「見るだけじゃなくてあの人達と打ってみてぇな……」
オレの名前は進藤ヒカル。
死んでから佐為とまた逢うことができて1000年。
たまに現世を見てはずっと佐為と囲碁を打っていた。
幸せな時間だった。
けれど碁打ちのサガには勝てなかった。
やっとヒカル達に追いついた現世の棋力。
何度か佐為と現世を覗いては話し、覗いては話しを繰り返していたが遂に言葉に出てしまった。
ボソッと小さく呟いた言葉だったがどうやら佐為に聞こえてしまったようだ。
「えぇ。私もあの者たちと打ってみたいです」
優しい目をしつつもしっかりとヒカルの眼を真っ直ぐ見ながら佐為は答える。
「佐為も?」
佐為も同じことを思っていた事に少しびっくりするヒカル。
少し考え込んで視線を落とす。
ヒカルは思いついたように佐為に人差し指を立てながら提案した。
「じゃあさ。一緒に生まれ変わろうぜ」
「一緒に……生まれ変わる?」
佐為は全く予想していなかった。
ただヒカルと一緒に居たくて少し我慢していた。
それが生まれ変わっても一緒なら話は別だ。
「えぇ!! 生まれ変わりましょう。一緒に!」
佐為はヒカルの腕に飛びついて目一杯の喜びを表現しながら答えた。
「よーし! そうと決まれば生まれ変われる場所に行こうぜ」
「えぇ。もちろん」
ヒカルと佐為は生まれ変わる為の部屋に入っていく。
テレビと紙が所狭しに置いてある。
テレビの隣や上に資料が置いてありその資料を手に取ってパラパラとめくる。
「こちらは初めてですか?」
入ってすぐ受付にいた女性がヒカル達に近寄りながら声を掛ける。
「は、はい」
いきなり横から話しかけられた為少し驚いて開いていた資料を閉じた。
視線を女性に向かせ説明を聞く。
「今この部屋にあるのが今年にご妊娠される方々です。来年以降はあちらの部屋です。こちらの資料はご両親となる方の経歴や目的が書かれています。テレビに映ってるのはその方のお顔ですね。気に入った方が居ましたらその資料をあちらの転生受付にお見せ下さい。あなたのやりたい事とマッチすれば転生出来ますよ」
「「はぁ。ありがとうございます」」
ヒカルと佐為は声を揃えてお礼を言うと少し離れた場所にあるテレビ前に移動する。
「この人、優しそうですね」
佐為がテレビに映った微笑んでいる女性を見て近寄っていく。
資料を見始めたのでヒカルも周りを見渡し、気になるテレビの前に移動して資料をパラパラとめくる。
何となく早く生まれたい気持ちがあったためか2人とも今年生まれる部屋だけで探す雰囲気がある。
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2話
少し時間が経ち佐為がヒカルに声を掛ける。
「ヒカル! 私、この人にします」
佐為が提出する資料を見せる。
「オレは……」
ヒカルがパラパラとその資料をめくった後もう一度辺りを見渡し1人のテレビの女性を見つめる。
テレビの資料を見て、
「オレはこの人にするよ」
その人は何処となく生きていた頃の母親に似ていた。
資料を2人揃って提出しに行く。
佐為とは別の部屋に案内された。
「こちらにお座り下さい」
「あ、はい」
ヒカルは言われるがままに通された部屋の椅子に座る。
お姉さんも対面に座る。
「では、少し質問させて頂きますね。……えっと、今回はどんな人生にしたいのですか?」
「佐為……さっきの人と一緒に、神の一手を極める棋士になりたいです」
「囲碁の棋士ってことですね。身体に要望はありますか?」
「からだの要望?」
「少し不自由さがある状態で目指したいとかかなりのハンデを背負って目指したいとか……」
(ハンデ? 神の一手目指すのにハンデなんかあったら目指せねぇよな)
ヒカルは安直にそう思って答える。
「いえ、特に無いので五体満足でお願いします」
「分かりました。それでは少々お待ちください」
そう言うと受付のお姉さんはパソコンらしいものに向かって意識を集中させる。
画面が上下に動いたりポップアップがたくさん開いたりした後、こちらに体を向き直す。
「お相手の方は選んで頂いたご家庭がベストのようです。それで、こちらから提案なのですが、今の方でもあなたのやりたい事はできますがお相手との物理的な距離が遠くかなり会うまでにもお時間がかかりそうです」
「それで?」
「単刀直入に言いますと、こちらの方にしませんか?」
お姉さんは別の資料をヒカルに見せた。
「あなたの子孫に当たる家系で、お相手との距離も近く中学が同じ区画なので比較的すぐにお会いすることができます。来年ご妊娠される予定ですが早生まれになるので学年も一緒ですよ」
「! オレ、その人で大丈夫です!! この人が良いです」
ヒカルは資料に添付されている写真を見て即答した。
顔は全然違ったが、紛れもなく母親の生まれ変わりだと分かったからだ。
「ありがとうございます。それでは手続きに入りますね。奥の部屋にお進みください」
お姉さんは笑顔で言うと奥の部屋に進む方へ腕を伸ばした。
「あ、ありがとうございます。」
ヒカルも釣られて笑顔で答えると席を立ち、奥の部屋に歩みを進めた。
奥の部屋に行くとすでに佐為がいた。
「佐為!」
ヒカルが後ろから佐為を呼ぶと、佐為は声のした方へ振り返る。
「ヒカル! 良かったですね。2人とも無事に現世へ行けそうで」
「そうだな。中学で会えるらしいから楽しみだな!」
現世への生まれ変わりに対して期待とともに不安もあったがすぐに会える事がはっきりしたため2人とも期待大きく満面の笑みで会話を楽しんだ。
「藤原佐為さん! 進藤ヒカルさん!」
今度は男性の職員が2人を呼ぶ。
「「はい!!」」
ヒカルと佐為が返事をして一緒に職員のいる方へ向かう。
「藤原佐為さんと進藤ヒカルさんですね。では扉の向こうへどうぞ。良い人生を」
男性職員がそう言うと扉を開けて2人に中に入るように促す。
2人は一緒に顔を見合わせてから手を繋いで扉に入っていった。
今度は2人、別つ事のない人生を望むように……
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3話
「ヒカル! 起きないと遅刻するわよ。今日は登校日じゃなかった?」
ヒカルが生まれて12年。この春、中学生になる。
母親が階段下からヒカルの部屋がある2階に向かって大声で叫ぶ。
「そうだ! 今日は学校に行かないと行けないんだった」
ヒカルは急いで起き上がって着替え、階段を駆け下りる。
現在、AR技術も発展したため普段は自分の部屋からオンラインで授業を受ける。
授業も仮想学校で受けるため友達ともアバター越しで会う。
だからと言って月に何回かは実際に集まるため昔の校則は健在で制服だってある。
学校自体もあるが目的によっては一般の人も利用する体育館等を借りて集まるのだ。
今日は入学式、体力測定、顔合わせを兼ねての登校日。午前中で終わりだ。
遅刻しない範囲で食べれるだけ朝ごはんを口に含む。
「ヒッヘヒハフ」
ヒカルは口いっぱいにご飯を入れたまま話したため上手く母親には伝わらなかったが、食事の席を立ち玄関に向かおうとする。
「ちょっと! 時計忘れてるわよ」
「! サンキュ」
再度テーブル横に充電してあった時計を腕にはめて玄関に向かう。
「行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
改めてヒカルはそう言って外に出た。
駐車場の隅にある1人用の卵型バイクを引っ張り出す。
乗り込むとエンジン部分に腕時計を近づけた。
起動音がして光る。
『本日4月8日、8時48分。乗車認証、、、完了。進藤ヒカル、入学式会場まで9分です。シートベルトをしたら発進します』
ヒカルはアナウンスを聞いてシートベルトを締めるとバイクはゆっくりと走り出した。
自動で会場まで安全に連れてってくれる今のバイクや車に免許は不要だ。
必要なのは腕時計と手のチップで、本人確認と目的地の確認のみだ。それすらもある程度自動でスケジュールが入っているので時計をかざすだけで勝手に目的地まで運んでくれる。
チップも生まれてすぐに入れられるので痛みもないし、触ると分かるが別にこれと言って気にする事もない。
体力測定もある今日は体育館への集合だったらしい。
会場に着くと新入生は奥の大ホールに行くように張り紙が貼ってあった。
ヒカルは指示に従って奥の大ホールに入っていく。
「こちらの機械に時計を近づけて」
受付にいた先生らしき人に声をかけられる。
時計を近づける。
「今年入学の進藤ヒカル君ね。先に体力測定をした後、学校に移動してクラス毎のオリエンテーションよ。そのまま進んで空いてる場所に行って測定して」
「はい」
言われるままに測定していく。
1度機械に時計をかざしてから測定するとその値が勝手に記録される。
「これで終わりだね。学校に移動して」
「はい」
全て終わったみたいだ。男性の先生が学校への移動を促し、またバイクに乗り込む。
学校に着くと、外のトラックにクラス分けが貼ってあるのを見つける。
「1組か・・・」
自分の名前を見つけたため1年1組のクラスに移動する。
「ヒカル! やっと会えましたね」
学ラン、艶のある長めの黒髪、顔立ち整ったクラスメートらしき人物がヒカルに話しかける。
(こんなヤツ、小学校でいたっけ?)
少し考え込むヒカルだったが小学校の友人に心当たりはない。
「誰だっけ? 小学校、同じだったっけ?」
「え! ヒカル、私のこと覚えてないのですか? 佐為ですよ。藤原佐為!!」
「……藤原…佐為?」
名前を聞いても記憶がない。
「悪い! 覚えてねぇわ」
ヒカルは少し悪びれた表情で佐為に謝る。
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4話
「そ、そんなぁ! 一緒に神の一手を目指すのではなかったのですか?!」
佐為はヒカルの覚えてない発言に大きく落胆した。
「神の……一手?」
ヒカルは小さな心のざわつきを覚える。
「そうですよ! 囲碁で! 神の一手を一緒に極めると約束したではありませんか!」
「囲碁で? 神の一手を極める?」
生唾を飲み込むヒカル。
その言葉になぜか分からないけれど大きく心が揺れ動くのが分かる。
(なぜだろう……。すごく重要な気がする)
考えにふけるヒカルに佐為は腕を掴み顔を近づける。
「放課後、私に付き合ってください! 良いですね?!」
「う、うん」
ヒカルは佐為のあまりの凄みにイエスと思わず顔を縦に振る。
キーンコーンカーンコーン……
チャイムが鳴り先生が入ってくる。
「さぁ、席について!」
女性の先生が教壇の前に立って着席を促すと教室にいた生徒は皆その辺にある椅子に腰掛ける。
全員座ったのを確認して先生が口を開く。
「まずは入学おめでとう。今日はオリエンテーションで自己紹介をしてもらうわ。」
自己紹介中、ヒカルの心はずっとざわついていた。
(囲碁、、、すごく心がざわめくような安心するような。なんだろう。……そういや、小さい頃はじいちゃん家にあった囲碁セットを見せるとよく安心したように泣き止んでたってお母さんが言ってたっけ。佐為と関係があるってことか?)
「藤原佐為です……好きなことは囲碁で____」
佐為の自己紹介が始まるヒカルは佐為と言う名前に反応する。
(佐為……聞いた覚えがあるような無いような、、、。昔の友達? いや、もっと前から知ってるような? でも藤原ってよりは佐為の方がしっくりくるし、やっぱ知ってる気がする……)
うーん、と頭を抱えるヒカル。
そうこうするうちに自己紹介が終わってしまった。
「これで全員終わったわね。それじゃ班分けをするから班ごとに分かれてテーマについて話し合ってください」
先生が言うと時計に班分けが表示される。
それに従って移動し、親睦を深めるためのオリエンテーションが数回行われた。
キーンコーンカーンコーン……
終わりのチャイムが鳴る。
「はーい! それじゃ、そこまで。明日からは通常のAR授業なので指示に従ったIDで集合するように。以上」
先生がそう言うとそのまま話し続ける子もいた中、真っ先に佐為がこちらに向かって来た。
「ヒカル! 行きますよ」
「……どこに行くんだよ?」
ヒカルはやっぱり来たか、と諦めモードで佐為に行き先を確認する。
「もちろん! 碁会所ですよ」
「ゴカイジョ?」
「碁が打てるところです!」
「碁が打てる所? オレ、そんなの打てないぜ」
「良いんです! 私が見せますから」
話しながらグイグイとヒカルの手を引っ張って行く佐為。
バイクも使わず徒歩圏内にあった碁会所へ連れていく。
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5話
「いらっしゃいませ」
碁会所のお姉さんが笑顔で出迎える。
「2人です。いくらですか?」
佐為の鬼気迫ったような物言いにお姉さんも笑顔が消えたじろぎながら答える。
「こ、子供は1人500円よ。こちらに名前も書いて」
「はい。……奥、借りますね」
名前をサラッと2人分記入後、1000円を机に置くなり、ヒカルの腕をまた掴んで引っ張っていく。
その様子にお姉さんもヒカルも完全に引いている。
「座って!」
佐為の言葉に椅子を引いて座るヒカル。
「……」
ヒカルは碁盤を見つめ、思わず手で19路の1路をなぞる。
「……ヒカル?」
ずっと眉間にしわ寄せて怖い顔をしていた佐為の表情が緩む。
涙こそ流してないもののヒカルは悲痛な顔をしていた。
「ごめん。まだ全然思い出せないけど、、、オレ。オレ、お前とこうやって碁盤囲んで座ってた記憶、かすかにある」
「! わ、私こそごめんなさい。そんなつもりじゃ……」
佐為はヒカルを困らせたかった訳ではない。またヒカルと打ちたい一心で思い出して欲しかっただけだった。
悲痛な顔をしたヒカルだったがそれは覚えてないといけなかった事を忘れてしまっている自分が許せなかったからこその表情だった。
「悪ぃ。教えてくれよ」
ヒカルは気持ちを切り替えて佐為との記憶を取り戻そうとする。
「はい! もちろんです」
佐為は笑顔で答える。
ヒカルは黒石の入った碁笥を手元に引き寄せ置いた。
佐為は全く知らないモノと思っていたため少し驚く。
「囲碁のルールは知ってんだ、オレ。……じいちゃんがやってるの、ちょくちょく見てたから」
「そうなんですか! それではさっそく1局打ちましょうか」
ちょっと照れながらヒカルがそう言うと、佐為は嬉しそうな顔をして、対局を促す。
「「宜しくお願いします」」
2人ともに挨拶をする。
顔を上げるとさっそくヒカルが1手目を打つ。佐為も2手目と応える。
佐為は完全に指導碁だ。
ヒカルはひるむこともない。
「ヒカル。何故、今ココに打ったのですか?」
佐為は対局中だったが突然ヒカルに質問した。
自分の手によく似ていたからだ。
「分かんねぇ。でもそこが一番しっくり来たんだ」
屈託のない笑顔で答えるヒカル。
(覚えてなくとも魂は覚えてる?)
佐為はそんな事を感じた。実際対局的には院生2組くらいの棋力を持っている。
相変わらず下手な手もあるし、勘で打ってるから理由も分からないものも多いがヒカルはやはりヒカルの生まれ変わりなのだと思い知らされる。
佐為はヒカルとまたプロになって神の1手を極めたいと改めて思った。
「ここまでですね。ヒカル、凄いです!」
「え?! コレ、オレが勝ってるの?」
佐為が囲碁をろくに知らないはずなのにすでに高いレベルにあるヒカルを褒めると、ヒカルは今の対局が勝ってるのかと勘違いする。
「違います! この勝負は私が勝ってるに決まってるじゃないですか。それよりヒカルも十分強いですよ」
「そうなのか?」
「そうです! 何故そこに打ったのか、、、勘だとしても凄いんですよ!!」
「へへっ。石の形はけっこう覚えるからかな」
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6話
「え? 石の形を覚えてる?」
佐為はヒカルの言ってる意味が一瞬分からず聞いてしまった。
「不思議だよな。オレ、ちゃんと打つの初めてなのに」
無邪気な笑顔を見せるヒカル。
「キフ? っての? 番号が順に振ってある紙。アレ、小さい頃見るの好きでさ。だんだん宇宙ができてくみたいでさ」
フフ、とヒカルは思い出し笑いをする。
「棋譜を覚えてるから何となく置く場所が分かる、と」
「そうそう。白石の流れとか凄えんだぜ」
佐為は確認をするようにヒカルの言葉を繰り返す。
ヒカルは顔色が変わっていく佐為を何とも思わず、目をつむって思い出す棋譜を頭に描いてその感動を伝えようとする。
「それ、見せてください!」
「えーっ!? 嫌だよ、メンドくせぇ」
佐為は顔色を変えてヒカルに凄む。
しかしそんな佐為に対しあからさまに嫌な顔をするヒカル。
「今日はもう遅くなるしまた今度な」
「……はい!」
佐為の落ち込んでいく姿にヒカルはしばし様子を見る。
感動を独り占めしたい気持ちもあったが分かち合いたい気持ちも出てきたのでヒカルはつい次の約束を口に出した。
佐為も時間が17時を過ぎた時計をチラリと見ると自分もそろそろ帰らないといけない事を思い出す。
次の約束を取り付けシュンとしていた顔はパーッと笑顔に一瞬で変わった。
(ひょうきんなやつ……)
ヒカルが佐為の百面相に戸惑いつつも笑顔になった事に少し安堵を覚える。
「じゃ、帰るか」
「はい!」
ヒカルは機嫌の良くなった佐為と帰宅するよう促し立ち上がる。
佐為もヒカルに続いて席を立ち、出入口に向かった。
「「ありがとうございました」」
二人そろって受付に挨拶し外に出る。
外は夕焼けで、少し肌寒かった。
佐為は徒歩だったようでその場で別れる。
ヒカルはバイクのある学校に向かった。
(今日は楽しかったな)
帰り道、そんな事を思いながら帰宅する。
今まで人と打った事がなかったが自分で打つ碁はこんなにも楽しいのかと心が躍っていた。
棋譜は小さい頃おじいちゃん家に行くと、碁盤と一緒に置いてあり、良く眺めていた。
眺めているうちに覚えてしまっただけだが、今日佐為と打つ時にその記憶のおかげで強いと褒められたから、余計に嬉しかった。
帰宅中、ずっと顔が緩みっぱなしだった。
「ただいまー!」
「お帰り」
帰宅後ヒカルは大きな声で言うと奥の台所から声がした。
母親の声だった。
靴を脱ぎそのまま台所へ行くと既に夕飯が並んでいる。
「着替えて手洗って来なさい。もうご飯出来るから」
「うん、分かった」
母親に言われるがまま2階に上がっていく。
着替えて降りてくると出来上がった夕飯の前に座る。
「もう友達が出来たの?」
席に着くとすぐ母親が口を開いた。
午前で終わっていたはずなのに遅くなったせいだろう。
「うん。新しい友達」
食べながらヒカルは笑顔でそう言った。
「コロコロ表情が変わる奴で面白いよ。そいつ、囲碁も詳しくてじいちゃんに話したら喜びそう。学校終わってすぐ碁会所で碁、打ってたんだぜ。そいつに強いってオレ、褒められたんだ」
「そう、良かったわね」
母親は変な友達ができたわけではないと知りホッとした顔を見せる。
ヒカルは今日の出来事を嬉しそうに語った後、眠りについた。
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7話
実際に学校に行くのは月に数回だ。
普段はバーチャル学校で授業を受ける。
そのため、佐為ともあれから会っていなかった。
もちろん、バーチャルでも授業の合間、休憩中に話すことは出来るため、休憩の度にいつ見せてくれるのかと聞きに来る。
「ヒカル!」
「また佐為かよ! しつこいぞ」
「いいえ、しつこくありません。私はただ、今度がいつなのか聞いてるだけです」
「……あぁ、もう! 分かったよ。今度の日曜に学校集合な」
あまりにもしつこいため今度の休みに会う約束をしてしまった。
「! はい!!」
満面の笑みを浮かべる佐為。
(こいつの執念にはホント参るぜ)
ヒカルはげんなりしつつも口元は少しほころんでいる。
佐為の喜ぶ姿を見ていると何だか嬉しい。
それにまた自分で打てる碁が出来ると思うとワクワクしてくるのだ。
その後パタリと休憩中に来なくなった佐為に、
(ホント、ゲンキンな奴め)
と少々苛つきながらも問題なく授業を受けたヒカルであった。
日曜日。
佐為との約束を守り学校に行く。
一人用バイクに乗って走らせていると校門前には既に佐為がいた。
少し遠く離れていたものの、佐為がヒカルに気付くと、両腕を頭上高くまで伸ばしパタパタと振る。
恥ずかしさから苦笑いしつつもヒカルも片手を小さく振った。
佐為の前にバイクを止める。
「おはよ……」
「ヒカル! さっそく行きますよ」
「うわっ! ちょっと待て! まだ電源切ってねぇって」
挨拶を遮ってヒカルの腕を引っ張る佐為。
倒れそうになったバイクを慌てて支え、電源を切るヒカル。
邪魔にならない所へ寄せてバイクを停める。
「お待たせ。どこに行くんだ?」
ヒカルが振り向いて佐為に聞くと、前のめりになって佐為が答える。
「前の所です!!」
「ん……。じゃ、行くか」
迫力に負けて少し後ずさりながらも佐為の行こうとする方向へ足を向ける。
この前行ったばかりの場所なので、2人は並んで、、、と言いたい所だが今回も待ちきれない佐為がヒカルを引っ張って足早に向かう。
ガチャ……
「ヒカルは先に座ってください!」
「お、おぅ」
ドアを開けると同時に佐為が着席を促す。
ヒカルは奥の空いてる席に座ろうと足を進める。
佐為は受付に行き記名とお金を払う。
「いらっしゃい」
「お願いします!」
受付への挨拶もそこそこに、ササッと済ませて佐為もヒカルが座った席へ着いた。
「さぁ! 見せてください!!」
佐為は碁笥を2つともヒカルに渡して覚えている棋譜を並べるように催促する。
「分かったよ……」
ここまで来てそのまま帰る気はないが、佐為の凄みに参る。
「うーんと……やっぱ一番印象的なヤツだな」
ヒカルは少し考えてからそういうと並べ始めた。
「これは……」
佐為は息を飲んだ。
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8話
「これは……」
佐為は息を飲んだ。
並べられた棋譜は、佐為がヒカルに乗り移って直ぐ、塔矢アキラとの指導碁の棋譜だった。
「ん。完成!」
「……」
ヒカルは満足げにニカッと笑う。
「他にはどんな棋譜を覚えているのですか?」
指導碁など棋譜が残るはずなく驚きを隠せない。
少し声を震わせて佐為が問う。
「他? うーん、それじゃアレかな」
ヒカルは並べた石を碁笥に戻し、別の棋譜を並べ始める。
並べたのは、ヒカルの院生時代。プロ試験直前に声を掛けられて打った門脇との対局だった。
「これ、いつ見てもスカッとするんだよな。オレもこんな風に打ちたいぜ」
「他は?」
上機嫌だったヒカルは少しは浸りたいのも叶わず直ぐに次を急かされ口を曲げる。
「他ぁ?」
文句を言いながらも再度碁盤の石を片付け並べ始める。
佐為がネットで打った塔矢行洋との対局だった。
「……」
佐為は前世のヒカルと共に居た時間を思い出し少し目が潤む。
(ヒカルはじいちゃん家にある棋譜だと言っていた。前世のヒカルが遺していたのだろうか?)
碁盤をジッと見つめる佐為。
「そうだ! オレが何となく分かるって言った意味、見せてやるよ」
少し涙ぐんだ佐為の顔を見てヒカルは提案する。
「! 見せてください!!」
佐為はヒカルの言葉で、碁盤からヒカルに視線を移す。
思わず立ち上がって両手を机に付き、ヒカルの顔の目の前まで迫ろうとするほど前のめりになる。
「わ、分かったから座れよ」
ヒカルはいきなり迫ってきた顔に仰け反る。
佐為が座るとヒカルも座り直し、改めて碁盤の石を片付ける。
10局ほどだろうか。
前世のヒカルが佐為と打ち始めた中1頃から院生になる頃までをかいつまんだかのような碁だった。
佐為はとても懐かしい気持ちになっていた。
「な? この黒石と白石の人、ずっと同じ人だと思うんだけど。黒石の人がだんだん強くなって行くんだ。それで何となく打つ場所が分かるんだよ」
ヒカルは満面の笑みで語る。
今のヒカルには記憶がなくても前世の遺物が思い出させるのだろうか。
佐為はヒカルを温かい目で見ていた。
(小さな対局まで覚えていると言うことは、魂では打ちたがってるのだろうか?)
佐為が考え事をしているとヒカルが顔を覗き込んできた。
「どうした? この棋譜、もっと見たいのか?」
「……ヒカルはこの棋譜の意味を知りたいですか?」
ヒカルは予期せぬ質問にびっくりする。
「……打ったヤツの意味なんて分かるのか?」
「分かりますとも。ヒカルが知りたいなら解説しましょう」
「ホント? 教えて!」
佐為は笑顔でヒカルに答える。ヒカルは疑心暗鬼だった顔が嘘のように満面の笑みに変わった。
ヒカルはさっそく解説してもらおうとするが時計は15時を指している。
ぐぅ〜
ヒカルのお腹が鳴った。
「そういや、ご飯まだだったな。じゃあ、また来週な!」
「えぇ!」
屈託のないヒカルの笑顔に佐為もまた満足する日曜日だった。
また来週日曜日の同じ時間に約束をしてその日は別れた。
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9話
翌週日曜日。
ヒカルは楽しみにしながら学校に向かった。
「佐為ー!」
やはり既に来ていた佐為に手を振る。
前と同じように車を停める。
「さっそく行こうぜ!」
ヒカルは待ちきれない。
足は既に碁会所に向いている。
「はい!」
前回とは打って変わって積極的なヒカルの態度と表情に佐為も釣られて笑顔になる。
碁会所に着くとヒカルはさっそく教えてもらおうと棋譜を並べる。
並べたのは今より少し上レベル。
前世の院生2組上位の頃。
「ここの黒石の意味教えてよ」
ヒカルは指を指す。
「オレ的にはこっちの右辺を先に守った方が良いと思うんだけど先に下辺を守りに行ってるだろ?」
「そうですね。ここの黒石が下辺を先に守ったのは白石のギリギリを攻めた手ですよ」
「ギリギリを攻めるぅ?」
「この頃は白石の強さや思考が分かって来た頃で、少しずつ分かるが故に手が手控える事が多かったのです。それを克服しようとしてたのです。今のヒカルと同じですよ」
「……」
自分と同じと聞いて考え込むヒカル。
フッと微笑んで佐為は提案した。
「実際に打ちながらやってみましょう」
「おぅ!」
碁盤の石を片付け白石を佐為の方へ渡す。
「「お願いします」」
ヒカルから打ち始める。
中盤に差し掛かり佐為が声を上げる。
「今の手ですよ」
「!」
「少しずつ切っ先が見えているから逃げの一手となっているのです。勇気を出してギリギリを攻めるのです」
「勇気を出して、ギリギリを攻める……」
「ありがとうな! また来週教えてよ」
「ええ! もちろん」
あれから何十局と打ってギリギリを攻める感覚が掴めたヒカル。
佐為は笑顔で約束をする。
それから毎週のように碁会所へ行って少し上のレベルの棋譜を並べて意味を学び、実践で対局する日々が続いた。
7月下旬、ヒカルはプロ初段くらいまで力を付けていた。
「来週から夏休みだな。」
ヒカルはセミの声に耳を傾けながらつぶやいた。
毎週のように佐為と会って碁を打つ。
ヒカルにとって楽しい時間だった。
しかし、夏休みは家庭の事情もあるのでなかなか友達に会えなくなる事が多い。
「ヒカルは何か予定があるのですか?」
佐為はすかさず質問する。
「学校の講習くらい。後はお盆にじいちゃん家に行くよ。佐為は?」
「私も同じようなものです」
ヒカルはぱっと表情を明るくし提案する。
「じゃあさ、夏休みの間、会えるときは碁会所巡りでもしない? ずっとお前とばっかり打ってるからたまには別の人と打ちてぇよ」
「良いですね! 行きましょう!!」
「やったぁ!!」
佐為も快諾しヒカルは両手を上げ全身で喜びを表現する。
「かぁ〜! 夏休みが楽しみだぜ」
「はい! さっそく来週の予定を教え合いましょう」
佐為も満面の笑みを浮かべる。
お互い予定を確認して来週夏休みは週2〜3回会う約束をして解散した。
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10話
夏休みに入った。
約束通り佐為と会う約束の日には2人で碁会所巡りをする。
普段はいつものバイクでいつもの碁会所に行っていた。
今日はバイクでなくファミリカーに乗ってきたヒカル。
「佐為、おはよ」
「ヒカル! おはようございます。どうしたんですか? その車」
佐為はそのまま疑問をぶつける。
ヒカルはニカッと笑って答えた。
「今日は親の車借りれたからいつもとは違う碁会所に行こうぜ」
「はい! それは面白そうですね」
「乗れよ」
ヒカルはそう言うと助席のドアを開けて乗車を促す。
佐為が乗り込む。
「地図。碁会所」
ヒカルがそう言うと車のフロントガラスいっぱいに地図と碁会所のある場所が表示された。
「どこ行く?」
「うわぁ。こんなにたくさんあったのですね! せっかくなら車でしか行けない所に行きたいですね」
佐為が目移りしながら言う。
ヒカルはしばらくその様子を眺めていたがずっと喜んだまま一向に決めない佐為にしびれを切らす。
「もう! じゃあ、ここな!」
そう言って指でタッチすると車が動き出した。
碁会所に着き車が勝手に駐車場まで移動して止まる。
降りて、碁会所まで徒歩で行く。
碁会所の看板は「道玄坂」と書いてあった。
ちょうどタクシーの運転手の格好をしたオジサンも入っていくのを佐為が見る。
「あ、入口はあそこみたいですよ」
佐為が指を指す。
「ホントだ。じゃ、オレ達も行こうぜ」
「はい!」
小走りで入口に向かうヒカル。
それに佐為も続く。
カランコロン
ドアを開けるとマスターらしき白髪の小太りの男性がヒカルに気づき声をかける。
「いらっしゃい」
「こ、こんにちは」
「こんにちは!」
ヒカルと佐為も挨拶を返す。
「今日び子供なんて珍しいな」
席に座って打っていた常連客が振り返って声をかける。
「マスター。せっかく来てくれたんだから今日はサービスしてやれよ」
「堂本さん、勝手な事言わないでおくれよ」
すかさず席亭の女性が口を挟む。
受付をしていたタクシー運転手の男性がニヤニヤと笑いながら言った。
「俺に勝ったらサービスしてやるよ、ハハハ」
ヒカルの頭をクシャクシャと揉みくちゃにし、ヒカルはタジタジである。
「河合さんったら……」
「じゃあ、3子で勝ったら席料サービスしてくれる?」
マスターは呆れ顔で言う。
ヒカルは思い付くように提案した。
「ナニー?! 俺が3子? ナメやがってぇ、コイツゥ。座れ!!」
河合さんがさらにヒカルの頭をぐしゃぐしゃにしてから腕を引っ張って行く。
「河合さん! もう仕方ないなぁ。君も席料掛けて打つかい?」
マスターは佐為にも声をかける。
「はい!」
佐為は笑顔で答えた。
佐為はヒカルの隣に座る。
マスターも河合さんの隣、佐為と対面に座り3子黒石を置く。
「「宜しくお願いします」」
4人が一斉に頭を下げ、ヒカルと佐為は第1手目を同時に打ち込んだ。
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11話
「ほれ。やるよ」
河合さんがヒカルと佐為にジュースを渡す。
「あ、ありがとう」
「ありがとうございます」
ジュースを受け取りお礼を言う2人。
「俺が3子で負けるとは思わなかったよ」
「マスターまで負けるもんなぁ、大したモンだ」
河合さんと堂本さんが会話しながら、河合さんがヒカルの髪をさらにグシャグシャにする。
その横でマスターは、
「いつでもおいで。また打とう。歓迎するよ」
と佐為に握手を求めた。
「はい。近いうちにまた来ます」
佐為は握手を交わして笑顔で答えた。
「ありがとう! さいならー」
ヒカルは大きく腕を振って別れを告げる。
道玄坂を後にし駐車場に向かった。
「楽しかったな」
「えぇ。良い人ばかりでした。また来たいですね」
「そうだな! また車借りれたら行こうぜ」
「はい!」
それから2週間ほどは車がある日は道玄坂へ、そうでない日は学校や各々の家に近い碁会所を巡った。
お盆前、いつもの碁会所からの帰り。
ふとヒカルは思い出したように、
「そういや、お盆の間は打てねぇよなぁ」
とつぶやく。
佐為がその言葉に反応する。
「打てますよ」
「打てる? どうやって?」
ヒカルは目を丸くして聞き返す。
「インターネット囲碁ですよ」
「インターネット囲碁?」
「はい。『ワールド囲碁ネット』というサイトにいけば世界中の人と囲碁が打てます。そこで会えない日は打ちますか?」
「世界中の人と囲碁かぁ。面白そうだな! 会えない日はそれで打とう」
ヒカルは目をキラキラと輝かせて首を縦に大きく振る。
「はい!」
佐為も笑顔で返事した。
「じゃあ、さっそく明日はネットでやってみようぜ」
「はい! それでは明日はネットで10時に」
佐為がそう言うとヒカルも元気に返事した。
「『ワールド囲碁ネット』……」
ヒカルはパソコンの前でブツブツ言うと、画面に表示される。
「お! これか」
タップするとサイトが開く。
「えーと。名前は…『hikaru』で良いか。よーし! 打つぞー」
画面には色々な名前がズラッと並んでいる。
「佐為は……っと………いた!」
ヒカルは『sai』と書かれた行をタップする。
佐為がOKを押したのだろう。
直ぐに対局画面に変わった。
ヒカルが黒石。第1手目を右上隅小目に置く。
直ぐに白石も左下の小目に置かれる。
10手ほどやり取りした時、ヒカルはふと気づく。
「ん? 閲覧者がめっちゃいるなぁ……。ま、いっか」
ヒカルは一瞬気になったものの、白石が打たれたため直ぐに対局に視線が戻った。
「あー、投了だぁ。いっつも手加減なしだなぁ」
ヒカルはヨセ前に投了ボタンを押した。
「ウワッ! 閲覧者がすげぇ。佐為ってもしかして注目されてんのか?」
そんな事をボヤきながら盆明けに会った時に聞こうと思ったヒカルだった。
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