ありふれない怪物は、やがて英雄へ (シロマダラ)
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プロローグ
時には盗んで、時には体を売って、時には死んで…
それでも、
全ては、元の世界に帰るために……
時には友を作り、時には戦い、時には死に…
それでも、
全ては、憧れた背中を追うために……
軍事帝国アドラー
第37代総統クリストファー・ヴァルゼライド。
帝国軍第一近衛部隊隊長ユキ・ロスリック。
スラムの頃からの親友である二人は、ここで決着をつけようとしていた。
「本当に俺と戦うつもりか、ユキ」
「そうだ。歪みを正し、この世界をあるべき形に戻して見せる。そのために」
ユキはそう言いながら自分の武器である太刀を抜き、それに反応してヴァルゼライドも自分の太刀を抜く。
「そうか、ならば是非もない。来るべき聖戦のため、俺はここで死ぬわけにはいかんのだ」
「それはこちらも同じだ。
「「”勝つ”のは、俺だ!!」」
そして、二人はぶつかり合う。互いの譲れぬ信念のために。
『『”勝つ”のは、俺だ!!』』
二人の男性が戦い始める光景を、私は何度目見てきたことだろう。
何年も前から、度々私は同じ夢を見る。正確に言えば、毎回少し違う似たような夢を見ている。でも結果はいつも同じだった。それは、一人の男性、ユキ・ロスリックさんの所謂一生と言われるもの。
俗に
そんな夢を何回も見てきたけど、今回だけは違った。
ヴァルゼライドさんが勝ち、ロスリックさんが敗北した。
何年も変わらなかった結果にも驚いたけど、一番驚いたのは、敗北したはずのロスリックさんが嬉しそうに笑っていることだった。
『――――――。―――――――――――――』
『―――――。―――――――――――――――――――』
『―――。―――――――』
二人がどんな会話をしているのかまでは聞こえないけれど、初めて見る安心しきった顔をして、
『あり、がとう、クリス。お前、たちに、会えて、本当に、よかった』
そうして、ロスリックさんは息を引き取った。
私はその光景が、不謹慎だけど少しだけうれしかった。
いつも戦いの後、ロスリックさんは涙を流して悲しそうな表情をする。だから、安心した表情をしているのがうれしかった。
すると、私の視界が光に包まれていった。いつもの、目が覚める証拠だ。
いつもと違うことがあったから、今日は少し違うお話が雫ちゃんとできるかな。
目を開けると、見えてくるのは白い天井。私の部屋の天井だ。
「いつもと違う夢だったな」
夢で見たことを思い出す。あのユキさんは幸せになったのかな。
「香織~、朝ご飯よ~」
「あ、は~い」
お母さんに呼ばれて朝ご飯を食べるために部屋を出る。
なにか、今日はいつもと違うことが起きる気がする。私、白崎香織はそう思った。
「おはよう、雫ちゃん!」
朝、通学路を歩いている雫ちゃんを見かけて、挨拶をする。
「香織、おはよう」
「ねぇ、雫ちゃん。あの夢のことなんだけど」
「ええ、これまでとは違う終わり方だったけど...」
この女の子は私の幼馴染の一人の八重樫雫ちゃん。私があの夢を見るときにはいつも同じ夢を見ているらしい。それに雫ちゃんはロスリックさんの――
「おはよう、香織、雫」
「よ、香織、雫」
「おはよう、光輝君、龍太郎君」
「おはよう、光輝、龍太郎」
声の聞こえた方を向くと、二人の男の子が立っていた。二人は私の幼馴染の天之川光輝くんと坂上龍太郎くん。光輝くんは正義感が強いけど、時々強すぎて融通が利かないことがあって困ってる。
「なんの話をしてたんだ?」
光輝君が聞いてくるけど、夢のことは一部の人にしか話してない。疲れてるとか言ってまともに聞いてくれないと思うから光輝くんと龍太郎くんには話してない。
「女同士の会話にあまり入ってくるものじゃないわよ」
そういう話をしながら学校に行くと、教室の前で男の子が立っているのが見えた。
「おはよう、ハジメくん!」
「おはよう、南雲君。毎日大変ね」
「お、おはよう、白崎さん」
この男の子は南雲ハジメくん。ライトノベルを読もうと思ったときに本屋にいるところを話しかけて知り合って、それからよく話しかけるようになった。夢を見ていることを知っている一人で、よく相談に乗ってもらってる。
「今日も眠そうだね」
「うん、ゲームしてたら遅くなっちゃって」
そんな話をしてるとチャイムが鳴ったから自分の席に着く。昼休みに今日見た夢について相談しようかな。
昼休み、ハジメくんに相談しようと思って、ハジメくんに話しかける。
「ねえ、ハジメくん。あのことで相談があるんだけどいいかな」
「あ、うん。いいけど、お弁当は食べないの?」
「食べながら相談しようと思ってたんだけど、ハジメ君は?」
「僕はもう終わったから大丈夫だよ」
そう言いながら空になったゼリー飲料をヒラヒラさせながら見せてくる。
「もしかして、それだけなの? 駄目だよ、ちゃんと食べないと。ほら、私のお弁当分けてあげるから」
そうして私のお弁当を分けてあげようとすると、光輝君達が近づいてきて、
「香織、こっちで一緒に食べよう。南雲はまだ眠いらしいからさ。せっかくの香織のおいしいお弁当を寝ぼけたまま食べるなんて俺が許さないよ?」
光輝君がよくわからないことを言っているけど、
「え? なんで光輝君の許しがいるの?」
そう聞き返すと、雫ちゃんが「ブフッ」と吹き出してた。それよりも光輝君達のことを止めてほしい。
結局光輝君達も一緒の机で食べることになった。ただハジメくんに相談したかっただけなのに、なんでこうなっちゃったんだろう。
そう思ってると、急に足元に輝く幾何学模様が現れた。まるで魔法陣のようで、金縛りにあったみたいに体が動かない。
「皆! 教室から出て!」
教室にいた畑山愛子先生が叫ぶのと同時に、魔法陣の光が強くなって私たちを飲み込んだ。
でも、彼の戦いはまだ終わらない。
雷霆に敗れた怪物は新たな世界で目を覚ます。
人々の未来を切り拓くため。
人々を神の支配から救うため。
かつての夢を再び目指すため。
さぁ、
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第一章
第一話 異世界トータス
光が治まると、私たちは知らない場所にいた。
最初に目に入ってきたのは巨大な壁画。後光を背負った金髪の中性的な人物が描かれていた。
周りを見渡してみると、白い大理石のようなものでできた建築物にいるみたいだった。
隣には、一緒に教室にいた雫ちゃんやハジメ君たちもいた。
すると、一人の老人が近づいてきた。
「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。ご歓迎いたします」
勇者? 歓迎? 何のことなの?
私たちがそう混乱していると、私たちがいる場所がまた光りだした
「ご安心してください。エヒト様がもうお一人召喚なさるのです」
その言葉と共に光が溢れ光が収まった時、そこには一人の男の人が立っていた。
その人は私たちが何年も夢で見てきた、ユキ・ロスリックさんだった。
誰かに呼ばれた気がして、目を開けた。
そこは見たことない空間だった。
ここは何処だ? 俺は
そもそも、俺はあの時、確実に死んだはずだ。
「ようこそ、トータスへ。使徒様。ご歓迎いたします。」
すると一人の法衣を来た老人が俺に話しかけてきた。
よく見ると、17~18くらいの少年少女たちが周りにいた。
「.....何者だ? 貴様が俺やこの子たちをこの世界に呼び出したのか?」
ここが地球ではなく誰かが俺たちを召喚したことだけは、なんとなくだが気が付いた。
ずっと昔、
「いえ、あなた方を召喚したのはエヒト様です。
私はイシュタル・ランゴバルドと申します。あなた方達には我ら人間族を救っていただきたいのです」
落ち着いて話を聞くためにはテーブルがいくつも並んだ大広間に案内された。
全員が着席すると、カートを押しながらメイドが入ってきて飲み物を給仕してきた。
どうやら少年たちはメイドを見るのが初めてだったらしく、メイドたちを凝視している。
そんな少年たちを少女たちは冷ややかな目で見ていた。
俺は見慣れていることもあるが、それよりも二人の少女とメイドの一人がこっちを見ていることが気になって仕方がない。
というより、あのメイドに見覚えがある気がする。
全員に飲み物が行き渡ると、イシュタルが話を始める。
「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますので、まずは私の話を最後までお聞きくだされ」
そう言い、イシュタルは説明を始めた。
この世界はトータスと呼ばれ、人間族、魔人族、亜人族の三つの種族が存在し、人間族が北一帯、魔人族が南一帯を支配、亜人族は東の巨大な樹海の中でひっそりと生きている。
この内、人間族と魔人族は何百年も戦争を続けており、人間族が数、魔人族が個々の実力に優れ、勢力差は均衡していた。
だが、魔人族が魔物を使役するようになってから均衡が崩れ始め、このまま戦争が続けば人間族は滅びの危機を迎える。
魔物とは野生動物が魔力を取り入れ変質した存在らしく、強力な魔法も使える凶悪な害獣らしい。
この危機を回避するために、人間族が崇める聖教協会の唯一神にして、トータスの創世神エヒトが勇者を召喚たとのことだ。
「あなた方には是非ともその力を発揮し、邪悪なる魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」
イシュタルは信託を聞いた時のことをを思い出しているのか、恍惚とした表情を浮かべている。
そのことに猛然と抗議するために、一人の女性が立ち上がった。
「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争をさせようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く返して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」
確か、畑山愛子先生だったか。理不尽な召喚理由に怒り立ち上がったのだが、イシュタルの言葉に生徒達も凍りついた。
「お気持ちはお察しします。しかし.....あなた方の期間は現状では不可能です。
先ほども言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えません。あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様のご意思次第ということですな」
この言葉に、生徒達はパニックになる。
(当然だろう、突然家に帰れなくなったんだから)
ユキは生徒達を横目に見ながら、状況の整理を始める。
(この子供たちは見たところ、武器など持ったことのないのだろう。せいぜいナイフや包丁程度。命の危機など感じたこともないのだろう。つまり、現状まともに戦えるのは俺一人だけか.....
それにあのイシュタルの表情、あれは
そう考えていると、バンッとテーブルをたたきつける音がした。
ユキがその方向を見ると、天ノ河光輝が立ち上がっていた。
「みんな、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味はない。......俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間族を救うために召喚されたなら、救済さえ終われば返してもらえるかもしれない。‥…イシュタルさん、どうですか?」
「そうですな。エヒト様も救世主様の願いを無下にはしますまい」
「俺達には大きな力があるんですよね?ここに来てから妙に力が張っている感じがします」
「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」
「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救って見せる!!」
(.....何を言っているんだ彼は? 世界を救う? みんなを救う?
戦うということが、誰かを傷つけるということを理解していないのに、何を言っている?)
生徒達が次々と光輝の意見に賛同していく。
(この子たちもそうだ。戦うことをわかっていない。現実逃避したくなるのは理解できるが、人殺しをしろと言われていることをわかってない。正しく理解しているのは数人だけか)
そう思いながらユキは理解できているだろう数人に目を向ける。
「あなたも、それでいいですか? えっと、」
「ん? ああ、ユキ・ロスリックだ。そうだな...」
突然話しかけられ、注目を浴びるユキはイシュタルに話しかける
「なあ、ランゴバルド殿。つまり、俺に”悪”を滅ぼしてほしい。そういうことでいいんだな?」
「はい、その通りでございます」
「.....わかった。いまいち納得できないが、悪を滅ぼせというなら受け入れよう」
(まあ、なにが”悪”かどうかの判断は俺にさせてもらうがな)
結局、全員が戦争に参加することになってしまった。
ユキは正しく理解している一人、南雲ハジメに興味を持ち、それとは逆に天ノ河光輝、イシュタル・ランゴバルドの二名を要注意人物として認識するのだった。
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第二話 思わぬ再会
魔人族との戦争に参加することが決まり、まず戦う術を身に着けるため聖教協会本山のある神山の麓にあるハイリヒ王国に向かうことになった。
王国は聖教協会と密接な関係があり、国の背後に協会があることからそのつながりの強さがわかる。
「彼の者へと至る道、信仰と共に開かれん――〝天道〟」
イシュタルが唱えると足元の魔法陣が輝き出し、台座が地上に向けて斜めに下って行った。
王宮にたどり着くと、真っ直ぐに玉座の間に案内された。
道中、騎士、文官、使用人など様々な人とすれ違ったが、皆一様に期待に満ちた、あるいは畏敬の念に満ちた眼差しを向けてくる。生徒たちは居心地が悪そうにしていたが、ユキはアドラーにいたころから向けられていた眼差しだったため、平然としていた。
巨大な両開きの扉の前に到達すると、扉の両サイドに立っている兵士の二人がイシュタルと勇者一行が来たことを大声で告げ、中の返事も待たずに扉を開け放った。
扉を潜った先には、真っ直ぐ延びたレッドカーペットと、その奥の中央に玉座があった。玉座には初老の男性が
その隣には王妃と思われる女性、10歳前後の金髪の美少年、14、15歳の金髪の美少女が控えていた。更にレッドカーペットの両サイドには武官、文官らしき人達が並んで立っていた。
イシュタルが国王の隣へ進んだ。国王はイシュタルの手を取り、軽く触れない程度のキスをした。それを見たユキは国を動かしているのが国王ではなく、神であることに確信していた。
そこから国王たちの自己紹介が始まった。
国王エリヒド・S・B・ハイリヒから始まり、王妃ルルアリア、第一王子ランデル、第二王女リリアーナといい、今は国外に行っている第一王女シェリアがいるらしい。
後は騎士団長、宰相など、高い地位にある者たちの紹介がされ、その後に晩餐会が開かれた。
光輝と香織、そしてユキの三人は常に貴族などに囲まれている状況が続いていた。
晩餐会の終了後、各自に与えられた部屋に向かいほとんどの生徒たちが疲れから寝てしまったが、ユキは部屋でとある人を待っていた。
――コンコン――
「空いてるぞ」
予想していた通り部屋にやってきた人に鍵が開いていることを告げる。
「失礼します」
そう言い部屋に入ってきたのは、イシュタルの説明中ユキのことを見ていたメイドだった。
「...久しぶりだな、アヤメ」
「...はい、隊長。いえ、今は「勇者様」の方が正しいですね」
「やめてくれ、分かってるだろ? 俺は勇者なんて柄じゃないし、もう隊長じゃない」
「ではご主人様とお呼びします」
「...まあいいか。それより、まさかアヤメがこの世界にいるとはな」
「それに関しては私も驚きました。ループするならともかく異世界に転生しているとは予想していませんでした。
...気になっていたのですが、少々若返ってませんか? 二十歳くらいに見えるんですが」
「それは俺も思ったことだが、異世界とか転生とかに比べたら気にすることでもない。
ところで、まさかと思うが、第一王女のシェリアって...」
「はい、ご想像の通り、シェリア・ハムです。それにディルグもこちらの世界に転生しています」
アヤメ・キリガクレ、シェリア・ハム、ディルグ・ロートレク。新西暦でのユキ直属の部下三人であり、ユキの正体含め過去を知っている。
アスクレピオスの大虐殺で三人とも死亡したはずだが、三人ともトータスに転生しているらしい。
「俺が召喚されることを予想してたみたいだが、まさか魔法か?」
「シェリアの天職が預言師なんです。預言した結果、ご主人様が召喚されることが分かりました」
「天職? なんだ、それは?」
「才能のようなものです。詳しくは明日にメルド団長が説明するはずなのでその時に」
――コンコン――
アヤメと話をしていると、扉をノックする音が聞こえた。
「空いてるぞ」
アヤメの他に来客の予定があったかと思いながら空いていることを伝えると、
「「し、失礼します」」
入ってきたのは、アヤメと同じようにユキのことをずっと見ていた香織と雫の二人だった。
「君たちは...確か白崎香織さんと八重樫雫さんだったか」
「は、はい...そうですけど、なんで私たちの名前を...」
二人は自分の名前を教えていないのに知っていることに疑問を覚えるが、
「畑山教諭に教えてもらった。仮にも同じ召喚された身だ、君たちの名前は全員覚えたさ。
そんなことより、こんな時間に何の用だ? 女の子が二人で、さすがに不用心だぞ」
「すみません。ちょっと、聞きたいことがあるんです...」
「聞きたいこと?」
「はい。ユキさんの本当の名前って、」
「
私、八重樫雫には幼馴染がいる。
香織、光輝、龍太郎の三人だけど、実はもう一人天津悠姫という男の子がいた。
悠姫くんとは親同士の仲が良く、私たちも年が同じだったこともあって、よく一緒に遊んでいた。
周りの子供たちより少し大人びていて、気付いたら目で追っていて好きになっていた。
ただ、旅行中に事故に遭って行方不明になってしまった。
原因不明の事故で、悠姫くん一人だけが行方不明になってしまい、そのことを聞いた私は悲しくて、しばらくの間部屋に引き込まってしまった。
今では香織たちもがいるから良くなったけど、当時はひどい状態だったらしい。
そして、小学3年生になったころから私と香織は不思議な夢を見るようになった。
その夢はある男の子の一生と言えるもので、その男の子の名前が天津悠姫。行方不明になった私の幼馴染本人だった。
明らかに現代とは思えない世界だったけど、ただの夢とは思えなかった。同じ夢を香織が見ていることもあるけど、何より私自身が生きていることを信じたかっただけかもしれない。
どうやら言葉が通じないようで、大人の男の人に暴行されて殺されてしまったり、人攫いに捕まって奴隷として一生を終えてしまったりと、まるでゲームのように何度も死んで、そのたびに子供のころから繰り返しているようだった。
夢を見るようになってから、私たちが小学生、中学生と成長していくように、「ユキ・ロスリック」と名乗るようになっていたり、軍人になって戦っていたり、私の知っている頃とはずいぶん変わっていた。…恋仲の女性がいるのは複雑だけど。
そして、高校生になった私たちは異世界に召喚された。
突然だったけど何より驚いたのが、私たちの後にユキさんも召喚されてきたことだった。
夢で見てた頃より若返っているようだったけど、どうやら最後に見た夢の後みたいだった。
説明だったり、晩餐会だったり時間がなかったので夜にユキさんの部屋に行って、悠姫くんなのかどうかを聞きに行った。
私の幼馴染みは幻の存在なんかじゃないのだと、私たちが見ていた夢はただの想像なんかじゃないのだと、私たちの想いは偽物なんかじゃないのだと、証明したかったから。
「ユキさんの本当の名前って、天津悠姫さんですよね?」
...なに? 俺の直属の部下たちと、クリスやアルしか知らないはずなんだが。なぜ彼女たちがそのことを...
「...まて、やはり君は...」
八重樫雫、という名前は聞いたことがあった。少なくとも、新西暦で純日本人の名前を聞くことはない。
ならば当然、聞いたのは俺が新西暦に飛ばされる前であり、
「お、覚えてるんですか?」
八重樫さんの反応からして俺の知り合いだったらしい。
だが、
「すまないが、西暦にいた頃のことは覚えていないんだ。」
彼女には申し訳ないが、俺にとっては
父親がいた
「ッ! ...そう、ですよね」
「雫ちゃん...」
「......そ、それなら! これから、また覚えてもらえばいいですよね!
それで、日本に帰りましょう!
......強いな、この子は。生きるのを諦めていた頃の俺とは大違いだ。
「...ああ、それならきっとね」
それから話を聞いていると、夢で俺の人生を見ていたという話を聞いた。
さすがに信じ難い話ではあるが八重樫さんと白崎さん、雫と香織の二人が俺の戦いや、死に戻りに関して知っていることを考えると本当なのだろう。
もしかしたら
「さあ、もう夜も遅いし、二人とも部屋に戻った方がいい。明日も早いからな。
アヤメ、二人を」
「はい、そうですね。おやすみなさい」
「おやすみなさい、ユキさん」
「かしこまりました。おやすみなさい、ご主人様」
そう言い、三人は自分たちの部屋へ戻っていった。
アヤメだけじゃなく、日本にいたころの知り合いにも会うなんてね
まあ、これだけはエヒト神に感謝しておこう
明日から大変そうだが、やることはこれまでと変わらない。
人がより良い未来を歩めるように。
それを邪魔するなら倒すだけだ
「"勝つ"のは、俺だ」
・事故
原因不明の飛行機事故であり、現代最大の怪奇事件。
ある旅客機が原因不明の異常事態により不時着、乗客の一人が行方不明になった。誰かが外に出た形跡もなく、シートベルトは着けられたままで、まるで神隠しに遭ったようだと報道された。
現在でも何も判明しておらず、現代最大の怪奇事件だと言われている。
実際の原因は現代より未来の西暦末期、
・死に戻り
ユキ(悠姫)が新西暦に飛ばされた時から起きている
新西暦1005年が起点になっており、ユキ(悠姫)が死亡するたびに新西暦1005年まで時間が巻き戻る。ユキ(悠姫)とユキ(悠姫)の恋人だけは記憶が保持されるため、目的の達成まで何度も繰り返すことで無数とも言える経験をしてきている。
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第三話 ステータス
翌日から訓練と座学が始まった
まず全員に十二センチ×七センチ位の銀色のプレートが配られた。
騎士団長メルド・ロンギスがそのプレートについて説明する。
「全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれているアーティファクトだ。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。身分証代わりになるから絶対に無くすなよ。アーティファクトというのは現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法の道具のことだ。
プレートに刻まれている魔法陣に、一緒に渡した針で血を一滴垂らしてくれ。所持者が登録がされる。”ステータスオープン”と言えば自分のステータスが表示されるはずだ」
説明の後に、各自ステータスプレートに血を垂らしてステータスを確認していく
ユキも自分のステータスを確認した。
=========================
ユキ・ロスリック ??歳 男 レベル:1
天職:神子
筋力:500
体力:500
耐性:500
敏捷:500
魔力:15000
魔耐:12000
技能:星辰光・■■■■・魔力操作・魔力変換・気配感知・魔力感知・言語理解
=========================
「全員見れたか? 説明するぞ? まず、最初に"レベル"があるだろう? それは各の上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルは、その人間が到達できる領域の限界値を示していると思ってくれ。レベル100ということは、人間としての潜在能力の全てを発揮した極地ということだからな。そういう奴はそうそういない」
「ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている」
なるほど、魔物を倒しただけで上昇するわけじゃないのか。
「次に、"天職"ってのがあるだろう? それはいうなれば"才能"だ。末尾にある"技能"と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦闘系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦闘系も少ないと言えば少ないが・・・・・百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持ってる奴が多いな」
ユキは自分のステータスを見る。
("神子"? 確かに神の使徒と考えればおかしくはないが......
それに、技能の一つが正しく表示されてない...年齢は...まぁいいか)
「後は......各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな! 全く羨ましい限りだ! あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」
(さすがに魔力と魔耐の値がおかしくないか? いや、星辰体との感応量≒魔力と考えれば、そんなにおかしくないのか?)
ユキが様々な考察をしていると、光輝が自分のステータスプレートを報告しに行っていた
=========================
天ノ河光輝 17歳 男 レベル:1
天職:勇者
筋力:100
体力:100
耐性:100
敏捷:100
魔力:100
魔耐:100
技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解
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「ほお~、流石勇者様だな。レベル1で既に三桁か......技能も普通は二つ三つなんだがな......規格外な奴め! 頼もしい限りだ!」
どうやら彼の天職は勇者だったらしい。昨日見た感じ、如何にもらしい天職だと思ったが、エヒトが召喚した=神子ではないとなれば、ユキは自分の天職はまずいのではないかと思った。
(神が絶対であるこの国で天職が神子なのはまずいか。自由に動けなくなる可能性が高い。
それに、勇者より高いステータス。公表はしない方がいいか)
するとユキにメルド団長が近づいてきて
「後はお前だけだぞ?」
どうやら全員報告し終えたらしく、まだ報告していないユキのところに来たようだ。
「申し訳ない、メルド団長。ステータスの報告は拒否させてもらう」
「なに? どういうことだ? ステータスを報告してくれなきゃ、訓練内容が組めないだろう」
「俺は軍人だ。自分の訓練ぐらい自分でできる。それに、これでも激戦区上がりでね。死線はいくつも潜り抜けてきたつもりだ」
「しかし...」
「それに、なぜ自分の弱点になりえる情報を自分から開示しなきゃならない? 戦いで最も重要なのは情報だぞ」
「......わかった。だが、内容はともかく訓練には参加してもらうぞ。他の者たちの訓練相手になることもできるだろう?」
「ああ、それでいい」
そう言いながらユキは周りを見渡すと、一部の者が騒がしいことに気が付いた。
=========================
南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1
天職:錬成師
筋力:10
体力:10
耐性:10
敏捷:10
魔力:10
魔耐:10
技能:錬成・言語理解
=========================
どうやら、南雲ハジメのステータスが一般人と同等だったらしい。
ユキはハジメのステータスを見ながらハジメに話しかけた
「良い技能じゃないか」
「え? でもこんなステータスじゃ...」
「ステータスなんて後からどうにでもなる。低いなら後方支援に徹していれば良い。
錬成、というのは
そい言いながら、ユキはハジメの錬成について考える
(錬成、か。鍛冶師ってことは鉱石の加工もできるってことか。使い方によっては銃の生産もできるんじゃないか? もしそうならすさまじい技能だ。
俺の発動体の調律の問題もある、昨日の様子のことも含めて彼なら信用できるな)
一方、ハジメ自身もユキの言葉に感謝しながら、ユキに憧れの視線を送っていた。
(ここまで考えてくれる人がいるなんて思わなかった。自分に出来ることをどう使うか、か...
よし、錬成で出来ることをしっかり考えよう。そしてみんなを見返してやろう)
みんなとのステータス差に軽く絶望していたハジメだったが、ユキの言葉に気を持ち直し前向きに考えていこうと決意した。
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第四話 情報収集と訓練
召喚から二週間、ユキは訓練と座学を行う合間に、トータスの情報を集めるため図書館に行っていた。
(七大迷宮、オルクス大迷宮、ハルツィナ樹海か。ほんとにファンタジーみたいだな)
七大迷宮とはトータスに存在している有数の危険地帯のことで、オルクス大迷宮、ハルツィナ樹海の二つも含まれている。
「ハジメ、そっちはどうだ?」
「うん、こっちは大体調べ終わったよ」
二週間前のステータスの一件から、ユキとハジメの二人は親交を深め、お互いにため口で会話できる程には仲が良くなっていた。
「やっぱり、亜人族は差別されてるみたい。海人族だけは例外みたいだけど...」
(自分とは違う者を差別するのは、どの世界でも変わらないんだな)
亜人族は魔力を一切持っていない。そのため、神から見放された種族として人間族、魔人族の両方の種族から差別の対象になっている。
但し、エリセンという街に住む海人族だけは、産物のほとんどをがエリセンから供給されているため、例外として王国に保護されている。
「一度はケモミミを見てみたいけど、基本的に樹海から出てこないみたいだし無理かな? でも、せめてマーメイドは見てみたいな。男のロマンだよ」
「そうなのか? そういうことには疎くてな」
「へえ、意外だなあ。ユキさんって何でも知ってるようなイメージだからなあ」
「そうでもないぞ? 他人より知識や経験が多いのは認めるが、知らないものは知らないぞ?
それより、そろそろ訓練の時間だ。準備しろ」
「え? ほんとだ!」
時間が迫っていることに慌てながら、ユキとハジメは訓練場に向かった
ユキは教官側として参加しているため、メルド団長たちの方へ向かい、ハジメは一人で訓練場へ向かった。
訓練場に到着すると、既にほかの生徒達が談笑したり自主練したりしていた。
ハジメは自主練しながら待とう思っていると、後ろから衝撃を受けて、たたらを踏んだ。
後ろを振り向くと、檜山大介率いる小悪党四人組が立っていた。地球にいたころからちょっかいをかけていたが、それは召喚されてからも変わっていなかった。
「よぉ、南雲。なにしてんの? お前が訓練なんてしても意味ないだろうが。マジ無能なんだしよ~」
「ちょっ、檜山言い過ぎ! いくら本当だからってさ~」
「なんで毎回訓練出てくんだよ。俺なら恥ずかしくて無理だわ!」
「なぁ、大介。こいつさぁ、もう哀れだから、俺たちで稽古つけてやんね?」
「おいおい、信治、お前マジ優しすぎじゃね? まぁ、俺も優しいし? 稽古つけてやってもいいけどさぁ~」
「いいじゃん。俺ら超優しいじゃん。無能のために時間使ってゆるとかさぁ。南雲~マジ感謝しろよ~?」
何が面白いのかニヤニヤ、ゲラゲラと笑う檜山達。
しかも稽古してやると言いながら、馴れ馴れしく肩を組み人目のつかない方へ連行していく。
「いや、大丈夫だよ。僕のことは放っておいていいからさ」
やんわりと断るハジメだが、
「はぁ? お前、無能のくせに何様のつもりだよ。俺たちが稽古をつけてやるって言ってんだから、お前はただありがとうございますって言ってればいいんだよ!」
そう言いハジメを殴り飛ばそうとする檜山だが、
「お前こそ、何様のつもりだ?」
急に聞こえてきた声に固まる檜山達。その声が聞こえてきた方向には、メルド団長たちと話を終えてきたユキが立っていた。
「稽古をつけてやる? お前たちに他人に稽古をつけるほどの才能なんてないはずだが?」
「ッ! うるせえ! てめえこそ何様だよ! いきなりしゃしゃり出てきやがって! 目障りなんだよ!
少しくらい強いからって、調子に乗んな! ここに風撃を望む――〝風球〟」
急に現れたユキにイラつきながら檜山は魔法を放つ。
魔法自体は下級魔法であり、ただ風の球を打つだけの魔法だが、それでもプロボクサーが殴る程度の威力はある。
その風球をユキは、帯刀している太刀で
「「「「...は?」」」」
「なんだ、その顔は? 剣術を修めている者ならこの程度造作もない」
檜山達はそのことに唖然とする。
「それより、訓練でもないのに攻撃してきたんだ。それなりの覚悟はあるんだろうな」
殺気を込めながら言うユキに、顔を青くしていく檜山達だったが、
「何をやってるの!?」
その声に「やべっ」という顔をする檜山達。その女の子は檜山達が惚れている香織であり、雫、光輝、龍太郎の三人もいた。
「いや、俺たちはただ南雲の訓練に付き合ってやろうとしてただけで...」
「ユキさん! ハジメ君!」
檜山の弁明を無視して、香織はユキとハジメに駆け寄る
「訓練ね。南雲君の訓練はユキさんに一任されてるはずだけど?」
「いや、それは...」
「待ってくれ、雫。きっと檜山達だって南雲のためを思ってのことなんだろう? 南雲ももう少し真面目になった方がいい。訓練がない時は図書館にこもってばかりじゃないか。俺なら少しでも強くなるために空いている時間も鍛錬にあてるよ」
「ちょっと、光輝。それは...」
「それはつまり、俺が間違っていると言いたいのか? メルド団長たちにも許可はとっているんだが?」
光輝の言葉にユキが反論する
ハジメは後衛職だったこともあり、唯一ハジメを高く評価していたユキに訓練を一任されていた。
「い、いえ、そうは言いませんが、南雲のステータスは低いんだからほかの人よりもっと訓練しなきゃいけないじゃないですか」
「ハジメは後衛職だ、前線で戦うこと基本的にはない。もしそうなれば俺がフォローに入ればいいだけだ。
だからハジメに教えているのは基本以外は護身用の技術だけだ。あとは知識をつける方に時間を割いた方が効率がいい」
「で、でも...」
「光輝、そこまでよ。南雲君はユキさんが訓練するって決まってるんだから。あなただって他人を気にしてる暇はないでしょ」
雫の言葉を一応受け入れた光輝だったが、その表情は納得がいっていない顔だった。
その日、檜山達はユキのことを睨みつけながら訓練をしていたが、ユキはさっきのメルド団長たちとの話の内容が気になっていたため気付いいなかった。
それは、訓練終了後の夕食時に、メルド団長から告げられる内容で、明日から実施訓練として【オルクス大迷宮】へ行くと言うものだった。
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第五話 月下の語らい
【オルクス大迷宮】
全百層からなるといわれている七大迷宮の一つであり、階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現する。
その性質上、冒険者や傭兵、新兵の訓練に非常に人気があり、地上の魔物より遥かに良質な魔石体内に抱えているためである。
魔石とは、魔物の力の源であり、強力な魔物ほど良質な魔石を備えている。
この魔石を粉末状にして使用することで魔法陣の効果を上昇させたり、日常生活用の魔道具の原動力としても使われるため需要の非常に高いものでもある。
また、良質な魔石を備えている強力な魔物ほど固有魔法を使用する。固有魔法とは、詠唱や魔法陣を使用できない魔物が使える唯一の魔法であり、魔物が油断できない原因である。
ユキたちはオルクス大迷宮で実施訓練をするために、大迷宮近くにある宿屋場ホルアドに着いた。新兵訓練にも使われるようで、王国直営の宿に泊まる。
二人一部屋で、ユキはハジメと同室だった。
この二週間ユキはハジメの訓練の担当をしてたり、一緒に図書館で本を読んでいたりしているため、ペアとして認識されている。
今回は二十階層まで行き、ハジメがいても騎士団でカバーできる階層らしい。
明日に備えて情報を纏めるため、借りてきた魔物図鑑を読んでいたユキとハジメだったが、少しでも体を休めるために眠りに入ることにした。
――コンコン――
(来客? 誰だこんな時間に。もう深夜だぞ?)
『ユキさん、ハジメくん、起きてますか? 白崎と八重樫です』
『こんな時間にすいません。少しいいですか?』
なにか話なんて在ったかと考えながらハジメを見ると、ハジメは目を開きながら硬直していた。
ユキはとりあえず部屋に入れようかと思って扉を開け、香織と雫を中に入れた。
「......なんでやねん」
ハジメがなぜか関西弁で突っ込みを入れる。
香織と雫はネグリジェにカーディガンを羽織って立ってるため、衝撃的だったのだろう。
「どうしたんだ、こんな時間に。なにか連絡でもあったのか?」
「い、いいえ。その、ユキさんたちと話したくて.....迷惑でしたか?」
「いや、俺は構わないが...ハジメは大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫だよ」
ユキたちの部屋に入った香織と雫は窓際に設置されたテーブルセットに座った。
香織たちの相手をハジメに任せ、ユキはお茶の準備をした。
四人分のお茶を準備したユキは三人に出し、壁際に立って話しかけた。
「で、話ってなんだ?明日のことか?」
ユキが話を切り出すと、香織と雫は思いつめた様な表情になった。
「明日の迷宮なんですけど.....二人には町で待っててほしいんです。教官達やクラスの皆には私達が必ず説得します。だから! お願いします!」
興奮したように身を乗り出して説得してくる香織にハジメは困惑し、ユキは眉を顰める。
「...どうゆうことだ? 確かにハジメのステータスは低いし、お前達にとっては足手まといだろう。だが、だからこそ俺がサポートに入っているんだぞ。俺の実力ならお前たちは見てたからこそ、良く知ってると思うが?」
「ち、違うんです。足手まといとかそういうんじゃなくて...」
香織の言葉にユキが反論する。ハジメのステータスが低いのは周知の事実だが、ユキの戦いを見ていた二人は少なくとも、ユキの強さをクラスで一番理解していた。そのユキがハジメのサポートに入ることで納得していたはずだが、前日になって行かないでほしいという二人の言葉に疑問を抱く。
香織は足手まといとかではないといい、雫が理由を話し始める。
「夢を、見たんです...二人が大きな何かに立ち向かおうとしていて...声を掛けても全然気づいてくれなくて...最後は...」
「...最後は?」
「...二人とも消えちゃうんです...」
雫と香織は泣きそうな顔をして、俯いてしまう
夢で見た。それだけなら夢だったで済む話だが、二人の場合はユキの戦いを夢で見ていたことがあったため、ありえないと言い切れない部分があった。
「.....なるほどな。夢で見たならありえないと言えないな。事実、何年も俺の戦いを見ていたんだしな。だからこそ、知ってるはずだ。俺を殺せるのは英雄だけだ。そんな訳の分からんものには負けないし、ハジメだって俺なら守れる」
それでもまだ不安そうな顔をする二人に、ユキは小さく息を吐き口を開いた。
「......なら、お前達が俺達を支えてくれ」
「...支える?」
その言葉に香織と雫はきょとんとした。
「ああ、俺を殺せるのは英雄だけだと言っても、あくまで俺一人の場合だ。ハジメを必ず守り切れるわけじゃないし、ハジメが傷ついたら俺にはどうすることもできない。
それでも、二人がいれば俺も安心して戦える」
ユキの言葉を三人は黙って聞いている。
「そもそも、俺達は一人じゃない。ピンチになったら、素直に
ハッとする三人。
実際、ハジメはいじめられていたこともあって誰かに頼ることをしなかったし、香織と雫も
「お前達がピンチの時は俺達が支える。だから俺達がピンチの時は、二人で俺達を支えてくれ」
「そ、そうだね。武器の手入れくらいなら僕だって出来るしね」
二人の言葉に香織と雫は固まっていたが、少しすると、
「「はい!」」
憧れのユキに頼りにされているのが嬉しいのだろう、トータスに転移してから一番の笑顔で返事をした。
それからしばらく雑談し、香織と雫は部屋に帰っていき、ユキは二人を見送った。
その時、ユキは別の方向から殺気の込もった視線を感じていた。
(...たぶん天ノ河か檜山だろうな。殺気が込もってるところを見ると、たぶん檜山か。手を出してこないなら別にいいが、明日は面倒なことになりそうだな)
向けられる殺気に、明日は面倒になりそうだとため息をついた。
そして、日が明ける。
勇者が仲間にいるためか、迷宮の前に立つ少年少女達の眼に不安はなかった。
その日、最悪の一日になるとは知らず...
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第六話 オルクス大迷宮
オルクス大迷宮の中は薄ぼんやりと発光しており、緑光石という発光する特殊な鉱物の鉱脈を掘って出来ているらしい。
一行が隊列を組みながら迷宮内を進んでいくと、ドーム状の広間に出た。すると、壁の隙間から灰色の毛玉が湧き出てくる。
「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ! 交代で前に出てもらうからな、準備しておけ! あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」
メルド団長が言い終え、光輝たちが前に出る。
まず前衛の光輝、龍太郎、雫の三人が武器を構え、後衛である香織、中村恵理、谷口鈴が魔法を発動させるための準備に入る。
光輝が持つのは純白に輝くアーティファクト〝聖剣〟。光属性の性質が付与されており、聖剣から発せられる光が敵を照らすと、敵を弱体化させると同時に自分の身体能力を強化させるという、いかにも“聖なる”能力を持っている。
龍太郎は天職が"拳士"であるため、籠手と脛当てを付けている。決して壊れないアーティファクトであり、衝撃波を放つことができる。
雫は"剣士"の天職を持ち、刀とシャムシールの中間のような剣で魔物を切り捨てていく。
生徒たちが光輝たちの戦いぶりに見蕩れていると、詠唱が響き渡る。
「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ――〝螺炎〟」」」
三人同時に発動した螺旋状に渦巻く炎がラットマン達を吸い上げるように巻き込み燃やし尽くしていく。断末魔の悲鳴を上げながらパラパラと降り注ぐ灰へと変わり果て絶命する。
気がつけば、ラットマンは全滅していた。他の生徒の出番はなしである。どうやら、召喚組の戦力では一階層の敵は弱すぎるらしい。
「うん、まあ、よくやったぞ! 次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」
生徒の優秀さに苦笑いしながら気を抜かないよう注意するメルド団長。しかし、初めての迷宮の魔物討伐にテンションが上がるのは止められない。頬が緩む生徒達に、しょうがないとばかりにメルド団長は肩を竦めた。
「それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」
メルド団長の言葉に魔法支援組は、やりすぎを自覚して思わず頬を赤らめるのだった。
ハジメはユキにサポートをされながら戦っていた。弱った魔物を相手にしたり、地面を錬成して落とし穴にはめて串刺しにしたりして魔物を倒した。
騎士団員達としては、錬成を利用して確実に動きを封じてから、止めを刺すという見たことがない戦法で確実に倒していくので驚きを隠せていなかった。錬成師は鍛冶職とイコールに考えられているため、実戦で錬成を利用することなどあり得なかった。
そしてユキ自身も騎士団員から注目されていた。硬い敵や素早い敵でも技能や魔法を使わず両断するその技量は、数年程度の訓練では身に付けられない。使用している太刀も特殊な合金を使用しているだけで、聖剣のような力があるわけではない。結果、それだけの経験があるのだろうと認識されていた。
そのままは特に問題もなく交代しながら戦闘を繰り返し、順調よく階層を下げて行った。
そして、一流の冒険者か否かを分けると言われている二十階層にたどり着いた。
現在の迷宮最高到達階層は六十五階層らしいのだが、それは百年以上前の冒険者がなした偉業であり、今では超一流で四十階層越え、二十階層を越えれば十分に一流扱いだという。
ハジメ達は戦闘経験こそ少ないものの、全員がチート持ちなので割かしあっさりと降りることができた。
「お前達、ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。今までが楽勝だったからと言ってくれぐれも油断するなよ! 今日はこの二十階層で訓練して終了だ! 気合入れろ!」
一行は二十階層を探索していく。
すると、先頭を行く光輝達やメルド団長が立ち止まった。どうやら魔物のようで、訝しそうなクラスメイトを尻目に戦闘態勢に入る。
「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」
メルド団長の忠告が飛び、その直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は、今は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩きドラミングを始めた。どうやらカメレオンのような擬態能力を持ったゴリラの魔物のようだ。
「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」
メルド団長の声が響く。光輝達が相手をするようで、飛びかかってきたロックマウントの豪腕を龍太郎が拳で弾き返す。光輝と雫が取り囲もうとするが、鍾乳洞的な地形のせいで足場が悪く思うように囲むことができない。
龍太郎の壁を抜けられないと感じたのか、ロックマウントは後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸い、部屋全体を震動させるほど強烈な咆哮が発せられた。
「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」
体をビリビリと衝撃が走り、ダメージ自体はないものの硬直してしまう。〝威圧の咆哮〟。ロックマウントの固有魔法だ。魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させる。
光輝たちが動けないうちに、ロックマウントは距離を取り、傍らにある岩を放り投げてきた。
香織たちが魔法で迎撃しようとすると、投げられた岩から腕が生えてきた。どうやらその岩もロックマウントだったようで、その勢いのまま香織たちに飛び込んでくる。
妙に目が血走り鼻息が荒く、香織たち女性陣は「ひい!」と思わず詠唱を中断させてしまう。
「気持ち悪いのは理解できるが、詠唱は中断させるべきじゃないぞ」
投げられたロックマウントをユキが切り捨てる。
「す、すみません!」と謝るが、相当気持ち悪かったらしく、顔が青褪めていた。
「貴様……よくも香織達を……許さない!」
どうやら気持ち悪さで青褪めているのを死の恐怖を感じたせいだと勘違いしたらしく、怒りをあらわにする光輝。それに呼応してか彼の聖剣が輝き出す。
「万翔羽ばたき、天へと至r」
「ストップだ、天之川」
大上段に振りかぶった聖剣を一気に振り下ろそうする光輝の腕をつかんで阻止し、ユキがロックマウントに接近し両断する。
「いやー、助かったぞユキ」
「こんなところで大技使われて、崩落を起こされても困りますから。」
どうやら自覚はあるらしく「うっ」と声を詰まらせ、バツが悪そうに謝罪する光輝。香織達が寄ってきて苦笑いしながら慰める。
その時、ふと香織が壁の方に視線を向けた。
「……あれ、何かな? キラキラしてる……」
その言葉に、全員が香織の指差す方へ目を向けた。
そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。香織を含め女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。
「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」
グランツ鉱石とは、言わば宝石の原石みたいなもので、特に何か効能があるわけではないが、その涼やかで煌びやかな輝きが貴族のご婦人ご令嬢方に大人気であり、加工して指輪・イヤリング・ペンダントなどにして贈ると喜ばれるらしい。求婚の際に選ばれる宝石としてもトップ三に入るとか。
「素敵……」
香織が、簡単な説明を聞いて頬を染めながら更にうっとりとする。そして、誰にも気づかれない程度にチラリとユキに視線を向けた。
もっとも、ユキ自身と雫は気がついていたが...
「だったら俺らで回収しようぜ!」
「こら! 勝手なことをするな! 安全確認もまだなんだぞ!」
そう言って唐突に動き出したのは檜山だった。グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。それにメルド団長は慌てるが、檜山は聞こえないふりをして、鉱石の場所に辿り着いてしまった。
同時に騎士団員の一人がフェアスコープで鉱石の辺りを確認し、一気に青褪めた。
「団長! トラップです!」
「ッ!?」
しかし、メルド団長も、騎士団員の警告も一歩遅かった。
檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。グランツ鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップだ。
魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり、輝きを増していった。
「くっ、撤退だ! 早くこの部屋から出ろ!」
メルド団長の言葉に生徒達が急いで部屋の外に向かうが、一歩遅く間に合わなかった。
部屋の中に光が満ち、ユキ達の視界を白一色に染めると同時に一瞬の浮遊感に包まれる。
ユキ達は空気が変わったのを感じた。次いで、ドスンという音と共に地面に叩きつけられる。
尻の痛みに呻くハジメを尻目にユキは周囲を見渡し警戒する。クラスメイトのほとんどはハジメと同じように尻餅をついていたが、メルド団長や騎士団員達、光輝達など一部の前衛職の生徒は既に立ち上がって周囲の警戒をしている。
どうやら、先の魔法陣は転移させるものだったらしく、転移した場所は巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはありそうで、天井も高く二十メートルはある。橋の下に川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がり、まさしく奈落の底といった様子だ。
橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。ユキ達はその巨大な橋の中間にいた。橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見える。
それを確認したメルド団長が、険しい表情をしながら指示を飛ばす。
「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」
雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達。
しかし、迷宮のトラップがこの程度で済むわけもなく、撤退は叶わなかった。階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現したからだ。更に、通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が......
そして、現れた巨大な魔物を呆然と見つめるメルド団長の呻く様な呟きがやけに明瞭に響いた。
――まさか……ベヒモス……なのか……
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第七話 ベヒモス
階段側の魔法陣からは、骨格だけの体に剣を携えた魔物、トラウムソルジャーが溢れるように出現した。空洞の眼窩からは魔法陣と同じ赤黒い光が煌々と輝き目玉の様にギョロギョロと辺りを見回している。その数は、既に百体近くに上っており、尚、増え続けている。
だが、ユキとハジメはもう一方、通路側に出現した魔物の方が危険だと感じていた。
通路側の魔法陣からは体長十メートル級の四足で頭部に兜のような物を取り付けた魔物が出現した。もっとも近い既存の生物に例えるならトリケラトプスだろうか。ただし、瞳は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から炎を放っているという付加要素が付くが...
メルド団長が呟いたベヒモスという魔物は、大きく息を吸うと凄まじい咆哮を上げた。
「グルァァァァァアアアアア!!」
「ッ!?」
その咆哮で正気に戻ったのか、メルドが矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「アラン! 生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ! カイル、イヴァン、ベイル! 全力で障壁を張れ! ヤツを食い止めるぞ! 光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」
「待って下さい、メルドさん! 俺達もやります! あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう! 俺達も...」
「馬鹿野郎! あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ! ヤツは六十五階層の魔物。かつて、“最強”と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ! さっさと行け! 私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」
メルド団長の鬼気迫る表情に一瞬怯むも、「見捨ててなど行けない!」と踏み止まる。
どうにか撤退させようと、再度メルド団長が話そうとした瞬間、ベヒモスが咆哮を上げながら突進してきた。このままでは、撤退中の生徒達を全員轢殺してしまうだろう。
そうはさせないと、ハイリヒ王国最高戦力が全力の多重障壁を張る。
「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず――〝聖絶〟!!」」」
二メートル四方の最高級の紙に描かれた魔法陣と四節からなる詠唱、さらに三人同時発動。一回きり、一分だけの防御であるが、何物にも破らせない絶対の守りが顕現する。
衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、ベヒモスの足元が粉砕される。橋全体が石造りにもかかわらず大きく揺れた。撤退中の生徒達から悲鳴が上がり、転倒する者が相次ぐ。
トラウムソルジャーは三十八階層に現れる魔物だ。今までの魔物とは一線を画す戦闘能力を持っている。前方に立ちはだかる不気味な骸骨の魔物と、後ろから迫る恐ろしい気配に生徒達は半ばパニック状態だ。
隊列など無視して我先にと階段を目指してがむしゃらに進んでいく。騎士団員の一人、アランが必死にパニックを抑えようとするが、目前に迫る恐怖により耳を傾ける者はいない。
その内、一人の女子生徒が後ろから突き飛ばされ転倒してしまった。「うっ」と呻きながら顔を上げると、眼前で一体のトラウムソルジャーが剣を振りかぶっていた。
「あ」
そんな一言と同時に彼女の頭部目掛けて剣が振り下ろされた。
死ぬ――園部優花がそう感じた次の瞬間、トラウムソルジャーを一振りの攻撃が吹き飛ばした。そのそばには武器を振り抜いたユキが立っていた。
そのまま数体のトラウムソルジャーを吹き飛ばし、優花の手を引っ張り立ち上がらせる。
「大丈夫か?」
「は、はい。ありがとうございます」
「ならしっかりしろ。さすがに次は助けられんぞ」
(チッ! 誰もがパニックになって周りを見てない。このままじゃ死者が出るぞ)
ユキが周りを見渡すと、ハジメも周りを見渡しながら考える
「なんとかしないと…必要なのは…強力なリーダー…道を切り開く火力…天之河くん! ユキさん! 天之河くんを呼んでくる! それまで何とかこらえて!」
「……分かった。だが急げ、長くは持たないぞ」
ハジメは踵を返してべへモスと相対している光輝達の元に向かって走っていく。
ベヒモスは依然、障壁に向かって突進を繰り返していた。
障壁に衝突する度に壮絶な衝撃波が周囲に撒き散らされ、石造りの橋が悲鳴を上げる。障壁も既に全体に亀裂が入っており砕けるのは時間の問題だ。既にメルド団長も障壁の展開に加わっているが焼け石に水だった。
「ええい、くそ! もうもたんぞ! 光輝、早く撤退しろ! お前達も早く行け!」
「嫌です! メルドさん達を置いていくわけには行きません! 絶対、皆で生き残るんです!」
「くっ、こんな時にわがままを...」
「光輝! 団長さんの言う通りにして撤退しましょう!」
雫は光輝を諌めようと腕を掴むが、
「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ? 付き合うぜ、光輝!」
「龍太郎……ありがとな」
「状況に酔ってんじゃないわよ! この馬鹿ども!」
「雫ちゃん……」
苛立つ雫に心配そうな香織。
その時、一人の男子が光輝の前に飛び込んできた。
「天之河くん!」
「なっ、南雲!?」
「ハジメくん!?」
驚く一同にハジメは必死の形相でまくし立てる。
「早く撤退を! 皆のところに! 君がいないと! 早く!」
「いきなりなんだ? それより、なんでこんな所にいるんだ! ここは君がいていい場所じゃない! ここは俺達に任せて南雲は…」
「そんなこと言っている場合かっ!」
ハジメを言外に戦力外だと告げて撤退するように促そうとした光輝の言葉を遮って、ハジメは今までにない乱暴な口調で怒鳴り返した。
いつも苦笑いしながら物事を流す大人しいイメージとのギャップに思わず硬直する光輝。
「あれが見えないの!? みんなパニックになってる! リーダーがいないからだ! ユキさんがどうにかしているけど、長くは持たないんだ!」
光輝の胸ぐらを掴みながら指を差すハジメ。
その方向にはトラウムソルジャーに囲まれ右往左往しているクラスメイト達がいた。
ユキが何とか対処をしているが、クラスメイト達が好き勝手に動くため流石に手が足りていない。
「一撃で切り抜ける力が必要なんだ! 皆の恐怖を吹き飛ばす力が! それが出来るのはリーダーの天之河くんだけなんだ! 前ばかり見てないで後ろもちゃんと見て!」
呆然と、混乱に陥り怒号と悲鳴を上げるクラスメイトを見る光輝は、ぶんぶんと頭を振るとハジメに頷いた。
「ああ、わかった。直ぐに行く! メルド団長! すいませ――」
「下がれぇーー!」
〝すいません、先に撤退します〟――そう言おうとしてメルド団長を振り返った瞬間、その団長の悲鳴と同時に、遂に障壁が砕け散る。
暴風のように荒れ狂う衝撃波がハジメ達を襲う。咄嗟に、ハジメが前に出て錬成により石壁を作り出すがあっさり砕かれ吹き飛ばされる。
舞い上がる埃がベヒモスの咆哮で吹き払われた。
そこには、倒れ伏し呻き声を上げる団長と騎士が三人。衝撃波の影響で身動きが取れないようだ。光輝達も倒れていたがすぐに起き上がる。メルド団長達の背後にいたことと、ハジメの石壁が功を奏したようだ。
それ光景を見ていたユキは流石に限界だと感じ、そばにいる優花にここを任せるように言う
「時間がないか...園部、少しここを任せる」
「え、任せるって、ロスリックさんは」
「あれの相手をする」
ユキはその身に宿す力を解放し、ベヒモスへ突撃していく。
ベヒモスによって障壁が破られ、ベヒモスが咆哮を上げる。
「ぐっ……龍太郎、雫、時間を稼げるか?」
光輝が問い、それに苦しそうではあるが確かな足取りで前へ出る二人。団長たちが倒れている以上自分達がなんとかする他ない。
「やるしかねぇだろ!」
「...なんとかしてみるわ!」
二人がベヒモスに突貫すしようとしたその時、ベヒモスの頭部に何かがぶつかる。
それは風を身に纏ったユキの姿があった。
「ロ、ロスリックさん! なんでここに」
「ユキさん、その風ってまさか……」
「お前たちは戻って退路を作れ。ベヒモスは俺が受け持つ」
「で、でも! 俺たちも」
「光輝! ここはユキさんに任せて戻りましょう!」
光輝は階段の方へ目を向け、悔しそうな顔をしながら生徒たちの方へ走り出す。
それに続くように光輝の後を追って階段へ向かっていく。
それを尻目にユキは再度ベヒモスに突撃していく。
(さて、どうしようか。無理すると橋が崩れるな)
ボロボロの橋の上で全力を出せば崩れる可能性があるため、倒そうとしているわけではない。
ただ時間を稼ごうとしているだけだった。
そこにハジメが走ってきた。
「ユキさん!」
「ッ! ハジメ!? なんで来た!」
「待ってください、考えがあります!」
その考えは〝錬成〟によってベヒモスの足元を固めベヒモスの動きを止めその後、後方のクラスメイト達によって魔法を撃ち奈落の底に落とす作戦だった。
ユキ役目はハジメが錬成をするための隙を作るためにベヒモスの気を逸らすことで、他に考えがなかったユキはそれに賛同する。
「わかった……無理はするなよ。行くぞ!」
「はい!」
ユキはもう一度ベヒモスに突撃していった。
「後衛組は遠距離魔法準備! もうすぐ坊主の魔力が尽きる。アイツが離脱したら一斉攻撃で、あの化け物を足止めしろ!」
ビリビリと腹の底まで響くような声に気を引き締め直す生徒達。中には階段の方向を未練に満ちた表情で見ている者もいる。
無理もない。ついさっき死にかけたのだ。一秒でも早く安全を確保したいと思うのは当然だろう。しかし、団長の「早くしろ!」という怒声に未練を断ち切るように戦場へと戻った。
その中には檜山大介もいた。自分の仕出かした事とはいえ、本気で恐怖を感じていた檜山は、直ぐにでもこの場から逃げ出したかった。
しかし、ふと脳裏に迷宮に入る前日、ホルアドの町で宿泊していたときの情景を思い浮かべる。
緊張のせいか中々寝付けずにいた檜山は、トイレついでに外の風を浴びに行った。涼やかな風に気持ちが落ち着いたのを感じ部屋に戻ろうとしたのだが、その途中、ネグリジェ姿の香織と雫を見かけたのだ。
初めて見る香織の姿に思わず物陰に隠れて息を詰めていると、二人は檜山に気がつかずに通り過ぎて行った。
気になって後を追うと、二人はとある部屋の前で立ち止まりノックをした。その扉から出てきたのは……ユキだった。
檜山は頭が真っ白になった。檜山は香織に好意を持っている。しかし、自分とでは釣り合わないと思っており、光輝のような相手なら、所詮住む世界が違うと諦められた。
だが、ユキは異世界に召喚された時に現れた、全くの無関係者だった。いきなり現れたくせに香織のそばにいるなんておかしい。それなら自分でもいいじゃないか、と檜山は本気で持っていた。
ただでさえ溜まっていた不満は、すでに憎悪にまで膨れ上がっていた。香織が見蕩れていたグランツ鉱石を手に入れようとしたのも、その気持ちが焦りとなってあらわれたからだろう。
その時のことを思い出した檜山は、ベヒモスを抑えるユキとハジメを見て、今も祈るようにユキを案じる香織を視界に捉え……ほの暗い笑みを浮かべた。
その頃、ハジメはもう直ぐ自分の魔力が尽きるのを感じていた。既に回復薬はない。チラリと後ろを見るとどうやら全員撤退できたようである。隊列を組んで詠唱の準備に入っているのがわかる。
ユキが与えたダメージとハジメの足止めによって、ベヒモスとそれなりの距離があることを確認した二人は階段の方へ走り出す。
憤怒の色が宿っている眼を二人に向けたベヒモスは怒りの咆哮を上げ、二人を追いかけようと四肢に力を溜めた。
だが、次の瞬間、あらゆる属性の攻撃魔法が殺到した。
夜空を流れる流星の如く、色とりどりの魔法がベヒモスを打ち据える。ダメージはやはり無いようだが、しっかりと足止めになっている。
ここで、予想外のことが起きた。
放たれた致死性の魔法。そのうちの一つが、急に進路を変えて二人の方に落ちたのだ。
明らかに二人を狙い誘導されたものだ。
(ッ! まさか、ここでフレンドリーファイア! 正気か!)
ユキはハジメを抱えて火球を避ける。しかし、それが悪手だった。
ベヒモスに放たれた無数の魔法と二人に放たれた火球によって、ボロボロだった橋が…ついに崩壊を始める。
「グウァアアア!?」
悲鳴を上げながら崩壊し傾く石畳を爪で必死に引っ掻くベヒモス。しかし、引っ掛けた場所すら崩壊し、抵抗も虚しく奈落へと消えていった。ベヒモスの断末魔が木霊する。
ユキも脱出をしようとするが、ハジメを抱えていることにより能力を使えず、瓦礫を足場にジャンプしながら登ろうとしている。
しかし、ここでもう一度、火球が二人に向かって放たれた。火球はユキが飛び移ろうとしていた瓦礫を破壊し、ユキは体勢を崩す。
足場を崩され奈落へ落下していくユキとハジメ。
落下する中で、ユキが生徒たちの方へ目を向けると、香織と雫が飛び出そうとして光輝や龍太郎に羽交い締めにされているのが見えた。他のクラスメイトは青褪めたり、目や口元を手で覆ったりしている。メルド達騎士団の面々も悔しそうな表情で二人を見ていた。そして、一人の男が卑しい笑みを浮かべていた。
そのことに気付くも、当然ユキとハジメは奈落に落ちていく。
徐々に小さくなる光に手を伸ばしながら……
彼の星辰光の情報や星辰光を使った戦闘シーンはもう少し先です...
お待ちください...
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第八話 絶望と希望
響き渡り消えゆくベヒモスの断末魔。ガラガラと騒音を立てながら崩れ落ちてゆく石橋。
そして…
瓦礫と共に奈落へと吸い込まれるように消えてゆくユキとハジメ。
その光景を、まるでスローモーションのように緩やかになった時間の中で、ただ見ていることしかできず、どこか遠くで聞こえていた悲鳴が、実は自分のものだと気がついた香織は、急速に戻ってきた正常な感覚に顔を顰めた。
「離して! 二人の所に行かないと! 約束したのに! 私がぁ、私たちが守るって、支えるって! 離してぇ!」
飛び出そうとする香織を雫と光輝が必死に羽交い締めにする。香織は、細い体のどこにそんな力があるのかと疑問に思うほど尋常ではない力で引き剥がそうとする。
「香織! 君まで死ぬ気か! 南雲とロスリックさんはもう無理だ! 落ち着くんだ! このままじゃ、体が壊れてしまう!」
それは、光輝なりに精一杯、香織を気遣った言葉だったが、今この場で香織には掛けるべき言葉だった。
「無理って何!? 二人は死んでない! 行かないと、きっと助けを求めてる!」
誰がどう考えてもユキとハジメは助からない。奈落の底と思しき崖に落ちていったのだから。
しかし、その現実を受け止められる心の余裕は、今の香織にはない。言ってしまえば反発して、更に無理を重ねるだけだ。龍太郎や周りの生徒もどうすればいいか分からず、オロオロとするばかり。
「香織っ、香織!」
香織は光輝を振り払うが、雫は絶対に離さないように強く抱きしめて声を掛ける。
「雫ちゃんっ! 二人が! 早く助けに行かないと!」
「わかってるわよ、そんなこと! だからお願い待って…。香織まで行っちゃったら、私が一人になっちゃうじゃない...」
「雫ちゃん…」
誰よりも助けに行きたいのは雫なのだろう。なぜなら雫は一度、
香織は雫の言葉を聞いて、冷静さを取り戻していく。
「あの二人ならきっと大丈夫よ。死んじゃったりしないわ」
「でも!」
「ユキさんの強さなら私たちはよく知っているわ。それに、ユキさんが言ってたじゃない。『俺を殺せるのは英雄だけだ』って。だからユキさんも南雲くんも、絶対大丈夫よ」
それはホルアドの宿での夜、ユキが言っていた言葉。何年もユキの戦いを夢で見ていたからこその信頼の言葉だった。
「雫ちゃん…うん、そうだね…そうだよね。ありがとう、雫ちゃん。もう大丈夫だよ」
香織が落ち着いた様子を確認すると、メルド団長は声を張り上げる
「…お前たち! ぼさっとするな! 早く撤退するぞ! これ以上犠牲を出すわけにはいかん!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
そこで優花がメルド団長の一喝に待ったをかける
「…檜山は、どうするんですか? 檜山が、二人を魔法で落としたんですよ?」
その言葉に全員が息をのみ、静寂が訪れる。檜山は顔を蒼くしながらうろたえる
「は、は?な、なに言ってんだよ! そんなことするわけねぇだろ!」
「いい加減にしなさいよ! 誰も魔法を使ってないときだったのよ! ごまかせるわけないじゃない! この場の全員があなたを見てたのよ!」
檜山はさらにうろたえ、周りを見るがクラスメイトは目を逸らす。それは無言で肯定しているようだった。
「香織に雫も、なんで何も言わないのよ! とっくに気付いてるじゃない!」
「優花、大丈夫よ」
「二人は大丈夫だって信じてるもん、私たち。…でも――」
香織はそこで言葉を止め、香織と雫は檜山に顔を向ける。その顔は人を見る目ではなく、哀れな何かを見るよな表情だった。
「「――絶対に許さない」」
二人に檜山は蒼褪めた顔を真っ白になった。
「メルド団長、脱出しましょう」
「あ、ああ。そうだな。さあ、立てお前たち!撤退するぞ!」
雫の言葉にメルド団長は我に返り、全員を連れて迷宮を脱出するために歩きだす
その足取りはとても重い。それもそうだろう、仲間が二人奈落に落ちて知ったのだから当然だ。
そして、二人を失い、生徒たちの心に大きな傷を残して迷宮から脱出を果たし、ホルアドへと戻ることができたのだ。
―――同時刻―――
「我らの英雄に並ぶ
すべては心一つなり」
「宝を寄こせ! すべてを寄こせ!
俺は此処にいるぞ!
光を尊ぶ亡者達が、トータスで産声を上げていた。
早朝、一行は高速馬車に乗って王国へ帰還した。
二人の死を伝えられた王国と教会の反応は
もちろんメルド団長を含め抗議する者もいた。あの二人がいたからこそ我々は生き残れたのだ、と。結局、二人を罵った者は処分を受けたものの、考え自体が変わることはなかった。
そして当然、二人を奈落へ落とした檜山が罪に咎められることはなかった。光輝に縋り付いて謝り、その光輝も
何より、
謁見後、雫と香織は部屋に戻るとそこにはユキの専属メイドであり部下、アヤメ・キリガクレが立っていた。
「……やはり、ご主人様は戻られなかったのですね」
「……知って、いたんですね」
「死んでいないことも知ってますよ。…これからどうするんですか?」
戦うのか、戦わないのか、ユキとハジメを追いかけるか、待ち続けるか、という意味だろう。
もちろん追いかけたい。だが、今の二人では力不足。少なくとも、ベヒモスを倒すことができないと足手まといになる。
「「アヤメさん。私たちに戦い方を教えてください」」
アヤメは新西暦でユキの部下、元軍人である。ちなみに誰にも言っていないが、トータスで冒険者として活動していたこともある。ランクは金。つまりトータス最高レベルである。師事する相手としては間違いなく相応しいだろう。
「……厳しいですよ?」
「覚悟しています」
「このままでいるのは嫌なんです。だから」
「「お願いします」」
「……分かりました。明日から始めますよ」
「「はい!!」」
メルド団長への説明、パーティ再編成、二人の訓練と、明日から忙しくなりそうだとため息をつくものの、アヤメの表情は何処か嬉しそうにしていた。
最後にアヤメが嬉しそうにしていたのは、ユキの理解者がいるからです。
何度も人生やり直してる人間とか、普通じゃないので…
糞眼鏡と邪竜おじさんはどっかで絡ませるのでお待ちください。
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第九話 奈落の底
更新再開です。
「い、いやだ! 死にたくない! 死にたくな――」
――死んだ
「そ、そんな! なんで、いや――」
――死んだ
「ああ、また駄目だっt――」
――死んだ
何度も死に続ける
死んで、殺され、死んで殺され死んで殺され死んで殺され...
まだ地獄は終わらない。
「たす、けて―――」
「―――
ザァーと水の流れる音がする。
頬に当たる硬い感触と下半身の刺すような冷たい感触にユキは目を覚ました。
「ぐッ!」
目を覚ました時にまず、全身の痛みを感じた。骨が数ヶ所折れているらしいが、動くなら問題ないと思い、状況を確認した。
「確か、檜山に落とされたんだったか......ッ! ハジメは!」
周りを見渡すが、ハジメの姿はない。滝から飛ばされた時に、手からハジメの感触がなくなったことは認識していたが、近くに流れ着いてはいないようだった。
「チッ! ここがさっきよりも下の階層なら、魔物の強さもさらに上がってる...ハジメ一人ならすぐにやられる。急いで探さないと」
軋む身体にムチを打ちながら立ち上がり、探索を開始する。
そして、探索を開始してから約10日が経過した。
探索の中で分かったことがいくつかあった
まず、ここは未到達の迷宮であること。整備された道はなく、洞窟という表現が正しいのかもしれない。
そして、予想していたことではあったが、魔物の強さが更に上がっていること。
放電する二尾の狼、岩も砕く蹴りを放つ兎、それらの魔物が本能的に逃げだすほどの熊。
大きいだけで単調な攻撃しかしなかったベヒモスよりも余程強く見える。
ハジメを抱えたときに、とっさに発動体の武器を納めていたので素手ではなかったが、最低限の安全を確保できるまでは戦うべきではないと判断し、岩陰に隠れながら探索していた。
そして、ようやくハジメの物と思われる痕跡を発見した。
そこには、砕かれた壁と金属の筒状の物だった。
(これは...銃弾か?)
現在のトータスの技術力では銃の製造はできていない。
つまり、奈落の底である此処に落ちているのはハジメの生存を示唆するものだった。
ドパンッ!
ガァアア!!
迷宮内に銃声と、魔物の悲鳴が響き渡った。
「ッ! ハジメ!」
ユキは銃声と悲鳴のした方へ駆け出した。
「俺の糧になれ」
その言葉と共に白髪の男が引き金を引く。銃弾は爪熊の頭部を打ち砕き、白髪の男と爪熊の勝敗に決着をつけた。
「ハジメ!」
ユキは白髪の男に言葉を投げかける。自分の知っている南雲ハジメとは姿が変わっていたが、ユキは不思議とハジメであると確信していた。
「ッ! ユキ...さん...」
ハジメは突然の再会に動きを止めるが、再び警戒を始める。
「いや、ちげぇ...今更そんな騙しに引っかかるかよ!」
「ッ!」
ハジメは銃口をユキへと向け、躊躇なくトリガーを引く。ユキは銃口を向けられた瞬間に、射線から体を逸らす。
「チッ! 避けやがったか! あの爪熊より強えな、ぜってえ食らってやる!」
攻撃を避けられたことに舌を打ち、再度攻撃を再開する。
銃口を向けられた瞬間に、ユキは射線から反れて銃弾を避け続ける。
何度も避けられることにイラつきながらハジメは叫ぶ。
「ふざけんな! ユキさんを真似すんじゃねえ!」
「......」
「ユキさんだけが俺の味方だったんだ! ユキさんだけが俺を助けようとしてくれたんだ! 俺の支えを真似てんじゃねえ!」
「...ああ、そうか」
無能と呼ばれた自分に可能性を与え、誰よりも真摯に接してくれた人こそユキだった。
そんな自分のヒーローであるユキの真似をする魔物が許せなかった。
ハジメの叫びに、ユキは新西暦に飛ばされたころの自分と重ねていた。
知らない世界、知らない土地、
だからこそ、ハジメの思いを理解できた。
「弾切れか! チッ!」
ハジメは銃――ドンナーの弾が切れると、纏雷を使いながら格闘戦に移行する。
ハジメの拳を受け流す。纏雷が身を焦がすが、ハジメに声をかける。
「...どんな理由があっても、俺がお前の手を離してしまったのは事実だ」
ハジメの蹴りを受け流す。再び纏雷が身を焦がすが、ハジメに声をかける。
「その髪、左腕、とても苦しい思いをしてきたんだろう。
守ると言っておきながら守れなかった。誹謗中傷、罵詈雑言すべて等しく受け止めよう」
ユキが言葉を掛けるたびに、ハジメは無意識に攻撃を止め―――
「...遅くなってすまない。助けに来た、ハジメ」
「...ユキさん...俺は...」
―――敵意を完全になくした。
トータスに召喚されて一ヶ月程度の付き合いしかないのに、この人は本物のユキ・ロスリックであり自分を助けに来てくれたのだと。
こうして、奈落の底で二人は奇跡の再会を果たした。
=========================
ユキ・ロスリック ??歳 男 レベル:23
天職:神子
筋力:900
体力:900
耐性:900
敏捷:900
魔力:15000
魔耐:12000
技能:星辰光・■■■■・魔力操作・魔力変換・気配感知・魔力感知・言語理解
=========================
=========================
南雲ハジメ 17歳 男 レベル:17
天職:錬成師
筋力:300
体力:400
耐性:300
敏捷:450
魔力:400
魔耐:400
技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合]・魔力操作・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地]・風爪・言語理解
=========================
「...すごいな、このステータス...」
ユキはハジメのステータスプレートを見ながらそうつぶやく。
ユキとハジメの二人は、ハジメが拠点にしている横穴で情報交換を行っていた。
...爪熊の肉を頬張りながら。
魔物の肉は、魔石から流れる魔力によって猛毒になっているため、人間が食べると死亡するのが常識だった。
実際、ハジメも食べたときは激痛が走り死亡するはずだったが、神水を飲むことで死亡を回避した。
神水とは、神結晶と呼ばれる魔力が千年かけて結晶化した石のことで、そこから流れる液体を飲んだ者はどんな怪我も病も治ると言われている。
結果、ハジメは魔物の肉による肉体の破壊と神水による再生を繰り返し、強靭な肉体と能力を手に入れた。
ハジメと同じように、ユキも魔物の肉を食べるが激痛が走ることはなかった。が、ステータスに変化が出ることもなかった。
ユキ曰く、
ただ、他の人間と違うのは
「これからどうするかなんだが、上階に続く道が見当たらなかった。だが、」
「階下への道は見つけた、と...それなら下に降りてった方がいいな...」
そう、ハジメを探すために約10日間迷宮内を回った結果、ユキは探索をほとんど終わらせていた。しかし、階下への道しか見つけられなかった。
「そうなると、魔物もさらに強くなっていくと思うが」
「上等だ、なんだろうと殺して、絶対に脱出してやるさ!」
「...そうだな。俺たちなら絶対できるさ」
ユキとハジメが再会してしばらくたち、二人は五十層にいた。
二人のステータスは現在こうなっていた。
=========================
ユキ・ロスリック ??歳 男 レベル:71
天職:神子
筋力:1600
体力:1600
耐性:1600
敏捷:1600
魔力:15000
魔耐:12000
技能:星辰光・■■■■・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・魔力変換[+身体強化][+部分強化][+治癒力変換][+衝撃変換]・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・言語理解
=========================
=========================
南雲ハジメ 17歳 男 レベル:49
天職:錬成師
筋力:880
体力:970
耐性:860
敏捷:1040
魔力:760
魔耐:760
技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]・魔力操作・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・言語理解
=========================
ここまでに遭遇してきたいろいろな魔物と戦い、食べてきた影響で二人のステータスは上昇し続けていた。
ハジメは技能も増え、ユキも技能に派生技能が付いている。
そんな二人は五十層の探索をほとんど終え、まだ探索していない異様な扉の前に立っている。
高さ三メートルの装飾が施された両開きの扉。扉の脇には二対の一つ目巨人の彫刻がいる。
「扉を開けたり触ったりしたら多分動くよな...」
「ああ、こういうのは定番だからな。先にぶっ壊すか」
あきらかに動き出しそうな二つの彫刻を破壊すると、案の定中から魔石が現れた。
どうやらこの魔石が扉の鍵になっているらしく、魔石を扉にはめ込むと扉に刻まれた魔法陣に魔力が注がれ扉の鍵が開いた。
...心做しか一つ目巨人が涙目になっているように見えるのは...気のせいだろう
ユキが周囲を警戒し、ハジメがそっと扉を開けた。
扉の奥は光一つなく真っ暗闇で、大きな空間が広がっているようだ。
ユキは手前の部屋の明りで少ししか見えないが、ハジメは〝夜目〟で中を確認する。
部屋の中は幾本もの太い柱が規則正しく並んでおり、まるで協会のような造りをしていた。
そして、部屋の中央には立方体の石が置かれており、立方体の前面の中央辺りから何かが生えているのに気がついた。
ユキもようやく目が慣れてきたところでその〝何か〟に気が付き、部屋に差し込んだ光がその姿をさらす。
「人......なのか?」
〝生えていた何か〟は
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第十話 奈落の底の封印部屋
「......だれ?」
掠れた、弱々しい女の子の声だ。上半身から下と両手を立方体に埋めたまま顔だけが出ており、長い金髪が垂れ下がっていた。そして、その髪の隙間から紅眼の瞳が覗のぞいている。年の頃は十二、三歳くらいだろう。随分やつれてはいるが、絶世の美少女と言えるほどには整った容姿している。
「すいません。間違えました」
考える間もなくハジメが扉を閉めようとする。それを金髪紅眼の女の子が慌てたように引き止める。もっとも、その声はもう何年も出していなかったように掠すれて呟ぶやきのようだったが...
ただ、必死さは伝わった。
「ま、待って! ...お願い! ...助けて...」
「嫌です」
そう言って、ハジメはやはり扉を閉めようとする。
「ど、どうして...なんでもする...だから...」
「こんな奈落の底の更に底で、明らかに封印されているような奴を解放するわけないだろう? 絶対ヤバイって。見たところ封印以外何もないみたいだし...脱出には役立ちそうもない。という訳で...」
「いや、そうでもなさそうだぞ」
ハジメが躊躇いなく切り捨てようとするところをユキが否定した。
「あの眼は本気だ。それに嘘をつける状況じゃないことくらい理解できるはずだ。少しでも情報はあった方がいい」
「...それもそうだな...分かった」
ハジメはユキの言葉に考え直し、少女に向き合った
「おい、いいか。事情を話せ。嘘は許さねえ。はぐらかすのも許さねえ。俺たちに真実をすべて話せ」
ハジメは少女にドンナーを突き付ける。
少女は自分が封印された理由を語り始める。
「私、先祖返りの吸血鬼...すごい力持ってる...だから国の皆のために頑張った。でも...ある日...家臣の皆...お前はもう必要ないって...おじ様...これからは自分が王だって...私...それでもよかった...でも、私、すごい力あるから危険だって...殺せないから...封印するって...それで、ここに...」
「お前、どっかの国の王族だったのか?」
「......(コクコク)」
「殺せないってなんだ?」
「...勝手に治る。怪我しても直ぐ治る。首落とされてもその内に治る」
「...そいつは凄まじいな。...すごい力ってそれか?」
「これもだけど...魔力、直接操れる...陣もいらない」
ハジメは「なるほどな~」と一人納得し、ユキも話を聞いて思案した。
魔力を直接操れる、つまり魔力操作の技能も〝すごい力〟なのだろう。
(やはりステータスを公開しなかったのは正しかったか)
もしもステータスを公開していれば、ユキは協会から異端者に認定されていただろう。
「...たすけて...」
ハジメが一人で思索に耽ふけり一人で納得しているのをジッと眺めながら、ポツリと女の子が懇願する。
「......」
ハジメはジッと女の子を見た。女の子もジッとハジメを見つめる。どれくらい見つめ合っていたのか...
やがてハジメはガリガリと頭を掻き溜息を吐きながら、ユキの方へ顔を向ける。
「その子を封印してることを考えると、おそらく魔力を吸い取る石だ。行けるのか?」
ユキはハジメに問いかけるが、ハジメは無言で少女のほうに向きなおし、立方体に手を置いた。
「あっ」
女の子がその意味に気がついたのか大きく目を見開く。ハジメはそれを無視して錬成を始めた。
ハジメの魔物を喰ってから変質した赤黒い、いや濃い紅色の魔力が放電するように迸る。
しかし、イメージ通り変形するはずの立方体は、まるでハジメの魔力に抵抗するように錬成を弾いた。迷宮の上下の岩盤のようだ。だが、全く通じないわけではないらしい。少しずつ少しずつ侵食するようにハジメの魔力が立方体に迫っていく。
「ぐっ、抵抗が強い! ...だが、今の俺なら!」
ハジメは更に魔力をつぎ込む。詠唱していたのなら六節は唱える必要がある魔力量だ。そこまでやってようやく魔力が立方体に浸透し始める。既に、周りはハジメの魔力光により濃い紅色に煌々と輝き、部屋全体が染められているようだった。
ハジメは更に魔力を上乗せする。七節分...八節分...。女の子を封じる周りの石が徐々に震え出す。
「まだまだぁ!」
ハジメはそう吼えながら魔力を九節分つぎ込む。属性魔法なら既に上位呪文級、いや、それではお釣りが来るかもしれない魔力量だ。どんどん輝きを増す紅い光に、女の子は目を見開き、この光景を一瞬も見逃さないとでも言うようにジッと見つめ続けた。
ハジメは初めて使う大規模な魔力に脂汗を流し始めた。少しでも制御を誤れば暴走してしまいそうだ。だが、これだけやっても未だ立方体は変形しない。ハジメはもうヤケクソ気味に魔力を全放出している...
そして、女の子の周りの立方体がドロッと融解したように流れ落ちていき、少しずつ彼女の枷を解いていく。
それなりに膨らんだ胸部が露わになり、次いで腰、両腕、太ももと彼女を包んでいた立方体が流れ出す。一糸纏わぬ彼女の裸体はやせ衰えていたが、それでもどこか神秘性を感じさせるほど美しかった。そのまま、体の全てが解き放たれ、女の子は地面にペタリと女の子座りで座り込んだ。どうやら立ち上がる力がないらしい。
ハジメも座り込み、肩で息をしている。神水で回復しようと、震える手で容器を取り出すが少女の震える手がその手を掴む。
ハジメが横目に様子を見ると少女が真っ直ぐにハジメを見つめている。顔は無表情だが、その奥にある紅眼には彼女の気持ちが溢れんばかりに宿っていた。
「......ありがとう」
その言葉を贈られた時の心情をどう表現すればいいのか、ハジメには分からなかった。ただ、荒れ果てた心に微かな、しかし、消えることのない光が宿った気がした。
「......名前、なに?」
「ハジメだ。南雲ハジメ。お前は?」
少女は「ハジメ、ハジメ」と、さも大事なものを内に刻み込むように繰り返し呟いた。そして、問われた名前を答えようとして、思い直したようにハジメにお願いをした。
「......名前、付けて」
「は? 付けるってなんだ。まさか忘れたとか?」
少女はふるふると首を振る。
「もう、前の名前はいらない。......ハジメの付けた名前がいい」
「......はぁ、そうは言ってもなぁ」
恐らく、何かを切っ掛けに新しい人生を歩む区切りとして、新しく名前を変えるのと同じようなものだろう。天津悠姫という名前を捨て、ユキ・ロスリックとして歩み始めたように。
「ユエなんてどうだ? ネーミングセンスないから気に入らないなら別のを考えるが...」
「ユエ? ......ユエ......ユエ......」
「ああ、ユエって言うのはな、俺の故郷で月を表すんだよ。最初、この部屋に入ったとき、お前のその金色の髪とか紅い眼が夜に浮かぶ月みたいに見えたんでな...どうだ?」
思いのほかきちんとした理由があることに驚いたのか、女の子がパチパチと瞬きする。そして、相変わらず無表情ではあるが、どことなく嬉しそうに瞳を輝かせた。
「......んっ。今日からユエ。ありがとう」
「おう、取り敢えずだ......」
「?」
礼を言う少女改めユエは握っていた手を解き、着ていた外套を脱ぎ出すハジメに不思議そうな顔をする。
「これ着とけ。いつまでも素っ裸じゃあなぁ」
「......」
そう、ユエは裸で封印されていたため、解かれたばかりの今も裸なのである。外套を渡すとユエも今の状態を改めて意識したことで顔を真っ赤にして外套で体を隠す。
「ハジメのエッチ」
「......」
二人のやり取りを見ながらユキは近づいていく。
「お疲れ、ハジメ。君もな」
ユエはユキを見た後に、ハジメに問いかける
「ハジメ、この人は?」
「ユキ、ユキ・ロスリックだ。一人だった俺を助けてくれた、俺の仲間だ...」
照れそうにユキの紹介をするハジメに苦笑しながら、ユキはユエに話しかける
「ユエ、だったな。ユキ・ロスリックだ、よろしく」
「ん。よろしく、ユキ...」
お互いに自己紹介を済ませると、ユキが発動させている〝気配察知〟で魔物の気配を察知した。同時にハジメも気配察知で気付いたようで、ユエを抱きしめて二人は後方に移動した。直後、さっきまでいた場所にズドンッと地響きを立てながら魔物が姿を現した。
体長五メートル程、四本の長い腕に巨大なハサミを持ち、八本の足をわしゃわしゃと動かしている。そして二本の尻尾の先端には鋭い針がついていた。サソリ、と表現するのが一番近いだろう。
ハジメが戦闘態勢に入ろうとするところで、ユキが前に出る。
「ここは俺がやる。ハジメとユエは休んでろ」
「一人でやるつもりか?」
「ハジメはユエの封印を解くので魔力が空だろ、次は俺の番だ。
それに、俺の
ユキはそう言いながら刀状の発動体を抜き、切っ先を魔物に向けた。
「キシィアァァァアアア!!!」
「さあ、怪物の怒りを見るがいい
〝創生せよ、天に描いた星辰を──我らは煌めく流れ星〟」
そして、ユキは
次回、ユキの星辰光、詠唱パートです。
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第十一話 星辰光
真面目な戦闘は迷宮ボスで書くので、サソリモドキ君はあっさり攻略です。
区切りがいいので短いのは許してください...
では、どうぞ。
「創生せよ、天に描いた星辰を──我らは煌めく流れ星」
紡がれる
「
雷は天地に轟き、人々はその背に新世界の影を見た。
それは、古き神々を廃する叛逆の世界」
怪物が台風の名を冠することを証明するかの如く、そこに暴風が、台風が作られる。
大気が荒れる、空間が軋む。吹き荒れる旋風は、あらゆるものを削り取る。
「故に、母なる大地は怪物を産み落とす。
「我は山を穿ち、海を裂き、天を喰らう。遂に神々は逃げおおせ、残るは
轟く雷霆、金剛の大鎌、いずれの武具を用いても我を討つには程遠い」
「それでも潰えぬその闘志、なんと雄雄しいことだろう。
ならばその光輝で
古き神話において、天頂神と戦った怪物は無常の果実を口にしたことで敗北したとされる。
それはつまり、
「聖戦は此処に在り。さあ神々よ、我が骸を越えるのだ。
約束された繁栄を、光の下で齎そう」
天頂神すらも地に堕とし闇に封じる、最強の怪物。
その名は――
「〝
――
――消えた
ユキを見ていた者はそう感じただろう。
実際、ハジメとユエはそう感じていた。
サソリモドキも標的を見失ったようで、顔を上下左右に振ってユキの姿を探している。
瞬間、サソリモドキの背に衝撃が走り地面に叩きつけられる。
「キシャァァァァア!!!」
「チッ、硬いな」
背に立っていたユキを振り払うように身をよじる。
ユキはサソリモドキの背から飛び退き、ハジメたちの前に降り立つ。
そこには、ベヒモス戦の時のように風を纏ったユキの姿があった。風、というより暴風ではあったが、感じる威圧は桁外れに膨れ上がっていた。雷も発生しているらしく、バチッと雷も纏っている。
ハジメたちがユキを見失った理由は単純だ。
「キィィィィィイイ!!」
サソリモドキが絶叫を上げる。ユキはその場を飛び退くと、周囲の地面が波打ち、轟音を響かせながら円錐状の刺が無数に突き出してきた。
完全にユキ一人しか認識していないようで、円錐の杭はユキを追い続ける。
避けまわりながらユキは、先ほど攻撃した箇所に視線を向ける。そこには不自然な傷を負ったサソリモドキの外殻がある。
(単純に斬り付けただけなんだがな...)
斬られた、というより抉られたという傷を見て、
「―――ふッ!」
再び死角を狙いつつ回避から攻撃へ移る。一撃、三撃、六撃斬り付けた結果、ユキの
「グゥギィヤァァァアアア!?」
単純に雷を叩きつけるで決着する。サソリモドキが絶叫を上げる。サソリモドキの外殻が融解し、雷が体内にまで貫通したのか地に沈んでいる。
かすかに息が残っているサソリモドキに
サソリモドキが絶命したことを確認すると、ユキはハジメたちのもとへ戻り
瞬間、
「ッ! げほっ、ごほっ――かはっ」
ユキは口から大量の血を吐き出した。
「ッ! おい、大丈夫か!」
ハジメたちが急いで駆け寄るがユキは制止する。
「い、いや。大丈夫だ、こういう能力だからな」
これは、
ユキの
「いや、だが...」
「あとで説明するさ。
とりあえず、此処を離れよう。ユエだってここには居たくないだろう」
そうして、三人はサソリモドキと、いつの間にか彫刻から魔物に戻っていた一つ目巨人の素材や肉を持って、拠点に戻っていった。
基準値:C
発動値:AA
集束性:C
操縦性:B
維持性:D
拡散性:C
付属性:B
干渉性:AAA
竜巻の創造、気象の変化、積乱雲の発生など裁剣女神にも似た星光を操る。
時折、水流を操作していたり、爆発を引き起こしたりしているため、能力を偽っているのではないかと言われているが、真実は極一部の者しか知らない。
全体的に平均以上の能力値を保っており、ユキ自身の技量や経験が組み合わさることにより、最強クラスの
上に残った人たちの幕間を挟んで迷宮ボス戦です。
能力詳細はその時に...
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幕間 悪夢再び
光輝達勇者一行は、再び【オルクス大迷宮】にやって来ていた。但し、訪れているのは光輝達勇者パーティーと、小悪党組、それに永山重吾という大柄な柔道部の男子生徒が率いる男女五人のパーティー、そしてメイドのアヤメ、香織、雫の三人のパーティーだけだった。
理由は簡単だ。話題には出さなくとも、ユキとハジメの死が、多くの生徒達の心に深く重い影を落としてしまったのである。〝戦いの果ての死〟というものを強く意識させられてしまい、まともに戦闘などできなくなったのだ。一種のトラウマというやつである。
当然、聖教教会関係者はいい顔をしなかった。実戦を繰り返し、時が経てばまた戦えるだろうと、毎日のようにやんわり復帰を促してくる。
しかし、それに猛然と抗議した者がいた。愛子先生だ。
彼女は当時遠征には参加していなかった。作農師という天職のため、実戦訓練よりも、農地開拓を行っていたのだ。
だが、帰ってきて届いたのはユキとハジメ二人の死亡。そのショックに彼女は寝込んでしまった。
しかし、だからこそ彼女は戦えなくなった生徒をこれ以上戦場に送り出すことなど断じて許せなかった。愛子は作農師という天職の重要性を十二分に発揮して協会側に抗議をし、愛子との関係の悪化を避けたい協会側はその抗議を受け入れた。
結果、自ら戦闘訓練を望んだ者たちのみが訓練を継続することになったのだ。
そして、なぜアヤメがパーティーとして香織、雫と行動しているのかというと、二人がアヤメに師事しているからだ。
メルド団長は、アヤメが金ランク冒険者として活動していたことを知っているため、特に反論せず三人のパーティーを許可した。
だが、それを受け入れない男がいた。光輝だ。
「俺たちのパーティーにいた方が安全だ」
香織と雫は一切聞き入れずアヤメに師事を乞い、当然のように光輝は抗議した。勇者である自分たちと訓練した方がいい、むしろアヤメも自分たちのパーティーで戦おう、と
そのため、アヤメは光輝に一つの条件を出した。
その日の訓練の前に一回だけ、自分と模擬戦を行う。たとえどんな理由があっても、相手に膝をつかせた方が勝利。
勝った方が香織と雫の訓練を行う、と。
光輝はその条件を受け入れ、今日まで毎日模擬戦をしてきた。
結果は当然のように、アヤメの全勝。
香織と雫の訓練はアヤメが行い、今回のパーティーも三人で組まれた。
そして、迷宮攻略六日目。
現在の階層は六十層。確認されている最高到達階数まで後五層である。
しかし、光輝達は現在、立ち往生していた。正確には先へ行けないのではなく、何時かの悪夢を思い出して思わず立ち止まってしまったのだ。
そう、彼等の目の前には何時かのものとは異なるが同じような断崖絶壁が広がっていたのである。次の階層へ行くには崖にかかった吊り橋を進まなければならない。それ自体は問題ないが、やはり思い出してしまうのだろう。
正直、香織と雫は、ユキとハジメの生存を信じて疑っていなかった。だが、傍から見ればあの悪夢を思いだし、足が竦んで動かないように見えるのだろう。
それは当然、光輝の眼にもそう映っていたようで、
「...香織、雫、俺は大丈夫さ。俺は絶対に死んだりしない。俺が皆を守ってみせるさ」
光輝のカッコいい台詞を吐く中、香織と雫は、アヤメが奈落を見つめながら驚いた顔をしていることに気が付いた
「...アヤメさん? どうかしたんですか?」
「...朗報ですよ、二人とも。あの方の星を感じました。」
「「ッ! 本当ですか!」」
そう、ちょうどユキが星辰光を発動させたとき、その星をアヤメは感じ取っていた。
そしてそれは、ユキの生存を証明することに他ならなかった。
「ええ。ハジメくんの方は分かりませんが、ご主人様がいるなら大丈夫でしょう」
根拠はないが、確信に満ちた言葉は不思議と二人は心から安心した。
「香織ちゃん、雫ちゃん、私、応援しているから、出来ることがあったら言ってね」
「そうだよ~、鈴は何時でもカオリンとシズシズの味方だからね!」
アヤメの言葉を理解できていないが、何かに安心したことを感じ取って話しかけてきたのは中村恵里と谷口鈴だ。
二人共、高校に入ってからではあるが香織達の親友と言っていい程仲の良い関係で、光輝率いる勇者パーティーにも加わっている実力者だ。
中村恵里はメガネを掛け、ナチュラルボブにした黒髪の美人である。性格は温和で大人しく基本的に一歩引いて全体を見ているポジションだ。本が好きで、まさに典型的な図書委員といった感じの女の子である。実際、図書委員である。
谷口鈴は、身長百四十二センチのちみっ子である。もっとも、その小さな体には、何処に隠しているのかと思うほど無尽蔵の元気が詰まっており、常に楽しげでチョロリンと垂れたおさげと共にぴょんぴょんと跳ねている。その姿は微笑ましく、クラスのマスコット的な存在だ。
「うん、恵里ちゃん、鈴ちゃん、ありがとう」
「ありがとう、私たちは大丈夫よ」
そして、一行は特に問題もなく、遂に歴代最高到達階層である六十五層にたどり着いた。
「気を引き締めろ! ここのマップは不完全だ。何が起こるかわからんからな!」
付き添いのメルド団長の声が響く。光輝達は表情を引き締め未知の領域に足を踏み入れた。
しばらく進んでいると、大きな広間に出た。何となく嫌な予感がする一同。
その予感は的中した。広間に侵入すると同時に、部屋の中央に魔法陣が浮かび上がったのだ。赤黒い脈動する直径十メートル程の魔法陣。それは、とても見覚えのある魔法陣だった。
「ま、まさか……アイツなのか!?」
光輝が額に冷や汗を浮かべながら叫ぶ。他のメンバーの表情にも緊張の色がはっきりと浮かんでいた。
「マジかよ、アイツは死んだんじゃなかったのかよ!」
龍太郎も驚愕をあらわにして叫ぶ。それに応えたのは、険しい表情をしながらも冷静な声音のメルド団長だ。
「迷宮の魔物の発生原因は解明されていない。一度倒した魔物と何度も遭遇することも普通にある。気を引き締めろ! 退路の確保を忘れるな!」
いざと言う時、確実に逃げられるように、まず退路の確保を優先する指示を出すメルド団長。それに部下が即座に従う。だが、光輝がそれに不満そうに言葉を返した。
「メルドさん。俺達はもうあの時の俺達じゃありません。何倍も強くなったんだ! もう負けはしない! 必ず勝ってみせます!」
「へっ、その通りだぜ。何時までも負けっぱなしは性に合わねぇ。ここらでリベンジマッチだ!」
龍太郎も不敵な笑みを浮かべて呼応する。メルド団長はやれやれと肩を竦め、確かに今の光輝達の実力なら大丈夫だろうと、同じく不敵な笑みを浮かべた。
「...アヤメさん。私たち二人でやらせてもらってもいいですか」
「......いいでしょう。危険だと判断したら援護します。いいですね」
「「はい」」
香織と雫は、アヤメに確認を取り、誰よりも先に飛び出す。
慌ててメルド団長が止めようとするが、アヤメがそれを制止する。
「おまちください、メルド団長」
「しかし、危険だぞ!」
「あの程度にやられるほど、私は柔な鍛え方をしていません」
(それに、
それは、この場をのぞき見しているであろう、ある男たちに向けられた言葉だった。
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幕間 強欲竜団
「全てを切り裂く至上の一閃――〝絶断〟!」
先手は雫。魔法によって切れ味を増したアーティファクトの剣がベヒモスの顔に鋭い一閃を入れる。
「グゥルガァアア!?」
悲鳴を上げその巨体を揺らし、顔に刻まれた傷には赤黒い血が流れ落ちる。
ベヒモスは自分に傷をつけた相手を睨みつけ、踏み込みで地面を粉砕しながら突進を始める。
「グルゥアアア!!」
「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず――〝聖絶〟!」
香織が前に出て、絶対の防御を発動させ、ベヒモスの突進を受け止める。
凄まじい衝撃音と衝撃波が辺りに撒き散らされ、周囲の石畳を蜘蛛の巣状に粉砕するが、障壁にはヒビの一つも入らない。
殺気に満ちたベヒモスの眼光が香織を捉えるが、香織は一歩も引くことはない。
ユキとヴァルゼライドの戦いを見てきた香織や雫にとって、その程度の殺気では堅い意志を揺らすことはできない。
そこからは文字通り一方的だった。
攻撃はすべて香織に受け止められ、高速で動く雫をベヒモスは捉えることはできない。
全身に傷が増えていき、とうとう、ベヒモスはその巨体を地に沈める。
だが、まだ死んでいるわけではない。その巨体を支えきれなくなっただけである。
そこに、香織がとどめを刺すべく、炎系上級攻撃魔法をベヒモスに放った。
「〝炎天〟」
香織一人で発動させているにもかかわらず、膨大な魔力が込められた超高温の炎が球体となり、さながら太陽のように周囲一帯を焼き尽くす。ベヒモスの直上に創られた〝炎天〟は一瞬で直径八メートルに膨らみ、直後、ベヒモスへと落下した。
絶大な熱量がベヒモスを襲う。地に伏せてしまっているベヒモスは逃げることもできず、〝炎天〟はその堅固な外殻を融解していった。
「グゥルァガァアアアア!!!!」
ベヒモスの断末魔が広間に響き渡る。いつか聞いたあの絶叫だ。鼓膜が破れそうなほどのその叫びは少しずつ細くなり、やがて、その叫びすら燃やし尽くされたかのように消えていった。
そして、後には黒ずんだ広間の壁と、ベヒモスの物と思しき僅かな残骸だけが残った。
「す、すごいじゃないか、二人とも! だけど、あまり無ty」
「どうでしたか、アヤメさん」
光輝の心配を無視して、香織と雫は誰よりも先にアヤメに声を掛ける。
実は今回は一種の試験でもあり、これまで訓練を行ってきて、どこまで強くなったかの確認でもあった。
「よくやりましたね。この短期間でここまで強くなれば十分です」
「「はい!」」
そのやり取りに光輝は苦い顔をするが、そこでクラス一の元気っ子が飛び込んできた。
「カッオリ~ン! シッズシズ~!」
そんな奇怪な呼び声とともに鈴が香織にヒシッと抱きつく。
「ふわっ!?」
「すごいよ~! 二人だけで倒しちゃうなんて~」
「も、もう、鈴ちゃんったら。ってどこ触ってるの!」
「げへへ、ここがええのんか? ここがええんやっへぶぅ!?」
鈴の言葉に照れていると、鈴が調子に乗り変態オヤジの如く香織の体をまさぐる。それに雫が手刀で対応。些か激しいツッコミが鈴の脳天に炸裂した。
「いい加減にしなさい。誰が鈴のものなのよ...香織は
「雫ちゃん!?」
「ふっ、そうはさせないよ~、カオリンとピーでピーなことするのは鈴なんだよ!......
「鈴ちゃん!? 一体何する気なの!?」
「おうおう、凄いじゃないか。まさか二人だけでアレを倒しちまうとはな。感心したぜ」
突如、聞いたことがない声が六十五階層に響く。メルド団長と騎士団員が警戒し、慌てて光輝たちも警戒する。
すると広間の奥の方に無数の魔法陣が現れ、そこから騎士団員も見たことがない魔物たちが出現した。
「...やはり来ましたか、
見たことがない魔物に全員がうろたえる中、アヤメが確信したように言うと、また虚空から男の声が響く。
「今回は殺りあうつもりはねえ。ただ勇者ってのを見に来ただけなんだが、なかなか面白いもんを見させてもらったぜ。
勇者ってのより、よほどいいじゃねえか」
「な、なんだと! 何者だ、姿を見せろ!」
激昂する光輝に対してなのか、それともその面白いものを見せた香織と雫に対してなのか、男は名乗った。
「ファヴニル・ダインスレイフ。
ダインスレイフと名乗ったその男は、くつくつと笑いながら話をつづけた。
「
「もうじき
魔物たちの足元にまた魔法陣が現れ、魔物たちをどこかに転移させていく。
「さあ、勇者。
「な、まて!」
光輝の叫びに意味はなく、ダインスレイフはそう言い残し、広間には静寂だけが残った。
ダインスレイフが残した言葉はその大半を理解できるものではなく、多くの謎を残していった。
それは香織と雫も同じで、
疑問は多かったが、再会できればなにかわかるだろうと、さらに強く決意するのであった。
それがファヴニル・ダインスレイフの目的なのだとしても...
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第十二話 語らい
「そうすると、ユエって少なくとも三百歳以上なわけか?」
「......マナー違反」
「さすがにそれは失礼だぞ......」
ユエが非難を込めたジト目でハジメを見る。女性に年齢の話はどの世界でもタブーらしい。
三人は現在、拠点で消耗品を補充しながらお互いのことを話し合っていた。
ハジメの記憶では、三百年前の大規模な戦争のおり吸血鬼族は滅んだとされていたはずだとのこと。実際、ユエも長年、物音一つしない暗闇に居たため時間の感覚はほとんどないらしいが、それくらい経っていてもおかしくないと思える程には長い間封印されていたという。二十歳の時、封印されたというから三百歳ちょいということだろう。
「吸血鬼って、皆そんなに長生きするのか?」
「...私が特別。〝再生〟で歳もとらない...」
聞けば十二歳の時、魔力の直接操作や〝自動再生〟の固有魔法に目覚めてから歳をとっていないらしい。普通の吸血鬼族も血を吸うことで他の種族より長く生きるらしいが、それでも二百年くらいが限度なのだそうだ。
「...そういやユキの年齢もおかしなことになってたが、あれどうなってんだ?」
「...私、それ知らない。どうゆうこと?」
「ああ、そうだな。いろいろと複雑なんだが、ハジメは、香織と雫から夢について相談されてたんだったな?」
ハジメはユキのステータスプレートの年齢の部分を思いだし問うと、突然香織と雫に夢について相談されていたことを聞いてきた。
「あ? そういやそうだったが」
「その夢は、
「は、は? どういうことだ?」
香織たちが見ていた夢は、ユキが実際に経験していることを説明する。当然のように理解されていないため、さらに説明する。
「死に戻り、とでも言っておこうか。俺は
だから彼女たちが夢で見たように、何度もヴァルゼライドと戦ったし、その約三十年間を何度も生きたから年齢がおかしいことになっているのさ」
二人は絶句していた。正確にはユエはよくわかっていないが、凄まじいことを言っていることは分かった。
「そ、それって何回くらいだ? 十回とか二十回じゃないだろ」
「回数なんて数えてないさ。数百、数千、それ以上かもしれないな」
それはつまり約三十年を数百、数千回繰り返していたわけで...
「...私なんかよりおじいちゃん?」
「ぐっ!...事実だから何も言えん」
ユエの何気ない一言でユキの鋼の心に傷をつける。そのやり取りにハジメが苦笑してしまうが、本来聞きたかったことをユエに尋ねる。
「ユエはここがどの辺りか分かるか? 他に地上への脱出の道とか」
「...わからない。でも...この迷宮は反逆者の一人が作ったと言われてる」
「反逆者?」
聞き慣れない上に、なんとも不穏な響きに思わず錬成作業を中断するハジメ。ハジメの作業をジッと見ていたユエも合わせて視線を上げると、コクリと頷き続きを話し出した。
「反逆者...神代に神に挑んだ神の眷属のこと。...世界を滅ぼそうとしたと伝わってる」
ユエ曰く、神代に、神に反逆し世界を滅ぼそうと画策した者たちがいたそうだ。しかし、その目論見は破られ、彼等は世界の果てに逃走した。
その果てというのが、現在の七大迷宮といわれているらしい。この【オルクス大迷宮】もその一つで、奈落の底の最深部には反逆者の住まう場所があると言われているのだとか。
「...そこなら、地上への道があるかも...」
「なるほど。奈落の底から迷宮を上がってくるとは思えない。神代の魔法使いなら転移系の魔法で地上とのルートを作っていてもおかしくないってことか」
(それに、本当に反逆者は世界を滅ぼそうとしていたのか? 聖教協会が世界を支配しているなら歴史なんてどうにでもできる。都合のいいように真実を隠すのは権力者の特権だ)
(そもそもエヒト神は元の世界に帰す気があるのか? 俺たちを召喚できる以上、何らかの方法で現世に干渉できるはず)
(それなのに、わざわざ別の世界から勇者となる存在を召喚する必要があるのか? 人間族に加護や技術を与えればいいだけじゃないのか)
ユキは一人でユエの説明を元に思考を巡らせるが、
(......いや、仮説にもならない憶測を立てたところで仕方がないか...まずはこの大迷宮から脱出することが先だな)
目先の目的が変わってきている、と考えを元に戻した。すると、
「ユキはどうするんだ?」
「...ん? ああ、悪い。聞いてなかった、何のことだ」
「ユエを俺たちの世界に連れていくってことだ。で、ユキはどうするんだ。死んじまったら召喚されたんだろ」
どうやら、迷宮から脱出したらどうするのかという話だったようだ。確かに、ユキは星辰戦争に敗北して死亡した直後に召喚されている。帰る場所などないに等しい。
「...ハジメたちについていくさ。元々はそっちが故郷なんだしな」
数百、数千、それ以上の年月を新西暦で過ごしたユキだが、もともとハジメたちが生きる西暦が故郷だ。そのため、本当の意味で帰る場所は西暦なのだ。
話を続ける中で、ハジメは作業を完了させ新しい武器、シュラ―ゲンを完成。一段落したところで食事をすることした。
「ユキ、ユエ、メシだぞ...って、ユエが食うのはマズイよな? あんな痛み味わせる訳にはいかんし...いや、吸血鬼なら大丈夫なのか?」
ハジメとユキは魔物の肉を食うのが日常になっていたので、軽くユエを食事に誘ったのだが、果たして喰わせて大丈夫なのかと思い直し、ユエに視線を送る。
ユエは、ハジメの発明品をイジっていた手を止めて向き直ると「食事はいらない」と首を振った。
「まぁ、三百年も封印されて生きてるんだから食わなくても大丈夫だろうが...飢餓感とか感じたりしないのか?」
「感じる。...でも、もう大丈夫」
「大丈夫? 何か食ったのか?」
腹は空くがもう満たされているというユエに怪訝そうな眼差しを向けるハジメ。ユエは真っ直ぐにハジメを指差した。
「ハジメの血」
「ああ、俺の血。ってことは、吸血鬼は血が飲めれば特に食事は不要ってことか?」
「...食事でも栄養はとれる。...でも血の方が効率的」
吸血鬼は血さえあれば平気らしい。先ほどハジメから吸血したので、今は満たされているようだ。なるほど、と納得しているハジメを見つめながら、何故かユエがペロリと舌舐りした。
「...何故、舌舐りする」
「...ハジメ...美味...」
「び、美味ってお前な、俺の体なんて魔物の血肉を取り込みすぎて不味そうな印象だが...」
「...熟成の味......」
「「......」」
ユエ曰く、何種類もの野菜や肉をじっくりコトコト煮込んだスープのような濃厚で深い味わいらしい。
そういえば、最初に吸血されたとき、やけに恍惚としていたようだったが気のせいではなかったようだ。飢餓感に苦しんでいる時に極上の料理を食べたようなものなのだろうから無理もない。
「...美味」
「...勘弁してくれ」
いろんな意味で、この相棒はヤバイかもしれないと、若干冷や汗を流すハジメであった。
次回、迷宮ボス戦
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第十三話 最奥の英雄
二人から、ユエを加えた三人になってからの迷宮攻略は、予想以上にスムーズに進んだ。
いくら異常なステータスを持つ二人だとしても、発動体一本で近接戦主体のユキと片腕を失くし銃弾に限りのあるハジメでは流石に限界があるため、最上級の魔法を無詠唱で使えるユエの参入は二人にとってありがたいことだった。
そして現在、三人はユキとハジメが再会した場所から百層目になるところにいた。
一般に認識されている迷宮が百層までだと言われているため、おそらくこの百層目こそが最奥なのだろう。そのため、三人は一つ上の階層である九十九層でつくった拠点で装備の確認、補充をしていた。
当たり前のことではあるが、これまでで一番難関になるであろう階層であるため、できる限りの準備をする。
=========================
ユキ・ロスリック ??歳 男 レベル:100
天職:神子
筋力:3000
体力:3000
耐性:3000
敏捷:3000
魔力:15000
魔耐:12000
技能:星辰光・■■■■・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・魔力変換[+身体強化][+部分強化][+治癒力変換][+衝撃変換]・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・言語理解
=========================
=========================
南雲ハジメ 17歳 男 レベル:76
天職:錬成師
筋力:1980
体力:2090
耐性:2070
敏捷:2450
魔力:1780
魔耐:1780
技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・熱源感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・金剛・威圧・念話・言語理解
=========================
二人のステータスは現在こうなっていた。
魔物を喰うことでハジメのステータスは上昇し続けたが、固有魔法に関してはそれほど増えなくなっていた。ステータスが上がって肉体の変質が進むごとに習得し難くなっているのかもしれない。
ユキに至っては、技能派生は増えてはいないがレベルが100に到達し、メルド団長の説明曰く人間としての潜在能力の全てを発揮した極地にいるらしい。
しばらくして、全ての準備を終えた三人は、百層目へと続く階段へと向かった。
百層目は、無数の強大な柱に支えられた広大な空間だった。柱の一本一本が直径五メートルはあり、一つ一つに螺旋模様と木の蔓が巻きついたような彫刻が彫られている。柱の並びは規則正しく一定間隔で並んでいる。天井までは三十メートルはありそうだ。地面も荒れたところはなく平らで綺麗なものである。どこか荘厳さを感じさせる空間だった。
しばしその荘厳な光景に見惚れつつ足を踏み入れると、全ての柱が淡く輝き始めた。ハッと我を取り戻し警戒するハジメ達、柱はハジメ達を起点に奥の方へ順次輝いていく...
ハジメ達はしばらく警戒していたが特に何も起こらないので先へ進むことにした。感知系の技能をフル活用しながら歩みを進める。二百メートルも進んだ頃、前方に行き止まりを見つけた。否、行き止まりではなく、全長十メートルはある巨大な両開きの扉が有り、これまた美しい彫刻が彫られている。特に、七角形の頂点に描かれた何らかの文様が印象的だ。
「...これはまた凄いな。もしかして...」
「...反逆者の住処?」
いかにもラスボスの部屋といった感じだ。実際、感知系技能には反応がなくともハジメの本能が警鐘を鳴らしていた。この先はマズイと。それは、ユエも感じているのか、うっすらと額に汗をかいている。
ユキも同じく危険だと感じてはいるものの、それ以上に奇妙な気配を感じている。異世界であるはずなのに、
「ハッ、だったら最高じゃねぇか。ようやくゴールにたどり着いたってことだろ?」
ハジメは本能を無視して不敵な笑みを浮かべる。たとえ何が待ち受けていようとやるしかないのだ。
「...んっ!」
ユエも覚悟を決めた表情で扉を睨みつける。
そして、三人揃って扉の前に行こうと最後の柱の間を越え...ようとした直前に、ユキの足元に魔法陣が現れた。
ハジメはその魔法陣に見覚えがある。トータスに転移する際に教室に現れた、転移の魔法陣だ。
「なッ!」
突然の事態に焦りハジメはユエを抱き寄せ、ユキにも手を伸ばそうとするが間に合わない。
そのユキ自身は先ほどの懐かしさを魔法陣の先に感じ取り、
(ああ、なるほど。そういうことか...)
その正体に気付いた直後、魔法陣がユキを別の空間へ転移させた。
神話の戦い。この光景を見たものはそう感じるだろう。
だが、その感想は決して間違ってはいない。
竜巻が吹き荒れ、稲妻を鳴り、大気が揺らぐ。荒れ狂う嵐は空間すらも引き裂かんとしている。
そして、その嵐すら切り裂く黄金の極光。
これを神話と言わずしてなんと表すのだろうか。
なにより有り得ないのが、
「「ォォォォォォオオオオオオオオッ!!」」
たった
その一人、ユキ・ロスリックが放つ一振りは新たな竜巻を生み、触れる者全てを薙ぎ払う。
だが、その常識を覆すのが〝英雄〟というもの。
その英雄、金髪の偉丈夫が放つ光の剣閃は、文字通り竜巻を斬り飛ばした。
「...さすがだな、
そう、この金髪の偉丈夫が、英雄、クリストファー・ヴァルゼライド。
ユキ・ロスリックの親友にして、アドラー最強の星辰奏者。
ユキが転移した先で待ち構えていたのが、この男だった。無論、この男はクリストファー・ヴァルゼライド本人ではない。
反逆者の一人が、
ヴァルゼライドは竜巻を斬り飛ばした後、ユキに斬りかかる。
直撃どころか掠り傷ですら致死に繋がる死の極光、合計七本の太刀を巧みに操り、一閃、二閃、三閃...手数で勝るヴァルゼライドの攻撃を、ユキもまた巧みに捌き攻守が逆転する。
一刀対七刀、手数で劣るのならば他で補えばよい。ユキの斬撃と同時に放たれる多段の鎌鼬。常人ならば数瞬で肉片に変わるであろう怒涛の刃だが、当然
そこから幾度と攻守の逆転を繰り返し鍔迫り合いが発生する。
「...ふざけているのか」
「何?」
突如ヴァルゼライドが口を開く。
「俺は
「お前は幾度と
「ッ! それは―――」
ユキは対ヴァルゼライドにおいて圧倒的な経験値がある。なのに攻めきれず、この鍔迫り合いでさえ僅かに押され気味になっている。それは、
「いつまで
最後の星辰戦争において、ヴァルゼライドに敗れたという事実。結果、
「その醜態で悪を討つ?
鍔迫り合いに押し負け後方に飛び退こうとするも、透かさずヴァルゼライドが追撃することで態勢を整える隙を与えない。
軸を崩され完全に後手に回ってしまった今、先ほどのような拮抗になるはずもなく、
「その程度の覚悟しか抱けぬのなら―――」
「ッ、しま」
「―――
断罪の極光が振り下ろされた。
ヴァルゼライドの視線の先には、壁に寄りかかっているユキが居た。床には血溜まりが広がっている。
(...俺の、負け、か)
(
―――否、まだ死んでいない。武器を握り、
まだ死ぬわけにはいかない。
(日本に帰ると、約束したから)
一度敗北したからなんだというのだ。過去は過去、
「父さんと母さんが、まだ俺を待ってるらしくてな」
故に死ねない、死ぬわけにはいかない。
ユキは太刀を杖のようにして立ち上がり、視線はヴァルゼライドを捉える。
ユキが立ち上がることを待っていたようにヴァルゼライドは立っていた。実際、待っていたのだろう。これは
故にここからが
「この手に“勝利”を掴むため。皆と明日へ往くために。俺は
それに呼応するようにユキが自らの
「〝
核融合、核分裂すらも行える究極の星辰光。それが、ユキ・ロスリックの星辰光の正体だった。
自らが致命傷を負うことも関係なく放たれた自爆技。その爆発は部屋を完全に飲み込み...
一方、ハジメとユエの二人は、ユキが転移した直後に出現した迷宮のボス、ヒュドラと戦っていた。
そして、激戦の果てに二人はヒュドラに勝利した。しかし、その代償は大きく、ハジメは片目を失う結果となっていた。
「流石に...もう...限界だ」
「わ、私も...魔力...ない」
二人は疲労の果てに座り込む。ハジメに至っては片目を失い魔力も尽きたために気を失う寸前だった。
意識を手放そうとしたその瞬間、壁の一部が吹き飛んだ。
「ッ! なんだ!」
突然のことに意識は覚醒するが、疲労からか神水を取り出そうにも腕すら動かない。
マズイ、とユエを傍に引き寄せ壁の方を睨み警戒するが、そこから吹き飛んできた人物に驚いた。
「ぐ、ぅッ!」
「ユ、ユキ!?」
吹き飛んできたのは、ユキであった。ボロボロになり、苦悶の声を上げている。最大出力で放った影響で、星辰光はすでに解けてしまっている。
ユキはハジメの方へ一瞥した後に、壁の方へ視線を向ける。そこから現れたのは、ユキと同じくボロボロになりながらも悠々と歩いてくるヴァルゼライドの姿だった。
「...致命傷を負いながらも自爆技か。それでも潰えぬその雄姿、見事だ」
「...当たり前だ。この程度で勝てるほどお前は弱くないさ。
それでも、俺は勝つ。そして、ハジメたちと生きて帰る!」
「...いいだろう。その覚悟、試練を越えるものと認めよう。
ならばこそ、
「言われなくとも!」
「「創生せよ、天に描いた星辰を──我らは煌めく流れ星」」
そして二人は再び、同時に
両者が謳い上げるのは似て非なるもの。片や全能の証明。片や最強の証明。両者は再び神話を再現する。
「〝
「〝
初手はユキの一閃、同時に放たれる高密度の風弾。
以前、檜山が放った魔法と同様の攻撃だが、威力に圧倒的な違いがあった。魔法がプロボクサーのパンチ程度なら、こちらは砲弾クラスの威力がある。
ヴァルゼライドはその風弾を、空間ごと圧倒的な剣威で斬り飛ばしユキの一閃を避けると同時に放つ極光斬。
直撃すれば間違いなく敗死する極光斬を紙一重で躱す。返し放たれるユキの斬撃、音を置き去りにして大気を引き裂く。
次いで放つ鎌鼬、水弾、爆炎。黄金の極光はまたもや消し飛ばす。
幾度繰り返しても変わらない光景。
都合数分にも亘って繰り返される神速の剣戟。
より速く、より鋭く、より強く。
斬、斬、突、斬、強、弱、突、弱、斬―――と、ユキによって放たれる怒涛の連撃。現状、ユキがヴァルゼライドに唯一勝るのは技量のみであり―――
―――両者の決着は唐突に訪れた。
そもそも、このヴァルゼライドは試練のために生みだされたホムンクルスであり、最終的にユキに負けることを前提にしている。
そして、そのことを本人も自覚しており、その運命を受け入れている。
敗北を受け入れるヴァルゼライドと、勝利を求めるユキ。実力が拮抗している以上、結果は決まっており、
「ォォォオオオッ!!」
渾身の袈裟斬り。幾度と繰り返した戦いでヴァルゼライドを斃してきた一撃はその身体を切り裂き―――
「ッ、ハァァ――ッ!」
―――同時に放たれたヴァルゼライドの一撃はユキの太刀を砕き、胴体を切り裂いた。
切り裂かれた胴体から
加えてユキは発動体を砕かれた。発動体を失った星辰奏者は星辰光を使えない。
星の力をなくした星辰奏者など身体能力の高いだけであり、なおも星を纏うヴァルゼライドの勝利が揺るぐはずがなく、
「
この瞬間を待っていた、と言うように太刀を振り下ろすこともできない懐に潜り込む。
幾度と斃しているといっても、一度破られているのだ。
虚を突かれたヴァルゼライドは一瞬止まってしまい、その一瞬が勝敗を分けた。
袈裟斬りによってできた斬傷に右手を差し込み―――
「俺の、勝ちだ!」
―――
この瞬間、英雄譚を覆し、怪物の勝利は決まった。
試練を乗り越え、
「......見事だ。貴様なら、あの神の支配を、越えられるだろう。
さあ、進むがいい。この世界の真実が、そこにある」
そう言い残し、ヴァルゼライドは息絶える。
ユキは
そして、扉の先で世界の真実を知る。新たな再会と共に...
基準値:C
発動値:AA
集束性:C
操縦性:B
維持性:D
拡散性:C
付属性:B
干渉性:AAA
竜巻の創造、気象の変化、積乱雲の発生など裁剣女神にも似た星光を操る。
時折、水流を操作していたり、爆発を引き起こしたりしているため、能力を偽っているのではないかと言われているが、真実は極一部の者しか知らない。
全体的に平均以上の能力値を保っており、ユキ自身の技量や経験が組み合わさることにより、最強クラスの
その正体は化学反応制御能力。化合分解、融合分裂を操り、通常の星辰奏者では使いこなせないほど強力な星辰光。
連続して行う化合分解は上昇気流を発生させ、傍から見れば天気を操っているように見えるだろう。
使い方によっては他人の
ただし、制御にも限度があり、自分の許容量を超える制御は行えない。
作中で使用した〝純粋水爆星辰光〟が最大火力だが、制御しきれずに暴発する危険がある。
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第十四話 真の歴史
卒業、就職、忙しくて時間がとれませんでした。
ゆっくりですが完結までがんばります。
ヴァルゼライドを倒したユキはボロボロの体を引きずりながらハジメとユエの元に向かっていく。
「二人とも、大丈夫か?」
「ああ、右目をやられたがなんとかな」
「そういう、ユキは?」
「なんとかな」
三人で労い合っていると、広間の奥の扉が独りでに開いていく。
ハジメとユエは新手かと構えるが、ユキはそれを無視するように扉に向かって歩いていく。
「行くぞ、二人とも」
「お、おい。新手かもしれないだろ」
「クリスが先に進めって言ってたから大丈夫だ。」
そう言いながら歩いていくユキに、ハジメとユエは追いかけ三人で扉をくぐる。
その先には、地下深くとは思えない空間が広がっていた。
まず目に入ったのは太陽だ。もちろんここは地下迷宮であり本物ではない。頭上には円錐状の物体が天井高く浮いており、その底面に煌々と輝く球体が浮いていたのである。僅かに温かみを感じる上、蛍光灯のような無機質さを感じないため、思わず〝太陽〟と称したのである。
「すごいな、これは...」
「ここって迷宮だよな...じゃああれって人工太陽か?」
「これが、反逆者の住処」
次に、注目するのは耳に心地良い水の音。扉の奥のこの部屋はちょっとした球場くらいの大きさがあるのだが、その部屋の奥の壁は一面が滝になっていた。天井近くの壁から大量の水が流れ落ち、川に合流して奥の洞窟へと流れ込んでいく。滝の傍特有のマイナスイオン溢れる清涼な風が心地いい。よく見れば魚も泳いでいるようだ。もしかすると地上の川から魚も一緒に流れ込んでいるのかもしれない。
川から少し離れたところには大きな畑もあるようである。今は何も植えられていないようだが...その周囲に広がっているのは、もしかしなくても家畜小屋である。動物の気配はしないのだが、水、魚、肉、野菜と素があれば、ここだけでなんでも自炊できそうだ。緑も豊かで、あちこちに様々な種類の樹が生えている。
「あとは、あの家だな」
三人は視線の先にある石造りの家に向かっていった。全体的に清潔感があり、エントランスには、温かみのある光球が天井から突き出す台座の先端に灯っていた。薄暗いところに長くいたユキたちには少し眩しいくらいだ。どうやら三階建てらしく、上まで吹き抜けになっている。
取り敢えず一階から見て回る。暖炉や柔らかな絨毯、ソファのあるリビングらしき場所、台所、トイレを発見した。どれも長年放置されていたような気配はない。人の気配は感じないのだが...言ってみれば旅行から帰った時の家の様と言えばわかるだろうか。しばらく人が使っていなかったんだなとわかる、あの空気だ。まるで、人は住んでいないが管理維持だけはしているみたいな...
更に奥へ行くと再び外に出た。そこには大きな円状の穴があり、その淵にはライオンぽい動物の彫刻が口を開いた状態で鎮座している。彫刻の隣には魔法陣が刻まれている。試しに魔力を注いでみると、ライオンモドキの口から勢いよく温水が飛び出した。
「まんま風呂だな。こりゃいいや。何ヶ月ぶりの風呂だか」
「確かに、久しぶりに風呂に入りたいな」
思わず頬を緩めるハジメとユキ。最初の頃は余裕もなく体の汚れなど気にしていなかったハジメだが、余裕ができると全身のカユミが気になり、大層な魔法陣を書いて水を出し体を拭くくらいのことはしていた。
しかし、ハジメも日本人だ。例に漏れず風呂は大好き人間である。安全確認が終わったら堪能しようと頬を緩めてしまうのは仕方ないことだろう。
そして、ユキも例外ではなく、出身は日本であるため風呂好きであった。やはり血は争えないということだろう。
そんな二人を見てユエは、
「...ハジメ、一緒に入る...?」
「...のんびりさせて?」
「むぅ......」
そんな二人のやり取りをユキは苦笑して見ていた。
それから、二階で書斎や工房らしき部屋を発見した。どちらも扉に封印が施されているらしく開けることはできなかった。
そして、三階には一部屋しかなかった。扉を開けると、そこには直径七、八メートルの精緻で繊細な魔法陣が部屋の中央の床に刻まれていた。
そして、その魔法陣の向こう側、豪奢な椅子に座った人影、骸だった。既に白骨化しており黒に金の刺繍が施されたローブを羽織っている。
おそらく、この骸が反逆者なのだろう。魔法陣しかないこの部屋で座ったまま朽ち果てたその姿は、まるで誰かを待っているようにも見える。
「...怪しい...どうする?」
「...あと調べられるのはこの部屋だけだからな...俺とユキの二人が調べるから、ユエは待っててくれ」
ハジメとユキの二人は魔法陣へ向けて踏み出した。瞬間、カッっと純白の光が爆ぜ部屋を真っ白に染め上げる。
二人はまぶしさに目を閉じる。直後、何かが頭の中に侵入し何かが頭の中に侵入し、まるで走馬灯のように奈落に落ちてからのことが駆け巡った。
やがて光が収まり、目を開けた二人の目の前には、黒衣の青年が立っていた。
「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?」
彼が反逆者、オスカー・オルクス。このオルクス大迷宮を創った張本人らしい。
「ああ、質問は許して欲しい。これはただの記録映像のようなものでね、生憎君の質問には答えられない。だが、この場所にたどり着いた者に世界の真実を知る者として、我々が何のために戦ったのか...メッセージを残したくてね。このような形を取らせてもらった。どうか聞いて欲しい。...我々は反逆者であって反逆者ではないということを」
そうして始まったオスカーの話は聖教教会で教わった歴史やユエに聞かされた反逆者の話とは大きく異なり、ユキにとって予想通りの内容だった。
この世界で起こっている種族間の戦争は、神の遊戯として仕組まれたものであること。
その真実を知り、何百年も続く戦争を終結させるために〝解放者〟として立ち上がったこと。
神が人々を巧みに操り、〝解放者〟たちを〝反逆者〟として追い詰められたこと。
残った〝解放者〟たちは各地に迷宮を創り、その攻略者に自分たちの力、〝神代魔法〟授けることにしたこと。
いつか神の遊戯を終わらせるものが現れることを願って...
長い話が終わり、オスカーは穏やかに微笑む。
「君が何者で何の目的でここにたどり着いたのかはわからない。君に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っておいて欲しかった。我々が何のために立ち上がったのか。...君に私の力を授ける。どのように使うも君の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすためには振るわないで欲しい。話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを」
そう締めくくり、オスカーの記録映像はスッと消えた...と思われたが、もう一度オスカーの記録映像が浮かび上がる。先ほどの映像と違う表情をしているため、別の映像なのだろう。どこか、安心したというような表情だ。
「この映像は、特定の試練がクリアされた場合にのみ流れる仕様になっている。つまり、彼女が配置したホムンクルスを倒されたということだ。
「「ッ!」」
オスカーの言った名前にハジメとユエが驚いて身構えた。
ありえない。オスカー・オルクスは神代の人間、ユキのことを知ることはできないはずなのだから。
しかし当のユキは、それすらも予想通りだと言わんばかりに落ち着いて、まるで続きを促すかのにオスカーをじっと見つめている。
「彼女から記録映像を預かっている。...どうか、彼女を頼む。」
そう言い残し、オスカーの映像は消え、代わりに一人の女性が映る映像が浮かび上がった。
母。そう思わせるだけの母性を、ハジメとユエは女性から感じた。
黒い長髪を揺らしながら女性は告げる。
「...私はガイア。西暦の時代、大和が造りだした
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第十五話 新たなる旅立ち
適当すぎたなと思って、編集再投稿です。
西暦2578年――その年、世界は崩壊した。
有史以来最大となる空前絶後の災禍を前に、既存文明は一新されたのだ。
大戦末期に誕生した、一体の人型人造兵器と一体の装置を残して......
西暦末期、蠅にすら命中する精度の誘導ミサイル、世界を幾度も滅ぼせる量の核爆弾。地球という惑星はすでに限界を迎えていた。
更に後押しするように、当時の日本軍タカ派が生み出した初のアストラル運用兵器
地球の崩壊を危惧して、極秘裏に日本軍ハト派が生み出したアストラル運用
だが、
カグツチとガイアはお互いの協力者を探し、選ばれたのが...
「ユキだったわけか...」
「結構真剣な話だった...」
オスカーの拠点でハジメとユエは、ガイアについての話を聞いていた。
最初は
「ガイアの協力者はただの人間では担えない。大量の
世界中を隈無く探せばいたかもしれない。だがガイアはセントラル地下から動くことができない。故に条件の合う人間を待つしかなかった。
「俺は
無論、それだけが理由ではないだろう。
「...恨んだことはないのか? 結局のところ、そのガイアとかを造った連中のせいなんだろ?」
ハジメの疑問はもっともだった。言ってしまえば他国の戦争に巻き込まれて、急に別の世界に飛ばされ、何度死んでも戦うことを強制されたのだから。
異世界に強制召喚されたハジメたちも大概だが、ユキほど異常な人生を経験しているものなどまずいない。
「...どうだっただろうな。生きるのに必死だったし、恨む相手も知らなかったからな。確かに、〝家に帰りたい〟〝家族に会いたい〟とは思ってた。でも、」
ヴァルゼライドという
当時のユキは5、6歳、単純にかっこいいものに憧れる年齢だ。しかも、
そして、なにより
「泣いてたんだ、ガイアは。〝私たちのせいで辛い目にあわせてしまって、ごめんなさい〟って。そんなの見たら、怒る気にもなれないさ」
「はふぅ~、最高だぁ~」
「ああ、生き返るようだ」
その日の晩、男二人は風呂に入っていた。
ハジメは天井の太陽が月に変わり淡い光を放つ様をぼんやりと眺め、ユキも同じく眺めながら考え事をしていた。
「.........」
「...あの話か?」
「...ああ」
ユキはガイアが残したメッセージのことを考えていた。
『ユキ…いいえ、悠姫。私は神山、聖光協会の総本山にある迷宮にいます』
『きっと過酷な旅になるでしょう。でも、必ず迎えに来てくれると信じています』
『あなたは怪物。ならばこそ、
『待ってるわ、いつまでも…』
オスカーが託されたというガイアからのメッセージ。
全幅の信頼を寄せた、しかし一種の狂気染みたメッセージではあったが、ユキにとってはこれで十分。
この世界にガイアがいる。故に、自らの使命は明白だと。
ーー
「ああ、いいさーー」
「勝つのは、
『勝つのは、
「どうする? 神山って、俺たちが召喚された場所だろ。ここを出たら向かうか?」
「...いや、まだ早いだろう。聖光協会、おそらく今の聖教協会のことだろう。複数人の神代魔法の使い手がいて敵わなかった相手だ。今の俺たちでもまず勝てないだろう」
正確には協会が信仰している神に、ではあるが、協会に手を出せば神あるいは神の手先が介入してくることは確実だろう。
「そんな相手に挑んだって無駄死にになるだけだ。他の迷宮を攻略して神代魔法を手に入れたほうがいい」
「...まあ、そうなるか...」
ガイアも
ハジメはユキの言葉に納得するが、ユキはそれよりガイアの言葉の方が気になっていた。
(なんでガイアは
そうユキは考えたが答えが出なかった。すると、脱衣所の方から誰かの気配を感じたため、風呂を上がるために立ち上がった。
「俺は先に出る。ハジメはもう少しゆっくりしていけよ。じゃあ、あとは
「おう。...ん? 二人? おい、どういうこと...」
ハジメを無視してユキは先に風呂を出る。途中ユエとすれ違い、その後風呂の方からハジメの悲鳴が聞こえたが、ユキはそれも無視して出ていった。
それから二ヶ月、ユキとハジメは、ヒュドラと戦った場所でお互いに武器を構えながら向き合っていた。
「...行くぞ、ハジメ」
「おう、来い、ユキ」
一拍置き、ユキはハジメに斬りかかる。一瞬で距離を詰めるが、ハジメも後方へ飛び下がることで攻撃を回避する。同時にドンナーで牽制するが、ユキは電磁加速された弾丸すらも容易く切り払いながら距離を詰める。
「チッ!」
牽制は効果がないと判断し、〝縮地〟を使って逆にユキの懐に潜り込む。さすがにユキも懐に入られたら武器を振ることはできない。ハジメが〝豪腕〟を使い、
「甘い」
ユキは懐に入られた瞬間に武器を手放し、柔道の如くハジメを投げ飛ばした。そのまま首元に短刀を突き付ける。
「......参った。俺の負けだ...」
「いや、焦ったぞ。それより、義手の調子はどうだ?」
こうして模擬戦をしていたのは、ハジメが左腕に着けている義手が理由だった。
この義手は封印された工房にあったオスカー作のアーティファクトで、魔力の直接操作で本物の腕と同じように動かすことができる。疑似神経が備わっており、魔力を通すことで触った感触もきちんと脳に伝わる様に出来ている。
この模擬戦は義手と体を馴染せるためと、戦闘で使えるかを確かめるようだった。模擬戦自体はすぐに終わってしまったが...
「ああ。問題なさそうだ」
この二ヶ月の間で三人の実力や装備は依然とは比べ物にならないほどに充実していた。
例えば
=========================
ユキ・ロスリック ??歳 男 レベル:???
天職:神子
筋力:15000
体力:15000
耐性:15000
敏捷:15000
魔力:15000
魔耐:12000
技能:星辰光・■■■■・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・魔力変換[+身体強化][+部分強化][+治癒力変換][+衝撃変換]・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・言語理解
=========================
=========================
南雲ハジメ 17歳 男 レベル:???
天職:錬成師
筋力:10950
体力:13190
耐性:10670
敏捷:13450
魔力:14780
魔耐:14780
技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成][+圧縮錬成]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+調律]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚][+瞬光]・風爪・夜目・遠見・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・熱源感知[+特定感知]・気配遮断[+幻踏]・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・恐慌耐性・全属性耐性・先読・金剛・豪腕・威圧・念話・追跡・高速魔力回復・魔力変換[+体力][+治癒力]・限界突破・生成魔法・言語理解
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二人のステータスはこうなっていた。
ハジメは魔物の肉を喰いすぎて体が変質し過ぎたのか、ある時期からステータスは上がれどレベルは変動しなくなり、遂には非表示になってしまった。さらに、ようやく調律を習得したため、ユキの発動体の調律もできるようになった。
ユキに関して言えば、ハジメよりも異常だった。おそらくヴァルゼライドとの戦いで幾度と覚醒を果たしたせいだろうが、なぜ本当にステータスに反映されているのだろうか。
ちなみに、勇者である天之河光輝の限界は全ステータス1500といったところである。限界突破の技能で更に三倍に上昇させることができるが、それでもハジメとは約三倍、ユキとは約四倍の開きがある。しかも、ハジメも魔力の直接操作や技能で現在のステータスの三倍から五倍の上昇を図ることが可能であり、ユキは星辰光でハジメ程ではないが大幅なステータスの上昇ができるため、二人が如何に規格外な存在になってしまったかが分かるだろう。
義手の他にも工房にはいろいろなものが保管されていた。様々な鉱石や見たこともない作業道具、理論書などが所狭しと保管されており、錬成師にとっては楽園かと見紛うほどである。発動体も保管されており、おそらくユキのために準備されていたのだろう。刀、太刀、短刀、いろいろな形状が保管されてあったため、同調率はともかく、最低限全て使えるようにハジメに調律してもらった。そのほかにも〝宝物庫〟という指輪型アーティファクトを手に入れた。
書斎の方では、脱出の方法が見つかり、他の迷宮や〝解放者〟たちのことについて書かれたオスカーの手記も見つけた。手記によると、他の〝解放者〟たちも迷宮の最深部で攻略者に神代魔法を教授する用意をしているようだ。生憎とどんな魔法かまでは書かれていなかったが、おそらく元の世界に帰る方法も見つかるだろう。
これで、今後の指針は完全に決まった。
その準備として、ハジメは〝魔力駆動二輪と四輪〟を製造した。
つまるところ、魔力で動くバイクと車である。ドンナーの最大出力でも貫けないだろう耐久性に、魔力を直接操作して駆動するため速度は魔力量に比例する。
次に、〝魔眼石〟というものを開発した。
ハジメはヒュドラとの戦いで右目を失っている。生成魔法を使い、神結晶に〝魔力感知〟〝先読〟を付与することで通常とは異なる特殊な視界を得ることができる魔眼を創ることに成功した。これに義手に使われていた擬似神経の仕組みを取り込むことで、魔眼が捉えた映像を脳に送ることができるようになった。魔眼では、通常の視界を得ることはできないが、魔力の流れや強弱、属性を色で認識できるようになった上、発動した魔法の核が見えるようにもなった。しかし、常に発光してしまうので、黒い眼帯をつけてる。
他にも様々な装備・道具を開発した。しかし、装備の充実に反して、神水だけは遂に神結晶が蓄えた魔力を枯渇してしまった。そのため、魔力を蓄えられる性質を利用してアクセサリーとしてユエに贈られた。
「......プロポーズ?」
「なんでやねん」
「それで魔力枯渇を防げるだろ? 今度はきっとユエを守ってくれるだろうと思ってな」
「......やっぱりプロポーズ」
「いや、違ぇから。唯の新装備だから」
「......ハジメ、照れ屋」
「......最近、お前人の話聞かないよな?」
「......ベッドの上でも照れ屋」
「止めてくれます!? そういうのマジで!」
「ハジメ...」
「はあ...何だよ?」
「ありがとう...大好き」
「...おう」
そんなやり取りをしていた。
なにはともあれ、ようやく準備は整った。
それから十日後、遂に三人は地上へ出る。
3階にある魔法陣を起動させながらハジメはユキとユエに声をかける。
「ユキ、ユエ...俺の武器や俺達の力は、地上では異端だ。聖教教会や各国が黙っているということはないだろう」
「まあ、当然だろうな」
「ん...」
「兵器類やアーティファクトを要求されたり、戦争参加を強制される可能性も極めて大きい。教会や国だけならまだしも、バックの神を自称する狂人共も敵対するかもしれん」
「覚悟の上だ」
「ん...」
「世界を敵にまわすかもしれない危険な旅だ。命がいくつあっても足りないぐらいな」
「今更だ」
「ん...本当に今更...」
ユキとユエの言葉に苦笑いをするハジメ。真っ直ぐハジメを見つめてくるユエに、ユエのふわふわな髪を優しく撫でるハジメ。そんな二人を見ながらユキはさらに二人を守ろうと決意する。
「たとえ何が来ようと関係ない。勝つのは俺たちだ。全てなぎ倒して、世界を越えよう」
(ガイア、必ず迎えに行く。待っていてくれ...)
――ええ、待ってるわ――
どこからかガイアの声が聞こえた気がして、ユキは思わず苦笑してしまった。
ユキの言葉にハジメとユエは強くうなずき、
「...よし。じゃあ、行こう」
「おう!」
「んっ!」
魔法陣が光り輝き、三人を包んでいく......
地上組の幕間の次に一旦人物詳細を挟むので、ユキやガイアの色々はそのときに
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幕間 帝国と王女と勇者達 前編
ユキたちが最後の試練を乗り越えた頃、勇者一行は、迷宮攻略を一時中断しハイリヒ王国に戻っていた。
道順がわかっている今までの階層と異なり、完全な探索攻略になるため、攻略速度が一気に落ちたこと、また、魔物の強さも一筋縄では行かなくなって来た為、メンバーの疲労が激しいことから攻略を一時中断して休養を取るべきという結論に至った。
もっとも、休養だけなら宿場町ホルアドでもよかったが、ヘルシャー帝国から勇者一行に会うために使者が来るのだという。
元々、エヒト神による〝神託〟がなされてから光輝たちが召喚されるまでほとんど間がなく、同盟国である帝国に知らせが届く前に勇者召喚が行われ、召喚直後の顔合わせができなかったのだ。
もっとも、帝国側は勇者の存在を認めてはいなかった。帝国は三百年前にとある名を馳せた傭兵が建国した国であり、冒険者や傭兵の聖地とも言うべき完全実力主義の国である。そのため、突然現れ、力も示せていない相手を認めることをせず、興味すら持たなかったのである。
しかし、今回のオルクス大迷宮攻略で、記録上の最高記録である六十五層が突破されたという事実をもって帝国側も光輝たちに興味を持ったため、是非会ってみたいと知らせが来たのだ。
一行が乗った馬車が王宮で、全員が降車すると王宮の方から一人の少年が駆けてきた。十歳位の金髪碧眼の美少年、ハイリヒ王国王子ランデル・S・B・ハイリヒだ。
「香織! よく帰った! 待ちわびたぞ!」
ランデル殿下は大声で叫びながら一目散に香織の元へ駆け寄っていった。
実は、召喚された翌日か、香織はランデル殿下から猛烈なアプローチを受けていた。と言っても、香織から見れば小さい子に懐かれている程度にしか思っていない。もとより、香織は想いを寄せる
「ランデル殿下。お久しぶりです」
そんな事実すら露知らず、香織の笑みにランデル殿下は一瞬で顔を真っ赤にしながら、それでも精一杯男らしい表情を作ってアプローチを掛ける。
「ああ、本当に久しぶりだな。お前が迷宮に行ってる間は生きた心地がしなかったぞ。怪我はしてないか? 余がもっと強ければお前にこんなことさせないのに...」
「お気づかい下さりありがとうございます。ですが、私なら大丈夫ですよ? 自分で望んでやっていることですから」
「いや、香織に戦いは似合わない。そ、その、ほら、もっとこう安全な仕事もあるだろう?」
「安全な仕事ですか?」
「う、うむ。例えば、侍女とかどうだ? その、今なら余の専属にしてやってもいいぞ」
「侍女ですか? いえ、すみません。私は治癒師ですから...」
「な、なら医療院に入ればいい。迷宮なんて危険な場所や前線なんて行く必要ないだろう?」
医療院とは、国営の病院のことであり、王宮の直ぐ傍にある。つまり、ランデル殿下は香織と離れるのが嫌なのだ。
しかし、香織はいつかユキと再会した時のために強くなろうとしているのであって、ランデル殿下の提案は余計なものであった。
どうしようか悩む香織だが、そこに助け船が出された。
「ランデル。いい加減にしなさい。香織が困っているでしょう? 」
「あ、姉上!? ...し、しかし」
「しかしではありません。皆さんお疲れなのに、こんな場所に引き止めて...相手のことを考えていないのは誰ですか?」
「うっ...で、ですが...」
「ランデル?」
「よ、用事を思い出しました! 失礼します!」
逃げるように背を向けて去っていくランデル殿下。その背を見送りながら、第二王女リリアーナはため息をついた。
「はぁ...まったく。数日後には姉上も帰国するというのに...
香織、弟が失礼しました。代わってお詫び致しますわ」
リリアーナの謝罪でこの騒ぎ? は収まった。
彼女の話によると、帝国の使者が到着するまであと数日かかるらしく、使者団と共に第一王女シェリアも帰国するらしい。
このあとに
そんな中でも、香織と雫はアヤメによる指導を続けていた。ユキたちに追い付けるように...
このハイリヒ王国にはシェリア・S・B・ハイリヒという第一王女がいる。
リリィやランデル殿下と同じ金髪碧眼の女性で、年齢は二十代。
通称、ハイリヒ王国最大戦力と言われ、金ランクの冒険者として活動していたこともある。王女としての立場に甘えることはなく、完全実力主義の帝国でもトップクラスの実力を誇る女性らしい。
なぜこんなことを言っているのか、それは今、
事は王宮に戻った日から三日後、遂に帝国の使者が訪れた。
私たち、迷宮攻略に赴いたメンバー、王国の重鎮たち、イシュタル率いる司祭数人が謁見の間に勢ぞろいし、レッドカーペットの中央に帝国の使者が五人ほど、そしてシェリア王女が立ったままエリヒド陛下と向かい合っていた。
「使者殿、よく参られた。勇者方の至上の武勇、存分に確かめられるがよかろう。そして、シェリア。良く戻った」
「は、父上」
「陛下、この度は急な訪問の願い、聞き入れて下さり誠に感謝いたします。して、どなたが勇者様なのでしょう?」
「うむ、まずは紹介させて頂こうか。光輝殿、前へ出てくれるか?」
「はい」
そこから、光輝の紹介が行われ、いつの間にか使者の護衛の一人と光輝が模擬戦をすることになっていた。
光輝の相手は、なんとも平凡そうな男だった。高すぎず低すぎない身長、特徴という特徴がなく、人ごみに紛れたらすぐ見失ってしまいそうな平凡な顔。一見すると全く強そうに見えない。でも、私はどこかその姿に違和感を感じていた。
そう思っていると、隣に立つアヤメさんが私と香織に問いかけてきた。
「あの男、あなたたちはどう見えますか?」
男は刃引きした大型の剣をだらんと無造作にぶら下げており、構えらしい構えもとっていなかった。
傍から見れば不真面目な、手を抜いているように見えるだろう。
「...一見すると強そうには見えません。でも、」
「光輝くんよりも、いえ、私たちよりも強いです...」
私と香織は、少なくとも光輝よりも強いという自負がある。ステータスで負けていても、覚悟や経験でずっと勝っていると思っている。でも、あの男の人には勝てない様に思ってしまう。
「...そうですね。経験が違います。一対一ならあなた達でも勝てないでしょう」
そう話していると、模擬戦が始まっていた。結果は私たちの予想通り、光輝が一撃で吹き飛ばされた。その後も何度も挑んだものの、光輝の剣が当たることは一度もなかった。
「...話にならねえな」
そう言い、男の人は右の耳にしていたイヤリングを取った。すると、霧がかかったように男の人の周囲がボヤけ、それが晴れる頃には、全くの別人が現れた。
四十代位の野性味溢れる男だ。短く切り上げた銀髪に狼を連想させる鋭い碧眼、スマートでありながらその体は極限まで引き絞られたかのように筋肉がミッシリと詰まっているのが服越しでもわかる。
その姿を見た瞬間、周囲が一斉に喧騒に包まれた。
「ガ、ガハルド殿!?」
「皇帝陛下!?」
そう、何を隠そうこの男の人が、ヘルシャー帝国現皇帝ガハルド・D・ヘルシャーその人だった。
「どういうおつもりですかな、ガハルド殿」
「これは、これはエリヒド殿。ろくな挨拶もせず済まなかった。ただな、どうせなら自分で確認した方が早いだろうと一芝居打たせてもらったのよ。今後の戦争に関わる重要なことだ。無礼は許して頂きたい」
謝罪すると言いながら、全く反省の色がないガハルド皇帝。それに溜息を吐きながら「もう良い」とかぶりを振るエリヒド陛下。
「それより、ベヒモスを倒したのはお前じゃないだろ。誰だ?」
「そ、それは...」
ガハルド皇帝の言葉に光輝は言葉を詰まらせて、チラッとこっちに目線を向ける。
「...ハァ。私たちですよ」
アヤメさんに目を向けて頷いたことを確認して、私と香織は一歩前に出た。
「お前たちか...。二人だけか?」
「ええ、そうですよ」
鋭い視線を私たちに向ける。
「...嘘じゃなさそうだな。なら、俺と手合わs」
「お待ちください、ガハルド皇帝。その手合わせ、私にやらせてもらえませんか」
ガハルド皇帝の言葉を遮り、シェリア王女が割り込んできた。無礼になるはずなのに、シェリア王女は遠慮せずに話を続ける。
「勇者さまと手合わせをしたではありませんか。ここは譲っていただけませんか?」
「...仕方ねえ。ここは譲ってやる」
ガハルド皇帝が折れ、私がシェリア王女と手合わせをすることになった。
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幕間 帝国と王女と勇者達 後編
「よろしくね、八重樫雫さん」
「...お手柔らかにお願いします」
私は今、シェリア王女と刃を潰した武器を構えて向かい合っている。私は直剣を両手で構え、シェリア王女は曲剣を一本構え、もう一本腰に差している。本来は二刀流なのだろうか。
気さくな挨拶とは逆に、その構えから漂う気配はまさしく強者だ。
「先手は譲るわ。どこからでもかかってきなさい」
「...それでは、お言葉に甘えてッ」
この人は自分よりもはるかに強い。いや、ここにいる全員の中でも一番強いかもしれない。ガハルド皇帝の言葉を遮ったことからも明らかだ。
様子見などしたところで効果は薄いだろう。ゆえに、ただ愚直に正面から仕掛ける。技能を使わず自分の出せる最高速で斬りかかる。
だが、それをシェリア王女は半歩ずらすことで回避する。間髪入れず続けた二撃三撃もまた同様。
「綺麗な太刀筋ね。努力の跡が見えるわ」
「シッ!」
それならば、と〝縮地〟とフェイントを使いながら斬りかかるが効果はない。〝縮地〟による移動は全て見切られて、フェイントにも一切かからない。
どうにかして鍔迫り合いにまで持ち込むと、私にしか聞こえない声量で話しかけてきた。
「大抵の相手なら対応できない速さ、ベヒモスも切り裂ける攻撃。さすがアヤメが鍛えただけあるわ」
「...知っているんですね。アヤメさんに鍛えてもらっていること」
「他にもいろいろ知ってるわよ? あなた達とベヒモスの戦いとか、あなた達が強欲竜団と遭遇したこと、
「ッ! 知っていたならなんで!」
「あの人が
「それは...」
「私たちは隊長を信じているわ。...だからお願い、あなた達も信じて」
シェリア王女から掛けられる言葉には一切の迷いがない。文字通り、心から信じていることがわかる。
「とりあえず、そろそろ終わらせましょうか」
「ッ!」
――マズイッ――
そう思って後ろに下がろうとしたときには遅かった。足を踏まれて後ろに下がれず、胸に強い衝撃が走り少し遅れて痛みが走った。
「――かはっ」
肺から一気に酸素を吐き出す。たたらを踏むことで何とか耐えるが、
「――ッ」
一瞬で平衡感覚が奪われた。何かを打ち抜いたような左手の影が見えたため、おそらく脳を揺さぶられたのだろう。
先ほどの掌底は耐えることができたが二度目は耐えられず、私は膝から崩れ落ちた。
「――――ッ」
「私の勝ちね」
首元に曲剣が添えられる。
決着は一瞬だった。私を含めてほとんどの人が呆然としている。王国最高戦力の呼び名は伊達はないということだろう。
私が立ち上がるのを待ってからシェリア王女は
「正面からの攻撃からフェイントや〝縮地〟での攻撃に切り替える思い切りはよかったわ。
でも、あの程度で動揺しちゃいけないわよ」
「...はい、ありがとうございました」
悔しくないといえば嘘になる。でもシェリア王女の言っていることは事実だ。この程度で動揺しているようじゃ...
「あ、これからは私もあなたたちと同じパーティーに入るわ。よろしくね」
「はい...はい?」
そのままなし崩しで模擬戦は終わり、その後に予定されていた晩餐で帝国からも勇者を認めるとの言質をとることができ、一応、今回の訪問の目的は達成されたようだ。
さっきのシェリア王女の言葉は文字通りだったようで、本当に私たちと同じパーティーに入るようだった。曰く、
「同じパーティーの方が指導しやすいじゃない。女四人で丁度いいし。
ああそれと、気軽にシェリアでいいわよ」
らしい。もちろん光輝がなにか言っていたがシェリアさんは一蹴していた。
その日の晩、私と香織はシェリアさんの部屋を訪れていた。
「そういえば、お二人はどうやってユキさんと出会ったんですか?」
ふと香織が二人にユキさんと会った時のことを聞いた。確かに気になる。アヤメさんにもそう言ったことを聞いたことはなかった。
「...そうですね。シェリアからどうぞ。ご主人様に会ったのはあなたが先でしょう」
「そうね...」
私の場合、当時からしたらそんなに珍しくないわよ?
私が隊長に出会ったのは、隊長が東部戦線に配属されていた頃。当時の私、スラム出身なのよ。ええ、場所はちがうけど、隊長や総統閣下と同じね。
私は、そうですね。
シェリアとは逆に、当時の私は貴族だったんです。私の家、淡家は傲慢な性格が多い一族でして、私の姉はそれが特に顕著でした。まあ、あの時代では特に珍しくない選民思想だったんですが、私はそれが嫌で帝国軍に入隊しました。一種の家出ですね。それからしばらくして、淡家は改革の標的として粛清され、私はキリガクレに性を変えました。ご主人様に出会ったのは、淡家が粛清される少し前です。粛清の対象から外すために私を部下にしたらしいですね。
話を聞き終えた私と香織は一言も話すことができなかった。それもそうだろう。ユキさんの人生を見てはいたが、それもあくまでユキさんだけだった。二人とも予想以上に壮絶な過去を背負っていたんだとはじめて知った。
「...ごめんなさい。そんな昔があるなんて」
ようやく言えた言葉は謝罪しかなかった。気軽に聞いていいことじゃなかったはずなのに、
「謝ることなんて何もないわよ。その過去があったから隊長に出会うことができたのよ」
「ええ、シェリアの言う通りです。後悔したことなんて一度もありません。
もし、それでも悪いと思っているなら強くなりなさい。あの人に認められるように、私たちもそうであったように」
「「......はい!」」
次の日の朝、私たちは皇帝陛下一行を見送ることになった。用事はもう済んだ以上留まる理由もないということだ。本当にフットワークの軽い皇帝だ。
ちなみに、早朝訓練中どこを気に入ったのか、ガハルド皇帝が私を愛人に誘ったり、香織とシェリアさんが〝私たちの物〟発言をしたりとハプニングもあったが、私自身も丁重にお断りしておいた。
次回の人物詳細、ついでに設定補足を入れて第一章終了です。
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一章人物詳細・設定補足
一章時点で足りない部分があったら追記します。
・ユキ・ロスリック
(天津悠姫)
本作の主人公。八重樫雫の幼馴染。本名は天津悠姫。
5歳の時に
死に戻りという現象の中心にいる一人であり、ユキが死亡するたびに新西暦の時間がユキが転移した時間まで巻き戻る。そのため、数千、数万単位での人生を経験している。
何回も繰り返している中でヴァルゼライド、アルバートと出会いアドラー軍に入隊する。
ヴァルゼライドがカグツチに会った同時刻にガイアに出会い、ヴァルゼライドに続く2番目の
後に
・
本作のメインヒロイン。
西暦の日本で製造された
テラフォーミングシステムとは、第五次世界大戦によって傷ついた地球を再生するためのシステムであり、エネルギー等の問題さえ解決すればそれこそ人類誕生前の地球に戻すこともできる。
カグツチと同じく
死に戻りの中心にいる一人であり、ユキの死と同時に死に戻りをしている。
星辰戦争の敗北後、トータスに起動前の状態で転移し当時の解放者たちに起動させられる。その後は解放者たちと共に戦うが敗北する。現在は神山の迷宮で本体の修復を行っている。
・アヤメ・キリガクレ
ユキに仕える部下の一人。
キリガクレと名乗っているが、本来はキリガクレではなく、貴種の淡家の人間。淡家のような降るまいに反対し軍へ入隊。ユキの部下として配属され忠誠を誓う。粛清によって淡家の唯一の生き残りとなったが、家名を捨てキリガクレになる。アスクレピオスの大虐殺によって死亡。
トータスに転生し、現在はハイリヒ王国王宮のメイドとして、普段はシェリアに仕えている。
メイドになる前はシェリア、ディルグの三人と冒険者として活動しており、金ランク「幻姫」と呼ばれている。
・シェリア・ハム
(シェリア・S・B・ハイリヒ)
ユキに仕える部下の一人。
新西暦で帝都のスラムで生活していたが、人攫いに遭ったときにユキによって救出、ユキに憧れ軍へ入隊した。アスクレピオスの大虐殺によって死亡。
転生後の名前はシェリア・S・B・ハイリヒ。
トータスにハイリヒ王国王女の長女として転生し、アヤメ、ディルグの三人と冒険者として活動しており、金ランク「光姫」と呼ばれている。「シェリア・ハム」は冒険者として活動するときの名前として使用している。
・ディルグ・ロートレク
ユキに仕える部下の一人。アスクレピオスの大虐殺によって死亡。
トータスに転生し、アヤメ、シェリアの三人と冒険者として活動しており、金ランク「不落」と呼ばれている。
・事故
原因不明の飛行機事故であり、現代最大の怪奇事件。
ある旅客機が原因不明の異常事態により不時着、乗客の一人が行方不明になった。誰かが外に出た形跡もなく、シートベルトは着けられたままで、まるで神隠しに遭ったようだと報道された。
現在でも何も判明しておらず、現代最大の怪奇事件だと言われている。
実際の原因は現代より未来の西暦末期、
・死に戻り
ユキ(悠姫)が新西暦に飛ばされた時から起きている
新西暦1005年が起点になっており、ユキ(悠姫)が死亡するたびに新西暦1005年まで時間が巻き戻る。ユキ(悠姫)とガイアだけは記憶が保持されるため、目的の達成まで何度も繰り返すことで無数とも言える経験をしてきている。
・
ユキとガイアが計画し起こした戦いであり、ユキが聖戦と称する通り、新西暦におけるユキの最終目的。
「ヴァルゼライドとカグツチを倒し、世界の歪みを正す」と言ってはいるが、
ちなみにユキの剣士としての実力は、断刃先生と絶対剣士以下、覚醒してない総統閣下以上だったりします。
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第二章
第十六話 大峡谷と残念ウサギ
魔法陣の輝きに包まれ、光が収まって視界に映ったものは...
洞窟だった
「なんでやねん」
ハジメが思わず半目になって突っ込みを入れていた。
「仮にも反逆者の住処直通の道だからな。隠されてるのは当然だろ」
「そ、そうか。確かにそうだな」
相当浮かれていたらしい。まあ当然だ。ハジメや俺にとっては数ヶ月、ユエにとっては実に三百年ぶりの地上なのだから、期待してしまうだろう。
とりあえず先に進むことにする。緑光石の輝きもなく真っ暗な洞窟であるため、夜目がきかない俺はハジメとユエの後ろについて行く。
途中、幾つか封印された扉やトラップがあったが、オルクスの指輪が反応して解除されていく。そして、遂に外の光を見つけた。
ハジメとユエは、それを見つけた瞬間、思わず立ち止まりお互いに顔を見合わせた。それから互いにニッと笑みを浮かべ、同時に求めた光に向かって駆け出した。俺は苦笑しながら歩いてそのあとを追った。
【ライセン大峡谷】
地上の人間にとって、そこは地獄にして処刑場だ。断崖の下はほとんど魔法が使えず、にもかかわらず多数の強力にして凶悪な魔物が生息する。深さの平均は一・二キロメートル、幅は九百メートルから最大八キロメートル、西の【グリューエン大砂漠】から東の【ハルツィナ樹海】まで大陸を南北に分断する。
俺たちは、そのライセン大峡谷の谷底にある洞窟の入口にいた。地の底とはいえ頭上の太陽は燦々と暖かな光を降り注ぎ、大地の匂いが混じった風が鼻腔をくすぐる。たとえどんな場所だろうと、確かにそこは地上だった。呆然と頭上の太陽を仰ぎ見ていたハジメとユエの表情が次第に笑みを作る。
「...戻って来たんだな...」
「......んっ」
「......ああ、俺たちは間違いなく戻ってきたんだ」
ようやく実感が湧いたのか、太陽から視線を逸らすとハジメとユエはお互い見つめ合い、
「よっしゃぁああ──!! 戻ってきたぞ、この野郎ぉおおおー!!」
「んっ──!!」
そして思いっきり抱きしめ合ってくるくる廻る。しばらくの間、そこには二人の笑い声が響き渡っていた。ケラケラ、クスクス笑い合う二人を見つめる俺は、近づいてくる気配を感じて発動体を抜きながら声を掛ける。
「嬉しいのは分かるが、敵だ。準備しろ」
周囲を見渡すと魔物に囲まれていた。
「まったく無粋なヤツらだ。まぁいい、新武器の試し打ちさせてもらうぜ」
ハジメは新生ドンナー・シュラークを抜き、その流れのまま魔物を打ち抜いた。その一発を皮切りにユキも魔物の群れに飛び込む。
異常というレベルをはるかに超えたステータスを持つ二人を相手にしている以上、もはや殲滅というよりただの蹂躙だった。ハジメの銃撃は魔物の頭部を容易く吹き飛ばし、ユキに一閃は首や胴体を斬り落としていく。三分もかからないうちに辺り一面は魔物の骸で埋め尽くされていた。
ドンナー・シュラークを太もものホルスターにしまったハジメは、首を僅かに傾げながら周囲の死体の山を見やる。
「...なんか弱すぎねえか? ここの魔物」
「奈落の魔物や俺たちが強すぎるだけだ。奈落クラスの強さの魔物に魔法も使えないなんて、流石にバランスがおかしすぎる」
オルクス大迷宮を踏破した際に、オスカーは「試練を越えて」と言っていた。つまり各迷宮は試練なのだ。そして、試練であるというならば、おそらく目的とも言えるコンセプトが存在する筈だ。推察でしかないが、オルクス大迷宮が〝強い魔物との戦闘を経験する〟がコンセプトなら、ライセン大峡谷は〝魔法が使えない状況での戦闘〟だろう。
正確には、魔法が使えないというより魔力が分解され散らされてしまうのである。もちろん、ユエの魔法も例外ではない。力ずくで発動させれば使えないこともないらしいが、およそ十倍ほどの魔力が必要になり射程も相当短くなるらしい。
「とりあえず、西の砂漠側より東の樹海側を探索しよう。そっちの方が街に近いだろう」
「おう」
「ん」
俺の提案に特に反対が上がらない。この絶壁を上ることもできなくはないだろうが、どのみち大峡谷の探索は必要なのだから反対する理由もないのだろう。
俺とハジメは〝宝物庫〟から魔力駆動二輪を取り出す。俺は一人で、ハジメの後ろはユエが横乗りする。
ライセン大峡谷は基本的に東西に真っ直ぐ伸びた断崖だ。そのため脇道などはほとんどなく道なりに進めば迷うことなく樹海に到着する。そのため迷う心配が無く、迷宮への入口らしき場所がないか注意しつつ、軽快に魔力駆動二輪を走らせていく。車体底部の錬成機構が谷底の悪路を整地しながら進むので実に快適だ。
しばらく走らせていくと、それほど遠くない場所で魔物の咆哮が聞こえてきた。魔力駆動二輪を走らせ突き出した崖を回り込むと、双頭のティラノサウルスモドキとその足元を半泣きで逃げ惑うウサミミを生やした少女がいた。
「...何だあれ?」
「...兎人族?」
どうやら兎人族の少女らしい。だが、兎人族が此処にいるのはおかしい。王宮で調べていた時に得た情報だと、亜人族は基本的にハルツィナ樹海に住んでいるはずだ。
「なんでこんなとこに? 兎人族って谷底が住処なのか?」
「犯罪者として落とされたとか? 処刑の方法としてあったよな?」
「ああ、なるほど。それならば納得だ」
「...悪ウサギ?」
大昔にはライセン大峡谷に罪人を突き落とすという処刑方法があったらしいが、ハジメはさほど興味がないらしい。どう見ても見捨てる気満々だった。
「
「うわ、こっち来たよ...」
「...迷惑」
それでもハジメに助ける気はないらしくユエもまた同じ。魔力駆動二輪を反転させて去ろうとする。
「...はぁ、仕方ないか」
だが、仮にも俺は元軍人。敵でない以上見捨てるという選択肢はさすがにない。それに試したいこともある。
〝身体強化〝を使って接近し、ティラノサウルスモドキの双頭を斬り落とす。どうやら魔力を外に放出しなければ問題ないらしい。
兎人族の少女の掴みハジメの方へ投げ飛ばす。
「ふぇ?」
「ちょ、おま!」
ハジメが慌てながらも少女を受け止めたのを確認し、ティラノサウルスモドキの後方へ向かう。まだ後ろの方に追いかけている魔物がいるらしく、試すには丁度いいかと
トータスにおいて、
そして、このライセン大峡谷では魔力が分解、身体の外に放出された魔力が分解される性質がある。これが
結果から言うならば、想定どおりではあった。身体能力は上がったが、肝心の能力の燃費が悪い。維持性の低さもあり、おそらく数分、場合によっては一分で
むやみやたらと星辰を使うわけにもいかない。その事が分かっただけで十分だろう。
魔物を掃討しハジメたちの元へ戻ると、先ほどの少女がハジメに縋り付いているところだった。
「先程は助けて頂きありがとうございました! 私は兎人族ハウリアの一人、シアといいますです! 取り敢えず私の仲間も助けてください!」
さっきまで死にかけていたというのに、なかなかに図太い神経の持ち主のようだ。
これが、新しい仲間になるシア・ハウリアとの出会いであった。
さらっとトータスでの星辰光事情を入れてますが、詳細はもう少しあとで出します。
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第十七話 シア・ハウリアの懇願
事情はシアを魔物から助け出したあとに聞いた。
シアから聞いた話を要約すると、
彼女らハウリア族と名乗る兎人族は【ハルツィナ樹海】にて数百人規模の集落を作りひっそりと暮らしていた。とても温厚な種族で他の亜人族に比べてスペックが低く、同じ亜人族の中でも格下として見下されている。
そんな中、シア・ハウリアという異端児が誕生した。亜人族は本来魔力を持っておらず、それ故に人間族、魔人族両方の種族から差別の対象とされている。そのなかでシアは魔力を持って生まれてきた。さらに直接魔力を操ることができ、加えて固有魔法〝未来視〟まで使える。当然だが、本来なら迫害の対象になる。しかし、基本的に温厚で家族の情が深いハウリア族はシアを十六年間もの間ひっそりと育ててきた。だが、先日とうとうばれてしまい、樹海を出ることになった。
山の幸があれば生きていけると考えて山脈地域を目指すことにしたが、樹海を出て直ぐに偶然帝国兵に見つかってしまい南に逃げるしかなかった。温厚なハウリア族と訓練された帝国兵、比べるまでもないほどの戦力差があるため、気がつけば半数以上が捕とらえられ、それでも必死に逃げ続け、苦肉の策として峡谷に逃げ込むと今度は魔物に襲われてしまう。そこで助けを呼んで来ようとシア一人で飛び出して、〝未来視〟を頼りにユキたちの元まで逃げてきた、ということらしい。
「気づけば六十人はいた家族も、今は四十人程しかいません。このままでは全滅です。どうか助けてください」
悲痛そうな表情を浮かべ、シアは三人に頭を下げる。鬱陶しそうな、実際に鬱陶しく感じているハジメがユキのほうを向く。助けたんだから何とかしろ、と。
「…事情は分かった。だけど、はい了解しました、なんて簡単には言えない」
頭を下げたままユキの言葉にピクリと反応しながらシアは話を聞く。
「俺は元軍人だ。だから助けて、と言われれば助けてやりたい。だが、その後はどうする? 自分の身を守れないような者たち、しかも約四十人をいつまで守ればいい? 端的に言ってメリットがない」
単純に他国の問題に容易に首を突っ込みたくない、というのもある。今の自分たちは後ろ盾はなく、いつ異端者としてトータス中に手配書が回ってもおかしくない立場だ。むやみに自分たちの首を絞めるようなことはしたくない。
「…わかっています。でも、私たちの希望はあなたたちしかいないんです。私にできることなら何でもします。お願いします」
さて、どうしたものか、ユキが悩んでいると、
「…助けてください。
小声でシアが呟く。
「…ハジメ、ユキ、連れて行こう」
「ユエ?」
突然のユエの言葉にハジメ訝しそうにする。
「…樹海の案内に使う」
「あ~」
確かに、樹海は亜人族でなければ必ず迷うといわれているため、兎人族の案内があるなら心強い。だが、兎人族が抱える厄介ごとも多い。
「…賛成だ」
今度はユキがユエの言葉に賛同した。シアの呟きで何やら考え事をしていたようだったが話はしっかり聞いていたようで、
「案内は確かに必要だろう。自分たちから進んで案内してくれるなら、そのほうがいい。
しかしまあ、世界は広いようで狭いか。なるほど面白い」
ユキはユキで別の理由がありそうだが、ハジメとしては二人が良いというならまあ良いか、と納得する。
そして、新たにシアを含め四人は兎人族救出へと向かうのだった。
「で、どういう風の吹き回しだよ」
四人になったため、魔道四輪に変えて兎人族の場所へと向かう。道中、ハジメが運転中のユキに先ほどのことを尋ねた。
「理由はさっき言った通りさ。あとはまあ、」
と、後ろでユエに三人のこれまでのことを聞いているシアに、
「なあ、シア。さっき、ディルグ兄さまって呟いてたのをきいたんだが」
「は、はい。…私の兄です。私が小さいころまで一緒に暮らしていたんですが、ある日突然村を出て行ったきり戻ってきていないんです」
話を聞くと、シアには年の離れた兄がいて、突然村を出て行ったきり行方不明らしい。温厚なハウリアとしては珍しく好戦的な性格で、逃げ続けることしかしないハウリアに不満を持っていたという。
ディルグという名前からして、おそらくユキの部下の一人、ディルグ・ロートレクのことだろう。世界が広いようで狭いとはこのことだった。アヤメの話だと金ランク冒険者として活動しているらしいので、そこまで心配するようなことではないだろうが、そのことを知らないシアからしたら何者かに捕まっているか、死んでいると思ってしまうだろう。
「出て行ったとしても、私たちにとってはかけがえのない家族なんです。でも、きっともう」
「家族だっていうなら信じてやれよ。希望があるって考えるだけで、何とかなるって思えんだぞ」
シアはハジメの言葉に黙ってしまうが、すぐに遠くから咆哮のようなものが聞こえた。
「ッ! 魔物の声! 父様たちです!」
「わかってる、飛ばすぞ」
ユキはアクセルを踏み込み、一気にスピードを上げる。同時に、いつでも飛び出せるようにハジメはドンナーを構える。
それから約二分、飛竜のような魔物ハイベリアに今まさに襲われようとしているハウリア族のもとにたどり着いた。
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第十八話 越える一線
第十八話です。
近づいてくるユキたちに、まだ兎人族とハイベリアは気付いていない。
ならば先手必勝。ハジメの銃撃がハイベリアの頭部を打ち抜き、悲鳴とともにハイベリアは今まさに喰らおうとした兎人族の脇へ崩れ落ちる。
呆然とする兎人族たちを後目に、先行したハジメがハイベリアの群れへ飛び込み蹂躙する。同時、魔道四輪が兎人族をハイベリアから守るように停車し、今度はユキがハイベリアの群れに切り込む。
「い、いったいなにが?」
再び家族を失おうという瞬間、ハイベリアが突然倒れ謎の
自分たちに襲い掛かっていたハイベリアが次々と倒されていく様を呆然と眺めていると、目の前の魔道四輪から今朝がた姿を消した仲間が飛び出してきた。
「みんな~助けを呼んできましたよ~」
『シア!?』
「シア、飛び出さない」
共に金髪の少女が出てくるが、それよりもシアが生きていたことが嬉しく、シアに兎人族が集まる。
「シア! 無事だったのか!」
「父様!」
兎人族たちの中から初老の男性が真っ先に飛び出してくる。どうやらシアの父親のようだが、現状では不用心としか言いようがない。
一人飛び出してきたシアの父親を狙ってハイベリアが急降下してくるが―――
「いきなり飛び出るな、危険だろうが」
ユキによって首と翼が胴体から切り離される。すぐに残りのハイベリアに向かうもののすぐの片が付き、ハジメと共に兎人族のもとに向かうと、シアと話は終わったようでユキたちの方へ向き直る。
「ユキ殿とハジメ殿、でよろしいでしょうか。私はカム、ハウリア族の長です。此度はありがとうございました、シアのみならず我々まで助けていただいて。しかも脱出まで助力してくださるとか…」
カムと名乗った兎人族の族長が深々と頭を下げ、続くように残りの兎人族も頭を下げる。
「そういう契約だからな。君たちを助ける代わりに樹海の案内をしてもらう、それがシアとつけた条件だ。聞いているな?」
そこからは予定調和の如く話が進んだ。
ユキたちは
こうして、シアからの救援による兎人族の救出劇は一旦幕を閉じた。
四人から一気に四十六人に増えた一行は、とりあえずライセン大峡谷の出口を目指し歩を進めた。
道中、兎人族を狙って幾度か魔物に襲われるものの、次の瞬間にはハジメの銃撃によって撃ち落とされていく。試し斬りとばかりにユキが斬り込むこともあったが、当然として一匹たりとも生き残った魔物はいなかった。
そうしている間に、ようやくライセン大峡谷から脱出することが出来る階段が見えてきた。
「帝国兵はまだいるでしょうか?」
「どうだろうな、流石に全滅したと思って帰ったんじゃないか」
シアの不安な声にハジメは気だるげに返す。
「そ、その、もし、まだ帝国兵がいたら……ハジメさんやユキさんは……どうするのですか?」
「? どうするって何が?」
「当然、斬るが?」
ハジメはピントきていないようだったが、ユキは一切の迷い無く斬ると言った。
「え? で、ですが、」
「あ~なるほど。人間、というより同族を相手にどうすんのかってことか」
その返答はさすがに予想外だったようで、シアも驚きを隠せず、ようやくどういう意図の質問なのかハジメも気が付いた。
「俺たちが帝国兵をどうするのか、未来視でもう見てるんだろ?」
「はい、帝国兵とお二人が相対して…」
「分かってるじゃないか。問題ない、これでも割り切ってるからな」
帝国からハウリアを護る以上、ユキたちは帝国に、人間族に敵対すると認識されてもおかしくない。
「敵だから、生きるために、或いはあいつが気に入らないから。大義名分なんて極論その程度だ。だから同族でも戦争をする。
つまりはそういうことだ。
「な、なるほど」
そういう話をしながら階段を登りきると―――
「おいおい、マジかよ。生き残ってやがったのか。隊長の命令だから仕方なく残ってただけなんだがなぁ~こりゃあ、いい土産ができそうだ」
三十人の帝国兵がたむろしていた。周りには大型の馬車数台と、野営跡が残っている。全員がカーキ色の軍服らしき衣服を纏っており、剣や槍、盾を携えており、ユキたちを見るなり驚いた表情を見せた。
だが、それも一瞬のこと。直ぐに喜色を浮かべ、品定めでもするように兎人族を見渡した。特に女性の兎人族には下卑た視線を向けている。
「――ハジメ、いいな?」
「ああ、大丈夫だ」
短く、小声で行われたやり取り。それは、
だが決断はすでに済ませた、だからあとは一線を越えるだけ。
「あぁ? お前ら誰だ? 兎人族……じゃあねぇよな?」
「ああ、人間族だ」
「はぁ~? なんで人間が兎人族と一緒にいるんだ? しかも峡谷から。あぁ、もしかして奴隷商か? 情報掴んで追っかけたとか? そいつぁまた商売魂がたくましいねぇ。まぁ、いいや。そいつら皆、国で引き取るから置いていけ」
「断る」
「……今、何て言った?」
「断ると言った。彼ら兎人族の身は俺たちが保証している。それに、仮に奴隷として扱うにしても、所有権は俺たちにある。諦めて国に帰るといい。ああそれとも、力の差が理解できないほど脳が空っぽなのか、ヘルジャー帝国の
容赦ないユキの
「あぁ~なるほど、よぉ~くわかった。てめぇらが唯の世間知らず糞ガキだってことがな。ちょいと世の中の厳しさってヤツを教えてやる。くっくっく、そっちの嬢ちゃんえらい別嬪じゃねぇか。てめぇらの四肢を切り落t―――」
話の途中だったが、破裂音ともに小隊長の頭部が消し飛び、残った小隊長の体が後ろに倒れる。
それを皮切りにユキも帝国兵の後方へ一気に斬りかかる。さすが訓練された帝国兵と言ったところか、次々に武器を構え後衛へ指示を出すが、もう遅い。
「て、てめえら。こんなことして分かってんのか! 俺たちは―――」
「黙れ」
帝国兵が何かを言おうとしたが、ユキの一刀により首と胴体が斬り離される。
「己の我欲を満たすことしか真がない蛆虫が」
「貴様ら風情が
「消えろ、いや死ね、
時間にして十数秒、三十人いた帝国兵は一人を残して肉塊へと姿を変えていた。
残った一人も戦意などすでになく、恐怖で泣きじゃくりながら尻もちをついて後ろに下がり懇願するばかりだった。
「た、頼む! 殺さないでくれ! な、何でもするから! 頼む!」
「状況を理解できていないようだな。
他の兎人族はどうなった? 結構な数が居たはずだ……全部、帝国に移送済みか?」
「は、話せば殺さな――ぎゃ」
「意見できる立場じゃないと言ったばかりだろうが。本当に脳が空のようだな」
ユキが帝国兵の頭部を踏みつけ徐々に力を加える。帝国兵の悲鳴と共に、何かにひびが入るような音が鳴り響く。
その状況にハジメですら息を飲み誰もが言葉を発しない中、悲鳴とひび割れる音だけがリアルに響いていた。
「た、多分、全部移送済みだと思う。人数は絞ったから……」
「…屑が」
さらに足に力を入れ、ひび割れる音が加速する。
「た、助けてくれ! な、何でも話す! 帝国のことだって話す! だ、だから、」
「今、俺たちの情報が帝国に知れ渡るのはまずいんだ。死人に口無し、目撃者は少ない方がいい。今なら魔物に襲われて全滅した、そういうことになるだろう。
まあ、ようするにさ―――」
「―――顔見られたから、死んでくれ」
そのまま柘榴の如く頭部を踏み潰す。ハウリアから悲鳴が上がるがユキは微動だにしない。
そのときのユキの表情を見たハジメ曰く、感情のない能面のようだったという。
今回は話の途中でドパンしましたが、うちの子のおかげで多少は会話の余地があるハジメさんです。
あと、閣下に勝てるとか主人公強すぎ! 神祖ですら閣下には勝てないらしいのに、と言われるんですが、あくまで自己解釈ですけど
神祖
千種類のゲームを攻略してきた初見プレイゲーマー
閣下
一種類のゲーム一週目で最強になった初見プレイゲーマー
ユキ
一種類のゲーム無限周回したため攻略法知ってるゲーマー
みたいな認識です。一応閣下攻略法を知ってるから勝てるだけです。初見で神祖と戦ったら経験の差で負けます。
まあ、閣下に勝てる時点で十分怪物なんですけど…
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第十九話 ハルツィナ樹海
ユキが最後の帝国兵を容赦なく踏み潰し、その場には一時の静寂が漂っていた。
「あ、あのさっきの人は見逃してあげても良かったのでは……」
シアが絞り出すように問いかける。ユキが振り返ると兎人族が恐怖の眼で見ていた。
「…さっき言ったとおりだ。今、俺たちの情報が帝国に知られるのはまずいんだ。
三十人の帝国兵が二人の男に全滅させられた、なんて笑いものだ。
だから次は部隊ではなく軍になってハルツィナ樹海に押し寄せてくる。それでもかまわないのか?」
「うっ」
もしもハルツィナ樹海に帝国軍が押し寄せてた場合、それは兎人族だけでなく亜人族全体の問題になる。そのことを想像し、シアたちは一斉に顔を伏せる。
「……そもそも、守られているだけのあなた達がそんな目をハジメたちに向けるのはお門違い」
そこにユエが怒りを宿しながら兎人族たちを睨みつける。助けを求め、実際に助けられておきながら恐怖の感情を抱くのはお門違いというものだろう。
「申し訳ない。別に、あなた方に含むところがあるわけではないのだ。ただ、こういう争いに我らは慣れておらんのでな……少々、驚いただけなのです」
「構わないさ、それだけのことをしている自覚はある」
一行は帝国兵が残した馬車を魔道四輪で牽引してハルツィナ樹海へ向かっていた。道中シアが奈落での話を聞いて号泣したり、ついていく宣言したりしたが、ユキは終始無言だった。別にユキを恐れているであろうシアに気を遣って黙っている訳じゃない。単純に、今のユキには
トータスに召喚されてから度々、ユキは昔の夢を視る。加えて、オルクス大迷宮を攻略したときから頻度が増している。最近は夢どころか、こうした平時でも脳裏によぎることがある。
思えばトータスに召喚されてから自分の体に妙なことが起きている。記憶に対して肉体的年齢が若返っていること、魔物の肉を食しても異常が出ないこと、レベルの最大値を超越してステータスが強化されていくことなどなど…
ユキは確かに
死に戻りによって繰り返してきた新西暦での日々、まだ
―――
新西暦の情報と学を得るために男娼になった
―――
わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない
ぼくはだれ?―――
「――い、おい! ユキ!」
「―――ハジメ?」
気が付けば既にハルツィナ樹海に到達しており、どうやらユキの様子がおかしいと感じたハジメが呼び掛けていたらしい。周囲を見渡してみればユエとシア、窓の外からは他のハウリア一族も心配そうな表情を浮かべている。
「···心配をかけたな、すまない。もう大丈夫だ、行こう」
「······ユキ」
窓に張り付いていたハウリアを退けながら外に出る。これ以上心配をかけまいと気丈に振るって見せて先へ進む。その背中にハジメは呼び止めようとしたが言葉が出ず、ユキはそのまま進んで行きハウリアの数人もその後に続いた。
一行は徒歩で樹海の中を進んでいく。当然樹海にも魔物がいるものの、ユキ、ハジメ、ユエの三人に手も足も出るわけがなく、出てきた瞬間には物言わぬ骸と化す。それから数時間、警備隊の虎人族に見つかり一触即発の状態になるが力の差を見せつけることで解決。亜人族の長老の一人と会うことになった。アルフレリック・ハイピストと名乗った森人族の長老は、ユキの名前を聞いたとき
「おぬしが、あの。本当に…」
と、驚いていた。どうやら亜人国フェアベルゲンの長老には代々継がれる伝承があり、その中には解放者のほかにもユキの名前もあるらしい。とは言っても、ユキたちにはそれほど驚きはない。オスカーはユキのことを知っていたのだから、解放者たち全員がユキのことを知っていてもおかしくはない。ユキ・ロスリックという名前が残されているくらいなのだから、解放者たちは相当
その後、真の迷宮であろう大樹ウーア・アルトの元に行くには一定周期を待たなくてはならないらしく、次の周期である10日後になるまでフェアベルゲン近郊に留まることになった。
それから10日間何をしているのかというと、ハウリアが今後生きていけるようにハジメが
では、ユキは何をしているのかというと、基本的にハジメたちから離れ周囲の樹海の探索をしていた。帝国兵との一件が尾を引いているらしく、ハウリアの大半がユキを見る目には恐れの感情が混じっていたため、それでは訓練にはならないと判断した。
そうして遠くからハウリアの訓練を見ているユキに近づいている影があった。そのことに驚く様子もなく、ユキは気楽に声をかけた。
「…みんなに会わなくていいのか? 家族だろ、ハウリアは」
「…まだ会うべきじゃない。俺は一族を捨てたのだから」
返答したのは兎人族の男。数年前に一族を飛び出したという、
「久しぶりだな、
ディルグ・ロートレク、いやデル・ハウリア。トータスに転生したユキの部下の一人であり、シアの実兄になる。筋肉隆々の体にウサミミが生えているという一見シュールな見た目をしているが、それでも金ランク冒険者でもある一流の実力者の一角になる。
「隊長も変わらないな。…いや若返ってるか」
「気にするな」
元隊長と元部下という上下関係であるものの、その距離感は気楽なものだった。
同じ男同士ということもあり、アヤメやシェリアとは話せないようなことも話せるので当然ではある。
近況報告もかねて談笑する二人の話題は、ハウリアの訓練へと移っていた。
「ハウリアの様子を見てすぐに分かった、お前がハウリアを出て行った理由」
「…ああ、優し過ぎるというか、温厚すぎるというか」
フェアベルゲンに到達する前の段階でハウリアは温厚すぎる一族だとは思っていたが、訓練を始めてからは想定以上に温厚すぎる一族ということが顕著に表れた。
小さな魔物一匹倒すたびに行われるドラマ、お花さんや虫さんをつぶしてしまわないように気を付ける等々。ふざけているのかと問いただしたくなる光景だが、彼らは至極真剣にやっていた。その結果ハジメがぶちぎれて、今では超スパルタ訓練に変貌している。
「…シアはいいのか? 会いたがってたが」
「
「…いつか会うつもりならいいさ」
「「――
「時間だな…」
遠くからユキを呼ぶ声が聞こえてくる。同時にディルグは立ち上がり、この場を離れようとする。たとえシアではなくともハウリアに会う気はないらしい。去り際に、
「ではまた、妹を頼む」
「ああ、またな」
お互いに一言交わした後、ディルグはこの場を去った。代わりに現れたのは二人のハウリアの子供だった。少女はメイ・ハウリア、少年はロン・ハウリア。いまだユキを怖がるハウリアが多い中で、数少ないユキに平然と接する、ハジメよりユキに訓練を付けてもらうことを望んだ二人だ。ハウリアに漏れ無く温厚な性格だったが、他種族や魔物から家族を守りたいという一心で殻を破った前途有望な二人。おそらく道を違えることもないだろう。
「あれ、誰かいたんですか?」
「…いや? それより、休憩は終わったのか?」
「「はい!」」
太刀を片手に立ち上がり、ユキは二人のもとへ歩いていく。そしてハジメとは違う方面による特訓が再開された。基本戦闘力が低いため、二人での連携を前提として特訓を付けていく。こうして、周期が訪れるまでの10日間が過ぎていった。
只人···ただびと?
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第二十話 豹変のハウリア
「怯えろ! 竦め!」
「ヒャッハー! 悲鳴が心地いいぜぇー!」
「狙った獲物は逃がさねぇ、「必滅」の名に懸けてな!」
「いや、こうはならないだろ」
「あの優しかった、お花大好きパルくんが…」
「シア姉、みんなが怖い…」
ディルグとの再会後、ユキたち三人はハジメの訓練が超スパルタ訓練に変わったとこまでは見届け、それから残りの日数を三人での訓練に費やした。そしてハジメたちと合流したときに言葉、ちなみにユキ、ロン、メイの順である。
ユキたちの目に最初に入ったのは、文字通り精神的改造がなされた兎人族であった。ユキが知っている兎人族は少なくとも、あのような世紀末に生きているようなオーラは持っていなかった。ユキから訓練を受けたメイとロンは「覚悟を決める」という精神的成長をしているが、あれは違う。明らかに別のなにかに変化している。それも悪い方に。
「ボス、お題の魔物を狩ってきやしたぜ」
「あ、あの…え、とうさ、え、誰?」
どうやらシアも困惑しているようだ。たった今ハジメをボスと呼んだのはシアの父、カムである。筋肉隆々の身体、強者のオーラ。ディルグの父というのは本当らしい。話を聞いてみると、
・魔物一体だけの予定だったが、大量に現れたためすべて狩ってきた
・いい声で鳴いた、晒してやればよかった
・バラバラにしてやったから良しとしよう
などなど。
「…ハジメ、何をした?
「いや、な…」
ハジメ流ハ〇トマン式訓練の結果である。アドラーでも罵詈雑言を浴びせる訓練方式自体はある。ただし、入隊希望者が英雄信者であったり、誇りをもって軍服に袖を通すもの、あるいは生活のためがほとんどなので性格が歪むことも少なく、あそこまで行けばむしろ軍に討伐される側になる。
とはいっても戦闘力自体は高いようで、最低限本来の目的は達しているようではある。その証拠に、五十人近い熊人族の一団を襲撃すると言っている。
「メイ、ロン。お前たちが最後の砦だ。…頼む、ああならないでくれ」
「「はい!」」
いい返事である。それはもういい返事である。
ハウリアに残された平和的最終防衛線、メイ・ハウリア(十歳)、ロン・ハウリア(十歳)。ハウリアの(良い意味での)未来は君たちの肩にかかっている!
次回、「暴虐のハウリア。みんな、もうやめて、(胃が)限界だから!」
来週もこの時間に、メタルノヴァ!
などという謎の怪電波を受信したが即座に忘れ、目の前の現実に意識を戻す。どうやら先の宣言通り熊人族の襲撃に行ったようで、シアが盛大に泣き崩れているのがわかる。
とりあえず残った全員でハウリアを追いかけるが、まあ想定通りの地獄が広がっていた。
「…ハジメ」
「…はい。やりすぎました」
「いや、攻めるつもりはないさ。たかだか怖がられてるだけでハジメに任せたのは俺だからな。失敗は次に生かせばいい。…次がない方が本当はいいんだけどな」
とりあえず事態を収束させるためにハジメが熊人族を、ユキがハウリアの
熊人族の方はハジメに任せても良いだろう。当面はフェアベルゲンに関わらない以上、ユキでもハジメでも貸し一つの言伝で終わるだろう。変わるのは脅すか脅さないかの違いがあるだけ。
問題はハウリアの方だ。訓練前はユキに怯えていたハウリアであったが、訓練で自信がついたのかむしろ獰猛な笑みを浮かべている。
「調子よさそうじゃないか」
「おお、兄貴。どうです? 一緒に遊びませんか、こいつらで」
「ああ、そうだな。遊ぼうかな、
「? なにを―」
「気づいてないのか。お前たちを襲ってた帝国兵と同じような顔してるぞ、お前たち。殺しに快楽を、他種族を見下すことに優越感を感じてる顔だ」
「―なッ!」
全員が一斉に血まみれの手を頬に当てる。伝わってくるのは口元の吊り上がり具合、嗤っている顔だった。そのことに気づいたときにはハウリア全員が膝から崩れ落ちていた。周りではハジメ、ユエ、シアに加えロン、メイ、熊人族も黙って聞いている。
「怖がられていることに甘えてハジメに任せていた手前、あまり強く言うことはできないけどな。もう少し自分を見つめ直せ。何が大切なのか、何のために力を身に着けたのかを思い出せ」
「「「「………」」」」
「…昔、俺も奴隷になったことがある。帝国兵のような人攫いにつかまって、二束三文で売られ、碌な飯も与えられずに強制労働。地獄だった。そんな地獄を味合わせないために、守るために力を付けたんだろ」
「…そうだ、そうだ! 我々は、家族を守るために強くなったんだ!」
カムの口から出た叫びに、そうだそうだと周りのハウリアも次々と同意の叫びを上げている。
「わかったならそのために力を使え。
「…我々が、間違っていました」
「いいさ、誰しも一度は間違えるものだ。次に墜ちそうになったら殴ってでも止めるいいな?」
「「「「はい、兄貴!」」」」
呼び名は兄貴で定着したらしい。まあ怖がられるよりかはましかと納得し、多数の尊敬の眼差しを振り払い後ろ向くと、似たような目線を多数送られていた。シア、メイ、ロンの三人からはより一層強い眼差しが向けられている。
「「「あ、あに――」」」
「やめろ」
この熊人族襲撃は結果で言うならばハウリアの戦意喪失、フェアベルゲンに対する貸し一つと共に熊人族は撤退になった。
異様に濃い十日間の末、ようやく本来の目的である大樹の元へたどり着く。が、そこにはすでに枯れ果てた大樹と、開かない大迷宮の入り口と思われる扉があった。扉にあった印に、オスカー・オルクスの指輪を嵌めたら次のメッセージが浮かび上がる。
“四つの証”
“再生の力”
“紡がれた絆の道標”
“全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう”
四つの証は大迷宮の攻略の証、オスカー・オルクスの指輪のようなものが合計で四つ必要という意味、紡がれた絆は、おそらく唯一ここまでたどり着ける亜人族と友好関係を結べるか、ということだろう。再生の力というのは、生成魔法のような所謂、神代魔法を取得している必要がある、ということか。
とにかく、現状ではこの迷宮の攻略は不可能である、ということが分かった。無駄足になったかもしれないが、神代魔法の情報が手に入っただけでも収穫ではある。そのため近くにあるブルックの町に寄って、物資補給やまともな食事といった諸々をしてからライセン大峡谷、そこにあると思われる迷宮へ向かうことになった。
そしてまたもやトラブル発生。とはいえ、単純にハウリアが旅に着いていきたいと言い出しただけで、もちろん却下。鍛えたのはハウリアだけで生きていくためであり、旅に着いていくためではない。多少の問答の末、次にハウリアの元を訪れたときに使えるようであればハジメの部下にする、ということで決まった。ちなみにロンとメイの二人は、自分たちから他のストッパーとして残ると言っている。まさにハウリアに残った良心である。冗談抜きでハウリアの良い意味での未来は二人の肩にかかっているかもしれない。
なお、シアが着いてくることは既に決まっているらしい。ユエというハジメに対する強力な後ろ盾を携えて、ハジメに対する告白と同時に着いていくと宣言、見事に勝利をもぎ取ったとのことだ。ユキとしてはディルグから任されたこともあり、自衛ができる程度の実力があるなら問題ないと判断し、旅の人数が四人になり一行はブルックの町へ向かった。
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第二十一話 ブルックの町
いや、迷宮ボス戦は既に出来上がってるんですけど…
せめて年内中にって急いだら、最後当たりが雑になっちゃいました。最後に出した眼鏡に免じて許してください。
ではでは、第二十一話です。
魔道四輪を走らせていると、やがて周囲を柵や堀で囲まれた町、ブルックの町が見えてきた。街道に面した場所に木製の門があり、数人の衛兵が立っている。衛兵が常駐しているあたりそれなりの規模ではあるらしく、充実した買い物ができるだろう。
それなりの距離に近づいたら徒歩に切り替える。さすがに魔道四輪で近づけば、騒ぎどころか警戒から通報まですぐに行われてしまうはずだ。
「ハジメ、ステータスプレートは隠蔽したか?」
「おう、大丈夫なはずだ」
道中で最低限の準備は済ませてはある。ステータスプレートには隠蔽機能が付いている。冒険者などにとって、戦闘力の露呈はまず避けたい事態だからだ。加えて、ユキとハジメのステータスは化物の一言で片付く状態ではあるし、ユキはさらに天職:神子、レベル及び技能一部バグ表示など、壊れたと言い訳するには厳しいだろう。ユエとシアの二人は紛失した、そもそも持っていないということにすればいい。
もう一つの準備としてシアには位置特定機能付きの黒い首輪を付けてもらっている。人里における亜人族という立場から、誰かの所有権を主張するためだ。なお、その所有者はハジメである。シアは、特に愛玩用奴隷として知られている兎人族、さらに十人中十人は振り向くであろう高い容姿という、人攫い等に狙われ続けることは間違いない要素の塊なのだ。
異世界人二人 + 滅びたはずの吸血姫 + 魔力持ち兎人族という異端しかいない一行はようやく門の前にたどり着く。門番に隠蔽済みステータスプレートを見せて、一行は遂にブルックの町へ入ることができた。ユキの天職を見たときに一悶着あったものの、教会を敵に回すかもしれないと思ったのか黙認してくれた。
まずは冒険者ギルドへ行くことにした。門番が言うにはそこで町の地図をもらえ、一行の目的でもある換金も行えるらしい。
ギルドに辿り着いて中に入ると、当然だが一気に注目を浴びた。見慣れない恰好をした連中だと思っただろうが、女性二人を見たとたんに男たちの目線は釘付けとなった。中には感心する者や、ボーっと見惚れる者、女冒険者に殴られている者もいた。そのまま視線を釘付けにしたまま受付に向かう。受付のカウンターには恰幅のいいおばちゃん受付嬢がいた。
「おやおや、ずいぶんな色男たちじゃないか。カップル同志のパーティーかい?」
「残念だけど俺と三人だよ」
「おや、そっちが両手に花かい。愛想を着かされないようしなさいよ」
「……肝に銘じておく」
この説教じみた光景はこのギルド恒例なのか、見ていた冒険者たちからも生暖かい目線を向けられた。いわゆる、母は強しというやつなのだろうか。この肝っ玉の強さには屈強な冒険者たちでも敵わないのだろう。
「さて改めて、ようこそ冒険者ギルドブルック支部へ。今日はどんな用件だい?」
「ここで町の地図がもらえるって聞いてね。あと魔物の素材の買取を」
「じゃあまずは素材の買取だね。ステータスプレートを出してくれるかい?」
「ステータスプレートか?」
「ん? なんだい、あんたら冒険者じゃないのかい? 買取ならステータスプレートの提示は必要ないけど。冒険者だと確認できれば買取価格が一割増になるんだよ」
他にもギルドと提携している店舗では割引になったり、馬車を使用する時もランクによっては無料になるなどの特典もあるらしい。
「なるほど、それじゃあ一緒に登録してもらえないか? 登録料は買取額から引いてくれ。あいにく四人して文無しでさ」
「可愛い子が二人もいて文無しなんてなにやってるんだい。ちゃんと上乗せしておくから、不自由させるんじゃないよ?」
ユキとハジメの二人はステータスプレートを差し出した。冒険者はランク分けで、青、赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金の九ランクに分かれている。ちなみにアヤメ、シェリア、ディルグの三人は金ランク、つまり最高ランクということになる。黒ランクが非戦闘系天職の上限ランクであり、天職が預言師であるシェリアは黒ランクにとどまるはずなのだが、ヘルジャー帝国からの要請もあり例外的に金ランクになっている。実力主義国家である以上、黒ランク以下の実力しかないと認識されては困るという考えがあるのだろう。
戻ってきたステータスプレートの天職欄の隣に職業欄ができており、そこに冒険者の文字と青ランクを示すマークがついていた。
「男なら黒を目指しなよ。お嬢ちゃんたちにカッコ悪いところ見せないようにね。そっちのお兄ちゃんは…いや、後は買取だね」
「ああ、ここでできるのか?」
「ああ。あたしは査定資格を持ってるからね。そこに素材を出してちょうだい」
ユキの天職を見たのか一瞬言いよどむが、ただでさえ冒険者ではない文無し四人なのだ。何か事情があるのだろうと話を進めた。ハジメがあらかじめ袋に入れておいた樹海の魔物の素材をトレーに置いて提出すると、ひどく驚いて慎重に査定を始めた。
「まさかこれは…。樹海の魔物だね?」
「やっぱり珍しいか?」
「そりゃあねぇ。樹海じゃ人間族は感覚を狂わされるし、迷ったら出てこられない。ハイリスクを冒してまで入る人はいないだろうね」
そう言いチラリとシアを見た。亜人族が案内すれば少なくとも樹海で迷う可能性は小さくなる。その亜人族であるシアが仲間にいるので迷うことなく探索できたのだろうと推察していた。
そのまま素材の査定が終わり買取も終わった。四十八万七千ルタ、額としては結構なものだ。
次いで町の地図を貰った。簡易な地図だと聞いていたはずだが、有料でもおかしくないレベルの地図。書士の天職だから落書き程度ということらしいが、はっきり言って辺境の町にいる受付嬢じゃない。
ギルドを出たユキたちは、受付嬢(キャサリンというらしい)におすすめされた〝マサカの宿〟という宿に向かった。料理がおいしい、防犯もしっかりしてる、風呂にも入れるなど。準高級宿といった具合だが、金額面は問題はない。
宿に着いた一行の部屋割りは、一悶着(主にユエシアの暴走と看板娘の妄想)あったが2:2の男女分けになった。
この一日は非常に疲れたと言えただろう。ピー音が横行していた様子を多数の宿泊客が見ていたからか、夕飯で食堂に向かった数時間後でも全員いるその時の宿泊客からの視線、ユキのことなど知らないとばかりに男女で分けているのに風呂に突撃してくる女二人+覗き一人、寝る時でも部屋に突撃してくる女子二人(ユキが部屋に戻らせた)。
翌日の男二人の精神的疲れは酷かった。少なくともハジメは一日部屋で作業しようと思うほどだ。
というわけで、この日はハジメが宿で作業、残り三人は買い出し兼情報収集をすることになった。
なお、看板娘が昨晩の覗きによって妄想が暴走して腐ったらしい。
町に出た三人はユキが食料と道具メイン、ユエとシアが衣類と他雑貨メインで分かれた。
朝早い方だったからか混雑していたものの、早々と買い出しを済ませたユキはそこそこ賑わっている酒場で情報収集することにした。古今東西、酒場や娼館というのは情報が集まる場所であり、異世界だろうとそれは変わらない。
「いらっしゃいませー。うわ、なかなかの色男」
「あら? マサカさんのところで噂になった男性のお一人ではありませんか?」
「ああ、あの酒池肉林の限りを尽くした挙句、ソーナちゃんを腐女子に墜としたっていう」
「なるほど昨晩では足りなかったということですね。でしたら、双子丼スペシャルセットはいかがですか」
「オプションで生クリームと蜂蜜のトッピングもどうですか。かしこまりましたー。にしし」
酒場に入った途端に放たれた金髪の双子ウェイトレスによるマシンガントーク。不穏極まりない話が含まれていたような気がしないでもないが、似たような体験をしたことがあるためスルーする。
「とりあえずおすすめのお酒を。あとお酒に合うつまみを少々」
カウンターに座る。お酒とつまみを食べながらユキは周囲の会話に耳を傾け、
「隣、いいかね?」
と、ユキの隣に男が座ってきた。カウンター席はまだ空いているし、わざわざユキの隣に座ってきたのだから目的は明確だろう。ユキはチラリと男を見て納得した。声で誰かは分かっていたが、自分と同じ黒い軍服、整った容姿に眼鏡を掛けたその姿はまさしく自分の元同僚だ。
「偽物、ではないな。
「ああ。私は貴方が知っている人間だ。まあ、一種の逆襲を受けてしまってね」
「珍しい。お前ほど完璧な奴が計画を失敗するのか」
「私は凡庸な男だからな。閣下や
男もユキと同じ注文して、届いたつまみを食べながら二人で乾杯した。普通なら昼間から酒を飲む酔っ払いに見えてしまうだろうが、粗野な冒険者などではなく容姿の整った男軍人二人が酒を飲むその様子は一種の神秘性を秘めているのか、周りは一線引いて誰も近づこうともしなかった。
当の二人はその周りの反応など気にしていない。
「こっちでも
「ゆくゆくは。だが、まずは天を墜とさなければ進まぬだろう」
皮肉だな、とユキは思った。他者に天翔を求めているのに、まずは天墜しなければ始まらないというのだから。とはいえ、その天墜の算段もある程度ついてはいるのだろう。この男の優秀さは身をもって体験済みだし、おそらくその算段に自分たちも含まれているはずだ。ならばそれを利用させてもらうとしよう。
「それなら、何か有力な情報はないか? 情報の精度はともかく、こっちが何を知りたいのかは分かるだろ」
「そうだな…
「
「いや、あなたのようだ。怪物と英雄は表裏一体の存在だ。閣下が
「だったらお前は
「ああ、あともう一つ。魔人族領にあるシュネー雪原、そこの氷結洞窟は大迷宮だ。今私が知る限りで攻略者は二人、一人は分かるだろう」
「邪竜、か。宝は?」
「さて、そこまでは…だが破壊されているということはないだろう」
それならまだ望みはある。宝に細工をしていないかが気になるところだが、魔人族側に着いている現状では心配ないだろう。
他にも噂を含め色々と聞いた。王国最強の王女が勇者たちに合流した、勇者たちはオルクス大迷宮の攻略を続けている、どこかの町周辺で竜を見たなどなど。
「私はそろそろ行くとしよう。では、
「ああ、またな
これが異世界で初の
酒場を出ると何やら内股気味になっている男が多いのが気になったが、特に問題なく宿に戻った。丁度ユエとシアも戻ったようで四人で合流した後、宿のチャックアウトを済ませて再び外に出た。
目指すはライセン大峡谷、七大迷宮の一つが眠るとされている場所だ。
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第二十二話 大峡谷、そして迷宮へ
ゆっくりですが完結に向けて頑張ります。
少し短いですが二十二話です。
ライセン大峡谷の谷底には溢れかえらんとばかりに魔物の死体が転がっていた。犯人等はもちろんユキたち四人。ブルックの町を出て早五日、幾度と魔物の襲撃を受けながらも、一行は大峡谷にあると言われている迷宮を探していた。
ブルック出発前に渡されたハジメ製ハンマー・ドリュッケンを振るうシア、魔力に物を言わせて魔法を放つユエ、的確に魔物をドンナーで狙撃するハジメ、さながら忍者のように木々や壁を足場に縦横無尽に駆け巡り魔物を切り伏せるユキ。
魔力分解作用も相まって地獄と評されるはずのライセン大峡谷の光景とは思えない。鎧袖一触、という言葉すら過分ではないだろうか。単純に襲われたから迎撃しているだけで、本人たちは迷宮探しの片手間でしかないのだが。
そして日が暮れた夜。一行はハジメ謹製キャンプ一式アーティファクトで野営をしていた。生成魔法を駆使して作られた一式は通常の宿すら超える快適さを実現し、魔力操作が必要なため防犯性能も抜群。国宝級の品々だ。
そんな国宝級アーティファクトを使った野営とは思えない夕食を終え、就寝準備に入る。最初の見張りはユキ。ハジメたち三人は無駄に快適なテントに入ろうとしたところで、シアが一人テントから出た。
「ちょっとお花摘みに」
「谷底にお花はないぞ? ッテ」
「デリカシーが無いぞハジメ。ユエに嫌われるぞ」
「悪い悪い」
と、デリカシーの無い発言をするハジメの小突くユキ。場所に似合わない和気藹々とした空気が四人を包んでいた。シアはそのまま谷の壁面の方へ向かい…
「ハ、ハジメさ~ん! ユエさ~ん! ユキさ~ん! 大変ですぅ! こっちに来てくださぁ~い!」
シアの大声が夜の谷底に響き渡った。いくら気配遮断の効果がある改造テントを使っていても完全ではない。あれでは魔物を呼び寄せる可能性は十分ある。それでも大声で三人を呼び出したのだ。よほどのことなのだろう。
三人がシアの元へ向かうと、そこの壁面には身を隠せそうなほどの大きさの隙間があった。シアはその前で大きく手を振り、ハジメを隙間へ引っ張っていく。ユエとユキも隙間に入ると、ある程度の広さがある空間があり最奥の壁には看板、だろうか。
〝おいでませ! ミレディ・ライセン、システィ・ライセン姉妹のドキワク大迷宮へ♪〟
まさに驚愕という一言に尽きるだろう。
「…本物、だよな」
「…名前からして、おそらく」
看板にはミレディ・ライセン、システィ・ライセンという二人の名前。
この大峡谷の名前の通り〝ライセン〟は世間一般に知られている。ただし〝ミレディ〟と〝システィ〟という名前は、四人はオスカー・オルクスの手記でのみ知った名前だ。かつてエヒトに戦いを挑んだオスカーの仲間たち、つまり解放者だ。
そう、ここがライセン大峡谷にある大迷宮の入り口だった。
とはいえ、シアを除いた三人からすれば別の意味で疑わしく感じている部分もある。
看板から滲み出る軽薄さでも言えばよいのだろうか。小馬鹿にしているような気を感じさせる文は、オルクス大迷宮での緊張感や解放者のイメージを壊すには十分だ。
「どこかに入り口があるんd、ふぎゃ!」
オルクスでの苦労を思い出して渋い顔をしている三人を尻目に、シアは大迷宮の入り口を探していた。とはいえ周囲にあるのは変わらぬ壁のみ。スイッチでもあるのかとペシペシと壁を叩いていると、シアが急に消えた。いや、ガコッという音と共に回転した壁の向こうへ吸い込まれていった。
「…あ~」
「…当たり?」
「…間違いないな」
消えたシアを追って三人も回転扉に潜る。三人を出迎えたのは先に潜ったシア、ではなく矢のトラップ。だがその程度は易々と迎撃する。なお、シアは回転扉に縫い付けられる形で生きていた。その時に足元が濡れていたのは…割愛しよう。
次いで現れたのは一枚の石板。
〝ビビった? ねぇ、ビビっちゃった? チビってたりして、ニヤニヤ〟
〝それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ……ぶふっ〟
〝まさかこんなトラップに引っかかるわけないよね~? プークスクス〟
「ムキー!」
さすがにシアが切れてドリュッケンで粉々に砕く。親の仇と言わんばかりの勢いで何度も叩きつける。砕け散った石板のあった地面には、
〝残念で~した。この石板は一定時間で自動修復するよ~〟
〝無駄な労力お疲れさまで~す〟
「ムキキー!」
さらに激しくドリュッケンを叩きつけた。まあ、シアの気持ちも分からなくもないため、気が晴れるまで待とうと思っていたユキだが、地面をよく見ると小さく別の文が彫ってあることに気が付いた。
〝お姉さまがすみません。うざくて本当にすみません…〟
「苦労、していたんだな…システィ・ライセン」
このライセン大迷宮はオルクスとは別の意味で、非常に厄介な迷宮だった。
まず、魔法まともにが使えない。谷底よりも強力な魔力分解作用が働いているようで、魔法特化のユエでも上級魔法以外は殆ど使えない。ハジメは戦闘時に使っていた〝空力〟や〝風爪〟といった魔法が使えず、主兵装のドンナー・シュラークも半分以下の威力しかない。最も高い身体能力を持つユキは
結果、身体強化という点において天才的な素養を持ち、ドリュッケンというハンマーを振るうシアが最も適任ということになる。
で、その肝心のシアはというと…
「絶対に殺ルですよ~。住処を荒らして殺るですよ~」
と、殺意が絶頂状態だった。
ハジメやユエも殺意が滲み出ており、ユキは三人を見て苦笑していた。本来なら「冷静さを欠いては~」と注意するところだが、少なくとも道中のトラップやミレディ・ライセンの煽り看板のことを考えれば無理もないと思っていた。看板の隅に小さくあるシスティ・ライセンの謝罪文がばければ、ユキも多少荒れていたかもしれない。いや、三人ほどでないだけでユキも多少気が立っていた。
それほどまでに様々な意味で凶悪なトラップの数々が、彼らを襲っていた。
入口から進んだ彼らを襲った最初のトラップに引っかかったのは、意外にもハジメだった。ハジメが足元の床トラップを踏み抜いて作動させ、右から首ほどの、左から腰ほどの高さから回転鋸が飛び出してきた。
「回避!」
ハジメとユキは仰け反りながら、ユエは背が小さいのでしゃがんで回避した。慌てる声が聞こえてくるのでシアも何とか回避したようだ。ただその仰け反った瞬間に、ユキが天上から何か光るものが見え咄嗟に叫んだ。
「頭上にトラップ! 回避!」
ハジメがユエを掴んで前へ、ユキがシアを掴んで後へ飛んだ。その一拍後に高速で振動する無数の刃が四人がいた場所に落ちてきた。最初の回転鋸を回避して安心したところを死角から追撃する凶悪なトラップ。それも高速振動しているあたり、並大抵の盾では一瞬の時間稼ぎもできないだろう。
「完全な物理トラップか…こんな環境だ、魔力感知の効果は薄いか」
「ってことは俺の魔眼石には反応しないな」
もちろん完全な無駄ではないだろう。ただ魔眼石で分からない完全物理トラップでは見切ることは出来ない。
となれば四人で最も危険なのはシア、次いでユキになる。先のトラップで言うならば、ハジメは義手で受け止めることはできたかもしれないし、ユエは〝自動再生〟があるので易々とは死にはしない。ユキは身体能力は高いが防御力は低く、シアも同様。
「…最初でこの危険度だ…一層慎重に進むぞ」
ユキの言葉に三人が頷く。即死級の危険なトラップ。
その〝ただ危険なトラップ〟というのが序の口であったと知るのはもうすぐだった。
その四人の様子を遠見のアーティファクトで見ている二人の影があった。
ユキの半分程度の三頭身のフォルムをしたその見た目は、明らかに生身の人間の姿ではない。
「やっと…本当に来たね、〝シーちゃん〟」
「はい、〝ミーねえさま〟。ようやく役目を果たせます」
そこに響く声は年若い二人女性。数百年、あるいは数千年か、それほど昔から彼女たちはこの迷宮に訪れる挑戦者を待っていた。いつか自分たちの意志を引き継ぐ者が現れることを信じて。そして、
「ってことは、あの黒髪が噂の〝怪物〟かな? なんか怪物って雰囲気じゃないけど」
「ですが、確かに強いですね。魔法やアーティファクトを使っている様子もないですし」
「シーちゃんの先輩になる人だけど、シーちゃん的にはどう思う?」
「どう、と言われても困ります、ミーねえさま。ですが〝母様〟の言葉通りなら――」
――きっと、
だってあの人は
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第二十三話 ライセン大迷宮 前編
良作と言っていただけるとは…
完結まで頑張ります!
では、二十三話です。
四人はトラップに注意しつつ、〝マーキング〟しながら奥へ進む。
このマーキングはハジメの〝追跡〟の固有魔法のこと。可視化することで他三人にも見え、魔力を直接付与しているので分解作用の影響外らしい。
今のところ魔物は出てきていない。トラップの誤作動を防ぐためか、この環境は魔物も影響を受けるからか。ユキとハジメが奈落に落ちるきっかけの一つになったモンスターハウス系のトラップもあるかもしれない。警戒はするが出ないに越したことはないだろう。
「うぅ~、何だか嫌な予感がしますぅ。私のウサミミにビンビン来るんですよぉ」
と、階段を進んでいるとシアがそのようなことを言い出した。確かにシアがウサミミを立たせ左右へせわしなく動いている。
フラグとしか言えない台詞だが、元々警戒心の強いハウリアが言うのだ。四人は立ち止まって周囲を見回しながら警戒をめた。
すると、ガコンという音と共に階段の段差が消えてスロープになった。加えてタールのようなよく滑る液体が流れだしてきた。
「まじか!?」
「ちっ、くそ!」
「!? ……フラグウサギッ!」
「わ、私のせいじゃ――はわわわッ?!」
ハジメは義手と靴底の鉱石をスパイクに錬成して踏ん張り、ユエはハジメに飛びついて落下を防ぐ。ユキも〝宝物庫〟から取り出した短刀をスロープ突き立てるが、シアはバランスを崩したまま落下していく。
「!? シア!」
ユキがシアの腕を何とかつかむが、落下エネルギーとシア+ドリュッケンに短刀が耐えられず、スロープから外れてしまった。もう一度突き刺そうとするが、落ちる勢いが付きすぎて突き刺せない。
「ユキ!?」
落ちていく二人に驚いてハジメもユエを連れたままスパイクを外して、二人の後を追う。シアが落ちる先を見ると、途中で途切れていることに気が付いた。
「ユキさん! 道が!」
「ッ、ユエ!」
「んッ!」
勢いのまま中空へ飛び出される。
「〝来翔〟!」
その一瞬にユエが初級魔法〝来翔〟を使い、数秒のみその場で静止する。ハジメが義手からアンカーを射出して天上からぶら下がる。しかしそれで助かるのはハジメとユエのみ。
「ハジメ! 撃て!」
「ユキさん!?」
「おう!」
「ハジメさん!?!?」
ユキの掛け声とともに、ハジメが
「ッ!」
そのまま大剣の腹で受け止める。弱体化しているとはいえ素で高威力のドンナー。当然受け止めた大剣は罅が入り砕ける寸前だが、衝撃により勢いを付けることはできた。その勢いのまま大剣と交換した直剣を壁に突き刺した。
ひとまず落下を阻止してホッと一息ついた。そして下を見ると大量の何かが蠢いている。
カサカサカサ、ワシャワシャワシャ、キィキィ、カサカサカサ
「うわ…」
「ひえぇ」
思わず引き攣った声が口から漏れた。
体長十cmくらいのサソリだった。それも大量なんてレベルではなく、一切の隙間も見えない様子はさながらサソリの海のようでもあった。さらには目を逸らすために上を見ると、
〝彼等に致死性の毒はありません〟
〝でも麻痺はします〟
〝存分に可愛いこの子達との添い寝を堪能して下さい、プギャー!!〟
〝ごめんなさい。毒では死ぬことはないはずなので…すみません〟
ここに落ちた人はサソリに全身を這い回られながら麻痺に苦しみ、藁にも縋る想いで天上の方へ向けばこの挑発文を見ることになるのだ。
迷宮入り口の文から察するに、最後の文はおそらくシスティ・ライセンなのだろう。ミレディのうざさとシスティの苦労人気質が感じ取れた。
「…
第一の関門を突破した一行は意気揚々と進み破竹の勢いで迷宮を攻略していった…とは当然なるはずがなく、むしろトラップと精神を逆撫でする煽りの挑発文によってストレスと疲れが溜まる一方だった。突如落ちてくる天井、全方位から飛来する毒矢、硫酸入り落とし穴、アリジゴク+ワーム型魔物などなど。最後に小さく書いてあるシスティの謝罪文に、もはやユキ以外は気付いていない。
現在、螺旋状になっているだろう一本道のスロープを下っているが、ただの通路でないのはこれまでから十分わかる。むしろ、ここまでくるとどのようなトラップなのかは大体察せるようになっていた。
突然ガコンという音がしたかと思うと、上の方からゴロゴロと重い音が響いてくる。四人が後ろを見ると、まあ定番と言うか予想通りと言うか幅一杯の岩の大玉が転がってきた。轢かれれば即死なのはすぐにわかる。急いでユエとシアが逃げようと踵を返すが、ユキとハジメはそのまま立ち止まって動かない。
「……ハジメ? ユキ?」
「何やってるんですか?! 早くしないと潰されますよ?!」
ユキは太刀に手を添え抜刀の構えをするが、二人の声に答えずハジメはユキの前に出て左腕を引き絞った。義手からは機械音が響いている。
「いつもいつも、やられっぱなしじゃあ! 性に合わねぇ!」
ハジメは限界まで引き絞った左腕を思い切り岩玉に叩きつけた。激突による凄まじい轟音が通路に響き渡り、岩玉に亀裂が走り粉々に砕け散る。
義手への負担が大きく本来ならば切り札の一つなのだが、溜まっていたストレスが爆発したのだろう。その証拠にハジメはスッキリしたと言わんばかりに、満面の笑みを浮かべている。
「ハジメさ~ん!流石ですぅ!カッコイイですぅ!すっごくスッキリしましたぁ!」
「……ん、すっきり」
「まあな、これでここら辺は……」
ドスン、ゴロゴロゴロと、上の方から妙にたった今体験したような重い音が鳴り響いた。
ハジメたち三人が固まり、顔を引き攣らせながら岩玉が転がってきた方を向くと、黒光りする鋼鉄製の大玉がカーブの先から姿を現した。
「うそん」
「あ、あの。気のせいでなければ、何か変な液体撒き散らしながら転がって……」
「……床が溶けてる」
「二段構え…しかも危険度も格段に上がってる。本当に悪質だなこの迷宮は…」
そう言い、今度はユキが大玉の前に立ちはだかった。手には太刀ではなく、鉄塊と言われそうな巨大な大剣。
踵を返して走り出した三人は、鉄塊剣を構えたユキに驚いて少し進んだ先で足を止めた。
「おい、ユキ?!」
「解放者たちは怪物に期待しているらしいからな」
まあガイアの影響なのだろうが、オスカーの住処にユキ用の大量の武器が保管されていたことが、期待しているということを如実に表している。
そう、
「真正面から叩き伏せる!」
怪物らしく振舞ってやろうじゃないかと、鉄塊剣を鉄球に叩きつける。これでも
魔力変換の〝衝撃変換〟を併用して叩きつけた一撃は、金属同士の甲高い衝撃音を響かせた。溶解液に触れた鉄塊剣から異臭と溶ける音がするが、無視してそのまま振り抜く。拮抗は一瞬のみ、僅かな傷を与えて一メートルほど弾き飛ばすが、すぐに転がって迫ってくる。
「まだまだッ!」
一度でダメなら二度。二度でダメなら三度、四度、五度……と、何度も連続で鉄塊剣を叩きつける。鉄球が罅割れていく様子を、ハジメたちは茫然と見ていた。
そして、叩き付ける度に徐々に溶けていく鉄塊剣よりも先に鉄球の方が限界を迎え、轟音と共に砕け散った。
「や、やっぱりすげえな…」
「…でも
「私、ユキさんのこと怒らせないようにします…」
通路を抜けると広い部屋に出た。左右には無数の窪みと騎士甲冑が並んでいる。そして突き当りには荘厳な扉と黄色い水晶が設置された祭壇があった。
「いかにも、といった場所だな。ここが最奥の住処ってことか?」
「いや、どちらかと言えばその一、二歩手前といったところだろ」
「ってことはまあ、この甲冑はお決まりか」
「……大丈夫、お約束は守られる」
「それって襲われるってことですよね? 全然大丈夫じゃないですよね?」
やはりお決まりはやはりお決まりだったようで、部屋の中央付近まで進むと、おなじみとなりつつあるガコンという音が鳴り、騎士甲冑が動き出した。およそ五十体ほど。
「ははっ、ホントにお約束だな。動く前に壊しておけばよかったか?」
「今さらだ。まあ、やるしかなさそうだな」
「んっ」
「か、数が多すぎませんか? いや、やるしかないんですけども…」
ユキ、ハジメ、ユエは意気揚々と、シアは消極的に構える。この中で実戦経験が一番少ないのはシアなのだから無理もない。
「シア」
「は、はいぃ! な、何でしょう、ハジメさん」
緊張に声が裏返っているシアに、ハジメは声をかける。緊張をほぐすためか、どことなく声質が柔らかい。
「お前は強い。俺たちが保証してやる。こんなゴーレム如きに負けはしないさ。だから、下手なこと考えず好きに暴れな。ヤバイ時は必ず助けてやる」
「……ん、弟子の面倒は見る」
「可能な限りフォローする。ミスは出来るときに経験しておくものだぞ」
三人の言葉にシアは息を呑む。三人と出会った時から、主に二人からの扱いが雑だったため、旅に付いてきたこと自体迷惑だったんじゃないかと不安だった。実際、最初は迷惑だと感じていただろうが、今は仲間だと認めている。
そして小さく笑みを浮かべながら気合を入れなおすようにドリュッケンを構える。
「はい、やってやりますよ!」
それと同時に、ゴーレム騎士たちが四人に向かって襲い掛かった。
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第二十四話 ライセン大迷宮 中編
邪竜おじさんの言うことは本当だったんだなって思いました
気が付いたら赤バーになってました!
ありがとうございます!
二十四話です。
騎士甲冑改め、騎士ゴーレムの動きは二メートル程度と言う巨体に似合わず俊敏。それも約五十体が一斉に動く様は、ユキからすればカンタベリー聖教皇国の
だが所詮は
「――シッ!」
一振りで首を斬り飛ばす、胴を断つ。ユキの力は何も
加えて仲間が三人もいるのだ。故に苦戦などもっての外、赤子の手をひねるかのように騎士ゴーレムを相手に立ち回る。
だからだろうか。
さながら実験のように、騎士ゴーレムの反応を確認しながらユキは別の手法で騎士ゴーレムを両断する。これは死に戻りによって同じ人生を繰り返してきた弊害だった。繰り返すからこそ様々な選択を試し最適な方法を取ろうとする。新西暦では失敗すれば死に戻りするだけだったからこそやっていたので、トータスに召喚されてからは失敗しても問題なような余裕のある時にしかやらないが。
そして都合十体ほど破壊したときに、一部の騎士ゴーレムの様子が変わった。
「…なんだ?」
十体の騎士ゴーレムが一瞬だけ停止すると、さらに俊敏になって動き出した。どこか機械らしさがあった先ほどまでの動きと違い、今度はフェイントを織り交ぜたりした人間らしさを感じさせた。それこそ、
ハジメたちの方に迫る騎士ゴーレムは変わった様子が見られない。つまりユキに迫っている騎士ゴーレムの動きだけが変わっているということだ。
加えて、一向に騎士ゴーレムが減っているように感じない。四人が倒した数、戦っている数を合わせれば、優に五十は超えるはず。
これはさすがにおかしいと、ハジメ達に合流する。
「ユキ、こいつら核を持ってねぇ!」
「なるほど、それに再生すると」
さらに聞くとこの騎士ゴーレムは、感応石という鉱石で出来ており遠隔操作されているのだという。ということは、動きが変わった騎士ゴーレムは操縦者が変わったということだろうか。
見ると破壊された騎士ゴーレムが壊れた部分を繋ぎ合わせて復活している。床が所々窪んでいるのは騎士ゴーレムの再生に使ったからなのだろう。つまり終わりが見えない状況であり、いくら余裕があるとはいえこのままではジリ貧だ。ならだ取る選択肢は一つ。
「「強行突破!」」
奥の祭壇の先、扉の方へ向かう。祭壇の方、前方への道をユキが切り拓き、後方の追ってをハジメが手榴弾で薙ぎ払う。
ユキは扉に最初に到達したため一足先に扉を調べる。
「…開く?」
「いや、ダメだな。封印されてる。おそらく水晶をこの窪みに嵌めればいいと思うが…」
「…ユキはハジメの方に行って。ここは私がやる」
「すまない。任せる」
扉の開錠をユエに任せて、ユキはハジメとシアの元に合流した。
「ユエが扉を開けるまで食い止める」
「おう。錬成じゃ魔力が馬鹿にならなそうだしな」
「はい! ここから先は通しません!」
と、防衛戦が始まったもののやはりそれなりに余裕はある。トラップを警戒して手榴弾などは使っていないが、それでも雑談しながら対処している。
というのも、先の動きが変わった十体の騎士ゴーレムがユキを執拗に狙ってくるからだ。騎士ゴーレムを引き連れて階段を離れる。
やはりこの十体の動きは無駄に良い。スリーマンセル又はツーマンセルでユキに迫ってくる。唯一の救いは剣と盾しか持っていないことか。
「まずは、一組!」
一体の両腕を断ち切り盾にして、一体の胴を横薙ぎ、一体を唐竹割りにて両断する。
これで残り七体、だが時間を掛ければ三体も復活するだろう。
(これは、面倒な)
そうして相手をすること数分。
「開いたぞ!」
「了、解!」
太刀を突き刺した騎士ゴーレムを足場に、祭壇の方へ跳躍する。着地点は階段の中断付近。着地と同時に階段の騎士ゴーレムを薙ぎ払いつつ、開いている扉へ向かう。
ハジメが置き土産と手榴弾を数個放り投げ、二人同時に部屋の奥へ飛び込む。騎士ゴーレムが追ってくるも既に遅い。手榴弾の爆発による衝撃にたたらを踏んで止まり、その隙にシアとユエが扉を閉めた。
部屋は特に装飾も何もない、四角い部屋だった。よく観察してみても、特に手掛かりになるようなものもない。
「これは…これ見よがしに封印してたけど、特に何もない部屋でしたって感じか?」
「…あの性格ならあり得る」
「うぅ、ミレディめぇ。何処までもバカにしてぇ!」
「それにしては今入ってきた扉しかないが…閉じ込められたか?」
すると、いつもの仕掛けが作動する音が鳴り、部屋自体が揺れると同時に横向きのGが襲い掛かった。
「っ!? 何だ!? この部屋自体が移動してるのか!?」
「……そうみたッ!?」
「うきゃ!?」
「うおっ!?」
今度は真上からGが掛かる。次は横に、下に、斜めに、回転と、何度も方向転換しながら約四十秒ほど移動して急停止した。
「止まった、な…ユエ、大丈夫か」
「…ん。問題ない」
「ハ、ハジメさん…私は…」
「とりあえずシアは喋るんじゃない。ハジメに不名誉なあだ名をつけられるぞ」
「うぅ、はい…うっぷ」
ハジメはユエを抱えてスパイクで、ユキは体勢を低く膝をついて移動に耐えていたが、シアは部屋を転がり続けていたので酔っていた。なのでシアが落ち着くのを待ちつつ、部屋を再度観察する。が、やはり変化がない。
「ということは、やっぱりあの扉か…」
「さて、鬼が出るか蛇が出るか…」
「…ん。何が出てもハジメは守る。ユキと…あとシアも」
「…聞こえてますよぉ…うっぷ」
「頼りにしてるぞ。ハジメのついでに守ってくれ」
「…ん」
そして扉を開け出ると――
「……何か、見覚えないかこの部屋?」
「……ある。あの石板とか…」
「……最初の部屋、じゃないですか?」
――そう。回転扉から入った最初の部屋である。
その証拠に、石板にある挑発文も見たことがあるものだ。
〝ねぇ、今、どんな気持ち?〟
〝苦労して進んだのに、行き着いた先がスタート地点と知った時って、どんな気持ち?〟
〝ねぇ、ねぇ、どんな気持ち? どんな気持ちなの? ねぇ、ねぇ〟
「「「……」」」
ハジメ達の顔から表情がストンと抜け落ちる。能面という言葉がピッタリと当てはまる表情だ。さすがユキでさえ頬が引き攣っている。三人とも、微動だにせず無言で文字を見つめている。すると、更に文字が浮き出始めた。
〝あっ、言い忘れてたけど、この迷宮は一定時間ごとに変化します〟
〝いつでも、新鮮な気持ちで迷宮を楽しんでもらおうというミレディちゃんの心遣いです〟
〝嬉しい? 嬉しいよね? お礼なんていいよぉ! 好きでやってるだけだからぁ!〟
〝ちなみに、常に変化するのでマッピングは無駄です〟
〝ひょっとして作っちゃった? 苦労しちゃった? 残念! プギャァー〟
「は、ははは」
「フフフフ」
「フヒ、フヒヒヒ」
三人から壊れた笑いが漏れ、次の瞬間迷宮を震わす大絶叫が響き渡ることは言うまでもなかった。
一方ユキはハジメ達が読んだ挑発文とは別の、
〝申し訳ございません。あなた方には初めから攻略していただきます〟
〝文句は姉さまにどうぞ……最奥でお待ちしています〟
〝…怪物なら…できますよね、先輩?〟
「………ああ。なるほど。そういうことかシスティ・ライセン」
明らかに
そうか、システィ・ライセンは
ならばよかろうさ。
怪物を倒すのはいつだって英雄だと決まっているのだから。
だからこそ、
「勝つのは、俺だ」
そして、迷宮攻略冒頭に戻ることになる。
だが、まだこの時は、■■■■■など誰も想像もしていなかった。
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第二十五話 ライセン大迷宮 後編
一応、不定期更新になってますけど、なるべく早く投稿できるように頑張ります。
迷宮に挑戦して約一週間が経過した。
入口に戻されること7回、致死性のトラップ48回、意味の無い嫌がらせのみのトラップ168回。最初はミレディへの怒りで満たされていた三人だったが、四日ほど経過してから吹っ切れたのか、半ば投げやりな心境になっていた。これまでの7回が無駄だったという訳でもなく、迷宮の構造変化にはある程度パターンが決まっていることが分かり8回目の挑戦中だ。
現在は珍しくトラップが一つもない安全な部屋で休息をとっていた。
「信頼されてるなハジメ。一応、大迷宮内部なんだがな」
「まったくだ。俺みたいな奴のどこがいいんだ…」
ハジメの両サイドには、ハジメの腕に抱きつく形でぐっすり眠っているユエとシアがいる。完全に安心しきっているようで、とても緩んだだらしない表情をしている。
ハジメは優しい顔をしながら抱きしめられている腕を抜いて、ユエの髪をなでている。
「そもそもシアを助けたのはユキだろうが。なんで俺なんだ」
「何だ彼んだで最初に泣きついた相手がハジメだからな。それに、弱音を吐いても諦めない所は気に入ってるんだろ?」
「…まあ、な」
そう言い、ハジメはユエと同じようにシアの髪を撫でたりウサミミをモフモフする。ユエにしたときと同じように自然と手付きも優しくなり、非常に優し気な表情を浮かべている。
「むにゃ……ハジメしゃん、大胆ですぅ~、お外でなんてぇ~」
「「……」」
シアの寝言に一瞬でハジメの瞳の奥から光が消えた。スッとユキが無言で離れると同時に、ハジメが優しい手付きのまま、そっとシアの鼻と口を塞いだ。穏やかな寝顔が段々と苦しそうな表情に変わっていくがハジメは止めず塞ぎ続ける。
「んんーー?! んーー!! ぷはっ! はぁ、はぁ、な、何するんですか! 寝込みを襲うにしても意味が違いますでしょう!」
「……んぅ…うるさい…変態ウサギ…」
「ユエさん?!」
ぜはぜはと荒い呼吸をしながら飛び起きたシアはハジメに抗議を入れる。そしてシアが騒いだことでユエも目を覚ましシアを罵倒する。
「……ッ、ハハッ」
コント染みたやり取りにユキは思わず吹き出して笑ってしまった。それぞれが信頼し合っているからこそのやり取りを、ユキは羨ましそうに眺めている。
クリスとアル、
だからハジメ達の今が羨ましいと感じてしまう。そして血で染まりきっている自分は、あの輪に入ってはいけないと思ってしまう。
ふと、三人のやり取りを眺めるユキの眼には別の光景が映った。
ガラス越しに
(ッ、まただ)
俺にこのような記憶はない。知らないはずだ。
このような特徴的な光景を忘れるはずがない。でも知らない。
「…大丈夫か?」
「…ああ、大丈夫だ」
急に笑ったかと思えば今度は顰めた顔をしているユキに、ハジメが心配そうに声を掛けた。ユエとシアも心配そうな表情でユキを見ていた。
「十分な休息はできただろう。そろそろ行こう」
「…ユキ」
心配は掛けないと、ユキはハルツィナ樹海の時のように半ば強引に行こうとする。が、ハジメがユキを呼び止めた。ここで止めなければ、ここではっきりさせなければ何かが手遅れになると、ハジメはそう感じていた。
「ユキのことは八重樫や白崎から聴いてはいた。だけど俺はその夢を見ていたわけじゃないから詳しくは知らねぇよ」
「それでも、俺はユキを信用してるし信頼してる。それはユエも、シアも、八重樫や白崎だって同じだろうさ」
「俺にとって、ユキ・ロスリックは英雄だ。無能だの馬鹿にされてた俺に道を示してくれた、唯一無二の
「だけどそれ以上に、今は大切な仲間だ。進む道を間違えたならぶん殴ってでも止めるし、絶対引き戻してやる」
「それに奈落に落ちる前、ホルアドでも言ってたじゃねえか。〝俺達は一人じゃない。ピンチになったら、素直に助けてくれって言えばいい〟って。
俺達は何度もユキに助けられた。だから今度は俺達がユキを助けてえ」
「だから、その、なんだ」
「前から何に悩んでるのか知らねえけどな、少しくらい俺達のことを信じてくれてもいいじゃねえか?」
「…ん」
「です!」
ハジメの言葉にユエとシアも同意する。二人にとって、ハジメが想いを寄せる相手で、助けてくれた恩人でも、ユキもまた助けてくれた恩人なのだから。恋に盲目とは言えど、恩を忘れるほど恥知らずではない。
「……ありがとう」
「…存在しない記憶、か……大丈夫か、
「……やっぱり言わなければよかったか…」
「冗談だ」
迷宮攻略を再開したが、これと言った進捗があるという訳ではなかった。
ただ見慣れたトラップばかりになっているため、最初より楽にはなった。そこでユキが抱えていた悩みについての話をしていた。
とはいえこちらも何かが解決するという訳でもない。当の本人が知らないのだから他人が知る訳がない。
「って言っても、ユキ自身全部を覚えてるわけでもないんだろ」
「それは当然だ。最初の頃は殆ど忘れてるし、
「まあそうだよな…」
唯一判明した、というより既に明らかだったのは、神山に眠るガイアが深く関わっているということ。
そもそも、ガイアに関してはユキも知らない謎が多い。
なぜユキの死に戻りを共に体験していたのか。
なぜユキに
なぜユキが西暦から来たという秘密を知っていたのか、などなど。
挙げだせばキリがない。
とはいえ悩んだところで解決するわけでもない。再開してから聞き出せばいいと割り切るしかないだろう。
「そういえば、あのガイアって日本で造られたんだよな? なんで
「知らないさ。当時の技術者に聞いてくれ。
まあ、対のイザナギがいないとか、
そんな話をしていると、最初に迷宮攻略をリスタートさせられた原因の部屋。つまり騎士ゴーレムの部屋に着いた。あの一回以降、一度もこの部屋に遭遇することがなかったことを考えるなら、やはり迷宮攻略は進展しているのだろう。その証拠と言うべきか前回とは違って、封印されていた扉は既に開いて、部屋ではなく道が続いているのが見える。
「誘われてると思うか?」
「十中八九、誘われてるだろうな。だが他に道もない。生憎ゴーレム自体はそこまで問題じゃない、このまま扉まで突っ切るぞ」
「んッ!」
「はいです!」
ユキ達が走り出し部屋の中程まで到達したところで、前回同様騎士ゴーレムが一斉に動き出した。だが既に騎士ゴーレムの強さは知っているし、扉を開けるために時間稼ぎをする必要もない。
よって、前方の騎士ゴーレムを蹴散らしてしまえば、進行を塞ぐ騎士ゴーレムはいなくなり、ユキ達は特に問題なく扉を通過した。
そう、
「天井を、走ってる!?」
「冗談にもほどがあるだろ!?」
「…びっくり」
「重力さん仕事してくださぁ~い!」
咄嗟にハジメが解析をするがこれといった鉱石が使われているわけでもない。
その時、天井を走る騎士ゴーレムの一体が
「ちッ! 回避ッ!」
ハジメがドンナーで迎撃するも、半壊した騎士ゴーレムはその残骸ごとユキ達に突撃してくる。
屈んだり跳躍して回避すると、その残骸は壁や天井、床に激突しながら転がっていった。
「おいおい、やっぱりまるで…」
「ん…〝落ちた〟みたい」
「重力さんが適当な仕事してるんですね、わかります」
「いや、おそらく魔法だろうな。さしずめ〝重力魔法〟と言ったところか」
騎士ゴーレムにのみ反応しているということ、鉱石による効果ではないということを考えるならば、消去法的に魔法になるだろう。それもユエの反応からして現代で知られていない魔法、つまり神代魔法の一つなのだろう。
これまでの騎士ゴーレムの対処には余裕があったが、一気に手強い相手へと変わった。天井は遠距離攻撃手段のあるハジメとユエにしか基本対処できず、突っ込んできた騎士ゴーレムをユキやシアが対処しても騎士ゴーレムは再構築によって復活する。そして復活するというならば当然。
「そりゃあ前を塞ぐよな」
「面倒だな」
「むぅ…ハジメ、どうする?」
「は、挟まれちゃいましたね」
数の暴力というのは恐ろしく、騎士ゴーレムが壁となって道を塞ぐ様子はある意味、壮観ですらある。
とはいえ立ち止まるわけにもいかない。このままではジリ貧だというならば前回のゴーレム部屋同様、
「ハジメ、すまないが頼む」
「おうよ」
強行突破しかない。
ハジメが新たに〝宝物庫〟から取り出したのは〝十二連式回転弾倉型ミサイル&ロケットランチャー:オルカン〟。
「全員、耳塞げ! ぶっぱなすぞ!」
そして発射されたミサイル群は騎士ゴーレムの壁に直撃、轟音と共に大爆発し、原形をとどめないほど粉々に砕け散った。側壁や天井の騎士ゴーレムもまとめて吹き飛んであり、再構築にもそれなりの時間がかかるはずだ。
その隙に一気に騎士ゴーレム達の残骸を飛び越えて行く。
「ウサミミがぁ~、私のウサミミがぁ~!!」
と、並走しながらウサミミをぺたんと倒して涙目になっているシアがそこにいた。兎慌てていたたためハジメの指示に反応できず、着弾の爆音が直撃したようだ。人族は、亜人族の中で一番聴覚に優れた種族、この爆音のダメージはユキ達とは比較にならないはずだ。少なくとも数分は何も聞こえないだろう。
そして通路を走ること約五分。この通路の終わりらしき場所が見えた。どうやら巨大な空間が広がっているようだ。通路は空間の入り口で途切れ、十メートル先に正方形の足場が見える。
「抜けたら飛ぶぞ!」
そして勢いをつけたまま、入口のギリギリから足場に向けて跳び、特に危なげなく全員が跳び移ることに成功した。
ユキ達が入ったこの空間は巨大な球状になっているようで、直径五キロメートルはありそうだ。この空間には様々な形状、大きさの鉱石ブロックが重力を無視して不規則に移動している。
だがこの空間の異常性はさほど問題ではない。重力を操作する魔法であると仮定すればある程度の説明はできる。
よって問題なのは、ユキ達を追いかけてきた騎士ゴーレム達の動きが激しくなってきたということ。
先ほどの砲弾のように落下するような単調な動きではなく、縦横無尽に飛び回っている。並の生物では方向転換でかかるGで死亡するだろうと思えるほどに激しい。
「ここが最奥ってことでいいんだろうな…」
騎士ゴーレム達はユキ達がいるブロックの周りを旋回しているだけで、なぜか攻撃してこない。
不審ではあるが、これ幸いと周りを見渡して観察する。
その次の瞬間、
「ッ! 逃げてぇ!」
突然シアが絶叫する。
シアに問いただす暇もなく、瞬時に今のブロックから別のブロックに飛び退いた。
その直後、まるで隕石かと勘違いしてしまうような巨大な何かが、先までいたブロックに落下して破壊した。
シアの警告がなければ、あの何かの直撃を受けていたかもしれないと考えると、ユキ達は冷や汗を流した。
「シア、助かったぜ。ありがとよ」
「・・・ん、お手柄」
「ああ、さすがに今のはやばかった」
「えへへ、〝未来視〟が発動して良かったです。代わりに魔力をごっそり持って行かれましたけど…」
シアの固有魔法〝未来視〟。任意で発動することもできるが、シアの命の危険が伴う場合には自動発動する。今回はその自動発動によって助かったということだ。
すると、先ほど落下してきた何かが、下から猛烈な勢いで上昇してきた。
その何かの正体は、
「おいおい、マジかよ」
「でかいな」
「…すごい…大きい」
「お、親玉って感じですね」
それは宙に浮く巨大な騎士ゴーレム。全長およそ二十メートル弱。全身甲冑の姿はそのままだが、右腕はヒートナックルとでもいうべきなのか赤熱化しており、左腕には鎖が巻き付いて、フレイル型のモーニングスターを持っている。
そしてその巨大な騎士ゴーレムの肩には、これまた別の騎士ゴーレムが立っていた。大きさはこれまでの騎士ゴーレムと同じ二メートル弱。だが手にはそれぞれ槍を一本ずつ持っている。
周囲を旋回していた騎士ゴーレム達が一斉に止まり、囲むように整列して胸の前で大剣を立て構えた。
それはまるで王への敬礼のようで、つまり今現れた二体の騎士ゴーレムがこの迷宮の最奥の主ということを暗に示していた。
一気に緊張感が高まり、まさに一触即発のこの状況。誰かが動いた瞬間に戦いが始まると、そう思わせる張り詰めた空気を破ったのは――
「やほ~、はじめまして~、みんな大好きミレディ・ライセンだよぉ~」
「台無しです姉さま。システィ・ライセンです。お見知りおきを」
「「「…は?」」」
「はぁ…やっぱりか…」
――巨大な騎士ゴーレムのふざけた挨拶だった。
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第二十六話 ライセン姉妹
「やほ~、はじめまして~、みんな大好きミレディ・ライセンだよぉ~」
「台無しです姉さま。システィ・ライセンです。お見知りおきを」
「「「…は?」」」
「はぁ…やっぱりか…」
ユキ達を出迎えたのは二体のゴーレムと、その一方の巨大な騎士ゴーレムのふざけた挨拶だった。
ハジメ達三人は口を開けてポカンと呆け、ユキはため息を吐いて呆れていた。
「あのねぇ~、挨拶したんだから何か返そうよ。最低限の礼儀だよ? 全く、これだから最近の若者はさあ……もっと常識的になりたまえよ」
やれやれだと言うように無駄に人間臭い動きで肩を竦めている。
この二体のゴーレムはそれぞれミレディ・ライセン、システィ・ライセンと名乗った。つまりは
「これは失礼した、ミス・ミレディ。
既に貴方は故人だと聞いていたし、生きていたとしてもゴーレムになっているとは思っていなかったが故、どうかご容赦していただきたい」
「私はユキ・ロスリック。元軍事帝国アドラー…と、過去の肩書は必要ないか。
貴方達に〝怪物〟などと呼ばれている、始まりの
「お、おう。まさかの紳士的な返し方をされてミレディさんもびっくりしちゃった…
「姉さまの言う通りです。それに私と貴方は同じ
「…なるほど。それでは遠慮なく」
いまだ呆けている三人を置いて、ユキはライセン姉妹と相対した。
肉体を捨てゴーレムの身体を得ているとは思っていなかったが、アドラーでも人造惑星という似たような者がいることを考えてみれば、まだ想定の範囲内といえるかもしれない。
「…おい待てよ。さっきの反応から察するが、ユキはミレディが生きてるのを知ってたのか?」
「生きているという表現が正しいのかは怪しいが、少なくとも最奥にいるのは察していた。システィ・ライセンが最奥にいる、それならその姉のミレディがいると思うのは自然だろう?」
「…まあそれは分かるが、なんで俺等に教えなかったんだよ」
「別に教えても良かったが…あの
「「「……」」」
思わず三人は黙って眼を逸らした。
自分たちを散々煽り散らかしたミレディ自身が生きていると知れば一体どうなるか。明確な対象が生きているからこそモチベーションが上がるかもしれないが、少なくともストレスは今以上になっただろう。邂逅早々に暴走しても不思議じゃない。
「ええ~まさかミレディちゃんを案じてくれたの~? やっさし~」
「寝言は寝て言えよ。俺もそれなりにキレてるんだよ。むしろ
「ええ本当に、姉さまには振り回されて…はあ…。姉さまは自業自得です、それなりには反省してください」
「ええ~シーちゃんは薄情だな~。んん~まあいいや。それで、
攻略中の様子を見てたけど、いろんな見たことないアーティファクトを持ってるよね? ということはオーちゃんの迷宮を攻略して、生成魔法で作ったってことだと思うんだけど、それならあの
まあ
何のために此処に来て、何のために神代魔法を求める?」
ミレディが纏う空気が切り替わる。嘘偽りは一切認めないと、ふざけた様子は一切消えて問いかける。それに続くようにシスティもまた纏う気配の重圧が増す。こちらが本当の彼女達なのだろう。
「元の世界に帰りたい。言っちまえばそれが全てだ。狂った神なんざ知ったことじゃない。だがそれと同じくらいに、俺はユキの役に立ちたい。無能だと罵られてた俺に寄り添ってくれた無二の
「…私は、ハジメと一緒にいる…」
「わ、私も、ハジメさんと一緒にいたいです!」
三人の答えを聞いたミレディは何かに納得したのか、小さく頷いた。
「そっか…よろしい、それでは戦争だ! 君たちが神代魔法を受け継ぐにふさわしいか、ここで見定めてやろう」
「私たちごときに勝てない様では、話になりませんから」
先の真剣な雰囲気が霧散して、再びふざけた様子でミレディが宣言した。
話は終わりだ、その力を示して見せろと言外に告げてくる。
「ハッ! 言ってくれるぜ」
「…ん」
「絶対殺るデス!」
「お望みなら見せてやるさ。怪物を打ち倒すのはいつだって英雄だ。お前たちに、
全員がそれぞれの武器を構え、両者の視線が火花を散らす。
そして、ライセン大迷宮の最終戦が始まった。
「死ね!」
初撃はハジメが放つオルカンの弾幕雨。全弾がミレディに直撃し、爆音と共に爆煙がミレディの前身を包み込む。
「やりましたか!?」
「……シア、それはフラグ」
ユエの言う通り、当然この程度で終わるはずがなく、煙幕からシア目掛けてシスティが槍を構えながら突撃してきた。その切先はシアの眉間を狙っており、油断したシアはそのまま串刺しに――
「やらせるわけがないだろ」
――そこに割り込んだユキが槍を弾いて迎撃する。その妨害を読んだのか、弾かれた勢いのままもう片方の槍でユキを薙ぎ払う。それを仰け反って回避し、隣の浮遊ブロックにシスティを部分強化して蹴り飛ばす。
ほんの数秒の攻防、ユキの頬には一筋の赤い線が刻まれていた。システィの横薙ぎの際に、僅かに掠ってしまったらしい。
ユキとしては見誤ったつもりはなかったのだが、事実として回避しきれなかったということは、システィの槍術はユキの想像以上なのだろう。
するとシスティに続くように、ミレディは赤熱化した右腕で煙幕を払いながらをモーニングスターを
「おお、さすがだね~。まあこの程度は、軽く乗り越えてもらわないとね~」
ミレディは、オルカンの直撃で所々が砕けた右腕を近くの浮遊ブロックを使って修復する。飛ばされたシスティも既に立ち上がって槍を構えている。
「でもいったいどれだけ持つかな~? 総数五十体の復活するゴーレムに、私とシーちゃん。同時に捌けるかな~?」
浮いていた騎士ゴーレムたちが一斉に動き出した。突きの体制で構え、数体ずつ時間差で突撃してきた。ユエが水筒の水を圧縮した〝破断〟で、ハジメが宝物庫から取り出した別のアーティファクト、ガトリング砲:メツェライで騎士ゴーレムを無残な鉄屑へと変えていく。弾幕を抜けた騎士ゴーレムはユキが切り払う。
同時にシアは上からミレディへと突撃した。大きく振りかぶったドリュッケンを、咄嗟に横へと叩き付けた。
「ごめ~ん。ブロックもあったね~操作できるのはゴーレムだけじゃないからね~」
シアは横から浮遊ブロックが迫ってきていることに気付いたから、浮遊ブロックにドリュッケンを叩き付けたということだった。浮遊ブロックは砕けたが代わりに勢いを失って、明らかな隙を晒す。
悪びれた様子など一切出さず、空中のシアを燃え盛る右手で殴りつけた。
「ッ、ぁぁぁあああ!」
ドリュッケンに搭載された爆裂機能の爆発力で勢いをつけ、ミレディのヒートナックルを迎撃する。その威力は咄嗟の行動でもシア自身の身体強化を合わさって、騎士ゴーレム数体は軽く粉砕できるほど。
ただ、今回は相手が悪かった。
「
ヒートナックルとドリュッケンがすさまじい轟音を出しながら衝突した。激突による衝撃は近くの浮遊ブロックを吹き飛ばす。数秒程拮抗するが、やはり
「きゃああ!!」
シアが悲鳴を上げる。その先に浮遊ブロックはなく、そのまま落下するかというところで、横からユエが来翔を使って救出した。
「…くそッ、かなり強いな…」
「ああ、さすがは解放者というところか。――ッ!」
シアとユエの無事を確認して、ハジメとユキは改めて解放者という者達の強さを感じていた。先の騎士ゴーレムの波状攻撃、縫うようして作った一緒の隙を突けば浮遊ブロックやミレディ、システィの妨害が入る。
これまでは魔物を相手に戦ってきたために、いわば野生の本能を把握していれば対応できたが、今回は違う。明確な知性を持った
そこにシスティがユキに向かって突貫してきた。ユキは咄嗟に防御して鍔迫り合いに移行する。
「私を忘れないで下さい。 一曲いかが?」
「はッ! よろこん、で!」
ユキとシスティは、数ブロック離れた場所へ移動する。
共に
対ミレディは基本的に原作主人公達が相手するので、ほとんどスキップします。
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第二十七話 処刑者システィ・ライセン
フロムの新作、ELDEN RINGが発売されました。
プレイしているので、次話も遅くなるかもしれないです。
ハジメ達から離れ二人だけの戦争を始めた両者は、己の獲物を構えたまま向かい合っていた。
「ッ、強い」
ユキと対峙するシスティはそう呟いた。
ハジメ達を
ユキの無限に等しい経験と鍛え上げられた技量が、数の優劣を跳ね返していた。
しかしよく考えれば当然なのかとも思う。オルクス大迷宮を攻略したということは、自分も倒せなかったあの
(これが光狂い…)
これが光を仰いだ化物の一人。
だがそうでなければ、神に剣は届かない。このトータスの未来を覆すことはできない。
素の実力は理解できた。ならば
(強い…)
相対するユキもまた、システィを強者と認めていた。
開戦直後に頬に一筋の傷は貰ったが、それ以降は掠り傷一つ負っていない。そのことから分かる通り、練度も経験もユキが圧倒的に上。それなのにユキの太刀はシスティを切り裂くことができていない。
しかし、それも当然だと理解していた。
「さすがに卑怯じゃないかその
「それでは素直に負けを認めますか?」
「まさか」
速く、強く、頑丈なだけなら獣と変わらない、ならば斬るなど容易いこと――
――というのはアドラーの
しかし打つ手なしかといえばそういうわけでもない。何も攻撃手段は斬ることだけではないのだから。斬れないならば穿つ、穿てないなら叩き壊す、などなどと。
「…見下すような言い方になりますが、お見事と言いましょう。この大迷宮でこれほど苦戦するとは思いませんでした」
「お褒めに預かり恐悦至極、とでも言おうか。まあ不利だからあっさり負けました、なんてあまりにも情けないだろ」
互いに軽口を叩きながらも、警戒は一切緩めていない。数ブロック離れた先ではハジメ達が戦っている。
質で勝るユキと数で勝るシスティの戦力差はほぼ同列。だが時間を掛ければユキはその経験で戦力差を埋められる。
「…ならば」
切札を使うほかないと、システィは判断した。元々そのつもりでシスティはユキと対峙している。
話に聴いていた怪物の力を、今ここで知るために。
準備は整った。さあ、
「一切手は抜きません。――かかってこい、光狂い。貴方がガイアに選ばれた怪物ならば、その力を見せてみろ!」
そう叫ぶと、システィは手に持つ双槍を構え――
「天■せよ、■が守■星───鋼の■■に■■を■せ」
――
「我らは邪神の支配に抗いし解放者。
「神ならば命を弄ぶことが許されるのか、認められるのか」
「否。決して許されていいことじゃない、認めていいことじゃない」
込められた思いは神への怒りと未来への希望。
かつて解放者と呼ばれた彼女たちは、現在では反逆者という名で歴史に刻まれている。世界を滅ぼそうとした邪悪な眷属として。それはあながち間違いではない。
トータスを支配する
「私たちは生きる権利がある。生きる自由がある」
「手を取り合い、情を交わし、笑い合おう」
「それらは決して罪ではない。私たちは
それでも、これからも
その先の未来で、国も種族も関係ない。皆が笑える世界になると信じて。
「されど私たちは敗北者、英雄に
しかし、その目論見は瓦解する。それもエヒトによって扇動された人々によって。守るべき人々に力を振るうことができない解放者たちは討たれていき、残ったメンバーは大陸の果てで迷宮を創り潜伏した。
いつの日か、自分たちの力を受け継ぐ者が、そして
「願わくば――人が自由な意思の元に、生きられる世界になりますように」
これがトータスで最初の
怪物を試すべく、怪物を
「〝
基準値から発動値への変化に伴い双槍の振るわれる速度も上昇し、ユキもまた
ユキにとってシスティが
一見するだけでは判断ができない。炎が噴き出るわけでもなければ、光が溢れるわけでもない。ならば自己強化という線もあるが、当たれば決着する系統の能力である可能性も捨てきれない以上、むやみに防御をするわけにもいかない。故に回避に重点を置くのだが、それはそれで容易ではない。
重力魔法によって飛来する浮遊ブロックに加え、速度の上がったシスティの槍撃。ただでさえギリギリの戦いをしていたのだから、天秤はシスティに傾き始める。無論ユキも防戦一方のままでいるはずもないが、ユキの動きが徐々に
それが顕著に出たのはシスティの攻撃を回避しきれずに防御した時だった。槍を受け流すために接触した瞬間、
出力の減少かとも思ったが、ユキの
「――ッ!
「ここまで
――
しかし、だからと言って諦めるという選択はユキに無い。
魔力分解作用と維持性によって、ユキの
迫りくる処刑槍、浮遊ブロック。弱体化するユキと強化されるシスティ。もはや覆しようのない絶望的状況。故に、
「まだだッ!!」
また一つ、限界という壁を粉砕する。すでにレベルという制限の枠組みを超えているユキは
常識を無視した覚醒はユキの骨身を軋ませユキを敗北へと誘う。しかし、それすらも次の覚醒の起爆剤へと変化させる。まだだ、まだだ、まだだ、と。ユキをさらに怪物へと変貌させていく。
「ええそうです! まだでしょう!
「ォォォオオオッ!!」
連続して強化されていく出力ほか
そう、そのような
「――――ッ」
そもそも、ユキ・ロスリックは生身だ。システィ達のようにゴーレムであったり、骨格がアダマンタイトや
「――――ッ、――」
右腕がはじけ飛び、発動体が離れてしまったため
ブロックの上に仰向けに倒れるユキの姿は、常人なら目を背けてしまうであろう悲惨な姿だった。右腕左足を失い、ブロックに叩きつけられた衝撃で残った身体もボロボロになった。まだ息があるのはまさしく奇跡だろう。
なぜ
=========================
ユキ・ロスリック ??歳 男 レベル:???
天職:神子
筋力:1
体力:1
耐性:1
敏捷:1
魔力:1
魔耐:1
技能:星辰光・■■■■・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・魔力変換[+身体強化][+部分強化][+治癒力変換][+衝撃変換]・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・言語理解
=========================
トータスにおける
システィの
同時にユキの
トータスにおける一般人のレベル1の平均ステータスは10だと言われている。つまり、ユキは正真正銘トータス最強の人間から最弱の存在へと転落していた。
「……なにか言い残すことはありますか?」
システィがユキに向けて最期も言葉を掛ける。そこに憐れみなどの感情はない。
聞いていた通りの、いやそれ以上の強さだった。ライセン大峡谷という環境、単純な能力の相性という、経験だけでは覆せないはずの隔絶した状況下でここまで戦ったのだ。まさしく怪物の異名にふさわしいだろう。
「……システィ・ライセン…君は、君達は、英雄か?」
告げられたのは、英雄かどうかという質問。
もうじき死する状況で聞くべきではない、予想外の理解できない言葉にシスティは疑問を抱きながらもはっきりと答えた。
「違います。私は処刑人。私達は神に負けた敗北者で反逆者。決して英雄などではありません」
そう、システィ達は
その返答に満足したのか、ユキは死まで秒読みでありながらも不敵に笑い、
「なら何も問題ない。
「ッ!」
悪寒を感じたシスティは重力球を作りユキにとどめを刺す。もはや動くことすらできないユキに回避する術などあるわけがなく、受け身すら取れずに重力球をその身で受ける。
重力球はユキを飲み込み、重力球が消えた頃にはユキの姿は微塵も残ってなく、この瞬間
基準値:C
発動値:B
集束性:E
操縦性:C
維持性:A
拡散性:D
付属性:E
干渉性:AA
限定的能力値簒奪能力
筋力・体力・耐性・敏捷・魔力・魔耐といった、トータス基準の能力値を一時的に奪い取る能力。
人としての能力値を数値化できる世界だからこそ生まれた非常に特殊な星辰光であり、トータスで新しく誕生した初めての星辰光。
相手を弱体化させ自身を強化するという、攻防一体の能力。
本来は作中ほどの速さで効果が発揮することはない。
相手がユキだからこそ異常な速さで効果は発揮していた。それは単に、ユキ・ロスリックとシスティ・ライセンの関係が■■だったからである。
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第二十八話 天津悠姫
ほとんど独自解釈で賛否両論が多いと思いますが、ご容赦ください。
西暦2578年――その年、世界は崩壊した。
有史以来最大となる空前絶後の災禍を前に、既存文明は一新された。
だがその転換期の裏側である一人の少年の、永く不可思議な物語が始まっていた。
西暦2005年――その年、一人の少年が忽然と姿を消した。
飛行機という密閉空間で忽然と姿を消した少年。後に現代最大の怪奇事件として語られる謎の飛行機事故。少年―天津悠姫は一体どこへ消えてしまったのか。
その原因こそが西暦2578年に発生した
西暦2575年――その年、世界は震撼した。
世界中が抱えるエネルギー不足。その問題を、極東の島国、日本が高位次元からのエネルギー抽出に成功。
その時代の裏側で、ある一人の少年が世界に現れた。その少年こそ天津悠姫。
高度に文明が発展したこの時代、国民として国が認知していない人間は限りなく少ない。それは
増えていく人口とエネルギー不足。
日本が高位次元から
様々な対策が行われる中、
プロジェクト・テオゴニア。
環境改竄装置《テオゴニア》を用いて地球を包み込むあらゆる穢れを浄化して、地球を新天地へ作り替えようという計画。
選ばれた
とはいえそう簡単に実行できるものではない。事実、この計画には克服しなければならない幾つかの問題あった。
一つはエネルギー。新たに発見されたエネルギー、
もう一つが高位次元と
だがそのための臨床実験を行おうと知れば、人権問題が壁となって立ちはだかる。
そのため一向して進まず、計画凍結の危機すら迫ったその時に、一筋の光が差し込まれた。
高位次元を生身で漂った為、
それが天津悠姫。未来の事象によって過去から現れた少年だった。
その身柄はすぐに取り抑えられた。
それはまるで肉塊に群がる飢えた猛獣のようで、鎖で繋がれ幽閉され闇の深奥へ封じ込められた。
彼が
心臓の鼓動が停止する。脳に送られる酸素が途絶え、この世界で唯一無二である悠姫はその生に幕を降ろす――――ことは無く、心臓は動き出し、脳は再び活性化し、悠姫は死の淵から掬い上げられた。
手足が切断される。まるで達磨となった悠姫は、芋虫のように地べたを這い回り――――数分後には切断された手足は元に戻り、悠姫はその二本の足で立っていた。
壁と壁に圧縮され血肉が潰される。目玉が飛び出て、内臓が口から逆流する。壁に染みる
死んでは生き返る。傷つけばすぐに治る。
ではどのように? 生き返る法則は? 斬殺撲殺刺殺銃殺轢殺、結果の違いは? 薬物の効力は? などなどと…
悠姫は幼く、そして無力。故に一切の抵抗もできず
そこで悠姫の扱いは主に三つに分離した。
一つはこのまま殺してしまおう。未知の塊である悠姫の存在は、様々な面で爆弾となりえるのだと。
もう一つはこのまま標本にしよう。悠姫の存在はまさしく神の奇跡。その御加護が失せたとしても、唯一無二であることに違いはないと。
そして三つ目であり、結果として選ばれた
仮にも高位次元と繋がっているのだから、
そして肉は削がれ骨が断たれ、シリンダーに浮かぶ脳髄のみとなった、人だった
これが、天津悠姫の成れの果て。新たな星の生み出すための生贄として捧げられた少年の末路だった。
それはテオゴニアの制御機構。いくらエネルギーを確保しようとも、制御できなければ意味がない。当初はIAによる制御を行おうとしていたが、エネルギー源が生体ユニットになったことで感情による不安定が問題視されていた。それは奇しくも後の新時代に誕生する■■■と似たようで、即ち
だが、まだ
それはプロジェクトに参加していた研究員の女性。プロジェクトの研究員で唯一、天津悠姫を人として接していたからこそなのか、
二つの生体ユニット、個体名称:カオス、ガイアの
そして同年、世界の崩壊が始まった。別の
ここである複数の要因が重なることで、このテオゴニアのみが別の動きをした。
まず一つとして、天津悠姫という少年は西暦2005年から西暦2575年に、
そしてもう一つ、天津悠姫の存在自体が、どの時間でも
「未来(西暦2578年)の事象により過去(西暦2005年)から現在(西暦2575年)に飛ばされた」
というのが天津悠姫の経歴。それはつまり現在過去未来すべての時間軸の影響を受け、なおかつこの
卵が先か鶏が先か、という方が的確だろうか、これらがバグとして蓄積された結果、全ての時間軸で
その結果、
そして時は流れ新西暦1005年。軍事帝国アドラー、帝都の
その名前は天津悠姫。西暦2005年からここに飛ばされたという
少年はとても特殊な存在だった。なぜなら少年が死亡した瞬間に、この時代に少年が現れた時まで
それはまるでゲームのようで、Aの道を進めば
死亡して道を覚え、死亡して道を覚え、それを繰り返していくうちに悠姫の心は同時に死んでいった。この地獄の終わりは分からない、だというのに自分は死を繰り返す、死んで戻る。
そして
「そこまでだ、悪党ども」
――光明が差す、とはこのことなのだろうか。歳は悠姫とは離れていないだろう、金髪の少年がそこに立っていた。その姿に、既に死んでしまったはずの悠姫の心にある感情が満ちた。
(すごい、かっこいい…僕も、
希望か、憧れか、少なくともこの天津悠姫の人生にとって最大の
この時の少年こそ、クリストファー・ヴァルゼライド。正史において軍事帝国アドラー第三十七代総統閣下の地位に着き、旧暦の遺物と聖戦を約し逆襲撃に敗れる男でだった。
そう、
時は戻り、前を進むことを決めた悠姫。そこから数回の死に戻りでクリストファー・ヴァルゼライドの名前と、帝国軍へ入隊するという目的を知りその手助けをすることを決めた。というのも、決して彼の道に無関係ではないという言い知れぬ何かを感じたからでもある。
そこからの悠姫の行動は合理的ではあるが、人としては常軌を逸していた。
無限に人生を繰り返すというこの状況は、
合計ですでに約千年分は体験しているであろう悠姫だが不思議と衰えはなく、やがてユキ・ロスリックと名前を変え、ヴァルゼライドともう一人の新しい親友、アルバート・ロデオンと出会う。三人はそれぞれユキ、クリス、アルと呼ぶほど仲が良くなり、そして三人は帝国軍に入隊した。
入隊後、軍学校でも三人の関係は変わらず、知識という点においては明らかに群を抜くユキ、あらゆる不条理を乗り越え続けるヴァルゼライド、その異常な二人についていけるアルバートは様々な意味で目立った。軍学校卒業後に配備された東部戦線での新しい仲間、天才のギルベルト・ハーヴェスが加わったことで勢いはさらに増した。
傭兵団「神凪の虹」の制圧、東部に深く根付いていた巨大麻薬組織「ニルヴァーナ」の壊滅、それに伴う前線の押し上げなど、少なくとも当時の権力層に目を付けられる程度にはすさまじかった。
やがて東部戦線から帝都へ移され、所謂飼い殺し状態になったとき、ユキとヴァルゼライドはそれぞれ己の人生を変える者と出会うことになった。
旧暦日本の遺物、ガイアとカグツチ。
このガイアとの出会いが、ユキ・ロスリックを未来を決定づけた。
ガイアによって語られたのはユキ・ロスリックとクリストファー・ヴァルゼライドを結んでいる因果律。
『正史に存在しないユキ・ロスリックという異物が紛れていることで、クリストファー・ヴァルゼライドは道半ばで倒れることになる』
ありえない、と思いながらも納得してしまった。知識を付けるために奮闘していた約千年間、ニュースなどにおいて
ただし、不条理を覆すヴァルゼライドの
ではなぜユキとヴァルゼライドの因果律などが構築されているのか。それはガイアのみが知ることであり、それが語られることはなかった。しかし重要なのは過程ではなく、この現状。自分の存在が英雄の進軍を妨げるというならば是非もなし。この歪みを正して世界をあるべき形に戻してみせよう。
そして計画されたのが
それも、ただユキが敗れるだけでは何の意味もない。文字通り、因果律を断ち切る何かが必要だった。そうして、幾度と
この無限に近しい死に戻りを二人の少女が見守っていたことも知らず、ユキ・ロスリック、天津悠姫は新西暦にて息を引き取った。
・
ユキとガイアが計画した戦いであり、新西暦におけるユキの最終目的。
「ヴァルゼライドを倒して、世界の歪みを正す」のではなく目的はその逆。
「ヴァルゼライドに
その目論見通りに、ユキが死亡した後の新西暦では逆襲撃による英雄の崩御、古都での超人大戦、聖教皇国での神殺しが起きている。
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第二十九話 創世せよ、原初の創星宇宙論
「――ァァぁあああ!」
「ハ、ハジメ!」
ユエの静止すら無視してハジメは鬼神の如く暴れまわる。無理もない。無能と馬鹿にされた自分を支え、隣で歩み続けてくれたユキの存在は、ハジメにとって希望であり英雄だったのだから。そのユキが殺された、助けられたはずなのに。自分はその時何をしていた? ミレディに妨害されて助けられなかったなどただの言い訳に過ぎないだろう。
「俺は、俺は、俺は!」
「隙だらけだよ!」
「ッ! ハジメ、ダメ!」
怒りによって視野が狭くなっていたためか、迫りくる浮遊ブロックと騎士ゴーレムに気づかなかった。迎撃しようとドンナーを向けるが弾が出ない。弾切れにも気付かなかったらしい。
「させ、ない!」
「ですぅ!」
ユエとシアによって迎撃されたが、
「これはどうか、な!」
「もらいました」
間髪入れずライセン姉妹による追撃が来た。システィの横薙ぎは弾けたがミレディのヒートナックルまでは避けられない。ハジメは二人を抱えて身を盾にし〝金剛〟で直撃に耐え抜いた。
「ガッ!」
「「ハジメ(さん)!」」
ユエの〝来翔〟によって墜落は避けられたが、さすがのハジメでも無傷で耐えることはできなかったようで、体の至る所から血を流して荒い息を吐いていた。とはいえ、さすがに冷静さを取り戻し確かな眼で二人を睨みつけた。
「お仲間一人やられて頭に血が上っちゃったのかなー? 冷静さを忘れるなんて、まだまだだね」
「姉様。さすがに不謹慎です」
「分かってるよシーちゃん。でも
ミレディはエヒトに犠牲無しで勝つのは不可能だと暗に仄めかす。事実、まだ静観している
ハジメはその覚悟ができていなかった。なまじ異常なステータスを持ち、既に世界最強と名乗っても不思議ではないほどに強いために、そのハジメが
「…そうだよな。
「ハジメ?」
「ハジメさん?」
ハジメはぼそりと何かを呟く。
覚悟ができていなかった? その通りだ。仲間を失う覚悟ができていなかったのだろう。だが、それが
「済まねえな、ユエ、シア。情けねえ姿を見せちまった。ああそうだ、諦めるわけにはいかねぇよな」
不滅の光をその眼に宿し、決意と共に立ち上がり叫んだ。
「いくぜ!
瞬間――
「どうだったかな、僕の人生は」
「どうだった、俺の人生は」
少年と男の声が、謎の空間に響き渡る。
一方では輝く星が昇り、暗き星が沈む。一方では赫き星が別の星々を呑みこみ、蒼き星は別の星々と銀河を巡る。そのような、世のすべてを混ざり合わせたかのようなこの空間を一言で表すならば、渾沌と言えるだろう。
そして、この空間を漂いながら声を受け取っているのはシスティ・ライセンに殺されたはずの男、ユキ・ロスリック。
「…最悪だろ。あんなもの見せるなんて趣味が悪い」
「はは、必要なことだったんだから許してよ」
「それに、俺たちの趣味ってことはお前の趣味でもあるんだぞ」
三人の会話は奇妙で、まるで同じ人間同士が会話をしているようだ。というのも当然、この三人は厳密には違うものの、同じ人間同士なのだから。
西暦2575年に現れたのは、正真正銘本物の天津悠姫。
新西暦1005年に現れたのは、
トータスに召喚されたのは、同じく
「冷静に考えれば不可解なことはいくつかある。なぜクリスなのか、なぜ死に戻りなんてしていたのか、そもそもなぜ未来に飛ばされたのか、とかな。一つくらいは偶然なんだろうが、明らかに意図的すぎる。まあ多分、」
「「「
その通り。クリストファー・ヴァルゼライドと繋がれていた因果関係、死に戻りによる無数の繰り返し、その他
ではユキはガイアを恨んでいるのか、憎んでいるのかといえば、別にそうではない。永く苦しみだらけの人生だったが無駄ではなかった。トータスへの召喚、旧友との再会、今まで戦い続けたその意味が、ここまで導いたのだから。その恩人に対し感謝こそして、憎むなどあるはずがない。
「さあ、
「
それに何より――
「…勝利とは■■こと。だが、今はただ
「ガイアは?」
「助ける」
「彼女が原因だとしても?」
「それならなおさらだろう。色々と聞き出さなきゃならないこともあるが、なにより俺は彼女と一緒にいたい。永いこと待たせてしまっているらしいしな。それに、」
『私たちのせいで辛い目にあわせてしまって、ごめんなさい』
―――セントラル地下でガイアに会った時、彼女は泣いていた。
彼女から見れば、天津悠姫という少年は偶然巻き込まれてしまった被害者に過ぎない。それなのに人類の為になどと実験台にされ、加えただの死より屈辱ともいえる人生の終わりを経験した。その一端を担ってしまった自分が憎い。そして何より、彼をそうさせてしまった世界が■■ない。だからせめて、彼を■■■■■■■■■と願った。
あの涙が偽りとは到底思えない。それがこの状況を作り出してしまったことへの罪悪からの涙なら、笑い飛ばしながら拭うのもユキの役目だろう。
「これは、
共に生き、共に死に、共に繰り返してきた二人。ならばこそ、ユキ・ロスリックの旅路はガイアと旅路と言っても過言ではない。永い旅路で見つけた
「「ならば――」」
これは歓喜の絶叫か、渾沌が産声を上げるかのように震える。事実、これは産声だった。
さあ、
「「
――■■■■■■■■■
「創生せよ、天に描いた極晃を―――我らは神代の流れ星」
「神祇降臨・顕星開始」
――突如、虚空に
システィは黒天を落としたその場所に目を向けた。そこにはただの黒い穴が浮かんでいるだけで…
「
瞬間、その黒い穴を覆いつくすように黒い結晶体が生えてきた。とてつもないエネルギーを放つそれは、まるで神代魔法そのものが結晶になったとでも云うような。
「
「
「
この場で唯一、この状況を正しく認識できるのはシスティのみ。■■■の眷属であるからこそ感じ取れた、
怪物は死んだ? 違う、これが真の怪物なのだと。
「
そして―――
「〝
―――原初の
結晶体―
ユキ・ロスリックとしてトータスに召喚されたときよりもさらに若返り、それこそハジメたちと同年代の容姿になっている。しかしその容姿とは裏腹に、その身体から滲み出ている気配は先ほどとは桁違いに膨れ上がっている。
太刀を片手に構えるその姿、顔を上げた悠姫のその眼に言い知れぬ虚無を感じ――
「――ッ、ァァァアアアッ!」
咄嗟のミレディの静止すら振り切り、全力でシスティは悠姫に槍を突き出しながら突撃する。一種の恐怖による火事場の馬鹿力の影響か、ゴーレムという身体でありながらこの突撃は過去最高速度だった。悠姫まで残り一メートル、対処するにはもう遅く直撃は免れないはずで、
「なッ――ッが!」
地面から突然現れた
砕かれた
二転三転と切り替わる目の前の出来事に動けないハジメたちに、
「ハジメ」
「あ、ああ」
「――ただいま」
「ッ、おせえぞ!」
悠姫は己の帰還を告げた。
容姿は変わってもその信用は変わっていない。むしろハジメは先ほどの無様さを恥じているくらいだ。奈落に落ちたときも、ユキはハジメの生存を疑っていなかったのに。今回の場合はユキが消滅する瞬間を見ていたのだから無理はないが。
むしろ驚いているのはミレディたちの方だ。死んだはずの人間が生き返った、いやそもそも生き返りなのか? ミレディの眼光であろう部分が点滅しているあたり、かなり動揺しているのだろう。
「――驚きました。どうやって、ありえないなどとは言いません。さすがは怪物、私たちの予想を覆してきますね」
そこに、突き飛ばされたシスティが戻ってきた。
一撃を貰ったからか又は時間がたったからかシスティは冷静になって状況を見据えている。システィとて死から蘇るのは想定外、だが想定外を起こすからこそ怪物だと。
「"怪物を打ち倒すのは、いつだって英雄でなければならない"、ですか。なるほど、英雄ではないと宣言している私たちに、
「それじゃあ、おとなしく負けを認めるか?」
「それこそありえないでしょう」
システィは再び槍を構え、悠姫も太刀を構える。
「ハジメ、ユエ、シア。
「姉様。
「ふッ」
「せぁ!」
状況は最初とそれほど変わっていはいなかった。太刀と双槍、当然手数はシスティが優勢ではあるものの、それを覆せるほどの実力が悠姫にはある。では悠姫が優勢なのかと言えば、特段そういうわけでもない。双槍と同時にシスティが重力魔法にて操作するブロックや複数のゴーレムが、時には死角から襲い掛かり、時には壁として表れて行く手を遮ったりと、決定的な攻撃には繋がらなかった。
とはいえこの状況が続くわけでもない。新しい身体の使い方も覚え、新生した悠姫の真価が発揮されはじめる。
「さて、見てわかると思うが俺は生まれたばかりでね。悪いが慣らしに付き合ってもらうぞ。
"
大気成分を化学反応にて燃焼起爆させ、周囲のゴーレムへ放たれた。小規模、しかし高出力の爆撃は、それなりの防御性能を持つはずのゴーレムを瞬時に鉄屑へ変えた。
「まだ残ってますよ、それにゴーレム程度、すぐ元に戻る!」
新たに投入されたゴーレムの一体に太刀を突き刺した悠姫に、復活した三体のゴーレムが迫る。その場で太刀を手放しゴーレムの攻撃を回避するが、そこに双槍を構えたシスティも迫る。太刀、つまり発動体を手放したということは、
「
"
それは通常の
悠姫は下がるシスティを追わず
「〝
――〝
そのまま
「なッ!ッぁあ!」
斬撃を飛ばしてくるとはさすがに予想外ではあった。ただ、この状況下で無意味な行動はしないだろうと悠姫の一挙一動を警戒していたことで、最初の三閃を槍で弾き、続く二閃を一拍の間に騎士ゴーレムを挟ませることで防いだ。
しかし、騎士ゴーレムの陰になってシスティから悠姫の姿が見えなくなったその一瞬、悠姫はシスティの懐に潜り込み、
「〝
――〝
「ガッ」
筋力強化された拳による重い一撃は初撃の一突きのようにシスティを殴り飛ばした。だが今度は同時に振りぬいた悠姫の左腕を斬り飛ばすことに成功していた。
即座に立ち上がり体勢を整えたシスティが見たのは、先の自爆技によりぼろぼろになり左腕を欠損した悠姫の姿。誰が見ても重症だと言うであろうほどの傷を負っている。
だが次の瞬間、悠姫の全身を
「ッ……なるほど…自動回復、いえ自動修復ですか。そのうえこの大峡谷でも尽きない魔力、さきほどの黒い穴。常に
「おおむね正解だ。その黒い穴は、この三次元と高位次元を繋ぐ可視化された門のようなもの。高位次元に漂う無垢のエネルギーに不純物を加えて三次元上に放出する役割がある。そうやって放出されるのが――」
「――魔力」
あるいは
例えるなら水が近いだろう。不純物の存在しない純水というのは味がなく、電気を通さない。そこにミネラルであったりビタミンなどが混ざることで、飲料水などに代わる。
これが
それが魔力が多い≒
「そして、これが俺の
星辰体結晶化能力・変性型。
「…ああ、過去の自分を殴り飛ばしたい気分です。先ほどの評価を全て撤回します。予想以上の強さだった? 言い残す? 何を馬鹿なことを」
なぜ上から目線で語ることができるのか。私は知っていたはずだ。光を信じる者の異常性を。
まさか死から蘇るなど想像のしようもないが、実際に目の当たりにして確信した。この男はどんな不条理も覆す、それを認めさせる力も、それを可能にする力もある。今がまさしくそうなのだ。
事実、システィは自身の
正確には、ユキ・ロスリックが死亡したときに一度解いているが、天津悠姫が現れたときに再び輝照し、それから一度も解いていない。悠姫がシスティの双槍を捌いているときも、システィが悠姫の腕を切り落としたときも、
なのにシスティのステータスが強化することはなく、また悠姫が弱体化している様子も感じられない。いや、遅々とだがシスティの
そこにどのような要因があるのか、システィと悠姫は理解していない。だが少なくとも、
さらに高位次元から供給される無尽蔵の魔力で大峡谷の性質を攻略している。
最早現在の悠姫は、不利という言葉とは完全に対極に位置している。
「…力業で状況を覆すなんて」
不利からの覚醒、敗死からの復活、そして不条理を無理やり押し返すその在り方はまさしく
「…とても野蛮、でも――」
―――
この男なら、私たちの悲願を成し遂げてくれるのではないか。いや、必ず成し遂げてくれるはずだ。なぜなら彼は、私たちの■■なのだから。
「ひとつ質問を。あなたは、英雄ですか?」
それは先とは立場の逆転した同じ質問。システィは、はっきりと違うと答えた。己は処刑者であり反逆者であると。対する悠姫の答えは、
「知らないさ。英雄かどうかを決めるのは周りだ。誰かにとっての英雄は、別の誰かにとっては怪物になる。それが現実だ。
だが、神の遊戯が希望を閉ざすのなら、俺は
『彼は全てを■■。だから彼は、みんなの■■になる。覚えておいて、システィ。誰かにとっての英雄は、別の誰かにとっては怪物になる。その逆もまたしかり。
だから、
(ああ、本当に、あなたは)
ガイアは、この状況を読んでいたのだろうか? ユキ・ロスリックの敗北と、天津悠姫の誕生を。
そして、私のこの想いを。
「さて、あっちは終わったみたいだ。こっちもそろそろ決着を付けよう、システィ・ライセン」
悠姫の視線の先には胸に杭を穿たれて倒れている
「…ええ、決着を付けましょう、天津悠姫」
彼に名前を呼ばれるだけで、なぜだか気分が高揚してくる。彼の名前を口にするだけで、なぜだか笑みが止まらない。憧れのヒーローに会えた男の子のような、白馬の王子様に恋をする乙女のような。
「
既に、システィは己の敗北を悟っていた。先ほどまでの強化値はユキ・ロスリックが消滅したときに同時に戻っている。ただ限界まで強化されたという事実は変わっておらず、その反動でシスティの
システィの
だが
そして―――
「〝
爆炎を連続噴射して急加速を繰り返すことで騎士ゴーレムの攻撃を掻い潜り、
「〝
振動操作によって超高周波ブレードと化した太刀が双槍ごとシスティの両腕を断ち切り、
「〝
雄々しく輝く殲滅光がシスティを消滅させた。
基準値:A
発動値:AAA
集束性:A
操縦性:AA
維持性:EX
拡散性:C
付属性:A
干渉性:AAA
星辰体結晶化能力・変性型
体内に精製した
欠点として、性質変化によって使えるのは新西暦の
なお、その欠点の穴を埋めるのがガイアの"星産み"であり、"殲嵐の齎す地平に、光は無く"は、それによって創られた
主人公覚醒復活回です。
神祖スペック + 光属性。
やべぇ化物キャラになってしまった…でもこれで敵側強化の言い訳は十分だよね!
と、半ば驚きながら開き直ってます。
もちろん天才眼鏡や邪竜おじさんにも張り切ってもらいます。
でも光属性キャラがありふれるのはさすがになぁ…
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第三十話 回りだす運命の歯車
次から早く投稿出来るように頑張るので許してください。
「終わったな…」
胸部に漆黒の杭を叩き込まれて横たわる巨大な騎士ゴーレムがいた。
それはハジメ達三人と戦っていたミレディ・ライセンであり、瞳の光が失われていることから、ハジメ達が勝利したことが分かる。
三人は疲労困憊の様子で、最後の一撃を叩き込んだシアはドリュッケンを支えにしてようやく立てるほどだった。
三対一。それも化物ステータスのハジメ、魔法に関しては天才のユエ、身体強化でハジメに匹敵するシアの三人。
さすがは世界を敵に回した
「それにしても…すごいですね」
離れた場所で斬り合う悠姫とシスティを見ながら、シアがぼそりと呟いた。
よく考えてみれば、ユキもとい悠姫の本気をシアが見たのは初めてではないだろうか。
シアにとって
ハジメのようにアーティファクトを作れるわけでもなく、ユエのように吸血鬼だったり魔法が優れているわけでもない。
ただ純粋に巧く強いという良く言えばシンプル、悪く言えば地味。
それにトータスの外から召喚されたのに、
更には消滅から若返って復活。それどころか魔力分解作用をものともせず色々な
正直、本当に同一人物なのかすら疑わしい。
でも怪しさや危機感は感じない。むしろあの背中を見ているとどこか安心感さえ感じてくる。まるでかつて守ってくれていた
「私はハジメさん一筋ですよ!」
「なんだいきなり」
浮気ではありませんとばかりに否定から入るシアに、そもそも付き合ってすらいねぇという視線を送るハジメ。神妙な雰囲気など一瞬で消し飛んだ。
「まあ、姿形がどうであれユキはユキだ。心配するようなことはねぇだろ」
「うん、本当だね。光は光だし、怪物は怪物だ。それは絶対に変わらない数式だし、見た目が違うから仲間じゃないというのは、本当の仲間とは言えないよね」
突然三人に話しかける別の誰か。その声の主はすぐに見つかった。というより一人しかいないというべきか。
「まだ生きてんのかよ」
「まあね。こんな簡単に消えるミレディちゃんじゃないか――
――ちょ待って待って! 試練はクリア、私に戦う力なんて残ってないから! どうにかして君たちと話せるように力を絞り出してるだけだから!」
力を絞り出しているという言葉の通り、焦るように瞳が点滅を繰り返すだけで体自体はピクリとも動いていない。
重力魔法すら使っている様子もないあたり嘘はないのだろうと、構えたドンナーやドリュッケンを降ろす。
「で、なんだよ。まあ大方アッチの話しなんだろうが」
そう言いハジメは悠姫とシスティの方を向いた。
これまでの解放者たちの期待ぶりからして、悠姫とシスティを繋ぐ縁、そして
そう考えると自分達は悠姫の
「確かにそうだけど、君達の事でもあるんだよ?
今の
それだけで、彼が君たちのことを信用しているのは理解できるし、そんな君たちをおまけなんて思わないよ」
ハジメ達は思わず目を点にして驚いた。
どうやらミレディからの評価は以外にも高かったらしい。
「だから教えてほしい。君達にとって、
さっき言ったけど光は光で、怪物は怪物。だから彼はそうなるだろうし、
「元の世界に戻りたいという君の願いは、全ての神代魔法を集めれば確かに果たせる。でもその前に必ず
嘘は許さないと言外に告げるものの、戦闘前のような威圧は感じない。どちらかと言えば再確認の意味合いが大きい。
そのことを理解してなのか、ハジメは鼻で笑いながら言い放った。
「馬鹿を言え、てめえは三歩歩いたら忘れる鶏か?
お前が自分で言ったんだろうが。光は光で、怪物は怪物。だったら
「変な道を行きそうになったらぶん殴ってでも止めてやる。だから
「――ッ」
一切迷いなく言うハジメと、当然だと言わんばかりに頷くユエとシア。それに息を呑むかのように驚いた後に、優しい声色でミレディは告げた。
「…そっか。それだけの啖呵が切れるなら…十分かな…安心して…逝くことが…できる」
残り僅かな時間しか残っていないのか、次第に言葉が途切れ途切れになっていく。もう
「おい待て。行くならせめて他の迷宮はどこにあるのかだけ教えてくれ。いくつかは目星はついてるが、正確な場所は失伝してて殆ど分かってねえ」
「そっか…迷宮の場所が…分からなくなるほど、時間が経ってるって…ことだね。じゃあ一回しか言わないからよく聞いておいてね」
そうしてポツリポツリと神代魔法が眠る迷宮の所在を語っていく。
数ヶ所は想像通りの場所ではあったが、逆にいかにも
「…以上だよ。頑張ってね。そして、
先程とは比べ物にならないほどしおらしく、これが最期だと言わんばかりの様子のミレディ。ハジメは冷めた目で見ているが、ユエとシアは若干目尻に涙を浮かべている。
「それじゃあ…先に行くね…シーちゃん」
「君達のこれからが……自由な意志の下に……あらんことを……」
そして、瞳は光は消え、ライセン大迷宮の最終試練であるミレディ・ライセンは、完全に沈黙した。
しんみりした空気の中、システィと決着をつけた悠姫が合流した。そして、いつの間にか壁の一角が光を放っていることに気が付く。
ブロックの一つに四人で跳び乗ると、足場になっている浮遊ブロックが動き出し、光る壁まで悠姫達を運んでいく。このタイミングで壁が光りだしたということは、その先がライセン姉妹の住居なのだろう。
四人が近づくと、壁は自動ドアのように勝手に開き、浮遊ブロックはそのまま向こう側へと進んでいった。
くぐり抜けた壁の向こうには……
「あ、あの! シーちゃん?! さすがのミレディさんでも、これはちょっと恥ずかしいんだけど!」
「安心してください。そんなツルペタボディ(笑)に欲情する殿方なんていませんよ…多分」
「そういう話じゃないんだけどなー!」
亀甲縛りされて天井から吊り下げられてるコ〇助(姉)と、それを見上げるように見ている〇ロ助(妹)がいた。
「…うわぁ…」byハジメ
「――(言葉が出ない)」byユエ
「ひぇ…」byシア
「…ミレディ・ライセンって…そういう趣m」
「違うから!」
悠姫の一言にミレディが条件反射で答えたことでシスティが四人が来たことに気が付き、ミレディをそのままに四人に向き直した。
「ライセン大迷宮の攻略、お疲れさまでした。
「あれー? もしかしてこのまま? というより私の呼び方おかしくなかった?」
「まずは神代魔法を。…ああ、そこのへんた、変態はお好きにどうぞ。調子に乗った罰です。いい薬です。治らないと思いますけど」
「変態って言ったね?! 言い直してないよね?!」
ハジメは薄々感づいていたようだが、ユエとシアは先のシリアスシーンがミレディによる茶番だったと気が付いたようだ。一瞬だけ目からハイライトが消え、次には口が三日月のように吊り上がった。
自分達をコケにする態度をとる相手が身動きを取れないでいる。
「――え、あの…や、優しくしてくださぁぁぁぁああ!」
薄気味悪い笑い声を出しながら、獲物を見つけた獣のように眼を光らせた三人はミレディへと群がり……
閑話休題
「というわけで、改めて攻略おめでとう! ご褒美にさっきのイジメは見逃してあげる! ミレディさん優しいね!」
「自業自得だな」
「自業自得です」
「まだ足らねぇか」
「ん」
「デス」
「ん~殺意高いなぁ」
全員からバッサリと言われ、やれやれと肩を振るコロ〇。
先のやり取りの通り、この二体が今のライセン姉妹。騎士ゴーレムはあくまで遠隔操作していただけであり、ミレディのあの今にも消えそうな様子はただの演技に過ぎない。
ミレディ曰く、
「騙された? プ~クスクス。やっぱりミレディちゃんは演技派だな~(笑)」
とのこと。その後、数名によって叩かれることは言うまでもない。
重力魔法。これまでブロックや騎士ゴーレムが空中を飛び回っていた正体だ。つまり、これで四人は飛行手段を手に入れたのかと言えば、そうでもなかった。
理由は単純に適正不足。
ユエの適性は十分。修練すれば十全に使いこなせる。問題は残りの三人。
シアは体重の増減くらいは出来るだろう、ハジメは悲しいくらいに才能がないから生成魔法で補え、とミレディが言う。
「そして
本当に何なの君?」
「何なのと言われてもな…」
分からない、というのがミレディから見た悠姫の適性だった。
色々と規格外な存在だからこそ、単純な適正など分からないだろうと思っていたようで、事実その通りだった。
実は、召喚されてから悠姫(ユキ)まともに使用できた魔法は、身体強化しかない。
使い方は分かる、才能が無いという訳でもない、でも使えない。これは生成魔法も同じで、今回の重力魔法も同じだった。と言うことは残りの神代魔法も同じく使えない可能性は大きいだろう。
でもどうでもいいというのが当の本人の認識であり、そもそも何なのかと言われても分からないとしか言えないのだ。
「これで全員、重力魔法の取得は終わりましたね?
それでは報酬を準備していますので、あちらにどうぞ。姉さま」
「こっちだよ~」
最後に悠姫が重力魔法を取得し終えると同時に、奥でシスティが攻略の証や各種鉱石を準備しており、ミレディがハジメ達を先導して連れて行った。
悠姫も続こうとしたところをシスティに呼び止められた。
「…数々の無礼、申し訳ありません」
「気にしてない。エヒトって言うのは狡猾なんだろ?
守るべき人々を盾に、そして武器として振るわれれば、執れる行動は二つに一つ。勝つために殺して前へ進むか、
だから
「……はい」
「ああ、託されたさ。君達が灯した希望の光で、俺達が
君達が選んだ
「…はい」
「
例え相手が神であろうとも、勝つのは俺達だ」
「…ありがとう、ございます」
無機物の身体へと変えながらも生き続けたシスティは、今までのすべてが無駄ではなかったのだと確信した。
嗚咽が止まらない、既に失ったはずの瞳の奥が熱く感じる。
そんなシスティを、悠姫は優しく抱擁した。
父母のような温かさを感じ、姉に心配を掛けまいと封印してきた
この日、運命の歯車は回りだした。
小さな小さな
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第三十一話 新たな戦いへ
すごく短くなってしまって申し訳ないです。
悠姫とシスティがしんみりとした空気の中、何やら言い合いが聞こえてきた。
半ば分かっていたことだが、ハジメとミレディだ。
もっと珍しい鉱石があるだろ、迷惑料だ全部よこせ。これは迷宮の修繕、維持管理の為なんだからダメ。よこせ、ダメ、よこせ、ダメ――
悠姫としてもハジメの気持ちは分からないわけではないが、さすがにこれ以上は無視できないと、ハジメを止めた。
「それ以上はもう強盗だ。その程度にしておこう」
「…だけどよう」
「ミレディは兎も角、システィの為にも見逃してやってくれ」
「…それなら、まあ」
兎も角とはなんだー! と騒ぎ立てるミレディとキラキラした眼で悠姫を見つめるシスティ、少々不満ながらも引き下がるハジメ。
先ほどまで壮絶な戦いをしていたとは思えない緩んだ空気に笑ってしまうのは、決して間違ってはいないだろう。
「はぁ~。まったく、この可愛いミレディちゃんがこんな目に合うなんて…もぅ、いいや。君たちを外に出すからね」
ミレディは天井から下がっている紐を掴み、そのまま下に引っ張り…引っ張…
「あ、あの…シーちゃん? 手を放してくれないかなぁって、ミレディちゃんは思ったり…?」
「船くらい用意しろよ、このク〇姉が。排〇物かなにかと勘違いしてんのか、こら」
「さっきから感情の上下が激しくないかな!?」
ミレディには、システィの背後に般若が立っているように見えてる。
おかしい…私の可愛い妹はこんなじゃなかったはず…
全てはあの孫を見るように微笑んでいる
迷宮に彼用の準備をしてる私達の期待も大概だけど、こんな期待はしてないんだぞ!
「なに睨みつけてんだよ。さっさと準備しろよ駄姉」
「シーちゃんがグレた~。……はい。これに入って…」
反応するのも疲れたと、消沈しながらミレディは何かを取り出した。
ミレディが取り出したのは船と言うより、複数人が入れる程度の透明なカプセル。
「下に地下水脈が流れてるから、その流れに任せていれば外に出られるよ。本当はそのまま流してやりたかったんだけど……うん、なんでもない。さ、入って入って」
チラッとシスティの顔を見てすぐに訂正する。鬼の顔なんて見ていない見ていない。
ハジメ、ユエ、シアと順番に入り、最後に悠姫が入ろうとしたところで、ミレディが悠姫を呼び止めた。
「…絶対に、
「……ああ。必ず」
悠姫がカプセルに入り――
「「願わくば、人が自由な意志の元に生きられる世界になりますように」」
――ライセン大迷宮から脱出した。
地下水脈をカプセルで漂うことしばらく、特に大きな問題は起きることなく一行は無事に地上に出られた。道中、シアが人面魚がしゃべったと騒いでいたが、疲れて幻覚を見たに違いない。
出た場所は、ブルックの町から一日程度の位置にある湖。
丁度、隣町の親戚に会いに行っていたマサカの宿の看板娘ソーナ・マサカ、依頼帰りの冒険者三人、服屋を営む筋肉モリモリマッチョ
ブルックの町までの道中はかなり賑やかだった。
前にブルックの町に来た時は、悠姫はユキだった。当然、そのことについてソーナ(+ギルドで見たらしい冒険者)から質問攻めに遭う。とはいえ、まさか「一回死んで蘇った」などと言えるはずもなく、のらりくらりと躱すしかない。最終的に、頑張ったご褒美として良い雰囲気になっているハジメとシアに、ソーナを擦り付けていた。
次いで、クリスタベルが悠姫を気に入ったということもある。悠姫は、男性としては中性的な容姿になる。スラム時代はその容姿を使って体を売っていたこともあるほどだ。そんな悠姫の容姿がクリスタベルのタイプに直撃したらしく、とても気に入ったようだった。
なお後日、様々なジャンルの衣類が悠姫にプレゼントされ、他数人と共にファッションショーが開かれたとか開かれていないとか・・・
――とある地方都市――
陽は既に落ち、静まり返った夜の都市。その水面下で蠢く陰がそこにはあった。
「――さあて、そろそろ仕上げと行くか」
「「――――――」」
人間。否、人型の怪物たち。
巨大な籠手から長い爪が生えたような
[指名依頼:金ランク「光姫」「幻姫」]
「さあ、
怪物の帰還を待ち望む二人の少女に、
次回、ヒロイン二人回です。
おかしい…なぜか未だにメインヒロインがまとも出てない……
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幕間 奇跡は笑顔のために
「あれがテルス…」
「予想以上に大きい街ですね」
「古都と言われてるくらいです。歴史は相当ですよ」
悠姫たちがライセン大迷宮を攻略した頃、雫たち四人は王都から程遠い街、古都テルスに向かっていた。テルスはハイリヒ王国建国前から存在し、王国屈指の歴史の長さを持つ街だ。
ではなぜそんな街に雫たちが向かっているのか。それは一つの依頼が、冒険者であるアヤメとシェリアに来たからであり、雫と香織がそれに同行しているからだ。
とはいえ、その依頼内容は非常に奇妙な物だった。
「始めて確認された強力な魔物が出たから倒してほしい…でもテルスにも守備隊はいるんですよね?」
「はい。神殿騎士や王国近衛兵にも引けを取らない実力の守備兵や冒険者が配備されてます」
「それなのにアヤメさんたちに依頼が来るんですか?」
「これでも金ランク、トータスでも指折りの実力者でですからね。そんな私達に直接と言うことは、つまりそれほど強い魔物ということでしょう」
或いは力を恐れた何者かの罠か、それとも魔人族の仕業か。
何にしても、行ってみなくては分からない話だ。
「光輝くん達は連れてこなくてよかったんですか?」
「冒険者へ依頼を、勇者だから、という理由で奪うのはさすがに越権行為という物でしょう。
…まさか肉壁として、とか考えてます?」
アヤメの指摘にすっと眼を逸らす香織と雫。その二人を呆れた眼で見るアヤメと笑いを堪えているシェリア。緊張感の欠片もなく、四人はテルスに辿り着いた。
テルスに入った雫たちを迎えたのは、未知の魔物に怯える人々…ではなく、笑顔で大通りを往来する人々と、大通りで元気に露店を開いている商人たち。
いたって普通の、人気の観光地という風の賑わいだったため、おもわず雫と香織はぽかんとしてしまう。
「…えっと、魔物に襲われてる様子は…」
「…ない、ですよね…?」
依頼主はこのテルスに先祖代々住んでいるという、ファーナムという老人。
話を聞くと、夜な夜な街を徘徊する謎の影があるという。しかもその影は、何故か一部の人にしか見えていないようで、見えている人たちに特に共通点は無い。
丁度、銀ランク冒険者のパーティが気づいていたようで、その影に戦いを挑んだところ、成す術もなく負けてしまったらしい。重傷を負ったが命に別状はなく、その時に見たこともない魔物だと分かり、銀ランク冒険者でダメなら金ランク冒険者を、ということらしい。
聞けば聞くほどに奇妙な、というより怪しい内容だ。
まずアヤメとシェリアの二人が、影が見えることを前提に話が進んでいる。勿論、ダメ元で呼んでいるということもあるかもしれないが、どうやらその考えはないようだった。
そして何より、早とちりしていただけかもしれないが、実害がほとんど出ていないということもある。
建造物が壊されたわけでもなく、銀ランク冒険者パーティが重傷を負った以外は怪我人もなく、行方不明や死者が出たわけでもないのだ。そのパーティとて自ら戦いを挑んだ結果と言うことを踏まえれば、魔物による被害はゼロと言っていい。
ここまでくると魔物の存在さえ怪しくなってくる。
その後、街を探索してみるが特に変わった様子などなかった。
大通りだけでなく、住宅街や街はずれ、路地裏なども周ったが気になるようなこともない。一通り街を見て周ったその日の夜、宿の一室に集まって話をしていた。
やはり罠だったのか? 確かに怪しさしか感じていないが、ファーナム老人や話しをきいた銀ランク冒険者が嘘を吐いている様子はなかった。
「…さて、では話を纏めましょうか」
アヤメの一言に三人が頷く。
一つ、自分たちは未知の魔物の被害に遭っているから助けてほしい、という依頼を受けて古都テルスに来た。
二つ、実際は被害など殆ど無く、魔物の姿は見える者と見えない者に別れている。
三つ、魔物は夜に現れ、夜の内に姿を消す。
「…やはり罠ということでしょうか?」
「それなら犯人の狙いはアヤメさんとシェリアさん?」
「…魔人族か悪戯と言った方が納得できるわね」
犯人を絞り込むには、情報量自体は十分と言える。ただし、絞り込める犯人像はあまりにも候補が少なすぎる。
まず前提として、古都テルスは一種の治外法権区に相当し、余程の権力者出ない限りは口を出すことは出来ない。その上で、昼間の様子から情報統制はされている考えれば、余程の権力者に相当すると考えられる。
そして、アヤメとシェリアを指名したということは、狙いは二人。だが、王位継承権を捨てているとはいえシェリアはハイリヒ王国の第一王女、シェリアを狙うということは国家反逆罪になる。
更に、姿を消すことができ、銀ランク冒険者パーティを倒せるほど強い魔物。
国家反逆罪を被る危険性を冒す最高位権力者。それが以上から絞り込める犯人像になるが、そんな存在がいるのだろうか?
可能性としては聖教教会。だが協会の名を出せばよいだけで、やることが遠回り過ぎる。
次点で、ヘルジャー帝国。だが実力主義の国家が、
では魔人族、或いは悪戯なのかと考える。
だが、魔人族では魔物による被害が殆ど出ていないことに疑問が残る。
目撃者が限られることから悪戯とも思えるが、実際に重傷者が出ていることが事実だと語っている。
結果、犯人像が振出に戻る。
(まさか、いや)
(あり得るわね、あの男なら)
そこで、一つの情報を変えてみた。
狙いは
四人に共通するのは一人の男を慕っているということ。後者二人に共通するのは、
いるではないか。その
ベヒモスを倒したあの日、
国を敵に回すことに
二人が同じ考えに辿り着いた瞬間、街の方から爆発音と悲鳴が聞こえてきた。
「ッ! まさか魔物が?!」
「急いで外へ!」
時間が惜しいと、部屋の窓から飛び出した四人は悲鳴が聞こえた方へ急いだ。
現場に着いた四人が見たのは、血を流して倒れ伏すテルスの住民と、逃げ惑う人々、そして爆発があっただろう場所に佇む見たことが無い
すぐに武器を構える。だが、雫と香織の手は震えていた。恐怖だ。
これまで死を感じたことはある。でも死を見たことはなかった。
理解はしている、戦わなければ死ぬと。覚悟もしている、人の死を見ることになると。
だが、いくら覚悟をしていても実際に直面すれば戸惑うものだ。それ故に、二人は、
「二人とも落ち着いて」
「魔物は私達が引き受けます。二人は住民の避難を」
「「は、はい」」
短剣を構えたアヤメと、曲剣を二本構えたシェリアが魔物と相対する。
そして、シェリアが仕掛け戦いが始まった。
雫と香織は、戦いの様子を少し眺めた後、住民の避難を促した。
正直な気持ちを出すならば、あの魔物との戦いを任せてほしいという思いはあった。
ただ、少し眺めて自分達では歯が立たないという結論に達した。金ランク二人に未だ勝てない現状で驕るつもりなどないが、魔物最強と言われていたベヒモスを倒せるほどの実力はあると自負している。
それでも勝てないという確信を持ち、魔物の出何処を考えながら二人は住民の避難の先導した。
視界の端では、アヤメたちと魔物が戦っている。その魔物に竜のマークが刻まれていることに、雫たちは気が付かなかった。
「おか~さ~ん!」
「なんで俺達がこんな目に遭うんだ!」
「教会は何をしてるんだ!」
「誰でもいいから助けてよ!」
一時的に設けられた避難所である大聖堂は、昼間の賑やかな喧騒とは逆に阿鼻叫喚に溢れていた。
死傷者も多数出ており、アヤメたちが到着するまでに被害も相当出ていた。
だが、当然大聖堂だけで都市の人間を全員収容できるはずもなく、まだ避難できていない人は大勢いる。
「お姉ちゃん…大丈夫…?」
「ええ。大丈夫よ、ありがとう」
「ごめんなさい。ありがとう」
「いいえ。もうすぐで避難所です」
雫と香織は怪我をして足を引きずっていた親子を背負って、大聖堂とは別の避難所に向かっていた。あの一帯の避難民はこの親子で最後のはずだ。そして避難所が見えてきた。
「…本当にありがとうね」
「…お姉ちゃん、これあげる」
男の子はポケットから何かを差し出した。それは男の子のポケットに入る程度の大きさの黒い結晶のようなもの。
「これを、私たちに?」
「今日の朝見つけたんだ。とってもきれいだったから」
目一杯の笑顔で男の子は言った。
男の子の言う通り、思わず見とれてしまうほどこの結晶はきれいだった。
ただどこか、
「でも、本当に良いの?」
「うん。お母さんを助けてくれたお礼」
男の子が女性に宝石をプレゼントする、というプロポーズ宛らな絵だが、悲しいことに女性二人には想い人がいるし、男の子もまだこの手の行為は理解していない。
男の子の母親だけが、あらあらまぁまぁと見ているが、
――――ォォォオオオッ!!
「「ッ?!」」
突如聞こえた雄叫びに驚いて、全身が硬直したかのように固まった。
すると、雫たちから少し離れた建物の陰から、重い足音を立てながら
「なんで此処に?! あれはアヤメさんたちが?!」
「でも、戦闘音はまだ聞こえてる!」
つまり二体目。二人は直ぐに武器を構える。
あの日以来の、あの日以上の死の恐怖に体が震える。でも――
(私達が引けば、この子が犠牲になる)
――男の子が震えながら香織を見つめている。恐怖に満たされた、今にも泣きだしそうな目だ。こんな時、あの人ならなんて言うのか。
顔を上げた香織は、同じことを考えていたのか、同時に顔を上げた雫と目が合った。二人してきょとんとして吹き出して笑った。
私達が知っているあの人なら、きっとこう言うだろう。
「大丈夫、私達がいるよ。だから、」
「絶対に助けるから。だから、」
「「走って!!」」
ここにいるのは雫たち二人と、男の子と足を怪我しているお母さん。
少なくとも、私達ではこの魔物には勝てないだろう。でも、時間稼ぎ程度なら出来るはずだ。この親子が避難所に逃げ込めるまで、そしてアヤメさんたちが来るまでの時間を。
意識が朦朧とする。
全身が砕けているのでは思う程痛い。
この程度の傷で済んでいるのは、召喚された神の使途としての単純なスペックのおかげだろう。トータス基準の人間では即死している。
端的に、雫と香織は時間稼ぎに失敗した。
親子は避難所に逃げ込むことはできた。だが魔物が想定以上に強く、二人は避難所まで投げ飛ばされた。その衝撃で意識が飛びかけ、避難所の出入り口は魔物から丸見えになってしまい、避難民を見つけた魔物が近づいてくる。
幸いなのは、その魔物がゆっくりと近づいてくることだろう。だから意識と整える時間ができる。
最悪なのは、身体をピクリとも動かせないことだ。現に今も、先の男の子が泣きながら香織を揺さぶっている。
一歩ずつ魔物が近づくたびに、避難民たちの悲鳴が大きくなり、今度はどんどん悲鳴が少なくなってきた。
もうだめだ助からないここで死ぬんだ。生きることを諦めた人たちが増えていく。それでも男の子は香織を揺さぶり続ける。
悲鳴が小さくなり、死神が近付くように魔物の足音がはっきりと聞こえてくる。
ここで終わるのか?
私達がいると言っておいて?
助けると口にしておきながら?
((
そうだまだだ。まだ終わっていない。
(誰でもいい! 私に、私達に、この人達を助ける力を!)
(あの笑顔を守る力を!)
本来ならばどこにも届かぬ思い。
だが、この都市の歴史、一人の男との関係、男の子からもらった
『――ならば私が力を貸しましょう。貴方達も私の愛しい子供達なのだから』
――瞬間、音を置き去りにした何かが、男の子に伸ばした魔物の腕を通り抜けた。横には納刀している雫の姿。そして鮮血を散らしながら落下する魔物の腕。
そう、雫の一刀が魔物の腕を切断していた。
一瞬呆けた魔物だったが、斬られたと認識した瞬間雄叫びをあげて残った腕を雫へ振り上げた。しかし何を感じたのか、大きく後ろへ飛び去るという
魔物からすれば、万全でも自身に劣る小娘二人が、瀕死の状態から
そして、その理性は正しかった。
後退した魔物を雫が追撃する。
これこそ、奇跡が与えた
「「〝
高速の斬閃が魔物を斬り裂いていき、斬傷から魔物の身体を腐敗させる。腕を振り上げ足で蹴り上げ、もう遅い。四肢の筋繊維は断ち切られ、もはや魔物は身動き一つ取ることができない。
命運は決した。雫が魔物の心臓を剣で突き刺し、二人は届かぬ筈の勝利を手にしたのだった。
「「――」」
気が抜け、
だがこれで戦いは終わった。この街を、この避難所の人々を、この男の子の笑顔を守ることができたと安心し――
――絶望は再びやってきた。
「――さ、三体、目」
「そん、な…」
先の二人を見て学習しているのか、既に戦闘態勢を取っている。二人の一挙一動は見張られ、先ほどのような奇襲紛いの攻撃は効かないだろう。
正しく絶体絶命。だが逃げるわけにもいかない、守ると決めているのだから。
激痛を堪え、二人は武器を構える。この場を乗り越えるには
「「〝天■せよ、■が守■星――」」
――魔物の胴体に光の矢が生えた。
香織と雫は驚いて
「よく頑張ったわね」
「後は私たちに任せてください」
アヤメの短剣が魔物の片目を斬り裂き、胴を貫くシェリアの光矢が三本六本と増えていく。
痛みに悶え暴れる魔物から離れ、アヤメとシェリアは香織と雫の前に降り立った。
アヤメは短剣のままだが、シェリアは曲剣の柄尻を合わせて弓のような形状にしている。
二人の背中を見た香織と雫は安心して、その意識を闇に落とした。
二人が目を覚ましたのは、その数日後。
死傷者は数千人。都市人口から見てもそれなりの人数で、それをたった三体の魔物による被害だと考えれば、とても恐ろしいことだと感じてしまう。
その魔物の正体もはっきりした。
目的は不明。だが、何かをテストしているようだった、とアヤメ達は言う。
なにはともあれ、依頼は達成した四人は王都に帰還する。
香織と雫の手首にはブレスレットにした
――ありがとう! お姉ちゃん!
古都テルス
ハイリヒ王国建国前から存在している比較的大きな街。
そのため歴史的建造物が多く、それが古都の由来となっている。
かつてはエヒトではない何かを信仰していたという逸話が存在しているが、全くの出鱈目と言われており、現在ではエヒトが信仰されている。
余談だが、テルスとはローマ神話における大地母神の名前であり、ギリシャ神話でのガイアに相当する。つまりここで信仰されていたのは・・・
邪竜おじさん、暗躍中。
魔物改造テストも上手くいったし、
とか考えてます。
雫&香織の
プロローグ冒頭のユキVSヴァルゼライド、「幕間:
三章、遅くても四章中に公開できるように頑張ります。
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二章人物詳細・設定補足
・天津悠姫
本作主人公。
ユキ・ロスリックが、ライセン大迷宮最深部での戦いによって一度死亡し、復活した姿。肉体が雫や香織と同年代にまで若返っている。
悠姫が飛ばされたのは新西暦ではなく西暦末期、後に
ライセン大迷宮で復活したこの身体はカンタベリー聖教皇国の神祖と同じ性質の為、不死身の身体と無限の
・
未だまともに登場していない本作メインヒロイン。
神山で悠姫が来るのを待っている。
元は西暦末期で、悠姫が実験体になっていた計画の研究者の一人。
後に悠姫と同じ実験体になり、
悠姫が新西暦に現れたこと、ヴァルゼライドとの関係、
全ては悠姫を■■■■■■■■■■。
・八重樫雫
幕間で活躍中の本作サブヒロイン。
アヤメ、シェリア、香織の四人パーティで行動している。
古都テルスでの戦いで、制約付きだが
基準値:D
発動値:C
集束性:AA
操縦性:E
維持性:D
拡散性:E
付属性:C
干渉性:C
磁界生成能力
香織と同名別種の能力。
能力そのものは強力だが、雫には自在に操れるほどの素養も知識もない。そのため、自分と地面を反発することで急加速、居合の際に刀身と鞘に付与することで抜刀速度を上げる、などの使い方をしている。
香織と同時
・白崎香織
幕間で活躍中の本作サブヒロイン。
アヤメ、シェリア、雫の四人パーティで行動している。
古都テルスでの戦いで、制約付きだが
基準値:D
発動値:C
集束性:E
操縦性:AA
維持性:D
拡散性:C
付属性:C
干渉性:E
生体回復能力
雫と同名別種の能力。
接触対象に回復効果を与える
味方には回復を、敵には過剰回復をすることで崩壊を行える、生物に対して無類の強さを誇る。しかし、非生物に対しては効果が無く、干渉性が低いため遠隔発動は不可能。
拡散性と付属性は平均的な為、自ら敵に近づくか味方の武器や魔法に付属するというのが基本戦法になる。
雫と同時
・システィ・ライセン
かつて解放者の一人として戦っていた、ミレディ・ライセンの実妹。
トータスで誕生した最初の
ガイアを通して悠姫と間接的に繋がっており、ある意味悠姫の真実に一番近い位置にいる。
ガイアから聴かされていたことで悠姫には憧れに近い感情を持っていたが、戦闘後の会話で崇拝に近い感情を向けるようになってきている。
・古都テルス
ハイリヒ王国建国前から存在している比較的大きな街。
そのため歴史的建造物が多く、それが古都の由来となっている。
かつてはエヒトではない何かを信仰していたという逸話が存在しているが、今では全くの出鱈目と言われており、現在ではエヒトが信仰されている。
だが未知の魔物による事件以降、聖教協会の教えではない考え方をする者たちが増えてきている。
・
ユキとガイアが計画した戦いであり、新西暦におけるユキの最終目的。
「ヴァルゼライドに
その目論見通りに、ユキが死亡した後の新西暦では逆襲撃による英雄の崩御、古都での超人大戦、聖教皇国での神殺しが起きている。
なお、ユキの死に戻りが終わった要因の一つではあるものの、死に戻りの原因自体は別にある。
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第三章
第三十二話 ブルックの町、再び
「おや、今日は四人一緒かい?」
ライセン大迷宮攻略から約一週間、ブルックで準備を整えた四人はギルドにいた。ギルドに四人が共に顔を出すことはかなり少ない。悠姫、ハジメが一人で来るか、ユエ、シアが二人で来るのが大体だ。
「ああ、明日にでも町を出るつもりでね。貴方には色々と世話になったから挨拶をしに来た。ついでに、目的地関連で依頼があったら受けておくかとも思ってる」
「そうかい。最近賑やかになってきた分、寂しいね」
キャサリンの疑問に答えたのは悠姫だ。
世話になったというのは、ハジメが重力魔法と生成魔法を組み合わせたアーティファクトを創るために、ギルドの一室を無償で借りていたことだ。なお、悠姫、ユエ、シアの三人は町の郊外で
「勘弁してくれ。宿屋の娘は変態、服飾店も変態、ユエとシアに踏まれたい、悠姫に甘えたいとか言って町中で突然土下座してくる変態共、〝お姉さま〟とか〝お兄さま〟連呼しながら三人をストーキングする変態共、決闘を申し込んでくる阿呆共……碌なヤツいねぇじゃねぇか。出会った七割が変態で二割が阿呆とか……どうなってんだこの町」
「ハジメが鞭ばっかり与えるから、俺にその皺寄せが来てるんだよ」
「なら悠姫も鞭を打てばいいだろ」
「鞭に鞭は拷問ですらないからな」
現在、ブルックの町には四大派閥が出来ており、「ユエちゃんに踏まれ隊」「シアちゃんの奴隷になり隊」「お姉さまと姉妹になり隊」の三派閥が日々しのぎを削っているらしい。町中で「踏んで下さい!」「奴隷にしてください!」と絶叫しながら土下座してくるのはもはや恐怖である。そして二人と姉妹になるために、ハジメを排除しようとナイフ片手に突っ込むという過激行動に出る少女まで現れるのである。当然、ハジメに軽くあしらわれ町中に「次は〇します」の張り紙と共に晒される。
そして「お兄さまに優しくされ隊」。三派閥に加え、二人を手に入れようとハジメに決闘を申し込み、ユエに股〇を潰されたり(通称、股〇スマッシャー)ハジメに襤褸雑巾のようにされた者達(通称、決闘スマッシャー)が、アフターケアのように悠姫に優しくされて生まれた派閥である。ユエとハジメ(スマッシュ・ラヴァーズ、通称スマ・ラヴ)の被害者が増えれば増えるほど、派閥の人数が増えるという性質があるため、三派閥に危険視されている。
なお余談ではあるが、
「ま、まぁ、活気づいたのは事実さね」
「嫌な活気だな」
「それで、何処に行くんだい?」
「フューレンだ」
フューレンは中規模商業都市だ。次に向かう七大迷宮「グリューエン大火山」があるグリューエン大砂漠の途中に位置し、大火山に挑む前に寄っておこう、と考えていた。なお、大火山を攻略したら、そのまま大砂漠を抜けた先の海にある大迷宮、「メルジーネ海底遺跡」に挑む予定だった。
「ちょっと待ってね…お、ちょうどいいのがあったよ。商隊の護衛依頼があるよ。ちょうど二人分の空きがあるけど、受けるかい?」
キャサリンから依頼書を受け取って確認する。特に変な部分はない、普通の商隊護衛の依頼のようだ。中規模の商隊で、護衛も十五人程度を求めている。ユエとシア冒険者として登録していないので、悠姫とハジメの二人で丁度になる。
「連れの同伴は可能なのか?」
「問題ないよ。普通の冒険者でも荷物持ちを雇ってることもあるからね。あまり大勢だと苦情が出るかもしれないけど、ユエちゃんもシアちゃんも結構な実力者だしね。二人分の依頼料で四人の実力者を雇えるなら、基本は断らないさ」
「なるほど…俺はこれで良いと思うが、三人はどうだ?」
悠姫が三人に振り返りながら聞いた。悠姫としては、一般的な冒険者というのを知っておいて不都合はないと思っている。
「……急ぐ旅じゃない」
「そうですねぇ、たまには他の冒険者方と一緒というのもいいかもしれません。ベテラン冒険者のノウハウというのもあるかもしれませんよ?」
「それが俺達に役立つかは分からねえけどな。まあ急いでも仕方がないし、いいと思うぜ」
悠姫は三人の意見を聞いて、キャサリンに依頼を受けることを伝える。
「あいよ。先方には伝えとくから、明日の朝一で正面門に行っとくれ」
「どうも」
悠姫が依頼書を受け取ると、キャサリンはユエ、シア、ハジメへと目を向ける。
「あんた達も体に気をつけて元気でおやりよ? その子に泣かされたら何時でも家においで。あたしがぶん殴ってやるからね」
「……ん、お世話になった。ありがとう」
「はい、キャサリンさん。良くしてくれて有難うございました!」
「あんたも、こんないい子達泣かせんじゃないよ?」
「言われなくても承知してるよ……ありがとうな」
そして最後にキャサリンは悠姫に一枚の封筒を差し出した。
「これは?」
「あんた達、色々厄介なもの抱えてそうだからね。町の連中が迷惑かけた詫びのようなものだよ。他の町でギルドと揉めた時は、その手紙をお偉いさんに見せな。少しは役に立つかもしれないからね」
それは彼女が封筒一枚で、他ギルドのお偉いさん方に影響を及ぼせる程の人物である事を示唆している。
「おや、詮索はなしだよ? いい女に秘密はつきものさね」
「……わかったよ。有り難く貰っておく」
と、悠姫は封筒を懐に仕舞った。
「素直でよろしい! 色々あるだろうけど、死なないようにね」
それでギルドを出ようとすると、キャサリンは悠姫だけを呼び止めた。ハジメたち三人を先に行かせて、悠姫はキャサリンから話を聞いた。
「…あんた、「ケイオス」って知ってるかい?」
「ケイオス?……いや、知らないが」
ケイオス、別名、カオス。つまり、知る者からすれば悠姫のことではと思うが、キャサリンがそのことを知っているとは思えない。つまり悠姫とは無関係なことだということになるが…
「金ランク冒険者三人で構成されたパーティの名前なんだけどね。その三人が、ある人に仕えてるって言ってるんだよ。そのある人の特徴が、あんたによく似ててね」
…十中八九、アヤメ、シェリア、ディルグの三人だろう。三人が金ランク冒険者というのは知っていたが、、まさかこんなところで三人の事を聞くとは思っていなかった。とはいえ、それが自分だ、などいえるわけもない。
「他人の空似だろ。その金ランク冒険者が誰なのかは知らないけど、少なくともこんな若造に仕えるわけがないさ」
「…まぁ、そういうことにしておくさね」
何となくだがキャサリンも分かっているようで、二人で笑っている。
それを最後に、悠姫もギルドを後にしてハジメ達を合流した。
「お、おい…残りの四人って、「スマ・ラブ」と「ユウキちゃん」の事かよ!」
「マジか! 嬉しさと恐怖が一緒くたに襲ってくるんですけど!」
「な、生ユウキちゃん…生お兄さま…?……カフッ…」
「おいやべぇ! 生ユウキちゃんを見ただけで一人死んだぞ!」
「後光が眩しくて、目を開けられねぇ!!」
翌朝、依頼の集合場所に向かっただけでこれである。
なおユウキちゃんとは、ファッションショーで悠姫が女装した姿を見てファンになった者達からのファンネームである。それを初めて聞いた時に、悠姫の目が死んだのは言うまでもない。
「君達が最期の護衛かね?」
「…ああ。これが依頼書だ」
悠姫が懐から依頼書を取り出して商人に渡す。
「ふむ、確かに。私の名はモットー・ユンケル。この商隊のリーダーをしている。君達のランクは未だ青だそうだが、キャサリンさんからは大変優秀な冒険者と聞いている。道中の護衛は期待させてもらうよ」
「……もっと、ユンケル…? 大変なんだな…」
商人の名前を聞いたハジメは、ハジメの時代にある日本の栄養ドリンクを思い浮かべて、ハジメの眼に同情を帯びる。なぜ、そんな眼を向けられるのか分からないモットーは首を傾げながら、「まぁ、大変だが慣れたものだよ」と苦笑い気味に返した。同様に意味が分かっていない悠姫も、ハジメに聞いて納得していた。
「…まあ、期待は裏切らないと約束しよう。俺は悠姫、こっちはハジメ、ユエ、シアだ」
「それは頼もしい。…ところで…その兎人族。彼女を売る気はないかな? いい値段をつけさせてもらうが」
モットーがシアを値踏みするように見る。シアはその視線に呻きながらハジメの背に隠れた。予想通りの提案ではあるが、当然受けるわけがない。
「ほう、とても懐かれているようですな。中々、大事にされているようだ。ならば、私の方もそれなりに勉強させてもらいますが、いかがです?」
「ま、あんたはそれなりに優秀な商人のようだが……それなら答えはわかるだろ? 例え、どこぞの神が欲しても手放す気はない。力ずくで奪おうとするなら、力ずくで叩き潰す。理解してもらえたか?」
「……ええ。そこまで言われれば、引き下がるしかありません。ですが、その気になったときは是非、我がユンケル商会をご贔屓に願いますよ。それと、もう間も無く出発です。護衛の詳細は、そちらのリーダーとお願いします」
「俺が行こう。ハジメ達は準備していてくれ」
ハジメの宣言に護衛の冒険者達や商隊の女性陣がざわつくのを尻目に、悠姫は護衛隊リーダーと話をする。
そして、商隊はフューレンを目指して出発した。
一、二週で一話投稿できるように頑張ります。
良ければ感想、アドバイスなどいただけると嬉しいです。
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第三十三話 冒険者らしい仕事
ブルックの町から中立商業都市フューレンまでは、およそ馬車で六日の道のり。
そして現在は出発から三日、日程の半分を消化している。既に日は落ち、商隊や護衛の冒険者たちは各々に野営の準備を進めていた。
その夕食時、冒険者達は護衛依頼とは思えないほどに賑わっていた。
「カッーー、うめぇ! ホント、美味いわぁ~、流石シアちゃん! もう、亜人とか関係ないから俺の嫁にならない?」
「ガツッガツッ、ゴクンッ、ぷはっ、てめぇ、何抜け駆けしてやがる! シアちゃんは俺の嫁!」
「はっ、お前みたいな小汚いブ男が何言ってんだ? 身の程を弁えろ。ところでシアちゃん、町についたら一緒に食事でもどう? もちろん、俺のおごりで」
「な、なら、俺はユエちゃんだ! ユエちゃん、俺と食事に!」
「ユエちゃんのスプーン……ハァハァ」
「な、生ユウキちゃん……グハッ!」
「や、やべぇ! 生ユウキちゃんを見てまた倒れたぞ!」
「あいつ何度も倒れてんな」
事の発端はシアと悠姫が他冒険者達に、夕食をお裾分けするようになったことにある。
このトータスでの商隊護衛などの依頼での夕食風景は、非常に静かでとても質素なのが一般的なのだ。冒険者達は食事時でも警戒しなければならないし、凝った食事を用意しようとすれば荷物が増える。結果として干し肉など長持ちする簡易的な食事しか出来なくなるのだが、悠姫達は例外だった。冷房石を用いたトータス版冷蔵庫と宝物庫のおかげで、食材も料理器具も一切の問題なく運ぶことができる。
故に、この護衛依頼でも質素な食事をとる冒険者達の隣で、しっかりと調理した食事をとっていた。当然のように冒険者達は涎を垂らしながら血走った目で見るため、その様子に居心地が悪くなったシアがお裾分けを提案した、ということだった。
悠姫は当初から、夕食を分ける代わりに冒険者としての話しを聞いていた。最も多かったのは、俺はベテラン冒険者として云々という武勇伝だったのは言うまでもない。
最初はどこか遠慮しながら食べていた冒険者達だったが、だんだん慣れてきたのか調子に乗ってシアやユエを口説き始め、ハジメに締められるまでがもはやワンセットになっていた。
「ユ、ユウキちゃん……町に着いたr…」
「ごめんなさい」
訂正。悠姫も口説かれていた、
さらに二日進んで五日目。その日、それは起こった。
「敵襲ですッ、数は百以上! 森の中から来ます!」
最初に気が付いたのはシアだ。街道沿いの森の方へウサミミを向けピコピコと動かすと、緩んでいた表情を一気に引き締めて警告を発した。
その警告に冒険者達に動揺が走る。いくら何でも数が多すぎる。
そもそもこの街道はそこまで危険な道ではない。大陸一の商業都市へ繋がっている道なのだからそれは当然であり、魔物に襲われたとしても、二十や三十が限度だったはずだ。
「くそっ、百以上だと? 最近、襲われた話を聞かなかったのは勢力を溜め込んでいたからなのか? ったく、街道の異変くらい調査しとけよ!」
護衛隊リーダー、ガリティマは悪態を吐きながらも状況を分析している。
護衛の数は十七人。百以上の魔物を相手しながら商隊を守るのは不可能だ。ならば護衛の大半で足止めして、商隊を急がせた方がいいか、と考え始めると…
「迷ってんなら、俺らがやろうか?」
「まあ、それが最善だろうな」
「…え?」
ハジメと悠姫の提案にガリティマは思わず聞き返した。
「迷っているようなら、俺たちで全部相手するっていってんだよ」
「い、いや、それは確かに、このままでは商隊を無傷で守るのは難しいのだが……で、出来るのか? このあたりに出現する魔物はそれほど強いわけではないが、数が…」
「百やそこらなんて問題じゃない。ユエがすぐ終わらせる。頼めるか?」
「ん…」
と、ハジメが隣に立っていたユエの肩に手を乗せると、彼女も問題ないとばかりに頷く。
「…わかった。初撃はユエちゃんに任せよう。仮に殲滅できなくても数を相当数減らしてくれるなら問題ない。我々の魔法で更に減らし、最後は直接叩けばいい。みな、わかったな!」
「「「「了解!」」」」
これが冒険者かと、悠姫は感心していた。
ユエやシアを口説いたり、ハジメに締められて土下座したりと、あのふざけていた様子は微塵も無く、全員が緊張感のある引き締まった顔つきをしている。ベテラン冒険者という自称に偽りはないのだと思えた。決してデレデレしながら
そして魔物の群れとの接触まで一分、悠姫達は商隊の馬車の上に待機していた。
「ユエ、念のため詠唱だけはしておけよ」
「…詠唱…詠唱?」
「それっぽい感じでいいんだ。面倒ごとが増えるよりはいい」
「…ん」
「接敵、十秒前です」
ユエは森の方へ右手を掲げ――
「彼方より現れし
――詠唱の途中から立ち込めていた暗雲から、雷の龍が現れた。
まるで咆哮のように響いた雷鳴と共に、雷龍が魔物の群れを飲み込んだ。
雷龍が消えたとき、そこに魔物は塵一つ残っていなかった。
「……ん、少しやりすぎた」
「おいおい、あんな魔法、俺も知らないんだが……」
「ユエさんのオリジナルらしいですよ? ハジメさんから聞いた龍の話と例の魔法を組み合わせたものらしいです」
「俺がギルドにこもっている間にそんなこと……悠姫は出来るか、あれ?」
「同等威力の雷撃放射は可能かもしれないが……効果範囲は俺の方が劣るし、あの形は無理だな」
「因みに詠唱は私達三人の出会いと未来を謳ってみた」
ブイ、とピースしながらドヤ顔をするユエ。
そんな話しをしていると、始めて見る、あまりにも強力な魔法を見て壊れていた冒険者達が一斉に騒ぎ立てていた。
その中で正気に戻っていたガリティマが、盛大に溜息を吐きながら近づいてきた。
「はぁ、まずは礼を言う。ユエちゃんのおかげで被害ゼロで切り抜けることが出来た」
「今は仕事仲間だろう。礼なんて不要だ。な?」
「……ん、仕事しただけ」
「はは、そうか……で、だ。さっきのは何だ?」
ガリティマが困惑を隠しきれずに尋ねる。
「……オリジナル」
「オ、オリジナル? 自分で創った魔法ってことか? 上級魔法、いや、もしかしたら最上級を?」
「……創ってない。複合魔法」
「複合魔法? だが、一体何と何を組み合わせればあんな……」
「……それは秘密」
「ッ……それは、まぁそうだろうな。切り札のタネを簡単に明かす冒険者などいないからな……」
再び深い溜息と共に、追及を諦めたガリティマ。(自称)ベテラン冒険者なだけに暗黙のルールには敏感らしい。肩を竦めると、まだ壊れている仲間を正気に戻しにかかり、一行はフューレンへの歩みを再開した。
それからというもの、特に何事もなく一行は、中立商業都市フューレンへ到着した。現在は都市内に入るための検問待ちの列に並んでいるところである。
列が進むまで暇を持て余した四人は、馬車の上で各々に寛いでいた。ハジメはシアを侍らせながら、ユエに膝枕をしてもらい、悠姫は
「まったく豪胆ですな。周囲の目が気になりませんかな?」
周囲には、ハジメが美少女二人を侍らせているようにしか見えない。
実際、フューレンの玄関口であるこの場所は人の眼も非常に多く、好奇と嫉妬、そしてユエとシアへの値踏みの視線に後が絶えない。
「まあ、煩わしいことは確かだが、仕方がねえ」
「フューレンに入れば更に増えると思いますが?」
「もう一度言うが、仕方がねえ。俺達にも目的がある」
「ふむ……やはり彼女を売r」
「――そこまでにしてほしいな、ユンケル商人」
まるで蛇に睨まれたかのようにモットーが竦み上がる。
声の方を見ると、モットーに視線も向けずに手入れを続ける悠姫がいる。
「商売根性逞しいのは良いことだが、相手は選んだ方がいい。
奴隷が認められている世界だ。貴方が言っているのは割と一般的な発言かもしれないが、それでも奴隷という仕組みが嫌いな人間とて存在しているのだから」
「彼女は俺達の仲間だ。誰が何と言おうがそれが事実、仲間を金で売る塵屑に墜ちたつもりは欠片もない」
「……失礼しました…では、もう一つ…貴方のもつアーティファクト。やはり譲ってはもらえませんか? 商会に来ていただければ、公証人立会の下、一生遊んで暮らせるだけの金額をお支払いしますよ。貴方のアーティファクト、特に宝物庫は、商人にとっては喉から手が出るほど手に入れたいものですからな」
喉から手が出るほどほしい、というその言葉は決して誇張でもなんでもない本心なのだろう。事実、シアを見ていた時よりも一層、鋭い目つきをしている。とはいえ、当然ながら渡すつもりなど微塵も無い。
「それも同様だ。一つたりとも譲る気はない」
「…はっきりと言わせていただくならば、一個人が持つには有用すぎます。いらぬ危険を呼び寄せるかもしれませんぞ?」
「それに、たとえ貴方達が持ったところで、身の丈に合わない力は破滅に繋がるだけだ。断れない商談吹っ掛けられて、担保として大切な
「…なるほど…日夜襲撃や商敵に怯える日々が始まる、と…確かにそうかもしれませんが…」
手を伸ばせば届きそうな位置に黄金が転がっているのだ。モットーとしても諦めきれないのも当然と言えるだろう。
悠姫はその様子に目を伏せ、大きな溜息を吐いて言った。
「一度目は見逃した。最初の一歩だからな、間違いもあるだろう。二度目も見逃そう。お互いの距離感を測るためにも譲歩は必要だ。
「ッ…」
暗に、悠姫は次はないと告げている。
仮に手を出してきた他商人等がいた場合も同様、二度目までは見逃すということだ。だが、違法に手を出しているならば一度目で処断されることは言うまでもない。
今回、道中で数回交渉を持ちかけているモットーが、まだ無事でいるのは、あくまで護衛依頼中であり、トータス基準で
「…確かに割に合わない取引でしたな。私も耄碌したものだ。欲に目がくらんで竜の尻を蹴り飛ばすとは…グランセニック商会の坊ちゃまなら、このような愚は犯さないでしょうな」
竜の尻を蹴り飛ばす。それはトータスの諺の一つで、竜、正確には竜人族は全身を頑強な鱗に覆われており、一度眠ってしまえばよほどの事が無い限り起きない。ただし、唯一尻の辺りだけは鱗が無く、そこを攻撃すると烈火の如く怒り出すと言われている。それにちなみ、手を出さなければ無害な相手に下手に手を出して痛い目に遭う、と言う意味がある。
それより悠姫は最後の、非常に深い
「…グランセニック? その坊ちゃまって特殊性癖もってないか? ド○とか○リコンとか」
「…詳しいことは分かりませんが…まあ、一般的に好まれる女性が好みではない様ですが…お知り合いで?」
「いや、昔の知人かと思ってね…」
ハジメが眉を顰めて悠姫を見ている。悠姫が知っている坊ちゃまを軽く説明すると、信じられないものを見るような眼でドン引きしていた。
「そう言えば、ユエ殿のあの魔法も竜を模したものでしたな。詫びと言ってはなんですが、あれが竜であるとは、あまり知られぬがいいでしょう。竜人族は、教会からはよく思われていませんからな。まぁ、竜というより蛇という方が近いので大丈夫でしょうが」
「そうなのか?」
「ええ、人にも魔物にも成れる半端者。なのに恐ろしく強い。そして、どの神も信仰していなかった不信心者。これだけあれば、教会の権威主義者には面白くない存在というのも頷けるでしょう」
「なるほどな。というより、随分な言い様だけど、不信心者と思われないか?」
「私が信仰しているのは神であって、権威をかさに着る
「……いいね、根っからの商人だ。やっぱり貴方は、信用できる。どうか俺達の敵にならないでほしいな」
「肝に銘じておきます。
…それでは、なにか入用なら、我がユンケル商会をご利用ください。ご期待に沿えるよう尽力いたします」
そして、モットーは元の列へと戻っていった。
最初より好奇と嫉妬、そして値踏みの視線は遥かに増えていた。十中八九、面倒ごとに巻き込まれる。そう確信して、悠姫とハジメは深い溜息を吐いた。
グランセニック云々は深く考えてないです。
多分出てこないです。
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第三十四話 中立商業都市フューレンにて
中立商業都市フューレン
大陸一の規模を誇る商業都市。様々な業種が、日々しのぎを削っており、成功を収め巨額の富を得た者、逆に無一文になってフューレンを後にする者も少なくない。観光に訪れる者も含めれば、人の出入りの激しさも大陸一と言えるだろう。
フューレンはおよそ、都市の行政や手続関連の施設が集まっている中央区、娯楽施設が集まった観光区、武器防具はもちろん家具類などを生産、直販している職人区、あらゆる業種の店が並ぶ商業区の四つの区画に分かれている。
商隊と分かれてフューレンに入った悠姫達は、中央区にある冒険者ギルドに依頼完了の報告をし、ギルドに併設されているカフェテリアで軽食を取りながら、そんな話を案内人であるリシーという女性から聞いていた。
「――ですので、一先ず宿を取るのでしたら観光区をお勧めしますわ。中央区にも宿はありますが、働いている方向けの最低限の宿になっていますので、サービスは観光区とは比べ物になりません」
「なるほど、なら素直に観光区の宿にしとくか。どこがオススメなんだ?」
「お客様のご要望次第ですわ。様々な種類の宿が数多くございますから」
「それもそうか。なら、飯が美味くて、あと風呂があれば文句はない。立地とかは考慮しなくていい。あと、そうだな…」
「それなら、責任の所在が明確な場所がいい。なにか揉め事に巻き込まれたときに、完全な被害者なのに責任を吹っ掛けられても困るからな」
ハジメが言った最初の二つは良くある要望なので、リシーは条件に合う宿をリストアップしていくが、悠姫の言った責任の所在というところで「?」と首を傾げた。
「そうそう揉め事なんて起きないと思いますが…」
「普通ならそうかもしれないが、俺達は何かと目立つからな。観光区となればハメを外す奴は多いだろうし、商売根性逞しい奴とか、金に物を言わせて、ダメなら力や権力で、なんて奴も少なくないだろうからな」
「な、なるほど…それでしたら、警備が厳重な宿はいかがですか? そういうことに気を遣う方も多いですし、いい宿をご紹介できますが…」
「それでもいいけど、結局は警備員も人間だ、理性が敗けることだってある。それならこっちから物理的に沈めた方が早い」
「ぶ、物理的…な、なるほど…それで責任の所在を…」
ようやく意図を理解したリシー、そこにユエとシアが、混浴貸切やら大きいベッドやら要望を重ねていく。二人の追加要望の意図も理解して顔を赤くするが、さすが案内人をしているだけはあり、すぐさま条件に合う宿を頭に次々とリストアップしていった。
周囲の男達から嫉妬の視線や注目を受ける四人(悠姫は半ば濡れ衣)だが、その中により一層強い視線を感じた。特にユエとシアに対しては、ねっとりとした粘着質な視線だった。アイコンタクトをとった悠姫とハジメがその方向へ目を向けると、そこにいたのは護衛らしき男を連れた肥え太った男だった。
無駄な贅肉によって軽く三桁はいくであろう体格に、脂ぎった顔、豚鼻とベットリとした金髪。遠目でもわかるいい服から、それなりに高い身分なのだろうと推察できる。そのブタ男が、ユエとシアを濁った眼で見ていた。早速、面倒ごとが舞い込んだ。
悠姫とハジメが別の方を見ていることに気が付いたリシーが同じ方を見て、「げッ!」と営業スマイルも忘れている。
ブタ男は重たい体をゆっさりゆっさりと揺らしながら真っ直ぐ悠姫達に向かってくる。そして悠姫達のテーブルのすぐ傍までやって来ると、ニヤついた目でユエとシアをジロジロと見やり、シアの首輪を見て不快そうに目を細めた。そして、今まで一度も目を向けなかった悠姫とハジメに、さも今気がついたような素振りを見せると、これまた随分と傲慢な態度で一方的な要求をしてくる。
「お、おい、ガキ共。ひゃ、百万ルタやる。この兎を、わ、渡せ。それとそっちの金髪はわ、私の妾にしてやる。い、一緒に来い」
そう言ってブタ男がユエに手を伸ばしてくるが、その瞬間、ハジメから尋常ではない殺気が周囲に向かって放たれる。周囲のテーブルにいた者達は顔を青ざめさせて椅子からひっくり返り、後退りしながら必死にハジメから距離をとり始めた。
ブタ男に至っては「ひぃ!?」と情けない悲鳴を上げると尻餅をつき、後退ることも出来ずにその場で股間を濡らし始めた。
「行くぞ。場所を変えよう。ほら、あんたもだ」
「…え、え?」
ハジメが三人とリシーに声をかけて場所変える為に席を立つ。警告を含めて周囲へと放たれたハジメの〝威圧〟の対象から、ピンポイントにリシーだけを外していた。ハジメが〝威圧〟を解いて
「そ、そうだ、レガニド! そのクソガキを殺せ! わ、私を殺そうとしたのだ! 嬲り殺せぇ!」
「お、おい、レガニドって“黒”のレガニドか?」
「“暴風”のレガニド!? 何で、あんなヤツの護衛なんて……」
「金払じゃないか?“金好き”のレガニドだろ?」
そのレガニドと呼ばれた男だが、雇い主や周囲の声に一切反応せず、冷や汗を流しながら腰の長剣に手をかけていた。その視線の先には、席から立ちあがっただけでまだ一歩も動いていない悠姫がいた。悠姫もまた、視界の中心にレガニドを捉えていた。
(な、なんだこのガキ…あの眼帯のガキも大概だが、こいつの方がやべえ感じがする…)
「…抜かないのか?」
「ッアア!」
まるで感情が籠っていない悠姫の
すると、ユエが放った風刃が長剣を弾き飛ばし、一気に懐に潜り込んだシアの回し蹴りがレガニドに直撃し、周りのテーブルやイスを巻き込みながら吹き飛んだ。
「助けてくれてありがとう」
「…よく言う」
「私とユエさんがこうすること知ってたんですか?」
「いや? ただユエなら、守られるだけじゃないと周知させる、とか言いそうかなって」
「…むう…嵌められた」
「ま、まあ。これで手を出そうとする人が減ったと思えばいいじゃないですか」
三人がハッハッハと笑っていると、周りがざわめき始めた。ハジメがツカツカと歩き出したのだ。ギルド内にいる全員の視線がハジメに集まる。ハジメの行き先は……ブタ男のもとだった。
「ひぃ! く、来るなぁ! わ、私を誰だと思っている! プーム・ミンだぞ! ミン男爵家に逆らう気かぁ!」
「……地球の全ゆるキャラファンに謝れ、ブタが」
ハジメは、ブタ男の名前に地球の代表的なゆるキャラを思い浮かべ、盛大に顔をしかめると、尻餅を付いたままのブタ男の顔面を勢いよく踏みつけ――ようとしたところで、なにか考えて静かに足を降ろし、さっきの数段強い〝威圧〟をぶつけた。
「……ぴぎゅ」
ブタ男は可愛げの欠片もない悲鳴を出しながら、白目を向いて意識を失っていた。
再びギルドに静寂がやってきた。悠姫は一人怯えた表情をするリシーを見て、これ以上案内を頼もうとするのは酷だろうと思い、さてどうしようかと考えていた。
そこに、ギルド職員が駆けつけて話しかけてきた。
「あの、申し訳ありませんが、あちらで事情聴取にご協力願います」
なお、この時点で事が是非がどうなっているのかは火を見るより明らかではあった。権力を盾に女性二人を奪おうとした男爵。更には、ただ立っているだけの青ランク冒険者に対して、長剣を振り下ろそうとしていた黒ランク冒険者。それらは多くの人の眼に映っており、
この職員もそれは把握しているのだが、ギルド内で起きた問題は、当事者双方の言い分を聞いて公正に判断する、というのが規則であり、悠姫とハジメも冒険者故に従ってもらわないと困るというのがギルド側の言い分。それを咄嗟で思い出したからこそ、ハジメは踏み付けから〝威圧〟に変えていた。
これ以上に揉めても仕方がないかと、素直に事情聴取に従おうとしたところで、鋭い声が響いた。
「何をしているのです? これは一体、何事ですか?」
そちらを見てみれば、メガネを掛けた理知的な雰囲気を漂わせる細身の男性が厳しい目で悠姫達を見ていた。
「ドット秘書長! いいところに! これはですね……」
職員達がこれ幸いとドット秘書長と呼ばれた男のもとへ群がる。ドットは、職員達から話を聞き終わると、悠姫達に鋭い視線を向けた。
どうやら遅かったようで、余計に面倒な事が起こりそうだった。
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第三十五話 支部長の依頼
ドット秘書長と呼ばれた男は、片手の中指でクイッとメガネを押し上げると落ち着いた声音でハジメに話しかけた。
「話は大体聞かせてもらいました。証人も大勢いる事ですし嘘はないのでしょうね。やり過ぎな気もしますが……まぁ、死んでいませんし許容範囲としましょう。取り敢えず、彼らが目を覚まし一応の話を聞くまでは、フューレンに滞在はしてもらうとして、身元証明と連絡先を伺っておきたいのですが……それまで拒否されたりはしないでしょうね?」
「ああ、もちろん構わない。だが、連絡先は…まだ滞在先が決まってないんだよな…そっちで融通してくれるならお互いに手間が省けるんじゃないか?」
そう言いながらハジメはステータスプレートを差し出す。
「抜け目ないですね…ふむ、青ですか。向こうで伸びている彼は黒なんですがね…そちらの方達のステータスプレートはどうしました?」
そう言い、ドットは悠姫、ユエ、シアの三人に視線を向けた。
悠姫はステータスプレートを取り出し、ドットに手渡しながら話した。
「俺はこの通り持ってる。こっちの二人はステータスプレートは紛失してな、再発行はまだしていない。ほら、高いだろ?」
「しかし、身元は明確にしてもらわなッ…いと…。記録をとっておき、君達が頻繁にギルド内で問題を起こすようなら、加害者・被害者のどちらかに関係なくブラックリストに載せることになりますからね。よければギルドで立て替えますが?」
悠姫のステータスプレートを確認しながら、恐らく天職を見たのだろうドットは一瞬だけ驚いて詰まらせ、余計に警戒するような眼で悠姫を見ながら話した。
それでも、神子という教会に属するべき天職の悠姫を、警戒するだけで留めているのは、これまでに訳ありの冒険者を多く見てきたからなのだろう。
しかし、やはり身分証明は必要らしい。ユエとシアのステータスプレートを作成すれば解決するのだろうが、ここで作成すれば隠蔽前に固有魔法や神代魔法のことが発覚してしまう。そうなれば騒ぎになるのは避けられないし、ここまで異常な者達が一パーティとして集まっていれば、怪しさを通り越して異端の域に入ってしまう。そして騒ぎどころではなくなり……と、面倒ごとが絶えなくなる。
ハア…と溜息を吐いた悠姫は懐から一通の手紙を取り出して、ドットに手渡した。
「これは?」
「身分証明になるかは分からないが、とあるギルド職員から渡された手紙だ。厄介事に巻き込まれたら、ギルドのお偉いさんに渡しなって言われててな」
「知り合いのギルド職員、ですか? ……拝見します」
受け取ったドットは、丁寧に便箋から手紙を取り出し静かに読み始めた。最初は訝し気に呼んでいたドットだったが、徐々に目を皿のようにして、何度も繰り返して読み始めた。やがて、手紙を折りたたみ、丁寧に便箋に入れ直すと、コホンと悠姫達に向いた。
「この手紙が本当なら確かな身分証明になりますが……この手紙が差出人本人のものか私一人では少々判断が付きかねます。支部長に確認を取りますから少し別室で待っていてもらえますか? そうお時間は取らせません。十分、十五分くらいで済みます」
「その程度であれば構いません」
「ありがとうございます。職員に案内させます。それでは、また後で」
応接室に案内されて十数分、扉がノックされた。悠姫が返事をしてから一拍置いて、扉が開かれた。入ってきたのは、金髪をオールバックにした鋭い目付きの三十代後半くらいの男性と先ほどのドットだった。
「お待たせして申し訳ない。冒険者ギルド・フューレン支部支部長イルワ・チャングだ。ユウキ君、ハジメ君、ユエ君、シア君……でいいかな?」
「ええ、そうです。名前はあの手紙に?」
「その通りだ。先生の手紙に書いてあったのさ。随分と目をかけられている……というより注目されているようだね。将来有望、ただしトラブル体質なので、出来れば目をかけてやって欲しいという旨の内容だったよ」
「トラブル体質…まあ、確かにブルックではトラブル続きだったけど…」
「ああ、それと、別に王族と話しているわけじゃない、もっと軽く話してくれて構わない」
「……それじゃあ、遠慮なく」
“先生”などと呼ばれているキャサリンだが話を聞くと、キャサリンはかつて王都のギルド本部でギルドマスターの秘書長をしていたという。更に、教育係をしていたこともあるらしく、現在の支部長のおよそ半分はキャサリンの教え子らしい。
「はぁ~そんなにすごい人だったんですね~」
「……キャサリンすごい」
「只者じゃないとは思っていたが……思いっきり中枢の人間だったのか」
「まさかそこまで影響力が大きいとは…次にブルックに行くときは、何か手土産を用意した方がいいな…」
何故か脳裏にサムズアップをするキャサリンが浮かんでくる。ありがとう、キャサリン。
と、これで不要は疑いは解けたはずだ。
「まぁ、それはそれとして、身分の証明はできただろ? ならもう行っていいよな?」
「いや、少し待ってくれるかい?」
と、ハジメが言ったが、イルワはそれを引き留める。イルワが隣に立つドットから一枚の依頼書を受け取って、提示してきた。
「実は、君達の腕を見込んで、一つ依頼を受けて欲しいと思っている」
「………断ると言ったら?」
「終わったのは身分証明だけ。諍いに関しては別件だよ」
「……話を聞けば即開放。断れば面倒が増える、か……はあ…わかった、聞こう」
“依頼を受ければ”ではなく“話を聞けば”と言っているだけマシだろう。
四人は改めて座り直すと、イルワが話を始めた。
「ありがとう。さて、依頼内容だが、そこに書いてある通り、行方不明者の捜索だ。北の山脈地帯の調査依頼を受けた冒険者一行が予定を過ぎても戻ってこなかった。そのため、冒険者の一人の実家が捜索願を出した、というものだ」
イルワの話を纏めるとこうなる。
最近、北の山脈地帯で魔物の群れを見たという目撃例が何件か寄せられ、ギルドに調査依頼が来た。
北の山脈地帯は、一つ山を超えるとほとんど未開の地域となっており、大迷宮の魔物程ではないがそれなりに強力な魔物が出没するので高ランクの冒険者がこれを引き受けた。だが、この冒険者パーティーに本来のメンバー以外の人物がいささか強引に同行を申し込み、紆余曲折あって最終的に臨時パーティーを組むことになった。
その本来のメンバー以外の人物が、捜索依頼が出ている件の行方不明者、クデタ伯爵家の三男ウィル・クデタだ。
そして北野山脈地帯に行った結果戻ってこず、更には伯爵家の意向を受けてウィルの動向を監視していた監視員とすら連絡がつかなくなり、クデタ伯爵家は捜索依頼を出したと言う事だ。
「伯爵は、家の力で独自の捜索隊も出しているようだけど手数は多い方がいいと、ギルドにも捜索願を出した。つい、昨日のことだ。最初に調査依頼を引き受けたパーティーはかなりの手練でね、彼等に対処できない何かがあったとすれば、並みの冒険者じゃあ二次災害だ。最近だと、とある地方都市に未知の魔物が現れ、銀ランクパーティが敗走したという噂もある。相応以上の実力者に引き受けてもらわないといけない。だが、生憎とこの依頼を任せられる殆ど冒険者は出払っていてね。つい昨日、金ランクが一人受けてくれたけど、それだけだ。そこへ、君達がタイミングよく来たものだから、こうして依頼しているというわけだ」
「俺とハジメのランクは“青”、という言い訳は無理か」
「そうだね。さっき“黒”のレガニドを一撃で倒したばかりだからね。それだけで“黒”相当の実力はあると証明している。生存は絶望的だが、可能性はゼロではない。伯爵は個人的にも友人でね、できる限り早く捜索したいと考えている。どうかな。引き受けてはもらえないだろうか? 報酬は弾ませてもらうよ? 依頼書の金額はもちろんだが、私からも色をつけよう。ギルドランクの昇格もする。君達の実力なら一気に〝黒〟にしてもいい」
報酬としては明らかに破格だろう。しかし、通常の依頼という形にして考えれば、ランクが上がる
「却下だ。俺たちにとってメリットが薄い」
「なら、今後、ギルド関連で揉め事が起きたときは私が直接、君達の後ろ盾になるというのはどうかな? フューレンのギルド支部長の後ろ盾だ、ギルド内でも相当の影響力はあると自負しているよ? 君達は揉め事とは仲が良さそうだからね。悪くない報酬ではないかな?」
「……なぜそこまで、その坊ちゃんに肩入れする? 強引にパーティに同行して事故に遭ったというなら、はっきり言って自業自得だ」
「彼に……ウィルにあの依頼を薦めたのは私なんだ。調査依頼を引き受けたパーティーにも私が話を通した。異変の調査といっても、確かな実力のあるパーティーが一緒なら問題ないと思った。実害もまだ出ていなかったしね。ウィルは、貴族は肌に合わないと、昔から冒険者に憧れていてね……だが、その資質はなかった。だから、優れた冒険者と一緒に、そこそこ危険な場所へ行って、悟って欲しかった。ウィルに冒険者は無理だと。昔から私には懐いてくれていて……だからこそ、今回の依頼で諦めさせたかったのに……」
どうやら相当に切羽詰まっているらしい。金ランクが依頼を受けたと言っても、結局は一人。焼け石に水にしかならないだろう。悠姫はまたもや溜息を吐いて、指を二本立てながらイルワに言った。
「……条件、というより報酬の上乗せだ」
「…内容は?」
「一つ、ユエとシアのステータスプレートを作成、及びその内容の口外禁止。二つ、ギルド関連に関わらず、貴方のコネクションを全て使ってでも、俺達の要望に応え便宜を図ること」
一番の目的は、二人のステータスプレートだ。今回のように、二人を狙って面倒ごとが起きるのは確実だろう。その度に、身分証明の為に拘束されるのは避けたいところだ。
「何を要求する気かな?」
「そんなに気負わないでほしい。無茶な要求はしないさ。ただ俺達は少々、いや結構特殊だ。ほぼ確実に、教会に目をつけられると思うが、その時、伝手があった方が便利だと、そう思っただけだ。面倒事が起きた時に味方になってくれればいい。ほら、指名手配とかされても施設の利用を拒まないとか……」
「指名手配されるのが確実なのかい? ふむ、個人的にも君達の秘密が気になって来たな。キャサリン先生が気に入っているくらいだから悪い人間ではないと思うが……そう言えば、そちらのシア君は怪力、ユエ君は見たこともない魔法を使ったと報告があったな……ユウキ君はケイオスとの関わりも……その辺りが君達の秘密か…そして、それがいずれ教会に目を付けられる代物だと…大して隠していないことからすれば、最初から事を構えるのは覚悟の上ということか……そうなれば確かにどの町でも動きにくい……故に便宜をと……」
流石は大都市のギルド支部長。頭の回転は早い。イルワは、しばらく考え込んだあと、意を決したように悠姫に視線を合わせた。
「犯罪に加担するような倫理にもとる行為・要望には絶対に応えられない。君達が要望を伝える度に詳細を聞かせてもらい、私自身が判断する。だが、できる限り君達の味方になることは約束しよう……これ以上は譲歩できない。どうかな」
「十分だ。理性的な判断に感謝する」
「もしかして、誘導されたかな?」
「はは、まさか。実に健全な
「本当に、君達の秘密が気になってきたが……それは、依頼達成後の楽しみにしておこう。ユウキ君の言う通り、どんな形であれ、ウィル達の痕跡を見つけてもらいたい……ユウキ君、ハジメ君、ユエ君、シア君……宜しく頼む」
イルワは最後に真剣な眼差しで悠姫達を見つめた後、ゆっくり頭を下げた。大都市のギルド支部長が一冒険者達に頭を下げる。そうそう出来ることではない。キャサリンの教え子というだけあって、人の良さがにじみ出ている。
「ああ」
「あいよ」
「……ん」
「はいっ」
その後、支度金や北の山脈地帯の麓にある湖畔の町への紹介状、件の冒険者達が引き受けた調査依頼の資料を受け取った。最後に部屋を出る前に、ハジメは思い出したようにイルワに尋ねた。
「念のために聞いておきたいんだが、捜索依頼を受けたっていう金ランクは誰なんだ? 共有できる情報は共有しておきたい」
ハジメとしてはただの疑問だったのだろう。何かの拍子に、再び疑われても困る、という程度だ。しかし、それが兄妹を引き合わせる要因になるとは、誰も思っていなかっただろう。
「
次回、現場に集まる人たちのあれこれ回になると思います。
今章で出てくる黒竜さんなんですが、トータス出身ヒロインがいないということ、現状のパーティヒロイン事情を考慮して、悠姫のヒロインに変更します。それに伴い、性癖も目覚めなくなります。多分。ご注意ください。
なお、海人族の未亡人も検討中です。そうなると、娘は原作と比べると、しっかり者になると思いますが…
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第三十六話 湖畔に集いし者達
時を遡ること数日。とある湖畔の町ウルに向かっている数台の馬車があった。それは今現在、およそ三つに分裂している地球召喚組の一つ、農地改善・開拓組の馬車だった。
“農作師”畑山愛子を筆頭に、その
そして園部優花もまた、その一人だった。
園部優花は、あの日の事件以降、オルクス大迷宮に向かわず、王宮に残っている、所謂居残り組の一人だった。
もちろん、死という恐怖に怯えているのはあるし、ある一件が無ければ優花の心は折れていたままだっただろう。それでもオルクス大迷宮に行かないのは、“勇者”天之河光輝の事が信じられなくなった、ということが理由だ。
あの日、ユキ・ロスリックと南雲ハジメが奈落に落ちていった原因が、檜山大介というのは誰もが知っている。注意を無視してトラップに引っ掛かったこと、
それなのに、檜山は無罪として赦された。
挙句の果てには、あの二人が落ちたのは二人の責任、力不足だったとまで言い始めている。その二人に助けられて、私達は生き残ったというのに。
そしてその檜山は、仲間たちの為にという名目の元、香織の気を引くために勇者組の一人としてオルクス大迷宮に潜っている。
嫉妬から仲間を殺す檜山と一緒に戦うなどできるわけがないし、その檜山を
そういうこともあり、優花はオルクス大迷宮には行っていなかった。だが、ただ王宮に引きこもっていただけという訳ではない。時折、王宮の外の魔物と戦っているし、情報収集だって欠かしていない。
ただ、王宮に残って情報収集するにも限界を感じていた。そんな時に、畑山愛子先生、愛称「愛ちゃん先生」が各町村に行って農地開拓をするという話を聞いた。そして、神殿騎士からの護衛として愛子に同行し、今に至るという訳だった。
「――しっかし、意外だな」
「え? なにが?」
その日の野営で優花は、同じく同行している玉井淳史からそんなことを言われた。今この場に集まっているのは、愛子、優花、淳史、
「だって、園部が愛ちゃん先生と一緒に行く、なんて言い出すなんて思わなくてよ」
「あーそれは確かに。なんて言うか、
私達も…と心の中で呟いたのは妙子。
この場にいるメンバーの内、愛子と優花以外は、頑張って励まそうとする愛子に元気づけられて立ち上がっていた。だから、それより前に立ち上がり、でも勇者組に加わらなかった優花が気になったのだろう。
「それで、何かあったの?」
「……一回ね、雫と香織に聞いたことがあるの。なんでそんなに頑張れるんだって。そしたら――」
『ユキさんと再会するまでにずっと強くなるために』
「――って言ったの」
「ユキさんって…ロスリックさんだよね。でも…」
「うん。あの日に亡くなった。誰もがそう思ってたのに、あの二人は、全然そう思ってなかったの」
『あんなことで、あの人は絶対に死んだりしないよ。あの人を倒せるのは、たった一人だけ』
『どんなことがあっても、最後に“勝つ”のは、あの人なのよ』
羨ましかった。初対面の筈の人をそこまで信頼できることが。
眩しかった。必ずそうだと
だから――
「生きてるって、“勝つ”って二人みたいな事を言うのかなって思ったの。これまでの事を受け止めて、それでも上を向いて歩くことが、“勝つ”ってことなんだって。だから私も、せめて自分にできることを頑張ってみようと思っただけ」
「「「…………」」」
「…あ、あの、何か言って? 恥ずかしいんだけど」
急にシンとなって、優花はどんどん恥ずかしくなってきた。というか、自分で考えても恥ずかしくなってきた。無意識にポエムチックな告白をしていたという事実に、顔が茹蛸のように赤くなってくる。
「――ぅぅうう。感ッ動しました!!」
「ふぇ?! あ、愛ちゃん?!」
「そんなことを考えていたんですね! 私は、私は~ッ」
愛子が、お酒に酔ったように泣きながら優花に絡みついてくる。もちろんお酒なんて一滴も摂ってないし、アルコールだって全く摂取していない。完全に泣きすぎて我を失っているだけだった。
そうして夜は更け、日は変わり、また馬車に揺られ、そして数日後には湖畔の町ウルに到着した。
“農作師”の愛子を筆頭に、数日前のポエム告白で仲間内での株が上がり、「愛ちゃんをイケメン軍団から守る会」のリーダー的ポジションになった優花やその他生徒達の力によって農地開拓は順調に進んだ。
そして、事件は起きた。生徒の一人、清水幸利が失踪したのである。
大事な生徒が失踪したことで愛子は酷く取り乱し、農地開拓を放り出して捜索を始めた。優花もまた、あの日のような悲劇は繰り返さないと、大切な仲間を捜索した。その先で、思わぬ再開と、本気の化物に出会うことなど、誰も予想していなかった。
夜の帳が落ち、音が消えたように静けた深夜。
北の山脈、そこに流れる川の上流にある洞窟。そこには黒い竜が眠り更けており、その竜を囲むように数人の男や魔物が立っていた。
その一人、黒ローブを着た少年は隣に立つ、浅黒い幅の男に不安そうに問いかけた。
「ほ、本当に、大丈夫なんだよな?」
「ええ。真の勇者様である貴方様であれば決して不可能ではありません。それに、竜は一度眠ると中々目を覚ましませんし、より深い眠りに入るように睡眠系の魔法も使っています。存分にお力を発揮ください」
「そ、そうだ。俺は選ばれたんだ、俺が主人公なんだ……い、いくぞ」
そして黒ローブの少年は詠唱を唱え、黒い竜に魔法をかけ始めた。浅黒い男が少年を嘲笑するように見ていることに、当の少年は気づいていない。
その様子を冷めた目で見ていた別の男は、洞窟から出て夜空を見上げた。はだけた胸元に、冷たい夜風が直撃する。それに身悶えする様子などは一切なく、来たるべき未来へと熱い視線を送り――あと数日。
「さあ、会いに来たぜ、
光の亡者、ファヴニル・ダインスレイフは、
同じ北の山脈にある森に、遠くから甲高い笑い声をそのウサ耳で捉えていた、一人の筋肉粒々な男が居た。
いくら
「それでもよく聞こえるものだな、邪竜の笑いは」
特殊合金を用いた槍を担いで休憩する男はそう呟いた。それだけ特徴的なのか、単純に爆音なのか、聞こえていると錯覚しているのか。
だが、もし錯覚だとすれば、それはあの男がいる筈だと期待している証拠なのだろう。
「さあ、神に仇名す世界の敵にならんとする者達よ。その可能性を見せてくれ」
主君やその仲間たちの到来を待ちながら、「金」冒険者、ディルグ・ロートレクは不敵に笑った。
「神域」
それは人が認知することすらできない、文字通り神の領域。つまり、このトータスにおける唯一神、エヒトがいる領域でもある。
「――ふむ。なかなかに興味深いことになってきたか」
その神域に響き渡る、あらゆる生物が本能のままに跪くことを強いる、
「――ノイント」
「は」
主の命に現れたのは、銀髪碧眼の神秘的な雰囲気の美女。彼女こそが“真の神の使途”。ハジメ達のように、エヒトによって召喚され使途となった者達とは違い、使途として
「事は理解しているな? あの黒髪の男、
「主命、受諾いたしました」
エヒトからの主命を受け、ノイントは地上へと降り立ち
その様子を見ていたエヒトはくつくつと嗤いながら見ていた。
「ああ、排除して見せろよ。出来るものならば」
それは、
だが、エヒトはそのような未来を全く理解していない。それどころか、たった今自分が言ったことの意味すら分からず、更にはハジメ達とは別に
それはまるで痴呆のようで、
「全ては完全なる
今の言葉もまた、忘却の彼方へと消えていった。
そして、このトータスに刻まれる新たな神話の一ページが、幕を開けようとしていた。
邪竜おじさんには、本気で暴れてもらいます。
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第三十七話 湖畔の町での再会と小さな雷
広大な平原のど真ん中に、来たに向けて真っ直ぐ伸びる街道がある。街道と言っても、碌な整備も舗装もされておらず、馬車や人が何度も通ったことで雑草が剥げただけの、一種の畦道に過ぎない。
その街道を猛烈なスピードで駆け抜ける二頭の黒い鉄の馬、もとい二台の魔道二輪がいた。当然、悠姫達だ。
片方にはハジメが運転し、その前にユエ、後ろにシアが乗っている。そしてもう一方は悠姫が一人で乗っている。
大峡谷のように魔力が阻害されるようなことがないため、魔道二輪のスペックを存分に発揮し、時速八十キロ近いスピードで爆走している。
現在の位置は、依頼の捜索範囲である北の山脈に一番近い街まで、あと一日程度といったところ。休憩を挟まずに、このままノンストップで走らせれば、日没までにはその街に入れるだろう。その街で一晩過ごし、明朝から北の山脈へ向かって捜索を開始する予定になっていた。
「でも、意外ですね。悠姫さんなら兎も角、ハジメさんも積極的に行動するなんて」
シアが言う。これはあくまで依頼ではあるが、極論、ただの人助けだ。それも必ず生きて連れ戻せとも言われてない。どちらかといえばお人好しの部類に入る悠姫なら兎も角、ハジメが依頼に前向きに行動しているのが疑問に思ったのだろう。
「ああ、生きているに越したことはないからな。その方が、感じる恩はでかい。これから先、国やら教会やらとの面倒事は嫌ってくらい待ってそうだからな。盾は多いほうがいいだろう? いちいちまともに相手なんかしたくないし」
「……なるほど」
実際、イルワの影響力がどれほどなのかは分からない。そのため、盾としてどれほど機能するのかも分からないが、無いよりかはマシだろう。
だが、積極的なのはそれだけではなく、
「それに聞いたんだがな、これから行く町は湖畔の町で水源が豊かなんだと。そのせいか町の近郊は大陸一の稲作地帯なんだそうだ」
「……稲作?」
「おう、つまり米だ米。俺達の故郷、日本の主食だ。こっち来てから一度も食べてないからな。同じものかどうかは分からないが、早く行って食べてみたい」
トータスでの主食はパンが主流だ。もちろんパンがダメという訳ではないが、日本生まれ日本育ちの日本人であるハジメにとっては、米があるなら米を食べたいと思うのも自然だろう。そしてそれは、(一応)日本生まれの(一応)日本人の悠姫も同じだった。
「もしも売ってるなら、是非とも買い込んでおきたいな」
「……ん、私も食べたい……」
「出来るなら、レシピも知りたいですね」
食への期待を込めて、四人は街道を真っ直ぐ進んでいった。
ウルの表通りをトボトボと歩いているのは、召喚組唯一の教員、畑山愛子だ。普段の活気づいた様子はなりを潜め、今は、不安と心配に苛まれて陰鬱な雰囲気を漂わせている。その原因は、生徒の一人、清水幸利が失踪したからだった。
「はぁ、今日も手掛かりはなしですか……清水君、一体どこに行ってしまったんですか……」
「愛子、あまり気を落とすな。まだ、何も分かっていないんだ。無事という可能性は十分にある。お前が信じなくてどうするんだ」
「そうですよ、愛ちゃん先生。清水君の部屋だって荒らされた様子はなかったんです。自分で何処かに行った可能性だって高いんですよ? 悪い方にばかり考えないでください」
気を落とした愛子に声をかけたのは、愛子専属護衛隊隊長の神殿騎士デビッドと「愛ちゃんをイケメン軍団から守る会」、通称「愛ちゃん護衛隊」の園部優花だ。
愛子専属護衛隊とは、農地開拓のために各地を周る愛子の護衛として教会から派遣された、神殿騎士で構成された護衛隊のことだ。全員が非常に整った容姿を持っており、誰が見ても明らかなように、護衛と同じ以上にハニートラップ要因として集められている。だが、当の愛子は全く靡かないどころか、逆に護衛隊全員が愛子に墜とされているという、色々な意味で驚きの護衛隊だった。
ちなみに、「愛ちゃんをイケメン軍団から守る会」の「イケメン軍団」とは、主にこの神殿騎士達のことを言っている。
その両護衛隊は今も愛子の周りにいて、彼等も口々に愛子を気遣うような言葉をかけている。
清水幸利が失踪して既に二週間と少し。時には隣の町村にまで捜索範囲を広げてみたが、情報の欠片も入ってこない。だが、生徒達や騎士達はそれほど心配しているわけでもなかった。清水幸利は“闇術師”という天職を持っており、闇系魔法に特別才能を持っている。その他の系統魔法にも高い才能を持っているため、その辺のゴロツキ程度にやられることはないだろう。
「…皆さん、心配かけてごめんなさい。そうですよね。悩んでばかりいても解決しません。清水君は優秀な魔法使いです。きっと大丈夫。今は、無事を信じて出来ることをしましょう。取り敢えずは、本日の晩御飯です! お腹いっぱい食べて、明日に備えましょう!」
オーッ! と、握り拳を振り上げる。無理しているのは丸分かりだが、気合の入った掛け声に生徒達も「は~い」と素直に返事をする。騎士達は、その様子を微笑ましげに眺めた。そして、宿泊している高級宿“水妖精の宿”に向かっていった。
「えっ!? それって、もうこのニルシッシル(トータス版カレーライス)食べれないってことですか?」
「申し訳ありません。何分、材料不足なものでして…」
宿に帰った一行が食事時に聞いたのは、香辛料を使った料理は、今日限りというものだった。それには、カレー好きな優花が、悲痛な声を上げて一層驚いていた。
「いつもならこのような事がないように在庫を確保しているのですが……ここ一ヶ月ほど北山脈が不穏ということで採取に行くものが激減しております。つい先日も、調査に来た高ランク冒険者の一行が行方不明となりまして、ますます採取に行く者がいなくなりました。当店にも次にいつ入荷するかわかりかねる状況なのです」
「……不穏っていうのは具体的には?」
「何でも魔物の群れを見たとか……北山脈は山を越えなければ比較的安全な場所です。山を一つ越えるごとに強力な魔物がいるようですが、わざわざ山を越えてまでこちらには来ません。ですが、何人かの者がいるはずのない山向こうの魔物の群れを見たのだとか」
「それは、心配ですね……」
「しかし、その異変ももしかするともう直ぐ収まるかもしれませんよ」
「どういうことですか?」
「実は、今日のちょうど日の入り位に新規のお客様が宿泊にいらしたのですが、何でも先の冒険者方の捜索のため北山脈へ行かれるらしいのです。フューレンのギルド支部長様の指名依頼らしく、相当な実力者のようですね。もしかしたら、異変の原因も突き止めてくれるやもしれません」
愛子たちはピンと来ていない様だったが、騎士達はそれを聞いて感心したように声を漏らした。フューレンのギルド支部長というと、冒険者ギルドでも上級幹部クラスだ。その直々の指名がされるほどとなると、「黒」か「銀」、もしかしたら「金」の可能性が高い。そうなるとある程度は絞り込めるだろうと、騎士たちはあり得そうな人物をリストアップしていく。
すると、二階の方から若い男女の声が聞こえてきた。
「おや、噂をすれば。彼等ですよ。騎士様、彼等は明朝にはここを出るそうなので、もしお話になるのでしたら、今のうちがよろしいかと」
「そうか、わかった。しかし、随分と若い声だ。金に、こんな若い者がいたか?」
デビッドが疑問の声を上げると、徐々に男女の会話が聞き取れるようになってくる。
「もうっ、何度言えばわかるんですか。私を放置してユエさんと二人の世界を作るのは止めて下さいよぉ。ホント凄く虚しいんですよ、あれ。聞いてます?
「聞いてる、聞いてる。見るのが嫌なら一人別室にしたらいいじゃねぇか」
「んまっ! 聞きました? ユエさん。
「……
「まあまあ、若いんだから。もっと青春を謳歌しなさいよ」
「爺か。てか、肉体的には悠姫も十分若いだろ」
それを聞いた愛子の心臓がビクリと跳ね上がった。今、少女はなんといっていた? ハジメと言っていなかったか? それに少年の片方の声は、自分達が知る
反射的に愛子は駆け出し、その少年等と仕切っていたカーテンを勢いよく開けながら叫んでいた。
「南雲君?! ロスリックさん?!」
「………先生?」
「………畑山教諭?」
愛子の前に現れたのは眼帯をした白髪の少年と、中性的な見た目の黒髪の少年。記憶にある姿とは大きく変わっているが、白髪の少年は間違いなく生徒の一人、南雲ハジメだった。黒髪の少年も、自分達と同時に召喚されたユキ・ロスリックのように見える。
「………本当に…二人…何ですね…? 生きて、いたんですね……」
目に大粒の涙を浮かばせて、今にも号泣しそうになっている。いきなり名前を呼ばれたことで驚いていた二人も、自分達の知る人だと気づき、更に泣き出しそうな様子を見ると、すぐさま冷静に戻っていた。
「……誤魔化せると思うか?」
「…無理だろ、名前も読んだし…それにこの人、梃子でも動かないタイプじゃなかったか?」
「…ああ、そうだった…」
当の二人は、愛子から顔を逸らしてボソボソと相談していた。だがこうなってしまった以上、無かったことには出来ないだろうと、覚悟を決めて愛子たちに向き合った。
「…うん、まあ…久しぶりだな、先生」
「どうもお久しぶりです? いや、
ようやく帰ってきた返答は、愛子が最も期待したものだった。そう、愛子が知る南雲ハジメとユキ・ロスリック? ということが明らかになったのだ。そう思った愛子は、溜まった涙を滝のように流しながら、二人に抱き着きながら口を開いた。
「こ、こんなところで何をしているんですか? 何故、直ぐに皆のところへ戻らなかったんですか? それにその格好……何があったんですか? 答えなさい!」
愛子の怒声に、奥の方から生徒達や騎士達が駆けつけてくる。その生徒達は二人の顔を見ると、先の愛子のように硬直し、騎士達は愛する愛子が男二人に抱き着いている姿を見て硬直している。
さすがに騒ぎが大きくなってきたのか、野次馬が沢山集まってきた。下手に注目されているし、愛子には抱き着かれているため動けないし、だからと言って無理やり引きはがすわけにもいかないしと、ハジメと悠姫は困り果てていた。
「……離れて、二人が困ってる」
「な、何ですか、あなたは? 今、先生は二人と大事な話を……」
「……なら、少しは落ち着いて。いい年した女が男二人に抱き着いて、はしたない」
そこに急に割り込んできたユエに、反論するように愛子が声を上げるものの、最後の「はしたない」の一言で自分の状態を理解したのか、顔を真っ赤にして慌てながら二人から離れる。
ようやく自由になった二人は少し距離を取って、改めて愛子達に向き直した。
「すいません、取り乱しました。……やっぱり、生きていたんですね?」
「ああ、なんとか生きてるよ」
「よかった…よかった…」
愛子の後で見ていた生徒達も、「やっぱり南雲って…」「でも、ロスリックさんって、もっと…」と、状況を把握し始めていた。
その愛子や生徒達のことなど知らぬとばかりに、悠姫達四人は近くの席に着いてメニューを開いている。
「えっと、良いんですか? 元の世界のお知り合いでは?」
「ハジメにとってはそうだな。俺は召喚されてからだから、ユエとシアの方が付き合いは長いな。まあ、どうせ数日はウルに滞在するんだ。今すぐする話でもないだろう。……園部、何かおすすめはあるか?」
「えッ! そ、それならニルシッシルが…」
「ああ、たしかカレーライスみたいな奴か…じゃあニルシッシル、一つ」
「まあ、そうだな…………俺も同じで」
「……私も同じで」
「はぁ…あ、私も同じでお願いしま~す」
急に声を掛けられた優花は反射的にニルシッシルと答え、悠姫達もそれならとニルシッシル四人分を注文している。そこに当然のように、愛子が待ったをかける。
「二人とも、まだ話は終わっていませんよ。何を物凄く自然に注文しているんですか。大体、こちらの女性達はどちら様ですか?」
「悪いけど、こっちは依頼を受けて丸一日ノンストップでここに来たんだ。ご飯くらいゆっくり食べさせてくれ。それと、彼女たちは・・・」
「……ユエ」
「シアです」
「ハジメの女」「ハジメさんの女ですぅ!」
「お、女?」
「ふむ……ユキ・ロスリック改め、天津悠姫。ハジメの親友だ」
「し、親友?」
「そこは驚くなよ」
愛子が若干どもりながら「えっ? えっ?」とハジメと二人の美少女を交互に見る。後ろの生徒達も困惑したように顔を見合わせている。いや、男子生徒は「まさか!」と言った表情でユエとシアを忙しなく交互に見ている。
「おい、ユエはともかく、シア。お前は違うだろう?」
「そんなっ! 酷いですよハジメさん。私をこんな体にしたくせに!」
「……ハジメ、メッ!」
「いや、こんな体って、ユエも『南雲君?』……何だ、先生?」
そこに、シアの「こんな体にした」という言葉に愛子が反応し、声が一段階低くなる。ハジメが二人の美少女を両手に侍らして高笑いしている光景が再生されているようだった。表情がそれを物語っている。わなわなと震わせてから上げた顔には「非行に走る生徒を何としても正道に戻してみせる!」という決意に満ちていた。そして、“愛子の怒り”という小さい雷がウルに、“水妖精の宿”に落ちた。
「お、女の子に傷物にした挙句、ふ、二股なんて! すぐに帰ってこなかったのは、遊び歩いていたからなんですか! もしそうなら・・・許しません! ええ、先生は絶対許しませんよ! お説教です! そこに直りなさい、南雲君!」
子犬のようにきゃんきゃんと吠える愛子を尻目に、面倒な事になったとハジメは深い深い溜息を吐くのであった。なお、何故か標的から外れた悠姫は口を押えて、笑いそうになるのを堪えていた。
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第三十八話 愛子の悩み
愛子が散々吠えた後、他の客の目があるからということで、悠姫達はVIP席の方へ案内された。そこで、愛子や園部優花達生徒から怒涛の質問を投げかけられるが、神殿騎士達もいる手前、解放者や神の遊戯云々など言えるはずもない。そもそも、愛子達にそれを教える必要も今はない。その結果、
Q、橋から落ちた後、どうしたのか?
A、二人して生き残ることができたので、脱出する手段を探した結果、ハジメが左目と左腕を失いながらも、脱出することができた。
Q、なぜ白髪なのか
A、魔物の肉を食べたことによる、激痛とストレスの結果?
Q、ユキは何故若返っているのか
A、色々あった。だが、
(肉体を再構成するにあたって、地球召喚組との邂逅によって生じていた
Q、なぜ、直ぐに戻らなかったのか
A、オルクス大迷宮からの脱出した際に、他にやるべきことができた
Q、やるべきこととは?
A、言えない
Q、戻ってこないのか
A、戻るつもりはない
「おいお前! 愛子が聞いているのだ、真面目に答えんか!」
「大真面目だとも。そもそも、戻ってこないのか? 逆になんで戻ってくると思ってる?」
望む答えが返ってこなかったことで愛子が気を落とす様子をみて、デビッドが怒声を上げる。だが、悠姫達としては十分大真面目に答えたつもりだったし、戻ってこないのか、という質問に対し、悠姫はそのことを逆に愛子に聞き返す。
「なんでって…南雲君たちは仲間で…」
「俺達はその仲間に裏切られて、殺されかけて、今こうしてる。まさか、自分達を殺そうとした
「そんなこと思ってません!」
「そう言ってるのと同じだよ。…あの後に何があったか、当ててやろうか? 天之河は檜山を赦した。仲間だからとか、混乱してたとか、そういう言い訳を立てて、
「それは…合って、ます」
悠姫の言っている理屈は至極単純。
裏切り者は信用できない。その裏切りをよく分からない理屈で正当化しようとする者も信用できない。そして、そいつ等に付いていく者達も信用できない。そもそもだ、子供でも罪だと分かる
「呆れて何も言えん。罪を犯したならば裁かねばならん。それは何時の時代、どの国、どの世界だろうと変わらぬ真実だろうが。“勇者”の仲間だから? 混乱してた? だから何だよ。それに、そういう間違いを正すのが
悠姫の声に徐々に怒りが含まれていき、ハジメはその通りだと首を大きく縦に振っている。その様子に愛子達は委縮してしまう。それどころか、愛子は言外に教師失格だと言われてるようにも感じていた。そこでふと頭によぎり、悠姫はもしかしてと、愛子達にあることを聞いた。
「…まさかと思って聞くが、天之河達はまだオルクス大迷宮にいるのか?」
「え? は、はい。そう聞いてます。八重樫さんと白崎さんは、キリガクレさん達と冒険者として依頼を受けてたりしますけど…」
それを聞いた悠姫とハジメは絶句して、更に深い溜息を吐いた。
「…はぁ、呆れた。“勇者”なのに、まだ
「貴様! 無礼だろうが!」
「ちょっと、デビッドさん! ロスリックさん? 天津君? えっと、そんなことっていうのは…」
「天津でいい。まだオルクス大迷宮で
悠姫の言葉に、愛子達は頭に「?」と疑問を浮かべた。訓練するのは当然ではないのかと、全員が考えるが、
「皆の為に、誰かの為に、仲間の為に、世界の為に。ああ素晴らしいとも、まさしく勇者の言葉だ。で? 言うだけ言って、今は何やってる? 訓練?」
「訓練すると誰かの為になるのかよ? オルクス大迷宮を攻略すれば、世界は救われるのかよ? トータスの人間の十数倍のステータスを持っていて、最強の
そこでようやく、悠姫が何を言いたいのかが分かったようで、愛子達はハッとした表情で驚いていた。
「敵は魔人族で、悪なんだろ? その敵に立ち向かわず、訓練で迷宮に籠ってる奴の、何処が“勇ましい者”なんだよ。いい加減に気づけよ、矛盾してるだろ」
つまるところ、一体いつまで
さらに言えば、一方的に蹂躙できる魔物を相手に訓練したところで、大した経験にもなりはしないだろう。つまり、訓練という側面で見ても現状は非効率的としか言いようがない。もっとも、知っている範囲で強い魔物が、オルクス大迷宮にしかいないということもあるのだろうが。
改めて悠姫は深い溜息を吐いた。さっきから溜息しか吐いていない気がする、と思いながら、話は終わりだと食事を再開した。そして四人ともニルシッシルを食べ終えると席を立った。
「一応言っておくが、俺はあんたらのことはどうでもいいと思ってる。だからあの日のことも、これまでの事も、もう興味はないし恨んでもいない。ここには仕事に来ただけで、終わればまた旅に出る」
「…やっぱり、戻るつもりは」
「ない。それに俺は、俺達は、
つまり、このパーティの核となっている悠姫を説得できればどうにかできると思い、期待を込めた目で愛子達は悠姫を見る。
「……まあ、トータスに召喚されたのも何かの縁だ」
「?! それなら!」
「でも、俺の考えはさっき言った通りだ。それに、やるべきことができたとも言っている。俺達は俺達で行動する」
そしてそのまま四人は階段を上って、各自の部屋に戻っていった。地球召喚組の心には皆一様に悲しみと失意が沈み、それが晴れることはなく、その日はそのまま解散となった。
その日の深夜。皆が寝静まった頃、愛子は眠れずにいた。無論、夕食時の事だ。亡くなった筈の南雲ハジメと
そのままぼんやりと暖炉の火を見つめながら、いろいろと考えているのか百面相を浮かべていると、ふいに扉がコンコンと静かにノックされる。
「はッ、はい?!」
「先生、起きてるか?」
その音にハッとした愛子が声を上げると、ハジメの声が聞こえてくる。
「な、南雲君? こんな夜更けに一体…」
「ああ、悠姫も一緒だ。さすがに騎士達がいる手前、話せないことがあってな。とりあえず、開けてくれないか? 最悪、このままでも構わないが」
「は、はい。ちょっと、待ってください」
一瞬、夜分に女性の部屋を男が訪れるという意味を考え、顔を真っ赤にするが、すぐにその考えを消してドアに向かい、鍵を開けてドアを開ける。そこにはハジメと悠姫が立っていた。
「悪いな」
「夜分遅くに失礼」
「ど、どうぞ。…一体どうしたんですか? それに、こんな時間に女性の部屋を訪れるのは感心しませんよ?」
顔が赤くなっているままだったので、完全に虚勢を張っているのは明らかだったが、二人は何も言わずに中に入ってドアを閉めた。
「まあ、それはそうなんだがな。やるべきことについて話しておこうと思ってな」
「え、でも、二人は私達のことは…」
事情を話してくれるということに、もしかしたら戻ってきてくれるのでは、と期待を寄せるが、
「悪いけど、戻るつもりがないのは本当だ。でも、もう無関係だからはいさようなら、と言って切り捨てるほど、不義理を働くつもりもない。貴方に話すのは、あくまで一番冷静に受け止めてくれる相手だと判断したからだ。この話を聞いてどうするのかは、貴方に任せる」
そして、近くの席に座ると、ハジメと悠姫は話し始めた。
狂った神とその神の遊戯のこと。天津悠姫という人間のこと。かつて解放者と呼ばれた者達のこと。その解放者の中に悠姫のパートナーがいて、今も神山に眠っていること。
荒唐無稽としか言いようのないその話を聞き、愛子は再び呆然としてしまう。
「ふ、二人は、もしかして、その狂った神をどうにかしようと……旅を?」
「俺達はさっき言った通り、悠姫に着いていく。その先で狂った神が立ちはだかるなら、その狂った神もぶっ倒す」
「俺はガイアを迎えに行って神を、エヒトを倒す。それが託されたものとしての役目だし、地球に帰るための最善の近道だ」
つまり、戦うつもりなのだ、この二人は。“神”などという、人知の及ばぬ存在に。そして“勝つ”つもりなのだ。そう理解して、ようやく愛子は細々と絞り出した。
「…わ、私に、なにか、できることは、ないですか?」
畑山愛子は大人であり、教師である。そして愛子は“生徒の味方でいる”ことが最も教師として重要だと考えている。たとえハジメの姿と性格が変わってしまっても、愛子にとっては味方でなければならない生徒なのだ。そして悠姫も同じ。ハジメ達と同い年であり、ならば大人として擁護すべき子供なのだ。
しかし、今の自分では力不足であるということは俄然明確、でも指を咥えて待っているのは違うだろうと。
「……今はない。だけどいつか、貴方の力が必要になる。それまで待っててほしい」
「…わかり、ました」
そして、話すことは話したと二人は立ち上がり、部屋を出ようとドアへと向かった。
「――八重樫さんと白崎さんはッ!」
愛子が出した二人の名前に、悠姫は振り返らずに足を止めた。
「二人は、天津君と南雲君が生きていると信じて、強くなろうと努力してます。だから――」
「時期が来たら迎えに行く」
そして、悠姫は肩越しに顔だけ振り返った。慈愛、そして感謝、愛子はその目に、そんな想いを感じた。
「
「だからいつか改めて迎えに行く。その時に、この想いを告げるさ」
それだけ言って、今度こそ悠姫とハジメは部屋を出ていった。
部屋に残った愛子は暫く二人が出ていったドアを見ていたが、
「……よしッ!」
やるべきことは多い。まずは失踪した清水幸利の捜索、次いで農地改革。
そして、たった今知った世界の真実と、それに立ち向かう二人。今できることはなくても、いつか自分の力が必要になると言った。ならばその
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第三十九話 北の山脈地帯
夜明け。東の空がしらみ始めた頃、悠姫、ハジメ、ユエ、シアの四人は旅支度を終えて、ウルの町の北門に向かっていた。その北門から伸びる街道が北の山脈地帯に続いているのだ。馬で約一日程度であることを考えれば、魔道二輪で二、三時間で着くだろう。
そして四人が北門に着いた時、その門前に七人の人影、愛子と六人の生徒達が仁王立ちの如く立っていた。
「……大体想像はつくが一応聞こう。何の用だ?」
「私達も行きます。行方不明者の捜索ですよね? 人数は多いほうがいいです」
「却下だ。行きたきゃ勝手に行けばいい。が、一緒は断る」
「な、なぜですか?」
「単純に足の速さが違う。仮にも人命が掛かってんだ。遅い方に合わせて進んたら、ここ迄急いだ意味がない」
愛子達の後を見ると、七人分の馬が準備されているようだ。だが、四人の移動手段は時速八十キロで爆走する魔道二輪。普通の馬が着いてこられる速度ではない。おまけに、アーティファクトである魔道二輪は、生物である馬と違って疲れ知らずということもある。一日を二、三時間に短縮できる性能は伊達ではないのだ。
だが、当然七人はそんなことを知るはずもない。完全に拒絶されたと思ったのか、優花は怒って食って掛かろうとしたが、悠姫とハジメが“宝物庫”から魔道二輪を取り出すと、言葉を失ったようだった。
「これで分かったか? 文字通り、足の速さが違うんだよ」
そういうことで、と三人と一人が魔道二輪に乗るが、愛子がその前に立ちはだかった。愛子としては、何としても連れてってもらわなければならない理由がある。
一つは、昨晩の話しについて。悠姫達のやるべきことは聞いたし、何をするのかまでは一通りは聞いた。だから、それがどれだけ危険なことなのかも大体は見えてはくる。ただ、“先生”として本当に出来ることはないのか、もしあるなら、可能な限り力に成りたいから。
もう一つは、失踪している
大まかな理由を聞いたハジメは非常に嫌そうな顔をするが、一つ目の理由に関しては、自分たちが蒔いた種でもあることを考えると、一概に拒絶できない。話さなかったら話さなかったらで、余計に面倒事になったような気もするが…
もしここで断れば、あの神殿騎士も利用してこちらを探してくるかもしれない。そうなれば、早々に教会に目を付けられることになるだろう。覚悟はしていたが、さすがにそれは早い。
どうしたものかと、ハジメは悠姫を見た。悠姫は溜息を吐きながら、フューレンでイルワにしたように、指を四本立てて言った。
「……はあ…条件だ。一つ、こちらの指示には従うこと。文句や反対意見があろうと関係ない。二つ、最低限は自分の身は自分で守れ。仮にも召喚された神の使徒様だ。そこらの魔物にやられるようでは、そもそも護衛など務まらん。三つ、畑山教諭、話が終わったら道中寝てろ。寝不足で山登りなど、死にに行くようなものだ。最悪一時間でもいい。四つ、七人全員、このアーティファクトを着けてもらう」
化粧で誤魔化していた寝不足を見破られ、恥ずかしくなって顔を赤くするが、悠姫が取り出した七つの腕輪を見て首を傾げた。
それは、中心に
「えっと…これは?」
「分かりやすく言うと、発信機だ。その
なお、発信機としての機能の他に、遠隔操作可能な爆弾としても使用できることは、七人には黙っておく。
七人が腕輪を着けたことを確認すると、悠姫とハジメは魔道二輪を仕舞い、代わりに一台の魔道四輪を出した。アーティファクトが出たり消えたり、先ほどから七人の驚きの声は絶えていない。
「乗れ。余った奴は荷台だ。悠姫はどうする? 走るか? そっちの方が早いだろ」
「走らん。荷台に乗る。なにやら話したそうにしてるみたいだしな」
ハジメの茶化しに、苦笑しながら悠姫は優花を見る。そして、運転席にハジメ、隣に愛子、後部座席にユエ、シア、菅原妙子、残りが荷台に乗り、総十一名は北の山脈地帯に向けて出発した。
北の山脈地帯に向かって爆走している魔道四輪。その荷台に乗っている者達の間には、なんとも言えない空気が漂っていた。正確には、悠姫にどう接すればいいか分からない五人に漂っていた。それを察していた悠姫は、まずその要因だろう部分を解消しようと、口を開いた。
「とりあえず、改めて自己紹介でもしておこう。
俺の名前は天津悠姫。少し前までユキ・ロスリックと名乗っていた男だ。詳しくは話せないから暈させてもらうが、まあ色々あった。一応、君達と同時に召喚されたユキ・ロスリックと同一人物だと思ってもらって構わない」
突然の自己紹介に驚くが、
「天津悠姫って…テレビで聞いたことが…ほら、たしか飛行機事故で一人突然消えたっていう!」
「あ、俺も知ってる! 現代最大のミステリーとか言われてる、あの!」
「へえ…そんなに有名になってたのか…。その天津悠姫という認識で合っているぞ」
雫や香織から聞いていた以上に、その事件は有名だったようだ。まあ、空間災害が原因だった、など誰も考えないだろうし、他の乗客や機体が無事だったことを踏まえれば当然でもある。
「もしかして、異世界に召喚された、みたいな感じなんですか?」
「似たようなものだよ」
正確には未来に飛ばされた、ではあるが、大体は同じと見ていいだろう。そのような感じで、気楽に話してある程度笑いも増えてきたところで、本題だと悠姫が優花に話しかけた。
「言いたいことは纏まったか? 園部」
「え、えっと。はい」
突然話しかけられて驚いたが、今までの会話が緊張をほぐすためのものだったことに気が付いた。
「…お礼を言いたかったんです」
「…正直に身に覚えはないんだが」
優花はお礼と言うが、悠姫には優花からそのように言われる理由に覚えはなかった。
「ベヒモスが現れて慌ててた時に、トラウムソルジャーにやられそうになったところを助けてもらいました。それに、あの日にロスリックさんがいなかったら、私達は全滅してたかもしれません。だから、ありがとうございました」
頭を下げる優花に続いて、慌てるように他の四人も、ありがとうございました、と言いながら頭を下げた。ユキがいなければ全滅していたというのは、他四人も同じなのだ。悠姫はそれに慌てることはなく、合点がいったというように手を叩いた。
「ああ、そんなこともあったな。まあ気にすることはない、誰も死んではいないんだ。…俺も、ハジメも…」
最後の一言に肩をビクリと震わせて、五人は縮こまるように肩を窄めた。悠姫は五人を見て、逆効果だったかな? と笑っている。そして時間は過ぎ、北の山脈地帯に近づいていった。
北の山脈地帯。
それは一方では紅葉が広がり、別一方では緑が生い茂る。その奥では枯れ木が、と、様々な環境が混ざり合ったような不思議な場所だ。日本でいうところの、四季が全て広がっているような場所で、見方を変えれば、時期に関係なく様々な山の幸が採れるということでもあるだろう。
そんな場所を、ハジメが製作した鳥型無人偵察機を道標に十一人は進んでいた。それなりの実力がある冒険者達が行方不明になったというならば、上空からでも確認できる、戦闘などの痕跡が見つかる筈。故に、様々な方向へ偵察機を飛ばしつつ、ハイペースで山脈を上る。
それから、おおよそ一時間と少し。六合目に到着した悠姫達は、一度そこで立ち止まった。理由は、辺りに痕跡がないか調べる必要があったのと……
「はぁはぁ、きゅ、休憩ですか……けほっ、はぁはぁ」
「ぜぇー、ぜぇー、大丈夫ですか……愛ちゃん先生、ぜぇーぜぇー」
「うぇっぷ、もう休んでいいのか? はぁはぁ、いいよな? 休むぞ?」
「……ひゅぅーひゅぅー」
「ゲホゲホ、南雲達は化け物か……」
悠姫達四人を除いた七人の体力が限界だったため、休憩するためでもあった。隔絶したステータスの差が如実に表れているとも言える。とはいえ、非戦闘職の愛子でもトータス一般人の数倍のステータスを持つ。たとえ六合目まで登山してもここ迄息が切れることはない。これは、悠姫達の進行速度が速すぎたため、愛子達がほぼ全力疾走していたためだった。
川沿いの探索もするつもりだったからな、と七人が座り込むところを見つつ、悠姫達は愛子達に川の場所だけ教え、山道を逸れて先に四人で川に向かった。
その川は小川と呼ぶには規模が大きかった。索敵能力が高いシアが周囲を探り、ハジメが念の為無人偵察機を飛ばすが魔物の反応はない。取り敢えず息を抜いて、川岸の岩に腰掛けつつ、今後の捜索方針を話し合った。
その途中で、ユエが「少しだけ」と靴を脱いで川に足を浸けて楽しむというわがままをしたが、どちらにしろ愛子達が未だ来てすらいないので大目に見る。ついでにシアも便乗した。
「さて、これからどうする?」
「とりあえず上流に向かえば何かあるだろう」
「まあ、そうだな。わかりやすい痕跡でもあれば助かるんだがな」
「それなら、この上流に戦闘痕がある。冒険者たちの装備もそこに落ちてる。なんなら、下流の滝壺裏の洞窟でウィルの坊ちゃんが生きてるぞ」
「ッ! まじか! そんな情報知って…ん…なら、先…に…ッ?!」
絶望的だった捜索対象が生きていると知ったハジメは、恩が高く売れると喜んだものの、その情報を口にした
突然のことにユエとシアも驚くが、シアはそれ以上に、その人物の姿の方に驚いた。
そこで、ようやく愛子達も合流したが、ハジメが殺気を放ちながらドンナーを構えている様子に息を呑んだ。だが、一方で
川のせせらぎだけが一帯に響き、川岸の岩に腰を下ろしていた
「…ディルグ…兄さま?」
――デル・ハウリア。又はディルグ・ロートレク。
イルワ・チャングの依頼を受け、悠姫達より先行して山脈地帯に入っている、「不落」の異名を持つ「金」冒険者だった。
実際、アヤとミステルが携帯型セイファートで感応して、時速百キロでプラーガを駆け回ってる。
それなら、二人よりスペックが上で直線距離の場合、悠姫は時速百キロのよりも……あれ? なんでこの主人公乗り物に乗ってるんだ?
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第四十話 ウサミミの守護者と救助
「…ディルグ…兄さま?」
無意識に出たシアの問い掛けが、張りつめられた空間に響き渡る。その問い掛けに反応するように、川岸の岩から立ち上がった男はゆっくりとシアの方へと向き、返答した。
「…大きくなったな、シア」
「ッ! ディルグ兄さまッ!」
脱兎の如く駆けだしたシアは、泣きながらディルグに抱き着いた。シアに生き別れの兄がいると知っていたのは悠姫、ハジメ、ユエの三人だけ。昨晩会ったばかりの愛子達七人はそのことを知らないものの、兄妹と、大きくなったという言葉から大体の事情は察したのか、目元に涙を浮かべ鼻を啜っている。
気の抜けたハジメは、構えていたドンナーを降ろして、笑いを堪えて肩を震わせながら近づいてきた悠姫に、不満げな様子を一切隠すとことなく言った。
「…知ってたんなら、言ってくれても良かったんじゃねえか?」
「先に金ランクのディルグ・ロートレクが山脈地帯に入ってるのは聞いてただろ?」
「あー…そういやそうだったな…忘れてた。だけどまさか、気配を全く感じられないとは思わなかったけどな…」
「
「それを言われたら、俺は話しかけられるまで気が付かなかったんだけどな…」
泣いているシアの頭を撫でてなだめる様子は、まさしく兄妹だった。シアが泣き止むまで、それは続いた。
新たにディルグを加えて十二人になった一行は、川の上流を目指して歩いていた。ディルグが言った、ウィル・クデタがいるという滝壺は下流方面だが、先に戦闘痕を確認しておこうということだ。
その進行ペースは、最初のペースとは比べる必要がないほどにゆっくりだった。理由の一つは、愛子達の体力がそれほど回復していないこと。二つ目は、ウィル・デクタの生存、安全が確認されていること。故に、特別急ぐ必要性が無くなった。そして、
「――それで――ハジメさんが――ユエさんも――」
「ああ、そうか。シアはよく頑張ってるな」
兄妹の時間を確保するためだ。この捜索依頼が完遂すれば、悠姫達四人は【グリューエン大火山】に向かうことになっているし、ディルグは
普段からシアに当たりが強い(最近はユエのお願いもあって甘くなってきた)ハジメも、今回ばかりは見逃すかと、周囲の警戒と探索をしていた。
そして歩くことしばらく、ディルグの話しにあった戦闘痕と冒険者の装備が見つかった。無惨に散らされた剣や盾、鎧、そして激しさを物語る破壊の跡が広がっている。
「…これは…」
「…相当激しい戦闘…いや、一方的な蹂躙か…ディルグ、
「ない、な。正確には、俺が知る限りでは知らん。海の向こうや
「現実的ではない、か…」
そう言い、悠姫は
だが、そのような攻撃ができるような魔物は、ディルグが言った通りこの付近には存在していない。それどころか、地上に存在していることすら怪しい。
悠姫やハジメ、ユエに言わせるならば、裏オルクス大迷宮
と、視界の端に川岸に引っかかっている、光るものを見つけた。拾い上げてみると、それは少し古そうなロケットペンダントだった。中には美しい女性の写真が嵌っている。誰かの妻か恋人か、落ちていた場所から無関係ではないだろうと、回収した。
そして、遺留品を大体の回収したところで、下流の滝壺裏で既に生存を確認しているというウィル・クデタの元へ向かった。
いざ滝壺裏に着くと、そこには気絶するように横に倒れ、しかし体を冷やさないように上着のようなものを掛けられている青年を発見した。上に掛けたのはディルグだという。愛子達が心配そうに見る中、悠姫が青年の頬をペチペチと叩いて起こす。何度か行うと、ようやく意識を取り戻したようで、呻きながら目を開けた。
「ぅ…あ、あれ? ここは……」
「起きていきなりで悪いが質問だ。あんたはウィル・クデタか? クデタ伯爵家三男の」
「ぅわ! き、君たちは一体? どうしてここに……」
目覚めたら十二名もの男女に囲まれているのだ。驚くのも無理はないだろうが、これをはっきりさせなければ話は進まない。
「俺は天津悠姫。冒険者ギルドフューレン支部支部長イルワ・チャングの依頼を受けて、ウィル・クデタの捜索に来た。もう一度聞くぞ、あんたデタ伯爵家三男、ウィル・クデタか?」
「あ、は、はい! 私がウィル・クデタです! そうか…イルワさんが…また借りを作ってしまったな…」
それから、各々の自己紹介と、ウィルから何があったかを聞いた。話を纏めるとこうだ。
およそ五日前、五合目でブルタールという、オーガやオークのような魔物の群れに襲撃された。犠牲を出しながらもなんとか捌いていき、撤退していった先が、先ほど悠姫たちがいた六合目付近。そこで、今度は
つまり、あの抉られた跡は竜のブレスによるもので、冒険者達はあの場所で全滅してしまったのだろう。
ウィルは、話している内に、感情が高ぶったようですすり泣きを始めた。無理を言って同行したのに、冒険者のノウハウを嫌な顔一つせず教えてくれた面倒見のいい先輩冒険者達、そんな彼等の安否を確認することもせず、恐怖に震えてただ助けが来るのを待つことしか出来なかった情けない自分、救助が来たことで仲間が死んだのに安堵している最低な自分、様々な思いが駆け巡り涙となって溢れ出す。
「わ、わだじはさいでいだ。うぅ、みんなじんでしまったのに、何のやぐにもただない、ひっく、わたじだけ生き残っで……それを、ぐす……よろごんでる……わたじはっ!」
洞窟の中にウィルの慟哭が木霊する。誰も何も言えなかった。顔をぐしゃぐしゃにして、自分を責めるウィルに、どう声をかければいいのか見当がつかなかった。生徒達は悲痛そうな表情でウィルを見つめ、愛子はウィルの背中を優しくさする。ユエは何時もの無表情、シアは困ったような表情、ディルグは面倒くさそうな表情をしている。
が、ウィルの言葉が途切れ、泣き声だけが残った時、悠姫が四つん這いに蹲るウィルの前でしゃがみこんだ。
「…自己嫌悪は終わったか? もう行くぞ」
え? と誰かの呟きが漏れた。恐らく愛子達七人の誰かだろうが、少なくとも、悠姫なら元気づける言葉をかけると思っていたのか。当のウィルも、目を真っ赤にしながらキョトンとしながら顔を上げる。顔を上げたウィルの目に映ったのは、呆れたと言わんばかりの表情の悠姫だった。
「何だよその顔。別に手足が折れてるわけでもないだろ? ほら早く立て」
「あ、あの…天津君? ウィルさんは…」
ウィルの気持ちなど知ったことではないと急かす悠姫に、それはないだろうと愛子が口を挟む。
「後悔なら今じゃなくてもできる。今するべきなのは、ここを離れること。そして
「ッ! そんな、こと、は…」
「天津君! そんな言い方はッ!」
「事実だ。…まあ、そうだな。敢えて言うことがあるとすれば――」
遠回しにウィルのわがままで誰かが死んだと悠姫が言う。無論、その
「――生きろ。そして忘れるな。たとえ誇りを捨ててでも生きろ。その冒険者達の名前、共に過ごして学んだこと、その冒険者達が生きていたという軌跡を、たとえ誰が忘れてもお前だけは忘れるな。それが、お前にできる唯一の贖罪だ」
そして、その罪を
最後の一言を聞いた時、悠姫が抱える
それからしばらくして、ウィルも落ち着いたのかゆっくりと、だが確かな足どりで立ち上がる。日の入りまでおよそ一時間と少し、急いで下山すれば暮れには麓に辿り着けるだろう。
だが、事はそう簡単には進まない。滝壺から出てきた一行を熱烈に歓迎するものがいたからだ。
「グゥルルルル」
低い唸り声を上げ、漆黒の鱗で全身を覆い、翼をはためかせながら空中より金の眼で睥睨する……それはまさしく“竜”だった。
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第四十一話 黒き竜
その竜の体長は七メートル程。漆黒の鱗に全身を覆われ、長い前足には五本の鋭い爪がある。背中からは大きな翼が生えており、薄らと輝いて見えることから魔力で纏われているようだ。
そして、何よりも印象的なのはその瞳だった。爬虫類らしく縦に割れたその黄金に光る瞳からは、剣呑さと美しさが感じられる。その黄金の瞳が、空中より悠姫達を睥睨していた。低い唸り声が、黒竜の喉から漏れ出している。
蛇に睨まれた蛙のごとく、愛子達は硬直してしまっている。特に、ウィルは真っ青な顔でガタガタと震えて今にも崩れ落ちそうだ。脳裏に、襲われた時の事がフラッシュバックしているのだろう。
黒竜はその視界にウィルを捕らえると、キュゥワァアアアと言う不思議な音と立てながら、その口に魔力を収束させていく。上流の破壊痕や冒険者達を消し飛ばしたブレスだ。
「ッ! 退h、ッ! ハジメ、盾だ!」
「ッ! クソッ!」
悠姫が退避と叫ぼうとしたところで、後ろにいる愛子達を見て変更した。愛子と生徒達、そしてウィルの八人は、いまだに硬直から戻っていない。
ハジメが“念話”でユエとシアに指示しつつ、ハジメが“宝物庫”からハジメ製の大盾を取り出し、地面に固定して構えた。
そして、黒竜からレーザーの如き黒いブレスが放たれる。音すら置き去りにし、一瞬で大盾へと到達したブレスは、すさまじい圧力と轟音、熱波を出して、大盾を構えるハジメを押し返そうとする。
「ぐぅ! おぉおおお!!」
ハジメが雄叫びを上げながら耐える。しかし、黒竜の注意は完全にハジメ達に向いている。その隙に黒竜の真下から悠姫は飛び上がり、その無防備な腹に回し蹴りを叩き込んだ。
「グゥルァアアア!?」
突然の衝撃に驚いて黒竜はブレスを中断し、衝撃が来た方へ首を向ける。そこには、抜刀の体勢をとった悠姫が。
「シッ!」
そのまま黒竜の側頭部に音速を超えた抜刀を叩き込む。腹に喰らった衝撃よりも、更に強い一撃を頭部に入れられ、黒竜は叫びを上げる。しかし、その強固な竜鱗には、一筋の薄い傷しか入らない。
「〝禍天〟」
それでも、黒竜をその場に留め、他の者が攻撃する時間は確保できている。ユエが重力魔法〝禍天〟を黒竜の頭上に展開し、落下するように押しつぶすと、黒竜を地面に叩き落とした。黒竜は猛烈な勢いで地面に縫い付けられ、さらに強まる〝禍天〟によって、黒竜は地面に陥没していく。
「止め、ですぅッ!」
身動きが取れない黒竜の頭部に、シアが雄叫びを上げながらドリュッケンを振り下ろす。重力魔法を付与されたことで、更なる破壊力を得たドリュッケンの一撃は、まともに直撃すれば、致命傷に近いダメージを与えるだろう。
しかし、
「グルァアア!!」
自身を地面に縛り付ける重力の鎖を、黒竜は驚異的な膂力によって引き千切り、頭部へ振り下ろされていたドリュッケンを回避。同時に黒竜が展開した火炎弾をユエに向けて飛ばしつつ、地面に食い込んだドリュッケンを持ったシアの横腹に、高速で一回転することで勢いをつけた大質量の尾を叩き付けた。
「なッ!」
「あっぐぅ!!」
重力魔法で空中に浮いていたユエは、下に加重することで火炎弾を回避し、シアは引き抜いたドリュッケンの柄を盾にすることで、木々の向こうまで吹き飛ばされた。そして、再び口に魔力を収束し、抜刀しようとする眼前の悠姫に
悠姫が膝下を残して消し飛んだことを確認した黒竜は、その黄金の瞳はハジメを…素通りして、その奥のウィルに向けた。既に大盾は仕舞い、ドンナー・シュラークを構えている。
「な、南雲君! あ、天津君が!」
悠姫が消し飛んだところを目撃して、愛子や生徒達、ウィルがこれまで以上の悲鳴を上げている。彼らから見れば、たった今悠姫は死亡したようにしか見えないが、
「――無視、するな!」
――〝
「グルァアアア!!」
小さな斬傷も、何重にも重なれば大きな傷となる。先ほどから同一箇所に入れられた傷は、最後のダメ押しによって竜鱗を砕き、出血を引き起こした。
体制を整えるためか、黒竜は大きな翼を羽ばたかせて暴風を起こし、誰も近づけないようにしつつ後方に下がった。その黄金の瞳は、それでもウィルを中心に捉えている。
ここまでくると最早異常だ。堅牢な竜鱗すら砕くことができる
「…洗脳されているのか」
悠姫が出した結論は、この黒竜が何者かに洗脳されているということ。丁度、竜という強力な存在を洗脳できる
だが、逆に言えば、この竜の洗脳を解けば、その生徒に繋がる情報を手にできるかもしれない。竜も洗脳下でなければ、無暗に敵対することもないだろう。
「ディルグ、ユエはウィル達の護衛を」
「了解」
「…わかった」
「ハジメは中距離から俺の援護を頼む」
「おう」
先程から、生き返った悠姫の姿に愛子達が騒ぎ立てているが、それを一切無視して悠姫は黒竜へと突貫し、黒竜は再び口に魔力を収束する。
「何度も同じ手を、使わせるか!」
――〝
突貫と同時に展開した四つの
黒竜は魔力集束を中断し、空中に飛び上がりながら、
「グルァアアア!!」
わざわざ
――〝
黒竜の腹に叩き込まれた衝撃は、“衝撃操作”の
黒竜にとって、謎の攻撃で飛行能力を奪われた以上、目の前の
こうなれば最早ワンサイドゲームだ。表面が硬かろうとも、衝撃は無効化出来ないし、身体の内部を攻撃されれば、強靭な防御力も意味を成さない。更にはどの部位を攻撃しても、黒竜の全身を攻撃できる“衝撃操作”によって、悠姫はもう、攻撃をどこかに当てるだけでいい。仮に火炎弾を吐こうが、ブレスを吐こうが、この黒竜に悠姫は殺せない。
「す、すげえ…」
その光景を見ている玉井淳史が無意識に言葉を漏らす。それは愛子や他の生徒達、ウィルも同じで、七人全員がコクコクと首を縦に振って、一方的な戦闘に眼を離せずにいた。先ほど一度死んだという事実も合わせて、普通ならば“化物”と罵られ、忌避されたとしても全く不思議ではない。しかし、愛子と生徒達七人が感じるのは驚愕であり、ウィルにいたっては、一種の憧憬を感じている。
そして、決着は訪れた。所々、竜鱗は砕け、全身から血を流す黒竜は、その巨体を地に伏せた。
「ッ! や、やった!」
「な、待て! 行くな、バカか!」
ウィルが喜んで立ち上がり、黒竜に近づこうと走り出した。咄嗟にディルグが制止しようとするも手が届かず、黒竜に向けて走っていく。
「グゥガァアアアア!!!」
「ひッ!」
それを見た黒竜が、最後の足掻きと言わんばかりに咆哮を上げながら全身から魔力を放出、それによって悠姫を吹き飛ばすと、黒竜はウィル目掛けて爆進する。ウィルはその黒竜に驚いて腰を抜かして、倒れ込んでいる。
「シア!」
「今度は、外しません!!!」
いつの間にか戻ってきていたシアが、今度こそとドリュッケンを振り上げる。そしてその超威力の一撃を、黒竜の頭部に叩き込んだ。その衝撃で黒竜は、頭部を地面にめり込ませ、突進の勢いそのままに半ば倒立でもするように下半身を浮き上がらせ逆さまになると、一瞬の停滞のあと、ゆっくりと地響きを立てながら倒れ込んだ。
それから約一分後、黒竜は意識を取り戻した。これで洗脳が解けていなかったならば仕方がない、ウィルを狙ってウルに来られては困るため、止むを得ないがここで仕留める必要があるが――
『…ぬぅ…うぅ……ここ…は? わ、妾は…一体何を……?』
――理解できる言語を話し始めた。
これには思わず、悠姫やハジメも硬直した。オロオロという雰囲気を出す黒竜と、硬直して誰も動かない中、ユエがハッと気づいた様に口を開いた。
「……もしかして、竜人族?」
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第四十二話 竜と人と邂逅と
「……もしかして、竜人族?」
『ぬ? いかにも……妾は竜人族の一人じゃ』
ユエがポツリと呟いた。
竜人族。このトータスで、五百年以上前に滅びたとされる種族だ。しかも、竜人族の
「……なぜ、こんなところに?」
「確かに、滅んだはずの竜人族が何故こんなところで、しかも洗脳までされて、一介の冒険者を襲っていたのか…教えてほしいところだな」
『う、うむ。そうじゃな……』
ユエとしては自分と同じ、滅んだとされる種族として気になるのだろう。
すると、黒竜を黒い魔力の光が繭のように包み込む。その繭が小さくなっていき、人間一人程度になると始めるように魔力が霧散した。
そこには、黒髪金眼の美女がいた。腰まで伸びる艶やかなストレートの黒髪、見た目は二十代前半くらいで、身長は百七十センチ近くあるだろう。黒い着物を身に纏い、見事なプロポーションを誇っている。胸部のそれはシアを越えている。
黒竜の正体は、黒髪金眼の巨○美女だった、という事実に、思春期真っ只中の男子生徒三人は腰を引いて前屈みになる。それによって女子生徒の男子生徒を見る眼が、汚物を見るような眼に変わる。
その着物から覗く腕や顔に、小さい痣を確認した悠姫は、女性に神水を手渡して飲ませつつ、女性が落ち着くのを待った。
「おお…傷が癒え、魔力も回復しておる…何から何まで、感謝するぞ。妾の名は、ティオ・クラルス。最後の竜人族、クラルス族の一人じゃ」
そして、ティオと名乗った女性は話し始めた。
ティオを含む竜人族は、とある隠れ里でひっそりと暮らしていた。だがある日、魔力感知に長けた竜人族が、世界単位の召喚魔法の発動を感じ取った。それが、ハジメ達が地球から召喚された日だ。ティオは、その調査の為に隠れ里から出て来たらしい。
そして、市井に紛れて調査を行う目に休息を取ろうと、とある洞窟で竜の姿で寝たのだという。その寝ているときに、黒いローブを着た男が現れて、一日かけて洗脳や暗示といった闇系魔法を駆使して、ティオを洗脳したということらしい。さらにティオが言うには、そのローブの男の隣に、魔人族の男と、別の人間族らしき男の姿もあったという。
「恐ろしい男じゃった。闇系統の魔法に関しては天才と言っていいレベルじゃろうな。そんな男に丸一日かけて間断なく魔法を行使されたのじゃ。いくら妾と言えど、流石に耐えられんかった……」
「…それはつまり、調査に来ておいて丸一日、魔法が掛けられているのにも気づかないくらい爆睡していたって事じゃないのか?」
全員の目が、何となくバカを見るような呆れた目になる。ティオは視線を明後日の方向に向け、何事もなかったように話を続けた。ちなみに、なぜ丸一日かけたと知っているのかというと、洗脳が完了した後も意識自体はあるし記憶も残るところ、本人が「丸一日もかかるなんて……」と愚痴を零していたのを聞いていたからだ。
そして、山脈の向こう側の魔物の洗脳を手伝わされていたらしいのだが、その時に山の調査に来ていたウィル達と遭遇、目撃者を消せとの命令を受けてウィル達を襲撃、先ほどの戦闘中も命令に従う形でウィルを常に狙っていた。
そして、気が付けば悠姫達にボロボロにされ、最後のシアの一撃で意識が覚醒した、ということらしい。
「……ふざけるな、操られていたから……ゲイルさんを、ナバルさんを、レントさんを、ワスリーさんをクルトさんを! 殺したのは仕方ないとでも言うつもりかっ!」
「………」
ウィルはティオの話を聞いて、怒りに震えていた。どうやら、状況的に余裕が出来たせいか冒険者達を殺されたことへの怒りが湧き上がったらしい。激昂してティオへ怒声を上げる。そのティオも、ウィルの怒声を静かに受け止めていた。
「大体、今の話だって、本当かどうかなんてわからないだろう! 大方、死にたくなくて適当にでっち上げたに決まってる!」
「……今話したのは真実じゃ。竜人族の誇りにかけて嘘偽りではない」
その言葉にウィルが反論しようとした瞬間、ユエが口を開く。
「……きっと、嘘じゃない」
「ッ、一体何の根拠があってそんな事を……」
食ってかかるウィルを一瞥すると、ユエはティオを見つめながらぽつぽつと語る。
「……竜人族は高潔で清廉。私は皆よりずっと昔を生きた。竜人族の伝説も、より身近なもの。彼女は“己の誇りにかけて”と言った。なら、きっと嘘じゃない。それに……嘘つきの目がどういうものか私はよく知っている」
ユエはかつて、孤高の王女として祭り上げられていた。だがその実、ユエの周りには“嘘”が溢れていたのだろう。最も身近にいた者達ですら、ユエのいう“嘘つき”であり、その嘘から眼を逸らし続けてきた結果が、封印されるという“裏切り”だったのだ。
「ふむ、この時代にも竜人族のあり方を知るものが未だいたとは……いや、昔と言ったかの?」
「……ん。私は、吸血鬼族の生き残り。三百年前は、よく王族のあり方の見本に竜人族の話を聞かされた」
「何と、吸血鬼族の……しかも三百年とは……なるほど死んだと聞いていたが、主がかつての吸血姫か。確か名は……」
「……今はユエと名乗ってる。そっちを使ってくれると……今は嬉しい」
だが、それでもウィルにとって親切にしてくれた、先輩冒険者達の無念を思い言葉を零してしまう。
「……それでも、殺した事に変わりないじゃないですか……どうしようもなかったってわかってはいますけど……それでもっ! ゲイルさんは、この仕事が終わったらプロポーズするんだって……彼らの無念はどうすれば……」
頭ではその言葉が嘘でないと理解している。しかし、だからと言って責めずにはいられない。心が納得しない。ハジメは内心、「また、見事なフラグを立てたもんだな」と変に感心している。そこに、今まで黙っていたディルグが口を挟んだ。
「貴様、俺達冒険者を馬鹿にするのか? 武器を持たぬ一市民が襲撃を受けて死亡した。それならばその怒りは正当だ、認めよう。だが、これは違うだろう。常に死と隣り合わせの冒険者が、“魔物の群れの調査”という依頼を受けた。ならばその死は、その冒険者の責任だ。操られたという事実があろうがなかろうが、それは変わらん」
ウィルが悔しそうに俯いた。イルワは、ウィルには冒険者としての素質がないと言っていた。その理由の一つは、このように人の死を割り切れないという側面もあるのだろう。
「で、でも! もう一度洗脳されたら!」
「そんなに心配なら今ここで、
今度は悠姫が言った。そして、その言葉にウィルは絶句する。出来るわけがない、ではなく、
「それが出来ないなら黙っていろ。誰かを殺める覚悟の無い奴が、殺す殺されるなど口にするな」
そして今度こそ、ウィルはその口を閉じた。
「操られていたとはいえ、妾が罪なき人々の尊き命を摘み取ってしまったのは事実。償えというなら、大人しく裁きを受けよう。だが、それには今しばらく猶予をくれまいか。せめて、あの危険な男を止めるまで。あの男は、魔物の大群を作ろうとしておる。竜人族は大陸の運命に干渉せぬと掟を立てたが、今回は妾の責任もある。放置はできんのじゃ……勝手は重々承知しておる。だが、どうかこの場は見逃してくれんか」
魔物の大群、というティオの言葉に全員が驚く。
ティオが言うには、ティオを洗脳したローブの男は、群れのリーダーの魔物を洗脳して支配下に置き、そのリーダーに従う形で多数の魔物が着いてくる。その結果として三、四千の魔物が実質的な支配下にあるという。さらには、ローブの男は、「これで自分は勇者より上だ」などと口にしていたという。
闇系魔法に天才的な力を持つ、“勇者”に執着する男。ここまでくれば、愛子達もローブの男が誰なのか、察したのだろう。現在失踪しているという
そこに、先ほどから無人偵察機を飛ばしていたハジメから、新たな一報が入る。
「…見つけたが…三、四千なんてものじゃない。桁が一つ追加される規模だぞ」
ハジメの報告に全員が目を見開く。しかも、どうやら既に進軍を開始しているらしい。方角は間違いなくウルの町がある方向。このまま行けば、半日もしない内に山を下り、一日あれば町に到達するだろう。
「は、早く町に知らせないと! 避難させて、王都から救援を呼んで……それから、それから……」
事態の深刻さに、愛子が混乱しながらも必死にすべきことを言葉に出して整理しようとする。いくら何でも数万の魔物の群れが相手では、通常の数倍のステータスとはいえトラウマ抱えた生徒達と戦闘経験がほとんどない愛子、駆け出し冒険者のウィルでは相手どころか障害物にもならない。
と、皆が動揺している中、ふとウィルが呟くように尋ねた。
「あの、ユウキ殿達なら何とか出来るのでは……」
その言葉で、全員が一斉に悠姫の方を見る。その瞳は、もしかしたらという期待の色に染まっていた。しかし、これはそんな単純な問題ではないのだ。
「可能か不可能かでいえば、可能だ。ただし、その魔物たちが、さっきのティオと同じように洗脳されているのだとすれば、俺達を気に留めず町に向かう可能性は高い。だったら、急いで町に戻る方がいい」
そんな中、思いつめたような表情の愛子がハジメに問い掛けた。
「南雲君、黒いローブの男というのは見つかりませんか?」
「ん? いや、さっきから群れをチェックしているんだが、それらしき人影はないな」
愛子は、ハジメの言葉に、また俯いてしまう。そして、ポツリと、ここに残って黒いローブの男が現在の行方不明の清水幸利なのかどうかを確かめたいと言い出した。しかし、現状で数万の魔物がいるというのに愛子を残していくこのなどできるはずがない。当然、生徒達は猛反発するが愛子はなかなか首を縦に振らない。
「畑山教諭、戦う力を持たないあなたがここに残ったところで、無駄死にになる」
「それは分かっています!」
「いいや分かっていない。生徒を大切に想うのは素晴らしいことだ。だが、今も七人の生徒が着いてきてる。その生徒達もここで死ぬことになるんだよ。無意味に死体を増やすな。そういうのは、
悠姫の視線に反応して、ディルグがコクリと頷く。今生でのディルグは兎人族、気配を読み取ることに関しては、亜人族の中でもトップクラスだ。しかも、金ランクとして活動できるほどの高い実力も持つ。
「まぁ、ユウキ殿の言う通りじゃな。あれだけの魔物を迎え撃つにも準備がいる。まずは町に危急を知らせるのが最優先じゃろ」
ティオの言葉が後押しになり、一行は急いで下山することになった。
山の麓まで走って下山していた。ディルグはその途中で別れ、ローブの男を確保するべく、山を駆け回っている。ステータスの差で一番足が遅いウィルを悠姫が抱えているが、悪寒を感じた悠姫はウィルをハジメに
「ッ! すまんハジメ!」
「はッ?!」
「うわぁ!?」
ハジメがウィルを受けとめることも確認せずに、悠姫は勢いを殺すことなく左に飛んだ。全員が驚いて足を止め、悠姫の方を見ると――――たった今、悠姫がいた場所に剣鱗が生えてきた。
そして、甲高い
「アアアアアアァァ、ハハハハハハハハハハッーー!」
悠姫は太刀を抜き、上から降ってきた
「もう我慢ならねえ! さあ、
野生の邪竜が現れた!
→たたかう
たたかう
たたかう
たたかう
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第四十三話 ハジメの決意
平原を、魔道四輪と魔道二輪が爆速で駆け抜ける。本来ならば〝錬成〟による整地機能があるのだが、〝錬成〟が速度に追い付かず、魔道四輪の荷台に乗っている生徒達はリアルシェイクを味わっている。その魔道四輪に悠姫の姿は見当たらず、魔道二輪はシアが運転し、その後ろにティオが乗っている。
そう、今もなお、悠姫は襲撃者ダインスレイフと戦っている。
「な、南雲君。本当に天津君を置いてきてしまっていいんですか?」
「いいも何も、俺達が残ってたらむしろ邪魔になる」
ファヴニル・ダインスレイフ、傭兵団「ファヴニル」の首領。聞いていた以上に危険な男だということは、一目見て直ぐに理解した。光の奴隷、最強の
その時、ハジメの脳裏に、悠姫の声が響いてきた。
『聞こえるか?』
「ッ! 悠姫か?!」
「…今どこ?」
「え? 天津君?」
ユエは聞こえているらしいが、愛子には聞こえていないらしい。窓の外を見ると、魔道二輪で並走しているシアとティオも驚いている様子から、ハジメ、ユエ、シア、ティオの四人にだけ聞こえているようだ。
『まだダインスレイフと交戦中、だッ!』
『おいおい、一体誰と話してるんだよ? 俺達の逢瀬に、部外者は必要ねえだろッ!』
チッ! と悠姫の舌打ちと、激しい剣戟が聴こえてくる。悠姫とダインスレイフの戦場は、既に山脈の奥地へと移行している。
『悪いが手短にいくぞ、これからの事だ』
『依頼を完遂しつつ俺達が自由に動くには、この場を丸く収めるしかない。そしてそのためには、あの数万の魔物を殲滅する必要がある』
ウィルに言った通り、決して不可能ではない。あくまで総数が数万なのであり、その全てが洗脳されているという訳ではないのだ。洗脳されているのは群れの頭であり、その頭が倒されれば、その群れは崩壊する。
だが、魔物の大群を殲滅したところで、丸く収まるとは思えない。異常な戦闘力を保有する異端者として、教会に指名手配されるだろう。それ自体は覚悟していることだが、今はまだ早すぎる。
その考えを読んだのか、悠姫はハジメにあることを教えた。
『畑山教諭のことなんだが、園部達が言うには最近、民衆に“豊穣の女神”と呼ばれてるらしいぞ?』
ハッと、悠姫の言いたいことを理解したハジメは、助手席に座る愛子をちらりと見た。愛子はハジメが見てきたことに気が付いて、「?」とかわいらしく首を傾げている。
“農作師”である彼女の
『畑山教諭には悪いが、大切な生徒のためだ。存分に利用させてもらうとしよう』
だが――
ウルに到着すると同時に、ウィルと愛子達は足をもつれさせる勢いで、魔物の大群について報告すべく役場へ駆けていった。
ハジメは愛子達をすぐに追いかけることをせず、これからのことを考えていた。それは、最後に悠姫が言ったことについてだった。
『だが、ウルをどうするのかはハジメに任せる。どのみち、
『別にウルを見捨ててもいい。茨の道に入るのは覚悟の内だろう』
『俺達は仲間だ。どんな“選択”をしても、俺達はそれを尊重する』
正直に、ハジメにとって、この町がどうなろうと知ったことでない。せっかくの米がもったいない、という程度は思うが、大きな面倒になるくらいなら仕方がない。
ここで“選択”を間違えたら、取り返しのつかないことになる気がする。
ハジメは瞑想するように眼を閉じて、一回、深呼吸をして心を落ち着かせた。
それから少しして、愛子達を追いかけて役所に入ったハジメ達が見たのは、ウルのギルド支部長や町の幹部、教会の司祭達が集まって、愛子達に詰め寄る様子だった。皆一様に、信じられない、信じたくないという表情をしている。
それもそうだろう。数万もの魔物の大群が町に迫ってきている、明日にはこの町は滅ぶのだ。などと言われて、それを正直に信じる者など普通はいない。しかし、それを言ってきた者が“神の使途”で“豊穣の女神”である愛子ならば話は別だ。さらに、魔人族が魔物を操るという情報まで出てきている最近においては、無視できることではない。
そんな中、ハジメ達が来たことに気が付いたようで、ウィルがハジメに詰め寄った。
「ハ、ハジメ殿! 今この方たちに説明を――」
「んなことしてる時間はねえだろうが。隅っこでおとなしくしてろ」
ウィルの話をバッサリと斬ると、ハジメは愛子の元へ真っ直ぐに歩いていった。それに気付いた愛子は、覚悟を決めた表情でハジメと相対する。二人の様子に、周りの騒めきも自然と治まり、その場の全員が二人に注目している。そして、周囲にも聞こえるようにハジメが先に話し始めた。
「俺達は、あの魔物を殲滅することができる」
再び周囲が騒めきだす。何を言っているのだ、という疑惑の視線がハジメに刺さるが、当のハジメも、相対する愛子も、それに一切の反応を出さず、愛子は答えるように口を開いた。
「……戦って、くれるのですか?」
「先に仲間が戦ってるからな。だが、この町を守るかどうかは、先生しだいだ」
そして一拍置いて、
「昨日言った通り、俺はあんた達のことはどうでもいい。この町なんざ捨てて、すぐに悠姫を助けに行って、フューレンまでウィルを連れてくことだって考えた」
「だけど、本当にそれでいいのかとも考えた。どこまでも自分達を優先して、
そのあいつ等が誰のことを言っているのか、生徒達はすぐに察した。オタクと蔑まれ、無能と罵られ、そして裏切られた。その実行犯が誰なのかを知らない生徒は、一人もいない。
「それに、地球に帰ることが出来ても、そんな生き方は通用しない。父さんに、母さんに、胸を張って“帰ってきた”なんて言えるわけがない」
大切な者以外を切り捨て続けるその生き方が、地球に戻っても通用するわけがない。そこに居場所などあるはずがなく、その先ではハジメだけでなく、ユエ達にも幸せをもたらさない。
ならば、“神の使途”として教会の走狗として振舞うのが正解なのか?
「でも、もう裏切られるのは二度とごめんだ! 体のいい道具みたいに使われて、理不尽に捨てられるのも嫌なんだよ!」
ハジメは怒りを込めて咆哮した。無意識に溢れた〝威圧〟が、その場の全員を襲う。誰もが、腰を抜かして倒れたり、怯えた表情で後ずさりする中、少し顔を青くしながらも、愛子はハジメの顔をじっと見据えている。
「だから
それでも、不条理に苦しむ誰かの涙を、見捨てる外道には墜ちたくない。本当に助けられる命なら、助けたい。あの日、
そこで愛子が口を開く。先ほどと同じ覚悟を決めた、だが女神の如く優しい目でハジメを見つめている。
「――それでも、私は南雲君の“先生”です」
先生の役目は、生徒の道を決めることではない。生徒が幸せになれる道へ進めるように
「だから、南雲君がどんな“選択”をしても、先生はそれを尊重します」
「……たとえ、俺が血と罪に濡れてもか?」
「当然です!」
一瞬の躊躇いもなく愛子は即答した。
ハジメはユエとシアの二人をチラリと見る。真っ直ぐに静かな瞳で見つめるユエと、少し不安そうな表情をしているシア。しかし、二人がハジメと目が合うと、二人とも優しい顔で微笑んだ。それに釣られて、ハジメも笑みがこぼれる。
どのみち、茨の道になることには変わりないのだから、何よりも大切な仲間達が幸せになれるというのなら、道を抜けた先の光景を良くするためにも、一肌脱ぐ程度はどうということもない。
ハジメは二人の頭にポンと手を置いて優しく撫でた後、外に向けて歩き出した。急に撫でられて驚いた二人も、ハジメの後についていく。
「な、南雲君?」
そんなハジメに、愛子が慌てたように声をかけた。ハジメは振り返ると、愛子の“覚悟”には参ったとでもいうように肩を竦めて言葉を返す。
「数万の大群を相手取るなら、ちょっと準備しておきたいからな。話し合いはそっちでやってくれ」
「南雲君!」
ハジメの返答に顔をパァーと輝かせる愛子。そんな愛子にハジメは苦笑いする。
「最初にも言ったがな、仲間がまだ戦ってるんだ。ただ、“先生”からの
ああ、だけど、と言い、
「殲滅に関しては一切を任せてもらうし、先生にも大立ち回りしてもらうからな。
そして、ハジメは二人を連れて役場を出ていった。〝威圧〟を出していた張本人がいなくなり、再び役場は騒がしくなる
三人が出て行った扉を、愛子は嬉しそうな顔…ではなく、複雑そうな顔で見ていた。平気で人の命を見捨てるような人にならずに済んだことが嬉しい反面、結局、危険な戦場に生徒を送り出すという自分に嫌悪している。
そして、それまでのやり取りを見ていた一人、ティオは、興味深い顔で扉を見ていた。山脈地帯でのやり取りで、ハジメの基本的なスタンスや性格は、大体理解できた。その上で、そのハジメを制御する
そっと、頬に手を添える。一族でも屈指の耐久を有する、自身の硬い竜鱗を貫いた衝撃。そのようなこと苦もなく行えるものなど、そうはいない。それこそ、
(彼ならきっと、我ら竜人族の悲願を…)
そして妾を…と、頬を赤く染めながら、ティオは考えた。
次回も悠姫はほとんど出てきません。
おじさんとのイチャイチャ(本気)を期待していた人には申し訳ないです。
次々回は悠姫対おじさん回です。
あと今更ですが、このウル編では自己解釈多めになります。ご了承ください。
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第四十四話 開戦直前
前話のあとがきで、主人公はほとんど出ないと言ったのですが、今回は一言もしゃべっていないです。それどころか、最後以外、本人は出てこないです。
一応出てくる予定だったんですけど、書いている内にいなくなりました。申し訳ないです。
ウルの町。北に山脈地帯、西にウルディア湖を持つ資源豊富なこの町は、昨夜までは存在しなかった“外壁”に囲まれて、異様な雰囲気に包まれていた。
ハジメが魔道二輪でウルの外周を走り、〝錬成〟によって築いたものだ。高さは約四メートル。大型の魔物であればよじ登る程度は出来るだろうが、当のハジメ達はそこまで魔物を到達させるつもりなどはない。
町の住民達には、既に魔物の大群が迫っていることは伝えられている。進行速度から、夕刻には町に到達するだろうと。
当然、町はパニックに陥った。町の重役に罵詈雑言を浴びせる者、泣き崩れる者、隣の者と抱きしめ合う者。それ以外にも、彼方此方で喧嘩まで起きている。明日この町は滅びます、留まれば貴方も死んでしまいます、などと急に言われて、冷静でいられる者などそうはいないだろう。
だが、そこで一人の女性が立ち上がり、彼等の心を取り戻させた。“豊穣の女神”畑山愛子だ。大まかな事情説明を受けた神殿騎士を従えて、高台に立って声を張り上げた。恐れることなど何もない。何故ならば、“豊穣の女神”の仲間が、この町を守るからだと。その凛とした姿勢に、元々の知名度もあってか、住民は一先ずの冷静を取り戻した。
そして、冷静さを取り戻した住民達は二つに分かれた。故郷は自分たちが守るのだ、という居残り組と、救援が来るまで逃げ延びる、という避難組だ。
居残り組の中でも女子供だけは避難させるというものも多くいる。愛子の魔物を撃退するという言葉を信じて、手伝えることは何かないだろうかと居残りを決意した男手と万一に備えて避難する妻子供などだ。深夜を当に過ぎた時間にもかかわらず、町は煌々とした光に包まれ、いたる所で抱きしめ合い別れに涙する人々の姿が見られた。
避難組は、夜が明ける前には荷物をまとめて町を出た。現在は、日も高く上がり、せっせと戦いの準備をしている者と仮眠をとっている者とに分かれている。居残り組の多くは、“豊穣の女神”の仲間が何とかしてくれると信じてはいるが、それでも、自分達の町は自分達で守るのだ! 出来ることをするのだ! という気概に満ちていた。
ハジメは外壁の上に腰かけて、アーティストの整備をしていた。その隣には、ユエとシアが腰を掛けている。そこに、生徒達と神殿騎士、ティオとウィルと共に、愛子がやってきた。
「南雲君、準備はどうですか?」
「大丈夫だ、問題ねえよ」
愛子が尋ねるが、ハジメは振り返ることなく答えた。その態度に我慢できなかったデビッドが食ってかかる。
「おい、貴様。愛子が…自分の恩師が声をかけているというのに何だその態度は。本来なら、貴様の持つアーティファクト類の事や、大群を撃退する方法についても詳細を聞かねばならんところを見逃してやっているのは、愛子が頼み込んできたからだぞ? 少しは……」
「デビッドさん。少し静かにしていてもらえますか?」
「うっ……承知した……」
しかし、愛子に“黙っていろ”と言われると、まるで忠犬のようにシュンと落ち込みながらも、しっかり黙る。心なしか垂れ下がる犬耳と犬尻尾が幻視できる。全く可愛くない。
「天津君やロートレクさんから連絡は…」
「いや、帰り以降は来てねえけど、まあ悠姫なら大丈夫だろ」
そもそも、黒ローブを追っているディルグとの連絡手段は、今はない。一応、愛子の元に連れてくるということにはなっているので、魔物殲滅戦で巻き込んだりしない限りは問題ないだろう。
所謂、「俺に任せて先に行け!」という死亡フラグを立てている悠姫に関しても、特に心配していない。相手が危険極まりないが、不老不死の悠姫なら問題ないだろうと、ハジメは全幅の信頼を寄せている。
「ふむ、よいかな。妾もお主達に話が……というより頼みがあるのじゃが、聞いてもらえるかの?」
話が終わったのを見計らって、今度は、ティオが前に進み出てハジメに声をかけた。
「頼み?」
「えっとじゃな、お主達は、この戦いが終わったらウィル坊を送り届けて、また旅に出るのじゃろ?」
「ああ、そうだ」
「うむ、それでな…その旅に妾も同行させてほしいのじゃ」
ハジメは訝しげにティオを見る。
「ティオはティオで旅の目的があるんじゃないのか?」
「それはそうじゃが、お主等と共にいた方が効率よさそうじゃしの…」
ティオが里から出たのは、世界の外から召喚された者達の調査。無論の事、ハジメと悠姫も、その調査対象だ。それに…とティオは続け、
「我らの悲願も、果たせそうな気がするのじゃ」
「悲願?」
「
思わずハジメは目を見開いて驚いた。神殿騎士がいる手前、遊戯者が誰とは口にしなかったが、ティオが何を言っているのかは、すぐに分かった。
しかし、考えてみれば当然かもしれない。実際にティオと戦ったからこそよく分かるが、竜人族は非常に強い。それこそ、並の実力者では太刀打ちできないほどに。それなのに、五百年前に滅んだのだ。ならば、そこに神が関わっていることは、想像に難くない。
しかし、竜人族は生き残っていた。神に滅ぼされそうになったという、過去を抱えて。ゆえに、神の打倒という悲願にも納得できる。
ただ、ハジメは
「…悠姫だな?」
「う、うむ…何と言ったらよいか…これほど強い男に出会って、なおかつ、心を奪われたのは初めてじゃ…」
「…つまり?」
図星を指されたティオは、顔を赤くしながらモジモジし始めた。大体察したユエが、確認を込めて聞く。
「ゆ、ユウキ殿の事を“主殿”と呼び、身も心も捧げたいのじゃ! 恋をしたのじゃ! 好きになったのじゃ! 生涯を共に過ごしたいのじゃ!」
勢いに任せ、ティオが大声で悠姫に告白した(悠姫不在)。突然のことに、男子生徒と神殿騎士、ウィルは茫然とし、女子生徒達は黄色い声を上げながら騒いでいる。恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして、若干涙目になっているティオを見ながら、ハジメは「…フラグ立つところあったか?」と疑問に思っている。
「妾は、妾より強い男しか伴侶と認めないと決めておったのじゃ…でも、里にはそんな男は一人もおらんくての…あの時、ユウキ殿に頬を打たれて、腹を打たれて、更には全身を…」
「待て待て待て…分かったから…変な誤解を生むからそこまでにしろ」
第三者には、悠姫が女性に暴行を働いたようにしか聞こえない。その証拠とも言うべきか、この場で唯一事情を知らぬ神殿騎士達の中で、悠姫の評価が凄まじい勢いで低下していく。さすがにハジメが待ったをかけて、ティオの話しを止める。
「…一応言っておくが、悠姫には既に心に決めた相手がいる。想いを伝えていない相手がさらに二人。つまり、三人いるわけだ」
「ならば妾が四人目になればよいだけじゃ」
さすがに吹っ切れたのか、ティオも即答する。既に三人もの女性(ガイア、雫、香織)がいることに、生徒達や神殿騎士が驚く。愛子が不純異性交遊と騒ぎ立てるが、悲しいことに当人はここに居ない。加えて言うならば、悠姫は
「はぁ…悠姫の説得は自分でやれよ。俺達は何も言わねえからな」
「! 助かるのじゃ!」
ハジメとしては、反対する要素は特に見当たらない。強いていうならば、人数が増える、ということだが、ティオの実力や、万が一の飛行手段の一つとも考えれば、十分お釣りがくる。なお、悠姫の前で、ユエとイチャつくことに、少し負い目があるということも、理由の一つではある。
「! ……来たか」
ハジメが突然、北の山脈地帯の方角へ視線を向ける。眼を細めて遠くを見る素振りを見せた。肉眼で捉えられる位置にはまだ来ていないが、ハジメの〝魔眼石〟には無人偵察機からの映像がはっきりと見えていた。
大地を埋め尽くす魔物の群れだ。ブルタールのような人型の魔物の他に、体長三、四メートルはある黒い狼型の魔物、足が六本生えているトカゲ型の魔物、背中に剣山を生やしたパイソン型の魔物、四本の鎌をもったカマキリ型の魔物、体のいたるところから無数の触手を生やした巨大な蜘蛛型の魔物、二本角を生やした真っ白な大蛇など実にバリエーション豊かな魔物が、大地を鳴動させ土埃を巻き上げながら猛烈な勢いで進軍している。その数は、山で確認した時よりも更に増えているようだ。五万あるいは六万に届こうかという大群である。更に、大群の上空には飛行型の魔物もいる。敢えて例えるならばプテラノドンだろうか。
見たところ、黒ローブの男は見当たらない。自分の力を証明したいと願う者は、大体最前線に姿を現すものだ。それでもいないということは、既にディルグが確保しているのか、姿を隠しているということか。
「予定よりかなり早いが、到達まで三十分ってところだ。数は五万強。複数の魔物の混成だ。先生、予定通り、万一に備えて戦える者は“壁際”で待機させてくれ。まぁ、出番はないと思うけどな。ティオ、お前にも手伝ってもらうぞ」
「わかりました……君をここに立ってくれることを望んだ先生が言う事ではないかもしれませんが……どうか無事で……」
「了解じゃ。なに、流石に本気は出せぬが、火と風の魔法なら遅れを取るつもりはないぞ」
そして、ハジメ達や居残り組は、外壁の向こう側に並び立った。居残り組は、その手に弓や魔方陣を携えている。しかし、その表情は皆一様に
そこで、前に出たハジメは〝錬成〟で地面を盛り上げ、即席の演説台を作り出す。ハジメの隣には、愛子が並び立っている。
突然地面が盛り上がり、その上に立つハジメと愛子に、視線が集まる。
「聞け! ウルの町の勇敢なる者達よ! 私達の勝利は既に確定している! なぜなら、私達には女神が付いているからだ! そう、皆も知っている“豊穣の女神”愛子様だ!」
皆が口々に、愛子様? 豊穣の女神様? とざわつき始める。ハジメの隣の愛子は顔を真っ赤にしている。
「我らの傍に愛子様がいる限り、敗北はありえない! 愛子様こそ! 我ら人類の味方にして“豊穣”と“勝利”をもたらす、天が遣わした現人神である! 私は、私達は愛子様の剣にして盾、彼女の皆を守りたいという思いに応えやって来た! 見よ! これが、愛子様により教え導かれた我らの力である!」
覚悟を決めた愛子は、魔物の方を向いて跪き、祈りの姿勢をとる。
それは、まるで全員に見せつけるようだった。
見よ、
ハジメは“宝物庫”から、電磁加速式対物ライフル:シュラーゲンを取り出し、アンカーを固定。プテラノドンもどきに照準を合わせ、全員の注目が集まる中――発射。
ハジメの紅いスパークを伴って放たれた、極大の閃光は、プテラノドンもどきを容易く撃ち抜き、そのまま後を飛ぶ後続も同様に貫いた。さらに別のプテラノドンもどきに照準を合わせ――発射。照準を合わせ――発射。次の、次の、次のと撃ち抜いていき、空を飛ぶプテラノドンもどきを全て殲滅した。
空の魔物を駆逐し終わったハジメは、悠然と振り返った。そこには、唖然として口を開きっぱなしにしている人々の姿があった。
「愛子様、万歳!」
ハジメが、最後の締めに愛子を讃える言葉を張り上げた。すると、次の瞬間……
「「「「「「愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳!」」」」」」
「「「「「「女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳!」」」」」」
ウルの町に、今までの様な二つ名としてではない、本当の女神が誕生した。どうやら、不安や恐怖も吹き飛んだようで、町の人々は皆一様に、希望に目を輝かせ愛子を女神として讃える雄叫びを上げた。愛子は真っ赤になっている顔を見せないようにと、祈りの姿勢は解いていない。
これが、ハジメが言った、大立ち回り。“豊穣の女神”という現人神として立ってもらい、人々の信仰を得る。必然的に発言権は強くなり、ハジメ達はその庇護下に入る。これで、王国や帝国、教会も気軽には手出しできなくなる。もちろん、
ハジメは再び魔物へと向き直し、“宝物庫”から六砲身ガトリングレールガン:メツェライを二丁取り出し、両肩に担ぐ。右にはいつも通りユエが、左にはハジメが貸与えたオルカンを担ぐシアが、更にその隣には、ティオが並び立った。地平線には、プテラノドンモドキが落とされたことなどまるで関係ないと言う様に、一心不乱に突っ込んでくる魔物達が視界を埋め尽くしている。
ハジメは、ユエを見た。ユエもハジメを見つめ返しコクリと静かに頷く。ハジメは、シアを見た。シアは、ウサミミをピンッと伸ばし自信満々に頷く。ハジメは、ティオを見た。ティオは、うむ、と頷いた。
ハジメは、視線を大群に戻すと獰猛な笑みを浮かべながら、何の気負いもなく呟いた。
「じゃあ、やるか」
砲身を魔物へ向け――
――魔物の大群の一角で爆発が起きた。まだ誰も引き金は引いていない。つまり、ウル側に立っている誰かの攻撃ではないということだ。一人残らず、全員の視線がその方向へと固定される。
巻き上がった粉塵から飛び出してきたのは、人間一人と、一体の紫紺の竜。天津悠姫と、
次回、悠姫VSダインスレイフ(人)
頑張って、早めに仕上げます。
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第四十五話 怪物対邪竜
おじさんはこの程度じゃない、と悩みながら書いたので、違和感が多いかもしれません。申し訳ない。
時は遡り、ハジメが愛子にその決意を示した頃、北の山脈地帯。
ティオと遭遇した場所から、三つほど山を越えた場所で、天津悠姫とファヴニル・ダインスレイフは戦っていた。既に通常の
「天昇せよ、我が守護星──鋼の
そこに轟き渡る人外特有の
「美しい――見渡す限りの財宝よ。父を殺して奪った宝石、真紅に濡れる金貨の山は、どうして此れほど
毒の
奏でられるのは悪意に満ちた祝詞。謳い上げるは歪に歪を重ねた英雄賛歌。あの日、この目に焼きついた、二人の英雄の背中。その片割れが
「その幸福ごと乾きを穿ち、鱗を切り裂く鋼の
巣穴に轟く断末魔。邪悪な魔性は
ゆえに英雄よ、その輝きを魅せてくれ。悪しき邪竜は此処にいる、破滅へ導く魔剣は此処に在る。ならば、貴様が辿る結末はただ一つ。
「恐れを知らぬ不死身の勇者よ。認めよう、貴様は人の至宝であり、我が黄金に他ならぬと。壮麗な威光を前に溢れんばかりの欲望が朽ちた屍肉を蘇らせる。
故に必ず喰らうのみ。誰にも渡さぬ。己のものだ。滅びと終わりを告げるべく、その背に魔剣を突き立てよう」
この男こそ、邪竜にして魔剣、魔剣にして邪竜――最強の
「
無機物の支配者による大号令は、無数の剣鱗と竜爪の具象として表れた。視界を埋め尽くす剣鱗は立ちはだかる全てを喰い殺さんと、必殺の波動を放っている。しかし、
「無駄だ!」
――〝
悠姫は、世界を終わりへ導く、殲嵐の
今、邪竜の前に立ちはだかるのは、
「クハハハハッ、ヒャハハハハハッ!」
しかしその程度は、邪竜にとって絶対不変の法則の一つに過ぎない。英雄は朽ちぬ、怪物は死なぬ。たとえ世界から消滅しようとも、必ず
「そう、この今のようになあぁッ!」
新西暦で消滅した
悠姫の一振りにて発生した嵐壁は、触れた剣鱗を文字通り削り取る。ダインスレイフは、その一切を微塵と化す殲嵐に自ら飛び込み、
「――そらそらどうしたッ! 邪竜はまだまだ健在だぞ!」
「黙れよッ、この規格外が!」
「おいおい、それはお互い様ってやつだろうがぁ!」
身体の数割が削り取られるが、
しかしこの戦場において、狂気は邪竜の専売特許ではない。悠姫は、無限の
嵐の中心で、二体の怪物は
「――噂には聞いていたが、本当に気持ち悪い
「それを言うならお前もじゃないか、
「チッ!」
悠姫の足元から竜爪が生え、下がって避けようとすれば、執拗にダインスレイフが肉薄しながら
ゆえに、悠姫は
足が千切れ胴を削がれ、眼球を貫き左脳が消し飛び――身体が硝子のように砕け散った。
そしてダインスレイフが聴いたのは、後方で
「――なるほどな、砕けてから
「ご名答、と言っておこう。無駄に頭の回転は速いな」
「本気で考えりゃなんとやらってな。そういや、あれか。カンタベリーの
「
哄笑するダインスレイフ。まさかあれだけの情報で、そこまで答えを出すとは…と悠姫はダインスレイフの導き出した答えに舌を巻く。
この二人が新西暦にいた頃、カンタベリー聖教皇国には、教皇スメラギと呼ばれる
つまり、実験体と研究者、アドラーとカンタベリーなど、他にも色々な部分は異なっているが、太源的には同じ、
しかし、断片的な情報だけで正解に辿り着く、ダインスレイフの頭脳と勘の良さは、凄まじい。だからこそ、
「お前、どうして魔人族側に付いた?」
「人間族の敵と言うのは、そんなに不満かい?」
「別に。人間族、魔人族、そして亜人族。あれこれ言われてはいるが、結局全部同じじゃないか」
「ああ、まったくその通りだ。神を名乗る奴の玩具でしかねえ」
そうだ。仮にもこのダインスレイフは、氷雪洞窟を攻略している。ならば、世界の歴史というものを知ったのだろう。
それでも、この男は魔人族側として戦争に参加している。自ら、
「で? お前なら、第三勢力として巧く立ち回ると思ったが?」
「なに、
ダインスレイフは再び
「
自分こそ正義、自分こそ勇者、だから悪を倒して世界を救うと、字面だけなら典型的なヒーローだ。だが、本気で生きぬ
「それに比べりゃ、あの
「つまりは、
ダインスレイフを中心に剣鱗と竜爪が再度展開される。雑木林の如く乱立され、コンマ一秒でも判断が遅れれば、その雑木林を彩る紅き血の華となるのは必然だが、
「いい加減、見飽きたんだよ!」
――〝
“宝物庫”から取り出した大槌を、筋力強化の
そして大槌と
「ウオオオオォォッ――!」
「シャアアアァァッ――!」
戦闘開始から、既に数時間。本来なら、単純な
だが、
そして、都合
悠姫の一太刀がダインスレイフを肩口から斜めに両断する。擦り落ちる右半身、絶死不可避の致命を受けて――
「――読んでるんだよその程度ォッ!」
――だが、
悠姫も悠姫で、
「――ッ、ぐォ!」
空いた脇に、鞭のようにしなやかで、しかし凄まじい重量感のある何かが、背後から襲いかかった。
油断はしていなかった。限界まで特化した干渉性は、かの
「――尻尾?」
まるで地面から生える触手ように、根本が太い紫紺の
まさか、と悠姫はダインスレイフを見る。不敵に嗤うダインスレイフは、なぜかその位置から全く動かない。悠姫は咄嗟に、ダインスレイフの首を落とそうと突貫し――
「――
――周囲数十メートル規模の大地が一斉に隆起する。
「さあ、もっとだ。もっと、もっともっともっともっと!!」
『もっと楽しもうぜ!
まるで膨張するかのように巨躯へと変わる。
「…おいおい…
邪竜狂乱。
僅かながら面影を残し、ファヴニル・ダインスレイフは正真正銘、
氷雪洞窟の神代魔法を手に入れたおじさんなら、竜体化程度は本気でやってくれると信じてます。
感想や評価、お待ちしています。
むしろ、低評価でもいいので感想ください。参考にさせていただきます。
一応、各キャラの展開は考えていますが……
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第四十六話 ウル防衛戦開幕
魔法が広く浸透した世界観で、銃火器と言った技術が発展することは少ない。なぜならば、魔法の方が汎用性が高いため、そもそも銃火器という選択に辿り着くことさえ少ないからだ。
それは、このトータスでも同様だ。異世界召喚といった、現代科学でも立証できないような存在がある、そもそもの基盤体系が違う世界と地球を比べるのは不毛なのかもしれないが、少なくとも、トータスに“銃”という概念は存在しなかった。
今日までは。
広い平原に轟き渡る銃火の轟音。毎分一万二千発を放つハジメのメツェライが、硝煙の軌跡を描く弾頭を飛ばすシアのオルカンが、その平原を埋め尽くすように広がる魔物を、肉塊に変えていく。
さらに、ユエが重力魔法〝
ウルを囲う壁付近にいる者達は、その圧倒的な殲滅に目を奪われた。それが特に顕著なのは、戦いの経験がない、或いは少ない居残り組よりも、愛子や生徒達、神殿騎士だ。
愛子や生徒達は、
しかし、さすが
結果、どうすればあの
その一方的な殲滅の中で、少し不安気な顔をしながらティオは、ハジメ達も殆ど手を出さない群れの一角に視線を向けた。
そこには、周囲の魔物を巻き込みながら暴れ回る一匹の
「ティオ、気持ちは分かるが、まずは
「う、うぬ。分かってはおるのじゃが…」
ハジメから忠告されるが、ティオの表情はまだ晴れない。その間も、二人の手は一切止まっていない。ハジメの信頼は、付き合いの長さと憧憬からくるものなので、ティオが心配になるのも無理はない。
「…まずはやることをやる。その後に助けに入れば、好感度、アップ」
「こ、好感度?! い、いや、そういう意図は……ま、まあ、ちょっとだけ…」
「…恋愛雑魚め」
ユエがぼそりと悪態を吐いている。既に魔物の数は数千規模にまで減っているからか、かなり四人には余裕が出来ている。その大きな要因は、湯水のように使用できる魔力源があるという点だ。発信機(兼爆弾)として愛子達に渡された悠姫の
「ッ! 皆さん、あれ!」
「なッ! まじかよ!」
その時、唐突にシアが空を見て驚いた。釣られてハジメが空を見上げると、そこには五体の
このような魔物を、一体どうやって操っているのか。そもそも、一体どこから連れてきたのか、疑問は絶えないが、それはそれ。この場を切り抜けなければ、悠姫の元に行くことはできない。
「…悪いな、ティオ。まだ愛しの悠姫を助けには行けねえみたいだぜ」
「ぬ、ぬう…ハジメ殿までそのように…いや、分かっておる。別に
『ハハハハハハハッ!!』
「この、出鱈目が!」
そして、平原へ場所を移した悠姫と
そこで、
足場は消え逃げ場も一切なし。絶死不可避な状況、だが――
「この、程度!」
――悠姫に至ってはその限りではない。炎毒も剣鱗も、不死身である悠姫からすれば己を殺す脅威ではないのだから。
――
太刀を振り抜くと同時に派生させた竜巻が炎毒を振り払い、竜巻に触れた剣鱗は瞬く間に塵へと化していく。
そして頭上から雷を墜とし、落下してくる邪竜を両断し――
『読んでるんだよ、その程度ォ!』
――
「――シッ!」
だが悠姫としても
地上が流動し始めている時点で既に
――
“宝物庫”よりもう一振りを取り出し、
「チッ!」
たとえ音速に匹敵する速さで近づいても、当然のように
悠姫はチラリとハジメ達が五体の竜と戦っているところを見て、眉を顰めながら
「…
『ああ、その通りだ。
「創った?」
『〝変成魔法〟、氷雪洞窟の神代魔法だ。極端に言えば、生物を魔物にする魔法だ』
「なるほど、それで自分を竜にした、か」
なるほど、これなら魔人族が魔物を従えているという話も納得できる。そして同時に、
これからどうなるか、と苦笑しながら太刀を握り直し、地を這うように疾走した。
「〝豪炎槌〟」
――上空に、全てを焼き尽くさんと言わんばかりの大火が広がった。そこから一か所に集束され、
「ッ!」
判断は一瞬、九十度方向転換し、直径数十メートルの豪炎の墜落を回避する。急激な方向転換に肉体が悲鳴を上げる。だが、それが功を成し、魔法を
その魔法が墜ちてきた方を見ると、
「…天使?……いや、お前は…」
「ノイントと申します。〝神の使徒〟として、主の盤上より不要な駒を排除します」
悠姫が呟いたように、天使を思わせるような
“真の神の使途”ノイント。
一方、ハジメ達と竜の戦いは、現状拮抗していた。言うなれば、竜体のティオを五体分、同時に相手しているようなもの。いや、ファヴニル・ダインスレイフが改造して生まれたこれらの個体は、竜体のティオの戦闘力を凌駕し、さらにその五体は巧みな連携まで行ってくる。ならば苦戦するのも当然で、ピンチを迎えるのも当然だった。
純粋な攻撃力不足、耐久不足、そして数の差。ユエの重力魔法では地面に縛り付けることしかできず、他の属性魔法では竜鱗に傷を付けることしかできない。シアのドリュッケンも、防御を考えない、勢いをつけた一撃でなければ弾かれる。ティオの風魔法、炎魔法は竜鱗を貫けず、ブレスでさえ多少のダメージにしかならない。ハジメのパイルバンカーやシュラーゲンでようやく貫通できるが、固定や溜めが必要になる。
しかし、ただでさえ戦闘力が高い竜を相手に、数でも劣っているのだ。しかも、敵竜のブレスが直撃すれば、ティオと戦った時の悠姫のように、文字通り消し飛ばされることは間違いない。
そして、ついにその均衡が崩された。
「ッ! あ…」
突然、シアの〝未来視〟が発動する。それは即死級の危険が迫った証拠だが、
(死ぬ…)
竜の顎門に集束された魔力がシアに向けて解き放たれ――
「創生せよ、天に描いた星辰を―――我らは煌めく流れ星」
――“不落”の城塞が、死の閃光を弾き飛ばした。
「この身を嬲るは不死身の英雄、戦車を
「勇を競いしその果てに得た敗北ならば是非も無し。冷たき無明の奈落へ降り、
それは一人の男の物語。新しき世界で生を受けた彼は、世界に祝福されぬ亜人であり、さらにその根底を覆す異端児だった。
それでも同胞たちはそれを祝福した。異端であろうと
「ああ、だがしかし、聞こえるのだ、苦しみに喘ぐ家族の声が。見えるのだ、燃え盛る故郷と家々が。
この身が朽ちた果てに、我が愛する家族が穢されるというのなら、この
だが、
自分がこの世界に生まれたならば、同士二人も世界にいるはずだ。そして、いつか怪物もこの世界に呼び出される。
その時に、
「それが
「輝く兜と不滅の槍を携えて、汝の前へ立ちはだかん。
たとえその駿足を以てしても、たとえ幾度と敗北しようとも――この先一歩も通さぬと誓いを立てよう」
「
「妹をやらせはせん。
ノイント参戦。しかし二人? 一人と一匹? より
ディルグの
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第四十七話 ディルグ・ロートレク
ウル編、長くなります。
最低でも、あと五話は続きます。
新西暦の流れは、半分オリジナルです、
ディルグ・ロートレク。新西暦ではユキ・ロスリック直属の部下であり、
ディルグがマドロック家の私兵となった理由は、単純に“生きる為”ということに起因する。
物心がついた頃、口減らしとして、アンタルヤに奴隷として売り飛ばされた。その
幾度と捨て駒のように扱われ、切り捨てられ、それでも“死にたくない”の一心で生き残り続けた。ただの奴隷でありながら根強く生き続けるその有様が気に入られたのか、やがてディルグは、奴隷からマドロック家の私兵という名の
奴隷から私兵へ、一種の栄転を果たしたディルグは、これで死の危険がなくなったのか、といえばそうではない。
結果として、“死にたくない”の一心で生き続けたディルグは、マドロック家の
だが、その運命に亀裂が入ることになる。それが新西暦1012年、東部戦線でのことだった。
その日、彼が遭遇した帝国兵は、明らかに異常だった。銃火が飛び交う戦場で、軍刀を振るっている。全身が血に濡れているが返り血ばかりで、負傷らしい負傷はしていない。
他の私兵や傭兵達が一斉に銃を構えるが、遅かった。私兵の首が宙を飛ぶ、傭兵が銃を握る両腕が消える、腹から臓物が零れ落ちる。一人、一人、また一人と次々と命を落とす。
その下手人を目が合った。
輝き満ちた光と、先が見えぬ闇が混ざり合った、混沌の瞳。まるで機械のように蹂躙しながらも、冷徹な機械では持ちえぬ、確かな熱がある。
その異常な強さと狂気に、ディルグは心の底から恐怖して、そのまま有象無象の一人として、怪物に切り捨てられた。
ディルグが目を覚ましたのは、殆ど人が来ない場所に建てられた教会だった。老年の神父と、妙齢なシスター、数人の子供が住む小さな教会。どうやらディルグは深手を負いながらも生き残ったらしく、子供達が教会まで連れて来たらしい。
他の私兵や傭兵達は簡易的な墓を建てられ、ディルグは教会に温かく迎え入れられた。
最初は傷が癒えたらすぐに出ていこうと思っていたのに、その居心地の良さゆえか、傷が癒えても一日、また一日と教会で過ごした。ある日、ディルグは神父達に聞いた。
――俺は、此処に居てもいいのか? 迷惑じゃないのか?
しかし、神父も、シスターも、子供達も、皆が同じことを言った。
――家族を迷惑だなんて、思うわけがない
その時、ディルグはどこか救われたように感じた。口減らしで捨てられた幼少期、生き残るために力を磨き、心を殺し、マドロック家の
だからこそ、
しかし、幸せは長く続かなかった。
ある日、教会に帰ってくると、とても教会が静かなことに気が付いた。いつもなら、子供達の遊ぶ声が、騒がしいほどに響いているのに。それに、どこからか漂う
手に持っていたものを全て投げ捨て、急いで教会の中に入ると、そこに広がっていたのは、まさしく地獄。頭部が弾け飛んでいる、
怒り狂ったディルグは、襲撃者を殴り飛ばす。突然のことに驚いて固まっている中、ディルグは転がった襲撃者に跨って、その顔に鉄拳を浴びせ続ける。動かなくなるまで何度も、何度も、何度も、何度も……
状況を理解した襲撃者たちはディルグを取り囲む。周囲を見渡したディルグは、襲撃者たちの顔に見覚えがあることに気が付く。
つまり、
ああ、自分のせいじゃないか。自分が此処に居たから襲われた、自分が弱かったから殺された、守れなかった。
この時点で、ディルグの心が折れるのは当然の流れだった。結局、最後までマドロックの
そのまま死を受け入れようとしたその時、怪物は地獄よりやっていた。
一刀で数人の首が飛ぶ、一刀で数人の腹が斬り裂かれる。あの日、ディルグに恐怖を覚えさせた張本人は、一切の傷を負うことなく、ディルグを除いた全員を斬殺した。
なんで今助けに来た、なんでもっと早くに来なかった、それなら皆助かったのに。
そんな責任転嫁の言葉が喉から出かかるが、絞り出すように出たのは、「殺してくれ」という一言。
だが、ディルグは怪物の
――償いたいなら生きろ。そして今度こそ守り抜け。
それは、“死”という最初に願った否定が無数に待ち受ける、地獄への片道切符。だが、ディルグはその切符を、手に取った。
その後、シスターの名を貰い、ディルグ・ロートレクと名乗った彼はアドラーに渡り、帝国軍に入隊する。
だが、ディルグ・ロートレクの物語は終わってはいない。トータスという異世界で、彼は新たな生と家族を得た。
ゆえに、今度こそ願うのだ、“家族を守り抜くのだと”。
「お兄さま!」
シアは窮地を助けてくれた兄の背中をみて、歓喜の声を上げた。幼い頃から、辛いとき、苦しい時に助けてくれるヒーローこそ、この兄だったのだから。
突然の乱入者にブレスを防がれた竜は、その強靭な前足を振り上げるが、
「軽い」
ディルグは後ずさることもなく、軽々と片手で受け止めた。そして、竜の顔面に回し蹴りを叩き込み、全長数メートル体重数十トンという巨体を、
「うっそだろ…」
それを見ていたハジメでさえ、思わず驚いて茫然としてしまう。様々な技能を用いても、あれだけ軽々と攻撃を受け止めたり、ましてや数十メートルも蹴り飛ばすなんて、ハジメでさえも不可能だ。
だが、これがディルグの
「ふッ!」
吹き飛ばした竜に向かって、ディルグが地を蹴って疾走した。竜は翼を羽ばたかせて上空へと飛び立つ。しかし、
「シア!」
「はいです!」
そして、超重量の物体が落下したような爆音を響かせて墜落し、その隙にシアが竜の頭部にドリュッケンを叩き込む。シアはインパクトの瞬間、ドリュッケンが
「うわ…」
「…これは酷い」
「…うっぷ」
当のシアは非常に清々しい顔をしているが、ハジメ達三人はその様子に少し引いている。あれが自分の過去だったのかもしれないと思うと、ティオは吐き気すら催している。気持ち、竜達も引いているようにも見える。
しかし、何はともあれ、竜は一体沈黙した。首を失っても動いてくるのでは? とも思っていたが、この個体はそうでないらしい。ハジメ達は残り四体の竜に向き直した。
赤子の手を捻るように、竜を手玉に取ったディルグの
竜の質量を軽くすることで、前足を受け止め、蹴り飛ばす。次に、竜の質量を重くすることで、翼で飛べなくし、最後にドリュッケンの質量を、インパクトの瞬間に重くすることで破壊力を上昇させた。
一瞬は竜側へと傾いた天秤は、一気にハジメ達へと傾いた。
数の不利は逆転し、竜はディルグの未知の強さに警戒する。しかし、その警戒が、竜の命取りになる。
「――ぶち抜け」
固定と溜めを終えたハジメのシュラーゲンが、一体の竜の
「グルァアアア!!」
更に一体討ち取られ、竜達は怒り狂ってハジメへと襲い掛かるが、ハジメは冷静に再びシュラーゲンをチャージする。一体は撃ち抜けるだろうが、残り二体は間に合わない。しかし、そこに臆する必要はない。今、ハジメは一人ではないのだから。
「…行かせない」
「もう俺を忘れたか?」
一体をユエが〝禍天〟で墜とし、一体をディルグが、先と同様の手段で墜落させる。その内、ユエが落とした方をハジメがシュラーゲンで撃ち抜き、ディルグの方を、シアがこちらも先と同様に粉砕した。
そして残ったもう一体は、
「妾を忘れてもらっては、困るのじゃ!」
開いた口内に、ティオが直接ブレスを叩き込む。するとどうなるだろうか。文字通り、爆発四散する。体表の竜鱗は、ブレスに対する耐久を備えていても、体内まではそうでなかったようだ。
これで五体の竜は全て倒した。周囲を見渡しても、残っている魔物はいないようだ。清水を確保したことで洗脳が解け、本能に従って山脈に逃げていったか、それともメツェライやらブレスやら、徐々に激しさを増していった人対竜の戦いに巻き込まれたのかは定かではない。
だが、魔物がいなくなったのならそれで良し。この平原で、一番激しい戦いをしている場所に目を向けると、ティオが目を見開いて驚いた。
「あやつは…あの時の…」
「…ティオ?」
尋常ではない様子に、心配になったユエが声をかける。しかし、ティオの様子も当然なのだ。
約500年前、竜人族の里は襲撃され、竜人族は歴史の中に消えていった。ティオの父母は、その襲撃によって命を落としている。
その襲撃者こそ、悠姫と戦っているノイント、正確にはノイントと同じ姿形をした、真の神の使途。
つまり、厳密には個体が違うものの、ティオにとっては親と同胞の仇とも言える。
「もう500年じゃ。父上のことも、母上のことも、受け入れておる。じゃが、それとこれとは話は別じゃ!」
父母を殺され、いいように弄ばれて、歴史に葬られて、それでも長い年月を掛けて受け入れた。だが、恨みがないというのは、全く違う。
不条理に虐げられたからこそ
「なら、俺たちであの竜を
ハジメがドンナー・シュラークを構える。ユエは魔力を回復し、シアはドリュッケンを構える。そしてディルグも、少し笑いながら
「主様を守って見せろよ、竜人族」
「ッ、無論じゃ!」
五人は、もう一つの戦場へ向けて駆け出した。
基準値:C
発動値:B
集束性:B
操縦性:E
維持性:B
拡散性:D
付属性:C
干渉性:E
質量加減能力
対象の質量を軽く、逆に重くする星辰光。
瞬間的な、運動エネルギー操作とも言え、戦いにおいては強力な能力。
集束性、維持性が高いため、彼一人で戦線維持も不可能ではない。
しかし、付属性の低さにより、自身を重くすると、防御が上がる代償に、自重によって自壊する危険性がある。
爆発四散した竜を見て、五人が顔を青くしたのは言うまでもない……
一応、誰を
感想や評価、お待ちしています。
むしろ、低評価でもいいので感想ください。参考にさせていただきます。
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第四十八話 三体の化物
お待たせ?しました。
第四十八話です。
この平原で最も激しい戦いは、三体の化物たちによって繰り広げられていた。
初手、ノイントが銀翼を羽ばたかせる。そこから放たれるのは、銀色の魔力が込められた無数の羽弾。恐るべき連射速度により、悠姫の前方を遮る弾幕と化している。
その上で、真の神の使途の攻撃である以上、生半可な威力ではないのは明白。まずは小手調べだと、悠姫は己の不死性を最大限に活用して羽弾の壁に突撃し――
「!」
――両足が千切れ飛ばん限り横へ急加速して、羽弾を回避した。永年に渉り磨き上げられた直感が、
羽弾が直撃した地面は物理的なものが直撃したような抉れ方ではない。まるで触れた地面が消えているかのようだ。よく見ればノイントが持つ双大剣からも同じような性質を感じる。着弾地点の状態と、己を討てる可能性を合わせて考えれば――
「――分子間結合崩壊、いや魔力を含めた構造体結合崩壊能力。さしずめ、分解魔法と言ったところか」
確かに、魔力による結合すらも分解するならば
だが、逆に言えば、特異点とのパスが途切れれば復活できなくなる。そして、魔力結合を分解するあの魔法は特異点とのパスすらも分解される可能性は十分ある。血肉が一片でも残っていれば、たとえパスを断絶されても時間を掛けて復活できるだろうが、此処は戦場でノイントは敵。完全消滅されない可能性に賭けるのは、あまりに分が悪い賭けだろう。
「消えなさい、
「面白い。やってみろよ、
『おいおいおい!
そこに、
今現在、この三体の間には、奇妙な拮抗状態が生まれていた。
ステータス含め
通常の戦いならば、悠姫が優勢のはずだった。しかし、悠姫には
つまり、悠姫対
ノイントだけでも大した問題は無い。
しかし、同時となれば話は変わる。
「厄介極まりない!」
斬空真剣で迫りくる羽弾を切り落とし、そのままノイントに斬撃を伸ばすも、両手の双大剣に受け止められる。ならばと、羽弾を縫ってノイントに接近しようと足に力を籠めるが、左右から迫りくる土竜爪に気付いて、
――〝
物質崩壊の
だがしかし、効果がない。崩壊の瘴気を纏わせた蹴撃だというのに、
そこに、
非物質である雷撃は、この瘴気では防げない。電撃で悠姫を焼き殺せれば良し、それでなくとも感電した瞬間を羽弾で止めを刺す算段だろう。ならば地面を盛り上げ壁とするか? いや、自ら
ならばと悠姫は太刀を
「押し通る!」
――〝
極光の斬撃で、雷撃ごと羽弾を消し去る。そのままノイントと
そのまま滞空する二体。
「……やはり、その力は異常です。主の駒に相応しくない」
大剣の切先を中心に大量の魔方陣が展開され、炎の槍が形成されていく。ユエも使用する、〝緋槍〟だ。
「相応しくなくて結構だ。駒になるつもりなど微塵も無い」
極光を纏う二刀を構える。
「盤上、
「全ては主の御心のままに」
――〝
悠姫の咆哮に返し、同時にノイントによる〝緋槍〟の槍衾が放たれる。一発一発が必殺の殺意を宿し、さながら
そして、悠姫の太刀がノイントの首に叩き込まれるその瞬間、悠姫とノイントを中心に多数の魔法陣が展開され、そのすべてに〝緋槍〟がセットされている。
ノイントは太刀を大剣で防ぎながら銀翼は羽ばたかせて魔法陣の外に退避し、同時に悠姫を多数の〝緋槍〟が包み込む。
空中において足場がなく、防御することも回避することも不可能な豪炎は、一切の容赦なく悠姫を焼き尽くした。
ノイントは勝利を確信するが、だがしかし、
「シッ!」
「なッ!?」
ノイントの眼前に飛ばされてきた
悠姫が〝緋槍〟で消し飛ばされなかった原因、それは単純に〝分解〟の魔力が付与されていなかったことによる。
最初の〝豪炎槌〟に先の雷撃、そしてこの〝緋槍〟に共通するのは、どれも〝分解〟の魔力が付与されていなかったこと。
現状、悠姫を殺せるのは〝分解〟のみ。つまり、ノイントの羽弾か、双大剣だけになる。ノイントはそれを理解できておらず、悠姫はその理解を突いた形になる。
「ですが、これで!」
「そう来るだろうさ!」
地に落とされたノイントを悠姫は追撃し上段から振り下ろすが、ノイントはその一撃を右の大剣で下に受け流す。すると生まれるのは、体勢を崩して隙を晒した悠姫と、左の大剣を振りかぶったノイントの姿。
構図としては、悠姫がノイントに切り裂かれる一寸前、そしてその流れの通りに、ノイントは左の大剣を振り下ろす。
だが、悠姫からすれば想定通り。追撃時の一瞬に
「終わりだ!」
「ッ!」
再び太刀に
『よそ見してんじゃねえぞぉッ!』
「しまッ?!」
死角から巨体が顎門を開きながら迫る。右の一振りで殲滅光を放ち、
だが、悠姫の防御力は文字通りの桁違い。
繋がっている右腕を基点に、数十トンという巨体が重りとなり、悠姫をその場に固定したのだ。そして当然、それは大きな隙となる。そこに、ノイントが銀色の魔力を纏った双大剣を振りかぶる。
「終わりです」
「チッ、まだ!」
左腕一本、更には
ならばと、悠姫は自分から右腕を引き千切り、ノイントの双大剣を躱そうとする。しかし、さすがに無理のある体勢だったためか、右の大剣が悠姫の左腕を斬り飛ばした。
さらに左の大剣で悠姫に止めを差そうとするが、地面から生えるように出現した土壁がノイントの行く手を遮り、悠姫はその土壁を蹴って距離を取る。
欠いた両腕の内、既に
「悠姫!」
「主殿!」
そこに、五体の竜を倒したハジメ達が合流する。
傍から見ればズタボロな悠姫を見て息を飲むが、各々が覚悟を決めた顔をしながら武器を構える。
「俺達はあの
「……油断するなよ」
「そんな恰好のお前に言われたくなねえよ」
それもそうかと、悠姫は苦笑する。そして、悠姫はティオと、ハジメはユエ、シア、ディルグと、それぞれノイント、
「行くぞ!」
ウル防衛戦線、最終戦が開始された。
個人的にですが、不死身主人公を用意した以上、不死身特攻を持つボスキャラは鉄則だと思います。
次回、ハジメ、ユエ、シア、ディルグ VS 邪竜
なるべく早めに仕上げます。
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第四十九話 ありふれた職業で邪竜討伐
割と駆け足で書いたので、後日修正するかもしれないです。
「まず一発目、喰らっとけや!」
初撃はハジメの、シュラーゲンによる一撃。
現代兵器を大きく上回る破壊力を宿した超速の弾丸が、紅いスパークが迸りながら
そして、それは目で追えるような速度ではなく、取れる選択は避けるか貫かれるかの二択のみ。
『しゃらくせえぇッ!』
だからこそ、
「は?! うそだろ!」
ファヴニル・ダインスレイフは戦闘の天才であり、
ならば必然的に、その凶悪なフォルムと紅いスパークからシュラーゲンがレールガンであることを見抜くのは
「おいおいおい、冗談じゃねえぞ!」
『さあ行くぜ、お返しだァッ!』
驚き固まるハジメ達に
それは即席の竜の巣穴。生き残りたければ英雄となれ。邪悪な魔性を露と散り、英雄譚を輝かせろと語っている。
ハジメ達は放たれたブレスをそれぞれ散開して回避する。そして、次に
理由は単純、支援・回復役の後方を先に討つのが
ハジメが注意を裂こうとドンナー・シュラークを撃つが、元人である
「…助かった…ありがとう」
「妹の仲間なら守るのは当然だ」
『存外やるじゃないか。それなら、こいつはどうだァッ!』
そして、ブレスで
「ッ!」
それは〝未来視〟による光景で、このままでは訪れる自身の死。シアは咄嗟に後ろにジャンプすると、次の瞬間には自分が立っていた場所に、
『こいつを避けるか。なら、これはどうだ?』
「ッ、そんな?!」
再び“視えた”死の光景。飛んで避けようと足に力を籠めるが、足元に生えた
「きゃぁぁあああッ!」
そしてその身に叩き込まれる
「シア!」
『そう来ると思ったぜ
「なッ!」
兎人族としての気配察知でシアの危機を察知したディルグは、空中のシアの前に飛び上がり、尻尾を受け止めるために槍を構えた。しかし、ディルグに触れる瞬間に反転、炎毒を構えた顎門を兄妹に向けて放射した。
原子、分子単位の精密操作など、ディルグに出来る芸当ではない。結果、視界が晴れてハジメとユエの目に映ったのは、全身が爛れながら地面に倒れ伏す兄妹と、それを見下すように悠々と滞空する
「シア! ディルグ!」
『クハハハハハァッ! さあさあさあ、次のこれはどうやって防ぐよ!』
ハジメとユエは兄妹の元に駆け、未だ魔力を収束している
さらに追加で、金属製の十字架を七つ展開する。ハジメ製のアーティファクト、クロスビットだ。縦六十センチ横四十センチほどの大きさで、内部にはライフル弾や散弾が大量に搭載されている。表面金属には生成魔法で〝金剛〟が付与されているので、防御性能も高い。
北の山脈地帯の探索で使用した鳥型無人偵察機と同じ原理で動いており、つまるところライセン大迷宮の攻略報酬としてもらった“感応石”による遠隔操作。操作という性質上僅かばかり意識を裂くことになる為、極限状態では相性が悪いという欠点もある。
そのため、魔物殲滅戦では使えたのだが、先ほどの竜との戦いでは、そもそも攻撃が通らないということもあり使用できなかった。
ハジメはそのクロスビットの内一つを大盾の前に、残り六つをさらに前に二つずつ並べて配置。クロスビット全ての〝金剛〟を起動し、計五重の守りを構築した。
そして
「ッ! グッ、オォオオオオッ!!」
大盾から伝わる凄まじい衝撃に、ハジメは雄叫びを上げて抗う。魔力塊の起爆から、一瞬で〝金剛〟ごとクロスビットは砕け散り、大盾もまた〝金剛〟が剥がされ砕けようとしていた。しかし、〝金剛〟が剥がされた瞬間に張り直し、大盾に罅が入ったり融解しかける前に、〝錬成〟で修復する。
「ッソォォオオオッ!」
だが、それも時間の問題だ。〝金剛〟や大盾の守りは、あくまで防御力に準ずるものであり、圧力を消すものではない。アンカーを固定していた地面そのものも消滅し、ハジメは〝限界突破〟を使用して筋力を底上げすることで、なんとか耐えている。
しかし少しずつ後ろ擦さり、このままではハジメ諸共四人はこの世から一片残らず消滅するだろう。
「――いいや、
その時、今まで倒れていたディルグが立ち上がり、大盾にそっと手を添えた。そして輝照する
そして、その援護はハジメにとっては非常にありがたいものだ。これで〝金剛〟と〝錬成〟にのみ集中できる。
「「ォォォォオオオオオオッ!」」
二人は雄叫びを上げる。同時、ハジメの〝金剛〟と〝錬成〟の速度も上がり、この破壊の雫を前にしても鉄壁の大盾と化していた。
衝撃波が収まり、
『魅せてみろよ、てめえらの“本気”をなぁッ!』
「は、知ったことかよ。そんなに“本気”が見てえなら、てめえ一人やってろや!」
「〝雷龍〟」
大盾を消したハジメの影からユエが飛び出した。発動させた魔法は、ユエが即時発動できる中では最大規模の威力を誇る〝雷龍〟で、それを
それでも、〝雷龍〟は止まらない。五体の〝雷龍〟は
しかし――
『まだだァッ!』
「ええ、まだですッ!」
咆哮と共に覚醒、雷龍を無理やり
そこに、
そのシアに向けて、
ならばと翼を広げて飛び立って避けようとするが、凄まじい重力が
「……逃がさ…ないッ」
ユエだ。左半身が消し炭のまま、しかし途切れそうな意識を気合で繋ぎ合わせ、範囲だけを絞り、出力の制御を無視した重力魔法を行使している。
剣鱗を射出しようとも、重力魔法が周囲の地面まで影響を及ぼしている為に、土塊一つ動かせない。
「でりゃぁぁああッ!!」
身動き取れない
「ッ、ぁぁぁぁあああッ!」
『まだ、まだぁッ!』
何度も爆裂させることでドリュッケンを押し込もうとするが、まだだ、まだだと覚醒し、
「――シア! そこをどけ!」
そこに、ハジメがシアに代わり、右手に構えた大型のアーティファクト、漆黒のパイルバンカーを突き出す。ミレディ・ライセンとの戦闘時よりも超強化され、それこそシアのドリュッケンをも超える破壊力を叩きだす。
そして遂に、凄まじい轟音とともに打ち出された杭は
「――だからこそ二段構えだッ!」
打ち込まれた杭から放射状に走った罅に、ギミックの〝振動破砕〟と〝炸裂ショットガン〟、そして〝豪腕〟を使って義手を叩き込む。竜骨を砕き、口内まで貫通した拳に握られたのは、臨界点まで魔力を注ぎ込まれた、漆黒に輝く
「その馬鹿みたいに溜めた魔力に、この
目を見開く
『クハハハッ! 正気かよ、自滅まっしぐらだぜそれは!』
「はッ! 誰が死ぬかよ、さっさとくたばれッ!」
そして、ハジメは握りしめた
「ハジメ!」
「ハジメさん!」
爆心は容赦なくハジメも呑み込み、ユエとシアの声が響き渡った。そして、爆煙が晴れたそこには、今にも義手が砕けそうなほどに満身創痍なハジメと、上顎から上の頭部しか残っておらず残骸としか形容できない
『ハハハハハッ――認めようじゃないか、
「…
発声器官諸共吹き飛んでいるはずなのにも関わらず、何故か響く
邪竜戦記の幕は閉じた。
ダインスレイフ、退場。
というのは嘘で、まあ当然ですが生きています。おじさんにはこれからも頑張ってもらわなければならないのです。
次回、悠姫、ティオ 対 ノイント
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第五十話 神の使徒
ノイント戦です。
開戦された悠姫、ティオとノイントの戦闘。この戦いの天秤は、
理由の一つとして、やはり悠姫が左腕を失ったことによる戦闘力の低下が上げられる。両手で構えることによる一撃威力の上昇、そして二刀で手数を増やすことは不可能になり、さらには左右のバランスが崩れることで重心の位置が変化している。
そして、ティオ自身の戦闘力の問題もある。トータスという大きな枠組みで言えば竜人族はトップクラスの戦闘力を誇っている。その竜人族の中でも上澄みであるティオの戦闘力は、当然上から数えた方が遥かに早い。しかし、今現在戦っている真の神の使徒はその上を行くのだ。
結果、悠姫とティオに不利な状況が出来上がる。
羽ばたかせたノイントの翼から、雨のように分解の羽弾が降り注ぐ。悠姫が自分とティオに当たるものを含めて、斬空真剣で斬り落とすがやはり手数が足りず、悠姫の端々を削り取る。
「主殿!」
「問題ない。しかし、このままだと競り負けるか」
不死性を活用できない以上、羽弾だけで身体を削られるのは
「〝嵐焔風塵〟」
ノイントに羽弾を使わせないように攻め続けること。ティオが放つ魔法は〝嵐焔風塵〟。直径約十メートルの火炎竜巻を発生させる魔法で、ブレスには及ばないもののかなりの威力を誇っている。
しかし、直撃してもノイントを倒すには至らない。そこに、
「咲き誇れよ結晶華。天より見下ろす人形を撃ち落とせ」
――
触れたものを凍らせる氷杭をノイントに向けて連射する。が、空中を自由自在に飛び回れるノイントには当たらない。
氷杭の連射が途切れた一瞬に、双大剣を構えたノイントが悠姫に、凄まじいスピードで斬りかかる。重い双大剣を受け止めた悠姫には運動エネルギーも合わさり、身体が砕けそうな衝撃をもたらすが、技能の〝身体強化〟と〝部分強化〟を使って耐える。
「これ以上の抵抗は無意味です」
「しぶとく生きるのは生物の専売特許なんだ。意味なんて知るかよ」
太刀と双大剣で火花を散らせながら相対する二人だが、依然悠姫が不利な状況。徐々に後ろに後退しつつあるのが、それを証明している。
「なるほど。感情がない私には理解できないことです」
「…つまり、自分は無機質な人形だと?」
「肯定です、
「――それは、妾たちの里を襲ったのも同じか!」
そこに、ティオの縮小された竜巻がノイントに放たれる。ノイントは上空へ飛ぶことで竜巻を回避する。
「そういえば、あなたは竜人族でしたか」
「そうじゃ! 五百年前、お主等に滅ぼされた竜人族の生き残りじゃ! 妾たち竜人族は、人間族や魔人族の争いに関わらぬよう、ひっそりと生きてきたはずじゃ! それなのに、あの日妾たちは滅ぼされた! それもお主等の主が望んだというのか!」
「その通りです。この世界に存在する全ては主の物。ゆえにその命を捧げなさい」
「お断りじゃ!」
ティオに向けて〝緋槍〟が放たれる。ティオは中級防御魔法〝嵐空〟で防ぎつつ〝緋槍〟を回避するが、威力や攻撃速度はノイントの方が上。やがて〝嵐空〟の展開が間に合わなくなり、ティオに〝緋槍〟が直撃するかと思われた時。
「俺を忘れないでくれよ」
――
悠姫から放たれた灼熱の槍が、ティオに直撃する〝緋槍〟を撃ち落とした。
「なあ、神の使徒。お前は、エヒトの考えに疑問を抱いたことはないのか?」
「ありません。そもそも、疑問を抱くという機能そのものが、我々には備わっていません」
駒に余計なものは必要ないのだから当然だとノイントは悠姫に言った。だが、悠姫にはそうは見えない。
不意を突かれた時の詰り、追い詰められた時の言葉の節々。感情を持たぬ人形なら、そこに起伏など生まれるはずがないのだから。
「…なるほど、よく理解した。お前はここで殺すつもりだったが、気が変わった」
「どういう意味です?」
「分からないかな? お前が主と崇めてる奴は、塵屑だと言ってるんだよ」
「……消えなさい」
感情がないと言う割には、やはり明らかに怒っているようにしか見えないノイントに、悠姫は笑いながら邪竜の
上空のノイントに、射出した剣麟を足場に接近する。依然左腕を失ったままの悠姫だが、そこに不利など存在しないと言うような行為に、ノイントは顔を顰めながらも羽弾を悠姫に発射する。足場の剣麟を次々と消し飛ばされ、空中で身動きが取れなくなる状況に追い込まれつつあっても、悠姫は止まらない。
「やらせないのじゃ!」
そこにティオがノイントに向けて竜巻を放つが、ノイントはティオに一瞥すらせず〝緋槍〟で竜巻を散らせつつ、ティオを近づかせないよう牽制する。不可解な行動をとる悠姫に止めを刺すつもりだ。
そして残り数十メートルまで悠姫が接近し、
――
「
「なッ!」
切り替えた
悠姫はその一瞬に、バーナーと化した一刀がノイントを斬り上げ、流れるように袈裟斬りを叩き込む。吹き出る血潮は、猛る焔にて蒸発する。
悠姫の超出力によって輝照されたこの
ノイントはその攻撃を受け、しかし倒れず双大剣を構えた。
「これで終わりです、
「主殿ォ!」
ノイントが持つ分解魔法を宿した大剣が、悠姫の胸へと突き立てられた。一切の容赦なく、分解の魔力が悠姫を塵へと変えていく。
ティオやハジメ達の奮闘空しく、不死身だった悠姫は此処で死亡し――
「――
――
既に八割もの身体を消失しながらも発せられた静かな
すぐにもう一方の大剣を振り上げるが、
「させないのじゃ!」
ティオが振り上げられた大剣を弾き飛ばした。
舌打ちとともに悠姫から離れようとするが、もう遅い。再生した
「お前の護りが硬いのは判ったが、この距離ならロクな防御もできないだろう?」
――〝
「ッァァアアアア!」
超高出力の雷撃が、悠姫とノイントを襲う。常人ならば、いやハジメ程度のステータスでなければ、僅かな掠りでも即死は免れず、とたえハジメでも直撃すれば死ぬかギリギリといったところだろう。
咄嗟に、ステータスを三倍にまで上昇させる〝限界突破〟を疑似的に再現する〝禁域解放〟を使用していなければ、ノイントも危険だったはずだ。
雷撃で鈍った身体で悠姫を蹴りつけ、その反動でどうにか星光の範囲から離脱する。
悠姫の行ったことは単純明快、
左腕を斬り飛ばされた時から解析を初め、その解析に自身の能力の大部分を割いていたために攻めあぐねていた。しかし、先ほど心臓を含めて身体の殆どに分解魔法の効果が及んだため解析が急速に進み、土壇場で分解魔法を弱化させる身体へと改造することができたのだ。
距離を取ったノイントに対して、ティオの風魔法による援護の元、悠姫がノイントに追撃をかける。この瞬間、天秤は悠姫達に傾き始めた。
鍔迫り合いに発展した二人の距離は、当然超近距離。つまり、最も悠姫の強さが発揮される距離と言うこと。ノイントに悠姫が復活した理由について考える暇も与えずに畳みかけた。
「この戦いもそろそろ終わりにしよう。"
「無駄です!」
新西暦で使用していた
しかし、
「知ってるさ、さあ次だ。"
眼前に放り投げられたのは
「ッ、この程度で」
「そら次だ。"
「二度目は、ありませんッ」
再び手榴弾がノイントの眼前に放り投げられる。ノイントからは何も見えず聞こえないが、何をしてくるかは想定できる。一度、それも直前に掛かった攻撃をくらうはずもなく、大剣で焼夷手榴弾を切り裂く。が、その中から出てきたのは金属、
「それはそうだ。同じ手に引っかかる神の使途がいるのかよ」
――"
「なッ、ッが!」
展開されたのは超重力。金属球を基点に発せられた超重力の檻は容赦なく、ノイントを地に叩き落した。陥没させかねない勢いで地面に叩きつけられたノイントだったが身体的ダメージは小さく、重力に逆らって立ち上がり――
「この、程度で!」
「感情が出てきてるぞ、無機質な
――顔を上げたノイントの視界一杯に広がる悠姫の掌に、収束された
「くぅうううっ!!」
悠姫に止めを刺せた矢先に、物の数分でこの格差。視界と聴覚は回復したが身体的に襤褸襤褸のノイントと、自らの
この日、神の盤上に現れた
「なぜ、なぜそこまでして、抗うのですか! 主に従い服従することこそこの世界の
幸福、と言う言葉を口にしているが、ノイント自身はその意味を殆ど理解していない。なぜならば、
それでも、命の危機に脅かされず日々を笑って過ごせること、
「この世界の存在ではないあなたが、主が敷いた秩序を壊す。それこそあなたが唾棄すべき“悪”ではないのか! 一体どのような理由で、世界から幸福を奪い取るというのだ!」
だからこそ、長い歴史の中で収集した知識から
「
――悠姫はノイントの
「自由意志を縛られて得られるものなど虚無同然、幸福などとは真逆の存在だ。涙がない? 笑顔だった? そんなわけないだろうが。涙が枯れた笑みしかない色を失った
「自由、虚無、涙…?」
悠姫が連ねる言葉はノイントの
主の考えは絶対、なのになぜこの男は主に抗う?
幸福を得られないというならば、主を否定するならば、一体どうすればいい。そもそも、幸福とはいったいなんだ? 自由とは? 涙とは?
わからない、なんだ、なんなのだ…
「イ、レギュ、ラー…」
「世界を壊して自由を得ることが悪だというならば、俺は悪で構わない。イレギュラーならばイレギュラーとして、お前たちの世界を壊す。涙を笑顔に変えるために、俺は進み続ける」
私の中に響くこれはいったいなんだ? お前は一体、私に何をした? それでも――
――
「イ、レギュラー」
「切っ掛けは作ったぞ。あとはお前次第だ、ノイント。俺は、お前の
「イレギュラー!」
「"
ああ、私は―――
次話、作者本人忘れかけていた清水回です。
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第五十一話 罪と罰
遅くなりましたが、五十一話です。
清水幸利にとって、異世界召喚とは憧れであり、夢だった。現実には存在しない、ありえないと分かっていながらも、ラノベの主人公を自分に置き換えて夢想する毎日。何度も世界を救い、何度も沢山のヒロインと
清水幸利は生粋のオタクだ。地球の自室には、ポスターにフィギュア、漫画にラノベ、薄い本や美少女ゲームが山のように置いてある。
だが、それらを知るのは家族のみ。特にクラスメイトには徹底的に隠してきた。オタクだと苛められているハジメを見れば、理由など言わずとも分かるだろう。
特別親しい友人はおらず、話しかけられたら最低限の受け答えはする、いなくなっても誰も気が付かないような典型的な
だからこそ、このトータスに召喚されたとき、清水は誰よりも歓喜に震えていた。「一クラスが丸ごと異世界に召喚され、カースト最底辺のモブが
事実、清水はチートスペックだった。いや、清水
“勇者”という唯一無二の天職を持つのは天之河光輝で、自分達は“勇者の同胞”という、所謂その他大勢でしかない。唯一の
夢にまで見た理想とは異なる現実。これでは地球にいた頃と全く変わらないじゃないか、何故自分が勇者ではないのか、なぜ特別なのが
そんな理想を完全に砕いたのは、訓練でオルクス大迷宮に行ったとき。つまり、ユキ・ロスリックと南雲ハジメが
王宮の部屋に閉じこもった清水は、ラノベや漫画の代わりに自分の天職“闇術師”の本を読み漁った。そんな時、ふとあることを思いついた。闇術を極めれば、他人や魔物を洗脳して支配できるのではと。そしてその考えは正しく、弱い魔物であれば簡単に洗脳することができた。ならば次は強い魔物を手に入れる為に、清水は愛子の護衛隊としてウルに向かうことにした。そしてこっそりと隊から抜け一人北の山脈地帯に入り――
「――で、今に至るか訳か」
全ての戦闘が終わった後、二十人以上の瞳が拘束された清水を射貫いていた。
ここはウルの町外れ。合流前のディルグに気絶させられた清水は、騒動の元凶を町の中に入れるわけにはいかないと、この場所に転がされていた。
清水が目が覚めた時には数万に及ぶ魔物の軍勢は既に倒され、化物達が
まず、最初に浮かんだのは困惑だった。俺の軍勢は一体どこに行ったのかと。しかしそれは無数に転がる魔物の死体から察することができた。次にありえない、と思うが、それが可能だと思わせる戦闘を繰り広げる悠姫達を見たら、不思議と納得してしまった。
そして恐怖によって逃げ出そうと藻掻くが、手足が拘束されたままでは逃げられない。そのまま戦闘が終わり、次々と清水がいる場所に悠姫達と愛子達に加え、デビッドたち神殿騎士とウィル、ウルの重鎮数名が集まり、今現在に至る。
「天津君、清水君の縄を解いてください」
「ダメだ。何をするか分からない」
「清水君と、先生として話したいんです。お願いします」
愛子の言葉に、悠姫は数拍置いて溜息を吐いた。やれやれと言うような感じ……ではなく、現状を全く理解していないのかと、半ば失望したというような溜息だ。
先生として
その考えを聞きたいのだろうが、少なくとも裏切りという
悠姫が清水の拘束を解くと、焦って足がもつれて立ち上がれず尻餅をつき、ズリズリと後退りする。しかし、どう足掻いても逃げられないと分かっているのか直ぐに止まり、尻餅をついた状態のまま俯いた。
愛子は清水の傍に近づき、膝を折って視線を合わせて話し始めた。
「清水君、先生は清水君とお話がしたいんです。どうして、こんなことをしたのか……どんな事でも構いません。先生に、清水君の気持ちを聞かせてくれませんか?」
俯いたまま、清水はボソボソと喋り始める。
「なぜ? そんな事もわかんないのかよ。だから、どいつもこいつも無能だっつうんだよ。馬鹿にしやがって…勇者、勇者うるさいんだよ。俺の方がずっと上手く出来るのに…気付きもしないで、モブ扱いしやがって…ホント、馬鹿ばっかりだ…だから俺の価値を示してやろうと思っただけだろうが…」
「てめぇ…自分の立場わかってんのかよ! 町がめちゃくちゃになるところだったんだぞ!」
「そうよ! 馬鹿なのはアンタの方でしょ!」
「愛ちゃん先生がどんだけ心配してたと思ってるのよ!」
反省どころか、周囲への罵倒と不満を口にする清水に、玉井や園部など生徒達が憤りをあらわにして次々と反論するが、愛子が生徒達を宥めなるべく声に温かみが宿るように意識しながら清水に質問する。
「そう、沢山不満があったのですね……でも、清水君。みんなを見返そうというのなら、なおさら、先生にはわかりません。どうして、町を襲おうとしたのですか? もし、あのまま町が襲われて……多くの人々が亡くなっていたら……多くの魔物を従えるだけならともかく、それでは君の“価値”を示せません」
愛子のもっともな質問に、清水は少し顔を上げると薄汚れて垂れ下がった前髪の隙間から陰鬱で暗く澱んだ瞳を愛子に向け、薄らと笑みを浮かべた。
「……示せるさ――」
「――魔人族になら、か?」
そこに悠姫が口を挟んだ。清水はなぜ知っているのか、と驚いた表情で悠姫を見る。同じように、愛子達もどういうことなのかと悠姫の方を向いた。
「なんでって、魔人族側に付いている
まだ驚いた表情をしている清水を見ながら悠姫は話を続ける。
「ウルに到着する前から魔人族側と通じてたとは考え難い。おそらく、山脈地帯に入った後に魔人族と出会った。そこで、畑山教諭を誘拐、又は殺害を依頼されたんだろう。魔人族側に、勇者として招かれることを報酬として」
「――えッ…私、を…?」
「畑山教諭の能力は、文字通り世界を変えることができる。農地開拓の為に各地を周っているんだろ? それで人間族の兵糧問題が完全解決、なんて敵対勢力が見過ごせるわけがない」
それに、魔人族領は不毛の地でもある。それゆえに、“農作師”の力は非常に魅力的だっただろう。ならば、殺害よりも誘拐を優先する筈だ。
しかし実際はどうだ。あの清水が行っていた魔物の進軍で、特定の人間一人を攫うことが出来ただろうか?
答えは否だ。所詮、洗脳していたのは群長の魔物のみ。その配下にまで清水が事細かな指示など下せる訳がない。
ならば誘拐ではなく殺害を依頼した? それはそれで疑問が残る。魔人族の繁栄を願うのに、魔人族の強化より
つまり、魔人族を裏から操る黒幕が存在するということでもある。しかし聖教協会、エヒト信仰は魔人族の存在を認めていない。ということは―――と、それ以上は今考えることではないだろう。
生徒や神殿騎士達は悠姫の“愛子の殺害”という発言に一瞬呆けるが、我に返ると一斉に清水を睨みつけた。清水は一斉に向けられた鋭い眼光に身を竦めたが、続いた悠姫の言葉に今度は清水が呆けることになった。
「まあ、畑山教諭を消せたところで、お前が本当に勇者として招かれる可能性はかなり低いだろうな」
「――は?」
「なぜなら、魔人族は既に強力な魔物を操る手段を手にしているからだ。竜のような強力な生物を洗脳するのに丸一日、しかも完全無抵抗が前提なんて、はっきり言って使い物にならない。それなのに野心はある。それじゃあ、いつ
「……んな…」
「…清水君?」
俯いて肩を震わせる清水に、愛子は心配そうに声をかける。なにかボソボソと言って聞き取れないために、耳を寄せるように近づき、
「…ッざけんな!」
「キャッ!」
俯いていた姿勢から急にバッと起き上がり、愛子を引き寄せて首に腕を回して羽交い絞めにし、隠し持っていた十センチ程の針を取り出して突き付けた。
「動くなぁ! ぶっ刺すぞぉ!」
表情に狂気を宿し、裏返った声で叫ぶ清水。周囲の者たちが、愛子の苦しそうな表情を見て咄嗟に飛び出そうとするが、清水が持つ針を見て必死に押しとどめる。
「いいかぁ、この針は北の山脈の魔物から採った毒針だっ! 刺せば数分も持たずに苦しんで死ぬぞ! わかったら、全員、武器を捨てて手を上げろ!」
顔を青ざめながら、生徒や神殿騎士たちは各々の武器を足元に置いて、次々と両手を上げていく。その様子にニヤニヤと笑う清水は、悠姫やハジメ達に視線を移した。
「おい、手前らもだ! さっさとその銃と刀を寄越せ! 他の兵器もだ!」
そう叫ぶ清水に対し、悠姫とハジメはお互いに顔を合わせ、呆れるように溜息を吐いた後に清水を見て言った。
「いやいや、結局最後は殺すんだろ? じゃあ渡し損じゃねえか」
「人質って言うのは、どう転んでも得をするから機能するんだ。今の状況は一択だ」
「うるさいうるさいうるさいッ! ごちゃごちゃ言わず全部渡せばいいんだよ! お前らみたいな馬鹿どもは俺の言うことを聞いてればいいんだよォ!」
「……はぁ」
悠姫が再び溜息を吐くと腰から太刀を抜き、従うように清水の方へ太刀を放った。興奮しつつも下手に警戒していた清水は、短い放物線を描く太刀に視線を奪われ――
「――ぐぇ!」
次の瞬間には針を握った腕を捩じられ愛子を奪還された挙句、腹に膝蹴りを入れられていた。そして、愛子にしていた時と同じ様に、今度は清水が悠姫に羽交い絞めにされる。
愛子はシアに抱き留められ、ケホケホと咳をしながら息を整えている。
「く、くそッ! 俺は勇者なんだ、主人公なんだッ! 離せッ!」
「いい加減諦めろ。やりすぎなんだよ、お前は…ッ!」
「悠姫さん! 避けてッ!」
直後、シアが抱き留めている愛子を何かから庇うように身を捻った。そして、悠姫が羽交い絞めにしている清水を地面に組み伏せると同時に、蒼色の水流、おそらく〝破断〟と思わしき魔法が飛来した。
〝破断〟は、一瞬前まで愛子の頭があった場所を狙っており、それは奇しくも、清水を地面に組み伏せたことで体勢が低くなった悠姫の頭が射線上に存在していた。そして、〝破断〟は悠姫の頭部を容赦なく射ち抜いた。しかし、
「――まったく…元に戻るとはいえ、痛いものは痛いんだぞ…」
そしてそれは清水も同じで、先の〝破断〟が通過した位置は今は悠姫の頭部があった場所だが、最初は清水と悠姫の胴があった場所でもある。つまり、悠姫が動かなかったら清水も討ち抜かれていたということでもある。
ハジメが〝魔眼石〟で〝破断〟の軌跡を辿ると、遠くで鳥型の魔物に乗って逃走しようとしている魔人族の姿を捉えた。その背に向けてドンナーを両手で構えて発砲する。
さすがに距離が離れすぎているためか、魔人族の片腕だけを吹き飛して逃げられ、ハジメは舌打ちをしながらドンナーをホルスターに戻した。
「…分かったか? 今の魔法はお前も巻き込んでいた。これが現実だ」
「……うそ、だ…俺は…勇者で…主人公で…」
ようやくただの駒でしかなかったことを理解できたのか、失意に沈んだ清水は組み伏せられたまま力なく倒れこんだ。
愛子はそんな清水に近づいて、優しく声をかける。
「清水君…もう一度やり直しましょう? 大丈夫、先生が付いています。頼りないかもしれないけど、それでも、清水君は一人じゃありません」
「…せん、せい……でも…俺は…」
「私は先生ですから。どんな選択をしても、先生は生徒の味方です。だから、少し前を向いてみませんか?」
空っぽになった清水の心に愛子の言葉が染み渡る。少しずつ、少しずつ、愛子の言葉に清水は揺れ動いていた。
そして、愛子の手を取ろうとして――
「――クハハハッ! そんなに英雄譚がお望みかい? だったら
――甲高い哄笑がそんな空気を吹き飛ばした。
「なッ! 確かに頭をぶち抜いたはずだ、なんで生きてやがるッ!」
「竜が
止めは刺した筈だと戸惑うハジメに、ダインスレイフはその程度と嗤いながら否定する。
そして、悠姫たちから少し離れた場所に姿を現した。その手に持つのは浅黒い肌をした男の
初めて見た生首に、愛子や生徒たちは生首から目を逸らしつつ、胃から込み上げてくるものを必死に抑えている。
「で、だ…なに、プレゼントを用意したんでな。だから…お前の
「…え? がぼッ?! おぷ…」
「チッ、全員離れろ!」
ダインスレイフが清水の名前を呼んだ瞬間に起きた清水の変容に、悠姫は近くの愛子を掴んで一気に跳び去った。ハジメ達も、清水の様子が変わった瞬間に、後ろに跳び去るように退避している。
そして、バタバタと体内で何かが暴れるように震えている清水の
全身の筋肉が膨張し、屈強な大男、いや、
「――いぁ…たす、け…死、にたく――」
結果、元の面影など欠片も残さず、清水幸利は魔物へと変貌した。
区切りがいいのでここまでです。
次回、ウル・再会編最終回(予定)
最終的に清水がどうなるか、お楽しみに
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第五十二話 闇術師の末路
お待たせしました。
前話から三週間、遅くなりましたが、ウル編最終回です。
自己解釈多めですが、暖かい目で見逃してください。
ウルの町の北に広がる平原で、怪物たちの大戦争が行われてから既に六日が経過していた。
当初、滅亡の危機に瀕したことで混乱の渦中だった町の様子も落ち着きを見せている。その混乱を治めるにあたって最も尽力したのは、“豊穣の女神”畑山愛子だった。
『
それが住民達に伝えられた事件の顛末になる。魔人族が魔物を操る方法を持っていると知られていても、魔人族でも使徒でもなく、
そして、事件の犯人である清水幸人は――
「……………」
「……清水君」
――水妖精の宿の一室で、
ダインスレイフの
理由は単純で、巨人化に対して戦闘力が備わっていなかったのだ。勿論、質量増加により重さも筋量も増してはいる。しかし、その重さを支えられるだけの筋量がない。結果、自重で崩れ立つことすら出来ない不格好な巨人が出来上がる。
ならばその首を断つだけで、この巨人の生命活動は完全に停止するだろう。ゆえに悠姫が太刀を振り上げ
生徒に裏切られ、命を狙われ、そして生徒が魔物に変貌したりと、目まぐるしく変わる状況の中心にいながらも、生徒の味方でいるという心だけは抜けていないようで、怯えるように震えている。
事実、怯えているのだろう。
その愛子に睨みつけられている悠姫は、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
通常ならば、愛子を押し退いて太刀を振り下ろしている。しかし、現在の消耗具合を考えれば一週間程度はウルで休息する必要がある。今、
気が付けば、元凶のダインスレイフはいなくなっている。既に撤退したのか、影も形も見当たらない。仕方ないと太刀を戻し、どうしたものかと思案する。
可能か不可能かは無視しても、取れる選択肢はそう多くない。このまま放っておけば、自重に耐えられず自死するだろう。ならば人間に戻すしか選択肢はない。
それが可能なのかという問題になるのだが、
第一に、魔物化したダインスレイフが人型に戻っている時点で、何らかの方法はあると考えられる。
根本的な原理はティオの竜化と同系統なのだろう。それとも竜化には変成魔法が関わっているということなのか、しかしそれは今関係ない。
恐らく、鍵となるのは〝魔力操作〟だ。つまり、何らかの方法で清水幸利の魔力に干渉、情報を書き換えることができれば元の姿に戻すことが可能なはずだ。そして、その他人の魔力に干渉する手段がたった一つだけ存在する。
新西暦において、カンタベリー聖教皇国を建国し、神殺しが行われるまでの数百年間を支配してきた、神祖と呼ばれる不老不死の怪物たち。
その神祖たちが、他者を己の眷属にするために力を分譲する行為。
それこそ清水幸利を救う唯一の手段、〝洗礼〟。
正確には、洗礼によって生まれる
掌に
悠姫が納刀した段階で察していたハジメは、やれやれと言うような呆れた顔をしながら頷く。
愛子にどいてもらい、
「で? 清水の様子はどうなんだよ」
「意識ははっきりしてるし、反応はしないが一人になれば飯も食べてる。単純に、現実を受け止められてないだけだろうな」
夕食後、修理した義手の調子を確かめながらハジメは清水の事を聞き、悠姫は何でもないように答える。
今、この部屋には悠姫やハジメ達一行が集まっている。ユエはハジメの背に寄りかかって読書をして、シアはディルグと兄妹の話しを続けている。ティオはハジメの錬成風景を興味深そうに眺めていたが、時折悠姫の事を熱っぽい視線を向けている。
なお、ティオが旅に同行したいという旨は既に悠姫に伝えられ、悠姫もそれを受け入れている。ノイント戦で“主殿”と呼んだ時点で察していたらしい。
同時に盛大な
それで何をしていたのかと言うと、最初の数日は事後処理に加わっていた。だが、避難民や救援隊が来るようになると面倒事を避けるために宿に籠るようになっていた。
そして、残ったのは悠姫達にしか出来ない事後処理だけ。
まず事実として、悠姫としては初めての洗礼行為、そして清水を元に戻す作業は成功した。半日程度で目も覚ましているし、食事は置いておけば食べるので、その点は問題無いだろう。
なお、人間が魔物に、魔物が人間にという非常識を目の当たりにした神殿騎士やウルの重鎮たちには、神の使徒の力であると無理やり納得させている。
しかしこれからが問題だ。殲滅戦より既に六日、ウィルを送り届けるという依頼を受けている手前、これ以上の長居はできない。
ゆえに明朝にはウルを出発することにしているのだが……
「清水をあのままにしておくと面倒なんだよな…」
全てに対して無気力になり一切反応を示さない清水は、起爆寸前の爆弾に等しい。
何故なら、今の清水は
一つは高位の
そして二つ目、神祖と同じ
現状の例外は、ノイントが使用した分解魔法ではあるが、物質構造だけなら兎も角、魔力構造も分解できるような魔法は真の神の使徒位しか使えないはずだ。
そんな
それで
もちろん、使徒化を解くこともできる。また巨人に戻ることは無いだろうが、それはそれで本来の苦難が清水に襲い掛かるだろう。
まあ何とかするさと、悠姫は話を切り上げて部屋を後にする。ティオを連れて向かうのは、当然清水の部屋だ。
コンコンコンとノックして、返事を受けてから入室する。部屋にいたのは変わらず虚空を見つめる清水と、返事をした愛子だった。
挨拶もそこそこに、悠姫は話を切り出す。明朝に出発すること、清水が
出発に関しては数日前に伝えていた。しかし、困るという点と使徒化の解除はピンとこなかったようで、愛子はきょとんとしながら首を傾げた。
困るというのは文字通りで、実験動物の件を話すと愛子は当然憤慨する。だから使徒化を解除するということになるのだが、そうなれば清水に残るのは“魔人族に与した反逆者”という烙印だ。
そこまで話せば愛子も理解できたのか、顔を青くしながら慌てている。
悠姫は馬を宥めるようにどうどうと愛子を落ち着かせる。その尻目に清水を確認したが、一瞬だけピクリと反応したのを見逃していない。
そして悠姫は清水に対して語り掛ける。
「今のお前は勇者に決して劣らないだけの、いや短時間ならば勇者すら圧倒できるスペックがある」
再びピクリと反応する。心の底から求めた力が、今の自分にはあるのだと。
「起きていたなら知っているだろ。この忙しい中で可能な限り、畑山教諭はお前の看病をしていた。必ず味方でいると願い、前を向いてくれると信じているからだ」
虚空を見つめていた清水がゆっくりと、手を握る愛子の方を向く。その清水の瞳を、愛子の決意が宿った視線が貫いた。
「仲間を騙し、信頼を裏切り、自らの欲望のままに力を振るうというならそれでいい。力を与えた責任として、俺が幕を閉じよう」
それはまるで、起こりえる
「勇者とは、
明朝、その力をどう使うか答えを聞こう」
お前の
「洗脳されたことについて、妾から言うべきことはない。油断していた妾も悪いのじゃ。じゃが、一つ先人からの助言じゃ。妾は女じゃが、誰かの役に立ちたいと頑張るのも、気持ちが良い物じゃぞ」
そう言い、ティオを悠姫の後を追って部屋を出る。扉の外で待っていた悠姫と合流し、扉の影に隠れている六人分の影は見ないふりをして、ハジメ達が居た部屋に戻っていく。
部屋に残ったのは、瞳に光を取り戻して涙を浮かべる清水と、なおも清水の手をぎゅっと握る愛子のみ。
「…せん、せい…お、おれ…」
泣きじゃくる清水を、愛子は子供をあやすように抱きしめる。
「ごめん、なさい…」
「いえ、私達の方こそ、ごめんなさい。なにかあるごとに天之河君と比べて、一人一人の事を蔑ろにしてしまった。清水君のことを、よく見ていなかった」
「違う! 俺が、先生の言うことを、聞かなかったから…」
愛子の言葉に対して清水は直ぐに否定する。それを愛子は否定して、清水がそれも否定して…俺が私がいや俺がいいえ私が、ごめんなさいごめんなさいと謝罪合戦になっていくが、最初は扉の奥から聞こえていたすすり泣くような声が、吹き出しそうな笑いを堪えるような声が聞こえてきたあたりで、二人して冷静になり――
「「…プッ」」
「「アハハハハハッ!!」」
二人同時に大爆笑した。つい数分前までの光が灯らない瞳の様子は全く無く、どんよりと沈んだ空気は吹き飛んでいる。
思えばこんな風に心の底から、腹が捩れるように大笑いしたのはいつ以来だろうか。トータスに召喚されてからは一回もなかった気もする。
既に二人が浮かべている涙の意味は、悲しみから笑いの涙に変わっている。数分後、笑いすぎて震えていたお腹も鳴りを潜め、愛子は目尻にうっすらと涙を浮かべて。
「それでは改めて、清水君」
「…はい」
声色は柔らかくだが真面目に名前を読んだ愛子に、清水は真剣な表情で向かい合う。
「私は、この世界に召喚された全員で地球に帰りたいと思っています。たった一人でも、欠けることは許しません。力を、貸してくれませんか?」
「……はい!」
明朝。
ウルから少し離れた位置に、出発の準備を済ませた悠姫達と、それを見送りに来た愛子達が集まっている。なお、面倒を避けるために神殿騎士達には教えていないのでここにはいない。
偶然にも、ウルに集った彼らは再び三組に分かれる。
「ディルグ、元気で」
「隊長こそ。二人によろしく頼む、隊長の方が先に会いそうだ。シアも、元気でな」
「はい、ディルグ兄さま!」
まずはディルグ・ロートレク。金ランクの冒険者として色々と背負っているらしく、フューレンへの報告を悠姫達に任せて、別の依頼に向かうらしい。
「先生達はまだ残るんだろ? 仮にも命を狙われてたんだ、気を着けろよ」
「い、言わないでください。それよりも、不純異性交遊はいけません! ましてや二股なんて…」
「おいおいおい、別の方向を見て見ろよ。将来四股確定してる奴がそこにいるぞ?」
「避○はしてる、問題ない。古○記にもそう書いてある」
「書いてねえし、なんでそのネタ知ってんだ??」
「そういう話じゃありません!」
次に愛子達農地開拓組。ウルでの復興作業をもう少し手伝ってから、
「…えっと…ロスリック、さん?」
「ああ、清水には言ってなかったな。天津悠姫だ。呼び方は任せる。細かい部分は園部達に聞いてくれ。それで、決意は決まったか」
「…はい」
そして悠姫達。悠姫達はこれからウィルをフューレンに送り届けた後に、大迷宮の一つ【グリューエン大火山】に挑むことになっている。
だがここで別れる前に、やっておかなければならないことがある。向き合った悠姫と清水の空気が変わり、自然と周りの全員も黙り込んだ。
「…俺は、許されないことを、しました。できることなら、償いたい。あんなことをしても、俺を見ていてくれた先生の為に、この力を使いたい」
清水の宣誓は決して大きな声ではなかったが、確かにこの場の全員に届いていた。前日の晩にも似た言葉を聞いているのに、愛子は感動して目元を潤ませている。
悠姫はそんな清水の宣誓を受けて、
「……いいだろう。ならば、清水幸利よ。汝に神託を授ける」
仰々しく声を張り上げた。突然のことに正面の清水だけでなく、ハジメ達を面を食らったかのように目を丸くする。
「なに、そんなに気負うことはない。
苦笑しながらそう言われると、清水も釣られて苦笑してしまう。しかしおかげで、全身の強張りは取れたと言っていい。そして改めて悠姫と清水は向き合って。
「では改めて、清水幸利。お前は――」
「あれ、良かったんですか?」
フューレンに向かう魔道四輪の車内で、運転するハジメにウィルがそう言う。
魔道四輪に乗っているのは悠姫とティオを除いた四人だ。二人は魔道二輪でタンデム中である。
ティオは運転している悠姫の背中に、重厚な胸部装甲を押し付けながら抱き着いている。プロポーズ保留の代わりに、この程度の甘えは許してほしいとのことらしい。
「良かったもなにも、大団円を迎えたんならそれでいいじゃねえか」
「……ハジメ、丸くなった」
「私、初めて会った時は死んじゃうかと思いました…」
「…私は最初見捨てられそうになった」
「「もし悠姫(さん)がいなかったら……」」
「…後で覚えてろよ」
「あ、はは」
容赦ないユエとシアの口撃にハジメはこめかみをピクピクさせ、ウィルは乾いた笑いを零している。
とはいえ、ハジメが丸くなったのも事実ではある。召喚初期から
「…まあ悠姫がいなかったら俺がもっと荒れてたのは確かだな」
懐かしむような遠い目をするハジメを見て、次に外で
「…まるで勇者、いえ英雄みたいですね」
それが誰のことを指すのかは明白だ。ウィルにはハジメ達が最初から強かったように見えるのか、そんな強い人に影響を与えるなんて英雄みたいだということか。
更には、自分や洗脳された
そして愛子達は――
「じゃあ、やります。清水君、お願いします」
「はい、先生」
開拓予定の農地(仮)を前にして、愛子は農作師としての力を使うために祈りの姿勢になる。ウルで(羞恥を隠すために)
呼びかけに応じて清水が愛子の後に立ち、両手で杖を構えて詠唱を開始する。
その詠唱は、教会も知らない未知の
脳裏によぎるのは、あの日に悠姫に告げられた言葉。
『――自分が正しいと思った
(これが、俺が正しいと思うこと)
「創生せよ、天に描いた星辰を―――我らは煌めく流れ星」
清水生存なので、タグを追加しています。
なお、生徒殺害は最終手段で、可能な限り生存方向に進んでいます。
やったね檜山、生存フラグが立ってきたよ!
(幸福とは言ってない)
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第五十三話 フューレン、再び
中立商業都市フューレンは、相も変わらず活気づいていた。
高く巨大な壁に囲まれているにもかかわらず、壁内の喧騒は壁外にまで伝わっている。さらには門前にできた長蛇の列、唯の観光客から商人のよな仕事関係で訪れた者まで、厳しい入場検査を待っていた。
多くが気怠そうにしているところに、爆音と共に近づいてくる二つの影。なんだなんだと興味を引かれて見ると、黒鉄の箱と金属の馬が走ってきているではないか。
はっきり言って恐怖でしかない。誰もが慌てて逃げ出そうとしたところで、二つの未知の物体は多少離れた場所で停止した。
そして停止した二つの物体、魔道四輪からユエとシアが、魔道二輪からティオが降り立った。突然の美女・美少女の出現に、そこらから感心やらうっとりとした溜息が漏れる。
次にハジメが降り、ボンネットに座って
「分かっちゃいたが、やっぱり長えな。ざっと一時間位はかかりそうだ」
「時間も時間だ、仕方がない」
魔道二輪に跨ったまま悠姫が応えた。ずっと同じ姿勢で走り続けたということもあり、男二人は首をコキコキ鳴らしたり肩をグルグル回したりして身体の凝りを解している。
そんな二人を見てユエとティオがそれぞれハジメと悠姫の後に回って、二人の肩を揉んでマッサージを始めた。遅れた! とばかりにウサミミをピンと伸ばしたシアだが手伝えることもなく、やがて寂しさを感じたのかハジメの傍らに座り込んで体を預ける。
なお、
「…所詮は脂肪の塊…別に悔しくなんて…でもハジメに…くッ!」
これほど成長しない体を怨んだことはないと、恨み言をポツリポツリと零す様は負けヒロインのそれにしか見えない。
「ところで……このまま乗り付けて良かったんですか? できる限り隠すつもりだったのでは……」
「今更だ。
「いえ…僕には聞こえないんですが…」
窓から身を乗り出すようにして聞いてきたウィルに悠姫が答える。スペックが高いから遠くの会話が聞こえているのであって、当然だがウィルには聞こえない。
だが悠姫が言った通り、ウル防衛戦の噂は様々な所に広がっている。悠姫が聞いた商人の反応がその証拠だ。
「でも、そうなると教会とかお国にも伝わっちゃってますよね? 当然と言えば当然なので確かに今更ですけど…何らかのアクションはありますよね。愛子さんやイルワさんが上手く味方してくれればいいですけど…」
「そのための保険だ。教会が本腰を入れれば無意味だろうが、あって困ることはねえさ。敵になるのと敵にならねえの、どっちが被害少なく得をするのかは言わなくても判んだろ」
まあ、そこに
このようになんでもない様に話を続けている一方で、周囲はウルの噂の審議によって騒ぎが増していた。ありえないと、町民全員でどんな夢を見ていたのだと言われていた噂は、しかし真実だったのだと商人を中心に広まっていく。
「おい! 一体何の騒g…なッ、何だコレは!」
すると騒ぎを聞きつけた門番が近づいてくる。定番且つ当然の反応を見せてくれるが、流石は大陸一の規模を誇る商業都市の門番と言ったところで直ぐに冷静になり、やや高圧的になりながら悠姫達に話しかける。
あくまで、門番としての事情聴取で高圧的になっているだけで、イチャイチャしてるようにしか見えない一行に嫉妬しているわけではない、はずだ。
「この黒い箱? 鉄の馬? はお前達の物か?」
「ああ、俺のアーティファクトだ。俺達はこれ等に乗って来ただけで、周りはアーティファクトを誰も見たことがねえから、ざわざわと騒いでるだけだ。被害なんざ欠片も出てねえよ」
列に並んでいる者達から聞いた内容と一致していることを確認し、門番はそうかと納得した。しかしそれだけで、未知のアーティファクトと言うことも含めて怪しさしか感じない。
「あ、あの! 彼らのことは、私が保証します!」
「ん? 一体誰だ?」
「クデタ伯爵家の三男、ウィル・クデタと申します」
門番の前にウィルが名乗り出る。門番となれば、フューレンを貴族が出入りする様も少なからず見てきている。その際にも家名程度も確認するために、クデタ伯爵家の家名も聞いたことはある。
しかし門番としては別に引っかかるものがあるようで。
「ウィル・クデタ…もしや君達は、ユウキ、ハジメ、ユエ、シアという名前ではないか?」
「そうだが…ああ、冒険者ギルドフューレン支部支部長、イルワ・チャングから何か聞いているのか?」
門番から名前を言われ眉を顰めながら応えた悠姫だが、ウィルの名前を聞いて思い出したような反応からウィル捜索の依頼者の名前を出すと、そのまま通すように聞いていると、門番は頷いた。
これらのやりとりで一番驚いたのはウィルや門番ではなく、周りで聞き耳を立てている商人たちだ。肩書を含めてイルワの名前を出したのは、自分達はフューレン支部長から指名依頼されるほどであると教えるため。
加え、伯爵家と繋がりがあるかのように迄示唆されてしまえば、並の商人では交渉の机に向かうことすら出来ないだろう。
そして狙い通りに、抜け駆け防止に牽制しあっていた多くの商人が、驚きながら足踏みをくらっている。
悠姫たちはその隙に門番の先導の元、再びフューレンへと足を踏み入れた。
「ウィル! 無事かい!? 怪我はないかい!?」
「イルワさん……すみません。私が無理を言ったせいで、色々迷惑を……」
最初にギルドに訪れた時と同じように応接室に通され、待つこと数分。以前の落ち着いた雰囲気をかなぐり捨てて、扉を蹴破る勢いでイルワが飛び込んできた。
心の底から心配していたのだろう。挨拶もなしに、ウィルを視界に捉えると直ぐに駆け寄り安否を確認する。
「……何を言うんだ……私の方こそ、危険な依頼を紹介してしまった……本当によく無事で……ウィルに何かあったらグレイルやサリアに合わせる顔がなくなるところだよ……二人も随分心配していた。早く顔を見せて安心させてあげるといい。君の無事は既に連絡してある。数日前からフューレンに来ているんだ」
「父上とママが……わかりました。直ぐに会いに行きます」
そしてウィルはイルワから両親の滞在先を確認し、悠姫達に頭を下げて改めてお礼を言い、改めて挨拶に向かうと告げてから部屋を出て行く、前に。
「ああ、ちょっと待ってくれ。すっかり忘れてたんだが、このロケットはお前のじゃないか?」
そう言い、悠姫は宝物庫からウィルを救助する前に拾ったロケットペンダントを取り出す。中に美しい女性が写っている写真が嵌っている。
「ああ! 拾ってくださってたんですね! ありがとうございます!」
「奇麗な女性だ。それにかなり大事にしてるみたいじゃないか」
「はい! 大好きなママの、若い頃の写真です!」
ビシリッと、応接室の空気が凍り付いた。嬉しそうなウィルだけは例外で、マザコンであることを知っていたイルワもロケットの写真は知らなかったらしく、悠姫達同様に固まっている。
「……まあ、うん。喜んでくれてよかった。そら、ママが待ってるぞ」
「はい!」
一足先に再起動した悠姫に言われると、一礼して先ほどよりも嬉しそうに応接室を出ていった。
それからたっぷり十秒、時間を掛けて
「みんな、今回は本当にありがとう。まさか、本当にウィルを生きて連れ戻してくれるとは思わなかった。感謝してもしきれないよ」
「まぁ、生き残っていたのはウィルの運が良かったからだろ」
「それに、先行してたディルグや、ウィルが同行してた冒険者達のおかげでもある。冒険者達を救うことはできなかったがな。遺品も持ち帰ってる、手厚く弔ってくれ」
「ああ、彼らを死地に向かわせた責任がある。言われずとも、手厚く弔わせてもらうさ。だが、君達自身も何万もの魔物の群れから彼や街を守りきってくれたのは事実だろう? 女神の剣様?」
にこやかに笑いながら、ハジメが大群との戦闘前にした演説の内容から文字った二つ名を呼ぶイルワ。一応(しぶしぶながら)愛子公認の二つ名ではあり、分かっていたことではあるが、いざ面と向かっては気恥ずかしいものがある。
「……あんたの後ろ盾を依頼報酬にしたのと同じ理由だ。これでギルドが干渉できない方にも、繋がりが生まれたってわけさ」
「確かに、かの“豊穣の女神”が後ろ盾となれば、教会も強引な手段以外は取れないだろうね」
くつくつと笑うイルワだが、やがて真剣な表情をして悠姫達に聞く。
「しかし、女神の剣が何万もの魔物を殲滅した、では情報としては不十分だ。一応、
「それは構わない。だが、その前にユエとシアのステータスプレートを融通してくれ。ティオは……「うむ、二人が貰うなら妾の分も頼めるかの」とのことだ」
「ふむ……確かに、プレートを見たほうが信憑性も高まるか……わかったよ」
=========================
ユエ 323歳 女 レベル:75
天職:神子
筋力:120
体力:300
耐性:60
敏捷:120
魔力:6980
魔耐:7120
技能:自動再生[+痛覚操作]・全属性適性・複合魔法・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収]・想像構成[+イメージ補強力上昇][+複数同時構成][+遅延発動]・血力変換[+身体強化][+魔力変換][+体力変換][+魔力強化][+血盟契約]・高速魔力回復・生成魔法・重力魔法
=========================
=========================
シア・ハウリア 16歳 女 レベル:40
天職:占術師
筋力:60 [+最大6100]
体力:80 [+最大6120]
耐性:60 [+最大6100]
敏捷:85 [+最大6125]
魔力:3020
魔耐:3180
技能:未来視[+自動発動][+仮定未来]・魔力操作[+身体強化][+部分強化][+変換効率上昇Ⅱ] [+集中強化]・重力魔法
=========================
=========================
ティオ・クラルス 563歳 女 レベル:89
天職:守護者
筋力:770 [+竜化状態4620]
体力:1100 [+竜化状態6600]
耐性:1100 [+竜化状態6600]
敏捷:580 [+竜化状態3480]
魔力:4590
魔耐:4220
技能:竜化[+竜鱗硬化][+魔力効率上昇][+身体能力上昇][+咆哮][+風纏][+痛覚変換]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮]・火属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・風属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・複合魔法
=========================
悠姫やハジメには劣るものの、勇者達ですら少人数では歯が立たないほどのチートスペック。シアは兎人族以前に亜人族の常識をぶち壊す魔力持ちであり、シアとティオに至っては、滅んだはずの種族の種族固有技能である〝血力変換〟と〝竜化〟を持っている。
「か、可能ならば、君達二人の分も見せてもらうことは、出来るだろうか?」
「……まあ、ここまで来たら見せないのも変な話か」
絶句しつつ、声を震わせながらイルワが悠姫に尋ねると、悠姫とハジメは顔を見合わせた後に、ステータス隠蔽を解いたステータスプレートを差し出した。
=========================
天津悠姫 ??歳 男 レベル:???
天職:神子 職業:冒険者 ランク:青
筋力:????? [+最大?????]
体力:????? [+最大?????]
耐性:????? [+最大?????]
敏捷:????? [+最大?????]
魔力:?????
魔耐:?????
技能:星辰光・■■■■・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・魔力変換[+身体強化][+部分強化][+治癒力変換][+衝撃変換]・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・生成魔法・重力魔法・言語理解
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南雲ハジメ 17歳 男 レベル:???
天職:錬成師 職業:冒険者 ランク:青
筋力:11350
体力:13670
耐性:11140
敏捷:14030
魔力:15230
魔耐:15230
技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成][+圧縮錬成][+高速錬成]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+調律]・胃酸強化・纏雷[+雷耐性]・天歩[+空力][+縮地][+豪脚][+瞬光]・風爪[+三爪]・夜目・遠見・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・熱源感知[+特定感知]・気配遮断[+幻踏]・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・恐慌耐性・全属性耐性・先読・金剛[+部分強化][+集中強化]・豪腕・威圧・念話・追跡・高速魔力回復・魔力変換[+体力変換][+治癒力変換][+衝撃変換]・限界突破・生成魔法・重力魔法・言語理解
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「こ、これは……いやはや……なにかあるとは思っていましたが、これほどとは……」
三人をはるかに超える、悠姫に至ってはそもそも数値化されたパラメータが一つもないという
多少イルワが落ち着いたところで、悠姫が事の顛末を語る。大まかには噂と同じで、百人が聞けば百人が馬鹿にするであろう内容。だが、その下手人が目の前にいて、尚且つ噂を裏付けるステータスの数値と技能を見れば、掌を返して信じること間違いない。
イルワは話を聞き終えると、一気に十歳くらい年をとったような疲れた表情でソファーに深く座り直した。
「……道理でキャサリン先生の目に留まるわけだ。ユウキ君とハジメ君が異世界人だということは予想していたが……実際は、遥か斜め上をいったね……」
「……それで、どうする支部長? 俺達を危険分子だと教会にでも突き出すか?」
「…まさか、冗談だろう。出来るわけがない。君達を敵に回すのは、国家を敵に回すのと同等か、それ以上だと解釈している。個人としても、
僅かに〝威圧〟を出しながら詰めるハジメに、冷や汗をかきながら苦笑してイルワは言う。おそらくヘルジャー帝国と戦争しても、悠姫達が勝利するだろうと、半ば確信している。
「それに、君達は私の恩人なんだ。そのことを私が忘れることは生涯ないよ」
「それは良かった」
試して悪かったと、ハジメが〝威圧〟を解いて謝罪を示す。それに対して、当然の警戒さと、イルワが笑う。
「私としては、約束通り可能な限り君達の後ろ盾になろうと思う。ギルド幹部としても、個人としてもね。まぁ、あれだけの力を見せたんだ。当分は、上の方も議論が紛糾して君達に下手なことはしない筈だよ。一応、後ろ盾になりやすいように、君達の冒険者ランクを全員〝金〟にしておく。普通は〝金〟を付けるには色々面倒な手続きがいるのだけど……事後承諾でも何とかなるよ。キャサリン先生と僕の推薦、それに〝女神の剣〟という名声があるからね」
「非戦闘職のランク上限は〝黒〟だった筈では?」
「〝預言師〟という非戦闘職で、〝金〟ランクのシェリア王女がいるからね。一度でも例外を許したなら、隙なんていくらでも作れる」
「……それもそうだ」
他にもイルワの大盤振る舞いにより、フューレンにいる間はギルド直営の宿のVIPルームを使わせてくれたり、イルワの家紋入り手紙を用意してくれたりした。少しでも友好関係を結んでおきたいということらしい。
その後、VIPルームで休んでいるとウィルのご両親である、グレイル・グレタ伯爵とサリア・グレタ夫人がウィルを伴って挨拶に来た。かつて、王宮で見た貴族とは異なり随分と筋の通った人のようで、ウィルもそうだったのだが、亜人族であるシアを一方的に見下したりしない辺りは、人柄の良さが窺える。ウィルの人の良さというものが納得できる両親だった。
グレイル伯爵は、しきりに礼をしたいと家への招待や金品の支払いを提案したが、悠姫とハジメが固辞するので、困ったことがあればどんなことでも力になると言い残し去って行った。
そして、食料等の買い出しは明日に済ませることにして、残りは休むことにした。
ハジメのステータスに関しては、原作のステータス公開時点から適当に出しています。
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第五十四話 黒竜から見た怪物
翌日、悠姫達は悠姫とティオ、ハジメとユエ、シアの二組に分かれて、フューレンの町を回っていた。
メインの買い出しは悠姫とティオが担当し、ハジメ達は三人でデートに繰り出している。フェアベルゲンを出たあたりからシアの恋をユエが後押しするようになっていたが、ようやくハジメもシアの恋心に向き合うようになり、素直にデートの誘いを受けている。
一方の悠姫とティオも買い出しは早々に済ませ、デート(仮)を行っている。
「うぬぅ……新参者の妾が、一番最初にこのような体験をするとは、申し訳ないというか、恥ずかしいというか…」
「フューレンに向かってる道中であれだけアピールしてきたくせに、今更なにを恥ずかしがってるんだよ」
「そ、それとこれとは話が違うのじゃ。それにあの時は逞しい背中に父のような安心を感じて…冷静になれば、なんと恥かしいことをしていたのじゃ妾は……」
「…なるほど、これがユエの言っていた恋愛雑魚というやつか」
頭を抱えながら顔を真っ赤にして呻くティオを、悠姫は呆れたように見つめている。そういう悠姫も、色恋に関しては経験豊富というわけではないのだが。
周囲を見渡すと、予想以上に向けられる視線が多いことに気付く。それも当然で、周りから見れば美男美女カップルが歩いているようなもの。美女の豊満な胸部を見て前かがみになる男が多く、冷めた目で男を見たりパートナーの男をどつく女性もまた多いのは、この展開のお約束だ。
なお、「生ユウキちゃん」と呟いて倒れる冒険者らしき男がいたことには全力で目を逸らし、記憶の彼方に捨て去っている。なぜまだフューレンに留まっているのか…
そうしてデートを続けた悠姫達だが、時間が経てばさすがにティオも落ち着いたようで、今は人目に触れることが少ない個室型の喫茶店で休憩している。
「……ところで主殿。一つ質問してもよいかの?」
「…? まあ、構わないが…どうした急に」
畏まったように話を切り出したティオに、悠姫は首を傾げつつも頷いた。
「なに、主殿のことをちゃんと知っておきたいと思っての」
そう言うティオだが、悠姫からすれば益々頭に疑問符が浮かび上がる。
ちゃんと知るもなにも、召喚されてからのことや、召喚される前の新西暦のことなど粗方話しているはずだ。それ以上に何を知りたいというのか。
もちろん、純粋な個人の好き嫌い等といった細かいことについては話してはいないが、この真剣な雰囲気にしてまで聞きたいことではないだろう。
「い、一応、先に弁明させてもらいたいのじゃが、妾は主殿を不審に思っているわけではないし、主殿のことを想っているのも本当じゃ。竜人族の誇りにかけて、今の言葉も、ウルで告げた言葉も、嘘偽りは一切ないと断言するのじゃ」
「…少々気恥ずかしいが、分かってるさ」
悠姫の返答に、ティオはゴホンと息を整え、再び気を引き締めて口を開いた。
「主殿は、一体何になりたいと思っておるのじゃ?」
「……と、言うと?」
そしてティオの口から出たのは、何になりたいのかという疑問。子供が口にする、将来の夢と言うような輝かしい希望などではない。
「人生を繰り返す、言葉にすれば単純じゃが、現実で考えれば「ありえない」の一言で片付けられることじゃろう」
あるいは気付いていないだけで、誰もが人生を繰り返しているのかもしれない。だが、それを知らなければ繰り返していないのと同じだ。
だが、その例外が天津悠姫という人間。
「何度も死んで、何度も殺される。そして何人も殺し、何度も殺した。それでまともな精神を保てるわけがないのじゃ」
「ひどいな。まるで俺がまともじゃないと言ってるみたいじゃないか」
「じゃが事実じゃろう?」
「まあな」
クリストファー・ヴァルゼライドという
では、その“
結論を言うならば、そこまで変わっていない。“
仲間や幼馴染、他の召喚された面々を地球に返す為、未だ地球で自分の帰りを待っているという父母に再会する為といった理由も少なからず含んでいる。
しかし、ティオにはそのどれもが違うように感じ――
「じゃが、妾には“
「だから、何になりたい、か」
――悠姫はティオの真剣な瞳に射抜かれて、苦笑して肩を竦める。まったく、
ヴァルゼライドの本質は、“英雄”ではない。光を守ることが目的ではなく、正義の味方という存在ですらなく、真実は寧ろその逆。邪悪を滅ぼす死の光、“悪の敵”こそヴァルゼライドの本質だ。それを貫いた結果が“英雄”という形であり、
ならば、その“悪の敵”の隣で進み続けた男の真実は――
「……勝利とはなんだ、と考える時がある」
「勝利?」
「ああ。生涯の果てに得た悟り、“生きる”という問いに対する答えと言ってもいい」
十秒ほど空けて悠姫の口から出た言葉は、今度はティオにとって不可解なものだった。しかし、高位次元という
ある
ある
ある
ある
ある
どれも間違っていない
「俺は――ッ?!」
――突如、轟音と振動が悠姫とティオを襲った。どうやら外から聞こえたようで、悠姫とティオは話を中断して、代金を置いて外へと駆け出した。
そうして飛び出した悠姫達が見たのは、倒壊した数棟の建物と、物理的に顔が歪んだり痙攣して倒れている強面の男たち。そして…
「お? なんだ、ここにいたのかよ」
「…いったい何の騒ぎだ、ハジメ」
爆ぜた壁面から出てきたハジメとシア。それは休日が終わりを告げた瞬間だった。
「よし、潰そう」
それがハジメから事を聞いた悠姫の一声。事の次第は以下の通り。
まず、ハジメがデート中に地下の下水道から〝気配察知〟で何かを感じ取った。しかも、作業員のような大人という感じではなく、非常に弱りきった子供だという。
〝錬成〟を使って三人で向かうと、そこには衰弱した三、四歳程度の海人族の女の子、ミュウがいた。
海人族とは、亜人族の中でも特殊な立場にある種族だ。【グリューエン大砂漠】を越えた先の海、その沖合にある【海上の町エリセン】で生活している。そして、その種族特性を活かして大陸に出回る海産物の八割を採って送り出している。そのため、差別される亜人族でありながら、王国に“保護”されている種族だ。
その海人族の子供であるミュウが下水道で衰弱していたという時点で、不穏な空気が漂ってくる。そしてその通りで、ミュウは人攫いに遭い、人身売買、オークションの商品として連れて行かれるところを逃げてきたらしい。
ミュウを保護した以上、無関係ではなくなったハジメ達だったが、最終的に保安所に預けるという判断を下した。理由としては、大迷宮【グリューエン大火山】に挑むにあたって、砂漠地帯に一人残していくことになってしまうことが大きい。また、誘拐されたミュウを連れて行けば、自分たちが誘拐犯として扱われる危険性もある。
そしてハジメ達はミュウの駄々に必死で耐えつつ保安所に預けた。事情を聴いたときの保安官の様子からハジメ達も大丈夫だと判断し、ミュウの悲しげな声に後ろ髪を引かれながら保安所を後にする。
しかし数分後、保安所が爆発。ハジメ達が急いで駆け付けた時にはすでに遅く、ミュウは再び攫われた。代わりにあったのは負傷した保安官たちと一枚のメモ。
―海人族の子を死なせたくなければ、金髪の少女と白髪の兎人族を連れて○○に来い―
しかし指定の場所に行ってみればミュウの姿は無く、武装した男達に囲まれていた。しかしそれでハジメ達を止めるなど出来るはずもなく即殲滅。拷問して情報を聞き出し、ギルドと保安所に突き出しつつアジトを襲撃、拷問して……というところで悠姫とティオが合流した。
そして合流するまでの流れを説明して、悠姫の一声に戻る。
「ギルドはなんと?」
「連中、フリートホーフはまあまあ面倒な裏組織みたいでな、正式に討伐依頼が出た。生死は基本的には問わねえが、可能な限り幹部クラスは生け捕りにしてほしいそうだ。ただ、アジトが分かんねえから、虱潰しにしてくしかねえ」
「まあ裏組織は往々にしてそんなものだ。ニルヴァーナの時も面倒だった」
「……ちなみにその時はどうやって?」
「本拠地に直接乗り込んだ」
その時と今の違いは、本拠地の場所が分かっていないという点であるため、結局は虱潰しになることに変わりはない。しかし、人数が足らなすぎる。
ゆえに、悠姫は〝宝物庫〟から大量の機械蜂を取り出した。
――〝
悠姫の指示により、無数の機械蜂の群れが一斉に飛び出して、フューレン各地に散っていく。路地に、下水に、経験と直感で判断した“裏”につながっていそうな場所に、静かに機械蜂たちが侵入する。
「静かに、だが確実に、塵共には消えてもらうとしよう」
他者を弄ぶ“悪”は見逃さぬと、怪物の瞳は嚇怒に燃えていた。
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第五十五話 錬成師、パパになる
サブタイトルや、或いは前話から察していた方もいるかと思いますが、未亡人フラグはハジメに立ちました。
「ハジメ、ユエ、観光区の十八番地の呉服屋「カイト」に行ってくれ」
『おう』
『ん』
その日、冒険者ギルドフューレン支部の支部長室では、慌ただしく多くの
「イルワ支部長、三ヶ所を無力化させた。捕縛用の人員を送ってくれ」
「聞いたな! 一ヶ所ごとに五人を送れ。人が足りなければ保安局や冒険者も連れていけ!」
『『は、はいッ!』』
悠姫の言葉に反応して、同じく支部長室にいるイルワがギルド職員に指示を出す。指示を受けた職員は他数名の職員や冒険者と共に、機械蜂の案内の元、無力化されたフリートホークの拠点に向かって行く。
今現在行われているのは、裏組織フリートホーフ殲滅作戦。そして、指揮所が支部長室であり、総指揮を執っているのが悠姫。
各地に飛ばした機械蜂で拠点を探り、ハジメ達が近いなら四人を向かわせ、四人が遠い又は別拠点にいるなら機械蜂で無力化することで、少しずつフリートホークの総体を削っていく。
ギルドを拠点としているのは、ギルド主導の殲滅戦なのだと他の裏組織に知らせ、その活動を牽制するため。
しかし、未だフリートホーフの本拠地と、ミュウの居場所は分かっていない。
「いやまさか、あのフリートホーフに対して攻勢に出れるとは思っていなかったよ。このサイズだから、拠点に侵入されても気付かれない。それに構成員の無力化もできる。どの組織も、喉から手が出るほど欲しがるよ」
「残念だけど、アーティファクトじゃなくて俺の能力の一部なんだ。他組織で使われないだけで良しとしてくれ」
「仕方ない。そうしよう」
なかなか足を掴ませてくれない組織に対して、こうもあっさり攻められるとは、とイルワが感心しつつ、どの組織もと言いながら、掌の機械蜂を是非欲しいという視線を悠姫に向けるが、しかし残念。あくまで悠姫の
そこに、ドット秘書長が慌てるように支部長室に入ってきた。その慌てぶりに、イルワがドットに話しかける。
「何かあったのか」
「い、いえ。実は先程、手紙が届いているのを発見しまして」
「手紙? それなら後にしろ。今はフリートホーフが優先だ」
「そ、それが、宛名は支部長ではなく、彼でして」
「俺?」
機械蜂を操作しながらイルワとドットのやり取りを聞いていた悠姫だが、ドットが持ってきた手紙が自分宛ということに疑問を抱いて手紙を受け取る。
―親愛なる天津悠姫殿へ 審判者より―
名前を見た瞬間に、悠姫は手紙を開封する。そしてその文面を読んで、悠姫は口元を笑うように歪ませた。
「フリートホーフの本拠地と、オークションの会場が分かった」
イルワとドットは悠姫の表情に一歩引いた態勢になったが、次いだ悠姫の一言に気引き締める。この殲滅戦で最も望んだ情報だ。
「ハジメ、オークション会場が分かった。ミュウという女の子もそこにいるらしい。シア、ティオも向かってくれ。俺は連中の本拠地に乗り込む」
『妾も主殿の方へ行ってよいかの? 本拠地ともなれば、顧客リストなんかもあるはずじゃ。それなら人手は多い方が良いと思うのじゃ』
「……そうだな。ティオも本拠地の方へ来てくれ、案内を飛ばす」
『了解じゃ』
「それなら、ギルドの非戦闘職員の内、十名程をユウキ君側に行かせよう。露払いはしてくれるだろ?」
頷いて、悠姫達はそれぞれの持ち場に急行する。
悠姫、ティオ、ギルド職員十名はフリートホーフの本拠地へ。ハジメ、ユエ、シア他ギルド職員や冒険者達はオークション会場へ。
フリートホーフ壊滅まで、あと――
「おい! いったい何が起きてやがる!」
商業区の外壁近く、観光区や職人区から離れた場所。公的機関の目も届かない裏の世界、都市の闇深くにそれはあった。表向きは真っ当な人材派遣を商いとしているが、裏では人身売買の総元締めをしている、裏組織フリートホーフの本拠地だ。
その本拠地では、ギルドの支部長室と同じように、慌ただしく多くの
「潰されたアジトは五十を超えました! 二十が吹き飛んで、三十近くがギルドに抑えられてます!」
「ふざけた報告してんじゃねえ! 三十だぁ? 冒険者使ったって、ギルドにそんな力があるわけねえだろうがッ!」
「そ、それが、ギルドに抑えられたアジトでは全員、毒か何かで動けなくなってたらしく…」
「毒ぅ? どいつか裏切りやがったか?」
しかし飲食で毒を盛るにしては、効果の出方が纏まりすぎていると、フリートホーフの頭、ハンセンは思考を巡らせる。さすが巨大な組織の頭と言うべきか、着眼点は良い。だが、相手が悪かった。
「あ? なんだ?」
その時、先程以上に外が騒がしいことに気付いた。
ハンセンがいる部屋は七階、つまり最上階だ。しかし、階下の方から悲鳴が聞こえてくる。少しずつ、だが着実に、
そして、ハンセンがいる部屋の扉が轟音と共に吹き飛んだ。
入ってきたのは、全身を構成員の返り血で染め上げた怪物。剣呑な様子と、視線で人を殺してしまいそうな鋭い眼光、そして全身から滴る返り血が、中性的な様子を掻き消して本能的な恐怖を感じさせる。
「…フリートホーフの頭目だな」
「……てめえが俺らのアジトを襲撃してたって奴か…一人で乗り込んでくるとは、ふざけた野郎だ…だが変態貴族共に好かれそうな見た目じゃねえか。おい! 今すぐ投降すりゃあ命だけは助けてやるぞ! 立派な雌になるように調k「黙れよ塵屑が」…あ?」
男娼趣味の変態貴族に売り飛ばせば、多大な利益が出ると喜ぶハンセンだが、悠姫が口を挟んだ一言に意識を奪われる。
「その汚い口を閉じろ。腐った声を垂れ流すな」
「……死ね」
悠姫の罵倒にキレたハンセンが親指で首を切り裂くようなサインを送ると、部屋の影に隠れていた構成員が、後ろから悠姫の首に剣を振り抜いた。
剣は当たり前のように悠姫の首と胴体を切断し、首はゴロリとハンセンの足元まで転げ落ちる。
「…は、ハハハハッ! なんだこいつぅ? こんな奴に良い様にやられたのかよ!」
転がってきた悠姫の首を踏みつけ、高笑いするハンセン。大金になる餌を殺してしまったとか、フリートホーフのメンツを潰した奴を見せしめにするのを忘れてたとか、いろいろと考えるものはある。だがスッキリしたと溜飲が下がる。が、
「黙れと言ったはずだが? それとも、目先の事しか見えていないのか。随分とおめでたい頭をしてるんだな」
「――は?」
足元から聞こえてきた
「ひッ! な、なんなんだお前ッ! ば、化物!」
「黙れと何度言えばいい」
太刀に流れる血を振り払いながら、ゆっくりと悠姫はハンセンに近づいていく。ハンセンは尻餅をついて後退りしながら逃げようとするが、出口は悠姫の背中の方にのみ存在し、ハンセンは自ら出口から遠ざかる形になっている。
「わ、悪かった! もうお前らには関わらねえ! 金なら好きに持っていっていい! だ、だから、命だけは!」
「屑には、罰を」
壁まで後退り逃げ場を完全に失ったハンセンの眼前で、悠姫が太刀を振り上げる。その様子を、悠姫に追いついたティオが固唾を呑んで出口から見ていた。
「う、海人族のガキか?! それなら、観光区の美術館でやるオークションだ! 俺が言って、お前に渡す!」
「悪には、裁きを」
醜い命乞いを歯牙にもかけず、
「や、やめ!」
「奪われた希望には、相応しい闇と嘆きと絶望を」
その
「倒壊した建物十一棟、半壊した建物十八棟、死亡が確認されたフリートホーフの構成員三十四名、再起不能十一名、重傷百三十八名、行方不明者五十五名……まあ分かってはいたけれど、これは事後処理が大変だね」
「ハンセンとかいう頭と幹部連中は捕まえた。他にも商品として捕まっていた子供たちも救ったし、フリートホーフと関わりがあった貴族なんかの顧客リストも手に入れた。当の貴族も、オークション会場という言い逃れできない場所で捕まえた。まあ貴族に関しては教会の権力で揉み消されそうだが、これ以上ない快挙だろう。他にどんな不満がある」
冒険者ギルドの応接室で、報告書を片手に眉間を揉み込みながらぼやくイルワに悠姫が応える。
フリートホーフの本拠地を襲撃した悠姫とティオだったが、実の所あの襲撃で死んだ構成員は殆どいない。最後にハンセンに振り下ろした太刀は、顔の横の壁を斬りつけ、ハンセンは恐怖によって失禁しながら気絶していた。
そして重要書類を確保して、大量の死傷者を出しながらフリートホーフ殲滅作戦が終了したのだ。
なおハジメ達は、丁度ミュウがオークションに出されていた時に襲撃、ミュウや他商品として捕まっていた子供達を救出し、オークションに参加していた客達は、周辺を確保していたギルド職員や保安官、冒険者に取り押さえられた。
子供達は保安局に保護されて、身元が確認がされ次第親元に戻ることになる。客達は半ば決定的な証拠を握られたようなもので、いくら貴族という立場であっても闇に手を出すことは不可能になったと言っていい。
そして肝心のミュウはというと、現在ハジメの膝の上に載って茶菓子をモリモリと食べていた。
「まさかと思うけど……メアシュタットの水槽やら壁やらを破壊してリーマンが空を飛んで逃げたという話があるんだけど……関係ないよね?」
「…ハジメ?」
「……ミュウ、これも美味いぞ? 食ってみろ」
「あ~ん」
イルワが言った内容を悠姫は知らないのだが、ハジメが目を逸らして聞いていない風を装うあたり、何か知っているのだろう。いや、ユエとシアの目が泳いだあたり、三人でやったことだというのは、悠姫含めティオ、イルワ、ドット秘書長は察した。
「はぁ…まあ、フリートホーフ壊滅に比べれば些事だ、対処のしようはある。目先の問題は、他勢力の動きだけど…」
「今回、ギルド主導という体でフリートホーフを壊滅させただけでも十分牽制になるはずだ。それでも調子付く奴がいるなら、支部長お抱えの“金”がやってくるとでも宣伝すればいい」
「……いいのかい? 利用されるのは嫌う質だと思っていたのだけど」
「実際嫌いさ。でも、こちらもフューレン支部長という後ろ盾に世話になる。お互いに利益がある、ウィンウィンの関係だ。過度な不利益が出ない限り、仲良くしよう」
悠姫の提案はイルワにとっても非常にありがたいもの。今回の件ではギルドと冒険者だけでなく保安局も入り混じっており、事実を併せれば“金”冒険者がお抱えであるというのも納得されるだろう。
「ありがとう、なら適度に利用させてもらうよ。……さてそれで、そちらのミュウ君のことなんだけど」
支部長室に緊張が走る。その雰囲気に、ミュウはまたハジメと離れることになるのではと、不安そうにハジメやユエ、シアの顔を見上げている。
「可能なら、このままミュウ君を君たちに預けて、依頼という形でエリセンまで送り届けてほしい」
これから暫く、事後処理の為にギルドも保安局も忙しくなる。原因の裏組織は壊滅したものの、保安局襲撃と誘拐されるという前科がある以上、真に安全とは言い難い。それなら、このままハジメ達に任せた方が、ミュウの安全や精神面で良いと判断したらしい。
「ハジメさん、悠姫さん…私、絶対、この子を守ってみせます。だから…」
「もう、二度と誘拐なんてさせないから……」
シアとユエが固い意志を宿してハジメと悠姫を見る。ティオは二人の判断に任せるようで、何も言わずに見守っている。
「お兄ちゃん…一緒…め?」
ハジメはその一言によって、一瞬で陥落した。というより、最初からミュウ本人が一緒に居たいと望めば、そのまま頷く程には陥落していた。
「まぁ、この期に及んで放り出すなんて真似するわけねえさ」
「ハジメさん!」
「お兄ちゃん!」
シアとミュウが声を上げながら満面の笑みで喜びを表にする。ユエも声には出さないものの、二人と同じように笑みを浮かべる。
そして、ハジメに同意するように悠姫も頷く。
大迷宮に挑む際は、近くに【アンカジ】という国があったはずなので、其処のギルドで預かってもらえばよいだろう。
そして、ミュウを連れていくことが決まったが、一つの問題が発生した。
「ただな、ミュウ。そのお兄ちゃんってのは止めてくれないか? 普通にハジメでいい。何というかむず痒いんだよ、その呼び方」
そう、呼び方である。所謂オタクであるハジメにとって、血の繋がらない幼女から“お兄ちゃん”と呼ばれるのはむず痒いものがあるそうだ。
ミュウがしばらく首を傾げると、何か納得したように頷いて――
「パパ」
――全員の想像の斜め上を行く答えを出した。
「………な、何だって? こめんな、ミュウ。よく聞こえなかったんだ。もう一度頼む」
「パパ」
「……そ、それはあれだな。海人族の言葉で“お兄ちゃん”とか“ハジメ”という意味で――」
「ううん。パパはパパなの」
「うん、ちょっと待とうか」
ハジメが目元を抑えて情報を整理している間に、悠姫がミュウにどういうことなのかを聞き出した。
「ミュウね、パパいないの……ミュウが生まれる前に神様のところにいっちゃったの……キーちゃんにもルーちゃんにもミーちゃんにもいるのにミュウにはいないの……だからお兄ちゃんがパパなの」
「そうか……良かったなハジメ、早くも子供ができたぞ。おめでとう。ハジメパパ」
「いやパパじゃねえし、なに早々に受け入れてんだよ。なあ、ミュウ。頼むからパパは勘弁してくれ。俺は、まだ十七なんだぞ?」
「やっ、パパなの!」
「わかった。もうお兄ちゃんでいい。贅沢は言わないからパパは止めてくれ!」
「やっーー!! パパはミュウのパパなのー!」
この後、何とか“パパ”だけは止めさせようとしたハジメだが、ミュウは“お兄ちゃん”よりも“パパ”の方がしっくり来たようで、最終的にエリセンでミュウの母親に説得してもらうしかないと、肩を落としながらも一時的に了承した。
なお、誰がミュウに“ママ”と呼ばせるかの紛争が勃発したが、ママは本物のママしか駄目らしく、ユエ、シア、ティオは“お姉ちゃん”、悠姫は“お兄ちゃん”で落ち着いた。
この日、南雲ハジメ十七歳(未婚)は、四歳の幼女ミュウのパパになった。
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第五十六話 予言通りの敗北
淡い緑色の光だけが頼りの薄暗い地下迷宮に、激しい剣戟と爆音が響く。
「万象切り裂く光 吹きすさぶ断絶の風 舞い散る百花の如く渦巻き 光嵐となりて敵を刻め! 〝天翔裂破〟!」
光輝を中心に放たれる無数の光刃が、襲い掛かる魔物の群れを切刻む。同時、光輝の合図で後衛が残る魔物に対して魔法を放つ。
「刹那の嵐よ 見えざる盾よ 荒れ狂え 吹き抜けろ 渦巻いて 全てを阻め “爆嵐壁”!」
後衛を襲おうとする魔物は“結界師”谷口鈴が展開した攻勢防御魔法である空気の壁によって防がれ、魔物は暴れる空気によって爆散していく。
そして、後衛の魔法が魔物を吹き飛ばし、残る魔物も光輝たち前衛によって殲滅された。
「次で九十層か……この階層の魔物も難なく倒せるようになったし……迷宮での実戦訓練ももう直ぐ終わりだな」
「おう、今の俺達ならどんな相手だろうと、それこそ魔人族相手でも楽勝だぜ!」
感慨深そうに言う光輝に反応して、豪快に笑う龍太郎。拳を突き合わせて不敵に笑う二人だが、光輝の胸中には未だ晴れない不満があった。それは、
二人は勇者一行としてオルクス大迷宮に潜ってはいるものの、パーティとしてはアヤメ、シェリアの二人を加えた四人パーティとして基本独立している。理由は、香織の他に“治癒師”が一人しかいない為迷宮攻略を共にしているだけで、戦闘や訓練では殆ど光輝たちに混ざることがない。
そして、一番大きな理由が二人のステータスが、“勇者”である光輝すら敵わないほどに高いからだ。
少し前二人は、二人の
数日後、王都に戻ってきた二人は、数日前よりもはるかに強くなっていたのだ。しかも、王国や教会も知らない技能を取得して。当然、光輝は危険だ、そんな怪しい技なんて使ってはダメだと説得しようとするも、二人は全く聞き入れない。
先程の戦闘でもそうだった。今、光輝たちが殲滅した魔物と同数程度だったのに、掠り傷一つ負うことなく、たった二人で勝利を収めている。
その戦闘結果が二人の強さの証明。自分が守るべき相手が自分より強いという
その二人は、アヤメ、シェリアと共に、普段以上に神経を尖らせながら周囲を警戒している。
未知の階層であるから、というのは理由の一つ。しかし、最も警戒しているの理由は、“預言師”であるシェリアが予知した未来が近づいているから。
その予知が正しければ、今日、二度と癒せない傷跡を残して勇者パーティは惨めに敗北する。
そんなシェリアの予言は、嘲笑と共に一蹴された。
光輝が雫と香織の強さに不満を抱いているなら、雫と香織は光輝の自分勝手に不満を、いや嫌悪感を抱いている。
自分が正しいと思っているから正しい、という根拠の欠片もない
今だって、光輝たちは完全に油断している。速度に特化した魔物が襲撃すれば、容易く一人は殺されるだろう。だが、もし
だからこそ、シェリアの予言を信じて雫と香織は警戒を怠らない。すべてはユキとハジメに再会する為、地球に帰る為、自分たちが正しいと思ったことをするのだ。
そして―――
「さあ、この程度ではないだろう?
――予言は正しく、オルクス大迷宮に潜っていた攻略組は完膚なきまでに敗北した。
「……あれからまだ四ヶ月…何年も前だったように感じるな…」
フューレンでの騒動を終えて出立した悠姫達一行は、オルクス大迷宮がある宿場町ホルアドにいた。イルワからの頼み事を受け、冒険者ギルドホルアド支部の支部長に手紙を届けに来たのだ。
そのホルアドの町並みを懐かしむように、悠姫とハジメは見ている。ユエと出会う前、ユキが悠姫になる前、ハジメが左腕を失う前、二人は約三十人の同郷とホルアドにきたのだから。
「…二人とも…大丈夫?」
「ん? いや、問題ねえよ。ただ、ある意味ここから始まったんだよなって思ってな…すげえ緊張して、怖くて…でもまあ、隣に本心で仲間だって言ってくれる奴がいて…次の日に迷宮に潜って……んで落っこちて…」
運命の日とも言えるあの日の出来事をポツリポツリと呟くハジメの独白を、ユエたちは神妙に聞いていた。今に至るまで何があったのか、そのことは聞いていても、辛く苦しいだろう出来事をどう感じたのかなどと、そんな無神経なことはユエでさえ聞いたことはない。
「ああでも、前日の夜に
『そもそも、俺達は一人じゃない。ピンチになったら、素直に助けてくれって言えばいいんだから』
「まあ実際に助けてって言った覚えはねえけど、それでも
「…ん。今は私もいる」
「私もです!」
「えっと…ミュウも!」
ユエ、シア、そしてミュウと続いて声を上げ、ハジメは少し恥ずかしそうにしながらも、朗らかに笑った。その様子を微笑ましそうに見る悠姫に、ティオは声を掛けた。
「…主殿は、その日をやり直したいとは思わないのかの? 少なくとも、雫殿と香織殿という二人は、主殿とハジメ殿の味方じゃったのだろう? それに、主殿ならハジメ殿が最大限の力を発揮できる場所を整えたり、他の同郷の者たちを纏め上げることだって出来たのではないかの?」
「…そうだな…」
そう指摘され、悠姫は歩きながら思案する。今の記憶を持ったまま、あの月夜の日に戻れるなら? 召喚されたあの日なら? 記憶も持たずに戻ったなら? 色々と考えてみるが、辿り着く答えは一つ。
「
奈落に落ちなければユエという仲間に出会うことはなかった。王都に残り続ければシアとも遭遇することはなく、ハウリアは全滅していた。
勇者パーティという陰に埋もれていれば、ティオに出会うのはもっと遅かっただろうし、そもそも会えていなかったかもしれない。ミュウは二度と日の目を見ることなく、下水の中で冷たい屍になってしまっただろう。
それぞれの出来事に至る過程はどうあれ、最高の結果だったのだから。
「…そうか…妾も、主殿に出会えたことは間違っていないのじゃ」
冒険者ギルドホルアド支部。その内装は、最初にハジメが抱いていた冒険者ギルドそのものだった。
床や壁の所々に壊れた跡に、それを大雑把に修復した跡。正面にギルドのカウンターがあり、左側に食事処がある。オルクス大迷宮があるためか、冒険者たちの目はギラついており、ブルックのような雰囲気は全くない。
しかし、それらを抜きにしても異様に空気がピリついている。明らかに歴戦の冒険者といった風貌をしている者すら、深刻にさせるだけの何かが起きているようだった。
ギルドに入った瞬間に浴びせられる、冒険者たちの殺気の籠った鋭い視線。なんとなくの直感で、ギルドに入る前にミュウを肩車から片手抱っこにして目線を遮ったのは正解だったとハジメは思った。間違いなく怖がって涙目になっていただろう。
頭に疑問符を浮かべているミュウを抱いたまま、ハジメはニッコリと冷たい笑顔をしながら〝威圧〟と〝魔力放出〟を冒険者たちにぶつけた。生まれてこの方感じたことがないレベルの凶悪なプレッシャーに、冒険者たちは一人残らずガクガクと震えている。
幸か不幸か、ハジメの絶妙な加減によって気絶を許されず、しかし生物としての本能がハジメに対して逆らう気力を失わせる。そしてついに、ハジメが口を開いた。
「笑え」
「「「「「…え?」」」」」
ギルドに入って開口一番に言ったのは、状況を無視した命令。戸惑う冒険者たちに、ハジメは表情を変えずに追い打ちをかける。
「笑え、と言ったんだ。俺のように、ほらニッコリと。怖くないおじちゃんだぞ~てな。手も降って、家の子が怯えちまうだろ」
「だったらその〝威圧〟を止めろ。連中の顔が引き攣ってるだろ。まったく親バカめ」
む? とハジメが〝威圧〟と〝魔力放出〟を解くと同時に、悠姫が冒険者達に目で合図を送ると、ハッとした冒険者達はそれぞれができる最大限の笑顔でミュウに向けて手を振った。
ハジメが手を退けて冒険者達のことを見たミュウは、数秒置いてからニヘラと笑って冒険者達に手を振り返した。そのミュウの笑顔に浄化されたように、ピリついていた雰囲気は、ほんわかとした雰囲気に変わっていった。
ミュウが怯えることなく和んだことを確認したハジメ達は、ギルドの受付カウンターに向かった。受付では、沢山の冒険者を一瞬で黙らせる子連れ冒険者? とその仲間たちの対応をしなければならないと思って、緊張で強張った笑顔を張りつけた受付嬢が立っている。
「あ~…冒険者ギルドフューレン支部支部長イルワ・チャングから手紙を預かってるんだが、ホルアド支部の支部長はいるか?」
「は、はい…フューレン支部の支部長からの手紙、ですか? それでしたらお預かりしますが…」
「いや、直接渡すように言われててな。確認してくれ」
自覚があるのか、受付嬢の緊張を見て苦笑いしそうになったハジメだが、要件を伝えて同時にステータスプレートを差し出す。受付嬢はハジメのステータスプレートを受け取って、表示されている情報を見て目を見開いた。
「き、“金”ランク!?」
全冒険者において“金”のランクを持つ者は全体の一割に満たない。そして、“金”のランク認定を受けた者についてはギルド職員に対して伝えられる。そして当然、この受付嬢も全ての“金”ランク冒険者を把握しており、ハジメのことを知らなかったので思わず驚愕の声を漏らしてしまった。
その声は、他ギルド職員や冒険者たちも聞いており、受付嬢と同様に“金”の出現で一気に建物内が騒めきだす。
受付嬢は個人情報を暴露してしまったことにより必死に謝り倒しているが、ウルやフューレンでの事も含めて隠すのは今更だと判断して、ギルド支部長への取り次ぎをお願いする。
受付嬢が報告の為に奥に消えて数分後、ギルドの奥から全身黒装束の少年が床を滑りながら凄まじい勢いで飛び出てきた。そして、誰かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡し始めた。
ハジメと悠姫はその人物に見覚えがあった。ハジメにとってはクラスメイトで、悠姫にとっては色々な意味で特徴的だったため直ぐに覚えることができた地球出身の少年。
「……遠藤?」
「……遠藤浩介?」
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第五十七話 魔法の言葉
「うっ……」
「鈴ちゃん!」
「鈴!」
九十層で敗北を経験した雫達は、八十九層最奥付近の壁内に身を隠していた。
「し、知らない天井だぁ~」
「鈴、あなたの芸人根性は分かったから、こんな時までネタに走って盛り上げなくていいのよ?」
喉が渇いているため、皺枯れた声でネタに走る鈴だが、状況は最悪と言っていい。
まず、九十層に降り立った十七人は魔人族勢力による襲撃に遭った。肩に双頭の白い鳩のような魔物を乗せた赤髪の魔人族の女性と
女魔人族による勧誘を蹴って始まった戦闘は、高い攻撃と防御だけでなく、姿を消す魔物に回復担当まで、それぞれに特化した魔物の連携によって、終始魔人族勢力の優勢によって決着した。
それは圧倒的なまでの経験不足によるもの。戦略を練り、戦術を駆使する知能を有する敵との戦闘経験。なまじ力押しで解決できるような相手ばかりだったからこそ、光輝達は罠に掛かってしまった。
しかし、仮に魔人族の戦術を喰い破っていたとしても、敗北という予言からは避けられなかっただろう。
その理由こそ、
人間の名は、ギルベルト・ハーヴェス。そして魔物の名は、マルス-No.ε
たった
その三体に立ち向かったのは、雫、香織、アヤメ、シェリアの四人。“勇者”をも超える現最強のパーティ――のはずなのに。
「……でも」
ぼそりと呟いた雫が思い出すのは、ギルベルトにいとも簡単にあしらわれた自身と香織。純粋な技量、膂力、経験の差が、容易に越えられざる壁となって立ちはだかる。
結果、雫達は敗走を余儀なくされた。“暗殺者”遠藤浩介を地上に送りつつ、“土術師”野村健太郎の技能で壁に空間を造って身を隠し、そして今に至る。
「…アヤメさん、大丈夫ですか?」
「ええ、軽傷です。すみません、
「いえ、アヤメさんの能力はあの人には効き辛いですし、判断は間違っていなかったはずです」
少なくとも、光狂いに対してアヤメの能力は相性最悪であり、逆に強いだけの魔物である二体の
とは言え、一瞬でも気を抜けば死んでいたことに変わりはなかっただろう。だが、過ぎたことを言っても仕方がない。問題はこれからどうするべきかであり、しかしそれも一択しかない。
「…私達四人で、
「なッ! それはダメだ! それでは四人を見捨てることになるじゃないか!」
「だったら他にどんな選択があんだよ! そもそも、お前が負けたのが悪いんじゃねえか!」
「次は負けない!」
シェリアが提案したのは、自分達四人を犠牲にして他十二人を生かすこと。利用価値が高い自分達が殺されることはないだろうと予想してのことなのだが、光輝は猛烈に反発する。
それに対して、檜山パーティの近藤礼一が声を上げる。先の戦闘で、光輝は切り札でもある〝限界突破〟を使用してまで負けたのだ。先程よりも消耗している今、客観的に見て勝てる要素などあるわけがない。それでも光輝は負けないという一点張り。
険悪な空気が全員を包み込むが、今は敵から身を隠している途中でありそんな中で騒げば――
「ルゥガァアアアアア!!!」
――見つかるのは当然だ。
「ッ、戦闘態勢!」
「ちくしょうが!」
壁を粉砕してきたキメラ型の魔物、その後ろには他の魔物や魔人族、ギルベルト達の姿も。光輝が聖剣を構えて叫び、それに続いて各々が軋む体に鞭を打って立ち上がり、悪態を吐きながらも武器を構える。
「光輝! あの三体は私達で抑えるから、〝限界突破〟で魔人族を一点突破しなさい!」
「そ、それじゃあ雫達が!」
「つべこべ言わずに早くしなさい!」
そんな中、雫達四人は一足先にギルベルト達へ飛び出し――
「「天■せよ、■が守■星───鋼の■■に■■を■せ」」
――先手必勝とばかりに
「地に満ちる絶望、天に広がる憎悪、滅びの時代は訪れる。されど、決して
紡がれる
「邪心に染まりし者よ、暗き闇でも見失わぬ輝く灯火を見るがいい。この猛き炎こそ、
込められた想いは
何年も夢を見続けて、無限に命を落とし続ける姿に心を痛め、それでも何度
「甦れ、渾沌の化身よ。汝が奈落を飛び立つ時、新たな神話は紡がれる」
「生まれよ泥の姫、大地の化身よ。たとえ災厄を解き放とうとも、不滅の
だからこそ、
それはきっと、いや必ず、誰もが救われる世界なのだから。
「「いつの日か世界が笑顔で満たさると信じて。さあ人々よ、
「「約束された想いを胸に、
「「超新星――〝
神速の斬閃がギルベルトの眼下より襲い掛かる。それを身を捩って躱し、次いで振られる鞘を大剣で難なく逸らす。さらに雫の影から杖が突き出されるが、大きく飛び退いた。
「ッ!」
剣閃が見えた上段に曲刀を構え――悪寒を感じた雫は横へステップしながら、下段の攻撃に備えるように曲刀を構え直す。そして腕に伝わる衝撃と僅かに削られる肩部。血が噴き出すと同時に生じた痛みに顔を顰めた。
「雫ちゃん!」
香織が雫の傷を回復し、使用できる数少ない攻撃魔法〝光穿矢〟を飛ばしつつ、胴を薙ぐように杖を振るう。ギルベルトは最低限の動きで〝光穿矢〟を避けつつ、香織の杖を大剣で受け止める。
そしてその全てがギルベルトの読み通り。
「シッ!」
「
「〝縛煌鎖〟!」
「次はそうくる」
唐竹割のごとく襲い掛かる剣閃も、動きを止めんと四方より飛来する光の鎖も、
(ッ、強い)
攻撃の手を緩めず、雫は内心で舌を打った。
あくまで表面上だが、ギルベルト・ハーヴェスという男のことは知っている。
だが、純粋な戦闘力という点なら自分達も弱いわけではない筈だ。勿論、たった数ヶ月の努力で越えられるなど微塵も思っていない。それでも、
(
――なんだこの壁は。攻撃が全く当たらない。それどころか黒外套に掠らせることすら出来ない。
〝縮地〟を使い跳び回る雫は、既に音速の領域に足を踏み入れている。それでも、審判者は笑みを崩さずその瞳は雫を捉えて逃がさない。
「――ッ!」
ギルベルトの視界から外れた隙を狙い香織が杖を突きだす。完全な死角からの一撃、しかし審判者の慧眼は一挙手一投足残らず読み切り、杖を大剣で受け流しながら香織の頬に裏拳がめり込んだ。
「香織ッ!」
たたらを踏んで倒れる香織を見て、雫が過去最高速度で斬りかかる。ギルベルトの首へ吸い込まれた一閃は――
「――ッガ!」
――鳩尾を抉るような蹴撃によって中断される。肺胞の空気を全て吐き出し飛び掛けた意識を歯を食いしばりながら繋ぎ止め、雫は香織を掴んで
「素晴らしい。今ので終わると思っていたのだが」
「…敗けられない理由が…あるんです」
「ああ、それで結構。やはり
この少しの攻防ではっきりした。雫と香織では、ギルベルト・ハーヴェスには勝てない。いや、この場の全員でも勝利に届くかのかは怪しいだろう。
それでも、雫が言った通り、敗けられない理由があるのだから。
絶望的な戦力差、それを理解しても失われない瞳の輝きに、ギルベルトは二人の
が、その決断に水を差すようで悪いがと、空いた手を差し出しながら微笑を浮かべて口を開いた。
「その勝利へ邁進する強き心を、力を、どうか私に貸してはくれないだろうか」
「……それは私達に、仲間になれ、ということですか?」
「少々違う。私が求めているのは、同じ未来を目指す同志なのだ。気付いているのだろう? この
「……確かに、それは同意します」
宗教観による迫害と戦争。人間族、亜人族、魔人族の関係は分かり易く言えば
しかし、いや待て。三種族とも、
それではあまりにも俗人的すぎる。自分で創造して、気に入らないから
「道や手段は違えど、
「それ、は…」
ギルベルトの口から出た異名は二人が慕う男のもの。つまり、あの日以降にギルベルトが会っているという証明でもある。だからだろうか、絶体絶命の状況も後押しして二人の意志は揺れ動いた。
「どうやら、あちらも終わったようだ」
ギルベルトに反応して、二人はギルベルトの視線の先を追った。
そこには、馬頭の魔物に首根っこを掴まれて吊るされた光輝。腹から血を流して倒れるメルド団長。それを絶望的な目で見る生徒達。
そして、壁に寄りかかる形で倒れているシェリアとアヤメの姿。止めを刺すつもりはないのか、二体の魔星は二人の前で立ったまま動かない。
「これで決着、だが…
なにやら意味深な呟き。なにがあと少しなのか謎に包まれているが、そこに
「……るな」
――光輝の呟きが全員の耳に響いた。それは光輝の敗北を受けて、降伏を受け入れようとした者達の耳にも確かに届き、降伏すると発しようとした檜山は言い知れぬ圧力に口を噤んだ。
魔人族は死にぞこないが何かを言っていると光輝を見たが、その両目は白銀に輝く眼光に睨まれて息を呑んだ。満身創痍の光輝から底知れ無いプレッシャーを感じ、後退ると同時に、警報を鳴らす本能に従って魔物に指示を出した。
「アハトド! 殺れ!」
「ルゥオオオ!!」
馬頭の魔物改め、アハトドが咆哮を上げながら両腕で光輝を圧殺しようと力を込めた。すると、光輝を光が包み込み、竜巻のような魔力の奔流が巻き上がる。そして、光輝がアハトドの右手に対し同じように右の拳を振りつけると、簡単にアハトドの右手を粉砕した。
悲鳴と共に拘束していた光輝を落としたアハトドは、今度は光輝の負傷を感じさせない回し蹴りを喰らい、後方の壁へ凄まじい勢いで吹き飛ばされた。
強大な敵。全力の末の敗北。仲間の危機。
ここに、
「よくもメルドさんをぉー!!」
力の正体は〝限界突破〟の派生技能[+覇潰]。〝限界突破〟が一定時間ステータスを三倍に引き上げる能力なら、〝覇潰〟は五倍に引き上げるもの。当然、疲弊している今では効果は三十秒程、更にその後の副作用も甚大だ。
しかし、光輝はそんなことを歯牙にもかけず、メルドの仇を討たんと復讐の念だけを魔人族にぶつけている。魔人族も土壇場の覚醒に焦り、周囲の魔物を光輝にけしかけるが聖剣の一振りで薙ぎ払われ、砂塵を操り盾にするも聖剣の前には効果が無く、あっさりと盾ごと魔人族は切り裂かれた。
「まいった、ね…あの状況で逆転なんて…まるで三文芝居だよ」
切り裂かれた衝撃で血飛沫を撒き散らしながら背後の壁に激突した魔人族はズルズルと崩れ落ち、聖剣を構えながら歩み寄る光輝を前にそう呟いた。
そして、懐からロケットペンダントを取り出し、ギュッと握りながら目を瞑り…
「ごめん…先に逝く……愛してるよ、ミハイル……」
瞬間、聖剣を振り下ろした光輝の手が止まった。魔人族は覚悟していた死が訪れないことに訝し気に顔を上げ、頭上数ミリで停止した聖剣と、その聖剣を握る光輝の恐怖と躊躇いが宿った瞳を見た。それにより、光輝が聖剣を止めた理由を悟って、光輝を侮蔑の眼差しで睨みつけた。
「……呆れたね……まさか、今になってようやく気がついたのかい? “人”を殺そうとしていることに」
「ッ!?」
「まさか、あたし達を“人”とすら認めていなかったとは……随分と傲慢なことだね」
「ち、ちが……俺は、知らなくて……」
「ハッ、“知ろうとしなかった”の間違いだろ?」
「お、俺は……」
「ほら? どうした? 所詮は戦いですらなく唯の
「……は、話し合おう……は、話せばきっと……」
この瞬間、“勇者”天之河光輝の戦意は完全に失われた。光輝の中で魔人族という
「アハトド! 剣士の女と治癒師の女を狙え! 全隊、攻撃せよ!」
聖剣の傷と衝撃から回復した魔人族の命令で、ギルベルトの下で膝をつく雫と香織へ魔物が迫る。
「な、どうして!」
「自覚のない坊ちゃんだね……私達は“戦争”をしてるんだよ! 未熟な精神に巨大な力、あんたは危険過ぎる! 何が何でもここで死んでもらう! ほら、お仲間を助けに行かないと、全滅するよ!」
光輝は蒼褪めて二人の元へ向かおうとするが、突然膝から力が抜け前のめりに倒れ込む。〝覇潰〟の制限時間が訪れたのだ。どれだけ踏ん張っても、聖剣を杖のようにして立ち上がるのが精一杯。光輝は絶望で顔を染め、二人に向けて叫んだ。
「香織ッ! 雫ッ!」
その二人は互いに支え合いながら立ち上がり、迫る魔物達を一見した後に覚悟を決めた表情でギルベルトを睨みつけた。
「さて、どうかな? 時間はもうないが」
このままではアハトドを始めとした魔物達に殺されるぞと、暗に仄めかす。しかし二人の返答は決まっている。
「「お断りします」」
差し出した手を払いのけられたギルベルトだがそこに驚きはなく、二人がそうするだろうと分かっていたように不敵な微笑を浮かべていた。
「理由を聞いても?」
尋ねるギルベルトに、二人は先の弱々しい心を振り払い強い意志を視線に宿して睨みつける。
理由など分かっているだろうと。確かに、その手を取れば歪が正された、正しき
光の
「「私達は、私達の
叫ぶと同時に、香織が上位防御魔法〝天絶〟をギルベルトに対して多重展開。壁として自分達とギルベルトを隔離しつつ香織が限界寸前の加速でアヤメとシェリアを救助、雫が〝縮地〟を併用しつつ魔人族へと斬りかかる。
仕向けた魔物の全てを置き去りにして迫った雫に、魔人族は目を見開いて驚いた。瞬きをするような一瞬で訪れるであろう
「し、雫! やめるんだッ!」
そこに、渾身の力を振り絞り魔人族を背に両手を広げて光輝が立ちはだかった。その背に対して感じるのは、やはり呆れと侮蔑。そんな魔人族の視線に一切気が付くこともなく、光輝はキリっとした表情で雫を見る。
「ッ!」
しかし、それで雫が止まることなどはない。呆れも侮蔑も既に湧かず、あるのは邪魔という一点のみ。ゆえに、雫は容赦なく光輝の横腹に蹴りを入れて退かし、そのまま魔人族に唐竹割を叩き込む。
しかし、勇者という壁が表れて生まれた隙を活用しないわけがなく、魔人族は魔物という盾を使って後ろに跳んだ。その盾は有効に働き、雫の唐竹割は魔物を両断するも魔人族には届かない。
(今!)
瞬間、磁界操作という
それは所謂〝燕返し〟と言われる剣術の再現で、磁界操作も用いたことによる人体構造を無視した技は、雫の両腕に捻じ切らんばかりの激痛が走った。
しかし奇襲としては一級品で、事実魔人族は想定外の反撃に動けない。魔物は遠く、光輝は後ろで倒れ、雫を遮るものは何一つ存在しない。今度こそ、雫は両手を魔人族の血で染め上げ――
「すまないが、彼女を殺される訳にはいかないのだよ」
――雫の鳩尾で炸裂する
血反吐を吐き体をくの字に折り曲げて地面に崩れた雫に対して、容赦なくギルベルトの
「ああ、悪いが
「雫ちゃんッ!」
「雫!」
たとえ〝天絶〟に遮られようとも関係なく、ギルベルトが指を鳴らすと同時に雫の足元が弾け飛ぶ。香織と光輝が叫ぶが、香織はアヤメとシェリアを魔星から護るために動けず、光輝は〝覇潰〟の限界時間を迎え疲労も加わり数メートルすら動けない。
「は、はははッ! 止めを差しな、アハトド!」
「ルゥオオオ!!」
アハトドの豪腕が勝利の咆哮と共に振り上げられる。
雫はその鉄槌を霞む両目で眺めていた。
香織達に出会うよりも前の幼い頃の悠姫をまず思い出した。それから悠姫がいなくなり、香織達と出会い、小学、中学、そして高校に上がって、トータスに召喚されて。夢が現実になって、想い人に再会して。あの、月下の一夜。
だから、あの日の言葉が掠れて漏れた。
それは曰く、魔法の言葉。女の子が唱えれば、どんな男でも無敵の
「助、けてッ」
「ああ、助けるさ。その涙を拭うために、そして笑顔を与えるために」
瞬間、アハトドの頭上の天井が轟音と共に崩落し、同時に溢れ出た極光がアハトドを欠片残さず消し飛ばした。
「これまでよく頑張った。雫、香織。もう大丈夫だ」
「…あ、ああ」
「…う、そ」
一人を除いて呆然とする中、天井から降り立ったその男の背と言葉を聞き、雫と香織の全身に電撃が走った。
最後に聞いた時とは違う声。だが知っている。何年も見てきたあの夢の、あの憧れの、あの想い人の声だと。
たなびく外套。片手に握られた一刃。黒い髪に黒い瞳。そして、情熱を宿した眼光。圧倒的な存在感を放ちながら、その男は現れた。
「そして、これも言わせてもらおう――」
辛いとき、苦しいとき、悲しいときに。どこからともなく現れて助けてくれる無敵のヒーロー。
魔法の言葉は唱えられた。ゆえに、
「――そこまでだ、魔人族。君の
「「ユキさんッ!!」」
ヴェンデッタのヴェンデッタルートをやった人なら分かるでしょう。
最後のシーンは、あのシーンです。逆の立場から見るとどんな見え方になるんでしょうね。きっとシスコン無職の絶望顔がはっきりしていることでしょう。
次話は、前話から今話の間の主人公達です。
よければ感想、評価などをいただけると嬉しいです。
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第五十八話 影の薄い男の奮闘
悠姫達が遠藤浩介と遭遇した時まで遡る。
悠姫とハジメが遠藤の名前を呟くと、遠藤は辺りをキョロキョロと見回しながら声を張り上げて叫び始めた。
「南雲! ユキさん! いるのか! 二人なのか! 何処なんだ! 南雲! ユキさん! 生きてんなら出て――」
「――喧しい」
叫ぶ遠藤の後頭部に、悠姫がチョップを入れて中断させる。建物内の大勢が耳を塞いでいることから、遠藤の声が相当に煩かったことが分かるだろう。特に聴力が優れているシアはウサ耳を手で抑えて蹲っていた。
何やら必死な様子と所々がボロボロな遠藤の戦闘装束、そしてギルドのピリついていた空気から大体察した悠姫がそれなりの力でチョップを入れると、遠藤は突然の痛みに驚き、後頭部を擦りながら振り向いた。
「ユ、ユキさん?! ユキさん、なのか? あれ、こんなに若かったか?」
服装や面影がユキであると伝えてくるのに、年上の大人であるという記憶が目の前の男とユキが同一人物であるという情報を乱してくる。
とはいえ、死んで蘇ったなど言えるわけもなく、ブルックでも同じことがあったなと思いながら
すると今度はハジメの安否を確かめようとしたので、自分の後ろの白髪眼帯義手男(幼女片手抱っこ中)がハジメであると伝えると、悠姫で多少気を取り戻したのか、遠藤はチョップ以上に驚きながらハジメかどうかを確認した。
「な、南雲なのか?」
「おう。死に物狂いで生き残ってやったぜ、影の薄さランキング世界一位」
「誰がコンビニの自動ドアすら反応してくれない影が薄いどころか存在自体が薄くて何時か消えそうな男だ! 自動ドアくらい三回に一回はちゃんと開くわ!」
「いやそこまで言ってねえよ…てか三回に二回は開かねえのか…」
「電子機器すら騙せるのか。
新西暦にいたならば、少なくとも自分の部下にするか、
ツッコミが入ったことで本当に冷静になれたのか、遠藤はハジメと悠姫の顔を交互に見て、生きていて良かったと息を吐くと、再び必死な形相になって二人に縋りつく様に懇願した。
「ふ、二人は“金”ランク冒険者で、迷宮深層からでも生き残れる位強いってことだよな?! なら、一緒に迷宮に来てくれ! 皆を助けてくれッ!」
「待て待て待て。大体察したから、落ち着けって」
「落ち着いてられるかよッ! 今でも、皆が死んじまうかもしれないんだよ!」
遠藤が騒ぎ始め、周囲の冒険者たちから再び不穏な雰囲気が漂い始めた。すると、しわがれた声で静止がかかる。
「話しは奥でしてくれ。それに、そこの“金”達は俺の客らしいしな」
声の主は、六十歳過ぎくらいのガタイのいい左目に大きな傷が入った迫力のある男だった。全身から滲み出る覇気は、この男が歴戦の冒険者であったことを教えてくる。おそらく、この男がホルアド支部の支部長なのだろう。
悠姫達はギルドの奥へ歩いていく男の背に着いていった。
「魔人族、ねえ…」
冒険者ギルドホルアド支部の応接室にハジメの呟きが響く。
魔人族による襲撃。騎士団の壊滅。強力な魔物の群れ、そして
遠藤から聞いたその内容は、殆どが悠姫が予想した通りではあった。しかし、アヤメとシェリアの二人もいて易々と敗けるとも思えない。ゆえに
「氷の魔法を使う蒼い女に、赤い鬼のような魔物…」
遠藤の口から語られた二体の化物。
ダインスレイフから魔人族側が手にした神代魔法は〝変性魔法〟であることは聞いている。それで強化された魔物によって人間族は戦争に敗北すると予想し、そして勇者の敗北という形で先駆けて、今回現実なった。
だが、
新西暦で猛威を振るった
しかし、その予想の裏をかき
「さて、ユウキ、ナグモ。イルワからの手紙でお前達の事は大体分かっている。随分と大暴れしたようだな?」
「大体は成り行きか正当防衛だろ」
「無償の施しという訳でもない。しっかりと得はある」
遠藤の話しが途切れたのを見計らい、ホルアド支部支部長ロア・バワビスが悠姫達が持ってきた手紙を片手に口を開いた。
「手紙には、お前達の“金”ランクへの昇格に対する賛同要請と、できる限り便宜を図ってやって欲しいと書いてあった。一応、事の概要くらいは俺も報告を受けているが……たった数人で六万近い魔物の殲滅、半日でフューレンに巣食う裏組織の壊滅……にわかには信じられんことばかりだが、イルワの奴が適当なことをわざわざ手紙まで寄越して伝えるとは思えん……お前達が実は魔王やその使いだと言われても、俺は不思議に思わんぞ…いや、天職で考えればユウキは“神の子”なのかもな?」
「俺は人と人の間に生まれた、人の子だ。神の子なんかじゃない」
正直、高位次元や
「ふっ、まあいいさ。あれ等の報告が真実であるという確信は持てた。では、冒険者ギルドホルアド支部長からの指名依頼を受けて欲しい」
「……勇者達の救出だな?」
悠姫が言った、救出という単語に反応して、項垂れていた遠藤がハッと我を取り戻し、身を乗り出して悠姫に捲し立てる。
「そ、そうだ! 皆を助けてくれ! そんなに強いなら、絶対に皆を助けられる!」
目を輝かせる遠藤だが、悠姫を含めハジメ達のの反応は芳しくない。
そもそもとして、遠藤の考えは
確かに、悠姫とハジメなら戦力としては十分だろうが、それを知らない遠藤の判断材料としては不十分と言える。つまり、遠藤は“皆の代わりに死んでくれ”と言っているに等しい。それなら他冒険者含めて、首を縦に振るはずもないだろう。
「お、おい…どうしたんだよ! 今、こうしている間にもアイツ等は死にかけてるかもしれないんだぞ! 仲間だろ?! 助けてくれよ?!」
仲間という一言に、ハジメが眉を吊り上げながら反応して遠藤を睨みつける。睨まれた遠藤は、ハジメの瞳から感じる冷たさに思わず一歩後退った。
「…仲間? 何言ってんだ。お前を含めて勇者達が仲間な訳ねえだろ」
「なッ! 何言ってんだよッ?!」
「はぁ…」
ハジメの言葉に反論する遠藤に、悠姫が溜息を吐きながら握りしめた拳を突き出す。その溜息で遠藤やロアの視線が集中し、悠姫は折り曲げた指を伸ばしながら口を開く。
「一つ、俺とハジメは仲間だという男に殺されかけた。二つ、その悪党の犯行は幾人もが目撃し、決して言い逃れできない状況だったにも関わらず、一人の勇者によって無罪となった」
一つ、二つと罪状を上げる度に、その当事者だった遠藤とそれを初めて聞くロアが顔を引きつらせる。あえて状況を明文化することで、より二人に起きた出来事の深刻さが浮き彫りになる。
「三つ、“無能”と“未知”の死は既に終わった
ビクリと肩を震わせて驚いた遠藤が、恐る恐る悠姫の顔をみる。呆れたというような表情をしつつも冷めた瞳に睨まれ、さらに遠藤は肩を震わせて縮こまる。
「これは一般論だと俺は思うんだが、悪意で殺そうとしてきた相手は仲間ではない思うし、そいつを仲間という奴等もまた仲間ではないと思うんだが、違うのか?」
「あ、いや…その通りだと、思います」
先のハジメ以上の冷めた瞳に、遠藤は思わず敬語で答えてしまう程に震えている。しかし、遠藤としても引き下がる訳にもいかないのだ。
仲間の命を救うためならば土下座でもなんでもしようと、遠藤が膝を折り始めたところで、だがと続けて悠姫が口を開く。
「俺が提示する条件を呑めば、救出依頼を受けてもいい」
「ほ、本当かッ?! 何をすればいい?!」
悠姫の提案に遠藤はテーブルから乗り出して反応する。ロアが何か言いたげな目線をハジメに送るものの、ハジメは静かにとジェスチャーをしてロアを制止する。
「簡単だ。俺の部下になれ」
そう言い、悠姫は〝宝物庫〟から一個の腕輪を出した。それは、〝念話〟を可能とする念話石と
「同郷のよしみだし依頼でもある、今回は助けよう。だが、依頼が終わり次第、俺達は
はっきりと仲間ではないと断言され項垂れる遠藤だが、一筋の光に縋りつく様に顔を上げ、不安そうな顔で悠姫を見る。
「王国や勇者の動向が把握できないのも中々に面倒だ。だから、遠藤浩介。お前が逐次、その情報を教えてくれ。つまりは
「…それだけ?」
「それだけだ。ああ、可能ならメルド団長も引き入れてくれ。そして、他の誰にも
この条件は、遠藤にとってそれほど難しいものには見えなかった。なぜなら、何かあったら教えればいい、それだけなのだから。メルド団長に関しても、遠藤は死んでしまったと思っているようだが、悠姫はそう考えない。
曰く、ギルベルト・ハーヴェスならばメルド・ロンギス騎士団長は必ず生かすとのこと。
少々納得できないところがあるものの、遠藤はそれでいいなら、と決死の思いで頷いた。この咄嗟の選択が、遠藤浩介の未来を決定づけることになるとは誰も思わなかっただろう。
「よし、契約成立だ」
悠姫は腕輪を遠藤に放り、パンと手を打って立ち上がり、ハジメ達も続く様に立ち上がった。放られた腕輪を受け取った遠藤は、悠姫が手首を指差していることに気が付いて、腕輪を嵌めながら恐る恐る言った。
「え、えっと、結局、一緒に行ってくれるんだよな?」
「ああ、ロア支部長。一応、対外的には依頼という事にしておきたいんだが……」
「上の連中に無条件で助けてくれると思われたくないからだな?」
「当然だ。それともう一つ。帰ってくるまでミュウのために部屋貸しといてくれ」
「ああ、それくらい構わねぇよ」
そして悠姫達は応接室を出て、ティオをミュウの子守兼護衛として残し、オルクス大迷宮へと歩を進めた。
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第五十九話 前世の因縁
サブタイトル考えるのが大変です…
崩落した天井から降り立った悠姫に視線が集中する。
その殆どが困惑であり、アハトドを一瞬にして消滅させたという事実から金縛りにあったかのように動くことができない。そんな中、悠姫はへたり込む雫の頭をポンポンと撫でている。
「え、えっと…ユキさん…」
「こんなにボロボロになるまでよく頑張ったよ。香織、雫に回復魔法をかけてくれ」
「は、はい! あ、でも…」
声を掛けられて反応した香織が雫の回復に向かおうとするが、香織の後ろにはアヤメとシェリアが倒れている。前には二体の魔星も立ちはだかり、二人を置いて雫の元に向かうことはできない。
しかし次の瞬間、天井の穴から紅雷を纏った二発の弾丸が魔星を襲う。咄嗟に回避行動をとったことで、二体はそれぞれ片腕を失うものの大きく跳び退いて、二発三発と続いた追撃を回避する。
そして、穴から飛び出してきたハジメと、その隣にふわりとユエが、そしてユエの反対側にシアが降り立った。
「いきなりで悪いが、ハジメはあれをそのまま警戒してくれ」
「了解だ」
ハジメはドンナー・シュラークの銃口を魔星に向けたまま返事をする。その名を聞くと雫達は驚いてハジメを見るが、白髪眼帯義手と様変わりした姿に困惑の声を上げる。
「え、うそ…ハジメ君なの?」
「おう、まあ驚くのも無理はねえけどな。正真正銘、無能の錬成師、南雲ハジメだぜ」
それは確かにクラスメイトの南雲ハジメの声であり、悠姫同様に生きていたと涙ぐむと、ハッと我に返った香織が雫に駆け寄って回復魔法を施した。
「ゆ、悠姫さんッ! ちょッ! 余波で吹き飛ばされたんですが?! って言うかなんすか今の光?! いきなり床をぶち抜くとか何してんすか?!」
「物質を構成する最小の核が壊れる時に放出される皆殺しの光。つまり核分裂だが?」
「だが? じゃないんすよッ?! ほんと、何してんすか?!」
そして最後に全身黒装束の少年、遠藤浩介が降り立った。当たり前だろ? という風にさらりと言った悠姫に対して、遠藤が騒いでいる。
なお、核分裂反応によく似た性質を持っているだけなので、厳密には違ったりする。
「「浩介!」」
「重吾! 健太郎! 助けを呼んできたぞ!」
その遠藤の言った“助けを呼んだ”という一言に、魔人族や光輝達がハッと我を取り戻した。そして再び悠姫に視線が集中する。
しかし悠姫はそんな周囲の様子に一切構うことはなく、何故か笑顔の
「ユエは一塊になってる連中の護衛、シアは向こうで倒れてる騎士甲冑の男の容態を見てくれ」
「ん…わかった」
「はいですッ!」
「ハジメは魔人族の女性と魔物の相手を頼む」
「氷女と赤鬼はいいのか?」
「俺の部下二人がやる気みたいだ」
ハジメがチラリとアヤメとシェリアの方を見ると、二人は己の発動体を握り尽きぬ闘志を宿した眼光で魔星を睨みつけていた。なるほどと納得するとハジメは両銃を魔人族へ向け、余裕そうに笑いながら口を開く。
「おい、そこの女魔人族。お前らに勝ち目はねえ、
「……何だって?」
それは、今まさに魔物に囲まれた人間の発言ではない。たった数人増えただけで、戦力差は相変わらず魔人族側が圧倒的に優勢なのだ。だからこそ、ハジメの言ったことが理解できず、魔人族は思わず聞き返した。しかし、ハジメの余裕が崩れることはなく言い間違いではないと理解すると、魔人族は表情を消して一言命令する。
「…殺れ」
この瞬間、女魔人族は致命的な間違いを犯した。天井を崩落させて階下へ降りるというありえない事態、敬愛する上司より賜ったアハトドの消滅などで、明らかに冷静さを欠いていたということが原因で、普段であればもう少し冷静な判断が出来ていた筈だ。しかし、既に賽は投げられた。
そう、
しかし
そしてハジメの標的から外れた二体の魔星は、
「創生せよ、天に描いた星辰を―――我らは煌めく流れ星」
二人の金ランク冒険者によって、
それは良く言えば“覚醒”であり、逆に言えば“異常”。少なくとも、先までの敗北が嘘のように思えるほどの
「無謬の空を従えるは、燦爛たる天空神。穢れに満ちた大地を見下し悦に浸る」
「だからこそ、
そして呪怨を宿して紡がれる
「血筋も力も運命も、魂の一片残らず腐り果てた哀れな
アヤメ・キリガクレ、否、アヤメ・淡・アマツにとって、
口を開けば“血筋が”“高貴な”“選ばれた”そればかり。極めつけには、実妹である
なんだそれは、ふざけるな。と反発したところで、実姉から自分への扱いが良くなるわけがない。
ゆえに、アヤメは唯の帝国民として軍の門を叩いたのだ。そしてそれから暫くして、改革派によって生家が粛清され実姉含めて処刑されたのだと聞いた。
「やはり貴様のような愚神には、奈落の底こそ相応しい」
「その
家族全員皆殺され唯一の生き残りとなったアヤメだが、そこに哀しみは全く存在しない。寧ろ清々しい位だ。なぜなら、これで忌々しい悪夢を終わった過去にできるのだから。
それなのに、実姉は
「それでも血族の縛鎖から逃れられぬというならば――我は化生へ変わろうぞ」
「輝け、昼光の女神。墜ちろ、天空の氷河姫。
ならば粗野で野蛮な暴力で、何度でもその天空を粉砕しよう。アマツではない、一人の
「
その答えは、
「ここです」
アヤメの武器、
アヤメは別に
「次です」
再びアヤメの姿が掻き消える。上下左右と見回しても見当たらない。ならば二度目は喰らわないと、
「連続してするわけがないでしょう」
側頭部に衝撃が轟いた。
それは
一方的に勝利を収めたはずの相手に、しかも一刻も経たない内に逆転されている。その事実が、
「ガァァアアアッ!」
視界の端にアヤメを捉えた瞬間、顔を憤怒に歪ませ見た目に合わない魔物としての咆哮と共に、全方位に極寒の
それは
「これだから拡散型はッ!」
そして例外なく、アヤメは
視覚情報誤認能力。それがアヤメ・キリガクレの
相手の視界に映った“アヤメ・キリガクレ”という情報体を変換することで、“アヤメ・キリガクレが其処にいる”という認識を妨害する。
誰かに変装することも、今のように透明になることも可能。しかし、姿が見えなくなっても消えたわけではない。
この氷結世界のような範囲攻撃をされてしまえば、アヤメを視界に入れずとも場所など直ぐに特定されてしまう。
ゆえに。
「バトンタッチよ。
「了解しました。
「創生せよ、天に描いた星辰を―――我らは煌めく流れ星」
躊躇なく相方へと
「予言を此処に、私は必ず勝利を刻む。たとえ
そして、シェリアは声高々に
「ラピテスの
「吟遊詩人よ、私の竪琴を奏でながら黄泉を降りなさい。悲哀の音色は冥府の全てを魅了するでしょう」
一対の曲剣に光輝が宿る。それは邪悪を滅ぼす死の光などではない、灼熱の太陽の輝き。
物心がつく頃には既に
だが確かなことは一つ。当時のシェリアは最底辺の
「これぞ私の示す予言の形、世界に輝く星々の海。あの日に憧れた
その数年後、
そして、
「そして始まる巨人大戦、私の強弓は遍く敵を撃ち貫く。しかし、この身は十二の一柱、巨人を討つには一手足りぬ」
「この森羅を照らす
「そして巨人を射抜き、私は勝利を刻むのだ。それで
ゆえに、シェリア・ハムは剣を手に取る。
たとえ世界が変わろうとも、
「
理想を、羨望を、憧憬を。いざ形にせんが為に、雄々しくシェリアは宣言する。
「“勝つ”のは私達よ!」
視覚情報誤認能力
基準値:E
発動値:D
集束性:E
操縦性:C
維持性:D
拡散性:D
付属性:C
干渉性:D
他者からの視界に映るアヤメの情報体を別の何かに変換することで、アヤメの位置情報を誤認させる星辰光。
平均的に素養が低いことが最大の弱点であり、純粋な戦闘力としては決して高くない。
そのため、戦闘を避けた暗殺が最も優れた運用方法であり、正面からの戦闘を行う場合は戦闘力の高い相方の支援に徹することが基本である。
次回は、悠姫VSギルベルトか、アヤメ・シェリアVS偽魔星のどちらかです。
シェリアの星辰光についてはその時に。
なお、ハジメ対カトレアは大体原作通りなので殆どカットです。
よければ感想、評価などをいただけると嬉しいです。
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第六十話 真実の一端
最近忙しくて、全然時間が取れなかったんです…
いつの間にかACⅥが発表されてるし…
FGO第七異聞帯も配信されてるし…
神なる巨山の最奥。外界の光や音の一切から遮断された空間に、星々の母たる彼女は封印されていた。
そして、ゆっくりと双眸が開かれた。
「……あと少し…」
ポツリと、小さく声が零れる。
彼女が見ていたのは、瞳の裏側ではなく愛する男の軌跡。
勇者の敗北、
ゆえに、彼女の願いが成就する日は近い。
「…ああ、悠姫、悠姫、悠姫」
恍惚としながら狂ったように男の名を口にする。宿る心は愛であり、恋であり、そして罪。
彼をどれほど愛しているかなどと言うまでもなく、さらにあの輝く雄姿に再び恋に落ちる。
だがそれ以上に、彼に対して贖罪しなければならないのだ。
なぜなら、彼が振るう力こそ彼女の取り返せない罪の証であり、果たさなければならない使命の象徴なのだから。
「…私が必ず、■■■■■■から。だから待っているわ、気高き私達の
錬成師VS魔人族+魔物、
そして、
「――シッ!」
「――ハァ!」
一切の手心を加えることもなく、斬り殺さんとする斬風が互いに向けて放たれる。しかし二人とも当然のように外套の端に掠らせることもなく避け、そして再び斬り結ぶ。
戦端が開いてから約三分が経過した今現在、二人が激突した回数は既に四桁を超えており、さらに激しさを増していく戦闘に外野は全く目が離せない。
「……なんなんだよ…あれ…」
一人が恐る恐る口を開いた。自分達のこの数ヶ月の訓練や戦闘が、園児の遊戯のようだと錯覚してしまうほどだ。しかし次に口から洩れたのは別の一言。
「…化物じゃねえか…」
その一言が、数名の生徒に染み渡った。助けられた、という事実など既に忘れている。
そんな恥知らずな感想を抱いた原因は単に、人対人の構図だったからだろう。これが人対黒竜のような魔性退治であったならば、悠姫は喝采を浴びていたのかもしれない。
勿論、今その感想を抱いたのは極数名で、殆どは助けられたという感謝と何者なのか警戒が入り交じり、他数名が凄まじい戦闘に魅入っている。
しかし当の悠姫は生徒達の反応など気にする余裕などあるはずもない。
「それでもッ!」
――〝
磁界操作という伝令神の
しかし、その程度では白夜の審判者は動じない。
太刀に
次いで悠姫が踏もうとしている地面を起爆させようと――悠姫の行動に驚いて動きを止めた。
悠姫は取り出したもう一振りの太刀で己の右足を切断、磁気反発で射出したのだ。すなわち、ロケットパンチならぬ〝ミサイルキック〟である。
さすがのギルベルトもこれには驚いた。常識とか常識外とかそういう話ではない。一体どこに、生身の足をミサイルにする馬鹿がいるというのか。
しかし動きを止めたのも一瞬。冷静に
「文字通り、自身の身体を武器にする。なるほど、貴官のような不死者が執るには効率的な戦術だ。身をもって体験させてもらったよ」
「ありがとう。お前の驚いた顔が見れただけで収穫は十分だ」
もっとも、この男には二度と通用しない戦術だ。
既に
「
「ほう? おかしい、とは?」
「
確かに少数だが例外はある。戦い方によっては勝てるだろうし、誰かの援護があったり、隙を突けば一発逆転だって当たり前に起きるだろう。
しかし、この
ならばそれはもう、
「…私は
と、何やらギルベルトが意味深に呟く。そして何かに納得すると、悠姫の足元を起爆、たたらを踏みながらも態勢を崩した悠姫へと脚撃を入れ後方へと離脱した。
悠姫はギルベルトを追撃することなく、その場に止まっている。それは、ギルベルトの「貴方だと思っていた」という一言に引っかかるものがあったからだ。
つまり、この光の亡者等が超強化された犯人は悠姫だと思われていた、ということだ。冗談じゃないと吐き捨てそうになるが、可能性が0とは言えないのは事実だ。
悠姫
悠姫本人が自分のことを理解しきれていないのだから、完全に否定できる材料など当然ないし、逆に新西暦の
しかし、
「やはり貴方は素晴らしい。私のような凡夫には不可能なことを実現できるのだから。ならば私は、貴方が報われる世界を創りたい」
「いらないんだよ、そんなものッ!」
悠姫は太刀を構え駆け出し、両者は再び激突する。
シェリア・S・B・ハイリヒ。ハイリヒ王国第一王女でありながら王位継承権を放棄し、冒険者として自ら野に下ったという異端の経歴を持つ“天才”であり“英雄”。
英雄視されるようになったのは数年前、突然魔物が大量発生した時。清水幸利が引き起こしたウル事変程ではないものの、凡そ数千近くの魔物が古都テルスに接近していたことがあった。
原因は依然不明で、対処には少なくとも国家規模の戦力が必要だとも言われていた。しかし、解決したのは三人の冒険者。それが当時黒ランクだった、シェリア、アヤメ、ディルグのパーティ“ケイオス”である。
灼熱の光輝を纏い一騎当千を現実とする彼女の戦いは、文字通り一際強く輝き、人々の心に強烈な希望を与えたのだ。
加え、王国内での治安維持活動にも尽力している。残虐な悪事を働くものは貴族であろうと容赦なく粛清し、生きるために悪事に身を染めた者には更生するために手を差し伸べる。
老若男女種族身分に分け隔てなく平等に接する人柄が、彼女の“英雄”としての姿を形作ったのだ。
「ガァァアアアッ!」
「無駄よ!」
シェリアに向けて射出される氷弾の群すら一振りの光波によって蒸滅され、シェリアの身を傷つけるには遠く及ばない。
無駄だと悟ったのか、敗けると確信したのか、
当然、ユエの護りがその程度で破れる訳もなくそれこそ無駄な足掻きなのだが、
「させるわけ、ない!」
一瞬の踏み込みで
「グギャァァアアッ!」
「
顔を憤怒に歪ませながら叫ぶ
「グルルゥァアアッ!」
そこに大質量の巨体で突進してくる
本家と同じ
ゆえに、直撃すればシェリアでも無事では済まないのは明らかだ。
「フッ!」
ならば当たらなければよいだけで、対応法など無数にある。
二振りの曲剣の柄尻を合体させ、弦が張られていない弓へと変わった発動体を構えている。そして引き絞り、連射連射と光熱矢の
初撃の足部だけでなく、胴、肩、片腕、鬼面と、
そして
「これで終わりよ、
こうして、一度は完全勝利を手にした惑星を模した二体の化物は、二人の
光熱操作能力
基準値:B
発動値:AA
集束性:AA
操縦性:A
維持性:B
拡散性:C
付属性:B
干渉性:C
二振りの曲剣に灼熱の光輝を纏う、光刃や光矢を飛ばすなど、シンプルで強力なシェリアの
高出力、全方位平均以上という、非常に優れた素養を持つ。
シェリア自身の戦闘技巧も併さり、文字通りの歩く光学兵器としてあらゆる局面において高水準の戦果が約束される。
次話でVS審判者決着、勇者正論パンチ編になります。
年内中に出せるよう頑張ります…
よければ感想、評価などをいただけると嬉しいです。
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第六十一話 審判者よ、怪物の殲嵐に散るべし
前話から三週間も空いてしまいましたが、年明け最初の投稿です。
オルクス大迷宮深部にて繰り広げられる最後の戦いは、その場の全員の視線を釘付けにしていた。それには驚愕があり、羨望があり、そして恐怖が入り交じる。
その観客達を一瞥した
「この世界に
火花を散らしながら剣戟を交わす。
それでも知らぬ存ぜぬと、
「だが同時に、素晴らしいものも見た。不毛の地で飢えに苦しみ、寒さに震える彼女達魔人族は、そのような過酷な状況においても希望を捨てずに抗っている」
悠姫もまた応えるように口を開く。
「だから魔人族に付いていると?」
それはダインスレイフに聞いた問いかけと似たようなもの。しかし返ってくるであろう応えは想像がつく。
「勿論それも一つの理由ではあるが、
そう、
「そういえば、ダインスレイフが魔人族の繁栄を願う本気の男がいると言っていたが」
「そうだ。彼こそ、魔人族を導く
それを待っていたと言わんばかりに、
「世界とは嘆かわしい程に正しく生きる者が身を削ることで成立するもの。そして、その正道を往く者はとても少ない。なぜなら、正道を往くよりも悪道を行く方が人間とは楽に生きることができるからだ。正道ほど見合う輝きが返ってこない生き方はない」
「これは、歴史という足跡が示す純然たる事実である。群衆の為に身を削って生きる聖者ほど痩せ細り、死んでいく。逆に、肥え太るのは他者の利得を貪り食う、悪道を往く醜悪な塵屑ばかり」
「しかし、それが今ある世界の真実。ならば私が創り上げよう。正しき者が評価され間違った者が罰を受ける、正道こそ真に報われる理想郷をッ!」
熱を帯びる言葉が紡ぐ世界像は、所謂物語の悪役が望むような暴虐の限りを尽くす支配世界などではない。心から人の世を憂い、今より良い世界にしたいという
「そしてその為にも、完璧に公平な、一切の
「そうすればはっきりと証明できる。どちらが上でどちらが下か。どちらの方が素晴らしく、どちらの方が醜悪か」
つまり因果応報、信賞必罰。究極的には、誰かの為に生きる
「正しき道を往く者に、それに見合いし
何も間違ったことは言っていない。楽園の守護者が語ったその在り方は紛れもなく――
「――正義の…味方?」
誰かが呟いた一言が全員の心に浸透する。
事実、完全無欠だと思った光輝達は
しかし、その
「ふざけるな」
炸裂した地面を踏み拉き、流れるような悠姫のカウンターが
「お前、一体クリスから何を学んだ?」
嚇怒の炎を両眼に宿し、悠姫は音と空気を引き裂きながら斬空真剣で
「確かに正道ほど見合う輝きが返ってこない生き方はないし、悪道ほど楽な生き方もないだろう。なぜなら、正しいことは痛いのだから」
辛く険しい道を苦しみながら進むくらいなら、苦しみを我慢するくらいなら、怠惰を選び諦めてしまった方がずっと楽になれる。だから最終的に悪を選択するものは多いのだ。
「常に誰かの為にあれ、輝く希望を胸に抱き、雄々しく前へ進むのだって…素晴らしいと言いたいのは山々なんだがさ……阿呆かよ。そんな世界で生きられる奴なんて
しかし、この
正しいことは痛いのだから。だが弱音を吐くことも、諦めることも、嫌な事から目を逸らすことも一切の
「いいや、可能だ。弛まぬ努力は如何なる不可能も突破する。越えられざる困難が訪れた、それがどうした?
「それが
更に問い詰めようとした悠姫だがある可能性が頭を過り、それゆえにこれ以上何を言っても無駄だと悟った。
それは新西暦で、優劣を絶対至上とする男が
地球とは異なる世界だからという理由なのかは定かではないものの、一切の
加え魔人族側に付く理由もよく解らない。
英雄と呼ぶべき男の力になりたい。それは理解できる。
しかしそのために人間族との戦争に協力し、且つ魔人族を勝利に導く?
個人価値が絶対の世界を掲げながら集団を尊重しているなど、それでは理想郷の
結果、それらから導き出される答えは――
「
――
「いや、違うな。俺が先に勘違いしていたんだ。お前はある意味、正しく
つまり
一つは完全人造型。天津悠姫という少年が存在していた西暦末期、日本国にて製造されたアストラル運用決戦兵器であり、基本的に
もう一つが、人間を素体としたもの。その内の最初期に製造された殆どが死者を素体としたものであり、先程討伐された
その死者を素体とした
だが、いくら厭離穢土を謳おうと極楽浄土に至ることは不可能。なぜなら先には
――〝
左手を上に上げると悠姫の背後に広がるように、
そして、後にハジメが〝王の〇宝〟と表現したそれらが――
「消えろよ、
〝
――振り下ろされた悠姫の左手を号令に、容赦なく
一発一発が小威力の
「ぐぅ……ッ! いや、
しかし、
そして、光の亡者だからこそ理想を否定された程度では止まるはずもない。
「分かっているはずだ、否、知っているはずだッ! このまま往けば、貴方は世界に喰い潰される。だからこそ、――」
「――だからこそ、託された希望の光を世界に見せつけなければならないんだよ」
悠姫のような
「
「まさか、貴方は……」
そう、
「それでも、彼女達の願いは決して間違ったものではない。そして、彼女達に託された以上、俺はこの
「人々の希望、幸福、未来、輝き。守り抜き、そして切り拓かんと願う限り俺は無敵だ。かかってくるがいい。明日の光は奪わせない、勝つのは俺だッ!」
煌めいた剣閃が
しかし、当の本人は致命傷にすら一切気にすることなく、悠姫が選択した
嘶きを上げる暴馬のように荒れ狂う殲嵐が、巨人の目の如く悠姫の頭上へと収束されていく。誇張なく一国を削る暴風圏が密閉空間に形成され――
「ああ、ならば喝采しよう。貴方の末路はやはり英雄だよ」
「…是非もない。そうしなければならないのなら」
――
よければ感想、評価などをいただけると嬉しいです。
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第六十二話 静寂と帰還
人間一体を文字通り消し飛ばした嵐が止み、一帯には静寂が漂った。しかし、生徒の一人が呟いた一言が静寂を引き裂いた。
「…人殺し」
その生徒とは
「「ユキさんッ!」」
そして、凄惨な戦闘を繰り広げ、最終的に人間一人を殺した正体不明の
真っ先に声を張り上げたのは、大切な幼馴染が
「二人から離れろッ!」
〝覇潰〟の反動が残っているのか、ふらつきながら聖剣を振り上げる。しかしそれで
「…危ないな。二人に当たったらどうする?」
「ぐッ!」
「光輝ッ!」
無造作に振り抜いた太刀で聖剣を弾き飛ばし、
光輝を受け止めた坂上龍太郎が
だからこそ、ハジメの行動に悠姫達以外は誰も気が付かなかった。
乾いた銃声が鳴り響く。銃声の発生場所には、銃口から煙を出すドンナーを構えたハジメと、頭を仰け反らせながら後ろに倒れる魔人族カトレアの姿。銃を知る地球組なら見間違えるはずもなく、ハジメがカトレアの頭部を打ち抜いたのだ。
「な、なんで……」
突然の光景に呆然とする光輝達を尻目に、悠姫は
「…これでいいか?」
「ああ、助かる。まずは逆襲撃の第一歩だ」
何かを頼まれていたのだろうハジメが悠姫に確認を取り、悠姫が満足気に頷く。何を頼んだのかは一目瞭然であり、それに気が付いた香織が声を上げようとするが首を横に振る悠姫を見て口を噤んだ。
「なぜ、なぜ殺したんだ…殺す必要があったのか」
光輝が、まるで大切な誰かを殺されたかのような憎しみを宿した眼光で悠姫とハジメを睨みつける。しかし二人は意にも介さずメルドの容態を診ているシアへと歩を進め、もう護衛は不要だろうとユエも悠姫達の方へと向かった。
「シア、メルドの容態はどうだ?」
「危なかったです。あと少し遅ければ助かりませんでした。……言われた通り〝神水〟を使っておきましたけど……良かったのですか?」
「ああ、この人にはそれなりに世話になったんだ。それに、メルドが抜ける穴は色んな意味で大きすぎる。特に、勇者パーティーの教育係に変な奴がついても困るしな。まぁ、あの様子を見る限りメルドもきちんと教育しきれていないようだが……人格者であることに違いはない。それに……」
「言い方は悪いが、利用価値が高い。色々な意味で死なせるには惜しいし、助けられるならそもそも助けるさ」
魔人族という
少なくとも、召喚からの二週間で
「おい、南雲、それにお前もだ。どうして殺し……」
「あの、ユキさん? メルドさんは大丈夫なんですか? 正直、助かるような傷じゃなかったと思うんですけど」
ハジメと
「そうだな…飲めば一瞬で傷も魔力も全て完全回復する、魔法の霊薬を飲んでもらった。伝説になってるらしいから、普通では手に入らないけどな」
「そんな貴重なものを…」
「シアにも同じことを言ったが、助けられるなら助けるさ」
香織だけでなく、他生徒達もメルドが一命を取り留めたと理解し安堵の息を吐いている。そこに、光輝が再い口を開く。
「おい、メルドさんの事は礼を言うが、なぜ、か……」
「ユキさん。メルドさんを助けてくれてありがとうございます。それに私達のことも……助けてくれてありがとうございます」
そして、再び香織によって遮られた。光輝が物凄く微妙な表情をする。だが、香織は光輝のことなど一切気にすることなく、雫と共に真っすぐ悠姫だけを見る。
「そして……ごめん…なさい…支えるって…言ったのに…」
「あの時…守れなくて…ごめん…なさい」
そんな涙を浮かべる二人の心境を読み取ったのか、悠姫は二人の頭を撫でながら慈愛と安堵を込めて微笑んだ。
「俺もハジメも、あの日のことは全く後悔していない。確かに苦しいと思うことは何度もあった。それでも、意味がなかったわけじゃないんだ」
それはホルアドに付いたときにティオにされた質問と同じ答え。やり直したいとは思っていないし、間違っていたとも思っていない。だから、後悔もしていない。
「ここで二人に謝られたら、俺達はその思いを無下にしてしまうことになる」
二人は涙を拭い、笑顔で悠姫を見つめ。
「また会えてうれしいですッ!」
「これからも、よろしくお願いしますッ!」
「ああ、よろしく」
それが、勝利を
三人の間に独特な雰囲気が作られる。女子生徒や一部の男子生徒といった、トータスに召喚されてからの雫と香織の様子から
珍しいことに、二人がよく作り出していた雰囲気を第三者目線で見ているためか、ハジメとユエまで居心地悪そうな顔で目を逸らしている。作成者の一人が悠姫であるということも、居心地の悪さに拍車をかけている。
しかし、そんな空気を
「……ふぅ、香織と雫は本当に優しいな。クラスメイトが生きていた事を泣いて喜ぶなんて……でも、二人は人を殺した、しかも南雲は戦えない女の人をだ。話し合う必要がある。もうそれくらいにして離れた方がいい。いや、直ぐに離れるんだ。その人は危険だ」
一部の生徒から空気を読めというような非難の眼差しを光輝に対して向けている。しかし、光輝はそれに全く気付かず雫と香織を悠姫から引きはがそうとしている。
「光輝…ユキさん達が助けてくれなかったら、私達は全員死んでいたかもしれないのよ? 助けてくれた相手にその言い方は失礼じゃない」
「勿論、助けてくれたことには感謝している。でも、それとこれとは話が別だ。彼女とは話し合いができた。戦争と止めるために、分かり合うことができたんだ。それなのに、南雲がしたことは許されることじゃない。その人も…」
光輝の物言いに雫が目を吊り上げて反論する。クラスメイト達は、どうしたものかとオロオロするばかりであったが、子悪党組は元々ハジメと
そんな中、悠姫は遠藤に、光輝の言葉の中で疑問に感じていたことを尋ねた。
「……なあ遠藤。ハジメのことを南雲って呼んでるから言っているとは思うんだけど…俺のこと言った?」
「俺に気付いてくれたッ! あ、いや、もちろん言いましたよ。でも、ありえないとか、死んだとかで、その…」
影の薄さ世界一を誇る遠藤は一瞬で自分を見つけてくれた悠姫に感動しかけるも、直ぐに気を取り戻して説明した。纏う雰囲気や姿が変わっているが、間違いなく二人は二人だと。しかし、明らかに若返っている
「……くだらない連中。早く戻ろう? ミュウとティオも待ってる」
「あー、うん、そうだな」
仕方ないか、と悠姫が考えていると、ユエが光輝の物言いやそれに加担する者達を、くだらない、とバッサリ切り捨てる。それはハジメに対して言ったものであり呟きに等しい声量だったが、やけに明瞭に全員の耳に届いた。
ミュウ、ティオという悠姫達以外にはわからない名前が混じっていたが、光輝達に引っかかったのは最初の一言。
「待ってくれ。こっちの話は終わっていない。南雲の本音を聞かないと仲間として認められない。それに、君は誰なんだ? 助けてくれた事には感謝するけど、初対面の相手にくだらないなんて……失礼だろ? 一体、何がくだらないって言うんだい?」
「……」
既に見切りをつけたユエは反応を返さない。そんなユエに少し苛立ったのか眉をピクリと動かした光輝は、直ぐにいつも女の子にしているような優しげな微笑みを携えて再度、ユエに話しかけようとした。しかし、今度は悠姫が割って入る。
「つまりお前は、どうして“殺害”という選択を取ったのかを知りたいんだろ? それなら簡単、必要だったからだ」
「なッ?! ふざけるな!」
「ふざけているものか、本気だよ。そもそも、お前はどうするつもりだった?」
「それは…そうだ、捕虜にすればよかったんだ。それなら彼女を殺す必要なんてない」
「…はあ」
返答を聞いた悠姫は、思わず深い溜息を吐いてしまった。勿論、含む感情は失望と呆れである。
光輝は捕虜にすればいいと言ったが、戦時国際法が制定されていないトータスで、捕虜となった敵の女性がどんな末路を辿ることになるのか想像は難くないだろう。
「即処刑、或いは性欲を吐き捨てるための道具にされるか…まあそんなところだろう。少なくとも、二度と陽を浴びることはできなくなるだろうし、
なお、
「そんなことはないッ! 俺がそんなことは許さない!」
「どうやって? 四六時中共にいるのか?
「そ、そんなことあるわけない!」
「まあ、そうだな。滅亡云々は極端かもしれない。だが、お前の選択は彼女を
怒りを宿した鋭い眼光で射抜かれ、光輝は身震いして竦み上がる。しかし、
「よせ、光輝」
「メルドさん!」
メルドは少し前に意識を取り戻していたらしく、雫と香織から状況を聞き、そして悠姫と光輝の会話を聞いていた。
「…ユウキ、でいいか?」
「ああ。ぜひともそう呼んでくれ」
「…そうか」
メルドは少しふらふらしながら悠姫とハジメの前に立つと、土下座する勢いで謝罪し始めた。
「…すまなかった。あの日、ユウキとナグモがいたから俺達は生き残った。それなのにお前達を見捨て、あまつさえその犠牲に何一つ報いることが出来なかった…」
「…悠姫がさっき言ったことだけどな、俺達はあの日のことは後悔してねえんだよ。まあ、一部を放置してるとか、教育係としてとか、色々と言いたいことはあるが…少なくとも、あんたが俺らに謝罪する必要はねえよ」
「…すまん…いや、ありがとう」
ハジメの返答に悠姫も頷くと、メルドは感謝を言葉に出し、今度は光輝へと向き直し悠姫達にしたように謝罪した。
「ど、どうして、メルドさんが謝るんだ?」
「当然だろ。俺はお前等の教育係なんだ……なのに、戦う者として大事な事を教えなかった。それは、人を殺す覚悟のことだ。時期がくれば、偶然を装って賊をけしかけるなりして、人殺しを経験させようと思っていた……魔人族との戦争に参加するなら絶対に必要なことだからな……だが、お前達と多くの時間を過ごし、多くの話しをしていく内に、本当にお前達にそんな経験をさせていいのか……迷うようになった。騎士団団長としての立場を考えれば、早めに教えるべきだったのだろうがな……もう少し、あと少し、これをクリアしたら、そんな言い訳で先延ばしし続けて、今回の出来事だ……私が半端だった。教育者として誤ったのだ。そのせいで、お前達を死なせるところだった……申し訳ない」
そう言って、再び深く頭を下げるメルドに、生徒達はあたふたと慰めに入る。どうやら悠姫が思っていた通り、メルドは光輝達についてかなり悩んでいたようだった。
メルドの心の内を聞き、光輝は押し黙った。魔人族を殺しかけたことを思い出したのだ。同時に、メルドが人殺しを自分達に経験させようとして居た事にショックを受けていた。ただの賊が相手なら、圧倒して拘束する程度はできるのにと……
それからしばらくして、メルドと遠藤の頼みを聞き入れた悠姫達は、光輝達も引き連れて地上への帰路についていた。先行は悠姫達、中団は光輝達、そして最後尾にアヤメ、シェリア、シアだ。
道中の魔物を悠姫達が瞬殺していく。かつて“無能”や“未知”と呼ばれていた者達の今の強さを見て、生徒達は様々な表情をしている。青褪めながら睨む檜山や、妬みの視線を送る子悪党達。他にも複雑そうな視線であったりと。
当然だが、悠姫達はそんな生徒達の心境など全く気にしていない。雫と香織は、時折ハジメとユエも混じりながら悠姫と話し、シアは
それから程なくして一行は無事に地上に帰還した。
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第六十三話 抑えていた思い
「パパぁー!! おかえりなのー!!」
地上へと帰還し、【オルクス大迷宮】の入り口広場まで到着した一行を一人の幼女が出迎えた。周囲の喧騒に負けない声を張る幼女の姿に、戦闘のプロである冒険者や傭兵、その他商人達が微笑ましいものを見るように目元を和らげていた。
「むっ! ミュウか」
そう言って、ハジメはステテテテー! と可愛らしい足音と立てながら駆け寄ってきた幼女、ミュウを受け止めた。
「ミュウ、迎えに来たのか? ティオはどうした?」
「うん。ティオお姉ちゃんが、そろそろパパ達が帰ってくるかもって。だから迎えに来たの。ティオお姉ちゃんは……」
「妾はここじゃよ」
人混みをかき分けてティオがゆったりと現れる。
「おいおい、ティオ。こんな場所でミュウから離れるなよ」
「目の届く所にはおったよ。ただ、ちょっと不埒な輩がいての。凄惨な光景はミュウには見せられんじゃろ。まあ、きっちり締めておいたから安心するのじゃ」
「……それならいいだろう」
不服そうに受け入れたハジメに、子離れできるのかの? と不安がるティオに悠姫が近づいて話しかける。
「留守番を頼んで悪かったな、ティオ」
「なに、気にするでない」
その光景に、本日何度目か分からない驚愕と共に呆然と悠姫達を見つめる生徒達。しかし、今の驚愕は当然ではあるのだろう。死んだと思っていたクラスメイトが、四ヶ月で子持ちになっているなど誰が予想するのだろうか。加え、その驚愕は周囲の冒険者達にまで伝播していた。
「南雲の…娘?!」
「一体誰との子だ…?」
「いや、黒髪の女性は南雲より
「まさか二人のライバル出現?」
「「な、生ユウキちゃん……グハッ!」」
「…増えた…」
口々に言う生徒達に怒りで表情を引き攣らせるハジメに、周囲の冒険者に恐れ戦いて表情を引き攣らせる悠姫。一身に注目を浴びる中、ティオが雫と香織に一歩前に出て、そして最大級の爆弾を落としていった。
「お主等がシズク殿とカオリ殿かの?」
「は、はいそうですが…あなたは?」
「妾はティオ・クラルス。主殿、悠姫殿の第四婦人の座を望む者じゃ」
それから暫く経ち、悠姫達は入場ゲートを離れ、町の出入り口付近の広場に来ていた。元々、イルワからロアに手紙を届けるためにホルアドに来たのであり、救出依頼も達成報告をすればホルアドに滞在する理由もない。
悠姫達についていく形で、ぞろぞろと光輝達も町の出入り口広場に集まっている。というより、悠姫達ではなく、悠姫達の旅について行こうとしている雫と香織について行っているのだろう。
二人の覚悟を決めた、しかしどこか不安気な表情を見て悠姫はどうしたものかと思案した。悠姫達が進んでいるのは間違いなく茨の道であり、
「…主殿。わら…」
「おいおい、どこ行こうってんだ? 俺らの仲間、ボロ雑巾みたいにしておいて、詫びの一つもないってのか? ア゛ァ゛!?」
そこに、雫達以上に不安気な表情のティオを遮り、世紀末に現れそうなガラの悪い男達が十人ほど現れた。口振りから恨みや報復が目的のようだ。もっとも、ティオやシアを下卑た視線で見ることから、報復だけが目的でないことは明白だ。
「…俺が片しておくから、はっきりしとけよ」
「ありがとう、ハジメ」
なんでもないように振舞いながらハジメが一歩前に出る。単純に雫達の件に決着をつけてほしかったからであり、ユエやシアを下卑た視線で見たり、ミュウを怯えさせたことに対する怒りはそんなにない。精々八割、九割程度だ。この瞬間、男達の命運は決まった。
不満顔のティオを宥め、悠姫は二人の前に立つ。出鼻を挫かれた形になったティオだが、言いたいことは伝わっている。というより、答えなど最初から出ていたのだ。
「雫、香織。俺達の
急に声を掛けられ背筋がピンと伸びた二人に、悠姫は告げた。
「俺と共に来てほしい。俺達と共に、戦ってほしい」
それは途中降車が許されない地獄への片道切符、しかし二人は迷いなくその切符を手に取った。
「「はいッ!」」
満面の笑みで応えた二人に、不安なことなど何一つない。この時を迎えるべく、絶望したあの日からずっと努力してきたのだから。
と、これで終わればハッピーエンドだっただろう。しかし、それを認められない者がここにいる。
「ま、待つんだ二人とも…何を言っているんだ?! ッ貴様! 二人に一体何をしたッ!」
「なにって…勧誘しただけだ。仲間として、共に戦ってほしいと」
「ふざけるなッ! 雫も香織も俺の大切な仲間だ! 平然と人を殺すような危険な貴様に、二人は絶対に渡さない!」
怒りで吠えながら、光輝は聖剣を悠姫に突きつけた。光輝の目には、麗しきお姫様を攫おうとしている大魔王の姿でも映っているのだろう。
「どんな嘘を吐いて誑かしたのかは分からないが、俺は騙されない! 二人は俺が――」
「何を言ってるの? 嘘なんてないし、騙されてもないわよ」
「それに、好きな人と一緒にいたいって思うのは普通でしょ?」
「――え?」
しかし、勇者の誓いに対する返答はお姫様からの拒絶だった。お姫様達は大魔王に攫われることを望んでおり、勇者の救いなどそもそも求めていないのだ。
「す、好き…? なにを言って…」
「それにさっきから、そいつ、とか、貴様、とか…いったい何様のつもりなの? 助けてもらったていうこと本当に理解してる?」
「そ、それはそうだが…危険なことには変わりな…」
「危険だ、危険だって言うけど、一体何がどう危険なの? 私達を殺めるつもりなら、誰も来ない迷宮の底で殺されてるよ」
二人からの詰め寄りに、光輝はひどく狼狽する。二人はいつでも自分の味方で仲間だったはずなのに、どうしてこんなことになっているのだと、光輝の頭には困惑ばかりが押し寄せる。
「……いや、やっぱりだめだ。これは二人の為に言っているんだ。見てくれ、あの南雲を。女の子を二人も侍らせて、あんな小さい子まで……しかも兎人族の子は奴隷の首輪まで付けさせられている。黒髪の女性だって、あの人のことを『主殿』って呼んでた。そう呼ぶように強制されてるに違いない。あいつらは女性をコレクションかなにかと勘違いしているんだ。最低だ。だから人だって簡単に殺せるんだ。あいつらに付いて行っても不幸になるだけだ。だからここに残った方がいい。いや、残るんだ。例え恨まれても、二人のために俺は止めるぞ。絶対に行かせはしないッ!」
徐々にヒートアップする光輝の物言いに、思わず雫と香織は唖然とする。しかし、もう光輝は止まらない。雫と香織へと向けられていた説得のための視線は、ユエ達へと向けられていた。
「君達もだ。これ以上、その男達の元にいるべきじゃない。俺と一緒に行こう! 君達ほどの実力なら歓迎するよ。共に、人々を救うんだ。シア、だったかな? 安心してくれ。俺と共に来てくれるなら直ぐに奴隷から解放する。ティオも、もう主殿なんて呼ばなくていいんだ」
そんな事を言って爽やかな笑顔を浮かべながら、いつの間にか悠姫へと合流していたユエ達に手を差し伸べる光輝。雫は顔を両手で覆いながら天を仰ぎ、香織は開いた口が塞がらない。
そして、誘いを受けたユエ達は…
「「「……」」」
案の定と言うべきか、光輝から全力で目を逸らして、静かに両手で鳥肌が立っている腕を擦っていた。ユエとシアはハジメの影に隠れ、ティオですらユエ達と同じように悠姫の背中に縋りつくようにして光輝の視界から逃れるように隠れていた。
さすがに黙っていられなくなった悠姫が口を開こうとしたが、それを雫が前に出ることで止め、雫は絞り出すように口を開いた。
「…ねえ、つまり
「そうさ、当り前じゃないか。だから――」
俺の元に来るんだと、光輝は笑顔で雫に手を伸ばす。しかし、帰ってきた返答は、これまで以上に光輝には理解できないものだった。
「…なら私が、
「え、なにを言って…雫の幼馴染は俺達だろ?!」
「ええ、光輝達
光輝だけでなく同じ幼馴染である龍太郎も目を見開いて驚いている。しかし、雫が語る
「
と、言いかけた言葉を飲み込んだ。
言うべきことは言ったのだ。これ以上何かを言えば、
その瞬間、何年も抑えてきた
「…いや、それは違う。雫は騙されているんだ。雫の幼馴染は俺達だけで、
「…けないで」
「――雫?」
「ふざけないでって言ってるのよッ!」
涙が混じった瞳に睨みつけられ、光輝は思わず蹈鞴を踏むように擦り下がる。その雫の気迫には龍太郎や他生徒達、ハジメでさえ目を見開いて驚いていた。つまり、それだけ我慢し続けたということでもあった。
「何時も、何時も、何時も、何時も、何時もッ! 私を傷付けようとしている? どの口で言ってるのよッ! 私達を困らせて、私達を傷付けてくるのは何時も光輝じゃないッ!」
「し、雫?」
「あなたの
だから。
「
八重樫雫ははっきりと、
次回、悠姫VS勇者。
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第六十四話 怪物の真実
涙交じりに告げられた雫の
勧善懲悪。それが天之河光輝が信奉する考えだ。そして、元のスペックの高さゆえに地球で失敗も挫折も経験したことがない光輝は、己こそが絶対の善だと信じている。
だからこそ、
信奉する理想を実現する為、聖剣を構えた光輝は悠姫へと叫んだ。
「俺と決闘しろ、ユキ・ロスリック! 俺が勝ったら、二度と二人には近寄らないでもらう! そして、そこの彼女達も全員解放してもらう!」
「……はぁ、天津悠姫だと言ってるだろうに」
「何をごちゃごちゃ言っているッ!」
悠姫の返答を聞かずに駆け出す光輝。態々相手をする必要など悠姫にはないのだが、多くの注目を浴びている今の状況は
勇者VS怪物。それはありふれた対立構造であり、ドが頭に付くほどの王道的展開だ。そして、その物語は勇者の勝利によって決着する。なぜなら、それが英雄譚だからだ。
ゆえに、
そして何よりも、これは勇者の英雄譚ではなく、怪物の■■■■なのだから。よって、当たり前に敵わない。
「貴様のような危険な奴は絶対に認めないッ!」
「……あれは二人の選択だ。お前が口を挟むことじゃない」
「ぐ…黙、れッ!」
悠姫が聖剣を刀身上で巧みに滑らせ、態勢を崩してよろめいた光輝の腹に膝蹴りを叩き込む。光輝は前屈みに倒れかけるも踏鞴を踏んで堪え、聖剣を悠姫へと振り上げる。
「俺が二人を、皆を守るんだッ!」
「皆を守る、ねえ…」
上体を反らして聖剣を躱した悠姫は、光輝の一言に反応し思案する。その様子を光輝は隙だと思ったのか、高速の剣撃を放つ。しかし、悠姫には一掠りもしない。
「そうだッ! 二人は俺の幼馴染なんだ、ずっと一緒にいたんだ。これからだって、ずっとッ! それなのに、人をコレクションみたいに扱う貴様には――」
「今すぐ鏡を見てみろよ。二人をコレクションみたいに扱う勇者の姿が写っているぞ」
「ふざけるなぁッ!」
全く当たらないことに痺れを切らし、〝縮地〟と八重樫流剣術を織り交ぜて攻め立てるが、それでも悠姫には一撃も届かない。むしろ鏡合わせのように、後出しでありながら
それに一番驚愕したのは光輝だ。なぜなら、このトータスで八重樫流剣術を修めているのは、光輝と雫の二人しかいないからだ。にも拘らず、光輝の目には悠姫が八重樫流剣術を繰り出しているように見えていた。
時代背景を考えれば、
「なッ! この…」
「まだ勝てないと理解できないか?」
「ぐぁああッ!」
当然のように悠姫は剣身を殴り、聖剣が光輝の両手を離れ飛ぶ。光輝は軽くあしらわれたことに混乱し、そのためか聖剣を呼び寄せる機能を使わずにそのまま悠姫へと殴り掛かった。が、結果は当然返り討ち。
「ッ…なぜだ」
殴られた顔を手で覆いながら、呼び寄せた聖剣を杖に立ちあがる。だが重い一撃を喰らったことでようやく冷静になったのか、無鉄砲に悠姫に向かうことはしなかった。代わりに、悠姫を睨みつけながら叫んだ。
「それだけの力を持っていながら、なぜ皆の為に使わないんだッ!」
それが唯の強がりでしかないのは誰の目にも明らかだった。空気を読んだのか、或いは光輝の叫びに対する悠姫の応えが気になるのか、観客達は一斉に静かになった。そして、悠姫は口を開く。
「逆に聞くが、お前が言う
「――え?」
悠姫の言葉に光輝は言葉を失くす。単純に意味が理解できていないのだろう。
「別に個々人の名前を言えってことじゃない。トータス全体のことか? 人間族のことか? ハイリヒ王国のことか? それともお前達召喚組のことか?」
つまり規模の問題。そして当然、
「――も、もちろん、トータスのことだ!」
「なら、どうしてこんなところにいる? お前は世界を救うんだろう?」
「当たり前だ! 俺が皆を――」
「で、お前はこれまで一体何人救ってきたんだ? 王都と迷宮、あとはホルアドと他数ヶ所か? おそらく、勇者の救いを求める誰かは数少ない場所ばかりだっただろう。それで一体誰を救えるのさ」
「そ、それは」
事実、
「お前はウルの町が危機に陥っていたのを知っているのか? あの町にいた畑山教諭たちの方が、お前の言う
「お、俺達は訓練で」
「一番強いはずのお前達が、どうして訓練しかしてない。それなら訓練が必要なのは彼女たちのはずだ。立ち位置が逆だろ」
片や
「加えて言うならば、俺達が居なければあの町は間違いなく滅んでいた。お前達よりも、皆のために戦っているのは間違いなく俺達だし、世界を救っているのも俺達だ」
「今回の危機だって、半ばお前が原因だろ? それに、覚醒したお前は勝利の一歩手前まで行ったというのに、それすら溝に捨てたんだ。身近の仲間すら守れない、むしろ危険に晒すような奴が、一体誰の命を守れるっていうのさ」
光輝が怒りによって〝覇潰〟を会得した瞬間に発したその強大な魔力を、数階層も隔てた先にいた悠姫達は感じ取っていた。それは間違いなくお伽噺のように大逆転を果たせるだけの力であった筈なのに、光輝は“人殺しは悪”という心一つで無駄にしたのだ。
「ッ……」
対し、光輝は何も言い返せない。いや、言い返すことができない。なぜなら単純明快、悠姫の言っていることは
「なんなんだよ…なんなんだよお前はッ! 正義の味方にでもなったつもりかよ!」
だからと言って悠姫を認めることは光輝にはできない。悠姫が雫と香織を連れて行こうとしているのは事実、しかし
「俺達の絆を壊して、何が目的なんだ…何がしたいんだよ…」
――悲愴な表情で顔を歪め、光輝は呟いた。その両眼は悠姫を捉えているが、覇気は既に微塵もない。
そして、光輝の小さな
そして、悠姫は語りだす。“悪の敵”の隣で戦い続けた怪物の真実を。
「愛、友情、信念、決意……それら善の輝きは尊いものだ。守らなければならないと分かっているし、それを守り抜くために命をかけねばならないことにも、ああまったくもって異論はない」
「だからこそ、腐った正義を語り、他者の夢を轢殺し、恥の欠片も感じない塵屑どもが許せない」
煮え滾る
「俺は別に、この世全ての悪を許せないと言っているわけじゃない。自分と他者との間に差というものは必ず存在するし、身を守るためにも力だって必要だ。悲しい真実だが、必要悪は文字通り必要なんだよ」
「人の心は千差万別、正義も悪もそれぞれの価値観で大きく変わる。それでも、不要に誰かが傷つき、
「俺はそんな
システィ達
「他者を貶め搾取することしか能がない塵どもが。正義という麻薬に酔って暴力を振りかざす屑どもが。人を駒と、箱庭を彩る人形などと嘯く■どもが」
「許すものか、認めるものか。俺たちは生きているんだよ、歩いているんだよ。だからこそ、皆が進む道を、未来を閉ざすことなど認めない。それでも正義が
「何が目的なのかと、何をしたいのだと、そう訊いたな天之川。つまりそういうことさ」
「皆が前を向いて歩けるように。
誰もが自らの意志で進めるように。
人が自由な意志の元に生きられる
「俺は真実、
己に向けられる視線、そこに込められた確かな
「う、うぁぁぁあああッ!」
「ッ光輝!」
恐怖に顔を歪ませて、光輝は聖剣を突き構えながら突撃した。そこに技など一切なかった。難しい考えもない。ただ純粋に、恐ろしい怪物を遠ざけたかった。逃亡ではなく攻撃をしたのは、僅かに残った
だからこそ、光輝は再び
雫の静止に意味はなく、聖剣の切先は悠姫の胸へと吸い込まれ――
「……え、あ…」
「……
――震えながら握られた聖剣は容赦なく、悠姫の心臓を貫いていた。それを自覚した瞬間、光輝の意識は暗闇へと墜ちていった。
第三章、あと数話続きます。
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第六十五話 狂気と嫉妬
遅くなりましたが、第六十五話です。
「光輝君ッ!」
崩れ落ちるように気絶する光輝。それを見て中村恵理が叫び、周囲の静止を振り切って光輝の元へと駆け出した。悠姫は恵理が駆けてくるのを確かめながら胸に突き刺さる聖剣を引き抜き、無造作に地面に転がす。
誰が見ても即死だと判断できるはずなのに、血が噴き出るどころか一瞬で傷が塞がった姿には、生徒全員が本日何度目か分からない驚愕に包まれる。
「……まあ、そろそろ行くか」
「…ああ、そうだな…」
『……
悠姫が周囲には聞こえないような声量でぼそりと呟き、そして踵を返す。元々、町を出る直前だったということもあり、後は魔導四輪に乗り込むだけだ。
なお、パーティーメンバー二人が脱退するアヤメとシェリアは、再び金ランク冒険者としてトータス各地で活動することにしている。そのため、途中の町まで悠姫達に同行する。
つまり、勇者一行からは離れるということでもあり、雫達含め最強パーティーが完全離脱する結果となる一行にとっては大きな痛手だ。
その為なのか、それとも他の理由があるからなのか、今度は檜山達子悪党組が騒ぎ立てる。曰く、香織達が抜ける穴が大きすぎる。特に香織は二人しかいない“治癒師”の一人であり、今回のようなことがあったら死人が出るかもしれない。だから何が何でも残ってほしいと。
しかし、二人の説得が不可能なのだと悟ると、今度は悠姫達を説得させようと試み始めた。過去のことは謝る、どんな罰だって受けるからと。
当然、悠姫達が首を縦に振るわけがない。寧ろ逆に説得を諦めさせる
「あの時みたいに、裏切られて殺されかけるのは二度とごめんだ」
――と、言ってしまえばどうなるか。
今、悠姫達がいる場所はホルアドという町の出入り口付近の広場、つまり人の往来が非常に激しい場所の一つだ。そんな場所で行われた勇者パーティーの
そして、観客達には冒険者のみならず商人や一般市民も混じっているが、「裏切り」「殺されかける」という二つが合わされば過去に何があったのか考えるのは非戦闘者でも想像するには難くない。
結果、当然のように檜山達へと批難の視線が浴びせられる。さらには当の檜山が否定しないのだから、批難は拍車をかけるように鋭くなる。
こうなってしまえば悠姫達の説得など素振り一つ出来るわけがなく、檜山達は悔しそうな顔をしながら引き下がるしかなかった。
そして今度こそ出立の邪魔をするものはなくなった。ハジメと悠姫がそれぞれ魔導四輪を取り出す。未知のアーティファクトに周囲はどよめき、生徒達は車両まで作ったのかと驚きを超えて呆れの域に入っている。
「それじゃあ、私と雫ちゃんも行くね」
「急に抜けることになってしまって、ごめんなさい」
「ううん、二人のお胸を味わえなくなるのは寂しいけど、私達は大丈夫だよ。いっぱい揉まれて、もっと大きくなって帰ってきてね。ね、エリリン」
「ちょ、ちょっと、鈴ッ!」
「……」
「エリリン?」
「恵理ちゃん?」
「…えっ! あ、うん。鈴の言う通り、私達は大丈夫だよ。それよりも、鈴? セクハラはダメだよ?」
「え~」
次々と魔導四輪に乗り込んでいくその間に、雫達は別れの挨拶をしていた。
純粋な戦闘力で頭二つは抜けている雫や強力な回復・支援役の香織が抜けるのは、勇者一行が大幅弱体化するということ。二人は檜山を擁護する気持ちなど欠片も持ってはいないが、仲間をより危険な目に遭わそうとしていることに心を痛めていた。
谷口鈴はそんな二人の気持ちを汲み取ったのか、いつも通りの調子で二人にセクハラ発言をした。同意を求められた恵理は何か考え込んでいたのか一拍遅れて反応するが、直ぐに普段の調子を取り戻した。
コントのようなやり取りに噴き出すように笑い、手を振りながら二人の元を離れた。そして悠姫が運転する魔導四輪に乗り込み、悠姫達はようやくホルアドを後にした。
目的地はグリューエン大砂漠にある、七大迷宮の一つ【グリューエン大火山】。
「……そろそろ大丈夫か」
——————と、ホルアドから出立して十数分。万が一の追手も振り切っただろうと、周囲に自分達以外は近くにいないことを確認した悠姫達は、街道から少し離れた場所に停車した。
そして悠姫を含めた数名が魔導四輪から降り立ち、その中の一人へと目を向けた。
「それでは、
「……知ってるかい? そういうのは話じゃなくて、脅しっていうんだよ」
その一人とは、オルクス大迷宮でハジメが撃ち殺した筈の魔人族、カトレアだった。
「くそっ! くそっ! 何なんだよ! ふざけやがって!」
時間は深夜。宿場町ホルアドの町外れにある公園、その一面に植えられている木々の一本に拳を叩きつけながら、押し殺した声で悪態をつく男が一人。檜山大介である。檜山の瞳は狂気的と言っても過言ではない程に醜く濁り、憎しみと動揺と焦燥で激しく揺れていた。
「案の定、随分と荒れているね……まぁ、無理もないけど。愛しい愛しい香織姫が目の前で他の男に掻っ攫われたんだものね?」
そんな檜山の背に、嘲りと同情を含んだ声が掛けられた。振り返った檜山の前に立っていたのはこの
この二人の関係は、
あの日、檜山大介は〝火球〟を使って
その犯行は全員が目の当たりにし、檜山には
香織が
そんな時にその人物は現れ、悪魔の契約を持ち掛けてきた。
提示されたのは白崎香織、差し出すものは檜山大介と言う共犯者。そして、一度は潰えた歪んだ恋情が背中を押し檜山はその契約書にサインする。
恐怖に怯えながら何度も密会を重ねた、共犯者の計画に協力してきた。
「くそっ! こんな……こんなはずじゃなかったんだ! 何で、あの野郎生きてんだよ! 何のためにあんなことしたと思って……」
――ヒーローの如く現れた天津悠姫によって、その一切が崩された。
「あのさぁ……一人で錯乱してないで会話して欲しいのだけど? この密会中のところを見られたら、後で言い訳が大変なんだから」
「……ふざけんな……お前に従う理由なんてないぞ……俺の香織は、もう……」
傍らの木に拳を打ち付けながら、檜山は苦々しく言った。檜山がこの人物に協力していたのは香織を自分だけのものにするためだった。だが、今回の一件によって香織のパーティーは解散し、その香織も悠姫達へと着いて行ってしまった。無理をして追いかけたところで、
そんな檜山を蔑んだ目で見下すものの、共犯者とてすぐには言葉を紡ぐことができなかった。何故ならこの人物もまた、悠姫に釘を刺されていたのだから。
悠姫にとっては、歪みに歪んだ重い感情は見慣れたものであった為に気が付けたのだが、共犯者にとっては一瞬で心を見抜かれた気持だったのだ。つまり、共犯者がどんな策を打とうとしているのかも見抜かれているようなのだ。
そして、
「……ッ」
将来訪れるかもしれない末路を想像して身震いするものの、止まるつもりなど毛頭ない。檜山と同じように、手に入れたいものがあるのだから。しかし、妄信的に求め続けたゆえに決定的な間違いにも気づけない。
折れた檜山をこのまま見限っていればよかった。二大天使という最大の障害がいなくなった以上、関係ない誰かを巻き込むことなく真っすぐにアピールしていればよかったのだ。
だが、
月明りが二人を照らす。
「……や、やべえ事を聞いちまった…」
そして、二人は最後に致命的なミスを犯していた。
第三章本編はあと一話、幕間と人物紹介・設定補足回を入れて、第三章は終了です。
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第六十六話 ヒカリの導き
二ヶ月ぶりになりますが、第六十六話、三章本編最終話です。
町外れの公園で怪しげな密会が行われていた頃、一人の少年が月明かりに照らされて佇んでいた。
そこは一方の密会場とは異なり、町の裏路地や商店の合間を縫うように設けられた水路に掛けられた、小さなアーチを描く橋の上。ゆるりと流れる水面には下弦の月が写りこみ、そして反射した月明かりが橋の上で項垂れる少年の、天之河光輝の暗く沈んだ表情を照らしていた。
日付が変わる頃に目を覚ました光輝は、香織と雫が悠姫に
「俺は……」
水面に映る月を眺める光輝の頭には、後悔ばかりが渦巻いている。
自分が弱く未熟だから
そうだ、あの怪物。ユキ・ロスリックもとい、天津悠姫。奴が自分達の全てを壊した。奴は自分で言った通り、“悪”だ。平気で人を殺す極悪最低な怪物なのだ。それなのに。
天津悠姫はどこまでも輝いて見えた。それに比べて
『皆が前を向いて歩けるように。
誰もが自らの意志で進めるように。
俺は真実、
「…違うッ」
否。正真正銘、
自分は何かを間違えていたのではないか? 二人が自分の元から離れて行ってしまったのは、そのせいではないのか?
その上で光輝にとって都合の良い所謂ご都合主義を展開するも、疑念が邪魔をしてその答えに納得することが出来ない。
「……ッ」
ふと、無意識の内にカタカタと震える右手が目に映った。その震える右手を抑え込むように、左手で拳をギュッと握りしめる。なぜ震えているのか、その理由は実に明白だった。悠姫の胸を貫いた聖剣から伝わった、肉を切り裂く感触が、命を奪う感覚が手に残り消えないのだ。
疑う余地もなく、悪の所業。つまり善悪の内、
「クソッ!」
悪態を吐きながらダンッと拳を手摺に叩きつけた。悲痛に歪んだ表情が水面に照らされる。
つまることろ、光輝にとって悠姫は謎なのだ。
悠姫は自分を“悪”と言いながらも、その信念は“善”であった。ならば悠姫に付き従うティオやハジメ達は、その“善”によって救われたのだろう。迷宮深部で光輝が言ったような、奴隷や洗脳などによるものではない。
そして、雫が悠姫を幼馴染だと言ったことも嘘ではないことが分かる。雫が意味のない嘘なんて吐くはずがないのだから。
だから――
「――成ればよい、君が目指す理想の姿に。そうすれば、万事解決だろう」
「ッ! 貴様はッ!」
その時、光輝の思考を遮り話しかけてきた相手がいた。光輝は驚いてバッと声の主へと振り返ると、そこには眼鏡をかけた黒髪の偉丈夫が立っていた。
雫達が口にしていた呼び名は確か。
「
ギルベルト・ハーヴェス、迷宮深部で悠姫の手によって殺された筈の
死んだ筈だ、いつの間にと、色々と考えることはあるがそれはそれ。鎧も聖剣もないこの状況は絶体絶命のピンチと言えるだろう。しかし、
「ああいや、待ってほしい。私は戦いに来たわけではないのだよ」
「なに?」
想定外の行動に、光輝は怪訝そうに動きを止めた。普段の光輝であればその制止など無視していただろうが、苦悩の最中にる今だからこそ素直に聞き入れた。
そして当然、
「まずは自己紹介をしよう。俺は天津悠姫。かつて
ホルアドを出立して十数分、街道から少し離れた場所で、悠姫は迷宮深部でハジメが撃ち殺した筈の魔人族の女性と向き合っていた。
なぜ彼女が生きているのか、理由は単純でハジメが撃ち込んだのはゴム弾だったからだ。光輝達が銃声に反応して見た時に、彼女は後ろに仰け反っていたため気が付かなかった。
そして、その後の悠姫と光輝の諍いの隙にゴム弾によって気絶していた彼女を拘束、ハジメ謹製のアーティファクトで姿を消しつつ此処まで連れてきたのである。
「……理解できないね。あんた、一体何がしたいんだい? まさか本当に、あたしら魔人族を救いたい、なんて言うつもりかい?」
彼女が目を覚ましたのは迷宮から地上に帰還している途中だった。拘束されているという状態や、
だから、悠姫の信念が嘘偽りないものだと理解していた。
勇者を凌駕する圧倒的な力を持ちながらも勇者達と、延いては聖光教会とも対立する姿勢を取りながらも、彼女を殺さなかったこと、王国に渡さなかったことが一つの証明と言えるだろう。
「魔人族
「……ふん、信じられるかい」
しかし、二種族の争いは数世代にも亘って続けられてきた一種の呪いのようなもの。仮にも人間族側として召喚された存在である悠姫の言うことを素直に聞き入れるほど、二種族の確執は浅くはない。
だからこそ彼女は悠姫を拒絶するのだが、その表情は葛藤に苦しんでいるのが見て取れた。
悠姫のそれは理想論に過ぎず、
時間にして半日程度、彼女から悠姫に対する印象は最悪で、会話は今が最初なのに、
「……それなら、私の話を聞いてもらえませんか?」
そこに魔導四輪から降り立った一人、アヤメが彼女の前に出た。そして、アヤメが耳飾りを取ると、彼女の顔は葛藤から驚愕へと変わった。
風に揺れるさらりとした黒髪は赤く染まり、きめ細かな白い肌は浅黒くなる。特徴的なその二点は、紛れもなく相対する彼女と同じ特徴だった。
「…まさかあんた、魔人族?」
「私の名は、アヤメ・バグアー。魔国ガーランドの将軍、フリード・バグアーの
アヤメ・バグアーの今生は魔人族の国、魔国ガーランドにて始まった。
今生は家族にも恵まれ、特に兄は前世の傲慢な実姉とは違い、本気で魔人族の幸福を願う硬骨漢。民に、部下に慕われる兄の姿は家族として誇りに感じ、アヤメ自身もそんな兄を敬愛していた。
そして、兄の背を追って軍人となったのは、
しかし、敬愛はいつしか疑念へと変わり、そして嫌悪へと墜ちていった。そのきっかけは、兄が大迷宮の一つ【氷雪洞窟】を攻略してきた後だった。
当時、アヤメはアーティファクトを用いて外見を人間族に変え、冒険者として活動していた。役割は有事の際に人間族の兵士として徴兵されるであろう冒険者達の戦力調査、つまりスパイ活動だった。
途中、自分と同じようにトータスに転生した前世の同僚に再会しスパイ活動に葛藤を抱くなど様々な経験をしてきたが、十分な程に充実していた。
そんなある時、兄が大迷宮を攻略したとの報告を受けガーランドへと戻ると、そこには変わり果てた兄が待っていた。
他種族を見下す思想は強まり、「魔人族の為に」という理想は「神の為に」と摩り替る。そして、それは兄の周囲にも伝搬し、国や民に尽くす誇りある軍ではなく、神に尽くし神命を絶対とする狂信者の集団が出来上がったのだ。
ゆえに、アヤメ・バグアーは逃げ出した。兄から、ガーランドから、魔人族から。なぜなら、怖かったから。前世の実姉のようになってしまうのが、見ていられなかったから。
この逃亡を、アヤメはずっと後悔してきた。そして将来、
「もし、あれが私達魔人族が辿る運命だというのなら、それは認められない、認めてはいけない。だから、同胞の未来を救うために、力を貸してほしいのです」
「な…そ、そんなこと」
アヤメの話に彼女は動揺して後退る。その荒唐無稽な話を信じるなら、
当然、彼女にとって信じられるはずもなく。
「し、信じられるわけだないだろ?! それに、だったらあたしはどうなんだい!? 魔人族が洗脳されてるって言うなら、あたしだって――」
「おそらく、国の中枢に近い者、洗脳の正体に近づいた者、そして思想に疑惑を抱いた者だけでしょう。それにあなたは、あの
実際、彼女はギルベルトのことを、人間族だから気に食わないが、非常に優秀な人間族であると認めている。それこそ、未だ彼女が洗脳されていない証拠でもある。
「神は、地上の全ては己の駒であり、二種族の戦争は遊びに過ぎないと嘯いている。仮に魔人族が戦争に勝利して人間族を滅ぼしても、神の戯れで魔人族も滅ぼされるだろう」
「――ッ」
絶句する彼女に対し、悠姫は畳みかけるように言葉を紡ぐ。
「だからこそ、その神の遊戯という運命から皆を救いたいんだ。だって誰もが、明日を自由に生きる権利があるんだから。その為に、力を貸してほしい。この通りだ、頼む」
頭を下げて頼み込む二人の姿に彼女は数秒の間固まり、そして項垂れると声を震わせ呟くように言った。
「……あたしにはミハイルが…恋人がいるんだ。戦争が終わったら、二人で幸せにって…そんな将来も、やってこないってことかい…?」
「ああ。もしかしたら、もっと苦しい思いをするかもしれない」
「…あんたは、ミハイルの事も、救ってくれるのかい…」
「必ず」
力強く肯定した悠姫に彼女は数秒置くと、ゆっくりと顔を上げ強い意志を宿して悠姫を見た。
「カトレア。あたしの名前だよ。さっきの言葉、破ったら永遠に恨むからね」
「…ありがとう。改めて誓おう。必ず君達を、皆を、神の支配無き世界へ救うと」
ここに、怪物と一人の魔人族との間に盟約が交わされた。
「初めまして、と言っておこう。私はギルベルト・ハーヴェス。雄々しき英雄より
「……天之河光輝だ」
そして、カトレアが悠姫の協力者となった日の同日深夜。オルクス大迷宮の入り口があるホルアドの町では、互いの名乗りから始まった。
「まあ、そうだな。まずは君が抱いているであろう疑問に答えていこうか」
最初は
「まず一つ、大迷宮で君達と会ったのは私ではない。あれは疑似的な
そして二つ目、これはまあ、普通に近づいただけだ。私は外見上、唯の人間族だからな。一般と同じように町に入り、歩き、そして君に近づき話しかけた、という訳だ」
「……それで?」
言外に、何故近づいたのかと続きを促す。冷静でなによりと満足げに頷くと、懐に手を入れながら話し始めた。
「では、単刀直入に言おう。君は強い力が欲しくはないか? 守りたいものを守ることができる、強大な力が」
「…な、それは」
同時、
そして、光輝はその結晶に見覚えがあった。それは古都テルスでの依頼後、王都に戻った香織と雫が身に着けていた
「これは
「
「見ての通り、非常に多くの魔力が込められている。この
その光輝の様子にフッと微笑むと、
「一応注意しておくのだが、あくまでも間違わずに使えば、だ。使い方が分かるまでは懐に入れておくだけにしたほうがいい。それだけでも、窮地には女神が力を貸してくれるだろう」
そして、用は終わったと
突然の襲来と手に入れた貰い物に光輝は呆然としているが、その心は妙に澄み渡っていた。悠姫と比べた善悪も、命を奪った感覚も、そして大切な幼馴染の事も、憂いは既に取り払われていた。
この時、
【グリューエン大火山】最奥。
数百年以上もの間、空気が揺らぐことがなかった小さな世界で、魔法陣が輝いた。その光に照らされ、一人の影が浮かび上がる。
「……神代魔法…これで、一つ…」
近づいた、と小さく漏れた呟きが空気を引き裂いた。微かに口元が吊り上がる。影の主は、さっそくと言わんばかりに手に入れたばかりの神代魔法を行使し、【グリューエン大火山】から脱出した。
そして再び、小さな世界は静寂に包まれた。
三章の人物詳細・設定補足を挟んで四章に入ります。
幕間は完成次第投稿します。
よければ感想、評価などをいただけると嬉しいです。
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三章人物紹介・設定補足
・天津悠姫
本作主人公。
徐々に多勢力で自身の影響下にある者達を増やしている。現状では、愛ちゃん護衛隊(愛子+召喚組)、冒険者ギルド(ディルグ、イルワ、ロア)、魔人族(カトレア、アヤメ)、王宮(遠藤、シェリア)。
「悪」になりたい。それこそ、怪物が抱えてきた理想であり目指す形。その先に
・
本作
「悪」になりたい。そのために邁進する怪物を支えるために、彼女は数え切れない罪を犯す。それがたとえ、怪物に裁かれるべき邪悪だとしても。その先に、怪物が叶えたい世界の姿が存在するから。そして、
・八重樫雫
サブヒロイン。
十年来の恋心が実った。
・白崎香織
サブヒロイン。
今更だが、夢女子ガチ恋勢というのは相当にヤバイのではないかと思う。
・ティオ・クラルス
サブヒロイン。
原作とは違い、性癖が開花されていないのでパーティの中では一位二位でまとも。今後、性癖が開花する予定はない。
・アヤメ・キリガクレ
(アヤメ・バグアー)
今生では魔人族の将軍、フリード・バグアーの妹。元魔人族側のスパイ。
キリガクレ的敬愛心は悠姫ではなくフリードへと向けられている。前世の血筋はアマツのパチモンなので、極度の地雷になるような重い愛は持っていない。今後インモラルになるかは未定。
・ディルグ・ロートレク
(デル・ハウリア)
今生ではシアの実兄。約十年ぶりに再開した。
アヤメと違い、冒険者活動で亜人族であることを隠していない。そのため舐められることも少なくないが、金ランクという証と圧倒的な実力によって周囲を黙らせている。
・清水幸利
救われたキャラの一人。
清水幸利が辿る末路は愛ちゃん先生にかかっている。
・カトレア
救われたキャラの一人。
魔人族全体の命運を左右する重要な位置付けになった。魔人族の恋人ミハイルがいるので、将来は結ばれて幸せになれるはず。
・ノイント
救われそうなキャラの一人。
現状、悠姫を殺すことができる唯一の存在。超至近距離からの爆熱、
・天之河光輝
幼馴染を取られたり、悠姫と自分を見比べて善悪に葛藤したりと、原作と同じく色々と大変な目に遭っている勇者。
と思いきや、ギルベルトによって別の興味へと挿げ替えられたので、心はとても晴々としている。しかし、それが吉と出るか凶と出るかは光輝次第。
・
神祖達とは違い半永久的に現界させられる、
次話から、第四章に入ります。
よければ感想、評価などをいただけると嬉しいです。
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第四章
第六十七話 大砂漠とトラブル
第四章、始まります
【グリューエン大砂漠】、そこは赤銅色の世界と呼ぶに相応しい場所だった。赤銅色の微細な砂が風によって吹き上がり、大気の色すら赤銅色に染め上げる。そして、三百六十度、見渡す限り一色となった世界は方向感覚を狂わせる。
また、天より燦々と照り付ける太陽と、その
しかし、それは勿論
赤銅一色の世界を黒い箱型の乗り物、ハジメ謹製の魔導四輪が爆走していた。道と言う道など欠片もないが、車内に設置された方位磁針が進むべき方向を指し示している。
「……外、すごいですね……普通の馬車とかじゃなくて本当に良かったです」
「全くじゃ。この環境でどうこうなるわけではないが……流石に、積極的に進みたい場所ではないのぉ」
「トータスにこんな場所があったんだね…」
「恐らく、夜はホルアドやブルック以上に冷え込むだろう。そう考えればハジメ様様だな」
窓にビシバシ当たる砂と赤銅の世界を眺めながら後部座席のシアとティオ、前部座席の香織はしみじみと呟き、悠姫は膝上の丸みを帯びた黒いものを優しく手で梳きながら同意した。
「前に来た時と全然違うの! とっても涼しいし目も痛くないの! パパはすごいの!」
「……うん、ハジメパパは凄い。ミュウ、お水飲む?」
「飲むぅ~」
そして、前部座席の窓際でユエと一種に座っているミュウが、誘拐されて通った時との違いに興奮して万歳する。
無理もないだろう。海人族、それに四歳という幼さも考慮すれば、砂漠の横断など衰弱死しても不思議ではない程に過酷なものだったはずだ。そんな劣悪環境に耐えたミュウにとっては、冷暖房に冷蔵庫まで完備されているこの魔導四輪は、天国とも思える快適空間だろう。
「いや、ユエ…パパ呼びは勘弁してくれねえか?」
「でもハジメ君、ミュウちゃんには普通にパパって呼ばれてるよね?」
「いや、ミュウはもういいんだよ。ただ、同級生やユエ達からそう呼ばれるのは、な」
「…むぅ、仕方がない」
将来像を思い浮かべていたユエは、頬を膨らませ渋々ながらも引き下がった。でもいつかは、とユエが口を開くその前にハジメは蒸し返されてたまるかと、今度はその矛先を後部の二人へと向けた。
「てかいつまでいちゃついてんだよ」
「そうだよ雫ちゃん、次は私なんだから」
「…その後でよいから、妾も…」
「いやそうじゃねえんだよな…」
間違った同意をする香織とティオに、呆れたような声を出すハジメ。しかし、傍から見れば俺やユエもあんな感じだったのかと思うと、正直強くも言えないのも事実ではある。
その話題の種は勿論、
「ほら、ハジメもああ言ってるし、そろそろ、な?」
「……もう少し…」
悠姫と、悠姫に膝枕をされている雫である。ホルアドを出立して暫くはハジメ達の目もあって自重していたが、我慢できなくなったらしい。仲間以外に見られる心配がなくなった時は甘えるようになっていた。
「……八重樫って、こんな奴だったか?」
「話を聞いた限りあの勇者のフォローもしていたようじゃし、その反動もあるんじゃろうな……ん、なんじゃあれは?」
とうとう香織も悠姫に引っ付き始め、ユエが「…香織、意外とやる」と呟き、シアは「香織さん、大胆です」と目を輝かせ、ミュウが「お兄ちゃんとお姉ちゃん達、仲良しなの~」と興奮する。そんな様子を面白げに見ていたティオだが、どうやら窓の外に何かを見つけたらしい。
「ハジメ殿、三時の方向で何やら騒ぎが起こっておる」
「あれは…確かサンドワームだったか?」
ティオに促されてそちらを見ると、大きな砂丘の向こうにサンドワームと呼ばれるミミズ型の魔物が相当数集まっている様子が見えた。
体長は平均二十メートル、大きいものだと百メートルにも及ぶという。グリューエン大砂漠にしか生息しておらず、普段は地中を潜航し、獲物が近くを通ると三重構造に並んだ牙を生やした大口で真下から襲い掛かる。この奇襲を察知することは難しく、砂漠を横断する者達からは死神として恐れられている。
とはいえ、サンドワーム自身の索敵能力は決して高いとは言えず、潜航場所の近くを通らなければ狙われることはないという。つまり、サンドワームの群れに補足されてしまった、不運な獲物がいるということなのだが……
「なんで同じ場所をグルグル回ってんだ?」
奇妙なことに、そのサンドワームの群れはその獲物がいると思われる場所を中心に、何かを窺うように周囲を旋回していたのだ。ティオが言うには、獲物を食べるか食べないか迷っているよう、らしいのだが。
「じゃが、奴らは悪食じゃ。獲物を前に躊躇するなんてことはないはずなのじゃが…」
「まあ、態々首を突っ込む必要は……ッ!? 掴まれッ!」
突然そう叫ぶと、ハジメは一気に四輪を加速させた。その直後、車体を僅かに浮き上がらせながら砂色の巨体、大口を開けたサンドワームが後方より飛び出してきた。
「下だ! まだ来るぞ!」
「チッ!」
咄嗟に感知系の
そして車体に擦れるように飛び出してきた二体を含め、三体のサンドワームが四輪を睥睨した。奇襲を躱されたサンドワームは、今度はその巨体に物を言わせ大口を開けて襲い掛かる。
これが唯の馬車であったならば、この攻撃で終わっていただろう。しかし、この
「そう言えば、何気に使うのは初めてだな!」
そんな事を言いながら、ハジメは四輪をドリフトさせて車体の向きを変え、バック走行すると同時に四輪の特定部位に魔力を流し込み、内蔵された機能を稼働させる。
四輪のボンネット部分が一部スライドして開き、中から四発のロケット弾がセットされたアームがせり出してきた。そしてアームは獲物を探すようにカクカクと動き、迫りくるサンドワームへと砲身を向けると刹那の間に発射。サンドワームの口内へと吸い込まれていった。
「香織、ミュウを」
「うん、分かってるよ」
次の光景を予見した悠姫は、その凄惨な光景を見せないようにと香織に声を掛ける。香織は分かっているとミュウを正面から抱きしめて、そして次の瞬間、悠姫が予見した通りの光景が表れた。
サンドワームは爆音と共に内側ら弾け飛び、真っ赤な血肉がシャワーのように降り注いだ。バックで走る四輪のフロントガラスにもベチャベチャとへばりついた。これには見えていないミュウ以外の全員が顔を顰める。
「うへぇ……ひでえなこりゃ」
「殺った本人が言うことか、それ? それよりも次が来るぞ」
爆音と衝撃に気が付いたのだろう、砂丘の向こう側にいたサンドワーム達が一斉に動き始めた。地中の浅い部分を移動しており、砂が盛り上がっているために隠密性がない。おそらく、奇襲よりも速度を優先しているのだろう。
ハジメは四輪を砂丘の方へと向かわせた。そして三体を瞬殺したロケットをしまい、別の兵器を起動させる。ボンネットの中央が縦に割れ、なかから長方形の箱が表れ、軽快な音でライフル銃へと変形した。
その直後、一体のサンドワームが勢いよく地上へと飛び出した。ライフル銃は紅いスパークを迸らせながらサンドワームの頭部に狙いをつけ――
「は?」
――目標が宙を舞ったことで、スパークは鳴りを静めた。宙を舞ったのだ、サンドワームの頭部が。胴体から斬り飛ばされて。そして、その頭部へと。
「
――〝
魔杖の熱戦が血肉ごと焼き消した。サンドワームを斬ったのは雫だった。悠姫に
雫に気が付いて地上へと現れたサンドワーム達を、雫は殺気を籠めて睨みつけた。たった一体を屠ったところで雫の怒りが収まるわけがなく、サンドワームが雫に蹂躙されたのはある意味当然の結末だった。
そして、一行はサンドワームが捕食するのを躊躇していた
“治癒師”である香織がその人物へと近づき、その顔を見ると目を見開いて驚いた。歳は二十代半ばくらいの若い青年なのだが、香織が驚いたのは年齢ではない、青年の状態だった。
苦しそうに歪められた顔には大量の汗が浮かび、呼吸は荒く、脈も速い。服越しでも判るほどの高熱を発しており、圧力を掛けられているように血管が浮き出ており、目や鼻といった粘膜から出血もしている。唯の日射病や風邪ではない、尋常ではない様子だ。
香織はその人物に、対象を診察して、その結果を自分のステータスプレートに表示する技能〝浸透看破〟を使った。それと同時に、悠姫が男の状態を読み取った。
「これは、体内の魔力が暴走してるのか?」
「…うん、そうみたい」
「…どういうことだ?」
「変なものでも食べたのか、或いは飲んだのか、それが原因で体内の魔力が暴走状態になってる。何故か、魔力を外に排出することもできないから、内側から強制的に活性化・圧迫してる。……ああ、魔物の肉を食べた時に似ているんだ」
「なるほどな」
最後の一言はハジメは直ぐに理解できる内容だっただろう。なぜなら、奈落で自分が実際に体験しているのだから。この青年ほど軽い症状ではなかったが、つまり急いで対応しなければ行き着く結末が同じ可能性は高い。
「このままだと、内臓や血管が破裂して死ぬだろう。香織、まずはこの男から魔力を吸いだしてくれ」
「うん、分かった。光の恩寵を以て宣言する ここは聖域にして我が領域 全ての魔は我が意に降れ 〝廻聖〟」
香織は悠姫の指示に従い、光系の上級回復魔法〝廻聖〟を行使した。これは一定範囲内の人間の魔力を他者に譲り渡す魔法であり、その応用として他者の魔力を強制的に吸い出すドレイン系の魔法としても使用できる。
そして青年から吸い出された魔力は、神結晶の腕輪へと蓄えられていく。すると、徐々に青年の呼吸が安定し、出血も収まってきた。香織は〝廻聖〟の行使を止めると、初級回復魔法〝天恵〟で、青年の傷ついた血管を癒していった。
「取り敢えずこれで……今すぐ、どうこうなることはないと思うけど、根本的な解決は何も出来てない。魔力を抜きすぎると、今度は衰弱死してしまうかもしれないから、圧迫を減らす程度にしか抜き取っていないの。このままだと、また魔力暴走の影響で内から圧迫されるか、肉体的疲労でもそのまま衰弱死する……可能性が高いと思う。勉強した中では、こんな症状に覚えはないの……ユエとティオは何か知らないかな?」
「……正直、こんな病気は聞いたことはないのう。じゃが、主殿の言ったことが答えに近いんじゃないかの?」
「…魔物の肉を食べた、か」
ティオの言葉に反応して、悠姫が呟いた。とはいえ、悠姫は魔物の肉を食べた時の症状は、ハジメから聞いた範囲でしか分からない。つまり、当時のことを知っているのはハジメだけなのだ。
そして、悠姫がハジメへと顔を向けたところで、青年が意識を取り戻したらしく呻き声を上げ、目蓋がふるふると震えた。ゆっくりと目を開けて周囲を見渡す青年は、心配そうに自分を見つめる香織を見て。
「女神? そうか、ここはあのyォッ!?」
「雫!?」
「雫ちゃん!?」
「……あ、ごめんなさい。つい…」
香織へと手を伸ばそうとした青年の腹を、苛立ちが残っていた雫が刀の鞘で突き刺した。結果、ひどい呻き声を上げて止めを差された青年は、再びその意識が彼方へと旅立つことになった。
良ければ感想、アドバイスなどいただけると嬉しいです。
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第六十八話 アンカジ公国
再び気絶した青年を魔導四輪の中に避難させて暫く、青年は目を覚ました。同時に正気も取り戻したようで、外の砂漠と比べると天国と言える快適な環境や自分を囲む悠姫達にひどく混乱したが、悠姫達が命の恩人だと理解すると頭を下げて礼を言い自己紹介を始めた。
青年の名前は、ビィズ・フォウワード・ゼンゲン。悠姫達が【グリューエン大火山】に挑戦する際の中継拠点に考えていた、アンカジ公国領主の子である。
これには、さすがの悠姫達も驚きを隠せなかった。アンカジ公国はエリセンから運送される海産物の鮮度を極力落とさずに運ぶための要所で、その海産物の産出量は北大陸の八割を占めている。つまり、北大陸の食糧供給の一分野において、独占的な権限を得ているに等しいのだ。ハイリヒ王国の中でも信頼の厚い屈指の大貴族である。
そんな大貴族の子が、謎の奇病によって砂漠で息絶えようとしていたということは、アンカジ公国に
ビィズの方も、香織や雫の素性(〝神の使徒〟として異世界から召喚された者)や悠姫達の冒険者ランクを聞き、目を剥いて驚愕をあらわにして天へと祈り始めた。神が我らに女神を遣わしてくださったのだと。
そして、ビィズが語った内容はまさにアンカジ公国の危機だった。
まず四日前、アンカジで原因不明の高熱を発し倒れる人が続出した。それは本当に突然のことで、初日だけで人口二十七万人のうち三千人近くが意識不明に陥り、症状を訴える人は二万人にも上ったという。当然、直ぐに医療院は飽和状態となり、公共施設を全開放しつつ医療関係者が総出で当たったが、香織がビィズに行ったのと同じく、進行を遅らせることは出来ても完治させる事は出来なかった。
更には医療関係者の中からも倒れるものが現れ始めた、遂に死者が出始めた。それも発症してから僅か二日だという事実に、絶望が立ち込め始めた。
そんな中、一人の薬師が飲み水に魔力の暴走を促す毒素が含まれていることを突き止めた。そしてその毒素がアンカジの生命線であるオアシスを汚染していたことが、奇病の原因だったのだ。
つまり、新たな水の確保が出来ないということでもある。いずれ水の備蓄は尽きるという事実に更なる絶望が立ち込めるが、解決策がないわけではない。
それは、砂漠のずっと北方にある岩石地帯か【グリューエン大火山】で少量採取できる〝静因石〟という希少鉱石を使うこと。〝静因石〟には魔力の活性を抑制する効果があり、粉末状にしたものを服用すれば体内の魔力を鎮めることが出来るだろう。
「だが、新たに〝静因石〟の採取に行ける冒険者は皆倒れてしまった。水の備蓄も圧倒的に足りない。ゆえに私と護衛隊で救援要請の為に王国へ行こうとしたのだが……」
「自分も感染していた、ということか。健常だった護衛隊はサンドワームに喰われ、奇病に罹ったビィズ殿は喰われずにこうして助かったとは、幸運と言うか不幸と言うか」
「ああ、情けない。今もなお、アンカジの民は苦しんでいるというのに。……だが、私は幸運だ。君達に、いや、貴殿達にアンカジ公国領主代理として正式に依頼したい。どうか、私に力を貸して欲しい」
そう言い、ビィズは深く頭を下げた。車内を静寂が包み込む。
悠姫とハジメに視線が集中する。二人は軽く目を合わせ、静かに頷いて口を開いた。
「受けてやるよ、その依頼。元からアンカジには寄る予定だったし、グリューエン大火山にも挑むつもりだ。そのついでに〝静因石〟を採ってくるくらい問題じゃねえ」
「さすがに二十万人の無辜の人々を見捨てるほど非情じゃない。それに…」
「それに?」
「……いや、何でもない。依頼の内容は、ビィズ・フォウワード・ゼンゲンをアンカジ公国まで送り届けること。使える水と〝静因石〟の確保。であってるか?」
――アンカジ公国に魔人族の陰がある等、言えるわけがない。
カトレアからの情報提供によって、魔人族がアンカジ公国に何かをするということは知っていたが、カトレアが別動隊だったからかその何かまでは分からなかった。
しかし、兵站の一角を担う要所であることは間違いはない。魔人族が狙う場所としては当然だ。
「あ、ああ。それで、まずは王国に」
「いや、水の確保には当てがある。このままアンカジに向かうぞ」
「当て? そんなのどうやって」
数十万人分の水の確保などどうやるのかと、ビィズは訝しむ。それは当然の疑問なのだが、ここには魔法の天才であるユエがいる。そして、大気中の水分を集めて水を作るなど、常識的には考えつかないだろう。
それを掻い摘んで説明する香織と、背後に宇宙を展開する猫のような表情になったビィズを尻目に、ハジメは魔導四輪をアンカジ公国に向かわせた。
乳白色の外壁に囲まれ、その各所から登る光の柱が緩やかな曲線を描きながらアンカジ全体をドーム状に覆い、砂嵐から都を守っている。内部も乳白色の建造物が立ち並び、外界の赤銅色とのコントラストが美しさを際立たせている。
しかし、その美しさとは裏腹に、アンカジは暗く陰気な雰囲気に覆われていた。通りに出ている者は極めて少なく、ほとんどの店も営業していないようだ。誰もが戸口をしっかり締め切って、まるで嵐が過ぎ去るのをジッと蹲って待っているかのような、そんな静けさが支配していた。
「……使徒様やハジメ殿達にも、活気に満ちた我が国をお見せしたかった。すまないが、今は時間がない。都の案内は全てが解決した後にでも私自らさせていただこう。一先ずは、父上のもとへ。あの宮殿だ」
「父上!」
「ビィズ! お前、どうしっ……いや、待て、誰だそいつら!?」
ビィズの顔パスで宮殿内に入った悠姫達は、そのまま領主ランズィの執務室へと通された。衰弱が激しいと聞いていたのだが、どうやら治癒魔法と回復薬を多用して根性で執務に乗り出していたらしい。
そんなランズィは、一日前に救援要請を出しに王都へ向かったはずの息子が帰ってきたことに驚きをあらわにした。ビィズは悠姫の肩を借りながら、ランズィへと事情を説明した。
話はトントン拍子に進み、執事らしき人が持ってきた静因石の粉末を服用して完治させたビィズに香織が回復魔法を掛けると、全快とまでは行かずとも行動を起こすに支障がない程度には治ったようだ。
なお、完治といっても、体内の水分に溶け込んだ毒素がなくなったわけではなく、単に静因石により効果を発揮できなくなったというだけである。体内の水分に溶け込んでいる以上、時間と共に排出される可能性はあるので、今のところ様子見をするしかない。
「じゃあ、動こう。香織はシアを連れて医療院と患者が収容されている施設へ。魔晶石も持っていけ。ハジメ達は、水の確保だ。ランズィ殿、最低でも二百メートル四方の開けた場所はあるか?」
「む? うむ、農業地帯に行けばいくらでもあるが……」
「なら、そっちはハジメとユエが行ってくれ。シアは、魔晶石がたまったらユエに持って行ってくれ。残りの俺達はオアシスに行って汚染原因を調査する。ハジメとユエも水源を確保したら俺達に合流してくれ」
そして、悠姫の指示で行動を開始する。
香織とシアはビィズと同じ病状で倒れている住民の治療。その過程で抽出した魔力が溜まった魔晶石も用いてハジメとユエが水源の確保。
そして、悠姫達が原因とされてるオアシスの現状を調査、原因の特定・排除、という
オアシスは、キラキラと光を反射して美しく輝いており、とても毒素を含んでいるようには見えなかった。
しかし――
「……いるな」
「いるってことは……魔物?」
「恐らくな。なあ、ビィズ殿」
オアシスの中から魔力を感じ取り、悠姫がぼそりと呟いた。
「国で調査を行ったと言っていたが、どの程度を調べた?」
「ええと、オアシスとそこから流れる川、各所井戸の水質調査と地下水脈の調査です。ですが、話した通り地下水脈は特に異常は見つかりませんでした。とは言え、調べられたのはこのオアシスから数十メートルが限度で、オアシスの底まではまだ」
「オアシスの底には、何かアーティファクトでも沈めてるのか?」
「? いえ。オアシスの警備と管理として結界系のアーティファクトは使われてますが、それは地上に設置してるので、オアシスには何も…」
「なるほど…雫とティオは迎撃の用意を。他はオアシスから離れてくれ」
「分かったわ」
「了解じゃ」
「ユ、ユウキ殿? 何を?」
ビィズの言葉に頷いた悠姫は、指示を出しながら太刀を片手にオアシスへと片腕を入れる。
「〝
輝照するのは人狼の星光。
「〝
腕を揺らして発生させた振動で索敵する。じっと動かない悠姫にビィズ達は困惑して近づこうとするが、雫とティオがオアシスを警戒しながら制止する。それから訳一分が経過し――
「〝
――水面に波が立ち始め、直ぐにビィズ達の足元にも伝わる大揺れへと変わる。ビィズ達は何が起きたのだとさらに困惑し、悠姫へと詰め寄ろうとしたその直後、
風を切り裂く勢いで無数の水が触手となって悠姫に襲いかかった。しかしそれは、雫の抜刀術とティオの炎によって一つ残らず迎撃され空中へと霧散した。
そして、水面が突如盛り上がったかと思うと、重力に逆らってそのまませり上がり、十メートル近い高さの小山になったのである。
「な、なんだ……これは……」
ビィズの呆然とした呟きが響き渡った。
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第六十九話 潜むもの / 迫るもの
小山からオアシスの水が流れ落ちて現れたそれは、体長十メートル、無数の職種をくねらせた、所謂スライム型の魔物だった。
「こ、この魔物は……バチュラム…なんですか?」
「さあね。なんであれ、この魔物がオアシスを汚染させた原因で、毒素を生み出す固有魔法を持っているんだろう」
バチュラム、というのはトータスでのスライム型の魔物の事だ。だが、ビィズがその巨体に驚いているように、バチュラムは一メートル程度の体長のはずだ。加えて、水質を汚染するような能力を有しているわけでもない。
つまり突然変異個体――ではなく、魔人族の変性魔法によって改造された魔物と言うことだ。
「そ、それじゃあ、この魔物を倒せば…」
「浄化されるかどうかは分からないが、少なくとも水質汚染が進むことはなくなるだろう。……ああ、もう終わったよ」
戸惑うビィズに悠姫は濡れた手を払いながら語り掛ける。そして、悠姫の「終わった」という言葉と同時に、バチュラムの体がずるりとずれた。
「八重樫流抜刀術・〝断空〟」
鍔を鳴らして雫が呟くと同時に、核を真っ二つにされたバチュラムが一瞬で崩れ去る。
アンカジ公国を滅亡の危機に陥れた脅威の根源があっさりと退治された光景に、ビィズ達は呆然としながら悠姫達を見つめていた。
「こ、これで終わりなのですか?」
「これで終わったのなら万々歳なんだが、水質に関しては……だめだな」
慌ててアンカジの薬師が水質を調べてみたが、落胆した様子で首を振ることから結果は察せられた。同時に、ランズィやハジメ達も合流してきた。ランズィはビィズから結果を聞くと同じように落胆して顔を伏せる。
「じゃが、これ以上に汚染が広がることはないのじゃ。地下水脈から新しい水を汲みだしていけば、オアシスを元に戻すことは出来るはずじゃ」
しかし、ティオが慰めるように言うと、ランズィ達は気を取り戻してオアシス復興へと気合を入れた。常に過酷な環境下にある国だからこそ、その国に住む民たちの愛国心も強いのだろう。
「だが、一体このバチュラムはどこから来たのだ? 毒素を放出するなど聞いたこともない。地下水脈から流れ着いたのか?」
「……いや、心当たりならある。魔人族だ」
「!? 魔人族だと! 魔物を使役することは聞いていたが」
「強力な魔物や、このバチュラムみたいな新種の魔物を使役している魔人族に出くわしたことがあってな。つい最近だと、使徒である勇者パーティすら退けるほどだ」
ハジメの返答にランズィは苦い顔をしながら低い唸り声を上げる。エリセンから送られる海産物や果物等の運送における要所である点からも、アンカジ公国が狙われることは想像できる。
「まさか、そこまでだったとは……その強さ、アーティファクト、ハジメ殿とユウキ殿は、まさか」
香織殿と雫殿と同じ……と続けようとしてランズィは口を噤んだ。恩人に対し、余計な詮索など無礼であり、また優先して行うことはまだ残っている。
「……アンカジ公国領主ランズィ・フォウワード・ゼンゲンは、国を代表して礼を言う。この国は貴殿等に救われた」
そういうと、ランズィやビィズを含め彼等の部下達も深く頭を下げた。一国の領主が容易に頭を下げるべきではないが、ハジメ達が誰であろうとランズィは頭を下げていただろう。
「まあ、ありがたく受け取っておく。この恩はでかいぞ」
笑いながら返したハジメに、謙遜と下心で返してくるものだと思っていたためにランズィはキョトンとしてしまう。が、同時に吹き出すように笑い、肩を震わせた。
「ああ、勿論。末代まで覚えているとも……それで、まだアンカジには苦しんでいる患者たちが多くいる……それを頼めるかね?」
「もともと、【グリューエン大火山】には用がある。それに、静因石の確保も依頼の内だ。気にすることはない。それで、いくつ必要だ?」
医療院では、香織がシアを伴って獅子奮迅の活躍を見せていた。緊急性の高い患者から魔力を抜き取ってストックし、周囲に集めた患者の病の信仰を一気に遅らせ、同時に衰弱を回復させるように回復魔法も行使する。
シアは、動けない患者達を馬車に詰めて、その馬車ごと持ち上げて一気に運んでいた。香織が移動するより効率が高いと判断したからだ。
医療院の職員達は、上級魔法を連発したり、複数の回復魔法を当たり前のように同時行使する香織の姿に深い尊敬を念を抱き、全員が香織の指示の元に治療に当たっている。
そんなところに、悠姫達がやってくる。そして、ランズィより水の確保と汚染の元凶が倒されたことが大声で伝えられると、一斉に歓声が上がった。砂漠の真ん中で安全な水も確保できず、絶望に包まれていた人々に笑顔が戻り始める。
「俺達はこれから【グリューエン大火山】に挑む。香織はここで、患者達の治療を続けてほしい」
「悠姫君…うん、分かった。でも、皆の体力的にもあと二日…私の回復魔法を考えても、三日くらいしか持たないと思う。だから、静因石をお願い」
香織の魔力は、治療と同時に抜き出してストックした魔力や
「……私、頑張るから。無事に帰ってきてね。待ってるから……」
「…ああ、任せろ」
夫を仕事へ送り出す妻さながらな振舞いをする香織に、悠姫は周りから生暖かい視線を向けられながらも苦笑いして応える。そして、ミュウを香織に預け、一行は【グリューエン大火山】へと出発した。
悠姫達がアンカジ公国を救うために奮闘していた、その日の夕方。ハイリヒ王国王宮の廊下を、畑山愛子が暗い表情で歩いていた。その隣には、清水幸利も共に歩いている。
愛子の表情が暗いその原因は、ここ数日における王国と教会の対応である。有体に言うならば、
確かに、悠姫とハジメの力は非常に強力だ。僅か数人で六万以上の魔物の大群を、未知のアーティファクト、未知の魔法で撃滅した。にもかかわらず、聖教教会には非協力的で、場合によっては敵対することも厭わないというのだから、危険視させるのは当然ではある。
だが、ウルの町を救ったという功績や、愛子がどれだけ抗議しても取り合うことはせずに異端者認定を下すなど、どう考えてもおかしいだろう。
更におかしいということがあるとすれば、清水幸利に何の罰がなかったのだ。これは愛子や他護衛隊から見れば喜ばしいことではあるが、二人への判決に加えて奇妙と言うほかない。
「…私は、どうすれば…」
「先生…」
そんな愛子を見て、幸利は何もできないもどかしさに悩んでいた。自分を助けてくれた恩人が異端者となり、自分を信じてくれた恩師が苦しんでいる。それなのに何もできない無力差がどうしようもなく悔しい。
強い力を手に入れたのに、先生の役に立てる力を授けてもらったはずなのに。
「?」
ふと、幸利が不思議な気配を感じて前方を見る。そこには、聖教教会の修道複を身に纏った女性が立っていた。すると。
「はじめまして、で合っているでしょうか。畑山愛子、清水幸利」
「ッ!?」
幸利が愛子を抱えて、後ろへ飛び退った。直接に声は聞いていないはずなのに、直感的に気付いてしまった。この女は――
「――真の神の使徒、ノイントッ!」
清水幸利がウルの町へと魔物を嗾けた戦いで、悠姫と激闘を繰り広げた“真の神の使徒”
まずい、と幸利は内心で唾を吐く。たとえ逆立ちしようとも、清水幸利ではノイントには敵わない。木っ端のように瞬殺されて終わりだ。
だが、ここには畑山愛子という守らなければならない人がいるのだ。震えながらも杖を取り出し、愛子へと近づけさせまいとノイントへと突きつける。
ようやく理解できたのか、愛子は顔を青褪めさせて清水へと叫んだ。
「し、清水君ッ! 私は構いませんから、早く逃げて…」
「そんなことできませんッ! 俺が時間を稼ぎます!」
「で、でも――」
「―――慌てているところすみませんが、私に戦いの
「…は?」「…ふぇ?」
と、二人のやり取りを前にノイントは変わらず能面的な表情で、しかし明確に
思わずキョトンとする幸利と愛子に、ノイントは
「お願いがあってきました」
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第七十話 グリューエン大火山
【グリューエン大火山】
アンカジ公国より北西に進んだ先に存在しているその見た目は、直径約五キロメートル標高三千メートル程の巨石だ。一般的な成層火山のような円錐状の山ではなく、溶岩円頂丘のような平べったい形をしており、山というより巨大な丘という方がいい。
この【グリューエン大火山】は七大迷宮の一つとして知られているが、冒険者が訪れることは少ない。それは、純粋な迷宮内部の危険性の高さと厄介さ、そして魔石回収のうまみの低さが上げられる。だが一番の理由は、そもそも迷宮入口にたどり着けるものが少ないからである。
「……まるでラピュ〇だな」
「……ラ〇ュタ?」
「…たしか、旧暦の資料にそんな記述があったような」
【グリューエン大火山】を包み込む巨大な砂嵐を見て、ハジメはポツリと呟いた。
この砂嵐の恐ろしいところは、この中でも容赦なくサンドワームやほかの魔物が容赦なく奇襲してくるということだ。並の実力ではグリューエン大火山】を包む砂嵐すら突破できないというのも頷ける話である。
だが、この悠姫達一行は
「つくづく、徒歩でなくて良かったですぅ」
「流石の妾も、生身でここは入りたくないのぉ」
砂嵐をものともせずに貫く魔道四輪の窓から外を眺めるシアとティオも、魔道四輪の快適さに感謝感謝と拝んでいる。だが、二人とも
「よし、行くぞ」
「おう!」
「ええッ!」
「うむっ!」
「んっ!」
「はいです!」
【グリューエン大火山】の内部は、【オルクス大迷宮】や【ライセン大迷宮】以上にとんでもない場所だった。難易度ではなく、内部構造が、だ。
まず、マグマが文字通り宙を流れている。空中に水路が形成されているのではなく、マグマそのものが宙に浮いて、川のような流れを作っているのだ。更には、
「…雫、こっちだ」
「え? ッ、きゃ!」
「大丈夫か?」
「え、ええ。ありがとう、悠姫君。まさか、いきなりマグマが噴き出してくるなんて」
と、雫の言う通り、唐突にマグマが噴出してくるのである。どうやらシアも同じように噴き出たマグマに襲われかけて、ハジメに救われたようだ。このマグマは本当に突然な上に、事前の兆候もないので察知が難しい。悠姫の
そして、なにより厳しいのが、茹だるいような暑さ――もとい暑さだ。火山の内部なのだから当たり前ではあるが、まるでサウナの中にでもいるような、あるいは熱したフライパンの上にでもいるような気分である。これが【グリューエン大火山】の最大限に厄介な要素だった。
悠姫達がダラダラと汗をかきながら、天井付近を流れるマグマから滴り落ちてくる雫や噴き出すマグマをかわしつつ進んでいると、とある広間であちこち人為的に削られている場所を発見した。ツルハシか何かで砕きでもしたのかボロボロと削れているのだが、その壁の一部から薄い桃色の小さな鉱石が覗いている。
「これが静因石か?」
「…ああ、そうみたいだ」
「うむ、間違いはないぞ、主殿よ」
悠姫がそれを摘み上げ、〝鉱石系鑑定〟を持つハジメと知識深いティオに確認し、二人は同意した。どうやらここが、【グリューエン大火山】に入れた冒険者たちの採掘場所のようだ。しかし、
「……小さい」
「この小ささだと使えないわよ」
「ほかの場所も同じ小石サイズばかりですね……」
ユエ達の言う通り、残されている静因石はほとんどが小指の先以下のものばかりだった。これは既に、これまでに訪れた冒険者達によって採られ尽くされたということだろう。
つまり、大量且つ効率よく手に入れるには、より深くに潜らなければならないということだ。ハジメの〝鉱石系探査〟で簡単に採取できる静因石だけを採り、一行は先へと進んだ。
そして、徐々に強くなる暑さと魔物に辟易しつつも第八階層へと続く階段へと辿り着いた。記録によると、冒険者達の最高到達階層は七階層だったらしく、ここから先は未知の領域となる。
一行は気を引き締めつつ八階層へと続く階段を降りきった、その瞬間、
ゴォオオオオ!!
と、一行の正面から強烈な熱風と巨大な火炎が襲い掛かってきた。
「〝絶禍〟」
その火炎に対して、ユエが魔法を行使する。出現した黒く渦巻く球体は、重力魔法によるもの。ただ、〝壊劫〟のような地面に押しつぶすものではなく、強力な重力を発生させてあらゆるものを呑み込む漆黒の盾だ。
その盾に全ての火炎が呑み込まれると、その射線上に襲撃者の正体が露わとなった。
それは、鋭い二本の巻角を生やした雄牛の魔物。更には全身にマグマを纏わせ、口からも呼吸と同時に炎を吐き出すという、熱に特化した魔物だった。
そんなマグマ牛に対して初めに攻撃したのはユエだ。展開していた〝絶禍〟がマグマ牛に対して弾け飛ぶ。圧縮された火炎は砲撃としてマグマ牛へと襲い掛かる。しかし、吹き飛ばすことはできたものの、砲撃によるダメージは通っていないようだった。
「むぅ……やっぱり、炎系は効かないみたい」
「まぁ、マグマを纏っている時点でなぁ……仕方ないだろ」
火炎の砲撃を返したユエが不満そうな声を上げる。それに苦笑いしながら、ドンナーを抜こうとしたハジメと
「ハジメさん、悠姫さん! 私にやらせて下さい!」
ドリュッケンを手に鼻息を荒くしているシアに、いつになく気合が入っているなと思う二人だったが、ハジメがドリュッケンに組み込んだ新機能を試したいのだろうと察し後ろに下がる。
「分かってると思うが、気をつけろよ」
「はいッ!
シアが気合の声を上げると、軽くステップを踏んで、既に数メートル付近まで接近していたマグマ牛に向かって飛び掛かった。
空中で一回転させて遠心力をたっぷり乗せると、正面から突っ込んできたマグマ牛へ絶妙なタイミングでドリュッケンを振り下ろした。ドリュッケンは狙い違わず、吸い込まれるようにマグマ牛の頭部へと直撃した。その瞬間、直撃した個所を中心にして魔力の波紋が広がり、次いで凄まじい衝撃と共にマグマ牛の頭部が爆破されたかのように弾けとんだ。
「お、おぅ。ハジメさん、やった本人である私も引くくらいすごい威力ですよ、この新機能」
「あ、ああ、そうみたいだな……〝衝撃変換〟どんなもんかと思ったが……」
「まさかこれ程とは……しかし、もしもあの時にこれがあったら、妾は…」
ハジメだけでなく、シアやティオも思わず関心の声(ティオは恐れも含んでいるが)を上げてしまう程の威力を発揮したシアの一撃。それはハジメが口にした通り〝衝撃変換〟という、魔力変換の派生に位置づけられる固有魔法だ。
先日の【オルクス大迷宮】の一件で、ハジメが一瞬でミンチにした馬頭の肉を、こっそりと回収して喰らうことで手に入れていた。その〝衝撃変換〟を生成魔法で鉱石に付与し、新たにドリュッケンに組み込んだのだ。
その後、次々と階層を下っていく毎に魔物のバリエーションは増していった。マグマを撒き散らす蝙蝠、魔物や壁を溶かして飛び掛かってくるウツボモドキ、炎の針を飛ばしてくるハリネズミ、マグマの中からマグマを纏った舌を鞭のように振るうカメレオン、等々と……
悉くがマグマを用いた攻撃、防御を使う魔物は、怪物と言うべき悠姫をして
ならば、トータスの冒険者で八階層以降の階層に降りて戻ってこれなかったということにも頷ける。純粋に危険度が跳ね上がっているのだ。更には、魔物が強力になる一方で希少鉱物である静因石の大きさも大して変わっていないことも、降りる者がいない理由の一つだろう。
しかし何より厄介なのは、刻一刻と増していく暑さだ。
「はぁはぁ……暑いですぅ」
「……シア、暑いと思うから暑い」
「…心頭滅却すれば火もまた涼し、だったか……」
「流れているのは唯の水……ほら、涼しい、ふふ」
「いや、主殿よ! ユエが壊れかけておるのじゃ! 目が虚ろになっておる!」
暑さに強いティオ以外、悠姫やハジメ達ですらこの暑さには参っている。一応、冷房型アーティファクトも使ってい入るのだが、まさに焼け石に水状態だ。留めどなく汗が流れ、意識が朦朧とし始めているユエとシアを見て、悠姫とハジメは一端の休息が必要だと考えた。
ハジメはまず、マグマから比較的離れてい壁に〝錬成〟で横穴を空け、一行を招き入れるとマグマの熱気が最小限になるように入口を最小限まで閉じる。
「ふぅ……悠姫、ユエ。氷塊を出してくれ。しばらく休憩だ」
「あぁ、同意する。〝
「ん……了解」
悠姫は汗を拭いながら同意して星辰光を、ユエは虚ろな目をしながらも氷系の魔法を発動させて部屋の中央含む数ヶ所に氷塊を出現させた。更に、気を利かせたティオが、風系魔法で氷塊の冷気を部屋中に循環させる。
「はぅあ~~、涼しいですぅ~、生き返りますぅ~」
「……ふみゅ~」
女の子座りで崩れ落ちたユエとシアが、目を細めてふにゃりとする。タレユエとタレシアの誕生だ。
ハジメは、内心そんな二人に萌えながら〝宝物庫〟からタオルを取り出すと全員に配った。
「ユエ、シア、だれるのはいいけど、汗くらいは拭いておけよ」
「冷えすぎると動きが鈍る。体調も悪くなるかもしれないからな」
「……ん~」
「了解ですぅ~」
間延びした声で、のろのろとタオルを広げるユエとシアを横目に、ティオがハジメと悠姫に話かける。
「主殿達はまだ余裕そうじゃの?」
「いや、ティオほどじゃない。流石に、この暑さはヤバイ。もっといい冷房系のアーティファクトを揃えておくんだった……」
「いくら不死身の身体とはいえ、さすがにな……」
「ええ。そろそろ限界よ……」
「ふむ、主殿でも参る程ということは……おそらく、それがこの大迷宮のコンセプトなのじゃろうな」
そこに、そこまで参ってはいないがそれなりに汗をかいているティオがそんなことを言ってきた。ハジメがこの言葉に首をかしげるが、思い当たる何かを思い出して呟いた。
「コンセプト? ああ確か、前に悠姫がそんなことを言ってたような…」
「む? 主殿も気付いていたのかの?」
「試練、と言うくらいだからな。乗り越えるべき課題と言うべきものがあるのだろうとは思っていた。【オルクス大迷宮】なら強力な魔物との闘いの経験、【ライセン大峡谷】なら魔力を使えない環境での戦い、とかな。只管に魔物と戦うことだけだったり、単純にダンジョンを攻略するだけのようなものが七回も行うとは思えない」
「そなれら、【グリューエン大火山】のコンセプトは、暑さによる集中力の阻害、その状況下での奇襲やトラブルへの対応、なのかね……」
「試練そのものが解放者達の“教え”になってるのね…」
悠姫の考察に、ハジメと雫は納得だと頷いた。となれば、他の大迷宮の試練が何なのかは気になるところだが、それはその時にならないと分からないだろう。
そして束の間の休息を経て、一行は再び【グリューエン大火山】攻略へと歩みを進めた。
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外章
前日譚 星辰戦争
気が付いたら前回投稿から一ヶ月以上が経ってました……
完結までは続けるつもりなので、温かい目で見守ってくれると嬉しいです。
新西暦1029年
軍事帝国アドラー
軍高官でも極一部しか知らない極秘施設、旧日本国の遺産が眠るその場所で、二人の男が相対していた。
軍事帝国アドラー第37代総統閣下、クリストファー・ヴァルゼライド。
総統閣下とその副官、共に同じ戦場を駆けてきた戦友であり、そして幼少期からの幼馴染。その仲はとても良好で、両者と付き合いが長い者からも、意見が対立している所すら見たことがないと言われている。
そんな二人が今、アドラーの最重要極秘施設で、互いに殺気をぶつけながら向き合っていた。
「本当に俺と戦うつもりか、ユキ」
「そうだ。歪みを正し、この世界をあるべき形に戻して見せる。そのために」
それは、数えきれないほど繰り返してきた決別の
ユキは太刀を抜き構え、呼応するようにヴァルゼライドもまた二振りの太刀を抜き放つ。
「そうか、ならば是非もない。来るべき聖戦のため、俺はここで死ぬわけにはいかんのだ」
「それはこちらも同じだ。
これより始まるのは、
「「”勝つ”のは、俺だ!!」」
「〝
「〝
開幕初手から両者は
この選択は単に、互いの力量を信頼している故なのだろう。共に全力、様子見不要。何故なら、
双方共に、新西暦最高峰の
終末の天災は万象を喰らい尽くし、殲滅の光刃は邪悪を滅ぼし尽くす。
そして、約束された繁栄を民へ齎す為に。
「ッ、ハァ!」
「――シッ!」
光刃が怪物へと空気を斬り裂きながら襲い掛かるが、怪物は次撃すらも読み切った上で、まるでお手本を見せるかのように光刃を捌いた。そして捌いた流れに沿うように放たれた怪物の太刀筋が、英雄に
致命傷どころか、英雄の動きを阻害することすらできない僅かな掠り傷。しかしそれが、この二人の差を物語っていた。
単純な
ユキが有する星光は、化学反応操作能力。そして、極限域の干渉性。それ即ち、万物万象に干渉できると言っても過言ではない。そしてそれは、英雄の星光に対しても有効だった。英雄が有する星光は、核分裂・放射能光発生能力。ならば、その核分裂反応を抑制すればよい。
結果、出力差によって無効化までは出来なかったものの、英雄の極光斬はその威力を大きく減衰させていた。少なくとも、一撃必殺には確実に届かない。
加え、ユキの戦闘技巧。これこそ、戦局の天秤を傾ける最も大きな要因であった。
英雄は、東部戦線という超激戦区を駆け抜け、また一切の努力を惜しまなかった傑物ではあるが、その英雄の隣に常に立ち続けてきたのが怪物だ。ならば当然、英雄に匹敵するだけの戦闘経験を怪物も積んでいるということに他ならない。更に、〝死に戻り〟という怪物の
「フッ、ハァ!」
故に、英雄に傷を負わせるという怪物の強さが浮き彫りになるのだ。
徐々にだが確実に、怪物の刃は英雄を敗北へと誘っている。
「……見事、よりかは流石と言うべきか」
間隙を縫ってヴァルゼライドの口から出たのは称賛だった。
「
「何を言うよ。お前のその告白には同意するが、だけどお前も
「必要ならばそうするまでだ。そしてやはり、俺にはお前の考えが読めんよ。ここで俺と戦って、一体何になるという」
そして英雄は、怪物へと問う。怪物が
「今更野心に目覚めたか? 純潔と呼ぶに相応しい
故に何故だと、ヴァルゼライドの眼光がユキを貫いた。対してユキはその眼光に一切怯むことはなく、むしろ僅かな微笑を含ませながら強く押し返した。
「なに、最初に言ったじゃないか。歪みを正し、この世界をあるべき形に戻して見せる、とな。クリストファー・ヴァルゼライド、そして
このままでは、そんな結末を迎えてしまうと知っているから。
「
叫びと同時に、ユキはヴァルゼライドの右太刀を上へと弾き飛ばした。無防備に晒されるユキの胴。しかし、ヴァルゼライドはその隙を突くことはなく、後ろに大きく跳び退く。
「チッ!」
そしてヴァルゼライドがいた位置へと雨霰と鎌鼬が降り注ぎ、直ぐ様進路を地面からヴァルゼライドへと切り替え襲い掛かる。
即座に直撃するものだけを選び抜きそれらを光刃で消し飛ばしたが、残りの鎌鼬がまたもや進路を切り替えて向かってきた。ヴァルゼライドと言えど、これには無傷とはいかなかった。
腕を、脚を、頬を斬り裂く鎌鼬。更にはユキの一振りと共に発生した大竜巻が追撃して襲い掛かる。その大竜巻を突撃と同時に放った極光斬で消し飛ばすが――
「――シッ!」
「――ォッ」
――ユキによる蹴撃がヴァルゼライドの胸部へ叩き込まれ、その体は宙へと飛ばされる。
これは誰もが言葉を失くす光景だろう。最強の
しかし、当のユキ自身はヴァルゼライドをあしらっているなどとは微塵も思ってはいない。一つの間違いが致命の隙と敗北へと誘うこの攻防が、そんな軽いも尾であるはずがないのだから。
「……立てよ、クリストファー・ヴァルゼライド。お前がこの程度であるはずがない」
それに応えるように飛び出してきたヴァルゼライドの光刃を、ユキは受け止める。同時、反対の太刀による追撃を身を捩って回避するが、体勢を崩されたことで押し込まれ、ユキはこの戦闘初めての傷を負った。
「ッ、ああ、やっぱり変わらないな!」
覚醒したと、ユキは傷口から蝕む
「ならばッ!」
「そう来るッ!」
斬撃斬撃斬撃刺突斬撃斬撃薙払回避斬撃刺突斬撃薙払。
斬撃斬撃斬撃薙払斬撃刺突回避斬撃斬撃防御刺突薙払斬撃斬撃、斬撃斬撃斬撃斬撃薙払刺突薙払斬斬斬斬斬突薙斬斬斬回斬斬斬斬斬斬――
回転率は最高潮へと達している。剣舞の嵐は途切れる様子を全く見せない。
「……俺や
「ハッ、まさか!」
弾かれるように煌いた斬閃と真空の刃が、再びヴァルゼライドへと殺到する。致命となるもののみを回避し、ヴァルゼライドがユキへと刃を振るうが受け止め流され、返しの刃がヴァルゼライドを斬り刻む。
それでも、ヴァルゼライドは傷に一切の気を止めることはない。偽りなど一切許さぬと、その蒼き瞳でユキを見据えて。
「―――ならば語れよ、親友。お前の胸の内を曝け出せ」
“親友”と、その一言にユキは総身を震わす何かを感じ取った。これまで何度も聞いてきたはずなのに、何度も経験してきたはずなのに、まだ何かしてくれるのか、と。
「俺はッ――」
そして、ユキは堰を切ったように
「――俺は、許せないんだよ。この歪んだ世界が、未来がッ!
憤怒で顔を歪ませながら、ユキは咆哮する。
「お前達はこの世界の特異点だ。数多の物語を終わらせ、そして数多の物語を生み出す。正しく、歴史が生み出した存在だよ」
「でも、俺は違う。本来、この時代に、この世界に存在するはずがない異端者。あるべき物語に歪みを生じさせる、究極最大の破壊者。そんな俺のせいで、お前の英雄譚を終わらせるなど、認められるわけがないだろうがッ!」
そう、ユキが口にする歪みとはヴァルゼライドと
ならば、歪みとはユキ・ロスリック本人に他ならない。異なる時間軸から飛来し、この世界に突如として
英雄が怪物に倒されるなど、あってはならないのだから。
「だからこそ、この
それなのに、英雄は怪物に敗北する。それが
「ゆえに、勝つのは俺だッ!」
ゆえに、俺に
激突は既に万の域へ到達し、常識的限界は彼方へと置き去った。両者ともに傷を負っていない部位は存在せず、仮に第三者がこの光景を見れば、二体の死体が大戦争を繰り広げているように見えるだろう。
戦況は技量と経験で勝るユキへと僅かに傾いていると言え――
「ハァァ――ッ!」
――そして決着は唐突に訪れた。
一瞬の間隙を縫って放たれた渾身の袈裟斬り。ヴァルゼライドから吹き出る血潮は
これにて、
この結末を迎え、ユキは先ほどまでの熱が嘘だったかのように冷えた様子で、項垂れながら呟いた。
「……俺の
あと一手、届かなかったと。
これまでに経験してきた
「……ああ、これで、また――」
また繰り返す。この終わりの見えない地獄を繰り返す。
もう
何度繰り返してきたかなど、そもそも数えていない。たとえ数えていたとしても、数百数千ではまず足りない。
それでも尚、虜囚のようにユキ・ロスリックは
「――いいや、まだだ」
いや、繰り返した。
「俺への勝利を、
「――は? ッグォッ!?」
ユキの耳朶に雄々しき宣言が聴こえて思わず呆けると、その無防備な胴を薙ぐように眼前の男の一閃がユキを斬り裂いた。
腹が斬り裂かれ傷口から侵食する、これ迄とは比べ物にならない程に強力な破壊の光。常人はおろか
ユキは、確かにヴァルゼライドを斬った。放った渾身の袈裟斬りはヴァルゼライドの命を断ち切り、それが当然だと言うかのように
「――な、んで…斬られ…て…」
「お前が抱えていた苦しみを理解した、などとは到底言えん。だが、お前が俺の勝利を信じているということは理解した。
ゆえに今一度、いや、何度でも宣しよう。
――今、自分は何をされた? 斬られた。誰に? 当然、ヴァルゼライドに。
ここで
否。では何故と、更に疑問は深まっていく。
因果という理不尽の鎖に繋がれている以上、
「―――あッ、あぁッ。まさ、か」
因果という鎖に繋がれているから結果が変わらない。では逆に言うならば、結果が変わったならば、鎖はどうなった?
「越えたのか。このふざけた
鎖は断ち切られた。そう認識した途端に、何かから解放されたと感じ取った。
この新西暦に辿り着いて一度たりとも拭えたことがない違和感。
あの日、クリスに出会ったときに感じた、決して無関係と思えなかった感覚。
あの日、ガイアに出会ったときに知った、何かに縛られているという感覚。
その一切が砕け散り、歪んだ軸は正された。
「――は、ははッ。ハハハハハッ! 最っ高だ! 素晴らしいぞ、クリストファー・ヴァルゼライド! 我らが英雄!」
血涙を流し、血反吐を撒き散らしながらユキは歓喜の咆哮を上げる。
因果律という概念的な繋がりを断つ所業。常人はおろか人の身では不可能なことを、この
原理は不明。
偶然なのか、奇跡なのか、はたまた必然なのか。しかし、
先の一撃に続くように繰り出される光の剣を捌いていき、その一撃一撃を受ける度に
なぜなら、既に己の末路は定まったから。
だから、さあ――
「――ああ、だからこの
「―――〝
怪物の懇願に答えるように轟いた、邪悪を滅ぼす死の光。
そして、天霆の極光が怪物を飲み込んだ。
血の池へ仰向けで倒れている
「……は、はは。なんて顔を、してるんだよ」
ユキは倒れる自分を見下ろす勝者の表情を見て、掠れるように笑う。とはいえ、その表情の変化は永年の親友であるからこそ分かるようなものであり、もう一人の親友以外には変わらず仏頂面に見えるだろう。
それでも、そんな表情が理解できるほどの付き合いの長さが嬉しいから、自分の為にそんな表情をしてくれることが嬉しいから、ユキは苦しそうに笑う。
「
「……ああ、そうだな。さらばだ、
「それでいいさ。それが、お前の英雄譚なのだから」
ユキは瞳から光を失いつつも、心から安心しきった表情で――
「あり、がとう、クリス。お前、たちに、会えて、本当に、よかった」
――静かに、息を引き取った。
アスクレピオスの大虐殺から二年が経過したその日、一人の帝国軍人の訃報が伝えられた。
英雄の隣に立ち、多くから慕われてきた男の訃報は決して小さくない影響を与えた。
しかし、そもそも世界の異物であったためなのか、人々の記憶から徐々に消えていき、一年も経過した頃には誰からの記憶にも残っていなかった。
そして、新西暦の歴史は正しい形で紡がれる。
その数年後、
渾身の袈裟切り
袈裟斬り。肩部から腹部までを斜めに斬り下ろすこと。
幾百、幾千と英雄の命を奪ってきたこの攻撃は、ユキ自身の諦観によって英雄殺しの属性を宿すに至っている。
すなわち■■魔法ならぬ、■■技法。ユキ自身が、
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