居候している幼馴染が神様になるというので人生計画を見直すことになりました (公序良俗。)
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就職活動

オリジナル初投稿です。
半年くらい前から温めていたネタがあります。

「何してるのよ」
「ダンス」
「ダンス?それが?」
「ソーシャルディスダンス」
「はい?」
SOCIALDISDANCE(社会をディスる踊り)

最近似たようなフレーズを公式に使った企業CMを見たので供養しておきます。



 とある街の一角の人気のないところで、なにやらこそこそとしている二つの影があった。

 

「準備はいいわね?」

「うむ」

「よし!」

 

 八百万の神と言われるほど多くの神が存在しているこの国ではあるが、新しいモノが増え続ける現代、その新しいモノの宿り手が不足していた。古来から力を持つ神々による議論の末、新しく誕生したモノに宿る新しい神を募ることになった。当然、そんじょそこらに何も担当していない神がいるわけではない。神もそれなりに忙しいのだ。そこで一般から広く集められた者を神見習いとして各地を巡らせ、その者が神たるにふさわしいかを試す。厳正なる審査の結果、めでたく合格した神見習いが新しい神としての役を与えられる。また神にはそれに仕える巫女が必要となる。巫女となる者も巫女見習いとして神見習いとともに各地を巡る。今日はその試練が始まる日である。

 

「しっかし全国一周旅行をするだけで神様になれるなんてねえ」

「気楽だな」

「そりゃそうでしょ。おいしいものを食べて、温泉に浸かって、きれいな景色を見て…帰ってきたら私はもう神様なのよ?そしてトヒは私に仕える巫女になるの」

「ミワ、お前試練の意味わかってるのか?」

「まあなんとかなるんじゃない?」

「こいつは……」

 

 緊張感のないミワと深いため息をつくトヒ。今回の試練に参加する二人である。そもそもミワは同年代の者が働き出すようになっても働き口を探すわけでもなく、家で一日中ゴロゴロしているようなやつなのである。俗に言うニートであった。そんなミワも遂に家を追い出されてしまい、今は幼馴染みのトヒのところに厄介になっている。勿論そこで反省して働くわけがなく、ゴロゴロする場所がただ替わっただけのことである。ミワは地元では有名な家の出なのである。伝手をあたればそれなりにいい働き口はごまんとあったハズなのだが、それら全てを蹴って今に至る。トヒは既に定職に就いて一人暮らしをしているのだが、いつまでもミワの相手をしてやるわけにもいかないので、休みの日には毎回ミワを引っ張り出して職探しをしていた。当の本人にやる気がないので半ば諦めているのだが。

 そんなある日、トヒが仕事から帰ってくると玄関で待ち伏せていたミワが嬉々として一枚の紙を見せつけてきた。

 

 

「私、働くわ!」

「おう頑張って自分の食費くらいはせめて自分で稼いでくれ」

「ちょっ…真面目に言ってるのよ!」

「こっちも大真面目だ」

「いいからコレ見なさい!」

「なんだよ……」

 

『神、募集』

 

「お前大丈夫か?」

「ちゃんと読みなさいよ!」

「詐欺だよ。お前騙されてるよ」

「この国でこんな馬鹿げた詐欺をする馬鹿も引っかかる馬鹿もいないでしょ」

「馬鹿ねえ」

「こっち見んな!」

「お前が見ろと言ったんだろう。そこから視線かえてないぞ」

「そもそもバレたら一発アウトなことをこんな堂々とするわけないじゃない。神を冒涜したとして天罰ものよ」

「わかったよ。わかったから大きく3歩離れろ」

「(むふー!!)」

 

 興奮した猫みたいなミワを横目に、手洗いうがい着替えを済まして明日の用意をする。普段は寝る前に次の日の用意をするようなことはしないのだが、明日の朝は余裕がない気がする。長い付き合いなのだ。

 

「取り敢えず明日でもいいか?今日は何故かすごく疲れた気がするんだ」

「ダメよ。締め切り今日の23時59分までだもん」

「…今何時だと?」

「ええっと…23時回ったところね」

「お前…巫山戯てるのか?」

「巫山戯てないわよ。トヒが帰ってくるのが遅いんじゃない」

「やかまっしゃい!この後に及んで人の所為にするのか?悪いのはこの口か!」

「やめて!私のぷにぷになほっぺを引っ張らないで!」

「ぷにぷになほっぺやぽよぽよな腹を育てている覚えはない!」

「誰の腹がぽよぽよか!」

「お前が来てから食費が3倍になってこっちも生活がギリギリなんだぞ!帰りが遅いのも無理言って夜の仕事もさせてもらってるからだ!」

「夜の仕事ってアンタ…」

「……違うからな?お前分かって言ってるな?」

「ゴメンナサイワカッテイッテマシタ」

 

 怒りのオーラに気付いたミワ。即座に発言を撤回する。ヤバそうなのがなんとなく伝わったのだろう。こちらが長い付き合いならあちらもまた長い付き合いなのだ。

 

「はあ…取り敢えず見せてみな」

「ほい」

「神、募集。この度新たに神になる方を募集致します。ピンときたら以下のサイトにご訪問下さい。詳細はそちらに記載しております」

「そのサイトがこちら」

「参加費無料の説明会は随時開催中。詳細は説明会に申し込まれた方にのみお伝えしております」

「自動返信されたメールがこちら」

「お申し込みを受け付けました。詳細は説明会にてご説明させて頂きます。昼食は食べないでお越し下さい。こちらは自動返信となっておりますので、こちらに返信されてもお答えできません」

「というわけなんだけど」

「つまり何も分からないじゃないか」

「逆に信憑性ない?」

「ねえよ。どこでこんなの拾ってきたんだ」

「郵便受けに入ってた」

 

 立ち上がり布団に潜り込む。付き合ってられない。出所がわからないようなものにホイホイと個人情報を流すようなことをして。それこそ詐欺に利用されるだけだ。ミワがそこまで馬鹿だとは思わなかったが自業自得というものだ。明日も早いし早く寝よう。

 

「勿論、ミワの分も申し込みしておいたわよ。出発は明日の朝ね」

「てめえ何てことを!」

 

 布団から飛び出しミワの肩を前後に思いっきり揺さぶる。こいつ自分だけでなく他人も道連れにしやがった。明日も仕事があるってのに。個人情報保護の観点から見ても許されざる行為だ。

 

「あ゛ー脳がー脳みそがー」

「お前ってやつは…お前ってやつは!」

「あ、待って、やばい。何か出る!やめて!それ以上やるとホントに何か出ちゃいけないものが出ちゃう!」

 

 放してやるとしばらく目を回していた。少しやり過ぎたような気もするがこいつが悪い。

 

「説明してもらおうか」

「説明も何も…ただ私と一緒に説明会に行くだけよ。お昼も出るし交通費も出るんだから、増えるものはあっても減るものはないじゃない?」

「そこだよ。なんで一緒に行かなきゃならん」

「なんでって…説明会の参加は二人以上って書いてあったんだもん」

「だもんじゃない。それで勝手に他人の名前使ったってのか」

「心配ないわ。万事OKよ」

「万事休すだよ」

 

 何もかもが滅茶苦茶である。

 

「こっちは明日も仕事あるんだぞ」

「安心しなさい。手は打ってあるわ」

「手は打った…?」

「私にかかればミワのシフト調整くらいなんてことないのよ」

「あー…つまりアレだ。明日は行くしかないんだな」

「理解が早くて助かるわ」

「理解したんじゃない。諦めたんだ」

「じゃあ問題ないわね!明日は早いわ。もう寝ましょう」

 

 そう言い残してさっさと布団に潜り込んでしまったミワ。一日中ゴロゴロしているとはいえ生活リズムはしっかりと守っているので、結構健康的な時間サイクルで生きているらしい。そのままスウスウ寝息を立て始めた。

 

「人の気も知らないで…相変わらず寝付きはいいな」

 

 一人残されたのでミワが残したものからあれこれ探ってみたものの何の成果も得られない。日付も変わったのでミワの隣に潜り込む…そういえば締切が迫ってるからと言っていたくせに既に申し込み済みじゃないか。寝ているミワの鼻を軽くはじくと電気を消して眠りに就いた。

 

 翌朝、目を覚ますと珍しくミワが先に起きていた。いつもなら朝ご飯の直前まで布団の中でウダウダしているのに。

 

「おはよう、ミワ。早いな」

「あら、おはよう。今日はお寝坊さんね?」

「いつも通りだと思うが…ミワは随分と早いんだな」

「そりゃあ、今日は久しぶりのお出かけだからね」

「お出かけ?」

「昨日言ったじゃない。説明会に行くのよ」

「あー……」

 

 寝ている間に頭の奥深くにしまい込んだはずの記憶が蘇ってきた。昨晩の問答が再び脳を駆け巡る。

 

「最悪の目覚めだ…」

「何よ…せっかく朝ご飯作ったげてるのに」

「そういえば焦げ臭いな」

「えっ!嘘!ピザから火が出てる!」

「すまんが炭を食べる趣味はないんだ。遠慮しておくよ」

「”すみ”だけに?」

「何もかかってないぞ。火事になる前に早よ片せ」

「あ゛っつい!!」

 

 年頃の女の子とは思えないような声を上げながらかつてピザだったそれと格闘するミワを放っておいて、昨日買っておいた菓子パンを頬張る。生きて腸まで届きそうな乳飲料で流し込むといつも通りの出かける支度をする。

 

「あっトヒ!まさか仕事に行こうとなんてしてないわよね?」

「してないさ。お堅い服はこれしかないんだ」

「ふーん…まあ、いいんじゃない」

「ミワは何着てくんだ?」

「こんなこともあろうかと用意しておいた勝負服よ!」

「ああ、結局一度も着ることの無かったやつか。持ってきてたんだな」

「別に太ったわけじゃないし…まだ着れるし…ってそんなことはいいのよ!昨日こっそり実家に戻って取ってきたの」

「自分家なんだから堂々と入りゃいいのに」

「そうは問屋が卸さないのよ」

「まあそんなもんなくなってたらすぐにわかるだろうし、運んでるときも人目につくこと間違いなしだけどな」

「もしかして:バレてる」

「田舎の有名人は辛いな」

「あちゃー」

 

 あちゃーと言いながらもさして気にしていない様子のミワの着替えを手伝いつつ自分の荷物もまとめていく。

 

「何か持ってくものないのか?」

「さあ」

「さあって…」

「何も書いてないんだしいいんじゃない?私もあんまり荷物大きくしたくないし」

「ええ…」

「これ着て歩くのどんだけ疲れると思ってるのよ。軽い登山よ」

「毎日着て歩いたら腹も少しはへっこむんじゃないか」

「かもしれないわね…」

「語るに落ちたな」

「なっ!太ってない!太ってないわよ!女の子なんだから体型くらい気にするわよ!」

「ついでに人として世間体も気にしてくれ」

「それは言わない約束でしょ!!」

 

 些か暴投気味の言葉のキャッチボールでウォーミングアップをしながら用意を進めていく。

 

「じゃあ行きましょうか」

「うむ」

「出発!!」

 

「到着!!」

 

 歩いて数分のところにある街の転移装置に到着した。この転移装置、一度使ったことがある筐体にならば瞬時に移動ができる優れものなのである。まあ、一度は実際に行かなければならないのが不便なところなのであるが。

 

「神都まで、二人、お願いね」

 

 転移装置の係員に告げるミワ。

 

「お?ミワじゃねえか。その服、昨日の噂は本当だったんだな」

 

 係員のおっちゃんが多少驚いたような顔でこちらを見る。そこまで大きくない街なのでだいたいは顔見知りなのである。特にミワに関しては実家の都合で方々に面が割れている。

 

「え?噂?」

「ほれ、地元の掲示板に目撃者多数だ」

「掲示板?えーと『さっきミワが一人で実家に帰ってた』『マジか』『ミワ、動きます[画像]』『金に困って遂に実家のもん売りに出す気だ』『あれで変装のつもりか』『変装がバレなかったら不法侵入でオワリだが』『トヒも可哀想だよな』『俺が養ってやる』『はい不敬』『通報した』……何よこれ?すごい言われようね」

「この辺り一帯の奴らの匿名掲示板だな。通称『ジモちゃんねる』だ」

「色々とスレスレな気がするわ…」

「やっぱりバレてたんだな」

「ん?トヒも居たのか。気付かんかった」

「最初から居たさ」

「いやあ、ミワのこんな姿なんて滅多に見れんからな!つい目を奪われちまった」

「幻覚じゃくて本物だぞ」

「二人して失礼ね…そろそろいいかしら?」

「おっと、わりぃ。今向こうの空きを確認するからよ、ちょっと待ってくれや」

 

 ここの係員の仕事は転移先の座標の設定である。もし適当に転移してしまうと、同じタイミングで転移してきた者と盛大にやらかしてしまうので結構大事な仕事である…給料も割といい、らしい。

 

「よし、15秒後だ。早く乗れ!」

「えらい急ね…行くわよ、トヒ!」

「はいはい」

「5秒前!4!3!」

「行ってきまーす!」

 

 神都は各機関の頭が連なっていて、いわゆるところ政治の中心である。また、各地からヒトやモノが集まる経済の中心でもある。地元の街は昔は結構栄えていたが、今はひっそりとしてかつての繁栄の影をところどころに残しつつも都会の喧噪とはかけ離れたところであった。

 

「久しぶりねぇ…」

「いつ来てもやかま…賑やかだなあ…酔いそう」

 

 神都に転移してきて最初に目にしたのは右に左に人々が行き交う姿だった。

 

「そういえばトヒ」

「ん?」

「どうして私の行動がみんなの噂になるのかしら?」

「どうしてって…そりゃまあ、ミワは街じゃ有名人だからな。噂くらいするだろ」

「そりゃちょっとは顔が売れてるかもしれないけど…父様や兄様もいるのだからそっちの噂すればいいのに」

「そこの娘が家追い出されて人ん家に居候してるんだ。噂にならないでどうする」

「うっ…」

「それにミワ、お前に自覚はないかもしれないがな、結構お前は人気がある」

「えっ…」

「顔もいい、スタイルもいい、人当たりもいい。ついでにそこまで高嶺の花感がない。かなりの優良物件だ」

「何か急に恥ずかしくなってきたわ…」

 

 適当に返したものの、本当はミワの将来をみんな気にしているのだ。今は居候の身に成り果ててはいるが、ミワの実家もいつまでもこのままでいいと思っているわけではないだろう…まあ、実際人気があるのは確かなのだが。

 

「じゃあ、取り敢えず観光しましょう!昨日ちょっと調べて行きたいところがあるのよ。説明会には昼までに行けば良さそうだし。それまでは都会を楽しむわよ!」

「田舎者って感じだ」

「五月蠅い!行くわよ!」

「はしゃぐとすぐ疲れるぞ」

 

 久しぶりの神都に最初からフルスロットルのミワ。が、それも束の間。ミワの体力が尽きた。

 

「もう無理…椅子…」

「言わんこっちゃない」

「仕方ないじゃない!この格好でこの人ごみなんだから」

「好きで着てきたんだろう」

「じゃあ何よ。パジャマ兼部屋着でも着てろって言うの?」

「別にいいが常に斜め後方3mをキープさせてもらうぞ」

「酷い!」

「にしても座るところが全くないな…」

 

 そう、都会には少し休憩と言って座れるようなところがない。どうしても座って一息つきたいというのであれば、喫茶店のようなところに入る必要がある。田舎とは勝手が違いすぎて田舎者にとっては生きるのが苦しくなってくる。

 

「ゆっくりしてる時間もないし、お昼前にお店に入るのもあれだし、もう会場に向かいましょうか…」

「そうだな」

「ああ…お家帰りたい…」

「はあ…」

 

 久しぶりに外に出たと思ったらこれである。引き籠もりにいきなり都会の喧噪は厳しかったようだ。

 神都の更にその中心部に一際目立つ場所がある。地図も見ずに適当に歩くミワの後を黙って着いていくと、まさにそこで足を止めた。

 

「着いたわ」

「ここって…おいまじか」

 

 入り口には大きな鳥居。そして神都のどこからでも見ることの出来る程の高さを誇る建物。この国の最高機関、高天原である。




誤字脱字、変な言い回し等あればお知らせください。
感想等もお待ちしています。


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説明会壱

急に寒くなりましたね。



「高天原じゃないか」

「今日の説明会の会場よ」

「会場って高天原なのか…」

「そりゃ神様関連のプロジェクトなんだから当然じゃない」

「でも、まさかなあ…」

「取り敢えず入りましょ。中に椅子くらいは置いてあるでしょう」

「休憩所じゃないんだぞ?」

 

 脇には警備員の詰め所のようなものがあったが、特に止められることもなく建物の中に入る。まっすぐ進んで受付のおねーさんに会釈をする。

 

「こんにちは。どのようなご用件でしょうか」

 

 いきなりやって来た小娘二人にも丁寧に対応してくれる。こんなところに用もなく来る輩など殆ど居ないのだから当然と言えば当然である。

 

「今日ここで行われる説明会にお伺いしました、ミワです。こっちはトヒ」

「どうも」

「少々お待ち下さい…ミワ様とトヒ様ですね。担当の者が参りますのであちらでお掛けになってお待ち下さい」

「ありがとうございます」

 

 壁際に設置されてある椅子にミワが崩れるように座り込む。足を上げ空中でバタバタさせるミワの前に立ち受付のおねーさんに見られないようにする。

 

「はーっ!つっかれたあ…」

「みっともない…」

「靴も脱いで横になりたい衝動が抑えられないわ」

「流石にやめてくれ」

 

 しばらくすると担当の者らしき人が現れ会議室のような小さな部屋に通された。そしてまた担当の者が来るのを待たされる。業務が細分化され過ぎやしないだろうか。案内してくれた人が部屋を出るやいなや、ミワが少し服を崩してパタパタと仰ぐ。

 

「いやーここはクーラーも効いてていいわねえ」

「だらしない…」

「トヒぃ~飲み物持ってなあい?」

「家から持ってきたのならあるが…ミワも持ってたろ?」

「んなものとっくに空っぽよ」

「なら全部やるよ。まだ一口も飲んでないし」

「ありがと。相変わらず水分摂らないわねえ…」

「自分でも不思議だよ」

 

 コンコンコン…軽いノックが聞こえた。

 

「入りまあす」

「え」

「え」

「いやあ!待たせたね!」

 

 ここまで意味のないノックもなかなかないだろう。返事をする間もなく扉が勢いよく開けられ、一人の子どもが入ってきた。ミワが急いで服を着直す。

 

「ミワ君とトヒ君だね?」

「あ、はい」

「そうです」

「まあ楽にして。さっさと済ましてお昼にしよう」

「はあ…」

「おっと、自己紹介がまだだったね。今回の新神募集の発案者にして責任者にして担当者のアメノ…げふげふアマノです。どうぞ宜しく」

「ミワです」

「トヒです」

「ふむふむ、じゃあ早速だけど少し話をさせてもらうよ」

 

 アマノと名乗ったその子どもはミワとトヒの向かいにちょこんと座った。

 

「まず、今日は来てくれてありがとう。今回このような募集をしているのは深刻な神不足によるものなんだ。技術の発展に伴い次々と新しいモノが生み出される。もちろんそれはいいことだ。しかしそれはその生み出されたモノを使う側の話だ。全く、管理するこちら側の立場にもなって欲しいものだよ。いや、別に技術の発展を疎んでるわけではないんだけど。それで毎回新しいモノができる度にそれに宿る神を今居る神の中から決めているんだけどもう皆手一杯でね。それに『最近のもんは難しすぎる!』って言って拒否する神も出て来る始末で困ったのなんの…まあわからないまま担当されるよりかはいいんだけどさ。というわけで新しいモノには若い神に担当させようということになったんだけど、力や経験の少ない若い神に複数のモノを担当させることも出来なくてね。若い神もそんなに居るわけじゃない。なら新しい若い神を集めればいいんじゃないか、という結論に至ったんだよ」

「なるほどぉ…」

 

 恐らく半分程しか理解出来ていないミワの生返事。宿り神のことは義務教育で習っている。それ以前に全てのモノは大切に扱いなさいと小さな頃から教えられている。まあ実際には一つ一つのモノに神が宿っているのではなく、加護が与えられているだけだということは分かっている。神様もそんなに暇じゃない。だからといってぞんざいに扱うようになるわけではないが。

 

「とまあこんな感じだ。さて、質問はあるかな?」

 

 一気に喋りきったアマノが一息つく。トヒはずっと思っていた疑問を口にした。

 

「では一ついいですか」

「いいよ、何かな」

「なぜ説明会の参加条件が二人以上なんでしょうか」

「え?それは登録時に書いてあったろう?」

「登録時?」

「説明会参加申し込みのときに色々と個人情報の入力があったと思うんだけど」

「えーと…それは私がトヒの分も登録したのでトヒは知らないんです。説明もしてませんでしたし」

「あー、あれだ。アイドルの書類審査に姉や友達が勝手に出しちゃうやつだ。自分の分もってのはなかなか聞かないけど」

「勝手にじゃないですよ…?トヒの親にはちゃんと許可は頂いてますし…まあ、トヒは私にとっては妹みたいなものですけどね!」

「こちらとしては経緯がどうであれ正式な手順を踏んでもらってるから問題はないんだけど…一応説明しておこうか。参加人数が二人以上なのは、一人は神としての役目を、他の者はその神に仕える巫女の役目があるんだ。巫女は別に何人でもいいから以上ってことにしてあるんだけど」

「は?」

「は??」

 

 予想だにしなかった事実に素でアマノに返事をしてしまう。

 

「アマノさん、ちょっと席を外しますね?」

「え、あ、うん」

 

 全く笑っていない笑顔に圧倒され頷くアマノ。

 

「ミワさん、こっちに」

「は、はいぃ…」

 

 肩をガシッと掴まれ為す術なく引きずられるミワ。

 

「ミワさん」

「な、何でしょう…?」

「先に言っておくことがあれば」

「よろしくね?」

「それだけでいいか?」

「えーと…」

「よし、わかった」

「わかってくれたの?」

「ああ」

「よかった…あれ、どうしてほっぺを引っ張るの?」

「どうしてお前に仕えなきゃならないんだよ!!」

「だって、だって、他に頼めるなんていないし…トヒは本物の巫女さんだから大丈夫かなって…」

 

 そう、確かに巫女はやっている。アルバイトではない、本職の。かつては母もその母も巫女で今は姉と二人でやっている。

 

「それにウチの神社で巫女してるんだったら私に仕えるのも大差ないかなって…」

 

 そう、ミワの実家は地元の神社である。祀られているのはミワの家系の先祖だと言われている。ミワの父はそこで神主をしている。

 

「いやいやいやいや、神社の巫女するのとお前の巫女するのとは大差だぞ!お前は神でも何でもないただのニートじゃないか?」

「いやいやいやいや、私のご先祖様が神様なんだからそれはもう私は神様ってことにならない?」

「ならねえよ!」

「あれ?じゃあ分家のトヒも神様?」

「違うだろ…」

「でもトヒのお母さんなんて二つ返事でOKしてくれたわよ?」

「ええ…」

 

 いやしかし、まだミワが神になったわけではない。まだ説明会の段階だし、ミワがせっかく働く気になったのは惜しいが今回はなかったことにしてもらおう。そもそもこれは働くことになるんだろうか。

 

「アマノさん、お待たせしました」

「仲が良いねぇ」

「いえ、ただの腐れ縁です。ところで今回の話はなかったことに出来ませんか?」

「え?」

「え?」

「まだ説明会ですし、ここから辞退ということで」

「何言ってるのよトヒ!」

「いや付き合ってられんし」

「私の神様ライフはどうなるのよ!」

「知ったことか。普通に働け!」

「えーと、こちらとしても初めての応募者をみすみす逃すわけにもいかないんだ。ぶっちゃけた話だけど、結構無理して予算を通した手前、何の成果も得られませんでしたってのは…もう一度考え直してもらえないだろうか?」

「と言われましても…」

「トヒ、私がニートになってもいいの?」

「もう立派なニートだろうが…」

「だからこうして職探ししてるんじゃない!」

「もっと地に足をつけてだな…」

「よし、じゃあ、お昼にしようか。そろそろ良い時間だろう。トヒ君の好きなものを用意しよう。続きはそれからだ。トヒ君、何か食べたいものはあるかい?」

 

 空気を変えるためかアマノが手を打った。昼を食べる前に退散したかったのだが先手を取られた。

 

「いえ、そんな」

「トヒは冷たいお蕎麦が好きですよ」

「おいこらミワ!」

「ようしわかった。少し待っていてくれ給え!」

 

 アマノは部屋を飛び出していった。

 

「何勝手に…」

「トヒのことだから『悪いから昼を食べる前に退散しよう』とか思ってたんでしょ」

「それがわかってるなら」

「神都の、それも高天原で食事する機会を逃してたまるもんですか」

「お前なあ…」

 

 椅子に座り天井を仰ぐ。少し頭の整理をする。ミワも話しかけてはこない。暫しの沈黙の末、口を開く。

 

「取り敢えず、もう一度よく考えよう」

「何を?」

「何をって…今回のこと全部だ。流石にすぐに受け入れられるようなもんじゃない」

「まあね」

「何よりミワが神様になるなんて考えられない」

 

 そもそも神はなれるものなのだろうか。研修を2週間受ければなれるような簡単なものでもあるまい。

 

「そりゃあ私も考えたことないわよ。でもね、こんなことが出来るのも若い内だけなのよ。今はこうして毎日自由気ままに生活を送っているけれど、10年後…いいえ、もっと早くかも。私は自由に生きていけないかもしれないんだから」

「そうなったらそれがミワの生きる道なんだよ。それを支えるのがうちの家の役目だ」

「そんなことないわよ。そんなので良いわけないじゃない」

「今みたいなミワの我が儘が通ってるのも、せめて今のうちはってことで大目に見られてるんだ。それくらいわかってるだろう」

「トヒはそれでいいの?」

「…何が」

「私が行ったこともないところの神社の見たこともない跡継ぎのところに行っちゃってもいいの?」

「…それは一介の巫女の分際で口出しすることじゃない」

「じゃあ、友達として…いえ、姉妹同然に生きてきた一人の人間としてのトヒならどうなの?」

「……」

 

 うちの家計は神社が出来た頃からずっと巫女の家系である。初代の神主の娘、つまり二代目の姉が初代の巫女であるとされている。当時は一族の中ではそれなりの権威があったそうだ。そんな家系の次女として生を受けた。一方、数日後、本家である神主の家系の長女としてミワが生まれた。既に一族の繋がりを重要視する時代でもなく、初代から枝分かれしたかなりの遠戚だったが、神主の家系と巫女の家系ということもあり普段から付き合いのあった両家。当然、双方が双方の遊び相手としてあてがわれた。それこそ生まれた頃からの付き合いで、親よりも、それぞれの本当のきょうだいよりも互いのことはよくわかっている。

 

「行くなとは言わない」

「えっ…」

「当然だ。どんな立場であってもミワの人生に口出しするつもりはない」

「そう…」

「でもな、今までずっと同じ道を歩んできたんだ。言ったろ、ミワの生きる道を支える。それはこれからも変わらんよ」

「どういう…」

「もしお前が嫁に行ったら追っかけてそこで巫女をやるさ。幸いうちには優秀な姉がいる。跡継ぎには困らんだろう」

「トヒ…」

「思えば二人でこんな話したことなかったな」

「そうね」

「まあ、それと今回のことはまた別だが」

「今そんな流れじゃなかったわよね?」

 

 顔を見合わせ二人で笑う。最近忙しかったのもありこうやって二人で笑うこともあまりなかった気がする。

 

「じゃあ、改めて…というか、まだ、1回も言ってなかったわね。私の生きる道はトヒの生きる道。同時にトヒの生きる道は私の生きる道。絶対に後悔はさせないわ。今更だけどトヒには迷惑かもしれない。でも今回は、いえ、今回も私に付き合ってくれないかしら」

「わかったよ」

「ホントに?」

「ああ、ミワに振り回されるのには慣れている」

「ありがと~トヒ!」

 

 ミワが首に巻き付いてくる。

 

「あ、それと一ついいか?」

「何かしら?何でも言って」

「お前の妹になった覚えはないぞ」

「え?」

「年齢的にはミワが妹だ」

「同い年じゃないの」

「いーや、違うね。双子ですら序列があるんだ。数日の差を急に追い越すな」

「でもトヒはお姉ちゃんって感じしないんだけど」

「実際に妹やってるからだろう」

「じゃあ姉が一人増えたくらいいいじゃないの」

「同じ存在は二人もいらないんだよ」

「何よそれ~」

 

 余計にミワがじゃれついてくる。こんな絡みも昔からのことだ。

 しばらくしてアマノが帰ってきた。何やら全身白い粉まみれだ。

 

「待たせたね!」

「アマノさん?どうしてそんなに真っ白に…?」

「いやなに、ちょっと蕎麦をね」

「え?」

「手打ちですか?」

「いやあ、出前でも良かったんだけどね。ここはこちらの誠意というものを見てもらおうと思ってね。うちの食堂を借りてイチから作ってきた」

「はあ…」

「さ!遠慮せずにいっぱいお食べ。好みがわからなかったから薬味は色々持ってきたよ」

 

 露骨にミワが残念そうな顔をする。あれだけ神都の、高天原の食事を楽しみにしていたのだから仕方ないだろう。こちらとしては食べれりゃ美味しいというスタンスなのでそこまで高級品への執着はない。ミワの様子を察してか否か、アマノがミワに声をかける。

 

「安心してくれていいよ、ミワ君。食後のデザートはこの辺りでも有名な店のものを用意してある」

「本当ですか!?」

 

 露骨にミワが喜ぶ。流石に失礼だろう。

 

「トヒ、頂きましょう?」

「そうだな」

「どうぞどうぞ」

「「いただきます」」

「じゃあご相伴に与ろうかな」

 

ズルズルズルズル…ちゅるん!

 

 初対面の人との食事で緊張するミワ。食事中は基本的に喋らないトヒ。二人が全く喋らないので気を遣って喋らないアマノ。三人の蕎麦を啜る音だけが部屋に響いていた。

 

「ふう…私はこのくらいにしとこうかしら」

「全然食べてないじゃないか」

「一人前もあれば十分よ。あんまり食べてデザートを美味しく食べれなかったらいやじゃない」

「そうだね、そろそろデザートも届く頃かな。期待してくれていいよ」

「わあ!ありがとうございます!」

 

ズルズルズルズル…ちゅるん!

 

 届いたデザートを頬張るミワ。まだ蕎麦を食べているトヒ。この蕎麦は経費で落ちるのか考えているアマノ。二人の蕎麦を啜る音だけが部屋に響いていた。

 

「トヒ、それ、かなり美味しいわよ」

「ん?なんだ、欲しいのか?」

「いや、別に…」

「いいよ、食べなよ」

「本当!?」

「そんなに気に入ったならこれも食べるといい」

「そんな…アマノさんの分まで…」

「いいよいいよ、せっかく遠くから来てくれたんだし」

「では遠慮なく…」

 

ズルズルズルズル…ちゅるん!

 

 更に二つ目、三つ目のデザートを頬張るミワ。相変わらず蕎麦を食べるトヒ。二人の、特にトヒの食べっぷりに嬉しそうなアマノ。一人の蕎麦を啜る音だけが部屋に響いていた。

 

「「ごちそうさまでした!」」

「はい、お粗末様でした」

「美味しかったです。すごく」

「いやあ良かったよ。まさか全部食べきるとは」

「すみません、つい…」

「相変わらず麺類になると見境がなんだから…」

「いやいや、いいんだよ。調子に乗って作りすぎてしまったから数日のうちの食事が蕎麦になるを覚悟してたんだけどね。全部食べてくれたから堂々と経費で…いや、気にしないでくれ」

「?」

「はは…」

 

 三人で食器の片付けを済ませ少しの食後休憩を挟むと、それなりに真剣な表情でアマノが口を開いた。

 

「じゃあ、早速ですまないがさっきの続きなんだけど」

「ミワと少し話をしました。ミワのやりたいようにやらせたいと思います」

「そうか!ありがとう。では全員の…といっても二人だけど、承諾を得たところで次のステップに移ろう。君たちが神に、そしてそれを支える巫女たるに相応しいかを試させてもらいたい」

「えっ、すぐになれるんじゃ…」

「雇う側に選ぶ権利はあるってことですね」

「まあ、そうだね。権利というか義務に近いかもしれない。中途半端なものを神にしてしまっては我々の威信にも関わってくるからね。いや、別に君達がそうだと言っているわけじゃないからそこは分かって欲しい」

「大丈夫です。分かります」

「まあ、当然と言えば当然なのかしらね…」

「まあ民間企業でいうところの適性検査のようなものと思ってくれるといい」

「どんなことをするんですか?」

「まず大前提として、神としてやっていくには信仰を集める必要がある。忘れ去られ信仰を失ってしまった神はその力を失ってしまうからね」

「うちみたいに神社があるのもそういう理由なんですか?」

「そうそう。神社の祭祀対象は主に二つにわかれていてね。自然やモノを祀るところと神自体、もしくはかつては人だった神を祀るところ…ミワ君のところは基本的には前者だね。でもあそこはそれだけじゃないんだけど…それは君達の方がよく知ってるか」

「なるほどお…」

「なるほどって…お前なあ…」

「で、だ。君達には軽く世界を救って貰おうと思う」




毎週金曜の0時(木曜の24時)に投稿していきたいと思います。


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説明会弐

寒いですねえ。



「世界を救う?」

 

 アマノがとんでもないことを言い出した。世界を救うだなんて小娘二人に出来るわけがない。

 

「いやなに、実際にこの世界を救ってくれと言ってるんじゃない。そんなことは今の君達には到底不可能だし、それは我々の仕事だ。でもね、神になれば話は別だ。有事の際には最前線で働いて貰うことになるかもしれない。まあそんなことは滅多にないし新米を最前線に出すほど我々も落ちぶれてはいないがね。そのシミュレーションとしてこちらが用意した仮想世界のために、今君達が出来ることを見せてもらいたいと思っている」

「つまりアレですね!異世界転生モノですね!」

「何で嬉しそうなだよ」

「当たらずとも遠からず、かな。実際のところゲームみたいなものだよ」

「みたいなもの?」

「まだ非公開の技術なんだけどね。それで向こうの世界に意識を飛ばすんだ」

「へえ…」

「でも、向こうで火に触れば熱いし、何か食べないとお腹が空く。怪我をすれば痛いと感じるしすぐに治ることもない…世界が実世界と違うだけで世界の原理そのものは実世界と何も変らないよ」

「仮想とはいえ随分とリアルなんですね」

「これよ…こういうのを私は求めていたのよ…!」

「ミワ、ちょっと黙ろうか」

「向こうで出来たのにこっちでは出来ない…なんてことがあったら意味がないからね。出来るだけ状況を寄せているんだよ」

 

 妙に興奮しているミワを余所に話を進めていく。実際に試験をするのは後日、今日は仮想世界を体験するということになった。ミワはというと「チュートリアルね!」と言って相変わらず一人はしゃいでいた。

 アマノに連れられ別室へ移動する。先ほどまでいた部屋と大きさは殆ど変らない。中にはベッドが二台とモニターが一台あるだけだった。

 

「そのままでいいからここに寝てくれるかな」

「ベッドなんて久しぶりねえ」

「ウチにはないからな」

「途中で落ちないかしら…」

「前までどうやってたんだよ…」

「早速だけど向こうに飛ばすよ。今回は5分だけだ。評価には良くも悪くも影響しないから気軽にね。色々試してみるといいよ」

「はい」

「わかりました」

「じゃあ目を閉じて…100、93、86、79、72…」

 

 スウッと全身の力が抜け、アマノの声が遠くなっていく。心地よい子守歌を聴いているような感覚だ。

 

「65、58、51…」

 

 そこで意識が途切れた。

 

「10、3…あれ?どこで間違えたんだろう?まあ、二人とも向こうに行ったみたいだし大丈夫か」

 

 アマノがさっきまでは何も写っていなかったモニターに目を向ける。そこには何もない空間で倒れているミワとトヒが写っていた。

 

 ひんやりとした感覚。眼を開けると、白い天井、白い壁に白い床。窓や扉すら何一つない空間だった。宇宙飛行士の訓練みたいだ。

 

 少し離れたところに転がっているミワを見つける。

 

「ミワ、起きなよ」

「うーん…?」

「5分しかないんだ。さっさと起きな」

「ここが異世界?」

「アマノさんの言う仮想世界ってとこだろう。何もないただの空間って感じだけど」

「ほえぇ…本当に来ちゃったのねえ…実は寝てる間にどこかに運ばれただけってことないかしら」

「いや、それはないんじゃないか?まず出入り口が見当たらない」

「凄いわねえ…」

「取り敢えず身体が思うように動くか試してみよう。それで気になったことを共有し合う感じで」

「わかったわ。フォーメーションXで行きましょう」

「なんだそれ」

 

 ミワが立ち上がり適当な方向に走っていった。ミワと同じことをしても仕方ないのでその場で跳ねてみたり、屈伸したりと細部に異常、違和感はないかを確かめる。そうこうしてる間にミワが帰ってきた。

 

「どう?トヒ」

「特に何もないな。いつも通りといったところか。ミワは?」

「私も別に変なとこはなかったわね…強いて言えば服が軽いってくらいかしら」

「そうか?…いつもと変らんがなあ」

「私の持ってみてよ」

「ん…いや普通だが?」

「そんな…でもほら、私の軽やかな走りを見たでしょ?この服、結構重いはずなのに…まるで全裸で走ってる感覚だったわ」

「全裸で走ったことあるのかよ」

 

 ミワの服…勝負服などと言っていたが、この服は本来ならミワが公の場で着る装束なのだ。だがミワが堅苦しいのは嫌だと言って着なかったり、そもそも参加しなかったりで一度も披露されることがなかったもの。恐らくこの装束を着ているミワを見たことがあるのは仕上がりを試着したときに居たミワの母親と自分くらいである。何故かミワに呼び出され着るのを手伝わされた。確かに相当な重さであったし、走るなんてとんでもないことだ。

 

「なあミワ。ちょっとだっこしてくれないか?」

「え…急にどうしたのよ…デレ気?」

「いや、ちょっと気になったことが」

「もう…トヒの甘えん坊さん」

「やかまっしゃい」

「いくわよ…よっと!」

「うわぁ!」

「あれ、トヒってこんなに軽かったっけ?ダイエットしてるの?ってレベルじゃないわね…それ!たかいたかーい!」

「ひやああ!」

 

 ミワが突然真上にトヒを放り投げる。天井の高い家でないと出来ないたかいたかいである。流石に頭をぶつけるところまではいかなかったが。

 

「ほい!お帰り」

「なんてことしやがる…」

「ちょっと気になってね」

「もう降ろしてくれていいぞ」

「しっかし、ホント軽いわねえ」

「いいから降ろせ」

「バタバタするトヒも可愛いわよ?」

「怒るぞ」

「ごめんごめん。じゃあ今度は私の番ね!トヒ~だっこ~」

「なんで…よいしょ!」

「…」

「…」

「トヒのことだから真面目なんでしょうけど…」

「おもい」

「重くないわよ!重いったってトヒよりりんご一個分くらいじゃない!」

「いや、二個+αだと思う」

「どうしてよ…トヒはあんなに軽かったのに…」

「別に軽くなった気はしないんだが…ミワの力が強くなっただけじゃないか?だからその服でも走れたんだと思う」

 

 不服そうなミワだがなんとなく気付いていたらしい。

 

「まあそうかもねぇ…じゃあトヒ。手、貸して」

「え?はい」

「しっぺ!」

「いった!!」

「なるほど…痛覚はあるのね」

「そりゃあるって話なんだからあるだろうよ!」

「一応確認したまでよ」

「先に言えよ…もう赤くなってるし」

「身構えちゃ意味ないじゃない。フーフーしてあげましょうか?」

「いらんわ。そろそろ5分経つだろうしやり残したことはないか?」

「あ、最後にやってみたいことがあるの」

「えー…」

「そんな顔しなくても…トヒに被害はないわ、多分」

「何するんだ…」

「異世界転生と言えばあれよ。転生特典!」

「別に異世界でも転生でもないんだが」

「んなこまいことはいいのよ。こういうことは浪漫なの」

「そういうもんかね」

「一度やってみたかったのよ。まあ見てなさい」

「手早くなー」

「じゃあちょっと下がってくれる?その辺でいいわ…『墾田永年私財砲』!」

「は?」

「ばきゅん!!」

「ばきゅんてお前な…」

 

 親指を立て、人差し指をこちらに向け、かけ声とともに斜め上に跳ね上げる。絶対に死んだフリなんてしてやるもんかと思いながらミワの奇行をたしなめようとしたそのとき、陽炎のような揺らぎが近づいて来る。避けようとした瞬間、腹部に何か温かいものが当たる感覚がありそのまま後ろに吹っ飛ばされた。

 

「え、ちょ、」

「え、うそ…」

「うわあぁあぁあぁあぁあ!」

「トヒ!だいじょ…」

 

 遠くなっていくミワが急にポテッと倒れる。服が消え、髪が消え、床に転がる時には白いマネキンのような姿に成り果てていた。時間か。そう思った途端、意識が途切れた。

 次に眼が覚めたときには既にベッドの上だった。ミワの寝ているベッドに顔を向けるとアマノが空いたスペースに座って足をブラブラさせて帰還を待っていた。

 

「帰ってきたのか…」

「お、やっぱトヒ君の方が早かったね。お帰り。気分はどうだい?」

「何とも言えない気分ですね」

「はは、じゃあミワ君も起こそうか」

 

 ギシギシとベッドを揺らすアマノ。少しうめき声を上げたミワがゆっくりと起き上がる。

 

「おはようミワ君」

「あ、アマノさん…おはようございます」

「気分はどうかな?」

「うーん…何かフワフワした感じですね」

「まあ最初はそんなもんだよ」

「でも何だか良い夢を見ていた気がします」

「そうかい、それは良かった。何か聞きたいことはあるかい」

「今は…特にないですかね…」

 

 何か質問はありますか、と言われて急に質問が出来るものではない。特にミワはまだ覚醒したところだ。当然だろう。

 

「トヒ君も、何かあれば」

「いくつかいいですか」

「ああ、どうぞ」

「まず一つなんですが、アマノさん、意識を持っていくって仰っていたじゃないですか」

「そうだね」

「なら、身に付けていたものや向こうでの身体はどういう都合になってるんでしょう」

「うーん、いきなり鋭い質問だねえ」

「そんなこと全く考えなかったわ…」

 

 向こうに行く前からの疑問をぶつけてみた。向こうに行って更に深まった疑問でもある。

 

「うーん、これを説明して良いものか悪いものか…ま、いいか。まず、君達の身体に関してはね、向こうに人形のようなものを用意してあるんだ」

 

 意識が途切れる前に見たミワの姿のことだろう。真っ白の、あのマネキン。見る人が見ればなかなかのトラウマものである。

 

「そこに意識を吹き込むような形だね。そして意識の持っている自我を利用して自分というものを形成している。神降ろしとでも言ったらわかりやすいかなあ。服の方はそこまで難しい話でもなくてね、このベッドが凄いんだ。我が技術部の努力の結晶だよ。意識の転送時にこの上にあるものをスキャンしてそのコピーを一緒に転送しているんだ」

「なるほど」

「ということは、異世界に持って行きたいものがあれば一緒にベッドに載せておけばいいんですね!」

「ああ、身に付けてなければならない、ということはないしね。簡素に見えるけど本当に凄いんだよね、コレ」

 

 ミワがぺたぺたと触りながら「もう少し寝心地がよければなあ」と呟く。それを聞いて苦笑いのアマノ。

 

「次に二つ目ですが」

「何だろう」

「これはただの報告になるんですけど、視覚、聴覚、嗅覚、触覚は正常でした。味覚は試してないのでわかりません」

「うんうん」

 

 想定通りらしく満足げに頷くアマノ。

 

「嗅覚?何かにおうものあったかしら」

「え」

「確かにそうだね、あそこの空間は文字通り何もないところだから」

「何のにおい嗅いだの?」

「えっと…痛覚も正常でした」

「え、何よそれ」

「後、熱さと言うか温かみも感じました」

「あ、そうなんだ、なるほどね、うん」

「そして三つ目ですが」

「トヒさーん?」

 

 ミワの追究を無視して次に進む。

 

「ミワの力が強くなってる気がするんですが」

「うーん?そうなのかい?」

「え、まあ、はい。トヒを軽くたかいたかい出来るくらいには」

「そうか…今のところ個人差としか言えないかなあ…トヒ君にそういうのはなかったかい?」

「特にこれといったものは…」

「これはちょっと持ち帰らせて貰うよ。今度までに説明出来るようにしておく」

「わかりました」

「まあ持ち帰ると言っても帰る場所はここなんだけど」

「え」

「流してくれていいよ」

 

 そして最後に最も気になること。

 

「最後に」

「ミワ君のアレかい?」

「そうです」

「アレ?」

「覚えてないのかよ」

「うーん、トヒにしっぺしたとこまではキチンと覚えてるんだけどね。そっからはあやふやなのよねえ。それこそ夢みたいな感じよ」

「じゃあ、これを見てみようか」

 

 アマノがモニターのスイッチを入れる。するとさっき居た白い空間が写っていた。画面の中心には二つのマネキン…意識を吹き込む人形のようなもの…が転がっている。

 

「ここには君達の意識を向こうに転送させた時点からの映像が映し出される。残念なことにそれ以前もそれ以降も記録されていない」

「へー、この白いマネキンが私達の身体なのねえ」

「これはどこから撮影しているというものではなくてね。常に君達の中心からある程度の距離までの映像が記録されていて、見たいところが見れる優れものだ。勿論プライバシーには十分配慮しているから安心してくれ。じゃ、再生していくよ」

「あ、私が寝てる」

「そんなに気にならないんだけどちょっとラグがあるんだよね」

「トヒも出てきた」

「同時に送ってるハズなんだけど、どうもミワ君に比べてトヒ君は肉体と意識の分離に時間がかかるようでね」

「トヒが起きたわ」

「逆に肉体と意識の融合はミワ君よりもトヒ君の方が早くてね。まあ、個人差だよね」

「寝付きの良さと寝起きの悪さみたいな感じですかね」

「はは、その例えはなかなか的を射ているかもね。じゃ、件の時間までスキップしようか」

「しっぺ!」

「この借りは必ず返す」

「お手柔らかに…」

「ここだね」

 

 アマノが止めたのはちょうど吹っ飛ばされているところだった。

 

「絵に描いたような吹っ飛び方ね…」

「いやあ驚いたよ。正直なところ想定外だ」

「何が起こったんですか?これは」

「まあ何がどうなったかを正確には説明出来ないんだけど…数フレーム前に戻すよ。で、ここを拡大して…これが見えるかい?」

「あ…」

 

 一瞬見えた揺らぎである。

 

「恐らくこれは何かしらのエネルギーの塊でミワ君から発されたものだろう。それがトヒ君に当たった衝撃で爆発。モロに食らったトヒ君が吹っ飛んだってとこかな」

「そんなことしてたの?私。全く覚えがないわ…」

「どうしてそんなことが…まさか、本当に転生特典…」

「転生特典とやらではないにしろ似たようなものだ。言ったろう?ゲームみたいなものだって。作った世界とは言え既に文明があり我々の介入を受け入れないレベルに発展している世界なんだ。そんなところに非力な民間人を徒手空拳で送り込むわけにはいかないからね。だからまあ、スキルと言えば聞こえがいいか。そういったものを使えるようにしてある」

「スキル、ですか」

「勿論、向こうの世界でだけだ。こっちであんなもの連発されちゃあたまったもんじゃない」

「確かに」

「本番前に説明するつもりではいたんだけどまさか今回見つけてしまうとはね。想定外と言ったのはこのことだ」

「隠し要素を正規ルート以外で攻略出来ちゃうってのは運営側に落ち度があるわね…」

「まさかだよ。今後の参考にさせて貰おう。まあ、ベータ版ではよくあることだ」

「これがユーザデバッグ…」

「ぐうの音も出ないね」

 

 何故かミワの食いつきが良い。

 

「トヒのスキルは何なんでしょうか」

「わからない」

「わからない?」

「我々が設定するものではないからね。君達のイメージが具現化したようなものだから決めるのは君達自身だ」

「イメージですか」

「ま、その辺はミワ君に聞いた方がいいかもしれないね」

「え?」

 

 そんなこんなで今日は終わりということになった。一応、他言無用の念を押されたのでそれなりに機密性の高いものなのだろう。これ以上続ける気力もないので早々にお暇させてもらう。

 

「何か…どっと疲れたわね」

「そうだな」

「そういえばトヒ」

「ん」

「痛覚はちゃんとあったのよね。吹っ飛んだとき痛くはなかったの?」

「まあ、多少何か当たった感覚はあったがそこまでだったかな。床とか壁に打ち付けられる前に意識も戻ってきたし」

「ならいいんだけど…」

「気にすることないさ。そうだミワ、ちょっとこっち向いてみ」

「え、どうしたの」

「ていや!」

「て!」

「しっぺの仕返しだ」

「鼻がツーンて…鼻血出る直前みたいな、山葵の塊にあたったみたいな…」

「これで許してやるから元気出しな」

「くー!不意打ちとは卑怯なり!」

 

 鼻を押さえて大袈裟に悶えるミワ。この調子だと帰ったころには気にもしてないだろうし、多分明日には忘れているだろう。




投稿前と他エディタから写すときの2回推敲誤字脱字確認しているのですが何かありましたらお知らせください。


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木薯奶茶

1週間早いですね。最近バタバタしてます。
今回は特に進みません。



 そうして地元の転移装置へとまっすぐ帰ってきた二人。再び行きのときにも居た係員と顔を合わせた。

 

「おっ、帰ってきたか!」

「ただいま~」

「どうだ?神都は」

「だいたいいつも通りねえ。最近はお芋が入ったお茶が流行ってるそうよ」

「芋が入ったお茶だあ?うめえのかよ、そんなの」

「さあ。ずらーっと人が並んでて並ぶ気にもならなかったわ。私はお味噌汁で十分よ」

「ちげえねえ!はっはっは!」

「今日は疲れたからもう帰るわね。おっちゃんもお疲れ様」

「おう!ゆっくり休め」

「ばいば~い」

「じゃ、また宜しく」

「お?トヒも居たのか」

「最初から居たさ。またね」

「気ぃ付けてな」

「うん、ありがとう」

 

 家に帰ってからは今日アマノから貰った資料を見ながら今後どうするかの計画を練るハズだったのだが、ミワが帰ってくるなり靴も脱がずに玄関に倒れ込んだ。

 

「シワになるぞ」

「どうせもうなってるわよ…それよりももう一ミリも動きたくないわ」

「久しぶりに外に出たらこれだよ、全く」

「うーん、言い返せないわね」

 

 倒れているミワの靴を脱がせ、右へ左へと転がしながら服を脱がせていく。服を脱がせると言うよりかは服から取り出していくと言った方が正しいかもしれない。ミワの服をシワにならないよう衣紋掛けに掛けると、半裸のミワをそのまま放っておいて再び外に出る。今日のお礼参りでる。お礼参りと言ってもあっちの方。巫女的に相応しいかはともかくあっちの方の意味である。今日は行く予定のなかった職場…神社へと向かう。

 社務所ではまだ数人が作業をしていた。急に休んだ奴がひょっこりと顔を出すことに若干気が引けたが、意を決して中に入る。

 

「こんにちは」

「あれ、トヒじゃん。どったの?今日休みだったじゃん」

「ちょっと所用があって…巫女長様はもう帰られましたか?」

「そうね…もう結構前かな」

「そうですか。ありがとうございます。では、お疲れ様です」

「あ、うん、ばいばい」

 

 巫女長様とは母親のことである。巫女を引退はしたが指導係としてまだまだ権威を振りまいている。その巫女長が帰ったところといえば当然、実家である。

 

「おかーーーん!」

「久しぶりに帰ったと思えばなんなのよ大声で…ただいまくらい言ったら?」

「やかまっしゃい!ただいま!早く結婚しろ!」

「グサッ!」

 

 玄関を開けると不運にもちょうど玄関に居た姉、トヨに八つ当たりをするとそのままずんずんと奥に入っていく。別にトヨに問題があるわけではない。顔立ちがよく、すらっとしてスタイルもいい。性格も真面目でこれといった欠点もない。妹目線から見ても別段悪くない。しかし家が家だけになかなか相手が寄りつかないだけなのだ。台所では巫女長…母親がつまらなそうに夕方の情報番組を見ていた。

 

「おかーん!」

「あらお帰り。あんまりお姉ちゃんをいじめちゃダメよ?で、神都はどうだった?」

「いつも通り人がゴミのようでしたよ。ところでそのことでお話があるのですが」

「良いじゃないの別に」

「は?」

 

 どうやら何のために来たのか分かっているらしい。

 

「いや良くないでしょうに」

「あんたの分の仕事は私とトヨでやっとくから」

「何言ってんですか…二人ともいつも手一杯でしょう」

「トヨとあんたの指導時間を使えばどうとでもなるんじゃない?今日もあんたの指導時間の間、暇で暇で仕方なかったわ」

「だからってトヨ姉の指導時間まで削ることないでしょう」

「もう教えることないのよ。最近は二人でお茶飲んでるだけだし」

「それはそれで仕事して下さい」

「後は結婚さえしてくれたらねえ…」

「グサッ!!」

 

 先程の八つ当たりから漸く回復し母屋に入ってきたトヨを母の悪意ない言葉が襲った。いや、多少の悪意はあったかもしれないが。

 

「ウチかて…ウチかてええ人がおったら今すぐにでも結婚しとるわ…」

「おかん…あまりトヨ姉をいじめないで下さい。心を病んでしまうと厄介です」

「あらあら、そんなつもりはなかったのだけど」

「グレてやる~!」

「トヨ姉も。そんな歳じゃないだろう」

「トヒが角度を変えて正確に急所を突いてくる」

「話が進まないからあっち行っててくれ」

「最近うちの妹が冷たいんだが」

「シッシッ」

 

 ブツブツと何か口走りながらテレビの前に寝転ぶトヨを放っておいて再び母に向き直る。母もそれなりに真面目に話す気になったようでテレビから視線をこちらに向ける。

 

「ミワちゃんが神様になってあんたがその巫女になるんでしょう?血筋的にも何の問題もないじゃないの。どうせあんたのことだから勝手に進めたこと怒りに来たんでしょう?」

「分かってるなら何でやるんですか」

「ミワちゃんが時間がないのにトヒが全然帰ってこない~って言うんだもの。どうせあんた断れないんだから私がOKしといたのよ」

「そうは言ってもあんなに怪しい話にホイホイと乗る人がいますか。今回は良かったものの本当に詐欺だったらどうするんです」

「やあねえ、まだそこまで耄碌してないわよ。それに今回は出来レースみたいなものだし」

「は?出来レース?」

「あれはね、ミワちゃんとこのお父さんから頼まれたのよ。今日聞いてきたでしょうけど高天原で神様募集してるじゃない?まずは神の系譜からってことで本家の方にも案内が届いたらしいわ」

「本家に届いたなら何でうちの郵便受けに入ってるんですか」

「ああ、それはね」

「昨日、指導時間にウチがトヒんとこに持ってった」

「お前も共犯か!」

 

 マジで仕事しろよ。

 

「因みに昨日、トヒに残業してもらったのもこのため」

「あの仕事量は流石におかしいと思ったわ!」

 

 人の弱みにつけ込んで…どうやら知らなかったのは自分達だけらしい。まんまと大人達の手の上で踊らされていたという訳だ。今まで波風を立てないように、普通をモットーにやってきた。それがミワの就活に巻き込まれるのは甚だ遺憾だが、こうなったのなら仕方がない。ミワを神に祀りあげ、その巫女として左団扇の生活を送ってやろうじゃないか。

 

「はあ、わかりましたよ」

「やけに素直ね」

「今更どうしようもないですからね。どうせあちらもダメ元で頼んできたんでしょう?直ぐに面倒臭がって帰ってくるだろうなんて思っているんでしょうがそうはさせませんよ。何がなんでもミワを神にしてやります。後で文句言っても聞きませんからね!帰ります!」

「あら、もう帰るの?」

「ご飯くらい食べてったら?」

「お昼ご馳走になったからまだ要らない」

「え、高天原でご飯食べたの?何?何食べた?」

「手打ち蕎麦です。じゃあ、ミワ放置してるんで」

「ふーん、お蕎麦」

「…手打ち?」

 

 啖呵を切って家を飛び出しそのまま真っ直ぐに自宅へ向かう。あのダメダメな神候補をどうにかして神にしなくてはならない。大前提として自分の所為でミワがアマノらに認められなかったなんてことはあってはならない。評価方法も評価基準もなかなかパッとしないのが難点だが、出来うる限りの対策を講じて万全の体制で臨まなければ。

 自宅に着いた頃には既に日が暮れかかっていた。山に囲まれた地形なので日没は必然的に早くなる。玄関を開けるとそこに転がっていたミワの姿はなく、うっすらと風呂の匂いが漂っていた。流石に冷えたのだろう。

 

「ただいま」

「おかえり~どこ行ってたの?」

「実家」

「ふーん」

「入るぞ」

「え?」

 

 扉を開けて中に入る。そこにはミワが一糸まとわぬ姿で湯船に身を沈めていた。風呂なので当然ではあるが。

 

「きゃ、きゃー。トヒさんのえっちー」

「何がきゃーだ」

「私まだ入ってるんだけど…」

「自分ん家の風呂に自分の好きなタイミングで入って何が悪い。嫌ならお前が出ろ」

「なんて横暴な…」

 

 ぶぅぶぅ文句を垂れるミワを無視してシャワーを浴びる。ミワもそれ以上は何も言わず再び肩まで身を沈める。

 

「ねえ、トヒ」

「なんだ」

「今日はありがとね」

「ああ」

「巫女長様にもトヨ姉様にも、他の人にも一杯迷惑掛けちゃったわ」

「そうだな」

「呆れられたかしら?」

「別に」

「ならいいんだけど」

 

 ミワは知らないのだ。自分達が実家の親に踊らされていることなど。知らぬが仏。いや、神か。まだなってないけど。

 

「洗ったげるわ」

「いらん」

「もう、照れちゃってー」

「一ミリも動けないんだろ。無理しようとするな」

「えへへ…」

 

 口はいつも通り達者だが身体の方は相当キているようだ。普段のミワなら有無を言わさず全身どころか浴室中泡だらけにしていてもおかしくはない。

 洗い終わって立ち上がるとミワが少し横にズレる。空いた隙間に入り込むと身を沈める。

 

「で、どうしたの?」

「何が」

「何か言いたいことがあるんでしょ。言いなさいよ」

「後でいい」

「なになに~だったらどうしてわざわざ一緒にお風呂に入ってるのよ~いつもだったら私が入ろうとすると鍵掛けちゃうくせに~デレ気か?デレ気なのか?」

「別に。疲れたからすぐ入りたかっただけさ」

「も~素直じゃないわねえ…」

 

 ミワが身体を反転させ、背をこちらに預けてきた。ミワの頭の上に顎を乗せる形になる。リンスの香りがフッと鼻をくすぐる。使ってるのは同じものだが。

 

「うーん…」

「なんだよ」

「当社比マイナス70%」

「御社の命運は弊社が握っておりますれば」

「冗談よ…数値はあながち冗談でもないけど…」

「言いたいことはそれだけか?」

「あ、ちょ、ま…あれ?」

 

 てっきりサブミッションを極められるか湯船に沈められるかと思っていたらしいミワ。予想に反し優しく抱きしめただけだったことに理解が追いついていないようだ。

 

「これは…油断したところを一気にってやつですか?」

「して欲しいのか?」

「待っていた訳ではないけど、なかったらなかったでなんだか拍子抜けね」

「そうか」

「…今の…何かえっちぃわね」

 

 ミワを抱きしめたままの状態で背中を滑らせ頭まで潜る。突然水中に引きずり込まれたミワは息の準備が出来ていなかったのか割と必死に抵抗する。水面下の争いである。

 

「ハア…ハア…死ぬかと思ったわ…」

「ここで死んでもらっちゃ困る…ハア…」

「ハア…ハア…」

「ハア…ハア…」

「はいぼくs「言わせねえよ!」

 

 二人して息を整える。

 

「何でトヒまで息が上がってるのよ…」

「息を溜めたらバレるだろう?」

「バカねえ」

「互いにな」

 

 ミワが暴れたせいでお湯が減ってしまったので更に深く身を沈める。既に脚は湯船の外だ。

 

「なあ、ミワ」

「何かしら」

「本当に神になりたいのか?」

「うーん…」

「神になったら今までの生活なんて到底送れないぞ」

「別にね、絶対に神様になりたいってわけじゃないの。ただ、今のままでは変らない未来を変えられるなら何でも良かったのよ。それがたまたま神様だっただけよ」

「そうか」

「酷い理由でしょ。こんな下らない理由でトヒを巻き込んじゃった。ごめんね」

「謝らなくていいさ。ミワにとっては全く下らなくなんかないんだろう。自分のやることをそんなに卑下するな」

「そうね。ありがと」

「そろそろ上がるか」

「うん」

「あ、出たとこにあるタオルは使うなよ。お前は自分で自分の分取ってこい」

「今絶対にそんな流れじゃなかったわよね??」

 

 風呂から上がるとミワがお腹が空いたと言うので晩ご飯にすることになった。蕎麦一人前とあの小さいデザート3つではそんなに満たされなかったのだろう。個人的には大分満たされたのだが。

 

「という訳でカップ麺だ」

「また麺…」

「いいじゃないか、麺。美味しいぞ」

「昼も麺だったじゃない」

「仕方ないだろう。何もないんだから」

「トヒは良いかもしれないけど私はそこまで食に寛容じゃないのよ」

「そういえば今朝方、唯一の食料を炭にしたやつが居てな。それがあれば今頃は…」

「うう…それは悪かったわよ…」

「じゃあ今から食料調達行くか」

「まるで一狩り行くみたいな言い方ね」

「動けるならミワも行くか?」

「お買い物なら行くけど」

「普通に買い物だよ」

 

 田舎の夜は早い。街灯が少ないので日が落ちると一気に辺りは真っ暗になる。街の中心部ともなるとそれほどでもないが、トヒの実家の辺りなどは田畑に囲まれているため家々の灯りすら殆ど見当たらない。

 個人商店が多いこの街ではスーパーマーケットなるものが一つしかない。その店もこの時間帯になると人はまばらで、客と言えば単身の若者くらいである。

 

「見てトヒ!このお惣菜3割引よ!」

「まだ残ってたか!運が良いな!」

「コロッケ!コロッケが5つで100円ですって!」

「買いだ!おいミワ!蕎麦が一家族3玉限定で10円だ!行ってこい!」

「心得たわ!」

「100円渡すからお釣りで好きなもの買って良いぞ!」

「もう一声!」

「150円!」

「ありがとうございます!」

 

 そして単身の若者は基本食費にあまりお金をかけない。元来貧乏性であるため例外ではなく、割引と聞いたらつい買ってしまう。割引で浮いた分はミワのお菓子代に消えていくのだが。

 精算を済ませ外に出ると一台の屋台が出ていた。買ったことはないが一年中季節感のない何かしらの食べ物を売ってるというこの辺りではそれなりに有名な屋台だ。勿論お腹を空かせたミワがそれに食いつかないハズがない。

 

「トヒ!屋台が出てるわ!」

「そうだな。今は何やってるんだろうな」

「お腹空いたわね…」

「今いっぱい買ったじゃないか」

「帰るまで待てないわよ」

「仕方ないなあ…」

「やったあ!!」

 

 ミワをダメ人間にしているのは自分にも原因の一端があるかもしれない。

 

「こんばんは~」

「お?ミワか!さっき振りだな!」

 

 屋台の店主は転移装置の係員だった。屋台自体はよく見かけていたが誰がやってるかまでは知らなかった。

 

「あれ、転移装置の…制服と帽子がなかったら別人みたいねえ」

「はっはっは!確かにタンクトップとタオルじゃ想像がつかんわなあ!」

「あの仕事、副業OKなんだ」

「ん?トヒも居たのか」

「最初から居たぞ」

「今は何売ってるの?」

「簡単に言えばキャッサバと黒砂糖を混ぜて捏ねて粒にしたものをミルクティーにぶち込んだ飲み物だな。普通より太いストローを使ってその粒ごと飲むんだが、モチモチとした食感を味わえる」

「ん?」

「何それ美味しそう!」

「え?」

 

 神都で流行っているという例のやつをカタカナを交えて何となくそれっぽく言い直しただけで完全にソレである。夕方は二人してあんなに言っていたのにどういう風の吹き回しなのだろうか。そもそもこの店主、この短時間でよく用意したものだ。フッ軽というやつである。

 

「そうだろうそうだろう?ほれ、飲んでいかねえか?」

「下さい!」

「Sサイズ450円、Mサイズ600円、Lサイズ800円だ」

「いや高いわ」

「トヒ!お願い!」

「何言ってやがる。適正価格だぞ」

「適正かどうかは知らないけど金額そのものだよ。どれだけ頑張って食費抑えてると思ってるんだ。飲み物にそんなに払えるか。そもそもお前は腹が空いてるんだろう」

「でも、でも、モチモチしてるのよ?」

「ダメ」

「分かったわよ。トヒにも半分あげるわ」

「何も分かってねえ…」

「じゃあSでいいから!」

「どのサイズ頼もうとしてたんだ??」

「の~み~た~い~」

「小学生でもあるまいし聞き分けのないことを言うんじゃない」

「今なら私、小学生にでもなれるわ!」

「こんな小学生が居てたまるか!」

「合法ロリよ!」

「アウトだよ!ロリってそういうことじゃないから!」

 

 スーパーの出入り口で騒いでいるので買い物客や店員までもが集まり始めていた。また地元の掲示板に書き込まれてしまう。これ以上痴態を晒すわけにもいかない。

 

「あーもう!わかった!ただし、一つ条件がある」

「何でも呑むわ!飲み物だけに!」

「上手くないわ」

「で、何をすればいいの?」

「今後、自分のお菓子は自分で稼いだ金で買うこと」

「な…なんですって…」

「どうしてお前の脇腹まで育てにゃならんのだ」

「でも、いや、でも…」

「どうした?呑めないならこれは飲めないぞ?」

「呑もうじゃないの…そして私はこのモチモチミルクティーも飲む!」

「よーし言ったな?忘れるなよ。ほれ500円だ。釣りは返せよ」

「おじさん!S一つ下さい!」

「50円でハチミツ追加できるぞ」

「お願い!」

「おいお前…」

「出来れば多めに!」

「よし、ちょっと待ってろ」

 

 商売上手なおっちゃんである。

 

「100円でクリームチーズも追加できるぞ」

「お願いします!」

「は?もう出さないぞ?」

「フフフ…私にはこれがある…刮目せよ!この御方を誰と心得る!!この100円玉様が眼に入らぬかぁ!!」

「その100円は…まさか!」

「さっきのお釣りよ…私が貰ったお金全部使ったとでも思っていて?」

「…負けたよ。好きにしな」

「おまちどお!600円な」

「ちょうどよ!」

「毎度ありぃ!」

 

 緊張した面持ちで受け取るミワ。そしてゆっくりとストローを吸う。ミルクティーと一緒に黒い粒が何個もストローを通ってミワの口の中へと消えていく。そしてそれを何度も噛みしめる。

 

「ちょっと混ぜてみろ」

 

 言われたとおり少し混ぜるミワ。そしてもう一度ゆっくりとストローを吸う。ハチミツが混ざったミルクティーとともに黒い粒がミワの口の中へ流れていく。そしてそれを何度も噛みしめる。

 

「クリームチーズを巻き込むように混ぜてみろ」

 

 大きくストローで撹拌するミワ。何かもう、色々混ざってしまっている。そしてもう一度ストローを吸う。

 

「どうだ」

 

 何度も噛みしめ、そして飲み込むミワ。

 

「美味いだろう」

「…おいしい」

「え」

「これ、すんごく美味しいわ!混ぜるたんびに味が変わるし、何よりこのモチモチがたまらないの!」

「そうだろうそうだろう!美味いだろう!」

「これ流行るわよ!いや、私が流行らせる!」

「ええ…」

「はっはっは!何よりだな!」

「私、絶対また飲みにくるから!自分で稼いだお金で好きなサイズの好きなオプションをたんまりつけるわ!それまで待っててよね!」

「保証は出来んぜ?いつまでやってるかも次やってるかもわかんねえからな」

「ふふん、そう遠くない未来だから問題ないわ」

「あまり期待せずに待っといてやるよ」

「言ったわね?見てなさい!トヒ、帰るわよ。私がまたここに来るために!」

「なんかもうつかれた」

 

 野次馬達の間を突っ切ってその場を後にする。その後、屋台には野次馬が殺到し、列を為したことなど知る由もなかった。この小さな田舎にも遂に都会のトレンドが流行り始めた。




いつも5分目安に設定してるのですがいつもより1000字ほど多くなってしまいました。


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山葵麺汁

投稿を始めてひと月が経ちました。まだ色々ブレブレです。



 買い物から帰ってきて漸く晩ご飯にありつけた。ミワも流石に落ち着いたのか普通に箸を進めている。あれだけの高カロリーを摂取したのにも関わらずいつも通りの量の食事を食べているのだ。容器は可愛いから取っておくらしく洗って乾かしてある。

 

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさま」

「寝るにはまだ早いわね」

「食べて直ぐ寝るなよ」

「じゃあ作戦会議しましょう」

「作戦会議?何の」

「トヒのスキルよ。私にあってトヒにないわけないのよ。アマノさんも言ってたじゃない」

「あー」

「せめて私のスキルを受けられるくらいのものを考えないとね」

 

 アマノの説明が終わったあともう一度映像を見直したのだが、これがもうなかなかのもので、画面を操作すると見たいところが見たい距離で見たい角度から見れるのだ。巷には360度カメラというものがあるらしいが、カメラの映像を見ているというよりも自分の手の上で掌サイズの物を観察しているような気分だった。そこで見たミワのスキル…指から放たれた見えないエネルギーの塊。アマノはイメージだと言っていたが、どんなイメージをしたらあんなのが出せるんだ。取り敢えず食事の後片付けをする。その間にミワが布団を敷いてノートと鉛筆を用意する。やる気があるのは結構なことだが、熱しやすく冷めやすい性格のミワ。飽きが早くに回ってこないかが心配だ。

 

「それでは、第一回『トヒの必殺技を考える作戦会議』を始めます。拍手」

「必殺なのか」

「拍手!」

「わーぱちぱち」

「はあい!という訳なんだけど、何かない?」

「丸投げかよ」

「私が考えてもいいんだけど、それじゃあトヒのものにならないでしょ。それにイメージが大事だってアマノさん言ってたじゃない。自分で考えないとイメージもしにくいでしょ」

「んー、道理だな」

「まあいきなり何もなしでやれっていうのも無茶な話だと思ったからこそ、これがこうしてある訳で」

「お絵描きでもするのか?」

「中らずと雖も遠からずね。文字を書くのよ」

「普通だった」

「そりゃ筆記用具なんだから…」

「まあそうか。で、何を書くんだ?」

「思いついた必殺技の技名、効果を書いていくの。イメージ図なんてのもあるといいわね。後はイメージを固めていって練習あるのみよ」

「ふーん…ミワもやるのか?」

「あ、いや、私は」

「ん?」

 

 急に尻込みをするミワ。これは何かあるやつだ。少し遊んでやろう。

 

「人にやらせといて自分はしないのか?」

「なんと言うか…ほら、私は既にあるし」

「何もスキルは一つしか使えないって決まったもんじゃないだろう?一緒に考えようじゃないか」

「それは…それはトヒ用のやつだから、私はいいのよ」

「ミワ用のがあるのか」

「え?いや、まあ、うん…」

「見せて欲しいなあ。参考になるだろうなあ」

「そんな…他人様に見せるようなものじゃ…」

「えーと…『こんでんえいねんしざいほう?』だっけ」

「やっぱりそれだったのね…」

 

 どうやらミワ。前々からこういうことを考えてノートにまとめていたらしい。14歳の少年少女の罹患率100%の病に今も尚侵されているようだ。

 

「親にも見せたことないのに…」

「親が見たら泣くだろ。さ、もうバレてるんだから見せろよ」

「いや…まだよ…まだ全部がバレたわけじゃないわ!絶対に見つからないところに隠してあるもん!」

「めんどくさいなあ…」

 

 この後に及んで何を言っているのか。隠すも何も家主を差し置いてそんなことができるわけがない。内見の際に全ての部屋は細かく確認しているし、家具も実家で使っていたものをそのまま持ち込んだ。この勝負、負ける気がしない。

 

「取り敢えずここからいくか…」

 

 木を隠すならということで、文庫本なら縦三段奥二列入れることができる本棚と雑誌系が縦に二段入る本棚。B5のノートを文庫本に紛れ込ませることは難しいだろう。雑誌は殆ど買わないが昔に使っていた大きさバラバラの教科書が並んでいるので、隠すならこっちは隠しがいがありそうだ。まあ、ノートがB5ではない可能性もあるが、さっきミワが持ってきたノートはB5だしそのときはそのときだ。

 

「一応提案なんだが、時間かかるし無かったら無いって先に言ってくれないか?」

「言うわけないでしょ」

「だよな」

 

 結果はハズレ。一冊一冊取り出して中も調べたがそれらしいものはなかった。ミワも「懐かしいわねー」なんて言いながら一緒に見ていたのでそんな気はしていたが。

 

「諦めなさいよ。見つかりっこないんだから」

「いやなに、この際断捨離でもしようと思ってな。全部ひっくり返す覚悟だ」

「そこまでのものでもないでしょ…」

「まあ言う気がないなら黙って見てろ。今日中に片を付ける」

「ま、精々頑張りなさい」

 

 クローゼットに食器棚、お飾りの鏡台、風呂場の天井裏に至るまで全てを調べたが見つからない。風呂場に行ったときなどミワから「流石にそこには隠さないわよ」と言ってきた。

 

「もういいでしょ?無理よ。私しか知らないところに隠したんだから」

「あ、わかったぞ」

「え?」

「ここだな」

「化粧台はさっき見たじゃない」

「ちょっと忘れてるところがあってな」

 

 一番下の引き出しを全開。途中で止まるので全部出すことはできないが、構造的にちょっとした空間ができる部分がある。それこそちょうどノート一冊分くらいの。

 

「あった」

「…」

「普通のノートだな。もっと禍々しいと思ってた」

「なんでわかったの…」

「わざわざ教えてくれたんじゃないか」

「何も言って…あ」

 

 この鏡台も実家から持ってきたものだ。幼い頃は化粧などしないのでただの小物入れとして使っていた。聞いた話だと誕生祝いに遠戚がくれたものだとか。因みにその人とは会ったことはない。

 

「昔、誰にも見つからないところがあるのって得意げに教えてくれたよなあ?」

「数年前に掘った穴に今更はまるとは思わなかったわ…いいわよ、煮るなり焼くなり好きにしなさい」

「そんなことしたら読めないだろ。ほら、自分で見せれるとこだけ見せろ」

「え?見ないの?」

「人の黒歴史なんか見たくないわ」

「くっ…これが蛇の生殺しってやつなのね…わかったわよ…」

 

 とうとう観念したのか素直にページをめくりこちらに向ける。

 

「技名『墾田永年私財砲』効果『何か響きがかっこいい。相手は死ぬ』こんなの人に向けて撃ってたのか」

「その節はよくぞご無事で…」

「技名『大火の海神』効果『海で大火事って何か面白い。相手は死ぬ』どちらかと言えば火事場に海神が居そうだけど」

「冷静に考察しないでくれるかしら」

「技名『十七乗拳法』効果『君が!泣くまで!殴るのを!やめない!相手は!』高橋名人もびっくりだ」

「久しぶりに聞いたわよその名前」

「一番何するかわかりやすい技だったと思います」

「だから冷静に講評するのやめなさいよ」

「相手は…何なんだ?」

「あ、多分書き忘れね…ちょっと貸して」

「死ぬんだ」

「必殺技だもの」

 

 そういうものなのだろうか。

 

「じゃあ1つずつ披露してもらおうか」

「へ?」

「何呆けた顔してんだ」

「なんでそうなるのよ」

「イメージが大事なんだろう?実際に見たらイメージも湧くだろうなあ」

「胸元を見やがって…」

「足だろ」

「仕方ないわね。毒を食らわば、よ」

「なんか悪いことしたのか…?」

 

 ミワのこうげき!

 

「『墾田永年私財砲』!!」

 

 しかし なにもおこらない

 

「『大火の海神』!!」

 

 しかし なにもおこらない

 

「『十七乗拳法』!!」

 

 しかし なにもおこらない

 

「もうお嫁にいけないわ…」

「なんの参考にもならんな」

「酷い!」

「まあぼちぼちと考えとくよ」

「今日はもう寝るわ…おやすみ…」

「見られたくなかったらそのノートどっかにしまっとけよ」

「どこにしまえってのよ…」

「んなもん知るか。見えなきゃわざわざ探さんさ」

「お腹入れとこ…」

 

 寝間着をまくってノートを腹にあて裾をパンツに入れるミワ。小学生の体操着みたいな格好で布団に入ると頭まですっぽり被ってしまった。明日の用意をして隣に寝転んだころには既に寝息をたてて寝てしまっていたのだが。

 翌朝、いつもの時間に起きて隣を見るとミワは腹を出して寝ていた。なかなか残念なやつだとは思いつつもノートには触れず布団から抜け出す。今日は特に何も聞いていないので仕事に行くつもりだ。支度をして昨日買っておいた朝御飯を食べていると匂いにつられたのかミワも起き出してきた。

 

「おはよ…ごはん…」

「まず顔を洗ってこい」

「どうせまたすぐ寝るし…あれ?トヒ仕事行くの?」

「なんかあったか?」

「別に。行ってらっしゃい、気を付けてね」

「ああ、そういえば、お前も気を付けろよ、それ」

「それ?……あれ、なんで…」

「寝てる間に足でも生えたんだろう」

「…見た?」

「見んわ」

 

「じゃあ、行ってくる」

「……」

「はあ」

 

 久しぶりの出勤。いや、一昨日は夜遅くまで居たし昨日も一応来ているので大して久しぶりでもないのだが、昨日一日が濃すぎた。社務所に荷物を放り込むと裏手に回って物置からホウキを取り出す。巫女の仕事といえば境内の落ち葉掃きである。毎日掃除はしているのでそこまでゴミは落ちていないが、この季節、山に囲まれた境内には一晩で小さな山ができる程度は葉っぱが落ちている。ある程度ブロックにわけて山を作りチリトリで回収していく。掃き掃除が終わる頃には他の職員も続々と出勤してくる。その中には当然同僚の巫女も居るわけで。

 

「おはよう、我が妹よ」

「おはようございます、トヨ様」

「おはよう、我が妹よ」

「おはようございます、トヨ様」

「おはよう、我が妹よ」

「おはようございます、トヨ様」

「なんでトヨ姉って言ってくれんのよ!」

 

 この姉、いつまでも妹にベッタリなのだ。

 

「奉職中ですので」

「ウチはまだ違うもん」

「こちらは1時間ほど前から既に」

「もう!昨日のトヒの仕事、誰がやったと思ってるのよ!」

「はて…思い当たる節が…」

「ウチよ、ウチ」

「ホウキを逆さまに仕舞う人なんて全く思い当たりませんね」

「え、またやってた?」

「はあ…やってましたよ」

「マジか〜」

「まあ、忙しいトヨ様のお手を煩わせてしまったのは確かです。ありがとうございました」

「その種を撒いたのはウチらやけどね」

「全くですよ…そろそろ朝礼です。行きましょう」

「いっけなーい、遅刻遅刻~」

「そのパン何処から出てきたんですか!パンくずが溢れてるので咥えるだけにして下さい!」

 

 普段は普通の人なのだが、家族の前ではどうしてもこういった残念キャラになってしまう、難儀な人なのである。

 朝礼といっても1日の流れを確認する程度なので5分もかからない。朝礼が終わると各自それぞれの仕事を始める。巫女にもそれぞれの仕事があり、トヨは拝殿で神主の補助をしている。巫女とはいえ所詮は雇われの身。しっかり働かなければならない。

 午前中は石段を登りきったところにある小さな小屋で参拝客の相手をするのが主な仕事である。案内はもちろん、おみくじ御守り、御朱印の授与や祈祷の受付をしたりと色々ある。しかし繁忙期でもなければ朝早くから来る参拝客も稀である。というわけでこの時間はもっぱら内職の時間である。来るべきときに備えて御守りや関連アクセサリを用意せねばならないのだ。巫女になる前からやっていたのでこれくらいは眼を瞑っていてもできる。

 

「いった!」

 

 流石に眼は開けていないと危ない。

 昼前になるとトヨが詰めていた拝殿からご飯を食べにやってくる。

 

「つっかれた〜お腹空いた~疲れた…」

「まだ半日ですよ。しっかりして下さい」

「いやあ…体力はまだまだ大丈夫やねんけど、精神力がもたんわ…ウチもまだまだよ…」

「お昼、しっかり食べて下さいよ。指導中に体力まで尽きてしまっては元も子もないですからね」

「何言われるかわかんないかんな…」

 

 トヨは昼ごはんを一緒に食べるために来たのではない。昼時といっても来る参拝客はいるかもしれない。受付を閉めるわけにもいかないため時間をずらしているのだ。トヨが食べ終わったので受付を交代する。お昼の時間だ。

 

「なにそれ」

「何って…昼ごはんだが」

 

 トヨたっての希望で休憩時間は姉妹の関係での会話になる。家を出てからは姉妹でゆっくり話せるのも今となってはこの時間のみになってしまった。

 

「そういうことじゃなくて」

「笊蕎麦だよ」

「それもわかるけどさ」

「昨日、安かったんだよ」

「何玉買ったのさ」

「6玉」

「相変わらず好きやな…でもそれだけでどうやって食べんのよ」

「職場の冷蔵庫に弁当と飲みものしか入っていないとでも?」

「麺つゆ…麦茶じゃなかったんねそれ」

「薬味もあるぞ」

「まあここはほぼウチらしか使わんからいいけど。音立てて食べんといてよ」

「心得ているさ」

 

 受付に座ったトヨも慣れた手つきで内職を始める。期日までにノルマをクリア出来なければ家族総出で夜を徹して作ることになるのでここでサボろうとは思わない。

 

「いやーでもさ、ミワちゃんが神様になっちゃったらトヒもどっか行っちゃうんでしょ?1人でここに座って1人でご飯食べて…なんかさみしなあー」

「仕方ないだろ。今まで何年も巫女がやってきたことを急に別の誰かがやるってわけにもいかないんだ」

「そりゃそうなんやろうけど」

「それに今日明日ってわけでもないんだ。そもそもミワが神様になるってわけじゃない」

「昨日あんだけ言っといて…」

「今思うと何もできることがないんだよな。おかんにまんまと乗せられたよ。若気の至りってやつだ」

「あの頃は若かった…」

「そう言わなくていいように努力するさ」

 

 最後の一口を飲み込むとつゆを一気に飲み干す。ワサビのツンとしたのが鼻を通る。これがいいのだがトヨはそれを見て顔をしかめる。七味などは山盛りかけるくせにワサビの辛さは無理らしい。あまりそういうのは使わずに料理そのものの味を楽しむのだがワサビは別である。薬味と追加調味料を一緒にしてはいけない。




投稿開始時点で数本用意していたんですがストックが切れていました。投稿しようと思ったら半分くらいしか文字数がなくて急いで転記しました……果たしてこのままのペースで大丈夫なのか。


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家庭訪問


調子乗りました。



 食後しばらくして休憩時間が終わった。間もなく巫女長もやってきたあめトヨは指導を受けに行った。トヨの指導が終わったら自分の番なのだがそれまでは午前の続きをする。今日はもう午後に祈祷の予約も入っていないので一般参拝者が来ればそのとき対応すればいい。狭い受付よりかは広い、先程食事していた場所でそのまま作業に入る。

 黙々と作業をしていると視界の隅にひょこひょことする何かを捉えた。家族連れの参拝客で子供だけ先に来たのだろうか。ここは子供の期待に応えるべく最高の巫女スマイルで…。

 

「アマノさん?」

「やあ、トヒ君」

「どうしてここに?」

「ちょっと伝えたいことがあってね」

「よくここがわかりましたね」

「いや最初はね、ミワ君の自宅に行ったんだけどね、今はトヒ君と暮らしてるって言うじゃないか。だからトヒ君の家まで行ったんだよ。でも留守みたいでね。そこで、トヒ君が巫女をしてるって言ってたからここまで来たのさ」

「なるほど」

 

 ミワが外出しているとも思わないが居留守を使う必要もないのでおそらく寝てたのだろう。いつまで寝てやがる。

 

「まあここらで神社っていえばここくらいですからね。でも、メールか何かで良かったのでは?」

「最近、神都から出てなかったからね。見聞を兼ねた出張さ。そうすると昼食代も経費で落とせる」

「我々の税金はこうして消費されるわけですか…」

「あ、いや、まあ、そう、なのかな…ハハ…でもね、メールだと一方向の伝達になっちゃうからね!なるべく会って話したかったのさ」

「はあ…窓越しもなんですし取り敢えずお入りください。裏に扉がありますので」

「失礼するよ」

 

 内側からオートロックを外しアマノを招き入れる。普通は客を迎え入れるところではないため勿論客用のスペースなどない。受付と食事する場所しかないので一旦受付を閉め、アマノを向かいに座らせる。

 

「それで…どのようなお話でしょうか」

「適性検査…もとい採用試験の詳細をね。昨日あれから色々と調整していてね。まあ、やること自体に変更はないから一足先に説明しておこうと思ったんだ」

「なるほど」

「まず日程なんだが、トヒ君がまとめて休みを取れる日はあるかい?出来るだけ融通しようと思っている」

「急には難しいと思いますが調整は可能かと」

「よし。そちらは決まったら教えてくれ。次にこれを渡しておこう」

「これは?」

 

 アマノがそれなりの厚さの紙の束を取り出す。一番上には設定資料集と書かれている。ゲームか何かの特典みたいだ。

 

「向こうの世界での君たち立ち位置やら、こういう設定ですよということが書いてある。もちろん向こうの住民には既に刷り込まれている」

「なるほど」

「ぶっちゃけるとあまりにも突拍子がないことをされて世界が変な方向に進まないようにある程度の方針を示したようなものだね」

「ぶっちゃけましたね」

「もう一度創り直すのも大変なんだよ」

「はあ…」

「ただでさえ少ない予算の中でやりくりしているのに周りからは無駄金なんて言われてるんだから」

「大変ですね…」

「そもそも彼らが我儘を言わないで新しいモノも担当してくれれば何の問題もないのに。そこについては誰も何も言わないんだよ?どうしろって言うんだよ」

「疲れてます?」

「はっ…すまない。忘れてくれたまえ」

「善処しますけど」

 

 昨日も聞いた嘆きの文言なのであまり深くは突っ込まないようにする。アマノも切り替えて口を開く。

 

「一応おおまかに説明しておくよ。君達には向こうの世界では"神見習い"と"巫女見習い"として振舞ってもらう。向こうでは若者がそうやって旅をするものがいるということは当たり前、つまり常識となっている。そういう設定になっていると思ってもらって構わない。そこで君達がやることは各地を回って都合良く降り掛かってくる問題を解決していくことだ。つまりそれが試練ということになる。それらへの対処の仕方を我々が見て判断する。評価基準は当然教えられないがね」

「はあ…」

「そして今回一番重要なのがこれだ」

 

 そう言ってアマノが二枚の紙を新たに取り出す。別にファイリングされているのでそこそこ重要な書類なのだろう。

 

「誓約書ですか?」

「そう。しかしこれを書くこと自体は正直そこまで重要じゃない。問題は中身だ。こんなものは免罪符でしかない」

「同意を得てやったことなんだから後から文句を言うなよ?っていうことですか」

「そういうこと。そして別紙同意書がこれだ」

「秘密保持ですか。思ったより普通ですね」

「ここが肝でね。意識転送に関わること全てが対象になっている。向こうの世界で起きたことなんかも全てね」

「まあ理解出来ますね…しかしそこまで問題ではないような気がしますけど」

「まだ言ってないことがあるからね」

「え?」

「言ってもトヒ君からミワ君に伝えることが出来ないだろう。今さっきの同意書と誓約書があるからね。そしてまだ書いてもらってないトヒ君に言うわけにもいかないのさ」

「なるほど」

「因みに昨日帰ってから誰かに話したかい?」

「まさか」

「なら良かった」

 

 やはり高天原の仕事だから一筋縄ではいかないのだろうな、と適当に理解したトヒ。

 

「という訳で実際に来なければならなかったというところがある。それだけで来てもらうのも悪いからね」

「そうならそうと…」

「うん、忘れてた。いやー、ここの前の定食屋で食べたそうめんとテンプラが美味しくてね。すっかり観光気分になってたよ」

「ええ…」

 

 というかこの人、昨日蕎麦を食べて今日はそうめんを食べてるのか。二日連続蕎麦を食べている自分を棚に上げてアマノを見る。

 

「こんなところかな?質問はあるかい?」

「最初のまとまった休みは何故必要なんですか?」

「うーん…そうだね。トヒ君はRPG系のゲームはしたことあるかい?」

「少しですが」

 

 ミワが協力プレイとやらをしたいからやってくれというのでやったくらいだが。

 

「いくつもあるクエストを一日で終わらせられると思うかい?」

「ああ、なるほど」

「期間中の宿泊施設はこちらで用意するし、その間の補償もしっかりさせてもらうつもりだ」

「えらく高待遇ですね」

「昨日も言ったようにこちらもみすみす君達を逃す訳にはいかないんだよ」

「大変ですね…」

「大変だよ…」

 

 目が遠くなるアマノ。2回も学習したのでこの目がアマノのストレス放出モードになったと悟り話題を無理矢理かえる。さっきみたいに危ない愚痴を垂れ流されても困る。

 

「ミワにはいつ話を?」

「今日するつもりだよ」

「では今からもう一度?」

「いや、トヒ君が終わるまでここで待ってるよ」

「え?」

「ミワ君がまた留守だったら待ってる場所がないじゃないか。またこっちに戻ってくるのも面倒だし」

「ああ…ではこちらではなく来客用の部屋に」

「いやいや、気を遣わなくていいよ。それに社殿に近付くと面倒だ」

 

 こちらが気を遣うのになと思ったが、向こうでアマノの相手をしているとこちらに誰も居なくなる。だからと言って他のものに自分の客を放っておいて仕事をするのも気が引ける。

 

「そういうならまあ…」

「トヒ君も気にしないで仕事を続けて貰って構わないよ」

「そうします」

「じゃあ失礼して…」

 

 おもむろにゲーム機を取り出して普通に遊び始めるアマノ。職務怠慢ではなかろうか?気にしても仕方ないので再び受付を開けて作業を続ける。

 しばらくするとトヨが戻ってきた。指導が終わったのだろう。

 

「ただいま〜あれ?トヒの友達?」

「失礼ですよ。お客様です。アマノさん、こちら巫女のトヨです」

「あ、失礼しました…トヨです…巫女やってます…」

「アマノです。トヒ君のお姉さんかな?」

「はい、そうです…ま、まあごゆっくり…トヒ、ちょっと」

 

 アマノを置いて二人で外に出る。

 

「まさかお客さんがゲームやってると思わんでしょ!誰よあれ」

「アマノさんですよ」

「そりゃ聞いたわ。そこじゃないんよ」

「高天原から来た今回の件の担当者の方ですよ」

「高天原?マジで?」

「マジです」

「なんでこんなとこに…」

「ミワが居なかったらしいです」

「そんでわざわざここに来たって…高天原の人って暇なんか?」

「失礼ですよ」

「せやかて」

 

 コメカミを軽く押さえるトヨ。いやこっちも思ってない訳では無い。

 

「せや。トヒ、今日から指導は無しってさ。巫女長が伝えといてって」

「え?」

「トヒがいない間は私がトヒの代わりをしなくちゃねえ…とか言うてたし、そろそろこっちくるんとちゃうかな」

「そんなカオスなこと…」

「ウチもそう思う」

 

 トヨだけでもめんどくさいことになっているのに巫女長まで来てしまっては更にめんどくさいことになりかねない。そもそも4人も居れるスペースがない。

 

「巫女長様が来る前にこちらが先手を打ちましょう」

「どないすんの」

「帰ります」

「は?」

「この後の指導がないのなら最悪帰ってしまっても差程問題はありませんからね。夕方の掃除はトヨ様にお願いします」

「なんでウチが…」

「取り敢えず巫女長様に話を付けてくるのでトヨ様はアマノさんに事情を説明して先に出ていてもらって下さい」

「事情って…なんて言えばええんよ」

「トヒは今荷物を取りに行ってるから先に行って待ってて下さいとでも言えばいいですよ。どうせ社務所へ行くのですから嘘ではないです」

「まあええやろ。任しとけ」

「では本日は早退させて頂きます」

「行ってよし」

 

 アマノをトヨに託し、巫女長を抑えるため社務所へ走る。

 

「巫女長はいらっしゃいますか!」

「あれ、デジャヴ?」

「ちょっと今日は早退します。後のことはトヨ様にお願いしてあります」

「あ、うん。えっと、まだ戻られてはないかな」

「そうですか!ありがとうございます!ではお疲れ様でした!」

「ばいば〜い」

 

 業務内容が殆ど違うので特に迷惑がかかることはないが一応社務所に詰めている職員にも早退の旨を伝えると、荷物を持って社殿へ向かう。そしてノロノロとこちらに歩いてくる巫女長を捕らえた。

 

「あらトヒ。トヨから聞いてない?今日から指導は無しよ」

「聞いてます!ですので!お客様が来られてるので!今日は早退させて頂きます!では!」

「え?あ、うん。気を付けてね?」

 

 後はアマノと合流して家に帰るだけである。我ながら中々上手くいったものである。受付をチラ見するとトヨが手を振っていたので手を振り返した。こちらも上手くいったようだ。

 アマノはのんびりと石段の半分程を降りていた。後ろから見ると小柄なアマノがリュックサックを背負っているので遠足か何かの小学生にしか見えなかった。

 

「アマノさん。失礼しました…急にこんなこと」

「いやいや、こちらもここの巫女長と会うと面倒なことになりそうだからね…」

「母をご存じなんですか?」

「まあそれなりにね。伊達に長く高天原で働いてないよ」

「そうなんですか」

「じゃあ帰ろうか。いや、私が帰ると言うのもおかしいかな」

「そう言えば歩いて来られたんですか?」

「え、うん」

「結構な距離なのに…」

「その、経費がね…」

「あー…すみません」

「いや、いいんだ。いいんだよ…」

 

 地雷を踏んだようだ。昔は実家と神社の往復は辛かったのだが、何年も歩いていると次第に慣れてきた。今の家は少し街の中心部よりにあるので更に少し遠いところにある。自転車もありなのだが神社には残念ながら駐輪場がない。駐車場はあるのに。

 

「ミワ君はトヒ君と暮らしてるんだね。住所通りに家に言ったらお母上がお出になってね」

「そうなんですよ。包み隠さずに言いますと今ミワは勘当一歩手前です」

「あらま。それじゃあ、こちらが送付した案内はどうやって?」

「ミワの父がうたの母に頼んだようで、それを姉がうちに投函したようです。何も知らないミワはまんまと引っかかったわけですが。それを知ったのも昨日帰ってからの話です」

「だからトヒ君は全く知らなかったんだ」

「そうですね。その案内というのも見せられたのはポスター一枚だったので詐欺じゃないかと思いましたよ…それすら見たのは既に申し込みをされた後ですが」

「はは、詐欺か。説明も無しにあれを見たらそう思うのかな。考えようだね」

 

 アマノが手帳にちょこちょことメモを取る。帰ってから指示でも出すんだろう。

 

「そういえばトヒ君はどうして一人暮らしを?」

「姉がそろそろ結婚の時期でして」

「うん」

「代々巫女の家系なので長女は外から婿を取るんですよ。その人用の部屋がないとかで」

「なるほど」

「まあそれは建前で姉の他に若い娘が居ては何かと都合が悪いんですよ」

「ない話ではないねえ」

「今は悠々と暮らしているのでそっちの方が良かったのかも知れませんけどね」

 

 家に近づくとアマノに少し片付けをするからと言って先に家に戻った。流石に生活感丸出しの部屋に客をあげるわけにもいかないし、何より居るであろうミワのだらけきった姿をアマノに見せるわけにいかなかった。

 

「ただいま。ミワ、起きてるか?」

「あれ、トヒ?早いわね。おかえり」

 

 まずは起きていて良かった。しかし寝巻きのまま布団に寝転がって本を呼んでいる。こいつ起きてからご飯も食べずにいるな。

 

「居たんなら居留守なんてするなよ…」

「居留守?昼まで寝てたから知らないわね」

「取り敢えず着替えてくれ。アマノさんがいらっしゃるんだ」

「え、急ね…いつ来られるの?」

「もうそこまで来てる。早くしろ」

「え!無理よそんなの。これ着るのにどれだけ掛かると思ってるのよ」

「綺麗めの部屋着くらいあるだろう!片付けはやるからお前は自分だけに集中しろ!」

 

 一方のアマノは既に玄関先まで来ていたのだが、扉の向こうからの叫びを聞いて一旦引き返したのだった。相手を気遣うのもまたアマノの仕事である。

 

「お待たせしました…」

「いやいや、急に押しかけたのはこちらだからね」

「どうぞお上がりください」

「お邪魔するよ」

「こんにちは、アマノさん」

「ミワ君、昨日ぶりだね」

「わざわざ来ていただいてありがとうございます。どうぞお座りください」

「何、こっちの都合さ。今日は少し会って話したいことがあってね」

「そうなんですね」

「粗茶ですが…」

「ありがとう」

 

 ちゃぶ台を囲んで三人で膝を突き合わせた。椅子とテーブルもあるが椅子が二脚しかないのだ。

 

「それでどういったお話でしょう?」

「トヒ君に大体は話してあるからその辺はトヒ君から聞いてくれ。一応、ミワ君にもこれを渡しておくよ」

 

 例の設定資料集を出すアマノ。

 

「そしていきなりだが本題だ。まずはこれを二人に書いて欲しい」

 

 そして誓約書と同意書を取り出し二人に渡す。トヒはボールペンを持ってきた。

 

「同意書ですか。それと誓約書…結構しっかりしてるんですね…」

「まあね」

「じゃあトヒ、ペン貸して」

「待て待て待て待て」

「何よ?」

「何よじゃない。何に対して同意するか聞いてないだろ」

「え?どういうこと?」

「相手を疑うことを知らな過ぎやしないかい?」

「え、私騙されてるんですか?」

「いや違う違う」

 

 怪しい書類でも名前を書いてくれと言われたらホイホイ書いてしまいそうなミワ。アマノが来たとき寝ていてくれて良かったと心底思う。

 

「ちゃんと話を聞いてからサインしないと」

「でもどうせサインするんだから同じことじゃないんですか?」

「そんなことしたら後からどんな条件吹っ掛けられても文句言えないぞ?」

「まあ今回はそんなことはないんだけどね。これから生きていく上でそこはちゃんとした方がいいよ」

「うーん…」

「いつか詐欺に引っ掛かりそうだな」

「そうだねー」

 

 理解していないようなミワを見て半ば諦めた様子のアマノ。箱入り娘はこうして社会の荒波に揉まれていくのだろう。因みにミワは自由奔放に育てられたのでただ常識が足りないだけであるが。

 

「という訳だから先に話を聞いてもらうよ」

「はい」

「お願いします」

「トヒ君にはもう言ったんだけど、今回はいくつか試練を用意している。当然これを一日でクリアすることは不可能だろう。そこで君達には数日間、こちらの用意した施設で生活してもらう」

「はあ」

 

 ここまではトヒも既に聞いている内容である。おそらくアマノはこの先が秘密保持の秘密の部分になるのだろう。

 

「しかしだ。昨日君達も体験したように向こうではこちらと同じように時間が流れている。そして試練というものは各地でおこる。東奔西走南船北馬、移動の手段は問わないがこちらの実世界のような転移装置などはないし、車のような超高速に移動出来る手段なんかもない。つまり、非常に時間がかかる」

「そのためにまとまった期間を用意するのでは?」

「この国を北から南まで歩いて移動しようとしたら何日かかるか知ってるかい?」

「一ヶ月くらいかしら…?」

「100日だ」

「そんなに…」

「それも食べて寝る以外は歩き続けての日数だ。移動というものは思ったより時間のかかるものなんだよ」

「流石にそれだけの休みを取るのは難しいかもしれませんね…もし受からなかった場合のリスクが大き過ぎます」

「私は別に構わないけど…」

「鼻からミワの都合は気にしてない」

「酷い!」

 

 流石に3ヶ月も留守にするのは気が引ける。いや実際3ヶ月もかかるかどうかはわからないが、アマノの口振りではそれ以上かかることを予想しているのだろう。

 

「そこでだ。我々の研究の成果と言うべきものが、向こうでの時の流れを操作することなんだ」

「時の流れ?」

「そう。ミワ君、一日は何時間だい?」

「24時間ですよね?」

「そう。これがこの世界での時の流れだ。そして昨日君達が体験したあちらの世界での5分間。それもこちらの世界での5分間と同じだ」

「それを操作するんですか」

「そういうこと。あちらの5分をこちらの1分、つまり5倍の速さの流れにしたとすればどうだろう。こちらのでの一日はあちらでの五日分。逆にあちらでの一ヶ月はこちらでは一週間足らずで過ぎていくんだ」

「そうすることで試練の期間を減らすことなくこちらでの時間を節約出来るということですか」

「まあそうかな」

「どういうこと??」

 

 なんとなく…なんとなくだが理解は出来た。ゲーム内時間とリアルタイムが違うのはよくある事だ。

 

「ミワが一日中ゴロゴロしながらゲームをしていたとしよう」

「例えが現実的ね」

「ミワのやっているゲームは宿屋に泊まると一つ日が進むとしよう」

「どこかで聞いた事あるわね」

「ミワはゲームしている間に何回宿屋に泊まるだろう?」

「そりゃ街に入る度宿屋に泊まるわよ」

「そんな感じだ」

「益々わかんないわね…」

 

 個人的には言い得て妙なのだが。

 

「でも、確かに出来ればすごいですけど誓約書まで書くほどものなんですか?あちらの世界に行かなければそんなに関係ないものだと思うんですが」

「そう。向こうに行っていない者にはなんの影響もないし関係のない話だ。しかし行った者にとっては結構重大なことでね」

「そんなにですか?」

「転送するのは意識だけだ。肉体の方は依然としてこちら側にある。向こうの世界で過ごし得た情報は意識をこちらに戻したときに肉体の方へ共有される。そんな中、時の流れを操作した世界で通常の何倍もの情報量を持った意識が戻ってくることになる。脳からしたら1日の仕事を終えて寝てるのに起きたら数日分の仕事が溜まってたようなもんだ。私も似たような経験がないわけでもないけどね」

「脳がパンクする…ってことですか?」

「私は既にパンクしそうよ」

「我々の見解ではその程度であれば十分耐えうるという判断なのだけどね。ヒトの脳の機能は200年以上持つとも言われている。まあ、200年生きた人間がいないから真相は定かではないけどね。200年生きる前に身体の方が限界を迎えてしまうから誰も試しようがない」

「一応安全ではあるが何かあったときの責任は負わない。文句があっても秘密保持の同意と誓約があるから外部に訴えることも出来ない…ということですか」

「そうだね。そしてこうして説明した上で君達に今回受けてもらうかの判断を委ねている」

「実用の前に検証はしなかったんですか?」

「まあ、一応したよ。でも人間で実験する訳にもいかなくてね」

「じゃあ、何で…」

「我々が被検体となったよ。15倍までは何の問題もなかった。20倍くらいから少し酔った気がすると言うものが出てきたくらいかな」

「え!アマノさんって人間じゃないんですか?」

「え、うん。言ってなかったかな?」

「言ってた?」

「聞いてないが…なんとなくそんな気はしてた」

「高天原にいるのは全て神だよ。それは私も例外じゃないさ」

「工エェェェエ工」

 

 愚痴をこぼすアマノの言葉の節々から有力な神々と対等な力関係にあるとは思っていたが、本人…本神?から直接聞くまでは人間のエラい人かもしれないと思っていたりしていた。見るからに子供のなりをしているのに高天原にいる時点で気づいても良かったのかもしれないが。

 

「ね、ねえ、トヒ。私、何か失礼なことしてないかしら…」

「ん?さあ?胸に手を当ててみればいいだろう?」

「覚えはないけど何かある気がするわ!」

「こちらは何もないがな」

 

 自分で地雷を踏んでしまった。

 

「まあまあ、こちらとしては今まで通りに接してくれるとありがたいかな。ほら、広い意味で遠い親戚って感じだし」

「え、えぇ…」

「流石にそれは無茶なのでは…」

 

 完全に恐縮してしまっているミワ。目の前に居るのが神様だと聞いてしまってはそうなるのも仕方ない。驚きはしたがアマノの行動を見ているとそれなら都合がつくなあ程度の感想しか持たなかった。しかし、もっと敬うべきなのだろうか?実感が湧かない。

 

「ほらミワ。お前も神様になるんだから。今まで普通に接してた人に急に接し方を変えられると落ち込むだろう」

「そうだよミワ君。神様になったら先輩後輩だ。仲良くやろうよ」

「そ、そんな…わ、私はただの人間ですぅ…この歳にもなって何の生産性のないクズですぅ…」

「それは間違ってないが自覚があるならもう少し努力してくれ」

「うーん、今日は進まなそうだし、粗方話も終わったし帰るとするよ。同意書と誓約書についてはよく考えた上でサインしてくれ。もしやめる場合も気兼ねなく連絡をしてくれるといいよ。我々も若者の未来を邪魔することは出来ないからね。トヒ君、日程についてはメールで宜しく頼むよ」

「わかりました」

「じゃあミワ君。次会うのを楽しみにしているよ」

「はいぃ…」

「すみません…アマノさん」

「はは…じゃあお暇させてもらうよ。またね」

「はい、今日はわざわざありがとうございました」

「ましたぁ…」

 

 声を振り絞ってアマノを見送るミワ。これはしばらく戻りそうにないな。動かないミワを取り敢えず椅子に座らせアマノから貰った書類をまとめる。今までの話からすると意識の転送は神の御業というところなのだろう。何倍もの時の流れに神々が平気なのは脳に該当する部分がヒトのそれとは全く違っているからだろう。ただの人間であるミワと自分に耐えきれるのだろうか?命を落とすことは流石にないだろうが、ネジの一本や二本飛んでしまうかもしれない。うーん。

 

「なあミワ」

「……なにかしら」

「晩ごはんにするか」

「……そうね」

 

 考えても埒が明かない。取り敢えずごはんにしよう。ミワも朝から何も食べていないのだから腹が減っているだろう。

 

「何がいい?言ってもそんなにないが」

「……なんでもいいわ」

「じゃあ蕎麦で」

「…出来ればそれ以外がいいわね」

「カップ麺」

「麺類は外せないかしら」

「春雨」

「ほぼ麺じゃない!」

「こんにゃく」

「こんにゃくは…あったかしら?」

「糸こんにゃくを麺つゆで食べると美味しいぞ」

「却下よ!!」

「お腹にもいいのに」

「あーもう!私が用意するからトヒは待ってて!」

 

 おちおちへこんでもいられないミワが台所に立つ。そうして出来た晩ごはんは冷凍食品を三ツ星レストラン並の盛り付けで豪華にしたものだった。

 

「買い溜めしたやつ全部開けやがったな」

「私は悪くないもん」





切れ目がね、悪かったんですよね…


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準備段階

なんと第1部終了です。最早第0部ですね。



 晩ごはんを終えると実家に電話をする。ミワは先に風呂に入っている。

 

『はいもしもし〜巫女の家です』

「あ、もしもし、トヨ姉か。おかんいるか?」

『トヒか。チョイ待ち。おかーん!トヒから電話!』

「悪いな」

『アマノさんはもう帰ったん?』

「ああ、とっくに帰ったよ」

『早かったんな。あ、おかん。代わるで』

『もしもし?トヒ?どうしたのよ』

「おかん、まとまった休みが欲しいのですがどれくらい貰えますか」

『何よ急に…旅行でも行くの?』

「んなわけないでしょう。最低でも一ヶ月は欲しいのですが」

『まあいいわよ』

「いいんですか?」

『トヨの婚期が遅れるだけだしね』

『はうっ!』

「今後ろで何かがダメージを受けたような気が」

『そもそも遅れる婚期すらないのよねぇ』

『くはぁっ!』

「いつから貰えますか?」

『そうねぇ…決まりでは休みの申請は二週間前だけど』

「じゃあ二週間後から一ヶ月いただきます。延びるようでしたらその都度申請します」

『こっちのことはあまり気にしなくていいわよ。トヒのやってることは他の人にあんまり迷惑かかんないから』

「そう言われると何か釈然としませんが今はありがたく甘えさせてもらいます。では」

『は〜い』

 

 二週間、いつも以上に頑張らねばならない。あとはミワと相談してアマノさんに日程を伝えなければ。

 

「トヒ〜、お風呂空いたわよ〜」

「わかった」

「何なら今日も一緒に入ったげよっか?」

「水ぶっかけられたくなきゃ今すぐ出ろ」

「つれないわねえ」

 

 すっかり元の調子に戻ったミワである。

 風呂から上がるとミワが設定資料集を読んでいた。

 

「ねえトヒ〜」

「なんだ?」

「トヒは巫女見習いなのね」

「らしいな」

「巫女が巫女見習いってランクダウンしてない?」

「それに引き換え、お前はニートから神見習いだもんな。二階級以上特進だ」

「まだ死んでないわよ。何よ以上って」

 

 少し気にはなっていたが神でもないミワに巫女がつくのもおかしいだろう。いや、別にプライドとか自尊心とか、そういうのではない。決して。

 

「あ、後」

「なんだ?」

「どちらかが向こうで死んだらそこで終了だって」

「さらっと言ってくれるな」

「現実世界の肉体に影響はないらしいから取り敢えずは安心ね」

「肉体は、だろ。記憶は残るんだ。痛みも苦しみも恐怖も全部覚えてるんだぞ」

「じゃあ死ぬかもしれないって時はあっさりと死ぬようにしましょう」

「出来れば死にたくないんだが」

「まあそれに越したことはないわね」

 

 夜遅くまで資料集を熟読。次の休みにでも持っていけそうなものを買いに行くことになった。

 それからの二週間は毎晩資料集とにらめっこしながら必要なものを用意したり、必要な技術を身に付けたりの日々だった。ミワに至っては昼間も何やらやっているようで夜はぐっすりと寝ている。ついでにスキルとやらも一応毎日考えてはいる。

 そして遂に始まった長期休暇の一日目。再び神都にやって来た。大量の荷物を持って。

 

「準備はいいわね?」

「うむ」

「よし!」

 

 高天原につくとアマノが出迎えてくれた。二週間ぶりである。

 

「アマノさん、お久しぶりです」

「うん…久しぶり…その荷物は?」

「これからの旅に必要なものです」

「いや旅行じゃないんだから。それに全部持っていけるわけでもないんだよ?」

「ダメで元々ですよ」

「まあいいや…取り敢えず入ろうか。改めて説明することもあるしね」

 

 諦め半分のアマノに連れられ中に入る。以前アマノに高天原にいるのは全員神だということを聞かされているのでミワの様子が気になったが、当の本人はそこまで気にしていないようである。そしてこの前とは別の部屋に案内された。寝心地が良さそうなベッドや風呂とトイレが完全に別になっていたりと、高級なホテルさながらの設備だった。

 

「ここがしばらく君達に滞在してもらう部屋だよ。と言っても殆ど寝るだけなんだけどね」

「凄いですね」

「下手なホテルより全然いいわね…」

「本来は地方からの役人が泊まっていたり、我々が泊まり込みで仕事をするときに使う部屋だね。一度作ってしまえば外に宿をとるよりも安く抑えられる。経費だと思ったらどんどん使われちゃうからね。無駄な税金を使わずに済む。ルームサービスもある程度は使えるよ。今度試してみるといい」

「発案はアマノさんですか?」

「そうだよ。よくわかったね」

「まあ、なんとなく」

 

 相変わらず予算の方面で苦労しているらしい。大量の荷物を置いてこの前も使った会議室に移動する。新しい話と事前説明といったところだろう。

 

「まず前回からの進捗だが、ミワ君のスキルの修正…まあミワ君に限らずだが、所謂スキルというもの全てに何かしらの制限を掛けた。ミワ君ので言えば火力の制限だ。あの時のミワ君の記憶があやふやなのも膨大な力の消費によるものが原因と見ている」

「慣れないことするから…ってやつですね」

「そして二週間前君達と話してから我々でも検討してね。脳の負担軽減措置として仮想世界六日間につき一日間の休養日を設けることにした。休養日の間はこちらに戻ってきてもらい、出来るだけ外部からの情報を遮断して脳を休めてもらう。目安だから前後しても構わないし慣れてきたら周期を変えてくれてもいい。ただこちらにいる間も向こうの時間は流れているからそこは気をつけて欲しい」

「私達の存在が向こうの世界で一日消失するのね…」

「その間だけ時の流れを操作することは出来ないんですか?」

「それなんだけどね。参加者が君達だけならそれで構わないんだけど」

「つまり他に誰か居るんですか」

「この二週間で数組応募してきた。一般公募もしたからね。ああ、その際はトヒ君の意見を参考にあまり怪しくないようなやつにしたよ」

「はあ」

「という訳でね。いつになるかわからないけど準備が出来次第順に送っていくから、君達が居ない時だけ時の流れを操作するなんてことは出来ない」

「向こうで出会う可能性は?」

「十分、いや、十二分に有り得るね」

「なるほど」

 

 予想はしていた。アマノの言動からこんな大掛かりなことを何回もするはずはないのでやるなら同時だろうとは思っていたのだ。しかしライバルと鉢合わせしたとき……今はいいか。

 

「最後に我々との連絡手段だが、こちらの世界に戻りたいときはこれを使ってくれ」

「ネックレス?」

「現代的にいうとそうだね。これは装身具。五つの勾玉のうち真ん中の翡翠の勾玉に手を当てて念じると次の瞬間にはこちらの世界だ」

「綺麗ねえ…」

「あまり外から見えないものの方がいいんですが」

「一応他のもあるけど、装身具だからねぇ。基本は見せるためのものだから全く見えないというのは難しいが、指輪なんかだと目立ちにくいし、腕輪なら服装によっては見えないかもね」

「私はネックレスがいいんだけど…」

「一人一つですか?」

「え、まあ欲しかったらあげるよ。大したものでもないからね」

「では腕輪にします」

「別にいいけど…重いよ?」

「ま、まあ何とかします…」

「これは左右の腕輪をチンとつけて念じるとあら不思議、元の世界に戻って来ます」

 

 神楽鈴で手首は割と鍛えているつもりなのである程度なら大丈夫だろう。

 

「とまあこんな感じだ。質問はあるかい?」

「時の流れは実世界に比べて何倍なんでしょうか」

「8倍くらいが妥当じゃないかと考えている」

「一日3時間、六日で18時間ですか。実世界一日に一回は帰って来なきゃだめなんですね」

「初めのうちはね。こちらも君達の健康を気遣う義務があるから」

「あ、大丈夫ですよ」

「あの〜」

「どうしたミワ君。何でも聞いてくれていいよ」

「あの、向こうの世界にいる間の私達の、その、ごはんと…御不浄の方は…」

「あ」

 

 そういえば全く気にしていなかった。いくら寝ているだけといっても水分は要るし、寝てる間も催すことはあるわけで。

 

「え?神がトイレに行くわけないじゃないか」

「え?」

「え?」

 

 真顔でいうアマノ。健康を気遣う義務とは。

 

「冗談だよ」

「冗談ですかーははははは…ってなるかい!もしものことがあればお嫁に行けないじゃないですか!」

「普通にトイレありましたもんね」

「まああながち冗談でもなくてね。実際問題、別に行かなくても平気なんだよね。我慢してるとかじゃなくてさ」

「どういうことです?」

「ほら、御不浄ってミワ君も言ってただろう?神の内に不浄なものがあったりしたらいやじゃないか。その辺はいい感じになってるんだよね」

「でも、私たちは一介の人間ですよ?」

「だからね、転送時には一時的に君達を神に近いものにまでしているよ」

「そんなことが出来るんですね」

「今回合格したら神になるんだから。その途中みたいな感じかな」

「あれ、じゃあ、なんでここにトイレがあるんですか?」

「そりゃ我々だって腹を壊すときもある」

「ああ…」

「とまあそんな訳で大丈夫だ。気にしなくていいよ」

 

 アマノがそう言うなら大丈夫なんだろう。非常に納得し難いがこれ以上聞いたところで答えてくれないのは目に見えている。

 

「他に何かあるかい?」

「私は特に…トヒは?」

「大丈夫です」

「じゃあ、これらを踏まえた上で同意書と誓約書にサインしてもらえるかな?」

「はい」

「私のやつ、ちゃんと持ってる?」

「ほらよ」

「ハンコハンコ…」

「内側のポケットだ」

「ありがと」

 

 二人の様子を見たアマノがやれやれという顔をしたのには全く気付かないミワであった。

 

「さてと、昼食はどうする?」

「今食べた分もいい感じになるんでしょうか…」

「大丈夫だ、問題ない」

「頂きます!」

「現金だな…」

「はは…何がいい?しばらくこっちの食べ物は食べられなくなるからね」

「やっぱり回らないお寿司かしら…サイコロなお肉も捨てがたいわね…うーん」

「別に何でもいいじゃないか」

「私は、神都っぽいご飯が食べたいのよ!」

「アマノさんが打って下さった蕎麦なんかまさに神都のごはんだぞ」

「それはそうだけどそうじゃないの!何でもいいんだったらトヒは黙っててちょーだい!」

「へいへい」

 

 前回は食事の選択権を譲ったが今回は絶対に自分が食べたいものを食べようとするミワ。選択した覚えは全くもってないのだが。

 

「決めました」

「お?意外と早かったね。出来るだけ用意させてもらうよ」

「白いご飯とみそ汁と焼き魚とお豆腐とお漬物」

「朝ごはんの代表格だな」

「それとプリンが食べたいです」

「神都っぽいのはどこいった」

「それでいいのかい?」

「はい、やっぱり向こうでは食べられないかもしれないので、慣れ親しんだ味を…と思って」

「わかった。待っていたまえ」

「お願いします」

 

 アマノが部屋を出ていく。また自分で作ってくるのだろうか。以外にもミワがあまりがめついことを言わなかったのには驚いた。下手すればアマノの胃に穴が空いていたかもしれなかったのだが。

 

「良かったのか?それで」

「いいのよ。神様になれば美味しいもの食べ放題なんだし。庶民の味を味わいたかったのよ」

「もうなった気でいるのか」

「なれないかもしれないなんて思ってても仕方ないでしょう?それに私ならなれるに決まってるもの」

「そうだろうか」

「そうなのよ。トヒだって私に神様になって欲しいでしょう?」

「出来れば堅実に働いて欲しかった」

「もう、またそんなこと言って…」

「まあなってくれるならそれに越したことはないとは思ってるよ」

「素直じゃないわね」

「ここ数ヶ月の生活費を請求出来るからな」

「トヒはトヒだったわ…」

「出世払いするんだろう。早めに出世出来て良かったじゃないか」

「ま、まあ、任しときなさい」

 

 しばらくするとアマノがどこぞのレストランのような台車に乗せて持ってきた。

 

「待たせたね」

「いい匂い…」

「ここの食堂で提供される焼き魚定食の品を少しかえたものだ。まあ、神都っぽさはないかもしれないけどね」

「高天原の食堂ってだけで神都っぽさMAXですよ…」

「まあゆっくり味わってくれたまえ」

「「いただきます」」

 

 懐かしい感じである。一人暮らしを始めてから朝ごはんをきっちり食べることはなかった。何か泣けてくる。実家でも朝に焼き魚なんてなかったのに、何故か懐かしく感じる。遺伝子レベルで懐かしさが身に付いているのだろう。ミワも理想の朝ごはんを前にして少し感動していた。今は昼なのだが。

 

「これはあれね…実家のような安心感ってやつね…」

「実家じゃ絶対に食べれないけどな…」

「美味しいわね…」

「美味しいな…」

「ま、まあ、気に入ってもらえたようで良かったよ」

 

 それからは二人とも静かに一口一口を噛み締め、味わいながら食事を進めていった。プリンはしっとり系の焼きプリンだった。焦げたカラメルのほろ苦さも相まって絶妙な味に仕上がっている。美味い。

 

「そのプリンは神都では有名な店のものでね。なんでも一種類しか販売していないそうだよ」

「拘りの一品ってやつですね!」

「ごちそうさまでした」

「さて、少し休憩したらいよいよ本番だ。向こうの時間を考えて転送するからタイミングを逃すと3時間待ちぼうけだからね。次は…ちょうど1時間後。君達の部屋に迎えに行くよ」

「はい、わかりました」

「じゃあ、頼んだよ」

 

 食器を片付け台車を押して部屋を出るアマノに続いて二人も外に出る。初めに通された二人がこれからしばらく滞在する部屋へ戻ると荷物を解く。勿論全部持っていくことなどは出来ないので、必要最低限、持ち運べる程度の荷物にまとめなければいけない。

 

「うーん、取り敢えずこんなものか」

「随分少ないわね。トヒは何を持っていくの?」

「向こうでは揃えられそうになくて、あると便利なものと、ないとダメなやつを中心にいろいろと」

「ふーん」

 

 持っていく荷物は二人で相談して決めたものと、各自で持っていきたいものをそれぞれが持っていくことにした。こちらは相手には内緒である。

 

「ミワも考えて用意しろよ。あんまり欲張っても重いだけだし、これは持っていけたけどこれがないから使えませんでしたみたいなことがあったら悲惨だぞ」

「私がこの二週間何をしていたと思うのよ。抜かりはないわ」

「ならいいんだが」

「なんだか待ちきれないわね」

「旅行じゃないんだぞ」

「それは朝アマノさんから聞いたわよ」

「焦らなくてもあと15分くらいだ。行く前から怪我なんかしてもつまらないだろう」

「それまでイメージトレーニングしておくわ」

「そうか。じゃあ、ちょっと出てくる」

「貴様…逃げる気か?」

「なんだそれ…すぐ戻ってくるよ」

 

 ミワにとやかく言われる前にさっさと部屋を出た。ミワではないが正直落ち着いて居られない。ただ黙って待っていることも出来なかったので建物の中を少し見て回ることにした。あまりあちこち行くのも良くない気がしたので非常口を確認してロビーまでの経路の確認する程度だが。ロビーの受付にはこの間部屋まで案内してくれたお姉さんが立っていた。ここにいるということはやはり神なのだろうか。食堂にも寄ってみた。既に営業時間は終わったのかそもそも利用者が少ないのか誰も居なかった。メニューもそこまで多くない。数日で制覇出来そうなので、余裕があればやってみたい。そろそろ時間だろう。

 部屋に戻るとちょうどアマノが迎えに来ていた。少し早めに来て待っていたのか入ろうとはしていなかった。

 

「やあ、トヒ君。落ち着かないのかい?」

「ええ、まあ」

「そうだろうね。落ち着けという方が無茶な話かもしれない。そんなに気負うことなく楽しんでやってくれればいいよ」

「楽しんで世界を救うってのも難しい話ですけどね」

「はは、そうかもしれない」

「そろそろ時間ですか?」

「そうだね、ミワ君も呼んできてくれるかい」

「わかりました」

 

 部屋に入るとミワがイメージトレーニングという名のスキル発動練習をしていた。興奮のあまり恥ずかしさもないらしい。

 

「ミワ、そろそろ時間だ。アマノさんも来られてる」

「もうそんな時間?もうワンセットやっておきたいんだけど」

「向こうで実践練習でもしておけ」

「遂になのね…遂に異世界転生できるのね…」

「異世界でも転生でもないって…」

「細かいことはいいのよ!さあ行くわよ」

 

 アマノに連れられたのは前に使った部屋ではなく、もう少し大きめの部屋で、既に先客がいた。

 

「彼女は今回、君達の行動をモニターする者だ。まあ仲良くね」

「よろしくお願いしますわ」

「よろしくお願いします。私がミワで、こちらがトヒです」

「よろしくお願いします」

「じゃあ顔合わせも済んだところで早速そこに寝てもらおうか」

 

 ベッドが二つ…柵付きでそれなりにフカフカの布団が使われていた。前回ミワが文句を言ったので替えてくれたのだろうか。前のが診察室のベッドだとすると今回は入院用のベッドだ。うーん、例えを間違えたか。

 

「じゃあトヒ。また向こうでね」

「ああ」

「それでは意識の転送を始める。今回の転送先にはこちらの世界の者が待っている。向こうでのことはその者の指示に従ってくれ。はい、じゃあ3.141592…」

 

 ふわふわとした感覚になる。眠気とは少し違った不思議な感覚。

 

「3238462…」

 

 そういえばどうして数字の羅列なんだろう。今度聞いてみるか。

 

「9502…なんだっけ?」

「88ですわ」

「そうだっけ?まあいいか」

 

 モニターには既に二人の姿が映し出されていた。




一週間毎にアクセス情報みてるんですがどうも目次だけで終わってしまうらしいですね。最新話毎回?見て下さってる御三方ありがとうございます。


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試験開始


2部です。



 

 眼を開けるとそこには見たことのない天井が広がっていた。一先ず身体が動くか確認する。右手、左手、首は回る。身体を起こして右足、左足。特に異常はなさそうだ。身にまとっているものにも問題はない。ここで躓いていてはこの先お話にならないのだが、取り敢えずそんなことはなさそうだ。傍らには用意していた荷物も一緒に送り込まれている。見た感じだいたいは持ってこれているようなのでまあ、大丈夫だろう。立ち上がり、全身を使って軽く動く。違和感はない。少し離れたところに転がっているミワを起こしにかかる。ミワの身に付けているものも転送前に見たものと変わりはなさそうなので、問題なく転送されているのだろう。

 

「ミワ、ミワ」

「……」

「ミ〜〜〜ワ〜〜〜」

「むにゃ?」

「いつまで寝てるつもりなんだ。早く起きろ」

「うーん…ここは…あー」

「毎回こうなるのは少し考えようだな」

「着いたのね…」

「ああ。ここがお前の言う異世界ってやつだよ」

「なんか…いつも通りね」

 

 確かに、起きてから気にはなっていたのだが、ミワの言う通り、天井も、床も、壁も、とても現代っぽい作りをしているのだ。

 

「まあ、ここを出れば違ってくるかもしれないし、出ましょうか」

「そうだな」

「それで…出口はどこかしら?」

「そうだな…」

 

 この部屋、四方に壁はあるが扉らしきものはどこにもない。床も開きそうなところはないし、天井は結構高い。

 

「最初から不具合かしら?」

「そんな訳ないだろう」

「でもねぇ…」

「転送先で誰か待ってるってアマノさん言ってたし、その人から何かしらアクションがあるんじゃないか」

「しばらく待ちましょうか」

 

 その間、ミワが身体の動きや荷物の確認をしたり、互いに相手に変わったところがないかを見たりしていたが、外部からの接触はなかった。

 

「そろそろ10分くらいか」

「トヒ、それは?」

「時計だ。電池じゃなくて手で巻くやつだけど」

「ふーん…考えもしなかったわ」

「こっちに時間の感覚があるか分からなかったからな。まあ、季節と太陽の位置がわかればだいたいの時間はわかるだろうけど、季節があるとも限らないし、太陽があるかもわからないだろう」

「ちょっと言ってることがわかんないわね…」

「なんでだよ」

「まあこれでカップ麺の食べ頃は見逃さないわね」

「そういや持ってこれたのか」

「無理だったわ」

「無理なのかよ」

「缶詰とか乾パンとか食べ物系は全部ダメだったみたいね」

「やっぱりかあ」

 

 長旅になるだろうということは最初から分かっていたので非常食を持ってきていたのだが、どうやらそれは弾かれたらしい。食糧の確保も考えなくてはならない。

 

「まあ、軽くなったしいいんじゃないか?」

「それで納得するしかないわね…おやつはちゃんと200円までにしたのに…」

「それは残念だったな」

「今度戻った時にでも食べるしかないわね…」

「実は結構落ち込んでるな」

 

 兎にも角にもこのままでは埒が明かないので、手分けして部屋を調べることにした。壁を叩いて音を聞き向こう側に空間がないか確認する。床も同様に隠し通路や仕掛けがないか叩きまわって確認する。ところがそういったものは全く見つからなかった。

 

「どうしようもないな」

「後は天井だけね…」

「と言っても届く高さじゃないぞ」

「届かなければ届くところまでいけばいいのよ」

「え?」

「トヒ、こっち来て」

「いや待て、早まるな」

 

 先程の身体検査でやはりミワの力が増大していることは把握している。だからと言ってまた投げられてはたまったもんじゃない。

 

「ここから出るためよ。私は心を鬼にしてトヒを投げるの」

「待て待て待て!この広さだぞ?何回やるつもりなんだ」

「仕方ないわね…じゃあアイテムお披露目と行きましょうか」

「あるんなら最初から出せよ…」

「てってれえ!てにすぼおるう!」

「毎回やるのか?ミワヱもん」

「嫌よ恥ずかしい」

「しかしなんでまたボールなんか持ってきたんだ」

「暇つぶしにキャッチボールでもと思って…テニスボールなら素手でも出来るでしょう?」

「痛いと思うけど」

「まあ見てなさい。この秘密アイテムの使い方はそれだけじゃないのよ」

 

 ミワが頭上に向けてボールを投げる。ボールは天井に当たってそのまま跳ね返ってきた。

 

「今の音、覚えておきなさいよ?私は動いてて細かな違いはわからないから」

「なるほど。物を投げてさっきと同じことをするんだな」

 

 数分後、ある程度の間隔でボールを投げ続けたミワだったが、聞いていた限り反対側に空間があるような音はしなかった。

 

「肩痛い…」

「アップもせずに投げるからだ」

「でもこのままじゃあ外に出られないわね。やっぱりアマノさんの手違いなんじゃない?」

「なあミワ。これが最初の試練ということはないか」

「え、まさか…でもねぇ…」

 

 こちらに来た時点で試練は始まっているのだ。初めに転送された場所が試練の場なんてことも有り得なくはない。試練とは乗り越えるものだ。乗り越えなければ、先に進めない。そして今、先に進めていないのだ。

 

「もしそうだとしたらタラタラしてる訳にもいかないわねえ…」

「試練での対処の仕方を見るってアマノさん言ってたしな」

「なら力ずくで突破するわよ!」

「どうしてそうなるんだ」

 

 ツッコミをいれるトヒだが、現状それしか方法がない。あるかもしれないが思いつきそうにもなかった。荷物をまとめ、衝撃に備えてミワの足元で姿勢を低くする。

 

「いいぞ」

「じゃあいくわよ」

「うむ」

「(イメージ…そう、イメージが大事よ…出来るだけ高火力で…でも何発も撃てるように控えめに…指先に集中させた力を一気に解き放つように…よし!)『墾田永年私財砲』!!ばっきゅーん!!」

「やっぱ聞いてて恥ずかしいな…」

 

 ミワの指から高エネルギーな何かが一直線に壁の方へ向かって解き放たれた刹那、凄まじい爆音と爆風が起こった。

 

「ばっきゅーん!ばっきゅーん!ばっきゅーん!」

 

 残りの三方に向けても同じように撃っていく。そして仕事を終え膝から崩れ落ちたミワを受け止める。次はこちらの番である。

 

「(爆圧から身を守るために耐圧ガラスを展開。その内側にも耐圧ガラスを展開して外側の圧力に耐えられるようにガラスの間を高圧の層にするため中心から拡げていくように。出来れば爆風に飛ばされないように重めにして…)『十枚の窓Windows 10』!!」

 

 周囲に十枚の窓、というかガラスを展開する。外に五枚、内に五枚の二重構造だ。閉鎖空間で爆発が起こると、熱によって急激に膨張した空気が部屋に充満する。すると行き場のない空気は外に出ようとして脆弱な部分を吹っ飛ばす。部屋の中で火事が起こった時、不用意に外から扉を開けてはいけない所以である。後は、窓から火の手が!にならないよう祈るだけだ。火は出てないが。

 

「しかし暑いな…」

「何よこれ…聞いてないわよ…」

「今は黙ってな」

 

 勿論ミワには何一つ教えていない。言ったら以前の仕返しとばかりに実演を強要されるのは分かっていたからだ。実演といっても特に動きは考えていないので見ても面白くないと思うのだが。

 スキルを考える際、イメージとして最も重きをおいたのは如何にして身を守るかだった。火力はミワに任せて問題ないだろう。ならばそのミワを守る役に徹すればいい。そもそも想定していたのはこんな使い方ではなく、崖崩れによる落石程度だったので上手くいくかは正直わからなかったが。

 しばらく待っていると外の空気の流れが変わった気がした。恐らく穴が空いたか出入口が開いたのだろう。成功だ。後はこの隔離空間の酸素がなくなる前に外の空気が入れ替わってくれればいいのだが。どこからともなくピコーンとやや高めの音が鳴った。

 

 その頃、実世界にて8倍速でこの光景を見守っていたアマノは絶句していた。こちらではミワとトヒを送り出してからまだ5分も経っていない。

 

「いやいや」

「あらあら」

「いやいやいやいやいや、度が過ぎるよ。いくら何でもやり過ぎじゃないか?正気の沙汰ではないね」

「模範解答はなんだったのです?」

「そりゃあ『外にいる誰かに外から開けてもらう』だよ。試練とはいえ誰かに助けて貰うこともときには必要だと言うことを伝えたかったんだけど。閉じ込められたらまずはそうするだろう」

「あの二人ならこの先も面白いものを見せてくれる気がします。楽しみですわ」

「君も仕事なんだから…」

 

 いきなり突拍子もないことをしでかした二人とそれを楽しんでいる部下に頭が痛くなりそうなアマノだった。それでも初めの試練をクリアした二人を見届けると次の仕事へ向かう。次の採用希望者が待っている。

 

 『十枚の窓Windows 10』を解除すると濃い新鮮な空気が肺に流れ込んできた。ただでさえ狭い空間を引き延ばして薄くなった空気を吸っていたのだ。数回深呼吸をして肺の中の空気を一新する。そして大きく穴の空いた壁のひとつに向かって二人分の荷物と力の抜けたミワを担いで歩き出す。部屋から出るともう一段と広い空間が広がっていた。今までいた部屋はこの大きなホールのようなところに作られていたようだ。こちらは先程の部屋に比べると現代感はなく、それ相応…異世界らしいのものだった。

 

「一つ目の試練クリアおめでとうございます」

 

 かつて壁だった瓦礫の上から声がする。顔を上げると人らしき姿があった。

 

「あなたがアマノさんの言っていた方ですか?」

「あまの…?ああ、そういう…そういうことになりますか。あなた方の初めの一歩を示す役を仰せつかっております。アナイとお呼び下さい」

「ミワとトヒです。アナイさん、よろしくお願いします」

「まずは…そうですね。先に身体をお休めになった方がよろしいかと。話はそれからに致しましょう」

「そ、そうさせてもらいます」

 

 出来るなら今すぐにでも布団に倒れ込みたい程度には疲れたし、ミワに至ってはいきなり特大弾を4発も放って自立もできない。慣れないことはするもんじゃないのだ。

 アナイに連れられて案内されたのは執務室のようなところであった。おそらく普段から使っている部屋なのだろう。荷物を置きミワを椅子に座らせる。多少の失礼には眼を瞑ってもらおう。

 

「あなたがトヒ様ですね。そしてそちらにおられるのがミワ様」

「はい、このような状態で申し訳ないです」

「いえ、こちらも想定外だったので。まさか扉が飛んでくるとは思いませんでしたよ」

「扉があったんですね…一通り調べた筈なんですが…」

「ま、まあ、お座り下さい」

「失礼します」

 

 トヒがミワの隣に座るとアナイも向かいに座る。上座には座らないのか。

 

「お疲れのところ申し訳ないのですが、まあ聞いていただくだけでも結構ですので。まずあなた方にはこちらの世界の住民登録をしてもらいます。と言いましてもどこかの台帳に記載するとかいうものではなく、単に個人を証明するためのものです。こちら、お受け取りください」

「ステータスカードね」

「ありがとうございます」

「そちらは身に付けておくことで使用者の情報を蓄積していきます。今は何も書かれていませんが、数分後には完成しているでしょう」

「わかりました」

「そしてこちらの世界のお金です。二人であれば三日は宿に泊まっての食事が出来るでしょう。あちらの換算すると三万円程です。因みにこの世界ではキャッシュレスを推進していますので、双方の合意があれば金銭情報を数字の移動のみで完了させることが出来るものもありますので、こちらもお試し下さい」

「冒険の最初から3万ゴールド…破格ね」

「仮想世界にもキャッシュレスの波が…」

「この世界を作っているのがあちらの世界の方々ですからね。やはり普及は難しく地方にはまだまだ浸透していません」

「現金主義まで再現されているとは…」

「チャージや現金化はここの受付で出来ます。他国の大都市にも出張所がございますので、道中は必要最小限の現金をお持ちになって後はこちらにチャージしておくとよろしいでしょう」

「現金化出来るのはいいわね」

「キャッシュレス推進の営業さんみたいですね…」

「すみません。普段の生業がそちらでして」

「ああ、なるほど」

 

 スルーしていたが、ときどき横から聞こえる少し逸れた反応。身体が動かないだけで頭はシャッキリとしているらしく一応話は聞いているらしい。

 

「こちらからはこれくらいです。何かご質問は?」

「では、失礼ですが、アナイさんは神であられるんでしょうか?」

「そうですね。あちらでは、はい。ここではただの営業ですがね」

「ああ、やっぱり…」

「神といっても新興の神でしてね。若手だからとこちらに飛ばされたようなものです」

「ちなみに何の神様なんですか?」

「……プリペイドカードの神を」

「て、適任ですね…」

「時代はコード決済です…」

「は、はは」

「ははは…」

 

 力なく笑うアナイ。どうも上司と似たような空気を感じる。実世界でもかなり苦労したとみえる。電気やネットがないこの世界では神の御業で金銭情報のデータ移しが限界なのだろうが、便利そうといえば便利そうである。

 

「ではごゆっくりどうぞ。機を見てご出立なさって下さい」

「あ、今何時くらいでしょう?」

「こちらに時刻という概念がないので正確な時間は把握しておりませんが13時くらいでしょうか」

「ありがとうございます」

「では。旅の成功をお祈り致しております」

 

 アナイが部屋から出ていく。営業の仕事に戻るのだろうか。まだ動けない様子のミワを椅子に寝転ばせてやると、トヒはさっきまでアナイがいた側の椅子に移動する。時計を取り出し時間を確認する。ぴったし13時。こちらに来て一時間、実世界ではまだ十分も経っていない。不思議な感覚である。





先週は一応区切りということでお休みさせて頂きました。編集が間に合わなかったとかというのではないです。


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作戦会議


今回の移動距離50mないですね。



「ねえ、トヒ。これからどうするの?」

「まずはミワが動けるようになるまではここで待機だなあ。それからは街を回るも良し、街を出るのも良しだ」

「街を出るって…行く宛てはあるの?」

「ない」

「どうするのよ」

「試練は都合良く降り掛かってくるものらしい。歩いてたら降ってくるんじゃないか」

「雨じゃないんだから…」

「まあまずはこの世界に知るために情報収集だな。今貰ったお金も数日で無くなるから以降は自分で稼がないといけないし」

「お金ねえ…街の外にスライムでも居ないかしら」

「キチンと働いてその対価としてお金を貰うのを覚えた方がいいぞ?ああいう世界はいずれハイパーインフレになるのがオチだ。スライムだけだと食ってけないぞ」

「普通に働くのが嫌だから今ここにいるんでしょ」

「そうだった」

 

 目的を見失いかけているが、本来の目的はミワの自立である。神になるのはその手段であって目的ではないし、今回の試練はその手段のための前準備といったところだ。

 

「暇だったらこの建物を探検してみたらどう?ついでにアナイさんイチオシのチャージもしてきてよ。そんな量のお金、持ち歩くだけで気疲れするわよ」

「そうだな。そうするよ」

「私も色々考えてみるわ」

「じゃあ、しばらく歩いてくる」

「行ってらっしゃ〜い」

 

 キャッシュレス決済の札とお金が入っているという小袋を持って部屋を出る。金額はそうでもないのだが何せ嵩張る。まずはここの受付とやらに行ってみよう。ついでに受付の人と話をして情報を得られるといいのだが。

 部屋の外に出ると恐らく入口であろう方向へ歩いていく。さっきは建物の奥からここまでやってきたのでその反対側へ行けばいいだろう。廊下を歩きながら壁や床、天井をキョロキョロと見渡す。正直、思っていたよりもずっと近代的だ。実家も大分と古かったがよりほんの少し前世代のような感じである。そもそもさっきの部屋が現代的過ぎたのだ。まあアナイさんも急に昔の暮らしをしろと言われてもやりにくいだろう。

 受付には直ぐに着いた。階段を降りるとそこがすでに出入口で受付はすぐ横だった。取り敢えずこの世界でのチャージを体験してみよう。

 

「これの2/3チャージお願いします」

「わかりました。数えるので少し待って下さいね」

「はい」

「銀15ですね。2/3ですと銀貨10になりますのでチャージ分は1割増の銀11になります」

「え、増えるんですか」

「はい、反面現金化の際は1割引となります」

「あ、減るんですか」

「交換手数料という形になります。ですのでチャージした分はキャッシュレスで使い切ることをおすすめ致します」

「なるほど…」

「それでは札をこちらに」

 

 先程貰ったばかりの札を差し出す。受付のおねーさんも同じように札を差し出してきた。よく見ると短辺の片方に札の厚み程の切れ込みが入っている。なるほど、相手の札と組むのか。

 

「それではこちらから銀11の送信を行います。送信中は放さないでくださいね」

「おおお…」

「はい、完了しました」

 

 赤外線通信ばりの感動である。手元の札に銀11と刻印される。

 

「因みにこの辺でこれが使えるとこってあります?」

「そうですね…国都に限りますけど比較的高額な取引を中心に普及してますので、一般以上の宿はだいたいが使えますね」

「だいたい一泊幾らぐらいなんでしょう」

「銀2が相場でしょうか。上宿になると銅50程高くなります。あまりおすすめはしませんが木賃宿だと安いところでは銅30なんてところもあります」

「普通の宿でも結構するんですね…」

「この街は少々物価が高いですから」

「今全財産がここにあるだけなんですけど、隣の国まではどれくらいあれば行けますか」

「西の国境までであれば徒歩で丸三日はかかるので、宿に銀2と食費交通費でこちらも銀2ですかね。北の国境ですと四日程ですのでもう少しかかりますね。国境の街の宿は銀1と銅50くらいだったと思います。また国境を越えるには通行許可証を発行しなければならないのでそちらで銅50必要になります」

「国境を越えるだけで銀6ですか…」

「なので全財産がこれだけとなると少し心許ないですかね…国境を越えてからはお答え致しかねますが、同じくらいは必要かと」

「この国都や国境までで出来る仕事の紹介とかってどこかでやっています?」

「紹介所がありますが単発となると難しいですね。特に女性ですといいものは聞きません」

「そうですか…色々とありがとうございます」

「とんでもない。良い旅を」

 

 受付を離れて元来た道を戻る。アナイの言う通り国都で過ごすなら三日は持つだろうが、各地を回るとなると少々どころか全くと言っていいほど足りない。今日の一日はいいとしても明日からは稼いでいかないと早々に飢えでゲームオーバーになってしまう。冒険初期はお金が足りなくて装備もまともに揃えられず宿屋にすらまともに泊まれない、レベル調整の出来てないRPGと同じ結末は嫌だ。ミワにこのことを伝えるべくアナイの部屋に急ぐ。

 

 ようやく肩と首が回るようになってきたわね…相変わらず下半身が動かないけど…寝転んだままでも見渡せる範囲内のものは観察しておきましょうか。とても高価なものはないけど全体的に統一されていて落ち着き感のある部屋ねえ。本棚には本が、壁には地図が。地図?え、ちょっと待ってよ何なのよこれ。

 

「ミワ、戻ったぞ」

「ちょっとトヒ、大変よ」

「どうした?こっちもちょっと困ったことになっていてな」

「困ったこと?何よ」

「金が足りない」

「3万ゴールドもあるのよ?初期レベルなら何回宿屋に泊まれると思ってるのよ」

「どうやら現実は厳しいようでな。今日の宿代で1/4が吹っ飛ぶ」

「え…」

「そして明日ここを発ったとしても三日後国境で金がなくなる」

「何よそれ…いきなりゲームオーバーじゃない」

「そうだ。『これで装備を整えるとよい』程度の金額しかないということだ」

「そう考えると王様もケチよね。国を救ってくれる勇者に端金よ?」

「王様からすれば何人にも声を掛けてるだろうし、その内の一人だけを優遇とかはしないだろう。そいつが本当に国を救ってくれるのかもわからない上に大金を持ってドロンなんてことも有り得るわけだしさ」

「世知辛いわね…」

「で、ミワの方は何があったんだ?」

「そうなよ、ちょっとこっちに来てちょうだい」

「来た」

「私が向いている方を見てちょうだい」

「見た」

「地図があるでしょ?」

「勝った、ホントだ…なんだこれ」

 

 そこにあった地図にはよく知っている国をカタツムリのように大きく丸めたような形をした地形が描かれていた。地球は円盤状で端まで行くと落ちそうな感じだ。

 

「アマノさん、考えるの面倒だったのかな」

「いやそこじゃないわよ」

「この時代にしてはよく出来た地図だな」

「そこでもないわよ」

「真ん中がでっかいどーだろ」

「そうじゃなくて!いやこれはカスってるのかしら」

「どうしたんだよ」

「異世界転生した感が薄れちゃうじゃない!」

「どうでもいい」

 

 アナイの部屋にかけられていた地図はまさにあちらの世界の国である。ただ、ひとつの大きな島を長い島が海老反りのように囲んでいるような円形状ではあったが。

 

「ん?じゃあ、さっき受付のおねーさんが言ってた国境ってどこになるんだ?まさか都道府県でわけたわけじゃないだろう」

「近付いてよく見てみてよ。地図なら普通境の線が引いてあるはずよ」

「ふむ」

 

 本の虫は地図も守備範囲なようだ。いや、地図の見方くらい知っているが、見ればわかるのと見ずともその知識を使えるとのでは大違いだ。この世界に通ずるかはまた別の問題だが。

 

「あーこれはあれだ、地方で国を分けてる」

「まあこんな狭い土地に47も国があっちゃやってられないでしょうからそこそこ妥当なところね。因みにここはどこかわかった?」

「国都って言ってたしどこかの中心都市だろうな」

「どうせ神都でしょうねえ…ということは恐らく西の国境は箱根かしらね」

「温泉の?」

「そう」

「そりゃ宿も高くなるか」

「北は那須の辺かしら…どのみち山だし何か乗り物ないかしらね…」

「馬とか」

「世話しなきゃダメじゃない」

「いつも世話されてるくせによく言うよ」

「これからは私がトヒを養うのよ」

「なんだ?求婚か?」

「この際いいかもしれないわね…」

「んー保留で」

「断りなさいよ」

 

 しかしこの世界の全体像がいきなり掴めたのはラッキーだった。地図なんて海岸線を歩いてみようと思った暇な人が副産物程度に作ったのだろうとしか思っていたが、そんな人がここにも居たのだろうか。それに一国一試練じゃないとわかった今、急いで隣国へ行く必要もない。暫くはこの国に滞在して資金稼ぎとあわよくば試練との邂逅を目標にしよう。

 

「という訳で明日からは職探しだ」

「えー」

「生きるってのはそれなりに金が要るんだよ。知らなかったろ?」

「生まれてこの方働いたことがない私がまともに働けるわけないじゃないすかやだー」

「おお、ミワよ!死んでしまうとはなさけない!死因は…何?栄養失調による衰弱死?」

「最近分かったそうなんだけど働かずに死ぬより働いて死ぬ人の方が多いらしわよ」

「最近聞いたんだが変死の半分は自殺で処理されるそうだぞ」

「……」

「……」

「どこでそんなこと聞くのよ…」

「ネットニュース」

「ガセでしょ」

「わからんぞ。そもそもここは治外法権だから実世界に戻ってしまえば捕まることもない」

「下手人はお前か!」

「まあ冗談はさておき」

「そもそも仕事なんてあるのかしらね」

「そうなんだよな」

 

 さっきおねーさんから聞いたように一時滞在するだけのような者に仕事の紹介をしてくれるようなところはないだろう。ましてや小娘二人だ。どこに連れてかれるかわかったもんじゃない。

 

「ねえ、トヒ」

「ん、どうした」

「もしも私が神になったら人々からの信仰が必要になるのよね」

「そうだな」

「知らない神様を信仰しようとする人がいるかしら」

「まあ、せめて名前と何の神様でどんな恩恵があるのかハッキリとしないと崇めようがないな」

「そこでよ。まずは名前を売るの」

「ほう」

「神見習いと巫女見習いが各地を回るのはこの世界では常識なんでしょう?だったら堂々と名前を振り撒いて歩けばいいのよ」

「理屈はわかるが、この世界で神になるわけじゃないだろう。こっちで信仰を得ても仕方ないだろう」

「……戻って辛くなったらこっちで暮らすことも考えておかないとね。住民登録もしてあるし…アナイさんの部下として生きていくわ…」

「別にアナイさんは辛くてこっちに居るわけじゃないと思うぞ…」

「トヒも来てくれる?」

「やだよ」

「そんなあ」

「それよりどうやって名前を売るんだ?タスキに名前書いて手振るのか?」

「まあ似たようなものね。路上でライブみたいなことをするのよ。名前は売れるし、運が良ければ日銭も稼げるし」

「なるほど。で、何をするんだ」

「何をするかは全くノープランよ」

「話の根幹から崩れ去ったな」

 

 悪くない話ではある。神見習いとしてのミワの存在を認識してもらい、有名になれば一種の偶像崇拝にもなるだろう。ただ身分を公にすることへの抵抗感が拭いきれない。神ではなくただの神見習い。一般人である。そのくせに神の真似事をしていると受け取られれば各方面からお叱りを受けるかもしれない。しかしやらなければ変わらない。やるか、すぐやるか、だ。

 

「ミワは何か出来るのか?」

「ソーラン節」

「ライブでソーラン節って…なんかこう、もっと芸的なやつはないのか?」

「マジックなら道具があれば出来るわよ」

「あるのか?」

「もちろんないわ」

「だめじゃないか」

「コインマジックは地味だし…やるなら鳩とか出したいじゃない?」

「鳩くらいなら居そうだけどな」

「まあ鳩は出せないんだけどね」

「色々だめだな」

 

 案としては良かったのだが肝心の内容が詰まっていなかった。後出来ることといえば、技術の遅れているこの世界に技術革新をもたらすことだが、流石に怒られそうな気がする。そもそもそんな技術は残念ながら持ち合わせていない。精々日常で使えるライフハック程度だ。

 

「スキルを使った芸なんてどうかしら」

「爆発芸でもするのか?一回で周囲数メートルが吹っ飛ぶぞ」

「その辺は火力の調整次第ね」

「まあそれが出来るなら元手もゼロだし上手くいくかもしれんな」

「でしょでしょ」

「スキルの練習にもなるしいいんじゃないか?必要なものがあるなら揃えるぞ」

「そういえば聞きそびれてたけど、トヒさんのあれば何なのかしら?全然聞いてなかったんだけど?」

「あれこれ考えた結果だ。中々上手くいったと思ってる」

「私としては相談の一つでもして欲しかったんだけど」

「いやなんかミワに話すとめんどくさそうだったし」

「酷い!」

 

 あれを思いついたのは窓をバールのようなもので叩いて割る動画を見ていたときだ。やる予定があるとかそういうのではなく、単に長期間自宅を不在にすることが心配だったからである。見たところで余計に心配になっただけであるが。

 

「とにかく、今日はライブのプログラムを考えよう。明日の午前に練習して午後は本番だ」

「えー、急に忙しいわね…」

「当たり前だ。我々は今、三日間生きるだけの資金しか持ち合わせていない」

「ここにいても国境を目指しても三日なのね」

「滞在して仕事を探すなら金の入りもまだ見込めるが移動してる間は減る一方だしな」

「じゃあ取り敢えずは滞在の方向かしらね…」

「そうだな。そうとなれば当面の拠点探しをしなきゃならんのだが…まだ動けないか?」

「欲を言えばまだ寝てたいけど、そろそろ動きたい欲が勝ってるわね」

「なら出発しようか」

「ここの寝心地も中々よ。宿が取れなかったら今夜はここにしてもいいくらいだわ」

「普通に迷惑だからやめろ」

 

 ミワがノロノロと起き上がっている間にある程度地図を持ってきたノートに写しておく。ノートと鉛筆は弾かれなかったが、消しゴムは弾かれた。割と不便である。因みにこのノート、ミワにどうしても持っていけと言われたスキルノートである。何も書いていないのだが、さっきミワには見せたので書いてもいいかもしれない。こうして黒歴史は生産されるのだろう。

 

「忘れ物はないか?」

「ここでもらったのステータスカードくらいだしお金とチャージする札はトヒが持ってるでしょう?」

「ああ」

「じゃあ大丈夫なんじゃない?そういえばステータスカードはどうなってるのかしら」

「数分で刻印されるって話だからな。見てみろよ」

「どこいれたっけ…」

「左胸の辺りだ」

「トヒが入れてくれたんだっけ…これね」

 

 ミワが胸の内ポケットからトランプくらいの大きさのカードを取り出した。先程アナイから貰った住民登録、もとい個人を証明するカード。

 

「結構しっかりしてるわね」

「再発行とかどこでするんだろうな」

「何も書いてないわね」

「じゃあまだなんだろうな」

「トヒのは?どうなってる?」

「こっちも何も書いてないな…ん?指紋みたいなマークがあるぞ」

「まさかの指紋認証…」

「ふむ」

 

 適当に人差し指を乗せてみる。すると文字が浮かび上がってきた。科学の勝利…ではなく神の御業だろう。

 

「当たりね。何が書いてあるの?」

「名前性別年齢出身…後は発行ナンバーくらいか」

「裏は?」

「裏は…身分?」

「はっきりしてるわね…士農工商ってやつかしら」

「その括りに神官や巫女は入らんぞ。その他枠だ」

「まさかその他って書いてるわけじゃないでしょ」

「その他って書いてある」

「ええ…」

「備考欄に巫女見習いとは書いてある」

「そのまんまね」

「ミワは神見習いか?」

「そうなるのかしらね…指紋認証はここかしら?」

「どうだ?」

「神見習いね」

「そのまんまだな」

「まあこれで身分は保証されたわ。大手を振って歩けるわね」

「逆に変なのに絡まれないといいけどな」

 

 神見習いと巫女見習いが各地を旅をする。アマノらがどういう世界を作ったかは知らないが、これが常識となっているならばそれを狙う輩もいないとは限らない。人攫いなどからすれば格好の餌食だ。

 荷物を背負うと部屋の外に出る。

 

「アナイさん、お世話になりました」

「じゃあまずは宿探しだな」

「そうねえ…出来れば綺麗なところがいいけれど」

「贅沢は言えんがな」

「相場はどれくらいなの?」

「銀2、だいたい4000円くらいだそうだ。上宿になれば銀2と銅50、5000円だ」

「全財産3万円よね?王様よりケチなんじゃない?」

「装備は揃えないんだからいいだろう」

「試練割とかないかしら…」

「交渉次第だな」

 

 受付のおねーさんと目が合ったので軽く会釈をして受付前を通る。これで漸くこちらの世界の土を踏むのだ。

 

「地球は青かった…地球に国境はなかった…」

「早よ行け。実際には青みがかってた程度だし、後から実はあったんだよねって言っちゃってるぞ」

「もう!人類の感動の一歩なのよ」

「はいはい」

「という訳で異世界初上陸よ!」

「なんと言うか…割と発展してるんだな」

 

 行き交う人々、街並みを見ての感想である。部屋から外は見えなかったので内装から推測するしかなかったのだが、ここまでとは思っていなかった。





先程サブタイトル見て驚きました。2週連続同じって…直しておきます


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市街観光

そろそろメインに入っていきたいと思いま…した。



「モデリングミスってないか」

「あれね、和洋中折衷三段重のいい所をふんだんに無視した感じがするわね」

「ただでさえ浮く装束がより浮くな…」

「歩くだけで人目を引きそうね」

 

 伝統衣装と巫女装束を来た二人が洋服の中を歩くのだ。目立たない訳が無い。

 

「履いてるのは草履なのね…」

「違和感しかない」

「これが普通だと誰もおかしいとは思わないのよ。おかしいと思ってる私たちがおかしいの」

「なんで…受付のおねーさんは小袖じゃないか」

「あれはきっと仕事着よ」

「カルチャーショックがヤバイ」

「私は脳が処理し切れずに既に受け入れたわ。トヒも諦めなさい」

「これが最大の試練かもしれない」

 

 ぐるりと見渡すと近くに恐らくこの国で一番偉い人が住んでいるであろう城がそびえていた。城というよりキャッスル感が強いが。広い通りを目指して街を歩いて回る。急に道がなくなったり、曲がり角が多いのは市街戦対策なのだろう。

 外へ外へと向かっていって漸く外周に辿り着いた。門を跨ぐとそこは色々な店が建ち並ぶ広い道だった。そこから何本も細い道が伸びている。細い道の奥は街の人々が暮らす民家だろうか。

 

「この中から宿を探すの…?」

「多分街の構造的にこんな感じの通りが何本かあるだろうな」

「その中から宿を探すの…?」

「探すより聞いた方が早いかもしれないな」

「パンはパン屋ってやつね」

「いやその道の人よりもその辺の人に聞いた方が贔屓目がなくていいんじゃないか?」

「ボケをスルーしないで」

「肉は肉屋だろ」

「ボケをボケで返さないで!」

「雑貨屋はどこかな」

「私を無視しないで!!」

 

 ただ話を聞くだけだと取り合って貰えないかもしれないので店に入り品物を買ってから情報を聞き出す。夕飯には早く、そこまで高価な物を買うつもりもないので何かいい道具があれば儲けものと近くの雑貨屋、つまるところ100均に入る。

 

「いらっしゃ……何かお探しで?」

「ちょっとね」

「はあ」

 

 そりゃ見慣れない者が二人、見慣れない服装をして入ってきたら客商売とはいえ動揺するだろう。

 

「何か騒がしいわね」

「気の所為」

「人増えてない?」

「気の所為」

「すごく見られてない?」

「気の所為」

「あ、これ、化粧品っぽいわね!」

「何か実用的なのないか?」

「アクセサリーなんかもあるのね!」

「油や炭みたいな燃料もあるんだな」

「……」

「……」

 

 非常に気まずい。まさかこれ程とは思わなかった。急にそこら辺の人に話しかけなくて本当に良かった。

 

「出るか」

「そうね」

 

 入り口の方を振り向くと隙間という隙間からこちらを覗く眼があった。背筋がゾクゾクする嫌な気分を抑えながらさっさと外へ出る。そして一切振り向かずに店を離れた。

 

「こりゃ当分人の眼を見て話せないな」

「私もしばらく部屋の中じゃ寝られる気がしないわ」

「宿は諦めて野宿にしよう。そうすれば出費も抑えられるし、変に目立つこともない」

「そうね…そうしましょう」

 

 速足ついでにそのまま街の外へと進む。出来ればもう少し街を見て回りたかったが、それは市民権を得てからにしよう。行く先々で毎回あんなことになるのはごめん蒙りたい。

 街を出るとさっきまでの喧騒が嘘だったかのように静かになった。田畑が広がる長閑な田舎といったところか。田は既に稲刈りが終わり稲が三角にずらっと干してある。はぜ掛けというやつだ。この世界は今、秋真っ只中のようだ。だとするとこれからの季節色々と厳しくなるかもしれない。

 暫く進むとそこまで大きくない川に差し掛かった。

 

「なあミワ」

「何」

「走れるか」

「ええ」

「橋の手前まで行ったら一気に上流の方へ走るぞ」

「わかったわ」

 

 つけられている。それに気が付いたのは街を出てからだった。街中では人が多かったしそもそも精神状態が終わっていたので全く気付かなかったが恐らく先程小間物屋を出た時からなのだろう。一定の距離を保っているので同じ方向でしたなんてことはない。

 

「今!」

 

 土手を駆け下り河原を全力で走る。後ろで何やら叫び声が上がったが知ったことではない。振り向くことなく走り続ける。

 

「トヒ!荷物貸しなさい!」

「わかった」

 

 歩くのにはそうでもなかったが走るとなると少し重たい。背負っていた荷物をミワに放り投げると幾分か走るのが楽になった。

 段々と石が大きく角張ってくる。この頃には既に全力とは言えないスピードになっていたが取り敢えず走る。追手も最初の間は叫びながら走っていたが今ではだいぶ大人しくなった。疲れたなら帰ってくれればいいのに。

 

「トヒ。ハア…もういいんじゃない?」

「何が目的か分からないんだ。そう容易く捕まってられん。ハア…」

「いや…何も…捕まえに来たとは…限らないじゃない…ハアハア…」

「じゃあ何が目的で…ハア…こんなに追いかけてくるんだ…ハア…」

「そんなの…ハアハア…知らないわよ…ハア…」

「じゃあ…ハア…ちょっと話してみるか…ハアハア…(人が乗っても割れないような)ハア…(強化ガラスを向こう岸まで)ハアハア…(展開後初めの衝撃から十秒後に)ハア…(消滅)『十枚の窓(Windows 10)』…ハア…ミワ、よく下見てついてこいよ…ハア…」

「わかったわ…ハア…」

 

 窓を使って即興の橋を作る。余り他の人間がいるところで使いたくはないが、このまま逃げていても埒が明かない。体力も限界に近づいている。ガラスはトヒ一人分の体重だと十分耐えた。ミワも荷物を二つ持ってるとは言え大丈夫だろう。

 

「これ…ホントに…ハア…大丈夫なんでしょうね…」

「乗ってすぐ割れることはないだろう…ハア…」

「えーい…ままよ…ハア…」

 

 問題なかった。足袋で良かったとつくづく思う。割と上流の方まで来ていたので川幅もそこまで広くなく、十枚もあると難無く向こう岸へ辿り着くことが出来た。その分流れもそこそこ強くなっているのでふらふらの追っ手が川を歩いて渡ってくることもあるまい。

 

「ハアハア…」

「ハアハア…」

「「ハアーーーー」」

「便利ね…」

「何でもアリな気がしてきた」

 

 まだ息は整っていないが、先程までいた対岸に追っ手が追い付いてきた。やはり川に足を入れようとはしない。

 

「何か用かしらー?」

「おめーら…ぜえ…どうやって…はあ…渡ったんだ…」

「聞こえないから!息を整えて!話はそれからー!」

「別に逃げたりしないわよー!」

「十分逃げ回ったろうが…ぜえ…」

 

 何やら悪態をついてるようだが聞こえないので聞かなかったことにした。それから暫く双方共に息を整える時間を取った。向こうの追っ手は男が三人。何れも街中でよく見かけた町人のような恰好をしている。やはりあの頭に洋服は似合わない。

 

「喉乾いたんだけど…」

「眼の前に水があるだろう」

「飲んでも大丈夫なのかしら、これ…」

「心配ならあれがあるぞ。荷物貸してくれ」

「はい」

 

 トヒは荷物の中から水筒を出してミワに渡す。受け取ったミワが微妙な顔をする。

 

「飲む前に綺麗にしてくれる便利なウォーターボトルだぞ?何処でも美味しい水が飲めるってのに」

「いや、それ水道水の話でしょ。自然に川に流れてる水にも効果あるの?」

「ある程度は大丈夫だろ。そんなこと言ってたら何も口に出来ないぞ。あくまでも気休めだ」

「せめて煮沸して蒸留水にしたいところね」

「んな時間があるか」

「仕方ないわね…」

 

 向こうに眼をやると普通に顔からいっている。流石にそんな真似は出来ないが掬って飲む程度なら大丈夫だろう。

 

「自然って感じが否めないわ」

「流石に真水とまでは無理なんだな」

「お腹壊さないかしら…」

「そんときはそんときだ」

「一応満タンまで入れとくわ」

 

 そんなこんなしてる間に追っ手の男達も大分と息が整ってきたようなので本題に入る。

 

「どうして追ってきたんです?」

「どうしても何も逃げるからに決まってるだろう!」

「追うから逃げるんじゃない!」

「そもそもなんでついて来たんです?」

「お前らみたいな恰好をしてる奴らは大抵遊郭から逃げ出した娘って相場が決まってんだよ!」

「な!和服を馬鹿にするんじゃないわよ!」

「誰に言われて来たんです?」

「言うわけねーだろ!」

「つまり誰かに言われて来たんですね?」

「……」

「黙ったわね」

「わかりやすい…」

 

 何やら暫くコソコソと相談している三人。コソコソしなくても聞こえないのだが。

 

「とにかく!悪いことは言わねえからさっさとこっちへ来い!」

「行くわけないでしょう!そもそも私達は遊女じゃないわよ!」

「うるせえ!逃げ出した遊女は皆そう言うんだよ!」

「逃げるのに目立つ服着る訳ないでしょう!」

「他に服がねーんだろ!」

「あーいえばこーいうわね!」

「こーいえばあーいうな!」

 

 ミワが一人の男と舌戦を繰り広げている。大方彼らは遊郭の門近くに詰めているやつらだろう。もしかすれば逃げ出した遊女目当てのロクデナシかもしれないが。川を挟んで言い合っている仲間を見ている他の二人に合図して少し離れた場所で話をする。

 

「それで、捕まえてどうするんです?いやらしいことでもするんですかね?」

「しねーよ!そんなことしたら店の連中に何されるかわかったもんじゃねえ」

「じゃあ遊郭から逃げ出したんじゃないって分かったらどうです?」

「いや、そりゃあ、まあ。何もしねーよ?」

 

 その気があったとしてもせめて言い切って欲しい。いや、あってもらっては困るのだが。

 

「いやするでしょ。そもそも誰か逃げたとかいう話があったんです?」

「そう言われると…どうなんだ?」

「あいつが遊女が逃げたから捕まえるぞって言ってたからてっきりそうなのかと」

「ん?どうしました?」

「ちょっと待ってくれ!」

 

 トヒと話していた男の方が今もミワと怒鳴りあっている男へ駆け寄り、何やら話をしている。ミワは次の戦いに備えてかがぶがぶ水を飲んでいる。あれだけ文句言ってたくせに。

 

「待たせたな!」

「どうです?」

「こいつが聞いたのは!『遊女みたいな服を着た娘が街を歩いているからちょっと見てこい』だけで!遊女が逃げたという話はないそうだ!」

「早とちりし過ぎでしょう」

「悪かったな!とはいえただで帰るわけにもいかんのだ!個人証明を見せてくれ!」

「これかしら?」

「遠くて見えん!こっちに戻って来てくれないか?」

「はあ?あなた達、小娘二人にこの川を渡れって言うの?無理に決まってるじゃない!」

「お前らそっちに行けたじゃねえかよ!」

「無理なものは無理なのよ!そっちの誰かがこっちに来なさいよ!」

「こんなの男でも下手すりゃ流されちまうよ!」

「じゃあ諦めるのね!そうやすやすと見せてたまるもんですか!」

「いやしかしなあ…」

 

 このままでは平行線である。その内三人で固まって渡ってくるかもしれない。渡っている間に逃げればそれで済むのだが、そうすれば次から街に入りづらくなる。だからと言って眼の前でスキルを使って見せるわけにもいかない。

 

「仕方ないわね…」

「どうするんだ?」

「秘密アイテムの二つ目よ」

 

 ミワが荷物をゴソゴソと漁る。

 

「ろおぷう〜」

「やるんだな」

「トヒ、その辺の岩に取れないように括りつけてきてちょうだい」

「わかった」

 

 出来るだけ大きくて引っかかりの良さそうな岩を選んでロープの端を括り付ける。試しに二週間で習得したサバイバルで役立つロープの結び方というのをやってみた。

 

「結べたぞー」

「じゃあいくわよ!」

 

 ミワが反対側の端を輪っかにしてクルクル回している。カウボーイならぬカウガールか。ひょいと投げたように見えるがミワの力で投げられたロープは対岸にいる三人を大きく越えて着地した。

 

「二人で引っ張って一人こっちに寄越しなさい!」

 

 向こうもミワの意図を理解したらしく二人がロープを引っ張り、一人が服を脱ぎ始めた。

 

「ちょっ!何脱いでんのよ!」

「脱がなきゃ濡れるだろうが!」

 

 完全に理解はしていなかったようだ。よりにもよってこちらに派遣されるのはミワと言い合いをしていた男だった。

 

「んなもん乾かせばいいでしょうが!乙女の眼に変なもの見せるんじゃないわよ!」

「一張羅なんだよ!嫌なら眼ぇ瞑ってろ!」

「見てないと何しでかすかわかんないじゃないの!」

「もう一人が見てればいいだろ!」

「はあー?この子にそんなもの見せるわけないじゃないの!そんなの私が許さない!」

 

 また言い合いが始まってしまった。川を挟んで怒鳴り合う。川中島みたいだ。流石に向こうも考えたのか人選を替えてきた。先程トヒと話していた男で、ズボンの裾を限界まで上げて水に足を入れた。

 

「しっかり引っ張りなさいよ〜」

 

 こちらは岩に括りつけているので引っ張る必要はないが、あちらはサボるとロープが弛んで支えの意味がなくなってしまう。

 

「なあミワ、このロープどうしたんだ?結構しっかりとしてるじゃないか」

「そりゃ登山用だもの。時には命を預けるものなんだから簡単に切れちゃったら困るわ」

「高かったろ?幾らしたんだ?」

「いや〜色んなものも一緒に買ったから一つ一つの値段はわかんないわね〜」

「たくさん買ったのか。よくそんな金持ってたな」

「ま、まあ、一応お嬢様だからね…」

「ほーん」

「知らない方がいいこともあるわよ…」

「三通りほど予想したが聞くか?」

「遠慮しとくわ」

「実家から借りた」

「聞きなさいよ」

「ヘソクリを使った」

「……」

「うちの実家から借りた」

「うっ…」

「図星か」

「だってトヒも私のせいで生活がギリギリなんでしょう?今更実家に頭下げる訳にもいかないし…トヨ姉様にトヒのためだから!って言ったら貸してくださったのよ…」

「うわ、トヨ姉にそれ言うか…あのシスコン泣きながら大金用意しそうだ」

「実際トヒのためにもなるじゃない?」

「あのなあ、今更なんだから遠慮しなくていいんだ。変に遠慮されると逆に寂しい」

「悪かったわよ…」

「それに出世払いで返してくれるんだろう?だったら今のうちにじゃんじゃん貸し付けてやるよ」

「闇金よりタチが悪そうね」

 

 川を渡っていた男がそろそろこちらに辿り着く。人畜無害そうな顔をしているが数えきれないほどの人間を殺しているかもしれない。取り敢えずミワが構えトヒはその後ろに下がる。

 

「よくここまで辿り着いたな勇者よ!」

「は?」

「気にしないで下さい」

「じゃあまずはあなたのステータスカードを見せてもらおうかしら?」

「ステータスカード?」

「個人証明です」

「まあ仕方ねえな」

「ものわかりがいいわね…」

「あんたに何言っても通んねえことくらいわかる」

「確かに」

「失礼な…」

「ほらよ」

 

 個人証明を見るのは三枚目だが二人のものと何ら変わりはない。それに今日貰った二人のものと同じくらい輝きを保っていた。

 

「随分綺麗ね。最近作ったパチモンじゃないの?」

「んなわけあるか!ここじゃあ偽造は奉行所通り越してお上行きだぜ?そんなやつ聞いた事もねえが」

「ふーん」

「平次さんというんですね。身分は…町民ですか」

「あの二人は?」

「うるさいのが助六で、もう一人のが弥助だ」

「寿司か」

「寿司ね」

「寿司?」

「こっちの話よ」

「そんじゃあんたらのも見せてもらおうか」

「どっちのが見たい?」

「は?」

「いや、こっちは一人分しか見てないのに二人分見せろっていうのは虫のいい話じゃない?」

「また何か言い出しやがったな…」

「おい」

「冗談よ」

「ったくなんだよ…」

「はい。私のはこれよ」

「確かに。そっちのも」

「ほい」

「ミワとトヒか。どこかは知らんが遠くから来たんだな」

「まあね」

「んじゃ裏を見せろ」

「やっぱ裏も見たいわよねえ」

「まあ裏を見ないと見た意味ないもんな」

「仕方ないわね…」

 

 同時に2枚のカードをひっくり返す。裏に書かれているのは当然身分欄。そこに書かれている二人の身分はその他。そして備考欄には…

 

「神見習いと巫女見習い…?」

「どう?わかった?」

「いや、でも、うーん」

 

 黙り込んでしまった。じっとカードを見つめて微動だにしない。この世界では常識じゃなかったのか?しびれを切らしたミワが口を開く。もっと大きなリアクションが欲しかったのだろう。

 

「どうしたのよ?」

「偽造なんてことないよな?」

「ないわよ」

「でもなあ…」

「何か腑に落ちないところでも?」

「いや、本物なのはわかったんだが、それをどう報告したものかと思ってなあ。信じるわけがねえし実際俺も完全に信じてるわけじゃねえ」

「実物を前によくそんなこと言えるわね」

「仕方ねえだろ。そういうのがあることすら噂でしかなかったんだぞ?そんなのを信じろって言う方が無茶な話だ」

「常識じゃなかったのかしら」

「そのハズだが」

「あんたらの国じゃそうかもしれないがよお」

 

 この男も社会のヒエラルキーに属している一人の人間である。上司くらいいるだろう。帰って報告しても適当に報告したと思われるのが関の山。

 

「うちのアニキに見せてもらうってことはできねえよなあ」

「出来ないわね。今から連れてくるわけ?」

「自分達が戻るって選択肢はねえんだな…」

「当たり前でしょ」

「せめてちゃんと個人証明を見たってことがわかればいいんだが」

「そうねえ」

「紙に名前を書いたやつを見せるってのはどうですかね?」

「俺、自分の字と簡単な字くらいしか知らないんだ。適当に書かれても判断のしようがねえ」

「きちんと書けばいいんでしょう。トヒ、紙とペンを」

 

 荷物の中からノートと鉛筆を取り出して大きな文字で名前を書いてミワに渡す。ミワも少し考えてから名前を書いた。

 

「何だこれ」

「似顔絵よ」

「誰の」

「トヒの」

「デフォルメされ過ぎて全く元がわからん」

「トヒも何か別に書いときなさいよ。名前だけじゃ味気ないでしょ」

「うーん…」

 

 特に書くこともないので普段から書いている御朱印の墨書部分を書いておいた。鉛筆だが。そして綺麗にページを破り平次に渡す。

 

「これでどうです?」

「まあ無いよりはマシだな…」

「こっちがミワでこっちがトヒって書いてあるわ」

「何だこの顔みたいなのは」

「トヒの顔よ」

「ヘッタクソだな…」

「あんたらの見てる長い顔よりは可愛いわよ」

「こっちは?」

「うちの実家の神社の御朱印よ。ありがたく受け取りなさい」

「お、おう…」

「わかったらもう行きなさい。心配なら明日も街には出るから何かあったら来ればいいでしょ」

「あ、ああ、手間かけたな」

 

 平次は紙をしまうと来た時と同じようにロープを支えに対岸まで戻っていった。平次が岸に上がると渡していたロープを回収していく。

 

「こりゃちゃんと乾かさないとね…」

「今日はこの辺にするか」

「そうね」

 

 ロープを片付けている間に追っ手の三人も早々に引き上げていった。街を出てから相当な時間が経っているだろうし、街に着く頃にはもう日が暮れているだろう。




ua/pvともに前話が0だったんですよね。最早ここは独り言の欄と化したのだ。まあ自分で考えてるところまではやりますよ。


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野外演習


そろそろ話が進みます。



「今、何時くらいかしら」

「16時過ぎだな」

「1時間もやり合ってたのね…」

「取り敢えず食材探しだな」

「一狩り行く?」

「いや、採取系クエストだ」

 

 少し上流の方へ移動し、川の中にある岩場に仕掛けをセットする。ついでにもう少し上流からバシャバシャと水面を叩いて音を出し魚を追い立てる。仕掛けは川沿いに生えていた竹を拝借した。そこまで本格的なものは作れなかったが入っていれば儲けもんと言ったところだ。

 そして少し川から離れたところに入りスペースが取れそうな所を探し荷物を降ろす。

 

「ここをキャンプ地とする!」

「じゃあミワは河原でなるべく大きさの揃った石を何個か運んできてくれ」

「えーなんで私が」

「適材適所ってやつだ」

 

 ミワが石を運んでいる間、地面を掘って掘り出した土を盛って5センチ程の深さの窪みを作る。盛り土の内側には大きめの端材。中心には枯れた竹や葉っぱを集める。これで消えにくく燃え広がりにくい焚き火台の完成である。台は無いが。

 

「こんなもんかしら」

「うん、ちょうどいいな」

「暗くなる前に汗流してくるわ」

「そうだな。火、起こして待ってるよ。ついでに食べれそうな魚が居たら捕まえてきてくれ」

「無茶言わないでよ」

 

 火を付ける道具は一応色々と準備していたのだが、ライターがはじかれてしまったのでどれを使おうにも一手間以上かかってしまう。一番楽なのはマッチだがライターが無い今、緊急用に取っておきたい。どうしたものか。

 

「そうだ…『十枚の窓(Windows 10)』」

 

 太陽光を一点に集めるような凹面のミラーリングガラスを作り出す。以前、ビルの窓のせいでぼや騒ぎになったというのをニュースで見た気がする。そんな感じで出来たりしないだろうかと思ったのだが割と上手くいってしまった。ホント何でもありである。とは言えほぼ日が沈みかけているこの時間では大した光量は取り込めないだろう。10個の凹面鏡を焦点が着火剤に合わさるように配置する。するとすぐに煙が登り始めた。上手いこといきすぎである。しばらくは大事な種火を生まれたての赤子のように大事に育てて大きくする。葉っぱから竹に燃え移ると竹で息を吹き風を送り、更に大きな火にしていく。竹は一本あればだいたいのことに使えるので便利だ、と、本に書いてあった。

 

「あら、ひょっとこが居るわね」

 

 火が安定したころにミワが帰ってきた。

 

「湯加減はどうだった?」

「水に湯加減も何もないわよ、冷え冷えよ。それより誰かに見られないかヒヤヒヤしたわ」

「上手いこと言うなあ」

「うるさいわよ」

「じゃあもう一仕事だ」

「先に言ってよ…また汗かくじゃない」

「なに、ミワにとっちゃ大したことないさ」

 

 薪拾いのときに見つけておいた良い感じの倒木をミワに運ばせる。枯れているので多少は軽くなっているのだろうがそれでもそれなりに重かった。なのでミワに運ばせようと思ったのだが、軽々と持ち上げるので少し引いてしまった。それを見たミワも微妙な表情をする。ごめんて。

 拠点に戻って木を縦に半分。椅子の出来上がりである。横になれば寝ることもできるのでこれで地面に直に寝ることはなくなった。後は、まだ軽かった木を3本交差させて三脚を作る。もう1つ同じものを作って最後に横に木を渡す。物干しが出来上がる。まあ急ごしらえならこんなもんだろう。

 

「いやあ、いい仕事したな」

「トヒも水浴びして来なさいよ。真っ暗になるわよ」

「そうだな。じゃあ火の番頼んだ」

「頼まれたわ」

 

 タオルと替えの服を持って川へ向かう。死水域、わんどというらしい流れが淀んだ場所があることは確認している。周辺が濡れているのでミワも恐らくここを使ったのだろう。流石に野外で服を脱ぐのは気が引けるが誰も見てないだろう。多分。着ていたものは綺麗に畳んで濡れないように少し離れたところにタオルと一緒に置いておく。入水。やはり冷たかった。肩まで浸かる気にもなれないのでさっと水を掬って身体を軽く撫でる。ついでに下着や襦袢を揉み洗いしておく。明日の朝には乾いているだろう。濡れた身体をタオルで素早く拭き取ると用意しておいた服を着て急いで戻って暖を取る。

 

「随分と早かったわね」

「流石に寒いな」

「まああったまりなさいよ…てかなんでジャージなのよ」

「野宿もあるかもしれないと思ったからな。長袖長ズボンは基本だ」

「秋も深いからまだいいけど真夏だったらどうするのよ」

「虫にさされないから夏もいいぞ。真冬だとやばかったけど」

「真冬だったら野宿なんてしないわよ」

「まあね」

「じゃあ仕掛け見に行くか」

「待ってたわよ!」

 

 さっき仕掛けておいたポイントへ向かう。ダメ押しにもう一度上流を荒らして仕掛けに追い立てる。

 

「どうかしら」

「当たりだな」

「やったわね」

「それなりの大きさだからお腹いっぱいになるぞ」

 

 他の仕掛けにも運良く同じくらいの大きさの魚が掛かっていた。上出来ではなかろうか。

 

「こりゃいいな。もう一度仕掛けておいて明日の朝また来よう」

「そうね。こんなに簡単にとれるなら食料には困らないものね。街で売れるかもしれないし」

「他の食料にも交換できるかもしれないな」

「早く戻りましょうよ。さっきからお腹が空いて仕方ないのよ」

「まあ焦るな。魚は逃げん」

 

 とった魚は他に材料もないので丸焼きにして食べる。こちらにきて初めての食事である。

 

「ん〜〜!凄く美味しいというわけでもないけど普通に美味しいわね」

「まあただの焼き魚だしな。塩か醤油があればなあ」

「ごはんが欲しいわね」

「明日は米を買うか」

「甘いものも欲しいわね」

「一瞬ですっからかんになるぞ」

「そういえば結局今日はお金使わなかったわね」

「使ってる暇がなかったからな…手元に銀5、こっちに銀11だ」

「2人で32,000円ね…神都だったら一泊が限界ってとこかしら。キャンプ最高ね」

「ずっとここに居るわけじゃないんだ。隣の国に行くまでに銀50は貯めたい」

「銀50…ひいふう…10万?」

「という訳で明日の計画を立てるぞ」

「すっかり忘れてたわ」

「遊びに来たんじゃないんだぞ」

 

 ミワのスキルを使った芸。まだ指鉄砲しか見たことないがそれをどう使うかを考えなければならない。あんな爆発をどう使えというんだ。

 

「なあミワ。あのばきゅんてやつ、どこまで火力を抑えられるんだ」

「さあ…やったことないしねぇ…」

「気軽にポンポンと撃てるもんでもないしな。下手すりゃ山が一個消えそうだ」

「じゃ、取り敢えずやってみましょうか。上向けて撃てば大丈夫でしょう」

「ふむ」

「最小出力!『墾田永年私財砲』!ばきゅん!」

「……」

「……」

「わからん」

「見た目ではわかんないわねぇ」

 

 ミワの放つエネルギー弾は不可視なので何かに当てない限り強弱がわからない。重力で落ちてこないだろうか。

 

「でも反動からすると相当弱くなってるはずよ」

「と言われても信用できん」

「と言われても反論できないのよね」

「地下数百メートルの場所で1人で試して来てくれないか」

「人口地震でも起こさせる気なの」

「じゃあ他のやつはどうなんだ」

「それこそやったことないからわかんないわ。最悪の場合死人が出るわよ」

「変な文言を付けるからだ」

「だって必殺技なんだもん」

「それは聞いたよ」

 

 必殺技以外のものも考えればいいのではないだろうか。『十枚の窓』だって別に相手を傷つける効果は付与されていないのだから。それでミワが納得するかは別だが。

 

「ねえ、ミワの窓ってどこまで耐えれるの?」

「さあ…やりようだろうな。窓にだって色々あるんだし」

「じゃあ一番頑丈なやつ出してよ。私が最小出力から少しずつ火力上げて撃ってくから」

「なるほど」

 

 ついでに『十枚の窓』の耐久性も確かめるのもありかもしれない。ミワの最弱弾で貫かれるようなら防御壁として使えたもんじゃない。

 

「受けて立とうじゃないか。限界を知っておくのも悪くないだろう」

「じゃあ早速やりましょうか。10枚全部出してよ」

「よし来た」

 

 んー…なんの耐性にしようか…エネルギー弾だし防弾でいいか。

 

「(取り敢えずミワの撃つエネルギー弾を止めきれるような防弾のガラスを一直線に)『十枚の窓(Windows 10)』」

「それじゃ行くわよ。『墾田永年私財砲』!最小出力!ばきゅん!」

「順番違うけどいいのか」

 

 ミワが遠慮なく最小出力のエネルギー弾を撃ち込む。

 

「あら」

「ふむ」

 

 ミワの指から放たれたエネルギー弾はちゃんとガラスに当たった、気がするのだがガラスには傷一つ付いていない。

 

「このガラス、どれくらい硬いの?」

「さあ…」

「そっちが強過ぎたら比較にならないじゃない」

「そんなこと言われてもなあ」

「私から破壊を奪ったら何が残ると思ってるのよ」

「サイコパスだったか」

「血が破壊を求めているの」

 

 なんかこう、ど真ん中に綺麗な穴が空いて全てを貫ていく、というのを想像していたのだが、貫くどころかヒビすら入っていない。

 

「こりゃ普通のガラスでも大丈夫なんじゃないか?」

「はっー!あったま来たわね!あんまり舐めてると痛い目会うわよ!」

「人に銃を向けてはいけません」

「意地でもこのガラスを粉々にしてやろうじゃない」

「ほどほどになー」

 

 少しずつ火力を上げて数発撃ってみる。がしかし、最大火力を撃ち込んでもミワの努力虚しくガラスの方はビクともしない。流石にミワもヘコむ。

 

「なんでよ…昼間はあんなにすごかったじゃない…」

「なあ、ミワ」

「何よ、笑いたかったら笑いなさいよ。あんだけ大口を叩いておいて傷一つ付けられなかった無様な私を笑いなさいよ」

「はは」

「笑うんじゃないわよ!」

「どうしろと」

「もっと気遣いなさいよ!」

「めんどくさ…」

 

 最早聞き分けのないガキである。

 

「多分なんだがな、ミワのばきゅんは直接物を破壊することは難しいんじゃないか?」

「トヒも見たじゃない。あの分厚い壁のガレキを」

「あれはミワのばきゅんでなったんじゃなくて密閉空間で圧力が上昇したからああなったんだろうな」

「どういうこと?」

「鉄砲からなんで弾が跳ぶかしってるか?」

「そりゃ引き金を引くからで…あれ?そんな引いただけで飛んでくわきゃないわね…」

「火縄銃とかなら分かりやすいんじゃないか?銃口から火薬を詰めて、弾を込める。引き金をカチッすると火が火薬について爆発する」

「その衝撃で?」

「実際には急激な熱膨張なんだがまあ大雑把だがそんなとこだ」

「つまり私は火薬に火を付けただけなのね」

「言いたかったのはそんなとこだ。物を飛ばす力はあっても壊す力はないってとこだな」

「そういえばトヒも爆発しなかったものね」

「そういえばそうだな」

 

 初めて仮想空間に飛ばされたときにミワに撃ち込まれた腹の感覚を思い出す。衝撃は凄かったが優しい温かみだった…気もしなくもない。

 

「つまりあれね。弾を用意すればいいのよね?」

「そういうことになるな。あくまでも一案だが」

「物は試しよ」

 

 ミワが足元に転がっていた小指くらいの小石を拾い上げる。

 

「じゃ、行くわよ」

 

 コイントスのように親指で上に弾く。

 

「ん?」

「ばきゅん!」

 

 そして落ちてきた小石に向かってエネルギー弾を撃ち込む。小石は軌道を変えてまっすぐ10枚ならんだガラスに向かい、一番手前のガラスに当たって下に落ちた。

 

「そのフォームは大丈夫なのか?」

「まあ大丈夫でしょ。で、どう?」

「前の車が跳ね上げた小石がフロントに当たった感じだ」

「どうなのよそれ」

「ちょっと傷が入った」

「大成功ね」

「まあ普通の石が防弾ガラスに傷を付けたんだから大したもんだよ」

「次は普通のガラスでやってみましょう!」

「ほい」

 

 新たに『十枚の窓』を展開する。普通の窓ガラスが10枚並んだ。

 

「それじゃ行くわよ!『墾田永年私有砲』!ばきゅん!」

 

 放たれた小石はガラスの中心を一直線に通り抜け、10枚全てを貫通した。

 

「なんか変わったか?」

「名前を変えてイチからイメージし直したのよ」

「ほー」

「これなら使えそうでしょ?」

「何に?」

「何って…お金稼ぐんでしょ?」

「……目的を見失ってた」

「あんたねぇ…」

「如何にしてミワの機嫌を取るかを第一に考えていたからな」

「今はすこぶるいいけどなんか癪ね」

 

 火力調整が出来ることがわかったのだがそれをどうするかという課題が残っている。今のままだとただの射的だもんなあ。

 

「じゃあ演目を決めましょうか」

「そうだな」

 

 こういったことはミワに任せた方がいい。神社のイベントでも何かするとなれば皆がミワにアイデアを求めるしミワもそれに喜んで答えている。そういった仕事につけばいいのにとは思うのだが少し厳しいか。神社のイベントは街のイベント。あの街のイベントプロデューサーは元々ミワだったのだ。そりゃ求人がある訳が無い。

 一通りのプログラムを決めるとミワはさっさと寝てしまった。こっちに来ていきなり力を使い果たし、回復仕切る前に河原を駆け、さっきも躍起になって撃ちまくったのだ。疲れていて当然だろう。人のこともあまり言えないので明日に備えてさっさと寝よう。

 

 

 ミワとトヒが眠りについた頃、アマノが部屋に戻っていた。そろそろ向こうでは日が変わるころだ。彼女らの睡眠時間はモニターを任せていた部下にも束の間の休息が与えられる。初日の様子を聞きたかった。

 

「やあ、どうだい」

「またおいでになったのですか?暇でして?」

「面倒見がいいと言ってくれないかな…」

「度が過ぎると過保護になりますわよ。先程、お二人共ご就寝されましたわ」

「そうかい。何か気になった点は?」

「いえ、特には」

「へえ」

「そう心配なさることもありませんわ」

「別に心配というわけじゃないんだけどなあ。ただ初めての一般人の転送だから気になってるだけで」

「それを心配していると言うのですわ」

「そうなのかな」

「はいはい、わかったならさっさと仕事してきて下さいまし。私の休憩時間を邪魔しないで頂きたいんですの」

「あれ?一応上司なんだけどな?」

 

 いい部下を持ったアマノであった。





今回は少し短めです。書き写しの際に削ったらここまで…まあ6000前後が目標なので少なめの回があってもいいでしょう。


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初回公演


('ε' )く('ㅂ' )り('□' )ま('ε' )す('□' )が
('ロ' )こ('ロ' )と('ㅂ' )し('ロ' )も
('□' )やーっ('ㅂ' )て('ㅂ' )き('□' )たー



 翌日。朝日が昇る前に目が覚めてしまった。なんと言っても寒過ぎる。焚き火の火を大きくして暖をとる。昨日の朝目が覚めたときは暖かい自宅の布団の上だったのに今日は冷たい知らない世界の丸太の上である。

 昨日は色々と金稼ぎの術を考えたのだが、ミワが暴走して大半がここでは実現出来なさそうなことばかりであった。形にはなったがショーの中身だけでなく他にも重要なとこがある。客引きだ。服装だけでも十分に目立つのだが、客引きはやはり声、耳に訴えかけるものである。そこで一応持ってきていた神楽笛を奏でより多くの人を集める。巫女になってからほぼ毎日、巫女長のもとで練習してきた。ここ二週間はご無沙汰だったがそう簡単に忘れるものではない。荷物から笛を取り出し軽く吹いてみる。静かな森の奥に笛の音色が吸い込まれていく。

 

「…あら?練習?」

「ああ。おはよう」

「おはよ〜お腹空いたわねぇ…」

 

 ミワも起きたので昨日の仕掛けを見に行く。一晩置いておいたのでそれなりに期待が出来るだろう。例のごとくバシャバシャと水面を叩いてから仕掛けを確認する。

 

「大漁だな」

「こんな仕掛けでよく採れるわよねえ」

「この川自体が結構ないいとこなんだろう。これだけあれば保存食も作れるな」

「おやつね!」

「非常食だ」

 

 血抜きや内臓の処理はその場でしておく。拠点に戻ると早速朝ごはんである。と言っても昨日と同じく丸焼きにするだけなのだが。

 

「魚ね」

「魚だからな」

「炭水化物が食べたい」

「今日の稼ぎ次第だ」

「甘いものが食べたい」

「それは当分お預けだな」

「養蜂の技術を身に付けておくべきだったわ」

「害虫駆除の方がいいんじゃないか」

 

 どちらにせよ防護服がなければ痛い目に合うのは間違いないが。朝ごはんも早々に済ませ、昼の本番へ向けて練習を始める。『十枚の窓(Windows 10)』で的を設置して『墾田永世私有砲』で撃ち抜いていく。やるのは基本それだけだが、色々なパフォーマンスを昨日考えたのだ。

 

「まずはシンプルに一枚から始めましょう」

 

 初めは一枚を破る。破った後の石が飛んでいってしまうと危ないので、強化ガラスとセットである。つまり二枚のガラスを使う。

 

「ばきゅん!」

「ヒット」

「次!二枚!」

 

 二枚の通常ガラスと一枚の強化ガラスの三枚を消費する。

 

「ばきゅん!」

「ヒット」

「次!三枚!」

 

 三枚の通常ガラスと一枚の強化ガラスの四枚を消費する。

 

「ばきゅん!」

「ヒット」

「次!強化ガラス四枚!」

 

 先程の強化ガラス三枚と残りの十枚目を使う。先程使った強化ガラスには撃った石がまだ埋まったままである。それを並べて少し強い火力で新たな石を撃つ。新たに撃たれた石が埋まっている石に当たるとその石はガラスを通り抜け次のガラスへ向かう。それを三度繰り返し最後は十枚目で受け止める。十枚目は他の三枚よりは強くしてあるので通り抜けることはないはずだ。

 

「ばきゅーん!」

「うん、成功だ」

「まあこんなものよ」

「よし、次だ」

 

 やってみてわかったが、このガラス、展開してからもそれなりに自由に動かせるらしい。大きいものはまだ未検証だが出来るならそれに越したことはない。色んなところで使えそうだ。

 一枚の通常ガラスと一枚の強化ガラスのセットを五つ用意し平面のように並べると、速射で五連続で撃ち抜いていく。

 

「ばきゅん!ばきゅん!ばきゅん!ばきゅん!ばきゅん!」

「オールヒット」

「上々ね!」

 

 次に四枚の通常ガラスと一枚の強化ガラスの二セットを二連射で。

 

「ばきゅん!ばきゅん!」

「よし」

「ラストよ!」

 

 最後は九枚の通常ガラスと一枚の強化ガラスを一直線に並べる。

 

「ばきゅん!」

「オールクリア」

「チョロいもんね」

 

 合計四十枚ものガラスを使ったショウであるがスキルで適当に並べるだけなので思ったより時間がかからない。しかし余りにも短時間では少々あっけない。せめて10分はもたせたいところだ。

 

「結構考えたのにね」

「大半はボツだからなあ」

「一回目だしガッチリと掴みは入れたいのよね」

「観客参加型にするか?」

「どこで参加するのよ」

「ガラスの目の前に立って迫り来る小石を体感」

「貫いたら目も当てられないわ…」

「痛いかな」

「痛いでしょ」

 

 一先ず休憩ということにしてそれぞれ自由時間にする。ミワは拠点で本を読んでいるという事なので少し周囲を見て回ることにした。昨日は薄暗い中での探索だった上、必要なものを中心に探していたのであまり観察が出来ていなかった。自分の今居る場所を把握するのは大事なことである。

 川沿いから離れ奥の方へ行くと人の立ち入った形跡が極端に減った。獣道のようなものもあるので野生動物との遭遇もあるかもしれない。ところどころ大きな木の幹に印を付けながら奥へ奥へと入っていく。

 

「お、いいものあるじゃないか」

 

 自生しているツバキを見つけた。ツバキの実から採れる種は搾るといい油が採れる。既に弾けている実もあるので木の周囲で種を探す。今回は時間も入れるものもないので手持ちの小袋に入るだけ拾ったが、今度大きな袋やかごを持ってきて大量に拾おう。帰りがけにはクリの木を見つけた。案の定下にはイガイガが沢山転がっている。これはミワの土産にと、数個取り出しポケットに入れ持ち帰る。甘さは約束出来ないがいいおやつになるだろう。

 拠点ではミワが本に顔を突っ込んで眠っていた。今日起きたのはかなり早かった上に、朝からスキルを使用したのだから仕方ない。下火になった焚き火の隅に切り込みを入れたクリを放り込むと拾ってきたツバキの種の皮を剥いていく。これがなかなか硬くて骨が折れる。河原から石を拾ってくると遠慮なく叩く。ガツンガツンやっているとミワが目を覚ました。

 

「あら…戻ってたの」

「ああ、また起こしたか」

「何やってるの?」

「ツバキを見つけたんだ。これで油を採ろうと思ってな」

「へー」

「ついでにクリも拾ってきたんだ。そろそろいい具合だと思うぞ」

「焼き栗ね!いいわねえ」

「さあ火中の栗を拾って見せろ」

「どんな拷問よ。猿じゃないんだから」

 

 あっついあっついと言いながら殻を剥きパクリと一口、そしてまたあっついあっついと言いながら口の中で転がす。

 

「美味いか?」

「こっちに来て魚しか食べてないから涙が出るくらい美味しいわ」

「そりゃよかった」

「トヒにも剥いたげるわ。探せば焼き芋も出来そうね…あっつ」

「流石に自生はしてないんじゃないか」

「はい、トヒ」

「ありがと…うん、クリだ」

「クリだもの」

 

 しばらく二人で焼きたてのクリを食べる。

 

「この作業が終わったら街へ出るぞ。昼ごはんはどうする?向こうで食べるか?」

「街で食べたいのは山々なんだけど…昨日のアレがあるからなんとも言えないわね…」

「あー…」

 

 昨日はいたたまれなさ過ぎて逃げてきたようなものだ。しかし今日は稼がねばならないのだ。その前に逃げてしまってはどうしようもない。

 

「街の外れにある屋台とかなら大丈夫じゃないか?」

「そうであることを願うわ…なかったらお昼はこれだけよ」

「最後の飯になるかもしれん。よく味わって食え」

「教官殿!自分…自分は幸せでした…!」

 

 茶番もそこそこにツバキの種の皮を剥いていく。ミワも途中から参加し、全ての種の中身を取り出すことが出来た。これはしばらく乾燥させておく。

 街に出るために正装に着替える。正直寝巻きは洗濯して干しておきたいのだが、長時間この場を離れることになるのでそのまま畳んで荷物にまとめる。蚊帳やロープも一旦外してしまう。

 

「毎回毎回セットして外してってするの面倒じゃないかしら」

「この世界では珍しい素材が使われてるから狙う輩もいるかもしれないだろう」

「まあそうね…」

「パンツなんか持ってかれてみろ。一日中スースーしたまま過ごすことになるぞ」

「全部持っていきましょう」

「小屋っぽいのでもあればまだましなんだろうがな…」

 

 文句を言っていても仕方がないのでさっさと荷物をまとめる。焚き火は上から石を置いて一時的に火を鎮めておく。これで燃え広がることはない、と思う。

 

「そろそろ行くか」

「そうね」

 

 昨日の昼にこの世界に来てからもう丸一日になる。やったことは街から逃げ出したくらいだが、そもそもどうして逃げる必要があるのだろうか。本来の目的は数々の試練をクリアしつつこの世界を救うことなのである。まあ、試練はそんなにホイホイとやってくるものではないだろうからいいのだが、今やろうとしていることと言えば生きるための金稼ぎである。その辺はもう少しイージーにして欲しかった。それに旅のために付け焼き刃で習得したアウトドアスキルだが、まさか街を目の前に見ながら使うとこになろうとは思わなかった。せめて初日くらいはゆっくりと過ごしてこれから頑張ろう!みたいな流れを期待していたのに。

 

「どうしてこうなった」

「ホントに、どうしてこんなに街が遠いのよ!」

 

 拠点を発ってから数十分。しかしミ未だに河原を歩いている。昨日は疲労を気にせず思い切り走ったものだから相当川の上流まで来ていたようだ。昨日の三人組も散々である。知ったことではないが。

 

「あの橋が多分街から続く道にあったやつだろう。あこまで行けば楽になる。もう少しだ」

「昨日はこんなとこよく走れたわね…」

「必死だったからな。コケずグネらずよくやったもんだよ」

「全くよもう」

 

 土手を登るとある程度舗装された道になり歩きやすくなった。昨日来た道を戻って街へ向かう。ここからでも中心部にあるキャッスルっぽい城がよく見える。

 

「さて」

「着いたわね」

「とにかく人通りのあるところまでは行かないとな」

「出来ればそれまでに屋台があると嬉しいわね」

 

 目算が外れ小一時間は歩いたので昼時は過ぎてしまっているが、果たしてまだやっている店はあるだろうか。この辺りは中心部から結構離れているので人も少なく店も並んでいない。街道沿いであればまた違ったのだろうが今たどってきた道は残念ながら農村からの道だ。誰も店は出さないだろう。結局例の小間物屋に至るまで食べ物屋すらなかった。その頃には人も増えており既に周りからの好奇な目に晒されていた。昨日は耐えきれず逃げ出したが今日はそういうわけにもいかない。今日の飯を食うためにも。

 街の中心部を囲む塀までくると塀沿いに少し歩いてみる。やはり少しでも活気があるところの方が人の集まりもいいだろう。そして少しでも羽振りの良さそうなところがいい。

 

「この辺がいいんじゃない?」

「そうだな」

「大きな看板を出してるお店が沢山あるし人もいっぱいよ」

「じゃあ準備するか」

 

 準備と言ってもミワは小石を入れた竹筒を出すだけだし、こちらも笛を出すだけである。予め上の方に入れてあるので大した苦労はない。

 

「じゃあミワ。笑顔でな」

「任せなさい。愛想笑いなら得意よ」

 

 にっこりととびきりの営業スマイルをして道に顔を向けるミワ。その少し下がったところで仰々しく笛を吹く。本来なら神事の際に姉が舞っているときに奏でる曲なのであるが、一度もその機会がなく今日まで来てしまった。今回は人を集めるために吹かせてもらう。響きも荘厳なので神を目立たせるにもちょうどいいだろう。ただの見習いだが。

 一曲終える頃には小さなひとだかりが出来ていたのでミワに合図を送る。

 

「ようこそお集まり下さいました。私は与えられた試練を乗り越えるため各地を回って旅をしております、神見習いのミワと申します。そしてこちらは私と共に旅をしている巫女見習いのトヒ」

 

 個人証明を取り出し、ぺこりとお辞儀をする。ミワの口上、各地を回っていると言ったがこれからやる予定なので嘘ではない。突っ込まれると言い訳できないが。

 

「この度このような場を設けさせていただいたのは皆様のご支援を頂くためです。遠方より旅をして来た我ら、この街に着いたのは良いのですが、正直申しまして次の街までの路銀が心許ないのです」

 

 アナイから貰った小袋をひっくり返し、銀2をポトリポトリと手の上に出す。まあここは芝居のしようである。ミワの口上、実際は昨日この街に転送されてホヤホヤなのだが、個人証明の出身的に嘘ではない。実際かなり遠いところからやってきた。昨日もなんとなく納得してもらえたし。

 

「さしあたって、ただ無心するのは心苦しく思い、本日は一つ、私の披露致します芸を見て頂きたく思います。それを見てご支援頂ける方は少しで構いませんのでこちらにどうかお願い致します」

 

 竹を切って作った筒をミワと観衆の間に置くトヒ。何回もやっているように見せかけるため枯れた竹を使い切り口もいい感じに汚してある。ミワの口上、短時間で終わってしまう芸をフォローするために長ったらしいものを考えた、苦肉の策である。

 

「尚こちらの札をお使いになっている方は、チャージの割増分の一部だけでも構いませんので何卒宜しくお願い申し上げます」

 

 銀11が入っている札ではなく何も入っていないミワの札を掲げる。ここには確かに銅1すら入っていないので金がないことは確かである。キャッシュレスの普及しているこの街では持っている者も多いであろうこの札。ただで転がり込んできた分くらいならいいだろうと思う人がいるかもしれないと言う淡い期待を抱いてのことだ。神になろうとしてる者が色々とせこい手を使っているが、そもそも今からやろうとしてること自体かなりチートなのだ。大目に見て欲しい。

 

「それでは始めたいと思います。トヒ、準備を」

「はい」

「今からお見せ致しますのは先程拾い集めました、この小石を使った芸で御座います。まずはご覧下さい」

 

 通しでやった練習は一回だがプログラムは何回も反復して覚えているのでやることの動きはスムーズである。

 

「『十枚の窓(Windows 10)』!」

 

 十枚のガラスを展開する。途端に観衆がざわつき始める。急にガラスが出てきたのだからそりゃ驚きもするだろうが、本番はここからである。

 

「行きます!『墾田永世私有砲』!ばきゅん!」

 

 小石を弾き上げ落ちてきたのを撃つ。まずは一枚のガラスを貫いた。あまり反応は良くない。

 

「次は二枚!ばきゅん!」

 

 続いて二枚のガラスを撃ち抜く。先程よりは反応があった。

 

「三枚行きます!ばきゅん!」

 

 三枚のガラスを撃ち抜く。いい感じの反応が返ってくる。

 

「そしてこの小石が埋まった三枚を…ばきゅーん!」

 

 初めの掴みの大技である。新たに撃った小石が埋まった小石を弾き出し次のガラスに埋まった小石を弾く。その小石もまた次のガラスに埋まった小石を弾き出し最後の十枚目を穿つ。見る人によっては新たに撃った小石が三つを通り抜けたようにも見えているだろう。ここで大きな歓声があがる。

 

「ありがとうございます。ありがとうございます」

 

 投げ入れられるお金。少しだが一つ一つに礼を言うミワ。

 

「続いて参ります。トヒ」

「『十枚の窓(Windows 10)』!」

 

 観衆から見て正面にガラスを展開し、ちょうど正五角形のように配置する。

 

「行きます!ばきゅん!ばきゅん!ばきゅん!ばきゅん!ばきゅん!」

 

 五連続で小石を撃ち出す。小石はちょうど五芒星を描くようにガラスを撃ち抜いていく。

 

「次!」

「『十枚の窓(Windows 10)』!」

 

 続いてもう一回五角形の右上と左上の位置にガラスを展開する。

 

「ばきゅんばきゅん!」

 

 一度に二つの小石を弾き上げ間髪入れずに二連射。八枚のガラスが綺麗に撃ち抜かれていく。ミワは振り向きわざとらしくお辞儀する。先程よりも大きな歓声が上がり、先程よりも多くの人からお金が投げ込まれる。それに対しても一つ一つ丁寧に礼を言うミワ。気が付くと始めの倍ほどの人が集まっていた。

 

「それでは最後の大技です。成功致しましたらより大きな声をお願い致します」

「『十枚の窓(Windows 10)』!」

 

 十枚のガラスを長く一直線に並べる。ここでもまた少し歓声があがる。ステンドグラスのように一枚ずつ色を少しかえてみたのだ。当事者にはあまりわからないが離れたところから見るとそれなりに綺麗なのだろう。

 

「届け!『墾田永世私有砲』!ばっきゅーん!!」

 

 派手目に叫び小石を撃ち出す。そんなに気合いを入れなくても十分届くのだがその場のノリである。撃ち出された小石は様々な色のガラスを突き破り、最後のガラスを叩いた。一番大きな歓声があがる。

 

「ありがとうございました!」

「ありがとうございましたー」

 

 竹筒をかかえお金を受け取って回る。ミワは札で数値の授受をする。初めての割には大成功だったのではないだろうか。人だかりが無くなると物珍しさから寄ってきた子供らをいなしつつ片付けをする。片付けと言っても散らばったガラス片はスキルを解除するだけで消失するのでミワが散々撃ち尽くした小石を拾い集めるくらいだが。

 

「じゃあ行きましょうか」

「うむ」

「なんかお肉が食べたいわね」

「店探すか」

「あるといいわねー」

 

 意外にもこの世界では肉食は一般的なようで普通にあちこちで肉を取り入れた料理が出されていた。霊鳥を扱う店もあったが流石に胡散臭過ぎて入らなかった。

 

「肉うどん!」

「鴨南蛮蕎麦」

 

 結局麺である。





今年最後の投稿となります。この調子だといつ話が動くんでしょうね。


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露天風呂

おいおいおい2020年終わっちゃったよ



 近くの麺屋で肉が入っているものを注文する。昨日の小間物屋とは違って皆忙しいのか、大半の者はチラリと眼を向けるものの大した反応は見せず食べ終わるとさっさと店を出ていく。理は直ぐに運ばれてきた。少しお高めの銅25だが結構ボリューミィである。

 

「それでは…全てのものに感謝して…いただきます」

「いただきます」

「で、これは何のお肉かしら」

「さあ、食べりゃわかるだろう」

「そうね、見た目で豚と牛の区別がつかないトヒに聞いても無駄よね」

「まあそうだが…それがそのどちらでもないのはわかるぞ?」

「ドヤる程のものじゃないわよ」

 

 こちらは鶏肉である。鶏肉か否かくらいはわかる。今回は名前から判断しただけだが。

 

「しかしあれだな、出汁が濃いな」

「麺に絡める分にはちょうどいいんだけどね」

「こんなとこまで再現しなくていいのに」

「それにしてもこれ何の肉なのかしら…」

 

 先に食べ終わったので先程集めた金を計算する。ほとんどが銅だったが少し銀も交ざっている。流石に金はなかった。

 

「どう?いくら集まった?」

「銀が4と…銅が…ざっと50といったところか」

「まあまあね」

「ミワの方はどうだったんだ?」

「割と太っ腹な人が多かったわよ銀2とか3とか」

「いいじゃないか。やっぱり札で持ち歩いてる人は金持ちなんだなあ」

「私の営業スマイルのお陰よ」

「それはそうかもしれないな」

「トヒの方に全部移しとく?」

「いや、もし落としたりしたら怖いから出来るだけ分散させておこう」

「落とす気しかしないわ…」

「そのときは落とした分稼ぐまで飯抜きだな」

「ヒェッ…」

「冗談だ」

「よかった…ごちそうさまでした。それにしても何の肉だったのかしら」

 

 二人で合わせて銅50を支払って店を出る。

 秋のつるべ落とし。そろそろ日が傾き始めている。暗くなる前には拠点に戻りたい。今日の稼ぎは上々なので米や塩などを買いに問屋を訪れる。

 

「どうも」

「邪魔するわよ」

「邪魔するなら帰りな」

「邪魔したわね」

「おお…これが」

「じゃないわよ!」

「あんた達この辺の人じゃないね」

「貴方こそこの辺の人じゃないでしょ」

「ははは」

「ふふふ」

「「ふはははは!!」」

 

 取り敢えずこの人がこの国ではなく同郷相当の出身ということはわかった。

 

「いいですか?」

「おっと失礼。何用ですかな」

「米を下さい」

「如何程」

「いくらから売ってくれますか?」

「銀1からだな」

「銀1でどれくらいでしょう」

「最近は一升半くらいが相場だ」

「うーん、値段はともかく量が多いな」

「どれくらいなの?」

「お茶碗30杯ぐらいだ」

「ひと月もつわね…」

「もう少し小売出来ないですかね」

「同郷のよしみだ。一升ならいいぞ」

「ありがとうございます。おいくらですか」

「銅60までまけてやろう」

 

 その場で量り売りをしてもらい、きっちり現金で銅60を支払う。

 

「ありがとうございました。ではこれで…」

「そういや、あんたらどうしてこんなとこまで来たんだ」

「私達、神見習いと巫女見習いなのよ」

「ほう?だからそんな突飛な格好をしているのか」

「ま、まあそんなとこね」

「俺もこっちに来てから長いからな…あっちのことはほとんど知らんのだ。最近どうだ?」

「最近ねえ…」

 

 答えに詰まるミワ。当然である。昨日ここに来たばかりなのだ。隣国どころか隣町のことすら知らない。

 

「西から回って来たので最近のことはあまり知らないんですよ。すみません」

「いいんだいいんだ。久しぶりに故郷のノリを思い出せただけでもよかったさ。まあ、頑張れよ」

「悪いわね」

「では」

「おおきに!」

 

 店から大きな声で放たれる聞き慣れないフレーズに街ゆく人々がビクッとしていた。

 

「故郷話は危険ね」

「この世界では故郷でもなんでもないからな」

 

 同郷の者とはあまり仲良くなってはいけないと思った二人だった。

 その後、しょうゆと塩を一升ずつ購入すると拠点へと戻る。その頃には空が紅く染まっていた。

 

「しょうゆが高い」

「何より持ち運びが面倒ね」

「その点塩は安い」

「運ぶのも楽ね」

 

 金を管理する者、荷を運ぶ者、それぞれにそれぞれの思惑があった。

 拠点は昼に出たままの状態だった。取り敢えず着替えるとたき火を生き返らせる。その間にミワは新しい青竹を一本切ってくる。今晩はこれで米を炊くのだ。

 

「こんなのでどうかしら?」

「節の間隔もいい感じだな」

「火はついた?」

「悪戦苦闘している」

「ライターとかあればねえ」

「ミワは飯盒の準備をしといてくれ」

「わかったわ」

 

 その後なんとか火を再生し料理が出来る程度に大きくする。竹の飯盒には米と水を同じくらいの分量を入れておいてしばらく水を吸わせてから火にかける。その間、川の仕掛けを見に行ったり、追加の燃料を拾ってきたり色々と忙しかった。

 

「ねえ、トヒ」

「なんだ」

「お風呂、どうしましょうか」

「あっ…」

 

 まだ周りが見えるうちにとあれこれやっている間にすっかり日が落ちてしまっていた。流石に今から川で行水は冷たすぎる。

 

「忘れてたな」

「忘れてたわねぇ」

「今日は結構ホコリ被ったからなあ」

「そうなのよね」

「川縁に穴掘ってそこに水を引き込んで焼いた石を放り込むか」

「今からすることじゃないわね。それに動く度に泥が舞いそうよ」

「焼け石に水とは言え水の中に焼け石じゃちょっと無理があるだろうしな」

「ドラム缶とか転がってないかしら…」

「ドラム缶なあ」

 

 庶民にとっては鍋ですら高級品なのにドラム缶が転がっている訳がない。五右衛門風呂のような大釜の上に大桶を被せるくらいが関の山だ。どちらにせよそんなに大量の水を運ぶ術がない。

 

「そうだわ!トヒ、水槽みたいなの作れない?」

「水槽?魚の?」

「ええ、人が入れるくらいのやつ。やってみたいことがあるのよ」

「普通のでいいか?」

「出来れば耐熱で」

「わかった(耐熱のガラスで人が入れるくらいの水槽…うーん、こんな感じか)『十枚の窓』…五枚余った」

「あーそうそうこんな感じ。後はもう少し浮かせて。同じ感じのやつを残りの五枚で高さ5センチくらいで二回りくらい小さく作ってちょうだい」

「注文が多いな。イメージしやすいからいいんだけどさ(同じのを少し浮かせて、同じ感じのやつを少し小さめに)『十枚の窓』」

「まあ、こんな感じかしら。じゃあちょっと離れててちょうだい」

「ん」

「もうちょっと」

「ほい」

 

 ミワに言われた通り水槽から数メートル離れる。

 

「上は洪水、下は大火事、これなーんだ?『大火の海神』!」

「なんだそれは」

 

 答えは風呂である。パンはパンでもに並ぶ有名ななぞなぞなので考える余地もない。そしてミワの宣言が終わると水槽は水で満たされ、水槽の下には炎が燃え盛った。見たまんま、風呂である。

 

「おぉぉ…」

「成功ね!」

「風呂だあ…」

「お風呂よ」

「水だあ…」

「海水になるかもって思ってたけど大丈夫なようね」

「火だ」

「なんでテンション下がるのよ」

「いや、あれだけ灰を被って火を起こしてるのに、こうも簡単に火を出されるとな。テンションを下げざるを得ない」

「いやでも、ほら、料理とか焚き火にしては強過ぎるし、ね?」

「そうだな」

「ほら、そろそろご飯が炊き上がるころじゃない?お風呂を沸かしてる間に晩ごはんにしましょう?」

 

 竹飯盒を火から外して魚を焼く。魚を焼いている間にご飯は蒸らしておく。

 

「ほら、お箸も作ったの。凄いでしょ」

「器用だな」

「そんでもってこれはお皿よ」

「これは割っただけだな」

「スプーンよ」

「いい曲線美だ」

「コップ」

「切っただけじゃないか」

「全部名前入りよ」

 

 ミワ作の竹細工とは言い難い食器が並んでいく。細かい作業は得意なくせに細かいことは気にしない。

 

「今日はお塩もしょうゆもあるから贅沢よね」

「塩はともかくしょうゆは無駄遣い出来ないけどな。まあ今日はいいけど」

「レモン汁とかもあればいいのにね」

「相変わらず何でもかけたがるな」

「素材の味は調味料をかけてこそ際立つのよ」

「相容れない」

「互いにね」

 

 いい感じに魚も焼けてきたので竹飯盒を開けて竹皿に盛り付ける。竹の香りも相まっていい匂いである。

 

「それでは」

「「いただきます」」

 

 まずはご飯を口にいれる。たった一日食べていないだけだがすごく懐かしく感じる。その場の雰囲気も相まってか炊飯器で炊いたものよりも美味しく感じる。

 

「なあミワ」

「何かしら」

「アマノさんにご馳走になるときに、向こうでは食べられないかも知れない、みたいなこと言ってたよな」

「そういえばそうね」

「食べれたな」

「……そういえばそうね」

「さて、塩焼きした魚もいただくとするか」

「三ツ星レストランとかにしとくべきだったかしら…」

「うん、美味い美味い」

「和食は和食でも普段食べないものにしとけば…」

 

 ミワがブツブツ言い始めたが気にせず食事を進めていく。朝まではただ焼いただけだったが、塩で下処理をしてから焼いた魚は格段に美味しさがアップしている。

 

「大根おろしとかあればいいな」

「分厚いステーキ食べたい」

「しょうゆも掛けてみるか…うん、まあ、これはこれでいいな」

「今度戻ったときにアマノさんにお願いしてみようかしら」

「後はお茶だなあ」

「デザートもとびきりのものを用意してもらって」

「ごちそうさまでした」

「えっ!早くない?」

「食べるのに集中してたからな」

「にしても早すぎるわよ」

「さて、風呂にするかー」

 

 大量の水もミワの出した炎によってすっかりお湯にかわっている。サイズも人一人に対して十分すぎるくらいだ。

 

「ところで洗い場はどこだ?」

「後先考えてなかったわ」

「そもそもこんな目の前で風呂に入るのか?」

「まあ私は気にしないけど」

「そういう問題じゃない」

「川で洗ってから浸かり直したらいいんじゃない?」

「露天風呂的なそれか」

 

 普通は逆だが。そもそも全裸でここから川まで往復しなくてはならない。しかしこんなところで掛け湯したりなんかすれば水浸しになる。

 

「仕方ないな…上手くいかなかった時のためにスキル解除の用意をしておいてくれ」

「スキル解除?ナニソレオイシイノ?」

「スキルで出したものはスキルを解除するとなくなるんじゃないのか?」

「トヒのガラスがどうかは知らないけど、私は出したら出しっぱなしよ?解除も何もねえ」

 

 そういえばミワのスキルはそういった系統のものばかりかもしれない。かくいう窓の方も解除しているというよりかは、用途が終わればなくなるように、というイメージをしているに過ぎなかった。

 

「じゃあまあ、失敗したら大惨事ということで覚悟しておいてくれ」

「何するつもりなのよ」

「『八枚の窓(Windows 8)』!」

 

 既に展開している『十枚の窓』に加えて新しいガラスを展開してみた。スキルの同時発動が出来なければ『十枚の窓』で展開したガラスが消滅し、辺りが水浸しになるところだったが大丈夫なようだ。新たに発動した『八枚の窓』で空の水槽を作り、余った三枚で正四面体の洗面器のようなものを作った。三面しかないが。

 

「これでまあなんとかなるだろう」

「おおー」

 

 パチパチと手を叩くミワ。

 

「じゃあ一番風呂は頂くぞ」

「ええ、どうぞ」

 

 さっさと服を脱ぐ。空の水槽に入ってまずは一杯湯をすくい掛け湯をする。丁度いい温度だ。

 

「あ、入る時は小さいやつを底を上にして沈めてから入りなさいよ」

「フタじゃないのか」

「どこの膝栗毛よ」

 

 ミワに言われた通りしてから湯船に入る。肩まで浸かれて足が伸ばせる。自宅の風呂でもここまで快適に入ることは出来ないだろう。

 

「お湯加減はいかが?」

「いい感じだ。身体全体を包み込むこの温かさが堪らんな」

「それは良かったわ」

 

 水はともかく燃料代が全くかからないこの風呂。本業の人が見れば発狂モノだろう。そもそも今の生活自体にあまりお金がかかっていない。ある程度の道具は実世界から持ってきたとは言え、買ったものといえば米としょうゆと塩くらいだ。え…ウチのエンゲル係数高過ぎ…?

 

「いやー…トヒさんええカラダしとるのお…これだけで飯が三杯はいけそうじゃ…」

「どこのエロおやじか」

「もし人魚の水族館があれば実際こんな感じなんでしょうねえ」

「人魚も服くらい着てるだろう」

 

 客観的に見れば全裸で水槽に入っているのだ。当然ガラスなので外側からは丸見えである。ミワ相手では今更なので特に何とも思わないが、この状況、一般的にはかなりの羞恥プレイなのかもしれない、そう考えるとどこか小っ恥ずかしい。ひとしきり温まったので水槽を移り、上から下まで全身を洗う。流石にこのときばかりは肌寒い。

 

「ごちそうさまでした。さて、私も一緒にお風呂入ろうかしら」

「何かあったとき二人とも全裸だと困るだろう。少し待て」

「えー私も早く入りたいー」

「わかった、わかったから、もう一度浸かったら代わるからもう少し待て」

 

 服を脱ぎ始めるミワをなだめて急いで湯船に入る。さっきよりも熱い気がする。

 

「寒いから早くしてよ!」

「脱ぐのが悪いんだろう。すぐ出るから」

「何秒?」

「え?じゃあ、10秒」

「20log√10!」

「風情も何も無い数え方だな」

 

 風邪を引かれても困るので渋々あがる。この身体は風邪を引くのだろうか?タオルで水気をとって着替えている間にもミワの肌面積が段々と広くなっていく。

 

「じゃあ二番風呂よ!」

「待て待て待て待て」

 

 既に生まれたままの姿になったミワが湯船に飛び込んだ。

 

「あっっっつい!」

 

 が、すぐに飛び出て水槽のヘリを掴み四つん這いになっている。あれだ、絶対押すなよ、のやつだ。

 

「どうした?水も滴るいい女ってやつか?」

「熱すぎるんだけど…」

「そりゃずっと沸かし続けてるからな」

「ちょっと!わかってたんならこの火どうにかしてよ!」

「どうにかする前に飛び込んだんだろう」

「仕方ないじゃない!待ちきれなかったんだもの」

「しかしなあ。どうにかするにもこんな大きな火どうすればいいんだ?」

「どうやってもいいから早くどうにかしてよ!」

「まずはそこから降りればいいだろう?」

「いや、なんか、この体勢、どう動いても落ちそうなのよ」

「じゃあさっさと落ちろよ。楽になるぞ。火が消えたとしても冷めるまで時間がかかるんだ。それまでそうしてるつもりか?」

「助けてくれるって選択肢はなさそうね」

「やだよ、濡れるじゃないか」

 

 必死の試行錯誤の末ようやく立つことの出来たミワに火にかけてない方の水槽を近づけてなんとか救出する。これからは沸かした湯を移してから入る方が良さそうである。

 

「この火って物理的に消せるのか?」

「さあ」

「さあって無責任な」

「取り敢えず水かけてみたら?」

「水ならそこにたくさんあるだろ。お湯だけど」

「私がやるの…?」

「安心しろ、骨は拾ってやる」

「私死ぬの?」

 

 ミワが四面体洗面器でお湯をすくうと水槽を盾にしてバシャッとかける…がしかし、全く火の勢いは弱まらず、お湯は地面にたどり着く前に蒸発してしまった。

 

「……まずくない?」

「……まずいな」

「燃える三条件ってなんだっけ」

「酸素と熱と燃えるものだ」

「これ何が燃えてるのよ」

「何を燃やしたんだよ」

「さあ…何も燃えてないんじゃない?」

「じゃあ他の二条件を潰すか」

「どうするの?」

「うーん」

 

 取り敢えず水槽を地面まで下ろしていく。発火点が分からないのでこれで火が消えるかはわからないが。

 

「消えてるの?これ」

「そもそも燃えてるのか怪しいところだ」

「そうねえ」

「さらに煮立ってきてるな」

「ねえ、トヒ」

「なんだ?」

「それ、動かせるんだったら別のとこにどかしてよ」

「それでもいいが根本的な解決にはなってないぞ」

「これ以上沸かされたらたまったもんじゃないわよ」

「それもそうか」

 

 ミワの希望通り浴槽の方は脇にのける。

 

「これを上に被せたらいいんじゃない?」

「なるほど」

 

 水槽の方を逆さにして燃えている炎の上に被せる。直ぐには収まらないだろうが、酸素を使って燃えているならこれで鎮火するはずだ。

 

「私、お風呂どうすればいいの?」

「川行ってこい」

「そんなぁ…」

 

 川から戻るとある程度まで冷めていた風呂に入っているミワの隣で洗濯をする。せっかくお湯があるのだから有効活用したいものだ。

 

「襦袢って夏は暑いし冬は寒いわよね」

「まあそうだな…でも夏は我慢するしかないが冬は上から着込んでたりするぞ」

「夏なんだから我慢せずに浴衣でも着ればいいのに」

「布一枚で人前に出れるか」

「あら、トヒは浴衣は下着何も付けない派なのね」

「派も何も浴衣は本来そういうものだろう…第一浴衣なんか着たことがない」

「そうだったかしら…まあ夏祭りなんて私たちにはなかったから当然かもね…誰と間違えたのかしら」

「迷子保護のテントにいたちびっ子とかだろう。もう痴呆が始まったのか?」

「トヒだったと思うんだけどねえ…まあいいわ」

 

 ミワの実家の神社で毎年行われている夏祭り。ミワとトヒ、そして昔はトヨも迷子の相手をさせられていたのだ。彼奴ら、始めは泣いているくせに、優しくしてやると調子にのってあんなことやこんなことを…耐えかねたトヒがキレそうになるとミワとトヨが必死に止めるのが毎年の光景であった。

 

「こっちの祭りは二人で楽しみましょうか」

「ああ。でも、神見習いのくせに別の神様の祭りになんか行ってていいのか?」

「いいのよ。私たちはまだ一般人なんだし参詣もちゃんとするわよ。そうすれば後ろ盾になってくれるかもしれないじゃない」

「そうかもな」

 

 自分が神になると信じて疑わないミワ。呑気なのか余程の自信があるのか。

 ミワが風呂から上がり、トヒが洗濯を終えた頃には既に二人ともお眠の時間が来ていた。今日は色々あったのだ。蚊帳を吊るすと焚き火を囲んで直ぐに深い眠りに落ちていった。

 

 二人が眠りにつき、長い一日が終わった。実際にはミワとトヒが起きてから寝るまで二時間も経っていないのだが、脳には朝から晩までの映像が記録されている。今日は色々あった、ありすぎた。二日目にして発生イベントが多過ぎて、この先何も怒らずにつまらない旅を続けるのではないかと思うほどだ。個人的には今日のような日が毎日続いてくれると退屈せずに済むのだが。寝ている間にも何か起こってくれないだろうか。さて、そろそろ時間だろう。

 

「やあ、調子はどうだい」

「私は至って普通ですわ」

「そりゃ君はそうだろう」

 

 今回の仕事の上司であるアマノ。小さくて男神とも女神とも言いがたい中性的な容姿をしていて少々仕事運がない神である。知り合いに貧乏神でもいるのだろうか。

 

「彼女らの調子だよ」

「てっきり部下である私をお気遣い下さっているのかと」

「思ってもいないことを」

「あら、お酷い」

 

 冗談もそこそこに、上司から求められたなら現状報告くらいはしなくてはならない。

 

「二日目の彼女らの様子ですが、向こうでの生活を楽しんでいるようですわね」

「楽しんでる?」

「例えるなら…遠足を明日に控え中々寝つけずにいる小学生…といったところでしょうか」

「いまいちピンと来ない」

「遠足の行きのバスではしゃいでいる小学生…といったところでしょうか」

「うん?」

「並んだアトラクションにもう少しで乗れる小学生…といったところでしょうか」

「遠足は遊園地だったのかな」

「お弁当の中身はなんだろうと想像している小学生…といったところでしょうか」

「デザートはバナナだね」

「この日のために頑張って貯めたお小遣いで…」

「もういいよ、どうして例えが全部小学生なんだ」

「他意はありませんわ」

「悪意はありそうだけど」

 

 さて、そろそろ今日の分の報告書を書かなければならない。受け取り先が目の前にいるので二度手間もいいところだが、この通りまともに応えていないので報告書はきちんと書かなくてはならない。

 

「それでは私は報告書を作成致しますので」

「まあ、詳細はそちらで把握するよ…」

「先程も申し上げましたが少々過保護ですわよ?そう毎回来られましてもお応え出来ることはありませんのに」

「いや、そうだろうけどね。気になって」

「小学校に行き始めた子を持つ親ですわね」

「それはなんとなくわかる。そんな感じだ」

 

 アマノからすれば彼女らはこれから羽ばたき飛び立つか地に落ちるかわからない雛鳥のようなのだろう。自ら足を運んで話をしに行ったと聞くから入れ込みは相当なもののようだ。

 

「ご安心くださいませ。彼女らは大丈夫ですわ」

 

 部屋を出るアマノの小さな背中に声を掛ける。アマノはこちらを振り向くことなく手だけあげて出ていった。




新年一発目が正月って…


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熊子見隠


1日23時間くらいコタツで生活してます。



 今日も早くに目が覚めてしまった。時計を見るとまだ5時である。空にはまだ星が輝いている。もう一度寝ようとしても目が冴えてしまって仕方がないので火をいじり焚き火を大きくする。今はまだいいがこれから先、外での寝泊まりはキツイかもしれない。壁と屋根があるというのは幸せなのだ。

 

「本当に小屋くらいは作った方がいいかもな…」

 

 しかしここに根を下ろすならともかく、数日後には別の街へ向かわなければならないのだ。ここへは非日常な生活を体験しに来たのではなく、神になるための試練を受けに来たのだ。とはいえ数日中に雨でも降ろうものなら街の宿泊施設を利用せざるを得ない。この二日は天候に恵まれてはいたが、いつ崩れるかわかったものではない。この季節に雨の中の野宿は流石に良くないだろう。だが小屋を一つ作るのにも色々なものが必要になる。壁や屋根になる木材はもちろんそれらを加工する道具も要るのだ。ボタン一つで採取、製材などが出来ないのが現実である。いっその事そういうスキルを考えてみるのも一つの手かもしれない。

 スキルといえば、昨日のミワの『大火の海神』では酷い目にあったのだった。今日は街に出る予定もないので、ミワにはかなり適当なスキルの修正をしてもらおう。当の本人はまだスヤスヤ眠っている。

 ようやく空が白ばんで来て辺りが薄らと見えてくるようになった。荷物からノートを取り出すとなんとなくで想像しながら部屋の間取りを書いていく。実際に作るかどうかは別にしてあったらいいな程度のものである。

 

「まずは…やっぱり二階建て以上だな…」

 

 今まで二階建ての建物に住んだことがない。今の自宅は単身アパートであるし、実家は古い平屋建てなのだ。昔からミワの家の様な二階建ての家に住むことがささやかな夢だったりする。

 まずは玄関。アパートの玄関はそれはそれは狭かった。何せ靴を置く場所もなく三和土も二人の靴を置いてしまえば言葉通り足の踏み場がなかった。二人並んで腰掛けられるスペースと欲を言えば段差も欲しい。

 玄関を上がると目の前に広がるのは廊下やちょっとしたホールがありそこから各部屋に通ずる、というのが一般的な家だろう。二階建てなら階段もあるかもしれない。別に普通でもいいのだがそれでは面白くない。せっかく自分で考えるなら理想を追求したいのだ。幼い頃は家にたまに配られてくるる物件の間取り図を見ながら、この家がいい、いやこっちがいいとトヨと言い合ったものである。古い、懐かしい記憶を引っ張り出して書き込んでいく。

 

「何書いてるのよ」

「うわ」

「人の顔を見て驚くんじゃないわよ」

「後ろから急に話しかけるんじゃないよ」

「いやだってすっごく真剣に何か書いてたから」

 

 既に辺りは明るくなっておりそろそろ日も出てくるころだった。結構時間が経っていたようだ。

 

「で、何書いてるの」

「間取り」

「は?」

「家の間取り図だ」

「なんで?」

「なんとなく、家欲しいなーって」

「え?」

「安心しろ、ミワのことも考えてあるから」

「いや別に落ち込んでないわよ?」

 

 ミワも起きたので朝ごはんにする。と言っても今から準備なので実際食べる時間はまだ先になるが。昨日と同じように竹飯盒に米と水を入れて火にかける。その間に川の仕掛けから魚を入手し、塩で下処理をしてから同じく火にかける。後は待つだけである。待ってる間に先程の続きをする。

 

「ねえねえ、どんな感じの家なの?」

「どんな感じか…普通の家だな」

「ここが玄関よね」

「うむ」

「ここは?」

「作業場」

「玄関開けたら作業場って」

「外にあるより中にあった方がいいだろう」

「何するのよ」

「特に決まってない」

「この先は?」

「第二の玄関」

「なんでよ」

「実質外だし」

「じゃあこの小さいのは?」

「風呂」

「実質外とお風呂が直結してるの?」

「帰ってきたらすぐに風呂だ。便利だろ」

「家の中からはどうするのよ」

「中は中で別に風呂がある」

「ブルジョワね」

「そしてこっちが第三の玄関」

「なんで…」

「普通に出入りする用」

「なるほど?」

「これが第四の玄関」

「……」

「裏口とも言う」

「そう…」

「第五の玄関は二階にある」

「普通って何なのかしら」

「第六の玄関は地下に…」

「いえ、もういいわ。私が悪かったわ」

「?」

 

 ご飯が炊けて魚も焼けたのでようやく朝ごはんである。昨日の晩御飯と同じメニューだがミワも文句は言わない。言ったところで何もないのだ。

 

「流石に魚ばっかりは飽きたわね」

「見た感じ違う種類だし別だろ」

「魚は魚よね」

「それより野菜が食べたい」

「こんこんがいいわ」

「葉っぱの部分だけでもなあ」

 

 文句はないが、愚痴の二つや三つは出てくる。こうして朝から食にありつけているだけでも幸せなことなのだろうが、食が豊富にあるのが普通の生活を送っていた身としては物足りなさを感じざるを得ない。数百年の内に贅沢になったものだ。

 

「ミワ、今日は昨日の反省を活かしてスキルの内容を精査してもらうぞ」

「え?うーん…そうね…」

「出したら直す、小さい頃から教えられてきたろ。水はともかくあんな火を毎回残されちゃかなわんよ」

「まあやってみるわ」

「それが終わったら山歩きしよう。昨日見つけたツバキがもっと欲しいんだ」

「えー要は山登りでしょう?足痛くなるししんどいし面倒だし…」

「近くにはクリが落ちてるぞ」

「行かなくもないわね」

 

 朝ごはんの片付けをした後、ミワがスキルの修正をしている間に間取り図の続きを考える。既に一階部分は大体完成しているので、残る二階部分と地下部分を詰めていく。実際に地下部分を作ろうものなら地面を大きく掘り下げなければならないが考える分にはタダである。地下は物置として使おう。居住スペースは一階部分で足りているので二階部分はおいおい考えよう。

 

「出来たわ」

「早いな」

「取り敢えずやってみるわね。水槽出してくれないかしら?」

「わかった」

 

 『十枚の窓』で水槽を出してやる。こちらも中々扱いに慣れてきた。

 

「行くわよ…『大火の海神』!」

 

 同じ宣言だ。同じ現象が起こる。

 

「同じじゃないか」

「まあ見てなさい…『海神の詔』!」

 

 すると水槽の下にあった炎が水の球に包まれ、暫くの後、炎と水が相殺され跡形もなく消え去った。

 

「どうよ」

「おお…」

「効果を見直すよりも消したいものを後から消せばいいんじゃないかって思ったのよ」

「発想の転換だな」

 

 とまれこれで火の処理の心配はなくなった。今日からは安心して風呂に入ることが出来る。

 

「じゃあ山歩きだ。すぐ帰ってくるつもりだし身軽な格好で行こう」

「今度は焼き栗じゃなくて茹でて食べたいわね」

「今はそれだけのものが揃ってるからな。出来なくはないだろう」

「よーし、行くわよ〜」

 

 今日は昨日見つけた場所まで最短距離で進む。木が動かない限りは目印の通りに進めば目的地に確実に辿り着く。途中のクリの木でミワが止まりかけたが先にツバキの方を片付ける。

 

「着いたぞ」

「クリ…」

「帰りに拾えばいいだろう…」

「そうなんだけどね、目の前にあるのを見逃すのはなんとなく辛いのよ」

「わからいでもない」

 

 取り敢えずツバキの実を採取する。三割程残して置けば生態系にも影響はないだろう…多分。これも殻を取って乾かす。中身を絞れば貴重な油が手に入る。これだけあればその作業も大変だろう。

 

「これくらいにしておこう」

「え?まだあるわよ?」

「全部取っちゃうとこの木にも悪いだろ」

「なるほど」

「この辺を少し回ったら戻ろうか」

「クリね!」

「山菜も狙えれば狙いたいな」

 

 秋の山は色々と食料が転がってそうなのだが、意外とそうでもない。実りの秋の名が泣きそうだ。

 

「なーんにもないわねぇ」

「今年が不作なのか元々この山がそういうところなのか…」

「そういえば動物も全然見かけないわね。冬眠前のクマとか居るんじゃないかと思ってたんだけど」

「見つけたら逆に捕まえて鍋にしてやる」

 

 仕方がないので踵を返して拠点に戻る。途中、しっかりとクリを回収したミワだった。

 拠点に戻るとクリを茹でる。鍋は『十枚の窓』で小さめの箱を作った。拾ってきたクリを洗って鍋に入れると浸るまで鍋に水を入れ塩を少々加える。そこから沸騰するまで待つ。沸騰したら火から遠ざけていい感じに柔らかくなるまで気長に待つ。後は少し冷ましてからそのままパクリといく。冷蔵庫で寝かすと甘くなるらしいがそんなものはここにはない。

 茹で栗が出来上がるまで二人でツバキの殻を剥がしていく。昨日少しやっているので既に慣れたものである。今日は昨日剥いた実を搾ってみようか。

 

「まだダメかしら」

「そうだな…一個切ってみるか」

 

 ツバキの実の殻を剥き終わるとミワが待ちきれないといった様子で聞いてくるので、鍋から一つ取り出しナイフで切ってみる。スっといったので充分柔らかくなっている。食べ頃だろう。

 

「ほら、食べてみろ。熱いぞ」

「わーい」

「どうだ?」

「ほいひい」

「そうか」

「残ったクリは栗ご飯にしましょう」

「竹飯盒で出来るのか…?」

 

 さっきと似た要領でクリを茹でる。外皮を剥いたら取り敢えず水槽に放り込んでおく。食べる時に渋皮を剥けばいいだろう。

 

「それでは本日のメインイベントです」

「どうしたのよ急に」

「椿油を搾ってみましょう」

「嫌な予感しかしないわ」

 

 昨日殻を剥いたツバキの実を砕いていく。ミキサーなどがあればいいのだが当然そんなものはないので手作業である。そしてそんな力仕事をするのはミワの仕事である。

 

「やっぱりこうなるのね」

「棲み分けは大事だ」

 

 砕いた実を少しの間だけ蒸していく。そして冷めきる前に竹と『八枚の窓』で作った搾油機を使って搾っていく。そしてそんな力仕事をするのはやはりミワの仕事なのである。

 

「やっぱりこうなるのよね…」

「食い分けは大事だ」

 

 ちゃんとした搾油機ならもう少し搾れたかもしれないが、上から押し付けただけでは残ってる感じが否めない。搾れた分はきちんと保存しておく。搾りカスはとっておいてシャンプー替わりにする。

 

「お疲れ様」

「ほんと疲れたわよ」

「でも見てみろよ。こんなに透き通った綺麗な色もなかなかないぞ」

「花は食べられないのよ」

「じゃあそろそろご飯にするか」

 

 あれこれしている内にいい時間になったのでお昼ごはんである。今回もご飯に魚の塩焼きといった何の変わり映えのない食卓だった。人というものは少し贅沢になると更に上を目指したがるようだ。

 

「流石に飽きたわ」

「晩は煮付けにしよう」

「そういう問題じゃないのよね」

「どうしろと言うんだ」

「知らないわよ」

「なんだそれ…」

「せめてもう一品増えないかしら」

「どっちも大した料理が出来ないんだから、ある材料で出来ることをするしかないだろう」

「お惣菜と冷凍食品は偉大だわ…」

「それは否定しない」

 

 割引の惣菜とセールの冷凍食品を軸に食卓を回してきた者にとって、この世界で品数の少なさをカバーすることはほぼ無理なのであった。かくいうミワも料理が得意というわけでもない。そもそも材料がないのでどうしようもないのであるが。

 

「味噌があれば味噌汁でも出来るんだけどな。具無しだけど」

「お豆腐くらいは欲しいわね」

「それなら冷奴で食べたいな」

「私は嵩増し出来る方がおなかいっぱいになるからいいけどね」

「具無しの味噌汁と冷奴で解決だな」

「新しい問題が浮上してるわよ」

 

 今後の食卓事情が喫緊の課題となった。

 食事も終わり特にすることがないので川べりをぶらぶら歩いてみた。この辺りは上流に近い中流域なのでそれなりに大きな石がゴロゴロ転がっている。ひっくり返すと川に棲む水生昆虫なんかがいたりするのでいつか釣りをする用の餌として捕まえておく。針がないので当分活躍しないだろうが、使う機会がなくても撒き餌にすれば仕掛けに掛かる魚も増えるだろう、多分。そこまでしなくても十分かかっているのだが。因みにこれを持って帰ってミワに見せると苦虫を噛み潰したような顔をする。またこれが見物なのだ。

 拠点がある側は街への往復時に通ったり、仕掛けを設置したりしているのでだいたい把握したが、対岸は初日に脇目も振らずダッシュしてこちらに渡って来たので殆ど何があるかわかっていない。そこまで広い川ではないので生態系に差は無いだろうが一応確認しておきたい。

 

「はいミワ、お土産」

「いらない」

「えー」

「えーじゃないわよ」

 

 拠点で本を読んでいたミワに例の虫が入った竹筒を渡すも受け取ってくれなかった。流石にそう何度も上手くはいかない。

 

「川の向こう側を少し探索しようと思うんだが…行くか?」

「また山歩きするの?」

「拠点の周辺を把握しておくことは大事だろ」

「朝もやったじゃない」

「今度は川向こうだ」

「えー」

「えーじゃない」

 

 実世界では数ヶ月ニートだったミワ。出不精なのは仕方がない。外に居るのに出不精とはこれ如何に。

 

「トヒ一人で行ってきなさいよ。私は留守番しておくわ」

「まあダメ元だったからな。そうするよ」

 

 しつこく誘ったところで動かないのは分かっているので素直に引き下がる。最低限の荷物を持って川へ向かう。そして初めて川を渡ったのときのように『十枚の窓』を展開して川を渡り対岸へ降り立ち、特に宛もないのでそのまま真っ直ぐに木々を分け入り進んでいく。

 しばらく進んでもこれといってめぼしいものは何も無く、強いて言う程のものもない。冬前の山がこんなでは山に住む動物達もたまったもんじゃないだろう。木の実を集めて冬の食料を確保するものだったり、冬眠前にひと冬分の食料を食べるものだったり……。

 

「……」

 

 目の前に大きい黒いやつが現れた。そしてその近くには小さい黒いやつもいる。あれである。熊である。しかも子連れである。控えめに言ってこれはヤバイのではないだろうか。

 

「ぅゎぁ…」

 

 逃げようにも既に向こうもこちらに気付いている。というかガン見している。下手に動けば確実に殺られる。こちらで死んだとしても実世界に影響は無いということなので、万が一殺られたとしても貴重な体験が出来たということで終わりである。が、人生において死ぬのは一度きりで十分であるし、こっちの世界で死ぬわけにはいかない。

 さて、こういうときの正解はなんだろうか。一つ、死んだフリをする。これは一番アウトなやつだ。例え死肉に興味はないと言われていても目の前で急に倒れたりしたらツンツンくらいしてくるだろう。てか普通に食べるからな。人間だって普段食べてるのは死肉なんだから。その辺は割り切って考えよう。その為のいただきます、だ。二つ、決死の覚悟で相手の胸に飛びつく。いやいやいやいや、無理があるだろう。腕が短く胸まで手が届かないので安全なんて言われているがまずもって近づくことが出来ない。近付けたとしてもいい感じにダイブ出来ないし、出来たとしても腕力と握力がもたない。もったとしても結局逃げられないしそのままボディプレスされるかもしれない。全ての分岐でバッドエンドである。そもそもこの熊、立ってないじゃん。三つ、熊スプレー。ない。

 巷では空手家の人が熊を撃退しただの、一般人が背負い投げしただの真偽が定かでない情報が出回ってはいるが、やるとしてもそういう担当はミワだろう。出来ればここは平和的解決に持っていきたい。

 

「『十枚の窓(Windows 10)』」

 

 という訳で籠城である。興味がなくなったら勝手にどこかへ行ってくれるだろうからそれまで安全地帯でのんびりしておこう。一人将棋でもするか。

 一人将棋とは一人二役で将棋を指すことである。相手の指す手が手に取るようにわかるので読み合いも何もない。また、知識の乏しい者がやると結構序盤で沼る。

 地面に縦と横に10本づつ線を引き盤を作る。そして合わせて40の駒を書き込んでいく。後は消して書いて消して書いてを繰り返す。

 

「えーと、これが居飛車?でこれは穴熊だっけか…」

 

 将棋を指すなんて言っているがその実情、詳しい訳ではなく、動かし方とちょっとした陣の名前くらいしか知らないのだ。

 

「うーむ……動かすところがない」

 

 当然、沼った。

 件の熊さんは防壁の周りをグルグル回ったり揺らしたりしてきたが、二重構造の内側にいるトヒにはなんの影響もなく、暫くすると子を連れてどこかへ行ってしまった。暴れられても困るのだがなかなか呆気ないものであった。まだ近くにいるかもしれないのでもう少ししてからにしよう。取り敢えずこの対局の雌雄を決さなければならない。

 勝利した。まあ、敗けもしたので実際のところは引き分けだろう。終局したのに引き分けなんて聞いたことがないが。長時間地面に座っていたので立ち上がり伸びをする。そして、周囲に危険がないことを確認してから『十枚の窓』を解除する。しかし、これ以上進んだところで多分何も無いだろうし、彼奴等と再び相見えることになるかもしれないので今回の探索は切り上げることにする。ただ来た道をそのまま引き返すのでは何かもったいない気がするので少し斜面に逆らいながら歩いていくことにした。

 

「ミワがいなくて良かったな…無理に連れてきてこんなザマだと文句しか言わなさそうだ」

 

 

「ペプシっ!!冷えてきたのかしら…少し火を大きくしましょう…」

 

 

 結局、川に至るまでにめぼしい物は何もなく収穫は堂々のゼロだった。拠点に戻るとミワは相変わらず本を読んでいた。そこまで分厚いものでもないのにずっと読んでいる。

 

「おかえり、何かあった?」

「強いて言うなら熊に会った」

「ふーん」

「反応が薄いな」

「いやだって、大丈夫だった?って聞かずもと大丈夫そうだし」

「いやまあそうだが」

「にしてもこの山、大丈夫かしら?」

「何がだ?」

「食料のない山に熊が居るならその先は自ずと知れたものよ」

「あーそうかもなあ」

「ここも他人事じゃあないでしょうけどね」

 

 そう、山のふもとどころか山の中で料理をし、食事をしているのだ。突然ひょっこり現れてもおかしくはない。

 

「まあいざとなればミワの出番ってことで」

「絶対に嫌よ。朝鍋にしてやるって言ってたの誰よ」

 

 まだ日は高いのだがやることもない。街に出るには遅いので焚き火周りでぼーっとするしかなかった。こちらの世界に来るまでは朝から晩までずっと神社で詰めていたし、休みの日もミワの職探しをしていたので何もすることがないというのはとても久しぶりだった。いままでこういう時は何をしていたのだろうか……。

 

「なあ、ミワ」

「何?」

「何読んでるんだ?」

「…知りたい?」

「まあ」

「本よ」

「そうだろうな」

「これよ」

「『人類滅亡-はじまりの物語-』なんだこれ」

「どういう訳か突然人間だけがこの世から消滅してしまったことに困った神様が二人の人間を作り出して生き延びる術を伝えていく話よ」

「アダムとイヴみたいだな」

「ところがどっこいどっちも女の子なのよ」

「二度目の人類滅亡も遠くないな」

「百合は世界を救うのよ」

「真顔でそういうこと言うんじゃない」

「まあストーリーはともかく内容は現代技術に頼らない生き方を伝えるものだから中々勉強になるわよ」

「へえ」

 

 いわゆるところのサバイバル本だろうか。それならばこちらに来る前に何度か本屋で立ち読みしたが。

 

「トヒは何か持ってきてないの?」

「娯楽的なものはさっぱりだな」

「そういえばずっと一緒にいるのにトヒの趣味知らないわね。家では暇さえあれば御守り作ってるし」

「趣味か…趣味なあ」

「アクセサリーも興味ないし、食べ物なんか全く興味ないじゃない。オタクみたいなところもないし」

「ほんとだ…何を楽しみに生きてきたんだろ…」

「元気出しなさいよ」

「これから何を楽しみに生きていけばいいんだろ…」

「元気出しなさいよ…ほら、これを機に何か探してみましょう?」

「巫女になるのに履歴書がなくてよかったよ…いや、あればもう少し早く気付けてたかもしれない」

「次の世代からは巫女にも履歴書は要ることにしましょう」

 

 これまで時間に余裕がなかったので考える暇すらなかったが、いざ問題となるとかなりの難題だった。小さい頃は日の高いうちはずっとミワに振り回されていた。家に帰ると姉とともに母の内職の手伝いをしていた。無理に手伝わされていたという訳ではなく、母と姉がやっているのを見て自分もやりたいと思ったのである。最近は朝から晩まで神社に詰めて帰って寝るだけの生活をしているし、休みの日にはミワを連れ出して職探しである。そんなこんなで自分の趣味の時間が今まで殆どなかった。

 

「生きてることが趣味なのかもしれない」

「え?」

「これからは『趣味は生きること』でやっていこうと思う」

「人生舐めてるって思われそうね」

「総合的に見た結果だ」

「まあ無いもの捻り出しても仕方ないものね」

「そういうことだ。気楽にいこう」

 

 若干強引に現実逃避をする。ミワも本の続きを読み始めたので朝書いていた間取り図を取り出す。地下や二階よりもまず一階部分をもっと詰めていきたい。このままでは作業場に休憩スペースが付いているだけだ。理想のマイホームを完成させなければ。

 気が付くと大分と日が落ちていた。そろそろ晩ご飯の準備をしなくてはならない。ミワはまだ本を読んでいるので一人で川へ行って仕掛けを確認する。山の実りと比べるとこちらはいささか恵まれすぎており、今回も二人では充分過ぎるほどの魚がかかっていた。下流に迷惑が掛かってないだろうか?

 

「おかえりー」

「ただいま」

「お米は準備しておいたわよ」

「助かる」

「いっぱい獲れた?」

「ああ。塩もあるし本格的に干物が作れるぞ」

「いいわね。さっきも本を読んでる時に少し口が寂しかったのよねえ」

「食べ過ぎると塩分摂取量が凄いことになるぞ?じゃあ、そろそろ風呂も沸かすか」

「よしきた」

 

 昨日の大惨事を教訓に初めから『十枚の窓』と『八枚の窓』を同時に展開しておく。そしてそこにミワの『大火の海神』で水を満たし火にかける。後はそこそこの温度になるまで放置である。

 

「これ、最初からお湯は出ないのか?」

「あのねえ、40℃の海なんて聞いたことある?」

「なくはない気が」

「どのみち私が入ったことないからイメージ出来ないわよ」

「なるほど」

 

 能力には限界があるということか。しかし、イメージさえ出来ればいいのであれば、詳細にイメージすればなんでも可能なのではないだろうか。明日にでも試してみよう。





PVUAが伸びないですねぇ…1話→2話の時点で1/3程になるので1話に難ありといったところでしょうか、、、


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頭皮按摩


一日が長い。



「さて、まだ水のうちに干物に使う分だけ確保しておくか。ミワは竹を魚が入るくらいの長さカットしてくれ」

「了解したわ」

 

 先程その場で下処理だけは済ませておいた魚を開きにしていく。干物にしてしまえば骨も食べられるので小骨も気にすることがない。とはいえ普段も鯛の背骨以外は気にしながら食べているが。

 

「どれくらいの濃度がいいんだろうか」

「10%くらいでいいんじゃない?最初は試行錯誤よ」

「そうだな…ミワ、水100に対して塩はいくらで10%になるだろう?」

「え?何よ急に……普通に10じゃないの?」

「まあミワならそんなもんだよな」

「何なのよ……」

「溶質/溶液が濃度だからな。溶液は溶質+溶媒。塩が10なら水は90でないと10%にはならないぞ」

「あーそんなんだった気もしないでもないわね…今それがどうしたのよ…」

「別に聞いてみただけだ。期待に応えてくれてありがとう。礼を言うよ」

「ものすごくバカにされた気がするわ」

「まあわかったところで測る術がないんだがな」

「海水より3倍しょっぱいぐらいでいいのよ」

「海に行ったこともないくせに」

「トヒもないでしょう」

「だから分かるわけがないんだな」

 

 結局なんとなく醤油よりは辛くない程度の塩水を用意すると開いた魚を浸すように並べる。これを暫く置いたあと水気を落としてしっかりと干せば一応干物の完成である。

 今夜食べる分の魚を焼きつつ米が炊きあがるのを待つ。どうしても魚を焼くとまたかという思いが出てきてしまう。

 

「明日は街に出て食材を仕入れるか…」

「街に行くのも遠いのよねえ…荷物を全部ってのも手間だし、トヒだけで行ってきてよ」

「んな他力本願な」

「昨日私は米も醤油も色々運ばされたのよ?他の荷物は見といてあげるからその分軽くなるしいいじゃないの」

「んまあ…そろそろこの服も洗濯したいしなあ…干してる間はアレを着るしかないし」

「そうでしょそうでしょ」

「ミワはその服どうするんだよ」

「私は替えの服があるからそっち着るけど?」

「あー…そう…」

 

 荷物になると思って最小限の物しか持ってこなかったのだが次の転送時には今回のことを踏まえて荷物の準備をしよう。

 魚が焼け、米もそろそろいい頃合だろう。ミワが用意してくれた竹に手を伸ばすとミワが止めてきた。

 

「あ、それ、もうちょっとかかると思うわ」

「そうか?川から戻って相当経つと思うが」

「まあ待ちなさい。ご飯は逃げないわよ?」

「まあ待てと言うなら待つが」

 

 言われた通り竹飯盒はそのままに、焼けた魚だけを火から皿に移す。魚だけで食べる気にもならないのでじーっと炊きあがるのを、ミワのGOサインを待つ。

 

「そうだ。さっきの本の話をして上げましょうか」

「ああ、アダムとイヴの」

「そうそう…服は着てるんだけどね。二人はまずその日を生きるために食べ物を探すのよ。トヒならどこを探す?」

「世界から人だけが消えたならスーパーとかコンビニはそのまま残ってるだろう。そこから拝借すればいいんじゃないか?」

「そうね。二人であちこちの建物を調べて何件か見つけたの。でも、神様が人類滅亡に気がついたのが結構経った後だったのよ。それで大半は消費期限が過ぎちゃってたのよね」

「目も当てられない惨状だろうなあ…どうして気付かなかったんだ」

「何か、忙しかったんだって」

「神様って忙しいんだな」

「やってらんないわね」

「お前は今何をしているんだ…」

「で、缶詰とかそういう期間の長い物を中心に探してね。数日はそれで良かったんだけど」

「飽きたんだな」

「そう、今の私たちのようにね」

「じゃあ…次はそうだな…周辺の農家に行くかな」

「正解。缶詰をお弁当に少し遠出するのよ。でもね…」

「何かあったのか?」

「世界から人類だけが急に居なくなったって話だったわよね」

「そうだな」

「それまで人間によって飼育されていた動物が野生に帰っていたの」

「あらま」

「そこには弱肉強食の世界が広がっていたのよ」

「おお…」

「とまあ、こんなとこね。続きはまた今度にしましょう。ご飯もそろそろいいと思うわよ」

「ん、そうか」

 

 竹飯盒を火から外し蓋を開ける。するといい香りがする湯気が立ち上る。

 

「ん?何か違うな」

「今日は特別よ」

「特別?」

「栗ご飯です!」

「おおー」

 

 湯気に隠れて見えていなかったご飯が白い姿を現すとところどころ黄色い栗が輝いていた。竹飯盒でもうまい具合にいったようだ。

 

「一人五個よ」

「結構入れたな…底栗ばっかなんじゃないか…」

「さ、食べましょう食べましょう」

「焦るな、ご飯は逃げないぞ。スプーン貸してくれ」

 

 一人分をよそってミワに渡す。残りを自分の皿に掻き出す。

 

「それでは」

「「いただきます」」

 

 栗の甘み、しょうゆの香ばしさ、ほんのりとした塩味。全てがいい感じにまとまっている。これはかなり美味しい。

 

「美味しいでしょ」

「うん、美味い。栗ご飯もいいもんだな」

「またたくさん拾ってきましょう」

「そうだな」

「その時は私もまたついていくから」

「欲望に忠実で何よりだよ」

 

  その後は二人して一言も発することなく夢中で箸を進めた。久しぶりに家庭的な味だったのだから仕方ないだろう。

 先に食べ終えたので風呂の準備を始める。今日は一番風呂はミワに譲ってやるつもりだったのだが、まだ食べているので先に入ってやる。

 

「ちょっと!今日は私が先よ!」

「ちぇー、まだ食べてるじゃないか」

「トヒが早いのよ!もっとゆっくり食べなさいっていつも言ってるじゃない」

「と言われてもな…」

 

 特にすることもないので片付けをしながらミワの食べているところを見る。仮にもいいとこのお嬢様なので作法はしっかりとしている。厳しく教えられたのだろうがどうして常識は教わらなかったのだろう。昔のミワはおてんば娘では通らないようなことを数々やってのけたのだ。それを毎回フォローする方の気持ちも考えて欲しい。

 

「…何よ」

「いや、綺麗な箸使いだなと」

「え、まあ、普通よ。トヒも別に変なところはないでしょう」

「箸だけじゃなくて食べ方とかもそうだよ」

「確かに魚をしっぽからがぶりといく食べ方と比べれば相当綺麗でしょうね。どこで覚えたのよ」

「効率的な食べ方を模索した結果だ。人前では普通に食べれる…と思う」

「普通じゃないことが分かってるだけでもよかったわよ」

「骨にしろ皮にしろ、残すとどうしても勿体なく思っちゃうんだよ。だからせめて身内のときくらいはさ」

「捨てられない性格も難儀なものね」

 

 食べ終わったミワが風呂の準備をする。まずは『海神の詔』で火を消す。こうしないと次入るころには熱湯風呂に様変わりしているだろうことは学習済みである。元々熱いのは苦手なので少し冷めたくらいがちょうど良い。

 

「トヒ〜洗面器は?」

「その辺にあるだろう」

「その辺その辺…あ、あった…けど」

「どうした?」

「微妙に届かない」

 

 洗面器は二つ並べた浴槽の湯が入った方の角に置いてあるのだが、ミワがいる空の水槽とは反対側の角にあった。水槽から身を乗り出し腕をいっぱいに伸ばしているのだが後数センチ届かない。胸部装甲が浴槽の淵につっかえてムニュっと変形している。

 

「」

「トヒ〜取ってよ」

「ムニュってどんな感覚なんだろうか…」

「むにゅ?」

「いや別に、ちょっと待ってろ」

 

 ついでにミワを座らせて頭から一気にお湯を掛けてやる。ミワの長い髪が先までピタリと身体に沿って張り付く。おまけにもう一回バシャリと掛ける。

 

「いきなり頭からはどうなのよ」

「まあまあ、ちょっとあっち向いてろ」

「何する気よ…」

 

 ブツブツ言いながらもトヒに背中を見せるミワ。髪を後ろにまとめると椿の搾りかすを包んだハンカチを湯に浸けてからミワの髪をスーッと撫でる。何度か撫でるうちにヌルッとした感覚になってくる。

 

「あら?シャンプー?」

「天然の椿油シャンプーです。痒いところは御座いませんか?」

「いえ、気持ちいいです」

「そりゃよかった」

「いやー昨日はお湯だけで洗うの大変だったのよね。なんかガシガシするし乾いた後もボサボサだし」

「頑張って油搾ったからな、ご褒美だ」

「贅沢ねえ…」

「全くだ」

 

 根元から毛先までスーッと指が通るくらいになるともう一度お湯をバシャリと掛ける。ミワの綺麗な長い髪がツヤを取り戻した。

 

「さて、こんなもんだろう」

「ありがと、トヒ」

「じゃあさっと温まったらさっと出てくれ」

「えーこんなに広いんだし一緒に入りましょうよ。トヒの髪も洗ったげるわよ?」

「だから二人して全裸で何かあったときどうするんだよ」

「照れちゃって〜かわい、ぶへぇ!」

「はいはいわかったわかった」

 

 喋っているミワの顔目がけてお湯をぶちまける。贅沢な使い方が出来るものだ。これもミワのスキルのお陰なのだが。

 ミワが身体を洗っている間に食事前に塩水に浸けておいた魚の開きを引き上げる。なんとなく締まった感じがしなくもない。表面を軽く真水で洗い流すとしっかりと水分を取る。これを一晩干しておけば一夜干しの完成である。

 

「そろそろ上がるわね〜」

「うーい」

 

 ミワが身体を拭く用のタオルを用意してやり、自分の分の下着の替えとタオルを取り出す。服はまだこれを着るしかない。

 

「いや〜いい加減だったわよ。熱過ぎずぬる過ぎず。トヒにもちょうどいい具合だと思うわ」

「いい加減ってのも使いようだなと思った」

「へ?」

「何でもない。早く服着てくれ」

「はいはい…でもこれ、文句を言うつもりじゃないんだけど…湯冷めしちゃうのがちょっとね」

「まあ、外だし仕方ない」

「そうね、仕方ないわね」

「妥協は大事だからな」

「今日だけで何回妥協したかしら」

 

 ミワが服を着始めたのを見て服を脱ぐ。

 

「トヒも髪、洗ったげる」

「そうか?じゃあお願いするよ」

 

 ミワほど長くないので大した手間ではないのだが善意は受け取っておく。何かされる気かしないでもないが。

 

「これを髪に当てて流すだけだ」

「わかったわ。さ、入った入った」

「急かすな」

 

 水槽に入るとミワに背を向ける。ザバーっと頭からお湯がかけられる。いい温かさだ。

 

「じゃあ失礼して…」

 

 ちょんと頭のてっぺんに感触があり、そして毛先まで降りていく。うん、中々気持ちいいなこれは。

 

「おー上手い上手い」

「まあこんなもんよ」

「美容院ってこんな感じなんだな」

「トヒはいっつも自分で切っちゃうもんね。私は時々行ってたけど」

「ここんとこは全然行ってないもんな。さっきも思ったが長過ぎやしないか?」

「流石に居候の身で床屋代までくれなんて言えないわよ。ましてや本人が自分で切ってるんだから」

「どうして自覚があるのに働かないんだろう…」

「それは言わない約束でしょ!」

 

 ミワの指が髪をスーッと通っていく。いい感じに髪が引っ張られるのもまた気持ちよくなってくる。

 

「あーいい感じだ…」

「蕩けてそうなトヒの顔が見てみたいわね」

「多分相当緩んでるだろうなあ…」

「ふーん…じゃあ頭皮マッサージもしちゃおうかしら」

「よろしく頼む…」

「もみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみもみ」

「あ゛ーーーーーーーー…」

「ふに」

「あ…?」

「ふにふに…」

「はあ…」

「ふにふにふに…んーやっぱ控えめねえ…」

 

 せっかく快楽に浸っていたのにタダでは済ませないのがミワなのだ。多少警戒はしていたのだが気持ち良さが勝ってしまっていた。

 

「そりゃ実際の肉体と同じなんだから急に変わらんだろう…」

「夢見てもいいのよ?」

「人の見る夢は儚いんだよ…」

「あの…ちょっとくらい怒ってくれないと調子狂うんだけど」

「んー今はそんな気分になれないくらいふわふわしてるんだよな…」

「後が怖いわね」

 

 ミワに泡を落としてもらうと浴槽に移りだらっと足を伸ばして肩まで浸かる。ここで寝られるなら最高に気持ちが良いだろうなとふと思い目を瞑る。

 

「寝ちゃダメよ?」

「わかってる…」

「そんな今にも寝そうな声で言われても説得力全くないんだけど」

「うーん…」

「ちょ、風呂で溺死してゲームオーバーなんてやめてよ?」

「ん……」

 

 ミワの声が遠くから聞こえてくる。これは本格的に寝るやつだ。起きなきゃいけないのはわかるが自分ではどうしようもない。

 

「トヒさん?」

「……」

「おーい」

「ぐう…」

「いやいやいや」

 

 そのまま沈んでいくのをミワが脇を抱えて支える。このまま沈んでいれば、ミワが掴んだのが首や頭だったならば目が覚めたかもしれないが。ふわふわぽかぽかしたままストンと落ちた。

 目を覚ますとそこは、風呂の中だった。

 

「んあ?」

「…起きた?」

「ん、ああ、起きた。おはよう」

「おはようじゃないわよ…」

「なんで風呂で寝てるんだろう」

「んなの私が聞きたいわよ。取り敢えず身体を起こしなさい」

「あ、ああ」

「あーもう、袖がびしょびしょよ…」

 

 ご飯を食べた後、ミワが上がってから頭を洗ってもらって、その後マッサージを…

 

「あー何となく思い出したぞ」

「そう」

「どれくらい寝てたんだ?」

「そんなによ、10分もないんじゃない?」

「起こしてくれれば良かったのに」

「気持ちよく寝てる邪魔される鬱陶しさはよく知ってるから。私、寝てる人は起こさない主義なの」

「雪山じゃなくて良かったよ」

「さ、そろそろ上がりなさい。風邪ひくわよ」

「あ、うん」

 

 のっそりと立ち上がり水槽の方へ移る。用意しておいたタオルで身体を拭き服を着る。段々意識がハッキリとしてきた。

 

「どうしたんだ?」

「どうしたも何も、ずっと支えてたから手が痺れたのよ。文字通り何も手につかないわ」

「そりゃすまないことをしたな。こんな時の対処法があるんだ。お詫びにやってやろう」

「あら、そうなの?」

「ほれ」

「ひやあ!」

 

 ミワの手を取ると無造作に指で弾く。当然、効果などあるはずもなく、ただ単に痺れるだけである。

 

「な、何を…」

「いや何、お詫びだよ」

「普通に痺れるんですけど…」

「そりゃそうだ」

「ええ…」

「さっきのセクハラはこれで許してやる。ほれ」

「はへえ!なんかお腹にくるう!」

「ほれほれほれほれ」

「ひゃふ、ひゃ、ひえ、にょほ!」

「こんなとこか」

「も、もう許して…」

「さて、洗濯するか。ミワも洗うもん出しとけよ」

「そこに置いてるわ…今ちょっと諸事情で手が離せなくて…」

「なんでだろう」

「なんでかしら…」

 

 今日は取り敢えずタオルと下着だけを洗う。今着てる服は明日の朝もう一度お湯を沸かしてミワに洗っておいてもらう。

 

「ねえ、トヒ」

「ん?なんだ?」

「ちゃんと休まなきゃダメよ?」

「うん?どうしたんだ?」

「いくらなんでも風呂入って寝るなんて。疲れてるのよ、きっと」

「あれはただ気持ちよかったから」

「まあ、それもあるかもしれないけど。でもあなた、こっちきてから眠り浅いんじゃないの?」

「言われてみれば普段より少し早く起きてるな」

「それなのに山登りばっかしてるんだから…身体もたないわよ。私はお昼寝してるけど」

「そうだな、今日はゆっくり寝るよ」

「そう、早く寝て、明日はお日様が昇ってくるまで起きちゃダメだからね」

「ま、まあ、わかった」

「私より早く起きてるの見つけたら昼まで添い寝するから」

「ご飯どうするんだ…」

 

 洗濯物を洗い終えると後は特にすることがない。寝るには早過ぎるのだがミワに早く寝ると宣言した手前今から何かするわけにもいかない。仕方なく横になるとミワも横に寝転がった。

 

「いや、狭いな」

「トヒが寝るまで一緒に寝てあげるわ」

「ええ…」

「文句言わない」

「はいはい…」

 

 とは言ってもさっき少し寝てしまったのでまだまだ寝られる気がしない。どうせミワは寝つきが良いのですぐに寝てしまうんだろうが。

 明日は本格的に別行動になる。街に行ってる間、ミワに何かあっても助けることは出来ないし、勿論自分に何かあったときミワに助けてもらうことは出来ない。知らない世界の知らない土地で独りになるということはここまで心細いものなのか。ミワの方に首を回すと既に寝息を立てて寝てしまっている。今までに何回も見てきた寝顔をぼーっと眺めながら今日までのことを振り返り、明日からのことを考える。この顔は何を考えているのだろう。どんな夢を見ているのだろう。多分、今考えているようなことは考えもしていないだろうし、花畑を走り回ってる夢でも見ているんだろう。ミワはミワ、自分は自分。わかってる。

 

 トヒがようやく寝始めたのを確認すると、モニターから離れてグッと伸びをする。睡眠時間の短いコなので自分の休憩時間が相当少ない。休憩時間というより報告書を書く時間なのだが。今回は割と早めに寝てくれたので少し時間に余裕が出来た。今のうちに軽食でもとっておこう。

 二人が寝ているベッドには向こうへ持って行けなかったものが散らばったままになっている。見たところ食料が大半だ。彼女らが朝大きな荷物を持って高天原に来たのは上から見ていたのだが、こんなに持ってきていたのか。恐らく部屋の方にもまだまだあるのだろう。その中でも気になっているのが、ミワのベッドに散乱している缶詰。一般的によく見る鯖や秋刀魚の缶詰は勿論、焼き鳥や果物なんかの缶詰がある。特に異彩を放っているのがチーズケーキである。どこかの皇帝もまさかこんなことになるとは思っていなかっただろう。勝手に食べる訳にもいかないのでルームサービスで適当に何か頼むしかない。この部屋を離れるわけにはいかないのだ。

 メニューを見ながら食堂に連絡をしようとすると、部屋の扉が開きいい匂いがしてきた。

 

「や」

「あら、お疲れ様ですわ」

「おや?ルームサービスかい?」

「ええ、まだ頼んでいませんけれど」

「そりゃちょうど良かった。差し入れだよ」

「なんと気の利いた…ありがとうございます」

「食べながら話を聞いてたら追い出されることもないと思ってね」

「なるほど、考えましたわね」

「やっぱり追い出されていたんだ」

「いえいえそんな、滅相もない」

「まあいいや。で、調子はどうだい?」

「三日目は二人とも早く寝てしまいましたわ。お陰でこのような時間を持てているのですが」

「へえ。まあ、疲れが出てきたんだろうねえ」

「人間とは斯くも儚いものなのですね」

「まだ死んでないよね??」

 

 食事の間アマノが時折モニターも見ながら二人の様子を訊ねてきた。別段言うこともないのだが、目の前で食べているので適当にあしらうことも出来ず当たり障りのないことを話す。大事なことは報告書で、という前提を崩す気は無い。

 

「そろそろ試練が降ってきても良さそうなんだけどなあ…何かありそうかい?」

「どんなものがあるのかを把握しておりませんので何とも」

「全てにはきっかけがあるからね。そろそろ伏線を回収していってくれるだろう。君も目星はついているんだろう?」

「さて…どうでしょうか」

「まあいいさ。そうそう、明日、新しい候補を送り込むことになったよ」

「明日ですか。かなり急ですわね」

「一般公募は応募が多かったからね。ぶっちゃけた話になるんだけど、ミワ君とトヒ君は一般枠じゃないからある程度の都合は聞いたんだ。一般枠の一人ひとりの都合を聞いてたらこのプロジェクトが機能しなくなる」

「かなりぶっちゃけましたわね」

「ある程度ふるいはかけないとね。興味本位の応募はこれで弾けるだろう」

「それで、私はどうすれば?」

「送り込む候補者の顔を覚えてくれたらいいよ。もし見かけたら対象者との絡みを注視していく感じで。それ以外は何もしなくていいよ。そちらはそちらで観測者を立てているから」

「承知致しました」

「二人が戻ってきたときにでも写真を持ってくるよ。向こうにも二人の写真は見せるつもりだし」

「では、そろそろ」

「ああ、うん。邪魔したね」

「今回はそうでもないですわよ?お食事ご馳走様ですわ。ありがとうございます」

「なんだ飯効果か」

 

 アマノはぶつくさ文句をいいながら片付けると今回はさっさと引き上げていった。少し彼女らの様子を聞いて安心したのか、明日の用意が忙しいのかはわからない。大方、これ以上踏み入っても何も得られないと思っているのだろう。大正解である。知りたければ今から書く報告書で把握して欲しい。少しアマノとの時間を取りすぎたせいか予定時刻を過ぎてしまっているので早目に終わらせなければならない。あのコが起きてしまう。





週に出す量を1とした場合の週に書く量が0.4くらいなのでストックがゴリゴリ減っていく…


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熊邂逅再


「ねえ、トヒは犬派?猫派?」
「なんだ急に」
「いいから」
「どちらかといえば猫だろうか」
「ふうん」
「ミワは?」
「私はね…狐よ!」
「ネコ目イヌ科…」



「起きてしまった……」

 

 何とか早めに寝ることは成功したものの、その分、いやその分以上早起きをしてしまった。多分、まだ深夜。テレビだと放送時間外やショッピングチャンネルの時間。荷物にしまってある時計を見ようと身体を起こそうとしたが身体が動かない。草木も眠ると言われる時間、魑魅魍魎が跋扈する時間。金縛りにでもあったか…ん?あったかいな?

 

「なんだお前か…」

 

 どういう寝相をすればこうなるのかわからないがミワに四肢をがっちりとホールドされていた。逃がさないという意思が強過ぎてこのまま寝続けると逆に疲労が溜まりそうだ。ひとまず腕を解いて脱出を試みる。

 上半身を起こし辺りを見渡す。月の明かりはなく、焚き火の火が辛うじて周囲を薄暗く照らしているだけだった。トヒの実家周辺も夜になると結構暗くはなったのだが、遠くには光が見えたし所々に街灯も立っていたのでここまで暗いのは初めてだった。もしこの焚き火の火が落ちてしまったら本当に真っ暗なのだろう。ふと空を見上げると満天の星が煌めいていた。これぞ満点の星空である。

 

「ちょっと!トヒぃ〜」

「んあ」

 

 急にミワが覆いかぶさってきた。起きてるのがバレたか?

 

「寝てやがる…」

 

 妙に都合のいい寝言を言うものだ。起きていたと後から言われても納得できる。試行錯誤の末なんとかミワから逃れると木っ端を投げ入れ焚き火の火を大きくする。これからもっと寒くなることを考えると、やはり壁と屋根は欲しい。かと言って作るわけにもいかないし、街へ降りて宿屋に泊まるのも癪だ。新たな能力でも開花しないだろうか。ぱちぱちと音を立て揺らめく炎を見ながらぼーっとそんなことを考える。

 

 煙に混じって別の匂いが鼻腔をくすぐる。うっすらと眼を開けると既に辺りは明るくなっていた。いつの間にか落ちてしまっていたようだ。変な体勢で寝ていたので首や腰が痛い。

 

「おはよう、トヒ。私の方が早かったみたいね」

「ああ、おはようミワ。アタタタ…」

「そんなとこで寝るからよ。昨日寝る時は普通にそこで寝てたのに起きたら居ないんだもの。これは私より先に起きてたことになるのかしら?」

「あのまま寝続けた方が身体に悪いわ。なんで固められながら寝なきゃならんのだ」

「まあ私が起きたときには寝てたのでヨシとしましょうか…ちぇ」

「なんか言ったか?」

「いいえ?」

 

 ミワの用意してくれた朝御飯を食べながら今日の予定を確認する。大きな目的は魚以外の主菜となるものを仕入れること。出来れば精肉されてパックに詰められた肉があればいいのだが、そんなものは到底期待できない。せめて各部位まで分かれていて欲しいがそれも難しいだろう。後は情報収集。いつまでもこの街付近に居る訳にもいかない。犬だって歩かないと棒に当たることはないのだ。しかしそろそろ試練も降ってきてもいい頃である。挑戦資格などがあるのだろうか。残ったミワにやってもらうことは洗濯くらいなので暇なら勝手に時間を潰しているだろう。

 

「じゃあ行ってくるよ。暗くなる前には帰ってくると思う」

「え、何処に行くの?」

「昨日話しただろう?買い出しだ」

「あーそんなことも言ってたかしらね。そうねえ…何か甘いものでも買ってきてちょうだい」

「コンビニ行くわけじゃないんだが」

「じゃあ今週のじゃんp」

「ねえよ。そもそも読んでないだろ」

「と言ってもねえ…何があるかもわかんないし」

「別に要らないのに買う必要ないんだよ。この先どれくらいの金が必要になってくるかわからないんだから計画的にいかないと」

「まあそうね。じゃちょっと待ってなさい」

 

 そう言うとミワが竹飯盒に残ったご飯を取り出し握り始める。小ぶりのおにぎり2つを竹の葉で包むと差し出してきた。

 

「持っていきなさいよ。私は適当にあるもので食べとくから」

「ああ、ありがとう」

「そうだわ。梅干しとか欲しいわね。保存も利くし、やっぱりおにぎりには梅干しよね」

「わかった。探してみよう」

「さて…私は何してようかしら…本ばかり読んでるのも退屈だし」

「取り敢えずは洗濯だな。この天気なら昼には乾くだろうし」

「そうだったわね、じゃあ水槽置いてってくれる?」

「わかった」

 

 洗濯用に『十枚の窓』を展開するとミワの作ってくれたおにぎりをかばんに詰め込んで街へ向けて出発する。今回は1人なので何かあっても自分で対処しなければならない。例えば変なやつに絡まれたり、変なやつに絡まれたり……

 

「おっ、ねーちゃん。俺たちと遊んでかない?」

 

 街道に出て少ししたところで数人の男たちに声をかけられた。正直ナンパは初めてだが嬉しくもなんともない。

 

「あれれ?聞こえてないのかなあ?おーい」

 

 無視して歩を進めるがそれでも後ろからある程度の距離を保って付いてくる。このまま街まで行けば人の目もあるだろうし自然と離れていくものだが、まだ結構距離がある上にここは周囲に人もいない。

 

「無視しないでよー。傷付くなあ」

「おい、無理やり引っ張り込めばいいだろう。どうしてこんなめんどうなことするんだ」

「うるせえ黙ってろ。そんなことして大声出されたらどうするんだ」

「誰もいねーよこんなとこ」

「適当に布切れでも咥えさせればいいだろう」

「おいおい穏やかじゃないな」

 

 痺れを切らした者たちが声をかける男に対して文句を言い始めた。内輪揉めなら余所でやって欲しい。

 街までそろそろ半分となったところで過激派組が行動に出た。肩を掴まれくるっと反転させられる。その隙に他の2人が後ろに回りこみ退路を防ぐ。そしてそのまま腕を引っ張られ道端の茂みに連れ込まれる。

 

「なんだ全然抵抗しねえじゃねえか」

「ずっと待ってたんだろ」

「お前は最後だからな。このチキン野郎」

「…チッ…好きにしろよ」

 

 いや好きにするなよ。何の順番か知らないがこちらにはいそうですかと享受するいわれはない。

 

「ねーちゃん、名前はなんていうんだ?」

「まだ子供じゃないか。こりゃ上玉だぞ」

「肉付きも悪くないしどこぞの金持ちの娘か何かじゃないか?」

 

 治安もへったくれもないところだ。これが完全自立型の作られた世界というんだから面白い。仕方ない。

 

「ふぇぇ…」

 

 ふぇぇとか言ってしまった。今ので残機が4くらい減った気がする。

 

「は?」

「お?」

「ん?」

 

 が、効果はバッチリ。取り囲む3人の間の抜けた顔に笑いを堪えつつ外野の穏健派の男を見る。

 

「怖いよぉ…」

 

 助けて、と訴えかけるような目線を送る。そもそもこいつが声をかけてきたのがきっかけなのだが、今この状況で一番面白くないのはこの男だろう。何の順番か知らないが最後に回されたのだから。何の順番かは知らないが。

 しかし目線の先の男は非常に怯えた表情で固まっていた。なんだよ、そんなに引くなよ。やりたくてやったんじゃないよ。

 

「く、く、」

「く?」

「そんな顔してどうしたんだおめえ」

「く、ま、く」

「なんだよ、はっきり言えよ」

「熊が、後ろに、」

「え?」

「え?」

「え?」

「おお…」

 

 一斉に茂みの奥へ振り向くと、じっとこちらを見ている熊がいた。なんか昨日も似たようなことがあった気がする。

 

「うわあああ!」

「バカ!大声出すんじゃねえ!」

「ひっ…」

 

 取り囲んでいた3人がそれぞれの反応を見せる。

 

「お前!早く言えよ!」

「気付いたときにはもうそこに居たんだ…仕方ないだろう…」

「ひっ…たすけて…」

「早く立て!逃げるぞ!」

「うわあああ!」

「落ち着け!」

 

 4人の中でも一番年長者っぽい男がどうにかして状況を収めようとするが、1人は顔面蒼白、1人は腰が抜け、1人は錯乱している中でかなり苦心している。熊はというと目の前でわたわたと繰り広げられている状況をじっと眺めていた。

 

「おい、お前も死にたくなけりゃ早く逃げるんだ!」

「え?」

「畜生め!あっち行きやがれ!」

「いや、逃げたら追っかけられるし、多分、大丈夫」

「は?」

 

 急なキャラの変わりように驚いたのか、熊を前に大丈夫と言っている子供が理解に苦しむのか、男は何がどうなっているのかわからないといった様子だ。

 

「死にたくない?」

「当たり前だろ!」

「死にたくない…」

「たすけて…」

「うわあああ!」

「あ、そう。助けて欲しい?」

「お前に何ができるってんだ!」

「おい…助けてくれるって言うんだから…」

「たすけてください…」

「うわあああ!」

「助けるとは言ってないんだが…まあ、いいか」

 

 男たちに指示して熊を刺激しないように少し広めの場所まで移動する。熊も一定の距離を保ちながらついてくる。

 

「『八枚の窓(Windows 8)』」

 

 自分と男たち4人を囲むガラスを展開する。強度は昨日と同じくらいの。

 

「何をしたんだ…?」

 

 ガラスを知らないと、何かある気がするのに向こうが見える、という不思議な現象だろう。この前、街でやったショーのときも思ったがまだそこまでの技術はないらしい。

 

「最近、神見習いと巫女見習いの話、聞いたことないか?」

「…街で噂が立っている。神見習いのねーちゃんと巫女見習いの子供が突然芸を始めて、その子供の方が透き通った何かを空中に並べていたっていうのなら聞いたことが…まさかお前…」

「子供って年齢同じなんだが…そう、その巫女の方」

「神様…仏様…」

「巫女なんだが」

「」

「こいつ…飛んでやがる」

 

 ごちゃごちゃしてると熊が展開しているガラスに近づいてきた。

 

「ヒィィィ!」

「これ、本当に大丈夫なのかよ…」

「こんなとこで死にたくねぇよぉ」

「」

 

 五月蝿い奴らである。1人はとても静かだが。ついにガラス1枚を挟んだ正面まで熊がやってきた。何をするでもなくじっとこちらを見つめている。

 

「ん?なんだお前。昨日のやつじゃないか」

 

 よく見るとなんとなく見覚えがある。

 

「昨日のやつって…昨日も熊と出くわしてるのか?」

「え、まあ、うん」

「よく生きていたな…いや、この状況でこんなに落ち着いていられるのも納得だな…」

「昨日はただただこいつがどこかに行くのを待ってたんだが、今日は街の方に用事があるからな…出来れば早目にお暇して欲しいところなんだが。お前らがあんなことしなければこんなことにはならなかったんだぞ。どうしてくれるんだ」

「今そんなこと言ったってしょうがないだろう!それで言うならお前が最初からこっちの話を聞いてりゃこうなってないだろう!」

「聞いてたらどうなってたのさ」

「そりゃ…まあ…」

「はあ」

 

 よくよく考えるとこの状況、かなり危ないのではないだろうか。外部からの侵入を許さない空間内でさっきまで自分にあんなことやこんなことをしようとしていた連中と一緒にいるのだ。既に『十枚の窓』を展開している今、更に引きこもることもできない。理性を保ってくれていることを期待しよう。

 

「そういえば、最近こんなことはよくあるのか?」

「こんなこと?」

「熊だよ。こいつらがこんな街道近くの茂みに住んでるわけがないだろう」

「ああ…それもそうだな…お前、何か知らねえか?」

 

 比較的まともに話が出来る穏健派の男に話を振るリーダー格。自分は知らないんだろう。

 

「いや、知らないな。そもそもこの辺で熊を見かけたって話なんぞは聞いたことがない」

「だ、そうだ」

「へえ」

 

 じゃあ昨日と今日がたまたまラッキーな日だったのだろうか…いや、アンラッキーか。

 

「穏健派はこの辺に住んでるのか?」

「おんけん…?俺のことか?」

「名前を知らないからな。勝手にそう呼ばさせてもらった。ああ、言わなくていいぞ。知りたくもない」

「いや悪かったと思ってる。この通りだ、許してくれ」

「謝罪はいいさ、べつに。で、どうなんだ?」

「いや、住んでるのは街の中だが、仕事でこの辺りに来るってだけだ」

「街の人間が街の外で何の仕事してるんだ」

「野菜を仕入れるのさ。この季節だと芋なんかも多い」

「ほう…」

 

 いいことを聞いた。これで食卓に緑が入る。芋も使いようによっては甘味になりそうだ。

 

「穏健派、お前、運が良いぞ」

「は?」

「後で話をしよう」

「え?ん?」

 

 卸売から直接買えば安く済ませられるだろうし、取引先に赴いて何か干物とかと交換出来れば金を使わずに済む。あわよくば今回のことをネタにかなり値切れるかもしれないが、それは評判に関わるのでやめておこう。

 ガラスに囲まれたこの空間がそれなりに安全だと分かったのか3人の男達も少しずつ落ち着いてきた。

 

「さて、この熊さんをどうするかだが…ここにいると負けはしないが勝ちもしないんだよな…取り敢えずそろそろそいつ起こしてやったらどうだ?」

「あ、そうだな…」

「神見習いのねーちゃんはどうしたんだ?神見習いなんだから熊退治くらいお手の物だろ?」

「神見習いを何だと思ってるんだ。熊と喧嘩するのなんか金太郎だけでいい。キャラが被っちゃうだろ」

「キャラ…?」

「こっちの話だ」

 

 薪をしょって本を読む必要も犬猿雉を餌付けして鬼退治する必要も無い。ミワにはミワらしくやってもらわないと。

 

「じゃあ他に手があるのかよ」

「無いからこうやってぼっーとお見合いしてるんじゃないか。あったらとうにやってるさ」

「なんだ、巫女見習いも大したことねぇなあ…」

「あ?今すぐこれを解除してお前らをほっぽり出してもいいんだぞ?」

「あ、いや、そういうつもりじゃ…」

「全く…」

 

 とはいえ良い方策がないのは確かである。おそらく一番正しい対処法である、ゆっくり後ずさる、という行動は自らの手で封じてしまっているのだから。やはり無理にでもミワを連れてくるべきだったろうか。

 

「は!俺は何を…そうだ…熊は!熊はどうなった!」

 

 気を失っていた男が起きたらしい。急に大声を出すんじゃないよ。

 

「静かにしろ!今この巫女さんが熊との間に壁を出してくれたからひとまずは安全だ」

「壁?何も無いじゃないか…って熊!目の前に!熊!」

「だから静かにしろ!」

 

 起こさない方がよかったか…一応こいつにも聞いておくか。

 

「起きたか。早速だがこの状況を打破する方法はないか?」

「そんなこと言ってる場合じゃ…」

「あーもう…五月蝿いなあ…ちょっとこっち来てみ」

「でも…」

「いいから。はい、立って。はーいそのまままっすぐーまっすぐーまっすぐー」

「まっすぐ…まっすぐ…まっすいで!なんだこれ…」

「壁だよ。ちょっとやそっとじゃ壊れないから安心しろ」

「ああ…うん…」

「で、何かないか?」

「そうだな…」

 

 しばらく腕を組んで考える男。安全の担保があればそれなりに論理的な思考ができるだろう。

 

「俺のじいさんの知り合いが若い頃に山の中で熊に出くわしたことがあったらしい。その時は持ってた鎌を振り回しながら大声で叫びまくったら向こうから離れていったってのを聞かされたことがある」

「なるほど」

「ただそのじいさんの知り合いが帰ってきて話をしても誰も信じなかったそうだ。熊に会って生きて帰れるわけがないってな」

「返り討ちにしたならともかく必死の抵抗で生き延びたって話なんだから盛ってる要素はなさそうだけどな…まあ取り敢えずやってみるか」

 

 声に関しては男4人に任せれば大丈夫だろう。断末魔の代わりと思って盛大に叫んでもらおう。となると問題は武器の方だが、当然物騒なものは持ち歩いてないので殺傷能力には期待できないがあるものを利用するしかない。

 

「準備はいいかね?」

「なんで肩組まされてるんだ…」

「音ってのは空気の振動だ。当然声も音だから空気の振動が相手の耳に届かないことにはどれだけ大きな声を出そうとも聞こえることはない。ということで壁、もとい窓を解除する」

「なんだって?」

「この壁をとっぱらうのか!?」

「ああ、より大きな声を届けるためだ」

「もし効果がなくて近づいてきたからどうするんだよ…」

「そこでこれを使う」

「なんだこれは…」

「使ったことくらいあるだろう。傘だよ」

「傘ってこう…もっと長いだろう?」

「まあ見てろ」

 

 留め具を外し柄の部分を伸ばす。おおっと少し感嘆の声が漏れる。そして傘の笠をバッと広げる。

 

「……」

「なんだ?なんで黙ってるんだよ」

「いや…」

「なんというか…」

「思ったより凄くないな」

「言っちゃったよ…」

「いや、傘ってこんなもんだろ」

「でもなあ」

「と、取り敢えずこれを振り回す。無理だった場合はまた考える」

「誤魔化したな」

「悪いか」

「また考えるって人の命をなんだと思ってるんだ」

「乙女の貞操をなんだと思ってるんだ?」

「ぐぅ…」

「ぐうの音を出すな」

 

 そして実際にやってみる。

 

「「「「オーオーオオオーオオオーオオオー」」」」

「アフリカンシンフォニーかよ」

「「「「オーオーオオオーオオオーオオオー」」」」

「高校野球なんてやってんのか」

「「「「オーオー!オーオー!オーオー!!」」」」

「まあこんな感じでいいか」

 

 熊に向かって吼える4人の前に立ち、傘を構える。

 

「解除するぞ!」

 

 目の前のガラスが消え去る。これで熊との間には何もない。突進されたらひとたまりもないだろう。熊は少しビクッとしたようにも見えたがまだこちらをじっと見ているのみだ。

 

「そい!」

 

 傘を振り回す。あまり無理にやって使い物にならなくなるのも困るので遠心力にまかせて大きく、それでも速く回す。

 

「一歩ずつ前に進んで圧をかけるぞ!」

 

 一歩踏み出す。熊が一歩下がる。もう一歩踏み出す。熊がもう一歩下がる。

 

「もう一息!」

 

 大きく一歩、前に出る。熊は少し身を引くと後ろを向いて駆け出して行った。

 

「……行ったか?」

 

 熊が消え去った方向をじっと観察するが何かの影を捉えることもない。恐らくもう何も居ないだろう。

 

「お前ら、もういいぞ」

「……」

「ん?どうしたんだ?」

「良かった…」

「死ぬかと思った…」

「んな大袈裟な…って訳でもないんだろうなあ」

 

 へなへなと座り込む男達。気丈に振舞っていたリーダー格の男もすっかり魂が抜けてしまった顔をしている。

 

「取り敢えず道に出るぞ。奴さん、また帰ってこないとも限らない」

「あ、ああ…そうだな…」

 

「さてと…今回無傷で熊から逃れることが出来たが…貴重な時間をだいたい1時間程浪費してしまった。どうしてくれようか」

「どうすれば…出来ることはなんでもするが…」

「ん?なんでもするって言ったか?」

「え、いや、出来ることならなんでも…」

「そうか、なんでもしてくれるか」

「なんでもします……」

「いや〜なんか悪いなぁ〜」

 

 ここぞとばかりに上からものを言う。なんと思われようがこれくらいはしてもいいだろう。気分はまあ、悪くない。

 

「お前…」

「やめとけ、余計に何か吹っかけられるだけだぞ」

「でもよ何言われるか…」

 

 そんな無理難題を押し付けるつもりはないが。

 

「取り敢えず穏健派、お前は野菜を仕入れてこい。出来れば葉物がいい」

「いや、今日の仕入れはもう…」

「ん?」

「いえ、何も…」

「銀1もあれば足りるか?」

「やらせて頂きます!」

「現金なヤツめ…どれくらいかかる?」

「もうすぐにでも!」

「いやすぐ持ってこられても今から街に行くんだが…しなびちゃうだろ」

「ご自宅にお届け致します!」

「うーん…じゃあ日暮れ前にこの先の橋に持ってきてくれ」

「了解しました!」

 

 行ってしまった。まだお金渡してないんだけどな。

 

「…俺達は何をさせられるんだ?」

「うーん…特に何もないんだよな…」

「なんだそれ」

「基本的に自分で済ませちゃうからなあ…そうだ、今回のこと、街で言いふらしてくれよ。巫女見習いの不思議な力で熊に襲われても助かった、ってな」

「それだけでいいのか?」

「3人で真面目にやりゃそれなりに広まるだろう。今絶賛名売り中でな。宜しく頼むぞ」

「お、おう…」

「よし、じゃ、解散」

 

 少々寄り道してしまったが、野菜は手に入ったし名前も広めることが出来た。本来ならミワの名前を売り出す方が良いのだがそこに居なかった人物を登場人物に加えるわけにもいかない。神見習いの加護があったということにでもしておこう。





なぜか最新話だけPV増えてました。


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蕎麦五杯


ストックが!ない!



 それから街までは何もなく…いや、いきなりあんなことに巻き込まれる方がおかしいのだ。これが普通である。普通であって欲しい。

 

「てか何でついてくるんだよ」

 

 3人の男達がずっとついてくるのである。最初からわかっていたのだが流石に街に入るのも一緒なのはなんか嫌だ。

 

「何でって…街に入るにはこの道しかないし」

「そうかもしれんが」

「そうだ、巫女のねーちゃんよ。今から一緒に昼飯でもどうだい?」

「何でお前らと…」

「本人がいた方が話の真実味が増すってもんよ。店ん中で大声で感謝してやるさ」

「むむむ…」

 

 昼ごはんといえば朝にミワが持たせてくれたおにぎりがある。それを食べないのもミワに悪い気がする。しかし、いい宣伝になるというのも確かにそうだ。

 

「ちなみに何屋だ」

「蕎麦屋なら人の出入りも多いだろうな」

「行こう」

 

 ごめんミワ。おにぎりは帰りに食べるよ。

 連れていかれたのは屋台や茶店が並ぶ通りだった。確かに人は多い。その中の1つの小屋に男が入っていく。

 

「おっさん、蕎麦4つ!」

「あいよ…なんだお前か」

「なんだよ、悪いか」

「悪かねえが…お前、こないだのツケ忘れてないだろうなあ?」

「そ、そりゃ、もちろん」

「じゃあちょっと待ってろ」

 

 どうやら知り合いの店らしい。男が出てきて店先の椅子に座る。

 

「なんだお前、タダ飯してるのか?」

「人聞きの悪いこと言うんじゃない。あの時はたまたま持ち合わせがなかったんだ」

「ふーん」

「信じてねえな?今日はほらちゃんとここに…ん?」

「ん?」

「あれ…確かに持ってたはずなんだが…」

「……」

 

 右のぽっけ、左のぽっけ、服の中まで見るが一向に金らしきものは出て来ない。

 

「あったか?」

「いや…ちょっと待ってくれ…おい、お前ら、いくら持ってる」

「それが…今日は1文無しだ。飯食うつもりなんてなかったからな」

「くそ!先に言っとけよ!お、お前は?」

「右に同じく…」

「なんだよお前ら!なんで持ってねえんだよ!」

「お前だって人のこと言えないだろう!」

「そうだぞ。そもそも飯に行こうと言い出したのはお前じゃないか!」

「ぐぅ…」

 

 仲間割れをしだした。他の2人の言い分はもっともなので言い返す余地もない。

 

「つまりお前ら誰も持ってないのか」

「そういうこと…になる…のかな?はは」

「なにわろてんねん」

「つきましては…その…」

「……」

「……」

「…わかったよ。出せばいいんだろう」

「すまん…」

 

 予想外の出費になってしまった。これならミワの作ってくれたおにぎりを食べていれば良かった。広告料として納得するしかないか。いや、そもそもこれは熊から助けたお礼ではなかったろうか?

 

「はいよ、蕎麦4つだ。前の分と合わせて銅50だ」

「お願いします!」

「はいはい…そのかわりしっかりやってくれよ」

「ん?誰だこの嬢ちゃんは…お前のコレか?」

「違うわ」

「このねーちゃんはさっき俺たちを熊から助けてくれた巫女見習いの…誰だっけ」

「トヒ」

「そう、トヒちゃんだ」

「ちゃんて」

 

 そういえば名乗っていなかった。こいつらみたいなやつらに名前を知られるのも嫌だったがこうなっては仕方がない。それにしてもちゃん付けで呼ばれたのは何年振りだろうか。

 

「は?熊?巫女見習い?何言ってんだお前」

「いやホントだって」

「まあそうだろうなあ…ほい、ひとまず銅40だ」

「毎度…ってどうして40なんだよ10足りないぞ」

「待て待て。なんでこいつのツケの分まで出さないといけないんだ」

「嬢ちゃんこいつの女なんだろ。金があるところから貰っとかないとな」

「いやだから違うって…」

「ほらおっさん、この間大通りの方で珍しい芸してたって話はしただろ?その子どもの方だ」

「あーそんな話もしてたな。他の客からもチラチラとは聞いていたが…それがこの嬢ちゃんだって?」

「そうそう」

 

 中々信じてもらえない。信じてくれないと無駄に金が減ってしまうのだが。第三者で証明してくれそうなのは……そうだ。

 

「じゃあ、これならどうだ?個人証明だ」

「いや、うーん…巫女見習いってのはわかったが…」

「入る金は逃さないって顔してるな」

「おっさん、前の分は今度持ってくるからよ…今日はそれで食わしてくれよ。のびちまう」

「そもそもお前がちゃんと払ってればこんなことにはなってないんじゃないか」

「それはそうだけどよう…」

 

 こちらが譲るか蕎麦屋が譲らない限り話は平行線のままだ。向こうからすればいつになるかわからないツケを待つことになるのだがそんなこと知ったことじゃないのだ。初対面の、さらに自分を襲うつもりだったやつにこれ以上何かしてやる義理もない。

 

「じゃあこんなのはどうだ?巫女見習いがここで蕎麦を食ったって話をそこら中でして回る。そうすりゃ大繁盛間違い無しだぜ!」

「どうしてそうなるのか」

「蕎麦1杯くらいならまあ…それでもいいだろう」

「蕎麦1杯の価値もないと判断された気分だ」

「決まりだな!あ〜腹減った!さ、トヒちゃんも食べな!」

「誰が払ったと思っている」

「ほらほら、嬢ちゃん。美味そうな顔して食えよ」

「美味けりゃ勝手に美味そうな顔になるさ。いただきます」

 

 こちらの世界に来て2杯目の蕎麦。汁から頂く。美味しい。昨日の店の味とは違いって完成され過ぎていない、いわゆる荒削りの味といったところだが、また違った美味しさがある。

 

「…美味いな」

「ここらじゃ他で食えねえ味よ。このおっさん、蕎麦に関しては尊敬出来るぜ」

「それも納得できるな。なかなかに美味いぞ」

「ガンと向かって言われるとむず痒いな…ありがとよ」

「後はちょーっと頑固なとこがなきゃなあ」

「うるせえよ。お前はまず金を持って食いに来い。今度からはお前だけ先払いだからな」

「そういうとこだぜおっさん」

 

 とはいえ他人の分まで出してこれだけでは大損である。この男らの誘いに載ったのは別に蕎麦が食べたかったからじゃない。決して。

 

「おい、真面目にやってもらおうか」

「ああ…そろそろいい頃合いだろう。おっさん、ひとつ儲けさせてやるよ。器の準備しときな!」

「は?どういうことだ?」

「いや、そんなに人が集まるほどのものでもないだろう…」

「まあ見てな」

 

 急に人通りが増えてきた。ちょうど昼時なのだろうか。客層としては買い物客よりどちらかと言うと厳つめの土方っぽい男が多い。

 

「いやーそれにしても巫女様!さっきは助かりましたぜ!」

「急にどうした」

「おい、お前らも調子合わせろ」

「お、おう…」

「わかった」

「あいつと出くわしたときなんかお前腰抜かしてたもんな!」

「あ、ああ!人間、本当にビビったときは動けなくなるんだな」

「俺、あの時気失っちまったからよ…どんなことがあったのか教えてくれねえか?」

「ガハハ!そうだったな!急に静かになったと思ったら真っ青になって転がってやがるんだもんなあ」

 

 お前も大概じゃないかと思ったが他の2人もなんだかんだついていっている。まあお手並み拝見といこう。

 

「お前らが腰抜かしてる間、俺はどうあの熊からお前らを守るかを必死に考えた。しかしあの熊、じっとこっちを見てやがるもんだから動くに動けなかったんだよ。そしたら俺と熊との間に現れたのが」

「現れたのが…?」

「この巫女様って訳よ」

「おおー」

 

 そんないい感じな場面でもなかった気もするが。大声で話すのでチラホラと人が集まってきた。

 

「そこで俺は言ったんだ。『おいお前!死にたくなきゃ逃げろ!』ってな」

「かっけえこと言うじゃねえかよ」

「そしたら巫女様、何て言ったと思う?」

「何て言ったんだ?」

「『死にたくなければ逃げるな!抗え!』ってよ。正直俺は何言ってんだって思ったぜ」

「はー!お前よりかっけえこと言ってるじゃねえか」

 

 何だか凄く盛られているような…まあ流れとしてはそこそこ合っているので良しとしよう。小っ恥ずかしいので黙って汁をすする。店もそこそこ人が入っており皆がこちらに聞き耳を立てている。

 

「で?それからどうなったんだ?」

「まずは巫女様が熊を引き付けている間にお前を少し広いところにまで引っ張っていったんだよ」

「あの時は全然力入んなかったなあ。ずっと手が震えてたぜ」

「何で広いところなんだ?」

「巫女様の指示さ。俺もその時はどうしてそんなことするかわかんなかったんだが、巫女様の言うことは聞いた方がいいって直感で思ったんだよ」

「ほーん」

 

 蕎麦屋の店主が忙しそうに走り回っている。回転率が大事であろうこの時間に長々と話をするグループは普通に迷惑なもんだが何も言うことなく知らぬ顔をしている。単に忙しくて構ってる時間がないだけかもしれないが。

 

「それで?次はどうなったんだ?」

「こっからがいいところでよ、置いてきちまった巫女様を心配していると熊と睨み合ったまま巫女様がそろりとこっちまでやってくるんだ。そして俺らがいるところまで来ると一声。すると熊と俺たちの間に見えない壁が出来たってわけよ」

「見えない壁だあ?」

「お前も起きてから触っただろう」

「ありゃ本当に巫女様が作ったのか…」

「凄いんだぜ、熊が文字通り目の前まで近づいてきたんだ。あんときゃ流石の俺もビビったな」

「どのくらい近かったんだ?」

「言ったろう目の前だ。鼻息が当たるんじゃないかぐらいまで近かったんだ。でも熊は襲ってこなかった。いや、襲ってこれなかったんだ」

「見えない壁があったからか」

「そうだ。そうしてる内にお前が起きて後はあのとおりだ」

「はーすっげえなあ」

 

 尾ひれどころが背びれ腹びれ胸びれまで付けたような話だった。そのかわり内臓の部分が省かれていたりとまあ華のある部分だけをよくここまで誇張して話せたものだ。

 

「おい、お前ら」

「ん?なんだ?」

 

 最初の方からずっと遠巻きに見ていた男が近寄ってきた。他の者のように面白半分で聞いている様子ではなかったので多少気にはなっていた。

 

「熊ってのは本当に恐ろしいやつなんだ。俺は山にはよく入るからここじゃ誰よりもやつのことをしっている。お前らみたいなひょろっとした街の人間や、こんなガキにどうこうできるようなやつじゃねえんだ」

「って言われてもなあ。俺はさっきあったことをそのまま喋ってるだけだぜ?」

「冗談でもこんな話するもんじゃねえ。見えない壁だと?笑わせんじゃねえ。熊を目の前にして生きて帰って来れるやつなんざ居ねえんだよ」

「おっさん…何があったかは知らねえけどよお…俺たちゃ本当にこの巫女様に熊から助けて貰ったんだぜ?その事実は変わりゃしねえよ」

 

 ふむ、少し場の空気が悪くなってきた。野次馬に逃げられても困るし、そろそろ出番だろうか。

 

「まあ2人とも落ち着け」

「そうだぜ、おっさん」

「俺はずっと落ち着いている」

「こいつの話を疑ってくれるなとは言わんが…うちの神の力を使ってこいつらを助けた事実を否定されるのは少し我慢ならんなあ…力もタダじゃないんでね」

 

 別にミワの力は使っていないがまあ、巫女なんだから辻褄は合わなくもないし都合は合う。

 

「神だと?」

「神って言ってもまだ神見習いだけどな」

「神見習い?」

「因みにさっきから巫女と言われているが正しくは巫女見習いをやっている。いや、本業は巫女なんだが」

「何を意味のわからないことを…」

 

 うーむ…アマノさんの話だと神見習いと巫女見習いのことは常識で通ってるはずなんだけどなあ…古い文献に残ってる程度のものなのだろうか。

 

「よし、じゃあこうしよう。さっき使った神の力、ここでひとつ見せてやろう」

「(タダじゃないんじゃなかったのかよ)いで!」

「(五月蝿いぞ)それで信じなかったら信じないでももちろんいいさ。しかし信じることが出来たなら発言の撤回、訂正をしてもらおう。どうだ?」

「ふん、いいだろう」

「よしきた。ちょっとその辺に立ちな」

 

 男を店の脇に立たせ周りに1m四方の線を引く。

 

「この線から外に出れないように見えない壁を張る。いいな?」

「さっさとやれよ」

「まあそうせかすな。いくぞ『八枚の窓(Windows 8)』」

 

 4枚余ってしまうので二重にしたガラスを4枚、1m四方で設置する。声が届かないと意思疎通が難しくなるので高さは2mくらいに。

 

「どうだ?」

「何も変わってねえじゃねえか」

「そうか?じゃあ動いてみろよ」

 

 少なからず屈折してるのでこちらから見れば、ああガラスの向こうにいるなって感じなんだが。慣れの問題かもしれない。

 

「なんだ普通に動けるじゃねえか」

「じゃあ前に出てみろ」

「ふん、こんなもの…何だこれは」

「それが言うところの見えない壁だな」

 

 勢いよく一歩目を踏み出したはいいが何せ半畳程の空間だ。すぐに端まで行ってしまう。

 

「よく見ると何かあるだろう」

「うむ…そう言われると…」

「触ってもいいんだぞ」

「おう…ツルツルしてるな…」

「どうだ?これで文句はないだろう」

「いや…こんなもので熊から助かるわけが…」

「むう」

 

 疑り深いというかそもそも疑ってかかってきているのでスっと納得するわけにもいかないのだろう。

 

「おい、トヒちゃんよ」

「なんだ?さっきから気になっていたがちゃんをつけて呼ぶんじゃない」

「トヒちゃんはトヒちゃんだしなあ」

「ええい、いいから辞めるんだ。で、なんだ」

「あれなんだがな、どんだけ強く叩いても壊れないんだよな?」

「いやー流石に閾値はあるだろうなあ」

「でもあのおっさんが暴れたくらいじゃ大丈夫だろ」

「そりゃまあ」

「じゃあ俺らがこっちから殴っても大丈夫か?」

「まあ無傷だろうな」

「そこの石で思いっきり殴るとどうだ?」

「その辺だろうなあ…無傷で済まないのは確かだろう。あくまでもガラスだからな。割れはしないと思うが」

「じゃあちょっとやってみてもいいか?」

「任せるさ」

 

 逃げることが出来ない空間で石持って殴りにこられたら相当怖いだろうな。可哀想に。

 

「おい!おっさん!」

「な、なんだ」

「これが何かわかるか?」

「何って…ただの石だろう」

「そうさ…これで殴られると痛いだろうなあ」

「痛いじゃすまんだろうな」

「ということで行くぜ!」

「何する気だ!」

「うおりゃあ!!」

「やめ、やめろ!」

 

 ガツン!と一発。中の男は尻もちをついて頭をかかえる。が、振り下ろされた石はガラスに阻まれ男に届くことはない。ガラスはというとヒビすら入っていない。

 

「どうした?ビビってんのか?」

「て、てめえ何しやがる…」

「信じてなさそうだったからな。ちょいとばかし驚かしてやろうと」

「は、はん!こんなもので…」

「そうかそうか。おい!誰かとんかち持ってねえか?硬いものだったらなんでもいいぜ!」

 

 店の中の客、外の野次馬に声を掛けると土方組が多いからかあちらこちらから声が上がる。商売道具をこんなことに使っていいのか。多分、皆ノリで生きているんだろう。

 

「おーい、ほどほどにしとけよ。下手すりゃ割れて本当に殴っちゃうかもしれないぞ」

「大丈夫だろ」

「責任はとらんと言いたいがそういうわけにもいかんのだ」

「割れそうになったら引くさ」

「お前らあんま見えてないんだろ……」

 

 今にも飛びかかりそうな勢いで鈍器の類を振り回している奴らがいる中、ガラスの中の男は青ざめた顔をしている。どうしてこんなことになったんだろうと思ってももう遅い。

 

「じゃあ行くぜ!」

「おうよ!」

「覚悟しな!」

「ヒャッハァ!」

 

 四方から壁を殴りまくる男達。中には頭を膝に埋めて震える男。はたから見たらただのリンチである。今のところガラスの方は大丈夫だがいつまでもつか。

 

「わかった!認める!認めるから辞めてくれ!」

「おい、辞めろ」

「ちっ、楽しくなって来たのによお」

「名を広めてくれとは言ったが悪名を広めてくれとは言っていない。やり過ぎは良くないぞ」

「わかったよ」

 

 渋々と男達が下がる。あーあー可哀想に…震えちゃって…『八枚の窓』を解除して男の傍に寄る。

 

「とまあこんな感じで熊からこいつらを守ったんだ。別にホラを吹きに来たわけじゃないってことはわかってくれ」

「あ、ああ、すまなかった」

「取り敢えず立ちな。そういや昼はもう食べたのか?食べてないんならここの蕎麦1杯奢ってやるよ」

「いいのか?」

「いいさ。ついでに話を聞かせてくれ」

「すまん」

 

 アフターフォローは大事だ。これでミワの悪い噂な広まってしまっては困る。

 

「えーいいなー」

「お前らはもう食べただろう。助けた礼に加えて蕎麦分も働いてもらうからな」

「わかってますよ巫女様」

「次からはこいつが暴走しないようにちゃんと見てますんで安心して下さいよ」

「俺は別に…良かれと思って…」

「うるせえ、少しは反省しろ」

「そうだぞ。次からお前と飯を食う時は先に金持ってるか確認してからにするからな」

「それはすまなかったと思ってる…」

「では巫女様!お達者で」

「うーい」

 

 大声で話していた男達が去っていったので野次馬も散っていった。店の中もさっきよりは忙しくなさそうだ。奥の机に男を座らせる。

 

「この人に1杯頼む。ほい、銅10だ」

「おいおい嬢ちゃん。別にいいんだぜ。あいつの分でチャラにしといてやるよ」

「ん?そうか。じゃあ、頼んだぞ」

 

 結局奴の分を払ってしまう羽目になったが必要経費と思えばいい。今のところそこまで困窮はしてないのだから。

 

「そんで巫女様…話って何をすれば…」

「お前、山で働いてるのか?」

「あ、ああ。そうだが…」

「そうか。そこで家族や知り合いが熊に襲われたとかそんなとこか」

「……ああ、そうだ。うちの弟がな」

「やっぱりか」

 

 そりゃ冗談みたいな話をしてる奴らがいれば口を挟みたくもなる。

 

「…生きてるのか?」

「生きてる…が、あの身体じゃ満足に働くことも出来ねえ。毎日泣きながら謝るんだ」

「辛いな」

「俺の辛さなんて巫女様にはわからんだろうさ。俺も弟の辛さは到底理解してやれない」

「最もだな。お前の辛さも、お前の弟の辛さも、お前達自身にしかわからないことだからな。ただ客観的に見ても辛そうって話だ。周りはどうしてやることも出来ない」

「そうだ…巫女様、無理を承知でお願いするが、神の力とやらで弟を治してくれないか?」

 

 神とて万能ではない。少なくとも全知全能の神はこの国、現実世界のこの国にも存在しない。

 

「うちの神はそっち系じゃないんでね……そもそも神と言っても神見習いだ。そんな大層な力は持ち合わせてない。すまんな」

「いや…いいんだ。無理を言った」

 

 そう、出来るのは精々パンチコ弾と風呂沸かしくらいなのだ。後もう一つあるのは知っているが見たことがないし、他にあったとしても知る由もなし。

 

「ほいよ、蕎麦一丁!」

「ありがとう。さ、遠慮せず」

「あ、ああ…」

 

 さっき注文した蕎麦が届いたが中々手をつけない男に食べさせる。

 

「じゃあ本題だが…食べながらで聞いてくれ。実はな、昨日も熊に遭遇してな」

「昨日もだと?」

「そんときは子連れだったんで追い払わずに飽きてくれるまで篭ってたんだが…それはよくて、毎年こんなもんなのか?あいつらが言うには殆ど見ることはないって話なんだが」

「ああ。ここ何年かはあまり見かけなかったし、見かけても向こうから山の奥に帰って行ってたよ。ただ、今年はどうも山の実りが悪くてな…結構下まで降りてきてるらしい」

「なるほどな」

 

 ここ数日、山の中で過ごし探索もしたのでなんとなく察してはいたが、本職の人間もその判断を下しているのならそうなのだろう。

 

「弟も山に関しての知識は十分持っている。だから注意していたんだがな」

「……冷める前に食べてしまいな」

「ああ」

 

 だとすれば、やはり野宿は危ないかもしれない。火を焚いているとはいえ寝る前には小さくするし、空腹の熊相手に火などなんの効果もないだろう。早急に屋根と壁のある拠点を考えなければならない。

 

「美味かったぜ、ありがとうな」

「ん」

「それじゃ悪いが仕事に戻る。巫女様も気を付けるんだぞ」

「ああ、無理言って悪かったな」

「いや全然。じゃあな」

 

 そろそろ…というか、ようやく本来の目的を果たせそうだ。なんだかんだあったが野菜の入手には目処がついたし、一応ながらも名前を売ることが出来た。後は肉とちょいちょいしたものを探して買って帰ればいいだろう。

 

「ご馳走様、色々とすまなかったな」

「そんなことはない。お陰でいつもの3倍は儲けが出そうだ。ありがとよ」

「それなら良かった」

「また来てくれよ。嬢ちゃんが居たら客も増えそうだしな」

「機会があればまた来るよ、じゃあ」

「おう、毎度あり」

 

 店を出て中心部へ向かう。何をするにしても勝手が分からないので見知った場所をセーブポイントにして行動しないと迷子になりそうだ。この通りは基本的に出来たものを売っていて材料は売ってないし、まずはそっち系の通りを探さないとならない。そういえば甘味屋なんかもあるらしい。ミワが居れば確実に入っていただろうが今日は一人だ。今度来た時は寄ってみてもいいかもしれない。今頃ミワは何をしているんだろうか。変なことに巻き込まれていないといいが。

 

 

「ふ……ここにあったか100円め…いえ、ここで会ったが百年目よ。私とトヒの愛の巣に土足で踏み込んだこと、後悔するといいわ!」

「……」

「今はツッコミが不在だから私のボケをフォローしてくれる人は居ないの。つまり、今この場は私の独壇場…ホームグラウンドよ!」

「……」

「取り敢えず…何か食べる?」

 

 

 何故だろう。何か嫌な予感しかしないがどうすることも出来ない。早めに買い物を済ませてさっさと帰ろう。





今ある分は区切りのいいところまで何とかしますが以降はどうなるかちょっと分かりません。章単位の大筋は出来てるんですが中身が詰めきれてないんですよねえ…


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少女邂逅

今回は少し短めです。
とは言うものの最初の方の標準だったんですが。



 まず時期的に考えて実梅は売っていないだろう。場所的にもおそらく栽培もあまりされていないだろうから、梅干しを食べたいなら梅干しを買わなければならない。取り扱っている問屋に行ってもいいが、この間の米問屋みたいな量り売りをしてくれるとは到底思えない。問屋から買っているところから買えばいいのだが、物は移動する度に金額が増えていく。あまり得策とは言えない。梅干しの振売はあまり聞いたことがないがそれをとっ捕まえるしかない。

 肉に関しては精肉店みたいなところがあればいいのだが、冷蔵の技術がまだまだ発達していないだろうこの世界でそれは難しそうだ。だとすると生きたものを買って自分で捌くことになるのだろうか。流石にやったことがないので、その場合、肉は諦め外食に頼るしかない。

 他はおやつになるものやら保存の効くものがあればいいだろうか。山で拾ったクリでも十分美味しかったがやはりミワも砂糖菓子が食べたいだろう。干物も塩漬けしたとはいってももって一週間がいいとこだ。現状、川から離れた途端に食料確保が難しくなる。保存食は買っておいて損はないはずだ。

 

「さてと…売り子を探すなら…長屋か」

 

 一旦大きな通りに出てはみたものの売り子とて道行く人に売り込みをかけるわけがない。

 

「でもなあ…長屋の周りをうろつくと目立つしなあ」

 

 現時点で既にかなり目立っているがまだ似たような服装を見かけることもある。大方、芸者か変わり者なのでその部類に入るのは甚だ遺憾であるが。長屋というものは決して閉鎖的というわけではないが、遠くの親戚より近くの他人を体現したような暮らし形態なのだ。余所者が、それも変な格好をした者がうろつこうものなら悪目立ちするし下手すれば追い出されかねない。見た目だけではまだジャージの方が馴染めるまである。うだうだしていても仕方がないためどこか近く長屋の入口付近まで歩いてみる。この間に売り子を見つけて梅干しを扱っていればいいのだが。

 

「まあ、無理だよな……」

 

 少し離れて入口が見える位置から窺っていたが無理だった。梅干しどころか売り子すら見つからない。やはり基本は朝なのだろう。穏健派も朝に仕事を終えていたと言うし。

 

「どうしたもんか」

「どうしたの?」

「ん?」

 

 下から急に声がかかる。この世界に来てからやけに声をかけられる。普段なら自分から声を発するまで気付かれないことも多々あるのだが。やはり服装か。

 

「ねえ、どうしたの?」

 

 もう一度同じ声がかかる。一応反応はしたつもりだが正面を見たままなのが良くなかったのか話しかけるなオーラが伝わらなかったのか。目線を落とすと女の子が不思議そうな顔をしてこちらを見上げていた。

 

「ちょっとね」

「ちょっとどうしたの?」

「難しいことを聞く…」

 

 どうしたらいいかわからないから固まってるんじゃないか。愚痴っても仕方がないので言わないが。

 

「この服、変だね」

「変じゃない」

「見たことないよ」

「そりゃそうだろう」

「触ってもいい?」

「悪かないが」

「わーい」

 

 ただの巫女服なのだが。正月や七五三で神社に行けば1人や2人いるだろうに。触る機会はないかも知れないが。裾を撫でたり軽く引っ張ったりとずっとさわさわする少女。そろそろ満足してくれないだろうか。

 

「面白いか?」

「うーん、面白くはない」

「じゃあ何でずっと触ってるんだよ」

「気持ちいいんだもん」

「世が世なら捕まってるぞ」

「お奉行様のとこに連れていくの?」

「いや行かないが。そろそろやめないか」

「えー」

 

 口で言うのとは逆にさっと触るのを辞める少女。聞き分けのいいことだ。

 

「何か用か?」

「ううん」

「ないならなんで」

「あなたがここにいたから」

「おおう…」

 

 なんだろう軽く告白された気分である。おそらく他意はなく、単に見かけない人がボーっと立っているのを見つけたからちょっかいを出しにきたとかその程度だろう。

 

「おねーちゃんは誰かに用なの?ここにいる人だったら連れてきてあげるよ」

「あーいや、誰かに用ってわけじゃ」

「ふーん」

「うむ」

「……」

「……」

「……」

 

 少女が何も言わないので特に会話がないまま数分。放置して長屋の入口を見ていたがある程度の区切りは必要だ。別の長屋を張るか売り子探しを諦めるかしないと時間の無駄である。

 

「どうしたの?」

 

 立ち去るのに声をかけようとして少女の方を見るとずっとこっちを見ていたのか先に喋られた。

 

「ここを離れるだけだ」

「どこに行くの?」

「まだ決まってない」

「付いていってもいい?」

「いや悪かないが…」

「わーい」

 

 知らない人に着いて行ってはいけません、と親から言われなかったのだろうか。何なら率先して着いてこようとしている。誘拐の既成事実を作って後から何か言われたりしなければいいのだが。

 

「おねーちゃんこの辺の人じゃないでしょ。案内してあげるよ」

「何でそう思うんだ?」

「んーなんとなくかな。どこに行きたい?」

 

 きちんと会話は噛み合っているのだが、どこかズレている気がする。突拍子もないことをずっと言われている気分だ。人との会話経験値が足りないだけなのかもしれないが。

 

「じゃあ肉を売っているところ」

「お肉だね!わかった。付いてきて」

「あ、うん、よろしく」

 

 付いてくるんじゃなかったのか。いつの間にか立場が逆転している。正直一人で歩き回るよりかは効率的なので助かってはいるがどうも釈然としない。

 

「おねーちゃんはどこから来たの?」

「遠いとこ」

「どうしてこの街に来たの?」

「やることがあってね」

「おねーちゃんは何する人なの?」

「見てわかんないか?巫女だよ」

「巫女のおねーちゃんがここで何してるの?」

「探し物だよ」

「食べ物を探してるの?」

「まあそうだな」

「ふーん」

「うむ」

 

 矢継ぎ早に襲ってくる質問をのらりくらりと無難な答えで返しながら少女の後を付いていく。裏道のような細い道ばかりを通って大通りは横切る時にしか使わない。最短距離で行ってくれているのだろう。

 

「詳しいんだな」

「何が?」

「道」

「自分が住んでる街だもん」

「それもそうか」

「他に何か探してたら言ってね。途中にあるところなら先に寄るから」

「ん、じゃあ、砂糖菓子とか保存食が売ってる店。安いところがあれば尚良しだな」

「そうだなあ…じゃあちょっと戻るけど先にお菓子が売ってるところに行こうか」

 

 先程横切った大通りまで戻る。

 

「ここを右に出て三軒目が贈り物に使ったりお茶を点てる時に使うお菓子を売ってる店。その向かいの店は街の人が自分たちや家族のために買う店だよ。甘味屋はまた別にあるからそっちなら先に進もう」

「ふむ…求めていたものだ」

「じゃあここで待ってるね」

「ん?うむ」

 

 何故ここまで来て急に放り出されるのか。まあ待ってると言うのなら置いていくしかあるまい。

 向かいの菓子屋に入ると、いや入る前からフワッと甘い香りが漂っていた。色んな種類の羊羹や饅頭が並んでいる。どれも二口サイズで銅5…100円くらい。少しお高めだが貴重な糖分源だ。他には団子などの茶屋で出されるようなものが売られており、奥にはお目当ての砂糖菓子…金平糖が置かれていた。

 

「一斤1金…」

 

 洒落にならない。いや、洒落にはなってるが洒落になってない。流石に高過ぎやしないか。1金は10銀で1000銅、つまり20000円。アナイから貰った初期費の2/3だ。ポテチくらいのサイズの袋に入りそうな金平糖がそんなにしてたまるものか。

 

「一斤は600gだろ…一粒1gとして600粒…うーんこの時代なら適正価格なのか…」

 

 もちろん一斤単位で売っているわけではないだろうが、とは言っても金平糖一粒に30円はとても出せたものではない。仕方がないので饅頭をつぶ餡とこし餡3つずつ買って菓子屋を出る。金平糖に後ろ髪が引かれなくもないが贅沢できる身ではないのだ。

 

「ただいま」

「あ、おかえりー。じゃ、行こっか」

 

 路地で待っていた少女が立ち上がって先を行く。

 

「欲しかったものは買えた?」

「半々だな」

「なかったの?」

「あったんだが高くてな」

「あらら、残念」

「また今度買うさ」

「次はお肉だね。すぐそこだから」

 

 前を行く小さな背中を見る。急に話しかけてきて今は目の前を歩いている。この街の人間性なのかこの少女の人柄なのかは分からないがとても親しみやすい。今まで家族以外ではミワや神社の関係者とくらいしか打ち解けることがなかったのに比べて大した成長ぶりである。

 

「着いたよ。この通りを左に出て五軒目」

「五軒目だな。わかった」

「お肉というかお肉になる前の状態で売ってるからそこは注意してね」

「つまり…生きてるのか」

「そういうことだね」

「加工品は無いのか?」

「隣で売ってるよ」

「パチ屋みたいだ」

「じゃあ行ってらっしゃい」

 

 通りに出るとさっきの通りとは違い人の数も少なく静かな場所だった。やはり生物(なまもの)を扱うだけあって別の区画にされるのだろう。皮を扱う店や怪しい漢方を扱う店が並ぶ。その先には肉屋…食肉獣屋がある。こんな街中に牛や馬が売られているとは思えないのだが。

 

「ああ、なるほど…」

 

 予想していた大物は居らずいたのは鳥だった。ウズラやカモなど小さめの鳥だ。確かに鳥であれば建物内でも置いておける。

 

「いやでもなあ…」

 

 鳥なんて〆たことがない。それに丸々一羽買うなら毎日卵を産めるメスの鶏を買う方がお得だろう。しかし、そもそも求めていたのは鶏肉ではないのだ。

 隣の加工品の店には、干し肉や燻製肉が売られていた。ただ例によって何の肉かはわからない。流石にここまで干からびているものを見て判断するのは無理がある。陳列札を見る限りだと牛、馬、鹿、鳥などなど…猪や狸まであるらしい。猪鍋や狸汁なんてのは昔話でもよく聞く名だ。

 

「燻製の方がちょっと割高だな…干し肉は湯掻けばある程度柔らかくなったりするかもしれんしこっちだな」

 

 取り敢えず適当に牛と猪と鳥の干し肉を買う。銀2と結構な出費にはなったがここはケチって居られない。貴重なエネルギー源だ。

 ついでに皮製品を扱う店も覗いてはみたが、今すぐに必要になるものもない上にそれなりにお高かったので何も買わずに出てきてしまった。

 

「ただいま」

「買えた?」

「うむ」

「じゃあ最後だね」

 

 再び少女の後を付いていく。字面だけ見るとヤバさがパない。それにしても何故ここまで世話を焼くのだろうか。自分で言うのもなんだが、周りに比べると結構怪しい身なりをしているし今買おうとしているものだって街人が日常的に買うものではない。おまけに愛想もない。立場が逆なら絶対に関わりたくない部類である。

 

「ねえ、巫女のおねーちゃん」

「む?」

 

 急に少女が止まってこちらを振り返る。先程の質問の続きだろうか。さっきは適当に流したがここまでしてもらった手前、塩対応は良くない。

 

「ううん、やっぱり後でいいや」

「そうか」

 

 また歩き出す。こういうのはだいたい後からあの時聞いておけば…みたいになるやつである。とは言っても後でいいと言っている相手に今言えとも言えない。後悔しないことを祈ろう。

 

「到着だよ」

「近かったな」

「この壁がお店の壁だね」

「ほう」

「じゃあ行ってらっしゃい」

 

 通りに出てすぐの店に入る。リクエストは保存食が売っている店だったのだが、ここは食に限らず色んな長期保存出来るものがあった。全部買うと少し贅沢な防災セットになりそうだ。醤油や塩などもあったが前に買ったものより少し高いので専門店と比べるとやや高くなっている。先程買った干し肉も置いてあるが例に違わず。

 

「味噌…高いなあ…」

 

 味噌汁が恋しくなってきたのだがちょびっとしかないのに銀1もする。基本薄めなのだがそれでも2回も鍋で作ったら終わってしまう量だ。現実世界では期限内に使い切るのも難しいくらいの量がお手軽に手に入ったというのに。醤油も味噌も大豆から出来るんだから一緒みたいなもんだと勝手に思っていた。

 

「さて、梅干しはと…」

 

 本命の梅干し。元の目標である売り子から買うよりかは当然高いのだろうが捕まえる労力と量の問題を天秤にかけるとここでいいやという気にもなる。何より女児が連れて来てくれたのだ。何も買わずという訳にもいくまい。

 

「半升の壺売り…だいたい1kgで銅80か…もうちょい少ない方がいいな。重いし20個くらいでいいんだが」

 

 ミワがいれば重いものは全部持たせることが出来るのだがそういう訳にいかない。買ったものは全部自分で運ばなければならないのだ。その後、見つけた佃煮と沢庵を買って銀1のお支払い。米のお供には当分困らなさそうだ。

 

「ただいま」

「おかえり。それは?」

「梅干し」

「しまわないの?」

「梅干しには少し苦い思い出があってな」

 

 梅干しは酸っぱいのだが断じてそういうことではない。昔、お弁当と間違えて梅干しが大量に入った箱をカバンに詰め込んだ。いざ食べようとしてカバンを開けるとカバンの中が梅まみれになっていたことがあったのだ。何故弁当箱と梅干しの入った箱が似たようなデザインで並んで置いてあったのかは未だに謎だ。

 

「ふうん。これで終わり?」

「ああ、そうだな。ありがとう。助かった」

「結構歩き回っちゃったけど帰れる?」

「そういえばここはどの辺なんだ」

「街の南の端かな。分からなかったら案内するよ」

「お願いしよう」

「じゃあ行こっか」

「あ、待て待て。少し待て」

「どうしたの?」

 

 少女に菓子屋で買った饅頭を渡す。つぶ餡とこし餡を1つずつ。

 

「お饅頭?」

「まあ、お礼と言ったところかな。貰ってくれ」

「…いいの?」

「勿論」

「ありがとう」

 

 大事そうに饅頭を手に包む少女。今食べないのか。

 

「後で食べるよ。しっかり案内するね」

「後で、か…」

「え?」

「いやなに、さっきも後でって聞いたなと思って」

「そうだっけ?」

「いやいいんだ。じゃあ取り敢えず最初に会ったところでいいや。あそこからなら帰れる」

「わかった」

 

 例のごとく街を縫うように細い路地を通って移動する。自分だけだといちいち中心の大きな通りまで戻ってそこから延びる通りを一本一本店の確認をしながら歩いていただろう。

 

「いやーでもホントに助かった」

「いいんだよ、全然」

「そうだ。まだ名前聞いてなかったな」

「そういえばそうだね。巫女のおねーちゃんは何て名前なの?」

「トヒ」

「へー!私はサクっていうの」

「そうか、サクか。早速だが、サク。一つ聞いてもいいか?」

「何?」

「今はどこに向かってるんだ?」

「え?」

 

 サクが驚いたような顔をする。

 

「どこって…今日会った長屋の入口だよ。トヒがそこまで行けば帰れるって」

「そうか。それはおかしいな」

「…何がおかしいの?」

「どうも違うの方に行ってる気がするんだが」

「気の所為じゃない?トヒはこの街の土地勘がないから」

「まあ確かにそうだが…アレ、見えるだろう」

「アレ?お城?」

「そう、この街に居ればどこからでも見える無駄に高いあの塔。土地勘がなくてもアレを見ればだいたいどの方角にいるかくらいはわかる」

「私がトヒを騙してるって言いたいの?」

「途中までは多分普通に案内してくれてたんだろう。だからわかんないんだ」

「……」

「サク。さっき言いかけてたこと、何だ?」

「……」

「そうか。言いたくないならいいさ。ここからは自分で帰るよ。今日はありがとう」




最近面白そうなゲームを見つけました。


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隠家潜入


前回と同じくらいですね。まとめても良かったんですがまあ延命治療ということで。



「どこって…今日会った長屋の入口だよ。トヒがそこまで行けば帰れるって」

「そうか。それはおかしいな」

「…何がおかしいの?」

「どうも違うの方に行ってる気がするんだが」

「気の所為じゃない?トヒはこの街の土地勘がないから」

「まあ確かにそうだが…アレ、見えるだろう」

「アレ?お城?」

「そう、この街に居ればどこからでも見える無駄に高いあの塔。土地勘がなくてもアレを見ればだいたいどの方角にいるかくらいはわかる」

「私がトヒを騙してるって言いたいの?」

「途中までは多分普通に案内してくれてたんだろう。だからわかんないんだ」

「……」

「サク。さっき言いかけてたこと、何だ?」

「……」

「そうか。言いたくないならいいさ。ここからは自分で帰るよ。今日はありがとう」

 

 踵を返して街の西の出口に向かう。ここから北へ進めば見覚えのある通りに出るだろう。違和感は最初からあったのだ。長屋に出入りする人をずっと見ていたとき、子供の姿が全く見えなかった。その時は単身者の集まる長屋なのかなとか習い事に出払ってるのかなと思っていた程度だが、そこに現れたのがこの少女…サクである。最初に見下ろしたときに胸元からチラリと見えた変色した肌。顔や手足など外から見える部位は健康そのものに見える辺り、単なるアザではなく考えてつけられたアザだ。それが誰の手によるものなのかは知らないが踏み込むところでもないので気付かないフリをしていたのだが。

 

「…待って」

 

 後ろからか細い声が聞こえる。先程までの明るく振る舞うような声とは違い、今にも泣きそうで消えてしまいそうな声。

 

「待ってよ!」

「ん?」

「トヒは巫女なんでしょ」

「まあ」

「神様に仕えてるんでしょ」

「そうだな」

「助けてよ」

「何を」

「チルを…私のお姉ちゃんを…!」

 

 成程、だいたいの流れは分かった。おそらく姉をダシにして今回のように土地に明るくない者を案内するフリをして人気のないところに連れ込むようなことを何度もさせられてきたのだろう。後は待ち構えている仲間が身ぐるみを剥がすなりどこかに売り飛ばすなり…案内役がサクくらいの子供だったら警戒もされない。良い商売をするものである。

 

「何で」

「何でって…」

 

 理由を問われ声を詰まらせるサク。自分の利益の為に陥れようとした相手に向かって助けてくれというのは筋違いだということはわかっているようだ。別に助けてやりたくない訳ではない。そりゃこんな少女を痛めつけるような奴らはピンポイントに雷でも落ちればいいとは思う。

 

「ただの小娘一匹に何が出来るって言うんだ。それならまだ回りの大人に言った方が数倍マシだろう」

「私も最初はそうしたよ…でも誰もちゃんと話を聞いてくれなくて…ずっとこんなことしてたら私も仲間だって思われるようになって…」

「だから裏道ばかり通るし通りには出てこないのか」

 

 コクリと頷くサク。今までよく捕まらなかったものだ。しかしそれがサクの本意であろうがなかろうが実際一味であることは変わらない。事情を知らない者からすれば余計である。

 

「親は?親だったら信じてくれるだろう」

「火事で死んじゃった…」

「じゃあ難しいなあ…いっその事、大人しく捕まって本当のことを話せばいいんじゃないか?」

「ダメだよ…捕まっちゃったらチルが…」

「むう」

 

 常に爆発可能な爆弾を持たされて生きているという訳だ。サクが捕まったと分かった途端、姉を殺して逃げるとかそんなとこだろう。

 

「ん?でも、サクが捕まったってことをどうやって知るんだ?」

「見張りがね、いるんだ」

「てことは今もか」

「うん」

「さっき肉屋で買い物してる間に標的になっちゃったのか」

「うん…トヒを待ってるときに…」

 

 少し財力を見せつけすぎたようだ…と言うよりかは格好が目立ち過ぎたのだろう。この巫女服はそこまで高級なものではないが、こちらの世界の生地に比べると遥かに質感が良い。売ればこの服だけで今の所持金くらいなら上回りそうだ。後はこのリュックサック。風呂敷や背負子なら背負っているがカバンを背負っている奴など全く見かけない。帰還用の腕輪は…見えていないはずだ。実際の所持金の方は旅人にしてはそんなに持っていない。

 

「じゃあ取り敢えず連れてってくれ」

「え?いいの?」

「良くないが仕方ないだろう。今ここで逃げたらどうなることやら」

「ごめんね…ごめんね…」

「そのかわりわかる範囲で知っていることを全部教えてくれ。着くまでに何か考える」

「うん…わかった」

 

 どうしてこんなことになってしまったのか。今嘆いたとてどうなるものでもないのだが。サクの話によるとやっていることはだいたい思っていた通りだった。アジトは街の南東、いわゆるスラム街のようなところにあるという。一帯をナワバリにしているらしく近付くものはほとんど居ないらしい。構成人数はサクの知る限りでサクの見張りに1人、アジトの入口に2人、中に4人。凶器と呼べるものは刃物や鈍器の類いで飛び道具はなし。チルはアジトの奥に鎖で繋がれており、夜はサクも同じ部屋で寝ているそうだ。

 

「なるほど、聞いた感じだとただのチンピラにしては割としっかりしてるな」

「どうするの?」

「まあまずは一旦捕まるしかないだろなあ…後で隙を見て逃げ出して神様を応援で呼んでこよう」

「えっ」

「いきなり逃げちゃ入ってくる情報も入ってこないしな。それにサクの役目はそいつらの前に連れていくとこまでだろう?その後に逃げればサクのせいにもならない。安心しろ、必ず戻ってきてやるさ」

「大丈夫かな…」

「疑ってもしょうがないんだから信じて待ってな」

「い、いや、違うの。疑ってるんじゃなくてね。捕まった後そんな簡単に逃げ出せるのかなって」

「んーまあ、捕まり方次第だろうなあ…いきなり手首足首縛られて吊るされたら流石に何も出来ん」

「トヒは女の子だから傷跡が付くようなことはしないと思うけど…」

「そうあることを願おう」

 

 話しているうちにいよいよ周りがきな臭くなってきた。どこかで吠える野犬、崩れた建物。心なしか一帯が灰色に見える。サクもさっきから口を噤んだまま何も喋らない。ここまで連れてこられた先駆者達は何を考えていたのだろう。まさか目的地がこの先にあるとは思っていまい。

 

「じゃあこの辺で始めるぞ」

「うん…気を付けてね」

 

 小声でサクに合図する。

 

「おい!本当にこっちで合ってるんだろうな!」

「合ってるよ」

「そんな訳あるか!こんなとこに店なんか開く奴がいるもんか!」

「そんなことないよ。ちゃんとあるから」

「もういい!帰るから!街に引き返す!」

「……」

「おい!無視をするんじゃあない!」

 

 サクが急に駆け出し、建物の陰に消える。代わりに出てきたのは長い棒を持った男。振り返れば脇差くらいの短い刀を持った男と鎖鎌を持った…なんでそんな暗器を持ってるんだ。飛び道具はないと聞いていたがまあ普通に見れば分からんか。

 

「どうしたあ?そんな大きな声出して」

「な、何だお前らは」

「なあに…通りすがりの正義の味方だよ。小さな女の子が泣きながら助けてって言うんだから正義の味方としては断れねえよなあ」

「助けて…だと?あいつがここに店があるって言うから付いてきたのに騙したんだ。助けて欲しいのはこっちの方だ」

「まあ話は後でじっくり聞いてやるからよ。取り敢えずついてきてもらおうか」

「そうか…お前ら、グルだったんだな!」

「なんのことかねえ…」

「女、大人しくしろ。3人に勝てると思ってるのか?」

「……わかった。黙ってついてってやる。但し指一本触れるなよ?」

「おー怖い怖い」

 

 棒の男が先頭、横を刀、鎖鎌が後ろについて移動する。この時点で気絶させられたり目隠しされたりしたらどこに連れていかれたか把握するのは難しかったろうが、まずは良かった。サクが消えていった建物を通る時、チラリと目をやったが既にサクは居なかった。

 先頭を歩く棒男はチャラけた感じでよくいるチンピラみたいな奴。午前中にも似たような奴に絡まれた気がする。隣を歩く刀男はいかにも壮年の剣士という感じが出ている。風貌といい声といいこれでただのじいさんだったら見掛け倒しもいいとこだ。そして後ろを歩く鎖鎌…顔を隠しラインの見えない服を着ている上にまだ声を聞いていないので男女の判定は出来ていないが、暗器なんか使っている辺り少なくとも普通じゃない。この3人はサクの見張り役から餌が釣れたことを聞いて出てきたのだろうか。だとすれば、今アジトには入口の2人と待機組の1人、そしてチルが居るということになる。サクも恐らくアジトに戻っているだろう。とまれアジトまで連れて行ってもらえないことにはチルを助けることは出来ないので今は大人しくついて行く。

 

「どこまで行くんだ」

「…」

「おい、どこまで行くんだ」

「黙ってろ」

 

 隣を歩く刀男は全く取り合ってくれない。

 

「いいじゃないすか喋るくらい。暴れて逃げ出そうとしないだけお利口さんすよ、こいつ」

「ふん…」

「もうちょっとで着くからあまりこのじいさんの機嫌を悪くしないでくれるか?」

「誰が…まあいい」

 

 前の棒男が刀男の代わりに答える。答えにはなっていないが。

 

「そら、あそこだ。まあゆっくりしていってくれ」

「…」

「そんな顔するなって…悪いことしてるみたいじゃないか」

「戯言を」

 

 周りに比べてしっかりと立っている建物。人が住んでますよと言っているようなもんだ。再訪問する際に見つけやすいのは結構なことだがアジトとしてはどうなんだろう。サクに聞いていた通り入口に2人居たが番をしているというよりか、ただ居るだけのような感じに見える。まあここまで誰ともすれ違わなかったくらい人が居ないので見張る程のことでもないのだろう。

 

「おい、お客だぞ」

「ん、ああ…ご苦労なこった」

「へえー珍しい。女じゃねえか」

「あいつは帰ってきてるか?」

「さあ、さっき裏で音はしたが」

「ちっ…表から入れっていつも言ってんのに…」

「お前は嫌われてんだろ」

「違いねえ」

「うるせえ」

 

 なるほど、裏口があるのか。裏口に見張りが居ないようなら表を強行突破する必要もない。

 

「無駄口を叩くな」

「へいへい…ささ、どうぞ中へ」

 

 刀男の一喝。さっきもそうだが歳相応の扱いはされているが大分舐められているようだ。なぜこのような人がここにいるのか。

 中は一見すると普通の店の構えをしている。その昔は店舗として使われていたのだろうが今は見る影もない。手前に階段、奥にもまだ部屋があるようだ。サクとチルは2階だろうか。

 

「じゃあ後は頼んだぞ」

 

 棒男が鎖鎌に声を掛ける。鎖鎌は黙って階段を登っていく。ぼーっと見ていると途中で振り返りこちらを見てくる。暫く見つめ合っていると顔を背け2階に消えていった。

 

「女、ついていけ」

「いや自分で喋れよ」

「あいつ、俺たちの前では一言も喋らないんだよ。なんでたってあんな奴がここにいるのか」

 

 2階からドンと壁か何かを殴る音がする。棒男が苦笑いしながら早く行けと手をシッシッと振る。いつものことなのだろうが怒られるのが分かってるなら言わなければ良いのに。

 階段を登りきると鎖鎌が部屋に入っていく。仕方ないので後に続いて部屋に入る。何もない、3畳くらいの狭い部屋だ。

 

「脱げ」

「え」

 

 初めて鎖鎌が声を発した。余りのロリ声に聞き違いかとまで思う。女だったのか。背は高いので流石に子供ではないだろう。

 

「脱げ」

 

 固まっていると再び同じことを繰り返す鎖鎌…の女。身体チェックだろうか。まあ男の前で脱ぐよりはマシなので黙って従う。カバンを下ろし袴の紐を解く。

 

「待て」

「え?」

 

 脱げというから脱ごうとしてるのに待てとはどういうことか。鎖鎌を見るとこちらに背を向けて手で目を覆っている。

 

「服じゃない。履物だ」

「え?あ、ああ…すまん」

 

 鎖鎌の足元を見ると確かに履いていない。そしてもう一方の手で指す方を見ると部屋の入口に草履が綺麗に揃えて置かれていた。余りの羞恥ぶりに思わず謝ってしまう程だ。可愛いなオイ。

 

「脱いだが」

「服は」

「着てるが」

 

 鎖鎌がこちらを振り返る。

 

「っっ!」

 

 そしてもう一度背を向ける。

 

「何故脱いでいる!」

「いや着てるが」

「上を着ろ!下を履け!」

 

 可愛い。何となく面白そうだったので白衣と袴を脱いでみたらいい感じの反応をしてくれた。まだ襦袢を着ているので肌の露出は少ないのだが。

 

「着たぞ」

「本当か?」

「ああ、下着を賭けてもいい」

「そうか…ってもし着てなかったら下着まで脱ぐことになるだろう!」

「冗談だ」

「そ、そうか…よかった」

「服を着たというのが冗談だ」

「何故脱ぐ!」

「冗談だ」

 

 膝を抱えて蹲ってしまった。これ、今なら普通に逃げ出せるのではないだろうか。

 

「用が無いなら帰るぞ?」

「駄目!駄目だ」

「駄目だと言われても無理やり連れてこられたんだ。頑張って引き止めないと逃げちゃうぞ」

「し、しかしだな」

「じゃあ」

「待ってくれ!」

 

 鎖鎌が脚にすがり付く。必死にこちらを見ないように顔を背けて眼を瞑っている。

 

「おい」

「何だ」

「眼を開けろ」

「それは…」

「いいから」

 

 鎖鎌がゆっくり眼を開ける。

 

「なっ…」

「残念、着てました」

「こいつ…」

「で、どこを触っているのかな」

「あ、すまない、これは、その、違うんだ」

 

 鎖鎌がパッと手を離す。袴がスルッと下に落ちる。

 

「しまった。紐はまだ結んでなかったみたいだ」

「〜〜〜!!!」

 

 遂に膝をついて頭を抱えてしまった。可愛いかよ。

 

「さて、そろそろ真面目にいこうか」

「そ、そうだな…」

 

 恐る恐る顔を上げる鎖鎌。流石にもうふざけている場合ではないのできちんと着直している。鎖鎌も仕切り直しと言わんばかりにパチンと両のホホを叩くとこちらに居直る。

 

「まず聞きたいことがあるんだが聞いてもいいか」

「いいぞ」

 

 ここでダメだと言ってしまうとまたさっきのようなことの繰り返しになるであろうことはわかっているらしく、渋々といった感じで了承された。

 

「何故ここに連れてこられた」

 

 まずはジャブ。誰もが開口一番に聞くことだろう。それは向こうもわかっている。答えるかどうかは兎も角。

 

「誤魔化さずにハッキリ答えて欲しい。なんとなく予想はついているからな」

「…人売りだ」

「どこに」

「男は肉体労働、女は遊郭か金持ちの家だ」

「ちなみにどっち行きだ」

「まだ分からんが…遊郭ではないだろうな。お前は客がつかなさそうだ」

「結構なこった」

 

 大方、無愛想で胸に実りがないからだろう。男なんて皆、愛嬌のあるたわわが好きなんだ。ミワを見ていたらよくわかる。

 

「怖くないのか」

「そりゃまあ黙って売られるつもりはないからな」

「ふん」

 

 何せ逃げる予定で捕まったのだ。逃げられないどころか売られてはたまったもんじゃない。

 

「次はこちらだ。個人証明とその包みに入っている物を全て出せ」

「いや、うーん…」

 

 これは困った。個人証明はともかく、このカバンの中には旅やアウトドアに使うためのハイテクな道具が色々と入っている。この世界にはまだ早すぎるものも多いので安易に見せていいものか。

 

「仕方ないなあ…はいこれ」

 

 まずは個人証明。本来ならこれもこれで気軽に渡せるものではないが、ここでの身分証明自体が偽造された様なものだ。この世の観測者がこの世の理を捻じ曲げて送り込まれた身としてはそこまで秘匿性のあるものではない。

 

「トヒというのか。この地名は…西方の国か?職業はどうせ巫女といったところか…ん?」

「ん?」

「巫女見習い…だと?」

「まあ、一応」

「っ!!」

「ぅわぁ」

 

 鎖鎌が鎖鎌の鎖を膝の辺りに巻き付ける。避けるどころか抵抗することすら叶わなかった。そのまま引っ張られ膝が折れる。

 

「いったぁ〜」

「動くな!」

 

 起き上がろうとした途端、眉間に鎌の刃先を突きつけられる。そして鎖鎌はゆっくりと背後に回り、鎌を首に添える。

 

「なんだなんだ穏やかじゃないなあ」

「黙れ。余計なことは喋るな」

「ふむ」

「聞いたことだけに答えろ、いいな」

「善処しよう」

「巫女見習いというのは本当か」

「そこに書いてある通りだよ」

「先日、街で行われた奇妙な芸というのはお前らの仕業か」

「奇妙かどうかは知らんが芸はしたな」

「もう一人はどうした」

「買い物してる途中ではぐれてなあ…どこにいることやら…今頃探してるだろうなあ」

「くそっ!しくじりやがって…」

 

 嘘をついた。こいつらの獲物は居なくなっても誰も気付かないような者。連れがおり捜索がかかったとなると事情が変わってくる。如何に人目につかないように移動していたとしても、何れは目撃情報が出てくるだろう。そうなればここの場所がバレる恐れがある。

 

「一つ提案だが」

「余計なことは喋るなと言っただろう!」

「無傷で解放してくれれば何も見なかったことにしてやらんでもないぞ」

「黙れ!」

「ぐわだっ」

「貴様…履物を脱げと言っただろう!!」

 

 後頭部に強い衝撃が走る。言ったそばから殴られてしまった。一撃で人を気絶させるのって結構難しいんだぞ…





来月まではもちそうです。


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漉餡粒餡


地面が揺れているのか家が揺れているだけなのか…



 トヒに頼まれた洗濯をチャチャチャと終わらせてお昼ご飯用の魚を川に取りに行って帰ってくると、普段トヒが座っているところに何かがちょこんと座っていた。始めはトヒかと思ったのだけどそんなすぐに帰ってくる訳ないし…近づいて見てみるとなんか黒いくて大きい。トヒとはちょっと違うかしら。

 

「トヒ?」

 

 私の声に反応してくるりとこちらを向いたのは可愛いトヒ…ではなく可愛い小熊だった。小熊と言っても抱きしめられる大きさじゃないけど。そういえば昨日、トヒが熊に会ったって言ってたかしらね。同じ山に住む者同士、まずは挨拶よね。挨拶は大事。

 

「ふ……ここにあったか100円め…いえ、ここで会ったが百年目よ。私とトヒの愛の巣に土足で踏み込んだこと、後悔するといいわ!」

「……」

「……」

「……」

「今はツッコミが不在だから私のボケをフォローしてくれる人は居ないの。つまり、今この場は私の独壇場…ホームグラウンドよ!」

「……」

「……」

「……」

 

 まあ分かっていたけれど熊がツッコミを返してくれるわけがないわよねえ。トヒが聞いていれば今のだけでも3つ4つはツッコミが入ってたところかしら。きちんと口上を聞いたか聞いてないかは知らないけど、小熊はじっとこっちを見つめている。ああ、成程。そういうことね。

 

「取り敢えず…何か食べる?」

 

 手に持っていた魚を前に掲げてみると目線が顔ごと動いた。はい、くるりと回って…右、左、右。

 

「お腹空いてるのね。ちょっと待ってなさい。今焼くから」

 

 小熊が座っている向かいに座る。串用に沢山切ってある枝を魚の口からグサリと一通して焚き火の外側に刺す。本当なら一食に一匹なのだけど怒るトヒも居ないので食べようと思って捕まえたもう一匹も同じように枝にグサリ。

 

「そういえば、あなた達って生の方がいいのかしら?サケなんか捕まえて丸かじりしてるものね」

 

 枝を抜いて火から少し離れたところにそっと置いてやると、クンクンと匂いを嗅いでしばらくツンツンした後ムシャムシャと食べ始めた。

 

「骨ごと食べるなんてトヒみたいねえ…あーでも、トヒも頭は残してたわね」

 

 人前でのトヒは物静かで礼儀作法もしっかりしているけれど、実態は身内以外が知ったらかなり驚くようなことばかりだ。まず、トヒは見た目とイメージに反してよく喋る。普段は寡黙キャラのくせに家へ帰ると外にいた分まで喋り出すのでたまったもんじゃない。本人曰く、自分の意見を出すことで波風を立てるよりその場の雰囲気に流されていた方が楽だから、だそうだ。順番に意見を聞かれると「同じです」って答えるタイプ。そんなトヒだから自己主張がないと思われがちだが、あの子は自己主張の塊である。家でトヒと意見が合わなかったときに私の意見が通ることはほとんどない。なにかにつけて家主家主と居候に対して痛いところを突いてくる。そりゃまあ確かに急に転がり込んでも文句も言わず…文句を言いながらも追い出さずに置いてくれていることには感謝をしているけれど、幼馴染で姉妹同然に育った私にもう少し優しくしてくれてもいいと思う。相手を攻撃するときは相手が嫌がるところを確実に、なんて最早悪役のセリフだ。後、ご飯の時なんかは魚をしっぽから丸かじりするし私が半分も食べないうちに食べ終わったりする。マナーなんてあったもんじゃない。

 

「あら、もう食べ終わったの?ほんっとにトヒみたいねえ…でもこっちの魚は焼いちゃってるしもう何も…そうねえ…これとかどう?」

 

 クリを拾いに行った時についでにたくさん拾っておいたドングリ。トヒは食えたもんじゃないとか言って全く興味を持たなかったけど、何が後で生きてくるかわからないんだから。小袋いっぱい入ったドングリを全部ひっくり返す。比較的綺麗なものばかり集めたので腐っていたり中身がなかったりはしないはず。

 

「あらあら、よく食べるわねー…どんだけお腹空いてるのよ」

 

 そういえば昨日、トヒが川向こうにもほとんど実りがなかったって言ってたっけ。実りの秋の名が泣くわね。

 

「じゃあ私もそろそろ食べるわね。いただきまーす」

 

 醤油を一振りしてそのままかぶりつく。ここ数日、ずっと同じ魚を食べているけれど味付けを変えたりしてなんとかやっていってるけど、トヒが街に買い出しに行ってくれてるから今日からは少し違ったものを食べれそうね。

 

「ごちそうさまでした。魚一匹だけだとやっぱり少し物足りないわね。あなたはそれで満足?」

「……」

「うーん…ご飯炊いても食べないでしょうし…また仕掛け見に行くのもめんどくさいし…」

「……」

「ええい!自然で生きているんだから多少の我慢は大事よ!私も我慢するからあなたも我慢なさい!」

「……」

「……」

「……」

「わかったわよ…一匹だけよ?」

 

 わがままするのは慣れてるけどされるのは慣れてないのよね。

 

 

 うーん…頭が痛い。割れるようにとかバットで殴られたみたいとか言うけれど、割れたこともバットで殴られたこともないから頭の痛さの表現は難しい。ただ、今の場合は普通に殴られて痛い。どれくらい気を失っていたのだろうか。あまり遅くなるとミワが心配するなあ…床が板間から畳に変わっているので場所はさっきの狭い小部屋ではなさそうだ。

 

「起きたか」

 

 眼はまだ開けていないのにバレてしまった。初めて聞く声。サクの言う待機組の残りか、見張り役か。前者の方が可能性は高そうだが。

 

「気分はどうだ」

「せめて布団の上が良かったなあ…」

 

 眼を開けると鎖鎌や他の男達が座っているのが見えた。声の主は背中側にいるらしい。起き上がろうとするが手首足首を縛られているようだ。頑張れば起きれないことも無いが疲れるのでやめた。

 

「手荒なことをして悪いがそのままで居てくれ」

「手荒なことをしている自覚はあるんだな」

「まあそう言うな。何せお前はただの非力な女じゃない。ここで不思議な力を使われても困るんだ。なあ、巫女見習いのトヒさん?」

 

 街の人々は神見習い巫女見習いと言ってもほとんどがスルーしていたが、どういう存在か知っている人間もいるらしい。

 

「やだなあ…ただの巫女見習いにそんな力はないさ。神じゃあるまいし」

「せんだって街の方で大いに盛り上がっていたじゃないか。巫女が叫ぶとどこからともなく空中にガラスが現れ、その数は50にもなると聞いている」

「あれは神の方が」

「こんな話も聞いたぞ?熊に襲われたところ巫女が現れ不思議な結界を張って守ってくれたと…お前だろう」

 

 おお、奴らも真面目にやってるらしい。次会った時褒めてやろう。じゃなくて。

 

「お耳がお早いようで…」

「助けに入ったのは巫女が一人と聞く。神の方はどうした?」

「何も常に一緒に居るわけじゃないさ」

「何故わざわざ街の外に出た」

「買い物してる間に見失ってな。探しに行ったんだ」

「一人で街の外に出たと?」

「そうそう。なんせ自由奔放な神だからな」

「居たか?」

「いいや。見当違いだったようでな。まだ街の中に居るんだろう」

「本当に居るのか?」

「そう信じたいね」

「いい事を教えてやろう。今日この街であの神を見たという者は一人もいない」

「ほう」

「もう一度聞く。本当に神はこの街に居るのか?」

「さあ」

「そうか」

 

 声の主が近づいてくる。くるっと反転させられ遂にご対面する。

 

「どこかで見たことがある顔だ」

「妹が世話になったな」

「あーそういうことか」

 

 おそらくこの女がチルなのだろう。なーにが鎖で繋がれて囚われている、だ。自由そのものじゃないか。

 

「元気そうで何より」

「お陰様でな」

「じゃあ無事みたいだしそろそろ帰らせて貰おうか」

「この状況でどうやって帰るんだ?」

 

 確かに。手足を縛られ、敵に囲まれ、仲間に連絡も取れない。絶体絶命の大ピンチである。最悪、現実世界に戻ればいいが査定に響きそうだし…あれ?腕輪どこいった?

 

「取り敢えず帰る前に妹さんに挨拶してもいいかな」

「サク」

「なーにー?おねーちゃん」

「巫女さんが挨拶したいそうだ」

 

 隣の部屋から声がする。サクの声だ。

 

「トヒが?私に?」

 

 サクが部屋に入ってきた。こちらも元気そうで何よりだ。

 

「よう、サク。また会ったな」

「ごめんね〜トヒ。でも、悪く思わないでね?騙される方が悪いんだから」

「いやあ一本取られたよ。中々の演技力だ。完全に信じてしまった」

「そう?私役者だからさ〜」

「ところで饅頭は食べたか?」

「あー…あのお饅頭?一口食べたんだけど、美味しくなかったから捨てちゃった」

「そうか」

「どうせくれるならもっと甘くて美味しいのが良かったなー」

「じゃあそろそろ帰るよ。今度また案内してくれ」

「……」

「さてと…おーい、鎖鎌。荷物はどこだ?」

 

 くるりと転がりサクに背を向ける。

 

「…面白くない」

「殴ったことは怒ってないからさ、荷物、取ってきてくれないか?今ちょっと動けなくてな」

「ぜんっぜん面白くない!」

「どうしたサク。そんなに大きな声で」

「もっと怒れよ!悔しがれよ!助けてやろうと思った子供に騙されてこんなことになってるのに!」

「いやー無事で何より!助けは必要なさそうだ!これからも元気に頑張ってくれ!」

「…ほんっと気に入らない。何されるか分からないのにそのよゆーですよって表情…もっと怯えて泣き叫びなさいよ!」

「落ち着け落ち着け。おい、チル。見てないで妹を宥めてやれよ。ご近所さんに迷惑だぞ」

「こいつ…!」

 

 サクが腕を振り上げる。その細過ぎる腕にはそぐわない、この世の装飾ではなされないようなデザインの腕輪がそこにはあった。

 

「あ、それ…ぷへ!」

 

 喋っている途中なのに殴られた。お決まりとかお約束とか、そういうのあるだろう。いくら非力な少女とはいえ無抵抗で殴られるとそれなりに痛い。キッとサクを睨みつける。

 

「…痛いなあ。何するんだ」

「ふふふ…それでいいのよ…その顔が見たかったの」

「おいサク。さっき、やった饅頭を捨てたって言ってたな」

「そうだけど?それがどうかした?」

「いやなに、いいことを教えてやろうと思ってな」

「いいこと?」

「チル、姉妹の妹ってのは姉の姿を見て育つんだ。少し甘やかし過ぎたな。うちのは少しアレだが姉としてはかなり立派だぞ」

「はぁ?何言ってんの」

「少しわからせてやろうと思ってな」

「キャッ!」

「『八枚の窓(Windows 8)』!」

 

 身体を捻って見下ろすサクの足を思いっきり払う。せいぜい30kgくらいだろう。簡単にすっ転ぶ。そして宙に浮いたサクの体が床に打ち付けられる前に六面を囲む。金槌程度ではヒビしか入れられない超強化ガラスで。

 

「いったいわね!何すんのよ!」

「お?デジャヴか?」

「何よコレ…出しなさいよ!こんなことしてどうなるかわかってるの?」

「どうなるんだろうなあ…おっと、お前ら動くなよ。と言ってもこっちには来られないか」

 

 残りの二枚はチルとこちら、こちらと棒刀鎖鎌の3人とを仕切る見えない壁として展開した。床や壁を破壊しない限りはこの壁は越えられない。一発殴られたが近づいてきてくれたお陰で戦力を分散させることが出来た。まあトントンということにしておこう。

 

「どうした!」

「何があった!」

 

 入口で番をしていた2人も駆け付けてきたがどうすることも出来ない。残るはあと1人…得体の知れない見張り役だ。

 

「どういうことだよこれ…」

「何がどうなってるんだ?」

「黙れ」

 

 刀男が状況を呑み込めていない2人を一喝する。一部始終を見ていなければ何故こうなったか理解出来ないだろう。部屋の奥にはチル、手前に3人、そして真ん中には見えない壁を叩くサクと手足を縛られた巫女が転がっているのだ。無理もない。

 

「チル様!これは…!」

「黙れと言っているだろう」

「で、でもだな…」

「お前達は戻れ。巫女の連れが来るかもしれん」

 

 タメだが上下関係はきちんとしているらしい。素直に従う2人。まあミワが来ることはないだろうが。

 

「さてと」

 

 ゆっくりと身体を起こす。寝たまんまだと説教にも身が入らない。

 

「結構ガチガチに縛ってくれたなあ…」

 

 初めて足首を縛る縄を見た。かなり太めでちょっとやそっと力を入れた程度では到底千切れそうにない。

 

「『七枚の窓(Windows 7)』」

 

 10、8に続く3つ目のスキル。基本的なところは同じなのでイメージは容易い。ハサミの要領で二枚の薄いガラスを皮膚に触れないように縄に噛ませていく。

 

「足はこれで良しと」

 

 ひとまずこれで立てるようになった。

 

「待たせたな」

「……」

 

 ずっと喚いていたのだが流石に疲れたのかへたりこんでしまっているサクを見下ろすと、こちらを怒りの表情で睨みつけてくる。チルと3人は表情を変えずこちらの様子を見ているだけだ。えらく余裕だな…可愛いおてんば娘が囚われているというのに。

 

「その腕輪、サクには少し大きいな。重いし外したらどうだ?」

「ふんっ!言いたいことがあるならさっさと言えばいいでしょ」

「割と言いたいことなんだけどなぁ」

 

 それを取られたままだと結構危ないんだもん。何かの拍子にカチンと触れ合って現実世界に意識が送られてしまったらどうするんだ。

 

「まあいいや。私事だがつぶ餡とこし餡ならこし餡派でな」

「それが何」

「ひと口食べた方はどっちだったのかなってな」

「はぁ?そんなの知らないわよ」

「答えによっちゃわからせ方が変わってくるんだけどなあ」

「どっちだっていいでしょ?早くここから出しなさいよ」

「残念だがそれは出来ない」

「どうしてよ!」

「わからせないといけないからな」

「さっきからそのわからせるって何なの」

「何かサクみたいな年頃の生意気な女の子を屈服させることをそう言うらしい」

「屈服って…」

「神が言ってた」

「何それ意味わかんない」

 

 まあそうだろうな。

 

「それで何をしようって言うのよ」

「何もしないさ。そのまま放置だ」

「ふん、そんなことで私が屈服?するわけないじゃん」

「そうか。なら見物だな」

「イーだ!」

 

 何か言ってら。言うことは言ったので今度はチルとゆっくり話をしなければならない。が、先に手の方もそろそろ自由になりたい。後ろ手に縛られているので見えないのが不安だが先程と同じ要領で縄を切っていく。これ、ちゃんと切れてるか?

 なんとか無傷で縄を切ることが出来た。縛られていた部分が多少紫になりかけているがすぐ戻るだろう。まだ若いし。

 

「さてと。チル」

「なんだ」

 

 優雅にも壁際に置かれた脇息にもたれかかりってサクとの問答を黙って見ていたチルに声をかける。この姉、威厳だけはある。

 

「チルがこの集団の頭ってとこか」

「何、ちょっとココを貸してやってるだけだ」

「頭じゃねえか」

「で?何か言いたいことがあるんだろう?」

「出来ればもう帰りたいんだが」

「無理な話だ。ここに来た以上、はいどうぞと返すものか」

「まあそうか」

「それにお前はただの獲物じゃないからな。簡単に手放すわけないだろう」

「でも手出し出来ないんじゃどうしようもないじゃないか」

「お互い様だ」

 

 確かに、この状況だと攻め込まれることはないが攻め入ることも出来ない。こちらは攻める必要はないので荷物を回収して逃げ出せれば良いのだが。

 

「私たちはお前に手は出せない。しかしお前もこちらに手を出せない上にそこから動くことも出来ない。その状況でどちらが先に根を上げるか…考えるまでもないだろう?」

「こっちにはサクが居るぞ?」

「調子に乗り過ぎた結果だ。少し頭を冷やすといい」

「んー姉はまともだな」

「当然だ。人様から頂いたものを粗末にするなど以ての外だ」

「どうしてこんな悪い子になったんだ〜?お前は〜」

 

 狭い部屋での会話なので全て聞いているサクの前で庇うことなく至極真っ当なことを言うチル。当人は聞こえていないふりだが。

 

「我々は金目のものは勿論、金にならないものでも骨すら残らないように全てしゃぶり尽くす」

 

 うん、サクが悪い子になったのはこの姉のせいだ。

 

「そうだ、一つ聞いておきたいことがあるんだが」

「どうした」

「後もう1人は何処にいるんだ?」

「何のことだ」

「サクの言う見張り役、もとい連絡係だ」

「ああ、それなら…」

 

 チルがピッと指を立てる。

 

「上だ」

「上?」

 

 上を向く。しかし何もない。天井の板が外れて何者かが顔を出すということもない。

 

「何もないぞ?」

 

 突如、足元に強い衝撃が走る。

 

「わっ」

 

 階下から槍が床を貫いてこちらに刃を覗かせて…いなかった。

 

「ほう」

「危ないなあ。流石に刃物はシャレにならんぞ」

「わかっていたから床にも結界を敷いていたのだろう」

「そうともいうが」

 

 確かに槍は床を突き抜けてはいる。しかし『七枚の窓』で出現させ縄を切るのに使った二枚以外を重ねた五枚のガラス全てを貫くことは出来ていなかった。貫かれていたらまあ、薄かったし、仕方ない。

 

「下で良かったよ」

「上だとは思わなかったのか?」

「天啓だよ」

「成程、ひとつ賢くなった。礼を言う」

「礼ついでに帰してくれませんかね」

「無理だな」

「やっぱりかー」

 

 このままでは平行線である。

 

「トヒよ。お前、巫女見習いなぞせずにうちに来ないか?やりたいこと、好きなもの、全てが思い通りだぞ」

「何を言ってるんだ。うちのが神なればそれこそやりたい放題だ。人間では成し得ないことだって出来る」

「それはここから脱することが出来ればの話だ。私はお前のことが気に入った。逃がすつもりはない」

「怖いなあ…そっちの趣味はないんだが…どちらかと言えば鎖鎌みたいなのをからかう方が良い」

「気が合うな。私もだ」

「チルが言うと違って聞こえるな」

 

 後ろに座っている鎖鎌に眼をやると下を向いてプルプル震えていた。羞恥なのか恐怖なのかはたまた歓喜なのかはわからない。

 窓から差し込む陽を見る。既に影は実像よりも長くなっている。早急に済ませたいところだ。そろそろサクもギブアップしてくれないだろうか。

 

「持久戦か…」

「お前が折れれば話が早いんだが」

「そうはいかん。神の下に今日買ったものを供えねばならんのだ」

「そうそう、お前の持ち物だがな」

「返してくれるのか?ありがたい。どこに?」

「おい」

 

 チルが3人に声をかける。鎖鎌が黙って立ち上がり部屋を出ていくと、すぐにカバンを持って戻ってきた。

 

「やけに優しいじゃないか」

「優しい?何の話だ」

「返してくれるんだろう?」

「誰がそんなこと言ったんだ?」

「違うのか」

「違うな」

「そりゃ残念。どうするつもりだ?」

「どうもしない。する訳ないだろう。見たことがない素材を使って見たことがない作りをしているんだ。どこで手に入れたものか聞きたくてな」

「いつも行ってる店で」

「どこの店だ」

「家の近くの」

 

 季節の変わり目で商品入換の在庫セールで買ったものだ。半額だった。しかし詳しい場所を言える訳もなく。

 

「お前の出身は西方の国だったか…西方にこんなものを作る技術などあったか?」

 

 都合よく解釈してくれる。街の事情通でも国外のことには疎いらしい。国外というよりかは世界が違うのだが。

 

「これを独占出来れば…しかし…いや待てよ…」

 

 チルがブツブツと言い始めた。頭は回るんだから別のところで有意義に使って欲しいものだ。暫くは放っておこう。さて、いい具合に寝かせておいた少女の味見をしてみようか。

 

「サク〜気分はどうだ?」

「ふん…ぜんぜんよゆー」

「なら引き続き頑張れ」

「こんな無駄なこと辞めたら?」

「あーあー聞こえなーい」

 

 まだ寝かし足りないみたいなのでもう少し放置だ。日が暮れちゃうなあ。チルは自分の世界に入ってしまいこちらと会話が成り立たない。場は膠着状態だ。





わからせるってなんなんですか()


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救出作戦


最近家の電波時計の時間がおかしいんです。



 することもないので部屋の真ん中でただ座っていると外が騒がしくなってきた。

 

「ん?どうした?」

 

 チルの方を見ても特に動じることはなさそうだ。3人もまた然り。サクは…言うまでもない。しばらくして下のドタバタが収まる。入口の2人が熱いお茶でも零したのだろうか。

 

「トヒー?」

「ん?」

 

 階下から呼ぶ声がする。一応サクの方を見るがこちらを呼んだ感じはない。そもそもこの声は恐らく生きていて一番よく聞いた声だ。間違えるはずも無い。

 

「ミワか」

 

 部屋に1人の男が入ってくる。入口に詰めている2人ではないので先程下から槍を突いた者だろう。槍男が棒男に耳打ちする。

 

「ったく何してんだよ…じいさん、行くぞ。お前はここに残れ」

 

 棒が刀と槍とともに部屋を出ていく。鎖鎌はお留守番らしい。チルとサクの護衛役だろうか。そのチルはと言うとまだ動きは見せない。

 

「何があったんだろうなあ…なあ、鎖鎌」

「……」

 

 鎖鎌は黙って部屋の外の様子を窺っている。敵に背を見せるたあいい度胸じゃないか。

 再び階下が騒がしくなる。ミワ対3人の戦闘が始まったのだろう。ミワはこの世界に来てから少し力は強くなっているが戦闘技術に関してはただの小娘である。それに対し相手は鈍器を持ったチンピラと壮年の剣士と未知数の隠密である。戦力差を見ると明らかに分が悪いのだが聞こえてくるのは男の呻き声ばかり。腕っぷしだけでは技術や物量の差は埋め切れないと思うのだが。家主には悪いが先程槍で貫かれた床の穴を大きくして階下を覗く。すると下からこちらを見上げるミワと眼があった。

 

「あらトヒ。そんなとこに居たの?この人達なかなか教えてくれないからちょっと暴れ過ぎちゃった」

「暴れ過ぎだぞ。この荒屋、いつ崩れてもおかしくないんだから」

「ちょっとそこから1mくらい離れてくれるかしら」

「わかった…離れたぞ」

「『十七条拳法』!第一条・昇龍拳!」

 

 ミワの拳が床からニョキっと出てくる。ど根性タケノコみたいだ。こいつ、下から天井ぶち破ったのか。

 

「どう?トヒなら通れるんじゃない?階段脇に刀持ってるおじいさんが居てそっち行けないのよね」

 

 直径30cmくらいの穴が出来た。確かにミワには少しキツイかもしれない。こんちくしょう。

 

「いやでもなあ」

「大丈夫よ。ちゃんと受け止めてあげるから」

「カバンが手元になくてな。それに腕輪も取られてるんだよ」

「おマヌケねえ…いいから今はこっちに来なさい」

「了解」

 

 床に腰かけ穴に脚をいれる。

 

「じゃあ鎖鎌、少しの間それ預かっといてくれ。大事なものはそんなに入ってないが今日買った食糧が入ってるんだ。腐るといけないからあまり火には近づけないでくれよ?んでサク、これはそのままにして行くからな。出して欲しけりゃ大人しくしてろよ。チル、今日は帰るぞ。また今度ゆっくり話をしよう」

 

 一気に喋ると返事を聞くことなくそのまま下へ。一応着地の体勢は取ったがミワが優しく受け止めてくれる。

 

「元気そうね」

「お陰様でな」

「帰りましょうか」

「いや荷物…」

「んなもん後よ、後」

 

 周りを見るとミワに吹っ飛ばされたのか棒と槍が壁にへばりついていた。何をしたんだ。そしてそのままミワに抱えられた状態で外まで連れていかれる。

 

「何よ…さっきは高みの見物だったくせに…」

 

 刀が入口を塞ぐようにして立っている。ここを通りたくば私を倒してからにしろと言わんばかりだ。

 

「ここを通りたくば私を倒してからにしろ」

「ぅゎぁ」

「言った…」

「言ったわね…」

 

 恥ずかしげもなく言い放った。いや、恐らくだが内心では決まったと思っているに違いない。

 

「倒すのか?」

「うーん…流石に刀相手はリスクが高過ぎるのよねえ」

「じゃあどうする?」

「ここを通らなければ倒さなくて済むのなら別のとこから出たいんだけど…窓もないのねこの家」

「ああ、それなら裏口があるらしいぞ」

「あら、それはいいわね。そっちにしましょう」

 

 ミワがくるりと背を向け奥へと歩き出す。ミワの肩越しに刀が見えた。荘厳で冷静な男だと思っていたが決めゼリフをスカされるというのは我慢ならんらしく怒りか羞恥かは知らないが震えながら腰の柄に手を掛けている。

 

「ミワ、後ろ後ろ」

「後ろは任せるわ」

「なんで」

「私は出口探しに忙しいのよ」

「後でゆっくり探せばいいじゃないか…」

 

 仕方ないので刀の動きを見る。ミワが歩くのに合わせて距離は詰めてくるものの柄に掛けた手を動かそうとはしない。

 

「ミワ〜あったか?」

「見つかんないわねえ…そんなに広くないのに」

「どこかに隠してあるんだろ」

「成程ねえ…スイッチでもないかしら」

「壁を叩けば見つかるんじゃないか?いつぞやのように」

「いつぞやは見つかんなかったけどね」

「また暴れるなよ」

「一考の余地ありね」

 

 厚い壁は破れなくてもこの薄い板程度ならわけもないだろう。何せ直撃すれば人が1人軽く吹っ飛ぶのだから。

 

「っ!!『七枚の窓(Windows 7)』!」

「防ぐか」

「殺す気か!」

 

 何を思ったか刀が刀を投げてきた。侍の魂はどこに行ったんだ。展開したガラスも三枚貫かれている。

 

「ミワ、早くしろ。あのじいさん本気で来れば防げないかもしれない」

「と言われてもねえ…出口がないことには出れないわよ?」

「ええい、もう何でもいい。出口がないなら出口を作れ」

「いいの?そういうの、得意よ?」

 

 曲がりなりにも他人の家なので遠慮していたが命と天秤にかけるとすれば問答無用で命を取るしかないだろう。死なないにしても死にたくない。

 

「じゃあ行くわよ。頭引っ込めなさい!」

 

 ミワの首を掴んで顔を肩に寄せる。ん?この格好で壁に激突したとき、先に接触するのは…

 

「待て待て待て待て」

「せーの」

「やろめやめ…くっ!!」

 

 衝撃に備えて身体を強ばらせる。

 

「はい!」

 

 壁に突撃するミワ。実際に突撃したのはミワではないが。左半身に衝撃が走る。

 

「いっっっったいけど…そこまでだな」

「そりゃそうよ」

「え?」

「もう顔上げていいわよ」

 

 言われた通り顔を上げると屋外に出ていた。しかし通ってきたはずの壁を見るが破壊の痕跡がない。

 

「どういうこった」

「どんでん返しね」

「ああ…」

 

 そりゃ簡単に見つからんわ。

 

「ミワもう少し壁から離れないか?2mくらい」

「?わかったわ」

 

 少し前に出る。ミワの足が止まった途端、壁から刀が生えてきた。

 

「ぴゃ!」

「ぴゃ?どしたのよ変な声出して」

 

 目の前で止まったから良いもののもう少し移動が遅ければ完全に眼を貫かれていただろう。

 

「あら、スリリングね」

「即刻ここから離れてくれ。槍が来たらそれこそ串刺しだ」

「わかったけど一度表に回るわね」

「別にいいが…」

「あ、そろそろ降りる?」

「あ、すまん」

 

 広い道に出てからかなり迂回してから入口に戻る。建物の脇を通ったらまた壁に穴が空きそうだ。

 

「そういえばどうしてここに来たんだ」

「まずは助けてくれてありがとう、でしょう?」

「いや、まあ、うん、ありがとう」

「どういたしまして」

「で、どうして」

「話すと長くなるんだけど…こっちに来てから最初に話した人達いるでしょう?」

「最初に?アナイさんか?」

「アナイさんは神様でしょ」

「じゃあ受付の」

「違うわよ。私は話してないもの。あの追いかけっこした人達」

「ああ…寿司組」

「そうそうカッパにクラに…」

「違うだろ」

「名前を覚えてないのよねえ」

「そいつらがどうしたんだ」

「たまたま川に出てたんだけどね。そしたら青ざめた顔して走ってきてね。どうしたのって聞くとトヒがヤバい奴に絡まれてるって言うから飛んできたのよ」

「ヤバい奴?」

「なんか、あの人たちの界隈ではそこそこ有名なヤバい集団らしくてね。上の方が弱味を握られてるか何かで捕まえられないんだって」

「まあありそうな話だな。でも絡まれてるってような騒ぎにはなってないぞ」

「私もちゃんと聞いてないのよね」

「それでどうしてここが分かったんだ?そいつもこの場所までは知らないだろう」

「ああ、それはね…まあ見た方がいいかもね」

「見る?何を」

「まあまあ」

 

 角を曲がって拠点の入口がある通りに出る。拠点の入口付近に何やら黒い塊が転がっている。来た時にはなかったものだ。

 

「なんだあれ」

「驚くことなかれ…」

「うわ動いた」

「言ったそばから驚かないでよ」

 

 黒い四足歩行の何か。

 

「あれは…犬か?」

「ノンノン。よく見てみなさい」

「よく…」

 

 視力はテレビを見るのに困らない程度はあるのだがちょっと遠い。近づくにつれ犬ではないのは分かってきた。ちょっとずんぐりむっくりというか。そんな種類の犬も居るかもしれないが。

 

「…熊?」

「正解!」

「なんで」

「仲良くなったのよ」

「だからなんで」

 

 午前中にお会いしたばかりだというのに。

 

「同じ釜の飯を食べたのよ」

「釜の飯?」

「と言っても魚だけどね」

「ふーん」

 

 熊はご飯を食べるのだろうか。

 

「なあミワ」

「何かしら」

「色々あって今、熊から人を守った巫女で通ってるんだよな」

「そうなの」

「神の方が熊と仲良くしてたら自演を疑われないだろうか?」

「そうかしら」

「それに家族が熊の被害にあった奴とも話してな」

「へえ」

「そこで、だ。どうしてここが分かったんだ?」

「あのコにトヒの匂いを嗅がせて匂いを辿ってきたのよ」

「辿ったって…どこから?」

「キャンプ地の入口くらいからかしらね」

「どこまで?」

「ここまで」

「どこを通って?」

「道」

「街中も?」

「当然」

 

 これはダメなやつだ。神の力を借りて熊を撃退したとかなんとか言っておきながらその神が熊を連れて歩き回っているなんて。

 

「結構乗り心地がいいのよ?歩くより速いし」

 

 乗り回していた。

 

「街の人達、どんな顔してたんだろうな」

「さあ?」

「取り敢えず帰るか…」

「そうね」

「帰りは人通りの少ないところを通ろう」

 

 入口付近には恐らく瞬殺されたであろう見張り番が伸びていた。刀はこちら側には回って来ていないらしく新たな攻撃は繰り出されない。サクの言うことを信じるとすれば飛び道具はないのだからここを離れてしまえば一先ずは安心だ。道の真ん中で大人しく待っていた熊にミワがひょいと飛び乗る。

 

「1人乗りなのか?」

「うーん…見た感じ小熊だし…」

「じゃあ歩くか」

「え?何?乗せていいって?ほんとに大丈夫?まああなたが良いって言うなら良いけど…トヒ、乗って良いって」

「いつから熊と意思疎通が出来るようになったんだ…」

「なんとなくよ」

「なんとなくかよ」

「でも私が乗っても嫌がってる感じはないわよ。河原を走ってるときも背中に乗れって言ってきたし」

「言ったのか」

「なんとなくよ」

「なんとなくかよ」

「まあ乗りなさい。嫌だったら振り落とされるでしょう」

「リスクがでかい」

 

 とは言っても走った熊に追いつけるわけもないのだが。

 

「もうちょい前に行けないのか」

「結構ギリギリなのよ」

「こっちもギリギリだ」

「あなたは大丈夫?あら、力持ちなのねえ…今度力比べしましょうか」

「やめろキャラが被る」

「キャラ?」

「取り敢えずちょっと歩いてみるか」

「じゃあお願いできるかしら?ハイヤー!!」

「馬じゃないんだから」

「ハイヤーは車じゃなかったっけ」

「そういうことじゃない」

 

 ミワの掛け声とともに熊が歩き出す。足取りに問題はないが乗り心地は良くない。足を踏み出す度に身体が後ろへジリジリとズレていく。

 

「あ、ダメだこれ」

「え?」

「っとと。落ちるわこれ」

 

 背中から落ちる前に先に足を着く。

 

「あらま。ストップストップ。仕方ないわねえ…はい」

「はいって…なんだその手」

「私が担げばいいでしょう」

「またかよ…」

「あれくらいで落ちられちゃ走った途端に振り落とされるわよ」

「むう」

 

 他に方法もないので黙って従う。

 

「にしても他にやりようってもんがあるだろう」

「これが一番安定するんだもの」

「こちらが安定しないんだが」

 

 米俵や小麦の袋を担ぐみたいに肩にひょいと。さっきのお姫様抱っこの方がまだマシだ。体勢的に。

 

「文句言わないの。じゃあしゅっぱーつ!」

「うっはっうぅ」

 

 今度はのっけからトップスピードで走り出す熊。ミワの肩が腹に当たって痛い。

 

「タンマ!タンマタンマ!」

「プレイッッ!」

「こら審判勝手に再開するな!」

「はーいストップストップ…何よもう」

「なんでそんな顔されなきゃいけないんだ…」

 

 試行錯誤した結果、ミワに肩車してもらうことになった。振り落とされないように全力を注ぎ、バランスはミワの馬鹿力でどうにかしてもらう。

 

「改めて、ごー!」

「おっ、いい感じかもしれん」

「一気に駆け抜けるわよ〜!」

 

 全力疾走するより少し遅いがこの速度が安定して出るのならそちらの方が格段に速い。

 

「じゃあ一旦南に下りてから街の壁に沿って西門の方まで上がっていこう」

「遠回りじゃない」

「これ以上人に見られるわけにはいかないんだよ」

「えー」

「こっちの事情を抜きにしても普通の人は熊が走ってるのを見るのは恐怖なんだよ。神が恐怖を振り撒くんじゃない」

「まあ一理あるわね…どっちに行けばいいの?」

「取り敢えず左に曲がって突き当たりまで行こう」

「よしじゃあ左よ!ヨーソロー!」

「左は取舵だ」

「いいのよ、通じれば」

「せめて右と間違えろよ」

 

 この地域にはあまり人は居ないが進めば人が居る地域も当然通ることになる。そういった可能性を少しでも摘んでいかないといけない。今のところは割かし順調に走ってくれている。

 

「で?何があったのよ」

「うーん…何ってなあ」

「結構ヤバい奴らなんでしょう?トヒがそんなのに巻き込まれるなんて珍しいじゃない」

「簡単に言ったら騙されたんだよな」

「へえ」

「小さな女の子だったんだけどな。貧しい家の子が小遣い稼ぎとかお零れ目当てで近づいて来たんだろう程度に思っていたんだが」

「よくトヒに近づいたわね…」

「そうなんだよなー。後から考えるとおかしいってわかるんだけど案内してくれるならそれに越したことはないと思ったんだよ。時間掛かるとその分変なことに巻き込まれるし」

「その時間を惜しんだ結果変なことに巻き込まれてるんだから世話ないわね」

「返す言葉もない」

「それで?買い物は出来たの?」

「ああ、一応全部な」

「で、その戦果は」

「置いてきたって感じだな」

「何してんのよもー」

「だから言ったじゃないか」

「取り敢えず今日は帰りましょう。色々そのまんまにしてきたから早いとこ戻らないと」

 

 南門から街の外に出て外壁を西に走る。意外と舗装されているので揺れは少ない。

 

「そういえば熊を撃退した巫女って何よ」

「あーそれな…変なことにならないうちに対策しとかんとな…」

「だから何よ」

「かくかくしかじかでな」

 

 一連の流れをミワに説明する。

 

「成程、トヒをナンパしてそのまま手篭めにしようとした奴らが居るのね」

「あ、いや、そこは重要じゃなくて」

「私は落ち着いているわよ。ええ、言われなくても落ち着いてる」

「言ってない言ってない。てか、痛いから無駄に力をいれるな」

「トヒもトヒよ。そんな奴らとお昼一緒に食べたどころかそいつらの分まで出すなんて」

「成り行きでだな…」

「私が作ったおにぎりも食べずに」

「それは…ごめん」

 

 後悔は先に立ったんだけどなぁ…

 

「私のお昼ご飯はお魚1匹だけなのに」

「ん?」

「自分で食べれば良かったわ」

「なあミワ」

「何よ」

「昼は1匹食べたんだよな」

「そうよ。それだけよ」

「なのにまた川に行ったのか」

「え?」

 

 ミワが少しキョドる。これは…やってんな?

 

「寿司組に会ったのは昼ご飯後の川なんだろう。珍しいな。ミワがご飯の後に動くなんて」

「それは、その…この子がまだ食べたいって言うから」

「ふーん」

「あ、疑ってるわね?ほんとよ、私が食べようと思ってた魚もドングリもあげたのにまだ物足りなそうな顔してたんだもん」

「そうか、成程」

「そうよ」

「初めから2匹食べるつもりだったんだな」

「え?」

「だいたい読めたぞ。2匹取ってきたが途中でこいつに会って1匹あげて一緒に食べて足りなかったから当初の予定通り2匹目を取りに行ったと。そこで寿司組に会ってこっちまで走ってきたというとこだな」

「まあ…そうね」

「一食に1匹って言っただろう。下流から文句が来たらどうするんだ」

「いいじゃないずっとあそこに住んでる訳じゃないんだし。それに私は炭水化物が摂れなかったの。少しは多目に見てちょうだい」

「正論を…」

 

 開き直られた。それに対して言い返せないのが悔しい。

 

「わかった。負けた」

「ようし…帰ったらいいモノ期待してるわよ?」

「は?何が?」

「だって買い物して…あ」

「全部置いてきたって言ってるじゃないか」

「ああああああああぁぁぁ」

「今日もご飯と魚だな」

 

 落胆するミワを乗せてこの熊公はまっすぐ前を見すえて走っている。今回はこいつに助けられた。昼間のやつの親戚か兄弟か親子かは知らないが熊にも色々と居るもんだ。いや、昼間のやつも何をしたというわけではない。ただ単に隠れているところにこちらがわざわざ殴り込みをかけたようなものだ。それなのに怖がらせて山に返したというように考えると少し罪悪感もわいてくる。今度会ったら優しくしてやらないとな。

 見覚えがある風景が広がり始めた。街の西門もそろそろだろう。南門に比べれば活気はあるがこの時間にもなると人通りはかなり少なくなっている。あわよくばこのまま熊公に乗っておきたいが万が一ということもある。そろそろ歩こう。

 

「ミワ、ストップだ」

「どうどう…どうしたのよ?もう少しで街道なのに」

「だからだよ。こっからは歩いて帰ろう」

「どうして?車酔い?いえこの場合は熊酔いになるのかしら?」

「違うさ。街道を熊が走ってたらどうなることか」

「私、行きしもあの道使ったけどなんてことなかったわよ?」

「逃げたか避けたか知らん振りでもしてたんだろ。飛び道具持ちが居なかったことを幸運に思うんだな。下手すりゃこいつだけじゃなくてお前も撃たれてたかもしれないんだから」

「……それもそうね」

「だからこいつとはここでお別れだ。山に帰るんだ。その方がこいつのためにもなる」

「そんな…こんなに助けてもらったのに必要なくなったからここでバイバイなんて、ちょっと薄情過ぎやしないかしら」

「と言われてもな…」

「私が話すわ」

「そうか。頼んだ」

 

 ミワの肩から下りて軽くストレッチをする。だっこされたり担がれたりで身体が変に固まってしまっている。今からそれなりに長距離を歩くのだから準備は念入りにしとかなければ。

 

「終わったわ」

「早いな。話はついたのか?」

「私達はゆっくり行くから先に帰ってなさいって」

「帰るって…?」

「そりゃキャンプ地よ」

「ええ…」

「今夜はご馳走ね。お客さんが来るんだもの」

 

 なんとなくそうなる予感はしていたがいざそうなると色々と厄介である。分け隔てなく愛情を振り撒く。これがミワの良いところではあるのだが対応する身にもなって欲しい。

 

「取り敢えず帰るか…」

「そうね。じゃあまた後でね。出来るだけ早く帰るようにするわ」

 

 バイバイと手を振るミワ。それに応えるかのように熊は夕闇に紛れていった。

 

「私達も帰りましょう」

「そうだな」

 

 街道に出て沈む夕陽を見ながら歩く。せいぜい6時間くらいのことなのに色々あった気がする。

 





新生活の季節ですねえ。


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行方不知


時計は直りました。



「着く頃には真っ暗だな」

「そうねえ」

「火は大丈夫かな」

「どうかしらね…流石に火種までは消えてはないと思うんだけど」

「あ、そうだ。洗濯はしてくれたのか?」

「バッチリよ。河原に干してあるからそれも早く取り込まないとね」

「河原に…?」

「ちょちょいと物干しをね」

「へー」

「木を地面に差してロープを掛けるだけの簡単なお仕事です」

「やるじゃん」

「もっと褒めてくれていいのよ」

「そこまでのものじゃない」

「もう…素直じゃないんだから〜」

「やかまっしゃい」

 

 ナンパスポットを過ぎて暫く、そろそろ川に差し掛かる。

 

「橋のとこに誰か居るわね」

「あまり川を上がってるところは見られたくないんだがな」

「遡上」

「違うわ」

 

 一旦スルーして居なくなるのを待つつもりだったのだが、近づくにつれて段々と姿がはっきりしてきた。

 

「あ」

「どうしたの」

「忘れてた」

「何を」

「ナンパ組の1人が野菜の仕入れしてるって言うから頼んでたんだった」

「つまりあいつが私のトヒを…」

「別にお前のじゃない」

「なんか様子が変ね」

「遅すぎて怒ったかな」

「私に怒る権利があってもあいつに怒る権利はないわよ」

「別の話だと思うけどなあ…おーい!穏健派か?」

 

 穏健派の方は座って向こうを向いているのでこちらにはまだ気づいてないようだ。互いが見えるくらいの距離から声をかける。ピクっと身体が動くとゆっくりとこちらに振り向く穏健派。その顔はいつか見たような青ざめた顔をしていた…と思う。逆光だったのでよく見えなかったが。

 

「ああ…巫女様か…」

「遅くなってすまなかったな」

「あ、いや、そんなことは…」

「酷い顔だな。何かあったのか?」

「そ、そうだ…巫女様!また、また熊が…」

「熊?」

「少し前からここで待っていたんだが、ついさっき昼間見たやつと同じようなやつが川下の方からこっちに向かって走ってきて…」

「ふーん…熊ねえ。今日はよく見るなあ」

「俺、もう怖くて怖くて…バレないように息を潜めてじっとしていたんだ」

「まあ走ってったのならもう居ないだろう。大丈夫なんじゃないか」

「そ、そうだな…」

「あ、そういえば野菜は?仕入れれなかったのか?」

「それは大丈夫だ。少し無理を言ったが分けてもらった。今は川にさらしてるよ」

「流石、野菜は鮮度が命だからな」

「ちょっと取ってくる」

 

 穏健派が土手を下りていく。

 

「なあミワ」

「何」

「熊って」

「あのコでしょうね」

「やっぱり」

「それよりトヒ」

「どうした」

「やけに仲が良いのね。酷いことされそうになったっていうのに」

「そうか?まああの中では一番マシだったからなあ」

「私は落ち着いているわよ」

「聞いてないが…」

 

 不機嫌そうなミワ。こんなに不機嫌になるのもなかなか見ない。愛されてるなあ…

 

「待たせたな」

「ほう…これは…」

「人参大根ほうれん草にこっちは芋だ」

「他にも色々あるな」

「明日の仕入れに影響が出ないように少しだが色んな種類を貰ってきた」

「こりゃありがたい。ええと、銀1だっけな…あ」

「あ?」

「ちょっと待ってくれ」

「お、おう…」

 

 あることを思い出しミワの方に駆け寄る。

 

「なあミワ」

「何よ」

「お金持ってないか」

「持ってないわよ。お金の管理は全部トヒがやってたじゃない」

「いやでもキャッシュレスの方は…」

「あー…置いてきたわね」

「なん…だと…」

「え?まさか一文無しなの?」

「カバンにどっちも入ってるからな…」

「なんでもかんでも突っ込むからよ。財産は分散して隠しておくものよ」

「あ」

「何よ」

「ちょっとあいつの相手しといてくれ」

「何でよ」

「分散して隠してた」

「だからって何で」

「服の中だもんで」

「…わかったわよ」

 

 相当不機嫌そうなミワ。嫌々を隠そうともせず穏健派の方へ近づく。穏健派には悪いが金の出処を知られるわけにはいかないのだ。穏健派をミワに任せて土手を下りて橋の下にもぐる。

 

「ふーん…あんたが」

「な、なにが…」

「こちらの話よ」

「はあ…?」

 

 頭上では不穏な空気が流れている。早く戻らなければ死人が出そうだ。

 

「お待たせ」

「あの…巫女様…この人は…?」

「ああ、うちの神だ」

「神…?」

「巫女見習いが仕える神見習い」

「俺、神様になんかしちまったのか…?」

「色んな因果が交差しまくった結果だ。ほら銀1」

「はあ。毎度」

「ありがとうな。じゃ、気をつけて帰れよ。また熊が出るかもしれないんだから」

「ヒッ」

「冗談だ。こっから見えなくなるまでは見送ってやるから後は走って帰れ」

「優しいんだか厳しいんだか…」

 

 じゃあと言って街へ戻っていく穏健派。今からだと街に着く頃にはすっかり日が暮れてしまっているだろう。熊というよりかは野盗に合わないかの方が心配かもしれない。

 

「今夜はご馳走だぞ」

「そうね」

「まだ怒ってるのか」

「別に怒ってないわよ」

「そうか」

「気になってることがあるんだけど」

「何だ」

「さっきのお金、どっから出てきたのよ」

「知りたいか」

「知りたくないわけではないわね」

「ここだ」

「足?」

「正確にはここだ」

「足の裏にお金入れてたの?」

「いやー助かったよ」

「えー…トヒってたまに変なことするわよね…」

「変とはなんだ。昔はこれで税関も通れたんだぞ。先人の知恵を馬鹿にするな」

「密輸でもしてるの?」

 

 穏健派が見えなくなってから土手を下り川上へ向かう。直ぐにでも真っ暗になりそうなのでそれなりに急いで歩く。陽が落ちてからだとこんなところ歩けるわけがない。カバンがあれば灯りになるものがあったかもしれないが今はそれすらないのだ。

 

「洗濯物入れとけば良かったわ…」

「夜露が降りてないことを祈るしかない」

「いやもうこれは無理ね」

「まあ明日また乾かせばいいさ」

「トヒは今日何で寝るのよ」

「あ」

「私は今日は仕方ないからこれで寝るけど流石にそれで寝るわけにはいかないでしょ」

「そういえばお前、今日ずっとその服で街中走り回ったんだな…」

「そうだけど?」

「神としてのイメージが…」

「そんなこと考えてる暇もなかったのよ。行ってみたら普段通りのトヒだったから安心したわ」

「まさか。腕輪がないって気がついたときはもうゲームオーバーかと思ったぞ」

「今も無いんだから状況は大して変わってないわね」

「そうなんだよな。また明日行かなくちゃならん」

「取り戻しに行くのね」

「それもあるがボスの妹…声を掛けてきた女の子なんだが、それを今わからせてる途中でな」

「わからせてる?」

「ちょっと社会を舐めてたから窓の中に閉じ込めてきた」

「うわ…」

「何、半日くらい飲まず食わずでも死にはしないさ」

「トイレどうすんのよ」

「さあ?」

「乙女の敵ね…」

「人類の敵かもしらん」

「これが私の巫女なの…信仰集まるかしら…」

 

 トイレと言えばアマノが言っていた通り本当にもよおすことがない。お陰で気楽に野宿が出来ている。神格化って凄い。

 拠点に戻るとまず洗濯物の回収。ギリギリ陽が残っていたのでびしょびしょにはならなかったが、川沿いということもあり少し湿っていた。この程度なら焚き火で乾かせば寝る頃には着れるようになっているだろう。その焚き火の近くに黒い塊が蹲っていた。先行して戻っていた熊公である。まるでそこが自分の席だと言うかのようにごろんとしている。自由だ。

 

「ただいま〜」

「ホントに居るんだな…」

「さてと…お風呂にしましょうか」

「じゃあミワはそっちを頼む。魚とってくるよ」

「行ってらっしゃ~い」

「こいつの分は…」

「もちろん。2匹ね」

「へいへい」

 

 大いに助けられたのでこれくらいはしてやらないと悪いか。但し仕掛けは3つしかない。そんな都合よく4匹もかかってるだろうか。

 

「ただいま」

「あら、早かったわね。成果は?」

「御要望通りの4匹と1人だ」

「1人?」

 

 後ろを振り返りこっちへ来いと促す。

 

「あら貴方…」

「寿司組だ」

「帰ってなかったの?」

「例の如くこいつを見て気絶していたらしい」

「それで今まで倒れてたの?よく生きてたわね」

「起きたらもう陽が傾いてて1人で帰るのが怖かったんだと。んでここを見つけて暫くしたらまたこいつが現れたもんで急いで逃げたそうだ。だから火が割と生きてたんだな」

「人の家に勝手に上がり込むなんて非常識ねえ」

「で、どうする?」

「どうするも何も…ほっとくわけにいかないじゃないの。一応トヒのピンチを知らせに来てくれたんだし」

「だってよ。良かったな」

「いつまでそこに居るのよ早くこっち来なさいな」

 

 寿司組…弥助と言ったか。うるさい方でもなく川を渡った方でもなく。実際に対面するのは初めてだ。

 

「いや…だって…くま…」

「取って食いやしないわよ」

「嫌ならさっさと帰るんだな。帰れなくとも街道まで行けば近くに民家くらいあるだろう」

「しかし…」

「諦めなさい。トヒもあんまりいじめないの。陽がある内に覚悟を決めて帰れない人が今から帰れるわけないでしょ」

「いじめてるつもりはないんだが…ほら熊公、今日のお礼だ」

 

 大きめの2匹を木の皮にのせて前に置いてやる。ちょんちょんとつつくとそのままがぶりと食べ始めた。まるでペットでも飼ったみたいだ。

 

「ご飯は?食べるでしょう?」

「えっと、その…」

「要らないならちゃんと言いなさい。うちも余裕がある訳じゃないんだから」

「い、要ります…」

「じゃあもう1つ追加ね…1人分なら縦でいいかしら」

 

 ミワが竹を一節分切り取る。片方はいつも通り、もう片方は節が残らないように切る。要はコップ型だ。

 

「トヒ、お鍋」

「うーん」

「どうしたのよ」

「10を風呂につかって8をわからせタイムに使ってるからどうも耐久性がイマイチなんだよ。熱に耐えられるかどうか」

「えーそれじゃあこのお野菜はどうするのよ。生で食べろって言うの?私生で人参は食べれないんだけど」

「じゃあ根菜はまだ置いとけるから先に葉っぱもんを使おう。湯掻くくらいなら大丈夫だろう」

「良いわねそうしましょう」

「『七枚の窓(Windows 7)』一応底が三枚分だ」

「器用になったものね」

「まあまあ慣れてきたな」

「お湯汲んできてよ。私大根の葉っぱ切ってるから」

「ほいほい」

 

 ミワが用意した『大火の海神』の水。生活用水程度なら川まで行かなくてもこれで十分である。今は風呂を沸かしてる途中なのである程度温度が高い。加熱時間が短くて済む。

 

「ほらほら、貴方も働きなさい。働かざる者なんとやら、よ」

「何をすれば…」

「そうねえ…水汲んできてもらおうかしら」

「水?水ならそこに…」

「これはお湯。湯掻いたお野菜を〆るのには冷たいのが欲しいのよ」

「はあ…なるほど…」

「さては貴方、全然料理しないわね?」

「ま、まあ…」

 

 かくいうミワも料理は殆どしていない。やればできると言いながらやると何かやらかすのであんまり任せられないのだ。

 

「なあ、巫女さんよ」

「んあ?」

 

 ミワの切った大根の葉っぱを塩揉みしていると弥助が話しかけてきた。ミワに少し怒られたみたいな感じになったのでこれ以上話しかけづらいのだろうか。

 

「桶か何かないのか?」

「ないな」

「参ったな。水を汲んだとしてもどうやって運べばいいんだ」

「あーなくはないんだが…でもなあ」

「なんでもいい!使わせてくれ!」

「まあいいか。ちょっと来てくれ」

「お、おう」

 

 手伝わないと本当にメシ抜きになると思っていそうだ。弥助を荷物置きにしている茂みの窪地に案内する。今日の買い出しの際に重いので使わないであろうものをカバンから出して置いておいたのが功を奏した形になった。ここにはしょう油や塩などのツボも置いてある。拠点を離れる際には持って移動することになるのでこいつらの処遇も考えなければならない。

 

「そこに派手な色のやつがあるだろう」

「これか?」

「それそれ。それ、一応水を汲む道具なんだよ」

「これが…?」

 

 いわゆる水汲みバケツと呼ばれる代物。釣りのときなどに使う。折り畳み式なので嵩張らないのが高評価だ。

 

「見たことない道具だな」

「まあやってみろって。その縄を解いてそっちに水を流せば水が入ってくるから」

「おう…わかった」

「落とすなよ」

 

 弥助を川に送り出す。本当なら自分でやった方が楽なのだが仕事を与えてやらないといけないし、こっちはこっちでやることがある。

 

「使わせちゃって良かったの?」

「何をだ」

「この世界にしてはオーバーテクノロジーでしょ」

「原理は井戸の桶と一緒だし大丈夫だろう。あの登山用のごついロープと同じだよ」

「まあそうね」

「そうだ」

「じゃあほうれん草入れてくわよ」

「時間をかけずにサッとだぞ」

「任せなさいって」

 

 塩を少し溶かした湯に1分程ほうれん草を丸ごとそのままくぐらせる。

 

「しゃぶしゃぶ…しゃぶしゃぶ…」

「しゃぶしゃぶなんて長いことやってないな」

「家でやるものでもないものね」

「こっちにはしゃぶしゃぶの店なんてあるのか?」

「薄いお肉がないとねえ。なかったでしょ?」

「当然。なんなら生すら売ってなかったぞ」

「ま、冷凍庫どころか冷蔵庫すらまともにないんでしょうね。仕方ないわ」

「あの時食べた肉は大丈夫なんだろうか…」

「お腹壊してないし、大丈夫でしょ」

 

 神格化されてトイレに行かなくてもよくなっているとはいえお腹を壊すとトイレに行く必要があるっぽいので気をつけるに越したことはない。だから暴飲暴食はしないし川魚もきちんと火を通して食べている。

 

「遅いわね」

「遅いな」

「何まごついてるのかしら」

「使い方がわからなかったか?」

「物ってのは人がなんとなくこうしたいっていうのをくすぐるようにできてるんだから初見でもいけるはずなんだけどねえ…宿り神様が居ないんじゃない?」

「しゃーない、見てくるか…」

 

 この世界にそういった神がいるかはわからないが、現実世界で作られた物に例外はなく、ああいったものは製品化した時点で担当の神が決まる。これによって変な物が誕生しないような所謂検閲を行っているらしいが、ザルなのか学問・表現の自由の尊重なのかは知らないが理不尽な理由で弾かれたものは今のところないらしい。宿り神の加護は多岐にわたる。例えば制作者の権利の保護。悪質な模倣品には神の加護は与えられない。何となく使い辛かったりすぐに壊れてしまったりそもそも使い物にならなかったりと結局は正規品の方が良いよねという話に落ち着くようになる。担当する神からすると物が使われなくなったら自分への信仰が無くなってしまうのだからそれくらいのえこひいきはする。逆に類似品全てに加護を与えて広く薄く信仰を集める神も居るらしい。ただその加護がこっちの世界でもあるかはわからない。

 

「どこまで行ったんだよ全く…」

 

 河原まで出てみたもののそれらしい人影は見当たらない。水を汲むだけなのだから目の前の流れに放り込めばいいのだが。川べりに近づくと水が入った状態のバケツが放置されていた。が、やはり周囲に人の気配はない。加護云々は関係なく水は汲めたらしいが果たして何処にいったのか。一旦バケツを持ってミワの所に戻る。

 

「え、1人?」

「これしか残ってなかった」

「何よそれ…取り敢えずそれこっちに頂戴」

 

 湯掻いたほうれん草を冷たい水に放り込んでいくミワ。

 

「どうするの」

「どうもこうも探すしかないだろう」

「まあそうよねえ…念の為にあの子連れて行ったら」

「念の為?」

「暗いんだし何があるかわかんないでしょう?今のトヒはただの女の子と大差ないんだから」

「ああ…」

 

 既に十枚、八枚、七枚の窓を出し切っているということを言いたいのだろう。新しいのを出してしまうと前のが消えてしまうので仕方ない。

 

「そうするか」

「という訳でトヒをお願いね」

 

 さっきあげた魚を2匹とも綺麗に食べてしまい寝ながらこちらをずっと見ていた熊にミワが声を掛けるとゆっくりと起き上がりこちらに近づいてくる。どういう訳かミワとは普通に意思疎通が出来るらしい。ミワが凄いのかこの熊が凄いのか。

 

「行ってくるよ」

「無理はしないでね」

「うーい」

 

 再び川の方へ。すぐ横を熊が歩いている。犬の散歩みたいだ。

 

「さて…どっちに行ったかな…」

「……」

「お前、分かるか?」

「……」

「分かんないよなー」

「……」

「っておい!どこ行くんだ」

 

 急にトコトコと上流へ歩き出す熊。何かの臭いでも感じ取ったのか。

 

「そこは仕掛けがある所だぞ…あ」

 

 いつもの漁場。ついさっきもここで掛かった獲物を有難く頂いたところなのだ。しかし明日の朝に備えてきちんと仕掛け直したはずの仕掛けの場所や向きが微妙に違っている。この短時間だ。忘れるわけがない。

 

「自分の分の魚でも確保しに来たのか……?」

 

 だが何故ここに仕掛けがある事を知っているのか。ミワに聞いた…いや、そんな話は聞こえてこなかった。だとするとたまたま見つけたのだろうか。しかしこの暗がりで岩陰に隠れた仕掛けをたまたま見つけたと言うのは考えにくい。そう言えば、ミワが弥助に会ったのは川に出てきたときだったらしい。ミワは追加の魚を捕りに来ていたのだからその時に知ったのか。若しくはさっき弥助と会う前、どこかから仕掛けを触っているのを見ていたか。なんにせよ弥助がここに来ていたのは分かった。その先だ。

 

「こっからどっちに行ったか分かるか?」

「……」

「……」

「……」

「動かんのかい!」

「……」

「……」

「……」

「お前、仮にも野生なら自分で漁くらいしろよ…」

 

 じっと川を見つめるので弥助が沈んでるのかと思ったがどうやら追加の報酬を求めているらしい。だが弥助が仕掛けを弄ったのだとすれば掛かっていた魚は既に弥助の手にあるはずだ。今更残っている訳が…

 

「ほらよ」

 

 残っていた。こいつ、最初からこれが目当てだったのではないだろうか。

 

「食べたら行くぞー全く…こっちはまだ何も食べてないってのに」

 

 こちらの事情など知ったことではないと言うかのように捕れたてピチピチの獲物を満足気に食らう熊公。食える時に食っておけということか。空を見上げると月が輝いている。ほぼほぼ満月だ。月の形と高さから見ると今はだいたい19時くらいだろうか。時計はカバンとともにサクのところにあるので正確な時間が分からない。ぜんまいも巻いていないので今度現実の世界に戻った折に合わさないといけないだろう。

 

「食べたか」

「……」

「よっし、続きだ。奴を探すぞ」

「……」

 

 理解しているかは分からないが一応声を掛けて立ちあがる。取り敢えず仕掛けを見にここへ来たことは確からしい。その後の足取りは今のところ不明。この冷たい川を渡ったとも考えにくいので更に上流へ向かったか下流へ行ったか。下流へ行ったとすれば一度バケツを持って戻ったときに行き過ぎてしまったのだろうか。バケツを目印にしていたのだとすればありうることだ。それかここで足を滑らせてドボンからのどんぶらこ…決して深くないこの辺りでそうなったとすれば、良くてちょい怪我、妥当で大怪我、悪けりゃアウト。出来ればそっちの方ではないと思いたい。

 

「考えていても仕方ない。歩くか」

「……」

「取り敢えず上へ行ってみよう。なんか気づいたら教えてくれ」

「……」

「……」

 

 ほぼ独り言である。まあ動物に語りかけるというのはよく聞くことなのでそこまで虚しいものではない。相変わらず横に付いて歩く熊公。出来れば臭いを辿って欲しいところではあるがサンプルがない。熊は犬よりも鼻が利くと聞いたことがある。精々3人しかいないのだから嗅ぎ分けてくれてもいいのだが…

 

「だいぶ来たな。戻るか」

「……」

「すまないなあ…こんなことに付き合わせて」

「……」

「昼間だったら脇道に逸れたりもするんだが流石に夜は危ないしな」

「……」

「もしかしたら戻ってるかもしれない。ミワも待ってる」

「……」

「……」

「……」

「どうしたんだよ。何でここに来て動かないんだよ」

「……」

「わかったわかった。帰ったらおかわりをやろう」

「……」

「……」

「……」

「もしかして何か見つけたのか…?」

 

 目を凝らして熊公の見つめる先を見る。既に暗所の眼になっているのである程度は見えるのだが月の光が届かない陰の部分は流石に真っ暗だ。ただ見えないのならそれは熊公も同じはずである。ということは見えているのではなく何かを嗅ぎ取っているのか。

 

「わからんな…降参だ。教えてくれ」

 

 何に対して降参しているのか自分でもよく分からないがどうやら答え合わせをしてくれるらしい。熊公が前へ歩き出し暗闇に消える。ガサゴソと音がするので茂みに入っていったようだ。暫くするとまたガサゴソガサと音が聞こえる。

 

「ガサゴソ…ガサ?」

 

 熊公が月明かりの下に出てきた。別の奴を引き連れて。

 

「マジかよ」

 

 同じくらいのサイズなので小熊だろう。特に険悪な感じはないのでファミリーらしい。そう言えば昨日会った奴らは親子連れだったが、今日の朝会ったのは親熊だけだった。どこかに隠れてるのかと思っていたがはぐれていたのか。

 

「お前の兄弟か?」

「……」

「……」

「食糧事情が…」

 

 元いた熊公は既に3匹食べているがこいつはもしかするとまだ何も食べてないかもしれない。となると同じかそれ以上はやらないと満足してくれないだろう。

 

「ミワに任そう…元はと言えば餌付けしたアイツが悪いんだ…」

「……」

「……」

「はい、帰ります。異論は認めん」

「……」

「……」

 

 くるりと背を向けると素直に後ろをついてくる2頭。熊に背を向ける日がくるとは思わなかった。





3月です。実はこれ去年のちょうど今頃にちまちま書き始めたんで実質1周年です。


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初家建築


花粉の季節ですね


「…ただいま」

「あらら、また増えたの」

「本意じゃない」

「寿司の人は?」

「未だ見つからずだ」

「帰ったのかしら」

「さあ…上の方には居なかったからそうかもしれん」

「せっかくご飯炊いたのに…」

「ああご飯と言えば」

「何よ」

「こいつの分、どうする」

「トヒが拾ってきたんだからトヒが世話しなさいよ」

「ええ」

「冗談よ。トヒに動物愛護の感情がないことは知ってるもの」

「そんなことはないぞ」

 

 そんなことはない。ペット動画を見るのは好きだし、余裕があれば小動物でも飼おうかとも思っていた時期もある。ただその計画も頓挫しかけているが。

 

「居候してからしばらくの間ゴミを見るような眼で私を見ていたのは忘れないわ」

「それは否定しない。動く可燃ゴミがタダ飯食って不可燃ゴミ出してらって思ってた」

「そこまで!?」

「…冗談だぞ」

「何今の間…怖いんだけど…」

「取り敢えずこいつらの世話は任せたぞ。ただでさえ世話が焼けるやつが居るのに増やされちゃかなわん」

「あー…なんかこないだまでのトヒに戻ったみたい…」

「こないだまでのミワを思い出したからな。でもいつからか家事するようになってからは見直したぞ」

「私にも人の心ってのがあるのよ…あれ?見直したってことは見直す前はやっぱり…」

「晩ご飯は何だろう」

「話を逸らすんじゃないわよ…ご飯はもう炊けてるから大根の葉っぱを洗ったらすぐ食べれるわよ」

「奴には悪いが先に食べようか」

「炊きたてご飯が冷めるのも嫌だし、そうね」

 

 湯掻いて水で〆たほうれん草は絞って水分を落として醤油を少々。大根の葉っぱは塩を洗い流してそのまま食べる。

 

「魚はこいつにやろう。もう仕掛けにも掛かってないだろうし」

「あら、優しいのね」

「素直なやつは可愛気があるからな」

「な〜んか棘があるわね…」

「気の所為だ」

 

 ご飯はいつもの白ご飯。そこにほうれん草のおひたしと大根の葉っぱの漬物。久し振りの野菜だ。本当ならここに肉があったのだが今回は仕方がないということで。

 

「いただきます」

「いただきます…こら、貴方はもう食べたでしょ」

「え」

「違う、こっち」

「ああ」

 

 後から来た熊公の前に2匹ともやったのだが元からいた方が横取りしようとしていた。そういやさっき帰ったらおかわりやるって言っちゃったな。

 

「芋があったろ。アレも食べるんじゃないか」

「それはダメよ」

「なんで」

「農家の畑に食べに行くようになっちゃったらどうするのよ。後々この子達のためにならないわ」

「むう」

 

 確かに正論である。過保護かと思えばそういったことはきちんとする。人を育てる立場なら真価を発揮しそうな能力を備えているのにどうしていつまでも育てられる側にいるのか。

 

「何か失礼なこと考えてない?」

「まさか」

「どうだか…」

 

 量もそんなにないのでさっさと食べ終わる。ミワも間もなく食べ終わり片付けをする。

 

「お風呂はどうする?」

「その前にちょっとミワにしてもらいたいことが」

「何よ」

「いいから」

「引っ張らなくていいから、自分で歩くから」

 

 ミワは川に連れてくる。そのまま上流に向かい仕掛けのある場所へ。

 

「うーん、あれでいいか」

「何するってのよ…あの子達も置いてきちゃったし」

「ミワ、これ持ち上げれるか」

「ええ…まあ」

「んじゃそいつをあそこの大きな石に向かって投げてくれ。思いっきり」

「え、なんで」

「禁断の漁をします。明日の食卓に魚はないと思ってください」

「どうしたの急に」

「3、2、1」

「待って待って」

「投下!」

「え?え?え、えい!」

 

 ガチンと狙い通りに石と石がぶつかる。

 

「これでどうなるってのよ…」

「どうにかならなかったらもう少し上流に行って同じことをする」

「えー」

「あ、ほら、見てみろ」

 

 魚がぷかーっと浮いてきた。石と石がぶつかった衝撃で気絶した魚だ。あまりこういったことはしたくなかったが腹を空かせたやつが居るのだ。背に腹はかえられない。

 

「へー…凄いわね!」

「石打漁ってやつだ。寒かったり夜になるとほとんどの魚は動きが鈍るから岩陰にひそんでることが多い」

「そうなんだ」

「流れてっちゃうから早く回収するぞ」

「こんなに簡単にとれるなら最初からこうすれば良かったのに」

「やり過ぎると良くないんだ。禁止してるところもあるくらいだ。だから明日は魚無しだ」

「ええ…そんな…数匹じゃない…」

「ちりつもだよ」

 

 回収した魚を持って拠点へ戻る。一応注意して辺りを見てみたが弥助はいない。やはり下流か。

 

「ただいま~ほうら、お土産よ~」

「さて、風呂か」

「気が早いわね。この子達が食べてる姿見てみなさいよ。可愛いわよ」

「人が食事してるところをまじまじと見るもんじゃない」

「人じゃないわよ。熊よ」

「どちらにせよ、だ」

「やっぱり動物愛護の精神がないのね…」

「いやそれは…もうなんでもいいや。取り敢えず火だけ消しといてくれ。泡が出てる」

「はいはい『海神の詔』」

 

 既に慣れたものである。最悪移動風呂沸かし機で食べていけそうだ。後は自然と冷めるのを待つ。

 

「それで、探さなくていいの?」

「何を」

「何と言うか誰と言うか」

「うーん…」

「急に居なくなったなんて気味が悪いじゃない」

「朝死体で見つかったなんて寝覚めが悪いしな」

「やめなさいよ。考えないようにしてるのに」

「常に最悪のケースを考えとかないと」

 

 しかしまあ、秋とはいえ雨も降っていない夜くらいならば一晩くらいは乗り越えれそうなもんではある。エアコンもストーブもない時代だ。生温い環境で育ってきた自分たちよりはしぶとく生き残れるはず。

 

「それにどこにいるかもわかんない中お風呂なんて入れるわけないじゃない」

「あーそっか…そうだなあ…」

「トヒはもうちょっと恥じらいを知りなさい」

「セクハラ魔が言うセリフか」

「スキンシップよ」

「セクハラ魔の言うセリフだ」

「とにかく、先に見つけないと」

「でも帰ってたらどうするんだ?」

「わざわざ追加で彼の分のご飯の用意してたのよ?それをわかってて黙って帰るなんて普通の人だったらしないわ」

「まあ水は汲んであったし仕掛けをいじった形跡もあるしなあ。滑って流されたってわけでもなさそうだしまだこの辺にはいるんだろうな」

「ちょっと待って、初耳ねそれ」

「どれが」

「仕掛けがいじられてたって」

「ああ、それが?」

「なんで仕掛けがあるって知ってるのかしら」

「なんでって…昼間にミワが魚をとってるのを見たんじゃないのか?」

「私が彼に会ったのはここから川に出てすぐよ。上の方までは行ってないわ。トヒは最初どこで見つけてきたのよ」

「仕掛けとここの丁度間くらいかな。ガサっとしたんで覗いてみたら人が1人」

「ふーん…トヒ、一応だけど何かなくなってないか調べてみなさい。私も見てみるから」

「何か盗って逃げてったってことか?」

「この子を見て昼から夕方まで気絶してたってのもおかしな話よ。そりゃ驚いてたけど普通そこまでいかないでしょうよ。私たちが帰ってくるまで色々調べてたのよきっと」

「そんなことしそうには見えなかったがなあ…」

「岡っ引きってのは基本的に元こそ泥とか何かしらをやらかした人なのよ。蛇の道は蛇ってのと再犯を防ぐために雇われてるようなもんなの」

「へー」

「わかったら早くしなさい。変なもの持ってかれてたらヤバいでしょ」

「まあその時は緊急帰還すれば持ってきた荷物は全部こっちからは消えるだろ」

「返ってくることがわかってても人に見られたくないものだってあるでしょ!」

「確かにまあ今カバンを開けられてると考えると少し嫌だな」

「でしょう」

「食べ物やお金は全部こっちのものだから回収できない」

「ま、まあそうね…それもあるかもしれないわね…」

「?」

 

 そういうことを言ってるんじゃないんだけどねとボソッと呟くミワ。聞こえたが独り言に対して返すような野暮なことはしない。取り敢えずカバンから出したものを思い出しながら確認していく。ノートがあればチェックリストを見ながら確認出来たのだが生憎と一緒にカバンの中だ。一通り見たが特に無くなってるものはない。

 

「そっちはどうだ?」

「待って、もう一回探すから」

「何がないんだ?」

「まだないって決まったわけじゃ…」

「だから何が」

「……ない。やっぱりないわ…私のノート…」

「なんでノートなんか」

「…きっと紙と鉛筆ね。あの時渡した名前を書いた紙が誰かの目についたんでしょう」

「まあそれくらいなら」

「良くないわよ…あれは人に見せるようなものじゃないのよ…」

「もしかしてあのノートか?必殺技の…」

「…ええ」

「残念だったな」

「今すぐ元の世界に戻りましょう。あのノートと私は一蓮托生なんだから」

「待て待て。今戻ったらこっちでの1日分戻って来れないんだぞ。色々ケリをつけてからにしないと」

「私の命とどっちが大事なのよ!」

「別に死にゃしないだろ」

「社会的に死んじゃう!神見習いがこんなにイタいやつだなんで知れ渡ったらもうこの世界で生きてく自信ないわ!」

「イタい自覚はあったんだな」

「う、うるさいわね!」

「まあとにかく戻って来なさそうだし風呂入っちゃうか。明日に備えて早く寝よう」

「風呂なんて入ってられないわよ…」

「じゃあミワはパスってことで」

「あ……あ……」

「はあ」

 

 口から魂が抜けたような顔をしているミワを放っておいて風呂の準備をする。今日は色々と色々あったのでスカッとしたい。

 

「ああ^~」

 

 いい感じに冷めた風呂に肩まで浸かる。やはり足を伸ばせる風呂は最高である。ちょうどいい温度でキープ出来て沈まない風呂があればそこで寝ていいくらいかもしれない。

 

「私も入る」

「は?」

 

 振り向くと既にすっぽんぽんのミワが浴槽に足を掛けていた。制止する間もなくドボンと入ってくる。

 

「あ、コラ。掛け湯をしろ、ゆっくり入れ、そもそも1人ずつって決めただろ」

「もう何でもいい…」

「こっちが良くないんだが??」

「ぶくぶくぶく…」

「潜るんじゃない!」

 

 まだちゃんと濡れていないミワの長い髪の毛だけが水面に残る。本人は膝を抱えてぶくぶくしている。浮き沈みの激しいやつだ。ずっと相手していても仕方ないのでさっさと身体を流し髪を洗ってもう一度浸かり直す。もうこの際なのでついでにミワの髪も浴槽の方で軽く洗ってやる。

 

「まあ元気出せよ」

「優しくしてくれたら元気出す」

「うわうざ…」

 

 後ろから首に腕を回すとそっと引き寄せる。水中にあるミワの身体は軽くスっと動いてピタッと引っ付いてくる。ミワの髪の毛が時折身体を撫でてくるのがこそばゆい。

 

「ほらミワ見てみろ。星がいっぱいだ」

「別に、うちでもよく見えたんだから珍しいものでもないじゃない」

「でも2人でゆっくり見たことなんてなかっただろう」

「それは…そうだけど…」

「ほら、元気出たか?」

「まだ出ない」

「めんどくさい…」

 

 まあこんなことで元気は出ないだろう。そもそもどうやったら元気が出るのか。

 

「明日はそろそろ向こうへ帰る頃だ。遅かれ早かれいつかは戻ってくるだろう」

「次こっちに戻ってきたときに手元にあるとは限らないじゃない。それに他の人の手に渡ったものが一緒に戻るとは限らないでしょう」

「そんなこと言ってもなあ」

「どうして私のなのよ…他にも色々珍しいものがあったでしょうに…」

「いちはやく駆け付けてくれたことには感謝するが自分の荷物はちゃんと管理しておかないとな」

「今そんなこと言っても遅いわよ。こんな屋根も壁もないところで管理もへったくれもないわ」

「じゃあ家作ってみるか」

「どうやってよ」

「ものはやりようってな。上がるぞ」

 

 ミワをポーンと突き放して立ち上がる。ミワはそのまま反対側に流れていく。

 

「ほら、タオル置いといてやるから冷める前にさっさと上がれよ」

 

 膝を抱えて向こうを向いたままのミワを一応気遣いつつサッと身体を拭いて服を着る。髪を乾かすのは後にして頭にタオルを巻き付ける。ミワ程長くないのでそこまで時間はかからないのだが。

 まずは周囲の荷物を一箇所に集める。流石に木を薙ぎ倒すわけにもいかないのでできるだけ広いスペースを確保する。焚き火を中心に六畳から八畳もあれば取り敢えずは上出来だ。

 

「おいミワ。風呂が邪魔なんだが」

「わかったわよ…」

 

 風呂に入ったままこちらの動きをずっと見ていたミワ。気になるなら手伝って欲しい。

 

「消さなくていいわよ、運ぶから」

「運ぶって…100kgぐらいはあるだろ」

 

 展開した窓だけなら動かせなくもない。しかしそこには大量の水が入っている。いつもは充分に冷ましてから森の方へ流している。そのまま消してしまっては辺りが水浸しになってしまう。

 

「なんていうか…この程度なら余裕なのよねー…」

 

 確かに浴槽をひっくり返すときも真顔でやってたような…

 

「私、花も恥じらう乙女なんだけどね」

 

 ヨイショと身体を洗う用の水槽を軽々と持ち上げて少し離れた場所へ。同じくヨイショと浴槽の方もその隣へと運ぶ。恥じらう乙女なら一糸まとって欲しい。そしてもう一度風呂へ。手伝う気はないらしい。

 

「また入るのかよ」

「出たら力仕事させられそうだもん」

「ふむ」

 

 ご名答である。椅子兼ベッドの丸太半分も退かせて欲しかったがまあこれはこのままで良いか。

 

「じゃあ熊共、ちょっとミワの方に行っててくれないか?」

 

 これまた何をするでもなくじっとこちらを見ていた熊たちも移動させる。これで十畳弱くらいにはなっただろう。

 

「意外と広かったんだな」

「ちょっとずつ綺麗にしてたからね。最初ここに来たときよりかは広いわよ」

「マジで?ミワが?」

「私を何だと思ってるのよ…」

「庭いじりの趣味なんてあったのか」

「母様の手伝いでしてた程度よ。最も私は専ら草抜きだったけどね」

「ああ…あのジャングル…」

 

 ミワの家にある結構立派な庭。時々業者が入って綺麗にしていくのだが一角だけ業者も手を付けない場所がある。その感じから小さい頃からジャングルの名で親しまれて?いた。外からは見えない位置にあるのだが庭園の方を侵食しない程度によくわからない植物が繁っておりミワの母が個人的に管理している。ミワ曰く、ストレスの発散が変な方向に向いてしまった、のだそうだ。外から見る分には綺麗な人なのだが家族にはやはり違う側面が見えるのだろう。

 

「私はあそこで怪しい葉っぱの栽培をしてると踏んでるわ」

「流石にしてないだろ」

「トヒは知らないでしょうけど奥にちょっとしたビニールハウスがあってね…」

「やめろやめろ」

「普通その季節には採れないものが…」

「ただの温室栽培じゃないか」

 

 最近はそんなものにまで手を出していたのか。

 

「じゃあやってみるか」

「待ってました…何を?」

「家を作ります」

「へえ…今から?」

「え、うん」

「どうやって」

「まあ見てな」

「まあ見てるわ」

 

 ミワと二匹が見守る中ここ数日間に考えていたことを実行に移す。

 

「『小さな森のお家(シルヴァニアファミリー)』」

 

 地面から壁が生えてくる。一段一段積み重なるように上へ上へ。巷で噂の3Dプリンタの要領で。

 

「完成です」

「おー…」

 

 数十秒でただの箱型のちょっとした小屋が出来上がる。いわゆる豆腐ハウスというものだ。多分実際の建築上では欠陥だらけのものだろうがノリと雰囲気でどうにかしている。

 

「うさぎの家族は?」

「いない」

「崩れない?」

「わからん」

「何で出来てるの?」

「さあ」

「不安ね…」

「ちょっと入ってみるか」

 

 イメージとしては二階建ての見開き断面図…ではなくワンルームの一戸建て。入ってすぐに台所。正面は焚き火を中心に居住スペースがあり壁際には風呂場。地面の上にそのまま生成したので地面は土のままだが寝るスペースは1mくらい嵩上げしてある。コンクリートでも木でもなく何とも言えない素材だ。山奥のロッジ感があっていいと思う。

 

「まあ大丈夫なんじゃないか」

「本当に?」

「一夜城だ。そこまで期待するもんじゃない」

「一夜どころか30秒くらいだったけどね」

「ひとまず成功ってことで今日から我が家です」

「やったー」

「明日には取り壊し決定だけどな」

「アップデートしていかないとね」

「これで元気も出たろ」

「え?何の話?」

「…なんでもない」

 

 さっきまであんなに落ち込んでいたくせにケロッとしているミワ。元気になったのはいいことだ。

 

「んじゃ荷物中に入れてくぞ。手伝え」

「はーい」

 

 調味料の入った壺を綺麗に並べその他の食品も台所付近にかためておく。持ってきたものは今は入れるものがないので部屋の隅に。風呂から上がったミワも自分の荷物を運び入れる。今度は流石にタオルを巻いていた。腰に。実家じゃ絶対こんなことしないだろうに居候してる間に随分とだらしなくなってしまった。ミワの両親に顔向け出来ない。

 

「ちゃんと拭けよ」

「また入るんだもーん」

「そろそろ冷めてきてるだろ。風邪ひくぞ」

「神様は風邪ひかないのよ」

「神を馬鹿みたいに言うんじゃない」

「お家の中にもお風呂があるのね。どこからお湯入れるの?」

「今はただの容器だな。このままじゃ排水も出来ないし」

「まあ今日は仕方ないわね。露天風呂を楽しみましょうか」

「どうやら先客が居るっぽいぞ」

「え?」

 

 ミワの居なくなった浴槽に代わりに入っていた熊たち。熊も温泉に入るらしいから別段驚くようなことでもないが入る隙間がない。いや隙間はあるが身動きは取れないだろう。

 

「流石に人と熊じゃ同じ数でも大きさが違い過ぎるわね…」

「しかしよく入れたな。よじ登ったのか」

「顔から行きそうなもんだけどね」

「諦めて服着ろ。風邪ひくぞ」

「そうするわ…」

 

 ようやっと露出が抑えられたミワ。別に誰が見ているという訳では無いが身内としてはやはり気になってしまう。

 

「さてと…少し早いが寝るか。今日の服洗いたかったんだが無理そうだしな」

「あら、だったらもう一回お湯出してあげるけど?」

「また沸くまで待つのもなあ」

「お風呂みたいな量じゃないしぬるま湯くらいにならすぐなるでしょ」

「そうか?じゃあ頼むか…」

 

 空の水槽の方に『大火の海神』で水を入れ火にかける。耐熱性があるなら室内の風呂にでも使えるのだがどうだろうか。

 

「温かくなるまで室内で待機ね。意外とぬくいんだもん。びっくりだわ」

「まあ壁と屋根があるからな。それだけでも随分と違うだろう」

「隙間風もないし中々いい出来よ」

「そりゃどうも」

「こっちの世界だとアナイさんの部屋の次にいいわ」

「あの空間だけテクノロジーが別物じゃないか。比べるところを間違ってるぞ」

「こっちもどっこいどっこいよ。何なのよこの壁は…」

 

 軽くトントンと壁を叩くミワ。プラスチックのような軽い音がする。

 

「思い切り叩いても大丈夫かしら」

「崩れたらどうするんだ」

「風で飛んだりしない?」

「さあ…藁の家よりかは頑丈だと思うが」

「不安ね…」

「そろそろいい温度になってるかな」

「話を逸らすんじゃないわよ」

 

 30秒の突貫工事に安全性を求められても困る。第一施工業者ですらどうやって出来てるのかわからないのだ。

 

「なんだお前らも長風呂か」

「んーちょっとぬるいかしら?これじゃ上がったら風邪ひいちゃうわね」

「自分は人に言われても全然気にしないくせに…」

「ちょっとだけあったかいの分けてあげましょ」

「ただでさえ少ないんだが」

「足りるでしょ」

 

 1/3くらいのお湯を手桶で浴槽に移すミワ。面倒見が良過ぎる。熊たちも心無しかウットリとした表情をしているので文句も言いづらい。

 

「まあいいや」

 

 今日着ていた襦袢をお湯に沈める。今日は色々あったので埃まみれだし汗もかいた。明日も着る気にはなかなかなれない。

 

「白衣はいいの?」

「乾かんだろう」

「でも泥々よ。袴も、ほら」

「んな泥々って程じゃ…うーんこれは…」

「ね?」

「どこでこんなに」

「おてんば恋娘ねえ」

「違うと思う」

 

 着ているときには全く気づかなかったが結構泥が付いている。ただ泥の汚れは下手にもみ洗してしまうと繊維に泥が絡みついて余計に取れにくくなる。一晩浸け置きした方がいいのだが…

 

「しっかり乾かしてからはたく程度にしておこうか。また今度クリーニングに出せばいいし、明日はそれでやり過ごそう」

「トヒがいいなら私はなんでもいいんだけど」

「次からは普段着と仕事着を二着ずつ持ってこよう。嵩張るが仕方ない」

「私は正装一着しかないからここぞというとき以外は着れないわね。今日は緊急事態だったし着なかったけど」

「見慣れない格好で熊に乗って街を走り回っていたのはうちの神じゃない別の誰かだったってならないだろうか」

「誰もそんな細かいこと気にしてないわよ。これから街に出る時はちゃんと着ていくし」

「明日はちゃんと着てくれよ」

「え、私も行くの?」

「連れないな、全員の相手しろって言うのか」

「冗談よ。トヒに酷いことした報いを受けさせてやるんだから」

「まあそこまで酷い目にはあってないんだけどね」

 

 堪えたのは鎖鎌からの一撃くらいだ。ただその前にちょっと弄りすぎたのが良くなかったのだと思う。今考えるとよく初対面の人に向かってあんなことが出来たもんだ。

 襦袢は洗い終えるとしっかりと水を落として物干しに掛ける。朝になるまでに乾いて欲しい。後は各自で他の下着を洗う。

 

「明日は一度街に出てカバンを取り戻して別の街の情報収集だ。そろそろ他の場所にも行かないとだしな」

「え?ここを離れるの?まだいいんじゃない?」

「ちょっと騒ぎも起こしちゃったしちょうどいい区切りだと思うんだ。残る試練は65もあるんだし1つに一週間もかけてたら一年以上かかっちゃうだろ。とにかく犬も歩けばでやるしかない」

「じゃあこの子達ともお別れなのね…」

「元々野生だし母親もいる。あるべきだった姿に戻るだけだ」

「そうよね…お母さんもきっと捜してるもんね…」

「母親の方は子供がたらふく食って風呂にまで入ってるとは思ってもないだろうがな」

 

 せいぜいハンカチぐらいの布面積。こちらはすぐに終わった。ミワさんはもう1つあるっぽいがよくわからない。ふん。

 

「そいつらもさっさと上がらせろよ。朝まで入ってるわけにもいかんだろう」

「何処で身体拭くのかしら…夜は冷えるのに」

「野生は意外と逞しいもんだぞ。知らんけど」

「そうだといいんだけどね。ほら、そろそろ上がりなさい」

 

 ミワの言葉を聞いて素直に浴槽から出てくる熊達。やはり意思疎通出来てるとしか思わない。ガラスの壁を器用につたってひょひょいと降りると全身をブルブルと震わせ水を飛ばす。茂みに近寄ると葉っぱに身体を擦り付けるようにゴソガサとしている。賢いものである。

 

「はえぇ〜すごいわねぇ…」

「全くだな」

「寝床も用意してあげないとね」

「勝手にどっかで寝るだろう…とは思ったが中に入れてやればいいだろう。あったかいし」

「どうしたの?変な物食べたの?」

「代わりにお前が外で寝るか?」

「ごめんってば」

「ったく…じゃあそろそろ寝るか。面倒なことは朝のうちにさっさと終わらせるぞ」

「朝早いの?」

「説明したろ。明日はやることが多いんだ」

「えぇーだったらそんなに詰めなくても…」

「はーい寝ます寝ます。寝たから何も聞こえませーん」

 

 ミワの文句を後ろに聞きながら新築の家に入り横になる。昨日までとは違い壁や屋根があってどこか安心感がある。疲れているのもあってかミワが何かをやっているのを遠くで聞きながらすぐに寝てしまった。

 

 ミワも寝てしまったのを確認する。今日は本当に色々あって1本の映画を観ていた気分だ。まだ4日目だというのにトヒは自ら色々なことに巻き込まれ過ぎるが、ミワの方は自分からは動かず物事を待ち構えている。初めはその逆だとおもっていたがコンビとしてはバランスが取れているようにも思える。今回驚いたのは急に小屋を建て始めたことだ。宿にも泊まらずずっと野宿をするのかと思っていたが風呂を当然のように使い出し遂には家まで建ててしまった。アマノはスキルの仕様を見直した方が良いのではないだろうか。そのアマノはというと今回はまだ来ない。さっきまでは2人が寝静まった頃にやってきて様子を聞いてくるのだが。明日の転送者の処理に忙しいのだろうか。今回は少し聞いておきたいことがあったのだが…そろそろ5日目の時間になる。休憩はそこそこに報告書を書かなければ。備考欄にでも追記しておこう。

 

「やあどうだい」

「あら残念。今から報告書の方を書きますので出直してきて下さいまし」

「ありゃりゃ…仕方ない、そうするよ」

「今回はあっさりとお引きになるのですね?」

「日付が変わる前に明日の用意を終わらせたくて色々無理したからね…はは…まだ終わってないんだけど」

「それでも様子は見に来られるとは。そうですわね…一つだけ、彼女らはなかなか楽しくしていますよ」

「そうかい、そりゃよかった」

「そういえばお聞きしたいことがあったのですがやめておきます」

「ん?どうかしたのかい?」

「いえ…ただそちらの方が私も楽しめそうなので」

「ふうん。まあいいや。引き続き頑張ってくれ」

「お任せ下さい」

「じゃ」

 

 無駄話すらすることなくさっさと帰っていく。余程明日の準備に手間取っているのだろう。さて、あのコが起きる前に今日の分の報告書を書き終えなければ。明日も濃い一日になりそうだ。





某マインをクラフトするやつで家のイメージを作ろうとしましたが初心者過ぎて普通の箱すら作るのに苦労してます。


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奪還作戦


新生活の季節ですね。



 久しぶり気持ちのいい目覚め、とまではいかなかったが寒気で目を覚ますということがなかった朝。今日は良い一日になりそうだ。眠気覚ましに外へ出て川に顔を洗いに行く。既に陽は出ているので結構ぐっすりと寝ていたらしい。7時とか8時くらいだろうか。街の方では既に働いている人もわんさか居るんだろう。例えば穏健派なんかもちょうど今が忙しい時間帯のはずだ。そんな中、ボーッと川の流れを見ている自分はなんと怠惰な存在なのだろうか。この間までなら既に出社して境内の掃除をしている頃だ。元の生活に戻ったときそれが出来るか否か…いや、やらねばなるまい。朝の冷たい川の水が顔の皮膚に染み渡る。

 

「朝ご飯、作るか…」

 

 例によって竹飯盒を使ってご飯を炊く。今日はノー魚デイなので朝は芋と野菜でどうにかする。じゃがいもはシンプルにふかし芋を塩で、葉物野菜はシンプルにお浸しを醤油で。シンプルイズベスト。そういえば熊共の朝ご飯も用意してやらないといけない。芋をやるのはミワが駄目だと言うし、かと言って他に何かあるわけでもない。起きたらミワに任そう。

 ご飯が炊きあがるまで周囲の森を少し散歩する。霜がおりて地面が少し湿っている。何もこんな寒い季節に飛ばさなくても良かったのにと思う。もう少し夏に近い秋かいっそ雪が溶けきった春頃であればまだとっつき易かったのに。そうであればわざわざこうやって朝からワンチャンにかけて消えた人を捜索をする必要もないのだ。昨日バケツを残して消えた弥助。多分ミワの言うようにノート目当てで来たのではなく単純に親切心から来てくれただけなのだ。そこで運悪く熊と遭遇しテンパって夕方まで倒れていただけで…そうか、上流にはあいつが居たんだ。なら下流の方へ逃げたんじゃないだろうか。恐らく一度は上流へは行ったのだろう。自分で仕掛けから魚を取るために。しかしそこで熊と遭遇、両者とも驚いて来た道へと走った。こんなとこか。昨晩もし自力で戻っていたとしても熊が増えているもんだから顔を出すに出せなかったなんてことも考えられる。まだこの近くに居てくれれば楽なのだが。下流側の森の中を歩いてみる。こちら側は色々と資材を調達しに来ていたのである程度の地形は把握している。そう、例えば一晩くらいならなんとか凌げるようなうろのある木なんかがある場所。奴も昼の間ずっとぶっ倒れていたわけではあるまい。帰れないと踏んだ時点で陽のあるうちに寝る場所くらいは探していただろう。

 

「ビンゴ」

 

 思った通りだ。うろに落ち葉を敷き詰めてその中にはまって寝ている。よくまあ寝れたもんだ。

 

「おい、起きろ。そんなとこで寝たら風邪ひくぞ…ってもう寝たか」

「…ん?」

「弥助〜?」

「あなたは…そうか…死んだのか、俺」

「なんでだよ」

「天女様…」

「違うって。お前はまだ生きてるしこっちはまだ人間をやってるつもりだ」

「あれ…巫女見習いの…お前も死んだのか…」

「ええいめんどくさい。さっさと起きろ!」

 

 弥助の胸ぐらを掴み引っ張り出す。虚ろだった目もだんだんと生気を帯びてきた。

 

「あれ、ここは?」

「山ん中だ。よくこんなとこで寝れたな」

「いや、寝るつもりは無かったんだが…気付いたら寝てたみたいだ」

「まあいい、取り敢えず戻って身体を温めろ」

「思い出した!熊だ。熊がまた出たんだ」

「知ってる」

「え?」

「そいつも居るし」

「…え?」

「あまり深く考えるな。気にしたら負けだ」

 

 しかしまた口が増えてしまった。人を養うほど裕福ではないのだが…これはもてなし、そうおもてなしということにしておこう。

 拠点に戻るとミワも既に起きており変な動きをしていた。

 

「お帰りなさい…って…男を連れて朝帰りとはいいご身分ねえ」

「朝出だよ。何してるんだ?」

「ストレッチよ」

「それが?」

「そう…前にテレビで見たのよ」

「こらミワ、あんまり横文字を使うんじゃない」

「あら、私としたことが…でも大丈夫そうよ?」

「え?」

 

 後ろの弥助を見る。前を見てあんぐりと口を開けていた。視線の先には…ああ、なるほど。

 

「おーい、どした?」

「昨日、こんなもの、あったか…?」

「組み立て式でな」

「組み立て式?」

「あまり深く考えるな。気にしたら…」

「負け、か…」

「そう」

「まあ入れ、外で火にあたるだけよりかはあったかいぞ」

 

 風呂でも入れてやれればいいのだが今から用意すると時間がかかる。何より容器は今使用中だ。

 

「あ、そうだ。なんか良さそうだったからお芋の方は火から外しといたわよ」

「ああ、ありがとう」

「いいってことよ」

「こっちも思い出した。あいつらのご飯はミワが用意しろよ」

「え?私?」

「元はと言えばミワが連れてきたんだろう」

「増やしたのはトヒじゃない」

「どちらにせよ飯はいるんだ」

「ええ…どうしましょう…何もないのに…トヒがやってくれると思ってたから何も考えてなかったわ」

「これ拾っといたし多少の足しにはなるだろう」

「ドングリ?まさかトヒが拾うなんて」

「何もないのはこっちも分かってるからな」

「ジャージってこういうとき便利よね」

「他でも便利だ」

「ぎゃあああ」

「あ」

「あ?」

 

 小屋の中から叫び声があがる。

 

「火に近づきすぎて火傷でもしたのかしら」

「いや、多分……」

「?」

 

 弥助が大層取り乱しながら外に出てくる。

 

「なんで…!熊が…!なんで…」

「やっぱり」

「なんでって…そりゃ外で寝たら風邪引くじゃないの」

「あんたらおかしいよ…」

「失礼な」

「失礼ね」

「俺がおかしいのか…?」

 

 弥助を宥めて中に入れる。熊達には悪いがミワと一緒に朝ご飯を探しに行ってもらった。いや、何もわざわざ用意する必要もなかったのだ。自分らで食べたいものを探して食べてくれればいい…ドングリは全部やるぞ!

 

「昨日は結局どこ行ってたんだよ。ご飯も用意してたのになかなか帰ってこないし、結構探したんだぞ」

「それが…川に行ったついでに自分の分は自分でって思って魚を取りに行ったんだが…そこで熊と鉢合わせになって夢中で走ってるうちに何処にいるかわからなくなってな…戻ろうにもお前らの居る場所も見つけられなくて」

「だいたい思った通りか。しかしだ、あそこの仕掛けは朝になったら上げる算段だったんだ。勝手なことをしてもらっちゃ困る。そもそもなんであそこに仕掛けがあること知ってたんだ」

「いや、知らなかったんだが、夕方お前と会った時に魚を沢山持ってたから上流の方で魚が沢山取れるんだろうなって…」

「まああながち間違いではなかったわけか」

「勝手に触ってすまなかった」

「うん、まあ、結局別件で朝は魚抜きだから良かったんだが…取り敢えずこれ飲め」

「あ、ああ…あったまる…」

「ただのお湯だけどな。さて、元気になったらさっさと帰るんだぞ。今日は忙しいんだ。例のやつらのとこに行って荷物を返してもらわないと」

「わ、わかった」

 

 そろそろミワも帰ってきてくれないと朝ご飯が始められないのだが。どこまで行ってるんだ。

 

「そういえばお前、よく助かったな。あいつらは俺達も手出しするなって言われてるほどヤバい奴らだってのに」

「手出しするなって言われてたのにわざわざこっちまで教えに来て良かったのか?」

「いや、それはだな…良心の呵責というか…」

「あ?呵責?」

「なんでもないんだ。なんでも。ここに来たのがバレたら何を言われるか…」

「ああん?」

「……」

「まあいいや。どうせ近いうちにここは離れるし」

「なんだって?」

「そろそろ次の街に行かないとな。いつまでもここで道草を食ってるわけにも行かないだろ」

「そんなに焦らなくてももう少し居てもいいんじゃないか?」

「なんで」

「なんでって…それは…俺の口からは言えない」

「良心の呵責と関係があるなら今日にでも拠点を替えようそうしよう」

「……」

「……」

「組織の末端である俺には殆ど何も知らされていないがどうやらうちの偉いのが近々ここにくるらしい」

「偉いの?なんでまた」

「理由は知らない。そういう話が回ってるだけだ」

「偉いってどの辺の偉さなんだ」

「わからない」

「まあ流石に金さんや越前級はこないか…」

「ただお奉行様って噂もある」

「なんで!?何か悪いことした!?」

「し、知らん!あくまでも噂だ」

 

 火のないところに、だ。まあ悪いことをしていたとしても奉行クラスが直接来るわけがない。弥助のような下っ端は街の住人だが奉行はいわば公務員。上の采配ひとつであちこちに転属させられる。しかしそんなところにまで情報が上がっていたのか。

 

「近々っていつだ。今日じゃないにしても明日には本当に離れるつもりだったんだ。いや、本来なら聞いてなかった話なんだから知らないフリするのも悪くないかもしれないな…」

「それは困る!」

「どうしてお前が困るんだよ」

「それは…とにかく困るんだ…」

「良心の呵責」

「報奨金が出るんだ…お前らが居なかったら報奨金どころか嘘の報告をしたことになっちまう」

「なんだそれ。はー呆れた。お前もうこれ食ってさっさと帰れ」

 

 ふかした芋を弥助にひとつ放り投げる。心配していたのは貰える金の方だったという訳だ。

 

「か、仮にも命の恩人にその態度はないだろう」

「それはお互い様だろうに」

「うっ…」

「塩かけるか?」

「いや、いい…」

「全くどうしてこんなことに…」

「……」

「あ、菜っ葉もいるか?」

「いや…」

「だいたいあのときお前らが追っかけて来なかったらそういったことにもならなかった訳で」

「……」

「お湯、まだあるぞ」

「あ、ああ、すまん」

「ミワ遅いなあ。お腹空いたんだが…」

「……」

「そうだ、最近作った干物があったんだ。持って帰るといい」

「わ、悪いな…」

 

 愚痴と気遣いを交互にぶつける。情緒不安定なやつだと思われそうだ。

 

「さて、そろそろ帰れ。昼までにあいつらと決着をつけなきゃだからな」

「本当にやるのか?」

「出来れば穏便に済ませたいがそういう訳にもいかなさそうなんだよな。まあ無理だったらそのときはそのときだ」

「ヤツらのところに行ったんだよな。隠れ家はどこにあるんだ?」

「…聞いてどうする?助けに来てくれるのか?」

「……」

「また助けられるつもりもないけどな」

「たまたま通りかかってたまたま気が向いて助けてやれないこともない」

「無理だよ。お前にも立場ってもんがあるだろう。それにそんなことで報奨金がチャラにでもなったら面白くないだろう」

「しかしだな…」

「言ったろ。助けられるつもりはない。自分らでどうにかするさ」

「…そうか」

「まあ全部終わった後にたまたま通りかかってたまたま捕まえるっていう話もなくはないがな」

「つまり…!」

「今日は街の南にある廃墟で用事があるんだ。分かったらさっさと帰れ」

「ああ…わかった、世話になった」

 

 ぐいっと残りの湯を一飲みすると弥助は立ち上がり帰っていった。まあ本音のところは助けになんか来られると色々とやばいものを見せてしまうかもしれないといったところなのだが。

 

「ただいま〜彼帰っていったけどもういいの?」

「芋ひとつ食べさせたし最低限のもてなしはしたぞ」

「そう」

「お前、あいつの昨日の飯どうした?」

「…なんのことかしら」

「いや別に食べたら食べたでいいんだが…」

「そういえば食べたかもしれないわね」

「なんで1回クッション置くんだよ」

「なんとなく怒られそうな気がしたから」

「背徳感を感じながら食う飯は美味かったか?」

「冷めてたけどちょっと醤油をかけてもう一度火にかけてから食べると香ばしくて美味しかったわよ」

「ああそう…」

「焦がし醤油ってやつね」

「そういえば熊共はどうした?」

「それなんだけどね…山の中歩いてたらちょっと大きいコと会ってね」

「それって…よく無事だったな」

「まあ色々あって皆で帰っていったわ」

「ふーん」

「お土産にドングリも渡してあげたし。てことで私達もご飯にしましょう。もうペコペコよ」

「そうだな」

 

 とまれ引受人が来てくれたのは助かった。そうでなければミワは街まで連れていくと言いかねなかっただろう。流石に大パニックになる。

 

「んーマヨネーズが欲しいわね…」

「塩で我慢しろ」

「卵があったら作れなくもないと思うんだけど」

「卵…そういえば見かけないな」

「ポテトサラダも夢じゃないわよ」

「いいな」

「まあ私、マヨネーズの作り方なんて知らないんだけどね」

「なんだそれ」

「私が卵を使って出来ることなんてTKGくらいよ」

「スクランブルエッグすら出来ないもんな。何故か黒焦げになる」

「目玉焼き作るのに油を引かないトヒには言われたくないわよ」

「あれはたまたま忘れてただけだ」

「本当に〜?通販のこびりつかないフライパンの見過ぎなんじゃないの?」

「なんのことだか」

「図星じゃない」

「食べれたからいいだろう」

「そういう問題じゃないのよ」

 

 絶望的に料理が出来ない中ここまでのものが作れて食べれているのだからまあまあ及第点といったところだろう。

 

「さて、遅くなってしまったが、今日はカバンを取り戻しにいくぞ」

「うーんめんどくさいわね…」

「家らしきものも出来たから要らない荷物は置いていくことも出来る。ミワも来てもらうからな」

「いや、いいのよ。行くのは吝かではないんだけど」

「何か問題でも?」

「小一時間歩かなきゃならないのがね…」

「それくらい我慢しろ」

「あーあ、気が重いわ…」

「とにかく着替えろ。今日は神としての威厳を見せる日だ」

「まだ神様じゃないんだけどね」

 

 神見習いとしてミワが人前に出るのは3回目だ。昨日のは全くの別人。そういうことで。

 

「んじゃ出発」

 

「着いた…もう歩きたくない…」

 

 いつもの西門に到着。外壁に沿って南門に回ってもいいのだが折角なのでミワの姿を街の人々の目に晒しておく。まだ昼前の時間なのでそこまで人出はない。

 

「ねえ、お昼食べてからにしない?」

「現金の持ち合わせがないんだ。札を使えるところなんて外からじゃ簡単に見つからんだろう」

「これはアナイさんに改善を申し込むべきかしらね」

「キャッシュレス対応店には専用のステッカーかなんか店先に貼っといて欲しいよな」

「今のところお得感が分かりづらいからあまり普及してないっぽいものね」

「1割増って結構得だと思うんだが」

「やっぱり現金化するのに1割減って聞くと、じゃあ現金のままでいいやってなっちゃうと思うのよ」

「そうしないと換金するだけでお金が増えていくからな。人件費を考えると手数料も欲しい。そもそもタダで1割貰えるんだから戻さなかったらいいだけの話だ。戻すから損するんであって」

「1割増からの1割減でしょ…あれ?プラマイゼロじゃないの?」

「1%減だよ。微々たるものだがな」

「ん?んん??」

「100円が110円になって99円になるだろ」

「減ってるじゃないの」

「そうだよ」

「じゃあ誰がキャッシュレスなんてするのよ」

「だから現金に戻さなかったらいい話なんだって」

「釈然としないわね…」

「こういう人が多いから普及してないんだろうな…」

「今の馬鹿にしてない?」

「してないしてない」

 

 人通りの多い道まで出てくる。ここまで来るとチラホラと声を掛けられる。以前なら街で声を掛けられるのは街の顔役の娘であるミワの役目だったのだが、こちらではそこまで知られていない。代わりに昨日少しやり過ぎてしまったのが悪いのか声を掛けられる対象がこちらに向いている。

 

「ほら、トヒ。ちゃんと返事してあげないと」

「慣れてないんだ。代わりにやっといてくれ」

「私がやっても仕方ないじゃない。愛想のいい顔して手を挙げるだけでいいんだから」

「笑いながら殴りにかかればいいのか」

「振り下ろさなくていいわよ」

「第一、神を差し置いて巫女の方に人気が出ちゃダメだろう」

「あら、知らないの?うちの神社、巫女目当ての人も結構居るのよ?」

「動機が不純過ぎる」

「世の中そんなもんよ」

「それでどうしてうちの姉に相手が出来ないのか」

「世の中そんなもんよ」

 

 私も他人事じゃないんだけどね…とミワ。どこかの神社のせがれとお見合いするのが嫌でここまで来たというのに自由恋愛はしてみたかったのか。

 

「あ、違うのよ。彼氏が欲しいとかじゃなくてね。なんかこう、気の置けない友達があんまり居ないじゃない、私達。世間話する程度の人達なら沢山いるけど個人的な理由で連絡を取り合って会うなんて殆どない…いえ、なかったかもしれないわね。まあ付き合う側からすれば格式高い良いとこのお嬢様っていうフィルターを常に掛けて接する訳だから仕方ないのだけどね」

「そうかもしれないな」

「私にはトヒが居るから寂しくないけどね」

「よせやい小っ恥ずかしい」

「でもまあ、トヒがいつもべったりだったから入る隙がなかったのかもしれないけど」

「おうおう手のひらクルクルハリケーンか?」

 

 確かにトヨが休みの日に外出するなんてことは滅多にない。あの性格なので友達は沢山いそうだが巫女の家の跡取りということはみんな分かっているので声を掛けるのも遠慮してそうだ。度を過ぎたシスコンはこの辺も理由になっているに違いない。

 

「ま、今更だけどこれからもよろしくね」

「ああ」

「それはそれで置いといて、ちゃんと応援の声には応えないとダメよ。巫女がそんなんだと私の評判にも関わるじゃない」

「…善処する」

 

 ぎこちない笑みで手を挙げる。たったこれだけのことをするだけで残機がどんどん削れていくのは流石にメンタルが弱すぎる。早く人通りの少ないところに出ないだろうか。

 

「ところで何か作戦はあるの?」

「いんや、特には」

「正面突破ね?分かりやすくていいわね」

「正面は正面だが別に突破するつもりはないぞ。あくまでも平和的解決を目指す」

「昨日あそこまでメッタメタにされて向こうは平和的解決なんて望んでないと思うのだけど」

「家に穴まで開けたしな」

「あれは不可抗力よ。元々開いてたのをすこーし大きくしただけ」

「人が通れる大きさを少しとは言わんだろう」

「いいのよ、細かいことは」

「まあとにかく、ヤバめの武器を出されるまでは最低限の抵抗で済ませよう。向こうもこっちに敵わないことはわかってるだろうから下手に突っ込んできたりはしないだろ」

「いぇっさー」





そういえばどうして春が移動の季節なんでしょうね。


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水兵利米


2部の終わりが見えてきました。



 街の南側に近づきスラム街の一歩手前のような雰囲気になってきた。人の出もかなり少なくこちらに声を掛ける者もなくなってきた。今のところ西側エリアで主に活動しているため他の地域がどのような雰囲気なのかは分からないがここほど荒んでいるということはあるまい。

 

「ねえ、これ、道は合ってるの」

「うーん…あの塔の位置と高さを見る限りだいたいこの方向なんだけど目印になるようなもんがないからな」

「全部似たような建物の残骸だもんね」

「この辺一帯が火事にでもあったんだろうな。なかなか建て直しされてないのが不思議だが」

「人手が足りないんじゃない?」

「どうだろうな」

「あ、あそこじゃないかしら?」

「んーそんな気もする」

「行ってみましょ」

 

 昨日連れられて来られたときに割と周囲を観察していたつもりなのだが何せ似たような景色ばかりだ。分からないのも無理はない。

 

「ビンゴね」

「と言ってももぬけの殻だな。入り口の見張りがいない」

「取り敢えずお邪魔することにしましょう」

「待て待て。何か仕掛けられてるかもしれないだろ」

「ブーブークッション的なあれ?」

「そう、的なあれ」

「まあ要は何にも触らなきゃいいんでしょ」

「触らなくても地面に埋まってる何かを踏む可能性もあるぞ」

「じゃあどうしろって言うのよ」

「そうだな…うーん…」

 

 一番手っ取り早いのは仕掛け諸共建物を壊すことだがそれだと本末転倒だ。それにもし中に誰かいたらまあ無事では済まないだろう。では仕掛けだけを壊すというのは?火薬系が仕掛けられているならミワの『海神の詔』で水をぶちまければいい。ただ原始的なワイヤートラップで矢や槍が飛んでくるようなものだと余り効果がない。だとすれば仕掛けを壊すというよりかはいっそ仕掛けを全て作動させた上で避けるなりいなすなりすればいいのではないだろうか。

 

「整いました」

「聞こうじゃないの」

「まずは…『十枚の窓(Windows 10)』」

「何これ」

「入った入った」

「分かったから押さないでよ…狭いわね…」

「そして…『七枚の窓(Windows 7)』」

「塞がっちゃった」

「十二面体の出来上がり」

 

 同じ大きさの正五角形を12枚組み合わせて出来る正多面体。二十面体よりも枚数が少なくて済み、八面体よりも球体に近い。この中に入って転がすように進めば大抵の物理攻撃は無効化出来るはずだ。

 

「10+7でしょ…5枚多くない?」

「7は強度が低いので3枚重ねです。残り1枚は余り」

「ふーん」

「じゃ、歩いてみてくれ」

「そういうことね…よいしょ」

 

 コロッとひとつの面の分だけ進む。

 

「おー…」

「その調子で頑張れ。因みに形の都合上まっすぐに進むことは出来ない」

「設計ミスでしょ」

「設計通りだ」

「設計段階でミスってるわね…」

「クリアリングよろしく」

「人柱…」

 

 ジグザグしながらなんとか入口方面へ進んでいくミワ。

 

「失礼しまーす…」

 

 敷居を越えたミワが一応中に向かって挨拶をする。が、返事はない。

 

「ちょっと、これ、段差はどうするの?」

「気合いでなんとかしろ」

 

 玄関の敷居程度の段差なら特に問題はないが座敷に上がるような段差になってくると少し工夫が必要になる。段差よりも高い位置にある側面が次の足場になるように回転させればなんとかいけるはずだ。

 

「1階オールクリアよ」

「よーし2階だ」

「階段…手伝ってくれてもいいんだけど」

「致し方なしか」

 

 流石に幅の狭い階段は無理があったか。

 

「支えるだけだからな。あまりこっちに体重を任せるなんてことしないでくれよ」

「努力はするわ」

「せーの」

 

 なんとか階段を登りきる。ミワが入れるように一面一面を大きくしたので全体的に大きくなってしまい結果的に重くなってしまった。流石に疲れる。

 

「しんど…」

「ねえ、何もなさそうだしこれもういいんじゃないかしら?」

「折角だし全部これでいこうや」

「遊んでない?」

「遊んでない」

 

 まず鎖鎌に折檻された部屋には何も残っていなかった。そして最後に『八枚の窓』で仕切った部屋を確認する。

 

「元気かな」

「犯人は現場に戻る…」

「感動の再開だよ」

「向こうからすれば悪夢そのものよ」

「そうかもしれない」

 

 部屋の外から見る限り、『八枚の窓』は展開されている。壊された形跡も感じないのでまだサクはきちんと囚われているはずだ。

 

「こんにちは~…」

 

 先にミワが入る。

 

「誰か居るか?」

「えっと、女の子が一人」

「だけか?」

「見えるのはね」

「どんな感じだ?」

「人生に絶望したような顔してるわね」

「可哀想に」

「半日以上もあそこにいるの?」

「そうなるな」

「虐待…」

「まだ監禁程度だろ」

「十分アウトよ」

「状況的には今のミワも一緒だからな。狭い分呼吸もより細くなる」

「なんてことしてくれたのよ…って食事やトイレ以前にそれってヤバくない?」

「広いし女児一人だから騒がなきゃ大丈夫だ」

「そろそろ出してあげたら?可哀想よ」

「反省してるといいんだけどな」

 

 まずはミワを十二面体から解放する。結局トラップはなかったので取り越し苦労に終わったわけだが安全の確認は大事だ。

 

「よっ、サク。昨日振りだな」

 

 部屋に入ってサクに挨拶する。眼だけでこっちをチラリと見たが特にそれ以上の反応はない。

 

「チルや他の奴らはどうした?カバンを返してくれたらそれでいいんだが」

「……」

「反省したか?」

「……」

「うーん…」

 

 反応がない。聞こえていない訳ではないと思うのだが。元気がないのか無視しているだけなのか。

 

「ね、出してあげなさいよ。体壊しちゃうわよ」

「解除した途端暴れ出されても困るだろ」

「そんなことしないわよ」

「何でそんなことわかるんだ?」

「私がさせないわ」

「成程」

「私に免じて出してあげて、ね?」

「良かろう」

 

 『八枚の窓』を解除する。もたれていたサクがバタンと倒れるとそこにミワが駆け寄る。

 

「大丈夫?」

「……」

「え?なんて?」

「おしっこ…」

「ああ、そうよね。トヒったら鬼なんだからもう…自分で行ける?運んだげるわ。もう少し我慢なさい」

 

 サクを抱え上げるとミワは1階へ降りていった。

 

「一応ついて行くか…」

 

 ミワを追いかけ1階に降りると丁度サクがトイレに入ったところだった。ミワが扉から少し離れる。急いでトイレの外に回り込むとすぐにサクの頭が窓から出てきた。

 

「よお」

「……」

「うちの、優しいだろ。黙っといてやるから大人しく戻れ。人の好意を無下にするな」

「…なんでわかったの」

「トイレの窓から脱走なんてよくあることだろ」

「……」

 

 サクの頭が引っ込む。

 

「大丈夫だった?そうだ、喉乾いてるでしょ。ただのお水だけど飲みなさい。後おにぎりとお芋もあるから食べれるなら食べるといいわ」

 

 ミワの声が聞こえる。素直に戻ったらしい。ミワが朝ご飯を残したときは昨日のつまみ食いのせいでお腹がいっぱいなのかと思っていたがこういうことだったらしい。つくづくお人好しなやつだ。顔も見たことない相手に対してここまでするとは。そんなミワに怪しまれないように急いで建物の中に戻る。

 

「あ、トヒ。カバンはあった?」

「忘れてた」

「もう…何しに来たと思ってるのよ…」

「見てくる」

 

 見ている暇がなかったのたがら仕方がない。しかしチルが座っていた辺りやサクが出てきた奥の部屋にも見当たらない。まあ当然といえば当然である。窓で部屋を仕切っていた以上、窓を壊すか建物を壊すかしない限り人や物の移動は出来ないのだから。1階に戻って座敷に居るミワとサクの元へ行く。

 

「なかった」

「そう。じゃああの人達を捜さないとねえ…」

「おいサク、心当たりあるだろう?」

「トヒ」

「わかったわかった。こっちは任せるよ」

 

 子を守る母親のようなミワ。半日閉じ込められて何ともなかったサクも間近でこんなものを見せられたら心がすり潰されるのではないだろうか。

 2階に戻ってもう一度よく探す。カバンがないことは分かった。だがチルの通った場所が分からない。壁に損傷や仕掛けがないとなるとチルが移動出来るのは大部屋の1/3と奥の部屋のみ。奥の部屋は姉妹の寝室にでもなっていたらしいが窓がない。手前の大部屋には窓があるがそれはサクが居た真ん中の部分。窓からの脱出ではなさそうだ。なら天井か床か。天井を昨日使われたであろう槍の柄で突いてみる。が、特に浮いたり外れたりということはない。となると残るは床。部屋の真下は今ミワとサクの居るところだが人が通れるような穴はミワが開けたものしかない。

 

「まあ別にどう脱出しようがいいんだけど気味悪いんだよな…」

 

 首を捻りながら1階の部屋に戻るとサクがおにぎりと芋を食べ終えて水を飲んでいるところだった。ミワの奴、普通に秘密道具使ってやがる。

 

「さて、もういいだろ」

「さっきからせわしないわね…」

「昼ご飯食べたいだろ」

「そりゃまあ…」

「サク、こいつ、お前の飯を確保するのに自分の朝ご飯食べてないんだぜ?」

「そんなこと言わなくていいのよ」

「かわりに昼ご飯催促してきたけどな」

「そんなこと言わなくていいのよ!」

「まあ現金を全部お前らに持ってかれたから食べれなかったんだけど」

 

 サクは座って俯いたままこちらに眼を合わせようとはしない。怒られている子供というのはまあだいたい同じ体勢になる。その間何を考えているかというと結構気楽に全然違うことを考えていたりするものだ。

 

「ところでただ米を炊いただけのおにぎりとただふかしただけの芋とただ川から汲んだだけの水は美味かったか?」

「……」

「普段どんだけいい物を食べてるかは知らないが食べ物にありつけてることに感謝は忘れるなよ」

「……」

「因みにミワはつぶ餡派だ」

 

 昨日サクに少しキレてしまったことに関して匂わせる。何が言いたいかは聞いていればちゃんと理解はするだろう。受け入れるかどうかはともかく。

 

「関係なくない?」

「諸般の事情があってな」

「何よそれ」

 

 ミワから突っ込みが入る。その場に居なかった者からすれば何を言っているかは分からないだろう。

 

「…どっちも食べたよ」

「え?」

「……」

「何でそんなしょうもない嘘を…」

「……」

 

 なんとどちらも食べていたらしい。こし餡つぶ餡戦争はここに終結した。そもそも始まっていないが。

 

「トヒを怒らせたかっただけだもん」

「怒りの矛先が思わぬ方向を向いたということか」

「トヒは怒りが乱反射なのよね…」

「元はといえばチルの方を閉じ込めるつもりだったんだよ。でもサクを閉じ込めればチルも下手に出るかなと思ったがそんなことは全くなかったしまあ妹も所詮は駒だったというわけだ」

「そんなことない!」

「なくはないだろう。お前達がやってたことだって一番最初に捕まるのは多分お前だぞ?逆にチルは証拠不十分だ。もしかしたらお前を時間稼ぎにトンズラこいてるかもしれない。今だってほら、誰も残さずにどっか行っちゃっただろ」

「……」

「……」

 

 ミワまで黙ってしまった。別にそこまでの迫力はないと思うんだが。

 

「ほ、ほら、妹同士仲良くしましょ…」

「言うこと無いなら無理に言わなくていいぞ」

「沈黙に耐えれない性なのよ」

「ミワ、ちょっと1階に何かあるか探してみてくれないか?2階はもう見たから」

「え、ええ…わかったわ」

 

 僅か2ターンの沈黙に耐えられないのは少し今後が心配になる。適当な理由を付けてミワをサクから離しサクの心が痛まないようにする。どちらかといえば傷つくのはミワかもしれないが。

 

「でだ」

「……」

「さっきはどこに行こうとしてたんだ?目的もなしにただ逃げ出したんじゃないだろう?合流地点か次の拠点の場所くらいは聞いてるハズだ」

「……」

「正直今のところサクだけがあいつらの背中を追いかける最後の手がかりなんだよな」

「……」

「仕方ない。お前だけ奉行に引き渡して地道に探すしかないか」

「……」

「……」

「……」

「……」

「…この街にはもういないと思う」

「そうか、どこに行ったんだ」

「……」

「この際だ。言っちまえ」

「…南にある港町」

「ここから南の港町…横浜辺りか…」

 

 街の外に出られてしまっては地道に探すどころの話ではなくなってくる。全国指名手配でもしないと足取りを掴むのは難しいだろう。サクが言ってるだけかもしれないが信じるしか道はない。

 

「因みにいつ帰ってくるとか言ってたか?」

 

 フルフルと首を振るサク。

 

「まあ当分は帰ってこないか。サクはどうするんだ?さっき一人で行こうとしてたけど流石に無理があるだろう」

「私は失敗したから、戻りたかったら自分の力で戻るしかないの」

「失敗ねえ…元はと言えば標的にしたのが失敗だったと思うけど…ああ、最初に話しかけてきたところからか」

「獲物の見極めから誘導までが私の仕事。見極めを失敗して誘導に失敗して、その後はイライラして対応を間違えた。見捨てられて当然」

「まあそれでも可愛い妹なんだろ。ちゃんと行先を教えてくれたんだから」

「私に教えたんじゃない。私がトヒに言うのを見越してただけ。それにチルは私の本当の姉じゃない」

「そうなのか」

「トヒに話した両親が火事で死んじゃったのは本当。チルとはそこで会ったの。チルもあの頃はただの女の子だったと思う」

「ふーん…ところでサク。大分と雰囲気が違うように感じるんだが」

「これが素の私。獲物の前ではあどけない少女のフリをするし、チル達の前では自由気ままな妹役を演じてるだけ。こう見えて12だし」

「え…7,8か多めに見積もっても10だと思ってた」

「声と背丈のせいかもね。チルは逆にああ見えて16」

「人は見かけによらないなあ」

 

 食事情が違うので一概に比較は出来ないが一般的に女子の第二次成長は早ければ12になる頃には終わっている。それに伴い心の方、つまり思考も大人びたものになっていくものなのだが、サクは身体の方はあまり成長しなかったらしい。何故か親しみを覚える。

 

「じゃあ一緒に行くか?」

「…どうして?」

「どうしてって…同じ方向に行くんだし」

「トヒは私に何とも思わないの?」

「うーん…昨日は何だこのガキって思ってたけど今は別に」

「同情でもした?」

「いいや、そんなことは」

「申し出はありがたいけど私は這いつくばってでも一人で行かないといけない。でないとあそこには戻れない。これは自分の中でのケジメ」

「あ、そう…まあいいけど。そもそも、戻らないといけないのか?サク程しっかりしてたらどこなと引く手はあると思うけどな」

「もしトヒが雇う側だったとして私を見て雇おうと思う?」

「思わん」

「そういうこと。こんな子供に何が出来るんだよって話。雇われたとしても玩具にされるのが目に見えてるもの」

「世知辛いなあ…」

「話し過ぎたかな。じゃ、そういうことだから私は行くね」

「あ、待て待て」

「何?」

「腕輪、返してくれ」

「そうだった…はい。私にはまだ大きかったかな」

「2年もすれば似合うようになるさ」

「そうだといいけど。そうだ、神見習いの方に伝言頼むよ」

「良かろう」

「ご飯美味しかったありがとうって」

「わかった」

「お願いね。それとトヒも」

「ん?」

「叩いてごめんね」

「気にするな。女児に叩かれたところで痛くも痒くもない」

「結構怒ってたくせに。じゃあ行くよ。さよなら」

 

 窓を開けてそのまま飛び出していくサク。すぐに足音は遠くなり聞こえなくなった。

 

「ふう…」

 

 半日ぶりに戻ってきた腕輪。特にヒビや欠けたところはなさそうだ。

 

「ミワ〜」

「…なに?」

「なんで泣いてんだよ」

「だって、だってぇ…」

「盗み聞きは良くないぞ」

「違うもん、聞こえてきただけだもん」

「一応預かった伝言だが…ご飯美味しかったありがとうだってよ」

「そんな大したものじゃないのに…」

「だから泣くなって」

 

 どこにそこまで感動するようなことがあったのか。しばらくミワが落ち着くのを待つ。

 

「さて、どこから聞いてたかは知らんが、次は南に向かうことになりました。質問のある方はどうぞ」

「はい」

「はいミワさん」

「お金はどうするの?」

「そうなんだよなあ…」

 

 現在、現金はゼロ。ミワのキャッシュレス札に精々3~4銀。路銀としては心許ないどころか準備費用だけで吹っ飛ぶ額だ。

 

「はい」

「はいミワさん」

「荷物はどうやって運ぶの?」

「そうなんだよなあ…」

 

 今、宿泊地には色々な荷物がある。まず現実世界から持ってきた道具。それに米などの食料、塩や醤油などの調味料。カバンがない中それらを全て持って移動するのは相当キツい。

 

「はい」

「はいミワさん」

「港でしょ?海でしょ?水着は?」

「そもそも横浜に海水浴をするようなところなんてないだろう」

「チッチッチ…横浜にはなくても少し離れたところにいいとこがあるのよ」

「どのみち今の時期に入ったら凍え死ぬぞ」

「一度海水浴ってのをしてみたかったんだけどね」

「海水浴は置いといて、結構大きな問題があるな」

「お金と荷運びね…どっちも解決する方法がなくはないんだけど」

「思い当たるのが1つあるんだがそれじゃないだろうな?」

「多分それよ」

「却下」

「私もやる気はないけどね」

 

 荷物を売ってお金を得る。そうすれば一挙両得なお話になるのだがもちろんそういうわけにはいかない。

 

「荷物だけで言うならリヤカーがあれば苦労はしないんだがな」

「どうせ引くのは私でしょ」

「軽いもんだろ」

「重さは変わんないわよ」

「ただリヤカーを引く神ってのもあんまり格好が付かないよなあ」

「K村?」

「木村さんも加藤さんも関係ない」

「そもそもそんなものどこから持ってくるのよ。買うにしてもお金がないのよ」

「作れないかな」

「流石に無理ね」

「そうか…結局世の中は金か…」

「まあそういうことね」

 

 資金集めをするのであればまたショウをすればいいのだが、初開催で上手くいったからと言って何度も上手いこといくとは限らない。かといって他に稼ぐ方法が思いつかない。

 

「また窓を割るしかないのかしらね」

「それなんだがあんまり気が進まないんだよ」

「どうしてよ。皆面白がって見てたじゃない」

「大したことしてないのに人からお金を貰うなんて心が痛むじゃないか」

「トヒ、それは違うわよ」

「何が違うんだよ」

「その人にとっては大したことないことでも別の人にとってそれは凄いことなの。だからそれを見てお金を払う価値があると感じた人からのお金はありがたく受け取ればいいのよ」

「努力すれば出来るようになることならまだしもあれは常人には無理だろ」

「私達は神見習いと巫女見習いっていう特別な存在なんだから真似したら出来るようなことしても意味無いじゃない。そんなんだったらみんな頑張って神になろうとするわよ」

「うーん…そうなのかなあ」

「やるなら前のとは違ったことしないとね。いくら凄くても毎回同じ演目だと飽きちゃうでしょ」

 

 以前考えたプログラムは精々5~10分で終わるようなものだ。ボリュームが多ければいいというものではないが短過ぎても面白くない。

 

「ま、それはおいおい考えるとしてだな」

「先にお昼にしましょうよ。もうお腹空いて仕方ないのよ」

「武士は食わねど痩せ我慢…」

「武士じゃないもん」

「現金じゃなくてもいける店、見つけたのか?」

「さっき台所でちょっとだけ食べれるものを見つけたの。当分帰ってこないんでしょ?もったいないから腐る前に食べちゃいましょう」

「他人の家の台所にあるもの勝手に食うのか…?」

「もうここは勝手知ったる我が家みたいなものよ」

「えー…」

「ほら、某ゲームでも勝手に村人の家に入ってタンスあけたりゴミ箱覗いたり勝手にベッド使ったりしてるでしょ。それと一緒よ」

「不法侵入と窃盗の罪で逮捕する。余罪は署で聞かせて貰う」

「余罪なんてないわよ!」

「不法侵入と窃盗は認めるんだな…」

「勇者だから多少のことは許されてるんじゃない?」

「金は少ないが足りない分は民から受け取れってか」

「酷い話に聞こえてきたわ」

「だろ、だから他人の家のものを勝手に食べるんじゃない」

「もったいない…」

「そろそろ行くか。もう用はあらかた済んだし」

「そうね…」

 

 ミワも長い後ろ髪が引っ張られながら渋々と外に出る。まさか既に居なくなっているとは思わなかったので想定よりさっさと済んでしまったためまだ昼前だ。昼ご飯にはちょうどいい時間なのだが。

 

「結局収穫なしね」

「次の行先がわかっただけでも良しとしよう。せめてカバンだけでも置いてって欲しかったけど」

「お金と買ったもの以外に何を入れてたの?」

「傘とかノートとか?なくて困るものじゃないけどあったら便利みたいな。大きいのは全部置いてったし」

「ふーん…ノートねぇ。そうだ…ノート、ノートよ!」

「ノートがなんだよ」

「私のノート!あのお寿司!」

「いや寿司って」

「何食わぬ顔で帰ってったけどどこに隠してたのかしら」

「違うと思うけどなあ…」

 

 そういえばやつら、結局来なかった。明確に場所を教えてなかったし特定出来なかったんだろう。それか上から横から止められたか。来ても何もなかったのでまあいいのだが。

 昼からは予定通りに次の街への情報収集ということでお馴染みの街の西側へと移動する。街の北側や東側も行ってみたいところだが今は別の機会に委ねることにしよう。





2部の終わりで一旦更新止めようと思います。少しずつアクセス増えてるのが惜しいですが無い袖は振れないということで……


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神造高塔


バベルの塔と読みます。



「そうだ。街を出るんだから折角だしアナイさんに挨拶して行きましょうよ」

「うーん…まあ義理としてはそうだが…こっちではアナイさんは公務員として働いてるわけだろう。急にお邪魔して迷惑にならんかね」

「お昼時に会うんなら大丈夫でしょ。もしかしたらお昼ご馳走になれるかもしれないわよ」

「本当の目的はそっちだったか」

「情報収集のついでだし…」

「まあ観光部門みたいなとこありそうだし中央に行くのも悪くないか」

「やったあ」

 

 というわけで初日以来となる塀の内側へ行くことにする。初日は文字通り右も左もわからないまま取り敢えず歩いていたので何があったかはちゃんと見ていなかったが、キャッシュレス推進なる部署があるなら他の部署もあるはずだ。

 

「ほんっと迷路みたいね」

 

 通路の整備された城下町とは違い、塀の内側は複雑に入り組んでおり簡単に辿り着けるようなものではなかった。最初に入ったところもまずかった。行くのがめんどくさかったというので初日に使った西門からではなく、一番近かった南門から入ったので見るもの全てが初見なのだ。

 

「迷子になりそうだわ…」

「というか…これもうほぼ迷子だな」

 

 右も左も前も後ろも白い壁。中央で働く職員達も覚えているのさえ怪しい。せめて俯瞰出来れば分かりやすいのだが。

 

「せめて上から見たら分かりやすいのにねぇ…」

「…なんでこっちを見るんだ」

「安心しなさい。ちゃんと受け止めてあげるから」

「まさかお前…おい、やめ、やめろぉぉ!」

「そーれ!たかいたかーい」

「ぎゃぁぁぁ!!」

 

 ハンマー投げの要領で上に放り投げられる。以前も似たようなことをされた記憶がある。そのときはまだ脇を抱えて真上に投げる行き過ぎたたかいたかいだったが今回はもう滅茶苦茶である。周囲の建物よりも高く、中央の塔の半分くらいの高さまで上がるとそこから下降。えっと、空気抵抗と自由落下のスピードが釣り合うのは…違う、まずは、え?何すれば良かったんだっけ?ああああああああぁぁぁ…

 

「そーれおかえり~」

 

 あっという間にミワに受け止められ地面に足をつけることになった。よく怪我ひとつせずに帰って来られたものだ。

 

「どう?」

「…何が?」

「道は分かった?」

「分かるか!一瞬だぞ!」

「もうちょっと高い方が良かったかしら?」

「そういう問題じゃねえ!」

「ごめんね…高いところ怖かったかしら?」

「いや、恐怖とか感じる以前の問題だから」

「着地は任せなさい。ちゃんと速度と衝撃を殺して受け止めてあげてるから」

「射出をどうにかしてくれませんかねえ!」

「普通のたかいたかいみたいな方が良かった?」

「投げるのを辞めてもらえませんかあ!?」

 

 結局道は分からないままだが取り敢えず中央の塔を目指して歩くことにする。ミワの斜め後方3mをキープしながら。

 

「なんでそんな離れてるのよ」

「別に」

「……(ズイ)」

「……(スッ)」

「……(ズイ)」

「……(スッ)」

「離れてるわよね」

「気の所為だろ」

「……(スッ)」

「……(ズイ)」

「……(ズイズイ)」

「……(ススッ)」

 

 ミワが一歩近づくとそれに合わせて一歩下がる。一歩下がると一歩近づき、二歩近づくと二歩下がる。

 

「なんで…」

「また投げられたらたまらん」

「しないわよ」

「いーや信用ならんね。2回も投げられてるんだ」

「……?」

「記憶にないみたいな顔しやがって…」

「記憶にないわね」

「記憶にないって顔しやがって…」

「それより早く行かないとお昼ご飯にありつけないわよ」

「たかる気満々かよ」

「いっその事、お城に向かって一直線に進まない?道がなければ作ればいいのよ」

「塀を突っ切るのか?」

「そんな大事になるようなことじゃなくて、トヒの窓で空中に道を作るの。そうすれば楽ちんでしょ」

「結構大事になりそうな気がするんだが…」

「大丈夫、大丈夫よ」

 

 取り敢えず階段状に窓を展開して塀の上まで登る。ある程度先までの道は見えるがこうして見ても結構複雑な道が続いている。

 

「じゃあそのまままっすぐ行きましょう」

「了解」

 

 向かいの塀の方へ窓を展開する。下手に踏み間違えて落っこちたら無事では済まない。

 

「気を付けろよ」

「」

 

 次の塀まで渡り切る手前でミワに声をかけるも返事が帰ってこない。聞こえなかったかと振り向くとまだ一歩も踏み出していないミワの姿が向かいの塀の上にあった。

 

「どうした?」

「…改めて見ると高いわね」

「そうか?2mちょっとくらいのもんだろ」

「…このスケスケ感が堪らないわ」

「まあスリルは味わえるかもな」

「…怖いから毎ターン地面に下ろしてくれない?」

「人を上空に放り投げておきながら…」

「誰も私を受け止めてくれないじゃない!」

「わかったわかった」

 

 自分で言っておいて怖いのか。でもミワは塀の上や屋根の上くらいならスイスイと歩いていたような気がするのだが。

 

「これだったらどうだ?」

 

 高さを変えずにすりガラスにしてみる。こうすれば足場から下が見えにくいのでいけるかもしれない。

 

「…まあまあね」

「どうなんだよ…」

「頑張ったら行けるかも」

「じゃあ頑張れ。変に落ちない限りは大丈夫だから」

「落ちるのが怖いんじゃなくてこの見下ろす感じが怖いんだけど」

「何でだよ…昔は高いところ普通に大丈夫だったじゃないか」

「若気の至りよ」

 

 結局ミワの注文通り階段状に展開することに。高さを変えるだけなので労力は変わらないのだが時間を無駄にしてるような気がする。

 塀を一つ、また一つと越えていき段々と中央が近づいてきた。今のところ人を見かけていないのでまだ昼時ではないようだ。この調子で行けばアナイの昼ご飯に間に合いそうだ。

 

「そろそろ普通に歩くか」

「そうね…その方がありがたいわ…」

「自分で言ったんだろう…」

「自分で言った手前やめたいって言えなかったのよ。今もう身体中汗ビッショリよ」

「無理なら無理ってハッキリ言ってくれれば良かったのに」

「私も大人になったのよ…」

「妙なプライドが身に付いただけじゃないか」

 

 塀の上から見た限り、塔へは迷わずに行けそうだ。しかし目標は塔ではなくアナイの居る場所。何処に勤めているかも分からないため教えてくれる人なり案内板なりを見つけないといけない。

 

「地に足が着くっていいわね…」

「そうだぞ。公務員みたいな堅実な生活っていいもんだぞ」

「物理的な話よ?」

「なんだ」

「私はこのまま試練に合格して神様になるんだから」

「と言ってもまだ一つしかクリアしてないけどな」

「私、1日に何個もポンポン降ってくるものだとばかり思ってたわ」

「いやいや1日1個でも2ヶ月かかるんだぞ?全国一周して各地で試練をクリアしていくんだからそんなに乱発されると後々味気ないだろう」

「確かにそうね…そう考えると初めの街ってことで試練が一つしかないっても頷けなくはないわね」

「クリアの秘訣は歩くことってわけだ」

「ま、開始早々色々とピンチなんだけどね」

「それを言われるとぐうの音も出ない」

「私はさっきからずっと鳴ってるけどね」

「腹減ってるだけじゃねえか」

 

 ようやく塔の足元へ辿り着く。下から見るとまあそれなりには高い。高天原の鳥居には到底及ばないが。だが異様なことに警備をする者が見当たらない。仮にもこの国の最高機関なのだからそれなりの警備体制は敷かれていて当然なのだが。

 

「取り敢えず入ってみましょうか。こんな感じのお城は初めてなのよね」

「取り敢えずで入っていいところなのか?」

「通れと言わんばかりに門が開いてるんだから通ってあげないと門が可哀想よ」

「別の人が通ると思うけどなあ」

 

 門をくぐってしばらく歩くと塔の入口が現れる。ここも同じくして警備はされていない。

 

「閉まってるな」

「呼び鈴とかないのかしら」

「無さそうだな」

「こうなったら力ずくでいくしかないわね!」

「やめろって」

 

 ミワが力を込めて押したり引いたりするものの、扉はビクともしない。

 

「…開かないわね」

「マジか。そんなに重いのかこれ」

「なんかこう…重いとかそういうのじゃなくて…」

「じゃなくて?」

「んー…招かれざる客…って感じ?」

「ほう…」

「正面が無理なら裏から…」

「一応回ってみるか」

 

 外壁をぐるりと一周する。出入口のようなものどころか窓の一つもない。消防法は守られているのか。

 

「ダメね」

「上から行ってみるか?」

「無理でしょうね…そんな気がするわ」

「ほう…」

「戻りましょう。私達にはまだ早かったのよ」

 

 やけにミワが素直というかいつものミワではない。塩らしいというか何かを悟った、そういう感じのものである。

 

「あれね、例えるなら拝殿に居るみたいな気分ね」

「そんなにか」

「それ以上よ。うちは本殿が無いでしょ?それ以上の例えが思いつかないの」

「そういう感じのやつだったのか?」

「そうねえ…遺伝子レベルってこういうときに使うのかしらね。血がざわつくというか」

「ふーん…特に何も感じなかったけどな」

「直接触るまでは何ともなかったのよ。ただ触った瞬間、これはダメ、入っちゃいけないって感じがしたのよね」

「不思議なこともあるもんだなあ…今更か」

「こんな代物が街の中心に建ってるってどんな街なのよ、全く…今更だけど」

「まあ今は他を当たろう。そろそろ人も出てくる頃だろうし」

「そうね…早いとこアナイさんを見つけないとね」

 

 入ってきた門を再びくぐり、取り敢えず西を向いて歩く。ちらほらと歩く人も出てきたので昼時になったのだろう。初めてこの世界に飛ばされて初めて外に出たときが13時頃なので今から1時間ぐらいが勝負だ。

 

「すみませ〜ん。キャッシュレス推進課みたいなところってどこですか?」

 

 ミワが往く人を適当に捕まえて所在を尋ねる。

 

「キャッシュレス推進課?聞いたことがないですね」

「そうですか…お手間お掛けしました」

「いえ、お力になれず申し訳ありません」

「すみませ〜ん」

 

 が、キャッシュレス推進課というワードに反応する人は居らず、皆知らぬ存ぜぬばかりである。

 

「ダメみたいね」

「現物見せた方がいいんじゃないか?」

「その手があったか!」

「なんであるかもわからない部署を尋ねるんだよ」

「わかってたならトヒの方でも聞いてくれればいいのに」

「その現物が無くてな」

「あら~…」

 

 札を見せて担当の部署が入る建物を教えてもらう。聞いたとおりに行くと見覚えのある通りと建物が見えてきた。まさにそこは初めてこの世界で見た景色だった。

 

「到着!」

「アナイさん居るかな」

「受付のおねーさんに聞いてみましょ」

 

 受付ではいつぞやの受付嬢がポっ〜と宙を見つめていた。もうすぐ休憩の時間でお昼に何を食べるのかでも考えているのだろうか。

 

「こんにちは〜」

「ひゃ、ひゃい!本日はどうひゃれました!」

「……」

「……」

「…本日はどうされましたか」

「…あ、あの、アナイさんいらっしゃいますか?」

「面会のご予定はございましたか」

「いえ」

「確認致しますので少々お待ち下さい」

 

 何食わぬ顔で業務をこなす受付のおねーさん。突っ込んではいけない雰囲気なのでこちらもスルーして話を進める。

 

「お待たせ致しました。ただいまアナイは在館しております」

「取り次いで頂けますか?」

「お名前とご用件をこちらに」

「…はい。お願いします」

「では少々お待ち下さい」

 

 受付嬢がチリリンと鈴を鳴らすと奥から子供が出て来る。紙を渡して二言三言交わすと子供はトテテテと奥へ戻って行った。

 

「雇ってるんですか?」

「ああ、あの子は私の姉の子です。訳あって預かっているのですが私もお仕事がありますから。昼間はここで面倒を見ているんですよ」

「なるほど」

「小さいのに素直でいい子ねえ…」

「ええ、大きくなったら私とここの受付するんだって言って頑張ってます」

「イイハナシダナ-」

「公的機関なのに結構緩いんですね」

「福利厚生も大事な時代ですから」

「なるほど…」

 

 そうしているうちに子供が戻ってきた。着いてこいということだそうだ。受付のおねーさんに挨拶して着いていく。部屋の前に着くとお辞儀をしてまたトテテテと戻って行った。

 

「ありがとうね~」

 

 ミワが背中に声をかけるとくるりと回ってもう一度お辞儀をして去っていく。

 

「いい子ね~」

「昔のミワを見てるみたいだ」

「なんでよ」

「昔は巫女の真似事をしていただろう。そういえば絶対に巫女になるんだって言って聞かなかったよな」

「そんなこともあったかしらね…大人たちもわざわざ子供の戯言に付き合う必要なかったのよ。無理だのダメだの言うから意地になってたのよきっと」

「引き合いに出されたこっちはどんだけ肩身が狭かったことか」

「悪かったわよ」

 

 扉の前で思い出話に浸っているとガチャっと扉が開きアナイが顔を出す。

 

「あの…外で立ち話もなんですし…入りませんか?」

「あ、すみませんお邪魔します…」

「お邪魔しま~す」

 

 はたから見たら客を扉の前で待たせているようにしか見えない。そう思われてはアナイの顔に泥を塗るようなものだ。そそくさと部屋の中に滑り込む。

 

「どうぞお座り下さい」

「失礼します」

「それで…どういったご用件でしょう」

「近いうちにこの街を出るのでご挨拶をと思って」

「それはそれは、わざわざご丁寧に」

「つきましては少し周辺地域についてお聞かせ頂けるとありがたいのですが…」

「私からどこまでお教えしていいものかわかりませんが…そうですね、お聞きになったことに答えていく形にしましょうか。答えられないこともあるとは思いますが多少はお力になれるかと」

「ありがとうございます」

「そういえば昼食はお済みですか?もしまだでしたら食べながらお話ししましょう」

「まだです!お腹ぺこぺこです!」

「急に大きな声を出すなよ…」

「ははは…では少しお待ちを」

 

 アナイが部屋を出ていく。何か買ってきてくれるのか、もしくは出前の注文をしに行ったのか。とまれ今日の昼ご飯にはありつくことが出来た。

 

「計画通りね」

「神様に対する態度じゃない」

「何が出てくるのかしら…やっぱりいいものが食べれるんでしょうねえ…」

「ダメだ食うことしか頭にない」

 

 緊張している身体が解れる間もなくすぐにアナイが帰ってきた。

 

「お待たせしました。こちらへどうぞ」

「わかりました。今行きます」

「ここで食べるんじゃないのね」

「まあ仕事部屋だろうしね」

 

 部屋を出て館内を歩いていると美味しそうな匂いが漂ってきた。なるほど、食堂が併設されているのか。

 

「ここはうちの館にある食堂です。他の館にも食堂があって民間人や別の館で働く者も食べることが出来るんですよ。それぞれにそれぞれの特徴があるので休日にはグルメツアーなんかも組まれたりしています」

「へえ…」

「まあ私は普段従業員割の利くここでしか食べませんがね。キャッシュレス…この札で割引があるのもこの館だけです」

「もしかして各館の特徴って…」

「はは、これは別枠です。さて、何にしますか?折角ですのでご馳走しますよ」

「いいんですか!?ありがとうございます~」

「ありがとうございます」

 

 さも期待していなかったかの様に振る舞うミワ。かなりの役者仕草だ。

 

「何にしようかしら…」

「この○○うどんってのは蕎麦に変更出来たりするんですか?」

「出来ますよ。それ系だとお勧めはおろし月見とろろ蕎麦ですかね」

「あ、じゃあそれで」

「ミワさんは?」

「お肉が美味しいのってありますか?」

「そうですね…猪のすき鍋なんかは人気ですね」

「美味しそう!それでお願いします!」

「わかりました。あちらに席を用意させたのでお待ち下さい。私は注文してきますので」

「はい、ありがとうございます」

 

 アナイの示した場所は内庭に面した明るい4人がけ席だった。街の飯屋とは違い内装にも気が使われており雰囲気を楽しむような趣向も凝らしている。

 

「神都の高級レストランとはまた違った感じねえ」

 

 行ったことがないので知らないが。

 

「それにしても結構混んでるのね」

「昼時ピンポイントなんだろうな。アナイさんが先に席を用意してくれてなかったら座る場所もなかったかもしれん」

「何はともあれ今日のお昼にありつけた事に感謝ね」

「そうだな」

「お水はセフルかしら」

「さあ…」

 

 勝手がわからないので取り敢えず座っていると湯呑みとおしぼりが運ばれてくる。きちんと3つあるので情報は行っているのだろう。

 

「お待たせしました。料理が来るまで少し時間がかかるそうなのでその間に話を進めておきましょう。まずお聞きしたかったのですが数日この世界で暮らしてみてどうですか?なにぶん、民間一般人の転送は初めてですから私個人としても気になっていたんですよ」

「今のところはまだ不便を楽しんでいるといったところですね」

「なるほど、ミワさんは?」

「そうですね…手の届くところに娯楽があまりないので自分自身を見つめ直す時間が増えましたね」

「そうですか。本格的に居を構えないと娯楽を楽しむ余裕もないですからね。現代人にとって電気が使えないというのは不便さと娯楽、両方に通じる部分がありますね。私もこちらに初めて来た時は自分の力を全く活かすことが出来なくて途方に暮れていましたよ」

「確か…電子マネーの…」

「未だに物々交換でやり取りが成り立っている現物主義のこの世界でどうやって数字の変化だけで取引が行われていることを理解してもらうかが大きな課題でしたね。最近はようやく一部で普及してきましたがまだまだ道のりは長そうです」

「そういえば思ったんですけど、どの店が対応しているのか外から見分ける方法ってあるんですか?」

「そういった声があるのは承知していましてね…現在検討中なんですよ」

「店先につける何か目印のようなものを配ったりとかは…」

「導入している事業者がまだ少なくそこに対して公金を投入していいのか、という意見もありましてね。最もな意見です」

「アナイさん以外はこちらの住人ですよね?現実世界でも通用しそうですね、その人」

「聞いている限りではそうです。どの時代にも大衆とは違った目線を持つ者もいるという訳ですね」

「なるほど」





人はどうして高いものを建てたがるんでしょうねえ。


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