ヒロインと悪役令嬢がVSするはずだったのに (弐式草之助)
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第一章
1話


まだ百合要素ないんだ……ごめんな……


―――やばいやばいやばいやばい!

 

 

 

少女、いまだ年齢が二桁にも届かないであろう子供は一人焦っていた。

 

「このままだと……わたくし……」

 

天使の輪と青いリボンが彼女の輝くプラチナブロンドを飾る。

普段は晴天を映すようなサファイアの瞳も今は深く海のような憂いに満ちている。

細波立つ瞳を苦しそうに歪めた子供は嘆き悲しむように声を上げた。

 

「破滅しちゃいますわーーーーーーーー!」

 

 

 

 

奇しくも、10年の後にライバルとなる少女が似たような叫びを上げていたことを、彼女はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

マリエール・ブーゲンビリアがブーゲンビリア公爵家の一人娘であることは貴族界隈では知れたことである。

そして、皇太子である第一王子殿下の婚約者の最有力候補であることもまた。

 

 

マリエールがこの()()のことを知ったのは王子との初めての顔合わせの前日だった。

屋敷の中庭で鼻歌を歌いながら一本の薔薇を手折ったときに突如知ることになったそれは、たやすく少女を混乱の渦に叩き落す。

その知識いわく、ここは乙女ゲームの世界であり、少女は悪役で、その設定は少女が学園に通うころに牙を向くこと。

破滅を回避するためには攻略対象を()()()必要があること。

そして、悪役令嬢たる彼女の対となる少女がいること。

それが妄想でないことは何故か分かった。

ごくりとつばを飲み込み、息を吸い、吐き出す。

 

天啓は少女に衝撃を与えたが、その程度の些事がマリエールの心を折ることなど出来るはずもない。

ショックを受けて混乱に声をあげた、その次の瞬間には涙はひっこみ、桜貝のような可憐な爪をぐっと握りこんだマリエールはガッツポーズで勇ましく宣言した。

 

「やってやりますわ!だれだかしりませんが、見ておくといいです。わたくしはぜったいにはめつなんてしませんわ!」

 

宣言と同時にはっと辺りを見回して急いで拳を解く。

 

「いけませんわ、はしたない。マナーの先生におこられちゃいますわ……」

 

拳を握っていた手を見つめてつぶやいてから、身体の後ろに隠したのであった。

 

 

実はずっと左手に握っていた白い薔薇の、いまだ蕾だったそれはとりあえずドライフラワーにするためにつるしておいた。

 

 

 

 

 

王子との決戦の……ではなく、初顔合わせの日がきたその朝。

マリエールは寝起き早々に頭を抱えていた。昨日のわたくしの馬鹿!なんでちゃんと考えておかなかったの!とは思うものの、眠たかったので仕方がなかったのだ。幼女の身体は眠たくなるのが早いのだ。時間にして大体21時ごろにはすでにすやすやであった。

というわけで、破滅を回避する為に誰をどうしたらいいのか、具体的なことは一切考えていない。

 

むくりと起き上がり、6歳になってもまだ足のつかないベッドから降りる。

 

()()()()()()()()必要がある。

攻略対象者が何人いてそれが誰かは分からないが確実に一人は想像が付く。今日これから会うことになっている王子その人である。

次に宰相の息子辺りも同年代らしいので怪しい。後は……騎士団長の息子?

他にそれらしい人間は分からないが、少なくとも王子の周りの人物としてこの辺は一度確認しておいても良いだろう。

 

部屋に備え付けの魔道器で顔を洗う。若干手がさ迷ったが無事ふかふかのタオルを掴むことに成功した。

 

10年後に出現する少女(ライバル)はとんでもないチート持ちであり好感度にプラスの補正が付くらしい。

どうやら自分も彼女も攻略対象を見たら分かるようになっているようだ。極力早期に見つけ情報収集をして的確に好感度を上げていくことにする。

出来れば10年後までには好感度MAXまで持っていきたい。

 

すでに用意してある今日のための服を見つけて、もぞもぞと着替え出す。

 

ハンデとして10年の時間があるにせよ、最大3年間の学生生活にどれだけ巻き返されることか。

卒業までに、伝説の木の下での告白を成功させるのが終了条件(エンディング)となる。

そのイベントを起こすための設定期間があって入学早々には終われないようなので、気を抜かずにいこう。

 

きゅ、と胸元のリボンを結び、ちゃんと靴下も履いた。

 

悪役令嬢としての特性で畏怖を抱かれやすく、マイナス方向の勘違いを誘発しやすいらしい。

そしてその特性は実は()であると。あのデロ甘お父様やどじっ子気味のお母様が?

その特性のまま傲慢に振舞ったりするとあることないこと全ての罪を押し付けられて破滅する破目になるとか。

 

頭のリボンは……あとでメイドのライラにやってもらうことにする。

 

結論としては、調子に乗りすぎず、謙虚に、王子その他の好感度をぶち上げていく。これですわ!

と、いうようなことを水でふにゃふにゃにしたような感じで考えている間に着替えが終了した。だってまだねむたい。

いつもはマリエール付きのメイドのライラが起こしにくるまで寝ているが、さすがに今日はそうもいかないのでライラを探しに部屋の外に出ることにしたのだった。

 

 

 

 

 

「さあマリエール、ご挨拶をしなさい。」

父の影から背中を押され一歩進み出ると、金の髪と翡翠の瞳を輝かせた王子その人がいた。

()()()輝いて見える。この方が例の存在だということが一目で分かった。

 

「はい、お父様。ごきげんよう、クリストファー殿下。ブーゲンビリア家の娘、マリエールと申します。お会いできてうれしく思いますわ」

 

ゆっくりと言い、微笑む。

少し硬くなってしまったかしらと心配になるがスカートを軽く持ち上げお辞儀をすると、王子がにこりと笑ってくれる。

 

「始めまして、マリエールさん。僕も会えてうれしいよ」

 

王子の周りに花が舞った様に見えた。まるで妖精のような見た目の王子にはそれがとてもよく似合う。

これがグッドコミュニケーションの証なのだと分かるが、他の人にはやはりなにも見えていないようだった。

 

 

おやつまで中庭にでも行っていなさいと促され、王子とマリエールは談笑しながら散策をしていた。

王子の弟が城の抜け道を見つけていてうらやましいという話や、紅茶にジャムを入れてみたいという話で盛り上がったりした。

 

ふと、突然起こったつむじ風が二人の髪を揺らしていく。二人してぎゅっと瞑っていた目を開けると顔を見合わせて微笑んだ。

 

「マリエールさん、君の髪がお転婆なことになっているよ」

 

何かに気が付いたように手を伸ばして王子はマリエールの顔にかかった髪を払った。

それにくすぐったそうな顔で笑い、王子こそ、とささやく。

 

「王子こそ、髪に葉っぱがついてますわ。やんちゃなのですわね」

 

そうして口元に手を当ててくすくすと笑った。

王子は少し照れた様子で慌てて子犬のように頭を振り、葉を振り落とした。

内心婚約者になるといえど笑ったら不敬だったのでは?と思いついてしまいハラハラしだすも、王子は何も気にしていない。

 

「王子じゃなくて、どうか名前で呼んでくれないか?」

「わたくしのことはマリエール、と。クリストファー様」

「クリスでいい。マリエールと僕はこれから婚約者になるんだから、無理なことかもしれないけど、王子としてじゃなく対等な関係で居たいんだ」

 

小さなマリエールの手をとった、クリストファー王子の手もまた小さく。

このころはまだきっと、将来婚姻関係を結ぶ人間としてではなく、同年代の友達として。

こちらもきゅっと手を握り返したマリエールは、新しい友達の誕生への期待と不安を浮かべた顔を見て言った。

 

「では、クリスさま、とお呼びいたしますわね」

「呼び捨てにはしてくれないのかい?」

 

一瞬断られたかと眉を下げる王子に、少し胸を張り、得意げに。

 

「こう見えてわたくしも淑女のはしくれですもの」

「そうだね、失礼した」

 

二人はまた顔を見合わせて笑ったのだった。

 

 

パーフェクトコミュニケーションの証として見事な大輪の花が咲き誇っていたので、王子のことを笑ってしまった不敬は許されたのだ……多分、きっと……大丈夫ですわ!

 

 

 

 

 



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2話

―――やばいやばいやばいやばい!

 

 

 

学園の制服を着た少女は、周囲に誰もいないことを確認してから一人頭をかきむしった。

 

「このままだと、()()・・・・・・・・・」

 

時折吹く風はハーフアップにされた黒く艶やかな髪を遊ばせる。

周囲にちらりちらりと花びらが降り積もるが、今は意識の端にも上らず。

少女は、角度によって赤くも見える紅茶色の瞳の表面を涙でジワリと濡らし、そして叫んだ。

 

「破滅しちゃうの!?!?!?!?!?」

 

 

 

奇しくも10年前、今は見知らぬライバルが似たような叫びを上げていたことを、彼女は知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

ロゼ・クオーツは迷っていた。端的に言って迷子だった。

休憩時間にはまだ余裕があるとはいえ、どこからともなく流れてきた桜の花びらに誘われるように、大きな学園の内部を探索に出てしまい、今に至る。

今日からロゼが通うことになる、ここ王立魔道学園は国内の魔法使いの育成をほぼほぼ一手に担った大型の学校である。もちろん土地もとてつもなく広い。正直無謀だったとは思う。反省している。ゆえに迷子だった。

結んだ髪と赤いリボンをひらひらさせつつあっちへふらふらこっちへふらふら、どうにかこうにか開けた場所に出た。そして、

花びらの雨の中に立つ少女に、脳裏に何かがよぎるがそれはロゼが掴み取る前に消え去ってしまったのだった。

 

「あら、こんにちは。この場をご利用なさるかしら?」

 

そこにいたのは美しい金髪を風にそよがせた1人の少女だった。輝く海のような瞳にがこちらに向く。

彼女の着る制服は同学年のものであるのに、その静かな瞳がロゼにはとても大人びて見えた。

見とれてしまった意識を早々に引き戻し、返答する。元々桜の花びらを追いかけてきたのだ。

 

「こんにちは。いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます。風に流れてきた桃色の花びらが気になって、見に来ちゃいました」

「そう。わたくしもこの木を見に、少々抜けて参りましたの。」

 

目の前の少女は桜の木を振り返る。振り向きざまに、その白銀に蜂蜜をひとさじ垂らしたかの様な髪と、髪に映える深い赤色のリボンが翻るのがとても綺麗だと思った。

 

「すごく大きな桜の木ですね」

 

ロゼもまた、少女に並んで桜を見る。この辺りではあまり見かけない珍しい種類の木だ。

樹齢何年なのか想像も付かないほどに大きい。加えて満開に咲く花が木をさらに大きく見せていた。

 

「この木には伝説があるという話ですのよ。何年も何年も学園の生徒たちに語り継がれてきた伝説が」

「伝説……」

「貴女もどこかで聞くことがあると思いますわ。では、わたくしは先に失礼しますわね」

 

振り返りかけた少女の肩に、桜の花びらに紛れて蝶が留まっているのに気がつく。

 

「あっ肩に、ゴミが。少し失礼しますね」

 

飛び立ってしまわないようにそっと近づき、手の内に止まらせて離れた。

一瞬目を見張らせた少女がふっと微笑む。

 

「あら、ありがとう。またどこかで、ごきげんよう」

 

高貴そうな少女が蜂蜜の髪を靡かせて去っていった後、そっと手の中の蝶を逃がした。

 

「ごめんね。虫が苦手な子も多いから、一応、ね……」

 

ロゼの脳裏には一匹の蝶相手に涙目になる兄の姿が浮かんでいた。

 

 

しばらく蝶を見守った後、桜の木にもっと近づいてみることにした。

ロゼが両手を伸ばした程度ではとても届かないような太い幹に手が触れたとたん、強い風が吹き視界の全てが桜に染まった。

 

 

そして、冒頭に戻る―――。

しばらく蹲った少女、ロゼ・クオーツは勢いよく立ち上がると自分の頬を両手で叩いて気合を入れた。

 

「やったろうじゃないですか!()()()は絶対に破滅なんてしません!」

 

器用に小声で叫んだあと、今一度周囲を見回す。

 

「……で、ここはどこ…………」

 

辺りに人気はなく、少女の背後を風が駆け抜けていくのみだった。

 

 

 

 

 

どうにか来た道を戻ろうと周囲を見回しながら歩いていた。ふと何かに躓き、体が前のめりになる。

一瞬手を突くかそのまま足を前に出すか迷っていたところ、ふらついたロゼの肩が引っ張られ、前に向かっていた重心が今度は後ろに傾く。

とん、と背中と後頭部が何かに触れた。

 

「大丈夫?」

「えっ」

「あっ……」

 

やさしげな声に、振り返ろうと動いた拍子にどさどさと音が聞こえる。すぐに振り返ると何冊もの本とファイルが散らばっていた。

 

「すみません、落とさせてしまったようで……」

 

エフェクトが見える。この、キラキラしたエフェクトは……攻略対象者の証!そして、金髪碧眼のイケメンと言えば。

ロゼの顔がスーっと青くなった。

 

「もももしかして王子様であらせられますか!?たいへんなしつれいをっ!どう謝罪を申し上げて良いでありますればばばば……!?」

「落ち着いて。今の僕はただの君の同級生だよ。だから、はじめまして、クリストファー・(ウィリアム)・フローラリアです。」

「あっ!はい!はじめまして、1年A組のロゼ・クオーツです。さっきは助けていただいてありがとうございました!」

 

自己紹介を返し、ぺこりとお辞儀をした。

サッとしゃがんで本を拾い集める。どうやら転びそうになっているところを見られたようで、少し恥ずかしい。

 

「きょろきょろしてたけど、もしかして迷子だった?」

 

そして迷子だったこともバレていた。とても恥ずかしい。

 

「お恥ずかしながら、そうなんです。桜の木を見に行こうとしたら、1年生の教室棟がどこだか分からなくなってしまって……」

「ふふ、ここすごく広いからね」

 

拾った本を軽く払ってから差し出す。

 

「もし良ければ、いくらかお持ちましょうか?そうしたら『今度』はわたしの方に放り出したらいいですよ。絶対に落としませんから!」

 

そういってむんっとガッツポーズをして見せると、王子はまるで耐え切れないという風に笑った。

 

「ふふふっ……そんなに何回も助けることにならないよ……しかも君は迷子で、僕がどこに向かうか知らないのに……っ……」

 

何がツボにはまったのかロゼにはさっぱり分からなかったが半分くらいお腹を抱えてまで笑っている王子からは星が散り、とても楽しそうなので良しとした。

ロゼにだけ見える、王子の周りに踊る星々がそれを教えてくれていた。

 

 

 

 

 

あの後キラキラを背負った二人組が慌てた様子で王子の後を追いかけてきて、荷物持ちからお役御免になった。

丁寧に教えてもらった道をたどり無事教室にたどり着き、クラスは今自己紹介の時間である。

耳だけ傾けつつも、ロゼはまったく違うことを考えていた。

 

「……です。よろしくお願いします」

 

桜がきっかけか、何故か知ることになった謎の情報に、良く分からないエフェクト付きの視界。

それによるとどうやらこの先3年間のうちに攻略対象を落とせなければ破滅(バッドエンド)を迎える破目になるらしい。

いや理不尽!とロゼの眉間にしわが寄った。これが自室なら地団太を踏んでいたかもしれない。

 

「次、……」

 

まず攻略対象者はさっきのキラキラがそうらしい。このクラスにもいる。というか王子もいる。

王子を背負った二人は宰相の息子と騎士団長の息子であるということだった。幼馴染なんだよと笑う王子がよぎるが今はそこではない。

このキラキラとまぶしい人たちと仲良くなり、好感度を上げていく必要がある。

 

「…………ツ」

 

競争相手(ライバル)に時間的ハンデがある分、こちらには好感度にプラス補正がかかるとかなんとか。

正直その程度で10年を共にした時間をどうこうできるとは思えないが、どうにかなると信じてやっていくしかない。

好感度が上がるときには星のエフェクトが、相手がこちらに好意を持ってくれるにつれてそれが増えるようだ。

 

「……ゼ、……ツ」

 

告白イベント(エンディング)には()()()()を使うらしいが、あの木が黒幕なのでは?ロゼはぐぬぬと唸った。

色々考えた結果、対象者たちには失礼なことかもしれないが、これも破滅を防ぐためだ犠牲になってもらおうと若干クズな方向に開き直った結論を出したところで。

 

「ロゼ・クオーツ!体調でも悪いのですか?」

「はい、すみません!大丈夫です!ロゼ・クオーツと申します、よろしくお願いします。」

 

考え込みすぎて周囲が疎かになっていたロゼは自分の名前を認識した瞬間立ち上がり、一礼をして、座った。前後の席の子にくすくすと笑われる。

今日は笑われてばっかりだなと火照った頬を冷やすことになるのであった。

 

 

なんか勝手に前の席の子の好感度上がったから良いんだ良いんだ!

 

 

 

 

 

 




おもしれー女、ってやつなのかもしれない


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3話

学園初日、マリエールはどの攻略対象とも同じクラスにならなかった。

どうやら同学年の攻略対象者は全員ヒロインの少女と同じクラスになったようだった。

これが思わぬ部分にまで発揮される()()()()という役割の性能だとしたらと考えるとめまいを覚えるようだ。同時に()()()()の運の悪さにも。

同学年での攻略対象は王子、宰相の息子、騎士団長の息子。この王子以外の二人はほぼ王子の護衛のため同じクラスになるのは分かりきっていた。

その為王子と同じクラスになれるかどうかが肝心だったのだが、結果はご覧の有様である。

この程度ならまだ偶然だと言い張れるかもしれない、と内心の焦りを押し殺していると王子のいる教室に着いた。

深呼吸をし、扉を開ける。

 

「失礼いたしますわ」

 

一瞬ざわりと教室内の空気が揺れたが構わず王子の下へ向かう。

 

「ごきげんよう、クリス様。同じ教室で勉学に励むことができないこと、わたくしとても寂しく思いますわ……」

「やあ、()()()。僕も君と離れて寂しく思っているよ」

「それで、楽しみにされていた新しいお友達はできましたの?」

 

マリエールの笑いを含んだ声に王子は大げさに肩を落として見せた。

今ではこうした戯れも不敬だったかと不安にならずに行える。その程度の関係性は築いてきた。

 

「それがご覧の有様だよ……」

「まあ、綺麗なドーナツですこと」

 

前回会った時に心底楽しみにしているようであったが、周りは見事に空間が開いてしまって、遠巻きにされていた。みな挨拶程度に声をかけて去っていってしまったようだ。

 

「あっでも、」

 

王子はきょろきょろと辺りを見回して、誰かに手招きした。

 

「さっき別の場所で友達になったんだ。ロゼ・クオーツさんだよ」

 

名前からして女性、そして入学した王子の初めての友人枠に収まる運の持ち主、瞬時にマリエールの脳内に推測が走る。

そして、進み出てきたのが推定ヒロイン、ロゼ・クオーツその人だった。……いや、なんか手を振って拒否してますわね。

しばらく手も首も横に振って拒否していたが、どうやら王子の笑顔の威圧感に負けたようでがくりと肩を落とす。

 

「うう、衆人環視の中に引っ張り出されてしまった……」

 

気を取り直してこちらに近寄ってきたなんのエフェクトも背負わない彼女はしかし、快活そうな瞳を輝かせた可愛らしい少女なのであった。 

そしてつい小一時間ほど前に桜の下で出会った少女でもあった。

ロゼは王子になにやらお礼を言うとこちらに向き直って言った。

 

「ロゼ・クオーツと申します。さっきちょっと廊下で困っていたところを助けていただいて、そのご縁でクリストファー様とはお友達にならせていただきました」

「ごきげんよう、わたくしはクリス様の婚約者であるマリエール・P・ブーゲンビリアですわ。

……貴女、さっきの」

「さっき桜で……」

 

「もしかして知り合いかい?」

 

王子が首をかしげている。

マリエールとロゼは目だけでうなずきあった。

 

「そうですの、ちょっとした知り合いですの」

「そうなんです、さっき偶然知り合って」

 

王子たちから一歩はなれる。

 

「もう少しお話したいと思っていましたのよ」

「まさかここで会うとは思わず」

 

もう一歩、足を進め、

 

「女の子同士の秘密のお話ですわ!」

「少しだけ失礼しますね!」

 

ざっざっざっと少しはなれたところまで行ってから、小声で話し出した。

 

「クオーツさん貴女、()()ですわよね?」

「言い方……ではやはりブーゲンビリアさん貴女も?あ、ロゼで良いです」

 

お互いをまじまじと見る。

 

「でしたらわたくしもマリエールと」

 

見れば見るほどに可愛らしい少女だった。角度によって赤く見える紅茶色の瞳も、艶やかな黒髪も。黒髪をちょんと彩るその赤いリボンも。

 

「ところで……貴女わたくしのファンかストーカーですの?」

 

むっとロゼの口元がへの字になった。ふっと笑うマリエールの赤いリボンが揺れる。

 

「なっ……貴女こそ!髪型真似して来るのやめてください!その赤いリボンだって!貴女には似合っていませんし!」

「わたくしに似合わない色なんてあると思って?お医者様を紹介いたしますわ」

 

マリエールは目にぐっと力を入れる。ロゼの動きに合わせてハーフアップにされた部分がぴょこぴょこ動いた。

 

「絶対!貴女には負けませんから!」

「わたくしだって、貴女に負ける気はさらさらありませんわ!」

 

器用に小声で言い合って、数秒にらみ合った。擬音をつけるとするならぐぬぬぬぬ、となる。

そして二人同時にふん!と顔をそらしたのだった。

 

 

 

 

 

ここ王立魔道学園の授業は大きく分けて3つ、一般教養、魔法理論、戦闘技術に分けられる。すでにほぼ全ての授業が始まり、現時点で実施されていないのは魔法の中でも特殊な部類である固有魔法だけとなる。

ある程度の得意不得意はあれど誰にでも使える属性魔法に対して、固有魔法は個人の資質によるものである。属性魔法は基本的に火を出し水を操り風を留めるものであるのに対して固有魔法は雨を降らせ雷を落とし重力に作用したりする。例えば属性魔法で水を操ることで雨を降らせることは可能だが、その原理も何も不明である特殊技能が固有魔法なのであった。

 

今立っている場所はそんな魔法を実際に使用して練習できる野外実習場の端。裏の森との境界線辺りである。

近くの小川の音と木の葉の擦れる音が耳に涼しいそこで、マリエールは朝から1人探し物をしていた。休日を明日に控えた放課後のことだった。

 

「ここにきて急に運が悪くなりましたわね。……見つかりませんわ……」

 

ちゃり、とポケットの中から壊れた鎖を取り出すも、やはりそこには鎖しかない。

それを不満そうに見つめ、またポケットに戻す。

本来この先についていたはずのチャームは未だ見つからないままだ。

 

恐らく本日の属性魔法の授業でこの場所を使ったときに劣化していた金具が外れたのだろう。

外れた鎖に気が付いたときにはすでにその先についていたはずの飾りはなく、次の授業まで間もなかった為しぶしぶ放課後まで回した。

青い宝石の付いた少し子供っぽいデザインのそれは子供のころからずっと大切にしていたものだ。それこそ、この10年間よりも前から。

 

ため息を一つこぼし再び探し始めると背後から足音がした。

振り返ると、そこには黒髪の少女。

 

「こんにちは、何かお探しですか?」

「ごきげんよう、ロゼさん。ええ、少し」

「わたし、さっき課題用の本を図書館に返す為にあそこを通ったんですけど、行きに見かけたマリエールさんが帰りにも見えたので、手伝えることがあればと実習場突っ切ってきました。暇だったので!」

「野生児か何かですの?」

 

この場所は教室のある棟から野外実践場を横切って少し森に踏み入った位置になる。ロゼがあそこ、と指した位置からはかなりの距離があった。マリエールにはこちらから見て建物の中を通る人間など、木の間からよくよく目を凝らしたとしても人影が見えるかどうかだ。

とはいえ今はすごく助かる。本来険悪な関係であるはずの自分にわざわざ手伝いを申し出てくれたのは意外だが、マリエールにとっては渡りに船だった。

 

「でも丁度良いですわ、貴女すごく目が良さそうね」

「普通ですよ!」

「この距離が見える普通があってたまりますか。それなら、ちょっとこの辺り見回してキラキラしたものが落ちてないか見ていただけないかしら」

 

このくらいの、と指で示すと胸を張った少女は悪戯っぽく笑った。

 

「お安い御用です。目の悪いマリエールさんに代わってよーく見て差し上げますわ!」

「わたくしの目は普通ですわ!あと真似しないでくださいまし!」

 

 

 

「もういいですわ、ありがとうございます、ロゼさん」

 

あとで1人で探そうと決めつつマリエールは声をあげた。

辺りはすでに夕日が差し込んできていた。なんだかんだロゼはあれからずっと付き合ってくれている。

さらに声をかけようとしたところでロゼは何かに気をとられたように近くの小川の方を見ていた。

 

「あっ!」

 

マリエールがあっけにとられている間にざばざばと躊躇なく川に踏み込んだロゼがずぶ濡れのまま何かを拾ってこちらに手を振った。

 

「マリエールさん!これじゃないですか!?あっち側の川の端に引っかかって夕日が当たってキラキラしてたんですけど!」

「ばっかじゃありませんの!?回り込んだらいいことですのに川に踏み込むだなんて!」

「あっそうですね。でも、見失ったり流されちゃったりするかなって」

「魔法をお使いなさいな!それでも魔道学園の生徒ですの!?」

 

マリエールは川べりまで近寄り、ロゼもさほど広くない川の中こちらに寄ってくる。

 

「……でも、ありがとうございます、ロゼさん。間違いなく探していた物ですわ。」

 

見せられたのは、クローバーの飾りと青い石が付いた少し子供っぽいそれ。このあと1人になっても探し続けると決めていた物。()()()()()との思い出の品。

絶対に見つけ出すと決めてはいたが、心底安堵した。

 

「…………風邪を引きますわよ」

 

す、と手を差し出したマリエールの手にロゼはちょん、とチャームを置いた。

 

「はい、見つかってよかったですね!」

「そうじゃありませんわ!」

 

百点満点の笑みを浮かべるロゼの手をとりマリエールはそのまま川の中から引っ張り上げたのだった。

 

 

 

 

 

ロゼはとても良い人だ。この間もいがみ合っているマリエールの探し物を手伝ってくれた。

もちろん見た目も良い。可愛らしい顔立ちにパッチリとした目、深い紅茶色の瞳、やさしげな色合いのそれは彼女の性格を表したように輝いているし、その艶やかな髪はいつもさらさらで手触りが良さそうだ。こんな子に言い寄られたら好感度も上がるだろう。

 

ところで、その件の少女であるが。今まさにマリエールの眼下、教室の窓から見える位置でイベントを起こしていた。

この学校では学年によって制服の袖口の色が違うのだが、あれは2年生の先輩のようである。おそらく攻略対象自体は共通なので攻略対象で唯一の先輩枠である生徒会長だと思われる。そしてその星のエフェクトはすでに流星群と化していた。

 

あっこれやばいやつですわね。と、マリエールは思った。

 

エフェクトは対象者の好感度が増えるごとにイベント時に出現する数が増える。一番初めの会話で2つか3つ程度なのを考えるとすでにマックス状態の5分の1程度は好感度を稼いでいる可能性がある。

まだ入学から一月も経過していないのにも関わらずこれだ。

 

それに対して現状マリエールは校内の全ての攻略対象の好感度を上げきっているため、その維持以外にあまり打つ手がない。下手に妨害すると悪役令嬢バフが発動して尾ひれと背びれ腹びれが生えた噂が流れに流れ、攻略対象全員の好感度が落ちるに決まっている。

袋小路に追い詰められた絶望感を感じつつもこれからの方策が浮かばない。

 

そうこうしているうちにロゼのほうのイベントは終わったようだ。当たり前のようにパフェコミュ(パーフェクトコミュニケーション)だった。

 

ふと、脳裏に過ぎっていた案がここにきてネオンカラーで主張を始めた。

 

 

これもうロゼさん落とした方が早いのでは?

 

 

 

 




乙女ゲーイベント部分は巻きで


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4話

朝。平日の朝だ。多くの社会人が仕事へ向かうように、学生であるロゼもまた学校に通わなければならない。そんないつもの朝だった。

 

「ごきげんようロゼさん。今日も良い朝ね」

「おはようございます、マリエールさん。とても良い天気ですね」

「教室までご一緒しませ、んこと……?」

「っ!?よろこんでご一緒します……?」

 

いつもどおりでないことが起こったのは。若干残っていた眠気が一瞬で吹き飛ぶ程度に驚いた。

 

まさか、マリエールから登校のお誘いを受けるとは。

入学から一ヶ月と少し、マリエールとロゼは顔を合わせるたびに軽い応酬程度のやり取りをする関係だった。相手のことを嫌っているわけではないが一応の敵対者として相対する関係だった、はずだ。

 

それがここにきて、何故。しかも若干語尾が怪しい。こっちもつられて疑問系になってしまった。

何か悪戯の類かと思いきや出てくるのは雑談。少々ぎこちなくも提供される話題に相槌を打ちつつ、意外と合う話にうっかり談笑しつつ。

 

そんなこんなでロゼは教室まで始終疑問符を飛ばすことになるのである。

マリエールは公爵令嬢、ロゼはこれでも子爵子女であるので登校時は馬車であり出会うのは校門、一緒に歩くのは校門から教室までの間だけであるのだが。

 

だが、その混乱は一日では終わらず、翌日もその翌々日も続いたのであった。

しまいには別れ際にここに寝癖がついてますわよと微笑まれてあまりの麗しさに目がつぶれるかと思った。

エフェクトも無いのに存在が輝いていた。

目潰しを企んでいたんですか!と叫んで呆れた目で見られた挙句、仕方がないですわねと髪を治された。

そして気が付いたのである。

 

わたし、好感度上げされてる!と。

 

 

 

 

 

ロゼは、まさか幼馴染までキラキラを背負ってるとは思わなかったな……と、騎士学校に通う幼馴染を脳裏に浮かべながら次の授業へ向かっていた。

先日会ったときは星を背負って輝いていたはずの幼馴染だが、ロゼの脳内ではいつでも幼少期に剣術でボコボコにされて泣きべそをかいている姿が映し出されるので若干混乱気味だ。

 

目的地へのショートカットとして中庭を突っ切ることにしたロゼの目の端に花びらが映った。

見れば周りの生徒たちはみな同じ方向に目を奪われているようだ。その中心にマリエールが居た。

 

いやこれやばい奴では?やはり10年の歳月には対抗しきれないのでは?

ロゼは思った。なにせ、花のエフェクトが咲き乱れている。なんならマリエールまで花に巻かれている。麗しの空間と化していた。うっまぶしい。

 

若干エフェクトに目を焼かれながらもロゼは考える。

これ、まともにやってたら勝てませんね。

そりゃああの顔のお嬢様と談笑できたらそれだけで好感度上がりますけど?あの宝石よりも美しい目で見上げられたら、あの白銀に蜂蜜をひとさじ垂らしたような髪に触れてしまったらそれだけでパフェコミュ当たり前ですけど?もう見た目から何からずるくないですか?

ロゼは完全に混乱していた。

 

学園内では家格をあまり名乗らないという暗黙の了解があるけど、それでも王子は少し特別で誰もがお近づきになりたいが気安く近寄りがたく、それゆえにマリエールの存在は特別である。

そして王子との婚約者としての立場もだが、王家との繋がりを持つ公爵家の家格も、その容姿も、何よりそのマリエール自身の才能も全てが特別製だ。

 

ロゼがうっかりずぶ濡れになったときも温風で服と髪を乾かしてくれたのだが、ロゼには絶対にそんなことはできない。風の魔法で水分を吹き飛ばすことはできるが周りのゴミを一切巻き上げないことなどできないし、温度を上げるには火の魔法を出すしかない。それもせいぜい焚き火であぶる程度だ。あんな器用で繊細な魔法の使い方は出来なかった。

 

少し前に属性魔法の定期試験があったのだが、張り出された結果の全ての属性で3位までに名前が載っているとんでもない人だった。

学園に入学してまだ三ヶ月も経過していないのにすでに王立研究所の方からも声がかかっているという噂がある。

 

そしてそんな皆から畏怖と尊敬の目で見られるとんでもないお人に、そういう作戦だろうとはいえ、仲良くなろうとされている。はじめて声をかけられてからほぼ毎日一緒に登校しているこの状態はロゼとしては少し、こう、口元がにまにましてくる衝動を覚えるのであるが。

 

相手はどうせ全員の好感度をマックスまで上げきっている。こっちは初回ボーナス込みでまだ3、4割程度だろう。ハイスペックだということはそれだけで好感度が上がるということだ。そんな人を相手に勝ちに行かないといけない。負けは破滅を意味する。自己犠牲なんて嫌だ。だけど、マリエールを破滅させるのだって嫌だった。

 

相手がすでに策に打って出ている以上、こちらも相応の対応をするしかないのではないだろうか。なんとなく悔しいので相手に落とされるのは却下だけれど。

こうなったら、わたしが先にマリエールさんを落とす!マリエールさんを落として、ハーレムエンドに行く!

 

かくして、ヒロインと悪役令嬢がお互いを攻略対象と定めることとなったのであった。

 

 

 

 

 

そしてロゼが真っ先にしたことは

 

「あのっ!」

「どうかなさいましたの?ロゼさん」

「一緒に……帰り道ご一緒しませんか……!?」

 

マリエールに帰りのお誘いをかけることだった。

 

「っ!?……申し訳ありませんがすでに迎えの馬車が来ておりますの……で……」

 

勢い込んで誘ったは良いが、そういえばそうだった。行きも馬車なら帰りも馬車なのは当然で、突然の誘いはなかなか難しい。ロゼが段々しょんぼりしていくのを見てマリエールが声をかけてくれた。

 

「……貴女さえ良ければうちの馬車で一緒にお茶でもしにいきませんこと?」

「っほんとうですか!?ちょっと連絡してきます!」

 

急いで廊下に飛び出して家に連絡した。お友達と遊びに行くので迎えはいりませんと言ったら、小さいころから世話になっている執事に少し笑われてしまった。なにせマリエールと一緒にお茶をするなんてはじめてのことであるので。声が弾んでいてもそれは仕方のないことなのである。

 

仲良くなると決めてからのマリエールとの会話はとても楽しい。今までの若干の嫌味を交えたやり取りだってロゼとしては楽しかったし、マリエールもそうだったとロゼは思うが、こうしてちゃんと話してみるととても話が合うことが分かる。家格の違いによる価値観の差や得意分野による造詣の深さの違いはあったが、それもまた会話に繋がった。

学園に程近い位置にあるカフェで二人は話し込んだ。マリエールのことがとても好きな歳の離れた妹の話や、ロゼの過保護な兄の話。好きな紅茶の話。王都のおいしいお菓子屋さんの話。学園の授業の話。

 

そうして時間は瞬く間に過ぎ去ってしまった。

別れ際、ロゼはさっき会計時に購入しておいた持ち帰り用のクッキーをマリエールに差し出した。

 

「ココのクッキーすごくおいしいんです。良かったら妹さんと食べてください。あと、お姉さまとのお時間いただいてしまってごめんなさいとお伝えいただけたら……」

「まあ、ありがとうロゼさん。でも妹はまだマナー教室の時間なので気にしなくても大丈夫ですわ」

 

そう言ってマリエールはクスクスと笑い、さっき話を聞いてから妹さんの好感度がとてつもない勢いで下がったのではないかという懸念があったロゼは安堵の息を漏らした。

 

そんなはじめての帰宅イベントであった。

 

 

好感度を上げると言うことは相手に自分を好きになってもらうということだ。そして、自分もまた相手を好きになっていくことだ。

攻略イベントは接待である。だが自分が楽しかったときはきっと相手も楽しかったと、ロゼはそう考えるので。

 

 

グッドコミュニケーション!……の、はず!!

 

 

 

 

 




乙女ゲーパート終了のお知らせ


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5話

 

仲良くなっても良いし、相手に好意を示しても良い。今までそれを禁じていたのは自分たち自身ではあったが、その枷が外れてからというもの、ロゼはマリエールへの遠慮を少しやめたように思う。

そしてマリエールの目の前で頭を下げたロゼは言った。

 

「お願いします、付き合ってください!

 

 

 

 

 

 

 

――――テスト勉強に!」

 

 

 

 

 

破滅を本当に防ぐためには、周りの人間への根回しと、こちらの弱みを見せず、周囲に力を見せ付けることが有効である。本来王家とも繋がりのある公爵家の令嬢を、ただ気に入らないというだけで失脚させるなんてことができるだろうか?

他人を追い落とすためには相応の説得力や権力がいるはず。そういう仕組みの世界だとしても一人ひとり別の考えを持つ人々により支えられている以上、火の無いところに煙を立たせることはできない。

逆に小さな火種が寄り集まって大炎上ということも考えられるので、極力弱みを見せず最大限の努力と根回しをして今がある。

マリエールには10年間考える時間と準備期間があった。ロゼにはそれが無かった。そして一週間後には試験がある。

 

「こんな長い呪文暗記するの無理ですよぉ……」

「貴女、光の属性魔法は高位魔法もサラっと使っておいて、闇の属性魔法は本当に駄目ですのね……」

 

試験勉強だ。3日ほど前に1人歩いているところをロゼに捕まり、恥もプライドも捨てて拝み倒されて教師役をすることになった。

ロゼは一番苦手な属性魔法の筆記項目を前に萎れている。

 

「光は、なんかこうフワッとしてぽわっとさせておけばなんとかなりますもん!」

 

手を良く分からない形に動かすロゼ。どうやら魔法の表現のようである。

 

「それ、筆記試験はどうしてますの……?」

「選択肢は消去法でなんとか、記述問題は実際に使ってみて分かったことから書いてます……」

「……とりあえず、光属性は一番最後ですわね」

 

完全に感覚に頼った、光魔法の天才を前にマリエールはため息をついたのであった。

 

 

 

 

 

「ぬううううう、詰め込めば詰め込むだけ端から抜けていっている様な気がする……」

 

机に向かって2時間、筆記対策を真面目にしていたロゼが机に突っ伏した。心なしかその頭を飾るリボンも萎れているように見える。

突っ伏したままくぐもった声でロゼは唸った。

 

「マリエールさんはすごいです……せつめいの順番も内容も分かりやすいのに、それでも覚えきれない自分の頭にはがっかりです……」

「魔法理論はどうしても暗記になりがちですものね。覚えてしまえばどうとでもなるのだけれど」

 

ロゼは馬鹿ではない。地頭も発想も良い。この部分を乗り越えてしまえばその自由な発想から得意な属性であれば研究の第一人者にもなれるかもしれない。それでも今は魔道学園の1年生として相応に苦しんでいた。

 

「どうしたらマリエールさんのようになれるんですか?」

「そうね、属性への得意不得意もあるとは思うのだけれど、わたくしは10年前には()()()()()について知っていましたもの。やるべきことがわかっているというのはやっぱり大きいのではないかしら」

「10年……」

 

むうと唸るそのロゼの声には後悔のようなものがにじんでいたが、そこは自分たちにはどうしようもないことだ。マリエールは知ってからというもの、破滅を回避することを第一目標として生きてきた。その為に自分の立場に気を配る必要があり、それはそれで楽しくやってきたとは思うものの、知らなかったロゼをうらやましく思う気持ちも無くはない。

 

「わたくしにはその時間があっただけのことですわ。それに公爵家の娘としても皇太子殿下の婚約者としてもたどるべき道は明白だった。

貴女は知らされていなかった。でも知らなかったからこその夢や経験があったでしょう?わたくしはそれが悪いことだとは思いませんわ」

 

しばらく考えたロゼは懐かしそうに話す。

 

「……その頃のわたしは騎士になるのが夢でしたね。木の棒振り回して幼馴染に勝ってみたり、自分のことぼく、なんて呼んでみたりして。結局、すぐに現実的な夢じゃないって気がついて、魔法士を目指してこの学園に入って、それで……」

 

それで、この世界のこと、()()()()()を知ったのだろう。

 

「確かに、そのときに知っていたら、そんな夢も持たなかったかもしれません」

 

目を伏せて諦めたように言うロゼに、マリエールはふむと口に手を当てた。

 

悪役令嬢としてのマリエールのこの世界での役割は学園でのヒロインのライバル(ラスボス)、悪役をすることにある。その役割は婚約破棄又は公爵家の取り潰し、遠隔地への監禁、処刑等によって終了する。

一方ヒロインとしての役割としては学園での攻略対象の精神的な癒し、選択(ルート)によっては卒業後は聖女として魔王(裏ボス)を倒すなんてこともしなければいけない。その後も聖女として祭り上げられると逃げられないので役割が終わるのはその生涯を閉じるときだけになる。

 

元々この国フローラリアは魔王を封印した初代聖女の下作られており、初代聖女の固有魔法が『花を咲かせる』だったからか、植物関係の固有魔法を持つ人間が多く生まれた。近隣国との戦争も無い平和な国でこの王立魔道学園と王立騎士養成学院の両方で戦闘技術を磨かせるのは魔王復活に向けてのことでもある。

ロゼはヒロインとして、次期聖女への資格、光属性への強い素質と『何も無いところから花を出す』という固有魔法を持っていた。

マリエールの役割が学園卒業までで終わるのに対して、ロゼの役割は学園を卒業してからも続くのであった。

 

「別に諦めなくても良いのではなくて?騎士になる夢」

 

しかし、とマリエールは考える。

聖女になってもロゼは持ち前の明るさで楽しく生きていくとは思う。だがそれが一番輝くのは自分でその道を選んだときだ。どうせならロゼ(ライバル)には輝いていてもらいたい。

 

「10年前は女性で騎士なんて現実的ではなかったようですが、今は職業選択の自由がうたわれる時代ですわ。光の魔法騎士、なんてかっこいいのじゃありませんこと?」

 

物語の主軸は学園にある。伝説の木の下での告白が最後の分岐点となり、その後は蛇足(エピローグ)であるのでこの世界で実際に生きていくならそこまで縛られる必要はないのではないかと。卒業(エンディング)のその先は好きに生きても良いのではないのかと。

マリエールが至極軽く言った言葉に、ロゼの瞳もまた輝き出した。

 

「じゃあ、もし騎士になれたらマリエールさん主人になってくださいよ!」

 

違う道を見出せる可能性に楽しそう言うロゼをマリエールはちらりと見る。

 

「どうしようかしら」

「たきつけておいて酷い言い草です……」

 

提案をすげなく流され、ロゼは大げさに肩を落とした。

気分転換も済んだところで、手を叩いてロゼを促す。

 

「その為にも今は試験を越えるのでしょう?早く手を動かしなさいな」

「はーい先生」

 

 

 

 

 

数日間の試験期間を終え、マリエールは貼り出された結果を見に行くことにした。掲示板の近くまで行くと、同じく貼り出されたものを見に来たたくさんの生徒たちの後ろのほうでぴょこぴょこと飛び跳ねている姿が見える。

 

「ごきげんよう、ロゼさん。結果の方どうでしたの?」

「あっ、マリエールさん!」

 

ロゼはそのままの勢いでマリエールに抱きついて嬉しそうに言った。

 

「やりました!全科目20位くらい順位上がりましたよ!」

「よかったですわね。今回はわたくしも良い復習になりましたわ」

 

思わずといった風にはしゃぐロゼに、目を見開いていたマリエールも頬を緩ませて答えた。

マリエールから離れたロゼはそのままぺこりとお辞儀をした後、教室の方へ駆け出した。

 

「ありがとうございました先生!次からもよろしくお願いします先生!」

 

走りながらなにやら聞き捨てならない言葉が聞こえる。

 

「それは聞いてないですわよ!」

「今言いましたー!」

 

そのまま言い逃げしていったロゼをマナー教師もするべきかしらとその場で見送りつつ、

 

「もう……」

 

仕方なさそうにそうつぶやくマリエールの、その口元は楽しそうに綻んでいたのだった。

 

 

 

 

 



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6話

 

遠い過去には魔王が存在し、聖女によって封印された。それがいつか復活するという伝承に基づき、この国では全ての国民にある程度の戦闘能力を持つことを推奨している。それより魔道学園、騎士学校共に物理と魔法両面からの戦闘技術を学ぶ授業が存在する。

 

実のところ、魔王には復活の兆しもなく数千年が過ぎ、国と国との戦争もないこの世界では戦闘能力を示すことは自分の有用性を、価値を示す手段となっている。

となればそれを発表する場もまた存在した。赤と白の組み分けをしてトーナメント形式で勝ち上がっていく武闘大会(運動会)が。

 

 

 

その組み分けが発表された時、ロゼは呆然とした。

赤組には絶対に同じ組になるはずの無かった『ヒロイン』と『悪役令嬢』の名前が共にあり、攻略対象者()()の名前が白組にある。

そして他の群集に紛れ見つけられるはずの無い、ロゼと同じ表情をしているマリエールと目が合った。

 

 

 

 

 

「正規の道筋を辿らないのであれば、破滅から逃れるために、自分の有用性を示す必要があります」

 

何かを考えている様子のマリエールが言った。ありえないと思い込んでいた事態にロゼとしても未だ混乱は収まってはいない。

だが、その言葉にロゼはマリエールの意思を悟った。

 

「やっぱり、マリエールさんも同じ……なんですね」

「そう、わたくしは負けられないことを知っていますわ。貴女が負けられないことも」

 

団体としてのこのイベントでの負けがそのまま破滅に繋がることはない。好感度が直接下がることもない。でもそこにどんな因果が繋がるかは分からない。混乱はすれど、ロゼの意思は変わらない。破滅はしない。マリエールにもさせない。となれば。

すでに起こったことを考え込んでも仕方がない。ロゼは握ったこぶしをマリエールへと突き出す。

 

「じゃあ、今回は共同戦線、です!」

「今回だけ、ですわ!」

 

マリエールはそのこぶしをぺちりと叩いたのであった。

 

 

 

 

 

武闘大会といえど、魔道学園であるということもあり、魔法の使用には一切の制限がない。個人の素質の問題として物理と魔法どちらかに偏っていても、それもまた個性として認められている。空を飛ぶ純魔法使いから全身に電気を宿した状態での無手格闘で挑むものまでさまざまであった。

 

ロゼとマリエールはといえば。

 

「勝者!赤組 ロゼ・クオーツ!」

 

ロゼはふ、と息をついた。普段とは違い一つ結びにされた髪の青色のリボンがちらりと揺れる。

同時に隣の演習場で対戦していたマリエールの方も決着が付いたようだ。

ワッと歓声が沸く。二人は対戦相手の首筋に当てていた剣を下ろし、一礼した。

 

マリエールは、魔法万能型とも言える高い魔法力を有しており、その繊細で複雑な魔力操作により本来ユニーク魔法にしか存在しないような魔法まで人工的に再現してしまうほどであった。固有魔法においても氷の魔法を自在に操ることから、氷の魔女と呼ばれることもある。

対戦においてはその固有魔法の氷の魔法を目くらましとして、時に足止めとして、相手にレイピアを突きつける、実に優雅な戦闘を展開していた。

剣はたしなみ程度ですわって言ってたけど絶対に嘘だとロゼは思う。

 

一方ロゼは光の属性魔法への高い適性からくる治癒魔法に普通程度に使えるその他の属性魔法、花が出せるだけの固有魔法、その一切を投げ捨て剣と身体能力のみで勝ち進んでいた。

その方が速いので。勝てれば脳筋でもいいんですよ!

ロゼはマリエールに向かって念を飛ばした。鼻で笑われたような気がしたので!

 

 

 

 

 

半分くらいの試合が終了した。赤組と白組はそれぞれ別の演習場に別れて、作戦会議をかねた昼食の時間となる。

現時点での点数はあちらの方が上。ほんのり諦めのような、そんな空気が漂っているようだった。

なによりやはり相手にはこの国の王子がいることへの遠慮のようなものがあるように見えた。

 

「わたし、1年生のロゼ・クオーツと言います!少し皆さんのお時間いただいてよろしいでしょうか!」

 

このままでは士気は下がる一方でグダついたまま負けてしまうのが目に見えている。

段々と意見も少なくなってきたのを見て取り、ロゼは立ち上がった。

 

「あの!やっぱり王子とは戦いづらいですか?王子のいるチームだと遠慮しちゃいますか?」

 

見渡す顔には全員ではないもののやはりやる気の低さのような諦めのようなものが見て取れる。それはそうだろう。いくら大きな怪我をしないように保護魔法がかかっていたとしても、もしも傷つけたら?不興を買ったら?学園内では極力身分を問わないのが不文律とはいえ、相手はこの国の皇太子なのだから。

 

「クリストファー王子、結構今回の大会見るのも出るのも楽しみにしてたので普通に戦ったほうが喜ばれますよ!」

 

ひとまず、友人の要望を伝えることにした。

 

「あと、わたしは今回の闘技大会、絶対に勝ちたいと思っています」

 

ついでに自分の要望も。

 

「一人じゃちょっと無理なので全然知らない方々にわがままを言って申し訳ないのですが、ご協力お願いしたいです!」

 

わがままを承知でいっそお願いしてみることにした。顔も初めて合わせた先輩に。声を聞いたこともない同級生に。

ロゼに思いつくのなんてこのくらいしかない。

 

「なので、もしそれでもやっぱりって思うなら、その気まずさを全部わたしのせいにしたら良いです。わたしがお願いしたからって言って良いです!わたし王子の友達なので!大丈夫ですあとでちゃんとごめんねって言っておくので!お願いします!」

 

自分のせいにしておけなんてすごく傲慢なことを言ってるなと思いつつも、ロゼは頭を下げた。

1人でも2人でも開き直ってくれたら、心が軽くなれば、それはチームとしての勝利に一歩近づくことであると信じて。

あと叫んでるうちにわけがわからなくなって若干ノリで叫んでいる部分もあった。

 

「そんなこと言って、来年の大会では敵対したらどうするんですの?」

「そのときは、全力で戦って勝ちます!ごめんなさい!」

 

誰かがかけてくれた声に答えると、今度はクラスメイトが軽口を挟んだり笑ったりしてくれた。場がざわめきだす。

ロゼにはほんの少し、空気を変えることが出来たような気がした。

 

 

 

 

 

決勝戦はチームの中から1人、大将として選出して行われる。

だが、大将として決まっていた先輩が決勝戦前に負傷。現在の勝利数は拮抗していて、決勝戦で全てが決まる、そんな状況だった。

 

「ロゼさん、ちょっとこちらへ」

 

マリエールに呼ばれ目の前まで近づくとくるりと後ろを向かされた。

 

「王も観戦されている今日の戦いはお互い絶対に負けられませんわ。チームとしても、個人としても」

 

後ろでまとめて一つにくくっていた髪の毛がぱらりと解かれて、白い指で梳かされる。

 

「もちろんクリス様にだって、わたくしたちは負けるわけにはいきません。だから―――、」

 

髪が持ち上げられキュ、と布のすれる音がした。

 

「今回だけは、この決勝戦だけは、貴女に託しますわ。これは赤組の皆の総意です。絶対に勝ってきて」

 

振り向くとマリエールは勝気な表情で笑っていた。きっとロゼもまた、同じ表情をしている。

ロゼは自分がこの赤組の中で一番強いとは思わない。先輩方を差し置いてとも思う。すごく重たい期待だ。それでも、託してくれたならば。

 

「もちろんです!」

 

次の瞬間同じ赤組として闘ったクラスメイトを筆頭に歓声が上がり、驚いたロゼは飛び上がった。

 

 

 

 

 

ロゼは決勝の場に1人立っていた。赤組全体に、マリエールに託された負けることの出来ない戦いとなる。

向かい側に立つのは騎士団長の息子。あちらも負けるわけにはいかないのだろう。王子からの信頼を背負っているのだろう。こちらまで気迫が伝わってくる。

 

風が吹き、ロゼの頭で赤いリボンが揺れた。

凪いだと同時に二人がその場から消える。金属同士がぶつかる甲高い音が響いた。

 

数度剣を交えた後戦況は膠着状態となった。攻撃を受け流すことは出来ているが相手を攻めきれない。速さではロゼが勝っているが、力は体格で勝っているあちらの方が上。組み合ったら押し負ける。ロゼの脳裏に氷の結晶が過ぎった。

 

花弁が視界を覆う。そして、

 

「勝者!赤組 ロゼ・クオーツ!」

 

今までで一番大きな歓声が上がる。

 

 

 

 

 

「マリエールさん!」

 

馬車に乗り込もうとしていたマリエールをギリギリ呼び止めることができた。

全部終わって髪を解いて、初めてリボンが変わっていることに気がつき、慌てて走ってきたのだ。

 

「この、リボン……」

 

ロゼが言いかけると、マリエールはふっと微笑んでそのまま馬車に足をかける。

 

「差し上げますわ。わたくしに赤は似合いませんもの」

 

すごく上等な布で出来たリボンだ。こんな、こんなの……もらえるわけがない。

 

「でも……!」

「その代わり!こちらはいただいておきますわね」

 

かぶせるように声をあげたマリエールはロゼのリボンをツイと持ち上げた。そしてそのまま行ってしまったのだった。

 

 

 

ロゼは胸に赤いリボンをぎゅっと押し付けて、こぼれ出るままに笑った。

 

 

 

 

 




ちなみに 運動会イベントは好感度が一番高い攻略対象者と確実に同じチームとなり、他はランダム選出になる はずでした


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第7話

朝、いつもどおり校門で出会った二人は自然と並んで歩き出す。こうして連れ立って教室へ向かう行為も日常の中に取り込まれて早数ヶ月。

空は晴れ渡って透き通った色をしているが時折吹く風は冷たくなってきた。

 

「今日はちょっと寒いですね」

「そうですわね、体調を崩さないよう気をつけないといけませんわ」

「お互い気をつけましょうね!それで……えっと……」

 

顔を合わせた瞬間からなにやらロゼがそわそわしている。マリエールの方に視線を寄越しては空中をさ迷わせてまたこちらを見ていた。

 

「なにかわたくしにおかしなところがありまして?」

「おかしくなんてないです!今日も完全無欠に麗しく華麗な立ち姿です!」

「当然ですわ」

「……その、あの、そのタイ、わたしの……」

 

ロゼが不自然にチラチラと見るのは、マリエールの胸元を飾る赤い細身のリボンタイだ。つい先日までロゼの髪を飾っていたような。

 

「似合いませんこと?」

 

マリエールはしれっと答えた。この新しいリボンタイはお気に入りなのだ。いくら見てくれても構わない。ロゼは寒さからか少々頬が赤くなっているようだった。

ロゼは口元をしばらくむにゃむにゃとさせていたが、思い切ったように言った。

 

「とても似合ってます。でも、わたしだってマリエールさんのリボン選びたいんです!今度はわたしから、プレゼントさせてもらってもいいですか?」

「、あなたがわたくしにふさわしいと思うものをえらんでくださるのなら喜んで受け取りますわ。……ではここで、ごきげんよう」

「はい、ではまた」

 

クラスの違うロゼと別れ、マリエールは自分の教室へと進む。その頬が普段よりも熱いことを誰にも気づかれないことを祈りながら。

そしてロゼもまた、机に突っ伏して耳元まで真っ赤にしていることを、二人は知ることはなかった。

 

 

 

 

 

楽しそうに去っていく攻略対象の後ろ姿を見送っているロゼにマリエールは声をかけた。

 

「仲が良いですわね」

「はい、でも。わたしのこれは()()ですから」

 

ロゼは自嘲したように笑う。世界からある意味愛されている故のその能力を彼女は厭っているのだろう。補正などなくても彼女は十分に愛されうる存在だ。そして、攻略対象たち(彼ら)のその気持ちの全てが作られたものだとはとうてい思えなかった。

しかしその愛の真偽を語るべきは自分ではないので、マリエールは何も言わない。

 

突然、ロゼが振り返って言った。

 

「そうだマリエールさん!次のお休みに一緒にお出かけしませんか!」

 

 

 

 

 

「こんにちは、ロゼさん。ごめんなさい、お待たせしまして?」

「おはようございます!今来たところですよ!」

 

二人は顔を見合わせて笑った。

予定よりもかなり早い時間だったが、これは念のため早く来ただけのことで、きっとロゼもそうで、楽しみにはしていたが休みまでの間にそわそわしてしまったなんていうことはなかった。マリエールとしては、そんなことは一切なかったのである。

 

今日、マリエールはどこへ行くのか知らなかった。

ロゼは悪戯げな笑みを浮かべる。

 

「それで、どこへ案内してくれるのかしら」

「リボンを選ばせてください。約束でしたよね」

 

 

 

 

 

ロゼに連れられてきたのは街道の端にある布地を扱う店のようだった。初めて入った店だったので物珍しく、色んなものを見せてもらう。

しばらく店内を見て周り、同じ位置でじっと悩んでいる様子のロゼに声をかけると、なにやら一人納得したように頷いた。

 

「ちょっと失礼します」

「えっあの……ロゼさん?」

 

するりとマリエールの頬に手を滑らせたロゼは、目の前まで顔を近づけてそのまま見入ってしまったようだった。嫌ではないが人の往来があるところでのこの状態はさすがに少し、恥ずかしい。

 

「マリエールさんの瞳はデルフィニウムの花びらのようですね」

「ちょ、ロゼさん!」

「金色の睫毛が光を透過したらとたんにそれは黄金に輝く麦の穂の海に」

「ちょっと……」

 

しかも言葉に出されるのは口説かれているのかと思うくらいに、綺麗なものに例えられたそれだった。普段どれだけ美辞麗句を並べ立てられようが澄ました表情で流せるマリエールも、ロゼのその真剣な表情の前にはそうもいかない。しかし目を背けるわけにもいかず。

 

「それでいて影の部分は透き通ったとても深い海の底のような、小さな輝きを宿す宝石のような。暁に星が輝いているみたいにも見えます」

「…………」

 

照れが限界に達したマリエールはいっそ自分もロゼの瞳を観察することにした。

興味があるものを見つけるととたんに輝きを増すその紅茶の瞳は、感情を乗せている時が何よりも美しい。光を浴びるとまるで炎のような赤みを見せる。今は透明度の高いルビーのような瞳は一身にこちらを見つめていた。透き通った上質の紅茶のような、琥珀よりもとろりと甘そうなその色合い。

 

何かが反射して青く映り込む部分はそれこそ暁の、朝焼けのような……と、そこでマリエールは気がついてしまった。このロゼの瞳に映り込んでいる青い物は、マリエールの瞳であることを。体温が上がり、思わず目を見開く。

 

「光に当たれば淡い輝きを放って、夏の空のような澄み渡る空色に……」

「もう良いのではなくて!?」

「………………」

 

がばりと引き剥がしたロゼはそのまま何事かを考え込んでいる。

 

「ロゼさん?」

「決めました!やっぱりこっちにします!」

 

そして満面の笑みで一つのリボンを差し出したのだった。

 

 

 

 

 

目当ての物を買い求めた後、にぎやかな街並みを離れて静かな公園へとやってきた。色づく葉が落ちて積もる中を二人で歩く。

落ち葉降りしきる中、ロゼは小さな箱に白い花を添えて差し出した。

 

「ありがとう、大切にさせていただきますわ。この小さなお花も」

「イチゴですよ。春になったら一緒にイチゴ狩りに行きましょうというお誘いも込めて!」

「楽しみにしていますわ。……ではわたくしからは、これですわね。貴女と見た今この時の思い出を」

 

マリエールは目の前にひらりと落ちてきた手のひら型をした小さな赤い葉を、そっと差し出した。

お金がかかった何よりも、今この瞬間一番美しいものを。少なくともマリエールはそれを一番美しいと思ったし、ロゼは顔を輝かせて受け取った。

 

「ありがとうございます。また来ましょうね!それに絶対絶対イチゴ狩り行きましょうね!妹さんも!」

「妹も喜びますわ。貴女がわたくしと出かける度に妹にお菓子を贈るせいで、会ったことも無いのに貴女のことを姉のように慕っていましてよ」

「マリエールさんとの時間をいただくんですから、賄賂の一つくらい当然ですね!」

 

マリエールは胸を張るロゼに呆れつつも笑みをこぼした。その理論で行くと、いつか妹が虫歯になってしまう。

 

「開けても良いかしら」

「どうぞ!」

 

小さな箱に収まっていたのは2本のリボンだった。

 

「良いですの?2つもいただいてしまって」

「もちろんですよ!マリエールさんにいただいたリボンより、どうしても質は劣ってしまうんですけど、ばっちりしっかり選びました!」

 

ちょっと一つには絞れなかったんですけど、とロゼは照れたように笑った。

取り出した一つ目のリボンを目の前まで持ち上げた。光沢のある柔らかな生地の深い青色がところどころ光を浴びて輝きを増している。

 

「これは……違う種類の糸が織り込んであるのね。とても美しい輝きですわ……」

 

少し違う色合いの糸を織り込むことで複雑な色味を出した美しいリボンだった。確かに使っている糸や職人の値段で言えばマリエールの用意したものの方が高価なのだろう。だがそのリボンをマリエールは一目で気に入ってしまった。その時点で何よりも価値のあるものだ。

 

「こっちは……」

 

そのリボンは、青色から赤みのある色へと変わってゆくグラデーションカラーだった。

まるでさっき見えた美しい朝焼けのような。

 

 

 

 

 

赤に映り込んだ青が朝焼けに見えるなら、青に映り込む赤もまた。

 

 

 

 

 

 




そんなシリアスなシーンでデートのお誘いをぶちこむんじゃない


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第8話

武闘大会(運動会)が終わったら次はなんのイベントがくるかと言えば、そう文化祭だ。

正式名称を魔法研究発表会といって、学校中が魔法を使った色んな研究結果の発表の場となる行事である。昔は歴史研究文化研究の発表ばかりだったため文化祭などと呼ばれている、らしい。

クラスやクラブ活動ごとに、全作業のうち8割を魔法で賄う事を前提として、料理の出店を出したりすることが出来る。展示はもちろん劇や喫茶店や屋台、お化け屋敷なども過去にはあり、生徒にとっては完全にお祭り騒ぎの場である。

魔法の出来が成績にプラス評価としてつくので生徒たちはそれはもう張り切っていた。

 

ロゼもまた、文化祭を楽しみにしている。ただ一つだけ不満があって心から準備期間を楽しめないでいた。

マリエールが常に忙しそうにしていて、朝しか会えない。そのことが実に不満であった。

 

大体、マリエールは忙しすぎるのだ。

文化祭の実行委員になったと思えば、クラスの出し物にも手を抜かずに助力しているようだし、休憩時間は実行委員の会議だとか準備だとかで捕まらない。放課後はなんだか家のほうがごたついているとかで急いで帰ってゆくし、授業中はクラスが違うためなかなか会えない!文化祭の準備期間のため授業数もそんなに多くないので合同授業も無い!

それにせっかく一緒に登校できる朝のちょびっとの時間だっていつもより早足だし、なんだか疲れて見えるし。

文化祭直後にあるテストの勉強も、誘うほどの時間もない……。

 

マリエールに対しての不満なんて一つもないが、マリエールに会えないことにはとてつもなく不満があった。

でも邪魔がしたいわけじゃない。忙しい中でそれなりに寂しく思ってくれているのも知っている。疲れたら休んで欲しいけど、今はそれが難しいことだって分かっている。それでも、ロゼも、寂しい。

 

ロゼだってクラスの出展の準備もある。初めての文化祭だって楽しみだ。でもなんとなく物足りない気がした。

それが何故かは、まだ分からなかった。

 

 

 

 

 

大体一ヶ月程度の準備期間を終えて、今日が文化祭のその日である。

開催自体は一日だけのお祭り騒ぎに一ヶ月も準備期間を設けるのには理由があった。この日は父兄や外部の人間も自由に見学が出来る。

国に関係する機関や部署からの視察も入り、これをきっかけにスカウトされることもある。

そんな学生の将来にも関係のあるような重要なお祭り騒ぎに、ロゼはといえば。

 

クラスの出し物である喫茶店の呼び込み兼マスコット兼イルミネーション係りとして廊下に立っていた。クマのきぐるみ姿で。

右手には風船、左手には喫茶店を示す看板を持ったクマ、それがロゼであった。

 

「いらっしゃいませー!喫茶店やってますよー!」

「ごきげんよう。ずいぶん可愛らしい格好をしていますのね」

 

声を張り上げつつ片手間に教室の飾り付けを光魔法によって変えていると、昨日振りに聞く声がした。

 

「マリエールさん!こんにちは!実行委員お疲れ様です。見回りですか?風船いります?」

「そうですわ。ところで、わたくしこれから一時間休憩があるのですが、ロゼさんはいつから休憩時間かしら。少しでも被るようなら一緒に露天でお昼でもいかが?」

 

あと風船はいりませんわという声はもうロゼには聞こえていなかった。朝は実行委員で早いとかで時間が合わなくて会えなかったもやもやが全て吹き飛んだ。

 

「今です!今からが休憩です!すぐに戻ってくるので絶対に待っててくださいね!」

 

慌てて教室に飛び込んで風船を全部手放して怒られたし、マリエールには笑われたが休憩はもぎ取れたので良しとする。

 

 

 

二人は色々な露天をめぐり、今は休憩スペースとして開放されている場所で昼食として買ったものを食べ終えて、食後のお茶をしつつまったりとしていた。

お茶請けとしてすぐそこの露天で買ってきたクッキーを取り出す。

さくりと一つ食べてみるとそれは学生の手作りとは思えないようなおいしさだったので、ロゼは何の気なくこのおいしさを分けてあげなければと、クッキーをマリエールの口元に差し出した。

 

「これ、すごくおいしいですよ!マリエールさんもどうぞ!」

 

傍から見たその図がどういうことかは気がつかず。

そしてマリエールは何故か一つ小さなため息をこぼしたあとに、その唇を開き、ロゼの持つクッキーをさくりと食んだ。ロゼの手から直接。

あれ、これは、と気がつき、赤くなるよりも早く。マリエールから口元にクッキーを押し付けられ、ロゼは無事沸騰したのだった。

 

 

 

 

 

文化祭は無事に終わり、週末を明けたら何があるか。テストである。

文化祭直後に試験があるとかうちの学校無慈悲……と思いつつロゼが試験の順位発表を見に行くと、そこは阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

生徒の間でひそやかにささやかれる噂の中に、文化祭直後のテストは採点が甘いというものがあったが完全に嘘だ。

 

ロゼもまたがっくりと肩を落としつつ前回よりも大分落ちた順位と点数を恨めしげに見る。どうやら、マリエールもいくらか順位を落としてしまっているようだ。無理も無い。準備設営やらで忙しく走り回っていた上に勉強の時間をどれだけ取れたことか。

 

またマリエールを誘って勉強会をすることを心に決めつつ、ロゼはその場を去った。

マリエールには出会わなかった。

 

 

 

 

 

雨の中たたずむ見慣れた背中に、ロゼは傘を差し出した。

 

「冷えますよ」

「……そうね」

 

普段は魔法操作で雨程度に濡れるわけも無いマリエールの髪から雫が滴っているのが見えた。

何があって落ち込んでいるのかはロゼには分からない。だがその姿はなんとなく普段よりも落ち込んでいるような、自棄になってしまっているような、そんな風な気がしたので声をかけた。

 

「……帰りませんの?」

「マリエールさんの気が済むまで、わたしはここで勝手に屋根に徹してますので」

「たまには雨に濡れたい気分のときもありますわ」

「それは申し訳ないんですけど、わたしがマリエールさんが体調を崩すの見たくないので、聞けない話です」

 

そう、とマリエールは向こうを向き直った。雨を見ているのか、また別の何かなのか。

ロゼは黙ってその後ろ姿を見ていた。

 

「……わたくし、思い上がっていたのかも知れませんわ。何でもできると、思っていたわけではありませんが、この程度のことができないとは思っていませんでしたの。ちょっと忙しい程度で、成績を落とすような人間に、この先が迎えられるのかしら……」

 

そう言って黙り込むと、マリエールは俯いた。俯いたのだ。

 

「しっかりしてください!貴女らしくないです!」

 

俯くマリエールにロゼは声を張り上げた。自分をも鼓舞するように。

そうでないと膝が砕けてしまいそうだった。

だってあのマリエールが俯いているのだ。理由は分からない。だけどそれはロゼにとんでもない衝撃をもたらした。

 

「もっと前を向いててください」

「自分だけで全部しないといけないわけじゃないです」

「もっと、もっと巻き込んで利用してください」

「わたしは貴女のことをまだまだ知らない」

「だから、どう助けたらいいのかわからない」

「でも、マリエールさんが俯いてるのは、いやです」

 

自分が何を言っているのか良く分からなかった。とにかく元気付けたくて、ロゼは言い募った。

 

「待って、待ちなさい」

「どうしたら元気になりますか!前だけ向いてて欲しいときはどうしたらいいんですか!」

「落ち着きなさい!」

 

いつの間にかこちらを向いていたマリエールに頬を潰される形で物理的に黙らされた。

こちらを見るマリエールはすでにいつもどおりの顔をしていて、ロゼは一気に力が抜けてしまった。

 

「あなた、そんな感じだったかしら」

「だってえぇぇ……」

 

 

 

マリエールを雨に濡らせたくない。自分が支えていきたい。ずっと傍で。ロゼは明確にそう思ったのであった。

 

 




自分が破滅回避するってことは相手を破滅させるってことでって悩み出すヒロインちゃんと、貴族として自分の利益のために相手を破滅させることへの覚悟がある悪役令嬢ちゃん
の予定だったんですけど、とっくにロゼがマリエールさんも破滅するのやだから全員落としてハーレムルート行く!とか言い出してるんですよ


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第9話

すごく みじかい


 

試験結果が思わしくなく、少しやけっぱちな、たまには雨にでも濡れたい気分で居たらロゼに解釈違いを叫ばれてからしばらく。

そのロゼが嘆くのをマリエールはじっとりとした目で見ていた。

 

「もうやだ……やっぱり隅っこに立ってじっと(イベントスキップ)してれば良くないですか?」

「四の五の言わずにステップを踏みなさい。はい、ワンツー」

「無慈悲……」

「仮にも貴族であるのにダンスが踊れないあなたにダンスを教えて差し上げているわたくしは慈悲の塊ですわね」

 

クリスマスといえばパーティー、貴族といえば、パーティーといえばダンス。貴族としてのほぼ必須技能であるそれを苦手だと言うロゼの横でステップを見るため手拍子を叩いていた手を止めた。

ため息を吐く。そしてロゼの手を掴み、腰を引き寄せた。

 

「ちょっと実際に踊ってみなさい」

「無慈悲!」

「ほら、いきますわよ」

 

無音の中、目を合わせ、足を引き、くるりとまわる。

一通りリードして踊ってみたあと、マリエールは温かい手のひらをそっと離した。

 

「踊れるじゃありませんの」

 

特に危なげなく踊れていたように思う。それでもロゼはいつになく自信が無い様子だった。

 

「そりゃ、一通りは……でも苦手なんですよ……」

「相手の足さえ踏まなければ十分ですわ。背筋を伸ばしておけばそれなりに見えますわよ」

 

眉をへにょりと下げたロゼが言う。

 

「でも、なんというか……恥ずかしく思ってしまって……。マリエールさんと踊るならマリエールさんだけを見ているので良いんですけど」

「……変な部分で恥ずかしがるのね」

 

その発言を相手に面と向かって出来て、複数組の中の一つとして踊ることを恥ずかしがるロゼをマリエールは理解できなかった。

言われたほうはこんなに、しゃがみこんで顔を覆ってしまいたいような気分だというのに。

 

 

 

 

 

人が集まるダンスホールから出ると途端に静寂が訪れる。

文化祭は生徒が主催していたのに対して、クリスマスパーティーは教師主催、学校開催のパーティーで、生徒は気軽に参加できる。

出入りも自由な、王家主催のパーティーとは比べられないほどに気楽なパーティーなので、王子の意向もあり、学生の間関係者は全員こちらのパーティーに出席している。

マリエールは婚約者として王子と踊ったあと、ホールを抜け出すロゼを見かけて追いかけてきた。

その顔が憂いを浮かべていたような気がして。

 

「何を落ち込んでいますの?」

 

外は流石にひんやりとした肌寒さだった。

ロゼはぼんやりした顔でクリスマスツリーのように飾られた街路樹を見ていた。

 

「……実は、王子の足を……」

「嘘ですわね」

 

マリエールに言い切られたロゼは、まさか心が読める!?などとしばらくおどけていたが、あはは、と力なく笑った。

 

「……王子と踊るマリエールさんが本当に綺麗で、まるで物語の中のようで。届かない物のように感じてしまって……」

 

ロゼの目からポロリと涙がこぼれた。

イルミネーションの光で流れ星のようになったそれが、どこかへ消え落ちる。

 

「えっ……なんで、こんな、泣くつもりじゃ」

 

ぐしぐしと涙を拭おうとした手を、捕まえた。

 

「勝手に遠くにやるんじゃありませんわ」

 

この、涙にすら触れられる距離を何だと思っているのだろうか。

指先で目じりの涙をそっと拭うと、今度は次から次へと落ちてくる。

 

「それに、これからも隣に居るのにこんなことくらいで泣いていたら瞳が溶けてしまいますわよ」

 

マリエールが美しいのは当たり前であるので。そうあれるように努力した結果であるので。

その都度泣いていたらロゼのとろりとした瞳は本当にこぼれてしまいそうだった。

 

「さすが、マリエールさんです。ほんと、かなわないな……」

 

「当たり前ですわ」

 

眩しい物でも見るかのようなロゼにマリエールは言った。

 

「わたくしは、マリエール・P(パンドラ)・ブーゲンビリアですもの。そして、」

「胸を張りなさい。ロゼ・クオーツ。貴女はわたくしが唯一認めた人」

 

それからためらうように、

 

「……しっかりしなさい、貴女らしくないですわよ」

 

と顔をそらしたのだった。

 

 

 

 

 

 




王子……王子どこ……?ここ……?


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第10話

エンディング


全てはここから始まったように思う。

この、伝説の桜の木の下から。

 

 

 

あの日、今と同じようにこの桜の花びらが降りしきる中、わたしはマリエールさんに出会った。

あの時は伝説のことも、何もかもを知らず、ただただ綺麗な人だと思った。

 

教室で会った時、一瞬でケンカになったけど、このわけの分からない境遇の仲間が居て安心した。

軽口を言い合えるライバルのような、境遇を知る唯一の理解者のような、そんな感じだった。

 

朝、一緒に登校するようになった。

それが当たり前になるまでそう長くはかからなかった。

 

マリエールさんを落とそうと決めたときは、まだ打算と負けず嫌いな気持ちが強かった。

でもどうしてか、放課後を一緒に過ごせることがすごくうれしかったことを覚えている。

 

試験勉強を初めて教えてもらったとき、未来への道を照らされた気がした。

大人になるにつれ、諦めるしかないと知った夢を、諦める必要はないと教えてくれた。

 

武闘大会(運動会)のとき、大将をまかされてチームの皆にもみくちゃにされて、それでもマリエールさんにこぶしを差し出したら、仕方ないですわねって小さくこぶしを当ててくれた。

 

リボンタイを選ばせて貰う時にも改めて思ったのが、マリエールさんの瞳は本当に綺麗だということ。一番好きなのは感情を乗せたときの色なんですけど。

 

文化祭のとき、忙しいのにわざわざ会いに来てくれた。あの時結構無理して時間を空けてくれたのを知っている。

 

マリエールさんは綺麗で頭が良くて、優しくて、気高くて、強かで。それでいて可愛いとても素敵な人だ。洗練された立ち振る舞いも気品あふれる声もその努力も。

 

 

 

「お待たせしたかしら」

 

振り返ると、そこに立つマリエールさんに強い既視感を覚える。

あの時とは逆の立ち位置が少し面白い。

 

その生き様全てが美しい。

こうして綺麗な花に囲まれているのも、晴天の下その空の瞳が輝くのも。もちろん、雨に濡れて俯く姿も。

その美しさ全てを傍にいて守りたいと思う。

 

 

 

 

 

 

地面に膝をついてマリエールさんの手をとった。

いつまでだって傍に居たい。それに、女の子が騎士でも良いって言ってくれたのはマリエールさんだ。だから、

 

「このまま、指先に口付けるのを許してはくれませんか」

 

主人になってくれることを請うことにした。

じっと瞳を見つめる。少し驚いたように見開かれていた目が伏せられた。

指先がわたしの唇を撫でるように動く。

 

そして、その美しい人は大輪の花が綻ぶような笑みを浮かべて言い放ったのだった。

 

 

 

 

「お断りですわ!」

 

 

 




この10話で第一部完とさせていただきます。
評価、感想、お気に入り等ありがとうございました。
拙い文章ではありますが楽しんでもらえたなら幸いです。






というわけで2期は
ロゼ「騎士になればずっと一緒に居られるじゃないですか!マリエールさんの分からず屋!おたんこなす!騎士にならせろ!」
マリエール「なにも分かってないのね!わたくしは隣に貴女を置きたいのであって傅かれたいわけでも後ろに付かれたいわけでもありませんわ!このおばか!あんぽんたん!」
これ


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幕間
人物紹介 別名設定資料


ロゼ・クオーツ

 

動く点のQの方

乙女ゲーの主人公兼ヒロイン

肩ぐらいの長さの黒髪に赤寄りの茶の瞳ハーフアップに赤いリボン

田舎に領地を持つ子爵家の娘

光の属性魔法と物理が得意 身体能力がとても良い 他の魔法は一般的 固有魔法は花の魔法

 

遅い覚醒の変わりに好感度補正チートを持っていたが、そのチートこそがロゼにとって最大のジレンマ

攻略対象からの好意のほとんどは本人の意思ではないのではないか

 

植物の魔法使いが生まれやすい中生まれる花の魔法使いのヒロインは初代聖女と同じ力を持ってるし、属性魔法は光が得意

聖女の再来的な感じでなんやかんやしていくはずだった

けどバーサクヒーラー騎士ルートを開拓してしまった

 

蝶にも悲鳴を上げる兄がいる(隠しキャラ)

幼馴染は騎士学校に通っている(幼少期に剣術でボコボコにして泣きべそをかかせたのはロゼ)

 

 

 

 

 

マリエール・(パンドラ)・ブーゲンビリア

 

動く点のPの方

乙女ゲーの悪役令嬢

金髪ロングヘア編み込みハーフアップに青い瞳

自分の美しさに自信と自覚がある。

公爵家の娘で王子の婚約者、実は王子とはイトコ

魔法万能タイプ 固有魔法は氷 物理はそこそこ

 

一歩選択肢を間違えれば破滅へのフラグが立つのではないか、そうなりやすい悪役令嬢という立場そのものがマリエールのジレンマ。他人に弱みを見せられない。過剰に失敗を恐れている節がある

 

命を司る植物の魔法に対して、植物を枯らす氷の固有魔法を持つ

本来の悪役令嬢としての彼女は氷の魔女と呼ばれる

 

マリエールが手袋をしているしていないというシュレディンガー

 

マリエールの名前の語源は「輝く海」の意

 

デロ甘の父とどじっこ気味の母と歳の離れた妹が居るあとメイドのライラ

 

 

 

 

 

クリストファー・(ウィリアム)・フローラリア

 

名前がついている珍しい人

金髪碧眼第一王子

似てない弟王子がいるが弟は兄に似ていないことを拗らせている

 

 

 

 

 

初代聖女

 

過去に魔王を封印した伝説の乙女

花を咲かせる固有魔法が使えた

建国の祖

名前はパンドラ

 

 

 

 

 

初期案

本来の攻略対象相手だと好感度が上がったときに分かる

ヒロインちゃんが上げ始めた時点で、ヒロインちゃんの好感度自体は爆速であがるが悪役令嬢ちゃんのことを話すことも多いことから好感度の高さがわかる

ヒロインちゃんの好感度も爆速であがるので悪役令嬢ちゃん目線ではひやひや

それっぽい行動をしたときになんとなく選択肢が出る

 

対女子は本来の攻略対象じゃないのでそれがない

本来の攻略対象ではないのでエフェクトは出ないし好感度への補正もない。

 

さりげなく毎話花を出して花言葉で心の歩み寄りを

桜の全般的な花言葉は、「精神美」「優美な女性」「純潔」

運動会のときは信頼とかそういう

たまに暴発して花が出る

↑この辺完全に忘れてたやつ

 

 

 

 

世界観

 

基本の属性魔法は 火 水 土 風 光 闇

植物は生命に関するものなので本来操れるものではない

固有魔法は理論も理屈も無視した超常現象を起こせる力

 

国名 フローラリア(花畑)

国内で植物を操る魔法使いが生まれやすい




桜があったり4月始まりだったりするのは日本産乙女ゲー的な世界観だから


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番外編 ハロウィン

謎時系列です


授業が終わり、マリエールが机の片づけをしていると、そっと近づいてきたロゼが机の影から飛び出してきた。何故かばあ!と両手を挙げている。

 

「こんにちは!」

「ごきげんよう、ロゼさん」

 

悪戯げな顔でロゼが笑う。どうやら次の授業でこの教室を使うらしい。

 

「ハロウィンのイタズラですよ!驚きました?」

 

この国の人たちはイベント事が好きで、季節ごとのお祭りがある。ハロウィンもその一つであり、学園内でもあちらこちらでカボチャのランタンが宙に浮き、仮装する生徒が見受けられた。基本的には親しい人同士で悪戯かお菓子かを贈りあう平和なお祭りである。

ロゼもまたイベントが好きなことをマリエールは知っていたので、何かしら仕掛けてくることは予想済みなのであった。

 

「あら、ではここでお菓子を差し上げたらどうなるのかしら?」

 

マリエールは綺麗にラッピングされたお菓子をちょんと机の上に置いて見せた。

まさかお菓子が用意してあるとは思わずロゼは目をぱちくりさせている。

 

「えっ……じゃあマリエールさんもイタズラしてもいいですよ!」

「そうねえ……」

 

マリエールとしてはお菓子を取り出して反応を見るところまでが目的だったので、悪戯を仕掛けていいと言われるのは予想外だった。

とりあえずロゼを見る。腕には早速、マリエールが出したお菓子を抱え込んでいる。特に仮装はしていないようでいつもどおりの制服姿にハーフアップにされた髪型、赤いリボン。じっと見られてロゼがなにやらもじもじとしだした。

 

「えっと……あの……」

 

机をはさんだ位置に立ったロゼは大事にお菓子を抱え込んだまま器用に両手の指先を組み合わせたり、ちらちらと上目でマリエールの方を見たりと忙しない。

そんなロゼの様子には頓着せずしばらく考えた後、失礼しますわ、とマリエールはロゼの方に手を伸ばした。

何をされるか分からずロゼはきゅ、と目を閉じる。

 

マリエールはロゼの髪をハーフアップにしていたリボンを抜き取り、前髪に結びなおした。

きょとんと目を開いたロゼに笑いをこぼすマリエールは楽しそうだ。

 

「今日は一日そのままでいること。ではあとでね」

 

ちょんまげ状態にされてさらけ出されたロゼの額を指先でちょん、とつついてマリエールは去っていった。

つつかれた額を手で隠したロゼはしばらくした後愕然とした様子で呟いたのだった。

 

「やられました……」

 

 

 

 

翌年からのハロウィンはイタズラと称してお互いのヘアアレンジをする日になりましたとさ。




書いたはいいけど髪型変更は運動会回後と決めていたので後出しになったハロウィン


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番外編 新年

日間ランキングありがとう記念謎時系列


「あけましておめでとうございます!」

「あけましておめでとう、ロゼさん」

「それで……この服は……?」

 

まだ日も昇らない早朝に、二人は普段とは違う装いで向かい合っていた。

前日にマリエールにこれを着て来なさいと押し付けられた、高級そうな異国の衣装である。

 

「東のほうの民族衣装だと、出入りの商人の方からは聞いていますわ。お祝いの時に着る縁起の良いものだとか」

「すごく綺麗な色ですもんね……」

「丁度良いので貴女にも着せようと思って購入しましたの」

「思い切りが良い……ありがとうございます……」

 

最高級のものをしれっと贈られることに色々思うところはあったがロゼは飲み込むことにした。

マリエールは白地に銀で花の刺繍が入った着物に、その薄金色の髪を飾るリボンと同じ深い赤色の帯、金の帯止め。

ロゼは黒地に赤い花の模様で、銀色の帯に赤い帯止め。リボンはマリエールと揃いのちりめんの赤。

事前に着方を教わっていなかったら絶対に着られなかったし、なんなら出会ってから即座に直されたが、なんとか格好になっている。

 

「似合ってますわよ」

「マリエールさんも、普段とはまた違った雰囲気ですがとても似合ってますよ!」

 

顔を見合わせて笑ったあと唐突にマリエールは言った。

 

「ということで、行きますわよ!」

「どこにですか!」

「日の出を見にですわ!」

「なんでですか!」

「そういうものなのですわ!」

 

年明け早々にぎやかな二人であった。

 

 

 

 

 

街の外まで一望できる時計台へとやってきた。

 

「へっぷしっ」

「流石にこの高さだと冷えますわね」

 

マリエールが魔法による空気の層を作り出す前に、くしゃみをしていたロゼがマリエールの手を取った。

 

「これで少しは暖かいです!」

 

ロゼの温かい手のひらと、マリエールのひんやりした手のひらの温度が次第に同じになっていくのが分かる。

 

「そう、ですわね」

 

にこにこと機嫌よさげなロゼに、マリエールもきゅ、と手のひらに力をこめるのだった。

 

 

 

段々と空が赤く染まる。

 

「まるで、貴女の瞳のようですわ」

 

燃えるような空が、明るい夜明けが、まるでロゼの瞳のように見えてマリエールはぽつりとこぼした。

ロゼが反対側の空を指差して言う。

 

「それじゃあ、あっちの空はマリエールさんの瞳ですね!」

 

そこには未だ朝日に染められきっていない蒼い青い空があった。

 

「それで、朝焼けが真っ赤な今は……この辺です!」

 

動いた指は中天を指した。赤と青が入り混じったような複雑な色合い。

 

「それを言うなら、青空を見ている時の貴女の瞳も、この辺りかしら」

「それぞれ反対方向向いてたら同じ色になるんですね……」

 

それはそれで寂しいようなとうなっているロゼの向かいにマリエールは立った。

 

「向かい合わせに立っても、同じ色ですわ」

 

何故か少し顔を赤らめるマリエールの目の中に映る赤はまさしく。

 

「ホントですね!」

 

きゃっきゃとはしゃぐロゼの、離すのが惜しくて離さなかったその手を引いて、マリエールは朝日の方を向かせた。

 

「せっかくの日の出が済んでしまいますわ!……瞳の色は違っても、今は隣で同じ物を見ていましょう」

「はい!」

 

 

 

 

 




SSR振袖ロゼ&マリエール

絵柄は羽根つきで負けて顔に○×描かれるロゼ

「魔法はずるいです!ずるいですよ!!」
「ぐぬぬぬこの顔に墨は・・・」
「あ゛ーーー!負けた!!!」


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