ファノヴァールの刀神 (水冷山賊1250F )
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剣龍在野
剣龍在野 1


 比古清十郎、アレスと逢うの巻


 その者、大志を抱き、戦に備うる術を持つ。

 

 その者、武を極めんとする求道者にして、赤神の申し子の友。幼少期からの好敵手。

 

 父の鍛えた片刃の剣を持ちて、神速の剣を振るう者。その術は、弱者を守る理念の元、一族にのみ伝えられし剣技。神に祈らず、一族の研鑽のみにより作られし斬撃の術理。

 

 一族の裔、後に騎士王と呼ばれる英雄に治められし地にて、運命の邂逅を果たす。

 

 

 俺が5才になった頃、俺は前世の記憶を思い出した。

 庭で転んで頭を打った際に、思い出したようだ。その後3日程、発熱で苦しんだのだが。

 前世の俺の名は、比古清十郎。飛天三剣流の開祖と呼ばれた者だ。戦国の世で、弱き者を助けるため、多対一の剣術を創設し、その剣技を極めたと自負している。

 わざとでは有るが、歴史の波に飲まれ、目に見える者達のため、細々と研鑽を続けた人生であった。だが孤独だった訳ではない。妻や子に恵まれ、息子は俺の剣術を、その理念と共に受け継いでもくれた。恵まれた人生であったと思う。

 思い残す事も無く、あれだけ戦い抜いたのだ。死ねば修羅道にでも堕ちるであろうと思いきや、どうやら南蛮に生まれ落ちたらしい。

 しかし、周りの者と違い、父と俺は黒髪黒目と日ノ本の民と同じ容姿だった。しかも、父はヒテン流なる剣術を受け継いでおり、俺に剣術を教え込んでいたのだ。

 何処と無く、前世で創設した剣術と似ており、その理念すらもそっくりであった。

 祖父の代までは、世界各地を転々としていたらしいが、父が此方の領主を気に入り、ここレストニアに腰を落ち着ける事に成ったそうだ。

 父は現在、領内で鍛冶師として働いている。

 父の造る剣は、只の鋼剣では有るが、鍛造で有るため、他者の造る剣とは出来が違うらしい。ドワーフの者も教えを乞いに来る程の腕前だ。

 父は、ファノヴァールに仇成す者に売らなければ、問題ないとして、彼等に惜しみ無く、その技術を教えている。懐が広いのか、何も考えていないのか、よく分からぬ親父様だ。

 おっと、言い忘れていた。俺の名前はセイジ。セイジ・ヒムラだ。父はケンジ、母はカーラ。1歳上の姉は、メグミと言い、4人家族だ。母は、元々医者だったらしく、父の工房の近所で、小さい医院を開業している。姉も医術に興味が有るらしく、母に教えを乞うている。

 しかも、姉は身内贔屓無く天才である。一度聞いた事は忘れず、10才の頃から、薬の調合も完璧にこなす才女だ。人を傷付けるしか能の無い俺とは段違いだ。

 

 俺の前世の記憶が戻って6年。日々の稽古が終わった俺に親父が話しかけて来た。

 「セイジ。明日は領主様の所へ出稽古に行く。領主様の息子はお前と同い年らしい。剣の腕も天才だそうだ。一つ揉まれて来い。」

 「ん?それは、領主の息子に態と負けてやれって事?」

 「そんな分けないだろう!相手の立場で手を抜く等、戦場では有り得ん!まぁ、息子がボンクラだったら、散々に打ちのめしても良いと、領主様も言っている。」

 「そうか。流石は親父がその男気に惚れた領主様だ。邪推してゴメンよ。」

 ここの領主は武を重んじる家風な上、民に優しく、重税を敷かない出来た領主様だ。しかも戦に出れば、数々の武功を立てるが、褒美はほぼ受け取らないと言う。正しく武人の鑑だ。親父が惚れたのも、その辺りなのだろう。何度か剣で手合わせをしたが、勝負が付かなかったそうだ。親父と互角に戦えるとは、貴族にしてはおかしい位に鍛えている。流石は武門の名家と言われるだけの事はある。

 さて、明日が俄然楽しみに成ってきた。その領主様の息子。まぁ全力は出さないとは思うが、どれ程の者か、お手並み拝見だな。

 

 

 

 その日、父上に言われ、同い年の少年と試合をする事に成った。大人の騎士と、一緒に訓練し勝利している僕に今更同い年の少年と試合とは。僕と同い年で剣術を修行しているのは、少し興味が有るが、最近は大人の騎士と試合をしても負けることは無くなってきた。父上からも、時々有効打を打てるように成ってきたから、折角なら父上に相手をして貰いたかったのだが、仕方がない。さっさと終わらせて、父上に稽古を付けて貰おう。

 「アレス、待たせたな。」

 「いえ、父上。彼が今日の練習相手ですか?」

 「あぁ、そうだ。彼はセイジ・ヒムラ。姓は有るが、貴族と言うわけではない。しかし、彼の父上は私の剣術の良きライバルでな。」

 「領主様、お戯れを。」

 「何を言っている?真実ではないか。未だ私は君に勝てていないのだぞ?」

 「それは私もで御座いますよ。」

 驚いた。父上と同等の腕を持つ剣士が市井に居るとは。しかも、騎士では無い。とても信じられなかった。

 「アレスよ。剣を持つのは何も騎士だけでは無い。我々が教えられている剣術とは違う剣術も有るのだ。今日はそれを学ぶと良い。」

 「はい!」

 これは期待出来るかも。

 「先程ご紹介に預かりましたセイジ・ヒムラです。今日は宜しくお願いします。」

 僕と同い年の少年が、礼をしてきた。

 「僕はアレス・ファノヴァールだ。こちらこそ宜しく頼むよ。」

 彼に一礼して彼の顔を見直した。あっちも僕を見て微笑んでいる。今からの試合が楽しみなんだろう。僕も楽しみだ。

 「早速、試合を始めようと思う。お互い体は温まっているか?」

 「「はい!」」

 「よろしい。では始めるとしよう。お互い白線まで下がって向き合った所から始めよう。審判は付けぬから、お互いに勝負を決めると良い。」

 お互いに頷き合い、白線まで下がった。木剣を納めたまま、礼をしてきたから、こちらも礼を返す。彼が、剣を構えた為、その形を見てみたら彼の木剣は少々変わった形だった。片方にしか刃が付いてない、湾曲した形だったのだ。へぇ、あんな武器も有るんだな。構わず、こちらも木剣を構える。油断無く、相手を見ていると、突然彼が至近距離まで来て剣を振り下ろして来た!

 不味い、これは避ける事も、いなす事も出来ない!急いで剣で受け止める。

 「へぇ、結構やるねぇ。これは楽しめそうだ。」

 「此方のセリフだよ。これは遠慮無くやれそうだ!」

 剣を習い始めて、初めてだった。こんなにワクワクしたのは。今まで見たことも無いような技術、体捌き。

 剣術とはこんなに楽しいものだと初めて気付いたのかもしれない。彼に出会わせてくれた父上には感謝だ。

 これが、僕にとって、生涯の友人であり、人生最大のライバルである、セイジ・ヒムラとの出会いであった。

 

 

 ふーん、アレス・ファノヴァールか。中々筋が良いな。取り合えず今日は様子見だな。あ、親父殿は俺が様子見してるのに気づいたかな?

 まぁ、ヒテン流の技を使ってないからな。取り合えず、一回位は使ってみるか。

 俺の目付きが変わった事に気付いたのだろう。油断無く剣を構え、こちらに集中している。

 俺は木刀を納めた状態にし、体を相手に向け半身となった。重心は前に置き、やや前屈みの姿勢。木刀が相手に見えない状態で対面する。

 静まり返る訓練場。右手で木刀の柄を握りこむ。目指すは神速。速さこそ、我が流派の真髄。受けてみよっ!

 特殊な歩法と、体捌きで一気にアレスに迫る。アレスが目を見開き一瞬驚いたが、後ろに下がり、間合いを開けようとする。遅いなっ!

 

 (ヒテン流、龍巻閃!)

 

 アレスを巻き込むようにして木刀を横に薙ぐ。バキイィッ!と言う激しい音を立て、二人の木刀が折れた。

 ほう、俺の動きに対応出来たか。流石は次世代のファノヴァールの騎士。しかし、衝撃に堪えられなかったのだろうか、顔を歪めている。痛みで手が痺れているのだろう。この状態でも、攻めることは出来るが、それでは些か大人げない。こちらも一芝居打ってやるか。軽く両手を振って痺れを取るような動作をする。

 「かぁぁぁっ、手が痺れたぁぁっ!アレス様、これは引き分けですかね?」

 するとアレスが少し嬉しそうに、少し残念そうに言った。

 「そうですね。お互い、この状況では、今日は剣を振れそうに有りませんし。」

 「そうですね。でも驚きました。私と同い年で、私の剣術に付いてこれる方が居るとは。最近は父にも勝ち星を上げているのに。まぁ、相手が私なんで、手を抜いてるんでしょうけどね?」

 「それは、私もですよキイチ殿。これからは私と一緒に稽古をして頂けませんか?」

 「い、いやぁぁ。」

 ちらっと親父殿を見る。親父殿は首を横に振っている。

 「申し訳有りませんが、それはご勘弁願いたく。」

 「何故です!?私の父上も、貴方の父上と手合わせをしているそうではないですか。」

 「アレス、無理を言うものでは無い。あの剣術は一族に伝えられる秘法の類いだ。おいそれと、他人にひけらかす物ではない。それに、彼等も日々の仕事があり、稽古の時間も決められた時間にしている訳では無いのだ。解るな?」

 「はい、父上。」

 悔しそうに、下を向く御曹司。少し可哀想かな?親父殿の方を見ると、親父殿が頷き、領主様に語りかけた。

 「伯爵様、毎日とはいきませんが、月に一度程度であれば此方は構いません。秘法と言われる程のものでも有りませんし。如何でしょうか?」

 「良いのか?それは此方としても助かるのだが?」

 「はい、鍛冶の腕も其なりに鍛えていますが、親の贔屓では無く、筋も良いようです。最近は教えることも無く、一人で剣の稽古をしていることの方が多いようですし。」

 「ほう、そこまでか。では月に一度、今日のように試合を行う事で良いか?」

 領主様が俺に問いかけてきた。

 「はい。私はそれで宜しいのであれば、異存は御座いません。これから宜しくお願い致します。」

 「うむ。なあケンジよ、そろそろ当家に仕えぬか?貴殿の腕前は、野に置くには剰りにも惜しい。その腕が有れば、多くの命を救えよう。」

 「伯爵様、そのお話は何度もお断りさせて頂いた筈です。我が一族は市井にあり、手の届く弱者達の為にのみ、その剣を振るうと。私は無理ですが、息子が後数年すれば、成人します。その時、私の跡を継ぐまでの間であれば、仕官させても良いと思っております。私もまだまだ若い積もりですから、跡継ぎ迄に暫く時間は有るでしょう。」

 「そうか、その時が楽しみだ。その時は宜しく頼むぞ、キイチ。」

 「はっ!父の意思に従い、仕えさせて戴きます。」

 宮仕えか。まぁ、前世でも弱小武将に仕えていたし、俺は構わないがな。

 それから数年後、俺はファノヴァール家に仕える事に成るのだった。

 

 

 「父上、我が領内に、あれほどの者達が居るとは思いませんでした。正直、最近は慢心していたような気がします。」

 ジェラルドは、息子の告白に今日の試合を計画した甲斐が有ったなとしみじみ思う。

 「そうかも知れんな。だが、今日の試合でそれに気付いたのだろう?ならば良しだ。明日からの鍛練も、気合いが入るであろう。励めよ、アレス?」

 「はい、父上!」

 息子がこうも喜ぶとはな。もっと早く紹介すれば良かったか?

 しかし、彼等の剣は、剰りにも我等の剣技とその理念が違う。我等の剣技は、一対一を基本に作られている。

 しかし、彼等の剣技は一人で複数の敵と戦う、多対一を想定し作られているようだ。何故このような、狂ったコンセプトの剣術が出来上がったのか理解に苦しむ。この技を極めるためには、天賦の才が必須だ。凡人には、到底修められるような術ではない。何代にも渡って、引き継がれて行ける訳がない。

 そう思っていたのだが、あの一族の男児は皆、剣の才が有るのだろうか。ケンジの息子にも、きちんと引き継がれているようだな。本当に大した一族だ。

 セイジの姉は彼とは違って、発明の天才だし。彼女のお陰で、我が領は潤っている。ファノヴァールの宝と呼んでも良いだろう。彼女を護るために、我が領では警備隊を増やすことに成った程だ。お陰で副次的効果と言うべきか、領内の治安が上昇した。我が領の秘密がバレないように、諜報活動にも目を光らせているからな。

 まぁ、我が領内には元々野盗等居ないのだがな。何も無いが、武力だけは自慢の我が家だ。発見され次第、即殲滅していたから、野盗の類いは寄り付きもしない。

 しかし、商人の流入と同時に野盗の流入も増えたようだ。どこぞの貴族が、此方の秘密を暴こうと送り込んでいる可能性も有る。やはり、ケンジには治安維持部隊を率いて貰いたいのだがな。

 

 ケンジとの出会いは、偶然であったが、妙に馬が合った。野盗討伐の任を受けたとき、その野盗に襲われている村を、たった二人で守っていたのだ。もちろん、村人も弓を持ち戦っていたが、彼等親子がいなければ、村は壊滅していただろう。ケンジと彼の父シンヤ殿。父上殿は、野盗を一人も殺さず打ちのめすほどの腕前であった。ケンジの父上は、力を持たぬ弱者を守る事こそ、剣士の正しい在り方だとの理念の元、困っている民の元へ転々と旅を続ける生活を送っていた。

 母上のカオル殿も、そんな彼を支えていたが、心労が祟ったのだろうか、数年後には命を落とされた。我が領を安住の地と定められて、数年後の事であった。シンヤ殿が亡くなられたのは、それから一年後の事であったな。

 つくづく惜しい方だった。あのような方が、我が国の貴族にもっといたら、この国はもっと良く成ったであろうに。民と共に有ろうとする姿。元は何処かの王公貴族で有ったのだろうか?ケンジを見ていると、そうは思えないのだが。

 

 この後、アレスとセイジは、アレスが王都に行くまでの間、毎月腕を競い合う事に成る。

 後に赤神の申し子と剣聖と呼ばれる事に成る二人の英雄の邂逅であった。

 

 

 

 

 

 

 




 ナチュラルチートな比古さんです。
 なお、比古さんの流派は、飛天三剣流です。捏造?設定ですが、飛天三剣流→時代の流れ→飛天御剣流に成った事とします。


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剣龍在野 2

 姉の方の話です。此方は知識チート要員です。


 神の奇跡。祈っただけで、傷が治り、病が治る。そんな馬鹿な。そう思っていたことが、私にも有りました。

 この世界に転生するまでは・・・。

 

 私の名前はメグミ・ヒムラ。前世の名は、田中 恵。中二病に罹患した女子大生でした。

 産まれて直ぐに、前世の記憶が甦った時は、びびりましたけどね。日系人の父親と、パツキンの母親に産まれたと解った時はどんな世界?と首を傾げました。

 翌年弟が産まれたけど、弟が5歳の頃までは、普通の子供だった。父親から3歳の頃から剣術を習い始めたけど、まぁ3歳にしては物わかりが良いかな程度であった。やっぱり転生者なら、初めに文字を覚えたいと思うはずなんだけど、あまり興味を示さなかったのだ。

 私なんか、剣術の稽古は一週間に一度ぐらいしかしないのに。

 「あんなキツい事を毎日なんてイヤだっ!」

 て、お父さんに言ったら、

 「護身術程度に覚えておきなさい。」

 と言って、一週間に一度に成った。ありがとうパパン。

 まぁ弟は、私と違い剣術の筋が良いようだった。けど弟が5歳の頃、熱で3日程寝込んだ後、メキメキと剣術の腕を上げたように思う。転生者?目覚めたの?と思い、何度かカマをかけたけど、イマイチ引っ掛からない。

 丸いパンを上下にちぎり、具を挟んで食べながら「マックを食べたいよね~。」とか鶏肉を食べながら「ケンタが懐かしい。」とか言っても反応が無い。

 

 文字も、必要最低限覚えたら良いって感じで、ドンドン剣術にのめり込んで行った。何が楽しいんだか。

 まぁ、可愛い弟だ。私の事をとても尊敬している。私が中二病罹患の結果として蓄えた知識で、発明をした時は、

 「姉上は天才ですね!」や、「姉上凄い!」なんて、絶大な賛辞を送ってくる。いや、あれはカンニングですよ?転生者なら、普通に分かる事ですよ?

 でもそれに気付かないと言うことは、やはり転生者では無いのかしらん。

 

 それはさておき、この世界は文明水準が微妙に低い。まぁ、魔法なんて便利な物が有るからかもしれない。けど、庶民の生活水準が中世のヨーロッパ擬きと言うのはいただけない。公共のトイレは有るが、石鹸は所謂軟石鹸であった。臭い。確か硬石鹸を作るには、海藻を炭化させたものを使う筈だったよな。でも、ここ内陸だし。

 

 本当に中途半端な世界だ。魔法も、MPとかじゃないみたいだし。絶望した!中途半端なファンタジーに絶望したよ!こうなりゃ、自棄で絶対に近代化させてやる!

 

 お母さんが医者をやっているからか、我が家には書物が結構有った。父母にねだり、文字を教えてもらい、書物を読みまくった。母が言うには、緑神アトラスの神殿は数が少なく、簡単な怪我や病気なら、町医者にかかることが殆どらしい。しかし、神殿で治療を受ければ大体の怪我や病気なら治るらしい。

 

 全くもって、中途半端なファンタジーだよ!J○Nみたいに、ペニシリン作れないじゃないか!!ガッカリだよ!

 

 と言うわけで、井戸に手押しポンプを作りました。お父さんに、銅の加工を出来るか聞いてみたら、出来るって言ったんで頼んでみた。どうやらドワーフの人に教えてもらったんだとか。これで井戸が汚れることが少なくなって、衛生的な水を簡単に手に入れられるな。この仕組みを、領主様に見て貰えないかお父さんに相談したところ、直ぐに見て貰えることに成った。

 興味があるとの事で、試しに領主様のお屋敷の井戸に、手押しポンプ2号機を設置したところ、領主様はビックリされていた。お屋敷のお手伝いさん達は大喜び。これで手押しポンプの製作依頼が入り、我が家は一気に大金持ちか?と思ったが、そうは為らなかった。

 手押しポンプ3号機を領主様が受け取り、王都で王様に献上したのだ!すると、王様はこの手押しポンプの増産を決定。王都の鍛冶師に手押しポンプの生産を依頼。我が家には発明による懸賞金?が入ったが、それだけだった。

 

 これはいかん!知識チートを狙ってるけど、うちの領主様はそれを活かしきれてない。馬鹿正直にも程がある。

 この懸賞金を元手に知識チート第2段!砂糖を精製しよう!弟と一緒に、領都の近くの森に入り、テンサイみたいな植物を見付けていたのだ。それは育ててみたら、やはりテンサイで、手鍋で煮詰めた汁から砂糖のような物が出来た。

 弟に一嘗めさせたら、弟は目を見開き私を賛辞する!フフフ、可愛い奴め。もっと誉めても良いのよ?

 あれから数年、この植物の育成方法は既に把握している。我が家の庭で既に増産にも成功しているのだ。

 懸賞金で土地を買って、テンサイの増産を企んでいた頃、我が家に領主様がやって来た。何でも、世紀の大発明を二束三文の懸賞金だけで済ませた事を気に病んでいたらしい。我が家に態々頭を下げに来たのだ。

 

 なんて潔白で潔い方なのだろう。成る程、うちのパパンが気に入る訳だよ。そして、領民を豊かにするにはどうすれば良いかとパパンに相談して来た。

 うちのお父さんは、鍛冶と剣術しか出来ませんよ?と思っていると、領主様は、手押しポンプの発明は、お父さんだと思っているらしい。

 「あれは娘が考えた物だよ。」

 とお父さんが教えたら、

 「あれは本当の事だったのか!?」

 とビックリしていた。信じてなかったのね。まぁ良いけど。う~ん、そうだな~。レストニア全体で作った方が、レストニア名産として売り出せるし、良いかなと思って少しイタズラをしようと思った。領主様に紅茶のお代わりを持って行くとき、領主様とパパンの紅茶にスプーン二杯の手作り砂糖を混ぜて持って行った。

 領主様は砂糖を口に入れたことが有るのだろうが、一口飲んで、驚いていた。

 「ケンジ、お前の家では砂糖を使ってるのか??」

 そう、この世界でも砂糖は高級品だ。庶民が度々使えるものじゃない。

 「い、いや、私も初めてです。ん?メグミ、お前か?」

 「へへへ、ばれた?私がこの甘いのを作ったんだよ?ビックリした?」

 「あぁ、ビックリだ。砂糖ってこの辺でも取れるんだなぁ。お父さん知らなかったよ。」

 「いや、待て!砂糖はこの辺りでは作られないぞ?あれは南の方の温かい地方でなければ育たないと聞いた事がある。どうやって作ったんだい?」

 「あのね・・・」

 と言って、ネタばらしの時間だ。パパンも領主様も驚いている。

 「この子は天才だ・・・。しかし、この作物を領内で育てて良いのかい?君だけの物にしたら、凄く儲かると思うよ?実際にそれだけの資金は有るんだ。土地を購入すれば、一儲け出来るんじゃないのかい?」

 「はい。でも、私一人では、そんなに広い農地を管理できません。ですから、領主様が信頼できる農家の方に先ずは作って貰って、大根等よりも少し高いお金を払います。そして、我が家が建てた工場で砂糖を精製。領主様の信頼できる商人に砂糖を売るのです。我が領は四公六民の税率ですので、儲けの内の四割を税として出し、後の3割を農家や従業員に払います。残りの3割は我が家で頂きます。設備投資にお金を使ってますし。」

 「う~む、良く考えているな。そうすれば、農家や従業員から税をとる手間も無くなるか。よし、やってみよう。これが上手く行けば、我が領が今までに無く栄えることになるぞ。」

 「はい。では次の春に成ると、此方の種を育てるように取り計らってください。ですから、今の内に、新しい畑を開墾するなり、大豆等を育てる予定の畑を開けて置くようにお伝えください。秋には収穫出来ます。」

 「成る程。育成の指導もして頂けるのかね?」

 「はい。しかし、たかだか10才の私の話をマトモに聞いて頂けるのか心配です。」

 「それは大丈夫だよ。レストニアの神童の言うことを聞かないような人間には、話を持って行かないからね。それと、工場の用地は私が用意しよう。君達を守る必要が有るだろう。」

 「分かりました。お世話になります。」

 「うむ。こちらこそ、宜しく頼む。」

 

 翌年の秋にはテンサイが、収穫された。ファノヴァール家御用商人に売ったら、それなりの額に成った。来年は、砂糖を増産出来ると伝えた所、飛び上がって喜んでいた。

 ほぼ、善意でこの田舎に店を構えてくれていた商会だ。悪い人達ではない。王都では中堅クラスの商会だそうだ。これからはレストニアバブルが始まる。この商会も、大きく成って行くだろう。こちらには第2、第3の策が有るのだ。

 

 

 メグミ・ヒムラ、11歳の時に砂糖の量産に成功。12歳の時には、更なる増産を成功させ、レストニアに多大な税収を納めることになる。更に、金メッキと言った工業方面にもその才能を発揮。コンクリートの発明と言った建築技術の基礎となるような物の発明もする事になる。

 しかし、彼女が歴史の表舞台に出ることは、後数年の時を必要とする。

 王国歴75年、砂糖の増産に成功したレストニアは、まだ平和を享受していた。

 後の英雄アレスが、王女の護衛に就く一年前の出来事で有った。

 




 レストニアの治安上昇フラグですww。


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剣龍在野 3

 少し時間が進みます。


 アレスが領主様に連れられて、王都に行った。その間、俺は相変わらず剣の修行と、鍛冶の修行だ。

 前世では、刀を研ぐことは有っても、刀を鍛えたことは無かった。新しい体験に充実した毎日を過ごしている。

 「セイジ、隣町のジョブん家に、ひとっ走り包丁を届けてくれるか?」

 「良いよ。けど、ジョブさんどうかしたの?」

 「嫁さんが、産気付いたらしくてな。野郎、嫁のそばから離れられないってわざわざ、風の便りを送りやがった。娘の件では世話に成ってるんだ。出産祝いに、包丁をくれてやる。」

 ジョブさんは、テンサイ栽培にいち早く協力してくれた農家だ。今では、テンサイ栽培の指導もしてくれている。実は、我が家の収入第1位は姉のメグミだ。父は実はかなり落ち込んでいる。しかし、親父の高い技術力は、ドワーフ達にも高く評価されている。そのプライドからか、手を抜いたり、雑な仕事をする事はない。流石は親父様だ。

 まぁ、お陰で我が家の生活水準は、かなり高く成っている。貴族の家でも無いのに、我が家にはお風呂が有る。お風呂も、姉上の提案で、親父が作ったものだ。天才って居るものなんだなと、姉上を見てつくづく思う。

 「あぁ、セイジ。念のため、小太刀位は持って行け。近頃、領内に怪しい奴等が入り込んでるらしい。」

 「分かったよ、父さん。」

 親父殿が鍛えた小太刀を腰に差し、包丁を持って家を出る。

 「夕方には帰るから~。」

 「おう、行ってこい。」

 親父殿に見送られ、走って家を出た。まぁゆっくり走っても全然余裕だが、これもまた鍛練。森を突き抜け、獣道を駆け抜けることにした。まぁ、近道でも有るからな。

 

 森を抜け隣町に近付いて来たところ、町の異変に気付いた。畑に誰も居ないのだ。

 最近我が領の秘密を暴こうとする輩がうろちょろし出した。姉上の努力の成果を掠め取ろうと言う、厚かましい奴等がとうとう実力行使に出たか?

 俺は森の方から、正門近くに忍び寄った。

 見覚えの無い門番が二人いる。見るからに、ガラが悪く、山賊若しくは傭兵のような出で立ちだ。正門を迂回して、町の中を確認する。町と言っても、半分は農村のような地域だ。居住区はそこまで広くはない。町長の屋敷に大勢の人が集められていた。

 「なあ、町長さんよ。俺達は、砂糖の作り方を教えて欲しいだけなんだよ。作り方を聞けば、さっさと出ていくさ。あぁ、出来れば作り方に詳しい人材も欲しいな。」

 「だから、さっきから言ってるだろう。そんな者は、うちの町には居ない。領都に行ってくれんかね?うちでは、小麦と家畜の飼料しか作っとらんよ。」

 「あくまでシラを切るかい?本当に良い度胸だ。流石はファノヴァール家の治める地だな。しかし、あんたの頼みの綱の御領主様も王都に行かれて、留守中だぜ。」

 「あんた達、分かっていてやっているのか!何処の貴族に頼まれた!」

 「さあな。知らない方が、長生き出来るかも知れないぜ?」

 聞いていられんな。さっさとこのクズ共は始末するか。

 「よお、コソドロ共。えらく威勢が良いじゃないか?」

 「なんだ小僧?良い度胸だが、そんなに死にたいのか?おい、見せしめに、この小僧を殺せ!!」

 「お止めなさい!子供相手に何を大人げない!君、早く逃げるんだ!」

 町長さん、何度か会ったこと有るけど、いい人だな。そんじゃ、そんな人達を脅して、うちの姉上の上前跳ねようとするゲス共は、しっかり始末しますか。

 

 不用意に近付いて来たチンピラ風情の首を、抜刀術で切り裂く。小太刀である為、首と胴体は泣き別れに至らなかったが、致命傷だろう。奴等が驚いている一瞬を使い、俺は直ぐ様移動する。殺し合いをしてる最中に、敵から目を離すとは。奴等は兵士ではないのか?まあ良い。俺達の土地を荒らそうとするとは、死を持って償って貰う!2~3人で固まっている、チンピラ共に突っ込む!

 「ヒテン流、龍巣閃!」

 「「「ギャァァァア!!」」」

 一瞬で多数の斬撃を刻み込む。もちろん、全て急所だ。その後、またもや直ぐに移動。多対一の基本は動き続ける事だ。そして速さ。ただ速いだけでは駄目だ。緩急を付け、時には速く、時にはゆっくりと。動きの起こりを極力見せず、突然加速したように見せる。これが飛天三剣流、そしてヒテン流の《基本》だ。

 次々と仲間が毛の生えたばかりの小僧に打ち取られ、動揺するチンピラ共。だが、ここで手を弛めることはしない!戦国の世を生き抜いた俺に喧嘩を売るとは、良い度胸だ。最大限のおもてなしとして、その隙は、最大限に付け入らせて頂く!

 

 彼等にとっての不幸は、彼が初代比古清十郎であった事だった。幕末期に活躍した彼であれば、その後不殺の信念を曲げることは無かったで有ろうが、彼は生粋の《いくさびと》である。命のやり取りで手を抜く事等あり得なかった。

 また、一度敵と認定されたからには、只で帰れる訳はなく、血を見るのは明らかでもあった。こうして町を襲った野盗達は、その代価を仲間の命で購う事になる。

 

 彼に気付いて斬りかかって来た奴も、動きが大きかった。隙だらけの胴を遠慮無く薙ぎ払われ、内蔵をボタボタと溢していく。

 それを見たチンピラ共は腰が退けて次々と逃げていく。30人ほどいたチンピラ共は、僅か10人程を殺されただけで逃げ帰る事になった。

 

 「鬼だあぁぁぁっ!鬼がでたぁぁぁっ!」

 「ファノヴァールは鬼を飼っていたぞぉぉぉっ!」

 「失礼な。武器を持たぬ者を脅して殺そうとまでしておいて。なぁ、お頭さん。」

 「ちょ、ちょっと待とうかお坊っちゃん。」

 「お坊っちゃん?まだ余裕有るんだな、あんた。」

 「いやいやいやいや、余裕なんて無いです。此方が悪かった、いや、悪うございましたっ。このまま逃がしていただけないでしょうか?」

 「ん?なんで?」

 「いや、アイツ等は逃がしてくれたじゃないですか。なんで俺はダメなんですか?」

 さっきまでの威勢はどうしたのか、情けなく武器を捨てて命乞いをしてくる。

 「あぁ、アイツ等は宣伝だよ。」

 「宣伝??」

 「うちに手を出したらどうなるか、アイツ等は方々で話してくれるだろうさ。だが、あんたは駄目だ。見せしめに、惨たらしく死んで貰う。正直ウンザリしてるんだ。うちの領内を怪しい奴等が闊歩してるのがな。あんたが誰の依頼を受けたのかは知らん。だが、他の怪しい奴等も此方を窺っている。そいつ等に見せてやるのさ。ファノヴァールに手を出したらどうなるか。」

 チンピラの返り血を浴びた顔で、ニヤリと笑いかけてやる。

 「ヒィィイッ!」

 親玉は恥も外聞も無く、一目散に逃げ出す。

 逃がす訳がない。奴を追いかけ、一気に距離を詰める。横薙ぎに剣を振るい、両大腿の裏側を切り裂いた。

 「プゲッ」

 無様にスッ転び、顔面から地面に倒れ込む親玉。

 「死ぬ前に教えてくれよ。あんたを雇ったのは、何処の貴族だい?それを教えてくれれば、助けてやらんこともない。証拠なんかもあれば、生き残る可能性は高まるな~。」

 「ボ、ボルネリア伯にっ!証拠は無いですけど本当なんだ!」

 ボルネリア伯か。確か、ゲスで無能で有名だったな。だからこんなチンピラ雇ったのか。

 「ありがとう、さよならだ。」

 小太刀を横に一閃。親玉の首が飛んだ。

 返り血で真っ赤に染まったが、しょうがない。倒れ込む親玉を他所に、小太刀を一振りして、血を飛ばす。懐に入れていた手拭いで刀を一拭きし、鞘に納刀。

 「見ていただろう?お前等の事だよ。さっさとレストニアを出ていけよ?今度会ったら容赦なく切り捨てるっ!」

 周囲に向けて殺気を込めて叫んだところ、建物や木の影から気配が消えて行った。

 

    ◻ ◻ ◻ ◻

 

 信じられなかった。僅か12歳の少年が、暴力を生業とした大人をいとも簡単に切り捨てて行く。

 確か、鍛冶師のケンジさんとこの息子だ。この町にもたまに顔を出していた。

 彼は、大陸の東側に有る島国から流れてきた一族の末裔らしく、剣と、鍛冶の腕が良い一家と噂されていたが、まさかここまでとは。

 父親のケンジ殿は、領主様とほぼ互角の腕前らしいと言う噂は聞いたことが有る。しかし、息子もこれ程とは。

 武家の鑑ファノヴァール。我等領民は、その名を誇りにして来た。しかし、今日目が覚めた。領主様におんぶに抱っこではならない!我等領民も強くなければ!

 

 「のう、お若いの。お前さん、隣町のケンジさんの所の息子で良かったかのう。」

 「えぇ、そうです。うちの親父に言われて、ジョブさんに、うちの親父から包丁を届けに来ました。ジョブさんはどちらに?」

 「あぁ、ジョブや~い。」

 「あ、町長。なんすか?」

 「なんすか?じゃないわい!お前さんに包丁を届けに来たそうだ。領都のケンジ殿からじゃと。」

 「あぁ、うちの嫁に買ってやった包丁。すまんねセイジ君。お陰で助かったよ。うちの町も自警団は有るけどさ、いつの間にか町中に入り込まれてね。」

 「金が回り始めた途端、これですからね。ウジ虫は、本当にどこにでも出てくるから厄介ですよね。それよりも、この死体はどうしましょう?」

 「あぁ、死は誰にでもやって来る。犯罪者も皆同じだ。共同墓地にでも放り込むよ。おぉぉい、皆の衆。手伝ってくれんかのぉっ。」

 町長の呼び掛けに、自警団の方々がワラワラと集まって来て、テキパキと作業を始めた。うちの領民スゲーな。自警団も伊達に、うちの領主様と定期的に野盗狩りをしていない。今回はあの野盗擬き共の作戦勝ちだったのだろう。

 いや、計画して討ち取りに行くことは出来ても、奇襲に弱いのかも知れん。野盗狩りも、主戦力は領主様だろうし、本当の意味での実戦経験は少ないのかもしれない。

 「そう言えば、門番があのチンピラ共だったけど、まだいるかな?」

 「今、自警団の者が数人で確認に行っとるよ。まぁ逃げとるだろうがな。しかし、真っ昼間に町の内側から襲われることに成るとはな。領兵さんが、真っ先に殺されたが、町民に怪我人が出なかったのが、不幸中の幸いだったわ。もう少し君が遅かったら、武器を持たずに奴等と戦う羽目に成っておったよ。」

 「それは、危なかったですね。」

 常備兵である領兵は殺されたのか。俺が来なければ、あと何人死んでいた事か。間一髪って所か。

 「うむ。油断も有ったが、警備態勢の不備を突かれた形だのう。自警団だけでも、常時武器の携帯をしておく必要があるかのう。」

 「そうですね。その場合、腕に同じ色の腕章や、手拭いを首に巻き付けるとか、町民が一発で分かるように工夫すれば、良いんじゃないですかね?領主様に伺って見る方が良いかもしれませんね。」

 「うむ、中々よい考えだのう。その線で領主様に伺って見るか。」

 「そうですね。そしたら、私は今から領都に帰り、領兵団詰所にこの事を伝えます。恐らく、数日内に領兵が派遣されると思います。」

 「何から何まで済まないね。」

 「いいえ、お気になさらず。」

 

 俺はこの後、急いで領都に戻り領兵団に今回の件を伝えた。後日、新たな領兵が隣町に派遣されることになる。

 

 この事件の後、常備兵の追加徴集が決定。また、各自警団にも、常時帯剣の指示が決定される。いわゆる、一領具足のような体制であった。

 王国歴77年、ファノヴァール領レストニアの兵力が充実され、それに伴い内政の充実も計られる事になる。後に内政官の筆頭にメグミ・ヒムラが登用され、ファノヴァール家の飛躍の一翼を担う事になるが、それはまた後の話になる。

 




 以後も、ヒムラ家を中心とした話となります。


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剣龍在野 4

 元比古さん、親父殿に正体をバラすの巻。


 あの後、家に帰ったら親父に怒られた。小太刀しか持って無い状況で、無茶すんなとのことだった。まぁ、全然無茶ではなかったんだが、心配してくれているのだ。ここは素直に謝っておいた。

 

 うちの家訓は、《外道死すべし、慈悲は無い》を地で行ってるような家だ。しかも、姉の上前を跳ねようとしていた輩だ。手心を加える意味が無い。

 

 「セイジ、大丈夫なの?」

 

 「心配してくれてありがとう姉さん。しかし、あのようなチンピラごときに、遅れを取る俺じゃないよ。安心してくれ。」

 

 心配する姉を安心させるため、大したことは無いと丁寧に教える。実際大した事は無かったからな。姉は微妙な表情だ。弟が人を殺して、平然としているのが不可解なのだろうか?おなごでは有るまいし、そんな精神では乱世を生き抜くことなど出来ぬよ。

 

 

 彼は気付いていなかった。ベールセール王国を含む周辺国は、度々小競り合いは起こるが、戦乱と言うほどの時代では無かったのだ。そんな時代に生まれた者が、初めて人を殺して平然と出来ている。

 

 ヒテン流3代目継承者ケンジ・ヒムラは、自分の息子が殺しを楽しむ質ではないかと一瞬訝しんだが、その考えを頭から消した。

 

 息子はある意味天才であった。5歳の頃からその片鱗が現れ始めた。

 

 毎日の稽古や、厳しい特訓にも嫌な顔一つ見せず、剣に打ち込み始めたのだ。そして、見る見る上達する剣の腕前。自分に隠れて、こっそり剣を振るっているのを何回も目にした。

 

 だからと言って、他者や弱者を見下すことも無く、剣の腕はさっぱりだが、天才の姉をとても尊敬していた。

 

 真っ直ぐに成長し、努力し続ける天才。

 

 今まで天才と言うのは、自分の父しか見たことが無かった。

 

 しかし父は、戦乱の折り、自らの大切な人をその手にかけ、人を切ることが出来なくなっていた。剣士としては歪に成長してしまった天才。それが彼の父に対する評価だった。おそらく、今の自分でも父と戦えば勝てないだろう。だが、剣士としては怖くは無かった。

 

 しかし、息子は違う。彼は12歳にして、小太刀で敵を圧倒し生還するほどの実力を持っている。今はまだ自分が勝てるだろう。だが来年には、勝つことは難しくなる。おそらくは負けるだろう。

 

 彼の性根を確かめるなら今しかない。ヒテン流を受け継いだ化け物を、野に放つ訳にはいかないのだ。

 

 彼は、次の日の稽古で息子の性根を見極める事にした。しかし、次の日息子のとんでもない告白を聞くことになる。

 

 

 「稽古の前に、一つ聞きたい。セイジ、昨日悪党を斬った時、どう感じた?」

 

 「ん?そうだなぁ。何が彼等の性根をああも歪ませたのかと、ぐらいかな?真面に生きていれば、俺に斬られる事も無かったのにぐらいは感じたよ。でも、どうしたの父さん。」

 

 「お前が、人を斬ることに何も感じないような人間ではないのかと感じてな。」

 

 「う~ん、どうだろう?そうだな、そろそろ父さんには話すか。」

 

 「ん?」

 

 突然の話の転換に、ケンジは少し驚く。

 

 「父さん。父さん達の故郷の国は、日ノ本じゃないの?」

 

 「ん?いや、ヤマトと父からは聞いているが?」

 

 「ヤマト?」

 

 「うむ。私も行った事は無いのだがな。100年も同じ島国の中で、戦争を続けていた国だそうだ。お前のおじいちゃんはな、その戦いがいやになり、お前のお婆ちゃんと俺を連れて国を出たんだよ。風の噂では、小田家が天下を統一したとか。島国で何が天下なんだかな。それがどうした?」

 

 「え?100年の戦乱を治めたのは徳川ではなく??」

 

 「ん?徳川?聞いたこと無いな。と言うか誰から徳川なんて名前を聞いたんだ?」

 

 「え?だって東の果ての島国って言えば日ノ本じゃないの?」

 

 「ヒノモトなんて島国は聞いたことが、いや何処かで聞いたことが有るような。」

 

 「では、唐土(モロコシ)は?天竺は?」

 

 「知らん。」

 

 突然、息子の様子がおかしくなった。

 

 「ヒテン流って元は飛天三剣(ミツルギ)流では?」

 

 ケンジは、この言葉に少し動揺してしまう。息子はどこでその名前を聞いたんだろう?

 

 「いや、飛天一刀流だが?そもそもお前のじいさんのじいさんが造った流派だ。」

 

 「は?その方の名前は?」

 

 「緋村弥彦。この辺の言い方では、ヤヒコ・ヒムラだな。元々は明神と名乗ってたそうだが・・。そうか。ヒノモトって確か、そのヤヒコじいさんが昔居た所だったそうだ!鉄の箱が煙上げて走ったり、鉄で出来た戦船が有ったとか。じいさんの与太話かと思ってたが、確かそこがヒノモトって呼ばれてたような。」

 

 「なんだそれ?たぶん違う。」

 

 「いやいや、ツバメ婆さんも同じような事を言ってたんだよな。なんかこことは違う世界から来たとか。てか、何で今その話をする必要が有る?」

 

 「輪廻転生って言ったら解るか?俺は、生まれる前の記憶が有る。俺は日ノ本で飛天三剣流と言う剣術を創ったんだよ。」

 

 「ん?何の話?」

 

 「俺の前世の話。で、ヒテン流は、俺の創った技が、所々有るものでな?例えば、龍巻閃とか、龍巣閃とか。だから、飛天三剣流だと思ってたんだが。」

 

 「ちょっと待て。なら何か?他の技も有るのか?お前には全ての技を教えた積もりだが?」

 

 「え?あれで全部なの?あとは龍墜閃と、龍昇閃ぐらいしか教えて貰って無いけど?」

 

 「あぁ、全部だな。」

 

 「じゃあ、九頭龍閃は?」

 

 「知らん。」

 

 「じゃあ、当てないからそこに木刀を構えて立っていて。動いたら当たるからね?」

 

 「分かった。」

 

 息子はどのような技を使うのだろうか?木刀を両手で構える。好奇心で年甲斐もなく胸が高鳴る。

 

 息子が木刀を構える。自然体だ。

 

 「行きます。飛天三剣流、九頭龍閃!」

 

 一度に八方向の斬撃と、心臓を狙う突きが襲いかかった。恐ろしい。一対多を極めようとした流派にあって、純粋に一人を確実に殺す技だ。今の技は、子供の思い付きで出来るような技じゃない。

 

 「お、お前、本当に前世の記憶が有るんだな。凄い技だった。初めて見た。」

 

 「そうか。何か飛天三剣流と関係が有ると思ったんだけどなぁ。」

 

 暫く沈黙していたケンジが、意を決して息子に語りかける。

 

 「本来は、流派を継承し、免許皆伝と成った者だけに口伝として伝える事なんだがな。お前はもう教えることが無いし、良いか。」

 

 「何の事?」

 

 「ヒテン流の事だ。ヒテン流は、ヤヒコじいさんが興した流派だが、元は飛天一刀流と名乗っていた。その技術は二つの流派の技を取り入れていると言う。一つは神谷活心流。もう一つは、飛天御剣流と言う流派らしい。神谷活心流は、活人剣を目指した流派だが、飛天御剣流は、一対多を基本とした殺人剣だそうだ。」

 

 「なんだ。やっぱり飛天三剣流か。」

 

 「ちょっと待て。家に秘伝を伝える書が隠してある。見に行こうか。」

 

 「有るの?じゃあ見に行こう。」

 

 

 

 二人で家に帰り、ケンジが隠していた秘伝の書を持ってきた。セイジは一目見て、表紙に漢字が使われている事に気付いた。

 

 「父さんは、これ読めるの?」

 

 「いや、正直読めんよ。親父は読めたようだがな。一応翻訳したのも有るんだがな。それが正確に翻訳されてるかは分からん。」

 

 「中身を見るよ?」

 

 漢字が使われている方の書の中身を開く。セイジには、普通に読めた。

 

 「成る程。ヤヒコひい祖父さんが、書いた物みたいだな。」

 

 「読めるのか?」

 

 「うん。読めるよ。でも、飛天三剣流じゃなくて、飛天御剣流と書いてある。」

 

 「どう違うんだ?」

 

 「この書の方は、刀を丁寧に言った読み方だよ。俺のは3つの刀って意味。読み方だけは同じだけどね。」

 

 「へぇぇ。」

 

 「この書には、九頭龍閃と、最終奥義の《天翔龍閃》と《飛天無限斬》が入って無いね。」

 

 「そうなのか?」

 

 「うん。恐らく、活人剣を取り入れたから、殺人剣の色が強すぎるこれらの技は、外されたのかもしれない。あと、何故か土龍閃も無いね。」

 

 

 

 彼は知らなかった。ヒテン流創始者弥彦が、正式に飛天御剣流を受け継いでいないことを。ただ、弥彦は天才であり、数度彼の憧れの剣客が刀を振るう様を見て、龍槌閃や龍翔閃等の技を自ら修得したのだ。

 

 此方の世界に来た弥彦は当初、不殺を行って来たが、限界は直ぐに訪れた。愛する妻子を守るため、その手を血に染める事になる。

 

 飛天一刀流は、不殺を止めた弥彦成りの、決意の意味も有ったのだろう。

 

 

 「逆にお前が知らなかった技はどれだ?」

 

 「束だけを使った技と、刃止めや、刃渡り辺りかな。正直、俺には必要性が感じられない。やれと言われればやるけど。あと、活人剣って何なの?剣術は所詮殺人術だよ。害悪を殺して多くの民を活かすって意味で良いんだよね?」

 

 「それで概ね合ってるよ。他にも、剣術の鍛練を通して、健全な精神を育み、多くの人を活かすって意味も有ると、じいさんが言ってたな。まぁ、じいさんもそれは理想だと言ってたけど。」

 

 「確かにね。あまりにも甘い考えだ。まぁ理想は有った方が良いけど。でも悪党は切り捨てなきゃ、多くの犠牲者が出ることになる。俺達の、いや、飛天三剣流の理念は、弱き者を剣で救う事だ。躊躇うわけにはいかない。」

 

 「うむ、それで良いと思う。まぁ、お前が血に飢えた殺人鬼では無いことが分かっただけで、今回は良しとする。それと、今回の事で分かった。お前はヒテン流を正式に継げ。暫くは、領主様のお手伝いをするんだ。」

 

 「分かったよ。でも、訓練でヒテン流の技を教えるのはダメだよね?」

 

 「剣の持ち方や、振り方、体の使い方ぐらいは良い。技や奥義は駄目だ。実戦でお前が使う分には良い。」

 

 「分かった。」

 

 

 こうして、セイジ・ヒムラはファノヴァール家に支え、領兵団に(彼にとっては)基本的なる剣術を教え込む事になる。

 これにより、ファノヴァール領兵団は、王国一の精強な軍団として生まれ変わる事に成る。

 

 




 少し短いです。ヒテン流説明回でした。


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剣龍在野 5

 時間が数年進みます。


 アレスが王都に行って数年後、王国歴81年。俺は16歳でファノヴァール家の領兵団長に成っていた。

 アレスは彼方で頑張っているらしく、王女様の護衛をしたり、遂には最年少近衛騎士になったそうだ。

 流石はファノヴァール家の嫡男と言ったところか。近々一度此方に戻って来るそうだ。久々の手合わせが楽しみだ。

 そう思っていたんだがな。

 

 「久し振りだな、セイジ。うちの領兵団長に成ってくれたんだって?お前がやってくれたら安心だな。」

 「あぁ、成り行きだよ。そっちこそ最年少近衛騎士に成ったそうじゃないか。どうだ?久し振りに、一手手合わせしないか?」

 「あ、ああ、良いな。いつも通り、うちの稽古場で良いか?」

 「あぁ、構わんよ。どれだけ腕を上げたか見せてくれ。」

 17歳で王国近衛騎士就任か。さあて、どこまで腕を上げたか俺に見せてみろ。っと思っていた。しかし、いざ対面して分かった。コイツは歪んでやがる。

 「なぁ、アレス。お前さんいつの間に左利きに成った?確か右利きだったよな?お前、俺を嘗めてんのか?」

 「嘗めてはいないが、右を使えばお前を殺してしまうかもしれん。頼む、無様な手合わせにはしないと約束するから、一度これでやってみてくれ。」

 「そこまで言うんだったら、相手に成ってやる。かかって来い!」

 「では、参る!」

 アレスは元々、左碗きではないが、ここ数年左腕の訓練をしたのだろう。しかし、そんなもの俺には通用しない。

 アレスは半身に構え腰を落とし、右肩を前に出し、剣の鋒を俺に向けたまま、左碗が胴体で見えにくい構えを取った。フム、なかなか様に成ってはいる。だが、甘い。

 「何故構えん。」

 木刀を左腰に差したままの俺に訝しむアレスに言った。

 「ん?何時でも良いぞ?」

 「お前の方が俺を舐めているのか!?」

 そう、俺は左腰に差した木刀に左手を添えたままの、自然体だ。見るものが見れば、無駄な力を一切廃した抜刀術理想の構えだと分かるだろう。しかし、アレスはそれに気付けない。心に余裕が無いのか?前の奴ならば気付けた筈だ。

 「今のお前に何を言っても無駄だ。良いから掛かって来い!お前の本気を見せてみろ!」

 アレスの闘気がみなぎるのが分かる。さあ来い!

 アレスは全身のバネを使い、俺に襲いかかる。俺は右手で木刀の束を握り、アレスとの距離を計り、一瞬で抜刀する。

 《サクッ!カランカラーン》

 木剣の剣身部分が根元から切られ、石畳の床に落ち、乾いた音が鳴り響く。俺の木刀の鋒は、アレスの首元に突き付けられた。

 「どうした?近衛騎士ってのは、今のお前ぐらいの腑抜けでも入れる程、温い組織だったのか?」

 「何を!?」

 「だってそうだろう?聞いた話によれば、お前12歳の頃、王女様の護衛中に襲い掛かって来た暗殺者を、数人切り殺したんだろう?お前、その頃から右手で戦っていないな?剣は振っているようだが。」

 「お前に分かるものか。あの剣で人体を切り裂く、おぞましい感触がっ!」

 「え?俺も同じ頃、隣町に襲い掛かって来た野盗を、10人程斬り捨てたが何か?」

 「え???」

 「親父さんに聞いてなかったのか?その後直ぐにヒテン流の免許を貰って、今の地位にいるんだが。」

 「お前は恐ろしく無かったのか?あの感覚が。自分の力が!簡単に人を殺せるんだぞ!?」

 「いや、剣術って元々そう言う物だろう?そりゃあ、いい気分では無かったさ。でもな?俺達、力を持つ者が躊躇すれば、それだけ奴等は周囲に死と不幸を巻き散らかす事になるんだぜ?生きているだけで奴等は害悪だ。俺達の剣は、そう言う奴等に向けられるべき物だろう?奴等を生かしてみろ。絶対に何処かの誰かを不幸にするんだ。そして、その何処かで、俺達のような者が奴等を殺すことになる。つまり、自分が殺したくないから、誰かに殺させる事に成るし、必要の無かった不幸を撒き散らすことになるんだよ。それって情けなくないか?別に敵対する奴全てを殺す訳じゃないよ俺も。最低限の選別はするさ。それだけの腕は有るつもりだ。」

 アレスは全身が雷に打たれたような思いだった。王女から貰った言葉。あれは、当時の俺を救い、奮い起たせてくれた。

 だが今、目の前のライバルと認めていた男の言葉はどうだ?甘えを許さない、剣客としての矜持を突き付けられたようだった。そして、王女様の言葉に甘えていた自分にも気付く事に成る。

 「他の誰かに殺させているだけか。そうかもな。結局捕縛されれば、奴等には死刑が待っているんだものな。」

 「いや、捕縛してるんなら良いんじゃないか?法の前で裁かれ、被害者達の前で死刑に成るんだ。それは良いよ。でもな、そのまま生かしてたら、討伐隊とか出ることに成るだろう?そこで討伐隊に要らん犠牲が出るくらいなら、殺せって事だよ。用は、考えることを止めるなって事だな。殺すべきか、生かすべきか。生かした場合、どのようにするか?何も考えず、命じられたままに殺すんじゃない。それは暗殺者のすることだ。俺達は剣士だ。」

 「剣士?」

 「あぁ。剣に己の意地と矜持を込め、弱き者、正しき者を守るのが俺達だ。」

 「そうか。いや、そうだな。剣士とは、騎士とは、そうであるべきだ。セイジ、もう少し俺と勝負を続けてくれ。」

 「あぁ、構わんよ。」

 「その前に、これを見てくれ。」

 「ん?」

 アレスは徐に右手を振り上げ、そのまま石畳に打ち込んだ。

 《ドガンッ!》という、人体と石材がたてたとは思えない音が鳴り響き、石畳が抉れ周囲に蜘蛛の巣状の罅が入った。

 「凄いなアレス!そこまで鍛えてたのか。」

 「どうだ?この右腕で振るう剣に、お前は勝てるか?いや、死なずに済むか?」

 「フフフ。アーッハッハッハ。なんだそんな事か。こんなもの当たらなければ、どうと言う事は無い。安心しろアレス。お前の目の前に居るのは、お前が全力を出しても勝てない相手だ。全力で掛かって来い!」

 「何を!?言ったな?絶対に勝ってやる!」

 「その意気だ。さあ、掛かって来い!」

 アレスは木剣を二本持ってきた。そしてそのまま構える。

 「所謂、二剣持ちか。面白い、受けてたつ!」

 「行くぞ!」

 それからのアレスは、何かを吹っ切った様に、自然な動きで俺と戦った。途中少し危ない場面も有ったが、右手に気を付ければどうと言う事は無かった。

 勝負の結末は、領主様の呼び掛けで終わった。

 「アレス、何時までやっている。夕食の時間だ。もう止めなさい。セイジ君、もう遅い。今日は家で食べて行ってくれ。なに、ケンジには既に伝えているから遠慮は要らんよ。」

 根回しが良いな?流石は御領主様だ。俺は頭を下げて礼を言う。

 「ありがとうございます。それでは、遠慮なく頂きます。」

 「フフフ、構わんよ。ここ数年悩んで、ネジくれていた息子に喝を入れてくれたんだ。こちらの方が礼を言うべきだな。」

 「いえ、私と競い会えるのは、アレス様しか居ませんので。こんな所で足踏みして貰っては、此方が困ります。これは、私の為にしたことです。」

 「ハハハハ、それでもだよ。アレスよ、今度はお前がセイジが困った時に手を貸すのだ。分かったな。」

 「はい、父上!」

 御領主様は満足そうに一つ頷いた。

 「さあ、早く食堂に行こう。その前に二人とも石鹸で手を洗ってきなさい。」

 「「はい。」」

 俺達は二人して、稽古場傍の手洗いに向かった。アレスも復活したようだし、これから楽しくなりそうだ。手を洗った後、足早に食堂に向かった。

 これから数日、アレスと毎日稽古をする事に成る。アレスは、俺の動きや体の使い方を参考にし、見る見る腕を上げていく。俺も負けていられんな。

 

 しかし、お互い切磋琢磨する時間も終わりが近付く。アレスが王都に戻るのだ。

 「なぁ、王都に着いてきてはくれないか?」

 「何度も言ったろう?俺は此処を守りたい。此処には守らなきゃならんものが多すぎる。まぁ、此処は俺に任せろ。アレスは近衛騎士として、彼方で頑張れよ。だけど、周囲がヘボばかりだからと言って、修行を怠るなよ?」

 「分かってるさ。じゃあな、行ってくる。」

 「おう!頑張ってこい!」

 アレスは此方を振り向くことなく王都へと旅立っていった。俺も頑張らなきゃな。

 

 その様子をジェラルドは、長年の友であり、今は当家の執政官として支えてくれているイザーレと共に、領主館の自室から見下ろしていた。

 「私達の後に続く若者達は頼もしいな。」

 「そうですな。しかし、あのアレス様と互角以上に戦える者が居るとは思いませなんだ。この地は、少しおかしいですぞ?並みの近衛騎士でも勝てない程の実力者が多すぎます。最近腕が上がったオーリックも、既に近衛騎士以上の働きが出来ましょう。」

 「セイジとその親父のケンジがな、よく指導してくれているのだよ。ケンジには会った事は?」

 「私の剣は、そのケンジ殿の作ですよ。」

 「そうだったな。鍛冶師としても、剣士としても一流だよ。息子の方は、剣士として超一流だがな。だがこれで俺の肩の荷も降りた。息子が過去を乗り越え、一皮剥けたのだ。もう何も思い残す事もない。願わくば、あの役は私で有りたかったのだがな。」

 「何を弱気な。まだ貴方には成さねばならぬ事が有るでしょう。」

 「分かってる。だがイザーレ、我が友よ。俺の亡き後もアレスを頼む。親の私から見ても、剣の腕だけは超一流だが、何処か頼りない粗忽者だ。どうかアイツを支えてやってくれ。」

 「元よりそのつもりです。御屋形さまは、ご自分の怪我を直すことに集中してください。年寄りよりも早く死ぬものでは、ありませんぞ?」

 「分かっているさ。」

 

 この会話から約1年後、王国歴82年。ジェラルド・ファノバール没。第三次シエゴラス戦役での怪我が基であったと言われている。

 王国一の忠臣の死去に、当時の国王ベルセルム4世は、静かに涙を流したという。

 王国に戦乱が吹き荒れる一年前の出来事で有った。




 次回から本編が始まりますが、原作通りには進みません。


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剣龍在野 6

 原作の前提条件が大分変わりました。


 ベールセール王国王都ヴァンフィールにある王宮では、貴族達によるファノヴァール伯への苦情で紛糾していた。

 

 領民、特に農民がファノヴァール領へと逃げると、大問題に成っていたのだ。もちろん、善政を敷いている貴族領からの領民の離散は発生していない。それらは全て、悪政を敷いている貴族からのものであった。

 

 近くはガザーブ領から、遠くはボルネリア領からも、多数の農民がファノヴァール領へと流れて行ったのだ。

 

 初めの内は、貴族もたかを括っていた。そのように大量の難民を受け入れられる訳が無いと。しかし、ファノヴァール領では、現在農地改革、大規模農地開拓、産業の発展による建設ラッシュにより、人材バブルが発生していた。しかも、優秀な人材は、引く手あまたであり、悪政を敷く貴族領は、過疎化の加速が止まらない状況に有った。

 

 そうなれば、利益に聡い商人は、その領を見放し、ファノヴァール領へと移っていく。ファノヴァール領、若しくはその近辺の善政を敷く貴族領へと民が移動するのは、有る意味当然と言えた。言わば自業自得である。

 

 

 「このままでは、我が領の経営が成り立たん!ファノヴァール伯の勝手を許して良いのか!!」

 

 唾を飛ばしながら、ボルネリア候ランドルフが国務大臣であるカルレーン候に詰め寄る。それほどボルネリア領は、重税を敷いていたのだ。

 

 「私の勝手とは、甚だ心外ですな。私は普通に領地を経営しているだけですが何か?」

 

 「何をっ!三公六民一義等と言う、馬鹿げた税率にして何を言う!」

 

 「どれだけの税を民から取ろうが、それはそこを任された貴族の裁量に任されている筈。それを貴殿にとやかく言われる筋合いは無い!しかも、王家に納める税も十分納めている!

 そもそも、その領地の民を重税で押さえ付ければ、民が離散するのは自明の理。それも分からず、悪戯に民を虐げ、挙げ句の果てには処女権の行使等と馬鹿げた事をすれば、民が逃げ出すのは必定。同じ貴族とは思えぬ、外道の所業!恥を知れ!」

 

 「何をっ!私は、所得の再分配をしているに過ぎん!必要以上の富など、領民には必要ない!高貴なる私が、芸術の振興に金を落として何が悪い!

 それに、我が領から逃げ出す民を護衛する部隊まで出しておいて、何を言うかっ!うちの領民を生かそうが殺そうが、それは私の勝手だ!うちの領民を取り返すために派遣した騎士団を妨害したのは、そちらの領兵だぞ!どういう積もりだっ!」

 

 「確かに、難民が発生したため、難民の護衛部隊を派兵したが、うちの領兵に鎧袖一触で打ちのめされた騎士擬きはそちらの騎士団でしたか。しかし、民を力ずくで取り戻すなど言語道断!」

 

 アレスのあまりの剣幕に流石のボルネリア候も一瞬言葉を失う。そして更にアレスは続けた。

 

 「そもそも、我等王国貴族に領地の裁量権を渡されているのは、何故か考えたことは無いのか!我々は国王陛下に替わり、民を安んずくために領地を任されているのだ!それを民を虐げ、領民を離散させるとは、貴殿に領地を任された国王陛下の顔に泥を塗るも同然の行為!

 是非とも私に、国王陛下の顔に泥を塗った、ボルネリア伯討伐の許可を頂きたい!」

 

 「ま、待たれよファノヴァール伯。今国内で内戦などしては、諸外国の思う壺だぞ。性急な考えは止めたまえ。」

 

 行き成り物騒な話と成ったため、国務大臣のカルレーンは慌てる事に成る。あの政治に口を出さなかったファノヴァール家が、武力行使を口に出すとは!?今代のファノヴァール家当主は、野心家なのかと疑う事に成る。

 

 「それに、ボルネリア候を討ち取った後、ボルネリア領はどうする積もりかね?」

 

 「はっ。王家直轄領にするべきかと。それにより、王家直轄領よりもあからさまな重税は、何処の貴族も取れますまい。それをすれば、民は王家直轄領に離散します。悪政を敷く貴族を討伐することにより、王家の、いえ、国王陛下の御威光も上がるでしょう。何卒御裁断を。」

 

 カルレーンは、代々のファノヴァール伯と同様、領土的又は政治的野心を持たないことに少し安堵する。そして考えたのだった。この案の有用性を。

 アレスが持って来た案は、王家の発言力を上げる事に成る。前国王の悪政により、貴族側に傾いたパワーバランスを王家に傾ける事が出来るのだ。

 それに領地が発展し、王家に納める税も上位であるファノヴァール家の発言は無視できなかった。只でさえ、幾多の武功に対し、少なすぎる報奨で良しとして来た《武門》の名家だ。

 

 「なっ!領内の裁量は我々貴族に任されている筈!それは、貴族の権利に対する侵害だっ。」

 

 「裁量を任されたからと言って、悪政を敷き、民を虐げて良い等と、国王陛下は仰ったのか!?国王陛下は我々を信用し、民を任されたのだっ!その陛下の信頼を裏切ったのは、貴殿だっ!重ねて言おう、恥を知れっ!」

 

 「ぐぬっ、この若僧めがっ!貴様の発言、王国内全ての貴族を敵に回したぞ!」

 

 「ほう、何時から貴殿は王国貴族の代表に成った?この痴れ者が!さっさと領地に戻り、戦の準備でもするのだな。国王陛下、ご英断を。」

 

 議会は、突然の議題の変化に戸惑い出す事に成る。ファノヴァール伯の処遇をどうするかと言う議題の筈が、貴族の大前提を持ち出し、悪政を敷き、領民を逃がすことに成った貴族を処罰する場に変わろうとしている。

 

 しかも、悪政を敷いてきたボルネリア伯を庇おうとすれば、自分も同じ穴の狢だと言うことに成る。どうにかして、ファノヴァール家を貶めたい者は苦虫を噛み、沈黙するしか無かったのである。

 

 この若き貴族の言葉に、時の国王、ベルセルム四世は頭を悩ませる事に成る。アレスの案は、確かに良い案だ。しかもここまでの悪政で有れば、何も問題は無いようにも思える。彼は忠臣であるカルレーン候の方を見る。カルレーンは二度頷き、それを返事とした。

 

 「沙汰を言い渡す。ボルネリア候の行い、甚だ許しがたし。しかし、先代までの忠勤を鑑みて、領地没収の上、貴族籍の剥奪で許す事とする。尚、その地位、領地及び屋敷は没収するが、財産は残すこととする。一ヶ月以内に領主官邸を明け渡せ。尚、明け渡しはファノヴァール伯が責任を持って確認せよ。皆の者、異論は無いな?」

 

 ベルセルム四世は、周囲の者を見渡す。皆が俯き、異論を唱える貴族は居なかった。

 

 「では、近衛騎士はランドルフを連れ出せ。」

 

 会場の外に待機していた近衛騎士が、顔面蒼白となったランドルフを連れ出す。貴族達は彼に顔を向けることは無かった。

 

 その後、領地から民が離散した貴族に対し、領政の改善を言い渡し、議会は閉会することになった。

 

 

 

 「畜生っ!!ファノヴァールの若造め!」

 

 領地に戻ったランドルフは、有らん限りの暴言を吐き、領主官邸で暴れていた。

 

 「ランドルフ様、如何なされました。」

 

 「五月蝿い!モンフォード、貴様にも責任は有るんだぞ!私は伯爵位と領地を取り上げられる事に成った!この私がだ!領地経営を任せていた貴様にも責任は有る!そうだ!貴様のせいだ!辛うじて資産の没収は免れたが、もうこの国にはおられん!」

 

 この言葉を聞き、モンフォードは不味いと思った。資産が残されれば、この男は他国で生き延びる事に成るかも知れない。

 

 この愚かで下品な男に復讐するために自分は生きて来たのだ。その為に、この男にオベッカを使い、贅沢を覚えさせ、領地の反乱を促してきた。

 

 しかし、ファノヴァール領の内政が余りにも良く、領民はそちらに逃げることを選んでしまった。しかも、連れ戻そうとした領民は、ファノヴァール家の兵に一方的に打ちのめされ、ホウホウの体で帰ってくる始末。

 

 しかし、ここで諦める訳にはいかない。彼は、自らの主に、更に毒を仕込むことにする。

 

 「ならば、ファノヴァール伯を返り討ちにしては如何でしょうか?」

 

 「何っ!?」

 

 「領地の明け渡しの確認に、一月後ファノヴァール伯自らが訪れると聞きます。その時に、我が領の騎士団で貴奴めを討つのです。」

 

 「だが、貴族ではない私に、騎士団が言うことを聞くのか?」

 

 「聞きますよ。彼等は一度ファノヴァールの兵に負けたのです。このまま貴方が貴族を辞めることに為れば、奴等は職を失います。弱い騎士団など、誰も欲しがりませんからね。それならば、貴方に協力し、ファノヴァール伯を討つことに協力する筈です。

 それに、ファノヴァール伯を討てれば、あの宝のようなファノヴァール領も手に入りますよ。そして、国王に自分の有用性を訴えるのです。」

 

 「成る程。しかし、それが受け入れられない場合はどうするのだ?」

 

 「他国にファノヴァール領の技術を売ると脅せば如何でしょうか?実際に最終手段は他国への亡命もあり得ますし。」

 

 「成る程!それは良い。私の事を見限ったような奴の下に着くのも業腹だ。訴えを退けるようならば、他国へ技術を売り払うか!流石はモンフォードだ!良し、騎士団長を呼び出せ!」

 

 「ははっ!」

 

 モンフォードはほくそ笑む。我が主は、やっと死刑台に登ってくれたと。ランドルフは自らの行いに因って、その内側から滅びていく事に成るのであった。

 

 

 一月後、ファノヴァール領兵団500人が、ボルネリア領に訪れる。率いるは、ドワーフを従者にする、一風変わった貴族。ファノヴァール伯アレスである。副官として、セイジが同道していた。

 

 「アレス様、どうやらおかしいですよ。」

 

 「ん?どう言うことだ?」

 

 「関所に迎えの騎士が居ません。いくらボルネリア元伯爵に雇われていたとはいえ、迎えの騎士はいる筈です。奴等、俺達を懐に引き入れて潰すつもりのようですよ。」

 

 「これは、国王陛下に対する反逆と見て良いな。陛下の慈悲で、命だけは助かったと言うのに、何をトチ狂っているのか。正直理解に苦しむ。」

 

 アレスは、少し頭を抱え考え込んでしまった。まさか貴族であるボルネリア伯が、反乱を起こすなど思っても居なかったし、彼に取り憑いた精霊も、500人で向かって良いと言っていたのだ。

 嵌められた。此方の兵力は500人。対するボルネリア軍は5000人程だ。普通に考えれば相手に成らない。

 

 「引き返すか。」

 

 アレスは苦渋の決断をしようとしていた。しかし、ここで待ったが掛かる。

 

 「いや、ここは奴等を徹底的に叩きのめすべきだ。」

 

 「どうやって!?相手は5000だぞ?それに対して此方は500、10倍の戦力差だ。それに彼方は恐らく、平原で待ち構えているに違いない。勝てる見込みはないぞ?」

 

 「何を言ってるのやら。何故正面から行く必要がある?先ず、斥候を出し、奴等の居場所を把握するんだよ。そして夜討ちだ。俺達二人がいれば必ず勝てる!ボルネリア騎士団とは過去に戦ったが、はっきり言って弱すぎる。恐らく弱い者いじめしかしたことが無いのだろうな。そのような騎士団等、この国には必要ない。俺達に喧嘩を売ったことを後悔させてやろう。」

 

 アレスは虚空を見上げ、何やら考え込んで呟いている。セイジは疑問に思う。アレスは、たまにあぁやって、虚空を見上げる癖がある。変な癖だ。前から有ったっけ、あんな癖?と。

 

 「ガルムス殿、アレスは何をやっているんだ?」

 

 アレスの従者であるドワーフのガルムスに、セイジは問いかける。最近のアレスと良く一緒に居るのは、彼である。

 

 「さあのう。ワシに会った頃には既にああしてよく悩んどるがのう。昔からじゃ無かったのか?」

 

 「あぁ。まぁ実際、アレスの実戦に付き合うのは、今回が初めてだからなぁ。」

 

 

 アレスが12才の頃、王女クラウディアの護衛をしている時に、数人の暗殺者に襲われたことが

あった。12才のアレスでは、抗いきれる筈もなく、クラウディアを殺されそうになったその時、《黄昏の主》に支えるパンドラと名乗る精霊が現れアレスに契約を持ちかけ、その結果として《力》を与えたのだ。

 

 契約内容はパンドラを助言者として受け入れる事。只それのみ。助言を受けるも、無視するも、アレスの勝手である。もちろんパンドラはアレス以外には見えないし、声も聞こえない。

 

 アレスは、その力で暗殺者を全て返り討ちにしたが、その後の顛末は人殺しが怖くなり、左手による剣術の鍛錬であった。しかし、セイジの檄によりそれも改善し、二刀流に目覚める事になる。

 

 それはともかく、パンドラは決して契約者の命を落とすような助言はしない。それにアレスは疑問に思ったのだ。

 

 『おい、パンドラ!どういう事だ!彼方は兵を揃えて此方に戦を仕掛ける積もりだぞ。』

 

 『ふん、我が契約者よ。そんなもの、正面からぶつかれば良かろう。なあに、数人の犠牲は出るが、貴様等なら勝てるだろうよ。我が主もそう仰っている。』

 

 『馬鹿な!』

 

 『馬鹿な!は此方の台詞だ!なんだお前の所の兵は?何故此処までの手練れ揃いなのだ!?それに貴様の副官。あれは今のお前でも、相討ちがやっとぐらいの腕ではないか!なんだあの化け物は!?』

 

 『え?まぁ、セイジはそうだろうなとは、薄々思っていたが、やっぱりか。俺には手を抜いていたんだな。って違う!高々500で5000人に正面からだと!?』

 

 『あぁ、お前が相手に一騎討ちを申し出るのだ。その後、一騎討ちに出てきた奴をお前が一撃で討ち果たす。その後、お前を先頭に奴等に突っ込むんだ。あの副官ならば、直ぐにお前に付いてくる。そうすれば、奴等など烏合の衆だ。散々に蹴散らせば良い。それが夜襲等よりも、確実に被害が少ない方法であろうよ。』

 

 アレスは暫し瞑目し、悩みだす。しかし、目を開けたときには、覚悟を決め全身に力をみなぎらせる。

 

 「セイジ、ここは正面から奴等にぶつかる。」

 

 「何っ!?正気か??」

 

 「あぁ、聞いてくれ。」

 

 アレスは一騎討ちから始まる作戦を説明していく。

 

 「フフフ。アレス、そいつは伝説に成るぜ?面白い、やってやろうじゃないか。先ずは斥候を出し、奴等の居場所を探ろうぜ。挟み打ちなんかに警戒すれば、堂々と正面からやれるからな。」

 

 こうして、精霊すらも驚く、歴史にも名を残す戦いが始まろうとしていた。




 ボルネリア伯はどっちにしても死ぬ運命です。


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剣龍在野  7

 地名は筆者の捏造です。


 ボルネリア領、ボルノ平原にボルネリア領騎士団を含む、約6000の兵がファノヴァール軍を待ち構えていた。その内半数の兵は農民の次男、三男で有り、来年の年貢免除を餌に、呼び出された者達であった。彼等は一様に士気が低い。何せ、親や兄弟から保険にと差し出された者達だ。中には、このような戦闘で死ぬなと言い含められた者までいる始末であった。

 

 士気が高いのは、ボルネリア候の私兵達だけなのである。そして、彼等は知っていたのだ。ボルネリア領の精鋭である筈の騎士団が、彼等より少数のファノヴァール領兵団に鎧袖一触で打ちのめされ、逃げ帰った事を。彼等のボルネリア正規兵に対する評価は、弱い者イジメしか出来ないハリボテであった。しかし、そのハリボテにも只の農民で有る彼等には勝ち目は無かった。そこで彼等は、彼等の中で一番頭が良かった青年に相談することになる。その者の名はカークウッド。同じ地区の農民達を領外に逃がし、薬売りをしてボルネリア領を転々としていた者であった。

 

 「なあ、カークウッド。俺達はどうすればいい?この戦は勝っても負けても、俺達には地獄だ。」

 

 「まぁ、そうでしょうね。どっち道、我々は最前線に立たされるでしょうし。」

 

 「なぁ、どうにか成らないか?」

 

 「幾つか策は有ります。けど、この策はボルネリア領の農兵が、私の指示に従ってくれないと成立しません。こんな若僧の私に皆さん従えますか?」

 

 「あんなクソ領主の為に死ぬぐらいなら、俺はあんたに従うぜ。」

 

 「俺もだ!」

 

 「俺も」、「俺も」、「従おう。」、「俺も」

 

 と、満場一致で彼等はカークウッドに従う事になった。

 

 「良いでしょう。では、その時は私に全員従って下さい。もし従わなかった場合、皆さんの半数以上はボルノ平原に骸をさらすことになるため、皆さんの部下にも良く言い含めて下さいね。」

 

 「「「解ったっ!」」」

 

 こうしてボルノ平原の農兵達はカークウッドを筆頭に一致団結していたのだ。この時カークウッドは思っていた。ファノヴァール軍がボルネリア軍に襲い掛かれば、前線の農兵団は回れ右してボルネリア軍に一当てした後、散り散りに成れば良いと。恐らくは夜襲に成るだろうから、少しは被害が出るかもしれないが、それは仕方がない物と。

 

 しかし、その予想は外される事になる。真っ昼間に正々堂々と現れたファノヴァール軍にカークウッドは半ば呆れてしまう。今代のファノヴァール伯は阿呆かと。すると、一人の青年がファノヴァール軍から抜け出して前に出てきた。その後大音声で名乗りを上げるのである。

 

 「我が名はファノヴァール伯アレスッ!ボルネリア候は貴族籍を剥奪されたっ!それにも拘らず兵を集め、我等の公務を邪魔するとは何事かっ!直ちに解散し、元ボルネリア候を領外に追放せよっ!」

 

 「何を言うかっ!高貴なる我を貶めた事に対する抗議と貴様の粛正のために私は起ったのだ!貴様こそ命乞いをしたらどうだ?」

 

 ボルネリア軍正規兵がゲラゲラと笑い出す。

 

 「致し方ない。此方は一騎討ちを申し込む!この一戦で雌雄を決しようではないかっ!」

 

 「ふむ、貴様の化けの皮を剥がすのも一興。此方の代表を出すとしよう。テオドリッジッ!卿が待ち望んだ強者だっ!」

 

 「応っ!」

 

 一人の偉丈夫な騎士が前に出てきた。

 

 「テオドリッジよ。見事ファノヴァール伯を討ち取って見せよ。さすれば卿の武名は、国中に響き渡るであろう。」

 

 「ふむ。相手にとって不足は無い。修行の成果、ここで試させて貰う。」

 

 アレスとテオドリッジはお互い、軍を挟んだ中央にて相対した。

 

 「貴君が今代のファノヴァール伯か。まだ若いが名高きファノヴァール伯と成れば相手にとって不足無し。お手合わせ願おう。」

 

 「ふむ、貴公程の騎士が、力にのみ興味を示し、力無き民を顧みないとは残念至極。殺すのは忍びない。剣を退き、道を開ける気は無いか?」

 

 「俺に勝てる前提か?笑止!その増上慢、あの世で悔いるといいっ!」

 

 身の丈程も有る戦斧を振り回し、テオドリッジが襲いかかってきた。アレスは剣を抜かず、只回避するのみであった。

 

 「どうしたっ!腰に差した剣は飾りかっ!」

 

 一向に剣を抜かないアレスにテオドリッジは激昂した。しかし、アレスは何事でも無いように語り出す。

 

 「力に固執し、回りも見えてない貴公に、剣等不要。貴公には誇り有る敗北ではなく、惨めな惨敗が必要なようだ。俺の拳で頭を冷やせ。」

 

 次の瞬間、アレスの腹パンを受け、テオドリッジの鉄の鎧が砕け、そのまま3m上空に飛ばされるたのだった。受け身も取れず地上に落ちたテオドリッジは、激しい痛みで呼吸が出来ず、動くことさえ出来ずにいた。

 

 ボルネリア軍はこの時、何が起こったのか分からなかった。鎧を着こんだ男が、只の拳一つで宙を舞うなど信じられなかったのだ。勿論農兵達もである。その光景が信じられず、動くことさえ出来なかった。

 

 勝者のアレスは、ファノヴァール軍の方を振り返り、大音声で訴える。後の歴史学者の中には、この英雄の特筆すべき能力は、剣技ではなくこの声量だったと言う者もいるほどである。後の一部の歴史学者の言うことを証明するように、声を張り上げた。

 

 「我が親愛なる精鋭達よっ!此度の戦は、国王陛下の慈悲にさえ唾を吐き捨て、反旗を翻した不届き者が原因であるっ!何を血迷ったか、挙兵し国内で内乱を起こすなど、長引けば外敵を呼び込むような行い、断じて許すわけにはいかない。武器を捨てぬ者は一人残さず殲滅するっ!情は捨てろっ!皆の責任は、全て私に有るっ!重ねて言う、武器を捨てぬ者は一人残さず殲滅するっ!赤神オディウスよ、この戦に流れる血を贄に捧げる。願わくば、これ以上の混乱が続かぬことを。我等に勝利をっ!」

 

 そして、アレスは歴史上開戦の合図で突撃せよとも、全軍進めとも言わず、次の言葉を常に開戦の合図とした。

 

 「全軍っ!我に続けぇぇぇっ!」

 

 この時、カークウッドは力の限り叫んだ。一つの賭けであったが、その賭けは見事に成功することになる。

 

 「全員、武器を捨てて散らばれぇぇぇっ!ファノヴァール軍の前から逃げるんだぁぁっ!」

 

 カークウッドの号令で、農兵達が一斉に左右に逃げ出した。農兵が開けた穴を、物凄い勢いでアレスが駆け抜けていく。逃げ出す農兵に狼狽えだした正規兵は、無防備な状態でアレスに食い付かれる事になる。

 

 右手にはファノヴァール家に代々伝わる剣、左手には王女から渡された、切れ味はないが、恐ろしく頑丈な武骨な剣。右手の剣を一振りすれば、敵兵の頭若しくは体の一部が確実に飛び散り、左手の剣を振れば、敵兵が吹き飛び、意識を刈り取られた。

 

 そして、その横にはいつの間にか、彼よりも確実に敵兵の命を刈る者がいた。東方の島国で使われているという鎧を纏い、その太刀を一振りすれば、確実に3名の敵兵が命を落としていく。そう、セイジ・ヒムラである。忽ち周囲のボルネリア兵は討ち取られ、二人の周囲は瞬く間に、ボルネリア兵の骸で溢れることとなる。

 

 その光景は理不尽と言っても過言では無かった。血風が実際に舞い、聞こえてくるのは見知った者の断末魔と、剣撃の音のみ。

 

 そこに、最近ファノヴァール領軍に入ったジェレイドが兵を鼓舞し、兵を進めてきた。

 

 「我等が領主様と、隊長がその力を示されましたっ!二人だけにいい格好はさせられません。我等もあの二人に続くのですっ!」

 

 「「「「応!!!」」」」」

 

 二人が食い破った穴に、ファノヴァール軍500が一斉に襲いかかり、その穴を広げていく。

 

 ボルネリア兵は腰が引け、まともに戦える精神状態では無かった。そして、兵の練度が低すぎた。野盗が領内に入り次第、殲滅してきたファノヴァール軍と、野盗等気にもせず、農民を甚振る事しか出来ない兵達では、実践経験の質が違いすぎた。それに加えて、領主と隊長による練兵により、兵の質が違いすぎるのだ。

 

 片や、ボルネリア候に代々支えてきた家という、血筋に胡座を掻いていた愚か者共。片や、ファノヴァール家に恩を感じ、自ら剣を取る意志により立っている者。戦いに対する心構えも、何もかもが違いすぎていた。

 

 とどめとばかりに、勇猛な指揮官が自ら先陣に立ち、その武勇を見せ付けている。二人の指揮官を追いかけながら戦った者は皆、その子供達に今日の戦いに参加したことを誇り、語り継いだと言う。

 

 「臆するなっ!ファノヴァール軍の兵は、平民が殆んどだ!我等高貴なる血を持つ者の敵では無いっ!数は此方が上だっ!取り囲んで潰しガボッ」

 

 声を張り上げる指揮官は、アレスとセイジの良い的であった。このような状況でも、指揮を取ろうとする比較的優秀な指揮官は、忽ち命を刈り取られていく。

 

 「飛天三剣流、龍巣閃!」

 

 一瞬にして、数名のボルネリア兵は只の肉瑰と成り果てる。

 

 「でりゃあぁぁぁっ!」

 

 アレスが一振りで、ボルネリア兵3人の首を刈る。彼等の歩みは止まることが無く、瞬く間にボルネリア軍本陣へとたどり着いた。本陣を守る騎士団の前に、全身をボルネリア兵の返り血で濡らした二人の剣客が現れる。

 

 「全員死にたく無ければ武器を捨て、大人しく縛に付け。此方は、貴様等を討つことに躊躇いはない。」

 

 「何を言うかっ!平民に媚を売る、貴族の風下にも置けぬ下郎がっ!嘗めるな、青二才っ!」

 

 ボルネリア騎士団長ファーバンクは、現実を見ることも出来ぬ愚物であった。更に、言うことを聞かぬ農民を殺すことに慣れすぎて、自らの力を過信しすぎていた。彼が剣を振りかぶり襲いかかってきた瞬間、彼の首はセイジによって胴体から泣き別れる事になる。最後に何が起こったのか分からぬままに死ねた彼は、有る意味幸せだったかもしれない。この反乱に参加したボルネリア兵は、その大半が今まで行ってきた行為により許されることはなく、その地位を剥奪され国外追放を申し渡される事になる。しかもその大半は、国外に着く前に彼等の虐げてきた農民によって、命を奪われる事になる。

 

 「首謀者ランドルフッ!前に出て来いっ!国家反逆罪によって、貴様の首この場で叩き斬る!」

 

 「わ、私は、こ、国王陛下の、わ、私に対する、ふ、不当な扱いに抗議をしたまでだっ!」

 

 「愚か者がっ!貴様の我が儘のせいで、何人の命が奪われたと思うっ!今更言い逃れは出来んぞ。」

 

 「い、嫌だっ!皆の者!この不届き者共を斬れっ!褒美は思いのままだぞ!」

 

 その声に反応する騎士は無く、騎士達は下を向くのみ。彼等は知っていたのだ。自分達では、足元にも及ばない程の実力差が有る上、自らの主が命を捨ててまで守る程の価値など無いということを。

 

 「皆、貴様をこれ以上守る気は無いようだ。最期だランドルフ。神妙に致せ。」

 

 「い、嫌だぁぁぁっ!」

 

 細身の剣をむちゃくちゃに斬り付けてきた。アレスはその剣を二本の指で挟んで受けとめ、そのまま取り上げる。呆然とするランドルフの襟首を掴み、背負い投げで地面に叩きつけた。

 

 「ジェレイドッ!居るか!?」

 

 「はっ!アレス様。」

 

 ひ弱なジェレイドではあったが、その知謀を買われ、アレスの軍師としてファノヴァール軍に従軍している。ボルネリア出身の多くの者が、今回の遠征に従軍していたのだ。呼ばれたジェレイドは、慌ててアレス達の近くまで駆け寄る。

 

 「直ちにランドルフの首を落とす事とする。貴奴の首を落とすのに、適任者は居るか?」

 

 「はっ!留守中に妻子を騎士団の慰み者にされた揚げ句殺された、ディオールなる者が居ます。彼に仇を取らせて上げる事が最良かと。」

 

 「そうか。ディオールッ!前に出よっ!」

 

 「ははっ!」

 

 「ディオール、ランドルフの首を伐つ任務をそなたに任せる。お前のことは、セイジ達からも聞いている。これで全てを忘れろとは言わん。だが、妻子達の分も強く生きて、お前の幸せも見つけてくれ。決して妻子の後を追うような事はしてくれるな。」

 

 「有り難きお言葉、痛み入ります。愛する者達の分も強く生きることを、ここに誓います。」

 

 声を殺し、感涙に咽ぶディオール。暫く頭を下げていたが、その両目に光が戻り、全身の痛みで動けないランドルフを睨み付ける。

 

 「貴様の命もここまでだ。」

 

 「ヒヒッ、そうか。遠乗りした時に見付けた、あの親子の亭主か貴様。」

 

 「なに!??」

 

 「貴様の妻子は、それは良く鳴いてくれたぞ。貴様の妻は、お前の名を呼びながら、騎士団の者達に事切れるまでやられていたな。子供の方は、ワシ自らが処女を喰ろうてやったわ!何故か直ぐに息をしなくなったがな。ククククク。高貴なる我の子種を受け入れられなかったらしい。まぁ、その後も楽しんだがな。」

 

 「き、貴様っ!」

 

 「さあ、その震える腕で、我の首を落とせるゲハッ!」

 

 最後まで喋る前に、セイジがランドルフの顔面を蹴りあげた。気を失ったが、直ぐにセイジが顔面をビンタし、意識を戻す。

 

 「なあ、楽に死のうなんて思わない事だ。お前は刻々と近付く死の恐怖に怯えながら死んでいけ。」

 

 「ヒィィィッ!止めろ、止めてくれぇぇぇっ!」

 

 

 

 ランドルフの下半身は既に小水で汚れている。彼は最期まで悪態をつき、命乞いをし、恐怖に怯えながら首を落とされる事になった。

 

 王国歴83年。この日、ボルネリア侯爵家は当主の斬首によって、その歴史を閉じることになった。

 

 




 初っぱなから話の流れが、変わっています。


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剣龍在野  8

 貴族達の話です。


 ベールセール王国王都ヴァンフィールにおいて、緊急の諸侯連盟の会議が開催されていた。ディルヴィレン侯爵は、今回の征伐を重く受け止めていた。

 

 「たかだか一介の伯爵の訴えを受け、侯爵を処断することすらあり得ない事であるのに、3000の兵に対し500の兵でボルネリア侯爵家を滅ぼすとは。」

 

 「あの若僧、只強いだけでは無いらしい。しかも、良い駒も揃っているらしいな。剣鬼セイジ・ヒムラか。元々は東の方から流れてきた平民の一族らしいが、近衛騎士等では足元にも届かん程の実力らしい。」

 

 「ファノヴァール家め!正論ばかりを唱えおって!貴族の権利をなんと心得るのか。平民など、捨て置けば良いものを。」

 

 「その平民の力で、奴等の土地は栄えている。平民も馬鹿にしたものではありますまい。」

 

 ディルヴィレン侯は、その物言いに顔をしかめる。諸侯連盟の筆頭として、平民の肩を持つ等考えられない暴挙で有ったのだ。確かにディルヴィレン侯爵領は、年貢等王家直轄領と同等では有るが、平民を優遇している訳では無い。王家に付け入る隙を見せないためで有るのだ。

 

 折角築いた貴族の地位を落とすような真似は、彼の長年の苦労を水泡に帰すと同じ行為で有ったのだ。それもこれも、領地をまともに経営出来なかったボルネリア侯爵のせいで有る。彼がイタズラに平民を追い込まなければ、平民も逃げ出すことは無かったので有る。誰が喜んで、父祖伝来の土地を手放すだろうか。それすらも分からない愚物が侯爵となったこと事態、問題でもあるのだが。

 

 「しかし、今代のファノヴァール家は危険だ。先代のファノヴァール伯も武勇には優れていたが、今代はそれに組織力が付いてきた。領地の守備兵の数も増員されている上に、質も向上している。しかも現在は、王家派の急先鋒として色々政に口出しまでしてくる始末。どうにかせねば、我々の未来も安泰とは言えなくなるぞ。」

 

 「当代ファノヴァール伯を暗殺すれば或いは?」

 

 「むう、それしか無いか。姫様をファノヴァール伯に降嫁させようと言う動きも有ると聞く。やはり、奴に生きていて貰っては困るな。」

 

 「だが、どう殺る?奴は基本的に隙を見せぬぞ。武門の名家と言われるだけあり、普通に戦っても勝てる筋が見えん。数年前に王女誘拐が有った時も、奴だけで解決に導いたぞ?」

 

 「あの時は人質が王女だった為に、あの者達も人質を有効に使えなかったのでは?確かファノヴァール伯には妹がいた筈。その妹を人質に取れれば或いは・・・。」

 

 「フム、その線で策を練ろうではないか。そして王家の血になんとしても諸侯連盟の血を。我々貴族がこの国を手にする為にも。」

 

 「「「王家に我らの血を!」」」

 

 こうしてアレス暗殺計画は進められる事になる。

 

 

 

 ディルヴィレン侯の次男フィリップは、野心の強い男であった。家を継ぐ長男は英才教育を受けているが、自分は幼少の頃から血ヘドを吐くほど鍛えられ続けた。それもこれも、近衛騎士となり出世し、実家の勢力を伸ばすためである。つまり、家の道具としての役割しか期待されていなかったのだ。

 

 しかし、彼は腐らずに必死に努力した。元々の才能も有ったのだろう。彼は見る見る実力を付け、近衛騎士に任じられる事になる。

 

 彼には野望があった。王女を妻にし、王家を乗っとり、親兄弟を見返すのだと。王女が12才の子供を護衛にしたと聞いた時はチャンスだと思った。そのようなガキは打ち負かして、自分が護衛と成れば王女と自然に近付ける事になる。意気揚々と王女の部屋に行き、自分の有用性を訴え、護衛のガキと試合をする所まで持って行けた。ここまで持って行けば、もう貰ったも同然だ。この生意気そうなガキに負ける訳がない。そう思っていた。

 

 結局、一撃で負ける事になる。初めから舐めて掛かったとは言え、まさに惨敗である。その後、策を弄しアレスを陥れようとするが、失敗。しかも、この事に父親が一枚噛んだにも関わらず失敗したため、半分八つ当たりの形で大目玉であった。

 

 その後、近衛騎士を辞めざるをえず、魔物が棲む森に送られ武者修行をさせられる羽目にあった。

 

 故に彼は、アレスを蛇蠍の如く嫌っている。自業自得では有るのだが、彼にその認識は無い。しかも、500の兵で3000の兵を打ち破ると言う大戦果まで挙げている。妬ましい事、この上なかった。

 

 「ボルネリア侯め!3000の兵で敗れ去るとは情けない!このままでは、アレスの評価を上げただけで終わるではないか。」

 

 実際は農民を強制的に徴兵し、倍の数で有ったのだが、不都合な情報は黙殺する事にした。野戦で10倍以上の敵に勝つなど、本来なら有り得ないのだ。

 

 ファノヴァール側の誇大宣伝だと一蹴し、農民の数は無かった物と思っている。正確な敵の戦力を、把握するのを理性が拒否しているのである。実際に農民の被害はほぼ無かった。それも、この考えを後押ししていた。

 

 しかし、彼はこの判断を後悔する事になる。ファノヴァールの「力」をこの時、正確に把握していれば、身の程に合わぬ野望など持たなかったに違いない。

 

 彼は逆恨みとも言うべき心情の下、ファノヴァール家に敵対する道を突き進む事になる。

 

 それが破滅の道で有るとも思わずに。

 

 




 すいません。出来たのでアップします。


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剣風共撃
剣風共撃  1


 ミーアさん、ファノヴァールの戦力に戦慄する巻。


 時は少し巻き戻る。

 

 ボルネリア伯領の悪政は天下の知るところ久しく、二人の若者が民を守らんと立ち上がった。後に風の戦乙女と言われる事になる少女ミーアと、彼女を守らんとする一人の青年ルークであった。

 

 二人はボルネリア領から逃げ出す領民達を、小高い丘の上から見下ろしていた。

 

 「ルーク、500人規模のこの避難民は何処に行くのかな?やっぱりあそこ?一応護衛の兵士が疎らに見えるけど、30人位の傭兵かしら?でも領主達もそろそろ本気で離散を防ごうとする筈よ?」

 

 「やはりファノヴァール領だろうな。あそこは税も低い上、人手を欲しているようだ。今代のファノヴァール伯は、民に優しくとびきり優秀らしい。ファノヴァール領の発展は留まるところを知らないようだしな。ん?来たぞ、おそらくボルネリア騎士団だ。」

 

 ボルネリア領から100人規模の騎馬が近付いてくる。

 

 「どうするミーア、奴等に手を貸すか?」

 

 避難民達はまだ気づいている様子はない。このままではボルネリアの騎士達に蹂躙され、酷い目に遭うだろう。どうするか悩んでいた所、避難民を護衛していたと思われる兵士達が動き出した。斥候でも周りに配置していたのだろうか?黒髪の青年が指揮を取り、防衛体制を取り出した。

 

 「へえ、やるじゃない。何処の傭兵かしら?でも凡そ3倍の騎馬相手に、歩兵がどれだけやれるのかしらね?お手並み拝見しましょう。」

 

 「どうせ危なくなったら手を貸すんだろう?分かったよ、俺は周囲の警戒をする。」

 

 

 果して彼女等は見る事になる。総合戦力的には近衛騎士団に劣るも、兵の質的には最強と謳われるファノヴァール領兵団の実力を。

 

 

 斥候からの報告で、背後からボルネリア騎士団が迫っている事が判明した。避難民の後方に兵を配置する。

 

 「オーリック、俺は手筈通りに奴等の足を止める。お前は頃合いを見て、兵を突入させろ。」

 

 「ヒムラ隊長、本当にやるんですか?」

 

 「任せろ。弱者しか相手にして無いような騎士モドキ、俺の敵じゃ無い。殺す価値さえ無いかもな。」

 

 「分かりました。でも気を付けてくださいよ?」

 

 「まぁ見てろって。」

 

 この時オーリックはまだ知らなかった。自分達を率いる隊長の本当の実力を。

 態勢を整えたファノヴァール領兵団の前に、ボルネリア騎士団が現れる。騎士団の中から一人の騎士が現れて大声を張り上げた。

 

 「我が領から逃げ出す農奴を護衛している者達よ!即刻兵を引け!我等はボルネリア騎士団。我等が農奴を引き取りに来た。素直に応じるならば良し!少しでも刃向かえば、農奴諸共根切りにする!農奴共は、見せしめにここで根切りだ!」

 

 鋒矢の陣形を取ったまま騎馬隊が現れた。俺達を抜き、避難民に打撃を与える気なのだろう。おそらくは、彼がこの騎士団の頭なのだろう。そう感じたセイジは、領兵団の前方凡そ50mに出て返答する。騎士団までの距離は、凡そ100mといったところか。

 

 「我々はファノヴァール領兵団だ。某はこの隊を率いるセイジ・ヒムラである!我等が領主、アレス・ファノヴァールの命を受け、この任に当っている。それにしても、弱者を守るべき騎士団を名乗る者が、領民を根切りとは恐れ入る。自らの名も名乗らず、弱者を甚振ろうとは、さては貴様等は騎士団では無いな?よろしい、我等ファノヴァール領兵団が御相手致そう!騎士ゴッコはこれで止めるのだな!」

 

 「吐かせ!者共、根切りだっ!先ずはあの愚か者を血祭に上げろ!」

 

 動き出そうとする騎士団よりも早く、既にセイジは動いていた。頭に血が登った指揮官は、セイジから目を離し全軍に聞こえるように後ろを振り返っていたのだ。

 

 「全軍とつげッ」

 

 木刀による容赦ない一撃が指揮官の後頭部を襲い、指揮官の意識は暗転する。セイジはそのまま止まらず、近くの騎士達を一撃で昏倒させていく。

 

 「猪口才な!喰らえ!」

 

 馬上槍を突き出した騎士の槍を避け、逆に顔面を強かに撃ちのめす。

 

 「飛天三剣流、龍巣閃!」

 

 無数の打撃が騎士たちを襲う。先頭集団が、セイジ一人のせいで次々に落馬した事により、後方の騎士団は思うように動けなく成った。そこに指揮を任されたオーリックが、全軍を突入させる。

 

 「我等が隊長が、一人で前線を崩壊させたぞ!これ以上隊長だけにいい格好をさせるな!全軍続けええぇぇっ!」

 

 「「「応!!!」」」

 

 30人の歩兵が一斉に動き出した。その手に持っているのは長めの槍。騎馬にとって相性は最悪であった。次々に倒されていく騎士達。何故か風向きが変わり、歩兵たちの方から強烈な風が吹き始める。騎士達は、眼を開けていられないが、歩兵達には正しく追い風となった。

 ファノヴァール領兵団は、自らを率いる隊長の後ろ姿に歴史に名を残した英雄を見ていた。誰一人として逃げ出す者は無く、英雄の後ろ姿を追いかけて行ったのである。

 これには堪らず、後方の騎士が撤退をはじめた。その姿は蜘蛛の子を散らすようであり、とても騎士団とは言えない姿であった。

 

 「引けええぇぇっ!撤退だあああぁぁっ!」

 

 「逃げろおおぉぉっ!」

 

 100人の騎士がたった30人の歩兵に背中を見せ、潰走を始めたのである。

 

 「鬨を上げろおぉぉっ!」

 

 「鋭鋭!」

 

 「「「「おおぉぉっ!」」」」

 

 鬨の声は三度響き、地面には無様な騎士の骸か、苦痛に呻く騎士の姿しか無かった。ファノヴァール領兵団は、一人の死者もなく戦いを終えたのである。

 

 

 この光景を避難民の側から見ていた若者が居た。後にファノヴァール領兵団の軍師となるジェレイドである。ジェレイドは後にこう語ったという。

 

 「滅茶苦茶だ。戦術も何も有ったもんじゃ有りません。あれで勝てるんですから、理不尽としか言いようが無い。あれは唯、ヒムラ隊長の力のゴリ押しですよ。ファノヴァール領兵団の恐ろしさを始めてみました。あの兵達が第三次シエゴラス戦役に居てくれればと、つくづく思いましたよ。本当に理不尽の一言ですね。」

 

 ジェレイドをして理不尽としか言い現せない戦いであったのだ。例え自分が指揮をしていても、結果は変わらなかったであろうとも。

 

 

 

 小高い丘の上から見下ろしていた二人は、開戦からの一部始終を見ていた。動き出した避難民を見ながら呟くようにミーアが語りかける。

 

 「な、何あれ?下手したら私の魔術を使う暇も無かったわよ。人間ってあんなに速く動けるものなの?何なのあれ?」

 

 「知るか、俺に聞くな。あんな化け物と一般人を比べるなよ?あれを俺に求めても無理だぞ?」

 

 「求めないわよ!それにしてもファノヴァール領は、凄い事になってそうね?ルーク、私達も行ってみない?ファノヴァール領ならば、私達の戦いも出来るかもよ?」

 

 「そうか、歓迎するぜ?さっきは助太刀ありがとうな。あれ、お前らがやったんだろう?」

 

 突然、第三者が会話に入って来た。咄嗟にミーアを背中に庇い、手槍を構え警戒するルーク。

 

 「貴様、何者だ!?」

 

 「あれ?聞いてなかったのか?改めて名乗ろう。俺の名はセイジ。セイジ・ヒムラだ。ファノヴァール領兵団の団長を任されている。さっきは、ありがとな。お陰で誰も死なずに済んだよ。」

 

 先程まであの戦場の中心にいた人物が目の前にいる。彼の言う事が本当なら、いくらルークが強くても相手に出来る事は無いだろう。一つ息を吐き、ミーアが前に出る。

 

 「あんまり意味は無かったけどね。私の名はミーア。こっちはルークよ。私達は虐げられている者を助けるために旅をしている者よ。」

 

 「そうか。家の家訓と同じような志で旅をしていたんだな。家の家訓は‘力持たぬ者の剣たれ’って家訓なんだが、家の爺さんの代になって領主さんを気に入ってな。そこに住み着くようになったんだと。それまでは、あんた等と同じように一家で剣を磨きながら放浪していたそうだ。」

 

 「そ、そうなの?」

 

 「あぁ、本当だ。で、どうだい?ファノヴァール領に来ないか?ウチの領主は、弱者の盾と成る事が一族の誇りって言うお人好し一族だぜ?アンタみたいな力を持つ奴が支えてくれたら、俺としても助かるんだがな。」

 

 「そうね。お言葉に甘えて、ファノヴァール領を見せて貰っても良いかしら?貴方達のお仲間になるかはともかく、一度ファノヴァール領を見てみたいわ。」

 

 「そうか。じゃあ付いてきてくれ。ファノヴァール領に着くまでは、あんた等も戦力に入れて良いんだろ?」

 

 「えぇ、大丈夫よ。取り敢えず、ファノヴァール領までよろしくね。」

 

 「こちらこそ。じゃあ付いてきてくれ。」

 

 セイジは背中を見せて、先頭を歩き出した。こちらを警戒している様子もない。

 

 本当に何なのかしらこの男。こちらを全く警戒してないわ。馬も使わずにここまで来て、息一つ乱れていないし。何かの術でも使ってるのかしら?

 

 「ねぇ?私達は馬で来たけど、貴方はどうやって来たの?見たところ、馬が見当たらないんだけど?」

 

 「ん?走って来たに決まってるだろ?あぁ、あんた達は、遠慮せず馬に乗って付いてきてくれ。」

 

 「分かったわ。」

 

 遠慮無く馬に乗り、セイジを追いかける。馬を走らせること数分、セイジは馬を先導して領兵団と合流した。

 う、馬よりも速く走れるの?どうなってるの?ミーアはこの男に会って驚いてばかりだった。

 

 「ね、ねぇセイジ。どんな術を使ったら馬よりも速く走れるの?」

 

 「ん?鍛えたからな。まぁ、走り方にコツも有るけどな。」

 

 単純な体力だけで馬を超えるなど、それはもう人間では無い。取り敢えず、そういう生き物だと思うことにして、セイジを詮索するのを諦めたミーアであった。

 

 




 ミスで投稿してしまいました。楽しんで頂ければ幸いです。


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剣風共撃  2

 ミーアさんのファノヴァール領旅行記です。


 ボルネリア騎士団を蹴散らした後は、何事もなくスムーズに移動することが出来た。ミーアは避難民に声をかけ、情報を収集する事にする。

 避難民の代表者は、ジェレイドという青年だった。ジェレイドは目の前で騎士団に父親を切り殺され、その後父親の後を継ぎ、村長をしていたが神官見習いの少女を襲おうとした騎士団に愛想を尽かし、村民全員でボルネリアから逃げ出したとの事であった。

 行く宛も無かったが、幸いファノヴァール領では人材を募集していると耳にしていたため、一縷の望みをかけてファノヴァール領へ逃げ出したとの事であった。

 

 当初は困難な逃避行になると思っていたジェレイドであったが、まさかボルネリア領を出て直ぐにファノヴァール領兵団と合流出来るとは思ってもいなかったそうだ。合流後は至れり尽せりで、食料の心配までしてくれる始末。領兵団の隊長が言うには、食うものに困って他の貴族領で犯罪を起こされればこちらが困るとの事であった。

 避難民の中には猟師をしていた者も居り、そのように戦う術を持つ者は、領兵団に一時的に組み込まれていた。

 

 「組織的に結構柔軟に出来てるのね。貴族の率いる軍隊はもっとお固い物だと思ってたわ。」

 

 「だいたい何処の貴族軍も、お固いですよ。ファノヴァール軍だけが特殊なのでしょう。」

 

 「そんなに他の貴族軍を知っているの?」

 

 「まぁ、一部ですけど。第三次シエゴラス戦役に従軍させられたもので、それなりには。」

 

 「そう。よく生き残れたわね。」

 

 「えぇ、本当に。あの時も、ファノヴァールの騎士が物資を送ってくれなければ、死んでいました。つくづくファノヴァール伯には縁が有りますね。」

 

 「へえ。その人がファノヴァールの領主なの?」

 

 「いいえ。当時のファノヴァール伯様は、その時の傷が元で数年後に亡くなられました。今のファノヴァール伯は、そのご子息だそうです。しかし、若い割には確りとした人物のようですね。民にも慕われているそうですよ。ウチの領主とは大違いです。おっと、今はウチではない上に、比べる相手も差があり過ぎましたね。月とスッポンです。」

 

 「まぁ、そうでしょうね。」

 

 避難民の長であるジェレイドと話すことが多くなり、避難民の実情を知ることができただけで無く、いろいろな話を聞けたのは幸いであった。

 避難民達は、新しく従うことになる領主が今までの領主とは大違いである事に、自分達の判断が正しかったと安堵しているようであった。まだ会ったことも無いのに安心して良いのかしらと、少しだけミーアは警戒する。逃げ出して、辿り着いた所は更に地獄でしたなんて事は、珍しくも無かったからだ。

 

 更に今度は領兵団の様子を覗う事にした。なるほど、彼等は統率が取れており、全員高いレベルで実力がまとまっているようだ。毎晩、移動後に鍛錬を行っており、ルークはその中で領兵団と手合わせをしたところ、全員に歯が立たなかったとの事であったのだ。

 ルークは元平民にしても、決して腕が劣るような者では無かった。これまで必死にミーアを守って来ており、その実力はミーアもよく知っていた。ルーク自身も研鑽を怠ってきたことは無かったし、その事をミーアも知っていた。ミーアから見ても、それなりにその腕を信用していたのだ。

 しかも、ルークの悪い所や癖を丁寧に修正され、毎日自分の腕が上がっていると実感出来ると言っていた。一時的な加入者にも鍛錬をつけ、指導するとは。それだけ彼等は自分達の力に自信が有るのだろう。

 ミーアはファノヴァール領がどのようなところであるか、興味が湧き出した。

 

 

 あの剣士に連れられ、凡そ一月。遂にファノヴァール領まで到着した。ミーアにとってそこは、見たこともない物に溢れていた。

 そこは平民が皆穏やかで、活気に溢れていた。子供達は皆笑顔で、働いている子供を見ることが無かったのだ。

 

 「ど、どうなってんの?市井で働く子供を見ないなんて。」

 

 「あぁ、6才から15才までの子供は、皆学校で勉強をする決まりに成ってるんだよ。そこでは毎日昼に食事が出るようになってるし、親の居ない子供は、孤児院で保護されている。もちろん彼らも勉強をしているよ。」

 

 「親は何も言わないの?一応働き手でしょう?」

 

 「農繁期は学校は休みなんだ。だから、農家の子供の親も文句は言わないさ。タダで子供に飯を出される上に、勉強も教えてもらえるんだ。」

 

 「勉強だけなの?」

 

 「いや、体を動かす事も行っているよ。やはり体力は必要だからな。希望者には剣術を教える事も有る。将来自警団や、領兵団に入りたい子供は多いからね。」

 

 「へえぇ。ところでセイジ。今回の避難民は何処に行くの?」

 

 「バラバラだな。農家として働きたい者達は、開拓村に連れて行くし、鍛冶職人は職人町に連れて行く。ここまでの旅で、粗方希望は聞いて回ったからな。で、あんた等はファノヴァール領を見て回るんだろう?どうだい、案内役も付けようか?」

 

 「監視?」

 

 「まぁ、ウチの領主様はおおらかすぎてな、貴族のスパイやらを気にしなさ過ぎる。けど俺達は違う。俺達が発明した物をかすめ取ろうとする奴は容赦しない。ま、あんた等は違うだろうが、一応念の為な。」

 

 「分かったわ。それで誰を付けるの?」

 

 「俺だな。今ならそこのルークを毎日鍛えてやる特典もついてくるぜ?お前等もし旅に出るんなら、戦力アップも必要だろ?」

 

 「それは助かる。でも良いのか?あんた実は領兵団の団長だろ?」

 

 「あぁ。だが、領内巡視のついでだから問題ない。それに、正直惹かれたからな。」

 

 「惹かれた?」

 

 「あぁ。家の家訓と同じような志で旅をしているあんた等にな。そんな奴等の視点から見て、ウチの領はどう写るのかも聞いてみたいしな。」

 

 「ふ〜〜ん。ま、そういう事なら良いわよ。ガイド付きで旅行なんて、まるで貴族様にでも成った気分ね。それじゃ、エスコートよろしくね。」

 

 

 一瞬ドキリとしたミーアだが、見事に肩透かしを食らって鼻白んだが、直ぐに調子を取り戻した。領内を見て回るチャンスでは有るのだ。どうやらこの男も、基本的には良い奴なのだろう。裏の方まで見せてくれるかは疑問だが、自分達は民の生活を知れれば良いのだ。

 そこに虐げられている者は居ないか?さあ見せて貰おうじゃない、真実のファノヴァール領を。

 

 こうして2週間に渡る、領内査察(ミーア視点)が行われた。

 

 

 結果は、ファノヴァール領内の治安の良さと、平民の生活レベルの高さ、子供の識字率の高さなど、今まで見たことも無いような平民の暮らしに啞然とさせられるばかりであった。

 

 



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剣風共撃  3

 知識チートねえさん、久々の登場です。


 家の弟は、結構な人たらしだ。しかもあいつは無自覚だから始末に悪い。

 

 家の家訓を馬鹿正直に守り、行く先々で事件を力技で解決に導けば、そりゃあ老若男女弟を慕うものが現れるだろう。何処の北○神拳継承者だ。

 領内の人気を領主様と二分する程の勢いだ。そんな弟が団長を務めるファノヴァール領兵団。

 元々ファノヴァール家お抱えの騎士団の補助的な扱い、言わば下部組織の筈であったものが、いつの間にか立場を逆転させてしまっていた。

 

 少数ながら騎士団を持っていたのは、即応部隊が必要で有ったためであるが、ファノヴァール家が任される戦場が激しい戦場が多いため、人員、器材ともに消耗が激しく、戦力の維持には困難を極めたそうだ。

 今も騎士は居るが、彼等はその規模を縮小させ、今では領兵団の騎馬部隊となっている。

 

 元々お抱え騎士団であった彼等と衝突が無かったのか疑問に思っていたが、弟の実力に舌を巻き進んで弟に師事を乞うあたり、流石は脳筋のファノヴァール家臣だと感心したものだ。

 弟自身は出世欲など無く、団長の地位も煩わしそうにしているが、仕事自体は性に合っているのだろう。喜々として仕事に励んでいる。

 

 そんな弟が今日家に連れてきたのは、槍を持ったイケメンの青年と、驚くほどの美少女。避難民護衛の任務から真っ直ぐ領内巡視まで付き合わせたとの事であった。

 二人の旅の目的が、家の家訓に似ていたから気に入ったとかなんとか。そんな危ない目的をたった二人でやろうとするとは、なんと無謀な!路銀も勿体ないから、暫く家で居候させたいとの事だが、急に連れてきて何を言い出すのやら。

 

 「まぁまぁ、そんな立派な志で旅をしていたのね〜。大変だったでしょう?暫くは家に居てくれていいわよ。今夜は二人も増えたから、頑張ってお料理を作らなくっちゃ♡」

 

 マ、ママン。それだけでいいの?そりゃあ家は、よそよりも裕福では有るけど、家には研究資料やら、知られたくない物も有るって言うのに。

 

 「ふむ、お主。槍は、自己流だな?それで相方を守るのも大変であっただろう。俺は剣術しか知らないが、ある程度は槍の使い方も分かる。お主の武器は手槍だから、間合いもあまり変わらない。身体の動かし方や、目の付け方など教えられる事は有るだろう。暇を見て教えよう。」

 

 「助かるよ、親父。」

 

 「ありがとうございます。暫くお世話になります。」

 

 パパンもセイちゃんも何言ってるの。本当に家もお人好しばかりなんだから。私がしっかりしないと!

 

 「はいはい、取り敢えずみんな、お風呂に入っちゃいなさい。ミーアちゃんはメグミちゃんと一緒にお風呂に入るのよ。お姉さんなんだから、お風呂の入り方を教えてあげてね。」

 

 「ハ〜イ。んじゃ、行こうか。」

 

 先程まで警戒はしていたが、美少女とお風呂・・・。少しワクワクするわね。ミーアちゃんをお風呂に案内する。換えの下着と服を用意してお風呂にレッツゴーだ。

 

 「はいミーアちゃん、これタオル(手拭い)ね。服と下着は全部脱いでそこの籠に入れてね?後で全部洗うから。」

 

 「は、はい。」

 

 素直に付いてくる美少女。さあ、楽しみはこれからだ。ファノヴァール製のシャンプーとリンス。それに固形石鹸で隅々まで磨き上げてくれるわ!ケケケケケケ。

 

 

 ここって、セイジが言うには平民の家よね?豪商の家という程では無いけど、十分に広い家だわ。それになんと言ってもお風呂!まるで何処かのお姫様になったような気分だわ。

 でもメグミさん、その辺りは手が届くので自分で出来ます。ハイ、公衆浴場でお風呂の入り方は覚えてます。ちょっと落ち着きましょう、目が怖いです。良いですね?OK。さあ、全身洗いましたし、浴槽に入りましょう。ふ〜〜〜。極楽極楽。

 それにしてもここの領は、おかしい。こんな田舎なのに各地区に公衆浴場が有り、庶民の衛生状態は極めて良好。そして王都をも上回るだろう識字率。おそらく、王都でもここまで識字率は高くない筈よ。どうなってるのかしらね。平民に対し、タダで教育を施すメリットは何なの?

 

 「どうしたのミーアちゃん?難しい顔して。」

 

 「あぁ、メグミさん。どうしてこの領は、平民に教育を施したり、税を他所よりも低くしたりするの?他所よりも収入が有るのは分かるけど、税を他所の領主と同じにすればファノヴァール家はもっと栄えるはずよね?」

 

 「う〜ん、あの一族は余り富に興味が無いからね〜。でもね、平民に教育を施すメリットは、かなり大きいわよ?」

 

 「どういう事?」

 

 「例えば、作物の植え付け。ちゃんと記録して、毎年改善していけば、それだけで作物の収穫は増えるわ。また、新しい方法を見つけるかもしれない。実際ファノヴァール領の収穫量は他所よりも多い筈よ。自分達で工夫してより良いやり方を彼等自身で行う事で収穫量アップにつながったのね、きっと。」

 

 実は数年かけて小麦の品種改良をし、腰高の小麦いわゆる短稈種を作った等とは口が裂けても言えないが、教育の重要性をミーアに語った。

 

 「さて、十分温まったし、もう出ようか?」

 

 「は、はい。」

 

 流石に不味いと思ったのか、話題転換を試み、風呂から上がろうとしたメグミであったが、ミーアはメグミの博識に驚いていた。そして気付いた。彼女がおそらくファノヴァール領の発展に寄与している事に。

 しかしミーアは、それ自体にあまり興味を持ってはいなかった。凄い女性だなあと思うだけだったのである。何故なら彼女は、その知識が平民の生活の向上に寄与していると分かっただけで満足であり、彼女の重要性にあまり気付いていなかったのである。

 もし、今の会話をジェレイド青年が聞いていれば、土下座をしてでも教えを乞うだろうなとは思っても、どうせ領内で広まっているのだから、彼等もその恩恵を受けるだろうぐらいにしか思ってなかったのだ。

 彼女が知りたかった事は、ファノヴァール家が領民にとって害悪であるかどうかであったが、この二週間ほどでその答えは出ている。

 いや、ファノヴァール領に入ったその日の内に答えは出ていたのだ。そして、彼女はこうも思った。

 

 <王国の全ての貴族がファノヴァール家のように、民を慈しむ政を行っていれば>と。それ程にこの地は平民にとっての理想郷だったのである。

 そして、この地を守りたいという想いも芽生え始めていた。

 

 




 少し前回の戦いの前の話が続きます。話が進みませんww。


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剣風共撃  4

 アレス、ボルネリアからの民を籠絡すの巻。


 ミーア達がヒムラ家で生活を始めて2〜3日後、王都から領主アレス・ファノヴァールが帰還した。

 アレスが領主邸に戻り初めにした事は、セイジとの模擬戦だった。

 

 「すまんなセイジ。俺の腕が鈍ってないか確かめたい。なにぶん稽古相手がガルムスだけだったんでな、手加減無しの稽古が出来てない。」

 

 「まぁ、お前に付き合えるのは俺ぐらいの物だろうからな。そりゃあ仕方ない。最初は軽く流すか?」

 

 「いや、軽く汗は流した。全力で頼む。」

 

 「そんじゃ、気合い入れていけよ?」

 

 両手にそれぞれ一本の木剣を構えたアレスと、左腰に一本の木刀を差し、柄に右手をそえたセイジ。静かにお互いを睨み合っていたが、セイジが先に動き出す。

 

 目で追えない速さで間合いに入った途端、抜刀術でアレスに打ち込む。左手の木剣でその一撃を受け止め、右手の木剣がセイジを襲う。

 

 一撃を受け止められた瞬間、左前方に移動しながら右手の木剣をいなし、そのまま切り上げ。間一髪、左手の木剣で受け止め、その勢いのまま振り抜く。振り抜かれながら、後方に跳び右足でアレスの顎先を狙う。アレスはスウェーバックする事により、紙一重でセイジの蹴りを躱した。その後も領兵団が見守る中、嵐のような剣戟が続く。

 

 

 

 「化け物が二人も・・・。」

 

 ルークは思わず口に出した後、周囲を見渡した。すると周りの領兵団がこちらを自慢気な顔で見ていた。

 

 「ルークは他所からの加入組だからな、そんな反応になると思ってたよ。」

 

 「オーリック、どうなってるんだこの土地は?何故貴族である領主様があんなに強い必要がある?」

 

 「ハハハ、代々ファノヴァール家の当主様は戦場に出れば必ず手柄を立ててきた家柄だ。しかも、その褒美を殆ど受け取らない。その武力から、ウチの領内は盗賊の類も近寄らないし、入って来たらご領主様が先頭に立ち殲滅なされる。昔から治安だけは良かったんだウチは。最近は、ウチの隊長が領兵団に入ってな。あの実力であれよあれよと昇進されて、今じゃあ領兵団のトップだ。隊長に救われて領兵団に入った奴も少なくない。ま、なにはともあれ、うちの領民はご領主様を慕っているのさ。大した手柄も立ててないくせに、威張り散らす他所の貴族様とウチの領主様は全然違うってな。」

 

 「まぁ、良い意味で型破りな一族では有るよな。」

 

 この力が民に向けられてこなかった事に、ルークは安堵する。世界は広いというが、あんな化け物達が同じ領内で切磋琢磨しているとは思いもしなかった。あんなの同じ時代に一人だけで充分だろう。セイジだけでも驚いたのに、同等の力を持った者がもう一人居るとは。これはミーアに教えて置かなければな。

 周囲を見渡すと、同じように感じている奴も少なくないようだ。今回避難してきて、領兵団に入った連中も同じような顔をしていた。

 

 

 

 

 

 理不尽。まさにこの一言に尽きる。<オーセルの賢者>などと呼ばれた私でも理解不能の一言に尽きる。こんな化け物じみた人物が、二人もいるとは誰が想像出来ただろう。

 

 ボルネリア領から逃げ出す時、私は反乱を起こすか、村人総出で逃げるかの決断を迫られていた。

 正直、ファノヴァール領の噂は聞いた事が有ったが、貴族の行うことは何処も同じだろうという思いと、これだけの避難民を受け入れられるのかという思いが有ったのである。

 しかし、反乱を起こせば確実に王国が動く。そうなれば、我々は確実に死に至る事になる。僅かな希望を抱き、噂に縋る事しかできなかったというのが本音であり、村人全員の命を代償とした賭けであった。

 

 そして我々は奇跡的に賭けに勝つ事ができた。それが分かったのは、ボルネリア領を出てから直ぐであった。

 武装した一団が我々に接触。自らをファノヴァール領兵団と名乗り、ファノヴァール領までの警護についてくれるという。

 初めは疑った。奴隷商の一団ではないのかと。しかし、色を赤で揃えられた両肩の防具と規律。兵の練度の高さも覗えたため、信用することにした。そして、合流した次の日のボルネリア騎士団との戦闘。理不尽過ぎるほどの個人の武勇を見て、この男がファノヴァールの最大戦力と思った。

 彼を支えるために領兵団に入ったが、その彼と同等の戦力がここにもっ!馬鹿げている。第三次シエゴラス戦役のあの苦労は何だったのかと。彼らほどの力を持つ者など見たことも無かった。あの時彼等が居てくれれば・・・。いかんいかん。当時の彼等はまだ若すぎるか。

 

 「ジェレイド、どうやら俺達は凄まじい場所に来たみたいだな。何だあれ?ファノヴァール領には鬼神の力を手に入れる何かが有るのか?奴らの片方が第三次シエゴラス戦役に居てくれたら、戦局はもっと楽だったのにな。」

 

 「それを言うのは無しですよマシュー。世の中は理不尽なものです。しかし、あの理不尽な力が今後は我々を守ってくれる事に成るのです。心強いではありませんか。」

 

 「だな。本当、あの領から逃げ出して正解だったぜ。オーセル村の連中も、今は活き活きしてるってクライスが言ってたよ。」

 

 「そうですね。全ての貴族が彼のように高い志を持ってくれていたら。」

 

 ファノヴァールの領民に嫉妬してしまうのは仕方が無いだろう。しかし、我々ももうファノヴァールの領民になったのだ。ファノヴァール家を支える一員になると決めたからには、持てる力を尽くさなければ。

 

 ん?終わったようだな。どうやら引き分けらしい。

 

 「総員傾聴!ファノヴァール伯からお言葉が有る!」

 

 全員直立し、ファノヴァール伯に注目する。何が有ったんだろうか?

 

 「全員楽な姿勢を取ってくれ。此度王都にて、ボルネリア侯ランドルフが貴族籍抹消の上、領地没収となった。今後ボルネリア領は王家直轄領となるが、その引き渡しの任をファノヴァール家にお命じになられた。派遣する兵員は500名。兵員の選出は後日発表する。選ばれた者は、努々気を抜かぬよう職務に励んで欲しい。以上だ。」

 

 フフ、フフフフフフ。ボルネリア侯が貴族位剥奪に、領地没収。それに領外追放。ハハハハハハッ!今日の夕食は旨くなりますね〜。どうやらこの国の王は、まともな考えを持つ人物のようで安心しました。あのような愚物を処断する気概の有る人物みたいですね。フフフフ。

 

 「おうい、ジェレイド、マシュー、ちょっと来てくれ。」

 

 セイジ殿に呼ばれたため、走って駆け寄る。

 

 「アレス様、この二人は第三次シエゴラス戦役で実戦経験済みです。右がジェレイド、左がマシュー。マシューは、元々猟師としての一面もあり、弓術に長けています。磨けば光るでしょう。ジェレイドは、ダルム城砦で数々の献策をし、先代様が率いる補給隊到着まで、戦線を保たせた知恵者です。体力的には兵卒として使えないが、軍師としてなら使えます。我軍にはそのような者は居ないが、今後必要になると思います。軍師として採用して良いでしょうか。」

 

 「セイジ、何だその話し方は。いつもどおりで良い、気持ち悪い。良いんじゃないか?確かジェレイドの話は父からも聞いている。確かオーセルの賢者とか言われていたそうだな。見事な用兵であったそうだ。ぜひ我々に力を貸してもらいたい。マシューもよろしくな。セイジにみっちり鍛えられると思うが、頑張ってくれ。」

 

 「「はっ!ありがとうございます!」」

 

 こんなに気軽に貴族に声をかけられたのは初めてだ。これがファノヴァール家か・・・。私の事も把握して頂けていたとは・・・。本当に仕え甲斐の有るお方だ。マシューと一緒に感動に打ち震えていた。

 

 「そうだ、ルーク来てくれ。」

 

 「はい。」

 

 手槍使いの青年がセイジ殿に呼ばれて駆けてきた。

 

 「彼がこの前話した風の魔法使いを守護していたルークだ。」

 

 「ほう、彼が。その魔法使いのお陰で、我軍の被害は皆無だったそうだな。」

 

 「ああ。奴さん達は、立っているのがやっとだったよ。で、今は二人共家で預かっている。ルークの腕は悪くないが、今まで無手勝流でやってきたそうだ。筋は悪くないから鍛えているが、領兵団にはまだ加入していない。」

 

 「良いさ、セイジが気に入ったんだろう?そんな奴等が悪人である筈がない。力無く、虐げられている人々を救う旅をしてたんだろう?お前ん家と一緒だな。我等が領を気に入ってくれればこちらも助かるよ。」

 

 「はい。ミーアもこの領を気に入ってるみたいです。」

 

 「そうか。俺達3人、いや、ミーア殿を入れれば4人だな。立場、身分は違えど、目指すものは同じ筈だ。これからもいい関係を続けられれば良いと思う。よろしくな。」

 

 「いえっ!こちらこそお世話になってます!今後ともよろしくお願いします。」

 

 笑いながら握手をする二人。それを見てジェレイドは思った。

 アレス様は、決して優秀な施政家では無いだろう。彼の根底はあくまでも武人のそれだ。

 しかし、平民と別け隔てなく接する事ができる数少ない貴族だ。そんな人柄に惹かれて優秀な者が集まって来るのだろう。この土地が栄えたのも分かる気がする。

 

 「マシュー、今までの苦労は、この方と出会うための試練だったのかもしれませんね。」

 

 「試練?馬鹿言うな。あんな糞領主が俺達のための試練だと?その考えには断固拒否する。」

 

 「それもそうですね。つまらない事を言いました。」

 

 「あぁ。やっぱりお前は吟遊詩人は向いてねえ。お前は大人しく、俺達に策を考えていた方がお似合いだ。」

 

 「そうですね。あの二人がいる時点で、どのような策を用いても勝てる未来しか見えませんが、少しでも被害が少なくなるよう努力しますよ。」

 

 「あぁ、そうしておけ。期待してるぜ。」

 

 マシューに背中を叩かれ、咳き込んでしまったジェレイドであった。

 

 

 その後、ジェレイドとマシューは歴史に残る一戦に参加することになる。

 

 

 




 原作ベールセール解放軍のトップ達でした。


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剣風共撃  5

 アレスの妹、やっと登場の巻。


 私、エレナ・ファノヴァールは去年までは緑神アトラスの神官として、王都の教会に勤めていた。

 しかし、実家ファノヴァール領の発展に伴い、義兄であり領主と成ったアレスにファノヴァール領に戻るよう要請され、去年からファノヴァール領都の教会で神官を務めることになった。

 

 確かにファノヴァール領の発展は著しい。幼少の頃過ごした長閑なファノヴァール領の面影は少ない。商人が行き交い、その商人を目当てとした宿、商店が乱立し、民の顔は明日への希望に溢れている。元より、どこの領よりも治安だけは良かったのだ。商人も安心して商売に精を出している。発展しない方がおかしい。

 そう、元々のベースとして我が領は、発展に必要な基礎が有ったのだ。しかし如何せん、ファノヴァール領はベールセール王国のどこにでもある、普通の田舎。特に名産品も特産品も無かったのだ。

 それを変えた人物、ファノヴァール領の発展の中心人物は私の憧れの女性、メグミ・ヒムラその人だ。王都に神官の修行に行くまでは、彼女の後ろを良くついて回ったものだ。メグミ姉さんは普段は本当に面倒見の良いお姉ちゃんって感じの人だ。

 しかし、彼女はハッキリ言って天才だ。

 義兄は彼女の弟と無二の親友と言っていいだろうが、メグミさんとの接点は余りない。メグミさんも剣術は習っているらしいが、本人曰く才能が無いらしい。稽古も週に一度しかしておらず、その道は弟に任せると言って憚らない。実際に剣の腕は大したことないとは義兄の言であったが、義兄自体が剣の天才だから本当のところは分からない。

 しかしその頭脳は、ベールセール王国一と言っても過言では無いだろう。

 幼少の頃に手押しポンプなる物を発明し、国王様から金一封を頂いた事を皮切りに、砂糖の発見、ウィスキーやブランデーの開発。公衆浴場、公衆トイレの発案による衛生環境の改善。義務教育の導入により、この領の将来的な発展にも寄与してくれた。他にも色々してくれているけど、挙げていけばきりが無い程、この領にとって多大な恩恵を与えてくれている。

 ウィスキーやブランデーは、この大陸のドワーフ達を唸らせ、義兄の従者であるガルムスは義兄にはタメ口で話すが、メグミ姉さんには絶対に丁寧語で話し、奥さんと娘さんを領に呼び寄せ定住する勢いだ。

 ファノヴァール領では、元々メグミさんやセイジさんの父親であるケンジさんが、鍛造技術を用いて剣を打っていたが、その鍛冶師としての腕が良く、ドワーフ達が教えを乞うほどであったそうだ。それ故ファノヴァール領の事をドワーフ達は、只人ながら凄腕の鍛冶師がいる場所として知れ渡っては居たのだ。

 そう考えると、ヒムラ家のファノヴァール領への貢献は計り知れない。

 

 そんなヒムラさん宅の長男、セイジさんが賊の奇襲にかかり、深手を負わされたとの一報が入った。今年王都から派遣された、青年神官が息咳込んで教会に駆け込んできた。

 セイジさんは現在、領兵団本部で応急治療を受けているそうだが、出血が止まらないらしい。兄の無二の親友で、剣の達人のセイジさんが深手を負うなんて。

 信じられないが、私の実父も騎士としてファノヴァール家に仕え、戦場で命を落とした。命のやり取りをしている以上、絶対は無いのだ。

 震える体を叱咤し、神官長に治療の許可を貰った。

 

 「神官長。私は今から領兵団本部に行きます。どなたか、ヒムラさんのご家族に連絡をお願いします。」

 

 「分かりました。ヒムラさん宅には私が行きましょう。家も近くですし問題ありません。あなたは直ぐに領兵団本部へ。」

 

 「ありがとうございます!」

 

 「馬を待たせてます。こちらへ!」

 

 青年神官は私の手を握り、馬まで引っ張って行く。流石男性、神職でも力は強いのね。自分が最初に跨り、私に手を伸ばす。

 

 「さぁ、掴まって。」

 

 彼の手を握り、彼の前で馬に跨がる。体を半身にして彼に掴まる。

 

 「しっかり掴まってください。」

 

 「はい!」

 

 返事をしたと同時に顔に布をあてられ、私は意識を失った。

 

 

 

 

 

 神官長が我が家に訪れたのは、それから数分の事であったのだろう。伴の者と共に、息咳込んで我が家を訪れた。

 

 「ヒムラさん、大変です!落ち着いて聞いてください。」

 

 「何事ですかな、神官長殿?まぁ水でも飲んでください。お〜い、かあさ〜ん。神官長殿と伴の方にお水をついで来てくれ〜。」

 

 「は〜い。」

 

 のんびりとした家の両親に、しびれを切らすように神官長殿が捲したてる。

 

 「そんな場合ではありません!お宅の息子さんが、賊の奇襲に会い、ゼエ、ハア、お、大怪我を!」

 

 「ん?人違いではありませんか?家の息子はなぁ?」

 

 「えぇ。」

 

 「俺がどうかしたのか?」

 

 家が騒がしくなったから、ミーアとルークを連れて、道場から母屋に戻って来た。

 

 「せ、セイジ殿!?何故!??」

 

 「何故も何も、今日は非番で家の居候を道場で鍛えてたとこですが?」

 

 「「しまったーーーっ!」」

 

 伴の方と声を揃えて叫びだす。

 

 「どうしたのですか?」

 

 「エ、エ、エレナ様が・・・・」

 

 落ち着いて話を聞かせて貰ったところ、今年王都から派遣された青年神官が、俺が賊の奇襲を受け大怪我したと教会に飛び込んだらしい。確か、ジョゼフとか言ったか?顔は笑ってても、眼の奥が笑ってないあの野郎か。

 それに釣られてエレナ様とジョゼフが、領兵団本部に向かったと。

 

 「馬での移動か。ミーア、郊外に向かってる馬の位置って分かるか?」

 

 「ちょっと待ってね。風の精霊よ、、、、。」

 

 ミーアが何やら呪文を唱えること暫し、直ぐに反応があったようだ。

 

 「見つけたわ。恐らくはあれね。私が先導するわよ。」

 

 「助かる。それにしても舐めやがって、糞が!」

 

 「どうしたの?エレナ様って女性は、貴方の大事な人なの?」

 

 「俺のって言うか、現領主様の義妹で、ファノヴァール家の重要人物だ。しかし、今怒ってるのはそれじゃない。」

 

 「どうかされたのかな?拙僧で良ければ話を聞くが?」

 

 「俺が賊如きに遅れを取ると思われたのが我慢ならん。」

 

 「そ、そう。じゃあ、思い知らせてやりなさい、あんたが賊如きに手傷を負わせられないことを。女を攫って何するつもりか分からないけど、そいつ等は生きてても仕方ない下衆みたいだし。害獣駆除に協力するわよ。」

 

 ミーアが口の端を上げて嗤う。本当、良い女だ。

 

 「感謝する。では行こうか。」

 

 ミーアとルークを伴って馬小屋に急ぐ。さて、いったい誰に喧嘩を売ったのか解らせに行くか。

 

 

 



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