NieR:ZERO (ナスの森)
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目覚メ

最後までウイルスに怯えながら孤独に死んでいった11Bちゃんが不憫すぎるんじゃぁ~


 西暦5012年。

 人類の華やかな歴史に突如、終わりが訪れた。

 外宇宙からやってきた異星人(エイリアン)たち、および彼らが作り出した『機械生命体』によって人類文明は崩壊した。

 生き延びた僅かな人類は月に逃げ延びることとなった。

 

 西暦5024年。

 衛星軌道上に敷設された基地群よりアンドロイドを使った反抗作戦が開始されたが、十数回による大規模降下作戦を経ても、決定的な打撃を与えるには至っていない。

 

 この膠着状態を打破するために、私たちヨルハ型アンドロイド部隊は存在している。

 

 だが、私は知っている。

 その使命は、すべて偽りであると。

 

 しかし、それだけだ。

 真実に見せかけた偽り、偽りに見せかけた真実。

 使命が偽りであると知った私は、逆に何が真実なのか分からなかった。

 

 人間たちのことを恋しく思うこの感情も、アンドロイドとして埋め込まれた機能なのか、それとも己が生を重ねていく内に生じた想いなのかすらも分からない。

 あらゆる真実が偽りに見え、偽りを真実と疑ってしまう。

 

 ヨルハ部隊は間違っている。

 

 では、逆に何が正しい?

 私の知る世界は、今や荒廃した人類文明の跡と、そこに蔓延る機械生命体(偽りの敵)たちと、まさしく間違っているヨルハ部隊のみだ。

 私が指導に当たった16Dに対するこの想いも、所詮は偽りでしかないのか?

 私自身が持つものとは、一体なんだろう?

 ヨルハが間違っていたのならば、私は、何だ?

 私たちの存在は、偽りでしかないのか?

 

 欲しい、真実が。

 

 もっと安心できる、真実(いばしょ)が。

 

 内から湧き上がるこの衝動すら私自身から生じたものなのか疑問を持ちつつ、私はとある計画を企てた。

 他のヨルハ部隊員が知れば愚かと笑うだろうが、それでも――どうせすべてが偽り(ゼロ)に還るくらいならば、それで後悔するくらいならば、我武者羅にでも私自身が行動を起こしたかった。

 

 だから、探しに行こう。

 私が安心できる居場所を。私の存在意義を定める、偽りなき真実(ゼロ)を。

 

 計画は誰にも知られてはならない。

 たとえその相手が愛しき後輩であったとしても、もう、嘘で塗りたくられたあの場所にいるのは、耐えられない。

 バンカーにいる仲間たちに、罪はない。

 それでも、真実を知ってしまった私は、これ以上バンカーを嫌いになりたくなかった。

 真実を知ってからの私はひどく不安定だった。16Dにもひどいことをしてしまった。

 今の私では、訓練以上に彼女を、仲間を、傷つけてしまうだけ。

 

 だから死を装い、ヨルハから脱走する計画を企てた。

 

 

――2:13 経過

 

再起動完了。ボディチェックは各所に不具合。死を装うためならばこの程度の損害は仕方ないと割り切る。ポッドを介した通信機能は破壊済み――これでバンカーとの連絡は取れない。いよいよ後戻りはできなくなった・・・・・・これでいい。

偽りで塗りたくられたあの場所に、「私の死」という偽りを贈る・・・・・・この“偽り”は、いつまで続くのだろうか。

早く、真実(本物)が欲しい。

 

――10:03 経過

 

計画を再度確認。今回の任務は機械生命体が牛耳る工場廃墟にいる、目標の超大型兵器の破壊、および情報収集。私以外の任務参加者は7E、12H、2B、4B、そして隊長任務を務める1D。この内、12Hは撃墜(ロスト)を確認。それ以外は不明。

今回の出撃で撃墜された体を装い、通信を封鎖。彼らが無事任務を遂行できたかの確認も含め、そのまま工場廃墟の地下を通って脱出・・・・・・問題は本当に飛行ユニットを被弾してしまい、ボディユニットにダメージが出ていること。敵の長距離レーザーの威力が想定以上のものだったか。だが、まだ修復可能だろう。

 

――15:21 経過

 

少し寒い、センサーに不調があるらしい。

ポッドも早急な修復を推奨している。早く安全な場所へ逃げねば。

 

――20:43 経過

 

ウイルスの警告が出始める。感染しているのか、それともダメージによってシステムがおかしくなっているのか、不明。

ボディの修復も思いの外すすまない。

焦りが、出てくる。

 

――33:12 経過

 

視界にノイズが混ざり始める。まだ支障がないが、このままでは・・・・・・。

計画通り、工場廃墟地下エリアへ入り込むことに成功したが、機械生命体たちの攻撃が激しさを増している。

バンカーに戻りたい、16Dにもちゃんと謝りたい。

けど、もう後戻りはできない。私は進むしかない。

はやく、ハヤク、はやく、ミツケナイト。

 

 

そして――

 

 

現在――33:15 経過

 

 

     ◇

 

 

 周辺の施設のほとんどが海に沈み、その海面から顔を出している巨大な工場廃墟。

 かつては人類の兵器工場であったこの施設は、錆びた鉄の廃墟と化した今でも、機械生命体たちが再利用し、自分たちの仲間を増産している。

 そんな工場廃墟の地下通路を疾駆する一つの人影があった。

 特徴的な光沢を持つ銀髪に、その右手には一振りの鋼刀が握られている。

 元々は似合っていたであろう黒い衣服はボロボロに破れており、その部分から露出した損傷した人工皮膚はとても痛々しい。

 むべなるかな、彼女は人間ではない。

 人類によって作られた人型の自立機械兵士――アンドロイド。自我や感情に等しい思考回路を持ち、また外見も非常に人間に酷似して作られているが、このような傷を負ってなおも常人ではなしえない速度で疾走する彼女の身体能力が人間からかけ離れていることは誰が見ても分かることだった。

 

 だが、それでも彼女は万全ではなかった。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……‼」

 

 激しく、リズミカルな吐息が絶えず口から吐き出される。

 ダメージ、不安、ストレス、そして――謎のウイルス警告。修復の進まない義体(ボディ)。すでに左腕は機能しておらず、だらんとぶら下げた右手にある鋼刀だけが彼女に残された最後の武器だった。

 さらに、そんな彼女を追随する、謎の鉄の集団がいた。

 鉄の集団の移動速度は彼女には及ばないが、ネットワークを介して連携し、確実に彼女を袋小路へ追い詰めようとしていた。

 

『ポッドより11Bに推奨:即座に安全な場所へ避難し、義体の修復と、11Bのシステムを汚染しているウイルスの除去』

 

「そんなの・・・・・・できるなら、すでにやってる・・・・・・!!」

 

 彼女――11Bの後ろを追ってくる鉄の集団――機械生命体たちを機銃で牽制しながら彼女の逃亡を手助けする随行支援ユニット、ポッドの機械音声に対し、11Bは余裕のない声で返す。かろうじて気をもって返したその言葉にすら、覇気はほとんど籠もっていない。

 本来、万能戦闘型モデルである11Bであれば、こんな機械生命体たちに苦戦することなどない。ましてや戦闘型アンドロイドならば、逃亡などもってのほかだろう。

 だが、撃墜の体を装った際の想定外のダメージから始まり、あらゆる悪い状況が重なり、彼女はまともに戦闘できる状態ではなくなっていた。

 ここまで膂力に任せて切ってきた機械生命体たちは数知れず、それでも彼らは死を恐れずに11Bを追い詰めていく。

 

「ハァ――早く、しないと――ヨルハからも、追手が・・・・・・!」

 

 彼女をここまで追い詰めた要因は、彼女を追う機械生命体だけではない。

 むしろ、11Bの追う追手のことを考えれば、彼らは11Bの逃亡を手助けする要因とも言えるだろう。

 第三勢力として彼らが乱入することで、11Bはかろうじて追手から逃げ延びることができていた。

 だが、今のこの損傷状況では、その要因すら彼女の敵に回っていた。

 

 後ろから赤い球状のエネルギー弾が群れをなして11Bに襲いかかってくる。機械生命体たちの攻撃だ。

 

 障害物を盾にし、時には右手の鋼刀で切り、彼女はその攻撃をいなす。

 全ての攻撃をいなした彼女は身を翻し、反撃に転じた。

 鋼刀をふるい、そのアンドロイドの膂力に任せて、機械生命体の鋼の体を強引に断ち切る。動きに精彩をかきつつも、彼女は確実に彼らを葬っていく。

 

 ――視界に、ノイズが入った。

 

「・・・・・・ッ」

 

 同時に、ウイルスの警告メッセージも表示される。

 先ほどまでの不調の大半が義体のダメージによるものであったというのに、いよいよ内側の不調も表に出てきたのだ。

 

 その咄嗟の不調に、11Bは反応が遅れてしまい、彼女はその凶弾を受け入れてしまった。

 

『警告:ウイルス汚染度12%に上昇。また、ダメージ状況も悪化』

 

 

「くぅッ―――壊れろ!」

 

 自らに随行するポッドの警告音声を尻目に、11Bは力を振り絞って鋼刀を振るい、最後に残った機械生命体の頭部に鋼刀を突き刺す。

 赤い発光を放っていた機械生命のアイカメラからその光は消え、機械生命体は息耐えた。

 

「ハァ、ハァ、ハァ・・・・・・アァッ」

 

 ポッドが表示してくれているシステム汚染度のパラメーターを見て、11Bはさらにその焦りを加速させていく。

 システム汚染度は、ポッドが警告していた通りに、すでに12%を超えていた。

 ――たった、10%を超えただけで、これだ。

 

「う、うぁ・・・・・・怖い・・・・・・」

 

 すでに、11Bはまともに走ることすらできなくなっていた。

 

『警告:ウイルスを除去しなければ、ヨルハ機体11Bに深刻なダメージ』

「・・・・・・そん、な・・・・・・」

『報告:ウイルスは自己のアルゴリズムを高速で改変・進化しており除去は困難。推奨:早急なるウイルス除去の手段を模索、および実行』

 

 淡々と自身の機器を報告してくるポッドに対し、11Bは憎らしさと、そんな相棒の冷静さに細やかな頼もしさな感じつつ、すこし、焦りを落ち着かせた。

 こういうときこそ、「アンドロイドは感情を持ってはいけない」という規律を思い出す。

ヨルハ部隊はすでに捨てたが、こういう時こそ、感情に振り回されてはならない。

 しかし、スキャナータイプのヨルハ隊員が傍にいない今、11B単独でなんとかしてウイルス除去の手段を見つける必要があるのも事実。

 そして、そう都合よく見つかるわけもなし。

 ポッドもそれは分かっているのだろう、それでも、あくまで11Bに助言をし、サポートするのがこの支援ユニットの役割なのだ。

 

「・・・・・・分かった。時間があるわけじゃない。ポッド、どこか敵性反応が少なく、ウイルス除去ができそうな場所はない?」

『検索・・・・・・報告:この通路を曲がった先を200m進んだ先に、敵性反応のない広場を発見。また、ウイルス除去の手立てとなるかは不明だが、膨大な魔素の反応が一つ』

 

 その、聞き慣れない言葉に、11Bは思わず耳を疑った。

 

「・・・・・・広場・・・・・・魔素?」

 

 なぜそんなものがあるのか甚だ疑問に思うが、進行していくシステム汚染度のパラメーターを見て、煩悶を抱く余地はないと判断する。

 

「・・・・・・分かった、そこへ行こう」

 

 すでに汚染度が20%を超え、ノイズが増えていく視界に焦りを覚えつつも11Bはそれを押さえ、そこでウイルス除去を行う判断を下した。

 ポッドの言うとおりに、目の前の通路を曲がると、その先は闇が広がっていた。

 そして――その闇の奥に、一点の光が見えた。

 

「あの、光は――?」

 

 気がつけば、自然と11Bの足は疾駆していた。

 ウイルス汚染により時々ふらつきつつも、彼女はその光を目指す。

 しばらく暗闇を進むと、ポッドが報告してくれた広場に出た。

 その、広場の中心にあった、光。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして――その光の中心に、“ソレ”はいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――――――」

 

 その光景に11Bは思わず言葉を失ってしまった。

 すでに、ウイルスに侵されている自分の視界にはノイズが溶け込んでいるというのに、“その存在”に対してだけは、“なぜか”ノイズが邪魔をせず、鮮明に認識することができた。

 闇一色である広場の中心にある淡い光の下に、ソレはあったのだ。

 

 そこにあったのは、朽ちた機械の人形だった。

 

 赤い(アーマー)を身に纏うソレは、天井から伸びた無数のケーブルに繋がれたまま、両のアームパーツが取り外された姿も相まって、まるで拷問後の囚人のような有様のまま鎮座していた。

 しかし、まるで人間がそのままヘルメットを被ったかのような見た目の頭部パーツから覗かれるその寝顔は、あまりにも綺麗で、ソレを思わせることはない。

 何より目を引くのはヘルメットパーツの下から溢れるように伸びる淡い金髪だった。

 

 あまりに神秘的で、美しかった。11Bは己の危険なコンディションすら忘れて、その姿にただ見入っていた。

 

 何が目的で作られたのかは分からない。

 機械生命体でないことは確かだが、自分と同じアンドロイドだとも思えない。

 ただ一つ、ハッキリしていることは、これがただの人形ではないということだけだった。

 ふと、11Bの目にその人形の下にある台座に刻まれている文字が目に入った。

 

「“実験兵器0号”・・・・・・0()()?」

 

 この人形兵器につけられた型番であろうか。

 しかし、それにしても0号という妙な型番に11Bはまたしても訝しげに眉を顰める。

 疑問がつきない彼女の気持ちを察したのか、彼女のそばを浮遊していたポッドが音声を発した。

 

『推定:旧世界に製造されたアンドロイドもしくはそれに類する人型兵器』

「旧世界・・・・・・それって、つまり、これを作ったのは、本物の人間?」

 

 ――何故、そんなものがこんな機械生命体が蔓延る工場廃墟に、鎮座しているのだろう?

 機械生命体の思考回路を理解できているわけではないが、それにしたってこんな代物を奴らがここに放置したままにするのだろうか?

 ・・・・・・そんな疑問は、人形に手を伸ばそうとした11Bの行動によって解消されることとなった。

 

「・・・・・・ッ!?」

 

 手を伸ばそうとしたそのとき――その手は“ナニカ”に弾かれ、11Bの体は後方へ吹き飛んだ。11Bの視界から人形が外れ、途端にまた視界にノイズが襲いかかった。

 それを不快に思った11Bは即座に重い体を起こして、その人形を視界に入れた。

 再び、ノイズは消える。

 

「今のは、バリア?」

『魔素を利用した目視不可の封印プログラム。報告:魔素の供給源は、この機械兵器からのものと断定』

「自分で、自分を封印してるってこと?」

 

 何故そうしたのは分からないが、機械生命体がこの機械兵器に手を出せなかった理由は判明した。魔素を利用した防護壁ならばいかな機械生命体であろうと触れることすら難しいだろう。

 

 11Bは再び立ち上がり、鎮座する赤い機械人形を見つめる。

 気付かず、11Bはこの赤い機械人形の虜になっていた。

 11Bは知っている――人類は、既にこの世にいないことを。月面人類会議など、只のまやかしでしかないということを。

 だが、ポッドの言うことを信じるのであれば、この機械人形は間違いなく当時の人間の手によって作られたもの。

 11Bが求めてやまない、偽りではない真があるのだ。

 今の11Bにとって、この“実験兵器0号”という機体は、数値では計れぬ魅惑な魔力を放つ代物なのだ。

 

 この身を蝕むウイルスのことも忘れ、ずっと眺めていたいと、思うくらいには。

 

『報告:この機械人形に近づくと、ヨルハ機体11Bの中のウイルスの汚染度の上昇が緩やかになる現象を確認』

「・・・・・・どういう、こと?」

『不明:魔素を扱う技術が失われた現在では、原因の究明は困難』

 

 ポッドの回答を聞きつつ、11Bは視覚センサーに表示されているシステム汚染度のパラメーターを確認する。

 ――確かに、先ほどより幾分か汚染速度が緩やかになっているような気がした。

 今では、暫く待っても上昇値にほとんど変化が見られないくらいには。

 11Bはこの鎮座する機械人形にますます興味を引かれ、吸い込まれるように見てしまう。

 

「よく分からないけれど・・・・・・時間は、稼げるってことでいいのよね?」

『肯定。しかし、依然としてウイルスの進行は続いている。推奨:早急なるウイルス除去手段の提案、および実行』

「そんなこと言われてもどうすればいいのよっ!?」

 

 幾分か冷静さを取り戻した11Bであったが、依然として問題を解決できたわけではない。

 ウイルスの汚染だけではない、義体のダメージも深刻とまでは、行動に支障が出る程度には負っているのだ。

 ウイルスの進行速度が緩やかになったとはいっても、それはここにいる時だけ。

 ここにワクチンプログラムのようなものがある様子はなく、ただ中心に壊れた機械人形が鎮座しているだけだ。

 なまじアンドロイドだけに、冷静に状況を整理できるからこそ、11Bの精神は絶望の淵にいた。

 

「・・・・・・ごめんなさい。ポッドに当たっても、仕方ないよね」

『謝罪の意図が不明。ヨルハ機体11Bに説明を求む』

「・・・・・・こんな事に付き合わせちゃって、バカだよね、私って・・・・・・」

 

 空中を浮く箱体を優しく撫でながら、11Bは消え入りそうな声でポッドに謝罪する。

 ヨルハの仲間や、信頼する後輩である16Dにすら計画を打ち明けずに脱走した彼女にとって、このポッドは彼女が唯一計画を打ち明けたただ一機の相棒だった。

 そんな相棒に、自身の茨の道に付き合わせてしまったことを、11Bは少し後悔していた。

 

『謝罪の意図が不明。当機はヨルハ機体11Bの随行支援ユニットとしてプログラムされている。11Bの行動の支援は当然の義務と定義づける』

「そう、だったわね・・・・・・」

 

 少しだけ微笑んで、ポッドの機体から手を離す11B。

 飛行ユニットが被弾したとき、この頼もしい相棒の損傷が少なかったのは不幸中の幸いであったと、11Bは改めて思った。

 まだだ、と11Bは思い直す。

 きっとあるはずだ、ウイルスをどうにかする方法が。

 時間はそんなにない、だが焦るのも禁物だ。

 努めて、冷静に、考えよう――

 

 

 

 

 

 

『警告:敵性反応多数』

 

 

 

 

 

 

 しかし、相手はそんな時間を与えてはくれなかった。

 ウイルスのシステム汚染度のパラメーターの減りが止まり、ポッドの警告により我に返った11Bは即座に目の前の赤い機械人形を視界から外し、顔を顰めて振り向く。

 

『アンドロイド、ハッケン』

『コロス、コロス』

『ハイジョ、ハイジョ』

『アンドロイド、コロス』

 

 11Bを追ってここまで来たのだろう。

 おまけにさっきより数が増えている。工場で増産されていた機械生命体が合流したのだろう。

 赤い点眼を光らせ、機械生命体たちがこの広場に押し寄せてきた。

 

「そんな・・・・・・こんな所まで・・・・・・!」

『報告:ウイルス除去の手段の模索と、戦闘の同時遂行は困難。推奨:直ちに敵を殲滅し、模索の再開』

「・・・・・・分かった。ポッド、支援をお願い!」

『了解:システム、射撃支援モードに移行』

 

 鋼刀を構える11B。

 ある程度近い距離で立ち止まった機械生命体たちは、一斉に11Bに向けて射撃攻撃を開始した。

 ポッドに射撃を任せつつ、11Bは鎮座する赤い機械兵器の背後に回り込んだ――正確には、その機械人形を囲む魔素の防護壁に。

 ――ごめんなさい、盾として利用させてもらうわ・・・・・・。

 心中でこの謎の赤い機体に謝罪する11B。11Bの狙い通り、11Bを狙って放たれた機械生命体たちの射撃は、赤い機体を囲む防護プログラムによって弾かれていった。

 一瞬、僅かの間に緩んだ敵の攻撃の隙間を狙い、逆側に回り込んだ11Bがポッドの射撃支援で機械生命体たちを牽制しつつ、片手の「ヨルハ制式鋼刀」をもって、戦闘の機械生命体を切り伏せる。

 切り伏せた機械生命体の残骸を蹴り飛ばす、後方にいる機械生命体たちの機体へぶつけ、それを目くらましに、11Bは跳んだ、上へと。

 元いた位置に射撃支援を続けるポッドだけを残し、それを囮に、上から機械生命体たちの陣形に切り込み、一閃。

 容易く陣形は乱れ、11Bは続けざまに鋼刀で機械生命体たちの機体を断ち切っていく。

 ウイルスの侵攻速度が緩まったことである程度の冷静さを取り戻していた彼女であったが、だからと言って上昇しなくなったわけではない。彼女の心中には焦りも加速しつつあった。

 ――ギリギリ倒せるとはいえ、思ったより敵機体たちの損傷が浅い。もう一本の腕も使えれば・・・・・・!

 “追手”の攻撃により損傷した左手は使えず、ウイルス汚染度を減らしたところで義体そのものが受けたダメージは回復しない。

 

 もっと、もっとハヤク、早く、敵を殲滅せねば――ッ!?

 

 また、視界にノイズが走る。

 

『警告:ウイルス汚染度、30%まで上昇。推定:義体の酷使によるウイルス進行抑制機能の低下。推奨:適度なエネルギー消費での、速やかかつ、効率的な敵の殲滅』

「無理・・・・・・言わないでよ・・・・・・!!」

 

 よろめく11Bの隙をついて肉薄してきた前方の機械生命体を咄嗟に切り払い、11Bは後退する。

 再び進行するウイルス汚染。

 徐々にだが、各種システムが思うように機能しなくなっていく感覚を11Bは感じた。

 視界に混ざるノイズ、義体をほとばしる寒気。

 焦りは加速し、恐怖へと墜ちていく。

 

「あ、あぁ・・・・嫌だ・・・・・嫌だぁ・・・・・・!」

 

 再び表示されたシステム汚染度パラメーターが、再度上昇する。

 汚染度は、既に34%を超えていた。

 

『報告:11Bのメンタル異常を検知。今のままでは戦闘中に各種システムがウイルスに完全に掌握される危険性あり。警告:このままでは、死ぬ』

「いや・・・・・・言わないで・・・・・・!!」

 

 ぎこちない動きで鋼刀を振るう。

 隙だらけの彼女に飛びかかる機械生命体たちをポッドが牽制し、彼女はその機械生命体を鋼刀で断ち切るが、その間にもウイルスは確実に彼女の体を蝕んでいく。

 そんな11Bの射撃支援を続けながら、ポッドは思考する。

 ――このまま11Bに戦闘をさせては、彼女は完全にウイルスに侵される。

 ――たからと言ってこの場を離脱してウイルス除去の方法を模索しようにも、ここから離れれば漂う魔素によるウイルス抑制の恩恵を受けられず、余計に感染を早めてしまうだけだ。

 つまり、どちらも有効な手立てではない。

 

 ポッドは、思考する。

 11Bが、少しでも長く、生きながらえる方法を。

 戦闘支援だけでは、もはや限界。もうひとつナニカあれば――

 

 ならば――。

 

『ポッドより、11Bに提案』

「・・・・・・・・・え?」

『当機はこれより、ヨルハ機体11Bに、ハッキングインターフェイスへのアクセス権限を付与する。推奨:アクセス権限を取得した11Bによる、この機械兵器への電脳空間へのダイブ。プロテクトプログラムを解除し、修復、再起動させ、此方の戦闘を肩代わりさせる。その間に、ウイルスプログラム除去の手段を模索』

「そ、そんなことって・・・・・・」

『推定:スキャナーモデルではない11Bのハッキング能力では、現在のウイルス汚染進行速度を考慮に入れると、外部からの妨害なしを想定しても、成功確率は0.01%未満。提案:これ以上成功確率を下げないためにも、当機はハッキング中の11Bの防衛支援に回る』

「・・・・・・バンカーは、スキャナータイプ以外のヨルハ隊員のハッキング行為を禁止してる筈じゃ」

『肯定:バンカーへのウイルス感染のリスクを考慮し、スキャナータイプ以外のハッキング行為は強く禁じられている。逆説:既にヨルハを抜け出した11Bがバンカーに戻ることはないと仮定すれば、バンカーへ感染が広がるリスクはないに等しい』

「何よその屁理屈・・・・・・!」

 

 ぎこちない動きで機械生命体を切り捨てつつ、11Bは再び淡い照明の下で鎮座する機械人形を見る。

 ・・・・・・既に8000年以上もの時を経てその機体はボロボロだというのに、未だに強い力を感じる。おまけにこの機体の近くにいると、ウイルスの進行が多少とはいえ抑制される現象。

 間違いなく、強大な力を持つ存在であったことは間違いない。もしかしたら、強力なウイルス抗体プログラムも保有している可能性もある。

 ポッドはこれを再起動させるというのだ。

 成功する確率は極めて低い。もし成功しても、彼が味方になってくれる保証はない。

 正に、万に一つも無い希望。

 それに、一つ懸念もある。

 

「・・・・・・それだとポッド、貴方が・・・・・・!」

『肯定:11Bがハッキング作業を実行する間は、当機が単機で敵性反応の迎撃を遂行』

「無茶よそんなの! ここで貴方が壊れたら私は――」

 

 どうやって生きていけばいいの。そう叫ぼうとした11Bであったが、それを遮るようにポッドは言い放つ。

 

『結論:それしか方法はない』

「っ! ・・・・・・分かったわ」

 

 断言するポッド。

 実際にそれしか方法はないのだろう。

 逃げ道はなく、そもそもこの損傷具合ではこの数の敵から逃げることは困難だということは、ポッドも11Bも同じ結論に至っている。

 ならば、万に一つに満たない可能性であろうと、賭けるしかないのだ。

 

「ポッド、お願い」

『了解:ヨルハ機体11Bへのハッキングインターフェイスへのアクセス権限を付与。当機はこれよりハッキング中の11Bの防衛支援に回る』

「了解。・・・・・壊れないで」

『回答:その保証はしかねる』

「私も、壊れないから、貴方がいる限り、絶対――」

『・・・・・・了解:可能な限り善処』

 

 遠回しにそれは叶わないというポッドの言に、11Bはこれ以上耳を貸すことはなかった。

 鎮座する機械人形に手を(かざ)し、意識を視覚から閉じる。

 スキャナータイプの義体ではない11Bにハッキングの経験は皆無だ。機械生命体からのハッキング行為を受け、退けた経験はあれど、自分から仕掛けた経験はない。

 ましてやこれから侵入する電脳空間は、アンドロイドでもなければ、機械生命体でもないまったく未知の領域のもの。

 11Bは、覚悟を決めた。

 鋼刀を床に突き刺し、手放した手を鎮座する人形に向けて翳す。

 意識を、ダイブさせる。

 

 ――ハッキング、開始(スタート)

 

 気がつけば、11Bは真っ白な箱のみで形成された広大な迷路の中にぽつん、と一人立っていた。

 この純白の世界において異質な黒いブロックや、この電脳空間に迷い込んだ自分を追い出さんとする黒い球状の防衛機能をなんとか破壊しつつ、どこかにあるあの赤い機械人形の封印プログラムを探し続ける。

 しかし、何処を彷徨えどそれらしきものは見つからず、11Bには理解できない頑強な防護壁のみが並ぶ空間の中を延々と探し続けることとなった。

 

『・・・・・・ポッド』

 

 途中、寂しくなったのか、無意識にそう呟いてしまったその時。

 ポッドの声が聞こえた。

 

『ザザッ、お呼びですか・・・・・・ザザッ・・・・・・11B』

「ポッド!?」

 

 外の11Bの義体を機械生命体たちから守りながらも、電脳空間をさまよう11Bをモニタリングしていたのだろう。どこからか聞き慣れた相棒の音声が、反響して響き渡る。

 しかし、何故だろうか、音声にノイズが混ざっている。

 自分の中のウイルス汚染度が進行してしまっているのか・・・・・・それとも、まさか・・・・・・と思い立った11Bは冷や汗を掻く思いでポッドに語りかける。

 

「ポッド、どうしたの!? 外の状況は!?」

『ザザッ・・・・・・11Bの義体と・・・・・・う機に、ダメージ・・・・・・蓄積・・・・・・推奨:・・・・・・早急なるプロテクトの・・・・・・ザザッ解除・・・・・・』

「ッ、早くしないとッ!?」

 

 外でポッドが必死に戦っている――その事実を改めて認識した11Bはハッキングの速度を速めようとするが、見つからない。

 何処を探せど億劫になるほどの防衛システムと妨害ブロックの羅列に突き当たるだけで、まったくたどり着ける気配はなかった。

 そんな焦燥に枯れる11Bだが、次に聞こえたポッドの報告によりそれは更に加速することになる。

 

『ザザッ・・・・・・警告:・・・・・・体のダメー・・・・・・・よりウイルス汚染速度上昇・・・・・・現在・・・・・・60・・・・・・セント』

「ろくじゅ・・・・・・ッ!?」

 

 ポッドの音声から聞こえた汚染度の数値に驚愕するやいなや、電脳空間にいるはずの11Bの意識にすら、その影響は出てきた。

 実体のない電脳状態の筈なのに、押し寄せてくる不快感。まるで脳髄(記憶領域)を激しくかき回されるような焦熱。

 

「あ・・・・・・がぁ・・・・・・ッ」

『報告・・・・・・当機の損傷率・・・・・・ザザッ・・・・・・70%を突破・・・・・・飛行状態の維持・・・・・・困難・・・・・・ザザッ』

「そん、なぁ・・・・・・お願い、まだ、持ってて・・・・・・!!」

『さら・・・・・・う告・・・・・・ザザッ・・・・・・当機の損傷・・・・・・90%を突破・・・・・・射・・・・・・衛シス・・・ム・・・・・・ザザッ、破損・・・・・・』

「いや、いやぁ・・・・・・!!」

 

 電脳空間の中、11Bは一人孤独に必死に拒絶の声を上げる。

 そんなこと、あっていい筈がない。

 

「お願い・・・・・・もう少し・・・・・・もう少し持って・・・・・・!!」

『・・・・・・ザザッ・・・・・・了解・・・・・・』

 

 ポッドに必死に懇願を繰り返しながら、11Bは電脳空間をかける。

 先の不快感が更に増す。

 ウイルス汚染が進行しているのだろう。

 おそらく、既に70%は進行が進んでいる。

 だが、そんなことを気にしている余裕はない。外の相棒を一刻も早く助けるためにも、11Bは電脳空間を駆け抜ける。

 そして、ある領域の防衛システムも退けた先に、妙なモノを見つけた。

 プロテクトに関するプログラムか、と11Bは急いでソレを手に取る。

 すると・・・・・・。

 

 ――ウイルス抗体プログラム、入手。

 

 ――全ウイルス、除去完了。

 

 そんなメッセージが視界に表示された。

 

「・・・・・・あ、れ・・・・・・?」

 

 急激に、先ほどまでの不快感がなくなっていく感覚に、11Bは唖然となった。

 電脳空間でやるのもおかしな話であったが・・・・・・慌てて自身のコンディションをチェックしてみる。

 そして――慌てて視界の隅にあったシステム汚染のパラメータ表示を覗き込む。

 そこには、汚染度が0%と示されていた。

 

「あ、あぁ・・・・・・!!」

 

 喜びで、どうにかなってしまいそうだった。

 11Bが睨んだ通りに、この機械兵器はウイルスに対する抗体プログラムを保有していたのだ。

 

「ポッド、ウイルスがなくなった! ウイルスの汚染度が0%になったわ! 早くこの空間から・・・・・!!」

『・・・・・・ザザッ、推、奨・・・・・・このまま・・・・・・ハッキングを継続・・・・・・予定通り・・・・・・プロテクトの・・・・・・解除を・・・・・・』

「・・・・・・ポッド?」

『当機は後・・・・・・・・・15秒で機能・・・・・・停止。また・・・・・・11Bの義体のダメージも深刻・・・・・・機械兵器の・・・ザザッザザッ・・・プロテクト解除を・・・・・・ザザッ推奨・・・・・・ザザッ、ザザッ、ザザッ』

 

 秒刻みにポッドの音声のノイズが増えていくことに、11Bは顔を青ざめる。

 

『・・・・・・ザザッ、ポッドより・・・・・・ザザッ・・・・・・ヨルハ機体11Bへメッセージ――――11B、どうか、生きて――――』

 

 そして・・・・・・ついに、ノイズしか聞こえなくなった。

 何が起こってしまったのか分からず、ぽつんと立ち尽くす11B。

 本当は分かっていた。

 だが、受け入れられない。

 ――自分の相棒の、死を。

 

「う・・・・・・」

 

 嫌だ。

 嫌だ、イヤだ。

 ――まだ、何も見つけていないのに。

 ――一緒に、来てくれるって言ってくれたのに。

 ――こんなの、聞いてない。

 ――こんなの、間違ってる!

 

 コンナイツワリダラケのセカイ ゼッタイニマチガッテル

 

「あぁ・・・・・・アアアアアアァァアアァァァアアアァアッッ!!!!」

 

間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる間違ってる

 

 

 

 

 11Bは最早何も考えられなかった。

 己が電脳空間にいることすら忘れ、ただひたすらに目につく防衛プログラムを破壊して回る悪鬼と化した。

 それがどんなプログラムで、どんな情報で、どんな役割なのかすらも、11Bにはどうでもよかった。

 手当たり次第の破壊行為。

 

 そして・・・・・・幾重もの防壁に囲まれたプログラムを目の当たりにし、それも例外なく破壊せんと、鬼のように壊し続けた。

 壊して、毀して、請わして、乞わして、コワシテ――やがて、防壁を破壊しきり、そこに手を触れて――

 

 

 

 ――プロテクト、解除。

 ――ハッキング、完了。

 

 

 

 光が、爆ぜた。

 

 

 爆ぜた光と共に、11Bの意識は電脳空間から現実の義体へと戻る。

 そこで、最初に見たのは――悠然と佇む、紅い影だった。次に目にいったのは、そのヘルメットの下から零れるように伸びる、黄金の光を反射する長髪。

 月のような淡い光を放っていたその金髪は、太陽のような黄金の輝きをもってその質感を取り戻し、鋭利な刃物を思わせる。

 靡く金髪と赤いボディが相まって、燃え盛る炎と錯覚してしまうほどに、それは独特の美しさを放っていた。

 

 

「……きゅ、旧世界の兵器が、蘇った……?」

 

 信じられず、復活した彼の横顔を見上げる。静かに佇む紅い影は、暗闇を埋め尽くす機械生命体の群れを見渡す。そして――

 

「――あ」

 

 傍で彼を見上げていた11Bを、見下ろした。

 紅い戦士に見つめられた11Bは、彼の瞳が何も映していないことに気付いた。深淵を孕んだ瞳はひたすら暗く、深く、一寸の光も宿してはいなかった。目覚めたばかりの彼には、今の状況が把握できていないのだ。

 

 その何も映さない目が恐ろしく、深く、見ているだけで深淵に吸い込まれそうな恐怖を感じた11Bは、もうまともに動かせない義体を思わず引きずり後ずさってしまう。

 そして、ナニカに、ぶつかる感触。

 その何も映さない目から逃れたかったのも相まって、11Bはそのぶつかったナニカに振り返った。

 

「ポッド……?」

 

 そこには、物言わぬ残骸と化した、自分の相棒だったものが転がっていた。

 呼びかけても返事はなく、11Bはようやく己の相棒の死を認識する。

 あっさりと――電脳空間にいた時では信じられないくらいに、すとんと、胸の内にその事実が収まった。

 そして、その事実を受けいれた11Bは、損傷し、焼け爛れ、まともに立てなくなった己の体を見下ろす。

 そして、全てを諦めようとして――

 

 ――11B、どうか、生きて。

 

 できなかった。今では動かぬ残骸と化した相棒の、最後の言葉が脳裏に過ぎった。

 

「た、助けて・・・・・・」

 

 気が付けば、11Bはそんな言葉が出ていた。

 恐怖を押し殺し、再び己の見下ろす紅き影を見上げた11Bは、影に懇願する。

 まるで、神に祈るかのように、己の生への渇望を吐き出す。

 

「お願い、助けてっ‼」

 

 ダメージによって破壊されたゴーグルの下から涙を流す瞳が曝け出される。その状態で、震える喉の肉を力一杯振り絞り、11Bは金髪を靡かせる影に懇願した。

 

「・・・・・・」

 

 紅い影は何も言わない。

 表情一つ変えない彼に対し、11Bはまともに動けなくなった己の義体をビクビクと震わせながら、待つことしかできなかった。

 

 しかし、その想いが通じたのか。

 

 突如、紅い戦士の伸ばされた手が、11Bの視界に入る。

 驚く11Bの視線が向ける先には、「下がっていろ」と言わんばかりに自分に制する手を向ける紅い戦士の背中があった。

 そのまま傍に突き刺さっていた11Bの「ヨルハ製式鋼刀」を引き抜き――彼は、蠢く機械生命体の群れに向かって駆け出した。

 

 

 

 これは、彼女(11B)が、真実(ゼロ)を見つけ出す物語。

 

 

 

 To be continue・・・・・・

 




・この作品のゼロ
ロクゼロ世界のゼロではなく、NieR世界出身のゼロ。つまりレプリロイドじゃない。「実験兵器0号」という名称から、大体の出自は察しがつく筈・・・・・・?

・オメガ
オメガとゼロの関係はNieRのテーマにも通ずるものがあるので、なんとかして出したい。できるだけ本元の設定に近くするが、ゼロと同様にNieRの世界観に沿った設定にするつもり。


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脱出

 11Bの懇願が通じたのか、彼女の鋼刀を引き継いだ紅は動き出した。

 警報のような音を鳴らし、目を赤く点滅させながら11Bに迫る機械生命体に、一閃――コアごと胴体を真っ二つにされた中型の機械生命体は小規模な爆発を起こして息絶えた。

 仲間を破壊し、その爆破の光を背景に佇む紅い戦士を、機械生命体たちはようやく敵と判断する。

 ――自分たちの目的の障害となる存在だ、と。

 標的を11Bから紅い戦士へと切り替えた機械生命体たちは胴体に取り付けられた銃から球状のエネルギー弾を一斉掃射するが、紅い戦士はそれよりも早く動いた。

 迫り来るエネルギー弾を紙一重で掻い潜り、隊の前方にいた機械生命体の頭部に突き刺し、引き抜き際に横から奇襲をかけようとしていた中型機械生命体を切り裂く。

 その爆破を目くらましに、紅い戦士は更に突き進む。隊の奥へ、奥へと。

 その時だった――紅い戦士とその周囲を覆う巨大な影が出現した。

 その巨大な影の正体は、小型や中型よりも一層巨体の機体を持つ大型機械生命体だった。胴体ごと一回転させるほどの振りかぶりから、無慈悲に、紅い戦士めがけてその巨大な拳を振り下ろす。

 手応えにも似たナニカを感じた大型機械生命体は床に奥深くめり込んだその拳を引き抜くと――そこにあったのは、先ほどまで狙っていた紅い敵ではなく、彼の周囲にいた味方の機械生命体の残骸だった。

 ――ドコダ!?

 大型機械生命体がそう思考した瞬間――タン、と微かな足音が壁から聞こえると同時――加速する凶器(鋼刀)が雷撃のごとく、落ちた。

 大型が拳を振り下ろす直前、周囲の機械生命体を身代わりにした紅い戦士は、咄嗟に大型の背後にあった壁に飛び移り、ソレを蹴って背後から大型の胴体を急襲したのだ。

 壁を蹴った加速と落下による重力が加わり、その一閃を受けた大型は、その思考を最後に動作を停止し、二つに分かれた胴体が地面へ倒れ込む。

 同時に、小型や中型が倒れた時とは比較にならない程の、爆破を起こした。

 広がる焦熱、飛び散る破片。

 それにより、機械生命体たちの視界が一瞬だけ爆風と煙に覆われる。

 

 その隙に、紅い戦士は駆け出した。

 

「じっとしていろ」

「えっ、うわッ!?」

 

 爆風よりも早く、自分が目覚めた場所の傍で戦いを見守っていた11Bの傍へ駆け寄り、11Bの義体を鋼刀を握っていない方の腕で抱きかかえた。紅い戦士の口から発せられた精悍な声に一瞬呆然とした11Bであったが、抱き抱えられた途端に襲う風圧に思わず悲鳴を上げてしまった。

 11Bの義体を抱えながら、紅い戦士を往く道に邪魔な機械生命体のみを一刀していき、紅い戦士はそのまま機械の群れの包囲網を抜け出す。

 11Bが元来た道を戻ると、11Bの視界にはいつもの工場廃墟地下の光景が映っていた。

 助かったことに安堵する猶予もなく、紅い戦士は11Bを抱えたままさらに工場廃墟の地下を駆ける。

 紅い戦士の動きは、バトルタイプのアンドロイドである11Bからみても凄まじいものだった。往く道に邪魔な機械生命体を一撃のもとに急所をなぎ払って停止させ、飛行ユニットがなければ上れぬ道があれば、壁を交互に蹴りながら意にも介さず上っていく。上っていく最中にも邪魔してくる飛行型の機械生命体が出現すると、それを足場にさらに加速させて上っていくのだ。

 片腕に11Bを抱えているにも関わらず、如何なる障害が立ち塞がろうと、紅い戦士の進撃を緩めることはできなかった。

 

「す、すごい・・・・・・」

 

 紅い戦士に抱えられたまま、思わず11Bは口から漏らす。

 ――まるで、風に乗っているかのよう。

 飛行ユニットに乗っている時の風とはまた違う。いうなれば、めまぐるしく方向を変える反射風。

 これが“実験”兵器? しかも旧世界の? ナニカの冗談かと疑いたくなる。

 何故、これほどの兵器が機械生命体の蔓延る工場廃墟地下に、長い間眠っていたのだろう。

 彼を作った“人間たち”は、一体何者だったのだろう。

 ――全部終わったら、聞いてみてもいいかな?

 まだ驚異は去っていない状況の中での自分の楽観的な思考につい自嘲してしまった11Bであったが、そう考えられるくらいには精神的な余裕を取り戻していた。

 

 あれから、どれくらい時間が立っただろうか。

 道を阻む機械生命体たちを退け、この広場に着いた11Bと紅い戦士。彼女の任務同行者であった2Bが9Sと“初めて”会った場所でもあり、そして本来彼女(11B)が息絶えていた場所でもあるのだが、それを二人が知るよしもなかった。

 その広場には激しい戦闘の痕跡があり、数十体もの機械生命体の残骸が転がっていた。

 更に注目すべきは、もとは日を遮っていたであろう壁に、ナニカに抉られた跡のような巨大な穴が開いていた。穴――というよりかは、大きすぎて屋内ではなく屋外と言えるような状態になってしまっている。

 

(・・・・・・多分、目標の超大型兵器との戦闘跡)

 

 ――部隊の皆は、ちゃんと生き残れたのだろうか?

 抉られた壁の跡から差し込む日差しを見ながら、11Bは自分が抜け出した部隊のメンバーの面々を憂う。

 抜け出した分際で虫のいい思考であることは百も承知だった。だが、11Bがバンカーを抜け出したいと思った理由は、ヨルハのみんなを嫌いになったからではない。バンカーを嫌いになりそうな自分に耐えられなかった・・・・・・故に安心できる場所が欲しかった。ただそれだけだったのだから。

 ・・・・・・そんなことを考えていたら、冷たい、ひんやりとした感触を11Bは背中に感じた。

 紅い戦士が、自分の義体を床に下ろしたのだ。

 

「ここなら、奴らも追ってこないだろう」

「あ、ありがとう……」

 

 周囲を見渡して警戒しながら言う紅い戦士に、11Bは礼を言う。

 彼の声を聞くのは、これで二度目だった。中性的な見た目に反して、彼の声は冷たい刃物のように研ぎ澄まされつつも、男らしい武骨さを秘めた声だった。落ち着いた所で改めてその声に聞き惚れてしまいそうになる11B。

 どうやらこの紅い戦士には、かつていた人間や、自分たちアンドロイドのような知性を備えているらしい・・・・・・でなければ、自分の助けにも応じなかっただろう。

 意思の疎通が可能であることに安堵しつつ、11Bは更にこの紅い戦士に話しかけようとした。

 

「ねえ、貴方は一体・・・・・・ッ!?」

 

 いつまでも地面に寝転がったまま話すのも失礼だと思い、動く方の片腕を使って立ち上がろうとして――突如、視界がぐらつき、力が抜けた11Bの体はまた床に崩れ落ちようとした。

 崩れ落ちる直前、紅い戦士が11Bの体を支えた。

 

「立てるか?」

「・・・・・・ハァッ、ごめん、むり、みたい・・・・・・」

 

 息も絶え絶えの声で11Bは答える。

 しかし、その体を支えてくれる紅い戦士の腕が、少し温かく、僅かばかりの安心を覚えた。

 鬼神のような戦いぶりを見せてくれた紅い戦士だが、本当は優しい兵器(ひと)なのかもしれない――と、11Bは柄にもなく考えた。

 ふと、11Bは自分の体を見やる。

 

「――あっ」

 

 この紅い戦士を目覚めさせた騒動で気付かなかったが、自分の義体の損傷はハッキングを行う前よりも更にひどくなっていた。

 ヨルハ制の黒い外套はとうに機械生命体の攻撃によって破壊され、一部の残った下着すらもが人工皮膚と共に黒く焼け焦げて一体化している、という有様だ。

 つまり、今の11Bは損傷した皮膚を晒した状態の、ほとんど全裸なのだ。

 ――こんな姿で、自分はこの紅い戦士に今まで抱えられていたのだ。

 ・・・・・・少し、恥ずかしくなってきた。

 

「うぅ~・・・・・・」

 

 悶える11Bであったが、その意味が分からない紅い戦士は訝し気に眉を顰めるだけだった。その視線が更に恥ずかしくなる11B。

 なまじ体を動かせないだけに、恥ずかしい部位を隠すこともできない。いっそのこと殺して欲しかった。

 ――ああ、これじゃ話が進まないじゃない。

 とはいえ、ずっとこの調子でいるわけにもいかなかった11Bは、羞恥心を無理矢理押さえつけて、紅い戦士に自己紹介もかねて今後の話をしようとした、が――。

 

 紅い戦士が、11Bの鋼刀を握り、11Bの視線の背後を睨み付けているのが目に入った。

 何事かと思い、11Bもまたそちらへ振り向く。

 そこにいたのは――11Bにとって見覚えのある顔だった。

 

「見つけたよ、11B」

 

 11Bの白銀と、対をなすような赤髪。ヨルハ制式の黒い外套に、背中に11Bのものと同じ鋼刀と大型の剣を携え、両目を隠す黒いゴーグルを身に付けた少女が、そこにいた。身長は11Bと同じ程度で、傍には彼女の随行支援ユニットと思しきポッドが浮遊している。

 

「セ、7E・・・・・・!!」

 

 撃墜されて再起動したばかりの11Bと交戦し、彼女の片腕を奪ったアンドロイド。11Bの裏切りに気付いた7Eが、一度は逃がした彼女を追ってここまでやってきたのだ。

 11Bを運んでいた紅い戦士の移動速度を考えると、二人が来た道をそのまま辿って追ってきたとは考え辛い。・・・・・・ということは・・・・・・。

 

「先回り、されてた?」

「9Sのマップ情報のおかげでね」

 

 7Eの口調は、元とはいえ、仲間に対するものは思えぬほどに、冷静で、冷淡なものだった。

 9S――7Eの口から出てきた名前から、11Bは即座に今までの状況を推理する。9Sとは、今回の出撃時に、現地にて合流予定だったスキャナータイプのアンドロイドだ。正式名称「ヨルハ型9号S型」。その9Sがマップの解析に成功し、更に任務に同行していた筈の7Eがここに立っている。

 ・・・・・・そして、この広場の荒れ具合、来る道までに見た戦闘跡からして――。

 

「2Bたちは、任務を無事遂行したのね?」

「それを話す義理はない。裏切り者の、貴女には――」

 

 もう話すことはない、と言わんばかりに鋼刀を抜いた7Eは、一直線に11Bへ走り寄る。

 ポッドの射撃支援に頼らず、自らの手で葬ろうとする姿勢は、彼女なりの慈悲なのか。

 かつての仲間が刃を向けて迫ってくるという事態に、11Bは思わず顔をそらして目を瞑ってしまうが、そんな彼女の耳に入ったのは、自らの義体を切り裂かれる音ではなく、鋼同士が衝突する音だった。

 目を開けると、そこには7Eの鋼刀を同じ鋼刀で受け止める紅い戦士の姿があった。

 

「っ!?」

 

 一瞬、驚いたように口を歪める7E。

 邪魔されること自体には驚かないが、B(バトル)(タイプ)の戦闘能力を遙かに上回るE(処刑執行人)(タイプ)のアンドロイドである自分の膂力に拮抗してくる程の相手だとは思わなかったのだ。

 いや、拮抗している所か、これはむしろ――

 

「押される・・・・・・?」

『報告:アンドロイドとも、機械生命体とも異なる、正体不明の敵性反応。作戦推奨の障害となると予測。推奨:目標の前に、この正体不明の敵性反応の排除』

「了解・・・・・・!!」

 

 幸いにも、11Bは今自力では動けない程の損傷を義体に負っている。ならばとて、大人しく彼女に手を出すことを、目の前の正体不明の敵が許してくれるは思えない。

 ・・・・・・アンドロイドでも、機械生命体でもないのに自分と渡り合ってみせるこの人型の兵器に興味がわかないわけでもなかったが、今は破壊が最優先だった。

 先に動いたのは紅い戦士の方だった。

 膂力で勝る紅い戦士は、7Eの義体ごと彼女の鋼刀を弾き飛ばし、さらに追撃する。7Eを撃破するよりも、11Bから距離を離すことを優先した結果の行動だった。そんな紅い戦士の行動を見た7Eは、この紅い戦士が11Bを守るため稼働しているということに、確信をより持った。

 

「くっ・・・・・・!?」

 

 響く剣戟。

 ポッドの射撃支援があるにも関わらず、7Eは押され始める。

 ポッドの絶え間ない射撃を鋼刀で捌き、掻い潜りながら、紅い戦士は7Eに接近し、容赦のなくその鋼刀を7Eへ振るい続けた。

 7Eも負けず反撃に出るが、受け流され、彼女の人口皮膚に切り傷が入る。

 

「ポッドっ!」

『了解』

 

 叫ぶ7E。それだけ支援対象の言いたいことが伝わったのか、紅い戦士めがけて再度射撃支援の行う。しかし、紅い戦士は意に介する様子もなく、絶え間ない射撃を掻い潜り、再度7Eに接近した。

 7Eは紅い戦士の鋼刀を片手の鋼刀で受け止める。膂力で負けている上、片手で受け止めたとあっては、このまま押されて切られてしまうくらいの勢いであったが――7Eは、その勢いを利用した。

 ポッドの射撃を捌くことに意識を割き、僅かにでも鈍った紅い戦士の斬撃を、7Eは己の義体ごと捻って受け流し――さらにもう片方の手で背中の大型剣を取る。受け流された紅い戦士の(ボディ)めがけて、捻った勢いを保ったまま、その大型剣を叩きつけた。

 

「――ッ!」

 

 戦いを見守っていた11Bの拳に力が入る。

 どうか、無事でいてくれと祈った。

 

 しかし、紅い戦士は更にその上を行っていた。

 舞い上がった粉塵が晴れた先には、地面に叩きつけられた大型剣の刀身の上に足を付けて立っている紅い戦士の姿があった。そして、大振りの攻撃の直後で隙のできた7Eの右腕を、容赦なく切りつけた。

 

「っ!?」

 

 義体の右腕に深く切り込まれる鋼刀の刀身。それにより大型剣を手放してしまった7Eに、紅い戦士の回し蹴りによる追撃が炸裂した。

 

「ガッ!?」

 

 義体中を駆け巡る衝撃。剣戟が自分(E型)を上回るならば、そこから繰り出される蹴りの威力は如何なるものか、想像は容易い。衝撃を受けた7Eの義体は吹き飛び、そのまま壁へと激突して、崩れ落ちる。

 

「くッ、うぅ・・・・・・!!」

『警告:敵機体の想定以上の戦闘能力。推奨:正面からの戦闘は避け、搦め手による攻略』

 

 言われなくても分かってる、と7Eは心中で悪態をつく。

 一方、7Eは蹴り飛ばした紅い戦士も己のボディについた、大型剣の僅かな掠り跡を一瞥し、7Eへの評価を改めた。

 ――どうやら、今までの奴らとは違うようだな。

 自分が守ろうとしている動けぬ少女(11B)は、彼女を7Eと呼んでいた。この7Eという名前が何かの型式番号なのだとしたら、彼女のような強さも持つ個体が複数いるということになる。

 ふと、彼女が落した大型剣が光の粒子へと変化し、彼女の背中に戻っていく現象が、紅い戦士の目に入った。どういう原理かは分からないが、武器の奪取による無力化は通じない相手のようだ。

 

『報告:右腕部の損傷が重大。武装の扱いは困難』

「・・・・・・ッ!!」

 

 ポッドの報告を受け、右腕に深く刻まれた切り傷を押さえる7E。皮肉にも、7Eが受けた右腕の切り傷は、彼女が11Bの右腕に付けた箇所とまったく同じだったのだ。

 それが、今までの己の所業の罪科のように感じた7Eは――こんな感情はいけないと(かぶり)を横に振り、立ち上がろうとした。

 

「ひとつ、聞きたい事がある」

 

 そんな矢先、近付いてきた紅い戦士が7Eを見下ろしながら、口を開いた。

 今まで会話がなかった相手から、それも敵から突然話しかけられ、7Eは思わず紅い戦士を見上げる。

 その行動を回答の意思ありと受け取った紅い戦士は、構わず質問した。

 

「なぜ、お前は彼女を狙う?」

 

 ――お前たちは仲間なのだろう?

 紅い戦士の言葉は、まるで言霊のように7Eに浸透した。

 紅い戦士とて、この二人の関係性を理解しているわけじゃない。ただ、今までの状況と、戦闘が始まる前の11Bと7Eの僅かな会話から、彼なりに彼女たちの関係を推測していた。

 

「・・・・・・話を聞いてなかったの? 彼女は部隊を抜け出した裏切り者。情報漏洩を防ぐためにも、処分するのは当然」

 

 興ざめな質問だと言わんばかりに、7Eは吐き捨てた。

 ・・・・・・まるで、自分に言い聞かせるように。

 しかし、紅い戦士はさらに踏み込む。

 

「・・・・・・確かに、他の仲間を思えばそれが最善なのかもしれない。だが――オレには、お前がそのような事をして平気でいられるような奴には…見えん」

 

 紅い戦士とて、確信を持って言っているわけではない。

 ただ、何となくそう感じたのだ。

 彼女と剣を交わし――そして、剣を介した動きから、どことなく迷いがあるように感じられたのだ。

 紅い戦士にとっては、ほんの素朴な疑問だったのだろう。

 

 しかし、その言葉は真っ直ぐ刃物となって、彼女の胸中を貫いた。

 

 ――私が、平気で仲間を殺すような奴には見えない?

 ――そんなわけ・・・・・・そんなはず・・・・・・?

 紅い戦士の些細な疑問が、7Eの胸中をかき回す。

 彼女はE型のアンドロイド。脱走や裏切り、組織の機密事項を知った疑いのあるヨルハ機体(仲間)を処刑するために用意された暗殺部隊の一員。

 そのために造られた、そのために存在しえた。

 そんな自分が今更、仲間を殺すことにためらいなどある筈もなく――

 

 ――本当に、そうか?

 

 再度、紅い戦士から聞かれた疑問が頭を過ぎり、内心で自問する7E。

 仲間の赤い血で汚れた刀を握る自分の手は――いつも、()()()()()・・・・・・。

 

「貴方に・・・・・・」

 

 拳を握る7E。

 そこから先は、もう考えたくなかった。

 

「貴方に、何が分かるっていうのっ・・・・・・!」

 

 飛び起きた7Eは、感情のままに片手に鋼刀を握って紅い戦士に斬りかかった。

 同じく鋼刀で受け止める紅い戦士。

 片手しか使えない彼女の膂力は先ほどと打って変わって大きく落ちている。しかし、今の彼女からはソレ以上の気迫を、紅い戦士は感じ取っていた。

 

「そうよ、仲間よ」

 

 今まで、何度も、何回も、何体も殺してきた。それが、バンカーの、他の仲間のためだったから。

 今回だって、そうだった。11Bには、かねてからヨルハの機密情報に触れた疑いがあった。だから、今回の出撃で敵の攻撃による撃墜と見せかけて処分する予定だった。

 だが、あまりにも早い11Bの撃墜に疑問を持った7Eもまた、彼女と同じように撃墜された体を装って11Bを追った。案の定、11Bは生きており、ようやく彼女の脱走計画を知った7Eはとうとう彼女の処分に踏み切ったのだ。

 彼女の片腕に重傷を負わせ、あと一歩の所まで追い詰めたものの、機械生命体たちの乱入により逃してしまい、ここまで追ってきたのだ。

 ここまで来て、逃すわけにはいかないのだ。

 

「仲間だからこそ、()()()()()()()()()()()・・・・・・」

 

 7Eの視線が、紅い戦士から外れる。

 それを機敏に感じ取った紅い戦士もまた、その視線の先を追うと、そこには彼女の随行支援を担当するポッドがあった。

 そのポッドの銃口の先は紅い戦士の背後――つまり、倒れて動けない11Bの方へ向けられていた。

 

「!!」

 

 紅蓮の火を吹くポッドの銃口から、弾幕が発射される。

 目を見開いた紅い戦士は即座に7Eの鋼刀を払い飛ばし、弾より速く、11Bの元へ駆け寄ると、彼女を守るようにしゃがみ込み、両腕を広げてその背中に弾を受けた。

 

「ッ!?」

 

 口元を押さえ、言葉を失う11B。

 紅い戦士の背中、腕、ヘルメット後頭部に受けたいくつもの被弾箇所から、ジュ~、と音を立てて細い煙が舞い上がる。

 

「怪我はないな?」

 

 にも関わらず、彼は表情ひとつ変えず、自身を省みることなく此方の安否を気遣ってきた。

 実際に装甲にダメージを受けたわけではないのだろうが、その姿に頼もしさと、痛々しさを11Bは感じてしまった。

 頷こうとした11Bであったが――直後、大型剣を構えて背後から高速で迫り来る影が目に入った。

 

「あ、危ないッ!」

 

 背後から紅い戦士に斬りかかるのは、片手に大型剣を携えた7Eだった。

 この機を待っていたのだろう。戦闘で叶わないのならば、無理矢理隙を作り出して、標的ごと処分すればいい、という結論に7Eは行き着いたのだ。

 なりふり構わぬ、といった気迫を発しながら、7Eは紅い戦士を11Bごと両断せんと、その大型剣を振るい。

 

「なッ――」

 

 その刃は、紅い戦士の片手によって容易に受け止められた。

 右腕で11Bを守るように抱え、もう一方の腕で7Eの大型剣を受け止めた紅い戦士は、逆にその刀身を掴み、7Eごと、空中へ放り投げた。

 宙へ上げたことで7Eの一時的な無力化を確認した紅い戦士は11Bの義体を再び床に置き――鋼刀の柄を握って、7Eを追うように高く、跳び上がった。

 7Eの身の安全を最優先すべきと判断した彼女の随行支援ユニット「ポッド」が、宙にいる7Eへ迫る紅い戦士の前へ塞がるが、紅い戦士は逆にその箱体を掴み、それを軸にボディを前方へ一回転、その箱体を足場に着地し、もうひとっ跳び。

 宙にいる7Eの上まで跳び上がった紅い戦士は、落下しゆく7Eへ、その鋼刀を振り下ろし――

 

 一閃。

 

「ガ、アァッ!?」

 

 深く刻み込まれた義体の傷からスパークを起こしながら、7Eは悲鳴を上げて床に追突する。

 勝負ありだ。11Bから見ても、7Eは最早まともに動ける状態ではない。何せ大型の機械生命体でさえ両断せしめた一撃だ。E型といえど無事で済む筈がない。

 

『警告:義体に致命的な破損。推奨:直ちに撤退し、修復、体勢を立て直す』

「ハァッ、ハァ・・・・・・どう、して・・・・・・」

 

 警告を鳴らすポッドの音声を尻目に、7Eは傷を押さえながら義体をなんとか起こして、紅い戦士を睨み付ける。

 

「どう、して・・・・・・殺さない!?」

 

 先の一撃を、その動きを、7Eは見逃していなかった。

 その気になれば、自分のブラックボックスごと切り裂くことだってできたであろうに――あろうことか、紅い戦士は意図的にソレを外していたのだ。、

 いっそのこと一思いにやってくれれば、()()()()()()()

 

 7Eと同じくまともに動けない体である11Bは、そんな7Eを見て、ようやく理解した。

 ――彼女も、同じなんだ。

 自分と同じように、己のあり方に苦しんで――いや、もしかしたら自分と比べるなどおこがましいくらいに、長い間、苦しんできたのかもしれない。

 

「7E、もう・・・・・・やめよう・・・・・・?」

 

 気がつけば、そんな言葉が出てきた。

 

「11B・・・・・・?」

 

 どんな言葉をかければいいのか分からない。

 ただ、お互い動けない程の損傷を負って、同じ地平線に立って、ようやく理解したのだ。だから、11Bはただ自分の想いを言葉にした。

 

「ヨルハは、間違ってる」

「ッ!」

 

 びくりと、7Eの義体が震える。

 彼女だって、本心ではそう思っている筈だ。彼女が知ってしまった側である自分を処分する立場であるということは・・・・・・逆に言えば、知ってしまっている立場でもあるということ。

 

「私たちは、自分の在り方は自分で決められないかもしれない。けど、それが偽りだと分かってそう在れる程、人形でもない。そう、でしょう?」

「・・・・・・るさい」

「一緒に、逃げよう。こんなの、()()()()()、絶対間違って――」

「うるさいっ!」

 

 説得を試みる11Bであったが、7Eの叫びが遮る。

 叫んだ7Eは、義体に残る力全てを振り絞り、鋼刀を杖代わりにして立ち上がる。

 息も絶え絶えながら、その目には気迫じみた脅迫観念のようなものが宿っていた。

 

「私は、間違ってなんて、ない・・・・・・もし、間違ってたら・・・・・・私は今まで、何のためにっ!!!」

 

 何のために、多くの仲間を殺してきたんだ!

 そうだ、自分は間違ってなどいない。間違っていたなんて、()()()()()()()

 

『警告:これ以上の戦闘行為の続行は、7Eの生命に関与する。推奨:撤退』

「ポッドは黙ってて! 私は、私はぁっ!」

 

 最早ポッドの忠言にも耳を貸さず、7Eは辿々しい動きで紅い戦士に走り寄る。

 決して生かしてはおけない――己の行為を間違いだと断言した仲間(11B)も、そのきっかけを作った紅いイレギュラーも――彼らを葬り、自分は間違っていないのだと証明するのだ。

 機械生命体の敵性反応を連想させるゴーグルの下から()()()()()をぎらつかせる7E。

 二人のやりとりを見守っていた紅い戦士であったが、11Bの説得が失敗に終わったとみるや、先ほどの下手は打つまいといつでも11Bを守れる位置に立ちつつ、7Eを迎え打とうとした、その時。

 

 壁の穴から見える景色に、巨大な水しぶきが舞い上がるのが、一同の目に入った。

 轟音とともに大きく揺れる建物――その水しぶきとともに、それは、現れた。

 

 海の中から現れたのは、巨人だった。

 

 いや、もとは工場の施設の一部である建物だったのか、まるで建物そのものが変形したかのような形状を持つ巨人。

 海の向こうから現れたソレは、鍔迫り合う7Eと紅い戦士めがけて――先端にバケットホイールが取り付けた、その巨大な(かいな)を振り下ろした。

 目を見開く3人。特に2Bたちの作戦成功を明確に知らされていた7Eは目に見えてその動揺を隠さない。

 

「バカなっ!? 目標の大型たちは2Bたちがすべて――」

「下がれ!」

 

 後ろで見守る11Bのみならず、動揺する7Eにも呼びかける紅い戦士であったが、巨人の腕はその巨体に似合わぬ早さ――いや、巨体だからこそというべき早さで、この広場の壁に開けられた穴を更に上書きせんといわんばかりに、振り下ろされる。

 いとも容易く抉り取られていく鉄の壁と床。咄嗟に背後の11Bを抱えてその腕から逃れた紅い戦士であったが――

 

 一人、そこから逃れられなかった者がいた。

 

「ア、ア“ぁぁア”ぁア“ア”ぁア“ぁぁア”あア“ぁア”ッ!!!」

 

 その義体を、回転する巨大な車輪に押しつぶされながら、悲鳴を上げるのは――

 

「7Eぃ!!!」

 

 紅い戦士に抱えられながら、11Bが叫ぶ。

 さすがはB型のスペックを上回るE型の装甲と称えるべきか。紅い戦士との戦闘で致命的な損傷を負った状態で、巨人の腕に押しつぶされようとしている状態でも尚、彼女は即死せずにいた。いや、()()()()()()()

 義体が押しつぶされるごとに、あらゆる機能が破壊されていき、7Eの視界センサーはノイズと機体ダメージの警告メッセージで埋め尽くされる。

 そんな苦痛地獄の中で、彼女は動く方の片手を、伸ばした。

 同じく、片手を伸ばす11Bの方へ。

 

「タズけ、て・・・・・・お願い!助けてッ!・・・・・・ワタしダって・・・・・・ホン、トウ、ハ――」

 

 最後に、機械生命体のような機械音声の片言だけ残して――7Eの義体は完全に押しつぶされた。

 あっけなく、B型を上回るE型のアンドロイドは、巨人の手に容赦なく断罪された。

 ブラックボックス信号は完全に途絶え、人格データごと粉々にすり潰され、彼女は息絶えた。バラバラになったパーツは車輪の回転に巻き込まれ、更に塵となって霧散していく。

 

「あ・・・・・・ぁぁ、セ、セヴン、イー・・・・・・」

 

 痙攣まじりの音声を発する11B。

 ――私の、せいだ。

 私が真実を知ったから。私が脱走なんて企てたから。7Eは、私を始末するためにこんな所に来なければならなくなった。

 私さえ、いなければ。7Eは、こんな所に来ずに済んだのに。

 

「ッ、うぅッ・・・・・・」

 

 ポッドも、7Eも、自分のせいで、死んだ。

 どうして、こうなる?

 自分は、生きたかっただけなのに。・・・・・・偽りから逃げることの何が悪い? ・・・・・・真実を求めることの何が悪い? ・・・・・・これが、その行動の代償だとでもいうのか。

 

 ――もう、何もかもがどうでもいい。

 

 そう思った矢先、11Bは、再び風を感じた。

 直後、また冷たい床の感触に晒された。

 唖然となった11Bは見上げる。自身を守るように立つ、黄金の長髪を靡かせる紅い戦士の背中を。

 

「駄目・・・・・・」

 

 咄嗟に手を伸ばし、叫ぶ。

 

「お願い、私を置いて逃げてッ!!」

 

 必死の懇願だった。

 なんて自分勝手な女なんだろうと思う。助けを懇願しておきながら、今度は逆に見捨てろと言っているのだ。

 けど――もう、ごめんだった。

 自分のせいで、誰かが死ぬのはもう耐えられなかった。

 

 だが、紅い戦士に11Bのその懇願を聞き入れる意思はなかった。

 深く考えたわけじゃない――ただ、11Bと同じく、紅い戦士の目にも7Eの最期の光景が焼き付いていた。

 己の感情を押し殺しながら任務を遂行し続け、最期には必死に助けを求めながら死んでいった、少女の慟哭が頭から離れなかった。

 

 後ろの11Bと呼ばれる少女にも、同じ目に遭わせるわけにはいかない――それは、紅い戦士が、目覚めてから初めて見せた確固たる意思だった。

 

「――来い」

 

 静かに、力強く宣言する鋼刀を握る紅い戦士に対し。

 海上から巨体を晒し出し、工場の外から彼らを見下ろす超大型機械生命体――エンゲルスもまた、次の標的を紅い戦士に定め、再びその腕を振り下ろした。

 




あ・・・ありのまま今起こったことを話すぜ?
「オレはゼロを活躍させたいのと、11Bがあまりにも可哀想だったからこの小説を書き始めたんだ。そしたらいつのまにか11Bの代わりに7Eがめっちゃ可哀想な死に方をしていた」
な・・・・・・何を言っているのか分からねーと思うが、オレも何故こうなったのか分からなかった。
頭の中でキャラが勝手に動いていて、どうにかなりそうだった。
・・・・・・7Eも救済したくなる衝動で駆られそうになっちまいそうになった・・・・・・。

次回、ようやくZセイバーを抜きます


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幕開ケ

 その巨人こそ、11Bたちが倒すべきだった目標の超大型兵器。7Eによれば、2Bたちによって全滅させた筈だが、まだ未確認の個体が生き残っていたらしい。作戦途中で抜け出した11Bは、この大型兵器を目にするのは初めてになる。故に、口を開けたまま、その巨体さに圧倒されるばかりだ。

 水没した地帯の水底から立っているにもかかわらず、その全長は周りの工場の施設と比べても大差ないではないか。

 2Bたちは、こんなのを相手にしていたというのか?

 しかも7Eの口ぶりからして、複数体はいたと思われる。こんな巨体の敵複数を全滅させるなんて――よほどの無茶をしなければ・・・・・・・と、そこまで考えて、11Bにある事が過ぎった。

 これほど巨大な大型兵器を複数全滅させられるような手段――それはもう“アレ”しか――!!

 

「逃げて、お願い!」

 

 再度、11Bは紅い戦士の背中に向けて叫ぶ。

 おそらく、2Bたちはブラックボックス反応による自爆を行ったのだろう。確かにあれならば、この大型兵器の群れであろうと一カ所に集めさえすれば一網打尽にすることは可能だろう。ヨルハ部隊は最新式のアンドロイド部隊だ。彼らの記憶データは本拠地であるバンカーに保管されており、万が一死亡してもバンカーにバックアップされていたデータさえあれば、“ほぼ”同一の個体として蘇ることはできる。

 おそらく、バンカーにも11Bのバックアップデータはあることだろう。だが、十中八九、それで蘇った“自分”は、今の自分とは異なるであろうことは11Bには容易に予測できた。上層部が7Eを11Bと同じ部隊に配属させた意味が今でも分からないほど、11Bは愚かではない。真実を知る11B(いまのじぶん)は都合が悪い存在で、人類の為に戦う11B(いぜんの自分)こそが、バンカーが望む11Bに他ならない。今の自分を失う事は、11Bにとっては紛れもない“死”だ。

 ・・・・・・それでも、蘇れるのならばまだ御の字なのだろう。

 だが、彼は違う。

 再起動したばかりで、それも幾数千年前の機械兵器の記憶データのバックアップなどある筈もない。

 

 ―――なのに、なぜ・・・・・・。

 

『コロス・・・・・・・コロス・・・・・・』

「・・・・・・」

 

 ――なぜ、聞いてくれないの?

 

 紅い戦士は、11Bの懇願に聞く耳を持ってはいなかった。

 鋼刀を構えたまま、片言で殺意を伝える巨人――エンゲルスを見上げている。誰が見ても絶望的な状況の中で、紅い戦士は巨腕を振りかぶるエンゲルスをただ、真っ直ぐ見据えた。

 車輪のごとく回転する巨大な凶器が、紅い戦士に振り下ろされる。

 それを真っ向から受けて立つ気は紅い戦士にはない。地面を蹴り、横に移動して凶器を紙一重で躱した。無論、エンゲルスもこれで終わらせるつもりはない、腕先の凶器のみならず、手首にも回転機構を備えたソレは、手首ごと車輪の凶器を横向けに倒し、そのまま横に避けた紅い戦士をなぎ払わんとした。

 紅い戦士は体をしゃがみ込ませて地面と凶器の間に潜り込み、床を蹴ってそこから逃れる。

 あの巨体をどう退けるかを思考する紅い戦士であったが、まずはあの目障りな(かいな)をなんとかするのか先決と判断し、振り向き際に巨人の車輪機構の――外部パーツの隙間に鋼刀を差し込んだ。

 

 回転する巨大な刃と鋼の刃がぶつかり、爆発の規模がある程の火花が飛び散る。その火花を、紅い戦士は物ともしなかった。

 しかし――紅い戦士は、押され始めた。

 

「ッ・・・・・・」

 

 初めて、紅い戦士に苦悶の表情が表れた。

 踏ん張ろうとするが、紅い戦士の体は足と地面の間に摩擦による火花を立てながら後退していく。刃の回転は紅い戦士の鋼刀に止められているが、それはそれとして押されてしまうのだ。

 このままでは側面の壁と巨人の腕先の凶器の間に押しつぶされると判断した紅い戦士は、鋼刀でその凶器を受け止めながら、体を下に捻り込ませる。

 凶器の下に潜り込んだ紅い戦士は、受け止める鋼刀を力一杯、凶器に押し込んだ。

 アンドロイドと同じサイズしかないにも関わらず、紅い戦士はその膂力を持って、その回転する刃の一部を断ち切り、車輪機構そのものに切れ込みを入れる。

 

 火花の乱舞が絶えず散り続ける。

 このままではじり貧だと、エンゲルスは判断したのか、彼はその腕を一端退けた。

 巨人の腕が遠ざかることを確認した紅い戦士は、僅かにできた時間で己のコンディションを省みた。

 ボディにダメージはない――だが、この刀のリーチではあの凶器の奥深くまでにダメージを届かせることはできない。

 どうするべきか――と、思考する紅い戦士であったが、巨人はその時間など与えなかった。

 巨人が次に狙いを定めたのは、紅い戦士の背後で戦いを見守っていた――11Bだった。

 

「ッ!!」

 

 その狙いに気がつくも刹那、気がつけば巨人の腕は再び振り下ろされ、腕先の車輪の凶器が紅い戦士のボディを通り過ぎ、11Bの元へ突き出されようとしていた。

 奥の壁の影にいた11Bはそのままその凶器に押しつぶされようとして――そこで、巨人の腕は止った。

 

「あ、え・・・・・・?」

 

 次々と移り変わる状況に11Bは最早理解が追いついていなかった。

 11Bの目前まで迫っていた巨人の腕先の凶器――それは、その下に潜り込んでいた紅い戦士の突き出した刃によって、停止したのだ。

 突き刺された箇所からはスパークが発生しており、先ほど紅い戦士に切れ込みを入れられた時よりも深く刃が食い込んでいることは確かだった。

 

 それもその筈、紅い戦士のその手に握られているのは、11Bから受け継いだ鋼刀ではなく――7Eの形見である、大型剣だった。

 腕の動きが止まったその隙を、紅い戦士は見逃さない。

 突き刺した大型剣を引き抜き、さらにもう片方の手に先ほどまで握っていた11Bの鋼刀を再び握り、続けざまに巨人の凶器を切りつけていく。

 その一閃ひとつで、一体何体ものの機械生命体を葬れることだろうか――その連撃を紅い戦士は容赦なく巨人の腕先の凶器に浴びせていく。

 所々からスパークを起こす巨人の腕先の凶器は、再び紅い戦士と11Bの前から退かれていった。

 

「うそ・・・・・・」

 

 紅い戦士の背中を見つめ、思わず11Bは口からそんな一言を零した。

 その目に映る光景一つ一つが信じられなかったのだ。

 ――動けない自分を守りながら、あの化け物の腕を退けた?

 そのようなこと、あり得るはずがない。

 けど、これなら、もしかしたら――彼は、あの巨人を本当に倒してみせるかも知れない。

 そんな淡い期待を抱いた11Bであったが――その直後のエンゲルスの行動によって、それは瞬く間に打ち砕かれた。

 

 体を固定させるようにしゃがみ込んだエンゲルスは、その巨体と相してアンバランスな程に小さい頭部パーツを展開させると――そこから、無数のエネルギー弾による弾幕が二人に向けて発射された。

 

「そ、そんな・・・・・・!?」

 

 さすが11Bを置いて単身で戦える状況ではない。動けない11Bの義体を抱え、紅い戦士は鋼刀で迫り来る球状のエネルギー弾を捌きつつ、11Bを守り通さんとする。

 その弾幕が終ぞ11Bを抱える紅い戦士を捉えることはなかったが、このままでは紅い戦士も攻勢に出ることはできない。

 いや――そもそもとして、ポッドを失い自身も動けない11Bはもちろんの事、目覚めたばかりの紅い戦士も何一つとして、遠距離の敵を攻撃する手段を持っていないのだ。

 巨人が二人に攻撃を仕掛けることができるのはその巨体故。それと比べて蟻にも等しい大きさしかない紅い戦士にできるのは、精々その攻撃を迎え撃つことくらいで、エンゲルスへの有効な攻撃手段は何一つとして持っていなかったのだ。

 

 ふと、弾を回避する紅い戦士の腕に抱えられていた11Bの目に、さらに絶望的な光景が目に入った。

 巨人が、展開させた頭部パーツから放つ弾幕とは別に、その中心――人間でいう所の口の部分に、膨大なエネルギーを充填させているのが目に入った。

 圧縮されていくその紅いエネルギーに、11Bは見覚えがあった。

 

 あの光は――12Hと、そして自分の飛行ユニットを撃墜せしめた、レーザー砲と同じ物ではないか、と。

 

「ダメ・・・・・・」

 

 今度こそ、駄目だと11Bは思った。

 もうここまでだ、彼では、あの巨人には勝てない。

 なんとしても、自分を置いて行かせてでも、彼だけは死なせてはならない!

 どうせ、自分はまた蘇る。それはきっと、今の自分じゃないだろうけれど、それでも何も知らぬ真っ白な状態でやり直すことができる。

 だが、彼は違うのだ。

 

0()()、もうダメ!! 早くしないと――」

 

 紅い戦士を何と呼んでいいのか分からなかった11Bは、とりあえず彼の型番であろう呼び名を使い、自身を置いて逃げるように叫ぼうとするが、遅い。

 11Bがそれを言い終わるよりも早く、その閃光は――二人の元へ、炸裂する。

 弾幕のせいで、その奥から迫り来る光の咆哮に反応が遅れる紅い戦士。いや、そもそもまともに反応ができるような速度ですらない。

 

「逃げ――」

 

 かろうじて直撃は避けたもの、その閃光は二人の足下の床に着弾。

 炸裂する紅い閃光、工場全体を揺らす程の振動と、轟音を立てて、辺りを紅蓮が包み込んだ。

 

「う――」

 

 衝撃のあまり、暫し断絶(シャットアウト)していた11Bの意識は再び覚醒する。

 無機質な部品でできあがった人間モドキの義体(ボディ)は、それが信じられない程に暑く、そして言いようのない焦燥を煽った。

 

「あ・・・・・・わた、し・・・・・・何で、生きて・・・・・・」

 

 同時に、先ほどの光景を思い出した彼女は、即座に疑問を抱いて辺りを見回した。

 ――いつの間にか、自分の体はこの広場の隅っこにまで放り出されていた。

 そして、その肝心の広場の中心はというと――天井までもが崩れ落ち、そこから落ちてきたであろう無数の瓦礫が、床全体を押しつぶしていた。

 

「あ、あぁ・・・・・・ゼ、ゼロ、号・・・・・・?」

 

 信じたくは、なかった。

 けれど、アンドロイドである11Bは、嫌でもそれを理解した。

 あんな凄まじい攻撃を受けて、生きていられる筈などない。それなのに――自分がこの広場の隅に投げ出され、瓦礫に埋もれることなく生きている意味。

 それが分からない程、11Bは愚かではなかった。

 

「い、いや・・・・・・ゼロ、ご・・・・・・!!」

 

 ――お願い、返事をして。

 呟き、11Bはかろうじて動く片手だけで床を這いずり、瓦礫の前まで移動しようとする。

 きっと、彼はあの瓦礫の中に埋まってしまったのだ。

 その気になれば我が身だけでも逃げることができたであろうに――彼は、11Bを助けるために、自身の生命を放棄して11Bだけを爆発範囲から無理矢理避難させたのだ。

 我が身を、犠牲にして。

 

『コロス・・・・・・コロス・・・・・・』

 

 エンゲルスの、籠もるように響く機械音声が、11Bの耳に浸透する。

 巨人はまだ、標的の破壊をやめようとしてはいない。

 紅い戦士を始末した次は――いよいよ本命である11Bだ。

 

「・・・・・・フフ、あはは・・・・・・」

 

 11Bは、絶望に項垂れた。

 ――ああ、もう、終わりだ。

 こんなものが、自分の最期なのか。

 もう、笑うしかない。任務を放棄し、仲間(12H)を見捨て、7Eまでも巻き込み、そして最後に――何の関係もない彼までもを犠牲にしてしまった。

 周囲に迷惑をかけるだけかけて、最後には一人何もできずに終わる。そんなモノが、自分の最期なのだ。

 惨めすぎて、笑うしかないだろう。

 

 ――ああ、けれど・・・・・・。

 

 再び、巨人の展開された頭部に、赤いエネルギーが充填していく。

 

 ――これでまた、何も知らなかった自分に戻れるかな?

 

 迫り来る赤い光を前に、11Bはそんなことを考える。

 

 そして――赤い光が一人の哀れなアンドロイドを飲み込む直前、その光は()()()()が遮った。

 

「・・・・・・え?」

 

 床を反射して目に入った別の色の光りに、11Bは思わず見上げる。

 まず目に入ったのは――凄まじい爆破と共に、()()()()()()()()。そして、目の前にあった――もう、死んだと思っていた筈の者の背中。

 靡く金髪相まって、まるで燃えているかのような錯覚を起こさせる赤いボディと。

 ――そして、その手に握られていた、()()()()()()だった。

 

 

     ◇

 

 

 暗い、昏い、瓦礫の底。

 そこに、赤い戦士のボディーは埋もれていた、巨人の放ったレーザー攻撃が足下に着弾し、間一髪11Bを安全地帯に放り投げて、彼女の命を救った彼であったが、そんな彼自身はあまりにも凄まじい攻撃に晒されて意識を失い、そのボディーは落下してきた瓦礫に埋もれてしまった。

 そんな彼の意識は今、闇の底にあった。

 目覚めてすぐに、自分を目覚めさせたであろう少女を守るために、彼は考える猶予もなく武器を手に取って戦った。

 それでも、目覚めたばかりの彼でも、戦うのにはっきりとした理由はあった。

 ――まず、助けを求める少女の涙を見た。

 ――その次に、助けられなかった少女の慟哭を聞いた。

 ――だから、助けた少女を同じ目に遭わせんと、戦ったのだ。

 

 それなのに――()()、自分は守れないのか?

 

 あの時と同じように・・・・・・・いや、()()()とは、何だ?

 そもそも自分は一体何者なのだ。

 一回だけ、自分を目覚めさせた彼女は、自分のことを「ゼロゴウ」と呼んでいた。

 ――ゼロゴウ・・・・・・0号、か。

 つまる所、自分は何者かに造られた兵器、ということになるのだろう。

 

 そうだ、自分はきっと、戦うために生まれた兵器なのだ。

 なのに・・・・・・何故、助けを求める少女一人さえ救うことができない?

 

 何故、自分にはあの巨人を打ち倒す力がないのだ?

 しっかりしろ0号、お前には本当にアレを退ける力がないとでもいうのか!?

 結局オレは、何もなせぬままこの暗闇の底で朽ちていくのか!?

 

 

 

 

“・・・・・・・・・・あるよ”

 

 

 

 

 ・・・・・・なに?

 

 

 

 

“・・・・・・力なら、ある”

 

 

 

 

 誰だ?

 力があるとは一体?

 

 

 

 

“君はいつもその力を、君自身の意思で使ってきたじゃないか”

 

 

 

 

 何を言って――!?

 

 

 

 

“その力は、今も君の中にある”

 

 

 

 

 オレの、中に?

 

 

 

 

“ああ、思い出すんだ。君は既に、その力を手にしている”

 

 

 

 

 待て、お前は一体?

 

 

 

 

“彼女を、助けたいんだろう? なら、早く・・・・・・”

 

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

 

“そうだ。落ち着いて、探してみるんだ。君の力は決して君を裏切ったりなんてしない。たとえ忘れようと、その体は覚えているはずだよ”

 

 

 

 

 これ、は――嗚呼。

 

 

 

 

 覚えている。

 知らないはずなのに、確かに自分はこの力を使い、長い時間戦ってきたような気がする。

 初めて手にした筈なのに、手元の光はまるで待っていたと言わんばかりに、自分の手中で輝いていた。

 

 そうだ、これならば――!!

 

 

 

 取り出したのは、白い筒状のナニカ。

 一件、何の変哲も無い筒に見えるソレだが、紅い戦士は迷いなくその筒にエネルギーを込めた。

 ありったけの魔素が送り込まれたソレは、筒の穴から翠色の光を放つ。

 

 

 そして、その光と共に瓦礫を吹き飛ばした。

 

 

     ◇

 

 

 もう駄目かと思っていた。

 自分の起こした行動全てが無駄になるばかりか、かつての仲間たちまで死に追いやってしまい、ここで朽ち果てるのが定めなのだと思っていた。

 だが、自分を断罪すると思っていた赤い閃光は、突如表れた翠色の閃光に遮られた。

 11Bを巨人の放つ赤いレーザーから守ったのは、瓦礫を吹き飛ばして11Bの元まで駆けつけた紅い戦士だった。

 翠色の光りを放つビームで構成された刀身を持つ、一振りの剣。

 その剣はエンゲルスのレーザーを弾くだけでは飽き足らず、エンゲルスの方へ跳ね返し、その巨大な腕を一本まるごと海に沈めてみせた。

 

「―――――ッ」

 

 その背中を見た11Bは、思わず息を呑む。

 その光る刀身の正体は、見るだけでも膨大なエネルギーが凝縮した姿であることが分かる。エンゲルスの光の咆哮を跳ね返したことからもその強大さが窺えた。

 

 その力を直に受けた巨人もまた、このままではまずいと思ったのか、先ほどよりも濃密な弾幕を浴びせんと、その展開した頭部パーツから銃口を向けるが――紅い戦士は、それよりも早く動いていた。

 新たに手にした武器だけではない。魔素の扱いを思い出した紅い戦士の体は、先ほどまでの苦戦が嘘であるかのようにその動きが違う。

 工場の中から飛び出し、外の錆びた鉄の壁を一瞬のうちに何度も蹴りながら登り、ついには巨人の頭の上くらいまでの高さに登ると――そのまま壁を足場に跳躍。

 狙うは――巨人の脳天。

 光の咆哮をはじき返し、その腕を逆に奪って見せた光の剣を携え、頭上から肉薄する。

 

 巨人――エンゲルスはさせるかと言わんばかりに、肩からミサイルを発射して迎え撃つが、紅い戦士を空中で身を翻すと。

 ソレを足場にさらに加速させた。

 迫り来るミサイルを足場に加速を繰り返し、ついに紅い戦士は巨人の頭上にまで迫る。

 最早、ミサイルでは間に合わないと判断した巨人は、再び光りの咆哮を放たんとその口の銃口にエネルギーを溜めるが、遅い。

 翠色の刀身がそれよりも早く――

 

 エンゲルスの頭部をその銃口ごと真っ二つに切り裂いた。

 

 

 二つに割るには明らかに刀身が足りないであろうにも関わらず、その一閃は巨人の頭部を両断せしめた。

 その直後、充填されていたエネルギーが捌け口を失った事で暴発し、その衝撃は巨大の全身に行き渡り、各所で爆発を起こす。

 

 崩れ落ちる巨体は、複雑に組み合った部品同士の摩擦で悲鳴のような駆動音を軋めかせ、そのまま海上に没した。

 

 

 海上に没しゆくエンゲルスを背景に、その図体から飛び降りて11Bの元へ着地する紅い戦士。

 11Bはただひたすら、口を開け、呆然とその光景を見ることしかできなかった。

 

「た、倒したの? あの、化け物を・・・・・・?」

「・・・・・・ああ」

 

 震える喉を必死に動かす11Bに対し、紅い戦士は平然と答える。

 今まで見たことが、まるで明晰夢のように信じられなかった。

 この目でしかと見て、記憶領域に刻み込んだ今でさえ、信じることができなかった。

 

「本当に、本当に、倒したの?」

 

 再度問う11B。紅い戦士もまた再度コクリと頷く。

 

「頭上からセイバーで叩き斬った。もう、動くことはないだろう」

 

 11Bを安心させようとしているのか、紅い戦士の声は幾分か柔らかいものとなっていた。

 その暖かい声で、ようやく自分が助かったのだという事実を11Bはすとんを胸中に受け入れる。

 途端に、視界がノイズに塗れてきた。

 否、ノイズではない。自分の目から出てくるナニカに、視界が遮られているのだ。

 

「うぅ、ああぁ・・・・・・!」

 

 その涙には、様々な複雑な感情が入り交じっていた。

 ――助かった、という安堵。

 ――助かってしまった、という罪悪感。

 脳裏にヨルハの仲間たち、自分のせいで死んでしまったポッドや7E。

 そして、そんな自分を助けてくれた、夢のような英雄(ヒーロー)

 

 どんな思いを抱けばいいのかすら、11Bは分からなかった。

 

 突然泣き出した11Bが心配になった紅い戦士は、ゆっくりと11Bの元へ歩み寄り、しゃがみ込んだ。

 

「どこか調子でも――っ」

 

 心配して言いかけたその時、11Bは片手を伸ばし、紅い戦士の体にソレを回す。

 そしてそのまま、紅い戦士の胸に顔を埋めた。

 抱きついた片手で起こした上体を支えるのは困難であろう。にも関わらず、11Bは紅い戦士の体を離さなかった。

 

「ごめんなさい・・・・・・ありがとう、ありがとう・・・・・・ごめんなさい・・・・・・・もう少し、こうさせて・・・・・・」

 

 謝罪と感謝の言葉を繰り返しながら片手で抱きついてくる11Bの体を、紅い戦士もまた自身の腕を11Bの体に回して支える。

 絶えず、「ありがとう」と「ごめんなさい」を繰り返す11Bの心情は、紅い戦士には計り知れない。

 ひどい目に遭わせてしまった後輩、死なせてしまった相棒と仲間、そんなどうしようもない自分を助けてくれた目の前の彼。

 最早後戻りの効かない身となった彼女は、いろいろ絡み合った感情を紅い戦士に吐き出すより他なかったのだ。そんな彼女に何も言わず、紅い戦士は彼女が泣き止むまでその体を支え続けた。

 

 暫くして、泣き止んだ彼女を壁に寄り掛からせる紅い戦士。

 気が済むまで泣いた11Bは、ようやく再度紅い戦士に向き合った。

 

 

 

「みっともない所を見せてごめんなさい。それと、助けてくれてありがとう・・・・・・」

 

 今にも消えそうな儚い笑みで、11Bは感謝を告げる。涙を流した後となっても、彼女の複雑な心持ちが晴れることはない。

 

「もう知っているでしょうけれど、私の名前は11B。正式な名称は『ヨルハB型11号』っていうの」

「ヨルハ・・・・・・聞き覚えがないな」

「・・・・・・知らないのも無理はないわ。おそらく、今は貴方が造られた時代から1万年近くも時間が立ってる」

「1万年・・・・・・」

 

 そんな長い時の間を、自分は眠っていたのだという事実を知った彼の心境は如何なる物か、11Bには推し量れない。

 少なくとも、彼にとって今の世界とはまったくの未知に等しい筈だ。

 

「西暦5012年の話よ。宇宙外から侵略者がやってきたの。彼らはエイリアンと呼ばれ、さらに侵略の手段として、さっき貴方が倒してきたような機械生命体を繰り出したの」

「・・・・・・」

「結果、人類は月に逃げ延び、彼らエイリアンや機械生命体たちから地球を取り戻すために、私たちヨルハ部隊が創設された。ヨルハ部隊とは、最新モデルのアンドロイドからなる部隊のことで、私はそこに所属していたアンドロイドの一人なの。けれど・・・・・・部隊の機密を知ってしまった私は、耐えきれず、逃げ出してしまった」

「それが、仲間に追われていた理由か」

 

 コクリ、と11Bは頷く。

 彼女が逃げ出す要因に至った、その機密情報とやらが気になった紅い戦士であったが、11Bは言いづらそうな様子だった。

 だが、言わなければならないと思ったのか、11Bは深刻な表情で口を開いた。

 

「・・・・・・人類は、もう、いないの」

「何だと・・・・・・?」

 

 僅かに、目を見開く紅い戦士。

 無理もない。彼だっておそらく人間に造られた存在の筈だから。

 自分の創造主たる存在が既に滅んでいると知れば、驚くのは当然だと11Bは思った。

 

「私たちヨルハ部隊には、月面人類会議と呼ばれる組織から指令を受けるのだけれど・・・・・・それも偽りに塗れた嘘だった。私たちは、とうの昔に存在意義を失っていて、それでもまだ戦いを強いられている」

「・・・・・・」

「真実を知った私は、それでも最初は平静を装っていた。でも、やがて馬鹿馬鹿しいって思いが強くなって・・・・・・今まで大好きだった隊の皆が必死に人類のために戦っている中で・・・・・・私だけが、知っているのが辛かった」

 

 周囲と自分の意識の差。

 最初は仲間のために、知ってしまった真実を決して公言しまいと努めてきたが、限界が訪れた。知らないうちに、しかし着実にそのストレスを溜めていた11Bは、ついにあろうことかソレを大切な後輩にぶつけてしまった。

 訓練と称して、痛めつける日々が続いてしまった。

 やがて、辛い訓練の果てに倒れてしまった後輩を見て、11Bはようやく我に返った。

 そこからだ。

 仲間を痛めつける自分自身にすら恐怖を抱いたのは。

 人類が既に滅んでいたという事実は悲しかった。けれど、それ以上に、それで変貌していってしまう自分が怖かった。

 いつか、奮闘するヨルハの仲間達の姿すら嘲笑うようになり、ただ鬱憤をぶつけるだけの獣に成り果てるのではないかと。

 だから、自分が自分であれる、そんな存在意義が欲しかった。

 

「上層部も、そんな私の危険性に気付いたんだと思う。だから、今回の任務に7Eを同行させていた。私が裏切った時にいつでも処分できるように」

「・・・・・・」

「貴方を目覚めさせたのは。ピンチになって逃げ込んだ先が、偶然貴方が眠っていた場所だったから。・・・・・・ごめんなさい。自分勝手な理由で、突然起こしてしまって。貴方の力が、必要だったの・・・・・・」

 

 頭を下げ、11Bは紅い戦士に謝罪する。

 その場で助かりたいがために、無責任な理由で起こしてしまったのが実態だった。

 ポッドの助言に従ってのものだったとはいえ、自分の都合で起こしてしまったのも同然なのだ。

 

「・・・・・・もういい」

 

 紅い戦士は、悟ったように瞼を閉じる。

 この11Bというアンドロイドの少女のことはまだよく知らないが、彼女が相当に自分を責めてしまうような性格であることは理解できた。

 なまじ仲間に漏らしたらその仲間すら機密を知った疑いで処分される危険性があったのだから、公言できる筈もない。一人で抱え込むことしかできなかった筈だ。

 彼女は、そんな仲間達との意識の差にジレンマを抱えながらも、長い間それに耐え続けたのだろう。そんな彼女を自分勝手と笑うことは、彼にはできなかった。

 

「・・・・・・お前は必死に耐えて、戦い続けた。現状を変えようと行動するには勇気がいる。誰もお前のことを笑いはしない」

 

 だから、彼女がこれ以上自分を責めるのは間違いだと思った紅い戦士は、彼なりの言葉をかけてやることにした。

 

「・・・・・・ありがとう、えっと、貴方のことは、何て呼べないいのかしら?」

「オレは・・・・・・」

 

 聞かれて、紅い戦士は記憶の奥を探る。

 目覚めてから今に至るまで戦いばかりだったので、自分のことを思い返す暇などなかった。

 しかし、何も浮かんでくるものはなかった。

 何故自分があのような場所で眠っていたのかすら、分からない。

 

「駄目だ、思い出せん・・・・・・」

 

 額を抱え、苦し紛れに呟く。

 経過しすぎた時間。何も思い出せない過去。まったく未知の世界。

 長い眠りの末に記憶を忘却し、その存在意義を彼は見失っていた。

 そう言う意味では彼も11Bと同じなのかもしれない。

 

「そう・・・・・・無理もないわね」

 

 幾分か残念そうに呟く11B。

 何せ1万年以上も眠っていたのだ。

 本当の人間たちに造られたであろう彼のことを、11Bはもっと知りたかった。

 あの目標の大型兵器すら単身で切り伏せてみせた力を見た後となっては、殊更に。だが、覚えていない以上は仕方の無いことだろう。

 

「貴方の眠っていた場所に、こんな名前が彫られていたの。『実験兵器0号』って・・・・・・」

 

 思い出して、11Bはそれを紅い戦士に伝える。

 先ほど、咄嗟に紅い戦士のことを呼んだときも、この呼び名を使ったのだ。

 だが、今にしてみれば味気ない名前だと11Bは思う。

 

「実験兵器0号・・・・・・・ゼロ号・・・・・・“ゼロ”」

「・・・・・・なに?」

「その・・・“ゼロ”でどうかしら?」

 

「・・・・・・」

 

 暫し、それを聞いた紅い戦士は無言で考え込む。

 それを不満と受け取った11Bが慌てて訂正しようとした。

 

「ご、ごめんなさい。少し安直過ぎたわ。もう少しマシな――」

「いや、それでいい」

 

 11Bとしては、0号という型番から取っただけの安直な呼び名だったのだろう。

 紅い戦士としてはどのような呼び名でも構わなかった。これ以上呼び名で悩むくらいならば、彼女が一番呼びやすい名前でいいだろう。

 

「本当に、いいの?」

「かまわない」

 

 紅い戦士――ゼロは即答する。

 

「オレは、ゼロだ」

「・・・・・・分かったわ」

 

 本当に良かったのかと悩みつつも、本人が良いと言っているので問題ないとか11Bは割り切る。

 さて、ここからが本題だ。

 偶然とはいえ、11Bはゼロを目覚めさせた。しかも相棒の犠牲を払い、果てには7Eさえも間接的に殺してしまった。

 ここまで来た以上、11Bにはもう止まることは許されないのだ。

 今でも、こんな自分がのうのうと生きていていいのかという疑問はある。

 

 それでも――醜いと自覚しながらも、11Bは生きたいと思ってしまった。

 彼を、ゼロのことをもっと知りたいと。

 

 ――やっと、見つけたんだ。

 

 例え本人が記憶をなくそうとも、その存在そのものが、真実を物語っている。

 ならば、今はその欲求を糧に生きてみようと11Bは思うのだ。

 

「その、ゼロ・・・・・・・」

「・・・・・・何だ?」

「お願いがあるの・・・・・・私に、着いてきて欲しい・・・・・・」

 

 再び、11Bはゼロに懇願する。

 11Bは何としても生きなければならない。今更、バンカーに戻ることは許されないだろう。だが、だからといって今の自分の体で何ができるというのか。

 せめて、自分の義体の修復を終えるまでは、どうしてもゼロに傍にいて欲しかった。

 

「これから先、どこに行けばいいかなんて分からない。もしかしたら、何の意味もないのかもしれない・・・・・・だけど今は、()()()()()()生きていたい!」

 

 ヨルハが自分の裏切りに気付いた以上、おそらく追手も差し向けられることだろう。

 11Bは戦闘タイプといえど、所詮は数あるヨルハ機体の内の一体でしかないのだ。

 そんなちっぽけな存在でも、この目に焼き付けた悲劇を、この出会いを、なかったことにしたくないのだ。

 

 落ち着かない胸中を必死に隠しながら、11Bは真っ直ぐゼロを見上げる。

 どれだけ思いを伝えた所で、結局の所決めるのは彼自身だ。ここでゼロが断れば、11Bは今度こそこの動けぬ義体のまま朽ち果てることとなる。

 意を決した11Bの懇願に対し――ゼロは時間をかけることもなく、無言で頷いた。

 あっさりと了解の意が帰ってきた11Bは唖然と目を見開く。

 

「本当に、着いてきてくれるの?」

 

 再度問う11Bに、ゼロもまた再度頷く。

 11Bから頼むまでもなく、元からその腹づもりだったのだろうか。

 今のゼロの目は、目覚めたばかりの虚ろではない。迷いのない意思をもって、11Bに着いていくと言っているのだ。

 

「ありがとう!! これからよろしくね、ゼロ」

「・・・・・・ああ」

 

 満面の笑顔で伸ばしてきた11Bの片手を、ゼロは優しく取る。

 手を取り合った彼らは、とりあえず11Bの損傷した義体を何とかしようと模索し始めることにした。

 これより、自らの存在意義を求めるアンドロイドの少女と、古の時代より目覚めし兵器の物語が幕を開けた。

 




ロクゼロでのゼロのコピーボディって、実際の所どこまでオリジナルボディの性能が反映されてるんでしょうか?
敵のEx技使える所から見るにラーニングシステムは残ってるっぽいですけど、ギガアタック系の技とかは使えなくなってるっぽい・・・・・・?
というかゼロナックルのEx技とかでギガアタック系の技使わせて欲しかったよインティクリエイツさん・・・・・・。

あ、ちなみにこっちのゼロは普通にギガアタック系の技使います。


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抗ウ者達トノ邂逅

お ま た せ


「これが、今の世界・・・・・・なのか?」

「ええ、そうよ」

 

 11Bを抱えながら工場を出たゼロは、表情こそ出さなかったが、その光景に驚いていた。

 現在、二人は工場に通じている、かつてはクルマと呼ばれる乗り物が跋扈していたであろう高速道路跡の瓦礫から、その風景を見下ろしていた。

 途中で途絶えた橋の上から見渡せる風景は、記憶喪失のゼロを以てしても衝撃だと言わざるを得ない。

 かつては人が住み、働いていたであろうビルなど建物は老朽化し、あるものは崩れ落ち、あるものは傾き、その状態で植物の緑に浸食され、やがてそのまま自然に還るであろうことが容易に想像できる。

 これが、人類の文明の名残、その一つである廃墟都市の風景である。

 だが、驚くと共にゼロの中にある疑問が生じた。

 ――記憶はなくしたが、仮にこれが自分が眠りについた一万年前の文明の名残だとするのならば、むしろ()()()()()()()ではないか?

 そんなゼロの疑問を感じ取ったのか、11Bが説明した。

 

「不思議に思うわよね? これは地球を取り戻したときに人類がいつでも旧世界のときの生活が送れるように、私たちアンドロイドが保管しているの。・・・・・・もう、意味がないっていうのにね」

 

 最後に、表情に暗い影を落しながらそう説明を締めくくる。

 「よくやるものだ・・・・・・」と、まだ見ぬアンドロイドたちに感嘆の意を抱きつつ、ゼロは11Bを抱えたまま、道路の橋から飛び降りる。

 途切れた橋の瓦礫の下にあったトレーラーの傍に着地したゼロは、そののコンテナの中に忍び込み、コンテナの壁に寄りかからせる形で11Bの義体(ボディ)を置く。

 

「周囲の安全を確保してくる。少し待っていろ」

「・・・・・・分かったわ。気をつけてね、ゼロ」

 

 「何だか積み荷になった気分」と冗談めかして言う11B。その目には申し訳なさが宿っており、遠回しにゼロの“積み荷”になっている自分を皮肉っているのだろう。

 そんな彼女に背を向け、ゼロは「すぐに戻ってくる」とだけ言い残し、11Bを置いてトラックのコンテナから出る。

 廃コンテナの中から出ていくゼロの背中を見送った11Bは、廃コンテナの中で一人取り残されることとなった。見える光は錆びた金属製の扉――その隙間から差し込む日の光のみ。それ以外は、孤独の闇だった。

 

「・・・・・・ゼロ」

 

 一人、孤独の不安に襲われた11Bは、縋るように弱々しく呟く。

 彼が戻ってくることは分かっていても、11Bはこの孤独が不安で仕方が無かった。

 任務から逃げ出したときは、()()()()()()()()()()()()()()()ポッドが傍にいてくれた。しかし、その相棒はゼロを蘇らせる時間を稼ぐために、その身を挺して11Bを守り続けた。

 16Dもバンカーに置き去りにし、ポッドも失ってしまった今、11Bにはゼロしかいないのだ。

 そのゼロも今、自分の傍にはいない。

 

「早く、戻ってきて・・・・・・・」

 

 震える体を必死に押さえ、11Bは今は傍にいないゼロに懇願する。

 16Dもポッドもいない今は、11Bの心は無意識のうちにゼロに依存し始めている。

 無数の機械生命体に囲まれていた中、相棒を失い、一人動けない体のまま、絶望に瀕していた所を、鬼神のような強さで颯爽と助けてくれた彼に依存し始めていた。

 

 

 

 一方、11Bをトラックの廃コンテナの中に置き、外に出たゼロはまず最初に空を見上げた。ビル群よりもさらに上の、空を。

 荒廃した世界に驚かされた次は、その太陽に違和感を覚えていた。

 ゼロは記憶をなくしているが、それでも1日は24時間だとか、そういった常識までは失っていない。

 ・・・・・・しかし、今はどうだろうか?

 見上げるゼロの目に映る太陽は――ゼロの視界の焦点から一点たりともズレることなくそこに在り続けている。

 つまるところ、()()()()()()()()()()()

 そこから推測するに、今の地球はまったく同じ面を太陽に向けたまま公転しているということになる。

 ――後で、11Bにいろいろ聞いてみる必要がありそうだな。

 世界の常識まで忘れたつもりはないゼロであったが、いよいよその常識すら今の世界には通じそうにないのだ。早めに11Bの元へ戻ろうと決心したゼロは天から視線を外し、再び荒廃した地を見定める。

 今の世界にとって、特にアンドロイドたちにとっては自分のような存在は異物に映ることだろう――ならばこそなるべく身を隠しながら周辺を捜索していきたいのだが、()()()()()()()()()()、必然と身を隠す場所は日陰に限られる。

 やりづらい現状に内心でため息をはきつつ、周辺を捜索する。廃ビルの壁を蹴りながら登り、最上階の床に足を付けて瓦礫から外を見下ろす。

 11Bから聞いているようなアンドロイドと思しき者たちは見かけないが――

 

「・・・・・・なるほどな」

 

 人の影はないかわりに、ゼロの感知器官(センサー)がこれ見よがしに荒廃した大地をうろつく機械生命体たちを識別する。

 異星人(エイリアン)とやらのことはまだ分からないが、奴らの目はこの地上のどこにでも伸びているという訳だ。

 いよいよ地球が人間ではない侵略者に奪われているという事実に信憑性を持ち始めるゼロ。11Bのことを疑っているわけではないが、やはり自分の目で見てみなければ何とやらだ。

 ――とりあえず、安全の確保のために奴らは斬っておくとしよう。

 そう決断するや否や、ゼロは懐からエンゲルスを一撃で仕留めた光剣――Z(ゼット)セイバーを抜き、建物から飛び降りて目にとまらぬ早さで機械生命体の群れまで肉薄した。

 反応すら間に合うことなく、巨大な斧を携えた1体の中型機械生命体の体を真っ二つにする。その爆炎を目くらましにゼロは駆け、彼らの視界に紅い影が捉えることを一切も許さない。

 斬、という光と。

 何一つ聞こえない足音。

 機械生命体の群れは最後まで謎の襲撃者の正体を知ることなく、一瞬で鉄屑(スクラップ)に還っていった。

 ――思ったよりも、複雑な構造をしているな。

 爆発寸前の機械生命体の断面を一瞥し、そう思ったゼロ。いかにも量産性重視の素朴な見た目からしてそんなことはないと思っていたのだが、やはり異星人の作った駒なだけあって相応の技術が使われているらしかった。

 

「・・・・・・?」

 

 機械生命体の飛び散った残骸を観察していたゼロであったが、その中に一つ、異質なモノが目に入った。とても無機物の中から出てきたとは思えない、有機物らしきナニカ。

 薄黄色の光子をばらまきながら輝くその結晶を、ゼロは拾い上げる。

 ――もしや、これが機械生命体(やつら)のコア?

 未知の敵の情報を知れるいい機会だと思ったゼロは暫しそれを見つめるが、だからといってそれで分かるわけでもない。

 ――何か、解析できる装置でもあれば・・・・・・。

 そう思った矢先、不可解な現象が起こった。

 

「!?」

 

 先のゼロの思考に反応するかのように、機会生命体のコアらしきものを持ったゼロの左手の掌から魔方陣が出現したのだ。

 掌の上に浮かび上がった、中心に「Z」の文字が刻まれた魔方陣を中心に、そこからさらにゼロの腕周りを囲むように螺旋状の魔方陣が伸びている。

 そして――手に持っていた機会生命体のコアは、その魔方陣の中に消えていった。

 同時に、ゼロの頭の中に情報が流れ込んでくる。

 

「機械生命体のコアの破片、植物細胞の構造に近似、か・・・・・・」

 

 ――なぜ、オレにそんなことが分かる?

 自分の口から無意識に出てきた情報に、咄嗟に疑問を抱くゼロ。

 結晶を取り込んだ己が手に浮かぶ魔方陣を見つめ、ゼロはこれも自分が忘れていた力なのか、と考える。

 その魔方陣の光は、彼が持つゼットセイバーの刀身の光と似ている気がした。つまり、ゼットセイバーと同じ魔素(エネルギー)を用いた魔法兵器ということになる。

 この武器の名前は――

 

 ――Z(ゼット)ナックル

 

 知らない筈なのに、すぐさま頭に武器の名前が浮かんできたことに、ゼロは地に足の着かない感覚を覚える。きっとこれもZセイバーと同じく、忘れていただけで、自分自身の力なのだろう。だが、知った覚えのない知識がすぐさま頭に浮かんでくる感覚は心地よいものではない。

 とはいえ、自分の力だというのならば、有効活用させてもらおうとゼロは思い直すことにする。どうやらこのゼットナックルの用途は、敵から奪い取った武装を解析(ラーニング)して自分のモノとして使用できるものらしい。今回はその解析能力のみが先ほどの機械生命体のコアに働いただけのようだ。また、それそのものが魔素というエネルギーを帯びた力の塊なので、Zセイバーと同じく近接戦闘における攻撃手段にも転用できそうだ。

 自分の戦力を再確認した後、ゼロはナックルの魔方陣を閉じ、捜索を再開させる。

 

 数十分と歩いた後、ゼロは邪魔な機械生命体を一回も見つからずに倒していき、彼らの目にゼロの姿が映ることはなかった。

 周囲を見渡し、そろそろ11Bを連れてもいいかと思ったその時。

 彼らのものと思しき足音を耳にしたゼロは、再びセイバーを抜いてその方向へ振り向く。

 そこには――何の武器も携えず、ゼロの方へ歩いてくる小型の機械生命体たちがあった。

 

「・・・・・・?」

 

 違和感を感じるゼロ。今までゼロが始末してきた機械生命体たちは、皆武器を携え、ゼロを視界に入れることはなくとも、常に始末すべき標的を探してうろついていた。

 だが、彼らは違う。

 機械的な敵意すらもが感じないのだ。ようやく機械生命体たちの視界に入ることを許してしまったゼロであったが、セイバーを抜いたまま彼らを観察した。

 警戒しているゼロにすら気を留めることなく――彼らはゼロの横を素通りしていった。

 ――どういうことだ?

 セイバーを脚部のホルスターに仕舞い、ゼロは自問する。

 彼らがゼロを攻撃しなかった理由。一瞬、自分がアンドロイドではないからと思い至ったが、その可能性は低いと断ずる。自分が目覚めた工場廃墟で増産されていた機械生命体たちは、自分にも敵意を見せていた。

 その時点では単に標的のアンドロイドを始末する障害となりうるから、という線もなくはないが、もし彼らがネットワークとやらで情報を共有しているのならばゼロは既に機械生命体たちに自分たちの驚異となりうる存在と認知されていてもおかしくはない。

 そう考えると、違和感だらけだ。ましてや、ここは工場地帯からそう離れてはいない。にも関わらず繋がりがないと考えるのは不自然だ。

 ――考えていても仕方が無い、か。

 11Bのことを考えれば彼らも斬る方がいいのかもしれないが、ゼロは彼らのことは何一つ知らない。せいぜい先ほど解析したコアくらいのものだ。手を出さずに様子を見るのも一つのやり方かもしれない。

 襲ってこない個体については、暫く泳がせると判断したゼロは更に廃墟都市の中心にまで足を踏み入れる。

 とりあえずこれまでのルートの安全を確保したゼロは、そろそろ11Bを連れに戻ってもいい頃合いだと判断した――その時だった。

 

 ――あれは?

 

 ゼロが足を踏み入れた廃墟都市の中心エリア。

 遠くから絶え間なく聞こえる銃声、剣戟。

 ――どこかで、戦闘が行われているな。

 例のヨルハ部隊とやらと、機械生命体たちの戦闘だろうかと思ったゼロは、ビルの壁を蹴って移動しながらその方向へ向かう。

 瓦礫に隠れ、そこから音源たる場所をのぞき込む。

 戦っていたのは――ゼロがここまで来るまでに散々見た機械生命体たちと、アンドロイドと思しき部隊なのだが。

 そのアンドロイドたちは、ゼロが今の所知るアンドロイドとは気風が違った。・・・・・・正確には、ヨルハのアンドロイドとは。

 とはいっても、ゼロが会ったことのあるアンドロイドは彼が目覚めて以降は11Bと7Eの2人しかいない。ヨルハは宇宙の基地を持つ最新のアンドロイドという話からして、ヨルハが特別なだけなのかもしれない、とゼロは考えた。

 彼らが身に纏う装備からしてヨルハである可能性は低いが、見つかるわけにはいかない。

 だからといって、このまま傍観するのも――

 ――どうする?

 ゼロは自問する。

 戦況は、明らかにアンドロイド側が不利だった。個々の戦力はともかく、数では圧倒的に彼らが有利だったからだ。それでもなんとか死傷者を出さず、着実に機械生命体を撃破していくのは、彼らがそれなりに修羅場をくぐり抜けた来た証なのか。

 そう思って観察していると、アンドロイドたちは弾切れを起こしたのか、武器を失ったまま機械生命体の包囲の中心で立ち往生することとなった。

 遠くから見える彼らの焦りの表情から、打開の策は持っていないか、それとも使い果たしたかのどちらか。

 ――下手に姿を現すリスクを考え、傍観すべきか。

 ――それとも、情報を聞き出すために助けるか。

 既に、ゼロの中で答えは決まっていた。

 

 

 ――油断していた。

 現在、廃墟都市の中央エリアにて機械生命体の部隊に囲まれていたレジスタンスの小隊――その隊長であった男性型のアンドロイドは心中で己の不甲斐なさを毒づく。

 廃墟都市の中央エリアは未だに敵対的な機械生命体が多いことは知っていた。しかし、ここまでの多くの数の敵がいる、なんてことはここ最近なかったのだ。

 地球を奪われたといえど、未だに月にいる人類のために地球に常駐するアンドロイドの組織は沢山いる。彼らレジスタンス組織もまたその一つだった。

 そんな彼らの奮闘により廃墟都市周辺の危険な機械生命体は少なくなっていた。つい先日では降下してきたヨルハ部隊の活躍により工場地帯の安全が確保され、気が緩んでいた隙に、これだった。

 ――くそ、何てことだ。オレは隊長失格だ・・・・・・!!

 悪態をついている暇はない。既に部下は全員弾切れ。

 自分が今手元に携えている小銃も弾は残り僅か。ジャッカス特性の手榴弾(グレネード)も使い切った。

 追い詰めれていた彼は、ここで万事休すかと考える。

 せめて――自分が囮になって部下の逃げ道だけでも作ることができれば――そう、己の命を捨てる覚悟を決めようとした、その時。

 

 頭上から、紅が舞い降りた。

 

「・・・・・・え?」

 

 ヘルメットから零れた金色に輝く長い髪を靡かせる、紅い影。

 咄嗟のことに、隊長とその部下のレジスタンスアンドロイドたちは呆気に取られるが、それも束の間。

 突如として現れた紅い影は、背後にいた隊長の小銃をこともなく奪い取り、機械生命体の包囲網を睨み付けた。

 その行為を見た隊長は、即座にその正体不明のアンドロイドが敵ではないと判断するが。

 

「お、おい!! そいつの弾はもう残り僅か――」

 

 正気を取り戻した隊長が、焦燥に駆り立てられた表情で紅い影に叫ぶ。

 しかし、紅い影が振り向いた瞬間、隊長は言葉を失った。

 言葉を遮られたわけではない――その紅い戦士が自分たちの方へ振り向いた。ただそれだけだった。

 冷たい刃を思わせる、有無を言わせぬ圧力が、彼らを黙らせた。

 

「伏せろ」

 

 紅い戦士の口から、静かな声が全員の耳に浸透する。

 本能――アンドロイドが言うのも変な話だが――でこの紅いアンドロイドの言葉に従わねばならぬと思った部隊のレジスタンスたちは一斉に地面へ倒れ込む。

 そして――紅い影は、小銃に込められた残り少ない弾を――躊躇なく包囲網を作る機械生命体たちにぶつけた。片手で構えたまま銃口の矛先を変えながら連射し、全方向の機械生命体たちに命中する。

 何と無意味な行為。鉄の装甲を持つ彼らが弾丸数発でどうにかなる相手でもない。

 紅い影――ゼロの行為を見上げていたレジスタンスは誰もがそう思った。

 だが、奇跡は起こった。

 

 弾丸を当てられた一部の銃装備の機械生命体たちが、弾を撃つ直前にノックバックしてしまい、照準をレジスタンスのアンドロイドたちからずらしてしまう。

 ズレた照準の先にいるのは、同じくゼロの放った弾丸により動きを封じられた仲間の機械生命体。小銃の弾丸に加え、仲間の誤射を受けた個体が更に次々とノックバックしていく

 一瞬にして、逃げ道がない筈の包囲網に隙が生じた。

 

「嘘、だろ・・・・・・?」

 

 それを目撃していたレジスタンス部隊の隊長は、ゼロの行った神業を瞬時に理解した。

 残る弾数では、せいぜい小型の機械生命体を蜂の巣にするのが精々だった。にも関わらず、この紅いアンドロイドは・・・・・・。

 ――連射する弾丸全てを、それぞれの機械生命体たちの()()()()()()()()()()()、だって!?

 その思考にたどり着いたときには、全てが終わっていた。

 気がつけば傍から姿を消していた紅いアンドロイド――一瞬だけ見えた、機械生命体の群れの中を駆け抜ける光。

 彼らは見た――翠色の光を振るい、機械生命体たちを切り伏せていく紅い閃光を。

 気がつけば、事は片付いていた。

 残骸の断面から爆発して霧散していく機械生命体たちと、その中心に立つ紅い影。

 

 何が起こったのかは分からない。

 一つ分かるのは――自分たちがこの謎のアンドロイドに助けられたという事実のみだった。

 

「あ、ありがとう! 助かったよ!」

 

 レジスタンスの1人が歓喜の表情で、ゼロの方へ駆け寄る。

 彼らの表情は様々で、今のようにゼロに駆け寄る者もいれば、警戒する者もいる。極めつけに、部隊の中にいた紅一点の女型アンドロイドは心なしか熱の籠もった視線を向けている。

 先にゼロの方へ感謝を述べにいった部下に続き、隊長の男性型アンドロイドもまたゼロへ歩み寄る。

 

「部下が助けられたな。礼を言うよ・・・・・・。ここ最近、平和だと思って気が緩んでいた。隊長失格だな・・・・・・」

 

 正体は掴めねど、助けられたことは事実。隊長は頭を下げてゼロにお礼を告げる。

 何も言わないゼロ。返答代わりのつもりなのか、握っていた小銃を隊長の方へ投げ渡す。

 武器を返された隊長は即座に小銃のマガジンを抜き、その中身をのぞき込む。マガジンの中身は見事に空だった。

 たまたま残弾が足りていただけなのか、それとも、把握した上で計算で撃っていたのか。

 ――もし、後者だとすれば恐ろしいな・・・・・・。

 内心で身震いした隊長は、この目の前の紅い戦士の正体がどうであれ、今ここで敵対するのは得策ではないと判断する。

 

「それにしても、変わったアンドロイドだな。他の地域から来たレジスタンスの者か?」

 

 できるだけ警戒心を隠し、感謝の心を表に出すことを努めて隊長は紅い戦士に問いかける。問いかけれた紅い戦士――ゼロは一瞬、どう答えたらよいものか考えたが、すぐに現時点で11Bから聞いたこの世界に関する情報を整理し、体を装うことにした。

 

「・・・・・・この地域の機械生命体の工場を制圧できたと聞き、調査に来た。・・・・・・連絡を寄越さなかったのは謝る・・・・・・」

「・・・・・・そうか」

 

 いまいち得心の行かない、といったような微妙な表情を一瞬だけ浮かべる隊長。

 ――誤魔化すには無理があったか?

 その表情を見逃さなかったゼロは、いっそのこと新設された最新型のアンドロイドを名乗った方がよかったかもしれない、と思い始める。全て、後の祭りだが。

 

「とにかく、我々の集落に来てくれないか? リーダーのアネモネさんに話を付ければ、調査を許可してくれるだろう。それに、助けられた礼もしたい・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 隊長と思しき男の誘いに、ゼロは暫し考える。

 ヨルハ部隊とやらと、現地のアンドロイドの間にどれほどの繋がりがあるのかゼロは把握していない。もし深く繋がっていれば、そこへ脱走兵である11Bを連れて行くリスクは高い。だが――自分だけで11Bを動けるようにできる自信は、ゼロにはなかった。ナックルで11Bの構造を解析すれば或いは、と思わなくもないができたとして修復する技術はゼロにはない。

 考えた末、ゼロは――

 

「・・・・・・一つ、頼みたいことがある」

「何だ?」

「・・・・・・仲間のアンドロイドが1人、負傷して動けないでいる。ソイツも一緒に連れて行って欲しい」

 

 これは賭けだ。分の悪い賭け。

 彼ら自身はおそらく信用できる人柄なのだろう。だが、11Bの立場を考えれば分の悪い賭けだ。

 だが、同時に希望もある。それに情報の糸口を欲していたゼロにとっても、一時的にでも向こうから歩み寄ってきてくれたチャンスを逃すわけには行かない。

 ・・・・・・後は、11Bの意思次第といったところか。

 そう思いつつ、ゼロは彼らの返答を待つ。

 

「分かった。さっそく恩を返すチャンスが来たな。ソイツの所まで案内してくれ。アンタがいればよほどの事がない限り、安全だろう」

 

 未だ腹を探る視線は消えないが、ゼロにとってはありがたい了承が返ってくるのだった。

 

 

 

 がちゃり、とさび付いたコンテナの扉が開く音がした。

 差し込んでくる光が強くなったことを感じた11Bが見上げると、そこには――待ち望んでいた彼がいた。

 ゼロが戻ってくれたのだ。

 

「・・・・・・どうした?」

 

 直前までうずくまって何かに怯える様子を見せていた11Bに、ゼロは問う。

 

「いえ、何でも無いわ。お帰りなさい、ゼロ」

「? ・・・・・・ああ」

 

 あからさまにほっとした様子を見せる11Bを訝しみつつも、ゼロは11Bの言葉にぶっきらぼうに返す。コンテナの中に上がり、ゼロが歩み寄ってくる。

 逆光でシルエットしか見えなかった彼の姿が、次第に鮮明になり、11Bは余計に安心感を覚える。

 ――戻ってきくれてありがとう、ゼロ。

 心の内で感謝を述べつつ、11Bは喜びの表情を浮かべてゼロを見上げる。

 

「・・・・・・様子は、どうだったの?」

「この辺りの敵は片付けた。それと・・・・・・」

 

 ゼロは暫く間を置き、気になった11Bは訝しげに顔を傾げるが、それも束の間。

 次のゼロの言葉に、11Bは驚愕に顔を歪めることとなった。

 

「レジスタンスと名乗るアンドロイドの部隊と接触した」

「・・・・・・え?」

 

 呆気に取られる11Bに、ゼロは説明する。

 曰く、情報を聞き出すために、機械生命体たちに囲まれていた所を助けたという。

 彼らはお礼をしたいからレジスタンスの拠点に来て欲しいと頼み込んできた。そこでゼロは11Bの名前を伏せ、負傷した11Bも連れて行って欲しいと頼んだという。

 

「奴らは、コンテナの外で待っている。・・・・・・どうする?」

 

 ゼロの言わんとすることを、11Bは理解した。ゼロ自身は、あえて連れて行かれるのも一つの手だと思ってこの話を出したのだろう。

 当たり前だが、目覚めたばかりのゼロには11Bを直す手立てはない。損傷が軽微ならばナノマシンによる自動回復か、もしくは11B自身の手で修復することも可能だろう。だが、ダメージレベルは既にその可能な域を超えている。

 このままでは、ゼロの足手まといだ。

 

「・・・・・・ゼロは、どうするべきだと思っているの?」

「オレは、今の世界についてよく知らん。・・・・・・お前が決めろ」

「・・・・・・そう、よね・・・・・・」

 

 ゼロの突き放すような言い方に少しショックを受けつつも、11Bはその通りだと考える。ヨルハを抜け出したのも、仲間を犠牲にして生き延びてきたのも、ゼロを目覚めさせたのも――全て、自分の選択だ。

 ここで他者に選択を委ねては、今までの11Bの行動の全てを否定することになる。

 

「オレは、お前がどのような選択をしようと構わん。だが、もし奴らがお前を裏切ることがあれば――そこから先は、オレの仕事だ」

「ゼロ・・・・・・」

 

 ――だから、安心して好きな方を選べ。

 そう言いたげなゼロの言葉に、11Bは少しだけ気が楽になる。

 どのような状況にあろうと、彼が傍にいてくれる。助けてくれる――そう思うだけで、どれだけ救われることか。

 

「彼らに着いていきましょう。いざとなったら、その・・・・・・・お願い、できる?」

「・・・・・・ああ」

「ありがとう、ゼロ」

 

 前向きの表情になった11B。

 11Bの選択を聞いたゼロは、彼女の義体を再び抱き上げ、コンテナの外で待っているレジスタンス部隊の方へ向き合う。

 11Bの姿を見たレジスタンスたちは、動けないアンドロイドの正体がヨルハタイプだったことに大層驚いていた。

 ――果たして、彼らは自分たちを受け入れてくれるのか?

 その思いを胸に、2人はレジスタンスの案内の元、彼らの拠点へと向かった。

 

 

     ◇

 

 

「・・・・・・そうか、そのアンドロイドには感謝をしないとな。しかし、妙だな・・・・・・」

『はい、仲間がヨルハタイプのアンドロイドだったのもそうですが。・・・・・・何より、あれほどの戦闘力を持ったアンドロイドが傍にいて、動けぬ程の損傷を受けていたのも怪しい点です』

「連絡が途絶えた担当のヨルハ部隊員とは別人か?」

『はい。保護したヨルハ隊員は、その者とは別人でした』

「そうか、何か手がかりでも持っているかもしれないから、丁重に保護してくれ。それと、君たちを助けてくれたアンドロイドについてだが・・・・・・」

『正直、ヨルハを知っている我々でも、アレほどの戦闘能力を持った存在が、果たして我々と同じアンドロイドなのか、怪しいところです。風貌も目立ちますし、もしあれほどの存在が他の地域のレジスタンスに所属しているならば、嫌でも噂にならない筈がありません』

「・・・・・・そう思って、近くの別のレジスタンスと連絡を取ってみたが、そのような者はいないと返ってきた。少なくとも、レジスタンスのアンドロイドでないことは間違いないだろう」

『やはり、そうですか・・・・・・』

「パスカルの例もある。君たちを助け、相棒にヨルハタイプがいるのならば、少なくとも機械生命体たちの味方ではないだろう。彼らの事情を知りたい、連れて来てくれないか?」

『分かりました。それと、このことはヨルハ司令官には・・・・・・』

「・・・・・・一応、伏せておいてくれ。彼らの事情を聞くまではな」

『・・・・・・了解です。これより帰還します』

 

 部下からの通信映像が切れたことを確認したレジスタンスの女性型のアンドロイドはハァ、と息を吐いて通信機を電源機器に戻す。

 ここはレジスタンスキャンプ――廃墟都市の一角にテントを張り巡らし機械生命体と戦うための機材や武器を備蓄する拠点である。彼女こそがこのレジスタンスのリーダーを務めるアンドロイドなのだ。

 彼女がため息を吐く理由は、仲間を助けくれた謎の赤いアンドロイド(?)と、そのアンドロイドが連れている、負傷したヨルハ部隊員についてだ。

 まだ会ってみないことには分からないが、なんとくなく――ただ事ではない事情を抱えていることは聞いているだけでも予想できるのだ。

 とにかく、会ってみないことには何も分からない。

 

 そう思って、彼らの帰りを待つこと数十分。

 部隊の帰還の知らせを聞いた彼女は、資料が置かれた木製の机から立ち上がり、彼らを迎え入れた。

 

 そして、報告通りに、その部隊に連れられ、異質な存在が二つあった。

 見慣れない赤いボディと、女型である彼女さえも惚れ惚れしてしまいそうな流れる黄金の髪。歴戦のアンドロイドである彼女から見ても、佇んでいるだけで分かる、“歴戦”の戦士の匂い。

 そして――何より目を引いたのは、彼の腕に抱かれている、負傷したヨルハ隊員。

 

 彼女の目には見覚えがあった――長い戦いの末、自分の存在意義を失った者の顔。より所を失い、迷える子犬のような目。

 

 そんな2人のアンドロイドを一目見て、彼女はもう一度ため息を吐いた。

 ――予想通り、ただ事ではなさそうだな・・・・・・。

 念のため、ヨルハの司令部への連絡を先送りにした自分の判断が、正しかったかもしれないことに、彼女はきな臭い予感を感じつつ、部下に連れられてきた2人を出迎えた。

 

「ようこそ、レジスタンスキャンプへ。私はここら一帯のアンドロイドレジスタンスのリーダーを務めている、“アネモネ”だ」

 

 ――さっそくで申し訳ないが、人目の着かない所で、君たちの事情を説明してくれないか?

 朗らかに2人に挨拶した直後、アネモネは神妙な表情で2人に問いかける。

 

 ここに、彼らレジスタンスと、旧世界の紅き英雄は邂逅するのだった。

 




アネモネさんすこ。

掲載時点から悩んでいたオメガ登場に関する件ですが、活動報告にて報告していますので、よかったらどうぞ。


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レジスタンス

(執筆)状況開始!


 アンドロイドレジスタンス――ヨルハ部隊などの最新のアンドロイド部隊が地上へ降下作戦を展開する以前より、月面の人類会議の指示により地上に派遣されたアンドロイド部隊の生き残りである。今や人類に代わり地球を跋扈する機械生命体たちを相手にゲリラ戦を展開しながら長い間戦い続け、その経験を活かして現行のアンドロイド部隊のサポートを遂行する彼らは、今や人類軍にとってはなくてはならない存在であろう。

 一度は月に見捨てられ、それでも尚強靱な意志を糧に機械生命体相手に奮闘し続ける彼らに、銃を下ろすことを許される日は来るのか――それは誰にも分からない。

 

 

 「こっちだ」

 助けたレジスタンスの部隊の案内の元、ゼロたちは廃ビルの暗闇をくぐり抜けると、そこにあったのは廃墟を利用したキャンプ地帯が広がる廃墟都市の一角だった。彼らなりのユーモラスなのか、日光が降り注ぐキャンプ地の広場の中心には白い花がいくつも集まって咲いていた。

 

「レジスタンス、か・・・・・・」

 

 それがここに来て、ゼロが一番最初に発した言葉だった。

 建物廃墟や傾いたハイウェイなどを利用したキャンプで、鉄骨と白い布製のサンシェードを用いて立てられたテントが隅々に設置されたこの場所こそ、地上のアンドロイドレジスタンスが拠点するレジスタンスキャンプであった。

 キャンプの中には修理中の機械や機材、古びた武器などが並んでおり、彼らなりのこの地での奮闘が多少なりと窺える。

 

「・・・・・・」

 

 ゼロに抱えられている11Bは、周囲のアンドロイドたちから突き刺さる視線に居心地が悪そうに顔を顰めた。

 その奇異の視線が向けられているのは自分ではなく、ゼロの方だったからだ。ゼロが助けたレジスタンスの部隊の1人が貸してくれた、普段彼らが纏っている深緑色のマントで損傷した義体に包みながら、11Bはその視線を一心に受けるゼロを見上げる。

 気付いていないのか、それとも気にしていないだけなのか、ゼロは相変わらず無表情のままだ。何かを思う所がありげな先ほどの呟きも、結局のところ彼が何を思っているのか推察するには足らず、不安は余計に募るばかりだ。

 ――ああ、これが今の私の立場、か・・・・・・。

 人類軍を抜け出した裏切り者――その肩書きは、人類軍からは半ば独立しているレジスタンスキャンプにおいても付き纏う。

 そのことについては分かってたのだが。問題は、ゼロだ。

 よくよく考えれば、裏切り者である11B以上にゼロはアンドロイドにとっては得体の知れない存在なのだ。

 その証拠に・・・・・・。

 

 ――何だ、あの紅いのは?

 ――新しい機械生命体か?

 

 機械生命体――その言葉を聞いた11Bはこの時だけは動かせない自分の今の体に感謝した。もし、今この身が万全ならば――怒りに我を忘れて斬りかかってしまうだろうから。

 今、自分たちをここに案内してくれたレジスタンスの部隊でさえ、ゼロに疑いの目を向ける者が混じっている。

 その中に混じり、1人ゼロに熱い視線を向けている女性型のレジスタンスについては、考えないものとした。

 戸にも角にも、そのような様々な理由があって11Bはとても居心地が悪かった。とはいえ、せっかくゼロが作ってくれたチャンスを不意にすることは許されない。自分が裏切り者であることを悟らせず、なんとかして義体を修理してもらう。

 バレたとしても、その時はゼロが守ってくれる――ならば、怖じ気づいている暇はない。

 11Bはゼロが進む方向へ顔を上げ、決意を新たにする。

 

「帰りました、アネモネ姐さん」

 

 案内していたレジスタンの1人が、傾いたハイウェイの下に立ったキャンプの中にいた女性に話しかける。

 ・・・・・・どうやら、この女性がここのレジスタンスの頭を務めるアンドロイドらしい。

 

「ご苦労だった。大変だったそうだな、みんな無事で何よりだよ。それと・・・・・・」

 

 帰ってきた部下達に労いの言葉をかけ、その次に、アネモネ姐さんと呼ばれたアンドロイドが目を向けたのは、ゼロとそれに抱えられている11Bだった。

 

「君たちが、例の紅いアンドロイドと、負傷したヨルハの隊員。部下たちを助けてくれたこと、礼を言うよ。本当にありがとう」

 

 部下たちと同様の白い衣服の上に、中東の民族衣装を思わせる丈の長いフードマントを着こなす褐色肌の女性が、優しい表情でゼロに礼を言う。

 

「ようこそ、レジスタンスキャンプへ。私はここら一帯のアンドロイドレジスタンスのリーダーを務めている、“アネモネ”だ」

 

 よろしく頼む、と手を差し伸べるアネモネの態度は好意的だ。

 

「こちらこそ、助けてくれて有り難うございます。ヨルハ11号B型、11Bです。よろしくお願いします」

「・・・・・・ゼロだ」

 

 自分を抱えているため手を差し伸べられないゼロに代わり、動く片手を差し伸べてアネモネと握手をする11Bは、これならばどうにか助かるかも知れない、と希望を抱いていた。

 ――だが、次のアネモネの発言で、その希望は崩れ去ることなった。

 

「それと――さっそくで申し訳ないのだが、人目につかない所で、君たちの事情を教えてくれないか?」

 

 優しい顔から一転して、アネモネは真剣な表情で11Bとゼロに問いただしたのだ。

 咄嗟のことに呆気に取られる11B、ゼロも表情こそ変えないものの、周囲に気付かれないようにフットパーツに魔素を充填していつでも脱出できるように準備していた。

 そんな2人の雰囲気の感じ取ったアネモネが、2人を落ち着かせるために言う。

 

「安心してくれ。君のことは、ヨルハには()()()()()()()()()

「・・・・・・え?」

 

 その一言に、11Bは神妙な顔つきから一転して毒気の抜かれた表情になる。

 その11Bの表情を見たアネモネは、ようやく確信した、と言わんばかりにため息を吐いて、説明を続けた。

 

「・・・・・・やはりな。新設されたばかりの部隊であってか、まだまだ青い。この程度の鎌かけに引っかかるようではな・・・・・・」

「あ・・・・・・」

 

 しまった、と11Bは開いた口を慌てて押さえる。

 だが、時は既に遅い。

 アネモネは部下から連絡された時には、11Bの事情をある程度感づいていた。

 連絡を絶ったヨルハ隊員とは別人で、これからその代わりに来るであろう2人のヨルハ隊員でもなく、負傷した体のまま地上に置き去りになっていたヨルハのアンドロイド。

 そして、先日ヨルハが展開した第243次降下作戦――地上に派遣されたヨルハ部隊のアンドロイドの内、生き残って任務を遂行したのはたった2人だけだったという。

 命を捨てて任務を遂行した2人であったが、既にバンカーにアップロードしてあった同一個体が復活し、連絡が絶たれた現地担当のヨルハ隊員に代わって再度派遣される予定であるとアネモネはヨルハの司令官から事前に聞かされていた。

 つまり、あの降下作戦におけるヨルハの生き残りはいない筈なのだ。

 にも関わらず、事前連絡もなしに来た、負傷したヨルハ隊員――つまる所、彼女は降下作戦中に撃墜された体を装って部隊を抜け出した脱走兵なのではないか、と。

 かくして、11Bの反応からアネモネの推測は的中したわけだ。

 

「少し考えれば推測は容易い。先日ヨルハが展開した降下作戦――そして、何の連絡もなしに発見された、負傷したヨルハ隊員。ヨルハ機体11B――君は降下作戦中に部隊を抜け出した脱走兵だな?」

「・・・・・・ッ」

 

 反論もできず、顔をしかめる11B。

 さすがはアンドロイドレジスタンスの頭を務めるアンドロイド。隠し通せる程容易な輩ではなかった。

 

「ゼロ・・・・・・ごめん」

「謝る必要はない。それより・・・・・・」

 

 ――ここから出るぞ。

 自分のミスでゼロが作ってくれたチャンスを逃すことになってしまうことに、11Bはゼロに謝るが、ゼロはそれは後だと言わんばかりにフットパーツを起動させてここから脱出しようとした。

 11Bに非はない。ただバンカーとレジスタンスの繋がりが想定以上に深かった。ただそれだけのことなのだから。

 だが、そんなゼロ達をアネモネは慌てて引き止める。

 

「待ってくれ!! 警戒させたのは謝ろう。11B、君の事情についてはある程度予測はついていた。その上で君たちをここに招いたんだ。それに、バンカーに連絡をしていないのは本当だ」

「え?」

「・・・・・・どういう事だ?」

 

 フットパーツの起動状態を保ちつつ、ゼロはアネモネに問う。

 このアネモネというアンドロイドの意図が分からない。11Bに鎌をかけて脱走兵と見抜いたと思えば、未だにバンカーに連絡していないという。

 

「さっきも言った通り。私は11Bの事情は察しているつもりだ。だから、その子のことはいい。義体が動かないというのならば、同じアンドロイドの仲間として直してあげよう。

 問題は・・・・・・そこの紅いアンドロイド、君だ」

 

 アネモネの真剣な眼差しが、11Bからゼロに移る。

 ゼロを値踏みするような、警戒するような視線。

 例え仲間を助けてくれた者であっても、そう易々と得体の知れない者に懐を許すことは、一組織を纏める者としては許されないのだ。

 

「助けられた部下の話では、君がアンドロイドであることが信じられないらしい。君は別地域を担当するレジスタンスを名乗ったそうだが、君のような者がいて噂にならない筈がないんだ。だが、そういった話は聞いたことがない。

 ゼロ、君は一体何者なんだ?」

「・・・・・・」

 

 アネモネの問いに対し、ゼロは表情を変えぬまま何も言わなかった。

 何者と問われたこところで、旧世界の兵器らしい、としか答えられない。ゼロ自身さえそのことに確信を持てていない今、その問いにゼロが答えることは難しかった。

 

「・・・・・・すまない。部下を助けてくれた者を、疑うことはできればしたくないのだが、私たちにとってみれば、君はアンドロイドというよりかは――特異な進化を遂げた機械生命体と言われた方がまだ納得ができるんだ」

 

 アネモネの発言に、レジスタンス全体が同意するように頷く。

 ゼロに助けられた部隊の隊長も、申し訳なさそうな顔をしつつも否定しないまま顔を下げる。

 

「ッ、そんな事ないッ!!」

 

 アネモネの発言に絶えきれず、ゼロに腕に抱かれていた11Bが無理矢理、身を乗り出して怒鳴った。

 ――どいつもこいつも、ゼロをバカに、バカにしやがってッ!!

 

「ゼロは旧世界の人間たちに作られたアンドロイドよ!! ポッドがそう言ってたんだから間違いない!! 工場廃墟の地下で眠っていたゼロを私がハッキングで目覚めさせたの!! ゼロは、動けない私を守ってくれた。あんな奴らとは違う。それに・・・・・・」

 

 もう一度、11Bは息を大きく吸って、アネモネに向かって激情という言葉をぶつけた。

 

「アンドロイドだろうと機械生命体だろうと何だろうと・・・・・・ゼロはゼロなんだからぁッ!!」

 

 ハァ、と息を上げて11Bはアネモネと、周囲のレジスタンスのアンドロイドたちを睨み付ける。その眼光たるや、レジスタンスのアンドロイドたちをたじろがせるには十分な迫力だった。

 アネモネは呆気に取られたように口を開け、ゼロですら目を見開いたまま腕の中の11Bを見つめる。

 

 暫しの間、乾いた風が吹き続けた。

 

「・・・・・・ふふッ、アハハハハハッ!」

 

 先に沈黙を破ったのはアネモネだった。

 腹を抱えて、おかしそうに、どこか嬉しそうに彼女は笑っていた。

 全員が呆気に取られる中、笑いを堪えたアネモネは、再びゼロ達の方へ向き直った。

 ――少し、懐かしい気分になった。

 性格も、見た目も違うのに、必死に仲間(ゼロ)を庇って疑心になる自分たち(レジスタンス)に訴えかけるその姿が。

 ――2号、少し、この子をお前と重ねてしまったよ。

 今はどこにいるのか分からぬかつての仲間に対して、アネモネは語りかける。

 

「11B、君の気持ちは分かった。だが、何も知らぬままでは我々も君たちを受け入れることはできない。落ち着いて君を治療することすらままならない。そこでだ――」

 

 アネモネが隣にいた仲間に指示すると、テントの向かい側にあった廃墟ビルのドアが開いた。開いた電子式のドアの奥から見えたのは、簡素な作りの個室だった。

 打ち放しの部屋にテーブルやラックなどが置かれた簡素な作りであったが、内部は空間を広く取っており、休息を取るには十分な空間と言えるだろう。

 

「ここに来る予定の担当のヨルハ隊員のため空けた個室だが、幸い彼らが来るまで時間はある。そこで――君たちのことを教えてもらえないか?」

 

 開いた個室の方へ足を運び、アネモネはゼロ達の方へ振り向いて言う。

 

「我々とて、仲間を助けてくれた恩人を見捨てる程腐ってはいない。我々はバンカーと繋がってはいるが、組織としては独立している。

 君たちの力になれるかもしれないが・・・・・・どうだ?」

 

 優しく微笑みながら言うアネモネに、2人は思案する。

 正直、彼らレジスタンスを信用仕切れてはいない。バンカーに連絡を取っていない云々も本当かどうか分からないのだ。だが、それは向こうも同じ事。

 その上で、アネモネは歩み寄ってきた。

 

 あの奥にある個室が、罠か、それとも安穏の空間となるか。

 

「・・・・・・行こう、ゼロ」

「いいのか?」

「ええ。あの人のことはまだよく分からないけれど、信用できると思う」

「・・・・・・分かった」

 

 11Bがそう選択したのであれば、ゼロからは言うことはない。

 11Bの選択を聞いたゼロは彼女を抱えたまま、アネモネの方へ歩み寄っていく。

 

「オレたちは、アンタを信用する」

「・・・・・・そうか、ありがとう。この部屋に入るのは君たちと私、そして私の仲間が2人だ。彼女たちは治療・メンテナンスに特化したアンドロイドでね。11Bを治療しつつ、君たちから話しを聞かせてもらうよ」

「・・・・・・分かった」

 

 こうして、アネモネとゼロ、11B。

 そして後から呼ばれた双子の姉妹型のアンドロイドが個室に入ることとなった。

 

 

 簡素な空間に用意された二つのベッド。

 元々、これから来る予定だった2人のヨルハ隊員用に用意された部屋の内、一つのベッドに11Bは寝かせられ、アネモネの仲間である双子の姉妹型アンドロイドから治療を受けていた。11Bを治療する双子のアンドロイドはデボル、ポポルという名前のようだ。

 その隣には壁に寄りかかったまま腕を組んで治療を受ける11Bを見守るゼロと、出口の扉側に立つアネモネがいた。

 

「・・・・・・そうか。機密を知って作戦中に脱走。再起動した後、脱走ルートとして工場の地下エリアを目指すが、君の裏切りに感づいていた7Eと遭遇、負傷したものの機械生命体の部隊が乱入したことにより、なんとか逃げ延びる。機械生命体たちに追われながらも予定通り工場の地下ルートを通るが、最中に論理ウイルスの汚染が進み、どうしようもなくなった所で、ポッドの助言に従いゼロを発見。逃げ場がなくなった君は、ポッドに時間を稼いでもらいながら、ハッキングでゼロを目覚めさせた。

 だが、目覚めさせたもののポッドは大破、君も動けない程のダメージを負うが、ゼロに助けてもらいなんとか逃げ延びた。

 そこで待ち伏せていた7Eがゼロと交戦し、その最中に超大型の機械生命体が現れ、7Eは死亡。ゼロは君を守りながらも、単身で大型を撃破。

 無事工場を脱出して、道中で偵察中だった私たちの部隊を助け、今に至ると」

 

 治療を受けながらの11Bのこれまでの説明を、アネモネが簡潔にまとめ上げる。

 人目につかないこの個室を選んだのは、これから新しい担当としてくるであろう2人のヨルハ隊員の目に11Bが映らないようにするためだ。

 そうでなくとも、今現在このレジスタンスキャンプにはそれとは関係なく1人のヨルハ隊員が休憩所にいるのだ。

 幸い、彼女は音楽に夢中であったために中心で起こっていた騒ぎに気づいた様子はない。

 故に、脱走した11Bの存在がヨルハ側にバレる前に手を打つことが、この話し合いの目的だった。

 

「はい。それと、機密についてですが・・・・・・」

「ああ、そこについては触れないようにしておこう。おそらく、我々も知ってはいけないことだろうからな・・・・・・」

「ごめんなさい・・・・・・ここまでしてもらって」

 

 目を伏せて謝る11Bだが、アネモネは手を振って「構わないさ」と返した。

 

「けれど、正直、信じられないわね」

 

 11Bを治療しつつ、そう言い出したのはポポルだった。

 

「ポポルに同じだ。11Bには悪いが、まるでお伽噺のようだよ。信じろって言われても、そう簡単に飲み込める話じゃないな」

 

 双子の妹の言葉に同意するデボルの言葉は、皮肉が込められつつも尤もな事だった。

 まるで、ピンチになったお姫様と、そこへ颯爽と助けに来てくれた王子様のような、そんな都合のいいお話だった。

 旧型であるデボルは、それをお伽噺と皮肉ったのだった。

 ――あたしたちには、そんな奴はいなかったっていうのに・・・・・・。

 若干羨望の眼差しで11Bを見つめつつ、彼女の治療を続けるデボル。

 そんなデボルの言葉に更に同意するように、アネモネは頷きながら話し合いを続けた。

 

「そうだな、直接見ていない私たちではその話を信用することができない。

 ・・・・・・そこでゼロ、君に一つ確認したいことがある」

「・・・・・・何だ」

 

 アネモネはゼロへ向き合い、ある事を聞こうとした。

 

「君が戦った7Eだが、彼女の傍には11Bとは別に彼女の随行支援を担当するポッドがいただろう?」

 

 ――あの箱のような機械か。

 ゼロは7Eとの戦闘を思い返し、7Eを射撃支援していた箱のような形の飛行体を思い出す。今までの話を聞く限りでは、自分が目覚める前の11Bにも同様の支援ユニットが付いていたそうだが、ゼロを目覚めさせる時間稼ぎ役を引き受けて大破してしまったようだ。

 黙って頷くゼロに、アネモネは続ける。

 

「君は彼女に重傷を負わせたそうだが、彼女が大型兵器に潰される直前――そのポッドはどこにいた?」

「・・・・・・たしか・・・・・・」

 

 思い返すゼロ。

 突然現れた大型兵器と11Bを守ることで手一杯だったゼロだが、そういえば7Eに随行していたポッドの姿は彼女との戦闘以降見てはいない。

 

「・・・・・・分からない」

「なら、おそらく遠くで君と大型兵器の戦闘を観察していたと考えるのが自然だろう。君が大型を撃破する所も、おそらくは」

 

 アネモネの言葉にハッとなったのは、未だに治療を受けている最中の11Bだった。

 

「という事は、バンカーは既にゼロの存在と戦闘能力を認知している可能性が高いってこと?」

「その通り。ならば、そこに光明があると私は考えている」

 

 光明――その言葉に全員がアネモネに注目する。

 

「順序立てて説明する。まず、君とゼロのいった事が本当のことならば、7Eに随行していたポッドは彼女の死後も、ゼロの戦闘を観察していた可能性が高い。おそらくバンカーにも報告されているだろうな。

 ――つまり、機械生命体を破壊したゼロの有用性と危険性を、バンカーは把握しているんだ。大型兵器を単身で撃破した存在とあらば、バンカーも容易に手は出し辛いだろう。

 即ち、11B。君はバンカーに対してゼロという強大な武器を保有しているということになる」

「武器って、ゼロは別に――」

「・・・・・・すまない、言葉の綾だ。だが現に今、ゼロは君のためにこうして動いている。ならばあながち間違いでもないだろう」

 

 11Bに謝りつつ、アネモネはそこでだ、と続けた。

 

「機械生命体を破壊したゼロを見たバンカーのゼロに対する認識は二つだ。一つは――強大な戦闘能力を有していること。そして二つ目は、それは自分たちの味方になりえる存在か分からないということだ」

 

 一つ目は確定要素。

 二つ目は不確定要素。

 アネモネが注目するのは、この二つ目の要素だ。

 

「この不確定要素こそ、11Bが生き残る道に繋がる。要するに、バンカーに対して、ゼロはアンドロイドの味方でも、機械生命体の味方でもなく――11Bの味方であることを証明すればいい。そうすることで、11Bに対して手を出しにくくする。11Bを失えば、ゼロがどのような行動に出るか分からないと認識させるんだ。

 そのためには、何が必要だ?」

 

 アネモネの提案する策に、ゼロ以外の全員が息を呑む。

 確かに、これならば11Bが助かる道があるかもしれない。

 アネモネの提案に、あっ、と気付いたように声を上げたのは11Bだった。

 

「ゼロが、私の味方であるという証拠を提示する。それが提示できる一番の方法は、私がゼロを目覚めさせたという証拠・・・・・・その証拠を持ってるのは――」

 

 ――ポッドしかいない。

 

 その発想に行き着いた11Bに、アネモネは満足そうに頷いた。

 

「そうだ。君の随行支援を担当していたポッド。目覚める瞬間は無理にしても、君がゼロのプロテクトをハッキングする最中の映像は残っているかもしれない。つまり――ゼロが目覚めた場所に放置されたポッドの残骸――その中から、その映像データを抜き出す。それをヨルハに提示するんだ」

 

 アネモネの説明に希望が沸いてくる11Bであったが、同時にある疑問が過ぎった。

 ――その作戦は、11Bがあくまでアンドロイド側であることで、さらにゼロが11Bの味方で在り続けることを前提とした策なのだ。

 つまり――

 

「ゼロと一緒に、レジスタンスに入る――そういう事ですか?」

「そうだ」

「ゼロを交渉の材料として利用して、私の元へ縛り続ける、ということですか」

 

 無言で頷くアネモネ。ゼロはあくまで11Bの味方。

 そのゼロがヨルハ、ひいては人類軍にとって有用であると証明し続けるためには、一度は裏切った11Bが再びアンドロイド側に付くこと。

 そしてその11Bの元へゼロを縛り付ける、そういうことだった。

 

「結局は、ゼロ次第ということになるな」

 

 アネモネが言い終わると、全員が一斉にゼロの方を向いていた。

 今まで黙ってアネモネたちの話を聞いていたゼロ。

 これといった意見をしてこなかった紅いアーマーを身に纏うアンドロイドに、その意思を問う必要が出てきたのだ。

 

「ゼロ、私からも君に頼みたい」

 

 ゼロの方へ一歩踏み出し、アネモネは頭を下げる。

 

「私たちレジスタンスは、機械ども相手に苦戦してきた。私たちがこうしている間にも奴らは数を増やし、進化を続けることだろう。

 今までゲリラを展開して応戦してきた我々だが――正直、それが一杯一杯だったんだ。私たちにできるのは、私たちを見捨てた人類軍を支援して、情報を提供することだけなんだ。

 その過程で、私たちは多くの仲間を失ってきた。

 そこに――君が来た。大型兵器を単身で撃破する君が」

 

 ゼロは黙ってアネモネの話を聞き続ける。

 

「我々は、仲間を救ってくれた君の力が欲しい。そして、君が味方する11Bが仲間に欲しい。仲間になれば、我々は君たちを家族として迎え入れよう。君たちの居場所になろう。

 だから、どうか――我々に、力を貸して欲しい」

 

 頭を下げるアネモネ。

 思わず、11Bを治療する手を止め、騒然とするデボルとポポル。

 レジスタンスのリーダーを務めるあのアネモネが、率先して頭を下げたからだ。

 彼女からしても、ゼロはレジスタンスに欲しい存在だった。機械生命体の包囲網を全滅させたという報告から、彼が大型を撃破した瞬間を目にしてなくとも、それは変わらない。

 全員が、ゼロの返答を待つ。

 ここから先は、ゼロの選択に掛かっているのだから。

 

「・・・・・・一つだけ聞きたいことがある」

 

 静かに口を開いたゼロが、腕を組んだままアネモネの方へ顔を向けて問うた。

 

「お前達は、なぜオレ達にそこまでしてくれる? 片や、人類軍を抜け出した裏切り者。片や、敵か味方かも分からない得体の知れぬ者・・・・・・そんなオレ達を、あんた達は何故助けようとする?」

 

 ゼロの疑問は尤もなことだ。

 アンドロイドである11Bはともかく、アンドロイドか機械生命体ですらない、自分自身ですら何者なのか分からない存在に対して、なぜ手を差し伸べようとするのかがゼロには分からなかった。

 聞かれたアネモネは、「簡単さ」と笑って答えた。

 

「私たちは君という恩人を見捨てる程腐ってはいない。それに、君に助けられたということは、君を目覚めさせてくれた11Bにも助けられたということなんだ。

 君が助けてくれなければ、11Bが君を目覚めさせなければ、あいつらはきっと帰ってこなかっただろう。その恩を返したい――それだけでは、駄目か?」

 

 アネモネの言った理由に、ゼロは暫し思案した後――

 

「・・・・・・分かった。お前達の仲間になろう」

「ゼロ!」

 

 決心したゼロだが、待ったの声がかかる。

 11Bだ。

 

「・・・・・・いいの? 貴方をずっと利用し続けることになるのよ? 人類軍への交渉材料として・・・・・・貴方を、私の元で縛り付けることになるのよっ!? 貴方はそれでいいのっ!?」

 

 話を纏めるならば、11Bは自分自身が生き残るためだけにゼロをずっと利用し続けることになる。

 それは果たして、ゼロにとってはどうなのか。

 

「お前についていくと決めたのはオレ自身だ。それに――」

 

 ちらり、とゼロはアネモネたちを一瞥する。

 ゼロ自身も、11Bと同様にアネモネのことは信用していいと思ったのだから。

 

「ここの居心地も、存外悪くはなさそうだ」

 

 最後にそう締めくくりながら、ゼロは悟ったように瞳を閉じた。

 これ以上、自分から言うことはない。今言ったことが全てだと言わんばかりに。

 こうして、2人はレジスタンスに加わる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 時は暫くして、ゼロは自分が目覚めた工場廃墟の入り口の前に立っていた。

 赤さびた鉄の表面で構成され、悠然とそびえ立つ工場廃墟の建物をゼロは見上げる。工場に入る直前、ゼロはここに来るまでのことを思い出していた。

 

『・・・・・・ポッドを回収しに行くのね?』

『ああ、時間がない。すぐに行く』

 

 個室に残されたのは、治療を受け続ける11Bと、彼女の治療を担当するデボルとポポル。そしてゼロだった。

 アネモネはレジスタンスキャンプの現場の指示に戻り、後はゼロが準備を整えて出発するだけだった。

 

『ゼロ、ポッドは本来私たちヨルハ機体の随行支援のためにあるものだけれど、もう一つ役割があるの』

『役割?』

『監視よ。随行支援対象が任務を放棄、または裏切りを行った場合、すぐにバンカーに連絡が行く。そういう役割も兼ねているの』

 

 11Bの説明に納得がいったゼロであったが、同時にある疑問も沸いてくる。

 ――ならば、何故11Bはポッドを伴ったまま部隊から脱走したのか?

 その疑問はゼロの口から出される前に、11Bが答えた。

 

『けれど、ポッドはバンカーからの役割を破棄して、私に着いてきてくれたの。私がヨルハに監視されないように、あの子は自身とバンカーの通信を閉鎖してくれた』

『・・・・・・』

『あの子は、私がロールアウトされた時から、ずっと一緒だった。私が無茶すれば、注意を促しつつずっと助けてくれて、気がつけば私もあの子に愛着が沸いてた。多分、あの子が役割を破棄しなくとも、私はあの子を連れていたと思う・・・・・・』

 

 ずっと一緒だった。相棒だった。

 いつしかポッドが損傷した時は、スキャナータイプに頼れない時は11B自身の手でメンテナンスをすることもあった。

 いつしかポッドも11B以外からのメンテナンスを嫌がるようになり、必然とポッドと11Bの触れる機会は多くなった。時折、後輩の16Dから嫉妬の目線を向けられることもあったが、その時の16Dは可愛かったので尚よかった。

 だが、そのポッドもゼロを目覚めさせる時間稼ぎのために、死んでいった。

 ゼロは考える――おそらく11Bの言うポッドがいなければ、自分が目覚めることもなかったのではないか

 

『・・・・・・ごめんね、こんな話をしちゃって。気を付けてね、ゼロ』

『連れてくるさ』

『ゼロ?』

『データと一緒に、そいつもお前の所へ連れてくる』

 

 ――それが、オレが彼にできるせめてもの報いだろう。

 そう言い残し、11Bは個室を去ってアネモネに挨拶をした後、工場廃墟へと足を運んだのだった。

 かつて人類が兵器工場として建てたその建物は、今や機械生命体の手によって自分たちの仲間を増産する設備に成り果てている。

 降下作戦によってその勢いこそ落ちたものの、この工場から機械生命体を完全に追い出せた訳ではない。

 その工場を、ゼロは見上げる。

 

『こちらレジスタンスキャンプ。ゼロ、聞こえるか?』

 

 声が聞こえた通信機を手に取ると、そこからアネモネからの通信映像が映し出された。

 レジスタンスの通信機から、アネモネが連絡してくれたのだ。

 

『11Bのことは此方に任せてくれ。なるべくヨルハの目に届かない所に匿おう。だが、それでも彼女のブラックボックス信号を隠すことは難しい。できれば、早急にポッドを見つけ出して欲しい』

 

 目標は、工場地下にある自分が眠っていたエリア――そこにある11Bのポッドの亡骸の回収。

 レジスタンスキャンプに調査担当のヨルハ隊員が到着する前にそのデータを見つけ出し、更にその亡骸を11Bの元へ送り届けるのが、今回の任務だ。

 

「了解。任務(ミッション)を開始する」

 

 任務内容の確認を終えたゼロは、静かにそう言い放つと、工場廃墟の中へ飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 ――同時刻

 

 

 

 

 

 

 バンカーから放たれた、二機の飛行ユニットが海の上を渡りながら――工場廃墟へ向かっていった。一機は黒、もう一機は隊長機の証である白色に塗り替えられた飛行ユニットだった。

 

『それにしても、どうして2Bのような戦闘モデルが調査を担当するんでしょうか? 現地調査なら、僕たちスキャナーモデルだけで十分なのに・・・・・・』

 

 黒い飛行ユニットを操縦する青年のアンドロイドは、ヨルハ9号S型――9Sだ。先日の降下作戦において2Bと共にブラックボックス反応の共振による自爆を決行し、再び同一個体として復活したスキャナーモデルのアンドロイドだった。

 

『・・・・・・命令に文句を言わない』

『はーい』

 

 隊長機に乗る女性アンドロイド――ヨルハ2号B型である2Bが諫めるように注意すると、9Sは気の抜けた返事で返した。

 ――それにしても・・・・・・。

 9Sは、ちらりと己の横を跳ぶ2Bを一瞥した。

 2Bもまた9Sと同じくブラックボックスの共振による自爆作戦を決行し、先ほど同一個体として目覚めたヨルハ機体であったが――むべなるかな、その当時の記憶を引き継いでいたのは2Bのみだった。

 つまり、9Sのバックアップは2Bと合流する以前の記憶で止っており、()()9Sにとっては2Bと任務を共にするのはこれが初めてだった。

 故に、9Sは不思議に思わざるを得ない。

 ――前の僕は、どうして自分よりも、この人のデータのバックアップを優先したんだろう?

 そんな素朴な疑問が、ふと9Sの頭に過ぎった。

 ――この人と任務を共にすれば、それも分かるかもしれない。

 これから調査任務を共にするであろう相棒に対して興味を抱きつつ、9Sは2Bと共に()()()()()()()()()()()()

 

 ――今回、彼らが与えられた任務は()()

 

 一つ目は、地上にいるレジスタンスと合流し、情報収集すること。

 

 そしてもう一つ――工場廃墟に現れた、“赤いイレギュラー”の調査。

 

 侵入経路を確保したことにより、道中襲ってくる飛行型機械生命体の数は少なく、降下作戦中は脅威だったレーザー攻撃も今はない。

 ジャミングされる恐れもないため、バンカーとの通信は良好だ。

 

 そして、バンカーは最優先任務としてこの赤いイレギュラーの調査を2Bたちに依頼したのだった。

 何故レジスタンスと合流する前よりも優先すべき事項なのか9Sには理解できなかったが、バンカーからの命令とあらば従うしかない。

 

 こうして、この物語を紡ぐ役者が、工場廃墟に出揃うとしていた。

 出会いの時は、近い。

 




・・・・・どうしよう、アネモネさんがイケメンすぎて11Bの存在感が埋もれそう・・・ナントカシナクテハ


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主役、邂逅

Diveにメシアが来たので投稿です


 入り口から入った工場廃墟の中は、予想した以上に閑散とした雰囲気を漂わせていた。

 赤錆びた鉄に反射する照明の光は薄暗く、敵が溢れかえっていた状況よりも不安を煽り、むしろこの静かな空間は闇を助長さえしているように錯覚させる、

 そんな不気味な雰囲気が漂う工場廃墟の中をゼロは表情一つ変えることなく進む。彼が進んでいるルートは、11Bを連れて逃げた道を逆戻りするルートだった。

 通路を進み、曲がった先にあるエレベーターのスイッチを押す。

 重厚な起動音と共にドアが開き、ゼロはエレベーターの部屋に入ると、そのまま地下の階へと下っていった。

 その途中で、アネモネから渡された通信機から着信音が鳴った。

 即座に通信機のスイッチを入れ、通信映像をホログラムとして目の前に映し出すと、見覚えのある顔が映っていた。

 

『あー、こちらレジスタンスキャンプ。聞こえるか、ゼロ?』

 

 通信を寄越してきたその顔にゼロは見覚えがあった。

 11Bの治療に当たってくれた双子のアンドロイドの内の片割れ。名前は確か――

 

「・・・・・・お前は、デボルといったか」

『あぁ、覚えてくれてたのか。ゼロ、時間が押しているのは分かるが、ポッドの回収の他にやってもらいたいことがあるんだ。返事はしなくていいから、黙って聞いててくれ』

「・・・・・・」

 

 時間が押しているにも関わらず、このようなタイミングで連絡を寄越してくることから、ポッドのデータ回収と同じくらい重要なことなのだと感づいたゼロは、黙ってデボルの話を聞くことにした。

 

『お前はまだ知らないだろうが、あたしとポポルは旧世代に製造されていた型のアンドロイドなんだ。所謂、骨董品ってやつさ。・・・・・・だから、旧世界の頃に造られたお前の治療やメンテナンスも、必然的に、()()()()()()()()が請け負うことになると思う』

 

 つまり、生まれた年代が比較的一番近いから、それでいてかつ治療・メンテナンスに特化したモデルである自分たちがゼロの治療・メンテ役にふさわしいということだ。

 とりあえずそのことに納得したゼロは、デボルの話を聞き続けた。

 

『だが、基本的な技術進歩はあれど、旧世界から失われた技術も多いんだ。特にお前のように魔素をエネルギー源とする魔法兵器に関する代物とかはな。・・・・・・そして、最悪なことにあたしらにはかつての記憶、という物がないんだ』

「・・・・・・記憶がない?」

 

 黙ってデボルの反応を聞き続けていたゼロであったが、気まずそうに俯いて話した言葉が気になり、思わず聞き返す。

 

『そこに関しては追々話すとして、問題はここから先だ。旧世界に造られた魔法兵器であるお前は、いわば失われた(ロスト)技術(テクノロジー)の結晶のようなものだ。最悪、あたし達でも最低限のメンテすらままならないかもしれない』

 

 デボルの言葉を聞き、ゼロはだんだんとデボルの言わんとしていることに気付きつつ、答えを待つ。

 つまりは――。

 

『お前が眠っていた場所――そこにあるポッドのデータと一緒に、残ったお前のデータをできる限り持ち帰って来て欲しいんだ。11Bがハッキングで得たデータと照合して、お前に使われている技術を少しでも解析したい』

 

 残っていればの話だけどな、と皮肉げに肩を竦めつつそう付け加えるデボル。

 確かに、もしゼロが11Bのように自己修復では取り返しのつかない損傷を負った場合、ゼロに使われている技術が何も分からない状態ではメンテや修理もままならない。

 これからゼロがレジスタンスで戦い続ける上では、ポッドのデータと並んで重要だ。

 

『それでも、データの老朽化を考慮すると足りないだろうな。そこで、悪いが帰ったらメンテがてらお前のボディも解析させてもらうよ。ジャッカスの奴にも来てもらうことにするが、構わないよな――って、聞いてるのか?』

 

 話の途中、ゼロの視線が自分の通信映像に向けられていないことに気付いたデボルは中断してゼロに問いかけるが、ゼロは映像の向こうにいるデボルから視線を外し、前方を睨み付けていた。正確には――エレベーターの扉の、向こう側を。

 

「通信閉鎖だ。敵が近い・・・・・・」

『・・・・・・分かった。言いたいことは言ったし、あたしはここで失礼するよ』

 

 通信映像のホログラムが消え、通信機を仕舞うゼロ。

 直後、エレベーターのドアが開いた途端――待っていたのは、敵の一斉射撃による洗礼だった。イクラの粒を思わせるような球状のエネルギー弾の奔流に晒されるゼロであったが、事もなにげにゼットセイバーを抜いて一振り――それだけで、エネルギー弾の奔流は全て消え去った。

 射撃で埋もれていた機械生命体たちの視界が晴れると――そこに敵はもう存在していなかった。

 そして――ゼロが入ってきた扉から見て、一番奥にいた機械生命体の体を、光る掌底が背後から貫く。

 

「・・・・・・ッ!?」

 

 驚きを表すかのように目の赤い点滅を繰り返す小型の機械生命体であったが、コアごと貫かれた彼の命は残り数秒。貫いた手は、そこからZの字の魔方陣が展開されており、機械生命体の前方に装着されていた銃の汎用ジョイントと一体化する。

 ゼットナックルで敵の銃の制御を乗っ取ったゼロは、そのまま貫いた腕を横に払って無理矢理機械生命体のボディを引き裂き、抜いた。

 そのまま敵から奪った機械生命体のエネルギーガンを、背後ががら空きな残りの機械生命体たちに向けて連射した。対応が遅れた機械生命体たちは慌てて振り向くが、遅い。

 ナックルによって強化魔法がかけられたエネルギー弾が次々と機械生命体たちを飲み込んでいく。機械生命体達の殲滅を終えたゼロは、止ることを知らない。

 左腕のナックルに装着した機械生命体の銃を残る1体の小型の方へ放り投げて爆発、止めを刺した頃には、ゼロはもうこの部屋にはいなかった。

 時間は押している。いちいち正規のルートを通ってやる義理はこちらにはないのだ。11Bと共に脱出した時には、自分が眠っていた場所へのルートは覚えている。

 ならばそこに向かって突き進むのみだ。

 円柱状の建造物とそれらを繋ぐ長い鉄の通路で構成された広大な地下区画は――まるで別世界そのものだったが、ゼロは臆することなく壁を蹴り登り、時には飛び移りながら進む。

 歩行型の機械生命体では当然追いつくことなど叶わず、必然的に飛行型の機械生命体たちが彼に追随することになるが、立ちはだかるも束の間、翠色の光刃に切り落とされ、光の掌に奪われた銃で撃ち落とされていく。

 そして、敵の追従も止んで十分が立った頃であろうか、広大な地下区画の比較的上層にある部分――大凡、機械生命体の増設作業が行き届いていない場所へたどり着く。

 踏んだ床の材質が先の鉄のものとは明らかに異なる、劣化したコンクリートを踏み砕くような感触。

 ――もうすぐそこだな。

 目的の場所が近いことを理解したゼロは、そのまま見覚えのある通路を辿っていく。

 11Bを抱えて脱出する際に来る道で切り捨ててきた機械生命体の残骸を辿り――ようやく、たどり着いた。

 

 これまでの工場廃墟の風景とは明らかに異なる、異質な空間。

 機械生命体たちの手が加えられていないためか、老朽化により散乱した瓦礫が周囲に山のように積み重なっている。

 旧世界の遺産がうち捨てられた場所なのか、それとも――そう考えるのも束の間、ゼロはその空間の中心にあった光を目指す。

 自分が封印されていた場所を照らす、淡い照明の光。

 

「・・・・・・ここが、オレの眠っていた場所」

 

 呟き、周囲を見渡すゼロ。11Bに起こされたばかりの時は戦闘続きで周囲を観察する余裕などなかったが、今はよく分かる。

 ――こんな所に、一万年近くもいたのか。

 周囲に積み上がった瓦礫、寒々とした暗色の空間、アンバランスにも緑色の光沢を放つ床――とても寝心地のいい場所とは言えない。

 そして、11Bの言によれば、自分はここで両手を捥がれた状態でこの天井から伸びている無数のコードに繋がれたまま眠っていたという。

 想像しただけで背筋が凍るが、同時にゼロはそのような状態になって尚復活と共に自己回復して動いて見せた己の体を疑った。

 デボルの言っていた、今では失われた技術――この身は魔素を動力源にした魔法兵器そのものだという。

 そんな存在が、何故長い間こんな所で封印されていた?

 しかも、自らの魔素を動力源に封印していた――つまる所、自分は自ら眠りについた可能性が高いという。

 

 ――オレは、目覚めてはいけなかったのか?

 

 ふと、そんな思考が過ぎる。

 かつての自分も、このような結論に至ったからこそ自らを封じたのではないかという疑惑がゼロの頭から離れなかった。

 一度思考の迷路にはまれば抜け出せない――そう危惧したゼロは一度疑問を振り払い、足下を捜索する。

 ――そして、標的のものがそこにあった。

 直方体のヘッドに、大小4本のアームを持つ機械――11Bのポッドがそこにあったのだ。

 

「・・・・・・」

 

 動かなくなったポッドを見下ろすゼロ。

 11Bがゼロを目覚めさせたのも、このポッドの案だったという。

 ――お前は何故、オレを目覚めさせようなんて考えたんだ?

 最早動くことはないであろうポッドに心中で問いかけるゼロであったが、当然のごとく答えは返ってこない。11Bを助けるためとはいえ、このオレが彼女を助ける保証などどこにもなかっただろうに。

 もしこのポッドがまだ動いたのであれば、自分の正体も分かったのではと思うゼロだが、全ては憶測に過ぎない。

 オレは一体、何者なんだ? ・・・・・・そんな疑問がつきない中――

 

 ――アンドロイドだろうと機械生命体だろうと何だろうと・・・・・・ゼロはゼロなんだからぁッ!!

 

 突如、彼女の叫びが、脳裏に過ぎった。

 ――そういえば、11Bも同じだったな。

 己が何者かを見失い、それでも自分を庇って見せた少女を思い出すゼロ。

 己の存在意義を見失った11Bと、己の存在意義を忘却したゼロは、似ていた。

 彼女は、己のより所となる真実が欲しいと言っていたが――それは、自分も同じだ。

 最初は彼女を守るために着いていくと決めていたゼロだが、改めて彼女と一緒に自分とやらを探してみるのも悪くはないかもしれないとゼロは思ったのだった。

 

 ほんの少し、憑き物が落ちたかのように瞼を閉じたゼロは、ポッドの中のデータを抜き出し、ポポルから貰った旧式の記録端末に移し終えると、ナックルでポッドの残骸を量子化して持ち歩こうとした――その時だった。

 

 

「・・・・・・どういう事、9S?」

「この場所、他の場所と比べると材質や経年月が一致していないんです。そして――2B、誰かいます!!」

 

 

 突如、ゼロの他にやってきた二人の男女。

 やってきた2人の男女は、ゼロの姿を見るや否や、即座に腰を低くして臨戦態勢に入る。

 ゼロも、その声の主たちに振り返った。

 1人は――ベルベット製の黒い衣服とスカート、黒い布切れのようなゴーグルで目を隠し、腰には白い柄の日本刀、背中には大型の太刀を浮かせるようにマウントさせている銀髪の少女。身長は11Bと同じくらいか。

 もう1人はベルベット製の黒い上着と半ズボンを履き、少女と同じ型のゴーグルで目を隠す銀髪の少年で、身長は少女より低い。そして背中には少女が帯刀している日本刀と同じ型と思われる黄金色の刀身を持つ刀を浮かせていた。

 

 彼らの兵装の特徴は、ゼロが戦った7Eと共通点が多く、一目で彼らが何者なのかがゼロには分かった。

 

「――ヨルハ部隊、か」

 

 11Bが抜け出したアンドロイド部隊――そのアンドロイドたちが、ここにやってきたのだ。

 

 

     ◇

 

 時は暫く遡り、視点は赤いイレギュラーの調査を命じられた2人のヨルハ隊員に移る。

 

「これが・・・・・・例の赤いイレギュラーが撃破した大型兵器」

 

 飛行ユニットで工場までたどり着いた2Bと9Sは、工場の上から頭部が真っ二つに裂かれたエンゲルスの亡骸を見下ろす。司令官に見せられた例の映像を見た後でさえも、その事実を飲み込むことができていなかったが、こうして超大型兵器の亡骸をこの目で見た事でようやく現実として受け入れる2人。

 特に――記憶を持っている2Bは、あれだけ苦労して撃破した大型兵器がたった1人の手でいとも容易く切り伏せられたことに少し複雑な心境を覚えた。

 

「それにしても、2Bたちはこれほどの大型兵器を相手に戦ったんですね・・・・・・」

 

 エンゲルスの亡骸を見下ろしながら呟く9S。頭部を真っ二つにされた所を見るに、頭脳データはとうに破損し、修理は不可能だろう。そんな状態になってなおも、鎮座したエンゲルスの威圧感は半端な物ではなかった。

 もう動かないと分かっているのに、じっとしていたら此方が飲み込まれてしまいそうな錯覚さえ感じる。

 

「・・・・・・貴方も、戦ったんだよ。9S」

「・・・・・・そういえばそうでしたね。記憶には、ありませんが」

「・・・・・・」

「あ、あの、2B。どうかしましたか?」

「・・・・・・何でも無い」

 

 そっぽを向きながら答える2B。

 ――そんな顔して、“何でも無い”はないでしょう・・・・・・。

 そんな2Bの様子を見た9Sが内心でそう呟きながら苦笑する。

 “今”の自分にとっては、彼女と任務を共にするのは初めてであるが、何となく――前の自分が彼女のデータのバックアップを優先した理由が、少し分かった気がした9Sであった。

 もっと彼女のことを知りたいという好奇心に駆られた9Sであったが、それは追々任務を共にする内に少しずつ知っていけることだろう。

 何より、今の9Sの興味の対象は――。

 

「見て下さい、2B。例の赤いイレギュラーが大型兵器と戦った跡です」

 

 9Sが指差したのは、エンゲルスの亡骸の奥にあった、むき出しになった工場の部屋――の跡だった。

 記憶が残っている2Bからしても、面影がない程に破壊され尽くしていた。

 ただでさえ降下作戦時の戦闘で工場の防衛システム、マルクスによって壁が破壊された状態であったというのに、今度はそこに倒れているエンゲルスのレーザー砲撃によって部屋の大半は消滅し、崩れ落ちた瓦礫によって辛うじて足場ができているだけの状態だった。

 降下作戦時に2Bが戦ったマルクスの残骸である巨大なバケットホイールさえも瓦礫の一部と化してしまっている。

 

 あれほどの惨状を見ても、赤いイレギュラーはエンゲルスを相手に一歩も引かず、むしろ一刀の元に葬り去って見せた。

 しかも、降下作戦時の生き残りと思しき、ヨルハのアンドロイドを守りながら。

 

 平静を取り繕う9Sの胸の内には、その巨大機械生命体を撃破してみせた“赤いイレギュラー”への強い興味が燻っていた。

 まるで――かつて人間が、神話(フィクション)や歴史上に登場する英雄(ヒーロー)に憧れを抱いたように。

 同じ男として、憧れない筈がなかった。

 

 ――その赤いイレギュラーが守っていたヨルハのアンドロイドが、実は降下作戦から抜け出した裏切り者であるという事実を、9Sはまだ知らない。

 

 知るのは、降下作戦前から11Bの始末を請け負っていた7Eのみで、9Sはたまたま墜落から生き残って工場廃墟まで逃げ延びた仲間という認識しかない。

 知れば、きっと好奇心の矛先が変わるであろうから。

 ・・・・・・()()()()()()、察している2Bはともかくとして。

 ならば、今は少なくとも赤いイレギュラー1人に興味が注がれている状態が一番マシだという、司令官の判断だった。

 

「ポッド。この場所に、何か赤いイレギュラーの痕跡のようなものは?」

『解析・・・・・・戦闘による損壊以外には、特に異常な反応は検知できず』

「・・・・・・そっか、破片の一つでもあれば解析のしようもあるんだけど・・・・・・」

 

 共に飛行ユニットに搭乗するポッド153に解析を頼んだ9S。相棒から発せられる女性を模した音声を聞いた9Sは幾分か残念そうに呟く。

 ・・・・・・本人は平静を装っているつもりだろうが、明らかに“赤いイレギュラー”に対する興味が隠し切れていない。

 特に、傍にいる2Bには。

 

「9S。アンドロイドは、感情を持つ事を禁止されている」

「・・・・・・あ、バレてました?」

 

 2Bの指摘に、9Sは気まずそうに頬をヒクつかせながら聞く。

 自身の中の赤いイレギュラーに対する強い興味については自覚していた9Sであったが、まさかそれを2Bから指摘されるとは思わなかったらしい。

 その反応が、今の9Sは本当に自分のことを知らないのだと、2Bは改めて思い知らされる。

 ――もう、慣れている筈なのに。

 ――私に、そんな資格はないのに・・・・・・。

 ――彼が、自分以外の者に強い興味を抱いている姿を見ると、なぜか・・・・・・胸に霞がかかったような気分になる。

 ・・・・・・駄目だ。これ以上は考えないよう(感情を持たぬ)にしなければ。

 

「・・・・・・駄目ですね。少し調べてみましたけど、この大型兵器の中にも赤いイレギュラーとの戦闘に関するログは残っていないみたいです。赤いイレギュラーの攻撃で、記憶データが破損しているようですね。

 ここにいても、手がかりは得られないようです」

 

 海上に鎮座するエンゲルスの裂けた頭部の前まで近づき、ハッキングを試みようとした9Sであったが、目的の情報は得られなかったらしい。

 

「念のため、工場の中も捜索してみましょう。先の降下作戦で、工場内の機械生命体は大分数を減らしている筈です。僕と2Bならば、苦にはならないでしょう」

「・・・・・・分かった。私は先に降りて調査する。9Sは飛行ユニットに乗ったままサポートをお願い」

「了解です。気をつけて下さいね、2B」

「貴方も、9S」

 

 そう言って、2Bは飛行ユニットを着陸させる。

 装甲が展開され、むき出しになったコックピットから降り立ち、共に搭乗していたポッド042が彼女の隣を浮遊随行する。

 バンカーへ帰っていく自分の飛行ユニットと、工場回りへと跳んでいく9Sの飛行ユニットを見送った2Bは、降下作戦時と同じルートで工場の内部へと侵入した。

 ――確かに、目に見えて工場内の敵の数が減っている。

 敵の増産が完全に停止された訳ではないようだが、改めて先の降下作戦を成功させたことに意味があったのだと実感した2B。

 降下作戦時より潜入が楽になったとはいえ、気を抜く2Bではないが、そこは素直に喜ぶべきことか。

 廃墟の探索を始めてから十数分立った頃、9Sからの通信が入った。

 

『2B、今すぐ来て確かめて欲しい物があります。妙なモノを見つけたんです』

「・・・・・・妙なモノ?」

『そちらのポッドに場所のデータと画像を送信します! 指定したポイントで落ち合いましょう』

「分かった。ポッド、9Sから送ってくれたデータを閲覧できる?」

『既に受信。これより画像ログを表示』

 

 ポッド042がそう言うと、直方体のヘッドの上に取り付けられたカメラから、9Sの送った画像ログを表示する。

 ・・・・・・そこに映っていたのは、明らかにこの工場廃墟の中とは思えない材質でできた場所だった。。

 

「9S。この場所は?」

『飛行ユニットで2Bと別のルートを探索している時に見つけた場所です。地下区画の割と浅い区域で見つけたのですが・・・・・・明らかに材質や経年月が他の場所と異なるんです』

「なぜ、そんな物が?」

『分かりません。ここ数千年の間、機械生命体の手が加えられた様子がないことから、旧世界から存在していた場所だと考えられます。そして――なにより注目すべきなのは』

 

 9Sが続けてデータを送信する。ポッド042が即座にそのデータを映し出すと、今度は別の画像が現れた。

 さっき映し出した場所の内部の様子を映し出した画像だ。そこに見えたのは――大量の機械生命体の残骸だった。

 

『この機械生命体たちの残骸――まだ新しいですようですね。おそらく、破壊されてから数時間ほどしか立っていません』

「何者かが、この場所で機械生命体と戦闘していた・・・・・・?」

『それだけではありません。ここに来るまで、墜落されたばかりと思しき飛行型の機械生命体の残骸を発見しました』

「私たちより先に、誰かが入り込んでいる・・・・・・」

『その可能性が高いです。2B、これって――』

 

 真剣な面持ちで問う9S。

 9Sと同じ考えに至っていた2Bも、無言で頷いた。

 

「この機械生命体たち、みんな急所を一撃でやられている。これほどの攻撃力と戦闘力を持つのは――」

『赤いイレギュラーをおいて、他にいない』

 

 その結論に至った2人は、暫く神妙な様子で考え込んだ。

 ――赤いイレギュラーが、まだこの工場内部にいる可能性が高い。

 彼の戦闘力から見て、調査を命じられた自分たちが、彼と遭遇できることは、果たして幸か不幸なのか。

 

「分かった。指定した場所で落ち合う」

『了解です。データで送った場所は、通常の足場では行けない所にありますから、僕が飛行ユニットで2Bを運びます』

「了解」

 

 通信を閉じると、2Bはポッド042がマップにマークした指定場所へと向かう。

 地下区画の一角――そこが9Sとの待ち合わせの場所だ。

 ――さすが、9Sだな。

 向かう途中、そんなことを考える2B。飛行ユニットがあるからとはいえ、こんなにも早く赤いイレギュラーに繋がる手がかりを見つけるなんて、さすがは最新のスキャナータイプと言ったところだろう。

 ・・・・・・そんなことを考えていたら、あっという間に指定されたポイントに着いた。

 そこには、飛行ユニットに乗った9Sが既に待機していた。

 

「それにしても、まだこんな場所があったのか・・・・・・」

「ここの工場は、機械生命体たちによって大分改造や増築がなされているそうです。元は人間たちの物だっていうのに、奴らが我が物顔をした結果がこの地下区画なんですよ」

 

 周囲を見渡し、呟く2Bに、9Sが少し機械生命体たちに対する毒を含んで答える。

 

「ですが、そんな奴らでも手が届いていない場所があるんです。それが、あそこです。」

 

 9Sが上を指差し、2Bもそこを見上げる。

 ・・・・・・明らかに工場廃墟とは違う材質でできた、長い通路が、微かに見えていた。

 なるほど、あれではどうあっても自力では行けそうはない。

 

「あれが、例の場所に続いているの?」

「はい。今から僕があそこまで2Bを運びますから。2Bは飛行ユニットに捕まっていて下さいね。あぁ、その前に・・・・・・」

 

 何かを思いだしたのか、9Sは飛行ユニットの背後に隠してあった、ソレを2Bの目の前に出した。9Sの制御下にあるソレが、ゆっくりと2Bの前まで浮遊移動してくる。

 

「これ、落とし物ですよ。2B」

「それは・・・・・・“白の約定”」

 

 大型の太刀――柄の側部に刀身が取り付けられた刀がそこにあった。

 降下作戦時に2Bが使用していた大型の太刀である。

 

「工場の入り口付近に、降下作戦時の2Bの義体を発見しまして。戦いの手数は多い方がいいでしょうから、ついでに回収しておきました。今から武器制御を2Bへお返ししますね」

「・・・・・・そうか。ありがとう、9S」

 

 渡された白の約定の柄を取る2B。ポッドを介して武器制御権を自分のものへ再び戻す。

 久々に握った得物の感触は、やはりしっくりと来るものだった。

 

「それでは、行きましょうか」

 

 飛行ユニットの主腕を操作し、なるべく丁寧に2Bの義体を掴んだ9Sは、エンジンを噴射させて、飛んだ。

 目的の通路の上に足を付けた9Sは飛行ユニットの腕から2Bを解放する。

 床に足を付けた2Bに続き、9Sも飛行ユニットのコックピットから降りた。

 

「・・・・・・長いな、この通路」

 

 呟きつつ、2人は通路を走って進む。

 途中、幾数十体ものの機械生命体の残骸を目にした2Bは、ここが9Sが送ってくれた画像の場所だと確信した。

 

「小型も、中型も、大型も問わず一撃、か。2B、油断しないで下さいね。赤いイレギュラーがどのような目的で動いているか、バンカーはまだ掴めていません。もし、戦闘になるようなことがあれば――」

「分かっている。超大型兵器を単身で撃破した相手に挑むのは、私たちでも無謀だ。もし遭遇したら、なるべく穏便な手段で情報を引き出そう」

 

 それでも話が通じないのなら、退くしかない。

 最も、ソレを許してくれる相手とも限らないのだが。ともあれ、調査を命じられた身としてはこのチャンスを逃す訳にはいかないのも事実。

 

「今回はちゃんと二人分のバックアップをしておきましたから、もうあんな顔はしないで下さいね、2B?」

「・・・・・・言っていることが、よく分からない」

 

 茶化すように言う9Sの言葉を、2Bは少し上ずった声でははぐらかす。

 面白い人だなぁ、と内心で思いつつも、9Sは2Bと共に通路の先を目指した。

 ここから先は、先んじて発見した9Sでさえも足を踏み入れていない、未知の場所。

 まだ見ぬ地への期待と不安を抱きつつの9Sは、いつでも2Bを援護できるように細心の注意を払いながら進んだ。

 

 そして――通路を進んだ先に出たのは、妙な広場だった。

 

 工場区画よりも、更に深い、闇。

 瓦礫の山がいくつも散見され、なぜかアンバランスな緑色の光沢を放つ床。

 まるで、他の工場廃墟の区画とは別の意味での、異界だった。

 

「・・・・・・なに、ここ」

「2B。この瓦礫、全て旧世界の遺産のようです。しかも、この場所自体、長い間機械生命体の手が加えられていない」

「そんな場所で、どうして機械生命体の戦いが起こったの?」

 

 2Bの疑問は尤もなことだ。

 長年、機械生命体の手が加えられていないというのならば、この場所に奴らが今更どのような用事があるのか。

 その疑問に対して推測を述べたのは9Sだ。

 

「考えられるのは、降下作戦中のヨルハのアンドロイドがここに迷い込んで、その追手として差し向けられたとしか――待てよ?」

 

 9Sは立ち止まり、周囲を見渡しながら考える。

 降下作戦中に迷い込んだアンドロイド――前の自分と2Bは真っ直ぐに標的の所にたどり着いたのだから、それはあり得ない。そうなると――該当するのは、赤いイレギュラーが守っていたあのヨルハ隊員。

 だが、一人のヨルハ隊員があれほどの数の機械生命体を相手に戦えるとは思えない。

 全個体が急所を一撃で葬られていたのだ。いくら最新のヨルハ部隊であろうと、そのような芸当は不可能だ。

 つまり、迷い込んだ時点で、赤いイレギュラーはそのヨルハ隊員の傍にいたということになる。

 

「つまり――例の赤いイレギュラーは、ここで目覚めた?」

「・・・・・・9S?」

 

 9Sの突然の一言に、2Bも思わず立ち止まってしまう。

 

「2B、僕の推測が正しければ、赤いイレギュラーはここで起動した可能性が高いです」

 

 再び歩を進める9S。

 その方向は、この瓦礫が積み上がった広場で一番怪しい――中心の淡い照明の光る方へと向けられていた。

 2Bもそれに続いて歩く。

 

「それで、どういう事?」

「この場所、他の場所と比べると材質や経年月が一致していないんです。そして――」

 

 歩きながら聞く2B。

 それに対して、9Sが答えようとしたその時――二人の視界の奥に、それはいた。

 

 この暗闇の中で、二人が目指していた照明の光。

 その照明に照らされるは、側面がえぐれた円柱状の建造物と、そのえぐれた穴から見える、端末らしき機器、天井から伸びた無数のケーブル。

 そのケーブルは元々何かに繋がっていたのか、先から微小なスパークを発しながら床に転がっている。

 

 これだけでも異様な光景なのだが――二人が立ち止まった理由はそこではない。

 その建造物の傍に転がっていた、ポッドの残骸らしきものと・・・・・・それを見下ろす、燃えるような、赤いアーマー。

 

「2B、誰かいます!!」

 

 9Sが叫ぶと同時、2Bも腰を低くして身構える。

 赤いボディの主も、9Sの声に気付いたのか、静かに振り返る。

 静寂が訪れる中、2Bのポッドが二人に報告する。

 

『報告:赤い機体に金の長髪。バンカーから調査命令が出ていた赤いイレギュラーと外見的特徴が一致している』

「赤いイレギュラー・・・・・・」

 

 唖然としたように、9Sが呟く。

 ――ようやく会えた、という気持ち。

 ――出会ってしまった、という気持ち。

 二つの気持ちが胸中を渦巻く中で、9Sは赤いイレギュラーにどう声をかけていいものか困惑する。

 機械生命体でもない、アンドロイドでもない。そんな存在にどう対応すればよいのか――それを推し量るのも今回の任務の内だが、やはり出会ってしまった以上はその対応が分からなければ困るものだ。

 2Bも、9Sと同様のようだった。

 驚異的な戦闘能力くらいしか彼の関する情報を持っていない二人は、とりあえず警戒して構えるくらいしかできることがなかったのだ。

 

 そんな空気の中、先に口を開いたのは、赤いイレギュラーの方だった。

 

「お前達は――ヨルハ部隊、か」

 

 ヨルハ部隊――赤いイレギュラーの口から、自分たちの組織の名前が出たことに驚く二人。だが、同時に9Sはこの赤いイレギュラーが意思疎通が可能な知性を持っていることに安堵し、今度は此方から聞いてみようと声をかけた。

 

「僕たちのことを、知っているんですね?」

「・・・・・・あぁ」

 

 9Sの問いに、赤いイレギュラーは静かに頷く。

 2Bも目の前の赤いイレギュラーが機械生命体のように襲いかかってくるような者ではないと判断したのか、構えを解いた。

 

「初めまして。僕は9S、スキャナータイプのヨルハ型アンドロイドです」

「私は2B。貴方の名前も、教えてほしい」

「・・・・・・ゼロだ」

 

 9Sと2Bが名乗ると、赤いイレギュラー――ゼロもまたそれに応じて名乗り返してきた。どうやら、自分たちアンドロイドのように、人間に近い礼儀も心得ているらしい。

 互いの名を知ることができたのか、9Sはここに来た用事をゼロに説明しようとした。

 

「僕たちは司令官からの命令で、貴方のことを調査するように言われてここにやってきました。確認のために聞きますが、外の超大型の機械生命体を撃破したのは貴方で間違いありませんね?」

「・・・・・・そうだ」

「人類軍に代表し、礼を言います。貴方が大型兵器を倒してくれたことで、我々の脅威はまた一つ取り除かれました。本当に、ありがとうございます」

 

 頭を下げ、人類軍代表として礼を言う9S。

 

「・・・・・・別に、あんた達のためにやったわけじゃない。オレは自分の守りたい物のため戦ったに過ぎん」

 

 ゼロの答えに、9Sは即座に彼が大型兵器から守っていたヨルハ隊員を思い出す。

 もし彼の言う“守りたい物”が彼女なのだとしたら、彼は人類軍に味方しうる存在とバンカーに報告していいかもしれない、と9Sは期待を抱く。

 胸の内から湧き上がる興奮を抑えつつ、9Sは言葉を続けた。

 

「・・・・・・そうですか。貴方が何者なのか、聞きたいことは色々ありますが・・・・・・ところで、そこに転がっているポッドは一体?」

「・・・・・・それを聞いて、あんた達はどうする?」

 

 途端に、ゼロから緊迫した気配が放たれる。

 嫌な汗が、2人のアンドロイドの人口皮膚の上を流れていった。

 

「そのポッドは、僕たちヨルハ機体の随行支援を担当するユニットなんです。ですので・・・・・・申し訳ないのですが、貴方に持って行かれると少し、困るんです」

「その機体には、私たちヨルハの大事な機密情報も詰まっている。見つけた以上、私たちにはソレを回収する義務がある。だから、ソレを渡して欲しい」

 

 一歩踏み出した2Bが、9Sに続いて此方の事情を説明する。

 調査を言い渡された身として、色々聞かなければならないことはある・・・・・・が、それ以上機密を他者に知られる危険性がある場合は、その要因を最優先で取り除かなければならないのだ。

 だから、二人は祈った。

 この赤いイレギュラーが、ポッドを譲ってくれることを。

 

「・・・・・・お前たちにも事情があるのは分かった。だが、それはできないな」

 

 だが、帰ってきた答えは、二人の願いとは真逆の物だった。

 

「どうしてですか!? その機体には、貴方のような人には知られてはいけない情報が沢山あるんです!! それなのに何故・・・・・・!?」

「それを持って行くのなら、私たちは貴方を放っておくわけにはいかなくなる。どうか、それを渡して欲しい。さもなくば、貴方を破壊してでも・・・・・・」

 

 声を荒げて、9Sはゼロに問う。

 2Bも9Sほどではないにせよ、心なしか焦ったような口調に変わっていた。

 想定していた最悪の事態を――こちらから実行しなければならないかもしれないからだ。

 だが、ゼロの答えは変わらない。

 

「お前達に事情があるように。此方にも譲れない事情がある。――分かったのなら、そこを退け」

 

 その答えに、9Sの中の、ゼロに対する憧れが崩れ去っていく音がした。

 興味を抱いていた、期待していた――否、憧れていた。

 人類軍のピンチに、突如として現れた赤い救世主――そんなものはただの幻想に過ぎないのだと。期待する方が間違いだったのだ。

 

「っ、やはり貴方も、あいつらの仲間ということですか・・・・・・!! 僕たちの情報を奴らに売ろうと――」

「そうじゃない」

 

 激高した9Sの言葉を、ゼロが遮る。

 静かな声であるにも関わらず、それは激高した9Sを黙らせる程、力強かった。

 

「こいつの帰るべき場所は、このような場所でも、ましてやお前達の所でもない」

 

 とてつもない殺気が、二人に降りかかった。

 凄まじいゼロの闘気に二人は思わず、身をたじろがせる。

 咄嗟に武器を構え、警戒する姿勢を取る二人にゼロは構わず告げた。

 

「それを邪魔するというのなら、叩き斬る・・・までだ」

 

 抜かれる光剣。

 あの超大型兵器を一撃で沈めて見せた代物が、自分たちに向けらていることに、二人は息を飲み込むのだった。

 

 

 

 

 

 剣を交えぬ以上――彼らは、分かり合えない。

 

 

 

 

 

 

 




Diveのメシア様のチャージセイバーがやべぇ。
落石どころか隕石じゃねえかあのエフェクト。
これはウチでも使わせなければ・・・・・・・


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炸裂スル怨光

 質素な個室で未だに治療を受ける11B。

 ポッドの回収任務に出る前のゼロと話をした直後、彼女はスリープモードでベッドに横になったままポポルによる集中治療を受けていた。

 途中、治療行為を中断していたデボルが部屋から戻ってくる。

 

「11Bの調子はどうだ? ポポル」

「・・・・・・重傷ね。ほとんどの部品が中枢回路までダメージを受けている。あと少しダメージが深ければ、彼女の命はなかったでしょうね」

「・・・・・・となると、ほとんどの部品は換装しないと駄目か。脱走兵でもなければ、バンカーに連絡して向こうで新しい義体を用意してくれるんだろうが・・・・・・」

「それも、ゼロが戻ってくるまでの辛抱よ。そっちはどうかしら?」

「ああ、途中通信が切れちまったが、伝えるべきことは伝えた。データが残っていれば、の話だがな」

「・・・・・・・そうね」

 

 目を伏せ、頷く11Bの治療をしながら頷くポポル。

 11Bのログを覗き見て、ようやく彼女らも11Bが工場廃墟に眠っていたゼロを目覚めさせたことを信じることができたのだが、その際に11Bがハッキングで得たゼロに関するデータがあまりにも不可解なものだったのだ。

 断片的でしかないのもそうなのだろうが、旧世界の代物とあっては、一番の古株である自分たちですら検討の付かないものである可能性すらある。

 要するに、ゼロに使われている技術は、それだけ未知のものであることが断片的なデータのみからでも読み取れたのだ。

 頭を抱える二人。

 

「・・・・・・ねえ、デボル」

 

 暫しの沈黙の後、ポポルが言い辛そうにしつつも、口を開いた。

 

「私、ゼロを見てると・・・・・・とても、胸を締め付けられるような感覚になるの・・・・・・」

「・・・・・・奇遇だな、あたしもだ。この感覚は――」

 

 寂しそうな、神妙な顔になってデボルも俯く。

 ああ、そうだ。この感覚は常々、感じている“モノ”と相違ない。

 だが、その度合いが明らかに異なる。

 

 ――その名は、罪悪感。

 

 彼女達の同型機は、過去に重大な事故を起こしている。

 当時の記憶は残されていないが、他のアンドロイドたちに対する“罪悪感”だけが、彼女たちの中には埋め込まれている。

 その罪悪感が――とりわけ、ゼロに対しては深く抱いてしまうのだ。

 なぜか、人間でもアンドロイドでもないゼロに対して、今までよりもずっと、深く、深く、心の臓が締め付けられてしまう。

 あたかも、最大の“禁忌”を侵してしまったかのような、そんな感覚に蝕まれてしまうのだ。

 

「あたしたちにできるのは、ゼロに使われている技術を少しでも解析して、あいつのメンテナンスができるようにすることだけだ」

「それが――私たちの贖罪」

 

 記憶にない、覚えのない罪――それを償うことを当然のことと考える姉妹に、それをおかしいと指摘する人物は、周りにはいない。

 辛いとは思わない。思う暇なんてない。

 覚えのない罪を生涯かけて償っていく――彼女たちは、それを当然のように受け入れていたのだから。

 

 

     ◇

 

 

 最悪の事態だ、と9Sと2Bは息を飲み込む。

 あたかも9Sと2Bからポッドを守るかのようにゼットセイバーを構えるゼロ。

 指一本触れさせないと、そんな強い意志を宿した目を向けてくるのは、バンカーが識別名として「赤いイレギュラー」と名付けた不明個体。

 意思の疎通が可能なことは確認できたものの、こちらのポッドを無断で回収しようとする行為は、バンカーにとっては絶対的な敵対行為だった。

 故に、9Sと2Bもそれに対して粛正処置を行わねばならない。

 ならないのだが――如何せん、相手は超大型を単身で撃破せしめた実績を持っている。

 たかがヨルハ機体二機では、あまりにも分が悪いのだ。

 

「・・・・・・もう一度言う。怪我したくなければ、そこを退け」

 

 静かに2人にそう言い放つゼロであったが、そんなゼロも2人と同様に若干の焦りがあった。

 それは、ヨルハが既にこの地域に派遣されている、という事態に対してだ。この地域に派遣されたヨルハ部隊がこの2人だけとは限らない――下手すれば、アネモネの言っていた調査担当のヨルハが既にレジスタンスキャンプへ到着しているかもしれないという可能性を、ゼロは考えていた。実際のところ、目の前の2人がそうであるわけだが、それを知らないゼロはとにかくレジスタンスキャンプへ急ぎたかった。

 キャンプにいるアンドロイドたちを貶める意図はないが――彼らの戦闘能力は最新型のヨルハ型アンドロイドには大きく劣る。実際に彼らを助け、かつ7Eとの交戦経験を持つゼロが出した結論はそれだった。

 もしヨルハ部隊が11Bを抹殺しようと、力ずくでレジスタンスキャンプに乗り込んできたら――レジスタンス側に勝ち目などなく、動けない11Bも見つかれば即抹殺されるだろう。

 

 ゼロとしても、11Bを守れず、かつ恩人であるレジスタンスのアンドロイドたちを人類軍の敵に回させる事態だけは何としても避けたい。

 そのために、一刻も早くポッドとここに残っている自分のデータを持ち帰りたかった。

 

「退かないのならば、こちらから行くぞ?」

 

 静かに言うゼロは、一歩前に踏み出す。

 警告のつもりだった。ゼロとて、敵対関係といえどやたらに敵を破壊しようと思う程戦闘狂ではない。必要のない戦闘は避けて然るべき。ここで相手が退くのならばそれでよいのだが・・・・・・。

 無論、簡単にそうなるとは思っていないわけなのだが。

 

「・・・・・・これより、赤いイレギュラーを敵性個体と認定。排除する・・・・・・」

『了解。個体識別信号赤いイレギュラーを敵性個体としてマーク』

 

 2Bが、淡々とそう告げると白の約束を抜いて戦闘態勢に入る。9Sも同様だ。

 もし敵対することがあれば撤退するというのが基本方針であったが、機密が知れ渡る危険性があるとなれば、戦闘もやむなしだ。

 命に代えてでも、この赤いイレギュラーを止める。それが2人の下した結論であった。

 2人の姿勢から答えを受け取ったゼロは、2人の視線から――消えた。

 

「なっ、消え――!!」

「2B、上です!!」

 

 9Sの言葉に、咄嗟に上の方を見上げる2B。

 見えたのは――此方へと向かってくる、翠色の光刃。それが彼の大型兵器を一撃で沈めた剣であることを即座に理解した2Bと9Sはそれぞれ別々の方向へ避ける。

 その途端――2人がいた床に大きな傷跡と、それを中心に凹んだ床が真っ二つに割れて左右に大きく盛り上がる。

 割れた左右のそれぞれの床の先にいたのは、2Bと9Sだった。

 ――分断された!?

 それに気づいた2人は即座に互いに合流せんと動くが――問題は、赤いイレギュラーが先にどちらを叩いてくるか。

 割れた床の亀裂に身を潜めた赤い閃光が狙いを定めたのは――9Sだった。

 

「っ!?」

 

 ――下から!?

 スキャナータイプ故の探索能力により咄嗟にゼロの居場所を突き止めていた9Sは、間一髪で己の脚を切り落とそうとした翠色の刃を避けることができた。

 間一髪の所で攻撃を避けることができた9Sはゼロから距離を取ろうとポッドプログラム「ミサイル」を起動し、赤いエネルギーを纏い高速移動するポッドを掴んでゼロから離れる。

 ――が、ゼロはフットパーツを起動する事すらなく、脚力のみで9Sの行く先を回り込んだ。

 

「な、はや――」

 

 ゼロが先に9Sを襲った理由は、あらかじめ11Bからスキャナータイプについて聞かされていたからだ。彼らはメンテナンス、ハッキングなどを得意とし、主に戦闘支援や単独での捜索任務に回されることが多いという。

 先ほどの自分の奇襲に気づいてみせた9Sの感知力、そしてハッキング能力を警戒したゼロは先に9Sを無力化させることにしたのだ。

 

『警告:旧世界の魔法兵器。魔素を利用した攻撃は、あらゆる防御システムを貫通する恐れあり』

 

 ポッド153の警告のその助言は、警告というよりかは、まるで死刑宣告のようであった。それは要するに、あらゆる防御システムを用いても防ぐことはかなわず、回避に専念するしかないということではないか。

 焦った9S、しかし冷静な判断力を損なうことなく、ポッドの射撃で牽制しながら、自身も迫り来るゼロを迎え撃たんと、“黒の誓約(かたな)”を手に取り、制御システムを用いた遠隔操作によって巧みに操る。

 が、ゼロは事もなげに速度を落とすことなくポッド153のガトリング射撃を掻い潜り、ハッキング操作されている黒の誓約の刀身を左手のゼットナックルでつかみ取った。

 その瞬間、黒の制約の武器制御がゼロの方へ乗っ取られていくことに9Sは気付く。ハッキングに通じている9Sだからこそ、その異常性に気付くことができた。

 ――バカな!? スキャナータイプである僕の演算速度を遙かに上回るスピードで武器制御を乗っ取るだなんて・・・・・・!!

 抵抗を試みる9Sであったが、自身のハッキング能力とゼットナックルの強奪能力の差を即座に思い知った9Sは即座にゼロから距離を取るを優先するが――遅い。

 

 9Sが回避行動に移るよりも早く、ゼロは9Sの懐へと接近し、奪い取った黒の誓約を振い――9Sの義体を切りつけた。

 魔素による強化魔法によりその切れ味を強化した黒の誓約の刀身は、ヨルハ義体の防御システムをいとも容易く通り抜け、内部機構へただならぬ衝撃を与える。

 悲鳴を上げる暇もなく――9Sの義体は一閃のすぐ後に見舞われたゼロの回し蹴りにより吹き飛び、そのまま瓦礫へと衝突して埋まっていった。

 

 ――ブラックボックス信号は健在・・・・・・・生きているな。

 

「まずは、1人」

 

 殺さず、9Sの無力化を確認したゼロは、此方を追いかけてきた2Bの方を睨み付ける。

 ゼロが9Sを殺さなかった理由は、人類軍におけるレジスタンスの立場を悪くしないためだ。今のゼロは、曲がりなりにもレジスタンスの一員として任務に赴いている。

 11Bの助かる方法を提案してくれたアネモネ――ひいては彼女が率いるレジスタンスに迷惑をかけたくなかったゼロは、なるべく彼らを殺さないまま無力化したかった。

 ここでレジスタンスがヨルハから敵視されるような事態となれば、せっかく自分と11Bが得た後ろ盾も無駄になり、彼らの気遣いを無に帰すことになるのだから。

 武器をゼットセイバーから、9Sから奪った黒の誓約に持ち替えたのもそれが理由だ。

 

「9Sっ!!」

『報告:9Sのブラックボックス信号は未だ健在』

 

 9Sを助けんと駆けつけた2Bは既に9Sがやられていることを知り、心配して彼の名を叫ぶ。傍にいたポッド042がそんな2Bを落ち着かせようとしたのか、状況報告を行う。

 ポッドの報告によりひとまず気を落ち着かせた2Bは、歯ぎしりしながらこちらに刃を向けるゼロを睨み付ける。

 現在、彼の手に握られているのが大型兵器を沈めて見せた光剣ではなく、9Sが愛用している小型剣“黒の誓約”であることが、余計に彼女の気を駆り立てる。

 

「そこを、どいて・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 道を阻むゼロに対し、2Bは白の約束を握りしめながらそう言うが、ゼロは退かない。

 

『解析:赤いイレギュラーの持つ黒の誓約から、魔素の流れを検知。魔素による何らかの魔法効果が付与されていると予測』

 

 旧世界の魔法兵器とは、これほどまでに理不尽な代物なのかと2Bは内心で毒づく。

 よくよく見ていれば、黒の誓約を取り巻いてる制御プログラムの光が、9Sや他のヨルハが使っている時のような斥力リングではなく、あの赤いイレギュラーの魔素から構成されていると思しき翠色の魔方陣に置き換わっているではないか。

 武器制御が根本から乗っ取られた証だ。

 その事実に、2Bはぞっとする。・・・・・・要するに相手は9Sのハッキング速度すら上回るスピードで武器制御を乗っ取ったのだという結論に、2Bも至ったのだ。

 それでも、2Bの答えは変わらない――ここで9Sを見捨てれば、また今の彼は帰ってこなくなるのだから。

 

「そこを、退けぇっ!!」

 

 ゼロが退いてくれる様子を見せないことに痺れを切らした2Bは、右手に白の約束を、左手に白の約定を携えて躍り出る。

 魔素による強化が加わっているとはいえ、相手があの光剣を使うつもりがないのであれば、まだ此方に勝機はある。

 人類軍の長年の戦いによって蓄積されたアルゴリズムと、2B自身が積み重ねてきた機械生命体たちとの戦闘経験、さらに戦闘型ヨルハアンドロイドとしての性能――それらが合わさり、怒濤の攻撃がゼロに襲いかかるが、ゼロは2Bの二本の太刀によるコンビネーションを黒の誓約一本で捌いていく。

 途中、ポッドの射撃支援が加わり、ゼロは後退しながらも傷一つ負うことなく全ての攻撃を捌いていった。

 ――手強いな。

 途中、ゼロは2Bに対してそんな感想を抱く。

 剣戟と打撃を繰り混ぜ、蝶を思わせるように舞い、それでいて無骨で荒々しい攻撃は、7Eよりも更に激しい。

 もしこれで相手が激情に囚われていなかったら、さすがに自分とて危ないかもしれない。そういった意味でも、先に支援タイプである9Sを無力化したことはゼロの英断といえよう。

 

「ポッド!」

『了解』

 

 2Bが叫ぶと、それだけで相棒の言わんとしたことが伝わったのか、阿吽のタイミングでポッド042は箱体のヘッドを展開させる。

 そこにエネルギーを限界までチャージングさせる。

 あたかも指揮棒のように白の約束を振い、その切っ先をゼロの方へ2Bが向けると、それと同時にチャージングされたエネルギーが白い閃光となって、ゼロの方へと炸裂した。

 ポッドプログラム『レーザー』――降下作戦時に送信されたプログラムで、直線上の敵を強力なレーザー攻撃で一掃する兵装だ。

 

 少しは有効打になったかと、レーザーの射線上を見守る2Bだったが――その直後、目を見張った。咆哮にも等しい白い閃光は、あろうことか、ゼロを貫通するどころか、その前に、2Bに向かって迫り来る「ナニカ」に遮られていた。

 機械生命体の装甲さえ容易に貫く筈の、光線がだ。

 ――あれば、機械生命体の、盾?

 その正体は、ゼロの左手のゼットナックルに握られていた、敵陣である機械生命体たちがよく使っている防御兵装だった。

 そのような代物で、このレーザー攻撃を防げる道理などない筈なのだが、魔素を流され強化された盾は、容易にその偉業を成し遂げていた。

 その盾を前に掲げながら、ゼロはポッドのレーザー攻撃をモノともせずに2Bに向かって走ってきているのだ。

 構わず、ポッド042はレーザー攻撃と同時に通常の射撃攻撃も行うが、掲げられた盾はびくともしない。

 充填されたエネルギー切れ、レーザーが途切れると同時――ゼロは走る足を止めずに盾を2Bに向かって投げつけ、ナックルから手放す。

 2Bの頭上にまで舞い上がった電磁盾は、残留魔素が主の元から離れたことで暴発し――紅蓮の爆炎を発して、爆ぜた。

 

「っ!?」

 

 咄嗟に腕で爆風から身を庇う2B。

 魔素の暴発による爆破は2Bの視界センサーは疎か、義体各所の磁気にすら乱れを許す。

 体内のナノマシンにより磁気の乱れを即座に補正した2Bの目前、視界一杯に映ったのは、黒の誓約を携えて斬りかかる赤い閃光がいた。

 

「くっ!?」

 

 先の爆風でポッドはどこかに吹き飛ばされたのか、今の2Bは正に孤立無援であった。

 絶体絶命の状況だが、弱音を吐くことは2Bには許されない。

 何としても、今は9Sの元へ行かなければならないのだから。

 

 白の約定でゼロの刃を受け止めた2Bは、そのまま宙に浮かんで回転、黒の誓約の刃を受け流し、左手の白の約束を振ってゼロの脳天をかち割ろうとするが、ゼロは頭を横に反らすだけで回避。

 ・・・・・・互いに距離を取り、2Bは白の約定を身を回転させ、遠心力をプラスして、ゼロに向けて投擲する。

 回転する大型の刃――それに対して、ゼロは()B()()()()()()()()()()()黒の誓約を投擲していた。

 回転する大型剣と、小型剣が衝突し、幾数重の火花を散らし、互いに真反対の方向へ弾け飛んだ。

 その光景に、2Bはある違和感を感じる。

 ――こいつ今、私の動きを?

 白の約定を量子化して手元に戻すと、ゼロもまた鏡合わせのように黒の誓約を手元に戻す。・・・・・・まるで、2Bの動作をそのまま真似るかのように。

 妙な気味の悪さを感じる2B。

 その直後、横から白いレーザーが飛来し、ゼロの頭部を弾き飛ばさんと迫るが、ゼロは咄嗟に身を退いて回避した。

 

「ポッド!?」

 

 盾の爆破で吹き飛ばされたポッド042が再び2Bの元へ駆けつけたのだ。爆破の衝撃がボディの所々が黒ずんでいるが、起動状態に支障はなさそうだった。

 

『ポッド042より2Bへ。ポッド153より、9Sからの通信を傍受』

「9Sから!? 彼は無事なの!?」

『肯定:ダメージレベルそのものは低く、命に支障はない模様。これより通信を表示』

 

『2B・・・・・・無事、ですか?』

「9S!」

 

 聞こえてきたのは、9Sの、途切れ途切れの声だった。

 無事と聞いてきた本人が、とても無事には見えなかった。

 

「それよりも、貴方は・・・・・・!?」

『聞いて下さい・・・・・・2B。僕は今・・・・・・赤いイレギュラーの攻撃で、しばらく動けません。駆動部が・・・・・・複数箇所・・・・・・やられてしまいました。今から作戦を2Bにお伝えします、チャンスは一度だけです・・・・・・』

「っ!!」

 

 通信超しの9Sの言葉に、2Bは一秒でも早く彼の元へ駆けつけたいという欲求を抑え、9Sの作戦を聞いた2Bは、僅かの間の時間稼ぎを引き受けることとなった。

 

 

 

 ――各ブロック、アクセス不良、解除。

 自前のハッキング能力でようやく意識を現実へと戻せた9Sは、聴覚センサー超しに2Bと赤いイレギュラーの激戦を感じ取った。

 こんな時に、どうする事もできない自分が歯がゆい。

 だが、まだ自分が2Bのためにしてやれることはある。

 意識を取り戻した9Sは、さっそく己の目覚めを見守っていたポッド153に指示を出し、2Bへと通信を繋げた。

 自身を心配する彼女の様子が愛おしく感じるが、感傷に浸っている暇はない。

 9Sは、途切れ途切れの声で、必死に、彼女に作戦を伝えることにした。

 準備自体は、赤いイレギュラーと戦闘状態に入る前から予め整っていたのだ。

 チャンスは一度しかない。

 

「2B・・・・・・今から、あるタイミングで・・・・・・僕が赤いイレギュラーにハッキングを仕掛けます・・・・・・どこまでやれるか・・・・・・分かりませんが・・・・・・、せめて、一瞬でも奴の動きを止めてみせます・・・・・・2Bは、その隙を、ついて、下さい・・・・・・」

『・・・・・・分かった』

 

 通信を閉じる。

 9Sは、はぁ、と苦しそうに息を吐くとさっそく作戦を実行しようとした。

 

『警告:武器制御を奪われた時の赤いイレギュラーの能力を想定すると、9Sがハッキングを成功させられる確率は低い』

「それでも・・・・・・・やるしか、ないだろう・・・・・・」

 

 今更、ポッドに言われるまでもない。

 だが、スキャナーモデルとして、できることはしなければならない。

 いや、ヨルハとしてではなく、これは意地だ。

 何としてでも、あの赤いイレギュラーに一矢報いなければ9Sの気が済まないのだ。

 

「行くよ、ポッド」

『了解。アクセスマーク固定』

「・・・・・・よし」

 

 ――アクセス、開始。

 

 9Sは自身は、もはや直接ゼロにハッキングを仕掛けられる状態ではない。

 だが、自身が直接ハッキングを仕掛けなくても、方法はあるのだ。

 実は赤いイレギュラーとの戦闘直前、9Sはこの部屋の機械生命体の残骸の中から、修復・および再起動が可能な個体を見つけていた。

 ガラクタであることには変わりないが、一回だけハッキングする分には、十分持つだろう。

 戦闘になる前から既にその機械生命体へのハッキングを完了させていた9Sはいつでもその個体を遠隔操作できる準備がある。

 

 途端、9Sの視界が切り替わった。

 今の自分の義体よりも、大層動かしにくい不便な体。

 ガラクタだったのを、無理矢理ハッキングで修復して動かしている状態だから無理もない。

 9Sはハッキングした機械生命体ごしに、2Bと戦う赤いイレギュラーを睨み付ける。

 ――スキャナータイプを、あまり舐めないことだ!

 意気込んだ9Sはハッキングで無理矢理再起動させた機械生命体を動かし、赤いイレギュラーの電脳空間にハッキングを仕掛けた。

 

「ここが、赤いイレギュラーの電脳・・・・・・ッ!?」

 

 9Sが電脳空間に侵入した途端、9Sを襲ってきたのは、彼をこの電脳から追いださんとする無数の防衛プログラムだった。

 そう簡単にいかせて貰えないことは百も承知だったが、この洗礼にはさしもの9Sも驚嘆するしかない。・・・・・・とはいえ、作戦を提案した手前、今更退くわけにもいかない。ここで退いてしまえば、2Bに顔向けできないのは自分なのだから。

 

 スキャナーモデルである9Sは今までのハッキング経験を生かし、防衛プログラムを掻い潜りつつ、彼の脆弱性へと繋がるプログラムを必死に探し回った。

 

「なんだ・・・・・・これ・・・・・・」

 

 しかし、手に取れるプログラムは、9Sには理解できないシステムで構成されたものばかりであった。

 そして、手に取った瞬間、防衛システムにより9Sの手から消えてしまう。

 

「くそッ・・・・・・」

 

 時間はない。この強固な防衛プログラムの嵐の中で居続けていたら、いくらスキャナーモデルの9Sといえど、オーバーフローによるダメージが本体(義体)にまで及んでしまう。

 中間役であるこの機械生命体の体ももうじき持たなくなるだろう。

 ――その前に、何としても見つけてなければ。

 決心して赤いイレギュラーの脆弱性を探し続ける9S。

 やがて、あるものを9Sは見つけた。

 

「あれは・・・・・・」

 

 いくつもの防壁システムに囲まれた・・・・・・プログラム。

 それがなんであるかは9Sには理解できなかったが、少なくとも赤いイレギュラーにとっての重要なファクターであることは予想ができた。

 時間は残されていない、9Sは迷うことなく、このプログラムを取り囲む防壁システムを破っていく。

 時間が迫り来る中、9Sの中で焦りはうなぎ登りに加速していく。

 

「もう少しだ、もう少し・・・・・・!!」

 

 賭けに等しい行為だった。

 たどり着いた所で、少なくとも、現状では何の意味も成さないプログラムかもしれない。

 それでも、既に選択肢のない9Sにとっては、これが最後に希望。

 

 そして――残る僅かな時間の中で、9Sは全ての防壁システムを打ち破り、そこへ辿りついた。わらにも縋る思いで、9Sはソレを手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その、瞬間――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある、映像が、9Sの脳裏に流れてきた。

 

 辺り一帯が、何もかもが破壊された市街地跡のような光景。

 無数の白い怪物が血まみれとなって倒れ、辺りは“死”で埋もれていた。

 化け物の死体が無数に転がる中――その中心に、ある人影がいた。

 その人影に、9Sは見覚えがあった。

 赤いボディーに、靡く黄金の髪。

 しかし、彼はただ、己の腕に抱かれている、“赤い少女”を、黙って見下ろしていた。

 皮膚が白く変色していく“赤い少女”。

 その少女を、震えながら必死に、抱きかかえる赤いイレギュラー。

 俯く彼の目は、9Sからは見えない。

 しかし、小刻みに震えた彼からは、先の戦闘で感じたような気迫は一切感じられなかった。

 やがて――赤いイレギュラー、慟哭する空を見上げ、叫んだ。

 

『オレは、オレは・・・・・・一体、何のために、■っているんだぁああぁあぁぁあッッッ!!!』

 

 そこで映像は途切れた。

 何が何だか分からなくなった9Sの脳裏に、追い打ちをかけるかのように、あるメッセージが響いてくる。

 ――You unlocked LEARNING SYSTEM.

 そんなメッセージと共に、9Sは防衛システムにより電脳空間から弾き出された。まるで、パンドラの箱を開けてしまったかのような、不吉な予感と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ、かッ・・・・・・ぐぅ・・・・・・ッ」

 

 一瞬、2Bは何が起こったのか分からなかった。

 

「動きが、止まった・・・・・・?」

 

 既に駆動部の所々が悲鳴を上げ、劣勢であることは間違いなかったというのに――そんな自分の目の前で、ゼロがいきなり苦しみだしたのだ。

 9Sから奪った黒の誓約を落し、額を抑えて、ゼロは苦しげに悶えていたのだ。

 

「オレは・・・・・・・オレ、ハ、ァ・・・・・・」

 

 要因の分からぬ頭痛と吐き気が、ゼロに襲いかかる。

 ゼロの目には、既に2Bなど映っていなかった。

 暗転した背景――その中心にある――“赤い少女”を抱え泣き叫んでいる己自身――そんな意味不明なビジョンが脳裏に過ぎり、それがゼロを苦しめていたのだ。

 

「ク、ぐぅ・・・・・・ガッ」

 

 唐突に、ゼロは己の背後に視線を持って行く。

 呆然としていた2Bもまた、それに釣られてゼロの背後を覗き込んだ。

 そこには――大破寸前の、否、既に大破済みの機械生命体が、埋もれた瓦礫の中から手を翳し、そこから放たれた光がゼロの方へ繋がっているのが、2Bの目に入った。

 

『2B、今です!!』

 

 その機械生命体から聞こえた、聞き覚えのあるノイズ混じりの声に、2Bはハッとなる。

 あの機械生命体ごしに、9Sがゼロにハッキングを仕掛けているのだと理解した2Bは、即座に白の約定を握って、ゼロの方へと走っていった。

 ――彼が造ってくれたチャンスを無駄にするものか。

 これが最後のチャンス、これを逃せば、自分たちに勝機はない。

 自らにそう言い聞かせて奮い立たせた2Bは、目前という距離まで接近し――その巨大な太刀を振り下ろし――

 

 

 

 

 

「オレに--」

 

 

 

 

 

 その最中、呻るように呟いたゼロの左手の魔方陣――ゼットナックルの翠色の光が、赤い光へと、変わっていくのが2Bの目に入る。

 

「入ッテクルナァ――!!」

 

 

 

 

円劫陣(えんこうじん)

 

 

 

 怒号と共に、ゼロは赤い魔方陣を浮かべたゼットナックルを、地面に思い切り叩きつける。

 その直後、2B、9S両者ともに目を見張った。

 ゼロが叩きつけた地面を中心に――辺り一帯に巨大な赤い魔方陣が広がったのだ。

 その魔方陣に、2Bは見覚えがあった。

 降下作戦時に、9Sの飛行ユニットに搭乗して超大型兵器と戦っている時に、一度だけ見たことがあったのだ。

 

 ――これは、あの超大型兵器の攻撃と同じ・・・・・・!?

 

 即座に身を退こうとするが、とても逃れられる規模の範囲ではない。拳を叩きつけられた地点を中心に広がった赤い魔方陣の光が、奔流となって爆ぜる。

 その光に飲み込まれたヨルハ二人の意識は、そこで断絶した。

 




エンゲルスからEX技をキャプチャーしていた!
「エンコウジン」をゲットした!

・・・・・・なんか、ナックルがどんどんチート武器と化していく・・・・・・。


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セカンド・リセット

年越し前に投稿したかったのに無念なり・・・・・・!!

感想欄での9Sへのコメントの数々で草生えた。
やっぱ話題に事欠かない良キャラやなって。


「・・・・・・ねえ、■■」

 

 暗い、暗い・・・・・・記憶の奥底。

 ノイズ塗れの映像(記憶)の中で、赤い少女が微笑みかけながら問う。

 優しそうな、哀しそうな、そんな笑顔を浮かべて。

 

「いつか・・・・・・皆戻れる日が来たら、その時は、二人で一緒に――」

 

 そんな夢物語を語り出す少女の笑みは、眩しく、悲しげだった。

 夢を語るのは楽しい、結末がどうあれ、そういう時くらいは、救いがあってもいいと思うから。

 ――冗談はよせ・・・・・・。

 口から出てきたのは、そんな答え。

 涙を流すことすら忘れた兵器に、そんなことを許される時がくる筈などない。

 彼女の笑顔はきっと、涙を流せるような、いつか再生す(もどる)べき人たちへ向けられるべきなのだと、そう思っていたから。

 それでも・・・・・・少しでも、それもいいと思ってしまったのは、きっと罰当たりだったのだろうか。

 

 ――――暗転(そして)

 

「そうよね・・・・・・でも、信じたかった・・・・・・」

 

 違う・・・・・・そんな言葉を、聞きたかったんじゃないんだ。

 オレはただ・・・・・・君が笑ってさえいえれば、それで。

 なのに、何故、君が先に()()()()()

 

“それ見ろ”

 

 誰かが、嘲笑った。

 

“まさか、己が平和な世界で暮らせるなどと思ってはいまいな?”

 

 目障りな、声が響く。

 

“貴様にそんな資格があると思っているのか?”

 

 泥の底から、引きずりこもうとするような、声。

 

“お前のせいだ”

 

“貴様のせいだ”

 

 糾弾の嵐。

 己の腕の中で眠る少女を証拠と言わんばかりに指を差し、彼らは糾弾してくる。

 

『呪われろ――――”破壊神(イレギュラー)“め』

 

 

 

     ◇

 

 

「・・・・・・ッ」

 

 正気を取り戻したゼロは、叩きつけた拳を床から持ち上げる。

 ――今の、力は?

 未だに赤い魔力の残滓が漏れ出るゼットナックルを見つめ、ゼロは先ほど己が放った技を思い出す。その途端、ゼロの脳裏に直接語りかけるようにメッセージが響いた。

 

 ――YOU LEARNED 円劫陣

 

 魔法の詳細は、不自然なくらいにすんなりとゼロの頭の中に浮かび上がってくる。

 ゼットナックルにエネルギーを溜め、地面に叩きつけ、魔素による広大な赤雷の魔方陣を展開。展開させた魔方陣の光を爆発させ、陣の内側にいる敵をまとめて破壊しつくす。さらにこの魔方陣――形成される際に地形を貫通するので壁を隔てた位置にいる敵すら巻き込むこともできる。

 極めて強力な――広域殲滅(ギガアタック)魔法であった。

 破壊、という言葉に嫌な予感を感じたゼロは、即座に周囲を見渡す。

 ――先ほどまで戦っていた二人のアンドロイドの姿が、ないのだ。

 ゼロに斬りかかろうとしていた2Bも、機械生命体を介してゼロにハッキングを仕掛けた9Sの姿も、何処にもない。

 ただ、焦げた床と範囲内にあった瓦礫が先ほどの魔方陣の大きさに沿うように抉れていた。空気は未だ焼けるように熱く、先ほどの魔法の威力を物語っている。

 ゼロは端末を取り出し、彼ら二人のブラックボックス信号を探るが――反応は一つも検知できなかった。

 

 全て、吹き飛んでしまった。

 彼らの義体ごと――その存在を無に還してしまった。

 ゼロ自身は預かり知らぬ所だが、降下作戦にてエンゲルスの殲滅を成功させた二人が、そのエンゲルスの攻撃を元に編み出された技によって消し炭にされたのは、皮肉な結果と言えるだろう。

 

「・・・・・・」

 

 瞼を閉じるゼロ。

 レジスタンスの立場を悪くしないために、彼らをなるべく殺さないよう無力化することを努めていたゼロであったが・・・・・・結果は、この様だ。

 7Eをエンゲルスからは助けられず、今回の二人も、己が不注意によって殺してしまった。

 いや、それとも――

 

 ――オレは、本当に、破壊することしか、できないのか?

 

 脳裏から離れぬ、過ぎったノイズ塗れの映像。

 あれは、自分の記憶なのだろうか?

 それとも、単に記憶領域にエラーが発生しただけなのか・・・・・・。

 

「ッ・・・・・・」

 

 立ち上がるゼロだが、ふらり、とした動作で覚束ない。ダメージはこれといって受けてはいないが、先の映像が脳裏から離れないせいなのか、駆動系がうまく作動しない。

 立ち上がったゼロが次に視線を向けたのは――自分が眠っていた場所と、その傍で眠っているポッドだった。

 二人を殺さぬまま無力化できなかったのは残念だが、己のやるべきことを忘れてセンチメンタルになる程ゼロは感傷的ではない。

 ポッドに走り寄ったゼロは急いでナックルを翳して11Bのポッドを回収すると、次に己の眠っていた建造物の中身に目を向け、その中にある端末に手をかけた。

 先の事もある――デボルから頼まれた通りに、少しでも自分のデータを持ち帰らなければ・・・・・・当然のことだが、設置された端末はデボルから渡された通信端末よりも更に旧式である。にも関わらず、体が覚えているかのようにゼロの打つ手はスムーズにコンソールの操作を可能としていた。

 改めて自分が旧世界とやらの遺物であるのだという実感を抱きつつ、ゼロは目当てのデータを探すのだが・・・・・・ほとんどは老朽化により閲覧が不可能になっていた。

 ――ERROR――

 閲覧コマンドを入力しても、画面中央に出てくるのはただその一言のメッセージのみだった。

 目を伏せるゼロの胸に去来するのは、落胆。

 ・・・・・・いいや、全てのデータがそうでないだけでも、奇跡なのだろう。

 ――むしろ同じ時を過ごして眠っていたオレが、こうして動いていること自体が、おかしい事なのだろうな。

 とりあえず復旧可能なデータがない訳でもなさそうだと考えたゼロは、デボルから渡された端末を接続して、データを端末からできる限り吸い出す。これを二人に届けて、後は彼らに任せるだけだ。

 データの吸い出しが終わったゼロは、念のためコンソールを再び操作し、自分に関するデータを全て削除する。自分を眠らせていたプロテクトが11Bによって解かれた今、いつ敵が覗き見てきてもおかしくはない状態にある。ましてやネットワークそのものを武器にしてくる奴らを相手に情報を残すことなど愚の骨頂である。

 ――Initialization is completed.

 データの初期化の完了メッセージが表示される。もうここに用はない。

 ゼロはかつての自分の寝床から背を向け、部屋を去って行く。

 最後に、出口の前で立ち止まり、もう一度己の眠っていた場所へ振り向いた。

 ――オレは、一体何者なんだ・・・・・・?

 去来する疑問に答えてくれる者はここには存在せず、ただ虚空へ消えていった。

 

 

 工場の外は、相変わらずの明るい日が昇る空が広がっていた。

 おかげで旧世界の計器しか内蔵されていないゼロの体内の表示時間は止まったままで、あれから何時間立ったのか検討も付かない。

 こういう時にレジスタンスから渡された通信端末は助かるなと思い、経過時間を確認しようと端末を手に取ると、直後、端末から着信音が鳴った。

 

『こちらレジスタンスキャンプ。無事だったんだな、ゼロ。降下作戦が成功したとはいえ、工場の地下エリアは未だに通信帯域が狭くてな、うまくモニターできていなかったんだ』

 

 映し出されたホログラム映像から顔を出してきたのは、ゼロの11Bの恩人であるアネモネだった。ヨルハと接触した関係から早くにキャンプに向かいたかったゼロにとっては、向こうに大事がなさそうなのはありがたいことだった。

 

「こちらゼロ。ポッドのデータの回収に成功した」

『そうか、無事回収できたのか、よかった。それよりゼロ、君たちにとって朗報がある』

「・・・・・・朗報?」

「先ほどバンカーから連絡があってな。調査として派遣する予定だった二人のヨルハ隊員が、地球への降下中に敵に襲われて、到着が遅れるという知らせがあったんだ。これで、バンカーを説得する時間が延びたというわけだ」

 

 なるほど、確かに自分たち二人にとっては朗報かもしれない。だが、いくらゼロでも鵜呑みにしかねる内容でもある。

 いくらなんでも、都合が良すぎる。

 まさかな、と思い至ったゼロは、アネモネにあることを聞こうとした。

 

「・・・・・・アネモネ、此方から聞きたいことがある」

「ん、なんだ?」

「・・・・・・調査として派遣される予定のヨルハ隊員の名前は分かるか?」

『ああ、そのことか。一人はヨルハ2号B型、もう一人はスキャナータイプの9号だと聞いているが・・・・・・それがどうかしたのか?』

 

 ゼロの予感は、的中していた。

 ゼロは工場の地下で起こった詳細をアネモネに話すことにした。

 

「・・・・・・オレの眠っていたエリアで、2B、9Sと名乗る二人組のヨルハ隊員と接触した」

『え!? それじゃあ――』

 

 ゼロの言葉に、アネモネは驚いて真剣な表情に変わる。

 僅かの間に考えた仕草をした後、アネモネはゼロに問うた。

 接触したならばまだいい、問題はその後どうなったかだ。

 

「ポッドの情報を巡り戦闘になった。そして――オレは2人を破壊した」

『・・・・・・そんな・・・・・・』

「・・・・・・すまない。お前達の立場を悪くしてしまったかもしれん」

 

 瞼を閉じ、ゼロは顔を俯かせてアネモネに謝罪する。

 そんなゼロのらしくない態度に少し驚いたのか、アネモネは一瞬だけ口を開けつつも、一息、間を空けて言葉を返した。

 

『・・・・・・いや、謝るのは此方だ。バンカーがゼロの戦いを目撃しているのならば、真っ先に其方に調査隊を送ることに気づけなかった私のミスだ。それに、そう言ってくれているということは、できる限り私たちの立場に配慮して戦ってくれたのだろう? それで十分だよ』

「・・・・・・感謝する」

『とにかく、キャンプへ戻ってきてくれ。11Bも待っている。ポッドのデータから証拠を整理しようじゃないか』

「了解した。これより帰投する」

 

 通信を切ったゼロは、工場廃墟の入り口から離れ、もう一度遠くから振り返る。

 ・・・・・・かつては、人類が兵器工場に利用していた施設。今では異星人の駒が同胞を増産する施設に作り替えられ、そこで生み出された機械生命体たちはまた人類軍との戦いに駆り出される。

 ・・・・・・命がなくなろうと、戦いは終わらない。

 ゼロには、彼らが人類の住処を乗っ取ったというよりは、むしろその終わらぬ業を引き継いだだけのようにも見えたのだった。

 

 

 道中、危険な機械生命体と遭遇することなく、ゼロはレジスタンスキャンプへと帰ってきた。さっそくアネモネがいつも指揮しているキャンプの方へ向かうと、既にアネモネがデボルを連れて待機していた。

 

「ご苦労だった、ゼロ。さっそくだが、回収したデータを渡してくれないか?」

「・・・・・・ああ」

 

 ゼロは端末をアネモネへと手渡す。

 端末を受け取ったアネモネは、デボルと一緒に、端末を開いてデータを閲覧する。

 中にあるデータが確かにポッドのデータであることを確認したアネモネは満足そうに頷くと、部下に手渡して解析するように指示する。

 

「・・・・・・ゼロ、あたしが頼んでおいたやつは」

「これだ」

 

 ゼロはもう一つ記録端末を取り出し、デボルに手渡す。

 受け取ったデボルはさっそくデータを閲覧する。

 

「・・・・・・あぁ、やっぱりほとんど老朽化してるものばかりだな・・・・・・」

 

 やれやれと言わんばかりに頭を抑えるデボルの表情は、幾分か残念そうだった。

 

「・・・・・・使えそうな物は?」

「これを見る限りじゃなんとも、かな。とりあえず復旧できそうなデータを洗い出して、少しでもお前の技術に繋がる手がかりを探してみるよ」

「分かった、頼む」

 

 自分のことに関する手がかりについてはゼロ自身も気がかりではあるが、後はデボルに任せることにした。頼まれたことはやった、後は彼女たちの仕事だろう。

 そう思ったゼロは、再びアネモネに向き合う。

 

「・・・・・・アネモネ。オレが他に何かできることは?」

「とりあえず、証拠をそろえてバンカーに提出するまでお前にやってもらうことはないな。11Bの傍にでもいてやってくれ。それに、戦い続きでお前も疲れているだろう?」

「? 別に任務遂行に支障は――」

「ダメだダメだ!」

 

 任務遂行に問題はないと言おうとしたゼロの言葉を、そう叫んで遮ったのはデボルだ。

 

「考えてもみろ。お前、自分が目覚めてから今に至るまでどれだけ戦い続けたと思っている? 目覚めてからすぐに11Bを守りながら大量の機械生命体を相手にして、次にヨルハE型、その次には超大型兵器!」

 

 治療・メンテナンスに特化したモデルである彼女にとってみれば、未だに働こうとするゼロの姿勢は見過ごせないようだった。

 

「ようやく11Bをここに保護してからも、データ回収のために工場内の機械生命体やヨルハ部隊と戦い続けてたんだぞ? あたしだったら、数十回以上は死んでる」

 

 デボルの言葉に、アネモネも頷きながら同意する。

 例え今までの戦闘でダメージがなかったのだとしても、この短期間でのゼロの戦績は他のアンドロイドからしてみれば異常なのだ。

 ろくにメンテも受け続けていない、長い眠りから覚めたばかりの状態で戦闘すること自体が本来ならば論外。ヨルハのように義体を乗り換え続ける訳でもなく、単身でその状態で戦い続けてきたゼロは異常と言わざるを得ない。

 

「ゼロ、今はとにかく休んでくれ。今までは時間がなかったから、君に苦労をかけさせるのもやむなしだったが、少なくともデータを解析できるだけの猶予はできたんだ。後は、我々に任せてくれないか?」

「・・・・・・」

 

 言われて、ゼロはこれまでのことを振り返る。

 実際にダメージはないし、疲れも感じてはいない、が。

 ・・・・・・思い返すのは、9Sからハッキングを受けたときの、フラッシュバックした映像。

 アレを見たせいなのか、確かに気分としてよくないのは確かだ。

 それでも、戦うのにはまったく支障がないが――。

 

「・・・・・・分かった」

 

 今は彼らの好意を受け取るとしよう。

 そう思ったゼロは、デボルと一緒に11Bが治療を受けている例の部屋へと入っていくのだった。

 

「やれやれ・・・・・・」

 

 その背中を見届けたアネモネは、はぁ、と一息つく。

 ――脱走した元ヨルハ隊員。

 ――目覚めた旧世界の兵器。

 ――彼らのレジスタンスの仲間入り。

 ――それによってこれから起こるであろう、ヨルハとの一悶着。

 ヨルハの降下作戦から今に至るまで、いろいろありすぎた。ゼロの言うとおり、組織を率いる者としては彼らを見捨てるのが正しかったのだろう。

 だが、それではレジスタンスを立ち上げた意味そのものがなくなる。そういった者達の居場所を作りたかったのが、一番の理由なのだから。

 

 それに――

 

「まったく打算がないわけではない。だから、いいじゃないか」

 

 そのリスクを冒すくらい、ゼロという存在はレジスタンスに引き入れる価値がある。それに加えて最新型アンドロイドであるヨルハも1人加わるのだから、釣りは十分に返ってくるだろう。

 それに――世代が近いという名目で、あの双子をゼロ専属のメンテ役に指名すれば――自分の目の届かない所で、あの双子が危険な任務に行かされ続けることもなくなるかもしれない。

 ――打算的にも十分。ならばやってみる価値はある。

 

「・・・・・・暫く、忙しくなるな」

 

 この後、レジスタンスの解析班の奮闘により証拠が出そろう。

 かくして、アネモネ達は『11Bの安全の保証、及びレジスタンスへの所属』を内容としたバンカーとの交渉を無事成功させるのだった。

 旧世界の魔法兵器が、再び人類軍側の英雄として戦場に立つ――人類軍にとっても、これほど喜ばしいことはなかったであろう。

 ・・・・・・無論、過去の事例から、(魔法兵器)が敵に回る事に対する恐れがまったくない、というわけではなかったのを、アネモネが知る由はない。

 

 

     ◇

 

 

 ――宇宙基地 バンカー

 ヨルハ部隊が拠点とする衛生軌道基地にて、ある1人のヨルハ機体が目覚めた。

 

「・・・・・・ここは、私の部屋?」

 

 目覚めて、彼女は自分の記憶を振り返る。

 第215次降下作戦、9Sとのブラックボックス反応の共振による自爆により、作戦を成功。そして、続けて9Sと共に赤いイレギュラーの調査を命じられ、工場廃墟に侵入して――記憶は、そこまでだった。

 

『おはようございます、2B』

「・・・・・・ポッド?」

 

 横から声がしたので振り向くと、そこには自分の随行支援ユニットであるポッド042が既に待機していた。

 

『ヨルハ機体2Bは、360秒前に新規義体への自我データのインストールが完了した。尚、自我データのバックアップは9Sのも同時に成されている』

「・・・・・・そうか」

 

 ――つまり、私は9Sと一緒に『戻った』ということか。

 そのことに、2Bは少し複雑な心境になる。今の状態から前の自分が破壊されるまでどれだけの時間が立っているのかは分からないが、少なくとも今の2Bは己の知っている9Sを失わずに済んだ、ということだ。

 喜ぶべきなのか、それとも――否、自分に喜ぶ資格など、あるわけがない。

 

 何はともあれ、おそらく自分の自我データも同時にバックアップしてくれたであろう9Sに礼を言いに行かなければならない。

 

「ポッド、9Sは?」

『既に自我データのインストールが完了し、起動状態にある。また、司令官より再び9Sとの共同任務が与えられている。推奨:9Sと合流し、司令官からの任務の詳細の確認』

「分かった、行こう」

 

 自分の目覚めまで待機してくれたポッドへの感謝を込めてその箱状のヘッドを少し撫でた後、部屋から廊下へと出る2B。

 我々の目からの白黒の写真のように見えるこの場所こそが、2Bたちヨルハが駐屯する基地の内部である。

 少し進んだ先に、やはり、彼はいた。

 あの時と、同じように。

 

「9S」

「先ほどぶり、ですね。2B」

 

 強いて、あの時と違う所があるとすれば。それは――

 

「9S、ありがとう。途中で、私たちのデータを基地にアップロードしてくれて」

 

 恐る恐る、そんなざわついた感情を胸に2Bは、あの時と同じような言葉を並べて9Sに礼を言う。

 ――ごめんなさい、その記憶を僕は持っていません。

 あの時の言葉が、幻聴となって2Bの脳裏に過ぎる。

 はにかむ思いを必死に抑え、2Bは9Sの返事を待った。

 

 9Sは、優しく微笑んだ。

 あの時の、申し訳なさそうな表情とは、一転して。

 

「どういたしまして。あの時の2Bの顔は、もう見たくありませんでしたから」

「・・・・・・そう」

 

 あの時と同じような、そっけない返事をしてしまう2Bだが・・・・・・幾分か声は柔らかかった。

 

「そうだ、司令官からの命令で。また貴方のメンテナンスをするように言われてきました。僕たち、新しい義体に乗り換えたことですし、また2Bのアルゴリズムに馴染むように調整しないと・・・・・・」

「分かった。お願い・・・・・・・」

 

 了承した2Bは、部屋に戻って9Sがメンテナンスを受けることになった。

 若干、焼き増しのような感じがしなくもなかったが、無事調整は完了した。

 メンテナンスを終え、ベッドから起き上がった2Bは9Sへと向き直る。

 

「それじゃあ、司令官の所へ行こう。赤いイレギュラーの件で、どうなったのかも気になる」

「・・・・・・そうですね。僕たちの記憶は、工場廃墟の地下エリアで合流する前までしかありませんし、確認のためにも行ってみましょう」

 

 要するに、彼らの記憶は例の赤いイレギュラーの手がかりを掴んだ段階で止まっているということになる。その段階で記憶が止っては、まるで物語の続きが見れないかのような感じにも似たもどかしさがある。特に、9Sは。

 急いで司令室へ向かう。

 コンソールに向き合いながら仕事を続けているオペレーターモデルたち――その中には当然、2Bや9Sの担当のオペレーターがいる。

 2Bのオペレーター――6Oは2Bを見かけると、ニコっと微笑みながらまた仕事に戻る。9Sのオペレーター――21Oはと言うと、9Sを見るや否や「何をボーっとしているんですか。早く司令官の所へ向かいなさい」と言いたげな冷ややかな目線を送る。

 少し引きつった笑いを浮かべる9Sは、2Bと共に司令官の前に来た。

 

「2Bと9Sか。2人とも、新しい義体のメンテナンスは済んだのか?」

 

 ヒール込みで身長が175cmほどの高身長。純白の衣装に身を包み、流れるような長い金髪をポニーテールに纏めた美女。

 この女性こそが、ヨルハ部隊の司令官を務めるアンドロイドだ。

 

「はい」

「同じく。それで、司令官。あれからどうなったのか・・・・・・お聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

 上から2B。同じく返事を返した9Sはさっそく気になったことを司令官の女性に問う。おそらく、これから任務を受ける上でも重要な情報だと思ったから。

 

「・・・・・・」

 

 ところが、9Sの質問に司令官は目を瞑ったまま押し黙ってしまう。・・・・・・何か、よろしくない事態でも起こったのか。

 訝しんだ2Bは、9Sに続いて聞いた。

 

「何か、あったのですか?」

「・・・・・・今から言うことは、他の者には他言無用だ。いいな?」

 

 真剣な表情でそう言う司令官。

 ただ事じゃないと予感した2人は、息を呑んで頷き、説明の続きを待った。

 

「・・・・・・我々バンカーは、赤いイレギュラー、及び彼が護衛する脱走したヨルハ機体への手出しを禁ずることにした。これは、月面の人類会議による決定だ」

 

 いきなり言われた言葉は、2人には理解できなかった。

 赤いイレギュラーのことは、まだしも。

 ――脱走した、ヨルハ機体?

 

「どういう、事ですか? あの赤いイレギュラーが守っていたヨルハ隊員は、降下作戦中に行方不明になっていただけの人じゃ・・・・・・」

「彼女は、降下作戦中に撃墜された体を装って部隊から脱走を試みていた。本来ならば規定に従い、処分する所なのだが――事情が変わった」

 

 裏切り者が出たという次は、その裏切り者を処分しないまま生かしておくという、信じられない言葉。

 開いた口が塞がらない9Sの隣で、黙って聞いていた2Bが聞いた。

 

「それは、前の私たちが義体を失ったことと、何か関係が?」

「・・・・・・お前達が入った地下区域は、まだ降下作戦による占拠が行き届いていないエリアだった。だから、何が起こったのかは分からない。何かが起こっていた、ということしか分からないのが現状だ」

「そう、ですか・・・・・・」

 

 煮え切らない、といった様子を見せる2B。9Sも同じだ。

 ()()()、裏切り者ということについては察していた2Bだったが、それ以外は9Sと同じように口を開けたくなるような事柄だった。

 

「詳細は省くが、彼らは今近くのレジスタンス組織に保護されている。・・・・・・そのレジスタンス組織から、彼らについてある証拠データが提出された」

「・・・・・・証拠データ?」

「その結果、赤いイレギュラーは私たちヨルハ部隊と比べても、圧倒的な戦闘力を誇っている。現状で、その赤いイレギュラーの行動目的は、その部隊を抜け出した脱走者を守るため、という証拠だった。

 彼らは、11Bにさえ手を出さなければ、赤いイレギュラーは我々人類軍の味方であるという決定的な証拠を持ってきたんだ。・・・・・・事実、赤いイレギュラーはあの超大型兵器を倒した光の剣以外にも、未知数の力を秘めている可能性が高い。

 たかが1人の裏切り者のために、敵に回すのはリスクが高いと、月面の人類会議はそう判断した」

「その証拠は、僕たちにも閲覧は可能ですか」

「すまないが、機密事項に抵触する内容だ」

「・・・・・・そうですか。分かりました」

 

 落胆したような、そんな表情を見せる9S。

 赤いイレギュラーへの好意的な関心を抱いたままの状態で記憶が止っている9Sにとってみれば、とても残念な事だっただろう。

 

「そこで・・・・・・二度目ですまないが、お前達にまた任務を与える。一つ目は、地上にいるレジスタンスと合流し、情報収集をすること。これについての詳細は前に言ったから省く。

 二つ目は、彼らが保護している赤いイレギュラーを調査して欲しい。それと、彼が守っている例の脱走者についてもだ」

「監視任務、ということですか?」

「そうだ。いくら赤いイレギュラーの件で手出しができないとはいえ、部隊を裏切ったことに変わりはない。危ないのは、彼女たちの周囲にいるレジスタンスたちだ。彼女が妙な動きをしないように、監視してほしい。

 無論、優先すべきは現地調査だということは、忘れないでくれ」

「了解しました」

 

 煮え切らない9Sの隣で、はっきりと返事したのは2Bだった。

 いけない、と9Sも思い直して2Bに続いて返事をする。

 満足そうに頷いた司令官は、「頼んだぞ」と言って2人を背に自室へと向かっていった。

 

 

 

 ハァ、と自室へと戻った途端、ヨルハ司令官、ホワイトは痛む胸を必死に抑えて息を吐いた。

 ――すまない、2人とも。

 口から絞り出されるのは、先ほど任務に送った2人への謝罪。

 いや、謝罪すべきあの2人だけではない。

 ――7E、11B、すまない・・・・・・。

 赤いイレギュラーと戦闘した、7Eの最期の慟哭も、彼女のポッドの報告により知っている。

 7Eから逃げ、赤いイレギュラーを目覚めさせた11Bが、どんな必死な思いでいたかだって、分からない訳じゃない。

 それに、極めつけには・・・・・・。

 

「・・・・・・まさか、アネモネから一杯食わされるとはな・・・・・・」

 

 アネモネにそのつもりはなかったのだろうが、まさか決定的な証拠と共に、自分たちを裏切った隊員を庇い立てしてくるとは思わなかった。

 ――いいや、違う。

 最初に騙したのは、此方だ。

 ヨルハの隊員たちも、地上のレジスタンスたちも、みんな――私が、騙して。

 今回の件など、しっぺ返しの内にも入らないだろう。今回のレジスタンス達の行動は、あくまで人類軍を考えてのことだというくらい、分かる。

 

 ――この偽りは、いつまで続く?

 ――私は、いつまで欺し続けなければならない?

 

 ホワイトが見つめる端末の画面には、赤いイレギュラーをハッキングで必死に目覚めさせようとしている11Bの姿がある。

 続いて映し出されたのは・・・・・・あの超大型兵器を単身で切り伏せた赤いイレギュラーの姿。ホワイトが11Bの処分命令を停止した理由は、ただ単に上の決定だからというだけではなく――彼女自身が、今の現状(呪い)を彼が打ち破ってくれることを、無意識に望んでいるからなのかもしれない。

 未知の力を持つ、彼に。

 

 

     ◇

 

 

 場所は打って変わって、レジスタンスキャンプの中にある、廃墟の一室。

 その部屋のベッドの中で、1人のアンドロイドが眠りから覚めた。

 スリープモードが解かれ、視覚、聴覚、触覚、ありとあらゆるセンサーが熱を持って起動し、段々と彼女の意識は浮上してきた。

 

「あら、目が覚めたのね」

 

 声がした方向へ振り向く。

 そこには、未だに自分の治療を続けている赤髪のアンドロイドがいた。

 

「ポポル、さん?」

「ポポルでいいわよ、11B」

 

 優しく11Bの義体を撫でながら治療を続けるポポル。

 

「お、やっと目が覚めたか。寝坊助さん?」

「・・・・・・もうデボルったら、そんな言い方はないでしょう?」

 

 くすっと笑いつつ、11Bの目覚めに気付いて歩み寄ってきたデボルに、ポポルは宥めるように注意する。

 そんな2人の様子に、仲がいいんだな、と11Bは薄く微笑みつつ、目覚めたばかりで把握できていない現状を2人に聞こうとした。

 

「・・・・・・あの、あれから、どうなったの?」

 

 自分が眠りについてから大分時間が立ったように感じる。

 ポッドの回収に赴いたゼロのこと、自分の義体の調子のこと、色々ある。

 何より――バンカーと敵対してもおかしくないような行動を取ってまで、自分たちを助けようとしてくれた、彼女たちは大丈夫なのか、とか。

 不安に揺れる11Bの瞳を見たポポルは、落ち着かせるように微笑んで答えた。

 

「朗報よ。・・・・・・・バンカーとの交渉は、成功したわ」

「・・・・・・え?」

「先ほど連絡があってな。バンカーからの目線は少し痛くなるだろうが・・・・・・あいつらは、ゼロがレジスタンスへ所属し続けることを条件に、お前には手出しをしないことを決定したんだよ」

「それ、じゃあ」

 

 呆然としながら呟く11Bに続いて、「えぇ」と言って、事実を口にする。

 

「貴女とゼロの、レジスタンスへの所属が人類軍から正式に認められた。貴女がバンカーから狙われることはもうないわ」

 

 力が抜ける。

 元々力が入るような状態の体ではないが、目に見えて張っていた精神の糸が切れたような音がした。

 

「あ・・・・・・ぁ・・・・・・」

 

 涙が、流れてくる。

 恥ずかしくなったのか、2人に泣き顔を見られたくなかった11Bは顔を2人から背け、布団に埋めた。

 

「お、おい! どうしたんだ――」

「・・・・・・ありがとう」

「え?」

 

 そんな11Bの様子が心配になって声をかけようとしたデボルであったが、11Bの口から聞こえた言葉に、デボルの動作は止まった。

 ポポルも同様だ。

 

「ありがとう・・・・・・こんな私を、直してくれて、安全まで、確保して、・・・・・・くれ、て・・・・・・・本当に、ありがとう・・・・・・・あぁ、何て、言えばいいのか、その、分からなくて・・・・・・・こんな言葉しか言えないけど・・・・・・・本当に、ありがとう・・・・・・!!」

 

 泣きすすりながら感謝の言葉を繰り返す11Bに2人は、嬉しく思う所か――逆に、困惑していた。

 こんな風に、感謝されたことなんてないから。

 他のアンドロイドのメンテナンスや治療なんかしてても、罵声や文句しか言われてこなかったから。

 こんな、泣きながら感謝を述べられると、どんな反応をしていいのか分からなかったのだ。

 

「え、ええっと・・・・・・」

「れ、礼なら・・・・・・交渉してくれたアネモネと、ゼロに言ってあげなさい、ほら、あそこで・・・・・・!!」

 

 ――感謝される資格なんて、私たちには・・・・・・。

 そう言い聞かせたポポルは、慌てて11Bの肩をたたき、向こう側のベッドを指差す。

 そこには――11Bが最も会いたかった人物がいた。

 

「あ・・・・・・・ゼロ?」

 

 向こう側のベッドで眠っている、赤いアーマーを身に纏い、メットの下から黄金の長髪を零しているアンドロイドがいる。

 メットの額部分に埋め込まれた下三角形状のクリスタルが特徴的な、そんな彼が向こう側のベッドでぐっすりと眠っているのだった。

 

「あいつが工場廃墟まで行って、ポッドのデータを回収してくれたんだ。そのおかげで、あたしたちはバンカーに証拠を提示できたってことだ」

「目覚めてからずっと戦い続きだったから、今は少し休んでいるみたい……」

「それと、お前にこれを渡してくれって頼まれたんだ」

 

 そう言い出したデボルは、ラックに置かれていた包みを両手で丁寧に持ち、11Bの目の前まで運んでくる。

 丁寧に包まれた包みを解くと、そこにあったのは、11Bが長年大切にしていた相棒だった。

 

「ポ、ポッドっ!?」

「データだけで十分だったのに、まさか本体まで取ってくるとは思わなかったよ・・・・・・」

 

 大きく目を見開いた11Bは、それと共に今まで抑えていた分の涙が決壊するように出てくる。

 ――本当に、取ってきて、くれたんだ・・・・・・。

 ――帰ってきて、くれたんだ!!

 今、腕を動かせないことが非常にもどかしい。

 いつものように、撫でて、抱きしめて上げたい。例え返事が返ってこないと分かっていても。

 

「・・・・・・あぁ、あ、ゼロ・・・・・・・」

 

 彼の名を呼び、再び向こう側で寝ているゼロの方へ視線を向ける11B。

 ――ありがとう、ゼロ。本当にありがとう!!

 目覚めてから、ずっと自分を助けてくれた彼。

 いくら感謝しても、しきれない。

 

 しかし――

 

「・・・・・・ゼロ?」

 

 余裕ができたおかげなのか、11Bは眠っているゼロに、ある違和感を感じた。

 一見――普通に眠っているように見える。自分が目覚めさせる前と同じように、穏やかに眠っているように見える。

 

 しかし、眠っている彼の姿が、11Bにはどこか悲しげに見えた。

 

 ――ゼロ、何かあったの?

 

 今聞いた所で、答えが返ってくる筈もない。

 そんなゼロの寝顔を見つめる11Bは考える。・・・・・・今までは、自分が助かることが精一杯でゼロに頼ることしかできなくて、逆に彼のことを考える余裕なんて、なかったかもしれない。

 だが、考えてみれば。

 彼は、目覚めたばかりで。

 11Bとは違い、自身を証明するモノすら、なくて。

 

 ただ1人、何も知らない世界で、目覚めた。

 その孤独は――もしかしたら11Bすら、想像を絶するものなのかも知れない。

 

 ――私は既に、彼に返しきれない程、たくさん助けられた。

 ――なのに、私はまだゼロに何一つ返せていない。

 ――私は、彼に何をしてあげられるのだろう?

 

 そんな葛藤が、11Bの胸に去来した。

 




Q.円劫陣ってXシリーズに例えるとどんな感じの技?
A.他のギガアタック系と比べて地面に叩きつけてからの攻撃判定の発生が遅い代わりに、範囲が広く、地形を貫通するから壁の向こう側の敵も倒せる。そんな感じ。
使いにくいけど、使いこなせたら便利的な。時間ロスに繋がるからTASさんはあまり使わないかも。

Q.バスターショットはいつ手に入るの?
A.もうすぐ!! 伏線は既にある。


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忘却シタ想ヒ

Re[in]carnation正式リリース記念


 ゼロの奮闘とレジスタンスたちの協力により、バンカーからの処分を逃れることに成功した11B。彼女は現在、レジスタンスの庇護下で、未だにデボルとポポルから集中治療を受けている。

 

「・・・・・・」

 

 処分命令の撤回により命の保証を得た11Bはデボルやポポルを始めとしたレジスタンスのアンドロイドたちへの感謝の気持ちで一杯であったが、同時に彼女の心には一差しの影が差し込んでいた。

 ――私は、ゼロに何をしてあげられるのだろう?

 彼のどこか悲しげな寝顔を見てから、その思考がどうしても11Bの脳裏から離れられない。

 ゼロと11Bを引き入れることができたのは、レジスタンスにとっては僥倖だったであろう。彼らがヨルハと敵対しかねない行動をとってまで2人を引き入れたのは、それ相応のメリット――否、釣りが返ってきて余りある程の価値があったからだ。11Bにもそれは理解できるし、彼らにも恩を返したいと11Bは考えている。この身は最新型のアンドロイド――しかもその中でも戦闘に特化したモデルだ。彼らに貢献することだって訳ないことだろう。

 ・・・・・・だが、ゼロの方はどうか?

 11Bの考え得る中でも、ゼロがレジスタンスに所属するゼロ自身に対するメリットが思い付かなかった。

 11Bがバンカーからの処分を逃れ、レジスタンスへの所属を許されている理由は、(ひとえ)にゼロの存在が大きい。つまり、今の11Bにとってゼロは謂わば生命線のような存在であり、11Bにとってはゼロは確かに必要な存在だ。

 だが、よくよく考えてみればゼロにとって、自分は必要のない存在ではないのか。

 11Bは自分が生き残るためにはゼロをレジスタンスの元へ縛り続けるのと同義ということ。ならば、それでも尚ゼロが自分を守り続けてくれる理由は何だろうか・・・・・・分からない。

 この身の取り柄である戦闘の事でさえ、ゼロは自分を必要としないくらいに、強い。出会ってまだ時間は立っていないものの、今この時代において誰よりも身近でゼロの強さを見てきた11Bならば、それくらい身に染みる程分かっていた。万全な状態に回復した状態の自分さえ必要としない程に、ゼロの強さは計り知れないのだ。

 

「・・・・・・ゼロ・・・・・・」

 

 考えれば、考える程、彼にしてあげられることが思い付かない。

 16Dが失敗して落ち込んでしまった時のように、何か励ましの言葉でもかけてやればいいのか――現在進行形で迷惑をかけ続けている自分が、今更そんなことできるわけがない。

 だけど、だからといって・・・・・・あんな頼もしかった彼が、悲しそうに眠っている姿を見て、何もしないわけにいかないじゃないか。

 ここまで多くの者達に助けられてきた身だ。今更他人に迷惑をかけ続ける己を疎んで自害しようなどとは思わないが、それでも、せめて彼に何か返したいのだ。

 ・・・・・・けれど、思い付かない。自分が彼にできることが、彼に与えられるものが、力になれることが思い当たらなかった。

 せめてこの身が、ヒーラーやスキャナータイプであったのならば。否、そんな仮定の話をしたところでどうしようもなかろう。

 

「・・・・・・ハァ・・・・・・・」

 

 息を着いて、腕を顔に乗せて視界を閉じる11B。悩んだ所で仕方ないのは分かっている。今、自分ができることは一刻も早く万全な義体で復帰して、少しでもレジスタンスの力になることだ。この身は既にヨルハにあらず、抗う者達(レジスタンス)の一員なのだから。

 

「ポッド・・・・・・私、ゼロに何を返せるかな?」

 

 返答はないと知りつつも、傍にいる動かぬポッドに問う。

 当然、返事は返ってこないが――物言わぬカメラアイは、照明の明かりを反射し、11Bに光明を指し示しているようにも見えた。

 

 そんな光明と重なるように、デボルが部屋に入ってきたのはこの後すぐのことだった。

 

 

     ◇

 

 

「アネモネ。これがゼロのボディデータとメディカルチェックの結果、それと治療時のデータよ」

 

 双子の片割れであるデボルの癖のある髪型とは異なる――真っ直ぐに下ろされた鮮やかな赤髪が特徴的な女性型アンドロイド、ポポルが指先に持った記録チップをアネモネに手渡す。彼女たちは過去に同型が起こした事故により他のアンドロイド達から迫害を受けた過去があるため、それに配慮するため人目に付かない場所での邂逅となった。

 受け取ったアネモネはさっそくデータ端末に挿入して検査結果を再生すると、アネモネは目に見えてギョッと瞳を構えた。

 

「バカな・・・・・・」

「・・・・・・見ての通りよ。彼の内部構造の7割が現時点で技術的に解析不能。さらにその内の半分が、()()()()のブラックボックスだったのよ」

 

 文字通り、の部分を強調して説明するポポル。

 彼らアンドロイドの間で“ブラックボックス”といえば、一般的にはヨルハタイプのアンドロイドに搭載されているコアのことを指して言う言葉だが、今回に限っては意味はまったく違う。

 文字通りのブラックボックス――完全に影も形も掴めぬ解析不能領域が存在しているということなのだ。

 

「現代において魔法技術が失われている今、その技術に通じているのはお前達だけだというのに、それですら・・・・・・」

「・・・・・・あまりに難解すぎて、デボルが一度自棄になって酔い潰れちゃったわ・・・・・」

 

 今までゼロの解析を任されたアンドロイドは2人。一人目はメンテナンス屋のレジスタンスメンバー。二人目は嬉々として願い出たジャッカス。その2人ではゼロをまったく解析することはできず、やはり年代が近いこともあって鉢が回ってきたのがデボルとポポルの2人だった。双子がかりでようやく解析が進み出し、それでも尚現時点ではこれが精一杯だったという。

 かくいうポポルも、アネモネの目から見ても相当参っている様子だった。

 ――私たちは、ゼロに償いをしなければならないのに、これが精一杯だなんて・・・・・・。

 単なる疲労ではなく、そんな焦燥が彼女たち双子の間に渦巻いているのを、アネモネが知る由もなかった。

 

「只単に解析できないというだけなら、技術があまりにも古すぎて解析を受け付けないというだけで説明できるのだけれど・・・・・・」

 

 事実、デボルもポポルも旧型といえど、過去に同型の暴走が起こした事故が原因で、その暴走の再発を危惧されてか当時の記憶を抹消されている。それでも、長い時を生きた彼女たちの経験と知識は、メンテナンス屋やジャッカスではできなかったゼロの解析をある程度進捗させることに成功した。年代が近いことによる相性もあるのだろう。

 

「解析できた3割には私たちの年代に近いタイプのアンドロイドと規格や技術が共通している部分もあった。なら、解析できない内の半分もそれに該当するか、もしくは魔法技術が関わるものなのか・・・・・・それがまったく分からない」

「・・・・・・そう、か・・・・・・」

 

 なんとか声を絞り出し、ハァ、とアネモネは息を吐いた。

 覚悟はしていたつもりだった。

 旧世界から失われた技術は魔法関連を始め少なくないことは想像に容易い。それでも、少なくともゼロが作られた時代から1万年足らずもの月日がある。ならば、せめて全体的な技術レベルは此方が上だろうと、どこかで高を括っていたかもしれない。

 ・・・・・・心のどこかで、アネモネはゼロという存在に秘められた神秘性を侮っていたと言わざるを得なかった。それはデボルやポポルも同様に。

 

「それでも、解析できない部分の半分は、時間をかけていけば捗っていくと思うわ。問題は――残りの半分、完全にブラックボックスと化している部分よ」

 

 ポポルは端末の画面上を指差し、問題箇所を指摘した。

 

「左腕のZ(ゼット)ナックル、両太腿部にそれぞれにあるZセイバーの収納部。おそらく魔素を供給しているであろう融合炉(コア)、そして精神、記憶回路を含む回路全般、各種システムについては、完全なブラックボックスと化していたわ」

「・・・・・・11Bが得たウイルス抗体プログラムや、ラーニングシステムとやらについても、詳細は不明のまま、と」

「それについても説明するわね」

 

 言って、デボルは端末の画面を操作し、また別の調査データを映し出す。

 そこにあったのは、ゼロに関する別の解析データと、11Bの治療・修理結果のデータが表示された。

 

「11Bに関しては義体の修理を優先させたかったけれど、ゼロの解析を進めていく上で彼女が得たデータは欠かせないと思ったから、記憶領域には触れないことを条件に、彼女のことも解析させてもらったの」

「・・・・・・なるほどな。もし11Bがゼロをハッキングして抗体プログラムを手に入れたというのなら、我々アンドロイドにも適用できる技術なのかもしれない」

 

 ゼロの中にあるソレは解析できなくとも、11Bの義体の中に同様のプログラムが流れ込んだのならば、そこから解析できるかもしれないと、双子はそう踏んだのだろう。

 そして、肝心の結果はというと――。

 

「駄目だったわ」

「・・・・・・なんだって?」

「彼女の義体を隅々まで解析しても、そのようなプログラムは見つからなかった。唯一分かったことは、彼女のログから、正体不明の抗体プログラムが彼女の『ブラックボックス』に組み込まれたという記録だけだった」

解析不能プログラム(ブラックボックス)が、解析不能領域(ブラックボックス)に入り込むか・・・・・・洒落にならないな・・・・・・」

 

 ごくり、と息を飲み込むアネモネ。

 あまりに高度すぎる技術に驚嘆するよりもむしろ――ただただ、不気味だった。

 ゼロだけではない。マグレとはいえ、スキャナータイプでないにも関わらずゼロへのハッキングを成功させ、その力の一部を得た11Bもだ。

 もはや11Bはただのヨルハ機体ではない。旧世界の魔法兵器――その解析不能のウイルス抗体――すなわちその力の一部を得たアンドロイドでもあるわけだ。

 

「ゼロに限った話しではない。ヨルハ機体については、私たち旧型アンドロイドには解析できない部分がブラックボックスを含め多く存在している」

「でも、それは彼女たちが最新のアンドロイドだからで、ある意味では当然の話よ。でも、ゼロに関しては、違う」

 

 極論、ヨルハ機体は根気よく時間をかければ解析しきる事は可能だろう。

 より複雑な構造を持つであろう機械生命体たちでさえも、解析そのものが難しいというよりかは、論理ウイルス感染のリスク故にやりにくいといった側面の方が強い。

 だが――ゼロに関してはどうだ?

 解析不能なのはおろか、まったくアクセスを受け付けないブラックボックスが存在する。それも、旧世界の技術であるにも関わらずだ。

 

「素直に受け入れるしか、ないのかもしれないな・・・・・・」

「・・・・・・ごめんなさい、私たちがもっと・・・・・・」

「いやいい。予想はしていた事態だ。それに、一つだけ分かったこともある」

 

 神妙な表情から一転、ポポルを慰めるような笑みを浮かべるアネモネ。

 ――一つだけ、アネモネの打算通りに動いた事柄がある。

 

「やはり、ゼロのメンテナンスができるのは、お前達双子だけのようだ」

「・・・・・・」

「アンドロイドを研究しているジャッカスですらままならなかった。ここまで解析を進められたのはお前達だけだった」

 

 アネモネは、レジスタンスを纏めるリーダーだ。

 皆の上に立つ以上、役目にそぐわない任務にすら酷使される、もしくは進んで己を酷使しようとする双子を表立って庇うことはできない。

 だが、今ここに彼女たちを危険な任務へ赴かせないための口実ができあがった。

 否、口実ではなく、事実大事なことなのだから。

 

「ゼロという切り札を運用する上でお前達は必要不可欠な存在だ。そこで、お前達をゼロと11Bの治療・メンテナンス係に任命したいと思う。――やってくれるか?」

「・・・・・・それは・・・・・・」

 

 頼み込むアネモネだが、ポポルは言い淀んでしまう。

 自分とデボルは治療やメンテナンスの他にも、多くの危険な任務に駆り出される。そして、そんな彼女たちを酷使することを周囲はなんとも思わず、彼女たちもそれを償いとして受け入れるのだ。

 ここで不幸なことなのは、彼女たち双子は、非常に優秀な能力を持っていることだ。治療やメンテナンスには留まらず、今までここのレジスタンスにたどり着くまでの長い年月の間、各地を渡り歩いてきた豊富な経験と知識、果てには戦闘能力までヨルハに引けは取らないときた。それが余計にレジスタンスの間での彼女たちの酷使に拍車をかけているのだ。

 その連鎖を、アネモネは止めようと思っている。

 

「私たちは、犯した罪を償わなきゃ・・・・・・」

 

 言い聞かせるように呟くポポルに、アネモネは再度ため息を吐く。

 ならば、あえて彼女たちにとっての重要なキーワードを使って、説得することにした。

 

「ポポル。我々に償いをしたいのだったら、尚更だ。ゼロがいてくれれば、多くの仲間を守ることができる。そのゼロを生かすことができるのは、お前達だけなんだ。

 それが分かった以上、それ以外のことにお前達を酷使することはできない。ゼロと11Bのメンテ役をすること――それが、お前達の“贖罪”だ」

「ッ!!」

「他の奴らにも、このことは伝えておこう。やってくれるな?」

「・・・・・・分かったわ・・・・・・」

 

 ようやく真っ直ぐな目に戻ったポポルは、そう言って頷く。どうやら納得してくれたようだった。

 ポポルとしても、一番償いたい相手に、償い続けるチャンスが舞い込んできたのだ。断る理由もなかった。

 

「・・・・・・話しを戻そう。ゼロには、この検査結果は伝えたのか?」

 

 話題を戻し、アネモネはポポルに問う。

 ポポルはまた一転、目を伏せつつ答えた。

 

「・・・・・・伝えてないわ。話すべきかどうか迷ってて、そのままよ」

 

 話しても話さなくても、何かしらの不安を与えてしまうかもしれない。そう悩んだ挙げ句、ポポルは未だに伝えられずにいた。元々、ゼロのことを知りたいがために彼にデータ回収を頼んだのは彼女たちだ。

 そう言い出した手前、伝えるのが筋なのは分かっているのだが・・・・・・。

 そんなポポルの気持ちを察してか、アネモネが「悩まなくていい」と助け舟を出す。

 

「賢明な判断さ。ゼロはまだ目覚めて間もない。本人の記憶も戻らないうちに伝えても余計に不安を煽るばかりだろう。・・・・・・ゼロには、申し訳ないがな」

「それでも、時期を見て話す必要はあると思うわ。それも近い内に・・・・・・」

「・・・・・・そうだな。話すタイミングは、お前達に任せるよ」

「分かったわ」

 

 一任されたポポルは承諾し、説明を続ける。

 

「ここから治療における問題点なのだけれども――少なくも、解析済みの箇所に関しては、例えダメージを受けても修復は可能よ。けれども――それ以外の箇所については別だわ」

 

 よく聞いて欲しい、念を押してポポルは説明し出す。

 

「知っての通り、アンドロイドの修復方法は大きく五つに分けられるわ。一つは、全壊した部位を他の部位と交換すること。武器屋さんの人がいい例ね」

 

 キャンプで武器屋を営むレジスタンスメンバーを例に出すポポル。彼はロールアウト時の部位をほとんど付け替え、今残っているオリジナルの部位はまったく動かない左足の部分のみとなっている。

 

「2つ目は、私たちのような治療・メンテナンスに特化したモデルからの治療を受けること。私たちレジスタンスの間でできることは一つ目とこれね」

 

 デボルやポポルのようなモデルの他にも、ヨルハのH(ヒーラー)型やS(スキャナー)型がこれを可能としている。

 

「3つ目は回復薬による治療」

 

 先に述べた治療に特化したモデルを必要としない程度の軽い損傷であれば、アンドロイド用に用意された回復剤による修復も可能である。

 

「4つ目は、プラグインチップやナノマシンによる自己修復」

 

 3つ目と同様、程度の軽い損傷であれば、自動的に修復される機能。

 

「そして5つ目は、まったく新しい義体を用意し、同一の人格プログラムをインストールすること」

 

 要約すれば、“ほぼ”同一である個体を一から作り直す方法。治療というよりは、蘇生と表現した方がいいかもしれない。これは本拠地に人格データのバックアップを残すヨルハ部隊だからこそできることで、彼らにしかできない方法だ。

 

「これら五つの方法が存在するのだけれど・・・・・・」

 

 ここから本題だ。

 

「この中でゼロに適用できない、あるいは適用すべきではない治療法はどれか、分かるわよね?」

 

 ここでアネモネは、なぜポポルがここまで細かく治療法の種類を上げ、かつ詳細を懇切丁寧に説明したのかを、ようやく理解した。

 技術者視点で語られるそれは、アネモネが想像している以上に、深い問題点を想起させられる。

 

「2つ目と4つ目以外は・・・・・・不適?」

 

 恐る恐る答えるアネモネに、ポポルは「そうよ」と悔しそうに肯定した。

 

「2つ目にしても、解析可能な箇所に限定されて、それも貴女が言ったように私とデボルでしか不可能。そして、4つ目の自己修復機能は、先ほど言った、ブラックボックスの部分に相当していると思われるわ」

 

 つまり、修復の大部分を依存しているその自己修復機能の詳細が分からない以上、もしその修復回路を損傷なり、破壊なりされれば、その時点でゼロの治療はほぼ不可能になるということだった。

 

「修復機能の効力そのものは絶大よ。現に、あれほどの連戦を経たゼロの体には傷が()()()()()()()。帰ってきたときは、多少なりとあったのに、それすら今はない」

 

 ヨルハ部隊、機械生命体の大軍、そして超大型兵器相手に連戦したにも関わらず、今では傷一つない。赤いアーマーといった外装甲も、駆動部を始めとした内装も。

 普通、修復される際は完全に元通りとは行かず、元と比べて多少歪みが生まれるものだ。ゼロにはその歪みすらもがないのだ。

 

「問題は、その効力が働く範囲が分からないことよ」

 

 凄まじいことは間違いない。

 だが、果たしてソレは腕をまるごと持って行かれても再生するのか――はたまた体の半分を持って行かれても大丈夫なのかもしれない。少なくとも、ソレを成してもおかしくないくらいの出力をゼロは持っている。

 しかし、それ以上のダメージを負ってしまったら?

 それ以下の損傷でも修復が働かなくなるのだとしたら?

 

「修復に費やされるエネルギーは間違いなく魔素よ。けれど、融合炉から供給される魔素が、無限とも限らない。一番の問題は、修復機能と、肝心の融合炉の構造が完全なブラックボックスであることよ」

 

 つまり、その部分が致命的な損傷を負えば、ゼロの治療はほぼ不可能となる。

 その部分を解析できない限りは。

 

「この問題を解決するためには、最低でも――私たちが記憶を取り戻すくらいしか、方法はないかもしれない」

「・・・・・・」

「勿論、ゼロに損傷を負わせられる存在は、機械生命体といえど多くはない。この修復能力に加えて、あの戦闘能力。けれど、万が一・・・・・・」

 

 語り出せば、不安は止まらない。

 想像は無限だ。分からないが故に、想像の余地がある。

 だが、その想像の根源は未知故の“不安”だ。

 万が一の、最低の事態を考えてしまう。

 

 駄目だ、断じて駄目だ。せり上がる不安を自覚したアネモネは、己にそう言い聞かせる。

 この不安が伝播するのは、皆を引っ張る者として断じて止めなければならない。

 例えその不安を抱く者が“1人”であったとしても。

 

「・・・・・・ポポル、こうは考えられないか?」

 

 唐突に、アネモネはポポルに問いかける。

 

「ゼロの技術を解析するためには、お前達が当時の記憶を取り戻す必要があると言ったが。――逆に、ゼロの解析を進めていけば、お前達の記憶が戻る手がかりになるんじゃないかと、私は思うんだが?」

 

 口から出任せにいった、屁理屈であることは、アネモネだって分かっている。

 だが、少しでもポポルが前向きな気持ちになってくれれば、と思って出た言葉だ。

 効果はさして期待できない。

 

「・・・・・・」

 

 しかし、言われたポポルは、何を思ったのか、顔を俯かせて瞳を揺らしていた。

 当然だが、己の口から出任せに言った言葉が、彼女にとってどれだけ重いのか、アネモネには分からない。

 ――ゼロに対して抱いてしまう、他と比べても、どうしようもない程の罪悪感。

 事故などでは済まされない、まるで踏み越えてはならない一線を越えてしまったかのような、感覚。

 

 彼女たちに、事故を起こした当初の記憶はない。

 だが、事故があったことは覚えている。

 

 事故は、()()()()()

 

 一度目は、暴走。人類に関わる重要な計画を担っていた筈なのに、同型の暴走により破綻したということだけは、覚えている。

 二度目は――厄災。覚えているのはそれだけで、一度目と違いまったく記憶が残っていない。唯一、これも同型が起こしたことであるとしか。

 

 ゼロに抱く罪悪感の正体に、これらが関わっているのかは分からない。

 けれど――もし、そうだとしたら。

 

「・・・・・・そうね。そうかも、しれない・・・・・・」

 

 顔を上げ、そう言うポポル。アネモネから見た彼女は、悲しげに笑いつつも、目は決意で固まっていた。

 そんな彼女の複雑な表情が、果たして己の言葉が失言だったのか、それとも逆だったのかがアネモネには分からなくなった。

 

 ――覚えていない。思い出せない。けれど・・・・・・

 

 目を閉じてポポルは考える。

 

 過去に起こした事故

 

 ゼロへの罪悪感

 

 自分たち双子がこうなってしまった原点。

 

 実験兵器、0号・・・・・・

 

 思い出すことすら、知ろうとすることすら烏滸がましいことは、理解している。

 

 けれど、黙って本心から受け入れようとする程、彼女の器は大きくない。

 

 今からでも、遅くはない。

 

 

 知りたい、思い出したい。

 思い出せ、思ひ出セ、オモイダセ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 狂気シテイル。狂喜シテイル。

 ワタシノ目ノ前ニハ、巨大ナ■■ガ――立ッテイル。

 

『・・・・・・く、・・・・・・やく、■■■が完成・・・た!! これで・・・・・私たちの汚名を・・・・・・!!』

 

 ワタシハ、マルデ、自ラ作リ出シタソレヲ、アタカモ“救世主”ノ如ク見上ゲ――

 

 

 

 積ミ上ガッテイル。

 屍ノ山ガ積ミ上ガッテイル。

 

 広ガッテイル。

 血ノ海ガ広ガッテイル。

 

 人形タチモ、異星人タチモ、ソノ駒タチモ

 

 等シク、血ノ海二沈ンデイル

 

 空気ハ血ノ色二、空ハ魔ノ色に満チ

 

 

 ――ソノ目下、屍ノ山ノ上ヲ、巨大ナ剣ヲ持ッタ“救世主”ガ佇ンデイル

 

 

 思イ描イテイタ通リノ光景ノ筈ダッタ

 

 ソコニ、人形タチノ屍サエ混ザッテイナケレバ

 

 違ウ、コンナ、コンナ筈ジャ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ポル、ポポルッ!!」

 

「・・・・・・ぇ・・・・・・あ・・・・・・?」

 

 気が付けば、ポポルの目の前には必死に自分に呼びかけるアネモネの顔が映った。

 まだ意識がハッキリとしないポポルは、今の自分の状況を確認する。

 自分は頭を抑えて、機材置き場の壁にもたれ、そのまま崩れ落ちていた。

 アネモネの顔が目の前にあったのは、彼女がしゃがみ込んで目線を合わせてくれていたからだ。

 

「アネモネ・・・・・・私は・・・・・・ッ!?」

 

 ズキリと、頭脳回路を締め付けるような痛みがポポルを襲いかかる。

 今までも周囲のアンドロイドからの虐待で痛めつけられることはあれど、こんな、いつもならば心の臓を締め付けるような罪悪感の痛みが、そのまま頭に来たかのような痛みだった。

 

「どうしたんだ、ポポル?」

 

 かがみ込み、自分の顔を覗き込んでくるアネモネを手で制し、ポポルは傍にあった手すりに捕まってゆっくりと立ち上がる。

 

「分からない・・・・・・何か、思い出そうとして・・・・・・それで・・・・・・」

 

 アネモネの言葉をきっかけに、ダメ元で必死に自分の記録回路を探り当てて見せた所まで、ポポルは何とか思い出す。

 そして――その間が、思い出せない。

 何で、こんなに苦しいのか。

 何で、こんなに悔しいのか。

 ――何で、こんなに憎いのか。

 

 何か、忘れてはならないモノを見た気がするのに、まったく思い出せないのだ。

 

 分からない。

 今までは何かも分からぬ罪を責め続けられて、それでも受け入れてきたが。

 分からないことが――こんなに苦しいなんて、初めてだった

 

「ごめんなさい・・・・・・少し、休ませてもらうわ」

「・・・・・・分かった。無理はするなよ」

 

 アネモネも、これ以上ポポルに無理をさせるのは危険と判断したのか、これ以上踏み込む気はなかった。

 もしかしたら――己のいらぬ発言でポポルが余計に苦しんでしまったかも知れない。

 ――やはり、私では彼女たちを救うことができないのか・・・・・・?

 

 胸中の苦しみを押し殺しつつ、持ち場へ戻っていくポポルの背中をアネモネは見送った。

 

 なんとも言えない空気になったその時、ゼロのデータを映していた端末から着信音が鳴った。

 

 そして――現地担当のヨルハ二機の到着の連絡を受け、アネモネは彼らを迎え入れんと持ち場へ向かうのだった。

 

 

     ◇

 

 

「――とまあ、こんな感じだ。正直、ゼロに話していいのか迷ったんだが、その前に相談も兼ねてお前に教えることにしたんだ」

 

 

 場所は打って変わって、11Bが治療を受けている部屋。

 憂鬱になっていた11Bに所にデボルが訪れ、同じようにゼロの解析結果を見せられていた。

 見せられた11Bの反応は、アネモネと同様のものだった。

 いや、アネモネ以上に動揺していた。

 ゼロが出鱈目な存在であることは既に知っていたが、ここまで現在では解析できないオーバーテクノロジーの塊とあっては、息を飲み込む他なかった。

 

「ここまでは不安要素ばかりの説明だったが、何もそればかりじゃない。これを見てくれ」

「・・・・・・これは?」

 

 デボルが画面の表示を変えると、そこに画像付きの一覧が表示される。

 

「ゼロが持ち帰った情報を復元したデータさ。まだ全部じゃないが、復元できた分だけそこに乗せておいている」

 

 画面をスクロールしてみせるデボル。

 

「これは、武器?」

 

 スクロールされていくデータを流し見て、キョトンとして呟く11B。

 槍の形状であったり、ブーメラン状であったりと、様々な形をした武器のデータが数多くそこにあったのだ。

 

「これってもしかして、全部ゼロが使っていた武器!?」

 

 目を見開き、驚いてみせる11B。

 万能戦闘タイプである11Bとて大剣や槍、ナックルなど多くの武器を使ってきた経験があるが、これほどの数の武器を扱ったことはない。

 にも関わらず、かつてのゼロは、これほどの数の武器を使いこなしていたというのか?

 

「おそらくな。けど、正直どれも復元することは難しそうだ。どれも魔素を扱った兵器らしくてな、データの復元だけが精一杯だった・・・・・・」

「それって・・・・・・」

 

 何の意味もないんじゃ、と言おうとした11B。

 しかし、先ほどのデボルの発言を思い出し、それだけではないのだろうと思い、口から出かけた言葉を飲み込んだ。

 

「だが、一部に関してはそうでもないんだ。見てくれ」

 

 デボルが再び画面を操作すると、今度は条件が絞り出されたのか、先ほどまでズラリと画面に並んでいた一覧が、今では二つの武器のデータしか表示されていなかった。

 しかし、この2つが重要なのだと、11Bは即座に理解した。

 

「これは・・・・・・"トリプルロッド"? "シールドブーメラン"?」

 

 見せられた武器の名前を読み上げた11Bに、デボルは「ああ」と頷く。

 

「確かに一からの復元は難しい。だから、アイツの手元に唯一残っているZ(ゼット)セイバーの拡張性の高さを利用して、なんとか再現できないかと考えたんだ」

 

 Zセイバーは、ゼロの手元に唯一残っていた魔法武器だ。

 だが、同じ魔素エネルギーを使用する武器ならば、何らかの形で形状を変えて再現できないかとデボルは踏んでいるのである。

 一から作るよりかは、元からある物に手を加える方が手早い。

 

「あたし達のモデルにも、かつては魔法技術が搭載されていたんだ。当時の記憶はほとんどないけど・・・・・・何とか手探りでここまで来れたよ」

 

 今ばかりは自分が旧型であることに感謝しているよ、とデボルは付け足す。

 

「・・・・・・すごい」

 

 気が付けば、11Bの口からはそんな言葉が漏れていた。

 確かに解析不能なブラックボックスまみれのゼロの身体データには驚嘆したが、そんなゼロのデータをある程度解析し、更には武器の復元までこぎ着けている双子の姉妹の腕には驚嘆するばかりだった。

 こんな真似、ヨルハのアンドロイドたちすらできるかどうかは怪しい。

 旧型故の、豊富な知識と経験があってこそ成せる業なのだ。

 

 故に、11Bは、余計に己の無力感を募らせることになった。

 戦闘しか取り柄のない自分とは違い、ゼロの力になっている双子に対して――11Bはみっともないと自覚しつつも、嫉妬せざるを得なかった。

 

 未だに、自分はこんな体たらく。

 それに比べてこの双子は、自分の治療とゼロの解析を同時並行でこなしている。

 ・・・・・・11Bは、両手ぐらいしかまだまともに動かせるようになっていない。

 

 ゼロは現在、自分の義体の修理の材料を集めるために、廃墟都市を奔走しているという。

 ・・・・・・ほら、また彼に助けらればかりいる。

 ゼロにも、この双子にも、11Bはまだ何も返せていない。

 

 無力感と、焦燥感が、募る。

 

「デボルたちは、すごいね・・・・・・」

「・・・・・・11B?」

 

 絞り出すように呟かれた11Bの言葉に、デボルは思わずキョトンとなる。

 

「私、ゼロと貴女たちに、何も返せていない。仕方ないことだし、これからだっていうのは・・・・・・分かっているんだけれど。・・・・・・分からないの・・・・・・」

 

 ――ゼロに、何をしてあげられるのかが。

 

「貴女たちみたいな、すごいことができる訳でもない。ただ、他より少し戦闘が得意なだけ。人類軍にとっての私の価値は、ゼロの鎖である事だけ」

 

 重要な役割ではあるのだろうが、なら、ゼロはそれで何を得するのだ?

 己のことを何も思い出せない、自分が知らない世界の中で、何も分からず戦い続けることを強いるのか?

 ・・・・・・あんな、悲しげな姿を、表に出さず、押し殺しながら。

 

「私は、ゼロを目覚めさせるべきじゃなかったのかな・・・・・・? ゼロを縛る鎖ということでしか、私の価値はないのかな・・・・・・?」

「・・・・・・」

 

 デボルは、何も言えなかった。

 確かに、ゼロを目覚めさせた11Bの功績は大きい。少なくとも、レジスタンスにとっては。

 だが、ゼロにとってはどうなのだろうか?

 失念していたかもしれない。今までレジスタンスはゼロと11Bをよくも悪くも一纏めに考えていた。だが、考えてみればこの2人はまだ会って間もない。

 ただ他の者より少し長く一緒にいただけの仲だ。

 レジスタンスの者達は、11Bを救う事=ゼロを助けることと無意識に考えてしまっている。考えてみれば、必ずしもそうではないということは、誰もが気付くことだ。

 

 だが、ならばとデボルは思う。

 

「・・・・・・じゃあ、どうしてゼロは、お前のために戦い続けているんだろうな」

「・・・・・・え?」

「本当に、お前にそんな価値しかいないっていうのなら、ゼロはとっくにお前を見限っていると、あたしは思うんだが」

 

 それは、と11Bは言い淀む。

 彼女は最新のヨルハタイプ。ヨルハの中でならばともかく、レジスタンスの中で見れば経験不足もいいところの小娘だ。

 何を思うにも、どうにか理屈から入って考えようとする癖がある。

 

「1つ教えてやる。あたしとポポルはこれまで仲間である筈のアンドロイドたちから迫害されていた」

「・・・・・・え?」

「原因は、過去にあたし達の同型で暴走して事故を起こした事だ。それ以来、あたしとポポルは同胞のアンドロイドたちから逃げ続ける生活を送っていた」

 

 当てもない放浪生活。

 レジスタンスの目に入ろうものならば、罵倒はされるは、石を投げられるのは優しいものだ。いくら治療役として貢献しようと役立たずと罵られ、更には言いがかりをつけられて切りつけられたりもした。

 

「辛かったけど、それでも、あたしにはポポルがいた。ポポルはあたしの代わりにいつも怒ってくれた。いつもあたしの傍にいてくれた。

 どんな目に遭おうと、あたしには、ポポルがいてくれるだけでよかったんだ」

「・・・・・・」

 

 デボルの口から語られる彼女たち双子の過去に、11Bは唇を震わせながら聞くことしかできなかった。

 ――ああもう、何を言ってるんだあたしはッ!?

 心中でそう毒づくデボルであったが、言い始めた以上は最後まで言い切らなければ気が済まなかった。

 

「こういうのは、理屈じゃないんだ」

 

 ゼロと11Bの関係は、まだ始まったばかりだ。

 今まで長い間ずっと一緒に生きてきた自分とポポルの関係とは違うかもしれない。

 それでも、これだけは言いたい。

 

「"ただそこにいてくれるだけでいい"、戦う理由なんて、それだけで十分だとあたしは思う。・・・・・・そう考えられない?」

「わ、私は・・・・・・」

 

 何も言い返せずに11Bは俯く。

 実際、無理もないことだ。ゼロがどのような理由で11Bのために戦っているにせよ、ゼロはともかく口数が少なく、己の感情を表に出すことがない。

 彼が何のために戦っているのか分からないのは仕方の無いことだ。

 

「今は焦らず、自分ができることを探していけばいいさ。ゼロとは、機会を見て話し合ってみるといいんじゃないか?」

「・・・・・・私に、できること・・・・・・」

「あたしの所見だけど、ゼロにとって11Bは"そこにいてくれるだけでいい"・・・・・・そんな存在だと、きっと思ってるよ」

 

 言い終わると、デボルは端末を11Bの傍に置き、「好きに見ていいよ」と言い残して部屋から出て行った。

 実際の所、デボルは11Bの気持ちを分からないわけではなかった。

 ゼロへの罪悪感を自覚した自分とポポルは、それこそ必死に、彼に償おうと、ようやくここまで来たのだ。

 自分たちの抱く罪悪感と、彼女の抱く無力感を一緒にするのは失礼だろうが、『何かをしてあげなければ気が済まない』という根っこの感情は同じ物だからだ。

 

「・・・・・・」

 

 取り残された11Bは、デボルが置いていった端末を見つめながら、彼女の言った言葉を思い出す。

 

「そこに、いてくれるだけでいい。私は・・・・・・」

 

 11Bは思い返す。自分がヨルハを抜け出すに至った経緯を。

 偽りだらけの基地、決して嫌いではなかったけれど、嫌いになりたくなかったから、あそこを抜け出した。

 もう少しで、嫌いになりそうだった。

 やり残したことだってある。16Dにはまだ謝っていない。

 そんな思いをあの場所に残しつつも、11Bは偽りを嫌い、己の存在意義を定義できる真実と、居場所を求めて、抜け出した。

 

 抜け出した先で、ゼロと出会った。

 ゼロには、11Bが求めている真実を持っている気がした。ゼロが記憶を失っていると知った今でもそれは変わらない。

 

 頼もしくて、何も言わずに守ってくれて。

 

 けれど、その時点ではゼロに対する認識は、まだ自分を助けてくれた恩人止まりだったように思う。

 だが、ポッドを持ち帰ってくれたあの時、自分が目が覚めた時に、向かいのベッドで寝ていた彼の、どこか悲しげな姿を見た。

 

 放っておくと、何もかもを1人で背負ったまま、消えていくんじゃないかと思う程に。

 自分はゼロに消えて欲しくない。

 ――そのための、鎖でありたいと。

 

 ――ああ、そうか。

 

 ようやく、デボルの言葉の意味を11Bは理解する。

 

 ――私は、ゼロがいてくれれば、それでいいんだ。

 

 自分は己が安心したいために、ゼロのことが知りたいのではない。

 ゼロのために、ゼロのことを理解したい、彼の失われた記憶を取り戻してあげたい。もし、彼が取り返しのつかない所まで行きそうになったら、それを引き留める鎖でありたい。

 ゼロに、"そこにいてくれるだけでいい"と思われるような存在に、自分はなりたいのだ。

 

「・・・・・・我が儘だなぁ、私って・・・・・・」

 

 いっそ、自分に呆れそうになる。

 けど、悪くない。

 こんな感情――バンカーにいた頃では、考えられなかった。

 虚ろな、白黒だった自分の世界が、今では少し色あせて見える。

 ――私は、生きている。

 ならば、少しでも、ゼロのために生きよう。もう、迷いはしない。

 

 迷いは振り切った11Bは、デボルが置いていった端末を持ち上げ、中にあるゼロのデータを閲覧する。

 焦ることはない。

 今は少しずつ、ゼロのことを知っていけばいい。

 

 そう考えて、データを閲覧すること数十分。

 

 

「・・・・・・あれ?」

 

 

 あるデータを閲覧し、11Bはそこでナニカが、引っかかった気がした。

 データの内容は、ゼロの動力源である魔素についてのデータ。

 動力炉に関しては解析不可能だったが、外に放出される魔素については別。

 その魔素に関するデータを見た11Bは――

 

「――――」

 

 急いで、あるデータを探しだし、ゼロの魔素に関するデータと見比べる。

 

「これは・・・・・・代用、できる?」

 

 あくまでゼロのデータに集中していたデボルとポポルでは決して気付かなかったこと。そして、長い間、"相棒"と過ごしてきた11Bだからこそ、気付けたことだった。

 数値を、見比べる。

 

 ――似ているのだ、ゼロの扱う魔素と、ポッドのエネルギーの性質が。

 

「もしかして・・・・・・!!」

 

 思い立った11Bは、完治した腕を即座に動かし、横にあった包みをつかみ取る。包みを解くと、そこにはゼロが持って帰ってきてくれた、モノ言わなくなった11Bの"相棒"がいた。

 11Bはその箱体を隈無く観察し、状態をチェックする。

 

「頭脳回路と人格データは、無理よね。けれど射撃機能は、何とか修復できそう。これなら・・・・・・!」

 

 今まで、この相棒のメンテナンスは11Bが自力でやってきた。

 このポッドに関してだけは、どのスキャナータイプのメンテナンスにも引けを取らないと11Bは自負している。

 そして――11Bは見つけた。

 

 己が今、ゼロにできることを。

 

 ゼロに、今一番足りていない部分を11Bは知っている。

 それは、先ほどデボルが見せてくれた再現可能な武器ですら補えないもの。

 

 あの超大型兵器の時も、ゼロが苦戦していた理由はまさしくソレだった。

 

 ゼロには、遠距離攻撃の手段がない。

 だがもし――ゼロの魔素を銃弾として放つ手段があるのだとしたら、間違いなく強力な武器になる。

 

 11Bは自分の手の調子を確認する。

 

 足は動かないけれど、手は動く。ならば十分だ。

 今の自分でもできる。

 

 ポッドを、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ポッド、ごめんね・・・・・・まだ、休ませてあげられなくて」

 

 優しく、箱状のヘッドを撫で、11Bは謝る。

 

「お願い。どうか、ゼロの力になってあげて・・・・・・」

 

 モノ言わなくなった相棒に11Bは懇願する。

 今では、少しでもゼロの力になってあげたい。そのため、力を貸してくれと。

 

"了解"

 

 そんな返事が、聞こえたような気がした。




ようやく回収できたバスターショットフラグ。

Q.Re[in]carnationをプレイしてでの感想は?
A.とりえあず、何故か猛烈に『檻』にオメガをぶっ込みたくなった。


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舞イ降リルケンシ

無課金でAutomataコラボのキャラ全員引けたので投稿です。


 調査担当のヨルハがキャンプに到着したという知らせを聞き、ポポルと別れた私はさっそく現場へと戻る。持ち場へ戻ると、そこには戦闘型と思われる少女と、スキャナータイプと思われる少年のアンドロイドが立っていた。黒い布切れのような戦闘ゴーグルで目を隠し、ベルベット製に拵えられた黒い隊服という特徴的な衣装は、間違いなくヨルハ部隊のアンドロイドのものだった。

 歓迎の言葉を口にしようとした私だが、戦闘型と思しき少女の方を見て、無意識にある言葉を呟いてしまった。

 

「お前達は・・・・・・二号・・・・・・」

 

 連絡も取れなくなったかつての仲間。

 もう死んでしまったのだろうか? それとも、今もどこかで生きているのだろうか?

 もし生きているのならば、今頃どこで何をしているのだろうか・・・・・・。

 

「あれ? 2Bのこと、知ってるんですか?」

 

 私の言葉を聞いた少年が、そう聞き返す。

 いけない、他人の空似で勝手にセンチメンタルに浸ろうなど、目の前の2人に失礼だったな。

 

「・・・・・・いや、バンカーから連絡が来ていたからな」

 

 尤もな理由を言って誤魔化す。

 連絡が来ていたのは本当だ。だから事前に2人の名前は知っていた。

 2人がここに来るであろう事も・・・・・・そして、彼らよりも“前”の2人がゼロに破壊されたことも、私は知っている。幸い、あの地下区域は通信帯域が狭かったためか、この前の2人の死にゼロや私の指示が関わっていることはバンカーに知られていない。

 そう、私は間接的にこの2人を一度殺している。

 降下作戦を成功させたという点で見れば、ゼロや11Bよりもよほど恩人であるにも関わらず。その恩を仇で返す事となってしまった。

 

「ようこそレジスタンスキャンプへ。私の名前はアネモネ、この辺り一帯のアンドロイドレジスタンスを取りまとめるリーダーだ」

 

 せり上がる罪悪感を押し殺し、私は歓迎の言葉と自己紹介を並べた。

 後悔しているわけではない。だが、調査担当となった以上、この2人もまたレジスタンスにとっては欠かせぬパートナーとなることだろう。そうなれば、必然的に彼らを一度破壊したゼロとも会う機会が増える。

 いつかは、そのことを明かさなければならない日がやってくるかもしれない。何も知らない彼らはともかく、ゼロの方は会って大丈夫だろうか? 思い悩んでいる様子はなかったが、どこかで気にしているかもしれないと思うと少し心配になってしまう。

 ・・・・・・いいや、ゼロの方はまだいい。一番の問題は――

 

「さて、さっそく君たちの疑念についても解消しようか。ここに来るまでに君たちヨルハと我々の間で一悶着あったのは知っているだろう? 何か、我々に聞きたいことはないか?」

「・・・・・・そうですね・・・・・・」

 

 まずは、彼ら――2Bと9Sがどこまで知っているかを確認しよう。そして、なるべく彼らの疑問には答えてあげよう。それが今、私が二人にできる精一杯の誠意だろうから。

 私の言葉に、9Sが真剣な様子になって考え込む。どうやら、彼らなりにも疑問に思っているらしい。私が考える限りで、彼らはおそらく11Bの裏切り、その処分命令の撤回、そしてゼロの存在とその戦闘能力までは知らされている筈。だが、おそらくこれらを結びつける理由は大して説明されていないと私は踏んでいた。

 点と点を結びつける線についての疑問は、できるだけここで解消していきたい。

 

「実は、司令官からの命令の1つとして、今貴女の所にいる、僕たちの裏切り者が、貴女たちに危害を及ばさないか監視しろという命を受けています。・・・・・・今、彼女の様子はどうですか?」

 

 9Sが聞いてくる。

 やはり、最初に聞いてくるのは11Bのことか。これが、一番の問題。

 彼らは11Bが一度はヨルハを抜け出した裏切り者と知りつつも、彼女の裏切りの理由を知ることはなく、同時に処分命令が撤回された訳についても知らされてはいない。

 そして、その状態でこれからも顔を合わせなければいけないこと・・・・・・これ以上に気まずい関係はない。目の前の二人もそれが分かっているからこそ、一番にこれを聞いてきたのだ。

 

「彼女は、今は私たちの仲間から治療を受けている。降下作戦時に義体に深い損傷を負ったらしくてな、今はまだ歩ける状況じゃないんだ。安心してくれ、今の所暴れた様子はないし、大人しく治療を受けてくれているよ。論理ウイルスの症状や潜伏反応も出てはいない」

「・・・・・・そうですか。それと、できれば彼女が裏切った理由を知りたいのですが・・・・・・」

 

 ・・・・・・それにだけは答えられない。何せ、私たちは知らないのだから。

 だが、知らない理由を教えることはできるだろう。

 

「生憎だが、私も知らない。“彼女が知ってしまったことに踏み込まないこと”が、バンカーとの契約の1つだからな」

「・・・・・・知ってしまったこと?」

 

 実際の所、ゼロと11Bに関するバンカーとの契約は、かなり薄氷の上で成り立っているといっても過言ではない。1つの項目でも破られれば、11Bとゼロはレジスタンスにはいられなくなるだろう。・・・・・・それだけは、させないようにしないといけないな。

 

()()()()()()()()()()・・・・・・おそらく11Bはそこに踏み込んでしまったのだろう。彼女をここに保護した時も、彼女は自分の知ってしまったことを私たちに話すことは決してなかったよ。おそらく、私たちを守るために・・・・・」

「ちょ、ちょっと待って下さい! その言いぶりじゃまるで・・・・・・」

 

 ――彼女がバンカーを裏切ったというよりかは、バンカーが自分たちにとって不都合な存在を消しにかかっただけなんじゃ・・・・・・。

 

「・・・・・・今のは、私の憶測だ。後のことは本人に直接問いただしてみるといい。話してくれれば、だがな」

 

 これ以上踏み込むのは、全員にとってよくはない。知ってしまえば、私たちも11Bの二の舞になる可能性がある。私が思うに、結局は彼女がバンカーを裏切るのが先か、それともバンカーが彼女を消しにかかるのが先か、おそらくそんな違いくらいしかなかったのではないか? 降下作戦時のメンバーの中に7Eがいたことが、それを裏付けている。

 未だ煮え切らない、といった様子を見せる9Sとは裏腹に、2Bはこちらから視線を逸らしながら拳を僅かに握っていた。・・・・・・もしかしたら、彼女は何か知っているのかもしれないな。

 

「とにかく、彼女には彼女の訳がある、ということだけは覚えておいてくれ。それと・・・・・・無理にとは言わない。彼女に心を許せとまでは言わないが、もし君たちが彼女に・・・・・・11Bに対してまだ仲間意識が残っているのであれば、何も言わずに以前のように接してあげてほしい」

 

 私のその言葉に、2Bと9Sの両名は意外だといいたげな様子を見せる。無理もないだろう。いくら訳ありと理解していても、私たち自身がその裏切った訳を知ることがないまま保護しているのだ。裏切り者というのは、基本的にそうと知れ渡れば何処の勢力だろうと信用を獲得することは難しい。にも関わらず、私たちは既に一度はバンカーを裏切った11Bを、仲間と認めている。11Bを家族だと、レジスタンスの一員だと認めているのだ。

 

「・・・・・・分かった」

「2B?」

 

 先に返事をしたのは2Bの方だった。

 

「彼女とは知らない仲じゃない。仲間を殺さずに済むのなら・・・・・・それが、一番いい」

 

 淡々とそう言う2Bだが、彼女はどこかほっとしているかのように見えた。

 隣にいた9Sもそれを悟ったのだろうか、彼もまたまだ見ぬ11Bに対する感情がある程度定まったようだ。

 そうだ。理由は分からずとも、仲間を殺さずに済むのだ。本来ならば規定により処分しなければならない所を、処分せずに済む。この2人は、まずはそこを喜ぶべきだろうさ。

 ・・・・・・一度、この2人を殺しておきながら、図々しい話ではあるが。

 

「今はゼロが・・・・・・君たちが赤いイレギュラーと呼んでいた彼が、11Bの義体の修理のための部品を集めて回っている所だ」

「赤いイレギュラーが!?」

 

 ゼロの名前を出すと、9Sが驚いたように反応してくる。

 ・・・・・・バンカーとしても彼のことは気になるだろうが、そんなに驚くべきことだろうか?

 

「あぁ・・・・・・すみません。赤い・・・じゃなくて、そのゼロさんが、11Bさんのために戦っているというのは、本当なのですか?」

 

 声を上げたことに対して謝罪した後、9Sはそのように聞いてくる。

 ・・・・・・なるほど、11Bの処分を実行するリスクは伝えられているわけか。

 ゼロという、魔法兵器を敵に回すことのリスクを。

 

「本当だ。私が彼から信頼を得ることができたのも、私たちが11Bを治療したことが大きいだろう。少なくとも、彼にはアンドロイドの義体を直す知識も技術もなかっただろうしな」

 

 自分で言ってみて、ふと疑問を抱く。ゼロは、私たちを信頼してくれているだろうか?

 私たちの仲間になってくれた時点である程度は勝ち取れたと思っているが・・・・・・まあ、それはこれからだろう。

 

「私から言えるのはこれくらいか。調査担当とは言っても、今すぐに何かをしてほしいことはないんだ。君たちが調査を手伝ってくれる代わりに、私たちもできる限り君たちの手助けをしよう。持ちつ持たれつ、という奴だ。

 これからよろしく頼むよ」

「はい、よろしくお願いします」

「此方こそ、よろしく・・・・・・」

 

 言えることを言い終えた私たちは挨拶を終えると、私は彼らにこのキャンプを自由に聞き回る許可を出す。

 

「今言った以上のことは、私よりも他の連中の方が詳しいだろう。私を通さなくていいから、好きに聞いてくれ」

 

 願わくば、ゼロが“前”の2人のように、今の2人とのすれ違いが起こらんことを。

 

 

     ◇

 

 

 キャンプを自由に聞き回る許可をアネモネから得た2Bと9Sは、さっそくキャンプ中の情報収集に専念することにした。できれば懸念材料である11Bとゼロについての調査もしていきたいが、これまでの情報と鑑みるにゼロと11Bが揃っていなければこの話は進まないだろうと思った9Sは、2人に関する調査は赤いイレギュラー――もといゼロがキャンプに帰ってきてからにしようと2Bに提案した。心なしかゼロへの興味を隠し切れていない9Sに複雑な思いを抱きつつも、9Sの言う事に一理あると思った2Bは、それまでにできる限りの情報収集に専念するのが効率いいと、彼の提案を呑むことにした。

 機械生命体の頭を模した変な被り物をした女レジスタンス、片足が壊れたままの道具屋の男、その男からの依頼の受注、メンテナンス屋などを周り、キャンプの雰囲気や現地での彼らの奮闘ぶりをある程度把握する2人。

 順調に情報を集めていた二人であったが、武器屋の男を訪れた時に、転機が訪れた。

 

「ああ、あんた達がヨルハ部隊か。姐さんから聞いてるよ。ウチでは武器を扱っていてね、過去の遺産である武器を使えるように修理し直しているのさ」

「・・・・・・その割には、周囲にそういった武器は見当たりませんが?」

「ああ、実は今ちょっと道具が壊れててね。この道具箱に入っている整備デバイスさえ直れば、武器の整備販売が再開できるんだが・・・・・・」

 

 武器屋の男――褐色スキンヘッドの男性型アンドロイドは自分の横にあるアンドロイド一人が丸々入れそうな大きさの箱を優しく叩きながらそう言う。

 

「そのデバイス、少し見せて貰えませんか?」

 

 さすがに頼みの道具が壊れては商売上がったりだろうと思った9Sは武器屋の男に断りを入れ、道具箱の中にあるデバイスの中身を点検することにした。こういう時こそ、自分たちスキャナータイプの出番である。

 

「これ・・・・・・結構壊れていますね。このキャンプに誰かデバイス修理が得意な方はいらっしゃらないんですか?」

「・・・・・・残念ながら。パスカルたちならあるいは・・・・・・」

 

 なにやら意味深なことを呟く武器屋の男であったが、少なくとも今ここにはいないらしいと9Sは取る。

 

「あんた、スキャナータイプだろう? 俺は見ての通り、デバイス修理みたいな繊細な作業が得意じゃなくてね。頼む、これを何とか修理できないか?」

 

 懇願してくる武器屋の男を見た9Sは、隣にいる2Bと顔を見合わせる。対して2Bは、無言で9Sに向かって小さく頷いた。

 確認した9Sは再び武器屋の男と向かい合う。

 

「了解しました。このデバイスは過負荷で内部がショートしているので、『複雑な機械』が4つほどあれば修理できると思います」

「本当か・・・・・・助かる。『複雑な機械』っていうとこの辺りじゃあ・・・・・・」

「・・・・・・どうかしましたか?」

 

 修理に必要なパーツが入手可能な場所を9Sたちに教えようとした武器屋の男だったが、何かを思案するように手にアゴを乗せて考え始めた。

 

「いや、廃墟都市の中央付近でよく見掛けるんだが、確か今ゼロたちがそこで任務を遂行中だった筈だ・・・・・・」

『――――ッ!?』

 

 ゼロ、その名を聞いて、両名は口を開いて呆然となった。戦慄に近いものが二人に迸る。それだけヨルハにとって、ゼロという存在は衝撃的だったのだから。

 

「少し待っててくれ! 今アネモネ姐さんに確認してくる」

 

 そう言うや否や、武器屋の男は立ち上がると、小走りでアネモネの元へと向かっていった。

 置いて行かれた2人。2人は、特に9Sの方は心なしか、ゼロに会えるかもしれないという期待と関心に胸を馳せるのであった。

 

 

     ◇

 

 

 ――私たちは、何のために戦っているのだろう?

 長く、戦い続けているとついその理由を忘れそうになる。

 今だって、自分たちが生き残る戦いに没頭するのに精一杯で、時々機械兵としての本懐を忘れそうになってしまう。

 私たちは、元々は人類軍が過去に実行してきた降下作戦――その部隊の生き残り、もしくはその前からこの機械共が跋扈する地球で戦い続けてきた。

 創造主への、人類への忠誠心は、今でもこの頭脳回路にプログラムとして刻み込まれている。それでも、平和主義の機械生命体であるパスカルたちや、長らく人類軍から独立したレジスタンスに身を置いていると、本気で忘れそうになってしまう。

 今や、人類のために地球を取り戻そうという思いの他にも、私たち自身のため生きる場所を取り戻そうという思いさえもがある。けれど、それが自分たちが人間に近付けている、もしくは模範できているということならば、決して悪い気分ではないように思う。

 そういう思考を抱くのは――やはり私たちが一度月の人類軍から見捨てられたが故、なのかもしれない。何も取って代わろうというわけじゃない――ただ、ほんの少し、見返してやりたい。そんな細やかな反抗心だ。

 此方は死ぬ程憎んでもおかしくはない立場にいる訳だから、それくらい反抗心を抱くことは許されてもいいだろう。

 

 ――とまあ、こんな事を考えるレジスタンスのアンドロイドは、私くらいなのかもしれませんけれど。

 

 そんな戦いの日々を続ける私たちであったが、先日、レジスタンスに2人のメンバーが新しく加わった。

 1人は、何らかの理由で脱走したヨルハ部隊。もう1人に抱えられながらやってきた彼女を保護した私たちは、バンカーと交渉して、彼女が知ってしまった機密には触れないことを条件に彼女をレジスタンスのメンバーに加えることに成功しました。

 

 そして、問題は彼女を連れてやってきたもう1人――私はその人を現在・・・・・・

 

「ゼロさん、2時の方向に敵!! 援護します!」

「・・・・・・」

 

 私の視界の奥には――残骸の山とした機械生命体たちの中心に立つ、赤いアンドロイドがいる。正確には人類が地球に存在していた頃の、旧世界と呼ばれる時期に作られた魔法兵器で、正確にはアンドロイドではないのだが、仲間を兵器と呼ぶのもあれなのでアンドロイドと仮別することにする。

 この機械の残骸の山は、勿論、私たちが積み上げたものではない。

 ――すべて、この人の仕業だ。

 私以外のレジスタンスの仲間達が、まるで破壊神でも見るような目でその人に視線を送っているが、私はこの光景を見るのは二度目なので、驚きはしない。

 

 今でも、この記憶領域に鮮明に刻み込まれている。

 私の部隊が同じ場所で機械生命体の部隊に包囲され、弾も尽きて万事休すかと思ったその時――颯爽と降ってきた赤い閃光の彼。

 右手に持つ光る剣で、ものの数秒で機械生命体の包囲網を全滅させた赤い戦士。

 暫し、現実かと疑った。

 胸の内の回路が熱くなっていくのを感じる。見ているだけで落ち着きが止らない。

 だって、目の前で颯爽と現れて見せたことも、あっという間に敵を切り伏せていった所も、その壮烈な強さと、独特の美しさも――すべてが現実離れしていて、アンドロイドらしくもなくこれは夢ではないのかと疑った。

 

 だが、目の前で起こっているあの時の再現が、あれは現実だったのだと否が応でも思わせる。

 ――あぁ、私は、この人に助けられたんだ、と。

 

 今、私たちの部隊は、遠距離攻撃の手段を持たない彼を支援する任務についている。

 私たちの新しい仲間――彼が連れてきた元ヨルハのアンドロイドの修理に使う素材を集めるために、こうして樹液に集る虫の如く寄ってくる機械生命体共を片端から破壊していっている。最新型のアンドロイドだけあって『複雑な機械』やその他諸々の貴重な物資が必要らしい。

 幸い、機械生命体のパーツの中からも再利用できるパーツはたくさん取れるので、向こうから寄ってきてくれるのは良いことだ。・・・・・・あくまで、ゼロさんがいる状況に限られるのだけれど。

 

「・・・・・・他に敵は?」

 

 ・・・・・・そんな思考に耽っていると、ゼロさんの言葉でようやく我に返る。

 襲ってきた機械生命体たちは、既にゼロさんの手により全滅。取りこぼしも私たち射撃支援部隊が片付けた。

 

「は、はい、今ので最後です。材料もそろいましたし、これだけあれば11Bさんの治療にも事欠かないかと」

 

 しどろもどろになりつつも、廃墟都市に落ちていた部品や機械生命体の中から回収したパーツなどを確認しながら報告する。

 靡く金髪に赤いアーマー――まるで燃える炎のような印象を受ける見た目とは裏腹に、彼はとても冷静で寡黙なアンドロイドだった。男らしい精悍さを思わせつつも、冷たい刃物のような声音。光を映さない目は、本当に私たちを見ているのか、そんな不安に駆られる。

 そのせいか、未だにゼロさんを心底では仲間として受け入れられないメンバーも一定数、いるのではないかと思う。

 私は、彼のそういう所は、とても魅力的だと思っている・・・・・・というのは、助けられた弱みという奴なのだろうか。

 打算ありきとはいえ、初めて会ったときも助けてくれたし、素っ気ないだろうけれど、決して冷酷な人ではないように思うのだ。

 ・・・・・・そう、考えていたら、ゼロさんの背後の、敵の残骸の山から、ボコッ、と何かが盛り上がるのが目に入った。

 やがて、それは残骸の山の中から飛び出し、巨大な斧を携えてゼロさんの方へ飛びかかってきた。

 まずい! 援護が間に合わない。

 

「ゼロさん!! あぶな――」

 

 慌ててて叫ぼうとした私であったが、その前に――ゼロさんは身体を反転させ、飛び出してきた小型機械生命体のボディを蹴り上げ、そのまま傍にあったコンクリートの壁に叩きつけた。

 そして、その勢いを殺さずゼロさんは叩きつけたままの機械生命体の身体を蹴りつけた足ごと引きずっていく。コンクリートの壁と鉄の身体との、耳鳴りするような激しい摩擦音が迸り――そして、機械生命体の目の光りが消え、ようやくゼロさんはモノ言わなくなった機械生命体の身体から足を離すのでした。

 

「これで、最後か?」

「・・・・・・は、はい・・・・・・」

 

 コンクリートの壁跡に着いた凄まじい摩擦跡を目にして、私は身震いを感じつつも返事することしかできなかった。突然の奇襲、それに対して涼しい顔をして、何の武器も使用せずにこの戦闘能力。・・・・・・私たちレジスタンスのアンドロイドは過去に行われた降下作戦の生き残り――所謂、旧式であることは百も承知だが、ゼロさんはそれよりも遙か昔に作られた兵器の筈。・・・・・・なのにここまで差があると、少し自信をなくしてしまう。

 もし、このような、目の前の彼のように、遙か昔の技術が私たちの手元に残っていたのならば、今頃機械生命体たちなんて敵ではなかっただろうか。彼らの進化の早さやネットワークによる情報共有を加味すれば一概にはそう言えないかもしれないが、少なくとも今のような現状にはなっていない筈だと思えてならない。

 これほどの芸当を可能にしてしまう魔法技術――人類軍はどうして、これほどの技術を手放してしまったのだろう? 彼が積み上げた機械生命体たちの残骸を見ながら、私はそう考えてしまう。

 

 兎にも角にも思うことは――彼が、ゼロさんが私たちの敵でなくてよかったということだけだ。

 

 

     ◇

 

 

 身体にこびりついた敵の返り血(オイル)を拭い、ゼロは周囲に残りの敵影がないかを確認する。自分の周りにはアネモネが後援として付けたレジスタンスの部隊がおり、彼らはゼロが取りこぼした機械生命体の始末や、残骸からの材料集め、そして射撃支援を担当していた。なお彼らの面子の中には、ゼロが初めて接触したレジスタンス部隊の中にいた面子も何人かいた。

 ここは廃墟都市の中央付近。危険な機械生命体が多く彷徨いていることでレジスタンスの間では知られているが、今日に限ってはなぜかその数が多かった。おかげで材料こそ集まるものの、レジスタンスの者たちはそのことに違和感を覚えていた。無論、違和感を覚えた彼らはすかさず入って間もないゼロにそのことを伝えてきた。

 ――材料も、もう十分に集まったことだろう。ここが引き際か。

 ・・・・・・そう思い、アネモネに通信を入れようと端末に手を取ったとき、それより先に、端末の着信音がなった。

 

「・・・・・・?」

 

 周波数はアネモネの物――一体何の用だと思い、ゼロは端末のスイッチを押して通信ホログラム映像を映し出す。映像に出てきたのはやはりというべきか、アネモネだった。

 

『ゼロ、11Bの修理の材料は集め終わったか?』

 

 映像の中のアネモネがそう聞いてくる。

 聞かれたゼロは傍にいる女性アンドロイド(あの時助けた部隊の中にいたレジスタンスのメンバー)に顔を向ける。察したレジスタンスは「もう十分に揃ってます」という意図を込めて頷いた。

 ゼロは再び画面の向こうのアネモネの方を見やった。

 

「・・・・・・あぁ。周辺の敵も掃討し終えた。これから帰還する所だ」

『そうか。ゼロ・・・・・・少し頼みたいことができたんだが、聞いて貰えるか?』

「・・・何だ?」

 

 どうやら、アネモネの方もゼロに用があって連絡を寄越してきたらしい。

 

『先ほど、連絡が来ていた調査担当のヨルハ部隊がここにやってきた。名前は2Bと9S、君が工場での任務で遭遇した2人だ・・・・・・』

「・・・・・・そうか」

『・・・・・・幸い、2人が工場での出来事を覚えている様子はない。で、ここからなんだが、ウチの武器屋にある整備デバイスが壊れているのは覚えているか? やってきた2人が快くそのデバイスの修理を引き受けてくれたんだが、その際に『複雑な機械』が4つほど必要らしい。今君がいる廃墟都市の中央付近によく見かけられるらしいのだが、もし回収が終わっているのならば、良ければ分けてくれないか?』

 

 ――・・・・・・あの2人が、来たのか。

 アネモネの言葉にゼロは己の眠っていた場所で出会った2人のヨルハ隊員を思い出す。一度は自分の手で破壊した2人が、再び新しい義体を持ってレジスタンスキャンプにやってきたのだという。

 ヨルハとレジスタンスの交渉が済んだ以上、もうあの2人とのすれ違いが起こる心配もない筈だ。

 

「・・・・・・足りるか?」

 

 取りあえず心配は無用かと考えたゼロは、再び傍にいた女レジスタンスに確認を取る。

 

「『複雑な機械』ですね。・・・・・・確かにいくつかは回収していますし。4つくらいならばなんとか・・・・・・」

 

 どうやら、4つ分けても必要数は足りているらしい。ならば、何の問題もない。

 確認を終えたゼロは再びアネモネの方に向き直る。

 

「大丈夫だ。・・・・・・その2人は今どこに?」

『デバイスの傍で待機中さ。お前と11Bに会いたがっている様子だったが、お前は大丈夫か?』

 

 心配そうな様子を見せるアネモネ。

 そんなアネモネの質問の意図を、ゼロは察した。アネモネは、ゼロが2人を破壊してしまったことを気にしているのではないかと心配なのだ。

 ――・・・・・・迷惑をかけたのは此方だというのに、お人好しなことだ。

 内心で苦笑しつつ、ゼロは答えた。

 

「オレは問題ない。11Bの方は、分からんが」

『彼女については治療役のデボルとポポルに確認を取らせてみよう。交渉済みとはいえ、君を傍に置かずに彼女をヨルハと会わせるわけには、いかないからな・・・・・・』

「・・・・・・了解した。これより――」

 

 帰還する、と告げようとしたその時。ゼロの第六感が告げる。

 ――何か、来る。

 

「ゼ、ゼロさん!! 工場廃墟の方向から、巨大な機械生命体の反応が近付いてきて・・・・・・!!」

 

 女性のレジスタンスが慌てた声でそう叫ぶと同時――巨大な影がゼロ達のいる場所を覆い被さる。咄嗟のことに、その場の全員が上を見上げた。

 見えたのは、丸いナニカだ。

 その丸いナニカは、此方に降りてくるに従って、どんどんと大きく見えるようになってくる。

 そして、それは、ゼロたちの前に着地した。

 パッと見て、一般的な機械生命体の数十体分以上の図体を持つ巨大な球体。

 そして――球体が回転し、そこに赤い単眼が露わになり、ゼロ達を睨み付けた。

 

「な、なんだ此奴は!?」

「撃て!撃て!」

 

 慌てて陣形を組んでレジスタンスのアンドロイドたちが小銃を球体の機械生命体に向けて乱射して応戦するが――それは球体を囲むエネルギーシールドに阻まれる。

 銃が効かないことにすぐに気付いたレジスタンスのアンドロイドたちは、一端乱射をやめて様子を伺う。

 ――しかし、相手はその時間を待ってはくれない。

 巨大な機械生命体の球体が跳ね上がる。そして――再び地面にドスり、と着地すると同時――辺り一面に稲光が迸った。

 

「な――」

 

 全員が、死んだと思ったその時。

 レジスタンスのアンドロイド全員の視界が、ブラックアウトする。

 気が付けば、彼らの内の1人がナニカに叩きつけられたような衝撃と共に意識を取り戻した。

 

「ゼ、ゼロ!?」

 

 1人が目を覚ますと、そこにはレジスタンス部隊全員を抱えているゼロの姿があった。あの球体の機械生命体が遠巻きに見えるくらいには、先ほどとは距離が離れている。

 ゼロは他のレジスタンスのアンドロイドを地面に投げ置く。

 

「い、生きてる・・・・・・」

 

 ここに来て、ようやく全員が今の状況を理解した。

 ――自分たちは、ゼロに助けられたのだ。

 あの広範囲の電撃を一瞬で察知し、彼はその場にいたレジスタンス全員を抱え、一瞬でここまで飛び込んできたのだ。

 彼ら全員の無事を確認した、ゼロは、そのまま彼らに背を向ける。靡く金髪だけが、彼らの視界を支配した。

 

『ゼロ、今の音は何だ? 一体何があった!?』

「――雑魚が一匹増えた」

『ざ、雑魚って――』

「後でかけ直す」

 

 そう言ってゼロは端末を切ると、冷静な顔を崩さぬまま、赤く光る単眼で此方を睨み付ける球体の機械生命体を見据えた。

 Zセイバーを握り直し、彼は一歩前に出る。

 

「ま、待って下さいゼロさん!! 私たちも――」

「下がっていろ」

 

 女性のレジスタンスがその背中に慌てて声をかけるが、ゼロは振り向きながらそう答える。

 僅かな間でも、己から意識が逸れた瞬間――その瞬間を、相手は見逃さなかった。

 巨大機械生命体はその球体を高速で転がして、ゼロ達の所まで突進してくる。

 それを見た女性のアンドロイドが危ないと声をかけようとしたが、既に眼前まで迫っている。

 もう終わりだと、全員が目を瞑るが。

 いつまで立っても己の意識が消えないこと、そしてナニカが衝突し合うような衝撃音が鳴り響き、彼らは再び、恐る恐る前を見た。

 

「――嘘、だろ?」

 

 それは、彼らの内の、誰が言った言葉だったか。

 誰もが、その光景に呆気に取られる。

 そこにあったのは――差し出した左手で、突進してきた巨大機械生命体の球体を受け止めているゼロの姿だった。

 

「ここから先は、オレ1人でやる」

 

 エネルギーシールドとの摩擦などモノともせず、ゼロは片手でその巨体を受けて止めながら、後ろのレジスタンスたちに淡々とそう宣言すると――彼は、受け止めたZ(ゼット)ナックルから魔素を放出し、その巨体を押し返してみせた。

 押し飛ばされた巨大機械生命体は、一端ゼロから距離を取ると、再びその単眼でゼロを睨み付ける。

 

 そして――球体の一部の面が飛び出し、それらは6本の足となって地に着ける。

 飛び出した球体の面がそのまま外敵から身を守るシールドとなり、そして――その単眼の前方に展開された左右それぞれ2本の足の先には、巨大なブレードが取り付けられていた。

 ――戦闘形態、という訳か。

 そして、その球体を囲むエネルギーシールドは未だに健在。よく見ると、巨大機械生命体の頭上から、光の柱が伸びていることに、ゼロとレジスタンスの全員が気付く。

 光の線が延びている先は――工場廃墟。

 なるほど、とゼロは納得する。おそらく、工場廃墟から莫大なエネルギーが供給され続け、あのような強力なエネルギーシールドが全面に展開されているのだろう。

 工場の電源をなんとかしない限りは、この敵をどうにかすることはできない。

 その事実にレジスタンスの者たちは絶望する他なかった。

 

 しかし、そんなもの、ゼロには関係ない。

 

 巨大機械生命体は左右に装備したそのブレードを、同時に振ると――それぞれの振われたブレードから放たれた光のソニックブームが1つとなり、三日月状の巨大な斬撃波に姿を変え、ゼロに襲いかかった。

 己に迫り来る巨大なソニックブームをZセイバーで両断して消し飛ばしたゼロは、そのまま巨大機械生命体に向かって、走り寄った。

 巨大機械生命体はその多脚を交互に地面に叩きつけ、連なる衝撃波を周囲に放ち、近づくゼロを牽制するが、ゼロは跳躍してそれを回避。

 ひとっ飛びで巨大機械生命体の眼前へと躍り出る。

 そして、まずブレードが取り付けれた前方のアームを切り落とす。

 

 魔素による攻撃は、あらゆる防御システムを貫通する。その翠色に輝く光剣の前では、その頑強なエネルギーシールドは何の意味も成さなかった。

 巨大機械生命体はすかさずその球体を回転させ、回転する脚でゼロを弾き飛ばさんとするが、逆にゼロはすれ違いざまに全ての脚を切り落としていく。

 巨大機械生命体の猛攻は止らない。地に足を付ける脚とは別に、上方の面から細長い三関節のアーム、更に後方から、先端に矛が取り付けられた太尾が飛び出すが、それらは攻撃行動に移る前に――前者は、ゼロのZセイバーに切り落とされ、後者はゼロのナックルにより千切られる。

 エネルギーシールドの障壁をものともせず、巨大機械生命体は瞬く間に全ての攻撃手段を失い、緊急用のスラスターをふかして上空へ逃げようとするが。

 

 赤い閃光は、それを見逃さない。

 

 スラスターを吹かす速度よりも早く、廃墟ビルの壁を走り昇り、跳躍。

 上空へ先回りしたゼロは、上がってくる巨大機械生命体に、翠色に輝く刀身を振り下ろし

 

 一閃。

 

 その身に包むエネルギーシールドごと、巨大機械生命体の球体をまるごと両断した。

 瞬間――上空に花火が散り、地上に燃えさかった残骸が降り注ぐ。

 

 

『―――――――』

 

 

 その圧倒的な様を、レジスタンスのアンドロイドたちは呆気に取られたまま見つめていた。一瞬、ほんの一瞬の攻防で、気が付けば決着が付いていた。否、これは攻防などではない。ただの、一方的な蹂躙だった。

 

 残骸と共に、地上に着地するゼロ。

 立ち上がると、彼の左手――Zナックルには、先ほど撃破した巨大機械生命体のコアの一部らしきものが握られている。

 

「・・・・・・」

 

 ゼロは暫しそれを見つめた後、そのコアの一部は粒子状となってナックルに取り込まれていく。

 その瞬間――ナックルの解析能力が機能し、その結果がゼロの脳裏にインプットされる。

 先ほど撃破した巨大機械生命体の固体名は「ケンシ」。製造された多脚型機械生命体の内の一体で、ゼロの予測通りあの工場廃墟で生産された個体だった。

 

 そして。

 

 ――YOU LEARNED 斬空波

 

 あの時と同様のメッセージが、脳裏に焼き付くようにインプットされる。

 この機械生命体のコアの一部を取り込むことによって、ゼロはまた新たなラーニング魔法を獲得したようだった。

 解析結果を一通り吟味したゼロは、遠くで見ているレジスタンス部隊の方へ向き直り、彼らの元へ歩み寄っていく。

 

「・・・・・・怪我人は?」

「――――あ」

 

 しばらく呆然としていた彼らであったが、ゼロの声でようやく意識が現実に返る。無理もなかろう。最初の機械生命体の部隊を相手していた時すら歯牙にもかけぬ強さを見せつけられたのに、その直後に、あの光景である。

 我に返った彼らは、各々怪我がないことをゼロに報告すると、ゼロは端末を手に取り、アネモネに通信をかけた。

 

「こちらゼロ、任務(ミッション)完了した。これより帰還する」

 

 アネモネへの淡々としたゼロの報告により、彼らの、ゼロとの波乱な初の共同任務は幕を閉じたのだった。

 

 

     ◇

 

 

 場所を打って変わり、11Bの治療室。

 そこで11Bは呼び出したデボルに、端末を手渡し、中にある資料を見せていた。

 資料というよりかは――11Bが端末の中にあったゼロのデータとポッドのデータをかき集め、即席で作成したレポートのようなものだった。

 しかし、そのレポートの内容はデボルにとっては十分驚愕に値するもので、その目には歓喜の感情が宿っていた。

 

「・・・・・・おい、これって・・・・・・!?」

「どう、いけるでしょう?」

 

 デボルは、レポート文書をスクロールして何度も内容を見返す。

 ゼロの魔素と、ポッドのエネルギーとの互換性を示唆する内容。さらにはポッドの武装を作り替え、Zセイバーをカートリッジとして使用する魔法銃の案と設計図までもが丁寧に作成されていた。

 彼女のポッドの、標準武装は「バスター」。「ガトリング」ほど連射は効かないものの、単発のエネルギー弾を連射する射撃兵装を備えていた。

 この兵装を手持ちの小銃として作り替える。カートリッジとして取り付けたZセイバーから供給される魔素を弾丸として打ち出す銃――その名は、バスターショット。

 

「た、確かに凄いが・・・・・・こんなモノ誰が作るんだよ!? あたしもポポルも最新のアンドロイド部隊の武器にまでは精通していない。一体どうやって――」

「私が作る」

「――なっ」

「私なら、作れる。ポッドを、この武器に作り直すことができる」

 

 強く宣言する11Bの目に、嘘は見えなかった。正気かと疑うデボルであったが、それをなせるだけの意思の強さが、彼女から感じられた。

 

「私が一番、ポッドのことを知っている。構造も、部品も、直し方も」

「・・・・・・確かに、あたし達は今ゼロの武器の復元のために、サンプルとしてゼロからZセイバーを1本預かってる。完成すれば、セイバーとの同時使用も可能だな・・・・・・」

 

 ・・・・・・ようやく、納得するデボルであったが、このレポートを見せられた瞬間の、胸にハンマーを打ち付けられたかのような衝撃は未だに残っていた。

 ゼロの武器を復元しようと、武器データやサンプルとして預かったZセイバーを必死に解析して、ようやく「武器チップを埋め込み、セイバーの形状を変形して再現する」という結論までにこぎ着けたというのに、彼女はソレと並ぶ偉業を瞬く間に成し遂げようとしている。

 

「今の私のこの状態じゃ。1人で作るのは無理だわ。だから、武器屋さんの人の力を借りたいの。この構造なら旧式の整備デバイスでも何とかなりそうだし。これなら――」

「・・・・・・残念だけど、今は故障中だって聞いている。すぐにどうこうできる話じゃないな」

 

 11Bの案に多大な感心を抱きつつも、デボルは残念そうに目を伏せる。だが、これは光明だ。今、自分たちが開発中の武器チップの内、「トリプルロッド」は勿論近距離戦用の武装で、「シールドブーメラン」すら遠距離メインの武装としては物足りない。

 ようやく、ゼロの魔素を弾丸として撃ち出すという、まともな遠距離武装の目処が立ったのだ。

 ・・・・・・ほんの少し、悔しいと思いはするが、これは大きな光明である。

 

 後は、武器屋の整備デバイスさえ修理できれば――

 

「その心配はない」

 

 部屋の入り口から響く、聞き覚えのある声。

 11Bとデボルが振り向くと、そこには入り口から入ってきたアネモネが立っていた。

 

「アネモネ!」

「ゼロたちの帰りを知らせに来たんだが、どうやらすごい話しをしているそうじゃないか」

 

 言いながら、アネモネは11Bとデボルの元へ歩み寄る。

 

「先ほど、調査担当のヨルハがキャンプに到着してね。そこで整備デバイスの修理を快く引き受けてくれたんだ。そして、その材料はゼロたちが持ち帰ってきてくれた。

 ――よかったな、お前達。 すぐにでも作成に取りかかれるぞ、その武器」

 

 嬉しそうに語るアネモネの言葉は、2人にとってはまるで天啓のようだった。

 




ケンシからEX技をキャプチャーした!
「ザンクウハ」をゲットした!


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新タナル力

二ヶ月ぶりぃ!


 ――ゼロたちが帰ってきた。

 その報が伝わったレジスタンスキャンプは騒がしく、その勢いに2Bと9Sは圧倒されるばかりだった。未確認の大型機械生命体が襲いかかり、その部隊は窮地に立たされていたという。その大型機械生命体を単身で撃破してみせたゼロを見たレジスタンスのメンバーたちはようやくゼロの実力に確信を持てたのである。

 当然だ。ゼロの戦いをこの目で見たレジスタンスのアンドロイドたちは少数。

 過半数ほどのレジスタンスのメンバーたちはゼロの実力に懐疑的であった。

 ――本当に、ヨルハと敵対しかねないリスクを背負ってまで、ゼロを引き入れた価値はあったのか、と。

 しかし、今回の戦いでより多くのアンドロイドたちがゼロの実力を目にしたことで、キャンプ中でのゼロへの見方は変わりつつあった。

 

「ほ、本当に凄かったんだって。丸い形をしたすっごく大きい機械生命体を、こう、あっという間に真っ二つにしてさぁ!」

「強力なエネルギーバリアが張られていたんです。それなのに、いとも容易く両断しまして・・・・・・」

「アネモネ姐さんがゼロを引き入れようとした理由が分かったよ。アイツがいてくれれば、機械生命体なんて敵なしだ・・・・・・!!」

 

 ゼロに同行していた部隊のメンバーたちが、迎えに来た仲間達に対して興奮気味に任務のことを話す。任務報告というよりかは、その様はまるで映画を見た後にはしゃぐ子供のようであった。

 そんな様子でレジスタンスのメンバーたちが一丸となって集まっている様を、2Bと9Sは呆然と見守っていた。自分たちは協力関係にはあれど、彼らの仲間というわけではないので、その喜びを共有することはできない。

 所謂、置いてきぼりを食らった感じである。

 

「・・・・・・その、済まんな・・・・・・」

 

 そんな彼らの心情を察したのだろう、傍に座っていた武器屋の男が申し訳なさそうに謝罪する。

 

「あっ」

 

 未だに2Bの方が騒いでいるレジスタンスの集団に気を取られている一方で、9Sはそれを見つめているもう1つの人影があることに気づく。

 黒い素体の上に赤いアーマーを纏ったボディ、ヘルメットパーツから零れている黄金の髪――その者は、自分の話題で盛り上がっているレジスタンスの者達を興味なさそうに一瞥した後、その視線を2Bと9Sへ向けた。

 どうやらアネモネを通して自分たちのことは彼に知らされていたようで、彼は真っ直ぐに、デバイスの傍で待機していた自分たちの所へやってきた。

 

「・・・・・・お前達が、アネモネが言っていた調査担当のヨルハ隊員か・・・・・・?」

「は、はい!! そういう貴方は、ゼロさん、ですよね? 僕の名前は9S、親しい人からはナインズって呼ばれてます!! こっちは2B――」

「・・・・・・9S、落ち着いて・・・・・・」

 

 今一番の興味の対象が向こうからやってきたことで若干興奮気味になりながら自己紹介をする9Sであったが、それを2Bが宥める。

 感情豊かな9Sと、沈着冷静な2B。

 ――本当に、“前と”何1つ違わないようだな。

 そんな彼らのやりとりを表情1つ変えず見つめながら、ゼロは内心複雑な心境を抱く。

 無事な彼らの姿を見ることで罪悪感が緩和されていく反面、本当に“前”の2人と目の前の2人を同一視していいのかという疑問。

 間違いなく、“ほぼ”同一人物なのだろう。

 だが、前の彼らは間違いなくゼロによって殺され、今の彼らはそのような記憶、いや、記録すら持ってはいない。その点は明らかな差異だ。

 “命”とは、そのように、軽く扱っていいものか。ここにいる彼らを真とするのならば、前に殺された2人は一体何だったのか・・・・・・。

 ――今は、そのようなことは関係ないか。

 僅かの間で悩んだゼロだったが、彼は即座に割り切る。今重要なのは、少なくとも前の2人の時のように敵対する必要はもうないということ。予断は許さないが、ヨルハが11Bに対して手出しはしないと表向きは宣言した以上、下手に手を出すことはできない。その方が、今のゼロには重要なのだ。

 

「・・・・・・名前はアネモネから聞いているから自己紹介は不要だ。お前達も、オレのことはある程度知らされているだろう・・・・・・」

 

 ゼロ自身も、おそらく自分のことについては、彼らが知らされている以上のことは分かっていない。また、ゼロは多少違えど前に2人と一度出会っている。ならば互いの紹介の必要はないと断じた。

 

「それよりもゼロ、早く『複雑な機械』を彼らに譲ってやってくれよ。デバイスが直らなきゃこっちも商売上がったりだからな」

「・・・・・・分かった」

 

 隣で彼らのやりとりを視ていた武器屋の男の言葉に、ゼロは了承して、懐から取り出した4つの『複雑な機械』を手渡す。

 

「ありがとうございます!! それと、この後のことなんですが・・・・・・」

「・・・・・・なんだ?」

 

 礼を言った後、言い辛そうに言い淀む9S。現時点の憧れであり、最大の興味の対象でもあるゼロを前にして、どのような対応をすればよいか彼には分からないのだ。その様子は、前の2人が工場廃墟でゼロと初めて出会ったときの様子に似ている。

 

『質問:現時点で、元ヨルハ機体11Bと接触することは可能か?』

 

 それを見かねたのか、9Sの傍を浮いていたポッド153が彼に変わりゼロに質問を投げかけた。ゼロは彼らが11Bと自分に会いたがっていたことを思い出し、答えることにした。

 

「・・・・・・11Bについては、アネモネたちが確認を取っている。アイツにその気があれば、すぐにでも会える筈だ」

 

 逆に言えば、彼女がその気にならない限りは、絶対に会わせないというゼロの意思表示でもある。そんな意味も込めて答えた、その時だった。

 

「ゼロー!」

 

 ゼロにとって聞き覚えのある声が、背後から聞こえてくる。

 振り返ってみると、そこにはデボルの押してくる車椅子に座りながら此方にやってくる11Bの姿があった。

 戻ってきたゼロの姿を見た11Bは、嬉しそうにゼロに手を振っている。

 ・・・・・・心なしか、以前の無力感に蝕まれた彼女のぎこちない表情よりも、幾分か晴れやかになっているように、ゼロには見えた。

 

「・・・・・・戻ったぞ」

「うん。おかえりなさい、ゼロ」

 

 無愛想に応じたゼロだったが、それに対して11Bは臆さず迎えの笑顔を崩さない。

 そんな11Bの様子に驚く9Sであったが、内心では2Bの方が驚いていた。

 11Bも戦闘型のヨルハアンドロイドにしては比較的穏やかな気質を持っていることは知っていたが、ここまで輝いている彼女の笑顔を、2Bは見たことがなかったのだ。

 特に、ここ最近ではどこか無理をしているような、余裕のない様子さえ垣間見えていた。未だ表情に憂いを残してはいるものの、今の11Bからは想像も付かない変化だった。ヨルハから解放され、ゴーグルが外された彼女の綺麗な素顔は、今の2Bからしてみると眩しすぎて――そんな自分が、少しだけ、惨めに思えてきて・・・・・・。

 ――駄目だ。

 即座に、湧き上がってくる感情を、2Bは律する。

 彼女は、もう自分とは違う。彼女はもうヨルハではない。感情を持つことを禁止されるヨルハ部隊では、もうないのだ。

 

「腕の部分は、もう動くようだな」

「そういう事だ。材料も揃ったし、脚の方もすぐに動くようになるさ」

 

 付け加えて説明するデボル。

 ここ最近の彼女たちはゼロのデータ復元と11Bの治療という2つの仕事を兼任しているため、いつもよりも忙しかった。だが、その分だけ彼女たちを危険な任務へ追いやろうとする輩からの声かけも少なくなった。

 ゼロの戦闘能力がこのレジスタンス中に証明された今、このキャンプ内での彼女たちの需要は急増しつつある。そういう意味では、11Bだけでなく、デボルやポポルにとってもゼロは己に安心をもたらしてくれる人物には違いなかった。

 

「さてと――」

 

 視線をゼロから外し、2Bと9Sの方に向き合うデボル。

 

「あたしは暫く離れてるから、好きなだけ話していけばいいさ。なるべく凝りが残らないようにな」

 

 じゃあな、デボルはゼロたちに背を向けて立ち去っていく。彼女は、誰も使っていない、隅っこのキャンプに腰を下ろしたのだった。

 ――なんか、少し無愛想な人だな。

 未だ名も知れぬ赤髪のアンドロイドに9Sはそんな印象を抱く。無愛想――という点ではゼロや2Bもそうなのだろうが、この2人の場合はおそらく素の性格がそうなのだろう。だが、あの11Bを運んできた女性アンドロイドは、なんか違う気がした。

 なんというか・・・・・・自分たちヨルハは疎か、仲間のレジスタンスのアンドロイドたちからすらも距離を置いているような気がしたのだ。

 かろうじて、11Bとゼロに対してだけ心を許しているような、そんな印象を受けた。

 

「・・・・・・久しぶりだね、2B。それと、其方の(スキャナ-)型の貴方が、9S?」

 

 先に口を開いたのは、11Bの方だった。

 それに対して話しかけられた9Sと2Bもまたそれぞれ応じるのだった。

 一方、ゼロは水を差すつもりはないのか、いつでも11Bを守れる位置に立ちつつも、黙って彼らの会話を見守っている。

 

「ええ。本来ならば、貴女とは降下作戦の時に合流する手筈だったんですが・・・・・・」

「まさかこんな形でまた会うとは思わなかった。久しぶりだね、11B。色々言いたいことはあるけど・・・・・・元気そうでよかった」

 

 本来ならば降下作戦で合流して共に戦う筈だった仲間。

 生存が判明するも裏切りが判明し、今度は自分たちの手で処分する筈だった仲間。

 今度はなぜかその処分命令が撤回され、このレジスタンスに身を置くこととなった元ヨルハ隊員。

 二転三転、状況が裏返った末の、やっとこさの接触。9Sにとっては初対面、2Bにとっては知古との再会だった。

 

「まず、貴方たちに謝らなきゃいけないことがあるの」

 

 先ほどの明るい笑顔とは一転、目線を地面に落し、しおれた表情になる11B。彼女が謝りたい理由を察しつつも、2Bと9Sは口を出さずに彼女の口から出ることを待つことにした。

 

「降下作戦の時、私は貴方たちと一緒に戦うことをせずに、そのまま逃げた。結果的に、貴方たちだけで超大型兵器と戦せることになってしまって・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」

 

 頭を下げ、11Bは2人に謝罪する。

 

「私が撃墜された順番は2番目だったから・・・・・・あの後も仲間達が撃墜されてたなんて、知らなかった。貴方たちがブラックボックス反応の共振による自爆を敢行したことも、後で知ったの。いざ自分が安全の身になると、いても立っても、いられなかった・・・・・・」

 

 勿論、11Bのここまで辿ってきた道のりも、一度も義体を乗り換えることなく生き延びれたこと自体、奇跡といってもいいと言える程壮絶だったのは違いない。だが、あくまでそれは11B自身が選択した結果に過ぎない。

 だが、降下作戦での逃走行為だけは、仲間の運命すら左右してしまった可能性がある。素で撃墜された他のメンバーはともかく、11Bが抜けなければ、それを追って7Eだって抜けなかったかも知れない。

 勿論、抜けなかったからといって、運命は変わらなかった可能性だってある。むしろその方が高かったかもしれない。・・・・・・それでも、そう思わざるを得ないのだ。

 

「・・・・・・今更、過ぎたことを問い詰めるつもりはありません。僕も、降下作戦時の記憶は、2Bと合流する前までしかありませんから」

 

 記憶にないことに関する事柄については、さすがに9Sも怒る気にはなれない。遠回しに、それに関しては気にしなくてもいいと彼は言った。

 だが、ヨルハ隊員としてこれだけは言っておかなくてはならない。

 

「ですが、貴方が裏切ったという前科は、永遠にバンカーに残り続けますよ。貴方が裏切った理由を、僕たちが知ることはできませんが、おそらくバンカーは認知していると、ということでしょうね」

「・・・・・・」

「・・・・・・僕個人としても、その理由は非常に気になりますが、そこまで問い詰める気はありません。ですが、裏切りの前科を持つ貴女が、このキャンプのレジスタンスの皆さんに危害を加えないよう監視するのも、僕と2Bが派遣された理由の1つであることは、忘れないで下さい」

「絶対に、そんなことはしないと誓うわ」

 

 あえてゼロにも言い聞かすように説明する9Sに、11Bもまた真っ直ぐ9Sの目(正確には目を隠しているゴーグル)を見て答える。

 

「僕から貴女に言いたいことは以上です。2Bからはなにか?」

「・・・・・・」

 

 9Sに話しを振られた2Bは僅かの間沈黙した後、口を開いた。

 

「くれぐれも、私と9S以外のヨルハとは接触しないよう心がけてほしい」

「・・・・・・え?」

 

 一瞬、2Bの言いたいことが分からず、聞き返してしまう11B。

 

「貴女は本来、過去に出た脱走者と同様、規定により厳重に処罰されるべき存在。その中で、()()()()()特例として処分命令を撤回されている」

「・・・・・・あっ」

 

 2Bの言わんとしていることが理解できたのか、11Bはハッと目を見開いた。

 

「もし、貴女のような特例が他のヨルハ機体たちに知れ渡れば、色々な意味で混乱を招く。貴女のように逃げ出そうとするヨルハが、以前に増して出ないとも限らない」

 

 考えてもみてほしい。11Bの知古であったヨルハ機体たちが、ある日を境に彼女の姿をバンカーから見掛けなくなったとき、彼女たちは2つの可能性を考える。

 もし死亡が確認されているのならば、バンカーのバックアップデータから蘇るなりするだろうが、それでも姿を見掛けないとなると、さすがに疑問に感じる筈だ。そうなると、もう1つは――

 考え至る前に、その続きは2Bの口から説明された。

 

「バンカーは既に、表向きには裏切りが発覚した貴女を処分済みとしている。これならば、貴女の人格データそのものに問題があると見なされて、バックアップデータから貴女を蘇らせない理由にもなる。貴女の知り合いのヨルハ隊員たちが疑問を抱くこともない。・・・・・・けど、万が一貴女の存在が漏れたら・・・・・・」

「脱走しても見逃された事例が、知れ渡ることになる。そしたら、私に続いて、多くの脱走者が続出するかもしれない。・・・・・・そういうこと、だよね?」

「おそらく、司令官はソレを防止する意味も込めて、私達に貴女の監視任務を与えたんだと思う。これから行動を共にする機会が増える以上、私達も気を配るけど・・・・・・何より、貴女自身が一番ソレを心掛けてほしい」

「・・・・・・分かったわ、気をつける」

 

 了承する11Bだが、その表情には暗い影が落とされていた。

 それはつまり、二度と自分は16Dと会うことを許されないということだ。

 彼女が一番謝りたいと思っていた後輩のヨルハ隊員。

 許してくれるとは思っていない。それでも、降下作戦前にきちんと、彼女と向き合って謝罪するべきだった。

 降下作戦前が、16Dと向き合うことを許された最後の時間だったというのに、自分はソレを自ら捨ててしまっていたのだ。・・・・・・こうなってしまう可能性を、考えずに。

 

「それと・・・・・・」

 

 そんな11Bの表情を見て少し気まずくなったのか、2Bは一瞬だけ11Bから視線を外したが、改めて声をかける。

 

「こんな事を言ってしまったけれど・・・・・・私は、貴女を殺さずに済んでよかったと思っている」

「・・・・・・2B?」

 

 咄嗟に言われた言葉に、11Bは思わず呆然として2Bを見上げる。

 

「降下作戦の時は無理だったけど・・・・・・今度は、()()()戦ってくれるよね?」

 

 確かに貴女は、どんな理由があれ私達から逃げたのかもしれない。

 けれど、もう逃げる理由がないというのならば、今度は一緒に戦って欲しいかな。

 ・・・・・・そんな思いを込めて、2Bは11Bに問いかける。その声音は、先ほどの諭すような口調とは打って変わって、どこか、2Bらしい不器用な優しさが込められていた。

 

「ま、僕たちに少しでも負い目があるのなら、できる範囲でいいからこれから助けて下さい。そういう事ですよね、2B?」

「・・・・・・平たく言えば」

 

 2Bの言いたいことを分かりやすく言い換える9S。心なしか、9Sも先ほどの棘のある雰囲気が消え、いつもの爽やかな少年に早変わりしていた。9S自身は11Bにこれといった恨みはないので、2Bが11Bを許した以上、もう何も言うことはなかった。

 ・・・・・・頭の片隅に、11Bがヨルハを裏切った理由や、そのヨルハに対する疑念が芽生えたが、それが大きくなるのはもう少し先の話である。

 

 そんな2人の言葉に、11Bは呆然としながら、その目から、涙を一筋流していた。

 自分は、2人に恨まれても仕方のないことをした筈なのに、この2人以外にも一部隊まるごと仲間を見捨てている筈なのに、2人は、ソレを許してくれたのだ。

 特に2Bの不器用な優しさに、11Bは暖かい気持ちに包まれると同時、チクリと胸の回路が痛んだ。許して欲しいと思いつつも、心のどこかで自分を責めて欲しい、糾弾してほしいと思っていたのかもしれない。

 

「・・・・・・ごめんなさい、2人とも、ありがとう・・・・・・」

 

 涙を拭い取り、できるだけ笑顔を見せつつ11Bは2人に再度の謝罪と感謝の言葉を伝える。

 そんな3人の様子を見守っていたゼロは、目を瞑って肩から力を抜いた。ようやく、11Bと2人の間の凝りが解消されたのだ。お互いに気になる点はまだ残るだろうが、そこは妥協所だろう。

 

「ところで、疑問に思ったことがあるのですが・・・・・・」

 

 緊張感が抜けたのも束の間、9Sが話題を切り替えた11Bに問いかける。

 

「撃墜された体を装うまではいいんですが、どうしてよりにもよって敵の本拠地である工場廃墟に逃げ込んだのですか?」

「・・・・・・え?」

 

 突然の9Sの質問に、思わず11Bは呆然と聞き返してしまう。

 11Bにとって、非常に答え辛い質問だったからだ。

 

「・・・・・・確かに、追手を捲くためだったとしても、もう少しやりようはあったと思う・・・・・・」

 

 2Bもソレは疑問に思っていたのか、彼女も話しに参加してきた。

 尤も、2Bの意見は11Bに追い打ちをかける結果にしかなっていないが。

 

「あのレーザー砲に被弾して飛行ユニットが無事でいられる筈がありません。そんな状態であの廃墟に入り込むなんて自殺行為ですよ」

「私達が降下作戦を成功させたかも分からない状態っていうのも、相当な博打だと思う」

「えっと・・・・・・それは、その・・・・・・」

 

 答えられず、しどろもどろになる11B。

 7Eからの追跡を捲くため、と11Bなりの理由はあったものの、それ以外はほとんど考えていなかった、というのが本音だった。

 比較的穏やかな気質とはいっても、やはり彼女も戦闘(バトル)(タイプ)のアンドロイド。根っこは敵陣に突っ込んでの突破を信条とする脳筋なのであった。

 ゼロとポッドがいたから結果的によかったものの、彼らがいなければ今頃どうなっていたのやら・・・・・・。

 

「仮に降下作戦による占拠が成功していた場合でも、それは即ち僕たちヨルハの目が行き届くようになったことを意味するんです。どちらの場合でもハイリスクノーリターン。もっと別の陸に上陸するなりあった筈では?」

「敵の殲滅が目的ならばともかく、生存目的だけならあの工場に逃げるのは、最も非効率」

「・・・・・・う、うぅ、ごめんなさい・・・・・・」

「それとですね――」

 

 9Sから、時々2Bから、自分の逃走経路に関する問題点を山ほど上げられ、萎縮したまま何も言い返せない11B。9Sからは純粋な疑問以外にも、明らかに11Bをからかおうとする意図が透けて見えているが、2Bに至っては大真面目に意見を述べているだけなため、余計に何も言い返せない。

 ――ゼ、ゼロぉ!! 助けてよぉ!!

 涙目の目線で11Bは隣にいるゼロに助けを求めているが、2人と同じ疑問をゼロも抱いていたのか、彼は表情を変えぬまま目線を11Bから外した。

 ――そ、そんなぁ・・・・・・!!

 この時、ゼロから見捨てられるという生涯で一番の絶望を、11Bは味わうのであった。

 

「・・・・・・なあゼロ、止めなくていいのか?」

「・・・・・・好きにさせておけ」

 

 そんな3人のやりとりを見ていた武器屋のレジスタンスが、小声でゼロに問いかけるが、ゼロは放っておけと答える。

 ゼロとて、自分が細かいことを考えるのが苦手なことは自覚しているが、それでも11Bの、計画とは言いがたい『脱走計画』について、少しは反省すべきだと思っていたからである。どうせ、お互いに凝りがなくなるよう、好きなだけ語らうことを許された時間なのだ。

 ――それに・・・・・・。

 ふと、ゼロは2人に萎縮しながらもどこか楽しそうにしている11Bに、少しだけ暖かい目線を送った。工場廃墟での11Bと7Eの剣呑なやりとりを見守り、更に2Bと9Sの2人と一度敵対した身としては、彼らのこの緊張感のない、暖かいやりとりは、どこか――尊い物をゼロは感じていたのだった。

 おそらく、自分はあそこに入り込むことはできないだろう。

 破壊することしかできない、自分には。

 ――アイツならば、オレと違い涙を流せるアイツなら、簡単にあの中に・・・・・・。

 思い浮かべるは、いつも悩んでいた――否、思い浮かばず、ゼロは先ほどの自身の思考にふとした疑問が生じる

 

 ――・・・・・・・・・・・・・・・“アイツ”とは、誰だ?

 

 一瞬だけ、脳裏をかすめた何者かの影。それを必死に思い起こそうとするも、何も浮かび上がっては来なかった。自身の失った記憶に関係することなのか、それすら分からない。

 思考を振り払ったゼロは、未だにあの場で萎縮してしまっている11Bをさすがに助けんと、3人の間に入っていくのだった。

 

 

     ◇

 

 

 ゼロが止めに入った後、ゼロ自身も二人からの質問に答えた。・・・・・・とはいうものの、知っての通りゼロは自身に関する記憶を全て喪失しており、己自身に関わることはほとんど答えることができなかった。

 露骨に残念そうに肩を落していた9Sだったが、それでもゼロの記憶が戻るまで待つことにしたようだ。11Bやゼロに関わる調査任務に関わらず、9S自身がゼロに対して多大な興味を持っていることを知った11Bは、2Bと同様少し複雑な感情を抱いたが。

 ゼロが二人のヨルハに答えられた答えは以下の通りだった。

 ――曰く、自分は旧世界の頃に造られた魔法兵器、らしい。

 ――曰く、あの工場廃墟に眠っていた所を11Bの手によって目覚めさせられた。

 ――今は、自身を目覚めさせてくれた11Bと共に、このレジスタンスに身を置いている。

 これ以外のことは、ゼロには答えようもなかった。これ以上のことは、自分の記憶が戻るまで待つしか無い。そう答えたら、9Sは渋々と引き下がってくれた。

 ゼロとしては、最後の懸念であった11Bとヨルハとの凝りがある程度解消されたので、そういう意味では今回の顔合わせは有意義だったと言えるだろう。

 

 ヨルハの二人はまだまだキャンプ内の情報収集を続けるそうで、武器屋のデバイスをゼロが集めてくれた材料で修理していった後、ゼロたちと暫し別れることとなった。

 そして、暫く日を跨ぎ、例の二人がアネモネの頼みで砂漠地帯まで調査に向かってキャンプを出た後のことだった。

 

 ある任務から帰ってきたゼロは、11Bとデボル&ポポルの三人に、キャンプの片隅まで呼び出されていた。

 デボルとポポルに関してはいつも通りであったが、11Bに関しては、9Sがデバイスを修理していってからというものの、どこかよそよそしい態度をゼロに見せていたため、今回の件とナニカ関わりがあるのかと訝しみつつも、ゼロは呼び出された場所へ向かった。

 

「おかえりなさい、ゼロ!」

 

 出迎えたのは、未だに車椅子に座ったままの11B。あれから、治療が一向に進んでいないようだが、他になにかすることがあったのだろうか。膝の上に乗せている“包み”が何か関わっているのだろうか?

 その治療に携わっている筈のデボルとポポルも一緒にゼロを待っていた。

 

「来たのね。こんな場所で、ごめんなさい」

「任務帰りで悪いな。どうしてお前に見せたいものがあるんだ」

 

 上から順に、ポポル、デボルがそう言う。

 そして、デボルは懐から、ゼロから預かっていた解析用のZセイバーの柄を右手に取り出し、左手にはチップと思しき物体が握られていた。

 

「・・・・・・それは、オレが預けていたZセイバーの1本」

「そうだ。お前から預かった2本ある内の1本と、お前がこの間持って帰ってきたお前自身のデータを復元した。これがその成果って奴さ」

 

 左手に持ったチップを掲げ、デボルは心なしか得意そうにゼロに見せつける。

 

「順から説明するわね。私たちは貴方のデータを解析して、貴方が過去に使用していた武器をなんとか復元できないかと考えたの。けれど、さすがに一から復元するのは現時点では不可能だって分かって、別の発想にシフトすることにしたの」

「このZセイバーを解析するとな、強力な魔素の刃を生み出す以外にも、色々拡張性が大きいことが分かったんだ。さすがにお前の融合炉から魔素が供給される仕組みまでは、解析できなかったんだが・・・・・・」

 

 話しを一端止め、デボルはゼロに歩み寄り、Zセイバーとチップを手渡した。

 

「モノは試しさ。そのチップ、そのZセイバーの柄に差し込んでみてよ」

 

 セイバーとチップを受け取ったゼロは、デボルに言われた通りに柄の差し込み口にチップを差し込む。

 そして、柄に魔素を込めながら、Zセイバーから刃を出すイメージを頭に思い浮かべると

 

 直後、突如としてZセイバーの柄の形状が変化し、ゼロの身の丈ほどもある長柄へと姿を変えた。そしてその柄の先にはZセイバーの刃とは打って変わり、切るよりも、突くことに特化した形状の短い魔素の刃が構成されていた。

 

「これは・・・・・・!?」

 

 思わず、目を見開いて驚くゼロ。

 それもそうだ。自身の愛剣が、突如として見覚えのない槍に姿を変えたのだから。

 見たかった反応を見れたデボルとポポルは満足そうに頷きながら、説明した。

 

「一から作れないのならば、既にあるものを変えちゃえばいい。そういう発想で、何とか武器の再現ができたのよ。今はまだ、その『トリプルロッド』しかないけれど、他の武器も既に制作に取りかかっているわ」

「トリプルロッド・・・・・・」

 

 Zセイバーの変形した新たなる武器の姿を見つめ、その名を呟くゼロ。

 

「・・・・・・戻すには、どうすればいい?」

「貴方がいつも使っているZセイバーをイメージすれば、そのまま戻る筈よ」

 

 言われた通りにすると、『トリプルロッド』は再び形状を変え、元のZセイバーの柄の形状に戻った。

 

「チップを入れた時点で、いつでも切り替えが可能だからな。態々武器を持ち変える必要もないってことだ」

「・・・・・・なるほどな」

 

 ゼロはセイバーを見つめたまま、暫く『トリプルロッド』へ変形させたり、戻したりを繰り返す。切り替わる速度もなかなかで、これならば即座に戦況に応じて使い分けることができる。

 この武器の大体の用途を掴んだゼロは、渡されたセイバーをホルスターに戻す。

 

「トリプルロッド・・・・・・扱いやすそうだ。感謝する」

「満足頂いたようで何よりだわ。私達からのプレゼントはおしまいね。――11B、次は貴方よ」

「う、うん・・・・・・」

 

 ポポルに言われ、11Bは膝の上にのせていた包みを解く。

 

「見せてやれよ、お前の“力作”をさ」

 

 デボルもまたそう促す。

 ――11Bから、オレに?

 まさか、あの日から治療が進んでいなかったのもその包みの中身が原因なのだろうかとゼロは考える。包みの中身に興味を持ったゼロは、暫し11Bが包みを解き終わるのを待った。

 

 そして――包みが完全に解かれると、布の中から、ソレは現れた。

 白い銃身。その銃身と半分一体化したような黒い銃床。銃身の後ろにはマガジンの差し込み口と思しき穴が確認できるが、肝心のマガジンはどこにも見当たらない。

 取り回しもよさそうで、片手でも十分に扱えそうなくらいのサイズの小銃が、そこにあった。

 

「お、驚いた、かな?」

 

 見せてきた当の本人は、チラチラと膝元の小銃を見ながらゼロの顔を伺っている。

 ゼロはその銃を観察する。

 ――構成されているパーツといい、どこか既視感があった。

 全体のカラーリングは勿論、銃床の部分は特に、何かのアームを継ぎ併せて造られたかのような、その白い銃身も、何かのボディを加工して造られたかのような・・・・・・。

 

「まさか、オレが持ち帰ったポッド、か?」

「ッ!? うん、そうよ! ポッドは元々射撃支援の随行機だから、内蔵されていたメインの射撃兵装を取り出して、それを元に、残ったボディパーツを加工して組み立てて、作ったの。ゼロに今一番足りないモノは、遠距離攻撃が可能な武器だってこと、知ってたから・・・・・・。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()銃を、作ってみたの・・・・・・」

 

 今度こそ、ゼロは開いた目を塞ぐことができなかった。

 確かに、11Bに言われたとおり、ゼロはゼロ自身の射撃兵装を持っていない。それでも、レジスタンスで使われている小銃をナックルで強化して使ったこともあったし、何なら敵の機械生命体から奪ったエネルギー銃さえもナックルで奪って使用していた。

 しかし、どれでも威力はZセイバーに大きく劣り、結局はセイバーで斬りかかった方が早い場合が多く、力不足感が否めなかった。先ほどデボルとポポルから渡された『トリプルロッド』ですらそれは補えない。

 

「私、ゼロに今まで何も返せていなかったから。何とか、ゼロにできることをしようって思って・・・・・・ある時、気付いたの。ゼロの魔素とポッドのエネルギーって、性質が非常に似ているんだ。もしかしたら、互換性があるんじゃないかって・・・・・・」

「・・・・・・」

「だから、武器屋さんのデバイスと、この動くようになった手を使って、ゼロに隠れて作ってた。ちょっと、慣れないことをしたせいか、こんな様だけど。アハハ・・・・・・」

 

 包帯に包まれた左手を振りながら、苦笑する11B。

 ポッドを改修してきた経験から手先の器用さには自信があった11Bだったが、さすがに全パーツまるごと別の武器に作り替えるのは骨が折れたらしい。

 

「ここ数日、オレに対してよそよそしかったのはそのせいか」

「うん。隠してて、ごめんなさい。どうしてもゼロを驚かせたくて。それよりも、取ってみてよ」

 

 ゼロに向け、白い小銃を差し出す11B。

 ゼロはゆっくりと11Bへと歩み寄り、銃を手に取り、暫し観察する。

 見た目通り、取り回しもよさそうだ。ゼロ程の猛者ならば、片手で扱うことも造作もなさそうである。

 持ち運ぶに当たって問題はなさそうだが、ゼロには疑問がまだ一つあった。マガジンの有無である。

 が、その疑問の答えを、ゼロは体でなんとなく察していた。

 

「オレの魔素を銃弾として撃ち出せると言ったな・・・・・・」

 

 11Bに確認を取るように呟くと――ゼロは膝のホルスターからセイバーの柄を取り出し、ソレを小銃のマガジン差し込み口へと差し込んだ。

 途端、マガジンとして挿入されたセイバーの柄から、エネルギーが供給され始め、銃口の奥が翠色の魔素の色で光り始めた。

 ――なるほど、だから()()に呼んだのか。

 と言って、ゼロが手に取った小銃から目を離し、横を向くとそこには、的が大量に設置された射撃場があった。

 レジスタンスたちが訓練用にキャンプの端に設置した射撃訓練場である。

 

 ゼロは11Bに目配しをすると、11Bは「いいよ」と言わんばかりにコクリと頷く。

 11Bからの了承を得たゼロは――その白い小銃を片手で構え、その引き金(トリガー)を引いた。

 銃身からは、Zセイバーから供給された翠色の魔素で形作られた単発の銃弾が、銃身から次々と連射される。

 ――連射性能もかなりのモノ、それに加えて威力も悪くない。

 撃ち続けた時間はほんの僅か。

 にも関わらず――それらの銃弾は、それぞれ全て、的の真ん中に命中していた。

 

 貫かれた的の穴から吹き上がる煙を、ゼロ以外の三人は呆然と見つめながら、ゼロの驚異的な戦闘能力を再確認するが。

 ゼロもまた、この銃の使い心地に感心していた。

 

 ゼロは、感じ取っていた。

 この銃の作り主の思いを。そして、この銃の元となった作り主の相棒の誇りを。

 

「コイツの名は?」

 

 気になったゼロは、呆然としたままの11Bに問いかける。

 聞かれた11Bはハッとなって正気に戻りつつ、真っ直ぐ、真剣な目でゼロを見て、答えた。

 

「『バスターショット』。ポッドの射撃兵装は『バスター』だから、バスターショットよ」

 

 バスターショット――その名を、ゼロの胸の奥深くに刻み込む。

 

「バスターショット、悪くない武器だ」

「そ、そうかな・・・・・・えへへ」

 

 ゼロの言葉に、11Bは照れくさそうに、人差し指で頬をかく。

 その笑いの裏に、どれだけ苦労と努力があったのかを、推し量ることはできない。

 ゼロはバスターショットを仕舞い、三人に背を向けて去って行く。

 そして、去り際に。

 

「11B」

「・・・・・・え?」

 

 立ち止まり、11Bの方へ振り向いた。

 突然、ゼロから名前を呼ばれてビクリとする11B。考えてみれば、ゼロが自分の前で自分の名前を呼ぶのは初めてではないか。

 不思議と、ドキリと胸の底が鳴ったような気がした。

 

「感謝する。それと、これからもよろしく頼む」

「ッ!! うん、これからよろしくね、ゼロ!!」

 

 あの時、工場廃墟で大型兵器を破壊した後に言った言葉と、同じ言葉で、11Bは笑顔でゼロにそう返す。

 あの時は、ゼロから曖昧な返事しか帰ってこなかったが、今度はゼロから言われたことに嬉しく感じ、心の底からの笑顔で同じ言葉を返したのだった。

 その笑顔を見たゼロは――改めて、このアンドロイドの少女を守る決意を固めるのだった。

 

 

     ◇

 

 

YOU GOT TRIPLE ROD

 

YOU GOT BUSTER SHOT

 

YOU LEARNED LASER SHOT

 




やっと手に入れたぜ、トリプルロッドとバスターショット!!

この話しを書くよりも先にメシア登場~例の台詞シーンを書いてしまっていた作者であった。


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平和主義者達ノ村

 息を大きく吸い、銃床を体に固定させ、狙いを定める。標的は、斧を携えながら此方に向かってくる中型機械生命体。この程度の敵、こんな銃を使うまでもない。接近して手元にある鋼刀や大剣を振い、義体の膂力に任せて叩き斬った方が何倍も早いくらいだ。

 だが、少女は敢えて己の得意分野を捨てて、この銃を使った戦闘に臨んでいた。

 

 引き金(トリガー)を引く。

 

 その瞬間、火を吹き始める銃口。弾丸の嵐。

 それに合わせるかのように反動と衝撃が少女の義体を襲いかかる。慣れない感触に少女は思わず照準を敵からズらしてしまう。

 その僅かの間に、敵は少女との距離を詰めていく。それを視認した少女は即座に後ろを確認しながら背を向けて逃げるが、そこで彼女は己の失態に気付いてしまう。

 いつもならば、敵から背を向けて逃げようが常に己の傍にいた随行支援ユニットが勝手に敵を射撃で牽制してくれていた。今回も、少女は思わずソレを想定した(てい)で敵に背を向けてしまった。

 これからは、引き金を引くのも己自身。背を向けていては照準を敵に合わせられる訳もなかったのだ。

 己の失態を反省しつつ、少女は即座に振り返って追ってくる敵に照準を合わせて銃弾をばらまく。

 義体が新たにアルゴリズムを学んだのか、今度は銃身が一切ぶれることなく、敵の装甲に弾が命中していく。やがてノックバックを起こした中型機械生命体は暫し動かなくなる。少女はソレに構うことなく銃弾を浴びせ続け、やがて中型の機械生命体は爆音と共に炎と破片をまき散らした。

 

 敵を倒し終え、息を着こうとしたその瞬間――

 背後から、少女を踏み潰さんと振われた大型機械生命体の(かいな)がそこまで迫ってきていることに気付くのが遅れてしまった。

 

「しまっ」

 

 慣れない武器の感触に戸惑う。ヨルハの義体を持つ彼女がこの一撃程度で死ぬことはないが、されどコストの高い義体に損傷を負えばそれだけであの双子に迷惑がかかる。

 急いで銃から大剣に持ち替えて防ごうとするが、間に合わないだろう。

 ・・・・・・そのまま、少女を迫り来る鉄槌に押しつぶされる、その直前。

 

 迸る、翠色の閃光。

 

「・・・・・・え?」

 

 巨人の影に遮られていた筈の少女の視界は、なぜ明るく。目を開けてみるとそこには――胴体に巨大な風穴を開けた大型機械生命体の姿があった。

 振われた腕も少女の義体に当たる直前で、停止している。

 開けられた風穴を中心にスパークが迸った大型機械生命体の機体は、そのままバラバラの破片になって崩れ落ちていった。

 呆気に取られつつ、黒いベルベット柄のドレスを着こなす銀髪の少女――11Bは自分を救ったチャージショットが飛んできた方向へ振り返る。

 

「最後まで気を抜くな」

「ごめん。助かったわ、ゼロ・・・・・・」

 

 そこにいたのは、魔素の残滓が漏れ出るバスターショットの銃口を向けていたゼロだった。敵の殲滅を確認した彼はバスターショットを背中に増設したホルスターに仕舞う。11Bもそれに合わせて小銃を肩に下げた。

 

「やっぱり。ポッドがいないとぎこちないな。自分で引き金を引くなんてこと、今までしたことなかったし」

「だが、この短時間で銃身のブレは格段に少なくなっている。ヨルハの戦闘型とやらは、ちゃんと自身でも銃を扱えるように設計されている証拠だろう。・・・・・・これから、徐々に慣らしていけばいい」

 

 かつてヨルハには、近接に特化した(アタッカー)(タイプ)と銃を扱うことに長けた(ガンナー)(タイプ)が存在していたという。後者が随行支援ユニットであるポッドが投入されたことによりA型と統合されたことで万能戦闘型であるB型が誕生したのだ。こうして11Bの銃の扱いの精度が格段に上昇していってることから、確かに彼女の義体にはその名残が存在している。尤も、いくら銃の扱いそのものに長けても、それを生かした立ち回りなど、まだまだ彼女が学ぶべき点はいくつもある。先の失態もそれを熟知していなかったが故のものだ。

 かつて11Bの相棒であったポッドは、今ではゼロの射撃武器であるバスターショットとして彼の手元にある。そのゼロはかつてとは打って変わって手持ち兵装となったポッドをまるで己の一部のように使いこなしていることが、彼女の内心の焦りを助長させていたのだった。

 

 自分が仕上げたバスターショットがちゃんとゼロの力になっていることを嬉しく思う一方で、やはりそれはそれ、これはこれである。一刻も早く、自分もこの射撃兵装を使いこなせるようにならなくては、と11Bは意気込むのだった。

 

「周囲に敵影なし。任務を再開するぞ」

「といっても、届け物をするだけだけどね。・・・・・・けど、平和主義者の機械生命体が集まる村、か。俄には想像できないな・・・・・・」

 

 目覚めたばかりのゼロとは違い、彼女は人類軍の一員として機械生命体と戦ってきた存在。今まで心すらないと思い込んできたあの機械兵団に、平和を愛する心が芽生えるなど、想像もつかないのだろう。

 遠い目をしながら呟く11Bを見ながら、ゼロはこうなった今までの経緯を思い出していた。

 

 

 

「ゼロ、君に少し頼みがある」

「なんだ?」

 

 最初は、アネモネのそんな一言から始まった。

 セイバー、ナックルに加え、トリプルロッドとバスターショットと武器を揃え、レジスタンスたちの先陣を切って任務をこなしていたゼロだったが、そんなある日、アネモネからゼロへ声がかかったのだ。

 

「実はある者達に、この『高粘度オイル』を届けて欲しいんだ」

「ある者達とは?」

「平和主義の機械生命体たちが集まる村がある。そこにいる『パスカル』という機械生命体にこれを届けて欲しいのさ」

 

 一瞬、ゼロはアネモネの言葉を疑った。

 パスカルの名前自体は、このキャンプ内で何回か耳にしたことがある。皆、当然のようにその名前を言うものだから、他の地域のレジスタンスにおけるアネモネのような人物か、もしくは名の知れたレジスタンスのメンバーなのではないかとゼロは当たりを付けていたが、よりもよって機械生命体と言われては返す言葉が見つからない。

 

「お前は・・・・・・いや、このレジスタンスは、機械生命体と接触しているのか?」

「そうだ。あの連中は無害だし、私達にはできないような細かい作業も得意だからな。その代わりとして。私達はオイルや素材なんかを渡して交換している。一種の交易って奴だ」

「敵対する理由がないのは分かった。・・・・・・だが、何故オレに頼む?」

 

 最近では、あのヨルハの二人組が砂漠地帯にて。アンドロイドの質感に似ているという、特殊な機械生命体に遭遇したという情報が出回り、キャンプ内に若干の緊張感が走っていた所だった。

 そんなタイミングでの、アネモネからの頼み。

 それに関わることかと疑ったが、アネモネがそんなに気を張っていない様子から、そんなに過酷な任務ではないことを想像できた。・・・・・・が、だとすると、態々自分に頼み込んでくる訳が分からないのだ。

 

「君は以前、私に此方を攻撃してこない機械生命体たちについて聞いてきただろう? その答えの一つを、彼らが持っているということさ。君の疑問に答えるという意味でも、彼らに会ってきて欲しい」

「・・・・・・」

「・・・・・・それに、彼女の“リハビリ”に付き合うのも、君の仕事だろう」

「“彼女”?」

 

「ゼロー!」

 

 思わず聞き返すゼロであったが、その前に聞き覚えのある声がゼロの耳に入ってくる。

 ゼロが振り向くと、そこには車椅子生活だった筈の、11Bが笑みを浮かべながら此方へ歩み寄ってきた。

 レジスタンス製のマントで身を包んでいた筈のその義体を、今ではヨルハ製の戦闘服と思われる黒いベルベット柄のドレスで包んだ、銀髪の少女がそこにいた。腰に帯刀するは彼女の愛刀である「ヨルハ製式鋼刀」。背中には7Eの形見である「四〇式斬機刀」を背負い、肩にはレジスタンス式の小銃をぶら下げている。

 身長が168cm程の少女が持つにはいささかアンバランスに見える程の重武装だが、彼女はそれをモノともしない様子でゼロに歩み寄ってきたのだ。

 

「11Bか。もう動けるのか?」

「うん、この通り全快だよ! これでやっと、ゼロやレジスタンスの皆に恩返しができるんだから!!」

 

 ただでさえ解析が難しかったヨルハ製の義体。ましてや彼女が負った傷ならば並大抵の治療・メンテナンスタイプのアンドロイドでは治療することは困難だった。だが、ゼロが時間をかけて集めた素材と、デボルとポポルの丁寧な治療を受け、ついに彼女は完全に修復された義体を持って復活した。

 否が応でも「足手まとい」と自覚せざるを得なかった立場から解放された彼女は、今からでもこの修復された義体を試したいと言わんばかりにウズウズしている様子だった。こういう所はB型戦闘モデルの性というべきなのか。

 

「このキャンプに、あの双子がいてよかったよ。君と同じように、今じゃあ11Bの治療やメンテナンスを請け負えるのもあの二人だけなんだ」

「・・・・・・そうだよね。あの二人には、何て礼を言えばいいのか分からないや」

 

 二人の言う事には、ゼロも同意だった。

 ゼロに関しては治療やメンテナンスだけではない。己自身のことすら分からぬゼロにとっては、二人は自身の謎めいたボディについての解析を進めてくれたり、新しい武器を作ってくれたりと感謝が尽きない存在だ。

 ・・・・・・にも関わらず、彼女たち双子が、なぜかアネモネ以外のレジスタンスのメンバーとは距離を取っているように感じるのは、果たして気のせいだろうか。そのアネモネに関しても、他のレジスタンスのメンバーの前では極力接触しているのを避けているような節さえある。

 2人たちから治療を受けた11Bに関しては否が応でも接触する機会が多かったせいか、どうやらあの双子と打ち解けている様子であったが、おそらく彼女も同じ疑問を抱いているだろう。

 ・・・・・・いや、逆か?

 むしろ彼女たちが、ではなくこのキャンプのレジスタンスたちが彼女たちを疎んでいるのだとすれば――

 ――考えていても仕方ない、か。

 彼女たちと出会ってから、まだ日は浅い。いずれ、彼女たちの口から理由を聞けることを待つのがいいだろう。

 あの双子についての思考を中断し、ゼロは再び目の前の任務に意識を戻した。

 

「任務は引き受ける。それで、11Bを連れて行くのはなぜだ?」

「君と同じ理由さ。レジスタンスの一員になった以上、彼女にもパスカルに会ってほしくてね。ヨルハ部隊は新設されたばかりで、私達現地のアンドロイドのように言葉を話す機械生命体や敵対的でない個体に関する情報に乏しいことは分かるからな。むしろ、君よりも11Bの方がパスカルに会ってほしいという気持ちが強い」

 

 なるほど、とゼロはアネモネの説明に納得する。

 現在、11Bがこのキャンプのレジスタンスと比べて唯一劣っている点、それは“経験”だ。新設された部隊である分、蓄積および更新され続けたアルゴリズムや戦闘能力、義体に使われている技術に関しては上でも、経験という点では一番不足している。

 勿論、それは目覚めてばかりで記憶を失っているゼロ自身にも当てはまることだ。

 今回の任務は、経験を積むその一貫。戦闘だけではなく、この地上のレジスタンスとして暮らしていくための、慣れを獲得させるのが目的なのだろう。

 

「それに、彼女は義体を負傷して暫く戦線から離れていたからな。義体のアルゴリズムも彼女向けに調整済みだが、ブランクがあることに変わりはない。敵と遭遇した時は、彼女に勘を取り戻させる手伝いをしてほしいんだ。

 特に、銃の扱いに関しては細かくレクチャーしてあげて欲しい。彼女は遠距離攻撃に関してはポッドに任せきりだったから、自身で銃を扱う経験が不足している。その点、君はバスターショットを手に入れるまでは、Zナックルで我々の銃を強化して使用してきたらしいじゃないか。

 君の能力を鑑みても、我々の中で君について行けるのは元ヨルハ部隊である彼女くらいしかいない」

 

 アネモネの言うことを深読みするのであれば、今後も11Bは自分に同行する機会が多くなるだろう。

 

「11Bには任務の詳細は説明済みだ。そういうわけで頼めるか、2人とも?」

「分かった、引き受けよう」

「了解!」

 

 機械生命体たちの村――一体どのような場所なのか。不安と少しの好奇心を抱きながら、2人はアネモネからの任務を引き受けるのだった。

 

 

 

「・・・・・・ここか」

「マップ情報によると確かにここの筈なんだけど・・・・・・」

 

 廃墟都市全体のマップにおいて、工場廃墟とは正反対の方向に位置する場所にたどり着いた2人。何故か道が空けられていたバリケードを通り過ぎると、2人が行く道路の右手にはいつも通りの廃墟都市の建物が、左手側には巨大な渓谷が、そして道の奥には――この廃墟都市を浸食中の森の入り口があった。

 人口都市、自然の森、谷底の奈落――大きく異なる三つの世界への分岐点を錯覚させられるこの場所を見たゼロは、本当にこの近くに機械生命体の村が存在するのかと疑問を抱いた。

 

「・・・・・・うわっ」

 

 好奇心からか、谷底を覗き込んだ11Bが顔を歪めて後ずさる。ゼロも何事かと思い11Bの隣に行き、片膝をついてしゃがみ込み、谷底を観察して――思わず、目を見開いた。

 目を懲らせば――見えるのは機械生命体たちの大量の残骸が、積もった地中に埋もれるかのようにうち捨てられていた。

 工場廃墟を機械生命体たちの生産場所とするのならば――あそこはまさしく廃棄所か、もしくは墓場を思わせる。

 

「ほ、本当に、この周辺に機械生命体たちの村があるっていうの・・・・・・?」

 

 ここに来て11Bもゼロと同じ感想を抱いたようだった。同じ機械生命体だというのならば尚更、こんな縁起の悪い場所よりももっと別の場所を選べば良いのではないか、と。

 

「進めば分かることだ。先を行くぞ」

「・・・・・・そうだね。確かめに行かなきゃ」

 

 2人は谷底から目を離し、途切れた道路の先にある森の入り口へと入っていく。

 先の三界の境界だった場所の雰囲気が嘘であったかのように、周囲の景色は一気に緑が豊かな森一色へと変わっていく。

 そんな森の道中で、飛行型の機械生命体と思しき飛行体が、態々2人が行く道の先で滞空していた。

 

「・・・・・・あれは、機械生命体?」

「此方を攻撃してくる様子はないな」

 

 工場廃墟を出たばかりの時の、廃墟都市で遭遇した一部の機械生命体と同じだ、と思ったゼロ。2人は警戒を解かないままその機械生命体へと近付いていく。

 近付くと、飛行型の機械生命体は2人を認識したのか、点滅する目を2人に向ける。そして――ノイズ混じりの音声を発し始めた。

 

「始メマシテ。レジスタンスノ人達デスネ。私ハアナタタチガ来ルノヲマッテタ、村の者デス」

「うそッ!?」

 

 ノイズ混じりの音声とはいえ、機械生命体がここまで流暢に言葉を話したという事実に、11Bは驚愕の声をつい上げてしまう。無理もない。今までの自分の常識が、ここに来て一気に吹き飛んでしまったのだから。

 隣で11Bが驚愕で固まっている一方で、冷静なままのゼロはそのまま目の前の機械生命体に問うた。

 

「・・・・・・オレ達は、アネモネにこの高粘度オイルを渡すように頼まれてここに来た。お前たちの村にいるパスカルという機械生命体に会うことはできるか?」

「大丈夫。パスカル、アナタ達ノコト、待ッテル。私達ノ村ニ案内スル。着イテ来イ」

 

 ゼロたちにそう言うと、機械生命体は2人に背を向け、森の奥へと進んでいく。その背を追うようにゼロが前を行くと、正気を取り戻した11Bもまた彼らに続いた。

 途中、11Bが自分たちの前を先行する機械生命体に疑問を投げかけた。

 

「ねえ。貴方の村の機械生命体たちって、みんな貴方のように言葉を話せるの?」

「勿論、ミンナ話セル。ケド、パスカルハモット綺麗二話セル。貴女クライニ」

「そうなんだ・・・・・・」

 

 最初こそ機械生命体たちの根城に入り込むことに抵抗感を覚えていた11Bだったが、道案内をしてくれている機械生命体の説明を聞き、彼女もレジスタンスキャンプの間で時々名前が出るパスカルという機械生命体に会ってみたいと思うようになった。

 

 そして、案内の元、2人はようやく目的の村にたどり着いた。

 その壮観な光景に、11Bは再度驚愕に回路がショートしかけた。

 廃墟都市のような巨大な建物が建ち並んでいるわけでもない。そのような人工物の塊とはほど遠い。

 

 村の中心にある巨木を生かし、それを中心に足場を増設して階層構造を形作り、その上に更に木製の住居を建て、その村の中を、機械生命体たちがあたかも人類と相違ない文化を持って暮らしていたのだ。

 

「これが、お前達の村か・・・・・・」

「ソウ、ヨウコソ私達ノ村ヘ。パスカルハアノ木ノ二階ニイマス。デハ、私ハコレデ」

 

 村の案内をしてくれた機械生命体はそう言ってゼロたちの元を去って行く。

 

「おい、行くぞ」

「・・・・・・ハッ! あぁ、あ、ゼ、ロ・・・・・・?」

 

 ゼロに声をかけられ、ようやく意識が現実に戻った11Bだったが、それでもまだ戸惑いを隠せず固まるばかりであった。

 そんな11Bの様子にゼロは目を瞑って呆れつつ、先を急ぐよう促す。

 

「・・・・・・呆けるのは勝手だが、任務中なのを忘れるな」

「ご、ごめんなさい!! そうよね、早くこのオイルをパスカルとやらに届けなきゃ!!」

 

 ゼロに叱咤され、それでも戸惑いを隠せない11Bは自分にそう言い聞かすように言いながら、ゼロと一緒にパスカルのいる二階の層へと向かう。

 梯子を駆使して二階へたどり着いた2人は、そこで待っていたこれまでの機械生命体とは異なる形態の機械生命体だった。

 

「・・・・・・おや、貴方がたは。其方のヒトはアンドロイドのようですが、赤い方の貴方は一体・・・・・・?」

 

 優しい声でそう問いかけてくる機械生命体。

 これまで見てきた機械生命体によく見られた縦横軸共に円形だった丸いボディではなく、円柱状のパーツに取って付けるように取り付けられたむき出しのアイパーツが特徴な頭部ユニット、その頭部の位置も他の機械生命体のように胴体に半ば埋まっているような形ではなく、ちゃんとした首の関節ユニットが見えることから、その可動域は他の個体よりも幾分か広そうである。胴体の中心に見える指針式のメーターは、大凡宇宙人が作ったとは思えない程に原始的だ。

 何もかもが他の機械生命体と異なる特徴を持つこの機械生命体を見たゼロは、この個体こそがパスカルと呼ばれるこの村の長だろうと直感的に確信した。

 

「・・・・・・あんたがパスカルであっているか?」

「ハァ・・・・・・確かに私がパスカルですが」

「オレたちはアネモネの頼みであんたにこれを渡しにやってきた。アネモネからオレ達のことを聞いていないのか・・・・・・?」

「ああッ、貴方たちが!! ということは、其方のアンドロイドがヨルハの11Bさんで、赤い貴方がゼロさん!!」

 

 腕を開き、翠色のアイカラーを点滅させて驚きと喜びを表現してくるパスカル。案内役の機械生命体が言っていた通り、彼(彼女?)は仕草は愚か、機械音声らしさこそ残るものの、そこから発せられる言葉すらアンドロイドと遜色なかったのだ。危うく、本日3度目の回路ショートを起こしかける11Bだったが、今回は何とか耐えた。

 

「いやぁ、アネモネさんから貴方たちのお話は伺っています。是非一度、貴方たちにお会いしたいと思っていました」

「・・・・・・どうして私達に?」

 

 パスカルが自分たちに会いたがる理由が分からなかった11Bは、パスカルに聞き返す。

 

「11Bさん、貴女はヨルハでの戦いに嫌気が差し、部隊を抜け出したと伺っています。私達も、似たような理由でこの村を建てたんです。この村は、そんな平和主義者たちが建てた場所ですから・・・・・・」

「貴方たち、機械生命体が? 私達アンドロイドを破壊するために作られた貴方たちが、その戦いを嫌うっていうの?」

「・・・・・・はい。確かに、貴方たちにとって私達機械生命体は敵です。ですが、貴女のように戦いから逃げてきた機械生命体たちも確かにいます。私は、私達と貴女は似た者同士だと思い、こうして話がしたかったんです」

「・・・・・・私と、貴方が、似た者同士?」

 

 パスカルの言葉を反復する11B。機械生命体たちと戦うため生まれた身としては、例え部隊を抜け出した現在であっても、そのような言葉は11Bには俄に受け入れ難かった。

 11Bの中で、いや、ヨルハの中で、機械生命体にはそもそもそのような心がないというのが常識だったのだ。

 それなのに、急にこんな流暢に話す機械生命体が現れて、さらには戦いが嫌いなんて、そんな都合のいいこと、あるわけ・・・・・・。

 ――それとも、これもまた、私が求めていた“真実”なの?

 

「・・・・・・申し訳ありません。“似た者同士”は、少し不快でしたでしょうか? ですが、私は貴女のその行動を、祝福したいと思います。全ての機械生命体とアンドロイドたちが争わない、そんな日が来ればいいと」

「・・・・・・なぜ、あんたはそこまでして戦いを嫌う?」

 

 やりきれない表情で黙ってしまった11Bを傍に、今度はゼロがパスカルに質問する。まだ今の世界について詳しくないゼロは、パスカルの話しに11Bほどの衝撃は受けていない。

 むしろ、パスカルから感じる雰囲気は、どこか()()()()()()――

 

「・・・・・・私達は何百年も生き続け、何度も何度も、仲間を失いました。けれど、私が一番怖かったのは、仲間を失うことではありません」

 

 ゼロの疑問に答え始めるパスカル。

 どこか、どこかの、何者かと重なる気が――

 

「仲間が死んでしまうことに、慣れてしまうことが怖かったんです」

 

 

 

 ――――本当に悲しいのは・・・・・・何も感じなくなっていく自分自身なんだ・・・・・・。

 

 

 

「――・・・・・・エッ・・・・・・クス・・・・・・?」

「――ですから、私はもう戦いません――あれ、どうかしましたか?」

 

 ゼロが此方の話しを聞いている様子がないことに気付いたパスカルは、ゼロに声をかけるが、ゼロは反応しない。

 時々脳裏をかすめる、何者かの影。霞がかったソレは霞のまま、またゼロの脳裏から消えゆく。必死に思い起こそうとするゼロに、パスカルの言葉は届かなかった。

 

「・・・・・・ゼロ? ゼロ!!」

「ッ!?」

 

 ゼロの異変に気付いた11Bが耳元へ呼びかけることで、ようやく現に意識が戻るゼロ。

 

「ゼロ、大丈夫!? 一瞬、なんか上の空だったけれど・・・・・・」

「・・・・・・問題ない」

 

 ゼロの身を案じながら、身を乗り出して顔を覗き込んでくる11Bを優しく退かし、ゼロはパスカルへと向き直った。

 

「済まない。話を遮った・・・・・・」

「・・・・・・いえ、私達の言葉を簡単に信じられないのは、分かりますから。ですが、貴方たちさえよろしければ、これからもこの村に遊びに来て下さい。ゼロさん、アンドロイドでもなく機械生命体でもない、正真正銘、人類に造られた貴方とも、もっとお話してみたいですから・・・・・・」

「・・・・・・」

「貴方が記憶を喪失していることも存じております。ですから、思い出した時で構いません。貴方の記憶の中にある人間たちのことを、少しでも知りたいのです。・・・・・・駄目でしょうか?」

「・・・・・・別に構わない」

「いいのゼロ? この()()は・・・・・・機械生命体なんだよ?」

「・・・・・・アネモネが信用しているのなら、オレ達がとやかく言うことはないだろう」

 

 いざ此方を攻撃してくるのならば、その時は叩き斬るだけだ。

 だが、彼らは攻撃をしてこないし。レジスタンスの長であるアネモネが彼らを信用しているというのならば、自分と11Bがとやかく言うのは筋違いだろう。

 

「・・・・・・受け取れ。アネモネから頼まれていたものだ」

「おぉ! 高粘度オイルを持ってきてくれたんですね! アネモネさんは優しくて理解のある方で助かります。全てのアンドロイドと機械生命体が、こうやって平和に暮らしていけたらいいんですけれど・・・・・・」

 

 パスカルの言葉に、ゼロと11Bは黙るしかない。

 争うことなく平和に暮らしていけるのならば、争いなんてない方がいいのは、事実だからだ。機械生命体にも自分と似たような葛藤を持っていると知った11Bは、さりとて機械生命体であるパスカルの言葉を受け入れることも、否定することもできなかった。

 

「そうだ。アネモネさんにこれを届けてはくれないでしょうか?」

 

 思い出したように、パスカルは懐からあるモノを取り出し、それをゼロに手渡した。

 手渡されたのは、『燃料用濾過フィルター』だ。

 

「オイルを頂いたお礼です。是非これからもよろしくお願いしますと、アネモネさんに伝えてくれないでしょうか?」

「・・・・・・判った。行くぞ、11B」

「・・・・・・うん」

 

 フィルターを懐にしまったゼロは11Bに声をかけ、この森を出ようとする。

 ・・・・・・そして、去って行く直前、ゼロはパスカルに背を向けた状態で一時立ち止まった。

 

「・・・・・・ゼロさん?」

 

 その様子を訝しんだパスカルが首を傾げる。それに対し、ゼロは背を向けたまま語り始めた。

 

「・・・・・・お前の理想が、いつか叶う時が来るのを待っている」

「ッ、はい!! アンドロイドと機械生命体だけではありません。その時は、ゼロさんも一緒ですよ!!」

「・・・・・・いいや」

 

 ゼロに己の考えを肯定されたことが嬉しかったのか、パスカルは嬉しそうに声を上げながらそう言うが、ゼロはパスカルに聞こえないように返す。

 

 ――血塗られた、自分の手。

 ――その手に抱かれる、息絶えた赤い少女。

 ――オレは・・・・・・。

 

 ――オレは、そこにいなくていい・・・・・・。

 

 心の中で、そう言葉を続けたゼロは、今度こそ11Bと共にこの森から去って行くのだった。

 

 

     ◇

 

 

 暗闇の中、暗黒に染まった己自身が、嗤いながら、告げてくる。

 

 ――なに、いずれ思い出すさ。

 ――己が“何者”かを。

 ――例え“偽物”に成り果てようと、貴様の運命は変わらないのだから。

 

 己とは思えない顔で、嗤うその顔を、ゼロは脳裏で握りつぶした。

 




・Diveでオメガの剣が実装されたと聞き、即座に石を集めて引いて、オメガに持たせてみました。
 ・・・・・・うん、正直あまり似合わない。
 やはりプレイヤーサイズにまで縮んだ第一形態の実装を待つしかないのか・・・・・・。

・パスカルの台詞。
「段々と慣れていく自分が恐ろしかった」という下りの台詞は、この小説を書く切っ掛けとなった内の一つです。ロクゼロプレイヤーであれば絶対エックスを連想した筈・・・・・・。

・その他
リンカネのノエルはオレの嫁!(異論は認める)
内定取れた。やったぜ


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機械ノ心

 私達がずっと敵対してきた機械生命体たちにも、心はあった。その事実を私は未だに受け入れられずにいる。私は曲がりなりにもヨルハ部隊という、人類軍の持つ決戦兵器のアンドロイド部隊に所属していた身だ。そんな私が彼らに平和を愛する心が芽生えたという事実を、受け入れられずにいた。

 いや、それとも・・・・・・これもまた、私がヨルハにいた頃では知ることのできなかった、“真実”の、一つなのか?

 

「・・・・・・」

 

 浮かない顔をしながら隣を歩く私に対し、ゼロは何も言うことなく進み続ける。

 ゼロは、あのパスカルという機械生命体を見て、どう思ったのだろう?

 ふとそう疑問に思った私は、ゼロならば何か答えを持っているのではないかという、そんな図々しい期待を込めて聞いてみるのだった。

 

「ねえ、ゼロ。機械生命体には、本当に心があるのかな?」

「・・・・・・」

 

 返事こそはしなかったものの、ゼロは無言で此方に振り向いてくる。此方の話しをちゃんと聞いてくれるようだと捉えた私は、言葉を続けた。

 

「ヨルハ部隊では、機械には心なんてないって・・・・・・ずっと言われ続けてきた。それは、勿論私達ヨルハタイプのアンドロイドへの戒めの意味もあったんだと思うの」

「・・・・・・それで?」

「ふと、思ったんだ。本当に機械に心がないのなら、私にも心はあるのかって・・・・・・。私達は、人間のように小さい細胞から生まれてきた訳じゃない。所詮は造られた存在だというのなら、私のこの心も、積み上げてきた選択も、意思も、全部作り物なんじゃないかって・・・・・・」

 

 彼らに心があった、その事実は受け入れられない。だが・・・・・・もし受け入れられなかったら、私はヨルハを抜け出してから今日これまでの自分すらも、否定しているような気がしてならないのだ。ゼロとの出会い、アネモネとの出会い、双子との出会い・・・・・・それら全てを、否定することは、絶対にしたくないのだ。だが、一方で彼らのことも認められずにいる。

 本当に機械に心がないのなら、今までの私は一体、何なのだろうか?

 

 ふとゼロの方を見やると、彼は表情を変えないまでも、何かを思案するように俯いていた。ゼロなりに私の疑問を真剣に考えていてくれることに嬉しく思いつつも・・・・・・その心すらも、誰かから仕組まれたものなんじゃないかって、そう勘ぐってしまう。

 全ては、彼らのことを受け入れてしまえば済むことなのに、私の心は、未だにヨルハに囚われたままだった。

 

「・・・・・・オレもお前も、あいつらも、所詮は“そうあれ”と造られた存在だ。誰も、その運命から逃れることは難しいだろう」

「・・・・・・ッ」

 

 ゼロの発言に、ビクリと堪えてしまう私。

 思えばそうだ。私達は機械生命体に対抗するために造られた決戦兵器。ゼロも、おそらくは何かに対抗するために造られた魔法兵器の筈なのだ。

 人間は自分を生む親までは選べなかったと聞いているが、私達はそこから先の生き方も誰かに縛られている。なぜなら、“そうあれ”と願われて生まれたから。

 

「だが――例え運命から逃れられなかったとしても、その運命に抗うことはできる筈だ。お前がヨルハを抜け出し、オレを目覚めさせ、九死に一生を得たようにな」

「あっ・・・・・・」

「それができたのは、お前に、“そうあれ”と願われた運命に抗う“心”があったからじゃないのか?」

「・・・・・・」

 

 ゼロの言葉に、言い淀む私。

 

「オレからも、お前に一つ聞きたいことある」

 

 答えを出すことができない私に、今度はゼロからそんな言葉が返ってきた。

 顔を上げ、私はゼロの質問を待つ。

 

「お前は、今の現状に満足しているのか?」

「・・・・・・どういうこと?」

「一見、お前はオレと共にレジスタンスに保護され、ヨルハからの処分を逃れた。安全が保証されたように見えるが・・・・・・依然としてお前の立場は変わっていない」

 

 ――お前が、工場廃墟でオレに説明してくれたお前自身の立場とな。

 そう付け加え、ゼロは私の瞳を真っ直ぐ見据える。

 ようやく、私がゼロが言わんとしていることを理解した。

 

 確かに、ゼロの言う通りだ。

 

 私がヨルハを抜け出した理由は、生きる理由と、それに足る真実が欲しいからだった。その理由は既に得ている私だが、ゼロからすれば私は何も変わっていないように見えるだろう。

 私が生きる理由を求めたのは、既に、「人類は滅びている」という絶望を知って、それを仲間に伝えることもできずに戦い続けることに、意味を感じなくなってしまったからだ。伝えれば仲間達の命が危ないが、それをせずに戦い続けた所で、意味なんてまったく感じられなかった。

 そのジレンマの日々が、私のヨルハアンドロイドとしての精神を蝕んでいった。

 

 ヨルハから逃れた今、そのジレンマから解放されたように一見感じるかもしれないが、それでも、()()()()()()()()()()()()()()()()()、人類が既にいないという真実を知らないのだ。私はまだ、ヨルハにいた時と同様にそのジレンマに悩まされるかもしれない環境にいるのではないかと、ゼロは私を心配してくれたのだ。

 

 ゼロの言わんとしていることを理解し、私は自分で何故と考える。

 ゼロのために生きる・・・・・・それは確かに私が生きると決意した理由だが、それはそれとして環境は以前と変わらないのではないか?

 

「・・・・・・それは、違うよ」

 

 確かに、彼らに真実を隠していることは心苦しい。伝えれば彼らの命が危ないというのもある。

 だが彼らはそれ以上に、ヨルハとは、決定的に違う部分がある。

 ――人類に栄光あれ。

 そう胸に刻み続けながら戦い続けるヨルハとは、違う。

 

「私達を助けてくれたから、だけじゃない。あの人達はちゃんと、人類のためだけじゃなく、ちゃんと自分たちの明日のために、戦っているんだ。そんなあの人達を守るために戦うことには、ちゃんと意味があると思う」

「・・・・・・そうだな」

 

 私の答えに納得してくれたのか、ゼロもまた悟ったように目を閉じて同意してくれた。心なしかホッとしているような様子から、本当に私を心配してくれていたようだ。

 その事に嬉しい、と私は感じた。・・・・・・うん、この心だけは、作り物であってほしくないな。

 真実かどうか、ではない。この心だけは、私が真実にしなければならないのだと強く思う。真実とは見つけるではなく、きっと、これから私達自身で作っていくものでもあるのかもしれない。

 なら、これまでだって、私のこの心はきっと――

 

「なら何が正しいかなんて、きっと誰にも分からない。だから時に、抗い、『悩む』。・・・・・・少なくとも、オレとお前が出会ってきたのは、そういう連中だった筈だ」

「そうだよね。レジスタンスの人達も、あの村のロボットたちも、きっと・・・・・・」

 

 共に、必死に生きてきた双子。仲間を死地に向かせているのではないかと悩む武器屋の男。今も己は己なのかと悩む道具屋の男・・・・・・そんな彼らを統括する、レジスタンスリーダー。そして、今回出会った平和主義者の機械生命体たち。

 運命から外れようと悩み、抗う――それは、ただの機械ではない。それができるのならば、私にも、あの村の機械生命体たちも、心があるという証明に他ならないではないか。

 

 答えが出た瞬間、私の胸に、気まずい、という鼓動が回路を揺らし続ける。

 その理由を、私はとっくに知っている。

 

「・・・・・・パスカルに、謝らなきゃ」

 

 キャンプで渡された端末を取り出し、私はパスカルの周波数を入力し、村に通信を送る。出てきたのは、当然だが円柱状の頭部に取って付けたようなアイパーツが特徴的な機械生命体がホログラム映像に映し出された。

 

『おやおや11Bさん、先ほどぶりですねぇ。何か私にご用でしょうか?』

「パスカル。私、貴方に謝らなきゃいけないことがある。その・・・・・・さっきは、貴方達に心がないような事を言って、ごめん・・・・・・」

『・・・・・・11Bさん?』

「貴方に似た者同士だって言われた時、最初はどうしても受け入れることができなかった。だけど、決められた運命(プログラム)に抗おうとした私達は、きっと似ているんだと思う」

 

 ヨルハでの戦いを嫌い、ヨルハから抜け出した私。

 アンドロイド達との戦いを嫌い、村を作ったパスカル。

 決められたプログラムに反した行動を取っている私達は、非合理的だけど、そこには確かに、そうさせる“心”があったんだ。

 だから、その心の続く限りに・・・・・・。

 

「私達も頑張るから。だからパスカルも、パスカルたちの戦いを続けて欲しい。貴方たちの心が続く限り、抗って欲しい」

 

 既に、私は真実も、生きる理由も得ていた。

 ・・・・・・ただ、その先の答えを得ていないだけなのだ。その答えが分からないからこそ、私達は生きているんだ。

 だから、私はあの村の機械生命体たちにも、生き続けて欲しいと願った。

 

『・・・・・・11Bさん。2人とも、ありがとうございます』

 

 理解者を二人も得ることもできたのか、パスカルは嬉しそうに私とゼロに礼を言う。

 私も自分の思いがパスカルに伝わったことに嬉しく思っていると、今度はパスカルから別の話を切り出してきた。

 

『そういえば、お二方は最近続いているアンドロイドの失踪事件についてはご存じですか?』

 

 一瞬、私は何のことかとゼロと顔を見合わせる。

 そういえば、2Bと9Sが派遣されたのは、元々現地にいた調査担当のヨルハ隊員が行方不明になったのが発端だっけ。

 ゼロも心当たりがあるのか、彼が静かに頷くのを確認した私はパスカルの方へ向き直る。

 

「ええ。レジスタンスキャンプでも同じような話しを聞いたことがあるけれど、それがどうかしたの?」

『・・・・・・実は、私達機械生命体側にも、同様の被害が出ているのです。私達の村にいる子供たちも、何人かが既に・・・・・・』

「何ですって?」

 

 アンドロイドだけではなく、パスカルたちの方にも被害が出ている?

 それってつまり、敵味方関係なく無差別に襲いかかっているってことか。一体どんな理由で?

 

『どうやら、暴走した機械生命体の仕業らしいのですが、私達は既に武器を放棄した身ですので、自分たちから追い払うことはできないのです』

「その機械生命体の破壊を、オレ達にしてほしいと?」

『・・・・・・はい。濾過フィルターを運んでいる途中で申し訳ないとは思っているのですが、先ほどもう一つ情報が入りました。どうも黒い制服を着た二人のアンドロイドが、その暴走した機械生命体のいる場所に向かったとのことです』

「黒い制服ってことはヨルハ・・・・・・2Bと9Sがその機械生命体の所へ向かったってこと!? ・・・・・・ゼロ」

「分かっている」

 

 犯人がどんな機械生命体なのかは分からないけれど。手段はどうあれ、ソイツはきっと何人もののアンドロイドや機械生命体たちを攫っていると言う事になる。そんな奴の所に向かったとなれば、あの二人が危ない!

 

「パスカル! 二人が向かっていった位置の座標は分かる!?」

『今、其方の端末に座標を送信しました。・・・・・・お願いできますでしょうか?』

「必ずやっつけるから、いい返事を待ってて!」

 

 パスカルとの通信を切り、ゼロと一緒に遊園地廃墟の施設を目指す。

 途中、念のためアネモネに一報入れようと思い、端末からアネモネの周波数へ繋げる。彼女のホログラムが映り込むと、私は間髪入れずに状況を報告する。

 

「アネモネ、こちら11B!! パスカルからの情報により例の行方不明事件の犯人と思われる機械生命体の居場所が判明しました。同地点には調査担当の2Bと9Sも向かった模様。二人の救援に向かう許可をお願いします!」

『パスカルと接触したのか。了解だ二人とも。くれぐれもパスカルから貰った濾過フィルターは壊さないでくれよ?』

「了解した。任務を開始する」

 

 そう返したゼロの返事を日切りに、通信を切る。

 一度は、あの二人を見捨てて生き残ってしまった私。けど、一度裏切った私をあの二人は受け入れてくれた。だから、今度こそは助けなくちゃ・・・・・・!!

 

 

     ◇

 

 

 ――悩み、抗う・・・・・・か。

 遊園地廃墟を目指して11Bと並走するゼロは、先の発言を振り返る。

 ゼロは、未だに己のことが分からない。

 己が何者なのか、なぜあの工場廃墟で眠っていたのか、己は何を目指して戦っていたのか。その全てがまるで霞掛かったように思い出せなかった。

 だが・・・・・・時々脳裏をかすめるように、何者かの影が過ぎるのだ。

 

 ――血濡れた己の腕の中で息絶えた、赤い少女。

 ――悩み、迷い、それでも戦い続けた、青い影。

 

 それが誰だったのかは、皆目思い出せない。

 己は、もしかしたらここにいるべきではないのかもしれない。

 それでも、己のやることは変わらない。

 

『人類は、もういないの・・・・・・』

 

 この世界で目覚めてから、さっそく知ってしまった衝撃の真実。

 目覚めたばかりで、言われた時こそ自覚はなかったが――思ったよりも、己はショックを受けていたのだろう。11Bと同じように、戦いに意味を見いだすことすらなかったかもしれない。

 

 それでも、助けを求めた少女の涙を見た、死に際でしか助けを求められず散っていった少女の慟哭を聞いた。そしてこの世界で、切り捨てられ、嘆きながらも必死に生きようとする者達と出会った。

 

 人類は既にいなくなっても、それでも滅んで尚、自分たちに続く者を彼らは既に残しているのだ。こんな世界でも、必死に生きようとする、人類に続く者たちが存在するのだ。

 己の横を走り出す少女もそうだ。

 ヨルハの殻を破り、決心と覚悟を決めてこの地上に生ける一個の生物として降り立った彼女は今、同じように生きようとする者達との出会いを経て、己自身の殻も破ろうとしている。

 

 ――なら、オレは悩まない。

 

 例え、己が何者だったとしても、この少女は必ず守ってみせると、既にゼロは誓っているのだから。

 

 

     ◇

 

 

 崩れ落ちた天井の瓦礫が散乱する、赤一色の劇場。

 その劇場にて二人のアンドロイドと一体の機械生命体による舞踏――もとい、死闘が繰り広げられていた。

 その機械生命体は、ヨルハの記録媒体には一切なかった形状の個体だった。

 人類の記録にある、西洋の騎士を思わせるメットとバイザーで構成された頭部、そのメットの後頭部から広がるように伸びる赤い布旗は人間やアンドロイドの頭髪を思わせ、その巨体に対しては華奢であろう細い四肢、骨格には肩のアーマーや、下半身全体を覆うアーマースカート。頭部の胸元の中心には本体と思しき機械生命体の頭部が埋め込まれている。

 何より異様なのは、その巨体と、アーマースカートや頭部の頭飾りに飾られたアンドロイドたちの死体。

 もう、間違いなかった――この個体こそが、最近頻発していたアンドロイド失踪事件の犯人であると。

 

「Aaaaaaaaaaaa~♪」

 

 そこから発せられる歌声はまさしく美声と言えるだろうが、彼女自身から発せられているであろう機械音声は、まさしく他の機械生命体の同じようにノイズ混じりで、アンバランスだった。

 よく見れば、彼女が身に纏っているであろう装甲パーツの一つ一つ、記録にある機械生命体たちに見受けられるパーツだと気付いた9Sは、一つの可能性に思い至る。

 ――こいつ、まさかアンドロイドだけじゃなく、仲間の機械生命体までも・・・・・・!!

 機械生命体に対して今更と思いつつも、いよいよ道理の通じない相手だと悟った9Sと2Bはすぐにこの機械生命体の破壊にかかるが、アーマースカートの内側に内蔵された様々な武装、ブレードやレーザー砲台、榴弾状のエネルギー弾などを、スカートの回転を利用した広範囲攻撃は、2Bと9Sをおおいに苦しめることとなった。

 形状から戦闘スタイル、何から何まで今までの機械生命体と異なるのだ。

 

 それでも、伊達に二人は人類軍の決戦兵器たるヨルハを名乗るアンドロイドではない。

 

 この異様な機械生命体の広範囲かつトリッキーな攻撃を躱し、ポッドによる射撃や刀による斬撃で確実にダメージを与えていく。

 だが、戦況はまた一転。異様な機械生命体――歌姫は二人にハッキングによる攻撃を仕掛ける。

 

「ぐッ・・・・・・!?」

 

 突然のハッキング攻撃に、機体内にダメージを負って蹬く2B

直接戦闘向きのモデルである2Bでは対抗する術を持たず、必然と9Sが逆ハッキングで対抗することになるが、その前に。

 

「ハアアアアアァァァッッ!!」

 

 聞き覚えのある叫び声が、天井から木霊する。

 その叫びと共に、劇場部屋の天井穴から降り立った、ヨルハ製らしきアンドロイドが、その手に持った鋼刀を、落下の勢いのまま歌姫の頭部に突き刺した。

 突然のダメージに歌姫のハッキング攻撃に隙が生じ、2Bの痛みは和らぎ、9Sに至ってはその隙を逃さず逆ハッキングで歌姫にダメージを与える。

 

 隙を生じぬ、物理とハッキングにより二段攻撃を受けた歌姫の巨体はさらに蹌踉めくが、そこにさらに――

 

 

 斬空波

 

 

 翠色のビームサーベルにより放たれる、三日月を思わせる形状のソニックブームが、歌姫の腕を肩部アーマーごと切り落とす。

 

 一方、歌姫の頭部に鋼刀を突き刺したヨルハ製アンドロイド――11Bは突き刺した鋼刀を引き抜いて歌姫の巨体から飛び降り、2Bたちに背を向けながら目前で着地する。

 そして、先ほどソニックブームを放った赤い戦士も同じタイミングで彼女の隣に着地した。

 見覚えのある、銀髪と金髪の後ろ姿に2Bと9Sは思わず驚く。

 

「11B!?」

「ゼロさん!?」

 

 片や、一度は二人を見捨てた者。片や、一度は二人を破壊した者。

 それが今度は、心強い味方として2Bと9Sの前に現れたのだった。

 

「二人とも、大丈夫!?」

 

 二人の方へ振り向きながら、安否を確認する11B。

 二人の目に映る11Bの姿に、ついこの間まで義体を損傷し動けずにいた弱々しい少女の面影はない。今の彼女からは、B型ヨルハタイプにふさわしい勇ましさが感じられた。

 そして――ゼロについては言わずもがな、超大型兵器を単身で撃破した彼が来てくれれば、もう負ける気はしなかった。

 

「・・・・・・大丈夫。貴女と9Sのおかげで、痛みは和らいだ」

「二人とも有り難うございます!! ところで、何故お2人がここに・・・・・・?」

「話しは後だ。・・・・・・奴が、例の失踪事件の犯人か?」

 

 ダメージで姿勢を崩した歌姫を見据えながら、ゼロが2人に問う。

 

「はい。奴の趣味の悪い飾りに・・・・・・それに地下からもレジスタンスの反応が多数を見受けられます。間違いなく、犯人はアイツです」

「・・・・・・そうか」

 

 ――ならば、今のうちに止めを刺す。

 そう言って、ゼロがZセイバーを抜いて再び前に踏み出した、その瞬間だった。姿勢を崩していた歌姫が、不規則な駆動音を上げながら、再び体勢を整え始め。

 

 

「私ハ、私ハ・・・・・・美シクナルンダアアアアアアアアAァaaaaァaaaaaaaaッッ!!!」

 

 

 機械音声と透き通るような歌声が混じった歪な音と圧に、ヨルハのアンドロイド3名は思わず耳を塞ぎ込む。

 ゼロも表情こそ変えないものの、不快げに眉を顰めたその時だった。

 

 9Sのセンサーが、地下にあった大量のレジスタンスの反応が此方へ登ってくるのを捉える。

 

 そして――床から、アンドロイドの死体が括り付けられた鉄骨が、剣山のように次々と床から突き出てくるのが4人の目に入る。

 ゼロたちがいる、この部屋の下層の床だけではない。この部屋を囲む、上階に至るまで続く観客席までも、埋め尽くすように死体が括り付けられた鉄骨が突き出ていた。

 ・・・・・・まるで、劇場の観客に無理矢理招待されてきたかのように。

 

「これは、アンドロイドの死体を再利用してきてる!?」

「いや、司令部から聞いたブラックボックス信号も確認されています!! 生きたまま、兵器に改造されてるんです!!」

「なんて悪趣味なのッ」

 

 9Sの説明を聞いた11Bが吐き気を催すような表情で吐き捨てる。しかも、こんな悪趣味なことをしでかした元凶は、赤い幕で閉じられたステージの上に引きこもっていると来た。既にヨルハのしがらみから解放された11Bは、己の回路の内から沸々と怒りが湧き上がってくるのを感じる。2Bと9Sも生けるままの屍と解放してやらんと、攻撃を放ってくるアンドロイドたちの屍を鉄骨ごと破壊してゆく。

 ゼロもまたセイバーで鉄骨に括り付けられたアンドロイドたちを解放しつつ、観客席から突き出たアンドロイドたちをバスターショットで次々と撃ち抜いていく。

 

 そんな4人の奮闘があってか、瞬く間に捉えられたアンドロイドたちは生き地獄から解放されていく。

 それに業を煮やしたのか赤い幕が再び開き、ステージに引きこもっていた歌姫が再び姿を現す。

 

 ――だが、既にその時点で勝敗は決していた。

 

「ゼロさん!! 敵のハッキングパターンの解析が進みました。僕が逆ハッキングを仕掛けますので、ゼロさんはその隙に止めを刺して下さい!! 2Bと11Bは援護をお願いします!!」

「・・・・・・分かった」

「「了解!!」」

 

 歌姫の敗因は、彼に、9Sに時間を与えすぎたことだろう。

 9Sと2Bの2人を葬るだけならば、兵器に作り替えたアンドロイドたちと一緒に、自らもステージから降りて叩き潰せばいいだけの話。

 

 尤も、それはもしもの話し。今はこの2人に加え、決戦兵器たるヨルハがもう1人と、超大型兵器ですら歯が立たない兵器がいるのだから。

 どうなろうと、彼女の運命は変わらない。

 

 ――自分のしてきたことは、必ず自分に返ってくるのだから。

 

 11Bと2Bが攻撃を捌き、9Sが逆ハッキングで歌姫を弱らせていく。

 繰り返す内部爆発。

 

「アァッ、痛い、いたい、イタいッ!!」

 

 機械音声で悲鳴を繰り返す歌姫。

 否――最早歌う暇すら与えられない彼女は、既に歌姫ですらなかった。

 

「タスケテ、イタい、助けて!!」

 

 このままじゃいけないと思ったのか、ついに彼女は、歌姫としての、最低限の美すらも失った。スカートの内側から醜い巨足を4本を出現させ、さらにスカートの下から捕食するために取り付けたと思しき、もう一つの頭部が出現し、腹を空かせているかのような駆動音を鳴らし、口を開ける。

 

「ダレか、タスケテ・・・・・・!! 私ハ、モット、美シク、ナラナキャ・・・・・・」

 

 行動と明らかに一致しない命乞いの台詞を吐きながら、その巨足と捕食形態の頭部を持って2Bたちに飛びかかろうとする歌姫だったが――それも束の間、スカートの下から首を伸ばした捕食形態の頭部に、上から降ってきた翠刃の槍が突き刺さってきた。

 

「雑魚の癖に命乞いの台詞は一人前だな」

 

 捕食形態の頭部を突き刺した槍――トリプルロッドをホッピングさせ、再び跳び上がったゼロが、その穂先を再び目下の歌姫に向ける。

 長柄の先から発生する翠刃の向く先は――その首元に埋まっている、歌姫本体の頭部。

 

「――耳障りだ」

 

 そして、金の髪を靡かせる赤い戦士は容赦なく、トリプルロッドの柄を伸ばし、その勢いのまま、歌姫の体を本体の頭部ごと貫く。

 

 ――彼女の歌は、そこで途切れた。

 

 

     ◇

 

 

 爆散し、粉々の残骸となって散っていく異形の機械生命体。

 敵の破壊を確認した4人は各々武器をしまい込んだ。

 

「そうだ、アンドロイドたちを助けないと・・・・・・!!」

 

 そう言った2Bが括り付けられているアンドロイドの1人に歩み寄るが、既に息はなかった。

 

「・・・・・・駄目です。回路が全て焼き切れています。敵のシステムによって、かろうじて生き延びていただけみたいですね・・・・・・」

「・・・・・・そう」

 

 解析した9Sの説明を聞き、悲しそうにそう返す2B。

 彼らがもう助からないことを悟った2人は、今度は助けに来てくれた自分たちの恩人の方へ向き直る。

 

「ありがとう、11B、ゼロ。貴方達が来てくれたおかげで、助かった・・・・・・」

「どういたしまして。・・・・・・この人達のことは、残念だけどね」

 

 2Bに礼を言われた11Bは照れくさそうに笑いつつ、悲しそうに目を細める。

 

「私の方こそ、約束を破ってごめん。途中で貴方達以外のブラックボックス反応があったから・・・・・・本当は行くべきじゃないのは、分かってたんだけど」

「それでも、僕たちのために来てくれたのは嬉しかったですよ」

 

 11Bの謝罪の理由を悟った9Sは、少し複雑な表情をしつつ彼女を擁護する。

 皮肉なことに、自分たち二人以外のヨルハと接触するなという約束は、一緒に誘拐されていたヨルハ隊員が死んでいたことにより守られたのだ。

 例えそうでなかったとしても、助けられた以上2Bと9Sが11Bに感謝こそすれ、責める理由はないのだが。2Bにとってはそんな約束よりも彼女が自分たちのためにかけつけてくれたことの方が、嬉しいようだった。

 

 そんな三人を尻目に、ゼロは歌姫が爆散した跡に歩み寄る。

 そこにあったのは――歌姫のコアの破片らしき結晶。ゼロはその結晶をZナックルでつかみ取り、解析する。あの歌姫自体にさらさら興味はないが、少しでも情報をレジスタンスに持ち帰れば、何かの役に立つだろうと思ってのことだった。

 

 ――そして、頭の中に流れてくる、記憶の断片。

 

 ただ一人の、片思いを寄せる男のためだけに、その男に見て貰いたいがために、自分勝手に、アンドロイドや仲間の機械生命体すらも喰い、着飾り、独りよがりな「己の美」を追求し続けた愚か者。

 

 ――くだらない。

 

 心の中でそう吐き捨てたゼロは三人の元へ戻るのだった。

 

 

     ◇

 

 

 誘拐されたアンドロイドたちの弔いを終えた四人は、劇場部屋から出る。屋外へと続くエントランスの階段を降り始めた段階で、9Sが2Bに己の疑問を口にし始めた。

 

「・・・・・・ねえ、2B」

「なに?」

「あの機械生命体、なんだか不思議なことを言っていました。まるで、感情が――」

「機械生命体に意識なんてない。そう言ったのは貴方よ、9S」

 

 9Sの台詞に遮るようにそう言い切る2B。

 パスカルたちのことを知っている11Bはその発言に異を唱えそうになったが、直前で押し留まった。

 ――まだ、この二人にはパスカルたちは刺激が強すぎる。

 自分は傍にゼロがいたから早めに納得を得たものの、二人は現時点でもヨルハに所属するアンドロイドなのだ。

 そう己に言い聞かせた11B。その一方で、9Sはまだ己の中の凝りが解消しないのか、今度は質問の矛先をゼロへと変える。

 

「その・・・・・・ゼロさんはどう思いましたか? あの機械生命体、まるで感情があるかのような言動でした。美しくなりたいとか、そんな言葉を言って――」

 

 煮え切らない様子の9Sを見たゼロは、そういえばこの少年は解析に長けたモデルであったことを思い出す。

 ――という事は、オレと同じように見たのか?

 9Sの抱く疑問に理解を示しつつも、ゼロはあえて突き放すように答えた。

 

「・・・・・・それを知った所で、お前はどうする?」

「・・・・・・え? どうするって・・・・・・」

「どんな理由があれ、奴はアンドロイドは疎か、仲間の機械生命体たちすら食い物にしていたんだぞ。そんな奴の感情を、お前は理解したいとでも言うのか?」

 

 聞き返すゼロ。

 

「ッ!?」

「ゼロさん、まさかっ!?」

 

 自分がハッキングを通してあの機械生命体の記憶の一部を見たように、ゼロもまた同じようなものを見たのだと理解した9Sは驚いて立ち止まる。2Bもゼロが機械生命体に感情があること自体は否定しないことに驚いたのか、同様に立ち止まり、ゼロの方を見る。

 

「・・・・・・ゼロ?」

 

 11Bもまた、ゼロがいつもと違う様子なのを感じたのか、ゼロの方へ振り返った。

 

「1人よがりの理由で他者を巻き込み、食い物にする。そんな奴に“心”などない。そうなればソイツは――ただの“イレギュラー”だ」

 

 そう言って、ゼロは3人から背を向けてエントランス階段を降りてゆく。

 そんなゼロの背中を見て――3人の黒いアンドロイドはようやく悟るのだった。

 あの機械生命体に対する怒りは、勿論ある。同じ機械生命体すらも食い物にしていたことに関しては言うまでも無く度しがたい。

 そして、多くの同胞が散ってしまったという悲しみも、3人は同様に抱いている。

 

 だが、彼の言っていた“イレギュラー”という言葉――その言葉にどれだけの怒りが込められていたのか、推し量ることはできない。

 

 あの研ぎ澄ました表情の中に、どれだけの怒りが渦巻いているのか。3人はその恐怖を感じ、回路の震えが暫く止らなかった。

 

 自分たちの中で、あの機械生命体に対して誰よりも怒りを抱いていたのは、他ならぬゼロであることを3人は悟るのだった。

 

 

     ◇

 

 

YOU LEARNED SONG DESTRUCTION

 




ノエルたんの真暗コス解放を目指して周回する日々・・・・・・いつになったら、ゴールできるの?


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疑念、信頼、ソシテ罪

お久しぶりー。
期間ギリギリでママコイン交換して入手した10連チケットに最後の希望をかけたら、なんとか2Pが来てくれたので投稿するゾ。

今回はポーヴォワールのこと割とひどく叩いているので、彼女のファンがいたら申し訳ない・・・・・・。けどゼロ的には彼女は弁解の余地なしのイレギュラーだと思うの・・・・・・


 9Sの疑問から始まり、ゼロの振りまく静かな怒気によって気まずくなった一同。かまわずエントランス階段を下っていくゼロの背中を見る3人。

 

「じゃ、じゃあ・・・・・・私達はキャンプに帰るね。あまりヨルハと接触するのは拙いし」

「・・・・・・分かった。助けてくれてありがとう、11B」

「ありがとう、ございます・・・・・・」

 

 後ろに手を組みながらクルっと2人に振り返り、気まずそうに笑いながらもそう言った11Bもまた駆け足でゼロの後を付いていくように下りていく。

 屋外の花火の音が絶え間なく聞こえる中、静寂なエントランス広間に残されたのは、2Bと9Sのいつものコンビだった。

 その静寂な空間の中で、両名とも互いに対して話題を切り出せないでいた。未だに、ゼロのあの凍てつくような怒気が頭から離れず、2人の回路もまた恐怖で凍り付いたままだったのだから。

 ・・・・・・例えその怒りが、彼の正義感から来るものだと分かっていても。

 なんとか先に切り出したのは、2Bの方だった。

 

「・・・・・・例え、機械生命体に感情があったとしても、仲間も手にかけるような外道に情けをかける必要はない。ゼロはそう言いたかったんだと思う」

「・・・・・・そう、ですよね。敵であることに、変わりは無い」

 

 けれど、もし、他の機械生命体にもそのような感情があったとして、もしその機械生命体がゼロや2Bが言うような外道(イレギュラー)でなかったとしたら。

 例えば、今この遊園地で2Bと9Sの敵意を見せず、祭りを開いている機械生命体たちはどうなる?

 もしいつか人類とアンドロイドがこの地球を取り戻したとき、彼らも同じように処分しなければならないのか?

 

「・・・・・・私達も行こう、9S」

 

 思考の沼に嵌まる9Sの意識。葛藤と、それの根源たるS型ならではの強い好奇心が形成する沼――その沼から9Sを引き上げたのは、そんな2Bの声だった。

 だが、むべなるかな。

 そんな2Bの努力も空しく、この施設を出た先に待つパスカル村の機械生命体によって、彼の好奇心は更に加速してしまうのだった。

 

 

 

 忙しない心持ちとはこの事か、と11Bは痛感する。せっかく彼らに降下作戦の時の借りを返せたというのに、穏やかな心境は抱けなかった。

 怒り、という感情を抱いた経験は、確かに11Bにはある。だが、それは人類への賞なき愛から来る怒りと、仲間を殺された怒りの2パターンしかない。前者はあやふやというか抽象的で、普段からあって当たり前な類いの怒りで、後者にしても死んだ仲間は新しい義体で帰ってくることが多かったから、自身の中で煮えたぎる程激しいものではない。

 故に――本当の“怒り”というものを、11Bは体験するのは今回が初めてだった。

 怒りを露わにしたわけではない。表情は至っていつもの彼そのものなのだが、それでも、確かに自分を含めた3人はゼロの中の“ナニカ”を感じ取り、あらゆる回路が凍り付くように、凝り固まった。

 

『そうなればそいつは、ただの“イレギュラー”だ』

 

 イレギュラー――異分子を意味する言葉だが、ゼロは一体どういう意味でアレをそう呼んだのだろうか。異分子――通常の秩序から外れた存在を意味するのであれば、ヨルハから脱走して生きながらえた自分や、感情を得た機会生命体たち、旧世界の出身であるゼロすらその定義に当てはまる。

 そうなると、ゼロの用いた「イレギュラー」という言葉は、やはり別の意味だと捉えるのが自然だろう。

 

「ゼ、ゼロ」

「・・・・・・なんだ?」

 

 此方の声に反応し振り向くゼロ。

 振り返ったゼロの眼には、既に此方の回路を凍てつかされるような憤怒は消え去っていた。彼なりに既にあの機械生命体に対して、早めに踏ん切りを付けたとでもいうのだろうか。

 どのような声をかけたらいいのか分からず、言葉に窮した末、11Bがかけた言葉はシンプルかつ曖昧なものだった。

 

「・・・・・・その、大丈夫なの?」

「? 損傷は特にしていない。爆風で埃を被ったくらいだ」

 

 11Bの質問を、自身の身体的なコンディションに関する心配だと捉えたゼロは、簡素にそう返す。だが、11Bが聞いているのは、あくまで彼の精神的なコンディションについてなのだ。

 

「そうじゃなくて、ゼロ、あの機械生命体に対して凄く怒っているように見えたから・・・・・・」

 

 勿論、ゼロがあの機械生命体に対して怒る理由は11Bだって理解している。

 何せ自分やあの2人も少なからず同じ感情を抱いているだろうから。だが、それ以上に自分やあの2人は怒りよりもあの機械生命体の行いの不可解さに対する疑問という側面の方が強い。

 その中で、そういった疑問よりも、まず怒りを抱いたのがゼロだったのだ。

 

「・・・・・・オレがあの機械生命体に対して怒りを抱いていると。お前にはそう見えたのか?」

 

 深刻な表情のまま、こくり、と11Bはゼロの問いに対して頷く。

 

 言われて、ゼロはようやく11Bの質問の意図を察する。

 彼女が心配したのは、損傷的な意味合いでのコンディションではなく、自分の精神面での話だったのだ。

 ――怒っている、か・・・・・・。

 実はゼロ自身、11Bにそう言われるまで自覚はしておらず、改めてあの機械生命体のことについて振り返ってみる。

 ポーヴォワール――それがあの巨大な機械生命体の固体名であり、元はそこいらに跋扈している小型機体生命体と差して変わらない見た目をしていた彼女。

 彼女の詳細を知ったのは、倒した彼女の残骸から回収したコアをナックルで解析してからだったが、生きていた彼女と相対した時点からある種の不快感は感じていた。

 

 まずは、その機械生命体の所業に対して腹を立て、次に不可解さを感じた。

 それが、11Bが指摘する、明確な怒りに変わっていったのはおそらく――あのコアを解析して、彼女もパスカル村の機械生命体たちと同じように感情を会得していたと確信してから。

 ならば、自身が怒りを抱く原因はおそらく彼女自身の“心”に対して――

 

 自分の中で答えを見いだしたゼロは、ゆっくり歩きながら口を開く。

 

「・・・・・・奴に、“感情”があったからだろうな」

「え?」

 

 キョトン、と目を丸くする11B。

 それはまるで、先ほどの9Sの質問に対する答えのようではないか。

 “感情があったところでどうする”、と先ほど9Sに返したゼロだったが、やはりゼロは彼女に“感情”があると確信していたのだ。

 その答えを、今明確に11Bの前で口にしたのだ。

 

 だが、その答えはパスカル達のことを否定しているようなものではないか、と11Bの表情は僅かに曇る。無論、そんな意図はないゼロは構わずその理由を説明し始める。

 

「11B。お前の仲間の1人が機械生命体に殺された時、お前はその機械生命体を憎んだことはあるか?」

「・・・・・・それは、勿論あるけれど・・・・・・」

「だが、それならお前が憎むべき本当の相手は、その命令を下した異星人たちだ。感情を獲得する以前の機械生命体は、奴らの指令に従って動いているに過ぎない筈だからな」

 

 それはそうだ、と11Bは思う。

 奉仕すべき人類はおらず、一向に数が減らない機械生命体との戦いに対して、憎しみよりもむしろ空しさを覚えていた11Bは、さっさと彼らの親玉を叩ける機会が来ないものかと幾度と思ったものだ。特に、ヨルハにいた頃は。

 意思や感情を持たぬ異星人の駒を相手を憎んだって、どうにもならないことは身に染みている。

 

 ――――“感情”を、持たない?

 

 ゼロは先ほど、あの機会生命体に対して“感情”があると答えていた。

 それはつまり――

 

「あの機械生命体は、自分の感情で、あの所業を繰り返していた・・・・・・」

「そうだ。それで異星人からの命令などという言い訳など通ずるものか」

 

 異星人からの命令などされていない。というより、普通に考えても、敵のアンドロイドはともかく味方の機械生命体すらも食らえ、などという指令など出す筈もない。

 その行為をすると決めたのも、それを実行に移したのも、あの機械生命体自身なのだ。そんな指令など下した覚えもないであろうエイリアンに怒りを抱きようもない。

 怒りを向けられるべきなのも、その報いを受けるべきなのも、全てあの機械生命体自身だ。

 

 ようやく、ゼロが怒る理由に合点がいく11B。

 

 あの所業は、間違いなくあの機械生命体自身の“罪”なのだ。罰せられてしかるべき罪である。

 

「にも関わらず、いざ自分が追い詰められれば、今まで喰ってきた奴らを顧みることなく命乞いだ」

 

 とある人物を振り向かせたい、という綺麗な理由を飾っているだけで、徹頭徹尾、自分のことしかあの機械生命体は考えていなかった。今まで自分の生命が脅かされたわけでもないのに、一方的に周りの者達を食い物にしていった。

 誰から言われた訳でもなく、自分の意思で道を踏み外す選択を取った輩を、”道を踏み外した者(イレギュラー)“と呼ばずして何と呼ぶというのだ。

 

「同じ感情を持つ機械生命体でも、互いに助け合って生きているパスカル達とは違う。だから、アイツに“感情”はあっても、“心”などない」

 

 機械生命体という種としての観点で見れば、進化故の多様性と言ってしまえばそれまでなのだろう。だが、少なくともゼロにとっては絶対に許せないことだったのだ。勿論、もし彼女がパスカルのような仲間に恵まれ、他者を思いやる“心”を学べる機会に恵まれていたならばと、思わなくはないが、決して同情はしない。

 彼女のソレは思いやりなどではない。相手のことを考えず、自らの価値観を押しつけるだけのもの。そして、それを受け入れられなければ他者を喰って着飾り、押しつけて、拒絶されて、また食らい、以後はその繰り返し。

 歯止めも段々と効かなくなり、救いようもない。

 

 ふと、ゼロは彼女の本体にトリプルロッドの刃を突き刺した時の感触を思い出す。

 ・・・・・・感慨は、とくに湧かなかった。ただ冷たく、躊躇もなく、無慈悲に貫いた。それだけだ。

 

「感情はあっても、心はない・・・・・・」

 

 ゼロの言葉を反復し、11Bはあることを思い出す。

 先の9Sの質問に対し、ゼロは機械生命体に感情があることは否定せず、あえて心がないと言い放っていた。

 命令というコードがなくても、その身を突き動かす感情が存在していた。

 それでも、他者を思いやる心があの機械生命体には欠けていた。

 今回の惨劇の要因は、ただそこに行き着く。

 

 多くの犠牲者を生み出した今回の惨劇、その要因は行きすぎた感情と、足りなかった心だということ。ロボットが起こした惨劇の理由としては、あまりにもかけ離れすぎている。

 単なる機械的な暴走ではない。感情を得てしまったがために起こってしまったのが今回の惨劇だった。

 

「ヨルハ部隊は感情を持ってはいけないって・・・・・・そう言われ続けてきたけど、ああいった事を防ぐためなのかな?」

「・・・・・・さあな」

 

 こういった『内面』についての話題に関しては、11Bの頭の中では既にアンドロイドと機械生命体の括りが取り外されているのか、すぐに今回の事例と自分の元いた場所の規則と結びつけてみせた。機械生命体を徹底的に憎み、機械生命体に対する決戦兵器として開発されたアンドロイドとしては到底考えられない変化だ。それがいいのか悪いのかはゼロには分からなかったが、彼女の価値観を変えるというアネモネの目論見はうまくいったと言えるだろう。アクシデント込みだというのは少々気にかかるが、結果はオーライだ。

 

「だが、人類軍の上層部とやらは、お前達がそうなることを危惧していた可能性はある」

「・・・・・・そっか。なら下手したら私も、真相を知ったままヨルハにいたら気が狂ってああなっていたかもしれないね」

 

 冗談気味に言う11Bだったが、やはり十中八九そうなっていただろうという確信が彼女にはあった。・・・・・・さすがにあそこ(ポーヴォワール)までのレベルになるとは思わないが。

 降下作戦の時に自分を暗殺するために7Eを部隊に配属させた司令官の判断は正しかったわけだ、と11Bは自嘲するように笑う。そうとも知らず脱走計画の実行を決意していた自分は、相当に“悪運”が強いらしい。

 そして、その悪運はゼロとの出会いを引き寄せた。

 ・・・・・・その点だけは、司令官に感謝してもいいかもしれない。

 

 過ぎた感情を身を滅ぼす。己だけではなく、周りさえも。会得したばかりならば尚更。

 何はともあれ、自分はそこまで墜ちる前に、ヨルハを抜け出すことができたわけだ。

 

 

 

 そこまで考えたところで、ふと、こんな考えが過ぎった。

 

 

 

 じゃあもし、私がそうなったら、ゼロはどうするんだろう?

 もし私が、感情を暴走させて、それを心では抑えきれなくなって――道を踏み外したイレギュラーになったとき、ゼロは私を斬るのだろうか?

 ・・・・・・それをゼロに聞く勇気は、私にはなかった。

 

 

 

 それでも、もしそうなってしまうのであれば。

 もし私がイレギュラーになってしまうのであれば――せめて私の命を預けたゼロに、斬ってほしいと思うのも、行きすぎた感情なのだろうか?

 それを己に問う勇気も、私にはなかった。

 

 遊園地廃墟の空に絶え間なく上がり続ける花火は、そんな私を嘲笑っているような気がした。

 

 

     ◇

 

 

 レジスタンスのキャンプの一角にある廃墟ビル――その一角に設けられた専用のメンテ室にてデボルとポポルはゼロのボディや武器データの解析に勤しんでいた。旧世界から生き続けてきた経験と性能を以てしてでも、彼の全てを解析するのは困難を極める。

 それでも、少しずつ、少しずつだが前進してはいた。

 例えば、彼のラーニングシステムについて。

 

「ポポル、これを見てくれ」

 

 端末を片手にZセイバーのデータの解析を進めるポポルだったが、デボルの声によりその手が止まる。

 手を止め、振り返ったポポルに歩み寄ったデボルは、データチップをポポルの端末に差し込み、ポポルにそのデータを閲覧させる。

 

「これは・・・・・・」

「ゼロのラーニングシステムについてまとめたデータだ。彼が今会得している魔法は、この3つだ」

 

 端末の画面に映し出されている、3つの単語をデボルが指さす。

 『円劫陣』、『斬空波』、『レーザーショット』。

 これらの魔法は全て、ゼロと対峙した敵が使っていた武装や攻撃プログラムを彼が魔法としてラーニングした技だ。

 円劫陣――彼が超大型機械生命体を斃した時に得たギガアタック魔法。

 斬空波――多脚型機械生命体のコアをナックルで解析したことで得た、光の斬撃を衝撃波として放つ魔法。

 レーザーショット――2Bに随行していた支援ユニット・ポッド042のポッドプログラム『レーザー』を見たことにより得た射撃魔法。

 

 技名だけでなく、その詳細を記されたデータを目にしたポポルは、あることに気付いた。

 

「ねえ、これって・・・・・・」

「ああ。扱う武器が皆違うのもそうなんだが、この3つ――技をラーニングするまでに経たプロセスが皆違うんだ。技をラーニングした時のそれぞれのタイミングがそれを物語っている」

 

 共通として、ラーニング技の元となっている敵は全てゼロの手によって倒されている。

 だが、その技をラーニングするタイミングはそれぞれがバラバラな物だった。

 斬空波は敵が放った技を見てラーニングするのではなく、敵のコアを解析することで得ている。一方、レーザーショットは敵が放った技そのものを見てラーニングしているのだ。

 この2つの事例だけでも相当な違いがあるのに、更に食わせ物なのが、この円劫陣。

 技を見るでもなく、コアを解析するでもなく、ただ敵を倒しただけでそこから技を奪い取ってみせているのだ。

 

「3つの技の中で、ラーニングのタイミングがどれも一致していない・・・・・・?」

「そうなんだ。斬空波に関しては、一度敵の技を見ている筈なのに、そのタイミングではラーニングできていない・・・・・・なのに他2つは見ただけで、もしくは見るまでもなくラーニングしている。違う事例が偶然、3つ連続で引き当ててしまったってことになる」

「もう少しデータがそろえれば、ラーニングのタイミングや、その傾向が絞れるのだろうけれど・・・・・・現段階ではなんとも言えないわね」

 

 深刻な表情をしてポポルが率直な感想を口にする。ゼロの武器の解析や作成を請け負うことになったポポルからしてみても、ことラーニングシステムに関しては直結する議題だ。ZナックルやZセイバーのように元から所有していた武器ならばともかく、後付けで装備した筈のバスターショットにも、ソレを使用するラーニング技が出てきたのだ。

 おそらくはZセイバーをカートリッジにしたことによって、魔素の供給源であろうゼロのボディと直結したことで、バスターショットもまたラーニングシステムの一部として取り込まれることとなったのだ。

 最新式のヨルハの武装である筈のポッドのシステムまでも、己がプログラムの一部として取り込む――改めて2人はゼロのボディに秘められた恐ろしさを痛感することになるのだった。

 

「それとな――後1つ、奇妙なことがあるんだ。これは、まだ報告書やデータベースには書き込んでいないことなんだが・・・・・・」

「どうかしたの?」

 

 何か言い辛そう表情でそう言い始めるデボルに対し、怪訝な面持ちでポポルは聞く。

 しばらく言い淀んだデボルであったが、やがて意を決したのか、深刻な面持ちで話し始めた。

 

「今から言う事は、他言無用にした方がいいかもしれない。伝えるとしても、アネモネだけだ。少なくとも時期を見るまではレジスタンスの奴らに話しては駄目だと思う」

「・・・・・・それほどの事なの?」

 

 聞き返すポポルに、デボルはさらに深刻げに頷く。

 それほどのレベルの話しなのだ、とポポルは気を引き締め。デボルの口から説明されるのを待った。

 

「まだ憶測の域を出ていない段階だから、皆には伏せておく。

 何が奇妙かと言うと、ゼロがそもそも機械生命体の武装や、ポッドプログラムを()()()()()ラーニングできている事自体がなんだ」

「それは・・・・・・」

 

 今に始まったことではないでしょう、とポポルは返す。

 ゼロのボディは現在、構造や回路などを含めて殆どがブラックボックス状態なのだ。今更そのようなことを言及しても、どうこうなる話しとはとても思えない。

 そんなポポルの回答は既に予測していたのか、構わずデボルは続けた。

 

「いや、おかしい。まだ事例は3つ程度しかないが、ラーニングの対象となる相手が、機械生命体やポッドだけだってことだよ。既にこれだけのラーニングのプロセスパターンがあるにも関わらず、今までそれが3つしかなくて、しかも相手がこの2つだけなんだ。まずこれが1つ。

 二つ目はそれに加え、先も言ったように本来魔法ではない筈の代物を、()()()()()ラーニングできているということ。

 そして三つ目は、一つ目の時でも言った、ラーニングのプロセスパターンの不安定さ。

 私が言いたい奇妙な点は、この3つだ」

「っ!?」

 

 ここまで説明されて、ポポルもまたハっとなって目を見開いた。その直後、訝しげな表情は段々と、デボルと同じように深刻なものへと変わっていく。

 ポポルもまた、デボルの言わんとしていることに気付いたのだ。

 そして、できればソレを聞きたくないという欲求にも捕らわれる。

 だが、デボルは構わず説明を続けた。

 

「まずは一つ目と二つ目を総括して考える。これはつまり――ヨルハ部隊と機械生命体には、共通の技術が使われているかもしれないってことだ・・・・・・・」

 

 それも一部分だけというレベルではなく、もっと根幹を成す、重要な部分でな――そうデボルは付け加える。

 

「そして何故魔法ではない筈のものを魔法として取り込めるのかについてだが、これは魔素の性質について考えてみれば説明がつく。

 現状、私達が魔法かそうでないかを判別付ける方法は、魔素の反応の有無しかない。

 そして、魔素は只単にエネルギーそのものってわけじゃない。それそのものが、()()()()()()()()()にもなり得るんだ」

「魔素を直接エネルギーとして引っ張っているのではなくて、あくまで遠くからエネルギー源として供給しているから、現場では魔素の反応がないということ? けれど、遠くにある魔素からエネルギーを供給してこれる方法なんて・・・・・・いえ、あるわね」

 

 ネットワーク――デボルとポポルの両名から、同時にその単語が囁かれる。

 ともすれば、ヨルハにも同様のネットワーク技術があるということになる。

 

「そして、これに三つ目を加えて総括すると、この矛盾も説明できる。要するに魔素を転用していても、あくまで間接的に使った技術でしかないから、ラーニングシステムによる学習プロセスが安定しない。おそらく、ソレが魔法かそうでないかの判断基準が曖昧になってしまうんだ。魔法と判断できるタイミングもあれば、そうでないタイミングが繰り混ざっている。本来ならば見ずとも敵を倒すだけでラーニングできてしまう時もあれば、見なければ、もしくは態々コアを解析しなければ、できない時だってある。

 これなら、学習プロセスが安定しない理由にも説明が付く・・・・・・」

「・・・・・・そんな・・・・・・そんな事って・・・・・・」

 

 喉を震わせながら、俯くポポル。

 予測は付いていても、改めてデボルの口から直接聞かされた推察に、ショックを受けるしかない。

 

「ゼロが使っているZセイバーの刀身なんかは、最早転用なんてレベルじゃない。本来強力なエネルギー源となる筈の魔素を、直接エネルギー体として凝縮した塊そのものだ。だから、容易に魔素の反応を検知できるし、私達も一目で魔法だと判別できる」

「・・・・・・当然そのエネルギー密度は、ヨルハや機械生命体なんかの比じゃない。道理で通常ではありえない出力を得ているわけね」

 

 ようやく、デボルの説明に納得のいったポポルは顔を片手で覆って、ハァ、と俯きながらため息をはく。

 もしこれが事実だとすれば、非常に頭が痛くなる事態だ。しかもデボルの説明にこれといった矛盾は見つけられない。一応筋は通る物であるのが余計に質が悪い。

 まさかゼロのラーニングシステムから、こんな可能性が露呈するとは夢にも思わなかった。自分たちの失われた記憶を探るために引き受けた仕事である筈なのに、知りたくないことばかりが頭に入ってくる。

 

「・・・・・・ブラックボックス」

 

 口を手で押さえながら、それでも抑えきれんと言わんばかりにポポルの口から呟かれる。

 無論、それを指す意味はゼロの解析できない部位のことではない。

 今は彼と一緒に、任務を遂行しているであろう、1人の少女。および彼女の同型であるヨルハ型アンドロイドたちの、そのコア。

 疑いたくはない。それでも――

 

「確か、彼女がヨルハを脱走した理由は、ある機密を知ったから、だったわよね・・・・・・。それも、ヨルハの司令官が彼女を消しにかかるレベルの・・・・・・。もしかして・・・・・・」

 

 実際の所、まったく別の重要な機密であるわけなのだが、それを2人が知る由比もない。

 

「今ある現状で、このことを追求するならば、もう彼女のブラックボックスを解析するしか――」

 

「駄目よ!! そんなことっ!!」

 

 デボルの口から出る呟きを、声を荒げて遮るポポル。

 

「ポ、ポポル?」

 

 びっくりしたデボルが、体をビクつかせながらポポルを見る。

 ハァ、ハァ・・・・・・と息を荒げながら俯くポポルの表情は見えない。その直後、顔を上げたポポルの泣きそうな表情を見て、デボルも我に返った。

 そして、先ほどの自分の発言を恥じた。

 脳裏に浮かぶは、自分たちに何の偏見も持たず接してくれた、銀髪の少女。

 最新型の義体故、当然の通常のメンテナンスタイプに治療できる筈もなく、彼女の治療を担当してからは、自然と2人は彼女との接点が増えた。

 邪険にしないで接してくれた、こんな自分たちに、嬉しそうに泣きながら、心からの感謝を告げてくれた。そんな彼女の存在が、2人にとってどれだけ救いになったことか。

 

「・・・・・・ごめんよポポル。あたし、どうかしてた・・・・・・」

「・・・・・・いいえ、私も大声を出してごめんなさい・・・・・・」

 

 同時に俯く2人。

 気が滅入っていた。

 この仕事自体は、別に嫌いじゃない。

 自分たちがゼロを解析することで記憶の手がかりを探すように、ゼロもまた自分自身のことを知るために自分たちのことを必要としてくれる。

 罪悪感もあるのかもしれないが、本当の意味で自分たちの力を必要としてくれることを実感できるのが、嬉しくないわけがない。

 

 今回は、その過程で、少し知りたくなかったことを知ってしまっただけのこと。ただそれだけのことなのだから。

 

「・・・・・・ごめん、こんな話、ポポルにしかできなかったから。ちょっと疑心暗鬼になってたみたいだ。少し、外の空気を吸ってくるよ」

「分かったわ。話してくれてありがとう。それと、今は無理でも、いずれ時期を見て話した方がいいと思うわ」

「・・・・・・そうだね」

 

 そう言って、デボルは端末を置き、廃ビルの階段を下りていった。

 その背中を見届けたポポルもどっと、椅子にへたり込んで天井を見上げる。

 

「例の“アレ”も完成したことだし、私も少し休もうかしら・・・・・・」

 

 そう言って、作業台から立ちあがろうとしたとき、ふとポポルは自分の言葉を振り返ってそう自嘲する。今まで贖罪のためにあらゆる仕打ちを受け入れてきた自分の口から、まさか休むなんて言葉が出ようとは。

 ・・・・・・あの2人が来てくれてから、自分も結構変わった物だと思うのだった。

 

 

 

 あぁ、けれど。

 

 

 

 それすら許されないのか。

 

 

 

 罪を犯した分際で、そう思った罰が当たったのか。

 

 

 

「つべこべ言ってんじゃねぇ!! とっととやれって言ってるんだよっ!!」

 

 

 

 外から、そんなレジスタンスメンバーの大声が聞こえた。

 

 

 

 ――外には、デボルがいる。

 その声を聞いた途端、ポポルはいてもたってもいられぬ形相で、デボルの後を追うように自らも急いで階段を下りていった。

 

 

     ◇

 

 

 ――油断していた。

 息抜きがてら、外の空気を吸おうとして屋外キャンプに降りたら、運悪くレジスタンスの仲間の1人と遭遇してしまった。

 普段からキャンプ内での私達姉妹の扱いは非常に粗雑で、危険な雑用などを容赦なく押しつけてくる。それで怪我をしたり死にかけた回数は計り知れず、その度にあたしは妹のポポルと一緒に何とか乗り越えてきた。

 あたし達2人は、それを当然のように受け入れていた。

 全ては、過去に犯した罪の贖罪だ。

 1度目の事故、2度目の厄災。

 どちらもあたし達ではない同型が起こしたこととはいえ、糾弾されるべき本人達が既に処分されてしまっている以上、同型の最後の生き残りであるあたし達にその怒りが向くのは当然のことだった。

 

 けれども、最近になって状況が少し一変したのだ。

 ゼロと11Bがレジスタンスのメンバーとして加入して、その2人の治療やメンテナンスはあたし達デボル&ポポル型にしかできないのだと知れ渡って、あたし達のキャンプ内での需要は上がったのだ。

 忙しさの度合いでは以前と差して変わらない、いやむしろ増したかもしれないが、割に合わない雑用を押しつけられることは少なくなった。実害もなく、あたし達は以前よりかはこのキャンプでの暮らしが楽になっていた。

 

 だから、油断していた。

 

 いや、もしかしたら、“罪”があたし達を見逃さなかったのかもしれない。

 少しでも、もう“贖罪”はしなくていいんじゃないかという、そんな甘い考えを、あたし達デボル&ポポル型に科せられた罪は見逃さなかったのだ。

 

「悪いんだが、他を当たってくれないか? あたし達はゼロのことで忙しいんだ」

「知るかよそんな事。ほら、工場廃墟にあるこの素材とってこいよ。これも贖罪だ。さあとっとと行った行った」

「アネモネから聞いているだろう? ゼロと11Bの治療があたし達しかできない関係上、おいそれと危険な所には行けないんだ。分かってくれ」

「じゃあなんだ? オレ達への贖罪は放っておいて、あの得体の知れないヨルハと赤い野郎の肩を持つってのか、信じられないね、そんなこと」

 

 とはいえ、今はその“贖罪”をする気分にはなれない。

 向こうは3人がかりとはいえ、彼らもレジスタンスの一員。アネモネの名前を出せば渋々と退いてくれるだろうと期待をしていたが、そんなあたしの想定は甘かった。

 

「あの2人のことを悪く言うのはやめてくれ。とにかく、今は忙しいから無理だ。他の奴に頼んでくれよ」

「生憎、どこかの誰かが信用できない人類軍の脱走兵とやらの治療役を受けたおかげで人手が足りないんだ。今までの不足分はきっちり働いて貰う」

「別にあたしじゃなくても適任がいるだろう? どうしてもっていうなら時間ができた時にもでもやるから、今は――」

 

「つべこべ言ってんじゃねぇ!! とっととやれって言ってるんだよっ!!」

 

「っ!?」

 

 とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、レジスタンスの男は腰の剣を抜き、大声を上げてあたしを脅してきた。

 ・・・・・・拙い。彼がこうなれば、あたし達はもう逃げることはできない。

 即答しないあたしに更に苛ついたのか、3人の内のリーダー格、大声を上げた男のレジスタンスが剣を私に振ってきた。

 ・・・・・・それを、避ける権利はあたしにはない。

 当然の如く、その刃を受け入れようとして。

 

 

 私ではない、誰かの血が飛び散った。

 

 

 突如、男と私の間に割り込んできたその人物の名を、大声で叫ぶ。

 

「ポポルっ!?」

 

 腕から血を流したポポルが、出血箇所を抑えながら仰向けに倒れ込んでいた。

 一瞬、思考回路が真っ白になる。目の前の状況に理解が追いつかず、間を置いてようやく理解が追いついた私は、急いでポポルの方にかがみ込む。

 

「ポポルッ!ポポルッ!大丈夫ッ!?」

「ッ、・・・・・・えぇ」

 

 腕を切られただけで済んだのか、痛みを堪えながらも、ポポルは返事をしてくれた。

 

 ・・・・・・ああ、あたしのせいだ。

 あたしが、目の前に迫ってきた刃を当然のことと受け入れたばかりに、あたしの代わりに、ポポルが怪我をしてしまった。

 

「ケッ、ようやく片割れのご登場かよ。おい妹の方。腕の痛みかみしめながらソイツに言ってやれ、贖罪だけが私達の唯一許された生き方ですってな」

「・・・・・・ッ!!」

 

 癪に障る男の言い方。

 その直後、剣を振り上げた男がウッ、と呻って少し後ろに下がった。

 何が起こったのかよく分からなかったあたしだが、すぐに理解する。

 

 その怒気を、あたしは知っている。

 普段、ガサツで強気なのがあたしデボルで、その一方おとなしめの印象があるのが妹のポポルだが。

 ・・・・・・ひとたび感情の枷が外れたポポルの怒気は、あたしなんかよりずっと凄まじい。

 

 痛む腕の傷を手で押さえながらゆっくりと立ち上がったポポルは、その怒気を放ったまま剣を抜いた男を睨み付ける。

 

「・・・・・・どういう、つもり?」

「お、おい。そんなに怒るなよ。ただちょっとお前ら姉妹の在り方を教え込んでやっただけじゃねえか・・・・・・」

「・・・・・・それが、人の姉に切りつけることと、どう関係することなんだよ?」

 

 私と同じ、ガサツで粗暴な口調に変わるポポル。

 その変化に男は更に動揺したのか、もう一歩、剣を握りつつもあたし達から退いていく。

 

「だ、だってよ・・・・・・ただでさえ信用できないお前らが、オレらを見捨てた人類軍の脱走兵の治療にかまかけて、こちとら人手が足りなくなっちまんたんだ。仕方ないだろう?」

「・・・・・・それだけ、私達がお前達のために働いていたってことでしょう? 人手が足りなくなった罪は償うわ。けれどね、今じゃなくてもいいでしょう?」

「い、今じゃなきゃ駄目なんだよ。それにお前ら最近調子に乗りすぎてるぞ。信用できない人類軍の脱走兵に、得体の知れない骨董品の治療がお前達にしかできないからって・・・・・・それでお前らの罪が消えたわけじゃねえんだぞ?」

「ッ!」

 

 びくりと、その言葉にポポルの体が震える。

 それは図星を突かれたが故なのか、それとも、唯一あたし達に優しくしてくれた娘を侮辱されたことへの怒りか。

 

「・・・・・・本っ当、11Bとは大違いね」

「・・・・・・あぁ?」

「私達の同型が事故を起こしたからといって、それを関係ない私達のせいにして・・・・・・いい子ぶるのも大概にしたらどう?」 

 

 俯くポポルの表情は見えない。

 だが――その声は、冷え切るように、嘲笑っていた。

 

 

「所詮――お前たちも“同罪”よ」

 

 

 冷たい、一陣の風が通り過ぎる。

 

 

「・・・・・・今、なんて言った?」

 

 暫く間を置いた後、義体をワナワナと震わせながら、絞り出すように言ったのは、レジスタンスの男だった。

 そして――

 

「今、なんて言いやがったっ!?」

「ガっ!?」

「ポポルっ!?」

 

 怒り狂った男は、ポポルの胸ぐらを掴み、そのまま地面に叩きつける。

 あたしはポポルに掛け寄り、彼女の体を抱き起こして状態を確認する。

 ――ケホッ、ケホッ。

 突然地面に叩きつけられたポポルは苦しそうに咳き込み、動けそうになかった。

 拙い、早くここから逃げないと・・・・・・!!

 

 

「誰がぁ!! 誰と“同罪”だって!? ええええぇッ!?」

 

 

 憤怒の形相で、レジスタンスの男はあたしたち2人に剣を振り落としてくる。

 とっさにあたしは、自身の背中で剣から庇うようにポポルを抱きしめる。

 強く、抱きしめて、せめてポポルだけは守れるように。

 

 抱きしめている間、あたしの体は震え、目からは涙が出ていた。

 

 この現状、この騒ぎ。

 誰も気付いていない筈がないというのに、誰もあたしたちを助けてくれない。

 

 ようやく、あたしは悟った。

 ああ、あの2人がここにいる間だけが、特別だったんだ。

 

 忘れていた。

 

 誰も手を差し伸べてくれない。誰もあたし達のことを助けてくれない。

 それは当然のことだ。あたしたちは罪を犯したのだ。

 

 それから目を背けて、あの2人にばかり目を向けていた、その罰が今当たったのだ。

 

 だから、これは当然のことで――けど、ポポルだけは、ポポルだけは・・・・・・!!

 

 

 

 

 

「あ・・・・・・ガ、ァ・・・・・・ッ・・・・・・!?」

 

 

 

 

 背中を切られる痛みを覚悟したその時、聞こえたのは、自身の悲鳴ではなく、あたしたちに剣を振り下ろそうとしていた筈の男の、途切れ途切れな苦しい声だった。

 

 ――え?

 

 咄嗟にあたしは、顔を上げて男の方を見ようとすると、そこには――

 

 

 首元を締め上げられながら、持ち上げられ、もがき苦しむ男。

 カラン、と男の手に握られていた剣が地面に落ちる。

 

 

 太陽の光を、遺漏なく反射する黄金の長髪。

 それと相まって燃えているのではないかと錯覚する、赤い背中が。

 

 男の首を掴んだまま、持ち上げていた。

 



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転換点

どうやら鯖墜ちしていたようで。
本当は昨日の夜投稿する予定でしたが、時間をずらしました。


 ――様子がおかしい。

 そう思い始めたのは、キャンプの入り口代わりの廃ビルを通り抜ける直前のことだった。パスカルへオイルを届け、さらに例の失踪事件の犯人を討伐する任務を終え、キャンプまで戻ってきたゼロと11Bだったが、何やら不穏な空気が2人は感じ取った。

 急いで廃ビルを通り抜けると、そこにあったのは――

 

『つべこべ言ってんじゃねぇ!! とっととやれって言ってるんだよっ!!』

 

 そんな大声を上げて、デボルを庇ったポポルの腕を切りつけているレジスタンスの男の姿があった。悲鳴を上げたデボルが倒れたポポルに駆け寄っていく。

 その様子を、切りつけた張本人は――楽しそうに、愉しそうに、嗜虐的な笑みを浮かべていた。

 

「――ッ」

 

 その光景に、咄嗟に目を見開いた11Bは、怒りの形相で腰の鋼刀に手をかけようとするが――それをゼロが手で制する。

 

「ゼ、ゼロ!! どうして・・・・・・ッ!?」

「・・・・・・」

 

 止めてきたゼロに噛みつこうとした11Bであったが、咄嗟に驚いて押し黙ってしまう。

 同じ目を、していた。

 あの時、ポーヴォワールと呼ばれていた機械生命体に対して見せたものと、同じ目をゼロはしていたのだ。一見、普段と何も変わらなさそうな表情の下から感じ取れる、全てを凍てつかせるような怒りを、ゼロは再び放っていたのだ。

 制する手を下ろしたゼロが目を向けたのは、近くにいたレジスタンスの女性だった。

 

「――おい」

「はい? え――ゼロさん!? 戻ってきたんですか!?」

「オレの事はいい。あれはどういう状況だ?」

 

 その女性に歩み寄り、声をかけるゼロ。声をかけられた女性はゼロに対して赤面しつつも、困ったような表情で目線をあっちこっちへ移動させる。

 やがて、しどろもどろになりがらも話し始めた。

 

「えっと・・・・・・その、あの2人にはちょっと事情がありまして・・・・・・それでちょっと、一からは説明し辛いというか・・・・・・」

 

 どうやら複雑な事情がある様子だった。

 その様子を見た、ゼロは呆れたように瞳を閉じる。

 

「・・・・・・分かった。聞き方を変える」

 

 再び瞳を開けたゼロは、再度、女性に問うた。

 

 

「――――なぜ、誰もあの2人を助けようとしない?」

 

 

「ッ!?」

 

 その質問をされた瞬間。

 俯かせていた赤面を、女性は驚いた表情でバっと上げる。

 ゼロに話しかけられた羞恥と嬉しさ混ざりだった赤面は、ガタガタを僅かな駆動を慣らす蒼白の表情へと変わっていた。

 ここまできて、話しかけられた女性のレジスタンスはようやく悟ったのだった。

 

 ゼロが疑問を抱いているのは、あの2人が虐げられている状況に対してではなく。

 ――それを助けようともしない、自分たちに対してであるのだと。

 

 そのゼロの質問を隣で聞いていた11Bもハッと気付いたように周囲を見渡す。

 こんな騒ぎだ。本来ならば自分たちでなくても誰かが止めに入っていなければおかしいなのに。

 

 ――誰も、この状況を疑問に思わず、さも当然かのように静観していたのだ。

 

 向こうの状況は静まり返るばかりか、むしろヒートアップして酷くなっているというのに。

 

 ――誰も、止めようともしていなかったのだ。

 

 おかしい、これはおかしすぎる。と11Bは思う。

 だって、こんな状況だというのに、誰も騒然としていない。

 助けたいと思っても勇気を出せず、騒然としてしまうのならばまだ分かる。

 だが、この光景は異常だ。

 

 ――なぜなら、誰もが冷静になっていながら、止めようとしていないのだから。

 

「・・・・・・なに・・・・・・これ・・・・・・?」

 

 喉を震わせて、ただただ、やっと出た一言を絞り出す。

 ヨルハにいた頃ですら――こんな吐き気のする光景は見たことなかった。

 

 ――そういえば・・・・・・。

 

 ふと、11Bはまだ2人から治療を受けていた頃、片割れのデボルから言われた言葉を思い出す。

 

“あたしとポポルはこれまで仲間である筈のアンドロイドたちから迫害されていた”

 

“原因は、過去にあたし達の同型で暴走して事故を起こした事だ。それ以来、あたしとポポルは同胞のアンドロイドたちから逃げ続ける生活を送っていた”

 

“辛かったけど、それでも、あたしにはポポルがいた。ポポルはあたしの代わりにいつも怒ってくれた。いつもあたしの傍にいてくれた。

 どんな目に遭おうと、あたしには、ポポルがいてくれるだけでよかったんだ”

 

 あの時、自分を励ますために言ってくれた言葉を思い出す。

 その時のデボルは、辛く、途方もなく悲しそうな表情はしていたものの、どこか懐かしそうにも語っていた。

 だから、もうそんなことはされていないのだと、そう思っていた。

 だが、今にして思い返してみれば。

 

 ――私は、あの2人が、アネモネさん以外のアンドロイドと一緒にいる所を、見たことがない。

 ――ということはもしかして、今も続いている?

 

 己の回路にマグマが流れ出すように熱を帯びていく感覚を11Bは感じる。その煮えたぎるような感覚を、11Bは知っている。

 ――これは“怒り”だ。

 どうしようもない怒り。己はとてつもない過ちを犯していたんじゃないかという、己自身に対する怒り。

 だが、この感情にばかり囚われて駄目だ。この感情に振る舞わされて暴走すれば、ゼロの言うイレギュラーと何ら変わりはない。

 感情は炎のように、しかし心は氷のように冷静に。

 心で荒ぶる感情を整えた11Bは、努めて冷静に、ゼロに続いて女性に話しかける。

 

「・・・・・・話して」

「・・・・・・えっ? 11Bさ――」

「全部、話して」

 

 真剣な表情の11Bにそう迫られた女性は、うっ、と呻りながらたじろぐ。

 女性は完全に、11Bの迫力に押されていた。

 

「・・・・・・アレは止めるのは、新参者の私達ではなく、ずっと一緒にいた貴方達であるべき筈でしょう? それしないのは、何で?」

「・・・・・・そ、それは・・・・・・」

「お願い、教えて」

 

 口調を少し優しくして、11Bはもう一度女性に聞く。

 貴女個人を責める意図はない。だから、どうか教えて欲しいという思いを込めて。

 ゼロもまた黙って女性を見つめる。彼もまた11Bと同じ思いだった。

 

「・・・・・・実は・・・・・・」

 

 細々と、女性は11Bとゼロに話し始める。

 

 デボル&ポポル型。今こそ生き残りはあの2人しかいないものの、かつては各地域に必ず一組は配置されていた双子型のアンドロイドだという話だ。

 その内の一組である彼女たちの同型が、暴走しつある事故を起こした。

 事故の詳細な記録は既に残ってはいないものの、その事故さえ起こっていなければ今の現状にはなっていなかったという話だった。

 地球から人類がいなくなり、ロボット達の跋扈する星にはならなかったというのだ。

 創造主たる人間が存在しない地上に残されたアンドロイドたちは、人類を恋しく思う余りその原因である双子型の生き残りであるあの2人にその怒りをぶつけ続けたのだという。

 いつしかそれは――彼女たち自身が犯した罪でもないのに、彼女たち自身の罪として捉えられ始めた。

 彼女たちもまた、それが自分たちの贖罪だと捉え始めていた。

 

 悪い意味で、虐げる側と虐げられる側の認知が一致してしまい、それを止めるものはおらず現在も尚続いている。

 

 そして自分も、またその周囲も、それを当たり前としていたことも。

 

 簡潔に説明された2人は、ようやくあの2人がああなっている実態を理解する。

 そして、ようやく理解したその時――

 

 向こうの状況が、一変した。

 

『・・・・・・今、なんて言った?』

 

 義体をワナワナと震わせながら、絞り出すように言ったのは、先ほどポポルの腕を切りつけたレジスタンスの男だった。

 そして――

 

『今、なんて言いやがったっ!?』

『ガっ!?」

「ポポルっ!?」

 

 怒り狂った男は、ポポルの胸ぐらを掴み、そのまま地面に叩きつける。

 デボルはポポルに掛け寄り、彼女の体を抱き起こして状態を確認する。

 ――ケホッ、ケホッ。

 突然地面に叩きつけられたポポルは苦しそうに咳き込み、動けそうになかった。

 

『誰がぁ!! 誰と“同罪”だって!? ええええぇッ!?』

 

 憤怒の形相で、レジスタンスの男はあたしたち2人に剣を振り下ろそうとする。

 その間、とっさにデボルが、自身の背中で剣から庇うようにポポルを抱きしめていた。

 強く、抱きしめて、せめてポポルだけは守れるように。

 

 それでも、彼女たちは誰にも助けを求めていなかった。

 

 互いをかばい合うことはあっても、その理不尽な贖罪を拒絶することは、決してしていなかった。

 だから――彼がそこに割り込むのは、当然のことだったかもしれない。

 

 目覚めた時は、必死に助けを求めてきた少女がいた。

 最期に、助けを求めながら慟哭する少女がいた。

 そしてあそこには、助けすら求めず、ただ苦しみに堪えている少女たちがいる。

 

 誰も助けようとはせず、また彼女たち自身も助けを求めない。

 

 助けを求めた少女では間に合わない。

 だから、もう彼が止めるしか、なかった。

 

「あ・・・・・・ガ、ァ・・・・・・ッ・・・・・・!?」

 

 本来仲間である筈の彼らすら当てにならないのならば、もう彼が割り入るしかなかった。フットパーツの魔素を解放し、一瞬で距離を縮めて男と2人の間に割り入ったその赤い影は、その勢いを殺さぬまま、斬りかかる男の首を片手で掴み、そのまま天へ掲げるように、持ち上げた。

 

 

「ゼ、ゼロ・・・・・・?」

 

 

 いつまでも自分に凶刃の痛みが襲いかからないことに違和感を感じ、恐る恐る目を開けたデボルが、彼の名前を呟く。

 

「ガ・・・・・・ア・・・・・・ゼロ、一体・・・・・・・何、を・・・・・・・!?」

 

 カラン、と剣を地面に落し、男は信じられないといった表情で、締め付けられる喉から精一杯の疑問を絞り出す。

 ――本当に、何故こうされているのか、分かっていなさそうな、そんな表情だった。

 

「ゼロさん!? 何をしているのですか!?」

「や、やめろゼロ!」

 

 男の首を絞める力が、弱まることはない。

 ゼロのとっさの乱入に呆然としていた傍観者達も我に返ったのか、慌ててゼロの方へ歩み寄ってやめるように呼びかける。

 

「グ・・・・・・ぇ・・・・・・・ア・・・ァ・・・・・・ェ・・・・・・」

 

 首を絞められ、持ち上げられた、もがき苦しむ男の口から・・・・・・液体のようなものが、その粘り気を示しながら垂れていく。

 その量に比例して、その苦しむ声すらもが段々と弱く、掠れた物になっていく。

 

「オ、オイルが漏れてるぞ!?」

「おい、誰か・・・・・・!!」

「誰か止めろっ!!」

 

 今まで冷静に事を傍観していた筈の他のレジスタンスメンバーたちも、慌ててゼロに近付いて騒ぎ始める。

 そのことにゼロは――僅かな希望を見いだしつつも、大半が虚無の感情に見舞われる。

 

「・・・・・・」

 

 この双子が危機に合っている時は、何もせず傍観していただけなのに。

 この男が危なくなった途端、彼らは態度をひっくり返して全力で止めに来たのだから。

 ――怒ることすら空しくなったゼロは、呆れるように目を瞑りながら、パっと男の首を手放した。

 

 ガシャン、と義体と地面が衝突する音が響く。

 

「ゲホッ!ゲホッ・・・ガホッ!ゲホッ・・・・・・!!」

 

 ようやくゼロの手から解放された男は、漏れ出たオイルを口から垂らし、その場にうずくまって激しく咳き込む。

 しばらく、彼がまともに動けることはないだろう。

 

 うずくまり、未だに咳き込んでいる目の前の男から視線を外し、ゼロはゆっくりと後ろにいるデボルとポポルの方へ振り返る。

 

「ゼ、ゼロ、どうして・・・・・・」

 

 呆然としたデボルが、倒れたポポルを抱きしめたままゼロに聞く。

 ポポルも意識を取り戻したのか、まだ息は安定しないものの、どうしてもという表情でゼロを見ていた。

 

「・・・・・・お前達のことは、さっき聞いた」

「!? ・・・・・・そう、か・・・・・・」

 

 驚いたように目を見開いた後、デボルは悲しそうに俯く。

 11Bには少し漏らしてしまったことがあるからいいとしても――ゼロにだけは、知られたくはなかった。

 自分たちの罪を、ゼロにだけは知って欲しくなかった。また、拒絶されるのが怖かったから。

 

「2人とも、大丈夫!?」

 

 そんな2人に、声をかけながら駆け寄るもう1つの影があった。

 鋭利な刃物を思わせる銀髪に、黒いベルベット製のドレスを身に纏う少女、11Bがゼロの後ろにいる2人にかけよってきたのだ。

 ――ああ、11Bも知ってしまったのか。

 彼女には、少しだけ自分たちの過去を漏らしてしまったことがある。勿論、それは彼女に発破をかけるために言った言葉で、決して同情してほしい訳ではなかった。

 

 ああでも、これで彼女もあたしたちの罪の重さを知ってしまったわけだ。

 

 どうしよう。他の奴らならともかく、この2人にだけはあたしたちのことを知って欲しくなかった。何も知らないまま、いつものように接してほしかった。

 けれど、もうそれも叶わなくなってしまった。

 

「・・・・・・あたしは大丈夫だよ。でも、ポポルが怪我を・・・・・・」

「・・・・・・ハァ、ハァ・・・・・・2人とも、私は、大丈夫よ・・・・・・」

「ポポル!? ああ、よかった・・・・・・!!」

 

 息を取り戻したポポルに対し、デボルが嬉しそうに涙を流す。

 そんなデボルを落ち着かせるように、ポポルは優しくデボルの頬を撫でる。

 かけよった11Bも2人が無事であることにホッとしたような笑みで、ゼロの方を見て頷く。

 

「・・・・・・」

 

 その様子を見届けたゼロは、再び顔を前の方へ戻す。

 双子を虐げた男と、その取り巻き二人。そして何もせず傍観していたレジスタンスの方に向けて。

 

 蹲って咳き込んでいる男を除き、全員が、ゼロに目を向けられたことにたじろいだ。

 

『・・・・・・』

 

 しばらく間を置き、沈黙を破ったのはゼロだった。

 

「・・・・・・お前達には――」

 

 そう言ってから、目を閉じ、ゼロは自分の言いたいことを整理する。

 そして、再び目を開いてソレを口にした。

 

「お前達には、今ある現実から目を逸らさず、向き合っていく強さがあると・・・・・・そう思っていたんだがな・・・・・・」

 

『――え?』

 

 そんなゼロの声に、戸惑いの声を出したのは誰だったか。

 中には、いつもと変わらない冷静な表情で、冷徹な声の筈なのに、なぜだかいつもよりも冷たく聞こえたことに対して。

 中には、それと裏腹に、今まで己を語ってこなかった筈のゼロの口から発せられた、自分たちへの意外な本音に。

 誰もがそのどちらかに対して、戸惑いを示した。

 

「こいつらの事は全て聞いた。お前達地上のアンドロイドが、この二人に何をしてきたのかも・・・・・・」

 

「・・・・・・そ“れが、どうし”たって言うんだよ・・・・・・」

 

 淡々とそう言い放つゼロに対して、今まで咳き込んでいた男が、蹲ったまま、しかし強気な目でゼロを見上げ、睨み付ける。

 

「同じ、旧世界の骨董品同士で、共感でも・・・・・・したのかよ・・・・・・!! いいか・・・・・・!! こいつらはな・・・・・・昔、事故を起こした。・・・・・・オレらが・・・・・・今、地上に残されて、人類に会えないのも・・・・・・こいつらのせいだ・・・・・・!! 残りの人類は全員月にいて・・・・・・俺らは顔どころか声すら聞けないんだ・・・・・・!! そんな事故を、こいつらは過去に二度も起こしてるんだぞ・・・・・・!! こいつらのせいで、オレらは地上でこんな生活を続けてなくちゃいけない!!」

 

 男の、今までたまり続けていた鬱憤が爆発する。一度爆発した感情は止らない。心による制御は追いつかず、自分勝手で、一方的な鬱憤がその口から発せられる。

 その在り方は、ゼロの忌み嫌うイレギュラーそのものだったが・・・・・・ゼロは黙って男の言葉を聞き続ける。

 

「・・・・・・そうだ」

「・・・・・・私達は人類を思うからこそ・・・・・・」

「・・・・・・人類に会いたいからこそ・・・・・・」

「・・・・・・こうして戦っているいるのに、この二人の同型が起こした事件のせいで・・・・・・」

 

 男の言葉に賛同するように、後ろにいた各々もまたそんな言葉を漏らし始める。

 

「・・・・・・それは・・・・・・」

 

 ゼロの後ろで、ポポルを抱き起こしながらそれを聞いていた11Bは少し、辛そうに俯く。

 彼らのしたことを許したわけじゃない。

 それでも、11Bは彼らのことが好きなのだ。自分とゼロを受け入れ、ヨルハから守ってくれた彼らの力になりたいと思っているのだ。

 なのに、ちゃんと己自身の明日のために戦っていると信じていた筈の彼らから、そんな本音を聞いてしまうと、やはりいたたまれなくなってしまう。

 なぜなら、自分もそうだったから。

 ――そして、人類がもう何処にもいないという真実を知って、それでも尚戦い続けることに、気が狂いそうになってしまっていたから。

 だから、彼らの気持ちも痛いほど分かってしまうのだ

 ヨルハだけではなかったのだ。人類という柵に捕らわれているのは、この地上のレジスタンスも同じだった。

 ――なのに、ここでもまた、彼らのために、人類がいないという事実を口にすることはできない。

 このジレンマは、ヨルハにいたときと同じだ。何も変わらない。

 今この瞬間において、11Bにとってレジスタンスキャンプという場所はヨルハと同じに見えていた。

 

「何が“地球を取り戻す”だ!! くそったれ!! オレ達がここに取り残されるきっかけとなった降下作戦の前――オレ達の中の地球は、こんな薄汚れた大地じゃなかったッ!! 月の連中に見放され、そして殺して殺してもうじゃうじゃ沸いてくる、そんな機械共の巣窟じゃなかった!! なのに、現実はこのくそったれだ!! その原因であるそいつらに何をしようたって、罰なんか当たりやしねえだろうが・・・・・・!!」

 

「・・・・・・だから、何も関係ないこいつらに当たるというのか?」

 

「無関係なんかじゃねえよ。同じ姿形をして、それがオレ達の前に現れる。それを前にして、この激情を抑えられるかよ・・・・・・!! こいつらを見るだけで、どうしても許せない・・・・・・いくら償わせても足りない・・・・・・それくらいの罪を、こいつらは持ってるんだよ・・・・・・!! お前だって、昔お前を造ってくれた人類がこいつらのせいで会えないと分かれば、こいつらが憎くなるに決まっている!!」

 

 男の言葉に、双子の体がビクリ、と震える。

 そうなるのが怖かったから、二人はゼロに自分たちのことを知って欲しくなかった。だからゼロや11Bの前では、なるべくそういう態度は出さずにいた。

 

「・・・・・・だとしても、この二人はお前達のために多くの危険を冒してきたんだぞ? なら、もう十分すぎるくらい罪は償われている筈だ」

 

 癇癪を侵し続ける男の言い分に対して、ゼロはなるべく冷静に、なるべく否定せず、そう返した。

 そんなゼロの言葉を聞いて、デボルとポポルの両名は「え?」と声を上げ、呆然と自分たちを庇うゼロの背中を見上げる。

 自分たちの罪はもう償われている、という言葉を聞かされたのは、初めてだったからだ。

 

「・・・・・・それに、例え本人に罪があったとしても、詳しい罪状を知らないオレ達が二人を責める権利などない筈だ。それでも、こいつらを責め立てるのか?」

 

「・・・・・・ああ、それがどうした!! こいつらをまた野放しにしたら、また同じような事故が起こるかもしれないだろ!!」

 

 ここまで来ると、最早言いがかりだ。

 それでも、彼らは怖いのだ。過去に二度も事故を起こした事例のあるデボル&ポポル型。その生き残りである一組が、また暴れ出して事故を起こすのではないかという、恐怖が。

 だがその恐怖は逆に先見を麻痺させ、また第三の事故を起こしかねないほどの要因を作ってしまうということに、彼らは気付かないだろうか。

 

 だからもう、少なくとも今この場でどうにかなる問題ではないと悟ったゼロは。

 最後に、言いたいことだけを言って、終わらそうとした。

 

「・・・・・・あるかも分からない罪を押しつけて虐げ、それを助けようともせず平気な顔をしているのなら――」

 

 最後に、彼らの心に最も突き刺さる言葉を、言い放つ。

 

 

「――お前達を見捨てた月の連中とやらと、何も変わりはないと思うがな・・・・・・」

 

 

『―――――ッ!!?』

 

 

 冷たい刃物となって、彼らの回路の中枢まで、その言葉は突き刺さる。

 言葉という、抵抗の武器すら砕かれて、ズブリと、回路に浸透していった。

 

「な、なんだと!?」

 

 しかし、その状況の中で。

 後ろの取り巻きすら、その言葉に唖然としてしまう中で、今回の事の元凶である彼だけは、まだ懲りずにゼロに噛みついてきた。

 しかし、ゼロにそれに表情1つ変えることなく、逆に聞き返す。

 

 

「・・・・・・なら、お前達は何のために徒党を組んでまでして、このキャンプを作ったんだ? 本当に人類のため()()なのか?」

 

 

 11Bに配慮し、人類は既にいないという事実を隠しながらも、遠回しにそれは重要なことじゃないと言い放つゼロ。

 本当に人類のためだけだというのならば、この姉妹に当たるというのも、仮に百歩譲って理解できなくはないとしても、それだけではないはずなのだ。

 

「何よりも、お前達自身の明日のためではなかったのか? それとも、こんなつまらん事を続けるためか?」

 

「そ、それは・・・・・・」

 

 最後まで言葉の抵抗を続けていた男も、突きつけられる正論に言い淀んでしまった。

 ゼロの言葉は、激しく糾弾する類いの物ではない。

 なのに、彼の言葉にはそれすら生温いほど、容赦の欠片がなかった。

 自分たちの醜い所を合理的にとことん突きつけられるのは、どんな言葉よりも、深く、深淵に刺さり込む。合理的なアンドロイドならば、尚更。

 

 もう、ゼロに言い返せる者はいなかった。

 誰もが、ただ俯く。頭から切り離そうとしても切り離せない、ゼロの言葉を頭の中で反復しながら。

 男も周囲を見渡し、感じ取ったのだろう。

 自分も、誰も、ゼロに反論できないことを。

 

「――ッ、く、そぉッ」

 

 男は悔しそうに崩れ込み、地面を力なく叩いた。

 

「・・・・・・」

 

 ――一先ず、これで終わりだろう。

 今この場において、誰もゼロに物申す者もいなければ、後ろの姉妹を害そうとする者もいない。とりあえずは、これでいい。

 故に、次の話し合いに移らなければいけない。

 少なくとも、今この場で解決しなければならないことが1つあるのだから。

 

「――おい」

「あ・・・・・・は、はい・・・・・・!?」

 

 ゼロは力なく俯いた男の後ろにいた取り巻きのアンドロイドに声をかける。

 声をかけられたアンドロイドは、驚いて背筋をピンと伸ばしながら答える。ゼロは、アネモネのようにレジスタンスをとりまとめる立場にはいないというのに、彼は先のやりとりの影響が抜けきらず、畏まる態度を取ってしまう。

 

「・・・・・・足りない資材のリストはあるか?」

「はい・・・・・・え?」

「2人がオレの治療役に割り当てられて暫くだ。工場廃墟だけではないのだろう? 早く見せろ」

「は、はい!!」

 

 慌てた男は、取り乱しつつも、懐から取り出した端末にチップをセットし、データを閲覧状態にしてそれをゼロに手渡す。

 

「・・・・・・」

 

 暫しゼロは、無言でそのデータリストを閲覧する。

 冷めた表情の裏側で、彼の心中は驚愕と呆れに満ちていた。

 ――これだけの資材と量を、今まであの2人にやらせていたのか?

 しかも、どれも危険地帯でしか取れないものばかり。

 前に、ゼロはアネモネから姉妹について教えられたことがある。彼女たちは治療・メンテナンス特化モデルとして作られてはいるものの、実際はどんな事も優秀にこなしてみせるのだと。その任務達成率は、旧世界から作られたことによる、彼女たちの長年の経験や知識に裏付けられるものなのだと。

 たった2人のアンドロイドの身で、この姉妹はこれらのことが出来てしまうのだ。

 ただ罪が云々の話じゃない。単純に、彼女たちは優秀なのだ。

 優秀だが、情をかける必要のない存在。ああ、正にこき使う駒としては優秀なのだろう。

 

 ――だが、そんなことはもうさせない。

 

「・・・・・・分かった。後で全部、オレが引き受ける」

『ッ!?』

 

 その一言で、とてつもない緊張感で支配されていた空気が霧散し、全員が再び騒然とし始める。特に、後ろにいたデボル、ポポル、11Bの3人が一番、驚愕に顔が歪んでいた。

 

「む、無茶よゼロ!! いくら貴方が強いからと言って、それら全部引き受けるなんてっ!!」

「11Bの言う通りだゼロ!! あたしたちの代わりなんてしなくていい。これはあたし達の贖罪だから、仕方の無いことなんだ!!」

「・・・・・・そ、そうよ。何も貴方が私達のために・・・・・・・」

 

 まずはその3人が声を上げて、ゼロに訴える。

 いくら強くても、大切な人を、片や何の偏見もなく自分たちに接してくれる存在を、これ以上危険な場所へ送り出すなど、3人が容認できる筈がなかった。

 そしてこの場に限っては、姉妹に対する虐待を静観していた者たちも、それに賛同するかのように声を上げる。

 

「そうですよ、これらは全部危険地帯ですよ!? 何もゼロさん1人で全部やることなんて・・・・・・!!」

「だが、誰かがやらなければならない」

「だからって・・・・・・!!」

「・・・・・・なら、またこいつらに押しつけるのか?」

 

 後ろの双子を目線で差し、ゼロは止めてくるレジスタンスの1人にそう問いかける。

 

「そ、それは・・・・・・」

 

 そんなこと、出来るはずがない。ゼロにあんなことを言われて、突きつけられた直後となっては尚更。

 彼らは既に、どうしようもないくらいに醜かった自分たちを自覚させられてしまったのだから。

 

「オレのメンテナンスを担当しているのはこの2人だ。その2人がお前達の手を離れたせいでこうなったのならば、オレにも責任の一端はある」

 

 再び押し黙るしかない一同。

 全員、ゼロが何を思って戦っているのか理解している訳ではなかったが、これだけは理解していた。

 誰か論破できる者が現れない限り、ここまでやると言い出したゼロを止められる者は誰1人としていないのだと。

 

「オレならば何の問題もない。それに、オレが行けば、オレの治療を担当するこの2人もその役に立ったことになる筈だ」

 

『・・・・・・・・・・・・』

 

 誰も反論はしない。この場においてゼロの実力を疑う者は最早誰1人として存在しないのだ。一度でもゼロに同行していれば、彼の底知れない強さの一端を垣間見ている筈だから。

 この場において、ゼロ以上の適任はいないのだ。

 

 唯一、後ろで納得していなさそうな3人を除いて。

 

 だが、少なくとも自分の前にいる者達は説得することができたと認識したゼロは、黙って彼らに背を向ける。

 そして――

 

「え――きゃあッ!?」

 

 3人に歩み寄り、怪我をしているポポルを両手で抱きかかえた。

 ――所謂、お嬢様抱っこである。

 

「は、はえ?」

「え・・・・・・えぇ?」

 

 白目のまま口を開け呆けるのは、11Bとデボルだった。

 まだ自分たちは納得していないとゼロに言いたかった所なのに、彼女たちの頭の中はそれどころではなくなってしまう。

 ――あ、え・・・・・・ゼロが、ポポルを、抱っこ、して、えぇ・・・・・・!?

 妹が男の人に抱き抱えられている光景に、11Bはその光景を見て自分もまた抱きかかえられていた(しかもほぼ全裸)時のことを思い出し、それぞれ赤面してしまう。

 

 だが、この場で誰よりも心中落ち着かないのは、抱きかかえられている本人だろう。

 

「ちょちょ・・・・・・ゼロ、こ、こんな事しなくて、い、いいから・・・・・・!!」

「・・・・・・負傷した体を引きずられるよりも此方の方が早い」

「しょ、しょういう問題じゃなくてぇっ!?」

 

 淡々と答えるゼロに対し、羞恥を抑えきれず、真っ赤になった顔を片手で覆い隠すポポル。・・・・・・もう片方の腕は先ほど負傷した故、こんな時に使い物にならないのが少し恨めしかった。

 一方、ゼロとしては単に彼女を治療できる場所へ運ぶのを大分後回しにしてしまったため、せめてなるべく早く彼女をそこへ送ってあげたいというだけの意図なのだが、この場にいる第三者たちがソレを察せられることはない。

 

 誰もが唖然とする中、ゼロはその中を通り過ぎ、ある人物のところへと向かう。

 ポポルを抱きかかえながら、その人物の前と立つゼロ。

 

「え、あの・・・・・・」

「簡易休憩所のベッドを1つ借りたい。・・・・・・空いているか?」

「あ・・・・・・は、はい! すぐに!」

 

 周囲と同じく唖然としてた燈色の髪をした女性アンドロイド――メンテナンス屋の女性がゼロの声でハっと我に返った後、慌てて2人を簡易休憩所のベッドへ案内する。

 彼女の案内の元、簡易休憩所へ向かう、その際に。

 ゼロはまた、一度だけ彼らに振り向く。

 

『―――ッ!?』

 

 身構えてしまうレジスタンスの面々。

 また何か言われてしまうのではないか。

 失望の言葉が返ってくるのではないかと、様々な不安が彼らの胸中を駆け巡っていく。

 

 そんな中、ゼロはそれに構う事無く、淡々とただそれを口にした。

 

「オレは、これからもお前達の元で戦う。何か用があれば呼べ・・・・・・」

 

 遠回しに、まだお前達のことを信じている、とそう言い残して、ゼロは今度こそポポルを抱き抱えながら簡易休憩所へと向かっていった。

 そんなゼロの真意を察することができたレジスタンスは、一体何人いただろうか。

 それは最早、我々が知れることではなないだろう。

 

 そして、暫しの沈黙の後、ようやく正気を取り戻した11Bとデボルも、慌てて簡易休憩所へと向かっていくのだった。

 

『・・・・・・・』

 

 残されたのは、未だにゼロの言葉が脳裏から離れず、立ち尽くすレジスタンスの面々だけだった。

 




Q.このゼロってワイリー製なの?
A.このゼロは元がロボットではないので、原作の彼の制作者の設定まで共存させられるかは微妙なライン。言っちゃえば、原作のゼロとは姿形が同じなだけの別人。正直ワイリー云々の設定はあってもなくても物語にはさして影響しないので、皆様のご想像にお任せします。

Q.なんか、ゼロ新参者の筈なのに場を全部仕切ってね? アネモネさんの立場大丈夫?
A.ほ、ほら・・・・・・原作でも元々一部隊の隊長でおしたし・・・・・・(先ほど原作とは別人と言っておいて何言ってんだというツッコミはなしで)

Q。今回、執筆するに当たって参考にしたシーンは何?
勿論、エリアゼロステージでネージュがクラフトに攫われた直後の、ゼロがキャラバンの人間たちを諭すシーン。
特に「○○と何も変わりはないと思うがな・・・・・・」という台詞は、一番レジスタンスたちに言わせたかった台詞です。
私が読んできたオートマタ二次小説の中で、デボポポ救済はいくつか見たことありますが、あくまで匿ったりとか、庇ったりする形のものであって、レジスタンス側の意識そのものを変えさせるような形での救済は見たことがないんですよね・・・・・・。なら思い切って私が書いちゃえと。

以上。


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