眠り姫は眠れない (顔面ほぼゴリラ)
しおりを挟む

1話 プロローグ (改訂済)

 突然だが、ちょっとだけ私の出す質問について真剣に考えて、君なりの答えを出して欲しい。

 

『人間は平等であるか否か』

 

 

 

 

 

 …………

 

 

 

 

 

 ……そろそろ『答え』、出してくれた?

 

 じゃあ、これまた突然なんだけど、私は転生者だ。前世の記憶をある程度覚えている。

 勿論、すべて憶えている訳ではない。性別やら名前やらは転生と同時に忘れてしまったみたいだ。名前はともかくとして、性別は気になるなぁ……。

 とても……いや、滅茶滅茶……。

 

 まぁそれは置いといて、憶えている記憶の話をしようかな。

 

 えーっと、地球の日本に住んでいて、なんかめちゃくちゃ優秀な会社員だった。いや本当に優秀だったんだよ? それも超優秀! 

 飲み会なんかにはあんまり誘われなかったんだけど、多くの後輩達から慕われていてかなり充実した人生を送っていたんだ。

 そして……珍しくお呼ばれした飲み会の帰り道、通り魔に刺されて死んでしまった。通り魔に刺されるなんてどんな確率だよ! と言われるかもしれないけど、驚くのはまだ早い。

 

 そう、転生だ。光の塊に促されて、私は転生することになった。通り魔に刺される可能性より何倍も確率が低そうだよね。

 さらにその時、ある能力を手に入れた。

 

 特典スキル 身体能力強化 小

 

 小 とついているのでそこまで強くないのではないか? と思われるかもしれないし、実際能力上昇は微々たるものだった。

 しかし、このスキルの本質はそこでは無いみたい。このスキルは使えば使うほど上昇率が上がる。そんな、思ったよりも優れもののスキルだった。

 今の私は、正確には分からないが2倍ほどだ。

 私は今世、女として生まれたんだけど、それでもこのスキルのおかげで、めちゃくちゃ鍛えた男と同じくらいには強い。

 

 そんなスキルを与えられたんだから、異世界にでも転生して魔王でも倒すのかと思ったんだけど……なんだ、蓋を開けてみれば現代日本だ。何も変わらないどころか、前世の記憶のおかげで無双だ、なんて転生した直後は思ったものだ。

 

 ここまで聞いたみんなの中には、考えていた自分なりの『答え』というものを全否定された人もいるのではないだろうか?

 

 人間は平等では無い。何故なら私がいるから。記憶やスキルなんて力を持った私が他の人間と平等なはずが無い。

 

 そんな考えが満場一致の『答え』に変わったんだろうと思う。

 

 しかし、このファンタジーやフィクションのようなお話にはまだ続きがあるんだ。

 

 転生や今世でも憶えている前世の記憶、そして与えられた強い能力。これだけならば、どれほど良かっただろう。

 でも世界はそう甘く無い。私だけが抜きん出た力を無償で手に入れ、持って生まれるようなことを世界が許すはずがないのだ。

 

 少し考えれば分かる事ではあるんだけど、これらのご都合主義的数々にはそれなりの代償が必要だった。

 

 代償スキル 睡眠の質 低下

 

 それを授けられた時、私は喜んだ。そりゃそうでしょ? 現代社会に行くには十分過ぎる能力の代償が、睡眠の質をちょっと下げるだけ。そう思ったんだから。

 

 でも……違った。

 

 そのスキルは最悪の代償だった。そしてスキル名なんて全く当てにならなかった。

 

 

 私は……眠れなかった……

 

 ……寝ようとした。何度も何度も何度も……。紙が机から落ちる。起きる。小鳥や虫達の鳴き声。起きる。風速2メートル程度の風。起きる……

 

 無限ループ。

 

 …………

 

 代償スキル 睡眠不可 

 

 もしかしたら、スキルの名前詐欺まで含めて、代償だったのかもしれない。

 

 そして、話を冒頭に戻す。

 

『人間は平等であるか否か』

 

 この15年間の結論から言うと、人間は平等だ。

 

 世の中には完璧な人間もいる。しかし、元から完璧な人間はいない。

 それは圧倒的なアドバンテージである前世の記憶、そして身体能力強化を持って生まれた私にも当てはまることだ。

 私はそれらの為に、地獄のような苦しみが代償として必要だったのだから……

 

 最後に一言、二言付け加えておこう。

 

 スキルという謎の能力は、それがプラスの効果のスキルであれ、マイナスの効果のスキルであれ()()()()

 尋常ならざる肉体的苦痛に耐えれば、そして発狂してしまうような精神的苦痛に耐え続ければ、スキルはそれ相応の進化を見せる。

 

 人間を平等たらしめる努力や精根は、スキルにも適応される。

 

 これは、世界が『人間は平等だ』と示しているようなものではないだろうか?

 

 

 




 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

入学と諸々
2話 バスの中の眠り姫


<綾小路side>

 

 俺は今、東京都高度育成高等学校へ行くためのバスに乗っていた。

 バスから見える風景は、真っ白の隔離された空間ではなく、ビルであったり、自動車であったり、その奥の山であったり、海であったり……それだけでなぜか満たされた気分になる。

 

「席を譲ってあげようとは思わないの?」

 

 女性のとげのあるきつい声に、少し驚いてビクついてしまった。

 振り向くと、OL風の女性が俺と同じ学校の制服を着た小柄な女子高生に話しかけている。

 女子高生が座っているのはバスの優先席だ。OL風女性のすぐそばにいる老婆に、席を譲ってほしいのだろうと予想する。

 

 しかし……その女子高生は、見向きもしない。優先席の端にある手すりにもたれかかっている。

 

 というよりあれは、……眠っているのか?

 角度の関係でよく見えないが、彼女はおそらく眠っている。

 

「ねぇ、そこの君。聞いているの? ……君に言ってるの!」

 

 そう言ってOL女性は、女子高生の肩をたたいた。

 

「んん? ふぁ〜あぁ~~ おはようございます。……どうしたんですか?」

 

「ッ⁉」

 

 寝起きのあくびと朝の挨拶。そして何気ない質問。

 

 彼女が行った行為はそれだけだったにもかかわらず、バス内の乗客の多くが息をのんだ。無論オレもだ。

 透き通るような声だった。白く長い髪がバス揺れに沿うように靡く。美しい。その容貌も優れたもので、誰もが振り返る美女と言える。

 

 だが――それだけではない。彼女の最後の言葉には、ただならぬ威圧感と怒りと殺意を含んでいた。

 恐らくそれを感じられたのは、オレと直接その殺気を受けたOL女性のみであろう。

 

 あんなにも精密に調整された直線的な殺意があるのだろうか? 彼女はこれまでどんな生き方をしてきたのだろう。

 

「ゆ、優先席だから、困っているおばあさんに譲ってほしいの」

 

 OL女性は何とか少女に用件を伝える。

 オレはOL女性を心底尊敬した。あんな殺意を向けられて尚、言葉を発するのは中々勇気のいる行動だ。

 しかし同時に、過ちであるとも思った。

 

「優先席は、所詮優先席でしかないですよ。お婆ちゃんに譲ってあげるものではありません。疲れていたり、体調不良だったり、障害者、高齢者、妊婦の方に、できるだけ優先して座ってもらう場所です」

 

 少女はOL女性を瞳で見据え、鬱陶しそうにしながらも言葉を続ける。

 

「嗚呼……私は今、とても疲れています。とても眠たいです。とても寝たいです。とても、とても、とても……」

 

 繰り返されるその言葉に……その美しい声色に……バスの中の誰もが魅了され、耳を傾けていることだろう。

 

「私はもう許されていいと思うのです。14年です。14年間耐えてきました。これから私は、14年分の睡眠を行う権利があると思うのです。いいえ、なければならないのです」

 

 そして少女は一呼吸置き、何かを思い出すかのように窓の外を眺める。

 

「そうでなければ、人間は平等とは言えないからです。だから、……だからあなたが私の睡眠の邪魔をするというのならば、私の権利を侵害するというのならば……」

 

 少女はギロリと視線を戻しOL女性に射貫くような目を向ける。OL女性の頬に手を翳し、目を背けられないようにしながら顔を近づける。その距離は少女と女性の唇が触れるかという近さだ。

 そして、OL女性を見据えながら言葉を続ける。

 

「もしそうだと言うのならば、私があなたを直々に処罰しなければならない」

 

「あ……あ」

 

 その言葉は、まったく筋の通っていない暴論であり、現実的に考えてあり得ない極論である。

 

 そして、14年間眠らずに生きてきたかのような口ぶり。それは到底人間にできる所業とは思えない。

 

 その眼光を目の前で見せられたOL女性は、後ろにしりもちをついた。その瞳には、得体の知れないものを見るかのような恐怖がにじみ出ている。

 

 先ほどまで知らないふりをしようと無視を決め込んでいた周りの乗客も流石に危険と判断したのだろう。OLが座り込んだ状況と少女の声色に何事かと目を向ける。

 

 それを見た少女は既に興味を失ってしまったのか、もう一度眠り始めた。そして数秒後には寝息を立てていた。

 

 彼女がOL女性から目を離した時、一瞬だけこちらに顔を向けた。

 

 無表情・無感動・無感情

 

 その目には、光がなかった。何も映していなかった。『こわい』とは思わなかった。

 

 ただあれは――あの虚空の瞳は、まるで鏡で自分を見ているかのようだった。

 

 彼女は……彼女も……そうだったのだろうか?

 

 一般的な家庭で育ったとは思えない、そして何処か自分に似ているその瞳にその可能性を考える。しかし、すぐにそれはあり得ないと改めた。

 あの人物を俺はこれまで一度も見たことがない。

 

 ならば、同様の施設で育てられたのか?

 

 それもまた、あり得ないだろう。

 

 あれと同じような施設が、そういくつもあるとは考えにくい。

 もう一つ理由を挙げるならば、それは彼女の思考にある。

 もし仮に、同様の施設で育てられたのなら、あそこまで自己中心的な人間に育つはずがない。

 

 だとするならば、彼女は何なのか?

 いや……それは今考えても仕方のないことだ。仮説はいくらでも立てられるが答えには辿り着けない。情報が不足している。

 

 彼女が何であろうと、関係ない。

 彼女がオレの邪魔をするのなら、オレに敵対するのなら――実力でねじ伏せてしまえばいい。

 

 オレは一度思考を止め、かの女子高生を見た。先ほどまでの威圧感が嘘であったかのように、座席横の手すりにもたれかかって眠っている。

 

 バスは既に、目的地につながる橋に差し掛かっていた。この橋を越えればそこは、オレの行く先である高度教育高等学校の敷地に入る。

 

 その実力至上の教室で、オレは3年間生きることになる。

 平穏を掴み、日常を知る。事勿れ主義の普通の男子高校生としての生活を謳歌するつもりだ。

 

 

 ーーそしてもう一度思考するーー

 

 

 彼女ならば、あるいは……と

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

<主人公視点>

 

 

 バスから降り、これから三年間通うことになる校舎に向けて歩き出す。

 

 一応、バッグの中を確認しようかな。

 

 そう思ってバッグのチャックを開ける。

 まあ一つしか持ってきていないのだから、忘れるはずもないのだけれど。

 大きなバッグの中からある物体を取り出すと、中にはもう何も入っていない。すっからかんだ。

 

 それは、一般的な高校生に必要不可欠と考えられる筆記用具やノートではない。これから寮生活を送るためにないと不便なパソコンなどの電子機器でもない。

 

 私が取り出したのは、抱き枕である。

 

 大人気マスコットキャラクター睡精(すいせい)ちゃんを象ったこの抱き枕は、私の生涯の宝物である。

 もはやこれなしでは生きていけない位まである。いや、マジで。

 もし睡精ちゃんがこの世界からいなくなってしまうようなことがあれば、私は身体強化スキル上げまくって1000倍くらいにしてこの日本を滅ぼしてやろうと思う。多分できないこともない。

 

「睡精ちゃん、かわいいなぁ」

 

 抱き枕を抱きしめながらそう言うと、周りの人間から奇異の目を向けられ距離をとるように移動され始めたけど、そんなことは別に構わない。私の親友も同じ高校に入学したのでボッチになる事は無いだろう。いや……クラスが別になれば……。すぅぅーー……その時は大人しくボッチ街道を歩むとしよう。クラスメイトと慣れ親しむつもりは無い。

 

 そういえば睡精ちゃんは、「スイちゃん」と略称で呼ばれることが多いんだけど、私にはそう呼ぶことはできない。まったくもって悲しいことだ。

 理由は直に分かるかと思う。

 

「睡精ちゃん、マジかわゆす」

 

 そんな感じで、睡精ちゃんを愛でながら歩いていると、後ろから声がかかった。

 

「おい」

「何でしょうか?」

 

 振り向きながら返事をする。そこにいたのは、茶髪の無気力そうな男子生徒だった。身長は175センチといったところだろうか? そして、かなりのイケメンである。

 

「これ、落ちたぞ」

 

 そう言って彼が、手渡してきたのは……

 

「ッ! 睡精ちゃん東京限定キーホルダーー!! ありがとう! もしこれが見つからなかったら、今日は夜中探し回ることになってました」

 

 そうだった。この高校に来る途中でたまたま見つけたのを買っておいたんだった。すっかり忘れていた。

 バッグから抱き枕を出した時に落としてしまったのだろう。

 

 ふぅぅ。良かった良かった。

 

「なぁ。良ければだけど、学校まで一緒に行かないか?」

 

 う~ん。正直面倒臭いけど、睡精ちゃんの借りがあるからなぁ。

 

 私は彼を、お話は得意じゃないけどボッチにはなりたくないタイプなんだと予想する。だから、早い段階で知り合いを作っておきたいのだろう。

 

「……まぁ、いいですよ。しかし、学校で私はほとんど眠っているでしょうから、あなたと話すのも最後になるかもですね」

 

 残念だけど私は別にあなたと仲良くする気は無いです。

 

「そ、そうだな。オレは、綾小路清隆だ」

 

「私は、雛罌粟睡(ひなげし すい)ですよ」

 

 ほらね。もう分かったでしょ? 私の名前、スイなんだよね。

 だからさ~。睡精ちゃんのことをスイちゃんって呼んだらおかしくなっちゃうでしょ? 

 そう言う理由で呼べないんだけど、おんなじ名前だなんて運命感じちゃうよね~。

 

 それから、綾小路くんと何気ない会話をしながら校舎に入った。

 のだが――

 

「何だろうこの場所、ずっと誰かの視線を感じます。私の眠りを……妨害する視線……」

 

「……それはたぶん、あれの影響じゃないか?」

 

 そう言って綾小路くんは、私たちの頭上を指さした。

 あぁ、なるほど。私の睡眠を侵そうとしているのは、監視カメラだ。どうやって壊そうか……

 

 それにしても……

 

「やけに、数が多いようですね。とても――とても不愉快です。教室にはないことを願いましょう」

 

「それは難しいかもな」

 

 綾小路くんは、近くのここから見える教室を指さして言った。

 見える範囲で5つある。

 

「私の全授業快眠計画が、一瞬にして消え去った……(絶望)」

 

「そんなに眠たいのか? あまり寝過ぎると体に良くないらしいぞ」

 

「はぁぁ……綾小路くん、あなたも私の眠りの邪魔をするのですか?」

 

「いやいや、そういうわけじゃない。客観的な事実を述べたまでだ」

 

 確かに一般的には、寝過ぎるというのは良くないのだろう。

 

 しかし、私に限っては違う。転生するときにもらった代償スキル睡眠の質低下の影響で14歳になるまで、全くといっていいほど眠ることができなかった。

 

 それでも生きてこられた理由はもう1つのスキルにある。

 特典スキル:身体能力強化小。

 このスキルのおかげで肉体的負担が大きく減少していた。肉体的負担の軽減に伴って精神的負担も軽減され、14歳までは睡眠をしなくても生きていくことができたのだ。

 

 しかしそれは、普通の人間と同じように生きていける訳ではない。一日中目を瞑り、極力全身に力が入らないようにした。そうすることで目や体の疲労を減らそうと考えたのだ。

 

 まぁ結局、それらは全て爆発を遅延する程度の役割しか果たさなかったのだが。

 

 14歳の時、ある出来事を界に睡眠の質低下スキルの進化が起こった。

 

 それによって、まるで治らない不眠症のようだった睡眠の質低下スキルは、文字通り睡眠の質が低下するだけのスキルになった。

 

 つまり、眠ることができるようになったのだ。

 

 それから約1年間、14年の溜まりに溜まった睡眠欲が爆発し、毎日20時間以上眠る生活を送って来た。最近は大分マシになり、15時間程度でも気が済むようになったのだが。

 

 まぁ、そんな需要のない過去編はどうでもいい。

 

 そんな私と一般ピーポーとを比べても、仕様がないということが言いたかっただけだ。

 

「私の睡眠欲は一般人の3倍はあると思います。よって一般常識は当てになりません。覚えておいて下さいね」

 

「そ、そうか。不快にさせたなら謝罪するよ。すまない」

 

 それから暫く綾小路くんと一緒に行動した。

 

 クラス分けを確認すると私も綾小路くんも同じⅮクラスであることが分かった。

 Dクラスには恵ちゃんもいるようだ。彼女の本名は軽井沢恵。私と同じ中学で、唯一無二の大親友だ。

 彼女が同じクラスと分かっただけで私はこのクラス分けに大満足である。

 

 綾小路くんと一緒に教室に行き席を確認する。なんと私の席は彼の前の席だ。

 

 彼もコミュニケーションは苦手そうだし今日限りで彼と話すのも最初で最後かなと思っていたけど、変な偶然もあるものだ。

 

 少し早めのバスに乗ったので、教室に来ている生徒はまだ少ない。

 

「ふぁ~ぁぁ~」

 

 バス内での多くの時間を睡眠に費やしたにもかかわらずあくびが出てしまう。

 OLに優先席がどうとかで一度起こされたからだろう。眠たいのも立派な体調不良なんだぞー。全く……やめて欲しいものだ。

 

 ホームルームまで時間があるようだし、今のうちに寝ておこう。おやすみなさい。

 

 

 

 

〈雛罌粟 睡 評価(入学時)〉

 

 

学力 A (94)

 

知性 A- (84)

 

判断力 C (49)

 

身体能力 A  (95)

 

協調性 E+ (16)

 

 

(面接官)

 

筆記試験の結果や中学時代の成績を見るに非常に優秀な生徒であることが分かる。また、身体能力も非常に高く、学力・身体能力共に中学・高校の域を遥かに上回るものを持っている。協調性が壊滅的である点を考慮してもAクラス配属にしたい才能である。しかし、筆記試験中だけでなく、面接中に睡眠を取るという暴挙に出たため苦慮の末、Bクラス配属とする。

別途資料参照の結果、Dクラス配属とする。

 

 

 

(捕捉)

 

誕生日:4月1日

 

身長:150

 

スリーサイズ:B80/W55/H79

 

星座:牡羊座

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話 眠り姫と軽井沢恵

「新入生諸君。私はDクラスを担当することになった。茶柱佐枝だ」

 

 う、う~ん。……まだ、眠いよ~ 

 

 ……うん?

 

 誰かがしゃべっているようだ。

 私は何とか重い体を起こす。

 辺りを見渡せば、もう既に教室内の席はすべて埋まっていた。ホームルームは始まっているようで、担任と思われる教師が教卓の前で話している。

 

「ふぁぁ~ぅう」

 

 あくびがこぼれ出そうになるのをしっかり我慢する。私じゃなきゃ抑えられなったね!

 

 そう言えば、恵ちゃんの席はどこだろう。

 ……お! 右斜め前だ。めっちゃ近いじゃんか! 

 同じクラスになったり席が近かったり……私たちってもしかして運命の赤い糸で――

 

 そんな事を考えていると担任の先生(名前はもう忘れた)のどうでもいい自己紹介が終わった。

 次は学校のシステムについての話をするようだ。そう言えばちょっと特殊だって言われてるんだよね。ここからは少し重要そうなので耳を傾けておく。

 

 まず初めに、学生証が配られた。

 この学生証にはポイントというもの(プライベートポイント:以下 pr と略す)が入っているらしい。そのポイントは売店や敷地内の施設でお金と同様の役割を果たすそうだ。クレジットカードみたいなものだね。

 

 その支給額はなんと10万pr!!

 

 ……いや、多すぎじゃない?

 

 この支給額が1年……すなわち12か月続くとなると、そして、それが2、3年生にも同様に毎月至急されるのならば、1年間の支給額は1億を超える。

 

 しかもこのクラスの人間の大半は、この事実に気づく素振りも見せず、高校生には多すぎるポイント量に冷静さを失い、先生の話を無視して騒いでいる。

 全員が、とまでは言わないがⅮクラスの殆どが無能だ。

 

 この程度の生徒に10万分の価値があるのだろうか? 

 いや、ない。彼らと深く関わった訳ではないが、それに関しては即答できる。

 

 もし仮にこいつらに10万の価値があると学校側が見なしたのならば、この学校に未来は無いだろう。ましてやこの学校は日本政府が運営している。

 将来性の無い学校に多額の金を用いることなど在り得ない。流石にそこまで腐っていない。

 

 私が考察する中、担任の教師も言葉を続ける。

 

「――入学を果たしたお前たちには、それだけの『価値』と『可能性』がある。そのことに対する『評価』みたいなものだ――」  

 

 学校側は私たちに10万pr分の『評価』を下したということだろう。

 

 思えば先生は、「ポイントは毎月振り込まれる」とは言っていたが、『毎月10万ポイントが支給される』とは言っていなかった。

 

 振り込まれる支給額が0prということも?

 

 とも考えたが……それはないだろう。

 

 毎月の支給額が0prであれば、前の月の支給額を使い果たしてしまった生徒は最低限の生活さえ送れない可能性もある。最低でも1万pr以上は支給されると予想する。

 

 私は『10万ポイント』に関して考えることを一度停止し、先生の言葉の中でもう1つ気になったことにについて考え始める。

 

「学校内においてこのポイントで買えないものはない」という言葉だ。

 

 先ほど私は、このカード(学生証)をクレジットカードのようなものと評したが、担任の言葉通りの代物ならば、それを大きく上回る価値があるかもしれない。

 

 私にとって高校生活で必須の【権利】が手に入るだろう。

 

「ふふっ」 

 

 望むものが手に入るかもしれない嬉しさに思わず笑ってしまった。

 

「どうした? 雛罌粟」  

 

 どうやら担任は私の名前を憶えているようだ。

 いきなり笑った私に、奇異の表情を浮かべる。クラスメイトの視線も一気にこちらを向いた。

 

 現在はポイント制度(Sシステム)や学校について質問を受け付ける時間だったようだ。考えるのに夢中で聞いていなかった。

 

「一つ質問いいですか?」 

 

 丁度良いので1つ聞いておこうと思う。本当はもう一つ聞きたいことがあったのだが、答えてもらえるか分からないし、話が長くなって睡眠時間が削られそうだから止めた。

 

「先生は、先ほど『ポイントで買えないものはない。』といいましたね?」

「……その通りだ」

「では、私は今直ぐにでも買いたいものがあります」

「なんだ? 言ってみろ」

 

「【私がすべての授業で居眠りをしても、クラスの成績にも個人の評価にもポイントにも、そしてその他全ての障害・妨害にも影響されないようにする権利】

 私はこの【権利】をポイントで買いたい」

 

 ドヤ顔で言ってやったぜ。

 この【権利】が手に入れば、今後の高校生活は、安心・安全・安住・安眠である。

 この権利が安価であるならば、尚のこと良い。

 

 

 そんな私に向けられるクラスメイトからの視線は様々だ。

 

 変な奴が来たと、関わりたくないと目を背ける者。

 そんなことできるわけないと非難する者。

 真剣な顔もちで何か考え込むような表情をする者。

 机に脚をかけ唯我独尊を貫く者。

 私の美貌に言葉を失う者。

 

 そして、肝心の担任の先生の反応は――

 

「ふっ」

 

 鼻で笑いやがったー!!

 

「お前は面白い生徒だな。雛罌粟」

 

 面白いって何ですか? 面白いって。

 当然の権利を手に入れようと、当たり前の主張をしただけなのに……

 

「『買えないものはない』のでしょう? ならば買えるはずです。学校内で適用される【権利】なんですから」

「勿論だ。相応のポイントを払えば、その【権利】を買うことができる。だが、そのポイントは決して安くない」

 

 それはそうだろう。居眠りにより生徒の評価をどれだけ下げるのかは分からないが、それに伴うポイントを支払わなければ割に合わない。相当な額が必要な事は覚悟している。

 

「300万pr。お前が3年間、すべての授業で眠っていても、成績やその他の評価に一切の影響を与えないようにする権利を買うのに必要なポイントだ。

 1年につき100万pr。1年単位で買うこともできるが、そうした場合学年が上がる度に権利は無効化される。契約切れということだ」

 

 なるほど。今すぐには、買わせてもらえないようだ。

 さらに、学年が上がると契約は1度リセットされるらしい。ならば、なるべく早く権利を手に入れなければ、損するだろう。

 

 とりあえず目指すべきは、100万prだろうか。

 すぐに手に入れることはできないが、まあ詳細が分かったので良しとしましょうか。

 

 そして、もう一つ分かったことがある。それはプライベートポイントは説明された通り学校内のものならば何でも買えるということ。

 権利なんてものが買えたのだから、テストの点数もこの学校の敷地も……もしかしたら、誰かの退学なんかも買えるのかもしれない。

 

 思考を止め、とりあえず担任に返事をする。

 

「ありがとうございます」

 

 席に座ろうとすると、再び先生から声がかかった。

 

「まあ待て。私はお前に期待を寄せている。

 もし、この1か月間にプライベートポイントを70万以上手に入れることができ、それでもそのくだらない【権利】を欲するというのならば……その時は【お前が1年の間授業中に居眠りをする権利】を、60万prで済ましてやる。残りの40万は、私が払おう」

 

「ッ!」

 

 マジですか!! 

 この先生めっちゃ優しいじゃん! 100万を60万にしてくれたんだけど!? 60万なら……ワンチャンあるでしょ!

 ありがとう名も知らぬ担任よ。睡眠をくだらないといったことを許してあげようではないか。

 

「それでも、不可能に近い額だがな」

 

 先生はそう言うが、どうやってポイントを増やすのかはある程度検討がついている。

 恐らくポイントというのは生徒間での受け渡しも可能なのだ。そしてこの提案をするということは、1か月で70万prを手に入れる方法がいくつかあるのだろう。

 

「ありがとうございます」

 

 私が席に座ると先生は辺りを見渡し、質問がないことを確認すると教室から出て行った。

 

「ふぁぁぁ~」

 

 この数時間でいつもの10倍はしゃべった気がする。何かクラスの皆は今から、自己紹介するみたいだけど、私にはもうそんな気力はない。

 

 寝よ。

 

 バッグから取り出した睡精ちゃん抱き枕を抱きかかえ、机に突っ伏していると、いつの間にか、微睡みに落ちていく

 

 あぁ、とてもとても幸せだ……。

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

「……ィ、……ゥイ……スイ……スイ、そろそろ起きよう?」

「ぅぅ、う~ん? なに? だれ?」

 

 誰かに呼ばれる声がして、目が覚めた。聞きなれた声だ。唯一眠りから覚めさせられても、不快感を抱かない心地の良い声。

 どのくらい寝ていたのだろうか。

 

「スイ。やっと、起きた! ほら見て? もう夕方だよ」

「……け、恵ちゃん? おはよう」

 

 起こしてくれたのはどうやら恵ちゃんみたい。言われるがままに窓の外を見ると、少し日が暮れている。どうやらかなり長い間眠っていたようだ。

 

「おはよう、スイ。他の皆は5時間くらい前に教室出てったよ? 待つ方の身にもなってよね」

「ご、ごめん」 

 

 5時間も待ってくれるなんて、恵ちゃんの耐久力やばすぎでしょ。

 

「まぁ、いいけどね。その間に家具とか日用品とかいろいろ買っといたしね」

 

 学校の敷地にはケヤキモールというショッピングモールがある。そこで様々な商品を買えるようになっているし、カラオケ等の娯楽施設も存在する。

 

「そう言えばさ。無料で買える商品があったんだよね。多分それって、ポイントが無くなった人のための救済措置なんじゃないかなって私は思ってる」

 

 

 なるほどね。支給されるポイントが0になることはないと考えていたけど……

 ……確かに、0ポイントで利用できる商品があるのならば、ポイントが支給されないという可能性も否定できない。それでも生活に大きな支障は出ないのかもしれない。

 

 

「そうなんだ……毎月支給されるポイントは、やっぱり10万prで固定じゃないんだね。

 先生の言葉から察するにそのポイントは授業態度や成績によって変化する。監視カメラの多さから見ても授業態度のマイナスは、しっかりカウントされるだろうね。

 クラス全体で変化するのか、個人個人で変化するのかは、まだ分からないけど……」

 

 だから私は、欲する権利の内容をわざわざ、【クラスの成績と個人の評価】という風にクラスと個人で分けて伝えた。

 どちらのマイナスでポイントの譲渡量が決められるのか確定できなかったからだ。

 

「それなんだけどさ――クラス全体の評価で変わるんじゃないかな」

 

 私はそれを決めきれなかったんだが、恵ちゃんは自信ありげにクラスの成績が関係してくると言ってきた。恐らく、その結論に至った根拠があるのだろう。

 

「それはまた、どうして?」

「さっき、食堂にも行ってきたんだよね。そしたらそこにも無料で食べれる山菜定食っていうのがあったんだ。私も興味本位で食べてみたんだけど、すっごいまずかったよ」

「なるほど。それを食べていた生徒のクラスが学年ごとに決まっていたってこと?」

 

 個人で評価が下される場合はポイントの量はクラス内でバラつきが見られる。逆にクラス全体の評価が関係するのなら、各学年でポイントが少ないクラスがある程度決まっているはずだ。

 無料の山菜定食が好んで食べるほどおいしくないのであれば、それを食べている生徒達はポイントが少ないクラスの生徒だと分かる。

 

「そうそう。山菜定食を食べてる人全員に『何クラスですか?』って聞いてみたら、その半分以上がDクラスで、それ以外はCクラスだった」

 

フムフム   

 

 あれ? でも全員がDクラスかCクラスというは少し変だ。

 食堂には、2年生と3年生がいるはずだから、2年生ならば2年生で、3年生ならば3年生で、ポイントの少ないクラスがバラけるのが自然。

 

「ということは……Dクラスは比較的に優秀でない人の集まりでAに近づくにつれて優秀な生徒が多いということかな」

「私も同じ意見だよ。でも、私やスイがDクラスなのはちょっと分からないかなぁ」

「成績や身体能力以外でも評価しているということなんじゃない? 実力主義を謳っているけど何を以って実力とするかは、学校側の基準によるものだろうから」

 

 確かに私や恵ちゃんは学力も身体能力も優れているが、A~Ⅾクラスへのクラス分け方法は分かっていない。

 その他の部分で測っていてもおかしくない。

 

 そ・ん・な・こ・と・よ・り

 

「それよりも、すごいよ恵ちゃん! 私が確認したいこと……ううん、それ以上のことをこの短時間で調べ上げるなんて!

 やっぱり、ほかの邪魔な害虫たちとは全然違う。私が見込んだだけのことあるよ!」

「ま、まぁ、私もスイがヒントをくれなかったら分からなかったし? スイがいなかったら、10万に浮かれて散財してたかもしれないけどねぇ~」

 

 ヒントというのは、私が要求した【権利】のことだ。

 クラスメイト達に仄めかしたその言葉で、私が伝えたい全ての疑問を理解し、解決のために行動するというのは、やはり天才的だ。

 

「それでもだよぉ~。恵ちゃん以外に気づいた人はどのくらいいるの? 私が発言してるとき、恵ちゃんだけ教室全体見てたでしょ?」

 

「全てを納得した様子だったのは一人。高円寺くん。唯我独尊って感じだから、私たちに害を及ぼすことはないと思うよ。

 櫛田さん・平田君・松下さん・堀北さんの4人は、何か考え込んでいたようだけど、核心には至らなかったって感じかな。

 あと、スイの後ろの綾小路くんなんだけどさぁ~。無表情すぎて全く分からなかった。なにあれ?」

 

 

 ほとんど誰か分からなかったけど、最後に知っている名前が出てきた。

 

 綾小路清隆

 

 教室に入るまで、一緒にやって来た生徒だ。

 彼のことは、私でもよく分からない。

 会話をしている間もほとんど表情が動かない。感情の機微も感じられない。

 無表情・無感動・無感情――彼は一体何なのだろうか? 彼もまた、私の生活を邪魔をする害虫なのだろうか?

 

 まあ、仮にそうだったとしても。その時は私が……いや、私たちが直接実力でねじ伏せるのみだ。

 

 

「そう言えば、スイは、日用品とか家具とか服とか買ってないよね。買いに行こ!」

「別に要らないよ。どうせずっと恵ちゃんの部屋で過ごすから」

「まあまあ、そう言わずに! 行こ?」

「仕方ない。じゃあ行こっか」  

「うんうん」

 

 

 実力至上を謳っているこの学校で、自ら闘争に身を投じるつもりはない。

 

 ただ――ただ、いつの日にか訪れる、誰にも邪魔されない平穏を望むだけだ。

 

 その目的のためならば、どんな代償をも厭わない。

 

 

 

 

 

 

 

〈軽井沢恵の学校評価〉

 

 

学力      A(86)

 

知性      C(50)

 

判断力     A(85)

 

身体能力    A-(84)

 

協調性     C-(44)

 

 

 

《面接官の評価》

 

中学の3年生の1年間で、学力、身体能力ともに、飛躍的な向上を遂げた生徒。コミュニケーション能力も比較的高く、友人も多い。しかし、どこか一線を引いた態度で接していたようだ。面接の受け答えもしっかりとしているようで、Aクラス配属として申し分のない生徒である。とある事件と深い関わりがあるとしてDクラス配属とする。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話 眠り姫と説明会

 2日目からは、普通に授業がある。

 まだ【居眠りの権利】を手に入れていないので、できる限り眠らないようにしようと思う。……できる限り……

 

 今日からは本格的にプライベートポイントを増やすことについて考えていこう。4月一杯は、70万prを目標に貯めていくつもりだ。そうすれば、安眠必須項目の1つ目が手に入る。

 

 クラスの皆から徴収するのもありだが、そこまで多く集まるとも考えられないし、ゴミムシたちに借りを作るのは気が引ける。

 というか、昨日大々的にポイントを何に使いたいのか表明してしまった為、誰も貸そうとは思わない筈だ。

 クラスの前で言ったのは、失敗だったかも――とも思ったが、あれには別の目的があったので仕方がない。

 

 ここで一旦辺りを見渡す。

 授業中にもかかわらず、ザワザワと話し声が聞こえる。携帯をいじっている者も多い。居眠りをしている者も多い。

 私は必死で耐えているというのに……(殺気)

 

 私が昨日、暗に示して言ったことは、一体何だったのだろうか?

 

 私の言葉に気付いたものが一人いたはずだ。高円寺……だったかな? 唯我独尊って言ってたし、おそらく一番後ろの席にいる彼だろう。

 彼はクラスの闘争に興味がないようだ。

 クラスにこの学校のシステムについて周知していない。今も手鏡で自分を見つめているし、自分以外には、欠片も興味のない性格みたい……

 

 核心には至らなくても、違和感を覚えたと思われる生徒が4人いたと聞いている。

 寮で冷静になって少し考えれば分かるはずなのに、それさえもしなかったのだろうか?

 それとも理解した上でクラスメイトに周知する協調性さえも持ち合わせていなかったのだろうか?

 

 まぁ所詮、ごみ虫はゴミ虫。記憶力・思考力・協調性。その全てがゴミ虫クオリティだったということだ。

 

 私や恵ちゃんもSシステムに関して言及するつもりもないので、この調子では5月の支給ポイントは0prになると予想する。

 

 居眠り、我慢する必要もないかなぁ  

 

 支給額がマイナスになることはないだろうし、どの道0prになるのなら、わざわざつまらない授業に耳を傾ける必要もない。

 

 寝よ。

 

 いつものように睡精ちゃん抱き枕を抱え、微睡みに沈む。

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

「これから食堂に行こうと思うんだけど、誰か一緒に来ない?」

「行く~」

「私も行くよ~平田君」

「私も私も~」

 

 

 一匹のごみ虫♂とそれに群がるゴミムシ♀の煩わしい鳴き声で目が覚める。

 最悪の目覚めである。

 

 呼びかけた男は、平田というらしい。

 昨日、恵ちゃんの言葉の中にも出てきた少しは考える脳を持っている奴だ。

 

 一目見て分かるのはクラスの女子から多大なる人気を誇っているということだ。確か自己紹介をしようと言い出したのもこいつだったように思う。

 

 私の発言について、考えることを放棄したというより、彼なりの優先順位があったのだろう。そして、Sシステムの理解よりクラスをまとめることを優先したのだろう。

 

 現在は昼休みである。学食に行く生徒、教室で弁当を取り出す生徒など様々な生徒がみられる。

 教室で1人ひっそりと食べている者には少しだけ好感が持てる。私の睡眠を邪魔する騒音が極めて少ないからだ。

 

 綾小路くんは、学食で食べるようだ。

 彼は教室を出ようとしたときに、整った顔つきの美少女に話しかけられ、無表情でおろおろしていた。少し面白くて笑ってしまう。

 

 私が起きていることに気付いた恵ちゃんが話しかけてきた。

 

「スイ、起きたんだね。おはよ、弁当食べよ?」

「うん」

 

 そうなのである。恵ちゃんは料理もできるのだ! 

 ハイスペックすぎ~

 

 そして二人で、何気ない話をしながら、激ウマ弁当を食べる。

 

「ど、どうかな?」

 

 答えなんて決まっているのに、そんなことを聞いてくる。かぁいいぃなぁ~もう

 

「滅茶苦茶美味しい」

 

 そんなこんなで弁当を食べていると、さっき綾小路くんに話しかけていた美少女がやって来た。

 

「雛罌粟さん! 私、同じクラスの櫛田って言うの。連絡先交換しよ? クラスの全員と早く仲良くなりたいんだ!」

 

 どうやら、ただ連絡先を欲しているだけのようだ。

 櫛田という人物も昨日恵ちゃんが言及した人だったっけ? 少しは優秀であるに違いない。

 

 特に断る理由もないし、クラスに影響力のある人の連絡先がないことで、不利益を被るかもしれない。まぁ、恵ちゃんに聞けばいんだけどね。

 

「あ、はい。いいですよ」

 

 私が今持っている連絡先は、今のところ、恵ちゃんだけだ。櫛田さんは第2号ということだ。

 

 櫛田さんは手慣れた手つきで、私と連絡先を交換した。

 そして、質問を投じてくる。

 

「そう言えば、軽井沢さん! 雛罌粟さん! 堀北さんについて何か知ってる?」

 

 ……堀北?

 

「誰ですか? 堀北って……」

「堀北さんはスイの斜め後ろの席の人だよ」

 

 堀北という人間がどの人物か確定できない私に、恵ちゃんが小声で教えてくれた。

 斜め後ろと言えば、綾小路くんの横の席だ。

 

「あぁ、あの黒髪ロングかぁ」

 

 綾小路くんとよく話してた女子だ。

 

「私は話したこともないかな」

「私もないですね。彼女がどうしたんですか?」

「うん、皆の連絡先がほしかったんだけど、堀北さんだけ断られちゃって……」

 

 ……堀北という人間は、馬鹿なのだろうか?

 

 クラス全体の評価がポイントに反映すると予想できていなくても、この実力至上の学校で……いやそうでなくても、この情報社会で報連相が大切なことは、自明の事実であるのに……

 

 そう言えば堀北という名前は、昨日の恵ちゃんとの会話の中で出てきた6人の内の1人だ。

 そんな当たり前のことが分からない程の人間ではないはず。

 

 なら原因は、この櫛田という美少女の方にあるのかもしれない。

 

 私が考えている間に、櫛田さんは、恵ちゃんと数回言葉を交わして、教室外に出て行った。

 

 櫛田さんについて少し気になったことがあるので、恵ちゃんにメールで用件を伝えておく。

 

 

 再び、二人で会話に興じていると、スピーカーから放送が流れてきた。

 内容は、 『本日午後5時から、第一体育館で部活動説明会がある』 というものだ。

 

「スイは何か部活、するつもりあるの?」

「まだ、決めてないよ? まぁ、プライベートポイントに大きく関係するなら、入ってもいいかもね。練習には参加しないだろうけど……恵ちゃんは?」

「私はスイが入るんだったら同じとこに入るし、やらないんだったら私もやらない」

 

 どうやら、私に合わせてくれるらしい。慎重に選択しなきゃね。

 

「そう言えば、部活動説明会でも質問の時間があると思うけど、そこで何か聞いておきたいこととかってある?」

 

 昨日は、私自身が先生(茶柱というらしい)に質問したけど、普段は恵ちゃんに用件を伝えて動いてもらったりしている。

 

 昨日に限っては、恵ちゃんがバスに1つ乗り遅れて、私も眠気に耐えられなくてそのままバスに乗ってしまったせいで、一緒に来ることも用件を伝えることも叶わなかったのだが。

 

 別に人任せにしているわけではない。その方が、彼女の成長に繋がるからだ。

 

 私には前世の記憶がある。性別だとか名前だとかは思い出せないが、超優秀な会社員だった記憶がある。そのおかげで、14年間の苦しみで手が付けられなかった勉強も全く問題ない。

 

 だから、恵ちゃんの成長を促しているだけだ。

 

 べ、別に眠いからとか、面倒くさいからとか言う理由ではない。ないったらない。

 

 

 恵ちゃんに先程同様、メールで質問事項を送る。用件は2つ。

 1つは、部活動説明会で聞いてほしい質問。もう1つは、何時でも良いから先生に聞いておいてほしいものだ。

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

 午後の授業もずっと眠っていると、あっという間に放課後になっていた。

 

 ケイちゃんと体育館にいくと、100人程生徒が集まっていた。綾小路くんも堀北さんと来ている。

 

 5時ちょうどに説明会が始まった。司会は、3年の橘というらしい。小柄で可愛らしい先輩だ。私の方が10センチも小さい事は秘密だ。

 

 かなりのハイペースで、どんどん紹介が進んでいく。

 

 すべての紹介が終わった時、私の中で気になった部活動は2つあった。

 

 1つ目は、ゲームの部活動だ。

 ゲームといっても、誰もが知っているボードゲーム(囲碁・将棋・チェス・オセロなど)を楽しんだり、大会に出たりするというものらしい。

 その類いのゲームは前世でよく嗜んでいたし、恵ちゃんと仲良くなってからは、睡眠の合間に時々2人で対戦している。

 まぁ別に、ゲームがしたくて興味を持ったというわけではない。

 

 2つ目は、生徒会だ。

 生徒会に入りたいという訳では無い。

 生徒会の紹介をした生徒会長堀北学は、騒めく1年のゴミムシたちを、上から見下ろすのみで黙らせた。

 他の生徒たちとは明らかに違うその雰囲気に、多少興味を持つことは、仕方のないことだろう。

(見下された気分になった私が会長に殺気を向けようとして、恵ちゃんに慌てて止められるという騒動があったのはまた別の話)

 

 すべての部活動の紹介が終わった説明会は、質問の時間へと移る。

 司会の橘先輩が1年生たちに「何か質問はありませんか?」と問う。

 

 待ってましたと言わんばかりに、豪快に手を上げた恵ちゃんに、橘先輩は少し驚いた表情で発言を促す。

 

「部活動で一定の成績をおさめた場合に、ポイントの支給は行われますか?」

 

 私が彼女にしてもらったこの質問で聞きたいのは、部活動をすることで名誉のほかに何らかの利益が生じるのか? ということだ。

 この学校において、もしその利益があるとするならばポイントだろうと考えた。

 

「はい。優秀な成績をおさめた生徒には、競技の差はあれどポイントが与えられることになっています。また、部活動の功績は(クラスの)評価に大きく関係してきます」

 

 なるほど。これなら何処かの部活に所属することに確かなメリットがあるのは間違いないだろう。

 個人競技の、そして体育会系の部活動に所属するのも有りかもしれない。

 恵ちゃんも誘ってみよう。

 

「ありがとうございます」

 

 こうして説明会は終了し、1年生たちは体育館から出ていく……のだが、綾小路くんの隣にいる堀北さんが放心したかのように動かない。

 

 堀北といえば、生徒会長と同じ名字だ。堀北さんが動かなくなってしまったのも堀北会長が発言した時くらいからだったと思う。

 

 兄妹か親戚かであり、いじめにでもあっていたのだろうか? ……いやそれならば、同じ学校に来るのはおかしな話だ。

 

 まぁなんにせよ、堀北さんと会長の関係には目を配るべきだろう。うまく行けば、どちらかの弱みにつけこめるかもしれない。

 

 この事について、恵ちゃんにメールを送る。

 

 

 

 

 

 体育館を出て、そこで恵ちゃんと別れる。

 

 現在、彼女に要求している頼み事は、三つある。

 

 

①Ⅾクラス櫛田桔梗の動向を探ること

 

②生徒間での賭け事の可不可について

 

③生徒会会長堀北学とⅮクラス堀北鈴音の関係を探ること

 

 

 ②に関しては、すぐにでも動いてくれることだろう。

 

 私は寮で寝て待つだけでよい。そうしている間に、とても優秀な彼女が私の頼み事を遂行してくれるのだから……

 

 




 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話 眠り姫と水泳と退学

 


「いやー授業が楽しみすぎて目が冴えちゃってさー」

「博士、女子の水着ちゃんと記録しておいてくれよ?」

「任せてくだされ。体調不良で授業を見学するンゴ」

 

 …………

 

 ……朝から最悪な気分だ。

 

 いつも通り恵ちゃんと二人で登校してくると、何やら一部の男子が騒がしかった。

 何ということもない。ただ、今日の午後の授業で水泳があるというだけだ。

 そこで、博士と呼ばれた変態一号が女子のおっぱいの大きさランキング表を作るらしい。

 

「……俺は長谷部にかけるぜ」

「俺もかけるぜ。因みに佐倉だ。ここだけの話、俺、佐倉に告白されたんだぜ。もちろん振ったけどな!はっはっ……」

 

 変態二号と三号は、賭け事まで始める始末だ。

 

「このクラスの女子、かわいい子多いからな~ 楽しみだよなー。」

「櫛田ちゃん、長谷部、軽井沢さん、そして雛罌粟ちゃん、想像するだけで…… あ~! ヤリて~!!」

 

 ……やりたい? は? どういうこと? まさか……そういうことなの?

 

「ばっか! まだあんまり人来てねーけど、軽井沢さんと雛罌粟ちゃんはいるんだぞ!」

「大丈夫だって。 軽井沢さんも雛罌粟ちゃんも絶対、淫乱だぜ? 俺、昨日あの二人が、先輩誘ってるとこ見たんだよ(小声)」

「は? くそつまんねぇ嘘つくなよ。軽井沢さんはともかく、雛罌粟さんが淫乱とか……んなわけねぇだろ(小声)」

 

 

 うっわ……耳がいいというのも考え物だ。時には不幸に働く。

 ――全部聞こえてんだよ!

 

 ……不快だ……とてもとても……

 

 

「……ねぇ、恵ちゃん? ……彼の名前なんて言うの?」

 

 私は、変態三号を指さして恵ちゃんに尋ねる。

 

「確か、山内って名前だよ。彼がなんか言ってたの?」

「いやぁ? ……べつに? 」

「……そ、そっか」

 

 変態三号は、山内という名前らしい。彼について振り返ってみる。

 2日目の午前の授業(私が居眠りを耐えていた時だ)において、私語の回数・携帯をいじった回数が変態二号と並んで最も多かった気がする。

 そして最近も、彼らの私語の大きさは先生の子守唄(授業)が聞こえなくなるほどで、私はその声量に度々起こされた。

 

 そんな彼がこの学校でこれから成長するのだろうか?

 いいや。これまでの行動と性格の愚かさから考えて、彼がゴミムシの領域を出ることはない。推測ではない。確信だ。

 

 …………

 

 おめでとう山内くん。君は私の中で、ゴミムシから退学推進対象にランクアップだ。 

 一人消せば、他も静まる。あれらはそういう生き物だ。そして、山内はその犠牲者となる。

 あんな発言をしなければ、放っておいたかもしれないのに……日頃の行いを呪うといいよ。

 

「ん~? なんだなんだ、 雛罌粟ちゃん! 俺になんかあるのか? あ! もしかして、俺がかっこいいって? ははは、そうだよな~」

 

 恵ちゃんとの会話が聞こえていたのか、かのゴミムシが寄ってきた。それ、本気で言ってるの? だとしたらバリ怖い。近寄って来んな!

 

「あははは~、そうですね(死ね)」

「お! まじか! やっぱ、そうだよな~。はっはっはっ」

 

 適当に返事をしたら、勝手に満足して変態仲間の下へ戻っていく。やはりゴミムシの行動原理は理解できない。

 

「おいおい、みんな見たか? 雛罌粟ちゃん、ぜってー俺のこと好きだよなぁ……。ちょっと変わってるけど雛罌粟ちゃんなら、佐倉みたいな地味な奴と違って付き合ってもいいかもな。はっはっ! あ~、水泳たのしみだなぁ」

 

 ついにはそんなことまで言い出した。本人は小声で話しているつもりなのだろうが、興奮を抑えきれていない。クラス中に丸聞こえだ。

 

 恵ちゃんに聞いたところ、佐倉という人物は、毎日弁当を作ってきて教室で静かに食べている子だと分かった。最初の授業も真面目に受けていたし個人的に好印象だ。(私? 私は勿論ねてるよ?)

 佐倉さんに告白されたといっていたが、100パーセント嘘だろう。

 

 

 でも……、結果的にこれはとても都合がいいかもしれない。

 彼のこれらの発言のおかげで、私には彼を退学させるまでのルートが浮かび上がったのだから。彼らの言う通り今日は、水泳の授業がある。うまくいけば、彼がこの学校へ来るのは今日で最後となる。

 

「ふふっ……寝る」

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

 時は流れ、午後の最後の授業が始まった。すなわち水泳だ。

 

 私は体育の教師に話しかける。

 

「少し体調が悪いので、回復次第授業に参加させてもらいます」

 

 如何にもしんどそうな表情でそう言う。すると教師もサボりで見学する他の生徒たちへの対応とは違い、心配そうな眼差しを向けてきた。

 

「分かった。だが、あまり無理する必要はないぞ。体調管理も体育の一環だ」

「いえ、恐らく一時的なものだと思うので大丈夫です。一応下に水着を着ているので、直ぐに参加できます」

 

 伝え終えて見学場所に行こうとすると、朝の一件で完全に勘違いをしている山内が声をかけてくる。

 

「雛罌粟ちゃん、大丈夫か? 俺も雛罌粟ちゃんのスク水見たいからできるだけ早く治してくれよ?」

 

 後半で、全てをぶち壊してくれる内容だった。

 

「はい、心配してくれてありがとうございます(気安く喋りかけるな、ゴミムシ)」

 

 建前と本音というやつだ。

 

「うっひょ~! みんな見ただろ? あの笑顔。やっぱり、俺に惚れてるんだよ」

 

 ……えがお? ……彼には幻覚まで見えているようだ。末期症状ですね。

 

「バッカ! 笑顔なんて浮かべてなかっただろ!」

「山内お前、そろそろやめといた方がいんじゃね?」

「はっ! 自分には特定の女がいないからって、嫉妬してんだな。悪いな~。」

「いや、そうじゃねぇ……」「俺には櫛田ちゃんがいるし!」「そうだそうだ!」

 

 そんな会話を耳にしながら、見学席に移動する。そこにはかなり多くのクラスメイトが休んでいた。殆どが仮病なのは確実だ。

 

 そして、授業が始まった。

 

 ウォーミングアップから基本的な泳ぎ方などの講座に入り、その後残り30分ぐらいでトーナメント形式で50メートルのタイムを競うことになったようだ。なんと、男女それぞれで最もタイムが速い者に5000ポイントを支給するようだ。

 

 嬉しい誤算だ。とても都合がいい。私が思いついた計画を、より完全の状態へと繋げる一言を先生が言ってくれた。

 

 そして、競争が始まった。

 予選の結果から考えると男子では、高円寺くん、平田くん、不良くん、この3人が優勝候補だ。

 

 綾小路くんの体は想像以上に引き締まっていた。筋肉量だけでいえば不良くん以上にあったと思う。

 しかし、予選を通過するには少し足りない成績だった。全力を出していないのか、カナヅチなのか、ポイントに興味がないのか、彼の事は本当に分からない。

 

 女子は小野寺という水泳部と堀北さん、そして恵ちゃんの3人が、予選では特に速かった。

 

 恵ちゃんがんばれー!

 

 結局、男子は高円寺くん、女子は小野寺さんが優勝という形となった。

恵ちゃんも27秒と、水泳部相手にかなりの接戦だったのだが、最後の最後で気を抜いてしまったようだ。

 

 トーナメントが終わり、授業は残り3分といったところか? そろそろだね。

 

 まず、恵ちゃんにやってほしいことを連絡しておく。彼女の携帯は更衣室においてあるはずなので、授業終了後に行動を起こしてもらう。

 私が立てる計画は、ほぼ全て恵ちゃんありきで成り立っていて、もちろん今回もそうなのである。

 

 見学場所で制服を脱ぎ、水着姿になって駆け足で水泳教師のところへ行く。

 

「ま、待ってください! 体調が治ったので、最後に私も泳がせてください」

 

 男子達から気持ちの悪い視線を浴びることになったが、必要経費だ。

 

「おう、そうか。少し授業が延長することになるが構わないか?」

 

 今日は体育が最後の授業だったので少し延長した程度では、何の問題もない。

 

「はい、構いません。ただ、他の生徒たちは……」

「あぁ、分かっている。延長するのは、雛罌粟と希望者だけだ」

 

 そう言って体育教師は一度生徒を全員集合させ、授業終了の号令を済ませる。

 

「雛罌粟以外の生徒は解散することを許可する。そのまま帰って構わない。小野寺と高円寺には、既にポイントを渡しているので心配しなくてもいい。

 小野寺は部活でそのままここを使うから、雛罌粟と一緒に泳いでやれ」

 

「はい」

 

 本日最後の授業なので、私以外の生徒はそのまま下校することが許された。また、この体育の教師は、水泳部の顧問でもあるらしい。だから、部員である小野寺さんに指示することができる。

 

「私も残ろう、ティーチャー。かのリトルポピーガールには、個人的に興味があるものでねぇ。構わないだろう?」

「はぁ! てめえが残るんだったら俺も残ってやるぜ! 今度はてめえにはぜってぇ負けねぇ! 先生! 俺にも残らせてくれ!」

「君は私には勝てないねぇ」 「何だと!」 ……

 

 これは意外だった。不良くんはともかく、自身にしか興味がないと思っていた高円寺くんがまさか、私に関心を持ったのだという。まぁ、私の計画の邪魔にならなければそれでいい。

 

「いいだろう。10分後、雛罌粟・小野寺・高円寺・須藤の4人で競争を行う」

 

 私は、言い争っている高円寺君と不良くんには聞こえないが、クラスメイトの数名には聞こえる声量で提案する。

 

「先生、もしこの中で一位になったらポイントもらえますか?」

「もちろんだ。だが、男子生徒には勝てないだろうからな。小野寺に勝利したら5000prを支給しよう」

「ありがとうございます」

 

 まさか本当にくれるとは……顏は強面だが、見かけによらず優しい教師のようだ。

 

「何やってんだよ須藤、早く帰ろうぜ~。なぁ、山内」

「いや、俺は残るぞ、雛罌粟ちゃんのスク水姿をこの目に焼き付けるんだ!」

「マジか、お前……ついていけねぇ。俺は、先に帰るわー。じゃあな」

 

 どうやら退学奨励型ゴミムシは、友達に見捨てられたようだ。ざまあ見ろ! さすがにほかの変態仲間はこいつほどひどくないらしい。

 

「……絶対、櫛田ちゃんの方がいいぜ」 

 

 ――前言撤回、ゴミの仲間はゴミ。

 

「なら、お前は櫛田ちゃん狙えよ。俺は雛罌粟ちゃん……いや、睡ちゃんもらうから」

 

 奴はそう言って見学席に上っていった。許可もしていないのに、勝手に下の名前で呼んでいる。

 そして、私が彼を好きだと信じて疑っていない。周りから白い目で見られていることにも気づいていない。

 

「キモッ」 

 

 思わず口に出してしまったが、奴には聞こえていない。クラスメイトの数名には聞かれたが、それはもう構わない。

 

 

 あ゛ぁ゛~。 早く視界から消したい! けれど、事がうまく運べばその願いは直ぐに達成される。

 

「スイ、私も先に着替えて教室に帰っとくね?」

「うん、あっ! 連絡送っといたから見といてね」

「ッ! ……了解!」 

 

 恵ちゃんは、満面の笑みで了承してくれる。ゴミムシに付きまとわれて、疲れ切った目の保養になる。天使だわ~

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

 10分間のウォーミングアップのあと、私たちは競争の位置につく。

 

「位置について……よーい……ピ―」

 

 4人は、いっせいに飛び込む。泳ぎながら思考する。

 ゴミムシを退学させる前に、もらえるポイントはしっかり貰っておきたい。ポイントを得る条件は、小野寺さんに勝つこと。

 できる限りギリギリで勝利したいので、最後に速度を落とそうと思う。

 

 でも、それで負けちゃったら元も子もないから――

 

 どんどん加速していき、高円寺君と不良くんに並ぶ。

 

「なっ!! ごぼっ」

 

 隣のレーンにいた不良くんが並んできた私に驚いて、泳いでいる間にもかかわらず声を上げてしまう。高円寺君へのリベンジだったはずが、思いもよらない相手、しかも女子に追いつかれたのだから仕方ない。

 

 そのせいで不良くんは、少し減速してしまう。

 

 実質、高円寺君との一騎打ちとなった。高円寺君にはまだ上があるらしい。さらに加速し、私の頭一つ分前に出る。

 

 私もそれを追うように加速……といいたいところだが、私の目的は高円寺君に勝つことではないし、ゴールも近いので、減速する。

 高円寺君がゴールし、少し遅れて須藤君がゴールする。その後になるように、わたしも手をつく。小野寺さんも私のゴールから、1秒もかからないでゴールした。

 少し危なかったかもしれない。

 

「高円寺22秒97、須藤24秒11、雛罌粟25秒13、小野寺25秒99……」

 

「やるねぇ、リトルポピーガール、君が本気をd「おい、どういうことだ!ひなg「雛罌粟さんすごい! すごすぎるよ!!」」」

 

「わわっ!」

 

 高円寺君のめんどくさい絡みがはじまるのを、不良くんがやや切れ気味の口調で遮り、それさえも上回る声量と勢いで、小野寺さんが迫ってきた。

 

「25秒台、それも前半が出せる人なんて日本人女子でそういないよ! それに私も念願の25秒台を出せたの! 雛罌粟さんと泳げば、もっと成長できると思う! 雛罌粟さんお願い! 水泳部に入って!」

 

「顧問として、俺からも頼みたい」

 

 先生からもか……

 

「ええと、そうですねぇ」

 

 私は思案する。水泳部に入るメリットとデメリットは何なのか?

 

 デメリットは明白だ。私の睡眠時間が大きく減少する。

 

 それだけかと思った人もいるかもしれないが、これは、そう簡単に切り捨てられるものではない。私は、授業中眠っているが、別に怠惰で眠っているのではない。忘れてはいけないのが、代償スキル睡眠の質 低下だ。このスキルのおかげで、私が多くの眠りを必要とするから眠っているだけなのだ。

 

 大きなデメリットがあるのは確かだが、水泳部に入るメリットも多大なるものだ。

 

 今回の授業で分かったことだが、水泳の大会で優秀な成績を収めるのはそう難しいことではない。転生特典ともいえる身体強化スキルのおかげだ。

 減速せずにそのまま本気で泳げば、21秒台は――いくら何でも厳しいが22秒台ならば可能だったと考えている。

 

 まぁ要するに、大会で優勝しどの位かはまだ分からないが大量のプライベートポイントを確実に手に入れられるということだ。

 

 これは捨てがたい。

 

 だったら――

 

 

「水泳部に入るのは、構いません。……ただし、条件が3つあります」

「条件?」 「構わない。言ってみろ」

「ではまず1つ目。【必ず大会に出すこと】」

「もちろんだよー。雛罌粟さんくらい速かったら、大会に出すのは当たり前だよ。そうですよね、先生」 

「そうだな。そんな条件は無くとも元々そのつもりだった」

「それでは2つ目。【練習への参加は週に一回にすること】」

「雛罌粟さんと競争するのは、練習何日分も価値があるからね。週に一回も来てくれるなら私は十分」「少し残念だが、……まぁ、いいだろう」

「最後の3つ目。【軽井沢恵にも先の2つと同様の条件を適用すること】私が入部するのなら、恵ちゃんの入部は絶対です」

「軽井沢さんもかなり速かったよねー」「27秒台か。十分すぎる秒数だな。分かった。その3つの条件を受け入れよう」

 

 この3つの条件を付け足すことで、デメリットを限りなく減少させ、メリットであるポイントを確実なものにする。

 

 こうして私の水泳の授業は終了となり、さらに私と恵ちゃんの水泳部への入部が決決定した。

 

 4月中には大会はないらしいので少し残念だ。4月中の70万ポイントが楽になると思ったんだけどなぁ……

 まぁ、考えはあるからいいんだけどね。

 

 こうして私の水泳の授業は終了した。

 

 今までの調子なら見学席からゴミムシの声が聞こえてきてもよさそうだが、聞こえてこない――恵ちゃんが任務を遂行してくれているということだ。

 

 私はそのまま脱いでおいた制服をとって、更衣室に入る。クラスの皆は、既に着替え終えていて帰っている。

 

 恵ちゃんが2つ目の頼みも終えているなら、そろそろ……来たね。

 

「はぁはぁはぁ。す、睡ちゃん、一緒に帰ろうぜ。……はっはっ」

 

 予定通りゴミムシ、いや、山内がやってきた。

 

 ここまで計画通りに、だまされてくれる奴は、もうゴミムシなどという部類には入れられない。

 私の中で新しいカーストができた。ゴミムシ>山内――と

 

 とりあえず、適当に返事をする。

 

「はい、まだ着替え中なので少し待ってください」 

「わかった!」

 

 その後私は、恵ちゃんにメールを送る。

 内容は、『現在、女子更衣室前に山内君以外の生徒及び教師がいるかどうか』

 

 そしてもう一つ……

 

 返信は直ぐに返ってくる。

 

『今はいないからすぐにでも、大丈夫だよ。私も次の行動に移るね』 

 

『了解』

 

 そう伝えた後、そのメールはすぐに消される。

 

 更衣室の近くに誰かいるならば、もう少し待つつもりでいたが、ちょうどいないようだ。

 山内に好かれるという不運を除けば、今日は運がいい。

 

 私は、「う、うんっ」と咳払いをして声を整える。そして――

 

 

「う、うわー! ゴ、ゴキブリ!! ゴキブリが出たの。山内君助けてっ!」

 

「!! まじか! わかった!」

 

 山内は直ぐに女子更衣室に入ってくる。

「まじか」はこっちのセリフだよ。ちょっとは、ためらいなよ……

 

 山内があり得ないくらいバカであり変態であること。

 周りに誰もいないこと。

 この学校が入学初日に10万prを支給し、さらに毎月支給されると思っていて、現時点での学校生活に浮かれていること。

 

 さまざまな原因が考えられるが、ここまであっさり入ってくれると今更ながら呆れてしまう。

 

「こっち」 

 

 と山内の手を引っ張り、更衣室の奥へと進む。

 そして、何もないところで盛大に躓く。

 手をつかんでいるので、山内も道づれだ。

 

 その際私は、山内君と()()()()になるように転ぶ。

 

「きゃ!」 「わ、わ、わ!」  

 

 彼の右手が、私のある部分に触れる。

 

 ふに ふに ふに ……  

 

「ん? なんか……やわらかい?」

 

 そう……おっぱいである。

 

「あ、あの……や、山内君……」

「え? あ! 雛罌粟さん! だ、大丈夫か」

「……そ、それより、て、手が……」

「て? ……あ、あ……ご、ごめん!」

 

 山内は、急いで私の胸からその手を離そうとする。

 しかし、私は彼のその腕を掴み、離そうとするのを阻止する。そのまま自分の胸に押し付ける様に動かす。

 

「待って! そのままにして」

「え?」

「実は、ゴキブリなんて嘘なの。本当は、山内君と二人きりになりたかったんだぁ」

「え、も、もしかして」

「それであってると思う。……私、山内君のことが好きなの。……や、山内君は、私のこと、どう思ってる?」

 

 その状況はまるで恋愛物の創作物のようだ。主人公が山内。そして私がヒロイン。

 

「お、俺も、雛罌粟さんのことが……好きだ!!」

「そっか。よかった……山内君をここに、入れたのはね。実は、もう一つ理由があるの……」

 

 私は彼のもう一方の手も掴み私の右胸に、押し当てる様にする。

 これで彼は、私が言おうとしていることにある程度察しがついたのだろう。彼の鼓動がドクドクと聞こえ、その音は徐々に大きく早くなっていく。

 

「はぁはぁはぁ、……そ、それって」

 

 彼は今、かつてないほどに興奮している。

 彼は授業前、変態たちとともに「女子更衣室に入ったらどうなるのか?」などというバカげた話で興奮を覚えていた。

 そんな彼が、実際に女子更衣室に入り、さらに私の比較的豊かな胸を両手で掴むように触れている。

 

 その状況に、彼は興奮している。

 心を高鳴らし、心臓をバクバクと震わせ、目を血走らせ、胸に触れている手は汗ばみ、私の次の言葉へ期待に胸を膨らませながら……

 

 

 だから気づかない。

 更衣室のドアの奥から近づいて来る、バタバタという数名の足音に……

 

 

「うん……私ね、山内君に―――― 退学、してほしいの。」

 

「……は?」

 

 山内は、自分の期待とは全く異なる回答に頭が真っ白になった。

 

 私は彼の腕から手を放す。そうすれば、彼自らが私の胸を触っているように見える。

 

 背筋の力を抜き、後ろに倒れる。

 

 そして、最後の仕上げに……

 

 

「キャ――!! やめて! 誰か! 誰か助けて!!!!」

 

 

 ≪レイプ現場の完成だ。≫

 

 

 バタバタバタ 

 

「先生こっちです」 「わかった」

 

 バタンと更衣室のドアが開き、恵ちゃん、小野寺さん、そして体育教師が入ってきた。

 

 彼らの目に広がっているのは、山内が私に馬乗りになり、殺気立ったような目で興奮して、その両手で、悲鳴をあげながら嫌がる私の胸を揉んでいる。そんな光景だ。

 

 恵ちゃんへの要求の最後の一つは、『先生を呼びに行ってほしい。』というものだ。

 生徒だけの目撃だと、山内が必死で「やってない」と訴えれば、私は暴行を受けたわけではないので、決定的証拠を見つけられず、退学は免れるかもしれない。

 しかし、教師が見たのなら、その証言は絶大なものとなり、どんなに無罪を主張しても無駄である。  

 

 この件に関する恵ちゃんとのメールのやりとりは、全て消している。また、恵ちゃんには、監視カメラや人の眼には十分注意するよう言っておいた。

 私たちがこれらを計画していた証拠を掴むのは、ほぼほぼ不可能だ。

 

 山内は、教室で変態1、2号と共にゴミのような下ネタを連呼しているので、入学して2週間程度にもかかわらずクラスメイト(特に女子)の評価は低い。

 さらに、今日の発言の数々。具体的には、「雛罌粟は自分に惚れている」や勝手に「スイ」と下の名前で呼んだり、朝の「ヤりたい」という発言だ。

 

 逆に私は、水泳の時間に一度、彼を嫌っていると思わせる言葉を言っている。そして、それを数名の生徒が聞いていた。

 

 もしかすると、授業を延長してまで水泳に参加した私に対し、普段の授業態度を見ているクラスメイトは不信感を覚えたかもしれないが、それもポイントを狙っていたという理由で十分かき消せる。

 

 彼を庇うものなどいない。いたとしても、証拠もない感情論を語るだけになる。

 

 私が言うのもなんだけど、山内はかなりラッキーだったんじゃないだろうか? 

 私は、ぶっちゃけ、めちゃくちゃ美少女だ。

 そして、後天的ではあるが、日本人にはそういない美しい純白の髪を持っている。 

 さらに、前世の記憶とスキルで文武両道だ。

 おまけに決して小さくない胸も持っている。

 

 そんな私と女子更衣室で二人きりになり、押し倒した上に、胸も揉めたんだ。

 

 だから……もういいでしょ。そろそろ退場の時間です。

 

 

「何をしている! 山内!」 

「スイ! 大丈夫⁉︎」 

「雛罌粟さん!」 

 

 体育教師は目の前の状況に一瞬立ち止まったが、直ぐにそう叫ぶ。山内に詰め寄り、彼を私から引き離した。

 小野寺さんは「大丈夫?」と心配してくれる。

 恵ちゃんは全てを知っているにもかかわらず本当に心配しているような視線を送ってくる。演技力すご。

 

 私はといえば……

 

「うう〜、怖かったよ〜ぐずっ、ぐずっ」 

 

 恵ちゃんに抱きついて、絶賛嘘泣き中である。

 

 いや……実はガチで涙出てたりする。マジで寒い。

 ずっとスクール水着でいるのだ。それは、水着姿で胸を触らせた方がより興奮させられリアル感が増すと思ったからなのだが、流石に濡れたままの水着で長時間空気に触れているので、普通に寒い。

 そこだけが今日の失態かな〜。

 

「へっくしゅん」

 

 呆然としていた山内が漸く、声を発する。

 

「え、え? 何がどうなって?」 

「お前は、自分が何をしたのか分かっていないのか! 山内、お前は雛罌粟を襲ったんだぞ!」

 

 山内は、何がどうなっているのか分からないという表情だ。

 私の最後の言葉に放心していたら、いつのまにか教師と生徒2人がいて身に覚えのない罪を被せられ、何故か私は泣いている。

 あまりにも理不尽なその状況に、理解が追いついていない。

 

 しばらくすると、茶柱先生や教室で駄弁っていたクラスメイトがやってきた。

 

「……先生、大まかな状況は把握できるが……一度説明してくれ」

 

 茶柱先生が体育教師に尋ねる。

 

「俺は軽井沢に、山内が女子更衣室に入っていったと聞いてな。水泳部の小野寺と、そして軽井沢と様子を見に行った。

 更衣室の中では、山内が雛罌粟に馬乗りになって、両手で彼女の胸を……な」

 

 体育教師のその言葉に付いて来たクラスメイト達は驚きを見せ、軽蔑するような視線を向ける。

 

「おいおいマジかよ山内! 冗談で言うんならまだしもガチでやるとか……」

「山内くん……」

「最低ー」

「ホントだよ! クラスにレイプ魔がいたなんて信じらんない! そんな学校、もう行きたくないよ!」

 

 変態仲間は、またしても彼を見捨てた。

 そして女子からは汚物のような目で見られ、ほぼ全員からブーイングが飛び交う。

 しかし、平田という女子からの人気者は何やら思案顔だ。彼はクラスのまとめ役であり、退学者を出したくないという気持ちが人一倍強いのかもしれない。

 

「は? え? お前ら何言って――」

 

「そもそも、女子更衣室に入った時点で停学は確定だ。その上レイプ。どんな理由があろうともお前は退学だ。山内。よかったな。入学して二週間で退学した生徒は、今までで初めてだ。短い間だったがご苦労だった」

 

 茶柱という先生は、口調はいつも通りだが、雰囲気が少し冷たい気がする。いや、むしろこちらが素なのかもしれない。

 

「は? ち、違う! 俺はレイプなんかしてない。睡ちゃんと相思相愛なんだ。そうだよなぁ? 睡ちゃん!」

 

 山内は、私に同意を求めるように近寄って主張してくる。

 私からすれば、「私に言ってどうすんの?」って感じだけど、何も知らない彼からしたら当然の行動なのだろう。

 ……てか、近寄ってくんな!

 

「こ、こないで! そもそも私、下の名前で呼んでいいって言ってない! ずっと気持ち悪いって思ってた! 私に関わらないで!」

 

 レイプされかけた女子感出してみた。上手でしょ?

 

「そんな! さっき『好き』って言ってくれたじゃん!」

 

「それは、あなたが迫って来たから言っただけ……本当に思ってたわけじゃないよ……」 

 

 「好き」と言ったという事実のみ肯定して、全てを嘘で染めないようにする。

 ここには、実力の読めない綾小路くんもいるので念には念をというやつだ。

 

「見苦しいよ。山内くん。もう認めようよ。睡をこれ以上苦しめないで」

 

 痺れを切らした恵ちゃんが、追い討ちをかけるようにそう言う。

 正直これはあまり良い選択では無いが、……まぁ、今の彼の状態なら問題無いかな。

 

「軽井沢……そうだ!! 軽井沢が見学席にいた俺に言ったんだ。『スイが一緒に帰ろって言ってたよ。先に着替えて荷物も持って来て、更衣室前で待ってたら好感度高上がるんじゃない?』って。 絶対!! だから、急いで着替えて、バッグを取って来たんだ!」

 

 やっぱアホだわこいつ……「そうだ!」とか言ったら、「今思いつきました!」って感じに聞こえるじゃん……。

 

「お前、そろそろ認めた方がいいんじゃね?」 

「そうだね、正直に話してみよう。そしたら、退学を阻止する何かが思いつくかもしれないよ」

 

 彼と仲の良かった変態2号は、もう諦めろとばかりの発言をし、彼があまり好いていなかったであろう女子モテ男くんは、彼を退学させまいとしている皮肉的状況が出来上がった。

 正直に言うと言っても彼は最初から事実と自分が信じて止まないことしか言っていないのだからどうしようもない。そんな彼がこれ以上何位も言えるはずが無い。

 

「軽井沢、山内はああ言っているがそれは事実か?」

「いえ、そうは言ってないです。授業延長の時、見学席にいた山内くんが、スイのことを気持ち悪い目で見てたので、『あんまりそういう目で見てると嫌われるよ』と忠告したんですけど……もしかしたらその言葉に感化されて、山内くんはレイプに至ったのかもしれない。ごめんね、スイ」

「いいよ、私のために言ってくれたんだもん」

 

 恵ちゃんは茶柱先生の質問に、私同様、言葉を全て嘘で染めず山内に話しかけたことには肯定した。

 どこに監視カメラがあるか、人が見ているのかは、注意しても完全に把握できるわけでは無いからだ。

 その上、偽りの感動シーンまで作ってみせるとは……恵ちゃん、恐るべし!!

 

「もはや、弁解の余地もないな。どうやらこの時間は無駄だったようだ。山内、お前は退学だ」

 

 茶柱先生はそう言って、体育教師に山内を連れて行くよう促す。

 

「ふざけるな、俺はやってない! 睡ちゃん! みんな!」

 

 ここに来て私の名前を呼ぶなんて……どうやら山内は最後まで私に騙されていたことに気付かなかったようだ。仮にそのことを言明すれば、まだ弁解の余地が残っていたかもしれないのに……。

 

「……やってないんだ! 信じてくれ! 池! 須藤! ひなg、ゴハッ」

 

 体育教師は手刀による首の後ろチョップで山内を気絶させ、連れて行く。

 え? 何アレ、スゴ! アニメみたいだ! ……でもあれ、危険なんじゃなかったっけ……山内、もしかして……死んだ?

 

 ……ま、いいや。

 ふぅぅ、終わった終わった。スッキリって感じ。

 

 私はまだ着替えておらずそろそろ凍え死にそうなので、皆には更衣室から出てもらう。

 

「へっくしゅ! さっむ!!」

 

 そう言えば……

 

 ――寒いなどと感じたのは、いつ振りだろうか……明日は生まれて初めて――15年ぶりに、風邪をひくかもしれない。

 

「でも、久しぶりに自分に人間味を感じられてうれしかったりもしてみたり? あはっ」

 

『人間味』

 

 その言葉は、先ほど一人の男を、冤罪で犯罪者に仕立て上げた私の非人道的な行動を見ると、「何を馬鹿な」と思う人も多いかもしれない。

 

 

 でも……大丈夫、私はちゃんと取り戻してる。――人間を。――心も体も。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話 眠り姫とプライベートポイントと水泳部

「へっくしゅん……うー、やっぱり風邪ひいた」

 

 今日は山内の退学という一件の翌日である。

 

 あれから精神的な疲労の回復のため、と担任の茶柱には素早く寮へ帰宅する事を命じられた。

 だから昨日は帰ってそのまま疲れて寝て、今日に至るというわけだが……いつも通りならもう朝食を食べて学校に登校しているところだけど、今日は違った。

 

 そう、昨日私が予想した通り、案の定風邪をひいてしまったというわけだ。咳やくしゃみは勿論、熱も38度出た。

 頭がポーっとする。新鮮な感覚だが少し辛い。

 

「はぁー、やっぱり、水着の状態でずっと居たのは失敗だった」

 

 そんな事を呟きながら、昨日私たちが帰る直前に茶柱先生が言ったことを思い出した。

 

「明日の放課後、雛罌粟・軽井沢・小野寺の3人には今回の件に関しての話がある。職員室に来て欲しい。そこで改めて詳細についての詳しい情報を教えてほしい。また、学校側が直接関わっていないとはいえ、1人の生徒に対し多大なる恐怖心を植えつけてしまったかもしれない。その詫びと迅速かつ適切な対応をしてくれた2人に褒美を与えたい」

 

 お詫びや褒美と言うのは、恐らくポイントの事だと予測できる。

 

 褒美の方はまぁ分かる。しかしながら、お詫びに関しては『学校側が関わっている訳では無いにもかかわらず何故ポイント、すなわちお金が支給されるのか?』ということが疑問点だ。

 

 学校内で起こった事件なので、確かに謝罪は必要かもしれないがポイントを与える必要があるかといえば微妙なところだ。

 

 そこで、1つ仮説を立ててみる。

 

 学校側は、この事件を大々的に知らしめたくないのでは? と。

 この学校は日本政府の運営している学校だ。そんな学校で、行為には至っていないので未遂に終わったとは言え、強姦事件があったと世に知られれば、学校どころか政府の沽券に関わる。

 だから、事件の詳細を知る人間には口止め料としてポイントを支給する。なんて……

 

「考えすぎかな? なんか、頭痛くなって来たし……寝よ……」

 

 恵ちゃんは学校に行っているので、そのことに関して何か聞いてくるだろう。帰ってくるまで寝てればいいや。

 そう考えて、いつも通り睡精ちゃん抱き枕を抱えて眠ることにした。

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

「たっだいまー!」

 

 時刻は5時半と言ったところか。私はそんな声で目を覚ました。

 

 恵ちゃんが病人がいるにも関わらず、大声で帰宅報告をした声だ。

 これが恵ちゃんで無ければ、その煩わしい鳴き声を呻き声に変えてやろうかと言うところだが、恵ちゃんの声ならば逆に心が癒され、体に元気が溢れる。

 

 不思議な話だ。

 

「おかえり、恵ちゃん。……お腹すいた」

 

「あ、了解! 食欲があるのはいいことだね! すぐ作るよ」

 

 将来恵ちゃんは、いいお嫁さんになりそうだ。うんうん。

 

 ……やっぱ、あげないね! 恵ちゃんをお嫁に貰いたいなら私を倒してからにするといいさ! はっはっはっ! 

 

 

 作って貰ったお粥を食べながら、いつもの報告会を行う。報連相は大事なのだ。

 

 聞いたところによると、学校側からのお詫びや褒美というのはやはりポイントのようだ。恵ちゃんは10万pr、小野寺さんは5万prが支給されたみたい。

 

 その際、強姦事件を口外しないように、という内容の話があったらしい。また、Dクラスと水泳部の一部の生徒にも、他クラスや外部への情報の流出や言及を堅く禁ずるという内容の話があったという。

 

 そんな緘口令的なもので全ての情報の窓口が塞がるとは到底思えないが、不安要素である不良くんと変態2号も、流石に元友達のことなので大丈夫だろう。

 

 仮に生徒退学の情報が出回っても、強姦に関しては噂程度で終わる筈だ。1年Dクラス生徒の退学は、学校内に100%広まるだろうが……。

 

 そして、私が明日貰うであろうポイントの用途に関して、恵ちゃんと少し話した後、そんな堅苦しい話は止めにして何気ない会話に花を咲かせ、お風呂に入って寝た。

 

 あ! 勿論恵ちゃんと一緒のベッドでね! (どやぁ)

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

 翌日、私の体調は完全に元通りになっていた。恵ちゃん効果だ。今日からまた、この2週間ちょっと続けてきた生活に戻る。

 

 恵ちゃんと学校に行くと多くのクラスメイト達が迎えてくれた。それぞれが私を心配する言葉をかける。真実を知らないからだ。

 

「昨日は大丈夫だった?」

「あんなことがあったんだもん。私だったら怖くて学校いけないよ」

「あんな屑野郎とは思わなかったぜ。雛罌粟ちゃんほんとに大丈夫か?」

 

 それらの言葉に特に罪悪感も覚えない。むしろ鬱陶しいとさえ感じる。

 

 何時からか私は、人間性というものを失っていたのだろう。この世界に初めて生を宿した時には、確かに存在していたはずなのだが……

 

「あ、はい。私はもう大丈夫です」

「そっかー。よかった」

「強いなー、雛罌粟さんは」

 

 席に着き暫くするとホームルームがあり、そして授業がある。少し様子を見ようと、最初の授業は寝るのを控えた。

 一昨日、クラスメイトの退学という大きなことがあったにもかかわらず、クラスの雰囲気はそう変わらない。

 

 しかし、確実な変化が2点あった。

 

 1つは、一部の男子による私語が、明らかに減ったことだ。

 

 その男子は山内の変態仲間や周辺のゴミ虫だ。

 しかし、私語が減ったからと言って、真面目に授業に取り組むようになったわけではない。居眠りが多くなったり、携帯の使用頻度が目に見えて増えていた。この調子ならば、ポイント0は相も変わらず必然だろう。

 

 とはいえ、私語が減ったというだけで私の睡眠の邪魔が大きく減少する。とてもとても、素晴らしいことだ。

 

 2つ目は、一人の男子生徒についてだ。

 

 恵ちゃんとの考察の中で、比較的優秀という評価を下した平田という男だ。

 彼はこれまで通り女子たちに人気であり、それに対する対応も変わらないように見えるのだが、授業中は、うつむいていることが多い気がする。そして時折表情に陰りを見せる。

 

 まぁ別にどうでもいいことだが……

 

 

 

 

 

……………

 

 

 

 

 

「失礼します。茶柱先生はいますか?」

 

 その後の授業は、すべて寝て放課後になった。そして私は、職員室に行った。昨日は行けなかったので、今日の放課後に、職員室に来るように言われていたのだ。

 

 私がそう言って職員室のドアを開けると、担任の茶柱はすぐにやってきた。

 

「来たか。雛罌粟。個別指導室の方で話をする。ついて来い」

「分かりました」

 

 指導室に行く途中で、1人の教師が話しかけてきた。

 

「サエちゃん、もしかしてその子が例の?」

 

 サエちゃん? 茶柱先生のことかな?

 

「そうだ、彼女が強姦の被害者である雛罌粟睡だ」

「ふーん? 頑張ったねぇ、雛罌粟ちゃん。私はBクラスの担任の星之宮知恵っていうの」

 

 星之宮という教師はそう言いながら私を抱きしめてくる。スキンシップが多いタイプのようだ。

 

「何をしているんだ星之宮。はぁ。雛罌粟、いくぞ」

 

 茶柱先生がそう言うとその教師は、意外とすぐに私を解放した。そしてそのまま仕事に戻るのかと思えば、違った。

 

「どうしてついてくるんだ」

「どうしてって、私も学校側の人間だよ? 別に一緒にいても問題ないでしょ?」

「はぁ、まぁいい」

 

 これもまた意外にも、茶柱先生は星之宮の同行を許可した。

 

 個別指導室の中に入り、茶柱先生は話を始める。謝罪から入り、その後の内容は恵ちゃんから聞かされたものと同様の内容だった。

 

 事件の詳細を話し、山内の退学理由について言及しないことを要求され、やっとポイントの支給に入る。

 

 その間星之宮先生は、私を観察するようにじっと見つめていた。人間観察の趣味でもあるのかな?

 

「さて、一昨日言った今回の件についての詫びだが、ポイントで支払わせてもらう。学生証を貸してくれ」

 

 そう言われたので、学生証を渡し、暫く待っていると返された。それを受け取り、ポイントの変動を確認する。

 

「……支給されたポイントは30万prですか」

 

 私のポイントは、9万pr(水泳の5000prは受取済)から39万になっていた。どうやら、30万pr与えられたみたい……。

 一気に70万prを貯められるとも思ったのだが、現実はそう甘くないようだ。

 さらなる高額を図々しくせがむと、取り止めにされ兼ねないので、ここは満足しておこう。

 

「なんだ、不満か?」 

 

 茶柱先生は私の心情を読み取りそう言った。

 

「いえ、十分です」

「まぁ、お前が望む【権利】の70万prには程遠いがな。お前はまだ、あんなものを欲しているのか?」

「勿論」

「権利? 70万? 何のこと?」

 

 ここにきて、星之宮先生が疑問を呈した。

 

 70万とは、私が初日に要求した【居眠りの権利】100万pr(ただし1学年度分)の額を1ヶ月以内なら、40万分立て替えてもらえる様にする額だ。

 

 それはつまり、私が1ヶ月以内に70万pr集めると、60万prで【居眠りの権利】を購入できるということだ。

 

 当然、そんなことを他クラスの担任が知るはずもないので、疑問に思うのは自然なことだ。

 

「待って、権利? 権利って……まさか、サエちゃん、この子1ヶ月以内に権利をポイントで買おうとしたの?」

 

 星之宮先生が驚いたような口調でそう言った。

 ここまで早く、「学校内でポイントで買えないものはない」という言葉の真意に気付いた生徒は、あまりいないのかもしれない。そこに「Ⅾクラスには」という言葉がつくかどうかは分からないが……。

 

「さあな」

「そんな、教えてよ、サエちゃん! 私とサエちゃんの仲じゃない!」

「知らん。というよりも、私とお前の仲だからこそだろ」

 

 茶柱先生はあくまで白を切るつもりのようだ。なら最初から言及するなよ、と言いたい。

 

 そして……茶柱先生と星之宮先生の仲だからこそ言えない、か。

 私と恵ちゃんのこの学校に対する推測が正しければ、他クラスの情報を自分のクラスに持ち帰るなど、教師がするとは思えないが……ほかにも理由があるのだろうか?

 

 そんなこんなで山内退学に関する話は、30万prの支給で終わった。

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

 その後私は恵ちゃんに終了の連絡をし、ある場所で落ち合う。

 

「スイ、終わったんだ? どのくらいポイントゲットしたの?」

「ポイントはねぇ、ジャジャン! 30万prでしたー」

 

 待ち合わせておいた場所に来た恵ちゃんに、学生証を掲げながらそう言う。

 

「あちゃ~、流石にいきなり70万prとまではいかなかったね」

「そうだね~。ま! いんだよ。すぐに集まったら楽できてよかったけど、考えはあるからね」

「それが、ここってことでしょ」

 

 恵ちゃんは今、私たちが来ている場所を指差して言った。

 

「そうだよ~。まぁ、他のでもいいんだけど、より確実だからね」

 

 私たちの目に広がっているのは、一昨日も見た光景だ。

 周りからは、バシャバシャと水を掻き、そして蹴る音が聞こえる。しかし、一昨日とは違い、そこに居る人達は皆真剣な表情だった。

 

 そう、私たちが待ち合わせた場所は、プールだ。そしてそこでは、水泳部の人たちが仲間と、そして水とともに自分自身を高めあっている。かなり強いらしい。

 中には、先日の一件で友達? になった小野寺さんもいる。

 

 私はここでポイントを大量ゲットしようと思う。方法は……まぁ、直ぐに分かるから今は言わない。

 

 どのくらい得られるか、楽しみだ。

 

 そんなことを考えていると、泳いでいた小野寺さんがやって来た。その勢いは、一昨日水泳部への入部を勧めてきた時ぐらいだ。

 

「雛罌粟さ~ん! 軽井沢さ~ん! 来てくれたんだ!」

「うん、行くってメールしてたでしょ?」

 

 私は水泳部に入部するにあたって小野寺さんと連絡先を交換しておいた。私の連絡先第3号ということだ。

 

「それでもだよ~。来てくれてありがとう! ……ところでさ、このメールの最後、どういう意味なの?」

「なにがですか?」

「さいごだよ~。この『先輩たちに雛罌粟さんが来る前に伝えてほしいこと』ってやつ」

 

 小野寺さんが私とのメールの画面を見せながらそう言う。

 私は小野寺さんに2つの要求をしていた。彼女が言っているのは、その2つ目のことだ。

 

「伝えてくれましたか?」

「うん……一応伝えたけど、そのせいで先輩たちの数人が結構本気になってるよ?」

「大丈夫ですよ」

「ははは。雛罌粟さんがそう言うと、何か説得力あるんだよなぁ」

 

 そこから3人で暫く駄弁っていると、1人の女子の先輩が近づいてきた。

 身長は170センチくらいだろうか。私より20センチも高いので近づくにつれ見上げる形になる。帽子とゴーグルを外して黒い髪から水を絞る。髪はそこまで長いわけではなく肩にかかる程度。容姿はかなりの美人さんだ。

 

「あ、部長! この子たちが新入部員の2人です。小っちゃくてかわいい白髪超絶美少女が雛罌粟さん。もう1人の金髪ポニテ美少女が私たち1年Dクラスの女子リーダー格、軽井沢さんです」

「雛罌粟睡です。よろしくお願いしますね。部長さん」

「軽井沢恵です。よろしくお願いします」

「なるほど、このちっこい子があの要求を突き付けてきた子か? 興味深いな。私は女子水泳部部長で3年Aクラスの見海宇美だ」

「みうみうみ……では、親しみを込めて、みゅみゅみ先輩と呼ばせてもらいます」

 

 みうみうみ 上から読んでも下から読んでも みうみうみ

 

「ス、スイ……」

「はっはっはっ! なるほどな、面白い生徒を連れてきたな、小野寺。別にいいさ軽井沢。なんならお前も呼びたいなら好きにすればいい」

「そ、そうですか? じゃあ呼ばせてもらいますよ? みゅみゅみ先輩」

 

 部長も気に入ってくれたみたい。見海部長のあだ名は、みゅみゅみ先輩で決まりだ。

 

「それで、みゅみゅみ先輩。準備はできてますか?」

 

 準備というのは、小野寺さんから先輩たちに伝えてもらったことについてだ。

 

「あ~あれのことか。お前のせいで人数は多くないにしろ、数人が躍起になってるよ。まぁ、全員が参加するわけじゃないがな。私も参加しない。それから、あんなに挑発的に言う必要もなかっただろ……」

 

 なんだ……みゅみゅみ先輩は参加しないのか。残念。Aクラスならいっぱいポイント持ってると思ったのに……

 

「できるだけ多く参加してもらわないと困りますからね。有利なのは、先輩方なんですから……あ、あと遅い人から順番にお願いしますね。後から参加取り消しとかも聞きませんから」

「それは勿論だ。だが、私たちの部は強いぞ。私はお前の実力を知らないからな。私がこの部で1番速いのは確かだが、私がいないとしても連戦はきついんじゃないのか?」

「心配ご無用ですよ、みゅみゅみ先輩。私、速いですから。ねぇ、恵ちゃん、小野寺さん」

 

 どうやらみゅみゅみ先輩は、私の実力を疑ってるみたいだ。小野寺さんに私のタイムは言わないようにしてもらったので、実力がわからないのは当然だ。

 

「そうだね、スイがだれかに負けることなんて私には想像もできないよ」

「大丈夫ですよ、部長。軽井沢さんの言う通り雛罌粟さんすっごく速いんです」

「そうなのか。しかし小野寺、授業で雛罌粟もタイムを計ったんだろう? それを教えてくれればよかったじゃないか。そうすれば、心配なんてしないし、疑う事もないぞ?」

「そんなことしたら、誰も賭けに参加しないじゃないですかぁ。私が雑魚なのに粋がってる新入部員だと思われてる今だから、多くの先輩が参加してくれるんです。ちなみにどのくらいの部員が参加しそうですか?」

「随分な自信だな……まぁいい。今のところは、5人だな。お前の所持するポイントによってはもっと増えるだろうがな」

「そうですか、始める前に私のポイントを開示します。そうすれば、他の先輩も焦って参加したいと言い出す筈です」

「せいぜい9万だろ。その時開示しても意味があるとは思えないがな……。そろそろ雑談は終わりだ。雛罌粟、早く着替えてこい。――っと、軽井沢、お前も参加するのか?」

「いえ、私は今日は見学します。先輩に挨拶とかしておきたいので」

「そうか、分かった。お前までこいつと同類だったらどうしようかと思っていた」

 

 なんか失礼なこと言われた気がする。……まあいいや。

 

 私は今から行うことを、改めて確認する。

 

 私が今からするのは、『賭け』だ。高校生の分際でお金のやりとりのようなものが許されるのか? と思うかもしれないが、ことこの学校においては許されている、という事を恵ちゃんに確認してもらっている。

 

 ルールは簡単。

 

①私はこの賭け事に参加した生徒たちと、順番に1人ずつ50メートル自由形で競争する。

 

②私が負けたら、私はその先輩に()()()()()()全ポイントを渡して賭けはそこで終了。

 

③先輩が負ければ、その先輩は私に()()()()()()ポイントの半分を渡す。

 

④賭け開始後、途中で参加を取り消してはいけない。

 

 この賭けを先輩に伝えることが、小野寺さんに要求した事の2つ目にあたる。

 まぁ実際には、「先輩の力量を量りたい」とか、「先輩たちは私に全敗して多くのポイントを失うだろう」とかもっと挑発的に伝えてもらったのだが……

 現時点の参加者は5人ということなので、その程度の挑発では参加人数にはあまり功を成さなかったようだ。

 

 小野寺さんへの1つ目の要求は、『私のタイムを先輩の誰にも教えないことである』。当たり前だ。今参加者は5人と言っていたが、先にも述べた通り、もし教えていたら誰も参加しないだろうから。

 

 ルール説明は大体こんな感じだ。

 水着に着替えた私は先輩たちが待っているプールサイドに行き、みゅみゅみ先輩に1枚の紙を渡す。

 

「先輩、ないとは思うのですが……後からポイントを渡さないと言われた時のために契約書を作ってきましたので、保証人になってください。そんでもって、賭けに参加する人はサインでもしてくださいね」

 

 契約書と言うのは、さっきの①〜④までの項目をプリントし、サイン欄を付け加えた簡易的なものだ。

 

「ああ、勿論だ。その前にお前には、所持しているポイントを開示してもらう。ほかの参加者にもだ。そしてこの契約書にある『所持しているポイント』という部分に『ポイント開示時点で』、という言葉を付け加えさせてもらう。構わないな?」

 

 ありゃりゃ。バレっちゃってました。

 実は、先ほどのルールだともし負けてもポイントを渡す直前にすべて誰かに渡しておけば、ポイントを払わなくて済んじゃったりする。

 私も万が一にも負けるようなことがあれば、少し汚いが全ポイントを渡しておくつもりだったのだが……。

 3年で、さらにAクラスともなると、そんな考えは見え見えだったというわけか……。

 

「もちろん構いません。ではまず私から……これが私の今のポイントです」

 

 私は、自分の学生証を全員に見えるようにかかげながら、そのポイントを見せた。

 

 そこに映る『390000』という数字を……

 

「な! ありえない!」

「そんな! 嘘でしょ……」

「まだ、入学2週間ちょっとなのに……」

 

 その数字はポイントの足りていない現時点の参加者だけでなく、おそらくAクラス、Bクラスでポイントに困っていない先輩をも驚かせた。

 

「さぁ、どうでしょうか? この量なら、もっと参加してくれるんじゃないですか?」

 

 私に勝てば、39万pr。自分のポイントが無くなるわけでもないし、ほかの人にその大金が渡るくらいならと先輩たちは、少しずつ参加の意思を示し始める。

 

「私参加する」

「私も……」

「私もそうしようかな……」

 ……

 

 そんな風に参加する先輩の人数は徐々に増えていき、最終的な参加人数は12人。相変わらず、みゅみゅみ先輩は参加しないようだが……。

 

 契約は完了し、全員がポイントとサインを契約書に記入した。

 そして――競争が始まる。

 さすがに12回ともなると、私も疲れてしまうだろうが、【居眠りの権利】を買っておかなければ、来月からは授業中に眠ってはいけないという地獄のような生活が始まってしまう。

 それを避ける為の不可欠なコストだ。

 今は元に戻ろうとしているのだから。体が人間的な状態に……。

 

「では、今から1回戦を始める」

 

 飛び込み台の上に立ち、辺りを見渡す。見学席の恵ちゃんと目が合った。彼女は今数人の男子水泳部と見学中の女子水泳部に囲まれ、彼らと『談笑』している。

 その様子に少し嫉妬を覚えてしまうが、彼女にもすべきことがあるのだろう。

 今はその感情を抑え込む。

 

「位置についてー」

 

 私は今回、恵ちゃんに何も言っていない。恵ちゃんが何をしようとしているのか、想像できても知ることはできない。

 

「よーい」

 

 この競争が終わった後、彼女が何を成してくれているのか。とてもとても楽しみだ。

 

「ピー」

 

 そんなことを考えながら、私は水の中に飛び込む。

 

 ――バシャ!

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

「本当にすごいなぁ。雛罌粟。まさか、すべてに勝利して見せるとは……」

「ほんとだよ~。雛罌粟さん! しかも、12回中4回は25秒台。こんなのすごすぎるよ!」

「あぁ、小野寺もでかしたぞ! こんな強者を連れてくるなんてな! 団体1位も夢じゃないな!」

「えっへん!」

 

 みゅみゅみ先輩と小野寺さんが興奮した面持ちでやって来た。

 

 それとは逆に、私に敗北した先輩たちは……

 

「まさか、本当に全員勝ちこされるなんて……」

「Ⅾクラスの阿保が来たと思ったのに……」

「何も知らないカモだと思ってたのに……」

「貯めに貯めたポイントが……」

 

 トホホといった感じで、項垂れている。ゲスイことを考えていた者もいるようだ。また、30万近くのポイントを貯めていた人もいたので、驚くほどのポイントが集まった。

 

 暫くすると、恵ちゃんが見学席から降りてきた。

 

「お疲れ、スイ」

 

 慈愛に満ちた笑顔でそう言ってくれる恵ちゃんは、森羅万象の中で最も美しい。まさに、天使だ。

 

「スイ、結局どのくらい集まったの?」

「ふふ~ん、聞いて驚け! その額なんと! 56万pr!」

 

 賭けに参加した12人の生徒から徴収した額は、56万pr。私の総prは95万pr。目標の70万にようやく(2週間ちょいで)到達した。

 

「お~、やったじゃん! これで欲しいものが買えるね!」

 

 彼女の言う私の欲しいものとは、勿論【居眠りの権利】のことだが、ここには女子水泳部員がいるので、仄めかす言い方にしているのだろう。

 

 そ・れ・よ・り・も!

 

「ところで恵ちゃん。恵ちゃんは一体何ポイント集めたのかなぁ?」

「な、何! やはりお前も何かしていたんだなぁ!!」

 

 私の競泳中、恵ちゃんがしていた事に予想を立ててそう言ってみると、それを聞いていたみゅみゅみ先輩が大声で近寄ってきた。

 

「あはは~。やっぱ、スイにはばれちゃったか~。うん。実はね。私も『賭け』やってたんだ」

「何だと……」

 

 みゅみゅみ先輩は訳が分からない、という表情だが私は、やっぱりなと言う感じだ。

 

「スイが着替えたり、先輩達と契約の話をしてるときにね。競争が始まることを聞いてやって来た男子部員と女子で見学中の人達と仲良くなったんだぁ~」

「なるほどねぇ~。そこで、『賭け事をしよう』って話を持ち出して、私を使ってぼろ儲けってとこかな?」

「はぁ、スイには全部バレバレだね。そ。私は最初からスイが全部勝つことわかってたしねぇ~。これを使わない手はないでしょ!」

「うんうん、素晴らしい! パーフェクト!」

「えへへ~、でも今思えば、スイって最初から私のしたいことに気づいてたんじゃない?」

「どうして?」

「だって、競泳のタイムが不自然だったもん。みゅみゅみ先輩、スイのタイムって記録してますよね?」

「ああ……これだ」

 

 みゅみゅみ先輩は、持っていたバインダーから1枚の紙を取り出し、恵ちゃんに渡した。そこには、今回の競泳全てのタイムが記録されていた。

 恵ちゃんは私の記録が書かれた部分とそれに対応する相手のタイムを比べながら言う。

 

「ほら。やっぱり、1人1人調節してたんじゃん。全部の競争で、相手との差が0.5秒もない。わざとギリギリの勝負に見せかけてくれたんでしょ」

 

 

 

「あはは、ばれちゃった。それで恵ちゃん。恵ちゃんはいくら集まった?」

「あ、そうだったそうだった! 私はね~ジャーン! 60万ポイント集まりました~」

 

 恵ちゃんは、学生証を見せながらそう言う。そこには、76万prという表記がある。

 

 恵ちゃんは元々、今月の支給された10万prの内4万prを使っていた。クラスとの交友関係も重視しているので、遊びに行く事が多いのだ。一昨日の事件における学校からの褒美も合わせ16万prだっので、60万prも集めたのは紛れもない事実である。

 

「あちゃ~、負けちゃったか~。やっぱり恵ちゃんは、凄いよ」

「負けちゃったって言うけど、私はそもそも、スイが勝たなきゃ賭けに負けてたよ? スイがギリギリの戦いを演じなきゃこんなに上手くいかなかったんだから、スイの方が凄いよ!」

「え〜そうかなぁ」

「絶対そうだよ!」

「ま、いっか。帰ろ〜」

「そうだね、じゃあさようなら。みゅみゅみ先輩。じゃあねー、小野寺さん」

「あぁ、確か一週間に1度しか来ないんだったな。またな」

「バイバイ、雛罌粟さん、軽井沢さん」

 

 そう言って2人で寮への帰路に就く。【居眠りの権利】を買うのはまた明日にしよう。どうせ、今月のポイントは0になるのだから買うのはいつでもいい。

 

 

 

……

 

 

 先ほど恵ちゃんは「スイの方が自分よりすごい」と言ったが本当にそうだろうか。

 彼女の言う通り「私がいなければ賭けそのものが成り立たない」というのは本当だ。

 しかし、それが私の方が優れているとなる訳ではない。

 

 恵ちゃんが何を考え、何を為し、それをどんな方法で行ったのかが大切だ。

 

 恵ちゃんの賭けに参加した生徒は見たところ10人だった。単純計算、1人6万prも稼いだことになる。

 それによって彼らに嫌われてしまうのかと思えば、そうではない。帰宅するとき、恵ちゃんに「またな」と声をかける男子や遊びに誘う女子も多くいた。

 

 恵ちゃんの行った賭けは完全に成功したといってよい。

 ポイントを手に入れ、その上先輩たちとの友好的な関係も手に入れたのだから。

 

 その際用いたのが私だった。それだけのこと。

 

 使える者は使う。

 

 それが、ほとんど役に立たないゴミムシでも、平凡な才能しか秘めていないゴミ虫でも、比較的優秀だがその優秀さをうまく使っていないごみ虫でも構わない。

 まして、友達や私でも構わない。

 

 彼女にはそれらをうまく扱う資格と、そして才能がある。

 

 私と出会って恵ちゃんは大きく変わった。

 

 1年前のように、クラスの最低カーストに位置し他の生徒からいじめを受け、それに対し何をすることもできず絶望の瞳で虚空を見つめていたあの時とは、全く違う。

 

 今ではクラスの中に友達と呼べる生徒も多く、クラス内の女子のカーストも櫛田桔梗と並んでトップだ。

 

 私という存在がいる限り恵ちゃんの身に虐めや暴力が降りかかることは無い。

 無能なゴミムシのせいで()年間もの間、その才能に気付くことなく時間を浪費してしまった中学時代。それと同様のことがこの学校で起こることは絶対に在り得ないのだ。

 

 もしそんなことがあれば、私が『約束』通り彼女の害となる汚物を、排除してしまえばいいのだから。

 

 恵ちゃんは、学力も知力も判断力も身体能力もこの1年で目覚ましい成長を遂げてきた。

 そしてこれからも、誰にも邪魔されることなく自身の才能を伸ばすことができる。

 

 彼女の才能は計り知れない。

 

 そして――私には、そのすべてを引き出してあげられるほどの才能があることを、知っている。

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

 とある教室で、2人の女の子の声が聞こえる。

 

「軽井沢さん。もしあなたが望むなら、私はこれからもあなたを守ってあげる。あなたを苦しめるゴミムシたちは、今日みたいに潰してあげる。

 そしてあなたを成長させてあげる。私に頼らなくても、誰でも捻じ伏せられるほどの実力を、あなたに身につけさせると約束するよ」

 

「ほ、本当に?」

 

「勿論。その代わり、1つだけでいいから約束してね?」

 

「うん……なに?」

 

「ずっと……ずっと、私と一緒にいて」

 

「そ、そんなことでいいなら……分かった。約束する! ……でも、なんで? それだけじゃ全然割に合わないよ……」

 

「あなたに……救われたから。……初めてだったんだよ。生まれて初めて、私は眠れた。あなたのおかげ。あなたは私にとって、天使みたいだった。私はあなたといれば戻れる気がする……人間に」

 

「今でも人間だよ? 私を……助けてくれた……」

 

「それはあなたが救ってくれたから……単なるお返し……。それに私もそろそろ限界だったからさ。自分のためでもあったんだ。それだけ……」

 

「それでも……ありがとう。……これからよろしくね、雛罌粟さん」

 

「うん。よろしく、軽井沢さん」

 

「そうだ! これからは、下の名前で呼び合わない?」

 

「そうだね――」 「――」 「――」

 

 2人の会話は続いていく。

 

 彼女達は2人ともかなり容貌が整っていて、特に()()()()()()()()()()髪を持った小柄な少女は、100人居れば100人が振り向く程の絶世の美女と言える。

 

 そんな2人が話を弾ませ、仲睦まじく笑い合う様子は誰が見ても美しいと感じるはずだ。

 

 しかし――

 

 彼女達の美しさをより際立たせているのはやはり――

 

 その教室一面に広がる『赤』だろうか……。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話 眠り姫と終わる日常

 
 


  

「スイ。そろそろ起きて。朝ごはんできてるよ」

「う、う~ん」

 

 いつものように恵ちゃんの心地よい声に起こされた。その声の美しさといえば、鶯のさえずりにも、 迦陵頻伽(かりょうびんが)にも劣らない。

 

 しかし……何故だか今日は眠り足りないと感じてしまう。

 

 眠気と朝ごはんの匂いが拮抗し合うが、朝ごはんは温かいうちに食べなければ、と微睡みの中で思考し、目を覚ます。

 

「ふぁぁぁ~ …………おきた〜 ……きょう、なんかはやくない?」

 

 時計を見ると、何故かいつもより30分も早く起こされたようだ。どして?

 

「今日は色々ありそうだからね?」

 

 今日なんかあったっけ? 誕生日? 私の誕生日は1ヶ月前に過ぎてるし、恵ちゃんのは約2か月前に過ぎてる。じゃあ違うなぁ。

 う――ん、分からん。

 

「何があるの?」

「今日は5月1日。私たちの予想が正しければ……みんなが『真実』を知る日だよ?」

 

 なるほど、もうそんなに時が経ってたのか~。スマホを確認すると、確かに今日は5月1日。

 

 まあ、ほぼ確実に私たちの仮説は正しいんだけどね。まずそれをチェックしないとね。

 

「ポイントの変化は確認した?」

 

 10万prが与えられていなければ、私たちの仮説は正しかったということだ。

 

「見てみるね~。……うん! やっぱりポイントは与えられてない」

「……私も与えられていないみたい。なるほどね。つまり、Ⅾクラスの価値は10万から0になったわけだ。あはっ! うけるね」

 

 これにより証明されるのは、支給されるポイントは固定ではなく、クラス全体の評価に応じて変化すること。

 

 Ⅾクラスには入学当初、10万pr分の価値があり……いや、入学時点で実力を正確に測るのは難しいから可能性……かな。

 Ⅾクラスには10万pr分の可能性があった。だから入学当初、10万ものポイントが支給されたわけだ。

 そして今は、0pr分の価値しかない。私たちはポイントを与えられていないのでは無い。0prを与えられたのだ。

 

 クラスの評価で変動するにもかかわらず、プライベートポイントという言い方は少しおかしいので、トータルポイントや、クラスポイントというような別の呼び方のポイントもあるのかもしれない。

 というか、なければ毎月のポイント譲渡量を決められないので、クラス全体の評価を示すポイントはある筈だ。

 

「まあ私たちも私語やら居眠りやらやってきたから、その評価に関わってはいるんだけどね」

「全部分かってやってるんだから、他のゴミ虫とはわけが違うよ。プライベートポイントもたんまりあるし……。それに私は2週間分はマイナスもつけられてないしね」

 

 ポイントを95万pr貯めてから、2週間が経過している。貯めた次の日には【居眠りの権利】を買ったので、現在は34万prである。だから、そこからの2週間の授業で眠ることしかしていない私に、その間のマイナスは無い。

 

 また、34万prもあれば大抵のことには困らないだろう。

 もしそのポイントで足りない何かがあったとしても、恵ちゃんが75万prくらい所持しているので、貸してもらえば問題ない。

 恵ちゃんも恵ちゃんで独自に動くこともあるかもしれないので、それだけはなるべく避けたいところだ。

 

「それもそうだね。どんな計算で譲渡するプライベートポイントが算出されるのかは知らないけど、私たちがいなくても、どうせ0prになってただろうしねぇ。……あ〜あ。みんな、真実を知って絶望するんだろうなぁ」

「楽しみ?」

「ん? どうだろ……Ⅾクラスの人たちには恨みはないし、彼らがどんな顔をしようが別にどうでもって感じ? スイは?」

 

 私は……恵ちゃんと同じように彼らがどんな目に遭おうが関係ない、って言いたいとこだけど……

 

「ちょっとだけ楽しみ……かな?」

「それはまた、どうして?」

「だってさ、先生の言葉にそもそも疑問に思わなかったり、私の言葉を深く考えずに切り捨てたのがこの結果でしょ? ざまあみろって思っちゃうね」

 

 Sシステムや10万pr(支給されるポイントの多さ)、先生が言った「ポイントで買えないものはない」という発言、おまけに私の、それらを纏める様に仄めかしてあげた言葉を、何も考えずに聞き流したⅮクラスのゴミ虫たち。私の言葉を鼻で笑う奴もいたなぁ。

 

「あははは! 確かにそうかも。普段は最後の仕上げ以外、ぜんっぜん動かないスイが、せっかく自分から公然の場で熱弁したのにね」

 

 やばい、ちょっと毒を含んだ言い方だ。

 

「う、う~~。恵ちゃんにばかり働かせてるのは悪いと思ってるよ?」

 

 流石に最近は恵ちゃんに任せ過ぎたかなぁ。任せっきりだったしなぁ。反省してます。

 

「あはは! 嘘嘘! スイが約束を実行してくれてるの、ちゃんと分かってるからさ! 自分の成長、感じられてるんだよ」

 

 と思ったら冗談だったみたいだ。天使の微笑みと共に抱擁してくれる。どうやら怒ってはいないみたい。ふぅぅ、よかった。

 でもやっぱり最近は恵ちゃんに働かせ過ぎてる気がする。

 

「うん、でもごめんね。恵ちゃん。最近も櫛田さんと堀北さんの件でずっと動いてるんでしょ?」

 

 それだけではない。どうやら恵ちゃんは、私が伝えたこの2つ以外にも独自に動いているようだ。他クラスの偵察をしたり、他学年の生徒に話を聞きに行ったり……。

 恵ちゃんはうまく隠せていると思っているのだが、私にはバレバレである。

 私の恵ちゃんセンサーにかかれば、恵ちゃんの行動を察知することなど容易なのだ! はっはっは!

 

 とは言え、それらは私の言う通りにするだけでは自身の成長に限界があるという考え故の行動だと思うので、私から話に上らせるようなことはしない。

 

「まぁ、見かけたら尾行するくらいだけどね。途中で気づかれちゃったりして、なかなか尻尾を掴ませてくれないんだよね」

 

 既に1ヶ月近くになるが、まだ2人の弱みを握るには至っていない。まぁ堀北さんの方はどちらかと言えば、会長の弱みを握りたいのだが。

 

「流石に私も上手い追跡の仕方とかは、知らないからなぁ。そうだね、じゃあ堀北さんの件については私がなんとかするよ」

 

 私自身もあまり得意じゃないことを、恵ちゃん任せにするのは良くないよねぇ。それに会長の実力は未だに不確定。恵ちゃんには荷が重い可能性もある。

 

「え? 良いの? じゃあ頼もっかなぁ」

「元々私が頼んでたんだからさ。いいんだよ」

「そういえばそっかー。て言うかそろそろ朝食べないと学校遅れるかも……」

「そうだった。せっかくご飯作ってくれたのに……」

 

 そんなこんなで話は終了して、朝ご飯を食べ、学校に行く。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 学校に着くと、Dクラスの反応は主に3つに分かれていた。

 

 10万prが譲渡されていない事に困惑の表情を浮かべる者。

 それに対して冷静に対応しようとする者。

 何も気付かずいつも通り過ごしている者。

 

 しかし中には、そのどれにも当て嵌まらない者もいる。

 

 その1人である高円寺くんは、初日に私の言葉を理解しているので支給ポイント0に対して動じることなく、いつも通り机に脚を置いて座っている。

 ……まぁ彼なら仮に気付いていなくてもあの格好でいただろうが。

 

 そしてもう1人が、私の後ろの席の綾小路くん。現在は堀北さんと配布されていないポイントについて話しているのだが……。

 口ぶりは全く分かっていないという感じだ。しかし、無表情なので本当かどうか分からない。

 考えすぎ……かな?

 彼がただ、普段からポーカーフェイスの凡人であるとも考えられる。

 いやでも、初日に私よりも早く監視カメラの存在に気づいたのはどう説明する? マグレ……だった?

 

 分からない! なんなんこいつ!

 

「雛罌粟さん、あなたは10万prが支給されていない事についてどう思うのかしら?」

 

 綾小路くんについての思考が空回りしそうになり頭を抱えていると、彼とポイントについて話していた堀北さんが話しかけて来た。

 

 えっとなんだって? 10万prが支給されない理由? そんなの今更じゃん。先生と私の言葉を思い出してよ。それが答えだよ。

 

「はぁぁ」

 

 やば、溜息出ちゃったわ。堀北さんは鋭い眼光で睨んで来る。喋った事もない相手によくそんな目で見れるよね。そんけーそんけー。

 まぁ、堀北さんはそれなりに優秀な生徒なので他のゴミ虫達とは違い、少し話してあげてもいいかもしれない。

 

「何かしら?」

「ポイントが支給されないのなんて、そんなの当たり前じゃないですか……」

「え? ……それってどうi『キーンコーンカーンコーン』」

 

 堀北さんが口を開いたとたんに、学校開始を告げるチャイムが鳴った。そのうち先生も来るだろうから説明はしなくても良さそうだ。

 

「きっと茶柱先生が伝えてくれますよ?」

 

 私は堀北さんにそう口にした後、前へ向き直る。

 

 程なくして、茶柱先生が教室に入ってくる。その顔はいつもより険しく、教室内の生徒は何事かと先生を見つめている。そういえば山内に退学を告げる時も、同じような冷たい表情だった気がする。

 

 茶柱先生は、ポイントが支給されていない事に困惑の声をあげ始めるゴミ虫たちを退学の2文字でひと蹴りにし、話を進める。話の内容は私たちの考えと完全に一致していた。

 そして各クラスの成績が書かれた紙が、黒板に貼られる。

 

 Aクラス940、Bクラス650、Cクラス490、Dクラス0

 

 はは、やっぱ0。遅刻欠席82回、居眠り92回、私語、携帯385回、だってさ。居眠りの回数を言われた時、何故かみんなが私の方を見たけど、どう見ても居眠りが無くても0になってる。

 

 そして、A〜Dまでのクラス分け方法まで恵ちゃんの調べた通りになっているのだからスゴい。素晴らしい情報収集能力と分析力だ。

 思わず笑みが溢れそうになる。まあ、今笑うのは私語と捉えられかねないので、我慢する。

 

 これで話は終了だと思い、寝ようとしていたのだがまだあるようだ。茶柱先生は黒板に追加するように新しい紙を貼り出した。

 

「この数字が何か、バカが多いこのクラスの生徒でも理解できるだろう」

 

 ……と言われても、私には見当もつかない。

 

「……先日やった小テストの結果だ……」

 

 え? そんなテスト、やりましたっけ? 

 急いで自分の点数を確認する。

 

 ……

 池   24点

 須藤  14点

 雛罌粟  0点

 

 ……。

 ……あれ? 私もしかして……寝てた? 酷くないですか? 小テストくらい起こしてくださいよ! 

 

 う――ん。……いや、まさか……

 

 その後、茶柱先生は本番なら7人退学だとか、32点未満は退学だったとか退学の基準についての話をした。

 また、この学校を卒業して希望する職に就職できるのは、Aクラスのみであるという事実も伝えられた。

 Ⅾクラスの生徒たちはその多くが困惑した面持ちだ。しかし、Dクラスの中で就職できた上できちんと業務がこなせる人間など、10人も居ないだろうに。今騒いでいるのメガネも社会で役に立つとは思えないゴミ虫だ。

 

 ゴミ虫たちが混乱している中、ようやく先生は私の視線に気付いた。

 

「ああ、そう言えば言い忘れていたな、雛罌粟。お前が買った【権利】のせいで私にはお前を眠りから覚ます権限が無いからな。小テストの時は、起こしてやれなかった」

 

 ふむふむ、なるほど。……やっぱりそうか。

 

 私は【権利】を買う時、初日と全く同じ言い方で要求した。

 

 つまり、【私が全ての授業で眠っても、クラスの成績にも個人の評価にもポイントにも、その他全ての障害・妨害にも影響されない権利】だ。 

 最終的にこの内容は少し変わり、最後の部分が【可能な限り全ての障害・妨害にも】になったのだが。

 

 その【障害・妨害】の中には、先生が居眠りしている私を呼び起こす事も含まれるようだ。そのせいで、普通なら起こされるはずの小テストの実施でさえも、眠りから覚まされなかったということか。

 

 うん……まぁ、いいや! 

 

 0点のせいでⅮクラスの評価にも少し関わっているだろうが、どうせポイントは0clになるんだから関係ない事だ。むしろ「テストに際しても起こされない」ということを、リスク無しで知れて良かったとも言える。本番のテストでは万一にも寝てしまわないようにしよう。

 

 まあ取り敢えず、先生には平然を装って返事しよ。

 

「あ、そうですか。まあ別に問題ないですよ。きちんと【権利】は働いているようなので」

「そうか、なら良い。お前が購入した【権利】により、授業中寝ることに関しては、クラスの成績やポイントに反映されないようになっている。しかし当たり前だが、テストの結果はそれらに反映される。今回と同じように定期テストで0点を取れば、退学だ」

「そこまで詳しく言ってくれなくても分かっていますよ。テストは、ちゃんと受けるつもりです」

 

 マジですか、先生……そんなに権利の詳細まで話されたら……

 

「先生、1つ質問いいでしょうか? 先生に質問、と言うより雛罌粟さんになのですが」 

 

 あ〜あ。最悪……

 

 Ⅾクラスの中では比較的優秀な堀北さんは、先生の言葉に疑問を覚えたのかそんなことを言い出した。

 その状況に茶柱先生は薄らと笑みを浮かべた気がした。恐らくこの場で私の【権利】の内容まで言及したのは態となのだろう。

 

 なんて性格が悪いんだ!!

 

「いいだろう、と言いたいところだが、もうすぐ休み時間だ。私への質問でないなら、その時に直接聞けばいい」

「あ、私はそろそろ眠りたいので、放課後にしてくださいね」

 

 私はそう言って睡精ちゃん抱き枕を抱え今すぐにも眠りたいという意思を伝える。クラスの大半はこの行動に慣れてしまったようだ。取り出した大きな抱き枕を見ても特に驚きを示さない。

 

「……そうだな。堀北、お前の話というのは大体想像できるが、どうせ直ぐに授業も始まる。放課後にしてやるといい」

 

 伝えたい用件は伝え終えたのか、先生はそのまま教室から出て行き、その直後にチャイムもなった。

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

 本日最後の授業が終わり、放課後になった。私は少し憂鬱な気分で身を起こす。

 周りには数名の生徒が集まって来て、それ以外のクラスメイトも自分の席で聞き耳を立てているようだ。

 

 斜め後ろの席の堀北さんは、私の前までやって来て威風堂々と立っている。その様はどこか生徒会長と酷似している。

 

 ――みんなして私を取り囲んで……こんなん虐めやん!

 

 そんな事を考えていると、堀北さんは話を切り出した。

 

「先生が言っていたあなたの持っている権利と言うのは、あなたが初日に口にした意味のわからない権利のことかしら?」

「そうですよ。それがどうかしましたか? 別に私が何を買っても構わないでしょう?」

「ええ。でも私の記憶が正しければ、あの権利は60万pr必要だったと思うのだけど?」

「聞き間違いではないですか? もっと安かったです」

 

 一応すっとボケておこう。奇跡的に言い逃れられるかもしれないし……

 

「いいえ、そんなはずはないわ。そうよね、綾小路くん」

「ああ……俺もそう記憶している。」

「私も雛罌粟さんがそう言ったの、聞いたよ……」

「私も」 

 ……………

 

 堀北さんが綾小路くんに確かめると、そのやりとりを聞いていたクラスメイト達まで同調してきた。これは言い逃れ出来なさそうだ。

 

「それは……山内くんとの一件で色々ありましたから……」

 

 私はあからさまに言いにくそうな表情を浮かべる。山内の強姦未遂に関しては、緘口令が敷かれているのでこれ以上追求されることは無い。

 

 堀北さんは、事件の後私が先生から度々呼び出されていたこと思い出したことだろう。そして、その時に学校側から何らかの優遇があったという考えに至るはずだ。

 

「そう……まぁそれは別にいいわ」

 

 そこで引き下がってくれれば良かったのだが、やはり彼女が本当に聞きたいことは他にあるようだ。

 

「先生の言っていた事とあなたの初日の発言を思い返してみると、……雛罌粟さん。あなたは最初からこの学校のシステムについて分かっていたんじゃないの?」

 

「なっ!」

「雛罌粟! それは本当か!」

「嘘でしょ……雛罌粟さん」

 

 彼女が言っているのは茶柱先生が言及した【権利】の詳細について。『授業中寝ることに関しては、クラスの成績やポイントに反映されないようになっている』という部分だ。『居眠りがポイントに反映すること』、そして『クラス単位で評価される可能性』に気付かなければ、この【権利】を要求することはまず無いだろう。

 彼女の言葉で全てを思い返して、クラスメイト達はようやく全員が理解したようだ。

 でも……おそい、遅すぎるよ……。

 

「それがどうかしたんですか?」

「え?」

 

 私がそう答えると堀北さんもその他の生徒たちも困惑したような表情を浮かべる。

 

「確かに私は気づいていました。最初から。しかし、私が全てを教える必要は無かったと思いますよ」

 

「それはどうしてかしら?」

 

「私はクラス全体に聞こえる様に大きなヒントとなる発言をしました。先生の言葉にいち早く気付いたので、そのくらいはすべきだと考えたからです。

 ですが、それ以上のことを言う必要がありましたか? 

 私の言葉をきちんと理解した方もいます。ならば、十分気付ける内容だったというわけです。実際、高円寺くんはそのヒントで気づいてくれました」

 

 私がそう言うとクラスメイト達は一斉に高円寺くんの方に向く。これでクラスメイト達が注目する対象は、高円寺くんにいくらか移るはずだ。

 高円寺くんはというと……未だに机に脚を乗せて優雅にくつろいでいる。

 

「それは本当なのかしら? 高円寺くん」

 

「無論だねぇ。君たちは何故かリトルポピーガールを責め立てているようだが、実にナンセンス。

 彼女はティーチャーの言葉から導きだせる疑問点を、愚かなスチューデント達にも分かり易いよう示してくれたんだ。賞賛することはあれど、咎めることなどもっての外ではないかねぇ。

 その程度のことも理解できないとは……自分たちの愚かさを、そして醜さを恥じることをお勧めするよ」

 

 高円寺くんはかなり私を持ち上げてくれる。彼はおそらくこのクラスで最も能力が高い生徒の1人だが、どうやら私はそんな彼にかなり好印象を持たれているようだ。

 

 しかし、彼の言葉を聞いたクラスメイト達は怒りをあらわにする。

 

「なんだと!」

「てめぇ、言わせておけば好きかって言いやがって……今日という今日は許さねぇぞ!」

 

 特に不良くんは水泳で負けたこともあり、怒りがたまっているようだ。

 今にも殴り掛からんという声色でそう叫ぶ。いや……吠えるといった方が正しいかもしれない。

 不良くんがいくら喧嘩に優れていようとも、高円寺くんには及ばないだろう。それは、今の状況に全く動じていない高円寺くんの余裕な姿からも明らかだ。

 

 しかし私をかばってくれた(本人にそのつもりはないだろうが)高円寺くんが万が一にも殴られるといけないので、一応止めておこう。 

 

「暴力は止めておいた方がいいと思いますよ、不良くん。そうしないと退学になるかもしれません。学校側は全てを把握できるんですから」

 

 私は教室の天井を指差しながらそう言う。山内の退学により、『退学』という言葉に敏感なⅮクラスの生徒たちは、一度冷静になって上を見上げる。

 

「っ! 監視カメラ」

「あんなものがあったなんて。……数も多いし」

 

「なるほど。監視カメラで私語や居眠りの回数を記録しているのね」

 

 どうやらクラスの人達は全く気付いていなかったようだ。まぁ普通の人間が普段から監視カメラに気を配るというのもおかしな話だが……

 

 しかし、堀北さんも気づいていなかったというのは腑に落ちない話だ。

 私よりも早く監視カメラの存在に気付いた綾小路くんに、その存在を聞かされていなかったということになる。

 度々会話をしているのを見かけるので、話していてもおかしくないのだが……。

 

 綾小路くんが私や恵ちゃんのように全て理解した上で傍観しているのか、それとも監視カメラの意味に気付かず、堀北さんに伝えることを忘れてしまったのか。

 

 私は一度、綾小路くんの様子を伺う。

 しかし、一瞬こちらに顔を向けるのみで、やはり彼の能力を測ることはできない。

 

 このクラスで最も危険なのは綾小路くんだと、私は思っている。

 ここまで私が実力を推し量ることができない存在が普通であるはずがない。 

 今回の小テストは50点と平凡な数値だったが、ちょうど半分を狙って取ったのではないかとまで疑ってしまう。

 

「監視カメラの問題は今は置いておきましょう。そして、私たちの考えが浅かったのも認めるしかないでしょうね。確かに高円寺くんの言う通り、私たちが先生の言葉にも雛罌粟さんの言葉の真意にも全く気付いていなかったのは事実だもの。

 けれど――それは私たちにSシステムについて教えなかった理由にはならないんじゃないかしら?」

 

 堀北さんは、監視カメラの発見や高円寺くんの発言によるクラスの混乱を一度落ち着かせ、質問へと回帰させる。

 

「何故でしょうか?」

 

 言いたいことが分からない訳では無いが、彼女の考え方を探るためにも一応聞いておく。

 

「私たちにポイントシステムのことを周知させないデメリットが大きすぎるもの。ポイントはお金と同じ価値があるのよ。それを得ようとしないなんて……考えられないわ……」

「私はポイントに困っていませんから」

「そうかしら。あなたがいくらポイントを貯めていたとしても、せいぜい8万prでしょう。いえ、あなたが買った【権利】のことも考えると、本当はギリギリなんじゃないかしら」

 

 堀北さんは――いや、大半の生徒は、生徒間で取引ができ、賭け事をしてもよい事を知らない。だから、私が多くのポイントを持っている事も当然知らない。

 

 私は手っ取り早く解決するため、携帯電話を取り出し『残高照会』を開く。そしてその画面に映るポイントの残高を見せながら言う。

 

「実は私、水泳部で賭け事を行いまして、少しばかり儲けさせてもらいました」

 

「34万pr!」

「まじかよ……」

「そういえば、水泳部で多額のポイントを手に入れた1年がいるって聞いたぞ」

「あれは単なる噂じゃなかったの?」

 

 小野寺さんには、この事を伝えないようにしてもらっていた。理由は簡単。その件で話し掛けられるのが嫌だからだ。

 今になって話したのも、これ以上この話を長期に渡らせたくなかったからである。

 

 そろそろこの話も終わらせようと思う。これ以上の話し合いに意味は無い。

 私は堀北さんの耳元に口を近づける。クラスの他の生徒の耳に入らないようにするためだ。

 そして、小声で囁く。

 

「私はAクラスで卒業することに興味はありません。しかし、Aクラスに上がる事に関しては少し興味があります。今後どうするかは、現在考え中です」

 

 ここで一息吐き、言葉切る。この時点で堀北さんは私の言葉に聞き入っている。

 

「一先ずこれで話は終わりにしませんか? きっと堀北生徒会長ならば、ここで引き下がるのでは無いでしょうか」

「っ!! あなたは……どうして知って……」

 

 正直、生徒会長と堀北さんとの関係はある程度予測はできるものの、はっきりとは分からない。しかし、私の雰囲気や声色で全てを知られているかのように錯覚してしまう。

 

 私は堀北さんの目を見つめる。『堀北生徒会長』。この言葉を聞いた彼女は何を考え何を思ったのか。それを確かめるために。

 

 その目に映るのは、驚愕・焦燥・そして恐怖・羨望・劣等感・罪悪感・自信・憧憬……

 

 さまざまな感情が入り混じっているが、その中でも一番大きいのは『憧れ』だろうか。ならば2人の堀北の関係は兄妹である確率が高そう。

 堀北さんは会長に憧れを抱いている。しかし、会長はそんな堀北さんをあまりよく思っておらず、強い叱責または暴力を与えた。その結果、彼女は会長に対し憧れとともに、恐怖心をおぼえるようになった。

 

 こんなところだろうか。まぁ結局これは私の単なる推測でしかないのだが……。

 

 もしかしたら、聞けば全て教えてくれるのかもしれない。しかし、私の目的は堀北さんと会長の弱みを握ること。その前にあの会長に警戒されるのは危険だ。

 まぁ会長がそんなに簡単に自分の付け目を与えてくれるとは思っていないが……。

 

 しかし、堀北さんの中にある恐怖の感情。これを見て私は、彼女と会長の関係に付け込む隙が十分あると考えた。

 

 これからの堀北さん達の件に関する行動の仕方を考えたところで、放送用のスピーカーから穏やかな効果音が聞こえた。

 

『1年Dクラスの綾小路くん、雛罌粟さん。担任の茶柱先生がお呼びです。職員室まで来てください』

 

 どうやら先生からお呼び出しのようだ。

 何を言われるのかは分からないが、話を終わらせるには丁度いい。まぁそもそも、先生が私の【権利】について話さなければ、こんなに長く話す必要もなかったのだが……。

 

 でも、綾小路くんも一緒かぁ。実力が不確定な綾小路くんを探るには良い機会かもしれない。

 

 私は睡精ちゃん抱き枕を抱えて立ち上がり、綾小路くんとともに職員室への移動を開始する。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8話 眠り姫と綾小路清隆

 


「はて、私何かしましたかね? 綾小路くんには心当たりがありますか?」

「いや、俺にはないな」

 

 私の横を並び歩く綾小路くんに問いかけると、そう返してきた。嘘とは思えないので本当に知らないのだろう。

 

 職員室に到着し茶柱先生を呼ぶと、星之宮先生が応対してくれた。

 

「あ、雛罌粟ちゃん! 久しぶりだね~元気してた? 今サエちゃんは席を外してるみたい。直ぐに帰ってくると思うよ~」

 

 その後、星之宮先生が綾小路くんにちょっかいを出していると、間もなくして茶柱先生もやって来た。

 そして生徒指導室で話をすることになり3人で向かっていると、何故かまた、星之宮先生まで付いて来る。今回は本当にⅮクラスの問題だろうに……。

 

 2人の先生はピリピリとした気配を感じさせながら会話をする。

 

「……もしかしてサエちゃん、下克上でも狙ってるんじゃないのぉ?」

 

 下克上……この学校でそんな言葉が当てはまるとすればそれは、下のクラスが実力で上のクラスに上がることだろうと思う。

 でもそれは、別に先生には関係の無いことではないだろうか。

 

「バカを言うな。そんなこと無理に決まっているだろ」

「ふふ、確かに。サエちゃんにはそんなことは無理よねぇ~」

 

 クラスの下克上ならば、やはり先生はあまり関係してこないはずなのだが……。もしくはこの学校にクラス間以外に下克上と呼べるものがあるのだろうか?

 何はともあれ、この2人の教師には何らかの因縁があるのだろう。

 

 星之宮先生はその後も指導室に付いて来ようとしたが、一之瀬というBクラス生徒の呼び出しにより、去っていった。

 

 一之瀬という生徒は薄ピンク色で長い髪を持っている巨乳美少女だった。

 巨乳より美乳。よって恵ちゃんの方が美しい。証明完了。

 一ノ瀬さんは、生徒会に関する用件と言っていたので、生徒会長についても何か知っているかもしれない。接触を図ってみるのも良いかもしれない。

 

 私と綾小路くんは指導室に連れられ、そして何故かその奥の給湯室に入るよう促された。

 

「……物音を立てず静かにしていろ。破ったら退学にする」

 

 不可能であるはずなのに、茶柱先生はそんな意図不明な命令をしてくる。呼び出しておいたくせに……訳が分からない。

 何だかめんどくさくなったので抱えている睡精ちゃん抱き枕に顔をうずめて、仮眠を取ろうと思う。

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

「……雛罌粟起きろ。全く。あんな短時間で眠るとは……」

 

 ……おこされた。

 

「黙って静かに給湯室から出てくるな」と言われたからその通りにしていたのに……。この教師は本当に鬱陶しい。

 まぁ、【権利】を買う時の立て替えもあるので、それを言葉に出すのは止めておこう。

 

 私が身を起こすと指導室のドアが開いていて、中には茶柱先生、綾小路くん、そして何故か堀北さんの姿があった。

 

「それで雛罌粟。お前は自分がⅮクラスに配属されたことに不服か?」

 

 短時間とはいえ寝起きの私にいきなり何を聞き出すんだ。……と言いたいところだが、恐らくそれが堀北さんがここにいる理由なのだろう。

 堀北さんは自分がⅮクラスに配属されたことに不満を感じている。

 

「いえ、まったく」

「どうしてかしら? あなたほど判断力が優れているなら、たとえ勉強が出来なくてもAクラス配属となることも十分あり得たわ」

 

 勉強が出来ない? ああ、小テストでも寝ていたし授業中も寝ていたから、私は学力の面でⅮクラスに落とされたと思っているのか。

 

「はは、堀北。お前は何か勘違いをしているようだ。お前は確かにDクラスの中でもかなり頭がいい。しかし、……この3人の中に限って言えば、お前は最も学力が乏しいのかもしれないぞ」

「それは……どういうことでしょうか?」

 

 茶柱先生が堀北さんに挑発するような発言をし、それに対して堀北さんは意味が分からないと顔を歪める。

 

「入試の結果をもとに個別の指導方法を考えていたんだが、綾小路、そして雛罌粟。お前たちの結果には心底驚かされた」

 

 クリップボードから取り出されたのは私たちの入試の回答だ。

 

「雛罌粟睡。国語100点、数学100点、英語100点、社会100点、理科100点」

「うそ……でしょ?」

 

 ああ、あれ全丸だったんだ。見直ししてないから1、2問は落としてるかと思ったんだけどなぁ。

 まぁそんなこと今はどうでもいい。私は茶柱先生の言葉のおかげで、1つの推測が確信に変わった。

 

「そして、綾小路清隆。国語50点、数学50点、英語50点、社会50点、理科50点。……おまけに今回の小テストも50点。これが何を意味するか分かるか?」

 

 堀北さんは驚いた様子で綾小路くんを見る。

 

「ふふ、やっぱり力を隠していたんですね。綾小路くん」

 

 綾小路清隆はポーカーフェイスな凡人などではなく、紛れもなく天才だ。そもそも凡人が私に実力を測らせないなど元々不可能なのだが。

 

 その後、綾小路くんは「偶然だ」と言い続けたが、そんなはずがない。

 

 綾小路くんが実力者であると分かったのは素晴らしい収穫だった。私にはもう用が無いので出て行こうとすると、再び堀北さんから声がかかった。

 

「待って、雛罌粟さん。最初の質問に答えてもらっていないわ。あなたは何故、Ⅾクラスへの配属を不服に思わないの? 勉強も身体能力も判断力も十分Aクラス並み。いえ、それ以上よ」

 

 クラス分けが学力や身体能力以外の面でも評価されるとは考えなかったのだろうか? 

 堀北さんぐらいの優秀さならば気付いても良さそうなものだが、Dクラス配属への不満でそこまで考えが至らなかったのだろう。

 

「Dクラスに配属されたといいますが、私は最初の1ヶ月間のDクラスは本当の意味でのDクラスではないと思います。クラスの中に誰か1人でも全てをまとめられる指導者が生まれ、誰か1人でも先生の言葉に気付いてそれを周知していれば、直ぐにでもDクラスから脱出することができました」

 

 実際私は初日で気付いた。最初のクラス分けが必ずしも正しいという訳ではない。

 

「可能性は十分あったはずです。ですが皆さんはそんなことには気にもかけず、この1か月間楽しみを謳歌していました。それはあなたも一緒ですよ、堀北さん。結局あなたもこの学校について深く考えず1ヶ月を過ごし、全ての答え合わせをしてもらった今になってやっと、こうして動いているのですから。

 ――だから私はこのクラスをDクラスにさせた。他クラスより確実に実力が劣っている生徒たちが、私たちの介入によってAクラスになるのは、おかしな話でしょう? そして、私自らが望んでⅮクラスに堕としたにもかかわらず、それを不満に思うことなど在るはずも無いですよ」

 

 授業中の睡眠も山内の退学も全て意図して行ったことだ。Dクラスの評価を相応のものにできるなら、方法は何でも良かった。

 

「これでいいですか? 堀北さん」

 

「そう、ね……でもそれはつまり……あなたは最初から、ポイントシステムどころかA~Dまでのクラスシステムにさえも気づいていたということかしら?」

 

「そうですが。ああ別に、私1人で情報を集めたわけではないですよ? 超優秀な天使ちゃんと一緒に、です」

 

「……軽井沢さんね」

 

「あらら。思ったよりすぐにばれちゃいましたね。どうしてそう思ったんですか?」

 

「あなたは学校ではほとんど寝ているのよ? そんなあなたが唯一関わりを持っているのが軽井沢さん。分からないはずもないわ。バカにしているのかしら?」

 

「しているか、していていないかと言われれば、していますよ。私は元々、恵ちゃん以外の人間は全て、その完全なる劣化版としか思えませんでしたから」

 

 その言葉に堀北さんは苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。しかし、恵ちゃんもまた、全てを理解していた生徒の1人であると知り、何も言い返せない。

 

「でも……それも今日までですね」

 

 私のその言葉に3人は共通して「何故?」と疑問の表情を浮かべ、私は綾小路くんの方に顔を向ける。

 

 このまま帰って、綾小路くんをどう対処するか考えようと思っていたが、この場で全て終わらせられるのならそれが一番いい。

 当初から考え浮かんでいた、彼が実力者だった場合の対応をここで実行してしまおう。幸いここには茶柱先生も堀北さんもいる。その策をより万全なものにすることができる。

 

 考えをまとめ、綾小路くんに話しかける。

 

「私が測ろうとした人間の実力を予測することさえもできなかったのは、あなたが初めてでしたよ。綾小路くん。ただのポーカーフェイスな凡人かとも思いましたが、やはりあなたも、学校のシステムを全て理解していたのではないでしょうか?」

 

「いや、ポーカーフェイスな凡人であってるぞ」

 

「隠さなくても大丈夫ですよ。あなたは平穏を求める人間でしょうから。だから、無駄にクラスの問題に関わらなかった。そして今も、極力実力を隠しておきたい。

 それだけでしょう? 

 私もまた平穏を求める人間です。そこに一時的か永続的かの違いは、あるのかもしれませんが」

 

 あなたのことを全てわかっていると言う風に、核心に触れる言葉を連ねる。

 この1ヵ月。綾小路くんの実力は測れなかったが、少なくとも彼には私と同様の思いを感じ取れた。穏やかな日常を歩みたい。

 

 綾小路くんは何も言い返さない。黒い瞳と無機質な表情で私を見つめている。そこには怒りの感情も焦りの感情も無い。ただただ私を見つめている。

 観察しているのかもしれない。

 

「綾小路くん。私とあなたの実力は同程度。……いえ、あなたの方が少しだけ上回っているのかもしれません。この学校においてあなたに勝る生徒はいないでしょう」

 

 人間全体を見ても私に実力の一端も見せない人間は殆どいない。それ程に私は自分の観察眼に自信を持っていた。

 それもつい先ほど目の前の1人の生徒に打ち壊されてしまったが……。

 

「ですが、私には恵ちゃんがいます。彼女は私たちのクラスの中心人物。――そうなれば、私とあなたは対立すべきでは無い。そうは思いませんか?」

 

 所詮は個としての強さ。圧倒的な数の前では意味をなさない……はずだ。

 

 綾小路くんと同じ様に私も彼の目を見つめる。普段の彼から遥かに深い闇を宿したその目を見つめていると、何故か幼少期の記憶が甦る。

 

 もう何時だったかさえも思い出せない頃に見たあの男の瞳。あれは一体、誰だったのだろうか? 

 

「……適切な見解だな。俺もそう思っている。だが、俺はお前を、クラスの闘争には参加しない人間だと考えていたんだがな。今までの口ぶりからすると、まるでそれらに興味があるかのようだぞ」

 

 綾小路くんは被っていた仮面を捨てたかのように風格と口調を変え、その言葉からも実力を隠すような表現が無くなった。

 これ以上白を切るのは無意味だと考えたのかもしれない。もしくは、私との会話に少しだけ興味が湧いたのか。

 

 彼の豹変ぶりに堀北さんは全くついて行けず、茶柱先生は少し驚きつつも予想していたのかニヤニヤと笑みを浮かべ始めた。

 

「先ほど堀北さんにも言ったのですが、私はAクラスで卒業することには興味がないです。しかし、Aクラスに上がることには興味を持っています。

 私も恵ちゃんも自分がこの広い世界で一番優れているとは思っていません。ですが……それではダメなんですよ。

 『実力』も『権力』も『財産』も、全て手に入れた時にしか私たちの求める永続的平穏は訪れない。私たちはこの学校でAクラスに上がる事が、それを手にする第1歩になると考えました」

 

 私と彼の考え方に似た部分があるのは確かだ。どちらも平穏を求めている。

 しかし、彼の求める平穏は、恐らくこの学校での3年間のみ。――一時的なものだ。

 逆に私はこの3年間を捨ててでも実力を蓄え、権力や財産までもを手に入れた後に訪れる何年にも亘る平穏を求めている。――永続的な平穏。

 一時的か永続的か。

 その微妙な不一致が、私と綾小路くんのこの学校での身の振り方に大きな違いを生み、たとえ同じクラスであっても、対立を生む可能性がある。

 この学校では他の生徒を意図して退学させることが容易なのだから……。

 

「さて。ここで私は綾小路くん、あなたに1つ契約を持ちかけようと思います」

 

 綾小路清隆という私たちにとって恐らく最も危険な障害となりうる人物を封じるには、今が一番の好機であると考える。

 

「私はあなたにこの学校における3年間の平穏を与えようと思います。恵ちゃんとその他の比較的優秀なDクラス生徒を表に立たせ、あなたはその裏であなたが求める平穏の中で過ごしてください。私たちに対する直接的な邪魔をしなければ、何をしてもかまいません。

 そして私が求めるのは、私と恵ちゃんの不利益になることをしない事。どうですか?」

 

 その提案に対し、綾小路くんは暫く黙考し、応えを示す。

 

「その契約だと、内容が曖昧過ぎる。いっそのこと協力関係になってしまわないか?」

 

「え?」

 

 思わず気の抜けた声を出してしまった。けれど意味が分からない。彼は平穏を求めているのではないのか? 

 私たちに協力するというのはつまり、その平穏が脅かされる可能性も考慮しなければならない。

 

「……どういうことでしょうか?」

 

「俺はお前たちに必要以上の干渉をしない。その代わり、お前たちが何をしようとしているのか、俺がどんなことをするつもりなのかを随時連絡し合う。尤も、俺はそこまで動くつもりはないんだがな」

 

「なるほど……どこまでがお互いの邪魔になるのかのラインを定めるということですね。そして協力関係というのは、その際に両者の考えを取り入れることも、場合によっては助け合うこともできるということでしょうか?」

 

「そういうことだ。その方が内容が明確な分、契約に関して齟齬が生じることもないだろう」

 

 綾小路くんは、不明瞭な契約による私との対立の可能性と平穏が脅かされる可能性を天秤にかけ、私との対立の方がより不利益を被ると判断したようだ。

 

「決まりですね。ではこの件に関する契約書を作ります。茶柱先生にはその保証人となってもらいましょう。構いませんよね」

 

「ああ、構わない」

 

 茶柱先生は保証人となることを了承し、職員会議があるということで指導室を出ていき、私たちも解散となった。契約書は明日にでも持って行こう。

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

 その後、3人とも寮に戻るということなので、一緒に帰ることになった。その際、2人の連絡先も登録しておいた。

 

「雛罌粟さん。あなたは本当にAクラスに上がれると思っているの?」

 

「上がれると思ったから堀北さんたちに何も教えず、Ⅾクラスに落とさせたんです。というか、私と恵ちゃんそして綾小路くんがいて、どうしてできないと考えるのか私には分かりませんが。――ああ勿論、堀北さんにも協力はしてもらいますよ」

 

「それはもちろん協力させてもらうわ。私は何としてでもAクラスに上がらなければならないから」

 

「う~ん……Aクラスに行くことで、堀北会長があなたを認めるとは到底思えませんがね。まぁ、そこに至るまでの過程であなたも何か気づくことがあるかもしれませんね」

 

「……やっぱりもう気付いているのね、私と兄さんの関係性にまで……」

 

 あ、やっぱり兄妹だったんだ。思わぬところでボロを出してくれた。

 そして、私の推測である『堀北さんが会長に憧れを抱いていて、認めてほしいと考えている』というのは彼女の口ぶりから察するに、当たっていたみたいだ。

 

「そこまで上から言うのなら、あなたにはどうすれば私が兄さんに認められるのか分かっているのよね?」

 

「そこまでは分かりませんが、どうして今の堀北さんが認められないのかは分かっています。そしてそれは、堀北さんがⅮクラスに配属された理由に同じです。それに関しては、綾小路くんも分かっているんじゃないですか?」

 

「いや、俺にはさっぱりだな」

 

 もはや無意味にもかかわらず、綾小路くんはそんな風に無知を装い知らないふりをする。まあ誰が聞いているか分からないし、用心に越したことはない……のか?

 それとも、彼なりのギャグなのかもしれない。

 

「もうわかっているわ、綾小路くん。あなたたち2人が私より格段に優れている事なんて」

 

 堀北さんも入試の点数だけでは綾小路くんを実力者と確信する事は出来なかったようだが、私との契約に関する話し合いや私の彼に対する評価を受けて、綾小路くんが自分より優れている事を認めたようだ。

 入試の点数だけで判断出来なかったのは、気付いていたけれど自身のプライドが許さなかっただけなのかもしれない。

 この調子ならば直ぐに自分の誤ちにも気付くだろう。

 

 恵ちゃんや綾小路くんほどではないが、彼女もまた群を抜いた才能の持ち主だ。囚われる者がなければ、既に頭角を現していたかもしれない。

 

 寮に着いたので、ここで3人とも別れる事になる。

 

「では、また明日。堀北さん」

 

「ええ。Aクラスに上がる為に私がすべき事は何か、私なりに考えておくわ。そしてあなたへの協力も惜しまないつもりよ。また明日。雛罌粟さん」

 

「よろしくお願いしますね」

 

 堀北さんとはこれから、良い関係を続けていきたい。

 クラスポイント0のDクラスがクラスポイントを900以上も残しているAクラスに勝つには彼女の協力が不可欠だ。

 いらないゴミムシは切り捨てられるときに切り捨て、堀北さんのように比較的優秀な生徒を仲間につけ、そして強化しながら、Cクラスから順序良く潰して行こう。

 

 私は堀北さんを見送り、綾小路くんの方に体を向ける。

 

「では綾小路くん。お互い仲良くやっていきましょうか。化け物同士、ね?」

 

 目を細め微笑みながらそう言うと綾小路くんは、

 

「ああ、またな。雛罌粟」

 

 とクールに短く返し、私たち2人は自分の部屋へと移動する。

 

 綾小路くんが「またな」と言った時、いつもの無表情から口角が少しだけ上がり、薄らと笑っているように見えたのは気のせいだろうか……。

 

 

 

 




 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9話 眠り姫と生徒会長

 

 綾小路くんと協力関係を結んでから1週間が経過した。

 

 今日の授業は既に終わっているのだが、教室には多くの生徒が残っている。

 現在Dクラスでは平田くんが主導となって、中間試験の対策に当たっているようだ。

 恵ちゃんもⅮクラスのリーダーの1人として勉強会を開いている。普段は単独で生活している生徒や特に学力の乏しい生徒を重点的に教えている。堀北さんには、その補助役として動いてもらうことにした。今後しばらくの彼女の役目は恵ちゃんの手助けを行うことだ。

 

 堀北さんも恵ちゃん同様、主導者としての大きな才能を秘めているのだが、リーダーと言える存在はクラスに1人でいい。

 

 現在、Dクラスにはリーダー的存在が3人居る。

 平田洋介・櫛田桔梗・そして恵ちゃん。そこに堀北さんまでも加われば、元々団結できていないDクラスがさらに分裂することになる。

 今のところ3者には派閥もできておらず、対立する可能性は低そうではあるが、将来的にどうなるかは分からない。

 

 1学期が終わる頃には明確にグループとして分かれてくるだろう。それはできるだけ防ぎたいものだ。

 

 恵ちゃんがⅮクラスの真のリーダーとなるためには何をすべきなのか。 

 

 普段は他のリーダーと多くを共にしている生徒をどうにか仲間に引き入れる。

 いつも1人でいる生徒をグループに入れる。

 ポイントで釣る。

 

 勿論それらも1つの手だ。しかし、最も単純で最も手っ取り早い方法がある。

 

 他のリーダー2人を潰してしまえばいい。

 

 今のところ1番その見込みがあるのは、櫛田桔梗。

 彼女は男女ともなく誰にでも分け隔てなく好意的に接していて、そして誰からも友好的な感情を向けられているのだが、彼女が本当に善人なのかと言えば微妙なところだ。

 

 綾小路くんとの契約を機に、堀北さんとも良好な関係を築いているのだが、堀北さんは4月の初め、櫛田さんからの連絡先交換の要求を断っていた。

 

 先日、その件について堀北さんに尋ねると、櫛田さんが彼女に向ける感情に違和感を覚えたという。堀北さんはその時、櫛田さんから憎悪にも似た感情を感じ取ったのだそう。

 斜め前で聞いていた私でも気づかなかったのだから、それこそ本人にしか気づけない程微々たるものだったのだろう。

 

 堀北さんが感じた違和感の真相については恵ちゃんが探っている。彼女の手に掛かれば、それを掴むのも容易いことだろう。

 

 そんな訳で、櫛田桔梗をDクラスのリーダーの座から引きずり降ろすのは、時間の問題と言える。

 

 もう1人のリーダーである平田洋介。

 こちらも櫛田さん同様、誰にでも分け隔てすること無く、Ⅾクラス生徒全員に向き合おうとしている。

 しかし、一部の男子からはやや忌避される傾向にある。その原因はやはり、彼がⅮクラス女子の大半から絶大な信頼を得ている事だろう。

 優しい性格と整った容姿が、JKを惹きつけ、DKを遠ざける。

 

 そんな平田くんだが、欠点が無いという訳では無さそうだ。

 

 私が山内くんを退学させて数日の間、彼は意気消沈した状態になることが多く見られた。いくら強姦未遂という理由があったとは言え、クラスメイトが退学することに耐えられなかったのだろう。

 その優しさは、彼がリーダーとして他を寄せ付ける所以なのだが、それは大きな欠点にもなり得る。

 

 その点今回の中間試験は、彼を終わらせるには好都合だ。

 平田くんが真の善人かどうかは分からないが、どちらにせよ彼のような人材は求めていない。いっその事壊してしまってもいい。

 

 心をズタズタに打ち砕いて傀儡となった平田くんを恵ちゃんにプレゼントするのもいいかもしれない。

 きっと喜んでくれる。そしてうまく活用してくれる。

 

 私はこの見通しを、綾小路くんに伝えた。回答は「構わない」というものだったので、彼の日常には支障は出ないのだろう。

 

 ところで、綾小路くんはちゃんと私の与える平穏を堪能できているのだろうか? 幸い綾小路くんはまだ帰っておらず、少し気になったので聞いてみることにした。

 

「綾小路くん、綾小路くん。最近はどうでしょうか? 充実した学校生活を送れていますか?」

 

 後ろの席の綾小路くんに、振り向いてそう言う。彼は少し考える仕草をしたが、直ぐに答える。

 

「ああ。おかげさまでな。数日前から図書室に行くようになった」

 

 なるほど、本か。前世ではよく嗜んでいたが今世では全くだ。この学校の図書室にはかなりの量があると聞くし、今度行ってみようかな。

 

「そうですか、良い傾向ですね。ですが、綾小路くんが私たちや堀北さん以外と居る所ってあまり見たことないんですよね。誰かお友達は作らないんですか?」

 

 堀北さんは例の一件で綾小路くんの実力を認めてから、かなり彼への信頼度が上がったようだ。

 これまでのような冷たい対応では無く、自ら意見を求めたりもしている。まぁ殆ど答えてくれないようだが……。

 

「実はその図書室で読書友達と言える存在ができた。Cクラスの女子なんだがな」

 

「おやおや。それは興味深いですね。綾小路くんに女性のお友達。どうですか? 色恋沙汰にまで発展しそうですか?」

 

「いや、それは無いだろうな」

 

 彼に恋人でも出来てくれれば、私との契約の有益性が高まると思ったのだが……まぁ彼がそんな事に興味があるとも思えない。

 

「そうですか。綾小路くんはもう自由なんですから、もっと羽目を外してくれてもいいんですよ? 

 うーん、しかしCクラスですか、どうしましょう。他クラスを狙うにはCクラスからだと考えていたんですが……変更しましょうか?」

 

 彼が私の行動を邪魔であると判断したらそれは、契約違反になる。違反した場合の事は特に決めていないが、対立関係になってしまう事はお互いにとって最大の損害だ。

 

 今回の件だとCクラスもBクラスも、どちらも実力の程はそう変わらないので、もし都合が悪ければ私が譲歩する。

 恵ちゃん情報によると、Cクラスは独裁的な龍園翔。Bクラスは団結力を重視した一之瀬帆波がリーダー格だと言う。

 龍園と言うのは知らないが、一之瀬と言う人物は2週間ほど前に聞いた名前だ。職員室で星乃宮先生を呼んでいた桃髪ロング巨乳美女だ。

 

「その必要はない。椎名は恐らくクラスの闘争とは関係なく、読書友達でいてくれるだろうからな」

 

「なんと。綾小路くんにそこまで言わせるとは……。やはり何かありそうですよ。プンプンします。デート代に困ってるなら、私が出してあげてもいいですよ?」

 

「だから違うって」

 

 綾小路くんは頑なに否定する。本当にただの読書友達なのだろう。

 その椎名という人物がどう思っているかは、別として……。彼はイケメンだから趣向が合う人にはかなりモテると思う。

 

「綾小路くん、雛罌粟さん! ちょっといいかな?」

 

 綾小路くんとの会話が長引いてしまったせいで、クラスメイトの1人が話しかけてきた。

 

「どうかしましたか? 櫛田さん」

 

 話しかけてきたのは櫛田桔梗。

 現在教室内では、2人のリーダー格である恵ちゃんと平田くんによる2つの勉強会が行われているのだが、櫛田さんはそれらに参加していない。

 その理由は、今日の彼女の目線や先ほど堀北さんに話していた内容からも察することができるし、私たちに話しかけたのもそれに関係しているに違いない。

 

「うん。須藤くんと池くんのことなんだけどね……」

 

 変態2号と不良くんはこれまで勉強会の類に一切参加していない。授業も真面目に受ける素振りも見せず、先月の小テストでは赤点だった。このままでは中間テストでも赤点を取ることになるだろう。

 

「その要求には応えられそうもないですね。そもそも私は小テスト0点ですよ。自分の勉強で精一杯です」

 

「まだ何も言ってないのに……。

 でもそれは雛罌粟さんが小テスト中寝てたからでしょ? 真面目に受ければもっと取れたはずだよ? 学校のシステムも最初から分かってたみたいだし……」

 

「いえいえそんなことありませんよ? 元々勉強はそこまで得意ではありません」

 

 勿論それは大嘘だが、彼女にはその真偽を確かめる術は無い。ここで諦めるしかない。

 

「あ、綾小路くんはどうかな?」

 

「悪いが俺もパスだ。小テストの結果を見ても分かるだろうが、俺にそんな余裕は無い」

 

 綾小路くんの穏やかな日常には、勉強会など不必要だ。

 

「そんな……。このままじゃ、池くん達は退学になっちゃう……そんなの嫌だよ」

 

「授業態度でマイナスを付けられるのなら、退学のマイナスはどれ程の物なのでしょうか? 実力のない生徒は、どうせいつか同じ運命を辿るでしょう。クラスポイントが0clの今の内に脱落してくれた方がいいです」

 

 見えないマイナスが存在する可能性や、退学によるクラスポイントのマイナスが巻き返しの利かない程大きい可能性も否定できないが、それらの可能性は限りなく低い。

 

 既にDクラスには退学者が出ている。

 しかし、茶柱先生は「なぜ堀北さんがDクラスなのか」という説明の為だけに、私や綾小路くんを呼び出した。

 

 それは堀北さんがAクラスを目指すよう仕向けようとしたともとれる。

 1人の生徒のくだらない質問の為だけに、2人の生徒を使ったり、自身の時間を浪費するはずがないからだ。

 

 だから、退学者が出ても上のクラスに上がれなくなるという訳ではなさそうだ。見えないマイナスは存在しない可能性が高いだろう。

 

 それはともかく、櫛田さんの「退学させたくない」という言葉。果たしてそれは本心なのだろうか? 現在も私の言葉に悲しそうな表情を返す櫛田さんだが、彼女の仕草はいつも大げさなので本心かどうか分かりにくい。

 鎌をかけてみましょうか。

 

「ところで櫛田さん……その生き方は、疲れるんじゃないですか? 自分を偽ってまで他人に優しくする生き方」

 

「え? それは……どういう意味かな?」

 

 櫛田さんは直ぐにそう返す。

 しかし、彼女の顔から一瞬の間、表情が抜け落ちたのを私は見逃さない。それは勿論、いきなり意味の分からない事を聞かれた驚きともとれるが、その程度のものではないだろう。

 知られているはずのないこと言われ、完全に思考が停止した。そんな表情だ。

 

「なるほど……。いえ、気にしないで下さい」

 

「あ、……う、うん」

 

 何かを悟った様にそう答えた彼女は「またね」と言い残し、逃げる様に教室の外へ出て行った。

 

 それを見ていた恵ちゃんも、私に至極の美しさを誇るウインクをした後、勉強会を堀北さんに任せ櫛田さんを追いかける様に教室外へ出ていく。

 

「堀北の感じた違和感はやはり本当だったようだな。軽井沢が出て行ったのは、櫛田をリーダーから引き摺り下ろす為か」

 

「ええ。櫛田さんは今日で終わります」

 

 その後、綾小路くんと1言2言会話し、彼は寮へと帰宅した。私はしなければならない事があるので暫く学校に残る。

 と言っても堀北さんの勉強会が終了するまでは暇なので、それまでは睡眠タイムだ。

 

 ああ、その前に綾小路くんに伝えなきゃいけないことがあったんだった。

 

 既に彼は帰宅中なのでメールで用件を伝えておく。

 

 そして、睡精ちゃん抱き枕に抱き着く。

 

 

 

 

 

ZZZZZZ

 

 

 

 

 

 勉強会が終わったのは、7時頃。

 

 私は起きてまず初めに携帯を確認する。そして、恵ちゃんのメール欄を開いた。

 

 櫛田さんは現在、寮の中にいるようだ。恵ちゃんも流石にそこに侵入する訳にはいかないので、いつ出て来ても良いよう見張っているらしい。

 恵ちゃんはもう長く櫛田さんを追跡しているので、彼女がどこへ行くのかはある程度把握している。櫛田さんが寮から出て来次第、そこに先回りしておくつもりなのだろう。

 

 勉強会のメンバーは各自解散していく。堀北さんは残っている私の方に近づいてくる。

 

「まだ寝ていたのね。雛罌粟さん。どうかしたのかしら?」

「いえ、特に理由はないですよ。この睡精ちゃん抱き枕がある限り、どこで眠ろうがあまり関係ないです。強いて言えば、堀北さんと帰りたかったからですかね」

「……そう。なら帰りましょうか?」

 

 力なくそう言って薄らと笑う。今日の堀北さんの表情は朝から優れない。勉強会中はそうでもなかったのだが、今はかなり顔色が悪い。

 

 寮へ帰る道すがら、私は堀北さんに話しかける。

 

「今日なのですか? 堀北会長と会うのは」

「ッ! ……本当に、全てお見通しなのね」

 

 やはり私の予想は当たっていた。

 普通の人が見れば、少し調子が悪いのかなと思う程度だろうが、彼女と会長の関係を知っている私から見れば、これを推測するのはそう難しいことではない。

 

「まぁそう緊張することもないんじゃないですか? お兄さんもきっと分かってくれますよ?」

 

 別にそんなことは思ってもいないが、彼女が怖気付いて今日の会長との話し合いに行かないなんて事を言い出したら困るので、励ましておく。

 

「そう……ね。あなたが言うのならば、そうなのでしょう」

 

 それから堀北さんと会話しながら寮までたどり着き、堀北さんはそのまま自室に戻って行ったが、私はロビーに置かれた自動販売機の側にあるベンチに腰を下ろす。

 

「あ、何時からか聞いとけば良かった」

 

 堀北さんと会長の会話をこっそり盗み見しようと思ったのだが、何時からか聞き忘れてしまった。堀北さんが来るまで待つ羽目になりそうだ。

 

「はぁ」

 

 もしも9時とかに落ち合うつもりなら、2時間近くもここで待たなければならない。面倒だ。しかし、降りてきた堀北さんと鉢合わせするのも不味いので、眠ることもできない。

 

「はぁ」

 

 もう一度ため息をついて、目をつぶる。そうすれば眠らずともかなりの疲れを取ることができる。

 寮に戻ってくる生徒からは奇異の目で見られることになるだろうが、別に構わない。

 第一、1年Dクラスの巨大な抱き枕を抱えた女子生徒というのは目立たないはずがないので、生徒の多くが既に認知している。今更というものだ。

 

 

 

 

 

ZZZZZZ

 

 

 

 

 

 堀北さんがやって来たのはそれから2時間も後のことだった。私は彼女に見つからないように、寮の外に出て身を隠す。

 堀北さんは周囲を警戒しながら寮の裏手に曲がった。そこに居るのは、堀北さんの兄である生徒会長だ。

 

 私はその様子を寮の角に隠れて観察する。

 

「兄さん。私はもう変わりました。私は兄さんに追いつくために来ました」

 

「追いつく、か。Dクラスに配属されたと聞くが、お前は何も変わっていないようだな」

 

「すぐにAクラスに上がって見せます」

 

「無理だな。お前はAクラスに辿り着けない。それどころかクラスは崩壊するだろう。もう既に退学者まで出ているらしいな」

 

「絶対に上がって見せます」

 

「聞き分けのない妹だ。お前のことが周囲に知られれば、恥をかくのは私だ」

 

 堀北会長は堀北さんの腕を掴み上げ、彼女を寮の壁に強く押し付ける。

 

「お前には上を目指す力も資格もない。それを知れ」

 

 会長は右腕を引き、堀北さんの腹に強く叩き入れようとしている。

 あれは――流石に不味そうなので、止めに行こう。

 

 私は寮の裏に飛び出て、腕を振り上げる堀北生徒会長の下へ全速力で走る。

 私に気づいた会長がこちらを振り向いたその瞬間に……

 

「ッ!」

 

 ズバンッ!! 

 

「クッ!!」

 

 ……私は彼の顔面を蹴り上げる。

 

 しかし、その蹴りが顔に突き刺さることはない。苦痛に表情を歪めながらもギリギリ腕で衝撃を吸収したようだ。

 

「ひ、雛罌粟さん⁉」

 

「ダメですよ、堀北生徒会長。堀北さんはDクラスでは比較的優秀な生徒なんですから。貴重な人材を虐めてあげないで下さい」

 

「盗み聞きとは感心しないな」

 

 私の蹴りによる腕の痛みはもう消えてしまったみたいだ。もう少し強くしてやれば良かったかもしれない。

 

「取り敢えずこの事は、学校側に報告させてもらいましょうかね。1年Dクラスの生徒が生徒会長から危害を被った……とね?」

 

 そう言いながら携帯を取り出し、先ほどまで撮っていた動画を流す。

 

『お前には上を目指す力も資格もない。それを知れ』

 

 その動画には、堀北さんの腹部に右手を叩き込もうとする会長の姿が映し出されていた。

 

「明日は学校中大騒ぎでしょうねぇ」

 

「そうはならないな」

 

「? なぜでs……ッ⁉」

 

 私がその言葉を言い終わらないうちに、会長は素早い一撃を繰り出してくる。その攻撃を直接食らえば、私でも無事では済まない。

 

 左手に持った睡精ちゃん抱き枕で攻撃の威力を吸収する。ボッフという拍子抜けしてしまうような音を立てながら、衝撃は全て抱き枕に殺され無効化される。

 

「女の子を殴りたくなる性癖とは……特殊ですね。流石は生徒会長です……」

 

 堀北会長はその後も無言で様々な攻撃を繰り出してくる。

 私はそれらを軽いフットワークで避ける。

 どうしても受けてしまいそうな攻撃は最強の盾睡精ちゃんでガード。

 

 この盾を持った私に敵はいない!

 

 彼は攻撃を殆ど当てることができず、その拳は風を切る。その度にブンッブンッ! と凄まじい音が耳に届く。こっわ!!

 

 これらの攻撃の目的は、私から動画の入った携帯を奪う事だ。だから彼は、私の体に外傷が残るような攻撃はしてこない。

 全て私の行動を停止させようとするものや携帯を持っている私の右手を掴もうとするものだ。

 携帯から動画を消すことができればそれで十分なのだろう。

 

 尤も、最強の盾に護られた私に攻撃が届くことなどあり得ないのだが。

 

「諦めたらどうですか?」

 

 そろそろ鬱陶しくなってきたので、そう提案してみる。そのお返事は?

 

「フンッ!」

 

 これである。

 一層力を込めた攻撃で返答される。ていうか今普通に殴ったでしょ? 

 今までは携帯を奪うための攻撃だったが、今のは完全に私の体を狙ったパンチだった。なんか青筋浮かんでるし私の提案は、挑発と解釈されたみたい。

 日本語ってムズカシ。

 

 その後も猛攻を止める素振りは無い。本気で殴っても問題ないことが分かってからは、偶にガチ殴りも入れてくる。

 

 これ多分当たったら死ぬよね?

 睡精ちゃん抱き枕がボッフボッフッ! と返事をしてくれる。

 通訳すると「うん、死ぬよ」だ。プロフェッショナルの言葉に間違いはない。

 

 スッ

 

 会長は1歩身を引き、その猛攻が停止する。

 

 私は、もしかして諦めてくれたのか? と一瞬思考する。

 

 スパッ!

 

 しかし会長は、息をする間も無く気付けば目の前に移動していた。既に右腕を引き、攻撃態勢に入っている。

 

「フッ」という掛け声とともに、今までとは全く異なるスピードで私の()()()()()()()()()()()

 

 そして……

 

 

 バリンッ!!!

 

 

 携帯が粉砕する。

 

「な!!」

 

 会長は思い描いていたものと異なる展開にそんな声を上げる。

 

「あ~あ。何をやってるんですか? 会長。生徒に暴力を振るおうとした上に、他人の私物を破壊するなんて……いくら生徒会長でもやっていいことと悪いことがありますよ。学校に報告することがまた、多くなりそうですね」

 

 兄妹だとは言え、暴行を加えようとし、さらに私の携帯を壊すことは器物損壊罪にも当たる。彼がこの学校の生徒会長だとは言っても、大きなペナルティが課せられることに間違いはないだろう。

 

「いや、これは俺がお前の腕を掴もうとした時に、お前自身がやったことだろう」

 

 壊れた携帯に関しては実際の原因は会長にはない。

 最後の腕を掴もうとする攻撃の瞬間、私は携帯を持っていた右手を大きくずらし、あたかも会長が私の携帯を直接狙っているかのような状況を作り出した。

 そして、彼の攻撃が当たる瞬間に私は携帯を握りつぶす。強化された身体能力を全力で使えば、携帯を破壊することなど造作もない。

 

「いえ、私は何も? 私はあなたが最後に行った携帯への直接攻撃を避けきれず、あなたもまた、自身の力を抑えきれなかった。その結果、私の携帯は壊れてしまった」

 

 会長は私に鋭い眼差しを向けるが、どうすることもできない。

 

「あなたにはどう見えましたか? 堀北さん」

 

 唯一、会長の保証人になり得る堀北さんに尋ねる。

 

「え……私は、……兄さんが、雛罌粟さんの携帯を打ち壊したようにしか見えませんでした……。すいません……兄さん」

 

 会長の猛攻の中、私は堀北さんから私の右手が見えなくなるような状況を作り上げた。左手に抱えた睡精ちゃん抱き枕を使って、だ。

 全長1メートルを超える巨大な抱き枕に遮られ、彼女が私たちの戦闘を細部まで見極めることは不可能だった。堀北さんは私の腕の動きも携帯の粉砕も確認できなかったことだろう。唯一視覚に入った情景はと言えば、生徒会長が私に殴り掛かったことのみ。

 

 堀北さんによる証言もあり、彼はもはや言い逃れることはできない事を察する。

 

「まぁいい。もう動画は残っていない。少なくともこれで、鈴音との会話の記録は残らない。

 壊れた携帯に関しては、……こちらの問題とする。今日中に俺がなんとかしよう。器物損壊による3年Aクラスのクラスポイントの減少とお前に対するプライベートポイントの譲渡の手続きは俺が済ませておく。明日にでもポイントが届くだろう」

 

 会長はそう言った後、堀北さんに目を向ける。

 

「鈴音、お前に友達がいたとはな。そして、入試オール100点で学年の首席にも関わらずDクラス配属、雛罌粟睡、か。中々ユニークな生徒じゃないか」

 

 どうやら、生徒会長という立場は入学試験の点数を把握できるようだ。

 

「は、はい。雛罌粟さんは……友達です」

 

 今回は会長を陥れるための道具として利用し、そしてこれからもAクラスに上がるために利用させてもらうが……私も堀北さんのことをそう悪く思っていない。

 

 彼女のような能力の高い生徒は、友達として区分するのも悪くないかもしれない。

 

「……そうか、お前も少しは成長したんだな。

 そして、雛罌粟。お前のような生徒がいれば、Ⅾクラスが躍進を遂げる事も夢ではないかもしれないな」

 

 彼はクールにそう言って闇の中へと消えて行こうとする。

 

 

 ……が、このままカッコよく帰すと本当にお思いで?

 

 

『聞き分けのない妹だ……』

 

 

 その音声に、堀北兄妹は驚いたように振り返る。不利な状況に立たされても冷静に対応していた会長のそんな表情が見れて、私は少し笑みが零れる。その笑みが彼にどう映ったかは、分からないが……。

 

 とは言え、それは当然の反応。先ほど私の携帯が壊れたことによって、その音声が残っている事などあり得ないからだ。

 そして私もまた彼ら同様、後ろを振り向く。

 

「さっき振りですね。綾小路くん」

 

 振り返った先に居るのは、綾小路清隆。手に持った携帯から『事の始終を全て記録した動画』を流しながら、近づいて来る。

 その姿を生徒会長は睨みつける。

 

「来てくれないのかとも思いましたが……最初から隠れていたんですね。凄い隠密スキルです。気付きませんでした」

 

 彼が隠れていたのは、フェンスの裏。そんな場所に何時から居たのかと内心驚いてしまう。私でも全く気付かなかったのだ。会長や堀北さんに気付けるはずもない。

 

「これでよかったのか。雛罌粟」

 

「ふふ。ええ、完璧ですよ」

 

 これが綾小路くんに数時間前に連絡しておいた頼み事。綾小路くん側にも存在する有益性を説明すれば、直ぐに了承してくれた。

 

「綾小路清隆。確か入試オール50点の男だったか。……なるほどな。全てはこれを狙っていた訳か。これは言い逃れできそうにないな」

 

「ッ⁉︎ ……に、兄さん?」

 

 会長の諦めたかのようなその言葉に、堀北さんは驚愕する。

 先の件で私たち2人は確かに優れていると分かっていたが、彼女にとって兄の実力は絶対的だった。彼ならばこの圧倒的不利な状況でも何とか有利に進めることができると信じていたのだろう。

 

 今、堀北さんの中でその絶対性が崩れようとしている。

 しかし、これはとてもいい傾向だ。

 堀北さんの実力を全て発揮するのに、会長への憧れは必要ない。寧ろ邪魔だ。彼女はもっと上を目指せる。

 

 そして、私が携帯をわざと壊したのは、綾小路くんが堀北さん達の動画を撮っている事を知っていたからだ。 

 勿論これを学校に提出すれば、彼は退学の可能性さえある。そうでなくとも、停学は免れないし、クラスポイントもプライベートポイントもさらに支払わなければならなくなり、そして生徒会長の座からも除かざるをえなくなるだろう。

 

 しかし……

 

「この動画は今すぐ消しても構いません。その内容も伏せておきましょう」

 

「なに? ……何が望みだ?」

 

 私は堀北会長を生徒会長の座から除かせる気はない。この動画を学校に提出したところで会長が停学あるいは退学になり、会長のクラスのクラスポイントが減るだけ。私たちに何の益も無い。ならばこの動画は有効活用すべきだ。

 

「まず1つ。堀北さん、綾小路くん、そして私にそれぞれ70万prずつを要求します」

 

 合わせて210万pr。1年生からせれば膨大な量であるが、恐らく会長はこの額は少ないと思うはずだ。

 学校側に提出されたら退学の可能性も考えられる動画。恵ちゃん情報によると退学の救済ポイントは、2000万prと300cl。

 会長がそれを知らないはずが無いので、必ず210万prという金額に違和感を覚える。

 

「2つ。1年生の時の中間テストの過去問と回答。そして入学直後の小テストの回答」

 

 これは今回の中間テストで有益に使わせてもらう。

 不要なゴミムシの除去をより確実なものにする。そして、櫛田桔梗だけで無く平田洋介を下し、恵ちゃんを単独リーダーにする事にも繋がる。

 

「そして3つ。これからあなたと私たちで、連絡先を交換しましょう。協力関係……とまではいかないかもしれませんが、損はないでしょうし」

 

 彼を好きな時に使える様にするのもいいが、流石にその要求は受け入れてくれないだろうと判断した。

 

「この3つです。そう難しいことではないでしょう?」

 

「……いいだろう。だが、少なすぎる。何を企んでいる?」

 

「何も。あなたは堀北さんのお兄さんですからね。不必要に嫌われたくないだけです。ですが、不安になるようですのでもう一つ条件を付け加えさせて頂きます」

 

「なんだ」

 

「先ほど器物損壊の対応に関して、『3年Aクラスのクラスポイントを減少させて、私にはプライベートポイントをくれる』と言っていましたよね」

 

「ああ、その通りだ」

 

「それなんですが、クラスポイントを減少させる必要はありません。プライベートポイントだけで良いです」

 

「どういうことだ?」

 

「そうですねぇ~。……500万pr。この額を元々受け取るはずだったプライベートポイントに上乗せしてもらいます。3年の、それもAクラスですしそのくらいのポイントは出せるでしょう?」

 

 実際、この程度のポイントを出すのは容易なはず。

 Aクラスならば1000以上のクラスポイントを残していてもおかしくない。さらに3年であることを踏まえると、プライベートポイントには余裕があることは間違いない。

 

 いっその事1000万prくらい分捕ってやっても良かったが、流石にそんな量を徴収すれば、無意味に徴収される3年Aクラスの生徒たちが不信感を抱くだろう。Aクラストップとしての、そして生徒会長としての威厳を保たせてあげようと思う。

 

「これに関しては、あなたのクラスもクラスポイントを失わなくて済みますし、私だけに利益があるという訳でも無いですから構いませんよね?」

 

 3年Aクラスとは言えクラスポイントは失いたくない。余裕のあるプライベートポイントで補えるのなら、それに越したことは無いはず。

 

 そもそも会長の退学の可能性がある以上、この提案は必ず了承してくれるし、クラスポイントを減らさないことで私に恩義くらい感じてくれるかもしれない。

 クラスポイントが予想以上に減少すれば、確実に会長と私たちの間のトラブルが明確化されるし、そのせいで生徒会長を辞任しなければならない可能性も考えられるからだ。

 

「分かった。こちらで何とかする」

 

 その後、まず初めに私たちと堀北会長は連絡先を交換した。恵ちゃんの連絡先も教えておいた。

 1つ目の要求であるポイントは問題なく送られてきた。3年のAクラスともなるとその財力は半端じゃない。

 これで私のポイントは103万pr。さらに明日には器物損壊のポイントも入るだろう。1年生の中で一番の大金持ちになれるかもしれない。

 

 2つ目の要求である過去問も、寮に戻り次第送ってくれるそうだ。

 

「では、その動画は消してもらおうか」

 

「はい、勿論です。信頼してもらわなければなりませんから。綾小路くん、お願いします」

 

 綾小路くんにそう促すと、直ぐに実行してくれる。会長の目の前で消去しているので疑われることもない。

 去り際に彼は再び堀北さんに話しかける。

 

「鈴音。どうやらお前は、この2人に利用されたようだぞ」

 

 ほぼ全て読み通りだった。2週間前に堀北さんから会長に対する恐怖を感じた時からこうなることを予想していた。

 

 彼女の言葉から今日会長と落ち合うことを聞き出し、会長による暴行を動画に収め、大量のプライベートポイントを得る。

 元々私は、携帯を壊す気はなかった。私の動画を消しても、綾小路くんの動画があるのでそれで会長を脅して、利用することはできるからだ。

 しかし、会長の攻撃を受けている最中に彼が携帯を壊したことにしてしまいポイントを得つつ、綾小路くんの動画の削除条件として前述した4つの要求を行う方が利益が大きいと気付いた。

 

 まあなんにせよ、全ての始まりは堀北さんが私に会長との関係を気付かれ、彼と会う情報まで与えてしまった事にある。

 そのことを会長は気づいていたようだ。

 

「そう、ですね。私の……実力不足です。ですが、上のクラスに上がるためには彼女らに利用されることも考えています。 出来れば何をするのかくらいは、教えて欲しいとは思いますが……」

 

「……そうか」

 

 そう返した生徒会長は今度こそ、クールに闇の中へ去って行く。

 しかし2回目なので、カッコよさは半減していた……

 

 会長を見送った私は堀北さんの方へ体を向ける。

 

「今日はすみませんね、堀北さん」

 

「ええ。さっきも言ったけれど、できれば教えて欲しかったわ。今回は……仕方ないかもしれないけど……」

 

 堀北さんもお兄さんが相手では騙すようなことは絶対にやりたくないだろうし、出来たとしてもボロが出ると分かっていたのか、あまり強くは言わない。

 

「はい、これからは伝えるようにしますね。今回はどうか70万prで我慢して下さい」

 

「そう言われると何も言い返せないわね」

 

 流石に70万prという高額報酬の前では怒りも沸いてこないようだ。

 

 綾小路くんもきちんと協力してくれたし、労っておこう。

 

「綾小路くんもありがとうございます」

 

「いや、元々協力関係を結んでいるし、70万prも貰ったからな。何にも言うことはない。むしろ、こっちが感謝したいくらいだ」

 

 私たちはまだ、契約による縛りによる形だけの協力関係。信頼による協力関係ではない。

 多額のポイントを与えることで、契約の有益性が増すし、私が綾小路くんを裏切るつもりがないという信頼も深まる。

 

 それからもう1つ。

 

「そのポイントで、是非とも読書友達さんとデートにでも行ってきてくださいね」

 

 綾小路くんの耳に口を近づけ小声でそう囁いてみる。

 

「……だから違うって」

 

「ふふ、そうですか?」

 

 綾小路くんは否定し続けるが、彼にはやっぱり恋人でも作って欲しいと思う。それは勿論、契約を強固なものにしたいという理由が大きいのだが。

 それを抜きにしても彼には何となく、そんな日常を楽しんでもらいたいと感じている。彼がどことなく、私に似ているからかもしれない。

 

「ああ、そうだ。どうせなら、このまま中間試験についてお話したいのですが、私の部屋に来れますか?」

 

 私は普段恵ちゃんの部屋で寝泊まりしている。本来の私の部屋は全く使われない。だからその部屋は、4人が作戦会議的なことをする部屋として有効活用することになった。

 

「内容は誰を残し、誰を消すか」

 

 消す人数は少なめで行きたい。先ほど、見えないマイナスや退学による巻き返せない程のマイナスが存在する可能性は限りなく低いと言ったが、0ではない。

 そして、これからもしクラスポイントが大きく流動するイベントがあった場合、そのイベントの内容によっては人数の少なさが不利に働く可能性も十分考えられる。

 

 用心に越した事はない。

 

「恵ちゃんも櫛田さんの件を既に終えているでしょうし、参加できるでしょう」

 

 2人とも会議に出席することに了承し、3人で私の部屋へと向かう。

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

 担任の茶柱は言っていた。「Dクラスは不良品の集まりだ」と。

 

 その言葉は事実だ。

 不良くんは運動神経に関してはAクラス生徒を凌ぐほどのものがあるが、態度や学力においてはとても高校生とは思えない。一見優秀に見える堀北さんも他者への思いやりや協調性が大きく欠けている。高円寺くんもそれと同様の理由でDクラスに配属されたのだろう。

 

 しかし、偏に不良品と言ってもその不良度合いには幅がある。簡単に修理できる物もあれば、もうどうにもならない欠陥品もある。

 

 利用価値のある人材やある程度将来の伸び代に期待できる生徒は残しつつ、真に不要な存在のみを消す。

 

 これをできる限り早い段階で行うことが、DクラスをAクラスに上げる為に絶対的不可欠なプロセスであり、その選別を最も効率的に行うことができるのが次の中間試験。

 

 




 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

中間試験
10話 平田洋介の独白


 僕にとって学校のクラスとは何よりも大切な存在だ。

 

 クラスというのは何十人という生徒が1つに集まった組のこと。人ぞれぞれが違った考えを持っていて、そして勿論、クラスメイト全員が同じ考えを持っているはずも無い。それでもクラス全体の目標の為に一丸となって突き進む。それがクラスの在り方だ。

 

 しかし、現実というのはそう上手くいかない。何十人もの異なる考えを持った人間が集まれば、ちょっとした事で揉め事となる。

 それは次第に増長し、実力のない人間や少数派の人間は迫害される。

 

 だから僕が守らなきゃいけない。

 いつしか僕という存在にとって、クラスをまとめ、クラスを守ることこそが命題となっていた。

 だけど――それは本来の僕じゃない。

 

 僕は元々クラスの中心人物ではなかった。

 どちらかと言うと日陰の存在だった。

 

 でも変わった。

 

 あの事件が起きて――僕は変わらざるを得なかった。

 

 小さいころから仲の良かった親友の杉村くん。彼は中学時代、僕の知らない所で虐めを受けていた。いや、本当は気付いていた。気付いていたけれど、僕は傍観していたんだ。

 

 そして――彼は校舎から飛び降り、自殺した。一命は取り留めたけれど、今も快復することなく眠り続けている。

 

 杉村くん本人がいなくなったことで彼に対する虐めが終わり、全てが終わったと思った。もう学校でそんな事が起こるはずが無いと思った。

 しかし、彼の自殺未遂という騒動は、物事の通過点でしかなかった。

 

 杉村くんが自殺を図った直後に、もう新しい虐めが起き始めたんだ。人間の闇は深く底知れないものだ。身近でその過ちを垣間見たとしても、直ぐにまた同じ過ちを繰り返してしまう。

 

 そして僕は行動を起こした。

 クラスの人間が、学校の人間が二度と同じ間違いを繰り返さない為に、とある方法でクラスを支配した。

 

 正義という名の暴力で。

 

 揉め事を起こした人間には、その両者に平等の苦痛と恐怖を与える。

 クラスの最底辺に存在する者が虐めを受けるのなら、僕以外のすべての人間を最底辺に位置させることで、虐めを無くそうと考えた。

 僕は学校の支配者となり、そこに虐めの姿は無くなった。

 

 しかし、それが……それこそが大きな過ちだった。

 僕たちの学年の生徒達からは笑顔が消え感情が消え、ただただ無機質な生活を送る日々。

 僕が行った事は、結局杉村くん達を虐めていた人間と何ら変わらない。虐めを受ける対象が1人から1学年に変わっただけ。

 

 高度育成高等学校。この学校に入学した時、今回こそはもう同じ間違いを犯さず、クラスを1つに纏め本来あるべきクラスを築き上げると誓った。

 

 

 

 

 

 それなのに……。

 

 ……僕はまた、間違ってしまった。

 

 いや……僕は今回、何も間違っていなかったはずだ。そう、思いたかった。

 

 ……それでも目の前の少女は僕が間違っていたと言う。そして彼女の言葉は全て正しく、実際彼女の言う通りの結末も在り得たんだ。

 

 

 

 

 

 だから――だから僕は、その悪魔の契約に頷くことにした。

 僕は目の前の彼女と視線を合わせる。その絶対零度のように冷たい瞳を見据えながら、僕は口を開く。

 

「分かった、雛罌粟さん。君の言う通りにする」

 

 発せられたその言葉は、自分のモノと思えないほど無機質なモノだった。

 

 あぁ……。

 

 僕がその少女の言葉を受け入れた時――その身を悪魔に捧げた時、僕の体は、感性は、精神は……平田洋介という存在は、僕のモノではなくなってしまったんだ。

 

 それに気付いた時――

 

 

 ――グシャッ

 

 

 心が壊れる音を聞いた。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11話 松下千秋の最善

 私が堀北生徒会長と契約を結んでから3日経った。

 

 まず初めに会長と契約した夜とその次の日の出来事を簡単に話そうと思う。

 

 その夜、私・堀北さん・綾小路くんは、そのまま中間試験に関する話し合いをすることになり、私の本来の部屋へと向かった。

 その会議に欠かせない人物である恵ちゃんは、既に用件を終えて帰って来ていた。

 その用件と言うのは、櫛田桔梗に関する事だ。Dクラスのリーダー格である櫛田さんを、そのまま私たちのグループに取り込みたいと言うものだった。

 

 部屋に戻っていた恵ちゃんの側には櫛田さんも居て、既に櫛田さんを駒にしてしまっていた。

 

 有能な人材を完全に壊してしまうのは勿体無いので、恵ちゃんには弱みを握るにとどめてもらうつもりだったのだが――

 一緒にいた櫛田さんは酷く怯えた様子だった。普段の仮面は完全に外れていて、裏の顔を見せるのかと思えばそうでもなく、何かを思い出すようにただただ震えていた。

 

 その理由は、勿論これから命令されることへの不安もあるのだろうが、大部分が恵ちゃんにあるのは一目瞭然だった。

 恵ちゃんに「一体何したらこんなに怯えるようになるの?」と聞けば、「ひ・み・つ」と優美に答えるのみ。詳しいことは教えてくれない。

 大方、櫛田さんが恵ちゃんを怒らせちゃったんだろうけど……

 

 まぁいいや。

 少なくとも櫛田さんがこの先、私たちに仇を為すことは無いだろう。恵ちゃんは櫛田さんが暴言を吐いているシーンをしっかり動画に収めてきてくれている。

 

 私は櫛田さんが結んだ約束を守ってくれるなら、その動画を不用意にばら撒くようなことはしない。

 約束と言っても「クラスメイトに優しくするな」とか「裏の性格で生きろ」などという命令ではない。軽い行動制限だ。

 

 櫛田さんに課した行動制限は4つ。

 

①私たち(雛罌粟・軽井沢・堀北・綾小路)の不利益になることをしないこと

 

➁できるだけ恵ちゃんや堀北さんと時間を共にすること

 

➂揉め事があれば恵ちゃん側につくこと

 

④私の命令にはなるべく従うこと

 

 これで十分だ。これ以上の制限は逆効果。彼女の才能までも押さえつけることになる。

 そして、これらの条件さえ守ってもらえば、櫛田さんへのクラスメイト達からの高い評価が、必然的に共にいる恵ちゃんや堀北さんへの評価へと繋がる。

 

 私がこの行動制限を伝えると、櫛田さんは「え……それだけでいいの?」と驚いたような声を発し、目を潤ませていた。

 

 うん、可愛いわ。あの子。

 

 これから先、櫛田さんには重要な駒として働いてもらうことになるので、お小遣いを上げることにした。

 30万pr。

 ポイントを渡された櫛田さんは理解するのに時間がかかったようだった。暫くの間、私の顔と自分のポイント残高を何度も見ていた。

 

 私たち全員のポイント残高を見せながら、「足りなくなったら言ってくださいね」とも言っておいた。

 普通では考えられないそのポイント量を見て、櫛田さんは最初こそ驚愕していたが、最終的には「もうどうにでもなれ」と私たちを受け入れる態勢に入った。

 

 櫛田さんはポイントに困ることは無いという大きな利点を知り、恵ちゃんが「ごめんね~、さっきは感情的になっちゃって」と謝ったこともあり、私たちの話し合いが終わる頃には、打ち解けた様子だった。

 その日はその後、中間テストについての話し合いを暫く続けたのち、解散となった。

 

 次の日の放課後になると、直ぐに茶柱先生に呼ばれ新しい携帯が支給された。

 ポイントの譲渡に関しては生徒会長が行うと言われたので、そのまま生徒会室に移動。器物損壊と私が会長に課した4つ目の条件に関するプライベートポイントも、そこできちんと譲渡された。

 

 譲渡されたポイントは540万pr。動画消去条件の1つである500万prと、40万prは器物損壊のポイントだろう。

 

 現在の私のポイントは、613万pr。間違いなく1年で最も多くのポイントを持った生徒だろう。

 私以外の恵ちゃんグループのポイント量もかなり多い。

 恵ちゃんは73万pr。綾小路くんは77万pr。堀北さんは78万pr。櫛田さんは31万pr。

 

 私たち5人の総ポイント量は872万pr。暫くは2000万prを目標に貯めていこうと思う。その額があれば退学阻止もクラスの変更も、自由自在らしい。

 

 今回のように怒涛の勢いでポイントが貯まることなど、そうそう無いと思うかもしれない。しかし、実は6月になればまたポイントを得る当てがあるのだ。

 どのくらい貰えるのかは分からないが、かなりの量を受け取れると確信している。楽しみ。

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

 放課後になった。

 私は現在、カラオケルームで睡精ちゃん抱き枕を抱えて座っている。

 1人寂しく……。いや、別に寂しくなんかない!!

 やって来る人物との会話を誰にも聞かれたくないだけ。それだけなのだ……

 

 本当は恵ちゃんも連れてきたかったんだけど、彼女には勉強会がある。櫛田さんも手伝ってくれるようになって、効率は何倍にも上がったのだが、できる限りテストの平均点を底上げしておきたい。同様の理由で堀北さんも連れて行けない。

 だから、今回は私1人で動くことにした。

 ……綾小路くんも誘ったけど断られたなんて言う裏話は無い。――断じて無い。

 

 私は今、恵ちゃんに頼んでとある人物を呼んでもらっている。

 

 中間試験に関する計画遂行のために、できればもう1人優秀な仲間が欲しかったのだ。

 

 その役目はこれからDクラスのリーダーに君臨しようという恵ちゃんには向かない。

 そして、裏の顔がバレる原因になり兼ねないので櫛田さんにも向かない。

 堀北さんはコミュニケーション能力の点に問題があるので、不向きである。

 私は……普通に動きたくない。

 

 その為、もう1人新しいメンバーを恵ちゃんのグループに招き入れることが必要なのだ。

 

「待たせてごめんね、雛罌粟さん」

 

 暫くするとカラオケルームの扉が開き、目的の人物は私に声を掛けた。

 

「はい、大丈夫ですよ。松下さん。どうぞ座ってください」

「ありがとう」

 

 恵ちゃんに呼び出してもらった人物は松下千秋。

 Dクラス女子のカーストで言うと大体中間くらいに位置する生徒だ。小テストでは高めの点数を取っていたが、特に突出して優れた点は無いように思える。

 しかし、私は彼女が優秀な人間だと確信している。

 

 入学初日、私がクラスに仄めかして言ったこと。それはDクラス生徒の大まかな実力を把握する目的があった。

 その言葉の本意に気付いた人間は3人。恵ちゃん・綾小路くん・高円寺くん。この3人と私を含めた4人がDクラスで最も優れていることは言うまでもない。

 そして、私の言葉に疑問を抱く素振りを見せた人物が4人いた。堀北さん・櫛田さん・平田くん・松下さん。この4人がDクラスで私たちの次に優秀な事も恐らく間違いない。

 それ以外の人物は学力や身体能力に差はあれど、殆どがゴミ虫。

 その中でも特に無能でありクラスに必要のない人物と判断した変態3号こと山内春樹。入学から1ヶ月が経過する前にA~Dのクラス分けシステムに気付いた私と恵ちゃんは、無能なクラスを確実にDクラスに落とす為、彼を退学させた。

 少し話はズレたが私たちは初日の時点で、松下さんが比較的優秀であると目星をつけていたという事だ。

 

「それで、今日はどうしたのかな? 雛罌粟さん」

「そうですね、まず何処から話しましょうか。……取り敢えず前提から話しておくと、私は松下さんが実力を隠している事を知っています」

「ッ⁉︎ ……何の、ことかな?」

 

 話し合いを円滑に進める為に、まずそれを伝える事にした。彼女には本音で語って欲しいのだ。

 

「そう警戒しないで下さい。別にその事を広めるつもりなんて有りませんから」

「だから何のこと……って、その様子じゃ意味無いか。うん、そうだね。私が多少実力を隠してるのは事実だよ」

 

 これ以上否定するのは無駄だと考えたのだろう。松下さんは意外にもあっさりと認めた。

 

「それで、結局私にどんな用があるの?」

「単刀直入に言うと、松下さんには私の仲間になって欲しいんです」

「と言うと?」

「私はAクラスを目指そうと思っています」

 

 私がそう言うと松下さんは少し驚いたような表情をした。今までの私の行動からは、考えられなかったのだろう。

 

「……でもそれは矛盾してるんじゃない? そもそも雛罌粟さんが学校のシステムについて情報を共有していれば、最初からAクラスも在り得たかもしれないよ?」

「別に矛盾はしてませんよ。私が求めるのはAクラスという立場ではありません。DクラスからAクラスに上がるという過程です。勿論その結果Aクラスでなければ意味がありませんが」

「……本当にAクラスに上がれると思ってるの? Dクラスには確かに優秀な生徒はいるけど、マイナスになるような生徒も多いよ」

「その選別は、少し前から始めていますよね」

「……?」

 

 松下さんはどういう事? と言いたげな表情をする。しかし、何かに気付いたかのように直ぐに沈思黙考を始める。

 

「ッ⁉ まさか……山内くんの退学は、雛罌粟さんが仕組んだことなの?」

「……」

 

 私はこれに対して何も答えない。可能性は低いが、録音されていた場合、学校に提出されれば少し厄介だ。

 尤も、答える必要などない。松下さんは全てを理解する。私の目を見て……

 

「……なるほど、ね。やっぱりそうなんだ……」

「何か分かりましたか?」

「……中間試験でもDクラスの誰かを退学させるつもりなんでしょ。それに協力して欲しいってこと?」

「ええ。尤も、何人も退学させるつもりはありません。退学によるデメリットが想定を遥かに上回るものだった場合、複数人の退学は得策ではないですから。」

 

 そして、中間試験で行いたいことは不要分子の排除だけではない。というより、もう1つの計画の為に退学者を出すと言った方がいいかもしれない。

 

「ところで、松下さんは今のDクラスについてどう思いますか?」

「随分と抽象的な質問だね」

「何でもいいですよ」

「私は……能力自体はそこまで他クラスに劣っていないと思う。他クラスがどんな感じなのかはまだ分からないけど……少なくとも軽井沢さん・雛罌粟さん・高円寺くんの3人は、他クラスの生徒と同等かそれ以上の実力を持っていると思う」

 

 高円寺くんは、学校全体を見てもトップクラスであると予想できる。身体能力と学力。その両面において他の生徒と一線を画すものを持っている。

 松下さんの言葉には出てこなかったが、綾小路くんも同様の能力を持っている。それどころか彼は高円寺くんすらも上回る実力を隠し持っているだろう。

 恵ちゃんから貰った他クラスや他学年の情報と照らし合わせても、彼らと張り合える実力は持っていても上回る生徒はいない。

 Dクラスの中には彼ら以外にも優秀な生徒はいる。粒は揃っているのだ。

 

「確かにそうですね。それで?」

「……才能のある生徒は揃っているんだと思う。だから――私たちのクラスが1つにまとまる日が来たら、その時はきっと、どこにも負けなくなるんじゃないかな?」

「そうですよね。その為にはどうしたらいいと思いますか?」

「……」

 

 私は続けざまに質問する。松下さんに私が何をやろうとしているのか推測してもらいたいからだ。

 

「……クラスを1つにまとめるリーダーが必要。Dクラスのリーダー的存在は平田くん・櫛田さん・軽井沢さんの3人。だから、その3人が協力する事が不可欠だと思う」

「そうですね。一般的にはそれが正しいようにも思えます」

 

 でも違う。

 既に恵ちゃんの駒となった櫛田さんは、そのまま協力を要請していたとしても、協力関係は表向きだけのものとなっていただろう。いつ裏切られるか分からない。

 平田くんは一見協力してくれそうだが、善人とは必ず食い違いが起きる。そうなった場合、再びクラスが分裂するのは目に見えている。

 ――だから

 

「でも、それは不可能です。平田くんとは絶対に分かり合えないでしょうから」

「……」

 

 山内くんの退学を私たちが意図的に起こした。それを知った松下さんは私の言葉を正確に理解したことだろう。

 

「現在、恵ちゃんと平田くんは2つに分かれて勉強会を行っていますよね」

「うん。平田くんのグループは私も含めて、女子が多いかな。軽井沢さんのグループは……色々だよね。男子も女子も普段1人の生徒も。相当学力が低い生徒まで教えてる」

「勉強会にまだ参加していない人も、最終的には恵ちゃんのグループに入ることになるでしょう」

「そうだね」

「この2つのグループは2人のリーダーの勢力図みたいなものです」

「そう、かもしれないね」

「この先、2人のリーダーの間で意見が分かれた時、クラス全体も二分します。私はそれを避けたいんです」

「……」

「ならば、どうすればいいと松下さんは考えますか?」

「……平田くんと軽井沢さんのどっちが優秀かって言うと……軽井沢さんなのは目に見えてるよね」

 

 私がクラスのシステムを理解していたということは、側にいた恵ちゃんと共に情報を探ったと考えるのが普通だ。山内くんの退学を違和感なく実行するのも誰かの協力が不可欠。その協力者が恵ちゃんであることを松下さんなら直ぐに理解する。

 

「軽井沢さんのグループが平田くんのグループを取り込んじゃえば良いんじゃないかな」

「なるほど、半分正解と言ったところでしょうか」

「……半分?」

「しかし、もっと簡単で効率的な方法があります」

「……」

 

 松下さんは再び考え始める。

 しかし、その答えはもう分かっている筈だ。どちらかと言えば、平田くんのグループだった身として、あまり言葉にしたくないのだろう。

 

「……グループのメンバーじゃなくて、リーダー自体を狙う。リーダーがいなくなれば必然そのグループも崩壊し、Dクラスは1つにまとまる。こういうことかな?」

「そういうことです。私が中間試験でしたい事。それが何か分かってくれましたか?」

「……うん。まず1つが、Dクラスで必要のない生徒を退学させる。……でも、それはただ不要な存在を排除したいからじゃない。もう1つの目的のための手段に過ぎない」

 

 松下さんはそこでスゥーと深呼吸をする。分かっていても口に出すのに抵抗があるのかもしれない。

 

「雛罌粟さんが本当にしたい事は、Dクラスのリーダー格、平田くんを潰すこと。Dクラスの誰かを退学させるのはその目的の方が強いんじゃないかな? そうして平田くんのグループは中心部から崩壊して、Dクラスの発言力は軽井沢さんに集中する。これで合ってる?」

「はい! 大正解です。完全無欠の満点回答です!」

 

 私は嬉しくなったので、彼女に盛大な拍手を送る。

 やはり松下さんはかなり優秀だ。私はここまでの話し合いの中で、より彼女を欲しいと思うようになった。

 

「私のことを理解したところで最初の質問に戻りましょうか。私の仲間になってくれますよね? 松下さん」

 

 質問の形をとっているが有無を言わせるつもりなど無い。此処まで深く話し込んだのだ。このまま帰す訳がない。松下さんが断るなら、多少強引にでも駒にする。

 

「……仲間にならない選択肢なんてないでしょ。断れば、山内くんの二の舞になり兼ねない」

「ふふ。さぁ、どうでしょうかね」

「……1つだけ、気になることがあるかも」

「何でしょうか?」

「櫛田さんのこと。リーダー格の1人でしょ? でも、雛罌粟さんの言葉には1度も出てこなかったから……」

「松下さんの想像通りだと思いますよ。彼女は既に私たちの駒です」

「……そう、なんだ」

 

 松下さんは顔を引きつらせながらそう答える。『駒』という言い方には少し問題があったかもしれない。

 

「ふ―。――うん、分かった。私は雛罌粟さん達の仲間になるよ」

「本当ですか。嬉しいですねぇ」

「無表情で言われても……」

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

 その後、私は松下さんと連絡先を交換した。私の連絡先も結構多くなったものだ。

 恵ちゃん・櫛田さん・小野寺さん・みゅみゅみ先輩・綾小路くん・堀北さん・堀北生徒会長・松下さん

 もう少しで10人に到達する。

 

 松下さんにはその後、最初の役目を告げておいた。そこまで難しい事でもないのですんなりと引き受けてくれた。

 

 私と松下さんは現在、寮への帰路についている。松下さんも私もカラオケで長居するつもりは無かったので、一緒に帰ろうという旨となったのだ。

 その途中で私は1つ思い出したことがある。

 

「ああ、そう言えばお小遣いを忘れていましたね」

「お小遣い?」

「ええ、働く大人にはお給料が必要ですが、私たちは子供なのでお小遣いです」

 

 私はそう言いながら松下さんにポイントを送る。

 

「ええ⁉ 10万も!」

「足りなくなったら言ってください。余裕はありますので」

「え? でも、20万くらいじゃないの?」

 

 クラス内で私のポイント残高を見せた時、私のポイントは34万prだった。その3分の1ものポイントを与えられたと思ったのだろう。

 でも、その情報はもう遅い。

 松下さんは既に仲間なので私は今のポイント量を開示することにした。

 

「603万pr⁉」

「まぁそう気にしないで下さい。松下さんの選択は正しかったというだけです」

「そ、そうみたいだね……」

 

 これでもう、松下さんの裏切りは考えられない。彼女はその大量のポイントから私が他学年とも繋がっていることを察した筈だ。

処世術に長けた松下さんがそんな生徒を敵に回すはずが無い。

 

「……雛罌粟さん達の仲間になったのは最善の選択だったみたい」

 

 そうこう言っている間に、私たちは寮に到着していた。

 

「では、また明日。松下さん」

「うん。またね~」

 

 松下さんと別れ、1人部屋に戻る。勿論恵ちゃんの部屋なのだが、もはや自分のもののように使っている。

 帰ってきた私はベッドに倒れこみ、枕に顔をうずめる。

 

「……恵ちゃん成分が……全然足りない……」

 

 そうつぶやき、眠りに落ちていく……。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12話 須藤健の服従

 5月の半ばのとある放課後、私は勉強会を終えた恵ちゃんを連れて体育館の前にやって来ていた。

 体育館の扉は開いていて、1人の生徒がダムダムとボールをついている。

 

「ねぇ、本当に彼を助ける価値があるの?」

 

 そんな生徒を眺めながら恵ちゃんが呟いた。

 

「うん、私は彼に期待してるの」

「ふ~ん、最近やけに他の生徒と関わるじゃん」

 

 実は最近、恵ちゃんは勉強会で忙しいし、私も色々と動いていたので、恵ちゃんとの時間があまり取れていない。

 やっと時間が空いたと思ったのに、他人に関わろうとしている私を見てなんとも言えない思いに駆られたのだろう。

 

「勿論、恵ちゃんを一番信頼してるよ」

「それは分かってるよ。けどさ~もっと一緒にいてくれてもいいじゃん」

 

 頬を膨らませ駄々を捏ねる恵ちゃんが可愛すぎて、鼻血が出そうになるのを必死で堪える。

 ダメなものはダメとしっかり言わねば……

 私は真剣な面持ちで、恵ちゃんと視線を合わせる。

 

「ダメだよ、恵ちゃん。今が一番重要な時期なんだからさ」

「む~」

 

 恵ちゃんもそのことは分かっているはずだ。

 

「中間試験が終わったら暫くは大丈夫だと思うよ?」

「む~~」

 

 ……ツーン

 

 やばっ! 鼻血出て来た。

 真剣な表情で説教しながらティッシュで鼻を抑えるとか威厳も何もないんだけど!

 

「おい! そこで何やってんだよ」

 

 1人バスケに勤しんでいた人物が、私たち2人に気付いて声を掛けて来た。

 

「あ! 奇遇だねぇ、須藤くん」

 

 恵ちゃんはさっきまでの不機嫌が嘘のように陽気に返事をする。

 私たちが体育館に来た理由は不良くんに用があった為だ。Dクラスでは不良くんと他数人の生徒が未だに勉強会に参加していない。

 

「あ? 奇遇な訳ねぇだろ! 何の用だよ」

「いや~、別に? ところで、須藤くんは勉強会、参加しないの?」

「ハッ! やっぱりそれかよ。俺は勉強なんかしねぇ。バスケのプロになるからな」

 

 その割には自主練に身が入っていない気がする。不良くんにも思うところがあるのだろう。

 

「でも、このままじゃあ、須藤くん退学になっちゃうよ? そしたら須藤くんの大好きなバスケもできなくなっちゃうね」

「別にこの学校じゃなくても……」

「ホントにそうかなぁ~」

「あ?」

「須藤くんくらいバスケが上手だったら、強豪校からの推薦も来てたんじゃない? それを蹴ってまでこの学校に来たってことは……何かそうしなきゃいけない理由があったんじゃないかな?」

「……」

 

 恵ちゃんの言葉に不良くんは何も言わない。やはり、何かあるのだろう。

 スポーツ推薦ならば入学金や授業料の免除、減額が認められるはずなので、金銭面の可能性は薄い。推薦が取り消しになる事を不良くん自身がしてしまったのかもしれない。

 

「今から勉強しても、間に合うと思うなぁ~」

「……そんな事を言いに来たのかよ。悪いが勉強会には参加しねぇ」

「別にその為に来たわけじゃないよ。やりたくないなら、しなくても良いや」

「は? ……じゃあ、お前らなんで来たんだよ」

 

 てっきり今直ぐ帰って勉強するよう言われると思っていたのだろう。でも、私たちはそんなことを言いに来たわけではない。

 

「私たちはバスケしに来ただけだよ。ねぇ? スイ」

「うん。女の子でもスポーツくらいしたくなるんですよ、不良くん。そういうことなのでボールとコート借りますね?」

「え、は? え?」

 

 私は睡精ちゃん抱き枕を体育館の入り口に置いて、転がっていたボールを恵ちゃんにパスする。

 

「は?」 

 

 恵ちゃんはパスされたボールを上手にキャッチして、そのままレイアップを決める。

 いきなりやって来てバスケをし出した私たちに不良くんは唖然とした表情だ。

 それにしても……何あの顔すっごく頭悪そう、ぷぷっ!

 

「……まぁいいや」

 

 最初こそバスケを始めた私たちを呆然と眺めていたが、彼はおバカなので直ぐに考えることを放棄したようだ。

 1言呟いた後、直ぐにもう1つのコートにシュートを打ちに行った。

 その良い感じのバカさ加減に好感持てるんだよなぁ……。

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

「雛罌粟! お前滅茶苦茶バスケうめぇじゃねぇか!」

 

 暫くドリブルやシュートを繰り返していると、隣のコートで見ていた不良くんが興奮した顔つきで話しかけてきた。

 

「ミニバスか部活かやってたのかよ」

「いえ、特に部活には所属してませんでしたよ?」

「マジかよ! すげぇじゃねぇか!」

「そうだよ! スイはすごいんだよ! スポーツなら何でもできるんだ~」

「マジか! そういやお前ら中学同じって言ってたな。アイツ、どんなだったんだ。聞かせろよ」

 

 不良くんと恵ちゃんが何故か意気投合した。

 不良くんは水泳の授業で私の実力の一端を垣間見ているので、私がどれくらいできるのか興味があったようだ。恵ちゃんも私が賞賛されることに悪い気はしないようで、私の中学時代を武勇伝のように語りだした。

 

「おい、雛罌粟! 俺とバスケで勝負しろよ」

 

 恵ちゃんの話に感化された不良くんがそんなことを言い出した。

 私としては大歓迎だ。()()()()()()()のだから。

 

「分かりました」

「よっしゃ!」

 

 ……まぁただで受けるとは言わないけどね。

 

「しかし――条件があります」

「条件? なんだよそれ」

「『勝った方が負けた方の命令に従う』という条件です。不良くんにも利益はありますし、構いませんよね?」

「はぁ? なんだってそんな事しなきゃなんねーんだよ!」

「おやおや? バスケのプロを夢見るあなたが、随分と弱腰ですね。まさか、不良くん。負けるのが怖いんですか?」

「は? ンなこと言ってねーよ。チッ! ああもう、分かった。条件受け入れるからさっさと始めるぞ!」

 

 おバカな不良くんは条件なんて深く考えずに、私の挑発に乗ってくれる。いや、そもそも負けることなんて在り得ないと考えているのかもしれない。はたまた、ただただバスケにひたむきなだけか。

 

「ルールはどうしますか?」

「1on1、5本先取。基本的なルールは普通のバスケと変わらねぇ。これでいいだろ」

「そうですね。審判は恵ちゃんにやってもらいましょう。じゃあ頼んだよぉ、恵ちゃん」

「うん! 了解!」

「お前……軽井沢とそれ以外の奴で口調変わりすぎだろ!」

「そうでしょうか?」

 

 特に変えたつもりはないんだけどなぁ。

 

「そんなに変わってるかなぁ。恵ちゃん」

「え……う~ん。特に変わってないと思うよ?」

「だそうですよ? 不良くん。あなたの聞き間違いのようですね。」

「……」

 

 そんな会話をしながら私と不良くんはハーフラインを境に向い合せになるように立つ。じゃんけんに勝利した私はオフェンスとなった。

 審判役の恵ちゃんからボールをパスしてもらう。

 

「では今からスイvs須藤くんの1on1を始めま~す。頑張れー!」

「不良くん」

「んだよ!」

「手加減なんてしないで下さいね?」

「ハッ! するかよ!」

 

 こうして戦いは始まった

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

「はぁはぁはぁ」

「中々やるじゃないですか。不良くん」

 

 ダムダムダム

 

「驚きましたよ。まさか、4点も取られるなんて。ですが――もう同点です」

「はは、バケモンかよ……」

 

 現在の点差は4対4の同点だ。どちらかがあと1点でも取られれば、勝敗が決するという状況。

 手加減しないと言った不良くんの言葉は本当で、彼は一切手を抜かなかった。多少強引にでも体格差と身体能力を使って跳躍し、ダンクを決める。

 私の本気の跳躍でも彼には僅かに届かない。

 しかし――

 

「ダンクをする為には高いジャンプの為に膝を深く屈する必要があります。その間ボールは低い位置にありますから、そこを狙えば身長の低い選手でも十分奪えるんですよ」

 

 その後、私は4点分を巻き返した。その結果が4対4。現在のオフェンスは私なので不良くんは絶体絶命の状況だ。

 

「何はともあれ、この攻撃で終わらせていただきます」

「ハッ! 負けるかよ! ぜってー止めてやる」

 

 ハーフラインまでドリブルを進め、私はボールをつきながら再び不良くんに声を掛ける。

 

「ところで不良くん」

「あ?」

()()()()()()()()()()()()()()()()んですよ?」

「は? 何言ってんだよ」

 

 不良くんはプレッシャーを掛けながら応答する。

 

 私はバックステップで不良くんと距離を取る。彼はその行動に瞬時に対応し、直ぐに一歩前進すると同時にボールを奪おうとする。その俊敏さは流石バスケ部と言ったところか。

 

 しかし私は、その時既にドリブルを止めていた。

 

「おい! 何してんだ、てめぇ」

 

 まるでドッジボールを投げるかのようなフォームでボールを持った私を見て、不良くんは困惑の声を上げる。

 

 私はそのまま斜め右に跳躍し、全身を使って体をムチのようにしならせながらボールを投げる。

 そのボールが向かう先は勿論――リングだ。

 

「入るわけねぇだろ!」

 

 不良くんはゴール目掛けて弧状に飛んでいくボールを目で追いながら怒気のこもった声で叫ぶ。

 彼の主張は正しい。

 ハーフラインはシュートをするには些か遠すぎる位置であり、私が放ったシュートは本来のバスケのフォームを完全に無視したフォームレスシュート。

 仮にそれが決まったとしても、完全にマグレだ。それはただの奇跡であって、実力の勝利とは言い難い。

 

 だが――そのシュートの目的はゴールを決めることではない。

 

「……まさか!」

 

 不良くんは何かに気付いたかのように勢い良く振り向く。しかし、そこに私の姿は無い。私は既に走り出していた。

 

 ゴールに向かって全速力で駆ける私に、出遅れた不良くんが追いつくことは出来ない。

 

 バンッ!!

 

 案の定、投げたボールはリングに当たることも無く、ボードにぶつかり跳ね返ってくる。

 

 フリースローラインを越えた私は疾走の勢いと共に最大出力で跳躍し、伸ばした右手で空中のボールを掴む。

 

「オッラッ!!!!」

 

「ッ!」

 

 驚いたことに、猛ダッシュしていた不良くんが追いついてきた。流石に追いつくことは不可能だと考えていたけど、火事場の馬鹿力で筋肉のリミッターが外れたのかもしれない。

 

 私のシュートを阻むように素早く前に立ちふさがった不良くんは、既にジャンプの体勢に入っている。そして、渾身の力を振り絞って飛び上がろうとする。

 

「……グッ⁉ クッソ!」

 

 しかし、これまでの攻防で、不良くんの足は限界を迎えてしまっていた。ジャンプの為に曲げられた膝が、痙攣して思うように動かず飛び上がることができない。

 痛みに耐えながら跳躍中の私を見上げる。

 

「……しろ」

 

 不良くんが何か言った気がしたが、全てをゴールに向かって全集中している私に周囲の物音は聞こえない。

 そしてそのまま掴んだボールをリングに振り下ろす。

 

 不良くんの頭上を飛び越えながら――

 

「せいッ!」

 

 ガシャンッ!

 

 ボールをバスケットに直接通すと同時に――右手でそのリングを掴む。

 

 それは、アリウープという種類のダンク。空中でボールを受け取り、そのまま着地する前にゴールにボールを叩き込む技だ。

 

 タンタンタンッコロコロコロッ

 

 リングを通り抜けたボールは地面を数回跳ねたのち、停止する。その様子を不良くんは愕然とした表情で見つめている。

 

 ――ダンクは不良くんの専売特許じゃない。フルパワーの跳躍は僅かに不良くんに届かなかったけど、アリウープを決めることだけなら造作もない。

 

「よっとっ」

 

 リングを壊してしまうとポイントを払わなければならない可能性がある。ダンクを成功させた私は直ぐにリングから手を離し着地した。

 

「5対4。私の勝ちですよ、不良くん」

「そ、そそそうだなッ!」

 

 私は振り向いて勝利を告げる。

 しかし、不良くんは何故かおどおどと落ち着かない様子だ。そんなに負けたのがショックだったのかとも思ったが、そんな感じでもない。

 

「さっすが、スイ! でも正直、今回は負けっちゃったかと思ったよ」

 

 審判をしていた恵ちゃんがコート外から近づいて来て、そう言う。

 確かに私も敗北を予見しなかったと言えば嘘になる。

 本気を出した不良くんの跳躍に私の全力は数センチ及ばない。5本目の彼のジャンプが成功しダンクシュートがそのまま放たれていれば、為す術も無く敗北していただろう。一瞬でも冷静さを欠いてしまえば、彼を止めることは出来なかった。

 

 しかし、恵ちゃんの前で弱気になる訳にはいかないので、少しだけ見栄をなっておこうかな。

 

「まぁね。攻撃の方法は色々考えてたからね。止めることさえ出来れば、勝つのは難しくないかなぁ」

「そっかぁ」

 

 恵ちゃんのそんな感慨深い声を聞いた後、再び不良くんに話しかける。

 

「ところで不良くん。勝負を受ける前にした約束、覚えてくれていますか?」

「約束?」

「不良くんがもし負けたら、私の命令に従ってもらうと言うものです」

「あ〜、そういやそんなこと言ってたな」

「まさか、拒否するなんて言いませんよね?」

「て言うか、録音してたしねぇ、一応。須藤くんに拒否権は無いよ~」

 

 そう言いながら携帯を取り出した恵ちゃんは音声を流し始める。

 

『勝った方が負けた方の――――条件受け入れるからさっさと始めるぞ!』

 

 口約束でも要求と承諾の意思表示が有れば約束としての効力を持つ。そして、そのことが録音のデータとして残っているのなら契約成立の証拠となる。

 しかし、恵ちゃんも「一応」と付け加えているところ、本当は不必要だと分かっているのだろう。

 

「ま、マジかよ。けど、そんなモン必要ねぇよ。俺は雛罌粟に負けたんだ。他でもねぇバスケでな。約束は守る」

「そうですか。なら良かったです。これで不良くんは晴れて私の下僕という訳ですね」

「……は?」

「?」

 

 約束の内容を再確認しただけなのに、不良くんは何故か疑問符を浮かべる。何処に疑問を抱く要素があったのだろうか?

 

「……おいまさか、命令って……そう言う事かよ」

「はい、勿論。もしかして、幾つか要求を言い渡されるだけで済むと思ってましたか? そんな訳無いじゃないですか。『命令に従う』とはつまり、『私に服従する』ことを意味します」

 

 『服従する』と言うのは『上位者の命令・指示に従うこと』と国語辞典にも書いてある。

 絶対は僕だ。……間違えた。絶対は国語辞典だ。

 

「マジかよ……。けど……約束は約束だからな。分かった」

 

 思いのほか、直ぐに受け入れてくれた。何か理由がありそうだな。

 

「まさか、どうせ退学しちゃうからって投げ槍になってません?」

「ッ!! ……だってそうだろ。今更やったって……無駄だ……」

 

 やっぱりそうだったか。

 不良くんは既に勉強をして退学を阻止すると言う選択肢を諦めてしまったのだ。そんな事をしてももう間に合わないと思っている。実際、試験まで2週間も無い状態で不良くんが赤点を取らないようにするのは厳しい事だ。

 

「……もう良いんだよ。平田の奴はまだ無意味な勉強会に誘って来やがるが、櫛田からの声掛けは一切無くなった。時間の無駄って分かっちまったんだろ……。だからな、退学するまで誰かの命令に従うのも悪くねぇかなってな」

 

 不良くんは苦笑しながらそう言う。

 

 櫛田さんが勉強会の勧誘を止めたのは、勿論私たちとの約束に従っているからだ。櫛田さんには中間試験で何をするのか教えてある。だから、私たちが不利益を被るような行動を彼女は出来ない。

 

 そんな事を知る筈もない不良くんが、見捨てられたと捉えてしまうのは仕方のない事だ。

 

 不良くんはもう心のどこかで退学してしまう事を受け入れている。だから何も反論すること無く、私の言葉を受け入れた。

 

 しかし、私が1週間程度で消える人間を手間をかけてまで服従させる訳がない。 

 そして、そんな薄っぺらい忠誠が欲しい訳でもない。

 

「中間試験で退学しない方法があります」

「は?」

 

 その方法とは勿論堀北会長から貰った過去問だ。

 

「中間試験で赤点を取らない方法があると言っているんですよ」

「は……なんだよ、それ」

「まだ、不良くんには言えません。しかし、絶対に退学させません」

 

 過去問の情報を不良くんに与えるのは危険だ。彼が口を滑らせれば、その情報がⅮクラスやその他のクラスにまで広がる可能性がある。

 

「……仮にそんな方法があったとしてよ。……なんで俺なんかの為にそんな事してくれんだよ」

「私は不良くんに期待を寄せているんです」

「……意味が分からねぇ。俺はクズから生まれたクズでしかねーんだよ。絶対に真似したくねぇと思ったのに……段々似てきやがる。大好きなバスケを……勉強から逃げるために利用してるんだ」

 

 不良くんは自分を卑しめるようにそう言う。

 しかし、私は依然として彼への期待が高まるばかりだ。バスケを逃げに利用しただとか、そんな事は些細な問題だ。

 逃げに利用してしまった今でも、バスケを好きでいられるかどうかが最も重要なこと。少なくとも不良くんのバスケへの熱意と愛に関しては誰にも劣らない。

 

「不良くんはそれでもバスケのプロになりたいんでしょう?」

「ああ。俺はクズだけどよぉ、それだけは今でも変わらねぇ」

「それで十分です。夢を見ることが出来れば、実現できる可能性は消えません。どんなに挫折しても、その夢を追い求める勇気があれば、不良くんの夢はきっと叶いますよ」

「……それが俺を助ける理由ってわけか」

「そうですよ。何はともあれ、あなたが私に従ってくれるのなら、私はこの先、不良くんの退学を阻止し続けます。流石に勉強も少しはやってもらいますけどね」

「そうか……」

 

 不良くんは何かに気付いたように、真剣な面持ちで私と視線をぶつける。その表情には強い決意と覚悟が窺える。

 

「分かった雛罌粟。俺はお前を信じる。どんな命令にも従う。流石に夢を諦めろってのは、聞いてやれねぇがな」

「ええ、勿論。いつまでも夢を追い求めて下さいな」

「ああ。そしてそれ以外なら――どんなに無茶な命令にでも従うと誓うぜ!!」

 

 先ほどのような薄っぺらい了承ではない。それは、私への信頼を交えた忠誠だ。

 そして、不良くんは一呼吸を置き、言葉を続ける。

 

「だから雛罌粟!! ――俺を助けてくれ!!!!」

 

 不良くんはどこか吹っ切れたような表情だ。

 何十億もの人間が存在するこの世界で、1人孤独に夢を追う必要などどこにもない。誰かを頼り誰かと協力し合いながらその夢を叶えていけばいい。

 

「ええ、分かりました。私が不良くんを助けてあげましょう。今回の中間試験も、そしてその先も」

 

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

 

 不良くんと主従契約を結んだ私は、寮への帰路についていた。不良くんもそろそろ帰るところだったらしいので、恵ちゃんと3人で寮に向かう事となった。

 

「ところで不良くん」

「なんだよ」

「どうして、さっきから目を合わせてくれないんですか?」

 

 実はさっきから、不良くんが私を避けている気がする。別にどうでもいい問題ではあるのだが、気になったので一応聞いてみた。

 

「ッ! い、いや……思い出しちまってよ」

「思い出す?」

 

 どういう事だろう。バスケで負けたことだろうか? それとも、私に助けを求めたことが今更恥ずかしくなったのだろうか?

 

「どういう意味ですか? 教えて下さい。最初の命令です」

「ちょッ! それはズルいだろ!」

「いえ。私に服従するとはそういうことです」

「マジかよ……」

 

 うわぁ、これめっちゃ便利だ。

 

「じ、実はよ。言うか迷ったんだがよ。……見えちまったんだよ。お前が最後のダンクをした時に……」

 

 ダンク? ああ、1on1の時か。恐らく彼が言っているのは、最後の勝敗を決した私のアリウープの事だろう。それがどうしたんだろう?

 

「何がです?」

 

「見えちまったんだよ。雛罌粟の――純白のパンt……ブッフェ!!」

 

 ――バコーン!!

 

「え?」

 

 不良くんが何を見たのか言おうとした瞬間――今まで黙って会話を眺めていた恵ちゃんが目にも留まらぬ速さで不良くんに回し蹴りを炸裂させた。その素早い蹴りは宛らファイヤートルネードと言ったところか。

 不良くんはその衝撃で吹き飛ばされ、数メートルゴロゴロと転がり、その先にある大きめの樹にぶつかって停止した。

 

「え? ちょっ! 恵ちゃん⁉」

「行くよ、スイ」

 

 不良くんを蹴り飛ばした恵ちゃんは、私の腕を引きそのまま寮に帰ろうとする。

 

「え⁉ 私聞こえなかったんだけど。恵ちゃん、分かったの?」

「良いの。別に知らなくても」

 

 腕を引かれながら不良くんにもう1度聞こうと振り返ったが、不良くんは既に遠くで伸びていた。南無。

 まぁいいや。また今度聞けば……

 

「ダメだからね?」

「Oh……」

 

 純白のパン。その正体を私が知ることはなかった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13話 池寛治の幸運

 


 中間試験まで残り1週間と少しと言ったところか。放課後の教室では、いつものように勉強会のメンバーがひしめきあっている。

 現在、恵ちゃんのグループは勉強会を図書室で行っているので、教室に残っているメンバーは平田くんのグループということだ。

 

 しかし、中には勉強会に一切参加しない生徒も存在している。

 変態2号こと池寛治。不良くんこと須藤健。そして、比較的学力の高いガリ勉眼鏡くんや高円寺くん。陰キャラ代表佐倉さん。その他にも複数人はまだ何処の勉強会にも参加していない。

 

 勉強会に参加しない生徒の1人である不良くんは、私の下僕である。

 過去問の存在はまだ教えていないが、彼は私の言葉を完全に信用しているので、中間試験を何処か楽観的に見ている。

 不良くんには、勉強をしなくても試験を切れ抜けられる裏ワザの存在や、私に服従しているという事実は、誰にも教えないようにさせている。だから、Dクラスの誰もが、いつまでも能天気な彼を不可解な目で見ていた。

 

 そんな不良くんだが、現在は教室で変態2号と雑談している。

 

「な……なぁ、健」

 

 変態2号が突然、少し深刻そうな表情になった。

 

「お? なんだよ、そんな顔して」

「俺たち、テスト大丈夫だよな」

 

 不良くんの中間試験に対する態度には、同様に全く勉強をしていない彼の目にも不可解に思えたようだ。そして自分自身も試験が迫っていることで、退学の危機を感じていたのだろう。

 

「大丈夫だぜ、池。なんたって俺たちには――」

 

 あ……ちょ、ちょっと⁉ 待て!! アホ!

 

「――秘密h……、……は!」

 

 不良くんはそこまで言って、何かに気付いたかのように言葉を止め、勢いよく私のいる方向を振り向く。

 『秘密兵器』だとか言いたかったんだろうけど、途中で私の忠告を思い出し、止めたのだろう。

 

 だからと言ってあからさまに私の方向くの止めい! 私が赤点回避の糸口を掴んでますよって言ってるようなもんだから、それ……。

 

 幸い不良くん達の会話をしっかり聞いている者はいなかったので、私が注視されることは無さそうだ。

 

 ふぅ……馬鹿な下僕を持つと疲れるな……。

 

「あ? なんか秘密があるのか?」

「い、いやいや。何でもねぇぜ。まぁ安心しろよ。いくら特殊な学校だからって、いきなり退学なんてありえねーだろ」

「そうだよな! あっはっは」

「あ、あっはっは……危なかったぜ」

 

 ホントだよ! 聞かれてたのが変態2号だけでよかった。

 

 本日最後の授業が終わって間もないので、平田くんの勉強会はまだ始まっていない。いつまでも続けそうな勢いで談笑している不良くんだが、流石に勉強会が開始すれば、彼らの邪魔にならないように部活に行くよう命じている。

 

 不良くんと談笑している変態2号。彼もまた、中間試験で赤点候補ではあるのだが、今の不良くんとの会話や不良くんの屈託のない表情を見て、どうにかなると考えているのだろう。 

 

 暫くすると、平田くんの勉強会は始まり出した。

 

「じゃあな、池。俺、部活行ってくるわ」

「おう。じゃあな」

 

 変態2号に別れを告げた不良くんは教室を出て行った。

 変態2号は、その後も暫く周辺の生徒たちと語り合っていたが、勉強会が本格的に開始し出すと素早く荷物をまとめて帰ろうとする。

 

「池くん、池くん。勉強会、参加しないの?」

 

 そんな変態2号を呼び止める生徒がいた。普段は平田くんグループの勉強会で教師役をしている松下さんだ。

 

「どうしたんだ? 松下さん。いきなり勉強会なんて」

「池くんは勉強会参加してないけど、大丈夫なのかなって」

「大丈夫大丈夫。勉強会なんて面倒だし」

「でも、このままじゃ退学になっちゃうかもよ?」

「……それを言うなら須藤の方がヤバいだろ。アイツも大丈夫って言ってるし何とかなるんじゃね」

 

 変態2号の楽観的な思考は、やっぱり不良くんに感化されたというのが理由らしい。

 しかし私は、変態2号が勉強会を拒絶し続けるのには、もう1つ理由があると踏んでいる。

 

「もしかして……勉強会のメンバーが嫌?」

 

 本心を見破られ、変態二号は少したじろく。

 

「っ……」

 

 変態2号の視線が一瞬、平田くんの方向を向いた。

 彼が勉強会を拒絶し続ける理由は勿論、試験を楽観視しているというのが大きいが、それだけではない。

 変態2号は平田くんのことをあまり好いていない。これが彼が平田くんの勉強会に参加しない理由だ。

 

「い、いや。そういう訳じゃ……」

「……やっぱり……」

 

 否定しているが、分かり易くオドオドし、言葉もつっかえている。松下さんの言葉は図星を突いていたようだ。

 そんな彼を見て、松下さんは言葉を続ける。

 

「もし良かったら……私と勉強しない?」

「……ほぇ?」

 

 変態2号にとって、松下さんのその言葉はあまりにも予想外だったようだ。自らの阿保をさらけ出す様な間の抜けた声を上げる。

 

「平田くんの勉強会に参加するのに抵抗があるなら、私と勉強しない? 2人きりでさ」

「……マジでっ⁉」

 

 松下さんが追加した説明に、漸く意味を理解した変態2号は、驚きのあまりそう叫ぶ。その声に私以外の生徒も何事かと彼女たちの会話に耳を傾ける。

 

「うん。それなら池くんも勉強できるんじゃないかと思って……どうかな?」

「うん、やるやる! それなら俺もやれる気がする!!」

 

 変態2号は上ずった声で、松下さんの提案を受け入れる。

 

「場所もここじゃない方がいいよね。ケヤキモールの中なら……勉強できる場所もあるかな」

「マジか!! よっしゃー!」

 

 変態2号はモールという言葉にさらに声の調子を上げる。勉強目的とは言え、行き先はモール。デートか何かと勘違いしているのだろう。彼は初めてのデートに歓喜の絶頂に至り、心弾む気持ちに違いない。

 

「じゃあ、行こっか? 池くん」

「おう!!」

「平田くん、そう言う事だから暫く勉強会には参加できないと思う」

「ッ!」

 

 この言葉で松下さんが中間試験まで彼に勉強を教え続けるつもりであることが分かる。それを聞いて変態2号はさらに喜び、舞い上がりそうになっている。

 

「あ、うん。勿論構わないよ。ありがとう松下さん。池くんのことは僕も心配していたから」

「まぁ、いくら平田くんでも全員を勉強会に参加させるのは難しいよ」

 

 松下さんは苦笑しながらそう言う。

 櫛田さんは1週間も前から変態2号や不良くんを勉強に誘わなくなった。私がそうするように頼んだからだ。

 しかし、平田くんはほぼ毎日彼らを勉強会に勧誘していた。どうしても見捨てたくなかったようだ。松下さんのおかげで、漸く変態2号に勉強の兆しが見え、内心ホッとしていることだろう。

 

 松下さんと変態2号が教室を出て行った後、平田くんの勉強会のメンバーはガヤガヤと落ち着かない様子だ。

 

「松下さん、どうしちゃったんだろう」

「池くんのこと、好きになった、とか?」

「それは……在り得ないでしょ」

「でも、それ以外考えられないよ」

 

 まぁ、これまでそんな素振りは無かったし、勘違いするのも当然だ。

 

 しかし、松下さんは変態2号を好きになったから勉強に誘った訳では無い。

 松下さんは既に私たちの仲間。そして、彼女が起こした行動は私が与えた役目を果たしてくれているだけだ。これで、変態2号に関しては大丈夫だろう。

 

 ピロリンッ

 

 そうこう考えていると恵ちゃんからメールが届いた。恵ちゃんは現在、図書室で勉強会を開いてるはずなのだが……何かあったのだろうか?

 私は少し不思議に思いながらメールを開く。

 

『テスト範囲に間違いがあるみたいだよ』

 

 ……今さら? 確かに「変だな」とは思っていたけど……もう1週間後には中間試験始まるんだけど。

 

『他のクラスは1週間前に訂正されてたみたい……』

 

 絶対意図的だわ……これ。

 

 テスト1週間前に範囲が訂正されれば、生徒たちは圧倒的に足りない時間を補うために、必死で勉強するようになる。勿論その為でもあるのだろう。

 しかし、本当の狙いはそちらではない。

 勘が鋭く悪知恵の働く生徒ならば、直ぐに気付くだろう。赤点を回避する正攻法でない方法がある、と。そして思い返す。小テストの3問が異常に難しかったことを。

 そこから導き出される答えとは――過去問の利用。恐らく茶柱先生の狙いは過去問の存在を私たちに気付かせることにある。

 

 でも――もう知ってるんだよなぁ……。

 

 私は恵ちゃんから小テストの中に高校1年では絶対に解けないような難問が含まれていたことを聞かされていた。その時点で既に過去問が手掛かりになると踏んでいた。だから、堀北生徒会長との動画消去条件の1つとして、過去問を貰った訳だ。

 

 結局、茶柱先生の目論みは全く功を為さない。

 

 もしかしたら私以外のDクラス生徒も過去問の存在に気付くという可能性はある。一番有力なのは平田くん。しかし、その線は限りなく薄い。平田くんは良くも悪くも善人だ。そんな小狡い方法を思いつけるとは思えない。

 

 そうなってくると、茶柱先生の行動は寧ろDクラスの平均点を下げただけになる。彼女なりの助力だったのかもしれないが、それがマイナスにしか働かないというのは何とも皮肉なお話だ。

 

 茶柱先生やクラスメイト達にとっては良い事無しだったようだが、逆に私にとってはプラスにしか働かない。

 

 これまでの茶柱先生の行動と今回の件から、彼女の内に秘められた考えが浮かび上がってくる。

 

 5月の頭、先生がこの学校のシステムについて初めて説明した日。先生は私の【権利】について、言及する必要の無い部分までホームルームで話した。その目的は、Dクラスの生徒たちに私が上のクラスへ行く鍵であることを示すため。

 そしてその日の放課後、わざわざ綾小路くんと私の2人を堀北さんがDクラスである説明の為だけに使ったこと。その目的は、Aクラス行きを強く望む堀北さんに綾小路くんの実力を示すため。

 星之宮先生が茶柱先生に言った『下克上』という言葉。

 

 これらを今回の件と照らし合わせると、見えてくるものがある。

 茶柱先生は――クラスをAクラスに上げようとしている。そして、その為にはあらゆる手段を用いてくることが分かった。もしかしたら、この先教師としてのラインを越えた行動に出ることも在り得る。

 

 彼女が有能であれ無能であれ、なまじ教師という職業であるが故に、生徒との立場や情報量の違いを利用し、脅し等の強行的な手段を講じることが出来るということだ。

 

 ――危険だ。あの教師は、私たちの平穏を脅かす存在だ。

 

 私はこの情報を即座に綾小路くんへとメールで伝える。

 

 綾小路くんのことは良く知らないが、並大抵の過去を持っている訳では無い筈だ。特殊な環境下で育った、私と同種の化け物。

 私と綾小路くんが契約を結んだ時、茶柱先生は彼の実力や風格に対し、特に驚く素振りを見せなかった。入試の点数が全て50点だったというだけで、その実力を完全に把握していたというのは、些か無理がある。テストの点数で測れることなど、所詮学力のみ。それだけで彼のあの変容を直ぐに受け入れられるとは思えない。

 

 そう考えると、茶柱先生が綾小路くんについて私の知らない何かを知っていることは確実だ。入試の点数とその情報を照らし合わせた結果、彼の実力をある程度推測できたのだろう。

 

 Aクラスにどんな手を使ってでも行きたいのなら、綾小路くんに圧力をかけるかもしれない。

 

 まぁそれは、綾小路くんが先生の考えに気付けなければ、と言う話だ。

 彼ならば、この情報を与えた時点でどうとでもできる。所詮は情報量の問題なのだから。

 

 

 

 ピロリンッ

 

 色々考えを巡らせていると、再び恵ちゃんからメールが届いた。

 

『訂正後の範囲だよ~』

 

 その内容は訂正された試験の範囲だった。

 私は過去問を持っているし、持っていなくとも高得点を取れると確信しているから、試験範囲などどうでも良いことだ。一応参考までに送ってきただけだろう。

 

 さて、今日は私も暇では無いのだ。恵ちゃん達に勉強会を任せている以上、私も色々しなければならない事がある。

 私は恵ちゃんから貰った連絡先で、複数人のクラスメイトを違う時間に呼びだすメールを送る。私の連絡先もかなり増えたものだなと少し感慨深い気持ちにならなくもない。

 

 今からそれらの生徒に会わなければならないのだが、最初に話すつもりでいる生徒の連絡先は恵ちゃんでさえ得られなかった。

 その人物は――Dクラスの佐倉愛理だ。

 

 運よく現在教室に残っているので、最初に話しかけようと思ったのだ。

 

「平田くん! 中間試験の範囲に訂正があるんだって!!」

 

 佐倉さんにどう話しかけようかと考えていると、試験範囲の訂正を知らせに来た櫛田さんが勢いよく教室に入って来た。

 

「それは本当かい? 櫛田さん」

「うん、Bクラスの一ノ瀬さんが教えてくれて……。これが訂正された範囲だよ」

 

 櫛田さんはそう言って一枚の紙を平田くんに手渡す。

 

「ありがとう、櫛田さん」

 

 訂正された範囲表は一枚しかないようなので、平田くんは黒板に大きめの文字でそれを写した。教室に残っていた大半の生徒が自身のメモ帳にそれを書き写す中、佐倉さんも焦ったように急いで書き写していた。

 そして、早急に寮に帰って勉強する為か、荷物を片付け始めた。

 

 佐倉さんが教室を出たところで私も彼女を追いかける為、教室を出る。そして、話しかけた。

 

「佐倉さん、少し話をしませんか?」

「……ひ、雛罌粟さん?」

 

 振り返った佐倉さんは私を見て酷く驚いている。

 確かに私は、学校では大体寝ているので無理もないだろう。

 

「お話です。お話。此処ではなんですし、何処か誰も居ない場所に行きましょうか。2人きりになりたいんです」

「え゛⁉」

 

 私は「ささ」と言いながら、彼女の手を引く。少し強引かもしれないがこうでもしなければ、佐倉さんは直ぐに逃げてしまうだろう。

 

「私とイイコトしに行きましょう」

「へ? ふぇぇぇええええ」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。