ナチュラルボーンメイガース (くろはすみ)
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ナチュラルボーンメイガース

 『肥え太る』って言葉があるように、基本的に人は人が肥えてんのは我慢ならんもんらしい。特に、本人が望む望まざるに関わらず、生まれ持って、口を開けてれば飯が入ってくるような身分には、実際、一生考え抜いてもどこからやってくるのか私には見当の付かない、ものすごいやっかみが飛んでくる。

 

 私はよく親父に包丁持って今回だきゃあマジにぶっ殺してやると家中追い回されているけれど、それは全部私が悪いって断言できる。今日は私によく焼き菓子をくれる家政婦さんの悪口言ってたジジイの家にゴキブリ詰めたフラスコを何個も投げ込んで、その中が悲鳴で真っ青になる様を外でゲラゲラ笑ってた。

 

 おとといは店のお得意さんだった大御所様のバカ息子がジロジロ変な目で見てきたんでキンタマブチ蹴ってやった。一週間くらい前は小間使の一人が私の部屋を勝手に掃除して魔導書のことをチクりやがって散々説教された腹いせに、庭中の盆栽を全部ひっくり返した。

 

 そして私は十四になって、そろそろ見合いを考える時期だと方方ちらちら言われるようになり、いよいよピキピキと私の額の中の沢山の血管が暴れだした。

 

「『鞠沙』。お前は器量だきゃ悪くねぇんだ。お母さんに似てな。だから半刻、半刻だけ口を閉じて正座して、ニコニコしててくれりゃいいんだよ。そうすりゃこのお家も安泰な話が決まって、お前だってそこそこいい男を捕まえられるんだ。なあ。たまには俺の顔を立ててくれたってバチは当たらないんじゃないか」

 

 と親父は言う。そりゃ、私だって誰彼構わず、時も構わず何にだって噛み付く暴れん坊じゃない。と思う。この家の奴らの事はみんな好きだ。親父も含めて。こんなでっかい道具屋の面子保たせるのには邪魔なだけの私を許して家に置いといてくれてるだけでも、本当は感謝するべきだ。だけどもっと正直に言えば、私はこんな家に居たんじゃ二十になる前に窒息死だと考えていたし、なんとかさっさといい感じに逃げ出せる方法はないかといつも画策していた。

 

 いっそ酸でもかぶって醜女になってやればよかろうと考えた事もあるが、どこから聞きつけたのかそれだけはやめてくれって家政婦さんが土下座してきて、主人がみっともなく泣き腫らす姿を見たいのですかと言われて、しぶしぶそれもやめた。

 

 結局、冗談じゃないとは思ったが、私ごときに下手に出る親父なんか見たくないし、やってみたら案外調子が良かったりするかもしれないということでお見合いを開くことを了承した。話はトントン拍子で進んで、すぐ私に写真やら遍歴やらまとめられた紙が一人分だけ届いて、見てみると顔は特に何の変哲もなくて、印象の無いやつだと思った。

 

 親父が余程細心の注意を払ったのだろうということもあるけれど、それにしたって意外なことに、私が暴れだしたりだとか、途中で出て行ってしまったりだとか、そういったこともなくお見合い本番は滞りなく終わってしまった。初めから終わりまで、ニコニコしていることができてしまった。はじめ、親父を始めとした関わる全員が、私の本性をひた隠しにしてなんとかくっつく処まで漕ぎ着けようとしていたらしいが、いやもういっそ人となりを初めから受け入れてもらうしかないのではないかと動いたのが功を奏したようだった。

 

 親父はあんないい人はいない、あの人で駄目ならもう駄目だろうと言っていた。私もそう思う。そして、私はなんとかその話を駄目にしようと思っていた。うまくいってしまって気付いたが、私はてっきり、当日ろくでもないやつが来てこれ幸いとぶち壊しにできるものだと心の底では思っていたので、この展開は完全に予想外で、望まざるものだった。違うんだ。私には野望がある。それは道具屋の娘では叶わないんだ。もしかしたら叶うかもしれないが、確率はぐっと下がるはずだ。それに、叶ってしまえばその時点でここにはいられない。それなら話は早い方が良い。周りの損害が少なくて済む。

 

 私は魔法使いになりたかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 家の蔵に呼び出されてここにいる。親父は神妙な顔をしていて、それは親父が一番怒っている時と似ていたので、私は今回は身に覚えがないぞと反論する準備をしていたが、親父はただ顎で私についてこいと指示して、蔵に入っていくだけだった。蔵には知ってないと絶対に判らないような、ちょっとした鉤を下に引っ張ったりだとか、置いてあるだけの鍬の位置を変えたりだとか、そういう手順が五つくらいあって、それを踏むことで地下の隠し部屋への通路が開いた。私は驚いた。部屋には机と、その上に、厳重に封がされた小さな箱が一つあるだけだった。

 

「うちはマジックアイテムを扱わない。それはただのゲン担ぎだと前に説明しただろう。お前はその時納得しなかったが、半分は本当でな。この箱にそういう縛りがあってのことなんだ」

 

 親父の真意がわからず困惑した。曰く、うちの道具屋の初代はこの箱に繁栄を願っていて、その対価(縛り)が店でマジックアイテムを扱わないことなのだという。この箱はどんな願いでも大抵は叶え、それと共に何らかの縛りを与える。それを破った時、何らかの形で報いを受けるらしい。

 

「俺もうちを継いだ時にこれを知らされた。それで思ったよ。これはそんな都合のいいもんじゃないって。俺もガキの頃はお前ほどじゃないが、ひんまがってた。それで気になって出所を調べたら、こいつは力のある座敷童をブチ殺して詰め込んだモンだってことがわかった。呪いのアイテムだ。うちの家は代々、ある意味初代のケツを拭い続けてるってことだ。お前もお見合いの話が正式に決まれば実質家元だ、話す頃だと思ってな」

 

 愕然とした。私にとって、この話のキモはそこじゃない。この家には「マジックアイテムを扱ってはならない確固たる理由がある」。私は、ある意味今迄、どやされる程度で魔法と関わることを許されてきたが、家元となればそんなわけにもいくまい。いや、判らない。店で扱わないというだけで、個人的に魔法に携わる分には問題ないのかもしれない。あるいは、願いが有効だったのは初代だけで、今はもうそんなことは関係ないのかもしれない。親父が「ゲン担ぎ」って言ってたのはそういうことだろう。封印っぽいものがされているのも、親父が誰かに頼んでやったことかもしれない。それが有効に働いて、今となっては形骸化したものなのかもしれない。

 

 だが、そうじゃなかった場合、今、この瞬間からだ。呪いやら魔術の「縛り」は本人がそのルールを理解した時から効果を発揮するのが一番ポピュラーだ!私が今後も魔法と関われば私だけの問題で済まなくなる可能性がかなり高くなったんだ、なんてこった、こんなの予想できるかよ。何故だ?よりにもよってこんな欲求を持って生まれた私が何故この家に!いや、それすらもだ。呪う側の課す「縛り」とはそもそも、得てしてその縛りが破られる事を願い(運命付けて)するものだ。つまり私は呪いに選ばれこの家に生まれた可能性すらある!この家を破滅へと導く使者!それが私か?この野望に抗い、道具屋の娘として一生を過ごすべきなのか?

 

 思わずふらついた私を親父は心配して、その日は寝かされた。私は人生最高の障壁にぶち当たっていることに対して、一体どうすれば良いのか思考する以外は呼吸すらもしたくなかったので、布団の中というのは調子が良かった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 やはり麓の神社にいるというバケモノ巫女(どんな生活を送ればこんな誹りを受けるのだろう。親近感を覚える)は、異変解決の他にも解呪だの結界だのに精通しているらしい噂をよく聞いていたので、真っ先に頼ることにした。一厘程度であっても妖怪と出くわす確率が減るならマシと思いわざわざ大安の晴天を選んで麓まで歩いた。クソと形容する他ない苔むした悪ふざけみたいに長い階段をやっと登ると「私千人殺りました」って感じの女が境内を掃除していた。屠られる落ち葉共だって、もう少し優しい女に掃いてもらいたいと考えているに違いない。可哀想だろと言いたくなる。

 

「可哀想だろ」

 

「何の話よ」

 

 当然の返答だった。とりあえず私の開口一番の粗相はさておき、私の身の上と状況を説明し解呪の依頼をした。しかし、巫女はやめときなさいと言うのだった。一般論だが、散々甘い蜜を吸っておいて今更契約破棄だなんてうまい話はないのだという。無論、博麗の巫女の力を持ってすれば大凡の確率で完璧な除去が可能なのだそうだが、一割くらいで最悪全員死ぬより酷い目に遭うかもしれないと説明された。

 

「なんだ、九割方成功するっていうのか?」

 

「そう。あんたはやってほしそうね」

 

「そりゃあ。決して悪くないだろ、それは」

 

「へえ?一族郎党を賭けて九割よ。悪すぎると私は思うけどね。あんた家族が惜しいとかはないの?」

 

「いや・・・そりゃ、惜しい。惜しいけども」

 

「『マジックアイテムを扱わない』縛りをそんなにしてまで解きたいってことは、マジックアイテムを扱いたいのよね。それが家族よりも大事なの?」

 

「おい、あまり知ったような口を聞くなよ。お前には大事にするべき身内なんか居ないくせに」

 

「そうねえ」

 

「あ、いや・・・その、ごめん。なあ、さっき言ったようにさ、もしかしたらもう、そんな呪いはないのかもしれないんだよ。せめてその鑑定だけでもして貰えないか?」

 

 私がそういうと、巫女は苦虫を噛み潰したような顔をした。そんなことはありえないし、あんたはもうここに来ないで欲しいと言ってきた。その時気付いた。巫女はずっと、私の方を見ていても、私じゃない何かを見ていたことに。何か見えているのかと聞く勇気はなかった。階段から転げ落ちるのと殆ど遜色なく逃げ帰ったし、家で毛布にくるまっていても何かに見られているような気がしてならなかった。程なく親父の怒鳴り声が聞こえてきたのが寧ろ安心を齎したくらいだった。

 

 親父の説教から逃げてきて夜道を歩いていた。早くも頭が冷静になってきて、さっきまで支配されていたハズの巨大な恐怖は何処かへ行ってしまっていた。一番王道だった博麗の巫女が駄目となると、やはり独力でなんとかするしかないのだなと思った。でなきゃ、家族が大事なら私個人の夢は諦めろってことか。

 

 クソくらえだぜ。

 

 私は欲の皮突っ張った女だ。全て手に入れてやる。呪いを外してお家を守る。家族と幸せに過ごす。道具屋としても魔法使いとしても成功する。

 

 ここから見える星全部私のモンにしてやる。

 

 出来ないことはないはずだ、私なら。

 

 

 

 ***

 

 

 

 更に、一年くらい経った。私は結婚した。暫くは健全なお付き合いをということでやっと手を握るかというところ。意外に悪い心地ではない。婿に来た彼は、まあ、お見合いの時から良い人だとは思っていた。ちょっと、印象に欠けるのが玉に瑕だけれど。これから道具屋のことを勉強して、真面目にやって五年か十年もすれば、きっと私に襲名が行くんだろう。

 

 勿論秘密でだが、魔法の研究はやめていなかった。霊夢(もう来ないでと言われた次の日から通い詰めて仲良くなった)は私を責め詰った。私は拝みに拝みまくって、結局協力を取り付けた。私が一人で転がせる分の金だけで霊夢は許してくれた。霊夢は対処療法として、私を呪いの対象から一時的に除外する措置をとり、その間に私が呪いそのものの破棄を確実化する為の準備を進めた。

 

「本当に最低」

 

「何言ってんだ、お前だって結局手伝ってるじゃん」

 

「あんたが暴走して、例えば人里の名家が全員失踪なんてことになったら、私が見捨てたみたいで明日のお茶がマズくなるから、仕方なくよ。本当はあんた一人殺して終わりにしようかと思ったけど、契約の故意の妨害は契約の成立と看做される例が多いし、リスクが高すぎて出来なかった。消去法の成れの果て。こんなの人質とって私を脅してるのと変わらないわよねえ。それでも私があんたを好きで手伝ってるって?」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「あんたはその立場じゃ、絶対に許されないことをしてる。最初にさ、会って目を見てわかったのよ。ああ、こいつバケモノと一緒だって。よっぽど退治してやろうと思った程にね」

 

 バケモノ巫女にもバケモノと太鼓判を押された夜、例の蔵の地下で、私と霊夢は呪いの解呪に成功した。私はめちゃくちゃガッツポーズしたし、霊夢とハイタッチしようとしたらスカされた。霊夢にこの後のことは覚悟しておけと言われた。私マジに退治とかだったらヤだから許してくれよと泣きついたら呆れられて、わかってないならもういいと言われた。なんのこっちゃ。

 

 でも霊夢がなんでそんなことを言ったのかは直ぐにわかった。数日後、親父を見かけなかったのでもしやと思い蔵に行くと、やはりそこに親父が居て、もはや意味の無くなった乾いた肉が入っているのみの木箱を手にとって見つめていたのだ。

 

「親父、どうしたんだ」

 

「突然体が軽くなったんだ。わからないが・・・何かから開放されたような、そんな感じだ。すこぶる調子がいいのに、嫌な予感がしてここに来た」

 

「そうだったのか、親父。気付いてたんだな」

 

「これはお前がやったのか」

 

「ああ、そうだよ。全く苦労したもんだけど、ついにさ。これでウチの頭が代々こんなクソミイラに怯えなきゃならないゴミ運命ともおさらばって訳さ、ははは」

 

「お前・・・お前は自分が何をしたのかわかってないのか」

 

 親父は信じられないと言った様子で、明確に負の感情を持って私を見ていた。私はその時、親父はでかしたと言うもんだと思っていた。何をしたのか?この家を救った。この呪いはいずれ成就する呪いだった。その時、霧雨家はドス黒い血液と取って代わったことだろう。親父はこういうことには詳しくないから、何か勘違いをしているのかもしれない。

 

「違う、お前はする必要のない危険を犯した。この家の全てだ。この家の全てを災禍の底に沈めるのと引き換えに自分の目的を優先した」

 

「何を言ってるんだ?そんな訳無いだろ・・・いや、そりゃ私は魔法使いになるべく頑張ってるけど、それと今回の件は、ただ進む方向が合致していただけの話で、ついでだよ。それとも、親父はあの呪いが蔓延ってるのを良しとしてでも、栄華を維持したかったってのか?」

 

「論点をすり替えるな。お前はこれから同じ選択を迫られた時、何度でも周りを投げ打つ選択をするバケモノだ。今それがわかった」

 

「親父」

 

「あの時」

 

 私の声が届いていないことが、ここでわかった。ああ、終わりなんだと。決定的な決別を齎すのが私の選択だったのだと。私のしたことが正しかったかどうかなんて、親父には何の関係もない。親父はただ、その時、家を守り立てるための存在で、私にもそうであって欲しかったんだ。それは、当然のことだ。私がそれに気付いていなかっただけで。

 

「嬉しくてな。お前が本当におとなしく、お見合いを受けてくれて。ついにお前もわかってくれたかと。それで少し気が逸って、蔵の事まで直ぐに喋っちまって。悪かったなァ・・・」

 

 親父の声は震えていた。私は何故か、親父が昔、ぐずる私に一日中構って、金平糖を買ってくれたり、山で迷子になって、捜索に出された連中に見つけ出され親父に引っ叩かれたりしたことを思い出していた。

 

「消えろ、鞠沙。二度とうちの敷居を跨ぐな」

 

 

 

 ***

 

 

 

 大分時間が経った。真相は、私と親父と、霊夢だけが知ってた。私はナントカカントカすげー悪いことをしたので勘当という、適当なアレコレが据えられて追い出された。それに後悔はない。皆が私を攻めるけれど、不要なリスクをわざわざ背負ったわけじゃないって、私は自分を信じてる。・・・いや、本当の本当のところ、もし、真実として不要なリスクであったとしても、結局は同じ道を選んだのかもしれない。霊夢や親父が言うように。最近、私は生まれついてバケモノ側にいるんだってことが、本当によくわかる。呼吸が苦しくないんだよ。魔法の森の廃屋に転がってそこで暮らし始めて、ああ、私はいままで生まれてなかったんだ、ってそう思ったんだ。マジにさ。

 

 それで、今は親父の葬式を遠目で見てる。末期の肺がんだったらしいが、どうせ本当は助かったろうに医者が嫌いすぎて殆どかからなかったせいで死んだんだろう。行きたくねえってごねる親父が目に浮かぶし。私の夫だった人が次の主人に決まりそうだとか言う話も聞いた。どんな顔だったっけ。あんまり覚えてない。

 

「『魔理沙』。傘くらいさしたら」

 

 霊夢が後ろに居て、私に傘の半分を分けた。各名家は博麗にとってもお得意さんだろうし、その主人の葬式にくらいは顔は出すんだろうと思っていたら、なんとこの葬式自体、霧雨家が相談して博麗に取り仕切らせているらしかった。聞けば数代前の主人は博麗に、あの箱の雑な封をお願いしたことがあって、それからは割と懇意にしてる、とか云々、そういうのがあると教えてくれた。

 

「霊夢、今日は色々話題を振ってくれるんだな。もしかして慰めてくれてる?」

 

「うん。悪い?」

 

「ふふ、ありがとー」

 

 結局あの星もこの星も、私の手からはこぼれ落ちたり、掴めなかったりでどうしようもない虚脱感と無力感ばかりの毎日だといつも思う。さっきも言ったように、後悔はない。結果論かもしれないけど、家は、家族は救えたと思う。そして、私は今やりたいことやってるんだ。長命と力と知識への渇望だ。私は欲の皮突っ張った女だ。他に何がある?遠目だけど、親父が死んだのも見届けたし、特に不満とかないんだよ、何度でも言うけど、別に何も悪いことはない。でも、人が傘をささずに濡れている時っていうのは、バレたくないことがある時だけだって察して欲しいし、ダサいところ見られたくないからやめてくれないかなぁ、今だけは。



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