TSレッドは配信者 (モーム)
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RED & GREEN

 

 グリーンはかつて、天才的なポケモントレーナーとして名の知れた少年だった。

 

 ポケモン研究の権威、オーキド博士を祖父にもち、祖父の研究所に入りびたってポケモンたちと接してきたのだ。

 

 カントー地方のマサラタウンに生まれたならば、一度は夢見るものを目指したことだってある。

 

 ポケモントレーナー。

 

 この世界ではすべての人間がポケモンと一緒に過ごしているが、バトルを通じてより深くポケモンと絆をむすんだものたち。

 

 マサラタウンでは神童と呼ばれ、U-12ジュニアポケモンリーグでは天才と呼ばれた。

 将来はジムリーダーか、はたまたチャンピオンか、果ては祖父のあとを継ぐのか。

 そう呼ばれたのも、まだグリーンがポケモンバトルに熱中していたころの話。

 

 いまはもう、ポケモンバトルは移動中の自衛手段でしかない。

 

 ジムに挑戦する? バッジを集めたってなにをするわけでもないのに。

 

 トレーナーと勝負する? わざわざ人に突っかかってなにがしたいんだか。

 

 野生ポケモンと戦うだって? 〝おじいちゃん〟の手伝いでポケモンを捕獲するだけで十分だ。

 

 それが、今のグリーン。

 

 U-15ユースポケモンリーグの決勝で敗退して以来、グリーンはすっかりポケモンバトルへの熱意を失ってしまった。

 

 全力を尽くしたバトルだった。

 バトルステージは抉れ、炎が燃え盛り、見るも無残になるほどの、激しいバトル。

 

 観客はおろか実況席も言葉もなく、ただ呆然としていた。

 

 グリーンさえも、タマゴのころから連れ添ったリザードンがひんしで倒れているのに、膝を屈したまま動けなかった。

 

 そんな彼と仲間たちの姿を見て、

「……こんなものか」

 グリーンの対戦相手はつまらなそうにつぶやくと、ステージを後にしていった。

 

 彼はしばらくその言葉の意味を理解できない。

 死力をふりしぼり、すべてを尽くした、決戦であったのに。

 

 それをたった一言、吐き捨てられた。

 

「一回負けたくらいであきらめるな」

「きみは『オーキド博士』の孫なんだから」

 

 はじめはだれもがあたたかい慰めの言葉をくれた。

 

 グリーンが公式試合で着用していたビブスに、スポンサーとして地元のお店の名前を入れてくれた人々の言葉。

 

 けれどいつしか、グリーンに向けられる視線は「過去の人」に向けるものになっていく。

 

 グリーンはもう心が折れてしまった、カントー地方にめずらしくもない「元」ポケモントレーナーのひとり。

 

 その彼が立ち直るには、あるひとりのポケモントレーナーとの出会いを待たねばならない。

 

 

 

◆ トキワのもり ◆

 

 

 

 トキワのもりは 永久(とこしえ) の森。

 うっそうと生い茂った森は日光をさえぎり、昼間でも夜をあざむくほどの暗闇に包まれている。

 

 樹木と草むらにおおいつくされたトキワのもりには、虫ポケモンや鳥ポケモンが多く生息しており、レベルも低いことから、むしとり少年などがよく出入りしている。

 

 くしゃ、とグリーンが草むらに踏み込むと小気味よい音がした。

 

「……様子がおかしい」

 

 鳥ポケモンの鳴き声もしなければ、草むらにひそむ虫ポケモンの気配もない。

 普段なら、騒がしいとまでいかなくても、そこかしこにポケモンの鳴き声がするというのに。

 

「トキワのもりでなにが……?」

 

 この森は平和だ。これまでなんの問題もなく、太古の昔から変わらない姿でいつもそこにある。

 それが今や森を異変がおおいつくし、きな臭い気配が漂っている。

 

「……いけるな、リザードン」

 

 グリーンが腰のベルトに手を伸ばす。

 ぱち、とボタンを外せば、相棒のリザードンがモンスターボールの中で武者震い。

 

 ここへはオーキド博士の依頼で、つまり‶おじいちゃん〟の手伝いでここに来た。

 おじいちゃんっ子のグリーンには、ここで逃げる選択肢はない。

 

 すでにポケモントレーナーを引退して腕が衰えたとしても、グリーンはU-15リーグの優勝候補とうたわれた名トレーナーだった。

 野生ポケモンに遅れはとらない。

 

 一歩、また一歩と草むらを踏みしめる。

 野生ポケモンは出てこない。

 

 いつもならすこし歩いただけで飛び出てくるのに。

 呼ばなくても勝手に出てくる、あのうっとうしさが今は恋しい。

 

 周囲に気を配る。

 

 風もないのに動く草むらはないか?

 樹木の後ろにうごめく影はないか?

 

 手慣れたもので、トレーナーをやめたというのに、体に染みついた動作は自然と繰り出せる。

 

 がさっ。

 

 草むらがうごめいた。風もなく。

 

「いけ、リザード──」

 

 両手が、草むらの中から突き出された。

 肌色の腕。

 人間の手が、降参するポーズで草むらから突き出ている。

 

「──ン……!?」

 

 振りかぶった腕をなんとか押しとどめ、モンスターボールを投げずにすんだ。

 

「ま、まってください」

 

 弱々しい声が草むらの奥、両手の下から聞こえる。

 

「なにものだ!」

 

 グリーンは念のため、まだボールを手にしている。

 もし悪人トレーナーが不意打ちを仕掛けてきても対応できるよう。

 

「と、とおりすがりのポケモントレーナー、です……」

 

 両手をあげて敵意がないことを示しながら、草むらからひとりの少女が立ち上がった。

 

 フードの少女。

 

 赤いキャップ。

 赤いジャケット。

 

 トキワのもりの暗闇でさえまばゆい、赤。

 

「……?」

 

 グリーンは首をかしげた。

 この服装にはどこか覚えがある。

 

「な、なにかいってくださぃぃぃ……」

 

 両手をあげたままの少女はぷるぷると震え、今にも泣きだしてしまいそう。

 

 よくみれば少女の背後にはオレンジ色のポケモンが隠れているから、おそらくポケモントレーナーらしい。

 

(ポリゴンフォン……いや、スマホロトム、か?)

 

 グリーンはそのポケモンを、ガラル地方に遠征した時にみたことがある。

 その時はドラゴンタイプのジムリーダーが、スマホロトムに自分を撮影させていたはず。

 

 服装には見覚えがあるけれど、グリーンの知っている「彼女」とは性格が似ても似つかない。

 

「お前、《チャンネルRED》のフォロワーか?」

 

 ポケモンバトル配信者、RED。

 トレーナーの中で話題になりつつあるポケモンバトル配信者のひとりで、彼女を真似て後を追う(フォロワー)トレーナーは少なくない。

 

 トレードマークは赤いキャップと赤いジャケットに、耳に傷のあるピカチュウ。

 

 そのヒロイックなバトルスタイルにはたくさんの視聴者が魅了され、新進気鋭のトレーナーとして注目されている。

 

 なのだけれども、

「そ……そういうものです……」

 まだ両手をあげたままの少女は、《チャンネルRED》のフォロワーと呼ぶのもはばかられてしまうような、あんまりにも頼りない様子。

 

 このチャンネルだけではなく、フォロワーというのは調子に乗って押し出しが強いものだが。

 

「ほんとうにポケモントレーナーか?」

 

 むしとり少年でも、パラソルおねえさんでも、ポケモンだいすきクラブ会員でも、トレーナーというものは自信がある。

 そもそもの話、自分の腕と育てたポケモンを信頼していなければ、バトルの場に出ようなんて考えない。

 ましてや今のトキワのもりの入り口には、立ち入り禁止の札が立っている。

 

「こ、ここ、こんなのでもポケモントレーナーです……」

 

 たしかによく見れば、少女の腰にはモンスターボールをおさめるトレーナー用のベルトがまかれ、ポケモンのはいったモンスターボールが待機している。

 

 なんの飾りもないモンスターボール。

 

 一番安くて、一番普及している、フレンドリィショップで店売りされているモンスターボール。

 10個買えばプレミアボールが1個ついてくる、上が赤くて下が白い、あのモンスターボール。

 

「子どものお使いじゃないか……!」

 

 少女はグリーンよりも何歳か年下だろう。

 12歳か、そこらへん。

 

 モンスターボールを使って、スーパーボールのような上位機種や、ダイブボールのような特殊機種を持っていない。

 

 スーパーボールはジムバッジをひとつでも持っていると、フレンドリィショップで買えるようになる。

 

 そうなるとモンスターボールしか持っていないこの少女は、ジムバッジはひとつも持っていないし、トキワジムが休止中なことを考えると、ニビシティまでいけない初心者ということになる。

 

 家族に旅に出してもらえないか、実力がないか。

 またはその両方か。

 

 一番道路ならともかく、今のトキワのもりにいてはいけない。

 

「よくみればその……スマホロトムか? こいつはバトルできないだろ。さっさと引っ込めて、家に帰れ」

 

 スマホロトムはレベル1にもみたない。

 スマートフォンとしての機能があっても、バトルに回す機能はない。

 

 少女はぐっと息を吞むと、

「いや、です」

 これまでになく、はっきりと否定した。

 

「なんだって?」

 

「この子がいないと、ダメ、なんです」

 

 様子が変わった少女に、グリーンが眉をひそめる。

 

「だからなんだ? そいつにゴローニャの弱点が突けるのか? ギャラドスと打ちあえるのか?」

 

 オーキド博士からのメールには、トキワのもりにいないはずのポケモンが、ゴローニャやギャラドスがいると書いてあった。

 スマホロトムで、相手はできない。

 

「いいえ。でも、この子がいれば立ち向かえます」

 

「バトルもできない、たかがスマホロトムだぞ!」

 

「スマホロトムだからこそ、です!」

 

「ばかをいうな!」

 

「嘘 じ ゃ な い ッ !」

 

 少女の叫びに、グリーンがわずかに気圧される。

 

 ぎゅっ、とこぶしを握りしめ、きっ、と年上のグリーンをにらみつけている。

 

 勇気がなければこんなことはできない。

 ただの癇癪ではこんなことはできない。

 

「……ふん」

 

 グリーンが体をひるがえし、少女を置いてけぼりにしようとする。

 

(なんだ? こいつをみていると心がざわつく……!)

 

 おどおどしたところも、はっきりとものをいうところでいえるところも、やたらと「赤」を使うところも。

 

 いらいらする。

 

「相手していられるか……!」

 

 この場は無視して、少女が無茶しないうちに調査を終わらせる。

 そう考えてグリーンが歩きだす。

 

 瞬間。

 

 トキワのもりが揺れた。

 

 大きく揺さぶられた樹木から木の葉が散り、枝が折れるほど。

 人間は立っているのも難しい。

 

「ゴローニャの〝じしん〟──」

 

「──〝じしん〟じゃない」

 

 狼狽したグリーンの推理を、少女が否定する。

 

 その通りだ。

 

 ポケモン技の〝じしん〟なら、一度じゃなくて何度も揺れる。

 今の揺れは一回だけ。

 

「〝じしん〟じゃなきゃ、この揺れはなんだ……!?」

 

 普通のポケモンにこんなことはできないはず。

 

 ある公式試合でみた、カイリキーの〝ちきゅうなげ〟でサイドンがリングに叩きつけられた時も、ここまで揺さぶられることはなかった。

 

 しかもここは森だ。リングのような狭いステージじゃない。

 

 少女がフードを下げた。

 

「ギャラドスだ」

 

 たったひと言そうつぶやくと、スマホロトムが彼女の周囲を舞う。

 

 グリーンが少女を振り返れば、もう自信がなさそうで引っ込み思案な様子はない。

 

 人が変わった。

 なにかのスイッチが入っている。

 

 凛と森の奥を、モンスターボールを握っている。

 

「ばかな、ギャラドスほど狂暴なポケモンだって、トキワのもりを揺らせるもんか!」

 

 ふたたび、揺れた。

 

 膝から倒れそうになるほどの振動。

 

 森の奥からふたりに向かって、樹木がなぎ倒される音がする。

 

 サイホーンの〝じならし〟でも、ニドクインの〝だいちのちから〟でも、バンギラスの〝じだんだ〟でもない。

 

 じめんタイプの技で縦方向に揺らしているのではなくて、ポケモンがこちらに向かって技を繰り出した余波で揺れているのだ。

 

「お前は逃げて、ポケモントレーナーを呼んでこい……おい、なにをやっている!?」

 

 グリーンの警告も無視して、少女は赤いスマホロトムに指示を出している。

 

 ここはすでにいつものトキワのもりのような、ピクニックにうってつけの場所ではない。

 そんじょそこらのトレーナーには立ち入ることさえ許されない、危険地帯だ。

 だというのに、この背の小さな少女は言うことを聞かない。

 

「まだ、ここでやることがありますから」

 

 赤い帽子のツバを後ろに回し、動きやすいよう赤いジャケットの前をあけた。

 

「やる気か……!」

 

「やる気です」

 

 ポケモンバトルを。

 

 そう、ポケモンバトルだ。

 

 この世界を、ポケモンを『ゲーム』としてプレイした人間なら、絶対にやりたいことを。

 

(なんだ、こいつ……!)

 

 それをグリーンは知らない。この世界の人間だからだ。

 

 振動。

 

 震源はごく近い。

 

「ちぃ……尻拭いはしてやる、好きにやれ!」

 

 引く気がないやつを無理やり引きずっていくより、好きにやらせて自爆したところを回収するのが一番面倒が少ない。

 

 おそらく少女は、バトルになると性格が変わるタイプなのだろう。

 グリーンもそういうトレーナーを何人も見てきたことがある。

 それまでところりと様子が変わり、爆発力を見せるタイプのトレーナーを。

 

「もういけるね、ロトちゃん」

 

 スマホロトムは少女にひと撫でされると、にやりと笑ってくるくる回る。

 

『3!』

 

 スマホロトムがホログラムでカウントダウンを開始。

 

「……aaaaaAAAAAAAAAAA!!!!!!」

 

 すぐ近く、しかし木でさえぎられて視界のきかない闇の奥から、凶悪なポケモンの雄叫びがこだまする。

 

 少女はそれさえ聞こえていないのか、目をつむって上を向き、体から力を抜いて、深く息を吸う。

 

『2!』

 

 カウントダウンは続く。

 

 長いポケモンの尾が木を薙ぎ払い、樹齢を重ねた大きな木を小枝のように散らし、森の奥から躍り出る。

 

「ギャラドス……トキワの地下貯水湖から出てきたのか!」

 

 グリーンの声も、少女には届いていない。

 

 顔をうつむかせて、目をつむったまま深く息を吐く。

 

 ギャラドスは侵入者のふたりを舐めるように見まわし、手近な標的の少女に狙いを定める。

 

「GYAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!」

 

 耳をつんざき心を凍りつかせるギャラドスの大喝。

 

 並みのトレーナーとポケモンなら、逃げることすらできない大音声。

 

『1!』

 

「くっ……!」

 

 グリーンでさえも、腕で顔を守る必要があるほど。

 

 だが、少女は微動だにしない。

 

 スマホロトムも、不敵な笑みを崩さない。

 

(なぜだ……どうしてここまで落ち着いていられる……!?)

 

 少女は深呼吸をおえて、モンスターボールをベルトから外す。

 

「いけるね、────?」

 

 ボールの中のポケモンから元気のいい返事が返ってきたのだろう、少女がこくりとうなずいた。

 

『配信、開始!』

 

 

 

 

 

 

「ピカチュウ、きみに決めた!」

 

 

 

 

 

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 少女が、《RED》がモンスターボールのスイッチを押し、投げる。

 

 ギャラドスとレッドの間で開いたボールからポケモンが飛び出す。

 

「ピッカァ!」

 

 葉っぱを口にくわえ、耳に傷のあるピカチュウ。

 堂々と胸を張り、腕を組んで不敵にほほえむ。

 

 グリーンはこのピカチュウを、この女の子を、このコンビを知っている。

 

「お前が……《RED》……!」

 

 赤い帽子のつばを後ろに回し、赤いジャケットの前を開いて、耳に傷のあるピカチュウがトレードマークの。

 

「こんな美少女でおどろいた?」

 

 にひー、と笑う彼女は、先ほどまでの姿は一変して、自信に満ち満ちている。

 

「AAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!」

 

 ファンサービスを続けようとしたレッドをギャラドスが鳴き声で邪魔をし、自分に注目を集めようとする。

 

「トキワのもりから失礼するよ。今日の相手はギャラドス! でもなんだか調子がおかしいね。から~いきのみでも食べちゃった?」

 

 スマホロトムは彼女に近づいて横顔をズーム。

 続いてカメラをパンしてギャラドスを見て、怒り狂ったポケモンのいかつい面構えを配信。

 

 こんにちはー!

 ピカニキの毛並みええやん

 レベル差えぐくね?

 Kibana_sama_241

 \2,000

 負けたらケーキでも食ってこい あと、さっさとジムいけ

 いうて4倍弱点だろ

 いのちのたま持ってたらきちぃわ

 野生でもってないでしょ

 

「ごめん、まだ遠くに行っちゃダメって約束なんだ! ……ピカ!」

 

 レッドの指示を受け、

「ピカ……チュウ!」

 ピカチュウは〝でんきショック〟をくりだす!

 

 でんき技。

 タイプ一致。

 ギャラドスはみず/ひこう。

 

 4倍弱点!

 

「GYAAAAAAAAAAAA!?!?!?!?!?!」

 

 隔絶したレベル差があってもタイプ相性は無視できず、ギャラドスのビル三階建てに匹敵する巨体がたじろぐ。

 

 ぐるりと目を回したギャラドスは首を振りまわして頭にかかったもやを払い、長い体でとぐろを巻いて力をためる。

 

「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!」

 

 突進。

 限界まで押しつぶしたバネのように弾けたギャラドスが、一直線にピカチュウを狙う。

 

 ギャラドスの〝かみくだく〟だ!

 

「間に合わない!」

 

 グリーンが叫ぶ。

 

 ギャラドスのすばやさ81、ピカチュウのすばやさ90。

 種族値では勝っていても、あきらかにギャラドスの方がずっとレベルが高い。

 

 ピカチュウが強力なでんき技(〝10まんボルト〟)ではなく、はじめから覚えているでんき技(〝でんきショック〟)を使ったことからも、それが分かる。

 

「間に合う! 〝かげぶんしん〟!」

 

 ヴ、とピカチュウの輪郭がぶれはじめ、何匹もの分身が四方に散る。

 

 一目散に逃げるピカチュウが二匹。

 石につまいずてごろんと転ぶピカチュウが一匹。

 真っ直ぐ走ってギャラドスに向かってくるピカチュウが一匹。

 

 ギャラドスは迷わない。

 どれを狙うかは分かり切っている。

 分身がわかれる前の本体と同じ方向に走って、うっかり石につまずいた間抜けだ。

 

 ガチン。

 

 ギャラドスの大口がピカチュウをとらえ、天高くすくいあげるように体を伸ばし、岩をも嚙み砕く咬合力で咀嚼。

 

 ガチ、ガチ、……ガチン?

 

「GYaaaaaa……?」

 

 ギャラドスが首をかしげる。

 これまでにおおくのポケモンを〝かみくだく〟でほうむってきた。

 

 おかしい、なにかを噛んだ気がしない。

 

 ギャラドスがピカチュウの影分身に噛みついた!

〝かげぶんしん〟からの〝でんこうせっか〟だ

 申し訳ないがグロNGなので

 配信BANされちゃうからね

 

「ピカチュウ!」

 

 本体は、ギャラドスに真っ直ぐ走ってきたピカチュウだ。

 長い長いギャラドスの体を駆け上り、眼前に躍り出る。

 

 ピカチュウは〝でんこうせっか〟を、〝かげぶんしん〟しつつ繰り出していた。

 

「ピッカァ!」

 

 尻尾の一撃がギャラドスの顎を打ち据え、かちあげる。

 

「Aッ!?!?!?!?!?」

 

 勝利を確信して油断していたところへ、顎に一撃。

 無防備な脳を揺さぶられたギャラドスはたたらを踏むように後ずさりして倒れかけ。

 

 踏ん張る。

 

「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!」

 

 咆哮。

 ヒットポイントは半分も削れていないのだろう。

 

「レベルが違う……!」

 

 絶対的なレベル差が響いている。

 自然な動きで石につまずく分身を作れたように、レッドのピカチュウもよく育成されてはいるけれど。

 だがギャラドスはそれ以上だ。もしかしたら、セキエイ高原から流れてきた強力な野生ポケモンかもしれない。

 

 ピカチュウは行動を終えた。

 

 次はギャラドスの手番だ。

 

「GYAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!」

 

 大喝とともに大口をあけて力をためる。

 

 水の球。

 

 それも湖の水をすべて球体におさめたかというほどの、巨大な球。

 

 何度も何度も巨体を縮めては伸ばし、縮めては伸ばす。

 そのたびに球体が大きくふくらんでいく。

 

 予備動作に力をためているだけで、かたかたと周囲の地面が振動して肩に重力がのしかかってくるほどのパワー。

 

 みずタイプの究極技。

 

 ギャラドスの最強技、街を焼き尽くすとまでいわれる〝はかいこうせん〟に並ぶ技。

 

 ほんとうなら覚えないはずの技を、このトキワのもりが異変に包まれているのと同じで、なにかの異常な理由があって使えるようになっている。

 

 〝ハイドロカノン〟。

 

「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!」

 

 ギャラドスが脇の噴出口から体内にたくわえた水を吐き出し、反動をおさえながら発射。

 

 はじめは狙いが甘く、周囲の木々をかすめただけでなぎ倒しながら、ピカチュウに狙いを定めていく。

 

 地面は抉れ草むらは吹き飛ばされ、大樹さえも小枝めいて折り、森を蹂躙。

 

「くっ……!」

 

 たまらずグリーンも、ピジョットを繰り出して空に避難。

 空中にいてさえも、余波で鳥ポケモンがまっすぐ飛べなくなるほどの衝撃。

 

「レッドは、ピカチュウはどうなった!?」

 

 あたりは〝ハイドロカノン〟で吐き出された水流に〝だくりゅう〟めいて押し流されて、今なお大量の水が渦を巻き、岩や樹木が渦の中で翻弄されている。

 

「あれでは助からないか……っ」

 

 気に食わないやつではあったけれど、見殺しにできるわけもなく、殴ってでも家に帰すべきだった。

 ピカチュウ一匹でこれだけ善戦できたのだから、トレーナーとしての将来も有望だったろうに。

 

 勝負あったな

 え? これ通報した方がよくない?

 生きてる……?

 配信はじめてか? 力ぬけよ

 REDはここからが強い

 

 〝ハイドロカノン〟の渦潮の中で、きらりとなにかが光った。

 

「なんだ……?」

 

 渦の中に、なにかがいる。

 影のようなものが、岩や樹木に混ざって、泳いでいる。

 

「AAAAAA……????」

 

 ギャラドスも、グリーンとピジョットも、そしてスマホロトムも、目を凝らす。

 水の中でおぼろげだった輪郭がしだいに形をもちはじめ、その姿がはっきりとしてきた。

 

 人間がひとり。

 ポケモンが一匹。

 

 赤を基調としたファッションのトレーナーと、黄色いねずみを思わせるでんきポケモン。

 

 

 

 

 

 

 

 

▼ ピカチュウ の なみのり !

 

 

 

 

 

 

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「ピカァ!」

 

 〝かげぶんしん〟の応用で作ったサーフボードを駆り、ピカチュウは華麗に濁流を乗りこなす。

 荒波の流れを読み切り、波と波の合間を縫って、水流のトンネルをぬけた。

 

「ピカチュウ──」

 

 〝かげぶんしん〟のサーフボードが消え、技の準備動作にはいる。

 

「──〝ボルテッカー〟!」

 

 ピチューをタマゴからかえさないと覚えない、でんきタイプの特別なタマゴ技。

 

 全身を電撃でつつみ、自分の命をかけてまで突撃する、強力な一撃。

 

 威力120。

 タイプ一致。

 ギャラドスはみず/ひこう。

 

 4倍弱点!

 

「ピカ……チュウッ!」

 

 渦潮の凶悪な濁流を〝なみのり〟で乗りこなすことで生まれた突進力をそのままに、体についた水滴を蒸発させるほど強力な電撃。

 

「Aッ!?!?!?!?!?!?!?」

 

 それがギャラドスの顎を打ち上げる。

 突撃された衝撃でガツンッと殴りつけられ、全身が伸びきるほど天高くかちあげられた。

 その無防備な巨体を電撃が駆け巡り、体の内側までを焼く。

 

 すでに〝でんこうせっか〟で顎を打たれ、脳をゆさぶられていたギャラドスは耐え切れず、地面が振動させるほどの巨体が後ろに倒れて。

 気絶。

 

 ぴよぴよとギャラドスの頭の上を星が回っている。

 

 〝ひんし〟だ。

 

 なみのりってこういうことできたんだな

 ぼくのラプラスでもできるかな

 かいぱんやろう

 ¥450

 まぐれでもうまく避けられてラッキーじゃん

 

 まぐれじゃない。

 それをグリーンは理解していた。

 

「〝でんこうせっか〟でギャラドスを怒らせて、大技を誘ったのか。最高のタイミングで〝ボルテッカー〟を叩きつけるために……!」

 

 バトルがはじまった瞬間から勝敗は決していた。

 レッドとピカチュウの作戦勝ちだ。

 

 ありえない、とグリーンがつぶやく。

 けれど、目の前でほんとうにおこったことだ。

 

 おそらくジムバッジをひとつも持っていないであろうトレーナーが、たったひとりと一匹で、熟練のトレーナーでも難しい相手をくだした。

 

 グリーンがつばを飲み込んだ。

 

 まさか在野にこれだけの才能が埋まっていたなんて。

 

 それもトキワのもりの近くに。

 

「じゃーねー、みんな。次の配信の予定は、いつも通り予定は未定! SNSの告知を見逃さないように!」

 

 満面の笑みをうかべて手をふるレッドを最後に、配信が終わった。

 役目を終えたスマホロトムは彼女のバッグにおさまり、ピカチュウもモンスターボールにかえる。

 

 んー、と気持ちよさそうにレッドが背伸びした。

 

「お前は、だれだ……?」

 

 《RED》は配信者の名前だ。

 グリーンは本名が知りたい。

 

 もしかしたらどこかのリーグで戦ったかもしれない。

 もしかしたらどこかの野良試合でみたかもしれない。

 

 くるりとジャケットをひるがえしたレッドが、グリーンをみすえた。

 

「ぼくは、レッド──」

 

 それはグリーンも知っている。

 出身地はどこだ? ハナダシティか? セキチクシティ?

 

「──マサラタウンの、レッドだ」

 

 同郷。

 

 グリーンはカントー地方各地で修行して、ヤマブキシティに進学したから、いつも家の中にいた年下の少女を知らない。

 

 引っ込み思案で、おどおどして、うつむき加減だった少女を。

 

 ここからレッドの伝説がはじまり、止まっていたグリーンの時間が動き出す。




▼ TSレッド(12)

・概要

 主人公にしてピカチュウ使いの配信者。
 最近の悩みは「スマホロトムの契約プランが家族割りだから通信量制限がきびしい」こと。
 たまに通信量をつかいすぎて通信速度制限で配信できず、お母さんに叱られている。

 新進気鋭のトレーナーとして注目をあつめているけれど、ジムバッジをもっていないなどのちぐはぐさから「企業がアイドル候補をごり押ししているのでは?」と思われることがしばしば。

 最近、おもったよりも身長がのびなくて、牛乳をいっぱいのんではお腹をいためているらしい。

▼ オーキド・グリーン(15)

 原作ライバルにしてすご腕のポケモントレーナー。
 この世界線ではトレーナーとしてのプライドを砕かれたことが理由で、原作よりもだいぶ柔らかい性格になっている。
 
 むかしは勉強をおろそかにするほどポケモンに熱中しても、まわりはなにも言わなかったのに、ヤマブキシティに進学してからは、勉強がどうこうとうるさくなっているのが悩み。

 勉強の気分転換とお小遣い稼ぎにおじいちゃんの研究の手伝いをしている。
 なおそのせいで出会った女の子の配信にドハマりした模様。

 原作からの付き合いだからね、しかたないね。


▼ 暴走したギャラドスちゃん(メス)

 トキワのもりをはぐくむ地下貯水湖であそんでいたら、なんとか団につかまって改造され、ほんとうなら覚えないはずの技を無理やり覚えさせられて、トキワのもりで大暴れすることになった。

 いったいどこのロケット団のしわざなんだ……!
 


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「マサラタウンに さよならバイバイ」 Part.1

◆ ここは マサラ タウン ◆

 

マサラは まっしろ はじまりのいろ

 

 ここからすべてがはじまった。

 ある男の子が、「おとこのこが 4人 せんろのうえをあるいている」そんな映画をみているところからはじまった。

 

『ポケットモンスター 赤・緑』がはじまった場所だ。

 

 その家の居間では、テーブルを3人の人間が囲んでいる。

 

 マサラタウンという田舎であることを考えても、内装は品よくまとまった落ち着いた雰囲気があり、住人の穏やかな人のよさを伝えてくる。

 

 お茶請けのケーキは口当たりがよく、甘すぎなくて食べやすい。

 紅茶も丁寧にいれられたもので苦すぎず、ケーキにとてもよくあう。

 

「レッドのお母さん」

 

 グリーンが口火を切った。

 

 このお家にはお茶をしにきたのではない。

 ボールの中でリザードンがせっつくくらいには居心地がよくて長居しすぎたが。

 

「なんでしょう、グリーンちゃん?」

 

 レッドのお母さんは、カオリという。

 田舎のほんわかしたお母さんらしく、いつもぽわぽわしたところがあって、彼女の前ではグリーンのような年ごろの少年もちゃん付けになる。

 

 すぅ、とグリーンが息を吸って、

「彼女を……レッドを、(オーキド博士の研究所の助手として)旅に連れていく許可をください」

 爆弾を投下した。

 

「ひゃっ」

 

「あらぁ~」

 

 爆発に耐えきれずレッドはかたまってしまう。

 

 カオリはといえば、困ったように頬に手をあてながらも、微笑みを隠せていない。

 

「わたしの娘を、(将来を約束した彼女として)旅に連れていきたいのね?」

 

 いつもまぶたを伏せているタレ目をキラリと光らせて、カオリがグリーンに問う。

 今までポケモントレーナーとして旅にも出さず、引きこもりがちだった彼女に寄り添って、だいじに育ててきたのだ。

 そんじょそこらの馬の骨にはやれない。

 

(最近は外で遊んでくるから、油断できないわ……)

 

 年ごろの女の子が、ポケモンと一緒にマサラタウンの外まで出かけているのだから、どうしても心配になる。

 約束で「ピカチュウと一緒にいるなら、トキワのもりまで」と決めているけれど。

 

「レッドは(ポケモントレーナーとして)頼りになります。彼女なしで(トキワのもりの異常などを調べる)旅をできません」

 

 間違ってはいない。

 ただ、せめてそのかっこの中を話してほしい。

 

「レッドは(彼女として)頼りになって、この子がいないと(彼女と離れると、すごく寂しくて)旅ができないのね……」

 

 だいたい間違っている。

 かっこの中をカオリが話せばその間違いに気づけるのだけれど。

 

「ぐ、グリーン、お母さん……」

 

「レッド、ここはオレに任せてくれ。これはお前のお母さんとの話しあいなんだ」

 

「そうよ、レッド。母親として引くわけにはいかないわ」

 

 グリーンは、レッドが自分から勇気を出して「旅に出たい」と言おうとしていると勘違いしている。

 

(こいつはバトルをしていない時は、周りに流されるおとなしいやつなんだろう。それでお母さんの言うことを聞いて、これだけの実力があるのに旅に出ていないんだ)

 

 あまり間違いではないが、答えがあっているとはいえない。

 旅に出ていない理由のひとつは、たしかに母親との約束なのだけれど、本人の性格もおおきな理由なのに。

 

 カオリは、レッドが自分から勇気を出して、母親に内緒で作った恋人と「旅に出たい」と言おうとしていると勘違いしている。

 

(この子がやっと自分からやりたいことを見つけたのよ。お母さんのわたしが、グリーンちゃんをしっかり見極めなくちゃ)

 

 そこまで間違っているとはいえないのだが、このまま声に出したところで誤解は解けそうになかった。

 たしかにお母さんの立場からすればあたりまえの疑問なのだし。

 

(ちがう……ふたりともぜったいに勘違いしてる……!)

 

 そのことに気づいているのはレッドとピカチュウだけだった。

 

 グリーンがどんな性格をしているかは、昨日、ギャラドス戦のあとに根掘り葉掘りと質問をされたから、あるていどの予想は立てられている。

 

 母親のカオリの性格はいうまでもない。

 レッドがこの世界に転生してきてから12年、ずっとそばにいて、ピカチュウよりも長い時間をともにすごしてきた。

 

 そう、レッドは転生者だ。

 

 現代日本で『ポケットモンスター』シリーズに親しんだことのある人ならわかっていただけると思うけれど、ポケモンと旅をしたいにきまっている。

 

 だけれども、こう考えたことがある人もいるとおもう。

 

「野生ポケモンや、悪いトレーナーに負けたらどうなるの?」

 

 カオリの言葉に、もの思いにふけっていたレッドは、びくりと震えた。

 

 昨日のギャラドス戦ほど危険なバトルはそうそうないが、ポケモン世界の旅には危険がつきものだ。

 悪の組織はどこにでもいるし、ダンジョンで手持ちすべてが力尽きることだってあるだろうし。

 

 運悪くポケモンの技が当たってしまうこともあるだろう。

 悪いトレーナーにわざと技を当てられてしまうかもしれない。

 

 負ければお金をとられるだけですまないことだってあるかも。

 

 カオリはそういう話をしている。

 母親として、とても当然の疑問だった。

 

 ギャラドス戦だって、ピカチュウが〝なみのり〟を覚えていなければ、巨石すらも砕く〝ハイドロカノン〟でトレーナーごと濁流に押し流されてしまっただろう。

 

 そうなれば命も危ない。

 

「いえ、こいつは、レッドは負けません」

 

 グリーンははっきりと告げた。

 

 彼は確信している。

 まだ成長しきっていないピカチュウ一匹で、ジムバッジをひとつももっていないトレーナーが、高レベルの凶悪なギャラドスを倒したのだ。

 

 それもラッキーなまぐれ勝ちではなく、相手の打つ手を読みきったうえで完封勝利した。

 

 幼いころからきびしいトレーニングを積んだエリートトレーナーにも、こんなことはそうそうできやしない。

 

 それを、こんなカントー地方の田舎に住む、修行をしたわけでもない少女がやってのけた。

 

(十年に一度の、いや、もっとすごい逸材だ)

 

 マサラタウンのなんてことのない女の子で終わらせるにはおしい。

 こんな才能を埋もれさせていいはずがない。

 

 ある種の使命感がグリーンをつきうごかしている。

 彼は一度、絶対的な実力差に敗北して、絶望して挫折した人間だ。

 

 レッドなら、勝てる。

 どこまでだっていける。

 

「信じられないわ」

 

 ぴしゃりとカオリがはねつける。

 

 レッドが思わず、ひゃ、とびっくりするほど強い口調で。

 

「どうしてですか? お母さんも、レッドのつよさはわかっているでしょう?」

 

 グリーンは一度みただけでレッドの実力を見抜いた。

 それほどまでに華麗で、鮮やかなバトルだったから。

 

 一度みただけでこうなのだから、親子としてずっと一緒にいた母親はもっと知っているはず、とグリーンは考えていた。

 

「いい、グリーンちゃん? この子はね──」

 

「お、おかあさん……」

 

「──ポケモンバトルなんて、したことないのよ。させる気もないわ」

 

 そんな、ばかな。

 グリーンはのどがつまり、その言葉を口にできなかった。

 

 これだけの才能が埋もれていたのには、理由があった。

 

 親だ。

 

 この世界で、子どもにお遊びレベルのポケモンバトルもさせない親は多くいる。

 そんな親にとってポケモンバトルは、「だいじな家族を戦わせるようなもの」と考えれば、気持ちはわかってもらえるとおもう。

 

 だけれど、ポケモンバトルはそれがすべてじゃない。

 

「……レッドのお母さん」

 

 グリーンは、ポケモンバトルで挫折した人間だ。

 つまり、一度は夢を追いかけた。

 ポケモンバトルの面白さは、楽しさは、喜びは、並みのトレーナーよりもずっとよくしっている。

 

「ぐ、グリーン……きょ、今日のとこは……」

 

 あうあうと困り果てたレッドが仲裁しようとするが、カオリもグリーンも引く様子がない。

 

「もしレッドがオレに勝てたら、どうします?」

 

 それしかない。

 あのレッドのバトルをみせれば、だれだって魅了できるはずだ。

 そして強さも伝わる。

 

「レッドがグリーンちゃんに? 無理に決まっているじゃない」

 

 グリーンはマサラタウンの有名人だ。

 あのオーキド博士の孫で、しかも将来を有望視されていたポケモントレーナー。

 カオリでさえグリーンのバトルをテレビごしに何度もみているから、その高い実力を理解している。

 

「こいつは勝ちます。絶対に」

 

 あまりにもグリーンが強く出るから、

「…………」

 カオリはレッドに視線をむける。

 

「な、なに……?」

 

 肝心のレッドといえば、椅子の上にちぢこまってちいさくなっていた。

 

(この子、いったいなにをやってきたの?)

 

 このごろレッドが外で遊んでいることはカオリもしっていたけれど、もしかしてポケモンバトルをやっていたのでは、とようやく気がついた。

 

 それだけでここまでグリーンは強く出ないだろうから、なにをやらかしたのかと考えをめぐらせる。

 

「オレが負けたら、レッドのいうことをひとつ、叶えてあげてください」

 

 旅に出してやれ、とはいわない。すぐに受け入れられるとは思えないからだ。

 だからまずはひとつ、いうことを叶えてもらう。

 それでレッドが「旅に出たい」といってくれれば、万々歳。

 

「いいわ。もちろん、この子にそんなことができればだけれど」

 

 ここまでグリーンに強く言われれば、カオリも興味がでてくる。

 なにもない田舎で話題や娯楽にもうえているのだし。

 

 なにかの気晴らしにはなる。

 

「え、えっと、あの……」

 

 バトルしていいの? そういいたそうに、レッドが母親をおそるおそるみあげる。

 

「ええ。一回だけよ」

 

「や、やった……!」

 

 レッドはバトルできる嬉しさから、おもわず人前でちいさくガッツポーズしてしまい、そのことに気づいて一瞬だけかたまり、すぐちいさくなってしまった。

 

「……はぁ……」

 

 グリーンはいまでも、このレッドの性格の変わりようについていけなかった。

 だけれど、あの戦い方をみせられれば、どんな言葉をつくすよりもずっと効果的だ。

 

 一度だけでも、レッドのポケモンバトルをみせつければ、それで充分。

 




▼ カオリ

 この世界線のレッドの母親。
 生まれも育ちもマサラタウンの、カントー地方ではあまり珍しくない田舎の母親のひとり。

 スポーツと同じで、子どもがポケモンバトルをやるのを応援する大人もいれば、怪我をするから危ないといって止める親もいる。

 このひとはそういった、子どもを心配する素朴な母親のひとりだ。

 なおとても綺麗でスタイルもよく、娘も将来はかなり有望で(メモはここで千切れている)


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「マサラタウンに さよならバイバイ」 Part.2

 それは5年前のことだった。

 まだ、レッドが年相応に元気で活発な子だったころ。

 

 ピチューがタマゴからかえってしばらくして、レッドはピチューといっしょにマサラタウンを駆けまわっていた。

 

「やっとポケモンバトルができる!」

 

 ポケモン世界に転生してからはや7年。

 ピチューがはじめての手持ちポケモンとなって、夢にまでみたポケモンバトルができるようになった。

 

 テレビのむこうではジムリーダーや四天王が挑戦者たちとプライドをかけて全力のバトルを魅せ、レッドもテレビにかじりつくほど魅了されていた。

 

 それを、自分もできるようになる。

 ピチューがタマゴからかえってからは寝食も忘れるほど没頭して、ふたりとも片ときもはなれず互いになついていた。

 

 だから当然、母親にこんなことをいう。

 

「ぼくもポケモンバトルしたい!」

 

 瞳をキラキラと輝かせ、まぶしいまでのとびっきりの笑顔で親におねだり。

 この世界の人間としても、ポケモンがゲームの話である世界の人間としても、あたりまえの発言。

 絶対に「いいよ」といってもらえると確信している、子どもとくゆうの輝く笑顔。

 

 だきかかえたピチューもキラキラの笑顔でかおをいっぱいにしていた。

 

 だけれど、

「ぜったいに、ダメです」

 そのひとことが、夢を否定した。

 

 

 

 

◆ マサラタウン ◆

 

 中央広場には人だかりができている。

 なんだなんだ、とマサラタウンの住民たちがそこかしこからやってきたのだ。

 

「ルールは単純。1対1(サシ)のシングルバトル。道具、もちものは使用禁止。どちらかのポケモンがたおれるか、降参すれば決着だ」

 

 これはいわゆる「腕試し」に、つまり相手の力量を図るのによくつかわれる対戦ルールだった。

 

 道具やもちものをつかえないからこそ、純粋なポケモンとトレーナーの実力が問われる。

 どこまで相手の手札をみきれるか、どこまで相手の出方をよみきれるか、どこまで相手の弱いところをつけるか。

 1対1では、負けたらおしまい。次のポケモンでまきかえしを図ることもできないから。

 

「う、うん……!」

 

 ぐっ、とレッドが胸の前で拳をにぎる。

 今、おおぜいがふたりのバトルを見学しにきている。

 

 いつもの配信よりずっとすくない。

 だけれど、画面の向こう側の視聴者とちがって、幼いころからしっている人々にリアルでバトルをみられるのは、どうしてもはずかしい。

 

(まあいい。バトルがはじまれば、あの性格になるだろ)

 

 グリーンはそこを心配していなかった。

 自分もあの遠慮しがちな様子にだまされた人間だ。

 

 バトルになって格好つけてくれさえすればいい。

 

「レッドー! あぶなくなったらすぐいうのよー!」

 

 カオリはといえば、ここでレッドが負けて、またこんな変なことを言い出さないでくれれば、それでいい。

 この母親からしてみれば、ポケモンバトルは「だいじな家族をわざわざ傷つける」ものだから。

 たしかにそれもあるけれど、これがポケモンバトルのすべてじゃない。

 

 レッドも、グリーンも、すべてのポケモントレーナーはそれをよく理解している。

 でも、この世界はポケモントレーナーだけのものじゃない。

 だからこういう意見もたくさんあるし、無視していいものじゃない。

 

「それでこそ、このバトルに意味があるんだよ、レッド」

 

 魅せつけてやれ。

 ポケモンバトルを。

 レッドのバトルを。

 

「う、うん……!」

 

 ピカチュウもボールの中でびりびりと頬から電気をはなって、闘志をみなぎらせている。

 

「こい、レッド。おまえのバトルをみせてみろ!」

 

 ▼ ポケモントレーナーの グリーンが しょうぶを しかけてきた!

 

「うん。……いくよ、ピカチュウ!」

 

「やるぞ、ヘラクロス!」

 

 同時にモンスターボールを投げる。

 

 かたや、でんきねずみポケモン。

 かたや、1ぽんヅノポケモン。

 

 耳にきずのあるピカチュウは軽やかなフットワークをみせながらウォームアップ。

 自信満々に胸を張るヘラクロスはどっしりと構え、腕を組んで仁王立ち。

 

 シングルバトル、スタート!

 

「〝でんこうせっか〟!」

 

 先手はピカチュウがとった。

 

 ランダムにうごいてジグザグ軌道をえがき、一歩一歩が広場のいしだたみからこまかい破片をとばす。

 目にもとまらぬ早業。

 並みのポケモンなら目を回しかねない。

 

「……」

 

 それをグリーンは、ヘラクロスに指示をださすじっとみつめている。

 

 残像をのこすほどのすばやさには観客のほとんども目が追いつかず。

 ピカチュウはヘラクロスにパワーとタフネスでおおきく劣っている。

 

 ゆえにスピード勝負だ。かくらんして相手の体力と集中力をけずって、すきをついて倒す。

 

 ちいさなポケモンがおおきなポケモンを相手どる時の定石。

 

「ピカァ!」

 

 急加速と急減速のくみあわせでヘラクロスの死角をとり、突進。

 

 グリーンはあわてることなく、

「〝カウンター〟」

 おちついて指示をだした。

 

「ヘェ……ラッ!」

 

 腕をくんでじっとしていたヘラクロスがきらりと瞳をきらめかせ、くるりとピカチュウに背中を向ける。

 ゆるやかな動作からの、後ろ回し蹴り。

 

「ピッ……!?」

 

 ゆっくりとした動きからくりだされたするどい一撃がピカチュウをとらえ、にぶい打撃音をきかせると、足を蹴りぬいてちいさなでんきねずみポケモンを蹴り飛ばす。

 

 ピカチュウはくるくると回って空中でバランスをとり、何度かいしだたみを転がって受け身をとる。

 

「でも、浅、い……!」

 

 〝カウンター〟は倍返しの技だ。つまりもとの威力が低ければ、たいしたダメージにならない。

 だけれど、隔絶したヒットポイントの差があるから、あとになればこのダメージはおおきく響いてくる。

 

 ピカチュウはヘラクロスに体力でおとる。先制ダメージをとれなかったのが痛い。

 

「ピカチュウ、〝かげぶんしん〟!」

 

 ヴ、といくつもの残像がみえるほどの高速移動。

 回避できる確率をかせいでおき、スピードを高めて勝負したいのだろう。

 

「こざかしい真似を……ヘラクロス、〝インファイト〟だ」

 

「ヘラァ!」

 

 ガツンと甲虫らしい拳を打ちあわせて甲高い音を響かせたヘラクロスが、いしだたみを踏みしめてずんずんとピカチュウに接近する。

 

 身長差は、ヘラクロスがピカチュウの3倍ちかく。

 体重差は、ヘラクロスがピカチュウのぴったり9倍。

 

 単純なパワーとタフネスの差は、絶望的なまでの開きがある。

 

 それは絶対的な戦力差にもなるのだ。

 

「よけ、きれる、かな……?」

 

 いやな予感がレッドの脳裏をかすめた。

 

「ヘラ、ヘラ、ヘラ、ヘラァ!」

 

 殴る。よける。

 殴る。よける。

 殴る。よける。

 殴る。よける。

 

 一発、また一発とヘラクロスの拳がピカチュウをかすめ、ちりりと摩擦でピカチュウの肌に火傷のようなあとが刻まれていく。

 

「ピ、カ……!」

 

 ピカチュウは防戦一方でよけるのが精一杯だけれど、時おり、あわや直撃というあぶないところがある。

 いつもまでもよけきれるはずもないが、なのに、レッドは反撃の指示をださない。

 

(おかしい……)

 

 グリーンが違和感に気づいた。

 いくつもの歯車が、かみあっていない気がする。

 

 レッドの指示にキレがないようにおもえるのは、きっといつもの配信ではなくて、村人たちや母親に見られているからかもしれない。

 

(ほかになにがある?)

 

 グリーンが思考をめぐらせる。

 対戦相手によけいなことまで考えさせる余裕をあたえるのは、ギャラドス戦でみたレッドのバトルスタイルからは考えにくい。

 それほど、彼女は調子が悪いのだ。

 

 これで緊張しているなら、ふだんの配信はなんなのだろう。

 わざと隙をみせている、とは考えにくい。

 

 バトルのときだけ性格が変わるトレーナーであれば、すでに豹変しているはず。

 

 まさか。

 

「レッド、おまえ配信していないとかっこうつけられないのか!?」

 

「そ、そうです……」

 

 グリーンは経験則から、レッドのことを「バトルになると一変するタイプのトレーナー」と思いこんでいた。

 

 配信のときだけがらりと性格を変えるトレーナーなんて、見たことも聞いたこともない。

 

「スマホロトムはどうした!」

 

「つ、通信制限で……」

 

「どうして安いプランにしたままなんだ!」

 

「か、家族割りだから、これしか……」

 

「ええい、家庭の事情ってやつはこれだから!」

 

 レッドが配信していないのは、てっきり身元が割れるからだとおもっていたが、もっと技術的なトラブルだった。

 

 彼女が勝つにはあの性格になる必要があって、それには配信しないといけなくて、さらにはスマホロトムが問題なく通信できなければいけない。

 

 がらがらと音を立てて足元が崩れていく、グリーンはそんな気がした。

 

 打ち合わせなしのぶっつけ本番で、ここから負けを演じるのはむりだ。

 グリーンもレッドも、そんなふうにバトルはできない。

 正々堂々、正面から真っ向勝負でぶつかりあう、そういう熱いバトルしかできなかった。

 

 だったら。

 

「レッド!」

 

 グリーンが叫び、注意を引く。

 

「今ここに、何人いるとおもう?」

 

「え、えっと……じゅ、15人」

 

 マサラタウンはちいさな村だ。中央広場でポケモンバトルをやっても、この程度の数しかあつまらない。

 郊外にあるオーキド研究所をのぞけばなにもなくて、のんびりとした時間がただながれる、おだやかな土地。

 村人はみんな知り合いか友人で、村の中の話題なら、どんなこともみんなが次の日には知っているほど。

 

「配信すればいつも、お前はどれだけの人にみられている?」

 

「よ、4千人ちょっと……」

 

 4千人というのは、大きな体育館に隙間なくひとをつめこんだらやっと収容できる数だ。

 人間が一生のうちに出会える人数は、3万人といわれている。

 たった8回ほど配信するだけで、一生をかけてかかわれる人数をこえてしまう。

 

 それはとてもすごいことだ。

 100人とかかわることだって時間がかかってむずかしいのに、それをおおきくオーバーする数の人々を、1回で楽しませることができる。

 

「いいか、レッド。おまえはこんな()()()()()()()()()()で満足か!?」

 

 びく、とレッドの肩がふるえた。

 グリーンのいいたいことに気づいたようだ。

 

「今は4千人でも、トレーナーとしてもっとつよくなれば、1万人、2万人だって夢じゃない!」

 

 今の7万人のチャンネル登録者数は、とてもすごいのだ。

 巨大なスタジアムをうめつくせるほどの人数。

 

「10万、20万でも、おまえならいけるんだ!」

 

 ポケモンバトルはとてもおおきな興行だ。

 この世界にいきる人間ならば、そのほとんどがテレビで日常的にたのしんでいる。

 

「考えてみろ、チャンピオンリーグの決勝戦、世界中がおまえをみているさまを!」

 

 チャンピオンリーグの最終戦ともなれば世界中のファンが注目するし、ガラル地方ではジムリーダー戦で何十万ものファンがスタジアムに押し寄せる。

 対戦相手だけじゃなく、スタジアムでもテレビの向こうでも、だれもがまばたきを忘れてレッドの一挙一動をみつめるだろう。

 

「おまえが魅了するんだ! チャンピオンも! 観客も! すべて!」

 

 あらゆる人々がレッドに魅せられて、夢をみて、熱中する。

 できないはずがない。

 

 レッドは、原点にして頂点の名だ。

 ポケモンのすべてがその名前をもった少年からはじまった。

 

 もうすでに、できたことだ。

 また、できるはず。

 

 たとえそれをグリーンが知らなくても、ゲーム内の自分はいけすかないライバルだったことを知らなくても、この世界に生きるレッドに魅了されたファンのひとりとして、彼は叫ぶ。

 

「ここから始めるんだ。マサラタウンから、おまえのお母さんから!」

 

 マサラは真っ白。始まりの色を冠した土地。すべてが始まった場所。

 

 ここからもう一度、はじめるのだ。

 

「……ありがと、グリーン」

 

 レッドが帽子のツバをうしろにまわし、ジャケットの前をあけて動きやすいようにする。

 深呼吸をして、頭のなかを切り替える。

 

 カチリ。

 きりかえスイッチが入った。

 

 おくびょうなレッドをひっこめて、凛々しいレッドと交代。

 

 準備完了。

 

「いくよ、ピカチュウ」

 

 レッドのバトルがはじまる。




 
 レッドちゃんはここからが強い(一般通過視聴者)


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「マサラタウンに さよならバイバイ」 Part.3

 ごくり、と観客がなまつばをのみこむ。

 

「空気がかわった……」

 

 そうだ。

 あのおとなしい少女はもういない。

 いるのは、闘志を凛々とみなぎらせた、風格あるトレーナー。

 

「ピカチュウ、もういちど〝かげぶんしん〟」

 

 ヴ、といくつものピカチュウの残像がみえるほどの高速移動。

 補助技をつんで回避率をあげていく。

 二回もつめば回避できる確率はかなりのものになるけれど、それでもヘラクロスのこうげきをあと一撃でも正面からうければ、ひんしになるだろう。

 

 だから、勝負は一回だけ。

 そこにすべてを賭ける。

 一回かぎりの大博打。

 

 勝てなければ、一生、このちいさな村からでられなくなるかも。

 プレッシャーがレッドのほそい両肩にのしかかる。

 ふつうの人なら、手足の先がしびれて頭の中がまっしろになるほどの重圧。

 

 だが。

 

「ぼくのしったことじゃ、ないよね」

 

 画面の向こうの主人公は、いつも勝利を確信していた。

 彼女はレッドだ。ポケモンの主人公だ。

 勝利を目指してひたはしる。それが、彼女のしっている「レッド」の姿だから。

 

「やっと、おもしろくなってきたじゃないか」

 

 にやり、とグリーンが笑う。

 トレーナーの本能から、

 

「ピカピィ……!」

 

「ヘェ……ラッ」

 

 ピカチュウはほおからびりびりと電気を放ち、ヘラクロスはがつんがつんと拳を打ちあわせてこたえる。

 ポケモンたちもやる気満々だ。

 バトルはやっぱり、お互いのトレーナーとポケモンが本気をださないと。

 

「……」

 

 じりじりと、トレーナーとポケモンのふた組みが間合いを見計らう。

 ポケモンの間合いもさることながら、トレーナーの間合いのとり方も重要だ。

 

 うっかり相手ポケモンの射線上に入ろうものなら怪我してしまうし、それどころか、トレーナーをかばおうとした相棒が相手のこうげきを受けてしまうかもしれない。

 

 たとえばだけれど、〝すなあらし〟から〝ステルスロック〟などでフィールドを作り替えるパーティーなどでは、うまく間合いをとって相手を罠にかけて動きを封じる戦法もある。

 

 フィールドをうまく使うことも、自分たちに最適な間合いをとることも、すべて腕の立つトレーナーならば無意識にやっていることだ。

 

(なにをやろうとしている……?)

 

 レッドの動きをグリーンがいぶかしむ。

 

 ピカチュウとレッドは、ヘラクロスの格闘距離から離れながらも、どこかへ誘導するような気配をみせている。

 

 並みのトレーナーなら「にげているだけ」と断じるほど丁寧に演じているけれど、それでグリーンの目はごまかせない。

 

 だからこそ、彼女とそのポケモンがなにをしでかすか、みてみたい。

 

「のってやるさ! 〝かわらわり〟!」

 

「ヘェェェエエエエエ!!!!!」

 

 ヘラクロスが腕を振りかぶる。

 〝インファイト〟は当たった時の攻撃力はすさまじいが、強力な技であるだけ、技をつかうポケモンも疲れてしまう。

 ピカチュウが〝かげぶんしん〟で回避力を高めている以上、なかなか当たらないだろうし、連発してヘラクロスを疲れさせるわけにはいかない。

 その隙を突かれるかもしれないからだ。

 

 ぱがん、と小気味よい音をたてて石だたみがわれる。

 

 もう遠慮しない。

 レッドはきっと、追いこめば追いこんだ分だけ爆発するトレーナーだ。

 中途半端はいけないし、そんなバトルは面白くない。

 

「そのままおしこめ、ヘラクロス!」

 

 パワーもタフネスもありあまった、いっぽんヅノポケモンが突撃。

 かくとうポケモンと真っ正面からがっぷり四つに組みあえる強力なパワータイプのポケモンが、ちいさなでんきねずみポケモンに迫る。

 

 右腕のおおぶり。

 

 左拳の正拳突き。

 

 右足の後ろ回し蹴り。

 

「〝かわらわり〟って、こぶしでたたかう技でしょ!」

 

「足にできないと決まっているわけじゃない!」

 

 いかにも力任せなみためにそぐわず、このヘラクロスはなかなか器用なポケモンらしい。

 

 足がないのに〝けたぐり〟で大ダメージをかせぐポケモンもいるし、レッドのピカチュウが〝なみのり〟を使うように、テクニカルにバトルするポケモンはいる。

 

 パワーとタフネスがあり、そして器用でもある。

 一見すれば弱点はなさそうだけれど、つけいる隙があった。

 

「やるよ、ピカチュウ!」

 

「ピカ……!」

 

 背水の陣。

 

 マサラタウンのおおきな池を背後にするほど追い詰められたレッドが、ピカチュウに合図を出す。

 やっと、彼女とそのポケモンのやりたいことができる場が整ったようだ。

 

「正面から叩き潰すぞ、〝インファイト〟!」

 

 出し惜しみはなし、真っ正面からのフルパワーで叩き潰す。

 レッドがなにかする気なら、グリーンはそれにのるまで。

 

「ヘェ……ラッ!」

 

 連打。

 連打。

 無呼吸連打。

 

 スタミナにものをいわせた連撃。

 だけれど、一発ごとに狙いが正確になっていくテクニカルなこうげき。

 

 ピカチュウでは、一度でもうければ〝ひんし〟になること間違いなし。

 

「ピ、ピ、ピ、ピカ!」

 

 それを紙一重で避けていく。

 

 ときにはジャンプで。

 ときには尻尾でヘラクロスの腕を叩いてくるりと回転して。

 

 かすめたこぶしの摩擦で、レッドにていねいに整えられた体毛がちりちりと焦げる痕がのこり、見るものにはいたいたしい。

 

 もとより背中にマサラタウンの池をひかえるほど追い詰められていたから、あっという間に逃げ場がなくなった。

 

(さぁどうする、レッド?)

 

 もう、あとがない。

 

 ここで逆転できなければ、旅に出るなんて夢のまた夢。

 母親のカオリに根掘り葉掘り問いただされるだろうし、スマホロトムはおろか、ピカチュウのボールも没収されてしまうだろう。

 

 大ピンチ。

 

「ふふ」

 

 レッドは不敵にほほえんだ。

 

 フィンガースナップ。

 

 小気味良い音がぱちんと響き、ピカチュウの動きが変わる。

 

「ピカ━━」

 

 深く腰を落とし重心を低くして、力をためていく。

 なにかする気だ、とヘラクロスが勘づいて極至近距離(インファイト)の鉄槌打ちを放ったときには、もう遅い。

 

「━━チュウッ」

 

 〝でんこうせっか〟

 チリ、と鋭い拳をかすめて体毛にわずかな火傷を負いながらくぐりぬけ、足に突進。

 

 たん、たん、と三角飛びめいた鋭角な軌道を描いて運動エネルギーをかせぎ、尻尾でヘラクロスの片足を足払い。

 

「ヘラ?」

 

 石だたみではむしポケモンの足は充分に踏んばることができず、拳をかわされ無防備になったところを崩されて、あっけなく大地から軸足が離れてしまった。

 

「もう一度!」

 

 レッドの指示をうけたピカチュウが硬い尻尾で背中をたたき、慣性にしたがって前にすすんでいた背中を押されて、空中に放りだされる。

 

 ヘラクロスは、池を背にしたピカチュウを狙っていた。

 

 つまり。

 

 池に落ちる。

 電気をよく通す、水中に。

 

「ピカ……チュウッ!」

 

 〝でんきショック〟

 

「べべべべべべべべべべべべ」

 

 空中でノーガードのところをでんき技が直撃して、外骨格がこげるほどの電撃をくらい、ヘラクロスが〝まひ〟状態になる。

 水と蓮とコイキングを巻きあげてヘラクロスが池に落ち、水面に人が飛びこんだような音がたつ。

 

「だが、ヘラクロスの体力はあまって……!?」

 

 グリーンのいうように、ヘラクロスのHPはまだバトルを続ける余裕がある(バーはまだ黄色)

 けれど、〝まひ〟になってから叩き落とされた場所が悪かった。

 

 水中。

 

 ほとんどのむしポケモンがとくにいやがるロケーション。

 しかも〝まひ〟でほとんど動くことができないまま、目を回し体をびくつかせながら、ずぶずぶと沈んでいく。

 

 軽いポケモンならぷかりと浮かんでいただろうけれど、ヘラクロスの体重はおおよそ54キロもあり、浮かんでいることはできない。

 

「勝負あった、と思うけど」

 

 ふふん、とレッドとピカチュウが胸を張って勝ち誇る。

 

(〝まひ〟がなおるのを待っていたら、ヘラクロスは溺れる……か)

 

 ヘラクロスは池のだいぶ奥に叩きこまれてしまい、すぐに這いあがることもできないし、水中に没し〝まひ〟で弱っているところにでんき技をいくつも繰り出されたら、なにもできないまま倒される。

 

 それでも無理してヘラクロスを戦わせようとすれば、自分のポケモンをむだに痛めつけるだけであるし、そんな見苦しいバトルはグリーンの趣味じゃない。

 

「……降参、おれの負けだな」

 

 グリーンが投了。

 ヘラクロスをボールに戻した。

 勝負あり。

 

「やったぁ!」

 

 バトルに勝ったうれしさからレッドがピカチュウを抱きあげて、ポケモンにほおずりしながら笑みをうかべた。

 ピカチュウも勝利の余韻とトレーナーに可愛がられるうれしさからか、心地よさそうに瞳を細めている。

 

「おおー!」

「あのおとなしいレッドが……」

「信じられない。だってグリーンが相手だぞ?」

 

 拍手と歓声、ざわざわと風に乗って観客たちの声がきこえてくる。

 

「……のんきなもんだよ」

 

 また、マサラタウンの人々の前で負ける姿をみせてしまったとグリーンがひとりごちるけれど、レッドとピカチュウをみて毒気を抜かれたのか、やれやれと肩をすくめてみせた。

 

 ほんとうなら唇をかみしめるなり小石をけとばすなりしたいところだけれど、年下のトレーナーに野良試合で負けてそんなことをするだなんて、高校生がやっていいことじゃない。

 

 思い思いに勝負の結果をうけとめていると、

「レッド」

 母親の声が、ひときわつよく耳に響いてきた。

 

「ひゃ、ひゃい……」

 

 ピカチュウにほおずりしていたレッドの動きがびくりとかたまって、いたたまれない様子でカオリに向きなおる。

 さきほどまでのバトル中の楽しそうな表情も、勇ましい立ち居振る舞いもない。

 触覚めいたあほ毛も元気なく垂れ下がり、頭はわずかにうつむいて視線をおよがせ、顔もこわばっている。

 

 これから叱られることを怖がるこどもの姿。

 

 レッドの今までの経験からすれば、ピカチュウの〝でんきショック〟とは比べものにならないおおきな雷が落ちるはず。

 

「いつ練習したの?」

 

 まずは軽いジャブから。

 レッドは素人目にも慣れた様子で、ピカチュウとも互いに信頼しあった連携をみせたのだから。

 とくにフィンガースナップで相手に指示を気取られず、しかし以心伝心のところをみせたのは見事だった。

 

「と、トキワシティのおつかいとか、学校の帰りと、えっと、友達の家にあそびにいくふりをして……」

 

 いたいけなくらい素直なレッドはしどろもどろになりながらも、なんとか母親の目をみながら話す。

 トキワへ行けばいつも、セキエイ高原のポケモンリーグに思いをはせて、いつかは自分もと夢をたしかめたこともある。

 

「その靴とカバンだと、山や森に入るのもたいへんでしょう?」

 

 レッドの服装はボーイッシュではあるけれど、靴やカバンなどは一般向けのものであるし、トレーナー用のグローブなどはつけていない。

 グリーンが初対面でレッドのことを「トレーナーらしくない」と考えたのも、そのちぐはぐな服装が理由のひとつ。

 

「あ、あんまりうごけなくて、不便、です……」

 

 ポケモンの動きを追いかけて、ときには相手のこうげきを避ける必要があるから、装いのせいで動きづらいのは致命的といえた。

 そのせいでたびたび汚しては叱られてきた記憶がよみがえって、レッドもそろそろ泣きそうなほど怯えきっている。

 

「旅に、出たいのよね?」

 

 レッドの家をグリーンがたずねてきたのも、こうしてバトルをすることになったのも、その話からはじまった。

 それでちいさな村にしては大騒ぎすることになって、広場でレッドは母親のカオリに問いただされている。

 

「出たい、というか、あの……えっと……」

 

 レッドは泣きたい。

 バトルは終わってあの凛々しいレッドから引っ込み思案なレッドに交代しているから、こんな人前でこうやってまるで詰問されるようなことをされると、緊張であがってしまう。

 

 けれど。

 

「ピカ」

 

 そっとピカチュウがレッドの足に頬ずりした。

 いくつともバトルをともにしてきた、ちいさな体におおきな力を秘めた相棒。

 

 きっと彼は、レッドがなんと答えてもずっと一緒にいるだろう。

 家でテレビをみて、ごはんを作って、散歩にいく時も、ずっと。

 

 でもレッドは、今日はバトルできないと伝えた時のピカチュウの落ちこむ姿を見たことがある。

 激しいバトルで泥だらけになって、一緒に笑いあいながら家路についたことだってあった。

 

 だから。

 

「……お母さん。ぼくは、ピカチュウと旅をしたいです」

 

 いろんなところを見て回って、いろんな土地のごはんを食べて、いろんな出来事に遭遇したい。

 ずっと夢見てきて、一度はあきらめかけて、でもまた目指した夢を追いたいから。

 

「そう、そうね……」

 

 ふぅ、とカオリがため息をつきながら顔をあげる。

 彼女の目の前には、自分がお腹を痛めて産んだ娘がたっている。

 

「ダメと言われても、行きます」

 

 レッドが、ぎゅっと唇を引き締め、こぶしを握りしめて、背筋をのばし、ちいさな体をふるわせながら。

 

 あのおとなしい娘が、自分の意思で夢を口にしている。

 

「……靴とグローブに、カバンと……いえ、他にもたくさんいるでしょうね」

 

 ひとり言のようにレッドに話しかけながら、カオリはいくつかの計算と考えごとをしていた。

 

「え、っと……?」

「ピカ?」

 

 予想していた反応と違うことをいぶかしんで、レッドとピカチュウが顔を見合わせる。

 

「これからトレーナーとしてカントー地方を回るのでしょう? ポケモントレーナーとして恥ずかしくないよう、きちんと旅支度しないとね」

 

 母親の言葉を理解できなかったレッドがフリーズして、

「~~~~~~~~~っっっ!!!!!!」

 舞いあがってしまいそうな嬉しさが胸をついて溢れ出し、アンテナめいたあほ毛が元気を取り戻してピンと伸び、興奮と喜びが少女のちいさい体の中でぐるぐると奔流を描いた。

 

 高揚からほおをあからめて、顔にはかがやかんばかりの喜色満面な笑みを浮かべ、急に湧きあがった嬉しさから涙目にもなっている。

 

「ほら、ピカチュウにグリーンちゃんも疲れたでしょう、お家でやすみましょう」

 

 今やるべきカオリの仕事は、レッドのために旅支度を整えることだった。

 それが終わったら、彼女がいつ家に帰ってきてもあたたかく迎えることと、旅の無事を祈ること。

 

 自分の子どもが巣立っていく母親として、これ以上ないほど寂しくて、けれどなによりも嬉しい出来事。

 娘がはじめて、自分の意思で親に反対されようとも夢を叶えたい、と言ったのだから。

 

 親としてできる限りのことをして、あとはレッドを信じて背中を押してあげればいい。

 

「………………」

 

 そんな彼らの背後で、ヘラクロスの池ぽちゃで打ち上げられたコイキングがしめやかにはねていた。




 コイキングはこの後、〝はねる〟をたくみに使い、おおよそ7時間かけて自力で池に帰りました。


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「フシギダネって ふしぎだね?」 Part.1

御三家をどれにするかで何時間も悩む、あると思います。


 オーキド研究所がどこにあるか、人によって答えが違う時はある。

 マサラタウンの中にあるという人もいるし、マサラタウンの郊外にある森の中にあるという人もいる。

 

 どちらも正解で、だけれど両方ともすこし違っていた。

 

 マサラタウンの一角にあるのは、各地の研究機関との連絡や来賓をむかえるための建物で、そうおおきくはないけれど、郊外の一戸建てとしてどこにだしても恥ずかしくない建物。

 

 森の中にあるのは、オーキド博士がポケモンを研究するための本格的な研究所で、その立地からは考えられないほど先進的な設備が整い、いくつもの革新的な成果がここから生み出されてきた。

 

「……ふえー……」

 

 レッドも、森の中の研究所をはじめてみる。

 

 年に一度か二度はオーキド研究所がサマースクールなどを開き、一般の見学者にちょっとした講座をやることがあるけれど、それはマサラタウンの中にある建物で行われているから、ここに近づいたこともない。

 

 静かな場所で都会の喧騒と縁がないといえば聞こえはいいけれど、交通の便をはじめとして都会の研究所より不便だから、なぜ天文台でもないのにこんなところにあるか、みんな不思議がっている。

 

「さて、レッドくん」

 

 そんな研究所の門口に、オーキド博士のやさしい声がひびいた。

 ポケモンのタイプによる分類を提唱した、世界に名だたるポケモン研究の権威で、彼の名前を知らないポケモン関係者も、なにかの形で世話になったことのない関係者もいないといってもいいくらい。

 

 テレビでもおなじみの白衣と、動きやすいフィールドブーツ。

 

「ひゃい」

 

 レッドのがちがちに緊張した姿に、肩に乗ったピカチュウはため息をつく。

 いくらおとなしい時のレッドでもおかしな様子であるけれど、こればかりはどうしようもない。

 

 ちょっとした聖地巡礼と、テレビのむこうで何度となくみてきた有名人と話しているのだ。

 こうなると、緊張と高揚感でどうにかなってしまいそう。

 

「ほんとうなら10歳の誕生日にここへ来てもらう予定だったのじゃが、まぁ、2年くらいはヤドンのお昼寝みたいなものじゃ」

 

 マサラタウンにこどもがほとんどいないこと、また(グリーン)の紹介で人が来るなんてことは今までなかったことで、いつも以上に好々爺の色がつよくなっている。

 

 オーキド博士に招かれて研究所のおくへとすすめば、立派な研究室があった。

 

「……わぁ」

 

 いったいどれだけのポケモントレーナーが、こうしてポケモン研究所に招かれたいと夢にみたことだろう。

 カントー地方のマサラタウンに生まれ、オーキド博士から図鑑とポケモンをもらう。

 

 あこがれの場所に、あこがれのシチュエーションで立っていた。

 

 レッドが感慨にひたっていると、ピカチュウがあのほっぺたをうりうりと尻尾でおしこんできた。

 

「ご、ごめんよ……」

 

「ピカ」

 

 この相棒から目を離してはいけない、その決意をあらたにしたピカチュウだった。

 

「みほれるのはまだはやいぞ? まだまだ序の口じゃからな」

 

 レッドにはなにをやっているか見当もつかないほど複雑な数式、読み方すらわからない専門用語、はじめてみる文字で書かれた外国の本、用途の推測もできない精密機械。

 

 何人もの研究者があわただしく話して、机にかじりついて資料を読みこみ、モニターの忙しなく変わっていくデータとにらめっこしていた。

 

 わかるのは、すべて「ポケモン」のことを扱っている、ということだけ。

 

 知恵と知識の殿堂。

 オーキド研究所の心臓に、レッドはいる。

 

「……はぁ」

 

 おもわず涙ぐんでしまったレッドが、ハンカチでくしくしと涙をぬぐう。

 嬉しさと、あこがれと、いろんなものが胸のうちを渦巻いている。

 

「……?」

 

 視線を感じてレッドがまわりを見回してみれば、研究員らの見守るようなあたたかい視線がむけられている。

 

 作業の合間に片眉をあげてみただけの人もいれば、クリップボードの資料を読むふりをして様子をうかがっている人や、談笑しながら笑みをむける人に、レッドと視線があうと手を振ってくる人もいた。

 

 後輩がむかしの自分たちのように感慨にひたっているのを、先輩たちがなつかしむようにながめている。

 彼ら彼女らも、今のレッドとおなじような思いをして、夢を追いポケモン研究家になったのだ。

 

 後輩のレッドとしてはとても嬉しいけれど、すごく照れて顔が赤くなってしまう。

 

「どこにしまっておいたかのぉ。最近はマサラからトレーナーはでなかったから、必要がなくて取り出さなかったものじゃから……」

 

 最近とはいうけれど、ここ5年ではグリーンをふくめて3人だけだ。

 それでもグリーンは小学校にあがる前からもトレーナーとして活動していたから、このオーキド研究所から巣立っていったトレーナーはふたりだけということになる。

 

「はて……むかしはここに入れておいたのじゃが……」

 

 ここでもないそこでもない、とオーキド博士がいろんな棚をあけては閉め、引き出しをのぞいては閉めるけれど、なかなかみつかりそうにない。

 

(もしかして、すごく整頓が下手なの?)

 

 レッドもピカチュウと目をあわせて、そう疑わざるをえなかった。

 ほんとうにこの人が近代ポケモン研究を整理整頓して金字塔をうちたてた、あのオーキド博士なのか、と。

 

 近くで作業していた研究員がやってきて、

「博士、もう図鑑はないですよ」

 そういうと、ポケモンセンターの回復装置によくにた機械をゆびさす。

 

 ボールにおさめられたポケモンを調査するための機械だけれど、自然環境では実験しにくい状況でポケモンがどんな反応をするか確認するため、ボール内でいろんな状況を再現することができる。

 

 他にも、ポリゴンやロトムのような電子的なポケモンに、電話や図鑑の機能を増やせばどうなるか、など。

 

「へ? ああ、そうじゃったな」

 

 数年前まではずっとカントー図鑑は専用の機械だったから、どうもスマホロトムの図鑑機能にはうといらしい。

 いやーまいったまいった、オーキド博士はそういいながら機械をいじりにいった。

 

「……もう、電子辞書みたいな専用の図鑑はないんですか?」

 

 レッドはてっきり、そういう図鑑をもらえると思っていたからか、すこししょんぼりとしていた。

 専用の図鑑をかざして、ポケモンのデータを登録することで、リストを埋めていく喜び。

 やっぱりスマホロトムのアプリかなにかよりも、そういう専用の図巻でやってみたかった。

 

「そうじゃのぉ。むかしと違って今は、ポリゴンフォンにも入れることができるし、カントー地方は調査がすすんで、ああいうしっかりとした機械を使うチャンスはもうないのじゃよ」

 

 とくにカントー地方は図鑑が使われるようになった最初の地方で、オーキド博士や彼の協力者が精力的に活動していたこともあって、いまは特別に図鑑をつくるほどデータ収集にこまっていない。

 

「そう、ですか……」

 

 しょぼん、とレッドのアホ毛が元気をなくしてたれさがった。

 

「ピ?」

 

 ピカチュウと、いつのまにかジャケットのうちポケットから抜け出してきたスマホロトムは、どうしてレッドがしおれているか分からず、おたがいに顔をあわせる。

 

「それではレッドくん。どうして図鑑がひつようか、かんたんな授業の時間じゃ」

 

「ロトムちゃんはこっちにおいで。ジバコイルの電気はたべたことないでしょう?」

 

 スマホロトムに図鑑機能をダウンロードするあいだ、オーキド博士の授業。

 ロトムはといえば、カントー地方ではめずらしいジバコイルの電気をたべられる(というよりも、バッテリー充電)ときいて、おとなしくついていった。

 

「図鑑がひつような理由……ポケモンを調べるためじゃないんですか?」

 

 たしかゲームやアニメでは、そういう理由で図巻をもったトレーナーが送りだされていたような、とレッドが考える。

 

「それもある。じゃが今では、『ポケモンの能力や技の威力をトレーナーにおしえる』ことが第一じゃな」

 

 ポケモンの研究もだいぶすすんで、おおざっぱにポケモンの身長と体重、さらにはポケモンがつかう技のだいたいの威力まで基準が整備されている。

 とはいえ個体差もおおきいから、図鑑機能でわかるのは「おそらく、これくらい」まで。

 

 20年前にはもう、そういうことができるようになっていた。

 いまではおおよその値をその場で割り出すことも可能になっている。

 

「……むかしは研究の手助け。今はトレーナーのサポート?」

 

「そうなる。おおきく役割がかわっての、専用の図鑑をつくるよりも、ポリゴンフォンやスマホロトムによる補助がおもな仕事じゃ」

 

「でも、むかしは図鑑をもっていたトレーナーが、図鑑でポケモンのデータをとって、研究所におくっていたんでしょ?」

 

「むかしは、じゃな。手当たり次第になんでも情報がほしかったからの。いまは専門の研究員や、信用できるトレーナーの仕事になっているのじゃ」

 

 さまざまな地方でおおくのトレーナーたちによる総当たり的な調査は功を奏して、たくさんの貴重な研究材料があつまった。

 けれど、いつも貴重な機械をばらまいてそんなことができるわけではないし、みな素人だからミスもおおい。

 

「そうですか……」

 

 それでもレッドにとっては、目の前にたらされた好物のあまいりんごを、かじりつこうとした寸前に「やっぱりなし」とうばわれたような気分。

 

「さて、おつぎはポケモン……なんじゃが」

 

 いわゆる御三家とよばれるポケモンたちがいる。

 ポケモンというゲームをはじめてから、最初に相棒としてえらべる三匹のポケモンのこと。

 ゲームの顔ともいえるポケモンであり、冒険をともにしてふかく愛着がわくことから、ひとつの特別な枠にいれられるポケモンたち。

 

「なんじゃが?」

 

 どうもオーキド博士の歯切れがわるい。

 

「いつもなら、ヒトカゲ・ゼニガメ・フシギダネの3匹を用意してまっておる。おるのじゃが」

 

 初代御三家、もしくはカントー御三家ともよばれる、とても有名な3匹のポケモンたち。

 

「おるのじゃが?」

 

「2年前、きみのために用意したフシギダネがおるのじゃ。……おったのじゃが」

 

「……おったのじゃが?」

 

 ここにきて過去形で話しはじめた。

 雲行きがあやしい。

 

「……先月、にげられてしまったのじゃ」

 

 わずかな時間、レッドはオーキド博士のことばを理解できなかった。

 レッドがこくりと小首をかしげる姿は愛らしいけれど、数秒とたたずに、かたまったまま静かに瞳に涙をためはじめた。

 

 オーキド博士は、フシギダネが逃げたことを告げてから5秒後には、相棒を泣かされたと勘違いしたピカチュウ怒りの〝でんこうせっか〟により、研究所の床にしずむこととなる。

 




 次回、フシギダネ捕獲回。
 ヒトカゲはグリーンの手に渡り、ゼニガメはなんかこうあれですよ、ブルーとかいう泥棒猫が盗っていったんですよ。知らんけれど。


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「フシギダネって ふしぎだね?」 Part.2

 マサラタウンの北東に、ひとつの工事途中で廃棄されたタワーがある。

 

 円筒形で全長はとても高く、根本から見上げれば首が痛くなるほどおおきな塔。

 

 ホウエン地方のバトルフロンティアにさきがけてオープンする予定で、ポケモントレーナーが腕を磨く施設になるはずだったけれど、想定よりも高くついた建設費用やグレン島の噴火などがかさなり、いつしか建設がなげだされてしまった。

 

 まださびは目立っていないが、組み立てられたまま放置された足場やむきだしの支柱や梁がうらさびしい。

 

 風が吹けば放りだされたワイヤーと足場のきしむ音、陽のかたむくころにはゴーストタイプのポケモンがあやしくただようなど、いまでは立派な巨大廃墟とかしている。

 

「ここにはきちゃダメっていわれてたけど」

 

 ふえー、とレッドが首が痛くなるほど高いバトルタワーのてっぺんをみあげていた。

 

「今日は、ゆるしてもらえるよね」

 

 スマホロトムの画面をみれば、周辺地図のなかに赤い光点がまたたいている。

 図鑑の追尾機能から推定される、フシギダネの現在位置。

 

 もとはエンテイ・ライコウ・スイクンといった伝説のポケモンの移動経路を割りだすために開発された機能ではあるけれど、一度でもボールにおさめられたポケモンなら生体情報を登録して、それをもとに現在位置を推測することができる。

 

 具体的にどうやっているかは、オーキド博士に聞いてみれば話してもらえるけれど、ガウス分布や逆ヤコビ行列といった数学の話が8万字ほどつづくので割愛。

 

 今回のフシギダネのように、長いことボールにおさめられていたポケモンは個体データが豊富なため、このように正確な位置まではじきだせた。

 

 とはいえ、

「……ピカチュウ、ここ、ぼくでものぼれるとおもう?」

 建設中に放棄されたタワーをのぼるのはむずかしい。

 

「……ピカー……」

 

 きみにはむりだよ、とピカチュウが相棒の肩の上でささやく。

 彼は、おとなしいときのレッドがとんでもない運動音痴で、おそろしいくらいのうっかりやで、どれほどたよりにならないか熟知している。

 

「がんばれば、なんとかいけそうな気がしてきた」

 

 ダメみたいですね。

 

 料理が下手なひとのいう「味見していないけれど大丈夫」なみに、素人特有のどこからでてきているのかなぞの自信とあまい見通し。

 

「…………ピカ…………」

 

 こうなるとピカチュウにはどうすることもできない。

 止めようとしても、放っておこうとしても、一瞬たりとも目を離しておけない少女は先へ先へといってしまうから、どうしてもあとにつづくしかない。

 

 ピカチュウがあたまをかかえている間にも、レッドはどこからのぼれるか、あたりをぐるぐる歩きまわっていた。

 

「足場をのぼっていくしか、ないのかな?」

 

 入り口は工事用の資材でうまっており、ひとが通れる隙間もない。

 ピカチュウなら通れそうではあるけれど、ポケモンだけ送りこんでも意味がない。

 

 目的はフシギダネの捕獲だ。

 たおすことじゃない。

 

「……よし、ここからのぼれる」

 

 なんどか足場のパイプがしっかりしているかたしかめて、ぐいっと体をもちあげてのぼっていく。

 不器用なりにがんばってつかみかかり、しっかりと足をパイプにかけ、ひといきに次の段へとかかる。

 

「ねえピカチュウ、このあたりはむかし、くさタイプのポケモンがたくさんいたんだよ」

 

「ピカー?」

 

「うん。まだきみが生まれる前の話だから」

 

 このタワーの工事がはじまった時のことは、ものごころがついたころのレッドもよく覚えている。

 カントー地方のあちこちが建設予定地になのりでて、各地で我こそはとアピール合戦がくりひろげられた。

 

 どの街や村もその土地の特色や名産品、具体的にどんな場所が適しているかを売りこんだ。

 

 連日連夜、あらゆるメディアが宣伝を流していた。

 

「たのしかったけどね。ぼくがいる世界のことを、カントー地方のことを知ることができた」

 

 ゲームやアニメでは分からなかった、たくさんのことを画面のむこうでみて、ひとつひとつ自分が生きている世界の実感をつみかさねていった。

 

 タマムシデパート屋上のフルーツパーラーだとか、シオンタウンの西にある水上の神社だとか、クチバシティの大きな漁港と新鮮な海産物。

 

「あのときにつくった観光ノート、まだ家にあるかなぁ」

 

 ルーズリーフのリングノートを何冊も買いこんで、土地やジャンル別に付箋でわけてつぎつぎと書きこんでいった。

 

 小学校に通ってもいないこどもだから、それっぽく幼いことばづかいで書くのはなかなかむずかしく、最終的にキーワードだけをメモすることで妥協した。

 

 ほんとうなら思ったことや気になったことまでしっかり書きとめておきたかったけれど。

 

「けっきょく、なんでマサラタウンにバトルタワーが作られることになったか、ぼくにはよく分からないんだけどさ」

 

 カントー地方ポケモンリーグのチャンピオンは代々マサラタウンの出身で、この地方のトレーナー育成におおきな功績のあるオーキド博士がいることからマサラタウンが選ばれたが、それをレッドは知らない。

 

 建設予定地の発表にグレン島の噴火がちょうどかさなって、どういう理由でえらばれたかの報道をみすごしていたようだ。

 

「さいしょは楽しかったよ」

 

 マサラタウンにも活気が戻って、日々に張り合いがうまれた。

 いつかはあそこで腕を試すことを夢見てトレーナーとしての知識を仕入れていたし、目標となるものがいつもみえる場所にあるのはとてもいいモチベーションになる。

 

「気づいたら、いやな話ばかりになっちゃった」

 

 途中からは建設に関係する問題がたくさんとりざたされて、いつしかニュースを見聞きするのは億劫になってしまった。

 

 計画中止でレッドのお父さんも損をしたとかで、お母さんのポケモンバトルきらいもより深まったが、レッドは父親がなにをしているかよく知らない。

 

「よいしょ、っと……」

 

 なかほどまでのぼってタワーの内部に入れば、真上の太陽に照らされたマサラタウン一帯が目に入る。

 

 遠目にも、ひなたぼっこするポッポやナゾノクサ、コラッタの一団がみえた。

 春先の陽気とタワーをぬける風がほおをなで、やわらかな清々しさに心が洗われる。

 

「むかしね、このあたりはフシギダネやフシギソウ、フシギバナがたくさんいたんだ」

 

 バトルタワーの建設予定地だった場所は、山中といってもひらけた丘といえる土地で、日向の陽気に照らされたフシギバナたちが花粉をとばしていた。

 

 赤色と桃色のあいだな花粉の色はあざやかで、スギのようにアレルギーにもならないから、この時期のマサラタウンは幻想的な景色になった。

 

 フシギダネはマサラタウンの近くで捕獲できることと、親しみやすいポケモンということで、この土地から旅立つトレーナーの手持ちとしてポピュラーなポケモンだ。

 

 この時期はフシギダネたちの大移動でトキワシティが渋滞するのが風物詩で、観光客などが見物にくることも珍しくなかったし、レッドもなんどか近くでたのしんだことがある。

 

「……このタワーをたてるために丘を潰して、もう見れなくなっちゃったけど」

 

 しばらくはこの周囲にフシギバナたちが集まっていたけれど、年々その個体数も減少していって、いまはトキワのもりの奥に潜んでいるらしい。

 だいじな丘が消えたこと、タワーで日照がさえぎられたこと、他のポケモンと縄張り争いになってしまうことが、トキワのもりにうつっていった理由。

 

 レッドはなつかしいと同時に、胸のどこかがさみしさで痛むのを覚える。

 きれいなだけじゃない、ポケモンの世界のこころをちくりと刺してくる一面。

 

(でも、目は背けたらいけないよね)

 

 この世界で生きると決めて、今も生きて、これからも生きていく。

 だから、こういうところもきちんと見ていかないと。

 

「いこうピカチュウ。まだ半分しかのぼってない」

 

 んー、とレッドが背伸びして体をほぐす。

 なれない登攀にちいさな体が強張って、いまも筋肉疲労で全身がおもたい。

 

 今度はタワーの内部からのぼっていくことになる。

 足場より動きやすいとはいえ、そこかしこに穴があいて危険だし、帰りはまた足場をくだっていく必要があった。

 

 ここからの行きも帰りもかなり厳しいだろうけれど、ここであきらめるレッドではなかった。

 

 わずかに匂ってきた甘い香りに足を止めたレッドの背後で、ガスじょうポケモンのゴースがゆっくりとガスをコンクリートの隙間からこぼし、廃墟の暗闇に顕れる。

 




 ▼ ゴース ガスじょうポケモン No.092

   古くなって誰も住まなくなった建物に発生するらしい。
   ガスでできた薄い体は、どんな大きさの相手も包みこみ、息の根を止める。


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「フシギダネって ふしぎだね?」 Part.3

 屋上まであと一階というところで、レッドが足を止めた。

 

「んー?」

 

 レッドがこくりと小首をかしげる。

 あまい香りが鼻先をかすめて消えていった。

 

「ピカー?」

 

 ピカチュウも鼻をくんくんと鳴らしてこのおかしな匂いのもとをたどろうとする。

 花やお菓子のような、あまくてうっとりするような香りとはちがう。

 化学薬品的な、鼻の奥にのこってそのうち気分が悪くなってくるような、いやな匂い。

 

 怪談でよく耳にする、ガスじょうポケモン、ゴースの匂い。

 

 

「しまった━━!」

 

 レッドが飛びのきながら背後をみれば、すでにゴースはガスをあたりに充満させて、臨戦態勢。

 

「shyaaaaaaaaaa」

 

 ゴースはおぼろげな本体に笑みをうかべ、気体にとけた体をゆらめかせながら近づき、不意をうったゴースが先手をとる。

 

 〝あやしいひかり〟

 

 いく筋もの光球が念力でピカチュウの視界にうつしだされ、幻惑な幾何学模様を描いてまどわせる。

 

「ピ、ピカチュ……?」

 

 ぐるりと目をまわしたピカチュウがたたらをふみ、ころびかけた。

 〝こんらん〟状態。

 この状態ではときおり意味不明な行動をとったり、なにをおもったのか自分をこうげきしてしまうことがある、やっかいな状態異常。

 

「きのみも、なんでもなおしも持ってないときに……っ」

 

 他にもポケモンを交代させることで〝こんらん〟から回復できるけれど、あいにく、レッドの手持ちはピカチュウ1匹だけ。

 

 なおす手立てはなく、時間経過による自然回復をまたなければならない。

 

 こうかつ。

 そういわざるを得ない先手。

 

 直接的なこうげき力はない補助技だけれど、うまく決めれば完封できるかもしれない。

 

「ピカチュウ、〝でんきショック〟!」

 

 けれども、相手はゴース。

 

 ダメージレースになってもピカチュウの能力と、ゴースの技とタイプ相性なら、運に任せるところがあっても押しきれるかもしれない。

 

「ピ、ピカ……ピカチュウ」

 

 ピカチュウは わけもわからず 自分をこうげきした。

 

 ぽかりと硬い尾で自分の頭を打ちすえて、ちどり足になったところでコンクリートの破片を踏んでしまい、転倒。

 

「んんん……っ゛」

 

 運悪く、さっそくびんぼうくじを引いてしまった。

 ぶんぶんと頭を振ったピカチュウがすぐに立ちあがるも、〝こんらん〟状態から脱するにはまだ時間がかかりそう。

 ピカチュウは悪くないし、運次第でこうなることは予想済み。

 

 とはいえ、自分の手番でダメージを与えられなかったし、状態異常でダメージを受けてしまったから、こうして一手つぶれてたのはとても手痛い。

 

 そして、手番がゴースにうつった。

 

「shyaaaaaaaa!!!!」

 

 ゴースがガス状の体を広げて極限までうすめると、姿を消すように暗闇に溶けこんだ。

 どこに隠れているのかと警戒するピカチュウの背後で実体化して、〝おどろかす〟。

 

「~~~~~~~~っっっ!!!!」

 

 背中をゴーストタイプの冷たい舌でなめられたピカチュウが、ぞわぞわと全身をふるわせて飛びのく。

 

 振りむきざまに硬い尾をふってゴースを叩こうとするが、ガス状のゴースの体をすりぬけてしまった。

 

「物理技がきかないなら……〝でんきショック〟!」

 

 でんきタイプの特殊技。

 これならゴースの本体にもとおるはず。

 

「ピカ……チュウッ!」

 

 ピカチュウがほおからほとばしる電気をゴースにむけ、電撃を放つ。

 目もくらむほどの大光量をうむ雷電が宙をなめ、空気を電気でこがす独特な匂いがレッドの鼻腔をくすぐる間に、〝でんきショック〟がゴースに届く。

 

 けれども、

「shyaaaaaaaaa」

 ほとんどダメージを負っていない。

 

「なんで!?」

 

 ガス絶縁体、というものがある。

 これは高電圧の危険な電線をケースでおおいつつみ、さらにケースの中へ絶縁耐力のつよい窒素などのガスを充満させるものだ。

 

 バトルタワーは派手な演出をするために大量の電力を必要とする予定で、その電力を供給するための電線にガス絶縁体がもちいられていた。

 

 このゴースはそれをたべて自分のガス状の体をつくり、ある程度のでんきタイプへの耐性までみにつけている。

 

 だけれどそれをレッドが知るよしはない。

 エスパータイプの念力で幻覚をみせられているのかも、とすら疑いはじめるほど。

 

 ピカチュウの覚えている技は、ノーマルタイプとでんきタイプだけ。

 ゴーストタイプにノーマルタイプは無効で、この特殊なゴースにでんきタイプが効きづらいとなれば、有効打はない。

 

(ゴースのペースに引きずりこまれてる。このままじゃ……)

 

 いやな予感がレッドの脳裏をよぎり、背中に冷たいものを覚えた。

 すでにダメージレースでおおきく遅れをとって、このままでは危ない。

 それに相手のゴースはまだどんな手札をもっているかも分からないのだ。

 

「おいでピカチュウ!」

 

 にげる。

 わき目もふらず走るレッドの肩に、〝こんらん〟でふらつくピカチュウが飛びのり、脱兎のごとく逃げ出した。

 

 勝ち目がないとなれば、にげる選択肢はとても有効であり、またそうすべきと推奨されもする。

 手持ちポケモンが〝こんらん〟したまま無理にたたかい続けるよりも、ひとまずこの場を引き、落ち着いて対策を練った方がいい。

 

 それにここはゴースにテリトリーで、対するレッドはなんの情報のないまま奇襲を受け、後手後手にまわっていた。

 

 仕切り直し。

 

 にげるレッドとピカチュウの背中をゴースが追う。

 

「shaaaaaaaa」

 

 ゴースはガスの体を極限までうすめてピカチュウの視界から姿を消し、ふたたび技の前準備にはいった。

 

「ピカ!」

 

 ピカチュウがぺしぺしとレッドの赤い帽子をはたき、注意をうながす。

 気を抜けば頭の中が真っ白になってわけもわからなくなりそうだけれど、ばらばらに千切れそうな意識を集中させてびりびりとほおに電気をたくわえ、いつでも技を繰り出せるようにして警戒する。

 

 コンクリートに溶けこんだゴースが、どこから来るかわからない。

 〝おどろかす〟なら背後から足元、天井。

 正面以外のどこからでも来る可能性がある。

 

「どこから、来るかな……」

 

 レッドが階段の踊り場までにげると、壁を背にして、階段の上からでも下からでも迎え撃てるようにした。

 

 エスパータイプの幻覚なら上から来てもおかしくなく、下から来ても問題なくピカチュウが技を繰り出せるから。

 

 相手が普通のポケモンなら、これが正解だっただろう。

 

 けれども相手はゴーストタイプで、レッドはバトルしたことがなく、まったく情報を持たないタイプ。

 それも進化すれば幽霊(ゴースト)の名を冠するほどまでに霊的実体がつよく、物理技の効き目が悪いほど物理的実体があいまいなポケモン。

 

 だからこそゴースは、彼女が知らない致命的なまでに強力な手札を持っている。

 このポケモンは幽霊だ。

 そう。

 ゴースは壁をすり抜ける。

 

「えっ」

 

 レッドの肩をゴースがたたき、振りむいた彼女の眼前には、コンクリートの壁からにじみでるゴースのにやけ面があった。

 

「ピカチュ━━!」

 

 完全に不意打ちされたピカチュウの反応も、あっけにとられたレッドの思考もおくれをとり、再度ゴースがイニシアチブをにぎった。

 

 〝おどろかす〟

 

 ガス状の霊的実体をかきあつめてにぎりしめた拳でピカチュウのちいさな体をとらえ、でんきねずみポケモンを彼の相棒の肩からたたき落とす。

 

「ピカッ」

 

 そのままごろごろと階段を転げ落て受け身をとり、電気を放ってゴースを狙おうとするけれど、ゴースは相棒のレッドで隠れている。

 

「ピカチュウ、ぼくごとやれ!」

 

 〝でんきショック〟

 

 一瞬だけとまどいをみせたピカチュウも、相棒のことばを信じて、雷撃。

 

「~~~~~~~~っっっ」

 

 赤いジャケットがこげるほどの電圧。

 レッドごと彼女を掴んだゴースをしびれさせた。

 あまり効いてはいないけれど、トレーナーを人質にとったのに予想外のこうげきを受け、たまらずゴースがレッドの肩を離す。

 

「戻れ!」

 

 そのすきにレッドが走りだし、ピカチュウをボールに戻した。

 

 階段を駆けのぼる。

 

 ここはまず退いて再チャレンジすべきだろうと判断するけれど、下に行っても逃げるには足場を飛び降りる必要があるから、まずは上に行ってだれかと連絡をとらないと。

 

 15段をひといきにのぼりきれば、蒼穹とマサラの景色が広がっている。

 

「……あれ?」

 

 ばっと振り返って立ち向かおうとしたレッドの視線の先には、屋上にある階段室の出口(ペントハウス)から出てこれないゴースの姿がみえた。

 ゴースは屋上に出ようとするけれど、日光をあびるとそそくさと暗闇へ逃げこみ、ときおりガスの体を出してみてはすぐに引っこめる。

 

「陽の光に弱い、のかな……?」

 

 ゴーストタイプの宿命でもあった。

 ゲンガーのようにさらに強力なゴーストタイプや、トレーナーの手持ちであれば太陽の下でも活動できたろうけれど、野生のゴースにはむずかしい。

 

(ピカチュウを回復させて……あと、今のうちに助けを呼んでおこう)

 

「きずぐすり、きずぐすり……あれ」

 

 レッドが腰のウェストバッグをあさろうとして、気づく。

 バッグがない。

 

 9歳の時にお母さんに買ってもらった、ウェストバッグが。

 

「もしかして」

 

 ゴースに肩をつかまれた時か、それともピカチュウの〝でんきショック〟が原因かはわからないけれど、腰のウェストバッグを下の階に置いてきてしまった。

 

 きずぐすりも、モンスターボールも、すべてそこに入っている。

 

 あとは腰のベルトのピカチュウが入ったボールと、ジャケットの内ポケットのスマホロトムしか持っていない。

 ピカチュウは手負いでたたかえるかあやしく、スマホロトムはそもそもバトルできないのだ。

 

 絶対絶命のピンチ。

 

 スマホロトムで助けは呼べるけど、ゴースが無理して屋上に出てきたら、どうしようもない。

 

「ど、どどどどど、どうしよう」

 

 頭をかかえたレッドの後ろ、屋上の縁でポケモンが身じろぎする気配がした。

 

 振り返れば、デフォルメされた愛らしいカエルの体で背中に植物のタネを背負った、緑色の草ポケモンがいる。

 

「ダネ」

 

 フシギダネが、ひなたぼっこを邪魔した乱入者を前に、ぴしゃりとつるのムチでコンクリートを打ち鳴らした。

 

 




▼ フシギダネ #001

  せいかく:さみしがり。


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「フシギダネって ふしぎだね?」 Part.4

 

「……フッシー……」

 

 旅にでたい、とフシギダネはおもった。

 お気に入りの丘はよくわからない機械でおおきな塔をつくるためにつぶされて、仲間たちはトキワのもりの奥深くに消えていき、塔をつくった人間たちや手伝いのポケモンたちも、気がつくとただのひとりもいなくなった。

 

 いまは屋上でひなたぼっこをしても、一緒にあざやかな花粉を飛ばして景色を彩らせる仲間たちもいないし、いたずらしてくるコラッタやポッポもどこにもいない。

 

「……ダネ……」

 

 ここが草原ならば根を張って老いていくのもよかったかもしれない。

 1匹でのんびりと野原に座りこみ陽光に瞳を細める。

 わるくない生き方だ。

 

 けれど、

「フッシー」

 だれもいないおおきな粘土のようなものでつくられた塔(バトルタワー)で、張れもしない根をのばすのは性にあわない。

 

 〝はっぱカッター〟で暇をつぶそうにも、この塔のてっぺんに的あてで狙えるようなものはなければ、下までつるをつかって降りていくのもひと苦労。

 かといって固まった粘土のようなもの(コンクリート)でじっとしているのも、すごく退屈する。

 

 むかし、渡りのピジョットや風に運ばれてきたワタッコに、とおい土地の話を聞いたことがあった。

 

 陽気がまぶしい常夏の島々、山頂から火を噴く山、想像もできないほどおおきな街。

 

 いつか見てみたい。

 この〝マサラのむら〟と森しかみえない塔の外へでて、旅をしてみたかった。

 

「ダネダネ」

 

 けれどもフシギダネの生態に「たびをする」というものはない。

 ポケモンの生息地がほとんど決まっているように、生息地をはなれて旅をする種族はすくなく、この場所から去っていったフシギバナたちも、このようによほどのことがなければ生息地をはなれることはなかっただろう。

 

 一匹だけでは〝ひんし〟状態になればたすかる手だてはないから、そうなればトレーナーの手持ちになるくらいしか選択肢もないのだ。

 

「フシャー」

 

 だけどもこんなところにまでくるトレーナーなんていないし、〝マサラのむら〟までおりていっても、エサをもらえるだけで捕まえてはくれなかった。

 

 すこし前、といってもフシギバナの長老のいう「すこし前」だから、春を20回ほどさかのぼったころは、フシギダネはもっと旅にでやすかったらしい。

 

 毎年フシギダネやフシギソウがこの丘にあつまってくると、どこからか不思議な白い服をきた老人がやってきて、今年からポケモントレーナーになるこどもの相棒にしたいと誘い、何匹かのフシギダネを説得してつれていったそうだ。

 

「ダネエ」

 

 〝セキエイのやま〟で修行にはげむ仲間や、〝カロスのまてんろう〟で工事手伝いをやる仲間、〝ミアレのみやこ〟で花屋の用心棒をやる仲間。

 

 1番道路出身のピジョットがいろんな仲間の近況をとどけてくれた。

 丘の仲間たちで若いものたちはかれらのうわさ話ばかりを気にかけて、いつかは自分もと夢をふくらませたものだった。

 

「……フッシー」

 

 旅にでたい、とフシギダネはおもった。

 急なおもいつきではなく、ずっと胸にひめてきた、ひそかな夢。

 

 いつかは、と思う。

 いつになるかはわからないけれど、いつかはかなえたい。

 

 そんな淡い夢。

 

 フシギダネのうしろ、屋上の階段の出口(ペントハウス)から物音がした。

 

「おお、ほんとうにフシギダネがのこっておったとはのう」

 

 優しくあたたかい老人の声が、フシギダネの耳朶をうつ。

 聞いているとおちついて眠たくなってきそうな、とてもおだやかな声色だった。

 

「フッシー?」

 

 ぴしゃり、とフシギダネが〝つるのムチ〟でコンクリートをうち、威嚇しながらためつすがめつ老人を眺める。

 彼の特徴は、むかしフシギバナの長老に聞いた「不思議な白い服をきた老人」とよくにていた。

 

「そこのきみ」

 

 老人は威嚇するフシギダネのふところに一瞬でもぐりこみ、たやすく抱きあげてしまう。

 

「ダネ!?」

 

 あまりのすばやさにフシギダネは〝つるのムチ〟で払うことも〝はっぱカッター〟でおどかすこともできなかった。

 フシギダネはまるで赤子のように抱きあげられてどうすることもできず、あわあわと前足と後ろ脚を空中でばたつかせている。

 

 老人はこどももかくやのきらきらと輝く瞳で興味津々にフシギダネを見つめ、じっくりと観察している。

 あふれんばかりの旺盛な好奇心が、いまにも爆発しそう。

 

「マサラタウンのトレーナーと、旅をしてみないかね?」

 

 淡い夢が叶うときがきた。

 ずっと胸に秘めてだれにも話したことのない夢が。

 もう無理なものだとあきらめて、なんどもなんどもため息をこぼしてきた夢を。

 

 けれどもそれは2年がたっても叶うことなく、裏切られたと感じたフシギダネは、研究所から脱走することとなる。

 

 

 

◆ バトルタワー けんせつよていち ◆

 

 

 

「フッシー!」

 

 フシギダネが〝つるのムチ〟でコンクリートをうち、レッドを威嚇する。

 ひとなつっこい種族ではあるけれど、彼は一度人間に裏切られたと思っているから、今は狂暴なポケモンと変わりない。

 

 レッドが近づこうとするものなら、すぐにこうげきしてくるだろう。

 今でさえ、ちいさな八重歯をむきだしにしてうなっているのだ。

 

「ゴースと、フシギダネ……」

 

 レッドは前をフシギダネに、後ろをゴースに囲まれている。

 ピカチュウ以外にほとんど手持ちはなく、二匹ともこの少女に敵意をもっていた。

 

 大ピンチ。

 

 フシギダネはかつて人に捕獲されたポケモンだけれど、こうして脱走するほど気性が荒くなっていた。

 でも、まだやれることがある。

 

「きみが、オーキド研究所のフシギダネ」

 

 レッドがやさしく話しかける。

 何年も前に、オーキド博士がこのフシギダネへしたように。

 

「フシャーッ!」

 

 フシギダネが〝つるのムチ〟で威嚇する。

 しなやかなムチは鋭い音をたててコンクリートの破片を飛ばすほど。

 

 これでひとの体をたたかれたら、骨の一本二本は折れてしまいそう。

 

「待たせてごめん」

 

 それでも気にせず、レッドがフシギダネに近づく。

 ここまでやってくる間に、彼にどんなことばをかけようかと考えていた。

 

「ダネ……!」

 

 フシギダネの〝はっぱカッター〟の鋭い刃がレッドのほおをなでる。

 日の出よりも赤い血が帯のようにながれた。

 あついものがほおをながれていく感触に、少女がこぶしをにぎりしめた。

 

「ほんとうは、ずっと前に君を迎えているはずだったんだ」

 

 けれど、ダメだった。

 幼いこどもにはどうしようもない理由と、親としてまっとうな理由が重なって、フシギダネと旅にでることはできなかった。

 

 後悔と罪悪感にさいなまれて胸が張り裂けそうになりながら、レッドが歩をすすめる。

 背筋をのばして、一歩一歩。

 

「フッシー!」

 

 まだ近づいてくるレッドに八重歯をむきだしにして脅すけれど、彼女はまだとまらない。

 

「やっと夢が叶うはずだったのに、ぼくが裏切ったんだ」

 

 だれかが悪いわけでもなければ、悪意があって今の状況になったわけでもないけれど、オーキド研究所でフシギダネの詳しい話を聞いてから、ひと言でも謝りたかった。

 

 ほおをながれる赤い血が黒いインナーをぬらす。

 

「ダ、ダネ……」

 

 適当に追い払おうとしたのに、この人間はどんどん押しよせてきて、フシギダネはたじろいだ。

 やっと諦めがついて、忘れようとしていた夢を、この人間は思い出させてくる。

 

 また夢をみてもいいのだと、そう思わせてきた。

 

「トレーナーが、ぼくでよかったら」

 

 んぐ、と思わず喉がつまってしまいながら、声を震わせる。

 断られたらどうしよう。そう考えるだけでレッドは泣きそうになる。

 ただでさえ配信かバトルしていない時は臆病な小心者だというのに、なけなしの勇気をふりしぼった。

 この世界に生まれてからずっと、いつかはと夢見た旅の第一歩が、フシギダネが、目の前にいる。

 

「……!」

 

 そのフシギダネはといえば、彼も瞳に涙をたたえていた。

 オーキド博士に聞いていた女の子が目の前にいるのだ。

 この子と旅にでるのじゃぞと教わっていた女の子が、待たせてしまったことを謝りながら、また夢をみようと誘っている。

 これ以上この子にしゃべらせてはいけない、とフシギダネが泣きそうなほどぐちゃぐちゃになった頭で考えた。

 

「一緒に、旅をしよう!」

 

 レッドが小柄な身と喉をふるわせ、こぶしを握り締めて叫ぶ。

 ちいさな体で、おおきな夢を。

 涙声で叫んだことばがひびき、フシギダネの耳朶と心を打った。

 

 フシギダネが〝はっぱカッター〟を放つ。

 山なりの曲線を描いた鋭い刃がレッドの首にかかった。

 

 さくりと薄皮をそいだ刃はレッドの背後へ飛んでいき、

「shaaaaaaaaa!!!!!!!」

 うしろからトレーナーを狙っていたゴースのガスの体をちらした。

 

 無理にひなたへでて消耗したゴースは〝はっぱカッター〟で気体をまきちらかされ、たまらず屋上にある階段室の出口(ペントハウス)の日影にもどっていく。

 

「フシギダネ……?」

 

 レッドが肩越しに逃げ去るゴースをみてから、フシギダネにむきなおる。

 そこには、自分に負けず劣らず涙目のちいさなくさポケモンがいた。

 

 自分が母親に「旅にでたい」と叫んだ時とおなじくらい、ほとんど泣いてちいさな体をふるふると震わせ、けれども精いっぱいの勇気をふりしぼっている。

 

「フッシー」

 

 フシギダネはつるをのばし、レッドに差し出す。

 おそるおそるといった様子で、彼女を信じたいけれど、はねのけられることを恐れている。

 

 だから。

 

「行こう、フシギダネ」

 

 しっかりと握手した。

 

 本人(と本ポケモン)たちは力強くにぎっているつもりでも、ふたりとも泣きそうになっているからほとんど力は入っておらず、くさポケモンのつると人間の手だからうまく握手できてもいない。

 

 けれども、本人(と本ポケモン)たちはそれで十分だった。

 たがいに一度は夢をあきらめ、そしてふたたび歩みだそうとしているものたち。

 

 もうことばはいらない。

 目をみて、手をにぎって、それで十分。

 

「やれるね?」

 

「ダネ!」

 

 なにもモンスターボールで捕まえなければいけない理由はない。

 古代神代のトレーナーたちは、モンスターボールもなくポケモンと暮らしていたのだ。

 レッドとフシギダネは、すでにトレーナーと手持ちポケモンといって問題ないだろう。

 

(〝はっぱカッター〟と〝つるのムチ〟はみた。まだレベルが低いし、ほかにつかえる技はないかも)

 

 トレーナーとしての本能から、無意識のうちにレッドが手札をかんがえる。

 おそらく〝やどりぎのタネ〟もおぼえているだろうけれど、耐久にすぐれたポケモンや交代できる状況ならともかく、フシギダネの一手をつぶすほどの技ではない。

 

 スマホロトムの図鑑機能をつかっても、フシギダネはゴースに対してほかにつかえそうな技をおぼえていなかった。

 

「こっちがちょっと有利、かな」

 

 ピカチュウのこうげきでゴースのヒットポイントはけずれているはずだけれど、フシギダネがどこまでやれるかもわからないから、まだまだ油断できない。

 

「shaaaa……」

 

「フッシー……!」

 

 ゴースはペントハウスの日影から牙をむきだしにして、どうやってこの即席コンビをなぶってやろうか舌なめずり。

 フシギダネはざわざわと背中のタネとムチをざわめかせ、レッドの指示があればすぐにでも技を繰り出せるようにしている。

 

 夢にまでみた、トレーナーの指示をうけてのバトル。

 このフシギダネが高揚しない理由がない。

 

「sha!」

 

 先手をゴースがとった。

 〝ふいうち〟

 目にみえないほど薄めていたガスをかきあつめ、にぎりこぶしの形にして、フシギダネのあごを打ちあげる。

 

「ダ、ダネ……!?」

 

 あごへの衝撃で脳裏に星をちらしたフシギダネが頭をふって正気をとりもどす。

 

 どこまでやれるか分からない状況で、先手をとられたのは痛い。

 けれど、まだ巻き返せないわけでもなかった。

 

「〝はっぱカッター〟!」

 

 レッドがペントハウスを指さし、フシギダネに指示。

 指し示されたままに鋭い草の刃をとばし、コンクリートを斬りさく。

 

 いくつものブロックに切り分けられたペントハウスはたやすく崩れおち、ゴースの本体を押しつぶそうとする。

 

「shaaaaaaaaaaaaaaa!?!?!?」

 

 落ちてきたひとつのブロックになぐりつけられたゴースは悲鳴をあげて、太陽のしたにとびだして難をのがれ、じりじりと照りつける陽光に顔をしかめながら、フシギダネとそのトレーナーを狙おうとする。

 

「〝つるのムチ〟!」

 

 日光に目がなれず瞳を細めるゴースがたじろいでいるうちに、たたみかける。

 細くともしなやかで長いムチがはためき、ゴースの本体を叩き落とそうとした。

 

 けれど、

「shaッ」

 ゴースは危険を察知してガスの体をうすめて姿を消す。

 

「……っ」

 

 ゴースが消えて、びくりとレッドがたじろぐ。

 これで背後から襲われてから10分とたっておらず、生々しい恐怖が背筋をなめあげる。

 

 これで3回目だ。

 ここまで多用するということはよほど自信があるのだろう。

 そして、どれだけ有効であるかは、レッドとピカチュウがその身をもっておもいしっていた。

 

「フシギダネ、ぼくにむけて〝はっぱカッター〟だ」

 

 だけれど、これで3回目だ。

 そこまでされれば、次にどうでてくるかわかる。

 

「フシャ……!?」

 

 けれどもフシギダネはどういうわけか納得がいかない。

 自分を狙えという指示を聞けるほどの信頼関係を、まだつくれていないのだ。

 

「信じて」

 

 だから、しっかりとフシギダネの目をレッドが見つめ、怖くてにぎったこぶしを震わせながら、優しく言い聞かせた。

 

「──フッシー!」

 

 フシギダネの〝はっぱカッター〟が飛ぶ。

 ついさっき彼が斬りさいたレッドの首とほおの傷からはまだ鮮血がだくだくと流れていた。

 

「────ッ」

 

 刃が首にとどく寸前に、レッドがすばやく横にとびのく。

 

 レッドを狙っていた草の刃は虚空を切り、

「shaaaaaaaaaaa!?!?!?」

 ガスをあつめて本体をあらわにしたゴースを切り刻む。

 

 背後から〝おどろかす〟でレッドを仕留めようとしたゴースの思惑はトレーナーに見透かされ、罠にはめようとして策に溺れた。

 

「フシ、ギダネ、〝つるのムチ〟」

 

 受け身をとれずしたたかに体をうったレッドが、喉をつっかえさせながら命じた。

 

「ダネッ!」

 

 〝つるのムチ〟が宙をなめるようにひるがえり、よくしなったムチがゴースの本体をとらえる。

 

「shaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!」

 

 なにかが砕けるような音を響かせ、あまりの衝撃に目を回したゴースがコンクリートの床を何度かはねて屋上から落ちていった。

 

 これであのゴースも、しばらくは過激ないたずらをつつしむことだろう。

 ゴースがおとなしくなれば、このバトルタワーの廃墟ものどかなロケーションになるかも。

 

「はぁ……」

 

 はりつめた緊張がとけたレッドが、ぺたんと女の子座り。

 あほ毛もこころなしか垂れ下がっており、とても疲れた様子。

 肩はずっしりとおもく、全身から力がぬけた。

 

 赤いジャケットや黒いインナーもぼろぼろで、真っ赤な帽子もピカチュウの電撃ですこし焦げている。

 

 空をあおげばうっすらと夕焼けの気配が山のむこうにみえ、郷愁が胸の奥に忍びよる。

 

「フッシー」

 

 そんなレッドの肩に、フシギダネがつるでそっとふれた。

 なにかを欲しがって、物欲しそうにレッドをみあげている。

 

「……ぼくと、仲間になってくれますか?」

 

 レッドが赤いジャケットのうちポケットから、予備のモンスターボールをとりだした。

 ウェストバッグにいれておいた10個のモンスターボール(とおまけのプレミアボールが1個)とは別にもっていたもの。

 

 フシギダネのヒットポイントはまだまだ余裕があって、あまり弱っていない(HPバーはグリーン)

 

 普通にポケモンをつかまえるなら、バトルでもっと弱らせて、動けなくなったところにボールを投げるのが一般的なセオリー。

 

 しかし、ポケモンをつかまえる方法はそれだけじゃない。

 

 レッドがモンスターボールを差し出す。

 

「フシャー」

 

 フシギダネがこくりとうなずいた。

 短い前足をもちあげて、モンスターボールのスイッチを押す。

 

 ボールに吸い込まれたフシギダネはあばれることもなく、かち、かち、とモンスターボールは音を立てるけれど、普通にポケモンをバトルでつかまえる時とちがって、中のポケモンが抵抗していることを示すボールの回転はなかった。

 

 ボールが完全に密閉された硬質な音がひびく。

 

 捕獲、成功。

 

 はじめて少女が自分でポケモンをつかまえた。

 ほんとうならだれかの手で捕獲され、手渡されるはずだったポケモンを、自分の手で。

 

 初勝利を刻んだバトルとおなじくらい、なにものにも代えがたい貴重な経験。

 

「これから、よろしくね」

 

 レッドが持ち上げたボールの中をのぞきこめば、フシギダネが鳴声を発して答えた。

 




 フシギダネ捕獲編はここまでとなります。
 お読みいただきありがとうございました。

 TSレッドを読み返していたら、日間ランキング一位にのったお礼を忘れていたことに気づきました。
 これもひとえに、皆様にご支援とお力添えいただきましたおかげです。

 評価・お気に入り登録していただくことはなににもまして作者の励みとなります。

 次回はニビジム編の予定となっております。

 それでは、よろしくお願いいたします。


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「少女と石とロケットと」 Part.1

 

◆ ニビかがくはくぶつかん ◆

 

◆ うちゅうとかせき みらいとかこをしるすばしょ ◆

 

 ニビシティというのは妙な街であった。

 ヤマブキシティのように栄えているわけでも、シオンタウンのように特別な役割がなければ、マサラタウンのように風光明媚なわけでもなかった。

 

 しかしこの街は、おおくの発明家や研究者を産み育てた。

 オーキド博士に次ぐカントー地方のポケモン研究家として名高いフジ博士や、グレンタウンのジムリーダー・カツラ博士の出身地である。

 

 それは、このニビシティにある科学博物館におおきな影響力があると考えられている。

 カントー地方でこども時代をすごしたことがあるなら、学校の遠足などで一度はここに足を運んだ記憶があるはず。

 

 入場料はまさかの「50円」という、良心的どころかこんな入場料で運営の足しになるのかあやしいが、その安さからこどもでも気兼ねなく見学できる場所。

 

 月の石から太古の化石までまんべんなくとりそろえた展示物のラインナップは、カントー地方でも随一の充実っぷり。

 

「……ふえー……」

 

「……ピカー……」

 

 今、レッドとピカチュウがみあげているのは、屋内で再現された火山の模型だった。

 模型とはいうけれど、ふもとの森林まで再現されたこの《カントーの火山館》はジムとおなじほどのおおきさがあり、いくつもの棟にわかれたニビ科学博物館でもとくに目を引く展示だ。

 

 目を火山模型の頂上からすそ野の森林におとしてみれば、鉢巻をまいたワンリキーたちが造園作業をしている。

 森の奥の方をのぞいてみればイシツブテやそのトレーナーたちが火山の形を整えていた。

 

「……はえー……」

 

 順路にしたがっていけば、次は《化石館》がある。

 

 甲羅の化石の説明には《カブトプスの化石》とあった。

 巻貝や頭蓋、根っこやコハクなどの化石もあり、カントー地方以外の場所で見つかった化石もおおく展示されているようだ。

 太古から現代まで現存していた化石をもとの形にあわせているから多少不格好ではあるけれど、かつてこのようなポケモンたちが暮らしていたのだと考えると、感慨深いものがある。

 

「でも、これはやりすぎじゃないの?」

 

 そうつぶやくレッドの視線の先には、奇妙な形の化石ポケモンがいた。

 

 でんきタイプの細い上半身と(パッチ)ドラゴンタイプの下半身の化石(ラゴン)

 

 上下逆についたみずタイプの頭、(ウオチ)こおりタイプの胴体の化石(ルドン)

 

 陸上最強と謳いながら水中でし(ウオノ)か呼吸できないポケモンの化石(ラゴン)

 

 こおりタイプの体に無理やり(パッチ)でんきタイプの頭をつけたような化石(ルドン)

 

 どう考えてもそうはならないだろう姿形に、考えなくても分かるほどおかしな説明文がつけられている。

 

「ガラル地方って、すごいとこなんだな……さすがチャンピオンタイム……」

 

「ピカピー?」

 

 それは関係ないと思う、といったピカチュウのつっこみはレッドの耳に届かなかった。

 肩にのっている相棒の声も聞こえないほど、この少女は集中している。

 

 この妙な展示物たちは、ガラル地方の化石ポケモン研究第一人者による監修をうけたとの解説があるけれど、レッドにはどうもうさんくさくて信じられない。

 

 シンオウ地方やイッシュ地方など、他の地方の化石ポケモンたちは、立派な名前の研究所などが監修・協力しているのに、ガラル地方だけなぜか「ウカッツ博士」と、個人名だった。

 

 おそらく解説の人選を間違えているのだろうけれど、ソード・シールドの記憶もおぼろげなレッドは真偽をたしかめる術はない。

 

 今のレッドはどこからどうみても、ひとりで遠出してきた12歳の少女だ。

 歩きながらあちこちを見まわしては、気になるものがあればかじりつくように観察している。

 

「はー……」

 

 瞳をきらめかせ感嘆のため息をこぼし、バトルの時と遜色ない集中力でながめていた。

 

 ちいさなおのぼりさん、という他にない。

 

 学芸員さんも傍目でにこにこ微笑みながらレッドを見守っているし、警備のヘルガーにいたっては、レッドのあまりの和やかさから完全なノーマークであった。

 

「ピカ……」 

 

 うちのレッドがすみません、とでもいうように、ピカチュウが学芸員さんとヘルガーに頭を下げた。

 こんなに無防備では、相棒としても気が気ではないだろう。

 

 きらきら輝くエフェクトさえみえてきそうなほど、レッドは興味津々。

 

 化石館も見終わり、次の棟へ。

 

「宇宙館……!」

 

「ピッカ……!」

 

 このニビ科学博物館の目玉。

 格納庫をモチーフにしたおおきな建物の中には、宇宙に関連する展示ブースがつづく。

 そしてなによりも目を引くのが、天井から吊るされた実物大スペースシャトルの再現モデル。

 

 実物の月の石、シャトルを宇宙まで運ぶロケット推進の解説、宇宙服の展示など、展示ブースはそれぞれ特色のあるディスプレイをところ狭しとならべていた。

 

 うわー、うわー、とレッドはあっちへいってはため息をつき、こっちへいってはため息をついていた。

 レッドはせわしなく見て回っているが、天井に張り付いて監視しているクロバットはちらりと視線を送っただけで、あの少女は問題ないと判断したのか、他の見学者に目をうつす。

 

「ほわー……!」

 

 そんなレッドは今、スペースシャトルのレプリカの足元にいる。

 スペースシャトル、不屈の探検家号(エクスプローラー)

 

 引退当時の姿をまねたレプリカには、たび重なる大気圏突破・突入でつくられた塗装の焦げ跡、おびただしい数の修理の痕跡までもが再現されていた。

 

 アホ毛も子犬の尻尾めいてぶんぶんと左右に振っていた。

 

 ピカチュウも、言葉もなく魅入っている。

 

 そんな時だった。

 

「……?」

 

 レッドは隣にたつ見学者が気になったのだ。

 

「ピ?」

 

 ピカチュウも相棒の様子が変わったことに気づき、そちらに目をむけた。

 

 真っ黒なコートを羽織り、黒い山高帽をかぶって、赤いポケットチーフを華やかなふたつ山折り(ツインピークス)にした男性。

 

 身長140センチのレッドよりも、頭ふたつ分は背が高い大柄な人。

 

 あまりにもおおきな存在感に、レッドの気を引いたのだろう。

 レッドがかじりつくほど魅力的な展示品にかこまれながらも、ひと際カリスマを放っていた。

 

「きみは、トキワのもりのピカチュウだな」

 

 視線に気づいた男性はピカチュウの出身地をひと目であてると、優しく顎の下をなでる。

 

「ピ、ピ、ピ、ピ……チュウ……♪」

 

 突然のことにのがれようとしたでんきねずみポケモンだけれど、よほど気持ちよかったのか、あっという間に抵抗をあきらめて、なでられるままにころころと笑い始めた。

 

「ぼ、ぼくにもここまで甘えてくれないのに……!?」

 

 レッドはそういって驚くけれど、ピカチュウはうかつな彼女のことを相棒にして保護者の目線でみているから、そもそもピカチュウが甘えられる対象としていないのがおおきい。

 

 けれども、ひと言交わしただけなのにここまで無防備な姿をさらすのは、考えにくいことだ。

 

「私もむかしは、あの森を泥だらけになってまで駆けずりまわってな。ピカチュウをつかまえようと躍起になったものだ」

 

 厳つい面立ちをなつかしさにゆるませ、親しみのある微笑みをみせながら、男性がピカチュウの頭を最後にひとなでする。

 

「……ねずみとり少年?」

 

 眉毛のないこのいかめしい人が、幼いころにむしとり少年めいた格好をしている想像をしたレッドが、小首をかしげながらそう告げた。

 

 そんなレッドのほおをピカチュウが硬い尻尾で、ぺちん、とはたく。

 

「ピカ」

 

「ご、ごめんなさい……おじさ」

 

「チュウ」

 

「え、えーと……コートの人?」

 

 おじさん呼ばわりしようとしたレッドをピカチュウが保護者として叱り、なんとか無難な呼び方に着地。

 いくら事実であってもおじさんおばさん呼ばわりはかなり失礼と受け取られてしまうことがあり、レッドはなんのてらいもなくおじさん呼ばわりをしてしまうなど、とても迂闊なところがある。

 

「なに、おじさんでけっこうだ。近ごろは本を読むのもつらくなってきた」

 

 そういうと男性はニビ科学博物館のパンフレットを持ち上げ、紙面を近づけては離し、離しては近づけ、老眼になったかのような仕草をみせる。

 

「えーと、じゃあ……おじさんは、ひとりでなにをしに来たの?」

 

「ピ カ チ ュ ウ」

 

「あう」

 

 さっそく失礼なことをいったレッドのほっぺたを、ピカチュウが前足でぐりぐりと押しこむ。

 

 そんなおかしなコンビにおじさんも微笑みながら肩を震わせて、

「たいしたことはない。仕事でニビシティまで来たついでに、私もこのスペースシャトルをみたくなったのさ」

 こどものように目を輝かせながら、スペースシャトルをみあげた。

 

 シャトルのロマンに魅入られながらも、自信のある人間にしかできない深い喜色の笑みを浮かべている。

 

 これを、カリスマと呼ぶのだろう。

 

 あふれんばかりの自信をみなぎらせながらも、こどものように人懐っこい笑顔をみせていた。

 

「はー……」

 

 現にレッドも感嘆するほど。

 バトル以外でこんな顔をみせるのは、とてもめずらしい。

 

「……まぁ、ほんとうにみたいものはみれなかったのだが」

 

 こういう場面では、人が自分に憧れることになれているものにしかできない、肩をすくめる仕草をみせた男性がちいさくつぶやく。

 

「ほんとうにみたいもの? 展示品はぜんぶあるはずですけど……」

 

 改修などで閉鎖されている棟もなく、外部に貸し出している展示品もないから、ニビ科学博物館で常設展示できるものはすべて表に出ていた。

 

「いや……むかしはここに、ロケットが吊るしてあった」

 

「ロケット?」

 

 レッドが展示ブースの解説文を思い出す。

 スペースシャトルを宇宙に連れていくためのロケット推進のブースターのことを、おじさんはいっているのだろう。

 

「ああ。この複製とは違う、実物のロケットがここにあったのだ」

 

 コートの男は瞳をふせ、まぶたの裏にその姿を思い浮かべていた。

 

「ほんものの、ロケット……」

 

 たしかロケットは使い捨て。

 きっと回収されたものがここに展示されていたのだとレッドが見当をつけた。

 そうなれば、ここに持ち運ばれたころにはぼろぼろだっただろうし、表にはそれほど長くディスプレイされていなかったはず。

 

「短い間だったが、あの姿は私の記憶に刻まれている。いつ思い返しても、胸の奥から力が湧いてくるほどに」

 

 科学とロマンの結晶。

 

 レッドがみた資料映像では、ロケットブースターは見るものに力強い印象を与え、勇壮なまでの迫力でスペースシャトルを飛ばしていた。

 

「夢、ですか?」

 

「夢……そうだな、夢だ。きみにもそういうものがあるだろう?」

 

 そういわれたレッドは、自分の肩にのるピカチュウを見つめた。

 さきほどから彼女を叱ってばかりの相棒は、なにかを催促するように、ぺしんぺしんと尻尾で背中をおす。

 

「……旅をして、みんなでポケモンバトルをして……色んな人を楽しませたい、です」

 

 レッドがそういうと、ピカチュウは自分の相棒を誇るように口の端を持ち上げ、フシギダネはかたかたとボールを震わせ、スマホロトムは赤いジャケットのポケットから顔をのぞかせた。

 

 ちいさな彼女はすこし気恥ずかしそうにしているけれど、夢を追うものにしかできない瞳のきらめきと、自信たっぷりのかがやく笑顔をみせる。

 

「いい目をしている。それに、ポケモンたちもきみに懐いているな」

 

 コートの男は内ポケットに手を伸ばし、なにかをとりだす。

 

「ピカ?」

 

 ピカチュウがそれをよくみれば、おおぶりのロケット・ペンダント。

 エーデルワイスの銀細工がほどこされたアンティークの逸品。

 

「これは……?」

 

 うまく状況を飲みこめないレッドが、おじさんに聞いた。

 

「エーデルワイスの花言葉は『勇気』だ。持っていくといい、きみにこそ必要なものだろうからな」

 

 差しだされたロケット・ペンダントをレッドが受け取ると、博物館の照明でエーデルワイスの意匠がきらめく。

 きっとすごく高いもので、とても貴重なものだろうとは、彼女にも想像がつく。

 

「で、でも……」

 

「気にするな。どうせ倉庫のこやしになっていたのだ、売るなり捨てるなりしてくれてもかまわん」

 

「ぐうっ」

 

 そう言われると弱いのがレッドだった。

 

 年ごろの少女として美しいアクセサリーに興味はあるし、それがタダで手に入るとなればなおさらで、持病のもったいない病までもが刺激されてしまう。

 

「あ、ありがとう、ございます」

 

 おずおずといった様子で受けとり、じっくりとながめる。

 コートのおじさんは倉庫のこやしといっていたけれど、みればみるほど高級品に思えてくる。

 

「さらばだ、()()()()()()()()()()。いつか会える日を楽しみにしているぞ」

 

 レッドがロケット・ペンダントをながめていると、おじさんはそう言い残し、おおきな背中をみせながら去っていく。

 

 ここでこんなイベントに遭遇すると思わなかったレッドは、しばし思考が追いつかない。

 

「……あ、え、えっと、さようならー!」

 

 ようやく出てきた言葉は、ありふれた別れの挨拶だった。

 ちいさな声とはいえ叫んでしまい、ぎろりと監視のクロバットが少女をにらみ、レッドはびくりと震えて怯えてしまう。

 

「ピカー?」

 

 どうして名乗ってもいないのにレッドの名前を知っているんだろう、と腕を組んで考えこんでいたピカチュウだったけれど、考えても答えは出ない。

 

 彼がトキワジムのジムリーダーにしてロケット団の首領、サカキであったことをレッドたちが知るのは、ずっと後の話。

 





 コートのおじさん……いったいだれなんだ……!

 次回は、ファッションが上半身は裸だったりジャケットを着ていたり、肩書がジムリーダーだったりポケモンブリーダーだったりと、色々と安定しないニビジムのジムリーダー戦の予定です。


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「少女と石とロケットと」 Part.2

◆ ニビジム ◆

 

◆ ジムリーダー タケシ つよくてかたい いしのおとこ ◆

 

 ジムに挑戦する方法はさまざまだ。

 ある試練を突破しないと門前払いされるジムもあれば、いつでもだれでもウェルカムOKなジムもあるし、あらかじめ予約しないとジムリーダーに挑戦できないジムだってある。

 

 このニビジムは、予約すればだれでも挑戦できるという、カントー地方ではオーソドックスなジムだった。

 

 だれでもとはいうけれど、悪質なトレーナーは出入り禁止であるし、普通のジムリーダーは多忙で外出もおおいから、有名レストランとおなじくなかなか予約もとれない。

 

 しかしセキエイ・ポケモンリーグの推薦状をはじめとして、しかるべき人からのくちづてがあれば、すこしの便宜をはかってもらうこともできる。

 

 たとえば、オーキド博士の推薦状とか。

 

 といってもいつでも使えるフリーパスというわけではなくて、推薦されたからといって手加減されるはずもなく、ちょっとした気持ち程度の品。

 

「……あんまり混んでなかったけど」

 

 だがニビジムの予約は簡単にとれる。

 19時の予約は、電話ひとつでとれた。

 

 ジムリーダーがバトルをつうじてポケモンを育てることに熱中しているからどんなレベル帯の挑戦者も大歓迎であるし、ニビシティは平和だからポケモンが暴れてジムリーダーが鎮圧に駆り出されることもなく、例外的に留守もすくない。

 

 ニビジムの中は石垣につつまれていた。

 バトルフィールドにはおおきな岩がいくつも配置されており、うまくつかえば盾になりそうだ。

 

「……はー……」

 

 それをみて、レッドはふかい感慨にひたっていた。

 夢にまでみた舞台にたち、念願のジム戦に初挑戦するのだ。

 

 もうすこしだけこの気持ちを味わっていたかったけれど、これからもっと楽しいバトルが待っている。

 

「あ、あの、19時から予約したレッドです」

 

 はやくいきなさいとせっつくピカチュウに従い、レッドが受付に声をかけた。

 

「レッド様ですね。トレーナーカードを提示していただけますか?」

 

「えーと、これでお願いします」

 

 スマホロトムのトレーナー補助アプリを起動して、トレーナーカードをみせる。

 名前・ID・獲得バッジ数などを記録するセキエイ・ポケモンリーグが発行しているカードで、ポケモントレーナーの身分証といってもいいだろう。

 

「獲得バッジ数は0、手持ちはピカチュウとフシギダネ。申告どおりですね」

 

 ポケモンリーグ子飼いのポリゴンZがカードを製造・加工することによって偽造は不可能に近く、見栄を張るために獲得バッジ数をかさましして下駄をはくこともできない。

 

「あの、このジムは配信しても大丈夫ですか?」

 

「配信ですか? 問題ありませんよ」

 

 硬派なジムになると公式戦の配信は一切禁止なところもめずらしくなかった。

 ニビジムはかなりオープンなところであるから、こういうところはだいぶ緩い。

 

「よかった……。ありがとうございます」

 

 受付に会釈をすると、レッドはバトルフィールドまですすむ。

 

 一歩、また一歩とすすむたびに、全身にはりつめた緊張感が心地よい高揚感に塗りかえられていく。

 

(ジム戦だ。人生はじめての)

 

 ゲームのジム戦ではなく、ポケモン世界のリアルなジム戦。

 舞いあがるような戦意が体中をめぐって火照りはじめる。

 自然と背筋がのびて、無意志にこぶしをにぎり、足取りも堂々としたものになっていく。

 

 今日は観客が大勢いた。

 

 土曜の夜7時であるから暇な人物もおおく、ジム戦をひとめみようとおおくの人がニビジムを訪れていた。

 ジム横のフレンドリィショップで買ってきただろうお菓子やドリンクを手に、レッドを品定め。

 

「あの子、どこまで戦えるかな」

 

「バッジを持っていないんだろ? それなら、まぁ、ジムリーダーも手心をくわえてくれるんじゃないか」

 

「でも肩にのせてるのはピカチュウだぜ。相性が悪い」

 

 おもいおもいのコメントをのこしながら、見覚えのないトレーナーのバトルを楽しみにしていた。

 

 レッドがフィールドの端に、挑戦者のスタート位置につく。

 グローブをきちんと手にはめているか、ブーツの紐はゆるんでいないか、ボールをおさめたベルトは固定されているか。

 念のためにチェックして、すべて問題なし。

 

 天井の照明が点灯。

 

 一瞬、目がくらむほどの光量を舞台に投げかけて、レッドが片目をつむる。

 

「よくきたな、新人トレーナー!」

 

 フィールドの向かい側に、だれかが立っている。

 ライトに目がなれていないからよくみえないけれど、レッドはそれがだれかみえなくとも知っていた。

 

「おれはジムリーダーのタケシ、硬い意思のいわタイプ使いだ!」

 

 ざわ、とレッドの心が波打つ。

 テレビのむこうで、マサラタウン生まれの主人公と旅をしていた人が、目の前にいるのだ。

 

「うちのポケモンたちはたくましく我慢強い。それでも立ち向かってくるか!?」

 

 たしか手持ちはイシツブテとイワーク。

 タイプ相性でいえばピカチュウが不利でフシギダネが有利。

 全体的に不利ではあるけれど、フシギダネで倒しきることも可能な範囲。

 

「……ぼくはマサラタウンのレッド。ジムリーダーに挑戦します」

 

 レッドは胸をそらして声を張り、正面からジムリーダーをみすえる。

 弱気はみせない。

 堂々と、自信たっぷりに。

 

「負けるとわかっても勝負に出るか、ポケモントレーナーの性だな!」

 

 これはマイクパフォーマンスだ。

 レッドもそれを分かっている。

 

「ぼくが勝って、グレーバッジもいただきます」

 

 だから、不敵に笑って挑発した。

 負けた時のことを考えると足元がふらつきそうになるけれど、それをおくびにも出さない。

 

「いい心掛けだ。かかってこい、挑戦者!」

 

 ジムリーダーのタケシが勝負をしかけてきた。

 

「やれるね?」

 

 レッドがボールの中のフシギダネと、ジャケットから飛び出てきたスマホロトムに話しかける。

 

「……!」

 

「~♪」

 

 フシギダネはボールをかたかたと震わせて戦意をあらわにし、スマホロトムは配信の準備を終えた。

 あまり興奮しすぎないように深呼吸をして、スイッチを入れる。

 帽子のつばをうしろにまわし、ジャケットの前をあけて、ボールを握る。

 

 

 

 

 

 

「フシギダネ、きみに決めた!」

 

 

 

 

 

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【#ポケバト生放送】今日はニビジムに挑戦!

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 こんばんわー!

 ピカニキの毛並みええや……フシギダネやんけ!

 告知から飛んできました

 Akagi_Team_Galactic

 ¥50,000

 まぁ、ジムバッチもってないならジムリも手持ちは弱いのでくるでしょ

 いわタイプにくさポケモンか

 無言赤スパチャおじさん?!

 生きていたのか!?

 

「おじさんいつもありがとう! おかげで通信プランを家族割から高いのにかえられたよ! あとおこづかいは大事にね!」

 

 挨拶は大事だ。

 とくにスパチャを投げてくれる視聴者と、身内には。

 

 しかもこの無言赤スパチャおじさんは、ふらりとあらわれてはコメントをのこさず、ただ上限金額の5万円だけをなげていく。

 だれか分からないしレッドもはじめは困惑していたけれど、いまはこのチャンネルの名物視聴者として愛されている。

 

「配信者か……だからといって、手は抜かん! いけ、イシツブテ!」

 

「ィィィラッシャイ!」

 

 繰り出されたイシツブテがにぎりこぶしを打ちつけ、硬い石同士がぶつかりあう硬質な音をひびかせる。

 若い個体なのだろう、ごつごつとした体で鼻息をあらくしていた。

 レッドはイシツブテ合戦をしたことがないけれど、うっかり踏みつけてしまってから、イシツブテのげんこつの硬さは身をもって知っている。

 

「フッシー……!」

 

 フシギダネもつるを振るって負けじと士気を高めていた。

 彼がバトルするのはゴースの一戦と、二番道路の腕試しくらい。

 だがレッドとフシギダネがコンビを組むのに不足はない。

 

「バトルスタート!」

 

 審判が高らかに宣言し、ゴングが鳴った。

 

 トレーナーはふたり同時に駆けだし、おのれに有利な場所と間合いをはかる。

 

(このレベル帯のイシツブテは、〝たいあたり〟か〝ころがる〟くらいのはず)

 

 レッドとフシギダネは距離をとり、イシツブテの物理技を警戒。

 離れれば離れただけ〝はっぱカッター〟のリーチの長さが活かされると考えて。

 

「甘い、〝いわおとし〟!」

 

「ィィィィイイイイ!!!!」

 

 フィールドにおかれた岩をイシツブテがつかみ、たくましい両腕に筋肉を浮かびあがらせながらひろいあげ、投擲。

 岩をボールにした剛速球。

 

「〝つるのムチ〟でたたきこわせ!」

 

「フシャー!」

 

 フシギダネがつるをそらして力を溜め、弾けるようにしてムチで岩を迎え撃つ。

 おおきな岩を砕ききることはできないけれど、力強いムチの一打は軌道をそらす。

 

 地面に叩きつけられ勢いをそいだ〝いわおとし〟をフシギダネは避けたけれど、まきあげられたフィールドの砂で即席の煙幕ができあがった。

 

「……どこ!?」

 

 砂ぼこりの煙幕にきえたイシツブテの姿をレッドとフシギダネは見失った。

 できあがったばかりの砂煙はまだまだ色濃く、左右を見まわしても相手の姿はみえない。

 

 けれど、スマホロトムと視聴者たちにはみえていた。

 

 フシギダネちゃんうしろー!

 コメントみてないの?

 バトル中にみるのは失礼だろ ズルになるし

 

「ラッシャイ!」

 

 イシツブテが〝ころがる〟で煙を突き破り、フシギダネめがけて一直線に突進。

 

「ダネッ?!」

 

 猛スピードでぶつかってきたイシツブテの硬い体にフシギダネが打ちあげられ、石垣に衝突。

 〝ころがる〟のダメージはそれほどないが、障害物との接触は手痛い。

 

 フシギダネが立てなおった時には、すでにイシツブテは煙にまぎれていた。

 

「フィールドをうまくつかうことを忘れるな、タイプ相性だけがバトルのすべてじゃない!」

 

 タケシの声は届くが岩と石垣に反響して、どこにいるか探ることはできない。

 

(これがジム戦。これがジムリーダー)

 

「ふふっ」

 

 おもわずレッドが笑みをこぼす。

 たのしい。

 強いトレーナーとポケモンとの、歯ごたえがあって、簡単には勝てないバトル。

 これが好きなんだ。

 

「おいで、フシギダネ!」

 

「ダネ?」

 

 レッドが走る。

 彼女の考えは分からないけれど、フシギダネは素直に従ってレッドを追う。

 

 砂煙をぬけた。

 目の前には石垣。

 振り返って、場外を背にする。

 

 おおきく外周をまわるようにころがるイシツブテが、岩陰にみえた。

 

「〝はっぱカッター〟!」

 

「フッシー!」

 

 何枚もの草の刃が地面をなめるように飛び、イシツブテの周囲に突き刺さる。

 

 ナイスショット!

 まぐれなんじゃない?

 

「ラッシャ……?!」

 

 5枚まで避け余裕の笑みをみせたイシツブテの顔面に、斜め上から曲線を描いた鋭い草のカッターがあたった。

 最初の数枚はフェイントで、本命から目をそらすためにわざと狙いを甘くしていたのだ。

 

 はげしい回転移動中に真正面から顔に苦手なくさタイプの技をうけてしまい、二度三度と地面を跳ねたイシツブテは石垣にあたって急停止。

 

 〝ひんし〟だ。

 

「やるな。だがここまでは小手調べだ。行け、イワーク!」

 

 タケシが〝ひんし〟のイシツブテをボールに戻し、イワークを繰り出す。

 

「GOAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!」

 

 岩石で組み上げられた巨体が大喝。

 鼓膜をやぶるのではないかというほどの咆哮にレッドが耳をおさえ、フシギダネが立ちすくむ。

 声の響き方が視覚化されて目にみえると錯覚してしまうほど。

 

 これだけおおきなポケモンなら、このジムの中でイシツブテのように逃げ隠れはできないだろう、とレッドがふんだ。

 

「〝つるのムチ〟だ!」

 

「ダネェ!」

 

 フシギダネがムチを振るい、イワークの岩の肉体を叩きつけようとする。

 とぐろを巻くように長身を動かして、イワークがつるをよけた。

 

「おもったよりもすばやい……!」

 

 それだけではなく、蛇めいてたくみに岩の間をぬうことによって盾につかっていた。

 

「いわへびポケモンの名は伊達じゃない。いくぞ、〝ロケットずつき〟!」

 

 ふたたびイワークがとぐろを巻く。

 ごりごりと岩石の肉体がきしむ音が聞こえてくるほど、長くおおきな体に目いっぱいの力を溜める。

 

 爆発。

 

「GOAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!」

 

 聞くものの体が動かなくなるほどの雄叫びを響かせ、イワークが突撃。

 ロケットのような猛スピードになれていないフシギダネは目で追えない。

 

「フシ──ッ!?」

 

 すくいあげられるようにして、イワークの頑強な頭部の頭突きをうけたフシギダネが弾き飛ばされ、岩に叩きつけられた。

 ロケットブースターを思わせる強力な突撃力と、岩石の頭部で繰り出される頭突きは、〝ロケットずつき〟の名にふさわしい。

 

「フシギダネ……っ、よくがんばった」

 

 ねぎらいのことばをかけながら、〝ひんし〟になったフシギダネをレッドはボールに戻す。

 のこるは、ピカチュウだけ。

 

 タイプ相性は最悪だ。

 パワーのある巨体にはうかつに近づけず、かといってでんきタイプの技はほとんど通じない。

 

 けれど、ここであきらめるのは、《RED》じゃない。

 これまではタイプ相性にまかせたチュートリアルだ。

 

 ここからが本番。

 これからがほんとうのジム戦。



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「少女と石とロケットと」 Part.3

「たのんだよ、ピカチュウ」

 

 レッドがボールの中へささやき、ピカチュウを繰り出す。

 

「ピカッ」

 

 ピカチュウもいつになく真剣な様子で、ちいさな体を震わせながら電気をため、全身にほどよい緊張と興奮をほとばしらせていた。

 

 場に出たばかりのピカチュウとイワークはほとんど消耗しておらず、コンディションでいえば互角。

 タイプ相性ではイワークがおおきく有利。

 

 正々堂々、一騎打ち。

 

 ことここまでくれば、どれだけポケモンを育成したか、トレーナーはどれだけうまく指示を出せるかで勝敗が決まる。

 道具やアイテムの小細工はきかない。

 

 タケシは相性にまかせておそいかかることはせず、まずはレッドの出方をみているようだ。

 わざわざいわタイプのジムにくさポケモンとでんきポケモンだけで挑戦してきたのが気になっているのだろう。

 

(どうしようかな?)

 

 レッドが無意識のうちに額に手をやり帽子にふれた。

 見た目のわりにイワークはすばやく、リーチもながい。

 それにとてもパワフルだ、これでじめん技を出されたらでんきタイプのピカチュウはひとたまりもない。

 

(〝アイアンテール〟でどこまでいける?)

 

 はがね技ならイワークの弱点を突けるけれど、この技は命中率もひくく、非力なピカチュウでは一撃でたおしきることはむずかしいだろう。

 

 けれども、まずは。

 

「〝かげぶんしん〟」

 

 補助技をつむ。

 相手の一撃でたおされる可能性があり、こちらは何度もこうげきしなければいけないなら、回避率を高めていくことも重要だろう。

 

 ヴ、とピカチュウの輪郭がぶれはじめ、何匹もの分身が四方に散る。

 

 一目散に逃げるピカチュウが二匹。

 すぐそばの岩に隠れたままでてこないピカチュウが一匹。

 

 足取りもおぼつかない様子でうろちょろとせわしなく動いているのが、本体のピカチュウ。

 いかにも分身の作り方を間違えたようであるけれど、それはフェイント。

 

「イワーク、〝ロックカット〟!」

 

 岩石の体からよけいな凸凹を削り、空気抵抗をへらす。

 すばやくなったということは、それだけ〝ロケットずつき〟の威力も増す。

 

 次で仕留めきるための布石だ。

 それをピカチュウがどこまでしのいで、〝アイアンテール〟を当てられるか、問題はそこにある。

 

 けれど。

 

「〝ロケットずつき〟だ!」

 

 それを簡単にゆるすほど、ジムリーダーは甘くない。

 

「GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!」

 

 爆発音と錯覚するイワークの大喝がとどろく。

 レッドもおもわず体をすくませるほどの大音量が響きわたり、イワークの巨体が突撃。

 

「ピカ、ァ」

 

 咆哮でおどろいたピカチュウの〝かげぶんしん〟が消え、千鳥足の本体があらわになった。

 ピカチュウめがけて、いわへびポケモンが一直線に跳ぶ。

 

 すかさずピカチュウが岩に逃れようとするが、間に合うかどうか。

 

 イワークは自分がだしうる最高速度で最短の直線距離をつめ、衝突。

 

 突進しながらとぐろを巻く動きで高められた破壊力は、障害物の岩とイワークの額の一点でぶつかり、たやすく巨岩を砕く。

 

「ピカチュウ!」

 

 とっさにレッドが叫ぶ。

 あの威力では、ピカチュウでは一度もたえられない。

 

「チュウ」

 

 砕かれた岩の破片をうけたピカチュウが返事をする。

 〝ロケットずつき〟はよけられたようだけれど、破片のダメージは無視できないほどおおきかった。

 

(足がにぶった……!)

 

 一手ごとにどんどん追い詰められていく。

 なにもできずに封殺されてしまうかもしれない予感に、ぞくり、とレッドの背筋に冷たいものが走った。

 弱気になるなと奮い立たせるけれど、はじめての正式なジム戦で、自分よりもはるかに経験のあるジムリーダーを相手にしているのだ。

 

「ピカ」

 

「えっ?」

 

 ピカチュウが肩越しにレッドをみて、いつもトレーナーのほおをつついているように、ぺしぺしと地面を尻尾で叩く。

 信じろ、といいたいのだ。

 

「……そうだね」

 

 レッドが自分のほおを張って気合をいれる。

 じんじんと熱をもって痛むほおが、ネガティブな考えをうち消して意識を現実に引き戻す。

 

 ピカチュウは相棒を信じてまだあきらめていないのに、トレーナーが負けたつもりになっていてはいけない。

 

 レッドがやる気を取り戻した、その瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

「ロト……ミー」

 

 

 

 

 

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 きみの声援がぼくの力!

 

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 スマホロトムの画面がレッドの視界を埋めつくして邪魔したのは。

 

「えっ」

 

「うん?」

 

「ピカ?」

 

「GOAAAAAA????」

 

 レッド、タケシ、ピカチュウ、イワークがいぶかしむ声をあげた。

 ポケモンバトルにもスタジアムカメラの概念はあり、とりポケモンなどにバトルの邪魔にならない位置から撮影させるのはめずらしくないけれど、こんな真正面にまで来たりはしない。

 

「ちょ、ちょっと、邪魔になっちゃうから、ロトムくん、あの、タイム、タイムです!」

 

 レッドが画面ではなくフィールドをみようとするたびに、すかさずスマホロトムが彼女の視界に割ってはいり、意地でも自分の画面をみせようとする。

 

「……なにをやっているんだ?」

 

「GOAAAAAAAAA……」

 

 たまらずタイムを宣言したレッドと、これまで遭遇したことがないタイプのトラブルに、タケシとイワークが困惑した。

 あれはスマホロトムによる妨害行為(自分の主人に対してだけれど)でいいのか、それともスマートフォンによる技術的なトラブルなのか判断がつかない。

 

 けれども、タイムを宣言して一旦中止を求めるのは、挑戦者の正当な権利だ。

 技を出す直前などの試合妨害ならいざしらず、この場合は問題ないだろう。

 

「なんでこういうことするの……!?」

 

 ポジティブからネガティブへの感情の振れ幅がおおきすぎ、そして急に試合をとめられて、レッドの頭の中はぐっちゃぐちゃ。

 すでにほとんど泣きかけている。

 

 かわいい

 切り抜きまった無しやね

 おとなのおねえさん

 ¥450

 帰りにこれでアイスを食べて

 ニビジムってけっこう厳しいんだ 知らないけど

 

 瞳にためた涙で流れていくコメント欄もみえていないし、そろそろ危ない。

 

「ロト……ミー」

 

 それでもスマホロトムはなにかを伝えようとしているが、どうしてだか、いつも意思疎通につかうメモアプリを使用していない。

 

「な、なに……?」

 

 レッドにポケモンのことばはわからないし、鳴き声だけでなにを伝えたいか、その雰囲気をつかむこともできなかった。

 

 スマホロトムがずずいっと身をのりだして、ふたたび言う。

 

コレヲ見ロ(ロト……ミー)

 

 レッドの眼前には、生配信中のコメント欄がある。

 おおくのコメントが通り過ぎていくが、投げ銭つきコメント(スーパーチャット)がひと際彼女の注目をあつめた。

 

 無言赤スパチャおじさん、アイス代をだしてくれたおとなのおねえさん。

 

 そして。

 

 Lightning tough guy

 \4,000

 マイナスをプラスに 相手の長所を自分の強みに変えるんだ ピカチュウ使いならできる

 

 視聴者からのアドバイス。

 セコンドからの助言や観客の野次とおなじように、こういうものはあまりとがめられない。

 それでも、マナー違反とおもわれるようなものもあるから、注意が必要。

 

「ま、マイナスを……プラスに……?」

 

 抽象的な例えだ。

 つまりどういうことだろう、とレッドが混乱した頭でぐるぐる考えこむ。

 

 こちらのマイナスは、ダメージで遅くなった足と、一撃でたおしきれない打撃力の不足。

 相手の長所は、ロケットにも例えられるあのすさまじい破壊力をうみだすスピード。

 

 レッドとピカチュウがもっていないものを、むこうはすべてもっていた。

 

(どうやってプラスに、強みに変える?)

 

 頭の中が澄んで、思考が冴えていく感覚。

 つきものが落ちた。

 

 ピカチュウとレッドの強みは機動力だった。

 自分たちの定石ばかりにこだわって、逆に相手のペースに引きずりこまれている。

 

 けれど、足の速さはただの実行手段でしかない。

 これまで勝ててきたのは、機転をきかせた作戦勝ちだったのに、いつのまにかそれをすっかり忘れてしまっていた。

 

「……やれる」

 

 いつものペースで、いつものバトルをすればいいだけなんだ。

 ステータスにまかせた正面戦闘だけがバトルじゃない。

 

 ギャラドス戦では相手の〝ハイドロカノン〟の勢いを〝なみのり〟で利用して、スピードをのせた〝ボルテッカー〟で勝利をおさめたように。

 

「ありがとうロトムくん、らい……らいとにんぐ・たふがいさん?」

 

 お礼は大事だ。

 とくに、頼りになるポケモンとスパチャでアドバイスをくれる人には。

 

 仕切り直し。

 

「バトル再開!」

 

 ゴングが鳴る。

 

 トレーナーもポケモンたちも初期位置にもどった状態からの再開。

 

(なぜ距離をつめてこない……?)

 

 フシギダネと同様に間合いを長くとって距離を離したレッドをみて、タケシがあやしむ。

 ピカチュウならば、遠距離の技はイワークに効きが悪いでんき技くらいだろう。

 

 〝アイアンテール〟狙いなら近づいてくるのが普通のトレーナーだ。

 よけつつでんき技で遠くからけずってくる作戦は考えにくい。

 

 なにかするつもりだ。

 けれど、タケシにも見当がつかない。

 

「その気ならのってやるまで。〝ロックカット〟!」

 

 よりスピードと破壊力をたかめ、さらに追いつめていく。

 これでいよいよ、回避することもむずかしい。

 

「おいで、ピカチュウ」

 

 レッドが招くままに、ピカチュウが岩に隠れた。

 この期に及んでなにを、とタケシが眉をひそめる。

 

「岩ごと叩きつぶせイワーク、〝ロケットずつき〟だ!」

 

「GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!」

 

 腹の底から震えるほどの大音声。

 音の振動だけでダメージを与えられそうなほどで、観客の耳栓もそろそろ限界だ。

 

 いわへびポケモンの名前のとおり、蛇めいて渦巻き状に体を巻いてイワークが突撃する。

 この動きでからめとるように衝突することで、よけづらくダメージもいや増す。

 

 それをピカチュウは、回避のそぶりもみせない。

 岩のうしろに陣取ったまま、じり、と後ろ足をさげてまちうける。

 

 イワークが岩を砕いた。

 砕け散った破片にもまばたきすることなく、ピカチュウがはねた。

 

「〝アイアンテール〟!」

 

 ピカチュウが硬い尻尾に力をまとわせ、鋼のように硬質になった尾を振るい、突撃するイワークの頭に叩きつける。

 

 鋼と岩の激突。

 衝撃波が〝じしん〟のようにジム全体を震わせた。

 

「押しきれ、イワーク!」

 

「ピカチュウ、うちくだけ!」

 

 ロケットをおもわせるほどの推進力と突破力、鋼とよんでさしつかえない尻尾がぶつかりあう、つばぜり合い。

 鋼と岩の摩擦で甲高い衝突音がジムにひびき、びりびりとトレーナーや観客たちの体を震わせる。

 

 たがいに全力のパワーとパワーをぶつけあい、どちらが限界になって弾き飛ばされるかのチキンレース。

 

 臨界点がおとずれた。

 

「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!」

 

 イワークがピカチュウの〝アイアンテール〟で左に弾かれ、石垣に頭から衝突して、停止。

 〝ロケットずつき〟の運動エネルギーと破壊力を逆に利用され、それで攻撃力を倍化させた〝アイアンテール〟がより深く効いた。

 

 石垣に突き刺さった〝ひんし〟のイワークは目を回し、もう動けないだろう。

 

「……ピカチュウ」

 

 ピカチュウがふるりと身を震わせて砂ぼこりをはらい、堂々とレッドのもとへ帰っていく。

 

 タケシの手持ちはみな力尽き、レッドはまだピカチュウがフィールドに立っている。

 

 試合、終了。

 

「勝者は……挑戦者、マサラタウンのレッド!」

 

 審判が勝者を宣言し、レッドが右腕を突きあげた。

 

 大番狂わせに観客と視聴者の歓声が飛び交う。

 レッドは緊張から解放されてどっと汗がふきだし、それまでアドレナリンで動いていた体から力が抜けた。

 

 くずれおちそうになるけれど、人前で勝者がやっていいことではない。

 なんとか足に力を入れて、顔をあげる。

 

 ジム戦に勝ったなら、まだやることがあった。

 

「よく戦ったな、挑戦者。いや、マサラタウンのレッド」

 

 タケシがレッドに歩み寄り、手を差し出す。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 歓喜のあまり泣きだしそうになりながら、レッドも手をのばして握手した。

 いわタイプのジムリーダーにふさわしいごつごつとした手に、柔らかく小さな手がつつまれて、何度か上下にふり、たがいに手を離す。

 

「これはニビジムを突破した証、ポケモン・リーグ公認のグレーバッジだ。きみに授けよう」

 

 箱におさめられたバッジが照明にきらめき、にぶい輝きをはなつ。

 

「ジムバッジ……」

 

 ほんものだ。レプリカじゃない。

 はじめてうけとったジムバッジはずしりと重く、実際の重さよりも、その存在感に圧倒される。

 バッジをもっているだけなのに、取り落としてしまいそう。

 

「きみは真剣勝負でジムリーダーを破った。誇りに思ってくれ」

 

 レッドの心のうちにじんわりと温もりがひろがり、静かな感動につつまれる。

 ゲームでも嬉しかったけれど、実際にもらってみれば、ずっと胸の奥に響くものがあった。

 うっかり泣きそうになるけれど、ぐっと涙をのむ。

 

「ありがとう……ございます、ほんとうに」

 

 土埃によごれたグローブで涙をぬぐい、まっすぐ顔を見てお礼をつげる。

 レッドのほおは自然とゆるんで笑みがこぼれ、かがやかんばかりの泣き笑い。

 

 彼女はジムを出てポケモンセンターに入っても、配信中なことをすっかり忘れており、ピカチュウにほおずりして甘える姿まで配信されてしまった。

 

 油断しきって「えへへへへへ」とすりすりほおをピカチュウによせる無防備な様子は30分ほどつづき、帰りに売店でアイスを食べるまで気づかない。

 

 そんなとこを配信してしまったことに驚いて悲鳴をあげたレッドの胸元で、ロケット・ペンダントのエーデルワイスがしずかにきらめいていた。

 





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「おつきみやまとピッピの月」 Part.1 

初めてのポケモンはファイアレッドでした。


◆ おつきみやま ◆

 

◆ つきみのひろばと かせきのねむるやま ◆

 

 オツキミやまは、御月見山。

 古くから月見の名所として知られる山で、とくに山の中腹にあるオツキミ広場の池にうつる水月が美しく、他の地方からもやってくるポケモントレーナーがいるほど。

 

 しかし近年は化石発掘のために立ち入り禁止になることがおおく、観光客は10年前とくらべて激減してしまった。

 最盛期の40年前と比較すれば、現在は客入りなんてなきにひとしい。

 

 むかしはニビシティとハナダシティをむすぶ唯一の道であったけれど、今はとりポケモンをつかったそらとぶタクシーも普及しているから、わざわざ山中をのぼりおりする必要もない。

 

 かつて主要なルートとして整備されていたオツキミやまの登山ルートも今は寂れ果て、わずかなポケモントレーナーや化石発掘スタッフ、まれに月見の観光客くらいしかいなかった。

 

「……はー……」

 

 そんなオツキミやまのニビ登山口に、レッドがいた。

 

 右手には探検用の懐中電灯、左手には観光パンフレット。

 肩の上にはピカチュウがのり、ベルトにおさまったボールの中にはフシギダネ、スマホロトムは配信にそなえて待機中。

 

 今日はオツキミやま登山配信の予定だ。

 ポケモントレーナーがこういう場所から配信することもめずらしくなく、洞窟の奥から雑談配信していたトレーナーがラプラスと遭遇した話や、深夜に釣り配信をしながら寝落ちしてしまったトレーナーが色違いコイキングを逃がしてしまった話など、話題にことかかない。

 

 もちろん、配信できる場所もかぎりがある。

 といってもイワヤマトンネルやオツキミやまなど、人通りがあるところや、作業のために電波がひつようなロケーションであれば、たいていは内部でも電波がとどくように整備されていた。

 

 オツキミやまは発掘調査の関係で、快適とまではいわないけれど、洞窟の中にしては電波の入りがいい。

 

「ぼくが調べたかぎりでも、たまにタイムラグはあってもネットはとぎれない……はず?」

 

 うーん、とパンフレットをみるレッドが小首をかしげる。

 パンフレットには「問題なく通話が可能です」とかかれているけれど、生配信となれば電話よりもずっと大量の情報をやりとりするから、どうなるかよくわからない。

 

 動画サイトでオツキミやまからの配信動画のアーカイブをしらべても、映像がとぎれとぎれであったり、タイムラグはあってもふつうに配信できていたりと、だいぶムラがある。

 

「通信プランのみなおしと、スマホロトムの機種を更新してもらえたから、だいじょうだとおもうけど……」

 

 母親への直談判や、オーキド博士と無言赤スパチャおじさんなどの支援により、以前とくらべて配信機材は格段にレベルアップしていた。

 トキワのもりで活動していたころがレベル5のマダツボミなら、今はレベル35のドードリオほどもちがう。

 

 機材といってもスマホロトムしかないのだけれど。

 けれど身ひとつで配信する身軽さがウリの個人配信トレーナーとしては上等だ。

 

 そこをこのレッドが戦略的に考えられているかはあやしいけれど、ポケモントレーナーとしての直感と経験則で「たくさん道具があってもバトルの邪魔になる」といって、最初から今までずっとスマホロトムひとつだけ。

 

「よし。いくよ、3・2・1……」

 

 

 

 

 

 

 

「こんばんわー!」

 

 

 

 

 

▶ ▶❘ ♪ ・ライブ
 
 ⚙ ❐ ▭ ▣ 

【#ポケバト生放送】REDのダンジョン配信中!

 398 人が視聴中・0分前にライブ配信開始
 
 ⤴315 ⤵5 ➦共有 ≡₊保存 … 

 
 チャンネルRED 
 チャンネル登録 

 チャンネル登録者数 7.5万人 

 きみの声援がぼくの力!

 

 もっと見る

 

 

 配信までに飲み物とってくるわ

 こんばんわ

 こんばんわー!

 わいの地元やんけ

 なっつ 遠足で行ったわ

 

「予告したとおり、今日はオツキミやまにきています。ほんとは閉山中で立ち入り禁止だけど……じゃーん!」

 

 レッドが臨時調査員の入山パスを、スマホロトムにかかげる。

 個人情報のところは指やテープでかくしつつ、それが正式にオツキミやまを管理する団体が許可・発行したことをしめすハンコをみせた。

 

「これであらかじめ注意された危ないところ以外は入れます!」

 

 入山パスを首から下げたレッドは、それがよくみえるように堂々と胸を張った。

 

 ピカチュウは思った、「ぜったいに危ないところもいく気だろうな」と。

 

 ほとんどの視聴者は思った、「ぜったいに危ないところもいく気だな」と。

 

 一部の青少年は、パスではなくその後ろにあるものをみつめて「……おおきい」と生唾を飲みこんだ。

 

 娘の配信をはじめてリアルタイムで視聴しているカオリは手で顔をかくし、後輩の安否を心配するグリーンは頭を抱え、入山パスを手配したオーキド研究所の面々は苦笑いやひきつった笑いをこらえようとしたり、思い思いに困惑していた。

 

 レッドだけが、なんの悩みや心配もなさそうな、かがやかんばかりのドヤ顔をしている。

 

 ドヤ顔たすかる

 スクショした

 ちょうどきらしてた

 

 あとでREDちゃんを守り隊とREDちゃんを理解らせ隊のお兄さんお姉さんたちがこの笑顔を壮絶な議論の的とするが、それはまた別のお話。

 

 山中に入る。

 

「……想像してたより、ずっと明るい」

 

 観光ルートが整備されているのもあるけれど、動画でみるよりも、オツキミやまの中は明るかった。

 

 むかしは〝フラッシュ〟を使わないと一寸先も見通せない暗闇が広がっていたけれど、地震などの災害時には避難ルートとする可能性があり、発掘調査団体がひんぱんに山を利用する関係から、ひでんマシンがなくても問題なく通行できるようになっている。

 

 〝フラッシュ〟いらずといっても山の内部だから、足元に気をつけないと転ぶし、ルートから外れたらあたり一面が真っ暗だ。

 

 うっそフラッシュいらないの!?

 せやぞ

 またおじいちゃんが変なこといってるー!

 わりと最近だぞ

 ここ10年か?

 おじいちゃんじゃなくておとうさんだったな……

 

 コメント欄もわいわいとやっている中、レッドはスキップでもしそうなほど足取りも軽やかにすすんでいく。

 これでピッピでもでてこようものなら、輪になって踊りだしかねない。

 

「広場の池をかこんでピッピが躍るって、ほんとかな」

 

 レッドがぽつりとひとりごちた。

 

 都市伝説じゃない?

 ただのうわさでしょ ミュウと同じ

 変なポケモンだしありえるかも

 

「ぼくは踊ってくれたら嬉しいな」

 

 なんで?

 

「一緒に踊れたら楽しいよ、ぜったい!」

 

 この薄暗がりでも白い歯がみえる満面の無垢な笑みをうかべ、レッドが夢物語を口にする。

 大人になったらめったに言えなくなることを。

 

 あまりのまぶしさにいくらかの人々に反感を抱かせるだろうけれど、その何倍もの人々を魅了させてやまない。

 

 その時。

 

「ピカチュウ」

 

 調子に乗りはじめた(レッド)(ピカチュウ)がしかった。

 

「ご、ごめん……まじめにやります……」

 

 ほおを尻尾でぐりぐりやられながら、レッドがあやまる。

 

 パパさんお疲れ様です

 子育ては大変だな……

 

「撮影していない場面もふくめたら何回目だろ」

 

 そう思ったスマホロトムの思考は配信画面のテロップにそのまま流れた。

 このチャンネルの恒例行事となっているけれど、やっている本人たちも視聴者たちもよくあきないものだと感心する。

 

 こういった調子で一行はしばらくすすむ。

 

 休んでいるイシツブテを踏むこともなく、ズバットやサンドパンの群れを怒らせることもなく、とくにこれといってなにもなかった。

 

 けれども、近ごろカントー地方でも流行しているというアローラ地方のマラサダやパイルジュースをはじめにとりとめのない話を視聴者たちと喋っていたら、レッドが不意に足を止めた。

 

「んー?」

 

「ピカチュー?」

 

 きれいな石でもみつけたのかな、とピカチュウ思ったけれど、そうではないみたい。

 

「あの横穴、マップにはなかった」

 

 彼女の視線の先には、きれいにくりぬかれた大きな横穴があった。

 

「自然にできたものじゃないね。でも発掘なら、ちゃんと地図にのってるはずなのに」

 

 よくみれば穴の入り口には、穴を掘る際にでたらしい岩石と土くれがたまっている。

 なのに、立ち入り禁止を告げるテープや標識もなにもない。

 

「ルートからかなり外れているけど……あやしい」

 

 普通ならこの横穴をみつけても、とくに気にもとめずに先へすすむだろう。

 

「ピカ?」

 

 ピカチュウだって、いぶかしむレッドを不思議そうにみている。

 スマホロトムと視聴者たちも頭上にハテナマークを浮かべていた。

 

 レッドの言葉を疑問には思うけれど、たしかにあやしい。

 

 オツキミやまは遭難対策もふくめて、その内部はすべて正確な地図として公開されていた。

 普通ならあの横穴は地図に書かれていないといけないし、工事中なり発掘中ならきちんと警告するはずだ。

 

 けれど、地図になければ警告もない。

 レッドがオツキミやまの公式HPで公開されている最新マップを確認しても、やっぱりのっていなかった。

 

「ぜったいなにかありそうじゃない?」

 

「ピカー」

 

 ピカチュウもそう思うけれど、あやしげな横穴ではなく目の前のレッドに嫌な予感を覚えて止めようとする。

 

「なにかあってからじゃ遅いよね」

 

「ピカ」

 

 その言葉はブーメランになっているとピカチュウは教えたかったけれど、あいにくと人間の言葉を話せないし、言ってもこの相棒の耳には届きそうにない。

 

「……行こうか」

 

「ピ、ピカチュ……」

 

 こうなったらどうしようもない。

 

 このあとめちゃくちゃ

 ……すぞ。

 理解らせ隊と守り隊も大変やな

 

 ピカチュウがまだピチューだったころに草むらに連れだした時も、母親に隠れてはじめて配信した時も、トキワのもりがおかしなことになっていると聞いて突撃した時も、このひとりと一匹は同じようなやりとりをした。

 

 みんなが止めても、こうと決めたらやってしまう時がある。

 

 そしてなによりも、ピカチュウもスマホロトムもそしてほとんどの視聴者が知らないことを、レッドは知っている。

 

 この世界には悪の組織がいるのだ。

 

 だから、あやしいなら行かないといけない。

 それが原作主人公(レッド)で、ポケモン世界の主人公だ。

 

 レッドの「あやしい」という言葉は、横穴に入ってから数分で正しかったと証明される。



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「おつきみやまとピッピの月」 Part.2

 横穴は広くて、女の子ひとりとポケモン一匹でも背を伸ばして歩けるほど。

 大人が両手を伸ばしたら狭いかもしれないけれど、12歳の子供には関係ない。

 

「けっこう明るいね?」

 

「ピッカー」

 

 地図にのっていない横穴だから〈フラッシュ〉が必要なくらいに暗いと思ったら、天井のロープ伝いにランプがともっている。

 

 ちろちろとランプの光が山中の壁をなめるように照らして、足元も明るい。

 両手を伸ばして壁につくかつかないかの遊びをしながら探検していく。

 気分は化石発掘の探検隊で、胸を張って頬も赤くして進む。

 

「ふんふふーん♪」

 

 ちょっとイイ感じの棒(葉っぱ付き)も拾ってご満悦。

 ロケット団のことはすっかり忘れたのでしょうか、とっても楽しそうですね。

 

ちゃんと前を見て歩きなさい( ピ カ )

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 相棒による安全確認が入る。

 ポケモンバトルになると天才的なのに、日常ではなかなか目を離せない手のかかる子だった。

 

 子育てお疲れ様です

 ピカニキもっと言ってやれ

 転んで涙目のREDちゃん……閃いた!

 ジュンサーさん呼んだ

 

 電波の入りもそこそこいいようで、配信も途切れることなく続く。

 横穴も途切れることがなく、10分ほど歩いてもなかなか広間や突き当りにたどり着かない。

 

「……長くない?」

 

「ピカー」

 

 ただの一本道がどこまでも続く。

 入り組んでいるわけでもなくて、途中に広間があるわけでもなくて、ただひたすらにまっすぐな道が続く。

 山の中だから風景も変わらないし、歩いているだけで〈こんらん〉しそう。

 

「分かれ道なんかないもんね」

 

「ピカピ」

 

「なんでかなぁ。ただ長いだけかなぁ」

 

 首をかしげたレッドはそのまま歩く。

 とりあえず先に進まないことにはどうにもできないのだし。

 

 てくてく。

 てくてく……。

 てくてく…………。

 

 5分が経った。

 

「なにもないね」

 

「ピッカー」

 

 てくてく。

 てくてく……。

 てくてく…………。

 

 10分が経った。

 

「……なにもないね」

 

「ピカー……」

 

「20分もまっすぐ歩く横穴なんてあるのかな? しかも地図に書いてないんだよ?」

 

 レッドがパンフレットやオツキミやま公式サイトのマップを確認する。

 やっぱり横穴のことはどこにも書いてなかった。

 ゲームなら攻略サイトを見るなりするところだけれど、今は配信中だから別の手がある。

 

 

 

 

 

 

「みんなはどう思う?」

 

 

 

 

 

‖ ▶❘ ♪ ・ライブ
 
 ⚙ ❐ ▭ ▣ 

 

 リスナーに聞いてみる。

 三人寄れば文殊の知恵、変態も5人いれば戦隊に進化するかもしれない。

 

 くっそ長いだけの坑道説

 ダウジングしようぜダウジング

 分かんにゃい……

 リスナーに〈やまおとこ〉の人おらんの?

 

 ほとんどは雑談みたいなもので特にヒントになるわけでもないけど、気を抜いたら〈こんらん〉しそうな横穴の中でだれかと喋ることが、レッドにはなによりも安心できることだった。

 そうやってコメント欄が流れていく中で、ひとりだけ思い当たったリスナーがいる。

 

 スリーパーだいすきおじさん

 \4,000

REDちゃん、ちょっと言うこと聞いてもらっていいかな

 

 ちょっと危ない名前のリスナーが危ないコメントをスパチャで投げてきた。

 ざわつくコメント欄に荒ぶるリスナー、荒しBotどころじゃない異変にスマホロトムも尋常じゃなく焦っている。

 とはいえレッドはそんなことを気にしている配信者でもなく、むしろなんでみんな荒ぶっているのか分からないくらい初心だったけど。

 

「なになに? なんでもやるよ!」

 

 さらにコメント欄がざわつく。

 天然でこういうことをしてしまうから、目が離せない12歳だった。

 

スリーパーだいすきおじさん「スマホロトムを見つめてもらっていいかな」

 

「こう?」

 

 レッドの顔が配信画面にドアップで映る。

 明るい茶色の瞳はくりくりとして、さらさらとした黒髪のポニーテール、輝く笑みが楽しそう。

 一部のリスナーは、パーカーを着ていても分かる年の割に大きな胸しか見ていなかったけれど。

 

 顔が良い

 ガチ恋距離たすかる

 結婚しよ……

 

 青少年の心を射止めてお兄さんお姉さんたちの庇護欲をくすぐる。

 これにはさすがの荒ぶるリスナーもにっこりしてスリーパーだいすきおじさんにお礼を言う。

 一方、スマホロトムとピカチュウだけが状況についていけなくてハテナマークを浮かべていた。

 

スリーパーだいすきおじさん「はいここでスマホロトム君、カメラのフラッシュを焚いて」

 

 スマホロトムがフラッシュを焚きながらカメラを撮る。

 

「目がーっ!?」

 

 レッドは目の前でフラッシュを使われたことで目の中に星を飛ばして、ちょっと涙目になりながら顔をおさえる。

 

「ピカー」

 

 よく分かんないけどちょっと面白かったピカチュウが、ぱちぱちと拍手をする。

 すこし和んだらしく、モンスターボールの中でフシギダネも体を揺する。

 

「あ、頭が回る……」

 

 ぶんぶんと頭を振ってみれば、網膜に焼き付いたフラッシュが後を引く。

 さてこれにいったいなんの意味があったのだろう。

 

スリーパーだいすきおじさん「これで〈さいみんじゅつ〉は解けたんじゃないかな」

 

「さいみんじゅつ?」

 

 ぽかんとレッドが目を丸くして首をかしげた。

 つられてピカチュウとリスナーも頭をかたむける。

 

スリーパーだいすきおじさん「エスパータイプのジムでもよくあるんだけど、脳みそを錯覚させれば〈さいみんじゅつ〉にかけられるんだよね」

 

「な、なる……ほど……?」

 

 まだいまいち分からないレッドが首をかしげたまま相づちを打って、ここでようやくあることに気付く。

 まっすぐだと思った横穴はあんまりまっすぐじゃないし、天井のロープもよく見ればすこしずつ曲がっている。

 ずーっとおなじ大きな円をぐるぐると回る構造になっていた。

 

「ずっとおなじところを回るように〈さいみんじゅつ〉をかけられてたの?」

 

 明るいとはいえ洞窟の中だから見落とすことも多いし、代り映えのしない景色をずっと歩けば〈こんらん〉しやすくもなる。

 そういう心理を突いた、人の不注意から錯覚させるポケモンの技いらずな〈さいみんじゅつ〉だった。

 

「ありがとう、スリーパーだいすきおじさん!」

 

 ちょっとしたアトラクションみたいで面白かったレッドが素直に感謝する。

 これにはスリーパーだいすきおじさんもにっこり。

 アドバイスが上手くいったら静かに視聴するタイプの優しいおじさんだった。

 

 やさしい世界

 心が洗われるようだ

 うたがってごめんなさい

 スリーパーって名前だったからつい……

 

 一部の心が汚れたリスナーは胸を痛めていたけど。

 タネが割れれば〈さいみんじゅつ〉も怖くなかった。

 

「よく見たら、あの割れた電球も何回も見てるもんね……あれ?」

 

 レッドが分かれ道を見つけた。

 電球が割れて暗くなったところに、さらに横穴がある。

 角度によっては見えないほどで、この洞窟がまっすぐだと錯覚していたら絶対に気づかない。

 

「ピ、ピカピ……」

 

 さすがのピカチュウも顔をひきつらせてレッドを止める。

 さっきスリーパーだいすきおじさんも言っていたように、エスパータイプのジムみたいに〈さいみんじゅつ〉の仕掛けがあるなんておかしい。

 このまま先に進んだらなにがあるかいよいよ分からなくなってきたのに。

 

 そこで先に進むのがレッドだった。

 

「だいじょうぶだよ、ロトムのライトもあるし棒だってもってる!」

 

 レッドがちょっとイイ感じの棒(葉っぱつき)を掲げてみせる。

 ちょっとイイ感じの棒にはちゃんと効果がある。

 足を痛めたら杖にもなるし、持ちながら歩くと楽しい。

 

 ポケモンバトルには関係ないけど、洞窟探検の道具として最高のアイテムなのだから。

 

「ピッカ……」

 

 レッドが楽しそうだからピカチュウも説得を諦めて、ハイライトのない目で少女の顔を見上げる。

 まだピチューだった彼を連れて草むらに飛び込んだ時とレッドは同じ顔をしているから、ピカチュウがなにを言っても止まらないだろうし。

 こうなったらもう、危なくなったらポケモンらしくバトルするしかない。

 

「ふんふふーん♪」

 

 悪の組織のアトラクションで遊んでいるような気持ちでレッドが分かれ道に入っていく。

 ロトムのライトのおかげで足元も明るく、ピカチュウに られてちゃんと歩いているから転ぶ気配もない。

 鼻歌は不用心すぎるけれども。

 

 しばらく歩くと、また明かりがあった。

 広間になっているようで、だいぶ明るくてかなり広い。

 

「なにか聞こえる?」

 

「ピカ?」

 

 トレーナーとポケモンが耳をすませる。

 人の声がしてきた。

 なにやら楽しそうに喋る明るい声が聞こえてくる。

 

「みんなも聞こえる? ……あれ? 配信できてる?」

 

 スマホロトムがモニターにばってんを浮かべた。

 分かれ道に入ったあたりから電波の入りが怪しくなって、今はもう完全に途切れている様子。

 

「困ったなぁ。でも録画だけはしておいてね。あとで編集して動画にできるかも」

 

 電波が届かなくて配信が途切れると聞いていたリスナーたちは、モニターをそのままに再開するのをのんびりと待っていたり、お洗濯やお夕飯の支度をしたりと、思い思いに過ごしている。

 

 もしうっかり映してはいけないものを映しても大丈夫そうだな、とスマホロトムも一安心。

 

「ロケット団を映しちゃったら大変なことになってたかな……」

 

 レッドが前世のアニメで見た悪の組織を思い出してみる。

 おとぼけ三人組のように親しみやすい人たちだったらいいけど、ほんとのほんとに悪の組織だったら、命を狙われてしまうかもしれないのだし。

 

(ムサシとコジロウ、それにニャースとも会ってみたいけどな。いてくれたら嬉しい)

 

 ちょっぴり期待に胸をふくらませながら、先に進む。

 

「──────からさぁ」

 

「いやでも────」

 

 近づいていけば人の声はすこしずつ大きくなっていく。

 悪い人か、それとも隠れてるだけの変なトレーナーか、レッドの胸がドキドキと弾む。

 

 ちらり、と角からのぞいてみる。

 

「アンタそんなしょうもない嘘ついたってどうにもならないわよ」

 

「いやいや、さっきはほんとに〈いあいぎり〉できたんだって!」

 

「人間にポケモンの技が使えるわけないじゃないの」

 

 男性トレーナーが、ちょっとイイ感じの棒(大人用サイズ)を振っている。

 女性トレーナーが、呆れた様子で腕を組みながらそれを見守っている。

 

 それぞれ青い髪と赤紫の髪。

 ロケット団の制服を着た二人組で、レッドにはすごく見覚えのある二人組だった。

 

「む、む、む……」

 

「ピカ?」

 

 レッドの様子がおかしくてピカチュウが彼女の足をつまむ。

 前世ではずっと見ていただけではなかったけど、テレビをつけて気になったらそのままポケモンのアニメを見ていた女の子がふるふる震えている。

 

ムサシコジロウだーっ!」

 

 キラキラと瞳を輝かせながら満面の笑みで叫ぶ。

 発育のいい胸の前で両手を握り、ちょっとイイ感じの棒(葉っぱつき)を持ったまま、推しと出会ったオタクの反応をする。




ムサシとコジロウがピカブイに登場した時はとても嬉しかったです。


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「おつきみやまとピッピの月」 Part.3

 

 レッドの黄色い悲鳴が洞窟の中に響き渡って、限界オタクを目にしたピカチュウの瞳からハイライトが消える。

 

「な、なんだぁ……!?」

 

「だれよあんた!」

 

 ムサシとコジロウも、大人げなくちょっとイイ感じの棒で遊んでいたところを見られてとても気まずい。

 しかもなぜか目をキラキラと輝かせてこっちを見てくるものだから、強く出ていいのかも分からない。

 

 トレーナーが有名人に出会ったような反応をして、自分も気になってボールから出たそうにしているフシギダネに気づかないまま、レッドが続ける。

 

「ムサシさんとコジロウさんですよね、あの、ロケット団の!」

 

 胸が浮き立つような大興奮に包まれた女の子は、輝くような笑顔で聞いている。

 無邪気すぎてまぶしいくらい。

 

 一方、酸いも甘いも嚙み分けてきた大人組はといえば。

 

「ど、どうするよこれ……」

 

「どうするったって、こんなところに来れるんだからただものじゃないでしょ」

 

 人目に隠れて後ろめたいことをして、後ろめたい仕掛けで人が来れないようにして、後ろめたいことをやっていたから、なにも言い訳できないと早とちりしていた。

 

 小声で相談しながら、ロケット団二人組が肩越しにレッドを見る。

 推しの視線が注がれていることに気づいて「うわぁ」とか「ほんものだ……」と嬉しそうにしている。

 

「あんな子が〈さいみんじゅつ〉を突破できると思うか?」

 

「できちゃったから、アタシたちのことをバッチリ見つけっちゃったんじゃないのよさ」

 

 まさかこの女の子が、観光気分でオツキミ山にきて、しかも(レッドにとっての)有名人を見つけてしまってはしゃいでるだけの少女だなんて、ずっと悪巧みしている2人には気づきようもない。

 この世界なんて、まだ10歳なのにチャンピオン顔負けの強さを持つポケモントレーナーなんて探せばいるくらいだし、いくらか弱い女の子に見えたって油断できないのだし。

 

「だけどよぉ、なにかの間違いじゃないか? だってほら、ちょっとイイ感じの棒(葉っぱつき)をもってる」

 

「あんたみたいな大人がもってるんだから子どもだってもってるもんでしょうよ」

 

「それはそうだけど……」

 

 うーん、とコジロウが腕を組む。

 ムサシが横目でレッドを見る。

 急に推しから流し目で視線を投げられたレッドが「か、かおがいい……」とオタクの鳴き声を発して赤くなる。

 

「……なにかの間違いかもしれないわね……」

 

「でもロケット団どころか俺たちのこと知ってたぜ」

 

「やっぱ怪しいわね……」

 

 カントー地方に巣食う悪の組織ロケット団を知っているならともかく、個人情報まで知っているとなると怪しすぎる。

 けれども肝心のレッド本人は有名人を見つけてはしゃぐ一般人でしかないから、世を忍ぶ悪の組織ロケット団のメンバーとしては判断に困る。

 

「まさかあの子も化石を狙ってきたんじゃ」

 

「ピッピかもしれないわよ」

 

 小声で話しているムサシとコジロウの背後に、なにを話しているか気になったレッドが近寄っていたけれど、ロケット団の2人は気づいていなかった。

 

「化石とピッピ?」

 

 バッチリ聞いていたし、なんだったらすごく興味津々に2人の背中を見つめている。

 

「やっべ」

 

 コジロウはだいたい察した。

 ただの観光に来たトレーナーで、自分たちを知っているのはなんでか知らないが、ロケット団のことをそこまで警戒していない(レッドはムサシとコジロウを知っているから警戒心がないだけ)、それっぽい単語に耳をすませただけのポケモントレーナー。

 

 警戒心がないというか、無邪気なだけの女の子と気づく。

 

「しまった!」

 

 ムサシもだいたい察した。

 なにかしら目的があってこの横穴を調査しに来たポケモントレーナー(レッドはロケット団とムサシとコジロウの存在も知っている)で、しかも(前世でポケモンをプレイしてアニメも見たから)化石のことを知っている。

 

 ロケット団と知っても近づいてくる、実力のあるトレーナーだと気づく。

 

「化石とピッピ……!」

 

 レッドもだいたい察した。

 うろ覚えのポケモンアニメ知識によると、たぶんこの2人はロケット団のボスに「化石とピッピ」を献上してポイントを稼ごうとして、このオツキミやまで悪巧みをしていると察する。

 ロケット団のボスがサカキであることまでは覚えてなかったけど。

 

 勘違いとすれ違いが連鎖しちゃってもうどうしようもない。

 

 レッドはロケット団の2人が悪巧みをしている現場に居合わせることができて大興奮。

 ムサシとコジロウはバレたからにはこの女子をタダで帰すわけにはいかない。

 

 まさか転生した限界オタクが発作を起こしているだけとは考えられるわけもないし。

 

「ど、どうするよこれ、このまま帰すわけにはいかないぞ」

 

「バカね、トレーナー同士が目を合わせたんだからやることはひとつでしょ!」

 

「そうか!」

 

 ムサシとコジロウがポーズをとり、レッドは「いつものやつだ……!」と小声で興奮する。

 

「アンタがどうして〈さいみんじゅつ〉のトラップを破ったか知らないけど!」

 

「ここまで見られたからにはタダで帰すわけにはいかない!」

 

 いつものポーズなのに決め台詞が出てこないことに「いつものやつじゃないの……?!」とレッドが驚く。

 

「おこづかいの半分だけ置いていきなさい!」

 

「帰ってお母さんに泣きつくんだな!」

 

 

 

 

「ムサシ!」
 

「コジロウ!」

 

「我ら無敵のロケット団!」

 

 

ロケット団の ムサシとコジロウが 勝負をしかけてきた!

 

 

▶ ▶❘ ♪ ・ライブ
 
 ⚙ ❐ ▭ ▣ 

 

 ニャースが腹痛で欠席しているため一部省略してお送りいたします。




毎日更新チャレンジ一日目のご褒美にルギア爆誕を見てきます。


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