ダイの大冒険でメラゴースト転生って無理ゲーじゃね (闇谷 紅)
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第一巻編
一話「初めての星空」


初めましての方は初めまして、お久しぶりの方はお久しぶりです。
再アニメ化すると聞いて、出来心で、つい。



「はぁ」

 

 見上げれば宝石を散りばめたような星空が広がり木々の梢を夜風が揺らす。俺の月並みすぎる比喩表現はさておき、こんなに綺麗な星空を見たのはいつぶりだろうか。

 

「家族で旅行して高原に行った時かな?」

 

 確かシーズンオフのスキー場に横たわって星を見るイベントに参加した時仰いだ空がこんなだった気がする。

 

「まぁ、状況は全然違うけどな」

 

 そうつぶやいたつもりでも、知覚できる言語としてはただメラメラ言ってるだけ。真夜中だというのに俺の周囲は俺自身に照らされて、結構明るく。それでいて昼の様にと言うほどでもない。俺は燃えていた。

 

「と言うか、燃えているでいいんだろうか、これ?」

 

 気が付いたらオレンジ色の人魂モンスターになっていた。きっと転生と言うやつだとおもふ。

 

「アンデッドモンスターになったのを転生って言っていいのかはびみょうだけどな」

 

 俺の知る限り、このモンスターが登場するゲームでは、ナンバリングによって能力どころか種族も違ったりしていたので、アンデッドと断定するのは早計かもしれないけれど。

 

「メラゴースト」

 

 それが今の俺のモンスターとしての名称だ。ゲーム内ではモンスター一の物理攻撃力の低さを誇り、名前に冠してもいる「メラ」と言う炎の球を飛ばす最弱攻撃呪文を一度だけ放てる程度の精神力を持つだけの一発屋。群れに囲まれれば、駆け出しの冒険者なら命を落とすこともあるかもしれないが、俺は一人ぼっち。

 

「とりあえず、メラゴーストってことはこの世界はドラクエの世界のどれかなんだろうけれどさ」

 

 詰んでね、と問うた筈の独言もただ、メラメラという音に変わるだけだった。

 

◇◆◇

 

「と言う訳で、そのヒントを得るためにもまず検証していこう」

 

 メラゴーストと言うモンスターは登場するゲームによって能力が異なる。個人的に一番優遇されていると俺の思うナンバリングで4作目、初登場の時は、直接攻撃を奇妙なジャンプで回避したり、躱した上で分裂して増えるなんてビックリ能力を持っていた。

 

「しかも増えた方は精神力がフル回復してるんだよなぁ」

 

 もし仮に俺が呪文を放ってしまって精神力が尽きて打ち止めだったとしても、分裂した俺はまだ一発メラの呪文が放てる。

 

「もし、この能力持ってた上で協力者がいること前提だけどさ」

 

 わざと手加減して殴ってもらって分裂で増殖し続ければ、いくら雑魚でも数で押せる状況も作れるのではないだろうか。

 

「だとすれば少しぐらいは活路が見えてくるかも……なんてね」

 

 うん、判ってる穴だらけだ。

 

「どこから協力者調達するんだよって話だよな」

 

 現状、ぼっちだし。

 

「だいたい、俺と言うモンスターが存在する時点で、この辺には他にもモンスターが居る可能性がある訳で」

 

 それが俺に対して友好的かどうかもわからない。

 

「ただ、モンスターも指標ではあるんだよ」

 

 ゲームのナンバリングによって出てくるモンスターと出てこないモンスターが居る。だから他の魔物と遭遇するだけでも判断基準になるのだ。

 

「後は人間の旅人とか見かけて盗み聞きするとかだけど」

 

 俺の身体は燃える人魂。

 

「どうやって盗み聞きしろって言うんだよ!」

 

 目立つってレベルじゃねぇ。

 

「と言うか、よく考えたらこんなことしてる場合ナッシングじゃん!」

 

 夜の人魂なんてひたすら目立つ。俺自身の明かりを見つけて誰かが近寄ってくるかもしれない。

 

「ど、どうしよ」

 

 慌てて周囲を見回し不意に目についたのは、地面に落ちた枝。

 

「そうだ――」

 

 追いつめられた時こそ人は真価を発揮できるとでも言うのだろうか。俺はとっさの思い付きをすぐさま実行に移した。

 




次回、二話「それで、ここはどこ?」に続きます。


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二話「それで、ここはどこ?」

そう言えば新アニメのOP、ガーゴイルAかホークマンAかわかりませんけどその後ろにメラゴーストちらっと出てますね。
ぶっちゃけ四話書き終えた後で気が付いたんですけど。


「誰も来ないな」

 

 身体が地面を照らす中、俺は木の枝を集めた上でポツリと呟いた。

 

「炎としての身体が隠せないならとたき火のふりをしてみたんだが、うん」

 

 何かがやってくるようなことはなく、ただ木々の枝が風にザワザワ騒ぐだけ。

 

「ちょっとビビりすぎたかな? いや、そもそも今の俺は脆弱なんだから、用心にこしたことはない筈なんだ」

 

 平穏上等。唐突に通りすがりの勇者とかが現れて、隠れてたのを見抜かれた上で襲いかかってこられたら目も当てられない。

 

「って、今のフラグじゃ――」

 

 割と見通しの暗い現状において、何故俺はあんなことを言ってしまったのだろうか。もし近くに鏡があったら、俺の顔は、たき火に化けたメラゴーストの表情は引きつっていたに違いない。

 

「先生、あそこにたき火がありますよ」

 

 嫌な予感程、現実になるものだ。何故か不思議と聞き覚えのある声に一瞬身を固くした俺は細心の注意を払いつつ声の方を窺い見る。

 

「あ゛」

 

 思わず変な声が漏れた。緑の布の服の上から黒い貫頭衣のようなモノを身に着け、山吹色に近い黄色の鉢巻を頭に装着した少年が、俺を指さしつつ近づいてきているのだ。

 

「確かにあれもドラクエって言えばドラクエだよなぁ」

 

 頭の中の妙に冷静な部分が納得する。少年の名前はおそらくポップ。メラゴーストも登場するゲームであるドラゴンクエストを下敷きにしたマンガの主要登場人物であり、故に俺は今何の世界に居るのかを知らされた。

 

「だ、ダイの大冒険の世界……」

 

 世界を滅ぼそうとする巨悪に勇者が挑み倒すというところはゲームを含んでドラクエの共通点だと思うのだが、その作品では、巨悪の打倒までに割と綱渡り的な場面が多い、加えて。

 

「確かこの世界のモンスターって魔王の邪悪な意思の影響を受けて凶暴化、自分の意思とは関係なく人間を襲うんじゃなかったっけ」

 

 今の身体は、モンスター。下手をすれば、魔王の意思によって自制がきかなくなり人間に襲いかかったところを雑魚モンスターとして返り討ちにあって滅ぶ可能性が高い。

 

「うん、それだけでも詰んでるんですけどね」

 

 おや本当ですねぇと言いつつポップの後ろから現れた髪がカールした眼鏡の人物は、俺の記憶が確かなら、アバン。タイトルにも名の出ている主人公ダイの師になる人物であり、フルネームは確か――。

 

(アバン・何とか・ジュニアール何世、だっけ?)

 

 はっきり思い出せないが、ともかく原作開始前の時点で仲間たちと共に魔王ハドラーに挑み、打倒した正真正銘の勇者だった筈だ。

 

(終わった)

 

 ぶっちゃけ、そのアバンを先生と呼ぶ教え子の少年の呪文一つで消し飛ぶわが身だ。オーバーキルってレベルじゃねぇ。

 

(終わる、モンスターだってばれた時点で終わる)

 

 人魂の身体、見た目は炎だって言うのに俺の身体に寒気が走る。心臓がなさそうな身体だが、元が人間であったからか早鐘のような鼓動の音の幻聴まで聞こえる気がする。既にポップの方に発見されている以上、逃げようとしたところで背中にむかって呪文が飛んできてお陀仏だろう。夜の暗闇の中、発光する俺の身体は隠しようがない。

 

(逃げられないのは、大魔王だけじゃなかったんですね、うん)

 

 それが呪文と言う広いリーチを持つ攻撃手段及び、「逃げ足」と書いて「素早さ」と読むソレに絶望的な差がある俺を含む一部の弱者にのみ限定されるモノだったとしても、なんの慰めにもならない。

 

(たき火だ、俺はたき火だ)

 

 出来るのはただ、無心でたき火のフリを続けることだけだった。

 

 




三話「絶望の時間」に続くメラ。(唐突なメラゴーストっぽい語尾)


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三話「絶望の時間」

 何の因果かメラゴーストに転生してしまった元人間の俺は、暫くの放心と現実逃避の後、自身が危うい立場にあると気づいて慌ててたき火への擬態を試みる。

 

(だが、不要な発言をしてしまったためかそこに何と弟子を連れた勇者が現れてしまうのだった)

 

 もしナレーションが入るとしたら、そんな感じだろうか。ただひたすら無心でたき火の擬態と言うのは、元々一般人だった俺にはきつかったのか、意識の何割かが現実逃避気味にそんなことを考えだして、いかんいかんとと俺は動作ではなく脳内で頭を振る。この身体、脳もなさそうだけどそこは言葉のあやだ。

 

「けど暗くなってましたし、こんなとこにたき火があるなんて助かったっスね、先生」

 

 出来るなら、呑気に師に語りかける少年の言葉に聞き耳を立てて更に情報収集もしたいところだが、圧倒的格上を前にこれ以上余計な気を散らすのは、避けたい。

 

「はっはっは、そうですねと言いたいところですが……」

 

 避けたいところなのだが。

 

「ところでポップ、ここにたき火がある訳ですが、火を熾された方はどちらにいらっしゃるのでしょうね?」

 

 まるで世間話の様に放られた、勇者の疑問に俺は凍り付いた。

 

「えっ、そう言えば」

「ついでに言うなら、人のモノはおろか魔物のモノらしい足跡もありませんよ」

 

 ハッと顔を上げる少年に勇者はさらに不審な点を挙げて行く。それは当然俺の擬態の粗であり、人の様に顔色が変わるなら、俺の顔は今頃青い炎になっていたことだろう。

 

(終わった)

 

 この勇者、絶対俺の擬態に気付いている。言われてみれば、確かに不自然な場所のオンパレードだ。だが、仕方ないじゃないか。

 

(とっさの機転で身を隠そうとしたんだぞ?!)

 

 そんなところまで考えられないし、時間的な余裕もない。ついでにこの身体には足もないので腕に見える炎の部分で延々足跡を付ける作業をするしかない訳だが、足跡がないことに気付いて作業をしていたら確実にポップにそれを見つかっていただろう。

 

(そもそもこの身体、腕力ないしな)

 

 足跡と言っても全体重をかけたモノではなく、申し訳程度に靴底を形どった跡を地面につけるだけになっていた可能性も高い。いつ目の前の勇者師弟に攻撃を繰りだされてもおかしくない状況に遠い目をしてしまうのは、きっと現実逃避だと思う。

 

「先生、それじゃこのたき火は一体」

「そうですね、私が思うに――」

 

 だから、動揺を隠せぬ少年としかつめらしい表情で顎に手を当てる勇者の様子なんて視界に入って居なかった。きっと魔物でしょうなんて続いたあげく剣の一振りで真っ二つにされる展開が待っているとしても、俺は目を背けて居たかった。

 

「お手洗いに行っているのでしょう」

「だぁっ?!」

 

 だが、勇者のつづけたトンでも推理に少年はずっこけ、俺も若干傾いだ。

 

「切羽詰まって、火だけつけてどこかに行ったとすれば、足跡が殆どない理由にもなります」

「なる、ほど?」

 

 少年は微妙に納得がいっていない態だったが、その辺りは俺もだった。見逃されたのか、それとも。だが、わざとか天然か、いずれにしても俺はただたき火のフリを続けるしかできず。

 

「さてと、そろそろ行きましょうか、ポップ」

 

 勇者の方が突然口を開いたのは、それから暫くしてのこと。

 

「もしこの火を熾された方が戻ってきて『この火は俺が熾したんだ。火あたり料を貰おうか』などと言い出されても何ですし」

「はぁ? そんな人いるんッスか?」

「永く旅をしてますとね、色々あるんですよ」

 

 真面目な顔で告げる内容に素っ頓狂な声を上げる少年へ、勇者は口元に苦笑を乗せ遠くを見ると。

 

「では、これで失礼しますよ」

 

 俺の方を一瞥してから勇者は弟子を連れて去ってゆく。

 

「はぁ、助かったぁ」

 

 思わずへにょりと崩れ落ちた俺が、色々なことへ気づいたのはその後、二人が完全に見えなくなってのことだった。

 




四話「失敗」に続くメラ。


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四話「失敗」

 

「あれ? ひょっとして、敢えて見逃された?」

 

 可能性に気づいたのは、もう二人が影も形も見えなくなった後。よくよく考えれば、誰もいないなら、勇者も挨拶なんてする必要はない。

 

「そうなると、何の意図があって見逃し……あ゛」

 

 そこまで考えてから、俺は最大のミスに気付いて固まった。

 

「主要登場人物との接触、無駄にしちまったぁぁぁぁ!」

 

 現状、詰んだと言っても過言のない俺だ。どのみち生き延びられる可能性が低いなら、あそこで土下座でも何でもして、仲間になりたそうに見つめて同行させてもらっておくべきだったのではないか。

 

「魔物を仲間にできるシリーズのものだと例外もあるけど、仲間になったモンスターは成長出来たもんな」

 

 ついでに言うなら、さっきの勇者は魔王の意思の影響をシャットアウトする結界的な呪文の使い手でもあったはずだ。俺は命惜しさのあまり、助かるかもしれない可能性を自分から投げ捨ててしまったという訳だ。

 

「っ、どうする? 今からでも追いかける? いや、最後の挨拶が『今回は見逃しますけど次はないですからね?』的な意味だったとすると出合い頭に斬撃が飛んできても不思議は、ない」

 

 やらかした。俺は完全にやらかした。

 

「おまけに結局、現在地の情報も二人から聞けなかったし」

 

 ここはどんな国の何と言う地方でどこに町や村があるのか、どんなモンスターが生息してるのか、全くわからなかった。解かったのは、ここがダイの大冒険の世界で、主人公であるダイがまだ師である勇者アバンと出会う前の時期だということぐらいだ。

 

「ポップが弟子入りしてるってなると、原作開始前とは言いきれないんだが」

 

 うろ覚えの記憶だとあの少年は主人公より一年先輩の兄弟子だった筈。だが、原作ではその前に偽勇者が主人公の生まれ育った島を荒らしたり、島にやってきたお姫様を暗殺から救う話があって、アバンへの弟子入りはその後だったと記憶している。

 

「うん? 弟子入り……あ゛」

 

 そして、原作の知識を掘り返して気づいたのは、主人公とアバンの出会い。

 

「家族同然に過ごしたモンスターたちが魔王の意思で凶暴化したのをアバンが結界的な呪文で止めるんじゃなかったっけ?」

 

 つまり、魔王の意思とやらがモンスターを凶暴化させるまでもう時間的な猶予は一年もない。

 

「駄目じゃん!」

 

 一年に満たない時間、独力だけで魔王の意思をはねのける方法を見つけ出して実用化までこぎつけるなんて言うのは無理だ。そも、現状の情報では、長くて一年未満だとわかっただけなのだし。

 

「駄目だ、アバンについてゆく以外の助かりそうな道がない……」

 

 逆に言うなら、そこさえクリアしてしまえば一応生きて行くことは出来る。アバンについていって、主人公の暮らす島のモンスターたちのところで新入りとして迎え入れてもらえたらなら、という前提条件はあるが、島はアバンが結界で守護するので、魔王の意思の影響を受けずに暮らしてゆけるのだ。

 

「くそっ、今からで追いつけるのか?」

 

 わからない、だが為さねば俺の助かる道はない。俺はあわてて二人の去った方へ走り始めた、足はないけど。

 

 




五話「走れ、メラゴースト」に続くメラ。


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五話「走れ、メラゴースト」

 

「くっ、どっちに行った?!」

 

 自身が明かりを放つ存在であるが故に、暗くなると遠くが見えづらくなる。その辺りを差っ引いたとしても、俺が二人を追いかけ始めたのは、姿形が見えなくなってしばらく経ってからなのだ。

 

「姿を探そうとしても無駄か? けど」

 

 あの場にいても状況が好転する可能性は低い。だから、ただあの二人が去っていった方向へがむしゃらに向かい。

 

「うわっ」

 

 木の枝とぶつかりそうになった俺はとっさにぴょいんと飛び跳ねて、顔面を殴打されるのを防ぎ。

 

「ふぅ、危ないところだった……」

「ふぅ、危ないところだった……」

 

 安堵の息をついてから、はと一音漏らす。

 

「「気のせいで無ければ、声が重なったような……あ」」

 

 口にしてから横を見ると、そこに居たのはオレンジ色をした人魂の魔物、つまりメラゴーストだ。

 

「「俺?!」」

 

 仰け反るようなリアクションをとれば目の前のメラゴーストも全く同じ動きをする。

 

「「と言うことは、分裂したのか。しかも、リアクションに発言内容まで同じということは、中身も俺と見ていいんだよな?」」

 

 考えてから、尋ねてみようとしたが、言うことが悉く重なる。

 

「「まぁ、この反応から見てあっちも俺みたいだ。そして、この身体はドラクエ4の仕様かもしくは4にのみあった特性の一部を持っている、と」」

 

 物理攻撃を無効化出来るかもしれないのも、分裂して自分を増やせるのもこの世界のモンスターの強さで最弱争いをしそうな立ち位置に居る俺としてはありがたい。

 

「「戦いは数って言うし、ひょんなことから分裂するための協力者が出来た訳だし」」

 

 死ぬ気はないが、志半ばで俺が倒れても、分裂した俺が残る。

 

「「が、念の為あと一匹ぐらいは増えておきたいよね」」

 

 幸運にもアバンとポップに追い付けたとしても、普通のモンスターだと思ってあちらが攻撃してくるかもしれないし、戦闘を避けられたとしても同行させてくれる保証はない。

 

「「と言うか、同行させてくれたら奇跡だ」」

 

 その可能性に賭けたくなるぐらい詰んでいるから俺は二人を追いかけたのであって、他に方法があれば別の方法を選んでいる。

 

「「じゃ、始めるか、ぶっ」」

 

 同時に口を開き、繰り出した腕の一撃が互いをぺしっと打つ。

 

「「ぐ、加減が難しい」」

 

 打たれて自分の身体が非力でよかったとは思うが、攻撃が命中してしまったのはよろしくない。メラゴーストの耐久力は駆け出しの冒険者があっさり倒せるほど低いのだから。

 

「「自分同士で叩き合って両方死んだとか、シャレにならないっと」」

 

 今度は俺も向こうの俺も打撃を避けるが、先ほどのぴょいんと跳ねる回避ではない。だからか、分裂も起こらず。

 

「「これ、意外に難しい」」

 

 うむむと俺達は揃って唸る。

 

「「作戦を変えよう。足を止めて殴り合ってたらアバンにも追い付けない。走ってさっきの再現を狙ってみよう」」

 

 唯一の成功例は自分からの攻撃ではないのだ。俺達は同時に頷くと、また移動を再開する。

 

「ぶべっ」

「うわっ」

 

 その結果が解かれたのは、横並びで走っていたからだ。横手から伸びた木の枝は先に増えた方の俺に当たって、それを見たからオリジナルの俺は何とかぴょいんと身を躱せた。

 

「ぐっ」

「「大丈夫か?」」

 

 俺と新たに増えた俺の声が被る。

 

「あ、ああ。何とか。だが、今ので俺は結構ボロボロだわ」

「「そうか、なら新たに増えた俺を残しておく、お前は休んでて」」

 

 せっかく増えたのにここで死なれては何の為に増えたのかわからない。

 

「アバンのところには俺がゆく。首尾よく仲間にして貰えたなら、お前達も仲間にして貰えないか頼みこんでみる」

「「そうか。だが、失敗して勇者が俺達まで倒しに引き返してくる最悪もあるよな?」」

「確かに」

 

 増えた俺達の指摘もまた至極もっともだ。

 

「「故に、ここで別れよう。俺達は保険としてもう一匹か二匹増えてから幾つかに別れる。全滅だけは避けたい」」

「わかった」

 

 俺達の言うことも至極もっともだった。

 

「だが、最後に言わせてくれ。全部俺だと紛らわしい。そこで俺達の間ではアルファベットでお互いを呼び合わない? 古い方から、A、B、Cと言うように」

 

 幸いと言う訳ではないが、現時点で二匹目の俺はそこそこのダメージを負ってヘロヘロで今なら見分けがつく。

 

「「お前の言うことももっともだ、A。けど、別れた先で俺達が増えたらアルファベットが被るよ?」」

「別れた後は数字を増やしていけばいい。Bの増えたモノなら、B1、B2みたいにな」

「「なるほど」」

 

 BとCはポンと腕を打つが、あいつらも俺なのだ。数秒もすれば同じことに思い至っただろう。

 

「それじゃ、お互い生き延びよう」

「「うん」」

 

 こうして俺は生き延びるために増えた自分達と別れたのだった。

 




主人公、増える。
尚、以後追いかける主人公はメラゴーストAとなります。

次回、六話「再会、なるか?」に続くメラ。


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六話「再会、なるか?」

「「追い付けないな、やっぱり時間を無駄にした間に距離を離されたのかぁ」」

 

 追いかける途中でまた枝とぶつかりそうになって分裂した俺は二重音声でぼやいた。

 

「「方向はあってる筈」」

 

 本当にこっちで良いのか不安になったときにふとアバンの言葉を思い出した俺は、自分から出る明かりを頼りに地面を照らしで見つけたのだ。二人分の足跡を。

 

「「ポップの方はまだ未熟だからだとしても、勇者の方がこう簡単に足取りを追えるようなことをするってのはちょっと不自然な気が」」

 

 弟子に教訓を与えるためわざとそうしているのか、俺の存在に気が付いているが故に敢えて誘っているのか。

 

「「どっちもありそう、だから――ここは俺が先に行こう、え?」」

 

 両者が俺で、Bのような不幸な事故もなく、消耗もしていないからだろうもう一人の俺を残して先に行こうとする意志は見事に被った。

 

「何言ってるの、A」

「いや、それはこっちのセリフなんだけどA1」

 

 とりあえずツッコミは入れるも、どっちも俺なら思考回路は同じなのだ。

 

「「言い争っても時間の無駄にしかならないよね」」

 

 即座に見解の一致を得た俺達は、とりあえずこのまま追跡を続けようと問題を先送りしようとし。

 

「「え」」

 

 先に進もうとしたところで、茂みが揺れた。

 

「「アバン、ではないよね」」

 

 茂みの位置は足跡の向かう先とは別方向だ。

 

「「とな」」

「ブモォォアアアッ」

 

 最後まで言い終えるより早く、それは茂みを突き破って姿を現した。嘴と角、退化した翼を持ち二足で飛び出してきた魔物を俺は知っている。

 

「「あばれうしどりッ!」」

 

 鳥と牛を組み合わせたようなフォルムのそれは俺達の炎の身体を見て興奮しているらしく鼻息が荒い。

 

「「どうする?」」

 

 問いかけたのも自分であるが故にそれが同時に俺達で勝てるのかと言う意味であることも知っている。

 

「「可能性は五分五分」」

 

 俺達がメラの呪文を唱えて放つ火の玉が両方命中すれば仕留められるとは思う。

 

「「けど、先手をとられてこっちのどっちかが倒されたら勝ちはなくなる」」

 

 その上で、こちらは一発しか撃てない攻撃呪文を放ったことで次に遭遇した脅威へ対処するすべがほぼなくなるのだ。

 

「「選択肢は二つ、別れて逃げて片方が確実に生き延びる手段をとるか、ここで戦うか」」

 

 勇者のところにコイツを連れたまま逃げていっては、同行を願うどころではないし、そも追い付くまでコイツから逃げ延びられる保証も自信もない。

 

「「やるしかないか」」

 

 結論はもう一人の俺も同じだったらしい。ここで片方が逃げ伸びても、再び敵対的な他のモンスターと遭遇すれば今以上に拙い状況に置かれるのは変わらず、今なら一つ試せることがある。

 

「果たしてこの身体は敵と戦い、勝つことでレベルアップして成長できるのか」

 

 その疑問の検証をするには持ってこいなのだ。成長出来れば精神力も増強するであろうから、もう呪文を唱えられなくなるという問題も解決する。勝ててレベルが上がればと言う前提条件付きではあるが。

 

「ブモアアアッ」

「しまっ」

 

 だが、俺達は一つミスを犯していた。視界内に居た鳥と牛の合いの子はメラゴーストより素早いのだ。遠距離から撃てる分、呪文の方がリーチがあるとは言え、俺達は逡巡と作戦会議であばれうしどりが距離を詰めるまでの時間を使ってしまっていた。

 

「うおおおおっ」

 

 だから、もう一匹の俺がぴょいんと跳ねて突進を躱せたのはまさに奇蹟だった。

 

「「今だ! メラ!」」

「ブグモオオオオオッ」

 

 数を増やした俺達の呪文を受けて火だるまになったあばれうしどりは悲鳴を上げてのた打ち回り。

 

「か、勝った……」

 

 結局何もできないでいた俺は思わずへたり込んだのだった。

 




尚、あばれうしどりの素早さは10、メラゴーストは8と能力データはドラクエ4のものを参考にしています。

次回、七話「思い知らされた弱さ」に続くメラ。


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七話「思い知らされた弱さ」

「結局、何も出来なかった」

 

 脳内に響くファンファーレの幻聴、そしてたぎってくる力。だが、成長できた喜びよりも罪悪感と情けなさの方が今は大きい。

 

「「気にすることはないよ、俺」」

 

 二重音声で他の俺が慰めてはくれるが、命をかけて戦った他の俺に申し訳なく。

 

「「それに、気にするぐらいならすぐにでもアバンを追ってくれ」」

「っ、そうだよな」

 

 何も言えない俺に他の俺達が続けた言葉は、しごくもっともなもので。

 

「幸いにも精神力は残ってる。首尾よく同行を認められたら、メラで合図を」

「「その必要はない」」

 

 すると続けるよりも早く、残りの俺が否定を返した。

 

「え?」

「「忘れてるかもしれないが、俺達の言葉は普通の人間には理解されないぞ?」」

「あ」

 

 指摘された俺は間抜け顔をさらしていたんじゃないかと思う。

 

「「お前も俺だからな。同じことは考えた。気づいたのが先になったのは、お前が落ち込んでたからだな。そう言う訳で、仮に交渉がうまく行っても、合図のメラを放つ理由をうまく説明できないんじゃ呪文を唱えようとしてるところで『騙して攻撃するつもりだったんだ』とか誤解を招きかねないしな」」

「なるほど、けど」

 

 指摘されて気が付いた。言葉が通じないなら、同行交渉は更にハードモードなのではないかと。

 

「「正直、お前が引き受けてくれて助かったよ」」

「ちょ、おま」

 

 良い笑顔で頷き合う他の俺になんて奴らだと思いかけたが、さっきの戦いで何もできなかった俺にそれを言う資格はきっとない。と言うか、俺が変に罪悪感を抱かないためにこんな言いまわしをしてるんじゃないだろうか。

 

「戦いでは役に立てなくて、ごめん。なら、せめてこの交渉は成立させてみせるよ」

 

 今言葉が通じなくても、一応あてはある。この後アバンが出会う原作の主人公は魔物に育てられていて、魔物と意思疎通ができた筈なのだ。

 

「ダイと出会ったあとってことになると、もう魔王の意思の影響を受けてるころだけど」

 

 幸いここは人気もない自然豊かな森の中の様だし、人と接触するようなことが無いなら、後で迎えに来ることだってできるかもしれない。

 

「「いや、気持ちだけで十分だ。俺も死にたくはないし人は襲いたくないが、原作の流れを考えた場合ここに立ち寄れるかは未知数だし、そもそもここがどこなのかわかっちゃいないしなぁ」」

「あー」

 

 日本列島をベースにしたような大陸が散らばる原作の世界地図の記憶を引っ張り出してみると、確か何か所か森はあった気がするが、原作に出てきて覚えてるのは魔の森と呼ばれたところだけ。

 

「ただ、その森の近くには重要登場人物が一人いるけれど、主人公達と出会った時がポップとの初対面だった気がするから、魔の森ってことはない」

「「ポップを連れてるってことはあの日本の本州モチーフの大陸のどこかなんじゃ?」」

「うーん、その可能性が高い、かな?」

 

 知りえた情報では推理するに不足。やはりどうあっても勇者アバンに追いつき仲間に加えてもらうしかなさそうだ。

 

「正直、危ないことなんてせずに危険とは無縁な場所でのんびり暮らしていたんだけどなぁ」

 

 今のまま何もしなければ、魔王の意思とやらで強制的に凶暴化して人を襲い、ほぼ最弱の魔物として返り討ちに逢う未来しか見えないのだから、仕方ない。

 

「「何か情報を掴んだら教えて欲しいと言いたいところだが」」

「書置きを残しても、不審がられる原因になりそうだし」

 

 今の俺には安全に情報をやり取りする方法が思いつかず。

 

「いや、待てよ? こっそり分裂して分裂したのを伝令役に置いていけばいいんじゃ?」

「「なるほど! けど、あの二人の目を盗んで分裂なんてできるの?」」

「あ゛……いや、相手は勇者でも人間だし、不眠不休での行動は難しい筈。二人いるわけだし、野宿中、交代で見張りにつくのであれば、ポップが見張りの時なら、目を盗んで、こう、何とか出来たら、いいな、的な?」

 

 即座に粗を突っ込まれたが、弟子の少年が見張りの時ならまだ可能性はあると思うんだ。

 

「もっとも、それも仲間にしてもらえたらの話だしなぁ」

「「違いないな」」

 

 言ってくると俺は見送る二匹の俺達を残し走り出したのだった。

 




お願い、死なないでメラゴースト。

かわりは沢山いるとはいえ、あんたが死んだらこのお話はどうなっちゃうの?

必ず殺されるって決まったわけじゃない。うまく仲間になれれば、展望が開けるんだから!

次回、「メラゴースト死す」……じゃなくて、八話「命がけの接触」に続くメラ。


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八話「命がけの接触」

「はぁ、はぁ……あ」

 

 しばらく走った俺は前方に光点を見つけて思わず声を上げた。

 

「何かの明かり……」

 

 俺と言う存在が居る以上、野生のメラゴーストがあそこにもいるという可能性も否定できないが、進行方向からすればそれは勇者達の去った方向。あの二人が火を熾して休息している可能性だってある。

 

「いや、野営するなら普通暗くなる前にするもんだと思うし」

 

 たき火のフリの粗を指摘されたお返しと言う訳ではない、だがあの二人がたき火をしてるとしたら不自然に思える点があって。

 

「それでも、行くしかないんだよな」

 

 何度か見つけた足跡を今後も見つけられるとは限らない。加えて見つけられない内に進行方向を変えられたら見失ってしまうことだってありうるのだ。

 

「問題はどうやって近づくかだけど、姿を隠してゆくのは下策だな」

 

 暗闇では問答無用に目立つボディだから隠れるということ自体難しいのもあるが、気取られないようにして近づいては奇襲するためと思われたって仕方ない。

 

「はぁ、なら」

 

 導き出した結論は、堂々と敢えて姿は隠さずゆっくり近づいてゆくというもの。

 

「向こうがこっちに気づいたら、その場で土下座」

 

 いくらなんでも攻撃の意思がないどころか頭を下げてるぼっち雑魚モンスターへ、いきなり攻撃してくることはないと思いたい。

 

「正直、出来るものなら今すぐ回れ右して帰りたい気分でいっぱいだけど」

 

 一番難易度の低い生き延びられる方法に繋がるのがこれなのだ。送り出してくれた俺達への手前もある、成果なしで帰る訳にもいかなかった。

 

「モンスター?! けどこの距離なら――」

 

 にも関わらず、たき火の側に人影があるなと確認できるところまで近づいたところで、小柄な方の人影が立ち上がってなにか取りだした。

 

「ちょ」

 

 俺と言うモンスターがこれ見よがしに近づいてきてるのだ、間違ってはいない。声を聞いてやっぱりあの二人だったと確信はするものの全力で喜べない状況に、俺は急いで地に伏せようとし。

 

「ポップ、待ってください」

 

 小柄な人影の方の呪文が完成するよりはやく、かけられた制止の声を土下座に移行する途中の状態で聞いた俺は密かに胸をなで下ろす。良かった、問答無用に呪文で消滅ルートは避けられそうだ。

 

「先生、どうして止め」

「あの魔物、こちらに殺気とか敵意を向けていません」

 

 不満げな様子の小柄な影ことポップに大きい方の影が止めた理由を口にし。

 

「それに、先ほどたき火に化けて居たときも襲ってきませんでしたし」

「えっ、あのたき火が、アイツ?!」

 

 続けた説明にポップが驚きの声を上げる一方で、ああやっぱりバレてたんだと俺は空を仰ぎたくなった。

 

「それでもついてきたということは、何かベリー深い理由でもあるんでしょう」

「深い理由、ねぇ」

 

 ポップの声は明らかに疑ってる様子であったが、勝負に出るならここしかない。俺は顔をゆっくり上げると仲間になりたそうに二つの人影の方を見た。何かしゃべってもメラメラ言ってるようにしか受け取られないっぽい俺にできるのはこれぐらいだ。

 

(ジェスチャーしようとして攻撃の前動作って誤解されたら目も当てられないし)

 

 あとは、こうして二人の出方を窺うのみ。

 

「先生、アイツじっとこっちを見てきてるんですけど」

「ふーむ、何か訴えたいけれど人の言葉は話せないとかそういうところでしょうかねぇ……でしたら」

 

 そう前置きしてから、大きい方の人影つまり勇者アバンは俺に向かって歩き出す。

 

「先生?!」

「大丈夫ですよ、ポップ。相変わらず敵意はありません。さて、言葉は話せないようですが、では私達の言っていることは理解できますか?」

 

 掛けられた問いに俺の反応は少し遅れたと思う。だが、きっと仕方ない。ようやく同行交渉のとっかかりまでこぎつけたのだ。

 

「おや、わからないのですか?」

「っ」

 

 それで訝しがられてミスに気付いた俺は慌てて頷き。

 

「おっと、大丈夫の様ですね。では――」

 

 俺がしゃべれないが故にアバンの質問は暫く続いたのだった。

 




 なんとメラゴーストが顔を上げ、仲間にして欲しそうにこちらを見ている。仲間にしてあげますか?

 はい ニアいいえ

次回、九話「理由」に続くメラ


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九話「理由」

「なる程、私の弟子になりたいのですか」

 

 言葉が通じないのは不便だなと思いつつ、俺は勇者の言葉に頷いていた。俺としては魔物の暮らす主人公の故郷まで同行させて貰い、後はそこで安穏と暮らしていければよかったのだが。

 

(ついてゆく理由も説明できないし、現時点で意思疎通に難もあるし)

 

 幾らか受け答えをしてジェスチャーをしても斬りかかられないだろうと思った段階で、俺はポップの方を示し、それから自分を示した。

 

「あの少年があなたについていっているのだから、わたしもついていきたい」

 

 的な意味でのジェスチャーであり、まずは同行許可を得て、理由の部分はその後でごまかすなりどうにかしようと割と後のことは考えない主張だったわけだが、アバンはポップの様に自分の弟子になりたいと俺が望んでいると受け止めたらしい。

 

(あそこで違うって首を横に振ったら話がこじれるもんな)

 

 弟子であれば同行は許される。それにあばれうしどり一匹に殺されかねないままの強さはさすがに心もとない。自衛できるだけの強さが身につくのは俺としても歓迎であったし、それよりなにより俺にアバンの勘違いをスルーさせたのは、とある可能性だ。

 

(ポップと同じ弟子と言うことは、待っているのは魔法使いとしての修行。だったら、本来覚えない、使えない筈の呪文を使えるようにしてもらえるかもしれない)

 

 一番弱い攻撃呪文しか使えない俺としては、無視できるようなモノではない。現時点では精神力が足りず使える呪文は少ないだろうが、修行の結果で精神力が伸びるようなことがあれば、選択肢は増える。

 

(加えて俺にはドラクエの知識がある)

 

 真っ新の状態で呪文を学んでゆくわけではなく、既に効果を知った状態からのスタートだ。座学なら少し下駄をはいた状態からすすめられる訳だし、普通に呪文を習うよりは覚えやすいのではなかろうか。

 

(余裕があれば他のナンバリング作品にのみ出てきた呪文の再現とか、夢は広がるよなぁ)

 

 勘違いされても損はない、むしろ得ばかりだったのだから、俺が頷いたのは必然と言えた。

 

(って、自重しろ俺。強さを求めるのが目的じゃないだろ)

 

 広がりすぎた夢が暴走するのを俺は必死に押さえつけようとし。

 

「って、先生本当にこのモンスターを弟子にする気っスか?」

(っ)

 

 いかにも歓迎していない風のポップの声で我に返った。

 

(そう言えばそうだ)

 

 俺は誤解された形だが、まだ希望を伝えただけ。ポッと出のモンスターが同じ立場として扱われると聞けばポップが不満を覚えるのは理解できるし、アバンも弟子として向かえ入れると言ってくれたわけではない。

 

(流石に無理があったか)

 

 人間であれば、まだ違ったかもしれないが今の俺は二人との意思疎通も苦戦する状況であるし、魔物を連れ歩くのはデメリットがでかい。

 

(よくよく考えたら、村とか町とか入れなくなるもんなぁ)

 

 一部のナンバリング作品では問題なく入れてたケースもあるが、あれはゲームとしてのご都合主義だろうし、確かこの世界では魔族も虐待対象になっていた気がする。

 

(甘かった)

 

 これはもうNOしか返ってくる気がしなくて、俺はへにょりと崩れ落ち。

 

「いいでしょう」

「「ええっ?!」」

 

 

 想定外の答えに思わずポップと反応が被る。俺の言葉は相変わらずメラメラだったけれども。

 

「先生、どうして?」

「ポップ、彼がどんなモンスターか知っていますか?」

 

 当然の疑問を口にした少年へ、勇者は問う。

 

「えっと」

「メラゴースト。不死族、いわゆるアンデッドモンスターの一種で名前の通りメラの呪文を使ってくるのですが、力は弱く、メラの呪文自体も一度しか使えない弱いモンスターなんですよ」

 

 流石と言うべきかアバンはかなり詳しく今の俺の種族を知っていた。

 

「それがどういう」

「彼はポップの呪文一つでやっつけられてしまう程弱いのに、私達を追いかけて来たわけです。たき火のフリでやり過ごした時の出会いは偶然だったかもしれませんが、追いかけて来たのは間違いなく彼の意思。襲ってきたモンスターと間違われて殺されるかもしれないというのに。現にポップはあの時呪文を使おうとしましたよね?」

「っ」

 

 心当たりがあったのかポップが言葉に詰まり、俺の顔は引きつった。やはり俺が発見された時、何かしらの呪文でポップは先手を打って攻撃するつもりだったらしい。

 

「命がけの弟子入りともなれば、突っぱねるのは無情が過ぎるでしょう。もちろん、私に弟子入りするのであれば、その力は正義を守り悪を砕く平和の使徒としてつかってもらわないといけませんが――」

 

 それが弟子入りの条件とアバンは言外に言い。俺はすぐさま頷いて、地に伏せた。元より欲したのは、自衛のための力だったし、悪用するつもりはない。

 

「っ、けど先生、コイツ連れてたら村とかに入れなくなんないっすか?」

「ノープロブレム、白状しちゃいますとそれは今思いついたんですけどね。彼には大きめのカンテラにでも入ってもらおうと思うんですよ。ただの炎と言うことにすれば問題なく村や町にも持ってゆけますし」

 

 それでも残ってる問題をポップが挙げるもアバンはあっさり解決策を口にして見せ。

 

「っ~、お、俺はまだ納得してねぇぞ!」

 

 ちらりと視線の合ったポップはこちらを睨むとぷいっと顔を背ける。

 

(いや、まぁ、無理もないよなぁ)

 

 同じ立場だったら、俺だってふてくされる自信はある。

 

(けど、暫く一緒に居ることを考えると、どこかで関係改善しないと)

 

 首尾よく勇者と同行することに成功しはしたが、どうやら問題は山積みらしかった。

 




ちょっと理由説明がハンパな形になってしまったので、次回は別視点の番外編をお送りします。

勇者アバンがメラゴーストの弟子入りを許した理由とは?

番外1「感傷(勇者アバン視点)」に続くメラ


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番外1「感傷(勇者アバン視点)」

前話の補足回なので、今回は文字数少ないです。申し訳ありません


「ポップには悪いことをしましたねぇ」

 

 こちらに背を向けて横になる弟子の背を眺めて私は呟く。弟子入りを申し出てきたメラゴースト君と再会したここは、元々野営の為に火を熾した場所。一人同行者が増えたとはいっても、予定を変更する理由には及びませんでしたし、ポップも修行をしつつ森の中を歩いてきたのですから、疲れて居る筈。

 

(睡眠時間を削っては行軍のペースも落ちてしまいますし)

 

 修行に身が入らなくなっては元も子もありません。

 

「しかし」

 

 不死族ですかと声には出さず言葉を続ける。命がけで私に弟子入りを望んだ彼は、今熾した火の側でゆらゆらと揺れつつ火の番をしている。

 

(これも何かの縁と言うことでしょうかね)

 

 不意に思い出すのは、あの日地底魔城で戦った一人のモンスター。あのモンスターもまた種族こそ違えど不死族のモンスターでした。地底魔城の門を守っていたその魔物は首から子供が作ったと思われる首飾りを下げていた。

 

「……ワシの……負けだ……力だけじゃなく心においても……!!」

 

 家族がいるのではと考えたら斬れなくなったと話す私に、膝をついたその魔物は願った。

 

「……勇者どの! 恥をしのんでお願い申す……!!」

 

 託されたのはその魔物の養い子、拾い息子として育てていたというヒュンケルと言う名の人間の子供。

 

(強く正しい戦士に育て上げて欲しい、その願いを私は――)

 

 果たすことができなかった。いえ、結論を出すのはまだ早いかもしれませんが。

 

「ま……待ちなさいっ!! ヒュンケル!!!」

「うおおおおお――――――ッ!!」

 

 あの日、託された子を弟子として育てていた私は、制止も聞かず父の敵と剣で突きかかってきたその子を反射的に鞘付きの剣で打ち払ってしまった。

 

「ああっ!! ヒュンケルッ!!」

 

 声を上げた時にはヒュンケルの身体は崖から川に落ち視界に映るのは水柱の名残のみ。

 

(生きているのか、今どこに居るのか)

 

 名を呼びながら周囲を探し回りましたが、その時を境に彼の行方は知れず。

 

(「命がけの弟子入りともなれば、突っぱねるのは無情が過ぎるでしょう」などと言いましたが、結局のところあの時のことを負い目に感じた私の代償行為以外のなにものでもなかったのでしょうね)

 

 我ながら度し難い、そう思います。果たせずにいる願いの代わりにという気持ちが一欠けらもなかったとは言えないのだから。無論、引き受けた以上あのメラゴースト君は正義を守り悪を砕く平和の使徒として立派に育て上げるつもりで、そこに嘘はありません、嘘はありませんが。

 

「すみませんね、貴方も感傷に付き合わせてしまったのかもしれない」

 

 聞こえぬ程度の音量で私はこちらに背を向ける新たな弟子へ密かに詫びたのだった。

 




 と言う訳で、主人公が弟子入りを許されたのは、間接的にどこかの地獄の騎士とその子供のおかげだった模様。

次回、十話「後悔は先に立たない」に続くメラ。


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十話「後悔は先に立たない」

 

「さて、請け負っておいてなんですが私もモンスターの弟子をとるのは初めてですので――」

 

 翌朝、アバンに呼ばれて行ってみると、待っていたのは木の枝を構えた当人だった。

 

「昨晩はただ会話をしただけで、メラゴースト君が何をどれだけできて何ができないかというところまでは知ることができませんでしたからね」

 

 つまり、俺の実力を図ろうとかそう言うことなのだろうが。

 

(どうしろと?)

 

 あばれうしどりとは訳が違う。木の枝と武器こそ思いっきり手加減されているが、その手加減された一撃でこっちはあっさり死ねる自信がある。

 

(とはいえ、何か見込みのあるところ見せないとなぁ)

 

 さっそく弟子になったことを後悔しだした俺だが、新しい呪文とかを教えてもらうためにもこう、そんじょそこらのメラゴーストとは違うってところを見せなきゃ拙いと思うのだ。

 

(俺にできることと言うと、メラの呪文と……えーと、あれ?)

 

 考えてみるが、他に思いつかない。しいて言うなら分裂だが、今のところ狙ってできたモノではなく偶然の産物だ。

 

(アバンの攻撃をぴょいんと避けて分裂からのカウンターを狙う? 無理無理)

 

 相手は原作主人公の剣の師匠であり、魔王すら倒している男なのだ。俺が躱せるような太刀筋の筈がない。

 

(どうにかしてメラの呪文を命中させるしかない、かぁ)

 

 離れていても呪文なら相手に届きはするだろうが、俺の記憶が確かならこの勇者、呪文すら斬撃で斬り裂いた気がする上、斬撃を飛ばす技も持っていたような気がする。

 

(何か、何かないか……あ)

 

 打開策を求めて周囲を見回せば、目についたのは石と、昨晩たき火をした場所でハンパに燃え残った薪。

 

「おや、何か思いついたようですねぇ。オーケー、見せてくださいその思い付きとやらを」

 

 あくまで見極めと言うことでアバン、いや師匠は邪魔をする気はないらしい。

 

(ならっ)

 

 俺は石を拾い上げると師匠目掛けて放り投げる。

 

(うっ腕が短くて投げづらい)

 

 まるで倒れこむような無様な投石フォームだが贅沢は言っていられない。

 

「おっと」

「メラ」

 

 あっさり石を躱されるもそれは想定内、投石を囮にメラの呪文で火の玉を放ち。

 

「なるほど、ですが甘い」

 

 火の玉は案の定木の枝に斬り裂かれる。

 

(これもまだ想定内)

 

 普通のメラゴーストであれば、この時点で詰みだ。二発目のメラを放てる精神力なんて存在しないのだから。

 

(それでも何とかしようと考えたとしたならば――)

 

 俺はそのままたき火跡に向かい、拾い上げた薪を握りしめる。

 

「ほほう、まだ諦めませんか。ナイスガッツです、ですが」

 

 メラゴーストの腕力では物理攻撃は向いていないとでも言うのだろう、解かっている。

 

「では、そろそろ、こちらもうごいちゃいます、よッ」

「ッ」

 

 早い。わかってはいたことだが師匠は早かった。地を蹴って前に飛び出したなどと言語で表現する暇がないほどに早く。とっさにバックジャンプしたつもりが腕は痺れ持っていた筈の薪はどこかに消え。

 

「メラ」

 

 俺の武器を弾き飛ばし木の枝を振り切った師匠に俺はほぼゼロ距離で二発目のメラを放つ。

 

(物理攻撃は最初からフェイント。俺がレベルアップして二発目を撃てると知らなければ)

 

 虚をつける。あの短い間に俺に思いついたのはこれが精いっぱいで。

 

「いやぁ、残念でしたね」

 

 にっこり笑う師匠を見て俺は遅ればせながら思い出していた。この人は魔王ハドラーの爆裂呪文を原作でも素手で握り潰していたということを。俺のお粗末な攻撃呪文がどうなったかなんて言うまでもないだろう。

 

「しかし、普通のメラゴーストは二発もメラは撃てない筈ですし。フェイントを入れてくるなど、攻撃もよく考えられていましたよ」

 

 師匠のフォローにとりあえず頷きつつも思うのは、現実は甘くないということ。

 

(俺にしては頑張ったつもりなんだけど)

 

 実力差を考えれば当たり前の結果なのに酷く凹んだ俺は、よほど気落ちしているように見えたのか。

 

「あー、まぁ、メラゴーストにしてはよくやったんじゃねぇか?」

 

 俺を快く思っていない筈の兄弟子にまで慰められ。

 

(そう、だよな)

 

 幾分か気が軽くなって素直にポップに頭を下げたのだった。

 




いきなりのアバン戦。

負けイベント確定だが、完封されて良いところなし。

次回、十一話「新たな生活、わかったこと」に続くメラ


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十一話「新たな生活、わかったこと」

「では、メラゴースト君の実力もわかったことですし、本日から修行開始と行きましょうか」

 

 告げる師匠の言葉に俺はよろしくお願いしますという代わりに深く頭を下げた。相変わらずメラメラとしか聞こえない言葉では意思疎通を図れない以上、意思はこうして動作で伝えるより他ない。

 

「ポップと同じと言うことですので、メラゴースト君には魔法使いとなってもらいます、そこで……」

 

 俺が見守る中、言葉を溜めた師匠のしたことは腰から鞘付きの剣をはずすことだった。

 

「何を?」

 

 と俺が疑問を口に出すよりも早く地面へ鞘の先端を当てると土を削って何か書き始め。

 

(まさか、破邪の呪文?)

 

 原作で魔王の意思から主人公の身内であるモンスター達を開放する呪文を使うシーンを思い出した俺だが師匠が書き出しているのは五芒星の魔法陣ではなく、二重の丸を等間隔で分割したかのようなモノ。

 

(マホカトールじゃない?!)

 

 魔王の意思とやらで俺が暴れ出したわけではないし、件の呪文を使うような状況ではない。だから、破邪の呪文の魔法陣でないことは納得がゆくが、目の前のモノが何かと聞かれたら俺には答えられず。

 

「さて、こんなところでしょう。これは魔法の儀式、いわゆる呪文契約用の陣です。人はこの陣の中で魔法の儀式を行い呪文との契約をします。こうして契約に成功すれば呪文で魔法を呼び出す、つまり呪文が使えるようになる訳です」

 

 説明されて俺はああそう言えばとこの世界での呪文の扱いを思い出した。

 

「昨晩見た限りあなたはメラの呪文しか使えないようでしたので、まずこの儀式から始めて見ましょう。使える呪文が増えれば、出来ることも増えます」

 

 言っていることはごもっともだが。

 

(問題は俺の精神力だよなぁ)

 

 ナンバリングによっての差異とかあるかもしれないが、メラの呪文は精神力を数値で表記すると2、消費する。今の俺は二発は撃てても三発目は無理の様だから、精神力の最大値は4か5と推測される。

 

(最下級の攻撃呪文だと一番消費が多い広範囲を薙ぎ払える爆裂呪文が5だったっけ。勇者専用とか言われてる雷撃系はそもそも除外するとしてだけど)

 

 4だとするなら一番消費の多いモノとはいえ最下級呪文すら使えない残念っぷりである。

 

「では、準備はいいですか? 最初にあなたに契約してもらう呪文はメラミ。メラの上位呪文で三つの火球が結うように交差しつつ飛び、命中した標的を焼く呪文です」

 

 勿論ですと答えるも、メララとしか師匠には聞こえて居ないだろう。だがそんなことはどうでもいい。漸くメラ以外の呪文も使えるかもしれないのだ。

 

(何が契約できるんだろう? このメラミを含めてメラ系統は大丈夫だと思うけど、魔法使い、魔法使いかぁ)

 

 ワクワクしつつ魔法陣に入り、呪文が使いたいと念じながら意識を集中してゆく。

 

「ほうほう、さっそく契約出来たみたいですね。グッドです」

 

 お褒めの言葉を頂けたが、この呪文との契約って他者からは何の呪文と契約できたかはわからないのだろうか。

 

(試してみようかな、試すだけならタダだろうし)

 

 原作に出てこなかった他のドラクエ作品の呪文も契約は可能なのでは、ふいにそんな欲が頭をもたげ。

 

(原作では最上級とされた極大呪文、その一つ上のランクの呪文とか――)

 

 今の俺では精神力的に扱えない。だが、これからの成長次第ではひょっとしてひょっとするのではとも思い。

 

「陣がまた?」

 

 結果を先に言うなら、契約できた呪文は俺の想像をはるかに超えていた。師匠が幾度か驚きの声を上げるくらいには。

 

(けど、魔法使いになるって認識が最初にあったからかなぁ)

 

 回復呪文は基礎中の基礎であるホイミの呪文すら契約できず、真空の刃で敵を切り刻むバギ系統の呪文も契約に失敗し。

 

「それはそれとして、ちょっと強いメラゴーストかと思えば、あなたも規格外ですねぇ」

 

 えっと振り向く俺に師匠は説明する。陣は本来契約する呪文ごとに異なるのだと。

 

「私は『まずこの儀式から始めて見ましょう』と言いましたね?」

 

 俺はワクワクして聞き逃していたようだけれど、つまり本来なら陣を書き換えて契約を行わなければいけなかったのだろう。

 

(それで僧侶系の呪文と契約できなかった……って訳ないだろ!)

 

 一つの陣で何の呪文とでも契約できるという思い込みが常識を取っ払ったのか。何がどうしてこうなったのかはわからない。

 

(契約、ちゃんとできてるよな?)

 

 今更ながらに不安になるが、確認しようにも精神力が足りなくて試せない。

 

(それでも、使える呪文が増やせることが解かったって言うのは収穫かな)

 

 後で調べてみないといけないこととかが増えはしたが、呪文契約についてはおおむね満足のいく結果が残り。

 

「ところで、何故メラ以外の呪文について知っているのですか?」

 

 師匠に問われて、俺は大きなポカをやらかしたことにようやく気づいた。メラミはアバンが説明してくれたからいい。だが、言われてみれば師匠の問いはもっともなモノであった。

 

「調子に乗るとロクなことにならない」

 

 一つの真理を俺は今知ったのだった。

 




呪文契約については正直迷いました。

が、メラだけだと戦力外確定になって「戦いについてこれないから置いてきた」されてしまいそうでしたので。

次回、十二話「ようやくわかった現在地」に続くメラ。



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十二話「ようやくわかった現在地」

「ふ~む、そう言えばそうでしたね」

 

 一転して窮地に陥った俺を救ったのは、俺の言葉を師匠が理解できないことだった。俺はジェスチャーで苦しい言い訳をしようとしたのだが、どうやらアバンには伝わらなかったようで、それを見て問いつめても納得できる答えが出てくるのは難しいとあちらも思ってくれたらしい。

 

「この件についての話はもう少し後にしますか」

 

 その言葉が師匠から引き出せたことで、俺は密かに胸をなで下ろす。無論、今度こそ油断してはいけないのだが。

 

(この世界の言語って日本語だからなぁ)

 

 アバンの持っていた本をチラ見してようやく思い出したのだが、本に使われていたのが平仮名とカタカナと漢字の組み合わせだったのだ。

 

(つまり筆談なら意思疎通可能と言う訳で)

 

 これに気づかれると、さっきの窮地が再び始まることとなる。

 

(本当にどうしようなぁ)

 

 修行、その座学に至れば、このファンタジー世界っぽいのに言語は日本語という事態にはすぐ直面する。

 

(信頼関係を構築するなら、打ち明けるべきなんだろうけれど)

 

 言葉が通じないからという理由で今後誤魔化せなくなるというデメリットをどうするかという問題が残る。後、さっきのポカをフォローしなくてはいけないという問題も。

 

「では、メラゴースト君はひとまず契約した呪文が使えるようになっているか確認しなさい」

 

 ただ、師匠の次の一言は俺の思惑を吹き飛ばすには充分だった。

 

「魔法の儀式で契約すれば誰でも呪文が使えるわけではない」

 

 見合った精神力が必要と言うのもあるが、実力や呪文への理解その他もろもろが条件をクリアしないと呪文を使うことは出来ないのだそうだ。

 

(そう言えば原作の主人公も契約だけならほとんどの呪文と契約できていたんだっけ)

 

 にもかかわらず、最初はメラすらまともに使えなかった筈だ。つまり、契約に成功しても実力が見合わないなら、いつか使えるようになるかもしれないよってだけのことだというのだ。

 

(俺って、俺って……)

 

 故に浮かれてポカをやらかしたあげく、現状では契約した呪文もほとんど使えない訳だ。俺は再び凹み、立ち直るのに暫しの時間を要した。

 

「ところで先生、ランタンを用意するって言ってましたが、それはどうするんスか? 村も町もこの辺りにはないんでしょ?」

 

 師匠がポップに話しかけられたのは、そんなさ中のこと。

 

「それはそうなんですが。ここはベンガーナの南東。それもベンガーナからはもうずいぶん離れてしまっていますし、このまま南下を続ければ海へ至ります。ので、海沿いにあるであろう村を当たろうかと思ってますよ」

 

 師匠の零した情報を耳が拾ったのは、落ち込んでいたとはいえ、俺が望んでいた現在地についての情報だったからだ。

 

(ベンガーナの南東……大陸を日本の本州に置き換えるとベンガーナは大阪だから、今いるのは三重か和歌山に該当する辺りかな)

 

 もっとも、俺の記憶が確かなら、更に南には大陸が一つあったはず。

 

(その大陸にあるのが確か、パプニカ。原作主人公がアバンに会ったのがパプニカからの依頼だった気がするから)

 

 二人はそのパプニカに向かっている途中、ということだろうか。

 

(と言うことは、魔王の意思とやらが影響をもたらし始めるまでもう時間ってあんまり残ってないんじゃ)

 

 永く見ても数か月後と言う状況に俺は愕然とするのだった。

 




持ち上げて落としてゆくスタイル。

次回、十三話「海を越えて」に続くメラ


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十三話「海を越えて」

お昼の分を前倒し投稿。


「うーん」

 

 修行、移動、修行、野営、大体このサイクルを繰り返し俺達は森の南下を続けていた。先に俺のやらかしたメラ以外の呪文を知っていた件については相変わらず棚上げ状態のまま。俺が打ち明けてくれるのを待っているのか、ちゃんと意思疎通ができるようになるのが先だと判断されたのかはわからない。

 

「さて、もう少しで森を抜けますよ」

 

 そして今は移動の部分に当たるのだが、先を行く二人の後をふよふよついていきながら俺は悩んでいた。

 

(師匠に打ち明けるか否か、そして打ち明けるならどの段階までをか……全部ってのは信じてもらえるかもあるけど、原作知識を獲た師匠の動きによっては俺の原作知識が殆ど死ぬし、下手に原作を改変されると原作では色々綱渡りで何とかなったラスボスの、大魔王の撃破も叶わなくなる恐れがあるわけで)

 

 ならば、この世界で暮らしていた村人か何かだったが、気が付いたらメラゴーストになっていたって方向で打ち明けるべきか。正直に言ってこのパターンも厳しい部分がある。

 

(二次創作でもいいけど小説とか書いてると気づくことなんだけど、作り話って意外に難しいんだよな)

 

 例えば、この世界の村人だったとして、職業は何だったのか。どこの出身で、食べ物的な意味での好物は何か。これだけ質問されただけで、俺は答えに詰まる。

 

(漫画やアニメで見られた人々の営みって一部分だから、文化レベルって奴がはっきりわかんないし、職業はそれについての専門レベルの質問とかしてきそうだもんなぁ、師匠は)

 

 確かアバンは学者の家系だって言っていた気がするので、知識量は俺をはるかに凌駕する。この世界の現実と俺の作り話の生活の文明にズレが、例えば俺の作り話の暮らしをするにはあと百年前後文明が発展してないと無理だなんて事になってたらすぐ気づいて矛盾を指摘してくると思う。

 

(割と酷いポカをやらかした自分の作り話が通じるかって言ったら、無理だよな)

 

 それで原作知識抜きで異世界出身です、と答えた場合、今度は魔法の儀式を嬉々として試みていたことなどが仇になる。異世界人で知識が皆無なら、いくつもの呪文と契約できたのが不自然だからだ。

 

(物語の中に出てきた魔法を使えないか試してみたんですっていい訳は可能だけど)

 

 わかっている、ここまで考えたことで異世界出身で物語の魔法を試してみたというのか一番粗がないってことは。

 

(物語として挙げるのは他のドラクエのナンバリングから選べばいい、ここまではいい。ただ)

 

 ただ、俺の話を元にしてアバンが原作にない呪文を会得したりしてしまったらどうしよう。

 

(ちっぽけな変化がまわりまわって大きな波紋になる、バタフライエフェクトだっけ? ただでさえ俺って異物が弟子入りして原作が若干変わってしまってるって言うのに)

 

 俺が原作知識を生かして生き延びることを最優先するなら、余計な改変は起こさない方がいい。起こしてはいけない。

 

(そのツケを払えるどころか生き抜ける気もしないのが現状の俺の強さだもんなぁ)

 

 今できるのはメラの呪文、そして修行の成果で単体の防御力を大きく上げるスカラの呪文、そして氷のつぶてで単体を攻撃するヒャドの呪文が使えるようにはなっているが、今後主人公一行が戦うであろう強敵の数々を思い浮かべると誤差の範囲だ。

 

(一応、スカラで守りを高めて耐えつつぴょいんで分裂を狙うって戦法がとれるようにはなったわけなんだけど)

 

 加えて、メラゴーストなのに氷の呪文を使うというのは、相手の意表を突けるのではないだろうか。

 

(まぁ、意表をついても師匠とかには通用しなさそうですけどね)

 

 戦力的な彼我に差がありすぎて視線がつい遠くなる。

 

(と、声には出さずいろいろぼやいてみたけど)

 

 海が近いというなら、決めなくてはならない。現在俺にできる意思疎通はジェスチャーと筆談だけだ。砂浜があれば、地面に文字を書いて伝えられるが海に出てしまえば筆談は出来ない。大きな船に乗るならモンスターの俺は出歩けないからジェスチャーも無理かもしれない。

 

(海が見えたところが、俺の分水嶺だ)

 

 そこまでに決めねばならず。

 

「師匠」

「おや、どうしました?」

 

 声をかけたからこそ、内容がわからずとも何か伝えたいことがあるとはわかってくれたらしい。まだ海が見えていないので俺がしたことは、枝を拾って地面に十文字足らずの字を書いただけだ。

 

「海辺に着いたらお話が」

「……わかりました」

 

 短い沈黙を挟んで師匠は頷き。

 

◇◆◇

 

「しかし、古くなった灯台のモノが手に入るとはラッキーでしたねぇ」

 

 翌日、俺は大きなランタンの中に入って波に揺られていた。迷いに迷って、最終的には異世界出身の人間で気が付いたらメラゴーストであったこと、呪文についてはドラクエⅢのことを物語と知っていて、それを元に再現できないかを試みたということにした。

 

(ドラクエⅢの世界って実在世界の地図を参考にした世界だし)

 

 俺が魔法使いと聞いて連想したのもこのⅢの魔法使いだったので、齟齬も出にくいと思う。

 

(これで……よかったんだよな?)

 

 波に翻弄されて上下に揺れる視界の中で俺は声に出さず自問自答する。だが、未来のことなど今の俺には知りようもないのだ。

 




タイトル詐欺にならないよう海にこぎ出しました。

打ち明けた部分に関しては、回想シーンで次回ということで。

十四話「告白」に続くメラ。


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十四話「告白」

風邪ひいたっぽいので夜の分を前倒し投稿。

今日は早めに寝る予定。


「しかし、あの時は本当に緊張したなぁ」

 

 俺の意識は記憶を船出より更に遡り、砂浜のある海辺へたどり着いたところまで戻る。

 

「ポップ、私の記憶ではあちらの方角に漁村があったと思いますので、走りこみがてら確認してきなさい」

 

 そう、不審に思われることない理由で兄弟子を遠ざけるのもおそらくは師匠の気遣いだ。

 

(ポップと言えば、弟子入り直後は歓迎されてないの明らかだったけど、あれも怪我の功名って言うのかなぁ)

 

 俺が何かやらかして凹むのを繰り返していたせいか、態度も軟化して時々慰めてくれたりするぐらいに人間関係は改善されている。代償としてポップから見た俺の評価はことあるごとに失敗して凹み続ける落ちこぼれとかそんな感じだろうが。

 

(ま、まぁ、どうせ主人公の故郷、魔物達の住む南海の孤島で俺はフェードアウトするわけだし)

 

 若干モヤモヤはするが、ここは割り切ろう。そも、今は兄弟子との人間関係や自身への評価について考えて居る場合じゃない。

 

「さて」

 

 俺が黙ってまごついていたからだろうか、促すように口を開いた師匠にびくりと震えた俺は頷いて落ちて居た枝を拾い浜辺の砂へ先端を近づける。

 

(決めた筈だけど、だからって緊張しない理由にはなんないもんな)

 

 信用してもらえるだろうかという不安と、真剣なまなざしを向けてくることで感じるプレッシャー。

 

「俺はもともと人間で、気が付いたらこんな姿であの森に居ました」

 

 緊張に強張りそうになりつつ腕を動かし、最初に書いた文は作り話にも事実にもつなげられるモノ。

 

「なる程、メラゴーストにしては敵意も殺気も向けてこなかったのはそう言う理由でしたか。元が人間だったというなら、私達についてきたのも得心が行きます。では、呪文の知識も人の時のもので?」

 

 俺は師匠の問いに頷くと、更に文字を書き出す。厳密に言うならそれは物語の中に出てきたモノで、自分はどうやらこの世界とは別の世界の人間であったこと。

 

「別の世界、ですか。にわかには信じられませんが」

 

 そう言うアバンに俺も頷きつつ、同感ですと砂に書く。

 

「自分の身に起こったことで無ければ俺も信じられなかったと思います。それでも、これが現実で、日を跨いでもこの身体は師匠の言うメラゴーストのままでした」

「『日を跨いで』ということは、メラゴースト君も現実ではないのではないかと疑っていたのですね?」

 

 すぐにはいと砂に描いた俺は、夢なのではないかと思いましたと続けた。

 

「ですが、起きても精神力が回復こそしたものの、姿は相変わらずで」

 

 今に至ると説明した上で、俺は人だったころの出身地や、好物についてアバンに話した。作り話と言うモノは精密にじっくり作らなければ、矛盾点からボロが出たりするが、事実を基にした場合はその逆だ。予想だにしない質問をされたとしても、現実だからこそすぐに対処できる。

 

「確かに聞いたことのない国の名、町の名前。そして、貴方の好物のざるそばという料理も聞いたことのないものですね。料理の方は後学のためにも一度食べてみたいなとは思いましたが」

 

 ファンタジーな世界だからこそ、和食を挙げたがこれも正解だったのだろう。アバンはこちらの話を信じてくれたようであり。

 

「それより気になるのは、メラゴースト君の呪文の知識の元となった物語の方ですね。その故郷を仲間と旅立ち、魔王そして大魔王を討ち世界に光を取り戻した勇者のお話には興味があります」

 

 食い付いてくることは予想と覚悟ができて居た方の申し出については、兄弟子の修行の妨げにならないのであればと条件付けしたものの頷いておいた。

 

「俺が無理を言って弟子にして貰った分、あの人の修行時間が短くなってますよね。その分の埋め合わせをしたいぐらいなんですけど」

「更にポップの修行の時間が減っては本末転倒、と。なるほどなるほど」

 

 俺の言い分に理があると思ったのか、師匠は条件についても納得してくれ。

 

「では、ポップが戻ってくるまでなら何の問題もありませんね。それから、貴方にはここで待っていてもらいます」

 

 流石に村までメラゴースト君は連れていけませんからねぇと言われれば、こちらも納得するより他なく。俺は俺の知るドラクエⅢの物語を砂に書き出しながら兄弟子を待つことになったのだった。

 




次回、十五話「船に揺られて」に続くメラ。


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十五話「船に揺られて」

目が覚めたのでちょっとだけ前倒し投稿。


「おっと、ここまでのようですね」

 

 漁村が俺の想像するより近かったのか、兄弟子の身体能力が高かったのか、ポップが戻ってくる姿が見えたところで師匠の言葉に頷いた俺は師匠にも手伝ってもらって砂の上の文字を消し始めたが、書けたことはそれほど多くはなかった。物語として書き出した勇者の故郷アリアハンには、ルイーダの酒場に職業登録所、メダルを集める井戸在住のオッサンなど特筆しておくこともたくさんあったからだ。

 

「先生、ただいま戻りました」

「ごくろうさま、その様子ですと私の記憶に間違いはなかったようですね」

 

 師匠の言葉を首肯した兄弟子は、付近を通る船舶の為か古びた灯台があるとも話し。後にこの灯台に備え付けられていた古い大きなランタンを譲ってもらって師匠達が戻ってくることになるのだが、俺はまだ知る由もなく。

 

「では、メラゴースト君はここで待っていてください」

 

 師匠にそう言われ頷きを返した後は、砂浜で時間の有効活用に瞑想を始め。

 

◇◆◇

 

(戻ってきたと思ったら、師匠は小舟担いでるし、ポップはでっかいランタン背負ってるし)

 

 その後、師匠の背負ってきた小舟で海に漕ぎ出し、今に至るという訳だ。

 

(この海を越えたらホルキア大陸だっけ?)

 

 この世界にはギルドメイン大陸、ラインリバー大陸、マルノーラ大陸、そしてホルキア大陸と言う四つの大陸と死の大地と呼ばれる陸地からなる。俺がしっかり名前を覚えていたのは、本州モチーフであろうギルドメイン大陸のみ。元の日本列島とは配置が違うが、ラインリバーが九州、マルノーラが北海道で、ホルキアはおそらく四国モチーフの大陸なのだと思う。

 

(そして、ホルキア大陸にあるのがパプニカの国、かぁ)

 

 原作を知るが故にこの世界の国は大魔王の軍勢に滅ぼされたり甚大な被害を受けることを俺は知っている。だが、今の俺はメラゴーストで、軍勢を構成する末端のモンスターにすら勝つのは難しいだろう。

 

(仮に何とかできるぐらい強くなったとしても、原作崩壊を引き起こすと強くなった俺でもどうしようもない強敵が前倒しして出てきて詰むのが目に見えてるしな)

 

 未来を知って、それでいてどうにもできない状況は俺をモヤモヤさせる。

 

(パプニカについたら分裂して俺をどこかに潜ませておこうかな? いや、分裂して潜ませておいたとしても魔王の意思の影響を受けてパプニカの人に襲いかかってむしろ被害を増やすだけか)

 

 今の俺だとあっさり返り討ちに合いそうな気もするが、それはそれだ。

 

(魔王の意思の影響についてはそれとなく師匠に聞いておいた方が良いよな)

 

 影響をはねのける破邪魔法の存在があるからこそ師匠が俺を受け入れてくれた可能性はあるが、もし他に魔王の意思に呑み込まれない方法があるなら、取れる手段も変わってくる。

 

(例えば、俺が師匠からマホカトールを教わるとか……って、いや、そう言えば俺って僧侶の魔法には適性なかったっぽいんだっけ)

 

 兄弟子は原作で使っていた気もするが、ポップは魔法使いでありながら僧侶の呪文も扱えたのできっと参考にはならないと思う。

 

(うん、参考には?)

 

 そこまで考えて、ふと気づく。諦めるのはまだ早いんじゃないかと。

 

(そう言えば俺のやった魔法の儀式って本来ならメラミと契約する儀式だけだったような)

 

 あれで他の呪文と契約できたことがそもそもおかしいのだが、魔法使いの行使する呪文の陣だから魔法使いの呪文しか契約できなかったという可能性はないだろうか。

 

(そもそも最初の弟子入りにも行き違いがあったしなぁ)

 

 兄弟子は魔法使いになるコースで、その兄弟子を示したから俺も現在魔法使いになる修行を受けて居る筈だ。

 

(僧侶とか賢者になる為の修行も受けたいって話せば、回復呪文とかを覚えられるかもしれないのでは?)

 

 もちろん、あくまで可能性の話だ。ここまでのパターンを鑑みるにこの可能性に賭けたけど駄目でしたという結果で大いに凹むことも考えられる。

 

(と言うか、これまでを振り返るとダメでしたになるような気がしてくるんだけれども)

 

 巨大ランタンの中で俺は駄目だ駄目だと頭を振って嫌な想像を吹き飛ばす。

 

(どっちにしても、この中じゃ師匠に何か伝えることもできやしない)

 

 早く陸地についてくれるよう祈り、俺は瞑想を始めた。現状で最も有効そうな攻撃手段を活かすためにも、この手の修行は疎かに出来ないのもあるが、師匠が座学の授業をしてくれるなんてことが無ければ、他にできることもないのだ。

 

(深く、深く、自身の内面と対話する)

 

 波音も師匠とポップの会話すら聞こえぬほどに集中するんだ。俺は自分へそう言い聞かせた。

 

 




十六話「パプニカへ」へ続くメラ。


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十六話「パプニカへ」

どうでもいいことですが、Ⅳのメラゴーストのステータスをのっけてみたりします。
どれだけひ弱だったか察していただけると幸いかな。

HP MP 攻撃力 守備力 素早さ
12  2   11   12   8

比較対象として、以下はあばれうしどりのステータスです。

HP MP 攻撃力 守備力 素早さ
20  0   22   12   10

ついでにもっと先ですが、原作でレベル18のポップはこんな感じらしいです。

HP MP 攻撃力 守備力 素早さ
86  69   17   17   26

あれ? 武器防具装備すれば格闘戦ではポップと良い勝負になるのかな?(HPの差は考えないモノとすると)


「……長かった」

 

 大陸と大陸を渡るのだ、当然と言えば当然かもしれないがずっと巨大カンテラに押し込まれたままと言う状況も体感時間を引き延ばすのに一役買っていたと思う。

 

「にしても、色々あったなぁ」

 

 漁火代わりにされて食糧調達を手伝ったり、魔物が寄ってくるといけませんからとカンテラ自体に布をかぶせられて長いこと何も見えない時間が続いたり、舟をこぎ続けた師匠のことをつくづく人間離れしてるなと思ったり。

 

(気が付けば陸地が見え始めてるんだもんなぁ)

 

 島と言った規模ではないので、おそらくあれがホルキア大陸なのだろう。

 

(ルーラの呪文の契約は幸いにも成功してるし、こんな船旅もそう何度もないんだろうな)

 

 師匠と共に行くのも原作主人公の故郷までだと思うので、ホルキア大陸から南海の孤島までもう一度船旅はあると思うが、師匠はパプニカからの依頼で主人公の故郷に赴くのだ。流石にパプニカも船ぐらいは用意してくれると思う。

 

(用意してくれなくて小舟を使う場合でもその一回こっきりの筈)

 

 メラゴーストで人間ではないからか、幸いにも船酔いとは無縁の航海だったし、耐えられないこともないのではないだろうか。

 

「おい、メラ公! 陸地が見えて来たぜ、ホラ」

 

 尚、この短い船旅の間に俺は兄弟子からそんな風に呼ばれるようになっていた。ポップはまだ俺が筆談出来ることを知らないし、あちらが名前を尋ねてきても話す言葉がメラメラとしか聞こえてないようなので、仕方ないといえば仕方ないのだが。

 

(この状況だと気づいてましたよと言うのも野暮かな)

 

 一応本当だと言ってから俺は視線を陸地の方へと戻す。

 

(パプニカ、かぁ)

 

 被害が出ることが解かっているからこそ、未だに迷う。少しでも被害を減らせる手立てがあれば、良いとは思うものの良案はなく。

 

(やはり師匠に魔王の意思の影響を俺が受けるかどうか聞いておくべきだよなぁ、ただ)

 

 魔王の意思の影響でモンスターが凶暴化するというのを俺が知っているのは、原作知識によってだ。原作知識を伏せて師匠に尋ねるとするなら、まず魔王の意思でモンスターが凶暴化するという情報を俺が得た元をでっちあげる必要がある。

 

(パプニカの城下町で聞いたとかにするにしても、モンスターの俺が単独行動を許される筈はないし)

 

 それならまだ、物語の話を師匠にするついでに逆にこの世界のことを聞き、師匠の口から話してもらう方が自然だし難易度も低いと思う。

 

「この世界で今後も生きていくとして、気をつけないことがあったら教えてください」

 

 とか、そんなところだろうか。この質問が出てくるまでが遅いのではと訝しまれたら、師匠が一緒だったので当面安全だと思っていたとか何とか言って誤魔化すとして。

 

「二人とも、陸地が見えて興奮するのもいいですがもうすぐ上陸です。上陸の隙をついてモンスターが襲ってくることがあるかもしれませんし油断は禁物ですよ」

「あ、はい」

 

 師匠にたしなめられ、兄弟子が申し訳なさそうに頭を下げるのを隣に上の空だった俺もすみませんと頭を下げる。

 

「わかってもらえればそれでいいです。私はこの小舟を漁村まで返しに行かないといけませんからね」

「へ? あっ、ルーラっスか」

 

 一瞬あっけにとられつつもすぐに答えに思い当たる当たり、流石魔法使いと言うべき何だろう。俺がどういうことかを理解する前にポップの口にした答えに師匠は正解ですと頷くと、小舟が浜に上陸するや否や、濡れたままの小舟を担いで瞬間移動呪文であるルーラの呪文で空へと飛び立っていった。

 

「やっぱすっげぇな、先生は」

 

 ぽかんと空を見上げる兄弟子に俺は同意するしかなく、師匠が空を飛んで戻ってきたのは、しばし後のこと。

 

(そう言えば、こっちのルーラの呪文は村や町みたいな特定の場所だけじゃなくて記憶してる場所にも飛べるんだっけ)

 

 ずいぶん使い勝手が良いなと心から思う。

 

「さて、これからいくつかの村を経由してパプニカのお城へ向かう訳ですが……船上では十分な修行はできませんでしたからね。その遅れも取り返す意味でも――」

「せ、先生それってまさか」

 

 そして、俺が感心してる間に口を開いた師匠の言の途中でポップが顔色を変え。

 

「まさか?」

「あ、いえ、特別ハードコース、とか?」

「いえいえ、後れをとり返すためとはいえコースの変更まではいきませんよ」

 

 問い返されて恐る恐る口にしたモノを師匠はかんらかんらと笑い飛ばし。

 

「ああ、ですがお望みならコースを変えても構いませんよ」

「じょ、冗談じゃないッスよ!! おれは通常の特訓で十分ですからっ!!」

 

 にこりと笑いかける師匠にぶんぶん手を振る兄弟子を見て、俺は原作にもこういう展開があったなぁとふと思い出していた。

 

「では、メラゴースト君。貴方はどうします?」

「え」

 

 ただ、俺としてはこの時予想しておくべきだったのだろう。師匠がこっちにも話を振ってくることを。

 

(うん? けど、これってひょっとしてキツいコースの名目でポップを遠ざけて、色々質問とかする機会を設けてくれたってことなんじゃ)

 

 反応は遅れたが、遅れたからこそ一瞬考えることができ。俺は頷きを返し。

 

「ゲゲっ」

 

 こいつマジかよ的な顔を兄弟子に向けられる中、師匠を見返して。

 

「ナイスガッツです。では、早朝と夕方も特訓ですね」

「E?」

 

 師匠の意図を読み違えたことに俺が気づいたのは、もはや手遅れになってからのことだった。

 




こうかい さき に たたず。

次回、十七話「メラゴーストはレベルが上がった、たぶん」に続くメラ。


尚、今回のバタフライエフェクトは「ポップがルーラの呪文を見る」でした。(原作でポップがルーラの呪文を始めてみたのはマトリフのルーラの模様)



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十七話「メラゴーストはレベルが上がった、たぶん」

 

「もうすでにメラ『ゴースト』な訳だけど、うん」

 

 死ぬとか簡単に口にしたくはない、したくはないものの、口からその言葉が漏れそうなほどに俺はバテていた。

 

(そもそもメラゴーストって非力だからなぁ)

 

 師匠はその辺も加味はしてくれてるのだと思うが、漬物石くらいの石を一個抱えての走り込みを続けただけで俺はもうぐんにょりしている。だが、師匠が休ませてくれるはずなどなく。

 

「よっと」

 

 どこからかバカでかい岩を持ってきた師匠はそれを軽々と地面に置くと、バンバン叩きつつ言った。

 

「ではメラゴースト君はこれを呪文で破壊しちゃってください」

 

 と。

 

「え゛」

 

 俺が顔を引きつらせて固まっても、大丈夫と笑顔を見せ。

 

「メラミの呪文が使えるようになれば、可能ですよ」

 

 なんていうモノだから、口から魂が出かけるくらいに放心したと思う。

 

(たぶん このかだい が こなせるよう に なったら、つぎ は 「もう いちだんかい うえ の きょくだいじゅもん を いちにち で つかえる ように なれ」って いわれるんです よね、わかります)

 

 今更ながらに兄弟子の顔芸の意味を俺は実感しつつ遠い目をしていた。

 

(俺の知ってるⅢの魔法使いだとメラミって15レベルよりもっと先で覚える呪文じゃなかったっけ)

 

 兄弟子が原作初登場でさらに上の極大呪文の方を使ってたので、個人の才覚によってはそう言うのも無視できるのかもしれないが、うん。

 

「待てよ?」

 

 無理な理由やこの先に待ち受ける課題に現実逃避したくなった俺ではあったが、別のことを考えていたからだろうか、唐突に一つのアイデアがひらめいて。

 

「メラ!」

 

 俺は岩に火の玉をぶつけ。

 

「ヒャド!」

 

 すかさず氷のつぶてをぶつける。

 

(極端な温度差を生じさせてやれば、固い岩だって――)

 

 師匠が後ろでほう、と感心した様な声を漏らした気がして、いけると俺は確信し、更に呪文を放って。

 

「呪文の規模がしょぼすぎた」

 

 数分後、中央にヒビの走った岩を前に俺はうなだれていた。きっと、固い鎧に亀裂を入れるとかの条件なら成功していたと思う。だが、初歩の呪文では効果範囲が狭くて岩全体を破壊するには至らなかったのだ。

 

「いや、発想は悪くなかったと思いますよ」

 

 そう、師匠はフォローしてくれるが、結局課題はこなせておらず。ついでに俺は精神力が尽きかけて、もう呪文を放つのは無理な状況。

 

「ちくしょうっ」

 

 苛立ちを腕にのせて俺は八つ当たり気味に岩を叩き。

 

「ぬおおおっ」

 

 岩の固さにむしろ自分がダメージを受けて悶絶する始末。

 

「あ」

「え?」

 

 だから、気づくのが一瞬遅れた。ヒビの広がった岩が砕けて崩れ落ちるのに。

 

「あれ? ひょっとして、課題クリア?」

 

 ゆっくりと師匠の方へ顔を向け窺うと、師匠は首を左右に振り。

 

「残念ですけど、呪文で破壊したわけではありませんからね」

 

 そう言われて、俺は確かにそうだったと頭を抱える。

 

「メラミ!」

「おぉ、グッドです」

 

 結局俺はその日の内にメラミの呪文を使えるようにはならず、岩を呪文で破壊できるようになったのは、温度差を用いることを諦め、一つの呪文を使えるようになることを突き詰めた上で、二日目のことだった。

 




ちなみにメラミの習得は17レベル。

一つの呪文に絞って会得しようとしたということで、このお話では条件の緩和をひっそり行っておりますが、主人公はギラがまだ使えて居なかったので、この回始まる前の時点では5~6レベルだったと思われます。

次回、十八話「国からの依頼」に続くメラミ。


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十八話「国からの依頼」

(けど、失敗した)

 

 師匠が兄弟子を遠ざけ二人だけで会話する時間を作ってくれるための地獄(と書いて特別ハードコースと読む)だと思ったからこそ、コース変更を承諾した俺は、疲労で空いた時間に師匠と話をするどころではなかった。

 

「疲れているようですし、物語についてはまたの機会にしましょうか」

 

 なんてドラクエⅢの話をすることも後日でいいと師匠に言われてしまう程へろへろで、それでもメラミの呪文の習得を始めいくつかの収穫はあった。

 

(あったんだけれど、うん)

 

 いくつかの村に立ち寄りつつパプニカの城下町まで来た俺達の内、俺だけは城下町の宿屋でお留守番と言うことになったのだ。

 

(そりゃ、お城にモンスターは普通連れていけないですもんね)

 

 結果としてこの国の重要人物と接触する機会を失った俺はおとなしくでっかいランタンの中で瞑想を続けることとなる。

 

(この瞑想だって悪いモノではないんだけどね、まぁ)

 

 続けるうちに精神力が成長した気がして、実際に呪文を放てる回数も増えているのだ。他にも呪文の制御技術なんかの向上も見られ、たぶん師匠に弟子入りする前と比べればかなり強くはなってると思う。

 

(とはいえ、模擬戦の相手はポップか師匠だけだもんなぁ)

 

 師匠は強すぎてどれだけ強くなってるかが解からず、ポップは魔法使いとしての先輩で放てる呪文の格はあちらの方が上。兄弟子との戦いとなると、こちらの呪文はあちらの一つ格が上の呪文に呑み込まれて完封されてしまうのだ。

 

(相手が悪いとしか言いようがないよなぁ、うん)

 

 なら、野良モンスターが襲ってくることはないかと言うと、野生の勘が働く相手なら師匠の強さを感じ取って向こうから逃げ出す始末。

 

(鈍くて襲ってくる相手もたまにはいるんだけれど)

 

 まず数が少なく、居たとしても、俺は色々やらかして凹む様を目撃されている。

 

「黙って見てろ」

 

 と兄弟子が俺を制止して呪文で片付けてしまい、実戦の機会は得られずにいる。

 

(ポップからすれば師匠へのアピールだったのかもしれないけど、兄弟子故のプライドって言うのもあるのかな)

 

 あちらからすれば残念なはずの俺が特別ハードコースに喰らいついていこうとしてるように見えるのだ。置いていかれるのは気にいらないが、だからといって同じコースは受けたくない、とか考えて居るのならその行動も不思議はない。

 

(もっとも、原作でポップが倒していた魔物を俺が倒してしまったりしたらポップが原作より弱くなってしまうことも考えられるし)

 

 そもそも大魔王を倒す旅から旅立ち前の時点で離脱する俺が必要以上の強さを身に着ける必要はない。

 

(大丈夫)

 

 リタイヤする理由はもう考えて居るし、タイミングも決めている。不安要素は魔王の意思の影響を俺が受けてしまわないかだけだが、落ち着き先が破邪呪文で魔王の意思から保護された南海の孤島ならば、何の問題もなく。

 

(あとは師匠を待って、原作通りにことが運んでくれたなら、きっとすべてがうまくゆく)

 

 分裂して残してきた俺が唯一気がかりなことだが、あいつらも格好つけで俺を一人送り出したとは考えづらい。

 

(全部俺とはいえあれだけ数が居るんだし、きっと俺一人じゃ思いつかないような解決策でも思いついたんだろう。もしくは――)

 

 俺が思いついても無理だと切り捨てたような案を強行でもしたか。

 

(別行動になったとはいえ、俺なんだから流石にそれはない、よな?)

 

 声には出さず疑問を漏らしても当然答えるものなどおらず。

 

「ん?」

 

 誰もいないと言うことになっているこの宿の一室を外からノックされ、振り返るとノブが回って開いたドアから師匠が姿を見せる。

 

「ただいま、と言う訳にはいきませんからね」

 

 ランタンにただいまを言ってはただのおかしな人だ。師匠がノックに止めたのも至極当然であり、頷きを返せば、師匠はお姫様からの依頼で、南海の孤島に住む少年を一日も早く真の勇者として育て上げてほしいと依頼されたと話し。

 

「これは報酬の前払い分の一部と言うことなのですが」

 

 言いつつ俺に見せたのは、黒い金属製の筒。それが何であるかを俺は原作知識で知っていた。

 

「これは魔法の筒と言って中に生き物を一体だけ封じ込める筒なのですよ」

 

 効果はまさに師匠が説明してくれる通りだが、俺の記憶だとこれをもってるのは、目的地である南海の孤島に居る主人公の育ての親だった筈であり。

 

(ん? 待てよ、黒い……あ)

 

 もう一度筒を見て、その色で俺は思い出した。

 

(そう言えば、他にも持ってた奴はいたっけ)

 

 パプニカの王女を暗殺して実権を握ろうとし、失敗して捕まった悪人の一人が暗殺用の魔物を黒い魔法の筒で持ち込んでいたのだ。テムジンだかバロンだかそんな名前だった気がするが。

 

(それが没収されて、今回前払いの報酬として師匠が貰ってきた、と)

 

 確か筒の前の住人は危険な毒を持つでっかいサソリだったと記憶している。

 

「ランタンの形ではメラゴースト君を連れていけない場所も多いでしょうし」

 

 師匠の説明になる程と思う一方で、そんな機会は次の船旅を除けばもうないと知っている俺は少しだけ複雑だった。

 

「と言う訳で、メラゴースト君にはこの筒に入っていただきます。昼日中に火をともしたカンテラを持ち歩き続けるのは変ですからね」

「あー」

「加えて、ランタンが消えて居れば、ともっていたのはただの火と言うことになるでしょう?」

 

 魔法の筒を師匠が受け取ったことを知るのはお城の中でも一部の人間だけだそうで、故に筒と消えた火を結びつける人間もおそらくは居ない筈ですと師匠は言う。

 

「そういうことなら」

 

 と通じないことは承知の上で言いつつ俺は頷き。

 

「イルイル」

 

 師匠が筒を向けた直後、俺はその中に吸い込まれたのだった。

 




主人公、吸われる。

次回、十九話「こんにちは、原作主人公」に続くメラ。

嗚呼、ようやく原作に交われる。


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十九話「こんにちは、原作主人公」

遅刻しましたすみません。


「それと、彼も弟子のメラゴーストです。ポップ同様に魔法の修行中の身ですね」

 

 どれだけ筒の中にいただろうか。ようやく筒から出されたと思ったら、俺はきめんどうしという種のモンスターと一人の少年へ師匠から紹介されていた。

 

「「も、モンスターが弟子?」」

 

 揃って目を丸くするきめんどうしと少年。原作主人公とその育ての親であることを俺は知っている、知っているがどうしてここまで一気に話が飛んだのか。

 

「よろしく」

 

 状況が呑み込めなかったが、流石に無言は拙いので、俺は初対面の二人に頭を下げ。

 

「それで……その家庭教師がなぜこの島へ?」

 

 弟子としてメラゴーストを紹介されても少しの時間で立ち直って別の質問を投げてきたのは、流石原作主人公の育ての親、だろうか。

 

「もうすでにお気付きでしょうが……」

 

 そこからの流れは概ね原作通りだったと思う。師匠が魔王の復活とこれに伴って溢れだした魔王配下のモンスターが各国を襲撃しだしたこと、ロモスやパプニカと言った国も危機にさらされていることを明かし。

 

「魔王の意思によってモンスターが自分の意思と関係なく暴れさせられていることはわざわざお話するまでもないと思いますが、その意思の影響を弟子のメラゴースト君も受けるのではと言う危惧がありましたので、ちょうど移動の為魔法の筒に入って居てもらった彼にはそのまま今の今まで筒の中にいてもらったという訳です」

 

 その説明は俺側へ対する説明も含んでいるのだろう。

 

(ああ、そう言えば魔王の意思が俺に効くかどうか話す機会もまったくなかったもんな)

 

 筒の中に入っているうちに師匠は凶暴化した魔物と遭遇したり魔王軍のモンスターの襲撃に出くわしたかして、念の為に俺を筒に入れっぱなしにして今に至るという訳だ。原作主人公の島につくなり、島一つを破邪呪文で覆って魔王の意思をシャットアウトし。

 

(安全を確保して俺を出した、と)

 

 確かにこれなら俺に魔王の意思が影響をもたらしていようと何の関係もない。

 

(それはそれとして、実際に影響するかどうかは後できちんと試してみないとな)

 

 これで影響を受けてしまうならこの島に引き籠る理由にだってなる。

 

「……やるっ!!」

 

 俺がそんなことを考えているうちに師匠の話を聞いた原作主人公の少年ことダイが師匠の修行を受けてみますかと言う問いに答えていた。数少ない人間の知り合いが魔王の脅威にさらされ、家族同然に育ったモンスターも魔王の意思によって平和に暮らせないとなれば、座視しては居られないのだろう。

 

(はぁ)

 

 わが身可愛さにこの島に居候させてもらおうと思ってる俺とはえらい違いだ。だが、俺は選ばれた勇者でも何でもないちょっと変わったメラゴーストなのだ、だから許してほしいと思う。

 

(魔王軍との戦闘なんて俺にこなせる訳がないじゃないか)

 

 心の中で吐き出したのもフラグだったのか。徐に師匠が取り出した契約書にサインかハンコを求められてダイとその育ての親がずっこけつつもサインをこなした後のこと。

 

「ケケケーッ!! 人間だ!! 人間が居たぞ!!」

 

 殺せと喧しく騒ぐ二匹の鳥人間ことガーゴイルという魔物の姿を俺はそういえば原作でもあったなこんな流れと見あげ、視界の中で襲い掛かってきたガーゴイルの片割れが破邪呪文の結界に激突し。

 

「あ」

 

 少し遅れて師匠達と一緒に居るところを見られても大丈夫なのかという疑問がわいたが。

 

(……ここなら大丈夫か)

 

 すぐそばにいるきめんどうしにここがモンスターの暮らす孤島だったことを思い出し、その疑問が杞憂であることには気づく。そう、それは杞憂なのだが。

 

「どうやら魔王の偵察隊のようですね」

 

 ガーゴイルたちの役目を看破した師匠はくるりとこちらを向き。

 

「ポップ、メラゴースト君、あいつらをやっつけちゃってください」

 

 まさかの原作ブレイクに、俺まで勘定に入っとると心の中で頭を抱えた。この場面、原作では兄弟子一人が任され、一匹は倒したものの、呪文を封じるマホトーンの呪文で攻撃手段を奪われた兄弟子が危機に陥り、そこを割り込んだ原作主人公に助けられるという流れなのだ。

 

(割り込んだダイがその秘めた力の一端を師匠達に見せつけるシーンでもあるわけだけど、これ、どうしろと?)

 

 俺がもう一匹を受け持って倒してしまうとダイの見せ場が吹っ飛ぶ。かといって何も出来なかったら、師匠の指導力にダイとその育ての親が疑問を持ってしまいかねない。

 

(俺がへまするだけならいつも通りって思ってくれそうなんだけどね……って、あ)

 

 そこまで考えたところでふと気づく。師匠には言葉は通じないが、ここにはモンスターと長年暮らしてきた原作主人公が居る。

 

「師匠、アレと戦うということは結界の外に出ないといけないのですけど、俺って出ても大丈夫なんでしょうか?」

「え? あ」

 

 それは、今思いついたこの戦いに俺が加わらないで済む理由。ダイにはどうやら俺の言っていることが分かったしらしく、すぐにそれを師匠に伝え。

 

「私としたことが失念してましたね。ではポップ、悪いですが――」

「ええーおれ一人ですかぁ~」

 

 こうして何とか俺は原作に近い流れに修正することに成功した。自分を指した兄弟子が恨みがましげにちらっとこっちを見た気もしたが、その不満は元凶の大魔王にでもお願いしたい。

 

(そも、俺のメラミでガーゴイルって倒せたかどうかが不透明だしなぁ)

 

 筒の中でも瞑想はしていたし、その辺も加味して師匠は俺も指名してくれたのだと思う。だが、仮にここでいいところを見せると旅の仲間フラグが立ってしまうかもしれないのだ。

 

(身勝手かもしれなけれど、勇者の旅に足手まといなんていらないからなぁ)

 

 自嘲気味に見上げた空へ兄弟子の呪文で消し炭にされるガーゴイルの断末魔が響いた。

 




二十話「南海の孤島」に続くメラ。


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二十話「南海の孤島」

「うおおおおおっ!!」

 

 師匠の投げた剣を使って、ダイが兄弟子の仕留めそこなった方のガーゴイルを海ごと原作通りに真っ二つにしたのは昨日のこと。明日より真の勇者となる為のキビシー修行が始まりますと話した師匠の言葉通り、早朝から修行は始まっていた。ロープで縛られた一抱えもありそうな石を複数ぶら下げて駆ける原作主人公の背中が俺のはるか先にあり。

 

『きつい』

 

 俺はダイのぶら下げた重りの一つにも満たない石を抱えたまま必死にその背を追いかけていた。

 

「ポップもメラゴースト君も兄弟子なのですからいろいろとダイ君の面倒を見てあげなくてはダメですよ」

 

 と言われてポップと一緒に返事をした翌日の早朝からこの様である。いや、身体能力で原作主人公に勝てる筈がないのはわかり切っていたし、俺は魔法使いコースだから重りが少なくても良い筈ではあるんだけれども。

 

「メラゴースト君、大丈夫?」

 

 とか振り返って弟弟子に尋ねられると、うん、些少凹んだって仕方ないと思うんだ。尚、ダイと言う通訳との出会いで間接的に意思疎通が可能となった訳だけれども、俺は相変わらずメラゴーストと呼ばれている。

 

「ところで、このメラゴーストさんには名前とかないんですか?」

 

 そんな風に師匠にダイの面倒を見るように言われたときにダイが疑問を口にして名乗る機会はあったわけなのだが。これについては俺がメラゴーストのままでいいと原作主人公に伝えたのだ。

 

『あるにはあるけれど、もう呼び名が定着してしまってるし、何より俺って分裂能力を持ってるから、分裂すると名前で呼ばれたとき両方が返事してしまうし』

 

 一応、メラゴーストだからラゴウだとかラゴットだとかそれっぽい名前は暇な時間で考えてはいた。

 

(けど、もうすぐフェードアウトする俺としては名乗る意味もあまりなさそうだもんなぁ)

 

 それに下手に名前があると近々襲撃してくる魔王に名前を覚えられるかもしれないというのもある。メラゴースト呼びならこの島のモンスターとうまい具合に誤解してもらえるかもしれないし、だからこれでいいのだ。

 

「メラゴースト君?」

『っ、すいませんっ』

 

 回想に入って気が付くと走るペースが落ちて居たらしく、師匠の声で我に返った俺は慌ててもうかなり小さくなっている弟弟子を追いかける。

 

『はぁはぁはぁ』

 

 それなりにレベルは上がって居るはずだというのに相変わらずこの走りこみはきつく。

 

「よいしょよいしょ」

 

 気が遠くなりそうな俺が知覚したのは師匠の声とやたら重い足音。

 

『あ』

 

 振り返れば大岩を担いだ師匠の姿があり、俺はその理由を察した。俺が呪文で砕けと言われたときと同じくあれを剣で切れと言うのだろう。原作にもそんな流れがあったはずだ。

 

(あれ? ということは、俺も何か課題を出される流れじゃ?)

 

 メラミはもう習得済みだから、次はその一つ格が上のメラゾーマの呪文だろうか。

 

(どうしよう、元々実力もないんだけど、もうすぐ魔王が襲来してくるって考えると、目立ちたくはないし)

 

 とはいえ真剣に指導してくれてる師匠を前に技と手を抜くわけにもいかない。心境的な面もあるが、師匠の眼力を鑑みれば、俺が手を抜いたら一瞬でバレる。

 

(よし)

 

 迷った俺が最終的に決めたのは、新しく使えるようになった呪文をぶちかますことだった。方針が定まればもうウジウジ悩むこともない。俺は弟弟子が走り去った海岸の方へと向かい、バキンと何かが折れる音を聞いた。

 

「ああああっ!! で、伝説の名剣折っちゃったあ~?!」

 

 直後に聞こえた悲鳴からすると原作通り、師匠から借りた剣で課題の大岩を斬ろうとして剣の方が折れてしまったのだろう。

 

(そう言えば、ガーゴイルの片割れが落とした剣を密かに回収しておいたけど)

 

 兄弟子のメラゾーマで黒焦げにされた方は駄目だったが、ダイの斬撃で真っ二つにされた方のガーゴイルは剣にダメージがなかったのだ。

 

(拾った枝で結界の内側から引っかけて手繰り寄るのは大変だったけど、砂浜に放り出しておいたら塩気でまず錆びるだろうし、あれで正解だった筈)

 

 そのまま失敬して俺が装備し攻撃力アップを図る計画はわが身の非力さ故に挫折したけれども。

 

(腕が短すぎて下半身に巻きつける形で振るったって言うのに……本当に金属製の剣って重いんだよなぁ)

 

 人間だった時にお土産で貰った模造刀を所持してたので、その重さは解かったつもりでいたが、更に非力になったこの身体では振り回そうにもハエが止まりそうだった。

 

(ダイが旅立つ時に餞別として渡そう、うん)

 

 偵察隊に支給される武器と現在ダイの持ってるパプニカ王家に伝わる由緒正しいナイフでは今のナイフの方がリーチはともかく耐久力も攻撃力も上だろう。

 

(見た目サーベルだけど、ドラクエの武器のサーベルってナンバリングによって同じものでも攻撃力違うしなぁ……あ)

 

 そこまで考えてから、ふと閃く。ドラクエⅢの魔法使いの覚える呪文の一つにインパスと言うものがある。元々は宝箱の中身を調べずに判明させる呪文で宝箱に化けた魔物などを見破るための呪文だったが、武器や防具、そして道具を鑑定する効果が後の作品で加わったはずだ。

 

(アレが使えるようになれば拾ったサーベルの強さもわかったり? 確か契約に成功した呪文の中に件の呪文もあったはず)

 

 後で試してみようか、そんなことを考えだした時だった。

 

「では、メラゴースト君は久しぶりに私と模擬戦と行きましょうか」

『ちょ』

 

 岩が相手だと思ったら、今日の相手は師匠でした。

 

『ベ・ギ・ラ・マ・ァ!』

 

 半ばやけくそになって全力で放った会得したての閃熱呪文がこの後師匠の斬撃で真っ二つになったのは言うまでもない。

 

「はぁっ? あいつ、いつの間にあんな呪文を――」

 

 驚いてくれたのは寝っ転がった姿勢から身を起こして目を剥いた兄弟子のみ。

 

「いやいや、まさかもうベギラマまで使えるようになっているとはグッドです」

 

 師匠はそれなりに評価してくれたが、真っ二つにされてちゃ意味はないと思う。

 

(魔物を仲間にして戦わせるスピンオフ作品だと、メラゴーストってメラとギラ系の呪文覚えるのと、メラの他に火の息を覚えるのがあったんだよね)

 

 そんなことを覚えていたからか、俺はそれなりに閃熱系の呪文とも相性が良く、メラミが使えるようになった時にはワンランク下のギラの呪文も使いこなせるようになっていて、そろそろ行けるとは思っていたのだ。

 

「メラゴースト君ならひょっとすれば極大閃熱呪文も使いこなせるようになるかもしれませんねぇ」

 

 などと仰る師匠に、俺は伝わらないと思いつつもハードル上げないでくださいとぼやくのだった。

 




メラゴースト君のレベルはこの時点で20前後。
Ⅲの魔法使いなら、そろそろバイキルトにも手が届くはずです。

次回、二十一話「修行の日々」に続くメラ。


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二十一話「修行の日々」

「修行を休みたい、ですか?」

 

 ダイがいてくれると意思疎通が本当に楽だなと思いつつ、俺は師匠に頷きを返した。

 

「えっと、メラゴースト君が言うには、『ここは友好的なモンスターがいっぱいいるので、その方々にモンスターとしての戦い方の教えを請うてみたいんです』だそうです」

「なる程、メラゴースト君はモンスターですからね。モンスターゆえの戦い方となれば、私より本物のモンスターから習うべき、確かに道理です」

 

 ましてや、モンスターからその手の方法を教えてもらうことなんて、原作知識のある俺で無ければ、この島ぐらいだと思うだろう。原作知識のある俺でも他の方法となると原作のストーリーをいくらか先に進めないと他の機会にはありつけなかったりするし。

 

「いいでしょう。それで、メラゴースト君は何を学んでくるつもりなのですか?」

「それなら、『この島には合体出来るスライムが居ると聞いたので、その方から合体や合体解除のコツを。火を噴くモンスターから火炎系ブレスのコツを習いたい』んだとか」

 

 そう、分裂するモンスターである俺として際限なく分裂できるのは最大の長所であり、同時に割とめんどくさいモノでもあった。俺が増えるのだ。百一匹メラゴーストとかになったら、オリジナルの俺がどこに居るかわからなくなったっておかしくないし。

 

「なんでも『分裂した俺が合体することでパワーアップを図れないかとか、分裂した各々の修行の成果を合体して一匹に集約したりできないかを期待してるんです』って言ってます」

「それは、なんと。もし、自分を増やして修行効率を上げられるのであれば、何倍もの速さで強くなれるでしょうし、可能であれば私でもちょっと羨ましくなっちゃったりしますね」

 

 ダイを介してであるが正直に狙いを話したため、師匠の質問はそこで止まり。

 

『では、俺はこれで』

 

 俺はぺこりと頭を下げてから二人の元を離れると件のスライム達を探しに出かける。

 

(原作通りならここから魔王の襲撃まで時間はそんなに残されてないもんなぁ)

 

 俺には襲撃までに完成させておきたいモノがあった。

 

(修行を休むことにはOK貰ったわけだし、これで密かに一人特訓することも可能だけれど)

 

 合体と分離のコツを習いたいというのも嘘ではない。ダイに話してもらった修行の効率化ができるようになれば、秘密特訓の効率も上がる。時間がないというのは事実なのだ。

 

『だから』

 

 俺は件のスライムを探し島中を走り回った。

 

『うわっと』

 

 その過程で障害物にぶつかりそうになってぴょいんと跳ね、分裂したのはまさに狙いの通り。

 

(これで捜索効率は倍、合体についても分裂した俺の誰かが会得して他の俺に合体してくれればいいし)

 

 場合によっては火の息などのブレス系習得とで人員を分けたっていいだろう。

 

『『やるぞーっ!』』

 

 すべては、ここからだ。俺と俺は声を重ねて腕を天につき上げる。

 

『『俺達の修行はこれからだ!!』』

 

 メラゴースト君の次回作にご期待ください。

 

『『って、危うく上がったテンションのまま打ち切りエンディングに持ってくところだった』』

 

 人間、ハイになるとよくわからないことをしてしまうモノである。俺は今メラゴーストなんだけど。

 

『それはそれとしてもう何度か分裂はするつもりなんで、もう一人の俺は火の息の習得を任せてもいい?』

 

 俺が尋ねれば、新たな俺ことA3は頷いて軽く腕を上げると別方向に去ってゆく。

 

『さてと、時間との勝負だ。やるぞ』

 

 こうして始まるのが師匠、勇者アバンから指導を受けない修行の日々の始まり。

 

『そう言う訳で、合体と分離のコツについて教えていただきたいんですが』

「ピキー? ピキキ!」

 

 幸いもあっさり見つかった合体スライムには指導について快諾してもらえた、のだと思う、ただ。

 

「ピーッ!」

『あ、えっと……』

 

 島のモンスター達に伝言ゲームされ、俺がキングスライムになりたいと言う歪んだ情報にいつの間にか変わっていたらしく、金色の翼の生えたスライムが指導開始その日の内に飛んできて、俺の視線は気が付けば遠くなっていた。

 

(そう言えば原作でもダイが貰った冠被って自分がキングスライムになったつもりになってたっけ)

 

 きっと自分を差し置いてキングスライムにはならせないとかそんなことを言っているのであろう、金ぴかスライムの名はゴメちゃん。世界に一匹しかいないという触れ込みのゴールデンメタルスライムと言う種のモンスターと言うことになっているが、その実は何でも願いを叶えてくれるというぶっ飛んだアイテムが友達が欲しいという原作主人公の願いで姿を変えたモノだった筈だ。

 

(このゴメちゃんに元の姿で元の場所に帰りたいって願ったら、願いはかなうのかな?)

 

 勿論、それをやるつもりはない。ここで俺が願いをかなえてもらったら、原作でこのゴメちゃんによって幾度か助けられて何とか果たされた勇者一行の大魔王討伐が詰むからだ。

 

(叶えて貰うとしたら、相応の代価は要るよな。本来ゴメちゃんが願いを叶えて救った窮地を代わりに俺が救うぐらいのことはしないと)

 

 そこまで考えて、無理という結論が即座に出た。

 

(俺はこの島に引き籠る訳だし)

 

 呪文はベギラマまで使えるようになってるが、魔王の意思の影響を受けないかどうかもまだ結局わかっていない。引き籠る理由の一つになるかもと敢えて試していないからだが。

 

『とにかく、今は合体のコツだけを――』

「ピーッ!」

『え』

 

 そして次の瞬間、俺の背からは翼が生え、身体は金色に変じ。ゴメちゃんと合体してゴールデンメタルメラゴーストになっていたのだった。

 

 ◇◆◇

 

『って、うわぁぁぁ?!』

 

 悲鳴を上げ、ガバリと俺は身を起こす。すぐさま腕を見れば、いつものオレンジ色であり。

 

『え? あ? ゆ、夢か』

 

 どうやら合体のコツを会得しようと励んでいるうちにつかれて眠ってしまっていたらしい。

 

(人だったころの自分が居たら、メラゴーストに睡眠が要るかって言うかもしれないけれど)

 

 気疲れはするし、ゲームと違って生命力が全快したりしないが精神力の方は睡眠によって回復するのだ。

 

『ベギラマぶっ放して結構精神力消耗してたし、仕方ない、かな?』

 

 しかし夢オチなんてベタなと思いつつ俺は修行を再開する。運命の日に備えるために。

 

 




次回、二十二話「奴が来る」に続くベギラマ。



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二十二話「奴が来る」

 

『間に合った』

 

 正直を言うと、無理なんじゃないかという思いがあっただけにそれは奇蹟だった。時間にして二日ぐらい前に分裂した俺ことA3と俺は一つの俺に戻ることに成功し、火の息と火炎の息を吐くことができるようになった。

 

(二重人格になるようなことが無かったのは、分裂してからあまり時間が経ってないからか、あちらも俺であるからかはわからないけれど)

 

 半分くらいこうなるのではと言う確信はあった。この世界、大魔王を倒して世界が平和になるかどうかは原作の話だが、本当に綱渡りだったのだ。

 

(そんな状況下で、「俺が本物だ」だの「俺がオリジナルになり替わる」だのやったらどうなるかなんてわかり切ってるもんな)

 

 足の引っ張り合いをして、それが原因で世界が平和にならなかったら元も子もない。野心を持つ分裂した俺が仮に居たとしても、大魔王の脅威が去りましたとなるまではその手の野望は先送りにするはずだし。

 

(加えて俺、オリジナルだからって理由で師匠との接触任されてるからなぁ)

 

 他の分裂した俺も例に漏れず、原作に一番近い立ち位置を押し付けてくる。俺はオリジナルなのでやむなしで甘んじてるが、自分が分裂した俺だったら、わざわざこの損な立ち位置に居ようとは思わない。

 

(まして近々魔王が襲撃してくるんだ。元魔王だっけ? ともあれ、この状況で生き延びることを考えるなら、自分の割り振られた修行を完遂して本体と合体、本体を強くするのが一番確実だろうし)

 

 分裂したまま俺に危険を押し付けて逃げるという選択肢もあるにはあるが、オリジナルの俺と間違われて魔王襲撃の場に立ちあわされるという危険性があることを考えるとリスクがでかすぎる。それに辛うじて無事だったとしても、この島でフェードアウトする俺の代わりに原作主人公の旅の仲間に誘われる危険性が高い。1倍の修行成果しか得てない状態で危険に身を置くことになるかもしれないなら、数倍の修行成果を結集したオリジナルの一部の方が安全、と言う訳だ。

 

(そもそも、秘密特訓してる俺がこの場にいないってことは、アレはまだ完成してないってことだもんな)

 

 正直、ブレスなんかよりも難易度ははるかに高く。だが、俺がこの島で引退生活を送るには絶対に完成させなければいけないもの。

 

『A、合体は?!』

 

 様子を見に行こうかとまさに俺が思った時だった、険しい表情の俺が顔を出したのは。

 

『完成した、そっちは?』

『何とかはなった、だが』

 

 元々俺の考えたことだ。言葉を濁そうが先ほどの表情と慌てて俺を呼びに来た時点で何が起きたかは想像がつく。

 

『俺達から初めての死者が出たか』

 

 突貫でこの窮地を切り抜けるための手段を編み出す、それだけで無茶なのだ。

 

『馬鹿野郎、一番危険なところは俺に押し付けるんじゃなかったのかよ』

 

 自己保身に走っている俺らしからぬ自己犠牲に、罵倒の言葉で俺は分裂した俺を悼み。

 

『A、そうじゃない。他の俺が見かけたんだが、ダイが師匠の剣で使う初歩の技をマスターしたらしい』

『えっ』

『もうわかるよね? アバン刀殺法の初歩、大地斬をマスターしたってことは、次は海破斬』

 

 どうやら俺としたことが俺の言わんとすることを読み違えていたようだが、そこまで言われればあちこちあやふやだが原作知識を持っている俺にはわかる。原作のダイはアバンから三つの技を学ぶことができなかった。二つ目の技を何とか会得した直後に師匠が以前倒した魔王、ハドラーが襲撃してくるからだ。

 

『魔王襲来が、明日?!』

 

 引きつった顔の俺に、悪い知らせを持ってきた俺が頷く。

 

『危ういところだった。たまたま別の俺が見かけなかったら、もうちょっと先だって思ってたし』

 

 もう一人の俺の言葉には同感だが、日にちを読み違えていた俺はまだちょっと心の準備ができておらず。

 

『魔王もさ、もう少し空気読んでほしいよね。何で明日? ようやく合体できるようになって修行効率あがりそうだったのに』

 

 思わず不満が口から零れ出るが、これには理由がある。分裂する時、増えた俺は精神力がMAXまで回復するという謎現象を起こすが、合体した場合精神力の残量は合体時の俺達の平均値になってしまうのだ。

 

『俺、合体用の分身作る時失敗して受けるダメージ減らそうってスカラの呪文使ってたんだ』

 

 つまり俺の精神力も幾らか目減りしていて、、ちゃんと寝て精神力を回復させて朝を迎えないと不完全な状態で元魔王とやり合うこととなる訳で。

 

『合体してふて寝しよう』

 

 攻撃力倍加呪文が使えるようになっておきたかったと声には出さず嘆いた俺は、分裂していた自分を回収して一つになると師匠達の待つであろう野営場所へと向かうのだった。

 




ちなみにこの展開ですが、秘密の特訓や合体が間に合うパターンと間に合わないパターンをそれぞれ考えてて、どっちになるかはサイコロで決めました。

(間に合わない場合、ぶっつけ本番になるだけでしたが)

次回、二十三話「覚悟を決めて」に続くメラ。


『受けてみろ、ハドラー! これが俺のメ(以下ネタバレの為自粛)』


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二十三話「覚悟を決めて」

明日のお昼の分を前倒し。


『師匠とダイが出かけた、と』

 

 野営地に戻ってきて睡眠をとり目を覚ました翌朝、師匠とダイ、それにゴメちゃんとダイの育ての親のきめんどうしがどこかに出かけて行くのを見送って俺は確信を強めた。

 

(間違いない魔王は今日、襲ってくる)

 

 ならば、ここからの立ち回りには細心の注意を払う必要がある。

 

(確か、周りに被害が出ないようにだったか、師匠達は洞窟に向かって)

 

 そこで竜に変身する呪文を使った師匠とダイは戦うことになったはず。

 

(アバン刀殺法二つ目の技、海破斬は形のないモノを斬る技。竜になって吐く炎のブレスだってその技なら斬り裂ける)

 

 そこに気付いたダイが炎を斬り裂き、海破斬を成功させ。

 

(魔王の襲来はその後、と。さっきポップはついていかなかったけど、確か師匠ってダイやポップをハドラーの攻撃から守るためにアストロンを使ったよなぁ)

 

 鋼鉄の固まりになって何も受け付けなくなるその呪文はあらゆる攻撃を跳ね返してしまう代わりに、効果を受けた者は一切の身動きができなくなる。

 

(つまり、ポップとも別行動は必須)

 

 アストロンで固まってしまっては、俺は目的を果たせない。

 

(かと言って、近過ぎても拙い)

 

 師匠は魔王を相手に自己犠牲呪文、おのれの生命と引き換えに相手を粉々にする呪文を用いて自爆するのだから。

 

(巻き込まれない程度の距離で、師匠の自爆の爆発を見て駆けつけた態で到着するのがベスト) 

 

 前でも後でも俺は何もできずに終わってしまうから。

 

(後は……ガーゴイルのサーベルの持ち手に手紙で仕込んで……あ)

 

 そこまで考えてから、俺は固まる。

 

(この身体じゃ下手したら何か書く前に紙が燃えるっ)

 

 どうやら置手紙を残すのは無理らしい。

 

(モンスターに言伝したり砂に書き置きを残そうにも、この島もう一回魔王軍がやってくるもんなぁ)

 

 下手なことをして魔王軍に俺の書置きが伝わったら拙いことになる。

 

(ポップにはできればちゃんと説明しておきたかったんだけど、仕方ない)

 

 連絡要員を残すためここで分裂しようものなら、分裂した俺はまず逃げるであろうし、他に手段も思いつかない。

 

(さてと、まずは空だ)

 

 魔王ハドラーは外からやってくるが俺のうろ覚えの原作知識だと洞窟の天井を吹っ飛ばして降りてくるという登場だったと思う。

 

(魔王を見つければ後はついてゆくだけで師匠のところまで案内してくれる)

 

 魔王に気づかれれば危険だし、師匠の自己犠牲呪文もあるので距離をとって追いかけるのは確定だがそれだけじゃない。

 

(ポップを探しに来るゴメちゃんにも見つからない様にしないといけないからなぁ)

 

 オレンジ色の人魂と言うやたら目立つ存在である俺は空を警戒しつつ身を隠さなくてはいけない訳だ。

 

『っと』

 

 言ったそばから空を羽が生えた黄金のスライムが飛んでゆくのが見えて。

 

(ポップはあっち、で、ゴメちゃんが来た方角からすると、師匠達が居るのは向こう、かな)

 

 ゴメちゃんが飛んできたルートを迂回するように俺は移動を始め。

 

(あそこか)

 

 視界の中、それなりに遠くに洞窟を見つけて俺は周囲を見回して。

 

(まだか、いやそろそろ……お)

 

 ゴメちゃんを引きつれて走ってきた兄弟子が、俺の視界を横切り洞窟へと入ってゆく。

 

(ギャラリーも揃ったし、物語的に考えるならここでダイが海破斬を成功させて――)

 

 俺は空を見上げ警戒するが何事も起きず。

 

(あれ? 記憶違、っ)

 

 気持ち的に首を傾げようとしたところで、大地が震えた。

 

『地震?! いや』

 

 よくよく考えたらこの島、師匠の結界に守られてるのだ。おそらくこれは魔王が結界を強引に通り抜けようとでもした結果で。

 

(あれか)

 

 そして、俺は魔王を目にする。角の様に左右をとんがらせたフード付きローブとマントを身に着けた姿を。

 

(さて、覚悟の決め時、かな)

 

 その前にまずは移動だろうが。

 

(ここ、ちょっと近すぎるもんなぁ)

 

 格好はつかないが魔王を見送った俺は洞窟から距離をとり、ただ時を待つ。洞窟が消し飛んだら、移動開始だ。

 

◇◆◇

 

『っ』

 

 やたら時間が長く感じ、その時は訪れた。爆発音は三回に及んだ気がする。天に光が突き抜け。

 

『って、危なっ?!』

 

 洞窟の破片が雹の様に降り注ぐ。思わず怯みそうになるが、ここで足を止めたら間に合わない。

 

『大丈夫、大丈夫、当たらない、スカラッ!』

 

 自分に言い聞かせながら俺が駆ける先には粉塵に浮かぶ三つのシルエット。アストロンをかけられたダイとポップときめんどうしだろう。

 

『なら、近くのクレーターのところに魔王は埋まっていると』

 

 場面は整った。

 

(後は俺が――)

 

「かああああーッ!」

 

 大声を発し地面から洞窟の残骸をはねのけ魔王が姿を現すも、俺は驚かない。

 

「ハドラー?!」

 

 アストロンで固まったままの三人は驚きの声を上げ俺にはまだ気が付いていないようだが、それでいい。魔王は勝ち誇りつつ自分が師匠の自己犠牲呪文を耐え抜いたことを語り。それでも受けたダメージによろめいて。

 

「だがっ、その前に……」

 

 こちらから見えるのは魔王の後ろ姿のみだが、ダイ達が怯んだところを見るに睨みつけでもしたのだろう。

 

(さぁ、出番だ)

 

 アバンの弟子共を根絶やしにしておかなくてはとまで魔王はわざわざ語ってくれたのだ。この場に来たばかりの俺でも状況が呑み込めておかしくない。

 

『そうはいかない』

「おま、メラ公! 何でっ」

「メラゴースト君!?」

 

 兄弟子に言葉は通じないだろうが、そこはダイが通訳してくれる。だから、問題はない。

 

「うん? なんだ? 今はとりこんでおる、ひっこんでおれ」

 

 流石にモンスターの俺がアバンの弟子だとは思わなかったのか、いや、それ以前にモンスターとしても最弱の部類のメラゴーストなど魔王からすれば路傍の石ころ以下の存在だったのかもしれない。だが、それでいい。隙だらけのこの状況だからこそ、今ならやれる。

 

『話は聞かせてもらった。ポップ、ダイのことよろしくお願いします』

「メラゴースト君?! 何を言って」

 

 特訓は全てこのときの為のもの。俺は自分の身体の一部を、メラ系の呪文をプラスの魔法力に見たてヒャダルコのマイナスの魔法力と合体させる。

 

(これを編み出した原作の大魔法使いはセンスがなきゃ絶対にできないって言ってたっけな)

 

 だが、自分の身体を利用するなら難易度は半分で済む。

 

(加えてこいつは自分の身体を使うって都合上、文字通りその身を削る)

 

 怪我なんてしたくはないが、これで俺が旅についていけない理由も出来て、師匠にもダイにもポップにもいい訳が立つ。

 

(集中しろ、旅にはついていけない程度にそれでいて時間をかければ完治できる程度の欠損で済むように)

 

 ここが一世一代の大勝負。

 

『受けてみろ、ハドラー! これが俺の近接消滅呪文(メラガイアー)だッ!』

 

 かと言って魔王軍にヒントを与えぬために、俺は全然別の呪文名を叫んだのだった、

 




主人公、やりやがった。

●メドラ(部位使用時)→メドラトス(全身使用時)
メドローアをパクリスぺクトして編み出した主人公のオリジナル呪文。自身の身体をメラ系呪文のプラスの魔法力の代わりにして放つ当たれば当たった場所が消滅する近距離限定呪文。自身の身体も使用した部分が消滅するため、消費部位を限定、これで負傷してもう戦えないからとフェードアウトするために編み出した技でもある。
メドについての由来は言うに及ばず、ラトスは「ストライク」の前半の逆読み。


次回、番外2「メラ公(ポップ視点)」


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番外2「メラ公(ポップ視点)」

「おま、メラ公! 何でっ」

 

 何でそこになんて疑問は後になりゃ、あっさり解決した。先生の洞窟を吹き飛ばす程の自己犠牲呪文なら、島のどこに居ても何かがあったッて気づくだろう。ただ、その時ゃ、おれはそれどころじゃなかった。訳が解かんなかった。いきなり、結界をぶち破って魔王が現れて、先生があの魔王を倒したって勇者だったって聞かされて、先生の足手まといにならないように弟弟子の手を引っ張りきめんどうしの爺さんを抱えて逃げ。

 

「魔王のお前自ら出向いてくるとは……考え方によってはちょうどいい」

 

 おれがとんでもない人のところに弟子入りしちまったと思いつつ見守る中で、先生と魔王の戦いが始まったんだ。先生が魔王の爆裂呪文を握り潰し、お返しに閃熱呪文を見舞って見事に呪文が決まったと思った瞬間、快哉を上げたおれだったけど、先生の呪文はただマントを焼き払っただけで、今度は魔王が同じ呪文を先生に放ってきた。先生はそれを斬撃で両断したんだろう、魔王の呪文の一部が着弾して身体を引っ込め自分を庇ったおれには最後まで見えてなかったけど、剣を振るった先生が口にしたのは、ドラゴンになった先生の炎をダイが真っ二つにしたのと同じ技の名だったからだ。

 

「ベギラマ」

 

 応酬された呪文の名を昨日だったらおれは聞いただけで苦い顔をしただろう。おれにはまだ使えねぇ呪文。にもかかわらず、弟弟子のメラ公は先生との模擬戦で放って見せた。

 

◇◆◇

 

「モンスター?! けどこの距離なら――」

 

 あいつとの出会いは夜の森の中。無防備に近寄ってくるのを呪文で倒そうとした俺を先生が制し、あいつが先生に弟子入りを求め、それが受け入れられた。そのちょっと前にたき火に化けていたって先生には教えられたけど、その時のおれは気づかなかったから、出会いがいつかって聞かれたらどうしてもそっちになる。

 

(ともあれ、そうしてあいつは先生の弟子に、おれの弟弟子になった)

 

 その時おれは納得がいかなかった。あいつはモンスターで、しかもあんなにあっさり先生の弟子になるなんて。先生の弟子が誰にでもなれるような簡単なモンになっちまった気がして、だからあいつのことは気にいらなかった。

 

(その気持ちが長く続かなかったのは、あいつがことあるごとにへまをして凹んでたからだろうな)

 

 ああも何度も落ち込む様子を見せられると追い打ちをかけるようなことはしづらかったし、ばつが悪くなってフォローするように声をかけてやれば、あいつは感謝して頭を下げてくる。

 

(いつの間にかそそっかしい弟弟子って印象に変わってったんだっけな)

 

 見てるこっちの方がハラハラするような奴のくせに変なところで努力家で、特別ハードコースへの修行コース変更をあいつが申し出た時は、我がことではないのにおれの顔が引きつった。今まで誰もやりとおしたことが無いので有名なコースだったからだ。止めるべきかとも一瞬思った。

 

(けど、おっちょこちょいなあいつのことだし、何か失敗やらかして自分からコース変更取り下げてくださいって先生に頭を下げてくるか)

 

 あいつはあいつだ、それは変わんねぇ。おれはそう思って口を挟むのをやめ。あいつが特別ハードコースの成果としておれでもまだ使えないベギラマの呪文を使って見せた時、おれは思い知らされた。自分の見込みの甘さってやつを。実際はそれでも甘かったんだろうが、先生は解かってた。

 

◇◆◇

 

「そ……それは……?!」

 

 先生がおれたちをアストロンの呪文で鋼鉄の固まりに変え、再び魔王に挑もうとする前に懐から出したモノを俺は知っていた。

 

「アバンのしるし」

 

 卒業の証であるペンダントが、三つ。先生はまずダイの首にしるしをかけ、次におれの元に歩いてきた。ダイにかけた言葉を聞いていた俺は、いらないと、縁起でもないことはやめてくださいと拒絶した。勝てない相手に挑むなんてムチャを何故するのかとも言った。だが、先生は勝てない相手だからこそ命をかける必要があると言い。

 

「それにね、ポップ……やっぱり修行で得た力と言うのは他者の為に使うものだと私は思います」

 

 先生は語った自分の力はおれたちを守るために授かったのでしょう、と。

 

「いつかあなたにも必ずわかる日が来ます。だから。その時の為に」

 

 これを預けておきましょうとおれの首にもしるしをかけ。

 

「それから、ポップにはこれも。メラゴースト君はここに居ませんし、後で渡しておいてください」

 

 更にもう一つしるしをかけ。

 

「メラ公に?! けど、あいつこんな状況だって言うのに姿すら見せないんですよ?!」

 

 自分が逃げ出そうとしたことも忘れておれはあいつのことを憤ったが、先生は彼はおっちょこちょいですからねと笑うと。

 

「ポップ、あなたの方が兄弟子なのですから……メラゴースト君のこと、よろしく頼みますよ」

 

 ひょっとしたら、先生はこの先のことすら見越していたんだろうか。

 

◇◆◇

 

「は?」

 

 理解が、追い付かなかった。メラ公の言葉はおれにゃわからない。それでもダイの様子からただ事じゃないのは解かってたはずだった。

 

「なんだ、それ……」

 

 なんで、先生の自己犠牲呪文も耐えた魔王のわき腹が大きくえぐれて、何でメラ公の身体が半分近くなくなってるんだ。

 

「ぐがあああっ」

 

 丸くえぐり取られたようなわき腹を押さえて絶叫を上げる魔王と地面でのたうつメラ公。

 

「馬鹿な、アバンならまだわかる。百歩譲って弟子のガキでも、まだわかる。だが、オレの身体に雑魚モンスター如きがこれほどの傷を」

「雑魚モンスターじゃない!」

 

 苦痛の表情に信じられないモノを見た表情を混ぜる魔王にダイが、否定の言葉を発す。

 

「なに?」

「メラゴースト君は、おれの兄弟子! 先生の弟子のひとりだ!」

「ちょ」

 

 メラ公のことを雑魚モンスター扱いされたのが気に障ったんだろうが、おれには解かった、それは拙いと。先生の弟子であるおれたちも、こいつは根絶やしにしようとしたんだから。

 

「アバンがモンスターを弟子にだと?! いや、そうでもなければこの傷は説明がつかん」

 

 やはり先生がモンスターを弟子にしたというのは魔王から見ても驚きではあったらしい、ただ。

 

「ならば、もはやくたばりかけとはいえ放ってはおけん。こやつから」

 

 かたづけてやろうぞと予想通り魔王はメラ公にとどめを刺そうとし。

 

「ぬうううううっ!!」

「は?」

 

 力む声に思わず視線を動かしたおれが見たのは、鋼鉄の固まりであるはずのダイの表面にヒビが走ってゆく光景。

 

「あああっ?!」

 

 次の瞬間、雄たけびと共に先生のアストロンをダイが自力で破り。

 

「なッ、なんだと?! おのれっ!! メラゾーマ!!」

 

 驚きつつも今だ地面でのたうつだけのメラ公よりダイを脅威と見たのか、魔王はダイ目掛けて呪文を放ち。

 

「ヒャダインッ!!」

 

 駄目だと思ったおれの目に映ったのは、おれの呪文よりすごい呪文で魔王の呪文を相殺したダイの姿だった。

 




場面切り替え多くてごめんなさい。

こうでもしないと4~5話かかりそうだったんだ。

尚、お判りでしょうが主人公は魔法力の調整をミスって居た模様。(今回のやらかし)

結果としてダイとハドラーとの戦闘はハドラーがわき腹の傷で戦闘力を大幅にダウンし、この後ダイにほぼ一方的にやられて逃げ帰ります。

次回、最終話「そして、俺は」

一応、原作第一巻編の最終話ですけどね、うん。


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最終話「そして、俺は」

お昼の分の前倒し投稿です。


『受けてみろ、ハドラー! これが俺の近接消滅呪文(メラガイアー)だッ!』

 

 ついに、俺はここにたどり着いた。長かった。そもそも俺がこの呪文を編み出したのには訳がある。まず、大魔王討伐の旅からフェードアウトするためには、旅について行かない理由が必要であることから、自身もダメージを負う技でなくてはいけない。かつ、ただの自滅では流石に師匠にもポップやダイにも申し訳ないし、魔王ハドラーにダメージを与えられる技でなくてはいけなかった。

 

(とはいうものの、俺にハドラーの強さなんてわからない。原作の漫画に勇者一行のステータスなら時々出てきてたみたいだけど)

 

 ゲームなら戦う敵の弱点だとか、こういう系統の呪文には耐性があって効き辛いみたいなデータがネットを調べれば攻略サイトとかにあるが、漫画が原作じゃその辺りも微妙だ。参考にできそうなのは師匠が放った呪文の結果だけれど、俺が覚えてたのは、師匠の自己犠牲呪文でも死ななかったことぐらいだ。

 

(これは俺の原作知識の方があやふやなせいだけど、まったく参考にならねぇ)

 

 こうして、呪文の場合どれが効くのか全く分からず、かといって腕力はお察しな俺に物理攻撃なんて手段をとれるわけもなく。まず間違いなく効きそうで、自身も相応に被害を受けるモノを探した結果、唯一条件を満たしたのが、この近接消滅呪文だったという訳だ。当たったモノを問答無用で消滅させ、怖いのは反射呪文のみという原作でもかなりの強呪文。原理が漏れて敵に使われることだけは避けないといけないから、敢えてこの世界にはないメラゾーマの更に上の呪文名を口にした。

 

(使ってる俺がメラゴーストなのだから、誤解させる偽の手掛かりとしては十分なはず。これで、俺は)

 

 呪文によって片腕を失い、ハドラーにもダイがつけるのよりささやかな傷をつけ、一矢報いたって感じで、大魔王を討つ物語から名誉の負傷によるフェードアウトをするのだ。俺は企みの成功を確信し。

 

(って、あれ? マイナスの魔法力大きすぎない?)

 

 犠牲にする片腕に集めた魔法力に意識を向け訝しむ。俺はほどほどに怪我をする程度の魔法力を使ったはずだった。にもかかわらず、予想よりもヒャダルコの魔法力は大きく、吸い込まれるようにして俺の身体はどんどんとマイナスの魔法力と一緒になってゆき。

 

(ちょ、待って! これ、俺まで消えちゃ)

 

 慌てて魔法力を調整するが、時すでに遅し。俺の身体の四分の一を喰らい、更に大きくなりつつある魔法はもう留められず。

 

(ちくしょーっ)

 

 こんなはずではなかったと思いつつぶつけた呪文が、俺の意識をも呑み込んで。

 

『ぎゃあああっ』

 

 意識を失ったと思った俺は即座に闇の中から引き戻された。痛い、痛い。片方の目も見えないし、痛みで訳が分からずのたうち回る。

 

『ごめん、二人とも。俺はもう戦えそうもない』

 

 そんなことを言って気絶するつもりだったのに、計算違いだ。どうして、なんで、こんな目に。

 

『あぁ』

 

 のたうち回るうちに、体にちから が はいらなく なって きた。はどらー の ぜっきょう が とおい。いたい のに いしき が とおく。

 

(けど)

 

 この けが なら、おれ、もう ぼうけん しない、すむ。

 

◇◆◇

 

(それだけが慰めだった筈なんだけどなぁ)

 

 気が付いた俺は地面に寝かされ、喜びの声をあげるダイやポップ、それにきめんどうしに囲まれていた。

 

「じいちゃんが治してくれたんだよ」

 

 気がつけば目も見える様になっているどころか欠損したはずの腕までちゃんとあって、ダイに問うて返ってきた答えがそれだ。

 

(あるぇ?)

 

 俺の覚悟は、痛い思いは、過酷な修行は何だったんだろうか。

 

「ったく、心配かけやがってメラ公め」

 

 そっぽを向いた兄弟子は若干涙声ではなをすすり。

 

(ひょっとしてこれ、問答無用で俺って旅の仲間入り?!)

 

 いや、そんな筈はない。俺にはまだ魔王の意思の影響で凶暴化するかもしれないという問題が残っていたはずだと最悪の未来を否定し。

 

「ほらよ、これは先生からだ。卒業のしるし、コイツだけは火に強くて、かけてるやつにあのマホカトールの呪文と同じ効果を与えるんだとよ」

 

 否定材料はポップが突き出してきたペンダントが木っ端みじんに打ち砕く。

 

『師匠』

 

 いや、俺専用っぽいということは原作の誰かの分を奪うようなことにはならないんだろうから、その点はいいけれども。

 

(有難迷惑って言ったらフルボッコにされるよなぁ)

 

 俺の視線は思わず遠くなり。

 

「先生よ、言ってたんだよ俺に。『メラゴースト君のこと、よろしく頼みますよ』ってな」

 

 俺が空に視線を向けたのを別の意味合いにとらえたのか、兄弟子は語りだす。いや、確かにへましまくって凹みまくってはいましたけれども。

 

(これ、今更ここに引きこもりますとか言えない流れだ)

 

 本当にどうしてこうなった。空を仰いだままの俺を置き去りに、空へ浮かべた師匠へと兄弟子と弟弟子が語り掛け始める。

 

(合体しててよかった)

 

 分裂したまんまだったら、残った俺は俺を詰るだろう。総ツッコミを受けなかったことがせめてもの救いだった。

 




という訳で、一巻編はこれでおしまいです。

お付き合いいただきありがとうございました。

明日あたりからちょこっと忙しくなりますので、続きは手が空いてからとさせていただきますね。




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エピローグ「恐るべしは(三人称視点)」

 やるべきことは終わってませんが、一話書き残しがあったので、これだけ補填しておきます。

 私、ここが二巻冒頭だと誤解してたんですよね。と言う訳で、今回こそ一巻編のラストです。



「グウッ……! ヌゥゥ……ハァハァ」

 

 玉座に腰を下ろし、顔にびっしりと脂汗を浮かべた男の失われた両腕が火花を散らしつつ新たに作り上げられてゆく。魔王軍の拠点、鬼岩城の内部。魔軍司令ハドラーの部屋にはただ部屋の主が居るのみ。これが少し前であれば、幾つもの触手を持つスライム系の魔物がハドラーの脇腹の穴に緑色の触手を向け回復呪文を行使していたであろう。這う這うの体で帰還を果たしたハドラーはあと一歩遅ければ透明な球に満たされた蘇生液の中に放り込まれていたであろう程の重傷であった。

 

「危ういところであったわ」

 

 治療を行った赤い頭部を持つ癒し手のスライム達に口外無用を言いつけて下がらせたハドラーはもはや塞がったはずの脇腹へと苦々し気に視線を落とし険しい顔を作る。そう、誰も他に居ないが故の独言であったはずだが。

 

「手ひどくやられたな……ハドラー」

 

 玉座の後ろからの声にハドラーは恐縮した態で見苦しい姿を見せたことを詫びる。そこにあったのは、六つの宝石がはまった巨大な六芒星のレリーフとレリーフの中央にある三つの角を持つ目を光らせた作りものの顔。

 

「まあ気にやむことはない」

 

 勇者を葬った功績に比べれば名誉の負傷と咎める様子はない大魔王の声に視線を下げてハドラーは応じ。全幅の信頼を置いていると宿敵の消えた魔王軍に敵は居ないと背後の顔像から言葉をかけられ、異論は挟まぬ魔軍司令ではあるが、その言葉を額面通りに受け入れられる気にはとでもではないが、なれなかった。

 

「……確かにアバンは死んだ……」

 

 顔像の目から光が消え、静まり返った部屋の中、声には出さず呟くも思い出すのは宿敵の死した後のこと。自身の率いる軍勢であれば末端にすら入れるか疑問の余地が残るほど脆弱なモンスターが現れたかと思えば、宿敵の自爆にすら耐えたその身に穴を穿って見せたのだ。代償に自身も半身を失い地でのたうつことしかできぬ有様であったとしても、相手はモンスターの中でも雑魚と言っていい分類のものに重傷を負わされたというのが信じがたく。疑問が口に出れば、そのモンスターはアバンの弟子の一匹であったというではないか。

 

「そして、……あのダイと言う小僧ッ!!」

 

 脅威的な攻撃をしてきたアバンの弟子のモンスターは代償に深手を負った。だが、それを始末しようとしたところで襲いかかってきた弟子の小僧にハドラーは一方的に攻められ、放たれた一撃に防ごうとした両腕を斬り飛ばされ、それでも防ぎきれず胸へ斬撃を刻まれた。脇腹に穴を開けられる重傷を負った後だ、一方的に攻められたのも些少は仕方ないと見ても、まさか両腕まで失うとはハドラーも思っていなかった。もっとも、件の弟子がそれをなし得た理由については、ハドラーに一つ心当たりがある。

 

「ヤツの額に輝いたあの紋章は……竜の紋章!!」

 

 ただの雑魚モンスターですら宿敵の教えを受ければ自身に重傷を負わせる程になるのだとすれば、件の小僧が本当にあの紋章を持つ者、ハドラーの知る竜の騎士と言う存在であった場合、いかほどの脅威となることか。思わず触れかけた胸の傷は、宿敵から受けたモノより、その弟子から受けたものの方が治りも遅く。

 

「たたきつぶさねばならん! まだヒヨコのうちに……!! そして――」

 

 このまま放置していれば恐るべき敵となるであろうダイへの殺意を新たにしたハドラーは脳裏に一匹のモンスターの姿も浮かべる。それは、オレンジ色の人魂と言う姿をした、本来なら取るに足りぬモンスター。

 

「ヤツもだ。くたばりかけではあったが、トドメはさせんかった……」

 

 二度目の油断などするつもりのないハドラーではあったが、純粋なダメージだけで見るなら脇腹へのダメージも相当なモノであったことに加え、あれがなければダイとの戦いもあれ程一方的にはならなかったという確信がハドラーにはあった。

 

「見ていろ! 我が全軍をあげてでも……必ずやアバンの弟子どもを根絶やしにしてやるわ!!」

 

 玉座のあった間を後にし、鬼岩城に備えられた巨大な鬼の頭部の口から城の外に集うモンスターたちを見下ろして魔軍司令は気炎を上げる。ただ、この時その瞳の中にダイと共に自身の姿が浮かんでいるなどと言うことなど当のメラゴーストは知る由もなかったのであった。

 




完全に目の敵にされた主人公。まぁ、しかたないよね?


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第二巻編
プロローグ「バタフライエフェクト(三人称視点)」


 やることは終わってませんので短めですが、このままだとプロット忘れちゃいそうなので少しだけ。


 

「今のは……間違いねぇ、ハドラー様に何かあった」

 

 身体の中央を押さえ片膝をついたのは、地位にある半身が炎、半身が氷でできた大魔王6軍団の軍団長の一人。創造主の名を口にした氷炎将軍フレイザードは自身に触れていた手を離すと掌に視線を落とし。

 

「呪法で命を作られたオレはハドラー様が亡くなれば、消滅しちまう。が、今のところその様子はねぇ」

 

 消滅していないこと、それは乃ち創造主が生きているということではあるが、その命が創造主とリンクしてるが故に離れた場所に居てもフレイザードは異変に気づくこととなったのだ。それも、どこかのメラゴーストがハドラーに余計な痛手を負わせたからであり、原作通りの負傷であれば、フレイザードとてハドラーの負傷には気づかなかった可能性もあるのだが、神の視点でも持ち得ぬ限り一連の事態がどこかの一匹の大ポカによるものだなどと知りうることは不可能だった。

 

「調べてみるか。オイ」

 

 ただ、自身の生死に関係するとなれば、捨て置けないのは当然であり。思考にふける短い沈黙を挟んで、氷炎将軍は配下のモンスターを呼ぶ。

 

「何かご用でしょうかフレイザードさま?」

「ああ。少々気になることがあってよォ」

 

 創造主に何があったかを調べてこいと命じて送り出したフレイザードは熱気と冷気を半々に含んだため息を漏らし空を仰いだ。

 

「こういうのはザボエラのじじいの領分なんだろうがな……あいつに弱みなんて見せた日にゃ、何を企まれるかわかったもんじゃねぇ」

 

 ただ、この自身が部下に命じた調査がきっかけとなり魔王軍の中で一つの騒ぎが起こることになることなどフレイザードとて予想すらしていなかった。

 

◇◆◇

 

「はぁ? ンな訳ゃねぇだろ!」

 

 幾らかの情報を手に入れた部下のモンスターが戻ってきて、報告させたフレイザードは握りしめた拳を岩壁に叩きつけた。

 

「メラゴーストがハドラー様に大怪我させただぁ?!」

 

 フレイザードからすればありえない内容であるのだ。まず、メラゴーストと言えば、メラ系の最下級呪文を一発しか撃てず、人間を襲って返り討ちにあったと言われても驚かない程に脆弱な魔物。

 

「あり得ねぇ……が、確認だけはしておく必要があるか。だったら次は――」

 

 それでも頭を振って考え直し、追跡確認を命じようとするフレイザードだったが、事態は終わらない。

 

「お、お待ちください。その、まだ報告が」

「なんだ?!」

「じょ、情報を調べて回っていた仲間が、見咎められて、他の六団長の方にも……」

 

 調べて居た内容が幾らか漏れてしまったと消えいりそうな声で漏らす部下をフレイザードは危うく消し飛ばすところだった。

 

「ドイツだ?」

「へ?」

「ドイツだって聞いてんだよ! 五人全員って訳じゃねぇんだろ?」

「あ」

 

 苛立ちも露わに視線で突き刺してくる上司に震える声でそのモンスターは白状し。

 

「不死騎士団長ヒュンケルさま、で」

 

 言葉を最後まで言い終えるより早くフレイザードの一撃で消滅した。

 

「ヒュンケルだとおっ?! よりにもよってヤツに……」

 

 フレイザードからすれば、不死騎士団長は人間の身でありながら自身と対等の立場にある気にいらない相手。それに加えて、件の人物が率いる軍団はアンデッドモンスター達で構成されているのだ。

 

「メラ『ゴースト』、アンデッドなら自分にも関わりがあると割り込んできたって不思議はねぇ」

 

 フレイザードからすれば、何か企んできても不思議でない別の軍団長よりはマシな相手ではあるはずだが、嫌悪を抱く相手に首を突っ込まれることが癪に障るということはどうしようもなく。

 

「知られちまったとなっちゃ、ぼやぼやしてられねぇ。オイ」

 

 舌打ちを一つして、自分で消し飛ばしたモンスターの代わりに指示を申しつける部下を呼ぶのだった。

 




メラゴースト君への六軍団長の興味二人分追加入りまーす♪(原因は概ね主人公のポカ)

次回、一話「旅立ちの時」に続くメラ。


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一話「旅立ちの時」

お待たせしました、ようやくやらないといけないことが終わったので、連載再開です。


『ようやく陸地か。島以外で最近外に出てる間の記憶って船上が多かったからこう広い陸地を見ると解放感を感じるよなぁ』

 

 足が無い俺はふよふよと浮きながら、なので降り立ったと言うのも変な気はするがともかく、デルムリン島から海を渡り、ロモス王国のあるのラインリバー大陸への上陸を果たした。

 

「――だって」

 

 本来なら、理解されない俺の言葉もダイがいてくれるからこそ通訳されて兄弟子に伝わり、気楽なもんだぜとか呆れられても俺は構わず、現実から逃避しつつ原作でしか知らない新たな大陸での旅に胸を膨らませ。

 

◇◆◇

 

『ると思ってたんだけどなぁ』

 

 俺は一人ぼっちでポツリと呟いた。

 

『今頃ダイとポップはロモス手前の森で迷子になりつつ、近くの村の子供を魔物から助けてる辺りかな?』

 

 原作の記憶を思い出しつつ今俺が独り言を続けるのは、黒い魔法の筒の中。

 

「メラゴースト君の傷は治ってると思うけど、体力まで戻ってないかもしれないしさ」

「デルムリン島のじいさんや一部の魔物とロモスの人達には面識があるとはダイから聞いてるが、説明なしで人目についても拙いことになるしな」

 

 しばらく筒の中でおとなしくしててくれと、ポップに言われた俺はデルムリン島を出たときからほぼずーっと魔法の筒の中で缶詰にあっているという訳だ。これじゃ、二人が今どこで何をやってるのかが全くわかりゃしない。

 

『まぁ、下手に原作を曲げずに済むし、原作だと三人目の仲間との出会いもあったからこの方が都合がいいんだろうけれど』

 

 確か、村の子供が魔物に襲われてるのを撃退しようとしたダイたちの詰めが甘く、魔物の反撃を受けそうになるところを後の新たな仲間である少女に助けられるのだ。名前は確か、マァム。俺を含むダイたちと同じ師匠の弟子で、俺達より先に師匠の教えを受けていたから姉弟子と言うことになる。

 

『最初の出会いが魔物との戦闘中だもんな』

 

 俺が居合わせたら村の子供を襲おうとしてた魔物の仲間と勘違いされて一緒に攻撃されてることも考えられるから、筒の中にいることに不満はない筈なのだが。

 

『こう、完全に話から置いていかれた感が』

 

 デルムリン島に引き籠れると思ったら旅の仲間にされて現実逃避してたら、こんどは筒の中に引き籠り。このまま出番なく筒の中にいられるなら、安全なようにも思えるものの。

 

『綱渡りな旅についていってる時点で安全なはずがないって話だよなぁ』

 

 とはいえ、瞑想と考えること以外何も出来そうにない今の俺にできることと言えば、原作の知識を掘り起こして今後の流れをおさらいしつつ、どのタイミングで外に出されても大丈夫なように覚悟を決めておくことぐらいか。

 

『俺の出番があるとしたら、新たな仲間とかの顔合わせか、少しでも戦力が欲しいとき、もしくは想定外のタイミングかな』

 

 俺は魔法の筒に居るので、想定外のタイミングで出されることがあるとしたら、手に持った誰かがうっかり、もしくはこの魔法の筒を持ったダイとポップ以外の何者かが意図して筒から解放した場合。

 

『もしくは筒自体が破壊された場合、かな? と言うか、この筒、中身がある状態で破壊された場合、中身って外に出されるんだよな?』

 

 筒ごとぐしゃっと行くとかは勘弁して欲しいが、原作で中身のあるまま筒を破壊された描写を見た覚えがない俺にとってそれは未知数であり。

 

 

『まぁ、いいや。怖い想像は後回しにしよう。破壊されると限ったわけじゃないし。って、いやいや、大丈夫大丈夫』

 

 口に出してから、すぐにこれはフラグじゃとも思ったが、俺は頭を振って筒を破壊する様な敵との遭遇はあったとしてもはるか先だと誤魔化し。

 

『えーと、原作だとマァムとの出会いの時に確かポップ達は荷物を置き忘れて、ゴメちゃんと一緒にマァムに荷物が回収……あ゛』

 

 すぐに原作の流れをたどって固まることとなった。魔法の筒の中にいるということは俺は今、荷物と一緒にマァムに回収されている可能性があるのだ。

 

『魔法の筒についての知識がどれぐらい広まってるか……普通に考えればマァムの故郷ってそれほど大きな村じゃなかったような気がするし、キーワードを誰かが口にして解放されるような恐れはない筈なんだけど』

 

 マァムの両親は魔王討伐をなした師匠の仲間の戦士と僧侶なのだ。加えてこの村の村長はある程度の呪文が使える人物だった筈。

 

『知識があればこそ、やすやすと筒の中身は開放しないと思うけど』

 

 村の子供が話を聞いて好奇心から、何てオチは充分ありうる。

 

『ゴメちゃんはまだいい』

 

 原作でも村の面々に見つかっても無事だった気がするから。きっと、人畜無害そうなあの外見もあってのことだろうが。だが、オレは違う。オレンジ色の人魂で、悪いモンスターじゃないよなんて言い訳は一切通じなさそうである。

 

『加えて俺の言葉、ダイの通訳が無いと伝わらないしなぁ』

 

 マァムが俺のぶら下げてるアバンのしるしに気付いてくれる可能性が微量にあるかもしれないが、ほぼ逃げるより他になく。

 

『え』

「え」

 

 不意に外に吐き出された俺が呆然としつつ立ち尽くす視界を埋めるのは、人、人、人。

 

『ちょ』

「わっ?!」

「今度はメラゴーストだ!!」

 

 今度はと言うことは、ゴメちゃんはきっと見つかった後なのだろう、が。

 

(薄情かもしれないが、そんなことを言ってる場合じゃないッ)

 

 視界の端でこっちに銃っぽい武器を向けるピンクの髪の少女が見えて俺は自分がすさまじく拙い状況にあることを理解していた。

 

『くそっ、ルーラッ!』

 

 逃げようにも周囲を村人に囲まれていてはどうにもならず、空いて居るのは真上のみ。周辺の地形を強く心に刻み込んでから俺は瞬間移動呪文を唱えるのだった。

 




旅の仲間からメラゴースト君が抜けて、パーティーは原作通りに戻る筈、やったね?

次回、二話「まさかの事態」に続くメラ。


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二話「まさかの事態」

『やっちまった』

 

 へにょりと届かぬ腕で頭を抱えようとしつつ俺が降り立ったのは、デルムリン島の浜辺だった。師匠がマホカトールの結界を張った場所であり、たぶんダイ達が船で海へ漕ぎだしたのもおそらくここだろう。

 

『どうするかなぁ……ダイ達が村につけば誤解は解いてくれるかもしれないけれど』

 

 タイミングが読めない今、早く引き返し過ぎると村人やマァムに襲われる恐れがある。

 

(確か、原作だと村で一行は一泊してたはず)

 

 故に一日この島に留まってからルーラで合流を果たすでもいい気はするのだが。

 

(原作だと魔王軍の幹部がこの島にやって来てダイの育ての親のきめんどうしことブラスじいちゃんが攫われるんだよなぁ。そして別の幹部との対決の時に人質兼戦力として使われる、と)

 

 もし一日待った結果、その幹部と出くわしたら更に拙いことになる。幹部と出くわしてブラスをなすすべなく攫われればダイの俺に抱く心象は悪くなるし。かと言って、誘拐を防げば原作の流れを大きく歪める。

 

(代わりに俺が攫われる? いや、それは更に不味い)

 

 魔王の意思とやらで俺が敵側に回ってダイ達に近接消滅呪文をぶちかますと言う最悪のパターンもありえてしまうのだ。

 

(このしるしナシでも魔王の意思の影響を受けないのであれば、話は別なんだけど)

 

 操られてるフリをしつつ原作のブラスの代わりができれば流れを原作の方へと修正はできるが。

 

(試すのも綱渡りなんだよなぁ)

 

 試してみて魔王の意思の影響受けちゃいました、じゃ俺はもう自分の意思とは関係なく原作主人公と敵対することになってしまう。

 

(入れ違いになるつもりですぐにここを立つ……ってのもなぁ)

 

 俺の印象に残ってる場所と言うと、師匠と最初に会ったあの偽たき火の場所か、最初に海を渡った砂浜、ランタンの中で見たパプニカの国の村や町、そして城下町となる。

 

(ギルドメイン大陸、先生と会った場所は没だな。あそこには分裂した俺が居るかもしれないから気がかりではあるけれど)

 

 魔王の意思を受けて凶暴化していた場合、俺と全く同じ思考をしたメラゴーストの集団に襲われる恐れがある。

 

(パプニカの各地は、些少なりとも呪文の使える俺が行けば魔王軍から受ける被害を軽減させることはできるかもしれないけれど、うん)

 

 人間側から味方と見なされる筈もなく攻撃されるだろうし、雑魚はともかく敵の軍団長と出くわした場合、俺では勝てる気がしない。

 

(加えて、俺が敵だってことは魔王軍には広まってるだろうしなぁ)

 

 そのつもりはなかったとはいえハドラーに深手を負わせたことをダイ達から聞かされたときには俺は気が遠くなったのを覚えている。魔王軍に目を付けられたのは間違いないだろう。

 

(あちらから見た脅威とは言え、モンスターなわけだし、魔王の意思の影響を受けたら味方になるのではとあちらが考えてくる可能性もありうるけれど)

 

 やはりここらで魔王の意思を受けて凶暴化するかどうかは確認せざるを得ない。そう結論を出して俺は走り出す。

 

『うおおおっ』

 

 主目的は何かにぶつかりかけた時の分裂ともう一つ。

 

『どこだーっ、キャットフライッ!』

 

 呪文を封じて使えなくする呪文の使い手であるモンスターの確保である。魔法使いとして修行をしてきた俺は敵に回せば呪文こそ厄介だが、これさえ封じてしまえば役立たずに早変わりする。

 

(分裂した俺二人で実験台の俺と腕を繋いで、実験台だけ外に出せば――)

 

 凶暴化した場合二人の俺で実験台の俺を結界の内側に引っ張り込めばいいのだ。もっとも、この実験をするにはマホトーンの使い手が必要不可欠。俺が使えない以上、この島で使い手を確保する必要がある訳だ。

 

(原作だと偽勇者の呪文になすすべなくやられてた印象があるから、呪文の封じ手がこの島に居るかは微妙なところだけど)

 

 偽勇者に襲われたとき、島の魔物達はだまし討ちの形で攻撃されていた。使い手がいても不覚をとっていた可能性はある。

 

(と言うかちらっとどこかのシーンで見た覚えがあるんだよなぁ)

 

 アニメか漫画だったか定かではないが、色違いだと別のモンスターになってしまうことを考えると、俺の記憶にあるのはアニメ版か。

 

(魔王の意思を受けて凶暴化した時に同士討ちでやられて無ければ、今もどこかに居る筈……ん?)

 

 そこまで考えてふと思う。むやみやたらに探し回るよりもこの島の長老格であるブラスに話を通して居場所を教えてもらうなり呼んでもらえばいいのではないかと。

 

『そも、ここに立ち寄ったのに何も報告しないのも不義理だもんな』

 

 探しモンスターのことはさておき、すぐ戻れない状況でもある訳だし、立ち寄ったなら挨拶と報告くらいはしてしかるべきだろう。

 

(ブラスを誘拐して人質に使ってたのってロモスの城での決戦の時だから、今のタイミングならまだ例の魔王軍幹部はここにきてない可能性も高いし)

 

 そもブラスが攫われたなら、島だって騒ぎになってるはずだ。逆に入れ違いになるなら今がチャンスかもしれない。

 

(確認しなきゃ次の行動も決められない。今は勇気を出そう)

 

 俺の原作知識が確かなら危険もまだ少ないのだ。俺は方向を転換するとブラスの家に向かうことにするのだった。

 




次回、三話「なるほどのう、ならば」に続くメラ。

あれ? これのんびりして行きなされッて言われる流れ?


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三話「なるほどのう、ならば」

「ダイが誤解を解くまでこちらに暫し滞在していきなされ」

 

 きっと俺の説明が拙かったんだと思う。原作知識で知っていたとは言えないものだから、ダイ達が荷物をどこかで落としたかなくしたかして荷物と一緒になっていた俺は見知らぬ村で解放されてしまったと再会を果たしたきめんどうしに打ち明けた後のこと。

 

(いや、荷物を失くしたなら探し回って村には行きつくだろうし、そこから誤解を解くまでに時間が必要だろうと考えるのは、わかるよ)

 

 誤解を解いた後ならルーラで戻っても攻撃はされないだろうし、その時ダイたちが旅立っていれば、拾ってくれるのをその村で待てばいい。つまり、些少遅れても誤解を解くより先に件の村に戻るよりはいいという判断なのだとは思う。原作知識が無ければ、何日で誤解が解けるかなんて指針も立たない訳だし、言ってることはきっと正しい。

 

(けど、ここでのんびりしてると魔王軍の幹部が来ちゃうんですが)

 

 ダイの兄弟弟子であるからこその好意もあって滞在を勧めてくれたんだろうが、勝手ながら俺は全力でご遠慮したいところだった。

 

『お気持ちはありがたいんですが、師匠と旅をしてきたパプニカの国の方も気になりますし。俺はルーラでパプニカにも飛べますから』

 

 ひょっとしたらダイ達は失念していたのかもしれないが、ロモスのことも気になって俺にルーラでいける場所を増やすためにまずロモスに向かったということも考えられる。

 

(原作だとポップが瞬間移動呪文を覚えていなかったから近いロモスに向かったとも考えられるし)

 

 パプニカには俺が居ればすぐにでも向かえると考えたなら、ロモス行きも間違ってはいない。

 

『とにかくそう言う訳で、俺は自分がこのしるしナシでも魔王の意思の影響を受けるかを確認してからパプニカに向かいたいんです』

 

 名目上は偵察として。実際は魔王軍の幹部との鉢合わせを避けるためにだが。

 

「魔王の意思の影響を受けるかどうかの確認ですと?」

『ええ。思い返してみたんですが、魔王軍の偵察隊のガーゴイル。あれもモンスターの筈ですが、マホカトールの発動する前の島の皆さんと違って、理性は失っていなかったように思うんです』

 

 魔王軍のモンスターだからという可能性もあるが、原作では魔王軍から離反した魔王軍幹部だけでなくそれ程強くないにもかかわらず魔王の意思の影響を受けて居なかった魔物も居るのだ。流石に原作知識云々を話すわけにもいかないので、理由としては苦しくなったが、そもそも今の俺が安心して外に出られるのはポップ経由で渡された俺専用のアバンのしるしがマホカトールの効果を持つからこそなのだ。

 

『何らかのアクシデントでこれが外れた時、ダイ達の敵に回ってしまう可能性が高いのは解かってますが――』

 

 念の為に確認しておきたいと俺が言ったとしても、不自然さは何もない。

 

「むぅ、気持ちはわからんでもない。じゃが、こんな夜更けで無くても良いのでは?」

『えっ?』

 

 ただ、俺の話の持って行き様には穴があったらしい。虚を突かれて俺は固まり。

 

『けど、キャットフライって猫と蝙蝠が駆け合わさったようなモンスターですよね? てっきり夜行性かと思いまして』

 

 なんて言い訳が思いついたのは、せめて明日の朝にしなされと言われて効果的な反論もできず横になった後のこと。

 

(あかん、結局この島で朝を迎えることになっちまった)

 

 とはいえ、ブラスが連れ去られてしまうと島で悠長に実験をしてる場合ではなくなってしまうし、この島に来てブラスに挨拶も報告もしないのは不自然なのだから、この島にルーラした時点でもはやこの展開は避けようがなかったのかもしれない。

 

(今更ルーラでパプニカにも飛べないしなぁ)

 

 このままでは、下手すると魔王軍の幹部と鉢合わせしてしまう訳だが、現時点で俺が幹部に勝つのは難しい。それこそ、不意を突いたうえ、自分も消し飛ぶ覚悟で例の近接消滅呪文を使いでもしなければ厳しいし。

 

(この島を訪れるのは、妖魔司教ザボエラ。魔法を使う術士系のモンスターとかを束ねてる軍団長で、当然当人も呪文のスペシャリストと言うのがね)

 

 俺の記憶が確かなら、オリジナル呪文とかも編み出してたし、部下に変身呪文をかけて影武者に仕立てる何てこともやってくる相手だ。

 

(魔王軍の目がダイに向いてるなら、俺がこの島に居ることも気づかれていない可能性はあるけど……そもそも、ザボエラとは戦って勝つのも駄目なんだよ)

 

 ここでブラスが誘拐され、ダイと対決する軍団長にザボエラが人質兼戦力として使う様そそのかしたことがきっかけで魔王軍から離反し、後にダイ達の仲間になる軍団長が居るのだ。ここでブラスの誘拐が失敗してしまうと原作から大きく乖離する上、原作で何度もダイ達を助けた味方が加入しなくなってしまう。

 

(とはいえブラスをみすみす誘拐させたら、俺は何やってたんだって話になるし)

 

 ハドラーの時に使ったパターンはもう使えない。一度魔法力の制御に失敗してることもあるが、ダイとポップの二人がかりであれだけは使うなと釘を刺されてしまっているのだ。

 

(身体が半分吹き飛んで死にかけたんだから、二人の言うことは正しい、俺自身も二度目は制御できるかと言われると、うん)

 

 どう考えても断念せざるを得ない。

 

(となると、どうする? ブラスの代わりに攫われるのもダメだし。せめて魔王の意思の影響を受けるかどうかが解かってればやりようはあったかもしれないけれど)

 

 ああでもないこうでもないと俺が考えているうちに更に夜はふけて行き、やがて東の空が白み始めるのだった。




次回、四話「朝」に続くメラ。


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四話「朝」

 

『はぁ』

 

 来てしまった。魔王軍幹部がではなく太陽が、だが。

 

(今日が襲来の日だとしたら、もう時間がない)

 

 だというのに俺はノープラン。倒すわけにも阻止するわけにもいかなくて、奥の手は使用禁止なくせに何もしない訳にはいかないという八方ふさがりな事態が迫ってこようとしている。

 

(一か八かであの高等呪文をやるしかないか)

 

 本来俺が使えるようなレベルの呪文ではないが、その無理を通せれば活路は見いだせる。

 

(おかしいなぁ、俺ってこんな綱渡り、柄じゃないんだけど)

 

 他に方法もないのだから、仕方ない。ネックになるのは呪文を扱えるかと、タイミングだけ。

 

(口実ならちょうどいいモノがあるし、まずは呪文の会得だ。幸いにも契約には成功しているし、足りないのは術者の力量だけ、だから――)

 

 俺はブラスの家の裏手に回ると周囲を確認してから成功してくれと祈りつつ呪文を唱える。

 

「……っ、成功した?!」

 

 若干信じられなかったが、これまでのポカを鑑みればきっと無理はない。

 

「あー、あー、よしっ。これで首の皮一枚でここは切り抜けられそうだ」

 

 俺はぎゅっと拳を握ると自分を殴りつけ、衝撃で呪文を解く。

 

『痛ぅ。けど、これしか解き方知らないもんなぁ』

 

 ともあれ、後は時間との勝負だ。俺はすぐにブラスの元に向かった。

 

「魔法の筒を譲ってほしい、じゃと?」

『ええ。俺の筒は村に置いてきてしまいましたし、予備があると今後何かと重宝するのではないかと。ほら、怪我人を運搬するのにも筒なら体格を無視して小柄な人間や腕力のない魔法使いでも大柄なひとを運べそうですし』

 

 原作を思い返すと魔法の筒の出番は俺が覚えてる限り序盤に集中してる気がするのだが、この便利アイテムを有効活用しない手はないとも思う。

 

『貸していただけるだけでいいんです』

「むぅ、確かに言っていることはもっともじゃな。よいじゃろう」

『ありがとうございます。あ、そうだ。ついでと言っては何ですが』

 

 メラメラ言ってるだけでも筒は使えるのか確認したいと俺は提案し、受け取った筒をすぐに目の前のブラスに向ける。

 

『イルイル』

「っ」

 

 流石に吸い込まれるとわかって居れば原作の様に悲鳴は上げないのか。ブラスは筒に吸い込まれ。

 

『俺でも使えた……ありがとうございます。これなら、俺でも……え?』

 

 喜色を浮かべた俺は筒に語りかけると呆然とした表情を作り。

 

「どうしたんじゃ?」

『すみませんが、ブラスさん。暫くその筒の中で黙って居てください』

 

 真剣な声色を務めて作り、俺は呪文を唱える。

 

『モシャス』

 

 本来なら俺はまだ使えない他者に変身する高等呪文。だが、この世界では術者の力量次第で相手の能力までコピーする呪文でもあり。

 

(逆に言うなら、姿だけ真似るという劣化版で妥協するなら今の俺でも辛うじて使える)

 

 こじつけの様な理由だが、これがうまく行ったのは本当にありがたかった。ひょっとしたら他のナンバリングで色違いのモンスターが得意とした呪文だったので、適性があったりもしたのかもしれないが。

 

「今のは……」

 

 ともあれ、ブラスの姿というガワを纏って変身したことで下げていたアバンのしるしも隠れ。落ち着きなく周囲を見回した俺の背に寒気が走る。

 

「っ……な、なんじゃ、このすさまじい妖気は?!」

 

 うろ覚えな原作のブラスのセリフを口にしつつ。落ち着きなく周囲を見回せばどこからともなくキヒヒヒヒと言う笑い声が聞こえ。

 

「お前がブラスとかいう鬼面導士じゃな」

「な、何奴じゃ?!」

 

 声の主を探すと霧の様な濃いモヤ、おそらく妖気であろうものの中から小柄な影が浮かび上がり。

 

「ワシの名は妖魔司教ザボエラ!! 大魔王六軍団のひとつ……妖魔士団の軍団長よ!!!」

「魔王軍?! バカな……この島はアバン殿が残してくれた魔法陣で守られている筈」

 

 あのハドラーですら結界を抜けるのに派手な登場をせざる得なかったと言うのに目の前の相手は前触れもなく現れたのだ。原作知識のある俺はやってくることを知ってはいたが、前触れが無いっていうのは正直心臓に悪い。

 

(間に合うかどうかってこっちはハラハラしどおしだったってのに)

 

「ヒッヒッヒ、あの結界を抜けることなぞ、造作もないことよ……このワシの……妖魔力をもってすればな……!!」

 

 得意げに笑うザボエラに俺は内心で妖魔力って何だとツッコミたくて仕方なかったが、流石にギリギリで作ったこの流れをぶち壊すわけにもいかない。こうして俺はブラスの身代わりの形でザボエラに連れ去られることとなり。

 

(A3、後は任せた)

 

 昨晩の内にちゃっかり分裂して潜ませておいた俺へ声には出さず事後を託すのだった。

 




次回、五話「筒ん中ブルース」に続くメラ。

そう言えばここハーメルンでしたよね。(ハーメルン違い)


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五話「筒ん中ブルース」

(さてと、これはうまく行ったというべきか)

 

 ザボエラもモシャスの呪文の使い手、他に手も無かったとはいえ偽装がばれることもあるかもしれないとは思ったが、疑われることもなく俺は筒の中に入れられ。

 

(筒の中からじゃ、外の様子は窺い知ることもできない、と)

 

 原作では中からの叫び声が外に出ていた気がするので、気を抜いて声を出してしまうのは禁物だが。

 

(しかし、こうなってしまうともう出来ることと言うと瞑想か今後のことを考えることぐらいだしなぁ)

 

 別の筒とはいえ形状が同じため、見慣れた光景となってしまった筒の内部を見ながら俺は原作の流れを脳内でおさらいする。

 

(デルムリン島を出たダイ達は、ダイの前にキメラにぶら下がってロモスに向かった時に「空から見たから」ってのを根拠に地図なしでロモスのお城に向かおうとして、手前の森で迷う)

 

 この時森にある村の迷子がモンスターに襲われそうになってるのと出くわして戦闘。戦いの詰めが甘くモンスターから反撃されそうになったところで迷子を捜しに来ていた村の少女で俺達の姉弟子に当たる後の旅の仲間、マァムと出会う。

 

(この時、ポップとマァムが口論になってポップが意地になりマァムに頼らず森を抜けようとし、この時二人は荷物を忘れるか何かしてそれがマァムに回収され、マァムの村に運ばれ――)

 

 中身が確かめられた時に、荷物に入ってついてきたゴメちゃんが見つかって騒ぎになる。

 

(とはいえ、原作ではゴメちゃんは確か危害を加えられずに済んでいた筈)

 

 昨晩俺が魔法の筒から出されたのがこの後だ。

 

(原作通りなら村が予期せぬ珍客に微妙な空気になったところで、場面はこの地域を担当する魔王軍の軍団長、獣王クロコダインの拠点に切り替わって)

 

 ハドラーがダイによって手傷を負ったことを明かしつつ脅威になるからとダイの始末を依頼するのだ。これによってピンクのワニな獣人で種族的にはリザードマンのクロコダインがダイの元に刺客として現れ、戦いになるのだが。

 

(後のドラクエのナンバリングに出てくるリザードマンと姿が全然違う上に、あっちはドラゴン族何だよなぁ)

 

 種族まで違うことで俺としては少し困惑してしまうのだが、ぶっちゃけこれは今は関係ないので脇に置くとして。ともあれ、確か、その戦いの余波か何かで森の異変に気付いたマァムがクロコダインとの戦いの場に合流、ダイはクロコダインへ最終的に手傷を追わせて片目を奪い、撃退に成功する。

 

(ザボエラがデルムリン島に来てブラスを攫ったのが、この後。つまり今の俺がブラスの代わりに居るのがここ、と)

 

 ザボエラはこの後負傷したクロコダインに魔法の筒に入った人質を差し出し、それを使うように唆す。島の外に出てしまったブラスは魔王の意思の影響を受け、魔王軍の言いなりになってしまうのだから人質だけでなく戦力にもなる訳だが。

 

(問題はその中身が俺ってことだな)

 

 俺専用のアバンのしるしはそのままである為、俺が魔王軍の言いなりになることはない。とはいえ、卑怯な手を使ってもいいのかという葛藤と苦悩がこの後クロコダインが魔王軍を離反するきっかけになることを考えると、かかったな馬鹿めとばかりに俺が正体を現してダイたちに加勢すると、原作をブレイクしてしまうことになる。

 

(一応、メダパニもメラミも原作でブラスの使った呪文は使えるから、操られたブラスのフリをすることは出来るものの、バレたらいろんな方向からの信頼を失うし)

 

 よくよく考えると、切り抜けられたのが島での一件だけの様な気がしてしまうから不思議だ。

 

(はっはっはっはっは……どうしよう)

 

 こうして俺は筒の中で頭を抱える。現状を打破する案は、これっぽっちも浮かび上がっては来なかった。

 




次回、六話「追いつめられた俺」に続くメラ。



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六話「追いつめられた俺」

(……ダメだ)

 

 筒の中であれから色々シミュレーションしてみたが、どれもがうまく行かなかった。まず、操られたブラスのふりをするパターンだが、これは戦闘中に衝撃などでモシャスが解けた場合拙いことになる上、そうなる可能性が高い。

 

(なら、正体を現すしかない訳だけど)

 

 ここからの軌道修正の難易度はウルトラC級になる。原作では卑怯な手段をとり人間側から非難され、後から駆けつけて仲間の為に命がけでブラスを救おうとしたポップの姿に心を動かされたクロコダインが起き上がってきたダイに敗れた。そうして卑怯な手段を使ったことを後悔しつつ城の外へと倒れこんでフェードアウトし、後に回収され、蘇生を試みられたことで息を吹き返したクロコダインは魔王軍を離反するのだ。

 

(攫われたのが俺だったことで、卑怯な人質を使う策がまったく意味をなさなくなるし、ポップが駆けつけた理由ってダイたちが苦戦してるのを見せられたのも一つの原因だからなぁ)

 

 まさに綱渡りでうまく行った流れが全部ぶっ壊れてる訳だ。

 

(ポップが師匠の言葉を覚えていてくれれば、俺のことを師匠から頼まれてるからって理由で駆けつけてくれる可能性はあるけれども)

 

 人質が居なくなるであろうこれから起こる戦いで、原作で命を張ったほどの苦戦になるとは思えない。

 

(どうしよ、原作だとクロコダインに助けられた場面は結構多いんだ)

 

 俺の身の安全のためにも、クロコダインには何としてでも魔王軍を離反して仲間になってもらいたいのだが。

 

(俺が説得する? 説得が成功する要素が殆どないんですが)

 

 だが、現状では確実に失敗するとわかっているブラスのフリ作戦よりはそちらの方が幾らかマシだろう。仮眠を挟んだり、念の為にモシャスの呪文をかけなおしたりしているので、相変わらず俺の姿はきめんどうしの姿をとっているがそれはそれ。

 

(けど、説得って本当にどうするんだろう。人質作戦が失敗に終わってれば負い目もほとんどないだろうし、こう、翻意させるとっかかりみたいなものすらほとんどない訳で)

 

 ああでもないこうでもないと考える筒の中は、外部の情報が入ってこないから、今どこでどうなっているのかすらわからない。下手すると今すぐにでもこの筒から出されることだってありうる。

 

(ほんと、どうしよ)

 

 追いつめられているという自覚はある。お手上げなような気もしてきた。もうあきらめて成り行き任せに行こうと自分の一部が囁く。

 

(いやいや、何諦めてるんだよ! その先に俺の穏やかに過ごせる未来なんてありそうもないのに――)

 

 頭を振るって叱咤してみるも、いいアイデアが出るわけではなく。

 

(考えろ、まだ時間は)

 

 あるはず、と続けようとしたところで筒の中に光が差し込み。

 

「……出でよ! デルパッ!!」

「ちょ」

 

 俺の身体は筒の外へと吐き出される。思わず待ってと出かけた言葉を呑み込んで、降り立ったのは建物のものらしい小さな欠片あちこちに転がる床。

 

「早ぇぇよ、クロコダイン!」

 

 なんてツッコめたらどれだけよかったことだろうか。出されてしまった。何も考えついてないのに外に出されてしまった。

 

「じ、じいちゃん……?!」

 

 ダイの驚きの声に俺は自分がまだきめんどうしの姿のままであったことを再認識し。

 

(と言うことは、ザボエラは育ての親には手出しできまいと得意満面でこの様子を窺ってるんだろうな)

 

 なんでこんなところにと驚きと疑問を感じつつも近寄ってくるダイの姿を視界に収めつつも、視線はどこか遠くを見ざる得なかった。

 

「さあ行けッ!! 鬼面導士ブラスよッ!!」

 

 俺が立ちつくしていたからだろうか、後方から誰かが命じ。

 

(ええい、もうこうなったら仕方ない)

「おのれッ化物めッ!!」

 

 俺が動こうとしたのを見てとってか、統一した兜と服を身に着けた男達が武器を構え。

 

「待って!」

 

 それをダイが慌ててあれは俺のじいちゃんなんだと制止しようとする。

 

(どうする? 正体を現すなら、ここだ)

 

 原作ではこの後ブラスは兵士に呪文を放ったはず、俺は決断を迫られていた。

 




次回、七話「奇蹟よ起きろ」に続くメラ!

え、作者もこの展開に頭抱えてないかって?

だ、大丈夫、ですよ?(目そらし)


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七話「奇蹟よ起きろ」

昨日はお休みしたので、今日は早めに投稿。


(ええい、もはやこれまでっ)

 

 原作であればブラスがダイの制止に戸惑う兵士に混乱呪文メダパニをかけ、同士討ちさせた場面。

 

「断る、メラミ!」

「なっ、ぐおおっ!」

 

 くるりと向きを変えた俺の放った攻撃呪文に驚きつつもクロコダインは手にした斧を振るう。

 

「じいちゃん?!」

「「なっ」」

「えっ」

 

 クロコダインも驚いただろうが、魔王の意思に操られて敵に回っていると思っていたダイやダイから説明を聞いた兵士達、そして視界の片隅に確認したピンクの髪の少女が驚きの声をあげるがそれもそうだろう。

 

「……どういうことだザボエラ!」

 

 そして声に振り返れば無傷のクロコダインが怒りつつ叫ぶ。

 

(まぁ、意に沿わぬ卑怯な手段をとれと渡した人質兼戦力が命令に従わず攻撃してくれば、当然と言えば当然の反応だな)

 

「それは……こういうことさ、ぐっ」

 

 未だに衝撃以外の解き方がわからない俺は止む得ず自分を殴って変身呪文を解き。

 

「めっ、メラゴースト君?!」

「あれは、あの時の――」

「何だと?!」

 

 正体を現した俺に敵味方問わず驚きの声が上がり。

 

「も、モンスター?!」

「あっ」

 

 どこからどう見てもメラゴーストな俺の姿に再び警戒をあらわにする兵士に気が付いたダイが声をあげる。

 

「待って! あのメラゴーストは……あのメラゴーストは敵じゃない! 先生から、アバン先生に学んだおれの兄弟子なんだ!!」

『あー、説明すまない』

 

 まるでさっきの光景の繰り返しだが変身を解いてしまったことで、人に言葉が通じなくなってしまった俺としては、ダイに説明の大半はお願いするしかなく。

 

「メラゴースト? まさか、貴様が魔軍司令どのに痛手を負わせたという」

 

 遅れて俺の正体に気づいたらしいクロコダインが俺を凝視するが、さすがにここで通りすがりのメラゴーストですは無理がある。

 

『……ハドラーから話を聞いていたのか』

 

 俺としては魔法力の調整に失敗してやらかした黒歴史という面も含めて広めては欲しくないのだけど、口ぶりからダイと変わらぬ程度に警戒されてる事実にちょっと気が遠くなりかける。

 

「そういえばメラゴースト君、なんでクロコダインの筒の中に?」

『あぁ、えっと筒から出たら……そっちのピンクの髪の子と見知らぬ村人に囲まれた状況で、抵抗するわけにもいかないし、逃げられそうもなかったからとっさにルーラでデルムリン島に戻ったんだけど、ブラスさんと居たら急に嫌な予感がして……ブラスさんを隠して覚えたての呪文でブラスさんに化けたら魔王軍の軍団長を名乗る奴がやって来たから』

 

 敢えて攫われて様子を探ることにしたと告げ。

 

「メラゴースト君、なんてムチャをするんだよ!」

『いや、あそこでブラスさんを攫われるわけにはいかなかったし、単独で軍団長相手は。それに下手に戦うと島のみんなを巻き込んでしまっただろうし。加えて俺にはこれがあるだろ?』

 

 言いつつ俺が示したのは、俺専用のアバンのしるし。

 

「そうか、メラゴースト君のそれがあれば島の外でも魔王の意思の影響を受けずに」

『ちょっ』

 

 事情説明のためとはいえアバンのしるしを示して見せたのは俺のミスだろう。が、納得したダイが声にしてしまったのは想定外であり。

 

「危ない!」

『え』

 

 ダイに注意が行ってしまったのも悪かった。ピンクの髪の子ことマァムの声で振り返った時には遅かった。

 

「ギョエッ」

 

 遠くからの悲鳴とパリッという何かが弾けた音。視界の端に映ったのは、一部が赤くなった細くうねっとした何か。そして、跳ね上げられて宙を舞う俺のアバンのしるしだった。

 

『グアアアアアアアッ!』

「メラゴーストくぅぅぅん?!」

 

 それ は そうだ。しま の そと で 、てき に まわらない りゆう を わざわざ せつめい すれば、それ を なんとかしよう と するの は、あたりまえ。

 

(歴史の修正力とか、そういうモノだったりするんだろうか?)

 

 こうしてブラスのかわりに俺が敵兼人質に回って、流れは原作の通りに引き戻されると。

 

(ある意味結果オーライと言えなくもないのかもしれないけれど)

 

 問題は俺が敵に回った場合、ブラスより厄介だということだ。

 

(こんなの、あり……?)

 

 確かに打開策とか全く思い浮かばず、詰んだかなとも思いはしたけれども。

 

(今頃、この光景を見てるザボエラは馬鹿笑いでもしてるんだろうなぁ)

 

 それが無性に悔しく、腹立たしかった。




メラゴースト君は今回もまたやらかしましたとさ。

次回、八話「ダイ、苦戦せり」


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八話「ダイ、苦戦せり」

(うん?)

 

 ふとこの様子を窺っているであろう妖魔司教ことザボエラのことを考えた直後だった、俺がそれに気付いたのは。

 

(あれ? 何ともない)

 

 思わず悲鳴は上げてしまったが、そう、何ともないのだ。結局、魔王の意思の影響を受けるかどうかの実験はできなかったし、だからこそ、しるしを外されててっきり敵に回ってしまうと思っていたからこそ、この展開は予想外。

 

(けど、これっていけるんじゃ)

 

 ブラスに化けていた時と違って、元に戻ることを恐れる必要はない。加えて、この状況なら俺が操られたふりをしても誰も不思議に思わない。

 

(ダイとかお城の人とかを攻撃するのはちょっと気が引けるけど、中途半端に意識が残ってて抗ってる感じに手加減すれば)

 

 ほぼ原作に近い形で話を進められるのではないだろうか、いや。

 

(そう言えば、ピンチに陥ったダイにゴメちゃんが立ち上がる力与えてなかったっけ、原作だと)

 

 ゴメちゃんの正体は何とかのしずくと言う願いを叶える超レアアイテムだったはず。ダイが立ち上がったのもアイテムとしてのゴメちゃんの力を使ってのことだとすれば。

 

(俺の立ち回り次第では願い一回分の消耗を押さえられるのでは?)

 

 ゴメちゃんは願いを叶え力を使うごとに消耗して小さくなってゆく、いわば使用回数の限られたアイテムでもあったはずだ。つまり、原作より消耗が抑えられれば浮いた願い事の分で俺の望みを叶えられるかもしれない。

 

(ごめん、ダイ。ごめん、ポップ。大丈夫だったってことにしてもクロコダインが離反した上仲間になってくれるとも思えないからさ)

 

 俺は自作自演することを決めた。

 

『ぐ、グウウッ……ギラッ!』

 

 苦しむ演技をすることで、直撃コースを外して俺は兵士達に閃熱呪文を放つ。ギラの呪文を選んだのは、下位呪文で範囲呪文がこれか爆裂呪文しかなく、後者はあちこち壊れた城の天井や壁が崩れて二次被害を発生させる恐れがあると踏んでのことだ。

 

「ぐわっ」

「ぐうっ」

 

 ベギラマではない上に直撃を外した呪文は悲鳴こそ上げさせるが、倒れた兵士は一人も出ず。

 

「メラゴースト君!! やめてくれよ!!」

 

 

 悲鳴に近い制止の声を上げるダイに心は痛んだが、ここまで来てやめるわけにはいかない、そして。

 

『グウッ、……い、ダイ』

「メラゴースト君?!」

 

 駆け寄ってくるダイの名を苦しみつつも呼ぶフリをすれば驚きにダイが足を止め。

 

「メラゴーストく、うわっ」

 

 再び駆け寄ってきたところを腕で払いのける。

 

「メラゴースト君?! なん」

『……近、な、分裂』

 

 すがるような目で問いかけるダイに、俺は魔王の意思に抗ってますよと言う態で、とぎれとぎれに言葉を発す。

 

「分裂? あ」 

 

 俺の言葉を反芻したダイはハッとした顔で俺の方を見る。たぶん意図は伝わったのだろう。原作だとブラスと取っ組み合いになったりブラスを投げ飛ばす流れがあるのだが、俺相手にそれをやると俺が分裂して増えてしまう恐れがある。魔王の意思に操られてるという設定の俺が増えでもした場合、原作の流れからまたずれが生じてしまううえ、下手をすれば勝ち目が消えてしまう。

 

「メラゴースト君……」

 

 魔王の意思に抗って何とか助言をしようとした俺の演技は成功し。流石に前の失敗があってか言わんとしたことを口に出さずダイはこちらを見て。

 

『メラミ!』

 

 俺はそんなダイへ不意打ちの形へ呪文をぶつける。

 

「ダイッ!!!」

 

 悲鳴もあげず吹っ飛んだダイの名を誰かが呼び。

 

「く、う、ううっ、めら……メラゴーストくん」

「……とどめだ!!」

 

 ヨロヨロと身体を起こすダイを見据え、クロコダインが手にした斧を振りかぶる。投てきの構えだ。

 

(ここまでは原作通り)

 

 魔王の意思に抗うフリをしつつ俺はちらりとマァムの様子を伺い、手当をしていたおそらくはこの国の王から離れダイの下へ駆けてゆく姿を確認しつつ呪文を唱え始める。

 

(原作じゃマァムがダイにぶつかるようにしてクロコダインの投げ斧から救ったはずだけど、万が一もあるもんな)

 

 斧を躱せそうになければ、魔王の意思に抗うことであさっての方向に飛んだ呪文が斧を撃墜したという態で呪文を斧にぶつけるつもりだったのだが。

 

「くっ……また貴様かっ!!」

 

 呪文の出番は必要なかったらしい。間一髪でダイを斧から救ったマァムをクロコダインは忌々し気に睨みつけ。そのマァムは銃のような武器を構える。たぶん、あれが師匠に貰ったという呪文を撃ち出せる武器なのだろう。マァムの村で筒から出されたときもちらっと見かけた気がする。

 

(ここまで原作通りなら、弾丸の中身はメラミだな)

 

 原作ではあの銃で反撃に出ようとして、ダイにブラスに当たってしまうからと止められる流れだ、ただ。

 

(俺はメラゴーストだからなぁ)

 

 ぶっちゃけ、誤射して俺に当たったところで俺は痛くもかゆくもない。登場作品によってはメラ系の呪文を受けると無効化するどころか回復してしまうのがメラゴーストなのだ。

 

「……ダイ?!」

「だ……だめだマァム。め……メラゴースト君に当たっちゃう……」

 

 にもかかわらず原作の様にダイがマァムを止めたのは、きっと何の呪文を撃ち出すのかわからなかったからか。

 

(けど、メラミってわかってるなら、抗うフリをして俺ごと撃てって流れもアリか)

 

 止めようとするダイにこのままじゃやられちゃうわとマァムが反論する声を聞きつつ、俺はそんなことを考えて居た。

 




次回、九話「獣王フルボッコされる(言葉で)」に続くメラ。


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九話「獣王フルボッコされる(言葉で)」

「悪魔の目玉かクロコダインにしるしを奪われ、それでも影響を受けないことに気が付いて原作ルートに戻そうと試みる」

感想の返信で軽く触れた荒いプロットからの抜粋ですが、そう言う訳でこの流れは一応予定通りだったりするのです。
マホカトール効果のしるしを登場させた伏線の回収ですね。うまく行ったかなぁ?


「……おねがいだよ……メラゴースト君はおれとポップの為にハドラーといのちがけで戦って、危うくいのちを落とすところだったのに、今だってじいちゃんのみがわりになって……」

 

 もし、メラゴースト君が居なければおれはじいちゃんと戦わされていたかもしれないんだとダイは続け。

 

「それより、何より、メラゴースト君はおれ達の大事な兄弟弟子なんだよおっ……!!!」

 

 ボロボロ泣きながら続けられた言葉は容赦なく俺の心を抉る。覚悟はしていた、だが。ダイの中の俺の評価ってちょっと高すぎないだろうか。

 

「クロコダイン! あなたそれでも戦士なの?!」

「なッ?!」

 

 想定外の動揺を魔王の意思に抗うフリで俺がごまかす中、マァムの非難にクロコダインが身体をこわばらせ。

 

「誇りだのなんだのと言ってたからもう少し正々堂々とした男だと思ってたのに……! なにが『獣王』よ笑わせないでよ!!」

「そうだそうだ」

 

 マァムの言葉に続く形でこんな少年相手に人質まがいの手で来るとはだとか武人の風上にも置けぬヤツよだとか恥を知れだとか居合わせた兵士達も口にし。

 

「ぬううううっ……だっ、黙れェッ!!!!」

 

 言われ放題だったクロコダインが怒声を発した。

 

「……武勲のない武人など……張り子の虎も同然!! なんとでも言うがいい……誇りなどとうに捨てたわぁッ!!!」」

 

 クロコダインも色々と葛藤はあったのだろう。だが、何とでも言っていいのであればと俺はその言葉に甘えさせてもらうことにする。

 

『ィ……』

「メラゴースト君?!」

『っちの、子に伝え……構わず、俺ごと、撃』

「ぬぐうっ?!」

「そんな、出来ないよ!! メラゴースト君ごと撃つなんて!!」

 

 相変わらず抗うフリをしつつ絞り出した言葉へ即座に反応したのは、クロコダインとダイの二人だけ。

 

「な」

「えっ」

 

 ダイの悲痛な声が通訳代わりになって他の面々がようやく俺の言わんとすることを理解し、クロコダインへ更なる非難の目を向けることになるのだが。

 

(聞き取り手が少ないから、俺って会話に割り込みづらいんだよな)

 

 地味に収穫があったとするなら、クロコダインも俺の言葉が理解できることが解かったことか。これなら、俺も口でダイ達に加勢することは出来そうだ。

 

『叶うことなら、俺もアバンの、師匠の弟子として魔王軍と戦いたかった。だが、戦うことさえ許されないどころか敵を利してしまうというのであれば、人を傷つけてしまうというのならば』

 

 途切れ途切れの内容をすんなり言葉にするならそんな感じだろうか。無論この内容は武人を自負していたクロコダインへのこっちは正々堂々どころか普通に戦うことすら許されずにいるんだぞと言う湾曲な非難の意味合いを持っている。武人を名乗ったクロコダインならば、戦うことすら許されぬ立場と言うのは俺の想像以上に辛かろう。だからこそ、それをお前がやらせてるんだぞとした時、きっと言葉は俺が想像した以上の威力を持つ。

 

(あとは、俺のアバンのしるしと魔法の筒か)

 

 原作では人質をどうにかするためクロコダインの持つ魔法の筒を奪いに行く作戦をダイたちは立てるのだが、この戦場にはもう一つ、俺を救うためのアイテムが転がっている。先ほどうねっとしたモノに外された首飾りだ。

 

(クロコダインの懐に飛び込むよりは床に転がってるしるしを拾う方が安全で楽なはず)

 

 だからこそ、ダイ達がどちらを狙ってくるかを予測するために位置を確認しようとしたのだが。

 

(あ)

 

 落ちて転がってるであろう場所にアバンのしるしはなく。

 

(どこ、に)

 

 何かを振り払うように頭を振るふりをしつつ周囲を見回せば、細長く伸びた何かが先端にテーブルの一部だった木片に絡みつき、木片に引っかける形でアバンのしるしを俺から遠ざけようとしていた。

 

(あー)

 

 細長いモノをたどった先に天井からぶら下がる目玉の魔物を見つけ、俺はそう言えば原作でも居たなと思い起こして俺のしるしを外した者の正体を察した。複数の触手を持ち、見た映像をそのまま遠くの相手へと伝えることの可能な魔王軍の使い魔的な魔物。

 

(悪魔の目玉だっけ、となるとこの小細工をさせてるのもザボエラか)

 

 俺を間違えて攫ってきた失態の埋め合わせか、それとも自身を欺いた俺への意趣返しのつもりなのか。テーブルの残骸を使っているのは、触手を使って直接触ろうとした時、マホカトールの効果にダメージでも負って学習したからというところだと思う。悲鳴も聞こえていたし。

 

(しかし、考えたよな)

 

 ダイ達はクロコダインを見ているからこそ、しるしが遠ざけられていることに気付かない。いつの間にか印がなくなってるとすれば、原作通り筒を奪いに来るしかなく。

 

『っ』

 

 突然、手前の床で炎が弾ける。

 

(魔法を撃つ銃での威嚇射撃?!)

 

 組み合っては俺が分裂するかもしれないと考え、俺の足止めの為にマァムが撃ったのだろう。

 

(と言うことは)

「うぐっ」

 

 思わず視線でダイを探せば、そこに居たのは魔法の筒まであと一歩のところでクロコダインから膝蹴りを受け呻くダイの姿。

 

「残念だったな……上手い作戦だったが……さっきのメラミのダメージでおまえのスピードは半減していたのだ……」

 

 その姿勢のままクロコダインの語る敗因こそ、俺がダイにメラミを命中させた理由でもあった。

 




精神攻撃は基本。

次回、十話「窮地」に続くメラ。


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十話「窮地」

「終わりだ……ダイ……」

 

 ちくしょうと呻くダイをクロコダインが払いのけ、マァムがダイの名を呼び、慌てて駆け寄る姿を俺は見る。

 

(あれ?)

 

 ただ、ここまで来て俺はおかしいなと思う。原作のブラスはクロコダインがそう言った時クロコダインの後ろにいた気がしたのだ。

 

(原作の流れに戻したはずなのに、何故差異が……あ)

 

 思い至ったのは、マァムの行動。本来ならタックルをかけて共に転がっていったのを俺の場合分裂するからと威嚇射撃で動きを制した。結果、俺はまだクロコダインの前方よりの側面に居る。

 

(待って、それ、色々拙いんだけど?!)

 

 俺は焦った。

 

「……それ以上苦しまぬように……一思いに葬ってやる……この獣王クロコダイン最強の秘技でな!!」

 

 と、理由はピンクのワニさんことクロコダインが直後に言ってくれたソレだ。原作だとダイだけでなくその後ろに居た国王や兵士達まで一緒に吹き飛ばしていた気のするクロコダインの大技。つまり範囲攻撃だ。

 

(いや、伝えないといけないことがあって魔王の意思に抗うフリとかしつつ言葉を伝えたりはしてましたけどさ、うん)

 

 今の立ち位置だと、巻き込まれる可能性がそれなりにある。完全に敵対してたブラスと違い、半端に抗ってる俺だ。

 

「魔王の意思を自力で克服するやもしれん、念の為一緒に葬ってやろう」

 

 とか考えたクロコダインが俺まで攻撃した場合、生命力的な意味で撃たれ弱い俺が生き残れるかはけっこう微妙な感じになると思う。

 

(使える呪文増えてレベルは上がってるはずだけどさ、ステータス数字で確認する術ないし)

 

 初期値が低かったからこそ、慢心する理由はなく、怯える根拠は既にあり。

 

(どう)

 

 どうすると続けようとした時のこと。

 

「退けい」

 

 口で言いつつクロコダインは俺を片手で押しのけた。俺が非難に案化した時の言葉が功を奏したのか、他に理由があるのかはわからないが、どうやらクロコダインは俺を捲き込むつもりはないらしく。

 

(危なかった)

 

 胸中で胸をなで下ろしつつ俺はここからどうするかを考える。

 

(出来れば国王や兵士達、ダイやマァムに補助呪文をかけたいところだけど)

 

 味方集団の防御力を増すスクルトの呪文であれば、クロコダインの宣言した大技の威力を軽減することは出来ると思う。だが、その場合中途半端に動けるまま大技を耐えた兵士やダイ達が反撃に出て、殺されてしまう恐れがある。加えて、せっかくターゲットから外してくれたクロコダインが考えを変えて俺まで葬ろうとする可能性だってあるのだ。

 

(静観しかないか)

 

 歯がゆさを感じつつもただ立ち尽くしていた時間は時間にすれば十数秒。それだけの時間の間にクロコダインは力み、右肩の防具をハジケさせながら吠え、肥大化したのかと錯覚せんばかりに力を込めた右の腕を突き出し闘気を放った。

 

「獣王痛恨撃!!!!」

 

 渦の様に激しく回転しながら一直線に伸びた闘気は人も無機物も関係なく呑み込み、かき回し、壁に大穴を穿って外まで突き抜ける。

 

「……勝った……!!」

 

 一撃が過ぎ去れば、目につくのは一直線に抉れた床の両脇に倒れ伏すダイや国王、兵士達とマァムの姿。思わずクロコダインが呟きの声を漏らしてしまうほどに、立っている者は誰も居らず。

 

『ダ……イ』

 

 俺は魔王の意思に抗い弟弟子を気にするふりをしつつ、密かに呪文を唱え始める。原作だとこの後、呻きつつ身を起こしたマァムがダイを回復させようとして悪魔の目玉に捕まる。

 

(その結果、なす術なくダイが殺されそうになる光景を見せられたポップが城下町の宿から走ってきて乱入を……あれ?)

 

 おそらくこの後起こるであろう原作知識をおさらいした俺だったが、ふと思う。城下町の宿屋からこのお城のこの場所まで全力疾走したとしても結構な時間がかかるのではないかと。

 

(ポップが駆けつけてくるまでクロコダインって何やってたんだ?)

 

 思わず浮かび上がる疑問だが。普通に考えたなら、卑怯な手段を使ってしまったことに葛藤してトドメを刺すのをためらっていたとかだろうか。ただ、推測しかできぬままに視界の端でマァムが身を起こし。

 

「あ……ウッ……?!」

「……悪魔の目玉……!! そうか、こいつの首飾りを跳ね除けたのも」

 

 天井から伸びてきた触手に絡み取られたところでクロコダインがその存在と、やってのけたことを思い出し。

 

「グヒェッヒェッヒェ!!」

「ザ……ザボエラッ!!」

 

 瞬きしたあとに目玉に映った人物の名をクロコダインが口にする。

 

(そっか、加えてクロコダインと目玉を通したザボエラの会話で時間が経過……うん?)

 

 納得しかけた俺だったが、それが答えだとすると両者の会話はものすごく長いモノにならないと説明がつかないような気がするのだが。

 

(あ、ひょっとしたら城下町って、俺が考えてるより狭いのか)

 

 よくよく考えれば俺はロモスの城下町をしっかり見たわけじゃない。ここまで筒の中だったのだ。

 

「安心して……ダイにとどめを刺すがいい‥…!!」

 

 こちらが納得している間にザボエラとクロコダインの会話は進んだようで、クロコダインの頷く姿が見え。

 

(とは言え、万が一もある)

 

 俺はいざという時呪文で邪魔を出来るようクロコダインと悪魔の目玉の様子を伺い。

 

(って、あれ? まだ来ない?!)

 

 一向に現れぬポップにちょっと焦って呪文の詠唱を小声で開始した数秒のち。

 

「待てェッ!!!」

 

 その声を聞くこととなるのだった。

 

 

 




……いつから窮地がダイの立場を指すと思っていた?

まぁ、無事切り抜けられましたが。

次回、番外3「勇者とは(ポップ視点)」に続くメラ。

出したり引っ込めたりしてるメラゴーストは居る気がするけど、彼は勇者じゃなくてメラゴーストなんで、うん。



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番外3「勇者とは・前(ポップ視点)」

夜の分、前倒し投稿です。


「ポップ、あなたの方が兄弟子なのですから……メラゴースト君のこと、よろしく頼みますよ」

 

 時折、先生のあの時残した言葉がおれの脳裏をよぎる。

 

「メラ公は本当に危なっかしい奴だからな」

 

 ことあるごとに失敗して凹んでいた昔のこともあるけどよ、あの日の戦いで自分を犠牲にしてあのハドラーって奴に深手を負わせた一件でおれとダイは共通の見解を持つに至った。メラ公は自分の身を投げうって他の奴を守れるが逆に言うなら自身のことを顧みない奴でもある、と。

 

「ねぇ、ポップ。メラゴースト君はまた強敵が現れたら自分を犠牲にしてでもあの呪文を使おうとする気がするんだ」

「かも、な。おれには何でそんなことができるのかわかんねーけど」

 

 おれたちの為に自己犠牲呪文を使った先生。あいつは先生に一番近いところに居るんだろうか。

 

「それで、さ。前に聞いたけど、メラゴースト君は移動する時魔法の筒に入ってたんだろ?」

「ん? まぁな。お前に言うのはちょっと気が引けるが、モンスターってだけで普通の村人とかは怖がったりするもんだし、実際、以前モンスターの被害を受けたって奴もいるからな」

 

 騒ぎにならないようにと筒の中にいれてたメラ公には窮屈な思いをさせたが、あいつの身体はそれだけでなく夜になると明るくて目立つ。

 

「ロモスのお城なら、島のみんなを連れていったこともあるし、大丈夫だと思うけど」

「そうだな」

 

 二人で話し合って、メラ公には悪いが筒の中にいてもらうことにして、おれたちは小舟でデルムリン島を後に海を越え陸地にたどり着いた。

 

◇◆◇

 

「その後も大変だったよな」

 

 上陸してから三日も同じところをぐるぐる回ることになるわ。あれはダイが描いたいい加減な地図のせいだったか。

 

「モンスターに襲われそうになってる子供をカッコよく助けたのは良かったけどよ」

 

 倒しきれてなかったモンスターに反撃をくらいかけるわ、俺の呪文にいちゃもんつけて来た女に顔を叩かれるわ。

 

「ライオンヘッドなんて生まれて始めて見るモンスターには出くわしたかと思えば、その後に出てきたピンクのワニ野郎……」

 

 ハドラーの下っ端かと思えば、とんでもねぇ強さで敵わねぇと逃げた先でライオンヘッドの尻尾を踏んじまって今度はライオンヘッドに追いかけられるわ。本当にあの日はついてなかった。

 

「で、逃げ回った先で再び出会ったあの女が、おれ達と同じ先生の弟子だったって知って」

 

 ダイの元に戻ってあのワニ野郎を退けた俺達はその女の村に向かった訳だが。

 

「ええっ、メラゴースト君が?!」

 

 合流出来たのはダイがゴメちゃんって呼んでる羽の生えた金ぴかのスライムのみ。メラ公は村のガキが筒から出しちまって、移動呪文でどこかに消えちまったとおれ達は聞かされ。

 

「ダイ、どうするよ?」

「うーん、メラゴースト君のことは村の人たちに説明したから、ルーラで戻ってきてももう大丈夫なんだけど、ロモスのお城のことも気になるし」

 

 くわえて、メラ公がどこに飛んでいっちまったかもわからない。

 

「一晩過ごして、それでもメラゴースト君が来なかったら、ロモスに行こう。メラゴースト君は人の話すことは解かるから、村の人に伝言を残しておけばいいし」

 

 ダイの奴も後ろ髪を引かれる思いだったみたいだが、入れ違いになっても拙い。あの女の家族が魔王を倒す旅での先生の仲間だったと知ったり、語る話から先生がその村でも慕われてたことを知ったり。

 

「合流したら色々説明しねぇとな」

 

 本当に色々あったが、一番に説明しねぇといけねぇのは、あの女、マァムがおれたちの旅の仲間に加わったことだろう。ただ、この時のおれはメラ公との再会があんな形になるなんて思っちゃいなかった。

 




うう、筒の中に居た間のダイジェストだけで結構文字数行ってしまった。

と言う訳で、まだロモスまで行けてませんが前後編に分けます、すみませぬ。

次回、番外3「勇者とは・後(ポップ視点)」に続くメラ。


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番外3「勇者とは・後(ポップ視点)」

「や……やったあ……やっと着いたぜ……!」

 

 結局メラ公とは合流できねぇままにマァムの故郷、ネイル村を出たおれたちが森を抜けてお城についたのは月が登り、星の瞬く夜になっちまってからだった。

 

「いざロモス城へっ! GO! GO!!」

 

 それでもたどり着いた達成感をかみしめ、二人を振り返りながらも真っ先にお城に向かったおれたちを阻んだのは交差する兵士の槍。今日こそあったかいお城のベッドで寝れると思ってたおれの口から愚痴が漏れたって誰も責められないだろ。

 

「しょうがないさ。ブツブツ言ってないで宿屋を探そうぜ」

 

 そんなことをダイが言った直後にマァムが宿屋を見つけ、泊まることになった宿は値段の割には結構いいところだった。そんな宿だからか、勇者が泊まってるって話だったんだが、泊まってたやつらはダイに言わせると勇者さまの名をかたる悪者だったらしい。今は改心したらしいが、ダイが今何をしてるのかと聞けば話す内容はあきれるばかり。自分より弱い魔物を倒して褒美をもらうだの、魔王軍に落とされたお城から宝物をくすねてくるだの。昔やってたことと殆ど変わらないってダイも呆れていた。

 

「自分より弱いやつとしか戦わねえくせに勇者だなんてよく言うよな」

「……人のこと言えるの……あんた」

 

 ダイに同意して思わず零れた言葉にジト目と共にぶつけられたマァムの一言がおれの胸に刺さったが、ハドラーもあのワニ野郎も別格なんだし、あれは仕方ねえと思うんだ。その後にせ勇者の一味にポーカーに誘われて何とも言えねえ空気になったりもしたが、森の中をロモスに向かって歩いてきた疲れもあった。適当なところで切り上げて、ベッドに潜り込み。

 

「っ」

 

 翌朝、おれたちを起こしたのはどこからか聞こえた咆哮だった。跳ね起きたダイが窓を開ければ、眼下の通りをモンスターの群れが駆けていきやがる。

 

「クロコダインの百獣魔団だ!!」

「そっ、そ……」

 

 総攻撃をかけてきやがったのは明らかで、血の気が引くのが自分でもわかった。同じ光景を自分たちの部屋の窓からでも見たらしいにせ勇者たちがおれたちの部屋に飛び込んできたのはすぐ後のことだ。ダイの説明にそいつらが取り乱す一方、マァムが顔を上げて窓の側からダイを引っぺがせば、鳥のモンスターにぶら下げられて軍団に檄を飛ばしながら空飛ぶあのワニ野郎が見えた。見ただけでゾッとするほどの尋常じゃない気魄。にもかかわらずワニ野郎が城に向かってると知ったダイはマァムが止めるのも聞かず、武器をもって飛び出し。

 

「早く! ダイの後を追わないと……!!」

 

 ベッドから跳ね起きた時のままだった服を着替え、マァムまでそんなことを言い出すのは想定外だった。

 

「さっきのクロコダインの目を見なかったの?! あの復讐に狂った目を……!!」

 

 理由を問うおれにマァムは言う、あのワニ野郎はダイを殺すことしかない、だから助けに行かないと、と。だが、居合わせたにせ勇者たちは口々に拒絶した。かなわない、命は大事、おれもそう思う。

 

「お、おれ、それ賛成ーっ」

 

 引きつり笑いしつつおれもこれに便乗して、マァムに胸を掴まれた。

 

「なにふざけてんのよ!! 早く……!!!」

「だ……だけどよ、あいつの強さはハンパじゃないんだぜ……行ってもむざむざ殺されに行くようなもんだ……」

 

 おれの言葉にマァムはだからこそ加勢しなくちゃダイが殺されちゃうでしょと言う、けど。

 

「し……心配ねぇよ……いざとなったらダイの奴ぁめっぽう強いし……死にゃあしねえよ……」

 

 それに。

 

「ポップ……?!」

 

 マァムがおれを驚いたような信じられないようなモノを見た目で映す。

 

「どうしたのよポップ!! あなたダイの友達でしょ?! 仲間でしょ?!」

 

 あぁ、そうだ。そのつもりだ。だけどよ。

 

「彼がどうなってもいいの?!」

「うっ……うるせえなっ!!!」

 

 胸を掴んで揺さぶるマァムの手をおれは払いのける。

 

「だいたいおれは魔王軍と戦おうなんてつもりはもとからなかったんだよ!! 好きで戦ってたんじゃねーんだ!!」

 

 それに、それに。

 

「そりゃあダイは一緒に修行した仲間だけどよ……」

 

 修行した仲間はあいつだけじゃねえ。メラ公が、メラ公もいて。

 

「ポップ、あなたの方が兄弟子なのですから……メラゴースト君のこと、よろしく頼みますよ」

 

 脳裏に先生の言葉がよぎる。けど、流石に言えねえだろ。メラ公と先生の言葉をおれが逃げる理由にするなんて。

 

「……あ、あいつがいるから、敵が次々と襲ってくるんだぜ……まきぞえくって……死にたかねぇよ!!」

 

 震えながら絞り出したそれもおれの本音。それにマァムが返したのは拳だった。

 

「てっ、てめえ……!」

 

 殴り飛ばされた痛みに呻きつつ身を起こした俺がそれ以上何か言う前に、マァムは泣きながら言う。先生から何を習ってきたのかって。

 

「ダイもあなたも……二人とも先生の敵を討つために命をかけて戦っている。……そう思ったからこそ……私、ついてきたのに……仲間になったのに」

 

 マァムは泣きながらおれを罵倒して宿を出ていった。

 

「二人じゃねえよ、いや……二人かもな」

 

 すれ違って結局ルーラで飛ぶ前後だけの顔合わせとはいえ、メラ公だって、あいつだって先生のために戦う一人だろう。何とも言いようのない空気のまま、おれは立ち尽くして。

 

◇◆◇

 

「なんだったんだ?! さっきのものすげぇ音は……」

 

 我に返ったのは少したってからだった。いつの間にかあのにせ勇者たちは居ねぇし。一人だからか、ダイとマァムがやらっれちまっただなんて嫌な想像が頭をよぎる。

 

「い……いや!! 関係ねえ……関係ねえさ!!」

 

 そう、もうあいつらが死のうが生きようが知ったこっちゃねえんだ。それに、おれなんかが行ったところでどうにかなる訳でもねえ。あの怪物相手じゃなんにもできねえでブッ殺されちまう。

 

「ここに居るのがメラ公だったら――」

 

 あいつなら自分のいのちなんて顧みずに戦ったかもしれねえ。けど、あいつにはハドラーの横っ腹に大穴開けた呪文がある。けど、おれの呪文は、前にあの化物の息ひと吹きで吹っ飛ばされちまってる。

 

「……うん? だっ、誰だ?!」

 

 背後の方で物音がしなければ、おれはそのままウジウジしていただろう。

 

「ヒョッヒョッホ……おじゃまするよ」

「な なんだ。てめえ、あのニセ勇者の一味の魔法使いじゃねぇか」

 

 誰何の声に姿を見せたのは、たしかまぞっほとか言う名の魔法使いだった。何をしていたのか、逃げないのかと聞けば、宝石や財布、短剣に金貨なんかを抱えていてそれをちょうだいしてきたとか言いやがる。

 

「そーゆーのは火事場ドロボーっていうんだよ!!」

「……そうともいうかな」

 

 おれの指摘にも悪びれた様子を見せず集めてきたモノをテーブルの上に置いたその魔法使いは、こともあろうに仲間にならないかと誘ってきた。だが、冗談じゃねぇ。おれはかつて魔王を倒したアバンの弟子なんだ。

 

「てめえらみたいな小悪党と一緒にすんない!」

 

 心外だし侮辱だった、けど。

 

「ワシには全く変わらんように見えるがのう……」

「なっ! なんだとおっ!」

 

 聞き捨てならない台詞を吐くまぞっほに食ってかかろうとしたおれへ放たれたのは、一つの問い。

 

「仲間を見捨てるような者にでもつとまるのかね、かの有名なアバンの使徒と言うのは……?!」

「ウッ」

 

 反論できないおれの前でまぞっほは水晶玉を取り出すとおれの仲間がどうなっているか見せてやろうという。そこに映し出されたのは、あのクロコダインの前で倒れ伏したダイとその傍らに立ちつくすメラ公。

 

「め、メラ公?! な、なんでこんなところに……? ダイたちを助けに?」

 

 なら、何で立ち尽くしてんだ。島の外だって先生の作ってくれたアバンのしるしがあれば動ける筈。にもかかわらず棒立ちしている理由は、すぐに見つかった。

 

「って、ねえ?! メラ公が首から下げてるしるしが?!」

 

 きっと、戦いの弾みか何かで紐が切れるか何かしたんだろう。

 

「くそっ」

 

 どうすりゃ、いい。

 

「そうだ、マァムは……マァムは何やってんだよっ!!」

 

 答えが見つからなくて水晶に映らないもう一人の名を口にすれば、映像が切り替わり、無数の触手を持つ目玉のモンスターに絡めとられたマァムの姿が映って。

 

「マァム~ッ!!」

 

 仲間の窮地だなんとかしてえ。だというのにおれには、おれだけの力じゃどうにかできる気がしねえ。

 

「勇者とは勇気ある者ッ!!」

 

 ただ水晶玉を見つめるだけだったおれの背は突然の大声に顔を上げ。

 

「そして真の勇気とは打算なきものっ!! 相手の強さによって出したりひっこめたりするのは本当の勇気じゃなぁいっ!!!」

 

 まぞっほの声に一瞬だけど、先生やメラ公の姿が浮かんだ。

 

「なんてな……」

 

 まぞっほの言うことにはそれはまぞっほに魔法を教えていた師匠の言葉らしい。若いころ、正義の魔法使いになりたくて修行してた頃の師匠だって言う。

 

「だけどあかんかった……」

 

 自分より強い怪物に遭うとふんばれず、仲間を見捨てて逃げることもザラ、昔の自分を見て居るようでおせっかいを焼いたという。

 

「さあ、早く行けっ」

 

 胸に勇気のかけらがひと粒でも残ってるうちにとおれは肩を叩かれ。弾かれたように走り出した。ロモスのお城に向かって。

 




気が付いたら、二話分の文字数になってたというね、うん。

十一話「到着、そして」に続くメラ。


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十一話「到着、そして」

「なんだ……誰かと思えばあの時の魔法使いか……いまさらおのれ程度がでてきたところで何ができる!!」

 

 息を切らして現れたポップにクロコダインはうせろと一喝する。

 

(良かった)

 

 そんな光景を視界に入れつつ、俺は秘かに安堵していた。

 

(ポップは間に合ったし、来てくれた)

 

 原作同様に偽勇者一行の魔法使いにでも背中を押されたんだろう。これで原作の通りに状況は動くはずだ。

 

「……ゆるさねえ」

「なんだと?」

 

 小さな声ではあったがポップの漏らした声にクロコダインが聞き返し。

 

「……おれの仲間を傷つける奴は絶対にゆるさねえぞおぉぉぉっ!!!」

 

 今度は指を突き付けてはっきりと吼えて見せ。

 

「……小僧……貴様、自分の言っていることがわかっているのか……?!」

「お……おお! 仲間の敵討ちで……おれが御前をブッ倒してやるって言ってんだよ! このワニ野郎があッ!!」

 

 クロコダインに見据えられながらも勇気を振り絞っているようでポップは叫ぶように言葉に答える。

 

『ポッ……プ』

「……メラ公」

 

 俺は抗いつつ絞り出すように声を出し、それに気づいたポップがこちらを振り返り。

 

「ポ……ポップ……!!」

「マ、マァム……!!」

 

 更に別方向からの声に向き直ると、目玉のモンスターから伸びる触手に拘束されたマァムに気づく。

 

「ポップ、そのメラゴーストは」

「しるしがなくたってわからぁ!! こいつは、メラ公……何をどうやったかは知らねぇがしるしを奪って手下にしようとやがったな」

 

 ちくしょうと吐き捨てたポップはドぎたねえやつらだぜと非難し。

 

「時々、抗っているようだけど」

「魔王の意思の影響を受けてんだから、攻撃してきてもおかしくねえってことか」

 

 ロクでもねえ状況だぜと顔を歪めるポップにマァムはクロコダインが魔法の筒をもっていること、それを使って俺を封じ込めないとどうにもならない状況だと伝え。

 

「ううっ」

「マァム!」

 

 ザボエラが下手に助言をされると拙いと見たのだろう、触手の締め付けを強められたのかマァムが呻き。マァムの名を口にしたポップの顔が険しくなる。

 

「……さっさと消えてしまえ小僧。しょせん貴様はダイとは比べ物にならない小物だ」

 

 今なら見逃してやらんでもないとクロコダインがポップを追い払おうとする。

 

(実際、原作だと良いとこなしで逃げ回ってばっかりだったしなぁ)

 

 クロコダインの口ぶりからすると俺が筒の中に入っている間の行動も原作通りだったのだろう。戦うより脅して追っ払おうとするのもまぁ、頷ける。

 

「ふ、ふざけんな」

 

 だが、ポップは誰が仲間を見捨てて逃げるもんかと叫ぶ。

 

「アバンの使徒にゃそんなフヌケはいねぇぜっ!!」

 

 そう続けた言葉に、視線をそらしたくなる人物が約一名。そう、俺だ。原作を読んでた頃はただの物語だったが当事者になると、そのセリフが容赦なく俺の心を抉ってゆく。

 

「クロコダイン! おれと一対一で勝負しろッ!! それとも……おれみたいな『小物』が相手でもきたねえ人質作戦を使うのかよ!!」

「なっ……! なんだとぉッ‥‥!!」

 

 おそらくこの時クロコダインが感じたものは屈辱だったと思う。

 

「……よかろう、そんなに死に急ぎたいのなら……仲間と一緒にあの世へ行くがよいわあッ!」

 

 あっさり挑発に乗ったクロコダインは俺へ手出しをするなと言いつけ。

 

「メラ公、こっちもだ」

「ぬッ?!」

 

 ポップが俺に向けて言った言葉にクロコダインが目を剥いた。

 

(えっ)

 

 いや、中途半端にしか魔王の意思に抗えていないってことになってると言う訳だから、ひょっとしたらでも短時間、俺が魔王の意思に勝って自分を援護するかもしれないという可能性にポップが思い至ったとしても不思議はない。だが、わざわざそれをするなと言ったのは予想外で。

 

「何驚いてんだ? 一対一って言っただろうが!」

「小僧ッ」

 

 ポップの言葉がクロコダインの心にどう作用するか、どう作用したか、心の読めない俺にはわからない。

 

「くらええいっ!!」

 

 ただ短く呻くように吼えた獣王は斧を振りかぶって駆け出すと、ポップめがけて襲い掛かっていった。

 

(なんで)

 

 何故あんなことをと声に出さず呟く。その間もクロコダインの攻撃は続く。斧が微かに掠めたポップの服が破れ。攻撃を躱す内に息は荒くなってゆく。

 

「グフフフッ……必死に間合いを取ろうとしているな……」

 

 一方的に攻めていることへの余裕の表れか。魔法使いは肉体的には並の人間とたいして変わらず、一撃を受ければ即死だから無理もないといった旨の解説までクロコダインはわざわざ口にし。

 

「すなわち……貴様がこれからためそうとしてる呪文がオレに通じなかったら……その瞬間が貴様の最期だ……!!」

「……つ、通じるか通じねえか……いま見せてやらあ……!!」

 

 血走った眼で睨みつける獣王を前にしてポップが杖を抜き。

 

「なッ」

『え』

 

 クロコダインめがけ駆け出した姿にクロコダインだけでなく俺も思わず驚きの声をあげた。

 

「メラ公、ヒントはメラ公がくれたッ!」

(いや待って、この展開俺は知らない)

 

 狼狽する中、驚きで動きが止まったクロコダインへポップは間合いを詰め。

 

「メッラッゾォーマァァッ!」

「ガ」

 

 殆ど零距離でクロコダインの腹部へ叩きつける様に放った呪文がその巨体を浮かせて吹っ飛ばしたのだった。

 




原作通りに行くかと思ったらそんなことなかったぜ。

今回の原因、メラゴースト君がメラ系呪文のふりをして近接消滅呪文なんてオリジナル呪文を見せたせい。

次回、十二話「想定外だよポップさん」に続くメラゾーマ。


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十二話「想定外だよポップさん」

「ぐわっ」

 

 至近距離でのメラゾーマの呪文がクロコダインを吹き飛ばしたが、それは諸刃の剣でもあった。着弾したメラゾーマの炎が爆発し術者のポップをも吹き飛ばしたのだ。

 

「グウッ……何と言う、威力……さすがはアバンの使徒だな。……メラゾーマを使ってくるとは、しかも近距離で放ってくるとは思わなかったぞ。……先ほどひたすら避け続けて間合いを取ろうとしたのもこの布石か!」

 

 にもかかわらず、クロコダインは起き上がる。原作より受けたダメージは大きいのだろうが、クロコダインを倒すには至らなかった。

 

「見事だ小僧。自らをも呪文に巻き込むその覚悟。先の小物という言も取り消そう。だが……耐えきった以上、今度はオレの番だ」

 

 起き上がり、覚悟はいいなと続けるとクロコダインは斧を振りかぶって起き上がろうとするポップに襲いかかり。

 

「くっ、がっ」

 

 とっさに床を転がることで斧を躱したポップの身体をクロコダインの尾が跳ね飛ばす。

 

「ぐ……ああああ……」

「勝負あったな……」

 

 床でのた打ち回るポップを見てクロコダインが勝利を確信するが、俺は知っている。原作ならこの後ポップが立ち上がったことを。

 

(ただ……原作は零距離メラゾーマの自爆ダメージなんてなかった)

 

 原作と比べたら受けたダメージは今のポップの方が大きい筈であり、だからこそ迷う。介入するか否かを。

(ポップは手を出すなと言ったが……)

 

 ここでポップやダイを死なせるわけにはいかない。

 

(とは言うものの、回復呪文の使えない俺にできることと言うと、スカラかスクルトの呪文で防御力を引き上げ、ダメージを減らすことぐらい)

 

 下手にダメージを軽減したせいで戦闘が長引いて死者が出でもしたら目も当てられない。

 

「……ポ……ポップ」

「ダ……ダイッ……?!」

 

 そうして俺が葛藤する間にダイが意識を取り戻し、うつぶせに横たわるポップに逃げろといい。

 

「1発や2発くらったぐらいで……おネンネしてられねえよなあっ!!」

「た 、立ち上がってきた……?!」

 

 ダイの生存を喜びつつも身を起こし、立ったポップにクロコダインが驚愕する。

 

「馬鹿なッ……先ほどのメラゾーマで負ったダメージがオレにあって威力が減少していたにせよ、オレの尾の一撃なら人間の魔法使いぐらい一撃でのせた筈ッ」

「ハァ、ハァ……」

 

 クロコダインは信じられない様子だが、ポップもまた口を利く余裕はないのか息も荒く、再び杖に魔法力を集め出し。

 

(うん? あ、拙い――)

 

 この後の展開を思い出して、俺は焦る。原作のポップは殴りかかった杖を砕き、杖の破片を用いて破邪呪文を使いブラスを魔王の意思から守ることで正気に戻した、だがポップは一度クロコダインに肉薄して呪文を使っている。

 

(杖で殴りかかりに行っても、先の零距離メラゾーマを受けたクロコダインがポップを近寄らせるとは)

 

 思えなかったし、俺の記憶が確かならクロコダインの斧は道具として使うことで真空の刃を巻き起こすことができた。斧の届く間合いだけがクロコダインの攻撃の届く距離じゃないのだ。

 

(くそっ)

 

 しかも真空の刃と言うのがタチが悪い。呪文のようなモノであるからこそ俺が介入してスカラの呪文をポップにかけても防ぐことはおろか、威力を弱めることさえ出来やしない。

 

「うわああああーーッ!!」

「ッ、またあの呪文かッ!! だが、舐めるなよッ!! このオレが二度と同じ手に」

「っ、あ」

 

 案の定、即座に反応して見せたクロコダインだが、駆けだしたポップは途中でつんのめり、転倒したポップの杖は虚しく床に叩きつけられて、砕け。

 

「魔法の杖で殴りかかってくるとは……魔法力がつきて血まよったか……!?」

「ぐああッ!!」

 

 倒れたポップを踏みつけたクロコダインはしかも運もない奴よと続けた。

 

「ダメージが足に来ていたのだろう。もっとも、杖で殴りかかられたところでどうと言うことはなかったろうがな……」

 

 どうやらクロコダインはポップの転倒は、消耗からよろけてのモノと見たようだったが、俺は違う。

 

(そっか、迎撃されるところまで計算に入れて、わざと)

 

 原作での行動を知っていたから、ポップの狙いが解り。床に倒れたポップはクロコダインへ踏まれながらも指で杖の破片を俺の周辺へと弾き飛ばしてゆく。

 

(この勝負、ポップの勝ちだ)

 

 原作の流れに戻ったのが確認できたことで、俺は確信するのだった。

 




いよいよ動くか、主人公。
次回、十三話「バトンタッチ」に続くメラ。


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十三話「バトンタッチ」

このままだと更に投稿が遅くなるので。


「……たいしたしぶとさだ……もはや一分の勝ち目もないのになぜそこまで耐える……?」

 

 杖は砕け、ポップの魔法力も尽きたと思っているクロコダインは貴様に一体なにができるというのだと問う。

 

(確かになぁ)

 

 原作を知らなければ、俺とてポップの意図には気づかなかったと思う。起き上がることもなくポップはやがて笑い出し。

 

「……ついに気がふれたか……?!」

「へへへっ……ふれちゃいねえよ、全部計算ずくさ。杖を砕いたのも、魔法力を温存したのも……!」

「な……なにッ!?」

 

 笑い出したことに驚いたクロコダインがポップの答えに目を剥くが、ポップのしかけはもう終わっている。だからこそ俺は密かに魔法力を練り始めた。

 

「イチかバチか……これが最後の賭けだぜ!」

 

 横に転がってうつぶせになったポップが拳を握りしめて唸り、俺の周囲の床が輝き出す。

 

「ご、五芒星……?!」

「これこそ我が師アバンが得意とした伝説の呪文……!! 邪なる威力よ……退け……!!」

 

 床の光が盛り上がり、輝きと共に小さなドームを形成してゆく。

 

『うっ、うう……これ、は』

 

 今こそ原作の流れに合わせる時、俺は正気に戻ってゆくフリをしつつ周囲を見回し。

 

「……やったぜ!! これでメラ公は、っ」

 

 呟いたポップが脱力したように突っ伏し。

 

『ポップ、ありがとう。状況は、おおよそだけどわかる』

 

 ポップ自身には伝わらないだろうが、クロコダインには俺の言葉が伝わる。だからこそ礼を口にし、俺はクロコダインへと向き直った。時折魔王の意思に抗っているフリをしつつしゃべっていた俺には原作のブラスへしたようなポップからの説明は要らない、ただ。

 

「メラ公、わかってると思うけど、その魔法陣からは絶対に出ちゃだめだぞ!!」

『わかった』

「おのれッ!」

 

 俺への釘差しと、これに頷いた様子を見て、今まで抗う程度だった俺が明確な行動をしたことで何かあったことは理解したのか、クロコダインは振り上げた腕を俺に叩きつけようとし。

 

「こっ、これは……?!」

『ベ・ギ・ラ・マァッ!』

「ぐわああああッ!!」

 

 火花を弾けさせつつ結界に阻まれたところで、俺は練り上げていた魔法力をもって容赦なく閃熱呪文をぶちかました。

 

『手を出すなとは言われていたけど、こっちに危害を加えようとしたなら、話は別』

「ぐっ、うううっ……小僧ッ、貴様一体何をしたのだ……!!」

「破邪呪文……魔を拒む光の魔法陣をつくり出す呪文さ……」

 

 先生みたいに島ごととはいかねえけどあのぐらいのやつならおれにだってとポップは横たわったまま答え。

 

「バカめ! その代償に、己の力量もわきまえず大呪文を使ったおかげで起き上がることもできない程に消耗してしまったではないか……!!」

 

 カウンターで呪文を喰らったからか、原作の様にポップに走り寄って吊るしあげて問うことはなかったが、理解しかねるといった顔をクロコダインはする。

 

(原作のブラス一人と比べると取り返した戦力は大きいもんなぁ。いまさら俺を動けるようにしたところでなんになる、とはならなかったんだろうけど)

 

 取り戻した戦力も魔法陣から出られないのだ。一方で、クロコダインの斧は原作でポップのメラゾーマの直撃をも防ぐ真空の刃を巻き起こす力がある。

 

(あれって呪文扱いだから破邪呪文で防げる保証はない上に、メラゴーストって真空呪文が弱点の一つなんだよなぁ)

 

 現在は気づいてないかもしれないが、魔法陣から出なくても効果的にダメージを与えられるかもしれない手段がクロコダインにはあるわけだ。

 

「……し、心配ねえさ。ダイが……まだ……ダイが居る……!!」

 

 俺さえ無事ならダイが思う存分戦えるとポップは言い。

 

(あれ? 魔法陣から動けないと思われてるからって、俺は戦力外?)

 

 戦力としての言及がなかったことで驚く俺を他所にポップは続ける。

 

「てめえなんざ軽くやっつけてくれるさ。……あいつは……あいつは……本当に強いんだ」

 

 おれなんかとちがってなと締めくくったポップの言葉には結局人質としての俺しか出てこず。

 

「……貴様、ダイとそこのメラゴーストの為に生命をすてる覚悟だったのか……!?」

「へっ、そんなカッコイイもんじゃねえよ。おれだって、できたら死にたかねえぜ」

 

 ダイを一瞥して振り返ったクロコダインへポップは片目を閉じたまま言葉を返す。

 

(って、ダメだダメだ。呆然としてる場合じゃない)

 

 ダイのかわりにクロコダインへ勝つなら、ここからは俺が戦わないといけないのだ。さすがにポップとクロコダインの会話の最中に不意打ちなんかしては何のためにここまで傍観者ポジションだったのかってことになるから、攻撃をするつもりはないが、今の俺にもやれることはある。

 

「おれにだってプライドってもんがあるんだ。仲間を見捨てて、自分だけぬくぬくと生きるなんて……」

(そう、こうしてポップから飛んでくる言葉の刃にえぐられながら、耐え忍ぶ――じゃなくて!)

 

 原作なら、名シーンの筈なのだが、原作の流れに戻す為味方を見捨てた俺にポップの言葉が容赦なく突き刺さり。いたたまれなさのあまり、何とか誤魔化そうと胸中でノリツッコミしてしまう俺だが、為すべきは精神集中。

 

「死ぬよりカッコ悪ィやって……そう思っただけさ……」

 

 精神集中、精神集中。

 

「ううっ」

「えええ~いっ!! クロコダイン!!! なにをボ~ッとしとる?!」

 

 クロコダインが怯む声が聞こえ、悪魔の目玉ごしに喚き散らすザボエラの声まで、他者を非難してるのに心なしか俺まで非難されてるような気がして。

 

(って、気を散らしたらだめだ。ここからは俺のターンなんだ!)

 

 俺は胸中で頭を振るのだった。

 




次回、十四話「来るか、俺の出番」に続くメラ。


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十四話「来るか、俺の出番」

お昼の分を前倒し投稿


「どうした?! 早く殺れっ!! 勝利は目の前なんじゃぞ!!」

 

 早くそのガキを殺してしまわんかと喚くザボエラが、目玉のモンスター越しにクロコダインを嗾け。

 

「くだらん情けにとらわれて軍団長の座を失ってもいいのか!?」

 

 続けた言葉がクロコダインに決断をさせる。無言のままに斧を握り直した獣王がじりじりとポップに近寄り始め。

 

『ポップッ』

「……出るな、メラ公!」

 

 思わず前に進みいくらかはみ出した俺を大声でもないのにはっきり聞こえたポップの声が止める。

 

「お前がそこから出たら俺のせっかくの努力がパアになっちまう……」

『っ、けど』

「そんなちっぽけな魔法陣でもよ……おれの全魔法力がこもってるんだぜ……」

『全、魔法力?』

 

 かすれたポップの言葉を俺は反芻し。

 

「ピィ~ッ!」

 

 視界の端にダイを見つけて何とか起こそうと飛び込んでゆくゴメちゃんが見えた。時間はもうない。

 

『そうか、全魔法力か?』

「メラ……公?」

「ぬッ?!」

 

 俺の呟きにクロコダインが振り返る。

 

『そういえば魔法力を扱うのは、前にやった』

 

 あの時は失敗した、だけどあれからかなりの時間を瞑想に費やし、そして間近に身の丈に合わない呪文でも全魔法力をもってすれば発動させられる実例を見せつけられた。

 

『足りない分? アテはある』

「貴様……何を?」

 

 クロコダインが訝しむ中、俺はあの時自身をプラスの魔法力の代わりとした要領で、合わない身の丈のかわりとする。

 

『受けてみろ、これが俺の――』

「メラ公、まさ」

「え」

『極大閃熱呪文ッ!』

 

 両腕をぶつけ、生じたモノをできるだけ収束させながらクロコダインに向けて放つ。

 

「なん、クオオオッ!!」

 

 意表を突かれつつも、クロコダインは斧を翳し、生じた真空のバリアーが俺の呪文とぶつかり合う。やがて俺の呪文は真空の壁ともいうべきものを貫くも、まだその向こうのシルエットは立っており。

 

(たり、ない?)

 

 自分の一部を魔法力に変換したことで身体は縮み身体を構成する人魂の明るさ、火勢は弱まり、倦怠感と脱力感に襲われる俺の視界で、クロコダインはまだ倒れず。

 

『なら……ポップ、ごめん』

「メラ公?!」

 

 俺は足りない分の魔法力を足元の魔法陣に求めた。

 

(少しで、いい)

 

 必要なのはクロコダインを殺す威力ではなく、倒す威力。そして。

 

『メラ、ゾーマッ!』

 

 魔法陣の魔力を注ぎ込んだ呪文を放ち終えた俺はもう少々魔法力を失敬して別方向に呪文を放つ。

 

「ギョエエエ~ッ!!」

 

 あがった絶叫はマァムを拘束していた悪魔の目玉のもの。

 

『……魔王の意思に……操られる? なら……起き上がれないくらいに疲弊すれば……いい。あと、は』

 

 手ごたえはあった。ゴメちゃんの奇蹟を一回分節約した達成感を感じつつ俺の意識は遠のき。

 

◇◆◇

 

『まぁ、こうなるよな』

 

 俺は筒の中でボソッと呟いた。

 

「クロコダインとの戦いでまた無茶をやらかしたから、当分は筒の中に居てもらう」

 

 ダイ達の話を俺なりに短くまとめるとそういう理由で俺はこうしてある意味での謹慎処分をくらっている。

 

(ロモスでの勝利の式典的なモノの時は一応出させてもらったしなぁ)

 

 どうやら原作とは違い、俺の呪文で腹をぶち抜かれたことでクロコダインは深手を負い、卑怯な手段を用いた後悔とダイやポップ、それと何故か俺への賞賛を残し自身の開けたお城の穴から外へ落ちて姿を消したのだという。

 

(ともあれ、クロコダインは倒せたみたいだし、ここは切り抜けられたと見て……いい筈)

 

 ちなみに、クロコダインを倒したのが俺ということになったために俺とダイの間で手柄の譲り合いが発生したのだが、それも大変だった。

 

(前半操られて何もしないどころか半端に操られた上にダイに呪文ぶつけたから賞賛される理由なんてないし、って固辞したけど)

 

 きっとダイはまだ納得していないだろう。敵を倒した手柄的なことを忘れてクロコダインを攻撃したのは俺のポカ、埋め合わせとしてダイを説得しなければいけないのは、身から出た錆だ。仕方ないと言えば仕方ないのだけれど。

 

(クロコダインを倒したのが俺ってことになると、ひょっとしなくても前より魔王軍に目を付けられるよな)

 

 加えて、しるしがないとあちらに回ってしまうかもしれない不安定な存在ということになってるはずだ。

 

(これ、思いっきりやらかしたのでは)

 

 筒の中で目が遠くなる俺だった。




 という訳で、それそろ二巻編も終了です。

 次回、番外4「???(???視点)」に続く、メラ?

 アレな表記ですが、ネタバレ防止のためのタイトルとなります。


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番外4「???(???視点)」

前倒し投稿。


『はぁ……』

 

 憂鬱げに嘆息し、俺ことC6は遠くなった視線を空に投げる。たぶん同じ空の下、別の俺も似たようなことをしているのではないだろうか。その原因については、少し前のことになる。

 

◇◆◇

 

「クククッ……!! おまえらがこの辺りで噂になってるってメラゴーストどもか」

 

 それはある日のこと。俺達の前に突然半分炎で半分氷などこかで見た奴が現れた。

 

(いや、アバンが居た時点でダイの大冒険の世界だってことは解かってたから、そう言う意味ではこいつも存在はするんだろうけれども)

 

 氷炎将軍フレイザード、この世界での敵方、魔王軍に居る幹部の一人だった筈だ。何故こんなところにという疑問を覚えた俺だったが、他の俺も元は俺と同じオリジナルから分裂した存在、考えることは一緒だったようでちらりと周囲を窺うとまるでシンクロしてるかの様に周りの俺も周囲の様子を窺っている。

 

「何、難しい話じゃねぇ。このオレの部下になれってだけのことだ」

 

 俺達の様子から、いやそもそも問いかけだけで要件を全く口にしていなかったからか、フレイザードが切り出した時、俺は思わず心の中でつぶやいた。

 

『どうしてこうなった』

 

 と。普通に考えればメラゴーストなんて雑魚中の雑魚モンスター、魔王軍の幹部が直々に足を運んでスカウトする必要性など皆無な筈なのだ。

 

(魔王軍のスカウトなんて来るとしても配下のモンスターがせいぜいだと思ってたのになぁ)

 

 噂がどうのについては、何だそれはと思うことはない。あの日オリジナルと別れた俺達はどうすれば魔王の意思の影響から免れられるかを考え、ふと思い出したのだ、原作にも魔王の意思の影響を受けないモンスターが存在したことを。

 

◇◆◇

 

『チウだったっけ? あのネズミのモンスター。あれも魔物としての格はかなり下だったよな』

『ああ。しかもそんなに強くもなかった筈』

 

 にもかかわらず魔王の意思の影響を受けてなかったことを鑑み、俺達は理由になりそうなモノを考え。

 

『「アバンの仲間だった武闘家に師事する」か』

 

 たぶんこれではないかと言う理由を推測はしたが、問題は俺達が今どこに居るかが解からないのだ。

 

『武闘家の居場所は原作知識でおおよそではあるものの知っているんだけどな』

『分裂で数を増やしてしらみつぶしに探すとかは悪手だし』

 

 メラゴーストの超大量発生なんてことになったら、周辺の人間だって脅威に思って放っておかないだろう。

 

『となると、あとは「魔王の意思を跳ね除けるぐらい強くなる」ぐらいしか思いつかないな』

『そうなるな』

 

 仮に魔王の意思の影響を受けてしまうとしても、弱いままでは凶暴化して何かに襲いかかったところで返り討ちで終了だ。弱者として他者に怯え続けるままと言う立ち位置もよろしくないと思った俺達は決断した、強くなろうと。

 

『幸いにも俺達には分裂能力があるし、物理攻撃も一定確率とはいえ躱す回避能力もある』

 

 後は数の優位を生かせば、メラの呪文に耐性でも持っていない限り些少の格上でも倒すことは可能。

 

「ブモーッ!」

『『ッ』』

 

 そんなことを話し合っていた折、鳥と牛を混ぜ合わせたようなモンスターが突然襲いかかってきて、俺達は慌てて迎撃することとなった。もっとも、こちらには数が居る、件のモンスターはあっさり倒せたし。

 

『急に襲いかかってくるなんて危険だし、まずこいつらから狩ろう』

 

 全俺が同意するのに時間は不要だった。みんな俺なのだから。

 

『ただ、当然だけど人間は襲わない。見たら逃げる方針で』

『妥当だな。心情的にもだけど、人間の強さはモンスターと違ってピンキリだし』

 

 モンスターならある程度こいつは天敵だというのが見た目でわかるが、相手が人間となるとそうはいかない。

 

『そも、人は魔王が倒されてまとめ役の存在しない今のモンスター側と違って、国家があって集団だもんな』

 

 討伐体が編成されて数をもって攻められると、数の優位が無ければ物理と一部の呪文耐性を除けばただの雑魚である俺達に勝ち目は殆どないと見てよい。

 

◇◆◇

 

(しかし、何やってるんだA1は)

 

 過去から現実へと意識の戻ってきた俺はボソッと胸中で零す。圧倒的強者のスカウトを蹴られる筈もなくフレイザードの部下として氷炎魔団入りすることになった俺達だが、魔王軍入りしたことでオリジナルと思しきメラゴーストの情報を得ていた。

 

(アバンと行動を共にしていたってあるし、間違いなくオリジナルだろうけれど)

 

 ハドラーに重傷を負わせたと聞いて、魔王軍に入った俺達は総じて何やってるんだと心の中でツッコんだものだ。

 

(俺達はまだマシな方、かな)

 

 ちなみにスカウトに来たのはフレイザードだけではなく、俺達とは別行動していた別の俺達の元には不死騎士団長が現れたそうだ。結果として不死騎士団に入ることになった俺達は今頃頭を抱えていることだろう。原作通りの流れなら、ダイやオリジナルとぶつかるのはあちらが先なのだから。

 

(まあ、こっちはこっちで気が進まないお仕事が待ってるんだけど)

 

 原作とはあちこち乖離し始めてるが、それでも氷炎魔団に配属された以上、俺の任務はおそらく北方の国オーザム攻略の戦力だろう。原作で氷炎魔団に襲われたオーザムは壊滅、フレイザードが生き残りどころか人の痕跡まで焼き尽くせと命令を出していたので、生存者は居なかったと思われる。

 

(原作の流れを遵守するなら、その命令を俺も受けることになる訳で)

 

 俺達は加入の時に軍団長に一度だけモノ申す権利をくれと条件を出していた。ダメもとでもあったそれがすんなり認められたのは、今になって思うと俺達をフレイザードが不死騎士団長と奪い合う形でスカウトしていたからだと思う。

 

(そう言えばフレイザードがやって来たことでパニックになって気づいたの少し後だったけど、魔王の意思の影響受けなかったんだよな、俺達)

 

 スカウトが来た時点で跳ねのけられる程度に強くなっていたからという可能性もあるが、それはそれ。

 

(ともあれ、オリジナルはやらかしてるんだし、こっちも多少はやりたいようにやらせてもらおう。魔王軍のしかも氷炎魔団に所属する形になったのも、ある意味運命みたいなモノかもしれないのだし)

 

 もはや賽は投げられているのだ。割り切ることにした俺は、今後の行動方針について考え始めた。

 




と言う訳で、分裂した他のメラゴーストたちの現状、でした。

群れを作ってレベリングしてたら、噂になって、それを聞きつけた魔王軍がスカウトに来たと流れですね。
ハドラーにメラゴーストが深手を負わせたなんて情報を軍団長二人が得て居なかったら、こうはならなかったかも。

次回、最終話「原作にない一幕」に続くメラ。

いよいよ二巻編も終わり、かな?

****************************************
おまけと言う名の没展開

『なんか静かだな。森の中にはモンスターもいないしあの時とはえらい違いだ』
『ああ。ここに居たモンスターは軒並み狩ってしまったのかもな』
『まぁ、そんなのもう関係ないけどな』
『上機嫌だな』
『そりゃそうだ。みんな強くなったし、C6も頑張ってたし、俺も頑張らないと』
『ああ。(そうだ。俺達がやって来たレベリングは全部無駄じゃなかった。これからも俺達が立ち止まらないかぎり活路は開く)』

「クククッ……!! おまえらがこの辺りで噂になってるってメラゴーストどもか」

(何しに来てんだよ、氷炎魔団長ぉッ!)

【没理由:他作品パロ】


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最終話「原作にない一幕」

お昼の前倒し投稿。


「マァム、こっちがメラゴースト君。ポップはメラ公って呼んでるけど……」

 

 クロコダインを倒し、魔王軍を退けた祝勝会的な式典も終わって、原作ならもうやることの残ってなかった俺を待っていたのは、新たな加入メンバーであるマァムとの顔合わせだった。

 

「メラゴースト君に、メラ……公? ダイ、このメラゴーストに名前はないの?」

「ああ、それは――」

 

 紹介のされ方を鑑みればもっともな疑問を口にしたマァムに、ダイは俺がダイへと伝えたことをそのまま説明する。つまり、分裂できるから下手に名前を呼ぶようにするとメンドクサイことになるという理由を。

 

『そう言う訳だから好きに呼んでもらってる。分裂した俺達の中では、「A1」って呼ばれてるから、揺るがない呼称って言うとそれになるけど』

 

 ダイを解さなければいけないが、俺はそう補足し。

 

「そう、だったら私はA1さんって呼ばせてもらうわね?」

 

 納得した様子で言うマァムに俺は呼び捨てでいいと言おうとして、あっと声を上げた。

 

「どうしたの、メラゴースト君?」

『いや、何でもないというよりやって見せた方が早い。……モシャス!』

 

 訝しむダイにヒラヒラ腕を振ってから俺は変身呪文を唱え。

 

「「え」」

「ほら、こうして人に変身すれば通訳は要らないって気付いたんだ」

 

 目を見張るダイたちの前で、俺はクロコダインとの戦いの時居合わせた兵士の一人の姿で明かした。

 

「そう言えばブラスじいちゃんの姿の時のメラゴースト君って普通に話してたっけ」

「うん。だから、誰かに変身すればこっちの言ってることも伝わるって気付いて。それと、この兵士の人の格好を選んだのも、さっき最後にすれ違って一番格好が頭に残ってたからで、深い意味はないよ。師匠に変身するのもアレだし、ここにいる誰かに変身するのもただ混乱を招きそうだったから」

 

 逆に魔王軍を混乱させる目的でモシャスを使うのはアリかもしれないが、俺がモシャスの呪文を使えるのは悪魔の目玉を通してザボエラに知られてしまっている。故に大した効果は期待できないかもしれない。

 

「と、話が脱線した。話を戻して、A1さんって呼ぶっていうことだったけど、これから行動を供にするんだろうし、呼び捨てで構わない。それと一応あらかじめ言っておくけど、俺も男だから」

 

 ないとは思うが同性と勘違いされて二人きりの時に無防備に着替えとかされてあとあと問題になるとあれなので、先に言明しておく。

 

(時折やらかすもんな、俺)

 

 失敗回避のための予防線は張っておいてしかるべきだろう。

 

「そう、わかったわ、A1。これからよろしくね?」

「うん、よろしく」

 

 こうして俺とマァムの顔合わせは割と何事もなく終わり。

 

「話は変わるけど、次の目的地はパプニカでいいんだっけ?」

 

 瞬間移動呪文の使い手であるからこそ、俺はダイを始めとした他のメンバーへと確認する。

 

「オレは構わねえけど……ダイ、いいのか? メラ公の移動呪文ならデルムリン島にも寄れるはずだぜ?」

「っ、い、いいよ。……ありがとうポップ。けど、じいちゃんたちの顔を見ると出発が辛くなりそうだから……」

「……そっか。なら――」

 

 礼に続いて理由を話すダイに得心がいったか、ポップはマァムを振り返り。

 

「……私もいいわ。村のみんなへの挨拶は二人を追いかけて村を出てくる時にしてきたから……」

 

 どうやら心残りらしいものはマァムもないらしかった。

 

「じゃ、大丈夫かな? デルムリン島にはここの王様も兵士を派遣してくれるって話だったし」

 

 俺も分裂した俺を一人、島には残してきているがザボエラはそれを知らない筈だし、ブラスを攫うのは一度失敗してるのだ。失敗したことを再度試みることは、たぶんないだろう。

 

「けど、パプニカか……前に行ったときは殆ど見て回れなかったけど」

「メラ公はでっけえカンテラの中だったもんな」

「うん」

 

 ポップの言葉に頷きつつも考えるのはパプニカ国土の景色ではなく、原作知識由来のパプニカでの戦いについて。

 

(ハドラーとクロコダイン、ザボエラはともかく、他の軍団長とは接点ない訳だし)

 

 かの地では師匠とポップに同行しただけで原作を乖離するようなことは何もしていなかった筈だ。分裂したのだって海を渡る前だったのだから。

 

(テランとベンガーナに向かうのは結構先の筈だしな)

 

 今考えるべきは、パプニカに侵攻してるはずの不死騎士団とその軍団長にしてアバンの弟子でもあったヒュンケルとの戦いのことのみ。

 

(時間がある今の内にどう立ち回るか考えないとな)

 

 そう毎回毎回やらかすわけにもいかない。俺はポップの誤解は正さず、これからの戦いへと思考を傾けるのだった。

 




次回、エピローグ「???(???視点)」に続くメラ?

サブタイトル伏せてるんで、もう内容はお察しかもしれない。


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エピローグ「???(???視点)」

夜の分を前倒し。


『軍団長の父君は言ったそうだ。「たとえ敵でも女は殺すな、武人として最低の礼儀だ」と』

 

 ガシャガシャ音を立ててついて来る人骨の剣士達へ俺は感じ入ったと続ける。

 

『我らは不死騎団。つまり誇りある騎士の集団だ。女子供、弱者は殺すな! 我らが誇り高き武人の集団であると示すのだ!!』

 

 不死騎団長のヒュンケルから授けられ、今率いている部隊へと俺はそう命じた。他の俺も今頃同じように配下になったアンデッドモンスターに指示を出してるはずだ。

 

(原作だとヒュンケルが人間を滅ぼそうとしたのって勘違いの結果だったからな)

 

 誤解を知り、魔王軍を離れた時には既に大勢の人間を手にかけていた。出来ればヒュンケルの誤解を解いて犠牲者が出る前に魔王軍から離反させたかったが、説得がうまく行く保証がない上に、ここでヒュンケルが抜けても魔王軍は軍団長を挿げ替えるだけだろう。

 

(となると、俺達にできるのは理屈をこねくり回してこの国の人死にを出来るだけ減らすぐらいだから)

 

 原作で師匠のアバンを敵と狙ったのも人間を滅ぼそうとしたのも父親への深い情愛が原因だ。なら、その父親が口にした言葉を持ちだせば、ヒュンケルも文句はつけられないだろうと考えた俺達だったが、これは正解だった。

 

(不死騎団に自己判断を下せるモンスターがほとんどいなかったのも幸いしたよな)

 

 おかげで俺達はモンスターを率いる部隊長のポジションにつけられ、命令権をもって女子供への被害をほぼゼロにしている。

 

(俺の言葉が人に理解されないって問題もあったけど、それも何とかなったしな)

 

 振り返れば骸骨剣士の一人が持つのは、俺の言葉を木の板に焼きつけることで文字として書き記したモノ。こうして看板を持たせ、戦いで捕虜になった騎士などが出た場合には武装解除した上、看板を読ませてから解放するなどしてこちらの言葉を持ち帰らせた。

 

(とりあえず、原作より被害は減らせてる、筈)

 

 原作に悪い影響は与えず、それでもより良い方向に動いてくれることを願いつつ俺は襲撃する村の中を進み。

 

『うん?』

 

 聞こえてきた泣き声に足を止める。それはどう聞いても赤ん坊のものの様であり。

 

『いいか、女子供は殺すなよ。そこのお前だけついて来い』

 

 配下のモンスターの殆どにくぎを刺しつつ、一人だけ供に連れて声の方に進めば、物陰に白いおくるみが見えた。

 

『俺は軍団長の父君じゃないんだが』

 

 なぜこうもピンポイントに重なるような状況がやってくるのか。思わず空を仰ぎ。

 

『その赤ん坊を持ちあげろ。いいか、きずつけないようそっと、な』

 

 自分の腕では包む布に引火してしまうが故に骸骨の剣士に指示を出すと密かに嘆息する。

 

(まさか、メラゴーストの身体で子もちになる日が来るとは)

 

 連れ帰ったとして、自身の生い立ちを考えれば、赤ん坊の時モンスターに拾われて育ったヒュンケルは育てることに否とは言わないだろう。

 

『しかし、赤ん坊と言うことは乳がいるな』

 

 原作ではその辺りどうしていたのか疑問に思うが、ヒュンケルの拾われた頃の魔王軍はアンデッドモンスターのみでの編成ではなかったし、生物系の女性と言うか雌のモンスターから母乳が調達できたのかもしれない。

 

(同じことはこの不死騎士団じゃ無理だろうし。となると、ここかどこかの村で家畜を調達してくるとかだな)

 

 俺は決断すると他のモンスターの元に戻り、部下の一体を他の自分達への伝令に差し向けた。赤ん坊を育てるなら、ミルクの確保は最優先だ。

 

『他の村を襲ってる隊が乳牛を手に入れてくれれば、ここに居なくてもなんとかなるかもしれんしな』

 

 帰還すれば他の俺から冷やかされるだろうなとは思いつつ、ちらりと赤ん坊を抱えた人骨の剣士を見る。

 

「あうー、きゃっきゃ」

 

 誰かに抱えられたという状況に安心したのか赤ん坊の笑い声を聞きつつ。

 

『そう言えば、名前どうするよ』

 

 別の問題で頭を悩ませることとなるのだった。 

 




と言う訳で、パプニカの現在でした。

不死騎団入りしたメラゴースト君達、やりたい放題ですよね。(白目)

これにて二巻編は終了、次からは三巻編が始まります、たぶん。


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第三巻編
プロローグ「北方の国オーザム(第三者視点)」


あれ?(日間ランキング四度見)

とりあえず前倒し投稿。


「クワーッハッハッハッ……!! もろい……もろすぎるぜ……!!」

 

 氷と炎、左右で二色に別れた氷炎魔団の長は二人の騎士の屍を足元に哄笑を上げ、なんで人間ってやつぁこんな弱っちい身体をしてやがんだと疑問を口にするが、答えなど期待していないのだろう。喉の奥でクククと含み笑いを漏らし。

 

「いただきだな、この国も。最強の騎士とやらがこの程度の強さじゃあな……まして」

 

 上機嫌な様子で氷炎魔団長フレイザードは後方をかえりみる。そこに佇んでいたのは、先日失態を冒した同僚の代わりに消し飛ばされた炎の魔物とは別に自ずから勧誘して麾下に加えた人魂のモンスターの一体がオレンジの身体を揺らす様に佇んでいた。

 

「おまえらのような良い拾いモンも居る」

『では――』

「ああ」

 

 皆まで言わせず、フレイザードは拾いモンと称したモンスターであるメラゴーストの言葉に頷いた。

 

「人間ってやつぁ本当に面倒だな。もろい上に強さに関係なく飯ってモンまで必要なんだからよ」

 

 フレイザードが思い出すのは、この国を攻めるにあたって後方に控えているのと同じ群れから配下に加えたメラゴーストの具申してきた内容だった。

 

『軍団長閣下、人と言うモノは強さに関係なく生きるのには食料を必要とします。例えば俺達の様な最弱の部類の魔物にすら抗えないモノであっても――』

 

 ならばただ殺すより利用方法がございますと続けたそのメラゴーストが提示したのは、非戦闘員を敢えて殺さず国外に追い出し、難民として周辺国へ押し付けるというモノ。

 

『周辺国を攻める他の軍団長閣下への貸しが作れますし、わが軍があちこちに侵攻し、野生の魔物も凶暴化している今、非戦闘員のみで隣国に逃れるのは困難。他国に逃れようとする者が居るのであれば、護衛の戦力が必要となります』

 

 結果、国防に割ける戦闘力が少なくなり、オーザムの攻略も容易になる。そうメラゴーストは主張し、フレイザードはその言い分にも一理あるとして、方針の変更を認めた。

 

「最強があんだけ弱っちぃなら、どっちにしたってたいしてかわりゃしねぇ。加えて他所に恩が売れるってんならなァ」

 

 そちらの方が有益だと算盤を弾いて氷炎魔団長は笑む。先日処分した道具と比べて新たな道具は戦闘力こそ劣るが、知恵はまわり、自身とは違う着眼点と自分にない知識を持つ。

 

「クククッ、本当にいい拾いモンだったぜ」

 

 上機嫌なフレイザードは知らない。そのメラゴーストの弱者を活かして使う策とやらが、その実、オーザムの国民を出来るだけ殺さずに済ませるためにしたものであったということも、作戦具申するにあたってメラゴーストが参謀っぽいキャラを作っていたことも。表向き平然として控えるメラゴーストが原作知識によりこの後の展開をすでに予期していたことも。

 

「フレイザードさま~っ!」

「……ん!?」

 

 遠くからの呼び声に氷炎魔団長が振り返り、原作通りの知らせを受け取るのは、すぐ後のこと。

 

「全員集結だとぉ?! いったい何事だ!?」

 

 本拠地である鬼岩城へ集結しろと言う知らせにフレイザードは理由を問うも、控えたメラゴーストは平然としていた。既に内容が解かっているのだから、これは仕方のないことだったかもしれないが、余裕を見せて居られたのは、ここまでだった。

 

「なんでも新たな勇者の少年が誕生し、その仲間のメラゴーストがクロコダインさまを討ったとか……」

『えっ』

 

 思わず声を漏らしてしまったとしても、きっと仕方のないことだった。控えていたメラゴーストからすれば青天の霹靂であったし。加えて知らせを持ってきたモンスターへ向き直っていたフレイザードが急に自身を見たのだ、しかも凝視。やったのが自分で無いとはわかっていても、生きた心地はしなかったであろう。同時に何やってんだオリジナルと胸中で自分達の分裂元に罵声を浴びせてもいただろうが。

 

「……つまり、非常事態って訳だな」

 

 メラゴーストからすればかなり長く、実際にはそれほど長くない沈黙を挟んで結論を出すと、フレイザードはわかったと情報を持ってきたモンスターへ答え。

 

「オレは鬼岩城へと向かう。おまえらはこいつらに従ってこの国の後始末をしておけ!」

「はっ!!」

 

 未だに硬直したメラゴーストを示し命じれば、知らせを持ってきたモンスター達は即座に応じ。更に細かい指示をせずそのまま氷炎魔団長が発ったのは、配下にしたメラゴーストのことをある程度買っていたからであろう。

 

『……では、始めましょうか』

 

 メラゴーストが口を開いたのは、フレイザードが完全に見えなくなった後のこと。

 

『閣下に提案した通り、非戦闘員は近隣の国へ追い立てます。加えて、オーザムの王族は利用価値があるかもしれませんので活かして確保。引き返して来ない限り、人間どもの殲滅は必要ありません。王族を確保しておけば、それを盾に引かせることができるかもしれませんし』

 

 迅速な制圧を第一としますと続けたメラゴーストは、指示を聞き終えたモンスターたちが去るのを見計らい、智者のフリは疲れると密かに嘆息し。フレイザードの居た方を一瞥してから、去っていったモンスターたちを追うのだった。

 




氷炎魔団所属のメラゴースト、オリジナルの更なるやらかしを知るの回

次回、一話「再びパプニカの地へ」に続くメラ。


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一話「再びパプニカの地へ」

『立ち寄りたいところもないみたいだから、これから俺の瞬間移動呪文でパプニカに向かう訳だけど――』

 

 ルーラの呪文を使うべくモシャスを解いたせいでまたダイ以外に言葉が通じなくなってしまった俺だが、済んでのところで思い出したことがあって、一つの提案をすることにした。

 

「『だけど』何なの、メラゴースト君?」

『あ、移動呪文で瞬時に現地につけるのはいいけど、よくよく考えるとあちらの詳細情報とか俺達は持ってないなって、今気づいたってのが一つ。パプニカにも魔王軍の魔の手が迫ってるとは容易に想像がつくけど、今その国はどうなってるのか、差し向けられてる魔王軍はどんな奴らなのかとか。ここで聞けるなら聞いていった方が良いかなってさ』

 

 原作だと船で向かう途中にその辺の説明があったようなのを俺は今思い出したのだ。

 

(原作なら読者のための説明でもあったんだろうけど、俺が呪文で船での移動部分をすっ飛ばすと、ダイたちは事前情報抜きでパプニカに降り立つことになる)

 

 これは拙い。うろ覚えだが原作知識のある俺は大丈夫だが、情報の出所が説明できない以上、出発前に埋め合わせておく必要があるのだが。

 

「言われてみりゃもっともだけどよ、おまえ本当にメラ公か?」

 

 ダイと言う通訳を介して俺の提案を聞いたポップは腕を組んだまま、訝し気にこちらを見る。

 

『え』

「おれの知ってるメラ公はここぞって時にやらかすメラゴーストだった筈だ! こう、現地に飛んでから『しまった、情報がなかった』ってオロオロするような、な?」

『ちょっ、確かに今までいろいろやらかしてはいるけど、その認識はさすがに酷くない?!』

 

 まぁ、実際にあと少し気づくのが遅れたらその通りになっていた訳だけれども。

 

「ポップ……」

 

 微妙そうな表情をしつつもダイは俺の言葉を翻訳してくれて。

 

『まぁ、俺も今問題に気が付いたから提案したんだし、そうなってた可能性もあったかもしれないけど』

 

 しぶしぶ認めると、通訳を挟んでからポップは得意そうな顔をして、名を呼ぶマァムから非難の目を向けられていた。マァムは顔通しから時間があまりたってないし、ポップの言いようはあんまりじゃないのと思ってくれたのかもしれないが。

 

(やらかしてきたのは事実だしな)

 

 思わず視線が遠くなってしまうが、ここは現実逃避をしてる場合じゃない。

 

『そしてもう一つ。俺はモンスターだから、先の師匠やポップとの来訪の時にはパプニカの町中を歩かせては貰えなかった』

 

 故にルーラで飛べるのは、町や村の入り口の手前だとかそう言う場所になってしまうのだ。

 

(って、ことは船で来ると思ってる不死騎士団の団長とか港で待ちぼうけをくうんじゃ?)

 

 俺が瞬間移動呪文を使ったのは、マァムの故郷からデルムリン島へ緊急脱出した時の一度だけ。ダイ達とは別行動だったし、魔王軍の監視がダイ達にのみ向いていた場合、魔王軍には俺がルーラの使い手であることが知られていないってことは十分考えられる。

 

「腕を組み海を眺めつつ来ないダイたちを延々待ち続ける不死騎団長の図」

 

 なんてモノが脳裏に浮かびあがる。

 

(シュールッ! と言うか、これも原作ブレイクだな、うん)

 

 もっとも、現地のどこかで魔王軍と接触すればそれが伝わって不死騎団長は出張ってくると思うので、せいぜい待ちぼうけを食わされたことでちょっとイラッとしてるのと戦場が変わるぐらいの変化に収まるだろう。

 

(クロコダインは倒したのが俺なのと受けた傷のことを除けば、結末もほぼ変わらなかったし)

 

 原作への乖離が致命的なことになるとは思えない。

 

『ともかく、そう言う訳だから誰か詳しい人にパプニカの現状について聞いて、魔王軍との戦いがまだ始まってない地域とかがあるなら、そっちにまず飛んで、パプニカの詳細な情報を得てから動いても遅くはないんじゃないかな?』

 

 移動に時間をかけないルーラがあるからこそとれる手を俺はダイ達に提示する。もっとも、原作の知識で、パプニカは最大の激戦区になっていたことを俺は知っている。だから、パプニカの情報を求めていった先で聞いた話は、予想通りのモノ。

 

「……なんか……まずいんスか?」

 

 情報提供者として尋ねたロモスのお城に務めている文官は険しい顔でポップの問いに頷くと、パプニカが激戦地になっていることを明かしたのだ。

 

「そ、それじゃ、戦火の及んでいない場所、とかは?」

「ない、かもしれない。と言うよりも、激戦地だからね。こちらにも情報が入ってきていないんだ」

「そんな……」

 

 頭を振る文官にマァムが言葉を失い。結局のところ分かったのは、パプニカを襲っているのが不死身の軍隊であることだとか、パプニカのあるホルキア大陸は十五年前に魔王軍、つまりハドラーの拠点であったとかぐらい。

 

「しかし、何故パプニカに行くんだい?」

「それは」

「へっへっへ……! そりゃあなんたってあこがれのお姫様に会うためよ」

 

 説明しようとするダイに被せる形で答えたポップが揶揄うような目をダイに向け、同意を求め。じゃれ合いに発展する中、ダイとパプニカのお姫様が友人であるということをマァムが知ることになる訳だが。

 

「『ルーラで飛べる場所の大半がホルキア大陸内であるから』って説明するのにずいぶん時間がかかっちゃったじゃないか」

 

 ダイが不満気な顔でポップにジト目を送ることになったのも、まぁ仕方ないと思う。

 

『とりあえず、情報収集も終わったし、そろそろパプニカに向かおうと思うけど』 

 

 どこに飛ぶかと聞いて、ダイが希望したのは、パプニカの城下町の入り口から更に少し外だった。つまり、パプニカに向かった俺が入っていた巨大カンテラに覆いがかけられた場所で、ルーラでいける場所の中では、パプニカのお城に最も近いところとなる。

 

(パプニカの城下町の宿屋は屋内の上に今も残ってるか不明だしな。けど、結局城下町の外れとなれば、飛んでしばらくした段階で敵の軍団長と顔を合わせるのは必至か)

 

 気になるのは、一応アバンの使徒ってことになってるメラゴーストの俺を見た相手の反応だが。

 

(ハドラーと戦ってあちらに情報は伝わってるだろうし、今更か) 

 

 そも、ここまで来てルーラでダイたちを送り届けた後俺だけデルムリン島に引っ込んだりできるはずもない。

 

『それじゃ、そろそろ行くよ。心の準備はいい?』

 

 半ばなるようになぁれと言う投げやりな気持ちで聞き、頷く三人を確認した俺は移動呪文を唱えたのだった。

 




ヒュンケルの放置プレ、もとい待ちぼうけは何とか防がれそうな模様。

次回、二話「エンカウント」に続くメラ。


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二話「エンカウント」

たぶん、前倒し投稿。


「メラゴースト君、ここは……危ない!! おれたちを残してすぐここをはなれて……!!!」

 

 なんて、原作の船長に言ったようにダイが俺に避難するよう言うことなんてないのは、わかってた。

 

(うん、現実を見よう)

 

 ありえない妄想を振り払い、ホルキア大陸に、目的地であるパプニカの城下町近くに降り立った俺の視界に入ってくるのは、廃墟と化した城下町だった。

 

「おい、ぼーっとしてんなよ、メラ公!」

『っ』

 

 そして、ポップの声に振り返ると、無言のまま駆けだしているダイの背中を見つけて、俺は慌ててそれを追いかける。

 

(そっか、パプニカのお姫様が……レオナ姫が心配なんだっけ)

 

 焦る理由は知っていたし、だからダイが走り出したのも頷ける、けれど。

 

(原作とじゃ城に向かう経路が違うのがな)

 

 俺の気がかりは、そこだ。普通に考えれば、港からお城に向かうと考えて不死騎団長は戦力を配してるだろう。

 

(ある程度奥に引き込んでから包囲……あ゛)

 

 そこまで考えて、俺は気づいた。原作で不死騎団長とダイが出くわしたのが、港ではなく廃墟になったパプニカ城跡だったんじゃないか、と。

 

(港で待ちぼうけじゃなかった、だって?!)

 

 いや、それはいい。城に向かうとなると不死騎団長とは原作通りの場所で会うということになるのだから。

 

(問題はその前、港からお城までのルートに潜んでるかもしれない不死騎団所属のモンスターだ。俺が不死騎団長なら、城跡まで引き込んで包囲するけど、包囲を突破された場合にそなえて城下町にも戦力は伏せておく)

 

 強行突破し包囲を抜けた獲物が城下町の外に向かうにしても、港から海へと離脱するにしても、城下町は必ず通る。故の判断だが、伏せる戦力が港からお城に向かうであろうダイ達から隠れることしか想定していなかった場合、建物の影など別の角度からは丸見えな位置に潜むモンスターをダイたちが見つけ、戦闘になる可能性は否定できない。

 

(ダイに忠告したいけど、初動の遅さがあってこの距離じゃ声が届きそうにないし)

 

 ダイと俺の間に居る形のマァムやポップでは俺の言葉が理解できない。かと言って、意思疎通のためだけに変身呪文で魔法力を消費するのは避けたい。

 

「みんなァ、敵だッ!!」

 

 そう思っていた矢先のことだった。先頭を走っていたダイが立ち止まって声を上げ。ロモスで授かった腰の剣を引き抜き、その声で漸く振り返った剣を持つ人骨を袈裟掛けに斬り捨てる。

 

(あっちゃあ)

 

 危惧したことはあっさり現実になったらしい。ただ、不意を突かれる形になった人骨の剣士達からしてもこの遭遇と襲撃は想定外だっただろう。

 

『勇者一行?! こんなタイミングで――』

 

 現に骸骨達の指揮官らしきメラゴーストが、驚きの声を上げ。

 

『え゛』

 

 俺は固まった。

 

「いっ、メラ公が向こうにも?!」

(何で別の俺が不死騎団で指揮官やってんのぉぉぉぉぉ!!)

 

 ポップが俺と声を上げたメラゴーストを交互に見る一方、俺は胸中で絶叫し。

 

『くっ、奇襲を受け浮足立った我が隊だけで勇者一行を討つのは不可能だ。ここは退く!』

 

 俺が動揺する中、骸骨達に撤退の指示を出して後退し始め。

 

「うん? こいつら逃げんのか?」

 

 メラゴーストの言葉を解さないポップがワンテンポ遅れてその意図に気づく。

 

「逃がすかよっ」

「待って、ポップ! ダイが――」

 

 おそらく呪文で追撃するつもりだったのだろう。だが、制止したマァムがモンスターたちの退くのとは別方向を指し示し、そこにあったのはお城の方へと駆けて行くダイの背中。

 

「ちっ、ダイからすりゃ、逃げた敵よりお姫さんの方が気がかりか」

 

 一人行かせるわけにはいかないとポップは手にしていた杖を腰に戻してダイを追いかける。おそらくは、そのままお城へと向かい、ダイたちは原作通りに不死騎団と遭遇するのだと思う。

 

(が、俺はどうする?)

 

 思いもよらなかった別の俺との再会。

 

(追ってみるか?)

 

 呪文の効かない鎧を持つ不死騎団長相手ではぶっちゃけ俺は戦力にならない。禁じられてる近接消滅呪文を使えば話は別だが、アレを使うつもりはないし。

 

(何より、魔王の意思の影響、俺は受けてないもんな)

 

 なら、あの骸骨達を率いてた俺も正気の可能性は高い。

 

(接触できれば合体と分裂でお互いにパワーアップもできるし)

 

 個人的にはどうして不死騎団に居るのかなど聞いておきたいことも多い。

 

「メラ公、何やってんだ!」

 

 だが、世の中、そう甘くないらしい。俺がついていってないことに気づいたポップにさっさと来いと怒られ。俺はやむを得ずポップへ着いてゆくことになるのだった。

 




いつから……遭遇するのが不死騎団長だと思っていた?

次回、三話「もう一人の弟子」に続くメラ。


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三話「もう一人の弟子」

『はぁ、はぁ』

 

 分裂した他の俺を追うか迷って立ち止まっていたのも拙かったのだろう。俺は全力で追いかけているというのに見えるのは俺を除けば最後尾に居るポップの背中のみ。

 

(直線の階段じゃないのもあるんだろうけど)

 

 港のある城下町から小高い丘の上にあるお城へ折れ曲がりつつ続く長い階段は丘の一部を削った場所を通ってるところがあり、そこだけ視界が開けてないのだ。

 

(原作だとお城に着く直前がそんな感じだったっけ?)

 

 うろ覚えで自信はないが、記憶が確かであればそろそろ心の準備をしなくてはいけないということでもあり。同時にどう立ち回るかも決めておく必要があった。

 

(確か原作だとお城でさっき戦ったのと同じモンスターとの戦闘になって、その後に不死騎団長が現れる)

 

 魔王軍で唯一、人間の軍団長にして、師匠の弟子の一人でもあったそいつの名はヒュンケル。その後、ダイ達の抹殺を命じられていたヒュンケルと戦いになってダイ達は敗北。

 

(魔王軍を離反したクロコダインが助けに来てくれたことでダイとポップは何とか脱出するけど、マァムは捕らえられ、クロコダインも深手を負って……って、やばい!)

 

 俺の記憶が確かなら、クロコダインは部下の鳥の魔物にダイ達を運ばせることで戦線を離脱させた気がするのだ。

 

(メラゴーストの俺って掴めないし、そも一人分増えたら重量オーバーじゃん!)

 

 かと言って俺のルーラで全員を逃がすと原作を大きくそれてしまう。

 

(確か、倒れて運びこまれたクロコダインがヒュンケルの拠点に居たことで、窮地に陥ったヒュンケルが難を逃れる展開とかあった気がする)

 

 ここで深手を負うクロコダインを一緒に連れ去ってしまうと、ヒュンケルが後に魔王軍から離反することになってもたぶん、その窮地で助からなくなる。

 

(ヒュンケルが魔王軍を離反するきっかけになるのは囚われたマァムの行動だった筈だから、マァムも連れて逃げられない)

 

 かと言って俺が窮地になったのにルーラの呪文で離脱を図らないのは不自然過ぎる。

 

(何か手はないかこの状況を打開する手段……そうか!)

 

 俺はポップ達の注意が前方を向いているのを確認すると、密かに呪文を唱え始めた。

 

『モシャス』

 

 変身するのは、先ほど遭遇したモンスターを指揮してる俺。一見しても違いはわかりにくいが、そこには明確な違いがある。そう、変身後の俺にはアバンのしるしが首からかかっていないのだ。

 

(モシャスの呪文って服装まで変わるもんな)

 

 この世界のモシャスは変身対象の皮を被ったような変身であり、原作でも師匠がどこかの道化人形にモシャスした時、仮面の内側は師匠の顔そのものだったって描写があった。

 

(だから、何も装備してない俺に変身すれば、変身対象の皮に隠れてアバンのしるしは見えなくなる)

 

 ブラスに変身した時と理屈は同じ。

 

(あとはポップ達と引き離された時に不死騎団側の俺と入れ替わってたってことにすれば、俺だけ離脱した理由ができる)

 

 本物の俺は先ほど出会った同族を追いかけていって、ポップに本物と勘違いされた不死騎団所属のメラゴーストがこれはチャンスなのではと俺のフリをしていたという設定だ。

 

(後はどこかで加勢に来るだろうクロコダインとの鉢合わせさえ警戒してれば、この場はしのげる)

 

 俺がニセの部下であることをヒュンケルが気づかなければでもあるが、先ほどの詰んだ状況に比べれば切り抜けられる可能性は高く。

 

「レオナ~ッ!!!」

 

 城の方から聞こえるダイの叫び声に俺はダイが廃墟になった城を目にしたことを察し。

 

(さてと、出て行くのはもう少し後だな)

 

 クロコダインがどこから駆けつけてくるかもわからないし、そも、先日の戦いで倒れたクロコダインが原作通りこの場に現れるという保証もまだないのだ。

 

(なら、隠れて様子を見るのが正解の……って、それなら隠れにくいメラゴーストじゃなくてロモスのお城で見た悪魔の目玉に変身して天井とかにへばりついておくべきだったんじゃ――)

 

 と、今更ながらに変身対象をミスったかもしれないと思う一方で、何度も変身しなおす魔法力もなく。

 

「んぬわぁっ!! って、こいつらさっきの――」

 

 前方から聞こえたポップの悲鳴で隠れていたモンスター達が姿を現したのだと俺は知る。

 

(今の内)

 

 今ならダイ達は突然現れたモンスターに注意を奪われているだろう。俺は物陰に潜みつつ前進し。

 

(ッ)

 

 上空から降り注ぐ斬撃が城の床と共に骨の剣士達を消し飛ばすのを見て、密かに息をのむ。斬撃の放たれた方へと自然と視線が向けば、ポップも一撃を放った相手を見つけたらしい。

 

「なんだあいつは……!?」

「……この太刀筋は……アバン流刀殺法大地斬……!!」

「ええっ?! そ、それじゃあ……あの人は……!?」

 

 ダイの言で驚きの声を上げたマァムを含む三人が、それに思い至るのは、ある意味当然だった。

 

「アバンの使徒……!!?」

 

 師匠の弟子という意味では間違っていないだろう。傍観者の立場に居る俺は、すでに知っていた事柄に驚きはせず、ただ件の人物が俺の存在に気付いているかのみを警戒するのだった。

 




主人公、綱渡り中。

次回、四話「俺には謎でもない剛剣士」に続くメラ。


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四話「俺には謎でもない剛剣士」

「……間違いない」

 

 先ほどの斬撃を思い返していたのだろう。背中しか見えないダイがあの技は先生の技だよと口にし。

 

「じゃあ、あの人もアバンの使徒……私たちの仲間なのね……!」

「……そ、そうかぁ? なんとなく悪党っぽい面してるぜ……」

 

 すんなり受け入れた様子のマァムとは違いポップは声の調子からしてもどうにも納得のいかないような感じで。

 

「……人の事どーにか言える顔じゃないでしょあんたも……!!」

「なっ……なにをっ……!!」

 

 そんなポップの様子にマァムが発した言葉でムッとしたポップが振り返る。

 

「おい、メラ公! あいつに――」

 

 おそらく俺に助勢を求めようとしたんだろう。だが、俺が居ると思った場所には誰も居らず。

 

「って、メラ公が居ねぇ?!」

「えっ?!」

「ええっ?!」

 

 パプニカのお城が廃墟になっていた衝撃と、骨の剣士達の襲撃、それを消し飛ばした自身が学んだのと同じ流派の斬撃。これだけ色々あれば、俺が居ないことに気が付かなかったとしても無理はない。

 

「少し距離があったからな。追いかけてくる途中でへばったのかもな」

「それなら、ここで待ってれば追い付いて来ると思うけれど」

 

 ダイ達は知っているのだ城下町にもモンスターが潜んでいたことを。

 

(これはちょっとまずいか?)

 

 このままダイ達が俺を探して引き返してしまうと、原作と流れが変わってしまう。かと言って姿を見せるわけにもゆかない。

 

(いや)

 

 迷ったのは、一瞬。このまま様子を見ようと結論付けさせたのは、視界の中で一人の人物が動いたからだ。

 

「どうすんだ? 引き返」

 

 動揺しつつ問うポップの言葉が終わるより早く、先ほど斬撃を放った銀髪の人物がお城の元は二階だったであろう部分から飛び降りる。

 

「メラゴースト君のことはおれも気になるけど、あの人に助けてくれたお礼だけでも言わなきゃ」

 

 辛うじて聞き取れたダイの意見は相手が不死騎士団長で、モンスターの襲撃を含めて自作自演と知らなければ至極もっともなものだった。詳細を知らず言葉が通じて、俺もあちらに居たら礼ぐらいは言っただろう。

 

(俺の場合なら、仲間を探すのを手伝ってもらえるかもって打算もしたかもしれないけれど)

 

 ともあれ、これで流れは原作側へと戻ると思う。

 

(とはいうものの、予断は許さないけど)

 

 クロコダインが来るかもわかって居ない以上、俺はこのままダイ達が負け、マァムを残してダイとポップが逃げ伸びるまでここを動くことは出来ないのだ。

 

「助けてくれてどうもありがとう! あなたも……あなたもアバン先生の弟子なんですか!?」

 

 だから俺にできたのは、俺だけが敵と知る銀髪の人物に駆け寄ったダイがお礼を口にし、続けて尋ねるのを傍観することぐらい。

 

「……おまえたちは……?!」

 

 問い返した銀髪の人物はダイが何かごそごそとやると、そうかとだけ呟く。おそらく、ダイの取り出したアバンのしるしを見たんだろうが、ダイ達からそれなりに後方の物陰に潜んでる俺には、三人については殆ど背中しか見えない。

 

(それでも原作知識である程度は補完できるんだけど)

 

 だから、些少会話を聞き逃したって、何を言っているかは予想がつくのだ。

 

「確かにオレはアバンから剣を教わった……」

 

 原作の通りアバンの弟子であること、その最初の一人であることを明かしつつ銀髪の人物は剣をやたらゴツい鞘に納め。一番弟子であることにダイが驚き、マァムがすごいと声を漏らす中、ポップだけがただ無言だった。

 

(原作の通りなら、ゴツイ鞘を見て本当に味方なのかって疑いの念を強めるんだっけ)

 

 ただ。

 

「おい、ダイ! 挨拶が済んだなら行こうぜ」

 

 ここからが原作とは違っていた。

 

「メラ公を探さねぇと」

「あ」

 

 ポップの言葉ではぐれた俺のことを思い出したのだろう。

 

「メラ公?」

「あ、えっと……メラ公、おれはメラゴースト君って呼んでるんですけど、メラゴースト君はモンスター何ですけど、アバン先生の弟子の一人で」

 

 訝しんだところダイが説明を始めれば、説明の途中で銀髪の人物の動きが一度止まり。

 

「どうしたんですか?」

「いや」

 

 口ではそう言いつつも遠巻きに見ている俺でもその動きが解かったのだ。何でもないと言う様に頭は振ったがそんな筈はないと思う。

 

(メラゴーストってことはアンデッドモンスターだもんなぁ)

 

 ひょっとしたら育ての父のことでも思い出したのか、それとも配下にいるであろう別の俺のことを考えたのだろうか。

 

「それで、少し前まで一緒だったんですけど、麓の町からこの丘を登ってここに来るまでにはぐれてしまったみたいで」

 

 ダイは急いで探しに行かないといけない旨を伝え。

 

「けど、この国は……いったいどうしたの……?!」

 

 見渡す限りの廃墟に加え、ダイがこの国の姫君の安否を気にしているからだろう。原作とはタイミングがずれたが、マァムがここで銀髪の人物に尋ね。

 

「魔王軍の不死騎士団による侵攻を受けて居る。まだ抗戦している地域もあるようだが」

(え゛)

 

 返ってきた答えに俺は固まった。原作では二日前に滅ぼされたと語っていたのだ。なんで、どうしてと疑問が頭を回り。ふと浮かんだのは瞬間移動呪文。

 

(しまったーっ! 原作より早く着いたせいでパプニカが滅びきってねええええええっ!!)

 

 やらかした。移動呪文で飛んできたが故に原作より一日か二日早くパプニカについてしまっていたのだ。これでは原作通りにクロコダインが復活、魔王軍を離反して助けに来ようとしたとしても、到着は明日か明後日。身体を張って敗北したダイを逃がす者も、ダイ達を離脱させる者もいない。

 

(どうする? こっそり分裂してモシャスでクロコダインと鳥の魔物を分担する? いや、鳥の魔物はともかく、クロコダインは無理だ)

 

 盾になって攻撃を受けたところでモシャスが解けてバレるし、そも不死騎士団長の攻撃を俺が喰らって耐えられるとは思えない。俺はトンデモナイ難題に直面して物陰で頭を抱えたのだった。

 




本作最大のやらかし、それはルーラッ。

次回、五話「やっぱ無理ゲーじゃね」に続くメラ。


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五話「やっぱ無理ゲーじゃね」

「……あなたに会えたのが不幸中の幸いだったわ」

 

 ヤバい、拙い、拙い。不死騎団長からすれば、ここでダイ達を逃がす理由はない。

 

「これからは私たちといっしょに戦いましょう……!」

 

 結果的に引き返し出す三人に同行する形になった銀髪の人物にマァムが話しかけつつ手を差し伸べる姿が視界の端に見えて居たが、俺にそれを気にする余裕なんてなかった。ただ、この先で明らかに詰む局面を打開する方法を考えるのに手いっぱいであり。

 

『がっ』

 

 だからこそ、気づかなかった。頭部に強い衝撃を受けるまで。

 

『ぐ、何が……』

『ふふ、ふふふ』

 

 呻きつつ身を起こそうとすると、聞こえたのは俺と全く同じ声音の笑い声。

 

『会いたかった、会いたかったよ』

『と言うかAさぁ、何してくれてんの?』

 

 笑い声の主に続いたのはやはり俺と同じ声での非難。つまり、不死騎団に所属する分裂した俺達であり。

 

『時間的猶予も無さそうだし、ちょっとあっちでお話しようか。当然拳でな?』

 

 くいっと示したのは先ほどの戦場からもダイ達の去った方向からも死角になる崩れかけの一室。

 

『待って、あれは、仕方なかった! 俺は良かれと思って、ちょ、待、話し合おう! ね? 放し――』

 

 誰かに聞き咎められる訳にはいかないから、囁く程小声で話しかけるも不死騎団所属の俺達はただ良い笑顔を見せるだけ。

 

『助け、やめ、アーッ!』

 

 俺は物陰でむちゃくちゃ殴られた。

 

◇◆◇ 

 

『お前、本当に何してくれてんの?』

 

 パプニカ入りも早いし変だと思ったら気付いてなかったとか、と呆れた様子でB8と呼ばれる俺が俺をゴミでも見るような目で見る。

 

『クロコダインの代わり? 出来る訳ないだろ! 合体でパワーアップはできたけど団長の必殺技喰らったら今だって余裕で死ねるよ?』

 

 不死騎団所属の俺達の言は至極もっともだった。だから、俺はぐうの音も出ず。

 

『とりあえずマァムは俺達が乱入してルーラで連れ去るのを妨害すれば、マァムだけ取り残されてダイとポップだけ離脱って形にはできると思うけど』

『問題はダイがとどめを刺されるのをどう止めるか、だな』

 

 ありがたいことに殴られて分裂し増えた俺と不死騎団所属の俺達は、原作から乖離しつつある現状をフォローし、詰ませずに済む方法について模索し始めてくれている。

 

(けど、酷いよなぁ)

 

 俺も参加しようとしたのだが、元凶は黙ってろと口をそろえて言われ、今はただ口を噤んでダイたちの後を見つからないように追いかけている。

 

『この町のモンスターの配置は団長の指示の元俺達がやったからな。発見されないルートは熟知してるし、邪魔なモンスターがいるなら隊長権限で退かせることもできる』

 

 そんなことを明かす俺は無駄に頼もしく、同じ俺の筈なのにこの差は何なんだと思わず頭を抱えたくなる。

 

『さて、つくまでに不死騎団所属の俺は全員オリジナルと合体しておくぞ、スカラ』

『ごふっ』

 

 だが、どうやら頭を抱えることすら許されないようで、俺は呪文によって防御力を引き上げられるといきなり隣の俺に殴られる。

 

『失敗か』

『ちゃんと避けて分裂しろよA』

『いや、あの不意打ちに近いのを避けろってのは無理、うわっと』

 

 反論を最後まで言うことを許さず俺は繰り出された一撃をぴょいんと避け、二人へと分裂した。

 

『そうそう、その調子』

『急げよ、ここに居る不死騎団の俺達を全員合体して吸収すればいくらかのレベルアップにはなるだろうけど、そうなってくると合体した奴らの代わりに不死騎団で隊長やる俺が不足するからな』

 

 合体した分を分裂して補充する。それが俺に課せられた役目の一つであり。

 

『合体吸収されてレベルアップした分、賢さだって増してる。合体前の俺達がああでもないこうでもないと考えるより――』

 

 合体後に分裂した俺の方が良いアイデアを思いつく筈。

 

『やはりAに責任とってメラゴダインしてもらうしかないか』

『賛成』

『やむなし』

 

 筈だった。

 

『何だよメラゴダインって!』

 

 マーマンにもマーマンダインって上位種が居たがメラゴーストの上位種って訳ではないと思う。

 

『こう、猛烈に嫌な予感しかしないんだけど』

『大丈夫、俺達がスカラの呪文はかけるし、ぴょいんで物理攻撃は無効化出来るだろ? 運次第だけど』

『しかも分裂までできるかもしれないんだ』

 

 なんてお得と俺以外の俺が声を揃えるが、何だそれ、通販番組か。

 

『全然お得じゃないだろ! それにさっき余裕で死ねるって言ってなかった?!』

『大丈夫、俺にいい考えがある』

 

 ずいと近寄ってきた別の俺が得意げに胸をそらすが、全力で嫌な予感しかしない。

 

『まぁ、いずれにしてもこの短い時間で立てられる対策なんて知れたモンなんだ』

『運命を受け入れろ♪』

 

 口々に声をかけてくる別の俺は良い笑顔で。

 

『受け入れるかーっ! だいたいお前ら、俺の筈なのにキャラ変わってない?!』

 

 魔王軍に所属していた日々が俺をこうも変えてしまったのだろうか。

 

『少し急ぐぞ? 団長とダイ達が戦い始めたら決着までにそう時間はかからない。手遅れになったらそれこそことだ!』

 

 手遅れが拙いことは俺も同感ではあったが、前提のせいでどうにも首を縦に振れないのだった。

 




主人公、ここまでのツケを払わされる?

次回、六話「○○ゴダイーンッ!」に続くメラ。


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六話「○○ゴダイーンッ!」

『いいか、手順はわかったな?』

 

 それ程離れていない場所から、戦闘の音がする。不死騎団長が正体を明かし、伏せていたモンスターたちを嗾けたか、モンスター達は一掃されて団長とダイ達が戦ってるのか。

 

『窮地に陥ったダイを庇おうにも、歩くなり走って割り込んだんじゃ、気づかれる』

『原作でどうやって割り込んだかの描写はなかったが、そうなってくると考えられるのは一つ、上から降ってきたってパターンだ。ルーラと同じ効果のあるアイテムを使ったか、配下のモンスターに運ばせたかはわからないけどな』

 

 他の俺達が戦いの介入として選んだのはこの内後者の模倣だった。クロコダインの姿にモシャスで変身した俺は、同じくモシャスの呪文で変身した鳥の魔物に肩を掴まれ、空へと飛び立つ。

 

『いいか、着地の衝撃でモシャスが解けるようなヘマはするなよ?』

 

 送り出した俺の一人が釘を刺すが頷くような余裕もない。

 

(しっかし、結局この姿か)

 

 無論、この姿にも理由はある。不死騎団のモンスターから見れば獣王クロコダインは同じ魔王軍の軍団長であり、見かけたからと言って即座に攻撃してくることはない。魔王軍からの離反が明らかになるのは、原作だと不死騎団長ヒュンケルの攻撃からダイを庇った所なのだから。

 

(空にいて敵に見つかっても構わないってのは大きいよな、本当に)

 

 距離が開いてしまったダイ達を探す上でこれ以上の好条件もない。

 

「あそこか!」

 

 眼下の景色を見回していれば、ほどなくして、戦場は見つかった。

 

(戦闘中、それ自体は予想してたけど)

 

 見る限り不死騎団のモンスターと思しき人骨の剣士達はバラバラになって散らばっており、戦いは不死騎団長とダイ達の戦いへと移行していたらしいが、それだけでなく。

 

(こっちも話や下準備で時間をかけたから、間に合ったのを良しとすべきか)

 

 先ほど見かけた軽装とはうって変わり、不死騎団長は全身に鎧を纏っていた。

 

(完全武装ってことは前哨戦は終わってるな。そして、とりあえずこっちにも気づいている様子はない、と)

 

 俺はダイ達と不死騎団長の戦闘をじっと見つめながら尻尾を何度か振って合図を送る。

 

(これで下に居る俺にもヒュンケルが完全武装状態だってのは伝わったはず)

 

 同時に介入が近いかもしれないから気をつけるようにと言う意味合いの合図でもある。実際の介入前にも合図はするので、介入待機とでもいったところだろうか。

 

「ダイが窮地に陥るのは、完全武装後のヒュンケルとの戦闘中だが」

「クェ」

 

 俺のつぶやきに同意するように鳥の魔物になった俺が鳴き声をあげる一方、眼下で戦っていたのはダイではなく。

 

「むううううっ!! 閃熱呪文ッ!!」

 

 ヒュンケルに杖を向けポップが呪文を唱える。

 

「むんっ!!」

 

 放たれたソレは一直線にヒュンケルへと向かうも翳しただけの手に受け止められ。

 

「ああっ!!?」

 

 ポップが声を上げるもヒュンケルの掌で弾かれた閃熱は分かたれ散ってゆくだけ。

 

「かああああーッ!!」

「うわああああッ!!」

 

 それどころかヒュンケルが気合のようなものを発せばポップの呪文は跳ね返ってポップへ命中、吹っ飛ばされたポップの名をマァムが呼ぶもポップの身体は崩れかけた民家の壁に半ばめり込んでいた。

 

(そう、あの全身鎧には攻撃呪文が通用しないんだよな)

 

 俺の使える呪文の中では近接消滅呪文だけが例外だろうが、使用を禁じられている俺はあの場にいても戦力外通告を受けたも同然だっただろう。正直、ヒュンケルと俺はむちゃくちゃ相性が悪いのだ。にもかかわらず、これから介入しないといけないことを考えると、このままどこかに飛び去ってしまいたくもなるが。

 

(物理攻撃したところでたかが知れてるし、そもそも近接戦闘のプロフェッショナルである剣士に挑んで有効打を与えられるかも疑問だしな)

 

 と、俺が切り捨てた近接戦闘をマァムは選んだ。

 

「よせ……女を殺すなど性に合わん」

 

 視界の中で杖を構えたマァムにヒュンケルは警告し、これにマァムがバカにしないでよと食って掛かる。

 

「女だって生命をかけるわ……正義のための戦いなら……!!」

「……フン、それがアバンの教えというわけか……!?」

 

 鼻で笑うヒュンケルへあなたも教わったでしょうとマァムは続けた。

 

「先生は間違った人間には絶対にそのアバンのしるしを渡したりしないはずだわ!」

 

 そう叫ばれたとき、間違ってるどころか人間ですらない俺は、どうしたらいいのだろうか。俺が思わず視線を彷徨わせたのはきっと仕方ないと思う。

 

「……なんてことを!」

 

 俺がプチ現実逃避をしてる間にヒュンケルが手にしたアバンのしるしを指で弾いて捨て。これを非難しつつも、なぜ先生を憎むのかと尋ねるマァムへヒュンケルは答えた。

 

「それはアバンが……オレの父の敵だからだ!!!」

 

 と。ヒュンケルはこの地のとある町を旧魔王軍が焼いた折、赤子だったところを旧魔王軍最強の騎士であるアンデッドモンスターに拾われて育てられたという経緯があり。魔王討伐の為に旧魔王軍の本拠地に攻めてきた師匠に育ての父を討たれ、復讐の為に師匠に師事し、剣を習ったのだとヒュンケルは語る。

 

(暫くはこのままいろいろ語るんだっけ)

 

 既におおよそのことを知ってる俺としては上空での待機に飽き始めていたが油断はできない。

 

(確か、ダイの盾になるのは、マァムが戦闘不能になった後だった筈)

 

 そうでなければダイ達が離脱する時に残されたマァムは、逃げるなり抵抗しようとしただろうから。

 

「っ」

 

 記憶をおさらいしてる折に下から聞こえた轟音で思わず視線を落とせば、民家に大きな風穴があいており。

 

(えーと、おれ が たて に なって うける の って……この みんか に あな あけた わざ ですよね?)

 

 ゆっくりと救いを求めるように見上げた鳥の魔物は、俺と目を合わせなかった。

 

「無理! 無理だって!」

 

 下ではヒュンケルが技についてのエピソードだとかさっきの話の続きを始めていたが、ぶっちゃけそんなことはどうでもいい。逃げたい、そう思った矢先。

 

「クエ」

 

 短い鳴き声に頭上を仰げば、鳥の魔物が首の動きで下を示し、釣られてそちらを見ると近くの建物の屋上からこちらを見上げてるメラゴーストがいた。

 

「クエ」

「あー、補助呪文のかけなおしか」

 

 嘆息しておおよその理由を察した俺が頷くと鳥の魔物がその屋上へ近づくように高度を下げて行く。

 

『スカラ。これで次は必要ないだろう。気付いてたかもしれないが、マァムが倒されたぞ』

「え?」

 

 言われて戦場の方を慌てて振り返ると、倒れ伏したマァムからヒュンケルがダイに標的を切り替え、ダイの投げつけた火炎呪文を両断してるところだった。

 

「海破斬か」

 

 呪文は通じず、続くヒュンケルの攻撃でダイは手傷を負ってゆく。

 

「はぁ」

 

 おそらくそろそろだろう。

 

「クエ」

「わかってる。わかってるから、そっちも手はず通りにな」

『ああ』

 

 鳥の魔物に促され、不死騎団所属の俺と別れた俺は再び空へと飛び立ち。

 

「闘魔傀儡掌!!!」

 

 やがて、戦場ではヒュンケルの突き出した手の先で、ダイが宙づりとなったのが見えた時、俺は合図を送る。

 

「クエ」

 

 一声小さく鳴いた鳥の魔物が高度を下げ、俺は身構える。

 

「今度こそ最後だ!!」

 

 どんどん近くなってゆく地面、必殺の一撃の構えをとるヒュンケル。

 

「死ねッ!! ブラッディ―スクライド!!!」

 

 ダイ目掛け一撃が放たれ。

 

「ダメだッ……!!」

 

 どこかからポップの声が聞こえる中。

 

「ウグッ」

 

 すさまじい衝撃が、俺を襲ったのだった。

 




メラゴダイーンッ!!

次回、七話「逃げるのだ!!」に続くダイン。


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七話「逃げるのだ!!」

『本当にクロコダインの格好するの?』

 

 時は少し遡る。諦めきれず尋ねた俺に不死騎団所属の俺は仕方ないだろと言った。

 

『理由はいくつかあるが、まずAがメラゴーストの姿で庇おうとすると体格と言うか身体の大きさの問題でダイを庇えない可能性がある。頭の上を通り過ぎた一撃がダイに命中する、とかな? だから盾になることを鑑みれば、モシャスで体格のいい相手に変身するのは絶対条件なんだ』

 

 言われてみれば、なる程と言わざるを得ない理由だが、説明は終わらない。

 

『加えて、現段階でうちのモンスターに発見されて敵とすぐに見なされず、かつお前がモシャスで変身できる程度に格好を熟知してるのって言ったら、お前を攫ったって言うザボエラとデルムリン島で戦ったハドラー、そしてロモスのお城で戦ったクロコダインくらいだろ? うちの所属モンスターに化けた場合見つかると指示にない行動してるって不審がられるだろうし』

『あとは言葉の問題だな。ダイが意識を失ってて、まともに会話できる相手がポップだけだった場合、人間の言葉が話せる姿に変身してないと意思疎通できん』

 

 このうち小柄なザボエラは盾の役目を果たせず、ハドラーとクロコダインの二択に絞られる訳だが。

 

『ハドラーは移動と言うか緊急脱出にキメラの翼使ってたから、鳥のモンスターを使っての移動は不自然と』

『そういうことだな。空を自由に飛ぶ呪文であるトベルーラでも使えたんなら話は別だが、現状空を飛びまわってダイ達を探すのも空で介入タイミングを見計らうのも鳥の魔物に変身した俺達がやるしかない』

 

 すべての条件を満たすのがクロコダインのみなのだと言われれば、俺には何も言えず。

 

『この作戦に穴があるとすれば、クロコダインを運んでる鳥のモンスターを直接見られなかったことだが、そこはデルムリン島の鳥系モンスターの姿で代用すれば何とかなる筈だ』

『後は残ったAの身の処遇だな』

『いや、最後の割と一番大事なとこだろ?!』

 

 だが、続く問題とやらには聞き捨てならないモノがあって即座にツッコんだ。

 

『だって、Aは力尽きたらモシャスが維持できずメラゴーストに戻っちゃうだろ?』

『クロコダインなら手当てしてもらえたかもしれないけど、にっくきアバンの使徒のメラゴーストじゃあなぁ』

『じゃあどうしろと?』

 

 思わず俺が別の俺達をジト目で睨んでしまったとしても、きっと仕方ないと思う。

 

『と、これまでのうっ憤からAをからかうのはここまでとして、一応救出プランは考えてある』

『え』

『ただ、Aのやらかしを鑑みると、全部教えるとポカやりそうでなぁ』

 

 驚く俺に不死騎団所属の俺の一人が微妙そうな声音で頭を振り。あんまりだと言いたかったが、実際他の俺の手を煩わせてる俺にはさすがに言えず。

 

『その辺りは俺達を信じろ』

『ダイの盾にならず何とかする方法だと、ダイが敗北し、力不足を実感して修行するって流れを作れないから、これは避けられないしな。どこかの誰かさんがクロコダイン戦の実戦経験かすめ取った分の埋め合わせもしないと拙いだろうし』

『うぐっ』

 

 信じろと言う言葉だけでなく過去の失敗を容赦なく抉ってこられると、俺は否応なく理解させられた。

 

(口は禍の元、か。と言うより、俺と同じスペックの相手が複数いるなら、口で勝てるはずないってさっさと気付くべきだった)

 

◇◆◇

 

「な……なんだとォッ……!!?」

 

 ヒュンケルの驚く声が聞こえ。

 

「あああああっ……!!」

 

 ポップの驚く声が聞こえる。つまり、俺は何とか成し遂げたらしい。足元にはけたたましく床を金属が叩く音が聞こえ、浅くだが、腹部にヒュンケルの剣が刺さってるのが見える。

 

「バ……バカな……! 獣王……クロコダイン……!!?」

「ク……クロコダイン!? ……生きてたのか……!!」

 

 そう、モシャスのまだ解けぬ、クロコダインの姿を俺はまだ取れていた。

 

「な……なんの真似……いや、お前はクロコダインではないな!!」

「ええっ?!」

 

 だが俺の偽装をヒュンケルはあげた問いの途中で見やぶり。

 

「やはり、わかるか」

「当然だ! その両手の折れた剣! 扱う得物が違う時点で気づかぬ方がおかしいわ!」

 

 ヒュンケルの指摘に、俺はそうだろうなと思いつつ右の手の剣に視線を落とす。これは元々ダイが切り捨てた骸骨の剣士が持っていたモノだった。俺はヒュンケルとダイの間に割り込んだ瞬間、この失敬した剣二振りを交差させ、全力で己の身を守ったのだ。

 

(ナンバリング作品の方だと、身を守れば受けるダメージを大幅に軽減できる。そして――)

 

 不死騎団の一般モンスターの持つ剣だろうと無手よりはマシだ。剣二本を盾に、防御力を上げる補助呪文の重ねかけに加えて、ダメージを軽減する防御態勢まで用いて、ようやくモシャスが解けない程度のダメージに抑え込むことがかなったのだ。

 

(そうでもしなきゃ防げないから、ここでの原作乖離は目をつむって後で軌道修正するって話になったけど)

 

 俺も完全にクロコダインを演じ切るのは無理だと思ったので、これには同意せざるを得なかった。

 

「は? クロコダインじゃないって」

「説明は後だポップ!!」

 

 状況を理解できて居ないポップに俺は一声かけて尻尾で床を叩く。

 

「クエーッ」

 

 合図をしっかり見ていたらしく、降りてくるのは鳥の魔物に変じた俺。

 

「そいつでダイを連れて逃げろ! 説明は後だ!」

「エエッ!!? でも」

「時間がない、それに今のポップ達の強さではこいつには勝てん……!」

 

 逃げるのだと俺はもう一度ポップに言い。

 

「だっ、だけどマァムが……!! それにメラ公だって町のどこかに」

 

 仲間を置いて逃げるという選択肢をとれないのだろう、従う訳にはいかないといった様子のポップを見て、俺は嘆息する。

 

「やっぱり気づかないか、ポップ……俺がモシャスの呪文を使えることは知ってるだろうに」

「は?」

「と言うことは、お前がアバンに弟子入りしたメラゴーストか!」

 

 流石にこの緊急時でヒントの出し方が甘かったか。だがヒュンケルの方は気づいたらしい。

 

「その通り。ポップ達とはぐれちゃって、ようやく見つけたと思ったら結構危なそうだったからね。魔王軍のモンスターに邪魔されなくてダイの盾になれそうな大きさで、俺が変身できる相手ってなるとこの格好しかなくて」

「割り込んで仲間の盾となったという訳が」

「そう」

 

 原作ならこの後クロコダインがヒュンケルと会話し、その心に波紋を投げかけるのだが借り物の姿での心を揺さぶれるかと言うと、全俺が難しいと判断を下した。だから、俺の役目はもう半分果たしたといえる。あとはダイとポップにこの場を離脱して貰わないといけないのだが。

 

「だから早く逃げて。正直、あの技もう一度防げるかは解からな――」

『団長―ッ!』

 

 そうして俺がポップを説得しようとしていた時だった。人骨の魔物を引きつれたメラゴーストが姿を現したのは。

 

「逃げてポップ! マァムは俺が何とかするから! お願い!」

「クエッ」

 

 敵の増援に焦った態で叫べば、後半に鳥の魔物が応じ。

 

「ふざけるな! みすみす見のがすと思うのかッ!!」

「思うよ」

 

 俺が答えた直後だった。

 

『ベ・ギ・ラ・ゴ・ンッ!』

「な」

 

 どこからか放たれた極大閃熱呪文がヒュンケルに直撃した。

 

「なっ、な、な……」

「クエェッ!」

「うわっ」

 

 驚きに呆然とするポップの身体は隙だらけで、視界の端で鳥の魔物がその身体をがっちり捉えて飛び去り。

 

(いきなりベギラゴンとか、過激と言うか、何と言うか)

 

 ちらりと視線を向けた先に居たのは、アバンのしるしごと俺の姿へ変身した不死騎団所属と思われる俺の一人だった。

 




一応、盾にならないプランもあったらしいのですがダイのレベルアップが滞って先の敵に対処できなくなりそうだから、と言う理由で没になった模様。

次回、八話「本気」に続くメラ。



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八話「本気」

「どういうことだ?! なぜッ」

 

 疑問に思うのは当然だろう。アバンの使徒のメラゴーストだとクロコダインの姿の俺が名乗ったと言うのに、別の場所に現れたアバンのしるしをつけたメラゴーストが攻撃してきたのだから。

 

(まぁ、呪文の効かない鎧を纏ってるから、実質驚かせただけなんだけど)

 

 極大呪文まで使ったのは、不死騎団のメラゴーストで無いという証明の意味合いもあるのだと思う。なぜなら、合体する前の不死騎団の俺は相変わらずメラの呪文しか使えなかったのだ。

 

(「これがパプニカを滅ぼしてでも居れば新たに呪文契約させてもらえてた可能性もあるかもしれない」だったっけ)

 

 自分で考え動けるモンスターが不死騎団では貴重だったようだが、使える呪文がメラだけでは戦力としては微妙と言うレベルじゃない。

 

「それがこの姿をとってるもう一つの理由。もう知ってると思うけれど、俺はアバンのしるしがなくては魔王の意思の影響を受けてしまう」

「何ッ?!」

 

 わざわざ弱点を明かしてしまうわけだが、ヒュンケルは驚きの声を上げ。

 

「あれ? ザボエラには知られてたから、知ってるものだと思ってたけど……魔王軍も一枚岩じゃないのか。それとも、人間だから信用されて無かったり?」

 

 ここぞとばかりに俺は魔王軍への不信の種を撒く。

 

「う、煩いッ! だいたい、それの何があのメラゴーストと関係するッ!」

「関係するとも。この姿なら、しるしが無くても魔王の意思の影響は受けず、しるしを譲ることで分裂した俺も魔王の意思の影響を受けずに行動できるのだから」

「な」

 

 俺の偽りの種明かしにヒュンケルは絶句し、動きが止まってるのをいいことに俺は浅く刺さったままの剣を引き抜く。密かに周囲を盗み見れば、鳥の魔物の俺はダイも運んでいってくれたようで、残されたのは俺とマァムのみ。

 

(後は俺が健闘虚しく撤退する流れに持ち込めればある程度の軌道修正にはなると思うけど)

 

 問題は呪文の効かないヒュンケルが相手だと、健闘するどころか逃げ回ることしかできないということだ。

 

「しかしそうなると、困った。なら、俺がハドラーに深手を負わせたこともひょっとして知らなかったりするかもしれないしな」

「……なに?」

 

 故に、俺がまずすべきは、ハッタリ。

 

「まさか」

「その鎧はベギラゴンにも耐えたようだけど、ハドラーに深手を負わせた呪文でも耐えられるのかな?」

 

 こちらは知って居たようで、一歩退くヒュンケルに俺は笑んで見せる。ここからが駆け引きのしどころだ。幸いにも今の俺にはサポートしてくれる味方が多数いる。

 

(これなら間違いなく逃げられ……うん?)

 

 安心感で心に余裕ができたからだろうか、俺の頭にふと一つの閃きが生まれ。

 

「いいだろう、受けて立つ!」

「なに……?!」

「どのような呪文であろうとオレの鎧には傷一つ付けられんことを教えてやろう! ……いくぞッ!」

 

 想定外の反応に驚きの声を上げた俺へとヒュンケルは再び構えをとり。

 

「喰ら」

「カアァーッ!!!」

 

 技を放とうとしたところで俺は息を吹きつけた。ただの息ではない、浴びた者を麻痺させる焼けつく息だ。

 

「ぐ、あ……しまっ」

 

 うめき声を漏らしたヒュンケルが前のめりに倒れこみ。

 

「……勝った……!!」

 

 俺は思わず呟いたのだった。

 

『団長―ッ!』

 

 が、我を忘れられたのは、ホンの一時。増援のモンスターを引きつれたメラゴーストがこっちに向かって来ようとし。

 

『A』

 

 地の底から響いてきそうな声が後方から聞こえてきた。うん、わかってる。言わんとすべきことは解かる。

 

(けど、効いちゃったんだもん、焼けつく息!)

 

 他の俺と合体したことでレベルの上がった俺のモシャスは完全版となり、変身した相手の特技や呪文などもコピーできるようになっていたのだが、つい先ほど気が付いたのだ。ヒュンケルは人間で、変身した俺は焼けつく息が使えたことを。

 

(多少動きを鈍らせれば逃げる暇くらい稼げるかなって思ったんだけどさ)

 

 ヒュンケルは痺れて動けなくなり、まさかの完全勝利。原作に近い形に修正しようと考えてた他の俺達の目論見を見事にぶっ壊してしまったわけだ。

 

『こうなっては、仕方ない。ベギラマッ!』

 

 嘆息し、ヒュンケルの方に駆けてくるモンスターの一団に首からアバンのしるしを下げた俺が腕を突き出して呪文を唱え。

 

『拙い! 皆、伏』

 

 言葉を最後まで言わせることなく、メラゴーストと一体のみを残して骸骨剣士達を呪文が消し飛ばすが。

 

『っ、仕損じたか。なら、ルーラッ!』

『させるか! その女を、突き飛ばせ!』

 

 俺以外の俺は、どこまで織り込み済みだったのか。俺、そしてアバンのしるしを下げた俺、そして動けないヒュンケルとマァムの身体が浮かび上がりかけたところで、生き残った骸骨剣士がマァムを突き飛ばして代わりに浮き上がり。

 

『いいか、この女は預かっておく! 団長の身柄と交換だ! 忘れるなよっ!』

 

 モンスターを率いていた俺の叫び声を聞きながら移動呪文によって俺達の身体は運ばれていったのだった。

 




何やってんだメラゴダイン!

【ここでちょっと解説、原作の流れを守らないといけなかった訳】
実はこの戦いの後、ハドラーがザボエラを連れてヒュンケルの拠点に視察に来るのです。
そも、今回の勇者ダイ討伐をハドラーは全軍団力を集結の上で総攻撃するつもりでした。
だが、大魔王がちょうどダイの向かう先にいたヒュンケルにダイ抹殺の勅命を下すという舐めプをし。
本来なら総攻撃の絶望が、不死騎団のみとの戦いになったと言う経緯があったのです。
他の軍団長には不満を持つ者もいて、それでもまかり通ったのは大魔王の勅命だったため。
だが、視察の時点でヒュンケルが苦戦や敗北をしてしまっていると、それに大義名分を経て全軍団の総攻撃と言うヘルモードに難易度変更される可能性が出てきてしまうのです。

……にもかかわらず、勝ちましたけどね、メラゴダイン。

次回、番外5「攫われたあとで(???視点)」

絶望を回避するための悪あがきが始まる。


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番外5「攫われたあとで(???視点)」

前倒し(略)


『俺達と言うイレギュラーが居ることで原作外の方向に話が転がることは多々ある』

 

 オリジナルを送り出した後、俺達不死騎団所属のメラゴースト達は、今後のことについて話し合った。

 

『A、つまりオリジナルがまた何かやらかすんじゃって恐れもあるが、それを差っ引いても俺達が戦いに介入した場合、ダイ達と団長の戦いの行方がどうなるかはわからない』

『原作の通り団長が勝ってダイ達が逃げ伸びるのが最良だな。そしてマァムを捕虜にできれば原作の流れをたどればいいから修正に頭を悩ませたり手間がかかったりもしない。もっとも――』

 

 クロコダインの乱入は時間的に間に合わなくなり、苦肉の策でオリジナルをメラゴダインにして突っ込んだわけだが。

 

『これで、クロコダインが団長に与えてくれる影響部分はどこかで埋め合わせないといけなくなった。クロコダインが団長の窮地を救うって未来の部分は俺達が分担して担えばいいし』

 

 だからこそ問題はダイとの戦いで団長が苦戦したり負けてしまった場合だ。

 

『苦戦した場合は俺達が増援になって状況をひっくり返す、負けた場合は……考えたくないが、団長を捕縛して俺達の誰かが成り代わる、かな。確かこの後、ハドラーが視察に来たはずだし。そのハドラーって本来全軍でダイ達を総攻撃するつもりだったと思うからさ』

『ここで団長が苦戦とか負けたなんて何が何でも知らせられないもんな』

 

 上手く原作の流れに戻すにはどうすべきか。いくつかのパターンに対応できるよう考えておこうと俺達は案を出し合い。

 

◇◆◇

 

(団長が攫われた今に至る、と)

 

 オリジナルは次に顔を合わせたら、バイキルトの呪文で攻撃力を二倍にしてから助走をつけてぶん殴ろうと思う、なぜなら。

 

「何故俺が団長役なんだ……いや、ローテーションだからオレだけではないが……」

 

 出来ることなら、バレないかハラハラする様なところは担当したくなかった。そう心の中で愚痴りつつ、ヒュンケル団長にモシャスで姿を変えた俺は、鈴の音が聞こえてくるのを待つ。

 

(モルグ、か。ヒュンケル団長の執事を務める、くさった死体系のモンスターだったよな)

 

 鈴を鳴らしつつ現れるであろうかのモンスターへ原作ではマァムを預け倒れたクロコダインの傷の手当てを手配させたはずだ。

 

(元の姿の俺はマァムの身体を触ると火傷させてしまうからな)

 

 一応マァムを運ぶとか、逃亡を阻止するために骸骨剣士にモシャスした別の俺が率いたモンスターに紛れ込んでいたのだが、マァムを突き飛ばして代わりにルーラで運ばれたからここにはおらず。

 

(あ)

 

 ようやく聞こえてきた鈴の音に俺は振り返る。

 

「ヒョッヒョッヒョ……」

 

 そこに居たのは、件の鈴を持ったモンスター。

 

「……モルグか」

「いかがなされましたかヒュンケルさま……」

 

 ばれては元も子もない。この女を連れ帰れと俺はマァムを示し。

 

「何者です?」

「人質だ。牢屋に放りこんどけ」

 

 訝しんだモルグの問いに答えるとすぐに踵を返す。

 

「先に戻っているぞ、地底魔城にな……」

 

 不死騎団所属の俺にとって、地底魔城は拠点。道を間違えようもない。

 

(はぁ、心臓に悪かった……いや、心臓ないけど)

 

 何とか乗り切ったことに胸をなで下ろし、地底魔城にたどり着いた俺は別の俺と団長役を交代することとなる。モルグや他の不死騎団のモンスターに疑われることもなく役目を果たせた達成感と一番神経を使う時期にヒュンケル団長をやらずに済む安堵。

 

(ハドラー視察時の担当になった俺には悪いと思うけど)

 

 そう、原作の通りなら近く魔軍司令であるハドラーが地底魔城を訪れるのだ。

 

(勇者ダイ抹殺を魔王軍の総力を結集して行おうとした男――)

 

 もしうちの軍がダイとの戦いに苦戦を強いられてると見たなら、これ幸いと大魔王に訴えてダイ達への総攻撃を試みようとするだろう。

 

(軍団長が負けて攫われましただなんて知られるわけにはいかない)

 

 だから、俺達がヒュンケル団長になり替わり、原作の通りダイ達に勝ち、今も優勢であるということにしなくてはならないのだ。

 

(それもこれも半分以上Aのせいな訳だが)

 

 思い出すとこう、どうしても殴りたくなってくる。

 

(と、いけないいけない。今は冷静でいないと)

 

 うろ覚え故にハドラーが訪れるタイミングは解からないが、Aがハドラーに深手を負わせたと言う一点だけ見ても俺達同じメラゴーストがハドラーの目につくところに居るのは拙い。

 

(Aのパプニカ到着が早かったから団長との戦いは前倒しになったけど、視察まで前倒しになる理由にはならないだろうから、早くても明日か明後日ぐらいか? って、あれそれって――)

 

 そこまで考えて俺はふと気が付く。視察が俺の最初の想定より先なら、視察の時に俺が団長役になる可能性が残っていると言うことに。

 

(何とか休暇……とれないかな)

 

 そしてルーラで逃げたあん畜生を殴りたい。俺は心からそう思ったのだった。

 




加筆して視察部分まで書くかもしれませんが、とりあえずアップ。

次回、九話「捕虜と俺と」に続くメラ。


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九話「捕虜と俺と」

「なっ?! 百獣魔団長クロコダイン……だと!?」

 

 他に選択肢がなかったとはいえ、目的地の選択を誤った感がぬぐえないのは、視界の中で驚きの声を上げるロモスの騎士が居たからだろうか。

 

(俺に散々やらかすとか何とか言ったけど、さ)

 

 マヒして動けなくなったヒュンケルとマァムを突き飛ばした骨の剣士と共に瞬間移動呪文でデルムリン島に連れてこられた俺は、どうするんだよこれとばかりにアバンのしるしを首から下げたメラゴーストを見た。ロモスからダイの育ての親であるブラスを守るため人員が派遣されてたことを忘れてたのだろうか。

 

(クロコダインってそのロモスを襲った張本人じゃん)

 

 ロモスの騎士がクロコダインの格好をした今の俺を見たらどういう行動に出るかなんて考えるまでもない。

 

「おのれ! 一度やられておきながらッ! 今度は」

『待って!』

 

 ブラスが狙いか、とでも言おうとしたのだろう。騎士が俺に槍を向けようとしてメラゴーストの姿の俺が止めようとするが、メラゴーストのままでは言葉が通じず。

 

「なんじゃ、いったい」

「いけません!! お逃げください!!」

 

 騒ぎを聞きつけて一人のきめんどうしがやって来てくれなければ、このややこしい事態の収拾は更に先になったことだろう。

 

『……と言う訳で、幸運にも敵の軍団長を捕らえることには成功したのですが、ダイ達は怪我をしていたので先に逃がし、俺達はモシャスの呪文が解けても魔王の意思の影響を受けないこの島で体勢を整えようと移動呪文で飛んできた訳です』

「そ、それで、ダイは? ダイやポップ君達は」

『二人は無事です。モシャスで変身した俺の一人がついてますし、一番の脅威になる筈の敵の軍団長がここですから。ただ――』

 

 メラゴースト姿の俺は一緒に離脱する筈だったマァムが敵の手に落ちてしまったこと、離脱際に敵が軍団長の身の上とマァムを交換すると叫んだ事までブラスに伝え。

 

『マァムを取り返すためにも、まずこの敵の軍団長を身体の痺れが消える前に武装解除し、抵抗できない様縛り上げておく必要があります』

「そ、そうじゃな。聞いてくだされ、実は――」

 

 ブラスがロモスの騎士に通訳して事情を話す間、俺はヒュンケルと人骨の剣士を見張っていた。ヒュンケルは動けない筈だが、油断は禁物であるし、骨の剣士はなぜか動かないが突然動き出してヒュンケルを奪還しようとする恐れもある。

 

「なる程、そういうことでしたか」

 

 俺達の言い分が信用してもらえたのは、ブラスに事情を説明したメラゴーストの首からアバンのしるしがかかっていたからだろう。一部の兵士には攻撃呪文をぶちかましてしまった俺だが、クロコダインにとどめを刺したこと、ダイ達が仲間として認めていることなどで、相応の信頼を得ていたらしい。

 

『さてと……これでとりあえず一息ぐらいはつけるかな?』

 

 ロモスの騎士の協力もあってヒュンケルは武装を解除した上、ロープで拘束され。時間経過でモシャスが解けメラゴーストの姿に戻ったために俺に向けられていた警戒も消えた。人骨の剣士に関しては、人質交換の為の連絡要員が居るからという理由でここに俺を連れて来た別の俺がどこかへ連れていってそれっきりだが、言うことももっともだし、伝言を持たせてパプニカで開放してきたのだろう。

 

『向こうの俺と情報交換もしてきた』

 

 と次に顔を見せた時話していたので、ルーラでパプニカに戻っていたのは間違いない。俺はその間のヒュンケルの見張りをロモスの騎士や島のモンスター達と協力して行っていた。

 

「何だ……無様をさらしたオレを笑いに来たのか」

 

 見張りを交代した折のこと。アバンのしるしを下げてない俺を見て、クロコダインに化けていたメラゴーストだと気が付いたか、そんなことを言ったヒュンケルに俺は頭を振って、そこから少し話をした。

 

(モンスターが協力的なことには驚いてたし、そう言えば原作のヒュンケルってダイの生い立ちとか知らなかったのかも)

 

 少なくとも最初に戦ったところでは。

 

(ダイはヒュンケルに自分を重ねてたけど)

 

 似通った生い立ちであることを知ったなら、ヒュンケルもダイにアバンの使徒や人間の味方をやめろとぐらいは言ったんじゃないだろうか。ヒュンケルとの会話を思い出し、俺はそう思った。

 

(何にしても、島のモンスターのみんなのおかげで動揺したのもあってか、ヒュンケルからはその生い立ちとかを聞くことができたし)

 

 原作知識で内容は知っているが、ダイ達に明かした時その場に居合わせなかった俺が何も聞かないのは不自然なのだ。

 

(そして、俺もヒュンケルの事情は知ったことになった訳で)

 

 捕虜になったマァムの説得が望めない状況である以上、ヒュンケルとOHANASIするのは俺達の役目の様に思われるが、これ以上やらかすわけにはいかないので、それは俺をここに連れて来た俺に任せるつもりだ。

 

(正直、こんな重要ポジション俺には務まんないだろうし)

 

 ダイ達を運んでいった鳥の魔物の俺と交代して修行の相手でもしてるのが妥当だろう。それなら、流石にやらかす要素はないだろうから。

 

(別の俺と相談してみよう)

 

 決意を胸に、俺は別の俺を探すべく歩き出すのだった。

 




次回、番外6「目覚めて、そして(ダイ視点)」に続くメラ。

尚、次以降のタイトルは以下の予定。


十話「ダイ、修行中」
番外7「牢にて(ヒュンケル視点)」

ネタバレにならないように工夫したつもり。


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番外6「目覚めて、そして(ダイ視点)」

「う……ううっ……」

 

 身体のあちこちが痛んだ。

 

「おお! 気がついたかダイ!!」

 

 目を開くとぼんやりとした視界に映る人の姿がはっきりするにつれてポップになっていって。

 

「ポップ……ここ、どこだ……?」

 

 まだ纏まらない頭の中で何があったかを思い出そうとして、おれは気づく。最後の記憶は、ヒュンケルと戦って、それから。

 

「ヒュンケルは……!?」

 

 思い出して身体を起こし、周囲を見回したおれの目に映るのは、左右の崖。そして正面に広がる景色の中、少し離れた場所にあちこち崩れたお城だった建物とその向こうに城下町や港が見えた。

 

「……だめだ……やられた。おれたちだけで逃げてきたんだ……」

 

 たぶんあそこがおれ達の居たところ、そうわかったおれに俯いたままポップは言って。

 

「マァムは……?」

 

 ポップははっきり言っていたのに、おれは理解できていなかった。もう一人の仲間を探し、目が合ったのは、岩にとまる鳥のモンスター。デルムリン島の仲間に似てるような気もするけど、どこか違う気もして。

 

「……こいつだれ?」

「じつはだなあ……」

 

 ポップが教えてくれようとしたすぐ後だった。ガシャッと音がして、振り返れば剣を持った人影がそこに居たんだ。

 

◇◆◇

 

「レオナが……生きてる……!」

 

 そうやって出会ったおじいちゃんの兵士は隠れ家にしてる洞窟でおれ達に手当をしてくれた上、レオナが無事だってことを教えてくれた。ポップがどこに居るかを聞くと残念そうにそこまではわからんって言っていたけれど、ヒュンケルの率いていたモンスター達は村や町を襲っても、決して女の人や子供は殺さなかったって言う。

 

「不死騎団の襲撃で神殿が破壊された時、みんなとははなればなれになってしまったが、まだ不死騎団に落とされておらん村も残っておるかもしれん。それに、姫のそばには常にパプニカ最強の三賢者がついておる!」

 

 きっとこの大陸のどこかに無事生きておられるはずじゃと言う言葉と、確かに生きててもおかしくないといういくつかの理由で俺はようやく一息つけた。

 

「よかった……」

「まったくだ。これで姫様まで死んじまってたら、ホントに救いがねえよ」

 

 おれの心からの言葉にポップが頷いて。

 

「君のことは姫様からよく聞かされていたよ」

 

 まさかと思い助けてよかったわいと笑ったおじいちゃん兵士のバダックさんは、レオナがおれが来れば必ず勝てるとそれまでみんなでがんばろうと他の人を励ましていたと教えてくれて。

 

「まあゆっくり休みたまえ。ここならやつらに見つかる心配はない……」

 

 手を振って洞窟の入り口の方へ去ってくバダックさんにおれは何も言えなくて。

 

「あのじいさんガックリくるぜ……おれたちがヒュンケルにボロ負けしたって聞いたら……」

 

 静かなのに耐えられなかったのか、口を開いたポップは、続いておれに聞いてきたなんで紋章の力を使わなかったのかって。それはつまり、あの時、ハドラーと戦った時の力のことなんだろうけど。

 

「……おれ、……おれ、ヒュンケルの話を聞いてたら……なんだかわかる気がしてきて……」

 

 おれもあいつもモンスターに拾われて育てられたから、どうしても、もしじいちゃんがヒュンケルを育てたガイコツみたいに死んじゃったらって考えてしまったんだ。そうしたらあんな風に悪いやつになっちゃったかもしれない。

 

「そう思ったら……なんかおれ……ヒュンケルに対して本気で怒れなくって……」

「……バッ! バッカ野郎ッ!!!」

 

 正直に話すと、おれはポップにとっちめられた。

 

「てめえがそんなんでどうすんだよ、奴を倒せなけりゃ……マァムも……姫様も……メラ公も、メラ公も救えねえんだぞ!!」

 

 最後のは、アバン先生にメラゴースト君のことを頼まれたからなんだろう。怖いぐらいの表情で、戦うんだとポップは言って。

 

◇◆◇

 

「ダイ君!」

 

 次の日の朝、険しい表情で飛び込んできたバダックさんを見ておれの眠気は吹き飛んだ。手には剣を抜いていて、ただ事じゃない様子なのが窺える。

 

「どうしたんですか?」

「『やつらに見つかる心配はない』と大口を叩いた翌日だというのに何と言っていいか……不死騎団が攻めて来たんじゃ!」

「ええっ?!」

 

 驚く俺にバダックさんは続けて言った。

 

「あのオレンジの人魂の様なモンスターは間違いない! あやつがガイコツを何匹か引き連れた姿をワシは何度か見ておる! 今日の奴は首飾りの様なモノを下げておったが」

「え」

 

 そこまで聞いて、おれは振り返りポップと声をかけたけれどベッドは空っぽで。

 

「ポップは……!?」

「あ、ああ。ポップ君なら外で見かけたが、同じ話をしたら駆けだして行ってしまってな」

「そっか」

 

 メラゴースト君のこと、よほど心配だったんだろう。おれは少し気分が軽くなって。

 

「って、あれ?」

 

 そこで首を傾げた。メラゴースト君とは町ではぐれてそれっきりだった気がする。

 

「あの後どうしたのかも聞かなきゃ。きっともうポップと話をして……あ」

 

 そこまで言ってから、気が付いた。おれが通訳しないとポップとメラゴースト君じゃ会話が成り立たないことを。

 

「急がなきゃ」

 

 ポップはおれを待って首を長くしてることだろう。おれはバダックさんにポップを見かけた場所のことを聞いてから急いで走り出したのだった。

 




こう、主人公が居ないだけで話が原作通りに進む感が割とハンパない件について。

次回、十話「ダイ、修行中」に続くメラ。


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十話「ダイ、修行中1」

「メラ公、無事だったのか? マァムはどうした?」

 

 危うくパプニカの兵士、原作通りならバダックと言ったその人に斬りかかられそうになった後、やって来たポップは俺の無事を喜んでくれたが、後半は素の姿では答えても伝わりようがなく。

 

「ポップ! メラゴースト君が来たって聞いて」

「ダイ! ああ、こっちだ」

 

 通訳できる相手の声で振り返ったポップが手招きし、ダイがやって来たところで、俺は重い口を開いた。

 

『ごめん。マァムと一緒に離脱しようとしたんだけど、脱出の際に邪魔されて』

 

 ハドラーの視察が終わるまではヒュンケルに勝ったことは伏せておいた方が良いと言う別の俺の判断の元、二人に明かすことができたのは、マァムを連れだせなかったこと。そしてヒュンケルはマァムをダイ達をおびき出す人質にするつもりのようであるということ。

 

『……ごめん、任せてって言ったのに』

「メラゴースト君……ううん、メラゴースト君までやられちゃうよりよっぽどいいよ」

 

 謝る俺にダイは頭を振り、ポップは俯いたまま何も言わず。

 

「はぁ……メラ公、人質ってことはまだマァムは無事なんだろ?」

 

 沈黙を挟んで尋ねて来たポップに俺は頷く。

 

「なら、修行だ! ちょうど新しい呪文の契約を済ませたとこだしな」

「……新しい呪文……!?」

 

 キョトンとするダイへポップは言う。昨日言ったろ、と。

 

「何としてもおれたちの力でヒュンケルを倒さなけりゃならないんだ」

 

 原作と違って、そのおれたちと言うのにはきっと俺も含まれてるのだろうななんて思う俺の前で、ポップはさらに言葉を続ける。

 

「剣ではヤツに勝てない……かと言って空裂斬ってのは一日や二日でマスターできるシロモノじゃないって言う話だしな……」

 

 師匠はそれを含めて一週間でダイにアバン流刀殺法をマスターさせようとしてた気がするが、それも師匠と言う教え手がいてこそだろうし、空裂斬を覚えるという選択肢をとらなかったことはきっと正しい。

 

(ヒュンケルも空裂斬は使えてなかったもんな。会得に必要な心眼は持ってた気がするのに……つまり心の問題。あれ?)

 

 と言うことは俺がヒュンケルにモシャスしたら心の問題がクリアされて空裂斬も使えるのでは、と一瞬思ったところで頭を振る。

 

(どう考えても俺の方が精神的にポンコツだもんな。強い憎しみの心的なモノはないかもしれないけど、他の部分の差がある時点で、たぶん無理)

 

 そもそも、仮に使えても出番は来ないに違いない。

 

「ダイ、いくぞ! メラ公も」

 

 俺が考えてる間に結論を出したようで、ポップは俺達を促して歩き出し。

 

「……ポップ。呪文で勝つって、ヤツの鎧は呪文をはね返しちゃうんだぜ」

 

 たどり着いた開けた場所で地面に杖を突き刺すポップの背にダイが問うが、無理もないと思う。

 

『俺のベギラゴンも耐えられたし』

「え」

 

 ぼそっと零した言葉にダイががばっと振り返り。

 

「べっ、ベギラゴンってメラゴースト君がクロコダインをやっつけた時に使った呪文だったよね?」

「はあっ?! マジか?!」

 

 ダイの言葉にポップまで動揺したことで、俺は遅れて要らんことを言ったことに気が付く。

 

『だ、だから逃げることしかできなかったんだけど……それでも、さっきの様子からするとポップには何か案があるんでしょ?』

「あ」

 

 慌てて話を元に戻そうとすれば、ダイもポップが杖を地面に立てたばかりなのを思い出したのか俺の言葉を通訳して伝え。

 

「あー、うん、まぁな。おれが契約を済ませた呪文はラナリオンって雨雲を呼ぶ呪文なんだ」

「雨雲……?」

 

 単語を反芻するダイにポップは説明する。昨日一晩中何かヒュンケルに通じる呪文はねえかって考えてたんだと。

 

「あったぜ! ひとつだけ……確実にヤツにダメージを与えることができる呪文が……!」

『雷撃呪文か』

「……雷撃呪文……!!?」

 

 原作の流れを思い出して俺が呟くと、それを拾ったダイが驚きの声を上げ。

 

「ああ、しかしよくわかったな?」

「いや、おれじゃなくてメラゴースト君が……」

 

 一晩考えたモノを言いあてられたからか、悔しさと同じくらいの意外さを顔に浮かべたポップが肯定して見せると、ダイは正直に俺を示し。

 

「そうか、メラ公か。話を続けるぜ? ヤツの鎧はあらゆる呪文をはじくて言ってたけど……金属でできてることに違いはねえはずだ」

 

 電撃呪文ならきっと鎧をつたってダメージを与えられるぜとポップは主張する。

 

『つまり、ポップが呪文で雷雲を呼んで、それを利用してダイが雷を敵に落とすってことか。補助があるならダイの魔法力でいけるかもしれないし』

 

 原作通りの流れだが、ならばと気になることが一つあった。

 

「あ」

「どうした?」

「あのね――」

 

 俺のつぶやきを拾ってポップの狙いを理解したダイがポップに呟きの内容を伝えるのを視界に入れつつ、俺は首傾げる。

 

『それって、俺要らないよね?』

 

 明らかに二人でヒュンケルに挑むのが想定の作戦だ。

 

「あー、まあ、あの時はお前がどうしてるかわかってなかったからな」

『ああ』

 

 ダイを介して俺の疑問を知ったポップは気まずげに説明し。

 

『じゃあ俺はどうしよう? 修行するって言うなら、手伝えることは色々あるけど』

「手伝えること?」

『例えば……モシャスッ』

 

 それっていったい何と言いたげなダイの前で、俺は変身した、ほかならぬ不死騎団長、ヒュンケルの姿に。

 

「な」

「雷撃呪文あてられるのは困るけど、模擬戦の相手ぐらいならできるよ?」

 

 そう言ってから、近くにあった小枝を拾い、空に向けて構え。

 

「ブラッディースクライドー!」

 

 放つのは、あの時見た技。小枝を利用したのは技の余波を誰かに見られることを警戒してのことだ。よくよく考えると、これから雷を落としまくるんだろうから、無駄な配慮だった可能性はあるけど。

 

「……メラ公、そんなこと出来るなら、その格好で戦えばよかったんじゃねえの?」

「無理。変身できるようになったのがそもそもあの時戦ったからだし、技も本物には威力が及ばない。それに、入れ替わり立ち代わりの激しい戦闘になったら、他の人から見分けがつかなくなるかもしれないから」

 

 あくまで模擬戦専用だと、俺は告げ。

 

「ポップが魔法力を回復するのに休憩してるときとか、ダイの手が空いてる時もあると思うし」

 

 全力で協力するよと俺は本物ならまず浮かべないであろう笑顔で言ったのだった。

 




と言う訳で、クロコダイン戦で泥棒した実戦経験を主人公はお返しする模様。

次回、十一話「ダイ、修行中2」に続くメラ。

長くなったので、二話に分割。


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十一話「ダイ、修行中2」

「……天空に散らばるあまたの精霊たちよ……我が声に耳を傾けたまえ……」

 

 ポップが詠唱するのを聞きつつ、俺はヒュンケルの姿でひたすら木の枝を振っていた。

 

(雨雲を呼ぶ呪文、ラナリオンか。ポップが詠唱するところって、久しぶりに聞いた気がする)

 

 この修行の前が師匠とポップと三人で旅をしてた時なので、振り返ると一週間くらい前になるだろうか。

 

(あれ? 割とつい最近だわ)

 

 強敵との戦い、出会いと別れ、濃厚な日々を過ごしていたせいか、一か月以上経っているような錯覚がしていたが、どうやら気のせいだったらしい。

 

(ともあれ、呪文は無事成功したみたいだ)

 

 空に雲が集まりだして暗くなってゆく。ポップの顔が辛そうなのが少し気がかりだが、いざとなれば俺がダイを引き受けて模擬戦をし、休ませればいい。

 

(この系統呪文のすげえのになると夜と昼をひっくり返したりできるんだっけ?)

 

 俺が口を挟んだせいでポップは言わなかったが、原作だとそんなことを言ってた気がする。

 

(すげえの、か)

 

 その昼夜逆転呪文なら実はもう使えるのだが、流石にこれは黙っておこうと思うが。

 

(って、いけないいけない。今は素振りに集中しないと)

 

 俺は頭を振って意識を木の枝の動きに戻す。

 

「あっちも修行してるんだし、俺もこの時間を有効活用しないと」

 

 こうして木の枝を振ってるのにも意味はある。呪文は契約できた上で呼び出す力量が必要になるが、剣技に契約の様な前提条件はない。故に既に会得してるヒュンケルの身体でアバン流刀殺法の動きをなぞることで、技を身体に覚え込ませれば、他の姿にモシャスした時でもアバン流刀殺法が使えるのではないかと俺は考えたのだ。

 

「いや、アバン流刀殺法だけじゃない。師匠の姿でブラッディ―スクライドを放つとか、クロコダインの格好で不完全版アバンストラッシュとか――」

 

 原作ではありえないことが可能となると、夢は広がる。

 

(けど、まさか本当にブラッディ―スクライドを放てるとはなぁ)

 

 人間だったころ、傘でごっこ遊びをした技を実際に放てたという事実は感慨深く。

 

「メラ公、ダイを任せてもいいか?」

「うん? あ、うん」

 

 消耗した様子のポップに声をかけられ、我に返った俺は頷きを返した。

 

(原作だと会得までぶっ続けで練習してた気もしたけど、ここには俺がいるからな)

 

 ダイとポップの二人だけじゃないという精神的余裕と、模擬戦の相手が居るからという理由があれば充分納得できる展開だ。

 

「はぁ、はぁ……それじゃ、メラゴースト君、お願いね」

「いいけど、大丈夫? 魔法力使ってたからか結構お疲れみたいだけど」

 

 明らかに消耗した態のダイを見て俺は気遣うが、ダイは首を横に振り。

 

「気を使ってくれてうれしいけど、あいつ強かったしあいつと戦う練習ができるなら、しておきたいんだ」

「そう」

 

 ダイの覚悟を聞いて、俺も気合を入れることにした。

 

「ならば油断も手加減もせんッ! 覚悟しろ小僧ッ!」

「え? メラゴースト君?」

 

 俺のキャラが変わってダイが目を剥くが、今の俺はダイの仮想敵のヒュンケルなのだ。

 

「何を呆けているダイッ! 本物との戦いに備えてのモノなら、こちらもより本物らしくせねばならんだろう!」

「……いや、それはそうかもしれないけどよ、性格変わりすぎじゃねえか、メラ公?」

 

 横合いからへたり込んだポップが口を挟んでくるが、俺は性格を変えたつもりなどない。ただ、役になり切ってるだけだ。

 

「行くぞ、ダイッ!」

「っ、うん!」

 

 一瞬気圧されつつも、すぐに表情を切り替えたダイは身構え、そこに俺は枝を振るう。

 

「アバン流刀殺法、大地斬ッ!」

「うわっ?!」

「ほう、流石にこれは避けるか、なら――」

 

 バトルジャンキーの気などなかったはずだが、軽く俺の斬撃を避けたダイの姿に少し楽しくなって、俺はどんどん攻撃を繰りだしてゆく。

 

「っ、アバン流刀――」

 

 無論、ダイも逃げ回るだけではない。武器を構え反撃を繰りだそうとし。

 

「「大地斬ッ」」

 

 互いの技が同じタイミングでぶつかり合って、相殺される。

 

「ッ」

 

 俺が本物だったなら、ダイの大地斬で相殺など不可能だっただろうが、やはりそこは本物と偽物の差か。それとも、この模擬戦の中ででもダイが急速に力を付けていっているのか。

 

「まだだッ、喰らえ! ブラッディ―スクライド!」

 

 同じ技を出しても相殺されるだけ、そう踏んだ俺はダイでは使えぬ技を繰り出し。

 

「な……なんだとォッ……!!?」

 

 それは、ダイ以外へと直撃した。

 

「へ?」

 

 目を見張ったポップが、すぐにこっちを見る。俺はすぐにでも頭を振りたかったが。

 

「獣王……クロコダイン……!!?」

 

 そう、俺の一撃の前に身体を投げ出したのは、どこかで見たピンクのワニさんだった。

 

「フフフッ……ダイたちは殺させ」

 

 おれを見据えていたクロコダインの言葉が不自然に途切れたのは、自分にめり込んでいたのが剣で無く木の枝だったことに気が付いたからだろうか。世界が死んだかのような重い沈黙に周囲は包まれ。

 

「えーと」

 

 何とか口を開き、辛うじて静寂を破るが、俺はどうしたらいいんだろう。

 

「な、なぁ、メラ公」

「うん、たぶんだけど……このクロコダイン、本人」

 

 何とも言えない表情のポップのものと視線がぶつかった俺は、微妙そうな表情で頷き。

 

「けど、クロコダインが何であんなことを」

「……とりあえず、話を聞こう」

 

 不思議そうな顔をしたダイの言葉に俺はそう提案したのだった。

 




来ちゃった、軍団長ご本人。(ただしヒュンケルにあらず)

そんなことだろうと思ったって方も多いかもしれませんが、ヒュンケルに化けたのはこうして本物ダインと合流する為でした。

修行で疲弊したポップがへたり込んでましたし、呪文練習と模擬戦で周囲は戦闘中のように荒れ果ててたので、ワニさんが誤解してもきっと仕方ないよね?

次回、十二話「ヒュンケルの元へ」に続くメラ。


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十二話「ヒュンケルの元へ」

「ポップ、お前は言ったな……ダイが居ればオレなど軽くやっつける、と」

 

 その機会は俺が割り込んで奪ってしまった訳ではあるのだけれど、だからこそあのままダイを殺させるわけにはいかなかったらしい。

 

「それじゃ何か? 実際に戦っておれの言ったことが正しいかを試すためにもダイを殺させるわけにはいかないから庇ったって?」

「それもある。だが……いや、これ以上は言うまい。……割り込んだのがあのヒュンケルとの戦いではなく、仲間との模擬戦だったとなればな」

 

 何と言うか、本当にクロコダインには悪いことをしたと思う。決死の覚悟で盾になったのに、それはただの模擬戦だったのだから。どう考えても黒歴史だ。ポップの問いに答えるクロコダインの目が気のせいで無ければどこか遠くを見ている気もするし。

 

「けど、それが理由ならどうするの? 傷を治したらダイと再戦するつもり?」

 

 ただ、話を聞いたからこそ確認しておかなければいけないこともあり。ヒュンケルの顔で尋ねる俺に微妙そうな表情をしつつクロコダインはいやと軽く頭を振った。

 

「おまえたちにオレは負けた。そして解かった……いや、教えられたよ、色々とな……そして、興味が沸いた」

「興味?」

「うむ、なんだ……おまえたちの行く先を、見てみたくなってな」

 

 ダイの言葉に頷きつつクロコダインの視線が向く先は、間違いなく俺の顔。今はヒュンケルの顔なんだけど、それはそれ。

 

(これって、俺がクロコダインを倒しちゃったから?)

 

 原作にないことを言い始めたピンクのワニさんの視線を受けつつ、俺は心の中でどうしようと空を仰いだ。

 

(また別の俺にしばかれる)

 

 きっとこれも俺のやらかしに換算されるんだろう。

 

「つまり、仲間になってくれるってことでいいのかな?」

「……ああ」

 

 獣王が加入するのは原作でもあったことなので、単刀直入に問えばクロコダインは頷いて。

 

「クロコダインが仲間に……」

「ダイ、いけるぞ! ……あの呪文が当たるようになった上に、メラ公とこいつまでいりゃ……」

 

 まだ実感の湧かない様子のダイとは違ってポップが喜色を見せるが、二人でどうにかしないといけないと思ってたところで戦力が倍になったのだ、無理もないだろう、ただ。

 

「なら……ダイ、ポップ、俺は悪いけどここを離れるね」

「「え」」

 

 俺が切り出すと、名を呼ばれた二人が揃ってこちらを見る。

 

「メラ公」

「メラゴースト君、何で?」

「いや、何でって言われても……さっき技を当てちゃったときに気が付いたんだけど、俺達との戦いの時の傷が完全に癒えてないみたいだし、どこかで治療する必要があるからさ」

 

 原作でダイ達が手当てを受けてたのもバダックとか言う老兵士の使ってた隠れ家みたいなところだったと思うし、ベッドだってあっても人間用だろう。

 

「ちょっとこの人……人でいいのかな? ともかくクロコダインには手狭だろうし、ルーラでデルムリン島まで言ってそっちで手当てしようかなって。ほら、島にはブラスさんも居るし」

 

 あそこなら回復呪文の使い手も居る。

 

(加えて、クロコダインなら俺よりはるかに効果的な説得をヒュンケルにしてくれる筈)

 

 原作でもヒュンケルの心に波紋を投げかけたりしたわけだし、きっと効果はあると思う。それには実はヒュンケルを捕まえてることを話さなきゃいけない訳だけど。

 

(打倒ヒュンケルに向けて特訓してるダイ達にはとてもじゃないけど言えないしなぁ)

 

 話すのは島についてからになるだろう。

 

「け、けどよメラ公……デルムリン島って今、ロモスの騎士が滞在してるんじゃなかったか? 大丈夫かよ?」

「あー、それなんだけど」

 

 今もあちらに居るであろう俺の気づかなかった問題にポップは一発で気が付いたらしい。俺は若干遠い目になりつつ、実はとデルムリン島には一度ルーラで飛んだことだけは明かした。

 

「クロコダインにモシャスしたまま島にいっちゃったってぇ?!」

「うん。あわや騎士の人たちと戦いになるとこだった。騒ぎを聞いてブラスさんが来てくれて事なきを得たけど」

 

 ともあれ、そう言うことが一度あった後なのだ。

 

「本物連れてっても、『またか』って思われるだけな訳か……」

「うん」

「……なんだかなぁ」

 

 俺達が会話する中、クロコダインだけは顎が外れそうなほど口を開けて呆然としていた。

 

(いや、まぁ、仕方ないか)

 

 自分のあずかり知らぬところで、自分そっくりの別人が騒ぎを起こしかけたりしてたとか聞かされたんだから。

 

「とりあえず、そっちも修行の途中なわけだから、俺はルーラで島からこっちに一日一回、修行の進展を確認しに来るつもり」

 

 マァムを助けに行くだけにしてもヒュンケルと決着をつけるにしてもコンディションは万全にする必要があるからと俺は残ることになる二人に言い。

 

「ただ、元々二人だけで行くつもりだったから二人で行くって言うならそれでもいい。人魂で明るい俺とか身体の大きなクロコダインは忍び込むには向かないし、不死騎団の拠点に潜り込んでマァムを助けてくるだけならかえって二人だけの方が良いかもしれないから。もっとも――」

 

 その場合もサポートはするから、そうするならこっちに戻ってきた時に話してくれと言ってから俺はモシャスの効果時間が終わるのを待って、クロコダインだけを連れて瞬間移動呪文でデルムリン島に飛ぶ。

 

「な……ああ、また変身呪文ですか」

「むぅ」

 

 一瞬驚いたもののすぐ警戒を解いたロモスの騎士に、本物は何とも言えない表情をするが、メラゴダインでこの島に一度飛んだことは話してあるし、他に話したいこととやってほしいことがあるから、今は堪えてと問う直前に言ったからか、誤解を解こうとはせず。

 

『この辺りなら、いいかな。ええと、これから話す事はダイとポップには黙っててほしいんだけど』

 

 俺は人気のない場所までクロコダインを連れていってから、実はヒュンケルに勝って捕まえてあることを明かし、クロコダインにその説得をお願いしたいという旨を伝えたのだった。

 




本物ダインが居れば説得は成功したも同然だよね? 勝ったな。(慢心)

次回、番外7「牢にて(ヒュンケル視点)」に続くメラ。


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番外7「牢にて1(ヒュンケル視点)」

「くそっ」

 

 オレは丸太小屋の一室で、木の壁を睨みつけていた。オレを連れ去ったあいつの話の通りなら、ここはロモスの騎士たちの仮住まい。一度ザボエラに攫われそうになったダイの育ての親を守るために派遣された騎士の為の家を急遽牢へと改造したものらしい。

 

(……そもそもが急ごしらえのしかも元々牢として作られたわけではない家の壁、この身体が自由ならば抜け出すこととて造作もないだろうが……オレは戦士ゆえ呪文は使えん)

 

 あのメラゴーストの様に移動呪文を使うことは出来ず、かといって似た効果を持つ道具も今は所持していない。仮に抜け出せても、パプニカに戻るには泳ぐかここにやってくる船を奪う必要がある。

 

「そこまで踏まえてここに連れて来たという訳か」

 

 クロコダインの姿で片割れが島にたどり着いたときはロモスの騎士と揉めていたようだが、あれを除けば呪文の使えぬ捕虜を隔離しておくのに島と言う地形はうってつけだろう。

 

「……とんだ失態だ」

 

 連れ去られたあの時、痺れて動けなかっただけで、意識はあった。思い出すのは、部下であるメラゴーストの必死な叫び声。

 

『いいか、この女は預かっておく! 団長の身柄と交換だ! 忘れるなよっ!』

 

 あいつが機転をきかせてやつらの一人、女が離脱するのを防いだことで、このまま牢の中にいてもオレはその内解放されるかもしれない。

 

「だが、ダイ達がオレの居ぬ地底魔城へ攻め入って女の奪還を図ったとしたら――」

 

 ダイと魔法使いの小僧は大したことはないとはいえ、それはオレが戦った場合。部下共では数で押して疲弊させれば勝ち目は見えたとしても、犠牲が出る。いや、それだけではない。今の地底魔城には無力な赤ん坊が居る。

 

◇◆◇

 

『団長、御手を煩わせて申し訳ありませんが、俺達では火傷させたりおくるみを燃やしてしまいますから』

 

 ある日、襲撃した村で部隊を率いていたメラゴーストが拾ってきた女の赤ん坊の世話を頼んできたのだ。

 

『人間の赤ん坊って言うのは、愛情を貰えないと育たず死んでしまうそうで……自己判断の下せぬような部下でもおしめの交換なんかはできますが……』

 

 恐縮する部下を前に俺が抱いたのは困惑と、そして何とも言えない感情だった。

 

「お前もオレと同じか……」

 

 要望をはねつけることは出来た。だが、オレの率いる不死騎団は命じたことにただ従うだけの魔物が多く、子供の世話を任せられるような者が少ないのも事実。

 

「この国はまだ滅ぼせていない。……付きっきりの世話など出来んぞ?」

 

 何より、この願いをはねつけるのはオレを育てた父を否定するような気がして、オレは慣れないながらもその日から部下共に混じって赤ん坊の世話を始め。

 

◇◆◇

 

「あいつらのことだ。あの子供を捲き込むようなことはなかろうが」

 

 テランの近くで自ら配下にしたメラゴーストたちのことをオレはそれなりに買っている。戦闘能力はともかく、頭は回る。

 

「しかし、メラゴーストか……思い起こせば、ことの始まりはヤツだったな」

 

 確かフレイザード配下の魔物が何やら嗅ぎ回っていることに気付いたのが発端。ハドラーがメラゴーストに深手を負わされたらしいと聞いたときは耳を疑ったが。

 

(他のメラゴーストとは違う行動をとることで噂になっていたメラゴーストに目をつけたフレイザードが部下にすべく動くとはな)

 

 これも驚きだったが、だからこそ何かあると見てオレもそのメラゴーストたちの半数を配下とすることができた。

 

(そしてオレは後に知った、メラゴーストがハドラーに深手を負わせたのが事実だと)

 

 実際のそいつは、まさに恐るべき相手だった。呪文の通じぬオレの鎧に敢えて強力な呪文をぶつけ、加えてその口からハドラーにも深手を負わせた呪文を使えると言ったあげく。

 

(決め手は、浴びた者を麻痺させる息ッ! 効かぬ呪文を放ったのも強力な呪文があると嘯いたのも、すべては本命から気をそらさせるためのもの……しかもそれが、よりによって焼けつく息とは!)

 

 クロコダインの姿と能力を借りた片割れの吐いた息は、地獄の騎士であるオレの父も使えるものだ。何と言う皮肉か。

 

「何だ……無様をさらしたオレを笑いに来たのか」

 

 それも理由の一部だったのだろう。当の息を吐いたメラゴーストが囚われた俺の前に現れた時はやり場のない思いをぶつけるかのようにそんな言葉を吐いた、だが。

 

『笑う気はないよ。俺、いつもやらかして周りに怒られたり呆れられたり心配されたりしてるからさ』

 

 ダイ達を圧倒したオレを倒し捕虜にしたというのにそのメラゴーストは居心地悪そうに苦笑してから、それよりと言葉を続けた。

 

『どうして魔王軍に居るかとか、教えてもらってもいい? ダイ達には話したりしてたのかもしれないけど、俺その時居なかったから……』

 

 何とも申し訳なさそうに言われ、確かに目の前のメラゴーストには何も言っていなかったことに気付いた俺は、若干不満を覚えつつもダイ達に話したのと同じことを言い。かわりにそいつも俺がここに来てから疑問に思ったことを幾つか話した。この島に住む魔物たちがダイの家族のようなモノであり、モンスターに育てられたことを知ったのもこの時だ。

 

『正義の為、か』

「どうした、おまえもあいつらの様なことを言うのか?」

 

 オレの言葉の一部を反芻したそいつはいやと首を横に振った。

 




一話で書ききれなかった。

と言う訳で、次回、番外7「牢にて2(ヒュンケル視点)」に続くメラ。


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番外7「牢にて2(ヒュンケル視点)」

先生助けて! コメディちゃんが息をしてないの!!

……って、前回のあとがきにぶっこみたくなった僕は悪くないと思うの。


『俺はそもそも人にどうこう言えるような資格なんてないから』

 

 天井を仰いで言葉を続けたメラゴーストに、オレは気づけば問うていた。

 

「資格がない?」

『ここまでも色々とやらかしちゃってるし、正義の味方でアバンの使徒って胸を張って言えるかって言うとちょっとね。そう言う事情なら、ヒュンケルの前で言うのもあれだけど、恩ある師匠の言葉にはそぐいたいと思うけど、なかなか』

 

 アバンを害そうと思っていたことも口にしたし、けなしもしたというのにそのメラゴーストが向けてくる目にオレへの非難の色はなく、ただ人魂の身体を揺らしながら答え。

 

『そんなハンパな俺だし、半人前の言葉なんて今は意味もないでしょ? それともここで、俺が後できっと後悔するから改心して魔王軍から抜けて仲間になってって言ったら首を縦に振る?』

「冗談も大概にしろッ!」

 

 おそらく本気ではあるまい、それでも聞き捨てならない言葉にオレが敵意のこもった視線で刺せば、だよねと言ってそのメラゴーストはくるりと背を向けた。

 

『敵討ちが行動の原動力だって言うなら、その一点については俺達も非難できるいわれはない。マァムとかダイは魔王軍と戦うのって師匠の敵討ちの一面もあるんじゃないかなって思ってるし』

「……待て、おまえは違うのか?」

 

 去り際に残した言葉の後半に自分を入れて居なかったことにオレは質問を投げたが、返ってきたのは困ったようなヤツの笑い声だけで。結局そいつがどういうやつなのかよくわからないまま、その日は終わり。

 

◇◆◇

 

「……何のつもりだ? わざわざまたその姿をとるとは」

 

 翌日クロコダインの姿でまた現れたあいつを睨むと、視線をそらした面会者は暫く沈黙してから口を開いた。どことなく気まずそうにオレだ、と。

 

「ま、まさか……クロコダイン?! ど……どういうことだっ?! 何故――」

 

 一瞬だけ目の前の獣王がオレを助けに来たのかとも考えたが、それならばすぐにでもオレを縛る縄を切るなり解いているだろう。

 

「おまえの説得を……頼まれてな」

「バカな! 気でもふれたか?!」

 

 そしてこちらの疑問を察したかの様に明かした内容にオレは思わず叫んでいた。説得などと言う言葉が出てくる時点で魔王軍からのものではあるまい。

 

「クロコダイン……くわせ者の多い六軍団長の中でも、おまえとバランだけは尊敬に値する男だと思っていたが……失望したぞ。……あんな子供の軍門に降ってしまうとはな……」

「……子供、か」

 

 オレの視線に貫かれながらも獣王は微かに笑い。

 

「何がおかしいッ!」

「伝わっていなかったか? オレを倒したのは、おまえの言う子供ではなく前にここを尋ねて来たメラゴーストの方だ。加えて、説得を頼んできたのも、あいつだ」

「なッ」

 

 オレは一瞬言葉を失った。先ほどの笑いはオレの考え違いに向けたモノだったのか。

 

「しかし……なぜそんなことを引き受けたのだ、おまえほどの男が……」

 

 信じられない思いが大きかった。

 

「ヤツらは我らが魔王軍の敵なのだぞ……」

「『我らが魔王軍』か……フフフッ」

 

 絞り出したオレの声にクロコダインは笑い。

 

「ここ数日のことは知らんが、オレにはおまえが魔王軍のために戦っているようには思えなかったぞ……おまえはまるで人間たちに対する恨みだけで戦っているように……見えた」

「ッ」

 

 怒声と共に何がおかしいのだと睨めば、返ってきた言葉はまるでこちらの心を見透かしたかのようでオレは固まり。

 

「オレもそうだ。人間どもを軽蔑していた……ひ弱なつまらん生き物だと思ってた……」

 

 だが、あいつらと戦ってわかったんだとクロコダインは言う。

 

「人間は強い……! そして優しい生き物だ! 共に力を合わせ喜びと悲しみを分かち合うことができるんだ」

 

 その言葉にオレが抱きあげた時愉快そうに笑った赤ん坊の声を思い出し。

 

「だっ……だまれ……! 人間? オレを倒したのもおまえを倒したのも人間ではなくメラゴーストだっただろうがッ!」

「……あいつも人間だったらしい」

 

 振り払うように叫べば、クロコダインの口から飛び出したのは、予想もしない言葉だった。

 

「なんだとッ?」

「あいつはメラ『ゴースト』だろう? 気が付くとあの身体だったらしいが人間だった頃の人格と記憶は残っていて、人ならざるモンスターの身体、人と混じって暮らしてゆくこともできないだろうと途方に暮れていたところで弟子の少年を一人連れたある人物に出会ったんだそうだ」

「まさか」

 

 弟子を連れたと言われた時点で浮かび上がったのは、あの男の顔、父の敵の男の。

 

「そうだ……勇者アバン。あのメラゴーストは師匠と呼んでいたな。そして、人の人格と記憶を残していることを話したのもそのアバンにだけだったそうだ。もう故人であるなら、これで知っているのはオレとお前の二人だけだな……」

「なぜそんなことをお前が知っているッ!?」

 

 衝撃を受けつつ問えば、説得を頼まれたときにあのメラゴーストが話したのだと言う。

 

「『中身がどうあれ外はモンスターという時点で自分はハンパもの』とも言っていたが、心と記憶は人間のモノ、ゆえにあいつ自身が認めて居なくてもあいつも人間、オレはそう思った。あいつは自身を卑下したが自身の身を顧みず仲間を救おうとし、自分の意思に反し操られかけ、戦場において戦うことさえ許されない状況に卑怯な手で追い込んだオレにさえ恨み言一つ言わぬ高潔な男だ」

「ッ」

 

 ハンパと言う言い方には確かに覚えがある。しかし、クロコダインがそれ程評価するヤツだったとは。

 

「ヒュンケル、人間はいいぞ……人間であるおまえに……その素晴らしさがわからぬはずがない……おまえは見て見ぬふりをしているのではないか……」

「黙れッ、黙らんかッ!」

 

 

 身体が自由であれば殴り飛ばしてでもその口を閉じさせていただろう。だが、今のオレにできることはクロコダインに背を向けることぐらいしかなく。

 

「ヒュンケル……」

 

 何か言いたげにオレの名を呼んだ獣王はそのまま牢を出ていった。

 




 と言う訳でクロコダインのターンでした。主人公がクロコダインに打ち明けたのは原作の人間讃歌的な部分が機能不全を起こしちゃまずいからと考えたからの模様。

 同じ負けた者同士なので敗者の弁と笑い飛ばすこともできず、分体の拾った赤ん坊との触れ合いも地味に効いてた模様。

次回、十三話「習得・電撃呪文」に続くデイン


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十三話「習得・電撃呪文」

「……ハァ、ハァ」

 

 本物ダインの説得がうまくいってることを祈りつつ連絡に戻ってきた俺が目にしたのは、雨に打たれながら息を荒くしつつ地面に立った杖を見つめるダイとポップだった。

 

(雷撃呪文の特訓中か)

 

 これは声をかけない方がよさそうだなと思いつつ、じゅっと言う音を聞き、空を仰ぐとポップの呼んだ雷雲から降る雨。

 

『ちょ』

 

 俺は慌てた。俺の身体はオレンジ色の人魂で、ある意味燃える火みたいなモンである。雨に打たれた火がどうなるかなんて説明するまでもない。とっさに雨宿りが出来る場所を探したが、左右を崖に挟まれた荒地にそんなモノはなく。

 

『っ、モシャス!』

 

 逃げ場のない俺が頼ったのは、変身呪文。

 

「で、クロコダインか……」

 

 さっきまで本物がヒュンケルをうまく説得してくれるように考えて居たからだろう。深く考えず思いついた姿に変身したらこれだった訳で。

 

「……とりあえず背を低くしておこう」

 

 ガタイがでかいから雷が落ちやすそうな気がして、俺は荒地に腰を下ろし、二人の特訓を眺める。

 

「お尻が濡れて冷たい」

 

 雨の中なら当然だし今の俺のお尻は泥だらけかもしれない。

 

(そう言えばモシャスがとけたらこれ、どうなるんだ? メラゴーストだから泥が乾いて剥がれるのか、それとも……)

 

 割としょーもないことを考えてる間もダイが掛け声を発し杖を指さす度に雷は落ち、かなりの数が杖へと命中している。

 

(習得まであと僅かっぽいな。移動呪文でこの大陸に来たのが早まってはいたけど、休憩入れて俺との模擬戦したりしてた分もあるからルーラ短縮分まるまる早くライデイン習得ってことにはならないだろうし)

 

 習得までにどれくらいかかるかをおおよそで算出し、俺が次に思考を傾けたのは、ヒュンケルたちの拠点である地底魔城と囚われているマァムについてだった。

 

(ヒュンケルはおらず、別の俺達がモシャスで成り済ましてる訳だけど、バレたりしてないよな? 複数俺が居るわけだし、マァムの身は安全だと思うけど)

 

 この状況を引き起こした俺に案じる資格なんてないかもしれない。

 

(けど、やっぱり気になる)

 

 マァムの置かれている状況もではあるが、一番気になるのはこの後他の俺達がどうするつもりなのかだ。

 

(マァムと交換でヒュンケルを戻すとして、そのヒュンケルが誰かが自分の身代わりをしていたことを知ったらどうなる?)

 

 ヒュンケルの認識でモシャスが使えるのは、俺ことダイ側のメラゴーストと俺から分裂したメラゴーストのみだ。

 

(俺かその分裂体が成り代わってたとしたら、攫われるのを目撃してマァムと交換だと言ってたメラゴーストが何故入れ替わりを黙認してたのかって話になってくるし)

 

 モシャスには効果時間がある。一人でなり切るのには無理があり。

 

(消去法であっちのメラゴーストがこっちと繋がってると気づくか、いつの間にか部下が俺の分裂体に置き換えられてると考えるか)

 

 思いつく限り状況に矛盾しないのはそのどちらかなのだ。

 

(そして、交換ってことはマァムもこっちがヒュンケルを捕まえてたってことに遅くても人質交換の段階で気づくわけで)

 

 別の俺達がそこをどう丸く収めるつもりなのかが、俺にはわからない。

 

(ダイ達との戦いの直前に戻して、誰かが自分に成り代わってたことに気付かせないまま決戦に持ってくとか?)

 

 例えば解放したヒュンケルがマァムを助けに来たダイ達と鉢合わせするようにしてリリースするといった感じで。

 

(それ、タイミングがものすごくシビアになると思うんだけど)

 

 果たして別の俺にそれが可能なのか。

 

(いや、これも俺の勝手な想像だし)

 

 確認するにはヒュンケルの配下になってる俺に接触する必要がある。

 

(モシャスであっちの俺に変身して地底魔城まで行って接触すれば不可能じゃないんだよな)

 

 ダイ達にはモシャスで敵のメラゴーストに化けて偵察してくるとでもいえば不審な点はない。

 

「ライデイーン!!!」

 

 思惑にふけっていた俺を我に返したのは、そのダイの声と空を走った稲光だった。

 

「ハァ、ハァ……」

「……よし。……百発百中だっ……!」

 

 ダイが微かに笑みを浮かべ、ポップが小さく頷いて、二人は糸が切れたように崩れ落ち。

 

「お……おい! しっかりしろふたりとも……!!」

 

 ダイ達に慌てて駆け寄ったことで俺はようやくもう一人ダイ達を見守っていた存在が居たことに気付き。

 

(この様子だと決戦は明日か)

 

 移動呪文で他の俺に報告すべく、俺は雨をしのげそうな場所を探して歩き出しながらモシャスの効果が切れるのを待つのだった。

 




雨の日は無能どころか生存の危機。

次回、十四話「潜入! 死の迷宮」に続くメラ。


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十四話「潜入! 死の迷宮」

「単独で動くぅ?!」

 

 ダイ達が二人がかりとは言えライデインの呪文を会得して疲労から倒れ、バダックと俺で隠れ家と思しき洞窟に運んだ日の夜のこと。一度デルムリン島に行って戻ってきた俺はダイとポップに単独行動する旨を伝えに来ていた。

 

『うん。ほら、俺ってモシャスの呪文で変身できるでしょ? 単独なら敵に変身して拠点に潜り込めるからさ』

 

 ぶっちゃけ見つかって戦闘になる危険を冒してダイ達が潜入するより、俺がモシャスを使って潜入した方が気づかれる危険は少ない。

 

(原作じゃ、俺という存在が居なかったからダイ達は自分たちで乗り込んで……って、ダイが仲間のことを他人任せにする筈もないか。ポップなら俺に任せようって言ったかもしれないけど)

 

 ともあれ、変身して紛れ込めるからというのは、俺が単独潜入する理由としても充分だと思う。

 

「……メラゴースト君の言うことはわかるよ。そっくりだったもん」

『じゃあ』

「待て、メラ公! 言ってることは相変わらずダイに翻訳して貰わねえとわからねえが……『問題ないならこのまま一人で潜り込む』とかそんなとこだろ?」

 

 いいよねと続けようとした言葉を遮ったのは、ベッドから上半身を起こし腕を組んだポップだった。

 

「確かにおまえのモシャスの呪文はすげぇ。こういう時にうってつけの呪文だとは思う。けどよ、もし姿を変えて忍び込んだのがバレちまって、それがもしあのヒュンケルに見つかっちまったらどうすんだ? ヒュンケルやクロコダインに化ければ呪文以外でも戦えるってのは、ダイとの模擬戦を見てたからわかる。……だが、場所が場所だ。気づかれたらヒュンケルだけじゃねぇ、そこのモンスターもあちこちから殺到してくるかもしれねえんだぞ?」

『っ、けどそれってポップ達も条件同じじゃん』

 

 指摘され一瞬言葉に詰まるが、お互い様であることに気づいた俺はすぐ反論し。

 

「うぐっ」

 

 あっと声をあげたダイの通訳を介して俺の指摘を聞いたポップは苦い顔をした。

 

『大丈夫、若干複雑だけどあっちにもメラゴーストはいるから、メラゴーストに化けるのは簡単……うん、なんていうか言葉としておかしい気もするけど、ともかく、無謀なことはするつもりはないしさ。それよりも……ダイ達って俺がするなら、先行偵察と別動班のどっちがいい?』

「え?」

『だから、紛れ込みやすいのを利用して先に拠点の中を下見してきてダイ達に伝えるか、見つかったとしても相手の注意が分散するように二手に分かれて潜入するかって話。他にも俺がダイに化けて拠点のモンスターを引っ張り出してからルーラで逃げる囮ってのも可能ではあるけど』

 

 俺は言いたいことを言ってから、ダイが俺の言葉をポップに伝えるのを待つ。デルムリン島に戻った時に俺がどういう行動をするかは島に残った俺に伝えてある。

 

(クロコダインのことは気にする必要はない、だっけ)

 

 一つだけ教えてもらったのは、原作でもあったフレイザードの乱入をダシに「分裂して偵察してた俺が別の魔王軍軍団長が戦いに横やりを入れようとこの大陸に占有しようとしているのを掴んだ。そちらを抑えるのに協力して欲しい」と連れ出し、戦いの場から遠ざけるというモノ。

 

(決着がついた後にダイ達と合流すればフレイザードが現れたことは聞けるだろうから、嘘にはならないもんなぁ)

 

 元は同じ俺だというのに、どうしてこうも頭が回るんだと落ち込んだが、俺のポカを埋めてくれているのに俺がどうこう言えるはずもない。

 

『どう? 決まった?』

 

 だから、俺は少し待ってからダイ達に尋ね。

 

「……ああ。マァムの安全を考えると、メラ公、おまえの手を借りざるをえねえ」

 

 どことなく悔しそうに頷いたポップが俺に頼んできたのは、先行潜入からのマァムの救助。

 

「俺とダイで囮をやる。……けど、マァムが人質に取られたままじゃ引き付けた魔物たちと戦えるかすらわかんねえからな……。マァムが無事なら、おれもダイも戦えるし、拙いと思った時だって逃げられる」

『なるほど』

 

 わかったよと頷きつつ俺は心の中で遠い目をする。原作のマァムは潜入したダイ達が見つかりそのことを魔物たちが話してるのを聞いて牢を脱獄したはずだ。

 

(潜入が気づかれなかったら、マァムも脱獄しようとしないよなぁ。そして、俺が代わりに助け出しに行く、と)

 

 どう考えても原作よりめんどくさいことにしかならない気がする。

 

(あっちの俺、ここまで想定してるんだよな?)

 

 不安は覚えつつも賽は投げられていて。

 

◇◆◇

 

『じゃあ、後は宜しく』

 

 翌日、デルムリン島を経由して戻ってきた俺はダイ達とともに地底魔城の入り口に居て、後方に居るダイとポップそれに老兵士の三人へ軽く手を振ってかららせんに続く階段を降り始めた。

 

(はぁ、前情報として内部構造知っておきたかったんだけどな)

 

 お前はやらかすからダメと言われ、今日の潜入は中で落ち合う予定の別の俺が手引きしてくれることになっている。

 

(内部のメラゴーストはみんな別の俺、か)

 

 そして、俺がデルムリン島を立つより早く、本物ンケルはルーラで運ばれて行った。

 

(人質交換もどうなったのかな? おそらく手引きしてくれる俺が教えてくれるだろうけれど)

 

 別の俺と合流を果たさないことには、どうにもならない。

 

『モシャス』

 

 俺は呪文でアバンのしるしはないが一度合体したことでスペック上は自分と変わらない別の俺に変身すると、らせん階段の底、岩壁に空いた通路の入り口へと入ってゆくのだった。

 

 





次回、番外8「地底魔城にて(???視点)」に続くメラ


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番外8「地底魔城にて(???視点)」

『しかし、これで本当に良かったんだか』

 

 賽は投げられた、それはわかっている。デルムリン島に居る俺に、ハドラーによる視察は怪しまれることなくやり過ごしたことを伝えたのが昨日のこと。

 

(原作通り視察についてきたザボエラが残ってちょろちょろしてたけど、オリジナルがヒュンケル団長に明かした「アバンのしるしがないと魔王の意志の影響を受けてしまう」って弱点が何故伝わってなかったかを追及したら追っ払えたし)

 

 ダイ達の方もライデインの呪文を二人がかりではあるが完成させたという報告も受けている。

 

『ここまで来たなら、突っ走るしかないだろ』

『団長が帰ってきたら、それほど間を置かず決戦だ』

 

 ここから先は迷ってる時間なんてないぞと別の俺が言う。

 

『例の赤ん坊は?』

『一人俺をつけて団長との再会待ちってとこだ。危なくなったらつけてるやつが避難させることになってる』

『しかし、マァムに赤ん坊の世話を任せるというのはナイスアイデアだったよな。アレでマァムの方は団長が不在だってことには気づかなかったはずだ』

 

 一人別の俺の機転というか思い付きからの案を絶賛するメラゴーストが居たが、それの代償にマァムによる団長への説得は結局出来ずじまいだ。

 

(そもそも団長も攫われてた時点で、不可能に近かったんだけど)

 

 人質交換の場で会話させるという意見も出てはいたのだが、そうするとこの地底魔城で決戦中に説得してもらうことが厳しくなるということでそちらは没になったのだ。

 

(マァムはオリジナルの手引きで脱獄させるんだっけ。あいつ、ちゃんとやれるかな)

 

 やはり一番の不安要素はオリジナルだが、そこはもう信じるしかないだろう。

 

(しかし、よりによってなぜ俺がオリジナルのサポート何ですかね)

 

 信じるしかないのに、自分の役割を鑑みると視線が遠くなるのを禁じえず。

 

『で、解放された団長は「おまえ一度捕まってんだからおとなしく本拠地の最奥でドンと構えてろ。どうせダイ達は決着つけにここに来るんだから。地底魔城のことは俺達が采配しとく、ダイ達きたらちゃんと伝えっから。あ、ついでに赤ん坊の世話頼むな」って隔離するんだったか』

 

 無論こんな直球で無礼な物言いではないが、言わんとするところは変わらない内容を伝え、当人に気づかれないように細心の注意を払って隔離する。

 

『ヒュンケル団長が負けて、不死騎団が滅びれば真相は闇の中、か』

 

 俺達不死騎団所属のメラゴーストもオリジナルに吸収され、姿を消すことになるだろう。

 

『団長もアバンが父親の仇でないと知れば、魔王軍に居る理由はなくなるしな』

 

 団長の父親の仇はアバンではなく、ハドラー。原作知識があるからこそ俺達は知っているが、団長はそれを知らず、アバンと人間を憎み続けている。

 

(……その一方で俺達には甘いというか気やすいところもあるよな)

 

 育ての父が俺達と同じ不死族だからということもあるのだろうが。

 

(俺達が父親をリスペクトしたから?)

 

 実際はパプニカ国内の侵攻の犠牲者を減らすためのダシにしただけだが、そんなことは明かす必要もない。

 

『さてと、そろそろ総員配置につくぞ。出入り口に向かうのは、団長の出迎えが最初で、次がオリジナルのサポート。城内のモンスターを指揮する者は団長やオリジナルが他の魔物と接触するのを避ける様に部隊を動かせ。打ち合わせで決めたルートには魔物に足を踏み入れさせるなよ』

 

 俺達を見回したBの識別名を冠した最古参のメラゴーストの声に俺達は一斉に応じ、役割ごとに分かれて散らばってゆく。

 

(俺は団長とそれを連れてゆく仲間をやり過ごして、その後だな)

 

 オリジナルはやらかさないと声には出さず呪文のように唱えながら進むこと暫し。

 

(しかし、本当にここって迷路だよな)

 

 防衛上のしかけなのかもしれないが、同じような見た目の通路が折れ曲がって続き。ここに来たばかりのころは道を覚えるのにも苦労したものだ。

 

(だからこそのサポート何だけどな)

 

 道案内が居なければ、初見ではまず迷う。

 

『ヒュンケルさま、ご無事で』

『さ、奥へ』

 

 他のモンスターは理由を作って遠ざけている入り口の方から別の俺の声が聞こえたのは一時待機場所と決めたところへたどり着いたとき。

 

(団長が戻ってきたか。なら、もうすぐだ)

 

 思い返せば、たった数日の筈なのに長かった。いつばれるか気が気ではない団長不在をごまかす成り代わり。つじつまを合わせるための秘密会議とマァムの逃走経路や団長の移送経路、オリジナルの侵入経路などの確認。

 

(全てはこの時の為)

 

 成功してくれよと祈りつつ、俺はオリジナルを待つのだった。

 




次回、十五話「潜入と脱出」に続くメラ。


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十五話「潜入と脱出」

 

『たぶんこっちでよかったよな?』

 

 なんて声は出さない。ただ手引きしてくれる俺がいる理由の一つに視界内に広がる光景からただただ納得していた。

 

(左右が同じような壁の通路とか、これは迷うわ。侵入者を迷わすって意味合いだと防衛上正しいんだろうけど、こんなところに住むのは勘弁だなぁ)

 

 幼少のころからここで育ったであろうヒュンケルはそうは思わないのかもしれないが。

 

(とにかく、ここの俺と落ち合わないと。単独じゃ絶対迷う。まぁ、原作だとマァムって壁をぶっ壊してダイナミック脱獄してた気がするから、呪文ぶちかませばこの壁はぶち抜けるのかもしれないけど)

 

 多用すれば天井が崩落するだろうし、一度でも音で周りに気取られるだろう。

 

(うん?)

 

 そんなことを考えつつ進んでいた俺が止まったのは、進行方向先から声が聞こえたから。

 

『この先は俺に任せておけ。例の小僧どもを誘い込むにも足音のしない俺達が見張りをしていた方がいい。向こうに燭台があって俺の明るさも紛れるからな』

「確かにそうだな。では任せる」

『ああ』

 

 会話の内容からすると、足のある魔物を別の俺がその場から遠ざけたようだが。

 

(そっか、不死騎団の中にも別の俺以外に話したりできる魔物はいるのか)

 

 前に別の俺が率いていた骸骨の剣士はそんな様子はなかったから、おそらくは上位種とかなのだろう。今の俺は不死騎団のメラゴーストにモシャスで変身しているから、見つかったとしてもすぐに侵入者とバレることはないだろうが、以前からここに居るのに道を知らないとなれば話は別だ。俺は骨がこすれる乾いた音を伴う足音が遠ざかるのを待ってから、先の声の場所へと向かい。

 

『待たせたか』

『ううん、今来たところ』

 

 あらかじめ決めておいた合言葉で、互いが互いを確認する。

 

「案内する、ついてこい」

 

 そんな内容すら、ハンドサインというか腕を曲げた角度で示し、会話は最小限。誰かに聞かれる可能性のある場所で上方のやり取りは出来ないということなんだろう。実際、目の前の別の俺は先ほどまで他の不死騎団のモンスターと会話をしていた訳だし。

 

『着いたぞ』

 

 前を行くメラゴーストがようやく口を開いたのは、奥まった小部屋についてから。

 

『ここは?』

『トイレだ』

 

 尋ねた俺は返ってきた答えに言葉を失った。

 

『仕方ないだろ! うちは不死騎団、団長以外不死族だからぶっちゃけここが一番人気がないんだ』

『あー』

 

 言われてみればなるほどと頷かざるを得ない。旧魔王軍は色々な種族が居たが故にこういう設備も必要だったのだろう。

 

『一応聞いておくけど、その団長が用を足しに来ることは?』

『絶対にないとは言い切れないが、その場合先回りした別の俺が知らせに来る』

『なるほど。それで、俺はどう動けばいい?』

 

 納得したところで、俺が聞くべきはここからの方針だ。

 

『Aに任せたいのは、ダイ達の誘い込みだ』

『誘い込み?』

『団長との決戦の場までダイとポップを誘導したいからな。二人には戻ったお前から「マァムは見つけたが一人では解放するのが難しい。自分が案内するから手を貸してほしい」と要請して二人を城の中に誘い込め。適当なところで他の俺がダイ達を「偶然にも発見する」から、それを上からの指示という形で団長との決戦の場まで追い込む』

 

 なるほどと、俺は唸った。うまくいけばだが、それならほぼ原作の通りの形に修正できるだろう。

 

『それじゃ、マァムは?』

『そっちは独力で脱獄してもらう。最も不測の事態は俺達が陰でサポートするが』

『じゃあ、俺がすべきことって』

『引き返してここを脱出、ダイ達と合流して再突入することだな』

 

 何といえばいいか、確かにそれならやらかす可能性は低いだろう、ただ。

 

『どうした?』

『いや、なんでも……それじゃ、いってくる』

 

 モヤっとした気持ちを抱えつつ俺は何とか迷わないように道を引き返すと、地底魔城からの脱出を果たし。

 

『……ダイ?』

 

 らせん階段を上り終えて周囲を見回しつつダイ達の姿を探して。

 

「っと、メラ公か? えらく早いな……マァムは?」

『それが』

「メラゴースト君?」

 

 姿を現したポップに俺が表向きの事情を話そうとしたところでダイも姿を見せ。

 

『ええと、もう一人のおじいさんは?』

「バダックさんだったら、おれたちが囮をやるつもりで危険だったし、『やってほしいことがある』ってポップが言ってここから離れて貰ってるよ」

『そうなんだ』

 

 一人姿を見せない老兵士に抱いた疑問をダイが解決してくれたところで、俺は嘘の報告をする。

 

「そっか、捕まってる場所はわかったんだ」

『うん。ただ、見張りとかいたし、呪文で倒すと音で他の魔物に気づかれちゃいそうだったから』

「あぁ、それでおれを呼びに来たんだ」

『そう』

 

 引き返した訳にダイは納得してくれ、頷く俺の前で同じことをポップにも話し。

 

『そういう訳だから、中では俺が少し離れて先行するよ。 一緒に居るところを見られるとモシャスで化けてる意味がないし、俺一人なら見つかってもごまかしようはあるから』

 

 内部も一度見てきてるし、と続ければ二人も納得した様子で。こうして俺は再び足を踏み入れることになるのだった、地底魔城へと。

 




次回、十六話「見つかっちゃった」に続くメラ。


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十六話「見つかっちゃった」

『……よし』

 

 念のため脇道も覗き込んでモンスターの姿がないことを確認してから、俺は振り返って横にふよふよ揺れた。手招きでは見つかった時流石に言い逃れのしようがないからこその、問題なしという即席の合図だった。

 

「……なんかすごいところだね」

「な、なんせ昔ハドラーの魔城だったって話だしな……」

 

 振り返るダイと恐る恐るといった態で進むポップ、二人の会話が微かに聞こえ。

 

(ん?)

 

 視線を前方に戻せばメラゴーストの姿が微かに見えて、俺は慌てて軽く縦に揺れる。俺の前に別の俺が姿を現す理由なんて限られている。自身では行動を制御できないモンスターの接近を伝えるものだ。

 

「っ、ダイ!」

「うん」

 

 俺の合図は見えたらしく、俺も脇の通路に退くと近づいてきた足音が今まで俺の居た場所を通り抜けてゆく。

 

(誘導が始まった、かな)

 

 俺とダイ達がニアミスしかねない様なルートにメラゴースト以外の魔物を寄越したのだ。おそらくはそういうことで。

 

(このままある程度中まで引き込んだところで、ダイ達が発見される、と)

 

 前方には手引き役の俺がいるのだから、ダイ達を見つけるのは後方に回り込んだモンスターだ。

 

(さてと、さっきの奴らは行った、か)

 

 脇の通路から顔を出しもう足音の主の姿が見えないことを確認してから俺は元居た通路に戻り。

 

(ダイ達も大丈夫だったみたいだな)

 

 周囲を見回しつつ出てきたダイの姿を確認出来た俺はそのまま正面の道を進んでゆく。先ほど引っ込んだ左手の脇道の先が牢屋に行くには正解ルートなのだが、その先はザワザワと騒がしくなっていた。

 

(ダイ達を追い立てるべく回り込もうとしてるモンスターが動いてるのか、それとも別の俺達が情報交換しているのか)

 

 どちらだったとしても、そちらには連れてゆけず。

 

「……ポップ、メラゴースト君あちこちグルグル回ってない?」

「……そんな気もするけどしかたねえさ。さっきから何度かモンスターとすれ違ってんだろ? ……あいつは見つかってもごまかしが効くけどよ、おれたちが見つかったら一発で忍び込んでることがバレちまう」

 

 信用してついてきてくれてる感が声からするとひたすら申し訳なくなるが、正解ルートに案内するわけにもいかず。

 

(あ)

 

 前方に再びメラゴーストの見えた俺は軽く縦に揺れてから脇道に隠れ。

 

「まただ! ダイ、隠れ」

 

 おそらく近くの脇道にでも引っ込もうとしたポップの言葉が不自然に途切れた。

 

「ホガ~ッ!!!」

「ミ……ミイラだっ!!!」

 

 刹那の沈黙を破ってポップの悲鳴とダイの声が上がり。

 

「ああそこは原作通りなのね」

 

 と、謎の感想を声に出さず呟く俺を逃げろ作戦変更だというポップの声が我に返らせる。

 

(……ポップ)

 

 作戦変更の部分は俺に向けたものなのだろう。見つかってないお前だけでもマァムの元に向かえと言う。ただ、その声が聞こえたのか、脇道に引っ込んだ俺が先ほどまでいた場所を人骨の剣士の集団が駆け抜けてゆき。

 

「ウゲッ!?」

 

 ポップも知覚したのだろう、ちょうど今通り過ぎたモンスター達を。

 

(これでダイ達はヒュンケルの元に追い詰められる筈)

 

 俺はマァムの元に向かうふりをしつつ不死騎団のメラゴーストと合流して指示を仰ぐ。

 

(予期せぬ不測の事態が起こるとしたら、逃走中のマァムと鉢合わせすることぐらいか)

 

 今の俺はモシャスで変身していて、首から下げているアバンのしるしが見えない。鉢合わせになったら、マァムは不死騎団のメラゴーストだと思うだろう。

 

(攻撃される可能性もゼロじゃないけど、可能性は低いだろうな)

 

 マァムの武装というと、ヒュンケルを殴ろうとした十字の杖と呪文を撃ち出す銃。メラゴースト相手に物理攻撃は分裂で数を増やす危険性があるし、銃を用いた呪文はぶっ放せば音で周りの魔物を呼び寄せるかもしれない上撃ち出す呪文は有限だ。

 

(一度撃つと弾丸に込められた呪文は失われて、また呪文を込めないと撃てない仕様だった筈)

 

 ポップか故郷の村の長か、呪文を込めたのがどちらかはわからないがヒュンケルとの戦いで攻撃呪文は一発使ってしまっているというのに捕虜になったが故に再度呪文を込めてもらうような機会はなかったと思う。

 

(加えてメラゴーストって俺みたいな特例を除けば、メラの呪文一発撃ったら魔法力が尽きてただの雑魚になり果てるもんな)

 

 ただのメラゴーストなら弾丸節約の為にスルーしたとしても不思議はなく。

 

『漸く来たか』

『お待たせ、待った?』

 

 問題ないと判断して進んだ先で出くわしたメラゴーストに俺は合言葉を返す。

 

『信じられないことだが、どうやら何もやらかさずにここまで来たようだな』

『あー、えっと、うん』

 

 信じられないってなんだよと叫びたかったが、これまでの行いを振り返るとそういう訳にもいかず、あいまいな返事を返し。

 

『それでこの後の俺はどうすればいい?』

『何も』

『え゛』

 

 予想外の答えに俺は硬直する。

 

『「お前はよくやってくれたよA、もはや用済みだ」ってのにも心惹かれるんだが、本当にやってもらうことはない。しいて言うなら、決着がついた頃に登場して、入れ違いになったマァムを探したり追いかけてましたとダイ達に明かすぐらい?』

『ちょ』

 

 なんだそれ、という言葉が喉まで出かかったが、そのメラゴーストこと別の俺の話は続いた。

 

『普段やらかしてるお前なら、「まぁありうる」って納得してもらえるだろう? ちなみにその時は俺達も念のために同行して待機不測の事態とかに備えてスタンバイしておく』

『ちくしょう、反論できない』

 

 思わず項垂れる俺の前でくるりと背を向けた別の俺は行くぞとだけ言って進み始めたのだった。

 




何とか辻褄は合わせられたのか?

次回、番外9「決着の瞬間(ダイ視点)」に続くメラ。


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番外9「決着の瞬間(ダイ視点)」

「うわああっ!!」

 

 おれたちは、地底魔城の中をただひたすら逃げ回っていた。

 

「ハァ、ハァ……くそっ! ……あっちからこっちから、多すぎだっての!」

 

 呼吸を荒くしつつポップが壁に手をつく。無理もない、追いかけまわされて走りまわされてる上、その途中で何度か階段を駆け上がったり駆け下りたりもしてるんだ。

 

「こんなモンスターがウヨウヨしるとこ、メラ公は良く行って戻ってこれてたな」

「それは、おれたちが見つかったからじゃ」

 

 メラゴースト君があっちのメラゴーストに変身してることもあるとは思う。こっちは遠目で見つかっても忍び込んでることがわかっちゃうわけだし。

 

「ポップ、メラゴースト君のこと気になるの?」

「そりゃな。先生から頼まれてるし、あいつの向かう先にはマァムだって居るんだ。こっちがモンスターを引き受けてるんだから無事にマァムを、って?!」

 

 俺のかけた声にこたえていたポップの顔が途中で引きつる。

 

「ダイ、逃げるぞ」

 

 そう言われた時には、おれはもう駆け出していた。後方から複数の足音が駆け寄ってくるのがわかる。

 

「……あいつら、休む暇もくれやしねえ」

「どこかに隠れるところがあればいいんだけど……」

 

 キョロキョロ見回してもやり過ごせそうな場所はなく。

 

「ウッ!!」

 

 それどころか、ポップの声に前を見るとそっちからこっちに走ってくる不死騎団のモンスター達。振り返ってもモンスターが走ってくる光景は変わらず、挟み撃ちにされたおれたちだったが。

 

「……こっちだ!!」

 

 振り返ったおれの瞳に映ったのは片側の壁の切れ目、見落としていた上へ登る階段を指でさすポップの姿。そのまま階段を登り始めたポップの後を追っておれも階段を駆け上り。

 

(光……外だ)

 

 登り切った先から洩れる明るさは、地下の燭台のものとは全然違う。おれたちは登り切った勢いで一気に飛び出し。

 

「な……なんだ!? ここはッ‥‥!?」

 

 おれはぽかんと口を開けて周囲を見回した。丸く開けた場所を壁が囲い、壁の向こうには何本かの階段と階段の間にある段差。

 

「……ここは地底魔城の闘技場だ……」

 

 本来答えなんて期待していなかった疑問に答えが返ってきて、おれはハッと振り返りさっきでてきた出口を閉じた扉が遮ってるのを見た。

 

「や……やべえ、はめられたっ!!」

 

 いや、それだけじゃない。

 

「かつて魔王ハドラーが捕えた人間と魔物を戦わせて……その死闘に酔いしれたという血塗られた場所よ」

 

 あのヒュンケルが、ガシャガシャと金属鎧を鳴らしながら塀の向こうの階段を降りてくるのも見えていた。

 

「貴様らにふさわしい場所だと部下が言うのでな……」

「あわわっ、い……いきなり武装して出てきやがったっ……!!」

 

 ただ、ポップの慌てた声をききながら、おれは心の中であれっと思う。

 

(メラゴースト君ともヒュンケルは戦っていた筈)

 

 いくらおれたちが囮になってたからって、メラゴースト君のことを忘れてるとは思えないのに。

 

「あのメラゴーストのことか?」

 

 おれからの反応がないことで、考えを見透かされたのだろう。

 

「オレとオレの部下を見くびるな! ……ヤツがモシャスを使うところは見ている、なら部下に化けて潜入してくることは想定内だ。今頃は化けてることに気づかれ、泳がされているとも知らずまだ城の中を彷徨っているだろうよ」

「あの、メラ公……バレてんじゃねえか……」

 

 ギクッとした俺の前で言ってのけたヒュンケルの言葉に、ポップがあっちゃあと片手で顔を覆い。

 

「まずは貴様らから始末してくれる! あのメラゴーストはその後だ!」

 

 ヒュンケルが動き出したことで、おれは少しだけほっとする。ヒュンケルの言葉の通りなら、おれたちがヒュンケルに勝てばいいのだから。

 

(空は見えてる。あとは――)

 

 ヒュンケルを倒してメラゴーストくんとマァムのところに行くだけだ。

 

「ポップ! こうなったら、やるしかない!! 電撃呪文で勝負だ……!!」

「よ……よし!」

 

 おれたちはそう小声でやり取りし、ポップのヒュンケルが剣をふりかざした瞬間を狙おうという言葉に頷きを返す。

 

「もはや実力差は明白! あとにもう一戦も控えていることだ、我が剣を振るうまでもない! 一気に叩き潰してやるわッ!!」

 

 そういったが早いか、ヒュンケルは雄たけびとともに飛び上がり。

 

「っ」

 

 そのまま放ってきた飛び蹴りをおれたちは躱すが、ヒュンケルはすぐに次の行動に出た。

 

「ふんッ」

 

 ヒュンケルが首を振ることで兜に装着された剣の刃の部分が鞭のようにしなって襲ってきたんだ。

 

(こっ、こんなのメラゴースト君との模擬戦にも……)

 

 たぶん、メラゴースト君との戦いでも使ってこなかったんだろう、けど。

 

「ハァ、ハァ……ち……ちくしょう……ナメやがって……剣を使いやがらねえ!!」

 

 息を切らしつつポップが言う様に、本気で攻撃してきてるとは思えない。

 

(前はもっと早く、鋭かった気もするし)

 

 あの首振り攻撃だけのヒュンケルならメラゴースト君が化けたヒュンケルの方がよっぽど手ごわかった、だから。

 

「おれが何とかヤツを引き付ける! その間に……雨雲を……!」

「だ……大丈夫かよ?」

 

 ポップは心配そうだけど、アレなら大丈夫。

 

「どうした? 観念したのか!?」

「うおおおおーーッ!!!」

 

 にじり寄ってくるヒュンケルを前に俺は腰の剣に手を伸ばすと、引き抜いて叫びながら走り出す。

 

「ムッ!?」

 

 流石にヒュンケルは身構えようとするが、おれの剣の方が早い。翳した左腕をすり抜ける様にしてその身体へ迫り。

 

「なッ」

 

 驚きつつも体を傾けたことでおれの剣はマントの布地を切り裂くにとどまった。

 

「おのれッ!!」

 

 あっさり防御を抜けられたからだろうか、ヒュンケルは苛立ったみたいだけど。やっぱり動きは遅く感じる。

 

(鎧を着込んでるからってことはないよなぁ)

 

 前におれたちが負けた時もヒュンケルは鎧を着ていたのだから。もっとも、今は考え事なんてしてる場合じゃない。

 

「いいや、いくぞっ!」

 

 相手を押せているなら、都合がいい。押し込めばヒュンケルだって剣を使うはずで。

 

「でぇいっ!」

「ぐっ」

「だあっ!」

 

 振り下ろすおれの剣を鎧に包まれた右腕で防ぐヒュンケルへ俺は振り下ろした剣を斬り上げることで追撃し。鎧には傷がつかないものの、二度目の剣が躱せなかったヒュンケルのマントを大きく切り裂いた。

 

「っ、いいだろう……そんなにむごたらしい死が望みなら……我が地獄の剣で息の根を止めてやる……!!!」

 

 来るべくして来た、そう思い。おれはポップに目で合図を送り。

 

「……天空に散らばるあまたの精霊たちよ」

 

 微かに聞こえるポップの詠唱に耳を傾けつつ、視線はヒュンケルから外さずにおれは待つ。

 

「くたばるがいい!」

「ポップ!! いまだぁぁーッ!!!」

 

 ラナリオンとポップが叫び、雨雲からゴロゴロと雷が鳴る。

 

「なっ……!!」

「くらえっっ!!」

 

 驚きヒュンケルの動きが止まった瞬間におれは剣を放って人差し指で天を示す。

 

「電撃呪文!!」

「ぐああああーーッ!!」

 

 振り下ろした腕の動きに合わせて雷が落ち、ヒュンケルの絶叫が響いた。

 




ちなみにダイはメラゴースト君の居ないことに気づかれないようマァムについての言及を避けてました。
不死騎団のメラゴーストたちはこうなることも計算の上で、やばくなったら割り込んででも軌道修正するつもりだった模様。

次回、十七話「ダイ、魔剣に死す……!!?」に続くメラ。


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十七話「ダイ、魔剣に死す……!!?」

『さて、ここからはマァムがダイ達と合流できたかを確認するためにも、マァムの逃走経路をたどる訳だが』

 

 行き止まりに出くわしたマァムと鉢合わせるとまずいからなと続けた不死騎団所属の俺は、マァムが呪文を撃ちだす銃で開けたであろう穴から牢の隣の部屋に進むと通気口に潜り込み、呪文を唱える。

 

『モシャス』

 

 ポンッと煙が出て、晴れたところに居たのは一匹のネズミ。

 

『なるほど、ネズミなら居ても不自然じゃないし、ぱっと見で見つけづらいな』

 

 ネズミになったこの不死騎団の俺が先に行って、マァムと鉢合わせしそうになったりした場合は引き返してきて教えてくれるのだろう。

 

『けど、それなら俺もネズミに変身すれば……って、手本が居ないか』

 

 しいて言うなら、モシャスでネズミになったメラゴーストが視界の中に居はするが、変身した者に変身するのは試したこともなく。そも、そんな暇もない。

 

「チュチュッ」

 

 行くぞとでも言ったつもりなのか、鳴き声を上げてからネズミは通気口を進み始め。

 

『っと』

 

 俺は慌てて通気口に潜り込み、ある程度の距離は保ちつつネズミの後に続く。

 

『これは、ロープか』

 

 少し進んだところで落ちていたソレはマァムを縛っていたものだろう。ここを通ったのは間違いないらしい。そのまま俺達は更に進んで。

 

「チュ」

『前方に明かり……』

 

 隠し部屋かなとつぶやいたのは、原作に通気口から続く隠し部屋があったからだ。

 

『そっか、先に行ってマァムが引き返してくるかを確認してくれる、と』

「チュ」

 

 少なくとも、マァムが通気口を進んだのは間違いがなく、まだ鉢合わせになる可能性は否めない。俺はネズミになった俺に偵察を任せて暫くその場で待機し。

 

(そろそろいいかな?)

 

 待っても引き返してこなかったことで先に進むと、たどり着いたのはやはり隠し部屋だった。壁の燭台には蝋燭に火がともり、部屋の隅に一つぽつんと置かれた宝箱は大きく口を開けていた。マァムが中身を持ち出して行ったのだと思う。

 

『それじゃ、ここからは再びマァムを……って、この蝋燭誰が火をつけたんだ!?』

 

 さらっと流しかけて慌てて燭台を二度見する。

 

『ここ、隠し部屋だよな? 地底魔城のモンスターの中にここのことを知ってて蝋燭を補充してる魔物が居る?』

 

 もしくは消耗せず半永久的に周囲を照らす魔法の燭台的なサムシングだったりするんだろうか。

 

「チュ」

『あ、ごめん』

 

 俺が隠し部屋でとどまっていたからか、さっさと来いとでもいう様に別の通気口からネズミの鳴き声がし、俺は謝りつつ隠し部屋を後にする。

 

(そうだった、今すべきはマァムの行方と戦いの決着を見届けること)

 

 些細な事を気にしてる場合じゃないのだ。俺はただネズミが前方から戻ってきたりしないかだけに気を配りつつ通気口を進み。

 

(ん?)

 

 しばらく進んで、じっと立ち止まっているネズミを前方に見つける。

 

(マァムが戻ってきてるなら、引き返してる筈。ってことは、これ以上進むと見つかる可能性があるか、前のマァムが何らかの理由で立ち止まってるのか)

 

 そこまで考えてから耳を澄ませば、どこかから雷鳴が聞こえ。

 

(出口もそんなに離れてなさそうで、あの雷鳴はダイの雷撃呪文かな)

 

 俺は先に進むタイミングを図るためちらりとネズミを見て。

 

「ピイッ!? ピイイッ!!」

 

 ネズミが何か行動を示すより早く、前方で聞き覚えのある鳴き声がした。

 

(今のはゴメちゃんの――)

 

 どことなく悲痛な声だったような気がして、俺はネズミに視線を戻すと、頷いたネズミが走り出し。

 

「ダイ~ッ!!!」

 

 進むにつれて聞こえてきたのは、ポップの叫び。出口から顔を出すと、倒れてるダイの姿とヒュンケルの方へと走ってゆくマァムの背が見え。

 

(原作通りに一撃を貰った? けど、俺との模擬戦もあるし、そう簡単にあの大技を受けるような気は……あ)

 

 しないんだけどとまで言いかけて、ふと思い至る。

 

『そういえば、何とか傀儡掌って技――』

 

 ヒュンケルは暗黒闘気で相手の動きを縛る技が使えたのだが、よくよく考えると俺はダイとの模擬戦で剣技しか使わなかった。だから、動きを止める技への対処法を用意できなかったんだろう。

 

「ムダだ、ブラッディ―スクライドは一撃必殺。もう助からん……」

「う……うるせぇッ……!」

 

 ダイの名を呼んでいたポップがヒュンケルの言葉に喚き、ヒュンケルは剣を振り上げながらポップに向き直る。

 

「……あの世で会うんだな……!」

 

 ポップにとどめを刺すつもりなのは明白で。

 

「待って! ヒュンケル!!!」

 

 これ以上出て他の面々に見つかるわけにもいかない俺の視界の中で、マァムがこれを制止する。

 

「お……おまえ――」

「ピイ~ッ!!」

 

 ヒュンケルからすれば自身の身柄と引き換えに解放されたはずの相手の乱入。だが、マァムはヒュンケルには見向きもせず脇を抜け、ダイの元へ一目散に飛んで行った金色の有翼スライムに続きダイへと駆け寄るのだった。

 

 




次回、十八話「見守る中で」に続くメラ。


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十八話「見守る中で」

「ヒュ……ヒュンケル、あなた……なんてことを……!!」

 

 ゴメちゃんにぶつかられても無反応なダイを見ていたマァムが振り返って叫ぶ、あなたは自分の後輩を、仲間を斬ったのよと。

 

「なにが後輩だ! こいつはオレの敵の弟子だ!!」

 

 だがヒュンケルはこれを鼻で笑い。

 

「ちがうわ!! アバン先生はあなたのお父さんの敵なんかじゃない……!!」

「なんだと!?」

 

 驚きの声をあげつつもでたらめを言うなと自身の言葉を跳ねのけようとするヒュンケルにマァムは手にしていた小箱を見せるとカパッと開く。

 

(あの隠し部屋にあった宝箱の中身、更に箱だったのか)

 

 こういう時、原作の記憶のあいまいさを思い知らされるわけだが、俺が秘かに成り行きを見守る間にも話は続く。

 

「こっ……これは……!?」

 

 小箱の中身を見せられたヒュンケルは一瞬唸ってから目を見張った、んだと思う。

 

「……魂の貝殻……! 死にゆく者の魂の声を封じ込めるという……」

「あなたのお父さん……地獄の騎士バルトスの遺言状よ……!」

「と……父さんの……!!?」

 

 隠れても居ないといけないこともあり、他の人物までの距離がある不便さを痛感する俺の視界で、貝殻を差し出されたヒュンケルが鎧の兜を脱ぎ捨て貝殻を耳に当てた。

 

(とりあえず、アレで誤解は解ける筈)

 

 父と慕う当人が残した真実とメッセージだ。確か、アバンと戦った地獄の騎士バルトスが破れるもヒュンケルの作った首飾りを目にとめたアバンに見逃され、感服したバルトスがヒュンケルのことを話して、アバンに託して先へ通し。

 

(倒された魔王ハドラーが大魔王の力で復活、アバンを通したバルトスを殴り殺したってことと、あとはヒュンケルへの個人的なメッセージだっけ?)

 

 詳細まで覚えてないが、概ねそんな感じだったと思う。後はそれをヒュンケルが受け入れられれば、戦う理由は消失するのだろうが。

 

(まぁ、簡単に受け入れられなくて、起きてきたダイと戦いになるんだけど)

 

 しばらく見守っていれば、わなわな震えたヒュンケルが嘘だと叫んで貝殻を地面に叩きつけ、空にとどまったままの雨雲から雷が落ち。

 

「……ダ……ダイ……!?」

「バ……バカなっ!!? ブラッディ―スクライドの直撃を受けても死なんとは……!!」

 

 雷光に照らし出され立つダイの姿に、マァムとヒュンケルが驚きの声をあげた。胸当てから肩当てまでが一直線にえぐれてるところを見るに、体を逸らして心臓への直撃を裂けたことで助かったんだろう。

 

『一応俺も耐えたんだけど……って、あれはガードしてたしノーカウントか』

「チュ」

 

 ボソッと零したところで、足元のネズミが鳴き、動き出す。

 

(そっか)

 

 今、周囲の注目はダイに集まっている。

 

「ダイ~ッ!! やめろッ!! 殺されちまうぞッ!!」

 

 ズンズンとヒュンケルへ向かって歩いてゆくダイへポップは叫んでいるし。

 

「おのれ……! 今度こそ成仏させてやる!!」

 

 ヒュンケルに向かってくるダイを放置することなどできようはずもない。なるほど、移動するなら今という訳だ。

 

(それにこの出口って、ダイから見るとヒュンケルの向こう側の上の方だもんな。ヒュンケルは背中をこっちに向けてるからいいとしても)

 

 確か原作だとこの時ヒュンケルの技を受けて意識が飛んでて、無意識で動いていたはずだから視界に入っても認識されないかもしれないが、ポップやマァムは別だ。

 

(闘技場の舞台と客席との間の壁って、中で戦ってるモノが逃げ込んだり乱入して来ないようそれなりに高い塀になってたはず)

 

 移動するなら、そこか、もしくは客席のところどころにある崩落してできた穴辺りがベストか。

 

『って、早ッ』

 

 隠れ場所を物色して彷徨わせた視線が闘技場の観客席を随分下まで降りて行っているネズミを捉え、我に返った俺は慌てながらもポップ達に見つからぬように体をかがめ、這うように客席を降り始める。

 

「聞いたはずよ!!! お父さんの言葉を……!! あなたが真に憎むべきなのは魔王軍だわ!!」

「うっ、うるさいッ!!」

 

 闘技場の中央では、もう悪の剣をふるうのはやめてと縋りつくマァムをヒュンケルが強引に振り払い。

 

「あ……うっ」

「いまさら……いまさらそんなことが信じられるかっ……!!」

 

 壁に叩きつけられて呻くマァムにヒュンケル振り向き。

 

(やばっ!?)

 

 俺が慌てて身を伏せる一方で俺はもう魔王軍の魔剣戦士ヒュンケルなのだとヒュンケルが喚く。

 

(はぁ、今の本当に危なかった)

 

 危うく見つかるところだったが、俺は何と戦ってるんだろうか。不意にそう思った。

 

(って、そうじゃない!)

 

 俺が頭を振る間も時間は流れている。身を起こせば、行くぞと叫んで駆け出したヒュンケルの一撃を剣で受けたダイが勢いに吹っ飛ばされるのが見え。

 

「だめだッ!! いつものスピードが全然ねえっ!!」

 

 更に押されるダイの様子にポップが殺られると悲痛な声をあげた。

 




十九話「決着」に続くメラ。


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十九話「決着」

「とどめだぁッ!!」

 

 そのままヒュンケルの剣が振り下ろされるかとおもったところでダイが剣を一閃させる。遠巻きに見ている俺は斬撃が炎の尾を引くのが見えたが、斬られた当人の目には近くそして一瞬過ぎたのか。

 

「ま、まさか……この最強の鎧に……傷がっ……!!?」

 

 何より衝撃だったのは、鎧胸部に走った斬跡、つまり当人が口にしている通り、鎧に傷がついた事実の方だったからか。

 

「ダ、ダイの剣が……剣が燃えている!?」

 

 後になって剣を見て驚くヒュンケルの声を聞きつつ、俺は魔法剣かと声に出さず呟く。

 

「やった! ダ、ダイのやつ……このドタン場で新しい技をあみ出しやがった……! 魔法も剣も効かない敵に対してその両方を合わせた……魔法剣を……!!」

 

 ポップの言葉を先回りしたことになるが、何と言うか、うっかりしていた。

 

(そっか、魔法剣か……原作だとこの先普通に使ってたから、失念してた)

 

 原作知識持ちの弊害と言うとそうなるんだろうか。

 

(ああっ、わかってたら模擬戦の時にヒントとか出せてたのに!)

 

 今回の戦いで、俺は何の役にも立ってないのだ。前もって貢献しとかないと、本当に何してたのお前で終わってしまう。

 

(そりゃ、やらかすから何もするなとは言われてたんだけどさ)

 

 思い返すと、俺は本当に何もしてない気がする。

 

(うん? いや、それなら……)

 

 どうしようと考えた俺に閃きが生まれたのは、その直後だった。

 

(確か原作だとこの後……うん、いけるかもしれない)

 

 戦いそっちのけで記憶を掘り返し、確信した俺は視線を戦いに戻し。

 

「ウッ!!」

 

 呻いたヒュンケルの手から剣が零れ落ちるのを見た。押している。

 

「い……いいぞ! いまだっ!!」

 

 ポップの声が届いたわけではないだろうが、振り返ったダイが燃える剣を手に大きく跳躍し。

 

「むうううううんっ!!!」

「ぐっ!!?」

 

 とっさにヒュンケルが突き出した手の先で動きを止められる。

 

「や……やべぇっ!!」

 

 焦ったポップの声に一瞬だけ介入すべきか迷うも。

 

(って)

 

 思わず声が出るところだった。視界の中にヒュンケルからそう離れていないところにネズミが居たのだ。

 

(なんで戦場に、あ)

 

 そして遅れて気づく。ネズミが貝殻を引きずっていることに。

 

(ヒュンケルの父親の遺言状! あれを回収するために)

 

 しかし、なんてムチャをとも思う。モシャスは変身相手の生命力と魔法力以外の能力を写し取る。つまり、あのネズミには本物と同じだけの力と防御力しかないのだ。下手をすれば余波だけで充分死ねる。

 

(元は俺の筈なのに)

 

 不死騎団でヒュンケルと共に過ごしていたから、情が湧いたんだろうか。

 

(俺もデルムリン島に引き籠るつもりが、結局こんなとこまでついてきちゃったからなぁ)

 

 嘆息すると、俺は呪文を唱え始め。

 

『スクルト、スクルトッ!』

 

 元がネズミでは気やすめだろうが自分を含む仲間の防御力を引き上げる。

 

(これでっ、あとは戦いの方は)

 

 どうかと視線をやれば、ポップが顔を上げて何か叫ぼうとするところだった。同時に落ちた剣にヒュンケルが手を伸ばすのも見え。

 

「ダッ……ダイ~ッ!! 稲妻だっ! 稲妻を……呼べええっ!!!」

 

 俺の顔がその叫びに引きつる。

 

「ムダだ! この一撃で……決着をつけてやるわぁッ!!」

 

 焦る俺の想像を肯定するかのようにヒュンケルが剣を構え、技を放つ姿勢を作った。

 

(ダイが技を放ってもヒュンケルが技を放っても、あそこじゃ巻き込まれかねない……あ)

 

 もう原作に沿うことなど考えず乱入すべきかと思ったところで、俺は思い出す。こういう状況にこそ持ってこいの呪文があったことを。

 

『間に合えよ、レムオルッ!』

 

 自身を呪文で透明にするや、俺は塀を乗り越えネズミの元に全力で向かい。

 

「ちゅ」

『よしッ』

 

 貝なら燃えないと思うも貝殻の端っこを掴んでネズミごと拾い上げると急いでその場を離れる。

 

「くらえいっ!! ブラッディ―スクライド!!!」

「ダイ~ッ!!」

 

 ヒュンケルが技を繰りだしたと思われるのと同時にポップがダイの名を呼び、ダイの叫びが聞こえた。全力疾走中だ、後方のことなんて音でしかわからない、それでも。

 

「なっ、なにィッ!!?」

 

 ブチっと何かが切れる音にヒュンケルの驚く声が続けば、おおよその予想はついた。

 

(急げ、急げぇぇェッ!!)

 

 ダイの技が来る。

 

「ライデイーン!!!!」

 

 雷鳴が聞こえ。

 

「ストラーッシュ!!!!!」

 

 ダイの叫ぶ声が、分割されたかの様に思える程、時間がスローで流れている気がした。

 

(拙い、拙い、拙い、原作主人公の必殺技にうっかり巻き込まれるとか余波でもシャレに――)

 

 直後に後方で爆発が生じ、俺はそれに吹っ飛ばされたのだった、そして。

 

(「おお、メラゴーストよ。味方の攻撃の余波でやられてしまうとはなんとふがいない……」じゃないッ!)

 

 一瞬脳内で残念そうに頭を振ったどこかの王様を追い出すと、すぐに身を起こし。

 

(レムオルが解けてる。爆発の衝撃か……って、ネズミの俺と貝殻は?!)

 

 慌てて周囲を見回すとネズミもモシャスがとけたようでメラゴーストの姿に戻っていた。

 

『モシャスッ』

 

 そこからすかさず鳥の魔物に姿を変えると貝殻を掴んで飛びあがり。

 

『ちょ、誰かに見られ……あ』

 

 振り返ってダイの一撃が起こした爆炎がまだ残っていることに気付く。

 

『レムオル』

 

 俺も今のうちにと透明化呪文をかけなおし、再び傍観者へと戻る。

 

「ぐっ……あっ」

 

 呻いたヒュンケルの鎧が爆ぜ、倒れこんだのは俺が傍観者に戻ったすぐ後のこと。

 

「……勝った! 勝ったぞおおぉっ!!!」

 

 ポップが快哉を叫ぶのを聞きつつ、俺は密かに何とかなったなと胸中でつぶやいたのだった。

 




ただ、ライデインストラッシュに巻き込まれただけの主人公であった。

次回、二十話「さらば孤独の戦士」に続くメラ。


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二十話「さらば孤独の戦士1」

「ダイ! もうやめて!!」

 

 倒れたヒュンケルの側に座ったマァムが、剣を片手に歩み寄ってくるダイへ制止の声をかけ。

 

「……決着はついたわ……あなたの勝ちよ! ……だから……もう」

 

 アバンの使徒同士で傷つけあうのはやめてと訴えるマァムの目から零れた涙がヒュンケルの身体へ落ちる。

 

「「……マァム」」

 

 ヒュンケルとポップがそれぞれマァムの名を口にする中、俺は透明のまま空を仰いでいた。

 

(決着ついた後なのにダイ達と戦わせた俺って、マァム的にはやっぱりアウトかな)

 

 この場はしのげても、後でヒュンケルが加入することになったら実は俺が一度勝ってしまってることが露見しかねないのだが。

 

(現状それを知ってるのはヒュンケルとクロコダインだけな訳だし、この後口止めしておくか)

 

 そんなことを考えてる間にダイが意識を取り戻し、倒れたヒュンケルとヒュンケルを膝枕してるマァムと言う光景に驚きの声を上げ、周囲を見回し、自分が剣を持ってるのに気づいて混乱するが、気が付いたら敵が倒れていて、救い出すはずの相手まで近くに居たのだ。

 

(混乱して当然だよな、うん)

 

 できればその混乱のままに不自然な状況とかには気づかないで欲しい。そんなことを思いつつ、俺は移動を始め。

 

「……なぜ、敵であるオレを……!?」

「敵なんかじゃないわ……」

 

 ちらりと振り返れば、問うヒュンケルへ自身の首元に手を伸ばすマァムの姿が見えた。続いてチャラッと音がしたが、何をしたのかは様子を見守り続けなくてもわかる。

 

「そっ、それは……!? まさか……オレの……」

 

 そう、ヒュンケルが放り投げたアバンのしるしだろう。背を向けたから俺には見えてないが。

 

「それをずっと……持っていたのか……!?」

「あの時に拾ってね。……きっといつか、あなたにこれを返す時がくる……」

 

 そんな気がしたの、と差し出したしるしをヒュンケルが拒む筈はない。

 

「ダ、ダイ……大丈夫か?」

「ポップ、ゴメちゃん……おれ、勝ったの……?」

 

 ダイを案じるポップの声と、近くにあの金色有翼スライムも居たんだろう。未だによくわかってない様で尋ねたダイの言葉にそうだと答えたのはヒュンケルで。

 

「オレの……オレの完敗だ!」

「……ヒュンケル!」

 

 はっきりと負けを認めたヒュンケルの名を呼んだのは、声からしてたぶんダイ。

 

「……クックック」

 

 そんな中、どこかから聞こえ始める笑い声の主の元に、俺は向かっていた。

 

「クックックックックッ……!」

 

 唐突に聞こえ始めたからこそ、まだダイ達は声の主の居場所に気づかないだろう。だが、当たりをつけていた俺は違う。

 

「クックック、ざまあねえなヒュンケル……やられたあげくに女の膝枕たぁ……!!」

 

 半身が氷で半身が炎の人型が一歩前に出した右ひざへ右腕を乗せ前に乗り出すような姿勢を作ってる姿をはっきり捉え、密かに詠唱を始める。

 

「き、貴様は……!!? 氷炎将軍フレイザード!!!」

「なっ……なんだあいつ!? 炎と氷がくっついてやがる……!!」

 

 ヒュンケルに続きポップがその見た目に驚きの声を上げる。確かにインパクトのある外見だし、そもそも相反する属性の両方を兼ね備えてる見た目は、驚いても当然だと思う。

 

「な、なぜ貴様がここに……!?」

「クハハハッ! 決まってんじゃねぇか! てめえの息の根をとめてやろうと思ってきたのさ!!」

 

 ヒュンケルの問いに答えて目的を明かす氷炎将軍は、ヒュンケルに目が行ったままの様で、未だ俺に気づく様子はない。故に俺は呪文の詠唱を続けていたが。

 

「だいたいてめえは昔から気にいらなかったんだ、オレが先に目をつけたメラゴーストどもも半分ぶんどって行きやがって!!」

『え』

 

 想定外の話に、思わず詠唱が途切れた。

 

(半分? 分裂した俺を巡ってフレイザードとヒュンケルが争奪戦してた?!) 

 

 何それ、俺、不死騎団の俺からそんな話は聞いてない。

 

「その上人間の分際でオレ様の手柄まで横取りしようなんざ100年早えェんだよっ!!」 

 

 愕然とする俺には気づかず、フレイザードは半身の炎の勢いを強めながら尚も語る。

 

「てめえがもし勝っていたらブッ殺して上前はねてやろうかと思っていたが……負けていたとはいっそう好都合だぜ……!」

 

 実はもうこの前に一度負けてますなんて実情を知らないからの言葉なんだろうが、もし、ちょっと前にも負けて捕虜になってたって知ったら、この炎と氷で半分こ将軍は一体どんなリアクションを見せてくれたのだろうか。

 

「生き恥をさらさず済むようにオレが相打ちってことにしといてやるよ!! ついでにてめえのとこの生き残ったメラゴーストも拾ってやらあ!!」

 

 泣いて感謝しろいと叫んで氷炎将軍は左の手のひらに浮かべた火球を投げつけ、思わず目で追った火球は闘技場中央の地面に突き刺さると、地震を引き起こす。

 

「こっ、これは……!?」

「クカカカカ……ちょいとここらの死火山に活を入れてやったのさ……!! もうじきこのあたりは……マグマの大洪水になるぜ!!」

「ええっ?!」

 

 ポップは驚いたようだが、この流れは原作の通り。不死騎団の俺達も予期して居たようで、闘技所の客席入り口からぞろぞろと姿を見せ。

 

「あ、あそこにメラゴースト達が!」

「おお、やっぱり見どころあるな。もう全員集めてきやがったか」

 

 マァムが気付いて指さすとつられてそちらを見たフレイザードが喜色を浮かべ。

 

「お前達、まさか……」

「ホラよ、見ての通りだ。てめえに気づかれずに接触するのには骨が折れたがな」

 

 目を見張ったヒュンケルへおまえって人望ないのなと氷炎将軍は煽って。

 

「おのれッ! フレイザードォッ!」

「おっと!」

 

 怒りの叫びと共にヒュンケルが投じた剣をフレイザートは飛び退いて躱す。

 

「へへへっ歓迎されてねぇみてえだな……じゃあ、オレはあいつらとここらでおさらばするぜ」

 

 せいぜい溶岩の海水浴を楽しみなと言い残した氷炎将軍が背を向ければ、観客席の最上段に居たメラゴーストたちがこれを追いかけて行ったのだった。

 




一話に収まらなかった。

次回、二十一話「さらば孤独の戦士2」に続くメラ。


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二十一話「さらば孤独の戦士2」

(って、謀は密するを良しとするって言うけど、俺にも伏せ過ぎだろあいつら)

 

 状況の整理がつかず俺が立ち尽くす中、眼下の舞台が湧き出した溶岩に呑まれ始め。

 

「だっ、だめだっ!! もう逃げられない!!」

 

 退路を溶岩に妨げられたダイが叫び。

 

「なんとか……あの上へ!!」

「み……みんなそんな体力残ってねえよ!!」

 

 観客席を示すマァムにポップが頭を振って、ダイ達の足元が沈んだのはその直後だった。おそらくは、地震で脆くなっていたのだろう。支えを失った地面が周囲より低くなれば、当然周りの溶岩が流れ込んでくる訳で。

 

「うわあああっ!!」

 

 迫りくる溶岩に悲鳴を上げるポップを視界に収め、この時俺は呪文の詠唱を始めていた。

 

「ヒュンケル!!」

 

 目をつむり、身をこわばらせたダイ達が一向に襲ってこない溶岩を訝しみ、足場になっていた地面ごと自分たちを持ちあげたヒュンケルに気付いて声を上げ。

 

「ウッ……グッ……」

 

 呻きつつも地面を支えるヒュンケルを見つめたまま、その時を待つ。

 

「ヒュンケル!」

「や、やめてヒュンケル!!」

「……こっ、こんなところで……おまえたちを殺すわけにはいかん……!」

 

 騒ぐダイ達の下で力を込めるヒュンケルを見据え、やがて呪文は完成する。

 

『バイキルト』

「むッ?! これは……力が……」

 

 ヒュンケルの口が微かに動いた。

 

「奇跡か」

 

 そう言ったように見え。

 

「ぬううううううっ!!!」

 

 そのまま口元を綻ばせると、ダイ達ののった地面を持った両手へ更に力を込める。

 

「あ……あ……! やめて! だめよ! ヒュンケル!!」

 

 何をしようとしているかを察したらしいマァムが止めようとするが、ヒュンケルは止まらない。

 

「うおおおおおおお―――ッ!!!」

 

 雄たけびと共に放り投げたそれは放物線を描いてダイ達ごと闘技場の外まで投げ飛ばす。

 

(人間じゃないよな、本当に)

 

 他のアニメでバイキルトを筋力増加に使ってるのがあった気がしたから、ダメもとでかけて補助したとはいえ、人三人を乗っけた地面だか岩だかをかなりの距離投げ飛ばしたのだ。

 

「ヒュンケル!? ヒュンケル~ッ!!」

 

 声に振り返ると、身を起こしたマァムが叫んでいるのが見え、応えるようにヒュンケルが片手を上げる。まるでさらばと言っているかのようであり。

 

(救援はまだ来ないか)

 

 俺はハラハラしつつ空を見上げる。予定ではクロコダインがヒュンケルをすんでのところで救出することになってるのだが、原作でもそのシーンをダイ達は見て居ない。

 

(どうしよう……って、そうだ! あの手があった!) 

 

 空振りさせてしまうクロコダインには悪いが、流石に俺も何もせずには終われない。

 

(よっと)

 

 こっそり溶岩に飛び込んだ俺はもはや溶岩に呑まれそうになっていたヒュンケルの元まで泳ぎつくと、その身体を抱え、呪文を唱える。

 

『レムオル』

 

 そう、透明化呪文の対象は自分を含む仲間にもできるのだ。

 

(姿を消させてしまえば溶岩に呑まれたことにできるし)

 

 幸いと言うのもアレだがさすがのヒュンケルも既に意識を失っており。

 

(このままヒュンケルを抱えて離脱すれば、この戦いで何もしなかったという汚名は返上できるッ!)

 

 クロコダインがもう居ないヒュンケルを探すことになるかもしれないのでもちろん既に救出済みだということはクロコダインが現れ次第、伝えるつもりだが。

 

『さてと、ここまで運べば大丈夫』

 

 俺はヒュンケルを背に載せて溶岩を泳ぎ切ると、観客席に空いた穴へ隠れて、再び呪文を唱える。

 

『モシャス』

 

 唱えたのが変身呪文なのは他でもない、俺が回復呪文を使えないから、ただそれだけのことで。マァムの姿になった俺は、ヒュンケルへ手をかざし、呪文を唱えた。

 

「べホイミ……魔法力もそろそろカツカツだし応急手当で俺の魔法力はほぼすっからかん、かな」

 

 ただ、この怪我人を背負って安全なところまで運ぶ必要がある。

 

「その後はたぶん一人は残ってるだろう別の俺と合流して、クロコダインと合流して――」

 

 ヒュンケルの傷が治れば、フレイザードとの戦いの応援へとクロコダイン達は向かうことになるだろう。

 

(ハラハラさせられたけど、これで何とかなったか。流石にもう俺が驚くような事態はないだろうし)

 

 もう一息だと自分に活を入れ、俺はダイ達がすでに立ち去ったのを確認してから、マァムの姿でヒュンケルを背負って階段を登るのだった。

 




次回、最終話「遅れて来たダイン」に続くメラ。

ようやく三巻編も終わりそうかな。


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最終話「遅れて来たダイン」


フッフフフ……クッククククク……なぁーんちゃって!
イッヒヒヒヒハハハハハ、おかしくって腹痛いわ~
面白いやつだなお前、ほんとに俺のことを……ウッヒヒヒヒヒヒヒ
なら見せてやろうかぁ!? もっと面白いものをよぉ!!
合体ぃ!!
本物ぉ? 誰それえ。俺、メラゴースト君。鈍いなぁ俺が不死騎団のメラゴーストだよォ!
まぁだ分からないのかよぉ? この前攫われたお前を女と交換だと叫んだのも、さっきまで従ってたのも! 俺が分裂して生み出した分身だよ!!
本物の俺は、お前の敵、勇者ダイ一行のメラゴーストだったってわけだぁ。
ジャンジャジャ~~ン!! 今明かされる衝撃の真実ゥ。
いやぁ本当に苦労したぜ、おまえの親父をリスぺクとする部下演じてつまらねえ協力までしてさあ。
しかしお前は単純だよなァ、俺の口から出たでまかせを、全部信じちまうんだからなァ! ウッヒヒヒヒヒヒ
父親の言葉に感銘ぃぃ~~? 不死騎団前線指揮官~~? ウッヒャハハハハハハハ!! 楽しかったぜェ、お前との不死騎団ごっこォ~~!!
二度も俺らと戦ってくれて、ごくろうさん! ヒュンケル!(キリッ ウッヒャハハヒヒハハハ

 ……そんな某パロネタをやってみたかった三巻編だった。(フレイザード相手でもいけそうだけど、この回変文的な奴)


『何もするなと言ったはずだが』

 

 どこか呆れたようにこちらを見て嘆息するメラゴーストへ、流石にアレを見てられる訳ないだろと俺は反論し。

 

「そう言えば、あのフレイザードについていったメラゴーストって」

『ああ、あれはこの不死騎団にいたメラゴーストの半数と分裂して増えた奴らだな。あそこでフレイザードの誘いを蹴った場合、気分を害したヤツが何するかわからなかったからな。気持ちよくお帰り頂く為に数をそろえた、ってことらしい。加えて、次の戦いの仕込みだな』

「あー」

 

 いったん俺と合体してから分裂したメラゴーストは俺の記憶と呪文、特技を受け継ぐ。同じことをフレイザードの所の俺に施せば、出来ることがむちゃくちゃ増えるという訳だ。

 

「つまり、俺の呪文と特技もろもろ、そして記憶をあっちに伝える意味でもフレイザードについていく必要があったと」

 

 言われてみれば納得のゆく理由だった。

 

『それはそれとして、ヒュンケルは目につきやすく溶岩の届かない客席の最上部にでも横たわらせておけ。それならやってくるクロコダインも気づくだろう。原作で魔王軍はヒュンケルとクロコダインの生存を知らなかった。そこから鑑みるに、ここにはもう魔王軍の監視はないと見ていい』

「まぁ、盛大に溶岩の湧き出してるこんなところに監視用の使い魔残しておいても死ぬだけだもんな」

 

 わかったと頷いて俺はヒュンケルを横たわらせると、空を見上げた。

 

「そろそろ来るよな、クロコダイン」

『来るだろうが、それがどうした?』

「いや、ダイ達に無事なことを伝えたら、クロコダインとヒュンケルの方に合流してついていこうと思って」

 

 少し前に考えて居たことを口にすると、メラゴーストがへっと言って固まった。

 

「ほら、今回俺って何もできてないだろ? 一応ヒュンケルは助け出したけど、『不死騎団のメラゴーストにモシャスしててルーラが使えず、溶岩の海を泳いでここまで連れて来た』ぐらいしかできてないし」

 

 あの状況で居合わせてルーラが使えなかったと言う言いわけは、あの時の閃きで思いついたものだが同時にもう一つ思いついたものがある。

 

「俺は実力不足を痛感した、だからダイのパーティーから抜けて修行の旅に出る」

 

 原作でもパーティーメンバーが新たな力を身に着けるために離脱することはこの先起こることだ。なら、俺が抜けても不思議はなく。

 

「氷炎魔団のメラゴーストが居れば、次の戦いに不安もないし……一緒に居るとできないこともあるから」

『で、出来ないこと?』

 

 再起動を果たしたらしいメラゴーストがオウム返しに問うてきたので俺は明かす。

 

「カール王国に向かおうって思ってさ」

『はぁ?!』

「ほら、他の軍団長に襲われて滅ぼされる国。ダイと一緒だとどうしても手が回らないところだし……リンガイアはタイミング的にも間に合わなかったけど、あっちなら」

 

 ちょ、とかおま、とか言いつつメラゴーストは信じられないモノを見るような目をこっちに向けるが。

 

「大丈夫。俺にいい考えがある……無策で行く気はないさ」

 

 考えあってのことなのだ。

 

(今思い返すと、ザボエラが竜の紋章を見る機会を潰しちゃったんだよな)

 

 それが、以後の伏線だったのに気が付いたのは、クロコダイン戦が終わってしばらくしてからで。俺のカール行きはこの穴を埋める意味もあるのだ。

 

「ここに居残ったのにも理由はある。まず、クロコダインをぶら下げて飛んでる鳥の魔物が見たい」

 

 一度も行ったことのない土地に向かうのだ。機動力と言うか移動手段は必須であり。

 

「モシャスでそれに変身できるようになれば、かなりの時間を短縮できるハズ」

 

 クロコダインと言うバカでかい荷物をぶら下げても飛べると言うなら、荷物が無ければさらに早く飛べるはずで。

 

『全力でやめろって止めたいとこなんだが、まさかのここで時間切れとは』

「え」

 

 振り返れば、闘技場観客席の最上段、屋根と壁のある廊下へとメラゴーストが引っ込んでゆくのが見えて、直後に聞こえて来たのは風すら切り刻みそうな飛翔音。ようやくクロコダインがやって来たらしい。

 

「そうか、それで――」

『ヒュンケルが起きたら、それと本物のマァムと会ったら伝えておいてくれ。「滅ぼした村で拾った赤ん坊は無事に逃がした」とな』

「は?」

 

 ただ、去り際に残した爆弾発言に俺は固まっていて。

 

「ヒュンケル?! これは……おまえが助け出したのか?」

 

 いつの間にか着地して俺に尋ねていたクロコダインへと我に返って答えられたのは、暫く後のこと。

 

「まさかおまえだったとは」

『俺は回復呪文が使えないからね。ブラスさんよりマァムの方がべホイミの効果が高いってダイが言ってた気がしたし』

 

 モシャスがとけてメラゴーストの姿を取り戻した俺は、さっき去った分身の伝言の内容をヒュンケルに話してほしいこと、そして先にヒュンケルに勝っていたことを二人にはダイ達に黙って居てほしいことを伝え。

 

『それじゃ、ヒュンケルの救出を優先してダイ達に顔も見せられなかったから、俺は一旦あっちに顔を出して無事を伝えてくるよ。話の続きはその後で』

 

 そう告げると、俺は呪文を唱える。

 

『ルーラッ!』

 

 ダイ達が向かう先に心当たりが二つ。老兵士の居た隠れ家と、パプニカのお城跡だ。傷の手当てもあるだろうと判断した俺が移動先に選んだのは前者。ただ、さっきの計画からすれば、再会と言うのは直後の別れを意味するものでもあった。

 




 と言う訳で、主人公、カール王国に向かうってよ(白目)

 原作への修正とか考えてるみたいだけど、大丈夫なんですかねぇ?(遠い目)

 次回、エピローグ「???」に続くメラ。


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エピローグ「???」

ネタバレ防止で伏せてましたが、今話のサブタイトルは、

エピローグ「鬼岩城にて(B3視点)」

です。


「地底魔城は壊滅したそうじゃ……。突然、死火山の噴火にみまわれての……」

 

 軍団長たちが集まった場で、妖魔司教ザボエラはそう言ったらしい。とはいっても、これは伝聞だ。不死騎団から引き抜かれて氷炎魔団に編入された俺達に軍団長たちの集まりへ顔を出すような権限はないし、そも、新しい上司であるフレイザードは、俺達メラゴーストの生存を他の軍団長に明かすことすらしなかった。

 

(まぁ、元々部下にメラゴーストが居るわけだからな。混ぜちゃえばわからなくなるだろうし)

 

 それに生存者が居たなら、突然の死火山の噴火を訝しんだ者が探りに来ないとも限らない。もっとも、上司から聞いた集まりの様子を聞く限りでは、それもなさそうな気配ではあるが。

 

「まあいいんじゃないですか、敵を道連れの相打ちなら……あの坊やにしちゃあ良くやったよ」

 

 死火山の噴火による一軍団の壊滅をそいつあ不運だねの一言で片付けて続けたそんな言にも咎める者は皆無であったようなのだ。

 

(その後、ヒュンケル亡き後のホルキア大陸攻略はオレにまかせてもらおうかって、主張してこれが受け入れられたと……)

 

 おかげで俺は今急ピッチで進められているホルキア大陸攻略の準備に駆り出されているわけだ。

 

(残存する村々への侵攻ね……まあ、俺達がやったこととはいえ、なんだかなあ)

 

 原作では不死騎団が滅ぼしたパプニカの国もオリジナルが到着を速め、俺達が女子供の命を奪わなかったためにそれなりの数の村が今だ健在だったのだ。俺達に任されたのが、その生き残りの村を滅ぼす任務と言う訳で。

 

「元々やりかけの仕事だろ? 部下共をつけてやるからさっさと焼き払って来い」

 

 そう俺達に言いつけたフレイザードは王女であるレオナ姫の行方を探すらしい。

 

(侵攻を遅らせるための囮だっけ? 不死騎団に結構な数の手勢を割かせておいて、結局行方を掴ませず姿をくらましたんだよな)

 

 そのくせ、探索を打ち切ろうとすると少数精鋭で急襲して呪文をぶちかまして即離脱するというゲリラ戦をとられたせいで、結構な数の犠牲者がこちらには出ていた。

 

(あの時は本当に運がよかったよな)

 

 部下の骸骨剣士が盾になる形になってなかったら、俺達不死騎団所属のメラゴーストの中から死者が出るところだった。

 

(あの時だっけ、メラゴーストにも回復呪文が効くことがわかったのって……)

 

 オリジナルはデルムリン島でブラス老にべホイミかけてもらったりしてたらしいが、当時の俺達はそんな記憶の共有はできておらず、新発見に騒然となったものだ。

 

(それはそれとして、原作知識通りならお姫様が拠点にしてるのはバルジ塔って名前の塔だったっけ?)

 

 同じ名前の大渦がある場所の近くにある人が近寄らない島にその塔はあったはずだが。

 

(そもそもが島だから俺達の向かう村とは別方向なわけで)

 

 だいたいレオナ姫は村へ向かう敵の軍勢を割かせるために別方向に向かっていたのだ。両者に距離の開きがあるのは当然で。

 

(とりあえず勇者ダイ一行には原作通りに奮闘してもらうしかないかな。こっちはこっちで分裂して数を増やしたうえで、一匹も逃がさないようにフレイザードの部下を始末しないと、やりたくもない村攻めをしなきゃいけなくなるし)

 

 フレイザードがダイ一行に討たれれば、俺達は晴れて自由の身なのだ。そう言う意味では手助けもしてやりたいところではあるものの、身体が空きそうなのは、侵攻部隊を始末した後、つまり戦いの後半だ。

 

(さてと、そうと決まったら――)

 

 俺は徐に氷で覆われた大きな地図の周りに集まる炎のモンスターに近寄る。

 

『どうだ、地形と地名は頭に入ったか?』

「はい、この辺りは」

 

 俺の問いに答えたモンスターは炎の腕を使って地図の一部を示し。

 

『そうか。自分の担当する地域ぐらいは覚えておけよ』

 

 頷いてからその地図に視線を落とす。俺につけられたフレイザードの部下は、エネルギー生命体であり食事が必要ない。睡眠も不要なため、侵攻の準備と言うとこういった戦地の知識などに限られるのだ。

 

「この川沿いにある、これだな?」

「そうそう、こっちから、こう向かうから……」

 

 侵攻ルートのおさらいを始めるモンスター達を一瞥してから、俺は視線を地図へと戻す。

 

(あ)

 

 その視線が地底魔城を探してしまったのは、ただの感傷だろうか。

 

 

(ヒュンケル団長……)

 

 フレイザードについてゆく形で離脱した俺達にあの後のことを詳しく知るすべはない。原作知識で無事であることは解かっていても、感情は別物で。

 

(いけないいけない、今は他のことを考えてる余裕なんてないんだ)

 

 俺はそれを無理に押し込めて計画を練り始めるのだった。

 

 




と言う訳で、これにて三巻編は終了となります。

次は四巻編と行きたいところですが、メラゴースト君が原作勢からフェードアウトしたがってますので、ちょっとアンケートをとろうかなと。

次の章ですが、主人公を別の分体メラゴーストにスイッチして四巻編とするか、主人公そのままでカール救援編に突入するかと言うアンケートになります。

三巻編も終わったことですので、ちょっとお休みを入れようと思いまして、それをアンケート期間とするつもりです。

 締め切りは今月21日の0:00の予定。

 それでは皆様、お付き合いいただきありがとうございました。

 また、連載再開でお会いしましょう。


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カール救援編
プロローグ「生存報告は気まずい」


『あ』

 

 ルーラの呪文でダイ達と模擬戦した場所へと飛んだ俺が耳にしたのは、どこからか聞こえてくる槌の音だった。

 

(そう言えばヒュンケルとの戦いでダイの防具がボロボロになってたっけ)

 

 おそらく、防具を修理しているのであろう。この場合はダイ達の居場所を探さなくて済むので助かるが。

 

(さてと、問題はここからどこまで話すかだよな)

 

 不死騎団の俺から託された赤ん坊は無事と言うメッセージを伝えることは確定だが。

 

(クロコダインにも手伝ってもらうことがあるから合流は先になるって伝えておくべきだよな)

 

 原作と違って死んでると思われてるわけではないのだから、何故合流しないのかと言う疑問がダイ達から出てきてもかしくない。そこは俺がフォローすべき点で。

 

(ヒュンケルの生存については伏せておこう)

 

 こちらは、理由なら簡単にでっち上げられる。怪我の回復中だったので、とか何とか。

 

(普通に考えれば死んでるレベルのムチャな訳だし、回復の見込み無く亡くなって……ぬか喜びさせたら拙いと思ったってしておけば、理屈は通る)

 

 ただ、ヒュンケルの生存を伏せると、地底魔城で俺は完全な役立たずだったってことになってしまう訳だが。

 

(この後パーティーを抜けるって伝えるなら、好都合)

 

 力不足を痛感して修行の旅に出る、とかにしておけば抜ける理由としても申し分ないだろう。

 

(カールの救援に向かうなんて正直に話したら心配されそうだしな)

 

 こちらはクロコダインとヒュンケルにだけ明かして、折を見て話してもらうって形にしておけばいい。

 

(原作だとダイ達がフレイザードと戦ってる裏でカールは滅んでるから、フレイザードとの決着がついてる頃にはカールでの戦いも終わってる筈)

 

 俺だってカールを滅ぼす軍勢を一人でどうにかするのは厳しいと思っている。そもそも俺の目的はこの世界で穏やかに暮らすことなのだ。

 

(危なくなったらルーラの呪文で撤退もやむなし。相手が相手だもんな)

 

 俺の原作知識だと、交戦の可能性があるのは戦いたくない敵のうち、五指に入る二人だ。

 

『けど、だからこそ……とも言えるわけで』

 

 そんな危険な相手に単身挑みに行ったとなれば、暫く危険に身を置かなくてもあの時頑張ったからで見逃してもらえると思うのだ。

 

(真っ当に交戦するつもりはないし、適当に戦うだけでお目こぼししてもらえるなら些少の危険はね)

 

 下手に善戦して相手を本気にさせると今後が拙いと言う大義名分だってある。

 

(確か、師匠の故郷には師匠がしたためた指南書みたいなのがあったって聞いた気がするし)

 

 俺がカールに向かう理由の一つは、アイテムの回収でもある。

 

(勇気を出したり引っ込めたりしてアイテムを漁る、か……うん、どこかで聞いたような話だなあ)

 

 なんだか、やってることがどこかのニセ勇者と変わらない気がしてしまったのは、きっと気のせいだろう。

 

『って、あれ?』

 

 自分の考えに浸りすぎたからか、気づくと槌の音が途絶えていて。

 

『拙……ってほどでもないか』

 

 一瞬焦ったが、よく考えれば、この後ダイ達が行く場所は解かっているしそちらで合流しても問題はなく。

 

「うわあッ! 新品みたいだ!!」

『あ』

 

 思いなおした直後だった、ダイの嬉しそうな声が聞こえたのは。

 

「めっ、メラ公!!」

 

 ちょうどいいと声の方に進んだ俺がダイ達を見つけ声をかけようとしたところでこちらを見つけたらしいポップが声を上げ。

 

「おま、無事――」

『うん、心配かけてごめん。ちょっとね』

 

 駆け寄ってくるポップから気まずげに視線をそらし、俺は地底魔城に居た赤ん坊を不死騎団のメラゴーストから託され、避難させていたのだと明かした。

 

「赤ん坊?」

「は? 赤ん坊ってどういうこった?」

 

 俺が姿を見せなかった理由はダイとポップには意味不明だったようだが、マァムは別のようで。

 

「良かった、あの子は無事なのね」

『うん。偶々見つけて、状況が状況だったから、モシャスで変身した俺が連れ出して預けてきた』

 

 若干アドリブを入れてしまったが、そこはお目こぼし願いたいと思う。

 

(避難先については地底魔城に戻って残ってるであろうあっちの俺から聞けばいいし)

 

 そも、この世界で赤ん坊を預けられそうな場所となると、マァムの故郷かロモス、もしくはデルムリン島くらいしか思いつかないので、このいずれかだろう。

 

「そっか、それじゃメラゴースト君が姿を見せなかったのって」

『うん。流石にあんな場所に赤ん坊を置いておけなかったから。ダイのライデインだと思うけど雷鳴ってたし、年代物のお城だから戦闘の余波で崩れたりしてくるかもって思ってさ。溶岩はちょっと想定外だった』

 

 マァムからの説明もあって納得した様子のダイに俺は首肯を返してからどこか遠くを見て。

 

『それで無事脱出できたから、いったん生存だけ伝えておこうと思ってこっちに寄ったんだけど』

 

 そう前置きしてから、切り出す。

 

『俺、このパーティーを抜けようと思う』

「えっ」

 

 即座に返ってきたのはダイからのリアクションのみ。言葉が伝わらないのだから当然と言えば当然だが。

 

「抜けるってどういうことだよ、メラゴースト君?!」

「はぁ?! 抜けるぅ?!」

「ええっ?!」

 

 ダイの問いでこちらの発言の一部を理解し驚く二人を含む三人に俺は伝える。実力不足を痛感して、修行の旅に出たいということを。

 

「実力不足って何だよ?! クロコダインを倒したのだって、ダイがやられそうだった時に庇ってヒュンケルの野郎の一撃を代わりに受けたのだって……メラ公、お前だったじゃねえか!」

『それはそうだけど、結局ヒュンケルとの戦いの時には何も出来てないし……それにね』

 

 強くなれそうなあてがあるんだと俺は言い。

 

「強くなれそうなあて?」

『そう。うまく行けば次に会った時には成長した俺が見せられると思う』

 

 オウム返しに尋ねるダイに俺は胸を張ったのだった。

 




お待たせしました、カール救援編がはっじまっるよー♪

次回、番外10「なんだそりゃ(ポップ視点)」に続くメラ。

プロローグの後に番外編ぶっこんでくるスタイル。


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番外10「なんだそりゃ(ポップ視点)」

「はぁ」

 

 一度目の戦いではかなわず、メラ公に庇われる形で逃がされたおれとダイは不死騎団長のヒュンケルに特訓で完成させた電撃呪文とダイの魔法と剣を組み合わせた魔法剣で勝った。

 

「そうだよ、勝ったてえのに……」

 

 気分がはれることもなかったんだ。メラ公は決着がついても姿を見せず帰ってこねえし、ヒュンケルは最後に改心したみてえだったが、おれ達を最後に助けて溶岩の中に沈んじまった。そのせいか、マァムは地底魔城の方を眺めたままどうにも元気がねえ。

 

(おれだってメラ公のことが気になってたんだけどな)

 

 ほっとけなくてつい声をかけただけじゃなく、あいつのことが好きだったのかなんて余計な質問したあげく、大丈夫だとか死にゃしねえよなんてあいつのフォローまでしちまって。

 

(自分で自分に「何やってんだろ、おれ」って思ったすぐ後にあれ……だもんな)

 

 肩当てが直ったらしくダイが喜ぶ声がして、そっちを振り返ったら、ダイの向こうにメラ公が居て。

 

「めっ、メラ公!!」

 

 お前、無事だったのかと口にしようとしたところで、被せるようにメラ公は何か言った。

 

(相変わらず何言ってるのかわかんねえ)

 

 ダイと言い、ヒュンケルと言い、何でこれを理解できるのか不思議で仕方ない、そう思ったおれだったが。

 

「赤ん坊?」

「は? 赤ん坊ってどういうこった?」

 

 ダイの口から出てきたのは、想像もしない単語。思わず聞き返して、ダイに訳してもらったメラ公の話はなんでそうなったと叫びたくなるような内容だった。あのヒュンケルが部下の拾ってきた赤ん坊の世話を部下と一緒にしていて、それをマァムにも手伝わせていたとか。

 

(いや、たしかにあいつの生い立ちは聞かされたし……自分と同じ境遇の奴を放り出すとかできなかったんだろうけどよぉ。マァムと同じ赤ん坊の世話とか、まるで夫婦……って、何考えてんだ、おれは!)

 

 良からぬ想像に慌てて頭を振ってから我に返り、はっとして周囲を見回す。幸いにもおれの奇行が気づかれた様子はなく。ほっとしたのもつかの間。

 

「えっ」

 

 ダイが弾かれたようにメラ公の方を見たかと思えば、叫んだんだ。

 

「抜けるってどういうことだよ、メラゴースト君?!」

「はぁ?! 抜けるぅ?!」

 

 まさに青天の霹靂だった。アバン先生に弟子入りしてから、一時は別行動もあったがそれでも一緒だったメラ公がおれ達の元を離れるって言い出したんだ、実力不足を感じて修行の旅に出たいなんて理由で。

 

「実力不足って何だよ?! クロコダインを倒したのだって、ダイがやられそうだった時に庇ってヒュンケルの野郎の一撃を代わりに受けたのだって……メラ公、お前だったじゃねえか!」

 

 冗談じゃねえ。メラ公が実力不足なら、おれは何だ。クロコダインとの戦いの時だって最初は逃げだしたし、ヒュンケルの野郎と戦った時だって雨雲を呼ぶくらいのことはしたが、倒したのはダイだ。

 

 納得がいかないおれを前にメラ公は、あいつは言ったらしい。強くなれそうなあてがあると。

 

「強くなれそうなあて?」

 

 おれ自身がメラ公が何と言ったかの一端を掴めたのはダイの声を聞いたからだが、あいつはどこか得意そうに胸をそらしていて。

 

「あてって何? どこで何をするつもりなんだよ?」

 

 その疑問はもっともだったから、おれもダイの言葉に頷いてメラ公を見れば、メラ公の話はこうだ。

 

「師匠はもう居ないけど、師匠にはハドラーを倒す為に共に旅をした仲間が居るって聞いている。それに師匠の故郷を尋ねたら、それはそれで師匠の強さを知るヒントとか見つかるかもしれないし」

 

 なるほど、一理あるかもしれないとは思った。

 

「先生の仲間ってことは、母さんとか?」

 

 もっとも、マァムからすれば先生の仲間って言や両親だ。別の反応をしてたが、メラ公はこれに頷き。ダイの通訳を介してだけど、ロモスには寄るつもりだってことを聞いて。

 

「母さんのところに寄るっていうことは、Aは僧侶になるつもりなの?」

「なぬ?!」

 

 口を開いたマァムの言葉におれは思わずメラ公を二度見た。確かにこのパーティーはメラ公とおれ、魔法使いは二人いる。

 

「け、けどよ。使える呪文の格はメラ公の方が上だろ? 魔法使いをやめて僧侶になるってのは――」

「え? あ、ポップ。『違う』って」

「へ?」

 

 どうなんだと続ける前にメラ公が何か言って、それを訳したダイの言葉でおれはきょとんとした。

 

「メラゴースト君が言うには、アバン先生の話とかが聞きたかったんだって」

「なんだよ、焦らせるなよ……」

 

 てっきり魔法使いをやめるかと思ったら、それはとんだ誤解だったらしい。

 

「それから、これはメラゴースト君からのお願いなんだけど……『人間の町や村なんかを通る時、おれ達の姿を貸してほしい』って」

「姿? あー、そう言うことか。確かにメラゴーストの姿じゃ町中には居られねえわな」

 

 ダイを介したお願いとやらは少々気になるモノだったが、理由としてはもっともで。

 

「けどよ、おれの格好で変な事とかしねえだろうな?」

「ポップ」

 

 疑わし気にメラ公を見れば、マァムから名を呼ばれ。

 

「貴方がそれを言うの?」

「へ? って、どういうことだよ?!」

 

 ジト目で見られて叫び返すが、不意に出会ったときのことを思い出してあっと小さく声が漏れる。そういえば、おれってであった時こいつの胸を指でつついたような気が。

 

「どうやら自覚があったようね」

「自覚ってなんだ?! おれは知らねえ!!」

 

 頭を振ってみるが、どうにも分が悪い。

 

「そ、それで、ロモスに寄ってその後は」

 

 話題を変えて二つ三つと訊ねれば、ダイの通訳越しにメラ公は答え。

 

 

「本気なんだな?」

 

 おれは先生にこいつのことをメラ公のことを頼まれている。だからこそ行かせたくなんざなかった。

 

「けどよ、修行ってことはおれ達と一緒に魔王軍と戦うよりゃ遥かに安全なんじゃねえか」

 

 そんな考えが浮かんだのも事実で、おれは結局頷くあいつを止められなかった。止めることができなかったんだ。

 




一部プロローグと被りますが、ポップ視点でした。

次回、一話「そして二人の元へ」に続くメラ。


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一話「そして二人の元へ」

『それじゃ、行ってきます……の前に』

 

 何とかダイ達の元を離れることを納得してもらったところで、俺は餞別を残すことにした。

 

『マァムの……銃っていったっけ、それ? それって呪文を込めて撃ち出すんだったよね』

「――だって」

「え、ええ」

『だったら――』

 

 ヒュンケルとの戦いとかで弾丸の呪文を消費してると見た俺が申し出たのは、弾丸への呪文の封入だ。ダイの通訳を受けて頷いたマァムに弾丸を出してもらい、込めたのはポップがまだ使えないであろう攻撃呪文を二つ。

 

『とりあえずベギラゴンとイオラを一発ずつ詰めておいた。後は何か入ってるみたいだからこれだけかな』

 

 マァムがヒュンケルとの戦いで使ったのはメラミとマヌーサで二発、その分を埋め合わせたわけだ。

 

(守備力を上げるスカラ系とかは確かダイ達に使って見せたことはなかっただろうし、説明が要る上にそれで

 

理解してもらえるかってのと魔王軍にこの呪文の存在が知られて敵陣営を現段階で強化しちゃうと目も当てられないってのがあるからな)

 

 個人的にはルーラの呪文ならどうかとも考えたが、瞬間移動呪文を込めた場合どこに飛ぶのかがちょっとわからなかったため、そちらは諦めた。

 

(呪文を込めた者の認識した場所に飛ばすとかなら、活火山の火口に飛ばす『一部の存在以外ブチ殺し確定ルーラ』とかできるんだけど、きっと無理だろうしなぁ)

 

 これが成立した場合、溶岩に焼かれて死ぬ存在で呪文の使えない相手であれば高い確率で葬ることが可能なのだが。

 

『あ』

「どうしたの、メラゴースト君?」

『いや、なんでもないよ』

 

 よくよく考えるとこれで倒せそうな強敵はクロコダインとヒュンケル、どちらも既に敵じゃなかったと遅れて気づいた。

 

(せいぜいフレイザードが半分溶かせるぐらいで、後の奴らは効かないか呪文か道具で何とかされるわ、うん)

 

 なら味方の脱出用ならどうかと言うと、撃ち出した人間が置いてゆかれるという欠点がある。せいぜい使えて敵を飛ばすことによる一時的な分断くらいだが、それも撃ち出した者か込めた者のイメージしたところに移動する効果だった場合。

 

(普通に要検証だけど、今更残って検証したいなんて言えないしな)

 

 そもそも、クロコダイン達を待たせてる手前、長居は厳しい。

 

『ああ、そうそう。俺の力が必要なら分裂した俺に時々様子見に来てもらうつもりだから、そっちの俺に相談してくれれば……って、実力不足を感じて修行に出る俺が言うのも微妙か』

「ううん、そんなことないよ! メラゴースト君のルーラが無かったら、パプニカに来るのだってもっと時間がかかってただろうし、最初にヒュンケルと戦った時だって、殺されずに済んだのメラゴースト君のおかげだろ?」

『っ』

 

 ダイは言外に修行の旅に出る必要なんてないよと言ってるのかもしれないが、もう決めたことだ。

 

『ありがとう。分裂した俺は今いるここに向かわせるから、そこで話をしてもらえる?』

 

 礼を口にした俺はそう伝え。

 

『それじゃ、俺も力を付けて戻ってくるから……ルーラッ!』

 

 ボロを出さない内にと移動呪文でその場を離れる。向かう先は地底魔城。

 

(ヒュンケルの手当てにある程度移動してるかもしれないけど、戻ってくるとは伝えたし、見つけやすい場所に居るか手がかりとかを残すくらいはしててくれるよね?)

 

 考えつつたどり着けば案の定と言うか何と言うか。

 

「クエ」

 

 出迎えるように鳴いたのは、クロコダインが空を移動する時に使っていた鳥の魔物だった。おそらく案内役なのだろう。

 

『なるほど、ついていけばクロコダインのところに案内してもらえると』

「クエ」

 

 肯定する様に鳴いて飛びあがった魔物の後に続き、歩くこと暫し。

 

「おお、戻って来たか」

『うん。待たせてごめん』

 

 再会したクロコダインに詫びると、俺はクロコダインの近くの地面に寝かされたヒュンケルを一瞥する。

 

『まだ意識は取り戻してないみたいだね』

「ああ。おまえが助け出して手当したようだが、それでもいくらかは溶岩に浸かっていたようだからな」

『あー、うん』

 

 普通に考えれば、あれだけでも生きているのがオカシイのだが、きっとそこに触れてはいけないんだろう。

 

『それじゃ、ヒュンケルにはクロコダインへ伝言を頼んだ方がいいかな? 俺はちょっとやることがあってダイ達の元を離れてきたんだけど』

「なッ?!」

『あ』

 

 打ち明けてピンクのワニさんが驚く様に記憶を掘り起こし、俺は勇者ダイ一行から離れることはクロコダインに話してなかったことに遅れて気づく。

 

「どういうことだ? 何故ダイたちの元を」

『あ、うん。それを今から説明する』

 

 さっそく俺はやらかしたわけだが、充分リカバリーの効く範囲内だったのでうろたえることなく俺は説明を始めた。

 




次回、二話「旅立つ理由」に続くメラ。


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二話「旅立つ理由」

『ヒュンケルとの戦いはクロコダインの姿と能力を使わせてもらったおかげで何とかなった。けど、基本的に魔法使いの俺では呪文の効かない相手が敵だとなす術がないし、打開策を求め一人で考えてふと気が付いたんだ。師匠の魔王討伐の旅の仲間がまだ健在だってことに』

 

 師匠は居ないけれど、その人たちに師匠のことを聞くことで何かヒントを掴めるのではないかと思ったと、まずダイ達にも明かしたことを話し。

 

『次に……俺には分裂することで自分を増やせる強みと合体することで各々が得た経験や修行の成果を統合してパワーアップすることができる。これはダイ達には明かさずに来ちゃったんだけど』

 

 もし分裂した俺が各々師匠の、つまり勇者アバンの仲間達に教えを請い、それぞれの弟子としていろいろ学べたとしたら。

 

『合体した俺は、複数の職業のどれをもこなせるメラゴーストになれる。もっとも、これは上手く弟子入りさせてもらってその上で実力がつけられればだけど』

「それは……実現したとしたら、とんでもないことになるな」

 

 一時言葉を失い沈黙を挟みつつも、クロコダインは俺の口にしたメラゴースト像を想像したのかごくりと唾をのみ。

 

『あくまでうまく行けばだけどね。もっとも、これって俺がダイのところに居たままでも分裂した俺に任せれば済む話だからさ。俺がダイ達の元を離れた本当の理由に当たるのは別にあるんだ』

「何ッ?! 本当の理由だと?」

 

 話に目を剥くクロコダインに俺は頷くとちらりとヒュンケルを見て。

 

『責めるつもりはないんだけど、このパプニカを攻めていたのって不死騎団で、前線指揮官がメラゴーストだよね? だから、このパプニカのお姫様を助けに行こうってダイとメラゴーストの俺がそのまま一緒に居るのは誤解を招きそうでさ。あちらから攻撃されて関係がこじれるようなことになってダイ達の足を引っ張りたくなかったから』

 

 一度ダイの元を離れたんだと俺は明かす。

 

『ダイ達がパプニカのお姫様と合流して俺って仲間が居ることを話した後なら合流してもいいのかもしれないけど、その間を作るって意味でも一度俺が抜けるのが良いって思った』

「ぬぅ、しかしそれは――」

『うん。余計な気遣いかもしれないけど、他にも理由はあって……』

 

 何か言いかけたクロコダインの言葉に被せるようにして明かしたのは、不死騎団のメラゴーストが拾い、ヒュンケル達が育てていた赤ん坊について。救出して分裂した俺に託した赤ん坊がどうなったかを確認しておきたいという理由だ。

 

『ダイ達には魔王軍との戦いって言う一番大変で危険な場所を任せちゃうから、その分他のことはなるべく俺がしたくて――』

 

 一時は迷ったが、次の目的地はクロコダインにとってかつて襲ったロモスの国。別れた後こちらについてこられても二重の意味で困るので、俺はカールを救援に行くつもりであることは明かさず。

 

『ヒュンケルのことも気になるから、目を覚ましてある程度火傷が良くなるのを見届けるまでは一緒に居るつもり』

 

 かわりに口にしたのはもう少し一緒に居るという宣言だった。不死騎団のメラゴーストにも本物ダイン達についてゆくと言ってあるので、このまますぐ出立するつもりはなかったのだ。

 

(師匠にモシャスしてヒュンケルと対面するとかちょっとやってみたいかなって誘惑はあったけど)

 

 俺だってやっていいことといけないことの区別くらいはできる。できる筈。

 

(だよな? 一瞬ドスの効いた感じで『へえ?』って言う別の俺のイメージが浮かんだけど)

 

 気のせいだと思う。

 

「……そうか。言いたいことはあるが、オレごときではお前を翻意させることは出来んだろうしな」

『え?』

 

 クロコダインの口ぶりに俺が思わず振り返ってしまったのは、きっと仕方ないと思う。

 

(今、クロコダインの俺への評価がおかしかったような……)

 

 何かものすごく高評価されてた気がしたが。

 

(色々あって疲れてるんだな、きっと)

 

 願望からの幻聴だったとは思いたくない。

 

『さてと……モシャス!』

 

 うじうじ気にしていても、きっとろくなことにはならない。精神衛生上も良くないと俺はモシャスでマァムに姿を変える。

 

「念の為にヒュンケルへべホイミをかけておくね? たぶんそれで俺の魔法力はほぼ空っぽ。休めば回復するとは思うし」

 

 ヒュンケルもまだ安静が必要だろうからちょうどいいだろう。

 

「悪いけれど、魔法力を回復するためにも休みたいから見張りをお願いしてもいいかな?」

 

 そう頼めば、クロコダインは任せておけと請け負って俺に背を向け。

 

「ありがとう」

 

 礼を言って目を閉じ、次に目を覚ました時のこと。

 

『に゛ょ』

 

 変な声が出てしまったのは無理もないと思う。起きたらすぐそこにヒュンケルの顔があったのだから。

 




酷い寝起きドッキリだったメラ。

次回、三話「戦士復活!!」に続くメラ。


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三話「戦士復活!!」

『ビックリした』

 

 胸のドキドキが収まらない。

 

(これが、恋……って、こんなボケは要らないわ!)

 

 思わず現実逃避にふざけないといけない程度に衝撃的な目覚めだった。

 

(はぁ、俺って寝相そんなに悪かったっけ)

 

 幸いだったのはヒュンケルの方がまだ目を覚ましていなかったことだ。モシャスも解けて元のメラゴーストに戻っている俺だが、不死騎団の長として分裂した俺と行動を共にしてたヒュンケルからすればただの部下の寝顔の様なモノ。逆の立場だったとしても動じたりはしない事だろう。

 

「起きたか」

『あ、うん』

 

 思わず声も出ていたので、クロコダインが俺が起きたことに気付いて声をかけてきても動じることなく答えて身を起こし。

 

『あれからヒュンケルは目を覚ました?』

「いや。だが、お前のべホイミが効いたのだろうな。苦しんだり魘されては居なかったぞ」

『そう』

 

 良かったと続けて起き上がり、俺は大きく伸びをする。

 

(んっ、人間だった時ならこういう時身体がバキバキ鳴ったりしたもんだけどな)

 

 人間でなくなってしまったことを実感するのはこういう時だろうか。

 

(それはそれとして、とりあえずヒュンケルが起きるまでどうしよう……クロコダインと話しててもいいけど、声で起こすことになっちゃうと申し訳ないような気もするし)

 

 けが人の睡眠を妨げるのははばかられて、俺は意識を内に傾ける。

 

(確かヒュンケルに一度勝ってることは黙っていてくれってのは、クロコダインに伝えてあったはず。念のためにヒュンケルが起きてからもう一度言ってもいいんだけど、絶対理由を聞かれるよな)

 

 今のところ打倒ヒュンケルの特訓をしてるダイ達を見て言うに言えなくなったという言い訳くらいしか思いついていないので、これはできれば避けたいのだが。

 

(下手なことを言ってまた『やらかす』くらいなら、一度伝えてるしこのまま別れた方がいいかな)

 

 沈黙は金とも言う。

 

「ウ……ウ……」

 

 隣から呻き声が聞こえたのは、そうして俺が黙っていようと決めた直後だった。

 

『あ』

「……ど、どこだここは……!!?」

「気がついたか、ヒュンケル」

 

 俺が声をあげたことよりも身を起こしたヒュンケルの独言を聞いてだろう、意識を取り戻したのを察したクロコダインが声をかけ。

 

「ク……クロコダイン!!?」

 

 ヒュンケルはピンクのワニさんの方を見て、俺は綺麗にスルーされた。というより、気づかれなかったのだ。クロコダインと違ってタイミングを失って声をかけなかったし。

 

「ならば、これはおまえが?」

「いや、それはおまえの隣のヤツがやったことだ」

「……隣? なッ」

 

 溶岩に呑み込まれたにしては明らかに軽症な自分の様子を見ての問いだったが、首を横に振ったクロコダインが示す先を見てようやくヒュンケルは俺の存在に気づいたらしい。

 

『……やあ』

 

 流石に何も言わないわけにもいかず、軽い挨拶になってしまったが俺は片腕をあげてみせ。

 

「何故オレを助けた」

『理由はいくつかあるけど……マァムが気にしてたとか、同門の兄弟子だからとか色々。けどしいて言うなら……』

 

 師匠も気にしてたような気がしたから、と俺は続け。

 

「……な、に?」

『ほら、俺って見ての通りのメラゴーストだからさ。いくら師匠が善人だからって弟子入りを受け入れて貰えたのは申し込んだ俺が言うのもちょっとアレだけど、驚いた部分もあったんだ。だけど、ヒュンケルの話を聞いて、ヒュンケルとそのお父さんのこと気にしてたってのも弟子入りを認めてくれた理由の一つなんじゃないかなって思って』

 

 直接聞いたわけではないんだけどねと付け加えつつも俺は空を仰いだ。

 

「アバン、……師が」

『勿論それだけじゃなくて、俺がそうしたのは、ダイ達の力になって欲しいって下心もあってだし。俺、ダイ達の側を離れて修行の旅に出ることにしたからさ』

「なんだと?! うぐっ」

 

 ただ他にも理由があったこと、話しておかないといけないことがあったが故に俺が明かせば、ヒュンケルは驚いた様子で身を乗り出し、身体が痛んだのか顔をしかめた。

 

「そいつがダイ達の元を離れるというのは、オレも先ほど聞いたところだ。説明も受けた」

『あー、うん。クロコダインは納得してくれたから、それで呑み込んでもらえると助かるかな?』

 

 流石にヒュンケルを前にしてお宅の部下が色々やったのでメラゴーストの姿でダイについてくのは拙い気がしたなんて説明はできない。

 

『それはそれとして……何で助けたってのはさっき聞いたけど、ひょっとして「あのまま死なせてくれればよかったのに」とかとも思ってない?』

「ッ?!」

 

 強引な話題変更ではあったが、図星だったのかヒュンケルは俺を視界に居れたまま目を見張る。

 

(まぁ、原作知識を利用したカンニングなんだけど)

 

 とりあえず、思うところがあったので言葉を続ける。

 

『俺だから言えることなんだけど、その死が終わりとは限らないからね? 未練が残ったら不死族として蘇ることもあるかもしれないし』

 

 そして、溶岩に呑まれての焼死ならば肉体は残らないだろうから俺のようなメラゴーストになったりする可能性もある。

 

『この身体、溶岩は平気だけど可燃物とか持てないし、人に触るのも火傷させちゃいそうだし、割と不便だから人にはお勧めできないんだよね。俺は師匠のおかげでモシャスの呪文を使って一時的に克服できるようにもなったからさ』

「おまえ……」

『メラゴーストの後輩はいらないから。分裂した俺で間に合ってるし』

 

 冗談めかしてそう言うと俺はクロコダインの方を向き。

 

『クロコダイン、ヒュンケルは起きたみたいだから俺はちょっと赤ん坊の方の様子を見てくる。後は任せてもいい?』

「……ああ」

『よろしく、ルーラッ』

 

 そう本物ダインが頷くのを見てから俺はルーラの呪文を唱える。

 

(説得とか柄じゃあないし、向いてないもんな。ここは本物に任せてへっぽこメラゴーストは退散することにしないと)

 

 それにここに居座ったら、アレが来てしまうのだ。

 

(原作だと、ヒュンケルが起きて少し経ったタイミングで、砕け溶岩に呑まれた筈のヒュンケルの鎧が剣と合体した状態で主人の元へ戻って来たからなぁ)

 

 目撃を避けたかった俺が向かったのは、ロモス。ヒュンケルの武器がなくなったという名分をもってダイが一度受け取るのを拒否したオリハルコン製の剣、覇者の剣を借り受ける為だった。

 




次回、四話「俺はちゃんと返す」に続くメラ。


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四話「俺はちゃんと返す」

「えっ」

 

 単独では言葉が通じないためにロモス到着後、俺はダイの姿を借りてロモスのお城に向かったわけだが、ここで俺の思い違いが判明していた。ロモスの王は覇者の剣をダイに与えるなんて一言も言っていなかったのだ。

 

(や・ら・か・し・た……どこかの二次創作と混同したかもっと先の話だったのか)

 

 この為に別の理由をクロコダイン達に話してまっすぐやってきたというのにいきなり躓いたわけだ。

 

「じゃがよかろう」

「えっ?」

「そなたは魔物であるという特殊な立ち位置ではあるが、ダイに勇者の称号も譲り、敵将を倒したと言うのに何も求めなんだ。よって、そなたに覇者の剣を授けよう」

「王様……」

 

 瓢箪から駒と言うか何と言うか。ちなみに、王様の言葉からわかるかもしれないが、俺はちゃんと自分がモシャスで化けていることを明かし、一度モシャスを解いて変身しなおしている。

 

「モンスターでも変身を用いれば容易く潜入は可能である」

 

 という例を見せるためであり、加えてモンスターでもこうして人の目は欺けるのだから新しく人材を登用する時には気をつけた方が良いかもしれませんと王様には進言しておいた。

 

(原作だと魔王軍の手の者が潜入して覇者の剣もすり替えられて盗み出されるからなあ)

 

 これを防ぐために先手をとったというのもこのロモス行にはあった。

 

「王様、俺はどちらかと言えば呪文を主体に戦う魔物。この剣を持つのには本来相応しくありません。ですから、魔王軍との戦いが終わったら、この剣はお返しすることを誓わせていただきます」

「……あいわかった。じゃが、返すというのであれば、そなたは必ず生きてこのロモスへと戻ってくるのじゃぞ?」

「……はい」

 

 メラゴーストって時点で一度死んでるというか、生きてると定義していいのか微妙な気はしたが、俺は余計なことは考えず頷いておく。

 

「うむ。さてと、話を聞くにそなたはこれより武器を失ったという新たな仲間の元へ戻るつもりじゃな」

「そうですが……」

「あれもここへ」

 

 それが何かと問おうとした俺を前に王様は脇の騎士に何かをとってくるよう命じ。

 

「来たようじゃな」

「は?」

 

 運びこまれたそれを俺は思わず二度見した。なぜなら、それはやたら見覚えのある武器であったのだから。

 

「これって」

「うむ、敵将クロコダインの残した斧じゃ」

「ああ、それで見おぼえが……」

 

 口ではそう言いつつも、何でこんなところにと思った俺だったが、よくよく考えると原作でもクロコダインの愛斧はダイに素手で刃の部分を一部砕かれた上投げ飛ばされた時に手放し、当人は武器を失った状態でお城に置いた穴から落ちて言った気がする。つまり、武器を残していったことは不思議でも何でもなく。

 

(次に斧を使ったのってヒュンケルを助けた時だったっけ)

 

 敵地に残してきたモノを回収した上で修復するような時間やツテがあったとも思えないので、たぶんあの斧にはスペアがあったと考えるのが妥当か。

 

「戦利品として保管しておいたのじゃが、ここにあるより勇者一行が持った方が役に立つじゃろう」

 

 持ってゆくがよいと言われた俺は機械的にありがとうございますと答え。

 

(どうしよう、この斧)

 

 礼は言いつつも運用方法を思いつけなくて、内心頭を抱えていた。

 

(メラゴダイン専用に持っておくのも一つの手かもしれないけど、非力な元の俺には持ち運ぶだけでも消耗しそうだし)

 

 本物ダインに返しても困惑されそうな気がする。

 

(もう失ったモノと見て新しい斧を持ちだしてたとしたら、ダブるし……かと言ってダイは師匠に剣技しか学んでないもんな)

 

 やはりちょうどいい使い手は思い浮かばないが、礼を言ってしまった以上返すわけにもゆかず。

 

「うぐっ」

 

 流石に巨漢のクロコダインが持っていた斧と言うべきか。それなりの重量があり。

 

「はぁ、ダイに変身しててよかった」

 

 これがポップだったら持ち上げるのも無理だったかもしれない。

 

「それでは王様、ありがとうございました。俺はこれで失礼します」

「うむ、行けメラゴーストよ」

 

 頭を下げた俺は頷く王様に見送られてお城を後にし。

 

「ふぅ、これでモシャスがとけたら次はルーラで移動だけど……とりあえず運搬役にもう一人俺が必要そうかな」

 

 覇者の剣は鍔の部分が可燃性の素材ではなさそうだし、クロコダインの斧も刃と刃の間に金属製の弧のようなパーツがあって掴めるところのあるデザインではあるが、あくまで持つことができるだけの話だ。

 

「運搬、運用要員をかわりばんこに負担する……二人でも回せるけど、理想を考え……あ」

 

 ぽふんと煙が発生し、俺は元の姿に戻る。

 

『って、わわっ』

 

 当然ダイだった時の腕力は失われてあわや武器に潰されかけ。

 

『とりあえずルーラで飛ぼう』

 

 いきなり腕力が低下したことで支え損なった武器の下から抜け出すと、俺は呪文を唱えた。目的地はデルムリン島だ。

 

(あそこなら、ザボエラに攫われたときに残してきた分裂した俺が居る筈)

 

 師匠の結界がまだ残って魔王軍の軍団長クラスならともかく監視用の使い魔が入りこめないあの島は魔王軍に知られたくない魔法の練習などには持ってこいの場所なのだ。元が同じ俺ならば、分裂した自分を何体か置いて修行させていても不思議はない。

 

「うおッ?! っ、何じゃ、メラゴースト君か」

『あ、ごめんなさい』

 

 到着したすぐそばにブラスが居て驚かせてしまったのは、俺にとっても想定外だったが。

 

「しかし、今日は重装備じゃな」

『ああ、えっとそれなんですけど……』

 

 俺は仲間に武器を届ける途中で、メラゴーストの身体が運搬に向かないので分裂した自分にモシャスで力のある別人に変身して運んでもらおうとやって来たのだと伝えた。

 

(あとは不死騎団の俺が育てていたって赤ん坊の行方を知ることだけど)

 

 ロモスに赤ん坊が来た様子はなく、消去法でマァムの故郷かこの島かの二択になる訳だが。

 

(ここでブラスに聞いてもいいけど、島にいる俺なら知ってるだろうし)

 

 合流してそっちに尋ねればいいかと思った俺は、理由を聞いたブラスがこの島の俺を連れてきてくれるというのでそのお言葉に甘えることにし。

 

「すまんのう、ミルクの時間じゃったから寄り道させて貰ったんじゃ」

 

 思ったより連れてくるのに時間をかけたきめんどうしの言葉で、赤ん坊がどこに行ったのかを尋ねる必要は消滅したのだった。

 




四巻の裏でオリハルコン製の装備を手に入れるって早すぎやしませんかねえ(白目)

次回、五話「復活の魔鎧」に続くメラ。


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五話「復活の魔鎧」

『ありがとうございました』

 

 分裂した俺を連れてきてくれたブラスに礼を言い、後はこちらの話ですし赤ん坊の方を見ていてあげてくださいと帰るよう促せばブラスは俺へあいさつをしてすぐに帰って行った。

 

『しかし、なんだろうなこの安心感。やっぱり既に一人育てた実績は違うというか……うん』

『しみじみしてるのはいいけど……A、俺を呼んだ理由は?』

『ん? あれ? 聞いてない?』

 

 その背を見送った俺はブラスに連れてこられた俺に声をかけられ我に返って聞き返したが、口にした答えはそれだけとは思えないというもの。

 

『Aのことだからきっとろくでもないこと思いついたんだろうなって』

『ちょ』

 

 別の俺からの俺の評価が酷い。

 

『いやまぁ、色々やらかしてはいるんだけどさ……それにしても、こう、なんと言うか』

『ならさっさと話す。違うなら言えるだろ、何するつもりなのか』

『うぐぐ』

 

 謎の敗北感を感じつつ俺が明かしたのは、師匠の仲間に弟子入りして後で合体することで複数の職業の強みを統合したパーフェクトな俺、いわば完全体になる計画だった。

 

『おかしいな……Aの発想にしてはまともに聞こえる』

『おィ?!』

『とは言えガバガバな上に弟子入り断られる可能性もあるわけだからこんなものか』

『ぬぐぐ……』

 

 あまりな言いぶりに声をあげてもまだ続く辛辣な評価へ俺は屈辱に震えたが、ここで協力を拒まれるのは避けたい。

 

『漸く平穏に過ごせると思ってたんだが、まあ俺だけ良い目を見るのもあれか。けど、今回だけだから』

 

 ぐっと不満を堪えていた甲斐があってか、その俺は同行を承諾してくれて。

 

『というか、今更かもしれないけどお前の名前というか識別名は?』

『A5。紙の大きさみたいとか言ったら殴るから』

 

 本当に今更ながらの問いへこちらの感想へ先回りした上でA5は答えた。

 

『しかし、5か。俺も気づかない内に相当増えてたんだな』

 

 不死騎団に拾われた俺ことBナンバーがかなりの数だったし、その一部と合流した氷炎魔団に加わっているって話のCナンバーのことを鑑みるに、三十名以上の俺がいるのは確定している。

 

『ひょっとして三桁を超えてたりはするんだろうか?』

『否定はできないかもな。不死騎団と氷炎魔団のスカウト漏れしてる野生の俺が残っていたとしたらギルドメイン大陸だっけ? あっちに残ってるのが増えてても驚きはしないし』

『うわぁ』

 

 A5の意見に俺の目は遠くなり。

 

『それはそれとして、クロコダイン達を待たせてるんだろ? 出発すべきでは?』

『あ』

 

 指摘を受けて我に返った俺はA5にモシャスでの変身を頼む。

 

『いいけど、誰になればいい?』

『ダイかな。クロコダインはロモスの騎士が居るこの島だと気まずいし、ヒュンケルも一時ここで囚われてたわけだから』

 

 武器二つを持てて、あの二人を驚かせない相手となると他に思いつかず。

 

『了解、モシャスッ!』

 

 ポンッと煙が生まれて、晴れた中から出てきたのはまさにダイそのものの姿のA5で。

 

「じゃ、行こうか。……この手伝いが終わったら俺、またここでのんびり暮らすんだ」

『いや、何故そこでフラグ立てるし?!』

 

 武器を担ぐA5の言葉に俺は思わずツッコんで。

 

「いや、こういうのって逆にフラグ立てておくと生き残れるって聞い――」

『この時俺は何故A5を止めておかなかったのかと後に後悔することになる……』

「ちょ、そっちこそ縁起でもないナレーションすんな! って、熱っ?!」

『ふはははは、人の子の身体でメラゴーストに掴みかかって来るとは実に愚か』

 

 そんな風に冗談をいいあって騒いでいたからだろうか。

 

「ウホ?!」

「あ、ごめんなさい」

『すみません』

 

 何事かと姿を見せたこの島の猿系モンスターに俺達はそろって頭を下げる羽目となり。

 

「余計な時間を食った。今度こそ出発を」

『うん。ルーラッ』

 

 流石にここで言い争って同じことを繰り返すつもりはなく、瞬間移動呪文を唱えた俺はA5と共にクロコダイン達の元に飛び。

 

『ただい……ま?』

「むッ、戻って来たか」

 

 帰還を告げる途中で、立っていた二人の内ヒュンケルを二度見したところでクロコダインが声をかけた。

 

『えーと、ヒュンケルが怪我がどうのって以前に完全武装してるんだけど……ヒュンケルの鎧って砕けて溶岩に呑み込まれたんじゃ?』

「うむ、それなのだがな」

 

 原作知識で復活して主の元にやってくることは知っていたが、敢えて驚いたように問えば、クロコダインは語ってくれた。ヒュンケルを説得し、ヒュンケルがダイ達と共に戦う意志を見せたところで呼ぶような音が聞こえ、音の元に向かうとヒュンケルの失った剣の魔鎧が完全復元した形でそこにあったのだと。

 

『あれ? それじゃ、俺って無駄足だった?』

「うん? 無駄足と……それはッ?!」

『あ、うん。クロコダインがロモスのお城に残していった斧。それから、こっちはロモスのお城から借りてきたオリハルコン製の剣ね。ヒュンケルの武器がないと困るんじゃないかって寄り道して持ってきたんだけど』

 

 遅れて運んできた武器に気が付いて目を見張るクロコダインに俺は説明するのだった。

 




次回、六話「出立」に続くメラ。


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六話「出立」

「すまん、わざわざオレの為に……。だが、わざわざオレのところに戻ってきてくれたこの鎧の魔剣の気持ちを裏切る訳にはいかん」

 

 俺の説明が終わると、ヒュンケルは持ってきた剣と斧を使うことを謝辞し。

 

『それじゃ、クロコダインは? この斧は元々クロコダインのものだし、二刀流ならぬ二斧流だってその腕力なら可能だと思うけど』

「むう……」

 

 ヒュンケルとは違い、こちらは元々本物ダインの愛斧なのだ。

 

(思い入れもあるかもしれないし、それよりなによりクロコダインが受け取り拒否した場合、運用できる人物がいないんだよな)

 

 メラゴーストの俺では持つのも厳しいし、モテたところで体格的にも両手斧扱いにしないとバランスが取れないと思う。

 

『俺はモシャスして剣の方を使うつもりだからさ』

「そうか。そこまで勧められて断るのも失礼か。わかった、真空の斧はオレが使わせてもらうとしよう」

『よかった』

 

 持ってきた努力がふいにならず、かつ斧の使い手が見つからず浮いてしまう事態を避けられた安堵に俺は胸をなで下ろし。

 

『これで俺も思い残すことなく旅立てる……って言いたいところだけど、出立の前に一つダイ達のこと以外でお願いしてもいい?』

「願い? なんだ」

『うん、二人の技を見てみたいんだ。モシャスして技を借りることがあるかもしれないから、その時の精度向上の為に』

 

 俺はそう補足して技の披露を願い。

 

「なるほど、そう言うことであれば」

「協力しよう。おまえには借りもあるしな」

『借り?』

 

 頷く二人の内ヒュンケルの方の言葉に何かしたっけと首を傾げれば、これだとヒュンケルが取り出したのはどこかで見た巻貝。

 

「この父の遺言状……地底魔城にこの鎧の魔剣と共に失ったとばかり思っていたが、気が付いたら近くの物陰に置いてあってな」

『そう……けど、ゴメン。こういう時に言うのはあれだけど……それを回収したの、俺じゃなくてヒュンケルの部下だった方のメラゴーストだと思う』

「何ッ?! しかしあいつらはフレイザードについていった筈」

 

 流石に別の俺の命がけの努力の結果を奪う訳にもいかず、俺が明かせばヒュンケルは驚きの表情でこちらを振り返り。

 

『それ、分裂した個体だったんじゃない? あのフレイザードって奴、何するかわからないタイプに思えたし』

 

 実際、地底魔城はフレイザードのせいで溶岩の底に沈んだのだ。

 

『俺達メラゴーストには溶岩も効果ないし、分裂した自分についていかせて目を誤魔化していざとなったらヒュンケルを助けようとしてたんなら辻褄は合わない? 実際はその前に俺が助けちゃったから真相は闇の中だけどさ』

「あいつら……アバンのことといい、オレの目はどこまでも節穴だったようだ」

 

 ふいにヒュンケルがこちらに背を向けてぼそりとこぼし。俺は空気を読んでヒュンケルに背を向ける。

 

(誤解も解けてめでたしめでたし、でいいのかな。後で余計なことしやがってって殴られそうな気もするけど)

 

 遠くを見てるとピンクのワニさんが頷きつつ尊敬の目を向けてきてた気がしたけど、きっと気のせいだろう。斧を取り戻してくれた感謝の視線だったに違いない。

 

「さて、ではまずオレから技を放とう。準備はいいか?」

『あ、うん』

 

 クロコダインも空気を読んだようで、ヒュンケルを残したまま俺へ尋ねて来たので頷きを返し。

 

「俺もいいよ」

「あ」

『あ』

 

 想定外の方向から聞こえてきた声に俺と本物ダインの声がきれいに重なった。

 

「『あ』って……そりゃないよ。話の邪魔になんないように自主的に少し離れてたけど、今のって完全に俺の存在忘れてたよね?」

「すまん。しかし、こうしてダイの姿をとられていると本当にあいつがここに居るようだな」

『こう、似せようって意識からか時々無意識にそれっぽくしゃべろうと思っちゃう時とかあるからなぁ……さっきの「そりゃないよ」とか本物っぽかったし』

 

 モシャスがとけていなかったからだろう、ダイの姿でほっぺたを膨らますA5に俺達は謝り。

「さてと、それじゃ、見せて貰おうかな」

「うむ」

 

 A5が促すとクロコダインは徐に鎧の肩アーマーを外しだした。

 

『あっ』

「あー」

 

 その様子に俺達が声を上げたのは、クロコダインの技について覚えていたからだ。

 

(そう言えば、クロコダインの技って腕が肥大化して肩アーマーが吹っ飛んだんだっけ)

 

 実戦ならいざ知らず、壊れるとわかっているなら脱ぐのは当然のことであり。

 

「ではゆくぞ、むうううううん!!」

 

 肩アーマーを外したクロコダインが力めば腕の筋肉が隆起して腕自体も肥大化。

 

「ぐぬわあああああッ!!」

 

 鱗があるはずの肌に血管が浮かびあがり。

 

「うがあああっ!!」

 

 右腕に闘気を集中させた獣王が咆哮を上げる。

 

「括目してみよッ! 獣王痛恨撃っ!!!」

「わっ」

『うわっ』

 

 前方に突き出した腕より放たれ、地面を抉りながら進むソレに俺達は思わず声を上げるが。

 

「では、次はオレだな」

「え」

『え』

 

 クロコダインの技に気をとられていたが故にいつの間にか近くに来ていたヒュンケルに俺達は気づけなかった。

 

「ゆくぞ、ブラッディ―スクライドッ!!」

 

 鎧から剣を外してヒュンケルの放った一撃が、獣王痛恨撃同様に余波で地面を抉り、削り。

 

「ありがとうございました」

『ありがとうございました』

 

 俺達は二人に頭を下げた。

 

「なに、大したことはしていない」

「ああ」

 

 謙遜するクロコダインと頷くヒュンケルに俺達はそんなことはないと首を横に振ってからそろそろ出立すると告げ。続けてダイ達が窮地に陥るようなことがあれば力を貸してほしいとも言い添える。

 

「できるだけ早く修行を終えて合流するからさ」

『ダイ達のことは頼みます』

「わかった」

「任せておくといい」

 

 承諾する二人にもう一度頭を下げてから、俺は呪文を唱える。

 

『ルーラ!』

 

 目指すはネイルの村。そこで一人分裂してマァムの母に弟子入りを請うのだ。

 




次回、七話「そう言えばあの村で覚えてるところって村のど真ん中なんじゃ」に続くメラ。

タイトルの時点でやらかしがわかるとか斬新だなぁ。(白目)


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七話「そう言えばあの村で覚えてるところって村のど真ん中なんじゃ」

「そう言えば、あの村で覚えてるところって村のど真ん中なんじゃ」

 

 A5にそのセリフは出来れば呪文が完成する前に行ってほしかったというのは酷だろうか。

 

『え゛』

 

 思わず振り返ったときには周囲の景色は変わっており。

「うわぁ、メラゴーストだ!!」

「モンスターだ! モンスターが現れ――」

 

 たまたま居合わせた村人が驚き悲鳴を上げ出したところだった。思わず固まってしまう俺だったが。

 

「って、メラゴースト?」

「と言うか、よく見たらマァムと一緒に旅立った子も一緒じゃないか、ということは……」

 

 ダイの姿にモシャスして荷物持ちしてるA5が一緒だったからだろう。

 

「ダイと一緒に居る=悪いメラゴーストじゃない、もしくはあの時のメラゴースト」

 

 そんな認識があったようで、逃げようとしていた村人達は足を止め。

 

「なんじゃ、この騒ぎは……うん? 君達は」

 

 村人の悲鳴が聞こえたのか現れた老人が俺達の姿を認めて目を丸くし。

 

『えーっと、って俺が言っても伝わらないか。A5、説明頼む』

「あー、そうなるよなぁ。騒がせてごめんなさい。実は――」

 

 説明を任せたA5は俺と分裂した俺が修行の為マァムの母親を尋ねてルーラでこの村を訪れたということを話し。

 

「パーティーにはマァムもいますけど、回復役が二人以上居た方が緊急時には対応できると思うんです」

 

 そう、僧侶の修行をしたい理由についても明かし。

 

「なるほどのう……確かに理に適ってはおるじゃろうが」

「魔王の意思を受けてモンスターが凶暴化するのではと言う懸念ですか?」

 

 不安材料を先回りで口にしたA5はこちらを見る。きっと、対策は考えて居るんだよなと言う確認の目だろうが、一応俺もその辺りは考えて居た。

 

『ちょっとだけ、不安もあるけど、大丈夫。モシャスッ』

 

 頷いた俺は呪文を唱えると、ポップそっくりの姿へと変身し。

 

「なんと?!」

「人に変身した?!」

「師匠に変身するか迷ったけど、あっちは完全にコピーできるかまだ未知数だから……っと、この薪借りますね?」

 

 驚く老人や村人をよそに近くの家から薪を拝借して地面に魔法陣を描き。

 

「邪なる威力よ退け! マホカトールッ!」

 

 唱えた呪文が結界を作りだす。

 

「うん、大丈夫。これはお試しだからすぐ消えるけど、全魔法力をつぎ込めば数日くらいなら持つだろうから」

 

 分裂した俺はその中で修行したり滞在してもらうことを俺は伝え。

 

「まさか……まさか、まともな対策を考えてただなんて」

「どういう意味ぃ?!」

 

 おののくA5に俺はツッコんだ。やらかすこともあるが、俺だってやる時はやるのだ。ともあれ、これで安全は証明できただろう。

 

(師匠の姿でモシャスはまだ実力方面までコピーできるかが確認とれてないしな)

 

 竜に変化する呪文であるドラゴラムは魔法使いでもかなり高等な呪文に部類されたはずだ。

 

(って、あれ? それを言うなら普通に使ってるモシャスも同じ高ランク呪文だよな? 色違いのモンスターが得意としてるから補正かかってるかもしれないけど)

 

 やはりモシャスで実力ごとコピーできるかは試してみるべきであるという結論に達しつつ俺は老人に向きなおるとマァムの母親の居場所を尋ね。

 

◇◆◇

 

「僧侶の修行を、ですか?」

 

 案内された先で俺達の話を聞いたマァムの母、レイラさんと言うそうだがレイラさんは首を傾げた。

 

「アバンさまのお弟子さんに、私が教えられることがあるかしら?」

「あ」

 

 そう言われて、俺は遅れて気が付いた。マァムもこの村に訪れた師匠の指導を受けていた時期があったのだ。つまり、本職のレイラさんより師匠の指導の方が優れていたということであり。

 

「構いません。複数の師に教わってこそ見えてくるものがあるかもしれませんし」

 

 それだけでなく、俺達の知らない師匠のことを話してほしいとも俺達は訴えた。例えば、師匠の仲間だったほかの人物の居場所など。

 

「強くなるヒントがあれば、手に入れて、強くなってダイ達の役に立ちたいですから」

 

 言っていることに嘘はない。ただ、俺自身は平穏にのんびり暮らしたくてそのためにもダイ達には勝ってもらわないといけないという事情もあるが。

 

「わかりましたわ。ただ、かわりと言っては何ですけれど、村に居る間は村のお手伝いもしていただけるかしら?」

「喜んで!」

 

 実際、そのお手伝いをするのは分裂した俺だが、指導が受けられると言われて俺は反射的に叫んでいた。

 

「それじゃ、俺は元の姿に戻って分裂してきます」

 

 今だ自由に分裂できない俺は障害物の多い場所を駆けまわるか、お互いに殴り合うしか手段がなく、それを人様に見せるわけにもゆかず、レイラさんに一礼すると村の外に向かって進み出し。

 

 

『じゃ、やるぞ!』

 

 モシャスの効果が切れた所で、俺は右腕を天につき上げた。

 

『まずは分裂だ。出来れば三体増やしたい。こことこの近くに居るって言う武闘家の元に修行に出す二人とダイ達の方へ差し向ける連絡要員兼魔法使いへの弟子入り要員だな』

『まぁ、戦士は故人だしそうなるか』

『加えて、師匠にモシャスして能力も扱えるかも試したい。うまく行けば、それでダイ達はまだ会得できてないアバン刀殺法第三の技も使えるようになる筈』

 

 これを下地に繰り返しで身体に覚え込ませれば、ダイやヒュンケルの姿でも第三の技が放てるようになり、うまく行けばオリジナルを越えられるかもしれない。

 

『もっとも、合流したころにはダイは空裂斬覚えてそうだけど』

『それでも覚えておく価値はありそうだな』

『ああ。問題は……俺達、師匠の技って海破斬は模擬戦でよく見せられてたけど、空裂斬は殆ど見た記憶がないんだよな』

『あっ』

 

 ただ、指摘されて思わず声を漏らしたのは、失念していたからだ。野良魔物退治で使ってた可能性もあるが、アバンストラッシュだとか空裂斬を必要にする魔物との遭遇なんて稀だったし、師匠が空裂斬を使わなくてもポップが呪文で対処できてしまった例もある。

 

『少ない記憶のうろ覚えからどこまで再現できるか、だな』

 

 遠い目をするA5に目標は割と遠いと知らされた昼下がりだった。

 

 




次回、八話「後は任せた」に続くメラ。



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番外11「そのころのとある場所(C6視点)」

予告になかった番外をゲリラ的にぶっこんでみる。

ただし、いつもの6割程度の文章量しかなく短めです。ご了承ください。


 

『……死ぬかと思った』

 

 俺はオーザムの城、謁見の間で一人、安堵の息をついていた。

 

(北の勇者ノヴァとか、覚えてるかよ本当に)

 

 オーザム奪還を試みる人間達を追い払うべく配置していた部隊がいくつも壊滅し、生き残りからの報告を受け取った俺は即座に確保していた王族を盾に取ることで、窮地を何とか乗り切った。その時忌々し気に俺を睨んだ若い男が居たのだが、周囲の人間の言ったことを統合すると、リンガイアからオーザム奪還の援軍に来た人物で、ノヴァと言う名であるらしい。

 

(そこまで聞いてようやく俺も思い出したんだけどさ。と言うか)

 

 原作だとオーザムが壊滅し生存者がゼロだったから奪還の軍勢に加わって姿を見せるという展開がなかったのだろう。

 

『「リンガイアには魔王軍最強格の軍団が進行中なのに、こんなところに居ていいのか」的なことを部下を介して聞かせたら、帰っていったけど……うん』

 

 たぶんリンガイアも今頃その最強格の軍団によって滅んでいることだろう。だから、先のノヴァなる男がこっちに再び攻めてくることはないと思うが。

 

(危なかった。C3が王族盾にしようって提案してなかったら、フレイザードの留守を預かってる部隊は俺含めて完全に全滅してたわ)

 

 難民と化した国民を押し付けた上、他の魔王軍の軍団に襲われているかもうすぐ襲われる各国に滅んだ国を助ける余裕などないだろうと、今オーザムにはわずかな戦力しか残されていない。

 

(フレイザードがパプニカ攻略とダイ抹殺に動いてるってのもあるんだけどさ)

 

 他のCから始まる識別名の俺達も駆り出され、このオーザムに残ってるメラゴーストは俺とC3の二体だけだ。

 

(フレイザードについていった方の俺達がAと接触して事情を伝えて、フレイザードがダイ達に討たれれば俺達も自由の身。それまでの辛抱だ)

 

 原作は確か大魔王討伐までに数か月しかかからない駆け足の大冒険であったと俺は記憶している。

 

(C3が難民押し付けて食料事情とかを悪化させてやろうなんて提案したのもその辺が理由なんだよな、おそらく)

 

 大量の難民が各国の食料を食い潰して食糧難を起こす前に魔王軍との戦いに決着がついてしまうのだ。戦いが長期化するなら相当の被害が出ていたであろうが、フレイザードはもうすぐダイ達とぶつかる筈であり。

 

(ダイ達がフレイザードを討ったなら、俺達がここから逃げ出してオーザムは奪還され、国民が戻ってきて難民も消滅する)

 

 たぶんC3はそこまで図面を引いてフレイザードに献策していたはずだ。

 

(魔王軍の軍団もダイ達に順調に撃破されて減って行くはずだし、オーザムが奪還された場合懸念材料はただ一つ……か。アレについてもどうするか話し合う必要はあるんだろうな)

 

 もっとも俺は脆弱なメラゴーストでしかない。謎の大活躍と言うかやらかしをしてるAみたいな強さもないのだ。きっともうお役御免であろう。

 

(Aみたいにアバンに鍛えられた訳じゃないし、弱いのは不安だけどさ)

 

 強くなる方法がないというのは、戦いから遠ざかれると考えるなら悪くないのかもしれない。

 

(もう少し、もう少しの辛抱だ)

 

 そうして俺は待ちわびる。自由を手にする日を。

 




尚、作者は原作12巻読んで慌てて書き上げた模様。

次回、八話「後は任せた」に今度こそ続くメラ。



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八話「後は任せた」

『ふぅ』

 

 ゲームで言うところのHPと言うモノが数値化出来るなら、今幾つくらい減っただろうか。俺はそんなことを考えて居た。

 

『流石と言うか、何と言うか。スクルトを重ねがけするとそれなりの力で殴ってるのに当たってもほぼノーダメージだな』

『油断するなよ? 当たり所悪くて「かいしんのいちげき」になると防御力無視の一撃になるんだからな、おっと』

『それはわかって、っ』

 

 実力込みの師匠に変身できるか、技の再現はなるかなど気になるところもそれなりにあったからこそ俺達は、まず殴り合い中に生じる分裂で数を増やすことに決め、補助呪文で防御力を高めた上で殴り合っていたのだ。勿論村人に見られない程度に村から離れた場所で。

 

『しかし、こう、あと一人が意外と遠いんだよな……増えた俺にも加わってもら、うぐっ』

『それやって増えすぎたらどうすん、って大丈夫か? おい、そこの俺達、悪いけどどっちかマァムかレイラさんにモシャスして回復呪文を』

 

 油断していたわけではない筈だが、いいパンチを俺が貰ってしまうと慌てて殴り合ってたA5が分裂で増えたばかりの俺に言い。

 

『じゃ、俺が。モシャス』

 

 変身呪文でマァムに姿を変えた新しい俺の片方が俺にそのまま回復呪文をかける。

 

「これでどう?」

『ありがとう、助かった。さて、あと一人か……』

 

 偽マァムに礼を言って俺は再びA5に向き直り。

 

「ねぇ、A。その残り一人だけど俺とこいつで増やしておこうか? 二人はカールに向かうつもりなんだし、これ以上消耗するのは良くないんじゃない?」

『っ、そう言われると』

「それに遅くなりすぎて暗くなったら、鳥のモンスターの姿で空が飛べるかどうかもあるし」

『うっ』

 

 呼び止められての提案と指摘に俺は言葉を失った。何一つ間違ったことは言っていないのだ。

 

「先に師匠の技を再現したりできるかを確認しよ? マホカトールで試せば、あの村も安全になるし、俺達もメラゴーストの姿でうろつける範囲が広がるからさ」

『そう……するか』

 

 結果的に俺は折れ。

 

『じゃ、師匠への変身担当は俺か』

 

 口を開いたのは偽マァムにならなかった方の新しい俺だ。

 

『モシャス』

 

 呪文を唱えて生じた煙の中に現れたシルエットはまぎれもなく師匠のそれで。

 

「ふむ……おおっ、これはグットですね」

 

 手を握ったり開いたりしてからこちらを見て、その偽アバンはメラゴースト君と俺を呼んだ。

 

『いや、そういうなりきり良いから。それより、その様子からすると』

「ええ。師匠のスペック、レベルだけなら現在のお、こほん。私たちより下だったようで、マホカトールの方は問題なく使えそうです。ので、問題はアバン刀殺法ですね。さて、危ないので少し離れて居てください」

『あ、うん』

 

 必要ないといっても師匠の振りは手放さず告げた新しい俺の言葉に従って俺が下がると、偽アバンは足元に落ちて居た木の枝を拾い。

 

「ではいきますよ。ブラッディ―スクライドッ!」

『ちょ』

 

 しょっぱなから全く違う技をぶっ放した。

 

「いきなり何やってんだ!」

『いらないんだよ、そういうボケ!』

『いや、原作じゃ絶対見れないって意味では貴重だけれども!』

 

 自分を殺すために編み出された技を使う師匠の図を見た残る俺達は、偽アバンに総ツッコミし。

 

「いやぁ、手厳しいですね。ですが、身体に覚え込ませた剣技の方なら別の姿でも使うことは可能なようです。とは言っても、どちらも同じ流派の剣ですから、獣王痛恨撃もこの格好で使えるかはちょっとまだ自信がありませんが」

『そういうのいいから。それより本題の方先にやって』

「うんうん」

 

 頭をかく偽アバンをジト目で見て俺が言えば偽マァムが腕を組んで頷き。

 

「わかりました。師匠に変身できたことで年甲斐なくはしゃいでしまったようですので、これは反省するとして……それでは行ってみましょう。アバン流刀殺法――大地斬ッ!」

 

 余計なことを言いつつも放たれた太刀筋はまぎれもなく師匠と同じモノ。

 

「そして、おなじみの海破斬ッ!」

 

 模擬戦で何度も呪文を斬られて若干トラウマになりかけた二つ目の技を続けて放ち。

 

「さて」

 

 ポツリと漏らした偽アバンが目を閉じる。

 

『空裂斬、か』

 

 それは神から授かった以外の生命を持った邪悪な怪物たち、その邪悪な生命を断つ剣だ。

 

(ピンポイントに俺達みたいな相手を殺す技なわけだけど)

 

 だからこそ、模擬戦で師匠が俺に使ってくることはなかった。

 

(模擬戦でも喰らったら死にかねなかったしな)

 

 メラゴーストはヒャド系の初級呪文一発で即死する様な弱いモンスターなのだ。

 

「剣に正義の闘気を蓄積し、一気に敵の本体へ放つ」

 

 ブツブツ呟きつつ枝を左手に持ち替えてとったのは抜刀術の構えに近い。うろ覚えの原作知識にある動きをなぞろうとしているのだろう。

 

「A、とりあえず離れておこう。まかり間違って当たったら武器が枝でもメラゴーストの姿の二人は危ない」

『『あ』』

 

 言われて確かにそうだと思った俺が偽マァムの後ろに隠れれば、A5も同じように隠れ。

 

「アバン流刀殺法、空裂斬ッ!」

「ちょ」

『『ちょ』ルーラッ!』

 

 くるっと向き直った偽アバンは目を閉じたまま正確に俺達の位置を見ぬいて一撃を放った。

 

「あっぶな」

『A5、ナイス』

 

 とっさにA5が瞬間移動呪文で逃がしてくれなかったらどうなっていたことか。

 

「……とりあえず、後で分裂するまでアイツ殴っておくわ」

『『よろしく』』

 

 真顔の偽マァムに頼みつつ俺達は声を揃え。

 

『それじゃ、空裂斬が放てたのは確認したし、続きは旅の中で俺達も練習するからさ』

『後は任せた』

 

 偽マァムにやるせない気持ちを託すと、周囲に居るデルムリン島のモンスター達に何と説明するかを考え始めるのだった。

 




やったね、ダイより早く空裂斬完成だ!(白目)

次回、九話「おおぞらをゆくものたち」に続くメラ。

ちなみにデルムリン島でダイ達を鍛えてた時のアバン先生のレベルは36なのだとか。


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九話「おおぞらをゆくものたち」

「急に戻って来たかと思えば特訓中の事故で緊急退避とはのぅ」

 

 若干呆れた様子のブラスに俺達はただ、頭を下げた。俺達が戻ってきたと聞いて、赤ん坊を寝かしつけわざわざ様子を見に来たと聞けば、これは平謝りするより他にない。

 

『本当にすみません』

「ごめんなさい」

「いやいや、何もないというならそれが一番じゃわい」

 

 再度謝る俺達にブラスは片手を振ってみせ。俺達は顔を見合わせると一つ重く頷いた。

 

「戻ったらあの偽アバンぶちのめす」

 

 視線の意味を言語化するならそんな感じだろうか。もっとも、俺達はカールに旅立たないといけない為、偽マァムの俺に任せることになるのだろうが。

 

『では俺達はこれで』

『お邪魔しました』

「俺はロモスにしばらく滞在してこちらにも時々顔を見せますので、埋め合わせはその時にでも」

 

 口々にブラスや周囲のモンスターへ言うと俺がルーラの呪文を唱え。

 

「ぶべっ」

 

 俺は自分が思うよりイラッとしていたらしい。瞬間移動呪文の到着先は、偽アバンの真上だった。カエルがつぶれたような声を上げて下敷きになった偽アバンはポフンと煙を上げてメラゴーストの姿に戻り。

 

『俺もモシャスしておけば良かった』

 

 足があるが故に唯一元偽アバンを踏みつけている偽マァムを見てA5がボソリと呟いた。

 

『あー』

 

 気持ちはわかるというか俺もそうしたいかもとは思ったが、俺まで変身するとなるとルーラを使える人物にモシャスするより他なく。

 

(偽アバンが二人になったらややこしいもんな)

 

 モシャスで変身できてルーラを使え、足のある人物が師匠しかいないためにこれは断念せざるを得なかった。

 

「気持ちはわかるから、これは俺がもうちょっと踏んでおく」

『あ、うん』

『よろしく』

 

 絵面がマァムに踏まれる俺の図にしか見えないので俺達としてはちょっと複雑ではあったが、偽マァムの好意に俺達は頷き。

 

『さてと、変なところで時間を無駄にしてしまったし』

『俺達はゆくな?』

「うん、気をつけて」

 

 偽マァムと視線を交わし合った俺達は口をそろえ一つの呪文を唱える。

 

『『モシャス』』

 

 姿を変えるのは、クロコダインを掴んで運んでいたあの鳥の魔物だ。

 

「「クエ―ッ!」」

 

 一声鳴いて羽ばたけば、恐ろしく簡単に身体が浮き上がり、連続することでどんどん高度が上がってゆく。

 

「クエッ」

 

 行こう、とでも言ったのだろうか。

 

(惜しむらくはこの姿だと意思疎通ができなくなることだよな)

 

 呪文も使えるかもしれないが、クエと鳴くことしか出来ないため会話は成り立たず、せいぜい今の様に鳴き声で相手の注意を向けると言ったことしか出来ない。

 

(会話する時は元の姿に戻ればいいんだけど)

 

 遅れを取り戻す為にも暫くは飛び続けるだろうから、それはしばらく先の筈で。

 

「クエエエ」

 

 視線をちらりと下にやって眼下で手を振る偽マァムを見つけた俺は、一声鳴いて小さく旋回してから既に前方に居るA5の後を追う。

 

(早く飛ぶには……こう、かな? とりあえずA5に追い付かないと)

 

 まだ慣れるはずもない飛翔に試行錯誤しつつとにかくA5を追い。

 

(ふぅ)

 

 一息つけたのは、飛び方に慣れだしてA5の横につけた頃。

 

(しかし、空から見る景色って格別だなぁ)

 

 身一つで飛ぶからこそ味わえるパノラマに感動しつつ俺は飛び続け。

 

「クエエ」

「クエ?」

 

 不意に聞こえたA5の鳴き声でそちらを見れば、A5は顎をしゃくるような動きで眼下の一点を示していた。明らかに人工物、建物が海の近くに集まっていて。

 

(港町?)

 

 最初はそれがどうしたと言う感じだったが。

 

「クエ?!」

 

 一瞬おいて俺は思わず声をあげた。鳥の魔物の姿ではただの鳴き声になるだけだが、そんなことはどうでもいい。

 

(この港町って)

 

 原作での話だが、俺には見覚えがあった。原作で後々大魔王によって消し飛ばされる港町があったのだが、俺は港町であること以外どこの場所であるのか全く覚えていなかったのだ。

 

(そうか、ロモスにあったのか……よかった。最悪分裂したメラゴーストで偽魔王軍を作ってわかる限りの港町全ての住民を追っ払って一時的に占拠しないといけないかなとも思ってたけど)

 

 これでローラー作戦ともいうべき効率の悪いことはしなくて済む。

 

「クエエ」

 

 良かったという気持ちを鳴き声で表しながら俺は進路を修正する。横を向いたので進路が若干西にずれていたのだ。

 

(ロモスの北北西ってところかな)

 

 ただ港町の位置だけは忘れないように心に刻み。俺達はただただ飛び続ける。北へ、北へと。

 




次回、十話「アレックス」に続くメラ。


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十話「アレックス」

「クェッ」

 

 海だと口にしようとして漏れ出たのは鳴き声だった。

 

(たぶん、あれは内海みたいなモンだよな)

 

 脳内にロモスでパプニカへ向かう前に見たこの世界の地図を思い浮かべる俺の影が陸地を離れる。ここに来るまでに一度陸に降りて休憩も挟んでいるので、内海を渡り切る前に力尽きるということはないだろう。

 

(まっすぐ北上してるはずだから、地図が正しいならカールは海を越え陸地についたらすぐ真東の筈)

 

 もっとも、そのまま飛んでカールに向かう様なつもりはない。クロコダインが破れた上に勇者側へついたことでクロコダインが指揮していた百獣魔団は解体されていると思うが、いまの俺の姿はその百獣魔団に居た鳥の魔物のそれなのだ。

 

(魔王軍と戦争中なんだから魔物の姿で上空を飛ぼうモノなら矢や魔法が飛んできたって文句は言えないし)

 

 だからこそ俺達は海を越えたらどうするかを休憩中に話し合い、対策は立てていた。

 

「クエッ」

 

 鳴き声を上げたA5が示すのは、魔物に襲われたのかあちこちに損傷が見られる灯台で。

 

(目的のモノ、あそこにあればいいけど……よくよく考えれば師匠が使ってたでっかいランタンぐらい持ってくるべきだったんだよな)

 

 そう、俺達が欲しているのはメラゴーストの姿のもう一方を怪しまれずに連れて行ける偽装用の品。ちなみにこれで大きなランタンが手に入らなかったら、太めの木の棒に抱きついて松明のフリをするくらいしか思いつかなかったので、何としても見つかってほしいところだが。

 

(あれだけボロボロだと灯台守とかはもういないよな?)

 

 無断で失敬するとするなら好都合だが、魔物に荒らされていた場合、存在したランタンが壊されてる何てオチもありうる。

 

(さてと)

 

 大まかに灯台の上空を旋回すると俺は一声鳴いて降下を始める。灯台にお邪魔するためだ。

 

(遺棄された建物の中まで監視するほど魔王軍の使い魔も暇じゃないだろうし)

 

 建物の中なら人目を気にせず別の姿にモシャス出来るというものでもある。徐々に大きくなってくる灯台の入り口に向けてぶつからないように減速しながら俺達は降りて行き。

 

『お』

 

 ポフンと煙を出して元に戻ったのは、ドアの外れた入り口からピョンピョン跳ねて中に入って暫しのこと。

 

『じゃ、まずは俺が……モシャス!』

 

 すぐにダイの姿になると、床に転がっていた覇者の剣を拾ってからくるりとA5の方を向き直り。

 

「さて、探索開始といこうか。A5はそのままの姿で明り代わりよろしく」

『わかってる』

 

 俺の要請に答えたA5は念の為にとスカラの呪文を自分にかけてから階段を上り始め。

 

『けど、階段でよかったよな。梯子だったら俺もモシャスしないといけないとこだった』

「ああ。梯子、燃えちゃうもんな」

 

 同意してからA5の後ろをついて俺は歩き出す。

 

『それはそれとして』

 

 それからA5が唐突に口を開いたのは、螺旋を描く階段を幾らか上ったところで。

 

「うん?」

『本当にやるのか? あれ?』

「まぁ、ね。ザボエラに竜の紋章見せなかったのは俺の都合だから、穴埋めはしないと……今の俺はアレックス・ディノ。そして、勇者ダイのお忍びの姿って設定だ」

 

 この偽名については、ダイが実の両親からつけられたディーノと言う名を連想しやすいようにとチョイスしたもので、他に深い意味はない。そしてダイの顔は母親の面影があると原作で実父が語っていたので、この顔でディノなんて名乗ってれば実父はすぐ気づくだろう。

 

「紋章を出せるかは未検証だから、こっち方面から勇者ダイがディーノだって気づかせるくらいしか思いつかなかったんだよな。ただ、それにはダイの親父さんと顔見せしなければならない訳で」

 

 オリハルコン製の剣を持つ上魔王軍に居るダイの父親にいきなり一刀両断されないためにわざわざ同じオリハルコンの剣を借りてきたのだ。

 

「ヤバくなったらルーラで逃げるつもりだし、出来る限りの保険はしてきたんだから」

 

 失敗は許されない。

 

『保険ね。俺はもう嫌な予感しかしないんだが』

 

 遠い目をするA5をチラ見してから視線を戻した俺は階段を上りきり。

 

「あ。良かった。A5、それっぽいのあるよ!」

 

 予備の品か、埃は被っていたものの破損はなさそうなソレに近寄ってA5の方を振り返る。

 

『良かったって、俺の話聞いてた?』

「聞いてたよ? けど、ここまで来たらもう引き返せないし」

 

 引き返したらここまで来た意味だってなくなってしまうのだから。

 

「俺さ、割とあちこちでやらかしたり好き勝手やって来たからさ。その分の埋め合わせ、少しくらいはしておきたいんだ。そうでもしないと、こう、途中でフェードアウトした上で安全なところに引っ込んで暮らすの何て許されない気がしてさ……」

 

 せめて自分の身が危なくならない程度で、命を落とす人を救ったっていいんじゃないか。俺はそう思ったのだ。

 




自分の作った原作のずれの為、死地に飛び込む男、メラゴーストッ!(蜘蛛男っぽく)

次回、十一話「それにはつけないしおやつでもないけどここはカール」に続くメラ。



ダイの大冒険コラボ福引70連でピックアップ0だった闇谷はちょっとふて寝したい気分。


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十一話「それにはつけないしおやつでもないけどここはカール」

「ふぅ、ようやく人の居そうな場所にたどり着けた」

 

 ここはカールの国ではあっても国内の原作作中には出てこなかったような小さな村なのだろうが、それでもまだその村は健在で、灯台から歩くこと暫し。大きなランタンを片手で持った俺は村の入り口に立ちつくしていた。

 

「さてと、とりあえず情報を軽く集めて先に行こう」

 

 モシャスの効果時間の都合もあるが、俺のうろ覚えな原作知識ではこの国がたどる大まかな流れしかわからないのだ。

 

(現在の戦況確認は重要だし)

 

 問題があるとすれば、今の俺の格好がダイの姿であるということか。

 

(ダイがデルムリン島に流れ付いて十年ちょっとだっけ? 当初赤ん坊だったことを鑑みると、この格好の外見年齢って十代前半なんだよなぁ)

 

 つまり、情報収集でおなじみの酒場に足を踏み入れるには年齢が足りないのだ。かと言って、俺がモシャスで変身できて成人してる人間と言うと師匠くらいしかいない。ロモスで一度姿を借りた兵士だか騎士の人は接した時間が短すぎて本人を見てすぐとかでないと化けるのは厳しく。

 

(ヒュンケルは元魔王軍、ちょっと拙いことになるかもしれないからやはり変身は出来ないし)

 

 どうしようかと頭を悩ませたのは少しの間。

 

「……うん、そりゃ需要の関係を考えたら当たり前だよな」

 

 通りかかった村人に尋ねたところ、この村に酒場なんて洒落たものはないとのこと。どうやって入って情報を集めるか以前の問題だった。

 

「加えて俺ってよくよく考えたら一文無しだし」

 

 普段の燃える身体では革袋にコインを入れるような財布を持ってても燃えてしまうからこそなのだが。

 

「単独で行動するならもっと考えてから動くべきだった」

 

 ランタンの中から生ぬるい視線を感じるが、今更資金集めをするわけにもいかない。

 

「とりあえず通りかかる村人に話を聞いてから、先に進もう」

 

 已む得ずそう決断して俺は歩き出す。

 

「ちなみに、やたら独り言を言っているのはランタンの中のA5へ俺の意向を伝えるためであって、やらかしが気まずくて現実逃避してるわけではないことだけは敢えてここで言明しておく」

 

 誰に向けての説明だよ、と一瞬思わないでもなかったが、きっと自分に対しての言い訳なんだと思う。

 

「……中が空っぽの動き回る鎧、ね。と言うことは今、この国を攻めてるのは魔影軍団か」

 

 お城の方に用事があって向かおうとしたものの鎧の集団を見かけて命からがら引き返してきたという村人の言葉を聞き、俺は原作知識からこの国に侵攻している軍団の名を察した。

 

(軍団長は作中で遭遇したくない敵のナンバー3に入るけど、とある理由から当人が出張ってくる可能性は低かったはず)

 

 それもあってか原作だと攻めあぐねたところでハドラーから要請を受け、別の軍団が侵攻してくることになるのだが。その軍団長がダイの実父なのだ。

 

(つまり、現状は下手に手だしせず、見かけた殺されそうな人が居ればこっそり助けつつ、次の軍団が来るまでしのぐ、と)

 

 もっとも、話を聞いた村人がこの村に帰ってきて今に至るまでに状況が変わっていることは十分考えられる。

 

「とりあえず、カールのお城までは行ってみよう。最新の状況が知りたいし」

 

 入国税みたいなのをとられる可能性もあるが、その時は透明化呪文で踏み倒せばいい。

 

「と、その前に……」

 

 俺達は村を出ると、先の村人から聞いた場所へと向かった。何でも、村はずれから少しいったところに魔王軍の侵攻で放棄された木こり小屋があるそうなのだ。寄り道になるが、人目に触れずモシャスのかけなおしができそうな場所はありがたく。

 

「あった、あれだ」

 

 小屋にたどり着くまで時間はそうかからなかった。そして、小屋に入ってしばし後のこと。

 

『モシャス』

 

 ダイの姿に変じたのは、俺ではなく、A5。流石に長い間ランタンの中は俺もA5も嫌だったので交代制を取ることにしたのだ。

 

(次に俺が外に出るのは、お城と言うか城下町についた後か)

 

 先ほどは資金集めなどしている余裕はないという話だったが、待ちの姿勢をとらねばならないとなって事情が少し変わった。

 

「それじゃ、ここからは俺がアレックスだから」

 

 ランタンに入った俺に断りを入れたA5は俺入りランタンを持つと、小屋を出て周囲を見回しつつ歩き出す。

 

「敵と出くわしたら、俺だけで片付けるからその中で見てて」

 

 メラゴースト同伴の旅人なんて姿を魔王軍に知らせるわけにもいかないと考えたのだろうか。

 

(村の人が見かけたって話だし、このままお城に向かえば動く鎧の魔物に遭遇する可能性はあるはず)

 

 俺の記憶が確かなら、その鎧のモンスターはご丁寧に武器と盾まで持っている。俺達の狙いはまさにその武具だ。

 

(ゲームの方のさまよう鎧だと、そのまんまの呪われた鎧や銅の剣を落とした筈)

 

 そんな作中外情報と照らし合わせた結果、武器と盾なら普通の武具として売れると俺達は判断したのだ。

 

(まして今は戦時中。武器防具の需要は高い筈)

 

 売ったお金で財布を買って、残りは財布に入れ、ダイに変身してる方が持ち歩いて宿屋に部屋を一つ借りる。それが、俺達の今後の仮拠点となる訳だ。

 

「あ」

 

 などと言ってるそばからと言うべきか。A5の声に我に返った俺がランタンの中から前方を見れば、文字通りに道を彷徨う鎧の集団がそこにあり。

 

「アバン流刀殺法――大地斬ッ!」

 

 断末魔すら上げることなく、鎧の集団はバラバラに吹っ飛んだ。

 

「よーし、大量大量♪」

 

 A5は嬉しそうに浅いクレーターのできた場所へ近寄ると散らばった武具を拾い集め。

 

「ここが師しょ……先生の故郷か」

 

 それから何度かの戦闘を経て、背中に蔦でくくった剣の束を背負い、弁慶か何かを彷彿とさせる格好になったA5が声を上げる。前方に広がる町の向こうには城が見え、俺達は遂にカールへとたどり着いたのだった。

 




次回、十二話「カール勝利せり?」に続くメラ。


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十二話「カール勝利せり?」

「とりあえず、宿をとらないと……戦争中に部屋をとれるかはちょっと微妙だけど」

 

 キョロキョロ周囲を見回すA5の姿をカンテラの中から見つつ俺は声には出さず確かにと同意した。

 

(最悪の場合、負傷者を運びこむ野戦病院さながらの状態になっていることもありそうだもんな)

 

 少々見通しが甘かったのかもしれないと思いつつも、カンテラの中の炎のふりをする手前A5の様に周囲を見回すことは出来ず。

 

(もどかしいけどやむなしか)

 

 一人がメラゴーストのままなのは、モシャスの効果が切れそうになった時もう一方が変身して入れ替わることも考えてのことなのだ。

 

(宿が駄目ならそれはそれで人目につかないところに移動してどうするかを話し合うとか何とかするだろうし)

 

 上手く部屋が借りられることを祈りつつ炎のフリを続けること暫し。

 

「こんにちは。ええと、武器を売りたいんだけど」

 

 俺はA5の声にあっと声をあげるところだった。どこかの建物に入ったのは解かったのだが、よくよく考えたら拾った武器をお金に変えないと宿代がないのだ。宿の部屋を確保することに気をとられ過ぎて宿代のことを失念していたと言うのは迂闊も迂闊だが、A5はちゃんと覚えていたようだ。

 

(そっか、武器屋なのか、ここ)

 

 聞き覚えのない声で銅の剣なら一本六十ゴールドで引き取ろうという声がし。

 

「ろ、六十?!」

「ああ。見たところこの剣、攻めて来た鎧のモンスターが落としたものだろう? ここのところこれが持ち込まれることが多くてね」

「あー」

 

 A5の納得した声を聞きつつ、俺も炎のフリを続けつつそりゃそうなるよなと思った。

 

「いや、それだけ魔物を倒せてるってことはいいことなんだろうけど、これを研いで置いておいても全く売れなくてね。溶かして別のモノに加工しようにも鍛冶屋は今大忙しだ」

 

 故に通常より安い値段での引き取りになったということなんだろう。

 

「それじゃ、その値段でお願いします」

 

 ともあれ、ここでお金を手に入れないとどうしようもない。俺達はこうして銅の剣の束を売り払ってお金を手に入れ。

 

「あっ、財布が……すみません、財布ってどこかで扱ってます?」

「財布? 失くしたのかい?」

「いえ、仲間に預けてたんですけど相当古くなってて、お金も手に入るから買い換えようかなって」

「なるほど。雑貨屋だったらこの店の正面だ。財布ならこれぐらいあれば買えるから後の受け渡しはその後でいいかな」

 

 機転を利かせてくれた武器屋の主にA5はありがとうございますと言って店を出て行き。

 

「お客さん、ランタン置いたまま……ま、いいか。すぐ戻ってくるだろうし。さてと、とりあえずこの銅の剣をよいしょっと」

 

 武器屋の店主がA5の置いていった剣の束を持ちあげた時だった。

 

「おい、聞いたか! モンスター達が、モンスター達が逃げていったってよ!」

 

 戸口を開けて顔を出した見知らぬ男が叫んだ。

 

「へ?」

「あの空っぽの不気味な鎧たちが攻めるのをやめて引き上げてったのを見たってやつが居るんだ。きっと騎士様たちに散々ボコボコにされたからこの国を落とすのをあきらめたんだろうぜ」

「本当か?」

 

 驚きつつ問い返す武器屋の店主に男は自分のことでもないのに得意げにおうと答え。

 

「最強とうたわれたカールの騎士様たちが負けるはずもないだろ。カールは勝ったんだ!」

 

 カール万歳と快哉を叫ぶ男の話を聞いて、俺は察す。

 

(それ、撤退したんじゃなくてダイ達にぶつけるためにカール攻略の軍勢を一部下げただけなんだよね)

 

 くわえて魔王軍最強の軍勢がここに派遣されることを俺は原作知識で知っていた。

 

(普通なら軍を派遣するにも兵站とか考えないといけないし、行軍にも日数かかったりするけど……瞬間移動呪文とかキメラの翼とか移動時間無視するモノに心当たりが複数あるこの世界だとな)

 

 下手をすれば今日の内に次の軍団が攻めかかって来かねない。

 

「じゃあな、邪魔した」

 

 先の言葉を伝えることが目的だったかの様に男は出て行き。

 

「すみません、お待たせしました」

 

 かわりに戸を開けて戻ってきたA5が手にしていた財布を見せて、これに入れてくださいと言い。

 

◇◆◇

 

「ごめんください……あの、ここ宿屋ですよね? 部屋は借りられますか」

 

 財布を購入してからはとんとん拍子にことは運んだ。さっきのカールが勝利したという見解があってか、宿は通常営業を再開したようで、A5の言葉に愛想よく応じた宿の主人はどの部屋になさいますかと聞いてきたし。

 

「いやー、眺めの良い部屋が借りられてよかったな」

『うん』

 

 宿の従業員が下がった後、窓の外を眺めつつ俺はA5の言葉に頷いた。

 

「けど、これからだ。襲ってくるのは超竜軍団。ドラゴンで編成された魔王軍最強の軍団」

『とはいえこっちもオリハルコン製の武器がある訳だし、軍団長はともかく、配下のモンスターならやりようはある、と』

「自己再生能力のあるやつらは仕留めて、そうじゃない奴らは適度に負傷させて攻めの手を緩ませ、軍団長が出て来たら顔見せ、深入りはしない……そんなところ?」

『今のところは』

 

 どこまでそのプラン通りに行くかはわからないが、出来るだけ犠牲者は減らしたい。

 

「けどさ、こんなことやってるって知れたら、絶対ポップ辺りに怒られるよ?」

『あー、うん。だよね』

 

 A5の指摘に俺は目をそらし。

 

「それ以上に他の俺から袋叩きにされると思うけど」

『う゛』

 

 続く言葉に顔を引きつらせたのだった。

 




ちなみに、今話の部分ですが、原作のダイ達一行の場合「フレイザードに敗れて逃げ、マトリフに助けられ、ポップが修行を始めてちょっと経っている」くらいの時間軸になります。(四巻の真ん中くらい)

次回、十三話「出したり引っ込めたりする勇気1」に続くメラ。




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十三話「出したり引っ込めたりする勇気1」

「さてと」

 

 その後、武器屋に戻って覇者の剣の鞘を作ってもらったり、念の為に薬草を購入したりして俺達は戦いに備え。

 

「もっと早く鞘を作ることを思いついてたら、さまようよろいで空裂斬の練習ができたんだけどね」

『確かに失敗したなって言いたいところだけど、どこかの偽師匠みたいにこっちに攻撃飛んで来たら笑えないし』

 

 宿に戻るごとにモシャスでダイになるのを交代してアレックスになった俺の言にA5が相づちを打ち苦笑する。

 

「とは言え本格的に戦いが始まってから分散するのはいざというときルーラで逃げられなくなるから避けたいし」

『あー、難しいところだね』

 

 帯に短したすきに長しというものだろうか。

 

「やるとするなら、本腰を入れて敵が攻めてこないだろう侵攻序盤だけど。A5には連絡用の新たな俺を増やしておいて欲しいし」

 

 ここで死ぬつもりはないが、もしダイ達の元に戻れないようなことがあれば、せっかく得たあの港町の情報を伝えられなくなってしまう。

 

『ああ、情報を渡すなら早い方がいいか』

「うん。そういう意味でも俺が派手に暴れて敵のとカールの人たちの目を引き付けるからさ。あ、念のために透明化呪文くらいは使っておいてほしいけど」

『わかってる。メラゴーストって分類は明らかに他の軍団の魔物だけど、ミストバーンの配下と間違われても仕方のない見た目してるし』

 

 A5はすぐ頷くが、それも頭の痛いところではある。うっかり戦いの中でモシャスが解除されるとカールの騎士団から敵と誤認されかねないのだ。

 

(それもあるから派手に立ち回って敵を倒して味方ですよアピールしておく必要があるんだよな)

 

 敵の懐に潜むための偽装で大多数の味方を殺す者などいない筈だ。骨を回収すればすぐ復活させられる不死騎団時代のヒュンケルのような特例でもなければ。

 

『それでどっちに行く? 丘の上にあるお城か、この城下町の外か』

「いつ敵が来るか不明だし、外かな。お城は高い場所に見晴らしはいいけど、有事の際すぐに駆け付けられないし」

 

 自由に空を飛べるトベルーラの呪文でもあれば別なのだが、瞬間移動呪文は思い浮かべた場所に飛ぶ呪文であるため、イメージにズレが生じると想定していないところに飛んでしまう可能性がある。

 

(原作のポップがネイルにマァムを送ってく時に村じゃなくて最初に出会った場所に間違って飛んでしまったりしてたしな)

 

 緊急時に移動先ミスなど目も当てられない。

 

「それに、大立ち回りして目を引くなら真っ先に敵めがけて突撃して行けた方がいいからさ」

 

 カールの人々は知らないはずだ、別の軍団が差し向けられ襲ってくることなど。

 

『なら、先に街の外に出て分裂しておくべきじゃ? 分裂した俺に鳥の魔物か何かになって偵察して貰って敵が来てるってわかったら合図送ってもらうとか』

「それも考えたけど、その魔物自体が見つかることも考えられるし、遠くから進軍してくるの警戒してたら町の前にルーラされましたじゃ笑えないから」

『え、Aがそこまで考えて……今日はドラゴンが降る、は場合によって普通にありそうだし……ステテコパンツが降るな』

「どういう意味だよ、A5?!」

 

 こうやって軽口をたたきあえているのも、戦いの前の緊張を誤魔化す為か。宿を出て、ランタンをもったまま町の外に俺は向かう。名目上は宿代と路銀を稼ぐためのモンスター退治だ。カールの人々の視点だと落ち武者狩りのような残敵掃討と映るかもしれない。

 

「それじゃ分裂は任せたよ。今の俺だと手加減してもA5には痛いと思うから」

『わかってる。町の人に発見されるとまずいから、町から離れる形で駆けまわりつつ分裂する方向でいく』

「うん、とは言え明るいと人目を引くから始めるのはそれなりにはなれてからね」

『ああ、レムオル』

 

 A5が唱えた呪文によって姿を消し、俺は目をつむって集中する。

 

(なるほど、これがA5の気配かな?)

 

 ただ、それっぽいものを見つけようと集中だけして、ようやくといったレベルなので、まだ戦いには使えそうにないが、この感覚を研ぎ澄ませていけば空裂斬もやがて放てるようになるのだろう。さすがにやらかした偽アバンと違って俺はこの状態で技を放つつもりはないが。

 

「やるとしたら、さまようよろいでも視認出来たときでかつあいつが近くに居ないタイミングでだな……あ」

 

 そこまで考えて、俺はふと思う。ダイについてゆく別の俺、間違ってダイの未完成空裂斬で誤射ならぬ誤斬されないだろうか、と。

 

「だ、大丈夫。ダイはやるときはやる子だから。俺みたいなやらかしをすることは……あ゛」

 

 言葉の途中でふいに思い浮かんだのは、合図の火薬玉だか何だかのある倉庫を塞ぐ瓦礫をよりにもよって炎系の魔法剣で吹き飛ばして誘爆させた原作での一幕。

 

(あったーっ! やらかしの素質あったわー、ダイーッ!)

 

 どうしよう、急に不安になってきた。思わず頭を抱えたくなった俺だったが。

 

「っ」

 

 重い足音が聞こえて顔をあげれば、木々の緑に混ざる様にしてうねる巨体が垣間見えた。

 

「来た……」

 

 超竜軍団がいよいよ押し寄せてきたらしい。

 

(少し下がるか、ここだと町に離れすぎてて孤立するし)

 

 A5のことが少し気がかりではあるものの孤軍奮闘しすぎて数で押しつぶされたら話にならない。

 

(ダメージ受けすぎてモシャスが切れるのも拙いし)

 

 俺はドラゴンに気づかれないようにゆっくりと後ずさり始めるのだった。 

 




次回、十四話「出したり引っ込めたりする勇気2」に続くメラ。


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十四話「出したり引っ込めたりする勇気2」

 

「どっ、ドラゴンだッ!!」

 

 町の方だろう、誰かの声がした。それに続いて騎士団を呼ぶんだとか逃げろという声が上がり。

 

「グガアアアッ」

 

 おびえた声に触発されたかの如くどこかで咆哮があがる。

 

「あっちか!」

 

 俺はすぐに咆哮の聞こえた方へと走り出して。

 

「く、くそっドラゴンがなんぼのもんだ! 騎士様さえ来てくれりゃ、どうってことはねぇ! お前らは逃げ」

 

 聞こえる人の声の方向だけ確認して鞘から剣を抜き放つ。

 

「アバン流刀殺法――海破斬」

「へ?」

 

 横手で再び声が上がった気もするが、気にしてる余裕はない。俺が剣を振り切ると絶叫すら残せず斬りとんだドラゴンの首が転がり、頭部を失った身体は崩れ落ちながら慣性で前にすすみ、つんのめって派手に転倒した。

 

「うわあああっ?!」

「ごめんっ、ギリギリすぎて色々余裕が」

 

 本来なら負傷させるに止めるつもりだったが、殺されるかもしれないような人が居ると、そうも言っていられなかった。

 

「おれはアレックス、アレックス・ディノ! ここはおれが引き受けるから、騎士の人を呼びに行って」

「いや、けどよ」

「ドラゴンなら大丈夫、見てたでしょ? けど、誰かを巻き込まない保証までは出来ないから」

 

 早く、とせかせば、首を失ったドラゴンの死体という動かぬ事実があったからだろう。

 

「わかった! すぐに呼んでくるから死ぬなよ!」

 

 それだけ叫んで見知らぬ誰かの足音が駆け去っていった。

 

「さてと」

 

 ここからだ。

 

(流石オリハルコン製の剣。デルムリン島のダイはドラゴラムで竜になった師匠の鼻先を軽く斬りつけただけだったけど)

 

 俺がモシャスの呪文でコピーしたダイはヒュンケルとの戦いに勝利した後のダイだ。やろうと思えば魔法剣も使えるし。

 

(A5と合流すれば補助呪文の恩恵も受けられる)

 

 そろそろA5も分裂は終えた頃だろう。

 

(このまま戦いながらA5と合流して補助呪文をかけてもらえば、効率も上がる)

 

 とりあえず名も知らぬ誰かには俺と言うドラゴンと戦う存在は伝えたのだ。

 

「って、うん?」

 

 思わず声を上げたのは、その直後だった。前方の上空に何故か雨雲が集まりだしており。

 

「なる程、そっちに行けばいいんだね。それじゃ――ライデイーン!」

 

 剣を天にかざすとそこに稲妻が落ち。

 

「喰らえっ、電撃大地斬ッ!」

 

 放った斬撃が後続のドラゴン達の中心で爆発し複数の絶叫が上がった。

 

(ドラゴンの生命力なら纏めて複数にぶちかまして威力の分散したアレなら死んでない筈)

 

 それでも念のため、倒れ伏したドラゴンの一頭がピクピク痙攣してるのを確認して俺は視線を前方に戻し。

 

「ちょ」

「「フシャアアアッ!」」

 

 思わず声を上げたのは、多頭の竜がこちらを認識して威嚇の咆哮を上げていたからだ。

 

「ええい、こうなったら――ライトニングスクライドォッ!」

 

 電撃を纏ったままの覇者の剣で俺はヒュンケルの技を繰りだし。巻き込まれた幾本もの首が飛び散り、胴に大穴を開けた多頭の竜は倒れて動かなくなる。それどころか、後ろにいたドラゴンも右前半身をごっそりと抉られて悲鳴を上げて崩れ落ちた。

 

「うわぁ、魔法剣でブラッディスクライド放つとこんな凄まじい威力になるんだ……これまだライデインなんだけど……」

 

 上位呪文と合わせたらどれほどの威力になることか。

 

(竜の騎士恐ろしッ、ダイには逆らわないでおこう……うん)

 

 その父親と接触するつもりだったことは、とりあえず忘れようと頭を振り。

 

「と、とりあえずこのまま攻め手のドラゴン達に消耗を強いて攻勢をそご――」

『バイキルト……アレックス、はっちゃけすぎでしょ』

 

 次の獲物を探していたところで声がして、俺に補助呪文がかかった。

 

「い、いや。けど雨雲呼んだのはそっちだろ?」

『いや、そうなんだけど。予定外に二人増えちゃったんだけどさ、片方が「俺にいい考えがある」って言い出してね。ポップに変身したかと思えば雨雲呼び出して……確かに位置を知らせるにはよさそうだったよ。けど、異変を察してドラゴンも集まってきてさ。増えた二人はルーラで離脱したけど、俺はアレックス置いていけないじゃん? 透明になって逃げまわりながら雷が落ちたのみつけてここまで来たけど』

「うわぁ」

 

 とりあえずA5が苦労したのが解かって俺は微妙な表情になる。

 

『ともあれ、もうしばらく戦わないといけなそうだね。地面は任せていい?』

「地面?」

 

 俺が聞き返すとA5はあれと少し前方の空を示した。そこには黄色く細長い和風のドラゴンが体をくねらせており。

 

「スカイドラゴンか、ヒドラと言い攻撃初日にしては大盤振る舞いすぎない?」

『原作だと勇者ダイ討伐の総攻撃からハブられてこの軍団の軍団長って機嫌損ねてたし、八つ当たりの面はあるんじゃないかなぁ』

「うわぁ、迷惑……となると派手に暴れすぎても拙いか。気の立った軍団長の相手なんか普通にしたくない」

『うん、そこは同感』 

 

 ハハハと言うA5の乾いた笑いを聞きながら、俺は覇者の剣を構えなおすのだった。

 




ただの無双回でした。

いやあ、しかしライデインぶっ放すとこれはもう誤魔化せませんね。(白目)

次回、十五話「出したり引っ込めたりする勇気3」に続くメラ。


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十五話「出したり引っ込めたりする勇気3」

『あ、そうだ。ちょうど一緒に居るわけだし、あれも試しておかない? 軍団長専用の奥の手』

 

 A5がそう言い出したのは、俺が剣を構えた直後だった。

 

「え? あれってまさか……」

『そう、あれ。俺もモシャスしたことはあるし、おおよその勝手は解かってるから、維持だけお願いできる? 理論上可能なはずだし』

「あー」

 

 それはここまで来る途中の休憩中に二人で話し合って形だけ作ったモノ。だが、実際軍団長と刃を交える可能性のある今、やっておいた方が良いのは確かで。

 

「わかった」

『それじゃちょっと柄の先っちょに触れるね』

 

 頷いた俺に断りを入れ、電撃が消え始めた刀身へA5は呪文の力を注ぎこむ。

 

『ベ・ギ・ラ・ゴ・ンッ!』

 

 呪文の種類こそ違うが、各上呪文でやったらどうなるかの答えが、今まさに顕著した。極大の閃熱によってオリハルコンの刀身はまばゆい程に赤みがかった白い光を放ち。

 

『維持だけよろしくね』

「っ、わかってるけどぉ――」

 

 ライデインでさっきの惨状である。

 

(けど、原作のダイって竜の紋章出てる時、バギ系なら極大呪文扱えたような)

 

 何故使わないかと言う疑問が一瞬頭をよぎったが。

 

「グルアアアッ」

「わっ、そう言えば戦闘中だった?!」

 

 俺は飛びかかってきたドラゴンへ慌てて剣を振り下ろし。

 

「グギャアアッ」

「は?」

 

 アバン流刀殺法すら使わぬただの斬撃で襲いかかってきたドラゴンは断末魔を上げ、息絶えた。

 

『うわぁい、流石は極大呪文だー。凄いぞアレックス―、強いぞー』

「ちょ、現実逃避すんなって共犯者!」

『じゃ、現実に立ち返るけど……魔法剣の維持ちゃんとしないと。集中切れて消えかかってる』

 

 思わずツッコむ俺にA5はこちらに向き直るなり覇者の剣を示し。

 

「へ? うわわっ」

 

 俺は慌てて維持の為剣と剣にかかった魔法に意識を集中させる。

 

「はぁ、危なかった……」

 

 極大閃熱呪文は素の俺も使う呪文だからか、理論上可能なはずとA5が言った通りA5の手が離れても維持は出来ていたが、消えかかったところから持ち直すのはちょっときつかった。

 

「まったく、そう言うことはもっと早めに――」

『マヒャド! マヒャド! マヒャドっと!』

 

 言ってくれよと視線をA5の方に戻そうとすれば、上空目掛けて呪文を三連続で斉射するA5がそこに居て。

 

「シュギャアアッ」

「フシュアアアッ」

 

 黄色い龍達はA5の呪文を浴びて身体を凍てつかせ、風に乗る力を一時的に失ったことで絶望の色を帯びた断末魔を上げながら墜ちて行く。

 

『あの高さからあれだけの巨体で落ちれば、まぁ、まず助からないだろうし、一丁あがりっと』

「はっちゃけ過ぎとか人のこと良く言えたね、A5」

 

 俺は呆れ半分に非難の目を向けるもA5は仕方ないでしょと悪びれもせずに言った。

 

『この世界で電撃魔法を操れるのは、竜の騎士って呼ばれる存在だけ。そろそろ逃げないと、出てくるよ、軍団長』

「あ゛」

 

 同じ俺だというのにこの差は何なんだろうか。

 

「ちょっ、まだ心の準備が」

『だろうね。と言う訳で、今日は撤退するよ? ルーラッ!』

「あっ」

 

 少々強引に瞬間移動呪文に巻き込まれた俺だったが、抗議するつもりはない。

 

(むしろ助かったよな、今のは)

 

 ちらっと背中に剣背負ったオッサンが飛んでくるのが遠くに見えたような気がしたが、あれは気のせいだと思いたい。

 

『ふぅ、到着』

「っと」

 

 そして、A5の瞬間移動呪文で俺が連れてこられたのは、小さな木こりの小屋だった。

 

「そっか、ここならカールの城下町からあんまり離れてないし、村人に見つかることもない……」

 

 欲を言うならもう少しカールよりの移動先があればよかったが、この小屋から先では魔王軍のさまようよろいと幾度か出くわした。一時的に敵の勢力圏内になってる場所へ考えなしに飛ぶ愚をA5は避けたんだろう。

 

『大丈夫だと思うけど、村の方も気になったし、村の様子を見てから俺達の手が必要なさそうなら、さっきのドラゴンの群れに今度は後方から攻めかかるよ?』

「えっ」

 

 感心していたところでまた戦いに出ると聞いて俺はA5の顔を二度見し。

 

『軍団長はAにつられて前方に出張ってきてたし、派手に大きなのぶちかましてから、今度は撤退。それなりに敵軍に被害は与えたし、このまま被害を無視して力攻めとかまともな指揮官ならしないでしょ』

「そ、それはそうかもしれないけどさ」

『あとここから余計な会話は禁止ね。敵の軍団長に原作だとザボエラがくっついてきたはずだから。監視用の悪魔の目玉だっけ? あの使い魔はザボエラの部下だった筈だから、今後は監視の目が広がる筈』

 

 こっちの情報持ってかれるのは拙いでしょと言われるとぐうの音も出ず。

 

『あ、雨雲まだ残ってるからそっちはライデイン系の剣技でよろしく。軍団長がカールの方に向かってゆくと被害増えるから雷でこっちに誘引する意味も兼ねて』

「あー、うん」

 

 誘引に効果がありそうなのは思い知った後だけに拒否もできず。

 

「けどルーラは任せたよ? 捕捉されるわけにはいかないんだから」

 

 かわりに俺はA5に念を押したのだった。

 




次回、十六話「神出鬼没な謎の少年」に続くメラ。

本日もう一回更新するかは未定。


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十六話「神出鬼没な謎の少年」

『はぁ、昨日は生きた心地がしなかった……』

 

 あの後敵の最後尾に俺が未完成ライデインストラッシュをぶちかまし、A5がイオナズンを三連斉射した直後にルーラの呪文を唱え、俺達は戦線を離脱した。そして飛んだ先でランタンを回収し、モシャスの切れた俺がランタンに入ってダイにモシャスしたA5に回収されて、透明化呪文でカールの城下町に帰還。宿に戻って今に至る。

 

(けど、一時的にも退いたってことは流石に被害を無視できなかったんだろうな)

 

 俺が去った後駆けつけたカールの騎士団が残ったドラゴン達と戦ったようだが、まともに戦えないドラゴンもそれなりに居た上、指揮する軍団長は雷の落ちた場所へ急行して指揮どころではなく。

 

(散々振り回して俺達はルーラで姿を消し、残ったのは数が減って手傷を負った手勢。しかも一部が交戦中で被害が拡大するのは火を見るより明らか)

 

 姿を消した俺達がまたどこからか現れない保証もない。敵の軍団長からすれば業腹だったかもしれないが、手勢には脅威となる謎の敵が存在するという想定外の事態だ。

 

(俺が軍団長だったとしても一時撤退を選んだだろうな)

 

 そして、次に手を撃つとしたら、索敵だ。

 

(思いつく手段としては、捨て駒にここでも近くの村でもいいから襲わせておびき出し、敵を確認する。もしくは悪魔の目玉を大量に動員してあちこちを調べさせる)

 

 ザボエラが居るなら部下をモシャスでその辺の村人に化けさせて潜入し情報を探らせるなんて手を取るかもしれない。

 

(しかし、モシャスか……この世界のモシャスの呪文ってレベルが下の相手しか能力ごとコピーできないんだっけ)

 

 例えば最初にクロコダインと戦った段階で、俺は師匠を能力ごとコピーすることは出来なかった。ダイとヒュンケルが最初に遭遇した時、不死騎団のメラゴースト達と一旦合体することで得た経験値、そしてヒュンケルとの戦いで得た経験値、ダイとの模擬戦で得た経験値と実戦経験や修行などもろもろで得た経験でレベルアップした結果、師匠のレベルを超えてようやく実力や技まで模倣できるに至ったのだ。

 

(つまり、強者にモシャスして同じ強さになるにはその強者を超えたレベルに至らなければいけない訳で……簡単に強くなれないように上手くできてると言えばそうなんだけど)

 

 故に敵の軍団長と出くわした場合、その姿と実力を俺がモシャスするのは、たぶん無理だろう。

 

(けど、そう言う仕様で救われてる部分もあるんだけど)

 

 例えば魔王軍でこのモシャスの呪文の使い手であるザボエラは自身の保身を優先で考え、前線に立つのを避ける性格をしている。

 

(もし自分が矢面に出てきてガンガン実戦経験を積んでゆくやつだったら、モシャスで実力をコピーする相手はより取り見取り)

 

 俺の様に近接戦闘が向かなくても実力以下で近接戦に向いた同僚の姿と力を一時的に借りるなんてことができたはずだ。

 

(万が一を考えるなら、そこに気づかれる前に倒しておくのも一つの選択かもな)

 

 原作の流れを修正不可能レベルで変えてしまうのは間違いないので個人的には気が進まないが。

 

『それでA5、今日はどうする?』

「ん? あー、敵の動きを探るためにもいろいろするよ? まず人間に化けた部下に情報収集させてる可能性を考慮して、買い物ついでに神出鬼没な謎の少年の噂をばら撒く。『カールの北の方でよく見かける』みたいなちょっとした偽情報と一緒にね」

 

 A5曰くこれにつられるようなら敵の使い魔なり人に化けた敵が潜入している可能性があるってことだからと続け。

 

「その上でここから北の方を見に行く。もちろん透明化呪文をかけた上でね。後は敵の出方次第かな? 軍団長が居たらスルーして帰ってきてもいいけど」

『居なかったら?』

「それこそ敵次第。敵が居るなら広範囲を攻撃できる強力な呪文や技で不意打ちしてからとんずらとか。脅威が敵軍団長一人だから、分裂とモシャスでライデイン要員複数作って錯乱するのとかもありかも」

『一時は効果ありそうだけど、それ多用すると敵の軍団長がブチ切れしかねないし、モシャスのからくりに気づかれない?』

 

 そう俺が指摘すると、じゃあこれは無しだねとA5は案を引っ込め。

 

「それで、A。今回の戦いの落としどころはどう考えてる? 軍勢の方はどうにかなっても、軍団長には勝てないってのはAもわかってると思うけど」

『うーん、やっぱり原作の通りカールの女王様だっけ? とにかく王族には落ち延びてもらうしかないと思ってる。だから、ある程度戦って敵に本気を出させ、カールの人達に勝ち目がないことを知ってもらった上でお城を捨てて逃げ延びてもらう、みたいな』

 

 俺が昨日の戦いで敵軍に犠牲を出したのも、それが理由の一つだ。

 

「なるほどね。けど、それって敵軍団長の強さをカールの人達が知る必要が出てくるよね?」

『俺達が敵と戦うのをやめれば、必然的に戦いの矢面に立つのがカールの人達になる筈。さっきの神出鬼没と絡めて「その少年は助けを乞われてここ以外の町や村に向かった」ってことにしておけば』

「ここが攻め時であり『苦戦すれば噂の少年が駆けつけるかもしれない』と敵の総攻撃を誘う訳か……それ、俺達でカバーできないから犠牲は出るよ?」

『けど、これしか思いつけなかった……よそ者が「敵わないから逃げてくれ」っていっても聞いてくれると思えないし』

 

 そう、と短く漏らしたA5はちらりと窓の外を見る。

 

「噂を撒いて、それに引っ掛かるかの確認に一日。この日に介入を減らして他の町や村に姿を見せるとして、決戦は早くて二日後か」

 

 窓ガラスに映るダイの顔をしたA5に俺は無言で頷いたのだった。

 




尚、バランのレベルは45だそうです。フレイザードが35。

主人公、届いてるか本当に微妙なところ、なのかなぁ?

次回、十七話「プチ遠征」に続くメラ。


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十七話「プチ遠征」

「何ともわかりやすい待ち構え方をしてくれるよ、本当に」

 

 翌日、俺がそう漏らしたのはカールから北にあるザババの港町へ向かう途中、見晴らしの良い場所で腕を組んで単身佇む男の姿があったからだ。背に剣を背負った男の名は、バラン。今カールを攻めている超竜軍団の軍団長にして昨日落雷で俺達が振り回した相手でもある。

 

『しかも向いてる方向がザババとか。これは確実にザババが襲撃されてるよな』

 

 おそらく遠目でも落雷が見えればまっしぐらに向かう為であり、カールから騎士団が救援に来た場合、一人で片付けるためでもあるのだろう。

 

「超一流の相手だ。姿が透明でも気配とかで気づくこともありそうだし、不意打ちは不可能。なるべく遠巻きに迂回してザババへ」

『了解』

 

 相手は魔王軍で戦いたくない相手の五指に入る強者だ。俺の言葉にA5も同意して俺達は迂回しつつザババを目指して進み始める。

 

(こういう時素早さを増加させるピオリムの呪文があればと思うけれど)

 

 あれは僧侶の呪文。この世界で能力増強系の補助呪文の使い手が確認できない今、ただのないものねだりだとはわかっていても胸中で漏らさざるを得ず。出来うる限りの速力で先を急げば、やがて見えて来たのは立ち上る煙。

 

『見えた、アレックス剣を』

「うん」

 

 頷き差し出す覇者の剣にA5がかけるのはマヒャドの呪文。

 

『爆音や炎だと雷ほどでなくてもバランに気取られるかもしれないし』

 

 そもそもドラゴンは炎を吹くのだ。自身の扱う炎には耐性があっても不思議ではなく。

 

「ありがとう、喰らえアイシクルスクライドォッ!」

 

 直線状にドラゴン以外の姿がないことを確認してから放ったヒュンケルの技が軌道上にあった部分をごっそりえぐり取ったドラゴンの死体を凍り付かせる。

 

「アレックス・ディノ見参! ゆくぞーッ! 氷結海破斬ッ!」

 

 道は切り開いた。俺は繰り出した技で作りだした空間をかけつつそのままアバン流殺法を振るい、仲間の悲鳴を聞いて頭を出したドラゴンの首を刎ね飛ばし。

 

「ううっ」

「っ、確か」

 

 倒れてうめき声を上げる騎士らしき人を見つけ、荷物を漁って薬草を取り出す。

 

「大丈夫? 食べれます?」

「ぐ、あ、ああ」

「良かった」

 

 差し出す薬草を倒れた人が口にするのを見て俺は安堵の息を吐き。

 

「出来るならここから生き残った人を連れて退避を。ただ、カール方面以外に。こことカールの中間であのドラゴン達を指揮する男が待ち伏せてるのを見ました。カールからの救援を待ち伏せするつもりなんでしょうけど」

「そうか、あいつらの大将がドラゴンを率いて待ち伏せてるなら、そんなところにはいけないな。手当てに加えて情報まで……ありがとう」

「気にしないでください。俺はアレックス。またいずれどこかで」

 

 必要な情報だけ伝えて俺は騎士の側を離れる。

 

(この人と一緒だとA5が側にいられないし)

 

 何より申し訳ないが怪我人一人に割く時間なんて殆どない。

 

『アレックス、そろそろ移動しないと拙い』

 

 まるでそれを補強するかのように騎士から離れるなり近寄ってきたA5が告げ。空を示せば浮かぶ小さな点が一つ。おそらく魔法で飛翔するバランだろう。

 

『たぶんこの戦場のどこかに偵察用の悪魔の目玉が潜んでるんだと思う』

「そっか」

 

 電撃呪文を使わずとも配下を蹴散らせる強者が現れればバランへ知らせる準備ができていたということだろう。

 

『逃げるよ、ルーラッ』

 

 俺の返事も待たずA5は瞬間移動呪文を唱え。

 

「っ、ここは……ああ、前にも来た木こり小屋」

『カールだと出動する騎士団と鉢合わせになるかもしれなかったし』

「あー、確かに」

 

 A5の選択はおそらく正しかったと俺も思う。

 

『それはそれとして、アレックス。ライデインは単独で撃てる? ラナリオンの補助がいるようなら分裂しないとルーラで逃げる為の人員が必要になるんだけど』

「あ」

 

 そして、指摘されて気が付くあたり俺はやっぱりどこか抜けている。

 

「そう言えばダイが単独でライディン撃てたのは原作だとベンガーナのデパートでで、フレイザード戦の後だったよな」

 

 俺のモシャスの元になってるダイはヒュンケルに勝利した後のダイだ。スペックを鑑みると難しそうな気がする。

 

『やっぱりね。攻撃力と防御力は補助呪文で下駄をはかせられるけど、いくらモンスターを倒しても参照元が同じ以上その格好の強さは成長しないからなぁ』

「うん、失念してた。ゴメン」

『どうする? カールに戻ればひょっとしたら昨日雨雲呼んだ偽ポップがダイ達と一旦合流してモシャス的な意味でのアップデート情報持ってきてるかもしれないけど』

 

 謝る俺にA5が一つの可能性を上げるも、俺は少し迷ってから今は良いやと首を横に振り。

 

「とりあえず、別の場所を回って、そっちで分裂してライデインを使おう。バランに暴れられるとさっきの場所の被害が大きくなるし」

『了解』

 

 A5が頷いたことで俺達はモシャス役を交代、一人分裂で増えてから噂をまくついでに聞きこんでおいた別の町に向かい、その町にも飛べるよう二人そろって町の入り口の景色を覚えた後、ドラゴンの襲撃がないため別の村へ向かおうとし、そこでドラゴンの一団と出くわした。

 

「あれは、方角からするとザババの町からの避難民ってとこだな? じゃ、さしずめあれは追っ手か。行くぞアレックス! ラ・ナ・リ・オーンッ!」

「うん、ライデイン! からのライトニングスクライドォ!」

『ルーラッ!』

 

 放つのは一撃、そして放ち終えた時には俺達の姿はもうそこにはない。

 

「これでバランは引きはがせたろ」

『たぶんね。けど、これだけやったらこっちの手口ももうあっちにはたぶんバレてると思う』

 

 新しい偽ポップの言葉に俺は頷いてからいい。

 

「となると、決戦は」

『明日……かな』

 

 A5の声に続けた呟きはひどく乾いて聞こえたのだった。

 




次回、十八話「死地」に続くメラ。


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十八話「死地1」

『あからさまと言えばあからさまだけど……』

 

 戦いで疲れた体を宿で休めた翌日。城下町の外れへ向かった俺達はそれを見た。木々で幾らか隠れてはいるし、緑と言う体色は場合によって保護色とはなるだろうがその巨体を見落とすはずもない。先方だって隠すつもりなど毛頭ないだろう。

 

「ドラゴン、ドラゴン、ドラゴン、ドラゴン。ヒドラみたいな多頭や上位種もドラゴンでいいよね、これ」

『割とどうでもいいかな……』

 

 数えるのが嫌になるくらいの数のドラゴンは先の様に俺がどこかに逃げられないようにする楔でもあるんだろう。この場を離れれば、数で一番重要な王都であるここカールを押し潰すという言葉なき意思表示。

 

「A、現実逃避してるところ悪いけど、移動するよ。敵が攻め寄せてくるのは一方からだけとは限らないし」

『あ、うん』

 

 念の為に他も見ておこうというA5の提案に従った俺達は、透明化呪文でぐるっと周辺を回ることにし。

 

『……挟み撃ちとか』

 

 北方にも複数のドラゴンからなる一群があることを知って、俺は空を仰いだ。たぶん、おれ達を最後に目撃したのがカールの北側だったからこその抑えも兼ねてるんだろうが。

 

「アレックス探知機も兼ねてるってとこかな? こっちで戦ってるのが確認されたらきっとバランがこっちに出張ってくるって」

『だろうな』

 

 しかもご丁寧にこちらのドラゴンは互いに一定以上の間隔を広く保っている。範囲攻撃によって短時間に殲滅されないための対策だ。

 

『はぁ、厄介な』

「それで、どうする?」

『うーん、確か偽ポップってまだ宿に残ってたっけ?』

 

 嘆息した俺はA5の言葉に俺は最新情報を持って戻ってきた新しい俺のことを問う。

 

「んー、どうだったかな。あの新顔なら『死にたかねぇよ』って今頃逃げ出してても驚かないけど」

『……たまに居るんだよな。何故か変身後の相手になりきるヤツって』

 

 俺もヒュンケルの時は一度やってるから強くは責められないけど。

 

『一度戻って、まだ居るようなら北の部隊を間引いてもらおう。最悪の場合女王陛下だっけ? ともかく、王族と非戦闘員を逃がせる程度には数を減らしてもらいたいし。その前に離脱の合図だけは決めてだけど』

 

 バランと戦うことになれば、他所に気を使うような余裕はおそらくない。俺達の共通認識であり。

 

「そうしようか。ドラゴン達がいつ動くかもわからないし」

 

 決断するや否や、俺達はすぐさま宿に引き返し。

 

◇◆◇

 

「や、やぁ……お早いおかえりで」

 

 ノックしてドアを開ければ、借りていた部屋に引きつった顔の偽ポップが居るのを確認し、俺達は北の軍勢を任せたいのだと言う要件と離脱の際の合図を伝えた。

 

「雷が二度目に落ちるとしたら、まずバランが電撃呪文を使った時になると思う」

『そっちにバランが向かうと拙いから、一度はこっちからライデインを使う予定だからね』

 

 バランが先に電撃呪文を使った場合は、数合わせの為に周辺のドラゴンにでも使うために電撃呪文を使うつもりでいる。

 

「おまっ、本当にバランと戦うつもりなのかよ?」

『出来れば避けたいけどさ、バランと剣でなら互角だったって言うここの騎士団長さんは出来れば助けたいし、そうなってくるとこのまま離脱するわけにはいかないからさ。それよりそっちの首尾は?』

「っ」

 

 原作ではバランに倒された人物のことを上げれば、苦いモノでも呑み込んだかの様な顔をした偽ポップはちゃんとやったと答えて窓の方を見た。

 

「何でおればっかりこんな偽勇者みたいなことをとは思ったけどな。透明化呪文で図書館に侵入。これはって思った本はだいたい盗み出してもう一人の俺とルーラで持ってったさ。アバンの書を含む貴書消失の可能性はねえ」

『そう、ありがとう』

 

 原作では誰かが運び出して無事だった師匠の書き残した書物だが、俺の介入によって原作通り運び出されるか不明だったため、情報を持ってきた偽ポップ達に骨を折ってもらったのだ。

 

「これで戦いに専念できる」

「まじかよ……」

 

 A5の言葉に信じられない様な顔をする偽ポップだが、正直言うと俺も結構不安なところはある。

 

「大丈夫だよ偽ポップ。おれだって死ぬつもりはないからさ」

「偽ポップゆーな!」

「ははは、悪いとは思うけど他でも分裂してるとナンバリング被るかもしれないからさ」

 

 それじゃ、行ってくるねと俺入りのランタンをもって出てゆくA5の後ろから、偽ポップのこえがポツリと一つ、死ぬなよ、と。

 

「戦えない者は城へゆけ! 急げ」

「北にもドラゴンだと?!」

 

 宿を出れば、高所で声を張り上げる騎士が居て、伝令に目を見張る騎士も居た。ドラゴンの大軍勢が近づきつつあるのを知ったのだろう。町の空気は物々しく、出歩く町人の姿は殆ど見受けられない。居ても家財道具を運び出し城へ避難しようとしている住民くらいだ。

 

「おい、そこの――」

 

 ダイの姿をとったA5が見た目は少年だからだろう。避難誘導をしている騎士に声をかけられたが、覇者の剣を見せた上でA5はアレックスと名乗り、ここ数日あちこちでドラゴンと戦っていたことを明かせば、先日助けた人から話が通っていたのだと思う。

 

「君が……そうか、失礼した。しかし、ここに居るということは」

「はい。おれも戦います。けど、騎士の人達にあわせられるとは思わないから、おれなりにですけど」

「いや、それでも助かる。君の倒したドラゴンの死骸は私も見た」

 

 信頼に足ると見た騎士は武運を祈ると言い。失礼します断りを入れたA5は歩き出す、俺達の戦場へと向かって。

 




すみません、予定のとこまで書き進められなかったんで分割します。

次回、十九話「死地2」に続くメラ。


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十九話「死地2」

「まだ戦いは始まっていないと見て良さそうかな」

 

 悲鳴も雄たけびも怒声も聞こえてこない前方を見据えたままA5が呟く。あれだけうじゃうじゃいたドラゴン達が人間を前にして仕掛けてこないって言うのはある意味驚きで、ある意味納得だった。

 

(知恵のある竜は居ない筈だけど、それでも絶対的な強者として認識してるだろうからな)

 

 バランの命には絶対服従と言うことなんだろう。

 

「あと、これはちょっと自惚れって言われても仕方ないかもしれないけど……ドラゴン達が動き出してないのは、どっちの戦場にも俺達の姿が見られないからだと思う」

 

 明らかに独り言と言うよりも俺へ語りかける内容に、俺は声に出さずそういうことかと漏らした。

 

(敵方からすれば、こちらの軍勢は姿を見せてるのだから最大の脅威でもあるアレックスもどちらかに現れるだろうと見て、それを待っていると)

 

 バランから見るとこの国はドラゴンさえ揃えれば踏みつぶせる相手で、重要なのは俺の方と言うなら、未だ待ちの姿勢なのにも納得はゆき。

 

「今日は騎士団長がバランとぶつかるかもしれないから、いつもみたいな遊撃は難しいよね」

 

 だからと言ってA5は物陰に移動するとランタンを開け、荷物を漁って丸いモノを取り出した。

 

「じゃーん、おなべのふた。耐熱性で取っ手に熱の伝わらない優れものだよ」

 

 ゲームのドラクエとしては最弱の盾としてもおなじみですねとでも応じればいいのか。

 

「A、悪いけどこれにくっついて貰える?」

『え゛』

「いや、魔物の姿で最初からうろうろさせるわけにもいかないし、メラゴーストって火と炎効かないじゃん」

 

 思わず声を漏らしてしまった俺は口を噤みつつまさかと言う目で見るが。

 

「うん。炎のブレス無効の即席盾になって貰おうかなって」

(笑顔で言いきりやがりましたよ、この野郎)

 

 確かにメラゴーストに火のブレスやメラ系呪文は効かない。優遇されてる作品になると効かないどころかダメージ分HPを回復するといういわば吸収まで耐性が上昇してるものもある。そこだけ考えるなら確かに炎ブレス除けの盾には持ってこいだし、昼の戦場にランタン持ち歩くよりは不自然ではないだろうが。

 

「レムオルで消えててもらってもいいけど、あれ効果短い割には魔法力喰うし、透明のまま攻撃とかできるわけでもないからそのままじゃ支援魔法もかけられないでしょ」

 

 言っていることは解かる、事実だ。だが。

 

「流石にずっとこのまま睨み合いともいかないだろうし、そろそろ動かなきゃいけないからさ。ほら、ね?」

『はぁ』

 

 結局俺は根負けしておなべのふたにへばりつき、盾として戦場入りすることとなるのだった、そして。

 

「グルアアアッ!」

「フシャアアッ!」

 

 城下町の出口を抜けると、俺達の姿を認めたのであろうドラゴン達が咆哮を上げた。

 

「なるほど、この間の戦いの生き残りか」

 

 ただ、何故吠えたのかと言う疑問はA5の独言で氷解する。仲間を殺した相手の顔なら知恵のない竜でも覚えていたのだろう。ただ、俺はお鍋の蓋にへばりついている手前、ドラゴン達には背中を向ける格好になっていてそちらは見えない。

 

「はぁ、思ったより熱いやこの盾」

 

 見えないどころか使う前にA5の手によって周りに燃焼しない石の塀に立てかけられる。

 

『バイキルト、スクルト、スクルト』

 

 猛烈に抗議したかったが、小声で矢継ぎ早に補助呪文をかけ。

 

『マヒャド』

 

 最後にわざわざ近づけてきた覇者の剣に呪文を付与する。

 

「ありがとう」

 

 俺にだけ聞こえる小さな声。礼の言葉を残して足音が遠ざかり。

 

「いくぞ、アイシクルスクライドォッ!」

 

 戦いが始まった。複数のドラゴンの断末魔が周囲にそれを告げ。

 

「グルオオオオッ!」

「くっ、来るぞ!」

 

 地響きを立てて進軍を開始したであろうドラゴン達に誰かが声を上げた。

 

「一体に複数人で当たれ!」

「うおおおっ!」

 

 指示を飛ばす者、叫ぶ者。そこから人と竜の怒声と悲鳴が飛び交い。

 

「アバン流刀殺法――」

 

 中でも一番多くの悲鳴をドラゴン達の中に作りだしたのは、やはりA5だった。

 

「アバン?」

「アバンだと?!」

 

 師匠はもともとこの国の出身。わざわざ流派名を口にすれば耳ざとく聞きつけたか、驚き交じりの声を上げる者が居る。

 

「そうか、それでこの国に」

 

 得心が言ったと言う様子の声があり。

 

「じゃあ、あいつも戻ってきているのか?!」

 

 おそらくは師匠のことを指して期待する声があり。

 

(師匠がデルムリン島でハドラーに敗れてからまだ一か月経ってないもんな)

 

 後者の声の主はそれがありえないことを知らないのだろう。

 

(そもそも師匠って魔王討伐の功績を妬まれただか、名を上げたことを快く思ってない故郷の貴族だか何かに故郷を追われたんじゃなかったっけ?)

 

 うろ覚えの原作知識だとそう言う経歴だったような気がする。

 

「余計なことを考えるな! 目の前に敵が居るんだぞ!」

 

 ただ、それ以上思い出すよりも早く響いた叱責に身がすくみ。

 

(あ、俺に向けての筈がないわな)

 

 一瞬遅れて先の騎士か兵士に向けてのモノだったと気づくが、その叱責も少し遅かったか。

 

「ぐわっ」

「かはっ」

 

 悲鳴や息の漏れる音に何かの倒れる音が続いた。

 

「ちいっ、戦えない負傷者は下がらせろ! でぇぇい!」

「小隊長に続けっ! そらあっ!」

「トゥ! トゥ! ヘアーッ!」

「ゴアアアッ」

 

 舌打ちしつつ指示を飛ばした誰かが、斬りかかったのだろうか。さらにいくつかの掛け声が重なり、ドラゴンの悲鳴が上がる。戦いの音、そして。

 

「よっと」

 

 俺の身体は急に持ちあげられ。

 

「ごめん、補助呪文切れた」

 

 聞き覚えのある小さな声に俺は補助呪文をかけなおし、戦いは続いた。A5が剣を振るうたびにドラゴンのものらしき複数の断末魔が上がるが、耳に届く悲鳴は竜のものに限らず。

 

「A、もう外れていいから」

 

 それからどれほどの時間が経過しただろうか。A5の声におなべのふたから剥がれると、まず視界に入ってきたのは舌を口から零れ出させ絶命したドラゴンの骸とそれに剣を突き立てもたれかかった様にして動かない男。その向こうに折れた剣を握ったままの腕。腕の持ち主は別のドラゴンの骸の下に隠れてはっきり見えず。

 

『あ』

 

 動くもの立っている者が殆どない景色の中、二人だけ立っている人物が居た。一人はこちらに背を向けているがもう一人は対峙しているが故にはっきり顔が見えた。俺達が散々振り回した男であり、攻め寄せてきたドラゴン達の指揮官だ。

 

「A、加勢するよ」

 

 俺がバランの名を口にするより早くA5は動き出していた。

 




『A、悪いんだけどさ、俺の分まで殴られといて……』

『レムオルッ』

『さよなら、A。メ――』


次回、二十話「A5」に続くメラ。


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二十話「A5」

『加勢するって言っても――』

 

 原作通りならバランには呪文が通じない。俺にできるのは補助呪文ぐらいだが。

 

「メラをバランに。行動で味方だってことを」

『そっか』

 

 確かにモンスターの姿で乱入すればバランと向き合ってる人物の方に敵と誤認される可能性がある。

 

(加えて呪文が効かないなら、わざわざこっちの呪文も躱さないかもしれないし)

 

 全く有効な攻撃手段を持たない相手なら、無視してより脅威である相手を優先する。原作のバランがそうだった。つまり、俺が狙われにくくすることも狙っての指示ってことだろう。

 

『メラッ!』

 

 相手に呪文が効かず、取れる手段が限られていると言う意味合いでも特に断る理由もない。俺はバラン目掛け小さな火の球を飛ばし。

 

「たあっ!」

「むッ!」

 

 合わせる形で斬りかかったA5の覇者の剣だけを手にしていた剣で払いのける。直後に火の玉が顔面にぶつかるが、おそらく効いていないだろう。

 

「おまえは? っ、モンスター?!」

「こいつが敵の軍団長……おれも加勢します、いくよ、メラゴースト君!」

 

 横から割って入った乱入者を見た後、視線の延長線上にいた俺も視界に入ったのだろう。驚きの声を上げた騎士に旗色を明らかにしつつまくしたてるように俺を呼んだことでA5は俺も味方だと騎士に伝え。

 

「確かに……今の呪文はあの男に命中していた。いや、それよりもおまえのことは聞いているし、何よりドラゴン共を倒すところはこの目で見ている」

 

 騎士は信じようと続けた上で名乗った、ホルキンスと。

 

「その名前は、騎士団の――」

「ああ。団長だ。もっとも、この場で立っているのはおれ一人になってしまったが。その上で、加勢してもらっておいて気が引けるが、ここはおれに任せてはくれないか?」

 

 A5に頷きを返し、剣を構えなおしつつ視線はバランから背けないまま、ホルキンスは言う。この場に生き残りのドラゴンは居ないが交戦中に一匹や二匹の突破を許した可能性はあると。

 

「生き残りは後方に下げたが、おれの弟を含め負傷者しかおらず、手当てしても戦えない程の重傷者も多いし。女王陛下のこともきにかかる。この男は俺が命に代えても討ち果たす。だから」

「メラゴースト君」

 

 最後まで言わせずA5が名を呼んだ時点で、俺は言いたいことを察した。

 

『ルーラッ』

 

 城は小高い丘の上にあり。城下町の建物の上から見えている上に、噂を広める時にランタンの中から覗けた景色もあった。

 

「なっ、モンスター?!」

 

 唐突に現れた俺に驚きの声を漏らした目撃者が居たが、俺は気にしない。

 

『居た、マヒャドッ!』

 

 高所から侵入していたドラゴンを発見すると放った呪文で凍てついたドラゴンは断末魔をあげ横倒しに倒れ。

 

「モンスターが、ドラゴンを?!」

『ルーラッ』

 

 驚愕の声を無視して俺は再び移動する。移動先は俺達が宿で借りた部屋のベランダだ。

 

『ちっ、二匹……ベギラゴン! 他には……居なさそうか。ルーラッ!』

 

 収束させた極大閃熱呪文を使ってドラゴン達を串刺しにすると、俺は瞬間移動呪文で舞い戻る。

 

「おかえり」

『三匹仕留めた、他は見当たらない』

「そう。三匹仕留めたんだって」

 

 俺の言葉をA5が訳せばホルキンスがバカなと漏らすが、まぁ無理もない。普通のメラゴーストがドラゴン三匹瞬殺して戻ってきたって聞いたら、俺でも信じないのだから。

 

「なるほど、ただのメラゴーストではないという訳か」

 

 かわりに口を開いたのは俺の方に瞳を向けたもう一人の男、超竜軍団長バランだった。

 

(まあ、普通のメラゴーストは瞬間移動呪文は使わないしな)

 

 最初にメラを放って誤解させた意味はなくなってしまったわけだが。

 

『けど、戦いが再開されてないのは意外だったというか……』

「どうもこの軍団長が、おれに話があるらしくてさ」

『ああ』

 

 話をしたくてもホルキンスが放っておかず、ホルキンスを片付けようとすればA5が邪魔をするから膠着状態に陥っていたということか。

 

「とはいえ、埒が明かんな」

 

 別に俺を待っていたという訳ではなく、その膠着状態も辟易したのか。

 

「単刀直入に言おう。……おまえの力が欲しい!! 私の部下になれ」

「なっ?!」

「えーと」

 

 本当に用件だけを伝えるバランへ驚きに目を見張ったホルキンスが俺の視界に居たが、ホルキンスと比べて直接伝えられたA5の方の反応は微妙だった。

 

(まぁ、原作知識でそう言ってくることは知ってたしなぁ)

 

 わかっていると驚きようがないというのもあるが。

 

「ドラゴンは結構な数やっつけちゃったし、その穴埋めに戦力が居るってことくらいはおれにもわかるけど……」

「そうではない。電撃呪文を使うということは、おまえも私と同じ竜の騎士。故に務めとして人間どもの世界を滅ぼさねばならんのだ!」

 

 相変わらず微妙そうな顔のA5に頭を振ったバランはそう訴え。

 

「竜の騎士?」

「よかろう、知らぬようだから教えてや」

「俺を放っておいて何を分けの分からぬ話を!」

 

 語り始めようとしたところで、我に返ったホルキンスが剣を振り上げ、地を蹴った。

「っ、やはり話をするにはこの男が邪魔か」

「剣をおさめるとは!」

 

 襲い来る斬撃、それをバランは手にした剣で弾いて鞘に戻し。

 

「臆したかあっ!!」

「いけないッ!」

 

 更に追撃しようとするホルキンスをA5が付き飛ばし。

 

「ぐァッ』

 

 バランの額から伸びた光に肩を貫かれたA5がポフンと煙を上げてメラゴーストに戻る。

 

『A5?! モシャスッ!』

 

 俺はとっさにダイの姿に変身すると、変身呪文がとけてA5が取り落とした覇者の剣を拾うが。

 

「「な」」

 

 バランもホルキンスもただ目を剥いて立ち尽くしていた。理由は解かっている。

 

「どちらもメラゴースト、だった、だと?!」

 

 バランからすれば自分の息子だと思って勧誘した相手がメラゴーストだったんだから驚きも二重だろうが。

 

「うん、だからその竜の騎士の務めとやらはおれ達には関係ないし、おれも一応アバンの使徒だからお誘いには乗れない」

 

 勧誘された以上、断るとしても意思を伝えるのは筋と判断して頷いた俺は口を開くが、バランは少しの間反応せず。

 

「一つ聞く、何故その姿をしていた」

「理由は二つ。魔王軍には呪文の効かない猛者が居て、呪文主体のおれ達だけだと対抗手段がなかったから。もう一つは、師であるアバンの故郷を訪ねここまで来たけど、流石にモンスターを入れてくれるとは思えなかったから」

 

 表向きとはいえ理由は素直に答え。

 

「そうか、我が子でないというならもはや手加減も不要……」

 

 額に紋章を浮かべたバランは最後まで聞き終えてから身構え。

 

『バイキルト、スクルト、スクルト!』

 

 これはやばいと思ったところで、A5から補助呪文がかかる。

 

「ぐっ」

 

 呪文の補助を受け、すぐに翳した覇者の剣が持って行かれそうなほどの衝撃を受け。

 

「まだだっ」

「うわっ」

 

 すさまじい速さの蹴りを勘と運とに助けられ倒れこむことで何とか回避する。

 

「バカな、さっきまでとは速さがまるで違う」

 

 慄くホルキンスの声が聞こえるが、こっちはそれどころじゃない。

 

「その守り、先ほどまでの動きに比べれば不相応に固いが、動きは鈍い。前の様に瞬間移動呪文では逃がさんぞ」

「くっ」

 

 素早さを上げる呪文だけは僧侶の呪文で使えないという弊害が出てしまったらしい。加えて、ルーラでの退却を見せすぎたのも拙かったのだろう。

 

『A、悪いんだけどさ、俺の分まで殴られといて……』

「え」

 

 そんな場合じゃないとわかっているのに、ふいに聞こえたA5の声に俺は振り返り。

 

『レムオルッ』

 

 透明化呪文で消えるA5が微かに視界に入り。何をする気なんだと言う言葉は、届かない。

 

「む?」

 

 A5の動きに気が付いたのだろう。バランは周囲を見回すが、A5はもう透明になった後ことで。

 

『さよなら、A。メ――』

 

 次に姿を見せた時、A5の姿が変わっていた。そう、あれは近接消滅呪文を俺が使ったときの半身の色と同じ。

 

「待て、A5」

「馬鹿め。姿が透明になっただけで竜の騎士の五感を欺けると思うな!」

 

 思わず手を伸ばす俺の前で、振り返りざまに抜刀したバランによってA5の身体は真っ二つに断ち切られた。

 




A5、散る。

次回、番外12「魔人誕生(バラン視点)」に続く。



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番外12「魔人誕生(バラン視点)」

「……ハドラーめ……!」

 

 私の中では様々な感情が渦巻いていた。相対していた相手がメラゴーストなどという本来圧倒的弱者であったことへの驚き、生き別れの我が子だと思った相手がメラゴーストの化けたものであった落胆。それに振り回されたことへの怒り、そして。

 

「たくらみが読めたわッ!!!!」

 

 我が子ディーノの姿をとったメラゴーストは自身をアバンの使徒と称した。それはハドラーが総攻撃を行い根絶やしにしようとしていた敵対者達の自称でもある。これだけヒントを手にすれば真相にたどり着くことなど容易だった。おそらく、我が子ディーノはアバンの使徒の中に居る。それならば、ハドラーが総攻撃から私を意図的に外そうとした説明がつく。

 

「さて」

 

 ディーノの姿のメラゴーストが狼狽しつつしゃがみ込んでいるのを視界に収め、私はこの場に居るもう一人に目をやった。

 

(ホルキンスといったか……)

 

 人間の身で紋章を出さぬ斬り合いと言えど私の剣と互角に渡り合ったのは驚嘆に値するが、そこまでの男。そして私とメラゴーストの会話の邪魔をしてくれた男でもある。ディーノの姿のメラゴーストが仲間の死に茫然自失の態である今のうちに始末しておくべきだろう。

 

(もはやあのメラゴーストにディーノのことを訊く必要もほぼないが、まあいい)

 

 あの様子ではすぐに立ち直れるとも思えん。斬るにしろ確認するにしろまずは邪魔者を排除すべき。そう断じた私は手の真魔剛竜剣を鞘に収めようとし。

 

「なッ?!」

 

 思わず目を見張った。竜の騎士の正当なる武器にしてオリハルコンで出来た真魔剛竜剣の刀身が半ばから失われていたからだ。

 

「どういう……もしや、あのメラゴーストが!?」

 

 思い当たる原因はただ一つ。見知らぬ光を放ち肉薄してきたところを斬り捨てたもう一匹のメラゴースト。竜の紋章が輝き、竜闘気と呼ばれる生命エネルギーの気流に覆われた竜の騎士に呪文は通用しない、故に本気を出せば複数のドラゴンを倒しうる魔法使いでも脅威たりえない筈なのだが、代々の竜の騎士から受け継がれた戦闘経験と勘が告げたのだ、それを無防備に受けるわけにはいかない、と。

 

「判断は正しかったということか」

 

 真魔剛竜剣の刀身を損なわせた何かをわが身で受けてみる気など私にはない、しかし。

 

「そういうことであれば、こいつも生かしておくわけにはいかんな」

 

 片割れに出来たのなら、同じことがもう一匹にも出来ると考えてよかろう。私は考えを改め、「そんな」だの、「嘘」だのと呟くディーノの姿のメラゴーストへ歩み寄る。

 

「意図してのことではなかろうが、嫌なことをさせてくれる」

 

 本人でないとはわかっているが、まさか生き別れの息子の姿をした相手を屠らねばならんとは。

 

「……そ、そうだ、……った……れば」

「終わりだ」

 

 メラゴーストはまだ何かブツブツ呟いていたが、立ち直った様子はない。私は額の紋章に力を集め。

 

「でやあっ」

「ちぃっ」

 

 繰り出された斬撃に舌打ちをして飛びずさる。

 

「貴様は――」

「このメラゴーストはやらせんっ!」

 

 メラゴーストを庇う様に立ちはだかったのは、先に始末しようと思っていた男、ホルキンスだった。

 

「人間がモンスターを庇うか」

「生命の恩人に人もモンスターもあるものか!」

 

 私の言葉に叫び返したホルキンスは剣を構え直し。

 

「正直に言えば、彼らが両方メラゴーストだとわかった時、本当に味方なのかと迷いはした。だが、生命を賭して俺を助け、その上で……」

 

 ギリっと歯を噛みしめディーノの姿のメラゴーストを一瞥するや、視線を戻すとこちらを見たまま口を開く。

 

「ここは俺が引き受ける。君は彼を連れて下がれ」

「なッ?! 貴様ごとき私の敵ではないことはもうわかっている筈」

「それでも、ここは引き下がれんッ!」

 

 あのメラゴーストの為に生命を捨てるつもりということか。

 

「よかろう。ならば貴様か、がはっ?!」

 

 貴様からあの世に送ってやろう。そう告げる前に私は腹部に強烈な衝撃を受けて空を舞っていた。一瞬ちらりと見えたのは揺れるような炎。

 

「は?」

 

 宙を舞う中、間の抜けたホルキンスの声が聞こえたが気にしている余裕はなかった。同時にあちこちから断末魔が聞こえた気もしたが、気を割くどころではない。

 

「ぐっ」

 

 勢いのまま地面を転がってから身を起こし。

 

「……なんだと?!」

 

 私は大きく目を見開き、立ち上がろうとする途中の姿勢で固まった。視線の先に居たのは、あのメラゴーストを思わせる炎の闘気を纏い額に竜の紋章を光らせた少年だったのだ。ならば、先程の断末魔は闘気の余波で消滅させられた偵察用の使い魔達のものか。

 

「馬鹿な……変身呪文で竜の紋章の力まで――」

 

 それだけではない、不意を突いたとはいえ竜闘気を纏った私にダメージを与え、殴り飛ばしたのだ。竜の紋章を使いこなしただけではこうはならない。

 

「……魔人、さしずめ炎魔人といったところか」

 

 私は竜の騎士の最強戦闘形態のことを脳裏によぎらせ、ポツリと漏らしたのだった。

 




A5を失ったメラゴースト君に一体何が?

次回、十四話「新たな力」に続くメラ。


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十四話「新たな力」

 紅蓮を纏えメラゴースト――メランザムッ!(訳:処刑用BGMを各自ご用意ください)



 

「……魔人、さしずめ炎魔人といったところか」

 

 バランのつぶやきを俺は確かに拾っていた。時間はそこから少し遡る。

 

◇◆◇

 

「そんな……嘘だ」

 

 俺には信じられなかった。A5が真っ二つになったことも、これでお別れだなんてことも。おぼつかない足取りで近寄って今にも消えゆこうとしているA5の身体の前で膝をつき、何でどうしてと言う言葉だけが頭の中を回っていた。

 

「どうしたら、どうしたら」

 

 A5を助けられるのか。蘇生呪文なんて使えない、回復呪文もだ。モシャスを解いてマァムか誰かに変身するなんてことに思い至れない程、俺は冷静じゃなくて。

 

「あ、ぁぁ」

 

 混乱する中でどんどん消えて行くA5を見てどうにかしないとと手を伸ばした時だった。

 

「……そうだ、合体、合体すれば」

 

 一度取りこんでまた分裂すれば、A5を助けられる。ダイに変身したままで合体なんてできるはずもないということすら、俺の頭からは飛んでいて。

 

「A5」

 

 A5の炎で自分が火傷しかけてモシャスが解けるのでは、なんてことに気が付いたのすらすべてが終わった後だった。

 

「……あ、れ?」

 

 気が付くと、俺の身体は炎の様な闘気に覆われていた。

 

「何がどうなって」

 

 訳が解からなかった、ただ。

 

「生命の恩人に人もモンスターもあるものか!」

 

 前から聞こえたそんな叫びと。

 

『A、何やってるの! 戦闘中でしょ!』

 

 すぐそばから聞こえたそんな声が、俺を我に返らせて。

 

「っ」

 

 最初に感じたのは強い怒り。バランにではなく、こうなることを予測できなかった俺自身への怒りだ。額が、身体が熱く、暴力的な何かが内から外に出ようとする。

 

「ここは俺が引き受ける。君は彼を連れて下がれ」

 

 そんな中で耳にしたのは、俺を案じ庇おうとするホルキンスの言葉。俺はそうすることが正しいと感覚的にわかっているかのように解き放ちつつ、バイキルトと呪文を唱え。同時に前に立つホルキンスの脇を抜けて前方へ飛び出した。

 

「ギョエエエッ」

「グギェエエッ」

 

 あちこちから人ならざるもののものらしき断末魔が上がるが、気にすることなく握った拳をバランの腹目掛けて叩きこむ。

 

「は?」

 

 どこか間の抜けたホルキンスの声が聞こえたような気もしたが、今は気にしてる余裕はない。

 

「……なんだと?!」

 

 地面を転がり身を起こしかけた姿勢でバランは大きく目を見開き動きを止めている。好機だ。

 

「馬鹿な……変身呪文で竜の紋章の力まで――」

(そっか、今の俺は……)

 

 竜の紋章の力まで制御しているのかと自分でも訳の分からないパワーアップの理由の一つに納得する。納得しつつ、地面に転がった誰かの剣を拾い。

 

「……魔人、さしずめ炎魔人といったところか」

 

 バランがそう呟いて、今に至る。

 

◇◆◇

 

「がっ?!」

 

 拾った剣をバランに叩きつけると、剣は砕け、バランは地面に突っ伏す。その頭を俺は更に蹴り上げ。

 

「ごっ」

 

 跳ねあがったバランの身体を追うように跳躍んだ。どうにも普通の武器だと今の俺の一撃に耐えられないらしい。

 

(ならっ)

 

 握りこんだ拳に力を、力を込めた。クロコダイン、技を借りる。

 

「獣王、痛恨撃ッ!!」

「なん」

 

 最後まで言わせることなく、放たれた闘気の奔流にバランは呑み込まれ。

 

「どこか、どこかに武器は」

 

 A5の亡骸を抱きしめて、うっかり覇者の剣を手放してしまった俺は、自分の一撃に耐えうるモノを探して周囲を見回し。

 

「くっ、ふざ……ふざけるなぁッ!」

 

 かわりに目にとめたのは、流血しつつ激昂して殴りかかってくるバランの姿。これに向けて俺は意識して額の紋章へ闘気を収束させ。

 

「煉獄紋章閃ッ!」

「があっ」

 

 炎の色に染まった光でかかってきたバランを撃墜する。

 

(押せている)

 

 今のところはだが、たぶんこの炎の闘気が俺の、いやダイの力を何倍にも跳ね上げさせているんだろう。

 

「あ」

 

 そんな折だった、俺の視界にそれが入ったのは。ただの折れた剣の先端。だが、それは鉄や鋼のではなく。

 

「おのれェェッ!」

「ッ」

 

 ボロボロになってもまだ身を起こし向かってくるバランの声で、咄嗟に駆け寄り拾い上げたそれを掴んで、俺は繰り出し。

 

「ぐ、あッ」

 

 A5の近接消滅呪文で分かたれたのであろうバラン自身の剣の先端は、守りを突き抜けてバランの腹部に突き立つ。

 

『A』

「うん」

 

 まただ、A5の声が聞こえたような気がした。そして、俺は俺達は。

 

『モシャスッ』

 

 纏った闘気がポフンと煙を上げて俺から離れ、ダイの形をした炎の闘気を作りだす。それは片手を空につきあげ、俺も同じようにして天へ手を振り上げていた。

 

「『ミナデインッ!』」

「がああっ?!」

 

 轟音を伴う凄まじい落雷がバランの腹に突き立った剣先に落ちる。絶叫を上げたバランの身体が、傾ぎ。

 

「ぐ、あ……ルーラっ」

 

 倒れこむ前に口した呪文の効果によってどこかに飛び去った。

 




 勝ちおった、このメラゴースト。

 尚、「ミナデインはやらなきゃいけないような気がした」と作者は意味不明の供述をしており。

次回、十五話「何度目のやらかしですかねぇ(白目)」に続く、メラ?


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十五話「何度目のやらかしですかねぇ(白目)」

昨日遅刻したので、今日は前倒し投稿しておきます。


 

「……勝った?」

 

 呆然としながら、ポツリと呟き。

 

(けど、なんで? バランにはまだ奥の手があったはず)

 

 遅れて疑問がやって来た。竜の騎士には竜魔人と呼ばれる最強戦闘形態が残されているのだ。もし先ほどの戦いの中で変身されたら、負けていたのはこちらだったというのに。

 

(うん、竜魔人? あ、ひょっとして)

 

 変身しなかったのではなく、できなかったのか。竜の紋章をモシャスで化けたニセモノでありながら使って見せたことで、竜魔人も見せたら真似されるのではと危惧したのであれば、あそこで変身しなかった理由として納得がいく。

 

「そっか。あ――」

 

 疑問に片がついて我に返った俺は周囲を見回し、探したのはダイの形をした炎の闘気。

 

「居た! A5……勝ったよ」

 

 見つけてそう語り掛ければ、それは頷いたように見え。直後にぽふんと煙を立てて。

 

「あ……あれ?」

 

 思わず声を漏らした直後だった。急に襲ってきた倦怠感と脱力感に視界が暗くなり。

 

(そういえば、モシャスしたまま無理に合体しようとし……これ、反ど……)

 

 内心で推測を口にしかけたまま、保てなくなった意識が闇に呑まれた。

 

◇◆◇

 

『ん……』

 

 それからどれだけ気を失っていたのか。

 

『本来なら睡眠も要らないメラ「ゴースト」が気絶するとか、どれ――』

「気が付いたか」

 

 どれだけ無茶やったんだろうという独言へ被せる様にかけられたのは、聞き覚えのある声。

 

『あ』

 

 身を起こせば、顔面に青あざを作ってはいたが、そこにはA5と俺が救った、カール騎士団騎士団長、ホルキンスの姿があった。

 

「この顔か? これならおれが自分で殴った」

 

 自身に俺が向けた視線の意味を問いととらえたのか、ホルキンスは語る。先のバランとの戦い、バランを一方的に追い込んだ俺にホルキンスは恐怖を感じたらしい。だが、命の恩人を恐れたことを恥じ、戒めの為に顔面を自分で殴った、とのことだ。

 

『いや、流石に竜の騎士を一方的に攻め立てるような存在、怖がって当然……って、メラゴーストのままじゃ言葉が通じないか……って、あ゛』

 

 そこまで言ってから、俺は硬直した。そう、今の俺はモシャスが解けてモンスターとしての姿をさらしている。

 

「あぁ、すまない。恩人を地面に寝かせておくのはどうかと思ったが、ベッドに寝かせるとベッドが燃えてしまいそうでな」

 

 だが、俺の硬直を別の意味に捉えたらしく、申し訳なさそうにホルキンスは頭を下げてきて。

 

『いやそうじゃな……って、これじゃ、意思疎通できない、モシャス!』

 

 俺は身振り手振りで勘違いを正そうとしかけるも、こっちの方が早いと変身呪文で姿を変えた。

 

「そうじゃありません、って、あ」

「うおっ」

 

 そして、ダイの姿をとると当然の様に身体を覆う炎の闘気。唐突に変身したからか、炎の闘気が健在だからかホルキンスが驚きの声をあげたが。

 

「よかった」

 

 俺は安堵した。あのまま消えてしまうかもとも思っていたA5はまだ一緒に居てくれるらしい。

 

「と、すみません。色々と……それで、申し訳ないんですけど、おれが倒れた後のこととか教えてもらってもいいですか?」

「ん? あ、ああ。もちろんだとも」

 

 だがそれはこちらの話。意識を失った後のことが聞きたいと言えば、我に返ったホルキンスは快諾してくれて。

 

「まず、君は丸一日眠り続けていた」

「えっ」

 

 いきなり聞かされた一日分の時間のスキップ。

 

「だが安心してくれ。君のことは俺が保証した。騎士団の者は君がモンスターだろうと何も言わないはずだ。いや、俺が言わせない」

「あ、えっと、どうも」

 

 俺とA5が助けたことに恩を感じてくれているんだろうが、ちょっと照れ臭くもあり、同時にその信頼がちょっと重いなとも思う。今後のことを考えるなら、好都合なはずなのだが。

 

「それから、北のドラゴン共は苦戦していたがどこかからか攻撃呪文で誰かが援護してくれたおかげで撃退に成功したそうだ。あのドラゴンを率いていた男が去ったあたりでこの辺りに居た生き残りのドラゴン達も統制が効かなくなり、逃げる者は逃げ、逃げなかった者は討ち果たした」

「そう、ですか」

 

 とりあえず、それだけ聞くとカールへの侵攻はひと段落着いたように聞こえる。

 

(けど、バランは逃げたし……今回見かけなかった三人の側近的なやつらが超竜軍団には居る)

 

 これで安心できないと原作知識で知っている俺の気持ちが晴れる筈はなく。

 

(というか、撃退しちゃってどうすんの、俺ぇぇぇ!)

 

 まごうことなき原作ブレイクに内心で頭を抱える。

 

(このままここに居座ってバランの再侵攻に睨みを利かせるわけにはいかないし)

 

 ダイは無事空裂斬を会得、フレイザードを撃破したとは聞いているが、バランが負けたと聞いたら、魔王軍はこの後どう動くかが全くの未知数。

 

(「バランはアレが本気じゃないので、いったん落ち延びてください」ってここの女王様には伝えてこの国を放棄してもらうってのは無理だよね?)

 

 あれだけ一方的な勝利では信じてもらえるかどうか。

 

「どうした?」

 

 いつの間にか浮かない顔でもしていたのだろうか。かけられた声で顔を上げた俺の瞳に映るのはこちらを見つめるホルキンスの顔で。

 

「ええと、実は」

 

 だがすぐに良案も浮かばぬ俺は、先日のバランが本気でなかったという事実を明かすことにするのだった。

 




次回、十六話「カールを発ちたい(願望)」に続くメラ。


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十六話「カールを発ちたい(願望)」

「これは憶測とかの部分も多いんだけど、おれってモシャスの呪文で人の姿と能力を写し取ってて、バランの言葉が正しければ今俺がモシャスで変身してる弟弟子も竜の騎士ってことになると思う。だからだけど」

 

 力量などが条件を満たしていればと言う条件は付くかもしれないが、あちらにできることはこちらにもできるという理屈になる。

 

「現にホルキンスさんを狙ったバランの光線を放つ技、おれは初めて見たんだけど再現できたし」

 

 敵から見れば厄介なことこの上ない。手札を明かせばそれを学んでいってしまうのだから。

 

「おれがバランだったら、そんな相手にあったとしても軽々しく奥の手とか使えない。だから、そこに付け込んで一気に倒すことにしたんです。こっちは勘みたいなものだけど、バランは何かまだ奥の手を持ってる気がして……」

 

 だというのに逃がしてしまったことが気にかかるのだと俺は話し。

 

「それに、あいつはおれの弟弟子、本物のことを息子って言ってました。ひょっとしたら、こっちじゃなくて本物の……勇者ダイの方に姿を見せるかもしれなくて」

「なる程、君の弟弟子が心配だがあの男に対応するなら最低でも君自身が弟弟子のところに出向く必要がある、と」

「はい。それで俺が留守の間にここへ傷を癒したバランが攻めてくるようなことがあったら」

「その先は言わなくていい。先の戦いでドラゴンどもは多くが地に躯を晒したが、騎士団の中にも命を落とした者、戦えぬほどの怪我を負った者も居る。そして、敵の長の力量も君と共に戦ったおれは知っている」

 

 俺の葛藤の理由を察したのだろう、頷いたホルキンスは顎に手を当てて何か考え始め。

 

「ふむ、となると最低でも女王陛下にはご避難頂くより他ないか」

「……ホルキンスさん」

「君と彼が生命をかけて守ってくれたものを失わせるわけにはいかん。陛下達はおれの方で説得しよう。なに、君がこのままこの国に留まれない理由があると伝えるだけで陛下なら理解してくださるだろう。あの男はまだ生き延びているのだからな」

 

 言葉を失う俺にホルキンスは力なく笑んで見せた。それは、自分だけではあのバランに勝てないと認めることでもあるからだろう。

 

「生き残った者、動ける者でこれからは逃げる訓練、逃がす訓練をせねばならんな」

 

 冗談めかして苦笑しつつ肩をすくめたカール騎士団、騎士団長は真顔に戻ると、深々と俺に頭を下げた。

 

「君と彼に受けた恩は生涯忘れん。また何か困ったことがあれば尋ねてくると良い。もっとも、おれにできることなぞたかが知れて居るかもしれんが」

「いえ、ありがとうございます」

 

 頭を振ってから俺も頭を下げ、そして立ち上がり。

 

「あ、そう言えばここは……?」

 

 話すのや考えるのに気をとられて意識を取り戻してから身を起こしてしかいなかった俺は、本当に今更ながらに自分がどこに居るのかわからなかったことに気付いた。見たところ、どこかの民家の土間か何かの様だが。

 

「そうか、そうだったな。ここは城下町の民家の一つだ。戦場から近く、住民も避難していたから借りさせてもらっている」

「あー、ありがとうございます。おれ、メラゴーストだから雨とか弱くて」

 

 気を失ったまま雨ざらしになっていたらと思うとぞっとする。

 

「なる程、心配せずともここ二日はにわか雨すらないがな。そう言う意味ではドラゴン共に町を蹂躙されるようなことが無くてよかった」

「あ」

 

 原作での炎上したカールの城下町を思い出し、そして気づく。俺達はその悲劇を防ぐことができたんだと。

 

「君と彼のおかげだ。陛下や国の民に変わって改めて礼を言う。ありがとう」

「よ、止してくださいよ。それじゃ、おれはこれで」

 

 全力で防衛したわけではなく途中までひっかき回したり逃げまわっていた俺に純粋な感謝の言葉はいたたまれなくて、俺は慌てて外に出ようとし。

 

「待ってくれ、剣を忘れてるぞ!」

「え? あ゛」

 

 呼び止められなければ、俺はきっとホルキンスが手に持っている覇者の剣をここに忘れていったと思う。

 

「……危なかった」

 

 大事な借り物を忘れて言ったら、どうなっていたことか。途中で気付いてとんぼ返りしても恥ずかしいし、そのまま紛失とかしたらシャレにならない。

 

「ありがとうございました。じゃあ、今度こそおれはこれで」

 

 もう一度頭を下げてからおれは記憶にないが一日を過ごした民家を後にし。

 

「……よう」

 

 見計らったかのように現れてどこか気まずげに片手を上げたのは、偽ポップだった。

 

「……A5のこたぁ聞いた。死ぬなよって言ったってのによお」

「……うん」

 

 何と切り出そうか迷っていたのだろう、沈黙を破るよう口を開いての言葉に俺は相づちを打ち。

 

「で、Aはどうすんだ? そのカッコ、思いっきり目立つんだけどよ?」

「うーん、モシャスで闘気に誰かの形をとらせた時以外、モシャスしてる間はずっとこうだからどうしようもないんだけど」

「……なるほどな。それはそれとして、聞いたとこ無茶苦茶パワーアップしてるって聞いてるが、それっておれも使えたりするのか?」

 

 やり取りの中、偽ポップがそう言い出すのは必然で。

 

「どうだろ? バランと戦った後気を失って、検証とかする時間もなかったからなぁ」

「おっし、じゃあいっちょ試してみっか!」

 

 ことさら明るく、どこかお道化て言って見せたのは俺に気を使っての、A5のことを思い出させないようにと言う気遣いだろうか。問うてもおそらく偽ポップは肯定などしないだろうから、俺はうんと頷き。

 

◇◆◇

 

『ダメだな、こりゃ』

 

 数分後、人気のない町の外で空を仰ぐ偽ポップだったメラゴーストがそこに居た。

 

『合体できねぇし、分裂もできねぇんだろ?』

『……うん』

 

 モシャスが解けるなり合体を試みようとした俺達だったが、うまく行かず。なら分裂した個体とならどうかとスカラをかけて守備力を上げ、暫く叩いてもらったが俺は全く分裂できなかった。

 

『これって』

『聞いた話から推測するに、無理にモシャスしたまま、A5を取りこんだからだろうよ。本来分裂や合体を司ってる部分が誤作動て言うかバグ起こしてるみたいな状況かもしれねえ』

『うわぁ』

 

 無理を通した、その代償と言うことだろうか。

 

『あと試してねえのは、A5の時と同じパターンの合体ならできるかどうかだが』

『確かに、だけどそれは試したくない』

 

 もう二度と、あんなことは。

 

『だな、悪ぃ』

『ううん』

 

 目を背ける偽ポップだったメラゴーストに俺は頭を振り。

 

『で、次はどうする? 何ができるかを調べてみっか?』

『そうだね』

 

 気をとりなおした、何かを誤魔化した、言いようは色々あるだろう。次の検証に移った俺達が知りえたのは、少々信じがたい事実で。

 

「ゲームで言うとこの1ターン二回行動もしくは同時に二つの呪文が使えて、誰の姿にモシャスしても能力が大幅上昇、加えてA5が覚えてた呪文は行使可能か……メラゾーマ放つヒュンケルとか出来るな、これ」

『ダイ達が見たら二度見する光景って言いたいけど、炎の闘気纏ってるからなぁ』

 

 とりあえず、ぶっ飛んだ事実を冗談で逃避しつつ俺も偽ポップに倣って空を見上げ。

 

『ま、いずれにしてもだ』

「ん?」

『闘気纏ったままダイ達のとこに行ったら混乱は必至だろうし、行くならメラゴーストに戻ってからにしろよ』

 

 もっともな言葉に俺はうんと答えたのだった。

 




と言う訳で、パワーアップの反面結構いろんなものを失っていたことが判明したのでした。

次回、エピローグ「???」に続くメラ。


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エピローグ「???」

 

「まさか、バランがダイの父親であったとは……!!!」

 

 時間は、バランとどこかのメラゴーストの戦いのあった日の夜まで遡る。法衣に矮躯を包んだ老人が一人、混乱と焦りを伴って鬼岩城の廊下を足早に進んでいた。老人の名はザボエラ、妖魔司教ザボエラと言った。

 

「じゃが、それより何より、あのバランが負けてしまうとは……」

 

 ザボエラは直接それを見たわけではない。ドラゴンが次々倒される戦場に自分の身を置いて危険にさらすなど論外と、情報収集の為に残した悪魔の目玉をもって戦況を眺めていたが、ダイに化けたメラゴーストが額の紋章を強く光らせたと思った直後に悪魔の目玉達からの映像が途切れたのだ。

 

「バランはあの後姿を見せず、部下を差し向け潜入させれば、あのメラゴーストがかの国の騎士団長と協力して深手を負わせ、退かせたという」

 

 民衆を欺くための虚偽の情報も疑ったザボエラであったが、勝利の知らせが偽りならば、バランはどうしているのかと言う疑問が残る。故にその知らせは真実か真実に近いものとし、慌てて鬼岩城に戻って来たのだった。

 

「なっ、なんと」

 

 そしてたどり着いた先、魔軍司令ハドラーとその親衛隊、そして魔影参謀ミストバーンが集った場でザボエラが見たのは、三つの光点が消えた六芒星である。

 

「じゃ、邪悪の六芒星が……三つに!!?」

「ヒュンケル、クロコダインが裏切り……フレイザードが死んだ……!! そのため邪悪の六芒星を形成する三角形が一つ消滅してしまったのだ!」

「なん……じゃと?!」

 

 フレイザードの敗死をザボエラが知ったのは、まさにこの時だった。実際は耳に入れる機会はあったのだが、バランとダイが親子と言う衝撃の事実に加え、それを上回るバランの敗北と言う事態に打ちのめされ、部下の集めた情報を頭に入れるどころではなかったのだ。

 

「どうした、ザボエラ?」

「いえ、その」

 

 ここでバラン敗退の報を口にすべきかザボエラが逡巡していると、決断に至る前にどこからか笛の音が聞こえ始め。

 

「このメロディーは……『死神の笛』の音……?!」

 

 ハドラーが視線だけ音の方へと向けようとする一方でミストバーンは沈黙を保ち。

 

「キャハハッ、キャハキャハ!」

 

 後方の岩肌がむき出しの通路、明かりもない闇の中から楽し気な笑い声があがる。

 

「ね! ね! だから言ったでしょ!! ハドラーの軍団はガタガタだって……!!」

「いい子だね、ピロロ。よく、このボクに教えてくれた……」

 

 浮かび上がるのは一つ目のピエロを伴い、大鎌の柄に口を当て、笛の様に持つ仮面の道化師。

 

「……グッドイブニ~~ング! 鬼岩城のみなさん……!!」

「しっ、死神っ……!」

「……キルバーン!」

 

 その姿に、いや鎌に誰かの命を刈り取りに来た死神を連想したのか、思わず漏らしたハドラーの後ろでポツリとミストバーンが呟き。

 

「こ……こいつがキルバーン……!」

 

 ミストバーンの口にした名に覚えがあったらしいハドラーの顔へ驚愕が張り付いた。

 

「魔王軍の死神と恐れられ、大魔王バーンさま直属の殺し屋としてその意にそぐわぬ者を闇に葬るという……あの噂に高い男が、こいつか……!!?」

 

 驚きから立ち直ったハドラーだが、その脳裏によぎるのは何故そんな男が鬼岩城へ現れたのかと言う疑問。

 

「……誰かが不始末でもしでかしたかな……?」

 

 後ろから聞こえるミストバーンの声にハドラーが身をこわばらせることとなったのは、身に覚えがあったからだろう。だが、キルバーンと呼ばれた男が視線を向けたのは、ハドラーにではなく、後ろに立つミストバーンの方へであり。

 

「……やあ。おどろいたなミスト……君が話してるのを見るなんて、何十年ぶりだろうね。まったくキミときたら、必要がないと百年でも二百年でもだんまりなんだからなァ」

「……フッ、貴様がおしゃべりすぎるのだ、キル……」

「……かもね! ウッフフフフッ……!!」

 

 二人が軽口を叩き合う様をハドラーはただ黙って眺めていた。見たところ顔見知りの様ではあるが、そもキルバーンはハドラーからすれば初めて目にした相手であり、その肩書を鑑みれば、小細工を弄した自覚のある今口を開くべきではないとおもったのかもしれない、だが。

 

「……ところで、ハドラー君!」

 

 死神はミストバーンとの会話を切り上げるとその視線をハドラーへと向け。

 

「最近キミは戦績がすぐれないみたいだねェ」

「そうそう! てんでだらしないんだよ!!」

 

 キルバーンがそう評せば、ピョコンとキルバーンの影から一つ目のピエロが顔を出し。

 

「勇者ダイをうちもらして以来、軍団長は次々と倒されるわ、『ロモス』『パプニカ』『オーザム』を奪還されるわでもうボ~ロボロ! おまけにこの間は全軍総がかりでダイたちにやられちゃったんだよ~! キャハハッ!!」

「だっ、だまれッ!!」

 

 流石に黙して聞き続けるわけにはいかなかったハドラーが怒声を発せば、一つ目のピエロはキルバーンの後ろに隠れ。

 

「……本当かね? キミ」

「ムウ……げ、現在も抹殺計画は進行中なのだ! いずれ、必ず……」

 

 視線を投げられ唸りつつも言葉を絞り出すハドラーへ、キルバーンはだったら早くすることだねと応じた。

 

「バーンさまはとっても寛大なお方だけど限度があるよ」

 

 もしまたしくじったらと続ける死神へどうだというのだと問えば、キルバーンはこれだよと自分の首を手で刎ねるしぐさをして見せ。

 

「……フ、フン! 心配無用だ!! あんな小僧どもなどすぐに始末してやるわッ!!」

「……あ、ぁ」

 

 このオレの手でなと気炎を吐くハドラーを視界に居れ、ザボエラは途方に暮れていた。色々あってバラン敗退の報を伝えるのを切り出し損ねたのだ。脳内ではどうすればいいんじゃあと絶叫していたが、言い出せないままに事態は進行してゆく。

 

「フ~ン」

 

 その死神が青ざめたザボエラの横顔を一瞥するが、見られた当人は視線を泳がせていて気づかなかったようであり。

 

「まあ、いいさ。しっかりやってくれるならこちらから言うことはないし……それに、こちらはとり急ぎボクの用件をすませたいんだ」

 

 懐に手を突っ込んだキルバーンは一つの鍵を取り出して見せる。

 

「そっ、それは……バーンの鍵……!!」

「裏切り者の軍団長たちはこの鬼岩城の場所を知ってるからね。直ちに移動せよとのバーンさまの命令なのさ」

「い、移動じゃと……じゃが」

 

 思いもよらぬ用件に驚きの声を上げ、ザボエラは一つの問題点に思い至ってそれを口にしようとしたところで固まった。

 

「じゃが?」

「あ、いや、その……」

 

 振り返ったキルバーンに視線で居抜かれたザボエラは、しどろもどろになりつつバラン敗退の報を告げ。

 

「ばっ、バランが?!」

「なんだいハドラー君、知らなかったのかい?」

 

 動揺するハドラーを呆れた様子で眺めた死神は、それじゃあこうしようと言葉を続け。

 

「移動についてはとりやめられない。裏切者に場所を知られないための移動だし、バーンさまの命令だからね。バラン君のことはここに監視の使い魔でも置いて、バラン君が現れたら移転先を伝えればそれで済む話だし」

「っ、確かに……」

「それに、キミには都合がよかったんじゃない? 自分だけ失敗続きってのは拙かっただろうし」

「うぐっ」

 

 反論できず呻くハドラーを尻目に、死神は鍵を六芒星の中央にある顔の彫刻の口元へ持ってゆき、差し込んでガチャリと回したのだった。

 




カールに行った意味、半分くらい消し飛んで原作ブレイクも甚だしくありませんかねぇ?(白目)

 と言う訳で、これにてカール救援編は終了です。
 お付き合いありがとうございました。

 次回からは六巻(であった)編を始める予定でいますが、冒頭はダイ側の視点になる予定なので、おそらくメラゴースト君は合流まで出てこないことになりそうです。(ほぼ番外編で進行してゆく流れ)


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最終話「はじめまして」

これにてカール救援編は終了と言ったな、あれは嘘だ。

……と言うか、最終話振り忘れてただけなんですけどね。すみません。

そう言う訳で次の章のプロローグにぶち込もうか迷ってた話を投下しておきます。


 

『あ』

 

 モシャスも切れ、いざダイ達と合流だとルーラの呪文を唱えようとした俺は思わず声を上げて動きを止めた。

 

『どうしたよ?』

『忘れてた、鬼岩城のこと』

 

 俺が元偽ポップに問われてそう返せば、メラゴーストに戻った偽ポップもあ゛と声を漏らす。

 

『原作はカールが滅んでたから何の問題もなかったけどさ、この近くを通るだろう鬼岩城がカールを放っておくと思う?』

『……ねえな。けど、どう説明するよ?』

『うぐっ』

 

 そう問われて俺は言葉に詰まった。確かに、原作知識で敵の本拠地が巨大ゴーレムと化し歩いて接近してくるので避難してください、だなんて言えるはずもない。

 

『とは言え放っては置けないし、偽ポップは先に行ってて。俺はホルキンスさんに二次侵攻の可能性についての懸念って形で忠告してくるから』

『そっか、わかった。じゃあな、ルーラッ!』

 

 片腕を上げて元偽ポップが飛び立つのを見届けた俺は、すぐにホルキンスへの忠告するに至るでっちあげの動機について考え始める。バランとドラゴンの軍勢でも駄目だったから、魔王軍がそれ以上の力をもって再襲撃してくる可能性があるのではと危惧したとかそんなところだろうか。

 

(逃げる訓練はするって言ってたし、その辺りにもう少し力を入れてもらえるように言っておこう)

 

 流石にバランがどこに行ったかわからない状況でダイ達の元に戻らずカールで鬼岩城を待ち受けるわけにはいかない。俺の記憶が確かなら、鬼岩城にはバラン以外の生き残った軍団長とハドラーが揃ってるはずだ。動き出した鬼岩城だけでも厄介なのに、複数の軍団長とか話にならない。

 

(ドラゴンを倒してバランも撃退した、理屈の上ではバランにモシャスしてそこに竜闘気と炎の闘気を乗っけることは出来るけど、竜魔人は見てないもんな)

 

 竜の紋章の力をコピーできた以上、竜の騎士の最強戦闘形態をコピーできる可能性はある。

 

(炎竜魔人。ただ、敵を倒すまで止まらない狂戦士みたいなところがあるし)

 

 原作のハドラーの身体には黒の核晶と呼ばれる一個で大陸一つ吹っ飛ばす凶悪な爆弾を仕込まれることになって居たはずだ。

 

(そしてこっちは炎の闘気。うん、なんていうかもうね「誘爆しちゃうぞ♪」って言ってるようなモノだよね、この組み合わせ)

 

 俺としては避けたいが魔王軍が、いや大魔王が俺を脅威と見なしたなら躊躇うまい。ハドラーに爆弾仕込んで差し向けるだろう。

 

(一応消滅呪文で起爆させずに消滅させられるのではってどこかで議論してるのを見た記憶があるけど、あれ、公式設定じゃないしなあ)

 

 試すのに自分の命を掛け金としないといけないようなギャンブルはご遠慮願いたい。

 

(流石に他に回避方法が無ければ仕方ないけどさ。とは言えいきなり黒の核晶仕込んだ敵がやってくるなんてことはないだろうし)

 

 方策はおいおい考えていけばいい。まずは忠告だと俺はカールの城下町に向かおうとし。

 

「おや? ひょっとして忘れ物かな?」

『え』

 

 聞き覚えのある様でない声に俺は固まって。

 

『っ、モシャス!』

 

 即座に呪文でダイの姿に変身すると呪文を唱えた。

 

「ヒャダインッ!」

 

 俺の唱えた呪文は周囲の木々や地面を凍てつかせ。

 

「ウフフフフッ」

「げっ」

 

 凍てついた木の中から生えるように出てきた仮面の道化師に思わず顔を引きつらせた。

 

(ピンポイントに来やがったーっ?!)

 

 原作知識持ちだからこそ俺は知っている、その道化師が頭部に黒の核晶を仕込まれた操り人形であるという事実を。

 

「ヒャダインに巻き込まれて平然としてるなんて……」

「まァ、あてずっぽうの広範囲呪文だったからねェ」

 

 だが、こちらが秘密を知ってるなんて悟らせるわけにはいかず、続けた即興の言い訳に平然と肩をすくめて見せ。

 

「ナイストゥミ~チュ~! メラゴースト君でよかったかな?」

 

 死神は英語で挨拶すると、キルバーンと名乗った。

 

「クチの悪い友達は『死神』なんて呼ぶけどね……」

「死神……その死神がおれになんの用なんだ?!」

 

 正直死神なんて名乗る頭に爆弾仕込んだ物騒なやつがやって来てる時点で暗殺しかないような気はするものの俺が尋ねれば、死神は口を開き。

 

「実は大魔王バーンさまがキミに会ってみたいと仰せでね。今日はキミにその招待に応じてもらえるかの意向確認に来たって訳さ」

「は?」

 

 俺は固まった。

 

「アッテミタイ?」

「そうそう」

 

 思わず絞り出したオウム返しの問いにキルバーンは頷いて見せ。

 

「ちなみにボクが足を運んだのは、ハドラー君やザボエラ君ではキミの心象が良くないだろうという理由でもあるんだけど」

「あー」

 

 戦ったことのない相手にメッセンジャーを任せるということはそれなりに気を使ってるのか。

 

「って、魔軍司令や軍団長をメッセンジャーにするのは人材の無駄遣いじゃ?」

「そうは言っても、普通のモンスターを差し向けた場合、何か言うより早く見つかった時点でキミに倒されてしまうんじゃないかな?」

「う゛」

 

 キルバーンにも呪文ぶちかましたばかりの俺としては流石に反論できず。

 

「それはそれとして、ドレスコードはないからキミさえ良ければ今からでも案内できるけど、どうする?」

 

 敵の総大将からの誘い。考えようによっては好機かもしれないが、リスクもでかい。

 

「おれは……」

 

 しばらく考えてから、口を開くと俺は答えた。

 




まさかのお誘い。

まぁ、バラン倒したって知られたら可能性の一つとしてあるわなぁって感じで、うん。

果たしてメラゴースト君は本当にダイと合流できるのか?

次編を待て!


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元六巻編
プロローグ「新たな問題(ダイ視点)」


お待たせしてすみません。

ここから元六巻編となります。

また、時間軸がフレイザード撃破、原作でカールが滅亡した日の翌日までさかのぼります、ご注意ください。



「う~ん」

 

 おれとポップは営業を再開した武器屋の前で腕を組んで唸っていた。近くには隅の塗装が剥げた看板にいくつかの武器の名前と値段がかかれ、下の方にあるモノに品切と書いた札が貼り付けられていた。

 

「なんだよ、こりゃ……これじゃあロモスの王宮で貰った武器のほうがまだ攻撃力が高いぜ……」

 

 ポップはこっちを見てぼやくけど、おれにそんなこと言われても困るんだけど。

 

「おじさん、もっとすごい武器を見せてよ」

 

 そう武器屋のおじさんに話しかけ、お金ならもうちょっとあるからさと続けて見せたけど、お金の問題じゃなかったらしい。姫様を救っていただいた英雄からお金をとるなんてとヒラヒラ手を振ってから、おじさんは申し訳なさそうに言ったんだ。

 

「なにしろ、まだ国が立なおりつつある時なので……満足な品物が揃わないんです」

 

 と。

 

「『どたまかなづち』、当店で一番強力な武器ですよ……!!」

 

 その後でおじさんは箱の中をごそごそして鉄の兜に短い柱がくっついたようなモノを出してきたけれど、自分が使うところを想像すると何とも言えない程に格好悪く、おれは苦笑いしながら要らないことを伝えてそのお店を後にした。

 

「あ~あ、まいったな~。ま、おれやメラ公なんかは魔法使いだから武器や防具がなくてもたいして困らねえけど……」

 

 ため息をついて腕を頭の後ろで組んだまま空を仰いだポップの声が、急に途切れた。

 

「ポップ?」

「いや、メラ公今何してるんだろうなって思ってよ。フレイザードとの戦いの時、協力してくれたのはあいつの分裂したヤツだったろ?」

「あ、うん」

 

 どうしたのかと思ったおれに説明をするポップの言葉でおれは思い出す。メラゴースト君のかわりにおれ達に協力してくれたのは、A3っていう名前のメラゴーストだったけれど。

 

『パプニカの人たちは不死騎団との戦いでメラゴーストと戦ってるからさ』

 

 そう言って、有事の際には出してと魔法の筒に引っ込んでしまって、最初の戦いはよりによってフレイザードとの一回目の戦い。既に戦いが始まってるところに乗りこんだわけだから、レオナたちにメラゴースト君のことを説明する暇なんてなくて、とてもじゃないけど筒から出せなかった。その後マァムに気絶させられたらしいおれが意識を取り戻したのはマトリフって先生の仲間が暮らしてた洞窟で。

 

(助けてくれたマトリフさんといろいろ話したがって、モシャスの呪文で姿を変えたらマトリフさんが興味を持ったみたいで)

 

 その後のA3君はポップと自分に修行をつけてくれるようにお願いして、おれ達とは別行動になったけれど、ルーラの呪文を覚える特訓の途中、ネイルの村に立ち寄った時にメラゴースト君が新しく分裂で増やしたメラゴーストに会ったってポップが話してくれたのも覚えている。

 

「分裂した個体ごとに別の職業の修行をした上で合体して何でもこなせるようになるとか、あいつの頭ン中どうなってんだよ!」

 

 とも言っていた気がするけど、分裂合体ができるメラゴースト君だからこその修行法だよなあとも思った。

 

「ダイ?」

「え? あ、ごめん。あのA3君のこと思い出してて」

 

 ぼーっとしてたからだろう、ポップに声をかけられたおれは慌てて謝って。

 

「あー、あいつな」

 

 名を口にしたらポップが酷く遠くを見た。

 

「ポップ?」

「いや、あいつって使える呪文がかなり多いだろ? んで、修行は俺と一緒だったもんだからよ……『同じアバンの元で修行しといて、どうしてこうも差がつくのかね』ってな」

「あー」

 

 メラゴ―スト君とポップは受けてた修行のコースが違うから仕方ないとおれは思うんだけど、ポップはそう思わなかったんだろう、ただ。

 

「もっとも、おれだってルーラは覚えたからよ、これで先生やメラ公、あいつみたいにおまえらを連れて行けるぜ」

 

 ポップだって立ち止まってるわけじゃない。得意そうに胸をそらし。

 

「……って、よくよく考えたら、あのA3だったか? あいつに色々連れていって貰えればおれも飛べるところが増えたよな」

「あっ」

 

 続けた言葉におれは声を上げた。言われてみればもっともだったからだ。

 

「他にいける場所が増えたならおまえの武器の問題も何とかなったかもしれねえってのに……おれ、なんであの時引き留めなかったんだよ」

「いや、けど止めなかったのはおれもだし……『戦いに勝ったことをAや他の仲間にも伝えたいから』って言われたらさ」

 

 フレイザードとの戦いが終わって、パプニカの人たちが勝利を祝うための宴会を開く前にA3君は去っていった。ルーラの呪文での移動だったから、今どこに居るかもわからないけど。

 




ダイだけあってダイジェスト。(ぼそっ)

次回、番外13「回想は続く(ダイ視点)」に続くメラ。



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番外13「回想は続く(ダイ視点)」

「A3君はメラゴースト君に会えたのかな?」

 

 ルーラの呪文なら行き違いでも起こらない限り大丈夫だとは思うけれど、他の仲間にもとも言ってたから、分裂した他のメラゴースト君にもおれ達の戦いのことを知らせるんだろうとも思う。

 

(そう言えば、おれメラゴースト君が全部で何人居るのかも知らないや)

 

 分裂したメラゴースト君が知らないところで分裂してればメラゴースト君本人も知らないかもしれないけれど。

 

(とりあえず、メラゴースト君、それから先生の仲間の元のに弟子入りしてるのが、マァムのお母さんの所に一人、確かロモスの山奥にも一人向かったってポップが話聞いてきてたから、そっちにも一人。マトリフさんのところはA3君として、これで四人。えーと、あとは……うーん、敵にもメラゴーストは居たからか、もっと多い様な気もするんだけど)

 

 思ってるよりおれってメラゴースト君のことを知らないのかもしれない。

 

(今度会いに来たときにその辺りのこと聞いてみよう)

 

 会いに来るのはA3君じゃなくて修行を終えたメラゴースト君本人ってこともあるかもしれないけど、それならきっともっと先になる筈だ。

 

「なら、今はこっちの問題を何とかしないと」

 

 言いつつおれが鞘から引き抜けば、ポップとおれの顔を映した鋼の剣にはヒビや刃毀れがあちこちにある。

 

「激戦をくぐり抜けてきたからなあ……」

 

 そう言って腕を組んだポップが遠くを見るけど、本当に激しい戦いが多かったし様々な強敵が居たとおれも思う。ヒュンケル、フレイザード、それから。

 

(ミストバーンだっけ? バルジ島で戦った見た目はフワフワしてたくせにすごくパワーのあったやつ)

 

 ヒュンケルの暗黒闘気の技の師とも一緒に居たザボエラが言ってた気はするけど。

 

(A3君が居なかったらバダックさんとおれだけで軍団長二人とその軍団を相手にしなきゃいけなかったから、もっと苦戦してた筈。そういえば魔法の筒から出たA3君がミストバーンを見たとたん固まってたけど、あれは何だったんだろう?)

 

 ともかく、A3君の呪文で鎧のモンスターはあっさり一掃できたし、ザボエラの方はAと因縁があるからと受け持ってくれておれとバダックさんがあのミストバーンって奴の暗黒闘気に捕まらなかったら、苦戦らしい苦戦にもならなかったと思う。

 

(その後駆けつけてくれたクロコダインが微妙そうな顔してたっけ)

 

 結局A3君がザボエラを追っ払って加勢に来てくれたところで、そのミストバーンって奴は去っていったんだ。フレイザードとの戦いの終わりごろになってもう一回現れたけど。

 

(結局よくわからないやつだったよな、あいつ)

 

 フレイザードの氷の半分を倒したと思ったら、炎の方の半分に鎧を与えて助けたものの、おれに負けて助けを求めたフレイザードの欠片を踏みにじって、戦わずに帰っていった。

 

(ヒュンケルの血で目がよく見えてなかったから半分は聞いた話だけどさ……って、あれ? 敵は色々居たけど戦ったのって思ったより少ない?)

 

 そんな考えが頭をよぎったが、いやとすぐに頭を振った。

 

(数の問題じゃない。フレイザードは強敵だった。A3君の呪文は炎も氷も通用しなかったし、それに)

 

 メラゴースト君が弾丸にベギラゴンを詰めてくれたおかげでレオナは無事助け出せたんだけど、気が緩んだのが悪かったんだろう。

 

(あの謎の、男か女かもわかんない奴) 

 

 レオナに気をとられている間に、どこからともなくマァムに襲いかかってきたあいつは、おれとクロコダインの攻撃をいなし、マァムが大切にしている銃を奪っていった。

 

(まるでシーツを被ったみたいなふざけた姿なのに、先生と戦ってるみたいだった)

 

 こっちの太刀筋を知っているかのように動きを読んで、一撃すらかすらせることなく。最後は塔から飛び降りながら瞬間移動呪文で姿を消した。

 

(先生から貰った銃を盗られたマァムはふさぎこんじゃうし、ポップとヒュンケルが励ましてくれたから立ち直って何とかなったけど)

 

 その後マァムは銃を失った分を埋め合わせるためにもとメラゴースト君に倣うように修行の旅に出かけてしまった。

 

(きっとあいつともまた戦う日が来る、それまでにおれは――)

 

 もっと強くならないといけない、それなのに武器が壊れそうなんだ。

 

「おい、ダイ! ダイッ!」

「え? あ、ポップ」

「ポップ、じゃねえよ。おおかたこれまでの戦いのことでも思い出してたんだろうけどよ」

 

 呼ぶ声で我に返ったおれにポップは言う。

 

「激戦で思いついたんだ。こんな復興中の国じゃなくて、今魔王軍と激戦やらかしてるベンガーナとかカールに行きゃすげえ武器があるんじゃねぇか……!?」

「あっ、そうか!!」

「それだけじゃねえぞ? カールの方だったらメラ公と合流できるかもしれねえんだ。ネイルで会ったメラ公の分体だっけ? 分裂したやつがメラ公はカールに向かったって言ってた気がすんだよ」

「ええっ?! それじゃ――」

 

 そんな話を聞いてじっとしてられる筈がなかった。何とかカールに行く手段がないかと聞いてみるため、おれはポップの手を引き、レオナの元へ駆けだしたのだった。

 




ベンガーナ「あれ?」

次回、番外14「新たな武器を求めて(ダイ視点)」に続くメラ。


尚、謎の人物はアバンにモシャスした上でシーツを被り流れを修正しようと銃を奪っていくだなんて許せない行為をした最低のメラゴーストなんだよ。

ちなみにシーツは自分の身体の炎で証拠隠滅までした模様。


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番外14「新たな武器を求めて(ダイ視点)」

 

「あのさあ……レオナ、ちょっと相談があるんだけど……」

 

 レオナの居るところに向かう途中で、国を復興中のレオナは忙しいんじゃないかって気づいたおれはレオナの居る部屋に恐る恐る顔を出したんだけど、おれの予想と違ってレオナはやけに機嫌がよかった。

 

「あ~ら~? な~に、ダイく~ん?」

 

 笑顔でこっちに手を振ると、今の話はまた今度って居合わせた他の人たちに言ってこっちに来てくれたけど、良かったのかなあとちょっと不安になる。

 

(ポップはポップで、マトリフさんのところに寄りたいからってそっちにいっちゃったし)

 

 こういう時にメラゴースト君がいたらなあとも思うけど、A3君にしても他のメラゴースト君の分裂したメラゴーストにしても、パプニカの人たちの集まるところは避けてる。

 

(ただの愚痴にしかならないよなあ)

 

 諦めておれはレオナに今の剣が寿命だから新しい武器を求めるのも兼ねてどこかに出かければいいんじゃないかとポップと話していたことを説明して。

 

「それなら、なんたってベンガーナ王国よ! ベンガーナにはね、デパートまであるんだから!!」

「デパート……!? なにそれ!!?」

 

 出来ればカールに行きたかったんだけど、レオナが勧めてきたのはポップが口にしてたもう一つの国の名前で、加えて知らない言葉を口にしてたから問い返したところ、ベンガーナにはたくさんのお店が入ったお城みたいに大きな建物があるって言う。

 

「あたし小さい頃に一度だけお父さまに連れていってもらったんだ。広くって大きくって薬草でも服でも武器でもなんでも売ってんだから……!!」

 

 そう説明されると、すっげーなーとしか言いようがなかった。

 

「ダイ君、行きたい!?」

「うんっ!! 行きたいっ!!」

 

 興味もあるし、何より武器を手に入れないとこれからの戦いを乗り越えられない。カールのことはまだ気になるけど、なんでかレオナも嬉しそうだし。

 

(ま、いっか)

 

 武器を手に入れてからカールに行ってもいいかなとおれは思いなおしたんだけど。

 

「えっ」

 

 屋上に向かったレオナが睡眠呪文でそこに居た兵士のひとたちを眠らせたあたりで驚いて。

 

「ったく、ルーラの着地地点にちょうどいいと思ってたが、まさかこんな現場に出くわすとはなあ」

「ポップ?! いつの間に」

「いーや、生憎だけどおれはポップじゃねえよ、偽物のほうさ」

 

 突然の声に驚いて振り返れば、腕を組んで立っていたポップはヒラヒラと手を振った。

 

「偽物?」

「ほら、ここのお城じゃモンスターの姿のままだとちょっとな」

「モンスター? まさか」

 

 そこまで言われれば目の前のポップがどういう人なのかは気づく。

 

「そう、お前さんがいうとこのメラゴースト君の一番新しい分体さ。この格好してる時が多かったもんだから『偽ポップ』って呼ばれてたな」 

「偽……」

 

 その呼び方はどうかと思ったけど、この偽ポップ君も思うところはあるんだと思う。話す時はどこか遠くを見ていたし。

 

「ま、それはそれとしてだ。何かあると拙いし、どこか出かけんだろ? 見たとこ定員には遠そうだし、おれもついてゆくぜ? ルーラでいける場所も増やしておきたかったしな」

「……どうするの、レオナ?」

「はぁ、見られてしまったなら仕方ないわ。ここで時間を食えば」

 

 ため息をついたレオナがちらっとおれ達の出てきた入り口を見た時だった。

 

「姫ッ……!!?」

「っ、思ったより早かったわね。ダイ君、急いで!」

「え、あ、うん」

 

 三賢者のマリンさんやアポロさんにバダックさん、さっきレオナと一緒に居た人たちが次々現れて、おれはレオナの勢いに押されて気球のカゴの縁をまたぎ。

 

「いいわ、連れていってあげる」

「よしっ、じゃ、よろしくな」

 

 偽ポップ君もレオナの言葉でお城の屋上を蹴ると、ぶら下がったロープを掴み。

 

「ごめんねえ、みんな! すぐ戻るから心配しないでね~~っ!!」

 

 片手を口元に近づけたレオナの見る先でおれ達を見上げた人たちの姿がどんどん小さくなってゆく。

 

「いいのかい!? これって泥棒なんじゃないの」

「王宮のものをあたしが使ってなんで泥棒なのよ、いーじゃない!!」

 

 おれが口にした疑問は、腕を組んだレオナにそう言われると反論のしようもなく。

 

「それとさ、本物のポップは連れてかないの?」

「本物!?」

 

 話題を変えたおれの問いにちらりと偽ポップ君の方を見たレオナはああと声を上げ。

 

「別にいいんじゃない? 偽物でももうここに一人いるわけだし、それになんかちょっとたよりなさそうだし」

「えーとな、姫さん。そのたよりなさそうにモシャスしてるおれにも立場ってモノがあってだな」

「あら、ごめんなさい。けど、その姿も仮のものでしょ?」

「仮のものってとこはまあ間違っちゃいないが」

 

 何とも複雑そうな顔で偽ポップ君は気球のカゴの下を指す。

 

「本物、ついてきてるぜ」

「「えっ」」

 

 おれ達が驚きの声を上げる中、かごの縁にかかったのは確かにポップの手で。その後の空の旅はちょっと気拙いものになった。

 




番外15「ベンガ-ナ」に続くメラ。


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番外15「ベンガ-ナ1」

 

「あっちゃあ、そろそろだわ」

 

 気球のなかで嘆息したおれはかごの縁に手をかけた。本物がどうしたよと声をかけるから、おれはモシャスの時間切れだと答えて縁を飛び越え身体を外へ投げ出した。

 

「え」

「うおおおぉぉおおお、モシャスッ!』

 

 気球のかごを燃やすわけにはいかないからの空中での再変身。

 

「クエッ!」

 

 クロコダインを運んだりしていた鳥の魔物に変じると俺はそのまま羽ばたき落下しつつあった体を持ち上げる。

 

「がっ、ガルーダになりやがった?!」

「あー、あの格好なら空中に投げ出されても確かに大丈夫だね」

 

 驚く本物と比べて得心言った態でダイが落ち着いてるのは、モンスターと暮らしていた時間の差だろうか。

 

「クエエッ」

 

 おれは一声鳴いてから上昇し、気球の周りを飛び回り、短くボバリングしてからかごの縁へととまる。気球の移動速度を鑑みると、あと一、二回は変身しなおす必要があるだろうか。

 

(ぶっちゃけ、飛んでいった方が早い気もしてきたんだけどよ)

 

 先に行こうにも鳥の魔物のままでは意思疎通も難しい。ダイになら伝わる可能性はあるかもしれないが。

 

(どっちにしても向こうについたらルーラで交代しなきゃな)

 

 カールにいるAのことだって気になるし、今のおれは情報を持ち帰る連絡員もかねてるんだ、それに。

 

(見た目ポップ二人は混乱招いて拙いしな)

 

 おれが偽ポップなら、ここは偽マァムとでも言うべきあいつに代わって貰った方がいいと思う。見た目だけなら男女2-2でバランスだってとれるんだから。

 

(……しかし、女か。異性に変身するって、どうなんだ……幸い、おれにそんな役目はまだ回ってきちゃいねえが)

 

 男として大切な何かを失っちまったりすることになるんじゃねえだろうか。

 

(待てよ、そもそもここで交代ってことは、マァムの姿で買い物に付き合うってことになるよな、あいつ)

 

 となれば、店員に女物の防具を勧められちゃったりしてしまうのではないだろうか。

 

(なんてこった……偽ポップ呼ばわりしてくれた意趣返し出来るこんな素敵な機会が巡ってくるたぁ)

 

 おれは心に決めた。気球がベンガーナに到着したら、何としてでもルーラで偽マァムなあいつを連れてきて交代すると。

 

(そうだ、おれはAの元に帰らなきゃいけねえし、仕方ねえよな)

 

 不可抗力だと心の中で大義名分を唱えてかごの縁に止まったまま西を向く。

 

(どのみちおれはこっちの情報持ち帰るためにもカールに戻らねえといけねえし)

 

 下手するとそこで待ってるのはあのバランとのたたかいかもしれねえと思うと、こっちでのんびり買い物につきあいたくもなるが。

 

(そういう訳にもいかねえしな、うん)

 

 そうと決まればベンガーナにつく前の変身でまたポップの姿に変身しないといけないって問題がある。

 

(ルーラの呪文があるから、落ちることは考えなくてもいいけどよ、ルーラで緊急避難した場合戻って来られねえんだよな)

 

 それでは本末転倒だ。となると、変身が切れる直前に気球から身を投げ、再変身して垂れ下がったロープに掴まるって言う離れ技をしなくてはならず。

 

「……クエッ!」

 

 勝負の時は、訪れた。

 

「あら?」

「うん、偽ポップ君ひょっとして」

「ダイ、その呼び方やめろって!」

 

 俺の鳴き声に振り返るレオナ姫。ダイは一度目の空中変身じゃないしもう察したのだろう。ただ、呼び方で本物に抗議され。

 

『っ、モシャスッ! っとおっ?!」

 

 鳥の魔物からメラゴーストに戻りながら空中に身を投げ出したおれはしっかりとロープを握り締め。

 

「ふう、危機一髪だぜ」

「何の危機もないはずだけれど」

「あ~、まあ、それはそれだ。言葉の綾って言うか、うん」

 

 レオナ姫のツッコミにおれは視線をそらし。

 

「それはそれとして、この格好じゃ流石にややこしいし、ベンガーナにルーラ出来る奴も増やしたいんで、到着したらおれと同期の分体を一人、連れてくるな。買い物もできればそいつとまわってくれ」

 

 ロープにぶら下がったまま話を切り出す。

 

「ええっ、ついて来るんじゃなかったの?」

「最初はそのつもりだったんだけどな、他にもやることを思い出しちまって」

 

 悪ぃな、ダイと続けたおれをぶら下げたまま気球は進み。

 

「っと、それじゃ行ってくる。っ、ルーラッ!」

 

 港から突き出した防波堤に気球が着地したところでおれはかごから飛び降り、着地すると呪文を唱えた。

 

(おれらが騒がれず滞在できる場所なんて数少ないからな)

 

 向かう先はデルムリン島、モンスター達が平和に暮らす唯一の島だ。

 

(パプニカのある大陸じゃメラゴーストはいい印象持たれねぇし、ロモスはそうでないとはいえ、人の暮らす場所のすぐ近くにモンスターが居るってのは人間の方がおちつかねえだろうしな)

 

 必然的におれ達が集まるのはメラゴーストが居ても問題なさそうな場所に限られてしまう訳だ。

 

「おっ、やっぱりいた……よな?」

 

 デルムリン島に到着すれば、すぐメラゴースト達の姿が目に留まり。

 

(って、どれが偽マァムだよ)

 

 モシャスしてる個体が居ない為、おれはメラゴーストを順に視線で撫で。

 

『ポップ? いや、このタイミングでここに来るって言うと偽の方か』

「偽言うな! それより、ダイ達がベンガーナのデパートでこれから買い物なんだ。誰かマァムになって付き添い任されてくれねえ?」

 

 不本意な呼ばれように抗議しつつ、おれはすぐに用件を切り出した。

 

『ベンガーナのデパート?』

『あー、あそこか。じゃあ死神が来るな』

 

 おれ同様に原作知識はもってるからだろう。すぐにこの後起こることを予想しメラゴースト達が騒ぎ出すが。

 

「そいつもわかんねえ。Aがカールに居るからな。原作だとバランが『ダイが実の息子』だってことに気づいて、カールを滅ぼし、取って返してハドラーを糾弾、口論の場に居合わせたキルバーンがちょっかいかけてくる流れだったろ?」

 

 Aが居て、原作通りにカールが落ちるとは思えないし、滅びるのが遅れただけでもバランが間に合わず、結局キルバーンがちょっかいをかける流れも成立しなくなる。

 

「最悪、適当な人物に化けてダイが竜の騎士だってことを伝えてテランの国に誘導することはできるかもしれねえけどな」

『俺達には出来てそこまでだよな』

『キルバーンにモシャスは出来ないし、マッチポンプするにしてもドラゴン系のモンスターになれそうなのってそこの偽ポップ含めて二人だし、ドラゴンにモシャスしたやつはまちがいなくダイに殺されるだろうしな』

 

 無理だよなぁとぼやけば、メラゴーストたちはそろって頷いた。

 




次回、番外16「ベンガーナ2」に続くメラ。


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番外15「ベンガ-ナ2」

 

『とにかく、ダイ達を待たせてるならもたもたはしてられない……それで、誰が行く?』

 

 メラゴーストの一人が口を開けば、顔を見合わせたあいつらは黙り込んだ。まあ、無理もねえ。事情を知らねえ人間がいっぱいの場所にモシャスして乗りこむってだけでもいつモシャスが切れるかと言う不安と隣り合わせになるんだ。

 

「決められねえなら、こっちで指名すんぞ? こっちだってモシャスが切れる前に向こうに送り届ける必要があるんだ」

『なら、俺が』

 

 誰も口を開かないからこっちから口を挟んでやれば、一人が進み出て。

 

『モシャス』

 

 変身呪文でマァムそっくりの姿へと変わると。

 

「お待たせ」

「おう、そんじゃ行ってく、ちょ、な」

 

 掛けられた声に応じようとした俺にマァムの姿に変わったメラゴーストが抱きついてきて、思わず声が裏返る。

 

「どういう真似だよ?」

「え? ホラ、修行中のマァムと間違えられないようにマァムならしなさそうな行動をとろうかな、って」

 

 睨みつければ、新偽マァムは首を傾げて理由を明かし。

 

「それ、本物のマァムに知られたらただじゃすまねえぞ?」

「あ゛」

 

 指摘すると顔を引きつらせるあたり、どうやらそこまで考えが及んでいなかったらしい。

 

(何と言うか、Aに似た奴だな。肝心なところで抜けているというか……うん?)

 

 ふいにそれを言うなら、偽マァムにしたことで女物の服を着せて恥ずかしがらせてやろうなんて企んだおれも同じような目に遭いそうなことに今気づいたが。

 

(気づかなかったことにしよう。単に見分けがつかない事態を避けて男女比を均等にする、おれはそれ以外何も考えちゃいなかった)

 

 後日、これから連れて行く偽物のマァムを笑いものにする前に気付けて良かったと思いつつ、おれは固まった偽マァムを引っぺがして自己保身をはかり。

 

「じゃ、行くぞ」

「待って、別の姿で」

「そんな時間はない、ルーラッ」

 

 新偽マァムの懇願を蹴っ飛ばしつつおれは瞬間移動呪文を唱えた。

 

(しかし、こいつがあの時の偽マァムでないのは確かだな)

 

 あの時の偽マァムはしっかりしてた。元が同じならその差はどこで出るんだと思わなくもねえが。

 

(分裂してからの経験、後はモシャスした相手かね)

 

 変身した相手に引っ張られるって言うのはありうると思う。まぁ、おれの場合はボロが出ないように出来るだけなりきることを心がけてるってのもあるが。

 

(逆にどうしてもなりきっちゃいけねえのが、バルジ塔の偽師匠とか変身できるアテがほかになく、やむを得ず姿を借りるパターンだな……って、そう言えばマァムの銃はあの後誰が持ってんだ?)

 

 疑問は浮かぶが、悠長に意識を傾けている余裕なんておれにはなかったらしい。

 

「うおっ、と」

「わあっ」

 

 気づけば着地の瞬間が迫っていて、よろけたおれはとなりの人物に向かって倒れこみ、あがった悲鳴はさっき懇願した誰かのもので。

 

「おか、マァム?!」

「ちょっ、おま」

 

 おかえりと言いかけて驚くダイ、あんぐりと口を開けて言葉が途中で出てこなくなった本物、そして。

 

「まぁ、昼日中から大胆ね」

 

 何故かちょっと楽しそうなレオナ姫の前で、おれは押し倒した新偽マァムの胸を鷲掴みにする形で押し倒していた。

 

「えっ、あ、その、これは誤解でございましてですね?」

 

 はずみでモシャスが解けなくて良かった何て思う余裕もねえ。

 

(やっちまった―ッ! これ、確実に本物のマァムにどつかれるッ! いや、それで済むのか?)

 

 オリジナルのやらかし成分がまさかこんなところで出るなんて誰が思うだろうか。

 

「あは、あはは……ルーラっと」

 

 乾いた笑いを顔に貼り付けながらおれは瞬間移動呪文で飛び立ち。

 

「あ、逃げちゃった」

 

 ポツリと漏れたレオナ姫の言葉だけが耳に残る。

 

(はぁ、とっさにルーラしたものの、どうするよ、おれ。しばらくはカールだろうから本物のマァムに顔合わせることはねえだろうが)

 

 いっそのこと、逃げ出して姿をくらませるか。

 

(けど、逃げるにしたって……いや、今はカールですることだけを考えよう。下手すりゃあのバランと鉢合わせするかもしれねえんだ)

 

 よそ事なんて考えてる暇はない。こう、偽物なのに割と柔らかかったとか、もうちょっと大きくても良かったよななんて雑念は払うべきもので。俺は頭を振って、前を向いたのだった。

 




ところで、相手も分裂した自分と同じ存在な上に本来の性別も違うとしても、これってラッキースケベにカウントして良いモノなんでしょうか?

次回、番外16「ベンガーナ3」に続くメラ。


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番外15「ベンガ-ナ3(A7視点)」

「っ」

 

 殴り損ねた。それがルーラで逃げていった偽物のポップに俺がまず思ったことだった。

 

(いや、殴ってモシャスが解けたら大騒ぎだから、殴らないのが正解だったんだろうけどもさ)

 

 前世の記憶はオリジナルから継承してるので、胸を揉まれるなんて状況自体初めてだったわけだが、不快だとか何とか以前に感じたのは痛みだった。とっさに支えとしようとして出した手なんだから、掴むものへの配慮なんてないのだ。モシャスが解けない程度だが、痛かった。

 

(あー、モヤモヤする)

 

 くわえて、ダイ達には気まずい。原作では本物のポップが何度か本物のマァムにやらかしてる描写があった気はするけど、本物のポップからしても偽物が自分と同じようなことを見せられるのは嫌だろう。自分の失敗する光景を記録されて見せられるようなモノだろうから。

 

(レオナ姫の方はそれとは別の気まずさだよな、うん)

 

 原作だと他人の恋バナに興味津々だったりしたし。

 

(まさかとは思うけど、あの偽ポップと俺、脳内でカップリングされてたりとか……うん、やめよう。この推測は危険だ)

 

 見た目はノーマルカップリングだろうが、その実自分同士で同性同士とかどれだけ冥府魔道方向に驀進すれば至れるんだろうか、そんな恐ろしいモノ。

 

「恥ずかしいところ見せちゃったね。俺はA7」

「あ、えっと」

「ダイ君達の事情は概ね知ってるし、待たせた上でこれ以上時間を割かせるわけにもいかないから、話はデパートに向かいながらでいい?」

 

 気球がとめられたのは、海にせり出した船を泊めるためのバースとか呼ばれてる場所だ。目撃者もあまりいなかったとは思うが、長居はしたくなく。

 

「そうね、行きましょ」

 

 レオナ姫の同意も得て、促され歩き出した俺達はレオナ姫が借りた馬車に乗りこみ、そこから海沿いの道をデパートへ向かうこととなった。

 

「これで、ようやく話もできるかな」

「まぁ、そうだな。しっかし、おれの偽物と違ってお前は一人称も俺だったし、マァムの真似はしねえんだな」

「あー、まあ、中身の性別は男だからね、俺。オリジナルから分裂してるわけだし」

 

 荷台に座りこんで口を開くとポップが話しかけてきたので、俺は苦笑しつつ肩をすくめた。きっちり性別を明言したのは、レオナ姫に変な誤解をされないための予防線でもあった。

 

「あー、メラ公の分体ならぁっ?!」

 

 得心が言った様子でポップは頷こうとし、途中で傾いだ。と言うか馬車がいきなり加速したのだ。

 

「わわっ」

 

 俺も当然慣性でひっくり返りそうになり。

 

「あぶねぇっ?!」

「っ」

 

 とっさに伸びたポップの手が、俺を掴んだ。そう、何故か俺の胸を。

 

「あっ、あの、これは助けようとしたというか、無事で何よりでございましてね」

 

 あたふたするポップを見て、俺は考える。

 

「本物ならモシャス解けないし、殴ってもいいかな?」

 

 とか。

 

「本物のマァムなら無言で殴る蹴るしてるかな?」

 

 とか。人は怒ると思ったより冷静になれるらしい。ああ、俺はメラゴーストだったか。

 

「もっ、もうちょっとスピード落とせよ、姫さんよおッ!!」

「何てことないわよ、このぐらい……! それに、よそ見していていいの? ほら」

「へ?」

 

 矛先をそらそうとしたのかレオナ姫に食って掛かっていたポップは、姫の人差し指につられてこちらを振り返り。

 

「んぎえええ~っ!」

 

 青い空の下、ポップの悲鳴が響き、悪は滅びた。

 

「ポップ……」

「仕方ないでしょ、あれは魔法使い君の自業自得でしょうし」

 

 荷台で生まれたての小鹿の真似をするポップを御者台のダイが気遣う一方、バッサリ切り捨てたように見えて馬車の速度が緩む当たりがレオナ姫の優しさなんだろうか。一回は一回、お返しに強めに握ったポップを一瞥してから、俺は前方に視線を戻し。

 

「あ、アドバルーンが上がってるってことは、あそこがデパートか」

 

 風に揺られるアドバルーンとそこから垂れ下がる幕がつながれた建物を見つけて呟くが。

 

「良く知ってるわね、アドバルーンなんて」

「あ゛っ」

 

 レオナ姫の指摘に固まった。

 

(しまった、ここってポップがデパートをお城と勘違いして馬鹿にされた場面じゃん、ダイより師匠に連れられて旅をしてたポップすらお城と間違えたってのに)

 

 前世の知識で不思議に思わなかった何てとても言えない。

 

(にしてもアドバルーンがあるってことは、空気より軽い気体を作りだすか手に入れる方法が確立されてるのか)

 

 オリジナルが前世の小学校か中学校あたりの理科で水素を作る実験をしたような記憶はあるが。

 

(それくらいはこっちの世界のベンガーナでも可能な技術があるのかな。まあ、呪文とか存在してる世界だもんな)

 

 きっと前世の常識の物差しで測ってはダメなんだろう。俺は現実逃避がてらそんなことを考えていた。

 




番外16「デパート1(A7視点)」に続くメラ。


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番外16「デパート1(A7視点)」

「あっ、あれが……あれがデパート!!?」

 

 ただ、幸か不幸か俺の失言を聞いていたのはレオナ姫だけだったらしい。その声で我に返ってちらりと声の方を見れば、デパートを見上げて立ち尽くすダイとポップの姿がそこにあり。

 

「でっ、でけえ……」

「こっ、この中みんなお店なの……!?」

 

 ぽかんと口を開けた二人を見て俺は秘かに反省する。

 

(俺も本来ならこうじゃなきゃいけなかったんだ。けど、アドバルーンを知ってて今更デパートに驚くわけにもなあ)

 

 そも、いちいちオーバーリアクションを取られるダイ達には申し訳ないが流石に恥ずかしくもあり。

 

「とりあえず行こうか」

 

 先の言をごまかすのも兼ねて俺は促し。

 

「そうね。行きましょ!」

 

 レオナ姫も未だ突っ立ったまんまのダイ達の方に目をやって微笑みかける。それで二人も復活したのか、すでにデパートの入り口に向かっている俺達についてきて。

 

「えっと……武器は4階、服や鎧は5階か……」

「3F日用雑貨、2F書籍文房具、1F宝石装飾品……地下もあるんだ」

 

 案内板を見るレオナ姫の横に立って俺は唸る。日用雑貨と宝石はさておき、書物は少し気になったのだ。

 

(呪文を契約する魔法陣の載った書物とかあったら使える呪文のラインナップ増えるかもしれないし)

 

 この世界には他のナンバリングタイトルにはない独自の呪文がいくつか存在する。

 

(師匠やポップの使ったマホカトール、ポップがライデインの補助で使ったラナリオン。個人的に欲しいのは仲間のところに飛ぶ合流呪文のリリルーラとか空を自由に飛ぶトベルーラとか)

 

 他にもいくつかあるがそちらはオリジナル呪文だったと思うので、製作者にどうにかして教えてもらう他ない。一時的に使うだけならモシャスの呪文で変身するというのもアリではあるが。

 

「じゃあ5階から見ましょ!」

 

 そんなことを考えている間にレオナ姫はマイペースに歩き出しており。

 

「っ」

 

 ダイ達と一緒に走って追いかけた先は何もない小部屋。というかエレベーターだった。

 

(そういえば床のボタン踏み込み式だったっけ。こうⅣのダンジョンのギミック思い出すけど)

 

 俺が平然とする中、ダイは両手をばたつかせて叫ぶし、ポップも床が動いたと騒いで。

 

「やーね、いなか者まるだしで……!! これはエレベーターっていって最上階まで運んでくれるのよっ!! あっちのA7君を見なさいよ、平然としてるでしょ」

 

 そういってレオナ姫は俺を示したが、俺も驚いてはいたのだ。

 

(そっか、ボタン一つでどうやって降りる階を決めるんだろうと思ってたけど、各階に降りられるわけじゃないのか)

 

 内側の入り口の上に今いる階を示すメーターがついてるし、てっきり前世のエレベーターに近い設備だと思っていたけど、思わぬ所に落とし穴があったものだ。

 

「え、A7君知ってたの?」

「あーえっと、仲間が聞いたののまた聞きみたいな感じかな?」

 

 流石に前世知識だとか原作知識だとは言えず、ぼかして誤魔化し。

 

「けど、最上階ならちょうどいいかも。ちょっと屋上に出てくるね」

 

 そう断ってからエレベーターを降りる。買い物は長丁場になるだろうから、念のためにモシャスをかけ直すんだ。

 

(本当はトイレでってしたいとこだけど、原始的もしくは魔法的な火災報知機とか備わってたら拙いしなあ)

 

 もっとも理由はそれだけではない。原作の場合だとこのあとキルバーンがバランの超竜軍団から借り受けたヒドラや数匹のドラゴンを使ってここを襲撃させていたんだ。

 

(海からの襲撃だった筈だから、屋上なら上陸時の攻防があればすぐわかるはず)

 

 海からの攻撃の防衛に大砲が配備されているのだから。

 

(前世のデパートよろしく屋上が遊園地みたいになってたらモシャスのかけ直しもしづらいけど、さっき外から見た時も原作の描写でも屋上にそんな施設は見受けられなかったし、大丈夫)

 

 そして、屋上からアドバルーンが上がってるなら、メンテナンスの為に屋上へ上がる場所は必ずあるだろう。

 

(どうにもいかなかったら、原作のダイみたいに窓から飛び降りればいいし)

 

 マァムの姿ではルーラが出来ないから最後の手段ではあるが。

 

(とりあえず、建物内の案内地図みたいなのを探そう……うん? 「近日入荷!!! 刃の鎧」か。他のナンバリングみたいに防御無視でダメージ反射するなら冗談みたいに固い敵相手に結構恩恵があるんだけど)

 

 手に入るならダイに装備させて、それをモシャスでコピーしたいところだ。

 




次回、番外17「デパート2(A7視点)」

尚、1~3階の売り物は見える部分から推測してのものです。(原作ではダイ達に隠れて一部しか読めない)


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番外17「デパート2(A7視点)」

『モシャスッ』

 

 無事屋上へ出た俺はモシャスの効果が切れるのを待って変身しなおすと屋上を後にする。

 

「タイミングが早かったかな、それとも」

 

 とりあえず海側で大砲が発射される音も海原から顔を出すヒドラの姿も見ることないまま俺はデパートの中に戻ることとなり。

 

(今回ただ買い物して終わるだけになるんじゃ)

 

 そもAがカールに向かっただけで原作の流れが狂う要素は充分にあったのだから。

(ともあれ、そこそこ時間かかったし、ダイ達は防具を買い終えてる頃かな……あ)

 

 そこまで考えて、ふと気づく。

 

(しまった、ここでレオナがほぼ下着同然の服を着るんだっけ)

 

 今頃はポップにそんな服を着る賢者がいるかとツッコミを入れられ、無難な服に着替えている頃だろう。

 

(惜しいことをしたな)

 

 別にお色気方面でその姿を期待したとかじゃない、俺達のモシャスの仕様に関して、肌の露出が多いところはサンプルとして見ておきたかったのだ。

 

(モシャスは見た外見を写し取る、だから服の中とかまでは写し取れないんだよな)

 

 原作の師匠がキルバーンにモシャスして成り済ました折、仮面の内側が師匠の顔だったように、モシャスは見た外見部分までしか真似できない。極端な例だが、例えば誰かの格好で裸踊りをして社会的に抹殺しようとか試みる場合、その人物の裸を見る必要があり。

 

(マァムはロモスのお城で祝勝会のあと殆ど下着姿で寝てたから、データがとれてるけど)

 

 レオナ姫は今後もパーティーメンバーに加わることが原作ではあったので、念の為にモシャスの完成度を上げておきたかったものの。

 

(まあ、過ぎ去ったことはしょうがないか)

 

 密かに嘆息しつつ5階の中をダイ達を探して歩きまわるも見つからず。下に移動したかなと思って階段を降りれば、そこは原作通りと言うべきか。

 

「あー」

 

 一角に人だかりができており、そこにはレオナ姫やポップと思しき背中が見えた。

 

(ドラゴンキラーのオークションだっけ?)

 

 近づいていけばバイヤーらしき人物が値段がないことを訝しがるダイ達に、一刀限りの入荷の為夕方からオークションで購入者を決めると説明をしていた。

 

(けど、入荷ってことはどこかに生産者が居るってことだよな)

 

 個人的にはそちらが気になったが、値札には製作者の説明などは全くなく。

 

(オークションやるほどの目玉商品なら、聞いても教えてくれないだろうな、きっと)

 

 くるりと背を向けて階段の方へ向かおうとすると、後ろから嘲笑が聞こえ。

 

「あ」

 

 振り返ればむすっとした顔のレオナ姫が人ごみを抜けてくるところだった。

 

(原作通り、お子様のお小遣いじゃ買えないとか馬鹿にされたんだろうな、きっと)

 

 流れを知っているからこそ、口を出さず、ただ合流の為近寄っていけば、案の定レオナ姫はダイ達にドラゴンキラーを買おうと主張していて。

 

「やめといで……!!」

 

 かわりに割り込んできたのは、いくつも目のついた帽子を被った矮躯の老婆だった。

 

「……自分の力量以上の武器をつけて強くなった気になりたいバカの仲間入りなどおよしといったのよ……大金払ってさ……!」

「なっ、なんだとぉ!? このババア!!」

「そりゃオレたちのことか……!?」

 

 更に最後以外はこの場にいないAにクリティカルでぶっ刺さるような言を吐けば、ドラゴンキラーの周りに居た戦士たちがいきり立ち。

 

「へっ、ほかに誰がいるんだい……!!」

「てめぇっ!!」

「おやめください、おばあさま」

 

 煽る老婆に戦士たちがヒートアップしたところで老婆の横の少女が老婆を窘め。

 

「あっ」

 

 少女は俺に視線を止めて、声を上げると一歩後ずさる。

 

「え?」

「どうした、メルル?」

 

 こんな流れ有ったかなと呆然とする俺の視界の中で、訝しんだ老婆にメルルと呼ばれた少女は青ざめた顔で俺を示し。

 

「この人、人間じゃ……ありません」

「ちょっ」

 

 モシャスを看破された俺は顔を引きつらせた。

 

(しまった、この二人に遠見とか予知とか感知系の特殊能力があるの忘れてたーっ)

 

 Aのことを笑えない大ポカだった。

 

(しかも、場所が最悪すぎる)

 

 今俺の前にはドラゴンキラーを取り囲むようにして何人もの戦士が居るのだ。これが師匠やヒュンケルにモシャスした状況なら、傷つけずに逃げ出すこともできたかもしれないが、今の俺は僧侶のマァムの姿なのだ。

 

「くっ」

 

 やむを得ず俺は近くに居たレオナ姫に近寄ると後ろから組みついた。

 

「なっ」

「ごめんなさい、ここで戦闘とかシャレにならないしちょっとお芝居に付き合って」

 

 驚くレオナ姫に俺は耳元へ小声で囁いてから、忌々し気な表情をする。

 

「まさか、こんなところで気づかれるとはな。已む得ぬ……ワシはこれで退くとしよう。じゃが、この小娘は人質じゃ。安易に近づくでないぞ?」

 

 唐突な豹変に唖然としたポップとダイが俺の名を口にしているような気もするが、是非もない。この時期のあの二人では腹芸とか即興のアドリブなんて無理だろうし。尚、一人称をワシにして口調を変えたのは、後でザボエラに罪を擦り付ける為だったりする。

 

(そこはレオナ姫に後で説明してもらうとして)

 

 今はこの場を抜け出し、後で合流してから余計なことを言ってくれたあの少女に文句を言うという態で探して、再会させる。

 

(キルバーンとドラゴン達が来ないとしても、占い師と知己を得たならダイ達も聞きたいことを聞くだろうから)

 

 うまく行けば原作沿いに近い形に流れも修正することができるはずだ。その前にここを何とかして逃げ出さないといけない訳だけれども。

 




A「なんかディスられた気配がするメラ」

次回、番外18「メラゴで逃亡者(A7視点)」に続くメラ。

何かなつかしさを感じるサブタイトルだ、うん。




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番外18「メラゴで逃亡者(A7視点)」

「とりあえずこのまま外に出て、一度姿を隠せるところでモシャスを解き、魔王軍の軍団長にモシャスします。そのあとルーラで離脱するから」

 

 相変わらず小声でこちらの行動を説明しつつ俺はレオナ姫と一緒に階段を下りる。お芝居といったからレオナ姫も抵抗はするふりしつつ階段を下りるのには協力してくれるもののここは四階。

 

(こっちの世界のエレベーターが前世のモノほど融通がきけばそれが使えたのに)

 

 階段に差し掛かった時点で5階に上ってくるときに利用したエレベーターを使おうかとも一瞬考えたのだが、生憎とこちらの世界のエレベーターはあれが初体験。

 

(登り専用だとか、誰かが使用してるときは使用できないだとかで5階から移動できなくなる可能性を考えるとな)

 

 とても上階に逃げる気にはなれなかった。

 

「下の階の人は事情を知らないだろうから、上で騒ぎが起きて逃げる買い物客のふりをしてやり過ごせるかもしれないけど、それだと後で目撃証言を照らし合わせるとめんどくさいことになるし」

 

 申し訳ないけど、いりぐちをでるまでこのままでとレオナ姫には小声で伝え。

 

「あと、俺が離脱した後のダイ達への説明もお願いします。俺は変身し直して気球のところに戻ってきますから、話の続きはその時に。あの占い師の横に居た見習いっぽい子が近くに居ると、化けても意味がなさそうだし」

「そうね。このままじゃ買い物どころでもないし。わかったわ」

 

 小声のやり取りの後、俺達はお芝居を再開しつつ階段を下りてゆくことになる。

 

「っ、この、放しなさいよ!」

「キィ~~ッヒッヒッヒヒッ、抵抗するでない。なぁに、ワシが逃げ延びれば解放はしてやると言っているのじゃ。何をしておる、そこの者ども、道を開けよ」

 

 レオナ姫を盾に道を塞ぐ位置に居る買い物客を牽制、退くよう命じ。

 

(けど、マァムに変身した時こういう状況って言うのが、本当に痛いよな)

 

 胸中で俺は秘かに愚痴をこぼす。優しい性格だから向いてないということもあるのだろうが、マァムの覚えている呪文のラインナップは、ホイミ、ベホイミ、キアリー、キアリク、ザメハ、マヌーサの6種類。回復2種類と状態異常回復が3種類と殆ど回復系が占め、残った一つは敵に複数の自分の幻を見せてかく乱する呪文と、他者を傷つけたりする系統の呪文が全くないのだ。

 

(せめて睡眠呪文でも使えれば、出くわす相手を眠らせて走って逃げられるのに)

 

 呪文をこめて撃つ銃もモシャスでコピーできるならそっちを使う手もあっただろうが、今のマァムは銃をどこかの誰かに奪われたせいで変身した俺の装備してるのも背負った杖のみ。

 

「あ」

 

 そこまで考えて俺は声を漏らし。

 

「どうしたの?」

「いや、そういえば姫は睡眠呪文使えたよね?」

 

 きわめてシンプルな解決策を思いついた後は、簡単だった。

 

「ラリホー!」

 

 俺が睡眠呪文を唱えたふりをして人質にされてるレオナ姫の方が睡眠呪文を唱える。

 

「うう、眠……く」

「おの、れ」

 

 デパートの警備の兵だろうと思われる男達があっさり眠らされて崩れ落ち。

 

「……さっきまで悩んでたの何だったんだろう」

 

 あっという間に1階にたどり着くと、入り口に近いトイレへと移動、利用者がいないかを確認後、天井を見て火災報知器系がないことを確認した上で姫に殴って貰って強引にモシャスを解く。

 

「大丈夫?」

『痛たた……まぁ、これはやむを得な、って今は言葉が通じないや。モシャス!』

 

 気遣ってくれるレオナ姫にそのまま答えようとして意味がないことに気づいた俺はすぐさまモシャス。姿を妖魔司教ザボエラそっくりに変えて改めて必要不可欠だったし仕方ないと伝え。

 

「しかし、ここに窓があればワシのちっこさならそこから抜け出すことも考えたんじゃが、ぐぬぬ」

 

 防犯対策だろう、換気用のネズミでもないと通れない隙間しかなく。

 

「やむを得ぬ、もう暫し付き合ってもらうぞ小娘。キィ~~ッヒッヒッヒッヒ」

 

 俺はザボエラの言動を真似しつつレオナ姫の背に杖を突きつける。

 

(本物なら毒爪を突き付けるとかしてたかもしれないけど、万が一刺さっちゃうと今のメンバー解毒役が居ないからなあ)

 

 加えてレオナ姫は巨大な毒を持つサソリの魔物を使って暗殺されかけたことがある。そういう意味でも毒爪は不適当だ。

 

「仕方ないわね。こうなった以上外に出るところまでは付き合うけれど、ダイ君達への説明の半分はちゃんと受け持ってもらうわよ」

「うっ、わかっておるわい」

 

 ジト目で見られて怯みつつも俺はトイレを後にし。

 

(そういえばオークションが夕刻ってことは、ヒドラとドラゴンの襲撃もあったとしてもそれぐらいか。いったん気球のところまで引き返したせいで上陸してきたヒドラたちと鉢合わせとか、ないよな?)

 

 原作での出来事と時系列を頭の片隅に思い浮かべながら出口を目指せば、もともと入り口に近い場所のトイレだっただけに、外に出るのはあっという間。

 

「キィ~~ッヒッヒッヒッヒ、では約束通り解放してやろう。さらばじゃ、ルーラッ」

 

 わざと人目に付くよう高笑いをしてから俺は瞬間移動呪文を唱え、なんとかその場から逃げおおせたのだった。

 




次回、番外19「これでデルムリン島にザボエラの姿でルーラしたら騒ぎになるよね(A7視点)」に続くメラ?

タイトルがもう出オチ。


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番外19「これでデルムリン島にザボエラの姿でルーラしたら騒ぎになるよね(A7視点)」

遅れてすみません。パソの不調でしょっちゅうビジーになってました。




「え」

 

 瞬間移動呪文に運ばれて着地した時、最初に浮かんだのはここってどこと言う感想だった。木々の梢を風が揺らし、人工物らしきモノは殆どない。

 

「森の中かな、あ」

 

 更に周囲を見回して目についたのは、一部の燃えた小枝の集まった場所。

 

「そっか、ここは――」

 

 ルーラの呪文をミスすると、自身の印象深かった場所や故郷へと飛んでしまうと聞く。ザボエラの姿でデルムリン島に飛ぶのが拙いと飛び立とうとする瞬間に気づいたことで、俺のルーラも失敗してしまったらしい。

 

「Aが師匠と初めて会った場所、そして」

 

 自身が転生したことに気付いた場所だ。

 

「……ちょっと感慨深いけど、のんびりもしてられないな。せーのっ」

 

 俺は近くの立ち木に体当たりを仕掛け。

 

「ぐっ』

 

 衝撃でポフンと煙を立てつつメラゴーストの姿に戻る。

 

『っと』

 

 すぐに飛び退いたのは、近くに木と言う可燃物があったから。もっとも立ち木は水分を含んでいるし簡単に燃えることもないと思うのだが。

 

『さてと、モシャスするならルーラを使えるって理由でポップの姿しかない訳だけど』

 

 偽ポップがやったことを思い出すと心情的に微妙な抵抗がある。

 

(まぁ、師匠の姿になる訳にもいかないし、そこは俺が呑み込まなきゃいけないんだろうけど)

 

 一個人の感情の為にダイ達とレオナ姫へこれ以上手間をかけさせるわけにはいかない。加えて、キルバーンの借りたドラゴン達とヒドラが襲撃してくるかどうかも確認しなくてはならない。

 

『となると、あれか』

 

 せっかく分裂能力があるのだ、活用しない手はないと思う。俺は付近を走り回って、木の枝と接触しかけること都合三回、一人数を増やし。

 

『で、俺は何に変身すればいい?』

『うーん、呪文を使えないのはあれだけど、ヒュンケルで。ドラゴン来た場合には戦力にもなりそうだし』

 

 増えた一人に指定したのは、あの場に居ないマァムと師匠以外の人間。

 

『ヒュンケルが魔王軍の軍団長だったのって、自分から言い出さないとパプニカの人たちも知らなかったみたいだし、剣の魔鎧つけてなきゃ大丈夫だと思うよ』

 

 例外はレオナ姫を含むダイ一行だが、あちらにもいるポップ姿の人物が隣にいれば察してくれるだろう。

 

『とにかく、時間かけられないし、モシャスし次第、移動するよ』

『了解、モシャス』

 

 俺の言葉に頷いた新たな俺はヒュンケルそっくりに姿を変え。

 

『モシャス、からのルーラッ!」

 

 俺も続く形で変身魔法を唱えると、更に瞬間移動呪文で気球をとめた場所へ跳ぶ。

 

「っと、流石にまだレオナ姫は到着してないな」

「それは、ダイ達への説明とかもあるだろうしな」

 

 きっかけとなった俺としては手伝いたいところだが、もう一人のきっかけとなった少女が居た場合、誰に化けようがまた騒ぎになるのは明白なのでデパートへ向かうことも出来ず。

 

「当面はここで馬車で向かった方を見てるしかないかな」

 

 姫が戻ってくればすぐ気づくように。

 

「だな。俺は海でも眺めているか。こんな時、釣り竿でもあれば時間が潰せたかもな」

 

 ヒュンケルに化けた新しい俺、とりあえず偽ヒュンケルとでもしようか。その偽ヒュンケルは冗談めかして肩をすくめるが、海を眺める目的はドラゴンの襲撃の予兆を見逃さないために他ならない。

 

「時間的にはまだ早い……ともいえないか」

 

 原作の場合、襲撃はオークションの始まる少し前。つまり、昼下がりから夕刻へ向かう時間帯だと思うが、パプニカからベンガーナまで俺達はそれほど速度の出ない気球で向かっていたのだ。加えてあのメルルという少女のこの人人間じゃない発言から始まった俺の逃走劇。

 

(そこそこ時間が経過してると思ったら)

 

 見上げた空、太陽の位置は正午と比べるとだいぶ下の方に降りてきていた。

 

◇◆◇

 

「お待たせ」

 

 レオナ姫が馬車で現れたのは、それからしばらくしてのこと。ルーラは使わなかったのとポップに聞けば、流石にこの事態は想定外だろという言葉が返ってくる。

 

「まぁ、荒事とか無い買い物なら帰り際に印象付けておけばいいかとはふつう思うか」

 

 俺はドラゴンとヒドラの襲撃が原作であったことを鑑み、偽ポップに連れてこられた時にはもうこの場所に飛べるように周辺の光景を覚えていたのだが。

 

「というか、またおれなのかよ」

「仕方ないでしょ、俺が化けられてルーラが使え、かつ人に見られて良さそうなのポップだけなんだから」

「ポップだけって、条件なければ他にもいるのかい?」

「あ、うん。人間なら師匠とマトリフさん。後者は無許可で姿を使ったら後で怒られそうだからだけど、それ以外は俺達メラゴーストと、魔王軍の軍団長とかかな。軍団長の一人でもあるザボエラはさっき見せたけど」

 

 不満げなポップに説明すると興味を持ってきた様子のダイが聞いてきたので、俺は明かしても問題なさそうなラインナップをあげてゆく。

 

「うへぇ、おまえと同じってんならメラ公も何でもありになってきやがったな」

「あーうん、便利ではあるとつくづく思う。まぁ――」

 

 欠点もあるんだけどねとは声に出さない。どこの誰に聞かれているかわからないわけだから。

 

(そもそも実力もコピーする版のモシャスって変身対象の強さに変身後の強さが依存するから、モデルが強くなってくれないとこっちも強くなれないんだよね)

 

 以前のダイにモシャスした場合だと不完全版のアバンストラッシュしかうてなかったように。モシャス依存で戦ってゆくなら、離れている場合モデルの強くなった情報を得てアップデートしてゆく必要が出てくる。偽ポップがカールにAへ会いに行く理由の一つがこれだ。

 

(一緒に旅してればダイの情報は問題ないんだけど、他の個体だけの出あった強敵の情報とかを活用するには情報共有の為にネットワークを築くのが不可欠だし)

 

 この人員は偽ポップ一人ではとてもではないが足りない。手の空いてる俺が駆り出されるのは当然であり。

 

(デルムリン島の修行班から外れた俺もそっちに移籍させられるかもな)

 

 この辺り、偽ポップが持ってくるAとカールの最新情報次第かもしれないけれど。

 




次回、番外20「おう、さっきの落とし前どうつけてくれるんじゃワレェ(A7視点)」に続くメラ。


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番外20「おう、さっきの落とし前どうつけてくれるんじゃワレェ(A7視点)」

「それで、どこまで説明してくれたの?」

 

 未来の可能性から思考を切り替えて俺が尋ねたのは、レオナ姫を人質にして逃げた先ほどの顛末についてのことだった。

 

「それは、おおよそ話しちゃったわよ。納得してもらわないとここまで来てもらえなかったでしょうし」

「ああ、えっとごめんなさい」

 

 半分はこっちもちという話になってたけど、ダイ達が納得できなければさっきみたいな反応もないか。顔見るなりどういうことかと尋ねてきたはずだ。だからさすがに申し訳なくて俺はレオナ姫に頭を下げ。

 

「けどA7君も災難だったよね。騒ぎにならないようにわざわざ呪文で変身してたんだろ?」

「ううん、どちらかと言えば俺はおまけで着いてきたようなものだし、買い物邪魔しちゃったみたいでこっちの方が心苦しいかな」

 

 鎧をガショガショ言わせつつ気を使って声をかけてくるダイにも俺は頭を振る。俺がもっとしっかりしてればメルルのことは予想できたはずなのだ。だから口にするのは気が引けたが、今後の行動にもかかわる手前、黙すことも出来ず。

 

「それで、手間かけさせちゃった俺が言うのもあれなんだけど、ドラゴンキラーはどうするの?」

「ドラゴンキラー? ああ、オークションね。あれなら中止になったわよ」

「え゛」

 

 投げた問いに返ってきた答えに俺は固まった。

 

(……オークションが中止? いや、まあ、デパートに魔王軍が入り込んでお客を人質にするような事件があれば、延期か中止は妥当な判断だろうけどさ)

 

 よもや、あの場を被害を出さないように離脱したことで更に原作の流れをぶっ壊してたなんて、思っても居なかった。聞かされた今なら、考えればすぐ思い至りそうな気もするけれども。

 

「じゃ、じゃあダイの装備は?」

「それなんだけどさ、おれあんな高い武器じゃなくても、普通の武器でいいかなって」

「あたしはあんな連中にみすみす立派な武器を渡しちゃうのはもったいないと思ったのだけど、オークション再開までここに滞在するわけにもいかないでしょ?」

 

 恐る恐る聞けば、ダイの方はケロッとしていたがレオナ姫の方は明らかに不満げで。

 

「あたしたちが使った方が絶対有意義なのに……」

「そりゃ言えるな。どう見ても正義の味方って顔してなかったもんな、あいつら」

「でも無理してまで買うことないと思うよ。それにどんなに安い武器使ったって敵に勝ちゃいいんだろ?」

 

 未練を引っ張るレオナ姫にポップが同意する一方で、肩にゴメちゃんを乗せたダイがフォローに回る。

 

「うーん、分裂した俺が一人ローテーションで滞在してれば、ドラゴンキラー何とかなるかもしれないんだけどな」

 

 埋め合わせしようにもやはりあのメルルという少女が居ればここに滞在するのは難しく。居なかったとしても、デパートは一度魔王軍に侵入されてることになってるのだ。モシャスの潜入を防ぐ手段を編み出すことも考えられる。

 

「A7君、大丈夫だって」

「とはいうもののなぁ、何か穴埋めが出来たら……あ、そういえばあの俺を人じゃないって言った娘はどうなった?」

 

 考えていてふいに思い出した俺は顔をあげて尋ね。

 

「ああ、あの子ね。自分が指摘したからあたしが人質に取られたと思ったみたいで、デパートの中に戻ったら謝りに来たわよ」

「あー、まぁ確かに不用意って言えば不用意か、それで?」

「やけに気にするのね?」

 

 食いついてくる俺が不思議だったのだろうか、訪ねてくるレオナ姫に俺はだってと言い。

 

「モシャスで化けてた俺を看破したのって普通にすごいでしょ? 見たところ占い師っぽい感じだったし、こう『迷惑かけたお詫びに知りたいこと占って』とか持ち掛けたらどうかなって。強い武器が手に入る場所とか聞いてもいいけど……そういえばちょっと気になってたんだけどさ、こう、ダイの額に紋章みたいなのが浮かぶけど、あれって何なのかなって」

 

 ああいうわからないことを聞いてみるのもいいかもねと俺は主張してみる。こう、誘導があからさまかもしれないけれど、それはそれだ。

 

「そっか、言われてみればこいつのモシャスを見破ったってのは確かにすげえな」

「そうそう、案外高名な占い師とかだったりするかもしれないし」

 

 ポンと手をうつ本物のポップの言葉に俺は頷いてから、残る面々を見回して視線と表情で同意を求め。

 

「そうね。言われてみれば、変身を見抜いたのは確かに凄いかも。ドラゴンキラーはもう無理でしょうし、それなら他に収穫が有った方がいいわよね」

 

 レオナ姫が納得した様子なのを見て、俺は胸中で秘かに胸をなでおろし。

 

「ただ、問題は俺達のことちゃんと話してないと、一緒に行くのが難しいんだよね」

「あ」

「まあ、そうだな」

「だからさ、俺達はここでこのまま留守番してるよ」

 

 残留すべくもっともらしい言い訳を作ったのは、相手が占い師とその見習いだからだ。

 

(ここでこっちの心の中とかを見透かされたら、シャレにならないもんね)

 

 原作知識とかを知られることは避けないといけない。そういう意味であの少女は俺達にとって最大の地雷だろう。

 

(まさか戦闘力以外の問題で会いたくない相手が存在するなんて)

 

 俺は心の中で空を仰いだのだった。

 




ふぅ、何とかメルル達に会いに行かせる流れに修正できたメラ。

次回、番外21「待ちぼうけ(A7視点)」に続くメラ。


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番外21「待ちぼうけ(A7視点)」

「……来なかったな」

 

 俺がうんと答えた時、西の空はオレンジに染まり始めていた。原作ならもうオークションが始まっている頃だが、海側に備え付けられた大砲が火を噴く様子はなく、港の近くに作られた防壁も静かなものだった。

 

「この様子だと」

 

 たぶん、キルバーンも現れないだろう。理由はだいたいわかる。Aがカールで何かやらかしたんだ。偽ポップがこっちに来たときに超竜軍団のドラゴンをゲリラ戦まがいの方法で間引いていたって言ってた気もするから、こちらに貸し出せるドラゴンの余裕がなくなってキルバーンのみ単体でやってくる可能性も考えたものの。

 

(そも、あれってバランが健在の上、カールを滅ぼして身体空いたからダイを魔王軍に勧誘する布石としてのちょっかいだった気もするし)

 

 カールが滅んでなかったり、侵攻がてこずっただけでキルバーンが来る理由は消滅するはずなのだ。

 

(原作から乖離するだけでも頭痛の種なのに、キルバーンが原作から逸れてフリーとか)

 

 何をしでかすかわからないと言う意味で、頭が痛い。

 

(普通に考えるなら、裏切者の暗殺? となると……ヒュンケルとクロコダインが危ないか)

 

 偽ヒュンケルならここにもいるのだけれど、こちらは今しがたモシャスしたばかり。

 

(これは二人に護衛を差し向けないともいけない流れか。原作だとヒュンケルは鬼岩城の足跡を追ってカール方面に。クロコダインはダイ達の元に戻ろうとするんだったかな?)

 

 原作に置いてのテランのバラン戦であのピンクのワニさんは見た覚えがあることを鑑みれば、鬼岩城のあった場所を見て、報告の為にかダイ達の元に戻ろうとしたんだと思う。

 

(レオナ姫たちが竜の騎士についての話をすれば、原作通りダイ達はテランへ向かうはず)

 

 テランには竜の騎士しか入れない神殿があり、原作でダイはそこに向かった。俺が竜の紋章について聞くように誘導したので、うまくいけばこの世界のダイも神殿は尋ねることになるはず。

 

「はぁ、ここからは別行動するしかないかも。……ヒュンケルとクロコダインのことが気になる。俺はガルーダだっけ? 鳥の魔物にモシャスして本物ンケルを探すから、偽ヒュンケルにはクロコダインの方を頼める?」

「わかった、と言いたいところだが、偽?!」

「俺から分裂れたことを考えると、固有識別名はA7-1(Aが7番目に分裂させた個体から1番目に分裂した個体)とかになると思うんだけどさ、これって偽ヒュンケルが一人増やすと、7A-1-1ってなって更に後ろに増えてくんだよね。どういう経緯で増えたかは明らかだけど、これ、最終的に7A-2-6-5-9-1-1-2みたいに延々に長くなって呼ぶの面倒になってゆくと思うんだ。それで、とりあえずの愛称みたいなのにどうかなあって」

 

 まだ長すぎて呼びづらいところまではいっていないが、未来にどうなるかわからないのともう一つ。

 

「あとさ、数が増えると個性がないと埋もれちゃうと思うんだよ。だから、キャラ付け的な意味でもさ。ほら、偽ポップって番号呼びな俺達よりキャラが立ってたと思わない?」

「ふむ」

 

 うまく丸めこめたのか、偽ヒュンケルが何やら考え込み始めたのでそういう訳だからと俺は話を打ち切り。

 

「俺はルーラも使えるし、カールの方が気になるって名目でここを発つから、偽ヒュンケルはダイ達をお願い」

「しかし、クロコダイン……そういうことか」

 

 原作でダイ達とクロコダインが合流することに気づいたんだろう。わかったと頷く偽ヒュンケルにその場を任せ、俺はルーラの呪文でカールへ向かう。

 

(Aにも拳を含めて話さないといけないことがあるし、カールから上空を逆にたどった方が見つけやすいよね)

 

 それに、キルバーンが来なくなった原因であろうカールのことも気になる。

 

(偽ポップが先にあっちに向かってたっけ? あ、偽ポップも殴っておかないと)

 

 やることが増えたなと思いつつ、俺がルーラで向かった先はカールの城下町の入り口だ。一度も訪れてないのに合体と再分裂で記憶を伝え瞬間移動呪文で行けるようにできるのは本当に反則だとおもうけれども。

 

(何か新鮮で複雑だな。見たことないところ、初めて訪れるところでありながら、ある程度知ってるって)

 

 言ったことのない観光地の情報をパンフレットや映像で知ってるのとはちょっと違う感じだが、うん。

 

「っ」

 

 着地はあれこれ考え終わる前だった。

 

「流石瞬間移動呪も……」

「カアアッ」

「カアカアッ」

「カアーッ」

 

 ただ、最後まで言い終えるより早く、俺は言葉を失い、同時に何羽ものカラスが喧しく鳴きながら飛び去って行った。たどり着いた城下町の入り口はあちこちが破壊され、ドラゴンと人の骸があちこちに散らばっていたのだ、カラスはこれに群がるためにやってきていたのだろう。

 

「そう……か」

 

 超竜軍団のカール攻撃。ゲリラ戦をやらかしたAへおそらく軍団長のバランがしびれを切らしたのだ。激戦の後があちこちに見受けられ、それでいて城下町の奥の方からは火の手が上がっている様子もなく、奥の小高い丘の上に見えるお城は殆ど損壊していないような気がする。

 

「犠牲は出たけど、防衛はなったと」

 

 バランがどうしているのかは不明だが、流石にAの独力で倒せるような相手ではない。想定以上の被害が出たから立て直すために引き上げたとかだろうか。

 

(再侵攻に居合わせるとかできれば勘弁してほしいんだけど)

 

 そして俺はため息を一つ残すと城下町から遠ざかる。モシャスをかけ直すために。

 




次回、一話「お誘いの答え」に続くメラ。

 いよいよキルバーンへ主人公が答えを返す?


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一話「お誘いの答え」

「おれは……」

 

 しばらく考えてから、口を開くと俺は答えた、少し待ってもらうか、場所を指定して貰ってそこに向かう形にしたいと。

 

「おや、理由を聞いてもいいかね?」

「そう大した理由じゃないよ。ただの忘れ物を取りに行くって言うのと、いくらドレスコードがないって言っても、招待されてゆくのに武器を持ってくのはどうかなってさ」

 

 言いつつ俺は肩をすくめた。そう、俺はこともあろうに合体できるかどうかを試した場所に覇者の剣を忘れてきてしまっていたのだ。

 

(色々あった上にモシャスかけ直したりしたとは言え、何超貴重品かつ借り物二回も忘れてんだよ、俺)

 

 穴があったら入りたいレベルのやらかしだ。

 

(バランも凌いだしもったいない気もするけど、覇者の剣はロモスに返しに行って原作の流れに沿わせようかとも一時は考えてたんだよな)

 

 そもそもバランと戦うことになった場合の備えとして借りてきたので、このままずっと所有するつもりはなかった。

 

(原作では、ハドラーの手にこの剣が渡るのがダイの相棒にして最強の武器が作られるきっかけだったわけだし)

 

 ただ、バランに勝ってしまった今、覇者の剣を返すことにどれだけの意味があるのかはちょっと疑問な気もするけれど。

 

(とは言え大魔王のところに剣持ってって奪われましたなんてなったら目も当てられないしなぁ)

 

 言伝ついでにホルキンスさんにでも預けて来ようか。それとも。

 

「フフッ、なるほどねェ。バーンさまは寛大なお方だから武器をもってても構わないと思うけど……」

「礼には礼を、気を使ってもらったんだから、おれもね」

「まァ、キミがそうしたいならボクがどうこう言うのは野暮だね。それで、少し待つという方ならどれぐらい待てばいいかね?」

「武器を預けていくらか話して戻ってくるぐらいだから、大した時間はかからないよ」

 

 俺はキルバーンの問いに答えてから、ただと続けた。

 

「ただ?」

「武器を預けた訳だからさ、そこを攻撃されるとおれは困るんだよね。武器を取りに行ったら預けた相手がどこにもいなかった、とか」

「なるほど武器を預けた場所が廃墟になってちゃちょっと困るよねェ、キミは」

「そう」

 

 何のことはない、招待に応じるのと引き換えに鬼岩城での攻撃をやめさせようとただそれだけのことだ。

 

(その後に関しては結構行き当たりばったりになるし、相手の話、出方次第だけど……)

 

 俺が沈黙したままキルバーンの反応を待てば、キルバーンはそうだねと言って。

 

「キミの希望はバーンさまにお伝えしておくよ。ボクはただの使い魔、メッセンジャーでカールへの攻撃をどうこうできるような権限は持ってないからね」

「お願いするよ。それじゃ、また」

 

 頷いた俺は速足に歩き出す。とにかく忘れたままの覇者の剣をそのままにはしておけない。

 

「あった」

 

 鞘に入れて木に立てかけてあったそれを回収すると、俺はホルキンスさんが見送ってくれたあの民家に向かって走り出した。

 

(合体検証でそれなりに時間を食ったからな。まだ居てくれてるといいけど)

 

 逸る心をおさえるよう胸に覇者の剣を持たない方の手を胸に当て。

 

「ホルキンスさーん」

「どうした?」

 

 声を張り上げて民家に向かっていけば、幸いにも中からホルキンスさんが姿を見せ。

 

「良かった。実は、言い忘れてたことと、お願いがあって――」

 

 俺は話した、魔王軍の再攻撃があるかもしれないという危惧と、大魔王が俺に会いたがって使者を出してきたという話を。

 

「たぶんですけど、おれが招待に応じれば、ここをすぐに再攻撃することはないと思うんです」

「君は、どこまで……すまん、カールの為に単身で敵地にっ」

「止してください。大魔王の顔が見られるチャンスで、ただの興味本位かもしれませんよ? そういう訳で、この剣をホルキンスさんに預けていきます。もし、おれが戻らなかったら、この剣を返してことの経緯をロモスの王様に伝え、申し訳ないけどおれが詫びていたとも伝えてください。お借りしたのに直接返せなくて、と」

 

 なんだかものすごく重く受け止められて心が痛かったのでお道化てみるが、きっと無意味かもしれない。

 

「それから、剣を返したらおれのことは忘れてください。もちろん、帰ってくるつもりなので無意味かもしれませんけどね。それじゃ」

 

 なんだかいたたまれなくなって、俺は言うことだけ一方的に言って踵を返し、走り出す。

 

(これでいい、これでいいんだ)

 

 あそこでお誘いを断れば、ことあるごとにあの死神に狙われそうだし、断るって選択肢はなかったはずだ。

 

(幸い偽ポップを含めて分体は沢山いるし、俺はイレギュラーだからさ)

 

 再合流が遠のいても問題はないはずだ。俺は自分に言い聞かせつつ走り続けた。

 




どう考えても単身死にに行くムーブで勘違いもの予定のタグを回収しようとする卑劣な作者がいるらしい。

次回、二話「出発」に続くメラ。


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二話「出発」

「……やあ、思ったより早かったね。もういいのかい?」

 

 戻ってくると、そこには何事もない様子でこちらに尋ねてくる死神が居た。

 

「うん」

 

 正直に言うなら他の俺の誰かに現状を伝えておきたかったが、そう都合よく訪ねてくるような別の俺もいないだろうし、いつ来るかわからない別の俺を待つのがちょっとと言う様な時間で終わるとも思えない。

 

「それで、こちらのお願いの方は?」

「勿論お伝えしたとも。お答えもいただいているよ。キミが預けた武器を受け取りに行くまでカールは攻撃しない、それでいいんだろう?」

「そう、良かった」

 

 俺の言い分を大魔王がどう受け止めたかはわからないが、言葉通りなら鬼岩城がカールを攻撃することもなくなったと見ていいだろう。

 

「ただ、キミが深手を負わせて撃退したバラン君だけはこちらからもまだ連絡がつかないんだ。連絡が付き次第攻撃中止の命令が送られるようだけどねェ」

「あー」

 

 まぁ、あの状況では仕方ないというべきか、よくそんな手のうちまで暴露するなと呆れるべきか。

 

「こちらとしては不本意だけどさ、超竜軍団はボロボロだしバラン君の傷も一日二日で治るようなもんじゃないんだろう? だから、ボクとしても命令が届かなかったバラン君が今すぐカールをもう一度攻めるとは思えないんだけど」

「確かにね。そして、ここまでして貰った以上、こっちも応えなきゃいけないと思うけど、その大魔王の元にはどうやって向かうの?」

 

 移動呪文系だとは思いつつ尋ねてみれば、キルバーンはそれならと言いつつ懐に手を突っ込んだ。

 

「合流呪文、リリルーラと言うのがあってね。本来ははぐれた味方と合流する為の呪文だけど、これを使えば目印にした仲間のところまで一瞬で移動できるのさ」

「リリルーラ」

「まあ、今回はキミも居るわけだから念の為に触媒を使うけど、この呪文の良いところはルーラと違って自分の知らない場所でも物理的に侵入できない密室の様な場所でも移動できるところだね」

「なるほど」

 

 原作にあった呪文であり、俺も覚えたい呪文の一つだったが、瞬間移動呪文と言いつつもルーラが物凄い速さで空を飛んでゆく呪文だとすれば、こちらはテレポートで目当ての人物の近くに移動する呪文と言うことか。

 

(よく考えてる。完全なテレポートなら大魔王の元までどう行けばいいかなって知られずに済むわけだし)

 

 そして、気づく。これって話の流れによっては右も左もわからない敵地に放り込まれた状況からの脱出ゲームになるのでは、と。

 

「じゃあ、心の準備はいいかね?」

「あ、うん」

 

 尋ねられて我に返りつつの返事は半分くらい生返事になったが、いいえと言う訳にもいかない。

 

「ウッフフフフッ、しかしボクもお役目を達成できそうで一安心だよ。ではバーンさまの元へご案な~い!!」

「っ」

 

 瞬きするほどの時間しかなかった。気が付けば一瞬で周囲の景色は変わり、最初に目に飛び込んできたのは御簾に包まれた玉座のシルエット。御簾の左右は長さもまばらな水晶が鍾乳石の様に天に伸びており、頭上には大きな一対の角を持つ顔をあしらったステンドグラスがある。

 

「ここは――」

 

 原作でハドラー達が大魔王バーンに謁見をしていた場所じゃないだろうか。

 

「御簾の向こうに玉座の影が見えるから、もうおわかりだとは思うけどあの御簾の向こうにおわす方こそバーンさまさ。ハドラー君達が戻ってきたらここで謁見の予定があってね」

「なるほど、それで本来は魔王軍の幹部との謁見の為にここに居た、と」

 

 相手の元にテレポートする呪文だからこそ顔合わせの場所がここになったということか。

 

「あとは、キミの答えが少し前までわからなかったこともあるんだけど。時間を置いて後日ってことだったら、相応に歓迎の準備だってできてたはずさ」

「あー、まぁ、そこはおれの方の都合に合わせてくれたわけだから、感謝こそすれ非難するつもりはないよ」

 

 一応身体能力や特技をコピーできるのだからダイの格好なら飲み食いしても大丈夫だとは思うものの、流石に大魔王を前にしてご馳走を遠慮なく食べれるメンタルの持ち合わせは俺には無い。そうしてキルバーンと話していた時だった。

 

「ふむ、なればよい」

 

 御簾の向こうから声がしたのは。

 

「これはご無礼を」

「よい、客人との会話中ではひかえることもできまい。キルバーンも大義であった」

 

 死神の詫びへ御簾越しの人影は軽く手を振り、むしろ労ってからさてと前置きしてこちらへ視線を向ける。

 

(って言うか、アレどうなってんだろ)

 

 シルエットの目の部分の影が切り取られたように消失し、目を形どっているのだ。普通なら人影にこんな目など出来ない筈だが。

 

「よくぞ余の招待へ応じてくれた。おまえとは一度話がしたいと思っていたのだ」

「おれと?」

「いかにも」

 

 何故と言う問いを口に出すのは今更な気はしたが、それでも疑問の色を声に帯びさせれば、人影は鷹揚に頷く。

 

「この余もあのバランにだけは一目置いていた。それを全力を出さない状態とは言え、脆弱なメラゴーストでありながら打ち破る。そのような存在が現れようとは、全く予想だにできなかったのだ」

「バランに……けど、全力を出さないって――」

 

 原作知識でバランに切り札があることは知っていたが、普通に考えればそれは俺が知りえない知識だ。俺が驚いた演技をすれば、大魔王は知らなかったのかと口にし。

 

「なにか奥の手を持ってるかもとは思った。カールの騎士団長と戦ってた時には使ってこなかった力を使ってきたし。けど、あの時はおれも平静じゃなかったから」

 

 感情的に動いた結果、勝ったのだと、敢えて言っておく。

 

「成り行きと? だがそれでも良い。その力は余の軍団長たちの幾人かを上回るものだ。実際に余の軍団長のうち、クロコダインを倒したのもおまえだ。ヒュンケルとフレイザードは勇者ダイに倒されたが、戦ったのがおまえであっても敗れたであろうな」

「っ」

 

 ヒュンケルの方は実際に勝ちましたとは流石に言えない。言える空気じゃなかった。

 




次回、三話「お約束のアレ」に続くメラ

備忘録:ダイへの勧誘は19巻


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三話「お約束のアレ」

「その成長は、余の想像をはるかに超えておったわ……」

 

 大魔王は言う。余の部下にもメラゴーストを配下に持つ者は居たと。

 

「おまえが特別なのか、そちらのメラゴースト達がおまえの域まで強くなることはなかった。ただ、あのメラゴースト達も余の知るメラゴーストとは別物だったようだが」

「別物……」

「策を弄し、軍団長に献じ支える。せいぜい群れを成して数を頼みに粗末なメラを集めて敵を倒さんとするだけのメラゴーストにできるようなことではない」

 

 俺が単語を反芻すれば大魔王は言う。どうやら、分体も俺もただのメラゴーストではなかったらしい。もっとも、俺は他の例を知らないので比較対象にしづらいのだが。

 

「だがそのメラゴーストの居た二つの軍団はどちらも滅びた。余が直属としていればこの結末も避けられたやもしれんが、もはや言ってもせんなきことだ」

 

 つまり、場合によってはBやC達がバーンの直属になった未来もあったかもしれないということか。

 

「おまえに近しい強さを身に着けられたか、余としては興味があった。もっとも、おまえは聞けば勇者アバンに師事を受けたというではないか。部下として使うのと、弟子として育てるのは全くの別物。成長の違いがそこにあるとするのであれば、さしづめ『大魔王の弟子』か」

「弟子?!」

「ただし、おまえほど強ければ別の遇し方もある」

 

 想定外の言葉が飛び出してきて目を見開く俺に、大魔王は言った。

 

「……余の部下にならんか……?」

 

 ある意味想定していた言葉だ。

 

「驚かんようだな」

「ある程度、予想できたから。ヒュンケルとか人間まで軍団長にしている大魔王だもん。人間でさえスカウトするなら、モンスターのおれにそう聞いて来るのは、ね」

 

 だから、俺も答えは用意していた、ただ。

 

「むろん、何もなしに部下になれとは言わん。相応の代価をやろう。そうよな、例えば、バランとの戦いで散ったおまえの半身、あのメラゴーストを蘇らせることに全力で協力してやる、と言ったら……」

「っ」

 

 その先は俺の予想を超えていた。

 

「ハドラーには新たな肉体を与え、クロコダインを生き返らせたのももう知っておろう? メラゴーストそのままでとも、確実にとも確約は出来ん。だが、出来ることはしようではないか」

 

 余としても部下のメラゴーストが増えるのは好ましいことだからなと大盤振る舞いの理由を明かし、言葉を止めて大魔王の視線が俺をさす。

 

「残念だけど……」

「断るというか」

「その条件じゃ、生き返ったA5に殴られちゃうから」

 

 それに、蘇生なら可能性ではあるものの残されているのだ。僧侶の修行に出した分体の一人と言う可能性が。

 

(俺みたいに僧侶の呪文を覚えて行くなら、蘇生呪文まで契約、会得する可能性はある)

 

 可能性が途絶えていないのに、安易に飛びつくことなんて出来なかった。それは修行に励む僧侶の俺の努力を否定することでもあるのだ、だから。

 

「そう――」

「別に、条件がある」

 

 大魔王がそうかと言いきる前にこちらから切り出した。

 

「条件?」

「うん。その条件は――」

 

 俺は考えて居た。原作を知っているからこそ、こうなったらああなるみたいなことを幾つか。そして、うろ覚えなところも多いが、大まかな流れくらいは覚えているのだ。

 

(俺が原作に沿うように話を持って行こうとした最大の理由は、大魔王の所有する複数の黒核晶)

 

 一つで大陸一個消し飛ばす凄まじい爆弾を複数有す大魔王バーンは、勇者一行VS魔王軍の戦いの雲行きが怪しくなればこの世界の大陸ごと勇者一行も大地も人間たちも全て消し飛ばして終わりにしてしまえるのだ。

 

(ダイ達側が優勢になりすぎれば、間違いなくバーンは戦いを放棄して全てを吹き飛ばす)

 

 だからこそ、勝つか負けるかがギリギリな綱渡り状態の原作に近い形に保たなければいけなかったのだが。

 

(バランの撃退と俺のパワーアップがまず過ぎた)

 

 大魔王は今、たぶん爆弾のスイッチに指をかけてるような状況だろう。

 

(俺への勧誘は、消し飛ばす前に声だけかけておくか、といったものかもしれない)

 

 つまり、俺はNOと言えない状況に既に追い込まれているのだ。

 

(俺がダイ一行から離反すれば、パワーバランスは大きく大魔王側に傾く)

 

 大魔王の指を爆破スイッチから離すには俺の離反は不可避。だから、俺にできるのは、条件を出してせめて俺自身を高く買わせることしかなかったのだ。

 




と言う訳で、もう察していた方も多いと思われますが、話の持って行き方次第で主人公、魔王軍入りします。

 ちなみにA5が散ったことに触れた感想の一部に返信してないのも、この辺りが理由だったり。(生き返る可能性が残されてることに触れるとネタばれですから)

次回、四話「やれるだけのことを」に続くメラ。


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四話「やれるだけのことを」

キリの良いところで終わらせようとしたため短めです、すみません。


「条件は、世界の半分……とまでは言わなくても、人が暮らしていける場所とその存続を認めること。ハドラーは師匠に世界の半分をやろうって言ったそうだから、それと比べればささやかな条件だと思うんだけど」

 

 どう、と続ければ大魔王は暫く黙った後に口を開いた。

 

「なぜ、そんな条件を出す?」

「え?」

 

 モンスターの身でありつつ人間を案じるような条件を出してきたことに理解が及ばないのか、尋ねて来た大魔王におれはキョトンとした表情を浮かべる。

 

「なんでって言われても、そっちの目標は世界征服で、人間を滅ぼそうって言ってるのはバランと魔王軍に居たときのヒュンケルだけなんでしょ?」

「……だが、そのバランはまだ生きている。そして余はバランが人間を滅ぼすことに協力すると約した」

「そっか」

 

 それは知っている何て言えるはずもなく、だから俺は言葉を続ける。

 

「つまり、バランを説得するか倒すかしないと応じられないってことでいいのかな?」

「……そう、なろうな。加えて、バランは今、余の部下である。よって、おまえがバランを討つというなら、その手助けは出来ん」

 

 当たり前と言えば至極当たり前のことではある。だが、原作知識でバーンの本来の目標を鑑みるとバランはどこかで始末しなければいけない相手の筈だ。

 

(それが手助けは出来んでおさまっちゃった理由なんだろうな)

 

 もっとも、部下に爆弾仕込むような大魔王が部下を守る様な行動をとるとはとても思えないが。

 

「それじゃ、この話はバランをどうにかした後でもう一度ってことでいいのかな?」

「いや」

「え」

 

 いずれにしてもこの場は切り抜けたと踵を返し、キルバーンに帰り方を聞こうとした俺を大魔王の声がとめた。

 

「条件が余の目的とかみ合わぬという話ではなく、おまえがなぜ人間を救おうとするようなことを口にしたのか、そういうつもりで余は問うたのだ」

「あー、その答えをまだ聞いてないってことか」

 

 得心が言った態をすれば、バーンは頷き。

 

「人間は最低だぞ。おまえほどの者が力を貸してやる価値などない連中だ。なぜそんな連中の為に己を売るような真似をする? 先の条件、勇者一行が余に敗れても人間が滅ぼされないためのものであろう」

「……そこまで見透かされてたんだ。なら、言うけど」

 

 俺が今ここにあるのはその人間のおかげだからだと俺は答えた。

 

「同じ生息域の別の魔物にすら一匹じゃ敵わなくて、怯えて過ごしていたところを拾って、強くしてくれたのが人間だったから。おれはその種を絶やしたくないんだ」

「恩返し、か……理解できんな。賭けてもいい……もし、余が約を守って人間の暮らす場所をおまえに与えたとしても生き延びた人間は感謝などすまい」

 

 予言めいたバーンの言葉に、俺はそれでもいいさと答える。

 

「師匠への義理は果たせるし、こっちでもある程度の地位は手に入るんだろ? それで生き延びた人間がどうするかを決めるのはその人間たち次第だし。そちらが言う様に人間が最低で自ら滅ぶ道を選んだんだとしたら、それはそれで仕方ない」

 

 下手に人間に入れ込みすぎてる様を見せつけてもバーンの不興を買うだろうと、俺は割り切った態を見せつつ、今度こそバーンへ背を向ける。

 

「バランを説得するか倒した場合だけど、また使いをよこしてくれるって考えてもいいのかな?」

「うむ」

 

 大魔王からの肯定が得られれば、俺にそれ以上心臓にわるそうなこの場所に留まる理由はなく。

 

「どうやって帰ればいいか教えてもらってもいい?」

 

 俺は興味深そうにこっちを見ていた死神に尋ねたのだった。

 




次回、五話「行きはよいよい帰りはナントカ」に続くメラ。


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五話「行きはよいよい帰りはナントカ」

 

「待て」

 

 だが、大魔王にはそうでもなかったらしい。

 

「間もなくこの場に余の魔軍司令と軍団長たちがやって来る。せっかくだ、会ってゆくがよい」

「え」

「お主が余の部下になるかもしれぬのであれば、余計な行き違いは避けたい」

 

 動きを止めたところに予想外の言葉をかけられて俺は固まるが、気にした様子もなくバーンは説明する。俺がバランの元に向かうおり、俺が大魔王の部下になることを知らねばこれを阻止しようとする者が出るやもしれず、それを回避するためだと。

 

「今こうしておまえと話し合ったことは、余とそこのキルバーンを除けば誰も知らぬ」

「ハドラー君達からすればキミへの認識は敵のまま。ことがうまく行って戻ってくるにしてもそれじゃ色々拙いよねェ」

「あー、バッタリ出くわして戦いにならないようにここで顔合わせして説明しておこう、と」

「その通りだ」

 

 死神の補足説明もあって趣旨を呑み込んだ俺が確認すれば大魔王は肯定を返し。

 

「とはいえ、勇者ダイの姿でそのまま立っているのも拙かろう。ハドラー達が姿を見せ余が紹介するまでそこに身を潜めているがよい」

「あ、うん」

 

 確かにこの場に敵と目する存在がいれば侵入者と早合点して襲ってくる者が居たとしても驚きはしない。俺は言われるままに示された場所に向かって歩き出しつつも、思う。

 

(これ……バーンって俺を紹介して部下の面々が驚くの見て楽しむつもりだよな)

 

 単に勘違いからのぶつかり合いを避けるため以外の理由があると邪推してしまったとしても仕方ないんじゃないかと思うのだが。

 

(俺を含めて何人もが不本意な初顔合わせになりそう、かなぁ)

 

 思わず天井を仰げば、柄はさておき見事なステンドグラスがあり、俺は暫くそのステンドグラスを眺めていた。

 

『あ』

 

 もっとも、変身呪文の効果時間が尽きるまでの間で、ぽふんと煙を出して元に戻ってしまった俺はもう一度モシャスの呪文をかけなおす。

 

(うーん、今の感覚だとバランは問題なくコピーできそうかな。ただ、やっぱり大魔王は老人形態でも厳しい……あの薄布で直接姿を見れてないのも原因の一つかもしれないけれど)

 

 暇な時間で考察する俺にはどちらが原因かは判断が付きかね。

 

(さっき、あの場で戦いを仕掛けていたとしたら、勝率は五分五分くらいだと思ってたけど、もっと低かったのかも)

 

 別に仕掛けるつもりはなかった。五分五分では賭けとして分が悪すぎるからだ。

 

(せめてバランの竜魔人がコピーできて炎竜魔人になれでもしなきゃな)

 

 一応大魔王戦用に秘匿してる切り札が現状一つあるのだが、先ほどの五分はそれを使った上での計算。

 

(ピースさえそろえば切り札があと二つや三つには増えるんだけど)

 

 ピースの一つは魔王軍に入らなければ会得はほぼ不可能。魔王軍入りしても会得の為には相手の協力が不可欠と言うそこそこの難易度を有していたりする。

 

(やっぱ、切り札とか奥の手は複数持ってたいよな)

 

 そして出来れば秘匿しておけるのが好ましいのだが、下手をすると次にバランと戦うことになったとき、手元の唯一の切り札をきらざるを得ない可能性もある。

 

(バランが竜魔人になった上で戦場の付近に一般人が居るケース、例えばカールが再襲撃にあったとかかな)

 

 竜魔人は一度なったら敵を殲滅するまで止まらない、狂戦士のようなものでもあったと記憶している。よって、それをこっちまでコピーした場合、周りの被害を考えず戦ってしまう恐れがあるからだ。

 

(バランが手段を選ばないなら、可能性はある)

 

 相手だけ竜魔人で、こちらは周りの一般人になるだけ被害を出さないため竜魔人にはならず戦うとしたら、どう考えても無理ゲー。切り札が用意できてなければ、ほぼ詰んでいたと思う。

 

(やっぱり、そうなってくると再襲撃される前に居所を突き止めてこっちから出向く必要がある訳だけど)

 

 手助けできないと大魔王が言った以上、使い魔の目を借りてバランを探すのも無理だろう。

 

(これ、分体に繋ぎをとって手の空いてる分体総出で探してもらうしかなさそうだよな。一応ルーラでどっちの方面に向かったかは心当たりあるけど、あれから時間も経過してるし)

 

 原作のバランが確か自分の滅ぼしたアルキード王国だかから最寄りの岬で傷を癒していたという描写があった気がするし、ダイの母親であるソアラと言うアルキード王国の姫と出会ったのもアルキード王国かその近くに竜の騎士が傷を癒すための場所があってそこに向かう途中で倒れて拾われたとか書かれていた気がする。

 

(このあたり微妙にうろ覚えなんだけど、そうなってくると、滅んで今は海になってる元アルキード王国へ近い場所に飛んだか、滅んでることを失念して海に飛んだか、あの時結構な重症だったからルーラが失敗して故郷とか印象深いところに飛んだか) 

 

 考えられるのはこの三種のどれかくらいか。

 

(分体総出なら何とか見つけられそうな気もする)

 

 もっとも、それはバランがまだ生きて居たらだが。

 

(最悪なのは、三つの内の海ポチャした上、泳ぐ力も残ってなくて溺れ死にましたってパターンだけど)

 

 一応この場合、探し回ってもバランは見つからない。竜の騎士が死ぬとマザードラゴンと呼ばれる竜が竜の騎士の魂だったか亡骸だったかを回収するともされてた気がするので、死体がどこにもないかもしれないのだ。

 

(この場合、竜の騎士の為の剣の所有権がダイに移動して、ダイの元にあの剣が現れるかもしれないから、それが唯一の指標か)

 

 とはいえ、魔王軍入りの内定が半分決まりかけたようなこの状態でどんな顔をしてダイの様子を見に行けというのか。

 

(それ以前に他の俺から袋叩きにされそうだけどね)

 

 今のところ俺を殴っていったのは、偽ポップだけだったと思う。あと何人から、俺は殴られるのだろうか。

 

「静粛に……!!」

 

 そんなことを考えて居た折、割と近いところからポップに似た声色で誰かが言った。

 

「ただ今より偉大なる大魔王バーンさまが御目見えになる。ひかえよ」

 

 どうやら考えに浸るうちに、ハドラーや軍団長達がこの間に集まっていたらしい。

 

(危ない危ない。ってことは、あの声はミストバーンの声か)

 

 状況次第で何百年も黙ったままと言われる割には結構しゃべってるよなという感想を抱きつつ、俺は意識を自身が隠れた水晶群の向こうへと向けた。

 




帰るどころか引き留められてあってゆけと言われたでござる。

次回、六話「顔芸」に続くメラ。

本来今話が顔芸回の予定だったんだけど、一話伸びました。


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六話「顔芸」

「「ははっ」」

 

 かしこまる声が重なった。そして玉座に座る音を俺が聞きとれたことからして、大魔王は俺が考え事をしていた間に一旦離席し、ミストバーンの言う様に再び薄布の内側に現れたということか。

 

「一同大義であった、面をあげよ」

 

 威圧感を伴いつつハドラー達へ声をかける様はまさに大魔王だが。

 

(俺は原作知識で大魔王の正体とか強さもある程度知ってるからなあ)

 

 くわえて先ほどまで話していたこともあって威圧するのも今更だ。

 

「一足早くたどり着いたキルバーンより聞いたが、カールを侵攻していたバランが敗れたようだな……」

「そっ、そのようで……」

「加えて、パプニカ方面ではフレイザードが敗死。パプニカを奪還されるだけでなく氷炎魔団が押さえていたオーザムも軍団長を含む主戦力を失ったことで維持が困難となり奪還を許した。面白くない事態であることは承知しておろうな?」

「まっ、まことに面目次第もなく……」

 

 原作ならカール方面と言う勝ち星があり、ダイの正体を知ったバランがハドラーを責めダイの元に向かうことになって、ダイとバランの戦いを観戦しつつの謁見だったがこの世界では深手を負ったバランは行方不明。ダイの元に現れることもなくなったため、バランとダイの戦いを悪魔の目玉を介して見ることもなく。

 

(バランが居ないから敗北の叱責を一手にハドラーが受けることになる、と)

 

 原作の様にダイとバランがぶつからないように策を弄していたことをネタにキルバーンからからかわれ、疑いの視線を大魔王から浴びて慌てて弁解する羽目になったのとどちらがマシだったのか。

 

「して、フレイザードを討ったのは、勇者ダイと呼ばれる小僧であったな。……ミストバーン、お主はあの小僧の力を何と見る……!?」

「……フレイザードに我が軍最強の鎧を与え、力量を試しました……」

 

 大魔王が問えば、これに答えたミストバーンは力、技、闘争心のあらゆる点で自軍の軍団長を凌駕する素質をそなえていると評した。

 

「そうか、では……もう一人、バランを退けたメラゴーストの力は何と見る?」

「っ」

 

 気のせいかその問いを向けられた瞬間、ミストバーンが微かに動揺したように俺には感じられた。

 

「……直接刃を交えたことが無い以上、大半は推測になりますが」

 

 そう前置きした上でクロコダインとバラン、勝利した軍団長の数は同数ながらバラン戦の参戦人数の少なさから見ても実力は俺の方が上であると述べ。

 

「……なるほどな、では、メラゴーストの方が脅威か」

 

 ここまで聞けば、俺とダイのよりどちらが脅威であるか判別し今後の方針を定めようと大魔王が考えているとハドラー達はとっただろう、だから。

 

「ふっ、ふふふ……ふははははははははっ……!!」

「バッ、バーンさま!?」

 

 いきなり大魔王が笑い出すとは思わなかったに違いない。事情を知らなければ、芳しくない戦況を前に何故笑うのかと疑問に思うのも当然、そして当人を除けば俺とキルバーンだけがバーンが笑い出した理由を知っている。

 

「勇者という小僧よりメラゴーストが脅威か、ふふふふっ」

「あ、あの、恐れながらどういう」

「まあ、疑問に思うのも当然よな。今日は一人客人を招いていてな、おまえ達に会わせるためにそこに控えさせてある」

「きゃ、客人ですと?!」

 

 これは出ろと言われてるんだろうなと思う一方で、ハドラーはたぶん特別ゲストの存在と何故大魔王が笑っているかの理由がつながらないのだろう。オウム返しに問い返し。

 

「紹介しよう。今、ミストバーンがより脅威と言ったメラゴーストだ」

「ええと、どうも」

 

 促されれば、隠れてるわけにもいかず、微妙に困り顔で俺は水晶群れの影から姿を現し。

 

「なっ?!」

「は?」

「ひょ?」

 

 思わずバーンの方を見るミストバーンの隣に顔芸を披露するハドラーとザボエラを見た。ハドラーの方は顎が外れそうとでも言おうか、呆然としていて、ぽかんと口を開けてるのはザボエラも共通。加えてザボエラは鼻水も垂らしていた。つい笑いそうになって視線を背けた俺は悪くないと思う。

 

「こっ、こ、こ、これはどういう――」 

「これって」

「それについてはボクから説明するよ」

 

 鶏モドキになりかけたハドラーの声に俺が説明した方が良いのかと大魔王の方を見るも、言葉を続けるよりも早く死神が口を開いた。

 

「バランが敗れたおり、バーンさまは彼に興味を抱かれてね。対話を所望され、一足早くこっちに戻っていたボクがメッセンジャーとして彼の元に赴いたのさ」

 

 説明は続き、バーンが俺を招待し、これを俺が受けて謁見の前に対話が行われたことも説明し。

 

「バーンさまが部下になる様に言うと、彼は条件付きで首を縦に振ったのさ」

「なん」

「なんじゃと?!」

 

 爆弾発言で俺を二度見したハドラーの横で唖然としたザボエラが二度目の顔芸を披露した。

 

(そりゃ、驚くよなあ)

 

 居心地の悪さを感じつつ空を仰げば、ステンドグラスから陽光が差し込んでいた。

 




次回、七話「もう帰っていいよね?」に続くメラ。


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七話「もう帰っていいよね?」

にがさん……おまえだけは


「こっ、こいつがバーンさまの部下に」

 

 信じられないようなモノを見る目をハドラーがこっちに向ける中、キルバーンの説明は続く。俺が大魔王に出した条件とバランとの約束がある為呑めないと大魔王が言ったこと、その結果、話はバランを翻意させるか倒したらになったというところまで語ると、ハドラーはまだ先の話だと知って少しだけ落ち着いた。

 

「余とこのメラゴーストの間でそういう話があったということをお前たちが知らねば、顔を合わせたとたん戦いとなったであろう? 余としてはいずれ部下となるものと部下が戦いどちらかあるいは双方が斃れることなど望まん」

「そう言う訳で、行き違いから戦闘にならない様、顔見せに残るように言われてここに居るわけなんだけど」

 

 大魔王の説明を継ぐ形で俺も口を開き。俺達の話が理解できた頃にはザボエラも顔芸から復活し何か考えるような顔つきになっていた、一方で。

 

「しっ、しかし、失礼ながらこやつはアバンの使徒ですぞ?」

 

 納得する様子を見せないのがハドラーだった。

 

「それも承知の上。だからこそ余に人間と言う種を残すことを条件としてきたのであろう。故に余はバランを翻意させるか討つかしたのちでとした上で認めるつもりだ。強き者が敵ではなくなり、余の元に集う。余だけではなく、おまえ達にとっても喜ばしいことではないか。不服か? ハドラー」

「いっ、いえ」

 

 理屈の上で敵対していた有力敵が一人味方につく形なのだ、表立って反対できる要素があるとすれば信用できるかの一点だけだが、俺と大魔王の間で完全な約束でないものの話がついているのだから、そこをつくのはバーンを疑うことにもなる。流石にそれ以上食い下がることは出来なかったようで。

 

「フフッ、ハドラー司令も納得されたようで何より」

 

 どことなく楽し気に死神が言うが、納得しているようには見えないのは誰の目にも明らかで。

 

「さて、次に余がお前と会うのはバランを翻意させるか倒した後となるか」

「あ、うん」

「では、そうよな……晴れて戻ってきた暁には、氷炎魔団と不死騎団を統合、再編成した軍団の長を任せることをここに約しておこう」

「えっ」

 

 ようやく返してもらえるのかなと思ったところで黒くもない言葉の爆弾を投げつけて来た大魔王に俺は固まり。

 

「なっ、な、な」

「統合?! それは実質二軍団の――」

 

 軍団長のようなものではないか、と言おうとしたんだと思う。敗残兵を統合再編成するなら二軍団と言うほどの勢力にはならないと思うけど。

 

「加えて、バランを生かしたまま翻意させ共に余に仕える形にできたならば……お主に魔軍司令の座を任せても良い」

「ちょ」

 

 何故大魔王はこうもポイポイ爆弾を投げつけてくるのか。

 

(くろのこあ も あるし、とんだ ばくだんま だと おもいました、まる)

 

 と言うか、新入りどころかまだ加入もしてない相手に司令の座とかどうなんだとツッコミを入れたいところだが。

 

(歴史の修正力、じゃなかった。原作に修正力か何かあるの?!)

 

 お前がバランを蹴りだしたんだから代わりにそのポジやれよと言うナニモノかの意図を疑ってしまいかねないような流れに、俺の顔は引きつる。

 

(って、落ち着け、俺! それならオーザムやパプニカで分体が色々やらかした時に何もなかったのはおかしいだろ!)

 

 パプニカで滅びなかった村があったこと、不死騎団の犠牲者が少なかったことは誤差の範囲でも、全滅したはずのオーザムの国民や王族が生き延びている事態の方は誤差で収まるとは思えない。

 

(単に原作になかった敗北で戦力が結構減った魔王軍の立て直しをはかろうとしただけだとしても説明はつくし)

 

 魔軍司令云々だって、バランを説得して共に魔王軍に所属するという超高難易度のミッションを成功させたらの話で、おそらく実現する筈がないからこそ大盤振る舞いした空手形だろう。

 

(現存してる大魔王の部下ってミストバーン除けば、ハドラーもザボエラも野心マシマシだもんな)

 

 新参者さえてっぺんに置くぞと言うことで両者にはっぱをかけたのだとすれば、納得も行く。

 

(バーンが最終的に考えてるのはバランかもしくは俺のどちらかが部下になって、もう一方は死んでる展開だろうし、俺が生きて魔王軍入りしたとしても、寄せ集めの1.5軍団の軍団長。上に以前手傷を負わせ今は地位を脅かしかねないハドラーが居るから、ハドラーが俺に勝手はさせないだろうという判断だとすれば)

 

 先の空手形はハドラーに俺を意識させ後々牽制させるための布石かもしれない。

 

「おれ、流石にあのバランが自分の意見を引っ込めるとは思えないんだけど」

「是非にとは言わん。仮定の話だ。さて、これで顔合わせは済んだとしてよかろう――」

 

 一応意見を口にしてみれば大魔王は悪びれることもなくいい。キルバーンへ俺を送るよう申しつけるのだった。

 




なんてことはなかった。

次回、番外22「そのころ(バラン視点)」に続くメラ。

負けバランは今、ですね。



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番外22「そのころ(バラン視点)」

オリキャラ及びオリジナル地名注意。


「寒い」

 

 闇の中、私が覚えた感覚がそれだった。にもかかわらず、腹は熱い。だが、ただ熱いというには違和感があるような気がし。

 

「ぐうっ」

 

 口から呻きが漏れた。

 

(そうだ、私は――)

 

 カールを侵攻し、そこで深手を負って瞬間移動呪文で、逃げた。だが、深手を負っていたために移動先を誤って、海に落ち。

 

(落ち……どうした?)

 

 無意識に探った手が柔らかな感触を伝え。

 

「ぐっ」

 

 身じろぎしようとして激痛が走り。だが、それで目が覚めた。

 

「……ここは」

 

 ぼやけた視界は像を結ばず、それでも平らに広がる何かを私は天井だと知覚し。

 

「あ」

 

 どこかで女性の声が聞こえ。

 

「気が付かれましたのね」

 

 まだはっきり見えないながらも近寄ってくる人影を視界内に認めて、私は察した。先ほどから手が触れているのはおそらく寝台のマット。

 

「ここはジャブの村、小さな漁村ですわ。あなたは海に浮かんでいるところを漁に出ていた夫が見つけたのです」

(そうか、私は……)

 

 何と言う皮肉か。力尽き海に溺れたところをこの女性の夫に拾われ、手当てされて今に至るというのか。

 

(まさか滅ぼそうとしていた人間に助けられるとは)

 

 無意識に自分の腹に手を伸ばせば、巻きつけられている何かが指に触れた。手当てまでされているらしい。

 

「あっ、駄目です! まだ傷が」

 

 何を勘違いしたか、焦った様子でこちらへ近づいて来ようとした時、隣の部屋か赤ん坊の泣き声が聞こえ。

 

「っ」

「行ってやるといい」

 

 逡巡する様子を見せた女性に、私は言った。

 

「すみません」

「いや」

 

 いくら人間だとはいえ、この場で女性が頭を下げる理由などない。

 

「姿形を見て、同族だと思い助けたのだろうが」

 

 救われたのは紛れもない事実。加えて、赤ん坊を気にしていたということは、母親でもあるのだろう。去っていって寝かしつけるつもりか。

 

「……ソアラ」

 

 嫌がおうにも思い出させる。目覚めて最初に出会ったのが赤ん坊の居る母親であったという巡り合わせは、私の心を乱し。

 

「私は……どうすればよい」

 

 竜の騎士の治癒力は強い。だが、私は深手を負ったまま意識を失ったまま海を漂っていたのだ。いくら人間を滅ぼそうとしている私と言えど、同族と勘違いした人間たちが勝手に助けただけだなどとは流石に言えん。

 

「お待たせしました」

「む」

「ああそうですわ。お腹を怪我されていらっしゃるしお食事はまだダメかもしれませんけれど、喉は乾いてますわよね? お水と薬草を持ってきますわ」

 

 答えも出ない内に先の女性は戻ってくると、そう言ってまた部屋を出て行き。

 

◇◆◇

 

「おいおい、起きてきて大丈夫なのか?」

 

 それから半日が過ぎ、何も言い出せないままに私は私を拾ったという女性の夫と引き合わされ、最初にかけて来た言葉がそれだった。

 

「生憎うちの村はちっぽけで、神父様もホイミくらいしか出来ねぇからな。その神父様も魔法力使い果たしたとかでもう寝ちまってるし。あ、薬草はどうした?」

「お出ししたわよ」

「そっか、じゃあ明日は隣村まで行くな」

「隣村?」

 

 その後夫婦で言葉を交わし始めた中に出てきた単語を口にしたのは、薬草を使ったことと隣村に行くことが一瞬結びつかなかったからだが。

 

「この村にゃ道具屋もねぇから、物が入り用になる時とか何日かに一度隣村に行くのさ」

「そういう――」

 

 ことかと言いかけて、私は動きを止めた。

 

「薬草か」

「あー、まあ、そうだな。けど、気にすることはねぇよ。他にもいるモノあってどのみち近いうちに買い物に行かなきゃなんなかったしな」

 

 誤魔化すように女性の夫は言うが、おそらく私に薬草を使ってしまった為だろう。

 

(っ)

 

 思えば、あれ以来人間と戦い以外で接することなど殆どなかった、だが。

 

(同族だと思うからこそこうだが、私が力を見せればこの人間たちも大差はない)

 

 恐れ、忌み、除こうとするだろう。ただ、救われた事実を無かったことにするわけにもゆかず、この日はこの人間たちの家にそのまま泊まることとなり。

 

「だめですわ。まだ寝ていらして、大怪我ですのよ」

 

 翌朝、起き出して外に出ようとすれば、女性に止められ。

 

「あっ」

 

 女性の声に驚いたのか、家の中から赤ん坊の泣き声が上がり始める。

 

「す、すみません」

 

 申し訳なさそうにまた頭を下げて、女性は家の中に飛び込んで行った。

 

 




と言う訳で、負けバランは漁師に拾われ漁村で手当てを受けていた模様。

次回、八話「気は進まないけど」に続くメラ。


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八話「気は進まないけど」

「思ったんだけどさ」

 

 死神に送られてカールの近くまで戻ってきたところで、俺は口を開いた。

 

「何かね?」

「リリルーラって思い浮かべた味方と合流する呪文なんだろ? それを使ったらバランがどこに居るか知らなくてもバランの居場所に飛べるんじゃないの?」

 

 送られる中で便利だなあの呪文と思っていたからの発想に、キルバーンの動きが固まった。

 

「……ひょっとして、気づかなかったとか?」

「さァ、どうだろうねェ」

 

 とぼけて見せるものの、一瞬の硬直が雄弁に語ってる気がするんだけど。

 

「まあいいや。手助けはしないって話だから、そっちがバランの居場所を突き止めてもおれに教えちゃ駄目だろうし」

 

 結局のところ、俺は俺で探すしかない訳で。

 

「はぁ」

 

 探すとなると、どうあっても他の分体の力を人手を借りるより他にない。

 

(原作だとダイとの戦いで消耗してたのをベンガーナの南、旧アルキード王国最寄りの岬で癒してたって描写があったし)

 

 探すとなると元々アルキード王国のあった場所に近い海岸線からだろうか。

 

(こういう時分裂出来ればって思うけど)

 

 ないモノねだりしたって何の意味もない。

 

「……それじゃ、おれもバランを探しに出発するよ。お世話になりました、と言っていいのかどうかもわからないけど」

「フフフッ、バーンさまのところに連れていったボクだからこそ、健闘を祈るくらいは言ってもいいと思うんだけどねェ」

 

 それはもう口にしてしまっているじゃんと言うツッコミはおそらく野暮なんだろう。

 

(それに、キルバーンの応援か)

 

 どう考えても面白がってるだけの様な気がしてならない。キルバーンの本当の上司はバランに倒され、封印された冥竜ヴェルザーだか冥竜王ヴェルザーだかといったバーンと魔界を二分したもう一方の勢力の長なのだ。

 

(キルバーンに忠誠心があるなら、主人を倒して封印したバランは何より憎い相手の筈……いや、それならさっきの健闘を祈るもあながち嘘でない可能性もあるのか)

 

 その場合、俺がバランを殺すことを期待してだろうが。

 

「ルーラッ!」

 

 A5の呪文も使えるおかげで今の俺は本来呪文の使えないヒュンケルやクロコダインにモシャスしていても瞬間移動呪文が使える。

 

(問題なのは、モシャス状態だと常に炎の闘気を纏っちゃうことだよな)

 

 人間やダイに姿を変えても、これでは事情を知ってる人がいるカール以外に足を踏み入れた途端、大騒ぎになる。だから、俺がまず最初に向かったのは、町でも村でもなく。

 

「っと」

 

 着地して前方に視線を戻すと、あったのは木こり小屋。そう、カールにたどり着く前に立ち寄った村の外れを少し行った先にあった小屋だ。

 

「もっと人気のなさそうな移動先複数覚えておかないと、後々苦労しそうだよな」

 

 それは今後の課題だが、ここに立ち寄ったのにも理由はある。

 

「ここなら、ルーラの移動先にしてることを知ってる俺も居る筈」

 

 例を挙げると偽ポップとかだが、だからこそここに書置きのようなモノを残せば連絡は取れるはずだ。

 

(魔王軍に見られることも鑑みると、詳細は書けないから、会いたいってのと頼みたいことがあることぐらいか)

 

 少々まどろっこしいが、直接ルーラで乗り込んで騒ぎになったら元も子もない。魔王軍から見れば俺は近々味方になるかもしれない存在ではあるが、ハドラーなんかは俺の寝返りを疑わしく思ってるだろう。

 

(自身の地位を脅かすかもしれない訳だしな。怪しいところがなかろうと疑惑をでっち上げてでも俺の魔王軍入りは阻止したいはず)

 

 そんな状況でノコノコ人間側の拠点や町、しかも勇者一行とゆかりのある場所に向かったことが知られれば、これ幸いと攻撃材料にするに決まっている。

 

(だから、こっちから呼び出すか、人気のない場所に居る俺を見つけて秘かに接触するしかない、と)

 

 炎の闘気がこの秘かにの部分難易度をむちゃくちゃ跳ね上げてるのだが、それよりなにより、他の俺に会うというのは殴られるのがほぼ決まってるので、気が進まない。

 

「とりあえず書置きが終わったら、モシャスで変身して空を飛ぶか。確かデルムリン島でひくいどりを見かけた気がするから、あれにモシャスすれば空は飛べるし、炎の闘気も些少は誤魔化せるはず」

 

 あとは空を飛んでベンガーナ方向に迂回しつつデルムリン島を目指せばいい。

 

(魔王軍に見つかっても途中までならバラン捜索の為っていい訳ができるし)

 

 それ故の迂回だ。一応旧アルキード王国に近い海岸線の上もいくらか飛ぶつもりだが。

 

(ま、ピンポイントにバランを発見するとかそんな都合のいいことないだろうし)

 

 空の旅が少しは気晴らしになればいいなと考えつつモシャスの効果が切れた俺はひくいどりの姿へと変わって空へ飛び立つのだった。

 




尚、ひくいどりが居るのは新アニメ版です。

次回、九話「めらめら、ぼくわるいカイザーフェニックスじゃないよ」に続くメラ。


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九話「めらめら、ぼくわるいカイザーフェニックスじゃないよ」

「なんだかいいな」

 

 人の言葉が口に出せたら、俺はそう言っていたと思う。空は晴れ、眼下には美しい自然の景色が広がる中を飛んでいるのだ。

 

(これでごくまれに破壊された人工物とかなぎ倒された木々とかが目に入って来なければな……)

 

 まだカールが国として治めているであろうエリアを出ていないこともあってか、バランの率いてきたドラゴン達が残した破壊の爪痕があがった俺のテンションを下降させるが、魔王軍に所属しようとしている俺にはどうすることも出来ず。

 

「今でも分裂が出来れば一人置いて行ってそれで済むのに」

 

 なんて思ってしまうのは、今まで分裂した自分に頼りすぎた弊害だろうか。

 

(実際、バラン探すのも頼ろうとしてこうしてデルムリン島に向かってる訳だしな)

 

 ザボエラのような相応に力か技術を持つ存在は潜入を許してしまうものの、師匠の残した結界内は魔王軍の耳目を気にせず何かするには持ってこいだった。

 

(って、よく考えたら俺、師匠の結界今でも通れるのかな?)

 

 もし、邪悪を退ける結界が魔王軍に所属しようとしている立場の俺を邪悪とみなして跳ねのけたら、予定は大きく狂う。ザボエラの様に島の住民に気づかれず潜入するような技術は俺にはない。

 

(ハドラー程じゃないけど、強引な突破なら理屈の上では可能だけど……って、何考えてるんだ、俺!)

 

 魔王軍に所属するのは、そもそも大魔王が大陸を黒の核晶で吹っ飛ばすのを阻止するため。

 

(邪悪な意図なんてないのだから師匠の結界が拒むはずがないのに……はぁ)

 

 変な方に考えすぎだ、そう自分に言おうとし。

 

(あ)

 

 ふと俺は気づく。邪悪を退ける結界に拒まれず入ってゆくところを魔王軍に目撃されたら拙いという全く逆の問題に。

 

(危なかった、気づかなかったらまたやらかすとこだった)

 

 本気で魔王軍に所属する気がない明確な証拠を見られてしまったら、あのないはずの胃に悪そうな大魔王との会話をなんでしたのかがわからなくなる。

 

(どうしよう、これじゃデルムリン島に向かう訳にも……というか、ダイ達って今どこにいるんだろ?)

 

 もう当てになるか微妙な原作のタイムテーブルだと、ベンガーナへ買い物か、それとも竜の騎士について知るためテランに向かったもしくは滞在中だろうか。

 

(確かバラン戦の翌日あたり雨が降ってた描写があったから、テラン滞在二日目ってことはないと思うけど)

 

 それなら雨雲が目視出来ている筈だし、雨が天敵の俺ものんびり飛んでなどいられない。

 

(テランか、寄り道してみるとか? 竜の騎士にまつわる神殿があるからバランがいるかと思ったみたいな言い訳はできる筈)

 

 問題は下手するとダイ達と鉢合わせする危険性があることに加え、雨が降ってくるかもしれないということだ。

 

(原作の雨はダイとバランが雷撃呪文使ってたのが原因ってことも考えられるけど)

 

 雨の件を除いてもリスクは大きい。

 

(ただ、ダイ一行なら確実に俺の分体はついてるだろうし、連絡を取るなら確実なんだよな)

 

 透明呪文で姿を消せば、魔王軍の使い魔にも目撃されないであろうし。

 

(本来はこれにモシャスを混ぜて村人のフリして接触とか出来たんだけど)

 

 炎の闘気を纏った村人の姿でごまかせる相手がいるなら、ぜひとも会ってみたい。

 

(あかん)

 

 そもそも透明化呪文は効果が短いわりに魔法力の消費がでかく、燃費が悪い呪文なのだ。常時使用なんてした日にはあっという間にこっちが枯渇する。

 

(これは諦め……ん?)

 

 そんな折だった、前方の空を何かがこちらに向かって飛んでくるのが見えたのは。

 

(あれはクロコダインが飛ぶときに自分を掴んで飛ばせていた鳥の魔物?!)

 

 見覚えのある体色は、俺もカールに向かう時モシャスで変身していたのだから見間違いようはない。

 

(けど、何で単身で……あ、ひょっとして鬼岩城の足跡を追っていったヒュンケルを――)

 

 追いかけているのだとすれば、こちらに向かって飛んでくるのも不思議はない。

 

(うん? けど、カールは健在だから……あ゛)

 

 これって下手をするとヒュンケルがホルキンスに会ってしまうのではないだろうか。

 

(そして、俺が大魔王に招待されて出向いて戻らなかったと聞く、と)

 

 ヒュンケルにはクロコダインの様に自分を掴んで飛んでくれる配下の魔物も居なければ瞬間移動呪文も使えない。

 

(移動は徒歩だからすぐにダイ達に伝わるってわけじゃないけど、これ拙くない?)

 

 下手すれば俺を助けるためだと言って大魔王の本拠地を探し回り始めかねない。

 

(拙い!)

 

 これはどうあってもあの鳥の魔物を捕まえて、事情を話して協力を仰ぐ必要がある。あれが俺の分体ならだが。

 

(よし、さっそ――)

 

 早速接触しよう、そう思った俺だったが、鳥の魔物は俺に気づくと、いきなり進路を変更する。

 

(え゛)

 

 何故だと思った。

 

(俺から遠ざかる要素なんて……)

 

 そこまで考えて、思い至る。あの鳥の魔物、俺が炎の闘気を纏ったことをまだ知らない分体なのではないかと。

 

(何か見たことない闘気を帯びたモンスターが近づいてくる、か)

 

 そりゃ逃げるだろう、が。

 

(待ってぇぇ! 俺、悪いカイザーフェニックスじゃないよぉぉぉッ!)

 

 こっちだって逃がすわけにもいかなかった。故に、多分両者にとって不本意な大空の追いかけっこが始まってしまうのだった。

 




情報の行き違いって大変だなぁ。(白目)

ピンポイントにバランを発見すると思った? 残念、別の問題発生だよ。

次回、十話「波打ち際でもない追いかけっこ」に続くメラ。


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十話「波打ち際でもない追いかけっこ」

「喋れないのが、こんなにめんどくさいなんて」

 

 話せたらそう言っていたと思う。空は青い。ところどころに浮かぶ白い雲よりは下を、俺ともう一羽鳥の魔物が飛ぶ。まさに空中の追いかけっこだ。

 

(っ、流石っていうべきか)

 

 獣王が自身の移動に使っているだけあって、推定鳥の魔物に変身した俺はシャレにならないくらい速い。何かを掴んで運んでいるわけでもないのだ。

 

(運んでるモノがないってのはこっちも同じで、炎の闘気がステータスを外付けで強化してるはずなのに)

 

 両方登場するゲームの方だとガルーダの方がひくいどりよりモンスターとしての格が上なのだ。せめて素早さを上昇させる補助呪文が使えれば、状況をひっくり返せるかもしれないが、あれは僧侶の呪文だから使えない。

 

(けど)

 

 それでも追いつくことは可能だ。なぜなら。

 

『あ』

 

 ぽふんと煙を上げて前を行く鳥の魔物がメラゴーストに変わる。

 

(貰ったぁっ!)

 

 そう、俺が狙っていたのはモシャスの効果時間切れだ。モシャスが切れれば、メラゴーストは飛べないし、呪文をかけ直す間は慣性こそあるだろうが自然落下になる。

 

(届く、これなら)

 

 そう思ったところでぽふんと俺からも煙が上がり。

 

『あ゛』

 

 足で掴もうとしていたからか、下半身の先端を相手に向けるような格好でメラゴーストに戻った俺も落下を始める。もしこの時あちらの俺がこっちを見ていればこちらの正体もメラゴーストと気付いただろう、だが。

 

『モシャス』

 

 後ろを見る余裕もなくモシャスをかけ直したあちらは再び飛び始め。

 

『くそっ、モシャス!』

 

 俺もモシャスをかけ直した上で更に呪文を唱える。いや、厳密に言うなら唱えるのは炎の闘気の方が、だ。

 

『モシャスッ!』

 

 炎の闘気が俺から分離し、炎で出来た相手と同じ魔物を形作る。

 

(挟み撃ちだ! こんなことに時間をかけられない――)

 

 加えてこの方法なら、炎の闘気の方のモシャスが若干後で解けるため、先ほどのような事にもならないだろう。

 

◇◆◇

 

『まさか、必死で逃げてた相手がAだったとか……』

 

 結果的に作戦はうまくいった。いきなり追手が二羽に増えての動揺もあって逃げてた分体を確保した俺が炎の闘気に抑え込ませたままモシャスの効果時間切れでメラゴーストに戻ると、追跡者の正体を知った分体の俺は脱力し。

 

『それなんだけどさ、俺が追いかけてたのにも訳があって』

 

 この分体には一刻も早く本物のヒュンケル、本物ンケルと合流し、カール入りを阻止してもらいたかったからこそすぐに事情を説明すると。

 

『とりあえず殴るな?』

 

 暫く額に手を当てようとするポーズを取ろうとしていた分体は笑顔で言った。

 

『へぶっ』

 

 痛い。たぶん許可なんて求めてのことではなく、あれは宣告だったんだろうが。

 

『何先走ってんだよ、お前! 俺が、俺達がどんだけ苦労し、て!』

 

 ガスガス殴ってくる、先走りって言うのがどういうことかはわからなかったものの、しわ寄せがあったのは間違いないから俺は敢えて拳を受け。

 

『レムオル、念のために場所を変えるぞ』

『え』

 

 呆ける俺に分体は言う。あれだけ派手に空で追いかけっこしたら魔王軍の目にもとまっているかもしれないだろうと。

 

『あ』

 

 もっともだった。だが、高速で飛翔していたからこそ今の俺の着地点には魔王軍の使い魔がまだ来ていないだろうと判断しての透明化か。尚、この呪文は効果対象が1パーティーの為、俺の姿もすでに透明になっている。

 

『もっともな話だった』

 

 なんで気づかなかったんだろうと思いつつも、俺は従い。

 

『そもそもヒュンケルがそのままカールへってのも早合点だ。ヒュンケルは鬼岩城の足跡をたどっていったんだろ? その上でお前がカールへの攻撃を止めさせたんだったら、鬼岩城は発見されての交戦を避けるためにカールを迂回するはずだ。たどったヒュンケルがどうしてカールへ直接行くって言うんだ?』

『あ゛』

 

 話が再開したのは、移動した先でのこと。投げられた指摘に俺は固まり。

 

『まあ、海に途絶えた足跡の目撃者捜しにカールへ立ち寄る可能性は否定できないけどな。お前がカールに向かうって言ってたなら、ついでに様子を見ていこうとなるかもしれない。だが、原作と違ってホルキンスが殺されず、弟もカールも無事、バランは負傷してる今の状況だと、ヒュンケルが竜の紋章になっているホルキンスの傷を見て慌ててダイの元に引き返すって展開もなくなる。代わりにお前が戦ったことをどこかで耳にすれば、最終的にホルキンスへ面会を申し込むことはあるだろうが』

『……おれの想定より報告に向かうのは後になる訳か』

 

 更に続いた分体の言いたいことを理解して呟けば、そういうことだと頷きが返る。

 

『で、だ。ダイがおまえを助けに行こうと言い出すかもしれないのを止めるのは、不可能じゃない。が、その上で』

 

 どうするつもりだと分体は聞いてきた。

 




そりゃ分体も殴るわ。

次回、十一話「問いへの答え」に続くメラ。


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十一話「問いへの答え」

『バランを探す。あの時逃げたから、まだ生きてるかもしれない。そのままにすれば、カールやダイの元に現れるかもしれないし』

 

 大魔王の部下になることに頷いたのも、バランを撃退したのも俺だ。

 

『責任を取るなんて言わせてもらえるとは思ってない。けど』

 

 ここで投げ出すわけにもいかない。大魔王との話だっていまさらなしよとはいかないだろう。

 

『魔王軍に所属することで、内からできることがあるって俺はB達に教わった、だから』

『はぁ……』

 

 最後まで言うより早く返ってきた反応は、ため息一つ。

 

『どうこう言っても無駄そうなのはわかった。あと、黒の核晶だが……Aが思ってるほど気軽にバーンは使わないと思うが?』

『え?』

『地上消し飛ばしてもそのあと天界に喧嘩売るんじゃなかったか? その時の戦力にバランは期待できないだろ。その戦力をどうするかという話で大魔王はお前に目を付けたんじゃないかと思うんだが』

『え? え?』

 

 分体曰く、俺は爆破しようとするとしてももっと追い込まれてからだと思うと言い。

 

『爆破する前に声をかけておこう、ではなくてちょうどソロだし、A5を蘇生させられるかもと言えば乗って来るのではと思って声をかけたんじゃないか?』

『それって』

『おまえの読み違えだな。もっとも、俺もバーンじゃない。お前の読みの方が正しい可能性だって0ではない』

 

 呆然とする俺に至極冷静に分体は言い。

 

『いずれにしても、だ。時計の針を逆に動かすことなんて、どこかの魔法の砂時計でもなければできない。こうなった以上、本物ンケルを俺は追って合流し、ダイ達の元に引き返させる。あっちにも俺はいるだろうからな。情報を伝えたのち、俺もそっちに魔王軍入りする。それで魔王軍が見ていた場合の、さっきの追跡劇の説明にする』

『あ、うん』

『おまえはバランを探しておけ、A。非常に頭が痛いが、ここまで原作とずれてしまった以上、俺は原作の流れに戻すのは諦めた』

 

 じゃあなと言い残して分体はモシャスを唱えると鳥の魔物に戻って飛び立って行く。俺はしばらくその姿を見守り。

 

『あっちゃあ』

 

 あれが他の俺の総意ではないだろう。だが、一人に匙を投げさせたのは確かで。

 

『バラン、探そう……』

 

 俺は再び変身呪文を唱え、ひくいどりの姿で空へと舞い上がる。

 

(こう、他の俺に会ったらまたダメ出しとかされそうだけど、今は忘れよう)

 

 ただ、バランを探すことにだけ集中する。

 

(最有力候補は原作にあった何とかって岬だよな)

 

 詳細な位置はわからないが、岬と名がついている以上、海岸線をなぞっていけばたどり着けるはずで。

 

(漁村とかあったら聞き込みが出来ればいいんだけど)

 

 炎の闘気を纏ってる時点でこれは不可能だろう。

 

(レムオルで闘気だけ透明にできれば話は別だけど)

 

 レムオルは1パーティーに効果のある呪文なのだ。俺と合体した闘気の方をパーティーに所属してない別のモノとして扱うのは難しいと思う。

 

(となると、燃費は悪いけど透明になって盗み聞きか)

 

 効率は悪いが他に手もない。

 

(人がいるところを見つけたら軽く会話を立ち聞きして、収穫がなければ移動するって感じかな。魔法力の都合、あんまり長居出来ないし)

 

 ここまで複数回モシャスの呪文を使っているのだから。炎の闘気の分の魔法力があるからこそ今も動けているが、なかったらここまでくるにもどこかで休息は必須だっただろう。

 

(って、よくよく考えたらまだいくらか呪文が使える程度まで魔法力が減ったなら一度休息した方がいいか)

 

 バランは確か回復呪文が使えた筈。傷が癒えていて、発見後即戦闘なんてことになった場合、魔法力不足で返り討ちってこともありうる。

 

(適当なところで切り上げて休息を取ろう)

 

 メラゴーストに戻ってしまえば夜は目立つが、洞穴など雨露をしのいで隠れられる場所だってどこかにあるかもしれないし。

 

(ないならないで切り上げた場所の景色を覚えてからルーラで休めるところまで飛んだっていいし)

 

 確かカールに来るときに立ち寄った放棄された灯台は無人だった筈だ。あそこだって良い。

 

(……と、切り上げようと思ってると、漁村が見つかるとかね)

 

 空を飛びつつつい胸中で愚痴を漏らしたのは視線の先、海岸の近くに何軒かの家が建ち並び網らしきモノが干してあるのが見えたからだ。

 

(仕方ない、透明になってちらっと覗いて、有力な情報がなければルーラで戻ろう)

 

 収穫なんてないとは思うが、切り上げる理由にはなる。俺は地面に降り変身を解くべく進路を変えて降下し始めたのだった。

 





次回、番外23「再会(バラン視点)」に続くメラ。


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番外23「再会(バラン視点)」

「むぅ」

 

 いつまでもこの漁村に居るわけにはいかない、そんなことは解かっていた。

 

(回復呪文で傷はそれなりに癒えた)

 

 あのメラゴーストが最後にはなった見知らぬ電撃呪文、あれが呪文による攻撃ではなく竜闘気を用いた必殺技であったらこうもいかなかっただろう。竜闘気には使用者にもそれを用いた攻撃を受けた者にも一時的だが、回復呪文を受け付けなくする作用がある。もっとも、前者の場合、竜闘気を魔法力で圧縮して放つ竜闘気砲呪文を複数回使うくらい竜闘気を行使した場合の反動でだが。

 

(しかし、あのメラゴースト……)

 

 癒えかけた傷に意識をかたむけたことで思い出した戦いを顧みて、思う。底知れぬ、恐るべき相手だったと。

 

(格闘戦についてはお粗末だった。あれだけなら、驚きと動揺が無ければああも一方的にやられることはなかったはずだ、だが)

 

 炎の闘気を纏ったあの形態の戦闘力は竜魔人に匹敵する上、敵を倒さねば止まらない竜魔人とは別ものなのだ。

 

(拙いと判断すれば敵から逃げることもできるのであれば、もしあれが更に竜魔人を模倣できなかったとしても逃げることぐらいはできるやもしれん)

 

 その場で私の竜魔人を模倣できずとも、逃げ延びてやがて竜魔人と化せるようになってしまえば、倒すのは容易ではあるまい。

 

(それだけではない、ヤツは私の知らない呪文を扱った。まだ奥の手を秘している可能性だってあるのだ)

 

 例えば、真魔剛竜剣の刀身の一部を失わせたもう一匹のメラゴーストが行おうとした何か。オリハルコン製の剣でさえあれほどに損壊させるモノを受けたなら、竜闘気で守られた私とてただではすむまい。

 

(そして、真魔剛竜剣は自己修復機能を持つがあれほどのダメージを負ってしまっては、残った切っ先と刀身がつながる程にまで回復するのはどれほどかかることか)

 

 もし、あのメラゴーストが私を探しあて、戦いを挑んでくるようなことになった場合、真魔剛竜剣は使えないと考えた方が良い。

 

(ヤツは炎の闘気で強化され、私は武器を封じられた。先の戦いの様に驚きで不覚をとることなどもうないが)

 

 条件が五分になっただけなどと楽観視するつもりは毛頭ない。

 

「やはり、ここは発たねば」

 

 傷を癒すだけならここで無くてもできる。そして、この村は我が妻、ソアラを思い出させ、心をかき乱す。長くいていい場所ではない。人間を滅ぼす者としても、ただ。

 

(ここを出て、傷が癒え切ったとして、その後はどうする――)

 

 選択肢は幾つかある。当初の標的であったカールを滅ぼす、あのメラゴーストが姿を模したと思しきディーノ本人が居るであろう勇者一行の元へ向かう、もしくは。

 

(報告の為に一度戻る、か)

 

 メラゴーストとの戦いの時に戦場に居たザボエラの使い魔は全滅したようだが、戦いの途中までは見ていたであろうし、その後カールが健在なら、私が敗れたことぐらいは伝わっているだろう。

 

(だが、直接戦った私にしか知りえないものもある)

 

 あの見知らぬ雷撃呪文は威力で私のギガデインを優に上回った。

 

(そもそもヤツはメラゴースト、種族本来の戦い方を鑑みれば得意なのは近接戦闘ではなく呪文を用いた遠距離戦)

 

 私に呪文が通用しないからこそディーノの姿で戦っていたという考え方もできるのだ。

 

(自分のモノでない借り物の戦い方であれだけのことができるというなら)

 

 格闘戦がお粗末などと言う評価も見当外れだ。相手が素人と言う前提で見たなら、驚き動きが止まっていたとはいえ竜の騎士である私に拳や蹴りを当てているというのは充分過ぎる。それが高まった身体能力にモノを言わせてであったとしても。

 

(ヤツは人間の剣術を使っていた。本来魔法使いであるにもかかわらず)

 

 つまり、あのメラゴーストはモシャスで他者の身体能力を写し取った上で、本人の動きを学習し剣士としての技も自分のモノとしたと言うことだ。同様に教材となる武闘家と出会うことができたなら、次は格闘戦でもあのようなお粗末な攻撃はして来るまい。

 

「なあ、今、『発つ』って言ったか?」

 

 とんでもない相手を敵に回してしまったようだと思いつつ歩き出そうとした私の足を、一人の男の声が縫い止めた。

 

「帰ってきたのか」

 

 私がこの漁村を出ようとした理由の一つは、私を助けた男が隣村に出かけて留守だったということがある。だが、決断は遅かったらしい。

 

「ああ。急いで戻ってきた。奇妙なモンスターを見たって隣村の狩人が言っててな。凄い勢いで飛んでた鳥の魔物が人魂みたいな魔物に変わったかと思ったらまた鳥の魔物に姿を変えて飛んでったとか」

「っ」

 

 話を聞いた私はヤツだと確信した。たまたま付近を通りかかったなどと言うことはなかろう。

 

「その表情、訳アリか。怪我までしてたんだから、おおかた追われてるってんだろ? なら尚のこと、行かせねぇよ」

 

 怪我人を放っぽり出すわけにはいかないと、男はいい。

 

「その心配ならいらん。私も回復呪文は使える。怪我なら治した」

「けど、剣は折れたままの筈」

「っ」

 

 やっぱり行かせらんねぇよと男は言って。

 

「きれいごとは止せ! そこまで言うなら、教えてやろう――」

 

 どこまでも私を気遣うこの人間を黙らせるため、私は名乗った。魔王軍の超竜軍団長と肩書も含め自分の名を。

 

「魔王……軍?」

「わかったら退くが良い。私はおまえ達の敵だ」

 

 これでいい、そう思った。敵であると知ればこの男も他の人間同様に態度を豹変させるだろうと。

 

「っ、それがどうした!」

「な、に?」

 

 だが、返ってきたのは予想外の言葉だった。

 

「それがどうしたって言ったんだ! 俺達漁師ってのはな、船の上じゃ頼れるのは自分と同じ船の仲間だけ、そんな場所で生きてんだ。だから溺れてる奴を見りゃ助けるのは当然! そして、一度助けたんなら最後まで面倒みるのが大人の男ってもんだ!」

「なに、を」

「魔王軍だか軍団長だか知らねぇが、行かせねぇ。敵だの悪人だのって言うなら、もう悪事を働けなくなる様、ここで俺がぶちのめして性根を入れ替えてやる!!」

 

 理解が、出来なかった。

 

(力量の差を知覚できてないのか?)

 

 私の言をただのハッタリか何かだと思ったのか。蓄積された竜の騎士としての戦闘経験が物語る、目の前の男に大した実力はないと。

 

「いいだろう、やれるものならやって見せるがいい」

「へっ、後悔するなよ」

 

 そう言うと、男は荷物から奇妙なモノを取り出した。鉄兜に槌頭をくっつけたような奇妙な物体を。

 

「先に言っておくが、俺はここに居着く前、元々戦士を目指して修行の旅をしてたんだ。ただの素人だと思うなよ」

 

 男は吠えるも私にはまったく脅威に思えず。

 

「アルキードのどたまかなづち使い、マイボ、行くぜ!」

 

 男の名乗りを聞いた瞬間、固まった私の顔面に槌頭がさく裂した。

 

「ぐっ」

 

 私は思わずよろめく。本来なら竜闘気を纏った私を殴ったあの奇妙な兜の方が壊れるはずだが、アルキードと聞いた瞬間、私は竜闘気を維持すら出来なかったのだ。

 

「アル、キード?」

「ああ、もうなくなっちまったけどな、俺の故郷だ。何があってなくなっちまったかは知らねぇ、けどな、人が死ぬのなんてもう沢山なんだよ!」

 

 ポツリと零れた私の問いに男は吠えて。

 

「だから、行かせ……っ」

 

 そこまで言いかけた男が視線を私以外に向けて動きを止め。

 

「っ」

 

 視線を追った私は目を剥いた。そこには炎の闘気を纏いディーノの姿をとったあのメラゴーストが居たのだから。

 




 と言う訳で、オリキャラの名前がようやく出せました。

 登場した時点で名前と使用武器及び菩薩メンタルは決まってたんですよね。ただ、アルキード出身は奥さんの方の設定だったんですけど、奥さん出す程尺が無くてやむを得ず、こっちの方に変更した所存。

次回、十二話「誰、この人」に続くメラ。


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十二話「誰、この人」

 

「えーと」

 

 切り上げる理由にと透明になって偵察に行った漁村で俺が出くわしたのは、原作のネタ装備を被ったオッサンと戦ってるバランの姿だった。

 

(はっきり言って、わけわかんない)

 

 バランが襲撃してきて、それを迎え撃ったというならまだ分かるんだが、見知らぬオッサンは口ぶりからすると漁村を出ていこうとするバランを止めてるような感じがして。

 

(バランが本気で戦ったらオッサンの方が危ないと思って慌ててモシャスして介入したけど)

 

 ひょっとして、タイミングが悪かったりするんだろうか。

 

「取り込み中だった?」

「あー、まぁ、な」

 

 俺が尋ねれば、きまり悪げに答えたのはオッサンの方で。

 

「で……誰、この人?」

 

 続いて俺が尋ねたのは、一応敵と言う形だが面識のあるバランへだった。

 

「こ」

「いや、待て待て。んな回りくどいことしなくても、聞かれりゃ名乗るって! 俺はマイボ、アルキードのどたまかなづち使い、マイボだ。っても、昔の話で今はこの村の漁師なんだけどな」

 

 話を向けられて、俺の乱入による驚きから我に返ったのだろう。何か言いかけたところで、オッサンの方が被せるように名乗ってきて、俺は思わずバランを二度見した。

 

(アルキードってピンポイントにバランの滅ぼした国じゃん! って、あ)

 

 何がどうなってるのと思ってから、遅れて俺は気づく。バランの過去についてのことは原作知識で俺が知る由もないことの筈だったことに。

 

「海に漂っていた私を助けた男だ」

 

 だが、バランはオッサンの説明不足分を補えと言っているようにとったらしい。

 

「そ、そう……けど、どうしよう」

 

 どう考えても今から戦えるような空気では無い気がする。

 

「で、あんたは?」

「え、おれ?」

 

 困惑してるとオッサンに話を振られて自分を指さすが、オッサンことマイボさんからすれば当然の疑問だろう。

 

「うーん、話はどこまで聞いてる?」

「話? こいつが魔王軍の軍団長だか何だかだってとこまでかな」

「え゛」

 

 ただ、話していい範囲が解からず問えば、返ってきた答えに俺はバランとマイボさんの間を視線で数往復した。

 

「ええと、こいつが魔王軍って知ってて?」

「あー、聞かされたのは今さっきだけどな。けど、問題ねぇ、こいつがこれ以上悪いことをしようってんなら、助けた俺が責任をもって性根を叩きなおす」

「へ、へぇ……」

 

 無理だとかやめた方が良いとか止めるべき何だろうか。

 

「おれは魔王軍の軍団長として恩人の故郷を襲ってきたこいつと戦ってたんだけど、追い払ったこいつがまた襲ってくるんじゃないかってその行方を探してたんだ」

「なる程。そんじゃ、ひょっとしてこいつが大怪我して海を漂ってたのって」

「あ、たぶん、やったのおれだと……思う」

 

 大魔王との会話云々を言ったりするわけにはいかず、大魔王とのやり取り前の名目で説明したけれど、何だろうこの話の流れは。

 

「そっか、まあ恩人の故郷を守るためだって言うなら、な。だが安心して良いぜ! 俺がこいつにもう二度とそんなことはさせないからな!」

 

 若干複雑そうな顔をしてから、根拠レスの笑顔でマイボさんは胸を張り、俺は密かに頭を抱えたくなる。

 

「どうすんだよ、この状況」

 

 思わず心の中でぼやいてバランの方を見ると、何だか助けを求めるような目をされた気がしたが、きっと気のせいだろう。

 

「まあ、いいや。もう悪いことはしないって言うなら……」

 

 俺は嘆息してからそう言うと、ただしと続ける。

 

「本当かどうか二人だけで当人にも確認させてもらいたいから、また来るよ」

 

 このペースでかつ命の恩人だというなら流石にバランもこの村をすぐに攻撃すると言う様なことはないだろう。

 

「おれは向こうの大きな木の辺りに居るから、そっちから出向いて来るなら、それでもいい」

 

 加えて俺は周囲を見回し、一本だけ高い木を見つけてそれを示し、バランが抜け出してくる理由も作る。

 

(流石に大魔王との会話のことはこの場で言えないからなあ)

 

 村を出ようとしていたバランなら、たぶん乗ってくるだろう。

 

(行き当たりばったりだけど、バランをどうするかはその時決めるしかないかな)

 

 戦うか、それとも話をするか。

 

(バーンと話をした時はないだろうと思ってたけど、人間に助けられてたとなると)

 

 先方にも心境の変化はあったかもしれず。

 

(とにかくここは一旦退散あるのみ)

 

 少し話しただけで人がいいを通り越したあのマイボさんのことだ、こう一緒に泊まっていけとか空気を読まずに言われても不思議はないような気がして、俺は足早にその場を立ち去ったのだった。 

 




次回、十三話「二人木の下で」に続くメラ。


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十三話「二人木の下で」

 

『来た……か』

 

 近づいてくる人影を見て、変身呪文を唱えた俺はそれがバランかを確認もせず、問う。

 

「あの人、マイボさんは?」

「眠らせてきた、催眠呪文で」

 

 その答に納得と安堵の両方をした俺は、竜の紋章を浮かべ。

 

《そっか、ラリホーマか》

 

 思念の波の形で紡いだ言葉をバランへと投げた。

 

《なっ》

《紋章の共鳴を用いた、思念波による会話……声に出して魔王軍の使い魔経由で知られると面倒なことになるかもしれないからね》

 

 原作でダイとバランがもっと先の場面で秘密の会話をするのに使ったものだが、なんと言うか今の場面にうってつけの意思伝達方法だと思う。

 

《どうやって、こんなモノを》

 

 思いついた、とか会得したとか聞きたいんだろうけれど、答えは用意してある。

 

《これなら、A5と話せるんじゃないかと思った》

 

 そう、あの時わずかに聞いた声は幻聴だったのか、炎の闘気は呪文名しか口にしない。だから全くの嘘ではなく、A5を斬ったバランを黙らせるには充分だった。

 

《まさか、こうやって使うことになるとはおれも思ってなかったけど》

《……私を討ちに来たか》

 

 バランが思念波を返してきたのは、短い沈黙を俺の独言という形の思念波が破ったのちのこと。

 

「それは、そっちの対応次第かな?」

「対応次第だと?!」

 

 俺が戦わない選択肢も言外にあると言ったことでバランが目を剥く。俺からすればバランは敵であるだけでなく、A5の仇でもある。意外だったんだろう、だが。

 

「理由はこれから説明する」

 

 そうして俺が語ったのは、バランを撃退後、大魔王から招待され言葉を交わしたこと、その折部下になるよう誘われたこと。

 

「おまえが、バーンさまに」

「あの人、強者を尊重するようなところあったみたいだし……それは、置いておいて、おれは条件を出した」

 

 続けて説明したのは、バーンに出した条件そのまま。

 

「そっちの目指してるモノとは相いれないわけだけど」

 

 これに大魔王が出した答えも伝え。

 

《ただ、それを聞いておれは大魔王に疑いを持った》

《……どういうことだ?》

《俺が大魔王だったら、あの状況は先約があるからって首を横に振る。「お前を倒したら問題はなくなるから条件を呑もう」なんて言わないってことさ。つまり、大魔王ってバランにもおれにも嘘をついてるんじゃないか、そう思った》

《な》

 

 バランが絶句する中、俺は大魔王に聞かれても問題ない部分は声に出し説明してゆく。こういう時、原作でカンニングできてると楽でいいと思う。相手の考えてたことがわかってるから、後出しジャンケンで不審な点を挙げていけるのだから。

 

《おれがあげた条件はバランと真逆、もしバーンに地上制圧プランがあるとしたら、大幅な修正を加えなきゃいけない筈なんだよ。人間を滅ぼすことに関してはバーンの目的と反しないから、そっちは修正とかいらないけどさ。本気で約束守るつもりなら、人間の生存圏はどのくらいにするだとか、規模はどれくらいだとかそういうことを次に会う時までに決めておくようにとか、もっと言うと思うんだよ》

 

 滅ぼす方は滅ぼして終わりだが、逆の場合、色々と決めないといけないことが多い。

 

《人間を滅ぼすとこまでは大魔王もバランとの約束は守るかもしれないけど、滅ぼした後は? そもそも竜の騎士って世界の平和を守るバランサーなんだろ? 人間が滅んだ後の地上をバーンがその手にするなら、平和どころか侵略戦争を助けてるじゃないか》

《おまえ、どこでそれを》

《おれが昼間他の鳥の魔物と追っかけっこしてたって聞いてない? それ、情報の行き違いでおれを味方だと気が付かなかったおれの分体なんだけどさ》

 

 思念波の会話で、俺はテランで竜の騎士について調べていた勇者一行について行った分体から聞いたと説明し。

 

《その上で、提案がある。おれはバーンを疑っている。だから、その真意を探る為にも大魔王の部下になろうと思ってる。それで、調べた結果大魔王がおれもバランも騙してたってわかったら、大魔王を討つのに協力して欲しい》

《もしバーンさまが嘘をついていなかったら?》

《その時は約束を守って貰えて竜の騎士の使命も果たせるんだ、バランにとっては万々歳じゃないの? もっとも、そうなるとおれの条件と相反するから、その時また話し合うか戦うか。ようは先延ばしにするってだけのことだけど》

 

 少し離れた場所を会談場所に選んだつもりだが、この場で俺達が戦えば漁村に余波が向かう可能性だってある。これで納得してくれればいいなと思っていた俺に。

 

「よかろう、私とて命の恩人まで滅ぼすつもりはない」

「え」

「おまえに従おう、そう言ったのだ」

「あ、うん……ありがとう?」

 

 ここまですんなり説得できるとは思っていなかった。だが、これは紛れもない事実で。

 

《私情を殺し他者の為に仲間の仇へ協力を求めるか。ひょっとしたらお前の方が私よりもよほど竜の騎士にふさわしいやもしれんな》

 

 飛んできた思念波に俺は硬直した。

 

(言えない。A5が蘇れるかもしれない可能性が残ってるからこそ、こういう話の持って行き方が出来たなんて)

 

 ついでに大魔王が嘘をついてることがわかってるから、その時が来たらこき使ってやろうとか考えてることなんて。どっちもとても聞かせられなかった。

 




やったね、主人公。これで晴れて魔軍司令だ!(白目)

次回、十四話「帰還」に続くメラ。

やりやがった、やりやがったよメラゴースト。


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十四話「帰還」

「さてと、大魔王……戻ったらそこからはバーンさまって呼ばなきゃダメなんだろうけど、これから魔王軍の本拠地に戻ることになる、それはいいよね?」

 

 俺の確認にうむとバランが頷く。

 

「で、これから話すことはその後の予定だけど――」

 

 大魔王を通してのモノではないため予定変更があることは先に伝えておく。

 

「その上で、バランには勇者ダイ一行の元に威力偵察に向かってもらうつもりで俺は居る」

 

 そう口で言いつつ、思念波の方でお子さんに会いに行きたいでしょと囁く。

 

《当然だけどおれが魔王軍についたことは伏せてもらうし、勇者一行に重傷者や死人は出さないようにね? おれの考えは話したと思うけど、もしバーンがおれ達を欺いてたなら、大魔王を倒す必要が出てくる。勇者一行はその時、おれ達の力になると思うんだ。目的は大魔王の撃破で共通してるし》

《むぅ》

 

 加えて、魔王軍と戦ってゆく運命にあるダイ達は強くなっていかなければ今後の戦闘を生き残れない。

 

《ぶっちゃけちゃうと、バランにはお子さんとそのお友達を鍛えてほしいってことになるのかな》

《鍛える、か……確か今の勇者一行にはこちらを裏切ったヒュンケルやクロコダインも居るのだったな》

《うん》

 

 思念で肯定しつつ、俺はああそっかと一人で納得する。この世界のバランは勇者ダイ一行とまだ戦っていない。今のところ勇者一行の強さを計れるモノサシはモシャスで複数の良いところ取りをした偽ダイの俺を除くと、裏切り者の軍団長二人と言うことになるんだろう。

 

「手に余りそう? それなら、こっちで追加の戦力も出すけど」

 

 とはいえ真意を伝えた上で協力者に出すとなると、空の追いかけっこをしたあの分体くらいしかいない訳だが。

 

「不要だ」

 

 そう答えたバランに俺は原作知識から側近の三人を呼ぶんだろうなと密かに思う。

 

(これで、なくなりかけてたバランとの戦闘はタイミングが少し遅いけど埋め合わせは出来たとして)

 

 ハドラーが何か言ってきそうな気もするが、そこはダイ達と唯一ぶつかっていないバランをぶつけてどうなるかを確認したいと言うつもりだ。

 

《ああ、そうそう。たぶんお子さんは断ると思うけど、今の段階でこっちにスカウトするつもりなら、それは止めない》

《ほう》

《手心を加えて相手を殺さない理由づけに使えると思うから、さ》

 

 生き別れの息子で仲間になるかもしれないので殺しませんでした、とするなら大魔王側への言い訳にもなるだろう。それから俺は思念波でバランと幾らか言葉を交わし。

 

「なら、戻るとしよっか。この後のこと色々考えてたけど、おれ達だけじゃ決められないこともあるし」

 

 そう言ってからちらりと俺は先ほどの漁村を見た。思念波でこのまま去っていいのかと確認をとったが、戻って別れを告げるつもりはないらしく。

 

(まぁ、ダイ達への威力偵察も細かい指定はしてないしな)

 

 途中で立ち寄って話すことぐらいはできるだろうし、深く立ち入るようなモノでもないだろう、俺は部外者だし。

 

「それじゃ、行こう。ルーラッ!」

 

 直接移動できない以上、俺が飛べるのはキルバーンに送ってもらった場所までだが、魔王軍の監視の目が届いているなら迎えを長々待つ必要もないだろう。

 

◇◆◇

 

「やあ、早いおかえりだねェ」

 

 そして、俺の予想は的中した。着地すれば死神がすぐに姿を見せ。

 

「首尾はどうなんて聞く必要もないみたいだね」

「あー、うん」

 

 俺とバランが揃っているところを見れば一目瞭然だろう。

 

「ウッフフ、戻ってきたキミとバラン君を見た時のハドラー君の表情はちょっと楽しみだよ」

 

 どことなく楽し気に笑うキルバーンの言にハドラーの顔芸を思い出すが、まぁ、仕方ない。

 

(魔軍司令、か)

 

 正直自分がそうなる可能性なんて全く予想してなかった。師匠に弟子入りしてダイ達と修行して、最終的に勇者一行の仲間として大魔王戦に参戦する方がまだ想像できていただろう。

 

(その前にフェードアウトする気だったんだけど)

 

 何がどうしてこうなったんだろうか。

 

「バーンさまをお待たせするわけにはいかないし」

 

 そう前置きしてキルバーンは俺達を大魔王のところまで連れて行くと言い。

 

「うん。どのみち報告に戻ってきたんだから、おれに文句はないよ」

 

 覇者の剣が未だカールに預けっぱなしになってるわけだが、それはそれ。武器があるからこそ、カールはまだ襲われないだろうし、今はあちらに剣があった方がありがたく。

 

「ただし、ご案内は一人ずつに分けさせてもらうよ。リリルーラはルーラ程大人数を連れていけないからねェ」

「それ、先におれだけ連れていって、あとでバランを連れてきた時ハドラーがどんな表情をするか見たいだけだったりしない?」

「かもねェ、フッフフ」

 

 条件を付けた死神にもしやと思って尋ねれば、キルバーンは誤魔化すように笑い。そして俺は大魔王の元へといざなわれるのだった。

 




次回、十五話「顔芸再び」に続くメラ。

ここで、残念なお知らせをしないといけません。

闇谷の参照できる原作ですが、実は6巻までなのです。正確に言うなら、6巻までと11から14巻、16から最終巻までなのですが。

7巻はバラン戦の後半でして、ここを参照できないということはバランとダイの戦いを書くにあたって致命的なものとなりえます。

古本屋も回ったのですが、再アニメ化によって売れてしまってるのか、見つからず。連載を止めざるを得ないのです。

が、続きを読みたいと言われる方もいらっしゃるかもしれませんので、次回、アンケートを用意する予定でいます。



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十五話「顔芸再び」

前話あとがき色々反響が合ったようで、本来なら今話にアンケートをつける予定でしたが……。

新装版の7・8巻を購入したため、少なくとももう暫し連載は続けられそうです。

また、梯子した古本屋で15巻も入手できましたので、今年中は問題なく続けられそうです。




「……先にバランの元に向かっていたメラゴーストが戻ってきたと報告があった。キルバーンを迎えに差し向けた故に、そろそろここへやってくるだろう」

 

 大魔王の声が聞こえた。どうやら俺が帰って来たことを説明しているところの様だ。俺がキルバーンのリリルーラによってたどりついたのは、たぶん前にバーンがハドラー達と謁見した間の入り口なのだろう。そこには衛兵よろしく立ち尽くす淡い紫の肌をした有翼の悪魔、アークデーモンと呼ばれるモンスターが居て、死神はリリルーラの目印にしたと思しきそのアークデーモンにお勤めご苦労さまと声をかけた。

 

「流石にバーンさまのお話の途中で側に登場と言う訳にもいかないからね。さて、ボクはバラン君も連れてこないといけないし、ここから先はキミ一人で大丈夫だろ?」

「あ、うん」

 

 迷いようもないし、報告にもいかなければならない。

 

「ただ、一応確認しておくけど、おれがバランを説得して連れ帰ってきたことってバーンさまは?」

「勿論ご存知さ。ボクがご報告したからね。サプライズも悪くはないけれど、時と場合によるし、そもそも驚くだけならハドラー君がこの後存分に驚いてくれるだろ?」

「あー」

 

 否定はしない、と言うか俺だって説得できるとは思っていなかったのだ。

 

「単独で俺が戻ってきて、バランを倒したのかと思ったところでバランが現れる訳だ」

 

 ハドラーからすれば、自分に深手を負わせた相手が仲間になるだけでも胸中穏やかな筈がないと言うのにそこへ追い打ちを喰らう訳で。

 

「おれが同情しても憤るだけだろうけど……」

 

 まさに泣きっ面に蜂だよなと思うとどうしても俺の表情は微妙に歪む。

 

「はぁ」

 

 とは言えここに突っ立ってるわけにもいかなかった。キルバーンはおそらくもうバランを迎えに行っているのだ。嘆息して歩き出せば、すぐこちらに背を向けたハドラーとザボエラの姿が見え、更に薄布に包まれた玉座とその傍らに立つミストバーンの姿が見えてくる。

 

「来たようだな」

「っ」

 

 大魔王の声に弾かれたように振り返ったハドラーが目を見張り、そして微かに安堵の表情を浮かべた。

 

(あー)

 

 最初の反応はバランを倒して再びやって来たことに対する驚きで、次の安堵はバランを伴っていないことへのものと言ったところか。

 

(バランを説得して連れてこられなければ、ハドラーが魔軍司令のままだもんな)

 

 魔軍司令の座だけは守れた、そう思ったのかもしれない。

 

(そう言えば、キルバーンはバーンには報告してあるって言ってたけど、ミストバーンの方はどうなんだろ?)

 

 大魔王から伝えられているのか否か。

 

(まあ、どっちでも変わらないか)

 

 大魔王の意思こそがすべてに優先すると言うのがミストバーンなのだから。

 

「報告はうけている。余の部下となる時問題となることが解決したと。相違ないな?」

「……はい」

 

 ここまではダイの口調に近い形で、敬語も抜きだったが表向きとはいえ魔王軍所属となれば大魔王にはやっぱり敬語を使わないと拙いだろう。

 

「そうか。これで我が軍に強者が一人増えたということだな」

 

 バーンの言に視線をそちらへやったハドラーは何か言いたげな顔をしていたが、俺がバランを倒して戻ってきたなら何か言っても大魔王を翻意させることはできないと踏んだのか、言葉は発さず。

 

「しかもバランを説得した上でとは――」

「は?」

 

 続く大魔王の言に口を半開きにし間抜けな顔をさらす。

 

「……ハイ! 本当に驚きです、まさかバランを説得して戻ってくるなんて」

 

 バランを伴ったキルバーンがやって来たのは、この直後だ。

 

「ま゛っ」

 

 死神の声に釣られるように振り返ったハドラーの顔は、ある種の信じられないモノを見た時の顔なのだろうが、何と言うか。

 

(こう、まさかと言いかけて失敗したんだろうな、漏れた音からすると)

 

 頭のどこか冷静な部分が推測する一方で、俺は遠くを見ていた。

 

「しかし、このメラゴーストは軍団長を一人欠かすことなく、問題を解決して見せたのだ。ならば、余も先の約を守らねばなるまい。メラゴースト、今はアレックス・ディノと名乗って居たか。今をもって、お主を魔軍司令へ任命する、その働き、期待しているぞ?」

 

 なってしまった、なってしまったのだ、魔王軍の大魔王に次ぐと思しき地位に。

 

「……はい」

 

 俺としてはそう答えるより他なく。

 

「バッ、バーンさまッ!!」

「余の決定に変更はない……!」

 

 すがる様に上げたハドラーの声を大魔王ははねのけた。この逆境をばねに這い上がってくることを期待してのものなんだろうが。ともあれ、こうして魔王軍に新たな魔軍司令が誕生したらしい。

 

「バーンさま、一つよろしいですか?」

「何だ?」

「アレックスは旅をする上で使っていた偽名ですので、これを機に名を改めようと思うんですが」

 

 まるで人ごとの様に胸中でナレーションを入れた俺はそう大魔王に提案したのだった。

 




次回、最終話「仕事始め」に続くメラ。

原作だとバラン戦序盤は六巻ですが、時系列的に原作より後ろにずれこむ為、次章扱いとし、元六巻編は次話とエピローグで終了となります。



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最終話「仕事始め」

「改名か……して、いかなる名にするつもりだ?」

 

 大魔王の問いに、そうですねと俺は口にし。

 

「トゥース、トゥース・ゴ・アルウェとでもしようかと」

 

 挙げたのは、メラゴーストを逆さ読みにしてもじったモノ。

 

「今までの名のいずれかを使っては、すぐにもおれの正体を気取られる可能性がありますから」

「何故」

 

 補足の説明をすれば、そこでハドラーが声を上げる。

 

「何故気取られるのを避けようとする?!」

 

 ハドラーからすれば、改名するのは後ろ暗いところがあってのことだろうと俺への糾弾理由にするつもりなのだろうが、こっちにはちゃんとした理由がある。

 

「勇者一行とおれはそれなりに付き合いがあり、故に弱点の一部を知られてるから、正体が知れてそこをつかれないための予防だよ」

「じゃ、弱点だと?!」

「そう。だから――」

 

 ハドラーへ答えた俺はバーンに向き直り、乞う。姿を隠せ、弱点を消せる防具が欲しいと。

 

「ほう、防具と申すか」

「はい。おれがメラゴーストであることから容易に想像がつくかもしれませんけど、雨が苦手で……引火せず、俺が濡れないモノがあればありがたいなと」

「あっ」

 

 弱点を明かした俺へ声を上げたのは誰だったか。一応モシャスで変身すれば防げる弱点ではあるが、弱点は弱点だ。

 

「ああ、確かに火の身体なら雨は困るよねェ」

「そう、だというのに勇者一行には雨雲を呼ぶ呪文の使い手が居るから」

 

 納得がいったと言う態の死神におれはそう応じ。

 

「なるほどな、お主の言は至極もっとも。……そうよな、マントかローブの一つでもなくては格好もつくまい。許す、この後武器庫へ案内させる故、そこで調達するがよい」

「ありがとうございます」

 

 太っ腹なバーンの言へ頭を下げる。

 

(とりあえず、これでダイ達と顔を合わせる羽目になったとしても、当面は謎の強敵で乗り切れるはず)

 

 自ら弱点を明かすことと引き換えに得たものだが、そもそもメラゴーストだから雨が弱点なんてのは誰だって思いつくことだ。隠しておくよりむしろ自分からさらけ出して心を許してる態を装った方がまだ有益だろう。

 

(それに弱点を明かすことで、敵対した時の攻撃もそちら方面に誘導できるだろうし)

 

 頭脳労働は俺に向いてない気もするが、ここからは前にもまして綱渡りになる。上手くやっていくしかない。

 

「では、防具を拝領し次第、初仕事とさせてもらいますね。とは言っても、軍の現状とか何もわかってない状態なので……」

 

 そこまで行ってから俺が目を向けたのは、つい先ほどまで魔軍司令の地位に居た男、ハドラーだ。

 

「俺は現状の把握に努め、勇者一行の方にはバラン……殿を差し向ける予定です」

「何だと、だが――」

 

 原作でもバランとダイを会わせないように策を弄していたハドラーは立ち上がりかけ。

 

「ええと、一軍団では戦力的に不安とか? 大丈夫、今回は威力偵察程度に済ませるつもりで、本格的にぶつけるつもりはないから」

 

 敢えてハドラーの胸中に気づかず誤解するふりをしつつ、俺は説明する。これも現状把握の一端であると。

 

「勇者一行の戦闘力を図って、こちらの現状を理解してから動こうと思います。おれの方も準備期間は絶対必要ですし」

 

 その間にバランに勇者一行の戦力を図ってきてもらうという訳だ。

 

「ま、待てメラゴースト! 時間が必要と言うならば、この場は大魔王さまの信用回復のためにオレが……!!」

「えっ……おれ魔王軍のことハドラー、どのに聞かなきゃいけないって思ってるんだけど、前任者だし」

「うぐっ?!」

 

 話の流れに焦った様子のハドラーだが、俺が指摘すると苦いモノを呑み込んだような表情になり。

 

「そう言う訳だからさ、バラン……殿、勇者一行の方はよろしくね」

「うむ」

 

 魔王軍の面々を殿呼びは慣れないが、この役職に居る以上は仕方のないことで。

 

「ぬぐぐぐぐ、ぐぅっ」

 

 頷いたバランが踵を返すのを見送ってから振り向くと、ハドラーがすごい顔をしていた。語彙が豊富なら文章的に表現できたんだろうけど、そうじゃない俺には百面相ぐらいしか言いようがなく。

 

「あ、時間節約の為に武器庫までの移動に同行してもらって、その間に色々この軍のこと聞いておきたいんだけど」

 

 ちょっとかわいそうになってきたのはきっと気のせいだろう。やることが山積みの俺にハドラーを気遣う余裕なんてなく。

 

「ハドラー」

「っ、ハッ」

 

 さしもの元魔王も大魔王には逆らえなかった。俯いた顔は何か言いたげな表情だったが、口を挟む者はおらず。

 

「……案内する」

 

 かわりに俺へ声をかけた人物が一人。ここまで言葉を一言も発さなかったミストバーンがそれだけ言って動き出す。

 

(あー、そう言えば原作でフレイザードにも軍最強の鎧を渡したりしてたのがミストバーンだったっけ)

 

 なる程、案内担当としては当然の人選だった。ただ、もう一人の同行者が不満と不本意の固まりのようなハドラーだったことで、武器庫までの道のりがすっごく気まずいモノになったのは言うまでもない。

 




引き継ぎは大事。古事記にも書いてありそう。

次回、エピローグ「???」に続くメラ。


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エピローグ「???」

第三者視点です。


「し、しもうたっ」

 

 そこが謁見の間でない、もしくはすでに大魔王がいなければ、残された矮躯の老人はそう叫んで慌てて踵を返していたかもしれない。老人の名はザボエラ、妖魔司教ザボエラといった。先に魔軍司令に任命されたメラゴーストがバランを説得して戻って来ること自体予想外だったのは、ハドラーだけでなくザボエラも同様だった。だが、魔軍司令の座を奪われることとなったハドラーとは違い当事者でないザボエラには些少の余裕があったのだがそれが悪い方へ働いた。

 

(しくじったわい)

 

 大きく勢力の変わった魔王軍内で取り入る相手を変えることを真剣に考えそろばんをはじいていたが故に、この老人は新しい魔軍司令がこの場を去る時に同行を申し入れそこなったのだ。そもそもメラゴーストとともに去った二人には、引継ぎと防具の管理者と妥当すぎる同行理由がある。これと比べればザボエラが新魔軍司令についてゆく理由は薄く、機を逃したままその背を見送ることになってしまったという訳だ。

 

(バランを説得してきたということは、六軍団最強をうたわれたバランはあのメラゴーストの軍門に下ったと見て良いじゃろう。それに比べ、ハドラーさまはフレイザードが死に、クロコダインは裏切って従う軍団長は最早ワシのみ……逆説的にワシを頼らざるを得ぬ状況じゃが――)

 

 バランを込みで見れば、新魔軍司令の力はハドラーを上回る。それがザボエラの見解だった。

 

(しかし、あのメラゴーストに乗りかえようにも絶好の機会はもう過ぎたあと……ワシとしたことが迂闊じゃったわい)

 

 なら、今からでもとメラゴーストを追いかけようかというと、大魔王の御前ではザボエラにできようはずもなく。

 

(どうする? 引継ぎが終わった後にでも何か手土産でも用意して接触すべきじゃろうか……しかし、あやつの関心をひけそうな手土産とは……うぬぬっ)

 

 ただひたすら考えることしかできない小物を面白そうに眺めるのは、死神と呼ばれる者のみ。場に居た半数の者が去って一人は自身の思量にふけり始め、生じた沈黙が暫し破られることなく続いたのは、この場に残るもう一人、大魔王も今後について何か考えを巡らせていたからか。もし仮にザボエラがメラゴーストへどう取り入るかを考えず前を見ていたとしても、それは薄布に遮られた状態で分かったかどうか。

 

◇◆◇

 

「まさか、こんなところでとんぼ返りすることになるとはな」

 

 同刻、ベンガーナ方面へと向かい進む一人の男がいた。ガルーダに姿を変え舞い降りたメラゴーストの分体に偵察なら自分の方が適任だと理由で先にダイ達の元へ戻れと言われたヒュンケルは件の分体からダイ達はテランに居るという話を聞き元来た道を引き返していたのだ。

 

「しかし、メラゴーストか。あの姿を見ると」

 

 ヒュンケルの脳裏に浮かぶのは、団長と自身を慕っていたかつての部下達の姿。

 

「父の遺言状を守ってくれたのも、あいつらだった……」

 

 地底魔城で別れた部下のメラゴースト達からの接触はその一度が最後で、ヒュンケルは元部下達がどこへ行ったかもまだ知らない。パプニカの町や村を襲おうとした氷炎魔団の別動隊が同士討ちで壊滅したようだという知らせがもし、パプニカ出立前に届いていれば古巣である魔王軍の本拠地に向かうのをクロコダインに先行して貰い、自身は現地に向かっていたかもしれないが、実際はそうならず。

 

「急がねば……うん?」

 

 足を進めていたところで、頭上に影が差し。見上げたヒュンケルの瞳に映ったのは下降してくるガルーダの姿だった。

 

「もう偵察を終えて戻って来たのか……自分が適任だと言っただけのことはある。なら――」

 

 直接降りてくるではなく通り過ぎて去ってゆく姿を目で追ったヒュンケルは止めていた足を動かし始める。

 

「魔王軍の目もあるかもしれないから」

 

 という理由で接触にはワンクッションを置くと説明されているヒュンケルは、何ら不審に思うことなく鳥の魔物の去った方に進み。

 

「よぉ」

「なるほど」

 

 向こうから歩いてきた魔法使いの少年の姿に納得しつつ苦笑する。

 

「あー、なんだ。瞬間移動呪文が使えて町中とかに飛んでも騒ぎにならない恰好って、ポップの姿しかないからな」

「理解はしている。本物でないこともな」

「わかってんならいいさ。こっち来いよ。瞬間移動呪文でついでに送ってやるからよ」

 

 短い間をおいて助かると口にしたヒュンケルは、ポップに姿を変えたメラゴーストへ呪文で運ばれる形で飛び立ち。

 

「ついたぜ。さてと、悪いが他のやつにも伝えなきゃいけないことがあるんだ。ダイ達と向こうのおれにはあんたの口から伝えてほしいんだけどよ――」

 

 到着後、同行者から驚くべき事実を聞かされることとなるのだが、ダイも大半のメラゴースト達もその内容をまだ知る由もないのだった。

 




という訳で、元六巻編はこれで終了となります。

お付き合いありがとうございました。

待て、新章!


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二人の竜の騎士編
プロローグ「テランにて(ダイ視点)」


「おお~っ」

 

 目の前に広がる湖におれがポップとそう声を漏らしたのも二日は前のことになる。おれは今、湖のほとりで一人座り込んで空を見上げていた。

 

「竜の騎士、か……」

 

 A7君の提案でベンガーナであったメルルって女の子とそのおばあさんに紋章のことを聞けば色々なことを教えてもらえて、二人の故郷、ここテランには紋章を額に抱く竜の騎士と言う者が居るとも教わった。

 

(湖の底に誰も近寄れない竜の神様を祭る神殿があるって聞いたのも、その時)

 

 湖へ潜って神殿を見つけたおれは、入り方が解からなくてまごついてるうちに扉の中央にある玉に吸い込まれるようにして神殿の中に入った。

 

(けど、すごかったなあ。おっきな水晶がしゃべるなんて)

 

 もっとも、神殿の番人だって言う水晶の話したことの方がおれにとって衝撃だったけど。

 

「……おれが人間じゃなかったなんて」

 

 あれから二日も経つのに、おれはまだ受け入れられずにいる。

 

(ウジウジ悩んでちゃいけないはずなのに……)

 

 人間でない、そう知ったときは怖かった。ポップやレオナ、他のみんなが同じことを知った時、今までみたいに接してくれるのかって一瞬不安になった、だけど。

 

「おまえな、そんなことで悩んでるなんて知ったら修行の旅に出てるメラ公に殴られんぞ? それを言ったら、あいつなんてモンスターだろ」

 

 一日悩んで、意を決して話したポップにはそう言って怒られた。

 

「なあ、ダイ。おれがメラ公にモンスターだからって態度を変えたか? そりゃ、弟子入り直後は、まぁ、認めねぇとか言ってたけどよ。それは、あれだ。おれが苦労して弟子入りしたってのに、あいつの弟子入りがあっさり認められたことが気に食わなかっただけで……とにかく」

「ポップ?」

「おれとおまえは友達じゃねえぇか! 仲間じゃねぇか!!」

 

 目を閉じれば、そう言ってもう一度怒ったポップの顔が浮かんでくる。おれはなんだか救われた気がして。

 

(吹っ切れたはずだったのになあ……)

 

 神殿が近くにあるからか、また気になってしまって今に至る。

 

「クロコダイン、まだかな……」

 

 本来ならパプニカに帰るはずだったおれ達がまだテランに居るのは、A7君がクロコダインがおれ達に合流しようとこっちに向かっていると教えてくれたからだった、それに。

 

『もうちょっと滞在するなら、ちょうどいい。ドラゴンキラーの埋め合わせになるかわからないけど、良さそうな武器が手に入らないか探す様に他の俺に頼んでおく。クロコダインが合流に間に合わなかったらパプニカに戻っていいから』

 

 別にすることがあるから直接自分は探せないとは言っていたものの、A7君もドラゴンキラーのことはどこかで気にしてたみたいで。そんな二つの理由から、おれ達はテランから動けないでいるんだ。

 

「え?」

 

 そんな日のことだった。空に小さな点を見つけ。

 

「近づいて来る。クロコダインかな?」

 

 ロモスで鳥のモンスターに自分を運ばせていたクロコダインの姿を思い出したおれだったけど、点が大きくなってくるにつれて勘違いだったことがわかる。

 

「人だ、人が空を飛んで――」

 

 鳥の魔物に持ちあげさせてもいなければ、クロコダインでもなかった。

 

「っ、こっちに……来るっ?!」

 

 迷うことなく一直線にこっちに飛んでくるのを見て、おれは慌てて立ち上がる。周りに家のない静かな場所に今いるけれど、あれが敵で戦いになるとしたら、ここでも拙い。

 

「あ」

 

 そのまま走り出してちらりと空を見れば、見覚えのないそいつはまるでおれの居る場所が解かっているかのように向きを変えて追いかけて来た。

 

(やっぱり、おれの居場所がわかるんだ。どうしてかはわからないけど)

 

 テランの人を巻き込まない場所に連れていけそうなのは良かった、だけど。

 

「ダイ―ッ!」

「ポップ!」

 

 一度だけ振り返ったところで、おれを呼ぶ声が聞こえ、今まさに見た後ろからポップが、その後ろからレオナがこっちに走ってくるのが見え。

 

「はっ?!」

 

 きっと気がそれていたのは、ホンの一瞬、けど、空を見上げれば、おれに向かって飛んできていたやつはまさにおれの前に降りてくるところで。

 

「誰だ!! おまえは?!」

「超竜軍団長……バラン!!」

 

 おれの問いに地に降り立った男は名乗りをあげた。魔王軍の軍団長の一人だと。

 

「なる程。……おまえが、ダイだな」

「そうだ!」

 

 ただものじゃない重圧と不思議な感じを同時に覚えながら俺はバランと名乗った男に応え。

 

「魔王軍の軍団長がここに来たということは……おれを倒しに来たんだな!!」

 

 身構えたおれへそうではないとバランは首を横に振り。

 

「えっ?!」

「おま」

「ダイ! 誰だ、こいつ?!」

 

 何か言いかけたところで駆けつけたポップの声が被ったのだった。

 




 と言う訳で新章スタート、二人の竜の騎士編、です。

次回、一話「魔軍司令」に続くメラ。


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一話「魔軍司令」

『そろそろバラン……殿は勇者一行の元に着いたかな?』

 

 歩いてるうちにモシャスの効果時間が切れた俺は魔王軍の本拠地であるバーンパレスの中を本来の姿で先行するミストバーンとすぐ後ろにいるハドラーに挟まれる形で進んでいた。

 

(自分から要求しておいてあれだけどさ、うん)

 

 気まずさがこの上ない。ミストバーンは必要以外のことは一言も発さないクセに何とも言い難い視線を時折向けてくるのだ。

 

『っと、ごめん。それじゃ、カールへの侵攻はストップしたままで、魔王軍としては各国への侵攻よりも勇者ダイの抹殺を優先して動くつもりだったと……』

「そうだ」

 

 短く肯定したハドラーの言は俺が魔軍司令の座を奪わなければ今頃はダイ達を根絶やしにしていたとでも続くんだろうか。

 

(原作だとバランとの戦いでパワーアップしたものの消耗して休んでるダイ達をザボエラと一緒に奇襲して、マトリフさんとポップ、それにダイの三人相手に負けたんだったかな)

 

 バランが行方不明になってて、あの時点でバラン戦が起きなかったことを考えると、あながち嘘でもなかったかもしれない。

 

(クロコダインの合流が間に合わなかった場合、戦えるのはダイ、ポップ、レオナに回復用員ならメルルって子も勘定に入れられるとしても、ハドラーとザボエラ、そしてミストバーンが動くと仮定したならな)

 

 原作でのバラン戦のタイミングだとマトリフさんも間に合わないし。

 

(うん? そう言えばマトリフさんって、何であのタイミングで合流を……あ゛)

 

 そして俺は、思い出した。マトリフさんがダイ一行に合流した理由が、カールにあるアバンの書をダイ達に渡すことにあったことを。

 

(ちょっ、ヒュンケルにお帰り願った意味ないじゃん?!)

 

 ノーマークだったからこそマトリフさんはたぶんカールにたどり着いただろう。そして、場合によっては俺が大魔王の元に向かって行方不明になってることも知られる。

 

(あかん)

 

 これはヒュンケル追い返してくれた分体が戻って来たら事情を話して俺のフリをして貰いでもしなければ、ダイ達に俺の行方不明が知られてしまう。

 

(もしくはそれどころでない程にひっかき回すか、だよな)

 

 防具を受け取って姿を誤魔化せたら、バランの様子を見に行くと言う名目で新魔軍司令としてダイ達の元に登場して、宣戦布告的なことをして帰ってくるとか。

 

「どうした?」

『あ、うん。ちょっと考え事してた、ゴメン』

 

 しばらく黙って居たからだろう。訝しむハドラーの声で我に返った俺は慌てて謝り。

 

『現状と勇者一行の戦力把握ができたら作戦を練って上奏しないといけないと思ったからさ。バランと勇者一行がぶつかった前後のことをね』

 

 口から出た言葉に嘘はないと思う。言ってないことが多いだけで。

 

(うーん、バランには威力偵察って言ったし、大丈夫だと思うけど)

 

 気になるモノは気になるし、ポカに気づいたことでどうにかしないといけない問題も出てきた。にもかかわらず魔軍司令としてはやらないといけないことが山積みで。

 

(出世なんてするもんじゃないよな、忙しくなるし)

 

 たぶん口に出したらザボエラやハドラーはまずブチ切れると思うが何で出世なんてしたいんだろう。

 

(くっ、こうなると分裂できなくなったことが痛い)

 

 むしろあれこそ魔軍司令に必要な能力だったと思う。いくら仕事があっても分裂して人海戦術で乗り切れるのだから、人じゃないけど。

 

(これはあの分体に大量分裂してもらわないとダメかも)

 

 分裂してもらって、直属の部下ってことにして手分けして仕事をして貰おう。

 

(ハドラーや他の軍団長への連絡要員兼監視が人数分、バーンパレスの中を把握して守備についてるモンスターだとかへ指示を出すための人員も複数いるだろうし)

 

 ハドラーが魔軍司令をしていた時の人員で問題ない者はそのまま使えば、分裂の回数も幾らか抑えられはすると思う。

 

(それとは別にバーンの不誠実の証拠を握るための人員も居るよな。つまり黒の核晶捜索隊だけど)

 

 原作知識でおおよその場所に見当はついているが、バランにそれを話すためにも実際に複数ある一つは発見しておく必要がある。

 

(それをバーンとキルバーンとミストバーンの目をかいくぐってできるかどうかだよな)

 

 一応こちらには透明化呪文というものはあるが、自身の魔力をいきわたらせているであろう大魔王をごまかせるかどうかと言うのが難関であり。

 

(むしろそっちよりハドラーに埋め込まれてるはずの黒の核晶を発見した方が簡単か)

 

 対応を誤るとそのまま口封じに消し飛ばされかねない気もするので、比較的容易な方だとしても細心の注意が必要だろうけれど。

 

「……ここだ」

 

 先を行くミストバーンが立ち止まったのは、それからしばらく歩いた後のこと。

 

『わあ』

 

 思わず声を上げたのは、ずらっと並ぶ様々な装備に圧倒されたからだ。原作だと動力炉にこそ立ち寄った気はするが、武器庫の描写はなかったように思うので、密かに楽しみだったのだが。

 

(ひょっとしてヒュンケルの剣の魔鎧の兄弟とかもあったりするのかな?)

 

 思わずミーハーになってしまうが、誰が咎められようか。

 

『えっと、燃えない防具ってどれかな?』

 

 それでも聞いておかないといけないことはちゃんと覚えていた俺はミストバーンに問うたのだった。

 




取りこぼし、判明す。

次回、二話「新たな装備」に続くメラ。


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二話「新たな装備」

オリジナル装備注意。


 

『確かに燃えないや、これは』

 

 そう返すべきだろうか。ミストバーンの示した一角にあったのは、無数の鎧だった。どれもが金属製で、確かに燃えそうにはない。

 

(と言うか、暗黒闘気で操るタイプの鎧なんじゃないだろうか、あれ)

 

 その中に原作で1/2のフレイザードと合体した鎧があったような気がしたが、敢えて見なかったことにする。

 

(そう言えば最強の鎧とは言ってたけど、ワンオフというか一つしかないとも言ってなかったっけ)

 

 加えて言うなら、ミストバーンは最強の鎧と言っていたような気がする。

 

(鎧とカテゴリを限らなかったらもっと強いモノもあったりするとか?)

 

 思い返してみると、ダイの大冒険の世界の防具は総じて脆いような気がする。たぶん、技の威力を強く見せる演出のような要素もあったのかもしれないが、ダイの防具とかヒュンケルの鎧とかクロコダインの鎧とか何度も損壊してるイメージが浮かぶのだ。

 

(まぁ、神の金属って呼ばれてた気がするオリハルコンで出来てる魔法生命体がバカバカぶっ壊される世界で、防具に壊れないことを望む方が間違ってるのかもしれないけど)

 

 そう言う意味で考えるなら電撃呪文以外の攻撃呪文を防げるヒュンケルや1/2フレイザードの着用していた鎧こそ正解なのかもしれず。

 

(ミストバーンが鎧を示したのもその辺を考えてのモノだったりするのかな?)

 

 メラゴーストはメラ系呪文以外の殆どの呪文に耐性がない。例外はこの世界でお見かけしないドルマ系の呪文くらいだが、弱点の多いメラゴーストに呪文無効化の防具は非常にありがたいと思う。

 

『けど、メラゴーストって非力だからさ、重そうな鎧は装備できそうにないんだよね』

 

 モシャスでダイを始めとした近接戦闘が可能な人物を写し取れば話は別になってくるんだけれど。だから、俺としては鎧の中から一つを選んでこれにするとは言えず。

 

『ローブとか魔法使い向きの防具はない?』

 

 もう一つ注文を付けると、ミストバーンが次に示したのはいくつかのローブ。

 

『ええと』

 

 その中に今ミストバーンが着ているモノに似た衣があって、俺は思わずミストバーンの方を振り返る。

 

(ペアルックしたい、とかは流石にないよな、うん)

 

 原作知識があるからこそミストバーンが衣の中身をさらせないのを俺は知っている。

 

(流れ呪文とかであっさり衣が燃えて正体を晒しちゃったら拙いもんな)

 

 同系統のローブに火炎耐性が備わってても不思議はなく。

 

(呪文無効化防具にはちょっと後ろ髪引かれるけど)

 

 正体を隠すならミストバーンのつけている衣に近いタイプの防具の方が良いのかもしれない。

 

(あっちは正体隠すのを主体に置いた防具だろうし)

 

 非力な俺としてもやはり鎧は着用が厳しそうに思えるのだから。

 

『それじゃ、あれを貰ってゆくね』

 

 そう断りを入れて、目をつけた衣の一つへ近寄ろうとした時だった。

 

『あれ?』

「今度は何だ?」

『いや、何か誰かに呼ばれたような気がして――』

 

 突然動きを止めたからか問うてきたハドラーに答えると俺は周囲を見回し。

 

『あ』

 

 俺が目を止めたのは、奇妙な物体だった。近いモノを挙げるなら、ブーケ、つまり花束か。先端に貴石をあしらった短い棒状の物体を金属の様な光沢を持つ薄いものがまるで花束を包む包装のように取り巻いた形を作っているのだ。

 

『これは?』

「衣の魔杖」

『魔杖? ひょっとしてヒュンケルの――』

 

 鎧の魔剣の兄弟武器かと思い名を口にするとミストバーンの肩が微かに跳ねた。

 

『あ、えっと……』

 

 離反した弟子のことを口の端に載せたのは拙かったかなと思うけれど、今更引っ込められず。興味を示した手前やっぱりなしにしようともできない。

 

『鎧化』

 

 手に取りヒュンケルが鎧を着用した時のことを思い出してキーワードを口にすれば、包装の様な部分がほどけて俺にまとわりつき、金属の光沢のあるローブへと変わってゆく。

 

『やっぱり……あ』

 

 そして遅れて気が付いたが、この防具は自動で主に装着される。

 

(つまり、サイズ調整とかいらないってことじゃないか)

 

 モシャスで様々な体型の人物に変わる可能性のある俺にとって、これほど重宝する防具は他にない。

 

(しかも、兄弟装備の特徴から鑑みるに炎も耐えて燃えないだろうし)

 

『気にいった、おれが貰っても大丈夫なら、これにするよ』

 

 こうして俺はモシャス時を除けば、生まれて初めて全裸を脱出することに成功したのだった。

 




 力不足は無念な限りですが、こうでもしないとメラゴダインと通常の小柄な姿の双方で問題なく着れそうな防具が思いつかなかったのです。

次回、番外24「新たな敵(ポップ視点)」に続くメラ。


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番外24「新たな敵(ポップ視点)」

「なにか? なにかってなんだよ?」

 

 きっかけは、メルルって子がすさまじい力を持ったなにかが来るって急に言い出しことだった。

 

(メラ公の分体のモシャスを見破ったんだもんな)

 

 無視できねえとどっちからくるのかを聞けば、示したのはダイの居る方向で、拙いと思って姫さんを連れて走り出せば、ダイを見つけたのと背中に剣を背負ったオッサンが降りてきたのは殆ど同時だった。

 

「ダイ! 誰だ、こいつ?!」

 

 ただものじゃなさそうな迫力を伴ったそいつから視線を外さずおれはダイに尋ね。

 

「こいつは魔王軍だ!! 魔王軍の超竜軍団長……バラン!!」

「ええっ?! 超竜軍団ってことは、どこかにドラゴンが?!」

 

 予想だにしなかった答えに周囲を見回してみるがどこにもそれらしき姿はなく。

 

「ドラゴンなど連れてきていない。……勇者ダイ、おまえは自分が竜の騎士であることをすでに知っているな?」

「っ?!」

 

 おれの方を一瞥だけしてそう言ったバランって野郎はダイに向き直ってそう聞いた。いや、質問の形だが殆ど確認だった。

 

(あいつ、どうして竜の騎士のことを……おれ達どころかダイだって湖の底にあった神殿の水晶から話を聞いて初めて知ったらしいってのによ)

 

 おれが驚く一方で、ダイはだったらどうだっていうんだって叫んでいて。

 

「……おまえの力が……欲しい……!!」

 

 バランの返した答えにおれは耳を疑った。ダイも驚いて立ち尽くしてるみたいだったが。

 

「私の部下になれ!」

 

 今度はもっとはっきりとダイに要求してきやがった。

 

「おれに味方になれだって……」

「そう。少し前までなら、共に人間どもの世界を滅ぼすのだと続けたところだが――」

「ふざけるなっ!!」

 

 更に何かを言いかけたのをダイの怒声が遮る。当然だ、ダイがそんな寝ぼけた要求へ首を縦に振るはずがねえ。

 

「別にふざけてなどおらん。だが、説明不足ではあったようだな」

 

 だが、バランってやつがそういった直後だった。その額にダイのとおんなじ紋章が浮かんだのは。

 

「あああっ!! あっ、あの紋章はダイと同じっ……!! そっ、それじゃあ!!」

「あの男も……竜の騎士!!?」

「なにっ?!」

 

 おれと姫さんの言葉に驚いたようにダイが振り返る。

 

(そっか、自分の額じゃ鏡でもねえとダイ本人が自分の紋章の浮かんでるとこなんて確認できねえもんな)

 

 神殿とか湖に張り出した場所の像の台座とか竜の紋章の彫り込まれてる場所は他にもあった。だが、誰かの額に紋章が浮かんでるのを見るのは初めてだったんだろう。

 

(メラ公辺りならアレまでモシャスでコピーを……ってのは、流石に無理か)

 

 そんなことを考えてる間にバランって野郎はいかにもと頷き。

 

「私も竜の騎士だ」

「そんな……け、けど、神殿の水晶から聞いた! 竜の騎士は人間、魔族、竜、どれかの種族が世界を自分たちのものにしようとした時、それと戦うのが竜の騎士の使命なんだろ? ……だったら、大魔王バーンの方がよっぽど倒さなきゃいけない相手じゃないか!!? あいつは世界を征服しようとしてるんだぞ!!」

「いや」

 

 ダイの至極もっともな主張に首を横に振った。

 

「バーンさまは世界の平和のために人間を滅ぼそうとなさっておられたのだ……」

「……そんな」

「ちょっと、待てよ!」

 

 同じ竜の騎士から飛び出した発言にダイは愕然とするが、おれは聞き逃しちゃいなかった。

 

「『なさっておられた』だ? じゃあ今は違うって言うのかよ!?」

「そうだ。先ほど途中で遮られたが、私も言ったはずだ、『共に人間どもの世界を滅ぼすのだと続けたところだが』と」

「えっ、じゃあ」

「今はそうじゃねえってことか」

 

 何がどうしてそうなったかは知らねえが、この野郎を含む魔王軍に方針を転換する何かがあったってことだろう。だが、何があったかを知るすべなんておれ達にはなく。

 

「そ、そんなはずは……」

「って、メルルだったか? 来ちまったのかよ――」

 

 後ろから聞こえた声に振り返ると茫然としたあのメルルって子の姿があった、けど。

 

「伝説によると竜の騎士は、この世にただ一人しかあらわれないはずです」

「「え?!」」

 

 その口から語られた言葉におれ達は驚きもう一度あのバランって野郎の方を振り返り。

 

「……そう。この私こそ、この時代ただ一人の……真の竜の騎士だ!」

「なにっ?!」

「だが、本来この世に一人しか生まれぬはずの竜の騎士一族にも、例外がおこった」

 

 じゃあダイはどうなんだと続ける前に、あいつはそれがおまえなのだとダイを示し。

 

「故に今一度言おう。私の部下になれ」

 

 一歩も動くことなく、ただダイを見据えたままそう繰り返した。

 




 ダイが拒む理由が一つ減ってる。メラゴーストのせいだな。(白目)

次回、三話「お披露目?」に続くメラ。


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三話「お披露目?」

『モシャス』

 

 呪文を唱えてみたのは、確認のためでもあった。

 

「お、おぉー」

 

 呪文による変身によって頭身も体格も変化したというのに、金属の光沢を放つ衣がパツパツになることはなく、衣の方が変身に合わせて広がり、緩んでちょうど良い塩梅に修正してゆく。

 

(凄い、流石は魔界最高の名工)

 

 ヒュンケルの装備の兄弟だとすれば、製作者はおそらく俺が原作知識で知るロン・ベルクの作だろう。キーワードを唱えるとほつれて姿を変えながらまとわりつき、所有者に装着されるというトンでもギミックを持ち合わせているわけだが。

 

(フィッティングと言うか着用時の調整機能、モシャスにも対応してくれるのか)

 

 かゆいところに手が届く、まさに至れり尽くせりの装備だと思う。

 

(しかも、あのシリーズって全身防具がデフォだし)

 

 例に漏れずこのローブにもフードが備わってしかも顔の下半分を薄布のようなモノが隠す構造になっている。

 

(読唇術でどんな呪文を唱えたか悟られないようにかな?)

 

 正体を隠したい俺には何とも都合がいい。

 

「杖は短杖のまんまだけど、ひょっとしたらこれにもギミック仕込まれてるのかもな……」

 

 すぐさま戦闘にと言うこともないと思うので、そこはおいおい確かめるとして。

 

「とりあえず、戻ろう。バーンさまにも装備を頂いたことの報告は必要だろうし」

 

 その後については実のところまだ迷ってるのだが。

 

(他の俺を迎えに行って人手を増やさないとデスクワークで忙殺される可能性だってあるよな?)

 

 原作でハドラーが政務やら文官仕事的なサムシングをしていた記憶はないが、組織として動いている以上そう言った仕事は必要不可欠だった筈で。

 

(描写外でしてたか、部下に丸投げだったか……は確認できたわけだけど)

 

 引き継ぎで判明したところ、おおよそ半々だった。こう、ダイ達の様子を悪魔の目玉経由の映像で眺めたりしていたのはホンの一部であり、ちゃんと仕事はしてたらしい。戦闘向きではない魔族の文官とかもいるようで、荒事や戦闘をアークデーモンなどのモンスターが担当する一方で、それなりの数の魔族が裏で仕事をしてたのだとか。

 

(そういや原作でもバーンに給士する魔族の女性とか出てきてたもんな)

 

 もし俺が人間のままだったら、綺麗なお姉さんと出会えるかもしれないというシチュエーションには大きく心が動くんだろうが。

 

(アンデッドになってるからか、こう、そう言う欲求ってのがどうも前世より薄いからなあ)

 

 どこかのモンスター配合ゲームであれば、メラゴーストだって子供を作ることは出来た筈だが、あれは見た目哺乳類だろうが何だろうが問答無用で卵で生まれてくる仕様だったし、そっちの設定を前提に考えるのはたぶんダメなんだろう。

 

(まあ、ハニートラップ系が効きづらくてラッキーって良い方に考えておくべきだよな)

 

 記憶を掘り返してみるに、原作でそう言うことを考えたのはザボエラくらいで、それもヒュンケルにマアムをあてがおうとしたのと、マアムに化けてポップを騙そうとしたのぐらいだと思うが。

 

(美女を差し出して部下になれって言ってくるバーンとかちょっと想像できないし……うん)

 

 とりあえず、効果はなさそうだとわかった時点でもうハニトラに関しては後回しで良いだろう。

 

(まずは報告、次に軽く事務仕事とか裏方仕事に触れて「これは大変だ」って思う理由を作って)

 

 人手が欲しいという理由で、別の俺を探し、迎えに行く。このついでにできればバランの様子も確認しておきたいところだ。

 

(殺さないように言い含めておいたから大丈夫だとは思うけど、なんだろうな、この不安。原作の修正力でポップが自己犠牲呪文とか使ってたりしませんように……)

 

 ミストバーンの後ろをついてバーンの元に戻りつつ密かに祈り。

 

(さてと、大魔王の居たところまであとどれくらいだろう。よくよく考えると、このお城の作りも覚えないといけないのか。魔軍司令が本拠地で迷子とかギャグにもならないし)

 

 以前なら分裂と合体で手分けしてこういった場所の構造も苦も無く把握できていたのだが、今の俺は地道に自分で覚えるより他にない。他者は普通にしていることなんだろうけれども。

 

『ただいま戻りました』

 

 それから、モシャスの呪文が切れる程度に時間をかけて戻ってきた俺は、新装備姿でかしづき。

 

「ふむ、なるほどそれにしたか」

 

 自身もロン・ベルク作の装備を使っているからか、俺が着用しているのが何かはあっさり解かったようで、俺は短くはいと頷きを返した。

 




次回、番外25「とんでもねえやつ(ポップ視点)」に続くメラ。

当面バランvs勇者一行とメラゴの現状を行ったり来たりになりそうな予感。


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番外25「とんでもねえやつ(ポップ視点)」

「いやだ!! アバン先生の生命を奪った魔王軍の手下なんかに……死んでもなるもんかあっ!!!」

 

 ダイの叫びが湖畔に響く。

 

「そうだ! ふざけんじゃねえっ!!!」

 

 そして、おれも叫んでいた。

 

「先生の仇の魔王軍に入る理由がどこにあるってんだ!!」

 

 同じ竜の騎士なんてだけで、先生の仇の手下になる理由にゃならねえ。

 

「そもそも、いくら同族だからってダイを自由にできる権利なんかねえはずだ!!」

 

 納得がいかねえ、その思いで続けて俺は叫んで。

 

「……権利なら……ある!」

「な、に?」

 

 返ってきた答えに耳を疑った。驚きながら、どんな理由があるってんだ、とも思った。

 

「親が子供をどう扱おうと勝手のはず……!!」

 

 だが、それ以上にトンデモナイ発言がそいつの口から、バランの口から飛び出して。

 

「……なんて?」

 

 姫さんも耳を疑ったんだろう、こっちを見るがおれを見られてもどうしようもねえ。

 

「今、なんて言ったの……!!?」

 

 頭を振るとバランの方に向き直って問う姫さんに、あいつは答えた。

 

「この子は私の息子だと言ったのだ。本当の名は……ディーノ!」

 

 不気味なほど静まり返るって言うのはこういうことを言うんだろうなって割とどうでもいいことを一瞬考えちまうほどの驚きにすぐ言葉が出なかった。

 

「……う、そ……だ」

 

 ダイの口からかすれた声が漏れ。

 

「……息子、ダイ君がバランの……!!?」

「てっ、てめえがダイの父親だってのか……!!?」

 

 そんな、そんなバカな話があるはずねえ。

 

「デタラメ言ってんじゃねえよ!! ダイは怪物島のデルムリン島に流れ付いた孤児だって聞いたぜ!!」

 

 ダイの口からも聞いたことだし、あいつの家族って言や、あの島のモンスター達だった。

 

「同じ種族だからって……何か証拠でもあんのかよっ……!!」

「その子の額の紋章が何よりの証拠。この地上に私以外で竜の紋章を持つ可能性があるのは、唯一人。11年前に生き別れた我が子ディーノだけだ!!」

「っ」

 

 失敗した、反射的にそう思う。証拠を出せと言ってすんなり証拠を口に出されるなんて。

 

「……じゃあ、竜の騎士一族ってあなたの家系しかいないの? 仲間も、兄弟も……!!?」

 

 そして反論を考えてる間に口を開いてバランの野郎に尋ねたのは、姫さんだった。言いたくないのか、言う気がないのか、バランの野郎はだんまりを決め込んでたが。

 

「……そうよ! お母さんは……!? ダイ君を産んだお母さんはどこにいるの!!?」

 

 何か思い至った顔で姫さんが質問を続けるとバランの表情が動いて。

 

「……母親か。……たしかに、この子にはどことなく母親の面影がある」

 

 こんな表現したかあねえが、バランの瞳が優しい色を帯びたのをおれは見た。そいつはまぎれもなく家族に向けるような目で。

 

「母さんに……」

 

 ダイがポツリと呟いてちらりとバランを見る。気になるんだろう、そいつあ責められねぇ。

 

「バラン……!」

「……貴様ら人間には関係のないことだ!」

 

 ただ、姫さんの声で我に返ったバランの野郎は頭を振ってからダイに視線を戻す。

 

「ディーノ、どうあっても私の元に来る気はないのだな?」

「当然だ!」

「……そうか、やむをえんな」

 

 確認の言葉をダイが跳ねのけ、バランがそう言ったところでおれは察した。

 

(戦いになるっ)

 

 こいつの言葉が本当でダイの父親だとしたら弱ぇはずがねえ。そもそも魔王軍の軍団長って時点で弱えはずなんてないんだけどよ。

 

「ダイ、来るぜ」

「うん」

 

 おれの言葉にダイが応じた直後のこと。

 

「できれば傷つけたくなかったが、力の差を知れば些少なりとも気も変わるだろう」

「そんなこと……そんなことあるもんかあっ!」

 

 ダイが剣を逆手に持って地を蹴る。

 

(アバンストラッシュ!)

 

 構えでわかる。だけど、バランの野郎は背中の剣を抜くでも避けるでもなく突っ立ち。

 

「「なっ」」

 

 おれとダイの声が重なった。

 

「冗談だろ?!」

 

 父親だから手加減したとかそんなことはなかったはずだ。にもかかわらずダイのアバンストラッシュが炸裂したはずのバランは平然としてて。

 

「ア、アバンストラッシュが……全然効かない……!?」

「ダイ、後ろに飛べぇっ!」

 

 バランの手が立ち尽くすダイの腕に伸びるのが見えて俺は叫ぶ。

 

「っ」

 

 間一髪だった。ダイは慌てて飛びずさって。

 

「ダイ、もっと下がれ! 今度はおれが――」

 

 バランへ杖を向ける。

 

「……身のほどを知らぬ奴と言うのは哀れだな……怪我をしたくなければどいていろ」

「どくかよおっ!!」

 

 視界の中、バランの野郎の近くにもうダイはいねえ。巻き込む恐れがないなら、何の問題も無かった。

 

(剣が駄目なら呪文だ!)

 

 ダイのアバンストラッシュを受けて平然としてたやつだ、いくらおれの最大呪文だって倒せるたあ思えねえ。

 

(それでも、些少のダメージくらいは――)

 

 受けるはずと俺は呪文を唱える。

 

「大地に眠る力強き精霊たちよ……いまこそ我が声に耳を傾けたまえ……重圧呪文ッ!!!!」

 

 呪文によってバランの野郎の周りの地面が砕け、沈み込み。

 

「よし。ダイ、隙ができ……っ?!」

 

 隙ができたところを攻撃だと言おうとした言葉は、途中で途切れた。

 

「なん、大魔導士マトリフ直伝の大呪文が……おれの最大呪文が……足止め程度にしかなってねえ?!」

 

 砕け、凹んだ地面をゆっくりではあるが普通に歩いて来るそいつの姿におれの顔は思わず引きつったのだった。

 




原作より温めなバランですが、強さは健在。どうするポップ?!

次回、四話「分体を探しに」に続くメラ。


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四話「分体を探しに」

前話のラストですが、コピペミスで投稿出来てなかった三行を修正してあります。




「正体も隠せる上にモシャスにも対応してて――」

 

 自分にとっては一番の装備であると口にしてから、俺は大魔王へ文官たちとの顔つなぎなどの為、この場を去る旨を伝える。

 

「軍団長とか、幹部の面々への顔見せは済みましたし」

 

 軍団レベルで行動を起こすなら、必要となる物資などについてその辺りを管轄する部署への意思疎通も必要になってくるはずだ。

 

「おお、それでしたら、ワシもご一緒しますじゃ」

 

 そう主張したところで声をかけて来たのは、妖魔司教ザボエラだった。

 

(ああ、そっか。ザボエラの率いる妖魔士団は確か悪魔系ときとうしとか術士系のモンスターとかで構成されてたもんな)

 

 おれの想像する文官の一部はザボエラの配下が担っているのだろう。杖を置いて代わりにデスクワークをしている術士系モンスターを想像すると、なるほどしっくりくる。

 

(まあ、それだけだと軍団ごとに動くときに支障が出るから、どの軍団でもある程度のことは出来るようになってたんだろうけど)

 

 原作の不死騎士団だと、マミーかミイラ男らしき魔物がダイ達に倒された人骨の剣士の骨を回収している描写があったことだし。

 

(まあ、氷炎魔団は例外だろうけど。あそこのモンスター、俺みたいなのを含めて食事も装備も不要だもんな)

 

 せいぜい必要になる物資があるとすれば、侵略予定地域の地図だとかそう言ったモノに限られると思う。

 

(逆に言うならハドラーの親衛隊だっけ? 武器を持ったモンスターなんかは武器が破損した時の代わりとか要るだろうし、生物なら食い物もいるよな……たぶん)

 

 現地調達と言う考えもあるだろうが、原作で魔王軍が物資を略奪してるところは記憶になく。

 

(それはそれとして、ザボエラの方から声をかけて来てくれたのはありがたいかも)

 

 原作では割といいところなしで終わった軍団長だが、性格面を考慮しなければザボエラも有能なのだ。ハドラーを超魔生物に改造して強化したのもザボエラとその息子あってのことだった筈だし。

 

(クロコダインを生き返らせた蘇生液もたぶんザボエラが管理してたモノだろうしなぁ)

 

 毒と薬は表裏一体。ザボエラは体内であまたの毒を合成できる毒のスペシャリストでもあったはずだが、それはつまり癒し手としてもスペシャリストになれるスペックを持ち合わせていたということでもある。

 

(バーンが買っていたって言うザボエラ自身の頭脳を含めて、原作では有効活用できずに終わってる面が多かった気がするけど)

 

 ザボエラの持つ能力や作り出したモノは使いようで大きく化ける可能性があるのだ。

 

(利己心と出世欲をついてうまく転がせることが出来れば――)

 

 俺の欲するモノも手に入るかもしれない。流石にA5の蘇生みたいなモノを任せる気にはならないけれど。

 

「助かるよ、ザボエラ殿。ええと、過去にあったことはお互い水に流して仲良くやってゆく、ってことでいいかな?」

 

 申し出も取り入るためのものだろうが、その辺りはこっちも欲しいモノの為に利用するつもりなので、そういう意味でもお互い様かもしれない。

 

「ヒョ? そ、その通りですじゃ」

 

 ただ、俺の好意的な対応はザボエラにとって想定外だったのだろう、一瞬間の抜けた様な顔をしたが、すぐに我に返ると頷き、小走りで俺を追い抜く。

 

「文官ならばワシの部下も多い。ワシの方からもトゥースさまのことを伝えておきますじゃ」

 

 一見すると殊勝な物言いでそう言って走り去ってゆくが、その実部下と口裏合わせのための先行とも考えられる。

 

(まぁ、原作知識で本性は知ってるし、相応に美味しい思いをさせておけば裏切りはしないだろうからな、ああいうタイプって)

 

 むしろミストバーンやハドラーと比べれば何十倍も相手にするのが楽な相手だろう。

 

(そも、俺って新参者だし、つい先日まで敵側だったから信用されている筈もない)

 

 例外はバランだが、バランにしてもバーンが俺達を騙しているという言については半信半疑ぐらいだろうと思っている。割と素直にこちらの言うことに従ってくれているのは、その内容が自身にとっても悪いものでないからに他ならない。

 

(そうなってくれるようにダイへの勧誘へ許可出したりしてたわけだし)

 

 とりあえず当面は魔王軍内での居場所作りも仕事の一つだろう。

 

(とはいうものの……やっぱり、ハドラーとミストバーンが問題だよな)

 

 ハドラーからすれば俺は魔軍司令の座を奪った相手。ミストバーンは大魔王の忠臣。俺を好意的にみる理由がどっちにもないのだ。

 

(前途多難だな)

 

 胸中で零しつ、俺は既に視界から消えたザボエラを追いかけ。

 

◇◆◇

 

「……疲れた」

 

 顔合わせが終わって一人になると、思わずそう漏らしていた。

 

(これでようやく分体探しに行けるって言うのに……)

 

 思い出すと精神をゴリゴリ削られる気がした。

 

「あれ、ここに勤めてるの不死騎団だっけ?」

 

 なんて勘違いするほど生気のない文官がよたよた歩いてる部署が合ったりしたのだ。

 

「魔界に帰れない……娘の誕生日もうすぐなのに」

「息子に顔を忘れられちまう」

 

 うつろな表情でカレンダーらしきものをちらっと見た文官のそれは前世の会社員をほうふつとさせていた。

 

「死ねぇ、勇者どもっ! 私らが、どんな、思いで、予算を、組んだとっ!」

 

 書類をダイ達に見立てて狂乱しながらペンを突き立てる魔族がいた。その魔族は既にダイ達によって壊滅させられた軍団の担当だったと後で聞いた。

 

(裏方の努力の上に軍団の運営って成り立ってたんだなあ)

 

 これからやることがあるというのに、俺の目はどこか遠くを見ていた。

 




次回、番外26「とてつもなく高い壁(ダイ視点)」に続くメラ。


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番外26「とてつもなく高い壁(ダイ視点)」

「……この程度の呪文で私がどうにかなるとでも思ったか……?」

 

 額に紋章を浮かべ平然とポップの呪文の中を歩いて来るバランを見て、おれは思わずポップの名を呼んでた。

 

(ただ歩いて来る、それだけじゃない!)

 

 何か仕掛けてくる、そう思ったんだ。

 

「レオナもおれの後ろに――」

 

 それ以上詳しく何かを言ってる時間もなかった。

 

「ムダだッ!」

「うわあああっ……呪文が……やぶられるッ!!!」

「アバン流刀殺法――」

 

 ポップの悲鳴のような声を聞きながら、闘気を発すバラン目掛けて剣を振る。地面を押し潰してたポップの呪文が内側から壊れたのはそのすぐ後だった。

 

(いっけぇぇぇっ!) 

 

 ポップの呪文を破って尚勢いの弱まらない闘気におれの斬撃がぶつかり。

 

「くっ」

 

 切り裂かれながらも押し寄せてくる闘気におれは腕で顔を庇う。

 

「うわあっ」

「きゃあっ」

 

 後ろからポップやレオナの悲鳴が聞こえたけど、驚いたといった感じでそんなに切羽詰まってはいなくて。

 

「ポップ、レオナ、無事かい?」

 

 尋ねる余裕ができたのは闘気の放出が収まってからだった。とはいえ、よそ見なんかできない。目は前を、おれの前を除き大きく地面が抉れた真中に立つバランの方を向いていた。

 

「あ、ああ、何とか。サンキューな、ダイ」

「ありがとうダイ君。けど、とんでもないわね」

 

 二人の返事に少しだけ安心したけど、レオナの言う様にとんでもないやつだ。

 

「ポップ、気付いてるかい?」

「うん? 何がだよ、ダイ」

「あいつ……バランだけど、さっきから一度も背中の剣を抜いてない」

「あっ?!」

 

 おれの言いたいことが解かったんだろう、ポップが驚いて。

 

「まだ、全然本気じゃないんだ」

「は、はは……嘘だろ。軍団長って言や、ヒュンケルの野郎やクロコダインのオッサンと同格のはず」

「うん。だけど、二人には悪いけど……」

 

 こいつは、バランはヒュンケルやクロコダインより強い。

 

「そろそろ解かっただろう。未熟なおまえ達になすすべなどないことが。おまえと私ではその力において雲泥の差があるのだぞ!!」

「っ」

 

 そんなことは解かっている。おれは、バランに剣すら抜かせてないんだ。

 

「でも、まだおれには……最後の武器がある!!」

「最後の武器だと……!!?」

 

 思い出すのは一つの言葉。

 

「勇者にも一つだけほかの奴には真似できない最強の武器がある……!」

 

(……そうだ、マトリフさんも言ってた。それに真似と言えば……)

 

 フレイザードとの戦いのあと、メラゴースト君から分裂したメラゴーストに聞いたことがあった。なんでモシャスの呪文で敵や味方を真似ようと思ったのかって。

 

『真似るってのは学ぶの語源、あれ逆だったかな? とにかく、上手い人の動きを真似たりすることで上達するって言うのがあってさ。例えば絵なんかでも、上手いなって思った人の絵を側に置いて、そっくりに書けるように何度も練習するのとかが上達の近道だったりするんだけど、これって戦いとかにも使えるんじゃって思ったのがきっかけかな? 例えばヒュンケルとダイは同じ師匠の剣を使うよね? だから片方の動きを覚えたらもう一方の姿に変身してても同じ技が使えるんじゃないか、とかね。ヒュンケルは前に完ぺきなアバンストラッシュは使えないみたいなことを言ってたけどさ、そこを空裂斬を会得したダイの技術で補えたら、ヒュンケルの姿でも完全な形のアバンストラッシュを放てる筈だし――』

 

 その答えに凄いことを考えてたんだなって驚いて、こっそりお願いしたことがあった。

 

(バランに同じわざを出して通用するとは思えない、だから――)

 

 あと押しをするため、おれは自分に語りかける。

 

(……たのむ、おれの体の中に眠っている竜の力よ! 目を覚ましてくれ!!)

 

 こんなところで、手も足も出ないままじゃ終われない。

 

「むっ!!?」

「おおおおおおーッ!!!」

 

 剣の柄を握りしめ叫んで。

 

「だッ、ダイも紋章を出したあっ!!」

 

 ポップの声を聞きながら、剣をかざす。

 

「電撃呪文ーッ!!!」

 

 空で唸り出した黒い雲から雷が剣に落ち、おれはそのまま構えをとる。

 

「ライデインスクライドォッ!」

「な、ダイが……ヒュンケルの野郎の技を?!」

 

 ポップの驚く声が聞こえるけど、しょうがない。ヒュンケルにモシャスしたあのメラゴーストにこっそり教えてもらったものなんだから。知ってるのも教えてくれたメラゴーストだけだろう、ただ。

 

「っ、まさかディーノまでこれを」

「え」

 

 バランはまるで他に誰かが使ったのを見たかのような口ぶりで背の剣に手をかけた。

 




バラン、うっかりやらかす。

次回、五話「久しぶりの気がする外出」に続くメラ。


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五話「久しぶりの気がする外出」

「んっ」

 

 ダイの姿で、俺は伸びをする。魔王軍の本拠地であるバーンパレスに戻ってきて、まだ一日もたっていない。にもかかわらず、数日ぶりの様な解放感を外に出たとたん感じてしまうのは、裏方担当のみなさんとの顔合わせが思ったより濃い内容だったからだと思う。

 

(それでも早々に切り上げられたのは、あれだ)

 

 どう見てもここは人材が不足している様だし、俺も直属の部下が欲しいから、戦力になりそうな人材を探してくると言ったからだろう。

 

(なんか期待の眼差しで見られてたし、手ぶらじゃ帰れないよな)

 

 どうせ隠しおおせないことは解かっているので、大魔王バーンにも正直に昔分裂した自分を探して、配下になってくれないか交渉しにゆくと話し、外出の許可は既に得ている。

 

(ハドラーは非難の目を向けてきたけど、まぁ、就任直後に仕事場放り出すようなモノだもんな)

 

 とはいえ、外出理由が理由だけに失点にはならないと見たのか、バーンにこいつは魔軍司令に相応しくないとか訴えるようなこともなく。

 

(恨みとか買っちゃったかもな)

 

 それでも、俺が不在の間に誰が魔軍司令としての仕事を片付けるかと言えば、おそらくハドラーをおいて他になく。地位だけ奪われて仕事はそのままやらされる羽目になってるハドラーが俺に好感を持つかと言えば、そんな訳ないだろと言うより他ない。

 

(とりあえず、あの木こり小屋にルーラして書き置きに何らかの反応があるかどうかを見て、その後はルーラで移動かな)

 

 偵察用の使い魔であるあくまの目玉も瞬間移動呪文を追跡することはたぶんできない筈だ。

 

(そこに透明化呪文を混ぜ込んで、使い魔の立ち寄れないであろう師匠の結界があるデルムリン島を経由して――)

 

 出来ればそこで手に入れておきたいものもある。そう、魔法の筒だ。

 

(俺って炎の闘気のせいで目立つからな)

 

 だが、魔法の筒に入った上で分体に運んでもらう形なら居場所を悟られず移動することも叶う。

 

(やはり最低でも数人は分体に協力してもらわないとな。まあ、分裂してもらって数人になるなら一人でもいいんだけど)

 

 後々増えてもらうにしても複数人居た方が必要数に頭数が達すであろう時間は早くなる。

 

(後は、師匠の仲間へ個々に修行してもらってるであろう別の俺がどの辺りまで修行を終えてるかも気になるとこだけど)

 

 現状では回復呪文の使い手にモシャスで変身しないと手当てもできず、癒し手はぜひとも確保しておきたかった。

 

(となるとネイルの村に誰かが立ち寄るのは必須。で、俺が姿を見せるとめんどくさくなるから、事情説明と交渉は協力してくれる分体だより、と)

 

 逆に言うなら、俺自身が出向く理由は元凶だから誠意を見せるとかそれぐらいしかなく。

 

(バランとダイ達の方も気になるって言えば気になるんだよな。ま、俺じゃないしバランが何かポカをやらかすなんて考えにくいけど)

 

 勝負は水物ともいう。想定外の結果になることだって絶対にないとは言いきれない。

 

(ついでに様子を見に行くべきかな。幸いにも衣の魔杖で正体は隠せるし)

 

 バランに苦戦してたところに新しい強敵っぽいのが現れたら、流石にダイ達も逃げ出すだろう。そのままお引き取り願うか、いったんこっちも撤退してバランと反省会を開き、結果を基に勇者一行へのアプローチを考えて行く。

 

(だいたい今の段階で思いつくプランっていったらそんなとこか。それじゃ――)

 

 木こり小屋に移動する前に俺は身を包む衣を魔杖に纏わせる。

 

「正体隠してちゃあなあ」

 

 分体からすれば謎の敵にしか見えないだろう。向こうから接触してもらうにしろ、こちらから接触するにしろ、ベストなのは武装を解いたメラゴーストの姿の筈だ。

 

『さてと、行こう。ルーラッ』

 

 だから、最初の目的地に飛び立ったのは、モシャスが切れた後のことであり。

 

『ふぅ、到着っと。ええと……』

 

 着地するなり書き置きに何か変化はあるかなと見れば。

 

「殺」

 

 でかでかと一文字の漢字が書き加えられていた。

 

『うわぁ』

 

 どの俺かは解からないが、ご機嫌斜めってレベルじゃすまない感じのメッセージなんだが。

 

『ま、まあ、それでも誰か見てくれたわけだし』

 

 好意的な反応が返ってくるはずはないだろうってことは解かっていたことなのだ。殴られるぐらいは覚悟の上で。

 

『流石に本気で殺す気はないは、べっ?!』

 

 独言の途中で後頭部に衝撃を受けた俺は地面への接吻を余儀なくされるのだった。 

 




次回、六話「まあ、そうなるな」に続くメラ。


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六話「まあ、そうなるな」

「……グッドアフタヌ~~ン! メラゴースト君」

 

 聞き覚えのある嫌な声にすぐさま顔を上げると、師匠にモシャスした俺がすわった目でこっちを見ていた。キルバーンとして動いてるのが、ただの操り人形でモシャスで化けられないから、声質が同じ師匠の姿をとってるのだろう。

 

(何でそんなどうでもいいところで創意工夫を凝らしてるんですかねぇ)

 

 思わず現実逃避したくなるが、きっと逃げられない。なぜなら複数の気配が俺を取り囲んでいたからで。

 

『話を聞いたときは、耳を疑った。耳はないけど』

『ははっ、俺なんて新しく増やした分体に修行を代わって貰っちゃったよ。どうしても、話したいことがあったからね、拳で』

『A、君には失望したよ』

 

 淡々と語る者、笑う者、底冷えしそうな声音で言葉を紡ぐ者。同じ俺の筈なのに三者三様な口を開いた分体に好意的な者はおらず。

 

『あ、みんなに言っておくね? 血のにじむような修行の成果でべホイミは使えるようになってるんで、死ななきゃ魔法力が続く限りサンドバックは修復できるよ』

『でかした! あ、えっと……偽マァム?』

『さすが偽マァム!』

『偽はやめて!』

 

 称賛された偽マァムがメラゴーストの姿で叫ぶが、どっちかって言うとこれから降りかかってくるであろう暴力の方を俺はやめてもらいたいなと思う次第で。

 

『あ、あのさ……おれ、分裂出来なくなってるから、いくら殴っても増』

『『黙ってろ元凶!』』

 

 増えないと言う前に、揃った声と敵意の視線が俺の口を閉じさせた。

 

『こっちが、どうやって原作方向に軟着陸させるかって苦心してたってのにっ!』

『ここまで原作ぶっ壊すとかドン引きだわ』

 

 歯もないのに歯ぎしりとかしてそうな狂相を浮かべる別の俺、生ごみか何かを見るような目をした俺。

 

『もうさ、総攻撃で大魔王ブチ転がした方が早くないって気がしてきたんだけど』

『それはやめろ!』

「はやまるな!」

 

 ちょっと自棄になって師匠の格好をした俺を含む分体に制止される俺。

 

(注意がそれた今のうちに逃げられたら、どれだけよかったことか)

 

 今の俺は回りこまれてしまっている。と言うか、包囲の中心で。

 

『って、あれ? ここあの木こりの小屋じゃ?』

『デルムリン島だよ。Aぶん殴った後にすぐレムオルかけて移動してルーラで飛んだ。どこに魔王軍の目があるかわからない場所でフルボッ……なぐ、話し合いできるはずないだろ?』

 

 口に出た疑問に答えた分体が物騒なことを言いかけて二度ほど修正したのは、俺の気のせいだと思いたい。

 

『それはそれとして、Aって妙なモノもってたよね』

『あ、確かに。俺も気になってた』

『じゃ、まずはみぐるみを剥ごう』

 

 だが、現実は更に非情で。

 

『ちょっ、待、落ち着、なにをするきさまらー!』

 

 炎の闘気によるパワーアップは、モシャスで変身している時限定であり。バランやドラゴン達との戦闘でレベルアップしているとはいえ、多勢に無勢。抑え込まれた俺はあっさりと衣の魔杖を持ってゆかれてしまい。

 

『で、A。この変わった杖は何?』

『うん、俺も知りたい。返答次第では殴る回数を三回くらい減らしてやってもいい』

『じゃ、俺は二回』

 

 魔杖を囲む分体達に問われ、やむなく俺は明かした。ロン・ベルクの作と思しきアイテムの一つで、ダイ達からの身バレ防止に大魔王の許可を得て正式に俺のモノになったという新装備だと。

 

『は? ロン・ベルクってあの?!』

『と言うことはこれ、ヒュンケルの装備の兄弟か』

『そ、装備してみたい……』

 

 分裂して時間経過していようともそこは俺か。驚く者も多いが、驚きが過ぎやればミーハーな部分を丸出しにして杖に手を伸ばす個体が出始め。

 

『待て、順番だ!』

『そうだな、じゃあじゃんけんで!』

 

 制止するのかと思えば、自分も装備したい別の俺が口を挟み。

 

『『じゃんけん、ポン! ……あ゛』』

 

 ほとんどのメラゴーストが手を出して一斉に固まった。

 

『『しまった、俺ら指ないじゃん?!』』

 

 そう、メラゴーストに腕に見える部分はあるが、短く、指はない。それでも燃えないモノなら腕に見える部分を絡めて持つことは出来るのだが、じゃんけんは不可能だった。

 

「では、不戦勝と言うことでまず私が」

 

 ただ一人、師匠にモシャスした一個体を除いて。

 

『『ちょ、ズルぃ!』』 

「何を言うんです? モシャスに魔法力を消費してるんですから、これは正当な私の権利ですよ」

 

 こんなみみっちい師匠の姿は初めて見るなと俺が現実逃避する中、他の分体達はなら自分たちもモシャスすると言い出し。

 

『『モシャス』』

『うわぁ』

 

 見分けがつかなくなると拙いからと同担禁止にしたところ、出来たのは登場人物勢ぞろい的な構図だった。ダイ、ポップ、マァムは当然で、ザボエラ、ハドラー、ヒュンケル、クロコダイン、フレイザードと魔王軍の幹部連中も居るわ、人骨の剣士や見覚えのない人間も幾人か混じっていて、非常にカオス。

 

『ええと、あそこの見おぼえない人は?』

『ああ、ブラスさんの警備にロモスから来た騎士の人の一人』

『じゃあ、向こうの豪奢な服装の人は?』

『あれはオーザムの王族の人らしい』

 

 聞いてみると、ちょっと聞き捨てならないような人物が混じってる気もしたが、うん。

 

(下手にツッコんだら、一時的に消えてる俺への敵意が再燃しそうだもんな)

 

 無駄に豪華なじゃんけん大会を俺は黙って眺めることにしたのだった。

 




次回、七話「代価を払って」に続くメラ。


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七話「代価を払って」

 

『杖に気をとられてうやむやになってくれたら』

 

 そんな願いは儚く散り。今、俺は地面に横たわっていた。

 

『う、ぐ』

 

 全身が痛い。分体達は容赦なく俺を袋叩きにして、その結果が現状である。

 

(あいつら、本当に容赦なかった……)

 

 にもかかわらず、俺をボコボコにしたのは、分体の一部でしかないという悪夢。つまり、他の分体と出会えばそいつらも似た行動をとるかもしれず。

 

「で、Aが勝手に魔王軍入りした件ですが、どうしましょうか?」

「それだな……」

 

 加害者達は俺を放置して真剣な表情で話し合っていた。背を向ける形なので、俺が知覚できるのは音声のみだが、モシャスがまだ解けていないせいで、師匠の言を受けてハドラーが唸るというシュールな光景がそちらでは繰り広げられているらしい。

 

「まず、魔王軍を抜けさせるのは悪手だな」

「大魔王を怒らせるのは拙いからな。となるとAは大魔王のところに送り返すことになる訳だが、知らない間にバランに勝つ程パワーアップしてたAを魔王軍に戻すと戦力バランスが大きく魔王軍に傾く」

「だね。にもかかわらずAって俺達の何人かに部下として魔王軍入りしろとか寝言を言う訳だけど」

 

 寒気を覚えそうな冷たいマァムの声色で分体の一人がもう何発か殴っとく、と聞き。

 

「いや、こいつを殴りたい俺は他にも居るんだから、俺達だけがこれ以上うっぷん晴らしするってのもな」

「あー。それもそうか。偽マァムの魔法力も有限だもんね。回復呪文かけられなくなったら、他の俺が話を聞きつけてやって来ても回復待ちしなきゃいけないか」

「ああ。で、その寝言だけどどうする? 魔王軍の本拠地を歩き回れるってのは結構大きいし、働きによってはAみたいにロン・ベルク作の装備が手に入る可能性もある訳だが……」

 

 話が俺を殴るかどうかから俺の要請の内容に移ったことで少しだけほっとしつつ、俺は横たわったまま話し合いに耳を傾ける。

 

「ロン・ベルクの武器か。まぁ、ロン・ベルクの作に限らず、原作のダイ達ってゲームならまずやるであろうお宝漁りを全くせずただ大魔王を討つ為だけにバーンパレスに乗りこんで行ったからな。原作に出てきてない宝物庫とかに凄いお宝があるってことは十分考えられる」

「あー、それはあるかもな。って、ここで物欲に靡くようじゃこれ以上Aを殴れねえ。我慢だ、我慢するんだおれッ!」

「とりあえず、そこのくねくねしてるポップもどきは放置するとして。Aの言ってたバランに見せる大魔王の背信の証拠探しについてはやるなら相応に人手が必要なのは確かと言うか……Aが勝手にバランに話をつけちゃったから、これ今更投げ出すわけにもいかない感じだよね?」

 

 Aが勝手にのくんだりで刺すような視線を感じたが、まあ勝手に話をつけたというのは事実なので何も言えず。言ったが最後、また袋叩きに遭うことぐらいはいくら俺でもわかっている。

 

「そうですね。しかし、こう、姿が変わってるのに口調が素のままだと一部の方は違和感がベリーハンパないと言いますか……」

「いや、おれは被らないの優先したからザボエラなのであって、『キィーッヒッヒッヒ』とか笑いたいわけじゃないし」

 

 故に話が脱線してもツッコミを入れるわけにもいかず。

 

「だーっ! そこ、脱線してんじゃねえ!」

「その通りだ。Aの話ではバランをダイ達に嗾けたらしいしな。万が一にそなえてオレ達の何人かはテランに向かった方がいいかもしれん」

「まあ、Aと違ってバランがポカするたあ思えねえがよ、俺もそこのワニ公……メラゴダインにゃ賛成だ」

「誰がメラゴダインだ!」

 

 偽ポップの指摘に頷いたメラゴダインの言に同意しつつ弄ったのは、声からすると偽フレイザードと言ったところか。

 

「おまえ達、コントなら他所でやれ。それで、テランには誰が行く? こうなってしまってはAにも何人か同行せざるを得んだろうが」

「んー、難しいところだよなぁ」

 

 偽ヒュンケルの声に偽ダイが唸って。

 

「……なぁ、だったら今の姿で割り振らねえか? 勇者一行に化けてるメンツがテランに行って、魔王軍の奴らに変身してる奴らがAについてく。あ、メラゴダインと偽ンケルについては当人の判断に任せる感じな」

 

 提案したのは偽ポップだった。

 

「むぅ、今から話し合いで決めてはさらに時間がかかるということか。一理あるな。オレはそれでいい」

「他の奴らにも知らせないといけないし時間も有限か。オレもそれでいいぜ」

 

 殴られるという代償を払った甲斐はあったのだろう。こうして何人かの分体が俺についてきてくれることが決まり。

 

(一件落着って言いたいとこだけど、これバーンパレスに戻る組とテランに向かう組で別れる感じの話の流れになってるよね)

 

 このままバランの様子を見に行けなくなったことに気が付いたときにはもう遅く、加えて今の俺に発言権などあろうはずもない。

 

「A、ルーラを。魔王軍の本拠地に向かえるのはAだけなのだからな」

「カーッカッカッ、紹介の方もたのむぜ」

「はぁ……モシャスが解けたらね」

 

 流石にハドラーとかの格好の分体達をそのままバーンパレスに連れていけるはずもない。嘆息しつつ応じると、俺は変身呪文の効果時間が切れるのを待つのだった。

 




何このカオス。

次回、番外27「抜かれた剣(ポップ視点)」に続くメラ。


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番外27「抜かれた剣(ポップ視点)」

「バランが剣を……、って、おい! なにやってんだよ、ダイッ!」

 

 ダイがヒュンケルの野郎の技を放ったのは驚きだった。だが、まぁ、そいつあいい。いつの間にとかよりによって何であいつの技をなんてあのバランってのを相手にしてる今聞く様なことじゃねえ。それより問題なのは、技を放ったと思ったらダイが呆けたように動きを止めてしまったことの方だ。

 

「あっ」

 

 おれの言葉で我に返ったんだろう、すぐに突き出した剣を引き戻すダイの向こうに鞘から剣を引き抜いたバランが見えた、見えたんだが。

 

「刀身が折れて、る?!」

 

 短い刀身の剣だ、なんてのはありえねえ。鞘と剣の長さが一致しねえし、一応これでも武器屋の倅だしな。見間違いでもねえはずだ、けど。

 

「ぬうううううん!!!!」

「げぇっ?! お、折れた剣でうけとめやがった……!!!」

 

 俺が知らない間に使えるようになったとは言え、あのヒュンケルの技に電撃呪文まで乗っけてるってのに。

 

「剣で電撃呪文のエネルギーを吸収してるわっ!!」

 

 姫さんがダイの技を受け止めた理由の一部を語ってくれるが、折れてるにもかかわらずそんなこと出来るなんて、どんな剣と持ち手だってんだ。

 

「そ、そんな……」

「く、よもや治らぬこの剣を使うことになるとはな」

 

 衝撃を受けている様子のダイだったが、折れた刀身を見て微かに顔をしかめた辺り、剣を使ったのはバランの方にも不本意だったってことか。

 

「威力に間合い……その技、まだ覚えて間もないものと見た。でなくては、さしもの私も折れたこの真魔剛竜剣で受け止めるのは厳しかったはずだ。虚を突こうとして慣れぬ技を使ったのは失敗だったな」

 

 そう言いつつもバランはだがと続けた。

 

「よくぞここまで竜の力をあやつった……!! 普通、竜の騎士は成人するまで己の意思で紋章の力をコントロールできないものだが……よほど良い師、良い戦にめぐまれたのだな……!!」

「っ」

 

 ただ褒める、認めるだけなら別にいい。だが、バランは言いつつ折れた剣を振りかぶろうとしていて。

 

「その闘気と敵の虚を突く機転に免じて……見せてやろう! 折れた剣と言えど、真の竜の騎士が天をあやつった時の力がどれほどすさまじいかをなっ!!!」

「っ、ダイ! やべえっ――」

 

 おれにだってわかる、ダイの一撃を受け止めやがったあいつの本気の一撃ってなりゃ、とんでもない一撃になることは。それに。

 

「あいつ、剣が折れてることとかその一撃で強引に誤魔化すつも」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ、ポップ君!!」

「っと、悪ぃ」

 

 俺がもっともだと姫さんに謝った直後だった。ギガデインと叫んだバランの剣に雷が落ち。

 

「ああああっ!?」

「うおおおおおーッ!!!」

「ちいっ、メラゾーマッ!」

 

 驚くダイの元へ地を蹴ったバランが迫るのを見て、俺はとっさに呪文を放つが。

 

「無駄だッ」

「な、全く効い」

「ギガブレイク!!!!」

 

 効いていねえと言うまもない。呪文の炎から無傷で姿を現したバランの一撃がダイの防具を砕き、足元で生じた爆発がダイの身体を空高く打ち上げた。

 

「ダイッ?! バッ、バケモノめ! よくもダイをやりやがったな……」

 

 ちくしょう、さっきのメラゾーマで些少なりとも勢いを弱めるくらい出来てたら。

 

「こっ、こうなったらダメでもともと……ありったけの呪文を……!!」

 

 考えりゃ、竜の騎士って言うくらいだドラゴンが吹くような炎に強い耐性を持ってるのかもしれねえ。ヒュンケルの野郎の鎧にだって電撃呪文は効いたんだ。手当たり次第呪文を使やあ、弱点を突ける可能性だってあるかもしれねえ。おれがそう思って進み出ようとした時だった。

 

「待てっ!!!」

 

 おれの背後から影が差し。

 

「早まるなポップ。その男の相手はオレがする!!!」

「あああっ……!!?」

 

 聞き覚えのある声に振り返ったおれの顔が緩んだのもきっとむりはないはずだ。

 

「獣王クロコダイン!!!」

 

 苦戦していたところに力強い援軍が来てくれたんだ。

 

「あっ、ありがてェッ! クロコダインのおっさんよぉっ!!」

 

 嬉しさのあまりおれはクロコダインのおっさんに歩み寄り。

 

「ヤバイとこだったんだ。あんたが来てくれりゃあ百人」

 

 掴もうとその手へ両手を伸ばし、触れて気づく。

 

「お、おっさん……ふ、ふるえてるのかよ……!!?」

 

 思わず顔を上げると見えたのは、無言のまま険しい顔をした姿で。

 

「……クロコダインか。いかに貴様でもこの私と戦ったらどうなるかわかっていると思うが……」

「……死ぬ、だろうな」

「えっ」

 

 だがそんなことは覚悟の上と言うおっさんの告白はまさに衝撃だった。

 




「……クロコダインか。いかに貴様でもこの私と戦ったらどうなるかわかっていると思うが……」
「……『ぐわああああーッ』する、だろうな」
「……おっさん、何だよ『ぐわああああーッ』するって!!」

 あと打ち間違えに総ツッコミ頂いたので、直したうえでこっちにコピペしておきますね。(白目)

「お、おっさん……ふ、ふえてるのかよ……!!?」
「この季節になるとな」

次回、番外28「戦慄!! 竜闘気!!!(ポップ視点)」に続くメラ。




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番外28「戦慄!! 竜闘気!!!(ポップ視点)」

『メラメラ、メラ、メラメラ』

 

 そして、その直後に聞こえた声は、何と言うかタイミングが最悪だった。こう、おれが鬼みてえ強えクロコダインのおっさんがビビって死まで覚悟するほどって聞いて、あのバランってのが一体どのくらい強いんだって戦慄したとこだってのに、緊張感が半分くらいどっかに飛んでっちまった。

 

「いや、わかんねえよ!」

『メララ?』

 

 ったく、ダイといいヒュンケルの野郎と言い、どうやってこれを理解してんだ。おれだってメラ公とはダイより一緒に居た期間は長えってのに、何言ってんのかさっぱりわからねえ。

 

「まあ、状況からすると、『遅くなった』とか『大丈夫か?』とかそんなとこなんだろうけどよ」

 

 それはそれとして、メラ公の分裂した一人だろうこいつの加勢もありがてえ。

 

「おれも戦うぜ! おっさん!!」

 

 そう申し出てからおれは後ろを振り返る。

 

「姫さんはダイを頼む、メラ公の分体のコイツもモシャスすりゃ、回復呪文はつかえるだろうけど、どうしても一手かかるし、モシャスしたとしても、水ん中に行けってのはな」

 

 ダイが吹っ飛んだ先は湖だった。水柱も上がったし、水の中に入らないといけねえとなると、流石に本性が炎の身体のメラゴーストにゃ頼みづれえ。

 

「わ、わかったわ」

「頼むぜ。えっと、メラ公の分体のお前にゃおれと一緒におっさんの加勢を」

「ムダだ!」

「えっ?!」

 

 頼むぜと言う前におっさん自身が口にした否定におれは驚きの声を上げる。

 

「……どういう理屈かは知らんが……この男には呪文のたぐいが全く通じないのだ!」

「ああ、それでさっきのメラゾーマは……」

 

 言われて思い出したのは、おれがさっき牽制に放った呪文だ。確かにあれも全く効いちゃいなかった。

 

「そうか、既に呪文をぶつけていたか。とにかくそう言うことのようなのだ。素手か武器による直接攻撃以外はおそらくダメージを与えられまい!!」

「……さすが獣王、見抜いていたか……」

 

 そしておっさんの推測を肯定するようなことをバランが口にし。

 

『メララ! ふぅ、つまり……直接攻撃できる姿なら加勢も問題あるまい?」

 

 ポンと煙を生じてメラ公の分体はヒュンケルの野郎そっくりに姿を変えた。

 

「……戦力外はおれだけかよ」

 

 メラ公みてえにモシャスの呪文が使えるようになりゃ。どうしてもそう思っちまう、が。

 

「……ダイをたのむ」

「わ、わかったよ」

 

 今は悩んだり悔やんでる場合じゃねえ。ダイのことだって気がかりだ。クロコダインのおっさんに背中を押されておれは姫さんの後を追いかけ。走る間、後ろからおっさんとバランの会話が断片的に聞こえていた。なんでこっちにおっさんが味方するのかをバランは問い、それにクロコダインのおっさんが答える。だいたいそんな感じだろう。

 

「待っててくれよ、おっさん」

 

 別におっさんがあっさりやられると思った訳じゃねえ。あっちにはメラ公の分体だっているんだ。

 

「一刻も早くダイを助ける」

 

 それがおれ達のやるべきことだとわかっていた。だから、何があっても振り返らず湖に向かうつもりだったってのに、気になっちまったからだろう。湖の縁まで来たところで、おれはつい振り返って。

 

「く……首を吹っ飛ばしたあッ!?」

 

 目にしたのはおっさんの斧がバランの首に命中した光景。だからつい叫んじまったが、バランの足元に音を立てて落ちたのはおっさんの斧の欠片で。

 

「な、なんだ!? 斧とバランの間に光り輝く気流のようなものが見える……!!」

「これぞ竜の騎士最強の秘密……竜闘気!!!」

「「竜闘気!!?」」

 

 初めて聞く単語におれやおっさんが声を上げる一方。

 

「オレを忘れて貰っては困るッ!」

「ぬんッ!」

 

 一人驚愕に付き合わず斬りかかったメラ公の分体にバランは腕を振るって剣をはね上げた。

 

「っ、素手で剣を、ぐああッ!!」

 

 そのまま流れるように剣を弾いた腕でクロコダインのおっさんを突いて吹っ飛ばし。

 

「ちいっ」

「この竜の紋章が輝くと私の身体は竜闘気と呼ばれる生命エネルギーの気流におおわれるのだ」

 

 拙いと見て後方に飛んだメラ公の分体を一睨みしてから始めたのは、まさに自分の力への説明だった。

 

「全身を鋼鉄の様に強化しあらゆる呪文をはね返すぅ?!」

 

 とんでもねえ効果だ。しかも、魔法使いのおれにとっちゃ敵に回したら最悪の能力じゃねえか。

 

「……そしてこの竜闘気を全開にし、その威力をもって戦えば……」

「っ、やべえ、おっさん!」

 

 反撃に転じる気だ、そう思って声を上げたおれの予想は正しく、バランは地を蹴るとおっさん目掛けて襲いかかっていったのだった。

 

 




本作主人公とかですが、普通の人間がしゃべってるところ聞くとあんな感じです。

次回、八話「ただいま」に続くメラ。


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八話「ただいま」

 

『物事って予定通りに行くとは限らない訳だけどさ』

 

 一応、分体達に協力をとりつけて連れてくることはできたのだ。全くの失敗ではないし、文官を助けるべき人材や直属の部下を確保するという目的については達成できているのだが、死の大地に瞬間移動呪文で降り立った俺の口からため息が出ることは防げなかった。

 

『どうしたトゥース様?』

『トゥース様が進んでくれないと俺らどっち行っていいのかわからないんだけど』

 

 一応、俺の部下と言う名目なので、様付で魔軍司令としての名を呼んでくれてはいるが、どうも何だか馬鹿にされてるような気がしてならず。

 

『はぁ』

 

 もう一度ため息をついて俺は帰還用に唯一知らされたバーンパレスの入り口に向かう。当然原作で海中に有った正式な入り口ではなく、裏口に当たる場所で原作にも登場しなかった場所だ。

 

『ルーラじゃ、飛べるのはこの死の大地の外側までだもんな』

 

 直接ルーラで乗りこめないような構造だが、合流呪文が使えればあっさり内部にテレポート出来るため、魔王軍の幹部が不便を感じることはないのだと思う。

 

『リリルーラ、か』

 

 魔軍司令と言う立場を貰ってるし、移動に不便だからと訴えれば頼めば契約させてもらえそうな気もするのだが、問題はこの呪文が味方と合流する呪文なのだ。逆に言うと合流したい相手を味方と認めて居なければ相手の元に移動できない可能性がある。合流できなくて実は大魔王に従う気なんてありませんでしたとバレたら目も当てられない。

 

『うーん』

 

 バーンパレスに分体を一人確実に置いて、その俺を目印にすればいいのかもしれないが、もし魔王軍の誰かが俺を呼んでいて、リリルーラでこっちに来てくれなんて言われる状況になることもバーンパレスの広さを鑑みればあっても不思議はない。

 

『当面は後回しでいいか』

 

 そんなことよりまずは文官達との顔合わせだ。人員が増えると聞けば、あの文官達だって喜んでくれる筈で。

 

「は? メラゴースト?」

 

 期待しつつパレスの中を進み、文官達の仕事場にたどり着いた俺を待っていたのは、何考えてるんだコイツと言わんがばかりの視線だった。

 

「魔軍司令閣下、こんなことは百も承知でしょうが、ここは書類を扱う場所です。火の元連れてきてどうするんですか! 書類が燃えるでしょうに!」

『ああ』

 

 とても好意的とは思えない視線の理由は、火気厳禁の場所に人魂を連れてきたことへの落胆と呆れだったらしい。

 

『それなら、問題ない』

『『モシャス』』

 

 俺が振り返れば、意図を察した分体達は一斉に変身呪文を唱え。

 

「な」

『こうしておまえ達に変身すれば書類も燃えない。まあ、モシャスしなおすための部屋は要るだろうが、メラゴーストだからな。分裂することで足りなければ人手もさらに増やすことが』

「し、失礼しましたっ!」

 

 出来る、と続けるつもりの俺の前で文官の一人が深々と頭を下げ。

 

「浅慮をお許しください。私、魔軍司令閣下に一生ついていきます」

「僕もです。無限の人員、なんて素晴らしい! 魔軍司令閣下万歳! トゥース様万歳!」

「うおおおっ、帰れる! 魔界に帰れるっ! ありがとうトゥース様っ!」

 

 手のひら返しがすごいというべきか何と言うべきか。居合わせた文官達は一人の例外もなく俺に忠誠を誓い。

 

『えーと』

 

 いいのかなと少しだけ思う。俺を崇拝せんがばかりに見る文官の中にザボエラの配下らしき術士系のモンスターが散見されたのだ。まあ、上司がわが身本位で人格的に問題しかないことを鑑みれば、ここで乗り換えようと思ったとしても不思議はないのだけれど。

 

『とりあえず、そう言う訳だから分裂して彼らを手伝ってもらえる?』

「わかりました」

「あー、うん。ちょっとだけ気の毒になったし、了解」

 

 俺が要請すると連れてきた分体の二人が頷き。

 

『悪いけどバーンさまにも紹介しないといけないから全員は置いてけない。この二人に増えてもらうから、仕事の方はこの二人と相談して進めていってくれるかな?』

「はっ」

「承知いたしました」

 

 すぐさま応じた文官二人に後は頼むよと言い残し、俺は残りの分体を連れてその場を後にする。

 

『けど、いつ気づくかな?』

 

 俺の分体は未だ合体能力の方も有している。故に、他の分体の経験や記憶を合体を介して吸い上げ自分のモノにできるのだ。僧侶や武闘家の修行をさせた個体を合体させてスーパーメラゴーストを作ろうとしたのと同じ要領で、どんな書類仕事もこなせるスーパー文官メラゴーストを誕生させることが理論上可能なのだ。

 

『まあ、気づいたころには仕事も楽に片付くようになってるよね』

 

 彼らがダイ達と敵対してる陣営にあることを考えると、良いこととは言えないようにも思えるかもしれないが、俺が魔王軍を裏で支える場所を掌握してしまうのだとすれば、そうでもない。先に文官が言っていたように俺達は火の元でもあるのだ。例えば、魔王軍を支えるのに必要な重要書類が全て灰になったら。

 

『例外もあるけど、生き物は食物を必要とするから、補給とか兵站ってバカにできないし……ちゃんと支えてあげないと』

 

 表向きは彼らを案じることを口にしながら俺はパレスを行く。報告の為、大魔王の元へと。

 




次回、九話「その名は鏡面衆」に続くメラ。


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九話「その名は鏡面衆」

 

『ただいま戻りました』

 

 謁見の間にたどり着いた俺は、薄布の向こうにバーンが出て来てからそう告げると自身の分体を数人直属の部下として連れ帰ったことを報告する。

 

「ぶっ、分体」

『うん。そうだけど、何か疑問でもあるのかい? あ』

 

 ただ、俺の分体だと告げたあたりでハドラーが声を上げたので問い返し、一瞬遅れて取り乱した理由に俺は気づく。

 

「そっか……えっと、ごめん」

 

 ハドラーは俺の呪文で脇腹に大穴を開けられたことがあるのだ。そんな俺の分体が複数ともなれば、その反応も無理はない。だから俺は頭を下げ。

 

『けど、バーンさまには紹介しておかないといけないから』

 

 それでも断りを入れ、ちらりと大魔王の方を窺い。

 

「許す。余もおまえの分体ともなれば興味がある」

『ありがとうございます。ええと、入ってきていいって』

 

 薄布の向こうで大魔王が頷くのを確認してから俺は部屋の入り口で待たせていた分体達に声をかける。

 

『『はっ、失礼します』』

 

 元俺であるからか、声を揃えふよふよとわずかに浮きながら入ってきたのは三人のメラゴースト。

 

「ぬうっ」

「ほ、本当にメラゴーストじゃ……いや、トゥースさまのお言葉を疑ったわけではないが」

 

 苦い記憶でも頭によぎったのかハドラーが顔をこわばらせ、驚きを顔に浮かべたザボエラが弁解めいた言葉を続ける。

 

『まあ、メラゴーストが戦力として役に立つのかを疑うのは仕方ないよね。だけど』

『『モシャス!』』

 

 ザボエラの言を受ける形で俺が視線をやれば、メラゴースト達は一斉に変身呪文を唱え、ぽふんと生じた煙に包まれた。

 

「な」

「あ、ああああっ?!」

 

 目を見張るハドラー、仰け反るザボエラ。薄れゆく煙の中に浮かび上がるシルエットでおおよそ察したのであろう。

 

「明るく卑怯にえげつなく……シロコダイン!」

 

 拳を天に突きあげポーズをとるのはクロコダインそっくりに変身した一人。

 

「語尾の『にゅん』はチャームポイント、ニュンケル、にゅん!」

 

 ほっぺに一本立てた人差し指を当て首を傾げたのは、ヒュンケルそっくりに変身した固体、っていうか何てポーズさせてんだ、おまえは。

 

「カーッカッカッカ! ハードなプレイが大好物、プレイハード!」

 

 最後に哄笑をあげたフレイザードそっくりに変身した一人もポーズを決め。

 

「「我ら、トゥース様直属部隊――鏡面衆!!!」にゅん」

 

 三人声を重ね、いや一人語尾を忠実に守ってるせいで重なり切らなかったというか、何と言うか。

 

「ふ、ふざけるな! なんだ貴様らは!!」

 

 地獄の様な沈黙を破ったのは激昂したハドラーの怒声だった。まあ、無理もないと思う。と言うか、俺もコレは知らされておらず、今、壮絶に遠くを見ているわけだが。

 

「鏡面衆、モシャスを用い、戦況に応じて必要な戦力を臨機応変に用意し支えるトゥース様配下のメラゴーストだ」

「今回はわかりやすいように欠けてる軍団長を選んでみたッて訳ですぜ」

 

 いや、わざわざ離反したり死亡した軍団長をチョイスした意図は解かる。解かるが、ハドラーが言いたいのはそう言うことではないだろう。

 

「失礼を」

「……許す」

 

 それでも流石にこれはないんじゃないかと大魔王に謝罪するが、あっさり許され。

 

「そのふざけた挙動、それは本来の三人とは違うということを余らに見せるためのものであろう」

「ご明察恐れ入ります。我ら、姿と能力は写し取りこそすれ、中身は別物。よって、オリジナル同士のそりが合わず共同作戦に向かなかった軍団長同士の共闘と言った、本人ではありえない行動を可能としているところが売りの一つでもあります」

 

 頭を下げたシロコダインとやらが視線で促すと、ヒュンケルとフレイザードのそっくりさんが頷き合って手を握り。

 

「冷たっ」

 

 その直後にヒュンケルのそっくりさんの方が手を離して飛びあがる。まあ、鎧来てないヒュンケルの身体でフレイザードの氷の手に触れれば当然なのだろうが。

 

「あ、悪ぃ」

「だ、大丈夫にょん。だって――」

 

 空気が凍る中、ニュンケルとやらは二人は仲良しだからと主張し。

 

「こ、こやつら、黙ってみておればふざけにふざけ」

「良いではないか、ハドラー」

 

 ブチ切れて飛びかからんがばかりのハドラーを声で制したのはバーンだった。

 

「は? ですが」

「考えても見よ、軍団長の半数が欠け減退していた我が軍の戦力があっと言う間に埋まったのだぞ」

「あ」

 

 大魔王の指摘に今ようやく思い至ったと言う様にハドラーが声とともに顔を上げ。

 

「おまえはこの者達の表面に気をとられ、その本質を理解していなかった。この者達はメラゴースト。つまり、軍団長に匹敵する力を持ちながら、分裂して数が増やせるのだ」

「まさ」

「そうだな、トゥースよ」

 

 やはり大魔王はあっさり一番重要な部分に気が付いたらしい。指摘され、それでも信じたくないのか油の切れたブリキ人形の様にぎこちない動きでハドラーがこちらを見てくるが、流石に大魔王の前で嘘は言えない。

 

「はい。とはいっても分裂できるかは運次第ですけど」

「よい。欠けた軍団長を埋める逸材が余の部下に加わっただけでも評価するには充分。それに分裂したおまえの部下だけで全てを終わらせてしまってはハドラーも面白くなかろう」

「え」

 

 当面は今の数のままで良いと言われた俺は、文官側に派遣した面々を既に増やし始めたことをどう説明しようかと胸中で頭を抱えるのだった。

 




鏡面衆、彼らに酷いは褒め言葉。

次回、番外29「バラン、去る(ポップ視点)」に続くメラ。


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番外29「バラン、去る(ポップ視点)」

 

「させんっ!」

 

 握り固めたバランの拳が、クロコダインのおっさんに届きかけたところで、メラ公の分体が割り込んだ。

 

「……良かった」

 

 本物の当人は気にいらねえが、その実力は本物でモシャスしたメラ公達にもその強さは反映されている。

 

「おっさんとヒュンケルに化けたあいつが協力すりゃ――」

 

 少なくとも簡単に負けはしねえ、だから。

 

「がはっ」

「な」

 

 大丈夫だと続ける前にヒュンケルに化けたメラ公の分体が、バランの蹴りを受けて吹っ飛ばされる。そして、地面にバウンドしたところでぽふっと煙が生じ、転がり出てきたのはメラゴーストだった。

 

「なる程、一見厄介な相手に見えるがそうでもなかったようだな」

「なっ、そうでもないだと?!」

 

 確かにモシャスは解けちまったが、納得がいかず声に出せば、まあよかろうとバランは語り始めた。

 

「そのメラゴーストは、呪文を維持できない程ダメージを与えてしまえば元に戻る。変身して戦い続けるのは、一定以上の強さの一撃を一撃もその身に受けることが許されないという意味でもある。本物であれば致命傷で無いからと敢えて敵の攻撃を受けてカウンターを放つと言ったこともできるだろうが、一撃でも身に受けることのできぬそいつでは、同じ方法はとれん。それどころか、常に攻撃を受けぬことを意識して動かねばならんのだ」

「っ」

 

 それがメラ公達の弱点だと言われて、おれは自分の顔が強張るのを止められなかった。あんな短い時間でおれ達の誰もが気づかなかったメラ公達の弱点に気づきやがったんだ、ただ。

 

「まだだッ!」

 

 おれが驚き慄いている間も、クロコダインのおっさんは動いていた。刃の壊れた斧をバランに投げつけると、腰の後ろに手を伸ばし、投げたのと同じ斧を抜いて自分の投げた斧を追いかけるようにバランに襲いかかていた。

 

「喰らえッ!」

 

 投げ斧は牽制で、助走をつけての一撃が、本命。おっさんは投げ斧を弾いたバラン目掛けて斧を振り下ろし。

 

「ダメだ、おっさ」

 

 おっさんと言い終えるより早くバランはおっさんの脇を抜け後ろに回り込むように飛びながらその腕を掴んでいた。

 

「うおっ!?」

 

 肩を足蹴にされたおっさんが声を上げ、捻るようにして掴んだ腕をバランが持ってゆく様を見ればおおよそ何をするつもりかはおれにもわかる。

 

「閃熱呪文ッ!」

 

 効かないと聞かされていても黙って見て居られる筈がねえ。俺は呪文を放つが、バランはまるで気にもせず。

 

「ぐああああーッ!!!」

 

 腕を捻られたおっさんが絶叫を上げた。

 

「がっ」

 

 バランはおっさんを更に蹴り倒し。

 

「おっ……おっさあぁーん!」

「……この程度で私をどうにかするつもりだったとはな」

 

 呆れも隠さず倒れ伏すおっさんを一瞥してからその目をメラ公の分体に向ける。

 

「ち、ちっ……ちくしょう!!! おれはどうでもいいってことかよ」

 

 さっきの閃熱呪文は命中したはずだが、何のダメージにもなっちゃいねえ。だから、変身すればダメージを与えられるメラ公の分体を次は狙うつもりだ。

 

「姫さんっ! ゴメッ!! おれぁもうガマンできねェ!!」

 

 たとえ何の役に立てなくたって、黙って居られなかった。

 

「おれは二人の手助けに行くぜ!!」

 

 ダイを頼むとだけ姫さんに言い残しておれは走り出し。

 

「……なんの真似だ?」

 

 杖を手に駆けつけたところでバランから飛んできた問いに決まってんだろと叫び返す。

 

「魔法が効かねえんだから、こいつでぶったたくしかねぇっ!!」

 

 正直、震えが止まらねえ。虚勢でもはらなきゃ足も動かねえってのに。

 

「……ふれたか!? 小僧っ!!」

 

 バランににらみつけられたとたん、まるで金しばりにあったみてえに動けなくなる。ヘビににらまれたカエルだぜ、こりゃ。

 

「私が初めにクロコダインを叩いたのは、ヤツのようなタイプが一番恐ろしいからだ。あらゆる呪文をはじくこの竜闘気も、それ以上のパワーや闘気をもってすれば傷つけられてしまうからな。その点においてはあのメラゴーストが変身した場合も厄介ではあるが、ダメージを与えることで変身は無理やり解ける」

 

 そこでさっきこいつが言ってたメラ公達の弱点が関係してくるんだろう。おっさんならダメージ覚悟で攻撃を放てるが、メラ公達はそれができない、ただ。

 

「い……いいのかよ、てめえの弱点ベラベラしゃべっちまってよ……!」

「フッ!! 愚か者め!」

 

 わからなくて聞けば、バランは鼻で笑って言葉を続けた。クロコダインならともかくおれのように非力な魔法使いの一打など蚊ほどにも感じぬわ、と。

 

「……いや! その程度の力でこの私を殴ったりしたらおまえの腕のほうがへし折れるぞ!!」

「……そうかよ! なら試させて貰ああっ!」

 

 おれだって普通に殴ってどうにかなるなんて思っちゃいねえ。だけど、ダイやメラ公なあ、こんな状況だって諦めねえ。何か活路を見出すに決まってる。

 

「ただ、殴るだけじゃ……駄目」

 

 言葉を反芻し。

 

「どうした、臆したか?!」

「違ぇよぉ! メッラゾォォマァッ!」

 

 おれは閃きをそのまま行動に移す。杖が燃える炎を纏い。

 

「剣でも呪文でも駄目なら、これ、だったよな……ダイ!」

「なあっ?!」

「喰らいやがれぇっ!」

 

 闘気の流れが呪文を弾くなら、直接叩きつけてやればいい。それでも防がれるなら、杖の先端が触れたところで呪文を放つ。クロコダインのおっさんにやったときより至近距離での呪文だ、おれもそれなりに痛い思いはするだろうが。もう逃げねえって誓ったんだ、あの時に。

 

「がっ」

 

 意地でも当てるそう思って繰り出した一撃だったが、どうなるかを見る前に俺は腹に強い衝撃を受け。

 

◇◆◇

 

「……んあっ? うぐっ」

 

 気が付くと、おれはぼんやりと霞むどこかの天井を見ていた。腹が痛え。

 

「おれ、どうなって」

「ポップ! 目が覚めたんだね」

 

 独言を最後まで口に出来なかったのは、横合いからダイの声が聞こえたからだ。

 

「目が覚め……ああっ?!」

 

 それで思い出した。

 

「おれはバランの野郎に」

「うん、殴りかかろうとしてお腹を殴られて……」

 

 気絶し運ばれて今に至るらしい。

 

「って、それであのバランってやつは?」

「バランなら、帰ったよ。剣が折れてたし、本気で戦う気はなかったみたいでさ……」

「何だよそりゃ……」

 

 助かった、たぶんそうなんだろうが、何と言うか腑におちねえ。

 

「あ、クロコダインのおっさんは?」

「クロコダインも手当てしてもらって、腕も元通りだよ。今は壊れた斧の刃を拾いに行ってるんじゃないかな」

「ってことは、寝てたのはおれだけかよ」

 

 しまらねえと言うか、何と言うか。

 

「けど、ポップが無事でよかったよ。あんなムチャしちゃうんだもんなあ」

「悪ぃ」

 

 顔をしかめるダイには謝りつつも、おれは悔しさからベッドの中で密かに拳を握りしめた。

 




 と言う訳でメラゴースト君最大の弱点が明かされるの巻、でした。

 次回、番外30「ニアミス(偽マアム視点)」に続くメラ。


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番外30「ニアミス(偽マアム視点)」

短めです、すみませぬ。


『なんか、おかしくないか?』

 

 そう言ったのは誰だっただろう。大魔王の元に戻るAを含む仲間達と別れた俺達は一路テランを目指した。ベンガーナでは騒ぎを起こしていたのであちらは経由地に使えず、透明化呪文とルーラを併用してのものになったのは、きっと致し方ないことだと思う、だけど。

 

『確かに、湖の湖畔、民家のない方がなんだかかなり荒れてるような』

『ひょっとして、ひょっとしてだけどよ……』

 

 間に合わなかったとか、と口にしたのはさっきまでポップの姿だったメラゴーストだ。ちなみに俺はマアムの姿だったんだけど、うん、いまはどうでもいいことだ。

 

『じゃあ何、ダイがバランにもう記憶消されてるとか?』

『いや、それはないんじゃないか。Aの話だとバランも色々変わってるんだろ?』

 

 透明のままひそひそと言葉を交わし合う仲間達。正直、テランに至ったばかりの俺達には戦闘があったんじゃないかぐらいのことしかまだ分からない訳だけど。

 

『あ』

 

 誰かが声を上げた。

 

『なんだ?』

『どうし』

『空だ、空を』

 

 見ろと続ける声を聞きながら見上げた空にはこの地に向かってくる人影があった。

 

『バラン?』

『いや違う、あれは』

 

 大魔導士マトリフだ、そう誰かが言う。

 

『まっ、マトリフ?!』

『アバンの書を持ってきたとか?』

『バカな、タイミングが違う』

 

 騒然とする中、俺も暫し呆けていたけど、ふと我に返り。

 

『静かに、気取られるよ』

 

 警告が功を奏したのだろう。突然沈黙が訪れる。透明化呪文の残り時間がやや気がかりだが、切れなければ見つからずには済むと思う。しかし、マトリフか。バランの襲撃もAがカールで深手を負わせたり何なりで後方にずれ込んだこともあるんだろうけれど、アバンの書も焼失を恐れて別の場所に移したとAから聞いている。

 

『はぁ』

 

 見つけるのに手間取って時間がずれたか、それ以外の、例えばAが大魔王に誘われて戻ってこなかったことを聞いて、アバンの書なんて探してる場合じゃないと戻ってきたか。原作でマトリフがテランを訪れたのは夜中のことだったことを鑑みれば、マトリフの行動一つとっても原作通りに動いていないのは明らかで。

 

『……いったか』

 

 声を潜めていた仲間の一人が口を開いたのは、地面に降り立ったかの大魔導士が民家の方に歩き去ったのを認めてからだった。

 

『まさかここでニアミスしかけるなんてな』

『けど、問題はあのマトリフがどうしてこのタイミングでテランを訪れたか、だよな』

『うん』

 

 透明化呪文もとけ、深刻そうな顔で発言した別の俺の言葉に頷く。

 

『アバンの書を持ってきただけならいいけど、Aの行方不明を今伝えられるのは色々拙いよね』

『ああ。まぁ、Aにモシャスしてひょこっと顔出せば一時は誤魔化せるけどな。身ぐるみ剥いだ時にアバンのしるし取り上げておくべきだったかもな』

 

 後悔を口にするメラゴーストの言葉に他のメラゴースト達から同意の声が上がる。

 

『とりあえず、誰かモシャスしてあっちに合流してくれる? 向こうにも誰かはついてると思うけど、情報把握しておかないと拙いことになるかもしれないし』

 

 何よりマトリフがどんな用で訪れたのかきになると言えば。

 

『じゃあ君が行ってよ。おれ達だとオリジナルがたぶんあっちに居て混乱を招くし』

『あ゛』

 

 返ってきた意見は、予想外でありながらも至極もっともで。

 

『モシャス』

 

 俺はマアムそっくりの姿に変身すると、他の仲間へ行ってくるわねと言って歩き出す。

 

「なんでマアムの姿に変身なんてしたのかしら」

 

 足取りは若干重く。けど、とまる訳にもいかなくて。

 

「まだマトリフ……マトリフおじさんは見えな、っ」

 

 一応マアムっぽく振る舞おうとしつつ、独言の途中で思い至る。あの大魔導士、セクハラ大魔導士でもなかっただろうかって。

 

「ああああっ、そうだったーっ!」

 

 やられる、確実にセクハラされる。中身は男の筈だが、だからってセクハラされても大丈夫とはいかない。

 

「うう」

 

 本日何度目の後悔だろうか。

 

「……あいつら、まさかこれが解かってて俺、じゃなくて私に行かせたの?」

 

 だとすれば、全員殴るくらいは許されるだろう。

 

「はぁ」

 

 俺はもう一度ため息をつく。動き始めた足は、何故か先ほどよりもやたら重かった。

 




次回、十話「バランと合流せよ」に続くメラ。


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十話「バランと合流せよ」

『はぁ、胃に悪かった』

 

 結果から言うと、事後報告にもかかわらず文官へ貸与した分体の分裂についてはおとがめなしとなった。後に分体を増やして運営するためのテストケースにするからとかそういった理由でだ。そしてモシャスの効果時間が過ぎた俺は鏡面衆を名乗った分体達と別れ、バーンパレスの中を戻ってくるときに使った裏口に向かう途中であった。

 

『本当に危なかったよな』

 

 大魔王は良しとしたようなのだが、独断専行が過ぎるとハドラーが噛みついてきたので、本当にはらはらする場所だったと思う。まあ、分裂自体はそんなのしようがするまいがこっちの勝手ではあるし、魔軍司令なら人事とかの権限でも相応に持っていていい筈だが、完全な事後報告という一点では弁解のしようもない。ハドラーからすれば、魔軍司令の地位を追われた上に、失った軍団長の座を俺の分体に埋められそうになって焦ったとかそんな理由もあるのかもしれないが。

 

『とりあえず、バランと合流して今後について話し合わないとな』

 

 原作とは別の理由で追い込まれてるハドラーがどう動くかが気になるのだ。原作ではダイとの二度にわたる戦いの後にバランが魔王軍を離脱し、ダイが竜の騎士であることを伏せていたのが原因と大魔王から失敗を責められたハドラーはザボエラを伴ってバランとの戦いで傷ついた勇者一行の暗殺を謀ろうとするのだが。

 

『バランがダイを勧誘しようとしている、なんて知ったらなあ』

 

 流石に阻止しようと動くだろう。問題はそれが単なる妨害で済むか、それともバランとダイを諸共に葬ろうとするような凶行に走るか。

 

『可能性としてもバランには伝えておかないと拙いし』

 

 やはり、合流は不可避だ。鏡面衆はバランと面識がない上、俺の様に姿をごまかせる装備も持たない。ダイ達の前に姿を現す可能性がある以上正体を隠す装備は必須であり。

 

『とりあえず』

 

 テランに直接ルーラの呪文で飛べない俺としては、まずバランと再会した漁村に瞬間移動呪文を用いて赴き、そこからは透明化呪文とモシャスの併用でテランに向かうこととなる。

 

『そろそろ出口の筈、あ』

 

 やがて出口の形に切り取られた外が見えて、俺はほっとする。

 

『良かった。ここにきてまだ間もないからちょっと不安だったんだよな』

 

 鏡面衆もおらず、現在一人だ。本拠地で迷子になる魔軍司令とか格好がつかないってレベルじゃない。

 

『モシャス、からのルーラッ!」

 

 姿を変え、呪文の力で空に舞い上がった俺は、思考を切り替える。考えるべきは、バランとあった後の行動だ。情報を交換後、ハドラーを警戒しつつバランとダイ達の戦いを見守る。現状のプランだとそんなところだろうか。

 

「ハドラーが介入してきた場合の抑えも必要だろうけど」

 

 原作より立場の危ういハドラーがどう動くかはちょっと予想が出来ない。原作でダイ暗殺に力を貸したザボエラも今の魔軍司令じゃなくなったハドラーに力を貸すかと考えると疑問が残るのだ。とは言え、ハドラーには黒の核晶が既に埋め込まれている可能性が高い。単独だから何もできないとか、簡単にあしらえると考えるのは危険だ。

 

「はぁ」

 

 ダイやバランはハドラーが凶悪な爆弾を仕込まれていることを知らないのだから、三つ巴にさせるわけにもゆかず、最悪の場合どうやら一番危険な立ち位置に立たないといけないのは俺のようであり。

 

「うーん」

 

 炎の闘気と竜闘気を限界まで使えば爆発してもその威力は相応に抑え込める、と言いたいところだが、爆発のダメージでモシャスが解けると闘気を維持できず、いくらか威力の半減した爆発に消し飛ばされると思う。

 

「ダメだな」

 

 少なくとも原作のバランみたいな方法で爆発を抑え込むことは俺には無理だ。他に手段を考えなくてはならず。

 

「っと」

 

 ただ、更に何か考えるより地面へたどり着く方が早かった。

 

「レムオルっ、ふぅ……大丈夫そう、かな」

 

 すぐに透明化呪文で姿を隠すが、着地は見られなかったようであり。

 

「さて、そういえば衣の魔杖って分離変形の場合どう適応されるんだろう?」

 

 炎の闘気の方を鳥の魔物へ変えようとして、ふと俺は思った。

 

「……いや、確認は後でいいか。下手なことして失敗したらタイムロスが合流に響くし」

 

 今はバランとの合流が優先と俺は歩き出す。このまま徒歩でテランの方向に進み、モシャスが切れたら鳥の魔物へ変身し直し、炎の闘気でレムオルを使うことで透明になったまま上空からテランの様子を偵察するのだ。そこでバランとダイ達が戦闘中であれば場合によって介入し、バランが去った後であればダイ達の元に居るであろう分体へ秘かに接触して状況を把握する。割と行き当たりばったり風味になってしまっているが、まあ、仕方ない。

 

「こう言うとき、何か連絡方法があれば……あ、俺が悪魔の目玉にモシャスで変身したら、って駄目だわ」

 

 一瞬、良い思い付きのような気もしたが、それをやるには発進と受信で最低でも悪魔の目玉が二体必要になる。

 

「鏡面衆、連れてくるんだった」

 

 後悔先に立たずとはこういうのだろう。俺の嘆きは誰にも聞かれることなく消えてゆくのだった。

 




次回、十一話「けど、よく考えると接触したらまた殴られるのでは?」に続くメラ。


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十一話「けど、よく考えると接触したらまた殴られるのでは?」

「クエッ」

 

 鳥の魔物に変じた俺が上空で声を上げたのは、まず湖の側に明らかな戦闘痕を見てとったからだった。たぶんバランと一戦した現場なのだろう。加えてその辺りに人影がないことを見るに、戦闘は終わった後の様でもある。

 

「外を出歩いてる人が居ないのが気になるな」

 

 言葉がしゃべれたら、そう口にしていただろうか。原作でもバラン戦があった後のテランの人達は自宅に引きこもって祈りをささげたりしてる描写があったし、バランがもう一度来るとでも言って、今に至るのかもしれない。とはいえ推測の域を出ず、更に詳しく事情を知るには下に降り、住民や居るならダイ達の話を盗み聞きする必要がある。

 

『モシャス』

 

 人気のないところを選んで地に降り立ち、変身呪文が切れるのを待って俺は呪文をかけなおす。

 

「ふむ、考えてみるとこの姿は初めてかもしれんな」

 

 他者に見られることを鑑みて、俺が模すのに選んだのは超竜軍団長バラン。ここへ再訪してもおかしくないというのもあるが、この姿をチョイスした最大の理由は、竜の紋章の波長を利用した内緒話が可能な点にある。それならダイに変身してもいいのだが、衣の魔杖を身に着けて更に正体バレを防ぐ気でいる俺としてはダイへの変身は避けたかったのだ。

 

「声はそのままだからな」

 

 装備で姿は隠せても、少年特有の高めの声に加え聞き覚えのある声では中身がダイにモシャスした誰かと悟られるかもしれない。だが、バランならば軍団長二人はさておき、ダイ達にとって耳にしたのは、バランと戦った時ぐらいだろう。口調を変えて、声も出来うる限り高いか低いかに調整しておけば、誤魔化せるはずだ。

 

「こう、一人で複数の役をこなす声優さんの気分だが」

 

 バランは厳格でまともなイメージであることを鑑みると、キャラとしてはふざけて行くべきか。現在の魔王軍の幹部で出来れば被らない方が好ましい。

 

「むぅ」

 

 すぐに思いついたのは、一つある。だが、あまりにもアレ過ぎてバランにボコボコにされないか不安な感じのキャラだ、それは。

 

「おネェ」

 

 人はそのキャラだちをそんな風に呼ぶ。

 

「まあ、見つかると決まったわけでもないし」

 

 あくまで会話の必要が生じた場合の備えだ。むしろ気にしすぎるとそれがフラグになって会話が必要になる事態になりかねない。バラン捜索の時とかもそうだったのだ。俺は過去の失敗に学ばねばならない。

 

「いっそのこと鏡面衆のふりしてなすりつけてもよかったかもしれんが」

 

 流石にその場合、発覚と同時に部下にボコられる魔軍司令が誕生してしまう。

 

「いかんな」

 

 ついつい余計なことを考えてしまった。無駄なことを考えている場合じゃないというのに。

 

「今日もバランが現れる様子はねえ、か」

 

 そんな折だった。一軒の民家の中から聞こえた呟きを拾ったのは。透明化呪文がまだ効いていることを確認したうえで民家の窓近くに移動すれば、そこには外を見るポップの姿があり。

 

「ダイ、おれはちっと外で修行してくらぁ」

 

 一声かけたポップの姿が窓の側から消える。

 

「なる程」

 

 バランの再訪はなく、それでいてバランが来るかもしれないからテランからは動けないというのが現状であるらしい。なら、俺としてはダイ達より早くバランを発見できればいい訳であり。出来ることならその前に同行してるであろう分体とも話はつけておきたい。

 

「師匠――」

 

 どうやって分体と接触するかを考え始めていた俺の口から思わず声が飛び出しかけたのは、民家の中で更にポップの声がしたからだ。

 

「師匠?!」

 

 俺の師匠でもある勇者アバンのことは先生と呼ぶポップが師匠と呼ぶ人物に心当たりは一人しかない。マトリフだ、大魔導士マトリフがこのタイミングでダイ達に合流しているということで。

 

「ちょ、どうすりゃいいんだよ?!」

 

 胸中でそう叫んで頭を抱えた。もしマトリフがバランとの戦いに加勢したら勝敗は全く分からなくなる。マトリフには最強の攻撃呪文があるのだ。アレが竜の騎士目掛けて放たれた記憶は原作になく、故にどうなるかが俺にも全くわからない。

 

「……いそがねば」

 

 一刻も早く分体と接触して情報交換しなくてはならない。俺はすぐに件の民家を離れ、分体を探して周辺を歩きまわった。

 

「居た!」

 

 ちょうどモシャスが切れるタイミングだったのだろう。人気のない場所へ歩み去ってゆくヒュンケルらしき人物の背中を見つけた俺はその背を追い。

 

『何が起こってるだと? 何がも何もお前が元凶だろうが!』

 

 モシャスが切れたところで接触を図ったところ、切れられて殴られたのだった。

 




次回、十二話「もういっそお前がバランのフリすればって言われたでござる」に続くメラ。

夜の更新は出来ても年越しちゃうかもしれないので、ここでご挨拶しておきますね。

拙作をご覧いただき、ありがとうございました。
良いお年を。


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十二話「もういっそお前がバランのフリすればって言われたでござる」

『こっちはな、本気じゃないバランに良いようにやられたからダイは落ち込んで弱気になるわ、ポップは逆に今度こそ勝つって修行を始めたのはいいが、前のバランとの戦いが自分もダメージを負うのを辞さない攻撃してたから何するか気が気でなかったんだぞ!』

 

 幸いポップの方はカールから戻ってきたマトリフが軌道修正してくれたとその分体は言うも。

 

『マトリフの口からAが大魔王に会いに行って帰って来てないことがダイ達に伝わった』

 

 そう聞いて、俺の口からは思わずうわぁと声が漏れた。

 

『すぐにでも探しに行こうだの助けに行こうだのと言う話が出たが、前回の戦いでバランがまた来ると言った手前、テランを空にするわけにもいかず、どうするかで意見が割れていたところにお前が使わした分体が接触してきた』

『あー』

 

 俺が鏡面衆や文官のサポート要員を送り届けていた間に、どうやら残りの分体達はちゃんと接触できてはいたようだ。タイミングが遅きに逸してる感があるけれど。

 

『それで分体の何人かにダイ達と顔見世させて、「そっちが動けないなら俺達で探してみる」と言う名目でここを発たせた。Aの影武者を立てて無事ですアピールをすると魔王軍のお前の立場がどうなるかが解からなかったからな』

『それはごめん。けど、そうなってくると、送り出した分体達って俺と行き違ったと』

『おそらくそうだろう。そして、こっちはバランがやってくるまで動きようがない。誰かさんがバランに連絡を入れてくれればなんて思いもしたが』

 

 どうなんだと視線で問われて、俺はごめんともう一度頭を下げた。バランを捕まえたいのはこっちも同様なのだ。位置が解かって居たら、連絡がつくならわざわざテランを訪れたりしない。

 

『それで、俺達はこのままここで足止めと?』

『それなんだけどさ……』

 

 追加で殴られそうだが、懸念は伝えておかねばならず。原作より立場の悪いハドラーが暴走する可能性があるとためらいがちに伝えると。

 

『べっ』

 

 返ってきたのは顔面への拳だった。指のないメラゴーストの手では拳と言っていいか微妙だが。

 

『しかし、ロン・ベルクの作の割には防御力ないんだな』

『ぐぅっ、フードの中……しかも薄布で隠してない顔の上半分殴っておいて、防御力ないって……』

 

 ローブが守ってくれてない場所を意図的に殴ってそれは流石にどうかと痛みを堪えつつ俺はそう思った。

 

『それはそれとして、なら尚のこと一か所に止めておけんだろ。A、おまえがバランに化けろ』

『え』

『それでダイ達をテランから動かす。ここには分体を残しておいて本物ランが来たら、分体経由で事情を説明すればいいだろう』

『あ』

 

 俺がバランは拙いだろうと瞬間的に思ったが、説明を聞けば、なる程悪くないような気もする。

 

『けど、それって俺がバランとしてダイ達と戦わないといけなくならない?』

『こっちとしては新魔軍司令殿でも一向にかまわんぞ。新魔軍司令として登場して、バランは下がらせるとでも言えばいいだけだからな』

『むう』

 

 唸っては見るが、いずれにしてもダイの前に出ていかないといけないと言うのが俺としてはどうにも気が進まなかった。たぶんうしろめたさ的なものが原因なのだろうが。

 

『言っておくが現時点でバランにモシャスできるのはAだけだからな? 代われと言っても無理だぞ』

『いや、流石にそんなことを言う気はないよ』

 

 現状を何とかしたいという意味合いでは、目の前の分体も俺も変わらないのだ。

 

『けどさ、場を余計に混乱させることにならない?』

『それは今更だろう。俺としてはここにバランとハドラーがやって来て三つ巴なのか四つ巴なのかわからん展開になるよりよっぽどマシだと思うが』

『同感だけどやめて?!』

 

 噂をすれば影と言う。フラグになってハドラーが姿を見せたらシャレにならない。

 

『わかった。やるだけやってみるから。ただし、フォローはしてね?』

 

 正体を俺と知らないダイ達との戦いでは頭が痛いが、事情を知っている分体と示し合わせての戦いとなれば難易度も随分変わってくる。ダイ達が参戦してくる前に分体が先に接触し、善戦して追い返したという筋書きなら、ダイ達とは戦わずに済む訳だし。

 

『まぁ、やれって言った手前それぐらいはするが。問題はものまね番組よろしく途中でご本人が登場した場合だな』

『うわぁ、ありそう……って、そうすると魔軍司令モードで出張った方が良いか』

 

 ただモシャスするだけでは炎の闘気を纏った状態になってしまうのだ。一応闘気をモシャスで何かの姿に変えて分離させ、自立行動させることも不可能ではないが、闘気を引っぺがせば当然俺本体のスペックは合体する前のノーマルな状態にまで減退する。

 

『うーむ』

『そこは任せるが、去る前に決めて伝えろよ』

『あ、うん』

 

 すぐには決められず唸っていた俺はくぎを刺されて反射的に頷いたのだった。 

 




今度こそ今年最後だ。

次回、十三話「来ちゃった」に続くメラ。

では、良いお年を。


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十三話「来ちゃった」

「あー、あー、ハァイ♪ あなたが噂の勇者ダイちゃんね」

 

 そしてバランのフリは拙いと最終的に判断した俺が選んだのは、新魔軍司令と言う肩書のおネェきゃらであった。発声練習からそれっぽいキャラづくりに続けてみるも、うん。

 

「不評だったら次は別のキャラで行こうかしらぁん。こう、百の表情をもつ魔軍司令的な感じで――」

 

 壊されたら仮面をつけかえてく死神だっているのだ。魔軍司令がキャラを変えていったって問題はないだろう、たぶん。

 

「うふふ、このキャラを気にいってくれるといいけどぉ、勇者ダイちゃん」

『我がオリジナルながらどうしてそうなったってツッコミを入れたいがな、俺は』

 

 分体の無粋な発言が聞こえた気もするが、そこはスルーだ。

 

「何言ってるのよぉん? ダイちゃんの代わりに戦うの貴方なんでしょぉん」

『うぐっ』

 

 ようやく気が付いたのか強張った顔をする分体に俺は笑顔で親指を立てる。

 

「発案者のおまえには付き合ってもらうぞ、ある意味地獄の底までな」

『いや、どういう地獄だ!?』

 

 悪ノリと言うか現実逃避と言うか。いずれにしても賽は投げられて。

 

「貴方以外との戦闘はめんどくさそうだからぁん、合図はそっちでお願いねぇん。特にマトリフとの戦闘は嫌。下手したら死ぬ」

『っ、俺が単独でいるところに遭遇、ダイ達が駆けつけて来たら顔見世だけして撤退するってことだな』

「そうそう♪ 修行中の遭遇とかがベストねぇん。ブラッディスクライドをぶっ放してくれれば目印になるかしらぁん?」

『いや、先日それはダイも使っていたからな。むしろ見通しの良い場所で――』

 

 湖に向かってアバンストラッシュの練習をするというので、それを目印にすることとし、俺達は一旦別れた。

 

◇◆◇

 

「さてと、後は行き違いになった分体ちゃん達が戻ってこないかも気になるところだけどぉん」

 

 とりあえず、さっきの偽ヒュンケルとのやらせ戦闘をする前に、複数のケースを想定しておく。

 

「ケース1、予定通りで誰も来ない」

 

 これが一番ベストな展開だが、まぁ楽観視するのは危険だろう。

 

「ケース2、バラン来訪」

 

 今の俺もバランにモシャスしてるので、これに関しては竜の紋章の波長会話で現状を伝え、一度一緒に撤退してもらって作戦会議すればいいから問題はない。

 

「ケース3、ハドラーとバラン来訪」

 

 三つ巴の可能性もあり、爆弾内包したハドラーの処置がメンドクサイと言う意味でも一番厄介なケースに近いのがこれだろう。

 

「これの派生で、ケース3´なんてのも考えられるのよねぇん。ダイちゃん達の本体にハドラーが襲来して、アタシと偽ヒュンケルの戦いの方にバランが来るとか」

 

 逆にこっちにハドラーが来るパターンも可能性の上ではあるが、こっちで戦ってるのがヒュンケルだけだと見たならハドラーはダイ達の方に向かう筈だ。ハドラーが一番避けたいのは、バランがダイを仲間に引き込むか倒して手柄を上げることだろうから。もっとも、こっちに来たのがバランであれば紋章の内緒話で戦わずに済ませることが可能なので、その場合の危険はバランへの事情説明が終わる前にハドラーが爆発するという事態ぐらいだ。

 

「で、ケース4がハドラー来訪ねぇん」

 

 これに関してはハドラーの暴走と言う形なので、俺が出ていって咎めた上で、今はバランに任せているから退けとでも言えばいい。逆らうなら戦うことも視野に入れるが。

 

「その前にミストバーンかキルバーンが来るかしらぁん」

 

 ハドラーが暴走したとなれば、充分あると思う。

 

「問題はその上でミストバーンがバーンさまのお言葉を持ってきたケースよねぇん『ここはハドラーに任せよ』って」

 

 ダイ説得の可能性が残されてるかもしれない段階でハドラーの保身を優先するような決定を大魔王がするとは思えないが、想定外の事態にテンパる俺としては一応、考えておくべきだろう。

 

「うーん」

 

 もしミストバーンがハドラーの黒の核晶を爆発させるつもりなら、俺はこれを防いで魔王軍から離反する。一緒に爆破しようとするなら離反したって当然だし、ミストバーンが俺を退避させようとした場合はハドラーを見捨てる気なのかと聞き、退避を拒否すればいい。

 

「よし、とりあえず想定されるケースはそんなところよねぇん」

 

 おおよその可能性を考慮し終えた俺は偽ヒュンケルの合図を待ち。

 

「あ、あれね」

 

 湖面を斬り裂きあがる水しぶきを確認したのは、暫く後のこと。

 

「ハァイ♪ あなたが裏切り者のヒュンケルちゃんね?」

「悪いな、生憎偽物だ」

 

 湖を回りこむようにして偽ヒュンケルの元にたどりつけば。分体は不適に笑んで身構える。

 

「俺の本物を裏切者と言うからには、おまえは魔王軍だな?」

「ええ。新魔軍司令でトゥースって言うのぉん♪ 短い間でしょうけど、覚えておいてねぇん♪」

 

 お道化つつ俺は両手で印を組むと、挨拶代わりに呪文を唱える。

 

「ベギラゴぉン♪」

「アバン流刀殺法、海破斬ッ!」

 

 放たれた極大の閃熱を偽ヒュンケルはあっさり両断して見せ。

 

「まあ、挨拶代わりなら」

「おい! 何だ今のっ?!」

 

 当然よねと続ける前に、忙しい足音と共に現れた人物が絶句する。

 

「「な」」

 

 奇しくも驚きの声が被るあたり、偽ヒュンケルにも想定外だったのだろう。想像より早いタイミングで、見る限りポップだけが現場に来ちゃったのだった。

 




バランだと思った? 残念ポップ君でした。

次回、番外31「新しい敵(ポップ視点)」に続くメラ。


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番外31「新しい敵(ポップ視点)」

 

「……あいつも修行か。なら負けてられねえよなっ」

 

 ことの始まりはメラ公の分体が修行をして来るってここ数日世話になってる占い師のばあさんの家から出ていったことだった。

 

「悪ぃ、俺もちょっと出かけて来らぁ」

 

 ひょっとしたらもうモシャスの呪文の効果が切れそうってのもあったかもしんねえが、おれがバランとの戦いで使おうとした魔法剣もどきもまだとても完成とまでは言えねえ状況だった。にもかかわらず、いつあのバランがまた襲ってくるかもしれねえんだ。じっとしてなんていられず、おれはダイ達に断りを入れてメラ公の分体の後を追う様に外に出て、迷惑になりそうにないところまで移動して修行を始めたんだ。

 

「まじかよ……あいつ、本職はおれと同じ魔法使いだよな?」

 

 やがて修行を始めようとしたところでふいに湖の方を見ると、湖面が割れる姿があって、ちらりとだがおれも良く知る先生の必殺技を放った姿勢のヒュンケルの姿がそこにあった。

 

「モシャスの呪文か」

 

 実際にはモシャスであの野郎の姿をとってるメラ公の分体だということはわかってる、だけど。

 

「モシャスの呪文が使えたら、おれもああいうこと出来んのかな」

 

 魔法使いは本来遠距離から呪文を用いて戦うもんだ。だからこそ、近接戦闘なんてできやしねえ。実際、バランとの戦いでも拳一発でのされたらしいし。

 

「呪文が効かねえ相手と戦うなら――」

 

 モシャスの会得も選択肢の一つかね、と思った時だった。さっき、メラ公の分体が修行していた辺りで爆音が聞こえ。

 

「っ」

 

 たまらずおれは走り出し。

 

「おい! 何だ今のっ?!」

 

 まだ無事なヒュンケルそっくりの姿を見つけて密かに安堵しつつも声を投げ、少し遅れて気づく。こちらを見て立ち尽くす人物がもう一人いたことに。

 

「な、なんだてめぇは?!」

 

 敵、おそらくそうだろうってことはさっきの爆発でわかる。だが、ローブを着こんだそいつは初めて見る顔だった。顔の半分を薄布で隠し、フードを被ってるせいで表情もうかがえねえ。メラ公の分体と同じタイミングで漏れた一音からすっと、想定外の事態に驚いてるって風じゃあったけどよ。

 

「新魔軍司令、だそうだ」

 

 ただ、俺の問いに答えたのは、当人じゃなくてメラ公の分体の方だった。

 

「なぁにぃ?! 魔軍司令?! じゃあハドラーはどうなったってんだ?」

「んー、ハドラーちゃんならたぶん元気よぉん?」

「なっ」

 

 驚きと同時に疑問もわいて、口から漏れた問いにそいつは顎の辺りにピンと立てた人差し指を添えて首を傾げつつ言う。と言うか、いったが。

 

「たっ、たぶん?!」

「勇者一行、つまりあなたたちに関してはバラン殿に一任してて、ハドラーちゃんとは今引き継ぎの途中なのよぉん。本当なら、アタシは報告を待ってるつもりだったのだけど、バラン殿に用事があって探しに来ちゃったから」

 

 今もハドラーちゃんはお留守番してるんじゃないかしらぁんとかそいつはふざけたことを言う、と言うか。

 

「なぁ、何だコイツ」

 

 おれは思わずメラ公の分体にもう一回聞いた。

 

「新しい魔軍司令でトゥースと言うらしいぞ?」

「だーっ! そうじゃなくてよ、こんなナヨナヨしたヤツがなにをどうしていつの間に魔軍司令になってんだ!」

「まぁ、ナヨナヨなんて酷いわねぇん」

 

 無駄に平静なメラ公の分体に思わず新魔軍司令とやらを指さし叫んじまったとしてもそれはしかたねえだろう。当人が心外そうなことを言ってるが知ったもんか。

 

「で、てめぇは何しに来やがった?」

「それならさっき言った通りよぉん。バラン殿に連絡事項があったから探しに来たの。さっきのはホンのあ・い・さ・つ・が・わ・り♪」

「なんだと?!」

 

 確かにそんなことも言ってたなとは思ったが、それ以上に後半が衝撃だった。

 

「挨拶代わり?! これが?!」

 

 周囲を見回せばすぐ見つかる破壊の跡は、極大呪文でもぶっ放さなければ起こりえないモンなんだ。

 

「少なくとも今はアタシに貴方達と戦うつもりはないわ。バラン殿に勇者一行のことは一任してあるからアタシがしゃしゃり出て行くのは違うと思うのよねぇん。ただ、アタシが連絡取りたがってるってことをバラン殿に伝えてくれたらちょっと嬉しかったりするんだけどぉ」

「たっ、戦わねえ上におれ達をメッセンジャーがわりにするだとぉ?!」

 

 ふざけたモノ言いだが、問答無用で呪文をぶっ放すのもはばかられた。挨拶代わりの跡もあるものの、それ以上にバランの上司ってことになるとこのふざけたヤツはバランより強いかもしれねえんだ。

 

「仕方ないじゃない。任せるって言ったのにここで貴方達を全滅させたらバラン殿に合わせる顔がないもの。それに、別にボランティアしてくれって言ってるわけじゃないわよぉん? 後払いだけど、そうねぇ、アタシに答えられることなら質問してくれれば答えてあげてもいいわ。これでどう?」

「なに?」

 

 見返りとしては悪くないんじゃないかしらぁんとかのたまうトゥースって野郎は、おれを見ながら首を傾げ。

 

「その必要はない」

 

 声が空から降ってきたのは、その直後のこと。

 

「な」

 

 空を仰げばそこには腕を組んだあのバランがおれ達を見下ろしていたのだった。

 




まさかの時間差。

次回、十四話「やっと会えた」に続くメラ。


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十四話「やっと会えた」

《よかった、ちょうど連絡取りたくて探しに来たところだったからさ》

 

 フードに紋章を隠しつつ、思念の波の形で紡いだ言葉を俺はバランへ投げる。

 

《正体をポップ達に気取られないためにキャラクターを変えてるけど驚かずに合わせてね》

 

 最初に伝えておくべきことは、まずこれだろう。バランは俺がおネェキャラを演じてることなんて知らないのだ。

 

「あらぁん? やだぁ、バラン殿じゃなぁい。ナイスタイミングぅ、ちょうど話したいことがあったのよぉ」

 

 喜色を前面に出して手を振ってから、あっと今気づいたかの様に声を漏らし。

 

「けど、お邪魔だったかしらぁん? これから勇者一行と戦うんでしょぉん?」

 

 問いかけるが表向きも会話をしなければ不自然だからであり、首を傾げつつ思念で明かすのは、ハドラーが乱入してくる可能性があることだ。

 

《ハドラーが乱入してくるって確定したわけじゃないけど、今のハドラーっておれがいうことじゃないかもしれないけど、魔軍司令の座を失って追い込まれてるからさ。何をやっても不思議はないと思うし》

 

 もっとも、ただ乱入してきただけならバラン一人でも対処は可能だろうが、体内に黒の核晶があるとなると話が違ってくる。もっとも、黒の核晶については現時点でハドラーに埋め込まれていることを知ってる理由が説明できないため、そこはぼかして説明するより他ないのだが。

 

《事情を知らないダイ達へバランを隠れ蓑に強襲してくるってこともありうるからさ。その場合、バランがハドラーと示し合わせてやったって思われるかもしれないし》

 

 生き別れの息子にようやく会え、たぶんまだ説得も諦めてないバランからしても、それは避けたい事態の筈だ。

 

「いや、今の力量ならば勇者達を倒すことぐらいいつでもできる。話があるというならそれを聞くとしよう」

 

 頭を振りつつバランは思念の会話で問うてくる。それでどうするつもりなのかと。

 

《ハドラーが来た場合はおれが抑える。魔軍司令の権限で帰らせることもできると思うし。命令を聞かないようなら、おれが足止めするからダイ達と一緒にその場を離れて別の場所で説得なり戦いなりをして貰う感じかな? バランに一任した手前、横槍入れられるのはおれも気にいらないしさ》

 

「ありがとぉ~♪ じゃ、ちょっとバラン殿お借りしちゃうわねぇん?」

 

 バランに変身してることで、トベルーラの呪文が使える俺は空に浮かび上がるとヒラヒラ手を振って踵を返す。

 

「ちょっ、待ちやがれ! メッラゾォォマアァ!」

 

 後ろからポップの声がしたかと思いきや、何かが飛んでくる音もしたが、気にしない。

 

「あら」

「やったあ!」

 

 衝撃と共に炎が我が身を包んでも。

 

「ざまあ見やが……れ」

 

 歓喜を帯びたポップの声が急にトーンダウンしたのは、直撃を受けた筈の俺が平然としてるからだろう。まぁ、ロン・ベルク作の一部呪文効かない装備着用の上にバランにモシャスして竜闘気と炎の闘気を併用してるのだから効かないのは当然なのだが。と言うか、これなら大魔王のメラゾーマ喰らってもけろりとしてそうな気がしている。

 

「あー、どうしようかしらぁん? 流石に呪文攻撃されて何もしないのは礼儀に反する気もするけれど、バラン殿に一任しちゃってるから手を出すのもちょっとあ」

 

 あれよねと余裕ぶって続けようとしたところで、ふと目に入ったのはこっちに向けて構える偽ヒュンケル。

 

「それじゃ、挨拶には挨拶ってことで、ベギラゴぉン♪」

「アバン流刀殺法――」

 

 おそらく俺のそれを待っていたのだろう。放った極大閃熱呪文は、偽ヒュンケルの斬撃に断ち切られてあらぬ方向で炸裂する。

 

「あらあら、残念。まぁいいわん、行きましょ、バラン殿」

 

 実は視線で示し合わせたこの攻防を機に俺は今度こそその場を離脱するのだった。

 

◇◆◇

 

「ふぅ、この辺りまで来れば大丈夫ねぇん。さてと――」

 

 そして、無事逃げおおせたところで下に降りると、俺はバランとの話し合いを再開することにする。

 

「伝えたいことなんだけど、ひょっとしたらハドラーが暴走して介入するかもしれないから、おれが暫くその抑えとしてご一緒するよってのが一つ。一任したのを一部撤回する形になっちゃって申し訳ないけど」

 

 まずはポップも居なくなったことで、口頭でも懸念を口にしておく。万が一悪魔の目玉に見られた場合、伝えるべきことを話していないとテレパシー的な会話の方を気取られるかもしれないからだ。

 

「それと、バランを探してる間にちょっと探って知ったんだけど、今このテランには先の勇者の仲間の一人、大魔導士マトリフって凄腕の魔法使いが居るらしいんだって。この人さっきのポップの師匠なんだけど、師匠って言うくらいだから、あのポップより、当然強いし厄介だから」

 

 忠告なんて必要ないかもだけどとしつつも件の人物まで参戦してくると単独は危険かもしれないとアドバイスをしておく。呪文なんて効果ないと高をくくってバランがメドローアで消滅してしまったら目も当てられないからだ。

 

「ふむ、おまえが言うからには軽く見ていい人物ではないのだろうな」

「うん。ばあいによってはマトリフだけはおれが押さえておいた方が良いかなって思うくらいには。判断はバランに任せるけど」

 

 殺し合いではなく内実ダイ達が死なないための特訓をつけているつもりであろうバランからすれば、おれがここまで言うダイ達側の助っ人は邪魔なはずであり。

 

「後れをとるつもりはないが、魔軍司令殿の言葉をむげにするのもな。好きにされるといい」

「本当? ありがとう」

 

 許可を貰えて少しだけほっとする。もっとも、それはメドローアが飛んで来かねない状況に身を置くということでもあるのだが。

 

 




十五話「再戦のお供」に続くメラ。


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十五話「再戦のお供」

「それじゃ行こっか」

 

 死にかねないから相手をするのは嫌と言って舌先が乾かぬうちにマトリフの相手を買って出る形になったが、現状やむを得ないと俺は胸中で自己弁護しつつバランに声をかけた。

 

「さっきのベギラゴンでダイ達は集まってきてるはず。ほぼ間違いなく多対一の戦いになるよ?」

 

 多対二としないのは、原作であればイレギュラーとなるマトリフと分体のうちマトリフだけを受け持つと宣言したからであり。同時に原作知識で知っている側近三人は使わないのかと言う遠回しな問いでもあった。

 

「前に戦ったままなら、問題はない」

「そう」

 

 答えるバランに応じつつ、そう言えばとこの世界での一戦目の経緯を思い出す。原作と違い、バランが手加減していた上に早々に切り上げたことで、バランがダメージを負う事態が発生していなかったことを。そりゃ、ダイ達の評価が下方修正される筈だと密かに納得し。

 

「ならどこまでやるかを含めてバランに任せるよ。戦いが終わったとか、今回はこの辺りにして離脱するって時は一声かけてね? おれ、元々後衛だから集団に袋叩きにされるのは勘弁してもらいたいし」

「ふっ、私に勝った身で良く言う。だが、承知した」

 

 軽口を交わしつつ来た道を戻る途中で一度だけ足を止めてモシャスをかけなおしたが、それ以外に立ち止まる理由もなく。

 

「ハァイ♪ お待たせぇ……って、アラ。全員集合って感じねぇん」

 

 先の戦場にたどり着けば、ポップと分体は当然として、ダイとレオナ姫、そしてクロコダインに大魔導士マトリフが居て、更に少し離れた場所には占い師の老婆とその見習いの少女の姿までがあった。

 

「あ、あいつだ! ダイ、アレが新魔軍司令のトゥースって奴だ!」

「あいつが……」

 

 指さすポップをちらりと見てからダイがこちらに視線を向け。

 

「あらぁん、覚えてくれたのね、嬉しいわぁん♪ け・ど、今日ダイちゃん達が戦うのはこっちのバラン殿だからお間違えなくぅ?」

「だっ、ダイちゃん?!」

 

 俺の呼び方にダイが面食らったような顔をするも、そう言うキャラなのでご容赦願いたいと声に出さず弁解の言葉を紡ぐ。

 

「あ、ただしぃ、そっちのおじいちゃんだけはアタシの相手をして貰おうかしらぁん?」

「ほう、オレをご指名たぁね」

「だって貴方、人間界最強の大魔導士なんでしょぉん?」

 

 微かに眉を動かしたマトリフに確認の形の問いを投げ、だから色々興味があるのよぉと続ける。

 

「興味、ねぇ」

「ホラ、アタシも呪文の使い手として、種族問わず熟練者の技とかッて参考になるしぃ、後学の為にいろいろ見ておきたいって思っても不思議はないじゃない?」

「はっ、勉強熱心なことだ。そこの弟子にも爪の垢を煎じて飲ませてえくらいだぜ」

「アラ、ありがと♪」

 

 軽口を叩き合ってみるが、対峙してみてよくわかる。隙が無かった。言葉を交わしつつ仕掛けるタイミングを計っていることが強敵との戦いを経てきたことで、俺にもわかる、だから。

 

「褒めてくれたお礼って訳じゃないけど、このまま見つめ合ってるだけでもアタシは構わないわよぉん? そのお年で戦いはきつイでしょん?」

「はっ、安っちい挑発だな」

「んー、そうじゃなくて割と本気の提案なんだけどぉ。アタシ、今回の戦いバラン殿に一任してるから、おじいちゃんがあっちに加わらないなら、別に手出しするつもりもないのよねぇん」

 

 鼻で笑われてもとり合わず、見てるだけならこっちもらくで良いしぃと続け。

 

「そっか」

「アラ、わかってくれた?」

「いんや、つまり……オレとは戦いたくねえってことだろ? そこまで評価してもらって棒立ちしてんのは男がすたるってもんだ」

「え゛」

 

 ニヤリと笑うマトリフを見て、俺は失敗を悟る。そう言えばこの老人、サディストだった。こっちが戦いを避けようなんてすれば、乗じてくるのは当然で。

 

「さてと、メラ系の呪文は効果がねえってあいつは言ってたな……」

「わお、きっちり報告されてるとか」

 

 俺が引きつった笑みを浮かべて半歩退く間に、空に向けたマトリフの左右の掌に光球が生じる。

 

「いっ」

「正解だよ、喰らいな」

 

 極大呪文は両手が必要となれば、あれはイオラだろうと当たりをつければ、マトリフはそれらを容赦なく投げてきて。

 

「爆発オチなんて最低―ッ!」

 

 叫ぶ俺は呪文の直撃で爆炎に包まれた、もっとも。

 

「……なーんちゃって」

「ちっ、イオラも効かねえのか」

 

 衣の魔杖と竜闘気の呪文耐性は伊達ではなく、お道化つつも俺は距離を詰める。遠距離は拙い。マトリフ最強の呪文である極大消滅呪文だけは使わせるわけにはいかなかった。

 

「瞬間移動呪文!」

「っ」

 

 距離を詰めてつかまえたと言いたいところだったが、近接戦闘の間合いに入るよりも早くマトリフはルーラを用いて距離をとり。

 

「仕方ないわねぇん、お返しよぉん」

 

 今度はこちらから二発のイオラを放つ。

 

「師匠っ!」

「黙ってろ! イオラッ!」

 

 どこかから聞こえるポップの叫び声を一喝したマトリフは俺のイオラを自身のそれで相殺し。

 

「あー、まぁ、そうなるわよねぇん。本当に厄介だわぁん」

「そりゃ、こっちのセリフだ」

 

 顔の半分を掌で覆って嘆いたふりをすれば、すぐさま反論されるのだった。

 




何で私はマトリフと主人公のバトルなんて書いてるんでしょうね。

次回、十六話「舐めプの代償」に続くメラ。


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十六話「舐めプの代償」

今話はちょっと短めです。


 

「もうっ、参ったわねぇん」

 

 大魔導士と言えど、相手はスタミナに難のある老人。普通に考えれば長期戦に持ち込むのが好ましいのだが、ここまでにモシャスや透明化呪文そして二発の極大閃熱呪文といろいろ使って結構魔法力を消費してる俺の方も実を言うと長期戦は拙かったりするのだ。その辺りまでマトリフが見抜いてるかどうかはわからないのだが。

 

「ふ~ん、参った? どうした降参か?」

「そう言う意味で言ったわけじゃないわぁん。そも、こっちは有効打一発も喰らってないでしょ?」

 

 それを言うならマトリフの方もそうではあるのだが、俺には二重の呪文に関する備えがある。原作知識を照らし合わせれば、警戒すべき呪文は一つだけ。なら、守勢に回って魔法力を温存するのも一つの手ではあるのだが。

 

「確かにな。だが、読めたぜ、てめえの正体」

「え゛」

 

 マトリフの口から飛び出してきた言葉は、思わず固まってしまうほどに予想外過ぎた。

 

「そいつの正体ぃ?!」

「よそ見してんじゃねえ、バカ弟子!」

「へ? うわあっ」

 

 離れた方からポップの驚きの声が聞こえたかと思えば、マトリフの叱責の後に悲鳴が上がった。こちらに気をとられてそこをバランにつかれ攻撃でもされたんだろうか。無事だといいけど、今はそれどころじゃない。

 

「や、やぁねぇん。不用意なことを言うからお弟子さんがピンチじゃないの」

「声が震えてんぞ。しっかし、ホンの一言でここまで動揺するたぁな。どうやらオレの読みもあながち外れじゃねえらしい」

「うぐっ」

 

 マトリフにニヤリと笑われて薄布の奥にある俺の顔が引きつる。ヤバい。けど、どこで、どこまで感づかれたかが俺にはわからない。

 

「呪文が効かねえ理由についてオレなりに考えてみたのよ。最初はそのローブが呪文を防いでんじゃねえかって思ったわけだ。元魔王軍に居た奴が呪文の効かない鎧ってのをつけてたからな」

「だ、だったら、このローブもそういうモノかもしれないじゃない?」

「まあな。だからカマをかけたのよ。正体って単語で動揺するかどうかってな」

「あ゛」

 

 わざわざご丁寧に指摘されて俺は自分の失敗に気付かされた。

 

「身長に声色……二人並んで出てきたのは失敗だったな。竜闘気って言ったか? そいつの効果は弟子に聞いてらぁ。わざわざナヨナヨしたモノ言いしてはいるが、その声音はあっちのバランって奴と変わらねえ」

「うっ」

 

 気付いている。この大魔導士、俺がバランにモシャスしてることをあっさり見抜いているッ。どうすればいい、このままでは。

 

「つまり、てめえが本物のバランだ」

「えっ」

 

 焦りに焦っていた俺の目は点になった。

 

「ありゃ? 良い線行ってると思ったんだがな」

「ええーっと」

 

 ポリポリ頬をかいて目をそらす大魔導士に俺がなんと言おうか言葉に迷っていた時だった。

 

「ぐおおおっ」

「え」

 

 俺は目の前を通り過ぎて言ったモノを目で追ってから、二度見した。

 

「ばっ、バラン?!」

 

 それはどう見てもダイ達の相手を任せた男であり。

 

「ぐ、ぬう」

 

 起き上がるバランの頭部からは血が流れ顔を汚していた。

 

「えっ、あ」

 

 何故と考えて、すぐ思い至った。原作の一戦目でもバランはダイとクロコダインの同時攻撃で手傷を負ったのだ。そこに今回は俺の分体が居る上、原作では手を出すなとクロコダインに言われて加勢してなかったポップまで何らかの形で攻撃に加わったのではないだろうか。しかも、バランとの戦いはこれで二度目。短いながらも先の戦いの経験を生かし勇者一行が来る再戦に向けてパワーアップを図っていたとしたら。

 

「代償か……」

 

 ダイ達を甘く見て、殺したり大けがを負わせないように加減していたバランの所謂舐めプによる代償があの負傷なのだろう。

 

「大丈夫かしらぁん、バラン殿? どうする、まだ続ける?」

「無論だ。些少傷を負っただけで引き下がるつもりなど私には無い」

「そ、そう」

 

 正体が云々と言われてる今、乗じて逃げられるかと思ったがバランはまだやる気の様であり。

 

「もうっ、参ったわねぇん」

 

 ため息と共にさっきと同じ言葉が俺の口から洩れたのだった。

 




次回、十七話「知らなかったのか、逃げたい時ほど割と逃げられない」に続くメラ。


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十七話「知らなかったのか、逃げたい時ほどと逃げられない」

「とりあえず、場所を移しましょ?」

 

 ここでマトリフに推理の続きをされるのもありがたくないが、バランが飛んできたということは戦場が思った以上にこっちに近づいてきていたということでもある。

 

「バラン殿は呪文が効かないけど、そっちのお弟子さんはそうでもないでしょぉん? 呪文合戦に巻きこんじゃったら問題なのはそっちだけだけど、こっちも横槍入れたって非難されるかもしれないしぃ」

 

 こっちがダイ達を捲き込むことを厭う理由をでっち上げつつ尋ねれば、短い思考の時間を挟んで良いぜと言う返事が大魔導士から返ってきて、俺は密かにほっとする。

 

「おっけー♪ それじゃ、向こうに行きましょ」

 

 言いつつ示すのは、今いる場所よりも湖や民家から離れた場所だ。それでいてきっちりバランやダイ達の戦いが確認できるぐらいには離れていない場所をチョイスし、歩き出しながらこのあとバランがどう動くかを考える。原作なら、仲間との結束が厄介だと見て、竜の紋章の共鳴を利用してダイの記憶を奪ったはずだが。

 

「あ」

 

 そこで、ようやく気づく。もしあのバランにその気が有ったとしても、今ここにはその共鳴の影響を受けてしまうかもしれない者が他にもいることに。そう、俺だ。

 

「どうしたよ?」

「何でもないわ、こっちのことよ」

 

 唐突に声を漏らした俺をマトリフが訝しむも、そもそもバランが記憶抹消を試みなければいいだけの話であり。問題はそんなことより、この戦いをどう持って行くかだろう。撤退はバランの判断次第だから、あちらが戦いを切り上げるまでは目の前の大魔導士を押さえておく必要があり、その上でかけなおすモシャスや離脱の為のルーラ分の魔法力は残しておかないといけないのだ。いくらA5と俺で今の俺が二人分の魔法力を有していると言えど魔法力は無限じゃない。

 

「さてと、はじめましょうか。んー、魔法使い的には邪道だけどぉ」

 

 作戦を呪文節約とするなら、バランの身体能力を生かして肉弾戦を挑むべきだ。杖には申し訳ないと思いつつも、俺は空の手を握り固め、地を蹴った。

 

「でやあっ」

「おっと」

 

 竜の騎士の身体能力ならば当たると踏んだパンチが、それまでマトリフが居た場所を貫く。

 

「流石にそう簡単に当たってはくれないのねぇ」

「当然だぜ。いつもは後ろにいるからって敵が斬り込んでくることなんざ往々にある」

「まぁ、確かに厄介な奴から先に片付けるってのは結構な人が思うことよねぇん。そんなとき、一撃で倒されてたら話にならない、ってことかしら?」

 

 俺もゲームでは嫌な特殊攻撃だとか蘇生呪文だとか持ってるモンスターはだいたい真っ先に潰していたので、おそらく口にした例に俺自身も入るとは思う。ただ、現実にはこうしてあっさり無力化されてくれない相手が居るのだ。

 

「正解って言っといてやるよ。ただ、てめえにとっちゃ、オレが厄介だから隔離したんだろうが、そいつあ失敗だったな」

「あら? 失敗? まあ確かにこっちの呪文に巻き込むことのまずさ加減ではそちらの方が上だったでしょうし、貴方にとって都合のいいことになったのは確かよねぇん」

 

 首を傾げて見せつつも、その失敗に嫌な心当たりのあった俺は炎の闘気の方で念の為に呪文を唱え始める。敵味方共に味方を巻き込まずに済むという状況でこの大魔導士に一番されたくないことと言ったら、衣の魔杖でも竜闘気でも防げない呪文を当てられることに他ならないのだから。

 

「ただ、アタシもまだダイちゃんやバラン殿だけじゃなくてバーンさまにも見せてない奥の手ってのがあるのよねぇん」

 

 ブラフではなく事実を口にし、俺はマトリフをけん制する。この状況をあくまの目玉にでも見られていようものなら、マトリフと後のポップの最強呪文がこの時点で魔王軍に知られてしまうからだ、だから。

 

「マホカンタって知ってるかしら?」

「っ」

 

 俺の独言にマトリフの肩がピクリと震えた。

 

「てめえ」

「意趣返しって訳じゃないけれど、おじいちゃんの抑えを買って出たのも勝算あってのことなのよねぇ。本当なら使えることは伏せておいて、不意打ち気味に呪文をお返しすることもできるんだけど」

「じゃあ、なぜそうしねえ」

 

 肩をすくめた俺にマトリフが問うので、俺はご存じでしょと言った。

 

「マホカンタの呪文でどれぐらい呪文を反射できるかは、術者の技量によるって」

 

 原作では大魔王はほぼ100%の反射率を誇っているとかあった気がするが、逆に言うなら大魔王以外は確実に反射できるとは言いかねるわけで。

 

「成程な、オレの呪文を完全に返せる保証がねえから先に口にしたってわけだ」

「そうねぇん。アタシ、賭けって好きじゃないのよぉん。割とギャンブルには弱いから」

 

 あくまで防げるかどうかわからず冒険する気はないという態で話すが、実際はうっかり反射してしまってマトリフが死ぬことを避けたいから以外の理由はなかった。

 




もっと伏せておくつもりだった奥の手をばらさざるを得なくなった主人公、どうなる?

次回、十八話「奴が来る」に続くメラ。


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十八話「奴が来る」

「そこまでだ!」

 

 唐突に第三者の声がしたのは、俺の牽制によってマトリフの動きが止まってすぐのことだった。

 

「今バランって口にしたよな?」

 

 現れた男はそう俺に問うてきた、頭には槌頭の合体した兜と言うネタ装備を装着して。

 

「だれだてめえは?」

「ああ、俺か。俺はマイボ、アルキードのどたまかなづち使い、マイボだ!」

 

 唐突な乱入者にマトリフが問えば、自分を示してそのオッサンは名乗る。

 

「居なくなったあいつを探してたら、前にこの辺りで戦いがあったって聞いてな。何か手がかりでもないかと思ってたら案の定って奴だな」

 

 得意げに胸を張るオッサンを見つつ、俺は胸中でどういうタイミングで出てきてんだと絶叫していた。たしかこのオッサンは俺が深手を負わせたバランを助けて改心させる一端になった男だったと思う。バランから直接聞いたわけではないけど、命の恩人であるはずだし、バランが方針変更したのもその後だから間違ってはいない筈だ。

 

「あぁ、どうしてこう」

 

 バランの恩人だから手荒なことは出来ないが、タイミングが悪すぎる。

 

「本当に、本当に不本意だけれど……一時休戦と行きましょ」

「なんだ、てめえ、こいつと知り合いか?」

「こっちにも事情があるのよ」

 

 ハドラーが乱入してくるならまだ予想の範疇だった。だが、このオッサンが現れたのは想定外。位置的にこのオッサンの漁村がテランの南西の海岸沿いにあること、バランがこのオッサンを呪文で眠らせて抜け出てきたこと、一度前にバランがこのテランで戦ってること、情報を繋ぎ合わせれば予想できていたかもしれない訳で。

 

「完全にアタシのポカよね、これ」

「おい、どうなんだ?」

 

 思わず遠い目をしてしまう俺にオッサンが再び問うてくるが。

 

「あのね、今取り込み中なの! 少なくともそっちのおじいちゃんが休戦に同意してくれなきゃ、お話するのは無理!」

「そ、そうなのか」

 

 びしっとマトリフを示すと納得した辺り、思わず素直かとツッコミたくなるが、堪えて俺もマトリフの方を見て。

 

「ちっ、しゃあねえ。まあ、休憩できるって考えりゃ悪くはねえか。ただし、そのお話とやらはオレも聞かせてもらっていいんだろうな?」

「ダメって言っても聞かないでしょ? はぁ」

 

 本当にどうしてこうなったと言いたくなるような状況だが、流石にこの上で独断専行したハドラーが襲来するみたいなカオスがカオスを呼ぶことはもうないだろう。ないと言って欲しい。

 

「それで、バランと口にしたかだったわね?」

「ああ」

「したわよ」

 

 俺はあっさり認めると、マトリフをもう一度示す。

 

「嘘は言ってないわよぉん。ここで嘘言っても真ん前で聞いてたおじいちゃんがここに居るんだもの。流石に誤魔化しようもないわ」

 

 ついでに言うなら、バランはどこかと問えば、事情を聞いたうえで納得できればマトリフはバランの居場所まで話しそうな気がする。いや、それ以前にここはバランとダイ達の戦いも見られる程度にしかもう一方の戦場とはなれていないのだ。放っておけばこのオッサンがバランに気づくのは時間の問題か。

 

「ただし、それは誰にも見せてないことがあるって話の補足で口に出しただけ、それ以上でも以下でもないし、こっちは取り込み中だったから納得したらお引き取り頂きたいんだけどぉん?」

 

 できればこれで帰ってくれるといいなとわずかな望みとともに口にしてみるも。

 

「おう、そうか邪魔したな……ってなる訳ないだろ!」

 

 返ってきたのは見事なノリツッコミ。

 

「事情はまだわかってねえが、ここはテランからそう離れてなかったはずだ! そんなところで戦わせるわけにはいかねえ!!」

「ええと、一応そのテランで戦いを始めるわけにはいかないからここまで場所を移してきたんだけど」

「え」

 

 言うべきか迷ったが、一応こっちも気を使ってますよ的なことを明かしてみれば、オッサンは驚きつつ確認するようにマトリフの方を見て。

 

「そいつは初耳だが、戦いに他者を巻き込まねえように場所を変えたってんなら確かだぜ」

 

 実際、場所を変えてここに居るのだ。マトリフもこっちを一瞥してから頷きを返し、微妙な空気が場に漂う。

 

「……なんか白けちゃったわねぇん。戦うなって言うならもうそれでもいいわよ。そっちのお爺ちゃんも戦わずにこっちに居てくれるなら」

 

 めんどくさくなった態を装って休戦の延期を俺は仄めかす。

 

「そうすればお引き取り頂けるんでしょ?」

 

 正直もう想定外はいっぱいいっぱいだったので、確認するようマイボと名乗ったオッサンに視線を向け。

 

「って、ちょ」

 

 そこで気づいた、オッサンの横方向から何かが突っ込んで来てることに。

 

「だああっ、面倒なっ! マホカンタ!」

 

 念のために待機させておいた炎の闘気の呪文で光り輝く透明な壁を前方に展開しつつ飛び出した俺はオッサンを掴むとマトリフの方に放り投げ。

 

「竜闘気全開ッ!」

 

 纏う二重の闘気を全開で防御に回しつつスカラの呪文で更に守りを高めたうえで防御態勢をとる。オッサンを投げつけられたマトリフがカエルの潰れたような声を発した気もしたが、気にしてる場合じゃない。

 

「ぐっ」

 

 直後に襲ってきたのは、二重の闘気の渦に雷を纏った斬撃の余波。

 

「ふ、ざ、けん、なぁああああっ!」

 

 その組み合わせは、どう考えてもライデインストラッシュにブラッディスクライド、そして獣王痛恨撃を合わせたモノ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、どこ狙ってんのよ、あの連中ッ!」

 

 防御重ねがけのおかげでモシャスすら解けずに済んだが、正直無茶苦茶焦った。あれがオッサンに当たってたらひとたまりもなかっただろう。

 

「う、ぐ……そうは言うがてめえも大概だな。あれを喰らって無傷とはよ」

「全力で防御したんだから当然でしょ? それぐらいできなきゃ肩書が泣くわよ」

 

 マイボの下で呻きつつマトリフが言うが、俺だって不本意だった。

 




次回、十九話「流石に怒っても許されるでしょ」に続くメラ。


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十九話「流石に怒っても許されるでしょ」

「お爺ちゃんを引っぺがしといてなんだけど、ちょっとあっちに行ってくるわ。さすがに文句の一つくらい言わないと収まんないもの」

 

 この調子ではおちおち休戦して会話なんてわけにもいかないというのもあるが、今ならマイボと言うおっさんがのっかってるのでマトリフも物理的な妨害は出来ないだろうと踏み、俺は歩き出す。近距離なのだ、トベルーラを使えばすぐだが、魔法力の無駄遣いをする訳にはいかない俺の涙ぐましい魔法力節約術である。うん、自分で言うと割とアレだが。

 

「待て、よくわからないが」

「よくわからないなら寝てて、ラリホーマ!」

 

 その途中上のオッサンの声がしたので、振り向きざまに呪文を唱えると、またこれかよとか口にして崩れ落ちたオッサンがマトリフの方に倒れこむ。

 

「これで良し」

 

 下敷きになったマトリフがぐえっとか言った気もするが、流石にオッサンの下敷きになったぐらいでは死なないだろう。

 

「はぁ、場合によっては早期撤収も提案しないといけないわね」

 

 マトリフまでは眠らせられなかったので、あのオッサンが起きてくるのは時間の問題。そして、あのオッサンがバランと出会うと話がどう転ぶか俺には想像がつかない。何せ原作未登場なのだ、あのオッサン。

 

「そもそも、さっき飛んできた流れ弾ならぬ流れ必殺技ってバランに向けて放った余波よね、たぶん」

 

 過剰な防御をした気もするが、俺が無傷なのは、それも一因だと思っている。

 

「なら、あれのメインを受けたバラン殿は大丈夫かしらん?」

 

 ダイ達を殺す気がない以上、敵を倒すまで止まれない最終戦闘形態である竜魔人は使えないとなると、流石に多勢に無勢なんじゃと思う。

 

「とにかく、急ぎましょ」

 

 バランの姿をとっている今、一応回復呪文も使えるが、竜闘気の攻撃には回復阻害効果があった気もするのだ。下手に大怪我をされると、バランがダイを説得中だからと言う理由で決着を先延ばしにする手が使えなくなる。我ながら利己的だなとは思うが、まだダイ達と戦う心の準備はできていないのだ。

 

「そろそろね」

 

 元々もう一方の戦場の様子もある程度窺えるところに居ただけあって、たどり着くタイミングと言うのも予想は出来る。

 

「ゴルァア! どこ狙ってんのよ、アンタ達ぃ!」

「え」

「なっ」

 

 大きく息を吸い込んで一喝すれば、驚いた様子の勇者一行が一斉にこっちを見る。

 

「嘘だろ……あいつは師匠が」

 

 押さえていた筈、とポップは言いたいのだろう。ダイもそんなマトリフさんがとか言ってるし、俺だけこの場に姿を現したならその誤解も仕方ないのだが。

 

「アンタ達の攻撃の余波でたまたまやって来てた人間が一人消し飛ぶとこだったじゃないの!」

「なに」

「へ」

 

 俺の文句に今度は数人があっけにとられた顔をする。

 

「人間の方はアタシが庇ってとりあえずおじいちゃんに預けてきたけど、戦うなら周囲のこともちょっとは考えなさいよね。と言うか、魔軍司令のアタシが何で人間庇うことになってるのよ! ふざけんじゃないわよ!」

「え、ええと……ごめん、なさい?」

「す、すまん」

 

 若干言ってることが滅茶苦茶な気もするが、怒りつつまくしたてると、恐縮した態でダイが俺に頭を下げ。クロコダインもこれに倣って。

 

「はぁ、全く。人間の保護はそっちの役目でしょうに……それで、バラン殿。そっちの戦いはどんな感じ? まだ戦うのかしら?」

 

 ため息をつきつつ周囲を見回すと、それなりにボロボロになった竜の騎士の姿が有ったので声をかけてみるが。

 

「一つ聞く、そのたまたま来ていた人間と言うのは」

「マイボって名乗ってたわ。一応ラリホーマで眠らせておいたけれど、そのうちこっちに来るわねん、たぶん」

 

 こういえばおおよそどう答えるかを俺は予想していた。故にちょっと卑怯だったかもしれないが。

 

「退こう」

「そう。……そう言う訳だから、またね、勇者ダイちゃんとそのお仲間達。今度は周りに気を使わなくていいとこでやりましょ♪」

 

 バランの声を聞いて肩をすくめた俺はウィンクついでに投げキッスをしてから炎の闘気の方で呪文を唱える。

 

「ルーラッ!」

「っ、待てよ!」

 

 ポップが声をかけてくるも、流石にこれ以上とどまる訳にはいかない。なぜなら、流石にそろそろモシャスの効果時間が心もとないのだ。

 

「とりあえず作戦を練りなおしましょ。想定外が多すぎたわ、今回」

 

 バランと供に空を飛びつつ俺はポツリと漏らすのだった。

 




何とか戦いを切り上げた主人公、そして――。

次回、番外32「衝撃の事実(ポップ視点)」に続くメラ。


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番外32「衝撃の事実(ポップ視点)」

 

「何だったんだよ、本当に」

 

 おれ達のバランへのリベンジは、中途半端な形で終わっちまったらしい。待てと呼び止めたトゥースって奴はあのバランと一緒に瞬間移動呪文でどこかへ飛び去り、残されたのは戦いであれた周囲と傷だらけのダイ、クロコダインのおっさん、モシャスの解けたメラ公の分体とそれに魔法力が底に近いおれと姫さん。

 

「って、そうだ、師匠は――」

 

 あのトゥースってやつはおれ達の攻撃に巻き込みそうになった人間を師匠に預けてきたって言ってたが、魔王軍のやつの言うことだ。おれは我に返ると急いであのトゥースってやつが歩いてきた方に走り出し。

 

「師匠っ! あぁっ?!」

 

 そこで見た。パプニカの武器屋で見た変な武器を被ったオッサンに背負われてこっちに来る師匠の姿を。

 

「師匠、どう」

「騒ぐな、こいつの下敷きになってちょっと腰をな。大したことはねえが、こいつが背負わせてくれってうるせえんでこうなってる」

 

 自分を背負うおっさんを示してそう説明した師匠は、それよりもとこっちに目をやってきいてきた。

 

「あいつらはどうしたよ?」 

 

 と。

 

「去ってったぜ、『戦うなら周囲のこともちょっとは考えろ』ってすごい剣幕で怒って」

「そうか。ある意味助かったのかもな」

「助かった?」

 

 俺の話を聞いて何か考えつつ口を開いた師匠の言葉をオウム返しに問うと、師匠の口から飛び出してきたのは、驚くべき事実。

 

「は? ダイとメラ公の分体とクロコダインのおっさんの技を全部喰らって無傷ぅ?!」

「正確にゃ、あのバランってのを狙ったその余波なんだろ? もっとも余波で無くてもあっさり耐えたかもしれねえがな」

「師匠、それってどういう――」

 

 尋ねるおれに師匠は語ってくれた。ダイ達の技をどう防いだのかを。

 

「反射呪文に竜闘気、それに炎みたいな闘気の三重の防御……」

「竜闘気ってなぁ、呪文が効かねえとバランが言ってたらしいな? だが、あいつは効かねえどころか反射して跳ね返してきやがる。加えて二重の闘気による防御だ」

 

 すさまじい防御能力だってのは、聞いただけでもわかる。

 

「け、けどよ……竜闘気って、竜の騎士ってのはあのバランって奴と、例外としてのダイの二人だけなんだろ? 何で、あいつが竜闘気を使えるんだよ?」

「モシャスだ」

 

 納得のいかねえおれに師匠が言ったのは一つの呪文の名。メラ公達が使っているからなじみ深い呪文の名だった。

 

「あいつは、モシャスでバランに変身した上で、何がしらかの手段を使って、その実力を更に強化してやがる。実質、パワーアップした上反射呪文が使えるバランみたいなやつだ」

「うげぇっ?!」

 

 最初に戦った時、とんでもねえ強さだったあのバランをパワーアップさせたやつ、言われておれの顔は引きつった。二度目の戦いで修行の成果もあって、何とかダメージを負わせそれなりに追い込んだ実感はあるが、あくまでバランの場合の話だ。

 

「そんなやつどうやって戦やいいんだよ!?」

「はぁ、ちったあ頭を使え、バカ野郎」

 

 思わず弱音を吐けば、呆れた様子で師匠はこっちを見ながらため息をつく。初対面のおっさんに背負われて居なければ、頭を叩かれていたかもしれねえ。

 

「無敵だとでも思ったか? だったら、オレはどうして無事だと思う? あいつも本気じゃなかったみてえだが、それでも申し訳程度にはやり合った」

「っ?! じゃあ、師匠はあいつとどう戦えばいいのかわかんのか!」

「さあな」

「でっ」

 

 期待させておいてそっぽを向かれ、思わずずっこけたおれは地面に手をついて身を起こし。

 

「し、師匠」

「何でも聞いたら答えが返ってくると思うのは甘すぎだぜ。ちったあ頭を使えっていったばっかりだろうが」

「うぐっ」

 

 睨みながら言ってくる言葉はもっともで、俺は何も言えず。

 

「今回はあっちが勝手に去ってったが、もう来ねえってこたあねえだろう。今はオレが居る、だが、オレのいねえ時にあいつらみてえな強敵と出くわしたら、そいつから聞くつもりかよ? てめえとどう戦ったらいいですか、ってな」

「っ」

 

 返す返す言葉もなかった、が。

 

「もっとしっかり敵を見とけ。洞察力を鍛えろ。あいつは割と脇が甘え。カマかけたらあっさり自分から口を滑らせるような野郎だったしな」

「は?」

 

 続けた師匠の言葉の中にあったのはとんでもねえ爆弾だった。

 

「口を滑らせたぁ?!」

「モシャスを使ってると確信したのもそいつが決め手だしな、ただし……この先を話すのはてめえがあいつとの戦い方ってのを考えついてからだ」

「な、なんで……」

「なんでもかんでもねえ。オレは一から十まで説明してやる程甘かあねえんだ! これ以上聞きてえなら、あいつとの戦い方について考えて来い」

 

 それ以上取り付く島もなく、おれは胸の中をモヤモヤさせたままダイ達の元に向かって歩き出す。

 

「ポップ、それでマトリフさんと巻き込まれたって人は?」

 

 ダイにそう尋ねられて慌てて師匠の下にもう一回引き返すことになったことは秘密にしておきてえ。

 




次回、最終話「反省会」に続くメラ。

そろそろ次の章に行くタイミングメラよ。


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最終話「反省会」

 

「っ、ふぅ……」

 

 到着するなり安堵の息が漏れたのは、俺がなんやかんや言いつつも緊張していたからだと思う。敵の形でダイ達と顔合わせするのも初めてなら、できれば避けたかったはずのマトリフとの戦いもあり、加えて想定外の人物の乱入。正直お腹いっぱいだ。

 

「とりあえず、ダイちゃんたちが前に戦った時より強くなってるのは確かみたいねぇん。っと、もうこのキャラはいいっけ」

 

 キャラを戻すのさえ忘れるほどに精神面で疲弊してたんだろう、俺も。

 

「それで、バランはどうする?」

 

 今回は来なかったかもしれないが、ハドラーが乱入してくることも考えられるが、バランからするとあのマイボとか言うオッサンがダイ達の側にいては戦いづらいというのもあると思う。何らかの対策を用意しなければ戦うこともままならない筈だ。

 

「一応あの、マイボって人を参戦させない方法ならおれに心当たりはあるけど」

「なにっ?!」

 

 視線でどうやってと問うてきたので、俺は分体を使うと答えた。

 

「鏡面衆って名でおれの直属の部下になってるメラゴースト達をバランへモシャスさせておびき出す。もっとも実力面でバランより弱いと思うから」

 

 写し取れるのは姿だけだが、誘引するだけなら十分だろう。

 

「問題は実力の伴わない偽バランにダイ達が攻撃を仕掛けたりしないかって不安だけど、そこはおれ自身が足止めするなり分断させる形かな?」

「なるほどな、モシャスを使った分体を囮とするのか」

「そう、あの人呪文への耐性はそんなに強くなさそうだから、催眠呪文とかで眠らせてルーラで遠方まで運んでしまえばたぶん暫く戻ってこられないだろうし」

 

 流石にルーラの使い手と言うこともないだろうから、戦っている間の時間くらいは稼げるだろう。

 

「それで、マイボって人はどうにかなるとして、後はダイ達だけど……割と手傷負ってたよね? 説得のためとは言え、手加減したままでまだ戦えそう?」

 

 俺として気になるのは、そっちだった。原作では容赦なく殺す気で戦ったり記憶を奪ったりしたことでポップは一度死に、蘇生とパワーアップ効果のあるバランの血を飲んで蘇ってパワーアップを果たし、ダイも失った記憶を取り戻すと同時に拳に竜の騎士の力を一点集中する力を得、自身の力に耐えられないことでパプニカのナイフやヒュンケルの剣を壊しつつもバランに勝利した。死闘だったことでなした大幅なパワーアップが現状では望めないのだ。それどころか、中途半端に強化されたダイ達に手加減をするが故に追い込まれつつあった訳で。

 

「無論だ」

「そう。けど、このままってのもなあ」

 

 成果が出なければハドラー辺りは騒ぐだろうし、大魔王も手ぬるいのではないかと責めてくることだってあるかもしれない。

 

「うーん、いっそのことパプニカでも強襲してとりあえずテランからダイ達を引きはがす、とかかな」

「何?」

「いや、ね。テランを守る組とパプニカを救援する組に勇者一行がわかれれば、戦力も半減するし、どっちかにはあのマイボって人もついてこなくなるからさ。マイボって人の居ない方をバランに担当してもらえばいいかなって。今思いついたんだけど」

 

 よくよく考えると、このままではテランの勇者一行に本物ンケルまで合流してしまいかねない。

 

「って、あれ?」

「どうした?」

「いや、そう言えばさっきの戦いで本物のヒュンケルを見なかったな、ってね」

 

 原作だと二回目のバランとの戦い前に合流していたヒュンケルだが、途中で引き返させたはずのヒュンケルがこのタイミングで合流していないのは時間的に見ておかしい。

 

「っ、まさか!」

 

 思い出すのは、ハドラーが結局姿を見せなかったこと。もしや、ダイ達一行ではなく単独で動いているヒュンケルの方を狙いに行ったのだとしたら、合流できていないことに説明がつく。

 

「トゥース?」

「バラン、ごめん。ちょっと気になることができちゃって……モシャス!」

 

 魔法力が心もとないなんて言ってられなかった。俺は鳥の魔物に変じると空へと飛び立つ。気のせいであってくれよと思いながらも。

 

「クエッ」

 

 ただ、慌てるあまり少々の失念もあって。あっと声を漏らすかわりに口からは鳴き声が出て。

 

「ルーラッ」

 

 呪文を唱えたのは、纏った闘気の方。向かう先は死の大地。ハドラーが独断で出撃したかどうかを確認するにも本拠地に瞬間移動呪文で飛んだ方が早く、捜索するにしても人手が居る。更に状況次第では悪魔の目玉を使うこともできるかもしれない。俺が行き先を変えたのは、それが理由だった。

 




次回、エピローグ「予期せぬ出会い(ヒュンケル視点)」に続くメラ。


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エピローグ「予期せぬ出会い(ヒュンケル視点)」

時間軸は一回目のバラン戦の前日まで戻ります。

(ルーラでヒュンケルを送り届けたの失念してた作者のポカによる矛盾解消の為です、すみません)


「ここがベンガーナか」

 

 にぎやかな街の中を歩きつつ、オレは見覚えのある顔を探していたが収穫は華々しくない。

 

「ここかもしれないと聞いたのだが――」

 

 そもそも、オレがここに居るのにも理由があった。弟弟子にモシャスしたメラゴーストがオレを運んでくれたことで、ダイ達と合流を果たしたオレは頼まれていた伝言を伝えるとそのままクロコダインとの合流をテランで待つはずだったのだ。だが、あのメラゴーストの分体の一人、A7と言ったか。その個体がダイの武器を調達すべく他の分体の元に向かったと聞き、当人は戻らなければそのままパプニカに戻ってもいいと言ったそうだが、パプニカの姫は心当たりがあると言い。

 

「あたしたちはちょっとあそこには顔を出しづらいのよね、だから――」

 

 かわりに見て来てくれないかと頼まれて、オレはあのメラゴーストの分体が居ないかを探しに来たのだ。詳しく聞くつもりはなかったが、何か騒ぎを起こしたらしく人間で顔を出せる人物がいないのだそうだ。

 

「確か、ドラゴンキラーの入札が行われているんだったな」

 

 話によると一度騒ぎになって延期された入札が行われるらしく、そこに顔を見せるかもしれないと姫は言っていた。

 

「デパート……あれだな」

 

 ダイ達から城のような大きな店だったと聞いた通りの建物は遠目からも目立ち。

 

「……なるほど」

 

 店の中に足を踏み入れて軽く視線で撫でるだけで一度ダイ達の装備を調達する為にここを訪れたという理由に納得する。師、アバンとの旅でも人の住む町や村に立ち寄ったことはあるが、何より戦士である以上武器の良しあしぐらいは解かるつもりだ。並ぶ品は、無造作に目を止めたものでもパプニカの兵が装備していたモノよりも質の良いモノの方が多い。

 

「ダイの持っていた剣は鋼の剣だったな」

 

 何日か前に斬り合った身としても手にしていた武器のことぐらい忘れはしない。

 

「鋼の剣より良い武器なら幾らかあるが」

 

 あくまで比較対象を鋼の剣とした場合の話。

 

「……あれか」

 

 だが、わかりやすく階段の側、売り場の入り口近くに置かれたソレと比べると見劣りするものばかりだった。手甲の様に手をはめて扱うソレの名はドラゴンキラー。

 

「ふむ」

 

 ダイが腰に下げていた剣と変えれば確かに大幅な戦力増加にはなりそうだった。それに見たところドラゴンキラーの周囲に居る男たちは件の武器に見合う様な実力を兼ね備えている者は皆無に見えた。もっとも、オークションの開始は夕刻とあるので、今いるのが野次馬だけと言う可能性もあるが。

 

「ここに現れるとしても、もっと後かもしれんな」

 

 夕刻にはまだ早く、ならばとデパートを後にしたオレはその足で港に向かった。パプニカの姫が気球をとめた場所をあのメラゴーストの分体の何人かがルーラで到着する目的地としていたとも聞いていたからだ。

 

「居ない、か」

 

 オレは港にたどり着くと周囲を見回し、そこに顔見知りの姿がないことを確認し、空を仰いだ。

 

「まだオークションにも早すぎるしな」

 

 どうすべきか、そう考えて居た時のことだ。

 

「なあ、兄ちゃん」

「ん?」

 

 不意に声をかけられ振り返ると、そこには先ほどのデパートで見かけた人々と比べれば粗末な服を来た子供がこちらを見ていて。

 

「兄ちゃん、そのごっつい剣ぶら下げてるってことは剣士様なんだろ? あのさ――」

 

 子供は言った、見慣れぬ魔物が村の近くに現れ、村の人達が怖がってるから何とかして欲しいと。

 

「やっつけてくれなくても、二度と姿を見せないように追っ払ってくれるだけでもいいんだ。お願いだよ」

 

 そう頭を下げられ、浮かんだのはパプニカの姫にオレが裁きを望んだ時に言った言葉。

 

「残された人生のすべてをアバンの使徒として生きることを命じます……!」

 

 そして、友情と愛と正義のために己の生命をかけて戦うこと。

 

「わかった。案内してくれ」

「え、あ、ありがとう」

 

 オレの言葉に一瞬驚きの表情を浮かべたその子供は喜色を満面にすると、唐突にあっと声をあげた。

 

「どうした?」

「いや、おいら名前も名乗ってなかったなって。おいらの名前はマイナン」

「そうか、オレの名はヒュンケルだ」

「ヒュンケル……うん、覚えた。宜しくね、ヒュンケル兄ちゃん」

 

 オレの名を反芻したマイナンは二度頷くと俺に向けて手を差し出し。

 

「ああ」

 

 オレはその手を取り。

 

「おいらの村はサガサって言う名前で南東の方に、その南の方にはジャブって漁村があるんだ。魔物は北の方で見かけたらしいんだけど」

「北か、テランに近いかもしれんな」

 

 何事もなければいいがと思いつつオレはマイナンの先導で歩き出したのだった。

 




という訳で、ポカ埋めの為にヒュンケルは魔物退治に付き合わされることになる模様です。

次回から新章ですね。


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ヒュンケルの冒険編
プロローグ「サガサへ(ヒュンケル視点)」


時間軸がバラン戦前日まで戻ります、ご容赦ください。


「それで、モンスターを見たというのはいつのことなんだ?」

 

 道すがらオレが問うと、マイナンは確か昨日のことだと答えた。

 

「ものすっごい炎をまとった鳥の魔物で、目にもとまらない速さで空を飛んでたんだって。そのままどこかに飛び去ってくれたならいいんだけど急に二つに増えたかと思ったら、地面の方に降りていったらしくて」

 

 村の住民は鳥の魔物だから巣を作るつもりなのではと、気が気でないらしい。

 

「二羽だっていうのも、つがいなんじゃないかって大人たちは言うし」

「なる程、営巣でも始めて雛がかえれば――」

 

 餌を求め村が襲われるかもしれないということだろう。

 

「うん、危険なんじゃないかって話してた。それでジャブの漁村に昔冒険者だったマイボって人が居るらしくて、初めはその人に頼ろうかって話もあったんだけど、漁に出た時大怪我をした人を海で見つけて助けて、その人のことで手一杯だったみたいで」

「大怪我をした人?」

「ん、そう聞いたよ。手持ちの薬草がなくなったとか少なくなったとかで、うちの村ならあるのかって聞かれたぐらいらしいし」

「ふむ」

 

 怪我人の方も気にならない訳でもないが生憎オレは戦士で、回復呪文は使えない。ここに居たのがオレではなくマアムだったなら、何らかの力になれたのかもしれないが。

 

「もしくは、あいつか」

 

 脳裏に浮かんだのは、モシャスで器用に様々な相手に化け、その能力を活用するメラゴーストの弟弟子。あいつを見ると何故か同じ種族の元部下たちを思い出してしまうのは、オレの感傷なのだろうか。

 

「あいつ?」

「いや、ただの独り言だ」

 

 どうやら呟きが聞こえて居たようで、振り返るマイナンへオレは何でもないと首を横に振り。

 

「そう。けど、よかった。おいらの村ってベンガーナと比べるとちっぽけな村だけど、たまに旅人くらいは通るから他所のこととかを聞くこともあってさ。海を挟んだ向こうの国が魔王軍に襲われたって聞いたし」

「っ」

 

 マイナンの言葉にオレの身体は強張った。よくよく考えれば、ここから南に海を渡ればパプニカ。過去の罪がこうして人の口から出てくることなど当たり前であるはずなのに。

 

「ヒュンケル兄ちゃん? あ、ごめん、ひょっとしてヒュンケル兄ちゃんってパプニカの」

「いや、謝られるようなことはない」

 

 どうやらオレを攻められたパプニカの人間とでも思ったようで慌ててマイナンが頭を下げてくるが、謝罪を受ける権利も理由もあるのはオレではない。

 

「そ、そう。けどごめんね。この話はもうしない」

 

 それどころか気遣わせてしまったことは心苦しく。

 

「えっと、そう言えばヒュンケル兄ちゃんってメシ食べてきた?」 

 

 短い沈黙を破ったのは、急な話題変更だった。だが、オレにとってもありがたいもので。

 

「それなら用事のついでに済ませたが」

「そ、そう。良かった」

 

 口を開けば、オレの答えに安心したのかマイナンは口元を綻ばせ。

 

「おいら、何も聞かずについてきてもらっちゃったからさ。あれからメシ食べるとこだったら、お腹空かせたまま村まで歩かせることになるとこだったし……あ、夕メシとか寝るとこなら大丈夫。父ちゃん達に頼んで」

「短いものだが旅の身の上だ、オレは野宿でも構わないが」

「ああ、ダメダメ! おいらがお願いしてきてもらったのにそんなこと出来ないよ」

 

 凄い勢いで頭を振ったマイナンは、最低でもおいらのベッドを貸すからと言い張り。

 

「……ホントはさ、おいらが戦えたらいいんだけど、魔法も剣も弓も全くだめで……だから、出来ること、おいらに出来ることをしたいんだ」

「……そうか」

 

 短く応じて、オレはその続きを探した、そして。

 

「魔法ならオレも全くダメだが」

 

 少し考えてようやく口にできたのは、そんな告白ぐらいだった。

 

「あ、うん。兄ちゃん剣士様だもんね」

「ああ」

 

 頷いて一瞥するのは、腰に下げた鎧の魔剣。

 

「魔物は炎を纏ったと言っていたな」

 

 これを纏えば、オレは呪文だけでなく、吹雪も火炎も防ぐ。まさにおあつらえ向きの相手だろう。

 

「そう、おいらの村って木々に囲まれた森の中にあるからさ、炎を使うモンスターってだけで大変なんだ。前にもメラゴーストが群れを作ってるのを見たって話があった時は大騒ぎになってさ」

「メラゴーストの群れ?」

 

 マイナンの話にこうも心当たりが出てくるのは偶然なのか。

 

「そう。けど、メラゴーストに襲われた人が出たって話も聞かなくて、見たって言ってた人もそれ以来見てないって話でさ、結局最初に見た人が見間違えたって話に落ち着いたんだけど」

「そうか、見間違いだったか」

 

 だが、オレは知っている。それが見間違いでも何でもないことを。おそらく、オレとフレイザードが勧誘したメラゴースト達がおそらくは話のメラゴーストだろう。思い返せば、マイナンの話す村はあの時オレがメラゴースト達を部下にするため出向いた場所からそう離れていない筈だ。

 

「だが、気にはなるな」

 

 時間があるなら、もう一度あの場所に足を運んでみるのも良いかもしれない。微かにそう思って。

 

「えっ」

「むろん、魔物の方が優先だ」

 

 オレは足を進めるのだった、サガサの村に向かって。

 




作者のポカを埋めるため、今、ヒュンケルの大冒険が始まる?

次回、番外33「剣士様とおいら(マイナン視点)」に続くメラ。

あと需要あるかはわかりませんが、作者が執筆に使った作中内のタイムテーブルを乗っけておきます。
日数カウントはアバン先生がメガンテした日を1日目としてカウントした場合。
原作は85日目で大魔王を倒したのだとか。
ちなみに原作との1日のズレは主人公がパプニカにルーラして早め、ヒュンケル戦用の特訓を二日に引き延ばしたことで半分に減らした分のズレになります。

<31日目>
生存報告+ヒュンケルたちと合流+覇者の剣を借りてヒュンケルたちと再合流+ネイルの村で弟子入り志願&分裂と検証→主人公&A5ガルーダの姿で北へ向かい海を越え、灯台でランタンを無断拝借、名もなき小さな村経由でカールに到着
<32日目>原作33日目
フレイザード戦側は原作通り(ヒュンケルとクロコダインが鬼岩城(ギルドメイン山脈中央部)へ向けて出発夜)/カールで超竜軍団と戦闘(バランとの戦闘は回避)
<33日目>
主人公&A5、ザババ他救援の名目であちこちで戦闘
<34日目>
主人公&A5、バランと決戦、バラン、深手を負ってルーラで撤退&マイボに拾われる
<35日目>
主人公眠り続ける/マアム修行へ旅立つ
<36日目>
主人公目覚める/鬼岩城移動→ヒュンケルとクロコダイン鬼岩城跡地に到着、ヒュンケル足跡を追う→ダイ達A3(フレイザード戦のお供メラゴ)と別れベンガーナに買い物へ/主人公、キルバーンと出会って大魔王の元へ招かれ、会談。そして約束して出発
<37日目>
バラン目覚める/主人公、バランを探して空の旅へ&ヒュンケルを追う分体に会う。分体ヒュンケルを引き返させるべく動く/ダイ達テランに到着/主人公バランと再会
<38日目>【今話はここ】
主人公、バランと魔王軍本拠地に帰還&魔軍司令就任/バラン、テランに向けて発つ/ヒュンケル、分体のルーラでダイ達と合流、その後ベンガーナへ
<39日目>
ダイvsバラン(一戦目)/主人公、装備を貰ってお披露目
<40日目>
主人公、魔軍司令引き継ぎ業務開始→分体と連絡をとるために外出
<41日目>
主人公、分体に殴られて気絶から目覚めて身ぐるみはがされたりフルボッコにされる/鏡面衆初お目見え/マトリフがダイ達に合流
<42日目>【前章の最終話がここ】
勇者一行+マトリフvsバラン+トゥース


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番外33「剣士様とおいら(マイナン視点)」

「失敗した」

 

 おいらは心の中で頭を抱えていた。強い人を探して父ちゃん達に内緒でベンガーナまで出かけたけど、太陽が一番高いところに来るまで、おいらの村を助けてくれるような人には出会わなかった。

 

「はぁ」

 

 冷静になって考えてみれば、大したお礼をすることもできないのに恐ろしい魔物をやっつけてくれるような強くていい人なんてそうそういる筈もないのに、考えが浅かったというか、なんと言うか。そんな中、運がいいことに港で見かけた強そうな兄ちゃんに魔物のことを引き受けてもらえて、少々浮かれてたんだと思う。どちらかと言えばあまりしゃべらない人だったこともあって、おいらの方が多くしゃべってはいたけど、まさか兄ちゃんがパプニカの人だったなんて。浮かれていた自分をひっぱたきたいけど、そんなことをしてもさっきの発言はなくならない。話題を変えたらあからさまなのに乗ってきてくれた辺り、ヒュンケル兄ちゃんはいい人なのだろう。いや、おいらのお願いを聞いてついてきてくれるってだけでもいい人なのは間違いないだろうけど。

 

「もうすぐ着くよ」

 

 その後は魔物の話や前に村の人が見たって話してたメラゴーストのことを話したりしながら歩き続け、道が森へと突っ込んだあたりでおいらにもなじみの多い景色が見えてきて、振り返って言う。

 

「そうか」

「うん。もうちょっと遅い季節なら野イチゴとか摘んでこられるんだけど」

 

 さっきの失敗を埋められそうなモノが、思いつかない。お隣のユタ姉ちゃんみたいにおっぱいが大きい大人の女の人なら話は別なんだろう。男の人の機嫌をとるなんて簡単よとか言ってたし。けど、おいらの胸はぺったんこで、ベンガーナに行くからって今は男の子みたいな格好をしてる。

 

「気にしなくていい」

「う」

 

 おいらが悩んでること見抜かれちゃったのか、ヒュンケル兄ちゃんにそう言われるとどうしようもなくて。

 

「あ」

 

 モヤモヤしてるうちに見えてきたのは、村の入り口のアーチだった。魔物が凶暴になったことでぐるりと村の周りを柵で囲うようになってしまったから、あのアーチのあるところが村に唯一の出入り口で。

 

「ヒュンケル兄ちゃん、あそこが村の入り口だよ……って、げっ」

 

 示してからアーチの影に槍を持って立ってるおじさんを見つけて、おいらの顔は引きつった。魔物を見たって話があってから、ああやって交代で村の大人が門番をしてるんだけど、おいらはその門番の交代の間をついて村を抜け出してきたんだ。

 

「どうした?」

「あ、えっと、おいら勝手に村を脱けだしてきちゃったから……その」

 

 まず間違いなく怒られる。ヒュンケル兄ちゃんに見られて、おいらは仕方なくそう白状した。もっとも、おいら一人なら柵の目の大きいところをくぐって村に入るのもできるけど、おいらが村を抜け出したことを隠してちゃ、ヒュンケル兄ちゃんを村の人に紹介なんて出来ない。

 

「ごめん、ちょっと先に行って怒られてくる」

 

 せっかくヒュンケル兄ちゃんが魔物を何とかしてくれるかもしれないんだ。ここでげんこつの一つや二つから逃げるために、これまでのことをなしにしたくない。

 

「お、おじさん」

「ん? おま、マイナン?! 何で外に」

「実は――」

 

 覚悟して話しかけると、おじさんは槍を落としそうなくらい驚いたけど、説明するとモンスターより怖い顔になって。

 

「この阿呆が」

「うぎっ」

 

 頭に落ちたげんこつはおいらの想像より痛かった。

 

「ただでさえ魔物がいるかもしれねえってこうして見張ってんのに外に出てたぁ?! 何かあったらおふくろさんとあいつがどんな顔すると思ってんだ!」

「う、うぅ」

 

 頭の痛みに響くような大声へ思わず耳を塞ぎたくなるけど、そんなことをしたらげんこつの数が増えるだけだろう。おいらはただ、耐え。

 

「っと、あんたがこいつの言ってた剣士様か。わざわざこんな辺鄙な村まで来てもらって、すまねぇ。俺はタッカー、こいつの家の隣に住んでてってそんなのどうでもいいわな、狩人をやってる」

 

 ヒュンケル兄ちゃんに気付いたおじさんは、頭を下げちらりとこっちを見る。

 

「こいつがどんな話をしたかは一応聞いたが、今この村は目撃された魔物へ警戒態勢をとっている。ここにきての助っ人は正直ありがたいが、いいのか? こいつが約束できるモノってなるとどう考えてもアンタみたいな強そうな剣士様への報酬には見合わねえが」

「構わん、約束を反故にするつもりもないしな。ただ」

 

 大人から今回のことについて色々聞かせてもらえればありがたい、とだけヒュンケル兄ちゃんは答え。

 

「そうか。すまねえ。それから、ようこそ森と生きる村サガサへ」

 

 笑顔を作っておじさんはヒュンケル兄ちゃんへ言ったのだった。

 

 

 

 

 




実は女の子というよくあるパターン。

次回、番外34「村にて(マイナン視点)」に続くメラ。


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番外34「村にて(マイナン視点)」

そうそう、もうお察しかもしれませんが、このヒュンケルの冒険は原作確保の時間稼ぎを兼ねております。
参照できる原作ストックが新装版のバラン戦二回目の決着及びその後のハドラー戦までなので。
(尚、更新お休みした用事の帰りに古本屋に寄ったのですが、成果はナシでした)



「マイナン、俺はこの剣士様にこれまでのことを説明するからお前は家に帰っとけ」

 

 おじさんにそう言われて、一瞬えっと言いかけたが、素直に頷いておいらは歩き出した。こう、げんこつの痛さとかに怖気づいたとかじゃない。おじさんの言ってることももっともだったからだ。

 

「ヒュンケル兄ちゃんのこと話しておかないと」

 

 おいらのベッドを貸しても良いとは思ってるけど、ヒュンケル兄ちゃんにうちへ泊まってもらうなら、父さんと母さんにも話を通しておく必要はあったし、夕メシだってヒュンケル兄ちゃんの分が必要になる。

 

「うー」

 

 おじさんの反応を思い出すと、怒られるだろうなあとは思う。自然と足が重くなるけど、帰らないわけにはいかないし、ヒュンケル兄ちゃんの夕メシを無しにもできない。

 

「帰らなきゃ」

 

 ぐっと拳を握って勇気を絞り出し、足を動かす。これぐらいベンガーナに行くまでと比べれば何でもない。あっちのほうがずっと危険だったはずだ。村を救うんだって気持ちでいっぱいで、その危険もおじさんのお説教でようやく気付いたおいらだけど。

 

「畑仕事でいないといいなぁ、なんて訳でもないし」

 

 うちの父さんは畑で野菜を作ってる。だから畑に居て家に居ないこともあるけど、夕暮れには帰って来る。いずれ帰ってくるんだから会うのを避けたって仕方なくて。

 

「お、マイナンじゃん。どうしたんだよ、そんな男みたいなカッコで」

「あ」

 

 家に戻る途中で、幼馴染のコビーに声をかけられる。

 

「ん、ちょっとね。今はうちに帰るとこ」

「そっか。そういや、今日姿見なかったよな。おばさん、探してたぜ」

「うげっ」

 

 決心が鈍らないように答えるだけ答えてすれ違おうとして知らされたことに、思わず声が漏れる。

 

「お母さん、さがしてたとか……」

 

 まず間違いなく、怒られる。怒られるとは思っていたけど、思っていた以上に拙い状況かも知れない。

 

「おい、マイナン?」

「けど、なら尚のこと急がなきゃ!」

 

 おじさんと話を終えたヒュンケル兄ちゃんがうちにやってきたらおいらが叱られてるところだった、なんてのは絶対に避けたい。

 

◆◇◆

 

「そう思ってた時が、おいらにもあったよ」

 

 急いで帰ったおいらを待っていたのは、笑顔のお母さんだった。ただ、笑顔の筈なのに昔、森に行った時に遠くに見たモンスターよりずっと怖かった。

 

「お尻、痛い」

 

 痛いというか、ヒリヒリする。無茶苦茶叩かれた。こう、実の親だからか、おじさんより容赦なかった気がする。ただ、おいらのお尻を犠牲にヒュンケル兄ちゃんの夕メシとベッドについては何とかなったみたいで。

 

「けどなぁ」

 

 家に着いたら父さんはまだ畑で、これからもう一回怒られたり説明しないといけない。

 

「……ホイミ」

 

 お尻に恐る恐る手を伸ばして、呟いてみるけど、何も起きない。

 

「やっぱりおいらに魔法は無理なんだろうなぁ」

 

 溜息をついてお尻から手を遠ざける。間違って触れてしまいでもしたら、地獄だから。

 

「というかさ、このお尻で明日歩けるの、おいら?」

 

 怒られたことで魔物を見かけた辺りに案内するのは流石に許してもらえないと気づいたおいらでも、村の案内くらいはするつもりだったのだけれど。

 

「ああ……」

 

 背中を上にしてベッドに伏せたままマットをぎゅっと握りしめる。

 

「う、く……起きなきゃ。さすがにこんなとこをヒュンケル兄ちゃんに見られたら」

 

 全力で叫びながら世界の果てに消えてしまえそうな気がする。世界に果てがあるのかは知らないけど。

 

「マイナン?」

「うひゃい?!」

 

 だから、こんなタイミングで呼ぶのはやめてほしかった。身体をベッドから出そうとしているところだったのは、不幸中の幸いってやつだと思う。思うけど。

 

「ここか」

「あ、うん。どうしたのヒュンケル兄ちゃん」

「そろそろ父親が戻ってくる頃だと伝えてほしい、とな」

「あ゛」

 

 言伝を頼んだのはお母さんだろうが、これはヒュンケル兄ちゃんの前で怒られることになるのではと気が付いたおいらの顔は間違いなくひきつっていたと思う。

 

「どうした?」

「ううん、伝言ありがとうね」

 

 おいらのお願いを聞いて村まで来てくれた人なんだ。お礼はちゃんと言わなきゃいけない。それに、おいらの願いにこたえてくれた人の前だから、おいらもきっと逃げちゃダメなんだと思う。

 

「それじゃ、おいら父さんをお出迎えしに行ってくるね」

 

 できればおいらの部屋でのんびりしていて欲しいなと思いつつも、おいらは怒られに歩き出したのだった。

 




ちなみに、コビーはタッカーおじさんの息子です。

名前の由来は近くにあったカレンダーのスポンサーの企業名をばらしてもじったもの。

マイナンはフィーリングで名付けたので、元になったモノはありません。

次回、番外35「隣村の男(ヒュンケル視点)」に続くメラ。


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番外35「隣村の男(ヒュンケル視点)」

「朝、か」

 

 目が覚めると、窓の向こうの空が白み始めていた。クロコダインはダイ達と合流できただろうかとふいに思う。バルジ島でフレイザードとハドラーを倒し、残る軍団長はザボエラとミストバーン、そしてバランのみ。

 

「次は誰が差し向けられるか……そういえばバルジ島にバランは姿を見せなかったが――」

 

 他の軍団長が勢ぞろいしていたのにもかかわらず姿を見せなかった超竜軍団長のことをオレは思い出す。魔王軍にあって尊敬できる二人の軍団長の一人であり、そして今は敵同士。いつ戦うことになってもおかしくはないだろう。

 

「まさかこんな風に思う日が来るとはな。いや」

 

 あの時メラゴーストに負けて囚われの身となって居なければ、それより先にダイ達の仲間となったクロコダインと戦っていたかもしれないのだから今更か。

 

「クロコダイン……それに」

 

 Aと名乗って居たメラゴースト。思い返すとあの二人にはずいぶん世話になったと思う。溶岩に沈む地底魔城から助け出されたこと、誤解による恨みから道を違っていたオレを正道に戻すべく話してくれたこと。

 

「あの借りもいつかは返さねばな」

 

 共に大魔王と戦い続ける日々の中でか、大魔王を討って平和になった未来でかはわからない。ただ、オレは無言のまま壁に立てかけてあった鎧の魔剣をとると、部屋を後にする。これからも戦いは続く、腕を鈍らせるなど言語道断、より強くならなければならなかった。

 

「流石に早朝に村の者を起こすわけにはいかんしな」

 

 本来なら、鎧を着こんだり大岩か何かを担いで走り込みをしたいところだったが、ここではそうもいかん、もっとも。

 

「団長、俺達不死族は良いですけど、大きな音を出されると赤ん坊が」

 

 人と暮らすことの違いをそう言って再認識させてくれたのは、不死騎団時代の部下であるメラゴースト達だった。父と地底魔城で暮らしていたころは血肉をそなえた魔物も多数いたが、あの頃は師の弟子でもなく、ロープをくくりつけた岩を引きずりながら走るなどと言うこととも無縁だったのだ。ついでに言うなら、あの頃はこの鎧の魔剣もオレのもとにはなかった。

 

「ふむ」

 

 ひとまず素振りと重量のあるモノを使わない運動で済ませて、音の出そうな修行はその後、周囲の地形を把握がてら村から少し離れたところで行うべきなのだろうな。

 

「始めるか」

 

 空こそ白み始めてそれなりに経つが、村人が起き出してくる様子はまだない。オレは剣を抜くと、まずアバン流刀殺法の型を順に繰り出す。師をアバンを敵と思いつつ弟子として連れられていた昔も、谷川に落ちミストバーンに拾われた後も、ブラッディースクライドを編み出した後も、そして今も。これだけは変わらない。思いこそ別でも、これが剣士としてのオレの原点なのだ。

 

「アバン流刀殺法――」

 

 ただ、流派のアバンを口にする時の気持ちこそ違えど、切っ先はブラさず。

 

「次だ」

 

 型をおさらいするのは同じでも、そこから一歩進んで前方に仮想の敵を思い浮かべる。想像するのは、敵味方関係のない強者。あのメラゴーストであったり、ダイであったり、ハドラー、そして師であったり。

 

「くっ」

 

 しかし、想像の中でモシャスを駆使し数多の姿をとるメラゴーストは中でもタチの悪い相手だった。モシャスと呪文を聞いただけでは何になるか想像がつかず、クロコダインに変化されたときはいつかのブレスを警戒し、後方に飛んだところを獣王痛恨撃の闘気で撃墜された。ならばと形のないモノを斬る海破斬でブレスごと斬ろうとしようものならあのブラッディースクライドさえしのいだ謎の防御で防がれ、カウンターに斧の一撃を喰らう羽目になる。

 

「想像だというのに」

 

 本当に厄介な相手だ、つくづく思う。味方でいてくれる分には心強いが。

 

「味方でいる分?」

 

 オレは何を考えて居るのか、あいつがアバンの使徒である弟弟子が敵に回ることなどないに決まっているというのに。

 

「いや、武術大会のようなものがあれば話は別か」

 

 例えば、強力な武器を賞品にした武術大会であれば、ダイの武器を調達する名目でお互い気づかず選手登録していた場合、ぶつかることもあるかもしれん。もっともその場合、あいつは一つの姿を固定で戦わねばならんだろうが。

 

「あいつと全力で、か……面白いかもしれんな」

 

 もしそんな時があったなら、今度こそ遅れはとらん。兄弟子としての小さな意地から胸中で漏らし。

 

「っ、誰だ!」

 

 気配を感じて振り返ると、浮かび上がったのは頭の上に円柱をくくりつけた人間とでも言うべき奇妙なシルエット。

 

「悪ぃ、習練中ってとこか」

 

 片手を上げて謝りつつ近寄ってきた男は、どたまかなづち使いのマイボと名乗ったのだった。

 




現れた謎のどたまかなづち使いマイボとは?!

次回、番外36「あの時の言葉(ホルキンス視点)」に続くメラ。


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番外36「あの時の言葉(ホルキンス視点)」

ちょっと短めです。


 

「たぶんですけど、おれが招待に応じれば、ここをすぐに再攻撃することはないと思うんです」

 

 時折、あの時の彼の言葉をおれは思い出す。メラゴーストの彼が去って、嘘の様に魔王軍の攻撃は止まった。魔王軍への勝利だと国内は沸き返るが、それはすべて彼のおかげだということをおれだけが知っていた、そう、あの時までは。

 

「防いだのも魔王軍の複数ある軍団の一つに過ぎず、犠牲も多々出ている。総力を結集して攻めてくるようなことがあれば、いかにカール騎士団でももたない」

 

 再攻撃の可能性を口にし憂いていた彼の献身に応えるべく逃げることも視野に入れるべきだとした上で、おれは女王陛下にだけは彼のことを伝えていた。全てを秘してただ逃げてくれでは誰にも納得されないからだ。

 

「アレックス、おれはいつまで君を待てばいい」

 

 時折、彼がのこした剣につい、語りかけてしまう。戻らなければロモスに返すように、その言葉は覚えているし、違うつもりはない。ただ、戻ってこなかったと断じることがおれはまだできずにいた。

 

「わかっている、このままではいけないことは、だが」

 

 もし、明日にでもひょっこり姿を見せるのでは、と考えると剣を返しに行くのがはばかられ、今に至っている。時折彼を寝かせた民家に足を運んでしまうのも、それゆえに。

 

「度し難い、とも女々しい、とも思うがな」

 

 君はこんなおれのことを知ったら、笑うだろうか。だが、独言に答えなど返ってくるはずもなく、ただため息が続き。おれは登城の支度をする。塞ぎこむことも騎士団長としての仕事を放り出すこともできないのだ。回復呪文や薬草で怪我から復帰した者もそれなりに居るとは言え、まだまだ人手は足りているとは言い難い。

 

「おれはおれの責務を果たさねば」

 

 散っていった者の為にそして彼の為にも。

 

◇◆◇

 

「マトリフ? ああ、アバンの仲間の――」

 

 訪ねてきた者がいると聞いたのは、疲労に肩を貸しながら自宅に戻ったあとのことだった。少しだけの期待と共に誰であるかを問うたおれが得た答えに記憶を掘り起こし、おれはそこでふと思う。

 

「アバンの仲間が何故」

 

 アバンの故郷を守るためにと言うなら遅すぎる。理由が解からず、困惑しつつも会う気になったのは、彼がアバンの剣術を扱っていたからだ。その時は、わずかながらに共闘し、大きな代償を払ってこの国を救ってくれた英雄のことを少しでも知れたらと言う思いだったが。

 

「彼がここで何をしていたか、その後どうしたかを知りたいと?」

「ああ。オレの弟子がそいつの兄弟子でもあってな」

 

 気にかけているといった理由まで明かされて、おれはようやく気づいた。彼が言い残した言葉の本当の意味を。

 

「忘れてくれ」

 

 とはまさに今こういう事態になったときに向けてのものだったのだ。身内が気にかけ、場合によっては危険を冒してまで探しに来るのではないかと、それを危惧しての忘れて、だったのだと。

 

「悪いが話せることは大してない。魔王軍のカールの侵攻の時この国に居合わせて、たまたま共闘しただけの間柄だ。世話にはなったと思うが、その後については特に聞いていない」

 

 故におれはその魔法使いには言葉少なく答えて引き取ってもらうことにした。

 

「本当か? 共闘したって割にゃずいぶんさっぱりしてるもんだが」

 

 疑わし気な目でこちらを見てきて、嘘をついたことを見透かされたようにも感じたが、そう言われても知らないものは知らないと突っぱねて押し通した。

 

「これで、いいのだな?」

 

 聞こえるはずもないことを承知でおれは剣に問うた。

 

「これまでにしよう」

 

 そして決断する。この彼に預かった剣をロモスへ返しに行こう、と。魔王軍の攻撃が止まったままの今なら、ルーラの呪文が使える者の手を借りれば短時間で戻ってこられる筈だ。

 

「彼の思いに応えるためにも」

 

 女王陛下と国民は守り抜く。それが一時国を捨てることとなろうとも。おれは決意を胸におれをロモスに連れていってくれる人材を脳内のリストから選び始め。

 

「しかし、彼の兄弟子か。出来ることなら言葉を交わしてみたかった」

 

 感謝と謝罪とそして、語ることならきっと尽きないことだろう、だが、彼のことは話さない。彼自身がそう望んだのだから。

 




と言う訳で、ホルキンスさんは口を割ってません。

それでもマトリフさんが主人公の消息についての情報を半端に持ち帰れたのは、ホルキンスさんの独り言の方を幾らか盗み聞きしたからとかそんな感じ。

次回、番外37「男二人(ヒュンケル視点)」に続くメラ。


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番外37「男二人(ヒュンケル視点)」

「人を探してるんだ。大怪我したとこを拾って、止めたのに勝手に出ていっちまった野郎のことをな」

 

 その男、マイボがサガサの村を訪れたのも理由の半分はそれで。

 

「それから、この村は狩人が見たモンスターのことで悩んでるんだろ? 話を聞いた時は怪我人が居てそれどころじゃなかったが、やっぱりどうにも気になっちまってな。出てった奴を探すとは言ったが、手掛かりもねえ。なら、モンスターがどうなったのかを知るのも兼ねてここに寄ってみようと思ってな」

「なるほど」

「で、来てみたらお前が修練してるのに出くわしたって訳だ」

 

 もう一つの理由と友に経緯を明かしたこの男こそ、マイナンが話していた隣村のマイボなのだろう。あの時の話とも事情が一致する。

 

「オレはヒュンケル。この村の者にその魔物をどうにかして欲しいと依頼されて足を運んだ者だ」

「あー、まぁ、そうだろうな。見ねえ顔だし、この村の奴は弓じゃなきゃだいたい斧か短剣を使うし。しかし、サガサの村のやつらには悪いことをしたな。他所に助っ人を呼びに行くほど事態が悪くなってたとはよ」

「いや、それは――」

 

 ただ、オレがここに足を運んだ理由について若干誤解していたようなので、一応誤解を解くべく訂正しておく。オレも村に来て今日で二日目で、モンスターが発見された時から何か変わったことがあったのかについては聞いていないこと。むしろ変化があったかを確認するためにも今日目撃場所へ足を運ぶつもりでいると言うことも説明し。

 

「なんだよ、俺の早合点か。すまねえ」

「気にするな。誤解は誰にでも起こりうることだ」

「はは、そう言って貰えると助かるぜ。で、だ」

 

 唐突なはなしだけどよ、と前置きしたマイボは魔物の確認に同行させてほしいとオレに言った。

 

「前に突っぱねちまった格好になった俺が何言ってんだって言われるかもしれねえけどよ、まだ解決してねえって聞いたら黙ってこのまま立ち去る訳にゃいかねえだろ?」

「だが、おまえは人を探してるのではないのか?」

「確かにそうなんだが、前に手を差し伸べられなかった困った奴らに手を貸せるかもしれねえんだ。無視はできねえ」

「ふっ……とんだお人好しも居たものだ」

 

 若干呆れつつ言えば、少しだけむっとした表情でマイボも返す、人助けをしてるのはおまえもいっしょだろうが、と。

 

「オレはお前ほどではない」

 

 それどころかと続けそうになったのを止めたのはパプニカの姫があの時に口にした過去を引きずるなという言葉だ。

 

「どうした?」

「いや」 

 

 それでも一瞬間が空いたことを訝しんだマイボにオレは言う。

 

「同行の件だが、オレの一存で許可が出せるかはわからん。戦える人間が二人いるなら一人は村を守ってくれと頼まれることもありうるしな」

 

 オレとてこの村には昨日ついたばかり。門番のタッカーという男に大まかなことは聞いたが、戦力になる男二人をそのまま偵察に向かわせてくれるかという判断はつきかねた。

 

「そっか。まーそうだよな、悪ぃ」

「いや、気にしてはいない。だから、二人で行くことになるかは村の者が起き出してきて意見を聞いてからになるだろう」

 

 燃えるような姿の魔物を確認するなら夜の方が適していたかもしれないが、土地勘もない森を案内をつけずに夜間探索を試みるのは無謀が過ぎる。

 

「出発は昼前にはなると思うが、少なくても明るくなった後だろうな」

「おお、了解だぜ。急に飛び入りで参加させてほしいって言ったんだ。その辺は仕方ねえ」

 

 そう言うとマイボはオレから少し離れた場所にどっかり座り込む。

 

「魔物が現れてピリピリしてる今、バラバラに村に行くのもな。人影を見て門番のオッサンを警戒させちまうとしたらその数は一回の方がいいだろ? 村に帰る時に同行させてもらうぜ」

 

 それまでここで休んでるとマイボはこちらに背を向けたまま宣言し。

 

「妙な男だ」

「妙じゃねえ!」

 

 再び呆れた様子で漏らせばすぐさま抗議が返ってくる。オレたちが村に戻ったのは、白みがかった空が充分明るくなった後のこと。

 

「マイボ、マイボじゃねえか!」

 

 隣村だけあって門番の男ともマイボは顔なじみだったようで、村の入り口に近寄っていけば、門番がすぐに声をあげた。

 

「いや」

 

 こんな独創的な武器を被った人影という時点で忘れたり見間違いようもないか。修練中も幾度か言葉を交わしたが、あの男の装備については何がいいのか、なぜあれを使うのかが全く理解できなかった。戦士として武器のコンセプトを理解できないなど恥もいいところだが。

 

「どうかしたか?」

「大したことじゃない、こちらの話だ」

 

 振り返るマイボにオレは頭を振って気づかず止めていた足を入り口に向けて動かし始めたのだった。

 




次回、番外38「魔物を探しに(ヒュンケル視点)」に続くメラ。


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番外38「魔物を探しに(ヒュンケル視点)」

「ふああっ、ヒュンケル兄ちゃん、おはよう」

 

 眠そうに目をこすりつつ起きてきたマイナンにオレはおはようと返した。マイボと一旦別れて戻ったマイナンの家も、こうしてマイナンが起き出してきたことで家人全員が起きてきたことになる。

 

「ヒュンケル兄ちゃんは朝早いね」

「ああ」

 

 マイナンの声に応じつつ普通の子供からするとオレの起床は早いのだななどと不意に思う。もっとも、オレが比較対象にできそうなのは自分と弟弟子であるダイ達ぐらいなので、特殊な例過ぎて比較対象として不適当なのだろうが。

 

「今日は魔物を目撃したという場所に足を運ぶつもりだ。道案内する人間の都合がついたと早朝出会ったあの門番が教えてくれてな」

 

 門番をしていた男ではなく件の魔物を見たという狩人が道案内をしてくれるらしいが、不案内な森の中を彷徨うことにはならなそうというのは実際ありがたい。

 

「へえ、そうなんだ」

「狩人にとっては魔物を刺激したり遭遇することを考慮してのことだとは言え、狩に出かけられない状況は問題だろうからな」

 

 糧と収入を得る手段を断たれてしまっているのだ。そんな不本意ながらすることのない狩人がローテーションをしつつ今は昼夜村の入り口で見張りをしている様だが、このままでは死活問題になることはほかならぬ狩人たちが一番理解していたのだろう。案内はあちらから申し出てきたらしいが、裏を返せばそれだけ危機感を持っているということでもある。

 

「昼前には出発して夕暮れ前には成果の如何にかかわらず戻ってくる予定でいる。それまでは村の護りは残る狩人と隣村の助っ人が担ってくれる手はずになっている」

「隣村? ってことは」

「ああ、マイボと名乗って居た」

 

 村人からすればあの男も自分たちよりはるかに強い存在で、オレとマイボの二人ともが村を離れるのはよろしくないと村人たちは、主に狩人たちは考えたらしい。

 

「マイボさんかあ」

「不満か?」

「ううん、そんなことはないけど」

 

 ぼやいたマイナンはオレの問いに頭を振るが、そもそもマイボが留守を守ることになったのにも理由はある。相手は鳥の魔物らしいのだが、マイボに遠距離への攻撃手段はあの兜と一体化した武器を投げつけるか拾った石を投げるくらいしか持ち合わせていないらしいのだ。実のところ有効な攻撃手段に乏しいから遭遇の可能性の少なそうな防衛に割り振られた、そうオレは見ている。

 

「うーん、わかってるんだけどなぁ、こう……」

「ところで、座らないのか?」

「えっ、あ、うんちょっとお尻」

 

 何か納得のいかない様子でブツブツ呟くまま食卓の椅子にも座らないマイナンの様子を不思議に思って尋ねれば、マイナンは驚いた様子でこっちを見てから慌てて手を振り。

 

「お尻?」

「っ、な、何でもないよ! 今日は立って朝ご飯を食べたい、そんな気分なだけ!」

「……そうか」

 

 よくわからない気分ではあったが、必死な様子に追及はしない方が良いのだろうと見て、マイナンの家を出たのはそれから少し後、朝食と身支度を終えた後のことだった。

 

◇◆◇

 

「よっ、あんたが旅の剣士様かい。あっしはカシーヴ。もっぱら罠で獲物を捕らえる狩人でさあ」

 

 案内役の狩人は、引き合わされるとそう名乗って軽く頭を下げた。

 

「あっしの罠はロープを使ったモノなんで燃えてる鳥の魔物相手じゃどうにもなんねえ、そう言う意味でもそのお力、期待してやすぜ」

「ああ」

 

 頷きを返しつつちらりと見れば、なる程カシーヴと言う男はロープを束ねたモノとこのロープの切断などの単目的に使うと思われる大ぶりの山刀くらいしか装備しておらず、矢筒も弓も持ってはいなかった。

 

「それじゃ、出発しやしょうか。旅の剣士様を長々この村にお引止めする訳にゃいきやせんし、あっしらもこのまま猟に出られねえ日が続いちゃ飢えちまいやさあ」

「そうだな。解決できるなら早いに越したことはなかろう」

 

 オレとしても早急に解決し、あのメラゴーストの分体を探しに戻るかダイ達の元に戻るかしたいところなのだから。

 

「ああ、先に言っておきやすが、森の中にゃあっしの仕掛けた罠がまだいくつか残ってやす。先に大まかな位置を伝えておきやすんで、モンスターとやり合ったとかであっしとはぐれた時はご注意くだせえ」

「わかった」

「とはいってもロープの罠なんで剣士様の剣ならスパッと斬っちまえばそれで終わりだと思いやすがね。戦闘中で、一秒の遅滞が命に係わるってこともあるかもしれやせんし」

 

 言いつつカシーヴが明かした罠の位置は村の北側に集中していた。そもそも目撃地点の周囲がカシーヴの狩場だったらしい。

 




 カシーヴの名前の由来は手ごわいシミュレーションのハンター、ではなく、他の狩人同様にカレンダーの企業名から来てます。(株式会社の「かぶし」をアナグラムしてもじったもの)

 次回、番外39「森の中を(ヒュンケル視点)」に続くメラ。


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番外39「森の中を(ヒュンケル視点)」

書いてる途中で一度フリーズしかけたので、短めですが投下しておきます。


「ちっ、こんなとこまで出てきてやがる」

 

 宙づりにされたネズミの魔物を睨んでカシーヴが吐き捨てた。

 

「こんなとこまでと言うことは、普段はこの辺りには居ないのか?」

「へい。モンスターどもも最近凶暴にゃあなっちゃいますが、それでもあっしらが狩れる分は村に近寄らねえように駆除してますんで、数が減ったのか狂ったように凶暴になってても人間の怖さを理解できるようになったのか、この辺りで魔物を見ることはなかったはずなんでさぁ」

「なる程」

 

 だが、件の魔物を刺激することを恐れて狩人が出歩かなくなったため、魔物たちが生息域を伸ばし始めたということだろう。

 

「もっとも、あっしの罠がそのまんま森の奥の方にしかけたまんまだったのは怪我の功名でさあ。あいつがかかってなかったら遭遇するまで気づかなかったかもしれやせん」

「ふむ、それでこの辺りに出そうな魔物はあれ以外に何が居る?」

「あれ以外ですかい? 手足の生えたでっけえキノコ、オレンジ色のスライムみたいなやつに鳥と水牛を足して割ったみたいなやつと、ああ、サソリと蜂を混ぜたような虫の魔物もいやすぜ」

 

 虫の奴はもっと森の奥の方にしか出ないとも捕捉しつつカシーヴは語り。

 

「ならばここからはその魔物にも備えていかねばならんな」

 

 遭遇戦をさらに警戒しオレたちが森を進めば、警戒しておいて正解だったというべきだろう。

 

「ぴぎっ」

 

 茂みから飛び出してきたカシーヴの言うところのオレンジ色のスライムみたいなやつが両断されて地面に転がる。

 

「スライムベスだな。ロープに引っ掛かるような身体の構造をしてないこいつは罠にはかかりようもないか」

 

 もっとも、その程度の魔物であればカシーヴも山刀を武器に倒してしまえるのだろう。一瞥したカシーヴに動じた様子はなく。

 

「そこか、海破斬ッ!」

 

 気配を感じて剣を振るえば、断ち切れた茂みから真っ二つになったお化けキノコが現れ、倒れ伏す。

 

「この短時間に二匹か」

「すいやせん。たぶん、この近くにあるあっしの罠が原因でさあね、たぶん何かの魔物がかかってて、鳴き声につられて魔物が集まってきてんだと思いやす」

「ふむ」

 

 そう言う意味では最初のネズミの魔物のところも同じような状況になっていたこともありえたということか。そのままオレ達は森を進み。

 

「ふんっ」

「ブモア」

「あ、剣士様ちょっといいですかい?」

 

 どうと突っ込んできた暴れうしどりを斬り捨てたところでカシーヴがオレを呼び止めた。

 

「どうした?」

「へい、この魔物なんですがね、こいつを木に吊るして血抜きをしてぇんでさあ」

「血抜きと言うことは、食うのか?」

「ここんとこ獲物を持ち帰れてねえんで、それも出来たらしてえとこではありやすが、一番の狙いはそっちじゃありやせん。こいつを餌にあの鳥の魔物をおびき出せないかと思いやして」

 

 なんでもカシーヴは他の鳥の魔物を追いかけていたところも目にしたらしく、肉食なら木に吊るした暴れうしどりの死体に寄ってくるのではないかと思ったらしい。

 

「しかし、それは魔物を刺激することにならないか?」

「懸念はごもっとも。ですんで、吊るすのはここじゃなくてあっしが問題の魔物を目撃した場所にするつもりでさあ」

「そうか。だが、その目撃地点は近いのか? この死体、相応に重さはあるぞ?」

 

 一応納得してオレがもはやピクリともしない暴れうしどりに目を落とせば、カシーヴは問題ありやせんと自分の胸を拳で叩いた。

 

「こう見えて腕力にゃ自信がありやす。そもそも仕留めた獲物を持ち帰るところまでが狩人ですぜ。流石に二頭三頭となりゃお手上げ、剣士様にもおすがりしたかもしれやせんがね、一頭ならっ、ぐ、うぐぐ、よっと」

 

 ざっとこんなもんでさあね、と身体を暴れうしどりの下に潜り込ませたカシーヴは背負う様にもちあげて見せ。

 

「さ、剣士……様。いき……やしょう」

「ああ。無理はするなよ」

「へいっ……大、丈夫でさあ」

 

 軽々とと言う訳ではないものの、時々言葉を途切れさせつつも歩き出したカシーヴと共にオレは更に森の深くへ足を踏み入れるのだった

 




次回、番外40「モンスター現れず」に続くメラ。


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番外40「モンスター現れず(ヒュンケル視点)」

「たし、か……こ、の辺り……でさぁ」

 

 苦し気に喘ぎつつカシーヴは膝をつくと、もう限界だと担いでいた暴れうしどりの体を地面へ降ろした。

 

「すまんな、持たせて」

「よしてくだせえ。肉が欲しいって下心もあってこれを提案したのはあっしの方ですし、剣士様に荷物持たせていざという時何かあっちゃあ、申し訳が立たねえ。ただ」

 

 血抜きで吊り上げる時手伝っていただいても良いですかいとカシーヴが続ければ、オレは勿論だと頷いて。

 

「ありがてえ。そんじゃ、手早くこいつを縛っちまうとしやしょうかね。運んでくるのに少々時間をかけちまった。まだ血が中で固まったりしてねえといいが」

 

 どことなくカシーヴの動きに緩慢さが見えるのは、疲労が抜けていないのだろう。

 

「手伝おう。ひっくり返せばいいのか?」

「あ、すいやせん」

 

 ロープをかけるのに手間取っているようにも見えて申し出れば、カシーヴは遠慮することなく礼を言いつつこちらに指示をし始めた。師、アバンと旅をしていた頃、野生の獣を狩って食料としたこともあり狩猟にしろ血抜きや解体にしろ、全くの素人と言う訳ではないが、やはり本業の狩人にこそ一日の長がある。

 

「大したものだな」

 

 疲労してさえいなければもっと手早く作業も終えていただろう、そう思うだけの的確さがカシーヴの指示にはあり。

 

「恐縮でさあ。剣士様、後は吊るして首を掻っ切るだけ、もう少しお手伝いをお願いしやすぜ」

「ふっ、心得た」

 

 差し出されるロープを受け取ると、カシーヴのあの木にしやしょうと言う提案にのって手にしたロープに石をくくりつけて投げ、重しの石と一緒に降りてきたロープの先端を引っ張ることで枝の根元にかかったロープが暴れうしどりの体を持ち上げて行く。

 

「すげえ、あんな軽々と」

「カシーヴ、高さはどうだ?」

 

 ロープを引くごとに上がってゆく暴れうしどりにカシーヴは口をぽかんと開けてそれを眺めているが、首を掻っ切って血を抜くのはカシーヴの役目なのだ、高さに関してはカシーヴに決めてもらはなくてはならず。

 

「あ、ええと、もう少し高めでお願いしやす」

「わかった」

「もう少し、もう少し、ストップ! その辺で」

「ああ。さて」 

 

 カシーヴの声に合わせて高さを調整すると手にしていたロープを木の幹に括り付けて固定する。

 

「こんなところだな」

「へい、ありがとうごぜえやす。じゃ、剣士様は離れていてくだせえ」

 

 頭を下げるカシーヴに無言でうなずいてオレが離れると、カシーヴが山刀を振るい傷つけられた暴れうしどりの首から流れ出した血が鉄臭い臭いを漂わせながら地面へ滴り落ち始める。

 

「この血のにおいに釣られてモンスターが現れそうな気もするが」

 

 それもむしろカシーヴの狙いの内なのだろう。

 

「剣士様は木に登れやすかい? 暫く木の上で枝に身を隠して様子を見ようと思うんでやすが」

「問題はない」

 

 鎧の魔剣を着込んだ状態であっても木の方が重さに耐えてくれるのであれば木登り自体は可能であるし、鞘となっている鎧だけ隠しておけば、それほど太くない木でも登ることはできるだろう。

 

「へい、そんじゃ暫し様子を見やしょう」

「わかった」

 

 頷き合って別々の木に登って様子を見ること暫し。

 

「ぴきーっ」

「ぴきき」

 

 最初にやって来たのはスライムベスたちだった。つるされた暴れうしどりの死体の真下まで跳ねながらやってくると、血だまりに近寄ってゆき、血をすすり始める。

 

「ハズレか」

 

 そう声に出したわけではないが、当てが外れたとは思う。同時に最初からうまくいくはずもないかという納得もあったが。

 

「それはそれとして、だ」

 

 あのままにしておいて本命が来襲したら、それはそれで面倒なことになる。

 

「アバン流刀殺法、海破斬」

「「ぴぎゃ」」

 

 木の上からの斬撃で纏めて両断すると、オレは一度地に降りる。

 

「剣士様?」

「あれの死体を片付けておく。そのまま残しては警戒されるだろうからな」

 

 そうしてオレはスライムベスたちの死体を近くの茂みに隠し、木の上に戻って待つこと暫し。

 

「ぢゅーっ」

「ぢゅぢゅっ」

 

 次に現れたのはネズミの魔物だった。先ほどのスライムベスと言い弱い部類の魔物だが、だからこそ平時はこうして死した他の魔物を餌としているのかもしれない。

 

「しかし、ネズミか」

 

 フクロウなどの猛禽が小動物を餌にすることはオレも知っている。

 

「あの数なら問題ない」

 

 そもそもオレの剣は鞭のように形状を変えることも刀身を伸縮させること可能なのだ。

 

「ぢゅ」

「ぢゅぎっ」

 

 伸ばした剣の切っ先でネズミどもを貫き、物言わぬ死体に変え。

 

「カシーヴ、悪いがロープを分けてくれるか? 餌を増やしてみる」

 

 再び地に降り立ったオレはカシーヴにそう要請し。

 

「あ、へい。あっしも手伝いやさあ」

 

 我に返って木から降りてきたカシーヴとネズミの魔物の死体を木に吊るし。

 

「来やせんね」

「そうだな」

 

 木の上で互いに視線を交わすころには討った魔物の数は十をとうに超えていた。

 

 

 




次回、番外41「帰路(ヒュンケル視点)」に続くメラ。


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番外41「帰路(ヒュンケル視点)」

「剣士様、そろそろ引き上げやしょうか」

 

 カシーヴの提案にオレはそうだなと頷いた。餌として吊るした魔物の死体の近くで待つだけでなく周辺の探索もしてみたが、遭遇したのはこれまでに屠った魔物のみ。それらを悉く倒したところでオレたちは成果が出そうにないと見切りをつけたのだ。

 

「関係ない魔物はおびき出されて寄ってきたんだがな」

 

 吊るした暴れうしどりの肉に関してはカシーヴも美味いと評していた。餌と言う意味で問題があるようには思えないが。半日にも満たぬ時間では待ち伏せるにも短すぎたのか。

 

「ひとまず暴れうしどりは持ち帰るとして、作戦は練り直さなければならんだろう」

「へい。じゃ、あっしはまたあいつを担ぎやさあ」

 

 出来れば今日中に片をつけたかったがそれは虫が良すぎたらしい。頷いたカシーヴが木の幹に近寄りオレがくくりつけたロープを解くと、どさりと血抜きしていた暴れうしどりの身体が地面に落ち。

 

「周囲を見て回ったとき、ここで待ち伏せていた間、それなりの数の魔物は倒した。そうそう出てこないと思いたいが、帰路はいっそう警戒していくぞ」

 

 血抜きはしたとはいえ、暴れうしどりから全く血のにおいがしないかと言うと首を横に振らざるを得ない。残った血のにおいにつられて魔物が現れることは十分考えられる。かと言って、狩猟を控えているカシーヴ達に獲物を置いてゆけと言うのは酷であり。

 

「う、ぐっ、……へい、よろ、しくっ……頼み、やさあ」

「任せておけ。ただし」

 

 戻ったら件の魔物と目撃した時のことをもっと詳しく教えてくれともカシーヴには言っておく。うまく行っていない今、手がかりは出来ればほしいモノだった。

 

「いや、手がかりを得たとしてオレが十全に活かせるかは話が別か」

 

 旧魔王軍で育ち魔王軍にも所属していたたオレは、モンスターに関してはそれなりに詳しいつもりだが、旧魔王軍で育てられていたのは昔のことであり、魔王軍に所属していた頃にオレの周りに居たのは不死族のモンスターばかりだった。

 

「炎を纏った鳥だったな」

 

 魔王軍に所属しているとしたなら、おそらくは氷炎魔団の魔物。

 

「まさか」

 

 ひょっとして、フレイザードが倒され氷炎魔団が壊滅したことで野に解き放たれた魔物の一体だったりするのだろうか。

 

「剣士様?」

「っ、すまん。問題の魔物について少し考えて居た。先ほど見回った限りでは、とりあえず営巣しているらしき場所は見当たらなかったな」

「へい」

 

 カシーヴが見たというのがただの狩りで、あそこが狩場の端だった場合、巣は別の場所にあることも考えられる。

 

「いずれにしても考察は後にすべきだった」

 

 カシーヴには荷物を持たせているのだ。オレは疑問も推測も頭を振って払いのけ剣の柄に手を添え歩き出す。

 

◇◆◇

 

「でやあっ」

 

 血のにおいに誘われたか、現れたおばけきのこを両断し、少し距離をとってから息を吸う。

 

「この辺りで厄介なのはこいつだな」

 

 おばけきのこは、吸い込んだ者を眠らせる甘いにおいの息を吐く。簡単に眠らされるつもりはないものの、ひとたび眠ってしまえば無防備になるのは明白だ。

 

「風上からこちらの気づかない内に息を流されるのは避けたいところだが」

 

 とりあえず、今回は早期に発見して倒すこともかなった、そして。

 

「そろそろ最初に罠へ魔物がかかっていた辺りも越えるしな」

 

 気を抜くつもりはないが、それはオレの話だ。抜けた血液分重量が減ってるとしても吊るす場所へ向かった時以上の距離獲物を運んだカシーヴに警戒し続けろと言うのは酷であるし、無理でもあった。

 

「ところで、村に向けて応援を呼ぶような合図はないのか?」

 

 だからこそ思ったのだ、人手を呼べば運搬ももっと楽になるのではと。

 

「あり、やすがね……門番、してる……仲間の手を煩わすわけにゃ」

「そうか、つまらないことを言った。許せ」

「いえ。気に、しねえで……っ、くだせえ。あっしが……もっと楽々、運べてれば」

 

 いいだけの話でやしたしと続けたカシーヴが背の荷を担ぎなおすと、上から羽音が聞こえ。

 

「っ……カラスか」

 

 柄に伸ばした手を放し、ほうと息を漏らしたオレの頭上を飛んでゆくのは、魔物でも何でもないただのカラスが二羽。

 

「ここに、こんなご馳走がありやすからね」

「なるほど」

 

 あばれうしどりの死体に気付いて寄ってきたが、オレとカシーヴに気付いて降りずに去っていったとかそんなところなのだろう。

 

「今頃……例の場所は、カラスがびっしり、かもしれやせんね」

「ありうるな」

 

 暴れうしどり以外の魔物の死体はそのままなのだ。オレたちが居ない間に件の魔物が現れた場合を考えてのことなのだが。

 

「もう一度あの場所に行けば、魔物の痕跡が見つかるのではと些少であろうと期待はあったが」

 

 この分ではカラスの食い荒らした死体しか残っていないかもしれない。

 




次回、番外42「心当たりと後悔(ヒュンケル視点)」に続くメラ。


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番外42「心当たりと後悔(ヒュンケル視点)」

「おお、剣士様。どう」

 

 きっとどうだったかと問おうとしたのだろう門番の言葉は、不自然に途切れた。理由は考えなくてもわかる。

 

「生憎と問題の魔物は確認できなかったが、暴れうしどりを一頭仕留めた」

 

 わざわざ説明するまでもない気もするが、後ろのカシーヴへ視線をやっている門番にそう説明し。

 

「カシーヴ」

「よぉ、悪ぃが、後を頼みやさあ」

 

 どさりと音がして振り返れば、暴れうしどりを下ろしたカシーヴが地面にへたり込んでいた。もう限界だったのだろう。

 

「あ、ああ。まかしとけ。こんだけの大物運んできたんならそりゃへたるわな。解体もこっちで人を集めてやっとく。一番うまい部分は剣士様とおまえ用に大目に切り分けておく。おまえの分は家に届けりゃいいよな、嫁さん居るだろうし」

 

 まくしたてるように言うが早いか、ちょっとここを頼むと言い残して門番の男は駆け足で村の中へ消えていった。獲物を運び解体する人足を求めに言ったのだろう。

 

「においを辿って魔物が近寄ってきているとは思えんが」

 

 群れを作ってやってきたとしても森で戦った魔物であれば負ける気はしないが、そもそもあれだけ倒した後だ。

 

「確かにあれだけ倒しやしたし、あのあたりにはもうモンスターは残ってねぇかもしれやせんね」

 

 村へ魔物がやって来るとは思えないところについてはカシーヴも同意し。

 

「モンスターが減ったと言やあ、前にメラゴーストの群れが見かけられた少し後にモンスターと出くわすことが極端に減った時期があったような」

「っ」

 

 今思い出したという様に口にした言葉に、オレの肩が微かに動いた。おそらくだが、その魔物との遭遇が減ったことについてオレはおそらくだが真相を知っている。カシーヴの言うメラゴーストがオレの部下だったあいつらならば、オレは直接当人たちから聞いているからだ。

 

『炎の身体に興奮して襲ってきたので、危険な存在と認識し分裂して狩った』

 

 だったか。ともあれ、最初は自衛の為だったが戦いを繰り返したことで強くなっていることに気づき、襲ってくる魔物を返り討ちにしている間にハドラーが復活、周辺の魔物が凶暴化したことで、それまでは襲ってこなかった魔物も相手にすることとなり、返り討ちにし続けた結果、周辺から殆ど魔物が居なくなった。だいたいそんな経緯だったと思う。

 

「どうかしやしたかい?」

「いや、少し昔のことを思い出していた」

 

 思い出すと、今あいつらはどこに居るのかとつい考えてしまう。フレイザードについていったやつらはパプニカの侵攻に回された様だが、氷炎魔団がオレと不死騎団の侵攻を生き延びた町や村を襲うことはなく、侵攻部隊が居たのではと思しき場所には何者かと交戦したらしい痕跡が残るのみだったと聞く。いずれはこの目で確認しに、あいつらを探しに行きたいとは思うが、それは今ではなく。

 

「いずれにしても今回の一件とは関係ない話だ。そうだろう?」

「へい、ただ……メラゴーストに関しちゃ、ちょっと」

「ん?」

 

 返ってきた言葉の歯切れの悪さが気になったオレはどうしたと問い。

 

「鳥の魔物がメラゴーストになった気がしただと?!」

「へ、へい」

 

 カシーヴの告白につい叫んでいた。

 

「くっ」

 

 先に、もっと詳しく目撃した時のことを聞いておくべきだったのだろう。後になって押し寄せた後悔と、どうしようもない脱力感。見知らぬ魔物の脅威に一つの村が怯えていたかと思えば、その原因が変身呪文で姿を変えた弟弟子にあるかもしれないのだ。

 

「剣士様?」

「勇者アバンの弟子のひとりに変身呪文を使う者が居るのだがな?」

「剣士様、何を?」

 

 唐突な語りに状況を呑み込めぬカシーヴへ構わずオレは言葉を続ける。

 

「魔王軍に襲われぬよう敢えて鳥の魔物の姿で空を飛び、魔物の姿で魔王軍へ潜入する、そんな奴だが、変身呪文には効果時間があるようでな」

「鳥の魔物ぉ?! 剣士様、それってぇと、まさか……」

「ちなみにそいつは魔王軍に潜入する時、メラゴーストに化けたそうだ。空中で変身呪文が解けて、慌ててモシャスし直そうとしたところで以前化けた別のモンスターに間違って変身してしまった、としたらどうだろうな」

 

 おそらくだがこの一件、あの弟弟子がカシーヴに見られたというのが事件の真相なのだろう。

 

「オレは、オレたちは居もしないモンスターを探し回っていたかもしれん」

 

 調査を優先し聞き取りをおざなりにしたことが仇になった。オレは思わず空を仰ぐ。

 

「カアアッ」

「カアァッ」

 

 見上げた空、先に見たカラスだろうか。ちょうど二羽のカラスがどこかへ飛んで行くところだった。

 

 

 

 

 

 





番外43「ベンガーナ再び(ヒュンケル視点)」に続くメラ。


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番外43「ベンガーナ再び(ヒュンケル視点)」

「念の為に先ほど魔物の死体を吊るした場所をもう一度確認しに行って、何もなければベンガーナへ戻る」

 

 マイナンの家へと戻ってきたオレは調査の経緯と推測を話した上でそう告げた。

 

「あ、うん」

 

 頷きつつもマイナンが微妙そうな表情だったのは、村の為に危険を冒してまでベンガーナへ向かった理由の魔物が危険でも何でもなかったと知ってしまったからだろう。オレとて真相を知ったときは思わず空を仰いだのだ。

 

「すまんな」

「ううん、ヒュンケル兄ちゃんが謝る理由なんて」

「いや」

 

 何となく申し訳なさを感じて頭を下げれば、マイナンは頭を振るが、一応オレには謝る理由はあるのだ。徐に自分の首元へ手を伸ばすと引き出したのは普段内に隠している首飾り。

 

「ヒュンケル兄ちゃん、それは?」

「アバンのしるし、勇者アバンの弟子の証だ」

「それって――」

「ああ、今回の騒動の原因は推測だが、オレの弟弟子が原因かもしれんのだ」

 

 気になるところがあるとすれば、狩猟と間違えられていたくだりだが、何か敵と戦ったとかそう言うことであれば、カシーヴの目撃証言があれだけなのは不自然だ。あの弟弟子はモシャスを抜きでも魔法使いとしての腕は確かだったはずだし、一方的にやられるとは考えにくい。戦いが起こったなら、攻撃呪文の余波なりなんなりを目撃している筈であり。

 

「加えて、オレの探し人がその弟弟子でな」

「うわぁ」

 

 厳密に言うとその分体だが、接触できるならこちらとしては本体でも構わないのだ。出来れば合流したいものの無理なら無理でいい。

 

「合流を望んでいたが無理そうなのでテランへ戻った」

 

 と本体から分体を介してでも伝えて貰えれば、伝わったあいつの分体はテランかパプニカかともかくダイ達と合流すべく動くであろうから。

 

「ともあれ、そう言う訳だ。オレとしてはベンガーナに戻って人探しと行きたいところだが」

 

 森に吊るして放置してきた魔物の死体をそのままには出来ない。懸念となっていた謎の魔物が存在しないなら、あれは周囲の魔物を呼びよせるだけだからだ。

 

「あー、そっか」

「この辺りの魔物だけなら村の狩人達でなんとかなるようだからな」

「ヒュンケル兄ちゃん……」

 

 確認と撤去が済めば、オレはベンガーナに戻る、それを理解してかマイナンは何か言いたげな顔でチラリとこちらを見て。

 

「どうした?」

「えっ、あ、えっと、ありがとう」

「いや、礼を言われるほどのことは」

「ううん、それでも、ありがとう」

 

 ないと続ける前に頭を振ってマイナンはもう一度オレへ礼を言い。

 

「おいらの話を聞いて村まで来てくれて、嬉しかった。村まで来る途中でもおいらの話に付き合ってくれて、えっと、それから……また、会えるよね?」

「探し人が見つかれば、オレはテランに向かって仲間と合流するつもりでいる。……その後のことはわからん」

「……そう」

 

 魔王軍との戦いもある今、頷くことなど出来なかったし、そもそもオレは嘘が苦手だった。だからそんな答えになってしまったオレにマイナンは言う。

 

「けど、また会お」

 

 と。

 

◇◆◇

 

「よぉ、色々あったみてえだな」

 

 そして、再び森へ向かうべく村の入り口に向かったところで、声をかけてきた男が居た。

 

「マイボか」

「話は門番に聞いたぜ」

 

 再度の説明は不要とでも言う様に告げ。

 

「俺からするとここは隣村だ、そんなこと関係なく困ってたら放っておけなかったとは思うけどよ、問題の魔物ってのが居なかったって知って少しホッとしたぜ。これで人探しも再開できる」

「人探し、か」

 

 奇遇と言うべきなのだろうか。同じ村に立ち寄った男の本来の目的がどちらも人探しだったというのは。

 

「ならば、ここはお互いに情報を交換してみないか」

 

 何か得られるものがあるかもしれんと、そう提案してみたい気持ちが心の中に浮かんできたが、オレの探し人がメラゴーストだということが問題になってくる。あちらが探し人のことを話し、こちらの探し人はと聞かれたとき、嘘をつかずに探し人が魔物だと伝えずに説明するのは、おそらく不可能に近い。しかもこのマイボと言う男、かなりのお人よしだ。オレだけが情報提供と言う形で協力することを良しとしまい。

 

「オレはこの件の始末が終わればベンガーナに戻るつもりだ」

 

 故にオレの方はただこの後のことを話すにとどめ。

 

「オークションはもう終わっているだろうが、あそこは人が多い。目撃した人間が居るかもしれんしな」

 

 ドラゴンキラーのオークションにあいつの分体が姿を見せたかどうかくらいは確認しておきたい。

 

「そうか。確かに人が多いってんなら目撃者くらいはいるかもしれねえな。決めたぜ、俺もベンガーナまで同行させてくれ」

「……構わんが」

 

 一応後始末を終えた後になと言ったものの、特に拒む理由もない。オレはマイボの申し出を承諾したのだった。

 




ベンガーナまでたどり着けなかった、無念。

次回、番外44「続・ベンガーナ再び(ヒュンケル視点)」に続くメラ。


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番外44「続・ベンガーナ再び(ヒュンケル視点)」

「こうなることは充分に予想できたが――」

 

 剣を一閃させ、こちらに気づく前にオレはモンスターを斬り捨てる。マイボと言葉を交わした後、村を出たオレたちが目にしたのは、罠に残してきた死体に寄ってきたらしきモンスターの姿だった。

 

「先ほどの場所には居なかったが、毎回毎回そうもいかんか。」

 

 前に来たときと比べれば量は少なく、釣り下げた死体だけと言うこともあったが、その前に来たときにそれなりに多くの魔物を倒しているのだ。

 

「悪ぃ、ヒュンケル少し待ってくれ」

「ああ」

 

 そうして斬り倒した魔物や釣り下げられていた魔物の死体を同行者であるマイボが村で借りたという農具で穴を掘って埋めていた。

 

「墓、か」

 

 死体を残せば肉食の獣や今の様に凶暴化したモンスターが寄ってくることもありうる。それ自体対処法として間違ってはおらず正しいものだが、この男はそんなことなど思っていないだろう。枝を刺したり石を置くだけの簡易なモノとはいえ埋めた場所にひと手間かけていることを鑑みるなら、ただ埋めただけでなく墓を作っているのだ。

 

「ああ。俺も自分がどこに生まれるかとか人間として生まれるかとかを選んで生まれてこれた訳じゃねえしな。ひょっとしたら魔物として生まれてきちまったかもしれねえと思うと……凶暴になって村の連中や俺達に襲いかかってくるヤツは倒さなきゃなんねえが、倒したってんならそれ以上はな。もちろん、解体して肉として食べてる隣村の連中を間違ってるなんて言うつもりもねえ。命を無駄にせず糧とするってのも大切なことだろうしな。けどよ、食べようのない奴らだからって野ざらしにしたまんまってのは違うと思ってよ」

「ふっ」

 

 甘い男、そう思う。武器を被って冒険者をやっていたと言う身の上が信じられないぐらいに甘く、変わった男だ。

 

「しかし」

 

 ふと思う、この調子で全ての魔物を弔った場合、どれほど時間を必要とするのかを。

 

「薄情かもしれんが、この調子で墓を作ってゆくと日暮れまでに戻れる保証は出来んぞ?」

 

 今はないが墓を掘っている間にモンスターが襲撃してくることもないとは言いきれない。

 

「それなら大丈夫でさあ」

 

 ただ、オレの懸念は杞憂だったらしい。後方からマイボ以外の声がして、振り返ればそこに居たのは村の狩人が数名。

 

「お前たち」

「勘違いしねぇでくだせえ。あっしらはただ、剣士様たちがまた暴れうしどりと出くわしたらって考えて後を追っかけてきただけでさあ」

「まあ、マイボのことだからこうなってるかなとも思いはしたがな」

 

 カシーヴの漏らしたように下心あってか、名も知らぬ隣の狩人の言のような理由かあるいは両方か。

 

「墓を作るんだろう? 手伝おう」

「助かる。オレはこのまま周辺を警戒しておく」

 

 人手が大きく増えたことで死体の埋葬と墓づくりは一気に進み、助力を得られた勢いもあったのだろう。

 

「ふぅ、これで終わりだな」

 

 気づけば魔物を呼び出すために暴れうしどりをつるしていた場所までたどり着いたオレたちはすべての死体を埋葬し、墓を作り終えていた。それでもさすがに疲れたのか、狩人たちは地面に座り込んだままだったが。

 

「しかし、勢いってやつはすごいな。俺達も手伝ったとは言え、あれだけの死体を日が暮れる前に埋め終えちまえたんだから」

「まあ、大物もいなかったしな」

「けど、キノコの魔物って普通に埋めてよかったのかね? アレだけは地面から生えてきそうな気がしてるんだが」

 

 最後の狩人の疑問は確かにオレも少し気になるも、だったらたびたび様子を見に来ればいいという他の狩人の言葉で懸念は解消される。

 

「もし生えてきても育ちきる前なら弱いだろうし、実際生えてきてたら今度は二度と生えてこないように燃やしちまえばいい」

「それもそうか」

 

 ともあれ、これでオレがあの村に留まる理由もほぼなくなった。埋める前に死体を改めたところ、大きな猛禽などがついばんだ後などは見つからず、件の魔物が弟弟子の変身である疑いが一層深まったからだ。

 

「さて、オレはそろそろベンガーナに戻る」

「そうですかい。色々世話になりやした」

 

 村の入り口まで戻ってきたところで告げればカシーヴがこちらに頭を下げ。

 

「もしまた近くに来たら、村に寄ってください。その時は森の恵みいっぱいの郷土料理をご馳走します」

「ありがとうございました、どうぞお気を付けて」

 

 他の狩人たちにも見送られる形でオレとマイボはサガサの村を後にし。

 

「確か目的地はベンガーナだったな? あそこは俺も漁具の部品やら何やらを買いに足を運んだことがある。道案内は任せとけ」

「そうか、なら頼む」

 

 思えば行きはマイナンに案内されてきただけで土地勘があるわけでもない。オレはマイボの申し出に甘え、その後ろをついてゆくことにしたのだった。

 




ベンガーナにまだつけなかった、だと?

番外45「続・続・ベンガーナ再び(ヒュンケル視点)」に続くメラ


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番外45「続・続・ベンガーナ再び(ヒュンケル視点)」

 活動報告に更新回数について悩んでると書きましたが、試験的に本日から更新回数を減らしてみます。
 ちょっと、まだやらなきゃいけないことを抱えてる状況ですので、どうぞごりかいください。


「おし、森を抜けたぜ。もう少し進みゃ、ベンガーナも見えてくるはずだ」

 

 前方に視界が開けたところでマイボがこちらを振り返る。

 

「どうだ、ちゃんと道案内できてるだろ?」

「そうだな」

 

 どことなく得意げに見えたので頷きを返したオレは一度だけ前とは別の方角を見る。

 

「ん? どうしたよ? ベンガーナは向こう、そっちはテランの方だぜ?」

「ああ、それはわかっている。テランに仲間が滞在していてな。今、どうしているかと、少しだけそんなことを思っただけだ」

「あー、そう言うことか」

「もっとも、成果もあげていない以上、このまま戻るつもりはないが……この後、オレが戻る前にテランを訪ねることがあったなら、オレのことを伝えておいてもらえると助かる」

 

 マイボも人を探す身の上だ。つい最近まで魔王軍に居たオレよりもテランに居るであろうパプニカの姫の方がよほど力になれるだろう。あてもないというなら、理由をつけてテランへ向かわせても問題はあるまい。

 

「わかった。俺としても村に戻らねえなら海を渡る手段は持ち合わせてねえからな。行くとしたらテランかカールかどっちかのつもりだったし」

 

 伝言くらいならお安い御用だぜとマイボは請け負ってくれ。

 

「しかしカールか」

 

 オレはふと魔王軍の元拠点から巨大な足跡を追いかけカール方面へつい先日向かっていたことを思い出す。カール王国、そこは師であるアバンの故郷だった。足を運んでみたいという気持ちもあるにはあるが、今すべきは弟弟子の分体を見つけて合流することだ。それに瞬間移動呪文の使えないオレにとって個人的な希望だけで足を運ぶにはカールは遠すぎる。

 

「気になるのか?」

「気にならないといったら嘘になるが、それより今はベンガーナに向かう途中だろう」

 

 まずベンガーナにたどり着くべきだと主張すれば、マイボもそうだったなと同意し。

 

◇◆◇

 

「やはり、ドラゴンキラーは売れていたか」

 

 ベンガーナに到着したオレがデパートに足を運ぶとドラゴンキラーが置いてあった場所にあの手甲の様にはめて使う竜殺しの武器はなく、かわりに置かれていたのは、一部がどことなく十字架を思わせる作りの剣だった。

 

「ゾンビキラー、か」

 

 不死族を倒すべく作られた武器がそこにあることに、元不死騎団長としては偶然の皮肉さを感じずとはいられない。

 

「うおっ、『はがねのどたまかなづち』だと?! うぐっ、ここにもっと手持ちがありゃあなあ」

 

 マイボはマイボで自身の被っているのと似た形状の武器だか防具だか判別のつかないモノを見て興奮して騒いでいたが、良い素材を用いた同型の武器が存在することは、オレにとっても驚きだった。

 

「ぐ、駄目だ。路銀にゃ手を付けるわけにはいかねえ、沈まれ、俺の……」

 

 葛藤するマイボをその場に残し、更に階を一つ上がれば、良く見えるところに飾られていたのは、大小様々な刃の生えた茶褐色の鎧で。

 

「おお、お客様お目が高い。この刃の鎧は本日入荷されたばかりでして――」

 

 興味があると思われたのか、店員が寄ってきたが頭を振って防具なら間に合っている、ただ目が止まっただけだと言った。

 

「それより人を探していてな。このデパートに来るかもしれないと聞いて足を運んだのだが」

「人探しですか? 迷子のお呼び出しでしたらあちらの案内所の方で」

「いや、迷子ではなくてだな」

 

 どこに勘違いされる要素があったのかはわからない。わからないが、誤解をとくには暫し時間を要し。

 

「ぐ、うう……」

 

 何とか下の階に戻って来たオレはまだ悩んでいるマイボの姿を目にすることとなる。

 

「むう」

 

 己が命を預ける武器のこととなれば悩むのは戦士としてわからなくもない。だが、なぜあの形状の武器を愛用するかについては今だ理解が及ばず。

 

「ヒュンケルよ、この『鎧のどたまかなづち』をお主に授けよう」

 

 そうかつての主であった大魔王が同系統の装備をオレへ与えるところを一瞬だけ想像して、頭をふった。確かに兜に装着したまま剣を振るって戦ったこともあったではないかと言われれば、否定はしない。もし兜部分についているのが鎖の伸縮する棘付き鉄球か何かであれば、オレとてあれほどコンセプトを理解できず悩むことはなかったはずだ、筈だが。

 

「しかし、成果なしか」

 

 若干頭痛を覚えそうになったオレは、思考を人探しの方に戻して嘆息する。防具売り場の店員の方はオレを含むダイ達勇者一行の姿はダイ達が直接訪れた日以降は見ていないらしく、モシャスで弟弟子の分体が足を運んだ形跡もないようだった。もっとも、このデパートで一度モシャスをしたところを見抜かれ、騒ぎになったと聞けば無理もないかもしれず。

 

「ん? ああヒュンケルか」

 

 ようやくオレに気付いたマイボだったがこの顔を見て首尾が良くないことを察したらしく。

 

「こう突っ込んで聞くのはアレかもしれねえけどよ、探し人の目的って何だったんだ? そこから探ってみたら何か発見があるかもしれねえぜ?」

「目的か」

 

 ここに足を運んだ理由ならドラゴンキラーを求めて立ち寄ったかもしれないのが理由、つまりあいつが求めているのはダイの為の強い武器だ。ためらいもあったものの、一理あると思ったオレは理由だけを口にし。

 

「武器を探してるってんなら、ドラゴンキラーを作った刀工の方を当たればいいんじゃねえか? 俺に一人心当たりがあるぜ」

「なッ」

 

 何事もないようにさらっと言われてオレは目を見張った。

 

「昔、旅をしてるときにちょっとな。そのおっさん刃物専門らしくてな。腕が確かな分、鈍器は専門外だって言われた時はかなり落ち込んだもんだぜ」

「いや、おまえの場合はそうかもしれんが……」

 

 正直に言って訳が解からなかった。この男にそんな人脈があったことが。

 

「もっとも、住んでるところはそうおいそれと口に出すわけにゃ、な」

「っ、ああ」

 

 オークションで購入者を決める程の武器を作れる人物となれば、確かに気軽に口に出してよいモノではない。オレはここを出るぜと告げたマイボへ即座に頷き、後に続いたのだった。

 





次回、番外46「刀工の元へ(ヒュンケル視点)」に続くメラ。


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番外46「刀工の元へ(ヒュンケル視点)」

「外に出ただけじゃ、さっきの話を聞いてた奴が聞き耳立ててるかもしれねえしな」

 

 デパートを出た足で宿屋に向かい一室借り、その部屋でマイボは部屋を借りた理由を語る。

 

「もっとも、それだけじゃねえ。もう日が沈む。魔物が凶暴化してる今、夜の行軍は危険だってのもあるが夜中に尋ねて行くのはあっちからしても迷惑になる」

「なるほど、しかし」

 

 部屋をとったのに得心が行っても、一つのこる疑問があった。マイボが借りたのは二人部屋だったのだ。

 

「ん? あ、言い忘れてたがそっちのベッドはおまえのな?」

「な」

「一応道は話すつもりだけどよ、口で説明したって迷うやつはいるからな。刀工のおっさんのとこまでは俺が案内してやる。そうなってくると、足並みそろえてもらわなきゃ拙いだろ」

「それは」

 

 つまり、オレを案内することも視野に入れ二人部屋を借りたのか。

 

「最初はこのどたまかなづちに染料をつけて布か何かにスタンプした紹介状『マイボのしるし』でも渡そうかって思ってたんだけどな、どう考えたって俺が引き合わせた方が確実だろ?」

「おまえは、どこまで……」

 

 とんだお人よしが居たものだと思う。

 

「刀工のいるのはこことカールの間にある小さな村だ。村自体に取り立てて特徴もないこともあって、『刀工の村』なんて呼ばれている。正式な村の名前は俺も知らねえ、片手の数で足りる民家しかねえ小さな村でな」

「なるほど、それほど小さければ」

「ああ、知る奴も殆ど居ねえ。俺が村のことを知ったのも本当に偶然だったしな。頼まれごとで山に入って煮炊きの煙を偶然見つけなきゃ村があったことにも気づかなかっただろうぜ」

 

 一応目印になりそうなモノはあるらしいが、案内すると言い出したのは、親切心からだけではないらしい。

 

「それで、案内したら俺はテランに向かうつもりだけどよ、そっちに何もなきゃ今度はカールに行くつもりだ」

「そうか、それならカールの方はオレが請け負った方が効率が良いのではないか?」

 

 わざわざ案内までさせることになりそうなせいか、オレは気づけばそう口にしていて。

 

「んー、気持ちはありがてぇけど、ちょっと訳ありでな」

「そうか」

 

 詳細を話せないというのであればこちらも同じだ。

 

「気持ちだけもらっておくぜ」

 

 そう言うマイボへ加えて何か言うこともできず。

 

◇◆◇

 

「よぉ、起きたか?」

 

 翌朝、修練の為ベッドを起きだそうとしたオレは声をかけられて振り返った。

 

「おまえも起きたのか」

「まあな。漁師は朝も早ええもんだ。もっとも、ここにゃ俺の船も漁具もねえ。起きてもやれることって言えば朝の修練ぐらいだろうけどな」

 

 マイボによると冒険者を辞して漁師になったものの腕が鈍らないように漁のないときや何らかの理由で旅をする時は代わりに修練を行っていたらしい。

 

「とはいえこうも周りに家や店のある場所じゃあな、でかい音立てるようなことはやれねえだろうし」

「まあな」

 

 マイボに同意してオレが窓に寄ればそれなりに広い通りを挟んですぐ向こうには民家があり、民家の後ろにも何か建物の影が見える。視界に収まる区画だけでもどれだけの人間が暮らしていることか。

 

「剣の素振りならばまだしも――」

 

 マイボの武器は兜と一体化した殴打武器だ。殴りつけるとなれば大きな音がする。当てず寸止めなら音はしないだろうが、勢い余って何かにぶつけてしまう可能性もある。

 

「ふだんはこいつにさらに重りをぶら下げて首を振ったりしてるんだけどな、重りを下ろすにも音がしちまう」

「諦めるか」

「もしくは少し遠出するかだな」

 

 話し合いの後、オレたちは周辺に配慮し、軽めの運動をするにとどめ。

 

「そんじゃ、行こうぜ。道中なら音を気にする必要もねえ」

「ああ」

 

 朝食を取り終えるとチェックアウトを済ませベンガーナを後にする。目指すは西。休憩のついでに朝できなかった分の修練をし。

 

「しかし、本当に何もないな」

「だろ?」

 

 辛うじて道と認識できるものをたどって入った山林はしばらく手をかけていなければ自然に呑まれて消えてしまいそうな頼りない道が続くだけ。

 

「冬になれば木が葉を落としてもっと見やすくなるんだけどよ」

「なるほど」

「とはいえそれを待ってもいられねえからな」

 

 マイボの言葉に相槌を打ちつつ進む道は曲がりくねりながら続き。

 

「あそこだ、あれが刀工の村だ」

 

 足を止めたマイボの示す先には山林の木々の間から少しだけ民家の屋根が顔を出していた。

 




次回、番外47「刀工の村で(ヒュンケル視点)」に続くメラ。

 尚、向かう村は日本地図なら岡山の位置にあるという設定です。


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番外47「刀工の村で(ヒュンケル視点)」

 本当は岡山弁のページ開きつつ刀工のセリフは書くつもりでしたが、ちょっと挫折したのでマイボに翻訳してもらう形にしました、無念。



「おいでんせえ」

 

 そのままマイボに連れられて向かった先、もくもくと煙を出し続ける一軒の家に入ると、中に居た男に沿う声をかけられた。

 

「今のは?」

「ああ、いらっしゃいって意味のこの地方の言葉だ」

 

 面を喰らったオレへ先に家に入って事情を説明したマイボが通訳してくれ、通訳を介して男は言う。

 

「マイボの連れってことなら歓迎する」

 

 と。

 

「『もっとも、今少々忙しくて大したもてなしもできないが勘弁してくれ』だってよ」

「いや、突然したのはオレたちの方だ。気にしないでもらいたい、しかし」

 

 男の言う忙しいと言う言葉が嘘でないことをオレはすぐに信じることができた。男の後ろの炉には火が入ったまま、鍛冶に使うであろう槌は使っていた途中であるかのごとく無造作に放置され、何より家のあちこちにドラゴンのモノと思われる角や鱗、骨などの素材で埋まっていたのだ。よく見れば作ったばかりと思われるドラゴンキラーが幾つか壁にかけられていたりもする。

 

「聞いた話ではベンガーナのデパートも一つ入荷するのがやっとだったらしいが」

 

 この部屋を見たらベンガーナで仕入れを担当している人物はどう思うか。

 

「あー、ヒュンケルもそう思うか。それなんだけどよ、どうもつい先日カールの方からドラゴンの素材が大量に流れてきたらしい」

「ドラゴンの?」

「カールが魔王軍に攻められて、攻めて来たドラゴンを返り討ちにしたことで大量の素材をカールは得たらしいな」

 

 それが、この刀工の元にも流れてきたって事らしいとマイボは言う。

 

「で、この刀工のおっさんの元にはドラゴン素材が足りなくて作りかけになってたドラゴンキラーが複数あった。そこに素材が大量に入荷され、短期間で仕上げられたのがアレってことだな」

「なるほど」

 

 作成が中断していたドラゴンキラーを仕上げるべく槌を打っていたところにオレとマイボが現れたということだろう。

 

「だが、あの狭い道をよくこれだけの素材が運んでこれたものだな」

「あー、それならカール方面には別の道があるんだ。そっちの方が広くてたいていの人間はそっちを通る。もっともベンガーナからだとそっちは無茶苦茶遠回りになるんだ」

「そういうことか」

 

 マイボの補足で疑問はあっさり氷解し。

 

「ん?」

「どうした?」

「ドラゴンを返り討ちにしただと?!」

 

 納得しかけたオレは流しかけた話に遅れて驚愕する。魔王軍のドラゴンと言うことは、それを率いているのは、あの超竜軍団長バランに他ならない。元軍団長のオレだからこそ知っている。超竜軍団は六軍団最強であるということを。それが返り討ちにされているという事態がにわかに信じられず。

 

「っ」

 

 カール王国と言えば、巨大な足跡を追いかけたおり、近くまでは足を運んでいたのだ。あの時何故カールの様子を見てこなかったかが悔やまれ。

 

「これはカールの様子をこの目で確認してこざるを得んな」

 

 あの魔王軍最強の軍団をどう返り討ちにしたのかは、聞いておかねばならん、そう思った。ダイ達との合流が遠くなるが、そんなことは言っていられん。メラゴーストの分体が立ち寄っていないかを確認した上ですぐにでもカールに向けて発つことを考えるオレだったが。

 

「待ってくれ」

 

 オレは刀工に呼び止められた。その理由を察しなかったと言えば嘘になる。刀工と聞いた時点でこうなる可能性は解かっていた。

 

「その腰のモノを見せてほしい」

 

 マイボの通訳を介し頼まれたオレは少し迷ったが、最終的に鎧の魔剣を刀工へ差し出した。これまで何度か破損し復活を遂げてきた不死身とも言える鎧の魔剣だが、これまでオレは魔剣自身の自己修復ともいうべき力に修復を任せっきりだったのだ。とはいえ鍛冶屋でないオレに魔剣のダメージを回復させる術はない。それでもこの刀工なら何とかなるのではと思ったのだ。

 

「どうだ、直りそうか?」

 

 鎧が砕かれたフレイザードとの戦いからは幾日か経っている。鎧の部分もいつもの鞘の形を取り戻してはいたが気になるモノは気になる。

 

「すまん」

 

 それゆえのオレの問いに刀工は謝りながら頭を振った。曰く、自分では無理だと。

 

「こいつを作ったのは、おそらく人間じゃねえ。この鞭の様に伸びて形を変える機構くらいならわしにも作れるが、変形して装着される仕組みと自ら損傷を修復する仕組みの方はただの鍛冶屋や刀工の手に負えるもんじゃねえ」

 

 かなりの腕の魔法使いでもある鍛冶屋か刀工と言う存在するかもわからない人物か、魔法力の扱いにたけた魔族の刀工でもなければこういったモノは作れないだろうというのが刀工の見立てであり。

 

「わしにも少しなら魔法力はある。だが、素材加工にちょっと使ったり種火を用意するのがせいぜいで、こんな真似は無理だ。そんなわしが下手に手を出すと、かえってこいつの自己修復機能を損ないかねねえ」

 

 申し訳なさそうな顔をした刀工は詫びになるかわからないとしつつ、壁にかけてあったドラゴンキラーを一つ、差し出してきた。

 

「盾を使わない様だし、効き手で無い方の手で扱えばいい」

「っ、だが」

 

 ベンガーナほどの町でオークションにかけられる一品だ。詫びと言われても、オレは受け取るのをためらうが。

 

「受け取っとけよ。気になるなら今は借りるってことにして、それで使わず荷物になるなら返しにくりゃいい。役に立つなら後日代金を払えばいいだろ?」

「しかし」

「そもそもドラゴンキラーのオークションに姿を見せるかもってことはヒュンケルの探し人はそれを欲しがってたんだろ? 手元にありゃ会える可能性だって増えるだろ。それに」

 

 このままでは埒も明かない。ずっとここに居るわけにもいかないんだろと諭され、最終的に折れたオレはドラゴンキラーを受け取ることになったのだった。

 




次回、エピローグ「カールへ(ヒュンケル視点)」に続くメラ。

と言う訳で、こうしてヒュンケルはダイのところに戻らずカールに向かっちゃったと言うのがあの時居なかった真相となります。



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エピローグ「カールへ(ヒュンケル視点)」

「ここでお別れだな」

 

 テランに引き返すというマイボにオレは頷きを返した。ドラゴンキラーを作る刀工の家がオレ達の横にあり、西の空に移動した太陽は夕暮れまではまだ間があるものの少しずつ遠くの山々の向こうへ近づきつつあった。

 

「おまえにも世話になったな」

「そうか? 結局この村にもおまえの探し人は来てなかったんだろ? サガサのことだったらおまえが居ようが居なかろうが村の連中に手を貸してたはずだし」

 

 大したことはしてないと言うが、今上げたことを抜きにしてもベンガーナでは部屋をとってもらっているし、ダイ達への伝言も頼んでいる。

 

「この借りはどこかで必ず返す」

「俺は別にかまわないんだがなあ」

 

 何でもないことの様に言うあたりもお人よしなこいつらしいというべきか。

 

「道中気をつけてな」

「おう。もっとも、俺も元々冒険者だしな。そんじょそこらのモンスターにゃ遅れはとらねえぜ!」

 

 頭に被った武器を誇示するように示し、にやりと笑ったマイボはじゃあなとどたまかなづちを示した手を軽く振って踵を返し。

 

「ああ」

 

 俺も倣う様に手を振ってマイボに背を向け、歩き出す。左腕には刀工から借りたドラゴンキラーをはめ、魔剣は鞘に納め腰に吊るしているため利き腕は無手だ。

 

「ふむ、こいつもある程度使いこなせるようにしておくべきか……」

 

 破壊され溶岩に沈んで尚、自己を復元してオレの元に来た鎧の魔剣のことを考えると他の武器を使うのは気が進まないが、貸与してくれた刀工のことを考えると、全く使わないというのも悪い気がする。

 

「マイボに託してダイに使って貰うべきだったか……だが」

 

 一度も使わずまた貸しするのもどうなんだと言う気もする。

 

「そう、だな……ひとまずはこれを補助として両方使う立ち回りを考え、練習してみるか」

 

 この先全く何にも襲われずにカールへたどり着けるということはおそらくないだろう。野生の魔物に襲われることもある筈だ。無論、襲われなくても襲いかかってくる想像の敵を相手に修行をすればいいだけの話で、いずれにしても新たな武器を慣らすことは可能だ。

 

「それよりも、問題はカールだな。超竜軍団が返り討ちにされたとは聞いたが」

 

 伝聞であるし、詳細は聞いていない。倒されたのが小手調べに差し向けられた軍団の一部であって、今カールが本格的に超竜軍団の侵攻を受けているということとてありうる。

 

「カール、アバン……師の故郷、か」

 

 もし、目の前に魔王軍に襲われている国があったなら、守るために参戦するだろう。それは師の故郷だろうと全く見知らぬ国だろうと、おそらくはかわるまい。

 

「少し急ぐか。状況が解からない以上、最悪の事態を想定して動くべきだ」

 

 場合によっては刀工の元にドラゴンの素材を運んできた者と出会えるかもしれない。村に来た時と違って辛うじて馬車が通れそうな程度に幅のある道を進みつつオレは足を早め。

 

「しかし――」

 

 こちらも詳細を話せないとはいえ、結局マイボの探し人のことも詳しく聞けなかったなとオレは胸中で独り言ちる。もっとも、世界は狭いようで広い。マイボの探し人についてオレが知っているなどということはないだろう。人間側ではなくつい最近まで魔王軍の側に身を置いていたのだから。

 

「魔王軍、か……そう、だな」

 

 言葉にしてみるが、今のオレはあちらからすれば裏切り者。刺客を差し向けられてもおかしくなく、バランはカールを攻めていて、ハドラーはオレが倒したが、あちらにはまだザボエラとミストバーンが残っている。

 

「魔軍司令が死に軍団長も半分にまで数が減っているとはいえ、オレも単身。こちらを狙ってきても不思議はないか」

 

 バルジ島の戦いでは両者の他にハドラー、フレイザードが居てダイ達勇者一行を一人も欠けさせることが出来なかったのだ。戦力が減った状態でダイ達の方へ仕掛けるとは考えにくく。襲撃をかけるなら相手はオレかクロコダインに絞られるはずだ。

 

「それに」

 

 ミストバーンはオレの暗黒闘気の師、離反した弟子を討つという名目で現れたとしても驚きはしないが。

 

「マイボと別れたのは正解だったかもしれんな」

 

 一緒に居る時にミストバーンとの戦いになった場合、マイボの実力では足手まといにしかならん。そして、ミストバーンは話してわかるような相手でもない。説得しようとしてあっさり殺されることもありえただろう。

 

「問題は、仕掛けるならいつ仕掛けてくるかだが」

 

 呟きつつオレは太陽の位置を確かめる。さすがに今日の内にカールへたどり着くのが無理なのはわかっていた。

 

「あの日の高さでは、どう考えても今夜は野宿をせざるを得んな」

 

 暗くなる前に、野営するなら襲撃も視野に入れて場所を探しておくべきだろう。山道を進みながらオレは前方、やや遠くの方に視線をやったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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狙われたパプニカ編
プロローグ「早すぎる帰還」


『ああっ、まどろっこしい』

 

 死の大地にたどり着いた俺は裏口を経由してバーンパレスに入ると、パレスの中を奥へ奥へと進んでいた。ちなみにモシャスは進んでいるうちに解け、今はメラゴーストの姿である。とはいえ衣の魔杖を装備しているのでパレス内の魔族やモンスターが俺をただのメラゴーストと見間違うことはないのだが。

 

『やっぱりリリルーラを会得するべきなんだろうな』

 

 ルーラでは死の大地までしか辿りつけないため、こういう時やたら時間を食ってしまうのだ。

 

「これはトゥース様」

『ハドラー殿は居る?』

「はい、引き継ぎ業務を続けておいでかと」

 

 パレスを歩きつつたまたま出会った魔族の文官に尋ねれば、予想とは違った答えが返ってきて、俺は顔には出さず密かに安堵する。

 

『じゃあ、変わったこととかなかった?』

「変わったことですか? そう言えばザボエラ様がどこかにお出かけになったと――」

 

 文官の言葉は途中だったが、おまえが動いたんかいと叫ぶのを堪えるには少し努力が必要だった。ザボエラの独断による行動。原作でもザボエラが勝手に動くことはあって、その時は罰として牢に放り込まれたりしていた。ただ、それはかなり後の話であり。

 

『こっちで指示を出した覚えはないんだけど……ちょっと気になるな。どこに向かったかとかはわかる?』

「いえ。ですが、私に聞くより妖魔士団の方に聞かれた方が良いかと」

『あー、それもそうか。ありがとう』

 

 訊ねれば返ってきた答えは望むものでこそなかったものの指摘はもっともだったので俺はその足で文官達の仕事場に向かう。

 

『おっと、いけない。モシャス」

 

 ただ、書類相手にデスクワークをしてる面々の元にそのまま向かう訳にもいかず、呪文による変身は余儀なくされたが、これについては仕方ないだろう。

 

「とはいえ魔法力が心もとないな。誰か連れてった方が良いか」

 

 これから向かう場所を鑑みるなら、書類仕事を手伝ってる分体の一人に分裂してもらってついて来てもらうのが一番だが。

 

「トゥース様」

「何だか慌てて戻ってきたって聞いたぜ」

「何があったにょん?」

 

 作為すら疑うほどのタイミングの良さで姿を現したのは、鏡面衆の三人だった。

 

「ザボエラ殿が無断でどこかに出かけたって聞いて。あと、勇者一行の中に本物ンケルが居なかったから」

 

 ザボエラが襲撃をかけたのではと言う推測を俺は三人に話し。

 

「魔軍司令としてもこの独断行動は認められないし、万が一があったら拙い」

 

 その万が一の犠牲になるのがヒュンケルかザボエラかには言及せず俺はダイの姿でしかつめらしい顔をして鏡面衆の面々を見回す。

 

「確かにトゥース様の言う通りだ」

「カーッカッカッカ、窮地に陥ってるところを助けりゃ恩が売れそうだな。ハードな状況かもしれねえが、やってみる価値ありやすぜ!」

「にゅん!」

 

 それはそれとして、この三人あのふざけたキャラでキャラクターは固定なんだろうか。シロコダイン以外は分体の中ではキャラが立ってきているような気もしなくはないが。

 

「と、とにかく、話が決まったなら妖魔士団の人にザボエラがどこに向かったか聞いてから出発しよう。おれ、魔法力が心もとないから出来ればルーラは――」

 

 誰かにやってほしいと言おうとして、気づく。武人、魔剣士、半分こ魔法生命体。

 

「ルーラ出来るやつがいねええええっ?!」

 

 そも、呪文の使い手もプレイハードだけなのだ、現状では。

 

「やむを得んな。ならばオレがモシャスし直そう」

「シロコダイン……にゅん」

「まぁ、そうしてくれると助かる……かな」

 

 ありがたい申し出の筈なのになんとなく微妙な気持ちになりつつ俺はシロコダインに瞬間移動呪文係を任せることにし。

 

「ザボエラ様ですか? 私はどこに行ったかお聞きしておりませんが」

 

 やがてたどり着いた目的地でザボエラの部下を呼び出して貰い、尋ねたところ帰ってきたのは申し訳なさそうな声色でのそんな答えだった。

 

「あ、ですが悪魔の目玉を調べればわかるかもしれません」

「え」

「どこかに行かれたのが勇者一行の行動を見てとかでしたら、どの悪魔の目玉とリンクを繋げていたかがわかれば、どの辺りを注目されていたかは」

「そっか、ありがとう」

 

 あくまで可能性ですがと術士系のモンスターは言うが、まったく手掛かりがないことに比べたらありがたい。俺達は急ぎ受信用の悪魔の目玉が居るという部屋に向かったのだった。

 




 と言う訳でハドラーは無実だった模様。

次回、一話「鏡面衆、始動」に続くメラ。

 ちなみに作者のポカで分体がテランにヒュンケルを送り届ける展開がなかったとしてもザボエラは動いていました。


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一話「鏡面衆、始動」

「ここか」

 

 たどり着いた部屋はそれほど広くはなく、見上げると隅の方の天井で一つ目を持つでっかい球体にうねうねした触手を生やしたようなフォルムの生き物が何体か目を閉じてじっとしていた。

 

「お昼寝中みたいにゅん」

「使い魔と言っても生物だし、休息はするってことかあ」

 

 お昼寝中のところ悪いが、起きるまで待っていてやることもできない。俺はとりあえず悪魔の目玉を起こすことにし。

 

「おお、そうだトゥース様、魔法力が心もとないと言っておられましたな? ならば、こいつらを起こすのはオレがやるので、マホトラの呪文でニュンケルから魔法力を補給しては?」

「にゅん?!」

 

 近づこうとしたところでシロコダインがした提案にニュンケルがえっといった表情で振り返り。

 

「カーッカッカッカ、そう言やニュンケルはモシャスしなおしでもしなきゃ魔法力は宝の持ち腐れだったな。そういうハードな状況、代わってやりてえとこだがオレは呪文も使うかもしんねえしな」

「あー、補充させてくれるなら有り難くはあるけど」

「にゅううん……どうぞ」

 

 ちょううと残念そうなプレイハードは見なかったことにしてニュンケルを見ると微妙そうな表情で唸っていたが、一理あると思ったのかこっちにおでこを寄せてきて。

 

「えーと」

「ああ、トゥース様。魔法力の補充が済んだならモシャスしなおすことを愚行いたしますぞ。戦闘もあるかもしれないなら今のお姿よりバランの姿の方がよろしいでしょう」

「あ、うん」

 

 魔法力を奪うのにおでこを突き出す必要あるのと言う謎の疑問を感じたところでシロコダインが進言をして来て、俺は頷いた。無意味にこんなことは言わないだろうから、何か考えがあるんだろう。色々なことがありすぎてちょっといっぱいいっぱいな俺が何か考えるよりもここは提案にのっておいた方がいい筈だ。

 

「とりあえず、マホトラっと」

「にゅううううんっ」

「その声何?!」

 

 魔法力を吸い出そうとするとあげたニュンケルの声に思わずツッコむが、これは仕方ないと思う。

 

「ま、マホトラ初体験だから吸い出される感覚が、こう、にゅん」

「いや、おれも吸い出されたことはないけどさ」

 

 なんか声が出てしまうモノなのだろうか。

 

「へえ、そういうモンなのか」

 

 無駄に興味津々な半分こ魔法生命体もどきが居たが、それはあえてスルーしておこうと思う。

 

「聞き出し終わりましたぞ。ザボエラ殿が見ておられたのは、カール周辺の模様」

「え、カール?!」

 

 何故そこにと疑問がわくが、理由について考えている時間的猶予はきっとない。

 

「シロコダイン、悪魔の目玉からそこの光景見せられたりしてない? その場所にルーラは?」

「試みてみますが、無理な時はレムオルをお願いしたい」

「あー、透明化してカールに飛んでそこから徒歩ってことか」

 

 できれば問題の場所にすぐ飛べるのがベストだが、無理な場合に備えて次善の策を用意しておくのも悪いことじゃない。

 

「わかった。魔法力は足りなきゃまたニュンケルから吸わせてもらうから――」

「や、優しくしてにゅん」

「モシャスし直してギガブレイクしてやろうか?」

 

 なんだかくねくねし始めたニュンケルにちょっぴり殺意がわいたけど、きっと仕方ない。

 

「ギガブレイクを受けるだって?! そいつはハードな」

「プレイハードは黙って!」

 

 なんと言うか、なんといえばいいのか。どうしてこの三人、いや二人か。この二人は飛びぬけてアレな感じなんだろうか。

 

「出発前だって言うのに精神的に疲れてきたんだけど」

「そのお疲れのところ悪いですが、移動して貰えますかな? ここではルーラの呪文が使えませぬ」

「あー、うん、言ってることはもっともだけどさ、少しぐらい上司をねぎらってくれてもいいんだよ、シロコダイン?」

 

 溜息さえ出そうになる状況だったが、時間がないのも事実。結局促されて俺は来た道を引き返す様にしてパレスを出、死の大地に戻り。

 

『『モシャス』』

 

 ともにモシャスをかけ直せば。

 

「では、さっさと参りましょーか」

「え゛」

 

 俺は変身呪文をかけ直したシロコダインの姿を二度見した。それは、魔王軍の中ではハドラーに討たれたことになっている師匠の姿だったのだ。

 

「モシャスが使える変身先って思い返すと選択肢が少ないんですよねぇ。ポップ君だとまかり間違ってここを探り当てたとか勘違いされてしまうかもしれませんし、それなら故人の姿の方が間違われないかな、と」

「それ、一理あると思ってるのかしらぁん?」

 

 魔王軍入りしたとはいえ、部下が平然と師匠の姿をしてるのに無反応はどうかと思うのだ、他者から見た場合。

 

「時間がないし、処分は後にしましょうか」

「処分?!」

 

 師匠の姿でシロコダインがオーバーアクションをとるが、そこは譲れない。

 

「それよりシロコダイン、ルーラを」

 

 それでもシロコダインが本物と誤認されぬよう大き目の声で俺は命じるのだった。

 

 




次回、番外48「新たな脅威との遭遇(ヒュンケル視点)」に続くメラ。


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番外48「新たな脅威との遭遇(ヒュンケル視点)」

「っ、海破斬」

 

 油断したつもりなどなかった。刀工の村でマイボと別れカール王国を目指していたオレが道中で襲われたのは一度や二度ではきかず、飛んできた攻撃呪文を断ち切ると、即座に鎧の魔剣を身に纏う。

 

「悪いがこれでもはや呪文は効かんッ!」

 

 遠距離から呪文で攻めて来るモンスターからすれば呪文の効かない鎧を身に纏ったオレは最悪の相手であろう。とはいえ油断は禁物。一気に距離を詰めて片をつけるつもりで呪文の飛んできた方へ駆け出し、茂みをかき分ければ。

 

「なっ、きとうし?!」

 

 想像していなかった敵の姿に驚く。敵の姿を目視するまで、相手は呪文を使う獣か何かの系統の野生のモンスターかとオレは思っていた。

 

「何故ここに妖魔士団が」

 

 魔王軍を抜けたのだ、裏切者を始末するために刺客が差し向けられることぐらいは覚悟していたが、呪文を得意とする妖魔士団は呪文の通じぬ鎧を持つオレへ差し向ける刺客として人選ミスと思わざるを得ない。

 

「オレの鎧に呪文が効かぬことぐらいザボエラならば承知しているだろうに……っ」

 

 そこまで考えて、オレはその場を飛び退く。呪文の効かぬ者に呪文使いを差し向ける、そこに理由があるとしたら。

 

「ぬっ」

 

 飛び退いて着地した足が、ぬかるみに滑る。

 

「ぬかるみ?! 雨など」

 

 降った覚えはないと続けようとして一瞥した足元に溜まっていたのは、水ではなくぬめりとした何かの油。

 

「キーッヒッヒッヒッヒ、今じゃ、やれい!」

 

 どこかから個性的なヤツの笑い声が聞こえたかと思った直後。

 

「ギラ!」

「メラゾーマ!」

 

 複数の呪文がオレの周囲に放たれた。

 

「しまった――」

 

 最初のきとうしがまず囮だったのだろう。オレを油をまいた場所に誘いこみ、呪文で着火する。

 

「火攻めか」

 

 たちまち周囲が燃え上がり、油のついたオレの足も燃え始める。

 

「迂闊だった、呪文が通じぬなら、普通の炎で焼き払おうということか――」

 

 呪文がこの鎧に通じぬことなどザボエラは百も承知だったのだ。

 

「気づくのが遅れたのう、ヒュンケル。その通り、ワシが呪文の通じぬ相手を直接呪文でどうこうするなどアホなことをする訳がなかろう」

 

 燃え上がった炎がオレの行く手を遮ったことに気を大きくしたのか、炎の向こうに姿を現したのは有翼の悪魔や術士系のモンスターを従えたザボエラ当人だった。

 

「ざ、ザボエラ様、私は――」

 

 その一方で、声をあげた者も居る。声にちらりとオレが視線をやれば、囮としてオレに攻撃呪文を放ったきとうしが炎に囲まれていた。

 

「あの時後ろに飛びのいたのも全く不正解という訳ではなかったということか」

 

 かまわず斬り捨てていたらいたで、あのきとうしのように炎に囲まれていたという訳だ。

 

「キーッヒッヒッ、おお、ご苦労じゃったな。何、心配はいらぬ」

「お、おお、お助け下さるのですね」

 

 ザボエラのねぎらいにきとうしの声が喜色を帯びるも。

 

「そこの裏切り者が一緒に地獄に行ってくれるでな、少なくとも寂しくはなかろう」

「え、そ、そんな……お助け下さい! ザボエラ様っ!」

 

 非情な発言にきとうしはうろたえ縋ろうとするが、ザボエラとの間は炎の壁が隔てており。

 

「やれやれ……」

 

 ただ、見くびられたモノだと思った。

 

「アバン流刀殺法、海破斬ッ!」

 

 形のないモノを斬るその技は、オレを包囲する炎すら断ち切る、そして。

 

「な、なんじゃと?!」

「しくじったな、ザボエラ! オレの鎧は呪文だけでなく、炎も吹雪も効かん!」

 

 故に些少炎が残っていようとも、切り裂いた場所からの突破は可能。

 

「お、おまえたち! ワシを守るんじゃああ!」

「え」

「あ」

 

 慌てふためきザボエラは部下に指示を飛ばすが、たった今部下の一人を捨て駒として見捨てた直後だ。守れと言われてすぐさま行く手を立ちふさがる気にはなれなかろう。

 

「その一瞬の迷いで充分だ! 喰らえ、ブラッディ―スクライドォ!」

「ひっ」

「ぎゃああっ」

「ぐわあああっ」

 

 ある程度固まっていたザボエラとその取り巻き達をオレの一撃がなぎ倒し。

 

「さて……覚悟、は……な」

 

 倒れ伏すザボエラ達の方に向かうオレを不意に眠気が襲う。

 

「なん、だ……こ」

「キーッヒッヒッヒッ、はぁ、はぁ、危ういところじゃったわい」

 

 立っていられなくなり膝をついたところで、耳障りな笑い声をあげてザボエラが身を起こす。

 

「おまえは火計で自分をワシがこんがり焼こうとしたと思ったようじゃが、あれもおまえの目と鼻を欺くための見せ札、本命はワシが放出した眠りの魔香気じゃ。空気に魔香気のみが混じっておれば気取られるやもと思っての、炎と煙でそれを誤魔化した訳じゃな」

「ぐ、う、ぬかっ……た」

 

 よもやこんな手にかかろうとは。そう思ったが、もはや瞼を開けていることも出来ず。

 

「おの、れ」

 

 最後の力を振り絞って刃を振るが。

 

「あらぁん、あぶないわねぇ」

 

 ザボエラでもその部下でもない声とともに割り込んできた気配に、おそらくオレの最後の一撃は防がれた。

 




ザボエラ、まともに計略練れば普通に強いという。

詰めが甘かったですけどね、今回は。

次回、二話「きわどいところ」に続くメラ。


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二話「きわどいところ」

「あらぁん、あぶないわねぇ」

 

 本当にギリギリだったと思う。傾ぐヒュンケルの放った斬撃は俺が止めなければ軽くて手傷を下手すればザボエラの命を絶つ事になっていたと思う。

 

「と、トゥース様?」

「プレイハード、鎮火をお願い」

「カーッカッカッカ、承知しましたぜ!」

 

 俺の口調がバーンパレスで会った時と違うからか、この場に居ることが不思議なのかザボエラが声をかけてくるも、俺が無視してプレイハードに指示を出せば、応じたプレイハードが氷系のブレスを吐いて炎上する地面や周囲に生えた木々の炎を消してゆく。

 

「とりあえずこれで森林火災も大丈夫ねぇん、それと」

 

 ちらりと俺が見たのはザボエラ達から離れた場所に倒れた一体のきとうし。おおかた囮か何かにされてヒュンケルとともに焼かれるところだったとかそんなところだろうが、まだ死んでないと思いたい。

 

「ニュンケル、負傷者を纏め……って、よくよく考えたらその恰好、紛らわしいわね?!」

 

 とりあえずザボエラの周りで倒れているモンスター達とひとまとめにしようと指示を出そうとして気が付く。

 

「いやぁ、モシャスしてるんですから当然と言えば当然ですが瓜二つですねえ」

「キヒッ、アバン?!」

「って、こっちも?! ザボエラ殿、それシロコダインよ。ルーラ出来るメンツが居なかったから変身し直してもらったの」

 

 のんきに仲間を観察する師匠姿のシロコダインにザボエラが仰け反ったのを見て、俺は今更ながらに説明しておく。

 

「というか、よくもこれだけ紛らわしい編成できたわよねぇん。それだけこっちも慌ててたってことだけど」

 

 思わず遠くを見そうになるが、今はなすべきことがある。

 

「ま、その辺りはこっちの事情だから置いておくとして……ザボエラ殿」

「は、はひっ!」

「アタシ、アナタにこんな指示出していたかしらぁん?」

 

 そう、ザボエラの行動は明らかに独断専行だ。

 

「そっ、それは」

「ヒュンケルちゃんを捕まえたのは大手柄、だけど魔王軍は軍勢よぉん? 軍勢に所属する者が命令に従わず勝手なことをしちゃいけないってことはわかるわよねぇん? 例えば――」

 

 ザボエラが囮につかったであろうきとうし、彼が命惜しさに囮を放棄して逃げ出せば、ザボエラもヒュンケルを無力化させられたかどうか。

 

「敢えて言っておくけれど、アタシは手柄を横取りしようなんてけち臭いこと考えてないわ。功績はちゃんとバーンさまに報告してあげる、だけど、手柄を立てたのと相談もなく勝手に動いたのは話が別。百歩譲って結果を出せたからいいじゃないって言うにしても、アタシが防いでなきゃアナタヒュンケルちゃんの剣で下手すれば死んでたわよね?」

「う、うぐっ」

「アナタの落ち度は勝手に行動した上、最後の反撃を許したこと。ヒュンケルちゃんは眠ってるだけだから、最悪独断行動したアナタと部下だけが返り討ちにあってたかもしれないのよ?」

 

 今回は俺が間に合ったから事なきを得たが。

 

「ただ、ヒュンケルちゃんを生け捕りにしたというのは大きいわ。そこはきちんと評価しておくわね」

「ひょ、生け捕りを……大きく評価ですと?」

「当然じゃない。確実な蘇生技術が構築されてるなら話は別だけど、一部例外はあるものの、殺しちゃったらそこで終わりでしょ? 生かしているからこその選択肢って結構あるのよ」

 

 アタシはネクロマンサー的な魔物でないので死体の再利用がどれくらいの範囲で可能なのかわからないけど、と前置きした上で俺は色々例を挙げてゆく。

 

「例えば情報、死者は言葉を話さないから知ってることを教えてもらうなら生け捕りしなくちゃ意味がないし、生かしておけば人質って選択肢もあるわよね? アタシはまた聞きになるけど、バルジ島のレオナ姫みたいに相手の行動を縛るのにも使えるでしょ?」

「た、確かに」

「もっとも、智謀を買われて軍団長をやってるザボエラ殿ならその辺りも考えた上で眠らせようとしたのだと思うけれど、だから――」

 

 罰は与えるが、バランの後のダイ達との戦いはザボエラとその部下がメインになる形で行おうと思うとここで明かしておく。

 

「ひょ、わ、ワシが中心でですと?!」

「ええ。目を離しておいたのが今回の有様だから目の届くところに置いておくという意味合いもあるんだけど」

 

 喜色を浮かべるザボエラへ舞い上がりすぎないように今回の件があるからだぞと仄めかして睨みつければ、ザボエラの口からひっという短い悲鳴が漏れ。

 

「それはそれとしてザボエラ殿、ヒュンケルちゃんはあとどれくらい眠ってるものなのかしら? すぐに捕縛した方がいいのぉん?」

 

 俺はそう質問したのだった。

 




次回、三話「信賞必罰」に続くメラ。


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三話「信賞必罰」

「ふぅ、なんだか無茶苦茶気を使ったわねぇん」

 

 ヒュンケルの捕縛は本当に神経の張りつめた作業だった。その場にはいなかったが、俺は原作知識でバルジ島のハドラーとヒュンケルの戦闘シーンを知っているのだ。戦闘力どころか意識すらほぼ失ったヒュンケルにとどめを刺そうと近寄ったハドラーが急に動いた魔剣によって逆に殺されたシーンを。あれ同様に唐突に動き出して致死の一撃が来るのではないかという不安と戦いながらの捕縛は、結構きついモノがあった。

 

「というか、なんでアタシ自分でやったのかしら」

 

 師匠の格好をしたシロコダインにでもやらせればよかったのではと一瞬思ったが、もう済んでしまった話だ。

 

「さて、ヒュンケルちゃんの処遇に関しては、アタシにも腹案はあるけどとりあえずバーン様に報告してからどうするか決めることになるかしら」

 

 捕まえましたよと言う報告だけでそのあと逃がしたのでは俺の責任問題になるし、仮に逃がすとしても自己の責任でないところに移してからの方がいいだろう。こうすることでヒュンケルを助けるにしてもどう助けるかを考える時間も稼げる。

 

「その代わり、ザボエラ殿にはニュンケルを預けておくわ」

「にゅん?!」

 

 俺の発言にニュンケルが聞いていないよと言った顔をするが、これに関してはやむを得ないのだ。ザボエラにヒュンケルを預けて置いたら何をされるかわからないが、モシャスしてる味方であればザボエラも好きに手を出すことはできない。

 

「こ、こ奴をですと?!」

「そう。アタシが言うのもアレだけど、人質は奪還される危険性があるじゃない? だけど、その人質がそもそも敵の化けたモノだったら奪還される危険性は0よねぇん? それどころか敢えて奪還させて潜入させるとかだまし討ちにするとか、そういうことも可能だし」

「む、むぅぅ」

 

 実際俺を人質兼戦力にしようとして失敗したザボエラからすれば、これには反論できないだろう。そして、不在になったニュンケルは本物ンケルを逃がすときに活用できるかもしれない。ヒュンケルが語尾をにゅんにする生き恥を受け入れられればだが。

 

「そういう訳だから、ザボエラ殿はニュンケルと一緒に一度戻ってもらえるかしら? 今回のペナルティについては戻ってからね」

「も、戻ってからということはトゥース様は残られるので?」

「ええ。まだやることが残ってるもの」

 

 不思議そうにこちらを見るザボエラに頷きを返すと、俺はザボエラの側で倒れ伏したモンスター達に歩み寄る。

 

「……良かった、この悪魔はまだ息があるわねぇん、ベホイミ」

「あ」

 

 俺が回復呪文を使ったことでやることを悟ったのだろう。

 

「わ、ワシもお手伝いしますじゃ」

「そう、じゃあ息のある部下に回復呪文をお願い。シロコダイン」

 

 あくまで失点を少しでも埋めるための行動だろうが、魔法力が全快でない今の俺にはその申し出はありがたい。俺はザボエラに癒し手を任せることにして師匠の姿の部下の名を呼ぶ。

 

「はい」

「こと切れたモンスター達をこっちに連れてきて。プレイハードは穴を掘ってもらえるかしら? 魔王軍の為に戦ったのだから、せめてそれぐらいは、ね」

 

 墓穴掘りをプレイハードに割り振ったのは、遺体を運ばせては燃やすか凍らせてしまうから。

 

「ザボエラ殿は部下の回復が終わったら、部下を連れて戻ってくれるかしら? アナタは肉体労働には向かなそうだし」

「はい」

 

 流石に俺の言に一理あると思ったのか、素直に頷いたザボエラは息の有ったモンスターを一通り治療すると瞬間移動呪文で立ち去り。

 

「シロコダイン、マホカトールを」

「おや? よろしいのですか?」

「あれは軍団長クラスなら効果がないでしょ? けど、悪魔の目玉を残していってる可能性はあるもの。効果は一瞬、余計なことをしてるかどうかの確認に使ったってことにしておけば問題はないわ」

 

 これからやることをザボエラや魔王軍には知られたくない以上、人払いならぬ監視払いをする方法が他に思いつかなかったのだ。

 

「わかりました、では行ってまいります。ちょえーっ!」

 

 近くの木の枝を拾うと地面をひっかきながら走りだしたシロコダインを見送り。

 

「邪なるよ退け! マホカトール!」

「プレイハード、レオナ姫にモシャスしてザオラルを! アタシはバランの格好だし、ダメ元で竜の血を試してみるわ」

 

 ぐるっと周辺を回って戻ってきたシロコダインが破邪呪文を使って見せたのを確認した俺は指示を出す。そう、狙っていたのは力尽きたモンスター達の蘇生だ。

 

「一度命を落として、魔王軍からも除籍扱いになっているであろう人材。蘇生がうまく行ったらでまだ皮算用だしアタシたちに協力してくれるかも未知数だけど」

 

 ザボエラの人徳のなさを鑑みると、賭けとして悪くはないと思うのだ。

 

「まあ、こっちの方が先よね」

 

 俺はポツリと呟くと、モシャスが解けない程度に軽く掌を傷つけ、モンスターの死体の口に血を垂らして回ったのだった。

 




次回、四話「信賞必罰2」に続くメラ。


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四話「信賞必罰2」

「ダメ元でもやってみるものね」

 

 などとはとても口には出せなかったが、蘇生が成功したモンスターが出たのは驚きだった。勿論ザオラルの方ではなく、俺の血によっての蘇生だ。

 

「モシャスが解けたら効果も切れるとかだとまずいもの」

 

 そう主張して復活した魔物たちは傷一つ残らないぐらいに回復呪文をかけておいた。

 

「この度は生命をお助け頂きましたこと、感謝にたえません」

「この御恩は忘れませんっ」

 

 前世の土下座に近い恰好で俺に感謝の意を伝えるのは、短剣と鞭を持ったサタンパピーという種の魔物が一体、杖を持ったようじゅつしという術士系の魔物が一体だ。竜の血で生き返ることが出来たのはこの二体というか二人だけで、レオナ姫にモシャスしたシロコダインのザオラルで生き返ったのが、きとうし、まじゅつし、バルログが各一人とそれにサタンパピーがもう一人。血が効果のなかったモンスター全てにザオラルをかけているので、蘇生率は40%前後といったところだろうか。

 

「やあねぇ、同じ魔王軍でしょ? 蘇生手段があったらアナタたちだって同じことをしたでしょうに」

 

 恩に着せるつもりはあるが、あからさまにそんなことをする気はさらさらないので、表面上は気にしてないよと言うポーズを俺は取り。

 

「く、こんなお方が魔軍司令でよかった。ではせめてこれをお持ちください。我が家に伝わる帽子です」

 

 感極まった様子で悪魔の一人が差し出してきたのは、やたら目玉の付いたとんがり帽子。不思議な帽子という奴だろう。

 

「あ」

「どうかなされましたか?」

「ううん、なんでもないわ」

 

 そういえばゲームだとコイツ帽子目当てで乱獲されるんだっけと思い出したのだが、流石にそれを当人の前でいう訳にはいかない。

 

「ただ、その帽子については気持ちだけもらっておくわねぇん? ホラ、アタシの正体って炎みたいなモノだから」

 

 モシャスが解けた時にうっかり燃やしてしまっては申し訳ない。そんな理由で献上品は断った上で、俺は話は変わるけど、と切り出す。

 

「アナタたちはこの後どうする?」

「どうする、と申されますと?」

「アナタたちの所属って妖魔師団じゃない? だからこのまま戻るならザボエラ殿のところになるんだろうけれど……今、この辺りは悪魔の目玉を結界で追っ払ってるから、アナタたちが生き返ったことを知ってるのは、アタシとそこに居る鏡面衆の二人だけなのよぉん。だから、今なら魔王軍を抜けて故郷に帰ったりすることもできるし、自分の生き方は自分で決められるんだけど」

 

 俺だったら、ザボエラの元に戻るのは御免だ。魔軍司令が脱走しても見逃すよと仄めかしたなら、恩に感じつつここで脱走を選ぶだろう。死んだとみなされてるから追っ手もかからないわけだし。

 

「ならばトゥース様、貴方に仕えさせていただきたい」

「私も」

「自分もです」

 

 だが、モンスター達はあっさり俺の下につきたいと言い出した。

 

「アラ、いいの? アタシ、割と人使い……モンスター使い荒いわよ?」

「「構いません、どこまでもお供します」」

 

 チョロすぎて怖いというか、ちょっと引くレベルというか、忠誠心が高いというべきか。

 

「そう、だったら……貴方たちは魔王軍からももう存在を認知されてない集団、虚影衆とでもしておきましょうか。虚影衆としてこれから動いてもらうわ」

「「はっ」」

「良い返事ね」

 

 表面上は平静を取り繕う俺だったが、ぶっちゃけ彼らにやらせることはまだ決まっておらず。

 

「それじゃ、貴方たちに最初に言い渡す任務は、魔王軍からの離反と雌伏、そして修行よ」

「は?」

「んー、やっぱりそれだけじゃわからないわよねぇん? 魔王軍から認識されてない特性を最大限に活かすために魔王軍とは独立した勢力としておきたいのよ、その上で存在を暫く秘匿しておきたい。加えて、行動するにあたって貴方たちにはもっと実力をつけて欲しいのよ。最低目標で一つは極大呪文が使えるぐらいに」

 

 独自戦力として動かそうにも流石に申し訳ないが、今の彼らは力不足なのだ。最強格であろうサタンパピーはメラゾーマとベホマラーが使えるという意味で及第点に近いが、他の面々は、うん。

 

「きょ、極大?!」

「わ、われわれに……我々にできるのでしょうか?」

「不安に思うのはわかるわ」

 

 正直ギラくらいしか使えない最弱のモンスターにはきつい気もする。

 

「けど、それを言うなら、アタシなんてメラゴーストなのにベギラゴンとかイオナズンが使えるのよ?」

「っ、すみませんでしたっ」

「私達が間違ってました」

 

 説得力があったのか、あっさり謝ってくる彼らを見る俺はちょっと複雑だった。

 




次回、五話「信賞必罰3」に続くメラ。


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五話「信賞必罰3」

「とりあえず、ここにシロコダインを残してゆくから、しばらくはそこの偽アバンっぽいのに従ってちょうだい。流石にアタシはバーンパレスに帰らざるを得ないから」

 

 ザボエラへ罰を言い渡すとかザボエラの功績を大魔王へ報告するとか、捕まえたヒュンケルを運ぶとかやることが色々あるというのも事実だが、全然戻って来ないというのも何やってたんだと疑問に持たれる筈。

 

「よいしょ」

 

 ヒュンケルの身体を担ぐと、俺はやむなく、本当にやむなくではあるが蘇生したモンスター達をシロコダインに丸投げしてプレイハードに行くわよと声をかけた。シロコダインがちょっとか声をあげた気もするが、気にはしない。

 

「勇者アバンは今の勇者一行を育てた『次代の育成』についてはこの上なく優秀な人物、敵味方を考えなければ、貴方たちの修行を見る為の姿としてこれ以上ふさわしい姿はないわ」

「おおっ」

「なるほど、流石はトゥース様」

 

 更に付け加えた言葉にモンスター達が感銘を受けるのを後方に俺はほくそ笑んだ。悪いな、シロコダイン、と。こう、別に少し前のことを根に持ってたとかではない。

 

「ルーラッ」

 

 ニュンケルから吸い取った魔法力を用いて瞬間移動呪文を唱えた俺はヒュンケルを担いだままプレイハードとともに空に舞い上がり。

 

「とりあえずヒュンケルちゃんはパレスの牢屋に入れておけばいいわよねぇん」

 

 原作でザボエラが放り込まれた描写を思い出しつつヒュンケルの一時的な処遇を決める。牢番は文官の手伝いに回ってる個体に分裂して貰ってそれを当てるつもりだ。名目はモシャスの練習を兼ねると言ったところで。

 

「せっかくコピー元の当人が手に入ったのだものね」

 

 記憶というのは劣化する。定期的にモシャスで変身しておさらいしていなければ、観察できない人物へのモシャスは今後不可能となってゆくだろう、それが俺の見立てであり。

 

「一時的に姿を借りた見知らぬ騎士とか一般人はもう厳しいのが多いけれど、師匠とフレイザードもたまに鏡面衆がモシャスしていてもどこまで変身の選択肢に残しておけるか……」

 

 ダイ達に関しては悪魔の目玉を介するかちょくちょくちょっかいをかけに行って観察すれば問題はないのだが。ちなみにフレイザードへのモシャスを鏡面衆に任せているのは、俺がフレイザードにモシャスすると、炎の闘気と反発して半身が変身直後に消滅するからだ。

 

「その辺考えても、やっぱりプレイハードには今の姿を専任してもらうのも選択肢の一つよねぇん」

 

 消滅してしまっているフレイザードに関しては、モシャス可能な状況を長くもたせる方法が他にほとんどなく。

 

「姿一つ縛りですかい? そいつはハードだぜ」

 

 選択肢を減らすと言ったのに嬉しそうな反応を見て、もうやだコイツって俺が思ってもきっと仕方ないと思う。

 

「ドMザードの方が良かったかしら、コイツの名前」

 

 ただ、分裂元が究極的に自分であることを鑑みると、下手なネーミングは言葉のブーメランになって急所に突き刺さる。そういう意味でも俺は複雑なまま、呪文で運ばれ死の大地に降り立った。

 

◇◆◇

 

「――という訳で、ザボエラ殿が眠らせたヒュンケルを城の牢へと入れて戻ってまいりました」

 

 個人的にはすぐザボエラの方へ直行したかったが、こういう時優先すべきはまず上司と、プレイハードをヒュンケルを押し込んだ牢の前に残し、俺はまず大魔王の元へ赴き、跪いて今回の件の報告をしていた。薄布の左右にはミストバーンとキルバーンが控えており思い思いの視線を俺に向けている。

 

「そうか、ザボエラがヒュンケルを捕らえるとはな」

「ヒュンケルの身柄については、モシャスの手本とするなどいくつか利用方法を思いついておりますので、問題がないようでしたらこのまま預からせて頂きたく思います」

「ほう。しかし、それでザボエラは納得すると?」

 

 己の手でとらえた獲物を横取りされた様にも見える状況だ。大魔王が疑問に思うのももっともだが、これについてはニュンケルを預けたこと、そしてその時ザボエラにした話をしたことで得心がいったのか、ちらりとミストバーンの方を見た気もするが、好きにするが良いという言葉をたまわった。俺も手荒く扱うつもりはないし、生かして活用するとしたから、原作でミストバーンがヒュンケルを後々利用した件についても問題なしと判断したのかもしれない。

 

「そして、勇者ダイたちについてですが、引き続きバラン殿へ一任。それでもうまくいかないようであれば、ザボエラ殿を主軸として行動を起こす予定でおります」

「そうか……ふむ」

 

 続ける俺の報告へ大魔王は鷹揚に頷いたかと思えば薄布の向こうで何やら考え始め。薄布の向こうの人影が、傾ぎ立ち上がる。

 

「え」

「あ……ああっ!!!」

「まっ……まさか!!?」

 

 思わず声が漏れた俺の前方で、ミストバーンとキルバーンが驚きの声をあげた。だが、驚いたというなら俺も同じだ。あの大魔王が俺の前に姿を正体を現そうとしていた。

 




ザボエラへのペナルティどころじゃねえ?!

次回、六話「信賞必罰4」に続けメラ。


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六話「信賞必罰4」

 

「……よい、二人とも。余はお主を誘った時に姿を見せてもよいと考えておったのでな」

 

 前者は振り返ったミストバーン及びキルバーンに向けたもの、後者は俺に向けたものだろう。まるで座るのに飽きたから立ち上がった程度の気軽さで人影が薄布の間をくぐり。

 

「おまえたち二人にしか見せた事のない余の素顔であるが、この者ならば余が素顔を見せるには充分値しよう」

 

 姿を現したのは、原作知識ですでに知っている老魔王の姿そのもので。

 

「……どうした? あまり驚いてはおらぬようだが……」

 

 俺にかけられた声が原作のハドラーに向けたものと違うのは、実際俺の驚きはこのタイミングで姿を見せるのというたぐいのモノだったからだ。

 

「いえ、おれは新参者でバーンさまのことはあまり知りませんから。こう、前情報で『こういうお方だ』とお聞きしているなら『想像通りだ』とか『思っていたのと違う』のような反応も出来たかもしれませんけど」

 

 部下になってから日の浅い俺では、へぇこんな姿だったんだ程度の驚きにしかならないという建前を口にし。

 

「ハドラー殿や古参の部下の方ならもっと反応も違ったかもしれませんが」

「ふむ、言われてみればそうよな」

 

 俺の説明で納得はしてもらえたのだろう。

 

「しかし、ハドラーか……」

 

 ただ、俺は余計なことも言ったのかもしれない。原作で二人の次に大魔王の素顔を見たのがハドラーだったためにうっかり名前を出してしまったが、この世界のハドラーはバルジ島でダイ達に負けてから俺への引継ぎ業務くらいしかしていないのだ。

 

「ザボエラ主体の作戦をとるのは良い、だが、ハドラーがそれに納得すると思うのか?」

 

 と問われれば、俺はまず間違いなく言葉に詰まる。実際それを聞いたら、なぜ自分を使わずザボエラなのかと抗議してくるのは明らかだからだ。

 

「トゥース、お主は今のハドラーをどう見る?」

「は?」

 

 しかし、大魔王が口にしたのは俺の想定からは外れた問いであり。

 

「ハドラー殿ですか?」

 

 オウム返しに問うことで考える時間を稼ぎつつ、俺は大魔王の質問の真意を考える。裏もなしに考えてこたえると言われたなら、今はビミョーだが成長する可能性はあるとか答えるところだが。

 

「過去に魔王として君臨していた訳ですし、指揮官としても政務者としても一定以上の能力は持ち得ているかと」

 

 俺が口にしたのは、最近失敗続きだったとか人格面でアレだとかのマイナス評価を取っ払った、純粋な人材としての評価。そも、ああ見えてハドラーは魔王をやっていた訳で、部下への指示やら立案された作戦への採用不採用の判断とか上に立つ者として相応のことはこなしてきている筈なのだ。人間より自分の命の方が何百万倍も価値があるとか口にしてたあたり、為政者として見るならアレすぎるが。戦闘面では無双できるかもしれないが、勝負が料理対決とか絵画対決みたいなモノであれば百万人の人間の方がよりうまい料理や素晴らしい絵を作り上げるに違いないと思うので、戦闘力だけが評価基準になってる時点で王としては原作でマトリフさんの言ってた三流魔王は優しめの評価だったと思う。

 

「あ」

 

 ただ、そこまで考えてから、気づいたことがある。

 

「なんだ?」

「あの、ひょっとしてですが、ハドラー殿を文官……内政担当に異動されるおつもりですか?」

 

 だとしたら、それはやめた方がいいと思う。戦闘力優先主義をはびこらせた結果があの文官たちの修羅場だったのだから。あそこに身を置いて書類仕事の大変さとそれを鑑みない他の連中の様を思い知らされれば、文官面で覚醒する可能性もあるかもしれないが、そこに至るまでにせっかく人員増やして少しは楽になったはずのあそこが地獄に何歩か逆戻りしかねない。

 

「お主がそれを勧めるというなら、余も考えてはみるが」

「いえ、それはないです。ハドラー殿には別にやって貰いたいことを考えておりますので」

 

 実際はそんなモノはないのだが、ここでじゃあ内政担当に異動ねとなったら今度こそハドラーが暴走したって俺は驚かない。この時点であの爆弾を仕込まれてるハドラーに好き勝手動かれるとか割と悪夢でしかない。ザボエラメインの作戦の時かバランのダイ達との再戦のときにどこかで役目を作って目の届く範囲でガス抜きするしかないだろう。

 

「そうか、ならば良い」

 

 ともあれ、その場しのぎの言で大魔王は納得してくれたようで、薄布に覆われた玉座の前から徐に歩き出すと、バルコニーに向かいながらついてまいれと一言口にし。そして謁見の場は移された。

 

◇◆◇

 

「……たまにはこうして外で飲むのもよいものよな」

 

 バルコニーに設置された椅子に大魔王が座った時点で、俺は嫌な予感がし始めていたが、そんな俺に気づいてか気づかずか、ただ大魔王は傍らのテーブルにいくらか中身を減らした酒杯を置く。

 

「トゥースよ。お主は自身の分体とはいえ、我が軍へ優秀な人材を齎してくれた」

「は」

 

 大魔王の言うそれは、まごうことなき事実だ。今のところ成果をあげているのはほぼ書類仕事のみではあるものの、文官からは感謝の言葉も貰っている。

 

「そんなお主の功績にどう報いるかを余は考えた……」

 

 言いつつ手を伸ばす先にあったのは、一つのチェス盤。

 

「あっ」

 

 声には出さず胸中で俺は声を漏らす。原作知識のある俺としては何故チェス盤なんて思うことはなく、この後の展開がもうわかり始めていた。

 




ハドラーの災難はきっとまだ終わらない。

次回、七話「信賞必罰5」に続くメラ。


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七話「信賞必罰5」

 

「なんだか原作を思い出すなあ」

 

 なんてとても口には出せないが、注意していなければ視線が遠くなりそうな状況の中、傅いたままの俺の前の大魔王は無言で独りチェスを指し続けていた。時折考えて手を止めつつ視線をチェス盤にのみ向けるこの光景を見て、原作のハドラーは目前に居る老体の大魔王も今の自分ならあっさり殺せるのではないかと思ってしまうのを俺は知っている。ただ、原作と同様にチェスに興じる大魔王の側にはキルバーンとミストバーンが控えており。

 

「……ためしてみるか? トゥース……」

「あ」

 

 たぶん、原作ハドラーのことを思い出してあの時大魔王に挑みかかるなら、ミストバーンとキルバーンをどうするつもりだったんだろうと二人に一瞬注意を向けたのが仇となったのだろう。

 

「いえ、お手合わせでしたら、こう、周りのモノを破壊しないような場所でお願いしたいかと」

 

 ニヤリと笑う大魔王にテンパった俺はつい、そう答え。

 

「くっ、ふふふっ、ふはははは……そう来るか、ならば近々機会を設けよう。余もお主の強さには興味があってな」

「バーン様?!」

「ミストバーン、案ずるのはわかるが……余とてただ座すばかりでは腕も鈍ろうというものよ」

 

 たまにはよかろうと愉快そうに笑う大魔王を見て、俺は胸中で叫ぶ、どうしてこうなったと。

 

「しかし、お主も食えぬヤツよな。並みの者であれば先の言でただひれ伏し許しを請うだけであったろうが……」

「ええと、キルバーン殿辺りは似たような反応しそうだと思うのですが」

 

 実際原作ハドラーも平身低頭して許しを請うていたよなと思いつつ、俺は視界の端に認めた死神を苦し紛れに道づれにしようとするも。

 

「いやいや、ボクにそんな恐れ多い真似はとてもできないよ」

 

 キルバーンはあっさり首を横に振り。

 

「まぁ、よい。日時は後に詰めるとして――」

 

 俺とキルバーンのやり取りをさらりと流した大魔王は再びチェスの駒を動かしつつ、俺への報償の件に話を戻し。

 

「おまえが分裂によって戦力を自身で増やせることは既に聞き置いている。だが、分裂して増やせるのは己と同じメラゴーストのみであろう? モシャスの呪文を用いれば一時的に弱点を補えるとしても、それだけでは困ることもあろう」

「っ」

 

 そう指摘されると、俺としては言葉がない。例えば、このバーンパレスの入り口は海中に没しており、そこを守るには俺も分体のメラゴーストも不適当だ。炎の身体で海に入るという時点でもう自殺行為でしかないのだから。

 

「……このチェスという遊び……なかなかに奥深い」

 

 俺が沈黙する中、チェスについて大魔王が語り始めたことで、俺のほぼ確信だった予感は気のせいだったという逃げ場を失ってゆく。原作でハドラーに同じことを語った大魔王は、オリハルコン製のチェスの駒を下賜し、ハドラーはその駒から自身の親衛隊を作った。このままだと、そのオリハルコン製の駒は俺が下賜されることになる。

 

「良し、ロン・ベルクのところに持ち込んで装備にしてもらおう」

 

 そう、俺が心の中で呟いたってきっと仕方ないと思う。

 

「チェスの面白さは5種類の能力の違う駒を駆使して王を守り抜くことにある。前進し敵を倒す兵士――」

 

 俺が現実逃避する間に大魔王の解説は各々の駒へのものへと移行しつつあり。

 

◇◆◇

 

「……はぁ」

 

 俺は禁呪法は使えない。故に駒を貰っても使い道はないのではと指摘してみたのだが、結局俺の抵抗は無駄に終わって、嘆息する俺の腕の中にはオリハルコン製のチェスの駒が五つ抱かれていた。

 

「おまえには使えぬ? ならばハドラーにモシャスし、当人から指導を受ければよいではないか」

 

 なんて、俺さえ気づいてなかった打開策まで与えられてしまったのだ。確かに、禁呪法が技術ならモシャスでハドラーに変身すれば使用できるかもしれず。

 

「『これ』抱えたままザボエラのところに行くわけにもいかないしなあ」

 

 結果として俺はザボエラのところへ向かうのを後回しにして、ハドラーの元を訪れる途中だった。

 

「うーん」

 

 気が重い。ただでさえハドラーから魔軍司令の座を奪って、引継ぎ業務までさせてるって言うのに、大魔王様からご褒美貰っちゃったから活用するのに協力してとかどの面下げて言えるというのだって思う。

 

「やはり装備の方が……」

 

 原作だとオリハルコン製の魔法生命体だという割にはこの駒から作られる奴らはバカバカ身体の一部を破壊されてた気がして、俺はどうしても迷いが生じてしまっていた。

 

「模擬戦もあるだろうから強い装備はあって困るモノじゃない。……だからって今更に覇者の剣を返して貰いに行くこともできないし……うん?」

 

 そこまで口にして、俺はあっと声を漏らす。

 

「そうだ、覇者の剣!」

 

 ホルキンスさんに預けたままであったことを俺は今更ながらに思い出したのだった。

 




次回、八話「信賞必罰6」に続くメラ。

「ハドラーの天才禁呪法教室」という血迷ったタイトルと迷いかけたのは秘密。



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八話「信賞必罰6」

 

「まあ、思い出したからってなあ」

 

 これからの予定を考えると放り出して取りに行くわけにはゆかず。後ろめたさは感じたものの、おれはそのままハドラーの元に向かい。

 

「禁呪法の指導をしろだと?!」

「あ、うん。バーン様から貴重な品をいただいたんだけど、今のおれだと活用方法が、ね」

 

 少し探して、文官たちに混じって引継ぎ業務を続けてるところを見つけて切り出せば、何故そんなことをせねばならんのだと不機嫌そうな顔に書いてあったが、こっちだって大魔王の言を無視できるはずもない。

 

「そう申し上げたら、ハドラー殿にモシャスすれば禁呪法自体は使えるだろうから、指導を受ければいいだけではないかと――」

 

 困ったところにアドバイスをもらったので、二重の意味で従わざるを得なかったと言外に伝え。

 

「ぐ、ぬうう……バーンさまのお言葉ならば、やむを得ん」

 

 ハドラーは口いっぱいの苦虫を噛み潰したような顔で、不承不承ではあるものの指導することを承諾し。

 

「……それで、バーン様から頂いたという品は?」

「これなんだけど……」

「っ」

 

 いつもより低い凄味を込めた声で問われた俺が件の駒を出せば、ハドラーが目を剥き。

 

「そ……その輝き……いや、まさか……」

「あー、うん、オリハルコン製っぽい、かな」

 

 原作と違って硬度まで見せていない為か、自信がなさそうではあったが、駒の材質について同じ推測にはたどり着いていたのだろう。そこを俺はあっさり肯定し。

 

「ぐ、こ、こんな……おい」

「え」

 

 わなわなと震えた後、急に顔をあげて駒からこちらの顔を見て呼びかけるハドラーに、オレが出来たのは瞬きだけ。

 

「他に何かないのか? いくらオレが指導するとはいってもこんな貴重な品へいきなり禁呪法を用いらせるわけにはいかん」

「あー、確かに」

 

 何故声をかけたのかと問いが出る前にハドラーが続けた言葉は、実にもっともであり。いくらベテランがついているとはいえ素人が最初に作るモノの素材としてオリハルコンの駒が希少すぎるというのは納得がいった。失敗したら取り返しがつかないわけだし。

 

「何かあったかな……あ」

 

 しばらく考えて、ふと思いついたのは、このバーンパレスの武器庫だ。

 

「どうした?」

「ええと、ミストバーン殿に事情を説明して、練習用の素材の持ち出し許可とか貰えないかな、って」

 

 装備を貰った時に案内されたことからするに、そういうのはおそらくミストバーンの管轄だろうと思っての言だが。

 

「それ以外の心当たりって言うと、ね」

 

 捕虜として担いだヒュンケルが何故か持っていたドラゴンキラーしか思いつかず。

 

「ん?」

「っ、今度はなんだ?!」

「あ、ザボエラ殿……っ、とちょっとこの後話す予定があったのを思い出しただけ」

 

 うっかりザボエラが捕まえたヒュンケルの持ってた武器があると言いかけたのを俺は強引に捻じ曲げて誤魔化す。危なかった、よくよく考えたらハドラーはそのヒュンケルに一度殺されているのだ、しかも記憶にある限り最後の戦いで。ここでザボエラがヒュンケルを捕まえたとかうっかり零してしまったら、今度はハドラーが暴走したって俺は驚かない。

 

「とにかく、ミストバーン殿のところまで行ってくるよ。後は、知り合いのつてで何か手に入らないかもためしてみる」

 

 さきほどふいに思いついたドラゴンキラーも今俺が持っているわけではなく、牢の側にある詰め所に囚人の持ち物として鎧の魔剣と一緒に預けてある形だ。どちらにしても一度離れねばならず。

 

「ごめん、時間はあまりかけないから」

「ぐぬぬ」

 

 おれは今にも噛みついてきそうな形相のハドラーに詫びると来た道を引き返すのだった。

 

「ダメだった時も考えて、ドラゴンキラーは持ってこないとな」

 

 どういう経緯で手に入れた品かは知らないが、俺はあのドラゴンキラーを魔法生物にするつもりでいた。

 

「素人がつくったせいで制御面がうまくゆかず、本来の持ち主であるヒュンケルを主人として認識してしまった」

 

 なんて筋書きで場合によっては魔王軍を裏切らせ、ヒュンケルの脱走の手助けをさせようと考えたのだ。この場合、製造者責任で俺が咎めを受けることになるかもしれないが、それでも失点は一つ目。ハドラーへの寛容さを見る限り、流石にそれだけで大魔王が俺を処分することはないだろうし、あくまでこれは使うかもしれない手段の一つだ。別の方法でヒュンケルを逃がせるなら、採用しないことも考えられる。いずれにしても最近予期せぬ事態が多いので切れる手札は多い方がよく。

 

◇◆◇

 

「お待たせ」

 

 俺がハドラーの元に戻ってきたのは、それから少し後のこと。普段から大魔王様のお言葉こそすべてに優先する的なことを言ってるミストバーンだけあって、俺がアドバイスに従う過程で練習材料が必要になったと話せば、あっさり持ち出しの許可をくれ、それどころか素材運びまで請け負ってくれて、今俺の後ろには自力でここまで歩いてきた素材が隊列を作っている。すべてミストバーンが暗黒闘気で操ってる中身のない鎧や武具だが。

 

「み、ミストバーン、おまえまで……ぐっ」

 

 何か言おうとしたハドラーもすぐにミストバーンの存在に気づいて仰け反り、それから恨みがまし気な目でこちらを見る。

 

「ええと」

 

 なんと言うか、これって拙くないだろうか。鈍い俺でもそれは察せた。

 




次回、九話「嫌な予感」に続くメラ。


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九話「嫌な予感」

「ええと……」

 

 この状況で禁呪法についてレクチャーしてもらっていいんだろうか、そんな迷いも生じるがミストバーンにまで協力してもらってる今、やっぱりやりませんとは言えず。

 

「あ」

 

 ただ、そのミストバーンで思い至ったことがあった。

 

「資材の提供と運搬ありがとう。いつまでも手を割いてもらってるわけにもいかないし」

 

 俺はミストバーンへ戻るように言う。そもそもミストバーンは禁呪法の練習用の素材を運んでくれたわけであり、その役目はハドラーの元に戻ってきた現時点で終了している。ならばハドラーをこれ以上刺激する材料になる前にお帰り願おうと思ったわけだ。もっとも、帰ってもらうと今度はハドラーと二人っきりと言う状況になる訳だが。

 

「……禁呪法について教えてもらっても?」

 

 大魔王にアドバイスをもらっただけでなくミストバーンにまで協力してもらってるのだ。物品に命を吹き込む禁呪法については最低でも自分のモノにせざるを得ない。

 

「まだ納得できる程に禁呪法に熟練していないので」

 

 オリハルコンの駒を元に配下を創造することについては、そう答えれば些少の時間は稼げると思う。むろん、これには理由をつけて後回しにすることでハドラーと一緒の時間を短縮しようという狙いもあるのだが。

 

「……よかろう」

 

 流石に大魔王も関わってるとなると、いくら気にいらなくても拒否は出来なかったのだろう。小さな声だが、ハドラーは確かに承諾し。ただ、ここから俺はそんな相手を教師としなければいけないのだ。一時とて気の抜けない授業になるのは間違いなく。

 

「無事会得できるかな、おれ」

 

 とはいえ、そんな弱音を吐くことも許されない。ある種の地獄はここから始まったんだと思う。

 

◇◆◇

 

「ヨ゛ッ」

 

 それを産声と言っていいかどうか。ミストバーンに運んでもらった量産品の鎧の一つが緩慢な動きで起き上がり、鳴き声を上げた。

 

「あれだけ時間をかけ、失敗してこれか」

 

 ハドラーの評価は辛辣で、禁呪法の為にモシャスで俺がハドラー自身とうり二つの姿なのも気にいらないのかもしれない。創造物第一号と俺を見る表情は友好的なモノとはほぼ対極にあり。

 

「まあ、言葉もしゃべれないし、見た目はまんま『さまようよろい』なんだけど、一応自立行動は出来るみたいだし」

 

 大きな一歩だと思いつつ、俺はミストバーンが残していった残りの素材の方を見る。

 

「練習に使う素材はまだあるから、練習を重ねれば及第点に至るものも作れるはず」

 

 技術の上達を第一に考えるなら、教師が居て成功の感触を忘れないうちに次の政策に移るべきだろう。ただ、このままハドラーの側にいるのは俺にとってもハドラーにとっても精神衛生上よろしくなく加えて俺は嫌な予感を覚えていた。

 原作なら敗北を重ねダイ達に勝つためザボエラに己の身を超魔生物なるモノに改造させ大幅にパワーアップし、俺が大魔王から下賜された駒を親衛隊にしダイ達と戦うことになるのだが、今のハドラーは引き継ぎ業務でダイと戦うこともなく、敗北から自身を改造させ強くもなっていない。その上でオリハルコンの駒は俺の手の中にある。これは、ひょっとして世界が俺をハドラーの代わりにしようとしているのではないだろうか?

 

「うーん」

 

 ホルキンスに託してしまったが、一時は原作でハドラーに渡る筈の覇者の剣も所持していたわけだし。あそこでホルキンスに渡していなかったら、オリハルコンの剣と部下を持つ魔軍司令になっていたのだ。

 

「まあ、一人目に近い性能でも雑用とかしてくれるかもしれないし、無駄にはならない筈」

 

 頭の大部分では不意に抱いた懸念について考える一方、鎧に近寄って禁呪法を使う支度を俺は始める。流石に成功が一回では不安であったし、ある程度数が揃ってくれた方が良い理由が他にあったのだ。失敗して使いものにならなくなった鎧の片付けや余った場合だが、素材の返却などに人手が居るのは当たり前であり。

 

「良いか、次はあんな無様なものを作るなよ」

 

 ここまでたまったストレスとかのせいなのか、無駄に圧をかけてくる教師役。

 

「あれ?」

 

 一刻も早く立ち去りたいと思う一方で、これってひょっとしてハドラーのガス抜きになってるのではと思う自分もいて。

 

「……ふぅ、成功、かな」

「オハヨウゴザイマス、ゴシュジンサマ」

 

 二度目の成功例となった鎧は、俺の方を向くとそう言った。

 




次回、十話「トゥースは逃げ出した!」に続くメラ。


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十話「トゥースは逃げ出した!」

「とりあえず、それなりに数はこなせたと思うけど……」

 

 持ってきてもらった鎧やらなにやらの殆どを使い終え、さまようよろいもどきが小隊として行動できるくらいには数を揃えたところで、俺は思った。

 

「流石にこの空気、ちょっと耐えられそうにない」

 

 と。俺が作成に失敗するとかミスをすればそれを詰ることでハドラーがストレスを発散する、それでガス抜きが出来て、造反とか暴走を抑えられるならやむ無しかと思っていた俺だったが、こう、数を作るうちに慣れてきたというか、うまく作れるようになってきてしまったのだ。

 

「ぐっ、ぬううっ」

 

 ケチをつけようにもケチの付け所がない俺の創造物をみたハドラーは今にもそれを殴りつけるのではといった形相で震えていたし、流石にこんな状況下で実際いろいろ動いてもらう予定のドラゴンキラーとかオリハルコンの駒への禁呪法の行使はしたくない。

 

「とりあえず、練習はこんなところでいいかな。俺、ザボエラ殿を待たせてるし、続きは次回ということで」

「……なに?」

 

 切り上げるのが想定外だったのか、茫然としたハドラーへありがとうございましたと頭を下げて俺は逃げ出した。

 

「きみたちはひとまずミストバーンのところに行って、当面はミストバーンに従って」

 

 後ろをぞろぞろついてきた鎧については資材提供者へのお礼のつもりでそう指示を出し、途中で別れる。

 

「……ふぅ」

 

 製作者行とハドラーの罵詈雑言で精神と肉体の両面で疲労困憊だったようで、一人になると疲れがどっと押し寄せてきた気がして、俺は壁に手をついてため息をつく。

 

「本番は最低でも一度休んだ後にしよう。万全を期すならもっと練習しておきたいところだけど」

 

 製作物に生命を吹き込む禁呪法がそう気軽にできるようなモノなら、目につくすべての無機物をすべてモンスターにして物量で魔王軍は今頃地上を征服していることだろう。当然制約もあって、俺が魔法生物を作るにはハドラーかミストバーン、あるいは大魔王の協力がなければ無理だということもハドラーから禁呪法を学ぶ過程で判明した。一応の例外は存在する、ただ。

 

「うーん、いや、まあ……ないな」

 

 その例外とは、吹き込む生命をメラゴーストで代用するというモノ。フレイザードの半分がミストバーンの鎧に宿ったのに近い形のモノで、メラゴーストとしての弱点である水を克服することはでき、大幅なパワーアップも叶うだろうが、一定確率で物理攻撃を無効化する回避能力と分裂及び合体能力を失うことにもなる。デメリットがある上、一度吹き込んでしまえばそのメラゴーストはおそらく元に戻れない。故に俺はこれをやることはまずないと断じた。自分から望む分体とかが居れば話は別だが、メリット面に釣られて手を挙げそうな分体はきっといない、いないだろう。

 

「……一応本番に入る前に聞ける範囲の奴には確認だけしておくか」

 

 勝手に判断してまた殴られるのも嫌ではあるし。もっとも、確認より先に俺はザボエラのところへ向かう必要があるが。

 

「ザボエラ殿、結構待たせちゃったからな」

 

 急がないとと、俺は再び歩き始め。

 

◇◆◇

 

「おーっほっほっほっほっほっほ」

 

 バーンパレス内の一室に高笑いが響き渡る。

 

「おかしいなあ、俺、ザボエラ殿のところに向かうはずだったんだけど」

 

 どうしてこんなことになってるんだろうと思わず天井を仰ぐ俺の前には、オリハルコンの輝きと胸に頭部より大きな膨らみを二つ持つ元女王の駒がいるのだった。

 

「どうなされまして、トゥース様? わたくしはトゥース様の僕、悩みがあるのでしたら遠慮は不要でしてよ?」

「いや、そのおまえが悩みの種というか……うん」

 

 俺は顔をひきつらせたまま記憶を過去へと遡らせる。

 

『あれ、トゥース様』

『お疲れ様です、トゥース様』

『先輩たちに御用ですかトゥース様』

 

 ザボエラの元を訪れようとしていた俺は三人の分体とたまたまばったり出くわし、そう声をかけられた。三人が居たのは、急遽設けられたモシャス室とプレートの下がる文官の応援に派遣した分体がモシャスをし直すための耐火防炎処置の施された部屋の前。ここにいる理由は説明するまでもないが。

 

「いや、実はね」

 

 精神と肉体の疲労でつい愚痴の一つでも漏らしたくなった俺は三人に経緯を話してしまい。

 

『はぁ?! オリハルコンの駒ぁ?!』

『それ、挙手してもいいですか? すぐ分裂しますんで!』

『いいなあ、まだ注入できる駒って残ってます?』

 

 一人は驚いただけだったが、残りの二人は凄まじい食いつきだった。

 

『ちょっと待ってください、今勤務中のやつらにも意思確認してきますんで』

 

 だが、驚いたやつは驚いたやつで真顔に戻るとモシャスしてから仕事場の方に戻ってゆき。

 

『トゥース様、俺、女王になりたいです!』

『ふっ、お前ばかりにかっこいい顔はさせないぜ、女王になるのは俺だ!』

『おーっほっほっほっほ。ふっ、女王を希望するなら、まずは自分が女王であることがいかにふさわしいかをアピールすべき。そこのお二方は、そこが知れましてよ?』

「ちょ」

 

 かわりにやって来た連中の食いつきっぷりとかアレ加減とか勢いに俺は仰け反った。

 

◇◆◇

 

「で、詰め寄られた結果、熾烈な女王の座争いの果て、こいつを作ったんだっけ」

 

 過去の記憶から戻ってきた俺の前で未だ高笑いする元女王の駒。その名を、センターアルビナスと言う。

 

「あの戦いは本当に熾烈だったよな」

「本当に、よく残れたなって自分でも思うよ」

 

 そして、そんなセンターアルビナスの胸部でしゃべる左右の膨らみがアルビナスビットとアルビナスコア。結局一人に絞れず、三人で一人という何でそうなったんだとツッコミ入れたくなるような決着を強引に形にしたのが、大幅な胸部増大の理由であった。

 




本作の女王、名前でピンときた方も居ますよね?(ウニみたいな何か見つつ)

次回、十一話「女王様と一緒」に続くメラ。


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十一話「女王様と一緒」

 そう言えば時折誤字報告で「生命→命」のような誤字報告を見かけますが、これ原作リスペクトなので敢えて削除してます。

*原作では「いのち」を「生命」、「きせき」を「奇蹟」と表記するので、本作もそれに準じてるのです。(命になったりしてる部分があったとしたら、そっちの方が作者のうっかり)



「はぁ……」

 

 何にせよ想定外のところで時間を浪費してしまったこともあり、加えてこの魔改造アルビナスを野放しにしてゆく訳にはゆかず、俺は嘆息しつつもこの新たな部下を従えて、ザボエラの元へと歩き出していた。

 

「強くはあるんだけどなぁ、うん」

 

 そんなことを口に出したら調子に乗りそうな気がするから伏せておくが、はっきり言って新しいこの部下はシャレにならないくらい強い。まず、三人が合体してることで魔法力は合計で分体三人分の上にその魔法力を融通しあえるのだ。ただ胸がでかいだけじゃなく、魔法力の増強タンクのようなモノでもあり、総合的な魔法力はA5の分も使える俺をしのぐ。

 

「しかもなあ」

 

 胸自体が先ほどしゃべっていたことからもわかる通り、左右の胸の膨らみがそれぞれ呪文を使えるため、一度に三つの呪文を唱えることが可能。どこかの大魔導士の弟子が寿命を代償に一度に三発のメラゾーマを原作では放ってたが、あれを代償なしで使えるわけだ。その上オリハルコンのボディだから効く呪文は殆どなく、呪文の撃ち合いになった場合これほど嫌な相手はそう居ないだろう。俺の分体であるから当然反射呪文にいくつかの補助呪文も使えるわけで、反射呪文のマホカンタと防御力増加呪文のスカラと攻撃力倍加呪文のバイキルトをほぼ同時に使えるというぶっ壊れ性能の持ち主でもある。

 

「おーっほっほっほ、どうなさいまして、トゥース様?」

「いや、何でこうも女王の駒にだけ人気が集中したのかなって思ってさ」

 

 女王の駒へ注ぎ込まれることに比べると他の駒を希望する分体は凄まじく少なかった。

 

『ナイト? ああ、俺マホカンタは自前で唱えられるし、その』

 

 原作知識を大ぴらにできないからこそその先は言わなかったが女王の駒注入争奪に負けたその分体の口の動きから続きを察すると、どうも馬面はちょっと、ということらしい。

 

「他の駒もオリハルコンだし、悪くないと思うんだけど」

「おーっほっほっほっほ、何を気にしておられるかと思えば、理由は色々ありますけれど、一つはこれ、ですわ」

 

 そう言って女王がこれ見よがしに持ち上げたのは、大きい大きい胸の膨らみだった。

 

「胸?」

「そうですわ。皆様同じ分体だけあって、発想は同じだったようですのよね。一つの駒に複数の自分が注入されるにはどうすればいいか。厳密に言うならば、一つの駒に複数の自分が入ってどうすれば不自然に思われないか、ですけれど……元を正せばトゥース様ですのよ」

「おれ?!」

 

 思わず聞き返した俺に女王の駒は語る。発想の元は合体した俺とA5だと。

 

「通常の吸収合体とは違うイレギュラーな合体によるパワーアップ。トゥース様のような事例は生命がけの上に成功する保証はない。それと比べるなら、駒へ複数の自分を注ぎこむ方は、比較的安全」

「まさか……」

「そう、趣味や趣向で女王を選んだのではなく、他の駒では合体した他の方が自然に宿れそうな場所が思いつきませんでしたのよ」

「ちょ」

 

 まぁ、言われてみれば他の駒の親衛隊になった姿の一部が異常に膨らんでいたら、不自然ではあるし、見た目としてもよろしくないだろう。しいて言うなら城塞の肩アーマー部分くらいだろうが、好き好んで鎧なんて真っ先に攻撃の当たる部分に宿りたい奴もいないだろう、俺の分体ならば。

 

「しかも、胸と言うのがまた素晴らしい。ジロジロ見られればそれを非難する理由がありますもの。これを用いれば、胸が別の意思をもって自立行動をさせることができるということの発覚をギリギリまで遅らせることも難しくなくてよ」

「へ、へぇ……」

 

 得意げに語る女王の言に俺の視線はどんどん遠くなる。

 

「とりあえず、バーンさまにはその解説しないようにね」

 

 大魔王は強い者を尊敬する人物だったと思うが、強くなる為に別の自分をおっぱいに宿したこいつを見てどう思うかまでは予測できないし、この話を聞いた魔王軍上層部の面々が俺を見る視線を想像したくない。もっとも、大魔王の元から離反し戦うことになることも視野に入れるならこいつのぶっ飛んだ能力のいくつかは秘匿しておきたいというのもあるが。

 

「よろしくてよ、トゥース様がそうおっしゃるのでしたら」

「……これ、希望者の少なかった駒は普通に作るべきだろうか」

 

 いちいち全部作ってると時間がかかりすぎると無駄に人気のあった女王だけ先行して作り上げてみたわけだが、女王がコレなのだ。

 

「とはいえ、作るのが俺となるとなぁ」

 

 原作のハドラー親衛隊のような性格にはならないだろう。鏡面衆のアレ具合からしても、元が俺でも環境次第ではどうしてこうなったとしか言いようもない変貌を遂げても、もう俺は驚けない。

 




と、言う訳で実は原作よりぶっちぎりで強いアルビナスの能力一部公開の巻でした。

ただ、自重が増したことで素早さだけはオリジナルに大きく劣ります。

次回、十二話「ザボエラとの交渉」に続くメラ。


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十二話「ザボエラとの交渉」

 原作読み返してて、「もし竜の血でよみがえったガルダンディが前世の記憶を思い出すパターンで転生したら」とかふと思い浮かびましたが、この場合、原作に介入するにもラーハルトと同じタイミングがせいぜいの上、ダイ一行に歓迎される気が微塵もしないので自分にはちょっと無理そうだなって思いました。(こなみかん)


「ふぅ、ザボエラ殿はここだって聞いたけど――」

 

 俺だってただ魔改造アルビナスを作るためだけに時間を割いたわけではなく、文官のところで働いてる分体からきちんとザボエラの居場所は聞いていたので迷うことはなかった。

 

「はぁい、ザボエラ殿いるかしらぁん?」

 

 ただ、別れた時がそうだったので、遺憾にもオネェ口調にならざるを得なかったが。

 

「キヒッ、これはトゥースさ」

「に゛ょっ」

 

 そんな俺の声に振り返りかけたザボエラが固まり、一緒に居たニュンケルがヒュンケルの顔でしちゃいけないレベルの顔面崩壊をするが、うん、まぁ、仕方ないというか何と言うか。

 

「おーっほっほっほ、御機嫌よう。初にお目にかかりますわね、トゥース様の配下でアルビナスと申しますわ。以後、お見知りおきを」

 

 遠くを見そうになる俺の後ろでアレな創造物が高笑いをあげつつ挨拶すると、早くも連れてくるんじゃなかった的な後悔にさいなまれるが、野放しにするよりマシなのだからこれはもう仕方ない。

 

「とりあえず、コレの説明は話すと長くなるかもしれないし後回しにしてさっさと本題に入るわね」

 

 いつの間にか表情の戻ったニュンケルが説明を求めるような目を向けてくるが、下手に説明するとご本人が口を挟んできかねない予感がヒシヒシしたのだ。ニュンケルが驚いたのがこのタイミングでもうアルビナスが完成していることについてか、やたらでかい胸部の膨らみについてなのかわからないし、説明に関してもどちらかかそれとも両方かもわからないし、ザボエラの前では話せないことも多いので、やはり説明は後回しの方が効率も良く。あと、俺個人としても説明はできればしたくない。あの胸部が俺の趣味だとか思われたら嫌だが、否定したら否定したで信じてもらえるかは別の話だし。

 

「ザボエラ殿には独断行動についてペナルティを課すと言ってあったわね? あ、ヒュンケルを捕らえた功績については既にバーンさまに報告済みだから、先にそれは伝えておくわねぇん」

「ヒョ、あ、ありがとうございますじゃ」

「で、問題はここからよ。アタシとしてはペナルティとしてザボエラ殿には一つ、呪文を教えて貰おうと思ってるの。自分の切れる手札を人にも渡しちゃうってのは、気が進まないでしょうけどペナルティってことだからまぁ、それはね」

 

 納得してもらわないといけないわと言いつつも、俺はただと続けた。

 

「強い呪文を使える者が軍内に増えれば、軍全体の戦力の底上げにもなるし、取れる手段も増えてくると思うのよね」

「は、はあ」

「話は変わるけど」

 

 そう前置きして俺はザボエラに問う。他人から凄い奴だって思われてみたりとかしたくない、と。

 

「す、すごい奴ですと?」

「そうよ。アタシが見るにザボエラ殿はこのバーンパレスの武器庫に匹敵するぐらいのお宝だと思うのよ。智謀もだけど技術とか、手持ちの呪文の数々とか。ただね、それが評価されない理由をアタシは知ってるの」

「なっ、な、な」

 

 わなわなと震えたかと思えば、次の瞬間、お教えくだされと駆け寄ってきたザボエラに予想はしてても内心気圧されるというか引きつつ。

 

「それは、知らないからよぉん」

 

 俺は、答えた。

 

「知ら……ない?」

「そう。いかに素晴らしい呪文の使い手でも、使うところを見た者がいなければ、持ってることさえ気づかれないし、使い手が当人だけなら使われる機会も少なく、見ただけでは呪文の真価も伝わらないところだってあるかもしれないわぁん。けど、その呪文を教わった人が、大活躍して、呪文の素晴らしさを周りに伝えた上でそれが元はザボエラ殿の呪文であったと語ったとしたらどうかしら?」

 

 幹部は厳しいだろうが、教えを乞いに魔王軍の面々がやって来て頭を下げてくるかもしれない。

 

「奥の手として秘匿しておくのも間違ってはいないわ。けど、表面に出さない優れたモノって言うのは評価されにくいのよ。だから、アタシがザボエラ殿に呪文を教わって、それで活躍すれば」

「ワシの、ワシのおかげと」

「ええ。前にも言ったけど、アタシは部下の功績を横取りにしたりはしないから、ザボエラ殿のおかげだってちゃんと言うわよ? そう言う訳で、見返りもあるペナルティなのだけれど」

 

 どうかしらと訊ねれば、ザボエラは二つ返事で乗ってきた。まぁ、出世欲の塊ならばきちんと評価される方法があると言っただけでこうなるんじゃないかとは思っていたが。

 

「と、言う訳でザボエラ殿独自の呪文みたいなのがあるなら、リストアップしてもらえるかしら? その中から、大活躍出来て、ザボエラ殿を見る目が変わりそうなのをアタシが選んであげるわ」

 

 そう言いつつ俺が狙っている呪文はただ一つ。マホプラウス、他者の呪文を自分の身で受け、取りこんでから自分の魔力を乗せて放つ呪文だった。

 




次回、十三話「何とかと呪文は使いよう」に続くメラ。



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十三話「何とかと呪文は使いよう」

「こう、これは……圧巻ねぇん」

 

 ザボエラが軽く書き出した呪文のリストは何と言うか玉石混合だった。独自と言ったが、原作で使った普通の呪文も嵩増しにか含まれてる他、戦闘向き、戦闘にはどう頑張っても使えないと思われるモノなど種類は様々で、明らかに原作には登場してないと思われる呪文が多数名を連ねている。その中にはメダパニの亜種であろう一つの呪文もあった。対象を指定した相手へ慕情を抱かせる呪文。原作でヒュンケルにマァムがヒュンケルに惚れるようにしてやろうともちかけた時に使うつもりだった呪文がおそらくこれだろう。

 

「キヒヒ、何かお眼鏡にかなう呪文はございましたか?」

「んー、見たところからめ手系の呪文の比率が多い感じだけど……バーンさまって強さを評価されるから、幻惑系とかは有用でもきっちり評価されない可能性があるのがネックなのよ。純粋にアタシが欲しいって呪文はいくつかあるけど……ザボエラ殿が評価されることを目的にするならねぇ」

 

 モシャスはそもそも俺がすでに使えるし、ザラキの呪文はこの世界では遅行性でそれこそ足止め役と抱き合わせるような運用方法でないと強者と対峙した時に使うのは厳しいし、効かなかったらなんのダメージにもならないという点もネックだ。

 

「うーん、出来れば次か次の次の作戦で使えそうな呪文が良いのだけれど、そうねえ……」

 

 唸りつつリストの呪文を一つ一つ見ながら俺が探すのは、唯一狙っている呪文。だが、順にリストを追う限りでは件の呪文は表記されておらず。

 

「ああ、そうだひょっとして開発中でここに載せられなかった呪文とかもあったりするのかしら?」

 

 已む得ず俺はぼかしつつもこんな呪文があったらいいなと目当ての呪文の効果を口に出し。

 

「と、トゥース様、ど、どこで、それを」

「え? ごく普通にあったらいいなと思った呪文を口に出してみただけよん? ひょっとしてあるのかしら?」

 

 あまりにも具体的でピンポイント過ぎたからだろう、逆に尋ねてきたザボエラに聞き返しつつ期待を込めた視線を送る。

 

「しもうたぁ?!」

 

 ザボエラの顔が全力でそう言っているように見えたが、いくら智謀に優れたザボエラでもそこから俺をごまかすのは不可能だった。と言うか、原作でも前線に身を置かなかったからか、不測の事態には弱かったのがこのザボエラだ。

 

「アタシがそんな呪文があればいいなと思ったのにも理由があるわ」

 

 ダメ押しとばかりに俺は俺自身の考えたマホプラウスの運用方法を一つ明かしてみることにし。

 

「理由ですと?」

「ほら、アタシってメラゴーストだからメラ系の呪文ではダメージを受けないじゃない?」

 

 原作で複数の配下からメラゾーマを放たれていたザボエラだが味方からとはいえ放たれた呪文を受けて全くノーダメージとは思い難い。だが、俺であればメラ系呪文限定だが、このダメージを無視して際限なく呪文を受け続けることが可能なのだ。

 

「人員が確保できればだけれど、威力と言う意味での天井知らずのメラゾーマが放てる上に、仮に反射呪文みたいなモノで跳ね返されたとしても――」

 

 俺にはそもそもメラ系呪文が効かないため、ノーダメージだ。

 

「それにね、アタシの配下の鏡面衆って元は同じメラゴーストの分体でしょ? つまり、使える呪文はみんな同じなのよぉん。しかも分裂で理論上無制限に数を増やせる。呪文を集めて放つ人員としてこれ以上うってつけの人材は居ないんじゃない?」

「た、確かに……」

「受け役と言う意味なら、そこのオリハルコンで出来た新しい部下も呪文が効かない筈だから使えるわよねぇん」

 

 史上最強威力の呪文を放つことができるかもしれない、それはまさにロマンであり。

 

「強さに評価の重きを置くとしてもこれなら評価してもらえると思うのよぉん」

 

 ここまで形にして尚評価しないほど大魔王の目は節穴ではないと思う。

 

「実戦に限らず、パレス内の鏡面衆と文官のヘルプに出てるメラゴースト、それにザボエラ殿の部下でメラゾーマ使える子をかき集めてバーンさまの前でデモンストレーションしてみるってのもありよね」

 

 もし自身のメラゾーマより披露したモノが強威力であったなら、流石に大魔王も認めざるを得ないと俺は思う。それでいて準備に手間がかかるので、脅威とはとられないのではないか、とも。

 




使い手を無制限に増やせるメラゴとマホプラウスの相性は異常。

次回、十四話「交渉成立、そして」に続くメラ。



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十四話「交渉成立、そして」

「さてと、ザボエラ殿のペナルティについてはそんなとこねぇん」

 

 このマホプラウスに俺の思っているような性能があるなら、大魔王に勝つことも難しくはない。たとえ隣にミストバーンが控えていたとしても。もっとも、マホプラウスを行使する前提条件としてこっちも一定数の分体を連れていることが条件ではあるが、そう言う意味では魔改造アルビナスは実質分体三人分になる。

 

「呪文の伝授についてはアタシとこのアルビナス、そして鏡面衆が会得することを考えてるんだけど」

「おーっほっほっほっほ」

 

 ただ、名前を呼ばれただけで高笑いするのはやめてほしいなと声には出さず、思う。

 

「問題はタイミングなのよねぇん。今、アタシはこのアルビナスを含むバーンさまから頂いた素材での部下製作の途中でもあるのだけれど、バラン殿の方の作戦の進展確認とかもしないといけないし……」

 

 ひとまずアルビナスを大魔王に見せて、他は鋭意製作中ですとしてからバランのところに向かうというのが今の俺の予定なのだが、ドラゴンキラーの魔法生物化とザボエラから呪文を伝授してもらうのを予定のどこに挟むかが悩ましく。

 

「呪文の伝授については一緒に居るし、まずニュンケルにお願いできるかしらぁん? ザボエラ殿メインの作戦はバラン殿の後だから、準備をするなら今だと思うのよぉん」

「にゅん?!」

 

 急に話を振られたニュンケルが驚くが、ぶっちゃけ、おまえは今暇なはずなのでそれくらいして欲しいと思う訳で。

 

「アタシはとりあえずアルビナスの完成をバーンさまに報告してくるわ。ザボエラ殿がすごい呪文を持っていて、活用法を研究中ってことも一緒に報告しておくから」

「は、と、トゥース様?!」

「なあに? 評価されたいとは思ってるんでしょ? だったら、デモンストレーションに繋げる機会は早めに作っておくべきだと思うのだけれど」

 

 同時にさっさとバーンに報告して外堀を埋めてしまおうという魂胆でもあるが。大魔王に報告してしまえば、流石に伝授しませんとザボエラも言う訳にはいかないし、評価されるかもしれないという俺の言も断りづらくはしている筈だ。

 

「わ、わかりましたじゃ。バーンさまにはくれぐれも」

「ええ、任せておいて」

 

 俺はすがるような視線を向けてくるザボエラに頷きを返すとアルビナス、とオリハルコン製の部下の名を呼び。

 

「じゃ、報告に行くわよ」

「ふふっ、承知しましてよ」

 

 アルビナスを従え、踵を返す中密かに拳を握りしめる。よかった、この胸特盛女王の説明を何とかせずに済んだ、と。

 

「じゃあ、このままバーンさまの元に行くわけだけど、ドラゴンキラーの件については出発前でいいかな。見張りをしてるだろうプレイハードの交代要員ってことで」

 

 素体としてオリハルコンの駒とはくらべものにならない程格が落ちるから、分体に聞いても注入希望者がいない可能性もあるが、その時は普通の禁呪法で魔法生物にしてしまえばいいだけの話だ。ただヒュンケルを逃がす以外の目的も考えてない訳ではあるし。

 

「あとは――」

 

 呟き、俺はちらりと後ろを振り返る。大魔王にこの魔改造アルビナスの能力をどこまで説明するかについてだ。胸部に別の分体を注入し、実質三人分の戦闘力を持つところまでは説明しないとあの大きな胸が俺の趣味みたいに思われてしまうので、そこはやむを得ないが。

 

「おーっほっほっほ、どういたしまして?」

 

 高笑いしつつ問うてくるこいつには他にも秘密がある。高笑いしてる人型部分ことセンターアルビナスの胸部、アルビナスビットとアルビナスコアと名付けられた二つの膨らみは、A5つまり俺の炎の闘気をヒントに作られており、まず、分離してオリハルコン製のスライムのような形態で独自行動が可能であり。加えてこの三位一体の女王の本体は、人型の方ではなく左のおっぱいもといアルビナスコアのほうなのだ。

 

「そう言えばフレイザードって身体バラバラにする技があったよな」

 

 と分体の誰かが口にし、だったらコアが必ずしもその身体の中にある必要はないのではないかと言う発想に至った結果、三人のコアは移動式でほとんどの場合アルビナスコアの内部に収納される形をとることにしたのだ。つまり、右のおっぱいと人型は再生不能なほど破壊されない限り回復魔法で修復する不死身の存在というどこかのラスボスを丸パクリスペクトしたような初見殺し仕様と言う訳だ。

 

「いや、何でもないよ」

 

 ただ、敵の急所を見抜くアバン殺法空の技の前には無力なんだけどと声には出さず呟いて俺は頭を振り。

 

「少し急ごうか。バラン殿の方も気になるし」

 

 ヒュンケルのことで已む得ず投げ出してきてしまった前線のことに触れたのだった。

 




 本当は実際使うところで明かそうかと思ったのですが、今回主人公が振り返る形で明かした通り、アルビナスには他にもいくつかの機能が内包されてました。

 名前の付け方が参考元(クロノトリガーのラヴォスコア)に準じてるので、あっさり見抜かれるかなとも思ってました。

 炎の闘気をヒントにしたため、胸部はモシャスで別の誰かに変化して分離独自行動も可能で、ダイ、ポップ、マァムにモシャスして一人初期アバンの使徒なんてことも可能。

それはそれとして、章タイトル詐欺になってしまってますので、そろそろ主人公はバランの方へ戻すつもりです。

次回、十五話「合流」に続くメラ。


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十五話「合流」

「本来なら新たな部下を全員そろえてお目にかけたいところですが、何分勇者一行の動きも気がかりでして、まず女王が完成したことだけでも報告させていただきたく」

 

 原作のハドラーなら五人そろえてからお披露目と言う方をとっていたが、状況が状況だ。俺は大魔王の元を訪れると、左右にミストバーンとキルバーンを控えさせた大魔王へ頭を下げ、後ろでかしづく魔改造アルビナスを一人目の新たな部下であると告げる。

 

「……ふむ」

 

 大魔王が声を発すまでに短い沈黙が有ったのは、やっぱりアルビナスの胸が原因だろうか。

 

「この女王・アルビナスはハドラー殿から教授された禁呪法とおれ独自の発想を合わせて作ったものです。大きな胸部についても相応の理由があり……アルビナス」

「承知いたしましたわ」

 

 俺の声にアルビナス、厳密に言えばセンターアルビナスが応じると、左右の胸の膨らみが同時に変身呪文を唱え。

 

「……へえ」

「……ほう」

 

 変身呪文を使用した時特有の煙を発生させ突如二人目の前の人物が増えてもあまり動じた様子を見せなかったのは、さすが死神と大魔王と言うべきか。ミストバーンに関しては、声すら発さず顔も見えないので、驚いているかどうかの判別は付きづらく。

 

「三位一体、先行して女王のみの完成となった理由もこれにあります」

「なるほど、一人で三人分の戦力となれば、真っ先にお主が完成させたのも頷ける」

 

 実際は、作った後ででっち上げた後だしジャンケンみたいな理由だったのだが、理にかなっていたからか、大魔王には納得してもらえたらしい。

 

「想定外の理由で途中帰還することになったおれとしては、バラン殿のところにも戻らねばなりませんし」

「ふむ、そう言えばお主は勇者一行にヒュンケルの姿がないことを疑問に思い、所在を知るために戻って来たのだったな」

「はい、ザボエラ殿と協力し、ヒュンケルも捕らえましたので、もう後顧の憂いはありません」

 

 実際はヒュンケルをどうやってどのタイミングで逃すかとか問題は色々あるのだが、魔王軍から見た場合残りの駒から部下を作る件くらいなので、敢えてそう言い。

 

「ああ、それから。実はヒュンケルを捕らえた件でザボエラ殿と話をしたところ、ザボエラ殿が独自の呪文を伝授してくれるということになりまして……この呪文、一見の価値がある素晴らしい呪文と思いましたので、出来ればバーンさまの前で披露させていただきたく」

 

 ザボエラに言っていた呪文のデモンストレーションについてもきっちりと報告しておく。俺がダイ達に頼らず大魔王を討つなら、あのマホプラウスは必須の呪文なのだ。もっとも、原作にない使い方をするので、うまく行くかどうかの検証は必須だが。

 

「ほう、お主がそこまで言うほどの呪文があるか」

「はい。ただ、現状ではどれほどの破壊力になるかがまだ分かりませんので念の為、空に向けて放たせていただきたく」

 

 死の大地を消し飛ばしてバーンパレスに損害を出すわけにはいかないし、バーンをどこかに連れだして披露するという訳にもいかない。後者については、人間の城に試し撃ちしてみろとか言われないだろうから俺にとっても都合がいいのだけれど、それはそれ。

 

「よかろう。余も興味がわいた」

「ありがとうございます。先行して鏡面衆の一人に伝授して貰う様ザボエラ殿には要請しておりますので、早ければ次に帰還した時にはお目にかけることが叶うかと」

 

 大魔王が頷くのを見て、これでザボエラももう拒めないだろうと密かに安堵し、そこから大魔王と二言三言交わしてから、俺は大魔王の前から退出する。

 

「次はドラゴンキラーの加工、となるともう一度確認とっておく必要があるな」

 

 文官達の仕事場経由で分体達に誰かドラゴンキラーと一体化してくれないか、と聞くわけだが。

 

『じゃあ、俺が協力するよ』

 

 希望者はあっさり見つかった。

 

「いいの?」

『合体も分裂もできなくはなるけど、メラゴーストのままより強くなれるのは確かだし、それに――』

 

 そこから先を希望者である分体は濁し。

 

「じゃあ、悪いけどすぐにとりかかるよ。こっちもバラン殿の元に戻らないといけないし」

 

 断りを入れてその分体を連れていった先は、先にハドラーに禁呪法を教授された部屋で、俺が逃げ出したからかハドラーはもうおらず。

 

「もう一度聞くけど、本当にいいの?」

『うん』

 

 頷いたその分体が、ヒュンケルの部下だったメラゴーストから別れた固体だったことを辛うじて聞き取れる程度の声で明かしたのは、この時で。

 

「そっか」

 

 団長の側に居たいというのであれば、理由としても頷けたし、止める理由もなかった。

 

「ふぅ、二度目ともなればまぁ、こんなものか」

 

 女王を作ったときよりははるかに楽に完成させた新たな魔法生命体を俺は拾い上げる。

 

「言うまでもないと思うけど、きみはドラゴンキラーそのものにもこうして姿を変えられるから」

 

 武器に話しかける姿はシュールだが、武器に化けられるというこの能力、割と使い勝手は良いのではないかと声に出さず自画自賛する。

 

「ただ、名前は思いつかなかったから適当に自分で決めておいて。プレイハードにでも伝えておいてくれればこっちにも伝わり次第その名前で呼ぶし」

 

 ネーミングセンスに自信が無いというのもあるが、申し訳ないことに今の俺はそんなことに時間を割いてる余裕がないのだ。バランと合流すれば、すぐダイ達をどうするのかと言う問題と直面するのだから。

 




ぎゃああ、合流まで行けんかったーっ!

次回、十六話「迫られる選択」に続くメラ。

あ、ドラゴンキラーな新人の名前は読者のみなさんから公募しようかと考えてます。

たぶん活動報告の方にでも出番が来る前に記事作成して、迷ったらそこから候補搾ってアンケートの流れかな?

べっ、別にいい名前が思いつかなくて匙投げたとかじゃないんだからねっ

と言う訳で、名前の応募は活動報告の方の記事にお願いします。
(感想のガイドラインに抵触するかもしれないので)


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十六話「迫られる選択」

「ルーラッ!」

 

 やることを最低限終わらせた俺は、死の大地を瞬間移動呪文で発つ。やることの内、ドラゴンキラーを基にした部下の作成の後にちょっとだけ仮眠を挟んだが、流石に魔法力を回復しないとマホトラで辻魔法力奪取でもしなければ呪文の一つも唱えられなくなっていたであろうから、そこは勘弁願いたい。

 

「あ」

 

 やがて着地が近づき、そこにバランの姿を見つけて俺は良かったと密かに安堵する。急に一人離脱してしまったが、バランはあの反省会をした場所で待っていてくれたらしい。

 

「ごめん、けど戻って正解だった」

「なに?」

 

 言い訳がましくなってしまうのがアレだったが、戻らなければ独断行動していたザボエラが大けがを負ったか死んでいたことを俺はバランに話し。

 

「それでヒュンケルは捕らえてパレスの牢の中、次の戦いに加勢してくることはないと思う」

「そうか」

「ただ、おれに新しい部下ができたことで魔王軍の戦力が増大したから……」

 

 ダイ達は前にもまして厳しい状況に置かれてしまったことになる。にもかかわらず、バランが手心を加えたため、原作では既に果たしていたパワーアップも果たせておらず。

 

《バランからすると、ここからは、二択になる。心を鬼にしダイ達を追い込んででも乗り越えてパワーアップする方に賭けるか、諦めず説得して部下にするか。まるっきり成果が出せず膠着状態ってなれば、ザボエラ殿やハドラー殿が不満に思うのは想像に難くないし》

 

 久々の思念波で、俺は先を続けた。

 

「なるほどな」

 

 ぼかしたことを察すようにバランは頷き。

 

《鬼にする、か》

《うん。申し訳ないけど手段を選んでるような時間はないかもしれないから》

 

 と言う前置きで、俺は触れておく、この思念の波には他に使い方があるんじゃないかと。つまり、原作のようにコレを用いてバランがダイの記憶を消してしまうことも選択肢の一つだと言外に言ったのだ。

 

《記憶を消すだと……正気か?》

《正直おれも断腸の思いだけど、死なせるぐらいならどこかに逃げ延びて生きてて欲しいから、さ》

 

 ダイがパワーアップを果たしてくれなければ、俺もできれば戦いたくない魔王軍の猛者が出張ってきたところで勇者一行は詰む。一応マホプラウスを使った検証がうまく行けば俺の方でバーンを倒す見込みはつくが、あくまでも俺の希望はのんびり穏やかに過ごすことなのだ。それに上手く大魔王を討てたとしても、人間からすると大魔王以上の力を持つモンスターが誕生することになってしまう訳で、下手すれば次の勇者一行が俺を討つ為に差し向けられかねない。

 

《ダイを生かすために大魔王を討つって選択肢もあるにはあるけど、採る気はないだろ?》

 

 バランはバーンの背任行為を確認したわけではなく、まだ魔王軍に居るのだ。選ぶはずもないと知りつつも一応聞き。

 

《無論だ》

 

 思念波の会話で無ければ、おそらくバランは首を横に振っていたであろう。

 

「とにかく、作戦だけは始めないと」

 

 いつまでも黙ったままも不自然なので、俺はそう言った。

 

「先に構想していた通りパプニカを襲撃するので、バラン殿にはテランの様子を監視してもらうね。それであのマイボって人がパプニカに向かう様ならテランに残留する面々に挑んでもらって」

「残るようなら逆にパプニカに向かうということだな、承知した」

「うん。その場合おれは入れ違いの形でテランに戻ることになるね」

 

 せっかく人死には出来るだけ減らしてここまで来ているのだ、これ以上の犠牲者は出したくないが鏡面衆も置いてきてしまった今、バランをフリーにせざるを得ないのが少し痛い。

 

「じゃあ、テランの監視はお願い」

「わかった」

 

 頷くバランと俺はそれぞれルーラの呪文を唱え。

 

「ふぅ、ここもなんだか随分久しぶりねぇん」

 

 降り立ったのは、ヒュンケルと最初に戦った港町の陸地側の入り口だ。不死騎団によって廃墟になっていた痕跡も復興が進んだからか、殆ど見受けられず。

 

「そう言えば今はモシャスで人間っぽい格好なわけだし、敢えて正面から堂々とってのも面白そうかも」

 

 新魔軍司令トゥースとしての顔を知るのは人間側だと勇者ダイ一行と大魔導士マトリフとあのマイボってオッサンくらいだろうから、下手をするとパプニカでは顔が割れてない可能性もある。

 

「復興中のところを壊すのも悪いわよね。こう、暴れまわっても問題なさそうな場所を探しつつ散策してみようかしら?」

 

 まさかパプニカの人々も観光客か何かの様なノリで魔軍司令が乗りこんでくるとは思うまい。

 

「ふぅ、侵入成功♪」

 

 こうして緩い感じで俺は港町に足を踏み入れることに成功したのだった。

 




次回、十七話「魔軍司令、来襲」に続くメラ。


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十七話「魔軍司令、来襲」

「さてと、まずはショッピングかしらぁん?」

 

 俺は呟きつつまず商店の立ち並ぶ方面に足を向けるが、これにも意味はある。名目上は復興したパプニカの国力を図る為とかそんなところだが、禁呪法を会得したことで物品を配下にできるようになったので、出来るだけたくさんのアイテムや武具をこの目で確認しておきたかったのだ。

 

「あのドラゴンキラーみたいなものなら、装備しておいていざという時の隠し玉にできるものねぇん」

 

 全身に装備品とした部下を装着し、いざという時はすべてを自立行動させマホプラウスで同じ呪文を収束させ解き放つ、と言う運用スタイルだ。大魔王を俺が討たねばならないとしたら、これで警戒されぬよう分体を連れ込む必要がある。もっとも、パプニカは復興途中で満足な品物が揃わないという話だったと思うからあまり期待は出来ないが。

 

「こう、掘り出し物とかあったらいいのだけれどぉ、そう言うのは古道具屋とかバザーとかそっち方面よね」

 

 パプニカにはハドラーが魔王時代の本拠地があるのだ、レオナの暗殺を企んだバロンだかテムジンだかがハドラーの作った殺人機械キラーマシンを所持していたぐらいだから、思わぬ掘り出し物がある可能性は決してゼロではないと思う。

 

「まあ、あったら超ラッキーレベルだけど」

 

 そんな訳で、普通の武器屋や道具屋は軽く見て回るにとどめ、それでもこの時点で騒ぎになっては拙いのでひのきのぼうやら薬草やらの安物を購入し。

 

「うーん、まぁ、ここで何か見つかるなら」

 

 原作のダイ達もベンガーナにはいかなかったよなぁと声には出さず続け。

 

「そこの御仁」

「あら?」

 

 次は戦う場所の下見にでも移ろうかと思った時のことだった。呼びかけられて振り返ると、そこには兵士を二人連れた騎士の姿があり。

 

「アタシに何か御用?」

 

 流石に顔も見せないローブ姿では誤魔化しとおせないかと内心思いつつ問うた俺に、うむと頷いた騎士は言う。

 

「わが国では今、人材を広く募っていてな」

「あー」

 

 復興中の国だからこそ、人材の確保の為これはと思った相手に声をかけていると聞いて、俺の顔が歪む。職務質問かと思えば、まさかの国へのスカウトとは想定外だった。

 

「んー、お誘いは嬉しいけど、一応アタシとあるところで要職についてるのよ。それで、今日はちょっとお忍びでショッピングってとこだったの」

「なっ?!」

 

 そのままスカウトされて二重生活をやる程余裕もなかったので俺は一部だけ真実を明かしつつ断れば、兵士の片方が驚きの声を上げ。

 

「なるほど、これは失礼いたしました。その装備といい、ひとかどの人物とお見受けしましたが」

「ああ、解かる? この装備気にいってるのよぉ」

 

 上機嫌で騎士の言葉に応じながら、俺はここからどうしようかと胸中で考える。襲撃して勇者一行をパプニカにおびき寄せるとするなら、ノコノコついて行ってお城でひと暴れというのもアリと言えばアリだ。ただ、それでは復興中のここを破壊することになってしまう可能性が高く。

 

「ん? そこは考えようかもしれないわね」

「どうされました?」

「いえ、こっちのことよぉん。それより、お忍びがバレてしまったならこの国の方にご挨拶の一つもせずに去るのも不義理よねぇ。ご挨拶したいって言ったら、案内はしてもらえるのかしら?」

 

 少し考え直した俺は問うてきた騎士に軽く頭を振って尋ね。

 

「わかりました。ただ、失礼ですが――」

 

 所属国と役職、そして名前を聞かれて俺はああと声を漏らした。さすがにこのまま国のお偉いさんと何もなくご対面とはいかなかったらしい。

 

「トゥース・ゴ・アルウェ。軍の司令と言う役職を賜っているわ」

 

 そして所属はと言おうとしてから、ふと思う。俺の所属は魔王軍だが、バーンが王として君臨する国の名前については聞いたことがなかったと。文官の手伝いをしてる分体なら知っているかもしれないが。

 

「所属に関してはそうねぇ、個人的にはびっくりさせたいから秘密ってしておきたいところだけど……」

 

 流石にそれでは通らないよなあと思う。

 

「失礼ですが、流石にそれは」

「そうよねぇん。お役目としてもそこはきちっとしなきゃダメよねぇ。じゃあ、仕方ないわ」

 

 誤魔化せない以上は、はっきり言うしかないだろう。戦いになったとしても相手はただの騎士と兵士が二人。やり様はどうにでもなる。

 

「所属は魔王軍よ」

「は」

「え」

 

 俺の発言で、兵士と騎士が愉快な顔をして立ち尽くす。

 

「まぁ、そうなるわよねぇん。じゃ、そういうことで」

 

 完全に隙だらけだったので、それに乗じて俺はトベルーラの呪文を用いて空へ舞い上がり、そのままお城のような建物を目指す。一応、口にした以上挨拶はしてこないとまずいだろう。幸いにも今つけているローブは呪文が効かないため、撃ち落とされる心配もたぶん要らない。ここの主力が主に魔法を使う三賢者でなければ話も違ってきただろうが。

 

「けどバラン殿の姿って便利よねぇ。トベルーラ、アタシも覚えたいところだけど」

 

 実はモシャスしないと俺はこの呪文を使えない。モシャスの変身が割と万能なせいで困らないというのもあるのだが、それではいつか困る時が来るだろうこともわかってはいて。

 

「って、独り言言ってるうちにもう到着ねぇん」

 

 気づけば視界の中にあった丘の上の建造物はずいぶん大きくなっていた。

 




次回、十八話「挨拶は大事」に続くメラ。


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十八話「挨拶は大事」

 

「はぁい、パプニカの兵士さん♪ ご機嫌いかがかしら?」

 

 さらに近づいたところで屋上に兵士の影を認めて俺は片手を小さく上げて挨拶してみる。おそらくはレオナ姫の乗った気球が戻ってくるのを待っていたのであろう兵士はこちらを見上げぽかんと口を開けていた。

 

「あら、驚かせちゃった? ごめんなさいね。あなたたちのお姫様なら、テランでこの前見かけたから、急いでも戻ってくるのはもう少しかかるかもしれないわ」

 

 急ぎの用があるならルーラの使える人をテランに送り出した方が良いかもしれないわねぇんとアドバイスを添え、そのまま屋上に降り立つ。

 

「あ、あなたは?」

 

 本来なら怪しい奴とか槍を突きつけてきても不思議はないのだろうが、わざわざ自国の姫のことを伝えたからだろうか、ただ誰何の声を発した兵士に俺はアタシと首を傾げ。

 

「アタシは魔王軍の魔軍司令でトゥースって言うの。覚えておいてくれると嬉しいわねぇん」

「そ、そうですか。まお……うぐん?」

「そう」

 

 何の気負いもなく言ったからだろうか、呑み込むのに時間を要した兵士に付き合いつつ俺は首肯し。

 

「ほら、ご挨拶って大切じゃない? アタシ、まだ新任だから顔も知らない人多いのよぉ。だから、ね」

「っ、敵襲ーっ!」

「まあ」

 

 言葉の途中ではあったが流石に少し前まで不死騎団や氷炎魔団と戦っていた国と言うところだろうか。状況を把握するとすぐさま叫び。

 

「最初にボーゼンとしてたとこはマイナスポイントだけど、敵襲を告げる判断は悪くないわ。もっとも」

 

 そう言ってから俺は空に両手をあげ。

 

「イオナズン♪」

 

 パプニカの空に大爆発の花が咲く。 

 

「な」

「アタシが何かするつもりだったら、もうこの辺り消し飛んでたわよ? そう言う話ね」

 

 とりあえずこれだけ派手にやれば、城内に居ても何かあったとわかるだろう。

 

「あ、あぁっ」

 

 一歩間違ってたらどうなってたかを察したのか、兵士は槍を抱くようにしてガタガタ震え。

 

「まぁ、兵士なら仕方ない、わよね」

 

 騎士だったら力量差も弁えず突きかかってきたかななんて思いつつ俺は待つ。

 

「今の爆発は、なっ」

「はぁい、御機嫌よう」

 

 やはり聞こえて居たようで、足音を伴って出てきた一人の男に俺は片手を上げて挨拶する。どことなくナンバリング作品のⅢに出てきた賢者を彷彿とさせる冠とマントをつけた男の名は、確かアポロ。パプニカが誇る三賢者の筆頭でもある男だった筈。

 

「お騒がせしてごめんなさいねぇん。ちょっと新任のご挨拶に伺ったのだけど屋上には呼び鈴もなさそうだったからぁん」

「あ、アポロさま、こ、こい、まお」

 

 俺が軽くお道化て見せる一方、兵士は俺の言ったことを伝えようとしてるみたいだが、慌てすぎてか断片が口から出てくるばかりで。

 

「恋魔王? 斬新ねぇ」

「ぐっ……貴様……!! 何者だっ!!!」

「あら? 知りたい? 仕方ないわねぇん」

 

 俺の感想をスルーして叫ぶアポロにちょっとウザ目の反応をしてから俺は名乗る。

 

「トゥース・ゴ・アルウェ。魔王軍で魔軍司令をしてるわ」

「なっ」

「魔軍司令」

「アポロ、今の――」

 

 驚きの声を上げる一方で、遅れて近寄ってきた足音が女性の姿をとって屋上に出るためと思われる扉から顔を出し。

 

「今日はちょっとご挨拶に伺ったの。そちらの対応次第では戦ってあげてもいいわよ」

 

 気にせず続けた俺は、ちらりと街並みの方に目をやって。

 

「ただ、せっかく復興したのにここを戦場にってのは嫌なんじゃなあい?」

 

 とも口にする。

 

「……どういうことだ」

 

 問うてくるアポロにどういうことも何もと言いつつ俺は肩をすくめ。

 

「ご挨拶って言ったでしょう? それにフレイザード一人にあっさりやられちゃう面々が魔軍司令に勝てるとお思いかしら? しかもここ、貴方達にとって余波や外れた魔法とかが飛んでったらよろしくないところだらけよね?」

 

 敢えて言わないが、加えてバランにモシャスして竜闘気の使える俺には賢者たちの呪文や並みの武器による攻撃はほぼ効果が無い。

 

「そうね、こうしましょう。ここって兵士が詰めてるんだから練武場とかあるわよね? そこにお邪魔してアタシが10、呪文でも攻撃でも受けてあげるわ。何しても効かないって判ればあなたたちは力の差を思い知るだろうし、街が巻き添えも食わない。どう素敵じゃない? あ、反撃なんてケチなこともしないわよ?」

 

 完全に舐め腐った言動だが、ぶっちゃけ防御してもいいならこれでも怖いのはマトリフの極大消滅呪文くらいしかない。

 

「ふっ、ふざけ……くっ、良いだろう」

「アポロ?!」

「アポロさま?!」

「へぇ」

 

 ひょっとして激昂して襲いかかってくるかと思ったのだが、そこはさすがに賢者か。

 

「癪に障るが、こいつの言う様にここで戦っては街に被害が出かねん」

「賢明な判断ねぇん」

 

 俺としても有り難い選択だったので絞り出すような声に頷きで応じつつ、それじゃあんないしてもらえるかしらぁんと俺は言うのだった。

 




次回、十九話「舐めプ、始めました」に続くメラ。


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十九話「舐めプ、始めました」

「へぇ……なかなか広いわね」

 

 いいじゃない、と俺は言う。ひょっとしたら閉じ込められたりとか罠にかけられたりするかなとも思ったのだが、そんなことはなく俺の申し出を受けたアポロは兵士の練武場と思しき所へ普通に俺を連れて来て、周囲を見回しての感想だった。そのまま俺は推定練武場の中央に移動し。

 

「さてと、それじゃ、始めましょうか」

 

 アポロ達の方を振り返って言い。

 

「回数以外は制限するつもりはないから、不意打ちとかも構わないし、攻撃回数を守るなら十人以上で挑んできても一向に構わないわよ?」

「くそっ舐めやがって!」

「いかん、待て!」

 

 続けた補足に激昂した騎士らしい人物が剣を抜き斬りかかって来て、それを見たアポロが制止の声をかけるも少々遅かった。

 

「はい、一回」

「ぐっ」

 

 振り下ろされた剣が折れ残った柄を取り落とした推定騎士が呻く。

 

「ばっ、バカな」

「剣の方が折れるなんて」

 

 ここに来るまでに途中で合流した賢者っぽい女性と別の騎士が驚愕しつつこっちを見るが、アポロは想定の範囲内だったのだろう。驚いた様子は殆どなく。

 

「物理面の防御に自信があったから敢えて挑発したのだろう」

「アポロはそれで待てと」

「そうだ。だが、これで同じ手は二度と食わない。いくぞ、マリン!」

 

 こちらの言動の理由を推測したアポロは女賢者の名を呼んでから人差し指をこっちに向け。

 

「メラゾーマ!!」

「ヒャダイン!!!」

 

 僅かにタイミングをずらして放たれた二つの呪文は俺に向けて飛来し、先に到達したメラゾーマの炎が俺の視界を遮ったかと思えば、遅れて到達した冷気が一気に炎を冷やし。

 

「やったぞ……っ?!」

「残念賞、これで合わせて三回ねぇん?」

 

 炎が消えて俺が平然としているのを見たのだろう、晴れた視界の先でアポロが引きつった顔をしていたので、俺は指を三本立て。

 

「効いてない?!」

「だっ、だが、メラゾーマとヒャダインの温度差を受ければあのローブが鎧の様に固くとも――」

「あー」

 

 驚く女賢者とは違って、悔し気だが呪文が無駄になったわけではないと主張するアポロを見て、俺はポンと手を打った。原作でフレイザードがパプニカの騎士の鎧を温度差で砕いていたのを流用して剣も効かない防具を破壊しようと考えたのだろう。

 

「非常に申し訳ないんだけど、この衣……そもそも炎や吹雪、呪文が効かない遠距離で呪文を撃ち合う魔法使い用のモノなのよね」

「は?」

「だから、温度差も意味ないと思うわよぉん? 呪文自体効いてないと思うから」

 

 例外があるとすればデイン系の呪文だが、ここにダイは居ない。

 

「じゅ、呪文が効かず剣も効かない?!」

「そんなの、どうすれば?!」

「流石に聞かれても答えるわけにはいかないわよ。こっちに聞いてる訳じゃないと思うけど」

 

 と言うか、俺があちらの立場だったとしても有効打は思いつけない。ヒュンケルと違って今の俺には竜闘気があるので、向こうにクロコダインが居たとしてもやけつく息は効かないだろうし。

 

「あーそうそう、降参なら降参でいいわよ? 今日は挨拶だけのつもりだったからこのまま帰るし」

「なっ」

「あら、それも不満? だったら、今は居ないお姫様とかダイちゃん達を助っ人に連れてきたかったりする? それなら、日を改めて続きをしてあげてもいいけど」

 

 全力でふざけてる上に相手をなめ切った発言だが、むろん俺も考えなしにこんなことを言ってるわけではない。相手が何をしても全く倒せないどころか手傷さえ負わせられなければ、格の違いにたいていの相手は絶望する。バーンを始めとした魔王軍側にはとりあえず心から殺してみようと思いましてと言う言い訳ができるし、アポロがどうしようもなくなってダイ達を頼れば、目論見通りテランからダイ達を引きはがしこっちにおびき出すことが出来る。

 

「ぐっ、ぐううっ」

「どうするのぉん? アタシも暇って訳じゃないし、そろそろ決めて欲しいんだけどぉん」

 

 こう凄い顔をしてるアポロを見るとかなり申し訳ない気がして来るが、煽るのはやめない。モシャスの効果時間と言うタイムリミットのある俺としても、パプニカサイドの長考に付き合う訳にはいかないのだ。

 

「ふわぁ……んっ、あらやだ、寝不足かしら? けど、流石にここに寝っ転がる訳にはいかないわよねぇ」

 

 生存には睡眠も不要なはずだが、敢えて欠伸をするふりをして目をこすり。

 

「ジャンケンぽん」

 

 一人じゃんけんをし。

 

「んー、アタシ遊び人じゃないし、一人遊びって他にどんなのがあったかしら?」

「おい」

 

 真剣に考えて居たところで、声をかけられ振り向けば、今にも憤死しそうな表情の三賢者筆頭が居て。

 

「……本当に何もせず帰るんだな?」

「アポロ!」

「アポロさま!」

 

 周りが口々に窘めるよう声をかけるが、当人とて断腸の思いだろう。

 

「もちろんよ。アタシ、約束は割と守る方だし」

 

 必ずと言いきれないのは、師匠の正義の魔法使いになってくださいと言う約束を果たせていないからだが。

 

「ともあれ、そういうことならアタシ帰るわ。あ、助っ人呼んで再戦とかするなら、バルジ塔の天辺にでも日付を指定した看板か何かを置いておいてちょうだい。賢者って言うくらいだし、ルーラの呪文くらいは使えるんでしょ?」

 

 確か原作でアポロと女性賢者の姉の方はルーラを使っていた気がしたのでそう確認し。

 

「ああ」

「じゃあ、いいわね。お騒がせしたわ」

 

 俺は片手を上げるとその場を後にした。

 




今回のパプニカの被害、アポロの頭の血管、パプニカの騎士や兵士の士気他。

ちなみに勇者サイドの分体が数人でてきて調子に乗ってた主人公が頭抱える(わからせ? ざまあ?)という没展開も考えてました。

次回、二十話「勇者、動く」に続くメラ。



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二十話「勇者、動く」

「ルーラ」

 

 建物を出た俺は、平然と動じることなく瞬間移動呪文を唱えて空へ飛び立つ。

 

「っぶなかったー」

 

 実はモシャスの効果時間終了が迫っていたのだが、何とか解けるより早く離脱が叶い、上空で胸をなで下ろす。

 

『あっ』

 

 だが、バランの格好でいられたのは、そこまでだった。ポフンと煙を出して俺はメラゴーストの姿に戻り。

 

『レムオルっ!』

 

 その一方で到着の前に唱えたのは、透明化呪文。ルーラの目的地に選んだのが、ダイ達のいるだろうテランであったからで、俺はこれからテランを見張っているであろうバランと合流する予定だ。

 

『確か――』

 

 レオナ姫は原作でベンガーナのデパートには小さな頃にも一度連れていってもらったことがあると言っていた記憶がある。姫でさえ他国にはそれほど連れていってもらえないなら、あのアポロが直接テランへルーラで飛べるかについては少し疑問に思ったが。

 

『王族と国を代表する賢者では、話が別か』

 

 むしろ瞬間移動呪文が使えるなら、外交関係の使者としてあちこちに足を運んでいても不思議はない。そう思いなおした俺は着地するとあの賢者が追いかけてきていないか空を仰ぎ。流石に留守を預かる身分で即行動とはいかないよな、と頭を振る。俺がお邪魔したこととか空にイオナズンとかである程度の混乱が生じていてもおかしくない筈であり、むしろバランと合流するなら今の内だろう。

 

『とりあえず』

 

 俺が最初に向かうのは、バランと最後に別れた場所だ。テランの様子がわかり、かつダイ達には見つからないような場所があればそこで見張ってるということも考えられるが、俺がバランだったら、それでもせめて連絡をとる方法か見張る場所についての何かを別れた場所に残しておく。

 

『あ』

 

 だからこそ、別れた場所にバランの姿を認めた時も声はあげたがそう驚かなかった。

 

「戻ってきたということは、うまく行ったにせよそうで無いにせよ何かしてきたと見ていいのだな?」

『うん。魔軍司令を名乗っておちょくりついでに実力の差を認識してもらってきただけだけどね』

 

 確認するバランに頷いた俺は、ことの経緯をかいつまんで話した。

 

『このままテランを見張って居れば、パプニカからダイ達へ戻ってくるようにと言う使者が来ると思う』

 

 その報告で語られるのは、魔軍司令である俺のことのみ。バランを探しているという例のオッサンはさすがにパプニカまでついて来ることはないだろう。場合によっては衣を脱いで、炎の闘気もモシャスで分離させた上、俺自身もバランに化けてあのオッサンをテランに釘付けにすることだってできる筈だ。

 

『問題は人数配分について読めないところがあるってことだけど』

 

 ダイ達からすればバランも近日中にテランへ再び現れると思っているだろう。なら、テランに戦力を残さないとは思い難い。

 

『大魔導士マトリフはまずテランに残るだろうけど、おれに予想できるのはそれぐらいかな』

 

 あの人は貴族や王族と言ったお偉いさんに良い印象は持っていない、頼まれてもパプニカにはいかない筈だ。

 

『時間的な余裕があるなら、バーンパレスに戻って鏡面衆……は無理でも、応援連れて来てもいいかなとも思ってるけど』

 

 状況が原作から乖離しまくってるだけに、安全マージンとしてヤバいときに介入できそうな人員は欲しいなと思う訳で。

 

「それは不要だろう」

『え?』

 

 唐突に口を開いたバランの言葉を理解できず、そちらを見ればバランは俺の背後を示しており。

 

『バランさま』

『ちょっと、うちの』

『大将、おかりしますね?』

 

 三分割でバランに断りを入れるメラゴーストを見て、俺は固まったまま立ち尽くす。

 

「おまえが知らないということは、当人たちが考えて応援を送ってきたということか。分体なのだろうが」

 

 うん、かんがえる こと は おなじ って こと ですね。

 

『はーい、魔軍司令さまはこっちにこようねー』

『うふふふふ』

 

 そして、思う。たぶんこいつらは魔王軍に所属してない方の分体だろうと。ひょっとしたら、先日ヒュンケルになってあっち側に立ってた分体も混じってたりするだろうか。

 

◇◆◇

 

『勇者たちが動きだしました!』

 

 俺の元にその知らせが届いたのは、袋叩きにされた翌日のことだった。報告してきたのは、分体の一人だ。

 

「早いな……ディーノは?」

『あ、パプニカに向かうようです。こちらに残るのは、裏切者のクロコダインとあちらについたままの分体、そして大魔導士マトリフにマイボと言う冒険者の模様』

『レオナ姫とアバンの使徒の三人がパプニカの応援かぁ』

 

 どちらも見捨てられずこの別れ方になったんだろうが、俺を相手にするにしてもバランを相手にするにしてもダイ達三人にレオナ姫では厳しいと言わざるを得ない。

 

『他にも分体が居てパプニカで合流すると見るべきかな』

 

 クロコダインのような耐久力はないが、それなら戦力的に不足とまでは言えない。

 

『ともあれ、テランの方はおれが引き受けるから、ダイ達はよろしくね』

「言われるまでもない」

 

 ダイ達を追い込まねばならないという状況ゆえにか、そっけなく俺の言葉に応じたバランはそのまま去っていったのだった。

 




パプニカでは圧倒的強さを誇っておいて戻って来たらボコボコにされるというね、うん。

次回、二十一話「残り物とは呼ばせない」に続くメラ。


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二十一話「残り物とは呼ばせない」

『さてと……モシャス」

 

 去っていったばかりのバランの姿に俺はモシャスの呪文で変身すると衣の魔杖を脱ぎ、ブーケの様な形状へと戻す。

 

「最初にあのマイボって人をどうにかしないとだしな」

 

 おびき出すなら、バランの格好が一番であり。

 

『モシャス』

 

 炎の闘気をメラゴーストの形に分離変身させれば外見上バランと見分けはつかなくなる。

 

「あとは残ってる連中をどうやって引き離すかだけど――」

『そこは』

『任せておいてくれ』

 

 俺の独言に応じたのは昨日俺をボコボコにした分体達だ。

 

『現状ヒュンケルが捕まってることはあちらは知らないんだろう? それなら、ヒュンケルに化ければいい』

「なるほど」

『そもそもヒュンケルも元魔王軍。バランとは面識がある訳だしな。バランの目撃情報をねつ造して案内するという名目で連れ出した上で、魔軍司令さまがその格好をチラ見せすればいい』

 

 それだけのことだと分体は続け。

 

「口先だけじゃなく実際に当人まで姿を見せれば信じるってことか」

 

 穴らしい穴もなさそうだったので、俺はその分体の案を採用し。

 

『モシャス』

 

 呪文を唱えた分体の一人が、ヒュンケルそっくりの姿に変わり。

 

『トゥース様、その杖をこちらに。俺が適当な人物に化けてそれを纏おう』

「なる程。それじゃよろしく」

 

 バランが魔軍司令の装備を持っていては確かに不自然だと思った俺はもう一人の分体へ手にしていた杖を預け。

 

『モシャス』

「ちょ」

 

 杖を受け取った分体が変身した姿を見た俺は思わず顔を引きつらせたのだった。

 

◇◆◇

 

「さ、まずは同胞のお手並み拝見と行きましょ」

 

 衣の魔杖を身にまとったそいつは微妙そうな表情の俺に俺が使っていたオネエ口調でそう言うと、様子を見守るよう促した。モシャスの効果時間にも限りはある、故に姿を変じたならさっさと動く必要があるのもわかってはいた。

 

「ダイ達とおれたちのこれまでだけど――」

 

 袋叩きにされた前後で、分体たちにはこれまでの経緯についてはそう前置きして説明してある。いや、説明しなければ力づくで吐き出させられただろうが。ともあれ、バランがダイ達と二度戦ったこと、二度目は俺も一緒に居てマトリフを引っぺがすため途中で別行動になったこと、マイボと言う以前俺が重傷を負わせたバランを助け今もバランを説得すべく行方を探しているバランの恩人で原作にいなかったイレギュラーが存在してることなど、色々話はした。

 

「……まぁ、そうだよね」

 

 もう変身呪文でヒュンケルに扮した分体は動き始めているのだ。レムオルで透明になったまま様子を見守る以外の選択肢などなく。

 

「そろそろ『ヒュンケル』がいつ見つかってもおかしくないところまでテランに近づくわぁん。ここからはおしゃべり中止よぉん」

 

 透明のまま、俺は分体の言葉に頷くと様子を見守り。テランへ向けて歩んでいた分体の前にやがて特徴的なフォルムの頭部をした人影が現れる。

 

「ヒュンケル、ヒュンケルじゃねえか」

「お前は」

 

 どたまかなづちを被った男の名はマイボ。テランの入り口にこのオッサンが立っていたのは見張りかそれともバランの再訪を予期して待ち構えていたのか。明らかに人外であるクロコダインや老齢のマトリフを外に立たせるのは問題があると考えれば、このオッサンが外に居るのは理に適っているとは思うが、マイボがこれ程親し気にヒュンケルの名を呼ぶことが俺には想定外であり。

 

「カールの様子を見に行くって言ってたもんな。何かあったから戻ってきたんだろ?」

「あ、ああ」

 

 俺の記憶にないからこそ、分体も二人の関係がわからず、どうしても反応は後手に回る形で探らざるを得ない。穴がないとあの時思っていたが、ヒュンケルに化けて接触するという策はいきなり雲行きが怪しくなり始め。

 

「それで、おまえは何者だ?」

「は?」

 

 親し気な雰囲気のままマイボの投げた問いに、ヒュンケルに化けた分体は固まった。

 

「ドラゴンキラーを持ってないくせにそのことについて一切触れねぇ。その一点が不自然すぎるんだよな。本物のヒュンケルなら、そこにまったく触れねぇってのがまずありえねぇ」

「っ」

 

 マイボの続けた指摘で俺は偽ヒュンケルな分体とシンクロするように顔を歪める。しくじった、ヒュンケルが何故かドラゴンキラーを持っていたことは知っていたが、俺が見たヒュンケルはザボエラの策によって眠る直前。ドラゴンキラーを得た経緯については聞き出せなかったのだ。まさか、そこからニセモノと見破られるなんて想像もしていなかった。

 




次回、二十二話「想定の外」に続くメラ。


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二十二話「想定の外」

「しくじったようだな、ザボエラ」

 

 だが、想定外だったとはいえ全くの手詰まりと言う訳でもない。効果時間の短さ故に透明化呪文が解けたところで、俺はバランの姿のままそう言うと、退くぞと偽ヒュンケルに声をかけ。

 

「なっ」

「はい」

 

 マイボが驚き立ち尽くす一方で、我に返ってどことなく悔し気に応じてこっちに寄ってくるあたり俺がザボエラと呼んだ意図を理解したのだろう。魔王軍でモシャスの使い手と言えば、あの妖魔司教となる。ヒュンケルの偽物がいた件についても、ザボエラがモシャスを使えることをダイ達はバルジ島で部下を身代わりに使った一件で知っているはずなので、この事が後で伝わっても不審には思われない筈だ。

 

「待て、バラン!」

 

 我に返ったマイボがこちらに走ってくるが、同じ失敗を二度する気はない。俺は答えず踵を返すとトベルーラの呪文で空へ舞い上がる。

 

「見失うほど離れず、それでいて追い付かれるほど近くもなく」

 

 目指したのはそんな距離だが、空を飛べないであろうマイボが追っ手ならば、作り出し維持するのは難しくない。後はこちらに気をとられてる間に偽ヒュンケルが離脱してくれればそれでよかった。適当なところまでおびき出して催眠呪文で眠らせ、ロープか何かで縛るなどした上であのオッサンを最初に見た漁村に瞬間移動呪文で置いて来れば、馬でも借りて一直線にこっちに来ない限り数日は時間が稼げる。マトリフが瞬間移動呪文で迎えに行ったりしたなら話は別だが、それでもマイボの連れ去られた先を知っていなければ行方を探して回る必要があり時間稼ぎにはなる筈だ。

 

「……もういいか」

 

 ある程度テランからは引き離せた、そう判断したところで俺はUターンしながら急加速し。

 

「っ、バラ」

「ラリホーマ!」

 

 着地と同時に催眠呪文をマイボへかける。

 

「うっ」

 

 それだけでどたまかなづちを被ったオッサンは地に膝をつき。

 

「これでいい……あ」

 

 後はこのオッサンを運ぶだけだと思ってから、ふと気づく。マイボと出会った漁村の位置を知ってるのは、当人を除くと俺とバランくらいの筈だ。

 

「またあの漁村に行かなきゃいけないのか」

 

 運び手はモシャスした分体に任せるとしても、それはテランから目を離さないといけないということであり。

 

「マトリフがパプニカに行くとは思えないけど」

 

 万が一を考えテランの見張りと押さえに戦力を残すとするなら、分体一人では荷が重い。

 

「出来るだけ早く戻ってこないとな」

 

 瞬間移動呪文なら移動に時間はかからない筈だが、先ほど想定外の事態で策が失敗したばかりなのだ。慎重すぎるくらい慎重になったって罰は当たらないと思う。周囲を見回し、よさそうな植物の蔓を見つけたのでそれを用いてマイボを縛り。

 

「よし、こいつは任せる。おれは――」

 

 後は炎の闘気が俺に戻ったときのことを鑑み、分体に縛ったマイボを持たせてルーラで移動しようと空を仰いだ時だった。

 

「げっ」

 

 視界に入ってきたのは、鳥の魔物に両肩を掴まれて飛ぶピンクのワニさんこと獣王クロコダインの姿で。

 

「マイボがいないことに気付いたのかしらぁん」

「バランが来るかもしれないと考えてのパトロールの可能性もあるけど」

 

 どちらにしても軽々しく呪文で飛び立てなくなった。俺はそう思ったのだが。

 

「こんな時こそ偽ヒュンケルの出番じゃないかしらぁん?」

「あ」

 

 オネエ口調な分体の発言に俺は声を上げていた。

 

「そうか、マイボにはばれたけどそれだけだから――」

 

 先の失敗を生かしてもう一度ヒュンケルのふりをしてクロコダインの目を誤魔化すという訳か。

 

「ドラゴンキラーは途中であった分体にでも預けてきたことにしましょ。それならある意味嘘じゃないわぁん」

「あー、預けてきたというか、一つになったというか」

「それで、まず相手も知ってるものとして話して、クロコダインが知らなかったら『マイボから聞いていなかったのか』とでも言えばいいわ」

「むぅ」

 

 ともあれ、マイボに指摘されたこちらの知りえなかった情報まで組み込むとはと俺は感心する。

 

「そう言う訳だから、偽ヒュンケルちゃんはクロコダインのことに今気づいたふりをして呼びかけてちょうだい。クロコダインの気がそれれば瞬間移動呪文で離脱するタイミングも生じるはずよ」

「その間におれたちは離脱する、と」

 

 さっきはどうなることかと思ったが、今度こそうまく行きそうな気がして。

 

「念の為にこっちはレムオルで隠れるわよ」

「あ、うん」

 

 透明化呪文まで使おうという念の入れようにも感心しつつ俺は頷いたのだった。

 




次回、二十三話「テイク2」に続くメラ。


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二十三話「テイク2」

ちょっと、寝落ちしそうなので、短めです。


「クロコダイン!」

 

 俺達の視界の中で空を見上げ手を振ったヒュンケルが叫ぶ。上手く気を引いてくれることを祈りつつ俺達はその光景を見守り。

 

「ヒュンケル、戻ってきたのか」

 

 これに気づいた獣王が鳥の魔物に肩を掴まれたまま下降してくる。俺達が待つのは、クロコダインが地に降り、鳥の魔物が離れたタイミングだ。すぐに飛び立てなければ、こちらに気づき慌てて追いかけようとしたとしても、追い付くどころか空に上がってきた時にはこちらの姿は飛び去ってない筈。

 

「ああ。ところで、あいつの分体がこちらに来なかったか?」

「分体?」

「そうだ。偶然出会ってな。オレには他にも気になることがあってドラゴンキラーを託して先に戻るよう言ったんだが――」

 

 偽ヒュンケルの問いへ着地した本物ダインがオウム返しに聞き返し、頷いた偽ヒュンケルがそんなことを言う。アドリブが効き過ぎではと思わないでもなかったが、頃合いかとも思った。

 

「オレの方が先につく……途中で何かあったか? クロコダイン、オレは来た道を引き返してみる。ダイ達には」

 

 だから、偽ヒュンケルの言葉を聞けたのは途中までだったが、なる程そう言う名目で離脱するつもりなのかと感心し。

 

「ルーラ」

 

 獣王が偽物のヒュンケルとの会話に気をとられている間に、俺達は瞬間移動呪文でその場を去る。

 

「……危なかった、まさかあんなタイミングでクロコダインが飛んでくるなんて」

 

 いずれにしてももう過去形ではあるが。景色は飛ぶように流れ、海が見え始めて、やがてたどり着いたのはあの漁村。

 

「その内誰かが気づきそうな場所に転がしておこう」

「そうねぇん」

 

 出来れば起こされるか起きるかしてテランに戻ってくるとしてもそれまでにある程度時間を稼いでおきたい。そんな打算からすぐ村人の目につくところにはマイボを置けず。

 

「じゃあ、ここで」

 

 俺達が選んだのは、一日に何度かは足を運ぶであろう薪置き場だった。ちょうど薪の束を枕にする形でマイボを横たわらせ。

 

「これでよし、っと。後はテランに一度戻るかな」

 

 テランの面々にバランの姿を目撃させることは叶わなかったが、マイボはテランから姿を消し、偽ヒュンケルの虚言をクロコダインが持ち帰ればテランに残留した面々を混乱させることもできるかもしれないが、それでも偽ヒュンケルは回収せざるを得ない。マイボに見破られた件もある、バレてクロコダインと戦闘になっていることだってあるかもしれない訳だし。

 

「パプニカも気にはなるんだけどね」

 

 再戦を約束もしているので、バルジ島の塔には足を運ばねばならないが、そちらは偽ヒュンケルを回収してからでも遅くはない。

 

「偽ヒュンケルの方、見破られてマトリフまで参戦したら詰むからなぁ」

 

 クロコダインには自身を運ばせた鳥の魔物が居る。助けを呼びに行く人員は居るのだ。

 

「あ、ヒュンケルの話を真に受けてマトリフを呼びに行かせるってパターンもありうるか」

 

 となるとやはり偽ヒュンケルと合流しないと拙い。

 

◇◆◇

 

「……そう思ってたんだけど」

 

 戻ってきた俺達が見せられたのは、クロコダインに連れられる形でテランの方へ向かう偽ヒュンケルの背中だった。

 

「たぶん、『おまえの口から見聞きしたことを話していってくれ』とか言われたんじゃなぁい? それで立ち去るタイミングを見失った、とか」

「あー。つまり、あれをどうにかするにはおれが姿を見せて報告しに行く流れを止めなきゃダメか」

 

 その上で二人を撒いて、偽ヒュンケルは俺を追いかける名目でそのままフェードアウトする流れだ。

 

「けどそれって、大魔導士が現れるかもしれない……よね?」

「そこはまぁ、気づかれない方にかけましょ。ぐずぐずしてあっちがテランに到着しちゃうと更に不味いことになるわぁん」

「はぁ」

 

 オネエ口調の分体の言うことも一理あって、嘆息した俺は透明化呪文が切れたのを確認し、わざと足音をさせつつ歩き出す。

 

「っ、バラン?!」

「なにッ?!」

 

 最初に気付いたのは偽ヒュンケルな分体の方だった。その声でクロコダインも振り返り。

 

「ヒュンケル、それにクロコダインか……」

 

 バランの口調を思い出しつつ、俺は口を開いた。

 




次回、二十四話「獣王」に続くメラ。


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二十四話「獣王」

「ディーノやあの魔法使いの小僧はどうした?」

 

 俺が発した問はバランならばまずしたであろうと思われるモノ。もっともポップに関しては当人に申し訳ないが、ついで程度のものだったが。

 

「……さてな」

「ふむ」

 

 クロコダインはこれにとぼけて見せた。あちらの立場としては、それしかなかったのであろう。テランに居ると嘘をついたところでそれならここに駆けつけてこないことでこちらは疑いを持ったであろうし、本当のことを口にしたなら、バランが自分たちを無視してパプニカに向かいかねないとも思っていただろうから。

 

「白を切ると言うなら、それでもいい。貴様らの思惑など私にはどうでもよいことでもあるしな」

「なに?」

「貴様らでは私をどうこうすることなど出来ん。そして私としても貴様らをここで倒すことなど容易いが、そんなことよりもディーノのことの方がはるかに重要だ」

 

 実際は偽ヒュンケルが味方であるからここで戦闘は拙いと言うだけだが、本物のバランであってもこの場面ならまず間違いなくダイのことを優先する筈。だからこそここで去ろうとしても不思議はなく。俺は踵を返し。

 

「待て、バラン!!」

「スカラ」

 

 呼び止めようとするクロコダインの声に被せ、あちらには聞き取れない程度の声で防御力上昇呪文を唱える。ヒュンケルに化けた分体なら、俺の言動でここが離脱に都合の良いタイミングだと察してくれるだろうが、声以外でクロコダインが俺を止めようとする可能性は否めない。

 

「待たんか! くっ」

 

 敢えてトベルーラで飛び立つことはせず、歩み去ろうとすれば偽ヒュンケルの足音がこちらを追いかけてきて。

 

「クロコダイン、すまんがオレはバランを追う。おまえはこのことをダイ達に――」

 

 冷静になって考えれば、空を飛べないヒュンケルが俺を追うのはおかしいことにクロコダインだって気づけただろう。だが、悠長に考える時間も与えられていないこの状況下、味方だと思っている相手の言葉をすぐ疑うということが獣王にできる筈もなかったらしく。

 

「わかった。おまえも無理はするな」

 

 偽ヒュンケルの言葉に頷いたクロコダインの肩を鳥の魔物が掴む。マトリフを呼びに行てから戻ってくるか、バランがダイの元に向かうことを懸念しパプニカへ向かうか、獣王がこのあとどちらをとるかはわからないが、採る行動があるとすればおそらくそのどちらかの筈で。

 

「ああ。待て、バラン!」

 

 小さく応じた偽ヒュンケルの声はそのまま俺を追ってくる。しかし、うまく行って本当に良かったと思う。そう密かに胸をなで下ろそうとした直後のこと。後方のことを微かに気にしたのは、ホンの偶然。だが、それが幸いした。

 

「っ、横に飛べ!」

 

 振り返った俺が叫べば、反射的にだろうが偽ヒュンケルはこれに従い、咄嗟に身を守った俺を闘気の渦が襲った。

 

「獣王痛恨撃、、か」

 

 幸いにもモシャスが解けるようなダメージとはならず、闘気の渦が消え去った向こうには、片手を突き出したクロコダインの姿があり。

 

「ばか、な……」

 

 分体からすれば信じられないことだろう。自身ごとクロコダインが俺を攻撃したというのだから。

 

「上手く騙したつもりだったろうが、生憎オレは人間より鼻がいい」

「っ、なるほどな……」

 

 そう言えばワニは嗅覚の方もかなり良いと聞いたことがある。

 

「ヒュンケルの従えていた不死族には、動く腐乱死体のような魔物も存在した……」

 

 そんな腐臭漂う魔物との付き合いが長ければ、当人が清潔を保っていようが、クロコダインの鼻が誤魔化せない程度に臭いが移っていたということだろう。原作ではバルジ島でザボエラに化けたザボエラの部下を本人だと思って斧を投げる描写があった気がするが、あちらは同じ軍団上司と部下だ。同じようにヒュンケルの部下であるBの誰かがヒュンケルに化けていたなら誤魔化しおおせていた可能性もあるが。

 

「……いつ気が付いた?」

「気づいたのは、おまえが現れる少し前だ」

「そうか」

 

 マイボから得たこちらが本来知りえない情報を口にして本人に成り済ますというのは、それなりに良いところまでは行っていたのだろう。獣王の嗅覚に引っ掛かるということさえなければ、あのまま騙しおおせていたはずだ。

 

「止むを得ん。獣王は私が相手をする。おまえは先に行け」

 

 ヒュンケルに化けた分体ならばクロコダインと戦ってもいい勝負どころか、勝つことも可能かもしれないが、戦いの中でモシャスが解けてメラゴーストになってしまっては拙い。だからこそ俺は偽ヒュンケルにそう指示を出すと身構えた。

 




次回、番外49「パプニカでの再会(ポップ視点)」に続くメラ。


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番外49「パプニカでの再会(ポップ視点)」

「師匠にゃかなわねえよな、本当に」

 

 おれはそう呟きテランのある方角へと視線を向けた。そう、あれは二日ほど前のこと。

 

◇◆◇

 

「あのトゥースって奴がパプニカに現れただあ?!」

 

 テランにいたおれ達にパプニカから届いたのはロクでもねえ知らせだった。あの新しい魔軍司令って奴がパプニカへ姿を見せたってんだ。

 

「そんな……」

 

 知らせを受けた姫さんの表情が強張るが無理もねぇ。あの無茶苦茶強かったバランを部下にして、挨拶代わりに極大呪文をぶっ放すような奴がパプニカに出現したとなりゃ、言いたくはねぇがとんでもねえ被害が出てるはずだ。

 

「それで、パプニカは?」

 

 どれだけの被害が出たとまでは言わず、ダイが切り出せば、返ってきたのは意外な事実。

 

「殆ど被害が出なかっただって?!」

「ああ。新魔軍司令と言うやつはこう言ったんだ『せっかく復興したのにここを戦場にってのは嫌なんじゃなあい?』と」

 

 その上で、あいつは言ったらしい。練武場でこっちの攻撃を一方的に受けると。

 

「何だそりゃ?」

「そうして自分が無傷なら、否が応でも力の差を思い知るだろうと……実際、やつはただこちらの攻撃や呪文を受け続け、こちらは傷一つ負わせることができなかった……その上っ、『降参なら降参でいいわよ? 今日は挨拶だけのつもりだったからこのまま帰るし』と」

「はあ?!」

 

 実際、あのトゥースって野郎はその後何もせずに帰ったらしく、被害らしい被害はそいつが空に向けて放った極大呪文に驚いて転んだ住民がいただとかその程度だったらしいが。

 

「その気になりゃいつでも潰せるってことかよ」

 

 極大呪文が放てて、パプニカの騎士の剣もあの三賢者の呪文も効かないとなりゃ、どうしようもない。にも関わらず、あの魔軍司令は言ったらしい。助っ人にダイ達を連れて来てもいいと。

 

「完全にこっちを舐めきってやがる」

 

 遊んでるのが解かる言動におれは思わず拳を握りしめる、が。

 

「ポップ……」

「魔法使い君、そうは言うけど、そのトゥースって相手、呪文が一切効かない衣を身に纏ってて、その上ダイ君やクロコダインの技を受けても無傷だったのよ」

「なっ?!」

 

 姫さんの言葉に驚きの声が上がった。

 

「そっか、知らせには来たけどこっちの情報は知らないんだよな」

 

 もっとも知ったとすれば更に絶望するだけの情報だろうが。

 

◇◆◇

 

「……それであのトゥースって奴がパプニカに行ったと」

 

 ここテランにバランがまた来るかもしれねえが、パプニカもこのまま放っとく訳にもいかねえ。かと言って打開策も見いだせなかったおれは師匠に助言を求め。唸る師匠へ問うた、どうすればいいんだよと。

 

「おれだって色々考えた、考えたけどよ……どうすればいいのかわかんねえ」

 

 あのトゥースって奴がパプニカに居るなら、あいつとバランが揃ってテランに現れる可能性は低くなる。二人揃っちまったら勝ち目が薄いとなりゃ、パプニカを放っておいてまずバランを倒すべきなのか。

 

「助っ人を頼んで構わないってのは、ダイやおれたちをパプニカに向かわせたがってるようにも聞こえる」

「実際そうなんだろうよ」

「師匠?」

 

 何故そんなことを言うのかもわからねえおれは師匠の言葉に振り向いて。

 

「あのマイボってヤツから話を聞いた。と言うよりもあいつが勝手にしゃべったんだがな。あいつはバランの命の恩人らしい」

「は?」

 

 その口から飛び出してきた話に耳を疑った。

 

「あのおっさんがバランの命の恩人?!」

 

 とんでもない話が飛び出してきたモンだが、師匠が言うところ、おれ達をパプニカに向かわせたがってる理由はまさにそこにあると言う。

 

「バランは来ねえよ。その命の恩人が居りゃ巻き込みかねねぇ戦いは出来ねぇからな。だから、あいつとおまえらを分ける必要があった。パプニカの助っ人におまえらは行くだろうが、バランがまたここに来るかもしれねえってなったらあのマイボってやつはここに残るだろ?」

「じゃ、じゃあここに残るのが正解なのかよ?」

「その時はパプニカが襲われるだろうさ。今度は何もしないなんてことはナシでな」

「っ」

 

 つまりパプニカに向かうしかねえというこったろう。

 

「ただし、その場合あちらにとって一番されたくないのは、あのマイボがパプニカへ一緒についてゆくことだ。そこで思いついたんだが――」

 

 ニヤリと笑う師匠にどことなく嫌な予感を感じつつもおれは話を聞き。

 

◇◆◇

 

「さてと、まだ時間にゃ早ええか」

 

 視線をテランの方角から前に戻したおれ達が今いるのは、あの魔軍司令に指定した再戦の場所。派手な戦いになることを想定して先の不死騎団との戦いで荒れ地となった開けた場所が戦場に決められ。

 

「っ、き……た?」

 

 不意に聞こえた着地音にそちらを見れば、立っていたのは魔軍司令ではなく、あのバランだった。

 




次回、最終話「死闘」に続くメラ。


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最終話「死闘」

「行くぞ」

 

 俺がそう告げただけでクロコダインが身構える。原作でもバランと戦えば死ぬと自分で言っていた男だ。だからこそ妙だなとも思ったが、戦闘不能にすれば俺も離脱してパプニカへ赴ける。竜闘気を用いて身体を強化、わずかに前へ傾ぐと地面を蹴って右斜め前方へ飛ぶ。

 

「さっさと終わらせてもらうっ」

「がっ」

 

 無駄にタフなのが獣王の厄介なところだが、身体は大きく、攻撃をするなら当てやすい。腹を蹴りつけて吹っ飛ばすと、額の紋章に竜闘気を収束させ。

 

「紋章閃ッ」

「ぐおっ」

 

 放った閃光に効き腕を貫かれたクロコダインの手から斧が零れ落ちる。

 

「あまり派手なことはできんからな」

 

 最初は蹴り飛ばしたところでギガデインを放とうかとも思ったが、テランにはまだ大魔導士が居る。ここで雷でも落とそうものならすっ飛んできたって俺は驚かない。故にまず腕を潰した。

 

「これで、終わりだ」

 

 殺すつもりもないし、やりすぎてもまずい。

 

「うぶっ、がっ、ぐあっ」

 

 故に俺が選んだのは闘気で強化した拳を使った乱打からの。

 

「ラリホーマ!」

 

 フィニッシュの一撃と見せかけた催眠呪文。

 

「な……に」

 

 まさかバランがこんなセコい手を使うとは思わなかったのだろう。一瞬目を見張るも、すぐに瞼を閉じ、崩れ落ちる。寝ているかを確認する為、尻尾を握ってみるが反応はなく。

 

「眠ったようだな……死闘を覚悟していたのであろうが、あいにく私にそれへ付き合う義理はない」

 

 パプニカでやり合っているであろうバランとダイ達のことが気にかかる今、クロコダインには悪いがこれ以上ここで時間を浪費するつもりはなく。

 

「しかし、何故獣王は……」

 

 ただ一つ、明らかに勝ち目もなく足止めにもならないようなこの状況、クロコダインが応戦しようとした理由がひっかかり。

 

「っ! そうか、ルーラッ!」

 

 その理由に思い至った時、俺は反射的に瞬間移動呪文を唱えていた。遠ざかる地面と高くなる視線。テランの方角を見れば、小さな点がこちらへ向かってくる所であり。

 

「やっぱりか……」

 

 おそらくあの点は大魔導士だと俺は見た。獣王が俺を引きつけて粘る間に大魔導士が最強の攻撃呪文の用意をし、不意打ちで放つ。

 

「勇者一行がやるにはちょっと卑怯な作戦だけど、それなら、二人いればバランは倒せる。ただ」

 

 その策をとるというのは、テランに現れるのがバランだけでないと成立しない作戦でもある。

 

「おれがパプニカに現れたから、消去法でバランがこっちに来ると思ったとか?」

 

 どうしてそんな策を立てたかはわからないままだが。

 

「あ」

 

 疑問が残ったままパプニカへ向かって飛ぶ俺は、何気なく右手を見て思わず声を漏らした。そこにあったのはピンクの尻尾。

 

「クロコダイン……持ってきちゃった」

 

 原作の流れに近づけるなら、クロコダインがダイ達の元に居た方が都合がいいのだが、あちらにはパプニカの三賢者やパプニカ軍が参戦してる可能性

 

もある。

 

「……仕方ない。向こうについたら、クロコダインは縛って適当なところに置いておこう」

 

 パプニカの状況がはっきりわからない今、向こうについたらさっさと介入しないといけない状況になっていた、なんてことも、考えられる。

 

「とりあえずレムオルで姿を消して……ん?」

 

 着地した後のことを考え、そしてなんとなく何かを忘れてる気がして。

 

「あ゛」

 

 何を忘れていたか思い出した俺の顔は引きつっていた。

 

「杖持たせた分体、置いてきちゃってる……」

 

 炎の闘気は俺に引っ張られてルーラで一緒に飛んでいるが、正体を隠すためのアイテムがさっきの場所に分体と共に残ったまんまだ。

 

「あああっ」

 

 色々ありすぎたが故に連続でポカをやった俺は空で頭を抱え。

 

「レムオル。仕方ない、ここまで来ちゃった以上、残してきたもののことは後で考え――」

 

 考えようと気をとりなおそうとしたところで、俺は見た。かなり離れた場所に雷が落ちるのを。

 

「電撃呪文?! ダイ? それともバランの呪文?!」

 

 どうやらパプニカの戦闘は既に始まっているらしい。見たところ戦場は先日訪問した港町ではない様だったが、いかんせん遠すぎて状況を把握するのは難しく。

 

「っと、それはそれとして……」

 

 着地した俺は獣王の居るであろう場所を一瞥する。流石にこのまま放置していった場合、透明化呪文が切れたクロコダインが見つかって騒ぎになる可能性がある。パプニカとだけ考えて呪文で飛んだ俺が到着したのは、前に来たときと同じ町のすぐ外だったのだ。

 

「仕方ないか」

 

 フレイザード戦で面識のある者も居るだろうが、そうでない町民とかに見つかったら騒ぎになるし、捕縛に使うための縄なり何なりを用意するような時間もない。

 

「ルーラ」

 

 幸いにも雷の落ちた方向は見えていたし、視線が通ってればそこに瞬間移動呪文で飛ぶことは可能だ。出来るだけ雷の落ちたのに近い場所の風景を思い出しながら俺は眠る獣王と共に再び飛ぶのだった。

 




次回、エピローグ「ある意味作外」に続く、メラ?

尚、募集してた新キャラの名前についてのアンケートを開始しました。
登場までお話が進んだ時点で最も得票数の高かった名前で登場することになります。
(同得票数複数の場合はこちらでその中から決めますが)


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エピローグ「ある意味作外」

演出の都合上、今話は半分程度と短いです。
ご理解下さい。


 

 それはある日、魔法力回復の為にメラゴーストが眠りについた後のことだった。

 

◇◆◇

 

「キーッヒッヒッヒ、たのもしき魔軍司令よ。わが妖魔教会にどんなご用じゃな?」

 

 どことなく妖しく邪悪な印象を抱く暗い紫の色調の壁を背に尋ねてきたのは、妖魔司教ザボエラであった。その頭上にはステンドグラスがあり、左右の壁にある燭台には青白い炎を揺らすロウソクが刺さっている。

 

▷おいのりをする

恋愛相談する

蘇生液につけていきかえらせる

超魔生物になる

どくの投与

やめる

 

「妖魔教会ってなんだよ!」

 

 そう素でツッコミを入れるよりも早く、視界の上部に浮かび上がった四角い窓に複数の選択肢が並び、魔軍司令と呼ばれたメラゴーストの意思とは関係なく、一番上の項目が選択される。

 

「では魔界の神バーンさまの前に、これまでのおこないを告白して下され。そして大冒険の書に記録いたしますがよろしいかな?」

「えっ」

 

 思わず声が出て、待ってと喉元まで声が出かけるが、四角い窓の下に生まれた小窓にある「はい」が勝手に選択され。

 

「キヒッ、ではどの大冒険の書に記録なされますかな?」

「ええと、なにこれ?」

 

 困惑して声が出るも、ザボエラはとり合わず、再び生まれた四角にはこう書かれていた。

 

▷大冒険の書1:メラゴーストlv58

大冒険の書2:りざーどまんlv1

大冒険の書3:ヘ イ ル lv99

 

「うん、いろいろ待とうか」

 

 ツッコミどころしかないとメラゴーストは思った。というか、2と3は誰の冒険の書だよ、とも。

 

「と言うか、三つめレベルカンストしてんじゃん、クリアデータ?」

 

 だが、非情にもメラゴーストの意思とは関係なく、ツッコミはスルーされて大冒険の書1が選択され。

 

「そうするとメラゴーストlv58の記録に上書きすることになるんじゃが、それでもよろしいかな?」

「ダメって言っても勝手に進むんでしょ?」

 

 もう知ってるとでも言わんがばかりの態度のメラゴーストをスルーして、パイプオルガンの音が鳴り響き。

 

「たしかに記録しましたぞ。まだ大冒険を続けられるおつもりか?」

「うん。と言うかこれ、他の選択肢あるの?」

「では、お気をつけて」

「へ?」

 

 はずみで頷けば、唐突にメラゴーストの足元の床が消失し、間の抜けた声を残しメラゴーストは足元の穴に吸い込まれた。それがメラゴーストからすると最後の記憶であり。

 

◇◆◇

 

「……何だったんだろ、あれ」

 

 翌日目を覚ましたメラゴーストはおぼろげに残るツッコミどころしかない夢にそう漏らしたのだった。

 




さて、唐突にゲームのセーブ風のナニカをぶっこんだわけですが、これには理由があります。

実はパプニカでのバラン戦の結果でこのお話は分岐しまして、プロット上で結末は3パターン考えて居るのです。

つまり、ここが分岐点。次回からはこの分岐の一つを辿ってゆくこととなりますので、こんな感じにしてみました。

尚、ルートはそれぞれ、「Lルート」「Nルート」「Cルート」となり、現在のところCルートに進む予定でおります。

え、理由ですか? Lルートはロモス武闘大会に進むので、参照元の原作が手元にないのですよ。


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各ルート共通
プロローグ「激闘のあと」


「ちょ」

 

 思わず声が出そうになったのもきっと無理はないと思う。たどり着いたのは、俺が思った以上に激しい戦いの後だったようなのだから。ところどころ焦げたあのアポロと言う名の賢者が横たわり、同じパプニカの女性賢者から手当てを受けていて、少し離れた場所では倒れたダイがこちらもレオナに呪文で手当てされている様子が見える。そちらを気にした様子で傷だらけのポップがもしゃもしゃと薬草を食べており。

 

「とりあえず死者は出てない、よな」

 

 口に出して確認したくなる程残されたダイ達の状態は酷く。パプニカの人間の側に居るのはよろしくないと思ったのか、少し離れた場所で四人ほどの俺の分体が固まっているのも見える。

 

「え」

 

 そう、四人。俺の記憶ではあんな人数の分体がダイ達についてきている記憶はないのだが。そもそもパプニカに向かったのは、レオナ姫とアバンの使徒の三人と俺は記憶している。

 

「分体なん……あ゛」

 

 分体なんてどこに居たんだと考えてから、俺は気づいた。アバンの使徒が三人、居るはずのないマァムまで含まれていたことに。つまり、マァムにモシャスしてパプニカについてきた分体を現地で分裂させ、ダイ達は戦力を確保したのだろう。その結果、絶望的と思われたダイ達側にも勝ち目が見えてきて、今に至っていると。

 

「ルーラ」

 

 現場の確認をした俺は透明化呪文が解けない内にいったん瞬間移動呪文でその場を離脱する。完全な状況を把握したという訳ではないものの、場にバランの姿がないことは確認できていたので、バランは戦場を離脱したのだろう。残っていたのは、亀のような甲羅を持つドラゴンであるガメゴンと空を飛ぶ東洋風のドラゴンであるスカイドラゴンの死体、そして白目をむいてピクリとも動かなかった鳥頭の獣人が一人だけだ。

 

「バランも配下最強の竜使い達を呼んだのか」

 

 内一人は既に死んでいたようだし、竜使い達が騎乗する竜も二体は死体になっていたが、残る二人の竜使いが居なかったところを鑑みるにバランと共に離脱したと考えるべきだろう。バラン側が失ったのは、乗騎二体と配下である竜騎衆一人。対してダイ達側の被害は見たところ三賢者の筆頭がすぐに戦線復帰するのは厳しいダメージを負い、ポップもかなりのダメージを、ダイもレオナが手当てをしていたのだからそれなりのダメージは受けていると見ていい筈だが。

 

「ダイが倒れた、か」

 

 あれが単なるダメージを受けてのモノだったのか、俺がそそのかしたことでバランがダイの記憶を奪った結果だったかは最後まで確認できなかった俺にはわからないが。

 

「うーん」

 

 記憶を奪われる前にバラン配下の竜騎衆と戦って一人を打ち倒していること、味方には俺の分体が複数とパプニカの三賢者が居るもののクロコダインとヒュンケルがいないことと、原作で本格的にバランとぶつかったときと比べると、状況はかなり違っている。正直、ここからどう転ぶかは想像もできず、そう言う意味でも俺はいつでも介入できるようにしておかないといけないだろう。

 

「……となってくると」

 

 問題はルーラの移動に巻き込んでつい連れて来てしまったピンクのワニさんこと獣王クロコダイン、か。ダイ側へ死者が出ないようにするならここで開放してあちらに加わってもらうべきかもしれなくはあるのだが、魔王軍に所属してる俺がやっていいことではない。せめてどこかに監禁して自力で抜け出しあちらに合流した、とかいうことにしておかないとこっちも困るのだが。

 

「はぁ」

 

 嘆息した俺は透明化呪文を再び使う。流石にクロコダインをこのままにはできないので、町に侵入し、捕縛用のロープを失敬してくるためだ。出来ればそのついでに治療や補給の為戻ってくるであろうダイ達の様子も確認はしておきたいところだが、透明化呪文の効果はそこまで続くほど長くないし、何かの拍子に獣王が目を覚ますことだってありうる。

 

「さて」

 

 などと呟いたりもしない。時間をかけられないこともあるが、何より透明化しているとはいえ町への潜入だ。俺は無言のままに町に入ると、最寄りの道具屋か雑貨屋らしき建物に向かった。入り口近くの民家の方が距離としては近いが、ロープがあるかと言う不安があったのだ。ダイ達が決戦に出向いた後だからか少し騒がしい気もする町の中を俺は目的地に向けて進み、せめて財布を持って来てたらなとズレたことを思う。

 

「ふぅ」

 

 そう一息つけたのは、ロープの束を雑貨屋から盗み出して町の入り口を出た直後。

 

「あ」

 

 見計らったかのようなタイミングで透明化呪文は解け、俺は急いで物陰に身を隠した。

 




・お知らせ
 分岐点を過ぎるところまで書ききれなかったので、次からルートが別れます。すみませぬ。


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一話「ずれまくる歯車」

「……よかった」

 

 確率論からすると目を覚ましてどこかに逃げていることも考えられたのだろうが物陰から見れば獣王は放置した場所でまだ眠ったままだった。とりあえず、クロコダインは近くの木にでも縛りつけて俺自身はモシャスをし直したら再び町に戻ろうと思う。

 

「ダイ達がどうなったかを早急に確認してこないといけないもんな」

 

 なんて口には出さないが、バランがどこに撤退したのかが不明である以上、情報が得られそうなのは、戻ってくる場所が解かっているダイ達側しかない。

 

『『モシャス』』

 

 変身呪文の効果が切れたところで、炎の闘気と共に呪文を唱え、分離変身してから街に入る。目指すは先日お邪魔した城だ。テランで成り済ましに失敗した苦い記憶と本人に鉢合わせする危険を鑑みて、門番のいるところは透明化呪文でやり過ごし、変身相手は街で見回りをしていた騎士や兵士の姿を借りた。会話は最小限、城に入ってからは侍女や使用人の姿もいざとなったら借りられるよう時折観察しつつ進むが、城の中は重苦しい空気が漂っているような気がし、人の声も少なく、まるで通夜の様だった。

 

「ダイ君の様子は……」

 

 そんな中、不意に聞こえた声に俺は耳をそばだてた。ちょうど歩いていた廊下の先にある部屋からだったが、位置はこの際どうでもいい。俺は件の部屋に近づくと壁に耳を当て。

 

「ダメね。あたしの顔もポップ君の顔も忘れちゃったみたい。それに、思い出してもらおうと昔のことを話すと頭が痛いって――」

 

 中から聞こえたおそらくはレオナの声でバランがダイの記憶を消したことを知った。なら、バランが撤退したのは、記憶を消し飛ばすのにかなりの力を消費したからだろう。原作でもそうだった。ただ、原作とは場所も違うし、敵味方の戦力にも違いがある。ダイ達側にはクロコダインがおらず、かわりに三賢者の二人と四人の俺の分体が居て、バラン側は竜騎衆の一人と乗騎二体を欠いている。

 原作ならこの後ポップが一人パーティーを抜けてバランたちの足止めに向かい、殺されかけたところをヒュンケルに助けられるのだが、ヒュンケルはバーンパレスの牢に囚われたままの筈で、クロコダインも抜け出していなければまだ木に縛り付けられたままだろう。加えてダイが記憶喪失で戦力外となると前衛で戦う戦力が居ない。分体がモシャスして代わりを務めることもできなくはないが、分体のモシャスだよりとなるとモシャスを維持できないダメージを負った時点で前衛が崩れ、一気に倒されてしまうという恐れもある。

 

「さて」

 

 もう少し色々知っておきたくはあるが、欲張って潜入がばれては元も子もないと、俺は踵を返す。原作通りポップが単身で足止めに向かうのかも気になるが、原作を知る分体たちがどう動くかも気にはなる。

 

「うん? あ゛」

 

 だが、俺は肝心なことを忘れていた。単身足止めに向かったポップがどうやってバランたちの侵攻ルートを知ったのか。思わず声が漏れたのは、それを思い出したからなのだが。

 

「ああっ、そうだあの魔法使いのばあさんじゃん!」

 

 ポップにそれを知らせたのは、テランに残っているであろう占い師の老婆なのだ。これではポップがいくら捨て身の覚悟をしていても足止めには向かえない。分体が気づき、気を利かせてルーラでテランから連れて来てくれることを期待する、と言うのはさすがに虫が良すぎるであろうし。

 

「バランたちが来ることが解かってれば町の人の避難くらいはさせるだろうけど」

 

 どこから来るかわからなければ待ち構えるより他なく、決戦の場所はおそらくこの城になるだろう。レオナが戦力分散の愚を冒すとも思えないことを鑑みると、完全に城の外に出てしまうよりは城の屋上かどこかに潜んで動きがあるのを待つべきかもしれない。瞬間移動呪文は視界が通れば城の敷地内ならほぼ一瞬でそこにたどり着くことだって難しくない。

 

「あれ?」

 

 となると、ポップも俺と同じ発想に至った場合、屋上で鉢合わせするのではないだろうか。

 

「いや、まぁそれでも……」

 

 隠れて居れば見つからない筈。最悪見つかったとしてもモシャスしてるなら変身先のフリをし、メラゴーストの姿に戻ってたとしても分体のフリをすればいいだけのことだ。正直、獣王の放置については申し訳ない気もするが、いつバランが襲来するかもわからない今、クロコダインのところに戻る訳にもいかず、俺は下りではなく上りの階段へと向かうのだった。

 




次回、二話「バラン襲来」に続くメラ。


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二話「バラン襲来」

「そこは原作通りなんだ」

 

 そんな言葉を透明になったままの俺は呑み込んだ。屋上にたどり着き物陰に隠れておおよそ一日後、人の気配と言うか足音を知覚して、念の為に透明化呪文を使ったのだが、透明になりつつ足音の主を確認したところ、そこに居たのは片方の頬が赤いポップだった。原作の様にわざと嫌われる言動でもしてレオナに叩かれたのだろう。

 

「……そういや昔、マァムにもぶんなぐられてきらわれちまったことがあったっけな……」

 

 だけどよと続けたポップが視線を向けるのは、昨日戦場になった場所。俺も全てが終わってからたどり着いて密かに様子を見ていたあそこだ。

 

「今度は、あの時とは違うぜ!」

 

 自分に言い聞かせるようでもある独言を聞いていたのは、たぶん俺だけだろう。

 

「……とは言っても、バランがいつどこからやってくるかが全くわからねえんだよな」

 

 ただガシガシ頭をかきつつ続けた言葉でそのシリアス成分は何割か飛んでいってしまった気がする。

 

「消耗して去ってったってんなら、その日のうちに来るたあ思えねえけどよ……これでバランが今日来なかったら」

 

 早まったかと後悔し始めるくだりを俺は見なかったことにして空を仰ぎ。

 

「ん? 城の入り口の方が騒がしいような……」

 

 だからこそ、気づくのがポップより遅れた。ポップの言につられて城の正面を見れば、そこに居たのは元気に二本足で現れたピンクのワニ獣人の姿。

 

「おっ、おっさんじゃねえか!」

 

 何でこんな所にとポップは驚いたのだろうが、俺はあっちゃあと自分の顔を手で覆いたくなった。そりゃ、ロープで縛っただけなら一日もあれば獣王も抜け出すか。バランと戦うに当たって、不足した前衛が現れたという意味合いからすると、勇者一行からすれば喜ばしい事態なのだろうが。

 

「おっさんが来てくれたのはありがてえ、とはいえ逃げ出したことになってるおれがどの面下げてってことになるんだよな」

 

 獣王の前に出ていけないポップとしては歯がゆいことこの上ないようで。その後で迎えに外に出てきたレオナや三賢者の二人と一緒に城の中へ去ってゆく様を複雑そうに眺め。

 

「……良かった、なんて言っちゃダメなんだろうけどよ」

 

 叩かれてまで一人出てきて明日に持ち越しかと思ったぜとポップが漏らしたのは、それから暫く後のこと。ポップの視線を追えば、ドラゴン二頭に乗った人影とそれについてゆく巨体の人影が一つ。乗騎込みだとトベルーラで移動と言う訳にはいかないからだろう。推定バラン達は町へと徐々に近づきつつあり。

 

「ルーラ」

 

 結局俺に気づくことなくポップは飛び立ち。

 

『ルーラッ』

 

 どこかで見ていたのだろう、メラゴーストが二人程、ポップを追って飛んでゆく。

 

「ヒュンケルのかわりかな、けど……」

 

 原作の通りの流れで行くなら、ポップが足止めをしてもこれに部下を当ててバランは記憶を失ったダイの元へやってくるだろう。

 

「それをクロコダインとレオナ、そして三賢者の残る二人が迎え撃つとして――」

 

 城の兵士や騎士をバランとの戦いに参戦させるかが、俺には気になった。既にバランの強さを知ってるはずのレオナ姫ならただ被害を出すだけと気付いて投入しないこともありうるが。

 

「そこは参戦して来たら、おれが無力化するしかないかな」

 

 手出ししたとバランに何か言われそうな気もするが、要らない犠牲は出したくない。となれば、俺はバラン戦に備えてここに残るより他なく。俺にで

 

きるのは、ポップについていった分体達を信じることぐらいだろう。それに、衣の魔杖を預けてしまってきている以上、介入するとして、どんな格好を

 

してゆくかで悩む。

 

「相応の戦闘力があって、出来ればここで姿借りたことが後々問題にならない人物が良いよな」

 

 モシャスで姿を借りる以上、実力は俺より下で無いといけないが、そも俺がモシャスで実力をコピーできないのは、大魔王とミストバーンくらいだ。

 

「……となると、うん」

 

 若干気は進まないが、思い当たった人物は居た。今のモシャスはバランが城にたどり着いたころには解けておるであろうしかけなおすのも問題はない。

 

『……モシャス』

 

 それからしばらくして、モシャスの解けた俺は呪文をかけなおした。

 

「そろそろ――」

 

 城の屋上に居るからこそ、ポップ達に行く手をふさがれたバランが竜騎衆の二人をポップ達に当て、自身はそのまま町に入ってくるのが見えたが、ここを動くわけにもいかず、ただただ待って、バランはやがて城の前に至った。ここだ、そう思った。さすがに城門の前には兵士が居るのだ。バランに槍を向けるのは想像に難くなく。

 

「ルーラ」

 

 呪文を唱えた俺はそこへと降り立ち。

 

「おーっほっほっほっほ、皆様ごきげんよう、アルビナスでしてよ!」

 

 高笑いとともに自分の創作物の名を名乗ったのだった。

 

 

 




 あ、モシャスしたのは当然お胸の二人がついてないバージョンです。炎の闘気では片胸しかカヴァーできないので。

 次回、番外50「街の外の死闘(ポップ視点)」に続くメラ。


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番外50「街の外の死闘(ポップ視点)」

「くそっ、やってくるのを見つけるとこまではうまく行ったのによ」

 

 瞬間移動呪文でなんとかパプニカへやってくるバランたちの前に降り立ったおれだったが、既に見せてることもあってか奇襲気味に放ったベタンの呪文で倒せたのはあいつらの乗ってたドラゴンだけだった。おまけにバランには後ろに抜けられちまって、追いかけようにもおれの身体にはセイウチの獣人が投げつけた錨のような武器の鎖が絡みついたままだ。

 

「身のほどをわきまえぬガキめ!! 貴様なんぞがバラン様に手を出そうなどとは百年早いわ!!!」

「うるせえっ!! そんなことは、こっちだってわかってらあ!」

 

 バランとはテランで二度戦ってんだ、力量の差くらい理解してる。呪文が効かねえってあの竜闘気を使われちまったら、殆ど打つ手がないってこともだ。その上で、バランには先に行かれちまった、なら。

 

「せめて一人でも人数減らしをさせてもらうぜ! メラゾーマ!!!」

「プハアッ!!!」

「っ」

 

 それで倒せるとは思っていなかった、だが些少なりとも怯ませるぐらいにはなると思ったおれの呪文はセイウチ野郎の凍てつくような息で凍り付き、砕け。

 

「グハハハッ、まさかこれでオシマイじゃ」

「ねえよ、メラゾーマッ!!」

「がハアッ?!」

 

 馬鹿笑いしたセイウチ野郎の顔面に二発目の呪文が炸裂する。

 

「ぐ……お」

「一度は戦ってんだ、そんな簡単な相手だなんざ思っちゃいねえよ」

 

 その戦いでこいつら、バランの部下三人の内、鳥の獣人を倒せたのは、本当にラッキーだったと思いつつその時のことを思い出す。

 

◇◆◇

 

「てめえらだって何人も人間を殺してきたんだろうがっ?!!」

「……人間を……殺した……だってェッ? このスカイドラゴンのルードはなあ! オレの……オレの唯一心を通わせた友達……いや! 兄弟だったんだ!!」

 

 自分を乗せてた黄色い龍を殺され嘆き悲しむそいつへおれが指摘すると、怒りに震えたあとでやつは凄まじい形相をして襲いかかってきた。

 

「よくもドブくせえ人間どもなんかといっしょにしてくれたなぁぁッッッ!!!!」

『ベギラマ!』

 

 あの時俺がそいつの投げた羽根を受けずに済んだのは近くに居たメラ公の分体が呪文で相殺してくれたからで。

 

「ちっ、邪魔しやがって! なら、切りきざんでやる!! ひろい集められねえくらいバラバラにな!!!」

 

 だが呪文を放ったことで次の呪文を放つまで間があると踏んだやつはそのまま地面近くを飛ぶように突っ込んできて。

 

「待て、ガルダンディ」

「アバンストラッシュ!!!」

「ブラッディスクライドォ!!」 

「は、ぐぎぇぇぇッッ!!」

 

 あいつが死んだのは、怒りで我を忘れておれを殺そうと仲間の制止も無視して突っ込んできたからだ。ただおれだけを見て突っ込んできた鳥の獣人は気づかなかった、パプニカの兵士の装備を借り、モシャスでヒュンケルの野郎に変身した上でそれを着こみ、おれの近くに居たメラ公の分体二人に。

 

「詐欺だよな、本当に」

 

 ただの兵士のふりをして実際はヒュンケルが二人。しかもダイにモシャスしたことのある分体は本物と違って先生のあの技を完成させちまっている。そして侮りがたしと残る二人が警戒をして膠着状態になった後のことだ、ダイが記憶を消されちまったのも、消耗したバランが去ってったのも。メラ公の二人の分体もモシャスが時間経過で解けちまって、セイウチ獣人と魔族っぽい奴はバランが去ったのを見て去っていった。

 

◇◆◇

 

「あの時まったく戦ってねえって訳じゃねえんだ」

 

 メラ公の分体の呪文に反応して乗騎から降りた魔族とセイウチ獣人の二人はおれが唱えたベタンの呪文に巻き込んだはずがピンピンしていて、倒せたのはセイウチ獣人の乗騎の甲羅があるドラゴンのみ。つまりベタンに巻き込んでも死なないようなやつらだってこった。

 

「これぐらいじゃ大したダメージにゃなっ」

 

 なってないことは百も承知と更に呪文をぶつけようとしたおれは鎖を引かれてすっころんだ。

 

「いい気になるな、小僧ッ!」

「うわあああっ」

 

 かと思えばおれの身体は宙を舞っていて。目まぐるしく動く景色の中、鎖に引っぱられ感じる押し付けられるような力で振り回されてることはわかったが、どうにもならなかった。

 

「ガフッ」

 

 衝撃と凄まじい痛みを感じた時には地面に叩きつけられており。

 

「フッ……もろいもろい」

「く、そ……」

 

 おれを痛めつけて気がすんだのか煤け火傷の残る顔でセイウチ獣人は笑っていた。

 

「このもろさでは些少なりともワシの顔に傷をつけたのはよくやった方か」

「そうだな。かけ出しのヒヨッ子だと思っていたが……バランさまも言われていた。『死を覚悟した人間というやつは恐るべき力を発揮することがある』と」

「へ、へへ……評価してくれてどうも、とでも言っとくべきか」

 

 できれば侮ってくれていた方が良かったんだが、半端に反撃したせいか、そいつらは油断を引っ込め。

 

「けどよ」

 

 圧倒的にあちらさんが有利な状況だ。油断を引っ込めたっつっても、まだおごりはあったんだろうさ。

 

「いかん、ボラホーン!」

「ブラッディースクライドォ!」

 

 魔族の方が忠告した時には、いつの間にかやって来たメラ公の分体の一撃が、セイウチ獣人の腹をぶち抜いていた。

 

「よりによってその恰好でその技かよ」

「すまんな、射程と威力を考えると他に選択肢もなくてな」

 

 モシャスでヒュンケルに姿を変えた方のメラ公の分体はそう応じ。

 

『メラメラ、メラララ、メラ!』

「いや、わかんねえよ」

 

 まだモシャスしていないもう一方にはそう言ってツッコんだのだった。

 




おかしい、まだ分岐点に到達できない。

次回、三話「我が身を盾に」に続くメラ。


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三話「我が身を盾に」

「おーっほっほっほっほっほ」

 

 俺は、高笑いを続けていた。バランとレオナ、そしてクロコダインや兵士達の視線を一身に浴びて。視線を受ける中で、介入するタイミングを間違えたかなと思い始めていたが、後にはひけない。

 

「わたくしの突然過ぎる登場に言葉もないようですわね。ですが、許して差し上げてよ」

 

 ここは敢えて唯我独尊で行くべきと回りの目を気にするそぶりは見せず、俺は自然な歩き方で脇に退く。槍を向けた兵士がバランにずんばらりんされるのを座視できなかったがために、おれが着地したのはバランとレオナたちのちょうど中間だったのだ。

 

「アル……ビナス?」

「クロコダイン、知ってるの?」

「いえ」

 

 今の俺の姿の名を反芻する獣王にレオナが尋ねるもクロコダインはすぐさま頭を振り。

 

「き、貴様は何奴だ?」

 

 顔をこわばらせた兵士がこちらに槍を向けるのを見て、俺は胸中でしめたと笑む。

 

「わたくしに槍を向けましたわね」

 

 介入理由には十分すぎる程だった。

 

「がっ」

「ぐはっ」

 

 石畳を蹴って肉薄すると、一応手加減した左右の腕の一撃で殺さないように注意しつつ兵士を倒し。

 

「「な」」

「わたくし、手出しするつもりはありませんでしたけれど、そちらが戦うつもりなら話は別ですわよ」

 

 わずかな間の出来事に目を見張るクロコダインとレオナにそう告げると、俺は意識を失った兵士たちに触れたままルーラの呪文を唱える。目的地は城の屋上だ。そこで倒した兵たちを横たわらせ、再び瞬間移動呪文で城の前へと戻る。

 

「ふぅ、お待たせしましたわ」

「アルビナスと言ったな……」

「ええ」

 

 着地するなり声をかけてきたバランに俺は頷きで応じた。

 

「先ほども言ったとおり、わたくしはただの見物人。こちらに武器でも向けられなければ、どちらかに加勢するつもりはございませんわ。あの兵士たちも捨ててきましたけれど、命まではとってなくてよ?」

「そうか、ただ見ているだけなら構わん。すきにするがいい」

 

 巻き添えになりそうな兵士は隔離できたし、俺としてもこれ以上介入する理由はない。

 

「ディーノを渡してもらおうか」

「……いやよ!!」

 

 向き直るバランの視線を受けてレオナが拒絶し。

 

「フム……たった二人で私をはばめると思っているとしたら、これまでの戦いがまるで教訓になっとらんということか……それとも」

 

 何か策でも出来たかと問うバランにクロコダインは笑んだ。

 

「まあ、一応な」

「何?」

『おまたせ』

『あー、やっぱ始まってる』

 

 微かに眉を動かしたバランの背後とクロコダイン達の背後に現れたのは、俺の分体が一人ずつ。

 

「くっ」

 

 バランの顔が歪んで後方の分体を気にするが、前に愛剣の刀身の一部を消失させられているのだ。警戒するなと言う方が無理であり。

 

「よもやこんな策を……そう言えば策で思い出したが、来る途中あの時も見かけた魔法使いの少年が足止めに来たな。竜騎衆に任せ一足先に来たが……」

「ま、まさか……!!」

「ポップ!!」

 

 わざと嫌われて一人足止めに向かったポップのことをレオナとクロコダインはバランの言で漸く知る、そこは原作通りの流れで、だがこの場にはいくつかの差異がある。

 

「あなた達、悪いけどどっちかポップ君の加勢に」

 

 一瞬、レオナの視線が俺の分体に向いたのはそう言いかけたのだろう。

 

『モシャス。姫様安心して、ポップには他の俺に念の為尾行してもらっておいたから」

「え」

「師匠の弟子ってだいたいそんなだからさ」

 

 姿を変えた俺の分体は苦笑しつつ肩をすくめ。

 

「ワ~ッハッハッハッハッ!!!」

「なるほど、想定通りだったという訳か」

 

 堪えきらないように笑い出した獣王にバランが若干顔を渋くするが、横目で見たクロコダインの目にうっすら涙がにじんでいるところを見ると、原作同様ポップを誤解したことへの自嘲と助っ人が向かったと聞いての安堵があったんだと思う。

 

「バラン!! 勝負だっ!!!」

 

 ならばここからは自分の番だとでも言うかのように獣王は斧を構え。

 

『スカラ』

 

 小声でクロコダインの後ろの分体が呪文を唱えたのを俺は見た。ただでさえタフなクロコダインに防御力増強呪文をかける。つまり凄まじい壁の誕生であった。

 

「ぬおおおおおーッ!」

「ムウッ!!!」

 

 振るわれたクロコダインの斧とそれを遮るバランの剣が激しくぶつかり、強い踏み込みが石畳の表面を砕いた。

 




原作と比べるとぬるめの絶望感、そして見物人が一人。
こっそり補助呪文とか卑怯。
次回、四話「我が身を盾に2」に続くメラ。

尚、募集してた新キャラの名前についてのアンケートを開始しました。
登場までお話が進んだ時点で最も得票数の高かった名前で登場することになります。
(同得票数複数の場合はこちらでその中から決めますが)


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四話「我が身を盾に2」

「竜闘気!!!」

 

 切り結んだと思った直後にバランが闘気を放出、クロコダインの身体がわずかに仰け反るのが俺にも見えた。

 

「かああッ!!」

 

 そこへすかさずバランが斬りかかるがクロコダインは腕を重ねるようにして掲げ。

 

「な」

 

 クロコダインの腕を守る小手が軋み傷つくもバランの剣は小手を両断できず。

 

「がっ」

「ぐうっ」

 

 振るう尾の一撃に驚きで動きの止まったバランが吹っ飛ばされた。尾による一撃を繰り出した獣王も顔をしかめるが、叩きつけた斧すら粉砕する相手に生身の尻尾を叩きつけたのだ、攻撃した方もダメージを受けてしまっていても仕方ない。

 

「バラン……ギガブレイクでこい……!!」

「なん、だと!?」

 

 すぐさま起き上がりつつもクロコダインの言葉にバランは再び驚きの表情を顔に浮かべた。完全に俺は蚊帳の外だが、見物人だしまぁ仕方ないんだろう。

 

「オレの身体とてそうヤワではない。おまえの最強の技でなくてはこの生命、奪えんぞ!!」

「ぐっ」

 

 原作では小手を断ち割られ、腕に刃が食い込む傷を負ったクロコダインだが、分体が防御力増加呪文をかけたことで、小手こそ傷ついたものの先ほどの斬撃はクロコダインに達していない。実際有効打に至っていないなら、クロコダインの挑発めいた言葉もあながち間違いではなく。

 

「……よかろう。その望み、叶えてやる!!」

 

 短い沈黙ののち、バランは剣を掲げて雷を刀身へ落とし。

 

「くらうがいい!! 我が秘剣……」

 

 強く石畳を蹴って前方に飛んだバランはくるりと獣王に背を向ける。

 

「なに」

「読めておったわ!!」

 

 クロコダインは目を剥くが、地を蹴る直前、微かにだがバランが後方を気にするそぶりをしたのが第三者の俺には見えていた。モシャスした俺の分体がアバン刀殺法の構えでバランに迫っていたのも。

 

「アバンストラッシュ!!」

「ギガブレイク!!!!」

 

 二つの技がぶつかり合う中、驚きもあったとは思うが、身を守ることだけに全パワーを集中したクロコダインは動けないようで。

 

「うわあああっ」

 

 純粋な技のぶつかり合いは、バランに軍配が上がった。吹っ飛ばされた分体はポフンと煙を上げてメラゴーストに戻り。

 

「っA9!」

「次はおまえだっ!!」

 

 分体を気にしクロコダインの注意がそれたわずかな間にバランは再び雷を剣に落とし。

 

「ギガブレイク!!!!」

 

 バランの最強の技を受けた獣王が吹っ飛ばされ放物線を描いて城の壁に激突する。

 

「姫ッ、先ほどの音」

「っ、これは」

 

 城の門が開け放たれ、中から女賢者が二名ほど出てきたのはちょうどその直後だった。

 

「二人倒したと思えば次から次へ……なっ、何だとォォッ!!?」

 

 バランからしてみたら新手が現れたわけであり、一瞬そちらに注意がそれてから視線を横に動かせば、そこには起き上がった獣王の姿が。驚くのも無理はないよなあとどこか他人事のように見る俺の視界の中で、レオナの回復呪文によってクロコダインは治療されていた。

 

「姫様、これは」

「良かった、協力して」

 

 原作ではレオナ一人で癒していたところに回復呪文の使える人員が二人現れたのだ。手を借りようとするのは当然のことで。

 

「姫……助かった……これでまた戦える!!」

「そうね。私の回復呪文では傷口の治療と体力の回復は同時にできないけど――」

 

 追加で賢者二人が癒し手に回れば話は変わってくる。

 

「どれだけ回復呪文の使い手がいようが、ギガブレイクの直撃を受ければいかに獣王でも即死のはずだ!! それが――」

 

 何故と疑問に思ったのだろうが、原作でも生き残ったところに防御力増加呪文がかけられてるのだ、俺からするとまあそうなるよなとしか言いようがなく。

 

「現にオレは耐えて今、立っている! 死体にさえならなければ、レオナ姫たちの回復呪文によって体力も傷も回復できる……!!」

 

 全パワーを防御に集中すれば良いのだと言ってのけた獣王は、バランへ何発でも放ってこいと挑発する。

 

「オレの生命とおまえの力……!! どちらが先につきるかの勝負だッ!!!」

 

 そう吼えるクロコダインの視線はバランに向いたまま。ただ、そんなクロコダインからバランを挟んだ向こうではむくりと俺の分体が起き上がっていた。原作ではただクロコダインが回復されつつバランの攻撃を耐えるだけだったが、この場にはモシャスで変身した分体という攻撃手も存在する。

 

「とりあえず、もう少し離れた方が良さそうね」

 

 原作では激昂したバランがさらに獣王を攻撃していたのを覚えている俺はじりじりと距離をとったのだった。

 

 

 

 

 

 




原作よりはるかにバランが不利な件について。

次回、五話「なるか、合流」に続くメラ。


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五話「なるか、合流」

「この私を……竜の騎士の力をなめるなあッ!!」

 

 やはりと言うべきか激昂したバランは発す竜闘気の勢いを増し。

 

「せぇいッ!!」

『っ』

 

 振り返らず後方へ振るった剣に分体が一歩退くのが見えた。原作との差異でもある後方に居る俺の存在。怒りながらもその存在は忘れず、剣を振るったことで牽制したのだろう。原作とは違い、癒し手が多い上、モシャスで変身すればバランへ有効打を与えうる分体の存在。テランの時と比べれば対峙する勇者側の戦力は少ない筈なのに、何故かバランの方の分が悪く感じる。

 

「拙いわね」

 

 クロコダイン達側が一見すれば有利にも見えるが、バランの攻撃力を鑑みれば、それはただの気のせいなのだ。バランが本気で斬りかかれば分体は一太刀で倒されるだろうし、レオナや女賢者たちも同じこと。だからこそ、牽制されてしまえば俺の分体は牽制の一振りで接近を止められてしまった。

 

『モシャス』

 

 変身呪文をかけなおした分体は、姿をヒュンケルそっくりに変える。ダイの姿は思念波の影響を受けてしまい、ポップの呪文は通じない上、当人が戻ってくるかもしれないことを考えれば、変身する相手のチョイスとしては悪くないと思う。

 

「変身しなおしたか。しかし、挟み撃ちが通じんのはもう理解したはずだ!」

「なに、やってみねばわからんさ」

 

 一瞬だけ後方へ注意と視線をやったバランへ焦げながらも獣王は一歩前に進み。

 

「ぐっ、ギガデイン! オオオオオッ!」

 

 険しい顔で剣を天にかざしたバランは吠えながらクロコダインへ斬りかかる。

 

「クロコダイーン!!」

「ちょ、わ、わ、」

 

 二度目のギガブレイクがさく裂し、余波が石畳を吹き飛ばし、石つぶてとなった石畳の一部を俺は慌てて避ける。俺だけ方向性がギャグっぽくなってる気がするが、今の俺はモシャスで変身してるのだ。こんな流れ弾でうっかりモシャスが解けてメラゴーストになるわけにもいかない。

 

「「ハァ……ハァ」」

 

 バランの荒い呼吸と慌てて回避行動をとっていた俺の乱れた呼吸が重なる。

 

「ふ……不死身かおまえは……!!? ギガブレイクを2発もうけてまだ生きてる奴など今まで誰もいなかった……!!」

「フフフッ……不死身はヒュンケルの代名詞……オレごときがこんな攻撃をくらい続けていたら、確実に死ぬさ……!」

 

 驚くバランにクロコダインは笑む中、俺はじりじりと距離をとる。原作ではバランを消耗させるためだけの捨て石になるつもりだった獣王だが、この場には俺の分体と言う攻撃手が居るのだ。勝利を捨ててただバランを消耗させるだけではなく、疲弊したバランに攻撃するアタッカーが存在するのだ。俺がバランなら、癒し手のついてない分体の方をまず最初に倒すだろうが。

 

「だがオレの生命とおまえの力の交換なら悪い条件じゃない……!」

 

 バランに分体を意識させないことを考えるなら、獣王は原作同様自分が捨て石になるつもりと思わせるより他ない。

 

「お、おまえ……いや、これはおまえ自身が生命を盾として私の体力と魔法力を消耗させつつ、このまま後ろのこいつに攻めさせるつもりか!」

 

 だが、欺けるほどバランの目も節穴ではなかったらしい。

 

「流石に気づくか」

「バ、バカな!! それでは結局自分は捨て石……天下の獣王クロコダインがこの場で捨て石になろうというのか!!?」

 

 バランは目を剥くが、先の戦いでも獣王痛恨撃くらいしか有効打になっていないクロコダインとしては他に手もないんだと思う。

 

「まあ、そもそも――」

 

 クロコダインに気をとられたバランは気づいていないようだったが、第三者の俺は周囲を観察する余裕があるからこそ気づいた。町の入り口の方からこちらに向かってくる人影があることを。原作より合流タイミングとしては早いが、ヒュンケル不在とはいえポップを追いかけていったと思われる分体は二人いて、竜騎衆は原作より一人少ないとなれば、決着がつくのが早くても不思議はない。気になる点があるとすれば、ヒュンケルの鎧と同様に呪文の効かない装備を持ったラーハルトを分体を含む魔法使い三人でどうやって勝利したかぐらいだが。

 

「あ」

 

 そこまで考えてふと気づく。ヒュンケルが居ないということはダイが記憶を取り戻したとしても、バランと戦うための武器が無いのではないかと言うことに。竜の騎士の全力に耐えうるのはオリハルコン製の武器のみなのだ。

 

「オリハルコンなんてそうそう都合よく転がってるものじゃ……あら?」

 

 ないと言おうとした自分の手はモシャスによってオリハルコン製となっている。

 

「いやいや、流石にそれはねぇ」

 

 一瞬ダイに武器として振り回される自分が脳裏に浮かんだが流石にそれはないだろう。バランの剣とぶつかったら流石にモシャスもとけると思う。補助呪文使った上で俺が全力で防御すれば別だろうが。だから、きっと気のせいの筈だ、そう思った。

 




次回、六話「合流に至って」に続くメラ。


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六話「合流に至って」

「……悪ぃ、遅れた」

 

 そんな声がしたのは、頭を振って嫌な考えを俺が振り払った後のこと。

 

「ポ、ポップ君……」

「い……生きていてくれたか……! ポップ!!」

 

 その姿を認めてレオナとクロコダインが顔に喜色を浮かべ。

 

「へへっ、楽勝だったぜ……って言いたいとこだけどよ、殆どこいつらのおかげだよ」

 

 ポップが示す後ろにはヒュンケルとラーハルトの姿。

 

「ラーハルト?! どういうつもりなの、っ!」

 

 そこまで言いかけてバランも気づいたのだろう。

 

「悪いな、俺はラーハルトじゃない」

 

 そう、ポップについていった分体の片割れであることに。俺の分体も一人一人の強さはバランにこそ劣るものの、ヒュンケルと同じかそれより少し上くらいの竜騎衆よりレベルが一回り高い。モシャスで前衛にも回れる格上二人とポップを相手にするには竜騎衆の残り二人は相手が悪すぎたんだろう。

 

「ポップが危なかったんでな。不意打ちに近い形になってしまったが、あのセイウチ獣人を先に倒せば、残りの一人は俺とこっちの偽ヒュンケル相手に二対一だ」

 

 一定以上のダメージを与えればモシャスは解けるとは言え、自分と同じ強さの相手に加えて偽ヒュンケルを相手にしろなんてふざけた状況でラーハルトが勝てるはずもない。

 

「ぐっ」

 

 同じ見解に至ったと思われるバランがこちらを睨むが、ぶっちゃけこの勝ち筋は俺も想像外だった。言われてみればなぜ思いつかなかったんだろうとも思えるぐらいにシンプルな答えでもあるが、バランのもう一人の我が子ともいうべき相手を俺の分体が倒してしまったという状況は気まずいというレベルではなく。

 

「ただ……バラン、おまえの悲劇は、ラーハルトから聞いた」

 

 俺が居心地の悪さに身じろぎしている中、偽ヒュンケルの分体が口を開いた。原作よろしくバランを説得するつもりなのだろう。その口から語られる悲劇の内容は原作と同じで、妻でありダイの母親でもあるアルキードの王女が人間の手によって命を奪われてしまったことを話した偽ヒュンケルはバランの怒りと悲しみに理解を示した上で、だが人間がすべて悪ではないと言う。

 

「それはおまえ自身が誰よりもよくわかっているはずだ!!」

 

 バランの愛した女性もまた人間であり、加えてこの世界では自身が滅ぼしたアルキード王国出身の男にもバランは命を救われている。原作とは違いバランが説得を受け入れる可能性もあるのかもしれない。俺はかたずをのんで成り行きを見守り。

 

「おまえは人間の最も美しい部分と最もみにくい部分を同時に見てしまった。だからその矛盾に耐えきれず、人間すべてを自分の目の前から消してしまおうと思ったのだろう、だが――」

 

 今のバランは、俺が大魔王に人間の生存を認めさせたことを受け入れて魔王軍に留まっている。

 

「どういう心境の変化で人間を滅ぼさないことへ同意したのかは知らん。しかし、おまえが自分の心に折り合いをつけられたなら、次は人の心でダイに接してやるべきではないのか、バランよ!!?」

 

 それをきっとソアラも願っているはずだと偽ヒュンケルは言い。

 

「……バラン! そいつの言う通りだ」

「……バラン!」

 

 獣王がレオナが声をかける中、目をつむったままバランは暫く立ちつくしていたが、威圧感を発しつつ目を開き。

 

「……ならば……捨てよう! この人の心と……身体を……!!!」

 

 片目につけていた装飾品、原作では隠し武器でもあったはずのそれを外すと握りしめ。

 

「おまえらがいかにキレイ事をならべてもソアラは生き返りはしない!! もう一人の我が子とも思っていたラーハルトももはや居ない!!」

 

 叫ぶバランの拳から滴る血の色が変わってゆく。そして、おれは分体のやらかしに気づく。原作ではラーハルトに装備と思いを託されてヒュンケルは説得に望んでいたが、偽ヒュンケルは経緯をラーハルトから聞いたと言っただけで、ラーハルトがバランのことを偽ヒュンケルに託したとは言ってない。その上でラーハルトは倒しているモノだから、減少していた勇者一行へ向けるバランの敵意を継ぎ足してしまったんだろう。

 

「とりあえず避難した方が良いかもしれないわね」

 

 もう竜魔人へバランがなる流れは止められない。パプニカへの被害は出来るだけ減らしたかったが、建造物の方は諦めざるを得ないと思う。

 

「確か――」

 

 原作ではダイと再会したところでバランに一時的に人の心が戻り、戦い始めたら敵が全滅するまで戦い続けるという竜魔人の狂戦士的な部分にいったん歯止めがかかったはずだ。見定めるべきは、けが人の退避とかをさせるならそのタイミングしかない。

 

「そう」

 

 それももう遠くない、おそらく近い未来のことになると俺は思った。

 




ヒュンケルの成長機会「ぐわあああああーっ!」

「ヒュンケルの成長機カイーン!」

次回、七話「心を捨てた男」に続くメラ。


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七話「心を捨てた男」

……はぁ、はぁ、はぁ、気分転換に動画見てたら持病の「他のことしたい病」がっ。





「うーん」

 

 人死にを減らすという意味合いでも機を見計らわないといけないのだが、距離をとりつつ俺は唸る。

 

「ソアラは生き返りはしない」

 

 そうバランは言っていたが、俺なら低確率ながらひょっとしたら生き返らせることができるかもしれないのだ。正直検証もしてない上、かもしれないレベルなので成功する保証はない。だが、これをだまって良いのかに俺は悩んでいた。良心の呵責面だけで悩んでるわけではない、成功するとしてもその代償もシャレにならないくらい重いのだ。

 

「グオオオッ!!」

「とはいえ、このタイミングでは無理ね」

 

 バランの血の色が変わり、天に突きあげた拳に雷が落ちる。

 

「始まりますわ」

 

 竜魔人への変身が。だからこそ、明かすならそれこそダイが出てきて変身したバランに人の心が表面化している時しか機会はもう残されていない。打ち明けるなら、それまでに方法についてどう説明するかも纏めておかないといけない訳で。

 

「とりあえず――」

 

 そう呟いて俺は周囲を見回した。必要なのはこの場に姿のないゴールデンメタルスライムことゴメちゃん、持ち主の願いを叶えるマジックアイテムであるゴメこそ、蘇生の要だ。俺がまず考えたのは、直接ソアラをゴメに願って生き返らせてもらうというモノ。次に考えたのが、直接の蘇生が不可能だった場合蘇生可能なところまで遺体を復元すると願いのグレードを落とし、蘇生呪文で生き返らせるというモノだ。次点の方で蘇生呪文を使う候補としてはレオナと僧侶の修行を積んでる分体、覚醒したポップが候補になる。このうちポップは一度命を落としてバランの血を与えられることで蘇生しつつパワーアップしないと後に覚醒できるかに不安が残り、レオナの蘇生呪文は蘇生確率の面で疑問が残る。

 

「はぁ」

 

 もっとも、どのみちゴメの力を使うとするなら、願いに消費した分今後の戦いでゴメの力があてにできなくなる訳で、代償として大きいし、この戦いの流れによってはゴメが誰かの願いを叶えて蘇生が叶わなくなることだって考えられる訳で、丸く収めるのは無理ゲーに思えた。故に、俺はきっと取捨選択を迫られている。例えばだが、以後ゴメの力を頼らないと決めたなら、ソアラの蘇生を試みることも可能だ。その条件であれば、バランが魔王軍を離反しダイに与する原作とは違う未来もあるだろう。ただでさえ綱渡りだった大魔王討伐の旅が更にハードモードになるのはまちがいないが。

 

「なんだッ……!!? どうなっちまったんだよっ、あいつ……!!?」

「バ、バランの身体が……!!?」

 

 ポップやレオナが騒ぐ中、バランの鎧や服が砕け破れて首からは角の生えた竜の目のような瘤が盛り上がり、背には翼が生える。

 

「けど、靴はそのままですのね」

 

 きっとツッコんではいけないところなのだろうが、気づけば俺はボソッとズレたことを口にしていて、同時に考える。モシャスでアレを真似できるかと。とりあえず、今の姿のままでは無理だということはわかっている。アルビナスにモシャスして実力を写し取ったことで、俺のレベルもアルビナスと同じところまで下がっているからだ、だが素の自分であればコピーは可能。それが俺が密かに出した結論であり。

 

「今の内ですわね」

 

 モシャスにも効果時間と言うモノがある。変身しなおすことを考えるならどこかに隠れざるを得ず、戦況が気になるものの、俺はバランに注目が集まっているのを利用してその場を離れるのだった。

 

◇◆◇

 

『そう言えば』

 

 離れてモシャスも解けてから俺はふと気づく。分体達がやけに俺へのリアクションが薄かったなと。原作と比べて前倒しすぎる場面での登場なのだ。

 

「何でこいつがこのタイミングで?!」

 

 下手をすればそんなことを口走る分体が居てもおかしくないと俺は思っていたのだが。ひょっとしたら俺の知らないところで魔王軍側と勇者側の分体で情報をやり取りしていたりするのだろうか。

 

『うーん』

 

 まさにイレギュラーな合体で分裂と合体を封じられてしまった弊害だと思う。合体と分裂で記憶を受け渡すいわば分体ネットワークから切り離されてしまったことで、アルビナスと例のドラゴンキラー、そして俺だけが共有する情報を把握できずにいる。とはいえどこに監視の目があるかわからない今、分体に口頭で教えてもらうのはリスクが高すぎる。それをやるくらいなら、分裂合体可能な分体を副官において丸投げし、こっちが指示を出してもらって動いた方がよほどいい。

 

『って、今はそんなこと悩んでる場合じゃなかった、モシャス!」

 

 こうしている間も竜魔人と化したバランが何をしてるかわからないことを思い出した俺は慌てて戦場に戻るのだった。

 




次回、八話N&C「奇蹟起こらず」に続くメラ。


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N&Cルート
八話N&C「奇蹟起こらず」


「間に合った」

 

 そう口にしていいモノだろうか。俺が戻ってきた時、死者が出ている様子はなかった。それでもレオナと女賢者二人は真空系呪文によるモノであろう風の刃に傷つけられて纏めて倒れており、クロコダインは身体に穴を穿たれ仰向けに石畳の上に横たわっていた。

 

「くっ」

「身を守ることに専念していて、これか」

 

 立っているのは先ほどのクロコダインのように防御に徹することで辛うじてモシャスの解けるようなダメージを負うことを免れている偽ヒュンケルと偽ラーハルトのみ。ポップも門の前で二の腕から血を流して倒れていて。

 

「あれ?」

 

 ただ、分体の数が合わないなと思いもう一度周囲を見回してみれば、地に伏せたメラゴーストがバランから死角になる物陰で伏せていた。

 

「あー」

 

 竜魔人と化す前のバランの一撃でもメラゴーストのままであれば命取りになる。流石に逃げ隠れする分体を責めることも笑うことも俺にはできず、ただ納得するだけだった。

 

「それはそれとして、ここからよねぇん」

 

 モシャスをかけなおしたことで炎の闘気を纏った竜魔人の姿で、俺はちらりとバランの方を見る。原作ならだが、勇者一行の殆どを無力化したところでバランは竜闘気砲呪文という竜魔人の時にのみしか放てない凶悪な破壊力を持つ秘呪文を放とうとする。もっとも、その時はバランの竜の紋章に呼ばれたダイが姿を見せたことでバランは竜闘気砲呪文を放つのをやめるのだが、ダイが姿を見せるのが遅かったり姿を見せなかったら。

 

「どうにかできるのはアタシだけ……」

 

 とはいえ、ここでそれをやってしまえば狂戦士同然のバランは俺も敵とみなして襲ってくるだろうし、魔軍司令としてもダイ達を庇うのは立場的に拙い。一応、気づかぬ間にバランが息子まで消し飛ばしてしまうのを防ぐために介入したとしておけば言い訳にはなるだろうが、ここで出て行くとダイの記憶が戻る保証もなくなってしまう。

 

「信じるべき」

 

 そう思う一方、原作通りに行くとは限らない、ここは介入すべきと訴える自分もいて、俺は迷う。

 

「もはや聞く耳もたん!! 竜魔人と化してしまったからにはきさまらが全員死ぬまで元には戻れんのだッ!!!」

 

 バランは今にも竜闘気砲呪文を放とうとしている。だが、ここでの介入は原作を完全に捨て去ってしまうということに等しい。ダイの記憶が戻らず、ポップのパワーアップもなければ、勇者一行がこの先を戦い抜くのは厳しい。大魔王を討つ者が居なくなれば、この世界は、俺の平穏な生活はどうなるか。

 

「竜魔人の飛翔速度ならまだ間に合う」

 

 その判断から介入をギリギリまで見合わせ、救いを求めるように俺は城門を見る。ダイの姿はないか、まだダイの大冒険は途切れず続くんだよなと門を見る。そこにつられて出てくるダイの姿があれば、俺の出る幕はない。透明化呪文でも使って、万が一の場合、他の面々を避難させておく準備をすればよく。

 

「消し飛べぇーッ!!!」

 

 その叫びを耳にしても開かぬ城門に俺は飛び出していた。

 

「なっ」

「いっ」

「炎を纏った」

「バラン?!」

 

 あちこちで上がる驚愕の声、やってしまったと思いつつもちらりと城門を見るがダイの姿はない。テランと比べてパプニカはお城の規模も違うし兵力も違う。同じタイミングでたどり着けと言う方が虫が良かったのだろう、きっと。そして前に向き直れば、こっちに向かってくる竜闘気砲呪文。

 

「はぁ、ダイちゃんにしとくべきだったかもしれないわねぇん」

 

 同じ呪文を放つことはおそらく可能だが、その場合炎の闘気によるパワーアップが上乗せされる分、相殺した余剰分で下手すればバランが消し飛んでしまう。となれば、方法は一つ。竜闘気砲呪文よりは威力が劣る何かで相殺を図るしかない。

 

『バイキルト』

 

 炎の闘気が呪文で俺の攻撃力を底上げし。放つ技は闘気を用いたモノとすべきだが、ヒュンケルの使う技の方は見たことのない俺にできるのは、ぶっつけ本番の技が一つだけ。右腕を肥大化する程に闘気を集中させ、左腕には炎の闘気を集中させる。

 

「うまく行ったら、ご喝采。いくわよぉん、獣王激烈掌ッ!!」

「なんだと?! オレはあんな技など――」

 

 クロコダインが驚き叫んでる気もするが、気になどしてる余裕はない。そも、この技は後にクロコダインが編み出すモノを原作知識で前借してきたモノなのだ。炎の闘気と二回行動出来ることで再現してるが、実際は痛恨撃を同時に二発放ってるだけのモノで。

 

「バカな、竜闘気砲呪文が――」

 

 俺の技がぶち当たったことで収束され放たれた竜闘気は空中で大爆発を起こす。

 

「って、ちょ」

 

 当たった場所で爆発することを失念してた俺は顔を強張らせるも、上空での爆発となったことが功を奏したのだろう。

 

「あ」

 

 慌てて周囲を見回せば、大半が倒れて地面に極めて近い位置に居たこともあり、余波の影響は誰かの命を奪うほどのモノにはならず。

 

「何故……何故邪魔をした、トゥース!!」

「なんだと?!」

「と、トゥース?!」

「それって――」

 

 バランの怒声を聞いた勇者一行プラスアルファの皆さんの視線が驚きと共に俺に集中する。

 




ダイの登場が間に合う→Lルートへ

間に合わないか主人公が介入→N&Cルートへ

そんな分岐だったらしいですよ?

次回、九話N&C「投げた賽」に続くメラ。


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九話N&C「投げた賽」

「何故って、たぶんだけどこの後ろのお城にアナタの息子さんがいるんじゃないの?」

 

 すべて終わってからバランがそれに気づいたらどうなるか。

 

「息子さん吹っ飛ばしちゃったことに後で気付いて大荒れするアナタの相手をするのはアタシなのよ? 立場上人間庇うのが拙いことぐらいわかってるけど、事後処理考えたら止めざるを得ないでしょうに!」

 

 口にしたのは魔軍司令として介入した理由。そしてとっさに動いて気が付いたのだが、相殺を狙ってとはいえ一撃を放ったというのに俺は己を見失っていない。敵を倒すまで止まらないのが竜魔人の筈だが、どうやらモシャスでコピーできるのは攻撃力と防御力のようなスペックのみで制御不能になることはないようだった。もっとも、その分戦いの遺伝子だったか、これまでの竜の騎士が蓄積してきた戦闘データのようなモノも俺は参照できないので、デメリットだけないオリジナルの上位互換とも行かない様ではあったが。

 

「それはそれとして、パプニカと勇者一行の皆さん、誰でもいいからダイちゃんを連れて来てくれないかしら?」

「え?」

「連れて来てだ? 何言ってんだ!」

 

 俺の言ったことを理解できず聞き返す者が居る一方で、ちらりと見れば地面に横たわったポップは顔だけあげてこっちを睨んでいたが、そうしてもらわないと困るのだ。

 

「何言ってるんだも何も、今のバラン殿は敵を全滅させるまで止まんないのよ! 例外があるとしたら、おそらくダイちゃんの顔を見た時くらい」

 

 原作でもダイの顔を見たとたん、竜闘気砲呪文の発射もその場に居る勇者一行への追い打ちも止めたのだ。

 

「言っておくけど、アタシにアナタ達を庇ったり守ったりする理由はないわ。ただ、バラン殿に我が子を殺させたくないから止めに入っただけ。連れてくるつもりがあるなら、暫くバラン殿を押さえておいてあげるけど……連れてくる気が無いなら、アタシはここから離脱するわ」

「うっ……」

 

 そも敵対してる魔軍司令である俺がバランを止めること自体異常なのだ。丸きり嘘ではないがでっち上げた理由を口にしてどうするのと視線で問えば、ポップは顔を歪めた。あちらからすれば苦渋の決断だ、ダイを差し出せばバランの暴走は止まるかもしれないが、差し出さねばバランの暴走を止める術がない。恩ある師匠、勇者アバンの兄弟弟子たちを見捨てられるほど薄情でない気のする俺としては、ポップが首を横に振ったとしても立ち去れる気はしないのだが。

 

「そんな、ダイ君を差し出せだなんて――」

「葛藤するのはそっちからすれば仕方ないのかもしれないけど、それはそちらの都合よっ!」

 

 レオナの声を聞きつつ、俺は背の翼で羽ばたき、バラン目掛けて突撃した。バランの方に動きがあったのだ。額が輝き始めたところまでしか確認できなかったが、あの紋章から放つ光で誰かにとどめを刺そうとしたんだと思う。だが、俺の接近に気づくと拳を握り固めて殴りかかってきて。

 

「そりゃ、敵を倒すまで止まんないならっ、悠長におしゃべり、なんて、させて、くれない、わねっ!」

 

 炎の闘気による能力の底上げに助けられ、雨あられと繰り出される拳を受け止め、あるいは腕で防ぎ、耐える。

 

「ぬおおーッ!」

「ぐっ、スペックはこっちの方が上だっていうのに」

 

 蓄積された戦闘経験を生かしてくるバランが相手、かつダメージを与えるつもりのないこちらはどうしても防戦一方になり。

 

「あ、あいつ……」

 

 まだ葛藤しているのだろう。聴覚がポップの呟きを捉えるが足音が城門の方へ遠ざかるようなことはなく。それならそれで時間稼ぎの間にダイがやって来てほしいと思うも今のところ門が開く様子はない。

 

「ダメかしらね、これは……」

 

 このまま押さえておけば、ダイは原作の様に現れるかもしれない。モシャスの効果時間はまだある。バランを押さえておくことは可能だが、問題はその後だ。原作なら、ポップはダイを連れていかせまいと自己犠牲呪文による自爆で己の生命を犠牲にしてもバランを倒そうとするのだが、この場には魔軍司令トゥースと言うもう一人の強大な敵が存在しているのだ。バランを自爆の道連れに出来ても俺が残ってしまう。そんな状況で自己犠牲呪文を使うかと言う問題が残る。すべては介入した俺がまいた種。一応連れてこないことに業を煮やした俺が離脱した直後にダイが顔を見せれば原作の流れに戻せはするが、いっこうに顔を見せないダイのことを考えるとご都合主義としか思えない展開を期待するような気にはとてもなれなかったのだ。

 




次回、十話N&C「勇者一行の敗北」に続くメラ。


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十話N&C「勇者一行の敗北」

《息子さんが巻き添えになるかもしれないからこのまま暫く相手をする》

 

 竜魔人状態のバランに通じるかは疑問も残ったが、思念波でもそう伝えたところこちらの行動理由については了解した旨の答えがバランから思念派で返ってきた。そも、原作の方でも竜魔人になってからも会話は成立していたし、戦闘に関する部分以外に頭が働かないという訳ではないのだろう。戦闘に関係した部分が反射的に敵を全員皆殺しするモードに入っているようなモノで、この状態のバランとやり合っても殺されなければ会話は可能であると。

 

「まぁ、言葉が交わせて……もっ、当人も身体が戦うのを止められないんじゃ、どうしようもないわねぇん」

 

 独り言を口にする間にもバランの拳や蹴りが俺を襲い、気の休まる暇なんてない。それを俺自身無限に抑え込める自信なんて皆無だから、言うしかないのだ。

 

「連れてくる気はないってことでいいのかしらん?」

 

 と。そして、見切りをつけて去るべきだ、魔軍司令であり続けるなら。今ここで魔王軍から離反しようものなら鏡面衆や文官を手伝う分体達も苦しい立場に置かれる上、ヒュンケルを逃がすことも厳しくなるし、勇者一行以上の脅威が誕生したとなれば、原作でダイ達に差し向けられたのとは比較にならない戦力が俺に向けられることもありうる。

 

「でぇいッ!」

「ぐっ」

 

 先の未来に思考を傾ける間もバランの攻撃は止まらない。振り下ろされた手刀の一撃を受け止めると抜ける衝撃に俺の顔は歪み。

 

「拙っ」

 

 バランの額が輝いて慌てて身体をそらすと殺傷力を持つ光が左の肩を掠めて行く。

 

「くうぅっ、アンタたち、どーすんのか早く決めなさいよ!」

「くっ……くそっ……!」

 

 あちらとしても葛藤してるのは解かるが、どうしても声は荒くなる。だが、それで決意が決まったのかポップの声に続く足音が門の方へと遠ざかり始め。

 

「これで、バランも止められる」

 

 俺は少しだけほっとした。状況の打開策は見つかっていないが、バランがダイの顔を見れば、少なくともこのままバランの相手をしなくてよくなるのだ。防御に思考を割かなくていい分、起死回生とでも言うべき案を思いつけるのではと思ったのだ、そして。

 

「……ディーノ!」

 

 ポップが再び城門から姿を見せた時、俺を殴っていたバランの動きが止まった。バランの視線はダイに向いたまま、俺を無視して城門の方へ降りて行き。

 

「ルーラッ」

「は?」

 

 バランがダイの元にたどり着くより早くポップは瞬間移動呪文でダイと共に空へ舞い上がった。

 

「ポップ君?!」

「ポップ?!」

 

 レオナもクロコダインも驚きの声を上げて飛び去る軌跡を目で追ってるところからすると、今のルーラはポップの独断。そして、少し遅れてその意図も理解する。

 

「なる程ね、ダイちゃんが居なくなったら、パプニカには用もない、ってとこかしら」

 

 殆ど反射であろうが、バランが再び飛び立ってポップ達を追いかけている光景を認めた俺も慌てて後を追う。そう言えば原作のポップはクロコダインにダイを連れて逃げろと言われて城門へ近づこうとしたところへバランの紋章閃を受けて倒れていた気がする。こちらでも獣王が同じことを言ったなら、連れて逃げたことに不思議はないし、バランと俺が自分たちを追いかけて来れば残された面々は助かると思ったんじゃないだろうか。少なくとも町やお城の被害はこれ以上でないであろうし。

 

「ともあれ」

 

 バランもダイ達も放置できないので、一応ポップの目論見どおりになったと言っても良いとは思う。だが、問題はここからだ。ポップが俺達に追いつかれた場合、どう動くかが未知数なのだ。俺の到着が遅れた場合、バラン相手に自己犠牲呪文を使うかもしれないが。

 

「見えた!」

 

 俺がポップ達の後を追ったのは、バランが飛び立って十数秒後。だからまだ戦闘にはなっておらず。

 

「……おじさんなの? ぼくを呼んだのは……」

「……そうだ」

 

 俺はダイとバランが言葉を交わす様子を視界に収めつつ、少し前で着地すると、物陰に隠れた。同じ格好の俺があそこに混ざるとややこしいというのもあるが、半端なところでモシャスが切れそうな気がしたというのも理由の一つであり。

 

「あっ、まさか――」

 

 少なくともダイ達の会話で少しは時間が稼げると物陰に引っ込みモシャスをかけなおすつもりでいた俺は、とあることに気付いて物陰から顔を出し、確認してしまった。本来ならいつも一緒に居る金ぴか有翼スライムが二人の側に居ないのだ。おそらくは原作同様バランの紋章に反応したダイの無自覚の竜闘気に気絶させられてしまい、気が付いてダイ達の元に向かう前にポップがルーラで城門前を離脱してしまったからだろう。このままではポップが自己犠牲呪文を使った場合、原作で起きた奇蹟が起こらない。

 

「あっちゃあ」

 

 声には出さず胸中で漏らす。どうやら俺はポップの自己犠牲呪文を防がなくてはならないようだった。

 




どんどん拙い方向に話は進む、どうする主人公?

次回、十一話N&C「勇者一行の敗北2」に続くメラ。


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十一話N&C「勇者一行の敗北2」

『モシャス』

 

 物陰で俺はモシャスをかけなおすと、再び物陰から顔を半分だけ出す。すぐ介入すべきかで迷いはあったが、ポップを止めるとなるとタイミングはシビアになるし、どの段階で阻止するかも重要な問題だ。自己犠牲呪文の準備に入る前に止めるか、発動を待つ段階で阻止するか。俺が最初に思いついた方法ならば、後者であっても阻止は可能。だからこそ、ギリギリでも間に合いはするが、タイミングを見計らうにはあちらの状況を知る必要があった。

 

「……どけ!! いまさらお前のようなゴミに何ができるかッ!!!」

「なっ……なにもできねぇっ……んなこたあわかってらあ」

 

 でもよと続けたポップは、バランに睨まれながらも戦うしかねえんだと拳を握る。

 

「ここに居るのはおれとダイだけ。あのトゥースって奴も姿を見せてねえ!」

「なるほど。おまえが私に攻撃をしかけたら竜魔人と化した今の私は猛然と反撃しおまえはもちろん場にいたディーノ以外の者をズタズタにひねり殺しただろう。だが、この場なら死ぬのはおまえだけ。もし、魔軍司令……トゥース殿が追いかけてきて追い付いたとしても、一度戦っているトゥース殿を私は敵とみなし、襲いかかるということか……」

 

 バランの言葉を聞いて、ポップはそこまで考えてルーラの呪文で離脱したのか、と密かに俺は感心するが。

 

「そこまで考えちゃいねえよ!」

「なに?」

「おれが考えてたのは、その前半分だけさ」

 

 頭を振って訝しむバランに明かしたポップの腕をこの場にいるもう一人が掴む。

 

「邪魔しないでよお兄ちゃん!! せっかく父さんに会えたのに……!!」

 

 会話を遮っての言に、ポップは泣きそうな顔をするとダイに抱きついて渡さねえと叫ぶ。そこは原作の通り。

 

「親だろうと何だろうとてめえなんかにおれたちのダイを渡してたまるもんかぁーッ!!!」

「……おれたちのダイだと!?」

 

 オウム返しに問うバランにそうさと肯定してポップは言う。

 

「ダイがいなけりゃレオナ姫は死んでた!! ダイと戦わなけりゃヒュンケルも悪党のままだった!!」

 

 そこでクロコダインの名が抜けたのは、クロコダイン戦でダイの手柄を俺が横取りしてしまったからだろう。地味にもやっとしてしまうが、そこは俺の自業自得でもあり。

 

「そして……そして、おれは……ダイやメラ公に出会えていなかったら、いつも逃げ回って……強えヤツにペコペコして……口先ばっかでなんにもできねえ最低の人間になってたにちがいねえんだ!!」

 

 ポップは続ける、俺とダイに出会えて運命が変わったと、メラ公は修行の旅に出ちまったがダイのおかげでおれたちはここまでがんばってこれたと。

 

「てめえが完全な人間の敵じゃなくなったのは聞いた、ならダイが……おれたちの心の支えだったダイが人間の敵になるこたあねえんだろう……それでも、それでもよ、ダイがおれたちの前から消えちまうことも、もう一人……おれたちの運命を変えてくれたメラ公が戻ってきた時に、ダイはもういねえなんて言わなきゃいけねえことも……死んでもがまんがならねえっ!!!」

 

 ポップの主張を心からの叫びを聞くのは、ダイとバランのみ。俺はまだ追い付いていないという認識ならば、いや、俺が居たとしても、心からの叫びを聞くのは、敵と記憶を失ってしまったダイのみ。原作と比べて聴衆にめぐまれない状況での心の吐露ではあるが。

 

「はぁ」

 

 ここまで言われて何も感じない程俺の面の皮は厚くなかったらしい。

 

「では……」

「はぁい、お待たせっ」

「がっ」

 

 バランが最後まで言い切るより早く飛び出した俺は、手刀の不意打ちでポップの意識を刈り取る。ダイが記憶を取り戻すには、ポップが師匠をなぞるようにバランへ自己犠牲呪文を使おうとする流れは必須だ。だが、攻撃してしまえば、バランの方が止まらなくなる。原作と違い不利な点の多いこの状況下ではダイはバランに勝てない。

 

「トゥース殿」

「遅れてごめんなさいねぇん。中途半端なとこでの介入は流石に空気を読めないかって思ったんだけどぉん」

 

 戦いを中座させるのはこのタイミングしかなく。そも、この戦いだが、原作ではミストバーンとキルバーンがわざわざ現地に出向いて見ていたのだ。思い出したのはポップとバランを追っかけてこっちに来てからだが、ここで勇者側に立ちすぎるのは色々拙い。

 

「ダイちゃんを連れてゆくんでしょ? それに」

 

 バランからすればラーハルトと名前は忘れたがセイウチ獣人とか竜騎衆の遺体を回収しての蘇生措置なんかもしないといけない筈であり。

 

「ポップちゃんに関してはアタシが頂いてくわ」

 

 放置すると死神に始末されかねないし、そういう意味ではパプニカの方に残った面々も気になるがあちらには戦闘不能に陥っていない分体が複数のこっているので、キルバーンとミストバーンがクロコダイン達を完全に殲滅するつもりがなければあちらも問題はないと思う。

 

「とりあえず、これでバランもダイと一緒に過ごせるようになった訳だし、今回の作戦の事後処理が終わったらしばらくはのんびりしててくれる? 次はザボエラ殿をメインにした作戦もあるから――」

 

 表向きはその準備をしないといけないと口にしつつ。俺は胸中で嘆息する。分体達に戻ったらどつきまわされるのは確定だなと思ったのもあるが、己の手で勇者一行が大魔王を倒す流れを断った上でポップ達を見捨てないというのであれば、俺が大魔王を何とかしないといけないということなのだから。

 




次回、十二話N&C「二つの選択」に続くメラ。

恐らく次でNかCどちらかにお話が分岐します。


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十二話N&C「二つの選択」

「ルーラッ」

 

 意識を失ったポップを担いで俺は瞬間移動呪文でその場を飛び立つ。殺すつもりもないが、適当なところに放置してきては、何故置いてきたかと問われるのは間違いない。このまま魔王軍に居るつもりであるなら、最低でもポップは次の作戦にでも使うからと言い訳してどこかに閉じ込めておく必要がある訳で。

 

「良し、人気はなさそうね」

 

 俺がルーラで飛んだのはカール国内にあるとある村はずれの木こり小屋だ。バーンパレスの牢、ヒュンケルと同じところに放り込んでおくと言う選択肢もあるのだが、押し込んでおく場所と言うなら今目の前にある小屋でもポップをロープか何かで縛った上猿ぐつわさせておけば問題はない。

 

「とはいうものの」

 

 ここに運んだのはワンクッション置いて考えるためだ、今後、どう動くかについて。そもそも俺が大魔王側に与したのは、黒の核晶による地上の爆破を防ぎ、人間が滅ぶのを防ぐのが目的だった。ザボエラの独自呪文が会得できそうなことも、ロン・ベルク作の装備を貰ったことも、オリハルコンの駒と禁呪法による魔法生物の作成法を得たのも嬉しい誤算であり、想定していなかったことである。

 

「とりあえず、小屋に入ろう」

 

 自己犠牲呪文を使う前に気絶させたが、左の二の腕をバランの紋章閃で貫かれてるポップは明らかに怪我人であり、放置すれば失血死するかもしれない。そう言う意味で回復呪文の使えるバランにモシャスしたのは正解だったと思うが。応急手当てをしたなら、今度こそポップをどうするか決めなくてはならない。

 

「ここに監禁するか、バーンパレスに連れて行くか……」

 

 前者は村人に見つかって解放される可能性もあり、後者はヒュンケルと一緒に脱獄させるなら悪くない気もするが、その先の選択次第では別の選択もあると思う。俺が大魔王に反逆し倒さんとする場合だが、戦力になってもらうという選択肢だ。もちろん現状のポップもヒュンケルも実力が足りてないので、戦力と言っても囮に近いモノになるのだが、この時分体の一人にアバンのしるしを渡して囚われた俺のふりをして行動を供にして貰うつもりでも居る。

 

 

「確実に勝てる敵が居るとなれば、少なくともあの駒の王は動く」

 

 ミストバーンやキルバーンがそちらに向かうとすれば、大魔王バーンを守る者が減る。大魔王を討つつもりなら、好都合だろう。もちろんポップ達を捨て駒にするつもりもなく、そこは分裂して増やした分体にフォローさせたり、おびき出された連中を奇襲させたりするつもりだ。

 

「マホプラウスが会得出来れば、大魔王に勝つ為の材料は揃う」

 

 竜魔人バランへのモシャスの成功、魔改造アルビナスの製造、多数の分体達がバーンパレス内に存在する事実。

 

「個人的には、虚影衆の育成完了も待ちたいけど――」

 

 時間的にそちらは厳しいかもしれない。バーンへ仕掛けるタイミングもいつでもいいと言う訳ではないのだから。バーンパレスにはキルバーンの仕掛けた悪質なトラップが複数あったはずなのだ。原作では師匠が呪文やアイテムを使って解除してくれたが、これについては俺ではどうにもならない以上、キルバーンを先に倒しておくか、罠の設置がされていないであろう場所を戦場に選ぶしかない。現時点で仕掛けるタイミングとしての候補は、先にバーンが口にしていた俺との手合わせの時か、マホプラウスのお披露目の時の二択。

 

「まぁ、これはバーンと戦って倒すと決めた場合なんだけど」

 

 ことを起こすなら、分体の一人と接触して計画を伝えることも必須だ。これについてはモシャスの練習と称して分体に集まってもらい、ダイに化けた分体に思念波で伝えれば、合体分裂による記憶の伝達で作戦自体はいきわたるだろう。

 

「うん、手段を択ばなきゃ、勝てる」

 

 脳内で流れをシミュレートして、問題なしと判断する。よって、バーンと戦うつもりなら俺はポップを連れてバーンパレスに戻ればいい。ザボエラをメインにした作戦行動の準備を隠れ蓑に他のオリハルコンの駒を加工し、大魔王への反逆に備える。

 

「帰ったらまた殴られそうだけど」

 

 バランの前で俺に言及したポップを見捨てることはできなくて、俺は密かに覚悟を決めたのだった。

 




Cルート:ポップをバーンパレスに連れて行く。
Nルート:ポップを残して一人バーンパレスに戻る。

次回、十三話C「控えめの凱旋」に続くメラ。


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Cルート
十三話C「控えめの凱旋」


「ルーラッ」

 

 手当てをしたポップを担いで俺は瞬間移動呪文でテランへ飛んだ。何のことはない、鎧の魔杖を別れた分体に預けっぱなしだったことを思い出したのだ。

 

「んー、バーンパレスに戻ってる可能性もあるんだけどぉん、テランで待ってたら悪いものねぇん」

 

 すれ違いもめんどくさいことになるが、本物ンケルに続いてポップまでバーンパレスにご招待となると、俺の正体を隠してくれる装備は必須だ。それを提供してくれた魔王軍の首魁をぶっ倒すというのはある意味恩知らずとそしられそうな気もするが、黒の核晶を埋め込まれてるハドラーの扱いを引き合いに出せば反逆したって仕方ないという説得力は持たせられると思うのだ。そも、俺はもう大魔王を倒すつもりで覚悟を決めた。

 

「バラ……トゥース様」

 

 降りてくる俺を見つけたようで駆け寄ってくるのは装備を預けた分体だ。おネェ口調をやめたのは、俺が装備を受け取りに来たと察したからか。バランと間違えかけたのは俺がまだ竜魔人バランの姿だからで。

 

「はぁい、ご苦労さま」

「いえ、それよりも」

 

 頭を振った分体の視線がポップに向くが、説明しろと言外に言ってるのはわざわざ聞かなくてもわかる。

 

「あ、モシャスが切れたら次はダイちゃんになってもらえるかしら?」

 

 だが、俺が口にしたのは説明ではなく要求で。

 

「なにを……勇者ダイに?」

「ええ。ほら、成り済まし作戦失敗続きじゃない? 次の作戦の布石に盛り込むかで迷ってるんだけど」

「……わかりました」

 

 短い沈黙を挟んだもののの素直に応じたのは要求の裏にあるモノを察してくれたからだと思う。つまり、思念波による内緒話であり。

 

『モシャス』

 

 分体がダイへ変身しなおした後に俺は伝えた。ダイが記憶を取り戻しパワーアップに至る流れが失敗で終わり、バランに勝てる見込みもなさそうなのでメガンテを試みようとしたポップを気絶させ確保したこと、ダイがバーンを倒す流れが絶望的になった以上、俺がどうにかしなければいけなくなったこと、などを。

 

《バーンを放っておけばダイはバランに保護されて無事かもしれないけど、残りの勇者一行のメンバーの生存は絶望的だし、地上が吹っ飛ばされるのも御免被るからね……魔界って殺伐してそうでのんびり暮らせるような気がしないし》

 

 ポップの言葉も変心に一役買ったことは黙って理由を上げれば思念波はすぐに返ってこず。

 

《……はぁ、魔王軍の目があるかもしれないって状況じゃなきゃ殴ってたのに》

 

 返ってきたら返ってきたで俺の顔は引きつりそうになるが、無論不自然なので借り物の表情筋を総動員するイメージで務めて平静を装う中、分体は思念派で事情は把握したと答え。

 

「うーん、見た目は完ぺきだと思うけど、まだちょっと不安が残るわねぇ。あ、ありがと、もういいわよ」

 

 監視の目を意識して分体の変身した姿を評価したフリをした俺は、捕虜が居るからそろそろ帰るわと告げてから一度ポップを下ろし、衣の魔杖を装着し。

 

「それじゃあね、ルーラッ」

 

 ポップを担ぎなおすと片手を上げて分体に挨拶し空へ飛びあがる。このタイミングで計画を伝えられたのは本当に大きいと思う。分体達への情報伝達は想定より早まるだろう。出来ることなら勇者側についてる分体とか修行中の分体の何割かも引き上げて合体、修行の成果を統合した上で戦力になってもらえるとありがたいと思うのだが。

 

「っと、もう着いたのねぇん」

 

 流石瞬間移動呪文と呟きつつ俺は死の大地をバーンパレスの入り口に向かって進む。無論正面入り口ではなくいつも利用している裏口からだが。

 

「ポップちゃんはその途中で牢に入れて来ればいいとして」

 

 ブツブツ呟きつつ俺は密かにポップの様子を窺う。気絶したふりをしているようならここで独り言のふりをしてわざと情報を渡し、行動を制限するなんてことも考えたのだが。

 

「とにかくポップちゃんはヒュンケルちゃんと同じ牢でいいわよね。それなら見張りも少人数で済むし」

 

 やっておいて損はないだろうと俺は独り言を続ける。

 

「けど裏口だからってここ、見張りとか居ないわよねぇ。人員の配置がえとか提案しようかしら。バーンさまの居城に侵入者が、とかよろしくないでしょうし」

 

 流石に敵の本拠地に捕まっていると知ればポップだって安易に逃げ出したりはしないだろう。仲間が捕まってると聞けばなおのこと。出来るだけこちらの思い通りに動いてくれるように情報を渡してるつもりだが。

 

「はぁ」

 

 そのまま進むも魔王軍のモンスターと出くわさない状況に俺は嘆息する。こうして捕虜を連れてきたところを見せて、ちゃんと魔王軍やってますよと言うアピールしようと思ったのだが、こんな時に限って目撃者になってくれる魔物がいないのだ。ままならないなぁという嘆息が胸中で漏れた。

 




次回、十四話C「報告と下準備」に続くメラ。


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十四話C「報告と下準備」

「はぁい、プレイハード」

 

 お疲れさまと牢に顔を出した俺はまず見張りについていた鏡面衆の一人を労うべく声をかけた。

 

「お、おかえりなさいませトゥース様、ってそいつあポップじゃねえですか!」

「そうよ。バラン殿にメガンテを使おうとしたみたいだから、直前に気絶させて止めたのよぉん。詳しく話すと長くなるから、とりあえずヒュンケルちゃんと同じ牢に入れておきたいんだけど」

 

 聞きたいことはたぶんあったと思う。それでも短い沈黙をしただけでプレイハードはわかりやしたと答え。

 

「とはいえ、オレじゃ燃やすか凍らせちまう。ここは新入りに任せたいんですが、よろしいですかい?」

「もちろんいいわよ」

「ありがとうございやす。ほら、新入り」

 

 プレイハードに促され、はいと答えて進み出たのは、緑の竜鱗の全身鎧を身に纏った騎士にも見える人物だった。いや、正確には人ではない。一見すれば同色のフェイスガードにも見える部分は防具ではなく顔で鎧に見えるのも身体の一部。鈍い金色をした一対の角を頭に生やし右拳を覆う様に武器だった時のドラゴンキラーの刃がそこには存在していた。

 

「ラゴウと申します。以後お見知りおきを」

「そう、良い名前ね」

 

 初対面ではないが、そう答えて俺はポップの身柄を元ドラゴンキラーに宿った分体ことラゴウに預ける。牢の方へ連れて行くのだろうが、流石にヒュンケルも起きているだろうし騒がしくなることが予想され。

 

「近々もう一人連れてくる予定だから、覚えておいて。それから、アタシはバーンさまの方に今回のことを報告してくるわ」

 

 そう告げてから俺は牢の前を離れた。牢に放り込む予定の偽オリジナルの俺は文官の補佐に回してる分体に分裂してもらって確保する予定だ。

 

「ともあれ、これで魔王軍に組織だって反抗する勢力は各国の騎士団とかぐらいってことになるのかしらね?」

 

 もはや魔王軍に警戒すべき敵は居ない筈だ。原作でもダイ達がバーンに敗れ、魔王軍に捕まったクロコダインとヒュンケルが処刑されそうになる展開があった。その時は地上の滅亡を祝してとか何とかと言うのに合わせ地上の各国の城に呪法による告知を行ったと俺は記憶している。

 

「けど」

 

 この世界では俺が人間の存続をバーンに約束させているのだ。ダイ達勇者一行が脅威でなくなったとしても、ここで本来の目的である地上の滅亡を企てれば約束を反故にされたと俺やバランが牙を剥くのは大魔王とて承知している筈。

 

「どうするのかしらね?」

 

 大魔王も何らかの形で俺やバランを処分するつもりでいるのか、それとも。

 

「報告の前によらないといけないところができそうね」

 

 一番拙いパターンはダイがバランにお持ち帰りされ、ポップも捕まえたと聞いた大魔王がその場で俺は用済みだと襲いかかってくるケースだ。念には念を入れてミストバーンとキルバーン、それにハドラーとザボエラを従えた上で。この懸念を払しょくするにもまずはザボエラの元に向かう必要がある。名目上はお披露目に関係したもろもろの確認及び次回作戦に関しての打ち合わせと言ったところか。そこでまず、ザボエラの態度から密かに俺を排する計画が持ち上がっているかを探る。それが終われば、オリハルコンの駒を全て部下にして戦力を補充しておく必要もあるだろう。原作の成長した兵士の駒は大魔王との最終決戦で戦力の一人に数えられていた。パワーアップ分を魔改造で埋めれば、頼もしい味方になることは間違いない。

 

「ニュンケルが呪文の会得を終えてるといいけど」

 

 こればかりは確認してみないとどうしようもない。会得後とか会得できそうなタイミングでニュンケルと接触した他の分体が居た場合、当人に確認をとらなくても良いかもしれないが、それでも会得したか会得しそうだという情報を握ってる分体が居て、ザボエラのところに向かう前に会えたらと言う前提がつく。

 

「あ、そうだ」

 

 ふと声を出して足を止めたのは、思いついたというより忘れていたこともあったため。モシャスの効果時間だ。報告の場で用済みだと襲いかかられるとしたら、どこかでモシャスをかけなおしておく必要もある。

 

「と言うか、報告するだけならあまり時間もかけられないわよねぇん」

 

 ザボエラとの打ち合わせはその後のことを考えると不自然ではないが、報告を放り出して部下の作成をするのは、流石に不自然な気がする。必要性のみに気をとられて、今、遅れて気が付いたわけだが。

 

「んー」

 

 報告をするだけして部下の作成などやることがあるのを理由にさっさと退出するべきか。この場合部下が少ないので退路だけは絶対確保しておかなくてはならないが。

 

「まぁ、とりあえずはザボエラ殿のとこよね」

 

 頭を悩ます問題が出てきたものの、すぐに解決策は思いつけず、とりあえず俺は引き続きザボエラの元に向かうことにするのだった。

 




と言う訳で、名前が決定しました。アンケートもこれにて締め切らせていただきます。
応募及び投票してくださった方に感謝を。
尚、彼の外見は武器をドラゴンキラーに変えたてっこうまじんっぽいイメージ。

次回、十五話C「報告と下準備2」に続くメラ。


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十五話C「報告と下準備2」

 

「キヒッ、これはトゥース様」

 

 俺の姿を見ると揉み手をしつつザボエラは自分から近寄ってきた。まぁ、次の作戦のメインに据えたのも俺で秘蔵呪文の公開によって評価を一変させると言ったのも俺なのだ。ザボエラの性格を考えれば、結果が出るか自分の身が危うくでもならない限りこういう態度で接してくることに驚きはない。

 

「ただいま。ニュンケルに例の呪文を伝授してって頼んでおいた件だけど」

「は、はい。バッチリですじゃ」

「そう」

 

 ザボエラからの言葉で俺は密かに安堵する。俺の計画がうまく行くか、一応検証もしておきたいところだがとりあえず第一段階はクリアしたと見ていいと思う。

 

「ニュンケル」

『にゅん』

 

 俺がザボエラの向こうへ呼びかければ、メラゴーストが一人ふよふよとこちらへやってくる。呪文の会得と練習を考えれば、モシャスに回す魔法力もなかったのだろう。だが、俺にはむしろちょうど良く。お披露目までに俺の想定した通りのことが披露できるのか確認しておきたいという理由を前に出せば、ザボエラもニュンケルを連れて行くことに否とは言えないだろう。

 

「バラン殿と勇者一行の戦いは終わったから、報告のあとまずニュンケルに伝授してもらった呪文のお披露目をして、ザボエラ殿メインの作戦はその後を予定してるわ。呪文のお披露目でザボエラ殿の評価を上げた後の方がメインに据えても他所から文句が出にくいから」

 

 この場合の他所と言うとダイとの再戦の機会を全く与えられていないハドラーくらいしかない訳だが。

 

「ところでザボエラ殿は他に予定とかは入れてるかしら?」

 

 ハドラーと言う名でふと思い出したのは原作でザボエラがハドラーを改造した一件だ。俺の始末を大魔王が考えて居たなら、同時進行でザボエラにハドラーの改造を命じて居ても不思議はないかと思っての問いだが。

 

「いえ、なぜそのようなことをお聞きになられるのです?」

「お披露目に関して検証はするつもりだけど呪文の開発者はアナタでしょ? 疑問に思う点とか出てきた時に意見を聞きに来たら『今は手が離せない』なんてことになってたら困るからよ。その後の作戦の事前打ち合わせとかでも時間がとれない状況は避けたいなってのもあるけど」

「な、なる程。それならご安心を。呪文のお披露目や先の作戦についてはバーンさまもご存知ですので」

「あー」

 

 忙しいとわかってるところに別の用件をぶっこんでくるはずもない訳か。

 

「むしろ今なら、手が空いてそうな人物に割り振るわよね」

 

 ミストバーンかハドラーかは解からないが。

 

「すっきりしたわ、ありがとう。それじゃあバーンさまへ報告してくるけど、お披露目も作戦も予定通りでいいわね?」

 

 予期せぬトラブルでもうちょっとかかりますでは困るからと確認をとれば、問題ない旨の返事がザボエラから帰ってきて。

 

「そう」

 

 それじゃあねと片手を上げ俺はザボエラの元を去る。

 

「ニュンケル」

『にゅん?』

「他の分体と合体分裂して会得した呪文をいきわたらせて。アナタが伝達するのは一人でいいわ」

 

 文官の補佐をしてる分体達のモシャスをし直す部屋なら、分体が結構な確率でたむろしてるだろうし、スカラの呪文で防御力を上げて物理的にぺちぺちしていれば分裂もそれほど苦労はしないだろう。流石にオリハルコン製の部下を作る時間的な余裕はなくてもそれぐらいならできる筈で。

 

「あとはアルビナスだけど」

「おーっほっほっほ、おかえりなさいまし、トゥース様」

「ああ、やっぱり」

 

 合流できないならバーンパレスで待っているのでは思ったが、正解だったらしい。高笑いを上げ、やたら大きな胸を弾ませて駆けてくる女王にオリハルコン製だったはずだよなぁと首をかしげたくなるが、胸部の二人はスライムのような動作で動いていたので、任意に軟化させることができたりするんだろう。そんな機能をつけた覚えはないのだが、打撃には有効そうな気がする。

 

「あ」

 

 原作で戦うのがマァムだからそれを見越して拳法家殺し的な性質をもたせたんだろうか。

 

「どうしまして?」

「いえ、なんでもないわ」

 

 そう言えばマァムは原作でアルビナスとの最終決戦において戦いを避けようとしたこともあったはずだ。まさか女王の希望者が多かった理由って、原作の流れになった場合休戦に同意すれば生き延びられると踏んだからなのではと、今更ながらに気づく。

 

「そう、ね」

 

 生き延びたい、のんびり暮らしたいと思う俺の分体なら女王に希望が殺到するのは納得の理由だった。主人が俺では兵士の駒も成長で主人が滅んでも死なない全く独立した生物になる可能性は低いだろうし。ただ、今それに気付けたのは大きいと思う。この後部下を作る時に分体を説得しやすくなると思うから。

 




あかん、報告部分までいけんかった。

尚、女王が人気だった理由は今話で触れたとおりです。

次回、十六話C「報告と下準備3」に続くメラ。


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十六話C「報告と下準備3」

『バーンさまへの報告前じゃなかったら殴ってた』

 

 モシャスをし直すための部屋に向かう途中で偶々会った文官の手伝いに回ってる分体の表情を言語化するとしたら、そんな感じだろうか。こう、笑顔なのに謎の圧があると言う感じで、原因を鑑みれば俺の自業自得でもある訳だが。

 

「伝えたいことは分裂合体で知らされてるって思っていいかな?」

 

 などと確認するわけにもいかない。どこに魔王軍の目や耳があるかわからないのだから。それでもまったくだんまりなのは不自然だと思い、魔王軍に聞かれても良い範囲での最近有ったことを明かしつつ俺達はモシャスの為の部屋に向かう。部屋の方にも分体はいるかもしれないし、居るならニュンケルと合体させてマホプラウスの使い手も増やしておきたい。

 

「ふぅ」

 

 それはそれとして、合体と分裂でマホプラウスの使い手を増やしたら俺はニュンケルと魔改造女王を連れて大魔王の元に赴かないといけない。戦勝報告とだけ考えれば気負う必要なんてない筈なのだが。

 

「どうかされまして?」

「何でもない、と言いたいけどぉ……ちょっとねぇん。ここまで、いろいろあったなぁって」

 

 このタイミングで回想シーンを挟むとかちょっと死亡フラグっぽい気もするが、他者の目のあるかもしれない廊下で「始末される可能性を考慮して緊張してました」だなんて言えるはずもない。

 

「モシャス用の部屋まで、もう結構近くに来たわよねぇん」

「ええ、そうですわね」

『にゅん』

 

 二人分の返事を聞きながら進む廊下は、薄暗い。これはまだバーンパレスが死の大地の地中にあり、明り取りできる場所が少ないからだが、地下にある魔界の出身者からすればむしろこの暗さの方が過ごしやすかったりするんだろうかと酷くどうでもいいことをつい考える。

 

「あ、あそこだ」

 

 足を運ぶのも最初ではないので、すぐにモシャス用の部屋の入り口を見つけた俺は先ほどあった分体とニュンケルを伴って部屋の中へ足を踏み入れる。アルビナスは部屋の前で待機を命じた。そもそも、モシャスするだけの部屋なので耐火性と数人が変身できるぐらいに一定の広さがあれば他に求めるモノはない部屋なのだ。

 

「モシャスで変身する分には良くてもねぇ」

 

 ぺしぺしして分裂してゆくには流石に手狭な感が否めない。派手な攻防にはならなくても分裂で増えればすぐ狭くなってしまうのだから。それでも俺も入っていったのは中でモシャスしてる分体が居た場合、軽く事情説明するためだ。

 

「あ、トゥース様」

『あ、トゥース様』

「突然ごめんなさいねぇん。実は――」

 

 案の定というべきか、中には変身前と変身後で合わせて二人ほど分体が居て、俺へすぐに気づいた二人に軽く謝罪した上で俺はニュンケルがマホプラウスを会得したことと、合体分裂で使い手を増やすためにここへ足を運んだことをまず説明する。

 

「なるほど、それじゃ俺はモシャス切れるまでお預けですね。ので、モシャスが切れそうな仲間に声をかけてきます」

『じゃ、俺はニュンケルと合体しますね』

 

 使える呪文が増える有用性については説明するまでもなく、すんなりとこちらの指示に分体達は従って。

 

「けど、本当にモシャスって便利よねぇ」

 

 俺が部屋を出て大魔王の元へ向かうのにそれほど時間はかからなかった。スカラで防御力を高めた上でのどつきあいで分体は前より数を増やし、受けたダメージもモシャスで回復呪文の使える人物に分体のだれかがなればあっさり癒せる。

 

「とりあえず、マホプラウスについてはあれでいいとして――」

 

 バーンと謁見する間へ歩きつつ俺は考える。やり残したことはないか、と。

 

「どうしたにゅん?」

「いや、なんでもない」

 

 流石に大魔王の前でまでオネエ口調はあれだと、ただ口調だけを戻し。

 

◇◆◇

 

「そうか、勇者はバランに敗れたか」

 

 バーンの前へ至った俺は、報告を聞いて口を開いた大魔王にはいと肯定を返した。片膝をつき控えた状態ではあるが気になるキルバーンとミストバーンの姿はバーンの左右にあり、戦いになったとしても挟み撃ちされると言うことはないと思う。

 

「記憶を失った勇者ダイはバラン殿の元に。親子水入らずの方が良いかと思い、こうしておれだけが報告に来ました」

 

 加えてポップも捕まえて牢へ入れてきたこと、ヒュンケルと合わせ両者の身柄は次の作戦で利用しようと考えていること、マホプラウスの伝授が終わったことなど俺は更に報告を続け。

 

「トゥースよ、大儀であった。お主の言う次の作戦が終われば、もはや余の行いに水を差す者は誰も現れまい」

「はっ」

 

 ここに一人居るんですけどなどとは言わず、畏まって俺は次の反応を待ち。

 

「ザボエラにはお主から伝えておくがよい。秘呪文のお披露目とやら、余もいささか興味をいだいているとな」

「は、はい」

「さて、準備もあろう。退出を許す」

「はっ」

 

 すんなりと下がることを許され、反射的に応じたものの、実際大魔王の元を後にすると、拍子抜けすると同時に何故と疑問を覚えたのだった。

 




次回、十七話C「反逆の下準備」に続くメラ。


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十七話C「反逆の下準備」

「えーと」

 

 お前はもう用済みだって言われるかと思ったらすんなり退出を許された件について、そんな題名が脳裏に浮かぶ中、俺はかつてアルビナスを作った場所へと向かって歩いていた。魔改造アルビナスの実戦は幸か不幸か今のところないが、分体三人分の魔法力と三回行動は正直今の自分でも敵に回したくない相手と思える程だと自負している。分体を注入するだけでギラ、イオ、メラ、ヒャド系の呪文全ての他、補助呪文にルーラと言った移動呪文など様々な呪文を使用可能になるのだ。

 

「まぁ、分体の同意が不可欠でもあるんだけど」

 

 俺の分体が生き延びることに拘ってるなら、原作での退場が早く生き延びる方策もなかった駒の人気がなかったのも納得ではある。例外はポーンの駒だが、あれはハドラーが作ったから創造主の死後も生き延びた気がするし、俺と分体で同じことができるかと言うと疑問に残るというのもある。

 

「あ、そっか。同意もだけど――」

 

 武器も用意しないといけないかと俺が呟けば。

 

「他の親衛隊のことでして?」

「あ、うん。まぁ、勇者一行はもう再起も厳しそうだけど、親衛隊が全員無手ってのもあれだし」

 

 口を開いた魔改造アルビナスに頷きを返す。他の親衛隊をそろえることは駒を下賜したバーンも承知の上だろうから口に出すが、バーンとの戦いに備えてとはいえないので俺はそう返し。

 

「それならミストバーン殿をあたるか、ハドラー殿を当たる必要が有りますわね」

「え?」

 

 ミストバーンは解かる。だが何故ハドラーをと思ったのが解かったんだろう。

 

「トゥース様が欲しがりそうな装備を調べておきまして、その一つであるシャハルの盾はおそらくですけれど、ハドラー殿がお持ちですもの」

「へ」

 

 返ってきた言葉に思わず俺は振り返ったが、ああそうかと自己解決して視線を前に戻す。原作ではオリハルコン製の親衛隊はハドラーのものだったのだ、きっと俺は忘れてるが原作にハドラーから貰ったとか言ってる描写があるんだろう。ただ、元は同じはずなのによく覚えていたなあと思い。

 

「そっか」

 

 そう言えば魔改造アルビナスは一人で三人分だったっけと納得する。うまくかみ合えば他の二人が一人の思考や記憶を補佐することでオリジナルをしのぐこともできるってことなんだと。まぁ、喧嘩とかした時はすごく大変そうだが。

 

「じゃあ、残りの親衛隊が完成したらハドラー殿のとこにも足を運ばないとなぁ」

 

 マホカンタの呪文はあるものの、それとは別に反射呪文の効果のある盾は欲しい。差し出せる対価がないのが難点だが、そこは親衛隊を完成させてハドラーの元に向かうまでに用意できればいいだけの話であり。まず、俺がすべきことは別にある。

 

「トゥース様?」

「いや、親衛隊になってくれる分体探さないと」

 

 俺は行く先を報告の前に足を運んだモシャス用の部屋へと変えた。あそこならマホプラウスの伝授の為に分体が集まってると踏んで。

 

「あ、トゥース様」

『ちょ押すな』

『どうしたんです?』

『んぷ、誰だよ今の』

 

 実際その通りだった。狭い部屋にぎゅうぎゅう詰めとまではいかないものの、部屋の中はかなりの人口密度、もといメラゴ―スト密度だった。

 

「あー、作戦が一段落したから、今のうちに親衛隊を揃えておこうかなって思って」

『『あー』』

 

 すぐに納得したような声があちこちから洩れて重なったのは、俺が魔改造アルビナスだけ連れているからというのもあるのだろう。

 

「こう、コイツのこともあるからいっそのこと親衛隊は全員女性にしてそれぞれ三人に注入してもらうのもどうかなって考えたんだけど」

 

 生存を望むなら、アルビナスと同じ一部盛り過ぎの三位一体は悪くないと思うのだ。そも、原作でマァムとアルビナスが戦うことになったのは親衛隊の中でアルビナスが紅一点だったというのもあると思う。他をみんな女体化させれば、マァムとぶつかる可能性が女王に限らなくなって他の駒でも妥協してくれるのではというアイデアだ。

 

『トゥースさま』

『ご自分の言ってること、ちゃんと理解されてます?』

 

 だが返ってきたのは、生暖かい視線で。

 

「え?」

『そこの女王みたいな超乳お化け五人侍らせるってことですよ?』

「あ゛」

 

 指摘されてようやく気付く、そのビジュアルのアレ加減に。

 

「わかったよ。じゃあナイトの頭部は乳牛にしよう」

『ボケて現実逃避しないでください、トゥース様』

 

 何とか誤魔化そうとして口にした思い付きもあっさり突っ込まれる。

 

「だってさ、こっちとしては親衛隊は揃えたいんだよ? けど、乗り気じゃないから――」

 

 俺なりに頑張ったのだ。頑張って考えたのだ。

 

『とりあえず努力は認めますから』

『それにまぁ、オリハルコンボディに興味がない訳でもありませんし』

『俺はおっぱいでもいいですけどね』

「おい、そこ! まぜっかえすなよ!」

 

 思わず膝を抱えたくなったところで声をかけてくれた分体が居るかと思えば、今更ながらに胸部でいいと言い出す奴もいて。

 

「ええと、ありがとう」

 

 なんやかんやで希望者を一定数揃えられそうなことに俺はとりあえず礼を言うのだった。

 




次回、十八話C「親衛隊、揃う」に続くメラ。


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十八話C「親衛隊、揃う」

『けどトゥース様、ビショップ作るのは少しだけ待った方が良いと思いますよ』

 

 残るオリハルコンの駒へ注入されてくれそうな分体がほぼそろったところで、そう進言されたのは、親衛隊の製作の為に場所を移そうかとしたタイミングだった。

 

「待つ?」

『はい、今のままだと、完成した僧正はビショップにも関わらず僧侶系の呪文が一切使えない詐欺仕様になります』

「あ」

 

 指摘されて気づくのもアレだが、言われてみればその通りだった。原作同様注入しなければ真空の刃で敵を切り刻むバギ系を極めたビショップが誕生するかもしれないが、作り手が俺で分体も注入しないとなると、オリジナルよりスペックの劣ったビショップになってしまいかねない。

 

「しかし、僧侶の呪文、かぁ」

 

 一応のアテはある。マァムの母親に師事してる分体だ。だが、あの分体は立ち位置的に勇者側。大っぴらに接触するのは問題があると思うのだが。

 

「うーん、そっちに何か考えでも?」

『はい、一応は』

「え」

 

 少し悩んで聞き返してみるとあっさり案があると言われて俺は面を喰らう。

 

『ただ、準備に少しかかりますから、俺が注入されるのとビショップの加工は後回しにして他のメンバーから作成しておいて下さい』

「そ、そう」

『あ、ただし僧侶の呪文使わせたい親衛隊が他にもいるならその駒の親衛隊化も待ってもらえるとありがたいですけど』

「んー、それなら作成は見合わせて先に他のことしてる、かな」

 

 ニュンケルを始めとしてマホプラウスを使える分体が増えたにもかかわらず、検証の方はまだ手つかずだった気がするのだ。

 

「お披露目前に色々見せちゃうと興ざめだろうし、こういうのは隠れてこっそりとやりたいとこだけど」

 

 口にしたのは表向きの理由。このマホプラウスだが大魔王を討つつもりならば要となる呪文なのだ。

 

「どこかちょうどいい場所は……あ、あった」

『トゥース様?』

「ごめん、何人かついてきて」

 

 俺が思いついた場所は、軍団長ならともかく、偵察用の使い魔ではとてもではないが入ってこられない場所。俺は向かう先を外へと変えて。

 

「レムオル、ルーラッ!」

 

 透明化呪文で行先を悟られないようにしてから、瞬間移動呪文で飛び立つ。向かう先はそう、あの島、デルムリン島だ。

 

「マホプラウスの真価、確認させてもらうよ」

 

 死の大地が後方に遠ざかる中、俺は呟き。

 

◇◆◇

 

「はぁ、はぁ、はぁ……成功、した」

 

 人気もモンスターの姿もないデルムリン島の森の中、俺は呼吸を整える。

 

『話してもらえれば理論上は可能かも、とは思ってたけど』

『トゥ……A1は変態。これだけは確か』

『一歩間違えば自爆技って辺り、メドラから成長がゼロだよなぁ』

 

 呆れの成分を含んだ分体達の言いたい放題に反射的に叫びたくなるが、今は我慢するしかない。大魔王戦の切り札が実現可能なことが判明しただけでも成果としては大きい。

 

「けど、マホプラウスの方だけじゃなくてこっちも成功とは、うん」

 

 両手持ちの形で俺が握るのはプラスとマイナスの魔法力を合わせて作り上げた全てを消失させる巨大剣。炎の闘気と俺自身がメラとヒャドをそれぞれ担当することで作り上げているものだ。

 

「『メドラ・ブレード』とでも名付けようかな……ただ、うっ、く」

 

 撃ち出す形の参考元であるメドローアと違い、展開してるだけでかなりの魔法力を持ってかれる燃費の方は最悪の呪文だ。

 

「もっとも、近接で使えるメドローアってとこがミソだけどさ」

 

 直接相手にぶつけるタイプであり、常時展開型であるからこそ反射呪文の内側に飛び込んで斬りかかればマホカンタでも防げず、原作でメドローアを払いのけた大魔王の手刀でも一時的に刀身を散らすことしか出来ない。

 

「確か黒の核晶もメドローア系なら爆発させる前に消滅させられるって聞いた気がするし」

 

 大魔王だけでなくこれはミストバーンやキルバーン、そしてそう言えば謁見で姿を見なかった気がするハドラーとの戦いになっても猛威を振るってくれるはずだ。

 

「じゃあ、帰るか。レムオルとルーラを誰かお願い」

 

 達成感と確信を胸に、魔法力は殆ど使い果たしていた俺は自分のかわりに呪文を使ってくれるよう頼み。

 

「ただい」

『どこ行ってたんですか、アンタらぁッ』

「ほばっ?!」

 

 バーンパレスに戻るや作成の為の部屋に入ったところでまるで武闘家か何かの心得があるかのような動きの分体に俺は殴られたのだった。

 




うぐぐ、揃うところまで書けなかった。
と言う訳で近接消滅呪文の最終形態が完成。何だかすれいやーずのラグナ何とかっぽくなったけど気にしない。

次回、十九話C「親衛隊、揃う2」に続くメラ。


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十九話C「親衛隊、揃う2」

「そりゃ、待たせたのも無断で出かけたのも悪かったけどさぁ」

 

 なんて言い訳すれば再び袋叩きにされるのは目に見えて居たので、俺は黙って親衛隊作成の準備をしていた。分体達は合体と分裂をもう終えて、僧侶の呪文を会得した上、武闘家の戦い方もある程度覚えたらしい。原作でもチートだった一発でも当たれば過剰回復で相手の身体をぶっ壊してくって原作マァムの使ってた奥義はさすがに会得できなかったみたいだが、元々魔法使いである俺からすれば、接近戦でも普通に戦えるようになった分体達はちょっと羨ましくあったりもする。

 

「とりあえず、作成を始めていこう……ええと、順番どうしよう?」

『ほぼメンバーも決まってますし、兵士から順番に作っていけばいいのでは?』

「それもそっか」

 

 分体の言葉に納得して、最初に手掛けることにしたのは兵士の駒。シンプルであるが故に一番困った駒でもある、駄洒落ではなく。

 

「こう、特性がないからこそ女体化、もとい三位一体させるなら筆頭候補なんだけど……」

 

 兵士に立候補した分体が外見上の性転換に難色を示したため、兵士の駒はシンプルに分体を一人注入する方針で話は進んだ。合体によって武闘家と僧侶の修行分の成長を手に入れた分体達は実質的に武闘家として立ち回れる賢者のようなモノだ。確認を取ったところザオリクとベホマラーを習得していると聞いたので、分体たちにおける回復面での不安が吹っ飛んだと見ていいだろう。つまり、ポーンの親衛隊もオリハルコンの身体を活かした格闘戦と魔法使い及び僧侶の呪文が使用可能な万能型になった訳だ。ボディデザインは普通に原作のを丸パクリスペクトしたので、おそらく原作のポーンが使っていた技ものちに取得したもの以外は使えると見ていい。

 

「名前はヒムでいいよね?」

「おう、トゥースさまの呼びやすい奴でかまわねえよ」

 

 そう作りたてのポーン自身も言ってくれたことで、ポーンの名はヒムとし。

 

「で、ナイトはシグマ、と」

 

 続いて製作した乳牛の頭部をもつナイトを一瞥すると、俺は視線を次の駒へと向け。

 

「スルーすんなぁぁぁ!」

「おべっ』

 

 側頭部をオリハルコンの手で叩かれた俺はモシャスが解け、メラゴーストに戻る。

 

『痛ぅ、なにすん』

「何するのかもなにもあるか! 現実逃避のボケかと思ったら本当に乳牛とはどういうことだ!」

 

 オリハルコン製で熱くないのかガッと俺を掴んだナイトことシグマの胸には、アルビナスのモノと同じ大きさの胸部の膨らみがお前本当にオリハルコンかよと問いただしたくなる程ぽよんぽよん跳ねていた。

 

『だって、馬面が嫌って話だったから、人の顔に変形する機構つけるっていったら三人も希望者が出ちゃったんだもの』

 

 内二人が胸部でよいと妥協してくれたので、親衛隊二人目の女性隊士が誕生したという訳だ。

 

「だものではない! 確かに胸部に二人くっつくことは同意したが、この頭部でナイトを名乗ったら絶対言われるだろう、『乳牛の間違いなのでは』と!」

『そ、そこはほら、変形させれば』

 

 一応俺としては人の顔に変形する機構はちゃんと搭載した。牛の頭部が上にせり上がって兜の様になり、その下に女性の顔が現れるという自信作だ。加えて原作にはない機構なので女性の顔部分はこの上なく全力で取り組んだ。乳牛フェイスとのギャップも考え、凛々しくありながらもかわいらしさを失わない人間でいうところの十六歳前後の少女をイメージして作り上げた顔は、後になって自分の好みを反映しまくってることに気づいたのだが。

 

『トニカク、ソッチ ノ カオ ハ ジシンサク ナンダカラ、イイ ジャナイカ』

「何故カタコトなのだ?!」

 

 できればそこには突っ込まないで欲しいと俺は切に思う。ともあれ、そんな風に一部脱線しつつも親衛隊の作成は進んでゆき。

 

 ◇◆◇

 

『ふぅ、終わった』

「っと」

 

 全員作り終えたところで俺は疲労と消耗から床に倒れ込み。ポーンのヒムが掴んでくれなければ、床にうつ伏せの姿勢となっていたと思う。

 

『僧正・フェンブレン……そして城兵・ブロック。これで全員が揃った……』

 

 大柄な城兵と全身が刃で出来た僧正、見た目だけなら残りの二人に外見上の変化は全くない、原作通りの姿だ。ただし、色々ギミックを詰め込んだり分体を注入しているのであくまで似ているのはガワだけだろうが。

 

『こう、何とも言えない気分だ……』

 

 一人だけ美少女の顔の方でシグマだけが何故か仏頂面だったが、ともあれ、こうして大魔王打倒のための戦力はほぼそろった。後はマホプラウスのお披露目の時に大魔王の様子を見て、決戦に挑むタイミングを決める。分体をダイに変え、俺自身がバランなっておけば思念派である程度近い距離なら内密な意思疎通は可能。これにハンドサインのようなモノを決めて組み込めば意思疎通面での失敗はおそらくない。

 

『じゃあ、モシャスをかけ直したらお披露目に行こう』

 

 流石に駒の提供者に見せない訳にはいかず、親衛隊からの声が揃う中、シグマだけはまだ腑に落ちない顔をしていた。

 




シグマは犠牲になったのだ、主人公のボケの犠牲にな。

次回、二十話C「決戦の足音」に続くメラ。


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二十話C「決戦の足音」

「……来たか」

 

 大魔王の視線が閉まった扉の前に立つ俺たちへと向く。

 

「偉大なる大魔王バーン様、今ここに新たなる我が部下たちをお目にかけます!」

 

 原作のハドラーならそんな口上を言いつつ紹介したような気がするが、アルビナスのみ先行で見せているこちらは事情も異なるし、何よりそんな言いまわしの出来るようなボギャブラリーも存在しない、よって。

 

「はい。残る部下も完成いたしましたので――」

 

 下手に言葉を飾っても無残な結果が待つだけと、頷いた後はシンプルに並ぶ部下をシンプルに名前を呼ぶだけの簡単なご紹介のつもりでいる。

 

「兵士・ヒム!」

 

 俺が名を呼べば後方で金属の擦れる音がした。きっと敬礼とか何がしらかのポーズをとってオリハルコン製の身体の部位同士が擦れたのだろう。

 

「騎士・シグマ!」

「……騎士?」

「はっ、騎士です」

 

 二人目を呼んだ時、大魔王が何か言いたげにこちらを見たが、頷いておく。どこから見ても乳牛でも素材は騎士の駒なのだ。

 

「僧正・フェンブレン!」

 

 続いて三人目を呼ぶが、他の二人同様に言葉は発さない。オリハルコンボディの擦れる音でやはり何らかの反応をしていることはわかるが、振り返る訳にもいかないので、俺は淡々と名を読み上げ続ける。

 

「城兵・ブロック!」

 

 最後に女王だが、女王のお披露目は済んでいるので他の面々同様に名を呼びはせず。

 

「これに先にお披露目させていただいた女王・アルビナスを加え、我が親衛隊となります」

「ふむ……先に見せて貰ったのでな、女王のことについてはある程度知っている。騎士の見た目はそれを流用したか」

「はい」

 

 大魔王の言葉を肯定しつつ思う。親衛隊の中では女王と騎士が二強だと。分体の数が多いというのはそれだけで魔法力が分体三人分と言うことであり、大きすぎる胸の膨らみは近接戦闘では不利の様に見えるかもしれないが、左右の胸の膨らみは女王と同様パージして自立行動できるようになっているので実際にはそんなこともなく。加えて僧侶の修行をしていた分体の力を得た分体を注入したことで、シグマは本体も胸部も素早さを上昇させるピオリムの呪文が使えるのだ。遅くなるどころか補助呪文による素早さの上昇でオリジナルをはるかに超えた速度で動きまわることができる。

 

「……素晴らしいぞ、トゥース。よくぞここまでの戦力をそろえた。見事残るアバンの使徒の残党を討ち倒し世界を制圧した暁には、この地上、おまえにくれてやろう。そこにお主の言う人間どもの生存域とやらを作るのも自由だ」

「は、有り難き幸せ」

 

 そう応じつつも、原作でハドラーに向けた言葉に近い言いまわしに、俺は大魔王が約束を守る気がないことを確信する。

 

「では、呪文のお披露目の準備もありますので、おれはこれで」

 

 決戦は近い。それまでにどれだけ準備を終えられるか。切り札は検証を終え、出来ることがあるとしたら、バーンの側に侍るミストバーンとキルバーンの両者への対策くらいだろうが。暇を請い、くるりと踵を返して退室しながら俺は考える。マホプラウスのお披露目の時であれば、呪文をより強力にするための名目で文官に協力させている分体達をかき集めることは可能だが、バーンがそれを許すとは思えない。いくら大魔王に反射呪文があるとはいえ、数は力だ。そして分体もおれも見せてない切り札があるぐらいは理解しているだろう。

 

「うーん、お披露目かぁ」

 

 表向きはマホプラウスのお披露目について悩んでるふりをしつつ、その実大魔王の意向を想像しつつ俺は廊下を進む。俺が反逆することを想定しているなら、マホプラウスのお披露目より前にバーンはこちらを排除しようとするだろう。

 

「とりあえず、ザボエラ殿のところに行こう」

「「はっ」」

 

 揃う親衛隊の返事を聞きながら考えるのは、排除しようとするなら、大魔王がどう動くかを考える。暗殺とするなら死神を差し向けるとか何だろうが、キルバーン単体ならぶっちゃけ怖くはない。親衛隊が揃っている今、各個撃破の第一号になって終わりだろう。キルバーンの能力で恐ろしいのは聞いたものを行動不能にする鎌に仕込まれた笛の音と数々の罠、そして頭部に埋め込まれた黒の核晶。このうち黒の核晶はバーンパレス内では使えないであろうから、警戒すべきは笛の音で動きを封じられてのなぶり殺しか、対処不能な罠にかけられての死だ。ただ、なんとなくではあるもののキルバーンを単体で差し向けてくる気はせず。

 

 

「トゥース様?」

「あ、ごめん」

 

 訝しむヒムの声で我に返った俺は軽く詫びてそのままザボエラの元に向かうのだった。

 

 




次回、二十一話C「読めない思惑」に続くメラ。


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二十一話C「読めない思惑」

短めです、済みませぬ。


「ザボエラ殿、居る?」

 

 ひょっとしたら途中で襲撃があるのではと少し警戒もしたのだが、何事もなく俺達はニュンケルをザボエラに預けた時訪れた場所にたどり着いていた。

 

「おお、これはトゥース様」

「あ、居た。親衛隊のみんなをお披露目してきたんだけどぉ、これであとは呪文のお披露目とザボエラ殿をメインに据えた作戦を残すのみでしょ?」

 

 間違いが有ってはいけないという態で、ザボエラには打ち合わせに来たと話しつつ、ところでと話題を変えて、他に手掛けてることはないかと聞いてみる。

 

「ヒョ、他にですと?」

「なければいいのよ。当日までに打ち合わせをするにしても他のことで手が離せないって時にお邪魔する訳にも行かないでしょ?」

 

 むろんそれは表向きの話で、俺がザボエラの技術を賞賛したことでバーンが見方を変え、ザボエラに何かの開発を命じていないかを探るためのモノでもあったのだが、ザボエラは本当に覚えもないのか、いえと首を横に振り。

 

「そう。なら、お披露目の時にどれだけ協力してくれる術者を割くかと……念のために試し撃ちもしておいた方がいいわよねぇん。想定以上の威力が出て、余波が何かを巻き込んだらことでしょうし、おおよそどれくらいの威力になるかの目算は必要なんじゃないかしら?」

「たしかに、そうですな」

「ただ、試し撃ちの状況をバーンさまに知られてしまうと、お披露目の時にあちらにも威力について想像がついてしまってお披露目の意味が半減しちゃいそうなのだけど、どこか人目につかなくて大威力の呪文を撃てそうなところってないかしら?」

「むぅ」

 

 相づちを打ったザボエラに提案するとザボエラは少し考えこんで。

 

「悪魔の目玉はワシの管轄ですし、一時的に監視の及ばない場所をここから離れた場所に用意するのは可能ですじゃ」

「まぁ、素敵♪ だったら、それを利用させてもらいましょうか」

 

 表向きの打ち合わせは恐ろしくスムーズに進んだ。ザボエラと居るからか、襲撃らしい襲撃もなく。

 

◇◆◇

 

「うーん」

 

 あっさりと打ち合わせは終わり、何もなく出てこれてしまったからこそ、俺はつい唸る。用済みだと始末にかかるという懸念が間違っていたのか、死神やミストバーンが俺たちの元に姿を見せることはなく、ここまで来れてしまった。

 

「トゥース様?」

「いや、好事魔が多しだっけ? すんなりいくときこそ足元を取られかねないって言うからさ。こう、何事もないのが逆に気になってさ」

 

 何か見落としてるのではという疑心暗鬼にかられる、と言うのは言い過ぎか。実際何か見落としているのかもしれない訳だし。

 

「とりあえず……あ」

 

 動いてみようと言いかけてふと思い至る。

 

「トゥース様、今度はどうなさいまして?」

「うん、バラン殿のところ……家族水入らずにしておこうと思ったんだけど」

 

 ザボエラのところへ行く途中でキルバーンのみで襲撃してくるなら各個撃破の第一号にするだけと考えたが、バーンも各個撃破を考え、バランも俺たちの仲間とみなしているとしたら。

 

「拙い」

 

 そう声には出さなかったが、確認しておく必要がある。ダイとバランの戦いがやらせで、捕虜と記憶を失ったふりのダイをバーンパレスに連れてきて内からパレスを攻略しようと考えているとか大魔王が俺たちの行動を見たとしたら、プレイハードと俺のふりをした分体のいる牢より記憶喪失のダイを連れただけのバランの方が明らかに倒しやすい。バランは強いが、記憶を失ったダイは足手まとい以外のなにものでもないのだ。加えて、そういえばハドラーの姿を謁見の間で見ていなかった気もする。先日のハドラーの先走りは俺の誤解だったが、大魔王の意を受けてハドラーがバランたちの排除に動いたとすると話は変わる。

 

「お披露目のこととか、連絡しないといけないことは色々あるからさ。使い魔とかでもいい気はするんだけど、記憶喪失中のダイに怯えられる可能性もあるから、あちらの状況確認も鑑みて、ね」

 

 表向きはそういう名目で俺はパレスの外に向かう。悪い方の想像が当たらないように秘かに願いながら。

 




次回、二十二話C「嫌な想像の先」に続くメラ。


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二十二話C「嫌な想像の先」

「ルーラッ!」

 

 呪文を唱え飛び立つ先は、パプニカで二度目の戦場となった城下町の外だ。

 

「っ、こんなことになるなら――」

 

 水入らずなどと気を遣わず、所在をしっかり確認しておくべきだった。悔みながらも俺がそこに向かった理由は、ダイを連れ去ったバランが必ず立ち寄る場所だからだ。直接見た訳ではないものの、あそこには竜騎衆の亡骸があったのだから。

 

「バランなら、部下の遺体を放棄はしない。ただ」

 

 そのあとでルーラを使って移動された場合、追跡は困難だ。原作でバランが魔王軍から離反してキルバーンに襲われた場所も思い出せたのは、どこかの山地の洞窟ってことだけなのだから。

 

「間に合うはずがない」

 

 心のどこかでわかっていながらも祈るようにして空を飛び、たどり着いた先にあったのは、死体も武器や防具の残骸もない、ただの荒れ地。いや、周辺の荒れ具合はここで行われた激闘の名残ではあるのだろう。

 

「はぁ、わかってたけど」

 

 バランはここで竜騎衆二人の亡骸を回収してどこかに去ったのだろう。

 

「ヒム、シグマ、フェンブレン、ブロック、アルビナス……ここは手分けしてバラン殿の居場所を」

『トゥース様ぁ』

 

 探すよと続けようとした時だった、空からメラゴーストが降ってきたのは。

 

「え」

『バラン殿の居場所を探してるんでしょ? 悪魔の目玉に命じて探しておきました』

 

 何故このタイミングでと、一瞬思うも、相手が自分の分体なら答えは簡単だった。同じことを考えながらも慌てた俺とは違って冷静にどうすべきかを考えたのだろう。

 

「ひょっとして、そこにルーラは可能?」

『もちろん、悪魔の目玉越しですけど光景はしっかり覚えてきたので』

「じゃあ、お願い」

 

 一秒でも無駄にしたくない。俺はすぐさま連れて行ってくれるよう頼み。

 

「待て」

「っ」

 

 背後から聞こえた声へ振り返れば、そこに立っていたのは修復の終わらぬボロボロの鎧を着込んだクロコダインだった。

 

「獣王……」

「まさかそちらから姿を現すと……なっ?!」

「あ」

 

 こちらと戦うつもりだったのか、身構えた獣王の表情が驚愕に変わったのは、きっと分体を見たからだろう。

 

「だああっ、もう、めんどくさいわねぇん。もう、いいわ。こいつも一緒でいいからルーラを」

『えっ』

 

 説明してる時間が惜しい。分体は一瞬真意を問う様にこっちを見るが、間に合わなくなったらどうしようもない。

 

『ルーラ』

 

 無言で頷いた俺を見て分体が呪文を唱え。

 

「っ、どういう」

「質問は後! ダイちゃんとバラン殿が危ないかもしれないのよ!」

 

 着地したところで投げられそうだったクロコダインの問いに先回りで雑に叫ぶと俺は駆け出した。

 

「拙い」

 

 駆け出しつつ洞窟の中に入れば反響して聞こえてきたのは、バランとキルバーンの声の一部。どうやら原作よろしくバーンはキルバーンをバランへ差し向けたらしい。

 

「今ならダイちゃんを庇ってバラン殿もまともに戦えないものね」

 

 将来的に敵になることを考えれば、討つには絶好のタイミングだ。同時に仕損じれば確実にバランを敵に回してしまうはずだが、それでもこの機会は逃せなかったのか。

 

「……あの約束は嘘だったのか……?」

「……ウッフッフッフッ……!!」

 

 静かに問う声に死神が笑い、風切り音が続いた。

 

「みんな、耳を塞いで!」

 

 聞いた者の動きを封じる死神の笛、キルバーンが何をするかを察した俺は指示を出し、自分も耳を塞ぎつつ足を速める。耳を塞いだことでキルバーンとバランの会話も聞こえなくなるが、やむを得ない。ただ、急いで。

 

「あ」

 

 見えたのは蹲るダイの姿と、その前で剣を振るうバラン、そして腰から上下に両断されたキルバーンの姿。

 

「間に合わなかったどころか、普通に大丈夫だったっぽいわねぇん」

 

 足を止め嘆息した俺は、衣の魔杖を構える。

 

「ブラッディスクライドォ!」

「な」

 

 バランの驚いた声が上がるが、今はスルーだ。俺の放った技は前方右手にあった岩をそこに隠れていた者ごと容赦なく粉砕し。

 

「ふぅ、終わったわねぇん」

 

 衣服とぐずぐずに崩れてゆくキルバーンの本体だったモノの一部を見て安堵の息をつく。

 

「トゥースか、今のはいったい何の真似だ?」

「何の真似も何も、死神の本体が健在だったのに気づかないみたいだったからちょっと手を出したの」

「な、に?」

「しっかり確認すればわかると思うけど、そっちのそれ、人形よぉん? しかも物騒なことに黒の核晶が仕込まれた、ね」

 

 こういう時原作知識って本当に卑怯だなと思いつつも俺は上半身と下半身の泣き別れた人形を示し。

 

「だから――」

 

 炎の闘気にマヒャドの呪文を唱えさせ、人形の頭部を凍てつかせる。

 

「加えて血のかわりに魔界のマグマを使ってるんだったかしら? 放っておくと引火して大爆発とか本当に物騒よねぇん」

「……何故そんなことを知っている?」

 

 一瞬間を開けてそう問うたのは、思念会話が俺達だけの秘密だからだろう。

 

「いいじゃない、そんなこと。ただ」

 

 これでもはや、どちらも後には引けないだろう。俺もバーンも。

 

「アタシは親衛隊とバーンパレスに突入するわよ。時間をかければ次の刺客が来るもの。それよりそっちはどうするつもり? ダイちゃんを守ってお留守番してる?」

「いや」

 

 俺が問えばバランは首を横に振り俺の肩越しに俺の後ろへ視線を向け。

 

「クロコダイン、身勝手なのは百も承知だが……ディーノを頼む」

「なっ」

 

 訳も分からず連れてこられて、いきなり言われれば、獣王もそれは面を喰らうだろう。だが、その驚愕に付き合う余裕を俺は持ち合わせていなかった。

 

 




キルバーン、まさかの退場。

次回。番外51C「プレイハード(ポップ視点)」に続くメラ。


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番外51C「プレイハード(ポップ視点)」

「どうすりゃいいんだよ……」

 

 やるせなさを込めるようにおれはぐっと拳を握り締めた。あのトゥースって魔軍司令に自己犠牲呪文を邪魔されて気を失っちまっていたらしいおれが目を覚ましたのは、見たこともねぇ真四角の部屋の中だった。楔を連ねた様な形の鉄格子の向こうは鉄格子に近寄ればどうやら通路らしいってことがわかりはしたが、鉄格子を握った瞬間手に電撃が走って慌てて手を離したのはついさっきのこと。

 

「ダイは連れ去られちまうし、おまけに……」

「すまん」

 

 最後まで言う前にヒュンケルが絞り出したような声で詫びてくる。まさか、こいつが魔王軍に捕まっているとは思わなかった。

 

「責められやしねえよ、おれも捕まっちまったんだ。しかも」

 

 先生に頼まれてたメラ公まで今は同じ部屋に、いや牢屋にいる。

 

「プレイハードつったか、あいつ……」

 

 フレイザードそっくりのヤツを鉄格子の向こうに見た時は、ついに死んじまってここがあの世なのかと思った。その誤解を解いていったのも、新しい絶望をぶつけていったのもプレイハードと名乗ったそいつだった。

 

「大魔王の居城、バーンパレス……」

 

 ご丁寧にここがどこかを説明した上で、抜け出して下手に出歩けばまず命がないと忠告までくれやがった。そりゃ、大魔王の居城を守ってる魔物が強ええのはわかるけどよ。

 

「なんだよ、総オリハルコン製の勝てる敵しか狙わない掃除屋みたいなヤツって……」

 

 一切の呪文が効かず、味方とはぐれたとか負けながらも逃げ出して手傷を負ったり弱ってるやつを専門で狙うヤツがこの居城にはいるらしく、牢から逃げられても嬉々としてそいつがリビング・ピースって同じオリハルコン製の魔物を嗾け襲い掛かって来るって言う。

 

「クワーッハッハッハ! まぁ、弱っちい人間にゃこのバーンパレスをうろつくのは百年早ぇってこったな……とフレイザード辺りなら言うだろうよ」

 

 だが、とそのプレイハードって野郎は笑い方を変えて言った。

 

「苦境に、困難に挑むヤツは嫌いじゃねぇ。オレ自身、ハードな状況に身を置くのは大好きだしな。まぁ、立場上てめぇらを牢の外に出してやる訳にゃいかねぇが」

 

 と。

 

「それにトゥース様なら……ん?」

 

 そんで更に何か言うつもりだったらしいプレイハードは急に通路の先の方を向き。

 

「これはこれは、魔影参謀ミストバーンさまじゃねぇですかい」

「っ」

「ミストバーン!? ぐっ」

 

 プレイハードの口にした肩書と名にゃ聞き覚えがあった。バルジ島でフレイザードに鎧を与え、負けて目とその周りの炎だけの姿になったフレイザードを踏みにじって消したひでえヤツだ。同じ牢の中のヒュンケルが急に立ち上がって鉄格子に張り付き、伝わる電撃に顔を歪める。

 

「こんな牢屋に何か御用で?」

「……そうだ。次の作戦の予定が変更になった」

「へぇ?」

 

 鉄格子の関係で相手の様子は見えねぇおれに見えたのは、ミストバーンってやつの言葉で、プレイハードが左目の上あたりを微かに動かしたことぐらい。人間なら眉がある辺りか。

 

「予定の変更、なるほどねぇ。しかし、それならわざわざ魔影参謀さまが来なくても、使いっ走りの一人でも寄越してくれりゃ充分でしょうや。それに次の作戦はザボエラさまが主体の作戦の筈。作戦に直接関係ねぇあなたがここに来るってなぁどうにも腑に落ちねぇ」

「……何がいいたい?」

「お引き取りを。本当に予定変更ってんでしたら、手間ですがね……うちの大将、トゥース様を連れてもう一度お越しくだせぇ」

「ええっ?!」

 

 さま付けで呼んでた相手を追っ払おうとしたってだけでもおれにとっては驚きだった。

 

「……まぁ、無理でしょうがね」

「なに?」

「あなた、いやさてめぇが従うのは、大魔王のみ。で、大魔王の意向で作戦変更があったなら、トゥース様かオレみてぇな直属のヤツを伝令にした方が話が早ぇえ。それが出来ないってこたぁ、トゥース様が魔王軍から離反したってこったろ?」

「は?」

 

 にもかかわらず、プレイハードの口から飛び出してきた推測は更に大きな爆弾だった。

 

「ここは牢屋だ。そういう場所ってなぁ、囚人が逃げ出せねぇように隔離された場所に作られてることが多い。ここを含めてな。つまり、他所と隔離されたどん詰まり! 離反の情報もすぐに届かず、戦力としても分断されてる。各個撃破狙いなら誰でもここを狙うことを考えるだろうよ!!」

「離反で各個撃破って……こいつら仲間割れってことかよ」

 

 敵同士が争う、それだけならおれらにとってはラッキーなはずだ。けど、喜べるような状況でもない。おれたちは牢に囚われ、見ていることしかできないのだから。

 

 

 




実はけっこう前から構想してたんですよね、プレイハードVSミストバーン。

次回、番外52C「牢の前で(ポップ視点)」に続くメラ。


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番外52C「牢の前で(ポップ視点)」

「クッ……ククッ……クククッ」

 

 何かできることはねえかと視線を巡らせてみるも左右も後ろもレンガの様に石材で組まれた壁があるだけ。前方の鉄格子の向こうではプレイハードが肩を震わせていて。

 

「グワ~ッハッハッハ!! ウ、ウヒャハハハハハハ!!」

「……何がおかしい?」

 

 いきなり大笑いしだしたヤツに苛立ったのか、あのミストバーンってヤツの声が壁の向こう、通路の先からした。

 

「悪ぃ、悪ぃ、こんなハードな状況が待ってただなんて思ってもみなかったんでなァ。ククク、あの魔影参謀と戦うとかとんでもなくハードじゃねぇか」

 

 ああ、そういえばなんて本物のフレイザードを思い出しちまうのは、塔で出くわしたときのあいつと重なるところがあったからか。ただ、あいつは手柄が好きな野郎だったが、こいつは違う。不利な状況に身を置かれるのを楽しんでやがるんだ。

 

「おい、新入り。お前は手を出すな。協力プレイも嫌いじゃねぇが。特上のハードプレイはソロで味わいてぇからな」

「プレイハード?」

「なんだと?」

 

 振り向きもせず緑の鎧の奴にかけた声がそれを証明してやがる。味方がいるのに一人で向かって行こうってヤツの言にはミストバーンだけではなく鎧のヤツまでが驚いていて。

 

「それにてめえにゃてめえの目的があんだろうが!」

 

 そう言いつつプレイハードはおれたちの方を見た。だが、目的なんて言われてもおれには訳が分からねえ。とはいえ、聞いても答えてくれるかどうかもわからねえ。

 

「け、けど」

「せいぜい巻き込まれないとこでオレのハードプレイを見物でもしとけぃ」

 

 おれが困惑しているうちにプレイハードは鎧の奴との会話を断ち切って、もう一度こちらを見る。

 

「てめえらも鉄格子から離れてな。囚人に何かあったらオレがトゥース様にどやされちまう」

「ポップ」

「わ、わかってらあ」

 

 こんな敵同士の戦いに巻き込まれて無意味に怪我なんてしたかあねえ。ヒュンケルの声に応えつつおれは壁際まで下がろうとして。

 

「……メラ公?」

 

 そこで漸く気が付いた。一緒に牢に入れられていたメラ公の様子がおかしいことに。確かにここまで驚きの連続だったんだ、棒立ちだったとしても無理はねぇ、けど。

 

『メラメラメラ』

「だああっ、またこれかよ! 何言ってるかわかんねぇ! おい、ヒュンケル、訳し――」

 

 そこまで言って振り返ると、目を剝いたヒュンケルがメラ公を凝視して立ち尽くしていた。

 

「は? え?」

 

 そんなに驚くことを言ったってぇのか、メラ公は。

 

「ああ、何が何だか……とにかくメラ公、下がれよ!」

 

 話がわからねえ以上、やれることって言やああのプレイハードの忠告に従うことぐらいしかねえ。シャクにゃあ触るが。

 

「さてと、待たせて悪ぃな、ミストバーンさま。じゃ、とっととおっぱじめようじゃねぇか」

 

 ニヤリと笑ったプレイハードを見てやべえとナニカが訴えかけ、おれは壁際で身を伏せた。その直後だ、プレイハードの野郎が光って大爆発したのは。

 

「っ、これはあん時の――」

 

 自分の身体の岩をバラバラにして操る技だ。フレイザードが爆発した時は自爆かと思ったんだったか。とにかく、本物が爆発した時のことを頭のどこかで覚えてて、無意識にこれが来るってわかったんだ。

 

「ぐ、やっぱキツイ……が、まぁそうじゃなくっちゃハードじゃねぇよな。受けてみやがれ、弾岩爆花散――」

「つまらん」

 

 おそらくこれから飛んでゆくであろうプレイハードの欠片にミストバーンのポツリと漏らす声が聞こえ。

 

「くそっ、とんでもねえ技最初から使いやがって……これじゃ、何が起きてるかわかりゃしねえ」

 

 伏せたままおれは漏らす。牢の外ではこれからプレイハードの破片が飛び交うはずだ。だからプレイハードの野郎の忠告自体は間違ってねえ。鉄格子の側に居たら確実に岩が身体のあちこちに当たってた。鎧のヤツに手を出すなって言ったのもこれに巻き込まない為だって遅れて気が付いた、ただ。

 

「なんだよ、技を見る前からいちゃもんたぁ器がちっさくねぇか、ミストバーンさまよォ」

「私は……前々からおまえたちが気に入らなかった」

「は? なんだァ、唐突に」

 

 戦いが始まるかと思やあ、ミストバーンってヤツはプレイハードの言葉を無視して話し始めた。

 

「他人の姿を借り、他人の技を使い、簡単に強くなることが出来ながらも……驕らず、他人の技を己がものにすべく研鑽を怠らず、どん欲に更なる力を求め、強くなる。私は、自らを鍛え強くなる者を尊敬していた……だが、そこにおまえたちと言う例外が現れた」

「へぇ、そうかい。そいつを聞いたらうちの大将はどう思うかねェ」

 

 それに感銘した様子もなくただつまらなそうにプレイハードが相づちをうって。

 

「おまえは、どうなのだ?」

「あ? オレか? んななぁ決まってんだろ! どうでもいい! そういうの考えるのは大将や他のヤツがやりゃいいんだよ! オレはなァ、今から最っ高にハードなプレイが出来るってワクワクしてんだ! 焦らすんじゃねぇよ!」

 

 おれがこっそり顔を上げると、話を向けられるや叫んだプレイハードの欠片が鉄格子の向こうで動き出すのが微かに見えた。




次回、番外53C「最高にハードに(プレイハード視点)」に続くメラ。


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番外53C「最高にハードに(プレイハード視点)」

「さてと」

 

 そう声に出した訳じゃねェ、心の中で呟きつつオレはここからどう動くかを考えて居た。オリジナルから得た原作知識で目の前の相手にゃ殆どの攻撃が効かねェことも肉弾戦の戦闘においては魔王軍最強だってこともわかっている。当然、バラバラになった自分をぶつける弾岩爆花散も効きゃしねェだろう。だが、それでいい。

 

「いくぜぇッ、弾岩爆花散ッ!」

 

 オレの欠片が乱れ飛び、ミストバーンは申し訳程度に自分に当たりそうな欠片を伸びた爪で打ち払う。んなこたぁしなくてもダメージなどない筈だが、全く防御しなけりゃ効かねぇことをこっちに気づかれるとでも思ってるんだろうな。

 

「くッ、やるじゃねェか」

 

 何のダメージにもなってないのを見ていったん合体する態でオレは欠片を集めて人型に戻り。

 

「フン……この程度の攻撃で私を傷つけられると思っていたなら見くびられたものだ」

「その割にゃオレの欠片を防いでたじゃねぇか」

 

 呆れた様子のミストバーンにオレは言い返すが、わかっていた。防いでいたのは別にオレの攻撃に当たるのが怖い訳じゃねぇと。この弾岩爆花散は使用者の生命をいちじるしく消耗するフレイザードの最終闘法。使わせれば使わせるだけこっちを疲弊させられる。アイツが狙ってんのは、当たれば効果があると思わせることで弾岩爆花散を使い続けさせ、こっちが勝手にくたばること。

 

「つまり、てめえが防ぎきれなくなるかオレがくたばるかの勝負ってことだなァ? 面白ェ、ギリギリを攻めるハードな戦いだァ! ウヒャハハハハハッ!」

 

 勝ち筋は有る、有るがコイツにゃ悟らせられねえ。当面はこいつの思惑に乗せられたフリで意味もなく消耗し続けなきゃならねェ訳だ。

 

「まったく、とんでもなく、いや、最高にハードじゃねぇか! クククッ、おらぁ、いくぜぇぇぇッ!」

 

 モシャスが維持できるギリギリまで、踊ってやる。心の冷静な部分で機を見計らいつつ、表向きは炎のごとき熱狂でミストバーンへ攻めかかる。

 

「ククク、いくらてめえでもこの数の礫を延々さばききるなんざ無理だろ! このハードなプレイも悪かァねえがな」

「っ」

 

 勝利を確信した態で、欠片の一部に伸びた爪の下をかいくぐらせ、腹部にぶつけ。

 

「ホラ、どうしたよ? 命中しだしたぜ? これで――」

 

 このまま攻めつづければてめえは終わりだと、言いかけてオレは絶句した。絶句したフリをした。

 

「これで、どうした?」

「バカな……なんで平然としてやがる?!」

 

 まるで動じぬミストバーンが問いかけてくれば、狼狽したフリを。

 

「そんな、そんな筈はねェ! 弾岩爆花散――」

 

 取り乱しつつもう一度同じ攻撃をすればどうなるか。おそらくミストバーンはオレの心を折るために、敢えて防御せずにその身で受ける、凍れる時間の秘法で時間そのものが凍り付いた不滅の肉体ならばまともに受けてもノーダメージなのだから。

 

「改ッ!」

「な、に」

 

 だからこそ、オレはこの瞬間を待っていた。

 

「がっ、こん、あ、あ、あぁ」

 

 氷と炎相反する欠片を一つにして作り上げるそいつらは、オリジナルがハドラーの脇腹に風穴を開けたのと同じモノだ。それが複数。まさに消滅呪文の散弾と化したオレの一部がミストバーンの、いや若さをとどめたバーンの身体の右手首、左腕、右わき腹、顔の左半分、あちこちを食い散らかす様に消滅させてゆく。

 

「ぐ、お……くぅッ』

 

 だが、それは同時にオレの一部も消滅することでもある。モシャスが維持できなくなってメラゴーストに、あちこち欠けた元の姿に戻り。

 

「か、身体が……バーン様の身体が」

「どっ、どうなってんだ……プレイハードが、メラ、公?」

 

 呆然自失の態で立ち尽くすミストバーンの姿を見据えたオレの聴覚がかすれたポップの声を聞く。

 

『クククッ……ミッションコンプリートっつうにゃまだ早ぇが、悪くねェハードさだったぜ! 新入り、後は任した。トゥース様、大将にゃ、こう伝えといてくれや――』

 

 満足したってな、と。そんだけ伝えておきゃ、充分だった。

 

『クックククッ……いやぁ、楽しい楽しいハードなプレイだがよォ、楽しいことにもやっぱ終わりってモンはあるモンだよなァ』

『プレイハード!』

 

 牢の方から声がした、だが止まれねぇ、まだハンパなんだよ。

 

『ウヒャハハッ、フィナーレだッ、近接消失呪文ッ!』

 

 呆然としたミストバーンの奴に抱きついて、オレの意識は光の中へ。ああ、本当に良いハードプレイだったぜ。

 




プレイハード、散る。
次回、二十三話C「帰還」に続くメラ。


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二十三話C「帰還」

「時間をかけられないって言った舌の根も乾かない内にあれだけど――」

 

 ルーラによる帰還を少し待って貰い、俺は一つだけ。だが必要不可欠な小細工をする。気が進まない一面はあるものの、それはこの後のことを鑑みれば必要不可欠であり。

 

「ごめん、俺としてももうちょっと他に方法もあったんじゃって思うんだけど」

 

 俺の謝罪に、身を起こした彼は頭を振った。それがバランの襲われた洞窟を出る直前の話。

 

「「なっ」」

「お待たせ……それじゃ、ダイちゃんのことお願いねぇん?」

 

 バランとクロコダインの両者から注がれる驚きの視線をさらりと流し、俺はバランにいきましょと声をかけた。ここから先の同行者はバラン、親衛隊、そしてもう一人。大魔王と事を構えるに必要不可欠の人材を加え、俺は瞬間移動呪文を唱える。

 

「ルーラ」

 

 と。キルバーンがバランを襲った時点でこれまでの関係は壊れたも同然、俺も敵とみなしたなら、バーンは居城に魔力で障壁を張って引きこもる可能性もある。

 

「アタシたちが締め出されたままあっちの分体が全滅させられるのが最悪のケースね」

 

 その場合、牢に入れられているポップとヒュンケルの生存もほぼ絶望的になる。ミストバーンは原作でヒュンケルを自身のスペアボディとみなしていたので、ヒュンケルの肉体だけは助かる可能性があるが、身体だけ無事でもどうしようもない。

 

「間に合ってくれ」

 

 時間を取らせて出発を遅らせた俺にそんなことを言う資格はないかもしれないけれど、声には出さず心で呟く。呟きつつ大魔王ならどう動くかを考えてみるが、文官のヘルプに動いてる分体達は数が多いので俺なら後回しにする。数が多いが故に始末に一度に全滅させるのは難しく、逃してしまえば他の場所の分体などに襲われたことを伝え迎撃態勢を整えられる可能性もある。それなら、数の少ないところから逃さず各個撃破してゆく方が堅実であり。

 

 

「ミストバーンとハドラーか……」

「その二人がどうしたのだ?」

「あ、ううん。『大魔王がアタシたちを敵に回したなら、他に動かせる戦力は』って考えてただけ」

 

 これにあのオリハルコンのチェスの駒の王と城の動力炉に太鼓の魔物も居たか。ただ、太鼓の方は動力炉から動かせないであろうから、チェスの王駒を含んでも戦力は三つ。ザボエラも寝返る可能性は高いが、そういう意味合いではニュンケルをザボエラのところから回収できていてよかったと思う。未だザボエラのところに居たなら、ニュンケルが真っ先に始末されていたであろうから。ともあれ、死の大地についたことで俺達は着地し。

 

「おそらくだけど、バラン殿の次に狙われるのは、牢に居るプレイハードと捕虜三人、そして新入りの一人」

 

 牢の前の狭い通路は大人数を展開するには向かないので、配下を連れたチェスの王駒が出てくることはないとすると、ハドラーかミストバーンを差し向けると考えた方がいい。

 

「ミストバーンが本気を出してなければ、アタシたちが駆けつけるまで凌ぐくらいはできる筈」

 

 あのドM分体ことプレイハードのことだ。嬉々として時間稼ぎをするんじゃないだろうか。モシャス元が死亡し、変身先をフレイザードに絞ってしまったからか、オリジナルである俺とキャラがかけ離れて行ってしまってる気がしなくもないが。というか、変わってなければ俺がドMってことになってしまうので、やはりあの分体だけ例外的に変身先に引っ張られてるとかだと思いたい。

 

「ならば、急がねばならんな」

「そうね、時間を浪費させてしまったアタシが言えたことじゃないけれど」

 

 原作知識があるからこそ知っているが、凍れる時間の秘法がかけられた最盛期の大魔王の身体を操るミストバーンは魔王軍最強。消失呪文くらいしか通用する攻撃は存在せず、それもはじく技をミストバーンは持つ。正確に言うなら身体の持ち主である大魔王の技だが、それはこの際どうでもいい。捕虜に囮になって貰うという当初の予定は狂うが、今は一刻も早くプレイハード達と合流し、一塊になって行動するしかない。場合によってはポップ達にもある程度打ち明けた上で行動を共にしてもらうことも考慮すべきだろう。

 

「よかった、まだここは通れそうね」

 

 いつも使っていた裏口に近づいて侵入を拒絶されないことにホッとする。ひょっとしたらバランを暗殺しに行ったキルバーンが帰還してくることを想定してのことかもしれないが、それが俺達を通すことになるのだとしたら、皮肉なことだけれども。

 




主人公のした小細工とは?
次回、二十四話C「ミストバーン」に続くメラ。


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二十四話C「ミストバーン」

「もっと騒々しい、というか混乱のただ中にあるかと思ったけど」

 

 ヤケに静かだと思いつつ、俺は足早に牢へと向かう。

 

「戦いが起こってるなら、こんな静かなはずはないのに」

 

 胸騒ぎがした。まずミストバーンを牢に差し向け、そのあとで文官の手伝いをさせている分体達を始末しようとするなら、牢以外が静かなのは不思議じゃない。現状では魔王軍最強であるミストバーンを欠いた戦力で俺でさえ実数を把握できてない文官手伝いの分体達に襲い掛かる愚行を大魔王が許すとも思えないからだ。

 

「確かに。やけに静かだねェ。急いだほうがいいよ」

 

 そして俺の言葉に同意し、ただと続けたのは、この場に居る親衛隊でもバランでもないもう一人。

 

「ここからは、ボクが先頭を行こう。相手がミストなら、なおのことね」

 

 使い魔のフリをした本体に操られていた元人形はそう言って俺を追い越し、先頭を往く。

 

「えっと」

「キルバーンでいいさ、創造主さま」

 

 どう呼ぶかに迷った人形は振り返りもせず、俺の言葉を先取りした。創造主と呼ぶのは、キルバーン本体である一つ目のピエロを倒したことで残った人形に俺は禁呪法を用いて命を吹き込んだからだ。出発が遅れた理由はここにあり、新キルバーンとでもいうべき彼こそが俺が新たに用意した切り札でもある。

 

「悪いわね、できれば修理した上で頭のソレ取り除いてから作ってあげたかったんだけど」

「ンフフ、気持ちはありがたいけど、今はなりふり構ってられなかったんだろう? ボクとしては危険物として処分されなかっただけでも十分さ。それに」

 

 まだ生まれてすぐ死ぬことになると決まったわけではないからねとだけ言って人形は口をつぐんだ。牢が近づいてきたからだ。やたら静かな理由もこれで明らかになる。そう思った矢先。

 

「団長、光の闘気をあの暗黒闘気の塊――ミストバーンへ!」

 

 通路の先から聞こえたのは、あのドラゴンキラーに分体を注入して誕生したラゴウの声。

 

「暗黒闘気の塊?!」

 

 確かにミストバーンの正体はバーンの若さを封じた分体を操る生きた暗黒闘気ではあった筈だ。だが、それなら、操られていた身体はどこに行ったのか。

 

「まさか」

 

 バーンの元に移動して一つになった後だというのか。

 

「いや、それはおかしい」

 

 暗黒闘気には物理攻撃こそ効かないが大魔王の身体を返してしまえばミストバーンの戦闘力は大きく落ちる。そんな状態でプレイハードとラゴウ、そして俺のフリをした分体まで相手にするのは厳しい筈なのだ。身体を返却するなら、タイミングがおかしく。

 

「説明は後です、今のうちに!」

『モシャス』

 

 攻撃を促すラゴウの声に、続くおそらくは分体の呪文を唱えた声を聞きつつ俺は新キルバーンの肩越しに通路の先を見て。

 

「な」

 

 思わず声を漏らしたのは、辺りの壁がチーズの様に穴だらけになっていたから、そして。遠目にラゴウの姿は確認できたにも拘わらず、プレイハードの姿がどこにもなかったから。

 

「これは……」

「っ、キルバーン! このタイミングで現れるなんて……」

 

 なにがどうなってこうなったのか、わからない。そんな中、俺の前に居たキルバーンの姿にラゴウが気づく。プレイハードはどこに、そんな言葉は声にならず。

 

「あ」

 

 視線を彷徨わせて、ふいに気づく。ひょっとして、目の前のキルバーンは敵だと思われているのではと。

 

「ちょっと待」

「グランドクルス!」

 

 すぐにでも問いたい気持ちを堪えて、制止の言葉をかけようとした俺の視界を十字の闘気が横切り。

 

「ウギャアア~ッ!!!!」

 

 それが動きを止めていた暗黒闘気の塊へ直撃する。

 

「えっ」

 

 放ったのは先ほどモシャスでヒュンケルに変じた分体だろう。

 

「そうだ……まだ――」

 

 ミストバーンは滅んでいない。これでは話をするどころではないと気づいた俺は額に闘気を収束させ。

 

「紋章閃ッ!!」

 

 キルバーンの脇からミストバーン目掛け閃光と化した竜闘気を撃ち込み。

 

「ガアアッ」

 

 貫かれた暗黒闘気の塊が床でのたうつ。

 

「オ、オォォォ……う、あ……バーン、さ……ま」

「ミストバーン……」

 

 身を守ることすらできず茫然としていたところに受けた分体と俺の闘気は余程堪えたのか床に伏して手を伸ばそうとするかつての師の姿に、ヒュンケルがポツリとその名を呼び。

 

「ミスト……なのかい?」

「き、キル……」

 

 キルバーンのフリをして呼びかけた人形がちらりとこちらを見て頷いてから、ミストバーンの元にしゃがみ込む。何を言うつもりかはわからない、ただ、意図だけはわかって。

 

「紋章閃」

 

 人形が立ち上がろうとしたタイミングで、俺の撃ち出した竜闘気が暗黒闘気の塊を貫いた。

 




次回、二十五話C「逝く者、逝った者」に続くメラ。


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二十五話C「逝く者、逝った者」

「悪いわねぇん」

 

 ミストバーンはヒュンケルにとって暗黒闘気の扱いを教えてくれたもう一人の師。だが、その自分の憑依するスペアボディとしてキープしようとしていただけと言う目的と肉体を乗っ取って操ることができるという特性を知っている俺としては、呆然自失だろうが大ダメージを負っていようが生かしてはおけなかった。新キルバーンと言葉を交わすだけの時間を餞とするにも抵抗があったぐらいだ。それより、何より。

 

「プレイハードは、どこかしら?」

 

 周囲を見回し、とりあえずラゴウに視線を向けて、問う。

 

「トゥース様、その……プレイハードは」

 

 震える声と、逸らされた視線。

 

「……冗談じゃないわよ」

 

 その意味が分からない程度に鈍かったら良かったのに。左右の壁にマンガで見るチーズのような穴が開きまくってる時点で、予感はあった。穴の表面はなめらかで、あんなに綺麗に消失させる方法として消滅呪文系の痕跡以外思いつかなかったから。性格こそ変質していても元は俺の分体。ミストバーンを打倒する方法について俺が思いついたのは、消滅呪文を当てることのみ。だから、プレイハードもそうだったのだ、おそらく。

 

「消失呪文すら弾く、高速の手刀……単発なら弾かれる」

 

 それを防ぐ為に複数の消失呪文を放つ。原作のポップには不可能だがプレイハードはそれをやってのけたのだろう。そして消失呪文を弾けるのは手刀の一撃、腕を消滅させてしまえば消滅呪文は防げない。

 

「理屈の上ではその通りでしょうけど……待ってなさいよ」

 

 あと少し、あと少し粘っていてくれれば、俺達が間に合ったというのに。生命を賭す必要なんてどこにもなかったというのに。

 

「ラゴウ、蘇生呪文は?」

 

 一縷の望みを口の端に載せてもう一度見れば、金の角を持つ緑の頭は左右に振れる。

 

「すみ……ません。プレイハードは、『満足した』……と」

「……あの、バカ」

 

 強く、強く拳を握りしめた。亡骸すらないのでは、無理やり合体することも出来ない。

 

「はあああッ!」

 

 怒りに任せて殴りつけた牢の壁が粉砕され、それだけのことをしても闘気に守られた俺の手は血の一滴すら流れ出ず。

 

「「トゥース様……」」

「……いき、ましょ。ニュンケル、たち、と……合流、しなきゃ」

 

 泣くことも嘆くことも、後で出来る。だから、今は、これ以上犠牲が出ないようにしなきゃ、駄目だ。重なる親衛隊の声にすんなり返すつもりが、声は明らかに震えて。

 

「ラゴウ、事情説明は……お願い」

 

 今の俺にはポップ達に経緯を説明する心の余裕なんてなくて。

 

「……キルバーン」

「大丈夫、仕掛けてあるトラップはボクを通じたアイツの魔力で作動するモノだからね。ボクなら作動させることも可能だけど――」

 

 かかる方の心配はしなくて大丈夫さ、と少し前まで人形だった死神は言う。

 

「ありがと」

 

 これで、今は、ただニュンケル達と合流することを考えて居ればいい。前に進みながら、一人のドMのことを思い出す。

 

「……プレイハード」

 

 ラゴウは俺に伝えた。あいつが満足したと言っていたと、それはつまり、バーンの若さを封じた分体をプレイハードが完全に破壊した、と言うことだろう。それなら、ミストバーンの態度にも納得はいく。これで、大魔王バーンが完全体になることは事実上不可能となったわけだが。

 

「おれは……そんなこと望んでないのに」

 

 大魔王が完全体で左右にキルバーンとミストバーンが控えていたとしても、俺には勝算があった。もちろんこちらにもプレイハードにニュンケル、そして文官手伝いに回していた分体達が揃っていればと言う前提ではあったが。その為の準備はしてきたのだ。

 

「……おまえたちは、死ぬなよ」

 

 つい、肩越しに後ろにいる親衛隊へそんな言葉を投げてしまう。

 

「おーっほっほっほ、お心づかいはありがたく」

「と言うか、その言自体がフラグになるのでは?」

「あ」

 

 アルビナスの高笑いに続いたシグマの指摘に俺は思わず声を漏らし。

 

「とりあえず、アルビナスはアルビナスだよな」

 

 誤魔化すように振り返って魔改造女王を見る。原作とはかけ離れてしまっているがキャラがぶれないというところはどことなくプレイハードと近いモノがあって。

 

「べ、別に褒めてもなにも出なくてよ」

 

 ぷいと顔を背ける女王を見て少しだけ気持ちは紛れ。

 

「おお、トゥース様! 探しましたじゃ!」

「ザボエラ殿――」

 

 移動を再開して暫したった後のことだった、こちらの姿を見つけて足早に近寄ってくる妖魔司教とエンカウントしたのは。

 




次回、二十六話C「選択」に続くメラ。


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二十六話C「選択」

「ザボエラ殿、どうしてここに?」

 

 そう問いかけるべきか、否か。俺は迷った。ザボエラが現れた理由にいくつかの可能性があったからだ。一つは単純に何も知らされておらず、それでもパレス内の異変に気付いて指示を求めに来たというケース。一つは大魔王側についてそ知らぬふりでだまし討ちの為に近寄ってきたケース。

 

「おーっほっほっほ、トゥース様、ここはお任せになって!」

 

 俺が一瞬迷ううちに前へと進み出て、ザボエラと俺の間に割り込んだのは、無駄に巨大な胸を弾ませるアルビナス。ザボエラが体内で様々な毒を調合できる体質であることを鑑みたのだろうか。オリハルコン製の身体なら、毒はまず効かない。大魔王について不意打ちしてきたとしても制圧できると考えたとかか。

 

「それじゃ、任せたわぁん」

「なっ?! と、トゥース様?!」

 

 女王に丸投げしたことにザボエラが驚くが、正直、今の俺は冷静な判断を下せる自信も、状況をザボエラに説明する自信もなかった。今俺が置かれた状況を説明すれば、どうしてもプレイハードの死に触れてしまうから、それに。

 

「あ、きっ、貴様はヒュンケ――」

 

 ザボエラの捕らえたことになってるヒュンケルが自由の身でいる現状もよろしくない。ザボエラは原作でも牢に放り込まれたことを根に持って居たような描写があった。ヒュンケルには憎しみを抱いて居るはずで。

 

「おーっほっほっほ、アレはモシャスで変身してるだけですわ。そんなことより、もっと重要なことがありますの」

 

 高笑いと共にそう言ってのけた女王が俺に目くばせする。

 

「ありがとう、それじゃ、よろしくね」

「お任せくださいまし」

 

 胸部を込めれば一人で三人分の戦力を持つ女王なら、ザボエラに後れをとることはない。大魔王側についたとしてもアルビナスが足止めしていてくれれば、バーンとの決戦に姿を見せることはない筈。原作でバーンと戦ったハドラーへしたように決戦の時に不意打ちで動きを拘束してくるようなことがあれば拙いが、決戦に姿を見せなければ警戒をせずに済む。

 

「ブロック、念のためアナタも残って」

「ぶ、ぶろーむ」

 

 オリジナルのリスペクトか、指示を出すと城兵はそう応じて足を止め。

 

「トゥース様、いいんですかい?」

「ええ」

 

 ミストバーンですら撃破された今、大魔王が戦力を分散させて刺客にするとは考えにくいがザボエラと更になにがしらかの戦力をアルビナス一人でとなると派遣される相手次第で不覚をとるかもしれない。もうプレイハードのような犠牲は御免だった。

 

「フェンブレン、フェンブレンは武器に」

「うむ。変形、形状・三日月刀ッ!!」

 

 俺が呼びかけると武器に変形した僧正は俺の手に収まる。監視用の悪魔の目玉はザボエラがトップの妖魔師団に所属している筈、そのザボエラがここにいる以上、僧正に密かに仕込んでおいたこの変形能力が今すぐバーンに知られる可能性は低いだろう。

 

「急ぐわよ」

「「はっ!」」

 

 残る親衛隊二人の返事を聞きつつ俺は足早に廊下を進む。バーンから見た残る敵対戦力、つまりニュンケルと文官手伝いをしているであろう分体達と合流すべく。

 

「もし、アタシがバーンなら――」

 

 牢に差し向けたミストバーンを続けて向かわせるか、ハドラーを含む他の戦力を動かすか、キルバーンの帰還を待って罠を使わせるか。思いつく方針はだいたいそんなところだと思う。

 

「いくら力至上主義だったとしても、流石に文官の必要性ぐらいわかってるはずだし、文官を捲き込むとは思えないことを考えると……モシャス部屋で待ち伏せして……ううん、時間がかかりすぎるし、仲間が戻ってこなきゃ警戒する。現実的じゃないわ。となると――」

 

 文官に指示を出して、まず分体と分離させると言った辺りだろうか。なら、文官と分体がどういう状況にあるかで大魔王がどう動こうとしているかが少しくらいはわかるだろうか。

 

「……とか考えたんだけど」

「「トゥース様、何故こちらに?!」」

「トゥース様?!」

「ええと、どういったご用で?」

 

 たどり着いた先で俺が目撃することになったのは、何も事情を聞いていない様子で突然の魔軍司令の訪問に驚く文官たちとこれに混じった分体達だった。

 

「これはどういう」

「なぁ、トゥース様……思ったんだけどよ」

 

 困惑する俺を呼び止めてそう切り出したのは、親衛隊の兵士ことヒム。

 

「さっきの戦いがあっちも想定外で、そのショックからまだ立ち直れていないんじゃないのか?」

「あ」

 

 文官達に聞かせるのは拙いとボカした内容ではあったが、言わんとすることを理解して俺は思わず声を漏らした。あの大魔王がミストバーンの死に衝撃を受けるとは思わないが、若さを隔離させた自分の分け身を滅ぼされれば衝撃を受けたとしても不思議はなく。次の手を打つのが遅れて居る中で先に俺達が分体と合流したというなら説明はつく。ただ。

 

「おい、トゥース……でいいんだよな?」

「あ゛っ」

 

 ついてきた形のポップが追い付いてきて俺に声をかけてきたのは、想定外だった。

 




下手な敵と戦うよりピンチな状況、到来?
次回、二十七話C「どうしよう、その一言に尽きた」に続くメラ。


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二十七話C「どうしよう、その一言に尽きた」

「とりあえず、場所を移しましょ」

 

 分体はともかく文官の皆さんの前で打ち明け話は拙い。そして分体達と合流する為に足を運んだのだが、分体全員を連れだせば文官の反発は必至。なら、事情説明の間だけは文官を手伝うままで居て貰おうと決めて俺はそう提案する。ちなみにこれは時間稼ぎの側面もある。

 

「どうしよう」

 

 今の心境を言葉にするなら、まさにそれだ。これから俺達は大魔王との決戦に臨むわけだが、それを話せばポップ達が参戦を希望することは充分ありうる、現状のレベルでは完全に足手まといでしかないにもかかわらず。

 

「……ラゴウ」

 

 悩んだ俺はヒュンケルの近くにいた元ドラゴンキラーを呼ぶ。ポップ達に説明をした者が居るとしたらもう一人の分体の可能性もあるが、あちらはモシャスしないと人の言葉が話せない。一手間かかることも加味すれば、ヒュンケルの元部下である分体が注入されたラゴウが説明していたと考えた方が自然なのだから。

 

「どこまで話したのかしら?」

 

 ポップ達には聞こえない程度に小声で俺は尋ね。

 

「……私が元ヒュンケル団長の部下であること。そして、鏡面衆がメラゴーストなのは隠しようがありませんでしたから、事情があって分体がこちらに居ることまでは」

「そう」

 

 答えを聞いて俺は胸中で唸る。モシャスの使えるメラゴーストがホイホイいるような世界ではない。俺の分体が魔王軍に所属していることがバレてしまったのなら、俺の正体を隠すのも厳しい。

 

「バランに話したのに修正をちょっと加えたモノを話すしかないか」

 

 モシャスの為の部屋へと無言で通路を進みつつ出した結論がそれで。

 

「……とりあえず、話はこの中で。キルバーンと親衛隊のみんなは外で見張りをお願いね」

 

 全員入るには手狭な上、ポップ達を下手に警戒させてしまうが故に部屋の前まで来たところで俺はそう指示を出す。分体の注入されていないキルバーンは当然として、オリハルコンの駒に注いでしまったデメリットとして親衛隊も合体分裂による情報のやり取りができないので、かやの外に置く形になってしまうが、仕方ない。

 

「さてと、どこから話そうかしら……そうね。そこのバラン殿は一部ご存じだけれど、アタシが魔王軍に入った経緯からがいいかしらね」

「魔王軍に、か」

 

 元魔王軍の軍団長故に思うところでもあるのか、呟いたのはヒュンケル。

 

「ことの始まりはそこのバラン殿が勇者アバンの故郷、カール王国に侵攻したことに端を発す……その時アタシはカール王国を守ろうと動いていたのだけど、バラン殿を撃退したこ」

「は? ちょっと待てよ、先生の故郷を守ってた?! しかもバランを撃退?!」

「そうよ。大魔王バーンは強さを尊び、猛者であれば種族や所属陣営を問わず勧誘する人物なのよ。魔王軍最強と言われてた超竜軍団とその団長を退けたのだもの、自軍に欲しくなったんでしょうね」

 

 その結果、キルバーンが大魔王の意を受けて勧誘しに来たことを俺は明かし。

 

「カール王国は超竜軍団を退けたとはいえ被害を受けてたし、ヒュンケルちゃんならある程度知ってると思うけれど、魔王軍はそれまでの拠点をバカでかいゴーレムみたいな形態に変えて死の大地までのお引越しの最中」

「バカでかいゴーレム?! そうか、あの足跡は――」

「そういうこと」

 

 当時の光景を思い出したのか顔をあげたヒュンケルに俺は頷き。

 

「アタシが勧誘へ首を縦に振らなかったら、消耗してたカール王国に動く本拠点付きで残る魔王軍が押し寄せてきてたでしょうね。そういう訳で、断ることも出来なかったアタシは魔王軍入りするんだけど、せめての抵抗にと条件を出した。『人間の生存権をくれ』ってね。魔王軍は人間根絶の方向で動いてたから、人の被害に歯止めをかける意味でもこれは譲れなかったんだけど――当時大魔王は人間を滅ぼすことでバラン殿との協力を取り付けてたから、アタシの条件を呑むのも拙かったのよね。そのためにバラン殿に人間を滅ぼすことを思いとどまってもらえるよう説得する必要が出てきて」

「……それで、こっちのバランは人間を滅ぼすのを止めたって訳か」

 

 俺の話を聞いていたポップがちらりとバランを見る。バランの方は動じずただ腕を組んで黙したまま立っていたが、こっちの説明に肯定も否定もせず。

 

「話を続けるわ。バラン殿はアタシに撃退された時深手を負って行方不明でもあった。そのバラン殿を説得し、連れ帰った功績でアタシは魔軍司令に任じられ、新任だからこっちが引継ぎとかいろいろしている間バラン殿に勇者一行の威力偵察をしてもらったの」

「……威力偵察だあ?」

「そうよ、バラン殿の生き別れたお子さんがダイちゃんだって判明して、バラン殿もダイちゃんを殺すわけにはいかなかったから、どれほどの脅威か確かめ、勧誘によって味方に引き込めないかも試すという名目でアナタ達と接触した」

 

 俺の言葉をオウム返しに口にしたポップに俺は肯定を返したのだった。

 




次回、二十八話C「話は続く」に続くメラ。


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二十八話C「話は続く」

「魔王軍には正直アタシも戦いたくないような猛者とか厄介な相手が複数居たし、内何人かは健在なのよ。……こう、アタシが言うのも何なのだけれど、その内何人かが本気でダイちゃん達を倒そうとしたら全滅は必至。だから、バラン殿に戦ってもらってそう言う相手とぶつかるのを遅らせようとしてた訳、同時にアナタ達が成長してくれれば簡単には全滅しなくなるかなってのもあったんだけど」

 

 勇者一行の成長を期待したこの目論見は残念ながら失敗に終わったわけだけれど。

 

「ちょっと待て、色々引っかかるところもあるけどよ……おまえが戦いたくないような猛者?」

「ええ。一人はそこのバラン殿ね。竜魔人になったときの強さはもうご存知だと思うけど……あ、ヒュンケルちゃんは知らないわよね」

 

 そう言えば原作と違ってバランと戦う機会がなかったなと俺は今更ながらに思い出し。

 

「いや、確かに知りはしないがハドラーを押しのけて魔軍司令の地位にある者が戦いを避けたがるという時点でとてつもない強さだということぐらいは解かる」

「そう……そう言ってもらえると助かるわ。それで、他の猛者や厄介な相手なんだけど、猛者の方は大魔王バーン当人ね。もう一人居たのだけど――」

「もっ、もう一人ぃ?!」

「安心して、そいつはもう死んでるから。魔影参謀ミストバーン……魔王軍最強らしいわよ。純粋な戦闘力だと普通にアタシより上ね」

 

 淡々と告げたつもりがどうしても声が震えてしまう。

 

「何だと?! ミストバーンが?!」

 

 原作でも伏せる必要がなくなるまでは伏せられていたことだ、もう一人の師の衝撃の事実にヒュンケルが目を見張り。

 

「……厄介な方は二人かしら。そうね、一人は今味方だし、連れてくるわね」

 

 プレイハードのことには触れたくなくて、未だ驚き冷めやらぬヒュンケルを残し、俺は部屋の外に出る。

 

「キルバーン、ちょっと中に入ってもらってもいいかしら?」

「おや? ボクをご指名かね?」

「ええ。あなたのアレも説明しておいた方が良いと思うのよ」

 

 要請に首を傾げた死神に俺はそう理由を述べた。

 

「ああ、まァ、確かに取り扱いに注意しないといけない品だしねぇ」

「でしょう?」

 

 黒の核晶。大陸一つを消し飛ばせる威力の超爆弾であり、俺がキルバーンの人形だった現キルバーンに分体を注入しなかった理由の一つがそれだ。と言うか、爆弾を仕込まれた人形と一体になってくれなんて頼んだところで首を縦に振る分体は居ないだろう。もっとも、人形を確保して現地で禁呪法を用いたので、注入できる分体も案内してくれた者以外存在していなかったという理由もあるのだが。

 

「お待たせ。彼がその厄介な相手よ」

「やあ、ボクはキルバーン。口さがない人は死神なんて呼ぶこともあるけどね。ご紹介に預かった厄介な相手さ」

 

 部屋に戻った俺はお道化た挨拶をする死神に問うた。アレを起動させず仮面を外すことはできる、と。

 

「もちろんさ。この仮面はコレクションの一つで他にもいくつか仮面があるからね」

 

 そう答えが返ってきて、ああ愚問だったなと原作知識にも仮面を変えるシーンがあったことを遅れて思い出す。

 

「じゃあ、見せてもらえるかしら?」

「おおせのままに」

 

 かしこまってキルバーンは仮面を外し。

 

「そっ、それはまさか!!?」

 

 仮面を外したキルバーンの顔を見て顔色を変えた人物が一人。バランだった。

 

「そう、邪悪な魔物たちすら恐れるという地獄の火種。黒の核晶だよ、バラン君」

「黒の核晶? 何だよそりゃ?」

「バラン殿はご存知みたいだし、説明をお願いしてもいいかしら?」

 

 無論ダメならこちらで説明するつもりで話を振れば、顔をこわばらせつつもバランは頷き。

 

◇◆◇

 

「ばっ、爆弾だってぇ!!?」

「……そうだ。黒の核晶と呼ばれる魔界の超強力爆弾……! いや、爆弾と呼ぶのすら生ぬるい悪夢の兵器だ!!」

 

 すっとんきょうな声を上げるポップにバランは肯定を返し。

 

「ちょ、ちょっと待てよ何でそんなことわかんだよ!?」

「かつて一度、魔界で見たからだ」

 

 慌てた様子でキルバーンの顔面とバランの顔へ視線をあわただしく往復させるポップにバランは答え、説明する。内容からすると原作でハドラーの体内から露出したコアを見たバランがダイに説明したものとほぼ同じだったと思う。以前魔界で冥竜王ヴェルザ―と言う竜王と戦った時に一度使ってきたこと、大まかな製造方法、そして、使われた結果大陸ごとすべて吹っ飛んだこと。

 

「その後私に倒されるまで、さしものヴェルザーも二度と黒の核晶を使わなかった」

「そうそう。そして、二度目がコレって訳さ」

 

 語るバランに相づちを入れつつさらっと爆弾を投げ込むのを目撃して、俺は思わずキルバーンの方を見る。確かに頭が爆弾ではある訳だが、発言まで爆弾なのはどうなのだろう。

 

「なっ」

「ボクの主人はバラン君の言うヴェルザーさまに仕えていてね。バーンさまのところには協力者として出向いてたんだ。まァ、その主人はトゥースさまが倒してくれて、晴れて自由の身になったボクはトゥース様に忠誠を誓って今に至るんだけどね」

 

 驚くバランの顔を見てキルバーンが少し楽し気なのは、腰斬されたのを根に持ってたりするんだろうか。

 




次回、二十九話C「かくかくしかじかで終わるなら」に続くメラ。


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二十九話C「かくかくしかじかで終わるなら」

「まぁ、そう言う訳でこのキルバーンはこちらについてくれたのだけど……」

 

 体内に黒の核晶を持ってる相手が実はもう一人いるのよと俺は言う。

 

「はぁ?!」

「なんだと?! それは一体――」

 

 ただでさえシャレにならない威力の爆弾があると聞かされたところにアレだが、これについては話しておかないと拙い。ポップ達が目を見張る中、俺は口を開いた。

 

「前の魔軍司令、ハドラー殿よ。その当人も自分の身体にそんなモノが仕掛けられてるとは知らない訳だけど」

「ま、待てよ! おれたち、ハドラーとは何度かやり合ってんだぞ?」

「そうね。そして、ハドラー殿は倒されたこともあるけど大魔王の力によって復活している」

 

 原作でハドラーの体内にあった黒の核晶の場所は、心臓の位置。バルジ島でヒュンケルがハドラーの心臓を貫いて倒してることを鑑みるなら、あの時点で黒の核晶は埋め込まれていなかった筈だ。声の若干震えるポップにそこまで親切丁寧に説明はしないが、デルムリン島とバルジ島のハドラーはまだ黒の核晶は埋め込まれていなかったと思う。

 

「なるほど、話はわかったがハドラーに黒の核晶が埋め込まれていると何故わかった?」

「それは……半分は勘ね。いえ、違和感と言った方が良いかしら? アタシたちはモシャスで他者の姿と力を写し取って戦ってる。だから、ハドラー殿に変身することもあるし、力を十全に活用する為にこっそり観察してたりもするのだけど、これに味方になったキルバーンから核晶やら大魔王の目的やらについての情報を得た結果、至った結論よ」

 

 原作知識で知っていると言えない俺の苦しい言い訳ではあるが、調子がおかしそうだったからハドラーにモシャスして調べた結果と言うことにした。

 

「当人の身体を切り開いたわけじゃないから、100%そうだとは言えないけど、アタシの推測が当たっててもし核晶に強力な攻撃が当たってしまったら最悪の事態を招くかもしれないもの。もう大魔王と、魔王軍との戦いは避けられない今、これだけは伝えておかないといけないと思って――」

 

 大魔王の元にハドラーが居る可能性を全く考慮しなかったわけではないし、いくつかの対策も思い浮かんではいる。だが、そのどれもがハドラーに埋め込まれた核晶のことを知らない味方によって爆発させられるケースは想定していない。

 

「大魔王の目的についてはキルバーンの主人がバラン殿へ得意げに話してたのをアタシも幾らか聞いてたんだけど、大魔王の目的の一つはこの地上を消滅させることらしいわ」

「なっ、なにぃ?! 地上を消滅させるぅ?!」

「そう。で、どうやって消滅させる気なのかについて考えようとしたところで知ったのは、黒の核晶なんてとんでもない爆弾の存在。ヴェルザーはあまりの威力に二度と使わなかったそうだけど、地上を消滅させるとなるとうってつけの兵器よね。ただ、一個二個じゃ流石に地上を完全に消し飛ばすのは厳しいわ」

 

 だから大魔王は黒の核晶をいくつも持っていると思われると俺は推論を披露し。

 

「バーン側の核晶についてはどうにかする策がいくつかあるわ」

 

 この内いくつかはキルバーンの人形がこちらについてくれたからこそ可能な方法だ。

 

「ただ、ここは大魔王の居城。どこに目や耳が要るかわからないから、詳細は伏せさせてもらうわ。ただ、こちらに策があることだけ覚えておいてくれればいいわ。特にバラン殿」

「私か?」

「ええ。この中で黒の核晶の爆発を準備無しでどうにかできそうなのはバラン殿くらいだと思うのよね。それでも生命を犠牲にしてって前提で」

 

 こっちにいくらか対処手段があるというのに原作の様に誰かを守って犠牲になって貰っては困るのだ。

 

「さて、懸念事項についてはこれぐらいね。大魔王はアタシやバラン殿を排除しようとしてるし、地上を消そうともしている。だから、大魔王を放っておけないという意味では目的は一致してる筈よ。アタシたちは大魔王を倒しに行く、ついてきたいなら連れて行ってあげてもいいわ。生命を落としたら自己責任だけど、それでも来る?  勇者一行のお二人さん?」

 

 正直この二人の強さでは足手まといでしかないが、かやの外も拙いと言うのと、大魔王を倒してパレスが崩壊するようなことになった時、巻き込まれる可能性もあるのではという懸念からそう話を振り。

 

「ポップ」

 

 口を開いたヒュンケルは返事ではなく弟弟子の名を呼んだ。どうするかという問いでもあったのだろう、だから。

 

「……おれは、おれは行くぜ! おまえのことは先生から頼まれてんだ。逃げる訳にゃいかねえ!」

「え゛」

 

 答えの途中でポップに睨みつけられて、俺は固まった。

 

「おまえな、あの話の流れで何でバレねえと思ってんだ、メラ公? 先生の故郷に行くって言って出てって、新魔軍司令は人間側に立ってこのバランと戦ってた、その上でおまえの部下がメラゴーストに戻るとこ、おれは見てんだぞ?」 

「あー、それは、その……って、アナタの言うメラ公ならそこにいるじゃない」

 

 救いを求めて周囲を見回した俺は居心地悪そうに佇んでる分体を見つけて指さすも。

 

「こいつはメラ公じゃねえ」

 

 ポップはすぐさま被りを振った。

 

「メラ公はもっとドジなんだよ。同じ牢に暫く入ってたけど、ここまで落ち着いてねえ」

「それってどういう意……あ゛」

 

 自信ありげに断言するポップに叫び返しかけ、気づいた時にはもう手遅れだった。

 




流石にバレるかなと思いましたが、やっぱりバレました。
次回、三十話C「いざ決戦へ」に続くメラ。


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三十話C「いざ決戦へ」

「え、えーと……」

 

 何とか誤魔化せないかと考えるも、無理だった。とぼけるならまだしも、こちらから反応してしまったのだ。

 

「……とりあえず、大魔王を倒そう」

 

 ならどうするかと言えば、棚上げ以外の選択肢を俺は思いつけなかった。と言うか、そもそもバーンも俺やバランを排すべく動き始めているのだ。

 

「あちら側に時間を与えるのはよろしくないし……ミストバーンのことも、キルバーンのことも大魔王バーンからすれば想定外の筈」

 

 やはりミストバーンのことに言及すると微かに胸が痛んだが、立ち止まる訳にもいかなくて。

 

「立て直される前に分体を引きつれてこっちから攻めないと」

 

 今ならザボエラもアルビナスたちが押さえてくれている筈。

 

「バラン殿はそれでいいよね?」

「うむ。バーンが地上を地獄に変えるつもりならば、捨て置けん」

 

 竜の騎士としても看過できないのだろう。これで大魔王戦でバランは頼れると見て良く。

 

「ポップ、ヒュンケル……」

「おれの答えは決まってらあ。けどな、後で色々きっちり説明してもらうからな! ……で」

 

 腕を組んで視線を背けたポップは俺にくぎを刺すとヒュンケルの方を見て。

 

「むろんオレも付き合わせてもらう。弟弟子だけを行かせることなどできん。それに大魔王の素顔にも興味がある」

「ああ、ヒュンケルは直接会ったことないんだっけ。そう言えば、素顔を見たことのあるのってミストバーンとキルバーンだけだったって言ってたし」

「そう、だな。間接的に接していただけで圧倒的な威圧感を覚える、そんな相手ではあったが……素顔を見たことがある弟弟子が平然としているのに」

 

 ここで二の足も踏めんとヒュンケルは言い。

 

「そう。それじゃ、ポップ達はラゴウ……あの緑の鎧っぽいのと一緒に動いて」

 

 ヒュンケルからすれば元部下、行動を供にするなら一番相性がいいだろうと踏んでそう指示し。

 

「俺は今いる親衛隊とさっきの場所に居た分体を率いるよ。あちらの分体の指揮はニュンケルに……あ゛」

 

 任せると言いかけて、思い至る。そう言えばこの流れ、本物ンケルにニュンケルが対面してしまうのではと。

 

「どうした? それにニュンケルとは?」

「あー、えっと……」

 

 ピンチと言うやつはどうしてこうも身近にゴロゴロと転がっているのだろう。

 

「空いた不死騎団長を埋めるためにモシャスでヒュンケルに変身してる分体……かな?」

 

 いずれ解かってしまうこと。仕方なく白状する俺はヒュンケルとは目を合わせられず、ただ願う。どうかニュンケルが本物を怒らせませんように、と。

 

「とにかく、ここを出て引き返そう」

 

 ザボエラから伝授されたマホプラウスを最大限に活かすにも参戦できる分体は多ければ多いほどいい。問題は文官達から分体を借り受ける名目だが、これは不意に閃いた。

 

◇◆◇

 

「秘匿呪文お披露目のリハーサル、ですか」

 

 俺が伝えた借り受ける理由を反芻したのは、文官の一人だ。

 

「そう。呪文の特性上、参加者は多ければ多いほど良くてさ」

 

 その実リハーサルではなく本番でお披露目どころか大魔王と戦うのに使う訳だが、そこまで親切丁寧に説明する気はない。ただ、未だに大魔王の伝令やら刺客が来ないことをありがたく思いつつ文官達からの返答を俺は待ち。

 

「わかりました。トゥース様の連れてきていただいた彼らのおかげで仕事が立ち行かなくなることもほぼなくなり、私達も今では休憩する時間まで捻出できるようになりました。そのお礼と言うにはなんですが」

「……ありがとう」

 

 俺が礼を口にすればそれはこちらのセリフですよと言葉を交わした文官は言い。

 

「それじゃ、ニュンケル。モシャスが解けたら素の姿のままでここの分体の指揮をお願い」

 

 丸投げに近い形で文官手伝いの分体と一緒に居たニュンケルにも声をかけ、歩き出す。さすがに書類仕事の場でメラゴ―ストの姿はさせられないが、かといって本物のヒュンケルの前でヒュンケルの格好をさせ続けるのも拙い。ニュンケルが変なことを言わないか気が気でなく、精神衛生上さっさと離れることを望んで歩き始めたわけではあるが。

 

「ニュンケルの言動に本物がブチギレるのではないか」

 

 と言う不安は付きまとい、だからこそ振り返れないままに俺は大魔王の元へと向かう。

 

「いざ決戦へ」

 

 できるだけシリアスな顔を作ってぐっと拳を握る俺には何も聞こえない。怒号も悲鳴もドタバタと言うけたたましい足音も何も聞こえなかった。

 




次回、三十一話C「秘策」に続くメラ。


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三十一話C「秘策」

「……ニュンケル」

 

 きっと犠牲になってくれたんだと思う、俺たちの緊張をほぐす為の。

 

「あいつと比べるとあまりにもアレだとか……そんな風におちゃらけて名前を出せる程、吹っ切れてはいないけど」

 

 気を紛らわせようともしてくれたんだろうか、ニュンケルは。

 

「『ありがとう』でいいよね?」

 

 きっとそれ以上を、ニュンケルは望まない。独言のように俺は漏らし、進む先は、天魔の塔。今は死の大地に埋もれているが、らせん状の階段が絡みつくことでまるで角のようになった円錐が円盤を貫くような構造をした塔はバーンパレスの中心に聳えている。俺達はこれからそこに行くのだ。

 

「ニュンケ」

『勝手に殺すなにゅう゛ぅぅんッ!』

 

 そして、もう一度名を口にしようとしたところで、メラゴーストが一体俺を追い越した。

 

「ニュンケル!」

『はぁ、はぁ、はぁ……本物の攻撃、割と本気だった気がするにゅん。ピオリムで加速しなかったら当たってたかもしれないにゅん』

 

 息も荒くしながら振り返るのは、本物ンケルが追いかけてくるのを警戒しているのか。

 

「っ、そこか!」

「あ、待って!」

 

 そこへ案の定現れた本物へ俺は声をかけて制止する。

 

「何故止める?!」

「いや、怒るのは無理もないんだけど……こいつ、一応大魔王戦の要だからさ」

 

 一応マホプラウスを会得した分体は複数居るものの、ニュンケルが会得は一番早く、慣れて居るはずなのだ。合体分裂で記憶と一緒に伝授したので、どんぐりの背比べ程度の差でしかないかもしれないが。

 

「だから、ここで消耗させるのはちょっとね」

 

 ニュンケルには秘策にして切り札を使って貰わないといけない。

 

「って、あ゛」

 

 そして、ニュンケルの役目に意識を向けた俺はごくシンプルな結論に至って顔を引きつらせる。

 

「今度は何だ?」

「あー、えっと……ヒュンケルには大魔王との戦いで秘策を行使するニュンケルの護衛をして貰いたいな、って」

 

 俺がニュンケルに使わせる予定のマホプラウスは術者に呪文を集め自分へ向けられた魔法の魔法力を増幅、自分の呪文に上乗せして放つ呪文であり、分体の殆どがニュンケルへの呪文行使に回る。つまり、護衛に割けそうな戦力がバランとヒュンケル、キルバーンにポップしかいないのだ。

 

「バラン殿やキルバーンも居るには居るんだけど、バーンが急遽戦力をかき集めた場合、あの二人で押さえきれるかわからないし」

 

 バランは竜魔人と言う形態もあるが、アレは敵が全滅しないと止まれない狂戦士のようなもの。味方を攻撃することはないと思いたいが、敵を倒すことに意識を割くあまり、こっちとの連携が全く取れなくなる恐れもある。

 

「……わかった。おまえが居なければこの場にくることさえ叶わなかったであろう身だ。だが、大魔王を討ち倒す所に居合わせることができるかもしれんのだ……オレはおまえに従おう」

「ヒュンケル」

「それに弟弟子の頼みでもあるしな」

 

 そう続けられると俺は何も言えず。分体や親衛隊と共に先へと進む。塔のふもとに至り、螺旋に塔へ絡む階段を上って、上へ上へと。原作ならバーンが階段を上るダイにゆさぶりをかけてきた筈の場所でもあるが。

 

「それもない、か」

 

 呟きつつ次に気にするのは塔の内側。魔力炉と呼ばれる半生物の触手を持つ生きた動力炉がそこには居るはずであり。原作では大破邪呪文で大魔王からの魔法力の供給を断たれ、飢餓状態に陥った魔力炉が魔法力を求めてダイに同行していたレオナを襲ったのだ。もっとも、現状ではバーンの魔法力供給が途絶えて居ない筈なので、飢餓からこちらを襲っては来ないだろうが、純粋に戦力としてこちらに嗾けてくる可能性は残っている。

 

「みんな、気をつけて。この階段の上じゃ逃げ場は殆どない」

 

 魔力炉の件など関係なく、奇襲の恐れがあるかもと言う態で俺は振り返って同行者に警告し。

 

「確かに、足を踏み外してもトベルーラでどうにかなる私は良いが」

「ヒュンケル君は緊急時に落下を免れる手段がないものねェ」

 

 バランの言葉を継ぐ形で本物ンケルをキルバーンがちらりと見る。

 

「ところでキルバーン、この辺りに罠は?」

「幾つか仕掛けてあるよ。そうだね、敵が奇襲して来るようであれば使わせて貰おうかな」

「……何と言うか、味方に回すと頼もしいな」

 

 敵は罠を警戒せねばならず、逆にこちらはほぼ気にせず進むことができる。これはかなり大きく。

 

「じゃあ、行こう。あの円盤みたいなとこにバーンは居るはずだ」

 

 俺は前方に向き直って、再び階段を上り出すのだった。

 




次回、三十二話C「秘策2」に続くメラ。


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三十二話C「秘策2」

短めですが、ちょっと他にやらないといけないことが多いので投下します。
(加筆するかは未定)


「ここまでこれた、と言うのはアレだけど」

 

 魔軍司令として動いていたのだ、バーンパレスの中を歩くのも自由だった身としては、天魔の塔を登ってきたと言っても達成感を覚えるには微妙過ぎ。それでも緊張感があるのは、倒すべき敵としてのバーンが待ち構えていることを俺自身理解しているからだろう。

 

「来たか。トゥース、そしてバランよ」

 

 案の定、こちらの動きは筒抜けだったらしくドーム状になった円盤内部に突入しようとしたところで、内から声がした。

 

「バーン」

 

 口を開いたのは、名を呼ばれなかったヒュンケル。声だけならば聞いたこともあったのだろう。

 

「鍵はかけておらぬ、入ってくるがいい」

 

 かけたところで無駄と見たのか、別の理由でか。

 

「いくよ」

 

 一度だけ振り向いた俺に視界へ入った幾人かが頷き。俺は扉を開けた。

 

「な」

 

 中に居るのがバーンだけではないことは予想していた。実際、キングを頂点としたオリハルコン製のチェスモチーフの魔物リビングピース、ヒュンケル達に掃除屋と説明した連中がここには居たし、そこまでは予想通りだった、だが。

 

「ハド……ラー?!」

 

 リビングピースの王であるマキシマムの横に立つ元魔軍司令は、マントを羽織り兜を被ることで 顔以外を隠していたのだ。

 

「それは」

「ふっ、オレはパワーアップを果たしたのだ。これでもはやおまえに遅れは取らん」

 

 嫌な予感を覚える俺にハドラーはそう言い放ち。

 

「パ、パワーアップだって!!? 変な兜かぶってるだけでどこも変わってねえじゃないか!!!」

「……貴様は、ダイと共に居た魔法使いの小僧……ヒュンケルも……そうか。いや、バーンさまに手向かうなら元の鞘、アバンの使徒に立ち返るのも当然か」

 

 ポップの指摘を無視して、ポップとヒュンケルの存在に気づいたハドラーは勝手に推測、自己完結する。

 

「立ち返ったって言えるかどうかには疑問の余地があるけどね……それより、パワーアップとかおれは聞いてないんだけど?」

「まあ、そうだろうな。おまえがあちこち飛び回ってる折、大魔王さまから助言をいただいたのがことの始まりだ。『このままでいいのか、ハドラーよ』と。そして、おまえが高く評価しているザボエラの息子を紹介していただいたのだ。『親に余の見逃した見るべきところがあるのであれば、子もなにかをもっているかもしれん』とな」

「っ」

 

 ザボエラが何も知らないようだったから大丈夫だと思っていたのに、ザボエラを飛び越してその息子に話が持っていかれたというのか。原作でその技術がもともとザボエラの息子のモノだったことを知っている俺にはもう先の展開が読めていた。超魔生物、複数の種族の力を結集して生み出す人造モンスターであり。原作では息子の研究を引き継いだザボエラが効果を高めハドラーをこれに改造するのだが。

 

「あれ?」

 

 そこまで考えて、ふと気づく。原作では超魔生物はロモスの武闘会で竜の騎士のデータを採取したことで研究が進んだのではなかったかと。

 

「どうした? まあ、いい。ここに至って一から十まで話すつもりもオレにはない、新たに得たこの力、試させてもらうぞ!!!」

 

 俺が立ち尽くしている間にハドラーはマントを脱ぎ捨て。

 

「なっ」

「なっ、なんだとォ?!」

「なんだありゃ?!」

 

 その下から出てきたのは超魔生物の身体ではなかった。マントを脱ぎ捨てるや否や、ハドラーの身体を包んだのは赤と青、おそらくは炎と氷の闘気。

 

「トゥース、おまえのその炎の闘気とオリハルコン製の部下に着想を得たオレはフレイザードをもう一度作り上げ、その身に宿したのだ!」

「話すつもりはないとか言っておいてきっちり説明してるじゃないか……」

 

 衝撃のあまり、俺は気づけばツッコミを入れていた。だが、そうか。この世界ではダイより俺が脅威だったが故に、竜の騎士ではなく俺の強化をモチーフにした改造が行われたわけだ。

 

 




次回、三十三話C「秘策3」に続くメラ。


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三十三話C「秘策3」

「さてと、張り切ってるところ悪いけど」

 

 いつの間にそんな言葉が口をついて出かけた。

 

「っ、死神、貴さ」

 

 ハドラーの側、何もない場所から生じた大鎌がハドラーの身体を引っかけ、引きずりこむ。

 

「キルバーン、待」

「ンフフッ、ハドラー君には不本意だろうけど、こっちは危険物同士で仲良くやらせてもらうから、後は頼んだよ」

 

 俺は原作知識で知っている。キルバーンの所有する魔界の決闘用マシン。通称ジャッジと呼ばれる魔界の遺物でその鎌には空間を斬り異空間へと相手を引きずり込む力が秘められている、だったか。

 

「くっ」

 

 自身とハドラーを隔離した理由なんてわざわざ考えるまでもない。黒の核晶の爆発に巻き込まないためだ。黒の核晶が起爆すれば、もう一方も誘爆する。勝とうが負けようがこれでもうハドラーが戻ってくることはなく。どいつもこいつもと言う言葉を俺は辛うじて呑み込み。

 

「は?」

 

 あんぐり口を開け顔芸を披露するのは、ハドラーの横に立っていた、リビングピースの王、マキシマム。主であるバーンを除けば頼みに出来る最大戦力が一瞬でどこかに消えてしまったのだ。無理もない。

 

「みんな、今の内に攻撃だ!」

 

 キルバーンには言いたいことがいくつもあった、だが、ハドラーをこの場から退場させてくれたことを無駄には出来ない。それに、切り札を十全に活かすにはまだこのドームの中に入れていない分体達に中へ入って来てもらう必要もあった。入り口で立ち止まってなど居られないのだ。

 

 

「うむ」

「おう、いくぜ!」

 

 頷いたバランが背の剣を抜いて床を蹴り、兵士が拳を握りしめて走り出すのに関しては敵と混同されないかと思って止めようとしたが遅く。

 

「まだ護衛の必要はない、ならオレも攻めに加わらせてもらおう」

「はぁ、不本意だが今の私ならあちらと間違われることはないか」

 

 ヒュンケル、そして嘆息した乳牛騎士シグマが二人に続く。

 

「げっ、げぇぇっ!!!!」

 

 マキシマムからすれば、割と最悪の状況だろう。原作より弱いヒュンケルは良いとして、同じチェスの駒の二人は同じ駒程度の戦力だとしても、バランは拙い。もちろん俺もただ棒立ちのつもりはなく。

 

『ピオリム』

『スクルト』

 

 ドームに入ってくるなり分体達が攻めに出た味方へ補助呪文で援護する。

 

「よーし、おれも一丁」

「ごめん、ポップ。あいつらオリハルコン製だから攻撃呪文は効かないんだ」

「へっ?」

 

 少し遅れて加勢しようとしたポップが俺の言葉に固まるけど、実際呪文は無効なのだから仕方ない。

 

「それと」

 

 この状況でバーンが動かない筈もなかった。視界の端にちらりと見えた大魔王は不死鳥を模った炎を掌に浮かべていて。

 

『マホカンタ』

 

 炎の闘気が俺の手にした武器形態のフェンブレンに反射呪文を施し。

 

「アバン流刀殺法鏡面海破斬ッ!」

 

 俺の放った斬撃はヒュンケル目掛けて放たれた炎の不死鳥を弾き散らす。

 

「バラン!」

「ぬっ」

 

 その一方で不死鳥を追う様に飛び出していたことにも気づいて俺がかけた声でバランが振り返り、杖を振りかぶって襲いかかってきた大魔王と切り結ぶ。

 

「やっぱり、こっちの攻め手に横撃を加えてきた……」

 

 ハドラーの出オチレベルの退場は大魔王にとっても想定外だったのだろう。半身を失った上、バランと俺が健在では分が悪いと見て何の口上もなく襲ってきた辺り、追いつめられてるんだと思う。

 

「バラン殿に抑えて貰うってのも選択肢の一つだけど」

 

 原作知識であちらの手札が解かってる分、大魔王の相手は俺がした方が良い。

 

「ニュンケル、分体のみんなの指揮はお願い!」

 

 振り返りはせずそれだけ指示を投げて俺は走り出す。

 

「いくよ、フェンブレン!」

 

 走りながら声をかけた己の武器を振りかぶり。

 

「でやあああっ!!」

 

 力いっぱい投げつける。

 

「なにっ?!」

 

 普通なら斬りかかってゆくタイミングでの投剣。だが。

 

「変形、僧正フェンブレン!!」

 

 空中でフェンブレンは人型に変じ。

 

「挟み撃ちか」

 

 空を仰いだ大魔王が手にした杖の先をフェンブレンへ向けた瞬間だった。

 

「アバンストラッシュ・アローッ!」

「ちいっ」

 

 飛来した剣風を弾いてバーンの迎撃は一瞬遅れ。声で援護の主を元ドラゴンキラーことラゴウと判断。俺はそのままフェンブレンの方へと手を伸ばし。

 

「ルーラっ!!」

 

 空中のフェンブレンが瞬間移動呪文で俺の手元に戻ってくる。形状は人型のままだが気にしない。

 

「挟み撃ち自体が虚構?!」

「いくぞ、はああっ!!」

 

 その足を掴み重量武器として横に薙ぐ。

 

「うぐっ、舐めるでないわァッ!」

 

 だが、大魔王はこれにも反応した。杖の柄で腰斬しようとしたフェンブレンを受け止め。

 

「くっ、流石にそう簡単に一撃を入れさせてはくれないか」

 

 飛び離れ人型のままのフェンブレンを俺は手放す。流石に人型はちょっと重すぎた。

 




一瞬でも流星の様にでしたっけ?(決闘カードゲームのごとくいきなり除外されたハドラーのことを思い出しつつ)
次回、三十四話C「大魔王バーン」に続くメラ。



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三十四話CA「大魔王バーン」

「けど、それなりにやり合えることは解かった」

 

 原作知識や見分して得たバーンの力の一端は知ってはいても、実際ぶつかったのは、これが初めてだ。対応策を要したとはいえ、机上の空論で実際戦ったら役に立たなかった何て最悪に近い事態になることだって考えられたのだ。だからこそ、少しだけ安心し。

 

「お主がよもやここまでやるとはな、トゥースよ。余の半身を滅したことも余の想定をはるかに超えておった」

 

 半身を消滅させたのだから激怒していても良い筈だというのに、やけに平静なのが俺には気になり。

 

「……この大魔王バーン、天地魔界に恐るるものなしと自負してはおるが、予測不可能なものだけは悩殺しておく必要がある……!!」

 

 バーンが再び口を開いたとき、俺は耳を疑った。聞き間違いではとも思った。

 

「のうさつ……?」

 

 抹殺じゃないのかそう思ったのだが、俺のつぶやきを大魔王はスルーしてもろ肌を脱ぎ。

 

「故に踊る!! 余の『せくしーだんす』を目に焼き付けるがいい!!!」

「え゛」

 

 俺は思わず固まった。だが、その前に飛び出した人物が居た。

 

「ひゅ……ンケル?」

「オ、オレの鎧ならば若干こらえられるはず……!!! いっ、今の内に反げっ」

 

 最後まで言葉を続けられず、ヒュンケルが鼻血を吹いた。その間も大魔王はぐいんぐいん腰を振り、キレッキレに踊っていた。

 

「……初心なことだ……気にいらんな。昔のおまえはもっと魅力的だったぞ、ヒュンケル」

「……くっ!!」

 

 いや、くっじゃねぇよとツッコミを入れては駄目なんだろうか、これ。

 

「みっ、みんなァァッ!! 攻撃だああッ!!! 攻めないとこのまま全滅しちまうっ!!!」

 

 ポップの焦った声がドームの中に響くが、これ全滅するのは腹筋ではないだろうか。

 

「どうした、余はまだ本気ではないぞ? それはこれからだ……」

 

 何人かがポップに何でお前が仕切ってるの的な視線を向ける中、虚空に手をつき出した大魔王は生じた時空の歪みに手を突っ込み。

 

「では、使わせてもらうとしよう。愛用の……伝説の武器をな……!!」

「う……うそだろ、おい……!!」

 

 ポップが口元を微かに引きつらせるが、同感だ。

 

「武器ってさっきバランに襲いかかったときに既に使ってたもんな」

「だあっ?!」

 

 だが、同意した俺の言葉にポップはずっこけて。

 

「んなこと言っとる場合か!! 大魔王が本気を出すってんだぞ?!!」

「……その通り」

 

 がばっと起き上がったポップの叫び声にバーンが乗っかった。

 

「余がこの『光魔の杖』を使った時、おまえ達は更なる絶望を味わうこととなる」

「ぐっ」

「更なる絶望だとぉ?!」

 

 鼻を押さえつつ起き上がって叫ぶヒュンケルを暫く眺めた後、大魔王は問うた。

 

「おまえ達は知っておるか? 『ポールダンス』と言うものを」

「ちょ」

 

 何をするのかを察したが、杖の製作者のロンベルクが明らかにブチ切れる案件だった。いや、ブチ切れるで済むレベルだろうか。

 

「両腕ぶっ壊れても奥義放ってきたっておれは驚けないんだけど」

 

 何がどうしてこうなったというのか。

 

「……吸えッ!! 我が魔法力をっ……!! そして自らをライトアップするのだっ!!」

 

 俺が呆然としている間にバーンは杖からはえた尾のような器官を自らの腕に絡ませて言う。そんな機能ついてるのかは知らんが。

 

「めっ、メラ公、やばいぜ!!」

「あ、うん」

 

 ヤバいのは解かる。あまりにぶっ飛んだ事態に俺の語彙も半分くらい冒険の旅に出てしまっていた、だが。

 

「……『せくしーだんす』がおまえだけのものだって思ってもらっちゃ困るよ」

「……なに?」

 

 口を開いた俺にバーンが眉を動かす。だが、俺は一切かまわずバーンに背を向け。

 

「ポップ」

 

 兄弟子の肩を叩く。

 

「任せた」

「んなっ、任せたじゃねぇッ!! おれに『せくしーだんす』なんか踊れるかぁッ!!」

「いや、だって……分体達に振るとその場でボコボコにされそうだし」

「おまっ、オリジナルなんだろ、おまえ!!」

 

 確かにそうではある。だが、力関係のピラミッドでは最底辺なのだ。

 

「なにやら揉めているようだったが、それが過ちだったな」

「へっ」

 

 後方からの声に振り返ったのは、反射的なモノ、だが。

 

「見よ、これが余のポールダン――」

 

 あまりの光景に俺の意識は一瞬で吹っ飛び。

 

◇◆◇

 

「はっ?! 今、何かものすごく恐ろしい光景を見たような……」

 

 起き上がって周囲を見回すと、そこはバーンパレスの一室。俺用にあてがわれた部屋だった。ご丁寧に可燃物は全く置いてなく、備え付けられたカレンダーも石板に数字などを彫りこんだもので。

 

「四月一日」

 

 日付はそう記載されていた。

 




……なにが……なにが『エイプリルフール』だッ!!!
この進行速度ならエイプリルフールに差し替える話が四月一日の前に来てしまうのは、当たり前……!!!(フルフル)
……オレはっ……自らの出番が出オチで終わってもう出番もなさそうだというのにっ……!!!
ウオオオオオォーッ!!!!

と言う訳で、残念ながらエイプリルフール前に到達してしまった今年のエイプリルフール回がこちらです。(前魔軍司令の慟哭から目を背けつつ)

うんエイプリルフールまで更新お休みするか迷ったんですよね。
流石にそれは拙いかと思いまして。
フライングは平にご容赦を。


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三十四話C「大魔王バーン」

こっちが本物の三十四話Cです。
あと数日だったんだけどなー。
流石にここから新しいエイプリルフールネタを仕込む余裕もなかったし、没にするのも勿体なくてああなったんですが。



「けど、それなりにやり合えることは解かった」

 

 原作知識や見分して得たバーンの力の一端は知ってはいても、実際ぶつかったのは、これが初めてだ。対応策を要したとはいえ、机上の空論で実際戦ったら役に立たなかった何て最悪に近い事態になることだって考えられたのだ。だからこそ、少しだけ安心し。

 

「お主がよもやここまでやるとはな、トゥースよ。余の半身を滅したことも余の想定をはるかに超えておった。そして、よくぞここまでやってくれたものだ」

 

 褒めているわけがない。大魔王は怒りを押し殺し、言葉を紡ぎながら俺を観察していた。無理もないことだとは思う。ある意味増長かもしれないが、バーンは若さを隔離した半身を失った。これによって分かたれた半身と一体となり真の力を振るうことができなくなったのだ。原作では鬼眼と呼ばれる第三の目の力を引き出し、バケモノと化してもダイに勝とうとした大魔王だが、半身を失った状態でそれができるかは未知数であるものの、自身の肉体を変質させてのパワーアップと考えるなら、変身できたとしても原作よりははるかに劣った能力しか持ちえないだろう。そも、そのバケモノへの変身も最後の手段だった筈だ。

 

「ハドラー殿が居なくなったのが、痛かったね」

 

 黒の核晶が埋め込まれたハドラーと同じ戦場に大魔王が居る。バーンがこちらを観察しているからこそこちらもその理由を考えてみたが、導き出される答えは一つ。自身を囮にこのドーム内に俺側の戦力を集め、ハドラー諸共黒の核晶の爆発で消し飛ばすつもりだったのではないだろうか。ハドラーの黒の核晶の起爆はバーンの意思次第で可能。適当に戦いつつ機を見計らい、衝撃波なり何なりで壁を破壊しそこから脱出するか、リリルーラのような合流呪文で離脱し、自分だけ爆発から逃れる。それなら、邪魔ものである俺達を纏めて倒せるかもしれず、代償は無理な改造と身体に黒の核晶を埋め込まれていることでそう長くは生きられないであろうハドラーとオリハルコン製だが頭は残念なチェスの王を始めたとした駒のモンスターだけで済む。ザボエラ親子はこの場にいないから無事だし、ザボエラの技術で戦力の補充を図ろうと考えて居たなら、ハドラーがキルバーンによってどこかに連れ去られたのは痛恨の極みだった筈。

 

「バラン殿や他のみんなをあのオリハルコンの王様で抑え込むのは不可能。だから――」

 

 最後の策さえなれば、バーンは倒せる。その為にも、暫くの間、大魔王は俺が押さえておかないといけない。

 

「フェンブレン、悪いけどつきあってね。流石にあの杖相手に素手は無理だ」

 

 と言っておいて、その実プラスとマイナスの魔法力の剣なら充分通用すると思うが、敢えてそう言っておく。大魔王にも原作で日の目を見なかった切り札があるかもしれないのだから。

 

「ふん、よく言う。そう思わせておいて隠し札でもあるのであろう? 余に慢心も油断もない。おまえが余の予想を超えてくることはもはや想定済みだ」

「っ、買い被りだっていいたいとこだけど」

 

 ミストバーン、いや、バーンにとって大切な半身を失わされれば最大限警戒するには充分か。その警戒をしておいてあっさりハドラーを攫われたのだから。

 

「はぁ……まぁ、その杖と打ち合ってフェンブレンが折れちゃったら取り返しもつかないか。フェンブレン、人型で俺の援護を」

「やはり何か隠しておったか、侮れぬ」

「それはこっちのセリフだよ。もう少し騙されてくれると思ったんだけど」

 

 俺がぼやけば、真顔でぬかせと大魔王が返す。

 

「なら、遠慮なく」

 

 これで決まってもいいと言う気持ちで俺は右手にマイナスの魔法力を集め、左手は纏う炎の闘気がプラスの魔法力を集める。

 

「思えば」

 

 これをあの氷炎ハドラーに見せなくて良かったと今になって思う。見せて会得でもされたら目も当てられなかった。

 

「呪文は任せるよ、フェンブレン」

 

 剣の時に施したマホカンタはまだ有効の筈、だからこそ俺はそう声をかけ。

 

「来るか」

「ああ。メドラ……ブレェェェドッ!」

 

 両手もちの形で巨大剣が出現する。

 

「くっ、やはりか」

「行くぞ、バーンッ! はあああっ!」

 

 一瞬脳裏に浮かんだ「ご愛読ありがとうございました」という文字を振り払って俺はバーンへ斬りかかったのだった。

 




次回、最終話C「決着、最終決戦」に続……えっ?


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最終話C「決着、最終決戦」

「ぬんッ!!」

 

 斬りかかった俺にバーンは杖を振るい。

 

「っ」

 

 明らかにコンパクトすぎる振りに俺が身体を傾けようとすれば、案の定か。バーンは杖そのものを俺に振り下ろすのではなく両手持ちにして脇に構えた。原作ではダイの竜闘気砲呪文を杖から出る光の刃の放出で相殺して耐えた描写があったが、構えからするにバーンが行おうとしているのは、それと同じ。

 

「ならッ」

 

 俺は傾けるどころか床に倒れ込みつつ、消失呪文の剣で床を削った。

 

「なに?!」

 

 バーンが驚きの声をあげるにも構わず、俺は出来た穴へと飛び込んで。

 

「危なッ」

 

 放出された光は、俺が先ほどまでいた場所を薙ぎ払っていた。俺が穴の外を見たのはその一瞬で。

 

「からのッ!」

 

 穴の中で消失呪文の剣の向きを変える。ぶっちゃけあてずっぽうだが、床を貫通して足元からバーンを狙ったのだ。

 

「うぐっ」

 

 短い大魔王の呻きが聞こえたが、攻撃が当たったと慢心はしない。

 

「フェンブレン!!」

「当たっておらん」

「そう」

 

 穴の中から呼べば返る答えで誘いだったと俺は知り。

 

「メラミ!」

 

 穴の外へと呪文を放つと、それに続いて外に飛び出る。

 

「ちっ!」

 

 そして見たのは、床下からの攻撃で出来た穴、呪文が飛び出なかった方に杖を振るったバーンの姿だった。

 

「裏の裏、で何とかなったか」

 

 メラミを囮にもう一方の穴から出てくるとバーンは踏んだようだが、小細工は成功だったようで。

 

「おい、メラ公!」

「トゥース様、いけるにゅん!」

 

 着地してバーンと向き合っていたところで、待ち望んでいた知らせが届く。

 

「そう、ありがと。こっちはこのまま押さえとくから……フェンブレン、打ち合わせ通りに」

「うむ」

 

 俺が話を振れば、僧正は頷いて。

 

「みんな、やるにゅん!」

「むうっ?!」

 

 ニュンケルの号令にバーンが警戒するそぶりを見せるも。

 

「獣王会心撃ッ!」

 

 片手から闘気を俺はバーン目掛けて放つ。

 

「ぐっ」

「邪魔はさせない!」

 

 クロコダインには悪いけど、俺が使っても会心撃ではバーンを軽く仰け反らせる程度にしかならない、だがそれでも。

 

『『『バイキルト!!』』』

『『スカラ!!』』

 

 声を揃えた分体達の攻撃力倍化呪文が防御力増強呪文がドームに響き。

 

「攻撃呪文ではない、だと?!」

「集束呪文の攻撃呪文以外への転用、これがオレたちの切り札、にゅん!! トゥース様!!!」

 

 集まった攻撃力倍化呪文がニュンケルから俺にかけられる。

 

「まったく、最後の最後までとはなぁ」

 

 攻撃力を倍加する呪文を集束するのだ。検証した時は腕を振るえばどうなるかある程度の予想がついたからこそ微動だに出来なかった。分体の人数を鑑みれば今の俺の攻撃力は数百倍ではきかない。反動でまず間違いなく腕もぶっ壊れるであろう諸刃の刃。だからこそ、防御力増強呪文もかけてはみたが。

 

「これが、おまえに打ち勝つための、答えだッ!!」

 

 それはもともと原作で完全体の大魔王が放つ最大のカウンター攻撃を使ってきた時、どうすればいいかを考えて出した答えでもあった。一度に三動作で必殺技を三発放つなら三発でも相殺できない程強力な攻撃をしてしまえばいいという実に脳筋すぎる答え。結果として、完全な姿の大魔王を前に使う機会は失われたが、握る拳へ炎の闘気が勝手に収束する。

 

「A5……おおおおおおッ!!!」

「ぐっ、図に乗るなああーっ!!!!」

 

 殴りかかる俺を迎え撃たんとバーンが杖で応戦するが。

 

「な」

 

 杖から出た光の刃は一瞬で潰れ、杖が砕け、俺の拳に纏った炎の闘気の大半が消し飛ぶ。

 

「そ」

 

 そんなことが、とでも言おうとしたのだろうか。闘気を犠牲に反動で変身が解けるのを免れた俺の拳は、跡形もなく大魔王を消し飛ばし。

 

「ぐ、ああああっ!!!』

 

 俺の右腕も耐えきれずに消し飛んで、煙に包まれた俺の姿はメラゴーストに戻る。

 

『トゥース様! ベホマッ!』

 

 床でのたうつ俺に誰かが回復呪文をかけた。おそらくは分体の誰かだろう。

 

『あり……がと、戦況、は?』

「終わったぞ」

 

 とぎれとぎれに礼を言いつつ尋ねれば、フェンブレンの声がして。

 

『そう』

 

 マキシマム相手にバランを含むあの戦力は過剰だったもんなぁと思いつつ俺は空を見上げた。青い、青い空がそこにはあった。攻撃力が高まり過ぎたあの一撃はバーンを消し飛ばして終わりではなくドームの天井と死の大地の表層までをも消し飛ばしていた。

 

『黒の核晶と同じかそれ以上の威力の拳とか、笑えない……よなぁ』

 

 A5の居なくなった今、自分も消し飛ぶ覚悟がなければ同じことはできないだろうけれど。ちなみに、当初の予定では拳で殴るのではなく、三日月刀にしたフェンブレンで斬りかかる予定だったのだが。

 

「ワシは絶対嫌ですからな」

 

 何を考えていたのか、見抜かれたようで、フェンブレンは両腕でバツを作って言った。ともあれ、こうして俺達は大魔王に勝利したのだった。

 




次回、エピローグC「戦いは終わり」に続くメラ。

という訳で、このお話ももうすぐ終わりです。

お付き合いいただきありがとうございました。


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エピローグC「戦いは終わり」

『って、のんびり話してる場合じゃなかった!』

 

 今俺達の居るのは、バーンパレス。その維持は大魔王の魔力によって贖われていた部分があったはずだ。加えてバーンを倒した俺の一撃。

 

『みんな、脱出の準備を……あ、この格好じゃポップには通じないか』

 

 呼びかけてから遅れて気づくが、その心配は無用だったらしい。

 

「トゥース様、ポップと団長は私が!」

 

 そう叫ぶや走り出したのは元ドラゴンキラーのラゴウ。分体を注入されているが故に呪文も使えて。

 

「団長、トゥース様の一撃でここも崩れるかもしれませんから脱出します」

 

 すぐにヒュンケルの元に赴き説明すると呪文を唱えだすのが見え。

 

『あー、あれならあっちは大丈夫か。あとは』

 

 周囲を見回すと分体の何人かはドームの入り口に向かってゆくところだった。

 

『あれは……』

「文官やアルビナス達にここが崩れるかもしれんことを伝えに行くのだろう」

『ああ、けど……大丈夫なの?』

 

 納得しつつも不安も覚えてフェンブレンの方を振り返るも、呆れた様子でこちらを見るだけで。

 

「リレミト」

『あー』

 

 唱えるではなく挙げた呪文名で得心が行った俺はドームを出て行く分体達を見送った。バーンなき今、脱出呪文を阻むものはない。危ないと思ったら呪文を唱えるだけで脱出できるのだ。

 

「むしろ、問題なのはこの後の魔王軍残党の処遇だと思うがね……」

『シグマ……』

 

 柄の方へと向き直れば、自己主張の激しい胸を弾ませつつ近づいてくる親衛隊の一人がそこに居て、シグマの言うことは事実だった。アルビナス達が足止めしてくれたザボエラもだが、分体達が助け出すならこの城の文官。城の外周の守りを任されている魔界のモンスターの他、この城の動力炉の管理を任されていた魔物だっていた筈だ。

 

『まぁ、何か企むなら竜の騎士に立ち返ったバラン殿がズンバラリンして終わりになりそうだけど』

 

 何も企まず、デルムリン島の魔物たちの様に穏やかに暮らしたいとなったら、どうなるか。

 

『ハドラーが魔王やってた時も禍根残したらしいもんなぁ』

 

 バーンの魔王軍もカール、パプニカ、オーザム、ロモスに被害を与え、リンガイアに至っては滅んでしまっている。大魔王が死んだなら残党を殲滅しようと人間側が動いても不思議はなく。その場合、バランが出てきて三つ巴の戦いになんてことも充分ありうる。

 

「ならば、おおよそとるべき方策は一つではないかね?」

『一つって……』

「大魔王メラゴーストだよ」

『ちょ』

 

 シグマの言には一理ある。大魔王を倒し、かつ分体を多数従える俺へ表立って逆らうような者は魔王軍にはほぼ残っていないと思う。出世欲の塊であるザボエラも魔軍司令の地位でも与えておけば暫くは大丈夫だろうし。

 

『人間の国に攻められないように俺と分体という戦力をもって独自勢力に、か』

 

 シロコダインに預けてきた元妖魔師団の連中と言い、放り出せない者が出来てしまった今、仕方ないとも思えて。

 

『シグマ、ポップ達に伝言頼める? 師匠、今頃カール王国の破邪の洞窟に潜ってると思うからさ』

 

 カールに居た時そんな話を聞いたが、確認する暇がなくバランが攻めてきたとでもしてポップとヒュンケルを件の洞窟に誘導、師匠こと勇者アバンと再会して貰おうという訳だ

 

『そうやって時間を稼いでいるうちにこっちは分体と協力して国造り、かな?』

 

 俺が吹っ飛ばしてしまった死の大地ではあるが、それはあくまで一部。そして、バーンパレスの上の部分に居たのが幸いして城はまだ崩れ出す所まで行っていない。加えて浮上してないので墜落による崩壊の危険性もない。パレスの一部は再利用が可能かもしれないのだ。半生物の炉は危険なので倒させてもらうつもりだが。

 

『ああっ、やることが山積みだ……』

 

 穏やかに暮らせるのはいつになることやら。

 

『けど、手は抜けないんだよな』

 

 バーンは倒したが、魔界にはまだ冥王竜が残っている。魂を封じられて身動きが取れないとかそんなだった気はするが、バーンが居なくなった今、野心から蠢動を始めてもおかしくはないのだ。頼むから魔界編に突入とか勘弁願いたい。

 

『ともあれ、まずは脱出だよね』

 

 一つ嘆息してから俺はリレミトの呪文を唱え、バーンパレスを脱出するのだった。

 




という訳で、メラゴの大冒険はこれにて終了となります。

建国とかの後日談を書くかは未定。

その前に別ルートかもしれませんが、ひと段落着いたのでお休みをいただきます。

うん、原作の抜けてるところまだ入手出来てないんですよね。

巷で話題のモンハンについてはご安心を。

闇谷、まだスイッチ本体持ってませんので、遊ぶとしてももっと先の筈。

では、長々とお付き合いいただきありがとうございました。

更新再開でまたお会いいたしましょう。それでは~。


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