牙狼外伝~赤金の魔戒騎士~ (神山人海)
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序章ーゲルバという魔導輪ー

闇に巣食い人を喰らう魔獣・ホラー。

この魔獣を狩る者が魔戒騎士と呼ばれる存在、彼らもまた闇に身を置き魔獣を斬ることが使命である。

魔戒騎士にはそれぞれ系譜が存在する。

黄金騎士・牙狼、銀牙騎士・絶狼、白夜騎士・打無、のように称号があり基本的には自身の子や弟子に受け継がれていく。

世襲制と言えばわかりやすいだろうか?その中でも黄金騎士である牙狼の称号は魔戒騎士最高峰である。

これはその牙狼の物語、ではなく同じ時代を生きた一人の魔戒騎士の物語。

 

 

 

俺はゲルバ、魔導輪だ。

魔導輪ってなんだって?それは魔戒騎士と共に戦う相棒みたいなものさ。

詳しく言えば元々はホラーなんだが俺たちは人間との共存を選んだ善良なホラーってところだな。

俺たちホラーってのは人間の魂を喰らうって言われているが実は生きるためだけならそんなに喰わなくていいんだぜ?

実際は一日分の命で一か月生きられるんだ、魂一つ食ったら寿命みたいなのでは死ぬことは無くなるしなんならそれだけでも喰い過ぎなぐらいになる。

だから魔戒騎士はそういった食いしん坊から人間を守るために斬る。

んで、俺たちはそれを助ける代わりに寿命を少し貰って平穏に生きているってわけさ。

俺はとりわけ優秀でな?魔導輪として魔戒騎士と共に前線に出てるのだが、実は今相棒が居ないのさ。

だから元老院の倉庫で現世の情報を仕入れながら新しい魔戒騎士を待っているところだ。

前のやつは妻子持ちだったんだがな称号は受け継がれなかった。

何故かって?家族皆殺しだったのさ。

それどころか弟子たちも喰われていた。

相手が悪かったんだろう、相手はホラー・グロングス。

ヤツは物に憑依するホラーでその中で最も厄介な物に憑依する。

そいつはソウルメタルに憑依するんだ。

ソウルメタルに憑かれると俺たちの探知が利かなくなる、いや正確に言うと探知しづらくなる。

いつの間にか子供の練習用魔戒剣に憑かれたのさ。

まず子供が喰われ、次に母親、そこに異常を感じた弟子たちが喰われ最後に父親である相棒さ。

悲しいがこういうことはよくある。

今までに何代も看取ってきたがこればかりは慣れないもんだ。

ホラーである俺がここまで感情豊かになるなんて思っていなかったよ。

まあ俺のことはこれぐらいにして、そんなこともあって俺は今一人で倉庫番をしてるってところだ。

 

んでここ最近大きな事件があってな?破滅の刻印ってのが流行ったんだよ。

それの原因は一人の魔戒法師だったんだが、その一件が終わったばっかりでいろんなところがてんてこ舞いみたいで上もなにやら大変らしい。

聞いた話によるとあの黄金騎士がガジャリと契約を交わしたってことだ。

それで元老院付きの魔戒騎士が一人居なくなっちまった。

まあそのおかげでまともな世界が続いてるわけだが、黄金騎士が居ないのは元老院としても芳しくない。

つーわけで俺と鎧にお役目が回ってきたというわけだ。

おっと、扉の前に誰かが来たようだぜ?持ち出されるのかそれとも持ち主なのか、まあわからんが俺も前線に立つことになる。

面倒だが退屈するよりはよっぽどマシだ。

これから楽しくなるぜ?



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出立

ギャノン討伐から数か月、梵(そよぎ)家では祝いの準備が進んでいた。

 

「父上、ここまでしていただくのは申し訳ないと言いますか、その、有難いのですが・・・」

 

「何を言っているんだ、無名の家から他の系譜とはいえ称号を頂けるのだぞ!これが祝わざるを得ないだろう?母さん迅の好物はちゃんと用意しただろ?」

 

「はいはい、ちゃんと出来てますよ。」

 

先の大戦の功績を称えられ失われた系譜の鎧を受け継ぐ資格を与えられた息子のために父母は貧しいながらも精一杯のもてなしを用意していた。

魔戒騎士が生まれてから失われた系譜は多くあれどそれが復活することは今までなかった。

今回は鎧と魔導輪が失われず残っていたため元老院にて保管され適正者を待っていた。

鎧との適正、本人の力量を見て元老院が梵迅(そよぎじん)を見出し今回の討伐によって功績を出したため指令が下ったのだ。

 

「明日には元老院にて継承の儀をし、その後は狼紅としてこの家を出て東の管轄へ移動となる。今後気軽に会えなくなるのだから今日ぐらいはいいじゃないか。」

 

「あまり無理をしないようにね。こうして手料理を食べることも出来なくなるわけですし今日は騎士の迅ではなくて一人息子の迅で居ていいのよ。」

 

父、梵豪(そよぎごう)が迅の肩を叩きながらにこやかな父、その様子を見ながら料理を作っている母、梵菜緒(そよぎなお)。

迅は嬉しいながらも改めて親子というのを意識すると実の親でないことを思いだしつつはにかみながら食卓に着く。

彼の実の親は幼い頃ホラーに喰われその討伐に赴いた梵豪によって救い出された。

梵家には後継ぎが居なかったため彼を育て梵の名を残そうと考えたのだ。

最初はそういったことが目的であったのだが、いつしか父としての自覚が芽生え菜緒も母として接するようになった。

本人の力量もあったのだろう、彼は騎士として頭角を現しこの度の指令が下った。

誰よりも喜んだのは父だった。

何代も騎士を続けていたものの称号も無い無名の騎士として生きてきた梵家が他の系譜とはいえ称号を得て鎧を賜ることになったのだから喜びも一入だったに違いない。

ただ、狼紅の称号を得るためには継承の儀を行い、一人前となった証に親元を離れ新たな狼紅としての系譜を作らねばならないということだった。

現在梵家は南の管轄を任されている一人だったのだが狼紅は過去に東の管轄を任されていたためそちらに単身移動せねばならないという。

先代狼紅の屋敷があるとのことでそちらがあるため住まいは気にしなくていいとのことだった。

今回の些細な宴は送別と継承の祝いを兼ねているのだ。

養子でありながら梵の姓が元老院に認められることに一役買った一人息子を送り出す二人の悲しみと喜びは他人にはわからないことだろう。

食卓に料理が並び母が着席する。

すると迅が口を開いた。

 

「父上、母上、お二人が居たからこそ他者の系譜とはいえ称号を賜ることが出来たのです。いくら言葉を並べても感謝しきれません。この度は出立のためにここまでしていただき胸がいっぱいです。お二人に育ててもらった御恩は一生忘れることはないでしょう。」

 

感謝を述べる迅に対し二人は笑い始めた。

 

「何を今更言っているんだ。育てたのは確かに私たちだが今回のことはお前の実力が認められただけのこと。東の管轄へ行くが何かあれば戻ってくるといい、親子の縁までは管轄では縛れないのだからな。」

 

父の言葉に母は頷き迅を見て

 

「そうよ。ここはあなたの家なんだから遊びに来てもいいの。守りし者も人なのだからたまには休息が必要になるわ。いつでもいらっしゃい。」

 

迅は二人の言葉に心を打たれ涙ぐみ声を出さず肩を震わせ俯く。

その姿を見ながら両親も涙ぐんだ。

彼らは本当の親子よりも固い絆で結ばれている。

共に住む最後の日をこうして過ごし迅は元老院へ赴く。

一人での旅立ちである。



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継承

明朝、迅は元老院に到着した。

荘厳な造りで誇り高い魔戒騎士を束ねるに相応しい建物である。

彼は自分の名を門番に告げ行くべき場所を言い渡された。

目的の場所へ着くと神官数人が待っていた。

 

「梵迅、只今参りました。」

 

迅が深々と礼をし顔を上げると全員が顔を向けている。

神官の一人が口を開けた。

 

「梵迅、よくぞ参られた。私は神官セトバ、彼らはこの儀式のために集められた神官と魔戒法師である。」

 

神官・セトバの言葉で皆一斉に頭を下げる。

法師の中の一人が迅に近づいてくる。

端整な顔立ちの法師だ。髪は黒く装飾品をほとんど付けていない。服装も全身黒で胸に魔戒文字の書かれた銀の装飾があるのみ。飾らない中、鮮やかな深紅の唇だけが目立つ。切れ長の目でこちらを一瞥し手に持った何かを差し出してくる。

出されたものを見ると魔導輪のようだ。

神官・セトバが口を開いた。

 

「彼女は法師・桜華(オウカ)。布道レオという名を聞いたことはあるだろうか?かの阿門法師の再来と呼ばれた天才法師にして閃光騎士狼怒、その者の弟子の一人だ。現在は東の管轄で騎士の補佐を任せている。正式に狼紅を継承し東の管轄へ配属された時は彼女がお主の右腕となる。」

 

桜華と言われた法師は迅を見て会釈をした。

迅もそれに応じる。

 

「おいおい静かな挨拶だなあお前ら。もう少し賑やかな会話とかないのかあ?」

 

どこからともなく二人を茶化す声が聞こえる。

迅が辺りを見回す。神官達と法師は桜華の手元を見ている。

 

「俺だよ俺、魔導輪のゲルバだ。先代の狼紅と共に闘った相棒さ。継承したら付き合ってもらうぜ?」

 

迅は目を丸くしてゲルバを見つめている。

 

「ゲルバ、口を慎むのだ。お前の軽口が悪いとは言わないが今は継承の儀の前、粛々と進めるためには余計なものになる。桜華よゲルバの口を封じておきなさい。」

 

セトバの言葉に桜華が応じ筆に手を伸ばす。

 

「あーやめてくれやめてくれ!儀式の間は静かにしておくからその息苦しいのはやめてくれ!」

 

ゲルバが焦り嫌がる。

一瞬騒いだと思ったら彼は口を噤んだ。

 

「うむ、それでよい。では梵迅、これから儀式の説明を始める。」

 

内容を要約するとこうだ。

ゲルバを指にはめ、狼紅の鎧の前に立つ。

次に魔戒剣、紅蓮剣狼紅(ぐれんけんろあ)の柄を握る。

その後、法師の術によって鎧の中へ入る。

そこで鎧との対話をし認められることにより継承されることとなる。

 

「梵迅、何か質問はあるか?」

 

セトバが聞く。

 

「一つだけあります。その時認められない場合はどうなるのでしょうか?」

 

彼の中にあった疑問。これは真っ当な問題だ。

継承が拒否された場合、そのまま自宅へ帰されるのか、それとも元老院にて修行をし再度挑戦することが可能なのか。

その疑問にセトバが答える。

 

「その場合は最悪の場合は死ぬことになるだろう。」

 

その言葉に目を見開く迅。

なんの説明も知らされておらずまさか命を懸けた行為だなどと思っていなかった。

しかし、セトバは眉一つ動かさずに話を続ける。

 

「無名のハガネしか得られない家系の人間が称号を得てあまつさえ鎧まで手に入れるのだ。相応の対価が必要となる。お主にその覚悟が無いのであればここから立ち去ることも許そう。しかし、ギャノンとの闘いにおいて得たものは勝利だけではないはずだ。かの黄金騎士や銀牙騎士、その他の称号を持つ者に無名の者達は死と隣り合わせで数多くの指令をこなしてきた。ホラー討伐となんら変わりはない。これは元老院からの直接の指令であるのだ。逃げ帰ることは簡単だがそれはお主の家系に泥を塗ることと同じ。誉れと思い送り出した両親に顔向けも出来ぬのではないか?」

 

セトバの言葉は迅に刺さった。

両親の笑顔、指令書が届いたときに見せてくれたあの顔を曇らせるわけにはいかない。

実の親ではない。

しかしだからこそそれ以上の絆が恩義がある。

ホラー討伐も変わらない、死と隣り合わせだ。

今回の指令で死したとしても彼は名誉ある死として両親には伝わることだろう。

実の両親がホラーに喰われたことは聞かされていてそれもあり魔戒騎士になった経緯もある。

セトバはこの背景を知っていたのだ。

元老院に属する神官は魔戒騎士の全てを知っている。

出自、系譜、個人個人の背景など様々な情報を収めている。

迅は考えた。これも守りし者の務めであり、狼紅の系譜が復活するのであれば他の絶たれた系譜を戻し戦力の増強を図れるのではないか。己が礎となり世界を変えられるのではないかと。

熟慮した迅が口を開いた。

 

「やります。私の行為が騎士達の今後を支える可能性があるのであれば守りし者として微力ながら力を出しましょう。」

 

セトバを見て力強く言った。

深く頷くと神官達が奥の間から鎧を恭しく運んでくる。

その鎧は赤金のハガネに似ていた。

だがその兜は雄々しい獣が象られている。

腰の真ん中には狼紅の紋章、六芒星が描かれている。

称号を持つに相応しい気位の高さを感じた。

その隣に黒鞘に収まった魔戒剣狼紅が添えられていた。

鞘も柄も黒くその中心に赤金の紋章、六芒星が掘られている。

 

「これが狼紅の鎧と魔戒剣狼紅である。梵迅、桜華よ、準備は良いか?」

 

二人は頷き、桜華は迅にゲルバを渡しはめる。

そして迅は剣の柄を握り、桜華は筆を握り迅の肩に手を添えた。



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儀式

迅が目を開けたときそこは先ほどまでの空間ではなかった。

右手には鞘から抜かれた魔戒剣狼紅が握られている。

彼は動揺していた。

ここは魔界か?それともホラーのまやかしの類か?彼は剣を構えつつ自分の不安を気取られぬように振る舞う。

 

「安心しろ、ここは狼紅の中だ。」

 

左手から聞き覚えのある声が聞こえ、それを目の前に持ってくる。

魔導輪ゲルバだった。

骸骨のような見た目で瞳は蒼い。

彼らは元々ホラーであり人間との共存を選んだ者達である。

 

「よう迅。ここは鎧の中だ。お前の力を示す修練場みたいなものを想像するとわかりやすいだろうな。まあ試験場ってことだ。」

 

「なるほど、それで何もないだだっ広い空間というわけか。」

 

床は石畳でところどころ石柱が立っている。

周囲は闇に覆われており先が見えない。

 

「そんなところだ。かの黄金騎士や他の騎士は百体目のホラーを倒したとき魔導馬を得るために己の影と戦う。それがこういう空間だ。お前もいずれ戦うことになるが・・・おっと、おいでなすったぜ?」

 

ゲルバの言葉に迅は正面に目を向けた。

すると闇の空間から何者かがこちらに歩み寄ってくるではないか。

その者の全容が見えてくる。

なんとそれは紅蓮騎士・狼紅だった。

 

「なぜ鎧が!」

 

「あれは先代狼紅、あくまでも残留思念だがな。」

 

驚く迅にゲルバが説明する。

 

「鎧に残った思念にお前の力を示すんだ、簡単だろ?」

 

「力を示す?あれを倒せということか?」

 

「まあ一概には言えないな。言うなれば思念に狼紅をお前に託しても大丈夫だと思わせることってことが正しいか。」

 

「ほとんど倒せと言っているようなものだろう!」

 

ゲルバの説明に憤りを感じる迅。

話している間に鎧が近付いてくる。

 

「貴殿が絶たれた系譜を継ごうとしているものか?」

 

鎧が迅に問いかける。

 

「そうだ、名前は梵迅。貴殿の系譜を受け継ぎに参上した。」

 

迅が答える。

先ほどまでの不安は無くなりまっすぐな瞳で狼紅を見つめる。

歩みを止め迅を見つめ返す狼紅。

しばしの沈黙の後、狼紅が剣を構える。

 

「受け継がれるのであればそれは有難いのだが、貴殿にその資格があるかを見極めさせてもらおう。」

 

「こちらも何もなく得られると思ってはいません。全身全霊で挑ませていただく!」

 

迅の声が空間に響く。

二人共が相手に向かって走り出す。

上段に構え二つの斬撃が重なった。

 

「久しいな、ゲルバ。」

 

「おう。思ったより元気そうで嬉しいぜ?」

 

「ははは!死人に元気そうとはな、軽口は変わっていないようだな。」

 

迅の刃を弾き鎧は後方へ飛んだ。

ゲルバは懐かしそうに笑い、鎧も心なしか笑顔に見える。

陣は彼らの間がどうであったか少し垣間見えた気がした。

 

「貴殿の太刀筋は見事なものだ。師が良いのだろう、さぞ高名な騎士であろうな。」

 

「師は父です。無名の騎士で称号も持ち合わせません。」

 

そう言いながら迅の心は躍っていた。

父を褒められたことが彼には喜ばしかった。

 

「そうか。私にも子がいた、妻がいた、弟子がいた、家族がいたんだ。ホラーに喰われ全てを失い私自身も喰われた。だが闇に飲まれる気はさらさらない。その結果が今の私だ。奇しくも鎧は残り剣も保管され、今貴殿の前に立ち塞がり資質を見極めようとしている。」

 

先代の過去を聞かされる迅。

眉を顰め怪訝な表情で鎧を睨む。

 

「案ずるな若き騎士よ、この語りに偽りはない。ただ知っていてほしかったのだ。我が系譜の最期を、この称号の重さを。系譜が絶たれたのには相応の理由があるということだ。輝かしい事だけではない。こと魔戒騎士に関しては光があることが稀なのだ。この鎧を受け継ぐのであれば相応の覚悟を背負い一生を過ごすということだ。貴殿に・・・」

 

鎧の語りを遮るように迅が声を張り上げた。

 

「無論覚悟は出来ている!貴殿の過去もその系譜の過去も全て受け継ぐ!心配は無用だ、剣を構えよ狼紅!」

 

自身を鼓舞するように狼紅へ覚悟を伝えるように放つ言葉はこの空間に鳴り響いた。

ゲルバは満足したような顔をしている。

狼紅も表情が見えないのだがどこか安堵しているように感じた。

 

「貴殿の心は申し分ない、あとは力を示してもらおう!」

 

鎧が剣を振り上げこちらに走ってくる。

迅は剣を中段に構え受ける体制を整えた。

対峙した時、振り下ろされる剣を受け止めた。

重く力強い斬撃が迅の刃から体へ伝わる。

 

「くっ・・・」

 

その重みに手が痺れ体が軋む。

ただの斬撃ではない、これは彼らの過去がそのまま込められた一撃なのだ、軽かろうはずがない。

しかしここで受けなければ受け止めるといった言葉が嘘になる、迅はそう考えていたのだ。

 

「初撃を受けたその胆力やよし!しかし次を受け止められるか!」

 

「受ける!貴殿らの思い、全てを受けきり狼紅を受け継ぐ!」

 

刃を弾き次の一撃が迅の右側からその切っ先が腹に目掛けて迫る。

それをかわすことなく剣で受けた。

危うく間に合わず体が切り裂かれるところだった。

魔法衣を着ているとはいえ斬撃を受けてはひとたまりもない。

 

「ぐ・・・。まだだ、覚悟を貴殿に示す!」

 

迅が相手の刃を弾き相手の喉元に狙いを定め一撃に懸けた。

相手は動くことなくその一撃を喉に受けた。

しかしよろめく気配はない。

驚いたのは攻めた迅の方だった。

 

 

「何故避けない!貴殿ほどの腕ならば避けられないわけがない!」

 

「言ったはずだ、力を示してもらうと。それには充分だと悟っただけのこと。鎧の斬撃を二度受ける胆力、一瞬の隙を突く判断力。唯一心配するのはその優しさといったところだろうか。本来ならばこの突きの後二撃、三撃目を続けざまに撃つべきだが受けたときの驚きと相手への経緯のため止まったのだろう。守りし者として同じ騎士として相手に敬意を払うのは褒めるべきところだが仮に闇に堕ちた騎士だった場合はしっかりと斬ることが敬意の表れとなるだろう。」

 

狼紅の言葉は激励とともに忠告を意味していた。

言葉を終えると共に鎧が足元から塵に変わっていく。

 

「狼紅よ、私はまだあなたを倒していない!ここまでで力を示したと申すのか!?」

 

迅としてはまだ力を示していない。いや、むしろ突きを避けず受けられたため負けたとすら思っている。

狼紅が首を振りそして迅の頭を撫でた。

 

「そしてゲルバが大人しくはめられている、我が旧友がもはや認めているのだ。太刀筋、受ける覚悟、そして攻めに転じる好機の見極め、充分な実力だ。何より貴殿は息子に似ている。成長したら貴殿のようになっていただろうと思うと感慨深い。」

 

深い呼吸が聞こえた気がした。

この鎧は生きている、いや生かされ続けていたのかもしれない。

受け継ぐ者が現れず、挑戦する者もいなかったのだろう。

無限とも思える時間に一筋の光明が射しこんだ、それが迅だった。

旧友の認めた若い騎士に息子の面影を重ねたこともある。

だが彼自身の今とこれからを認めたのだ。

 

「ゲルバ、狼紅と彼への協力をまた頼む、旧友としての願いだ。」

 

「ああ、前みたいにならないようにする。本当に済まなかった。」

 

「いいさ、お前だけの過失ではない。梵迅よ、狼紅を貴殿に継承する。守りし者として生きるのだ。」

 

「私は己の力をこれで示したと思えない。これから精進しあなたに恥じぬ騎士となることを誓います。」

 

頭を撫でていた腕も塵に変わり触れられている感覚が消える。

最期に彼が、鎧が笑っている気がした。

一人の騎士を一つの系譜を背負い受け継ぐ覚悟を持ち守りし者になる。

迅の精神がまた一つ成長した瞬間に鎧が全て塵に変わり本当に安らかに眠れることを祈った。

そしてゲルバが口を開く。

 

「さあこれで継承の儀は終わりだ。これからは相棒としてよろしく頼むぜ、迅?」

 

迅はゲルバを顔の前に持ってきて

 

「よろしく頼む。」

 

そう告げ少し微笑んだ。



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相棒

継承の儀が終わり東の管轄へ向かうことを言い渡された迅は法師・桜華と魔導輪・ゲルバと共に元老院を後にした。

無言で目的地に向かう三人の中でその静寂を破ったのは魔導輪だった。

 

「おいおい辛気臭えなあ!私語禁止の指令が出てるわけでもないのになんでそんな静かなんだよ、二人とも!」

 

静寂に耐えられないゲルバは大きな声を出し二人に喋るように促す。

 

魔戒騎士は黒いコートを身に纏い内側に着る魔法衣も黒い。髪は黒いツーブロック、黒い瞳を持つ二重の丸目、眉間に皺を寄せている。そして極めつけは黒鞘に収まり柄も黒く、足元は黒いブーツを履いている。知らぬ者が見たら闇斬師(やみぎりし)と見まごう見た目だろう。

彼の名前は梵迅(そよぎじん)、今回の継承の儀により赤銅騎士・狼紅(しゃくどうきし・ろあ)となった男だ。

 

「何故喋らなくちゃいけないんだ?」

 

素朴な疑問のように聞く。

 

「あのなあ、これから相棒に仲間になるんだぜ?相手のことを知って友好を深めれば役に立つって!桜華も何かいってくれよお?」

 

ゲルバは桜華に話を振った。

黒く長い髪を銀の魔戒文字の入った布でポニーテールになっている。瞳は紅く切れ長の目、服装は全身黒のタイトスカートのような魔法衣で右側に太腿まで見えるスリットが入っている。足元は黒と赤のブーティー。町中で見れば男が言い寄ってくるほど端整な顔立ちをしている。

 

「なぜ?私は情が移る方が危険だと判断するわ。危機に陥った時、どちらかが生き残れる状態でどちらとも死ぬことになるかもしれない。なら情が無い方が良い、私はそう考えるわ。」

 

冷淡な態度で言い放った。

ゲルバがため息をついた。

 

「あのなあ、背中を任せる事になる相棒が情を持たないでどうするんだよ。それにどちらかが生き残れる状態になることを考えるな!それは自分たちが弱いって言ってるようなもんだぜ?それに会話が出来ないような奴は他の騎士とも連携が取れなくなる。」

 

図星を突かれ二人は俯く。

 

「今までの狼紅も相棒や仲間と友好を深めて色々なホラーに立ち向かっていったんだ。このままだと二人とも死ぬことになるぜ?個人が優秀なら協力したほうが効率も上がるし生存率も上がる。当たり前の事だろう?」

 

ゲルバの説得は至極真っ当なもので二人の我が儘はその言葉の前では子供同然だった。

迅が頭を掻き、桜華は頬を指で掻いた。

 

「なあ」

 

「ねえ」

 

二人の言葉が重なり目と目が合う。

ばつが悪そうに二人とも目を背ける。

 

「あんたから話していいわよ。」

 

「お前から話せばいい。」

 

馬が合うのかそれとも逆なのか二人は譲り合う。

しばらくの静寂が流れ、先に口を開いたのは迅だった。

 

「自己紹介ぐらいはしておこう、ゲルバの言う通りだからな。寝首を掻かれたらたまったものではないしな。」

 

照れ隠しもあるのだろう、迅はぶっきらぼうに言った。

桜華も一呼吸置いて口を開く。

 

「そうだ、背中を預けるわけだしあんたが闇に堕ちないとも限らないからな。お互いに理解を深めて闇に気付きやすくするべきだろうね。」

 

彼女も先ほどまでの発言があるため彼と目を合わせずに言う。

ゲルバは満足げな顔で喋った。

 

「そうそう、さっきまでの事を考えたら恥ずかしいからな素直には言えないんだろうがな。支え合うまでは言わないがせめて背中は任せ合えるようにはなってもらわないとな。」

 

それを聞き迅と桜華はため息交じりに目を合わせた。

 

「我らが魔導輪が一番厄介なホラーだな。」

 

「そのようだ。もっと寡黙な奴のが楽だったと私も思う。」

 

二人は微笑んだ。

どうやらゲルバの思惑は成功だったらしい。

初対面でプライドの高い二人はどちらが主導権を取るかせめぎ合っていたのだろうが蓋を開けてみればお互い守りし者なのだ。

人類を守るという思想自体は持っているのだが先日のギャノン復活の原因が魔戒騎士と魔戒法師の対立だったことも要因の一つとなっていたのだろう。

最終的に守りし者として騎士と法師が協力しギャノンは討伐できた。

遺恨は残っているところがあるものの二人はその事実を知っていて直接関わった二人なのだ。

分かり合えないはずはない。

 

「で、どっちから自己紹介をするんだ?」

 

ゲルバに問われ目を合わせた二人。

まずは迅から口を開いた。



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紹介

「俺から話そう。」

 

迅が口を開いた。

 

「名前は梵迅、魔戒騎士だ。実は出生はよく知らない。生まれてすぐに実の親がホラーに喰われそこに来た騎士に育てられた。そこで騎士として訓練を受け今に至る。先日のギャノン討伐にも参加し黄金騎士や銀牙騎士と共に闘えたのは今でも誇りに思っている。そしてさっき協力して狼紅を継承した。」

 

「おいおい、もっと他にないのか?」

 

そこまで言い終えるとゲルバが口を挟んだ。

 

「他に何を言えばいいんだ?俺の生い立ち、そして最近の出来事、後は一緒に行った継承の儀の話ぐらいで充分じゃないか?」

 

迅からすれば何を言えばいいのかわからないらしい。

ゲルバがやれやれといった感じにため息をつく。

 

「普通は好きな女の好みとか好きな食べ物とか、あとは今までの恋愛経験なり友人との面白い話なりあるだろうがよー。面白くねえなあ。」

 

「俺に普通を求められても困る。」

 

迅は困ったように言葉を濁らせる。

ゲルバは二度目のため息をつく。

 

「仕方ねえなあ、次は桜華だー。」

 

桜華は咳払いをしてから話し出した。

 

「名前は桜華、魔戒法師だ。生まれは東の管轄で両親も魔戒法師をしている。現在は前線から離れ道具の手入れや後進の育成に重きを置いているわ。私の師は布導レオ法師、閃光騎士狼怒でもあるお人よ。現在も元老院に居るのだけど各地に派遣され騎士達に手を貸しているそうよ。」

 

「待て待て、ほとんど親と師匠の話じゃないか。もっと自分のことを話さないと意味ないだろう。」

 

ゲルバの言ってることはもっともであった。

当人を知ることに周囲の人間が上がるのは当然だが今のところ彼女のことは何もわからない。

わかるのは名前と出身と師と両親のことだ。

 

「言えることと言えば体術が得意ね。あなたの修行の相手にはなれると思うわよ?」

 

足を開き構える。

迅もそれに応じるように構えた。

 

「やめろやめろ!ここは町中だぞ?二人とも周囲に怪しまれたらどうするんだ!」

 

ゲルバの言葉に二人は周りを見た。

話しながら歩いているうちに町に戻ってきたようだ。

太陽が沈みかけて美しい夕日が見えていて仕事の人間が帰宅を急ぐ者やこの後夜の街に行く者達で溢れかえっていた。

今のところ周りの人間はこちらに注視はしていないように思える。

二人は構えを解きまた歩き出した。

 

「まったくこれだから魔戒騎士と法師は・・・。」

 

ゲルバは辟易したように言った。

そして咳払いをして

 

「よーし、ここは俺が自己紹介の手本を見せてやろう!まずは俺の出生から・・・。」

 

意気揚々と喋りだそうとした時急に口を噤んだ。

眉と思われる部分を顰めるゲルバ。

 

「どうした?自己紹介の手本を見せるんじゃないのか?」

 

「そうだぞ。私たちには無い話術を持っているような口調だったがどうなんだ?」

 

迅と桜華がゲルバに詰め寄る。

それを無視してゲルバはしばらく唸り続けた。

その後二人にだけ聞こえるようにこう言った。

 

「近くにホラーの気配だ!」

 

その言葉を聞くや否や二人は走り出した。



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魔獣

人は誰しも陰我を持っている。

それを見つけ魔獣ホラーは魔界よりこの世界に現れるのだ。

その事実を知っているのは人類のごく一部であり、普通の人間は何も知らず平和な日常を過ごしている。

そうその気でいるのだ。

人間の陰我をゲートに直接出てくることもあるのだが他にも門に成り得るものがある。

それは陰我に塗れた物。

例えば彫像や絵画、他にもライターや街路灯などにも陰我は溜まる。

物をゲートとして出てくるホラーも多い。

今回は路地裏に捨てられた人形がゲートとなっていたようだ。

 

「こいつはホラー・ギョグレン。人型の物体をゲートにして現れる。まだ襲われた人間は居ないようだな。」

 

駆け付けた三人のうち最初に口を開いたのはゲルバだった。

目の前には捨てられたフランス人形から醜悪な人型の怪物が牙をむき出しにして佇んでいた。

迅は剣を桜華は筆を握る。

ギョグレンが彼らを見て口を開く。

 

「魔戒騎士に法師か、貴様らから喰らってやろう!」

 

「喰われる前に狩る!」

 

剣を抜き構えるとすぐに怪物は彼に向かい牙を突き立てようと突進してきた。

ぶつかり合うその瞬間、ギョグレンに光の弾が当たり吹き飛ばされる。

弾道を辿ると桜華が陣を描き術を放っていた。

 

「二人で戦ってるんだ、手早く片付けよう、迅!」

 

「助かる!」

 

二人の息は合っていた。

初めての共闘でこれはお互い騎士と法師として信頼を置いた証拠なのかもしれない。

 

「人間風情が生意気な!」

 

ギョグレンが怒りを露わにし咆哮する。

先ほどまでの人型を捨て四つん這いになりまるで獣の姿へと変貌する。

 

「犬の人形ってところだな。軽くいなしてやろうぜ、迅。」

 

「ゲルバも口が上手いな。素早くケリをつける!」

 

魔戒剣狼紅を頭上に掲げ円を描くように空を斬る。

そこをゲートにして狼紅の鎧が召喚され迅の身体に装着されここに魔戒騎士狼紅が正式に継承された。

赤銅色の騎士、狼紅。

漆黒の魔戒剣に六芒星の紋章が赤銅で飾られている。

久方ぶりに現世へ召喚された鎧は黄金騎士にも負けない輝きを放っているような気さえした。

 

「貴様の陰我、俺たちが断ち切る!」

 

今度はこちらの番だと言わんばかりに狼紅がギョグレンに突撃した。

構えた剣を振り下ろし獣を切り裂く。

しかし牙によって受け止められる。

そこに桜華が術によって光の弾を飛ばす。

獣の脇腹に当たりまたも吹き飛ぶ。

剣を放し自由になった迅はその瞬間を見逃さず獣の頭上に振り下ろした。

術によって吹き飛ばされた獣は反撃する術もなく兜を割られる形で血を吹き出しながら絶命し塵になり闇になって消えていった。

鎧が外れ魔界に還っていく。

剣が戻り鞘へ納める。

桜華も筆を腰に下げ戦闘が終わった。

 

「ゲートにももう陰我は溜まってないみたいだ。俺たちの家になる場所へ向かおうぜ。」

 

「そうだな、一日にいろいろあって疲れた。眠りたいところだ。」

 

「魔戒騎士のくせに随分とひ弱だな。私としてはあと二、三体のホラーを狩るぐらいの余力はあるぞ。」

 

三人の会話が平和を表しているといっても過言ではない。

こうして狼紅邸へと向かうのであった。



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記者

目覚ましが鳴り朝六時を告げている。

私は起きたくない。

昨日も遅くまで記事を纏めていたから睡眠時間は二、三時間だ。

しかし無情にも時計はけたたましく鳴き続ける。

 

「あーはいはい起きますよ起きますよ・・・。」

 

自分に言い聞かせるように口に出し目覚ましを止める。

このまま二度寝してしまいたいが編集長にどやされる事が目に見えているため諦めて起きた。

朝のシャワーを浴び、冷蔵庫から牛乳を出して飲む。

寝ぼけ眼の中化粧をする。

毎日のルーチンワークなので慣れたがだからこそ面倒くさい。

全てを終えて二時間、もう八時になっている。

 

「あーもう出ないと!」

 

いつもの時間でいつも通りに準備して出かけているのにどうしてこうギリギリになってしまうのかしら。

 

私の名前は笹山優里亜(ささやまゆりあ)。

三流オカルト雑誌の記者をしている。

本当は政治関係を担当したいのだけどまだまだひよっこだから一番売れ行きの悪い雑誌の担当になっている。

今日も今日とてネタ探しのためにネット掲示板を漁ることに。

 

「おい笹山!ネットサーフィンでいいネタ見つかったのかあ?」

 

オカルト雑誌『月刊メー』の編集長、岡山正二(おかやましょうじ)がいつも通り話しかけてくる。

 

「ありますあります。都市伝説から迷信まで、オカルトの宝庫ですよ6ちゃん掲示板は。」

 

投げやりに反応する。

毎日同じことをしているのだから変わり映えのしないことしか言えないし返せない。

 

「だよなあ。でもよお、最近面白い噂を聞くんだわ。知ってるか?深夜に現れる鎧騎士の噂。」

 

「なんですかそれ?まーた漫画アニメの見過ぎですよー。いい年してオタクしてる場合じゃないですよー。」

 

意味の分からないことを言う編集長に悪態をつきつつ画面をスクロールしている。

彼がテーブルに手をつく。

なのでそちらを見ると不敵な笑みを浮かべていた。

 

「それがそうでもねーんだなこれが。」

 

と言いながらスマホをこちらに見せてきた。

見るとそこには西洋の鎧が怪物と戦っている画像だった。

 

「コラですか?それともCGですか?こんなものいくらでも作れるじゃないですかー。」

 

「ちげえのよ。これは俺が直に撮ったんだよ。信じる?信じねえよなあ?」

 

驚きの顔で編集長を見てもう一度スマホに目を戻す。

そこには黄金に輝く鎧を身に纏い怪物に剣を突き立てている写真だ。

こんな都市伝説が今までネット掲示板でも噂になっていないのが不思議なもんだ。

まあ私も全部見てるわけじゃないけども。

 

「これどこですか?」

 

「これはとある港町だな。数年前に人が失踪する事件が多発してたんだがそれを取材へ行った時に撮ったんだよ。このなんだ、ギロチンみたいなのつけてる怪物をこの鎧が倒したんだわ。他にも何人か居たがなんか筆持ったりなんかロボットみたいなのが居たんだぜ?当時俺も記者側だったから編集長とかに見せたら馬鹿にされて嘘だと言われたんだわ。」

 

確かにこんなもの誰も信じないと思う。

オカルト雑誌でこういうったものを載せないのってどうなんだろう?

やっぱり世間が認めないのだろうか?それとも何か圧力みたいなものがあるのかな?

 

「あれから個人で探してはいるんだがなかなか見つけられなくてなあ。どうだ、これで連載コラム作ってみないか?俺は編集長になっちまったから仕事があるからもう足で探すのも難しくてよ、行き詰ってるなら写真送ってやるからやってみてくれよ。」

 

「面白そうですね!今更八尺様とか口裂け女とか出すよりよっぽどやりがいがありますよ。」

 

そう、現代に徘徊する西洋の鎧。

そしてこっちの怪物も記事としては面白くなりそうだしどっちに出会ってもいい記事書けそう!

久々にやりがい出てきた。

編集長に写真を送ってもらい今日は取材と称して外出することにした。



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対面

意気込んで街に出てみたものの情報が何もないのは問題だったみたい。

昼に編集部を出てから数時間、港町へ来たもののこの写真の場所を探して歩いている。

場所自体は見つかったのだけど数年前の事件のためなんの手掛かりも無い。

今はカフェに入りノートパソコンでまたネット掲示板を見始める。

 

「もー、編集に居る時と何も変わらないじゃない・・・。」

 

溜め息をつきながらコーヒーを啜る。

すると日本橋での失踪事件がヒットした。

内容はとあるクラブに行った人の中に失踪者が多いということ。

ある雑貨店の店主が失踪したということ。

警察は捜索したものの見つからず事件性はないと結論付けたとのこと。

これは何か繋がりがあるかもしれない。

試しにクラブと雑貨店の跡地を思いカフェを出ることにした。

 

「嘘でしょ・・・。」

 

噂のクラブは閉鎖されていた。

事件性は無いものの失踪事件が多発したことが原因らしい。

オーナーの男も失踪したとのことで経営出来なくなったとのことだ。

現在はコンビニエンスストアになっていて話は聞けたものの情報を得られないという情報を得ただけだった。

 

「次よ次!まだ雑貨店があるわ!」

 

気を取り直して向かうことにする。

太陽が沈みつつある中現地へたどり着く。

雑貨店「あかどう」。

店主が失踪したとの話だったが灯りがついている。

よかった、ここなら何か情報を得られそうだ。

扉には「OPEN」と吊るしてあり店が営業していることがわかりほっとした。

入店すると鈴が鳴り店の中へ客が来たことを告げる。

 

「いらっしゃい!」

 

一人の男が元気よく出迎えてくれた。

無精髭の生えた彼は室内なのにマフラーをしている。

空調が効いてないわけではないしなんでなんだろう?

 

「何をお探しで?財布に鞄、ちょっとしたアクセサリーから小物までなんでもあるぜ!」

 

「えっと私、実はこういうものでして。」

 

商売魂を見せてきた彼の言葉を聞き流し名刺を差し出す。

 

「月刊メー?聞いたことない雑誌だな。あ、もしかしてこの店の取材?困ったなあ、大したものは売ってないんだけど、知る人ぞ知るって感じのお店紹介的な?うーん、それならいいかなあ、どうかなあ?」

 

彼は勝手に勘違いをして笑顔で独り言を呟き始めた。

 

「あの!そういう取材じゃなくて!よく見てください、オカルト雑誌って書いてあるでしょ?数年前にあったここら辺の失踪事件について調べてるんです。ここの店主も失踪したって噂を聞いたので取材に来ました。」

 

男の顔からふっと笑顔が消えました。

頭を掻き名刺をこちらに返してきた。

 

「あーそういうのなら断るよ。あの事件については俺たちもわからないし、前の店主が何処へ行ったのか・・・見当もつかないし・・・。」

 

目を伏せて喋っている。

記者としての感と心理学的に考えれば十中八九嘘をついている人の起こす行動だ。

彼が何かを知っているのは間違いない。

これでさっきの画像を見せたらどう反応するか試してみよう。

 

「そうですか。ならこの画像に見覚えはありませんか?」

 

編集長からもらった黄金騎士とギロチンの怪物の画像を見せた。

すると彼は目を開いて驚き、

 

「え、君はあの場に居たの?まさか牙狼とベビルの戦いを見ていたなんて・・・。」

 

「あの騎士は牙狼って言うのね、怪物がベビルと。」

 

手帳にメモを書く。

すると男はやってしまったと言わんばかりに頭を抱えた。

 

「あー、一般市民に余計な事を教えちゃった!やばい、烈花に怒られる!ううう・・・。」

 

「あのう、頭を抱えてるところ悪いんだけど取材はOKってことでいいのかしら?」

 

彼が顔を上げてこちらを見る。

泣きそうな顔をしていてこちらを見つめている。

なんだかとても悪いことをしてしまったように感じ頬を指で掻く。

 

「えーっと、なんかごめんね。でもせっかくここまで来たし取材に付き合ってもらえない?」

 

「これ以上はまずいよ・・・。俺がおっちょこちょいなのはしょうがないけどさすがに一般人を巻き込むのは駄目だ・・・。」

 

「でも私は満足したら誰にも話さないし、それにあなたもその烈花って人にバレなければいいんでしょ?じゃあ一日付き合ってよ!」

 

彼は頭を抱え頭をめちゃくちゃに掻きむしる。

悩みに悩んで数十分、彼は覚悟を決めたようにこちらに向き直った。

 

「あーもうわかったよ!間違っても烈花に言うなよな!」

 

私はその人がわからないけどとりあえず頷くことにした。

すると彼は奥に引っ込み身支度を整え戻ってきた。

彼は大きな鞄と大きな筆を持っている。

 

「あなた書道家なの?」

 

「違う、俺は魔戒法師!あーまた言っちゃったよ!俺ってなんでこうなんだろう・・・。」

 

彼のこれはお家芸のようなものらしい。

 

「もういいや!とりあえずついてきなよ。仕方ないから俺たちの仕事の一部を見せてやるからそれで納得してくれよな!」

 

彼はそう言って店を出ていく。

私もその後を追って出ていった。



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運命

「あかどう」の現店主は目的地は言わずに歩いていく。

その道すがら色々話をしてくれた。

彼は魔戒法師と呼ばれる存在でホラーという怪物を倒すために尽力していること。

他にも魔戒騎士が存在してそれが鎧騎士の正体だということ。

ホラーは人間の陰我をゲートにしてこの世に現れるということ。

それは人からだけでなく物にも溜まりそれをゲートにする場合もあること。

先ほどまで情報を出すことを拒否していた彼がこんなにも話してくれたことに驚いた。

適当な場所に連れてこられてそれでおしまいだと思っていたから。

 

「そうそう、俺の名前はシグト。確か笹山さんだっけ?今回だけだからな、あんまり首を突っ込むとアンタもホラーに喰われちまうからな!」

 

こっちを見て私を襲うような身振り手振りをしてくる。

彼は優しい、それだけは確かだと思った。

 

「心配してくれてありがとう。でも自分のことは自分で守るから大丈夫。シグトって優しいのね。」

 

彼は一瞬のうちに後ろを向き頭を掻く。

 

「優しいんじゃない、ただ、出来れば犠牲者は減らしたいんだ。これでも守りし者の端くれだから。」

 

やっぱり優しい、いい人なんだろう。

だから今まで話したことにも嘘はないと思う。

なんだか悪い事しちゃったかな?

でもこっちも仕事だもんね。

 

「そういえばどこへ向かってるの?」

 

「東の管轄。って言ってもわからないか、あっちにある町だよ。」

 

そこは私が住んでいる町の方角だ。

灯台下暗し、近場にネタが転がっていたなんて思ってもみなかった。

時計を見るといつの間にか夜十時を指している。

周りを見ると人気が無くなっていた。

シグトが口を開いた。

 

「隠れてもらっていいかな?」

 

「どうして?もしかしてあの怪物が!」

 

「違う違う。この先で東の管轄の騎士に会う予定があるんだ。君を連れてきたなんてことが知られたら大変だから遠くから見るだけにしてほしいんだ。だから隠れておいてほしい。」

 

「なーんだ、せっかくの取材対象なのに私は会っちゃいけないってこと?」

 

不服そうな私を見てシグトは項垂れる。

 

「連れてきたこと自体異例なことなんだぜ?ここから先は秘密厳守!雑誌に書くぐらいは構わないけど直接ご対面は控えてほしい。」

 

少し怒っている、いい人だからってさすがにやりすぎだったみたいだ。

仕方なく頷いて路地裏へ向かいシグトの歩いていく方向を見る。

すると男女が一組彼に近づいてきた。

先ほどまで人っ子一人見なかったのに急に現れたように見えた。

男の方がシグトと握手をし何かを話している。

この距離では聞こえないのだ残念だ。

カメラを構えて彼らをファインダーに収めシャッターを押した。

一応これで今回の目的は達成できた。

あとは帰って記事を纏めて編集長に見せるだけだ。

私は撮影した写真を見ながらそんなことを考えていた。

すると何か音が聞こえる。

ラジオがノイズを発している音。

周りを見ると壊れたラジオが勝手に電源が付いたようだ。

見つかるとシグトに悪いと思い近づいて電源を探す。

それがいけなかった。

そのラジオは電源が入っていないにもかかわらずスピーカーから音が出ている。

不思議に思っている私は危険だと理解する時間が遅れた。

ラジオのコンセントが私の首に巻き付いて首を絞める。

声を発することが出来ず苦しみどうにか救いを求め路地裏から飛び出した。



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無線

狼紅(ろあ)を継承した梵迅(そよぎじん)は元老院の命により東の管轄を任された。

魔導輪・ゲルバ、魔戒法師・桜華(オウカ)が彼と共に行動することになる。

狼紅邸の修練場にて迅は鍛錬をし桜華は魔導筆や魔道具の手入れをしていた。

するといつの間にか大きな仮面をつけた女の子が紛れ込んでいた。

 

「なんだ元老院からの使いか?」

 

ゲルバが気付いた。

迅は剣を納め少女に近づく。

よく見ると手紙を持っている。

彼女は迅にそれを差し出す。

受け取りながらライターを取り出す。

中央に眼のような装飾がある。

 

「ご苦労様、ここに来ての初指令か。」

 

火を灯す。

紅色の火が灯り指令書を燃やす。

すると魔戒文字が宙に浮かび上がる。

内容はこうだ。

 

『赤銅騎士・狼紅、ホラー・デンケラズが東の管轄に現れた。現地にて魔戒法師と協力しこれを殲滅せよ』

 

ということだった。

文字が地図へ変わり場所を指し示す。

それは街外れの方だ。

 

「随分と人気のない場所に出たもんだ。」

 

「確かに。オブジェからの出現か、手早く済ませよう。」

 

ゲルバと迅の二人が話を進める。

桜華も筆や符などの装備を纏めて立ち上がる。

 

「今日は町で食事をとってもいい?インスタント食品も飽きたわ。騎士も法師も身体が資本だからね。」

 

「意外とそういうことも考えるんだな。」

 

口角を上げながら迅が言うと彼女は頬を赤らめる。

 

「いいでしょ、食事ぐらい楽しみにしたって!私たち料理も出来ないからまともな食事は貴重なのよ!」

 

こういうところは年相応の女性だと一人と魔導輪は笑った。

漆黒の魔法衣を羽織り魔戒剣狼紅を携え扉を開け現地へと向かった。

 

向かう先は街外れ、人気の少ない道だ。

三人は指令書にあった魔戒法師を探している。

特徴も名前も書かれていなかったが人気がないためここに人間が居ればホラーか法師かといったところだ。

すると遠くから一人の人間がこちらに近づいてくるのが見える。

ゲルバが口を開いた。

 

「お、ホラーの気配じゃないからあいつが法師か。」

 

「恰好もそれっぽいわね。一応見てみるけど。」

 

桜華が魔導筆を取り出す。

筆に魔導火が灯る。

近付く彼は気にせずに歩を進めこちらに声をかけてきた。

 

「安心してくれー!俺は魔戒法師・シグト。港町の『あかどう』っていう雑貨店を拠点にホラーと戦っている!」

 

シグトと名乗った法師はこの時期にマフラーをして大きな筆と鞄を一つ持っている。

 

「『あかどう』っていうとあの使途ホラー殲滅に助力した法師達かしら?」

 

聞き覚えのある店名にいち早く反応したのは桜華だった。

迅とゲルバも使途ホラーには聞き覚えがあったらしく桜華に目を向ける。

 

「名前までは知らなかったけどあの黄金騎士と共に使途ホラーのカルマを討伐した三人の魔戒法師が居たのよ。彼らが居なければ牙狼ですら殺されていたというわ。」

 

「お姉さんよく知ってるね、俺がその一人シグトっていうんだぜ!」

 

鞄を置き大きな魔導筆を振り回して見せる。

ひとしきり大立ち回りをし終えると彼は少し悲しい表情になった。

 

「この筆はその時一緒に戦った法師のものでさ、彼は命を落としてしまったんだ。だから俺が筆も魂も受け継いで店を守ってるってところ。」

 

涙ぐみそうになる彼が袖で顔を拭い笑顔を見せ語る。

 

「それと騎士にも負けず劣らずの体術を持った女の法師の三人で鋼牙さん、黄金騎士と共にカルマを打倒したってわけ。失われた系譜を復活させた騎士に布道法師の秘蔵っ子法師、それに受け継がれた魔導輪か。面白いチームだな。」

 

悲しい話題を流し彼は明るい話題と迅一行に話を向ける。

迅は姿勢を正しシグトへ一礼する。

桜華も習って一礼した。

シグトは驚いて前で両手を振る。

 

「そんなかしこまらなくていいって!俺もまだまだな法師だからさ。それより今回のホラーの情報なんだけど・・・。」

 

するとシグトが来た方向から大きな音を立てて人間が飛び出てきた。



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戦闘

好奇心は猫をも殺すというがまさか自分がこうなるとは思わなかった。

世にも奇妙なラジオに殺された女とは見出しとしては完璧だろう。

怪物に殺されるよりも都市伝説的でむしろ良いのかもしれない。

などと死ぬ間際に記者魂を内に秘めていると首を絞めているコンセントが急に緩み私は道へと吹っ飛んだ。

 

「痛ったー!もうなんなのよ!」

 

この状況に怒りを叫んだ。

不思議と叫んだあとは落ち着くものみたいで周囲を見渡す余裕が出た。

すると先ほどのラジオが目の前に転がっている。

私を襲ったそれはまたしても一人で音を出しその形を崩壊させていく。

違う、崩壊ではなかった。

崩壊したそばから再構築し先ほどの質量では考えられない大きさへと変貌していく。

私には理解できない音を出しながらそれは異形の姿へと変わった。

両腕がある場所から無数のコンセントが生え、頭と思われる部分にはその大きさに相応しいスピーカーが付いている。体には無数の摘みがありラジオの面影が見えないことも無い。

 

「こいつがデンケラズか。」

 

「悪趣味な姿ね。ゲルバとどっちが怪物かしら?」

 

「何?俺はあんなゲテモノじゃない!もっと紳士的かつ優雅な見た目をしている!」

 

怪物との間に人が割り込んだ。

人数は二人。

声は確かに三人分聞こえた、しかしシグトのものではない。

 

(では誰が?)

 

私の疑問が解消される前に目の前の都市伝説が彼らに襲い掛かる。

無数のコンセントが鞭のように攻撃してくる。

二人はそれを避けた。

地面が抉れコンクリートが弾ける。

 

「活きの良いホラーだぜ。」

 

「無駄口を叩かずに何か情報を出せ、相棒だろう!」

 

男の方から声が二つ聞こえた。

何処かと通信しているのだろうか?

そういった通信機器は見えない。

漆黒の衣装に身を包んだ彼が着地しコートがなびく。

コートの下から長い棒を取り出した。

あれはなんだろうと見ているとそれが二つに分かれる。

剣だ。

現代日本においてあんなものを携帯している人間が居てはいけないはずだ。

私の常識が今塗り替えられていく。

訳の分からない怪物に剣を持っている人間。

頭がおかしくなりそうになりながらも目が離せなかった。

 

「お前たち、俺が動きを止めるからそのうちに頼むぞ!」

 

後ろからシグトが走ってきて鞄を置きそれに大きな筆をかざした。

すると箱が発光し変形し始める。

これも怪物に?

と思うとサイズはあまり変わらないが小さな機械の竜のようなものになった。

 

「魔戒法師も戦えるってところを見せてやる!行け号竜!」

 

号竜と呼ばれたそれが口を開く。

するとそこに光が集まり光の弾を作った。

弾丸のように発射され一瞬のうちに怪物にぶつかりよろけた。

その隙を突くように女性が筆を手に取り何か印を結んだかと思うと何もない空間に魔法陣が描かれそこから鎖のような光が怪物に絡みついた。

身体を縛り上げ怪物は思うように動けなくなった。

 

「迅、鎧の召喚だ。」

 

「言われなくてもそのつもりだ!」

 

漆黒の男が抜身の剣を天に掲げる。

そこに円を描くと空中に光の陣が描かれ、中心が割れ光が溢れる。

その中から何かが出てきた。

それは赤銅色の鎧だった。

男はそれを纏った。

鈍く輝きまるで狼を象った赤銅の鎧。

美しく見える、これは写真の金の鎧よりも私の心を奪ってくれた。

私の被写体はこれだ、これが私の生涯追い求める取材対象だ。

 

「一撃で決める!」

 

鎧から彼が声を放つ。

先ほどの剣が大きく変化していて身の丈ほどの長さで幅も広くなっている。

彼が怪物へと突進し怪物の腹を真一文字に切り裂いた。

怪物は苦しみの声を上げながら大きな体を小さくしていき、元の壊れたラジオに戻った。

鎧が弾け、彼は元の漆黒の衣装に戻っていた。



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出合

彼らは戦いを終えた。

シグトがこちらを見て話しかけてくる。

 

「さあ、これだけ危険だってわかったらもう関わるなよ。」

 

私を諭すような言葉をかけてきたが今の私には無意味だった。

怪物と戦う鎧の男、彼を一生をかけて追うと決めた私は立ち上がりシグトを無視して男へと走り寄った。

 

「ねえ!あなた何者?今の鎧は何?怪物の正体を知っているの?これからあなたの事を追っていい?なんなら密着取材をしたいのだけど!」

 

矢継ぎ早に言葉を放つ。

彼は目を丸くして驚いて後退る。

押しの一手で折れるかもしれないと思い下がる彼に近づこうとした、その時目の前に筆が割り込んだ。

 

「どなたか知らないけど助けてもらったお礼も無いのかしら?」

 

声の主に目を向けるとモデルか女優かと見紛う美人が私を睨みつけていた。

彼女の黒い瞳は吸い込まれそうなほど美しい。

 

「あ、そうでしたね!先ほどはありがとうございました!私こういうものですけど、お姉さんも取材対象として密着してもいいですか!」

 

私は二人に押し付ける形で名刺を渡し詰め寄る。

凛々しいお姉さんもさすがの押しに少し困惑したようだ。

すると後ろから肩を掴まれた。

振り向くとシグトだった。

 

「それまでだ。ここに連れてきて見せる、それで終わり。記事にしてもいいけどそれ以上はやめるんだ。」

 

シグトは真剣な表情をしている。

秘密を守るということもあるのだろう。

それ以上に一般人に危険が及ぶことを懸念している顔だ。

 

「いいんじゃないか?俺は面白そうだからそこの小娘にかっこよく記事にしてもらいたいもんだ。」

 

またここの誰でもない声が聞こえる。

私は周囲を見回すが対象の人物は見えない。

そんな私に男が右手を握りこちらに見せる。

そこには髑髏の指輪が嵌められているだけだ。

 

「この不気味な指輪がどうしたの?」

 

「不気味じゃない、いかす魔導輪だ。」

 

「うわっ!」

 

驚いて後ろに飛んだ私をシグトが受け止めた。

目の前の男も含めみんな笑っている。

どうやら彼らからすると指輪が喋るのは当たり前の事らしい。

 

「あれは魔導輪、俺たちの仲間さ。彼らのおかげで俺たちは戦っていけてるんだ。」

 

「そうそう、俺様達が居なければ人間はホラーに喰い尽くされておしまいさ。それはそうとお嬢ちゃん、俺様達に興味があるらしいな?」

 

指輪の質問に首を縦に振った。

それが笑っているように見える。

 

「面白いじゃないか、このお嬢ちゃんに取材してもらおうぜ。」

 

私を含めみんなが驚いた。

 

「正気かゲルバ!」

 

「お荷物を増やすのはやめてほしいのだけど!」

 

漆黒の二人組は大声を出して反論する。

シグトはすでに呆れているようだ。

私はというと

 

「本当にいいの!!!」

 

「ああ、俺様に二言はないぜ。」

 

「ありがとう!」

 

喜び飛び跳ねる。

二人は頭を抱え始めた。

そんな中指輪苦しみはじめが口を開く。

すると口から生き物のような鉄の生物が吐き出された。

うねうねと動きそれは自分の口で尻尾を咬み指輪のような形になり固まった。

 

「俺様の分身だ、これに通信機能を持たせてある。何かあればこれに話しかけてくれ、緊急を要するようなら俺様が二人に伝えてやる。それと根城を教えておいてやろう。」

 

そう言うと彼らの家の住所を教えてくれた。

私は吐かれた指輪を拾い指に嵌める。

シルバーのアクセサリーと考えればまあまあ悪くないし周囲も疑わないだろう。

 

「じゃあ今からそっちに言ってもいい?」

 

「こら!ホラーとの戦いの後なんだ今日はもう帰って寝るんだよ。送ってやるから君も帰るの!」

 

シグトが怒って言った。

時計を見ると0時を過ぎている。

ここから駅まではそこそこ遠いため終電に間に合うかどうか微妙なところだった。

シグトに振り返り

 

「でもこの機会を逃したら記者として失格だと思うの!」

 

「だから彼らも忙しいし君も明日仕事だろう?それに二人ならもう居なくなってるからこれでおしまい。」

 

そんな馬鹿なと思い後ろを向くと誰も居ない空間が広がっていた。

開いた口が塞がらない。

 

「わかったわよ、取材対象が居ないんじゃしょうがないから帰るわ。」

 

肩をすくめため息を漏らす。

シグトは安堵したようで私の肩に手を置いて帰宅を促す。

仕方なく私はシグトに送ってもらい帰路へ着く。

明日か明後日か、いち早くさっきの住所の場所へ向かってやる。

そう誓い住所をノートへ書き留めた。



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真意

狼紅邸へ帰る途中に迅は疑問に思っていることを口に出した。

 

「ゲルバ、なんであんなことを言ったんだ。」

 

「どのことだ?」

 

とぼけるゲルバに対して苛立ったのは迅だけではなかった。

 

「あの女の事よ。一般人を巻き込むことになる上に秘密を世の中に出す記者なんかに取材を許可するだなんて普通ありえないわ。」

 

桜華が心底呆れた口調で言う。

闇に生きる魔戒騎士、魔戒法師からすれば一般人との交流は最低限に留めなければならない。

そのため今回のゲルバの話は異常なことなのだ。

しかしゲルバは軽く笑う。

 

「お前たちは知らないかもしれないがあの黄金騎士様も一般人を囮にホラーを狩っていたことがあるらしいぜ?」

 

その言葉に二人が驚く。

魔戒騎士の最高峰と呼ばれる黄金騎士・牙狼が人間を囮にホラー狩りをしていたという話。

彼らには真偽がわからないため迅がゲルバに詰め寄る。

 

「牙狼が人間を囮にホラー狩りなんてありえない!ガジャリと契約をしてまで騎士達を救い、ギャノン討伐は彼が居なければ成しえなかった。その騎士がそんな非常識なことをするわけがない!」

 

「そうね。師匠の話を聞いたこともあるけど彼はそんなことしないと思うわ。ゲルバの知識は何代前の黄金騎士の話なの?」

 

「いいや、今の黄金騎士様だぜ?冴島鋼牙、メシア、レギュレイス、ギャノン、その他にも使途ホラー達を討伐した男の話だ。」

 

ゲルバは何も間違えていないと二人に伝える。

 

「だからあの女を使って効率よくホラーを狩る。あっちは取材出来て俺たちはホラーを狩れる、ギブアンドテイクってやつさ。」

 

「なんだか乗せられている気もするが、あの牙狼が通った道なら一度は通るべきなのだろうか・・・。」

 

迅は眉間に皺を寄せて考える。

これは守りし者として正しいのだろうか?牙狼を受け継いだ人間の行ったことなのであればやるべきだろうか?

彼の中で答えの出ない問答が続いている。

それは桜華の言葉によって終わる。

 

「どちらにせよあの子を守ればいいだけでしょ?ホラー退治は出来るし人も守れる、効率が良いのであれば私は構わないわ。それに一度関わってしまった以上、縁が出来てしまったわけだしね。」

 

「守り切れれば問題ないってことだ。迅、狼紅を受け継いだお前は女一人守れないほど弱いのか?先代に認められるほどの心意気は何処に行ったんだあ?」

 

ゲルバが迅を煽る。

 

「うるさい!お前に言われなくても守り切る!」

 

ゲルバを顔の前に持っていき大声で怒鳴った。

そして足早に狼紅邸へ帰る迅。

桜華はため息をつきつつ付いていく。

そしてゲルバは笑った。

満月の夜に怪しく光る魔導輪の真意は如何に。



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奇術

人気の少ない道端で一人の奇術師が技を披露している。

その男は棒を持ち、それを擦ると一瞬で花が咲いた。

彼は誰も見ていないというのに笑顔で奇術を披露し続ける。

 

「種も仕掛けもございません。」

 

決まった口上を喋りながら次々と披露していく。

すると一人の女が通りかかった。

派手な格好をしている、まるで夜の蝶といった出で立ちだ。

 

「お兄さんマジシャン?練習?おもしろそー!」

 

彼を見て興味を持ったようだ。

奇術師は彼女を見て笑顔を作り次々とその技を披露していく。

女はそれを見て手を叩いて喜ぶ。

 

「すごいすごい!お兄さん天才なんじゃないの?よく見たら顔も良いし、見せてもらったお礼に美味しいもの食べに行かない?」

 

どうやら女は男の事を気に入ったらしい。

食事に誘いあわよくばそのまま一夜をと考えているようだ。

奇術師は笑顔を崩さず女を見ている。

それはそれは不気味なほどに仮面をつけたように張り付いた笑顔で。

女はそれを見て違和感を覚えた。

 

「ねえ、笑顔以外は出来ないの?ちょっと怖いんだけど・・・。」

 

奇術師の笑顔は崩れることなく女の方を向いている。

女は身震いし後退る。

この異常な人間に対して恐怖を覚え始めた。

声をかけたものの異様な雰囲気を感じ逃げようと踵を返す。

女が後ろを振り向いたその瞬間、先ほどまで後ろに居たはずの男が目の前にいる。

 

「ひっ・・・。」

 

悲鳴を上げようとすると男に口を塞がれた。

奇術師は手にナイフを持っていた。

 

「種も仕掛けもございません。」

 

その口上と共に女の腹が裂かれた。

そこからぬらぬらとした赤い液体が溢れてくる。

円を描くように腹を裂かれ女は声も上げられずに気絶する。

女の意識が無くなろうとも男は行為を続ける。

 

「種も仕掛けもございません。」

 

三度口上を繰り返し男は女の腹から内臓を取り出す。

その笑顔に返り血が飛び彼の商売道具にも飛散した。

恍惚の表情で臓物を眺め少しずつ取り出し並べていく。

女は痙攣を繰り返していたが次第に動かなくなる。

そして本当に静止する瞬間に男は笑顔を崩し口を開いた。

 

「いただきます。」

 

死の間際に、最高潮に達した魂を男は喰らった。

先ほどの張り付いた笑顔ではなく満面の笑みで全てを喰らい尽くす。

魂を喰い、取り出した内臓を喰い、そして地面に垂らした血液の一滴までをも飲み干した。

返り血を拭き取り、彼はまた道具に手を伸ばす。

 

「種も仕掛けもございません。」

 

同じ事を繰り返す。

奇術を無限に繰り返す。

そこにまた別の人間が近付いてくる。

 

「お、こんなところで手品?面白かったらおひねりあげるぜ兄ちゃん!」

 

興味を持ったが最後、種も仕掛けも無い、人が跡形も無く消え去る奇術が行われるのだ。



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奇術・弐

私の名前は笹山優里亜(ささやまゆりあ)、オカルト雑誌のライターをしている。

いつもの目覚ましに起こされルーチンワークのように化粧をし出社をする毎日。

飽き飽きしながらも心が少し躍っていた。

それは先日、怪物とナントカ騎士という生きる都市伝説に会ったからだ。

騎士のしていた髑髏の指輪から『半身』と呼ばれる指輪を貰った。

次の日起きたときは夢かと思ったが右手を見ると指輪がそこにはあった。

夢じゃない、それだけでしばらくはテンションが高いまま仕事をしていた。

周囲からは普段していない指輪までして楽しそうに仕事をしているから恋人でも出来たのだと思われているだろうが違う。

一生モノのライフワークを手に入れたのだからあながち間違いでもないか。

そんなことを考えながら編集室へとたどり着いた。

ここ数日別件の取材や雑誌の都市伝説などの投稿者との打ち合わせ等があり彼らの元に行けないことに頭を抱えながら仕事をしていたため少し心が落ち着いてきている。

このドキドキワクワクを風化させてはいけないと思い、一刻も早く仕事を終わらせて彼らの基地に向かおうと考えていた。

 

「よおここ最近恋人ができたであろう笹山君!」

 

「おはようございます編集長。」

 

案の定勘違いしている。

無視して昨日の取材した記事をまとめるためパソコンを立ち上げる。

すると編集長は画面を遮る形で顔を視界に入れてきた。

驚き顔を引く。

 

「セクハラ発言は謝ろう。それよりもだ、この前の画像の奴見つかったか?」

 

彼も気になっていたようだ。

しかし、まだ記事にするには写真や情報が少ないため私はこう言った。

 

「いえ、まだ写真の騎士も怪物も見つかってませんね。ただそれっぽい話は仕入れたので他の仕事を片付けたら探してみようと思ってます。」

 

「ほほう、意外と進展があるもんだなあ。そんなお前に朗報かどうかはわからねえが面白い話を仕入れたんだわ。」

 

「面白い話?」

 

騎士達の話の取っ掛かりであれば多い方が良い。

少し食い気味に口を挟んだ。

 

「ここ最近失踪者が増えててな、ニュースでもあんまりに多いから取り上げてたんだわ。でな、それに伴って読者から面白い投稿があったのよ。それがこれだ。」

 

そう言うと一枚のメールのコピーを差し出した。

それを受け取り内容を見る。

 

『先日町はずれの公園で殺人現場を目撃しました。一人の男が手品を披露していて一人の女が近付いて見ていたんです。最初は手を叩いて喜んだり不思議がったりしてたんですが男が急に彼女の口を塞いでナイフで刺したんです。僕はその場で怖くなって少し離れて警察に通報しました。警察が到着した時には跡形も無く綺麗に片付けられていました。血の跡も肉片も何もなかったのです。僕はいたずらはしないように言われました。僕は見たんです、公園の場所と男の特徴を書きますので男を探してください。』

 

という内容だった。

 

「なんですかこれ?都市伝説っていうよりはめちゃくちゃ事件性高いんですけど?」

 

これはオカルト記者より警察案件な気がする。

それにナイフだって手品用の物で女が驚いて声を出さないように抑えただけなのではないだろうか?

それに投稿者の話を見る限り血が垂れていたとか凶器が落ちていたとかいう証拠も無く警察が確認できないようだ。

であればこの投稿が嘘かもしくは本当に跡形も無く殺人を犯したということになる。

 

「事件性高いより嘘だって目してるぜ?」

 

顔に出ていただろうか?少し目を背ける。

しかし編集長はにやりと笑って後ろから紙束を取り出した。

 

「実は似たような話がめちゃくちゃ来てるんだわ、それも複数人からな。」

 

「一人じゃないんですか!?」

 

私は編集長から紙束を引っ手繰った。

中身を見ると同じような内容のメールが何十枚もあった。

その時、一つの考えが頭を過った。

 

「これ全部同一人物からってことないですよね?名前を変えればいくらでも出来ますし。」

 

そう、アドレスを複数取れば一人で何人にもなれる。

そんないたずらが今までなかったわけでもない。

でも編集長は口角を上げ喋り始める。

 

「それは俺も考えた、だから確かめるんだよ。真偽がわからないからこそ地道に取材をするのさ。ってわけで行ってこい!」

 

「えー!まだ昨日の記事も纏めてないんですよ?それに出社してすぐ外出させるとか何考えてるんですか?」

 

「しょうがねえなあ、記事のデータ寄越せ。そっちは俺が纏めておいてやる。それに嘘でも本当でも終わったら直帰して構わねえ、明日にでも報告しろ。行かないで嘘でしたって報告だけは無しだからな。」

 

いつも思うが人使いが荒い。

ただ、彼が居るおかげで騎士と怪物の話を知り世界が変わった。

そのこともあり、この話が騎士達に繋がれば一石二鳥ということに思考を変えた。

 

「わかりましたよ!じゃあ戻らないので!行ってきます!」

 

データの入ったUSBメモリだけを渡しそのまま編集室を後にした。



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奇術・参

電車に乗り公園の最寄り駅へと着いた。

直接現場に行く前に周辺で聞き込みをしていこう。

 

「すみませーん。月刊メーという雑誌の者なんですけどもー。」

 

とりあえず目に付いた人に声をかけまくった。

拒否される事も多い世の中だが耳を傾けてくれる人も少なからず居た。

得た情報をまとめていく。

 

「あの公園ね、昼間は子供も遊んでることもあるけど夕方にはみんな帰ってくるように言ってるわ。人気が無いところで何かしてる人が居てもそこに立ち寄らないから私はわからないわ。」

 

子供が遊ぶぐらい普通の公園ってことね。

 

「この前同伴予定だった女の子との待ち合わせに使ったとこだわ。でも来なかったんだよなあ、店に確認したら出勤してないって言うし借金とかで飛んじまったのかねえ。」

 

なんだか別の事件の臭いがする、もしかして裏社会の話だったりして?

 

「そういえば夜の誰も居ない公園で大荷物出して何かしてる人が居たなあ。さすがに怖いし危なそうだから近づかなかったけど、何してたんだろう?」

 

夜に人を見た情報アリ、何時ごろかまではわからなかったけど夜か。

 

「夜な夜なマジックの練習してる人を見たことあるよ。たまにボーっとしに行くけど男の人で地味な服着てたね。イケメンぽくて女性が見たら近寄るかもね。」

 

顔が良いと、女性はイケメンに弱いから十分あり得る話ね。

ここまでの事をまとめると、

イケメンでマジックの練習を夜な夜なしている男が居る、昼間は子供たちも使っている、失踪した女性が居た、大荷物を出して何かをしている人物が居た。

ってところかしら。

大荷物を出してる人物とマジックを練習してたイケメンは恐らく同一人物ね、そう紐づけた方が今のところ都合がいいわ。

女性の失踪、こっちはどうかしら?借金の話が出るぐらいだからやっぱり闇金融で山か海ってとこかも。

この感じだと危ないけど男に接触するのが一番早そうね。

とはいえ話だと夜、それも深夜にならないといけないっぽいけどどうなのかしら?

とりあえず夜になるまで待ってみよう。

そういえばこの指輪、通信機にもなるみたいなこと言ってたけど試してなかった。

 

「あーテステス、髑髏の指輪さんへ。こちら笹山優里亜、聞こえますかー?」

 

返答があるかしばらく待ってみる。

だが応答はない。

聞こえていないのかそれとも嘘だったのか、何度か声をかけてみるもののうんともすんとも言わなかった。

落胆しているとなにやら視線を感じる。

顔を上げると周囲の人々がこちらを見ている。

指輪に話しかけているおかしい人物に見えていたらしい。

 

「あ、あはは!おかしいなあ?あはは!」

 

わざとらしく大きな演技をしてその場を立ち去る。

私が周囲の人の立場なら怪訝そうに見つめるだろう。

とりあえず痛い視線から解放された私は公園まで向かおうと考えた。

聞き込みやらなにやらをしていたため時間は夕方の五時になっている。

何時に来るか分からないが張り込んでみようと思う。



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奇術・肆

昼下がりの狼紅邸にて、迅は過去に現れたホラーの資料を読んでいる。

開いていた頁は特殊なホラーが記載されているところだ。

 

「おいおい、熱心に何を見てるんだ?」

 

台座に置かれたゲルバが声をかける。

暇だと言わんばかりに欠伸をしている。

 

「ああ、今後どういったホラーが出てきても対応できるように勉強中だ。」

 

本から目を離すことなく質問に答える。

ホラーは様々存在し憑依した先によって姿を変え名前も変わる。

素体のままならば容易に討伐できるがそれが力をつけるもしくは憑依先によって変化した場合、熟練の騎士でも不覚を取る可能性がある。

そのため日々の鍛錬と対象の知識が必要となるのだ。

 

「俺様が居るんだからその都度聞けばいいんだがな?」

 

「それはそうだがお前に頼れない場面が出てくるかもしれない。その時に無知では目も当てられないだろ?それに騎士の矜持みたいなもんだ。」

 

迅は少し笑った。

今になっては確認することも出来ないのだが、先代が認めたのはこういうところがあったからかもしれない。

それを見てゲルバも笑っているように見える。

すると迅がとある項目に目を止めた。

 

「このホラーは俺たちの天敵かもしれないな。ホラー・グロングス、ソウルメタルに憑依するらしい。こいつについてお前は何か知識あるのか?」

 

聞くとゲルバが口を噤む。

返答が無いため不思議に感じた迅がゲルバを見る。

 

「黙るとはおしゃべりのお前らしくないな。お前の知らないホラーなのか?」

 

そう問われたゲルバは数分間の沈黙の後口を開いた。

 

「先代狼紅を殺したのはそいつだ。弟子も妻子もそいつに喰われた。」

 

その言葉に迅の表情が凍る。

先ほどの軽口は消え眉間に皺が寄る。

先ほどよりも長い静寂が狼紅邸に広がった。

それを最初に破ったのは迅だった。

 

「そんなことがあったなんて、知らなかったとはいえすまないかった。」

 

謝罪の言葉を述べる。

盟友の死を話題に挙げてしまったために申し訳なくなる、人として当たり前の感情が溢れた。

そんな迅に対してゲルバはいつもの軽口を叩く。

 

「そんな気にするな、俺様からすれば何代も前から狼紅を継承した人間を見てきた。そいつらの最期も幾度となく見てきたからな、その中にも喰われた者も仲間に裏切られた者も居たさ。今更突かれたところで痛くも無いぜ。」

 

「お前たちはそうかもしれないが俺たち人間からすればそれだけの別れを繰り返しているのは辛いものだ。強がらなくていい。」

 

「優しいなお前、ホラーにつけこまれるかもしれないから気を付けるんだぜ?」

 

「ああ、気を付ける。気遣い感謝するよ、ゲルバ。」

 

ゲルバと迅は笑った。

二人の友情のような信頼のようなものが深まった気がした。

そこへ鈴の音が響いた。

音の方向を見ると仮面の少女が手紙を持っている。

 

「指令書か。いつもありがとう、お疲れ様。」

 

迅は少女から手紙を受け取る。

仮面で顔は分からないが労われて嬉しいようで仮面を少し掻いて消えていった。

指令書を魔導火で燃やし文字を出す。

 

「今日は陰我溜まったオブジェを断ち切れだそうだ。」

 

「楽そうな話で助かるぜ、それじゃあ桜華を呼ぶか。」

 

「いや、今日は布道法師のところに行っているから居ない。今日は二人で行くぞ。」

 

「わかったぜ。」

 

衣紋掛けにある魔法衣を着込み、ゲルバを嵌めて狼紅邸の結界が張られていることを確認し街へ歩き出した。



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奇術・伍

路地裏に建てられている小さな社に魔導火を翳す。

すると黒い靄のように溜まった陰我が溢れ出した。

 

「これで最後か。」

 

迅が喋りながら魔戒剣を抜きそれを切り裂いた。

靄は消滅し社は元の神聖な場所へと戻った。

 

「随分簡単な指令だったなあ。」

 

「何を言っているんだ、七つもあったぞ。場所も近くないから移動も考えたら重労働だ。動かないお前とは違う。」

 

「まあまあ、ホラーと戦闘するよりよっぽどマシだろ?」

 

図星のため迅はため息をついて黙る。

ゲルバはニヤニヤと笑っている。

剣をコートの下へ隠し帰路へ就く。

日も落ち時刻は夜六時を回ろうとしていた。

そんな時に見覚えのある人間を見つける。

茶髪のショートカット、黒いハイネックのトップスを着て下はベージュのパンツスタイルの女性だ。

アーモンド目に筋の通った鼻、ぷっくりとした唇にナチュラルなメイクが映える顔。

 

(先日会った雑誌記者、確か名前は笹山優里亜だったか。)

 

そう、先日助けゲルバが勝手な約束をした笹山優里亜が対角線の歩道を逆側に歩いていた。

 

「どうした迅?おーこの前の女か。」

 

ゲルバも彼女に気付いたようだ。

笹山は紙束を持ちキョロキョロと周囲を見渡している。

少しの間周囲と紙束とを睨めっこしていると動き出した。

 

「どこへ向かうんだろうな?」

 

「わからないが俺様たちには関係ないだろう。」

 

ゲルバの言っていることは当たり前の事だった。

彼女が襲われていなければこちらから干渉する必要はない。

だが迅は彼女が向かった方向へ足を向けた。

 

「おいおい迅、そっちは家じゃないぜ?」

 

「何か、少しだけ気になってな。」

 

「なんだお前、惚れたのか?」

 

「違うそういうことじゃない!オカルト雑誌の記者が何かを探しているのであればそれ相応の噂があるはずだ。もしかしたらホラーが出現する可能性がある。」

 

「なるほどなるほど。まあそういうことにしておこう。」

 

迅はゲルバを睨む。

ゲルバは笑って彼を見ている。

何かを諦めたように前を向き歩みを進めた。

彼女は何度か足を止めつつ目的地へ向かっていた。

一時間ほど歩くと人気が無くなり公園が見えてきた。

その入り口付近で彼女が止まった。

迅は十数メートルほど後方で同じく止める。

 

「こんな時間に公園か。随分と変な奴だな。」

 

「都市伝説ならこういうところじゃないか?陰我が溜まる遊具があってもおかしくはない。」

 

二人が話していると笹山は公園内へ入った。

 

「行くか。」

 

迅が呟き入り口まで歩き内部を覗き見る。

そこには笹山とは別に一人の男が荷物を広げて何かをしているようだ。

 

「こんな場所であんな大荷物、何をしているんだ?」

 

「俺様が思うに二人は逢引きか。」

 

「冗談はやめろ、だったら荷物を広げる意味はない。そのまま持って彼女と消えればいいだけだ。それに先日の事を考えれば今消える必要はない。」

 

「それは確かに。」

 

様子を窺っていると男が何かを言い始めた。

この距離ではあまり声が聞こえないが手に棒を持ちそれを周囲に見せている。

笹山以外居ないその場でまるで観客が居るかのように立ち回る。

すると棒に手を翳すとそこから花が咲いた。

 

「あれはマジックか。」

 

「そうみたいだなあ。種も仕掛けも無いってのが決まり文句か。長年生きていればあれより不思議なものはもっと見てるから俺様は楽しめそうにないな。」

 

ゲルバは興味なさそうに話す。

他にも硬貨と煙草を取り出し、穴の開いていない硬貨に煙草を通してそれを元に戻す。

次は何も無い空間からトランプを取り出してそこから一枚取り出し自分以外に見せ戻し同じ一枚を取り出す。

そういったマジックを繰り返している。

すると笹山が男に近づいていった。

 

「夜に人気のない公園で練習か。たまたま人が居たらそれに付き合ってもらうと。」

 

「俺たちが鍛錬するのと変わらん。なんでも日々鍛錬だ。」

 

「それはそうとあの男何か臭いぞ。」

 

「ホラーか!?」

 

二人の方向を見るとマジックを見せているのには変わらない。

そう思った瞬間に男が笹山の口を手で塞いだ。

その刹那、迅は走り出していた。



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奇術・陸

紙に描かれた地図を見て公園までたどり着いた。

周囲はいつの間にか日が落ちていて時刻は六時半を回っていた。

公園内を見ると昨今の情勢もあり遊具はほとんどが撤去されていてあるのはブランコと鉄棒、あとは砂場ぐらいだった。

ベンチが数脚ありその付近で一人の男が大荷物を広げている。

何をしているのか様子を見ながら中へ入った。

どうやら彼はマジシャンのようだ。

そういった道具が遠くからでも見て取れた。

こんな時間に公園で練習とは駆け出しなのか趣味なのかわからないがよくやるなあと思う。

彼は誰も居ないここでマジックを披露し始めた。

 

「種も仕掛けもございません。」

 

不思議と目を奪われる。

棒を取り出し前方へ出す。

まるで観客が居るかのように振る舞い始めた。

棒を擦るとそこから棒の半分から花が出現した。

ありきたりなマジックだが何故か興味が湧いてくる。

 

「種も仕掛けもございません。」

 

決まり文句を言うと硬貨と煙草を取り出した。

何も仕掛けが無いことを見えない観客たちに見せ、効果に煙草を突き立てた。

すると穴が開いていないはずの硬貨を煙草が貫いた。

そして引き抜くとやはりそこに穴は無い。

 

「種も仕掛けもございません。」

 

彼は同じ口上を言い品を変える。

次にトランプを取り出した。

その中の一枚を見えない観客へと見せる。

それはジョーカーだった。

彼はそれを戻しトランプをある程度シャッフルした後、指を鳴らした。

そして一番上を捲るとそれはジョーカーだった。

これもよく見るマジックだ。

でもそれがなぜか目を引く。

 

「種も仕掛けもございません。」

 

次々とマジックを披露していく彼に興味が湧いた。

そして声をかけてみた。

 

「あの、こんな時間になんでマジックの練習を?」

 

すると彼はこちらを見て笑顔を見せてくれた。

好意的な様子だと思いさらに近づく。

質問の答えが返ってくるものだと思った。

しかし次の瞬間、目の前に彼の顔が現れた。

正確に言えば近づかれたのだが、私は驚きのあまり声が出ない。

彼は手で私の口を覆った。

まるで悲鳴を上げてもいいように音が漏れないように口を塞ぐ。

そして耳元で彼が囁く。

 

「種も仕掛けもございません。」

 

先ほどまでの口調と違い冷たく暗く得体のしれない恐怖を感じる声色だった。

彼の顔から眼を背けることが出来ない。

私は恐怖のあまり目を閉じた。

その時、私の身体は後ろに吹き飛んだ。

お尻から地面に落ち少し滑る。

 

「痛った!」

 

地面は砂のため手を突いたときに砂利が食い込み大声を出した。

ここ最近似たようなことがあったのを思い出した。

 

「よくよくホラーに縁がある女だな。」

 

この前の漆黒の騎士だった。

こちらを見ずにマジシャンの方を見てライターを構え火をつけた。



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奇術・漆

魔導火をマジシャンの目の前で灯す。

通常であれば憑依された人間が魔導火を見ると目が白くなり魔戒文字が浮かび上がる。

だが、この男の目は変わらなかった。

 

「ホラーではないのか!?」

 

「臭いはホラーのはずだぜ?」

 

迅とゲルバが疑問を口にする。

男は不気味な笑顔を張り付けた顔で迅達を見て、

 

「種も仕掛けもございません!」

 

手に持ったナイフで斬りかかってきた。

瞬時に飛びのき避ける。

迅は魔法衣に隠してある剣を取り出し鞘から抜く。

 

「おいおい、相手は人間かもしれないんだぞ?」

 

「わかっている!牽制しつつ逃げる!」

 

切っ先を男に向け少しずつ後ろに下がる。

相手も逃がさないといったようににじり寄ってくる。

すると迅の足に何かが当たった。

 

「ちょっと!何なのよあれ!」

 

笹山だった。

先ほど後ろに飛ばし倒れたままだったようだ。

 

「つくづく変なのに好かれるお嬢ちゃんだな。」

 

「なによ、私のせいだっていうの!?」

 

「うるさい!さっさと立て、逃げるぞ!」

 

三人が騒いでいるとその隙に男が斬りかかってきた。

迅の対応が遅れその刃が腕を掠める。

 

「くっ、この動きただの人間じゃない。」

 

「どう嗅いでもホラーなんだがなあ、なんで魔導火が反応しないんだ?」

 

「もうどうでもいいから逃げようよ!」

 

三人ともこの状況に混乱している。

すると一発の銃弾が彼らの横を走り男に当たり弾けた。

三人が後ろを向くとそこには一人の女性が銃を向けて立っていた。

 

「見つけた!こんなところに逃げ込んでたのね。」

 

ギャルのようなメイクをした顔に肌の露出の多い魔法衣を着ているカジュアルな魔戒法師だ。

そしてその後ろからショートカットの髪を右に分け赤いインナーに黒い魔法衣を着た男が現れた。

 

「莉杏、あいつが魔導ホラー?」

 

「そうよ流牙。この時代の騎士と戦闘中だから手を貸すわよ。」

 

「分かった!」

 

三人に向き直り流牙と呼ばれた騎士は魔法衣から剣を出した。

 

「あれは、赤鞘!?」

 

「何?黄金騎士は冴島鋼牙さんのはずだ、そんなはずは・・・。」

 

迅とゲルバが驚く。

騎士が手にしている剣の鞘が赤鞘だったのだ。

黄金騎士の象徴とも言える赤鞘、それが何故この男の手にあるのか、二人は驚きを隠せず声に出していた。

 

「あれ?この時代の黄金騎士と面識あるんだ!あとで話を聞かせてよ、とりあえずこいつを倒してからね!」

 

赤鞘の騎士は剣を抜き三人の前に走り出た。

マジシャンは顔を抑えていたのだが迫る騎士を見て後ろへ飛びのいた。

押さえている手の中を見ると顔に赤い亀裂が入っている。

 

「なんだありゃあ?」

 

「あれは魔導ホラー、陰我ホラーとは異なる存在だ。ゼドムの種子が体内に入った者は意思とは関係なくホラーになっちまう。この次元には存在しないホラーのようだな。」

 

騎士の指から声が聞こえる。

迅はこの声に聞き覚えがあり目を凝らすとまるで西洋兜のようなカバーのついた魔導輪が喋っていた。

 

「ザルバ!黄金騎士の魔導輪じゃないか!」

 

「この時空の黄金騎士も俺様と契約しているのか、一安心したぜ。」

 

そうその魔導輪は黄金騎士の象徴の一つであるザルバだったのだ。

 

「へえ、こっちの牙狼もザルバと契約してるんだ。」

 

「そのようだ。俺様が二人も居るというのはどうも受け付けないがな。」

 

二人は笑いながら話している。

目の前に魔導ホラー居るにも関わらず。

危機感が薄いのか、それとも余裕の表れなのか。

その隙とも思える行為を敵は見逃しはしなかった。

 

「がああああああああああ!!!」

 

ナイフを流牙に向けて繰り出した。

 

「危ない!」

 

笹山が声を発した。

その時莉杏が肩を叩く。

 

「心配しないで?あれでも何回も世界を救ってるのよ。」

 

笑顔で笹山に話す。

その場に金属がぶつかる音が響いた。

 

「危ないなあ。まだ話してる途中だよ?でもこのままにしているのも可哀そうか。」

 

流牙の剣とマジシャンのナイフがぶつかった音だった。

笑顔で受け止めその上に軽口を叩ける余裕っぷりを見ると世界を救ったというのもあながち嘘ではないようだ。

 

「今、解放してあげるからね。」

 

流牙がそう言うとマジシャンが吹っ飛んだ。

矢継ぎ早に剣を天に突き立て円を描く。

すると円が割れそこから黄金の鎧が流牙に舞い降り、装着される。

全てが揃うとそこには黄金騎士が存在した。

 

「黄金騎士だが俺の知っている鎧とは違う?」

 

「俺様の記憶とも違うな。ありゃどういうことだ。」

 

迅とゲルバへの返答も無いまま見知らぬ黄金騎士は剣を構えマジシャンへと突き進む。

マジシャンは咆哮し器であった男の肉体が弾け、そこに二本角のホラーが誕生した。

ホラーは自らの皮を一枚剥ぎそれを剣へと変貌させる。

その刃で黄金騎士を迎え撃つつもりだ。

だがその目論見はかなうことはなかった。

そう、剣を創り出したときにはもう黄金騎士は奴を切り裂いていたのだ。

迅が加勢する暇も無く決着はついた。

 

「俺はただ、マジックが上手くなりたかっただけなのに・・・。」

 

ホラーは一瞬マジシャンになりそう呟き消滅した。



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時空

魔導輪を含め六人はホラー討伐の後公園に留まっていた。

迅とゲルバは謎の騎士と法師に疑問をぶつける。

 

「あなた達は何者なんですか?黄金騎士は冴島鋼牙のはず、鎧は二つも存在しないと心得ております。」

 

迅は敬意を払いつつ率直に投げかける。

ゲルバもそれに頷き相手の返答を待つ。

すると騎士、流牙は笑顔で話す。

 

「この時代、時空の人間じゃないんだ俺たち。難しい話かもしれないけど別世界からやってきたって感じかな。」

 

「そう、この時空に居るかわからないけど時空ホラー・デヴァンクスっての追っていてね。その時デヴァンクスがここに逃げ込んだのよ。」

 

法師・莉杏はそう語った。

ゲルバは何かを察したかのように口を開いた。

 

「聞いたことがある、太古のホラーに時空を移動する奴が居たと。ただこっちの時空では居たという資料があるだけで討伐したとか封印したとかいう記述は見たことないな。」

 

「たぶん発見したけど時空を移動したんじゃないかな?詳しい情報が無いからこっちだと居たってだけになってるんだと思うよ。こっちだとまた出たって話で時空を移動する前に倒そうとしたら時空を移動されてしまったんだ。それについてきたのが俺たちってわけ。」

 

「もう、訳の分からない話しないでよ!置いてきぼりなんだけど!」

 

何も知らない笹山が声を上げた。

迅はため息をついて笹山へ近づく。

流牙と莉杏は笑っている。

 

「とりあえず今日は家に帰れ。何をしていたか知らないが危ないことだらけだ、危なくなったら助けに行くから・・・。」

 

「今回は来てくれたけどこの通信機になるっていたやつ何の役にも立たないじゃない!」

 

迅が宥めようとしたところ笹山は先日の指輪の件を引き合いに出してきた。

そのことにゲルバが笑う。

 

「ちゃんと聞こえてるぜ?それはあくまで俺様にだけ聞こえる。危なかったら迅に伝えて助けにいくさ。ただ、道端で急に話しかけるのはやめた方がいいな。変な奴に思われるぞ。」

 

「なんですって!こっちは命の危機を分かって取材してるけどそれにしたってひどい良いようじゃない!?」

 

ゲルバの煽りに笹山が食って掛かる。

そこに割って入ったのは流牙だった。

 

「お姉さんは記者さん?」

 

「そ、そうだけど。」

 

「俺も前に記者の仲間が居たんだ。短い間だったけど。でも俺のせいでホラーに喰われたんだ。あんまり危険なことに首を突っ込まない方が良いと思うよ?それでも突っ込むなら彼の言うことは聞いてほしいな。彼も君を死なせたくはないだろうからさ。」

 

「う、でも私にもいろいろ・・・。」

 

急に見知らぬ人間が止めに入ったためしどろもどろになる。

彼の言うことに納得したのか笹山は静かになった。

 

「一人で帰るのは危ないから送ってってよね。」

 

「ああ、人気のある場所まではちゃんと送る。だからこちらの話が終わるまで静かにしていてくれると助かる。」

 

「うん。」

 

「じゃあ私たちで女同士のお話をしましょ。こっちの情報も知りたいのよ。」

 

「わかりました。代わりにいろいろ教えてくださいね!ギブアンドテイクでお願いしますよ!」

 

「はいはい、じゃあこっちでね。」

 

迅と笹山が話した後に莉杏が彼女を離れた場所へ連れていく。

改めて流牙との問答に戻る。

 

「時空ホラーというのは理解しました。ですが、さっきのホラーの説明がつかない。何故、魔導火で見分けがつかないのか、発生原因はなんなのか、あなたなら詳しいのでは?」

 

「ああ、あいつは魔導ホラー。ゼドムっていうホラーが居たんだけどそいつの種子が人間に埋め込んでホラーにする。陰我ホラーと違ってゲートから出現するわけじゃないし憑依するわけじゃないから魔導火で判別不可能なんだ。」

 

「ゼドムはこっちの世界だと討伐済みだぜ?それにこっちのは人間に種子は埋め込んでない、ホラーに埋め込んで自分の兵隊を増やしてただけだ。」

 

ゲルバが話に割って入る。

すると流牙の魔導輪が口を開く。

 

「本来はそれが目的だが俺様達の世界だと当時、封印しかできてなくてな。種子を女の魔戒法師の体内に取り込んでプラントを作っていた。本来は魔戒騎士の鎧の原料となるソウルメタルの製造法だったんだが実はこれの扱いが厄介でな。プラントに自分の血を吸わせて人間に刺すと魔導ホラーへと変貌させ意のままに操ることが出来る。これを悪用する奴が現れて危うく世界が終わるとこだったが阻止したんだ。」

 

「ザルバの言う通り。その時ゼドムを倒して俺たちの世界を守った。でも厄介なことにゼドムの種子、魔導ホラーのプラントがまだ残っていた。それを持った人間がデヴァンクスと契約をしてこっちに飛んできたんだ。今は何を理由に世界を飛んだのか、何故プラントを持っているのかはわからないけどそいつを倒して俺たちの世界に戻るのが今のところの目的かな。」

 

迅とゲルバは静かに聞いてる。

難しい話ではない。

彼らの目的はデヴァンクスとそれに追従している者と魔導ホラーを倒し元の時空に戻ること。

 

「こっちの魔戒騎士の力を借りたいんだ。こっちで動きやすいように上へと話をしてくれないかな?」

 

流牙は迅に提案する。

こちらでの助力を得られれば彼らは動きやすくなるだろう。

管轄でない騎士が動いていればこちらの元老院や番犬所が黙ってはいない。

それが起こらないように先手を打ちたいということだ。

迅は考える。

先ほどの戦いと話を聞くに夢物語ではあるが人柄からすれば嘘はついていないはずだ。

だが、彼を中枢に招き入れることは危険をはらんでいる。

迅が悩んでいると先にゲルバが口を開いた。

 

「お前たちの目的はわかった。手を貸すのもかまわないが何故魔導ホラーの正体がわかる?魔導火で見分けがつかないならお前たちもわからないはずだろう?もしもお前たちがそのデヴァンクスの契約者だと仮定するとあれは仕込まれたホラーで俺様たちを誘い出して協力して倒しこの世界の元老院を牛耳ろうって考えている。なんて思ってもおかしくないよな?」

 

迅が聞くのを躊躇っていた質問を彼らに述べる。

確かに彼らが当事者でデヴァンクスに従っているのであればありえない話ではない。

すると流牙とザルバは笑い始めた。

 

「確かに怪しいね。これを渡しておくよ、魔導ホラーを見分けるものだ。」

 

流牙は魔法衣から振り子を取り出した。

顔が付いた振り子だ。

 

「怪しい人間が居て魔導火で反応しなかったらそっちを使ってみて、魔導ホラーならそれで見破れるから。今すぐは信用できないみたいだから信用できるようになったらこの公園に来てよ。情報を集めるとき以外はここに居るからさ。」

 

流牙は両手を広げ笑顔で話す。

迅とゲルバは顔を見合わせ振り子を見て彼に向き直った。

 

「先ほど助けてもらったのは感謝します。ただあの鎧を纏えるあなたなら信用できると思いますが一応、この装置が本物か確認できるまで元老院へ連れて行くのは保留にさせていただきます。」

 

迅の発言に流牙は頷く。

 

「じゃあまた。あと彼女には優しくした方がいいよ。女の子の扱いは難しいからね。」

 

流牙は迅に助言をしてウインクする。

そして笹山と話している莉杏に声をかけその場から立ち去って行った。

迅は少し思案し笹山に近づく。

 

「おい、送るぞ。」

 

「もうちょっと優しく言えないの?女の子の扱いは慣れた方が良いよ。」

 

「うるさい!送ってやるだけでもありがたいと思え。それと何を話していたんだ?」

 

「何よそれー!まあいいけど。話したのはこっちのファッションとか美味しいご飯が食べられるところとか・・・。」

 

二人の声が夜の街に響く。

彼らが本当に黄金騎士なのか、話していることは真実なのか。

魔導ホラーを使う敵の正体は?時空ホラー・デヴァンクスとはどういった存在なのか。

魔戒騎士・狼紅、梵迅はこの世界を数多の危機から救うことは出来るのだろうか。



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魔導

昼下がりの狼紅邸。

迅は手元の振り子を眺め考えていた。

あの騎士は本当に黄金騎士なのか、時空ホラーが存在してこの世界にやってきているのか、魔導ホラーがどれほど存在するのか、彼らは味方なのか。

謎が多い上に元老院に指示を仰ごうにも味方である保証が無く魔導ホラーがすでに内部へと侵入しているならば自分が殺されるかもしれない。

 

「何やってるの?そんなもの見つめてさ。」

 

ノックもせず桜華が入室してきた。

迅は少し考えた後彼女には打ち明けておこうと考え先日のことを話した。

魔導ホラーのこと、謎の騎士と法師のこと、時空ホラーのこと、そしてこの振り子のこと。

桜華は黙って話を聞いた。

全てを聞き終えるとしばらく考え込み口を開いた。

 

「とりあえずその道具を見せてもらっていい?」

 

「その前に一応。」

 

彼女の前で振り子を使う。

振り子は音を鳴らし回転する。

桜華には何事も無く迅は胸をなでおろす。

 

「そう使うのね。わかったわかった、じゃあお返し。」

 

迅の手から振り子を取り彼の前で使う。

先ほどと同じく何事も無い。

迅は一息ついた。

 

「不思議な振り子だね。魔道具ってのに違いはなさそうだけど素材が気になる。他に情報は無いの?」

 

「いや、先ほど言ったものだけだ。ゲルバ、お前は何か知っているか?」

 

台座に鎮座するゲルバにも声をかける。

 

「俺様は知らないな。知ってることは喋ったしあいつらの事はわからん。」

 

「そうか。」

 

二人が喋り終えると桜華が話始める。

 

「どっちにしろその黄金騎士?みたいなやつの言ってることを真実だとして誰がホラーか分からない状態なわけでしょ?とりあえず彼とコンタクトを取って情報を得る必要があるけど今から行くわよ。」

 

「何!」

 

その提案に驚き迅は思わず立ち上がる。

 

「考えたって答えは出ない、元老院には報告できない、なら私たちが接触して情報を集めるしかないでしょ?虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うし、少なくとも相手に敵意を感じられないならすぐに殺されることはないと踏んで攻めるべきよ。それに相手が本当に味方であればそれから報告すればいい事だし。」

 

桜華は当たり前のように話す。

迅は反論する。

 

「間違っていないのだがリスクが伴う。相手を見ている俺からすればあの騎士は力量が違うんだ。曲がりなりにも黄金騎士を模倣しているだけはある。敵に回るのであれば一人では自信が無い、法師の方もただならぬ雰囲気だった。彼らは・・・。」

 

「うるさい!そんなこと考えて行動しているの?もしも手遅れだったら?すでに犠牲者は出ているのよ?このままなら内部に侵入されて内側から乗っ取られるかもしれない。だったら迅速な行動が必須になるわ。狼紅に認められたのならそれぐらいの覚悟は持ち合わせていると思ったけど見込み違いだったかしら?狼紅も先代も浮かばれないわね。」

 

「桜華、仲間とは言えその侮辱は許せないな!」

 

迅が魔戒剣に手をかける。

桜華はそれを見て笑い迅に指をさす。

 

「なんだ、ちゃんと誇りがあるじゃない。だったら世界を守るためにその黄金騎士もどきを探しに行くよ!私と争うのはあの世に行ってからだ。守りし者なら世界を、人間の事を考えな。」

 

そう言うと彼女は部屋を出ていく。

取り残された迅にゲルバが笑いながら話す。

 

「桜華に乗せられたなあ。守りし者としての矜持があるなら行かないとなあ、迅?」

 

「ふん、わかったよ。自分の保身を考えてた、やってやる。敵対することになったら刺し違えてでも止めてやるさ。まったく、布道法師の弟子だけはあるな。」

 

迅は自身を嘲笑しつつコートを羽織りゲルバを嵌め桜華の後を追う。



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魔導・弐

迅一行は先日の公園へと向かっていた。

 

「場所はこっちでいいの?」

 

「ああ、そこの角を曲がったら公園がある。」

 

目的地に着いた。

まだ夕方前なだけあって子供たちが遊び、母親がベンチで談笑している。

そんな中、子供に混じって大人が一緒に遊んでいた。

赤いインナーに黒い魔法衣を着込んだ男だった。

男は迅達に気付いたようだ。

 

「あれ、今度は別の女の子連れてるんだ。こっちの騎士はモテるんだね。」

 

笑顔でこちらに近づいてくる。

その言葉に迅は慌てた。

 

「桜華は仲間の法師だ!それにこの前の女は助けただけでそういう関係じゃない!」

 

迅は大きな声で弁明する。

子供たちがその声に驚く。

 

「大丈夫大丈夫、俺の友達だから気にしないで遊んでなよ。」

 

「うん!」

 

子供たちは男の言葉に頷きまた遊び始めた。

迅は取り乱したことに気付き深呼吸する。

その間に桜華が口を開いた。

 

「あなたが別世界の魔戒騎士?」

 

「そうだよ。そういえばこの前は自己紹介をしてなかったね。俺は道外流牙、牙狼の鎧を継承した騎士さ。」

 

道外流牙と名乗った彼は笑顔で喋る。

 

「こちらも名乗っていなかった、非礼を詫びる。俺の名前は梵迅、赤銅騎士・狼紅を継承した。」

 

「私は桜華、魔戒法師。彼とは仲間以外の何物でもないわ。」

 

先ほどの言葉に反論するような自己紹介だ。

 

「この世界のお嬢ちゃんも気が強いみたいだな。」

 

流牙の指輪がため息交じりに喋った。

それに反応するようにゲルバが口を開く。

 

「そっちの女も気が強かったな。」

 

「莉杏も見た目と違って魔戒法師らしく強いからな。」

 

「ザルバ、後で莉杏に言っちゃうよ?」

 

「やめてくれ、口を封じられるのは窮屈で叶わん。」

 

流牙は魔導輪と笑いながら話す。

彼らは旧知の仲らしい。

桜華が質問する。

 

「その魔導輪の名前は?」

 

「ああ、こいつはザルバ。」

 

「それが俺様の名前だ。黄金騎士の相棒は俺と決まっている。」

 

「聞き間違いかと思ったがやはりザルバだったか。」

 

迅は合点がいった。

黄金騎士の魔導輪はザルバ、歴史を紐解けばこれは牙狼が生まれたときから決まっているらしい。

 

「で、こっちの元老院に俺たちを紹介してくれるの?」

 

「いや、まだ信用していない。今回は魔導ホラーを討伐したい。」

 

「なるほど、それで探知方法があるなら知りたいってことだね。この前の振り子だけじゃ足りないってことか。」

 

「そうね。聞いた話だと面と向かって使わないといけないんでしょ?ならそれ以外の方法があると思うんだけど、どうなの?」

 

桜華は確信をしていた。

振り子はあくまで対面したときに確信するための物。

ならばある程度、範囲を絞るための探知機があるはずと踏んで質問を投げかけたのだ。

流牙は少し考えて口を開いた。

 

「あるといえばある。莉杏が言っていた、あれを使うには陣を描き魔道具を配置する必要がありそれを安定させないといけない。それだけの場所を確保してくれれば探知は出来るようになるよ。」

 

「ふーん。その莉杏って魔戒法師はどこにいるの?」

 

迅と桜華が周囲を見渡してもそういう人物は見当たらない。

 

「はあい、こっちの騎士さんと法師さんも来て役者が揃ったって感じね。」

 

後ろから高くも凛々しい華やかな声が聞こえた。

振り向くと先日会った派手な魔戒法師が居た。

 

「莉杏!」

 

手をひらひらと振り近づいてくる。

 

「流牙が言った通り探知機を作るならそれ相応の場所が必要なの。ただそこらへんに作るとこっちの警察やらなにやらに邪魔されちゃうのよ。で?あなた達はこれを聞いてどう行動するのかしら?」

 

莉杏は挑戦的な口調で言う。

それを桜華が受けて立つ。

 

「そうね。まずあなた達が安全であることを確認させてもらうわ。」

 

そう言うと振り子彼らに使用した。

それの不協和音と共に彼らが人間であることを証明する。

 

「安全でしょ?」

 

「そのようね。」

 

二人の魔戒法師は笑顔で握手を交わす。

魔戒騎士と魔導輪達も笑う。

 

「とりあえずついてきて、私たちの拠点へ案内するわ。」

 

「助かるわ。あなた美人だからもっとおしゃれしたらいいのに。」

 

「流牙、こっちだ。」

 

「ありがとう、迅。」

 

四人と魔導輪二つは狼紅邸へと足を進めた。



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魔導・参

狼紅邸に戻った一行、着くなり莉杏は屋敷を散策し始めた。

桜華がそれについていく。

迅と流牙は修練場へ向かった。

 

桜華と莉杏は陣を描くに適した部屋を探して回る。

 

「この部屋は日が射しこみ過ぎるわ。」

 

「日差しは要らないのね、なら二階よりは一階、もしくは地下のがいいかしら?」

 

「そうね、出来れば霊脈、龍脈に少しでも近い方が良いわ。その方が正確にわかる。」

 

二人は話しながら屋敷を見て回る。

地下へ向かい彼女らは修練場を通り過ぎ物置となっている扉を開ける。

迅達が住み始めてからもほとんど入っていないため埃が舞う。

 

「これはすごいわね・・・。ただ場所は一番適してる。とりあえず掃除からかな?」

 

「わかったわ。でもここを片付けるのは骨が折れそうね。」

 

二人はため息をつきつつ荷物を運び出す準備を始める。

どこへ片付けるか、陣の形成、魔道具作成のための材料集め。

彼女らはせわしなく働くことになる。

そんな中修練場では金属がぶつかる音が響いた。

 

「やるね!剣を交えてわかるけど君は心が強い!」

 

「あなたも強い!受け止めてわかる、世界を救ったというのも頷ける。」

 

競り合いになりつつも二人は笑顔である。

 

「どうも騎士ってのは戦うのが好きらしいな。なんとも大変な性分だぜ。」

 

「そこは同感だ。ただこれは鍛錬、騎士だからなあ己を磨くことには積極的なんだ。」

 

「弱いよりは強い方がいいもんな。」

 

「俺様達も喰われるのをみたいわけじゃないだろう。」

 

ザルバとゲルバが話す。

ザルバは流牙を理解しての発言、ゲルバは迅のことを理解しきれていないという発言をする。

出来上がった絆とこれから紡がれる絆、それを感じているのか流牙とザルバは目を合わせ微笑む。

競り合う二人は流牙の力が勝ったのか迅が弾き飛ばされた。

よろける迅に追撃を仕掛ける。

態勢を戻し構え直す。

 

「遅い!」

 

立て直す前に流牙の切っ先が迅の首元に触れるほどに近づいた。

ソウルメタルの冷たい温度が伝わってくるほどの距離だ。

 

「参りました。」

 

迅の発言と共に剣が首元から離れる。

 

「一瞬の判断が命取りになる。ザルバとゲルバの話に耳を傾けすぎたかもね。」

 

「まだ未熟です、つい周りに気を取られてしまいました。」

 

「俺様の騎士様はまだまだだな。」

 

「流牙相手によくやった方だと思うがな。」

 

「もう一本、手合わせお願いできますか?」

 

「おっけー、やろうか。」

 

二人はもう一度対面する位置に戻り剣を構える。

すると

 

『ガシャーン!!!』

 

法師達が片付けをしている倉庫から大きな音が聞こえ二人は目を丸くした。

目配せをして倉庫の方へ移動する。

彼らが倉庫へと入ると埃が舞い視界が悪くなっていた。

 

「莉杏、大丈夫?」

 

「桜華!何があった!」

 

埃が落ち着き視界が良くなる。

そこには保管されていた魔道具が床に散乱し頭を抱えている法師二人だった。

 

「大丈夫だけど更に片付けが大変になったわね。」

 

「二人とも鍛錬の邪魔をしてごめんね、すぐ片付けるから。」

 

二人は申し訳なさそうに言う。

魔戒騎士二人は目を合わせ彼女らに視線を戻す。

 

「じゃあ手伝うよ、その方が早いでしょ?」

 

「自分の住む家だ、片付けは家主の仕事だからな。」

 

そう言うと二人は散乱した魔道具を片付け始めた。

四人は各々で協力して終わらせることにした。



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