ある学生の軌跡 (ウルサスに救いを)
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おそらく本編
ある一日の学生自治団


どうも、いつの間にかズィマーが最推しになりつつある者です。
ウルサスイベ、メンタルにダイレクトにキますよね………
出来れば皆救われて欲しいのですが、そんな都合の良い神様を作れる筈も無く………


 記憶にあるのは、血濡れた大地だった。

 血に濡れ、肉と骨の残骸が絡まった手を振り払い、青髪のヒトは手を差し伸べて―――

 

「………おぇ」

 

 鼻腔を突く腐臭が、乱暴に意識を叩き起こす。体を起こせば鈍い痛みが駆け抜け、漏れそうになる呻きを歯を食い縛り耐える。幸いにも目立つ場所に傷は無く、出血も既に止まっている。血の匂いが懸念材料ではあるが‥……

 

「っと………あ、あれ?」

 

 上着を求め手を伸ばすも、あるべき場所に無い。困惑と共に周囲を軽く見回すも、あるのは折り重なった死体と、彼が仕留めた敵の衣類を奪い作った、衛生面度外視の即席包帯。それと、毒味用に無作為に選び、平らげた食糧くらいだ。

 

「………バレてんなぁ、確実に………」

 

 言い訳しようがないコトに頭を痛めながら、青髪赤眼のウルサス、レナートは重い腰を上げる。鍛えられ、引き締まった体のあちこちには血が滲んだ布が雑に巻かれており、決してとまではいかずとも、あまり積極的に見せたいものではない。

 どうしたものか、と思案し、部屋の片隅に畳んである血塗れの警官服へと手を伸ばしかける。しかし、恩人の遺品を纏う気にはなれず、寧ろ強烈な自己嫌悪に頭を抱える羽目に。重い腰を上げた彼は、そのまま無警戒に戸を開け、不衛生極まる寝床を出た。

 

「迂闊だったか」

「そう思うのでしたら、少しくらい自愛してくれないかしら?」

 

 死体置き場を出れば、早々に小言を貰う。予想外の人物からの言葉を、レナートは一笑。

 

「はは、そりゃ無理だ。俺に出来るのは、これくらいしかねぇんだからな」

 

 振り返れば、豊かな白髪を持つウルサスの少女の姿。顔を歪めたナターリアは微かに俯き、固く閉ざしていた目を開ける。そこに宿る意志の強さから、次の言葉は容易に予想できた。それでも、彼女の意志を通してやることは、到底できない。

 

「なら、私も」

「出来るのか?躊躇いなく首を折って、頭を砕いて、なんて」

「………ッ」

「それに、ナターリアだって医薬品不足はわかってんだろ?」

 

 レナート最大の懸念は、そこだ。学校設備の多くは、長い監禁生活の中で起きた学生間の抗争の末、機能を停止している。更には、医薬品のような貴重品は、それを巡る争いの中で失われている物も少なくなく、食料品の次に足りていない。

 怪我人に対し満足な治療が出来ず、更には食料も不足している。病人が出ることは避けるべきであるし、それが難しいなら最低限にするべきなのだ。一人倒れて、そこから芋蔓式に病人が増える、なんて事態になれば、待つのは全滅だ。

 

「でも、このままでは」

「死ぬ、か?………それなら、それでもいいさ。結局、この事態の原因は俺にもあるからな」

「ッ、違います!」

 

 ナターリアの否定を更に否定し、自嘲気味に口を開く。

 

「違くないさ。結局、あの時もそうだったし、今回もそうだ………状況を楽観視して、本当に取り返しがつかなくなってから、初めて気付いてさ。そのツケがこれだってなら、命の一つや二つ安いもんさ。ま、安いからってタダでくれてやるつもりなんざ、欠片もありゃしねぇけどな」

 

 ニヒルに笑い、肩を竦める。辛そうに顔を歪めるナターリアに背を向けて、傷だらけのウルサスは大きく伸びをして肩を、首を鳴らしながら歩を進めていく。その背中をただただ見つめるしか出来ない貴族少女は、せめてとある事を伝える。

 

「貴方の制服なら、ソニアが持ってるわ」

「サンキュー。お陰で説教から逃げられそうだ」

 

 制服回収を早々に諦め、レナートは手を振り廊下を進んでいく。

 

 しかし、説教回避を目論んだ彼にに安息は無かった。

 

「あ、お兄ちゃんみっけ!ソニアが探してたよ!」

「………ラーダ、そのお兄ちゃん呼びはやめてくれ。あと、ソニアには黙っ」

 

 背を向け言い終える前に、回り込まれ腹を叩かれる。当然、連日傷付いている体で完治しているモノなど殆どありはせず、ウルサスのパワーで叩かれた衝撃が全身に響き、悲痛な叫びと共に倒れ伏す。その場で悶絶する彼の足を掴むと、幼い雰囲気を残したウルサスの少女は、無情にもその体を引き摺っていく。過激な行動であるが、単純な身体能力では当然男であるレナートが上である為、こうした不意打ち気味の攻撃で無力化しなければ連行できないのだ。

 ぴくぴくと震える青年を引き摺ったラーダが向かうのは、彼女たち『ウルサス学生自治団』のリーダーが待つ部屋。抵抗らしい抵抗も叶わず連行されたレナートは、観念したように顔を上げ………無言で目を閉じ、両手を挙げて無抵抗を示した。

 

「へえ、潔いじゃねえか」

「ああ、うん………そっちもだけど、その………見えた」

「は?………ッ!?」

 

 その言葉に首を傾げたリーダー、ソニアは首を傾げ………理解した瞬間、顔を真赤にして机を飛び降りた。その後、教室のドアが真っ二つとなり吹き飛び、一人が宙を舞ったと言えば、何があったかは容易に想像できるだろう。女子であろうと、ウルサスのパワーは凄まじいということだ。

 

******

 

「―――で、言い訳は?」

「どっちに対し………冗談だ、冗談だから無言で蹴りの姿勢に入るな」

 

 痛む腹をさする手を止め、本気で足を引いたソニアを制止。微かに赤みの強い表情で咳払いしてから、彼の同級生にして彼ら一行のリーダーは表情を改め、対面の椅子に腰かけるレナートを見下ろす。その険しい表情から、お叱りが来ることは確定である。

 

「なに無茶してんだ、テメェは」

「ボスたち程じゃねえよ」

「………アタシなんざ、大したことねえよ。それよりテメェだ」

 

 指さすのは、血の滲んだ粗雑な包帯もどき。その下に傷があるのは、明白だ。

 

「いきなり寝床変えて、バレねえと思ったのか?死体の臭いで誤魔化せるとでも思ったか?」

「考えが甘いのは認めっけど、やめはしねえぞ」

「やめねえなら」

「お前を加えろ、ってのはナシだ」

「テメェ………ッ!」

 

 襟首を掴み、持ち上げら睨みつけられる。少女といえどウルサスに変わりはなく、その腕力も凄まじい。だからといって、レナートは物怖じせず、真っ向からその瞳を睨み返す。彼女に譲れないものがある様に、彼にもまた譲れないものはある。そして、お互いそれを表に出さぬ建前もまた、用意しているのだ。

 

「………アタシはリーダーで、テメェは下っ端だ。だから!」

「そういう問題じゃねえ。怪我人が増えたら、余計に厳しくなるだろうが」

「っ、足手纏いだって言いてえのか!?」

 

 歯を食い縛り、こみ上げる物を抑え込む。それでも、声に滲む悲痛な色までは消せない。

 彼女にとって、最も受け入れ難い言葉であり、聞きたくなかった言葉だった。レナートの配慮も、大きな失態を犯したという………この惨状を作り出してしまった、という苦悩と悔恨を抱える彼女にとって、一番聞きたくなかった、言われたくなかった言葉だった。

 

「そうじゃねえ」

「なら………ッ!」

「俺一人の方が都合がいいんだよ。殺すのも簡単で、数も少なくて済む」

 

 そう嘯くが、結局は仲間に傷付いて欲しくないという青さと、自身の楽観視が招いた事態であるという罪悪感、責任感からの行動だ。それに、そうでもしなければ、食糧らしい食料が底を尽いた今、最悪は………

 

「どのみち、アタシら以外は殆どくたばってんだ。殺すのが多くなろうが少なかろうが、今更」

「ま、そう思うのが自然だわな。一応、あちこち板打ち付けたりはしてっけど………」

 

 ここペテルヘイム高校の内、彼らの行動圏内の廊下は可能な限り板を打ち付け、外からの視線を遮ってある。無論、精神衛生上宜しくは無いし、生存者の存在を暗示しているようなものであるが………少なくとも、個人を狙った狙撃は難しくなる。アーツによる攻撃で一気に破壊するにしても、接近が必要となるお陰で避難も不可能では無い。

 

 しかし、それだけだ。狙撃のリスクは減ったが、存在を示している事に違いは無いのだから。

 

「で、いつまで綱渡りを続けるつもりなんだ?」

「そこ言われると痛いな………けど、打開策もありゃしねえだろ」

 

 リスクは承知の上であるが、しくじれば皆の命に係わる。しかし、打開策も無いのだ。

 

「………レナート」

「なんだよ、いきなり」

「一緒に死んでやる、つったらどうする?」

 

 言葉の意味を理解するのに、数十秒要した。

 

「心中、なんてガラじゃねえよな………まさか、殺る気か?」

「アタシとお前が命かけりゃ、アンナたちが逃げる隙くらいは作れる筈だ」

「それに異存はねぇが………お前までやる必要は」

「いいんだよ………アタシみたいなのが居ない方が、きっと上手くいく」

 

 覇気の乏しい声が耳に届く。その理由に心当たりしかない彼は、そっと首を振る。

 

「言いたい事は山ほどあるけどな」

「あ?んだよ、いきなり」

「あんま、一人で背負い込まないでくれよ。惨めになっちまうから、さ」

 

 目を丸くしたリーダーに対し、盛大な溜息を零す。

 

「まさか、お前一人のせいだ、なんて考えてるとでも思ったか?」

「………知った風な口利くんじゃねえよ」

「そりゃ、お互い腹割って話してねえからな。知ったも糞もねえよ」

 

 盛大に肩を竦め、血色の瞳でソニアを見据える。

 

「………ホント、普段の問題児っぷりと違って根はクソ真面目だな、お前」

「なんだ?喧嘩売ってんのか?」

「笑えねえ冗談はよせよ。状況わかってんなら、んなことしてる場合じゃないだろ」

 

 思った以上に思い詰めていたリーダーに頭を抱え、またも溜息。ソニアがあからさまに苛立ちを隠さなくなり、レナートも自己への嫌悪感と後悔とがどんどん膨れ上がっていく。かといって、それを彼女にぶつける訳にもいかず、深呼吸をしてから立ち上がり、改めて向かい合う。

 

「最初に言っておくが、俺はお前を責めちゃいねえぞ」

「………んだよ、いきなり」

 

 面食らうリーダーに対し、矢継ぎ早に自分の意志を示す。

 逆効果になる可能性があっても、しっかりと自分のスタンスを明確化させるのだ。

 

「裏切り者の件も、食糧庫の件も。お前のせいだ、なんて思っちゃいないってこった」

「な、なんだよ、いきなり」

「そのまんまの意味だよ。要は、信用も信頼もしてっから、自棄起こすなっつってんだ」

 

 先程の発言に対し、ちゃんと釘を刺す。

 

「ナターリアもロザリンも、連中を引っ張るにゃ色々足りねえからな。お前しかいねえんだ」

「………マジで言ってんのか?」

「マジだよ。楽観視野郎の俺にゃ、到底無理だしな」

 

 自嘲し、軽く肩を小突く。

 

「出来る限りは手ェ貸してやるからさ、死ぬのは最後に取っといてくれや」

「………お前は、どうすんだよ」

「とりあえずは、現状維持だ。死ぬ気は毛頭ないから、そこだけは安心しろよ」

 

 溜息と共に乱雑に髪を掻き乱し、ソニアは目前の自称下っ端を睨みつける。

 

「………言ったからには、生きて帰ってこいよ」

「おいおい、命令されちゃ余計トチれねぇじゃねえか」

 

 笑いながら、教室の端に放置されていた制服を回収。袖を通し、軽く伸びをする。

 

「んじゃま、悪いが休み貰うぞ」

「ああ。さっきは、その、悪かったな」

「ああ、安心しろ。アレは完全に事故だったし、俺も忘れ」

「そっ、ちじゃねえ!!!」

 

 その日、ドアが消えた教室の壁に大穴が開いた。




続くかは、未定………続いたら連載表示に切り替えると思います。


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誰もが悔恨を抱く

続いた。ズィマーさんや、要求ちょっちえぐくなーい?(初心者並感)
ロサ欲しい、玉が無い………あばっばばばばば



まさか、投票してくださる方が居るとは予想外でした。
『名無しの』様、『Hibiki7733』様、ありがとうございました!


 闇の中、運よくぐっすりと眠ったレユニオン・ムーブメントの暴徒たちの中、レナートは一人緊張と焦燥から来る汗を拭い捨てる。

 

(少ない………クソ、これじゃ足りねえぞ………!)

 

 舌打ちしたい衝動を抑え、静かに素早く眠った者たちの荷物を漁る。

 個々人が持つ、そこまで多くは無い食料を必死にかき集め、学生自治団の面々に飢えを凌がせる………レナートが命懸けで日々行って来たルーチンワークだが、その日はそれぞれの集団がより少数に別れていた。そのせいで、普段以上に僅かな食糧しか得ることが出来ないのだ。

 

(流石にバレてきたか………あ?)

 

 ふと、やけに大きな袋を幾つか見つける。そっと周囲を警戒しつつ手を伸ばし開けてみれば、これまでより格段に多い食料が詰まっていた。驚愕に固まり、即座に罠を疑い警戒していると、その懸念と危惧を示すかのように声が響いた。

 

「罠じゃない。毒も入ってないから、安心して持って行け」

「ッ!?」

 

 咄嗟に振り返れば、その眉間に特異な形のクロスボウが突き付けられる。それを構える人物単独ならば、殺す事も容易く思えるのだが、既に武器を突きつけられているという状況がそれを許さない。サイズの都合、初撃を躱せばなんとか、と思考するレナートだが、自身の悪癖を噛み締め改めて思考を回し、既に詰みであることを理解。

 

「………随分と、気前がいいんだな」

「ここまでの惨状は望んでいない。けど、彼にも逆らえない。これが精一杯だ」

 

 調子のいい言葉に眉を吊り上げ激情を見せるも、その表情はとても嘘には見えない。かといって、信じ切る事も出来ず膠着状態が続き、沈黙が降りる。長引けば、その分リスクが跳ね上がる………先に退いたのは、相手の方だった。

 

「一袋一日分だ。撤退するまで、それで持つはずだ」

「本当に、なにが目的だ?」

 

 その問いに答えず、相手の狙撃手はアーツを発動。ステルスにより認識を外れ、レナートは()()()しか相手を知覚できなくなる。追跡不可能と判断し、レナートは一刻も早くその場を離れるべく疾駆。

 酸化した血でどす黒く染まったカーテンを纏い、多少なりとも夜闇での視認性を落として、何とか暴動の中で窓が消えた箇所から校舎へと戻り、学生自治団のテリトリーへと向かう。可能な限り足音は消しているが、それも外に漏れない程度でしかない。

 

「………」

 

 そんな足音が聞こえる訳でも無いが、狙撃手の少年は校舎をじっと見つめていた。

 

******

 

 そして、翌朝。

 

「えー………マジか」

「にわかには信じられませんね………」

 

 ソニアと、その古い友人のアンナが呆然と零し、レナートが肩を竦める。

 

「俺も、朝起きて改めて驚いたよ」

「けど、だからってアタシの部屋に平然と来るか?普通」

「なんだ、ボスは死体の臭いが染みついた飯がお望みだったか?」

 

 力任せに脛を蹴られ、その場に崩れ落ちる。声もなく激痛に打ち震える馬鹿から視線を外し、ソニアは改めて袋を数え、頭を抱える。ここで問題になるのが、複数日分を纏めて渡されたという点。

 幸い保存が利く代物ではあるが、これまでギリギリだった者たちが、素直にそれを聞いてくれるかどうか。それだけでも頭が痛かったというのに、ソニアが意見を求めるべく呼んだアンナから齎された情報が、追い討ちとなってしまった。

 

「しかし、これだけあると却って不味いですね」

「ん?どういう意味だ?」

「あまり物を食べていない状態から一気に栄養を取ると、体がショック症状を起こして最悪死に至ると、本に書いてありました。これまで、皆空腹とまではいかずとも、満腹には程遠いギリギリの状態でしたから………」

「ああ、結局何とかなってたのも、他のが軒並みくたばってたお陰だしなぁ」

 

 現在、ペテルヘイム高校に収容された生徒の生存者は、現在ソニアたち一行のみである。そのお陰で争いも殆ど無く、皆エネルギーを使わないお陰で比較的安定した環境にあった………が、いざ真っ当な量の食糧を前にして、危険と知らされ自制できる者がどれだけいるか。

 

 なお、レナートは毒味の為無作為に幾つか食べて確認していた為、結果的に他よりやや多めに食べれていた。その分、夜にやっていたことがハードである為、不満を言える者は居なかった。また、そのお陰で彼の安全はある程度保障されている。

 

「ってーと、最初は小分けした方がいいか」

「恐らく。ソニアと、あとナターリアも控え目にしておくべきですね」

「………バレてたか」

「二人がわかりやすすぎるだけです」

 

 わかりやすい負い目を感じていた二人は、積極的に自分の分を他の者に分け与えていた。これについては、なるべく一人で休息を取り、接触時間を減らしていたレナートにはわからなかった事だ。

 

 そのことを察したレナートは溜息を零し、食糧袋を見やった。

 

「じゃあ、今日の分を減らすとこからだな。手ェ貸してくれ」

「あの、私も本で読んだのは大分前なので、そこまで詳しくは………」

「そこまで厳密じゃなくてもいいだろ。要は、毎日ちょっとっつ増やしていけば問題無い筈だ」

 

 何かあったら、この楽観視野郎のせいにすればいい。

 

 そう笑い、今日分の食糧を調整する作業へと移る。

 アンナの手を借りての作業はそこそこ早く終わり、早速待っている仲間たちの元へと向かう。道中で食料を求めての不和が広がる可能性へと思い至ったレナートは、どうしたものかと密かに頭を悩ませながら、ソニアとアンナに続いて部屋に踏み入った。

 

「お、なんだ?なんか妙にデカい袋だけど………」

「ああ。とりあえず、数日分の食糧が確保できたんだが………アンナ、頼む」

 

 ソニアに丸投げされたアンナは、溜息の後に自らの知識を語る。その内容に緊張と落胆が返され、久し振りに満腹まで食べられるのではないか、という希望は無残に打ち砕かれた。特に、ラーダは一目でわかる程に落ち込んでいる。

 無論、皆が皆信じている訳では無いようで、訝し気な視線を向ける者も。ある程度予想通りの展開になり、レナートは肩を竦め、予め用意していたことを提案する。リスクはあるが、その分現状を幾らか緩和できるものでもある。

 

「それじゃあ、俺が図書室で本を探してくる。それに書いてありゃ、問題無いだろ?」

「馬鹿かテメエは」

 

 ソニアの目が『やめろ』と訴えてくるも、それを諫める。

 

「けど、こういうのは信憑性が大事だろ?同じようなのが複数冊に書かれてりゃ」

「わーった、わーったから!ならせめて、ロザリン連れてけ」

「お、リーダー直々のご指名とは嬉しいな」

 

 安堵したように声を弾ませる彼女は、早速とばかりにドアへと向かう。

 

「アンナ………は、居なくても大丈夫か」

「え、いいんですか?」

「安心しろ、そいつそう見えて猫被り上手の優等生だからな」

「猫被りは余計だっつーの」

「え、ええ?!」

 

 一斉に驚愕され、居心地悪そうにレナートは教室を飛び出す。苦笑するロザリンも続けて教室を出れば、異様な空気と沈黙が残される。先程まで食糧の件で荒みかけていた空気もなんのそのであり、思わず別学校の者が問い掛ける始末。

 

「えっと………マジ?」

「つまんねぇミスで点落とす事はあっても、基本学年上位だぞ、アイツ」

「………ソニアは?」

「うっせ」

 

 アンナの疑問にそっぽを向き、サボり魔だったソニアは回答拒否。

 

 その頃、レナートとロザリンは窓の下をしゃがんで進んでいた。これまでの襲撃の犯人として顔が割れている上、彼が遭遇した人物のような狙撃手が他に居ないとも限らない、と判断してのことで、ロザリンも身の安全の為、同様にしているのだ。

 

「あいつらの意外そうな顔、面白かったな」

「そうか?」

「そりゃ、アイツらはお前がソニアみたいな様子しか見てなかったからな」

「それ、本人にゃ言うなよ?」

「言わねえって」

 

 笑っていたロザリンだが、ふと神妙な顔になり、廊下に面した教室を見やる。

 

「なあ、あれ………」

「襲撃は予想できたからな。申し訳ないとは思ったが、閉じ込めさせて貰った」

 

 歪んだレールにより、ドアを開けることは不可能。吹き飛ばせれば、と思うが、皆が皆極度の空腹に置かれている為、そこまでの力を出すだけで一苦労であるし、それをすれば音でわかるよう、簡単に椅子と机が積み上げられ、ドアを塞いでいる。余計な行動を増やし体力を削ぐと同時に、荒事を起こそうとすればそれだけでわかるよう、よく考えられた悪意あるやり口だ。

 

「………アタシ、一応お前と同い年だし、顔見知りでもあるんだけどな」

「ああ、ソニアにも言ってねえからな。俺の独断、それでいい」

「汚れ仕事は引き受けます、ってか?」

 

 面白く無さそうに鼻を鳴らすロザリンを、レナートは顔を向ける事なく笑う。

 

「生憎、こうなる前に殺しは経験してるんでな。できる事なら、全部引き受けたかったんだが」

「………は?」

 

 呆けた声と共に、固まる。何を言っているのか、理解できないといった表情の彼女へと振り返った青髪のウルサスは、その反応を予想していたように苦笑を浮かべ、窓の無いエリアへと彼女を引き込み、一息吐くことにした。

 

「俺が養子ってコトくらい、知ってんだろ?」

「そりゃ、お前の親父さんもお袋さんも、目の色髪の色とちっとも掠ってねえもんな」

 

 周知の事実に何をいまさら、と首を傾げていると、これまた突拍子もなく話が切り替わる。

 

「辺境の、一晩で消えた村の噂は知ってるか?」

「ああ、聞いたことならな。確か、村のあった場所が天災に見舞われたとか」

「アレな、姉さんの仕業なんだ」

「へぇ………つまんねージョークだな。お前、姉なんざいないだろ」

「ま、感染者になっちまってたからな。俺をおやっさんに任せて、どっか行っちまったよ」

 

 悔恨の滲む声に顔を上げれば、レナートは俯いていた。感染者という、非常にデリケートな話題について触れる勇気などなく、ロザリンは比較的穏当だろう話題に切り替える………それが、地雷であると知らずに。

 

「おやっさん、って?」

「俺を拾ってくれた、今の親父の友人………もう、いないけどな」

 

 頭を抱え、塞ぎ込む………恩人が死んだこと、そしてその原因の一端が自身の楽観視にあると考えてしまっている彼にしてみれば、後悔してもし足りない。()()()()()()()()()()()()まだしも、よりによってそのいざこざで、恩人を死に追いやったのだから。

 

「………わりぃな。ちょいと、感情的になってた」

「いや、お陰でちょっと印象変わったかな。アンタ、色々な意味で不気味だったし」

「ぶき………マジか」

「そりゃあ、お前が動いたのって二回目の火事からじゃん?」

 

 下っ端を自称していた通り、今でこそ生命線の役割を果たしているが、それまでは大した活動はしていなかった。精々、夜襲を一人で片付ける程度であるが、それも自衛として見れば当然でしかなく、食事量を抑えていることもあり、あまり存在感は無かった。

 

 それがいきなり皆の為に食糧を用意し始めたとなれば、不気味に思う者が居るのも当然か。

 

「ほら、さっさと行こうぜ。ボスたちの為にも、さ」

「だな。さっきのは忘れてくれよ?」

「さあな?ま、覚えてたら忘れとくよ」

「どっちだよ」

 

 呆れつつも、本来の目的の為の移動を再開。図書室の無事を祈りながら、進んでいくのだった。




・レナート
青髪赤眼のウルサス。現在の養親の為、普段はしっかりとしていた。
楽観視の悪癖があり、しょっちゅう惜しいところで点を落としていた。今回の件の中でその悪癖が顔を出した結果、嫌という程に後悔を抱いた。現在は、自分に出来ることを最大限行っている。

感染者の姉がいるが、現在消息不明。

・?????
食糧をくれた狙撃手。強奪者の命懸けの姿が、大切な誰かと重なったのかもしれない。


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動く者たち

オリキャラ登場につき、ご注意を


本作の学生自治団組ですが、原作より幾らかマシな環境の為、やや耐性低めです。


 図書室………ドアを開けた瞬間、中で何があったかを語るかのような悪臭が解き放たれる。

 

「「………ッ!」」

 

 レナートが袖で口元から鼻までを庇い、ロザリンが何かを堪えるように口元を抑える。

 

「ロザリン、少し外にいろ」

「ご、ごめ………ッ」

 

 バリケード代わりの本棚を音を立てぬよう少しずつ破壊。そうして中の光景が露わになると共に、背後の呻きが耳に届く。慌て気味にドアを離れた彼女から放たれる異音を意識から外し、現状学生自治団内部で最も多くを殺している少年は部屋へと踏み込んでいく。

 

 まず目に入ったのは、千切られ散乱したページの数々。それを握り締める者から、不自然に傷つき欠損し、モノによっては更に惨たらしい死体まで………密室という環境故に籠った悪臭からグロテスク極まる現場までもが合わさり、吐き気を催す光景を生み出しているのだ。

 

 ロザリンの同行を強く後悔しながらも、レナートは惨劇の中へ踏み込んでいく。

 

「………こりゃ、ひでぇな」

 

 極度の飢餓の中、何があったかなど想像に容易い。しかし、場所が悪すぎた。

 

「あ、ありそう?」

「厳しそうだな。連中、片っ端から本のページやらを食ってたみたいだ」

「ペ、ページを!?」

「そりゃ、何も無いんだからな」

 

 バリケードとして利用されたことで、本棚の配置は無茶苦茶に。そのせいで目当ての本棚の場所の記憶が役に立たない上、片っ端から本を引き出され、ページを引き千切られているせいで目当ての本が無事かも怪しい。予想しておくべきだった自体に頭痛を覚えながらも、死体置き場での就寝によりある程度耐性がついていたレナートは、一人比較的状態がマシな代物を探し、タイトルを確認していく。

 

「駄目だこりゃ」

「そ、そんなにか………」

「どこにどの棚があるか、もさっぱりになってるからな。骨が折れる、程度じゃ済まねえぞ」

 

 苦々しく顔を歪め、表紙を確認した本を室外に放り投げる。

 

「あ、アタシも」

「いや、いい。流石に………ッ?!」

 

 テリトリー内の死体処理をしていたロザリンでさえ、耐えられない程の惨状だ。流石に彼女にそこまでの負担を強いる訳にはいかない、と引き返そうとすれば、レナートの方を掴み、図書室へと押し入るように踏み込む。無理をしているのは明らかであるが、切羽詰まった様子はただ事ではない。

 

「おい、ロザ」

「探すぞ。アタシは、」

「ならちょいと待て」

「大丈」

「吐いたヤツが何言ってんだ。いいから、ちょいと外で待ってろ」

「そ、それは忘れてくれよ!」

 

 ロザリンを無理矢理外に押し留め、レナ―トは奥へと進む。力任せに適当な隅の床をぶち抜き穴をあけて、そこへと可能な限り死体を放り捨てる。可能ならば悪臭もどうにかしたいが、カーテンでギリギリ内部が見えていないだけの為、窓を開けるのは不可能。よって、我慢せざるを得ない。

 

「ったく………臭いは無理だが、見た目は多少マシになったぞ」

「わり、手間かけた」

「そう思うなら無茶は控えろっての」

 

 顔色悪いのは、多少とはいえマシな環境に置かれていたお陰か。死体を処理しても尚、凄惨な光景の名残が広がるものの、それでも惨たらしく損壊した死体が無いだけで大分違う。依然として顔色は悪いままながら、多少マシになった様子のロザリンは意を決して踏み込み、血で濡れた床を踏み締め、視線を彷徨わせる。

 

「どこにどういう本がとか、覚えてるか?」

「いや………ただ、本棚にラベルがある筈だ。持ち上げるから、確認してくれ」

「あいよ」

 

 レナートが片手で本棚を持ち上げ、ロザリンが一つ一つ確認していく。アンナが見たという内容からして、医学系と当たりをつけた二人はそれ系の参考書があるだろうジャンルの棚を探して歩を進めていき、広い室内を隅々まで探して回る。

 

「っと、これだ!」

「ってーと、この近場か。俺が散ってる方探すから、お前は棚頼む」

「おう!」

 

 先程の様子からしっかりと配慮しつつ、レナートは血やらで汚れた本を手に取り、調べていく。中身が千切られている物でも、レナートは多少残存したページの内容を探り、千切られ方次第で虱潰しにページを読み漁る事を強いられる。対し、そういった労力まで考慮せず割り振られたロザリンは無事な本の大まかな概要から即座に有用性の有無を確認できる為、かなりハイペースに分別を進めていく。

 

「っと、それっぽいのが書かれてんな」

「お、あったか?」

「今確認すっから、終わったらもう一度確認頼む」

「ああ」

 

 雑にボロボロの本を捨て、ロザリンの手にした本へと視線を移す。内容を確認し終えた本を受け取り次第、改めてその内容に目を通していく。予め、それらしい見出しのページを開いて渡されたお陰ですぐに内容を把握でき、頷き次第ソレを返し、戻る準備に入った。

 

「戻るぞ。それで問題無い筈だ」

「あれ?何冊かあった方がって」

「この状況で一冊あるだけ儲けモンだ。それに、お前も長居は勘弁だろ」

 

 ロザリンの手を引き、図書室を出る。

 窓から身を隠すという手間により、時間がかかりながらも無事戻れば、幸いにも何かがあった様子もなく皆が待機しており、二人は安堵と共にソニアへと発見した本を手渡す。一冊しか無い事から、皆なんとなく凡そを察したものの、それでもやはり尋ねる者は居る。

 

「一冊しか無かったのか?」

「死体置き場より酷い中での長居は勘弁したかったからな。不満なら、俺が探してくるが」

「どんなだったんだよ………」

「片付けて貰って大分マシになってっけど、アタシは二度目は勘弁願うぞ、マジで」

 

 本気の滲む声に誰もが納得し、多少の不満はあれ凡そ納得となった。

 そこからは、本の内容確認。無事(?)アンナの知識が真実と証明され、次の問題に。

 

「それはいいとして、どこで保管するんだよ」

「誰かがこっそり食べたりしたら………」

「とはいえ、この本の通りなら多く食べると、そのまま死ぬらしいのですぐわかると思いますが」

 

 さらりと冷たいことを口にするアンナにヒヤッとしながらも、一行はちゃんと話し合い続ける。

 

「ってーと、これまでで一番食ってた俺が別室待機がいいのか?」

「だな。信じちゃいるが、かといって任せっきりもダメだし」

「まあ、別に俺は食い過ぎても文句言わないけどさ」

「けど、流石に………なあ?」

 

 ソニアは信頼しているものの、他はやや割れている。この状況であれば当然であり、納得こそあれ不満など抱かない。寧ろ、信じてくれる者が居るだけでもありがたい、とまで思ってさえいたほどだ。

 

「それじゃあ、俺は休んでっから」

「それは構わねえが、死体置き場からは引き上げろ。もう誤魔化す必要もねえんだからな」

「はいよ。んじゃ、撤収して適当な部屋に行っとくぞ」

「好きにしな」

 

 その返答を聞き届け次第、軽い引っ越しの為死体置き場に向かう。

 といっても、持ち出すようなものは一つだけだ。

 

「わりぃな、おやっさん。返せるのは、もうちょい先になりそうだ」

 

 血で汚れ、あちこち傷付いた軍事警察の制服………制服に比べ強度に優れるという長所を考慮した打算もあったが、それ以上にこれ以上汚されることを無意識で拒んだ末、手元に置いた恩人の遺品だ。所有者を示す勲章等は亡骸と共に葬ってあるものの、この軍服は打算的な意味合いに加え、包囲網の者たちの恨みを買っているだろうことから外出できないことが重なり、返すことが出来ずにいるのだ。

 

「………さて、どの部屋にするかね」

 

 丁寧に畳んだソレを抱え、彼は移動先の選定に移った。

 

******

 

 誰もが寝静まった深夜。学校の設備の自動点灯も、内部の生存者が扱う灯りもない中、暴徒と化しチェルノボーグを襲ったレユニオン・ムーブメントの包囲網………汚れた白の粗雑な装束で統一されたその場所に、異質な色彩が加わった。

 

「メフィスト、これはどういうことだ?」

「どうって、見てわからないかい?あいつら、内輪揉めしたんだよ!」

 

 楽しそうに笑う少年から注意を外すことなく、暗い灰色と蒼の装束を纏う一団の長は視線を移す。その先の狙撃手は無言を貫くが、それだけで凡そを察し、あからさまな溜息を零すこととなった。

 

「もういい。ここからは、我々が引き受ける」

「へぇ………ここは、僕が」

()()()()()()………その意味が、わからない訳でもあるまい」

 

 殺気立つ蒼の一行を前に舌打ちし、メフィストと呼ばれた少年は兵を動かす。

 

「覚えてろよ」

「お前が、ボスの地雷を、踏み抜いて無ければな」

 

 さっさと行け、とばかりに手を払い、蒼軽装部隊の隊長はメフィスト隊をかき分け進む。

 数ではメフィスト隊の半分以下であるが、ファウストが本来の役割を遂行できるポイントに陣取っていない事も加味すれば一方的に殲滅される程の戦力差があるのだ。それに加え、彼らを束ねるボスが出張れば、戦闘は虐殺にまでランクダウンする。

 

 故に、退くしか出来ない。不用意な手を打てば、理不尽なまでの暴力で消されるのだから。

 

「………感謝する」

「構わんさ。お前さんの事情も理解してるつもりだ………が、まあ、目に余るのも事実だな」

 

 ファウストからの感謝に苦笑の気配を零すも、続けて齎された情報に空気を引き締める。

 

「それと、居たぞ」

「ッ、マジか!?」

 

 居た………その情報一つで、彼らの目的は半ばまで達成されたようなものだ。

 

「本当に助かる!おい、ボスに報告!急げ!」

 

 蒼ヴェンデッタの叫びを受け、軽装部隊は一気に慌ただしくなる。

 

「重装連隊、包囲網再構築だ!シールド二枚で備えとけ!」

「医療班急げよ!あの馬鹿がやらかしてんだ、絶対必要だぞ!」

 

 現状の戦力を動かし、警戒と包囲を強化しつつ、必要と思われる者たちに招集をかける。純粋な質で上回りこそすれ、数で劣る以上包囲は大雑把にせざるを得ない為、突破のリスクを高める代わりに死傷のリスクを低減する方向に切り替え人員の配置を切り替え、改めて高校外周へと散開させる。

 

 その頃、夜闇に包まれたチェルノボーグの市街地。

 警戒と共に街を駆ける少女は、不意にかけられた言葉に息を詰まらせた。

 

「学生さんが、こんなところで何してるのかしら?」

「っ?!」

 

 咄嗟に飛び退いた少女の視界に映ったのは、血の如く苛烈な赤の瞳。それと対照的な、見覚えのある色彩の髪に目を見張る間もなく、謎の息苦しさに喘ぐ。

 

「はっ、あぁ………っ」

「全く、どこの誰だか………天災に巻き込む気?」

 

 どれだけ空気を吸い込んでも、肝心な酸素が取り込めない。そのことに思い至る時には既に手遅れで、視界はどんどん霞んでいく。膝を着き、徐々に迫る二つの色彩へと手を伸ばした彼女は、同じ色彩を持つ友人の名を口にしていた。

 

「れな、と………!」

 

 それを最後に視界が暗転し、少女………ゾーヤの意識は途切れる。

 

 その最後の声を聞き届けていた影は数秒沈黙してから、溜息と共にその体を担ぎ上げる。

 

「あの子のお友達だったのかしら?これは、帰す前にあの子のトコ連れてった方がいいかしら」

 

 素早く近場の建物の壁面を駆け上り、争乱を示す光が点在する街を一望。大きく視線を動かし夜のチェルノボーグを確認した彼女は、上着のポケットから取り出した地図を広げ、たっぷり十数分睨めっこした後、仲間との通信を行った。

 

「ごめん、ペテルヘイム高校ってどこだっけ?」




ロザリン無理の理由は、察していただければ幸いです。


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向かう蒼、脱出する青

ロサファイナルチャレンジで隣でピックアップ中のペンギンが来ました、私です。
リソースが、育成リソースが足りない………!(無課金並感)


「―――ちに、―――スは私の」

(ん?あれ………?)

 

 朦朧とする意識の中、ゾーヤは何かに揺られている事に気付く。

 

「あれ?けど、それやったのは国じゃないっけ?」

「どっちでも同じよ。それに、今の台詞をスカルシュレッダーの前で言える?」

「ま、無理ね。私も、少し違ってたらああなってたでしょうし」

「………笑えない冗談はやめて」

 

 青髪の女性に背負われた彼女は、見ず知らずの人物の存在に気付く。起きている事がバレないよう息を潜めていると、彼女を背負う女性は特に変わった様子もなく話を続ける。

 

「けど、私はこの街で、あの子を受け入れてくれるヒトに会えた。それだけでも十分だったの」

「貴女の親を殺した連中と同族なのに?」

「そっちは一人残らず殺してるし、問題無いわよ。済んだことは気にしない主義なの、私」

 

 さらりと言い放つ女性は、明らかな不満を隠せぬ人物へと笑いかける。

 

「リュミちゃんだって、本命は帝国の上でしょ?」

「その呼び方はやめて。というか、誰に」

「貴女の復讐相手、って言ったら?ま、オバさん曰く『私は運がよかっただけ』らしいけど」

「その話、聞かなかった事にしておくわ」

「残念」

 

 笑いながら進む青髪のウルサスだが、大きな通りに出たところで同行者に手を引かれる。

 

「ペテルヘイム高校はこっち」

「あら、失礼失礼」

「………よく傭兵なんてやって来れたわね」

「みんな優秀な人だったからねー」

 

 明るい笑い声に拍子抜けしていると、そのまま二人は会話を再開する。

 

「で、どこまで知っている?」

「さあ?私も、深くは話してないしね」

「………ロドスは、どう思ってるの?」

「傭兵として言えば、好きにどうぞって感じね」

「偽善者、とは思わないんだ」

「何とかしようとしてるんだし、偽善も何も無いでしょ?」

 

 会話の温度差から、二人の認識の差異が見て取れる。

 

「お前とは、相容れないな」

「今更でしょ。そもそも、今回だってパトさんに頼まれなきゃスルーしてたんだし」

「そっ、か」

 

 話が途切れ、足音だけが響く………とは、いかない。

 

「軍か」

「かな?感じからして、結構な得物持ってそうだけど………悲鳴はなんだろね」

 

 直後、爆発にも似た暴風と共に、女が宙を舞った。

 

「っ!?っ!?」

「あはは、やっぱ起きてた!」

 

 楽しそうに笑ったかと思えば、またも爆発。豪快に降り立った先では、蒼の集団と軍が衝突している真っ最中。何事か、と目を剥くゾーヤに構わず、青髪のウルサスは蒼の一団へと振り返り、手短に確認。

 

「で?」

「民間人保護、護送中に襲撃。聞く耳持たず、諸共」

 

 その言葉を掻き消すように、爆音が響く。

 

「クソッ、連中マジお構いなしですぜ!折角暴徒の仲間入り前に保護したのに、これじゃあ!」

「感染者のクズどもを逃がすな!民間人も、感染の疑いがある者は徹底的に殺せ!」

(なんで!?鉱石病は、感染者の死体か源石との接触が無ければ大丈夫なんじゃないの!?)

 

 またも爆発が響いたことで、ゾーヤの中の認識が徐々に崩れていく。

 

「それじゃあ、重装連隊は民間人優先。術戦連隊はこの子連れてペテルヘイム高校に」

「ボスは?」

 

 動揺する彼女を重装連隊の奥の集団に預け、稲光を放つウルサスは振り返る。

 

「狩る」

 

 揺れる少女の瞳に映るその後ろ姿は、彼女の記憶にある友人と、妙に重なって見えた。

 

******

 

 夜、ペテルヘイム高校の廊下。灯り一つないそこで、押し殺した足音が響いている。

 

「………っ」

 

 ごくり、と生唾を飲む音を響かせ、小さな影が更なる一歩を踏み出す。

 

「ガキは寝る時間だぞ。チビのままでいてぇのか?」

「きゃっ!?」

 

 がらり、と無遠慮にドアが開き、闇の中荒っぽい低音の声が響く。

 

「ご、ごめんなさい………」

「やっぱラーダか」

 

 溜息を零し、襟首を掴み教室に引き込む。

 

「うぅ………」

 

 怒られる、と俯くラーダだが、かけられた言葉は窘めるものだった。

 

「腹減ってるのはわかるが、やっちまうと他に迷惑かかっちまうからな。我慢してくれ」

 

 柔らかく微笑み、適当な椅子に腰かける。

 

「包囲網が緩けりゃ、もうちょい色々出来たんだが………あ?」

「どうしたの?」

 

 窓の奥を見やるレナートが、椅子を倒す勢いで立ち上がる。その様子に首を傾げたラーダもまた、窓の奥を見やるも、灯りが殆ど無い為あまりよくは見えない。しかし、ラーダですら違和感を覚えるくらいには、何かが違った。

 

「なんだ、この………」

「なにか変………ソニアお姉ちゃんにつた」

 

 瞬間、遠方で強烈な光が巻き起こる。

 

「きゃっ!?」

 

 突然のことに驚き飛び退いたラーダを受け止め、落ち着けるべく優しく声をかける。

 

「大丈夫、ただの光………ッ!」

 

 数秒して、空気を裂く轟音が響き渡る。状況が状況であるせいか、余計に怖がるラーダが窓から遠ざかる中、レナートは表情険しく窓の奥を見やり、先程の違和感の正体を掴むことに成功していた。警戒と希望を胸に抱きながら、怯えるラーダへと、数瞬躊躇いながらも手を伸ばし、宥めるように優しく撫でる。

 

「大丈夫だ。結構遠くのみたいだから、そこまで気にしないで大丈夫さ」

「ほ、ほんとう………?」

 

 他の部屋が幾らか慌ただしい音がし始める中、それに混じり駆け足気味の足音が迫り

 

「レナート!」

 

 先の雷鳴を聞いたのか、慌てた様子のナターリアが全力でドアを跳ね開け破壊。原形を留めぬほどに歪んだそれを、『やっちゃった』と口元を抑え見つめるナターリアを、ラーダと共にジト目で睨む。当然、今の轟音で他の部屋から一層慌ただしい音が響き、更なる来客が。

 

「無事か!?………って、ナターリアか。脅かすんじゃねえよ」

「ご、ごめんなさい。あの雷鳴の規模と突発さからみて、強力な術師がいると思うと」

「ああ、アーツだよな、やっぱ。ただ、音のタイミング的に相当距離はありそうだが」

 

 窓の外を見やり、慌てた様子が伝わる影から、新たな確信を得て口を開く。

 

「今なら突破できるか?」

「おいおい、無茶言ってんじゃ………あ?おい、まさか」

 

 窓を覗いたソニアも気付いたらしく、思案する様子を見せる。

 

「ああ、数が減ってる。その上慌ててるみたいだし、上手くやれば、或いは」

「さっきので殆ど叩き起こされてっからな。アタシとお前で突っ切るぞ」

「いや、俺が先に行く。ソニアは他の連中を頼む」

 

 自身の体力状況を把握しての言葉に、ソニアは舌打ちを零す。目を伏せ少しして、力強い視線でレナートを見下ろした彼女の言葉は、苦々しさと苛立ちを隠さないながらも、確かな信頼が込められたもの。

 

「死ぬんじゃねえぞ」

「わーってんよ。そら、急いだ急いだ」

 

 ソニアが教室を飛び出してから、レナートは近場の机、椅子を力任せに解体し、金属部分を強引に折る、曲げる等して加工していく。まさかの行動に二人が呆気に取られる中で、着実にそこそこの重量があろう凶器が形作られていき、同時に慌ただしい足音が外から聞こえてくる。

 

「二人も準備しとけ。俺もこれ終わり次第、色々やっから」

 

 二人がそれぞれ外に出る為の準備に移ったのを確認次第、レナートは血塗れの軍服片手に部屋を飛び出す。外部からの視線を遮っているテリトリー外から校舎外へと出て向かう先は、高校の敷地の傍らに作った、簡素極まる墓。目的は当然、遺品の返却だ。

 

「これ、返しておくよ。このまま持ってくのは悪いからな」

 

 広げたソレを被せるようにかけ、黙祷を捧げる。五秒にも満たないながら、しかし時間との戦いである今、あまり時間をかける訳にもいかず、そのまま校内へ駆け戻る。幸いと言うべきか、やはり急なことで皆準備が終わっておらず、慌ただしく護身用の武器などを探している。

 ソニアのお陰で争いは起きていないものの、このままでは埒が明かないと判断し、レナートは教室にある机や椅子を片っ端から解体していく。

 

「は、え?」

「いやいや、なんでンなコトできんのさ!?」

「ペテルヘイム生こっわ………」

「あ?」

「ソニア、そういうとこだぜ?」

 

 周囲が引く中、出来上がった金属塊を簡単な武器らしい形へと変えていき、不足分を補う。当然、素手でやっている為皮膚が裂けるなどただでは済んでいないが、レナートは襤褸布を包帯代わりに使うのみであり、特に気にした様子を見せない。いや、そもそも気に出来る余裕が無いのだ。

 

「っし、これでいいか?」

「ああ。それじゃあ、悪いが先陣は任せんぞ」

「ちょいと待ってろ」

 

 自作の、簡単な鈍器を片手に戻り次第、集団で移動する。当然、先の雷鳴とは逆方向に、だ。

 

「俺が全力でぶち抜くから、一気に駆け抜けろ」

「っつー訳だ。ロザリンとアタシ、あと腕に自信があるので、追手は何とかすんぞ」

「あいよ!」

「この地獄から出れるんだ、なんだってやってやるさ!」

「ああ!いい加減学校も見飽きたってんだ!」

 

 盛り上がる彼らから視線を外し、ソニアとアイコンタクト。頷き合い次第、暗闇を血色の残光が駆け抜ける。走力自体は学内で飛び抜けて、という程では無いが、その速度にウルサス内でも桁外れの腕力、そしてそれで振り抜かれる重量を乗せれば、その威力は相当なものだ。

 

「ッ、下がれ!受けたら死ぬぞ!」

 

 タワーシールド二枚装備の重装兵たちが片方を捨て、一枚を全力で一斉に構える。

 

「ぶっ、飛べやァッ!」

 

 間違いなく強度があるソレを大きくひしゃげさせ、即席武器が壊れる。だが、残された柄にあたる金属塊もまた、充分立派な凶器となり得る代物であり、相手は即座にそれを察知。一斉に退いていく。

 

「………いくぞッ!」

『オオオオオオオオオッ!!!』

「撤退!防御第一で撤退だ!」

 

 一斉に駆け出すウルサスたちを止めることを諦め、重装連隊が引いていく。

 

(なんだ?こいつら、なんで止めようとしない?)

「ボサッとしてんな!置いてくぞ!」

「………わりぃ!」

 

 鉄パイプよりマシ程度の代物となった即席武器片手に、レナートは殿を務め駆ける。

 

 その先に広がる地獄がどのようなものかも、想像しないまま。

 

「………あーあ、行っちまった」

「お叱りコースですね、こりゃ」

「いや?姐さんの舞い上がりっぷり見るに、全力でしょげ返るに一票だな」

 

 そんな彼らを見届けた蒼の一団は、悲壮な空気の欠片もなく言葉を交わしていた。

 そして、彼らのボスがどんな反応をするかで盛り上がっている始末である。

 

「んじゃ、俺は姐さんの飲み水でも賭けるかな」

「火ぃ付く水なぞあってたまっか」

「なら、ハチミ」

「姐さん、匂いだけで酔っ払うからマジでやめとけ」

「ホント、酒にゃあ滅法強いのになぁ」

 

 楽しそうに笑い、しかし直ぐ学校へと目を向け直す。

 

「念の為だ、生存者の捜索に行くぞ。それと」

「ああ。事と場合によっちゃ、姐さん共々レユニオンとはオサラバだな」

 

 神妙な空気を纏い、重装連隊と軽装部隊が合同で学内へと向け歩を進める。

 

 その一方、逆サイド。学生逃走の報告を受け、次に向け動く中で、新たな一団が合流した。

 

「はいはい、ただいま~………って、あらら?」

「よ、遅かったな。青髪の坊主なら、とっくに逃げ出したぜ?」

「っ、レナートが!?」

「うおっ!?」

 

 がばり、と術師たちの合間を縫い現れた少女に驚きながら、総隊長の蒼ヴェンデッタはリーベリの術師隊長へと顔を向け、無言で問い詰める。肩を竦めた相手は、焦燥と戸惑いを隠さぬ少女を顎でしゃくり、軽い様子で疑問へと答える。

 

「ボスが拉致った子で、弟さんの知り合いだとか」

「そりゃ、二つの意味で災難な」

 

 その言葉は、ゾーヤに届かない。

 

「………で、ボスから連絡は?」

「さあ?『ちょっと連中潰してくる☆』って走ってったし」

「マジかよ………ぜってー迷う奴じゃん、それ」

 

 崩れ落ちた彼女にかける言葉が見つからず、二人はやむなく現実逃避気味に雑談へと興じた。




・????
感染者のウルサスにして、レナートをチェルノボーグに残した彼の姉。
弟と同様青髪に血色の瞳を持ち、現在は傭兵としてある人物に協力。
弟と異なり、口調は穏やかだが………?


・レユニオン(????配下、蒼部隊)
感染者であり、感染の有無が二の次である傭兵として活動する者たち。
????をボス、或いは姐さんと呼び慕っており、非感染者への敵対意識も薄い。
戦場経験に由来する確かな実力を持ち、ボスのイメージカラーとして青で装束を統一している。


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地獄の中での再会

ズィマー昇進2分の素材は揃った………後はレベルと金策だぁ(白目)
泥限素材の収集の辛さを思い知り、銀灰昇進2のエグさに眩暈を覚えました………


 地獄と化したチェルノボーグの街。

 

「ターゲット確認!」

「っ!?」

「おいおい、嘘だろ………!」

 

 暴徒と化した民間人から逃げていたソニアたちは、蒼の感染者集団に前方を塞がれる。無茶をすれば突破できそうな兵力、と思いきや、現在彼女たちは連日の逃走による疲弊に加え、最も運動能力に優れる男が極端に弱っているせいで難しい。

 

「っ、離せよ!」

「今無茶したら、また傷が開くわよ!」

「このままじゃ………ッ」

 

 口論が始まるかと思いきや、深く刻まれた傷に響き、苦悶の呻きがそれを未然に防ぐ。恵まれた体躯と腕力から積極的に荒事を担当していたレナートだが、徒手空拳では対応できない攻撃もある。そんな無茶の蓄積が悪い方向に転び続けた結果、致命傷とまではいかないながらも、重い傷を複数抱え込む羽目になり、足手纏いとなっていたのだ。

 

「撃てッ!」

「ッ、上!?」

 

 その叫びに反応した直後、無数の矢と弾丸が飛来。

 

「………え?」

 

 その全てが、一行の背後から迫って居た暴徒を強襲したのだ。

 何事か、と呆気に取られていると、空から物々しい機材を背負った部隊が降下。暴徒へと向けていた物を一行へと向ける者と、亡骸へと警戒の一撃を撃ち込む者とで別れる中、前方を塞いでいた剣士たちが無線を使って発言するのが耳に届いた。

 

「ええ、無事とは言い難いですが………え?来る?あー、信号弾頼む!」

「だろうと思った」

 

 この状況下で、明らかな悪手と知りながらも信号弾を発射。当然、その詳細を知らない学生らは身構え、突破の糸口を探る。しかしながら、突きつけられた得物のせいで犠牲が出るのは確実であり、皆それを恐れて動けない。何より、的確に主要戦力と非戦闘員へと狙いを定めている為、犠牲が出ればその時点で終わりかねない。

 

「さて、そろそろ警戒を解いて………ふぁ!?」

「ボスェ………」

 

 響く轟音に顔を上げれば、ビルの壁面を何かが進んでいた。砕けた建材を巻き上げ、接近するソレに警戒を露わにする学生たちと裏腹に、蒼系で統一された装備の集団は呆れて頭を抱える。やがて、壁面を疾駆するそれがヒトである可能性に行き着いた面々の中に、恐怖を隠せぬものが現れ始め、そして

 

「みーつーけーっ、た―――ッ!!!」

「ね、姉さ!?」

 

 一切遠慮なしの、高所からの飛び込み。そのままでは、事故不可避の軌道を舞う青髪のウルサスは、しかし目前の肉親しか見えていない。その為、しっかり起動を予測して投げ放たれた何かに対しても、それが脇腹に付着した時に漸く気付く始末。そして、それは存在を認識された瞬間に、形を失う。

 

「ふぎゃんっ!?」

 

 その軌道が大きく変わる程の、爆発を伴って。

 

「………なにやってんだか」

「助かりましたわ、マジで」

 

 嘆息する銀髪のサルカズに蒼ヴェンデッタが感謝を告げ、頭を下げる。突然の事態に加え、情報量の暴力で誰もが混乱しフリーズする中、女サルカズは集団の隙間をすり抜け、呆気に取られる青髪のウルサスを見下ろした。

 

「へぇ、キミが………あの子のねー。あの子にあった危うさはそんなに………っと」

 

 振り返れば、衣類がボロボロになっているながら、爆弾の直撃とは思えない程に軽傷のウルサスがゆったりと歩を進めてくる。その剥き出しの脇腹を始めとした白い肌には、明らかな異物である黒い鉱石………源石が表出している。その姿が、彼女が感染者であるという事実を何よりも雄弁に物語るのだ。

 

「姉さん………!」

「違う違う」

「え?」

 

 人違いを疑ってしまい、レナートが混乱する中、彼女は茶目っ気たっぷりなウィンクと共に

 

「お姉ちゃん、でしょ?」

『そっち!?』

 

 周囲が唖然となる中、サルカズの女は必死に笑いを堪え、レナートもまた様々な感情がごっちゃになった末、俯いている。その様子が可愛らしく思えたのか、手を広げ突っ込もうとするも、すかさずサルカズに取り押さえられ、引き留められる。

 

「ストップよ、グローザ。弟まで感染者にする気?」

「あ、一応源石との直接接触は避けるべきよね。ごめんね、リューちゃん」

「その渾名、好きよね」

 

 リューちゃんこと(ダブリュー)は呆れた様子を見せ、グローザと呼んだウルサスから手を離す。その様子に部隊の面々が安堵の様子を見せる中、学生たちは何が何や話について行けず、弟に関しては完全に困惑している始末だ。

 

「えっと、雷雨(グローザ)って………」

「ほら、私のアーツって雷系だし?」

「あ、あれ?姉さんのって」

「お・ね・え・ちゃ・ん♪」

「………お姉ちゃんのって」

 

 再会できた身内というのもあってか、レナートは速攻折れた。整ったながらも強面に近い顔立ちに三白眼と、荒々しい口調が笑えるくらいに合う姿からその呼称はギャップが凄まじく、沈黙の中に動揺が奔った。

 

(うっそぉ!?)

(折れたな)

(あーあ、知らないっと)

 

 学生たちがぽかんとなる中、嬉しそうに頷いたグローザはそっと人差指を立てる。

 

「残念、私のアーツは雷系だったのです、まる!」

「あの一瞬で、私の爆弾のダメージをそこまで殺す、なんて芸当、電撃で出来るとでも?」

 

 Wに睨まれても笑みを絶やさず、グローザは彼女の疑念を無視して喉を鳴らす。

 

「ソコは傭兵らしく、企業秘密ってことで」

「あっそ。で、その子たちはどうするの?」

「とりあえず、術師の人たちと合流して貰って、ロドス辺りに保護して貰おうかしら」

「あら、国じゃなくていいの?」

 

 意地悪く笑うWに、グローザの表情が消えた。その瞬間、ソニアたちを強烈、どころではない重圧が襲い、一部の者たちに至っては、耐え切れずその場で胃の中身をぶちまける羽目になってしまう。その圧たるや、弟であるレナートすら顔を真っ青にして蹲る程だ。

 

()()()()()()

 

 最も馴染む名で呼ばれ、青髪のウルサスは元の表情を取り戻す。瞬間、重圧は霧散。

 

「ごめんなさいね。ちょっと、ヤなこと思い出しちゃって………はぁ。帝国は無理よ」

「ちょっとした悪戯心よ。けど、てっきり弟クンは引き取ると思ったんだけど」

「あのね、私たちとロドスなら、あっちのが間違いなく環境はマシでしょーが」

 

 乱雑に髪をかき上げる所作は、見事に弟そっくりである。

 

「それプラス、私の方で消した連中は知ってるでしょ?」

「そういう事ね。けど、よくわかったじゃない」

「流れには敏感なのよ、私」

「え、ええっと………?」

 

 話が見えず困惑するレナートを置き去りに、一応は彼らのリーダーであるソニアが声を上げる。

 

「勝手に話進めてるところ悪いが」

「貴女の意見は聞いてないわ。メフィストの悪趣味も始まってる以上、ここは余計危険なの」

 

 血色の瞳に射貫かれ、ソニアは思わず一歩後退る。恐怖を噛み殺し、前に踏み出そうとした彼女の前にレナートが割り込んだかと思えば、その瞳を真っ向から睨み返し、静かに、しかし怒気を隠さずに疑問をぶつけた。

 

「一応聞いておくけど、ソニアの意見を聞かないワケはなんだ?」

「そう遠くない内に天災が来るわ。それに、レユニオン参加者の大半は見境無しだもの」

「れゆにおん?てか待て、天災って!?」

「………今回の暴動の主犯どもに、その辺の情報も狂わされてたからね。知らなくて当然よ」

 

 笑い、改めて弟と視線を重ねる。じっと睨むでもなく、単純に見つめ続け、微笑む。

 

「ホント、大きくなっちゃってさ」

 

 ポンポンと頭を撫で、しかし直ぐ両手を拳にして蟀谷をグリグリと圧迫。

 

「ででででででで!?」

 

 続けて、半目で包帯とも呼べぬ布とそれを汚す赤で彩られた体に目を落とし、盛大に嘆息。

 

「とりあえず、この馬鹿の治療、宜しくね。他の子たちも、暫く私たちが居るから休みなさい」

 

 有無を言わさぬ圧を秘めた笑顔に頷かざるを得ない学生たちの眼前で、レナートは蟀谷を抑えて撃沈、痙攣する。周りが軽く引いている中で、グローザは先の民間人暴徒たちの死体から使えそうな服を剥ぎ、体を隠すように羽織る。

 

「さて、怪我人はさっさと名乗り出なさい。こいつら、こんなんでも手当とかできるし」

「いや、ボスが不器用過ぎるだけですからね?」

「ああ、リンゴ剥こうとして握り砕いたり、包丁の柄を握り潰したりねー」

 

 Wが笑い、グローザが無言で顔を背ける。しかし、首まで真っ赤になっている。

 

「と、兎に角、よろしくね~………ちょっと八つ当たり兼て掃除してくる」

「アッハイ」

「それじゃ、私もお暇するわね」

 

 ビルをぶち抜いてグローザが去ると共に、Wもまた行方をくらませた。驚きの連続で誰もが言葉を失う中、部隊の面々は武装解除する者とそうでない者とで別れ、レナートを始めとした怪我人の治療から、他の面々の休息の為の安全確保までを始める。

 

「随分と、酔狂なヤツなんだな」

「そりゃ、酔狂さ。わざわざ、こうやって俺らに生きる道をくれたんだからな」

 

 ソニアの皮肉混じりの言葉を、ヴェンデッタが笑い飛ばす。

 

「………姉さん、何やったんだよ」

「なに、強制収容所をぶっ飛ばしたり、軍を消し飛ばしたりした程度さ」

「マジでなにやって―――ッ?!」

「………ぐ、軍を、って………」

 

 さらりとカミングアウトされた衝撃の事実に頭を抱えかけ、治療の痛みに悶絶。沈黙した学生の中から呻くような声が漏れたかと思えば、感染者たちは笑い話だとばかりに声を弾ませる。

 

「で、そっからだよ。収容所の連中に訊いて、俺らみたいに自分で選んだのは傭兵になった」

「………マジで酔狂なヤツだな」

「だろ?酔わせるのも案外簡単だし」

「姐さん相手にゃ、ハチミツがいいぞ。あの人、匂いだけで泥酔するし」

「あ、姉さんもそこは治ってないのか」

「………『も』?」

「あ、やべっ」

 

 自身の弱点にも繋がるコトを無意識に零してしまい、慌てて口を噤む。

 

「………なんつーか、意外だな」

「うっせ」

 

 治療を受けるレナートは、驚きの目を向けるソニアへと、ぞんざいに返す。見た事もない拗ねた表情に面食らっている中、レナートはそっぽを向いたまま沈黙を保つ。ウルサスは基本的にハチミツで酔うが、匂いだけで泥酔というのは流石に弱すぎる………当然、密かなコンプレックスになっていた。

 

「そんなにダメか」

「パンに練り込まれてた時は、一口で酔っ払ってぶっ倒れたらしい」

「らしい、ってことは覚えてねえのか………マジで弱いんだな」

「しゃーねぇだろ、体質なんだから。それにその後、頭痛が酷かったもんで色々曖昧なんだ」

「二日酔いまであんのかよ」

 

 そのせいで、市販のパンなどを気軽に買えないのだ。何度、自身の体質を恨んだ事か。

 

「………苦労、してんだな」

「ホントにっ、いいいいいいいいッ!?」

「ったく、このガキ弾抜かねえでいやがったのか………コレ、本格的なの必須じゃね?」

 

 レナートの腕から、拳銃の弾が抜かれる。それを見た誰もがぎょっとして、傷だらけのウルサスが視線を集める。即座に複数名がかりで抑え込まれた彼を見下ろし、治療に当たっていた者たちができる限りの道具を引っ張り出す。

 

「さて、包み隠さず吐け。さもなくば、傷という傷に片っ端からピンセット突っ込むぞ?」

「………わーったよ」

「素直で宜しい。あ、嬢ちゃんらにゃ刺激が強」

「大丈夫だ。見慣れてる」

「………だったな。わり、忘れてくれや。んじゃ坊主、死ぬほど痛いが我慢しろよ?」

 

 学生たちへの警告を終えた傭兵たちの手により、傷だらけの馬鹿への治療が開始。舌を噛まないよう、布を噛ませている事でくぐもった絶叫が響く中、学生たちが休める筈も無い。印象の良し悪しに関わらず、誰もが心配の視線を向ける中、ソニアやナターリアからの厳しい視線を受け、隊長格のヴェンデッタが肩を竦める。

 

「ああ言うあたり、相当酷かったろうからな。悪いが我慢してくれ」

「………何かあったら、その時は」

「俺一人で済むなら、アイツらの代わりに責任取って殺されてやるよ」

 

 何の躊躇いも気負いもなく命を賭ける、と口にしたヴェンデッタは、二人を正面から見据える。隠し切れぬ驚愕と動揺から何を思ったかは不明ながら、しかし二人に確かに突き刺さる一言を告げてから、彼は自身の仕事………学生たちの安全の為の、周辺警戒へと移った。

 

「こいつらのボスは俺だからな。下のミスは上の責任、俺のミスは俺の責任、それだけさ」




・レナート
ストーリー外で無茶して足手纏いになった、今回影薄めの主人公。
銃弾が残ったままでも平然と動ける痛みへの耐性を見せたが、傷の悪化で荒療治不可避に。積極的に肉盾をしていたが、実は万全ならボウガンの矢くらいなら掴み取れる。

実は、ウルサスの中でもとびっきりハチミツに弱い。少し練り込まれただけのパン一口でも泥酔、更には二日酔いまで起こすレベル。万一食糧に混ざっていた場合、それだけで大事だった。

・グローザ(アナスタシア)
レナートの姉の雷系のアーツ使い(自称)。長距離の壁面走行という荒業が可能な程に身体能力が高い反面、それを十全に制御しきれない不器用さを併せ持つ危険人物でもある。その為、現在はスキンシップ厳禁。

穏やかに見えるが、笑顔が消えた瞬間に放たれる重圧等、不穏な要素も多い。

・グローザの部下(蒼部隊)
大半が元強制収容施設出身の、現役傭兵たち。グローザのやらかしに頭を抱える、胃を痛める等してきた常識人たちであり、私生活壊滅的な彼女の保護者団と言えなくもない。



ぶっちゃけた話、私がウルサスをどうにかするにはこれくらいしないとダメやろ、と絶望した末に組み込んだ面子です………いや、マジで地獄過ぎて………私の技量じゃ、これくらい強引じゃないとどうにもならんのです………!


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悔恨の吐露

ありったけ注ぎ込み、初の昇進2をズィマーに捧げましたので初投稿です。
ウィークリーの理性剤くらいしか使わぬ身には、泥限素材が辛いトコロでしたわ。

『腹ペコ魔人』様、評価ありがとうございます!励みとなります!


あ、今回ややご都合入りまするので、ご注意を。


 轟音と共に、ビルが沈む………夜の街の異様な光景に圧倒されながら、ゾーヤは歩を進める。

 

「リーダーってば、まーた無茶苦茶して~」

 

 笑い、損壊した攻城兵器を片手に平然と歩く狙撃兵は、そんな光景を呑気にそう評する。見るからに重いであろう大型火器やら、無数の箱を収めたバックパックを背負う怪力の人物の周辺では、その部下たちがボウガンを片手に絶え間ない警戒を続けている。

 半ば護衛に近い立場であるが、ゾーヤとて戦う術はある………しかし、彼女たちなりの配慮なのだろう。父の形見として残されていた、軍警支給のアーツロッドを握り締め、胸中に渦巻く数多の疑問を反芻する。

 

「そろそ」

「!?!?!?」

 

 そろそろ、という短い言葉すら言い切る間もなく、聞き覚えのある声による奇妙な悲鳴が響く。

 

「っ、レナート!?」

「あ、ちょ!?」

「………アレが、青春か」

「いや違うからね!?多分!」

 

 背後の会話に耳を貸さず、悲鳴の方へと駆ける。

 

「てめっ、何食わせやがった!?」

「ロドス産の完全健康携帯食料」

 

 そんな単語が聞こえたかと思えば、続くは阿鼻叫喚。

 

「それロドスじゃなくてあの嬢ちゃん手製のだよな?!つか、お前アレ持ってたのか!?」

「医療キットに、怪我人を眠らせる序でに体力回復させるように、ってボスが常備させてんぞ」

「聞きたくなかった新事実!?」

「それ眠らせるんじゃねえ、気絶させてるんだよ!」

 

 赤いメッシュの入った髪のウルサスが、手斧を取り振りかぶる。

 

「つまりはあぶねえモンってことか!」

「ちげえよ!いや違くねえけど、健康には無害だ!クッソ不味いけどな!」

「………えぇっと………?」

 

 ゾーヤが困惑を隠せず狼狽えていると、遅れて現れた部隊が明るい声と共に存在を主張。

 

「後方隊、たっだいま~!」

「おかえ………ナニソレ」

「まーたお前の悪癖か」

「悪癖とは失礼な!」

 

 ギャーギャー盛り上がる蒼装束たちにどう対応すべきか悩んだ末、彼らとの会話の試み自体を放棄し、ゾーヤは気絶して突っ伏す友人、続けて彼と同じ制服を纏う人物へと視線を移す。どう声をかけたものか、と口籠っている彼女を慮ってか、彼女の護衛をしていた一人が傍まで静かに歩み寄り、疑問を口にした。

 

「この中に、ペテルヘイム高校に来ていた軍警を知る者は?」

 

 直球の質問であるが、一行の大半は困惑したまま。そんな中、ナターリアがおずおずと手を挙げる。ゾーヤの胸にどす黒いモノが込み上げかけるも、それは続く内容によって一時霧散する事となった。

 

「レナートが埋葬した、という話を」

「それだけ?」

「それを掘り起こそうとした方々は、皆死体になって打ち捨てられてましたので」

「………っ!?」

 

 思わずレナートに視線をやるも、気絶して地面に突っ伏す姿があるのみ。何故、という困惑と共にまさか、という疑念が沸き上がり、しかしこれまでの交流で知った人柄と繋がらず、思考が堂々巡りを繰り返す。どうすればいいのかわからず居る彼女が、肩に何か触れたと思い振り返れば、彼女をここまで護衛してくれた後方隊リーダーの姿。

 

「思うところはあるでしょうけど、今は休んでおきなさいな」

「………はい」

 

 何があったのか、知りたいとは思う。だが、一番聞きたい事を知っているだろう者が眠ってしまっている以上、出来る事は無い。やむなくやや離れた場所に腰を下ろせば、当然疑念の目が向けられる。そこに、後方隊のリーダーが割り込み、軽い調子で手を振る。

 

「この子ね、リーダーの弟さんのお友達らしいんだ………ま、それだけじゃないんだけどさ」

 

 端的に複雑な立場であることを告げながら、大型の攻城兵器を乱雑に地面に下ろす。豪快な音を響かすスクラップに背中を預け、他の面々もそれぞれの形で気を抜く。端的な情報と先の質問、そして何より、学生には似つかわしくない装備からある程度察した者が憐憫の、そうでない者はまた異なる視線を向け、その中でゾーヤは息を吐き、どうしたものかと友人を見やる。

 あちこち包帯を巻かれている事から、相当な無茶をしているのが見て取れる………彼女の父が保護し、その後彼の同僚に引き取られた人物で、幼馴染と言っても過言ではない人間だ。彼女と異なり、軍警になる事を志してこそいなかったものの、その運動能力はよく知っている。

 

「無茶、してたんだね」

「ホントにな」

 

 同じく彼を見下ろすソニアの声に顔を上げると、彼女は視線で何かを指し示す。そちらに目を向けると、地上に転がる血塗れの弾丸が幾つも。ぎょっとして彼に視線を戻せば、彼が身を置いた一団の長は自嘲気味に笑い、悔恨を吐き捨てるように言葉を絞り出す。

 

「ホント、無茶苦茶な野郎だよ。一歩間違えば、そのままくたばってたってのにさ」

「ええ、本当に………」

 

 ナターリアもまた、悔恨を隠さず唇を噛み、沈黙する。双方とも、何かしら抱え込んでいるのだと察するのはあまりに簡単であるが、踏み込んでいいモノかと言われれば、間違いなく否だと判断。ゾーヤが詮索せずに沈黙を選ぶ中、後方隊長の重砲兵長は躊躇いなく、彼女らの傷を抉るような事を口にした。

 

「ま、お貴族様と平民どもが一緒くたにされれば、ああなるでしょうね。メフィストの悪趣味は笑い話にも出来やしないけど、目の良さだけは褒めていいかもね。人格面はま、高望みってコトで」

「………ッ」

「お前なぁ………」

 

 怒り、より呆れが強い仲間の声に肩を竦め、リラックスした姿勢のまま再度口を開く。

 

「まあ、メフィストもそれを狙ったんでしょうしね。完全な被害者、とは思ってあげないけど」

「………そうかよ」

「ただ、極限状態で生きるっていうのはそういう事よ。私の居た収容所だって、少ない食料の取り合いがしょっちゅうだったもの。そうやって生き抜くことも、その過程で誰かを犠牲にする事も、一概に悪いとは言わないし、立場上言えないけどね」

 

 最後にそう残し、フードとマスクを外した女ウルサスは拳銃を取り出す。ぎょっとする者から先の発言に思うところがある者まで、学生たちが何事かと警戒している中で、彼女は銃身の方を握り、一向に差し出す。

 

「………なんだ?撃てってか?」

「近いうちに移動するんだし、威嚇用程度でも武器は必要でしょ?」

「あのな、こいつらド素人が、銃なんて難解なモン使えると思うか?」

「あっ」

 

 あちゃー、と頭を掻き、拳銃を戻す。サンクタが好んで扱う銃の類だが、ボウガンに比べ弾速や連射力に優れる反面、複雑な構造が原因で、サンクタ族以外では訓練を重ねた末に拳銃を扱うのが精々。更に、大半が出土品、或いはそのコピーということから高価であり、その希少性から弾薬コスト等が重なり、一般人には縁のない代物だ。

 無論、撃つだけなら素人でもできるが、基本的に狙った的に当たらない………逆説的に、そんな無茶苦茶な軌道の弾丸を、全て腕で防ぎ切ったレナートの反応速度の凄まじさがわかる。

 

「………でしたら、そちらのそれを頂けますか?」

「これ?中がイカれたスクラップだけど」

「威嚇用程度でも、と仰っていましたよね?」

「あちゃー!一本取られたなぁ………流石ロストフさんトコのだね」

 

 平然と素性を見破られた事に驚くナターリアだが、相手は大した反応を見せず、大型の攻城兵器から離れる。名残惜しそうにソレをポンポン叩いたかと思えば、直ぐに表情を切り替え、ナターリアを手招き。

 

「ほら、持ってくならちゃんと持てるか見せて貰わないと」

「わかりました」

 

 結果、軽々持ち上げられ、重砲兵長はその場に崩れ落ちる。

 

「え?え?」

「ロストフ、恐るべし………!それじゃ」

「探しに行くの禁止な」

「そんなぁ!?」

「ぅ、ぁ………ああ?喧しいな」

 

 蒼ヴェンデッタに探索を阻止された重砲兵長の叫びによって、レナートが目覚める。

 

「流石ボスの弟さん………あの健康毒物からこの超短時間で復活って」

「おい待て、なんだ健康毒物って!つか、弾抜かれる前後の記憶が曖昧な………ん………」

 

 大きく目を見開き、続いて安堵の息を零す。

 

「よかった、ゾーヤは無事だったんだな」

「レナートのお姉さんに、気絶させられたけどね」

「なにしてんだあの人は………」

 

 思わず頭を抱える彼へとそっと歩み寄り、ゾーヤは包帯に包まれた腕を握る。

 

「ぃいッッッ!?」

「そういうレナートは、無事じゃないんだね」

「………ま、適当やってたツケだよ、ツケ」

 

 それだけ零し、彼女の身に着けている物を見やる。

 

「………そうか、行ったのか」

「拉致された形で、だけどね」

「マジで何してんだよ、馬鹿姉………」

 

 直後、垂直に沈んでいたビルがドミノ倒しとなったのだが………全くの余談か。

 

「………父さんを殺したのは、貴方?」

「ああ」

「違う!」

 

 彼女のその問いに、躊躇いなくそう答える。それに待ったをかけたのは、ソニアだった。

 

「いいや、それ」

「違います!ああなったのは、私が」

 

 そこから始まるのは、責任の背負い合いだ。ゾーヤの求めるモノとは別に、各々が自身の胸の内をぶちまけ、責任感の強さから全てを背負おうとする。誰もが等しく間違えながらも、しかし絶対的な悪かと言われれば、やむを得ない部分も確かにある。

 

 ナターリアの煽動、指揮も間違いなく原因の一端であるが、しかしそれをしなければ彼女の命は無く。ソニアは自身の軽率を悔いているが、しかし根底にあったのは善意であり、更にあの時彼女が動かなければ、悪い方向に傾かずとも、決していい方向にも傾かなかった。

 そして、仮に事態を厳しく見て動いたところで、レナートに出来るのは暴力での鎮圧程度。立ち位置だけとはいえ、ソニアの一団に属している上、既に割れに割れた学内勢力では、善意からの振る舞いであろうと不信感、或いは不満を抱き、闘争は避けられなかった。どうあっても、彼の恩人の、ゾーヤの父の死は避けられなかったであろう。

 

 だが、彼らは負の側面しか見えない。それしか、認識できていない。

 

「あー、ストップストップ!盛り上がってるトコ悪いが、肝心なのはソコじゃねえんだわ」

 

 その堂々巡りに割り込んだのは、この場における事実上リーダーの蒼ヴェンデッタ。他の学生たちもまた、彼らの主張に思うところがあり動けない中、完全なる部外者だからこそ、ある程度の冷静さを以て対処できているのだ。

 

「要は、お前さんらは直接こいつの親父さんを殺っちゃいない、ってコトでいいな?」

「………けど」

「けどもだっても無いんだよ。それに、お前らだけで全てが回ると思うんじゃねえぞ」

 

 呆れ混じりの溜息と共に告げ、ゾーヤを見下ろす。

 

「っつー訳だ。よかったな、嬢ちゃん」

「え、あ………はい」

 

 ほっと安堵の籠った息を吐き、改めてレナートの隣に座る。

 

「部外者だから、いいとか悪いとかはわからないけどさ」

「あん?」

「きっと、悪いだけじゃないと思うんだ」

 

 幼馴染にだけ、向けた言葉という訳ではない。三人がそれぞれ、衝動的とはいえ胸中を吐き出したからこそ、確たる、とまではいかずとも信頼ができ、精神的な余裕が生まれたからこそ、客観的な意見を口にすることが出来たのだろう。

 

「私も、街がこんな有様だなんて、思ってもみなかったから」

「そりゃあ、当然だろ」

「うん。だから、レナートが悪いだけ、って事は無いと思うんだ」

 

 周りが冷静さを欠いていたお陰で、却って冷静になれた彼女は、端的な情報と学校の惨状、そして同行者に訊いたメフィストなる人物の悪辣さから、事態をある程度把握することが出来た。そして何より、深い悔恨を隠さず、感情のままに叫ぶ彼らを責める気が起きなかった。

 

「そうかい」

「それと、父さんたちのお墓、ありがとうね」

「あれくらいしか、できないからな」

 

 ぶっきらぼうに応じた幼馴染に苦笑を零し、ゾーヤもまた肩の力を抜き、嵩張る装備品を外す。

 

 彼女が身に着けてきたモノは、レナートが彼女の父の遺体と共に埋葬した、軍警支給の品。密かに墓を作成したレナートがそこを守っていた理由であり、仲間内の戦力増強よりも、故人を尊重することを望んだ彼の手で、誰の手にも渡らぬように、と配慮された品々だった。




・レナート
荒療治の後、弱った状態からゲロマズ健康食で気絶させられた可哀そうな主人公。

ゾーヤとの早い再会時、自罰的な発言により責任を感じていた二人に色々吐き出させたことで、彼女たちにとってのちょっとした救済となった。なお、ゾーヤの父の遺体とその装備品を纏めて埋葬しており、それを掘り起こそうとする輩を問答無用で抹殺していた。

・蒼ヴェンデッタ
まんま、蒼系の装いとなったヴェンデッタ。白兵部隊中心とした前衛隊総隊長。
常識人であり、真っ当な意味での大人。敵味方非戦闘員の区別はしっかりできる系上司。

ゲーム的性能では、自身のHP減で攻撃強化、味方へのダメージ、撃破で攻撃速度が強化。

・重砲兵長
大型のグレネードランチャーを主兵装とする女ウルサスで、後方隊総隊長。
武器コレクターで、放浪癖がある自由人。奔放さで言えば、グローザよりマシ程度。

ゲーム的性能は、超遠距離から防御低下効果持ち物理範囲攻撃、被ブロック時物理範囲連射攻撃。


・グローザ部隊の医療キット
ロドスのとある姉サルカズ作の携帯食料が突っ込まれており、医療班の負傷率激減に一役買っているとかいないとか。原因は仕事の関係で姉妹と接触したグローザが、姉と意気投合した為。
尚、グローザは普通に食べれる。


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脱出へ向けて

生放送告知&危機契約告知で阿鼻叫喚な今日この頃、皆さま如何お過ごしでしょうか?
私の方は、PR-B-2の突破が出来ない事もあり、アブサント昇進2から銀灰昇進2へと方針転換を考えておりまする。いやまあ、イースチナの方と迷っているんですけどね!


『名無し_7465』様、評価ありがとうございます!励みとさせていただきます!


 深夜のチェルノボーグ。地獄のような喧騒の中で、その一角だけは多くの者が寝静まっていた。

 

「ただい………まー………」

「お疲れさんです」

「お疲れ~」

 

 返り血らしい返り血すら碌に浴びず戻ったグローザを、学生たちの護衛メンバーが静かに迎える。学生たちの方は、他部隊が適当な空き家等から拝借した布団のお陰で、これまでよりぐっすりと休眠出来ていた………無論、安らかに、とはいかない者も少なく無いが。

 

「あらら、やっぱ若いわねー」

 

 魘されるソニアとナターリアといった学生たち………そして、レナート。学生という身分で背負うには、あまりに重い数々の事柄に思いを馳せ、グローザはその柔和な顔立ちへと優し気な笑みを浮かべる。しかし、その表情に反し目の色は

 

「そういうボスは、それくらいの時何してましたっけ?」

「んー、シュヴァちゃんに風穴空けられてたっけ?」

「いや、あの堕天使にぶっ飛ばされてましたね」

「ああ、ティマちゃんか」

 

 けらけら笑い、過去を懐かしむ。

 

「ホント。不便だよね、マトモなのって」

「姐さん、マトモとは言えませんしね」

「というよりは、マトモでいるのがヤになった、ってトコねー」

 

 感染者となり、そのことが多くの人に知られたあの日。

 両親を喪い、弟を殺されかけ。そこに至り、恐怖を憎悪が凌駕した末の、大虐殺。感染者である、というだけのただの少女が背負うには、あまりに重い十字架だ。ましてや、全てを殺し尽くすだけの力があった彼女がもっと早く恐怖を乗り越えられていれば………

 

「………深くは、聞きませんよ」

「ありがとね」

 

 過去の悔恨が、自身への憎悪が、その心(アナスタシア)(グローザに)した。要は、根本的なトコロは弟とそっくりなのだ。違うのは、背負うものの重みと、それに耐え切れたか否か。ごく小さな町一つを滅ぼせるだけの力で、守れた肉親は弟一人だった彼女の絶望は、如何ほどの物か………語るまでもないだろう。

 

「ねえ、さ………」

「ここに居るよ………今は、ね」

 

 弟の寝言にはにかみ、大きく息を吐く。瞬間、一人の姉は、傭兵たちの長へと変貌。柔らかかった声は冷え切り、笑みが消えたことで空気が重くなる。が、機嫌を損ねた時と異なり、圧は大したものではなく、単に空気が引き締まっただけといった方が正しいだろう。

 

「他の部隊は?」

「重装連隊は既に保護した民間人諸共脱出、他の部隊もボチボチだそうで」

「それじゃ、貴方たちはこの子たちの護衛と脱出ね。出来るなら、帝国の横槍前にロドスに」

「姐さんは?」

 

 言うまでもない、しかしその曖昧な疑問に、グローザは笑う。レナートの知る優しい姉の顔ではなく、冷酷で残忍なグローザの顔で、確かな憤怒と憎悪を込めた低い、低い声で、静かに唸るように

 

「メフィストを消す」

 

 欠片の躊躇もなく、断じた。

 

「タルラと殺り合うと?」

「そうなるわね。消せれば僥倖、ダメならダメで良し、ってトコかしら」

 

 獣のように喉を鳴らし、笑う。唯一の肉親である最愛の弟を、あんな地獄に叩き込んだのだ。

 

 生きたまま八つ裂きにしても尚足りない程に、今の彼女は怒り狂っていた。

 

「それじゃあ、あたしらは弟君たちを無事に送り届けますから」

「わーってると思いますけど、死なないで下さいよ」

「わかってるわよ」

 

 笑い、弟へと視線を向け直す。その笑みは、見慣れた平時の穏やかなものである。

 

「この子の晴れ姿なり、子供なり見るまで、死ぬ気はないもの」

 

 死病に侵されている筈の女は、堂々と言い切る。

 

「相変わらずっすねぇ」

「悪い?」

「まさか」

 

 ほんのり拗ねた様子を見せる年下のリーダーに、護衛組は肩を竦め笑う。紛れもなく、彼らの恩人であり、リーダーであるが、慕われている理由はそれだけでは無い。強制収容所入り前のコトは兎に角として、それ以外では隠し事らしい隠し事もせず、こうして素直に振舞うからこそ、だ。

 

「まあ、そういう訳だから、私は死なない。だから、貴方たちも死ぬんじゃないわよ」

「押忍」

「りょーかい」

「はいな~」

 

 真剣、とは言えない空気ながら、眼光が彼らの確たる意思を物語っていた。

 

******

 

 朝。決して快晴とは言えないが、皆久し振りにある程度リラックスできたからか、学生らしい活気が多少感じられる。無論、あくまで多少程度であり、中には魘されたらしく元気が無い者も居る。

 

「さて、早速で悪いけど、今日の行動方針はチェルノボーグからの脱出よ。何か意見はある?」

「………ちょいと寄り道とかって、できるか?」

「寄り道?」

 

 頷いたレナートはゾーヤを見やり、自身と彼女の母が居るだろう住宅街の住所を口にする。その場所が住宅街である事を知る仲間たちから冷ややかな視線が向けられる中、当のグローザは大きく天を仰ぎ、手で顔を覆った。そのリアクションに不穏なものを感じ、二人が表情を強張らせれば、グローザは静かにどす黒い感情を湛えた声を零す。

 

「あのアマも殺すか」

 

 その冷たさに身震いしたのも束の間、盛大な溜息と共に、彼女は二人に残酷な事実を告げる。

 

「あの区画の生存者はゼロよ」

「なっ」

「そりゃねえだろ!流石に、誰か」

()()()()()()()()()()()()()………いや、()()()()()

 

 あまりに現実味に欠ける言葉に、冷ややかな目を向けていた者たちまでもが絶句する。復帰が早かったのは、現実離れした暴威を目の当たりにした経験を持つレナートであり、表情険しく姉を見やる。もしかしたら、という可能性だけであろうとも、当然相応の警戒はせざるを得ないのだ。

 

「ま、タルラの仕業でしょうね。てか、アイツ以外にあの出力は無理」

「ノヴァの嬢ちゃんはまあ、違うしなぁ」

「あの子冷気じゃん。それに穏健派だし、無用な殺しはしねぇだろ」

「………つまり、姉さんたちじゃないと?」

「する理由が無いし、それやらせない為に動いてた訳だし」

 

 額に手を当て、頭痛を堪えるように息を零す。やり場のない感情をレナートが近場の瓦礫に叩きつけ、ゾーヤは声も出ずその場に崩れ落ちる。大抵の者は親の安否を諦めているのだが、レナートは親だから、というよりは恩人だから助けたい、という思いが強かったのだが………

 

「その、なんだ………ごめんな」

 

 ショックを隠せぬ彼に、流石に同情した者から慰めの言葉が飛ぶ。

 

「いや、いい………我儘言って、悪かった」

 

 大きく息を吸い、一度少し落ち着いて、仲間たちに謝罪する。力任せに近場の瓦礫を殴れば、破砕こそできたものの、拳も相応に傷つく。その痛みで改めて冷静さを取り戻してから、再度その場に座り込み、頭を抱える………冷静になった事で、却ってショックが大きくなったのだ。彼の養母は、彼にどうしようもない場所で、どうしようもない手段で殺されたのだから、それも当然か。

 

「………なあ、グローザさんよ」

 

 そんな彼を見ていられなくなったのか、ソニアが彼から顔を背け、問い掛ける。

 

「そのタルラってのは、どこに居るんだ?」

「復讐?………残念だけど、勝負の土俵にすら立てないわよ」

 

 それだけ静かに口にして、弟へと視線をやる。恩人が殺され、同じ軍警所属であるもう一人の恩人の養父の安否は不明、養母は死亡がほぼ確実。ソニアたちが驚くほどに弱り切り、慟哭を必死に堪える彼を前にして、グローザの………いや、アナスタシアの堪忍袋の緒が切れた。それはつまり、あらゆる躊躇いが消え失せたことを意味していた。

 

「さっさとこの子たち連れて、退避しなさい」

「………ご武運を。さ、行くぞ!」

 

 リーダーの激情を悟った部下たちは、素早く学生たちを先導、チェルノボーグ脱出へと向けて行動を開始する。天災が迫っている事もあり、早急な脱出を心掛けねばならない都合彼らの足は速く、ついて行けない者は護衛メンバーが背負うなりして速やかな移動を実現している。その中には、感情を堪えてゾーヤを背負い駆けるレナートの姿もあった。

 

 それを見届け、グローザは一人廃都市の一角で立ち尽くす。彼らの姿が見えなくなり次第、すかさずアーツ能力を発動し、彼らがどの程度の位置に居るのかを確認。ある程度以上の距離があることを確認次第、激情を解き放つ。

 

「ッ、ああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 

 腹の奥底に燃え盛る憤怒のままに、吼え叫ぶ。制御することなく解き放ったアーツ能力が廃墟の残骸を跡形もなく破壊し、天災と大差ない暴威の中央で、青髪のウルサスは激情のままに頭を掻き毟り、喉が裂けんばかりに怒号を上げる。

 この元凶となったレユニオンと、その背後にいるだろう何者かへの、あらん限りの憤怒と憎悪を込めて。そして、この事態に介入しておきながら、弟へと大したことをしてやれない、あの時と同じ苦しみを味あわせてしまった、自身の無力を嘆いて。

 

「………姉さん」

 

 そして、引き起こされる大破壊を遠方から目の当たりにし、我に返ったレナートがぽつりと呟いた。

 

「ああ、ありゃ納得だわ。確かに小さな町の一つ二つ消し飛ぶわ」

「………お前の姉、ホントに人間か?」

「そうだと思うけど………改めて質問されると、どう答えりゃいいのか」

 

 一周回って呆れ果てている仲間たちに苦笑を向け、レナートは背負ったゾーヤを見やる。大規模破壊の轟音に反応した結果、いい具合に我に返ってこそいるが、やはりまだショックは抜けきっていない様子で、自身の状態すら把握していない。

 

「ゾーヤ?」

「………私、どうすればいいのかな」

「さあな。俺もよくわかんねえから、ノーコメントでいかせて貰うかな」

 

 事実として、ロドスに保護して貰う方針であるが、その後は全く以て不明。どこか別の場所に移住するなりの選択肢はあるのだろうが、そうするにしても別の手段を取るにしても、今で精一杯である為、何も考えていないのが皆の現状だ。

 

「何にせよ、今はこの街を出るのが最優先だろ」

「………強いね」

「強かないさ。単に、今は考えないようにしてるだけだ」

 

 そう、考えないようにしているのだ。

 これで、親を喪うのは二度目。もし、姉まで死んでしまえば………そんな、最悪の可能性。考えるだけで、恐ろしくて仕方がない。姉が生きている、という事実があるからこそ、余計に恐怖が強く、大きくなってしまっているのだ。考えたくないのも、当然だ。

 

「………ごめん」

「構わねえさ。俺も、ここに連れて来られるまではそうだった」

 

 そんな会話に、周りの者は割り込めない。未だ直接、肉親の死を知らされていないから。

 

「それはそうと、そろそろ歩けるか?」

「へ?………!?」

 

 自分の状態に気付き、ゾーヤが慌てて飛び退く。

 

「へぶっ!?」

「わわっ!?」

 

 結果、レナートは顔から、ゾーヤは後頭部から地面に落ち、揃って悶絶。先程までの空気が一変して、呆れの視線が集まる。ゾーヤが恥ずかしそうに俯く中、レナートは痛み以外大して気にせず立ち上がり、肩を回す。

 

「やれやれ」

「ま、重苦しくなるよかマシでしょ」

 

 そんな空気に二つの部隊のリーダーが呆れ気味に肩を竦め、軽く笑い合う。暗い空気は綺麗にとまではいかずとも、幾分か薄まっている。気楽に行動していい状態ではないものの、しかしやはり重苦しいばかりでは、気が滅入るのも事実だ。多少和らいだ今くらいが、丁度いいだろう。

 

「何にせよ、さっさと外周部まで行くぞ。天災の余波を少しでも軽くしたいからな」

「偵察班、無茶しない範囲で周辺索敵宜しく!詳細判り次第」

 

 重砲兵長の女ウルサスが、大型の火器を軽々構える。弾帯で繋がる榴弾が収まるケースを横に備えたソレは、明らかに個人が手に持って運用していい代物ではなく、改めてその実態を目にした学生たちが、驚愕と憧憬―――後者は、主に少数派の男子たちのもの―――を向ける。

 それらの視線に気を良くした彼女は、マスクの下でにやりと笑い、自信満々に言い放った。

 

「コレでふっ飛ばすから」

「なあ、お前弾薬費考えて撃てよ?‥……うん、目ェ逸らさないでさ」

 

 そして、仲間からのツッコミで台無しになった。




・レナート
養母の死を告げられ、精神的ダメージがヤバい主人公。
これで親を喪うのは二度目であり、相当に堪えている。
仮にグローザまで死んでしまえば、それこそ………

・グローザ(アナスタシア)
メフィストを殺すつもりだったが、弟の養母を殺したと判明しターゲット変更。
非常に強力なアーツ能力を持ち、激情のままに最大出力で開放すれば、文字通り天災級。それだけの力がありながら、怯えるあまり両親を見殺しにしてしまったコトがトラウマとなっており、少なからず心理面に悪影響を与えている。


原作メンバーに関しては、後程纏めておこうかと考えております。


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憎悪の暴威

朝、評価バーの色のSAN値チェック失敗してあかしけなやげしました、私です。
いや………うせやろ?え?赤?レッド?ロッソ?傷んでない?うっそぉ………


『白桜太郎』様、『ケチャップの伝道師』様、評価ありがとうございます!
ご評価に応えられるかは不明ですが、出来る限り頑張らせていただきたいと思います!


 『天災』―――源石(オリジニウム)が齎す、大規模災害。世界を支える源石テクノロジーにより齎されるそれは、本来ならば移動都市という大規模駆動システムにより、回避できる筈の代物。しかし、レユニオンの暴動により情報伝達と稼働に支障が出たチェルノボーグは、それから逃れる術無く直撃を受けた。

 

 そして、その大災害を凌いだ世界的企業―――ロドス・アイランドの私設部隊は現在、窮地に立たされていた。理由は至極単純で、相手の主格が全て織り込み済みで動いていた事に加え、限りなく万全に近い戦力を以てしても、対処不可能な怪物………レユニオンの暴君、タルラが現れたことによる。

 

「ッ!?」

「げっ」

 

 その極度の緊張を破ったのは、離れた二つの影の動向。

 タルラたちの本陣に居た幹部の一人。そして、最高クラスのステルスアーツの使い手、クラウンスレイヤーは即座に踵を返し、脇目も振らず全力で駆けた。それは遠方から窺っていたサルカズの傭兵Wも同様で、何かから逃げるように鬼気迫る表情で疾駆する。

 

「まさか………ッ!」

 

 遠方のファウストがその意味に気付いた直後、ビルの残骸が宙を舞う。

 

「なっ!?」

「馬鹿な!?」

 

 それも、半ば以上を残した巨大な残骸が、欠片も形を崩さずに。特大質量のそれはそのまま、有り得ない速度で落下を開始し、タルラたちレユニオンの逃亡を許さぬ角度で迫る。その特大質量故、生半可な攻撃では破壊すら叶わず、かといって下手に破壊すれば、その残骸が散らばり、そのまま超広範囲攻撃となる。タルラは驚愕と焦燥に表情を歪め、あらん限りの力を以て炎熱のアーツを発動。特大質量を、跡形もなく蒸発させる。

 

「るぐああああああああああああッ!」

「っ、タルラ!」

 

 獣の如き咆哮と、飛来する青。咄嗟にメフィストが多数を操り壁にしたものの、悉くはその役割すら果たせず肉片へと変貌し、壁の役割を果たした重装のレユニオン兵もまた、中身がぐちゃぐちゃになった状態で吹き飛び、タルラに焼き払われる。

 

「っ!?」

 

 直後、咄嗟にその場を飛び退けば、突風に遅れ、電磁加速を伴い放たれるコンテナの残骸がその場を抉る。攻撃せんと目を向けた先に敵の影は無く、桁外れの炎熱アーツにより、味方諸共周囲を焼き払わんと構え

 

「っ、あそこだ!」

 

 瓦礫の一角が吹き飛び、そのまま散弾となりタルラたちを強襲。灼熱の防護を暴風が貫き、その孔から強襲する瓦礫を剣で打ち落とす事を強いられる。その間、狙われていなかった者たちがこぞって疾走し、土煙で不明瞭な箇所へと攻撃を開始。そんな中、メフィストだけが違和感に気付き、対応できた。

 

「後ろだ!」

「くっ!」

 

 迎撃、不可能。即座にその判断を下したタルラが炎の爆発で飛べば、その場所を鋭い貫手が貫き、余波でその先までを吹き飛ばした。反撃の灼熱が大地を蒸発させる中、しかしその貫手の主の周囲を綺麗に避けるように熱が流れ、青髪を持つもう一人の怪物は無傷で終わった。

 

「貴様か」

「やっほー、クソトカゲ………殺しに来たよ」

 

 微かな違和感を覚えた直後、タルラはその場を全力で離れる。

 

「へぇ、わかるんだ。ならッ!」

 

 グローザが笑った直後、彼女の周囲に紫電が生じ、解き放たれる。()()()()()()紫電へと炎を放てば、綺麗に炎が避ける箇所が点在しており、それを目印にアーツの応用も併せ全力で飛翔。ギリギリで直撃を回避した炎の怪物が息を吐く暇すら与えることなく、青の怪物は桁外れのフィジカルを以て飛来していた。

 

「チィ―――ッ!」

 

 その接近を妨げたのは、灼熱の爆破。自爆同然の退避であるが、それは青の怪物、グローザに咄嗟の防御を強い、僅かながら停滞を生む。灼炎を純粋な腕力が生む衝撃波で吹き飛ばしたウルサスは、感情の伺えぬ不気味な笑みを浮かべ、龍の女を睥睨。

 

 その姿を前に、元カジミエーシュの騎士、ニアールは目を剥き、エリートオペレーターのAceは焦燥と共に手を広げ、後方へと向き怒鳴るように叫んだ。実力者である彼らの共通点は、その凶悪さをイヤという程よく知っている、という一点に尽きる。

 

「今のうちに逃げろ!」

「Aceさん?!」

「アーミヤ、従うべきだ。あの女は………グローザは、危険だ」

 

 冷や汗を隠せぬ二人の会話を拾ったのか、今まさに命のやり取りをしている女ウルサスは平然とタルラから視線を外し、ロドスの一行へと振り返った。ある種、狂気的な余裕の持ちようだ。

 

「流石に無関係な………って、ロドス?貴方たちに用は無いから、さっさと失せなさいな」

 

 しっし、と手を振った直後、灼炎を凝縮した熱戦がその身を飲み込まんと迫る。それに対し、力任せに腕を振り抜き、その衝撃波で灼炎を散しながら防御と攻撃を行うという芸当を見せつけ、その強大さを示した。

 

「チッ!」

「不意打った、と思ったんでしょうけど、甘いわよ」

 

 腕が紫電を纏い、続けて掌に収束する。

 

「生憎と、カンが飛び抜けていいもんで、ね」

 

 メフィストへと視線をやり、手当たり次第に雷撃を放つ。雑ながら、手数と弾速による広域への問答無用の攻撃は、タルラとメフィスト以外は対処らしい対処も叶わず、メフィストに至っては手当たり次第操り、盾代わりとしてギリギリ凌いでいる有様。

 

「そうそう耐えれると思………ッ!」

 

 言い終える前に、雷光が消える。同時に振り抜かれたグローザの腕は、鋼鉄の矢に貫かれた。

 

「あーあ、油断した………そっか、キミはあの子の味方だもんね」

 

 ふと目を向けた先、すかさずステルスアーツを併用し移動したファウストを目で追い、微笑む。

 

「くッ!」

 

 相性の悪さを実感したタルラは、その数瞬に撤退を選択。生き残り皆無の中、メフィストも残りを支配下に置き、時間稼ぎの為にとグローザにけしかけ撤退。平然と腕を見下ろしたグローザは嘆息し、迫る傀儡兵へと手を向ける。

 

「八つ当たりだけど………くたばれ」

 

 直後、傀儡の人数分深紅の花が咲き誇った。

 

「………あー、コレ絶対怒られるやつだ………ねえ、そっちに医療アーツ使いとか」

 

 振り返った先、既にロドス陣営は撤退を選んだ後であり、人っ子一人いない。

 

「………帰ろ」

 

 矢を抜けば出血量増加、そのままでは熱が伝いやすい上、痛みで動きが鈍りかねない。

 怒り狂っていた弊害により、意識外から受けてしまった一撃を戒めとして、タルラ抹殺を諦める。完全な不意打ちのお陰で優位に事を運べたが、言い換えれば不意打ちで無ければ少々、いや非常に辛い。

 

 というのも、彼女は吹っ飛ぶことは出来ても、飛行は出来ない。よって、足場を丸ごと融かされてしまえば、そこで詰みだからだ。そして、不意打ちによりその手を考慮する暇を与えていなかったが、一度撤退された今、一度冷静になられている可能性が非常に高い。

 よって、彼女は追撃を選ばない。選べない。なにせ、部下に約束しているし、これ以上弟に苦しみを背負わせる訳にはいかないから。

 

 腕からの痛みを意に介した様子を見せず、しかし肩を落として、グローザはアーツの応用による広域探査を開始すると共に、少しばかりの休息の為、その場に腰を下ろした。

 

******

 

 少し遡り、学生たちとその護衛一同。

 

「クソ、やっぱ肝が冷えるな………無事か?生きてたら手ェ挙げろ!死んでたら返事しろ!」

「いや、死んでちゃ無理だろ」

「だからだよ。手ェ挙げなくても、返事すりゃ生きてるってこった」

 

 ソニアのツッコミを受け流し、ヴェンデッタは仲間の無事を確認。

 

「余波でこれって、天災ヤベェな………」

「これの次くらいの破壊を起こせる、貴方の姉も大概ですけどね?」

 

 レナートが冷や汗を拭い、ナターリアが呆れ混じりに零し。その傍ら、ラーダが遠方で宙を舞い、猛スピードで地上へ向け落下するビルの残骸を目撃し、思わず目を擦る………が、運がいいのか悪いのか、彼女以外誰も目撃しておらず、ラーダは気のせいとして疑問を飲み込んだ。

 

 ソニアが中心となり学生たちの安否、及び負傷者の確認を開始すれば、ナターリアとアンナが中心となり、傭兵組の無事な者と共に重めの負傷者の治療に当たる。この数日間で、多少なりとも彼らへの信用が芽生えた結果の連携の中、レナートとロザリンが主となり、周辺の警戒に当たる。というのも、傭兵組が積極的に学生を庇いに動いた為、負傷者が多いのだ。

 そして、下手な怪我が戦闘に響いては困る事もあり、積極的に治療して貰っているのだ。これは傭兵たちの意志というより、学生たちの意向によるもので、相応の信用が垣間見える。

 

「大丈夫?」

「さてな。まあ、余波だけでこの状態だし、わざわざ喧嘩売る酔狂は………ッ!?」

 

 ゾーヤに答えている最中、ぞわり、と何か………姉と同じアーツへの、高い素質に由来する探知能力が、けたたましく警鐘を鳴らす。反射的に顔を上げれば、飛来するなにかが視界に映り、そのまま咄嗟に近場の瓦礫を掴み、渾身の力で投げ放っていた。

 

「おい、どうし」

「伏せろッ!」

 

 ロザリンが何事か飲み込めない中、ヴェンデッタが鋭く叫ぶ。鬼気迫る声に圧され皆が臥せった直後、空を舞う瓦礫が吹き飛び、続けて無数の矢が飛来。少なくない悲鳴が響いた中、攻撃が止んだ数秒の間に傭兵たちが構えれば、その先には見覚えのあるレユニオンの集団と、見覚えの無い物々しい装備の人物。

 

「何故そいつらを庇う?」

「あ?おい、まさかお前、ア」

「今は、スカルシュレッダーだ」

「………そうかい。お前さんの疑問に答えるなら、仕事だから、かね」

 

 二丁のグレネードランチャーを手にした人物は、得物を握る手を震わせる。

 

「そいつらを引き渡してくれ。貴方たちと争いたくはない」

「おいおい坊主、大尉殿の方針を忘れたか?」

「知らないな。忌々しいウルサスは一人残らず殺す、それだけだ」

 

 憎悪を隠さぬ少年、スカルシュレッダーの銃が変形し、大鉈となる。

 

「お前たちは遠距離攻撃に専念しろ」

「気をつけろよ」

「無論だ………!」

 

 スカルシュレッダーが駆ける。狙う先に居るのは、偶然にも最も近かった一団。

 

「死ね―――ッ!?」

 

 大きく振り上げられた刃が、空中で止まる。

 

「死ぬかよッ!」

 

 ガスマスクの下の瞳が凝視するのは、恩人と同じ色彩を持つ少年。

 

「っ、クソッ!」

 

 致命的な隙により、攻撃は叶わず回避を強いられる。彼のよく知る女性同様の剛力を避けることにこそ成功したものの、追撃を恐れて大きく距離を取ってしまう。素早くランチャーに戻し、引き金を引いたスカルシュレッダーが放つ数々の榴弾は、過たずレナートたちへと迫り―――

 

「伏せて!」

「ッ、ああ!」

 

 咄嗟に瓦礫を持ち上げ即席の壁にすると共に、ゾーヤが父の形見のアーツロッドで攻撃。我武者羅に放たれた攻撃が榴弾の一発を起動させ、連鎖的に爆破を起こす事で直撃を防ぐことに成功。同時に視界も悪化したが、それは相手も同様であり、決して一方的に不利とはならない。

 

「まさか、お前は………!」

「お察しの通りだ。さっさと道開けろ」

 

 いつの間にか回り込んでいたヴェンデッタが、背後から首筋に刀を当てる………至近距離である上、彼が避ければスカルシュレッダーが撃たれるような、絶妙な位置取り。相手の攻撃を封じると共に、敵方の援護射撃すらも封じる一手により、あっさりと形勢は逆転した。

 

 しかし、彼らにとって、それはどうでもよかった。

 

「まさか、嘘だろ………」

「なんで、なんであの人の身内が………!」

 

 憤怒が、憎悪が滲む声。それを最も力強く爆発させたのは、スカルシュレッダーだった。

 

「何故、何故だ!お前も同じだろう!?ウルサス人に家族を殺されて、なのに何故!?」

 

 スカルシュレッダーとレナートは、境遇が少々似ている。感染者が自身か姉か、地獄を味わったか否かなど、細かな違いは多々あれど、置かれた境遇自体は似通っている。それ故に、スカルシュレッダーには、レナートが何故ウルサス人を守ろうとするのかが理解できなかった。

 

 そして、その答えは何処までも残酷で、簡単。彼は強制収容所の地獄の中で憎悪を燃え上がらせたのに対し、レナートは真っ当な環境で、実の子のように育てられた。スカルシュレッダーの両親を殺した者たちは何の報いを受けていないのに対して、レナートの両親を殺した者たちは、他ならぬ彼の姉の手により皆殺しにされた………

 

 何より、スカルシュレッダーたちはレユニオンだ。その所属と併せて、地雷を踏み抜いたのだ。

 

「………で?」

「なに?」

「確かに、その通りだよ………けどな?お前らは今回、また俺の両親を殺しただろうが」

 

 どす黒い感情が、レナートを満たす。放たれる圧は、彼の姉のそれによく似ていて

 スカルシュレッダー配下が気圧される中、ヴェンデッタは大人しく退きつつ釘を刺す。

 

「………殺すなよ」

 

 彼に姉がいる事は、告げない。しかし言葉短く、復讐の連鎖を生ませない為、それだけ告げる。

 

「簡単に言うんじゃねえよ」

 

 殺したくて、殺したくて仕方がない。どす黒い感情のままにぶち殺せれば、どれだけ楽か。抑え込むべく深呼吸を繰り返すが、その間にも相手は殺意と共に攻撃へと動き続ける。

 

「………死んでくれるなよッ!」

 

 その現実を前に、抑制し切れぬ憎悪と共に、青のウルサスは弾丸の如く飛翔した。




・レナート
スカルシュレッダーと境遇とかが微妙に似てる系主人公。
ただし、今回相手方がレユニオンだった&地雷を踏み抜いたことで、プッツン。
姉と同種のアーツに高い適性を有しており、ファウストの気配を感じたのはその為。


・グローザ
好き放題暴れたスーパー姉ちゃん。気に入っているWとクラウンスレイヤーには避難勧告をしていた。
弟を余裕で上回る身体能力を持っており、ビルの残骸をぶん投げたのは素。素なのだが、反面その馬鹿力の制御が非常に苦手で、絆創膏を貼ろうと伸ばすどころか、引き千切るなどザラ。リンゴを握り砕き、包丁の柄は握り潰すなど、ひたすらに不器用。

ビルの残骸を高高度まで押し上げるのにアーツを併用している通り、彼女の得意アーツの正体は『雷』ではなく『風』。ないのだが、風による空気圧縮をはじめとする純粋な応用だけで落雷、放電から電磁加速、挙句今回は使わなかったものの、電磁パルスどころか某植物系怪獣王の如く電磁シールドまで展開可能な怪物。
風使いとしては、無意識レベルでの高い探知能力から風向操作による真空状態の生成、相手の内蔵に過剰量の空気を送り込んでの人体破壊、空気圧縮によるプラズマ発生とその応用までと非常に多彩且つ凶悪な芸当を器用に使いこなす。生身の不器用さに反し、アーツ適正は文字通り怪物級。

タルラとは、桁違いに強力な攻防一体の『風』により優位に立てるが、基本が肉弾戦である都合、周囲を丸ごと融解されれば非常に厳しい。が、それ抜きではタルラの攻撃も防御もぶち抜けてしまう為、タルラが最適解を打てねば基本勝ち確。ファウストが横やりを入れなければ、殺せていた。


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弟二人と妹ポジ

原作のあのキャラに属性が追加されます。苦手な方はご注意を。
つい先日、漸く4-10到達したかと思えば、おもっくそ蹂躙されましたよ、ええ!



『ティル』様、『提騎』様、評価ありがとうございます!
励みとして、可能な限り頑張りたい所存………まあ、次回が一応の最終回な訳ですが。


 ズガンッ、と咄嗟に変形したブレードが吹き飛ぶ。

 

「なっ、クソ!」

 

 その変形具合を見るに、どうあっても使い物にはならない。そちらに意識を割いた瞬間、何かが砕ける感触と共に胸を強烈な衝撃と痛みが襲い、その体がボールの如く軽々と吹き飛ぶ。

 

「がはっ、ごはっ!?」

「さっきの弾の借りは返したぞ、糞野郎」

 

 どす黒い炎が燃える、血色の瞳が細まる。地面をバウンドして転がるスカルシュレッダーからガスマスクが外れ、その顔が露わになれば、同じような炎を燃やすウルサスの少年が、険しい表情で彼らを睨んでいた。

 

「貴様………!」

「あ?文句あんのか?」

 

 丈夫な銃火器を拳で破壊した為、レナートの右手は相応のダメージを受けている。しかし、蹴り一発でスカルシュレッダーは胸骨を砕かれ、肋骨も罅どころではない状態になっているだろうことは明らか。更に、武器も一つ潰れたとなれば、徒手空拳で戦っているレナートとどちらが不利かは、言うまでもない。

 

「何故、何故そいつらの肩を持つ!?そいつらは、ウルサス人は!」

「知るか。俺の生みの親を殺した連中は軒並みくたばった、育ての親はテメェらが殺した」

 

 命を狙い放たれた矢を、全て左手で掴み取る。無論、無傷でとはいかず、何発かは掌を貫いているし、皮膚が裂け血が滴っている。しかし、銃弾が食い込んだままの状態で動ける人間が、その程度意に介する筈も無く、矢を捨て去りレユニオンを睨みつける。

 

「テメェらが殺った、殺ってないはどうだっていいんだよ。要は、八つ当たりだ」

「ふざ」

「ふざけてるよな?………テメェらと同じだよ」

 

 吐き捨て、落ちていたブレードを力任せに踏み砕く。あっさりと粉々になったそれを乱雑に蹴飛ばし、レナートは憎悪を燃やす感染者を睨みつける。彼らにとって、ウルサス帝国とその国民そのものが憎悪の対象となり果てたように、今のレナートにしてみれば、目の前のレユニオンの感染者たちも、大して差は無い。

 

「殺してぇなら来いよ。一人残らず、ブチ殺してやる」

 

 殺すな、と言われた。その意図が復讐の連鎖を生まない為か、姉の気に入っている人間だからかは知らない。知ったこっちゃない。殺しに来るならば、どろどろとした黒い激情のままに殺すのみ。大人しく殺されてやる義理などありやしないのだから。

 迸るどす黒い、粘つくような殺意に危機感を抱き、スカルシュレッダーの部下たちが動く。

 

「殺す、殺す!あの餓鬼、ぶち殺してやる!」

「落ち着け!そんなことしたら、グローザが」

「知るか!グローザ、グローザと、時代錯誤のクソガキを恐れる理由が何処にある!」

 

 レユニオンもまた、一枚岩ではないように。スカルシュレッダーの部下たちにも、グローザに救われた者から、彼女を知らない者まで様々だ。そして、レユニオンに手を貸さぬ感染者を見下す者たちにしてみれば、レユニオンとは別に行動する傭兵など、信用できるものではない。

 スカルシュレッダーがあからさまに機嫌を損ねるも、それに気付かず、殺気立ったレユニオン兵がレナートへと殺到。剣が、短剣が、鉄パイプが迫る中、その一角へと飛び込む人影があった。

 

「させっかよ!」

 

 ロザリンの飛び蹴りが、激情に駆られていた者たちを意識外から強襲。動きを掻き乱し、同時に注目を自身に集めることで、更なる増援から意識を逸らす事に成功。続けて、ソニアが意識をロザリンへと向けた一団に背後から躍りかかり、戦列を掻き乱した。

 

「なにして」

「アタシはテメェのボスだ、違うか?」

 

 ソニアを睨めば、逆に睨み返される。しかし引き下がりはせず、深呼吸の後、口を開く。

 

「俺の八つ当たりに付き合う必要はねぇっつってんだよ」

「はぁ?誰が八つ当たりなんかに付き合うかよ」

 

 呆れる彼女が口にしたのは、もっとありきたりな理由。

 

「お前はアタシの部下だ。リーダーが部下を守るのに、何ら不自然なことはねえだろ」

 

 血の付着した斧を振り、気丈にレユニオンを睨みつける。その隣にロザリンが立てば、相手は憤怒と憎悪を燃え滾らせ、震える怒号が響き渡る。レナートが身構える中、相手は燃え盛る激情のままに武器を構え、力強く叫び駆ける。

 

「殺せッ!一人として生かして返すな!」

「よくも、よくもやりやがったな!」

「楽に死ねると思うなよ!」

 

 そこから先は、血で血を洗う惨劇が始まる―――かに、思われた。

 

「姉さんに近い殺気を感じて来てみれば」

 

 激情が一瞬で消え果てる程、冷たい声。臨戦態勢に入っていたソニアたちでさえ竦み上がる程の圧を秘めた声に振り返れば、雪の如く白い装束に身を包む、女コータスの姿。黒い氷を従えた異様な姿を前にして、誰もがその場から一歩退く。灰色の瞳が鋭く戦場を一瞥し、続けて蒼装束の部隊―――最もよく知る者たちへと向き、冷徹な声を響かせる。

 

「どういうことだ?」

「復讐の連鎖、ってトコかね?」

「………成程。ただの暴徒同然の行動を鑑みれば、当然の帰結か」

「つか、嬢ちゃんはなんでここに?」

「姉さんが、パトリオットの手伝いで加わると聞いてな。急いでやることを終わらせて来た」

「さいですか」

 

 微妙な空気を纏うグローザの部下たちに構わず、ぎろりとスカルシュレッダーたちを睨む。

 

「民間人に危害を加えたものは処刑する………それが、二人の部隊の決定だったな」

「ひっ!?」

「み、味方を殺すのか!?」

 

 スノーデビル―――フロストノヴァ率いる部隊に気圧され、スカルシュレッダーの部下たちが叫ぶ。ゾッとする程の冷気と重圧の中、彼女は鋭い眼光を絶やすことなく思案し、その末に漆黒の氷を解き放つ。その先は、退いたレユニオンたちの周辺の地面。瞬く間に広がるアーツの氷に引き攣った悲鳴が響いたかと思えば、冷たく言い放つ。

 

「次は無い」

「………撤退するぞ。スカルシュレッダー、いいな?」

「ああ………ッ」

 

 憎悪を込めてフロストノヴァを、レナートたちを睨む。そんな銀髪のウルサスを冷ややかに睨み返し、フロストノヴァは灰色の瞳を細める。背後に控える精鋭たちが静かに威圧する中、彼女は冷ややかな声で言葉を紡ぐ。

 

「その憎悪は理解するが、感情のまま暴走しては、お前たちが憎む者と何ら変わらない。姉さんのようになれ、とは言わないが、もう理性的な行動を心掛ける事だ。感染者でない、というだけで虐殺を行うなど、ただの下衆と何ら変わりはないぞ」

 

 中には逆上する者も居たが、胸骨粉砕骨折のスカルシュレッダーが手で制すれば、彼の身を案じて引き下がり、部隊内で医療アーツ使いを呼ぶなどしながら撤退。それを精鋭たちが静かに見届ける中、左手からだらだらと血を流すレナートのもとへとフロストノヴァが接近。

 警戒する二人を余所に彼と対峙した彼女は、数秒の沈黙の後、トンデモ内一言を放った。

 

「お姉ちゃん、と呼んでみてくれないか?」

 

 空気が、凍る。警戒していた二人の目が、敵を見る目から不審者を見る目に変わり、レナートは静かに顔を引き攣らせ、スノーデビルの面々は揃って頭を抱える。学生たちがぽかんとする中、フロストノヴァの背後へと立った重砲兵長は

 

「ちゃんと段階踏みなさい!」

『いやそうじゃねえ!?』

 

 ズレにズレたツッコミを入れ、揃ってずっこける羽目に。

 

「みーつーけー………って、なにこの空気?」

 

 そして、純然たる身体能力だけで駆け付けたグローザもまた、盛大に困惑す羽目になった。

 

******

 

「えーっと、つまりフロストノヴァ………さんと姉さんは同じ収容所で、ってコトか」

「そゆことだね~」

「姉さんのお陰で今の私がある、と言っても過言ではありませんね」

「いや、過言じゃね?」

 

 天災の余波で荒れ果てたチェルノボーグを、二つの部隊に護られた学生たちが進む。

 最後尾で過去のアレコレを聞かされるレナートは、姉に締め上げられ、引き摺られていた。自己紹介すらしていないのに姉扱いを求めた不審コータスこと、フロストノヴァがグローザを姉呼びする理由に納得しつつも、そうなった原因がそれだけではないだろう、と密かに溜息。

 

「ん~?今失礼なコト考えたでしょ?」

「ででででで!?考えてない、考えてないからあああああああ!?!?!」

 

 一般人なら即死の怪力を受けながら、しかし痛いと絶叫するのみで済むレナート。その空気が本当の肉親というものなのか、とフロストノヴァが寂し気に笑う中、グローザは溜息と共に弟の左手を見やり、明確な苛立ちを見せる。

 

「にしても、あの子がねー………次会ったら肩外すか」

「姉さんがやったら引き千切れるんじゃね?」

「同感です」

「ノーちゃーん?グリグリして欲しいの~?」

「ボス、やめとけ。死ぬぞ、嬢ちゃんが」

「ああ、死ぬな。間違いなく」

 

 ヴェンデッタ、フロストノヴァの二人に即座にそう答えられ、肩を落とし落ち込む。力加減一つで簡単に死体が出来上がるだけの馬鹿力の持ち主である彼女は現在、気軽なスキンシップができるのは弟くらいしかいないのだ。弟に対してだって、久し振りのスキンシップの直後は内心ガクガクだったのだ。

 幸いなことに、彼女の弟も、彼女に劣らぬ頑丈さを持ち合わせていたお陰で無事だったが。

 

「うぅ~………レナート、慰めて」

「料理でもして加減身に着けたら?」

「辛辣!?」

「なんというか………愉快な人、だね」

 

 ゾーヤがレナートの傍で零し、驚き混じりにグローザを見やる。ペテルヘイム高校の地獄を経ていない、ある種部外者である為、幼馴染であり友人でもある彼の近くが一番落ち着くのだろう。そんな彼女の評価を聞き、グローザは楽しそうに笑う。

 

「そりゃ、感染者だから―、って何時までも辛気臭い顔してたら、長生きできないし?昔、長生きの秘訣は笑顔だ、だの、若さの秘訣は笑顔だ、って言ってたしね。あと、父さんに教わった極東の諺に『病は気から』ってのがあるし、長生きしたいからには、ね?」

「それは嫌味ですか?」

「ああ、確かに嬢ちゃんとボスとじゃ、ボスのが若」

 

 フロストノヴァ渾身の蹴りがヴェンデッタの脛を襲い、その場に崩れ落ち悶絶。絶対零度と困惑の二種の視線を受ける彼に構わず、グローザはフロストノヴァの頬を軽く指先で押し、笑みを形作らせる。そこには、年上としての配慮も見え隠れしている。

 

「ほらほら、笑う笑う。リーダーがいっつも辛気臭い顔じゃ、空気悪くなるよ~?」

「い、いや、いつもこんな顔をしている訳じゃ………!」

「………お姉さん、いい人だね」

「たりめぇだ。あの姉さんじゃなきゃ、今頃俺は生きちゃいないからな」

 

 ようやく解放され、首を回しながら、レナートが笑う。どこか自慢げなそれに、ゾーヤは頬を緩める。そうして少し視線を動かしてみれば、あからさまに警戒する―――恐らく、というより確実に、出合頭の発言が原因だろう―――ソニアの体の影から、ラーダが心配そうにレナートを見つめる姿が目に入る。恐らく、矢が掌を貫通するところを見ていたからだろう。

 

「心配されてるね」

「別に、そこまで心配する事じゃないと思うけどなぁ」

「いや、掌風穴って普通に重傷だからね?」

「姉さん、腕に風穴も重傷ですよ」

 

 どちらも、防御ミスでの負傷である。変なトコロで似た姉弟に呆れつつ、ゾーヤはふと浮かんだ疑問を口にする。

 

「その怪我、どうしたんですか?」

「ああ、これ?ちょっと油断してね~。お陰でタルラもメフィストも逃して、散々よ」

 

 笑い、溜息を零す。

 

「そういう訳だから、これが終わり次第、また別々ね」

「………そう、ですか。いえ、今のレユニオンでは、姉さんとは相容れませんからね」

 

 フロストノヴァの耳が垂れ下がり、表情と併せ全身で無念を示す。

 

「昔はこうでは無かったのですが」

「んー、となるとやっぱキナ臭いのは………っと」

 

 何かに気付き、グローザが跳ぶ。純粋な脚力だけで一団の先頭へと躍り出た彼女が小走りで駆ければ、その意図を感じ取った者たちが、学生を先導してその背に続く。何事か、と訝しむ学生たちがその先導に続いた先には、見知らぬ服装で統一された集団が、街中を散策する姿が。

 

「ロドス!」

「ッ、誰………レユニオン!?」

 

 警戒による緊張が奔る中、グローザとその部下たちは、一切構わず道をあける。その先の学生たちを目にしたロドス・アイランドのオペレーターたちの目の色が変わる中、リーダーのグローザは静かに彼らを見据え、口を開く。

 

「この子たちの保護、頼んでいいわね?」

「………信じていいんだな?」

()()()()()()()()()()()()()()()し、心配はいらないわ」

「おば!?恐れ知らずだな、おい」

 

 意味深な言葉と共に視線を巡らせたグローザは、素早く背後へと振り返り、静かに告げる。

 

「そういう訳だから、私たちとはここでお別れよ」

 

 喜ぶ者は、不思議と居なかった。

 

「アンタらはどうすんだ?」

 

 ソニアの問いへの反応は、綺麗にわかれた。

 

「私たちは傭兵よ。要は、その時々によってね」

「………我々は、レユニオンの一員として、出来る限りのことをするまでだ」

 

 片や気楽に、片や厳かに、それぞれ別れて去っていく。

 最後尾に居た弟の傍で立ち止まった姉は、微かな笑みを浮かべ、頭を撫でる。

 

「またね」

「………また、な」

 

 いつかの再会を信じ、姉は軽い調子で、弟は感情を堪えて、軽いハイタッチを交わす。

 

 

 

 その日、ウルサスの子供たちは地獄を脱した。




・レナート
スカルシュレッダーとキレ散らかし合い、ガチ殺し合い寸前まで行った子。
尚、蹴りは一応加減していた。でなければ余裕で胸ブチ抜いてるし………

そして、いつの間にか姉が増えていた()

・グローザ
実は妹(?)が増えていたガチ強お姉ちゃん。

・フロストノヴァ
グローザを姉と慕う、妹属性追加系レユニオン幹部。
初対面の彼女の弟相手に、うっかり自己紹介より先に姉扱いを求めたドジっ娘。お陰で学生たちからの認識が酷いことになり、部下たちは揃って頭を抱えた。グローザ相手には敬語で振舞うように、単純な信頼以上の感情を抱いている。


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地獄を脱して

ざっくり後日談的な感じとなります。
そして、本編としては申し訳ありません、これで終わりです。
まあ、私のモチベ次第で蛇足が続く訳ですがね!


『ゼオン』様、『タツタ』様、『モノクロー』様、評価ありがとうございます!
そして改めて、今日この時までに評価を下さった皆様に、最大の感謝を!


「………まさか、気付かれてたとはね」

 

 ロドスのオペレーターたちに護衛され、チェルノボーグ外れから外部へと脱するべく移動するウルサス人学生の一団。それを見下ろし、白のクランタは立ち去った青のウルサスを目で追い、嘆息する。

 

「多分、マンティコアやレッドにも気付いてるかな?あの人も厄介事を押し付けてくれたね」

 

 隠密に兎に角長けた同僚を思い浮かべながら、あからさまに嫌そうに零す。

 暗殺者でもある彼女にとって、潜む者を即座に見抜くグローザは天敵中の天敵だ。なにせ、騎士の甲冑を容易く砕き貫く矢を片手間に掴み、弾き、吹き飛ばす暴威そのもの………要は、攻撃そのものが通じないのだから。

 

「けどまあ、あの子………肉親かな?予測は間違ってなかったみたいだし、結果オーライかな」

 

 彼女の今の雇い主が危惧したのは、チェルノボーグの動乱にグローザが加わった理由。例えば、それが彼女の肉親などであったとして、それが万一死亡するなどが起こってしまえば、最悪チェルノボーグのドクターは疎か、ロドスのCEOをはじめとした数多の犠牲が出ていただろうことは確実。

 

 事実として、我を忘れ暴走したかつての夜、小さな町一つが消し飛んだ。もし、最後の肉親であるレナートが死亡していて、その亡骸を目撃するなどしてしまえば、歳月と共に力を増したアーツの暴走により、チェルノボーグという都市そのものが消し飛んでいた可能性まであるのだ。

 

「………仕方ない、ちょっと本気で護衛しとこ」

 

 ここから先、不慮の事態で死亡となり、グローザとロドスが敵対しては叶わない。拠点が移動都市であるロドスでは、圧倒的極まる破壊力を持つ個のグローザとの相性が悪すぎる。自衛手段が幾らもあるとはいえ、対応できるオペレーター自体が非常に少ない為、リスクは排除する必要があるのだ。

 

 仕事が増えたことに溜息を零しつつも、白のクランタはしっかりと弓を構え、任務を開始した。

 

******

 

 そして、時は流れ。

 

「ッ!」

「………ッ!」

 

 訓練室を、縦横無尽に駆ける二つの影。赤と青の対照的な二つの色は幾度となく交錯し、鋭い攻撃の連続が交わされる。その度、青い影―――青髪のウルサスの動きが鈍るのに対し、赤いフードのループスは欠片も速度を落とさぬまま、攻勢を増していく。

 

「この短期間でレッドにあそこまで食い下がるか………姉が姉なら、弟も大概だな」

 

 チェルノボーグの惨劇から救助された後、ロドスのオペレーターとなる事を志願した学生たちの一人。感染者の傭兵を姉に持つ少年の動きを観察し、レッドと呼ばれたループスの上司である人物、ケルシーは感嘆とも呆れとも取れる言葉を零す。あくまで訓練とはいえ、長い訓練を経た熟練を相手に、短期間で喰いつけるに至る学生となれば、当然その異質さは際立つ。

 

「シュトルム………ウルサス帝国の言語に則った意味でも、別の意味でも噛み合う名だな」

 

 コードネーム『シュトルム』、本名レナート。グローザを名乗る傭兵に似て、並外れた身体能力と優秀なアーツ適正を併せ持つ逸材であり、他の学生たちより格段に早い段階でオペレーターとして前線にて活躍を収めた傑物………難点もありはするが、素質は突出している。

 

 そして素材の優秀さは、現在の訓練風景からも容易に見て取れる。

 

「チィ………ッ!」

「っ!?」

 

 アーツユニットによる、暴風のアーツ。仕切り直し、とするにはあまりに凶悪な破壊力を秘めたそれを上手く受け流し、レッドは床を転がる。起点である為にその影響が希薄なシュトルムが強襲するも、練度の差から軽々捌き切り、そのまま関節を極め叩き伏せる。

 

「………勝ち」

「ああ、敗けだ敗け」

 

 力任せに振り払えぬよう、しっかりと極められたシュトルムは大人しく敗けを認め、溜息。

 

「まだまだだなぁ、ホント」

「シュトルム、強い。ただ、まだ足りてない」

 

 何が足りないかと言われれば、やはり経験だろう。元が学生である以上、幾らあの地獄を潜り抜けたとはいえ、荒事の経験値としてはたかが知れる。なにせ、暴徒たちの大半が元一般市民であり、腕っ節だけでどうにかできてしまう相手ばかりだったのだから。

 対し、レッドは、ロドスのオペレーターの多くは、訓練を積んだ、或いは戦場で経験を積んだ熟練が大半。柔よく剛を制す、剛よく柔を断つというように、今の彼ではどちらも中途半端であり、純粋な身体能力という剛は熟練の柔に制され、付け焼刃よりマシ程度の柔はあっさりと断たれてしまう。

 

 一応、相応の戦果を挙げてこそいるものの、それも相手がレユニオンの暴徒だったお陰。他の熟練オペレーターたちの活躍を目の当たりにしたからこそ、こうして明確な格上に手合わせを願い、少しでも上に至ろうと足掻いているのだ。

 

「はぁー………」

「訓練はこれで終わりだ。大人しく休んでおくといい」

 

 ケルシーに告げられ、シュトルムは軽い調子で敬礼を返す。それと共に関節技が解かれ、自由の身になると共に立ち上がり、軽く肩を回す。大きく伸びをして、そのまま訓練室を抜けた彼を待ち受けていたのは、同じくオペレーターに志願した仲間。

 

「また敗けたか?」

「ああ、敗けた敗けた。綺麗に敗けたよ」

 

 ソニア改め、ズィマーの問いに笑って答える。悔いを感じながらも、しかし清々しい笑顔だ。

 

「そうかい。その様子じゃ、残念会はいらねぇ感じか?」

「だな。つか、食堂はちょっと………」

「あー………」

 

 シュトルムの弱点を知るズィマーが同情気味に零し、苦笑する。

 

「グムの料理、食えねぇな」

「そっちはまあ、上の方で振舞ってくれてるし」

 

 ウルサス学生自治団………チェルノボーグを脱した一団の多くは、ロドスの一員として日々働いている。戦闘オペレーターとして活躍する者はごく一部だが、他の面々は事務員などといった後方要員として貢献しており、ロドスへの滞在を続けている。

 そして、そんな彼らがロドス上部に得られた拠点では、食堂とは別にグム………ラーダが手料理を振舞うなどして、時折皆の労いを行ってくれているのだ。そして、体質から食堂の利用に難があるシュトルムにとっては、グムの手料理を食べる数少ない機会でもある。

 

「ああ、それと」

「仕事か?」

 

 ズィマーの表情が引き締まり、静かに頷く。

 

「ああ。明日からだけどな」

「あいよ」

 

 言葉少なく了承を伝え、外を目指し歩を進める。当然様々な職員とすれ違う中で、互いに一番会いたくないだろう相手と遭遇することに。不幸中の幸いがあるとすれば、ストッパー足り得る人物が存在してくれている事か。

 

「げっ」

「いきなりご挨拶だな、おい」

「そうよ、アレックス。流石に、出合頭にその反応はダメ」

「う………」

 

 白髪のウルサス―――アレックス。またの名を、レユニオン幹部、スカルシュレッダー。現在捕虜状態の人物であり、姉ミーシャの同伴がある時のみ、行動を許されている身でもある。姉の身柄を求め龍門で大暴れした犯罪者であるのだが、恐るべき速度で頭角を現したレナートがケルシーの護衛に選ばれ、ついでとばかりに戦線に投入された結果、可愛そうなくらいボコボコにされ、こうして無事(?)姉と共にロドスで治療を受けているのだ。

 そして、加減なしにボコボコにされたことで、憎悪を通り越して軽い苦手意識を植え付けられてしまった次第である。武器を全て破壊された挙句、自爆覚悟の奥の手すら許されず、マウントでタコ殴りにされてしまえば、そりゃ苦手にもなる………恐怖まで行かないのは、腹立たしさが強く残っているからか。

 

「何故お前が居る」

「訓練帰りだよ。喜べ、ボロ敗けだぞ」

「嫌味か?」

 

 全力の喧嘩腰で睨み合う中、ミーシャは呆れ気味に苦笑を浮かべ、アレックスを軽く小突く。

 

「ダメだよ、アレックス」

「でも………」

「シュトルムさんも、そういうのはダメですよ」

「ハイハイ、っと」

 

 アレックスから敵意が薄れ次第、シュトルムも手を引く。今となっては、ただの八つ当たりでしかないと自覚できている分、クールダウンもそれなりに早くなっている。それでも何故かと聞かれれば、姉に助けられた、と宣いながら、姉を慕うもう一人とは全くの別ベクトルに爆走してしているせいか。

 

「で、そっちは何だ?検診帰りか?」

「お前には関係ない」

「そうかい」

 

 変わらず険悪な空気を隠さぬアレックスに対し、シュトルムはそれだけ返す。ミーシャが軽く頭を抱えていると、彼女と共に検診を受けていたもう一人の元レユニオン幹部が

 

「なんだ、騒がしいと思えばまたお前たちか」

「う………」

「フロストノヴァか。ってことは、そういう事か」

 

 フロストノヴァ―――レナートの姉、グローザを姉と慕う女性だ。彼女もまた感染者であることから、ロドスに身を置いて以来定期検診を欠かさず受けており、それなりに馴染んでいた。

 

「全く、お前たちは………」

 

 呆れる彼女を余所に、シュトルムはそそくさと退散。学生自治団の拠点へと駆け足で戻る。

 

「お帰り」

「ただい………ああ、うん、ただいま」

 

 そして、寛いでいたゾーヤことアブサントの言葉に思わず首を傾げながらも、しかしそのまま返す。穏やかな空気の中、元々部外者であった彼女もいつの間にか馴染んでおり、シュトルムもまた、ちょっとした集会場となっている部屋の片隅、彼女の隣へと腰を落ち着ける。

 

「どうだった?」

「敗けたよ、敗け。やっぱ、強い人にゃ届かないわな」

 

 笑えば、アブサントも軽く笑い、しかし冷静に口を開く。

 

「目標が高過ぎるだけだと思うけどね」

「そうか?」

「だって、お姉さんが目標なんでしょ?」

「まあ、な」

「流石に、一人でスノーデビルの人たちを助けた人は遠すぎると思うなぁ」

 

 グローザの所業を口にして、シュトルムと共に苦笑を浮かべる。

 その所業は、同じ人間なのかと疑いたくなるようなモノばかり。少なくとも、熟練揃いの精鋭部隊であるスノーデビルと交戦していた謎の部隊を一人で虐殺、というのは、アーツ能力の汎用性と奇襲力、殺傷力の高さを加味しても恐ろしい。

 

「それに、今でも十分強いよ、キミは」

「そうは思えないけどなぁ………」

 

 そう零し、椅子へと体重を預ける。その表情は、これまでと異なり浮かない様子を隠せない。

 

「うん、強いよ。だから、焦らないで」

 

 友人の身を案じるアブサントだが、その言葉の裏には、遠くに行かないで欲しいという願いが隠されている。どんどん実力をつけていく彼が、このまま自分たちの手が、力が及ばないところに行ってしまうのではないか、と密かな恐怖を抱いているのだ。

 

「………まあ、焦って潰れちゃ、元も子もないか」

 

 その恐れにこそ気付けなかったものの、彼女のお陰で無意識の焦りを薄っすらと認識したのか、大人しくそう口にする。それから少し沈黙が続いたかと思えば、軽い伸びの後立ち上がり、幼馴染でありよき友人である少女へと振り返る。

 

「何飲む?」

「それじゃあ、ハチミツドリンクでも」

「勘弁してくれ」

「ふふ、冗談だよ」

 

 軽口を交わし、穏やかな時間を過ごす。

 

 

 

 これは、地獄を生き抜いた者たちが得た平穏の一つ。傷は消えずとも、友に笑える仲間がいる、些細な、しかしかけがえのない幸せの中で、彼らはコードネームという新たな名を以て、新たな道を進んでいくのだ。




・レナート/シュトルム
ロドスに救助されたのち、前衛オペレーターとして志願。短期間でめきめき腕を上げた。
コードネームは突撃を意味する語で、転じて楽観視し安置に留まらず、如何なるときでも突貫することを心掛けるべく名乗った。また、ウルサスでは馴染みの無い意味が彼のアーツと噛み合っており、どちらの意味でも通じている。

物理強度、生理的強度、戦場機動において『卓越』評価を受けている上、戦闘技術に関しては恐るべき速度で磨きがかかっており、龍門入り直後にはケルシーの護衛として抜擢、そのまま初陣に投入される程。その結果、レユニオン幹部スカルシュレッダーの無力化、及び拘束に多大な貢献を見せた。
反面、アーツに関しては、単純な出力は姉以上を実現できながら、本人の制御能力不足から評価は『優秀』止まり。

体質から、購買周辺や食堂へは立ち入れないのが密かな悩み。
匂いだけでダウンしてしまう為、時には廊下でぶっ倒れる事も………

・スカルシュレッダー(アレックス)
・ミーシャ
・フロストノヴァ
本作生存組。スカルシュレッダーは物理でボコボコにされ無力化、ミーシャも怒るより先に軽く引いたお陰で、不要な争いは起きず終了。フロストノヴァに関しては、グローザが単独でアレコレ手を回した末、部下たち共々無事保護と相成った。

アレックスに関しては、シュトルムと顔合わせ次第睨み合う仲で、ミーシャは基本仲裁役。
当のフロストノヴァだが、『姉』たちと友好を深めつつ、残念な方向に爆走中。


・グローザ
活躍をダイジェストで語られた主人公の姉。
弟と比べ純粋な戦闘技術は皆無なのだが、身体能力と桁外れに小回りの利くアーツにより、怪物の如き実力を発揮。フロストノヴァ旗下の部隊やらを単独で救う序でに、色々と引っ掻き回した。


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~後日談~ きっと、蛇足
彼女たちから見た姿は


ガチャ目的は割と性能よりビジュアル、私でございます。
最近よーやっとグムちゃんゲットで、本格的にリソースが死にそうな今日この頃。
ウルサス組、こんぺいとう食べ過ぎ問題。銀灰にもムシャられてボドボドです、ハイ。

今回より後日談という名の蛇足編スタートでございます。宜しければ、お付き合いください。


『赤牛』様、評価ありがとうございます。
蛇足でも宜しければ、どうぞお付き合い頂ければ幸いです。


 ウルサス学生自治団、本部。

 

「ぅぁ………」

 

 顔を真赤にしたシュトルムが床に突っ伏す中、ズィマーの怒号が響く。

 

「おい誰だ、コイツが居る中でハチミツドリンク飲んだ馬鹿は!?」

 

 空のグラスに残る、黄金色の雫………甘い匂いのお陰で、ハチミツドリンクだとわかる。そして、匂いだけでダメになるこの男がそれを飲める筈も無い以上、犯人が別であることは明らか。

 

「多分、リェータが」

「アイツが?………いや、今はいいか。ったく」

 

 溜息を吐き、ズィマーはダウンしたシュトルムを背負い、彼の居室まで運ぶ。同じくロドスのオペレーターとして活動中の身である事もあり、彼の居室の場所はしっかりと把握しており、難なく到着。しかし、当然しっかり鍵がかかっており、持ち物を漁る訳にもいかず、止む無く彼女の部屋に放り込む。

 

「………ここまで弱いとはなぁ」

 

 程度の多少はあれ、ここまで極端に弱いのは想定外だった。今でも、時折信じられなくなるのだが、眼前の現実が真実を雄弁に語る。戦場で発揮される、強力極まる力の数々からは考えられない弱りようだ。

 

 ついこの前までただの学生だった、とは思えない程に器用に剣を、短剣を、挙句ボウガンやら拳銃まで使い、更には強烈な風のアーツで遠距離攻撃の無効化からドローンの破壊、撃墜まで………それでも尚、ロドスで上位に位置するオペレーターたちには届かないというのだから、驚くやら、飽きれるやら。

 

「なあ」

 

 自然に、そんな声が漏れる。

 

「アタシは、お前の信頼に応えられてるか?」

 

 らしくない弱音だ。

 しかし、そんなモノを抱いてしまう程に、今の彼は遠くに見えているのだろう。事実、初陣からレユニオン幹部の捕縛にと、叩き出している戦果は元学生とは思えぬほどに凄まじい。その後の任務でも、彼のアーツに大いに助けられ………と。

 

 そして、優れた指揮官であるドクターの存在だ。学生自治団の長はズィマーだが、その一員である彼に応えられるほどの活躍ができていないことが、彼女を密かに蝕んでいたのだろう。比較対象が悪すぎるとはいえ、それを指摘できる者は居ない。

 

「アタシは………」

 

 彼と違い、特段身体能力が、運動神経が優れている訳でもない。アーツ適正だって特段優れている訳ではなく、ロドスにおいても、基本的に自身の部下として収まる彼への、隠し切れぬ劣等が、焦燥が募っているのだ。

 

 彼女は一度、大きな過ちを犯している。その重責を自分のせいだ、と断じ、彼女の罪を否定しようとした男に対し、どれほど報いることが出来ているのか、不安で仕方がない。相手がそんなものを望むタチでないことは重々承知していても、不安というものは際限なく沸き上がってしまうものだ。

 怖いのだ。彼女を信じていると断言してくれたからこそ、見放されるのではないかと思うと、怖くて怖くて仕方がない。なのに、それを表に出せない。弱みを見せたところで、それを理由に見放すような人間でないとわかっていても、怖くて仕方がない。

 

「………アタシ、は………」

 

 誰よりも、自身が許せない。日々自責に苦しむ少女にとって、過ちを許し、リーダーとして受け入れてくれる人間が、どれほど有難く、また辛く苦しいか。あの傭兵たちに助けられなければ、傷が悪化し手遅れになっていた可能性まであるというのに、この男はその結果を招いた彼女を信じてくれる。それが、どれほど辛いか。

 

 力無く、ただ椅子に体重を預ける。救いでありながら重圧である男は、何も答えなかった。

 

******

 

 ズィマーがシュトルムを連れて行った後、イースチナは密かに安堵の息を零す。

 

「シュトルムお兄ちゃん、大丈夫かな………」

「大丈夫ですよ、きっと」

 

 彼に対し恩義もあるが、イースチナにとってシュトルムもとい、レナートという人間は、それ以上に恐ろしい人間でもあった。食料の強奪や他の勢力との抗争の中で見せた頼もしさは、間違いなく大きな助けとなっていたが、親友をその手にかけた身からすれば、垣間見える冷たさが酷く恐ろしい。

 

「………イースチナお姉ちゃんって、お兄ちゃんのことどう思ってるの?」

 

 グムのその問いに、どう答えたものかと思案する。そこに、意外な人物が加わる。

 

「確かに、少しばかり気になるわね」

「あ、ロサお姉ちゃん」

「貴女もですか………むぅ」

 

 ロサが加わり、尚更どうしたものかと悩む。

 

「グムはどう思っているの?」

「グムはね、優しい人だと思うな!」

 

 間違いではないだろう。グムが目にしてきた彼の一面は、仲間の為に出来る限りの手を尽くす姿が主である為、そう思うのも当然だ。数少ない年下ということもあり、シュトルム自身も他より気にかけている為、余計に好印象なのだろう。

 

 対し、ロサは納得するように頷きつつも、包み隠さず自身の抱いているモノを口にする。

 

「そうですか。私は、少々怖く思う事もありましたね」

「こわい?」

「ええ。だって彼、ペテルヘイム高校の生徒よ?」

 

 その理由は、奇しくもイースチナと同じもの………いや、同じモノであるが、イースチナはそれだけでは無い。もっと私的で、割り切るべき感情もあり、ロサ程簡単ではない、と冷静に思考。

 

「ズィマーの元で行動していた時もそうだけれど、敵対者への容赦の無さが恐ろしいの」

「………私もです。それに………」

 

 思い出すのは、校内の地獄が始まってすぐ。まだ彼が、単独での夜間防衛以外に殆ど動いていなかった頃のことで、彼女としても半ば盗み聞くような形で遭遇した中での出来事だったか。

 

『頼む!もう手は出さないから、な?俺たち、友達だろ?』

『ああ』

 

 そんな会話の直後、響いたのは何かが潰れる生々しい音と、断末魔とすら呼べない奇妙な声。

 

『友達()()()な』

 

 翌日見たその場の光景から、恐らく頭部を破壊したのだろうことは容易に想像できた。

 それでいて、彼は多くの殺戮に対し、欠片も罪悪感や後悔を見せていない。仲間内に対し見せる配慮から、殺人自体を禁忌と判断する程度の倫理価値観は持ち合わせている事が判るものの、それが却って不気味さと、その狂い様を際立たせているというべきか。

 

 ………いや、一番恐ろしいのは、そんな冷徹さに羨望すら抱いた、自分自身か。

 

「友人だったであろう学生たちを殺しても、欠片も感情を動かさない。それに、私のグループから彼を消そうと動いた人たちは、誰一人として生きて帰ってはこなかったわ」

「でしょうね。恐らく、総合的に見て一番多くの学生を殺しているのは、彼ですから」

 

 グムが微かに竦むと、ロサは優しくその頭を撫でる。そして、柔らかく笑うのだ。

 

「だけど、優しい人物なのも事実よ」

「そこは否定しません」

「それに………いえ、ここで言うことではないわね」

 

 帝国の政策もあり、感染者とそれを庇う者へは、公的機関も一般住民も極端に厳しい。その極端さは同じくウルサス帝国出身のフロストノヴァ、スカルシュレッダーを見れば明らかであり、感染者である姉を庇った彼の過去は、相応に昏く、血に濡れている。

 

 敵対者は欠片の容赦も無く殺し、それを当然と認識、過去の交友など関係無しに、記憶する間でもないと完全に切り捨てる。対し、仲間として認識したならば、喪うまいと死に物狂いで力を振い、守りにかかる………すべては、目前で両親を惨殺された過去の反動であり、暴動と動乱により、それが最悪手前の形で発露、更に環境が原因で歪んだ結果なのだ。

 

 そして、その極端とも言える程に歪んだ二面性が恐怖の象徴として、巡り巡って内部分裂を防いでいたというのだから、皮肉という他あるまい。親が軍警の中でもマトモな部類の人間でなければ、もっとひどいコトになっていた可能性を考えれば、アレでも大分まともな結果と言えるが。

 

「それでも、やっぱり怖いです。いつか、私たちも躊躇いなく殺されるんじゃないか。あの手でこの首を折られて、何かをする暇もなく、息の根を止められるんじゃないかって」

 

 彼が学内で行っていた殺傷の主な手段は、その腕力握力に物を言わせた頭蓋の、或いは頸椎の破壊による問答無用の即死。抵抗する暇など与えられず、捕まった瞬間に死が確定するのを目の当たりにしている上、彼の冷徹さも知っているイースチナにしてみれば、恐ろしくて仕方ないのだろう。

 たとえ、そんなことがあり得ない、と心の底では理解していても。

 

「わかるわ。私も、一歩間違えばあの手で殺されてたもの」

 

 ズィマーが、イースチナが生かす事を決めた時には、完全に敵意も何も折れていた。

 だが、もしもそれより前。彼女が貴族を扇動していた時に命を狙われていれば………そう考えれば、途端に恐ろしくなる。今ならその結末を受け入れることは出来るのだが、あの冷たい目で見下ろされ、首を握り砕かれたらと思うと、やはり恐怖は沸く。

 

「大丈夫だよ」

「ええ、わかってるわ」

 

 グムの優しい声に応じるように、ロサも微笑む。

 

「イースチナも、わかっているでしょう?」

「ええ。容赦の無さは恐ろしいですが、敵対する理由がない以上、こちらに向く事はありません」

「そうだよ!それに、お姉ちゃんたちが悪いコトしようとしたら、グムが止めるもん!」

 

 胸を張るグムに、二人が笑みをこぼす。微笑ましい年下の少女を優しく撫でれば、困惑しながらも直ぐに受け入れ、嬉しそうに撫でられる。その姿が空気を穏やかなものに変え、二人も自然と穏やかな気持ちになれる。

 

「そうね。間違えた時は、是非お願いしようかしら」

「任せてよ!」

 

 柔らかく笑い、ロサは遠くを見やる。

 

「きっと、ロドスの一員として活動している限り、そうはならないでしょうけど」

 

 そう微笑み、席を立つ。

 

「折角だし、軽いお茶会でもしましょうか。丁度、頂いたお菓子があるの」

「わーい!」

「おや、珍しいですね。誰に頂いたんですか?」

「ハイビスカスさん」

「「ちょっと待って」」

「ふふ、冗談よ」

 

 二人が冷や冷やするきついジョークを飛ばしたロサが席を立ち、準備に移る。

 シュトルム、ズィマーらが居ない事を惜しむ素振りを見せたものの、貰ったお菓子がはちみつクッキーであることを思い出し、どちらにせよ彼は参加できないと苦笑を浮かべ、そのままお茶の用意を始めた。




・シュトルム
開幕ダウンした主人公。戦闘力は跳ね上がったが、ハチミツ耐性は変わらず。幅広く手を伸ばしている事も併せ、リーダーの劣等感を煽ってしまっていたが、気付けてない。
良くも悪くも、敵味方の認識が極端で、敵と見做せば友人程度なら躊躇いも後悔も無く殺すことができ、また味方に無用な殺人はして欲しくないと思う程度の倫理観を持ち合わせている。
その冷酷さ以上に圧倒的な力から、明確に動いて以降、グループ内に対する抑止力と化していた。

・ズィマー
シュトルムの所属部隊の隊長であり、学生自治団のリーダー。
彼やドクターと自身を比べる、過去の負い目、等々抱え込んでおり、内心怯えている。
彼の信頼は救いと共に重圧ともなっており、どう応えればいいのか悩みに悩んでいる。

・イースチナ
彼の殺人の一幕から、その極端な二面性を最もよく知る人物となっており、内心恐れている。
また、彼が本格的に動くのが早ければ………と恨むと同時に、その極端なまでの冷酷さには微かな羨望を抱いており、その二つから強烈な自己嫌悪を抱き、と内心は複雑。

・グム
一番救われている子。最悪の選択を行うことなく、また比較的優しい面を多く見てきている為、シュトルムへの印象は良好。大体、ズィマーに対するものと似た感じ。

・ロサ
明確な恐怖と共に、確かな信頼を抱いている人物。
ズィマーと似たようなモノを抱えているが、リーダーという立場でない分重圧は多少軽い。


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心というものは、目には見えず

どうも、自動指揮はTW-6が限界な初心者ドクター(約一カ月)です。
ズィマー、グム、チナちゃん、アブサントとウルサス組が綺麗に刺さってくれてるのに、地力不足でTW-6の縛り突破すら無理という。スキル育成しようにも素材も本も足りないという悲しみ………


『更級』様、『sigure4539』様、評価ありがとうございます!
評価を頂けるだけでも非常に嬉しいのですが、一つだけ我儘を言わせて頂きたく思います。

できれば、感想もよろしくお願い申し上げます!


 訓練室の映像を背に、笑顔のケルシーがMon3trを従え仁王立ちする。

 

「さて、言いたい事はわかるな?」

「いや、あれは流石に予想外というか………」

 

 全力で顔を引き攣らせたサルカズ、Wが映像に目をやる。

 そこには、彼女が遊び半分で渡した大型の銃を、平然と使いこなす様子を見せるシュトルムの姿………はっきり言って、異常である。しっかりとした訓練を経ても、サンクタ以外では拳銃を扱えるようになるのが精々だというのに、青髪のウルサスはその常識に真っ向から喧嘩を売っているのだ。

 

「この映像はな、拳銃の腕前が一般狙撃オペレーターの平均水準を超えた翌日のものなんだ」

「うっそぉ」

 

 頭痛を堪えるように眉間を揉むケルシーの目の前で、Wがぽかんとなり、呟く。

 

「まあ、これは氷山の一角に過ぎんのだが………」

 

 Wが違和感を覚える様子で盛大な溜息を吐き、ケルシーは目に剣呑な光を宿す。

 その瞬間、Wは降参するように諸手を上げ、せめて少しでも来たる痛みが和らぐことを祈った。

 

「誰が余計なモノを叩き起こせと言った!」

「わかる訳ないでしょ!?」

 

 瞬間、ロドスが大きく揺れ―――しかし、いつものこと(!?)なので、誰も気にしなかった。

 

******

 

「今、揺れませんでしたか?」

「いつものことじゃないかな?」

「ンなコト気にする暇あんなら、コレ処理すんの手伝えってーの」

「わ、わかってます!」

 

 その頃、元凶たるシュトルムはドクター、アーミヤの事務仕事の手伝いをしていた。

 意外極まる組み合わせであるが、素人にしては悪くない速度で書類の分類を進めており、そこそこ彼らの業務を助けていた。無論、しっかりと教育を受けた者には劣っているのだが、成り行きの助っ人としては普通に優秀と言える。

 

「っと………?」

 

 そんな彼の手が、ふと止まる。

 

「どうしたんですか?って、ああ、そういえば」

 

 アーミヤがそれを軽々回収し、とてとてとドクターのもとへと持って行く。

 

「こちらですが、シュトルムさんについての報告ですね」

「ん?どれど………んんん!?」

 

 ドクターが思わず立ち上がり、シュトルムを見やる。

 

「んだ?なんか妙なコトでも?」

「いや、え?………銃、使えるの?」

「おかしかないだろ」

 

 拳銃に限定すれば、リスカムやジェシカといった例がいるため問題ない。だが、それも拳銃に限定した場合の話である。しっかりと訓練すれば大体の者が使える代物ならば兎に角、この男はもっと異質なモノである。

 

「いや、あの………大型銃を使えるって」

「あー………まあ、使えるな」

「あの、シュトルムさんってサンクタの血とか」

「どっちもウルサスだっつーの」

「ですよね」

 

 シュトルムが呆れ気味に零し、嘆息する。サンクタ以外で銃器、特に拳銃より大型且つ複雑な代物を扱うというのは、非常に稀な例しかない。そして、それを成したのが元々素人であろう学生、しかもごくごく短期間で習熟となれば、異常というほかない。

 

「正直、俺もなんで使えてるかわからんが」

「わからないんだ………」

「まあ、サンクタの方々もそういった感じらしいですし」

 

 なお、サンクタと異なり、シュトルムが銃を扱える理由は風のアーツの素質に由来する高い感知能力にある。要は、複雑怪奇な銃の内部構造を、そこを通る風から凡そ把握できている訳だ。姉のグローザも同様のことが出来るのだが、反動を抑え込む為力んだ瞬間に銃がスクラップと化すため、どうあがいても使えない。

 

 そんなコトを知らない二人が唸る中、シュトルムは大して気にした様子を見せず、書類の整理を再開。無骨な指で器用に書類をめくり、血色の瞳で文字を読み取り、選別。表情は宜しく無いが、元が文字通り無数の山であった以上、止む無しか。

 

「ったく、一企業のボスってのも楽じゃねえなぁ………いや、ここがデカいからか」

「確かに、ロドスは各方面との」

「ああ、そういう小難しいのはいいから」

 

 学校での成績からわかる通り、間違いなく学習能力は高い。しかし、それとそういったことを好むかは別問題であり、どうやらそのテの話題はあまり好みではないようだ。顔を顰め、手を振り話題を切り上げさせる。その仕草に苦笑を浮かべたアーミヤは小難しい話を切り上げ、休憩にとお茶の準備の為一度退室。

 

「よし、行ったな?俺たちも休もう」

「それでいいのか?」

「それでいいのさ」

 

 肩やら首やらをゴキゴキ慣らし、ドクターが伸びをする。その音にシュトルムが顔を引き攣らせていると、素顔不詳の人物はにやりと笑うような気配を滲ませ、ソファに座るよう手で示す。素直に従い座ると、正体不明の敏腕指揮官は、真剣な様子で口を開く。

 

「キミは、アブサントをどう思っているのかな?」

「………いきなりだな、おい」

「そりゃあ、今まで話す機会も皆無だったしね」

 

 シュトルムが納得と共に頷く中、ドクターはソファに全体重を預けリラックス。気を抜きに抜いているように見せて、しかし中々に鋭く、痛い質問を放った。

 

「そもそもシュトルム、訓練以外でオペレーターたちとあまり交流してないじゃないか」

 

 沈黙した彼に構わず、言葉を続ける。

 

「食堂、購買の利用が皆無なのは、まあ体質の問題もあるんだろうけどね。それらを加味してみても、キミについてよく知らないオペレーターが多いみたいだし、今後の事を考えても、もっと交流の輪を広げるべきだと思うんだ」

「………」

「あとはまあ、今回みたく休暇をこまめに、って事かな。ズィマーたちも心配してるし」

「そうかい」

 

 どことなく無関心を思わせる声色だが、ドクターは何かを感じ取り、姿勢を正す。

 

「よければ、」

「お茶の用意ができ………あ、あれ?」

 

 そこに戻ってきたアーミヤにより、ドクターの言葉が途切れる。

 

「なんでもねぇよ。んじゃ、俺はこの辺で」

「あ、いや待って!お願いだからもう少し手伝って!」

 

 一転して半泣きの懇願を受け、流石に断り難くなったシュトルムは、腰を上げる事も出来ず、大人しくアーミヤが淹れてきた紅茶を受け取り、口をつける。ドクターも続けてカップを手に取り、口をつけようとして

 

(あ、あれ………?)

「どうかしたのか?」

「いや、何でもない」

 

 ドクターの疑問に、あまりにも間髪入れずに答えた為に、却って怪しまれる。シュトルムのどこか不自然な振る舞いに違和感を覚えたのは彼だけでないようで、アーミヤも微かに耳を揺らし、彼へと向ける視線の色を変える。

 その様子に居心地悪そうにしながら、紅茶を飲み干したシュトルムはカップを置き、軽く溜息。決して褒められない振る舞いであるが、二人はそれを隠し事がある反応と見抜き、どうするかアイコンタクト。アーミヤが軽く頷いたかと思えば、最初に話を切り出した。

 

「シュトルムさん、訓練以外の時間は何をなさってるんですか?」

「なんだ、藪から棒に」

「いえ、オペレーターの皆さんとの交流にも乏しいとお聞きしてますので、その時間で何をしているのか、気になりまして。ウルサスから来た皆さんが、オーバーワーク気味なのではと心配してましたから、しっかりと伝えておこうかと思ったんです」

「あいつら………」

 

 シュトルムの表情は芳しくなく、彼が命を張って彼女たちを助け続けた事実と繋がらない。一層違和感を強める結果に二人がそれぞれ思考を巡らせる中、シュトルムはそれに気付いた様子もなく、部屋でしている事を口にする。

 

「支給された装備の手入れ、とかだ。いつどんな任務に行くことになるかわかねぇしな」

「成程、それで狙撃オペレーターも目指しているんですか?」

「なんでそうなる?」

「え、違うんですか?」

 

 驚く二人に微かに驚きながら、シュトルムは苦笑気味に口を開く。

 

「使える手札が多い方が、いざって時の対応力に幅が出るだろ?そういうこった」

「成程………でも、大抵はアーツで問題ありませんよね?」

「俺のアーツ制御に難ありまくりなことくらい、アンタが一番よく知ってるだろ」

 

 武器戦闘技能において、成長性含め非常に優れている反面、シュトルムの非常に高出力な暴風のアーツについては、制御が拙いとまで評されている。事実、単純な暴風による吹き飛ばし、物理的破壊に、暴風による対遠距離攻撃防御と、出来る事は意外に限られる。その為、身体能力以上にアーツ能力の制御が卓越した姉と比べ、格上相手の突破力に乏しいのだ。

 そして、アーミヤは龍門での一連の騒動の中で彼と肩を並べていた為、その欠点もよく知っている。改めて言われてそれを思い出した彼女は、味方にも影響を及ぼす面攻撃より、小回りの利く射撃攻撃の方が有用な場面は多いだろう、と納得を示した。

 

「言われてみれば、その通りでした。ですが、大型銃の方は………」

「ああ、折角Wがくれたんだし、使えた方がいいかと思って」

 

 そんな気安く!?と叫びかける二人だが、ぐっと堪える。

 

 尚、Wにとっても当然予想外であり、ロドスに押収されたコレクションが埃を被るくらいならば、程度の気持ちで渡した結果、ケルシーが頭を抱えるようなことをしでかすなど、想定外にも程があった。

 

「前衛オペレーターであんな大型の銃を使う機会、あると思いますか?」

「まあ、普通は無いな。精々、殿とかで時間を稼ぐときの攪乱に使えるか、程度か」

 

 さらりと有事に死にに行くことを厭わぬ姿勢を見せ、二人の肝を冷やさせる。

 

「ま、本当に追い詰められた時だけだ。そうならないよう、期待してるぜ?ドクター」

「は、ははは………キミに言われると重みが違うなぁ」

 

 重みとは、双肩にかかるソレの事か。

 グローザという特級の爆弾の起爆装置足り得る以上、シュトルムが死ぬという事態は何としてでも避けるべきものである。好き好んで天災級の怪物と敵対する酔狂など、ごく一部の戦闘狂だけで十分。何より、ロドスのドクターとして在る以上、背負うものを危険に晒す訳にはいかないのだから。

 

「まあ、無茶をする必要が無いよう、しっかり指揮させて貰うよ」

 

 その返答にアーミヤ共々笑みを浮かべるシュトルムだが、彼女の方は得られた回答に引っ掛かりがあるらしく、直ぐに表情を改めて問い詰める。

 

「それじゃあ、武器の整備を終えてからは、何をしてるんですか?」

「………なにも」

 

 その回答に、二人は血の気が引くような感覚を覚える。

 

「なにも、って………その、趣味のお時間、とかは」

「あー」

 

 完全に他人事感覚の声と、続く回答から、二人は顔を見合わせ、鋭い視線を交わした。

 

「そんなのもあったな。ここしばらく、考えてすら無かった」

 

 ―――――このままでは、不味い。

 

 その結論に至るのは、当然と言えた。

 

 

 実は、ケルシーも同様であり、だからこそ、余計な素質を引出して()()()()Wへと怒りを向けていたのだ。鍛えられる要素が増えれば、それだけそちらにも時間を割く事が可能となってしまう為、それを危惧していたのだ。




・ケルシー
冒頭でWにドギツい仕置きを叩き込んだ人。
成長性の高さと、それ以上の危うさを見抜き、全力で警戒中。
何なら、手元に置いて直接監視も視野に入れている。

・W
押収予定だったコレクションから、偶然居合わせたシュトルムが興味津々に見ていた大型銃を一丁渡したサルカズ。しっかり手入れ等するのが条件であったが、使いこなされるのは完全に想定外。
結果、余計な引き金を引いてしまい、ケルシーの怒りを買ってしまう。

・ドクター
こっそり脱走がバレた先でシュトルムに遭遇し、学生だろうと知ったこっちゃないとばかりに泣きついた男。しかしながら、ダメなだけの人間ではなく、ちゃんと彼の抱えるモノ等を見抜いたりと、優秀なトコロは優秀。

・アーミヤ
何故かブラックな属性を付加されてる系コータス。今回、シュトルムの私生活に切り込んだ末、色々とヤバい事にドクター共々気付いた。今後、どのように対処するのかは………



・シュトルム
色々抱え込んでいるせいで、壊れかけている系主人公。

サンクタ以外では使える者皆無の大型銃を使用できた、素質の化物。ただし発展途上である上、まだ使用できるというだけなので、狙撃オペレーターと比較すると天と地ほどの差がある。

精神的にかなり追い込まれている様子だが、他者に打ち明けた形跡は無し。趣味というものを長らく忘れている、仲間の心配に宜しくない反応を示す、紅茶を口にして妙な反応を示す等々が表出していた事で、このままでは危険だとドクターたちが判断するに至った。


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壊れかけの少年

捜査令状ゲロきっつい………TW-7、8も自動指揮できないという。
育成に注力すべきか、出来るだけ素材を回収しておくべきか………悩みどころ。

『すぷ』様、評価ありがとうございます。
いやぁ、赤評価のままって………正直、ガクブルしております。


 ―――気付けば、血の海の只中に居た。

 

「また、か」

 

 これは夢だ。そう自覚していても、どうしようもなく不快で、胸が痛くなる。

 

「………ホント、うんざりだ」

 

 同じ学校から脱した仲間たち、良き友人だったモノが転がっている。皆傷付き、血に塗れ、虚ろに開かれた瞳は何も映さない。この悪夢に慣れたつもりでも、胸を締め付ける痛みと、込み上げる吐き気からは逃れられない。

 

 この結末が現実に起こるとするならば、間違いなく自分の責任だ。彼女たちに戦う選択を選ばせてしまった、それを選ぶ必要がある場所を頼らざるを得なくした、かつての自身の短慮が最大の原因だ。

 

「ッ」

 

 ああ、最悪だ。奥歯を噛み締め、他ならぬ自身への憎悪を燃やす。

 この悪夢が現実となり得る、そんな可能性が存在しているのが、何よりも許せない。こんな、どうしようもないクズを信じてくれている者たちに応える為にも、力が必要だと、レナートの歪み、固まり切った思考は結論を出す。

 

「………さっさと、醒めろよな」

 

 彼女たちに地獄を味あわせてしまい、更には命を賭けざるを得ない環境に身を置く、という選択をさせてしまった。彼女たちの決断を侮辱するような悔恨だからこそ、口にすることは出来ない。その悔恨と、彼女たちの決断を無下にする自身への嫌悪とが、じわじわとその心を蝕んでいるのだ。

 

 敵対者を躊躇いなく殺せる精神性の持ち主とはいえ、結局は二十にも満たない学生でしかない。彼女たちに戦場を選ばせた悔恨と、仲間を喪う事への恐怖。そこに、数多くの感染者を救ってきた姉との比較が加われば………

 

「はぁ」

 

 腰を下ろし、仲間の亡骸の瞼を下ろしていく。嫌にリアルな感触に不快感を隠せず顔を歪めた彼は、慣れ切ってしまった精神的苦痛がじわじわと響く中で、どこか虚ろな視線で淀んだ虚空を見上げる。

 

 幾度となく見た悪夢は、中々醒めてはくれない。

 

******

 

 刀、剣、棍棒。片手で使え、且つ連射の利く小型のものから、狙撃用の大型クロスボウ、更にはWに貰った、身の丈に迫らんばかりの大型の狙撃銃まで………武器が充実している空間は、しかしそれに反し、生活必需品以外が殆ど存在していない。

 

 そんな殺風景な部屋で目覚めたシュトルムは、身支度を終え次第、集合場所へと駆ける。任務の時と訓練の時が、今となっては最大の癒しであり、数少ない安息の時間だというのだから、本当に笑えない。

 

「随分とお早い到着だな」

「そちらこそ」

 

 先に来ていたイースチナから離れた壁に背を預け、軽く伸びをする。

 

「調子はどうですか?」

「悪かない」

 

 曖昧に返すが、睡眠が休息としての意味を失いつつある以上、ベストコンディションには程遠い。それでも、身体能力と反射神経がズバ抜けている為、余程の事が無ければ誤魔化せてしまうのだが。

 

「そうですか」

 

 シュトルム側から特別接点がある訳でも無ければ、そもそも今の彼に友好を深める気はさらさらなく、イースチナの方も複雑な心境である為、互いに口を開くことはない。持ち込んだ武器の最終確認を始める彼との間に言葉は無く、互いに仲間が来るのを待つのみ。

 

 一時間程で皆が揃い、他との合流の後に移動を開始。龍門郊外での作戦目的は、レユニオン残党の掃討………無論、投降すれば確保で終わるが、そうそう簡単なものでもない。半狂乱の相手の意固地さ、盲目さも、今の彼には有難い事この上ない。

 

「行くぞ。いつも通り、」

「ああ」

 

 暴風。剣に内蔵されたアーツユニットの、限界ギリギリの出力で解き放たれたソレが大きく吹き荒れ、その流れを鋭敏に感じ取ったシュトルムによって、盤面は凡そ読み解かれる。ひどく雑な威嚇兼牽制を解き放ったシュトルムが淡々と確認した戦力を告げれば、インカムの向こうでドクターが戦略を組み上げる。

 

 シュトルム自身、楽観視の悪癖を除けば戦術立案技能も悪くは無いのだが、自身の悪癖が招いた事態を知るからこそ、шторм(突撃)の名のままに、余計なことを考えず前に突き進む。己の身以外の全てを他者に委ねる方が、精神衛生的にも遥かに楽なのだ………それが、周囲にどんな影響を及ぼすかなど、欠片も考えずに。

 

「ク、ソがぁっ!」

 

 最前線に踏み出した彼へと、レユニオン残党が駆け寄る。鉄パイプが、剣、ナイフが襲来するも、純然たる身体能力に物を言わせてレユニオン残党の肉体ごと纏めて破壊し、無力化。当然、目先の敵しか考えていない訳だが、そこに的確な援護射撃を叩き込み、背後や意識外からの攻撃を牽制する人物もいる。

 

「前に出過ぎ!」

 

 アブサントの叫びに構わず、彼女に背後を任せ突貫。伐採者の巨躯を軽々投げ飛ばし、迫る火炎瓶を、瓶を砕かぬ絶妙な加減で蹴り返し、術師によるアーツ攻撃を躱し、時には敵を盾に防ぎ、欠片の慈悲も無く息の根を止めていく。

 

 憎悪も憤怒も無く、ただ絡み付く不吉な思考を薙ぎ払う為に。

 

「このガキ………ッ」

「気をつけろ!アイツ、龍門の―――」

 

 不意打ち気味の早撃ちで、情報を一つ出そうとしたレユニオンの喉を撃ち抜く。怯んだ隙に刃を突き立て、暴風のアーツを発動。高速の輸送車両との激突に匹敵する衝撃が正面の人間を即死させ、少し離れていた者も問答無用で吹き飛ばす。シンプルな強さは、そのまま小細工による対処が不可能な圧倒的暴力として、暴力を選んだ者たちを蹂躙する。

 

 徹底的に、仲間たちへと続く道を塞ぐ。援護らしい援護を受けるのも難しい代わり、素通りすることが実質的に不可能と思える程に、静かに冷徹に死をふりまく。どの面から見ても一流には及ばないながら、暴徒による烏合の衆の前では大差ない。

 

「あーあ、アレはダメかしら?」

「まあ、褒められない状態だよね」

 

 その光景を眺め、Wとクランタの狙撃オペレーター、プラチナが零す。

 

「あの目、何度か見たわね。自棄を起こして、或いは恐怖で死に向かう、馬鹿の目」

「へぇ、知ってるんだ」

「ああ、今のカジミエーシュで見れることは、まあそうそうないわよね」

 

 くすくす笑い、Wは静かに目を細める。

 

「あいつもまあ、結構なミスねぇ。ま、見たところ、遅かれ早かれでしょうけど」

 

 シュトルムとは、特別仲がいいわけではない。強いて挙げるなら、壊れた怪物(アナスタシア)の弟として気にかけたり、自身のコレクションに興味を示した際、特に視線が集中していたモノを与えたりしたくらいか。それでもわかるのは、傭兵として多くを見てきた経験からか。

 

「アフターケアが不可欠だったんでしょうけど、まあケルシーの落ち度かしら?」

「かもね。なまじ優秀で、あの時点では何もわからなかったせいで、余計拗れたのかも」

「見たところ、憎いとかじゃなくて、怖い、って感じな辺り、アイツの弟ね」

 

 笑うが、しかし目は欠片も笑っていない。

 

「さて、問題よ。あの子が壊れたとして、アイツはどう動くかしら?」

「考えたくない、って言ったら?」

 

 うんざりした様子のプラチナに同意するように、Wも苦い表情で頷く。

 

「そ。考えたくもない事態になる。となると、否応なしにあの女に手を貸さないとなのよね」

 

 わかりやすい面倒ごとに溜息を吐いたWに同意を示すように、プラチナも頷く。

 要人が自ら戦線に立つ、というのはロドスでも起こっている事であるが、それが自殺願望紛いをやらかす例は、流石に無い。おまけに、相手が国家や企業、貴族といった経済的な脅威となり得る存在ではなく、問答無用且つ直接攻撃を行える傭兵である、というのが大問題。タルラに並ぶ怪物が直接殴り込んで来る、となれば、それはもう悪夢だ。

 

(………荒々しいけど、技量としては姉より上、ってとこかしら?)

 

 そんなことを思案しながらも、Wはしっかりとシュトルムの戦闘を視界に収め、分析。動きの質といい、素質といい姉より格段に上ではあるのだが、あちらは彼以上の運動神経に加え、桁外れと言っても過言ではないレベルに卓越したアーツ制御が加わることで、それこそ純然たる技量による対処が不可能な領域に到達している。

 

「この調子なら、問題無いでしょうけど………今後はどうかしらね?」

 

 冷たく見つめる先では、丁度シュトルムがブッチャーの大槌を片手で完全に抑え込み、一閃を以て撃破。その亡骸を軽々投げ捨てれば、その先の敵目掛けてロサの攻撃が、イースチナの、アブサントのアーツが飛来し、追撃すら許さない。更に、その攻撃にたたらを踏めば、その瞬間シュトルム()によってその命を刈り取られる、と、最前線で暴れた一人に集中せざるを得ない戦力差が、最悪の結末を呼んだ。

 

 だが、それではダメなのだ。

 シュトルムが求めるのは、全てを解決できるだけの絶対的な力であり、仲間の援護を必要としている時点で、更に上を目指してしまう。学生自治団の仲間たちは、少しでも負担を減らそうと、追い付こうと、更に上を目指してしまう………一見好循環に見えて、それぞれがオーバーワークを生じさせる、特大級の悪循環だ。

 

 更に、ワンパターン化し過ぎた戦況は、些細な想定外で呆気なく覆る。

 

「ま、あの男がしくじればそれまで、そうでなくても、あの子たちがしくじれば………」

「私たちが動く、でしょ?」

「雇われてるからには、ねぇ」

 

 静かに目を細めるWは、感情らしい感情を一切見せないシュトルムの、視線の先に気付く。

 

「………暫く、このテの任務から外した方がいいかもしれないわね」

「どういう………って、成程ね」

 

 その視線の先にあるのは、術師の亡骸の体表に析出した源石。彼の強力過ぎるアーツは、それこそユニット側の負荷も考慮して、出力を抑えた上で回数制限まで課されている。ユニット無しでアーツを使える、というのは感染者の特権であるが、それは命を削る諸刃の剣。万一あちらに手を伸ばそうものなら、それこそロドスという企業の指針を思えば本末転倒だ。

 

「ホント、とびっきりの地雷だね」

「見えてる時点で地雷じゃ無くない?」

 

 揃って溜息を吐き、どうしたものかと撤退する一行を見やった。

 

「ドクターに特別ボーナスでも要求しようかしら?」

「普通に通ると思うよ、その申請」




・シュトルム
メンタルボロボロ系無自覚爆弾。

コードネームは、悔恨と苦悩からの逃避を示すもの。楽観視の悪癖を自覚しているからこそ、思考する間もなく突撃したい、苦しい思考の全てを投げ捨てて前にだけ突き進みたい、という無意識の願望の現れ。
ズィマーたちへと向ける憐憫の浅ましさを自覚し、嫌悪し、それでも捨てることが出来ない。ならば、それらを考える必要がなくなればいい、という理屈に基づき、訓練といった形でのオーバーワークを継続中。

ロドスを離れる、という選択に対し、自身は救われると理解していても、共にペテルヘイム高校を出た仲間たちの負担を考え、結局は選べない程度にはお人好しで善良。それでいて、二度の親の死がトラウマと化している為、学生自治団の仲間からロドスのオペレーターに対し、表面上有効的には出来ても、接触自体は避ける傾向に。

更には、姉と自身を比較してしまい、尊敬と劣等感を拗らせたことで上記の物と合わさり精神状態が悪化。自分一人で仲間たちを守ろうと、ひたすらに力を求めてしまっている。


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心の休息を

TW-8の縛りが突破できません、私です。理性ゼロドクターにゃ辛いぜ………
蓄音機のやりくりとか色々難しいんじゃァ………


 休日―――少年の姿があるのは、殺風景極まる自室だ。

 武器と最低限の代物しかない部屋で、簡単なイメージトレーニングをするのみのシュトルムは、延々湧き上がって来る不快な思考を振り払うように、弾を抜いた銃で、ボウガンで、或いは鞘に収まった剣を使って、動きを洗練しようと試みる。

 

「この感じ、間違いなくいるわね………開けなさ―い」

「………」

 

 Wの声を全力で無視していると、盛大にドアが吹っ飛ぶ。咄嗟に片手で殴り砕くと共に凍り付いた矢先、ドン引きした様子のアブサントとグムに、笑うWの姿。それと、扉の残骸に目を向けてから、シュトルムは額に手を置き、盛大な溜息。

 

「弁償請求されたら、アンタに回すからな」

「あら、素直に出てくればよかっただけなんだけど?」

 

 一切悪びれぬWの背後で、二人が息を呑む。

 

 嗜好品の類すらないそれは、あまりに異質。素人目に見ても、重症なのは明らかだ。

 

「二人が龍門に出かける、ってことだから、暇なアンタが一緒に行ってあげなさいな」

「あぁ?なんで………ったく、せめて開ける前に言えっての」

「居留守使おうとしてたくせに」

「………」

 

 全力で顔を顰め、無言で着替えを片手に退散。その姿が消え次第溜息を吐き、Wはひらひらと手を振り、踵を返す。アブサント、グムも部屋の様子から彼女の助力の理由を察し、表情を曇らせる。大切な友人が、慕っている相手がこの惨状となれば、当然の反応だろう。

 

「これって………」

「私としても、あの子に壊れられると都合が悪いの。悪いけど、頼むわよ」

 

 それだけ口にして、その場を後にする。あくまで、Wとシュトルムの関係は知人程度のものでしかない以上、深入りしてやる義理もない。やるのなら、付き合いのある人間の方がいいに決まっているのだから。

 

「悪い」

 

 その言葉と共に現れたシュトルムは、ロドスの制服に身を包んでいた。

 アブサント………ゾーヤが馴染み深い昔とは大きく異なる表情に顔を歪め、しかし直ぐ頭を振り、微笑みと共に手を取る。明確に表情を変え動揺するシュトルムだが、すぐさまグムにもう一方の手を取られ、ウルサス二人の怪力で引き摺られていく。

 

 その気になれば簡単に振り解けるのだが、心の奥底で引っかかりを覚え、それができない。結局のところ、喪うのが怖いからと繋がりを軽んじる姿勢を見せたところで、根本は少年でしかない。寧ろ、喪うのが怖いからこそ、喪った痛みに耐えるのが辛いからこそ、他者との繋がりに飢えていたところを、無理矢理抑え込んでいたのだ。ボロが出るのも当然である。

 

「お前ら二人だけか?」

「うん。ズィマーお姉ちゃんとリェータお姉ちゃん、ロサお姉ちゃんは訓練で、イースチナお姉ちゃんは一人で龍門の方に行ってるって。それで、お兄ちゃんを誘おうと思ってたら」

「私も誘おうと思ってたから、折角だし、と思って呼びに来たの」

 

 グムが屈託なく笑い、アブサントも微笑む。完全な私情で交流を断っていたシュトルムの心を、罪悪感に由来する鋭い痛みが襲い、表情が一層険しく歪む。直ぐに表情はもとに戻ったものの、その一秒程度の変化から彼が抱え込んでいる事を察したのか、グムが少しばかり強めに手を握る。

 

「グム?」

「大丈夫だよ。お兄ちゃんが辛い時は、グムたちが頑張るから!」

 

 何よりも、辛い言葉だ。その優しさが、却って彼を追い詰めてしまう。

 

「………そうかよ」

 

 シュトルムはその苦しみを表に出さぬよう気を遣い、しかし無愛想に口を開く。自身の振る舞いが彼女を傷付けてしまう、とわかっていても、無理にでも距離を置いておかなければ、自分が耐えられないから、こうせざるを得ない。そして、その自分本位な振る舞いが、更に彼を傷付ける。

 

 表に出さぬよう振舞っているが、幼馴染と言える程に付き合いのあるアブサントには、薄っすらとながらバレている。しかし、彼女にそれをどうにかする術は現状なく、せめていい気分転換になるよう祈り、出掛けるしかない。

 

「とりあえず、服買わないとね」

「それくらいなら」

「ある、っていうのはナシだからね?」

 

 有無を言わさぬ圧に閉口したシュトルムは、大人しく二人に手を引かれ、龍門へと向かう。

 

 目的は、彼の私服などの購入。複数の物品の購入を目的とする為、行先は自然と複数施設が合体した、大型のショッピングモールへと決まった。チェルノボーグでも利用した事はあったが、ここはウルサス帝国ではなく龍門。内容から何まで、大きく異なる。

 

「おっきい………!」

「大きい、ってのもあるが広いな………気質の違いかね」

「かな?ええっと、服は………」

 

 アブサントが案内板と睨めっこする中、シュトルムは配置と視界に入る凡その空間から、素早く状況を把握。高い風のアーツへの適正に由来する認識能力の高さに加え、姉と異なり方向音痴のケが無いお陰ですんなりと情報を飲み込んだ彼は、アブサントとグムの手を取り、二人が目的としているであろう店へと向かう。

 

「こっちだ」

「わ、ホントだ」

「ねえねえ!はやく見よ!」

 

 グムが颯爽と駆け出し、服の物色に移る。着る本人以上にはしゃいでいる様子に密かに安堵を覚えると共に、自身の好みと合致するかどうか、とシュトルムが頭を抱える。溜息と共に並ぶ服へと目を向け、視線を彷徨わせる。

 

 その反応に驚いたアブサントは続けて微笑み、しかしある事実を思い出すや否や、真顔に。

 

「………どうしよう」

 

 ここ暫く、支給された服以外着用していなかった為、すっかり忘れていたが。

 

 この幼馴染、両親がわざわざ服を買い揃える程度には、センスが壊滅的なのである。

 

******

 

「思ったより買ったな………」

「えへへ~」

「合う服が多くて、つい」

 

 仲良く苦笑する二人に呆れつつ、彼は予想以上に買い込まれた衣類を収めた、複数の袋に目を向ける。シュトルムが零すようにかなりの数を買い込んだわけだが、特に気にした様子はない。寧ろ、その表情は普段より幾らか穏やかですらある。

 

「で、次はどうすんだ?」

「うん、次は………え?」

 

 アブサントが驚き振り向けば、逆に訝しそうな目を向けられる。

 

「お前らが誘ったんだし、まだ行きたい場所あるんだろ?荷物持ちくらいならするぜ?」

「ありがと。それじゃあ、」

「それじゃあ、あそこ行こあそこ!」

 

 グムが二人の手を引き、喜色を隠さず走り出す。困惑を隠せぬシュトルムに対し、アブサントは緩む頬を隠さず彼の手を取り、グムと共に足取り軽く進んでいく。わずかながら、彼女のよく知る本来の彼が戻りつつあるのだから、その喜びも当然のもの。

 

 結果、グムが選んだまた別の服飾店へと踏み入る事となり

 

「なあ、俺はお前らの着せ替え人形じゃないんだが?」

「だって、レナートに任せてると、悲惨なことになりそうだし」

「それはひどくねぇか?」

「おじさんとおばさんに、どれだけ愚痴られたと思ってるの?」

 

 さり気無く本名で呼ばれている事に気付かぬまま、シュトルムは目を逸らす。

 この男、顔は悪くないのだが、如何せん強面寄りの為、結構モノを選ぶ。だというのに、如何せん感性に対しセンスが壊滅的通り越して破滅的であり、選ばせた代物に関しては満場一致で『これはナイ』だった程………要は、当人に選ばせては、いけないのである。

 

「とにかく………えっと、グムちゃん?」

 

 グムが持ち寄ったソフト帽を前に、アブサントが首を傾げる。

 

「これ、お兄ちゃんに似合うと思うんだ」

「似合うか?」

 

 それを受け取り被ってみれば、帽子の色と切れ長に釣り気味の紅い三白眼といった要素が綺麗に噛み合い、見事に似合っている。似合っているのだが………雰囲気が、完全に堅気でない人間のそれである。

 

「なんか、映画で見た怖い人みたい」

「マジかよ」

「うん、結構こわい」

 

 アブサントが揶揄い半分で肯定すると、シュトルムは微かにショックを受けた様子を見せる。強面を気にしている、なんて柔な感性の持ち主では無いが、それはそれとして、やはり辛いものは辛い。特に、グムがやや引き気味であることが、妙に心に突き刺さる。

 

「買うの、やめるか」

「えー?似合ってるし、いいと思うけどなぁ」

「こわいっつわれると、そりゃヤになりもするわ」

 

 感情豊かな姿に懐かしさを感じつつも、そう感じてしまう環境をどうにかする必要があることを再認識するアブサント。グムもまた、シュトルムの感情豊かな振る舞いを喜び、抑えることをやめて、彼を振り回している。

 

「でも、ズィマーお姉ちゃんたちに見せて、びっくりさせてみたくない?」

「驚くか?」

「いきなり見せたら驚くよ!」

 

 悪戯っ子のように笑うグムに、つられてシュトルムの頬が緩む。帽子を脱いで買い物籠に放り込んでから、続けて別な帽子に手を伸ばそうとして

 

「「いや、それはない」」

 

 全力で、二人に否定される。無言でその帽子を元の場所に戻した彼はあからさまに肩を落としており、その様子に二人が軽く噴き出す。これまでは、極限状態と精神状態不安定といった極端極まる状況下の彼しか見ていなかったからこそ、グムにはありのままの姿が新鮮であり、アブサントには懐かしく、双方にとって確かな成果であると言えた。

 

「とりあえず、レナートに合いそうなのは私たちで選ぶから。グム、手伝って」

「はーい。それじゃあ、お兄ちゃんこっち!」

「え?」

「え、あ、ええ?!」

 

 グムがシュトルムの手を引き店の奥へと消え、アブサントはぽかんとそれを見送る。

 

「懐かれてるんだね」

 

 素の彼をよく知っているアブサントが納得するように頷き、微笑を浮かべる。明るい姿を見ることが出来るだけでも、心にかかっていた靄が晴れていくのを感じる。自身も両親の死を引き摺っている自覚はあるが、彼は二度目。その痛みは、推し量る事すら難しい。

 だからこそ、安易な言葉で慰めるのではなく、少しでも気分転換をして貰いたかった。それくらいしか出来る事が無かったからこそ、ああして明確な成果が出ているのが、嬉しいのだ。自身の知る、レナートという少年に戻ってくれたことが、何よりも喜ばしいのだ。

 

「ねえねえ、これどう?」

「まあ、いいと思うが………ああうん、被れってことな。ちょいと待て」

 

 そんな会話を耳にしながら、アブサントはずらりと並ぶ服へと視線を巡らせた。




今回はお休みさせていただきます………なう知恵熱………オーバーヒートですだよ


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安らげる時間

危機契約、訓練所が可愛いレベルでえっぐいですね………
真銀斬に頼りっぱなしです、殲滅力は正義です。


『インタレスト』様、評価ありがとうございます!


 フードコート。相当な数の買い物袋を足元に、シュトルムらは昼食休憩を取っていた。

 

「結構、食べるね」

「こういうシンプルで雑な味って、妙に止まらないんだよなぁ」

 

 かれこれ六個目のハンバーガーの包みを丸め、シュトルムが零す。元々食べる方だが、そこに好みのシンプルな味、更には精神的な余裕が生まれたことでそれを感じられたコトが加わり、爆発したのだろう。本人が困惑する程の量が軽々胃袋に収まり、まだ尚体は余裕を訴えている。

 

(流石に、予想外だな………)

 

 呆れ気味に息を吐き、椅子に寄り掛かる。他ならぬ自身の現状に、自分自身が一番驚いているのだから、呆れるしかない。自身のトレーに纏めたゴミを漠然と眺め、何をするでもなく、ただ思考をやめる。

 その様子に首を傾げながらも、アブサントとグムは仲良く食後の休憩を取っていた。

 

「午後はどこ行こっか?」

「んー、そうだね………レナートはどこがいいと思う?」

「………んぁ?ああ、そうだなぁ」

 

 顎に手を当て思考するも、中々いい案が浮かばない。結局、返答は『任せる』というありきたりで、無責任なものに。予想していたとはいえ、二人は苦笑を浮かべ顔を合わせる。

 

「それじゃあ、よさそうなお店、探そっか」

「うん。ここ広いし、きっといいお店あるよ!」

 

 そう笑うグムが走り出し、二人は苦笑と共にその後に続く。

 

 ………買い物袋の数が倍近くまで膨れ上がったのは、完全な余談である。

 

******

 

「お、おかえ………なんだその量」

 

 夕方。通路を進んでいたシュトルムら一行と鉢合ったズィマーが、その袋の量に軽く引く。

 

「ああ、ズィマーか。グムとアブサントに付き合ってたら、予想以上に、な」

 

 それを軽々運ぶ彼は、苦笑気味に頷きつつも、しっかりとした足取りで歩を進める。

 

「大丈夫だったのか?」

「ああ。使ってなかったしな」

 

 幾らかの精神的余裕のお陰で、肩を竦めたシュトルムが自嘲する。その表情に驚きつつも、雰囲気が柔らかくなっている姿に安堵の息を零し、彼がぶら下げた荷物へと手を伸ばす。重量は苦にならずとも、質量は鬱陶しいだろうそれの一部を手に取り、優しくも頼もしく笑う。

 

「ほら、少し持ってやるよ」

「いや、大丈」

「動き難いだろ。てか、それでどうやってドア開けんだ?」

「………悪いな」

「気にすんな」

 

 笑う彼女と共に進み、自身の部屋に踏み入る。改めて、呆れるほかない部屋の殺風景さに苦笑しつつ、その光景に凍り付くズィマーを感じ取り、どう言い訳するかを考える。その傍ら、買い物袋を適当な場所に置き、軽く伸びをしていれば、当然の疑問が言葉となり飛んで来る。

 

「どういうことだ?」

「さて、な」

 

 嘆息と共に肩を竦め、買った物の一つを手に取る。

 

「気付いたらこうなってた。詳しくは俺にもわからん」

 

 他人事のように零し、振り返る。全力で顔を引き攣らせた彼女は嘆息し、部屋を見回す。

 

「で、この部屋がマシになるようなモンは買ってきたのか?」

「いや、家具類は嵩張るから買ってないな。流石に色々買い過ぎた」

 

 包みを破り、本を取り出したシュトルムはそれを口にしてから、本棚が無い事に思い至る。

 

「また、買いに行かなきゃか」

「おいおい、大丈夫か?」

 

 別の意味で呆れるズィマ―に苦笑で応じ、見ているだけで気分が悪くなりそうな量の数式で満たされた表紙の本を置く。本の内容からか、ズィマーの表情が変化すれば、シュトルムは勘違いを解くべく、口を開いた。

 

「ああ、別に勉強がしたい訳じゃねえさ。なんだかんだ、戦場でも役立つからな」

「数学が?」

「ああ。細かいコトはまあ、狙撃オペレーターにでも聞いてくれ」

 

 丸投げである。一応の納得を見せたズィマーは、どこか名残惜しそうに本を見やり、改めて彼へと視線を向け、念の為にと口を開く。

 

「お前って、小説を読むとかはしねぇのか?」

「ああ………活字は嫌いじゃねえが、あんましねぇな」

 

 彼が好むのは、役に立つ立たない問わず知識、情報を得る事であり、物語を読むということはあまりしない。嫌い、という訳ではないのだが、小説等を読むよりは、頭の固い参考書や堅苦しい文献、図鑑等が主となる。本が好き、というよりは、そこに記された情報が好きという方が正しく、ズィマーやイースチナとは、絶妙にズレているのだ。

 

「そう、か」

「ああ、けど推理モノは親父に勧められて読んだりしたな。トリックとか、色々参考になるし」

「いやいや、ソレ系のトリックって参考にしちゃダメな奴だろ!?」

 

 とぼけたように笑うシュトルムに全力で突っ込み、ズィマーが肩を落とす。ヘンな茶目っ気を見せたつもりなのか、それとも素なのか判断しかねているところで、彼は本を部屋の片隅に置く。

 

「悪いが、ちょいと荷物の整理するから」

「ああ、悪かったな」

「いや、助かった。ありがとな」

 

 その言葉にきょとんとしたズィマーだが、直ぐに肩の力を抜き、笑って口を開く。

 

「気にすんな。仲間同士で助け合うのは当然だろ?」

 

 距離を置いてきた彼には、トコトン痛い一言。しかし、責めるつもりなど毛頭なく、どちらかと言えば『気軽に頼れ』といった気遣いの色が強い。シュトルム自身も、彼女の性格上そちらの意味合いだと理解はしているのだが、如何せん深々と突き刺さる為、ダメージも相応。

 とはいえ、自業自得と割り切れている為、それを表に出さずに苦笑するのみ。

 

「耳が痛いな。まあ、出来る限りはそうするさ」

 

 曖昧な答えを返し、帰るズィマーを見送る。ドアを閉め、改めて中を見渡したシュトルムは大きく伸びをして、数秒ほど沈黙。素早く飛び退きドアを見やり、驚き混じりの声を零す。

 

「直すのはええな、おい」

 

 Wにより破壊された筈のドアは、綺麗に直され、元の場所に存在していた。

 ロドスの手の速さに感心しつつ、買った物品の整理に移った。

 

******

 

 朝。殺風景な部屋から散らかった部屋へとランクアップ(?)した中で、シュトルムは目覚める。

 

「あー………クソ、整理終わってねぇ」

 

 寝落ちである。体力がない訳ではないというのに、荷物の山に埋もれての見事な寝落ちである。

 自身に呆れつつも起き上がり、散らかった室内に改めて溜息。日付を確認し、今日も予定が入っていないことを確認次第、再度片付けに移る。服から趣味等の品まで、本当に幅広く買っておきながら、肝心なソレを置くスペースに乏しいこともあり、整頓できているとはお世辞にも言えない。出来て精々、大雑把な区分け程度である。

 

「………家具類は、購買で注文だっけか」

 

 購買………よく焼きたてのハチミツクッキーが置いてあったりする都合、あまり行きたくない場所である。隠し味程度のごく少量どころか、焼き立てのハチミツクッキーの匂いですら泥酔からの昏倒にまでいくせいで、そもそも立ち入る事自体に苦手意識が芽生えつつあった。

 

「………いいか」

 

 現状維持、を選択したシュトルムはそのまま壁に背を預け、座り込む。適当な本を手に取り開いてみれば、一部の者は見るだけで頭痛に襲われるだろう複雑怪奇な文字列と、何が何やらわかるようでわからない図表が視界に飛び込んでくる。どことなく楽しそうにそれを読み解こうとページを前後していると、ドアを叩く音が。

 

 流石に二日連続でドアがおじゃんは勘弁願いたい、と急ぎ駆け寄り、動く気配を察知。

 

「なんだ?」

「ほっ」

 

 安堵した様子を見せるロサに驚いていると、彼女は直ぐに本題を切り出す。

 

「お暇なようでしたら、本部で少々お話でもしませんか?」

「あれ、ロサも休暇か?」

「いえ。ですが、武器が特殊ですので、訓練を増やし過ぎる訳にもいきませんから」

「………成程」

 

 ロサの武器は、それこそ独特が過ぎる。加えて破壊力もあり、気安く訓練を重ねては、それこそ銃以上のコストがかかる。その為、練度如何に関わらず、彼女は訓練を控えるようにしているのだ。

 

「わかった。ちょい待ってくれ」

 

 どうせやる事など、本を読む程度。加えて、アブサントたちの気遣いもあったお陰だろう。本心を押し殺し即答したシュトルムは、一旦部屋に戻る。早急に身嗜みを整え、着替え、部屋を出てロサと共に学生自治団の本部として用いている空間に移動する。

 

 そして、そこで待っていた人物に、明確な動揺を見せた。

 

「なんで?」

「折角ですし、丁度いいかと思いまして」

「邪魔しているぞ」

 

 フロストノヴァ―――元レユニオン幹部で、シュトルムの姉、グローザを姉と慕う人物。

 姉と異なり、結構な重症感染者である為、戦線に出ることは疎か、アーツの使用すら厳禁とされている、現在はロドスの患者として身を置くコータスは、幾つかの菓子箱をテーブルに乗せ、彼らを待っていた。

 

「ああ、ハチミツは無いから安心していい」

「有難い話だ」

 

 本気の安堵を見せた彼に微笑みを向け、フロストノヴァは包装を解いていく。

 

「姉さんから送られてきたんだ。なんでも、シエスタの知り合いから貰ったとか」

「シエスタの………それは、また」

「偶にだけど、あの人がどういう人脈してるのかわからなくなるな」

 

 ペンギン急便の二人には目の色、髪の色でぎょっとされる事をはじめ、本人よりもその外見的特徴で驚かれている事から、姉があちこちでやらかしているのは嫌という程よくわかる。そして、シエスタの知己との関係は、他より幾らもぶっ飛んでいる。

 

「なんでも、昔致命傷を負わされた相手、らしい。何故か、友人として仲良くしているそうだが」

「ち、致命傷!?」

「あの人、ホントなんなんだ?」

 

 ロサどころか、シュトルムの中での認識すら危うくなる。

 

 フロストノヴァという予想外の人物も加わっての休息は、予想外の話題から始まる事となった。



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