人形は屑と踊る (D・ヒナ)
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ep1 オレと孤児と

少女は少女と共に戦い、神への拳を守り抜き、砕けた。


火星・郊外

 

赤い土が広がる荒野に、一行はそこに居た。その内の多数が少年で、あまり見栄えが良いとは言えない服を来て土木作業のような事をしていた。そしてその内の少数は大人で、少年達よりは見栄えの良い服を着ており、誰も彼もが自由気ままに過ごしていた。それは昼寝をしたり、少年達をなじったりと様々だった。

だがその中でとても目立った者が、二人居た。

「ねぇマスタァ?」

少女の声が荒野に響く。それはとてもおっとりとしており、周りの風景とは似ても似つかなかった。その少女は薄汚れた黒や青を基調としたドレスを着ている。

「……何だ」

また別の少女の声が荒野に響く。その声は先程の少女の声よりも幼く、またかなり苛立っている事が感じ取れた。その少女は他の子供たちと同じような服を着ていた。

「私達、どうしてこんな生活してるんですかね?しかも1ヵ月も」

そう言って少女はその右手に持った深緑の光沢のある円盤を空中に放り投げ、その流れで手から水を打ち出しそれを爆発させる。

「おいガリィ。思い出の無駄遣いはやめろと散々言った筈だが?」

「だってぇ、ずっとこんなとこで野郎に囲まれてちゃ溜まるモン溜まりまくっちゃうんですよぉ。他でもない、マスターの命令で何とか堪えてますけど、結構ギリギリなんですよ?」

ガリィと呼ばれた少女は手をはたいたかと思うと、思い出したかのように地面に倒れつつも少女に御託を並べる。

「そんな事を繰り返しているから怒鳴られもするし、ストレスも溜まるんだ。負の連鎖を止める努力をするべきだな」

「そんな殺生なぁ。ガリィちゃん泣いちゃいます、シクシク」

そのままの体勢でガリィは泣き真似をする。当然、その目から涙は流れていない。

「おいお前!貴重な地雷を何だと思ってんだ!」

先程の爆発を聞きつけ、大人がガリィ達の下へ走ってくる。口では怒っているが、心の中ではストレス発散の獲物が見つかった喜びが躍っていた。

「テメェの仕業かこの色白!そのガラクタみてぇな体で弁償してみろや!」

大人が足をガリィに振り下ろし、その機体に傷を付けようとする。その瞬間、ガリィは跳び上がりそれを回避した。そして着地ついでに大人を転ばせもした。大人は情けない声と共に地面に倒れ、ガリィのカカトにグリグリと踏まれていた。

「大丈夫ですかぁ?チ・ン・ピ・ラ、さん?」

「テメェ、俺に盾突いていいと思って」

「大丈夫かっつってんだよこのクズが!質問無視してんじゃねぇよこのボケ!」

そう叫んでガリィはさっきまで男に押し付けていた足を彼の腰に打ちつけ始める。丹念に、腰だけを蹴り続けていた。その様子をもう片方の少女はやれやれと言わんばかりの目で見ていた。

「ガリィ、それくらいにしてやれ」

少女の言葉にガリィは残念そうに返事をしつつ、男を元居た場所に放り投げた。その方からざわめきが上がる。

「……あーあ、何でこんな事になってんですかね」

もう一度地面に倒れたガリィは心底面白くなさそうに呟いた。

 

 

 

時は遡り、一ヵ月前……

 

二人の男が無機質な廊下を歩く。二人共制服を着ており、背中には「CGS」と大きく印刷されていた。

「ああメンドくせぇなぁ、こんなのガキにやらせりゃいいだろ」

「そう言うな。これで媚び売れるって考えたらまだ頑張れる」

愚痴をこぼした男を落ち着いた男がなだめながら、扉の傍に取り付けられた機械を操作し、扉を開ける。その先に広がったのは薄暗く、掃除もロクにされていない倉庫だった。

「んで、俺は何したらいいんだっけ?」

男が懐中電灯のスイッチを入れながらもう一人の男に問う。

「そりゃアイツに言われたモンを…って、何だこりゃ?」

懐中電灯が照らし出したのは、部屋の奥で眠る五人の少女達だった。

「ガキ、か?しかも女」

「おいコイツら人形だぜ?胸もある、カテェけど」

懐中電灯を持った男が下品な笑みを浮かべながらその人形の体を触る。

「コイツぁ日頃頑張ってる俺達へのご褒美ってヤツじゃねぇの?」

男はそんな事をぬかしながら懐中電灯を床に置き、人形に口づけをする。何度も何度もした。そしてその一回一回が無駄に長かった。それに痺れを切らしたもう片方の男が懐中電灯を拾い上げ、それで男を殴る。

「バカな事してんじゃねぇぞ!チンタラしてたらガキの代わりに俺達が怒鳴られちまう。とっとと……っておい?」

殴られた男は起き上がる事無く、人形に寄り掛かっていた。その顔はさっきまでとは打って変わって魂が抜けており、髪は白く染まっている。

「おい、どうした!?何が起こった!?」

男はムクロと化した仲間を揺すりながら叫ぶが、彼は声はおろか息もしなかった。そんな中、男は誰かに肩を掴まれた。それはやけに鋭利で、やけに大きかった。

「んがぁー……」

振り向くと、そこには腑抜けた声で口を近づけてくる先程の人形が居た。避ける間も無く口をつけられ、何かを吸い出される。そして彼もまた、ムクロと化した。

 

それから一週間が経ち――

 

掃除とも呼べない掃除がされた部屋で、ガタイの良い男と少女が睨み合っていた。取り巻きが敬遠や憤怒の目を少女に向けている。

「こんなもの、参番組の奴らにでもやっておけ!」

「おい、何だその態度は」

少女の前に立った男は少女の言葉に歯ぎしりをする。拳を固めはしたが、それは腿の横でぶら下がっていた。

「……お前のような者、何処かに行ってまえばいいんだ」

「それが出来たらとっくにやっている。…世話になったな。これまでロクな思い出は無かったが、飯と寝床の礼は言っておく」

それだけ言うと、少女は部屋から出ていく。その先には人形が四人立っていた。少女は扉を閉めた後、溜め息をつく。

「いいんですか、マスター?」

緑のドレスを着た人形が不思議そうにマスターと呼んだ少女に問う。それに少女は「何がだ」と短く言う。

「あれだけやられたんですから、少しくらいおいたが許されるのでも?」

「そんな事をすれば正当防衛が認められなくなる。それとも遂に思い出不足でそこまで頭が回らなくなったか?ファラ」

「いえ?ただ、面白くないと思いまして」

ファラと呼ばれた人形は髪を弄りながら答える。それを見て、会話の終わりを知った少女は廊下を歩く。すぐ傍にあった案内板には「参番組」とだけ小さく書かれていた。

 

 

狭く、設備も古くなったものばかりのホコリが無い所だけが利点の部屋で、一行は二人の男と対峙していた。

「えーっと……、君達が、今日から参番組(ウチ)に入る人達?」

ふくよかな男がタブレットと現物を比較しながら動揺した声で確認を取る。

「ああ。これからよろしく頼む」

そう言って少女は右手を前に突き出す。

「よ、よろしく…」

手を握ったふくよかな男は動揺を隠しきれず、手からは手汗が溢れるのではないかと思う程流れていた。

「ところで、奥のみんなは?」

奥に並んだ四体の人形を見ながらふくよかな男は少女に問う。

「ああ、機械人形。一応、オレが造った」

「機械人形?って事は、これがみんな…?」

「そうだ。おもい…オレが独自に開発した燃料で動いている」

その言葉にふくよかな男は引きつった顔で感心していた。

「一ついいか?」

ふくよかな男の隣で一行を睨みつけていた長身の男が口を開いた。彼の肌は茶色いが、髪は白かった。

「何だ?」

「アンタらみてぇなヤツ、マルバの野郎が放っとく訳無いんだ。何があった?」

「……ああ、あのデブか。…何となく憶えている」

長身の男の言葉に少女は面倒そうに答える。

「何となくって…」

長身の男はそれに呆れるが、睨む目は緩まなかった。

「いやなに。確かに何度か何かされそうになったが…」

そこまで言って少女は人形達を見る。そして親指をそれらに向けながら

「その前にコイツらが色々問題を起こしたせいでコッチに行かされたんだ。悪い奴らじゃないんだが、まぁ、喧嘩は売るなよ」

面倒そうに言う。少女は問題と言ったが、その実態は不可解なものばかりであった。何故ならその内容が「少女と共に夜を過ごそうとしたらアゴが砕けるパンチを喰らった」、「何故か部屋に連れ込まれ、猿同然の知能になって戻ってきた」など理解不能なものだったからだ。まぁ事実はガリィの悪ふざけが大半なのだが。

「そうか。にしてもよく女や機械のお前らが雇ってもらえたな」

長身の男に少女は眉をピクリと動かした。

「は?俺は男だ」

「……え?」

「誰が何と言おうとオレは男だ。いいな」

嘘である。…が、場の雰囲気から「女」である事は破滅を招くと感じ取った少女は、自身を男と称しているのだ。そして、その威勢の良い物言いや貧相な体から怪しまれる事はあっても見破られる事は無かった。

「そっそうか。……俺はオルガ、オルガ・イツカだ。アンタは?」

オルガと名乗った男は少女に名を問う。

「オレは、キャロル・マールス・ディーンハイムだ」

「キャロルか、よろしくな」

「ああ、よろしく」

二人は手短に握手をして、部屋を出ていく。その他五名もそれに続いて出る。

「そういやぁお前、力仕事は出来るのか?」

「大丈夫だ。でなきゃあんなゲス共の中から出てきてこんな綺麗な体をしてる訳がないだろう」

「それもそうか」

 

 

そして現在に至り――

 

 

「(死んだ筈のオレが何故かこの世界に機械人形(オートスコアラー)共と一緒に放り込まれ、このCGSとかいう所に拾われてから早一ヵ月。一向に“思い出”が集まらん。何なんだここの連中は!ロクな思い出が無い。あったとしてもクソ燃費の悪いクソにすらならない思い出ばかりだ。オレ達もオレ達だ。何故アイツらの機体は元に戻っている!?何故思い出は戻らない!?意味不明だ。全部全部、意味不明の塊だ!これはシェム・ハの呪いか!?呪いが祝福になってないぞ立花響!」

「うるさいっすよキャロルさん!またアイツらにいびられますよ」

キャロルの叫びはいつの間にか外に漏れていたらしく、近くにいた金髪の少年から注意の声が飛んできた。

「すまんタカキ。すぐに再開する」

キャロルはシャベルを持ち上げ、タカキの方へ歩く。

「まったくマスターも丸くなりましたねぇ。ま、体はチンチクリンですが」

「何か言ったか?」

キャロルはガリィに手に持ったシャベルを向けつつ呟く。それが見えているのかいないのか、ガリィは「いいえ何も?」と気の抜けた返事をした。

「……にしてもキャロルさん、時々よく分からない事呟きますけど、どういう意味なんすか?」

「お前も喧嘩を売るのか?」

ガリィに向けたシャベルを持ち上げ、背に乗せつつキャロルは鋭い目でタカキを睨む。タカキはそれに驚き「いえいえ!」と手振りと表情で示した後、こう続けた。

「俺、頭悪いんで……。あとキャロルさん、時々整備場の方にも行ってるから頭いいのかなって。だから俺キャロルさんの言ってる事」

「馬鹿、お前の頭は悪くない。お前自身だって悪くない。悪いのは世間だ」

「……なんか、それもそれでよくわかんねぇっす」

「そうか。まぁ、いつか分かる時が来るかもな。さぁ、訓練を再開しよう」

「はい!」

二人は他の子供達の居る方へ足を運んだ。ガリィはそれを見ながらその瞼を閉じた。

 

 

 

ここは食堂。屋根だけの質素な造りで、空気と砂がよく入る心地良さそうな空間だった。そして作業や訓練を終えた男たちが数少ない娯楽の食事を楽しむ空間でもあった。少しの一般的なキッチンと、沢山の椅子と机だけの質素な食事スペースが並べられている。

「あぁ、またこんな仕事か」

「うっせぇキャロル、文句言うな」

二人はトレイに水の入ったコップを乗せながら小さく話した。片方はキャロル、もう片方は黒髪の少年だった。

「んじゃ、俺こっち行くよ」

「分かった。じゃああっちはオレが行こう」

少年は参番組の居る方へ、キャロルは壱番組の居る方へ、別れて歩き始めた。

「おいキャロル」

キャロルはテーブルに座った男に声を掛けられ、足を止める。

「何だ、水か?」

キャロルはトレイの上のコップを一つ掴むと、それを急激にテーブルに叩きつける。水が少しこぼれ水溜まりが生まれた。

「ああ、ありがとう…」

男は他の少年兵とは態度を変えて、礼を言った。

「アイツまた壱番組のヤツに喧嘩売ってるぜ、大丈夫か?」

それを見ていた茶髪で高身長の男が心配そうに呟く。

「大丈夫だろ。キャロルの整備の腕はおやっさんと同等かそれ以上だ。そんな奴を傷つけちゃ勿体ねぇってのは壱番組の奴でも分かるだろうからな」

それにオルガが心配無さそうに返す。その言葉を聞いた男は「そんなもんかねぇ」と言って食事に戻った。

「……んでオルガ、その護衛の話はどうなってんだよ」

少々目つきの悪い、金髪の男がオルガに問う。

「近日中に実行だそうだ。今日そのお嬢様が来るらしいからな」

「誰だっけ?そのお嬢様って」

茶髪の男がオルガ達に訊く。そして、それに答えたのは――

「クーデリア・藍那・バーンスタイン。ここ、クリュセ独立自治区の代表のご令嬢だったかと」

「だぁびっくりした!……なんだレイアか」

レイアと呼ばれた人形だった。上半身こそジャケットを着ているものの、下半身はレッグパーツがモロに出ていた。

「おいおいシノ。仲間にそう驚く事もねぇだろ」

「ユージンだって出会った頃は距離置きまくってだろ!」

ユージンと呼ばれた男はシノの言葉にあからさまに機嫌を悪くさせ、眉間にシワを寄せた。

「昔は昔、今は今だ!」

「嘘つけ今でもちょいちょいビビッてんの知ってんぞ!」

「言うな!」

そんな喧嘩をしている間に食堂からは一人、また一人と席を立つ者が現れ始めた。

「にしてもアンタら、本当にメシいいのか?ガソリンも電気も補充してる所見た事ねぇけど」

シノがレイアに訊く。

「問題無い。そんな地味なモノで私達は動いていない」

「ふーん…」

シノは興味なさげに返して、その陶器に入ったポレンタを掻き込んだ。

 

 

 

キャロル達は青空の下、少年達に紛れて機械を弄っていた。

「おいキャロル!そっち任せていいか?」

ガタイの良い、黒い肌の男が端末に向けていた目をキャロルに向けつつ叫ぶ。

「分かった、任せてくれ!」

そう言ってキャロルは命令に従い、その車輪や砲台の付いた巨大な鉄塊の前に立った。緑のインクがぶちまけられている。

「これはまた派手にやったな。おーい!誰か来てくれないか!?」

キャロルの声に呼ばれて少年が数人彼女の下へ集まる。それを三人は岩場の影から盗み聞きしていた。

「あぁらら、マスターも随分とお人好しになりましたねぇ」

そう言うガリィの目は閉じられており、腕はダラリと垂れさせ、岩に体を任せている。

「不満そうだな、ガリィ」

そう言ったのはレイアだった。レイアもガリィと同じく、目を閉じ、体を岩に体を任せている。

「だってぇ、マスターが構ってくれなくなっちゃったら私達の思い出はどうなっちゃうんですか?」

「さぁ?でも、マスターの事ですから、きっと大丈夫ですよ」

そう語るレイアは自前の剣を何処からか持って来た砥石で研いでいた。

「…だと、いいですけどねぇ……」

そんな事を話している三人に、二人分の足音が近づいてきていた。

「これは…ロボット?」

女性の声が三人の耳に届く。彼女の姿は少年らとは違い美しく、髪や顔などの体もよく手入れされているらしくある程度のツヤがあった。

「そうだよ、機械人形っていうんだって。キャロルが言ってた」

少年の声が三人の耳に届く。少年の姿は他の少年達と同じで作業に向いていそうなズボンや、丈夫そうなコートを着ている。頭の上にある天然の髪のまとまりが歩く度に跳ねていた。

「失礼ですが……どうしてこのような物がここに?」

「知らない。キャロルが来た時に一緒に来た。なんでか燃料も飯も要らないからここに居る。っていうか、売っ払おうとしたら殴られたって噂で聞いた」

少年の言葉に「へぇ」と返す女性の顔は困惑していた。しかし、女性はそれをすぐに取り払い「そういえば」と言った。

「度々話に出てくる、そのキャロルという方は何処に?」

少年は「あそこ」と言ってキャロルが居る所を指さす。その先ではキャロルが少年達と共に鉄塊の中身を弄っていた。

「普段はエンジニアとして働いてもらってるんだって。手先が器用で、おやっさんも驚いてたよ」

「あのような小さな子供まで……」

「マスターは子供じゃないですわ」

女性の言葉に剣を研ぎ終わったファラが反応する。

「喋った!?」

女性は驚き、転びそうになるが何とか片足を後ろにやる事で堪えた。

「喋りますわよ?」

「お嬢様でも驚くんだ」

そう言う少年は少しだけ驚いだ顔をしていた。

「やはりお嬢様という事は……。初めまして、クーデリア・藍那・バーンスタイン様。ファラ・スユーフと申します。貴女の事は噂でよく耳にしておりました」

そう言ってファラは華麗にカーテシーをしてみせた。それにクーデリアと呼ばれた女性は軽いお辞儀で返す。

「して、子供では無いというのは……」

「ただの比喩でございます。歳に合わない知恵と知識を持ち合わせている。ただそれだけです。といっても、知識だけなら他の子供達にも言えますが」

「そう…ですか」

クーデリアは少し考える仕草をした後、ファラに会釈して少年に案内の続きを頼む。少年はそれに応え歩きだした。

「……疲れましたわ、寝ます」

ファラは剣と共に岩か砂かも分からない、硬い地面に倒れ眠った。




ギャラルホルンとはねぇ……。これはまた面白い名前だ。
「アダム、ずっと私に構ってくれない。悲しい」
そう言うな。一仕事終わったら、また抱いてあげるよ。
「やったぁ!じゃあティキも頑張るね!」
……恋愛脳は扱いが楽だ。ちょっと謝っただけですぐに仲直りだ。


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ep1.5 オレと悪魔と

夜も更け人々が眠りに就く頃、オルガは外のちょっとした段差に腰掛け外の空気を味わっていた。それに気付いたふくよかな男は声を掛けるべくその方へ歩く。

「眠れないのオルガ?」

「お前もだろビスケット」

オルガがビスケットと呼ばれた男にそう言うと、彼は自嘲するように小さく笑った。

「それもそうだ。なんせ胡散臭さすぎる」

「確かに。あのお嬢さんはただの天然っぽいけど、その立場は本物。ギャラルホルンが直接動いてもおかしくない大物だ。それが何でCGS(ウチ)みたいな小さな会社に」

「どうであれ、俺らに選ぶ自由は無い。例え罠でも、罠ごと噛み砕くまでさ」

ビスケットの言葉に繋げるようにしてオルガが言う。それにビスケットは「それもそうだね」と納得した。

「そういえば、三日月は?」

「見張りついでのランニングだ。なんかあったのか?」

「いや、昭弘がトレーニングしてるとこに続く廊下に何人かの足音がしてさ。それで行ってみたら昭弘一人だけで」

「ああ、それなら多分キャロルだ。またあの赤い人形の所にでも行ってるんだろ」

 

 

 

「ミカ、済まないな。もう二週間も動かしてやれてない。……といっても、この言葉さえも聞こえているか分からんが」

キャロルは地面に座り込み、背を丸くして機能を停止させている赤い髪の人形に謝罪の言葉を言う。それにミカと呼ばれた人形は反応しなかった。

「……また、会いに来るからな」

キャロルはミカに小さく口づけをして、その部屋を去った。

 

 

 

風の吹く音だけが彼の頭を満たしていた。心地いい夜風に誘われ、彼は意識を闇の中に引きずり込まれそうになる。が、ヘルメット越しの打撃に意識は現実に吹っ飛ばされた。

「いぃっづ……」

痛みの源は何かと振り向くと、彼の仲間が銃の逆さに持って呆れていた。

「ほら、あと少しで夜明けだ。そしたら交た」

そこで仲間の言葉が途切れ、彼が不思議に思い振り向くと、そこで彼の意識は途絶えた。それを見ていた者が三人居た。一人は今も硝煙の上がっているライフル銃を握ったまま伏せている。もう一人は双眼鏡を持ったまま伏せている。そして最後の一人はガリィ、右手に信号弾が詰められた拳銃を持ちその右手を高く掲げている。

「あーらよっと」

ガリィは可愛らしい掛け声と共にその引き金を引いた。直後、爆発音と共に信号弾が撃ちあがり周囲を照らした。それを見た者は様々な行動を取った。内の一人は兵器庫に走り、また別の一人は部下を怒鳴りつけた。

ややあって、そこは光に包まれ、爆ぜた。

 

 

 

「何があった!?」

他の少年兵と共に兵器庫に辿り着いたキャロルが開口一番に叫ぶ。

「敵襲だ!ここはモビルワーカーに包囲されてる!」

それに応えたのはシノで、彼は仲間に楕円形の機械を背中に付けられていた。

「出陣か!?」

「おうよ!シノ隊がアイツらを足止めしてっからよ!戻ってきた時には世話になるぜ!」

シノはそう叫んで、車輪や砲台の取り付けられた桃色に塗装された鉄塊の中に乗り込んだ。そしてその鉄塊はエンジン音と共に震え、出口へ走った。

「(モビルワーカーに阿頼耶識システム、か。モビルワーカーはともかく、阿頼耶識はごめんだな)」

キャロルはそう思いつつ、搭乗員に取り付ける楕円形の機械を取りに行った。

「係は居るか!?モビルワーカー準備急げ!」

「今行く!」

キャロルは仲間と共に走り、兵士達を戦場へ赴かせた。途中、壱番組の連中が怒鳴る為にわざわざ兵器庫にやってきたが、それはキャロルの思考の邪魔にもならなかった。

「(クーデリアとかいう奴が来てからここが襲われた。という事は…!)」

「マスター、大丈夫ですか?」

キャロルが声のする方に振り向くと、そこにはガリィが居た。前時代でもありえなさそうなギクシャクした動きでこちらに向かってくる。

「どうしたガリィ?」

「一応の報告をば。これで主力の操縦士は全て出撃しました。一応の休憩は取れそうですよ」

「そうか。ありがとう。それで」

「あのお嬢様、ですね?大丈夫ですよ、レイアが護衛に行きました」

「……そうか。それならいいんだ」

そう言って地面に座ろうとした矢先、ビスケットの声に止められた。

「おーいみんな!やってもらいたい事がある!」

「……何だ?」

 

 

 

「こっちだ!」

金髪の男に言われるがまま整備班は走っていた。その中にはキャロルとガリィも居る。

「おいヤマギ!こっちはエイハブ・リアクターとかいう奴が使われている発電室じゃなかったか!?」

「そう、そこが目的地だ!」

そう言ってヤマギは素早く扉のロックを解除し、中に入る。そこには、まるで甲冑のような巨大な鉄塊が座っていた。

「何だこれは…!?」

「おう来たか!お前ら手伝え!」

呆気に取られているキャロルに黒色のガタイの良い男の声が掛かる。

雪之丞(ゆきのじょう)!何だこれは!?」

「うっせぇぞキャロル!喋る暇あるなら外すの手伝え!いいか!外すのはコイツに絡みついてる電線だけだからな!」

雪之丞と呼ばれた男はキャロルを一蹴しつつ、指示を出す。気付けば他の仲間は既に仕事に取り掛かっていた。

「ああクソ!やってやる!」

キャロルも機械の下へ走り、作業を始める。コードを外し、外し、外し続けると、所々が消耗や破損したパーツが見え始めた。

「コイツの古くなったパーツはどうする!?」

「ちょっと待ってろ!……ああ、コイツらで行けるだろう。使い方は分かるな?」

そう言って雪之丞はキャロルに道具箱に渡す。

「……分かった、やってみせる」

キャロルはその道具箱を受け取り作業を再開する。

「さてと、肝心なのは阿頼耶識だ。アイツが早く来てくれればいいんだが……」

 

 

 

ビスケットは走る、依頼主を守る為に。しばらく走り、クーデリアが居る部屋の扉が見える。そして余計な人形も。

「レイア…さん!?」

「どうした?」

レイアは扉の前に寄りかかり扉の開閉を止めていた。

「クーデリアさんを連れに来ました。そこを退いてください」

「ああ、すまない」

ビスケットの言葉に従い、レイアは扉から身を退ける。

「失礼します!クーデリアさんは……ああ居た」

扉を開け、中に入るとベッドに腰掛け布にくるまれているクーデリアが居た。

「急いで来てくださいクーデリアさん!」

ビスケットは説明もせずにクーデリアの手を掴み走り出す。

「派手な無礼。謝罪する」

「礼はいいです!私は自分で走れます!」

「そうも言ってられません。万が一の事もあるので…!」

そう言ってビスケットはクーデリアの手を離さない。そうしてやや走った後、三人はある扉の前に辿り着く。ビスケットは焦る手を抑えつつそのロックを解除しようと入力を開始する。

「何処まで行くのですか?私はフミタンを待たねばならないのです」

「あのままあそこに居たら死にますよ!」

普段は温厚なビスケットが大声を出した珍しい瞬間だった。それにはクーデリアもレイアも驚いた。

「し、死ぬ?私は死ぬのですか?」

「地味に同意。されどそうはさせない」

「そうです、そうならないように努力してるんです…!」

ビスケットがそれを言い終わると同時に扉が開く。そして彼が一番にそこを通り、他二名も彼に続く。そしてそこに見えたのは巨大な鉄塊と、それを弄る少年達だった。

「おやっさん!」

「ああ、もう始めてるぞ。本当にいいのか?」

「頼みます。俺はまだこれからやる事があるから!」

そう言ってビスケットは部屋から走り去っていく。

「……ガリィ、何をしている?」

「何って、思い出の節約よ」

レイアの目線の先には地面に仰向けになって寝ているガリィが居た。彼女は悪びれる様子も無くくつろいでいる。

「寝ているならお嬢様の護衛を頼む。地味に人手が足りない」

「あっそ。んじゃぁマスター達の邪魔にならない所に置いといて」

「了解。しかし、ガリィの態度に地味に不満」

レイアはそんな事を言いつつ、クーデリアをガリィの横に立たせた。そしてキャロルの下へ向かう。

「ちょっと、邪魔なんですけど」

「し、失礼しました……」

ガリィとクーデリアの間に不穏な空気が流れているが、鉄塊の作業は中盤に差し掛かっていた。鉄塊のパーツは新しい者に取り替えられ、鉄塊からは少しの威圧感が放たれていた。

「っ。お嬢様、危ないから退いといた方がいいですよ」

ガリィは起き上がりつつクーデリアにそう言い、彼女を脇へ退ける。そうすると、まるでそれが合図であったかのように壁がシャッターのように開き、中から白いモビルワーカーが現れた。上には少年が乗っており、その背中からコードがモビルワーカーまで伸びている。

「おお三日月、来たか!」

雪之丞は待ちかねたと顔に書きながら天井にあったフックをパネルで手繰り寄せる。その間にモビルワーカーは雪之丞の前までゆっくりと足を運んでいた。

「ここでいい?」

三日月と呼ばれた少年が雪之丞に問うと、彼は「ああ」とだけ言って道具箱から電動ドライバーのような物を取り出した。

「んじゃまずはお前のコイツを取っちまうからな」

そう言って彼は三日月の背中に取りつけられたコードを取る。

「そして、こいつも、取り外す」

雪之丞が何か作業をすると、モビルワーカーのパーツがアゴのように動き内部の骨組みや器官を露わにさせる。そして雪之丞はその内の一つである椅子のようなパーツのネジを取り始める。

「おやっさん。椅子(これ)、どうすんの?」

甲冑(あれ)はマルバの野郎が転売目的で秘蔵してたもんでな、コックピット周りは使う用が無ぇからゴッソリ抜かれちまってるんだ。だから、コイツを利用する」

雪之丞がそれを言い終えると同時に椅子のようなパーツがガタリと音を立て、機体から独立する。

「モビルワーカーのシステムで動くの?」

いつの間にかモビルワーカーから降り、雪之丞の作業の様子を眺めていた三日月が彼に問う。

「ああ、システム自体は元々在ったモノを使う」

雪之丞は三日月の問いの答えると、「ホレ」と言ってタブレット端末を三日月に与える。そして、「一度目を通しておけ」と続けた。三日月はそれを申し訳なさそうな目をしながら、押し返す事で拒否した。雪之丞はそれに困惑したが、すぐに「ああ、だったな」と納得した。

「まぁ欲しいのは阿頼耶識のインターフェイスの部分だ。大戦時代のモビルスーツは大体このシステムだ」

「阿頼耶識?」

雪之丞の言葉に反応してクーデリアが声を上げる。

「それは、成長期の子供にしか定着しない、特殊なナノマシンを使用する危険で人道に反したシステムだと」

クーデリアは口早に言うが、それは一行にとってただのノイズでしかなかった。

「ナノマシンによって脳に空間認識を司る機関を疑似的に形成し、それを通じて外部の機器、この場合、モビルスーツの情報を直接脳で処理出来るようにするシステムだ」

雪之丞がそんな事を話している間に、三日月は椅子のようなパーツにそれを持ち上げる為のフックを取り付けていた。三日月の合図でフックに釣られてパーツも上昇し、甲冑の下まで行く。

「こんなモンでも無きゃあ、学も無ぇコイツみてぇのにこんなモン動かせる訳無ぇだろ」

「ですが!」

雪之丞はクーデリアの声に上書きするように三日月に詰め寄りながら「けどなぁ三日月、モビルスーツからの情報のフィードバックはモビルワーカーの比じゃねぇ」と注意喚起をする。

「下手したらお前の脳神経は」

「いいよ。別に元々大して使ってないし」

雪之丞の心配は三日月の言葉に押し切られ、雪之丞は「お前なぁ」と呆れた。

「何で」

クーデリアのイラ立った声が一帯に広がる。何事かと作業中の人間の内の幾らかは声の源の方を見る。

「そんなに簡単に?自分の命が大切では無いのですか!?」

「うるさいぞ女!」

いつの間にかリフトに乗って、阿頼耶識を甲冑の胸の辺りに取り付けていたキャロルがわざわざ手を止めながら叫んだ。

「コイツらは命の価値が良く分かってるからこそ、ここまで命張れるんだ。お前みたいな女郎とは違って仲間の命の事を想ってるからソイツもそこまで言えるんだ!」

キャロルはそれだけ言うと、仲間に小さく謝りながら止めていた手を再び動かし始めた。

「……私は」「……オレは」

革命の乙女の、傷の入った声が部屋に響いた。

 

 

 

ブシュ、と音を立てて阿頼耶識の接合部分が飛び出す。それに合わせて背中の突起を押し付けると、それは綺麗に合体した。

「立ち上げるぞ」

雪之丞の合図の直後、モニターに文字が表示される。

「これ何て読むの?」

雪之丞はそれに少しの思考の後

「ガンダムフレームタイプ、ば、ばろ?」

そこでドギマギしていた。そんな事をしている間に三日月に異変が生じる。急に彼の目が見開かれたかと思うと、彼の体が跳ね上がり、まるで見えない何かに引き伸ばされているかのように体を引きつらせていた。

「お、おい三日月!」

「おやっさん!」

いつしか部屋に入ってきていたビスケットからの声が一帯に響く。

「準備は!?もう上は持たない!」

「いやぁそれが三日月の様子がヤベェ!」

「そんな!」

「…バルバトス……」

場の絶望にヒビを入れるようにして三日月が小さく喋る。急いでそちらの方を見ると、さっきまでの苦しみが無かったかのように三日月は端末を操作していた。しかし肉体への負担は無くなっていないらしく、鼻からは赤い血がダクダクと流れていた。

「さっきの奴、コイツの名前だって…」

「三日月、大丈夫なのか?」

「うん、だから急ごう」

その言葉を兆候に、まるで彼の心境を表しているかのようなコックピットの蓋が、雪之丞が退くのも待たずに閉じようと迫ってきていた。それを見て雪之丞は落ち着いて身をコックピットから引き抜く。そして、三日月はバルバトスの中に取り込まれた。

「行けるってよ!ヤマギ、リフトアップだ!」

雪之丞がリフトから乗り出しながら叫ぶ。

「はい!」

「よし、ヤマギ。三番から出すよ」

ビスケットの言葉に驚き、ヤマギは「でもあそこは出口が塞がってて」と反論するが、「あそこが一番戦場に近い!」と言われた。

「はっはい!」

「……やってやれよ三日月。敗北は許さんからな」

少女の少女らしからぬ声が誰に聞かれるでもなく消えた。

 

 

 

「足を止めるな!あと少し、あと少しで!」

「オルガ、何かこっち見てる!」

荒野を走る一台のモビルワーカーを深緑のモビルスーツが睨む。

――「貴様が、指揮をしているのか?」

スピーカーを通して男の声が響く。余裕に満ちた、上機嫌な声だった。

「死ぬ死ぬ死ぬぅ!」

その声に怖じ気づいたユージンがモビルワーカーの速度を最高まで上昇させる。その態度にオルガは「死なねぇ!」と叱責する。その頃、拠点の照明器具の灯りが全て消えた。

「死んでたまるか。このままじゃ」

モビルスーツの右手に握られたライフルの弾が近くの地面に当たり、その衝撃でモビルワーカーが跳ねる。

「こんな所じゃ」

モビルスーツの背中に付いたスラスターから青い炎が放出され、その勢いでモビルスーツがモビルワーカーに接近する。

「終われねぇ!だろ?」

――「フッハッハッハァ!」

男の、最高潮に達した笑いがスピーカーから響く。

「ミカァ!」

直後、目の前が爆ぜたかと思うと、地中からメイスを持ったバルバトスが飛び出してきた。そして、勢いを維持したままバルバトスはメイスをモビルスーツに振り下ろした。モビルスーツが砕け、パイロットの心臓の鼓動が止まる。

「行こう、みんなで」




キャロル、随分と良い思いをしているようだな。負の想いしか残らなかった、ボクとは違って…!
「そんなに怒っちゃ可愛いお顔が台無しよ?でも一番可愛いのはティキなんだけどね!」
五月蠅いな、この人形。……まぁ良い。コイツも復讐の大事なピースなのだから。


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ep2 伸ばすその手

メイスを振り下ろした白いモビルスーツが、そのままの体勢で佇んでいる。それを見た者が抱いたのは、大きな高揚感だった。ただ、その二人を除いて。

――「そ、そんな…、オーリス隊長が……。ここにモビルスーツがあるなんて情報は無かったのに!」

――「っく、オーリス……」

モビルスーツのスピーカーから響くのは、パイロットのものであろう焦りの声。それを聞いたファラは「敵前で弱みを見せるなんて滑稽だな」と思った。

――「クランク二尉!」

――「アイン、貴様は援護だ!」

スピーカーからの音が空気中から消えるよりも先に、モビルスーツはスラスターで加速しバルバトスとの距離を詰める。その前の会話を聞いたファラは小さく笑いつつ

「どうして宮仕えの者は皆、考えている事をそのまま喋るのかしら?」

古き剣の事を思い出していた。

「また来た!」

――「オルガ!みんなを下げてくれ!」

「分かった!全員、下がれ!」

ミカの声とオルガの命令に従って仲間のモビルワーカーは全てCGSの基地の方へ集まっていく。安全が確保できたのを確認したミカはバルバトスのスラスターを使用し、移動する。そして――スラスターは使っていないものの――それと同じ様に、外へ続く階段を上がる人影が一つあった。

――「逃がすものかぁ!」

クランクと呼ばれた者が乗っているであろうモビルワーカーがバルバトスとの距離を詰める。しかし、その途中に何かに気付き「そっちは」と呟く。

――「こちらで足を止めます!」

アインと呼ばれた者が乗っているであろうモビルワーカーが右手に持ったライフルを、アインがバルバトスの着地点と推察した地点に向ける。

――「待て!そっちは!」

――「なっ…、撤退中の我が軍のモビルワーカー隊!」

直後、バルバトスがモビルワーカーを蹴り飛ばしながら着地し、「これなら撃ちにくいだろ」と言い放った。それにアインは激昂し、モビルスーツの左手に握られた斧をバルバトスに向けながら突進する。その頃、基地の扉が勢いよく開かれた。

「戦況はどうなっている!?」

階段を登り切ったキャロルが肩を上下させながら、周囲の全員に向けて言った。それにファラは答える為に口を開く。

「現在優勢、このままの調子で行けば勝てるかと」

彼女がそれを言い終える瞬間、バルバトスが跳び上がり、空中で回っているメイスを勢いのままにモビルスーツに叩きつけた。その衝撃で土煙が上がる。それに紛れて、クランクのモビルスーツがバルバトスに近づく。三日月はそれに瞬時に反応し、メイスを振るった。土煙が晴れた時に見えたのは、モビルスーツ達のそれぞれの得物がツバ迫り合っている所だった。

――「何処から持って来たのか知らんが、そんな旧世代のモビルスーツで、このギャラルホルンの()()()()の相手が出来るとでも…!」

その台詞の途中に、グレイズの頭部パーツが開き、その中の目玉のようなパーツがギョロギョロと動き、程なくしてバルバトスの方を真っ直ぐと見据えた。

――「もう一人死んだみたいだけど?」

そう言って三日月は鼻血を拭う。彼はそのままグレイズを目で捉える。しかし、反対にクランクの目は動揺していた。

――「その声、貴様、まさか…、子供か?」

――「そうだよ。アンタらが殺しまくったのも…、これから…」

彼の思いの高ぶりを表すかのように、バルバトスは地面を踏みしめ、前へ力を掛け、その重みで地面が盛り上がった。

――「ぐぁっ、押し負けるっ!」

――「アンタらを殺すのも…!」

――「クランク二尉!」

アインの声が聞こえた直後、バルバトスのモニターに危険が迫っている事を伝えるマークが映された。三日月はそれを一瞥した後、クランクのグレイズをメイスで突き飛ばし、その反動でそこから飛び退く。その直後、そこを弾丸が吹き飛ばす。

――「クソッ!」

――「何という反応速度…、!」

バルバトスは飛び退いた後も姿勢を維持する為にスラスターから青い炎を出させ続けている。が、それが何故か止まり、バルバトスは着地せざるを得なくなる。バルバトスはスラスターの勢いを地面に足を擦りつける事で殺し、その時前傾姿勢になったのを利用して、メイスで土煙を作る。

――「無駄だ、この距離なら照準は…」

――「下だ!」

クランクの言葉を聞き、アインのグレイズは下方を見る。すると、そこにはバルバトスが地面を這うようにして跳んで来ていた。バルバトスのメイスがグレイズを完璧に捉える。

しかし、メイスは逸れ、グレイズの頭部パーツを砕いた。三日月が左に目をやると、そこにはクランクのグレイズが斧でメイスを逸らさせているのが見えた。直後、そのグレイズのスラスターがこれまでで一番大きく火を吹き、土煙を起こしながらバルバトスより遠ざかっていく。煙が晴れ始めた頃に見えたのは、メイスを振り下ろしたまま固まっているバルバトスの姿だった。

――「まだだ…」

三日月は唸り声を上げる。愛すべき仲間を奪った敵を殺す為に。されど、バルバトスは動かない。

――「まだ、まだっ!」

三日月が吠えると同時に、血が彼の鼻から吹き出し、次に彼の顔は下を向く。それに呼応するようにバルバトスは機能を停止させる。

そんな仲間を守った戦士の姿を、一行は何も言わずに、ただ見ていた。

 

 

 

日が昇った頃、荒野に居るのはある程度の少年達と、大量の鉄塊だった。それらを少年達はトラックのような乗り物に乗せるなり、担いでいくなり、いろんな方法で自らの基地に連れていった。しかし、一部の少年達は小さな鉄塊や肉塊を持って泣き、叫んでいた。

「戦いは、ここまで悲しかったんだな」

キャロルも泣くまでは行かずとも、彼らの心象を想像し、心を痛めていた。しかし、彼女の手は正確に鉄塊のパーツを捉え、正確に取り外していた。

そんな少年達を、オルガは何も言わずに見ている。監視や指揮の為とはいえ、ただ見ているだけというのは、彼にとって辛いものだった。

「おい、壱軍の生き残りが戻ってきたみたいだぜ」

そんな彼に、ガタイも良く、また身長もそこそこに高い男が声を掛ける。それを聞いたオルガは、心底面倒そうに溜め息をついた。

 

 

 

「あの、だから私は本当に配達で…」

少女は目の前の門番らしき男二人に説明をする。が、それも強情な二人には分かって貰えなかったようだ。しかし、それも気にせずに彼女より一回り小さい少女二人は声を出し続ける。

「いつもの人達はどうしたんですか?」

「クッキー!クラッカー!」

彼女らの左方より声が響く。その方を見て見ると、そこにはこちらに駆け寄ってくるビスケットが居た。彼がこちらに着くなり、少女二人は彼に抱き着く。

「まったく、どうしてこんな時に…」

ビスケットはそんな事を言うが、言葉とは裏腹に、その目はとても優しかった。その言葉に「ごめんなさい」と、クッキーが、「お兄が心配だったんだよ」と、クラッカーが言う。クラッカーはそのついでにビスケットから離れ、彼に指をさしていた。

「頑張った子は、褒めないと駄目だよ」

そう言って彼女は撫でて、と言わんばかりにビスケットに近づいた。彼は「そ、そうだな」と言って彼女の頭を撫でる。それに触発されたクッキーが「私も」と叫ぶ。ビスケットは「はいはい」と言いつつ、二人一緒に頭を撫でる。

「アトラも悪かったね、今バタバタしてて」

彼の言葉に、納品を終えたばかりのアトラと呼ばれた少女が振り向く。

「いえ。…あの、三日月は?」

彼女の左腕に付けられた、可愛らしいブレスレットが揺れた。

 

 

 

「っく、……あぁ」

三日月の体が跳ね、それと同時に彼は目を開ける。その周りには、雪之丞とキャロルが居た。

「目が覚めたか」

三日月は雪之丞に何か言おうとしたが、背中の阿頼耶識に何かを感じたらしく、それを睨みつける。

「三日月、外すぞ。雪之丞、手伝え」

「分かってるっての、ってか指図すんな」

キャロルは雪之丞と共に三日月の背中から機械一式を取り外す。機械が取れた頃、ようやく彼は口を開く。

「何人死んだ?」

雪之丞は少しの沈黙の後、「参番組は四十二人、壱軍は六十八人だ」と言って彼の質問に答える。

それを聞いた三日月は歯を噛みしめ、悔しそうな目をしたが、じきに目を閉じ、歯も普段通りにした。

「……お前は、よくやった。敗北しなかった所は、褒めてやる」

キャロルはそう言って、あの手を伸ばし続けた少女を想った。

「(なぁ、立花響。この世界で、オレは手を取り合えるだろうか?)」

 

 

 

アトラは自分が乗ってきた三輪のトラックに身を寄せ、待ち人を待つ。そしてそれは、少し後に来た。

「あれ?アトラ……ああ、配達か」

三日月はそう言って一人で納得していた。その声は、とても元気と言える状態では無かった。

「あ、うん。……あの、三日月?」

「何?」

アトラの言葉に三日月はすぐさま応える。まるで、何かに焦っているかのように。

「あのね…平気?」

その言葉に三日月は長い間を置いた後、「うん、ありがとうアトラ」と言い、すれ違いざまに「今ちょっと急いでるから、後でね」とも言った。

その返事としてアトラは「うん」と元気そうに言ったが、すぐに表情は暗くなった。

「馬鹿だな私。平気じゃないの、分かってたのに」

彼女の両手に包まれた、彼女の左手に付けられたものと同じ形状のブレスレットが、小さく揺れた。

 

 

 

キャロルは三日月をバルバトスから送り出した後、モビルワーカーの整備に勤しんでいた。今、ここに居るのはキャロルだけだ。故に、他の物音がすれば、すぐに分かる。

「おい女。一応ここは兵器の置き場所だ。気を付けろ」

キャロルはモビルワーカーから顔を出して、目の前を歩いていたクーデリアに声を掛ける。彼女の顔つきは、とても沈んでいた。それでも一応の礼儀は欠かさず、足を止め、ゆっくりとキャロルを見る。

「……あなたは…、ああ。あの時の……」

それだけ言うと、クーデリアはまた足を運び始めた。それを見たキャロルの目は見開かれていた。

「だから気を付けろと言っているだろう!女ぁ!」

キャロルはモビルワーカーから飛び出し、クーデリアを突き飛ばしつつ彼女自身もそこから逃げる。直後、キャロルが視ていたのとは別のモビルワーカーの装甲が外れ、クーデリアが居た所に落ちた。

「こうなるから」

「……すみません、ありがとうございます」

キャロルはすぐに起き上がり、クーデリアに手を差し出す。彼女はそれを取って、立ち上がった後、再度礼を言った。

「女、浮かない表情をしているな。良ければ相談に乗ろう」

「……でしたら、名前で呼んでください」

「……分かった。クーデリア、これでいいか?」

「はい、それで」

キャロルはクーデリアが了承したのを確認し、懐から綺麗な布を取り出す。そしてそれを床に敷き、そこに座るよう言った。クーデリアはそれに従い、布の上に座る。キャロルも地面に座る。

「さて、何から話したもんかな。……よし、何があった?」

「……実は、三日月さんに、怒られてしまいまして」

「……そうか。それで?何をした」

クーデリアは少しの間を置いた後に、語り始めた。

「私は、ここに居る子供達を守る為に、ここへやってきました。当然、私には武力がありません。ですが、話す事なら出来る。話し、講和を結ぶ事で子供達を守る事が出来る。…しかし、今回はその子供達に、三日月に守られてしまいました。私は、依頼主として護衛を頼みました。だから、その時私は謝罪をする必要があると考え、彼に私のせいですみませんでした、と言おうとしました。そしたら彼は、「たかがアンタ一人のせいで死んでなんかいない」、「俺の仲間を馬鹿にしないで」って。それで、気付いたんです。私は何も分かっていなかったって。ただの世間知らずのお嬢様だって。でも、私にはそれが怖かった。そして、そんな私を見る、彼の目も。何だか、見透かされて、笑われてるみたいで。…だから、私は」

「もうそこまででいい」

キャロルはクーデリアの話を遮り、声を出す。

「お前は、ここに居る奴らを守る為に来た。そうだな?」

「は、はい」

「そうか。なら、ただ手を伸ばし続けろ。三日月にも、ガキ共の敵にも、どんな形であれ、手を伸ばし続けろ。そうすれば、きっと手は取れる」

「……は、はい!ありがとうございました!」

クーデリアは布を畳んで、キャロルに返そうとする。が、キャロルは受け取らずに、話を続けた。

「だがな、一つ言っておく。はやるな、そして、伸ばす手の形を決して間違えるな」

そう言って、キャロルは布を受け取り、整備に戻った。

「……伸ばし続ければ、か」

クーデリアの足取りは先程よりも、大分軽かった。




ねぇアダム、どうしてアダムはアダムなの?
「さぁね?でも僕は君と出会うべくして出会ったんだろうね。まるでロミオとジュリエットのように」
キャー!アダムったらカッコいい!それに比べてあの子供は、ねぇーアダム?
「はっはっは、そうだね」
アダムと私はもはや一心同体、もう止められない!


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ep2.5 歯車

キャロルはモビルワーカーを弄りながら、思案を巡らせていた。

「……あれは、マズかったのではないか?」

キャロルは自身の発言を思い出し、苦慮していた。

あの言葉は()()()のモノだ。詰まる所、受け売りという事になる。それは特に問題ではない。彼女は「立花響の周りに集まった人間」はその言葉に救われているという事を知っている。しかし、そこは問題なのだ。クーデリアは立花響の出会った頃の無い、新たな種類の人間。故にその言葉がどの様に作用するかキャロルにも分からないのだ。しかもクーデリアは考えうる限り最悪な「世間知らずで、活発なお嬢様」というキャラクターだ。もし何かしでかそうものなら……、とそこまで考えた所でキャロルは怖くなって考えるのをやめた。

「…にしても、あの時のスラスターの不調。原因がガス欠とはな。雪之丞の奴、一回シメておいた方がいいか?」

 

 

 

ロクに利用も、清掃もされていない部屋で、オルガ達参番組と、壱番組は対峙していた。といっても参番組は、五人の代表だけだが。

「テメェ!」

壱番組のリーダーがオルガの顔を殴りつける。オルガはそれに何も言わず、ただ流し目で殴った男を睨んだ。後ろの四人の怒りが大分大きくなっているのをオルガは背中で感じた。

「よくもコケにしてくれたな!俺達を使って」

「壱軍の皆さんが挟撃作戦に向かう途中、不幸な事故で敵の攻撃を受けた事は聞きましたが」

オルガはリーダーの話に構わず、被せるようにして話を始める。それに壱軍の連中は青筋を立て、歯を剥き出す程に怒っていたが、オルガは気にせず話を続ける。

「それが俺らと何の」

言い訳に怒り心頭に発したリーダーが、オルガの言葉を殴って止める。オルガはそれで倒れてしまうが、リーダーは平気で話を続ける。

「しゃあしゃあと(うた)いやがって、ああ!?」

そして、リーダーは四人の方を見て「貴様らも殴られてぇか!」と、また怒鳴る。

それを聞いたオルガが途切れ途切れに「俺だけでいいでしょう」と、言いながら、フラつきつつも立ち上がる。

「ああ、そうかよ。じゃあ…!」

そこからは酷いモノだった。彼らは複数人でオルガ一人を囲み、悲鳴を上げる暇さえ与えずに暴力を振るう。四人は何度もコイツらを蹴飛ばしたいと思ったが、オルガの思いを無下にしてはいけないと何度も自分を踏みとどまらせた。そうした地獄の様な時間は、壱軍の飽きが来た事でようやく終わった。

「けっ、面白くも無ぇ」、「後で今回の損害調べて持って来いよ」、「急げよ」などと壱軍の者が口々に叫びながら部屋から去っていく。壱軍がここから完全に去った事を確認し、四人はオルガに駆け寄る。

「オルガ!」

「クッソ、アイツら許せねぇ!」

仲間の声を聞きながらオルガは口の中の血を唾と一緒に吐き出す。

「そうだな、許せねぇ」

そう言ったオルガに一行は驚きの声を上げる。オルガは不敵な笑みを浮かべながら、

「丁度、良いのかもな」

 

 

 

「……これぐらいで、終わらせるか」

キャロルは道具を工具箱に仕舞い、そこから立ち去ろうとする。が、その瞬間に複数人の足音が聞こえたので、壱番組かと思い身を潜める。彼女の低い身長も相まって、その姿は完璧に風景に紛れた。

「ここならいいか」

聞こえたのはオルガの声だった。

「それで、丁度良いってのはどういう事だよ?」

ユージンの声も聞こえた。

「俺達でCGSを乗っ取る」

その依然とした態度に、キャロルは少したじろぐ。が、少し面白いとも思った。

「俺達がCGSを!?」

「前にお前も言ってたろうが、ユージン。ここを乗っ取るって」

「そりゃそうだが…、この状況でか?参番組の仲間も何人も死んでる」

「マルバも相当なクズだったが、壱軍の奴らはそれ以下だ。アイツらは俺達の命を撒き餌ぐらいにしか思ってねぇ。それにアイツらの頭じゃすぐに商売に行き詰まるそうなりゃ益々危険なヤマに手を出す。俺達は確実に殺されるぞ」

その言葉にキャロルの心は揺れた。今の状態が続けば、参番組だけでなく、ミカも売り飛ばされかねない。今、キャロルの心では手を取り合う心と、仲間を想う心が争っていた。

「かと言って、ここを出ても他に仕事なんて無いし……」

「選択肢は無ぇって事か……」

ビスケット、ユージンと、次々にオルガの言葉に賛成していく。

「お前はどうする?昭弘」

そう言ってオルガはモビルワーカーの上に座っているガタイの良い男に声を掛ける。

「俺らはヒューマンデブリ(人類の屑)だ。自分の意志とは無縁でここに居る。上が誰になろうと従う、それがアイツらであろうと、お前らであろうとな」

そう言って昭弘と呼ばれた男はそこから立ち去っていく。それにオルガは「彼らしい」と、小さく笑った。

「んじゃ、そうと決まれば早速作戦会議だ」

ユージンが司会の代わりになって話を仕切ろうとする。

「三日月は呼ばなくていいの?」

「おお、忘れてた」

そう言ってオルガは頭を掻く。それにビスケットは「忘れてたって」と呆れた。

「ミカがもし反対するなら、お前らには悪いが今回は中止だ」

その言葉に「はぁ?」、「オルガ?」と納得しない声が上がる。それにオルガは「まぁ、それは無いがな」と返す。

「俺が本気なら、ミカは必ずそれに応えてくれる。確実にな」

その言葉にキャロルはハッとした。あの自由奔放なミカが、今の不安定なキャロルを見て、その言葉に従ってくれるだろうか。キャロルは己に「身を引き締めろ」と言い聞かせた。

 

 

 

オルガはわざわざ歩き、バルバトスに何かしらの作業をしている三日月の所まで赴く。オルガが彼の名を呼ぶと、三日月は少し笑って、

「色男になってんね」

と言った。実際、オルガは殴られた跡が腫れて、多少不細工になっていた。それにオルガは「まぁな」と自嘲する。

「死んじまった仲間に、最後の別れをしなくていいのか」

「あー」と、三日月は少し考えて、「いいよ。昔さ、オルガが言ってた。死んだ奴には、死んだ後でいつでも会えるんだから、今生きてる奴が死なないように精一杯出来る事をやれって」

「そんな事も、あったかな」

と言うオルガの脳裏には、昔の、少年だった二人の姿が映っていた。

「なぁ、ミカ」

「ん?」

「やって貰いてぇ事がある」

そう言ってオルガは、三日月にその拳銃を、グリップを三日月に向ける形にして差し出す。

「お前にしか出来ねぇしご」まで、オルガが言った所で三日月はその拳銃をオルガの手から取る。そしてその流れでスライドを引いた。

「話聞く前に受け取るか?」

「これから聞く。でもどっちにしろ、オルガが決めた事ならやるよ、俺」

「そうやってお前は」

「え?」

「いや、サンキューな」

 




火星付近にある宇宙基地に、その三人はやってきていた。それをコーラルは表面上では快く迎える。
「やぁーあ、遠路はるばる、よく来てくれた。ファリド特務三佐、ボードウィン特務三佐」
その言葉に、ボードウィンと呼ばれた男は「お久しぶりです、コーラル本部長」と返した。
「ここは、手狭ではあるが、軽い宴も用意してある。ゆっくりと休んで、旅の疲れを癒してくれたまえ」
そう言い終えた後、二人の後ろに付いている青年をチラと見る。
「ところで、この青年は…?」
「初めましてコーラル本部長、ノエルと申します。以後、お見知り置きを」
そう言って、ノエルと名乗った青年は深くお辞儀をする。その時、彼の背負った無骨な色合いの鞘が小さく光った。
「そ、そうか。君もゆっくりするといい」
「お心遣い、感謝します」
「私で力になる事なら何でも言ってくれたまえ。必要なデータもこちらで」
コーラルがそう言った時、ファリドと呼ばれた男は右手の平を相手に見せる事でそれを拒否した。
「こちらでの監査は、我々の裁量で行わせて頂きたい。お心だけ、頂戴します」
それにコーラルは顔を引きつらせながら、「そ、そうだな」と言い、「君の好きなようにするといい」
そして体を翻し、「では、案内しよう」と、三人を誘う。その後、部下に何かを指図した。
「ふっ、慌ただしい事だな。マズいモン隠してますって顔に書いてある。ノエル、こういう任務は初めてだろうが、気になった事があったら何でも言っていけ」
「はい、ボードウィン特務三佐」
そんな会話を聞きながら、コーラルは冷や汗を浮かばせていた。
「(くっそぅ若造が。クランク、しっかりガキ共を駆除してこいよ。資金援助と俺の立場の為に)」


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ep3 花弁

日が沈んだ頃、男達は明日の業務への意欲と体力を蓄える為に食堂へ集まっていた。そして、今日はその中にクッキーやクラッカー、アトラといった女性も居た。また、クーデリアも。

「よし。次は…これをみんなに運んで」

そう言ってビスケットは、コンソメスープのようなものが入った大鍋を、テーブルの上に置く。それにクッキーとクラッカは「はーい」と元気に返事をして、鍋をワゴンの上に乗せた。

「気を付けるんだよ」

「うん!」

「もう、お兄心配しすぎ!」

そんな二人を見送って、ビスケットは一通りの業務を終えたアトラに顔を向けた。

「ありがとうアトラ、みんな喜んでるよ。冷たいレーションより、温かいご飯の方がずっと良いから」

そのお礼の言葉にアトラは小さく微笑む。

「それにしても、クーデリアも一緒だったなんて」

話題を変えたビスケットに、アトラは配給の仕事をなんとかこなしているクーデリアを見ながら話す。

「クーデリアさん、私達がご飯作るって言ったら、是非手伝わせてくれって」

 

~回想~

 

キッチンで、クーデリアはそのズッキーニのような野菜にサバイバルナイフを当てていた。ただ、それは震えるばかりで斬れておらず、また手でがっしりとその野菜を掴んでいたのも相まって、かなり危険に見えた。

それを案じたクラッカが「ああ、違う違う」と言い、それに続いてクッキーが「お野菜切る時は、ネコの手だよ」と言った。クーデリアは切るのを止め、「こうですか?」と、それっぽく手を握ってみせた。

「違うよ、それじゃ犬の手じゃん」

「こう!」

そう言って、二人も手を握って見せる。

「こう?」

クーデリアも、二人の手の見よう見まねで手を握った。

 

~現在~

 

「そっか。まぁ、有難いね」

そう言った直後、壁をノックする音がして、ビスケットを呼ぶユージンの声が聞こえた。振り向いてみると、そこにはシノとユージンが居た。ユージンは険しい顔をしており、シノも表情こそ普段通りだったものの、何処か黒いオーラが漂っていた。

ユージンがアゴを軽く動かして、何かを促すと、ビスケットは「うん、今行く」と言って、コンロの上に並んでいる二つの大鍋を見た。

「急げよー」

「分かってるって」

 

 

 

三人は一軍の部屋まで行き、食事を配っていた。といっても、今配っているのはスープだけだが。彼らはシノとユージン、ビスケットの二組に分かれて配給をこなしている。

「どうぞ」

そう言ってビスケットは、スープの入った器を目の前の男に手渡す。これが最後の渡す相手だ。男はその器を睨んだ後に、「おい」とビスケットに声を掛けた。

「具が少ねぇぞ!テメェのダボついたケツの肉でも入れろや!」

そう言って彼はビスケットを蹴飛ばして、部屋から追い出す。勢いのままにワゴンは進み、壁にぶつかって止まった。ビスケットは、息苦しい部屋からの解放に息を漏らす。その少し後に、ユージンとシノも部屋から出て来る。彼らはお互いに顔を見合わせて、何かを確かめ合った。

 

 

 

キャロルは整備の片づけを終え、食堂に向かう途中に出会った三日月と、話をしながら一緒に歩いていた。食堂からはいつも通り、楽しそうな声が聞こえてくるが、今日は一味違った。

「ど、どうぞ」

「わっ、お嬢様からの手渡し!」

「お嬢様、俺も俺も!」

その原因はクーデリアだった。彼女は少年達にスープの配給に精を出している。男だらけの環境に、色々と魅力的な女性が現れれば、はしゃぐのもよく分かる。そんな様子を見ながら、三日月と話をしていると、横から声を掛けられた。

「あっ三日月!横の人誰?」

声の主はクッキーだった。その隣に居るクラッカも二人を見ている。二人もクーデリアと同じく、配給に勤しんでいたようで、その両手にはスープの入った容器が収まっていた。

「このちまっこいのはキャロル。最近ウチに入った。挨拶して」

そう言って三日月はキャロルの背を押す。

「……キャロルだ。よろしくな」

そう言って、キャロルは一歩下がる。

「キャロル、女の子みたーい」

「オレは男だ」

「へぇー」

「こっちの髪をおさげにしてるのがクッキー、後ろでくくってるのがクラッカ。覚えといて」

それだけ言って、三日月はそこから歩いていく。それに釣られるようにしてキャロルも歩く。が、クラッカがこちらに駆け寄ってきて、何かを差し出す。

「はい!ご飯、まられしょ?」

そう言って、差し出された容器には、スープが入っていた。が、その中の具材が異様に大きかった。

「でっかいね」と、三日月が。「これ、クーデリアが切ったんだよ」と、クラッカが言った。その言葉に、奥に居たクーデリアが反応する。

「んじゃぁまぁ」と、言って三日月はそれを受け取る。それにクーデリアが「それは、駄目!」と言いながらかなりの速度でこちらに走ってくる。

「何で?」

「これは、後で私は責任をもって頂くと言ったではないですか!」

それにクラッカは「そうだっけ?」と、とぼける。

「そうですよ!とても人様にお出し出来る物では無いので、私が自分で」とクーデリアが言いかけた所で、三日月はその具材を口に運ぶ。それを見たクーデリアが叫び声をあげるが、三日月は気にせず口を動かしていた。

「うん。これくらいデカい方が……、食ってる感じがして美味い」

三日月の言葉にクーデリアは息を呑み、モジモジしながら「それは大変、よろしかったですね」と照れた。

それを見たキャロルは感心し、小さく笑った後に

「上手く手を伸ばせたじゃないか。これからも、頑張れ」

そう言った。

そんな一行を見ている影が、四つあった。

「どうしたんです?ハイタツガール」

「わぁビックリした!……あれ?あなた達誰ですか?」

「名前を聞く時はなんとやら。でもまぁ面倒だから教えてあげる。ガリィよ、よろしく」

そう言ってガリィはその右手をアトラに差し出す。それにアトラは「どうも」と、手を握る。

「私、アトラっていいます。そっちの二人は?」

「ファラ・スユーフ、よろしくお願いしますわ」

「レイアだ、よろしく」

アトラはガリィの時と同じく、彼女達と握手をする。

「それで、何見てたんです?まさかあのリトルボーイ?」

「えっ、何で分かったんですか!?」

「そりゃ分かるっての、あんだけジロジロ見てたらね。行かないの?」

「今日はもう帰ります。女将さんにも無理言って来てるし」

そしてアトラは「それに」と付け加え、「三日月、なんかピリピリしてるから」

「私達は一ヵ月、あの少年と過ごしてきましたが、そこまで変わってないように見えますわ」

それにアトラは小さく笑った後「でも、何か違うって、分かっちゃうんです」

「あ、そうだ。一つ、お願いがあるんですけど、いいですか?」

「イっヤでーす!ガリィちゃん面倒なのきらーい!」

アトラの頼みをガリィは誰が見ても失礼を感じる態度で断った。

「ガリィ、それは派手に失礼…」

「それに!…お前と私は今会ったばっかじゃないの。ドロボウされちゃったら大変よ?信頼出来る人に頼みな」

「……それもそうですね。じゃ、おやすみなさい」

そう言ってアトラは去っていった。

「地味に嫌われたやもしれないな」

「当ったり前よ。それに、アタシはあんな純朴少女より、マスターの方が良いのよ」

「変わらないわね、ガリィ」

「面白い事を求めるのは生き物として普通じゃない」

「そうね。今夜も面白い事が起こりそうだからわざわざ夜更かししてるのよね」

 

 

 

オルガ達は自らの怨敵(いちぐん)を閉じ込めた部屋の前に辿り着いた。部屋の中からはざわめきが外まで響いている。一行の中にはキャロルとオートスコアラー達も居た。

「三日月、一応バルバトスでの疲れは残っているんだからな。もし何かあればオレに言え」

「大丈夫だよ。そこまでヤワじゃない」

キャロルの心配をよそに、三日月は懐にしまった拳銃を気にしていた。

「じゃ、楽しんできてくださいな。想い出は耳でしっかりとキャッチしてますよ」

そう言ってオートスコアラー達は壁の寄りかかって、固まった。

「行くぞ」

そのオルガの合図に、一行の感情は様々な感情で固められる。そしてそのほとんどが怒りだった。

オルガが扉を開け、「おはようございます」と呑気に言った。

「薬入りのメシの味はいかかでしたか?」

「薬だぁ!?」

「ガキが、何の真似だ!」

大人たちは口々に叫ぶが、そこで終わりだった。それも当然だ。何故なら、彼らの手足は固定バンドで留められており、まともに動ける状態では無いのだから。

「まぁハッキリさせたいんですよ。誰がここの一番だって事を」

「はぁ!?」

「ガキ共。貴様ら、一体誰を相手にしてると」

「ロクに指揮もせず、これだけの被害を出した、無能ですよ」

と、オルガは大人の声に被せるようにして言い放った。

それに大人は「ふざけんな!」と、怒鳴り、唾を吐く。オルガはその大人を思いっきり蹴り上げた。

「分かった、分かったから。取り敢えずコイツを取れ。そしたら命だけは助けてやる」

「ああ?お前状況分かってんのか?そのセリフを言えるのは、お前か、俺か、どっちだ?」

その発言に大人達は睨む目を鋭くさせるが、オルガはそれを無視して話を続ける。

「無能な指揮のせいで、死ななくてもいい筈の仲間が死んだ。その落とし前はキッチリつけてもらう」

その言葉で、三日月は男の前まで行き、拳銃を抜いた。

「は?待て、なにっ」

大人は何かを言おうとしたが、三日月はそれを聞く間も無く、引き金を引いた。大人の頭に丸い穴が開けられ、そこから赤い液体が漏れ出す。銃撃に場が凍り付いたが、オルガは気にも留めずに話を続ける。

「さて。これからCGSは俺達のモンだ。さぁ選べ。俺達宇宙ネズミの下で働き続けるか、それともここから出ていくか」

「コイツ!」

いつの間にか足の拘束を解いていたらしく、また大人が一人、三日月に向かって走っていく。が、三日月は怯むどころか、無言でそれを処理した。

「どっちも嫌なら、コイツみたいにここで終わらせてやってもいいぞ」

「あのぉ…、俺は、出ていく方で……」

眼鏡をかけた、気弱そうな男がそう言う。

「あ、確か、会計を担当しているデクスター・キュラスターさんですよね?」

彼に応えたのはビスケットで、その物言いは他の人に比べて優しかった。

「あなたには、ちょっと残ってもらいます」

デクスターの叫びが、部屋いっぱいに広がった。

 

 

 

「ねぇマスター?」

「何だ」

部屋から出ていくキャロルに、ガリィが声を掛ける。

「手を伸ばすとやらはどうしたんです?」

「……アイツは、手を取り合えない奴だ。クズで、馬鹿で、力任せのどうしようも無い奴だ。そんなアダム以下の奴の手を取ってみろ。こっちまで馬鹿になる」

その返答に、ガリィは少しの間を置いて、こう言う。

「まぁ、それがマスターの意志なら、私達も従いますよ。こっちも良い思い出が発電出来ましたし」

「……そうか。なら、一つ頼みがある」

「何です?」

 

翌日

 

「おいオルガ!お前辞めてく壱軍に退職金くれてやったんだって!?」

執務室に入ってきたユージンが、扉を開けるなりこう叫んだ。

「何でって……」

ユージンの視線の先には、先程までビスケットとデクスター、そして少年二人が居た。四人共、口をポカンとさせてユージンを見ている。

「おいおいおいおい!まさか、お前らも辞めてく気か!?」

そう言って少年の首に巻かれたスカーフを持ち上げるユージンを、オルガが「やめろ」となだめる。

「仕事には正当な報酬ってヤツが必要だ。こいつらはよくやってくれた」

「なっ…じゃあ壱軍は!?」

「アイツらがここを辞めてどんな動きをするか分かんねぇ。信用に傷を付けられねぇようにな。俺達がやるのは、真っ当な仕事だからよ」

「信用?真っ当?ざけんな。今更どの口がそんな」

そんなユージンの声を遮って、チョビ髭の男が「いやいやいや、喧嘩は良くないぜぇ?」と、彼に肩を組む。

「色んな考えはあるんだろうけどよ。みんなでこれから、盛り上げていこうや、なぁ?

それにビスケットが反射的に「え、それって」と声を出す。

「おう、俺は残る事にした。これからよろしく頼むぜ、同志」

チョビ髭の男はそう言って、下品な笑い声を上げた。

 

 

 

CGSから遠く離れた、何処かの荒野。死屍累々のそこで、ガリィは佇んでいた。

「いやぁ、マスターも悪い事考えますねぇ。飢え死にしたように見せかけて、想い出を吸い取ってこいなんて」

そう言ってガリィは舌なめずりをする。

「手を取り合えない相手、ですか」

 

 

 

キャロルはその倒れたグレイズを直していた。歪んだパーツは取り換え、悪くなった配線もそれっぽく修理する。

「マスター、何をしているんですか?」

そこにやってきたのは、一足先に帰還した、レイアだった。

「そっちこそ、どうしたんだ?客人なんて連れて」

そう言ってキャロルは手を止め、振り返る。そして、レイアの後ろに居る眼鏡を掛けた女性を見た。

「この方がマスターに会いたいと」

「そうか。何だ?」

キャロルの言葉に応え、その女性が一歩前に出る。

「私、クーデリア様にお仕えしております、フミタン・アドモスと申します。レイア様の申された通り、あなたに用があります」

「……言え」

「あなたは、何者なのですか?」

「…どういう意味だ」

キャロルの目つきが、鋭くなる。

「クーデリア様はこうおっしゃられました。キャロルという子供は、その歳に合わない物言いをする、と」

「だからどうしたというんだ」

「話はまだ続きます。さらに、周りの子供達に訊いてみれば、彼らは、キャロルは一ヵ月前にここに来たと言っていました。それなのに、周りの人間からはもう信頼されている。先程もあなたは貴重なモビルスーツをたった一人で修理していた。その様なまだ体が小さい状態で、学があって、人からも好まれる。あなたの様な孤児が在る筈がありません。あなたは、何処から来たんですか?」

その言葉に、キャロルは長い沈黙の後、「聴きたいか?」と、微笑する。

それにフミタンは「ええ、とても」と答えた。

「……オレは、ただのハズレ道化師だ。道化師は皆を笑わせ、好まれるものだ。だがオレは違う。オレのは、まったくもって笑えない。笑う所か、殴ってもオツリが来るレベルのジョークだ」

「話を逸らさな」

「オレがココと全く違う世界(トコロ)から来たって言ったら、笑うか?」

冷たい何かが、場を占領した。違和感、嫌悪感、そのどちらとも言えない何かがフミタンの頭を埋めていく。

なれど、「面白い事を言う子供ですね」と、フミタンは何とか声を出す。

「はっ。面白かったのなら、光栄だ」

そう言って、キャロルは整備に戻る。

「では、私はこれで」と、フミタンは何処かへ歩いていった。

そうしてしばらくした頃、ふとキャロルが「行ったか?」と、声を出す。

「ええ。今、ここには私達しか」

「……そうか」

キャロルは、その整備の手を止め、深く溜息をつく。

「オレ達は、錬金術師だ。燃料こそ足りないものの、技術も、レシピも、しっかりとその脳内媒体に刻まれている。そんなオレ達を、アイツらは、どう見るんだろうな」

そう語るキャロルの脳裏には、ほんの僅かに見える、愛しき父親の姿が在った。




ダインスレイヴ。この力さえあれば、キャロルを殺す事はおろか、世界の支配さえも容易い。
「おいノエル、剣に現を抜かしてないで、とっとと仕事に戻れ」
……むぅ。されど、この身は数の暴力に滅ぼされた。今、コイツを使えばボクは殺される。……それにしても、モビルスーツ、か。この力が在れば…!
「ノエル、モビルスーツがどうした?まさか、モビルスーツが勝手に使われたとでも言うのか?まさか、そんな訳があるか。監査があるのに……」
このガエリオとかいう男、退屈しているのか?


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ep3.5 散華

執務室にて、オルガ達はデクスターと資金について話をしていた。何故かチョビ髭の男も一緒に話を聞いている。

「残された資産の内、現金のほとんどはマルバが持ち出したようですね」

デクスターがタブレットで何かをしながら、そう言う。

「先日の戦闘での取得物と、これから入金予定の分を、予算として計上すると」と、そのタブレットをオルガ達に差し出す。

「ぬわぁ!こんな大金見た事無ぇ!」と叫ぶシノに、「アホ。会社っつったら、普通こんくらいは…」と、ユージンがツッコミを入れる。

しかし、デクスターは「いえ」と、ユージンの言葉を否定する。

「そこから、退職金、モビルワーカーの修理費に、施設維持費。それらを全て計上すると、こうなります」

そう言って、デクスターは再度、タブレットを差し出す。

「こんなんでどうすんだよ」

ビスケットが「これじゃ何とかやりくりしても」と、言ったのに繋げるようにして、「三か月維持するのが限度でしょうね」と、デクスターが言う。

「取り敢えず、目先の仕事が決まらない事には話にならねぇか」

「仕事って言ったって、今の俺達の状態じゃ、足元を見られるだけだよ」

そんな一行に「よぉおめぇら、忘れちゃいねぇか?」と、さっきまでだんまりだったチョビ髭が、口を出す。

「お前らはギャラルホルンをメタクソにしちまった。もうここは、ヤツらに狙われちまってる」

「た、確かに。派手にやっちまったからな」

「仕事以前の問題じゃねぇか!」

「ま、そこで。俺に一つ考えがある」

「はぁ?」と、シノが声を出すが、チョビ髭は話を続ける。

「アイツらが、ここを襲ってきたのは、積み荷であるクーデリアが居るから。そうだろ?

「だったら何だ」

「こちらからギャラルホルンに呼び掛けて、金を引き換えに、お嬢さんを引き渡す。ぜーんぶマルバの罪にしちまえば何とでもなるだろうよ!」

それにユージンは「確かにそもそも…」と、納得した素振りを見せたが、シノの方は「何、どういう事?」と、よく分かっていなかったようだ。

「なぁ、大将も分かってる筈だよなぁ?クーデリアを抱えたままじゃ、仕事が立ち行かないって事ぐらいさ」

そう言われたオルガが、椅子に腰かけたその姿勢を、少したりとも崩す事なく、黙っていた。

「オルガ、何迷ってんだよ」と、痺れを切らしたユージンが話す。

しかし、その声は敵襲を告げるアラームに掻き消された。

 

 

 

「監視班から報告!ギャラルホルンのモビルスーツが一機、…えー、赤い布を持ってコッチに向かってる!」

「嘘だろ!?まだコイツの整備は半分しか終わっていないというのに!」

単眼鏡で前方を睨みながら、通信機に叫ぶタカキにキャロルは驚愕する。

「グレイズが一機…。だが、直接襲ってはこない。地味に不気味」

「……それで、何なんすか?あれ…」

「ありゃあ、決闘の合図だなぁ」

タカキの問いに答える雪之丞。それに近くに居た少年が「決闘?」と聞き返す。そして聞こえたのは返答では無く、モビルスーツのスピーカーを通して響くクランクの声だった。

――「私は、ギャラルホルン実働部隊所属、クランク・ゼント。そちらの代表との一対一の勝負を望む」

「マスター、命令を」と、レイアが求める。

「地味に行け。気に入らんだろうが、とことん地味に行け」

「……承知」

――「私が勝利したなら、そちらに鹵獲されたグレイズと、そして、クーデリア・藍那・バーンスタインの身柄を引き渡して頂こう」

その声で後方からざわめきが上がる。その半分程はクランクへの反対意見、もう半分は賛成意見だった。

――「勝負がつき、グレイズとクーデリアの受け渡しが無事済めば、そこから先は全て私が預かる。ギャラルホルンとCGSの因縁は、この場で断ち切ると約束しよう」

その言葉でさらにざわめきが大きくなる。それを壊したのは、他でもないクーデリアだった。

「行きます。勝負などする事はありません。私は行けば、全てが済むのでしょう?無意味な戦いは避けるべきです」

それに対して、いつの間にかここに来ていたチョビ髭が声を上げる。

「そうそうそう。聞いてみよう!交渉のほうもして、金のほうガッツリと…」

が、それを、チョビ髭と同じく、上がってきていたオルガが掻き消す。

「どうなるか分かんねぇんだぞ」

「クーデリア!はやるなと言ったのを忘れたか?」

「いいえ、私は冷静そのものです。…それに、私はただ死ぬつもりはありません。何とか話を聞いて貰えるよう、頑張ってみます」

「オレは言った筈だ、手を伸ばせと。お前から手を下げてどうする?」

「あなた達が死んでは元も子もありません。…それは、分かっているでしょう?」

「どっちにしろ、俺達は死ぬつもりは無ぇ。それに、あのオッサンも嘘ついてて、俺達をぶっ殺すつもりかもしんねぇからな。何にせよ、俺達は戦うしか無ぇんだよ」

オルガはそれだけ言って、三日月を呼ぶ。三日月はそれに応え、オルガの方を見る。

「やってくれるか?」という、オルガの問いに、三日月は「いいよー」と、気楽そうに答えた。

「おい!やるって何をだよ!?」

「文字通り、あのオッサンをやっちまうのさ。ほらタカキ、通信機くれ」

「はいっす」

ーー「……あー、あー。待たせたな、謹んでこの勝負受けさせて貰う」

 

 

 

「戻ってきてみたらこの有様。また襲撃ですか?」

どこか満足げな表情のガリィがキャロルに問う。

「ああ。あのクランクとかいうのが一騎討ちを仕掛けてきた」

「あらま」と、ガリィが少し驚いた仕草をして「じゃあ、今回は手ぇ取るんですか?」

それに対しての答えは、無かった。キャロルは少しの間を置いた後、モビルワーカーの置いてある方へ歩く。

「ガリィ、レイア。急ぎだ、手伝え」

「……はぁーあ」

 

 

 

「阿頼耶識、ですかぁ。痛そうですねぇ」

ガリィがモビルワーカーの椅子の辺りを弄りながら呟く。

「マスターはこんな可愛いガリィちゃんにあんなデキモノくっ付けたりしないですよねぇ?」

「……作業に戻れ」

そう言うキャロルには感情が見えなかった。

「あーあ、マスターはそのままで居てくださいね?不格好なマスターを見るのは嫌ですから」

「当然だ。誰があんな危険なシロモノを使うというんだ」

それから少しした後に、キャロルは語り始めた。

「一週間ぐらい前だったか。オルガから聞いた。彼は幼い頃に、十人の仲間と一緒に阿頼耶識の手術を受けたんだそうだ。…そして、その結果、四人が下半身を麻痺させる結果に終わったらしい。それからはずっと機械情報と一緒に過ごしているんだと」

「それ聴いてもう手術受ける気無くなったんですけど」と、ガリィが矢継ぎ早に言う。

「……お前達にも、そんな事はさせない」

言い切ると同時に、レイアがエンジンルームの蓋を閉めた。

「マスター。修理、地味に完了」

「一応椅子の方もピカピカにしときましたよ」

「そうか。二人共、ご苦労だった」

そう言って、キャロルはモビルワーカーに乗り込む。阿頼耶識は無いので、服装はそのままである。

「ちょっとマスター、今から何をするおつもりで?」

「そろそろ三日月がトドメを刺す頃だろう。だが、あの英断が出来る奴だ。重症はおろか、軽傷で済ますかもしれんからな。説得を試みる」

「へーい。んじゃ、朗報をお待ちしておりますよ」

そう言って、ガリィはモビルワーカーから飛び降り、着地ついでに華麗に回ってみせた。それの当て付けかのように、キャロルは排気ガスをガリィに当てながらモビルワーカーを走らせた。

 

 

 

三日月(バルバトス)クランク(グレイズ)の戦いは熾烈を極めていた。グレイズが持っていた盾は粉々に砕かれ、斧もバルバトスのメイスとの度重なる衝撃によって刃が歪んでいる。

ふと、グレイズが左腕のパーツを犠牲にメイスを捕まえた。そしてその隙に右手に握った斧でバルバトスのメイスの柄を叩き切る。頭部は重さですぐに地面に落ちたが、柄はそのまま吹っ飛んだ。バルバトスは掴み上げる為に飛び退くが、グレイズはもうそこまで迫っている。もう、振り上げる為の柄も、時間も無い。

スピーカーからクランクの雄叫びが響く。バルバトスの真上にはグレイズの斧が鈍く光っていた。

瞬間、バルバトスはメイスをグレイズに押し付ける。そして、パーツのロックを外し、頭部に埋もれていた柄をグレイズにブチ当てた。それは装甲を貫いて、火花を散らした。

バルバトスはその好機を逃さず、間合いを詰め、グレイズの頭部パーツを握り潰し、足で踏みつけて立ち上がれないようにした。そしてそのままトドメを刺そうとして三日月は気付く、下半身をグレイズと一体化させたクランクがこちらを見ている事に。彼はコックピットから抜け出し、その男を見る。

「本当に…、子供なんだな……」

「なぁ。俺が勝った場合はどうなんの?アンタ、それ言って無かっただろ?気に食わなかったんだ」

その言葉を聞いたクランクは自らを嘲るように小さく笑い、「済まない。馬鹿にした、訳じゃないんだ」

そして、こう続ける。

「その選択を、俺が持たなかった。それだけだ。俺は、上官の命令に背いた。何の土産も無く帰れば、俺の行動は、部隊全体の問題になってしまう。だが、ここで俺が終われば、責任は全て俺が抱えたまま…」

そこで、彼は咳き込み、血を自身の衣服に付ける。

「もういいよ、喋らなくて」

「済まんが、手を……」

クランクの声を喧しいエンジン音が掻き消す。ふと、その方向を見ると、そこには一台のモビルワーカーが走っていた。その方向はグレイズだった。

――「三日月!殺すんじゃあないぞ!」

スピーカーからキャロルの声が響く。そのすぐ後に、モビルワーカーは急ブレーキをかけ、グレイズの真横で停止する。

「話は聞かせて貰った!お前のような誇りある者がここで死ぬのは勿体ない、オレの手を取れ!」

モビルワーカーから出たキャロルが出せる限りの声を出す。

「……子供よ、お前は敵に下ってまで生きたいと思うのか?」

「思わんな。だが、味方となら手は取り合える。そして今、オレはお前に対して」

銃声。残酷にもそれはクランクの命を奪い去った。

「オルガの命令の、邪魔しないで」

 

 

「やらかしてくれたなぁ、三日月!」

チョビ髭が帰還して、悠長にデーツのような木の実を食べている三日月に怒鳴る。それに三日月は「ん?」と、あどけない返事をする。

「そ、そうだよ!どうすんだよギャラルホルンを完璧に敵に回しちまって!」

そんな事を言うユージンにシノが「いいじゃん勝ったんだから」と、諭す。

「……あぁらら。マスター、蚊帳の外ですねぇ」

ガリィはそう言って、一人でモビルワーカーの整備をしているキャロルに目を向ける。

「勝手なモビルワーカーな使用、命令違反。…このモビルワーカーの修理と、謹慎処分なだけマシだ」

「あ、マスター。チビパイロットがこっち来ますよ」

ガリィの言葉通り、三日月はこちらに来て、キャロルを見た。…しかし、見ただけで、すぐに歩いていってしまった。

「……変なガキですねぇ」

「その変な所があるから、モビルスーツにも乗れたんだろ」

「そんなもんですかねぇ。……あ、一応報告でーす。僕達私達CGS改め、()()()は、クーデリアの護衛を続けるそうですよ?なんでも、それでノブリスとかいう奴からお金たっぷり貰えるそうで」

「鉄の火、か?」

「さぁ?」

「……今度、訊いてみるとしよう」




「ノエル、仕事は…」
「終わりました。不安であれば、確認を」
そう言って、ノエルはガエリオにそのタブレットを手渡す。その画面には元のごちゃごちゃなデータの集まりの面影は無く、綺麗に整理されていた。ガエリオも最初こそ訝し気に見ていたものの、じきに顔は晴れた。彼は少し笑った後、ノエルにタブレットを返した。
「これは昇級したのも頷けるな。おいマクギリス、ライバル登場だぞ」
それにマクギリスは微笑んだ後、ノエルのよりもずっと多くのデータが入っているタブレットをガエリオに手渡す。
「……ノエル、お前も苦労する事になりそうだな。優秀すぎる上官の下で働くのは辛いぞ?」
「火星でゴロツキ同然の暮らしをしていた時よりはマシです」
「だといいが。まぁ、今回はお前の代わりに痛い目に遭う奴が居る。目に焼き付けておけ、ああならないようにな」と、入り口で冷や汗と一緒に笑顔を浮かべているコーラルを見る。
「朝からご苦労、ファリド特務三佐、ボードウィン特務三佐、そしてノエル君」
ガエリオが丁寧な作り笑顔を浮かべながら、「おはようございます」と挨拶をする。
「作業の方は如何ほどかね」と、言った後、頭に手をやって「いやぁー済まんねぇ、こちらの不手際でデータの整理がまるで間に合わず…、あれでは目を通すのも一苦労だろう」
「いえ」
そう答えたのはノエルだった。
「こんな文字列を見る事など、肩をこらせるまでもありませんでした。実に容易く、見え透いていた」
そう言って彼はコーラルをじっと見る。それに彼はたじろいだが、すぐに「大したものだ」と立て直した。
「ところで、ノエルの資料、そして私の資料にもあったのですが…」
「な、何だね」
「一個中隊が出撃したまま、帰投していないようなのですが」
それにコーラルは「ああ、それなら暴動の鎮圧に出ていてな」と、芝居がかった言い方で言う。
「暴動?独立運動ですか?」
「所詮は市民のガス抜きに過ぎない。簡単な仕事とはいえ、この所多くてな。万が一を考えて中隊を出しておるのだ」
「地球でも耳にはしておりましたが、鎮圧にそこまで手間取るものとは。心中お察しします」
「あっああ」と後ずさったが、「では、執務があるのでな、失礼させて頂く」と、回れ右をして、ドアの方へ歩く。
しかし、その足は扉の前で止まり、回って体を三人の方へ向けさせた。
「ああ、ところで、何か不便は無いかな?」
それにガエリオが「不便?」と聞き返す。それに乗じて話を続ける。
「旅の途中、何かと入り用だろう。まぁ些少だが、何かの足しにでも」
「要らん。それともそれはお前の立場で払ってくれるのか?それとも…」
そう言ってノエルは腰に下げた剣をチラつかせる。黒い柄がコーラルの瞳に映った。
「……欲に目を眩ませる程、ボク…私達は落ちぶれてはいない。それをよく覚えておいて頂きたい」
「あ、ああ。どうもありがとう」
そう言い残した後、コーラルは部屋から出ていった。その少し後、ガエリオが深く息を吐いて、「流石にあの行動は目に余るものがあるな。今後は自重しろよ。この後は火星での視察だ、勝手な行動は慎むんだぞ」
「はい、申し訳ありませんでした」


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ep4 平穏の値段

オルガ達によって、クーデリアの護衛の決行が決まり、その為の会議が今日行われた。その結果決まったのは、鉄華団はギャラルホルンを敵に回している為、民間企業である“オルクス商会”という不安定極まりないものを利用する事になった事、そして、その地球への足である()()、“ウィル・オー・ザ・ウィスプ”を今日調達する事になっている事だった。それの発表は、整備班を大いに疲れさせる事になった。

 

 

「ミカ!どうだ、調子は?」

整備場にやってきたオルガが膝をついて鎮座しているバルバトスに向かって叫ぶ。彼の隣にはビスケットも居た。

「うーん、いいんじゃない?多分」

オルガの声に応え、椅子ごと操縦室から出て来た三日月がそう言う。

「多分って…」

ビスケットが「上に、持って行けそうですか?」と、バルバトスの脚部パーツを弄っていた雪之丞に訊く。

「さあな。俺は元々モビルワーカー専門なんだぞ?しかもコイツは何百年も前、厄災戦の時の機体と来やがる。せめてキャロルの謹慎を解いてくれ、そしたら一時間で仕上げられるぜ」

「そう言わねぇで頼むぜおやっさん。いや、アイツの謹慎もちょっとやり過ぎたとは思っちゃいるが……」

その頃、当の本人は…。

 

 

 

「マスター、こんなトコで油売ってていいんですかぁ?」

薄暗い、何処かの部屋で昼寝をしているキャロルをガリィが指で突っつきながら訊く。その横には依然として、ダラリとしたままのミカの機体がある。

「いいんだ。オレの肉体は特別製なのは知っているだろう?トレーニングの必要は無いし、勉学に関しても完璧だ。仕事も謹慎中だしな」

「でもマスター、ここに来てから前にアルじゃないですか。ソレが」

そう言って、ガリィはキャロルのズボンを引っぺがして、そのホムンクルスだった頃には決して見る事が無かったモノを露わにさせた。それに怒ったキャロルがガリィを全力で蹴っ飛ばす。

「ああ、あんよが上手…」

「いつの間にお前のプログラムにエラーが生じたんだ?クソっ…」

「……私、マスターがいつか襲われちゃうかもしれないってハラハラしながらお仕事してるんですよ?なんせマスター、その感じだと完璧に女の子になっちゃったみたいですし。身重になったマスターを見るのは嫌です。だからもうちょっと自分をつよーくして貰わないと…」

「大丈夫だ、オレはそこまで落ちぶれていない」

そう言うキャロルは、いつの間にかさっき脱がされたばかりのズボンを履きこなしていた。ジャケットもアイマスクとしてでは無く、本来の使い方をされている。キャロルは外に続く扉のある方へ向かっていた。

「ちょっとマスター、何処行くんです?」

「食堂だ。そろそろ昼食の時間だからな」

「あーあ、マスターは食べ物食べれて羨ましいです。暇だったら私にも胃袋付けてくださいよ」

「断る。ミカの調整と、グレイズの改修でオレは疲れ切っているんだ」

「ええー?何であの鉄塊は可愛がって、このガリィちゃんは可愛がってくれないんですかー」

 

 

 

バルバトスの整備をそれっぽく終わらせた三日月は、休憩と食事の為に食堂に向かっていた。そして、その途中にガリィと談笑しているキャロルを見つけた。第一、キャロルの方はあまり笑っていなかったが。三日月は彼女と話をする為に彼女の名を呼ぶ。

「何だ?」

「おやっさんが目立たずに来てくれって言ってたよ。仮にも謹慎中の奴を呼び出すのはあんまり良く無いから夜あたりに静かにって」

「雪之丞が?分かった、道具を用意しておいてくれと言っておいてくれ」

「分かった。それでさ、話したい事があるんだけど、立ち話も面倒だから、一緒にメシ食わない?」

「あ?ああ、分かった…」

ガリィが「愛の告白ですかね?」とちょっかいを掛ける。キャロルはそれを無視した。

 

キャロルは席につくなり、溜め息を吐いた。

「壱軍のクソ野郎共を相手にしないで済むのは何時ぶりだろうか」

「キャロルは来てから一か月しか経ってないでしょ。さ、食べよ」

そう言って三日月は少し賑やかになった飯を食べ始めた。キャロルもそれに倣って、飯を食べ始める。

「それで?話っての何なんだ?」

「この間来てた、クッキーとクラッカって子、居たでしょ?その子達の農園に手伝いに行こうと思ってるんだ」

「へぇ、それはまた唐突だな」

「最近クーデリアが難しい顔しててさ。ちょっとした息抜きと、俺達の事を知って貰う為に行こうと思ってるんだ」

「ほう、つまりクーデリア達も来るという訳か」

「ビスケットも来るよ。あの二人はビスケットの妹なんだ」

「そうだったのか。どうりで仲が良い訳だ。ところで、何故その話をオレに?」

「キャロルって謹慎中なんでしょ?暇だと思って」

「そんな理由でか…。それで?足はどうする」

「この前キャロルは動かしたモビルワーカーあるでしょ?あれ確かまだ使って無かったから、あれで行こうと思うんだけど。いい?」

「ああ、いいぞ。道案内は頼む」

「分かった、じゃ」

三日月は唐突に立ち上がり、食器を返しに行ってしまった。

「嘘だろ?食べるのが早すぎる」

「兵士たるもの、食える時に、食える分だけ食う。そうある必要があるらしいですよ。マスターも見習っては?」

「断る。オレはオレだ」

そう言ってキャロルは黙々と飯を口に運び始めた。

 

 

「まさに不毛の大地だな。しかし、何故こんな所に?」

ガエリオはそれを見ながら、隣に居るマクギリスに問う。彼は双眼鏡で荒野をじっと観察していた。

「クーデリア・藍那・バーンスタインが行方をくらました」

「クーデリア?資料にあった、“ノアキスの七月会議”のか?」

マクギリスはその言葉に答えず、ただ、その双眼鏡をガエリオに手渡した。ガエリオはそれを使って、荒野を見る。双眼鏡を通して見えた荒野には、不自然な隆起があった。

「何だ?あれは」

「ここで数日前、戦闘が行われたという情報があってな。そしてその前日、彼女の父、ノーマン・バーンステインはコーラルのもとを訪れている」

「それは…、コーラルが彼女が狙ったって事か?そうか、行方不明の一個中隊はここで…」

「彼女の身柄が拘束出来れば、統制局の覚えもめでたいだろうからな。我々の監査など、どうという事も無い程に」

「これはまた、面倒だな。……調査を急ごう。ノエル!車の用意だ」

「了解しました」

 

 

 

キャロル達はモビルワーカーに乗って、とある農園に来ていた。それにクーデリアは少し、落ち着かないでいた。傍にいるフミタンは、従者らしく、ゆっくりと辺りを見渡している。

「あの…ここは?」

「サクラちゃんの畑」

三日月がぶっきらぼうに答える。

「サクラちゃん?」

「ウチの婆ちゃんです」

「それで、なんで私をこんな所に?」

それに答える間もなく、アトラの三日月を呼ぶ声が響く。その方を見ると、アトラがこちらに手を振りながら、駆けてくるのが見えた。

「あら?アトラさん。アトラさんも来ていたの?」

「あ、はい。クーデリアさんも来ていたんですね。それに、ガリィさんも」

そう言って、アトラはバツが悪そうな顔をした。キャロルはそれを見てガリィに問いただすが、知らないの一点張りだった。

「お兄ちゃーん!」

「三日月、お兄ー!」

アトラの来た方から、クッキーとクラッカが駆けてくるのが見えた。ビスケットはその二人を抱き寄せ、数日ぶりの再会を喜びあった。

「あ、クーデリアも居る!」

「キャロルも居る!」

「お野菜ちゃんと斬れるようになった?」

「えっ?……ああ、まぁ」

二人に言葉にドギマギしているクーデリアに、キャロルが「しっかりしろ、年上だぞ?」と、それっぽい言葉をやるが、結局言葉は上手く出ず、その者の言葉に上書きされた。

「来たね」

二人に続いてやってきた老人が、一行の顔を見ながら言った。装いは動きやすそうな作業着で、背中には帽子を長いリボンで押さえつけている。

「サクラちゃん」

「これで全部かい?今回は随分と女を連れてきたね」

サクラのその言葉に、キャロルが間髪入れずに、「オレは男だ」と言った。

「……よし、じゃ始めるよ」

三日月はその言葉に返事をした後、モビルワーカーにコートを被せる。キャロルもそれに倣って、コートを乗せた。

「済まない、三日月。こういうのは初めてでな。どうすればいい?」

「トラクターで刈り取ったトウモロコシを、そこにあるカゴに詰めていく。それだけ」

そう言い終わる頃には、三日月はもう仕事の準備を終えていた。隣に居たアトラも今、準備を終えた。

「……クーデリアさん、連れて来たんだ」

その言葉に三日月は何気なく「うん」と、返し、アトラはそれに素っ気なく返事をした。その少し後、カゴが少し持ちづらく感じたのか、三日月はカゴを揺する。その時、一緒に彼の左手首にあった、ブレスレットも揺れた。

「あ、それ」

「え?…ああ、アトラが作ってくれたんでしょ?」

その言葉の間に、アトラの顔はみるみる赤くなっていく。

「う、うん。それ、お守りなの。私とお揃い」

「うん、ありがとう。アトラ」

「あーらあらあらあらあら。良い雰囲気ですねぇ、ハイタツガール!」

その二人の間に割り込んだのが、ガリィだった。彼女はカゴをお手玉のように空中で回している。

「仕事終わりにでも告白してはいかがぁ?」

「なっ!?ガリィさん何てこと言うんですか!」

「こういうのは落ち着いた、血や鉄なんかとは無縁の場所でやるのがいいんですよ。ね?さぁさご決断を!」

「あ…、え…、その…」

ガリィのいやらしい顔がアトラに迫っていく。アトラは恥ずかしさとまだあまり親しくない人がグイグイと迫っている事による恐怖に縮こまってしまった。

「相変わらずだなお前は!」

刹那、キャロルのドロップキックがガリィに炸裂し、ガリィはトウモロコシの山の中に突き刺さった。彼女の脚が、地面を求めて空を切っている。

「助かりました。ありがとうございます」

「礼はいい。それよりも、アイツ、お前のことそこまでらしいぞ」

そう言って、キャロルは三日月の方を指さす。三日月は黙々と、トウモロコシをカゴに詰めていた。

「出来るだけ距離を縮めておけ」

「は、はい…」

 

 

 

「……三日月、オジョウサマのお付きはいいのか?」

キャロルがトウモロコシをカゴに詰めながら、何故かこちらに流れてきた彼に訊く。

「いいよ。あっちはアトラとフミタンが様子見てくれてるし」

彼もまた、トウモロコシをカゴに詰めながら、キャロルの言葉に答える。

「それで、何でオレを連れてきた?」

「何で、って?」

「人というのは、自分の行動にある程度の阻害が入ると、快く思わない生き物だ。お前みたいな正直者が、お前のやろうとしていた事を邪魔しかけた奴をこんなプライベートな所に連れてこないだろうと思ってな」

その言葉が終わった少し後に、三日月はカゴを地面に置いた後、大きく伸びをする。そして、休憩の時間だと言わんばかりに、何処か遠くの所を見た。

「キャロルはさ、賢いよね。それこそ、何十年も生きてるおやっさんよりも。でも、キャロルは壱軍の奴も、ギャラルホルンの奴も、殺そうとはしなかった。そんだけ賢かったら、この火星で起きてる事もよく分かってるだろ?殺した方が身のためだって事も」

「つまりアレと?お前と一緒ぐらいのチビのくせに、行動が大人ぶってて気に入らないと?」

「気に入らないとは思って無いよ。でも、変だなって」

「そうか、…そうか。なら、何から話すとしたものか……」

キャロルは、三日月に、言える事だけを、ありったけ話した、たっぷりと“翻訳”をしてから。「自身の父は医者のような事をしており、それを疎んだ人々によって殺された事。」、「ある少女と大喧嘩をして、様々な事を知った事。」、等々、彼女に沢山の影響を与えた物事を話した。その話を聴いた三日月は、ゆっくりと息を吐いてから、こう言った。

「なんていうか、お父さんも、その子も、お人よしだね」

「ああ」

「で、キャロルはどうなの?」

「オレは、もうお人よしにはなれないし、殺す事からも逃れられない。オレはこの手で、何十、何千もの人を殺してきた。手はもう血に染まりきっている。きっとオレは、これからもきっと、多くの人を殺すだろう。……だがな、もう、良い奴は殺さない。そう、心に決めた。だから、出来る限り、手を取り合う努力をしてみようと思う。あの時みたいに」

キャロルに言葉に、三日月は「ふーん」と言って、仕事に戻ってしまった。キャロルもそれに続いて、仕事を再開する。

瞬間、何かのクラクションと、急なブレーキの時に出る音、そしてクッキーとクラッカの悲鳴が彼らの耳に突き刺さる。

三日月は何も言わずに、音の聞こえた方へ駆け出す。キャロルもそれに続いて走り出すが、すぐに何処かからやってきたガリィにトウモロコシの藪の中に引きずり込まれた。

「おいガリィ!?何をしてい…」

ガリィは人差し指を口の前にやって、キャロルに黙るよう促す。ガリィとて軽口だが、意味の無い事はしない人形だ。キャロルはそれに従い、三日月の様子を見る。

 

三日月は家族同然の少女達の為に走る。しばらく走った頃、彼の視界の先には一台の自動車が停まっていた。淡い青色の、走破性の良さそうな車だった。そして、その先にはぐったりと、二人共々倒れているクッキーとクラッカが居た。周囲に空のカゴを転がしたまま、何も言わずにそこに倒れている。

少し後、車の中から呑気な声をした、緑髪の若者――ノエルが姿を現す。二人の様子を見ながらも、意識を確かめる言葉を発していた。三日月が、殺意で固められる。彼はものを言わせぬ勢いで、若者の首を掴み、持ち上げる。車に押し付ける事で、逃げ道を作らせないようにもした。後ろから少女の声が聞こえてくるが、そんな事はどうでもいい。今はクッキーとクラッカを傷つけたコイツを殺す。

「いい加減にしないか」

背後から、頭を小突かれ、彼の意識は元に戻った。背後を見ると、呆れた表情で三日月を見る、サクラが居た。その横には、普通に立っている、クッキーとクラッカも居る。三日月は彼女の言葉に従い、若者から手を離した。

「わ、私達が飛び出しちゃって…」

「あの車が避けてくれたの」

「こちらの不注意だった。謝罪しよう」

そう謝ったのは、車から出て来た金髪の男性――マクギリスだった。その横には、あまり良い表情をしているとは言えない紫髪の男性――ガエリオも居る。

「おぉーい!クッキー、クラッカ!」

ビスケットが遅れてやってくる。その表情は心配のそれで満たされていたが、すぐにそれは別のものに濁らされた。

彼が目を付けたのは、車にあった、獅子と角笛のマーク、すなわちギャラルホルンのマークだった。それにより、ビスケットに警戒の感情が生まれた。そして、それを警戒していたのは、ビスケットだけでは無かった。クーデリアらに、キャロルとガリィだった。しかし、キャロル達の警戒はもっと別のモノに向けられていた。

「あれ、どう見てもアレですよね」

ガリィがノエルの体にぶら下げられた剣を見ながら確認する。

「ああ、誰が見てもアレだ」

キャロルもノエルのソレを見て、ガリィの言葉に応える。

「……アレって何か分かってます?」

「忘れるものか。“ダインスレイヴ”、人間のありとあらゆる負が込められた魔剣。……しかし、何故アレがここに?」

「知りませんよ。でも、アレって完全聖遺物ですよね?マスター、もしかして」

「いいや。あの時、エルフナインに持ち出させたのが全部だ。だから、完全聖遺物であるアレがここにある筈が無い。そも、聖遺物なんてものがあれば、今頃、オレ達の記憶媒体にその情報が刻まれているだろう」

「ですよねぇ。何で今更ここに…、あ、帰るみたいですよ」

「ギャラルホルンにダインスレイヴ。コレはもしかすると……」

 

 

 

「なんやかんやありましたけど、何とか終わりましたねぇ」

ガリィがキャロルの操縦するモビルワーカーに揺られながら、呑気に呟く。

「なんやかんやなものか。オレ達はギャラルホルンの親玉と直接、顔を合わせたんだぞ。もし、顔写真か似顔絵でも配布されたとしたら……」

「不安な事はあるけど、クヨクヨしてても仕方ないよ。ほら、鉄華団の…ってあれ?」

ビスケットの言葉に若干の困惑が見える。キャロルは基地内の少し開けた場所にモビルワーカーを停めた後、装甲を開く。そこから見える、懐かしい建物の周りには、いつもは有り得ない見物人が居た。

「あ、三日月さんにキャロルさん!アレ、見てください!」

その中の一人だったタカキが、建物の屋根を見るように言う。

そこには、華があった。白い屋根に真っ赤に咲いた、紋章があった。

「これが、鉄華団のマークだ。……中々イイだろ」

集団の中に居た、オルガが三日月に言う。

「うん」

「ミカ」

「ん?」

「これを、俺らで守っていくんだ」

「そっか。じゃあ、キャロルも一緒か」

「どうしてそこでオレが出る。…が、気持ちは有難いな」

夕暮れに染まった一行の微笑みが、そこに深く染みついて、新たな想い出が生まれた。



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ep5 赤い地の中

「急な話とは?」
コーラルからの呼び出しを喰らったマクギリスが、紳士な態度で訊く。彼の脇にはガエリオとノエルも居る。
「是非とも、監査官殿にもご同行願いたい作戦があってね」
それにノエルが「それは罠じゃないだろうな?」と、強請る。
「そ、そんな訳はないだろう」と、言って咳をして「これは、真っ当な作戦で、君達には何の害も無い」
「クーデリアが、地球に赴く事は君達も知っているだろう?それは君達にとっても、望む所では無かろう」
と、ここでノエルが「失礼、一つよろしいでしょうか」と、話を止める。
「何だね」
「クーデリアとは一体誰の事だ」
「……火星産まれならば、知っている筈なんだがな。これだ」
コーラルが差し出した端末の中には、演説を行うクーデリアの姿が映っている。そして、ノエルはこう確信した。
「キャロル・マールス・ディーンハイムゥ!遂に見つけたぞ!」
彼女は、キャロルの変装である、と。麗しい金髪に、宝石のような紫の瞳。それらは、彼の記憶の中のキャロルと合致していた。
「おいコーラル!今すぐ、ボクに、機体を、用意しろ!」
その鬼気迫る様子に、コーラルは圧倒されたが、じきに元に戻り、「ああ、すぐに用意させる」と、口約束を結んだ。
「おいノエル、これで何度目だ」
「すみませんでした」
コーラルがまたもや咳をして、話を続ける。
「ともかく、彼女が地球に辿り着く事は君達にとってもよろしく無いだろう。そこで、君達にその手柄をあげようと思ってね。そこに、やる気が溢れている者もおるようだし」
「了承しました。その作戦、同行させて頂きましょう」
少々慌ただしかった作戦会議は、マクギリスの言葉で幕が切られた。


キャロル達が農園へ行った数日――1週間以内――後、鉄華団はオルクス商会との契約を結び、モビルスーツ達の整備も終えた。そしてその出発日である翌日……

 

 

「私を!炊事係として、鉄華団で雇ってください!」

食堂にアトラの可愛らしくも大きな声が響き渡る。その声の主はというと、背中にバックパックを背負っており、足元には複数個の鞄達が置かれている、いかにも住み込みらしい出で立ちをしていた。

「女将さんには事情を話して、お店は辞めてきました!」

その叫びに一行は呆気に取られていたが、じきに順応し、アトラを迎え入れた。そんな少年達を、見守る四人が居た。

「ハイタツガール、いきなり距離詰めてきましたねぇ。マスター何か言いましたか?」

「さぁ?オレは知らないな」

「面白くなりそうですわね」

「あとはミカが居ればもっと派手に……」

「案ずるなレイア。もう準備は済ませたからな」

「……地味に不安」

 

 

 

「宇宙へ行くって聞いてたから、もっと派手なのを期待してましたけど……」

アスファルトの上で仁王立ちしているガリィが、見下すような口調でそれを見る。

「何だよアレ!?まるでジェットコースターじゃないの!レールに乗せてシャトルを飛ばすなんて冗談じゃない!」

そう言うガリィは地団駄を踏んで、そのシャトルが乗っているレールに向かって叫ぶ。レールは途中で湾曲しており、その先は無かった。

「落ち着けガリィ、見送りのガキ共が笑ってるぞ」

「そうは言いますけどねマスター!?安全性のカケラも無い!あんなモノにマスターを乗せるなんて、何を考えてるんだっつの!」

「落ちた時には、まぁそれも運命だと諦めるさ」

「はぁ!?」

「落ち着けガリィ。怒鳴ったって、もう避けられ無ぇんだ。腹ぁククれ」

そうガリィをたしなめたのは、少し遅れてやってきた雪之丞だった。

「雪之丞、オルガ達はもう乗ったのか?」

「ああ。お前の大事な人形も一緒だぜ」

「そうか。いや、ありがとう。ではオレ達も行くとするか」

「あっ待ってくださいよマスター!」

「あーあ、騒がしい旅になりそうだなぁ……」

 

 

 

「おうキャロル、やっと来たか」

キャロルが扉を開けた直後、ユージンが彼女をやじる。

「済まないな、ウチの五月蠅いのが」

「何がウルサイノですか。こんなのに乗ってよく平気でいられますね」

「もうすぐ出発だ、急いで席に就け」

オルガが一行に向かって、正論を飛ばす。キャロルはそれに従って席に就くが、ガリィの方は渋々といった様子だった。

「……随分と遅かったですわね」

キャロルの席の後ろの席に座っていたファラが問う。

「何か文句でもあるか?」

「いいえ?ただ、随分のんびりとした性格になられたと思いまして」

「……そうか」

――「お客様へ連絡します」

スピーカーから、男性の声が響く。おそらく、このシャトルの操縦士のものだろう。その声は、あと数分でシャトルが発進する旨を伝えた。

そして、その数分後に、機体が大きく揺れたかと思うと、それは青い炎を吹きだし、機体をレールから空まで打ち飛ばした。

 

 

 

「いやぁー、飛ぶものなんですねぇー」

椅子の背もたれを最大まで傾かせたガリィが、のんびりとした声で感嘆の言葉を出す。その椅子が余程気に入ったのか、足をフラフラさせていた。ちなみに、後ろの男は椅子に潰されそうになっている。

「さっきとは態度が真逆だな。…おいクーデリア、この後はどうなるんだ?」

キャロルがその近くに座っているクーデリアに呼び掛ける。その仕方にフミタンは少しムッとしたが、あえて何も言わなかった。

「確か、定軌道ステーションに入港して、迎えの船を待つ手筈だったかと。ですよね?ビスケットさん」

「そうです、オルクスの定軌道輸送船に拾って貰って…」

その説明を始めたビスケットの声を遮るようにして、タカキが「あれがオルクスの船じゃないですか?」と、興奮気味に言う。

彼が指を指す先には、確かに船があった。しかし、それを見るオルガの目はあまり芳しいと言えるものでは無かった。

「予定より少し早いな…」

オルガが呟いた、丁度のタイミングに船から何かが飛び出してくる。それは――

「ギャラルホルンのモビルスーツ!」

「おい、その奥にもなんか居るぞ」

「何!?」

シノとユージンの視線の先にも船があった。しかし、それの形は先の船とは違っていた。

「はぁー!?ギャラルホルンとか、どうなってやがる!」

そう叫ぶのは、さっきまでずっと何も言わずにじっとしていたトドだった。彼は操縦室の扉を勢いよく開け、その中に飛び込む。

「おい、退け!俺がオルクスと話をつける!」

そう叫んで、通信機のボタンを押していく。彼がようやく通信を繋げたかと思うと、たった一つの単純な言葉が届いた。

――「我々への協力に感謝する」

それを聞いたシノは怒り、「協力ってのはどういう了見だ」と、彼の襟首を掴み、脅す。

「入港はいい、加速して振り切れ!」

オルガが、トドをぶん殴っているシノを横目に指揮を執る。操縦士はそれに従い、スラスターの火を強めるが、モビルスーツとの間は開く所か、ぐんぐんと縮められていた。

次の瞬間、シャトルが大きく揺れたかと思うと、通信機に一人の男の声が伝わった。

「モビルスーツより有線通信!クーデリア・藍那・バーンスタインの身柄を引き渡せとか言ってますけどぉ!?」

その言葉に、顔に大きな青アザを作ったトドが叫ぶ。

「さささ、差し出せ!そしたら命までは取ら無ぇだろ!」

それにユージンが「テメェは黙ってろ」と一蹴するも、「他に助かる手立てがあるってのかよ!」としつこく叫ぶ。

「どうすんだ?オルガ!」

「私を差し出してください!」と、叫ぶクーデリアに「それはナシだ」と、オルガが否定する。

「ですが…」

「ナシだと言ったのが聞こえなかったのか。…折角繋がった手を、引き裂かれてたまるか。ここは、オレ達に任せろ。…やれ、ビスケット!」

「分かった。行くよ、三日月!」

 

 

 

シャトル上面、そこには一機のモビルスーツが仁王立ちしている。そして、それを取り巻くようにして二機が両隣に。シャトルの上に居るモビルスーツの左人差し指と手の甲の間からは、シャトルへ一直線に続くワイヤーが伸びていた。

次の瞬間、シャトルのフタが扉のようにして開かれ、白の煙幕が放出される。パイロットはそれを「たかが煙幕、ただの小細工だ」と、思っていたが、それはすぐに一変する。モビルスーツの操縦室に円筒が突き付けられたのだ。そして、パイロットは直感と、戦士の勘で察知した。もう、すぐそこに死があるのだと。

刹那、円筒から弾丸が撃ち出され、モビルスーツの操縦室を砕き、モビルスーツと煙幕を吹き飛ばす。そして、そこに居たのは白いモビルスーツ――バルバトスだった。バルバトスはグレイズの置き土産である手斧を何処かに放り投げ、他の二機に向かって飛んで行く。

 

「ミカが敵に喰らいついた!」

オルガが軽く拳を作って、喜びを噛みしめる。

「けど、まだオルクスの船が…!」

「その仕事、オレに引き受けさせてくれ」

ビスケットの不安に応えようとするのは、キャロル。その目には、不敵な光が宿っていた。

「何をするんだ?」

「昭弘らと通信は出来るか?」

「一応、出来る。だが、アイツはまだイサリビの操縦で…」

「大丈夫だ。戦うのは、彼じゃない。オルガ、イサリビに通信を繋いでくれ」

「……やってやる」

「オルガやっべえ!オルクスの奴撃ってきやがった!」

 

オルクスの船の砲弾が、シャトルを襲う。最初こそ、ギリギリの所で躱せてはいたものの、だんだんと弾は狙いを正確にさせ、ついには右翼、左翼、スラスターとパーツを破壊していった。

しかも、そこでシャトルは火を吹かないようになり、速度が急激に落ちる。「終わりだ」、誰もがそう思ったのだろう。実際、皆が、そう思っていた。

――「ブチ抜け、ミカァッ!」

シャトルからキャロルの声が響く。それに応えるのは――

「りょーかいだゾッ!」

赤き戦士の拳だった。

 

「あれって、確かキャロルさんが直してたグレイズ…」

タカキが目を丸くしながら、キャロルに答えを求める。

「そうだ。そして、オレなりに改修、改造もした、新型グレイズ、いや――()()()()()()()()()だ!」

そう、高らかに宣言するキャロルの先には、もう跡形も無くなった船を、まだ攻撃しているバーニング・グレイズの姿があった。

「もういいぞミカ。それに、彼らの邪魔にもなるだろうしな」

――「お?ああ、済まないゾ!今退かすから待って欲しいゾー!」

そう言って、(バーニング)(グレイズ)は鉄塊を遠くに蹴り飛ばして、そこから退いた。そして、その後ろに赤い船が見えるようになった。

「時間通りだ、昭弘」

オルガの、嬉しいような、呆れるような、はっきりとしない声が通信機から発信された。

 

 

「ミカ。敵戦艦の撃破に、シャトルの輸送、よくやってくれた」

イサリビ船内、キャロルは通信機を通して彼女に礼を言う。

――「どういたしましてだゾ!」

「もう、ミカちゃんにそんな活躍されたら妬いちゃうじゃないですかぁ」

「暇が出来たらお前にも作ってやる」

その言葉で、ガリィは分かりやすくはしゃいだ。

「さて、仕事はまだ残っている。手伝ってやれ!」

人形達はそれぞれの了承の意の言葉を発し、指揮所の持ち場へ就いていく。が、そこから出ていく者が一人居た。

「昭弘、どこへ行く?」

格納庫(ハンガー)だよ。俺も出るんだ」

「そうか。頑張れ」

キャロルはそう言って、指揮所に入り、呆然とした。座れる所が無かったのだ。

「あんまり遅いんで、お先に入らさせて頂きましたぁ」

ガリィの間延びした声が響く。

「……やはり、性根が腐っている…!」

 

 

バルバトスは弾丸を躱しつつもライフルを撃ち、少しずつ敵MS(モビルスーツ)にダメージを与えていく。それに痺れを切らしたらしい敵MSの一体が、ライフルを仲間に押し付け、手斧一本で突っ込んできた。

――「邪魔はさせないゾッ!」

そこに飛び込むはミカのB・G(バーニング グレイズ)。MSの腕を根本から抑え込んだ。

――「この体動かしにくい、ゾッ!」

ミカは敵MSを放り投げ、そのついでに手斧を奪う。そこからは、煉獄だった。ミカが笑う度に、斧が振り下ろされ、仲間のパーツが一つ一つ壊れていく。逃げど、迷えど、脱出口は見つからない。どんな事をしても、あの赤い悪魔からは逃れられなかった。…その時までは。

――「……あれ?」

突然、B・Gが動きを止める。斧を振り上げたまま動かないその姿勢は、大きな隙を生み出していた。

――「おいミカ!聞こえるか!?おい!」

そして、突然聞こえ始めるキャロルの声。いや、正確にはずっとしていたのに、彼女の狂暴性がそれを防いでしまったのだ。

――「マスター。ミカ、動けなくなっちゃったゾ」

――「馬鹿!取り敢えず何とかして助けを呼んでやる!おい昭弘!」

――「俺かよ!?行くからじっとしてろ!」

――「動けないから呼んでるんだゾー!」

そんな事をしている間に、ミカの目の前には一機のグレイズが飛び込んで来た。その手斧が、まっすぐコックピットに――来なかった。

――「邪魔」

そう言ったのは、三日月。彼の搭乗したバルバトスが、メイスでそのグレイズをふっ飛ばして、すぐに何処かへ行ってしまった。

――「悪ぃ、遅れた。大丈夫か?」

――「大丈夫だゾ…」

白く塗装されたグレイズが、ミカのB・Gを押していく。しかし、それも長くは続かなかった。

――「小汚いゴロツキが!ボクに逆らった事を後悔させてやる!」

――「ぐおっ!何だ!?何に引っ張られて…」

昭弘のグレイズは、漆黒のグレイズから撃ち出されたフックに引っ掛けられていた。それのワイヤーは何重にも左脚部パーツに巻き付いており、解けそうに無い。

――「あの白い機体に散々やられた恨み、晴らさせて貰うぞ!」

そう叫ぶ黒のグレイズは、両手に刀を持ち、グレイズに向かってくる。ただ、その刀は反りの無い、直刀だった。

――「ただのストレス発散に俺を使うんじゃねぇ!」

昭弘のグレイズは、足を引く事でワイヤーを引っ張る。

――「わざわざ引き寄せてくれるとは、実に好都合!」

――「ああそうだな!」

グレイズの拳と刀がぶつかるが、数と射程の差で昭弘は押し負け、その右腕を砕いてしまう。

――「邪魔するなって言ってるんだゾ!」

突然、B・Gが動き出し、刀を振り終えたばかりの黒グレイズに拳をぶつける。

――「数が多いし滅茶苦茶に硬い!恨みつらみはこっちの方が上なんだゾ!」

――「その声……。そうか!やっぱりキャロルがそこに居るんだな!?殺すっ!」

――「マスターより先にアタシを殺すんだゾ!でもその前にお前をバラバラにしてやるゾ!」

ミカの連撃は止まる事を知らず、その勢いに耐え切れずに黒グレイズの装甲は吹き飛んでいった。刀も既に折れ、成す術も無い黒グレイズには死が待っている。

――「トドメだゾ!」

B・Gが高く拳を振り上げる。その時に、一瞬に聞こえたのは――

「退け!もう三日月は回収出来た!ボォッとしてたらお前らが狙われるぞ!」

主からの、撤退命令だった。

――「聞こえたか!?退くぞ!」

B・Gは、白グレイズに引っ張られるがまま、イサリビの方へ飛んでいく。再び機体を動かそうと試行錯誤するが、今度は思う用に行かず、結局二人はイサリビに回収された。

 

 

 

キャロルら四人は、B・Gのコックピットの蓋を開ける。そして、そこに居るミカに声を掛けた。しかし、ミカは喋る所か、首さえも動かそうとしていない。

「おい、ミカ。大丈夫か?」

「……マスター」

ようやく喋ったミカの声色は、とても弱々しかった。

「何だ?」

「アタシは、この手でも役に立てないのかゾ?」

「そんな事は無い。お前はしっかりと仕事をしてくれたじゃないか」

それにしばらく間を置いた後、こう呟いた。

「嘘だゾ」

「え?」

「どうせマスターもこの手じゃ役に立たないって思ってるんだゾ」

「そんな事は無い!どうしたんだミカ?」

「……今日はほっといて欲しいゾ」

「マスター、こういうのは一晩寝たら何とかなってるモンですよ。今回は言う通りにしてみましょう?」

「……分かった。でも、腕の固定は外してやるからな」




「……にしても、あのB・Gってどういう仕組みなんですか?」
「ミカの両手を疑似的な阿頼耶識として改造、それをグレイズのコンピュータに直接連結させた」
「連結…って、まさか穴ぁ開けたんですか?」
「そうだ。ミカでも操縦出来る安心設計にしておいた」
「たぁーっ、そのせいで他の人が動かせないじゃないですか」
「どうせあの機体は損傷が酷くて、余程の能力が無いと乗れん。ミカ以外に乗せるつもりも無い」
「そーですか。…ところで、何でバーニングなんですか?爆弾も火炎放射器も無いですよ?」
「ミカが戦闘特化の機械人形である事は知っているだろう?」
「そりゃ当然」
「ミカの非常に詳細で、過多な情報のせいで、信号を伝える配線が焼き切れるからだ」
「……はぁ!?そんな捨て身も同然の機体を使ったんですか!」
「どうせ三日月一人じゃやり過ごせ無かった。こうするのは当然だ」
「……マスター、キッツいですわ」


【バーニング・グレイズ】
ミカ専用に改造されたグレイズ。赤い塗装が施されている。装備は無く、基本的に機体のみで戦闘を行う。ミカの都合もあり、戦闘が出来るのはせいぜい十五分程度が限界。


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ep6 自らにおいて

「……おいノエル、お前は寝ていなければならないだろう。何故ここに居る」
ガエリオが、部屋に入ってきたばかりのノエルに向かって注意を飛ばす。そのノエルはというと、体には包帯が絶えず、今も杖をついていた。部屋には、ガエリオとノエルの他にマクギリス、そして、その他大勢のギャラルホルン職員達が居る。
ノエルはガエリオの言葉に冷静すぎる程に「大丈夫です」
それにガエリオは呆れた顔をするが、マクギリスは小さく笑っている。
「まぁ、そんな状態でもそんなものを持っていられるんだ。きっと大丈夫なんだろうな」
ガエリオの視線の先には、ダインスレイヴ――彼らにとってはただの変哲な剣――があった。ノエルの腰に鞘と一緒に吊るされている。
「そういうボードウィン特務三佐こそ、そのような体でも資料を睨んでいられるのですから、きっとベッドで寝ていなくても大丈夫なのでしょうね」
彼の言う通り、ガエリオは先程までマクギリスと共に、その端末を覗き込んでいた。その中には、「gundam frame」の文字が煌々と記されている。
「まぁ、熱心なのは良い事だ」と、マクギリスがガエリオに端末を手渡す。
「私はもう読み終えた。二人で好きに読むといい」
「感謝するよ。ほら、礼を言え」
ノエルはガエリオに促され、「ありがとうございます」と、小さく上半身を前に傾ける。そして、ガエリオの持っている端末に視線を向ける。
「ガンダム・フレーム。厄祭戦末期に活躍した、ガンダムの名を冠した72機のモビルスーツ…!?」
資料を呼んだガエリオが「厄祭戦だと!?」と、声を荒げる。
「厄祭戦が、どうかしたのですか?」
「……ああそうだったな、この田舎者!厄災戦というのは、三百年前地球で起こった大戦争の事だ!三百年前だ!そんな大昔に造られた骨董品に俺達は蹂躙されたんだ!」
それにノエルは呆けた顔をしたが、すぐに何かに納得したような顔をして、笑い声を上げ始めた。
「何が可笑しい!?」
「いや失礼。ふと、昔の事を思い出してしまったので。」
「コイツ。…して、あのチョビ髭はどうした?」
ガエリオに話を振られたマクギリスが「彼なら客室に居るだろう」と、用意しておいた答えを言う。また、「第一、出られはしないが」とも付け加える。
「アイツが言うには、クーデリアはあの船の中に居るんだってな」
「そう。故に彼らは地球航路に乗るだろうな」
「良かったなノエル、大好きな仕事が出来るぞ」


「どうですか?チャド様」

船首にて、ファラが備え付けられた端末を睨んでいるチャドに声を掛ける。

「そのサマってのはやめてくれ、体がむず痒くなる。…順調さ。哨戒の奴らからもそれといった報告は無いし、周囲にもE(エイハブ)R(リアクター)の反応どころか、岩の集まりも見えない。しばらくは休めると思う。実際、みんなは休んでるし、俺もそろそろ交代だ。アンタも休んだらどうだ?」

チャドの提案にファラは少し悩んだ後、頷き「私も休ませて頂きましょうか」と、部屋から出ていく。

「……つっても、油断は出来ねぇけどな」

チャドは深く、息を吐いた。

 

 

 

格納庫にて、一行は帰還したモビルスーツ達の整備を行っていた。例に漏れずキャロルらも整備に駆り出されている。

「おいミカ、大丈夫か?」

キャロルがB・Gのコックピットで不貞腐れているミカに声を掛ける。しかし悲しいかな、ミカは座ったまま動く様子は無い。

それを見かねたガリィが持ったレンチを遊ばせながら「ミカちゃん、コックピットの整備が出来ないんですけど?」と、ミカを空中に放り投げる。

ミカはもがきもせず、そのまま空中で漂う事を選んだ。それを横目に、三人はB・Gの整備に入る。しかし、寸分経った時レイアがキャロルを呼んだ。

「何だ?」

「やはり、ミカの様子は地味に不安。打開策を求めます」

レイアの言葉にキャロルは考える素振りを見せた後、ミカの方を向いてこう言う。

「おいミカ。それ以上ボケッとしているようなら、本当に役立たずになるぞ。いいのか?」

「それはヤ、だゾ!」

ミカが壁を蹴ってキャロルらの方へ行く。宇宙での自身の機動に慣れていないのか、B・Gのパーツを慌てて掴んで、勢いをなんとか殺す。

「なら、こんな硬い所で寝てないで、もっといいトコロで休むんだな」

それにミカが「それもヤだゾ!」と、駄々をこねる。

「だったら、寝不足で戦場に出るとでも言うのか?……まだ先の戦いでの疲れが残っているだろう、今日は休め」

ミカは長考、そして苦慮の末に「何処で寝ればいいんだゾ?」と、キャロルに問う。

「何処でもいい。ココはあの時の家よりは狭いが、その分色んな要素が圧縮されている。きっとすぐにお気に入りの場所が見つかるさ。それに、ここにはイイ奴も多い。困った事があったら……そうだな、クーデリアという女の所へ行くといい。きっと良い相談相手になってくれるだろう」

「……分かったゾ。んじゃ、オヤスミだゾ」

そう言い残して、ミカは部屋から出ていく。その背中には、まだ何処か悩みが残っていた。

「さぁ、修理の続きを始めるぞ。アイツの為にもな」

「マスターったら、丸い通り越してデブになったんじゃないんですか?」

「黙れ。それともお前は無理やり重量のある駆体に変えられるのが好みなのか?」

「イヤーン、マスターの変態」

「ぅるっせぇぞガリィ!」

バルバトスの整備を監修していた雪之丞から、ガリィへの怒号が飛んだ。

「それともそこまで暇なのか!?」

「そんな訳ないだろ!……しかし、暇が出来たら手伝ってやる」

「そりゃドーモ!」

 

 

 

「ありゃ?迷っちゃったかゾ?」

ミカは、その長い廊下でキョロキョロと首を回して周囲を確認する。そこには人っ子一人おらず、ただミカの独り言だけが悲しく漂っていた。

「狭いのはイイけど、人も少ないのは寂しいゾ」

そう言って、ミカは廊下にある窓から外の景色を見る。そこからは幾つかの星が見えるだけであり、また窓もそこまで大きく無いので、そこまで暇を潰す為の場所としては利用出来無かった。しかし、今はそれで良いのだ。ミカは静かに、外を眺めながら思考を巡らせる。もっと主の役に立つにはどうすればいいか、いきなりやってきた宇宙でどうやって馴染んでいけばいいのか。様々な不安がミカの思考を埋めていく。

しかし、それはそう長くは続かなかった。理由は二つ。一つは、ミカが少々せっかちな性格であった事。彼女の頭は良いものの、感情という不規則なパラメーターを指揮するまでには及ばず、結果思考は打ち切られてしまった。そしてもう一つは――

「あら?あなたは…?」

クーデリアがそこにやってきたからだった。

 

 

「そう…ですか。目が覚めたらいきなり宇宙に」

クーデリアはミカから話された突拍子も無い話にドギマギしつつも、なんとか声を出す。けれど、打開策は見つからない。事の発端はミカからクーデリアは何処かと訊かれ、自身がそのクーデリアであると話した事だった。そこからはあまりに奇想天外な言葉ばかりを投げかけられ、四苦八苦の連続だった。そして何より、彼女にとって奇妙だったのが――

「う?……ああ、この手かゾ」

ミカのような機械人形が、今ここでほつき歩いている事だった。クーデリアにとってドギマギの要因は、初めての相手と話す事よりもミカの手への驚きの方が割合が大きかった。

「アタシは、産まれてからずっとこの手だったんだゾ。何せ戦闘用に造られたオートスコアラーだったからな、この手を離した事は一度も無いゾ。……この手は不器用で、力ばっかしで、他の仲間の手が羨ましかったゾ。勿論、この手でもいい事はあったゾ、褒められた事もあったし。けど、やっぱり仲間の手は器用で、滑らかで、そして何より怖がられない。憧れの気持ちは無くならないゾ」

そして、少し間を開けた後「でも、そんなアタシにも綺麗な手を使える時があったんだゾ」と、話を切り替える。

「それは…?」

「あの…モビルスーツ?に乗った時、ミカは嬉しかったんだゾ。何せアレの手は硬いけど、ミカの手みたいにガチガチじゃないからな。そして、それを今は自分の体のように動かせる。その時は嬉しかったゾ。でも、戦いを始めると動きにくくて、結局役立たずになっちゃったゾ」

その言葉にクーデリアはそれはそうだろうと、心の中でこぼす。目覚めた瞬間から宇宙空間で戦う事を命じられたのだ。シュミレーションはおろか、説明すらも受けていなかった事をシャトルで指揮を執っているキャロルを見たクーデリアは悟った。

「……なぁクーデリア、役立たずのアタシにここで馴染めると思うか?」

「分かりませんよ、そんな事」

それにミカは少し悲しそうな顔をした。しかしクーデリアは「でも」と付け加える。

「でも、それはみんなの事を知らないからです。だったらその世界に飛び込んでみたらいいじゃないですか。飛び込めば、何かを知れる。もしかしたら、みんなとも馴染めるかもしれない。もしかしたら、嫌われるかもしれない。…でも、それは飛び込んでみなければ分からないんです。動かなければ分からないんです」

それにミカは驚いた顔をするが、すぐに緩やかな笑みに変わり、小さく頷いてこう続ける。

「なんかスッキリしたゾ。それで、一つお願いがあるゾ」

「何でしょうか」

「誰かそれっぽい人を教えて欲しいゾ」

「……まぁ、いきなり飛び込んでいくのは勇気が要りますからね。一緒に行きましょうか」

クーデリアの言葉にミカが飛び跳ねてはしゃぐ。そんな二人に近づく人影が、二つあった。

「あれ?クーデリアさん、何してるんですか?」

「あとそこの誰?」

二人に声を掛けたのはアトラと三日月だった。彼らは大きながま口バッグを肩に掛けており、何かを届けに行くようだった。

「団長さんとの会議の休憩がてら、ミカさんの相談に乗っていました」

それにアトラが「ミカ?」と、三日月の方をうかがう。

「ああいえ。ミカさんというのは…」

「アタシの事だゾッ!」

後ろでブレイクダンスを踊っていたミカが、飛び上がり見事な着地を決める。

「ミカ…。ああ、あの時の奴か」

三日月の声を聞いて、あの時の言葉を思い出したミカは少ししぼむ。

「ありがとう」

「えっ?」

「あの時は邪魔だって思ったけど、あの後やってきた新手が結構多くて。だから、ミカが暴れてくれて助かったよ」

その言葉にミカの表情は一変し、「どういたしましてだゾ!」と、興奮した犬のようにはしゃぐ。そんなミカを横目にクーデリアがアトラに声を掛ける。

「ところで、皆さんはこれからどちらに?」

「作業中の人達に弁当を届けるんです。まずは搬入口の所へ」

「だったらミカも連れてって欲しいゾ!」

「わ、私もよろしいでしょうか!」

「は?」

ミカのそれは威圧のものでは無く、ただの疑問である。

 

 

 

搬入口にて、少年達は多くの荷物と共に踊っている。彼らの体は華奢に見えるが、兵と言われるだけあって、その肉体はある程度頑丈らしく仕事をテキパキとこなしていた。

しかし、まだ少年らしいところはあり、アトラの呼び声が響くと彼らは一斉にその方へ行く。その時見せた表情は少年らしいと呼ぶにふさわしいものだった。

そんな彼らに、三人はパックに入れられた昼食を配っていく。それを見習ってミカも昼食を配る。大事に扱うため、ショベルですくったような形になってしまっているが、それでも少年達は物怖じせずにそれを取り、礼を言う。

「ほら、大丈夫でしょう?」

「うん!」

 

 

 

一通り配り終えた一行は、次なるフロアへ行く為にエレベーターに乗る。三日月がボタンを押すとシャッターが閉じ、一行を下へ運び始めた。余談だが、ミカが居るせいで微妙にエレベーターが狭かった。

「じゃあ、そのテイワズって人の所に行くの?」

アトラが先程までの話の続きを促す。今、クーデリアは移動の暇つぶしとして会議での決定事項を話していたのだが、意外にも長引いてしまっている。

「テイワズって人じゃ無くて、会社じゃなかったっけ?」

「ええ。ただ、仲介を頼める人物が居ないので、簡単には行かないようですね」

それに三日月は「ふーん」と、素っ気なく返す。

「ふーんって、興味無いのですか?大事な事ですよ?」

「別に。オルガがちゃんとしてくれるだろ。だいたい俺、アンタが何で地球へ行くのかもよく分かってないし」

「ええっ!私達、地球へ行くの!?」

そう驚愕の言葉を出したのはアトラだった。

「地球へ行けるのか!じゃあちょっと安心だゾ!」

そんなアトラとは相対的に、ミカは安堵の声を出す。

「ミカは地球行った事あるの?」と、三日月が。「何で行けたの!?」と、アトラが訊く。

ミカは自身の事を話そうとして、過去を思い出し「ああ、ちょっと…」と、口をつぐむ。

「…そ。地球、イイトコだった?」

「それは勿論だゾ!地球に着いたら案内してあげるゾ!」

そんな三人にクーデリアが「そのような事が出来る状態であれば良いのですが」と、割り込む。

「…そんなにヤバい状態なのかゾ?」

「私が地球へ行くのは、仕事でです。それが終わるまでは、あまり良い目で見られないかと」

「それは何でですか?」

アトラの問いに、クーデリアは答え始める。…が、あまりに小難しく、長い話だったので、三人には火星と地球があまり良い関係で無い事と、それを解決するのがクーデリアである事ぐらいしか分からなかった。

話が終わった頃、アトラは感心の目でクーデリアを見つつ、拍手をする。

「クーデリアさんすごい!」

「じゃあ、アンタが俺達を幸せにしてくれるんだ」

その言葉に意表を突かれた表情を見せたクーデリアだったが、すぐに「ええ、そのつもりです」と、決意を露わにした。

 

 

 

格納庫にて、一行は相も変わらずモビルスーツ達の整備をしている。キャロルらも同じくである。

「ああもうミカちゃんたら!どうやったら配線を焼き切る程の指示を出せるんだよ!」

「お前もモビルスーツに乗るようになれば分かるさ」

「絶対に乗りませんからね!どうせ阿頼耶識付けるんでしょ!?」

「るっせぇつったのが聞こえなかったのか!」

が、ガリィが喧しく、またそれに雪之丞が一々反応するのであまり効率は良いとは言えなかった。

「お疲れ様でーす、お弁当でーす!」

アトラが雪之丞に声を掛ける。それに雪之丞は「おお、有難ぇ」と、返した。

「おーい!区切りの良い所でメシにしようや!」

雪之丞の一声で、少年達はわらわらと集まっていく。そしてまた、キャロルも。

「ミカ」

「あ、マスター!」

「弁当、くれないか?」

ミカが「どうぞ」と、それを差し出すと、キャロルはそれを受け取り「ありがとう」と、礼を言う。

それから少し経った時、ミカが機会を伺っていたらしく、今度はミカがキャロルに声を掛ける。

「……やっぱり、マスターの役に立ちたいゾ。それに、今思えば全然眠く無かったし」

その言葉にキャロルは考える仕草をした後、後ろのガリィとレイアと顔を見合わせ何かを確認する。

「そこまで言うなら仕方ないな。いやなに、力のある奴が居ないと面倒な仕事があってな。よろしく頼む」

そうして、キャロルは右手をミカの方に出す。それにミカは間髪入れずに応え、手を握る。

「さ、仕事の続きだ」

「りょーかいだゾッ!」

 

 

 

「ふぃー。やっと終わりましたよー」

そう息をつくガリィの体には油汚れが沢山あった。それを少しでもマシになるようにとキャロルが「お疲れ様」と、それを拭う。

「地味に困憊」

「それだけで疲れたのかゾ?レイアはだらしないゾ!」

ミカの言葉にレイアは何かを言おうとしたが、ギリギリで踏みとどまった。

「バルバトスもB・Gも修理終わりましたし、ガキはクーデリアとなんかするみたいですし。……休めますよね?」」

「オレを何だと思っている。当然、今から休憩時間だ。自由に過ごせ」

ようやく訪れた休息にガリィとミカは飛び跳ねながら喜び、レイアは安楽したように体の力を抜いた。

キャロルが「問題を起こすなよ」と言うと、レイアを除く自動人形達は陽気に返事をして何処かへ行った。

「……戦士の休息だ」

そう言ってキャロルは弁当の蓋を開ける。

 

 

 

「調子はどうだ?」

キャロルは船首の一行に声を掛けた。その言葉にビスケットが「まだ大丈夫」と、答える。

「それで、お前は何をしているんだ?」

キャロルが声を掛けたのはフミタン。他数名と同じように椅子に座り、備え付けられた端末を睨んでいる。その目に疲労の色は無い。

「見て分かりませんか?監視に就いているんですよ、賊にやられないように」

「ほう?賊、ね。何年も世界を支配している組織を賊呼ばわりとは、余程肝が据わっているように見える」

「……まぁ、いいです。邪魔はしないでくださいね」

そう言って監視に戻ったフミタンを一瞥した後、キャロルは何故かそこで端末を睨んでいるファラに近づく。

「お前もこんな立派な仕事が出来るとはな」

「ええ、私としても光え」

「お前もオートスコアラー(きかい)なら少しぐらいは油に汚れろ!」

キャロルはファラに見事なヘッドロック決めた。が、流石は大錬金術師の造り出したモノというべきか、苦しむ所か軋む音すらもしていなかった。

「苦しいですわ」と、ファラが笑う。それに怒りを増幅させたキャロルが首をブンブンと振り回し始めるが、それも意味を成さず、一行は苦笑いをしていた。

ふと、キャロルが首の動きを止める。そうして何かをファラに耳打ちする。

「ええ。大したものですわね、阿頼耶識というものは」

「……そうか。騒ぎ立てて済まなかったな」

そうしてキャロルが部屋を出ようとした瞬間、アラームが部屋いっぱいに鳴り響く。

「どうした!?」

「他船からの停止信号です」

「他船、位置不明!」

「ギャラルホルンか!?」

「落ち着け!…おいファラ、見つけられるか?」

「こんな狭い所で見つけろなんて無茶言いますわね」

一行が言い合っていた頃、突如としてモニターに男の顔が映し出される。その顔は怒りで満たされていた。

「ガキ共よぉ、俺の船を返せ!俺の船を好き勝手に乗り回しやがって!この泥棒ネズミ共が、俺のウィル・O・ザウィスプを今すぐ返せぇ!」

そう叫ぶのは、以前の彼らの上司であった、マルバ・アーケイその人だった。




ノエルは宇宙基地の廊下を歩いていた。体には既に包帯は無く、歩く姿はきっちりとした、快いものだった。目的地はすぐそこ――マクギリスの執務室であった。しかしそこからはマクギリスのものでは無い、凛々しい声が響いていた。
「監査官殿、お願いがあります」
「何だ」
「自分が不甲斐ないばかりに、上官を続けざまに失いました。このまま火星での勤務には戻れません。願わくば、追撃部隊の一員に加えて頂きたく!どうかお願い申し上げます!」
そのアインの言葉にマクギリスは優しく「気持ちは分かった、考慮しよう」と、返事をする。
「ありがとうございます!」
「指示は追って出そう。下がりたまえ」
「はっ!」
アインは回れ右をして部屋を出ていく。そしてそれと同じ頃に自動ドアが開く。そこにはノエルが居た。
「これは失礼した。お先にどうぞ」
「ありがとうございます」
ノエルは一歩引き、アインに道を譲る。それに応じてアインは先に通った。
「ああ、一ついいかい?」
「?…何でしょう」
「力が欲しいか?」
「……はい」
そう言って、アインは廊下に出て歩いていった。


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ep7 獣狩り

「五月蠅いぞ!少し黙れ」

キャロルはマルバと同等の声量で叫ぶ。なれど相手は黙る事を知らず、更に声量を上げてがなり立てた。

「……鬱憤は十分に溜まっているだろう。誰でもいい、ソイツの相手をしてやれ」

それにいち早く応えたのはユージンで、素早くモニターを操作すると、そこに映ったマルバに罵詈雑言を投げつけた。――が、それでも相手は留まる事を知らず、更に船内は喧しくなっていく。

「すまねぇ、少し遅れた」

詫びの言葉と一緒にオルガが入ってくる。そしてそれに続いて三日月も。

「相手何処だ?」

「方位180度、距離六千二百。相対速度、ほぼ一致しています」

作業を済ませていたらしいフミタンが素早く述べる。モニターの地図にも二つの船の居場所を告げる駒が表示されており、それはイサリビの後ろにキッチリとついて来ていた。

「嘘だろ、エイハブ・ウェーブの反応は無かったぞ」

「そういうのが上手いって事は、きっと面倒な船なんだろうね」

火星ヤシをつまみながら三日月の言葉の少し後、突如として正面のモニターに一人の男が映される。男の装いは白いジャケットに黒いシャツ、そして白い中折れ帽。それらはよく男の黒い瞳と髪によく合っていた。彼がマルバに呼び掛けると、彼は小さく謝り声を止める。

「さっきからさっぱり話が進んで無ぇ、アクビが出るぜ。なぁ」

「アンタは?」

オルガが名を問う。

「俺?俺は、名瀬・タービン。テイワズの傘下にある‟タービンズ″って所の代表を務めさせて貰っている」

「鉄華団の代表、オルガ・イツカだ」

鉄華団という言葉にひどく反発するマルバの声を遮って名瀬が話を進める。

「このマルバ・アーケイとは仕事上の付き合いがあってな。たまたま立ち寄った立ち寄った火星で久々に再会したんだが、えっらいボロボロでよ。話を聞いてみると、ギャラルホルンと揉めて困ってるってんだ。んで、俺らのトコじゃ奴らが手出し出来ねぇようにしてやれるって話になってたんだ」

そこで名瀬はそこで溜め息をつく。

「何事にも正当な報酬ってヤツは必要だ。無いと共々弱くなっちまうからな。俺達はコイツの護衛の報酬の為にコイツの資産であるCGSを頂こうと思ったんだよ。しかしだ!調べていきゃあCGSは無くなり、鉄華団とかいう新参者に変わってると来たもんだ」

「つまりお前らはオレらから全部奪おうって話がしたくてわざわざ通信してきたのか?」

痺れを切らしたキャロルが愚痴る。

「おぉ怖いねぇ。大丈夫だ。こっちはカネさえ貰えれば満足なんだ、それ以上何かする事は無ぇよ」

「ハン、どうだかな。そう言って、利子ものしも付けて面倒かけてきた奴をオレ達は知ってるんだ」

「そう警戒すんなってチビ。俺達の話に乗ってくれたら、テイワズの下で安全な仕事に就かせてやる」

「仕事の放棄は信用に関わる。ここで変な方向に進む訳にはいかねぇんだ」

「……クーデリア・藍那・バーンスタインの件か。……面倒なの連れてやがったなぁ」

「あの、一ついいですか?」

ビスケットが声を出す。

「何だ?丸いの」

「今この場で、タービンズと取引させて貰う事は出来ますか?」

周囲から困惑の目が向けられるが、彼は商談を続ける。

「俺達はクーデリアさんを地球に連れて行きたいんです。その為には安全で、確実なルートを知っている案内役が要ります。その案内役をタービンズにお願い出来ませんか?当然、相応の報酬はお支払いします」

言葉が終わると同時に名瀬は「駄目だ、話にならん」と、一蹴する。

「どうしてですか!?」

「火事場泥棒で組織を乗っ取ったガキがいっちょ前の口を利くな!俺はさっきから道理の話をしてんだよ」

「その喧しいだけのデブは相手にしといて、オレ達には口を利くなとはな。タービンズとやらは、随分と落ちぶれた組織らしいなぁ!?」

キャロルのその言葉に名瀬の目つきがグッと鋭くなる。

「このチビ、言わせておけばしゃあしゃあと。ソイツぁ、俺達に対する宣戦布告と受け取っていいのか?」

「おうともさ」

「……俺達を敵に回す意味、分かって言ってんだよな?」

「狐を敵にしても何か起きる訳じゃあるまい」

「せいぜい化かされないよう気ぃ付けるんだな」

その言葉を最後に通信は切れ、場は険吞な空気で満たされる。

「どうするんだキャロル!タービンズと、いやテイワズとやりあう事になっちゃったじゃないか!オルガもオルガだよ!」

「あー落ち着け。あの野郎に舐められてていい結果が残せたと思うか?…それにだ。団長ドノも奴らに力は一回見せとくつもりだったんだろ?」

「ああ。俺達は道理も筋も通せるヤツだって教えてやるんだ。行くぞ皆!」

少年達の雄叫びが船内に響き渡った。

 

 

 

「さぁミカ。汚名返上のチャンスを掴んでみせろ」

B・Gのコックピットに座ったミカに応援の言葉を飛ばすキャロルにミカはにっかりと笑って返す。

「これだけいい土俵に立たせて貰ったんだから、爪は食い込ませてやるゾ!」

「ミカちゃんだからきっとデッカい爪痕が出来るんでしょうねぇ」

ガリィの軽口も、今のミカには関係無い。彼女は陽気に腕を壁に開けられた穴に突っ込み、B・Gと一体化した。

「B・G降ろすぞ!巻き込まれるなよ!」

フックに吊るされたB・Gがゆっくりと射出口へと降ろされる。床に着いたB・Gはがっちりと金具に掴まれ、射出への準備を終える。そして、その間に同時進行で行っていたハッチの解放が終わり、B・Gの出撃準備は完了した。

「よぅしミカ、敵に見せつけてやれ!お前の力を!」

「了解!B・G、ミカ・ジャウカーン。出るゾ!」

射出口から撃ち出されたB・Gはスラスターで更に加速し、先に出ていた白いグレイズとバルバトスに追いつく。グレイズの搭乗者は昭弘だ。

「待たせたゾ。今回はイイ感じに暴れてみせるから期待して欲しいゾ!」

「今回はよろしく頼むぜ」

「ほどほどに期待してる」

三人が二言三言交わした直後、モビルスーツのレーダーが二機の敵モビルスーツを発見し、その位置をモニターに映し出す。映像を拡大してみると、そこに居たのは黄と灰の同じ形状のモビルスーツだった。それの頭部は亀の頭部と似た形をしており、脚部パーツが若干太かった。肩のパーツからはスラスターか、もしくは砲があるのか円筒が突き出ている。

――敵はデカい程狩り甲斐がある。

ミカは他二機が速度を上げるのを確認してからB・Gのスラスターを点火させる。そして敵の為に腰のフックに引っかかっていた手斧を手に取り、構える。気付けば二機も同じ様に得物を構えていた。バルバトスは機銃、白のグレイズは短機関銃だった。

バルバトスが機銃を撃ち、それに続いてグレイズも短機関銃をぶっ放す。しかし、闇に火花が散る事は無く、敵はどんどんを間合いを詰めてくる。そして、向こうが光を放った。見慣れた、銃を撃った時に出る発火炎だ。その瞬間の内にスラスターを全開にし、黄色い敵との間合いを詰める。

「アタシが食らいつけば!」

敵機はスラスターを上手く動かす事で一転、B・Gの突撃を躱す。当然、B・Gはスラスターの勢いで少しの距離を敵機との間に置く。そして――

「撃つのを止めざるを得なくなるっ!」

「ミカ、ソイツを繰り返せ!全速で突っ走るのが今は丁度良い!」

その昭弘の言葉の後に弾丸がさっきの敵機に当たった。弾丸が機体のバランスを崩させたが、灰色の機体が間に入り、隙を隠す。

「俺、こっちの灰色の奴やるよ。そっちは勝手にやっといて」

そう言って、バルバトスから撃ち込まれた砲弾が灰色の機体に食い込む。その隙を見逃さず、バルバトスは灰色の機体を蹴り飛ばした。

「囲んで殴るが矢の如し!三日月に任せてこっちはこっちでヤる、ゾッ!」

B・Gは再びスラスターに火を付け、灰色の機体に手斧を振るう。その刃は装甲に食い込み、大きな跡を付ける。が、それは抜ける事無くそこに留まった。腕部パーツがガッチリと刃を捕らえていたのだ。

捕まえたと、声が聞こえた気がした。

「避けろ!上だ!」

昭弘の声で上を見ると、そこには大剣がB・Gを睨んでいた。瞬間の内にそこから離れる事で刃を躱す事は出来たが、手斧の片方が敵の手に渡ってしまった。

「助かったゾ!」

「礼よりも敵に意識を向けろ!」

その刹那、昭弘のグレイズは弾丸に小突かれた。その方を見ると、灰色の機体が短機関銃を持ってこちらに向かって来ている。

「テンメェ…あん?」

「敵機来襲、数イチ!」

二機のグレイズを分断するかのように新しい機体がそこを猛スピードで通過した。

「ごめん二人、そこ任せていい?俺あっちやるから」

「……任された!」

「やってやるゾ!」

二人の返事でバルバトスは高速でイサリビに向かって行く機体に飛んでいく。それを確認した二機は、敵機をしっかりと見据え、得物を向ける。

「アタシが前に出るゾ。援護ヨロシクだゾ」

「言われなくても」

終わったか、と言いたげに二機を見た後、黄色い機体は大剣を向け、ミカの方へ突っ込んでいく。大剣は手斧とぶつかり空中で止まり、動かない。今度は腕では無く、手斧の刃が大剣を咥え込んでいた。

「ああもう!この武器柔らかすぎるんだゾ!」

ミカが愚痴をこぼしながら手斧を引き抜かせると、それを左後ろに向かって放れさせた。するとそれは灰色の機体の背中に突き刺さり、それの動きを止めさせた。

「食らいなぁ!」

グレイズの弾丸がモロに灰色の機体に当たり、機体から小さく爆発が起こる。それを見逃す筈も無く、黄色い機体は自身に突き刺さっていた手斧を昭弘のグレイズに放り投げ、短機関銃を使い物にならなくさせた。

「がぁ!もう怒ったゾ!」

B・Gは大きく炎を上げ、全速力で黄色い機体に手斧をぶつける。それは刃が向いていようがいまいが手斧をぶつけ続ける、一見自殺行為ともとれる行為だった。刃は欠け、遂には斧は砕けた。

大剣がB・Gを真っ直ぐに捉え離さない。勝った、と声が聞こえてきそうな程に、自身に満ち溢れた大振りだった。

「アタシがどうして怒ってるか知りたいかゾ?」

元は手斧だった柄を真横に向けながら空中に放る。

「丹精込めて作った必殺技をこんなトコで使う事になったからだゾ!」

そしてB・Gは柄の底面をぶん殴り、黄色い機体に飛ばす。杭と化した柄は機体のフレームを捻じ曲げながら左肩パーツに突き刺さる。されど大剣は止まらない。

「そしてェ!」

「やめろミカ!ソイツを使うんじゃあない!」

コックピットのスピーカーから響くのは彼女の主の声。‟必殺技″を共に調整し、その恐ろしさを知っている者の一人だった。

「おおマスター!コイツ今半殺しだけど、どうするんだゾ?」

「話がついたんだ、すぐにイサリビに戻ってこい。その杭も一緒にな」

「了解だゾー」

そう言ってミカはB・Gに柄を引き抜かせ、何事も無かったように船に戻ろうとした。

「……昭弘、今いいかゾ?」

「あ?何だよ」

「スラスター使いすぎて船まで戻れそうに無いゾ。連れてって欲しいゾ」

「……あぁ」



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