?妹さん?」

 

「話してなかったっけ?」

 

「初耳です」

 

スマホを操作して小町の写真を見せる。うん、磐石のあざと可愛いさ。

 

「可愛いですね」

 

「だろ?世界で二番目に可愛い」

 

「二番目?」

 

「一番聞きたいか?」

 

「…一応」

 

楓の耳に口を近づけて…。

 

「楓だよ」

 

「もう!!」

 

ポカポカと可愛いく叩いてくる。お持ち帰りしたい!あっ、俺ん家だ。

ひとしきりじゃれたあとテーブルの前に座る。

 

「少しまゆちゃんの気持ちがわかりました」

 

「まゆちゃん?佐久間まゆ?」

 

「えぇ。自分の担当プロデューサーが好きみたいで、ほかの娘が近づくと『プロデューサーはまゆのものです』って」

 

「付き合っては?」

 

「いません」

 

何それ恐い。

 

「八幡さんが飲んでるのはなんですか?」

 

「ん?MAXコーヒー。略してマッカン。飲んでみるか?」

 

「はい」

 

楓がマッカンを一口。驚いた顔になる。

 

「すごい甘い!」

 

「この甘さがクセになるんだよ」

 

楓が何か考えている。

 

「ラムとかテキーラで割ったらカルーアミルクに近いですかね?」

 

「そんな酒は置いてねぇよ」

 

「残念です」

 

仕方ない。

 

「缶ビールでいいか?」

 

「はい、たくさん歩いたんで」

 

「そうすると帰りはどうするかな?」

 

「あの…、泊まってはダメですか?」

 

甘え上手だよな。

 

「コンビニ行くか?」

 

「はい。チューハイも買いましょう」

 

ホントにこの娘お酒好きね。

 

 

 

 



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伝えるという行為

目が覚めた。うん、よくご存知の天井。俺の部屋で俺のベッド。隣には生まれたままの姿の楓。…エロい。いかんいかん、一日イチャイチャで終わってしまう。…それも有りなんですけどね。

 

朝飯どうしようかな。冷蔵庫はほぼ空だったからな。コンビニ行ってくるか。

 

楓を起こさないように着替えてコンビニへ。サンドイッチでいいかな。

 

一人になるのは久しぶりな気がする。デパートの入り口で一人になったのは、すぐに雪ノ下に会ったからノーカン。

ここ数日は楓が隣に居るのが当たり前になっていた。休みの間だけ、一週間だけと始めたこの関係も残りわずか。俺は雪ノ下が結婚した寂しさから楓と一緒に居た。もっと言えば由比ヶ浜と雪ノ下に置いていかれた気がしていたのかもしれない。いずれにしても、心の隙間を埋めるために楓と一緒に居た。だか、楓との時間は隙間から溢れ出るほどのモノだった。目を閉じて出てくるのは楓の笑顔ばかりだ。惚れっぽいのか、楓が魅力的なのか…。両方だな。

俺は約束の期間が過ぎても楓と居たい。楓はどう思っているのだろうか。

 

俺は学んだことがある。想いは言葉にして伝え、行動で示さないと伝わらない。

こんな子供でもわかることを、この歳になってわかるとはね。もしかしたら、言葉や行動で示したいと思うほど好きになったのは初めてってことなのかもな。

 

さて、朝飯も買ったし帰りますかな。

 

「ヒキオ?」

 

久しぶりに聞いたな、そのアダ名。

 

「三浦か、久しぶりだな」

 

「んで、なにやってんの?」

 

「朝飯買ってきたんだよ」

 

「仕事は?」

 

「有給休暇」

 

「ふ~ん、思ったより元気そうだし」

 

「まあな。葉山は元気か?」

 

「…あんまり」

 

アイツ、雪ノ下大好きマンだったからな。

 

「こんな言い方アレだが、チャンスだと思って頑張れや」

 

「ヒキオは平気なん?」

 

「そうだな…」

 

雪ノ下の結婚を知って、絶望して結婚式でトドメを刺され、やけ酒飲んで、その先ドン底這うつもりでいたら楓に出会った。

 

「俺は好きな人が出来たよ、それこそ偶然の出会いだったけどな」

 

「ふ~ん」

 

「出会って間もないけど、心から一緒に居たいって思えるんだ」

 

「あっそ。じゃあ、がんばんなよ」

 

「三浦もな」

 

「あ、あーしは…」

 

「言葉にして伝えろよ。後悔のないようにな。俺は後悔しまくった。でも、俺は今回の出会いで後悔はしたくない」

 

「わかったし」

 

「じゃあな」

 

さて、足留めされちまったな。メシメシ~♪

 

「ヒキオ!」

 

まだあるのかよ。

 

「今のアンタ、その…。格好良くなった!」

 

「ありがとよ。三浦みたいな美人に言われると、嬉しいよ」

 

「なっ!び、美人とか言うなし!」

 

「葉山のこと、支えてやれよ」

 

「当たり前だし!」

 

三浦と別れて部屋に戻る。時間かかっちまったな。

 

部屋に戻ると、楓が半べそで待っていた。

 

「八幡さん、どこへ行ってたんですか!」

 

すごい勢いで抱きつかれた。

 

「おう、すまん。朝飯買いにな」

 

「目が覚めたら八幡さんが居なくて、部屋の中どこにも居なくて…。寂しくて…怖くて…」

 

「ごめんな」

 

楓を抱きしめ頭を撫でる。今…かな…。

 

「楓、聞いて欲しいことがある」

 

「なんですか?」

 

「好きだ」

 

 

 



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伝わった想い

言った、遂に言ったぞ。

 

 

 

…沈黙。俺、やっちまったか?黒歴史更新か?

 

 

 

「八幡さん…」

 

「お、おう」

 

「心臓の音、凄いですよ」

 

「そりゃあ、高垣楓に告白しているんだからな」

 

「私もです」

 

楓が俺の手をとり、左胸に…。おう、柔らかい。じゃなくて!楓の鼓動も早い。

 

「『好き』と言われることが、こんなにも胸を締め付けて、こんなにも嬉しいことなんて知りませんでした」

 

「そうか」

 

「…私も八幡さんのことが好きです」

 

え?今、好きって言われた…。

 

「楓…」

 

「八幡さん…」

 

〈クゥ~〉

 

え?今のなんの音?楓が下向いてクスクス笑ってるんだけど。

 

「ふふっ。ごめんなさい、お腹すいちゃいました」

 

可愛いお腹の虫だな。

 

「サンドイッチ買ってきた」

 

「いただきましょうか」

 

「だな」

 

朝食を食べながら確認しなければいけないことが。

 

「なあ、楓」

 

「はい、なんですか?」

 

「お、俺達は両思いでいいんだよな?」

 

「…はい」

 

モジモジして可愛いのう。お持ち帰りしたい。って、だからここ俺ん家!

 

「そ、それで、期間限定ではなく、正式にお付き合いってことで、いいんだよな?」

 

「改めて言われると、恥ずかしい…。正式にお付き合い…です」

 

「そうだよな、うん。改めて、よろしくな」

 

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」

 

な、なんか恥ずかしいな。

 

「そ、それで、提案なんだが…」

 

「はい」

 

「付き合い始めたとなると、楓もこの部屋に遊びに来ることがあるだろう」

 

「はい、そうですね」

 

「今日はその…、この部屋に置く楓の分の日用品を買いに行かないか?」

 

「はい!行きましょう!」

 

凄いいい笑顔だ。この笑顔なんだ。普段は大人っぽく色っぽい佇まいなのに、嬉しいことがあると少女のようなくだけた笑顔になる。TVては決して見れない、俺だけに向けてくれる笑顔。

 

「どうかしたんですか?」

 

「ん?なにがだ?」

 

「ニコニコしてますけど」

 

楓が笑顔だと俺も笑顔になれるのか。俺ってそんなに笑う人間だったかな?たぶん、なったんだ。楓が笑顔になってくれるのが嬉しいんだ。

 

「まずは、ビールのグラスにワイングラス、徳利とお猪口。ロックグラスも必要ですね」

 

さすが楓、お酒にかける思いがハンパない。いや、可愛いんだけどね。

 

「それはまたにしようね」

 

「は~い」

 

日用品を買い揃え、夕方には一旦楓の部屋に戻る。

 

「八幡さん、ケーキ食べませんか?」

 

「ケーキ?まぁ好きだからいいけど」

 

「八幡さんと付き合うことが出来た記念に…」

 

まったく、敵わないな、この可愛さには。

 

「よし!ホールで買うぞ!」

 

「そんなに食べきれませんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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新たなスタート

楓の部屋に戻り、夕食とケーキを食べた。

先に風呂に入ってくれと言われたので、何の疑いもなく入浴していると、楓乱入イベント発生!!

毎晩見てはいたけど、楓の美しさにしばらく見とれてしまった。

 

一週間最後の夜もベッドを共にして、最終日はもって帰る荷物の片付けをして、夕方までまったりと過ごした。

 

「次の休みはいつなんだ?」

 

「次は土曜日です」

 

「じゃあ、土曜日にまた来るよ」

 

「嬉しい…」

 

「あっ!」

 

「どうしたんですか?」

 

「連絡先…」

 

「あら、ずっと一緒に居たから気がつきませんてましたね」

 

連絡先を交換して玄関へ。

 

「じゃあまたな」

 

「はい…」

 

「どうした?」

 

「いってらっしゃい」

 

「え?」

 

「言ってみたかったんです」

 

楓を抱き寄せてキスをした。

 

「じゃあ、いってきますだ」

 

「はい」

 

こうして一週間は終わり、新なスタートとなった。

 

荷物を持って部屋に帰る。激動の一週間だった。好きだったヤツが結婚して、その日の夜に似た声の楓と出会い、ニセモノ同士で身を寄せあっていただけのつもりが…。

 

 

 

「あ、お兄ちゃんお帰り」

 

「小町、来てたのか。ただいま」

 

「傷心旅行はどうだった?」

 

まぁ、一週間も有休使って部屋に戻らなきゃそうなるか。

 

「ぼちぼちだ」

 

「ふ~ん。ディステニーランドは一人で行ったの?」

 

「な、なんのことかな?」

 

「耳が置いてあったよ。あとチョコクランチ」

 

「え?あ、うん」

 

楓、置いていったな。チョコクランチ減ってるし。

 

「それと、食器とか歯ブラシとか増えてない?」

 

ヤバッ!

 

「そ、そうか?」

 

「それと、洗面台に長い髪が落ちてたんだけど…」

 

小町ちゃん、恐いよ。

 

「お兄ちゃん、女の人連れ込んだの?」

 

いつからヤンデレ妹になったの?

 

「え、あの…」

 

「正直に答える!」

 

「…はい」

 

言っちまったなぁ…。

 

「雪乃さんが結婚したからって、レンタル彼女とかエッチなお姉さん呼ぶとかやめてよ」

 

エッチなお姉さんて…。俺が家賃払ってる部屋だからエッチなお姉さん呼んでもいいよね?楓が居るから呼ばんけど。まぁ、それより…。

 

「いや、違うけど…」

 

「じゃあなに?彼女とか出来たの?」

 

「まぁ、そうだな」

 

「そうだよね、お兄ちゃんに彼女が出来る訳が…って、嘘!」

 

「まぁ、嘘じゃねぇな」

 

「お兄ちゃん、二次元や脳内彼女はノーカンだよ」

 

「いや、リアルだけど」

 

あれ?小町黙っちゃった。

 

「会わせて…」

 

「はい?」

 

「会わせてくれないと信用出来ない」

 

何それ。お兄ちゃん悲しい。

 

「ちょっと待ってろ」

 

スマホを操作して楓にLINEをする。小町が信用してないから、電話してもいいかと。即OKの返事が来たが、フルネームを言わないようにだけ注意しておく。

 

「小町、向こうのOKが出たから、今は電話で勘弁してくれ」

 

「わかった」

 

楓の電話にコールする。

 

『はい、アナタの楓です』

 

ガフッ!ノーガードにその攻撃はズルい。

 

「す、すまんな、電話して」

 

『いいえ。いずれは妹さんとも話をしたかったので』

 

「んじゃ、スピーカーに切り替えるぞ」

 

『妹さん、聞こえますか?八幡さんの彼女ですよ~』

 

「え?雪乃さん?何の冗談ですか?」

 

そうだよなぁ、そう聞こえるよなぁ。

 

「小町、俺は雪ノ下の連絡先を知らん」

 

『雪ノ下雪乃さんではありませんよ。楓と言います、よろしくねぇ』

 

「は、初めまして。小町と言います。お兄ちゃんとはどのように知り合ったんですか?」

 

『八幡さんがやけ酒してる時に、たまたま出会いまして。一緒に飲んで意気投合しました。それで今週はずっと一緒に居たんですよ』

 

「では、兄と一緒にディステニーランドも?」

 

『はい、楽しかったですよ。そのあと、八幡さんの部屋に寄らせてもらいました』

 

「今度会っていただいてもいいですか?」

 

『ぜひお会いしたいです』

 

「それは俺が調整する」

 

『八幡さん、お願いします』

 

「小町、こんな感じでいいか?」

 

「う、うん。楓さん、急にすいませんでした」

 

『大丈夫で~す♪』

 

「じゃあ楓、また連絡する」

 

『は~い。では、おやすみなさい』

 

「おう、おやすみ」

 

電話を切ると、小町が呆然としていた。

 

「どうした小町」

 

「お兄ちゃん、本当に雪乃さんじゃないよね?声、ソックリだよ」

 

「俺も最初は驚いた。それに、雪ノ下がこんな嘘つくと思うか?」

 

「思わない」

 

「じゃあ、そういうことだ」

 

「それにしても、切り替え早くない?」

 

「俺もそう思う。だけど、理屈じゃねぇんだよな」

 

「いつも屁理屈ばっかりのお兄ちゃんが…」

 

「うるせぇ、仕方ねぇだろ。好きになっちまったんだから」

 

「お、お兄ちゃん…。本当にお兄ちゃんなの!ま、まさか偽者!」

 

「誰が好き好んで俺にバケるんたよ」

 

言ってて悲しい。

 

「それもそうか」

 

納得しないで!

 

 

 

 



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ドーナツ屋にて

月曜日の朝。普段なら布団の中で働きたくないと抵抗するのだが、起き抜けに携帯を見てやる気が出た。

 

【おはようございます。今日からお仕事ですね。お互いに頑張りましょう】

 

これだけでご飯三杯はイケる。

しかし!このあとにもう一言。

 

【アナタの楓より】

 

ねぇ、俺死ぬのかな?萌え死?キュン死?それとも、非リア充にエクスプロージョンくらう?

 

なんてこと考えていたら支度完了。

 

メッセージも返信した。最後に【アナタの八幡】とか添えて。うん、キモイ。

 

仕事はやるんだが、考えなければいけないことがある。

『アイドルと交際する』ということだ。まともに男女交際もしたこたない俺がだぞ。ネットにもそんなこと書いてないし…。どうしたモンかなぁ。

 

あっ、仕事終わってる。ありがとう小人さん。

 

甘いドーナツでも食べながら考えますかね。考え事する時には甘いモンだな。

 

ドーナツを三個ほどとカフェオレを購入。適当な一人掛けのカウンタータイプの席に座る。

 

なんとなくスマホで楓の画像を検索してみる。どれも綺麗で神々しいほどだ。だけど、あの笑顔の画像はない。子供みたいにハシャギながら俺の名前を呼ぶ時の笑顔は…。

 

「早く会いてぇな…」

 

「そんなに私に会いたかったの?」

 

「うぉっ!」

 

突然、声をかけられて驚いてしまった。…出たよ魔王。ドーナツ屋と言ったらこの人とエンカウントするんだよな。ドーナツ屋なら椎名法子にしてくれよ。

 

「ども」

 

「で、比企谷君は誰に会いたいのかな?雪乃ちゃんかな?残念だっ…」

 

「違いますよ」

 

「言いきる前に否定したね」

 

「まぁ、雪ノ下のことはいいんですよ」

 

「東京でデートしてた娘かな?」

 

雪ノ下…、口外したのか?

 

「比企谷君も冷たいよね、雪乃ちゃんが結婚したからって、すぐに彼女作るなんて」

 

どこまで、話したんだ?

 

「雪ノ下に聞いたんですか?」

 

「まあね。雪乃ちゃん、比企谷君に会ったら謝りたいって…。ヒドイこと言ったって」

 

あの態度は、俺と雪ノ下の間ではデフォルトだった。でも、あの時は嫌悪感しかなかった。冷静に今聞けば対処できると思う。俺が急に態度変えたからアイツに悪いことしちまったな。

 

「雪乃ちゃんも大変みたいなのよ。それでイライラしてたみたいなんだ。詳しくは私にも話せないみたいだけど」

 

「そうですか…。結婚したばかりなのに大変ですね、アイツも」

 

「だから、許してあげて。雪乃ちゃんのこと」

 

「許すもなにも、俺も思うところがありましてね。悪いことしたと思ってます。だから、オアイコですよ」

 

「ひ、比企谷君…」

 

え?俺なにかした?

 

「比企谷君て、そんな笑い方したっけ?」

 

え?キモイの?

 

「キモイですか?」

 

「ち、違うのよ。凄いいい笑顔したから…」

 

そうなのか?

 

「そんな笑顔して、お姉さんを惚れさせるつもり?」

 

肘でつつかないでください。グリグリしないでください。

 

「そんなつもりないですよ。彼女いますんで」

 

「そうなんだよね。凄い美人の彼女と一緒だったって、雪乃ちゃん言ってた」

 

「そうッスね」

 

間違いなく美人です。

 

「今度、会わせてよ」

 

「善処します」

 

「それ、やらない返事だ」

 

「ま、千葉と東京で離れてますからね」

 

「それで、さっそく浮気なの?」

 

雪ノ下さんが携帯を指さした。

楓の画像のままだった!!

 

「比企谷君て、意外とミーハーなんだね」

 

変に勘ぐられる前に先手を打つか。

 

「まぁ、彼女の写真なんで」

 

「ぷっ!あはははははっ!面白いこと言うね、そんな訳ないじゃん!あはははははっ!」

 

笑い過ぎ。まぁ、嘘は言ってないし、変に策を練るよりいいだろ。雪ノ下もここまでは言ってなかったか。

 

「現『雪ノ下』のトップが、こんなところでバカ笑いしないでください」

 

「気にしない気にしない。でも、久しぶりに爆笑したわ。それにトップなのは名前だけだしね」

 

「それでもですよ」

 

「じゃあ、雪乃ちゃんには私から『比企谷君は気にしてない』って言っておくから」

 

「うっす」

 

「あと、静ちゃんに比企谷君に彼女が出来たって言っておくね」

 

あの人、まだ独身なんだからやめてあげて!俺はもらってあげられないから!

 

「鬼ですか」

 

「違うよ、魔王だよ。じゃあね」

 

そう言って雪ノ下さんはドーナツをくわえて店を出ていった。

 

…俺のドーナツ!!

おのれ、シスコン魔王め…。

 

 

 

 



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画面から伝わる想い

シスコン魔王こと、雪ノ下さんにドーナツをひとつ強奪された。被害はそれだけならば良しとしよう。雪ノ下のトップなら、俺をかまうほど暇じゃないだろ。

 

甘いモノを摂取しても、考えはまとまらなかった。部屋に戻り、楓に連絡をしてみる。

楓の方は、担当プロデューサーが出張で一週間いないので電話で報告したらしい。担当プロデューサーも焦ってはいたが、反対はしなかったとのこと。ただし、戻るまでは派手な行動とメディアでの対応でボロを出さないようにと釘を刺されたみたいだ。

あと、今夜は川島さんや片桐さん達と飲むらしい。川島さんに報告したら、酒の肴にされるようだ。飲み過ぎないように注意しておいた。

 

次の日もおはようのLINEから始まり、夜の電話。飲みに行こうとしたら、柳清良さんという元ナースに止められたらしい。GJです、清良さんとやら。

 

水曜日。今日は生放送の歌番組に出演するから電話は出来ないとのこと。念のため録画予約はしたが、オンタイムで見たいので定時で仕事を終わらせて帰宅。

 

テレビの前で楓の出番を待ち構えている。すると、玄関が開く音がした。

 

「お兄ちゃん、居るの?」

 

ん?小町か。

 

「おう、居るぞ」

 

小町がテレビを見て驚いている。

 

「お兄ちゃんが歌番組観てる。普段はアニメか特撮しか観ないのに…」

 

ほっといて。

 

「たまにはな」

 

「ご飯は食べた?」

 

「いや、まだだ」

 

「簡単なもので良ければ作るよ」

 

「んじゃ、頼む」

 

そんなことを言っていると、楓の出番になった。

 

「ふぁ~、高垣楓って綺麗だよね」

 

知ってるよ。

 

「そだな」

 

「適当だなぁ」

 

それどころではない。なんというか、圧巻だった。楓が歌っているところは前にもテレビで見たことはあるが、今回はまったくの別物だった…。

 

歌の後に、司会者とのトークになった。

 

『高垣さん、今回は非常に素晴らしい歌でしたね』

 

『ありがとうございます』

 

『何か秘訣があるんですか?』

 

『秘訣ではないんですけど、嬉しいことがありました』

 

『それは、どんな?』

 

『秘密です。うふふ』

 

イタズラっぽい笑いをしている。俺のこと…なのかな。

 

「お兄ちゃん、どうしたの?ニヤニヤして」

 

おっと、顔に出てしまった。

 

「いや、綺麗だなぁと思っただけだ」

 

「そういえば、お兄ちゃんの彼女…お義姉ちゃん候補も楓さんだよね?」

 

なんで言い直したの?しかも鋭いツッコミ。

 

「まぁな」

 

「この人みたいに美人さんかな」

 

「そうかもな」

 

この人なんですけどね。

 

しばらくすると、楓から電話がかかってきた。

 

「お疲れさん。テレビ観たよ」

 

『観てくれたんですね、ありがとうございます』

 

「一応聞くが、嬉しいことってなんだ?」

 

『それは…、恋人が出来たことです』

 

「そ、そうか…」

 

『横で美優さんが慌ててましたけどね。言ってしまうんではないかと心配してたみたいです』

 

三船さん、心配かけてごめんね。あの店のランチ美味しかったです。

 

「みんなが心配しないようにしないとな」

 

『プロデューサーが戻れば大丈夫だと思います』

 

「そうだな。色々と仕事とかのタイミングもあるだろうからな。俺に出来ることがあったら言ってくれ」

 

『はい』

 

後ろから、三船さんが帰ると言っているのが聞こえた。

 

「飲みに行くのか?」

 

『えぇ』

 

「あまり飲み過ぎるなよ」

 

『はい。お猪口にちょこっとだけにしま~す』

 

出たよダジャレ。

 

「じゃあ、またな」

 

『おやすみなさい』

 

本当に難しいよな、この関係…。でも、乗り越えられないことはない。根拠はないがそう思える。楓がそう思わせてくれるのかな…。

 



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週末に向けて…

木曜日。今日と明日を乗り切れば楓に会える。まったく、俺はどうかしちまったな。寝ても覚めても楓のことばっかり。

 

ふっと思い出す。

【女の子は何で出来ている?砂糖とスパイス。それと素敵な何か】

 

マザーグースか…。一色はスパイスが多過ぎと感じた。雪ノ下は…『素敵な何か』が氷やドライアイスで冷たい、氷の女王だけに。由比ヶ浜は砂糖だけじゃなくハチミツとメイプルシロップに練乳…。俺でも甘過ぎだ。三村かな子もビックリだ。『素敵な何か』はダブルメ…ゲフンゲフン。

 

楓はどうだ?アルコールを効かせ過ぎだな、酔ってしまう。いや、完全に酔ってしまっている。だが、悪くない。出来ることなら、一生楓に酔い続けたい…、なんてな、そんなガラじゃねぇ。

 

 

そんなことを考えていたら、仕事が終わっていた。今日もありがとう小人さん。って、無意識でやってただけなんだけどね。

 

 

夜は楓と電話。今日はニュージェネと仕事だったらしく、キーホルダーを渡してくれたらしい。ニュージェネの三人に根掘り葉掘り聞かれたらしいが、恋愛に興味津々なお年頃だから仕方ない。

心配していた例のプロデューサーとも普通に会話出来たみたいだ。交際のことは心配されたみたいだが、協力してくれるとも言ってくれたようだ。協力してくれるのはありがたいが、楓にあんまり近づかないで欲しい。そんなことを考えながら話をしていたら…。

 

『私はアナタ以外は興味ありません』

 

だとよ。読まれてるじゃねぇか。はぁ、俺はどう楓に還元すればいい。幸せ過ぎだよな、まったく。

 

金曜日。朝のLINEのやり取りの後、携帯の充電が少ないので充電していたら、部屋に置いてきてしまった。まぁ、楓とやり取りするぐらいだからいいか。あとは通販サイトの斡旋メール…、たまに小町。あっ、目から汗が…。平塚先生、長文メールじゃなければお答えしますよ。戸塚、たまには連絡くれ。材木座?知らないひとですね。

 

 

明日は楓のところへ行くから今日は定時退社。明日は何をしようか。映画?ショッピング?ドライブもいいなぁ。ペアリング見に行くとかどうかな?まだ気が早いかな。何かプレゼントはしたいな。

 

部屋に戻り、携帯を見ると着信とLINEの件数が異常だ…。何かあったのか?内容を見ようとしたら、玄関が開いた。

 

「お兄ちゃん、大変だよ!」

「ヒッキー!」

「先輩!」

 

小町に由比ヶ浜に一色が血相を変えて部屋に入ってきた。

 

「なんだよお前ら、どうしたんだよ」

 

「これ見て」

 

何なんだよ、これ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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落とし穴

小町が俺に見せたのは週刊誌。

 

【高垣楓 熱愛!!】

【白昼の手繋ぎデート】

【自宅に恋人が連泊】

 

「これ…、お兄ちゃん…だよね?」

 

週刊誌の写真には、楓と横に立つ男性、男性の目元に黒い線が…。間違いなく俺だ。

 

「先輩?」

 

「ヒッキー?」

 

「ああ、俺だ」

 

クソッ!普段なら周囲の視線に敏感なはずなのに…。浮かれていたのか…。

 

「すまん、電話させてくれ」

 

断りをいれて、楓に電話する。

 

『八幡さん』

 

「楓、大丈夫か?」

 

『…とりあえずは』

 

「すまん、携帯を部屋に忘れちまって…。こんなことになってるとは…」

 

『私…不安で…怖くて…』

 

「本当にすまん、今からそっちに行く」

 

『ダメです!』

 

「どうして…」

 

『マンションの周りにマスコミが…。今来たら八幡さんは…』

 

どうすりゃいい…。

 

『事務所からしばらくは『病気療養』ということで自宅待機にさせられました』

 

「でも…」

 

『今は瑞樹さんや早苗さんが来てくれてます』

 

畜生、何も出来ないなんて…。

 

『電話代わったわ、川島よ』

 

「すいません、こんなことになるなんて…」

 

『こっちは芸能人よ、ある程度は予見していたわ』

 

さすが川島さんだな。

 

『こっちは私たちも頑張って何とかするから、無茶はしないでね』

 

「くっ!…わかりました。楓のこと、よろしくお願いします」

 

『あの時、楓ちゃんと君の笑顔、とっても素敵だった。だから、助けたいのよ。諦めちゃダメよ』

 

「うっす」

 

『交代で亜希ちゃんや有香ちゃんがボディーガードに来るから安心して』

 

「助かります。楓に代わってもらえますか?」

 

『楓です』

 

「すまないな、俺の不注意で」

 

『私も甘かったです』

 

「楓、絶対に迎えに行くからな」

 

『はい、待っています』

 

「また電話する」

 

『はい』

 

電話を切ると、部屋に来ていた三人がこちらを見ている。

 

「こんな時にアレだけど、お兄ちゃんじゃないみたい」

 

「お米ちゃんの言う通りです」

 

「ヒッキー…変わったね」

 

由比ヶ浜が少し寂しそうな顔をした。

 

 

 

さて、俺に何が出来る…。

 

…ダメだ、ヤバイやり方しか出てこない。ロクでもない考えがグルグル頭の中をまわってる。一度頭に思い浮かぶとそれしか出てこない。クソッ!

 

「お兄ちゃん落ちついて。顔、恐いよ」

 

小町がコーヒーを淹れてくれた。

 

「悪いな小町…」

 

砂糖とミルクを大量に入れる。

 

「本当なら止めるところだけど、今日は許してあげる。練乳はいる?」

 

「頼む…」

 

普段なら『小町的にポイント高い♪』という場面なんだろうがな…。小町にまで気を使わせてしまっている。

 

 

そんな時、由比ヶ浜の携帯がなった。

 

「ごめん、私だ。…って、ゆきのん!!」

 



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仲間を頼るということ

こんな時に雪ノ下から電話。何なんだよ…。

 

「もしもし、ゆきのん?うん、今、ヒッキーのところ。小町ちゃんといろはちゃんも一緒。…うん、聞いてみる…」

 

由比ヶ浜がこっちを向いた。

 

「ゆきのんが話したいって…」

 

とりあえず、話してみるか…。

 

「比企谷だ」

 

『比企谷君、まずはこの前のことを謝らせてもらうわ。ごめんなさい』

 

雪ノ下に素直に謝られると、変な感じだな。

 

「いや、俺も思うところがあったからな。こっちこそ、すまなかった」

 

俺も素直に謝るとは…。

 

『姉さんから聞いた通りね。それで、週刊誌のことなんだけど…』

 

「今、それで集まってるんだが…」

 

『はやまってはダメよ』

 

「何をはやまるんだよ。死なねぇよ」

 

『アナタのことだから、編集部に乗り込んで、『高垣楓を脅して一緒にいた』とか言って終息させる考えでいたんではないかしら?』

 

うっ!図星…。

 

「それは脳内会議で却下になったよ」

 

俺だけじゃなく周りも傷つくなんて、もう沢山だ。

 

『よかった…』

 

「それで、雪ノ下が電話をかけてきたってことは、何か妙案でもあるんじゃねぇか?」

 

『無いことはないわ』

 

「教えてもらっても?」

 

『ここではちょっと言えないわ。明日、そっちに行ってもいいかしら?』

 

「了解。住所は由比ヶ浜からメールしてもらう」

 

『わかったわ』

 

「雪ノ下…」

 

『何かしら?』

 

ここで言わないと…な。

 

「…力を…貸してくれ…」

 

『ふふっ、アナタから頼られる日が来るとはね。微力ながらお手伝いするわ』

 

「すまん」

 

『違うわよ』

 

「…ありがとう、雪ノ下」

 

電話を切って、三人に向き直る。

 

「小町、由比ヶ浜、一色、力を貸してくれ」

 

頭を下げる。

 

「お、お兄ちゃんが…」

「先輩が…」

「ヒッキー…」

 

なんだよ。

 

「ダメなのか?」

 

「ち、違いよ!お兄ちゃんが素直にそんなこと言うなんて…」

 

「先輩なら、こう…もっと捻れた言い方を…」

 

由比ヶ浜だけは違った。

 

「ヒッキー、変わったね…」

 

変わった…か。

 

「そうかもな」

 

「楓さんかな…、ヒッキーを変えたのって…」

 

楓が俺を変えた?それだけじゃないな。

 

「俺を変えたのは、たぶんそれだけじゃない。俺がピンチの時にこうやって駆けつけてくれたお前らだって俺を変えた一因だ」

 

「そっか…、じゃあ頑張らないとね」

 

「ありがとな、由比ヶ浜」

 

思わず頭を撫でてしまう。

 

「か、髪型崩れちゃうよ」

 

そうは言いながらも少し嬉しそうな由比ヶ浜と…。

 

「先輩!私も手伝いますよ!」

「お兄ちゃん!小町にも!」

 

お前ら子供か?まぁ、頭撫でるくらいならな。

 

 

 

 

 

 



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来訪者

翌朝、呼鈴が鳴り玄関を開けると雪ノ下が来ていた。

 

「おはよう、雪ノ下」

 

「おはよう、比企谷君」

 

「雪ノ下が一番乗りだ。上がってくれ」

 

「失礼するわね」

 

とりあえず、お茶を出して座ってもらう。

 

「あの…、この前はごめんなさい」

 

「それはもういい」

 

「聞いてもらえないかしら。これからやることにも関係するから」

 

「それは由比ヶ浜達が来た後じゃマズイのか?」

 

「出来れば、そうね」

 

「聞こうか」

 

姿勢を正して聞く。

 

「実は、結婚した相手の家でトラブルがあるのよ」

 

「おう、よくある話だな」

 

「それで、新参者の私は厄介払いで外に出されていたの」

 

「それで、不機嫌だったのか?」

 

「…そうね」

 

「まぁ、俺も楓との関係とか考えてたから不安定ではあったな。普段なら対応出来たはずだ。すまなかったな」

 

「いいえ、比企谷君は悪くないわ、私が…」

 

「やめよう。堂々巡りになる」

 

「そうね、話を戻すわ。このトラブルっていうのが、お金の話なの」

 

政治家…金…。

 

「もしかして、表に出ない出してはいけない金の話とか?」

 

「話が早くて助かるわ。その通りよ」

 

そりゃアイツらには聞かせない方がいいな。

 

「それが俺の件とどうかかわるんだ?…まさかとは思うが」

 

「リークするわ。私が掴んでいる情報だけでも議員辞職モノよ」

 

やっぱりか。

 

「ダメだ雪ノ下。そんなことをしたら…」

 

「私は大丈夫よ、そういうツテがあるの。それに何かあっても『雪乃ちゃんは私が守る!』って姉さんが…」

 

あのシスコン魔王…。

 

「しかし…」

 

「元々、乗り気じゃない結婚だったし…。それにこの話を両親にしたら、実家に戻されたわ。問題が表に出たら即離婚ね」

 

その情報が検察に流れたら、強制捜査か…。ニュースで流れる段ボール持って車に積み込むヤツ。

 

「なぁ、それっていつリークするんだ?」

 

「まだ決めてないわ」

 

あとはタイミング…か。まだ早いか…。だが、遅すぎてもダメだ。

 

「そのタイミング、俺に預けてくれないか?」

 

「あまり待てないわよ」

 

「わかってる。そんなに遅くするつもりはない」

 

「わかったわ、姉さんにはそう伝えるわ」

 

楓の方は記者会見とかするのか?タイミングがあえば、話題は分散する…。

 

「比企谷君?」

 

「どうかしたか?」

 

「何を考えているのかと思ったのよ」

 

「たぶん、楓も記者会見とかするだろうからな。タイミングを考えていたんだ」

 

雪ノ下と話をしていると玄関が開く音がした。

 

「小町か?」

 

「お兄ちゃん、おはよう。お客さん拾ってきた」

 

「なんだその表現は…」

 

「たまたま、道を聞かれたんだけど、お兄ちゃんのことだったから」

 

「上がってもらってくれ」

 

「お兄ちゃんのOKが出たのでどうぞ」

 

部屋に入ってきたのは、今をときめくJK三人。

 

「お兄ちゃん、楓さんに飽き足らず、女子高生アイドルにも手を…」

 

「違うわ!!」

 

「そ、そうだよ!私は瑞樹さんから伝言を預かってきただけだ」

 

ワタワタしながら真面目に雪ノ下に答える…、神谷奈緒。

 

「私はキーホルダーのお礼に来た」

 

…渋谷凛。

 

「私は楓さんの彼氏がどんな人か見たかったんだ♪」

 

…北条加蓮。

 

なんで、俺の部屋にTriad Primusが揃ってるの!

 

「私、千葉だから一人で来るつもりだったんだけど…」

 

「奈緒一人じゃ心配だし…」

 

「凛と奈緒だけ楓さんの彼氏見るとか不公平だから」

 

一人は完全に面白半分じゃねぇか。

 

「小町、とりあえずお茶を出してくれ」

 

「アイアイサー」

 

三人が座り、神谷が川島さんからの伝言を話してきた。

 

「瑞樹さんからの伝言。瑞樹さんが常務から聞いたみたいなんだけど、近いうちに記者会見するって。その前に楓さんと楓さんの彼氏と話がしたいみたい」

 

なるほどな。それからじゃないと、記者会見は出来ないか。

 

「了解した。楓と相談してみる」

 

でも、なんで電話じゃなくて、人をよこしたんだ?

 

「そんで、本当の目的はなんだ?」

 

「な、なんのことかな?」

 

何かある…。川島さんは電話で無茶するなと言ってたからな…。

 

「危ないことやってねぇか、様子見ってとこか?」

 

「そ、そそそ、そんなわけないだろ」

 

神谷、しどろもどろだぞ。

 

「奈緒、もうバレてるよ」

 

「わかっちゃうんだね」

 

渋谷と北条が労うように神谷の肩をたたく。

 

「比企谷君は、そういうところだけは敏感なのよね」

 

雪ノ下、そんなことため息つきながら言うなよ。

 

…ん?三人がポカンとしてる。

 

「え?今の声…」

 

「ビックリした…」

 

「楓さんとソックリ…」

 

まぁ、驚くな。

 

「比企谷君、そんなに私と高垣さんの声は似ているのかしら?」

 

「まあな。実際に間違えただろ?」

 

「そうね」

 

「まぁ、雪ノ下の声は冷気がこもってるから、微妙に違うけどな」

 

ん?小町がワタワタしてるけど。

 

「…比企谷君?」

 

久しぶりに見た、全てを氷らす笑顔…。

 

「ご、ごめんなさい…」

 

「よろしい」

 

おい、Triad Primusが引いてるぞ。人前でしちゃいけない顔になってる…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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光明

Triad Primusの三人と入れ替わるように、由比ヶ浜と一色が来た…。

 

来た早々うるさい。

 

「ゆきのん!Triad Primusが居たよ!!」

 

「雪ノ下先輩!すっごい可愛いかったですよ」

 

「うるさいぞ、お前ら」

 

「そうよ、その三人ならさっきまでここにいたわよ」

 

しれっと言ってしまう雪ノ下。

 

「小町もお話ししました。凛ちゃんとかちょー可愛いくて、加蓮ちゃんは細くって、奈緒ちゃんはモフモフでした」

 

モフモフ?まあ、あの髪はモフモフだな。

 

「え~!ズルい!」

 

「仕方ねぇだろ、こっちも急に来て驚いたんだから」

 

「それで、先輩のところに何をしに来たんですか?」

 

「様子見だよ。川島さんが気を使ってくれてな」

 

「川島さん?」

 

「もしかして…川島瑞樹?」

 

「おう、一回会ったことあってな」

 

「ヒッキーズルい!」

 

「ズルくねぇよ」

 

雪ノ下の情報リークと記者会見でなんとか先が見えてきたから、気持ちに余裕が出来たきた。

 

「すまん、ちょっと電話してくる」

 

席を外し、楓に電話をする。

 

「楓か?」

 

『はい…おはよう…ございます…』

 

ん?なんだか眠そうだな。

 

「眠れなかったのか?」

 

『いえ、はーとちゃんと朝方まで飲んでいたんで…。美優さんもいたんですが、早々に寝てしまって、後半は二人でした』

 

おう…。

 

「悪かったな、起こしちまったみたいで」

 

『八幡さんの声が聞けたので安心しました』

 

「そうか。眠れないとかはないか?」

 

『大丈夫です』

 

「こういうとあれだが、少し気持ちに余裕が出来たか?」

 

『迎えに来てくれるんですよね?』

 

「ん?あ、おう」

 

「それなら、心配する必要はないですね」

 

「なんで、俺をそんなに信用出来るんだ?」

 

『…わかりません。でも、そう思えるんです。理屈ではないんです』

 

理屈じゃない…。確かにそうかもな。俺もそう思う。

 

「そっか、俺もそう思う」

 

これは、確認しておかないとな。

 

「楓、アイドルは続けたいか?」

 

『はい』

 

「俺との関係も終わりにしたくないか?」

 

『もちろんです!』

 

「俺もだよ」

 

『でも、八幡さんと別れるぐらないなら、アイドルを辞めても…』

 

「ありがとうな、そこまで想ってくれて。そうならないように、努力するよ」

 

楓の部屋の呼鈴が鳴る音がした。

 

「来客か?」

 

『はい。拓海ちゃんが来る予定になってますから』

 

「拓海ちゃんてあの…」

 

向井拓海って、元暴走族って噂の…。

 

『はい、今日のボディーガードです』

 

「そ、そうか。よろしく伝えてくれ」

 

『はい、ではまた』

 

「また電話する」

 

楓の気持ちはわかった。だったら、俺はそれに答えなきゃいけない。アイドルを辞めさせない為には346の常務か…。

 

 

 

 

 

 

 

 



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作戦会議

常務って人が何を考えているかだな。『病気療養』はおそらく様子見。

選択肢としては3つ。引退・別れさせる・このまま交際OKでアイドル活動も継続。

1つ目は、そのままフェードアウトを狙っている。だが、CMやテレビの契約の問題もある。

2つ目は、『親しい友人です』とか適当なこと言っておいて、別れさせる。一番考えられるパターンだな。だが、これだと楓が引退を言い出す。

3つ目、これは希望でしかない。

346プロとしても楓はドル箱だ、簡単には手放したくはないはず。引退をチラつかせればあるいは…。そこは駆け引きになるか…。会って話してみないとダメか。

 

糖分を補給しようとマッカンを飲もうとしたら、切らしていた。

部屋に居る四人に声をかけて外に出る。

 

まとめ買いはいずれするとして、自動販売機で2本ほど購入…。

 

ん?視線を感じる、あそこの背が高い植え込みか…。おそらくマスコミ。まだ話しかけてくる様子はないが、早くしないとマズイな。

 

部屋に戻り、マスコミが外に居たことを伝える。

 

「あの怪しい人はそうだったのね」

 

「雪ノ下、よく気がついたな」

 

「さすが、ゆきのん」

 

「雪ノ下は帰る時、由比ヶ浜達と出てくれ、変なスキャンダルは困るだろ?」

 

「そうね」

 

「それから、明日にでも346プロへ行こうと思う」

 

「先輩、急にどうしたんですか?」

 

「さっき来てたTriad Primusからの伝言でな、346の常務が俺と楓から話を聞きたいんだとよ」

 

「お兄ちゃん、そんなに急がなくてもいいんじゃないの?」

 

「いや、一部とはいえマスコミが俺を見張ってるのはマズイ。特に高校時代のことを根掘り葉掘りやられるとな。それに、お前らに迷惑がかかる。だから、早目にしたいんだ」

 

「そうね、その方がいいわね」

 

早速、楓に電話をして常務とアポを取ってもらう。

 

『八幡さん、明日でOK出ました』

 

「悪いな急で。楓は事務所まで行けそうか?」

 

『大丈夫です、みんなが守ってくれてますから。八幡さんは大丈夫ですか?』

 

「マスコミが一人居るが、振り切れる」

 

『無理…しないでくださいね』

 

「大丈夫だ。じゃあ、明日346の事務所で」

 

『はい』

 

「楓の笑顔、楽しみにしてる」

 

『私も八幡さんの笑顔を楽しみにしています』

 

楓は大丈夫そうだな。

 

明日の役割分担をしよう。

 

「一色と小町は、隠れてるマスコミに声をかけてくれ」

 

「任せて、お兄ちゃん」

 

「デート一回ですよ」

「あざといから、却下」

 

ぶーぶー言ってる一色は放置。

 

「由比ヶ浜、戸塚と一緒に車で来てくれるか?」

 

「車で都内に行くの?」

 

「いや、カモフラージュだ」

 

「そのスキに電車ね」

 

「ご名答、さすが雪ノ下。電車は一本ズレたら追いかけるのはほぼ不可能だからな。それに人が多ければ、ステルスヒッキーも役立つ」

 

「懐かしいね、それ」

 

「まあな」

 

「私はどうすれば?」

 

「雪ノ下は検察の動きを教えてくれ。情報提供者という立場をフルに生かしてくれ」

 

「わかったわ」

 

みんなに頭を下げる。

 

「よろしく頼む」

 

 

 

 

 

 

 



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行動開始(加筆版)

「行動開始」に新たな助っ人を加えました、


翌日。小町と一色はすでに来ている。あとは戸塚と由比ヶ浜だ。

 

しばらくすると、呼鈴がなった。

 

 

「八幡、お待たせ」

 

「戸塚、悪いな休みなのに」

 

「そんなことないよ。八幡が頼ってくれて僕は嬉しいんだ」

 

はぁ、久しぶりに戸塚ルートでもいいんではないかと思ってしまう。

 

「ヒッキー、顔がキモイ」

「お兄ちゃん、キモイ」

「先輩、キモイです」

 

 

し、仕方ないじゃないか!戸塚だぞ!

 

「あの…、我を無視しないで…」

 

「よし、準備は始めるか」

 

「はぢま~ん!!」

 

「ええい!うるさいぞ材木座!」

 

誰だよ、連れてきたのは…。

 

「八幡の代わりに車に乗ってもらおうと思ったんだけど…ダメ…だった…」

 

と、戸塚の上目遣い…。

 

「そんなことある訳ないだろ。材木座、頼んだぞ」

 

「何、その態度の急変…」

 

それはさておき…。

 

「じゃあ、頼んだぞ」

 

「じゃあ、私とお米ちゃんは先に行きますね」

 

「お兄ちゃん、がんばって」

 

「おう」

 

5分ほどしてから戸塚達が出発する。

 

「八幡、がんばってね」

 

「ヒッキー!ファイトだよ」

 

「盟友、武運を祈る…。リア充爆発しろよ」

 

それぞれに、声をかけてくれる。ありがとな。

 

5分ほどしてから俺も出発。

 

マズイな、マスコミは一人じゃなかったようだ。足音からして…二人か。まけるか?

 

角を曲がると女の子が。

 

「八幡殿」

「ここは我らに」

「お任せくだしゃい!噛んじゃった!」

 

この娘たちは…。

 

「「「可惜夜月(あたらよづき)、推参!!」」」

 

追いついたマスコミ二人が驚いてるぞ。

 

「さ、お逃げください。ここはお任せを」

 

竹刀を構える脇山珠美。

 

一人が隙をついて、こちらに走りだした。

 

「煙玉!!」

 

マスコミの周りに煙が立ち込める。

ナイスだ、浜口あやめ!

 

「八幡さんは、今のうちに」

 

道明寺歌鈴が促してきた。

 

「ありがとな、お前ら」

 

走り出すと、煙を抜けたヤツが近づいてきたと思ったら…。転んだ、バナナの皮で。なんて古典的な転び方なんだ。だが、助かった。

 

可惜夜月に感謝しながら先を急ぐ。しかし、前方にもう一人男が待ち構えていた。どんだけ人員を割くんだよ。まぁ高垣楓のスキャンダルたらそうなるか。

 

「比企谷八幡さんですよね?」

 

くっ!捕まった。これまでか…。

 

「セクシーをもって悪を制する…」

 

この声は!

 

「「「私達、セクシーギルティ!」」」

 

マジか…。

 

「八幡君、ここは任せなさい」

 

「助かります、片桐さん」

 

「ちょっと、まだ何も聞いてませんよ」

 

歩き出すと、こちらについてきた。

 

「むむむ〜、靴紐よ切れろっ!!」

 

堀裕子の声と共に切れた。男のベルトが…。

 

「うわっ!」

 

男のズボンが下がり、見事に転んだ。…転んだ先は及川雫の胸なんだが。

 

「いや〜ん」

 

なんと、うらや…ゲフンゲフン。ケシカラン。って、男を弾き飛ばした!!

 

「ギルティ!!」

 

弾き飛ばした先に居た片桐早苗さんが男を背負投げしたぞ。

 

「痴漢の現行犯よ」

 

「ま、待ってくれ!これは不可抗力だ!むぐぐぐっ!」

 

暴れる男を上四方固めで逃さいないようにしている。なんと、うらや…ゲフンゲフン、ケシカラン(2回目)。

 

「八幡君、行きなさい!この先に瑞樹ちゃんがいるわ」

 

「ありがとうございます」

 

片桐さんに促された方へ向かうと、黒のハイ○ースが停まっている。

 

「八幡君!早く乗って!」

 

助手席の窓から顔を出したのは川島さんだ。

 

「助かります!」

 

スライドドアから後部座席に乗り込むと、そこに居たのは。

 

「おっ、ハッチー久しぶり!」

 

…本田未央。ハッチーってなんだよ、ミツバチ?

 

「さぁ、事務所まで一直線です!!」

 

…日野茜。

 

「そんなに騒いだらダメですよ。比企谷さんがビックリしちゃいます」

 

…高森藍子。

 

なんで、ポジティブパッションが居るんだよ!

 

「ごめんね比企谷君。どうしても、三人が会いたいって」

 

「いや~、キーホルダーのお礼を言いたくて」

 

渋谷と同じ理由。

 

「熱い展開ですね!ボンバー!!」

 

ボンバーってなんだよ。日野、うるさい。

 

「あの、歌鈴ちゃんが素敵なひとって言ってたので…」

 

君がポジパの良心だ、高森。

 

「ちなみに、運転してるのもウチのアイドルだから」

 

川島さんに言われ運転席に目をやる。

 

「原田美世です」

 

こちらも、なかなか美人だ。そりゃアイドルだからな。

 

「ウチで運転が一番上手い娘だから」

 

「ありがとうごさいます。俺は助かったんですが、楓の方は大丈夫でしょうか?」

 

楓は大丈夫と言っていたが、それでも心配だ。

 

「大丈夫よ、たぶん…」

 

なんで目をそらすんですか、川島さん。

 

「迎えに行ってるのが『炎陣』なのよね…。あの娘たち、やり過ぎなければいいけど」

 

あぁ、それは…。楓は心配ないと思うけど…。

 

「それより、心境はどう?今からウチの常務と会うんだけど…」

 

「まぁ不安がないと言ったら嘘になりますが、俺と楓の気持ちをぶつけるつもりです」

 

「そう。私たちは応援しているからね」

 

「ありがとうございます」

 

「ハッチー、格好いい」

「熱いですね!!」

「はぅ…、やっぱり素敵です」

 

 

 

 

 

 

 

 



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出迎え

俺はマスコミに捕まることもなく、346プロへ到着。

 

「私たちは仕事があるからここまでだけど、千川ちひろって事務の娘が事情を知ってるから」

 

「わかりました。何から何まで、ありがとうございます」

 

「じゃ、がんばってね」

 

「はい」

 

川島さんたちと別れ、いざ346プロへ…、デカイなぁ。

 

受付の人に千川さんを呼んでもらう。

 

「あっ!比企谷さん!」

 

あの娘は…。

 

「島村…」

 

「はい!島村卯月です。キーホルダーありがとうございました」

 

「いや、あんなモンでよかったのか?」

 

「はい!とっても可愛いです」

 

「そっか、それはよかった」

 

「卯月ちゃん」

「卯月ちゃん」

 

島村を呼びながら駆け寄ってきた二人。

 

「美穂ちゃん、響子ちゃん」

 

やべぇPCS超可愛い。

 

「こ、こんにちは」

「…こんにちは」

 

警戒されてる?そりゃそうだよね…。

 

「こんにちは、怪しいモノではないんだがな…」

 

「いえ、その…そうではなくで…」

 

「あの…」

 

どつしたの?赤くなってモジモジして。

 

「美穂ちゃん、響子ちゃん、この人が楓さんの彼氏さんですよ」

 

「ええ~!」

 

「卯月ちゃんの言う通りだった…」

 

島村、何を言ったの?

 

「今日はどうしたんですか?」

 

「いや、常務に会いにな」

 

「なるほど、私が案内しましょうか?」

 

「卯月ちゃん、これからレッスンだよ」

 

「トレーナーさん待ってるから」

 

「そうだった!ごめんなさい、比企谷さん」

 

「大丈夫だ、千川さんて人が来るらしいから」

 

「ちひろさんなら、大丈夫ですね」

 

「そうか、気を使ってくれて、ありがとな」

 

思わず、島村の頭を撫でてしまう。

 

「はぅ、気持ちいいです」

 

「あっ!卯月ちゃんだけズルい!」

 

小日向?

 

「わ、私もお願いします!」

 

五十嵐?

 

まあ、いいか。

 

「ほれ」

 

小日向と五十嵐の頭を撫でる。

 

「ふぁ」

 

「はぁ~」

 

「じゃあ、レッスンがんばれよ」

 

「はい」

「はい」

「はい」

 

うん、可愛い。

 

PCSが去ったあと、女性の事務員さんらしき人が来た。え?アイドルじゃないの、この人。普通に可愛いよ。

 

「比企谷さんですね?千川です」

 

「比企谷です」

 

「高垣さんまだなので、待っていただくんですが…」

 

「何か問題でも?」

 

「空きの部屋がなかったので、シンデレラプロジェクトの部屋で待っていただきたいのですが…」

 

シンデレラプロジェクトって、あの…。

 

「申し訳ありません」

 

「いえ、俺は大丈夫です」

 

やべぇ、ちょっとウキウキしちゃう。だって男の子だもん。

 

部屋に向かおうと振り向いた時、千川さんが『ホント、あの人と目がソックリ』と言った気がした…。

 

 

 

 

 

 



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待ち時間

千川さんにシンデレラプロジェクトの部屋に案内してもらい中に入る。

 

「失礼します、比企谷さんをお連れしました」

 

「ありがとうございます、千川さん」

 

あっ…、あのプロデューサーだ。

 

「比企谷です。その節は失礼いたしました」

 

頭を下げる。

 

「いえ、お気にならさずに。こちらこそ、プライベートな時間を邪魔してしまい、申し訳ありませんでした」

 

「い、いえ…」

 

改めて見ると、デカイし目はが怖い…。あ、俺の目もですね。

 

「では、お掛けになってお待ち下さい」

 

「はい」

 

ソファーに座り込みあたりを見回す。ホワイトボードには予定がぎっしり書いてある。さすがシンデレラプロジェクト…。

 

視線を感じる。そちらを向くと黒髪の女の子がニコニコしながらこちらを見ていた。確か…。

 

「赤城みりあちゃんかな?」

 

「お兄ちゃん、みりあのこと知ってるの?」

 

「おぉ、テレビで見てるぞ。いつも可愛いな」

 

「わ~い、可愛いって言われた♪」

 

元気な女の子だな。

 

「ねぇねぇ、私は?」

 

今度は金髪の娘が顔を出した。

 

「おぅ、カリスマJC城ヶ崎莉嘉か。可愛いぞ」

 

「やった~♪」

 

小さい娘は無邪気でいい。同じ黒髪や金髪でも、毒も吐かないし威圧もしてこない。なんて素晴らしい世界。ま、アイツらが嫌いな訳ではないがな。

 

「わ~い♪」

「えへへ~」

 

無意識に頭を撫でていた。

 

「おぅ、すまん」

 

慌てて手をはなす。

 

「え~!もっと撫でて」

 

「もっとしてよ!」

 

取り方によってはエロい…。いかんいかん、相手はJCにJSだ。

 

そんなことを考えていると、扉が開いた。

 

「二人とも~、お仕事行くぃ♪」

 

背が高い可愛らしい女の子…、諸星きらり。

 

「きらりちゃん、あのお兄ちゃんに頭撫でてもらった」

 

「莉嘉も~」

 

「二人とも、よかったにっ」

 

ん?

 

「お前も頭撫でてほしいのか?」

 

「そ、そんなこと…」

 

否定する諸星だが…。

 

「ちょっと屈んでくれ」

 

そういうとすなおに屈んだ。少し撫でてやると。

 

「にょわ~、気持ちいい~」

 

とても、嬉しそうだ。しばらく撫でた後。

 

「よし!じゃあ、仕事がんばってな」

 

「とっても、ハッピィハッピィな気持ちになったから、たくさん頑張るにぃ」

 

「バイバイ、お兄ちゃん」

 

「またね~」

 

三人が部屋を出ていった。

 

「比企谷さん」

 

プロデューサーが声をかけてきた。まずかったか?

 

「すいません、余計なことしました」

 

「いえ、諸星さんが頭を撫でてほしいと、よくわかりましたね」

 

「まぁ、なんとなくですけどね」

 

プロデューサーは少し考えると…。

 

「比企谷さん、プロデューサーになってみませんか?」

 

「は?何を言っているんですか?」

 

「彼女たちの気持ちを聞かずともわかるのは才能だと思います」

 

「買いかぶりですよ」

 

そんなモノがわかるんだった、今頃俺は…、いや、こんな考えはやめよう。過去があるから今の俺がいるんだ。だから、今は楓のことを想えるんだ。

 



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待ち時間 その2

それにしても遅いなぁと考えていると、ケンカしながら部屋に入ってくる二人…。

 

「絶対こっちの可愛いのニャ!」

 

…前川みく。

 

「いや、こっちの方がロックで格好いいから、こっちだ!」

 

…多田李衣菜。

 

※(アスタリスク)だ。よくユニットにしたよな。でも、『仲がいいほど』ってヤツなんだろうな。

 

「Pちゃん、こっちの方が可愛いくていいよね?」

 

「こっちの方がロックでいいよね?」

 

プロデューサー困ってるじゃねぇか…。

 

「お二人様ともお静か。お客さまがいらっしゃるので」

 

「俺のことは気になさらずに」

 

二人の興味がこっちに向くからやめて。

 

「誰ニャ?」

 

「新しいプロデューサー?」

 

「いえ、違います」

 

プロデューサー、なんて言おうか悩んじゃってる。まぁ、いいか?

 

「俺は高垣楓の恋人だ」

 

「え~!!」

「え~!!」

 

あっ、揃った。

 

「う、噂通りで、なかなか格好いいニャ」

 

「うん、なんかいいね」

 

なんかゴニョゴニョ言ってて聞こえない。

二人が持っている資料が目に入った。なるほど、衣装でもめてたのね。

 

「イベントの衣装か、それ?」

 

「あ、丁度いいニャ」

 

「公平に第三者に決めてもらおう」

 

ヤブヘビだった…。

 

「どっちがいいと思うニャ?」

 

「参考までに聞かせて」

 

衣装のイラストを俺に向けてきた。ふむ…、どちらも悪くない。

 

「ちなみに聞くが、この衣装は継続で着るのか?」

 

「イベント用ニャ」

 

「ワンステージのみの衣装なんてロックだろ」

 

それなら。

 

「こっちのパンクっぽいのを前川、こっちのフリフリを多田が着ればいい」

 

「え~!!」

「え~!!」

 

また揃った。

 

「ワンステージだけなんだろ?それに、スペシャルだと告知すればファンも興味がわくだろうからな」

 

「う~、抵抗あるニャ」

 

「このフリフリは…」

 

渋い顔をする二人。

 

「例えば、今回じゃなくてもいい。そうだな、エイプリルフールに限定ライブもしくは限定配信なんかで真逆な衣装にする。もちろん、歌のパートもだ。それで、衣装の一部か…そうだな、マイクなんかに普段の自分らしいものを付けるんだ。例えば、ネコ耳カチューシャとかヘッドホンとかな。ファンはビックリするぞ」

 

沈黙する二人にプロデューサー。やっちまったか?

 

「ま、素人の意見だ。気にするな」

 

「それも、ありかもしれませんね」

 

「え?」

「え?」

「え?」

 

俺まで揃っちゃったよ、プロデューサーよ。

 

「いえ、ゆくゆくはいいかもしれません」

 

「Pちゃんまで…」

 

「プロデューサー…」

 

ほら、二人があきれてるよ。

 

そんな話をしていると、多田が窓に向かっていった。

 

「なつきちのバイクの音だ」

 

窓の外を見ると、バイクが1台敷地に入り駐輪場の方へ。

 

「あ、後ろに誰か乗ってる…」

 

「菜々ちゃんかニャ?」

 

違うな。おそらくはそうであろうと思い俺も窓の外を見る。バイクを降りてヘルメットをとる二人。木村夏樹と…、楓だ。

 

「楓さんだ。なつきちと一緒なんて珍しい」

 

「本当ニャ」

 

「プロデューサーさん、楓が着いたので、俺は行きます。お邪魔しました。二人もあんまりプロデューサーを困らせるなよ」

 

そう言い残し、楓のもとへ向かう。

 

 

 

 



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道中

事務所の入り口に行くと、楓が駆け寄ってきた。

 

…、減速して!スピードゆるめて!

 

「八幡さん!!」

 

そのままの勢いで俺にダイブしてきた。

なんとか受けとめることに成功。やっぱり楓は軽いな。

 

「大丈夫か?」

 

「はい」

 

「ずいぶんと遅いから心配したぞ」

 

楓に優しく話しかけた。

 

「それは私から説明させてもらうよ」

 

ヘルメットを持ってこっちに歩み寄ってくるイケメンな女性。

 

「木村夏樹さんか?」

 

「お、私のこと知ってるんだ」

 

「あぁ、さっき多田も騒いでたぞ」

 

「多田?ダリィか」

 

すげぇアダ名だな。

 

「んで、何があったんだ?」

 

「楓さんを連れだそうとしたら、マスコミに囲まれちまってな」

 

おいおい。

 

「そしたら、拓海と亜季が『腕相撲で勝てたら取材させてやる』とか言い出して」

 

なにそれ、ちょっと怖い…。

 

「そ、それで?」

 

「あの二人、男相手にも連戦連勝でさ。その場は涼と里奈に任せて、脱出したって訳」

 

おう、想像通り。

 

「拓海ちゃんも亜季ちゃんも、とっても強いんですよ」

 

楽しそうに、俺の腕の中で楓が言う。

 

「木村、ありがとな」

 

「その言葉、アイツらにも言ってやってくれ」

 

「もちろんだ」

 

「じゃあ、私はみんののところへ戻るよ。楓さんが居ないって知ったらどうなるか…。またなお二人さん」

 

颯爽とバイクに跨がり、ヘルメットをかぶる前にこちらに一言。

 

「しかしアンタたち、なかなかロックだよな」

 

そう言って去っていった。

 

「格好いいな」

 

「はい」

 

「もし二輪の免許取ったら、後ろに乗ってくれるか?」

 

「もちろんです」

 

「行くか」

 

「はい」

 

事務所に入り、常務の部屋に向かう。

途中で二人の女性とすれ違ったんだが、その女性一人が匂いをかいできた。

 

「クンカクンカ。…君いい匂いするね」

 

近い近い近い!

 

「どれどれ、フレちゃんもクンカクンカ」

 

だから近いって!

 

「どうフレちゃん?」

 

「ん?わかんな~い♪」

 

は、離れて!

 

「志希ちゃんもフレデレカちゃんも離れて!八幡さんが困っているわ」

 

「おやおや失礼」

 

「ごめんちゃ~い♪」

 

「お、おう」

 

あ~ビックリした。

 

「そうだ、逃げてる最中だった~。またね~」

 

「バイバ~イ、ムッシュ、マドモアゼル♪」

 

な、なんだったんだ…。

 

「すいません、二人が…」

 

「あの二人って…LiPPSの?」

 

「はい…」

 

なんか自由人ぽい。

 

また廊下の向こうから…。

 

「あっ、楓さん。おはようございま~す。志希ちゃんとフレちゃん見なかった?」

 

「二人なら向こうに行ったわよ」

 

「ありがとう。…ふ~ん…へ~…」

 

なんだなんだ、すげぇ見られてるけど…。

 

「ねぇねぇ君、しゅーこちゃんと遊ばない?」

 

「は?遊ばねぇよ」

 

「ダメですよ、周子ちゃん」

 

からかってるのか?…なんとなくキツネの耳が見えた気がした…。キツネ目だし。

 

「残念。じゃあ、志希ちゃんとフレちゃんを探しますか。楓さん、またね」

 

「は~い」

 

「恐るべし、キツネ娘だな」

 

「はい」

 

なんて事を話しているとまた一人。

 

「あ、楓さん。おはようございます」

 

「おはようございます、美嘉ちゃん」

 

おぉ、城ヶ崎姉。

 

「楓さん、こちらは?」

 

「比企谷八幡さんです」

 

「よろしく」

 

ジーっとこちらを見ている。まったく姉妹揃って可愛いな。

 

「楓さん、もしかして噂の…」

 

「はい、私の恋人です」

 

「ひゃ~!!噂通りのイケメンだ」

 

そんな噂になってるの?しかも噂通りって…。

 

「はい…そうなんです」

 

楓も嬉しそうにクネクネしないで、可愛らしいから。

 

「今度、ゆっくり話を聞かせてくださいね」

 

「もしかして、志希ちゃんとフレデレカちゃんですか?」

 

「そうなの、二人をレッスンに連れていかないといけないから」

 

ギャルっぽいけど真面目なんだな。

 

「じゃあ、またね楓さんに彼氏さん」

 

「はい、またね」

 

四人に会ったってことは…。

 

「あら、楓さん。おはようございます」

 

「奏ちゃん、おはようございます」

 

やっぱり五人目も来るよね。

 

「奏ちゃんも二人を探しに?」

 

「ええ。楓さん、こちらの男性は?」

 

「比企谷八幡さん、私の恋人です」

 

「比企谷です」

 

軽く会釈をする。

 

「へ~、この人が。速水奏です」

 

音もなく距離をつめてくる。近い近い近い!LiPPSは距離感おかしいよ!

 

「不思議な目してるわね」

 

「目が腐ってるとは言われるがな」

 

そんなに見つめないで!

 

「そう?素敵な目よ」

 

「そういうアンタもな」

 

もう無理!楓HELP!

 

「奏ちゃん近づきすぎ」

 

「うふふっ、ごめんなさい」

 

クスクスと笑う。つかみどころなさそうなヤツだな。

 

「問題児二人を探しに行かなくていいのか?」

 

「そうだったわ。楓さん比企谷さん、またね」

 

なんか常務に会う前に疲れた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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決戦?

常務室に着く前に雪ノ下から電話があった。検察が動く日時もおおよそわかった。こっちの思惑通りにいけば…。

 

「八幡さん、ここです」

 

さて、鬼が出るか蛇が出るか。

 

「行くぞ」

 

「はい」

 

重そうな扉をノックし、返事を確認して中に入る。

 

「失礼します」

「失礼します」

 

そこに居たのは、切れ長の目の女性。女優と言われても信じるくらいの美しさ。

 

「はじめまして、比企谷八幡と申します」

 

「はじめまして。私は346プロダクション・アイドル部門統括重役を任されている美城だ。高垣君も久しぶりだな」

 

「お久しぶりです、常務」

 

「立ち話もなんだ、掛けてくれたまえ」

 

ソファーに座るようにうなされ座る。

 

さて、どういう人物だ?名前からすると創業家の娘。だが、アイドル部門がここまで成長しているのは、ただの二世ではないはず。

 

「さて、つまらない世間話をするつもりはない。単刀直入に言う、別れたたまえ」

 

来た、直球勝負か。

 

「嫌です」

 

反応早ぇよ楓。

 

「アイドルが一般男性と付き合うなど」

 

正論だな。

 

「別れろと言うなら、私は引退を選びます」

 

楓も言っていた通りの答えだ。

 

「では、引退するがいい。その場合は違約金などは、そちらに払ってもらう」

 

「そ、そんな…」

 

なるほどね。では、探りをいれますか。

 

「美城さん、何故別れさせたいのですか?」

 

「男に現を抜かしてパフォーマンスが落ちたらどうするのかね」

 

ほう…。

 

「先週の楓のパフォーマンスはどうでしたか?」

 

「…悪くない」

 

「いえ、明らかに良かったはずです」

 

「ほう…、それで?」

 

「楓はパフォーマンスが上がった理由をテレビでは嬉しいことがあったとだけ言ってましたが、俺には恋人が出来たからと言いました」

 

楓さん、赤くなりながらクネクネしないでね。可愛いから、集中出来なくなっちゃうでしょ。

 

「さて、例えばここで『はいそうですか』と別れて楓のパフォーマンスを落とすのがいいか。それとも、違約金を払うのがいいか。俺たちは払うつもりは毛頭ありませんけどね」

 

ん?美城さんの口角が上がった…。

 

「君は面白い男だな」

 

「そりゃどうも」

 

「いつ、気がついた?」

 

「取って着けたような『嫌な重役』の仮面なんてすぐにわかりますよ。学生の頃から仮面着けた人を見てたってのもありますけどね」

 

ちょっとだけ雪ノ下さんに感謝だな。

 

「八幡さん、何の話をしているんですか?」

 

「ん?美城さんは別れさせるつもりも、引退させるつもりもないってことだよ」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

おうおう、そりゃ驚くよな。

 

「さっきのやり取りでつまらない返しが来たら、本当に別れさせるつもりだったがな。それに、比企谷君と居る時は良い笑顔をしていると、あのプロデューサーや川島君も言っていたからな」

 

川島さん、ありがとう。ついでにあのプロデューサーもありがとう。

 

「元々、ウチの事務所は恋愛禁止なんて一言も言ってないからな」

 

「だってよ楓」

 

「八幡さんは、いつ気がついたんですか?」

 

「いつもなにも、美城さんの口角が上がるまで、ヒヤヒヤだったけどな」

 

「もう!!」

 

ポカポカ叩かないで、可愛いから。

 

「それに常務の顔をそんなに見つめていたんですね」

 

あっ、ムクれていらっしゃる。

…え?美城さんも赤い顔して怒らないでください。

 

「…天然ジゴロ」

 

なにそれ、俺のこと?

 

美城さんが、咳払いをして話し始めた。

 

「それで、この事態も早く終息させたいので、記者会見をしようと思っている。その時は高垣君にも同席してもらうが、いいかね?」

 

「はい。自分の言葉でファンに伝えたいです」

 

そっか、楓も同席か…。

 

「美城さん、俺に妙案があります」

 

 



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演出家・比企谷八幡

記者会見は346を訪問した翌日になった。

俺は記者会見場の裏の一室で記者会見場をモニタリングしている。仕事?親戚のおじさんに死んでもらった。ごめんね、存在しない遠くの親戚のおじさん。

 

さて、記者会見が始まった。会見場には美城さんのみ。

 

『弊社所属のアイドル・高垣楓の交際報道について記者会見を始めさせていただきます』

 

始まった。

 

『まず弊社では、アイドルの交際について、原則として禁止をしたり別れさせるようなことはいたしていません。無論、それは未成年のアイドルであれば学校の校則等に照らし合わせて指導したりはいたしますし、成人しているアイドルでも、反社会的な組織とつながりがあったり、その他犯罪や倫理的に不適切な場合は厳しい対応をします。しかし、今回は一般のごく普通の男性との交際ですので、なんら問題はありません』

 

格好いいな、美城さん。

 

「楓、そろそろ準備を」

 

「はい、では行ってきます」

 

「行ってこい」

 

「あっ、その前に」

 

楓は俺に近づきキスをしてきた。

 

「ど、どどどどうした。急に」

 

「ん?おまじないみたいなものです」

 

ビックリするからね。

 

「じゃあ、今度こそ行ってきますね。これが終わったら、たくさんしてくださいね」

 

手を振り部屋を出て行った。たくさんてキスをだよね?それ以上も?

 

いかんいかん、モニターを見なければ。

 

スタッフが美城さんに耳打ちをする。慌てた様子の美城さん。さすが芸能プロダクションの常務だ、演技も上手い。

 

『失礼。急遽、高垣本人が会見したいとのことで、ここに来ています。準備をしますので、しばらくお待ち下さい』

 

ざわつく記事達。驚け驚け、美城さんだけで会見すると思っていたら大間違いだ。

俺が考えた作戦だ。こういう演出は、見ている方の心象は良くなるはず。

 

準備が整い、楓が颯爽と会見場に。よし、いつもの【アイドル・高垣楓】だ。

 

『高垣楓です。突然、申し訳ありません。どうしても、自分の口から今回のことをお話しさせていただきたくて、急遽こちらに参りました』

 

急に会見場に来たことをアピール出来ている。

 

『今回の件で、ファンのみなさまを裏切る形になってしまって大変心苦しく思っています。言い訳に聞こえてしまいますが、写真を撮られたのが交際5日目ぐらいで、オフの為にプロデューサーや事務所にも報告出来ていませんでした。どのようにファンのみなさまへ報告しようかと、相談している最中にこのような報道が出てしまったのです。お相手の方も、こんなことになるとは思いもよらずにいたようで、大変驚いていました』

 

マジでビビりました。

 

『しかも、お相手の方の家の付近にマスコミの方が居たようで、これ以上迷惑にならないように、私はここに来ました』

 

よし順調だ。

 

『私達は交際を始めたばかりですが、彼は素の私をさらけ出せる、とても信頼出来る方です。これ以上彼に迷惑がかかることがあれば私は引退も考えています。それぐらい大切な方です』

 

なんか恥ずかしいな。

 

『ステージの上やテレビでは、これまで以上の【アイドル・高垣楓】を披露していくつもりです。ですので、プライベートの高垣楓は温かく見守ってください。よろしくお願いします』

 

深々と頭を下げる楓にフラッシュだ焚かれる。そのタイミングで美城さんがマイクを持つ。

 

『346プロとしても、高垣楓に引退されては困る。ですので、交際相手に関しては取材等はしないで頂きたい。どこのマスコミが相手の家の付近に居たかも把握している』

 

これは小町と一色の手柄だ。それに可惜夜月とセクシーギルティにも感謝だな。

 

『某週刊誌とだけ言っておこう。まったく、昔は政治・経済に切れ込む素晴らしい記事を書いていたのに…、嘆かわしい』

 

美城さん、それ言ったら特定出来ちゃいますよ。

 

楓への質疑のタイミングとなったのだが、記事達がザワザワし始めた。始まったか?手元の携帯でテレビを見ると、東京地検特捜部の方々が国会議員事務所に入っていく。雪ノ下の情報通り、タイミングばっちりだ。

 

『どうやら、アイドルの記者会見どころではないようなので、ここで打ち切らせてもらいます。以後はこちらからも情報は出来るかぎり提供させていただきます』

 

こんなに思惑通りに行くとは思わなかった。

 

会見が終わり、楓が部屋に戻ってきた。

 

「八幡さん!」

 

抱きついてくる。

 

「おう、お疲れさん」

 

「ちゃんと出来てましたか?」

 

「おう、出来たぞ」

 

頭を撫でると、ご機嫌なご様子。

 

続いて、美城さんも入ってきた。

 

「お疲れ様でした」

 

「君の計算通りと言ったところかね?」

 

「ここまではそうですね。あとはファンやマスコミの反応ですね」

 

「そうだな。だが、大丈夫であろう。アイドル・高垣楓は我々が、素の高垣楓は君が。それぞれ守ってあげればいい」

 

「そうですね」

 

ポンと、美城さんが手を叩いた。

 

「高垣君、この後はオフのだが明日・明後日の打ち合わせを担当プロデューサーとしてきたまえ」

 

「は~い」

 

返事をして楓は部屋を出ていった。

 

「まったく、君の前だと高垣君は子供だな」

 

「そうですね、それでいいと思います」

 

「ほう」

 

「楓は若くしてモデルになり、今はアイドルです。色々と置き去りにしてきたモノがあるでしょう。それでも、あれだけ輝いていた。俺と付き合うようになってからは、さらに輝くようになった。きっと置き去りにしてきたモノを手にしたからかもしれません」

 

「それが恋愛だと言うのかね?」

 

「まぁ、それだけではないでしょうけどね。ただ、俺は楓が置き去りにしてきた以上のモノを彼女にしてあげたいと思っています」

 

「なるほど。君のような恋人がいれば、ますます彼女は輝けるかもしれないな」

 

「そうなりたいと思っています」

 

「うん、いいだろう。ここへ二人で行ってきなさい」

 

美城さんから渡されたのは店名と住所が書いてあるメモ。

 

「ウチで使っている貴金属店だ。彼女に虫除けでも買ってあげたまえ」

 

「ありがとうございます。そう考えていたところです」

 

「それと、落ち着いたら私のオフィスへ来てくれないか?」

 

「それは何故ですか?」

 

何?やっぱり別れろとか言わないよね?

 

「そう警戒しないでも大丈夫だ。高垣君の今後の活動について意見を聞きたい」

 

「なるほど。それでしたらお伺いします」

 

扉が開き、楓が戻ってきた。

 

「では美城さん。早速行ってきます」

 

「話は通してあるから店内は大丈夫だが、他ではちゃんと変装してバレないようにな」

 

「わかりました。では、失礼します」

 

美城さんに一礼して部屋を出る。

 

「八幡さん、どこへ行くんですか?」

 

「ん?楓に虫除けを買うんだよ」

 

「虫除け?」

 

「行けばわかる」

 

「教えてくださいよ!」

 

そう言いながら腕を絡めてくる。

やっと、楓が帰ってきた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 



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どんちゃん騒ぎ

ここは都内の某赤提灯。

 

楓の記者会見から二週間ほどたったとある晩。

 

「それでは、八幡君と楓ちゃんの交際公認を祝しまして、乾杯!!」

 

「「「「乾杯!!」」」」

 

何これ…。俺は楓と二人で静かに飲むつもりだったのに…。

 

「いいじゃないですか、賑やかなのも」

 

「苦手なんだよ…」

 

楓がご機嫌でビールを飲んでいる。

 

「そうよ八幡君、私達は二人の幸せをわけてもらう権利があるわ」

 

「まぁ、川島さんには世話になりましたし…」

 

「いや~ん、瑞樹って呼んで」

 

川島さん、もう出来上がってますか?

 

「そうよ八幡君。私達、心配してたんだから」

 

「ご心配おかけしました、片桐さん。セクシーギルティと可惜夜月には感謝してます」

 

「私は楓ちゃんからノロケ話聞いてたから、助けてあげたくなったのよ」

 

あははと笑う、片桐早苗さん。

 

「楓ちゃん泣かせたら、お姉さんタダじゃおかないからね」

 

「うっす」

 

「よしっ!!」

 

バンと背中を叩かれた。痛いって、加減してね。

 

「本当に、楓さんの言うとおりの素敵な方ですね」

 

「三船さんも、ありがとうございました。また美味しい店、教えてくださいね」

 

「はい」

 

三船美優さん、もう赤くなってる。なんだか、色っぽい…。

 

「八幡さん?」

 

「ひゃい!」

 

「ダメです、ほかの女性を見ては」

 

いや、無理でしょ。アナタの友人はみんなアイドルなんだから。

 

「八幡、ぼくはここにいていいのかな?」

 

「大丈夫だ戸塚。滅多にない機会だから、楽しんでくれ」

 

「それと、材木座君が過呼吸で倒れてるけど、大丈夫かな?」

 

おう、小上がりでピクピクしてる巨体。

 

「まぁ、無理もないな。死にはしないからほっとけ」

 

「ほら、男二人、飲んどけ☆」

 

酒を注ぎにきたのは…。

 

「うわぁ、本物のはあとちゃんだ」

 

佐藤心。

 

「佐藤さんも、楓のケアありがとうございました」

 

「大したことないぞ☆てか、はあとって呼べよ☆」

 

うぜぇ!

 

「ねぇねぇ、ヒッキー。私、浮いてない?」

 

「あ?大丈夫だろ。由比ヶ浜も負けてねぇだろ。なぁ、戸塚」

 

「うん!結衣ちゃんも負けてないよ」

 

「ヒッキー、彩ちゃん、ありがとう」

 

「イテテテッ!」

 

楓に何故かツネられた。

 

「…天然ジゴロ」

 

え?なんで?

 

「わかるわ」

「わかるわ」

 

川島さんと由比ヶ浜がシンクロした!!

 

「楓と雪ノ下も声ソックリで驚いたけど、川島さんと由比ヶ浜もソックリだな」

 

「本当に似てるわね。私と高垣さんもそうなのかしら」

 

「ん?そうだな」

 

雪ノ下さん?なんで隣に座るの?しかも近くないですか?

 

「そ、それはそうと、家とか大丈夫なのか?」

 

「不思議なことにないわ。私は少し事情聴取あるけれど」

 

「うふふっ」

 

何笑ってるの、楓さん。

 

「楓、何かしたか?」

 

「えぇ、そのあたりに顔が効きそうなご両親が居る方に…」

 

「ちなみに、誰?」

 

「桃華ちゃんと、琴歌ちゃんと、雪乃ちゃんです」

 

「雪乃ちゃん?」

 

「ごめんなさい、同じように名前でしたね」

 

「高垣さん。その方達のフルネームを伺ってもいいかしら?」

 

「櫻井桃華ちゃん、西園寺琴歌ちゃん、相原雪乃ちゃんです」

 

雪ノ下がアワアワしてる。

 

「どうした、雪ノ下」

 

「な、名だたる家名ばかり…」

 

「そうなのか?」

 

「その3つの家からしたら、雪ノ下なんて下の下よ」

 

え?そんなに凄いの?

 

「三人とも、喜んで協力してくれました。あっ、あと巴ちゃんも話を聞いて、実家に電話してくれてました」

 

巴ちゃん?

 

「あのスカジャン着てる村上巴か?」

 

「えぇ」

 

「む、村上…」

 

さらに雪ノ下が慌てる。

 

「お父さんが『村上家から電話があって、心配ない』と言われたと…」

 

「そんなに、すげぇのか?」

 

「村上と言ったら、建設業界に太いパイプを持つ企業よ。政界と繋がってるとも言われているわ」

 

うへぇ、346のアイドルの実家すげぇ。

 

…ん?

 

「最初っからそっちに頼めば揉み消せたんじゃねぇのか?」

 

「あらぁ、気がつきませんでした」

 

おいっ!

 

「でも、私と八幡さんの絆は強くなりました」

 

「そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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どんちゃん騒ぎ その2

一色・小町・佐藤の三人が向こうで『あざとさ』合戦をしている。…川島さん、参加してもネタにしか見えません。片桐さん爆笑してるし…。

 

三船さん、ダウンしてるけど、飲み過ぎましたか?大丈夫ですか?戸塚と由比ヶ浜が看てるから大丈夫か。

 

材木座?知らないひとですね。

 

「うふふ、楽しいですね」

 

「たまにはな」

 

こうやって、賑やか飲むのも悪くない。

 

「こほん。ところで比企谷君」

 

346のアイドルの実家事情を知って放心してた雪ノ下が戻ってきた。

 

「ん?なんだ」

 

「今度、時間を作ってもらえないかしら」

 

「あの…、今までのこととか、これからのこととか、ゆっくり話をしたいから…」

 

まぁ、俺と雪ノ下は何かあった訳ではないけど、話さなきゃいけないこともあるんだが…。

 

「だ、ダメです!八幡さんは渡しません!」

 

「いえ、高垣さん、そうではなくて…」

 

なんか左右でワタワタと話をしてる…。あぁ、良い声だなぁ…。

 

「八幡さんも何とか言ってください!!」

 

「お、おう」

 

「比企谷君、どうしたの?ぼーっとして。あっ、ごめんなさい。デフォルトだったわね」

 

「違うわ!左右から綺麗な声が聞こえてたから、聞き惚れてたんだ」

 

「は、八幡さんたら…」

「ひ、比企谷君、高垣さんが居るのに、私を口説くなん…」

 

「雪ノ下、違うからね」

 

「違うの、比企谷君…」

 

潤んだ瞳でこっちを見るなよ、ドキドキしちゃうでしょ。

 

「まぁ、あれだ。雪ノ下と話をしたいのも山々なんだがな、ちょっと引っ越しとかあるから忙しいんだよ」

 

「引っ越し!」

「引っ越し!」

 

はい、ソプラノボイスがハモりましたよ。

 

「あぁ、都内にな」

 

「ひ、比企谷君が、千葉を出るなんて…。『I LOVE 千葉』Tシャツまで着ていたのに…」

 

「八幡さん!私も聞いていません!!」

 

「今、初めて言ったからな」

 

「お兄ちゃん、どういうこと!!」

「先輩、居なくなっちゃうんですか!」

「ヒッキーどういうことだし!」

「八幡っ!!会えなくなっちゃうの!」

 

おおう、なんか急に集まったな。

 

「順番に説明するから待ってくれ」

 

みんなが俺の周りを囲んでいる。なに?圧迫面接?

 

「記者会見の後に、美城常務に楓の今後について話をしたいと呼ばれてな」

 

「私は聞いてません!!」

 

「楓、怒るなよ。その時、楓は仕事だったんだから」

 

スネた楓も可愛いぞ。

 

「その話の中で、楓がユニットを組むとしたら誰がいいって話になってだな…」

 

「私よね、八幡君!」

「私にしなさい、八幡君!」

「はあとにしとけ☆」

「う~ん…」

 

「川島さんも片桐さんも佐藤もユニット組んだことあるでしょ?あと三船さん大丈夫?」

 

「まぁ、そうね」

 

「宵乙女ね」

「いい加減はあとって呼べよ☆」

 

「だ、大丈夫…です…」

 

誰か三船さんに水あげて。

 

「それで、俺が提案したのは、速水だ」

 

「奏ちゃんですか?」

 

「そうだ。あの高校生離れした色っぽい目は楓と組むにはピッタリだと思ってな。そうしたら、今までにない発想するから、是非346に来てくれって。給料も今の1,5~2倍、業績によってはもっと出すって」

 

「それで、その話を八幡さんは受けたんですか?」

 

「まあな。最初はシンデレラプロジェクトとプロジェクト・クローネのサポート、慣れたら『Mysterious Eyes』…楓と速水のユニットからプロデュースだとよ」

 

あれ?みんなポカンとしてる…。

 

「八幡さん!!」

 

うおっ!楓が抱きついてきた。

 

「じゃあ、一緒にお仕事出来るんですね?」

 

「あぁ。引っ越し先は少し広めだから、落ち着いたら楓も一緒に住めるぞ。美城常務の許可も貰ってる」

 

「嬉しい…」

 

俺にすりすりしてくる楓。

 

「完全に二人の世界ね」

 

「暑い暑い…」

 

「すごいな八幡は」

 

「お兄ちゃん、ポイント高い♪」

 

「ますます先輩が遠くへ」

 

「さすが、我が友よ」

 

これから色々と大変かもしれない。けど、楓とならやっている。そんな気がする。

 

「よ~し!じゃあ、改めて飲み直すわよ!」

 

川島さん、元気ですね。

 

「八幡君、私のプロデュースもよろしくね」

 

片桐さん、それは追々…。

 

「はあとも頼むぞ☆」

 

佐藤、うぜぇ。

 

「もう…飲めま…せん…」

 

三船さん、無理しないで。

 

この日の宴は明け方まで続いた。

 

「酒宴の主演は私で~す」

 

楓、だいぶ出来上がってます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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腐り目プロデューサーとオッドアイスーパーアイドル

数ヶ月はあっという間に過ぎ…。

 

「どうした速水、緊張してるのか?」

 

「えぇ。新しいユニットでのスタートは…。でも大丈夫よ」

 

やっぱりそのあたりは高校生だ。

 

「俺の手、握ってみろ」

 

「え?でも…」

 

「いいから」

 

「握るわね…。え?」

 

俺も震えている。

 

「俺も緊張してる。それにくらべて…。あっち見てみろ」

 

そこには、今夜はどんなお酒を飲もうか思案している楓…。

 

「緊張なんて、楓が持っていってくれる」

 

「ふふっ、そうね」

 

「八幡さん、奏ちゃんと手を握ってなにをニコニコしているんですか?」

 

うわぁ!

 

「速水の緊張ほぐしてたんだよ」

 

「うふっ、それはどうかしら?プロデューサーに口説かれてたかもよ?」

 

おい!爆弾投下するなよ!

 

「八幡さん、あとでゆっくりお話ししましょうか?」

 

え~!

 

「これでプロデューサーも緊張がほぐれたかしら?」

 

そういえば…。

 

「ありがとな、速水」

 

「そういうことだったんですね。奏ちゃん、ありがとう」

 

「さて、俺にとっては初めての大仕事だった。成功したら二人のお陰、失敗したら俺のせい。まぁ、新人だから許してくれるだう」

 

「じゃあ、必ず成功させますよ」

 

いい顔だ、楓。

 

「ふふっ、そうね。成功して『ご褒美』もらわないと」

 

それ、き、ききききキスとかじゃないよな、速水。…ウィンクするな!

 

「シンデレラプロジェクトのプロデューサーじゃねぇけど、いい笑顔だ。行ってこい!!」

 

「はい!」

「はい!」

 

Mysterious Eyesは順調に、そして大人気となった。

 

 

 

 

 

事務所からは自分のプロデューサールームを貰った。仕事としては、特定のアイドルにつくのではなく、ユニットの計画立案やそれに伴うイベントなどの指揮だ。一部のプロデューサーは快く思ってないみたいだが、それなら俺より面白い企画を建ててみろってんだ。

 

「八幡さん、コーヒーどうぞ」

 

「ありがとう、楓。担当プロデューサーのところへ行かなくていいのか?」

 

「大丈夫です。許可はもらってますから」

 

「この後の予定は?」

 

「八幡さんと一緒に帰ります」

 

「さいですか。帰る前にシンデレラプロジェクト寄っていくけどいいか?」

 

「はい」

 

さて、片付けますか。

 

楓と一緒にシンデレラプロジェクトへ寄る。

 

「失礼します」

 

「失礼します」

 

「比企谷プロデューサー、楓さん、お疲れ様です」

 

出迎えてくれたのは、巷で女神とも言われている新田美波。

 

「お疲れ様、新田。プロデューサーは?」

 

「今、蘭子ちゃんと出てます」

 

「そうか。新田、速水とユニットを組んでみたいと思わないか?」

 

「奏ちゃんとですか?」

 

「あぁ、そうだ」

 

少し考えてる様子…。女神と言われるのがわかる気がする。

 

「プロデューサーさんとも相談したいですね…」

 

「お前自信はどう思う?」

 

「…やってみたいです」

 

「わかった、ありがとな。ちなみに、これは楓の推薦だ」

 

「楓さんのですか?」

 

「はい。この前、奏ちゃんとユニットを組んでみて、美波ちゃんとかみあうんじゃないかと」

 

「あ、ありがとうございます、楓さん」

 

「まだ先になるとは思うが、その心積もりでいてくれ。速水も乗り気だから」

 

「ありがとうございます、比企谷プロデューサー」

 

「邪魔したな」

 

「またね、美波ちゃん」

 

楓と二人、部屋に戻る。

 

「また、考えごとですか?」

 

「ん?安部と佐藤のユニットのデビューは秋葉原の路上でやりたいんだが、許可とかの問題がな」

 

「家に帰って来たんですから、仕事から切り替えてください」

 

「すまん」

 

「ご飯、食べますか?」

 

「いや、ちょっとこっちに座ってくれないか?」

 

「はい」

 

…。なんでかな?

 

「なんで、俺の膝の上に据わったのかな?」

 

「あら、いけませんでしたか?」

 

このお茶目さんめ。

 

「まぁ、いい。この方が俺と楓らしいからな」

 

「はい」

 

首に抱きついてるし。

 

「そのままでいいから、これを受け取って欲しい」

 

ポケットから、小箱を取りだし楓に見せる。

 

「八幡さん、これって…」

 

「今すぐって訳じゃないんだ。俺だってプロデューサーになったばかりだから…。なんていうか、決意表明みたいなモンだと思ってくれてかまわん」

 

「はい」

 

「楓、俺と結婚してくれ」

 

「あまり、待たせないでくださいね」

 

「楓が今までに以上に仕事をしてくれたら早まるかな」

 

「イジワル…」

 

「でも、そんなに待たせるつもりはねぇよ」

 

「わかりました。…指輪、着けてください」

 

サラリーマン時代からの蓄えで買った、指輪を楓の左手の薬指へ。

 

「改めて言わせてくれ。愛してるよ、楓。俺と結婚してくれ」

 

「はい、私も八幡さんのことを愛しています。私を八幡さんのお嫁さんにしてください」

 

「よろしくな、楓」

 

「はい。よろしくお願いします、八幡さん」

 

 

翌年、スーパーアイドルとプロデューサーの結婚の記事がスポーツ紙全紙の一面を飾り、高垣楓の嬉しそうな笑顔の写真が掲載されていた。

 

 

 

 

 

 









~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


完結です。沢山の感想・評価・お気に入り登録、ありがとうございました。

毎日更新という、バカことしてましたが、これで休めます。

お付き合い、本当にありがとうございました。


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