日本皇国転移、異世界にて奮闘す (西住会会長クロッキー)
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第一章 激動の始まり
第一話 日本皇国、異世界に転移す


ご覧いただきありがとうございます!
小説になろうで投稿している日本チート戦記です!
それでは引き続きどうぞ!


それは、なんの前触れもなく起こった。

パソコンや携帯電話などのインターネットは一時間ほど繋がらなくなり、国外にいるであろう同胞達が日本国内の公共施設や自らの実家などに突然姿を表したり、或いは日本に訪れている外国人達も姿を消していたのであった。

これだけではない。アジア、中東諸国に駐留していたはずの日本皇国国防軍の陸海空各軍が"何故か"戻って来ていたのであった。

さらに、長崎県対馬市の目と鼻の先に突如として現れた、戦間期から第二次世界大戦期の軍艦を彷彿とさせる艦隊の指揮官と思われる人間が友好的な接触を求めて来たこともあった。

この歴史的な混乱と我々と未知なる文明との初めての接触は後に、『日本転移事件』と呼ばれるようになる。

 

 

時の首相『西條 知之(さいじょう ともゆき)』は国会で次のように述べた。

 

「当然のことでありますが。周辺の国家及び大陸や島々、海洋は地図に載っていません。そして、どのような人々が暮らしているのか。その文化水準は?科学技術水準は?宗教は?統治機構の政体すらも不明です。

今回の件では、穏やかに接触してきた『イタリ・ローマ王国』という国家の存在が確認されているだけです。我が皇国は、この国と速やかに国交を結ぶべきであります。

このような事を申し上げるのはどうかと思いますが、可能ならば、この世界に転移してきて最初に出来た友とも言えるであろう彼の国を未知の勢力から保護すべきでしょう。

また、このままではエネルギー問題にも直面するでしょう。現在我が国には、樺太と佐渡島沖にある油田地帯と与那国島沖にある天然ガス田、北海道や本州にある鉱山や炭田など、幸いにも転移してからも採掘に悪影響がありませんが。後々問題が出ることになるでしょう。そこで、先ほど述べたイタリ・ローマ王国との資源貿易、加工貿易を行うべきであると私は考えます。そして、より良き結果が出せるように我が皇国と彼の国は協力していくだと考えます。

彼の国だけではない。一日も早くこの世界に存在する国々と友になるべきでしょう」

 

こうして、日本は友好的に接触してきた大艦隊の主人……イタリ・ローマ王国と国交を結ぶと同時に軍事同盟を結ぶに至ったのである。

 

 

 

 

「率直に申し上げますが。陛下のご予感とご決断は確実なものでありました。四方を強欲な侵略者共に囲まれているこの状況の中で、一週間前に王国南部の海上に突如として現れた『ニホンコウコク』を名乗る国家との国交正常化や軍事同盟の締結、後に期待されるであろう技術交流まで話が進んでいます。そこで、国王陛下の新たなお考えを承りとう存じます」

 

貴族でもあり、将軍の一人でもある『ベニータ・ムッソーリニ』公爵は大広間の中央に跪き、玉座の女王『イザルベライト二世』に向けて賞賛の声をかけた。

齢十五の国王は可憐さを感じさせるゆっくりとした所作で、視線を自らを褒め称えた忠臣へと真っ直ぐに向けていた。

 

「公爵……私は貴殿の活躍に感謝いたします。混乱に動じず穏やかな接触をした上、新しき友と呼べる国ができたのです。この新しき友から学べることは学び込んで、今後の国家繁栄の糧を得ましょう。歴代の国王、貴族、そして国民がその都度、心を一つにして危機に立ち向かい、さらなる発展を成し遂げたのですから」

 

国王の言葉は、この国の歴史であった。

玉座の周りに集う者にとっては、常識的なものである。

 

「報告によると、そのニホンという国は我々と同様に民を愛する国だそうな。それならば彼の国の歴史や伝統、文化を先に知るべきです。お互いを知るためには丁度いいでしょう」

 

「私も同意いたします。したがって我が国はその手土産として資源不足に悩むであろう二ホンコウコクのためにお互いに損をしないための資源価格で資源の輸出と動力資源の共有を行うべきだと考えます。そして、彼の国から国家繁栄の鍵を導き出すべきだと考えます」

 

女王とその周りの側近や貴族は彼に共感するように頷いている。

 

「一つ公爵にお伺いしたいことがございます。そのニホンコウコクという国の軍事力は如何なるものであり、兵器の進歩はどのようなものなのかご存知なのでしょうか」

 

新しく同盟国になる国の軍隊が気になった貴族の一人、『ユニオ・イアキナ』伯爵が興味津々で公爵に問いかける。

公爵は言い忘れてすまない。という感じの表情で彼の質問に答えた。

 

「彼の国の兵力は、王国海軍に務める私の甥がよく知っている。忙しい時に尋ねたものですから、少ししか聞いていませんが。彼の国は、機関銃よりも軽くて整備しやすくてそれと同等の速さで銃弾を連射する小銃を配備していて、艦船に関しては我が国や他の諸外国いや、我々の世界では見たことが無い、艦全体が飛行場のような軍艦があったそうだ。

プロペラを使わずに謎の動力で稼働する戦闘機や、甲高い音を立てて弾を撃ったかと思うと、たった二、三秒で次の砲弾を装填した上に、巨体の割には七十キロもの速さで走る戦車もあったそうです」

 

公爵は覚えている範囲で自身の甥が日本で目の当たりにした兵器の特徴を丁寧に語った。

質問をした伯爵は新たに現れた国の技術力の高さに関心を持ってしまったのだろう。今にも私も行きたいと言い出しそうな表情で話に釘づけになっている。

無論、他の貴族や衛兵までもがその話に耳を傾けていた。

公爵が話を終えたあたりで、女王が玉座から立ち上がり、貴族達は忠誠の目を彼女に向ける。

 

「ムッソーリニ公爵は引き続きニホンとの軍事連携に関する交渉、イアキナ伯爵はニホンとの技術交流に関する交渉、他の方達はニホンとの親善外交の準備を。以上が今後の行動です」

 

『承りました親愛なる国王陛下っ!!』

 

大広間にいる百人近くの貴族達が王国が開闢して以来続く伝統の言葉と共にローマ式敬礼に似たポーズを取った。

それから、貴族達は自分達に与えられた仕事をすべく各々の方面へと散っていった。

 

「平和な我が王国とはいえ、この国をあの国から守るには今この時にかかっているわ。私はたとえこの身が八つ裂きにされようとも私は国民を守る」

 

イザルベライト二世は首に掛けているペンダントの蓋を開けると、煌びやかな装飾が施された軍服を身にまとった威厳のある男性の写真を見つめるのであった。

 

 

 

黒田 浩一(くろだ こういち)』陸軍大尉(二十五歳)は、国防陸軍第十一戦車連隊に所属する軍人であった。

彼は言う。

 

「俺は、自動車やバイクといった乗り物や銃とか戦車などの兵器が好きなんです。それに、自分のひいじいちゃんが帝国陸軍で戦車乗りだったこともあります。

あとは、この国が大好きですから国防軍の機甲科に入隊したんです」

 

彼は人が良く勤勉な人物像であり、彼の同僚や部下、上司に慕われていた。

二十五歳という若さで大尉にまで昇進できたのには、士官学校での成績の良さや彼なりの努力や知恵があったからである。

また、高校時代にバイクを乗り回し、大学時代には父親が乗らなくなったセダン車をフル改造して近所のサーキット場や峠で走り回るという事をしていたためか、運転技術も高く。

射撃の腕もそこそこであり、同盟諸国との合同軍事演習時に射撃手だった彼は、良い得点を叩き出している。

こんなこともあってか、戦車長を務めていたりする。

時が過ぎて、現在は異世界に転移した日本列島の隣にあるイタリ・ローマ王国という国に派遣されていたのである。

 

 

 

そこに派遣されて五日目。

転移してから初めての軍事演習ということもあり、黒田は張り切っていた。

演習には王国陸軍も参加しているが、国防軍が初めて本格的な演習を行うため、派遣されて来た王国軍兵士達は固唾を飲んで見守っている。

キャタピラの音を轟かせ、砂埃を巻き上げて走る国防陸軍の90式戦車は走行しながら一〇〇メートル離れている目標に向けて砲塔を旋回する。

 

『目標、十二時方向に在り。全車射てっ!!』

 

黒田の指示を受けた約二十輌の戦車の滑腔砲からHEAT-MPが甲高い音と共に一斉に放たれ、一,五八〇–一,七五〇m/sの砲口初速で目標を木っ端微塵にする。

戦車の背後から十二輌の91式装輪装甲車が現れ、戦車の数メートル先で停車した。

王国兵達が目を凝らして見ていると、装甲車の後部が開き、そこから十人の兵士達が小銃や機関銃、土管のような武器を持って飛び出して来た。

銃を持っている兵士達は、素早く伏せ撃ちの体勢になる。次の瞬間、彼らの持つ銃からありえない速さで弾が撃ち出された。

それは、イタリ・ローマ王国の標準装備である軽機関銃より速かった。

極め付けは、土管のような武器を持った兵士がその武器を構えると、何らかの方法で発射された砲弾らしきものが火花を散らしながら目標代わりにしている、王国軍で使用されていた装甲車を一瞬にして粉砕したのであった。

 

「銃弾すら容易に跳ね返す装甲車を一撃で……」

 

「隣に転移して来た国は、こんな素晴らしい兵器を当たり前のように量産し配備しているのかっ!」

 

「敵国じゃなくて良かった。そして、同盟国で良かった」

 

「この国が味方だったら、列強国なんてイチコロかな」

 

王国兵達は日本に対する期待や賞賛または、兵器に対して関心を抱いていた。

だが突然、東側の街道から二十輌の戦車が現れた。

その戦車は全て、黒田達国防軍や王国軍に対して砲口を向けていた。

 

「なんだあの戦車達は?急に砲塔をこっちに旋回してきやがって」

 

『大尉、俺らもあのT-34もどきに砲塔向けましょうよ。それも初期型もどきにキュウマルちゃんがなめられるなんて堪りませんよ』

 

「まて伊丹。指示があるまで動かすなよ。まぁ、気持ちは分からんでもないが」

 

黒田が、砲手の『伊丹 武雄(いたみ たけお)』少尉をフォローしつつ注意を促す。

 

『それにしても気味が悪いですね。周りの王国兵さん達もピリピリしてますし』

 

「全くだ。何も起こらなきゃいいんだが。富田、一応旋回からの前進準備はしておけ、ついでに伊丹もいざという時に備えておけ」

 

『了解』

 

黒田は『富田 惣一郎(とみた そういちろう)』軍曹や伊丹少尉に改めて指示を出しつつ、外の様子をうかがう。

遠くの戦車はこちらに砲口を向けたっきり、変化がなく。あたかも警戒する王国兵達の反応を楽しんでいるかのようであった。

しばらく経って、別の王国軍部隊が到着したのだろう。後方からトラックのエンジン音が聞こえてくる。

すると、東側に現れた戦車達が車体を左に旋回し、森の中へと消えていった。

90式戦車の周りにいた王国兵たちも安心したのか、皆んなその場に座り込み始めた。

次に、日本国防軍イタリ・ローマ王国派遣軍・本部から無線が来た。

 

『こちら本部、第三中隊送れ』

 

「こちら三中隊、感度よし」

 

『現時点で演習を終了し、ナッポリ駐屯地へ戻れ』

 

「三中隊了解、何かあったのですか?」

 

『ナッポリから東に二〇〇キロ先にある国境付近で『ボリシェ・コミン主義連合共和国』という国の軍隊が大規模な軍事演習をしているらしい』

 

「もしかして、ソ連のT-34に似た戦車がいるとか情報に上がっていませんか?」

 

『ん?よく知っているな。そっちにも現れたのか。続きだが、何発か王国の国境線スレスレに着弾している。まるで日ソ戦争の前触れのようだ。共同で牽制をかけるため、一時帰投されたし』

 

「確かに。では、これより三中隊はナッポリ駐屯地に移動する」

 

こうして、黒田達国防軍は演習場から南に二五〇キロメートル先にあるナッポリ駐屯地に帰投したのであった。

 




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第二話 開戦そして、蘇る巨人

イタリ・ローマ王国とボリシェ・コミン主義連合共和国との国境

そこは、何の変哲のない平野であった。

辺り一面には草原が広がり、緩やかな小川が流れ、スズメやウサギといった小動物なども確認できる。

あたかも生命の集う楽園のようであるかのようだった。

しかし、今となっては夥しい数の銃弾や砲弾、爆撃機から投下された爆弾または、これらを踏みにじるかのように、兵士達の靴や自動車のタイヤ、戦車の履帯が緑の平野を抉っていった。

こんなことを半日以上繰り返し行われたせいか、自然が豊かであった平野が一瞬にして石や土だけの荒野に成り下がったのである。

これらは全て、ボリシェ・コミン主義連合共和国軍による軍事演習によるものであった。

何故、彼らがここまでして軍事演習を行うのかというと、日本が隣接するイタリ・ローマ王国と同盟を結んだからだった。

これだけではない。王国に潜伏させている密偵の情報によれば、技術交流や貿易の開始まで話しが進んでいるらしい。

共和国としては、ちょっと待てと言いたいのだが相手のニホンという国は、王国に隣接しているというくらいしか情報がない。

そして、共和国は嫌がらせ程度に軍事演習を行うに至ったのであった。

「なぁ、これだけ軍事演習をやっているんだ。ついに隣のお嬢ちゃんの国に攻め入るのか?」

「たしかにそれはあり得るかもな。もし、そうだったらヘタレなイタリ兵なんざコテンパンにしてオイラはあの国の女の子達からチヤホヤされたいね」

「でも、一筋縄ではいけないだろう。二日前に、王国と新たに同盟を結んだニホンコウコクとかいう国の軍隊を見た偵察部隊の奴から聞いたんだが。奴らは駆逐艦の主砲並の砲を持つ戦車とか、機関銃よりも速く弾を撃つ小銃を持っていたりするらしいぜ」

「おいおい、お前ビビってるのか?俺たちには偉大なる指導者様がいらっしゃるじゃないか。あのお方なら異世界からやってきたよそ者なんかコテンパンにしてくれるはずだよ」

このように、前線の一翼を担う兵士達は楽観し、浮かれていた。

演習は更に激しさを増していく。それに同調するかのように、兵士達の士気も増していった。

彼らの貪欲さを彩るかのように、銃や火砲が鳴り止むことは明け方までなかった。

 

 

 

ボリシェ・コミン主義連合共和国

首都 クワモス

ボリシェ・コミン主義共和国はこの世界で四〇年前に現在の国土を支配していたルシア帝国という国で革命が起きた結果出来た国家であった。

肥沃な土地や機械を上手く利用して行われる大規模国営農場での農業と豊富な鉱山資源を諸外国に輸出し、大量の無職者を雇用しての地方開発などを行っていた。

 

政治経済面では計画経済や市場社会主義とほぼ同じものを採用し、国際情勢を観察しながら経済のメカニズムを切り替えていくことによって国体を保っていた。

しかし、この国が掲げる『コミン主義』を国民に強要し、これ反対する者や他のイデオロギーを提唱した者達は、人民の敵という名目で収容所送りにして、強制労働を行わせるという恐怖政治を行なっている背景も存在していた。

 

そして、今日も共和国の首都であるクワモスにそびえる前帝政時代に皇族が使用していた宮殿の内部ではその恐怖の根源とも言える人物が部下からの報告に耳を傾けていた。

「ジュガーリン総帥閣下。二週間前にイタリ・ローマ王国南部に位置する『大東洋』の近海に現れたニホンコウコクという国に関する情報です。

彼の国は王国と同盟を結ぶに至ったようです。また、我が国の国境付近で、彼の国と王国は合同で演習を行っていた模様です。いかがなさいますか?」

執務室の椅子に腰掛ける筆のような髭をたくわえた男、『ヨセフ・ジュガーリン』国家総帥はワインを飲み干すと、ナプキンで口元を拭いながら言った。

「ヤーベリ君。別の情報で知ったことなのだが、ニホンを名乗る国は、駆逐艦の主砲並みの武装を持つ戦車や機関銃以上の発射速度を誇る小銃を前線の兵士に当たり前のように持たせているそうじゃないか。

もし、この国と我が国が戦えば勝算はいかなるものだ?」

「そうですなぁ。所詮は資源と治安の良さしか取り柄がない国の隣の海に浮上した島国ですから。陸軍の圧倒的兵力による人海戦術や空軍による絨毯爆撃、艦船による艦砲射撃で事足りるでしょうな」

ヤーベリ副国家総帥が自信満々に答えると、ジュガーリンは満足そうに笑い声を上げる。

「ヤーベリ君。会議を招集したまえ。今こそあの英雄気取りの小娘の国を"解放"する時が来たようだ。

ついでに南の海に現れた未開人どもに教育してやろうじゃないか」

総帥は自身の机から最後通牒と思われる文書を取り出し、副総帥に差し出す。

「承りました総帥閣下。ただ今より我が共和国はあの小娘を王の椅子から引きずり下ろすために行って参ります」

ヤーベリは不気味な笑みを浮かべながら文書を左手に持つと足早に総帥の執務室から去っていった。

「王座から引きずり下ろした後は、私の欲求を満たす道具にでもなってもらおうか。

清浄無垢で生意気な小娘よ……貴様の処女を食い破るのはこの私だ」

副総帥は、長い渡り廊下を渡りながら気味の悪い笑い声をあげるのであった。

だが、愚かなことにこの国の連中は水面下で王国が力を蓄えているという事を知る由が無いため、完全に浮かれていた。

 

 

 

日本皇国

首都 東京 首相官邸

 

ここは、日本全体の行政において必要不可欠とも言える施設であり、地下から屋上にあるヘリポートで構成されていた。国の方針やガイドライン、いかにして国体を維持するかを内閣の閣僚達または、意見がある議員や各省庁の官僚達が話し合う場所である。

日本が転移してから二ヶ月と三週間あまり過ぎた頃、官邸の地下では緊急会議が開かれていた。

内閣総理大臣たる西條をはじめとする閣僚達がテーブルを囲んで座っていた。

 

「総理、先日から情報に上がっていたボリシェ・コミン主義連合共和国とやらが最後通牒をイタリ・ローマ王国そして、我が国に対して突きつけてきました。通牒の内容は、服従か戦争です」

 

谷岡秀平(たにおか しゅうへい)』防衛大臣の一言を耳にした閣僚達は呆れると同時に緊張した表情になった。

 

「……どうやらその国は我々や王国を軽くみているようですね。それよりも谷岡大臣。現地の状況はどうですか?」

 

「はい、ここからは防衛総省でまとめた情報です。国境付近に位置する都市や集落などの住民の方々はすでに国防陸軍や王国陸軍による誘導のもと、ナッポリや王都の方に避難したそうです。話は変わって、我が軍の動向ですが。

空軍が戦闘機や哨戒機を飛ばして二十四時間警戒態勢に入り、海軍は潜水艦隊が王国と共和国間にある公海で警戒に入っています。

陸軍は国境付近にある王国の要塞に布陣させ、いつでも撃てるようにしています。

最後に王国軍の動向ですが、自国内の警戒と我が軍との共闘を宣言しています」

 

「八十年以上前の満州で起きた惨劇を繰り返さないために、住民の方の避難や国防軍の早期展開を感謝いたします。

そしてついに、"あの巨人"が七十年以上の眠りから目覚めるのですか。偉大なる先人達の知恵と浪漫の結晶が王国に受け継がれることになりますな」

「ええ、そうですね。幻の超弩級戦艦が色丹島にあったとされる帝国時代の極秘海軍ドックから、いつでも使用可能な状態で見つかるとは思いもよりませんでした。

まるで侵略の危機に晒されている国のために蘇ったかのようです」

 

閣僚達の目には先陣をきって航行する"巨人"の姿やこれに撃滅される敵艦の姿が目に浮かぶのであった。

 

 

 

イタリ・ローマ王国

ベネティア

この都市は王国最大の港街であると同時に王国海軍最大の軍港でもあった。

毎日のように色とりどりの海の幸が商店に並び、それを漁獲してきた漁船などで賑わっており、夜中であろうがその賑わいは絶える事がないほどである。

さらに外国との貿易が盛んに行われ、外国人が多く訪れている場所でもあった。

しかし、今となってはその賑わいは無くなり、ゴーストタウンのように静まり返っていた。

街の様子も大きく変わっており、王国軍や日本国防軍の車輌や兵士達が毎日のように行き交っていた。

ここから北東部に位置するボリシェ・コミン主義連合共和国領のラコ半島に強襲上陸を仕掛けるために、国防軍海兵隊や陸軍そして、制海権や制空権確保するために海軍の空母が動員されていた。

共和国による強襲上陸や艦砲射撃に対抗すべくベネティアの中心部では、国防陸軍の88式地対艦誘導弾、02式地対艦誘導弾が約三十五台ほど展開し、港では約八隻からなる河内級強襲揚陸艦が大量の海兵隊員や車輌、航空機を載せていた。

他にも従来の兵器を装備した国防軍兵士達もいるが、そんな中でも特に目立ったのが原子力空母の武蔵である。

この空母武蔵には約九十機の航空機が搭載可能で、国際情勢や時代が変わるたびに改修が施され続け、艦載機は最新のものから何十年も使われ続けているものが配備されていた。

また、日本がこの世界に転移する前は世界から日本皇国国防海軍の象徴として世界中に知られている艦でもある。

そんな空母が共和国による王国侵攻を阻止するために、日本海軍を代表してやって来たのだ。

しかし、これを遥かに上回るものが王国海軍に配備されていたのであった。

 

「お、おい。あれってこの前見つかったばかりの戦艦大和じゃないか」

 

「そうだな……先人達の遺産が今ここで使われるのか」

 

空母からその姿を眺めていた国防軍の整備兵やパイロット達は、完全に虜になっていた。

雄々しくも美しく輝く艦橋と主砲はこれを象徴しており、艦橋から煙突を囲うように薔薇の棘の如く高射砲、対空機銃などが備え付けられている。

電探機系統は日本側による改修により、第一世代ジェット機、潜水艦程度なら軽く捕捉できるものが装備されていた。

極め付けは発動機関が蒸気タービンからガスタービンに換装され、馬力も二十八万馬力に向上し、速力は三十ノットに底上げされていた。

こうして日本とイタリ・ローマ王国が共同で改修した結果であった。

ここまでするに至った経緯は、我々の世界が一九十八年にイギリスが世界初の空母を設計し、一九二〇年から二二年にかけて日本が前者より早く空母鳳翔を竣工させたのだが。

この異世界では空母という概念がなく、未だに大艦巨砲主義を主体とした艦隊決戦思想が強く根付いていた。

そして、これに目をつけた日本側は色丹島の極秘海軍ドックから発見した大和をイタリ・ローマ王国に引き渡したのであった。

 

「ヤマグチ提督、貴国の造船技術は素晴らしいものですな。この巨砲さえあればボ連(ボリシェ・コミンの略称)の艦船など一撃でありますな。しかし、よかったのでしょうか?我が国が貴国の技術力の結晶とも言える艦をいただいても」

 

戦艦大和改め、戦艦グランデ・ロマーナの副長、『イニーゴ・ムッソーリニ』少将は感慨に浸っていた。

 

「そう言われると、この艦も鼻が高いでしょうな。我が国では諸外国より早く航空主兵論や通商破壊や群狼戦術を主にした潜水艦運用に切り替えたのですが。こうしてみると、ムッソーリニ少将のように感慨を覚えます」

 

自身が指揮する空母武蔵と戦艦を見比べている初老の男、『山口辰馬(やまぐち たつま)』海軍中将はイニーゴに共感していた。

すると彼は座っていた椅子から立ち上がると、軍港兵舎の窓際まで行き、そこから見える大海原を見つめながら言った。

 

「提督、私は貴族の生まれですが。人情や活気が溢れるこの街には思い出があります。友人達やいとこ達と共に青春を過ごした日々や愛着などがあり、どうしてもこの街を守り抜きたい。何の罪のない人々を虐げ、革命や解放と称しながら侵略行為を平然と行う連中には指一本も触れさせたくないのです。我々はもちろん、ヤマグチ提督。是非共に戦っていただきたい」

 

イニーゴは自身の想いを山口に告げると、彼は静かに微笑みながら立ち上がった。

 

「かつて我々の祖先は前者とは違って綺麗事ばかり言って侵略行為を行わず。本心からの解放戦争を行い、勝利しました。ならば私はこれを尊重する形でぜひ共闘させていただきたい」

 

「感謝いたします。ヤマグチ提督」

 

二人は共に窓から見える戦艦を眺めながら現状の再確認をした。

 

「失礼します……ついに奴らが我が国やニホンコウコクに宣戦布告致しました。これより我が海軍は戦闘態勢に移行致します」

 

イニーゴの執務室に入ってきた彼の副官が宣戦布告を受けた趣旨を説明する。

 

「ありがとう。さて、提督参りましょうか」

 

「そうですな。我が海軍も腕がなります」

 

こうして二人は、自身が居るべき場所へと向かった。海軍力を増強し、尚且つ日本が参戦という盤石な姿勢をイタリ・ローマ王国は整えていたのであった。

 



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第三話 激進、日本皇国国防軍

イタリ・ローマ王国

北東部・コリーナ

この地域はコリーナ平野によって構成され、国境に最も近い町、『タゴル』の付近になってくると緑豊かな丘陵が増えてくる。

この場所は実質的に防衛側となるイタリ・ローマ王国の方が圧倒的に有利であった。

王国の歴史から見てもこの丘は重要な役割を果たしていた。

強引な言い方ではあるが、ここのおかげで王国が全ての自衛戦争に勝利していた。

その一例として、百年前に北東部から雪崩れ込んできたルシア帝国の騎兵を丘に築いた陣地に布陣させた鉄砲隊や砲兵隊で殲滅し勝利した。

それは、かつて長篠の戦いにおいて織田・徳川連合軍が数や機動力に有利である武田軍に勝利したように丘で防衛し、結果としてこの丘には数万人規模のルシア兵の屍の山が築かれていたのであった。

そして今日、戦史に残る戦いがコリーナ平野周辺で起ころうとしていた。

 

 

総兵力約三万のボリシェ・コミン主義連合共和国軍地上軍が歩兵、車輌、火砲と共に国境を越えて進撃していた。

そんな中、国境から五〇〇キロメートル離れた場所に置かれた地上軍の司令部では、ある人物が浮かない表情で椅子に腰掛けていた。

 

「……クワモスの奴らめ、何を考えているんだ。謎の多いニホンという国のことをまともに調査せずに宣戦布告なんて……もし奴等が我々の世界ではありえないような兵器を持っていて、それを王国軍に供与していたらどうなると思うかね」

 

「そうですね。政府の判断は軽率すぎるかと私も感じます。私も大佐と同じ考えであります」

 

共和国地上軍大佐『ウラジーミル・ジュコーフ』は部下の『チェパロア』と共に政府に対する不満をこぼしていた。

こうして、百戦錬磨の大佐の心の中をドス黒い予感が這いずり回っているのであった。

そんな彼の考えを揶揄うかのように、ちょび髭を蓄えた肥満体型の男が声をあげた。

「ジュコーフ君、ちみは疲れているんじゃないか?敵は駆逐艦並み主砲を持つ戦車だとか、発射速度が速い小銃を当たり前のように配備している敵だかなんだか知らんが数や火力そして、精強さに勝る我が軍の敵ではない。所詮敵は、図体がでかいだけで紙のような装甲しかない戦車と小銃ではなく、実は短機関銃だった。というハリボテの銃の可能性だってあるかもしれんのだぞ?共和国軍人がそんなことで臆してはならんぞ」

椅子にどっかりと腰掛け、高圧的な態度で葉巻を吸っているのは、共和国地上軍中将『ボラーゾフ』であった。

 

「しかし、中将。いくらなんでもニホンという国の調査もまともに行わず、王国や彼の国に宣戦を布告するのはどうかと……それにコリーナ平野を越えて、ナッポリやベネティア、王都ビザン・ティノプルなどの都市を制圧できたとしても、制圧した都市での反乱が懸念されます。

また、もう一つの敵たるニホンの海軍や空軍さえ把握していません。ですので、時期尚早かと」

 

「はぁ、ちみは慎重すぎるのだよ。我が国が建国して以来、一度たりとも戦争に負けたことがあるというのかね?

前帝政時代の連中を思い出したまえ、慎重すぎたが故に、どこかの島国や今となってはメスガキが治める王国にいとも簡単に敗れ去ったではないか。だからこそ、早いうちに芽を摘み取っておかないといかんのだよ」

 

だが、彼の豪語も虚しく早速その考えが愚かであるという事実が突きつけられるのであった。

ここで兵卒の伝令一人が、息を切らしながら司令室に駆け込んできた。

 

「中将っ!!大変です。先鋒の戦車部隊が壊滅しました」

「なん……だとっ?!」

 

「百二十両編成の戦車部隊が壊滅だとっ?!半日も経たないうちに壊滅などありえん。きっと何かの間違いだっ!!貴様、それは私に対する冷やかしか?」

 

ボラーゾフが、伝令兵に対して八つ当たりしながら問いただすが、無線室の慌ただしさを見ると紛れも無い事実である。

 

「………(コイツのように無責任な奴が、上層部にのさばっているおかげで未来のある若者が多く死んでいったのだぞ。ついに、例の計画を実行すべきか?いや、今は混乱を鎮めるのが先決だな)」

 

ジュコーフは、上司に対して侮蔑の視線を浴びせると同時に、静かな怒りを露わにするのであった。

 

「君、戦車隊が壊滅したのは今かね?」

 

「は、はい。急に無線が来たかと思うと、受信機が音割れするほどの悲鳴や爆音が響いた後、各車からの反応がなくなりました」

 

「通信室、歩兵部隊や砲兵部隊と通信はできるかねっ!!」

 

「今、通信を行なっているのですが。タゴル峠付近に到着したのを最後に全く繋がりません……」

 

「そうか……くそっ」

 

ジュコーフは、あたふたとするボラーゾフの後ろ姿を睨みつけると、他の作戦部隊の指揮官達がいる部屋へと向かっていった。

 

 

 

国境方面から攻勢に出た地上軍部隊の編成は、 歩兵師団が約十三個師団と砲兵師団が十個師団、戦車や装甲車を主とする装甲師団が七個師団であった。

始めの攻勢には、歩兵師団、砲兵師団、戦車師団の計三個師団が偵察がてらに出撃し、順調に進んでいた。

国境に最も近い町『タゴル』の郊外、タゴル峠に差し掛かると、戦車の後ろから続いていた砲兵隊が立ち止まって野砲の照準を町の方に合わせるなどして発射の準備を整える。

「同志諸君、平和ボケをしているイタリ人共に戦争の味を思い出させてやるのだっ!!」

『了解、ジュガーリン総帥閣下の為にっ!!』

砲兵達は、ジュガーリンに対する忠誠の言葉を声にあげると射撃体勢に入るが、目の前のカーブから巨像にも比する迷彩柄が施された乗り物が突然姿を現した。

「無駄な小細工をしやがって。砲兵、あのデカブツを叩きのめせっ!」

砲兵たちが野砲を正体不明の乗り物に向けて発射するものの、砲弾がいともたやすくはじき返されたのであった。

そして、鉄の塊が主砲と思われるものを砲兵の側にいた中戦車に向ける。

そこから『バンッ!』と甲高い音を立てたかと思うと、中戦車の傾斜装甲は原型すら留めておらず。車輌全体が炎に包まれており、周囲には生存者はいなかった。

「こいつはまさか……ニホンという国の戦車か?」

指揮官が動揺する間も無く、同じような乗り物が十台ほど一気に増えた。

 

 

 

 

「全車、射撃開始っ!ソ連もどきを押し返せっ!」

 

黒田による指揮の下、国防軍側の90式戦車や10式戦車が敵に向けて一斉射撃を開始した。

敵は見たことがない兵器でもあるのにも関わらず、困惑せず勇猛果敢に反撃をはじめる。

だが、彼らの持つ銃火器や火砲による反撃では無意味であり、いとも容易く弾かれていった。

 

「伊丹、そのまま敵戦車に向けて射撃を続けろ。富田、邪魔をする奴には容赦するなっ!」

 

『了解』

 

黒田の指示を受けた二人は、素早く行動に移した。

伊丹は自身の視界に映る敵の数を精密機械のように数えると、一番大きい中戦車から順番にロックし、照準を合わせて発射トリガーを引く。

一二〇mm滑腔砲から放たれたJM12A1対戦車榴弾が次々と敵戦車に命中していった。

現代兵器から放たれた砲弾は威力が大きいせいか、敵戦車は瞬く間に弾薬庫や燃料タンクに引火し、爆炎をあげて沈黙していった。

富田はアクセルペダルを最大まで踏み込み、ハンドルを敵がいる方向に向けて回した。

黒田が率いる戦車中隊は立ち塞がる敵兵を轢き殺しながら抵抗を続けている戦車や火砲を殲滅してゆく。

ここで初めて、敵が国防軍のことを尋常じゃない存在と認識したのだろう。一部の敵が元来た道に向いて逃げていった。

 

「全車、撃ち方やめっ。周囲の生存者を探せ」

 

『了解っ‼︎』

 

一瞬にして敵部隊が崩壊したためか、まだ敵車輌からは火が上がっている。夥しい数の亡骸もそこら中に転がる結果にもなった。

敵とて一人の人間だ。戦力の差を目の当たりにした敵兵の中には、素直に投降する者も少なくはなかった。

恐慌状態になった者は撃破された火砲の側で膝を抱えて座り込んでいるか、国防軍兵士の呼びかけにも応じず顔を伏せたままの者もいた。

すると、町の方から自動車が近づいてくる音がした。黒田は何かを思い出したかのように叫んだ。

 

「藤田少将がこられたぞっ!捕虜を集めている者以外は整列っ!!」

 

黒田は周りの兵士達に呼びかけて、散らばっていた兵士達を集める。

整列する前に一台の53式小型トラックが停車すると同時に、車から降りてくる自身が所属する師団の団長、『藤田 誠也(ふじた せいや)』少将に黒田達は敬礼した。

 

「みんなご苦労さん。黒田大尉、敵の捕虜はどれくらいおるんや?」

 

「はい、今確認が取れているだけでも百人以上は居ます」

 

「おっ。ばり捕まえてるやん。あとは、退却したんか……深追いはせずにタゴルまで後退や。周辺の地理や国境周辺のインフラ状況を調査し終えるまで町で待機するで。というわけで総員撤収っ!」

 

藤田が指示を出すと、隊員たちは投降した捕虜を連れてタゴルの町に戻って行った。

 

 

 

最前線にある地上軍司令部では、各部隊の隊長を中心に反乱が起きていた。ジュコーフに率いられた兵士達が司令官たるボラーゾフ中将に対して銃口を向けていた。

 

「ジュコーフ。貴様、私に対してこんなことをしたらどうなるのか分かっているんだろうな?」

 

「こんなこととは?こういうことか」

 

ジュコーフはホルスターから拳銃を抜き取ると、ボラーゾフの右太腿に向けて拳銃を撃った。

 

「うぎぁっ!」

 

彼は痛みのあまり叫び声をあげて右太腿を抑え込もうとするが、ジュコーフは容赦なく蹴り倒す。

 

「私からはこれくらいにしてやろう。チェパロア君、彼を」

 

ジュコーフが側にいたチェパロアに指示を出すと、彼は一旦部屋を出た。

すぐに戻ってきたかと思うと、チェパロアは車椅子に乗った顔や足に包帯や絆創膏を貼った青年を連れてきた。

 

「あぁ……あぁっ!」

 

ボラーゾフはさらに怯え出した。

 

「この下士官兵は負傷しながらも二人の少年兵を救出し、敵の情報をもたらしてくれたにも関わらず。貴様の理不尽な八つ当たりによって重症を負った者だ。そして、私からも言わせてもらうが、貴様のように無能怠惰で私腹を肥やすことしか脳みそにない豚どもをこれ以上野放しにできないのでね」

 

チェパロアに連れてこられた下士官兵はボラーゾフを親の仇を見るような目で睨みつけていた。

 

「君、もうこの男は用済みだから君の好きなようにしたまえ」

 

ジュコーフは右手に持っていた拳銃を青年に手渡した。

 

「た、た、頼むっ!撃たないでくれぇ。私には一人息子が居るんだぁ!」

 

この辺りでボラーゾフが泣きじゃくり、命乞いを行うが、車椅子の青年は無表情のまま拳銃を構えると、弾薬が尽きるまでボラーゾフに向けて銃を撃った。

三発目までは呻き声を上げていたが、四発目以降は声を上げることもなく、身体の動きすらなかった。

 

「死んだか。安心しろ、お前のドラ息子の悪事は間も無く世間に知れ渡ることだ。地獄で楽しみにしていろ」

 

ジュコーフは、ボラーゾフの屍をゴミを見るような目で見つめるとそう言った。

 

「ジュコーフ大佐、綿密に計画したクーデターを実行する時がやって来ました。海軍や空軍の同志たちには、今伝えるべきでしょうか?」

 

共和国海軍の第三艦隊は今、ベネティア攻略に向かっている。しかし、ジュコーフ達反体制派からすれば、好機と言えるだろう。今、ラコ半島の先端にある都市、『ゴルバ・グラード』の軍港で待機している第一艦隊は潜在的反体制派の人間が集まって編成されているとも言える存在だ。

また、他にも同じ港で待機する第六、第七艦隊が反体制派の同志と言えるだろう。空軍に関しては、政府派の人間と半分半分な感じで反体制派がいる感じだ。

幸いにもジュコーフ達王国攻略軍が今いる要塞の近くにある飛行場に駐屯する部隊は反体制派であった。しかし、現実は甘くはなかった。

政府に対して狂信的な連中が集まっているといっても過言ではない軍の部隊が首都のクワモスを囲むようにして駐屯しているのである。

さらに厄介なことにこれらの部隊の装備はすべて最新鋭の兵器が配備されているのであった。

 

「隣接しているイタリ・ローマ王国かあるいは……ニホンに助けを求めるべきか?」

 

「大佐、ここは思い切って交戦中の両国に話を持ちかけてみるべきでしょう。交渉中に周辺地域の住民をこちらの味方につけ、現政府の腐敗ぶりを人々に伝えるべきです」

 

「そうだな。さっきの戦闘であちら側の捕虜になった者も少なくないはずだ。チェパロア中尉、王国軍とニホン軍との交渉に向かってくれないか?私は別部隊への呼びかけと周辺地域住民の保護に赴きたいからな」

 

「了解」

 

チェパロアはジュコーフと敬礼を交わすと、護衛の兵士達を連れてタゴルへと向かっていった。

 

 

 

イタリ・ローマ王国とボリシェ・コミン主義連合共和国との間にある公海

 

タゴル峠で陸軍戦車隊が共和国地上軍を撃破した頃、海でも戦火は絶えなかった。

共和国海軍は戦艦『ボリシェツキー・ソユーズ級』を旗艦とした第三艦隊がベネティアに向けて航行していた。

この艦隊は戦艦二隻、巡洋艦五隻、駆逐艦七隻、水雷艇十隻、掃海艇八隻の計三十二隻の編成である。

 

「ついに、我らがジュガーリン総帥閣下は怠惰たるイタリ・ローマ王国の攻略を命じられた。各員、敵の怠惰の象徴たるベネティアを火の海に変えるのだっ!!」

 

共和国海軍第三艦隊の司令官たる『マカロフ』中将は、無線機を通じて各艦船に訓示を言っていた。

この提督が率いる第三艦隊は共和国内の評判とは裏腹に、ジュガーリンの鮫と呼ばれるほど狡猾さを持ち合わせており、残忍さでも地上軍よりタチが悪いほどである。

艦隊の悪行は数え切れないほどであり、この艦隊に狙われた国の都市や島々は容赦なく蹂躙され、非戦闘員たる住民を恐喝し、財産を巻き上げ自分たちの懐に入れ、殺人や強姦などといった重大犯罪も隠し通すほどである。

どうしてそこまで出来るのかというと、副国家総帥のヤーベリの息がかかっているからである。

その見返りとして、艦隊は占領地で美少女を見つけては拉致し、ヤーベリに献上するのである。

 

「者共よ、作戦成功のあかつきには金銀財宝や娘どもの徴収を許可しよう。ただし、男は皆殺しにしてからだ」

 

この一言で全艦隊の兵士達は貪欲にまみれた雄叫びをさらにあげる。

狂気に満ちたテンションのまま第三艦隊は共和国と王国の間にある公海を抜けて王国の領海に侵入するのだが、彼らを待ち受けていたのは、想像を絶するものであった。

突如、旗艦の隣を航行していたもう一隻の戦艦と二隻の巡洋艦が耳を引き裂くような爆発音と共に船体が真っ二つにへし折れ、爆炎に包まれたのであった。

恐らく、この戦艦や巡洋艦の乗組員達は己の身に何が起こったのか理解しないまま死んでいっただろう。

辛うじて生き伸びた者達は、重油まみれになり、飛び散る火の粉が身体に燃え移り、火だるまになりながら漆黒の海に沈んでいくのであった。

 

「な、何が起きたんだ一体。しかも、敵の艦すら見えていないぞっ!!どうやったらそんな距離から撃てるというのだっ!」

 

「マカロフ中将大変ですっ!爆雷によって撃破された潜水艦が残した最後の電文にこんなものがっ!」

 

マカロフは伝令兵が持ってきた紙を震える右手で受け取ると、さらに恐怖のどん底に叩き落されるのである。

 

「よ、四十六センチ以上の三連装主砲を装備する巨大戦艦だとっ?!巨砲という次元では済まされないぞ……そいつは化け物だっ!!直ちに、母港に帰港しろっ」

 

第三艦隊にさらなる追い討ちが降りかかった。

今度は空から空気を引き裂くような音が聞こえるのであった。

マカロフは何事かと思い、双眼鏡で空を見つめると彼の目を疑う光景が飛び込むのであった。

 

「プ、プロペラのない国籍不明の飛行機が十四機こっちに来ているぞっ!最大船速にして逃げろっ!」

 

彼は、無線機に怒鳴りつけながら指示を出す。

国籍不明の戦闘機……国防海軍航空隊所属の73式艦上戦闘機(見た目は史実におけるF-14そのもの)は艦隊に対して空対艦誘導弾を浴びせはじめた。

無論、誘導弾というものに対抗する手段を持ち合わせていない第三艦隊の艦船は撃滅されてゆく。

しばらくして73式艦上戦闘機による対艦攻撃が収まった頃にマカロフは気づいた。

残存している艦が自身が搭乗するボリシェツキー・ソユーズ級戦艦のみであるということに。

彼が周囲を見渡すと、さっきの戦闘機はもう飛んでいなかった。見えるのは、遠くで撃沈された味方の艦船のみである。

 

『ふぅ。助かった……』

 

こんな感情がこの艦全体を支配したときが、第三艦隊にとって恐怖のショーのフィナーレの幕開けであった。

 

 

 

イタリ・ローマ王国海軍第十二潜水艦隊司令、『マリオ・テセイ』中佐は潜水艦隊を率いて目の前の獲物に容赦なく魚雷を浴びせていた。

 

「ようやく獲物が来たと思ったらとんでもねぇデカブツだったな。俺たちの故郷を汚す奴らを生きて帰すなよ」

 

テセイは指示を出しつつ味方の戦果が書き込まれた報告書を読んでいた。

 

「ニホンから譲り受けた戦艦ヤマトいや……今はグランデ・ロマーナによる戦果とニホン海軍のクウボとかいう艦から発進した戦闘機による戦果は素晴らしいものだ。これだと味方の死傷者が皆無なのも頷けるな」

 

彼は戦果に釘付けであった。

同時に、これからの戦いにおいて参考にできるものはないかと考え込むのである。

彼が報告書を読み終える頃には、敵の戦艦が鉄くずと化し、暗い海中へと沈んでいくのであった。その中を潜水艦隊は母港に戻って行く。

総括すると、ボリシェ・コミン主義連合共和国海軍は日本海軍と王国海軍による包囲殲滅に遭い、壊滅した。

戦艦大和こと、戦艦グランデ・ロマーナの四十六センチ砲が放った六発の零式通常弾により共和国でも最新鋭の艦が一撃で轟沈され、退却しようとした。

だが空母武蔵から発艦した約十四機の73式艦上戦闘機による対艦攻撃にさらされる。

かろうじて対艦攻撃から逃れた戦艦ボリシェツキー・ソユーズは、公海に潜伏していたテセイ中佐率いる潜水艦隊により、マカロフ提督と運命を共にしたのであった。

こうして、ベネティア沖海戦は日本海軍とイタリ・ローマ王国海軍の勝利に終わった。

 



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第四話 破滅への序曲

ボリシェ・コミン主義連合共和国

首都・クワモス

前帝政時代の皇族が使用していた宮殿改め、国家総帥官邸では、ジュガーリンが国内情勢についてまとめられた報告書を怒りに任せて破っていた。

彼の側にいたヤーベリは恐る恐る次の報告書を彼に手渡した。

 

「ヤーベリ君。反乱勢力はジュコーフだけでなく、前帝政派もいるそうじゃないか」

 

「はっ!帝政派の奴らは極東の工業地帯である『トフロス』や共和国五大穀倉地帯の一つ、『ムルモンスク』を支配下に置いており、極東艦隊の殆どを掌握しているようです。

また、ジュコーフ地上軍大佐は自由革命軍を自称し、『ゴルバ・グラード』や『ハブロスク』を拠点に周辺の部隊に協力を呼びかけているようです」

 

ジュコーフに加えて、帝政派の人間達もクーデターを起こしたとあってはたまらない状況である。

しかも、帝政派の連中がいるということはジュガーリン達共和国社会党にとってジュコーフより厄介な存在であった。

さて、ここから時系列を遡ることになる。

四十年前に起きた革命の際、社会党は皇帝を始めとする貴族達を処刑していたが、比較的に善政を行なっていた貴族や皇族などは国外追放のみで済ましていた。

だが、それが仇となってか革命前後から未だに皇族や貴族に対する忠誠心が高い一部の国民達が突然姿を現した皇帝の次男を担ぎ上げたうえに、共和国が保有する陸海空軍の約三割も掌握し、首都に迫りつつあった。

さらに厄介なことに、ジュコーフが率いる共和国自由革命軍と元皇帝の次男が率いるルシア臨時政府軍が不可侵条約とは名ばかりの同盟を締結し、政府に対して包囲網を形成しつつあることだった。

ジュガーリンとヤーベリとしては、三つ巴の戦いに持ち込んで弱った方を鎮圧するという戦略を取り、クワモス郊外にある共和国最大の工業地帯と農業地帯を頼りに徹底抗戦を取るつもりであった。

そうすれば、軍や自分達を支持する国民を飢えさせる確率はかなり低く、指揮統制を強めることもできるのである。だが、包囲される形となった現在。どう考えても『敗北』の二文字しか浮かんでこなかった。

 

「ヤーベリ君、ひとまずニホンとイタリ・ローマ王国に休戦を呼びかけるのだ」

 

「はっ!承知致しました」

 

ヤーベリは急いで部屋を出ようとしたが、自身が部屋の扉を開ける前に共和国空軍の元帥が駆け込んできた。

 

「た、大変です……総帥閣下。ニホンのものと思しき航空機による爆撃で郊外の工業地帯が半壊しました。人的被害は無かったのですが、復興までに約半年は掛かるかと思われ……」

 

「ば、馬鹿なっ!我々の首都から奴らが拠点を構えるイタリ・ローマ王国の飛行場から飛び立って来たとでも言いたいのかねっ?」

 

「そ、それが機体の補足すら出来ず、敵が飛行している高度は少なくとも……一万メートルいや、それ以上あるかと。また、王国方面爆撃隊も戦果をあげることなく壊滅したそうです」

 

ジュガーリンも最初は何かの冷やかしだと思っていた。

だが、普段から信頼できる軍の元帥の言うことだから紛れもない事実であることが理解できてしまった。

かつてボリシェ・コミン主義連合共和国は、帝国政府の腐敗に抗った後に建国された。

しかし、今となっては腐敗に対して不満が爆発した軍人や民衆、皇族や貴族の生き残り達による武装蜂起により最後の国家総帥、ジュガーリン達を含めた共和国政府は風前の灯火であった。

人は過ちを繰り返すとは、よく言うものの。この異世界において初めてそれを体現してしまい、共和国は皮肉な最期を迎えつつあったのだ。

 

 

一方、タゴルの町ではジュコーフに代わって国防軍や王国軍との交渉に訪れたチェパロア中尉は敵地に赴いたにも関わらず、安心とカルチャーショックが入り混じった気分になっていた。

自身の護衛と共にタゴル峠に着いた際、峠の麓で警戒に当たっていた二ホン軍と王国軍の警戒部隊に拘束されるかと思っていたが、彼らは親切に自らの拠点に案内してくれたのだった。

さらに、これだけでなく。投降した同胞たちに栄養価の高い食事をふるまわれていたり、手厚く怪我の治療が施され、好待遇を受けているというものであった。

 

「これが異世界から来た国の軍隊か・・・」

 

「中尉、二ホンという国だけでなく王国もこのような待遇を行っていますよ」

 

チェパロアが王国軍に介護されている同胞のほうを見ると、やはり同じように好待遇を受けているのであった。彼としては同胞が好待遇を受けているのは嬉しいものの、同時にどうなっているんだと言いたいほどであった。

すると、チェパロアたちがいる部屋のドアが開き、服装や雰囲気からして二ホンの将官と思われる男と王国の近衛部隊の士官と思われる男が二人ほど入って来ると同時に二ホンの将官がチェパロアに声をかけたのであった。

 

「初めましてチェパロア中尉殿、話は伺いました。私は日本皇国国防陸軍大将、『今村 季一郎』と申します。私の隣におられますのは、近衛第五軍情報科指揮官の『アレッシオ・ロンドーニ』少佐であります。さて、ロンドーニ少佐。中尉にあの話を」

 

「実は、東方にある『大敷洲帝国(だいしきしまていこく)』の支援を受けたアレクノフ朝の嫡子殿が穀倉地帯のムルモンスクなどを拠点に民衆や軍の支持を受けて蜂起したそうです。

また、敷洲帝国も民衆解放の義を重んじる形で共和国に宣戦布告いたしました。

率直に申し上げますと、我が国や二ホン、貴国のジュコーフ閣下。そして、嫡子たる『バグラテオン』皇太子殿下は今や圧政に苦しめられている人々の開放を望む同志というわけですから。共に戦いましょう」

 

ロンドーニは、チェパロアに知っている情勢や状況をテキパキと話した後に、フレンドリーな素振りを見せた。一連の流れを理解した彼も素直に手を差し出し、ロンドーニや今村と握手を交わしたのであった。

こうして、昨日の敵は今日の友といえる状況に持ち込んだことでこの戦争は一気にジュガーリン達政府軍不利に転がり込むのであった。

 

 

大敷洲帝国

帝都 西京(せいきょう)

大敷洲帝国は、ボリシェ・コミン主義連合共和国の極東部に位置する島国であり、共和国がある『ヨーラシア大陸』や『南大洋』には複数外地が存在している。

また、外地の『奉州』と『朝麗半島』や『泰湾』、『サウス諸島』などに住まう先住民族の自治権が現代におけるアメリカ合衆国の各州の権限のように大幅に高かかった。

そのため敷洲帝国軍の外地部隊には内地民はもちろん、心からこの帝国に忠誠を誓った外地住民や先住民族も多く志願していた。

この帝国に住まう国民の生活水準は比較的に安定しており、社会保障制度なども存在し、現代日本のものとほぼ同じである。こちらと違う点は、内外人平等ではなく敷洲国籍を有する者または、帰化した者のみが適用される。

政治体制においては、立憲君主制を取り入れているが、この帝国の君主たる歴代の皇帝達や現在の皇帝は民衆をはじめとして外地民の意見を積極的に聞き入れ、これをヒントに国政を運営する摂政たちのおかげもあってか体制に反対する者は殆ど居なかった。

軍事面においては、海軍力がこの世界一であり、古くなった艦船であっても時代に適応しそうなものは近代化改修を怠らないほどであった。

陸軍に関しては、島国のため戦車の開発が先送りになる時もあったりするが、歩兵部隊は自動車化されつつあり、他国に負けず劣らずである。

空軍面に至っては、空中戦艦を多数保有しており。戦闘機すら寄せ付けない武装を施し、最新鋭の要塞ですら木端微塵にできる力を持っており、戦闘機や攻撃機、爆撃機などの性能もこの世界の基本水準より少し上といった具合である。

さて、そんな国の君主たる皇帝『義仁(よしひと)』と彼を支える首相『大嵩 喜代是(おおたか きよこれ)』は今日も帝国の未来のために政に勤しんだ疲れを癒すついでに宮廷の中を歩き回っていた。

 

「さて、我々と同じ言語を話す仲間との接触はどうだね?大嵩摂政よ。余は彼の国との邂逅が楽しみであるぞ」

 

「そうですな。西機関の情報によると、二ホンという国は我々と同じように平仮名やカタカナ、漢字そして同じ言語を使用しているため、向こうの書物は大変読みやすかったそうです」

 

「では、二ホンは我が国と生き別れた兄弟みたいなものだな。二ホンの文化や歴史など、余の二ホンに対する関心が高まるばかりであるぞっ!」

 

「ははっ、皇帝陛下はいつも私が言おうとしていたことを先に言われますなぁ。私もまだまだでございます」

 

二人は談笑しながら宮廷をあっという間に一周していた。

二人はそれぞれの務めを思い出すと、互いが友人のように手を振り合いながら別れていった。

皇帝は間もなくして玉座の間に着くと、玉座に腰掛けながらこう言うのであった。

 

「余は、病弱で結局何にもしないまま。日本から輪廻転生し、新たな生を受けて今ここにいるわけだが。前世のように、国民の皆の迷惑にならないように皇帝の座にいられることほど幸せなことはないなぁ。そして、国民がいきいきとしていられることもまた余の幸せの一つである」

 

彼は宮廷の窓から、活気があふれる帝都の街を見つめながら自身の務めに戻るのであった。

 

 

ルシア臨時政府軍拠点・ムルモンスク内大敷洲帝国陸軍宿営地

ムルモンスクは、ボリシェ・コミン主義連合共和国の五大穀倉地帯の一つであり。インフラも発達しており。ここから西部に位置する首都のクワモスから中間の位置にある工業地帯のトフロスまでは鉄道網が発達しており。

その沿線では、都市開発が盛んに行われていたが。トフロスから離れるにつれてまだまだ人類未踏の地と言わんばかりに道が少し整備されているくらいであり。

環境もそれほど悪くなく緑豊かな草原が広がっているのだ。さて、気が遠くなるほどの距離をルシア臨時政府軍と大敷州帝国陸軍は鉄道網や整備された道路を利用して首都へと進撃しようとしていた。

さて、そんな最中。大敷州帝国陸軍皇族機甲軍団の宿営地では、高貴な女性とその側近と思われる中性的な顔立ちの男性が地図や山積みされた資料を手に取りあいながら作戦会議を進めていた。

 

「西機関からの情報によると、バグラテオン皇太子様の決起に賛同したジュコーフ将軍をはじめとする将官や市民軍そしてその協力に応じることになった我が敷洲族の生き別れの兄弟ともいえる二ホン軍や盟邦、イタリ・ローマ王国軍の大規模攻勢計画が王国の情報科によって先程通達されたみたいだけど……みっくんはどう考える?」

 

「愛里寿殿下。私的には列車砲と空中艦隊が連携しての両面封鎖が心配です。何せこの国の首都近郊だけでも膨大な数の弾薬や兵器、それを上回る食料が永久使用可能といっても過言じゃないくらい保管されていますから。ゲリラ戦に持ち込まれると厄介です。愛里寿殿下が率いておられます皇族機甲軍団でも突破は難しく感じます。でもご安心ください。いざとなれば不肖、島田美保が殿下の御盾となる所存であります」

 

大敷洲帝国皇族機甲軍団の団長であると同時に皇女である『西住愛里寿(にしずみありす)』大佐に対して跪くこの青年は、代々皇族の一つである西住家に仕えて来た近衛騎士団(現在は完全に機械化及び装甲化されたため。近衛機甲団の一つになっている)の島田家の当代にあたる『島田美保(しまだみほ)』大尉である。

 

「それだけはだめっ!!みっくんは確かに強くて軍人として戦車兵としての気質は素晴らしいけど。まだ死に急ぐ年じゃないでしょ。私と同じ日に生まれて同じ学び舎の下で育ってきた仲なんだから……早とちりだけは止めて」

 

「申し訳ございません。殿下」

 

しかし、対する愛里寿はどこか悲しそうな顔で彼の両手を握ってこれまでの二人の歩みを口にする。彼と彼女は共に齢二十の新成人であり。ついこの間まで共に新兵器を主に扱う訓練学校を好成績で卒業したばかりの士官の卵であった。

美保に至っては、精神年齢が愛里寿より高いのか自身の心の内に秘めている彼女に対する忠誠心と想いを告げたことでかえって愛里寿を心配させてことを素直に詫びる。

 

「……そうだ。最善の策を取るために皆を集めてくれるかな?みっくん」

 

「畏まりました。愛里寿皇女殿下様」

 

「うん。ありがとうね(皆は勿論、みっくんだけは絶対に死なせたくない)」

 

愛里寿は、自身の為ならば悪魔にさえ魂を売りかねない美保の身を案じたのか。他の士官たちの招集を彼に頼むと。

忠誠心の塊ともいえる彼は、最敬礼を行うと足早にその場から立ち去り。士官の招集に向かったのだった。

 

「……どうか大好きなみっくんを守って」

 

しばらく戻ってこないだろと思った愛里寿は、美保が自身の代わりに先陣をきっている際に使っている愛車……三八式中戦車(外見は史実における一式中戦車・チヘそのもの)の前まで行くと。左履帯に片手を置いて彼に対する思いを口にするのであった。

 

 

 

イタリ・ローマ王国領空

深夜のイタリ・ローマ王国の町を火の海にしようと、ボリシェ・コミン主義連合共和国航空軍から一隻いや一機と言っていいのやら分からない悪魔……空中艦の一つであるガーゴイル級空中戦艦が放たれて殺意を乗せて漆黒の夜空を切り裂くように進行している。

この世界において航空母艦が生まれなかった要因の一つともいえるこの空中艦は、最高高度で高度八〇〇〇メートルで航行することが可能であり。諸外国によっては一万メートルに達するであろうものまで開発されていたりする。

また、肝心の防御は艦体の下部と左右に備え付けられた機関砲類である。主な目的である爆撃のための爆弾層にはB29の約二倍の量の爆弾を搭載することが可能である。

あたかも無抵抗な者達の悲鳴をオーケストラでも聞くかのような感覚で設計されたといえよう。

さて、この空中艦の艦長であるオボレンスキーは葉巻をもう何十本吸ったことやら。かなりの量の吸い殻が灰皿に蓄積している。

 

「総帥閣下の鮫ことマカロフ中将の為にも一矢報いてやらねば……メスガキ女王の信者共。血の夜にしてやるから楽しみにしていろ」

 

マカロフの悪友の一人ともいえるこの男もまた。自身が空中艦の堅固な装甲に守られているのを良いことにふんぞり返ってる者の一人だった。

だが、この男の油断も身をもって思い知らされることになるのだった。

 

 

 

同じ頃。日本皇国国防軍在イタリ・ローマ王国国防空軍第三航空隊所属の83式戦闘機・迅鷹(外見は史実におけるF-18ホーネットそのもの)に搭乗する空軍少尉、『諸星進(もろぼしすすむ)』は目の前の目標である空中艦に獲物を見つけた鷲の如く食らいつこうとしていた。

 

「こちら岩本。諸星、目の前のラ〇ュタもどきを一気に畳みかけるぞ。こっちはジェットエンジンとはいえ。油断すれば蜂の巣だ。さあ、機関部に向けてありったけの誘導弾をぶちかましてやれっ!!」

 

「了解、フォックスツー全弾発射……全弾命中!!」

 

諸星は先輩に当たる『岩本直(いわもとなおし)』中佐の指示と諸星をはじめ。他の戦闘機は共にガーゴイル級空中戦艦の機関部に向けてありったけの誘導弾を発射する。

それに対抗して敵空中戦艦も機関砲類で迎撃しようとしたものの、一発も誘導弾に当たることなくそのまま機関部に命中してしまい、動力を失ったためそのまま丘陵が広がるコリーナ平野に真っ逆さまに落下することになる。

 

「このまま墜落してお釈迦だろうな。肉眼で視認できるが、パラシュート開いて脱出した奴らが多くいるな。このまま降りて行った連中は陸軍に任せて引き上げるぞ」

 

「了解。これより中佐機に続きます」

 

こうして岩本機を先頭に他の十一機は旋回してV字隊形を組み直すともとの航空基地に戻るのであった。

 

 

 

さて、パラシュート降下で脱出して逃げ延びることに成功した空中戦艦の搭乗員達はオボレンスキーを除いてほとんど全員捕虜になったのである。

何人かは抵抗して銃や持っている刃物を皇国陸軍兵たちに向けたものの。即射殺となるか数の差もあってか、日本側は軽いけが人だけで済んだ。

 

「はぁはぁ。ここまで逃げれば一安心だ……くそっ。我が愛しのガーゴイル級が……よりによってこんなところで」

 

彼は先程まで自身が搭乗し、指揮していたガーゴイル級空中戦艦が紅蓮の炎に抱かれ。

煌々と燃えがる姿に苛立ちを覚えながらありったけ持ち出した銃弾と拳銃、軍刀を頼りに森の中を走っていると、一人の迷彩服を身を包んだ。黒髪の長めのショートヘアの女兵士にばったりと鉢合わせた。

 

「っ?!女兵士か……いい体つきだな。おいっ!大人しくしろ!」

 

「……」

 

対する女兵士も沈黙したまま拳銃を構え。両者睨み合っている。この時、オボレンスキーは女だからという理由で油断していた。

 

「そうだ。そのまま大人しくして服を脱いで俺の元へこい……」

 

女兵士は銃を捨て。胸のチャックに手を掛ける。彼の脳内は完全に貪欲に塗れていた。女を食って機嫌でも直そうと考えていたのか。

女の方へ手を伸ばそうとした瞬間。オボレンスキーに車に跳ね飛ばされた時と同じ感触が走ると同時に両脚に激痛が走り。空中を一回転した後に地面に落下する。

 

「マアマァァァァ。いでえええよおおお」

 

「黙れ軍人のクズがっ!」

 

「ぐぎゃあっ!!こんなガキごときにっ!!」

 

オボレンスキーが状況を理解すると、茶髪の少年が小型のワイバーンにまたがって小銃を自身に突き付けているという光景が目の前に飛び込む。

痛さのあまり絶叫していると少年がワイバーンから飛び降りると小柄な身体つきにも関わらず小銃を軽々と持ってその銃床でオボレンスキーの顔面をフルスイングしたと同時に可愛らしい声で罵倒する。

 

「居たぞっ!!敵司令官と思われる男を発見っ!!」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ。離せぇ!」

 

こうしてオボレンスキーは腫れあがった顔面の痛みも合わさってか。幼児退行とも取れる言動で喚きながらも他の陸軍隊員に拘束され。

自動車に放り込まれるようにして押し込まれると、取調室送りになったのだった。

 

「良かった~シオリさんにもしもの事があったら僕……」

 

「カールーロ♪」

 

「へ?むぐぅっ?!」

 

「かっこよかったわよ!ご褒美のちゅーはどう?」

 

「もう!!子ども扱いしないだくださいっ!!」

 

ワイバーンに乗った少年……『カルロ・バローネ(十五歳・王国軍近衛竜騎兵隊曹長)』は皇国国防軍国防陸軍中尉『相馬志桜里(そうましおり)』に抱きしめられ。

小柄な彼は肉付きの良い彼女の胸に顔を埋められることになり。対する彼は軍人に成ってもなお。子ども扱いされることが気に食わないのか。

ジタバタしながら彼女から離れようとする。なお、このやり取りは愛竜『テンペスタ』で駐屯地に戻っても続き。

相馬は周囲から『乳デカショタコン娘』と言われようが言われまいが気にする様子はなかったようだ。

 

 



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第五話 収容所解放作戦立案!

国防陸軍第十一戦車連隊所属の黒田大尉は、もはや職務上の愛車と化したといっても過言ではない10式戦車に乗車し、

砲手の伊丹や操縦手の富田らと共に自身が率いる第五中隊の戦車を引き連れて自身が所属する第一機甲師団の斥候も兼ねて近くの小規模な町に向けて走行していた。

日本の道路でいう所の幹線道路のように、道幅が広く。黒田車を先頭に楔形陣形を組んで前進していた。編成は、10式戦車が四輌、90式戦車が五輌、61式戦車改(史実における74式戦車そのもの)が二輌そして二輌の50式戦車改三型といったパレードのような編成である。

何故出来たのか、それは異世界のそれも一世紀近く離れた世界だからできる編成だ。特に50式戦車改三型に至っては、転移したために第二の人生を無理やり歩まされたといっても過言ではない。

何故、大戦終結直後の戦車が現代戦車に混ざって組み込まれているのかという理由についてはイタリ・ローマ王国政府と日本皇国政府との間で成立した日イ技術支援協定の一環として王国軍の精鋭部隊に供与される装備の一つの予定のためだ。

搭乗員は国防軍の戦車隊員ではなく、精鋭の一つである王国軍第一近衛機甲団の隊員が試用を兼ねて乗車していた。

 

「クロダ大尉。こちら、メッセ少尉車。これより先は茂みや集合住宅といった障害物が多くなるため。徐行されたし。町に敵勢力の確認が出来なければ、住民の保護及び説得に当たりたい。そのため、私ともう一輌のティーポ50のコルティ曹長と共に周囲を警戒しておきますから。大尉殿には周囲の捜索をお願いしたい」

 

「こちら黒田。了解。是非メッセ少尉とコルティ曹長には周囲警戒をお願いしたい。他の皆も周囲の警戒に当たってくれ。町の中央広場に着いたら俺と伊丹、富田の三名で中央にあると思われる教会を回りながら周辺住民の捜索に当たる」

 

黒田は王国軍戦車兵の一人、『ジャン・メッセ』少尉との交信を終えると。一気に大型トラック二台分の幅まで狭まった道路を抜けて大きな噴水がある広場まで来ると黒田車の三人が降車し、伊丹が左側に伸びる大通りで富田が右側に伸びる大通りを散策することになった。

そして黒田は単身教会に向かうのであった。彼は車内に装備されていた74式5.56mm小銃(史実における89式小銃そのもの)の折曲銃床型を持って教会の扉を開ける。

 

「伊丹の奴が言ってたみたいに。異世界らしいな」

 

彼は教会に入ってすぐ至る所に飾られた装飾品に圧倒されていた。その奥にある祭壇と思われる部分には、人間の女性と犬を掛け合わせたような人型生物と普通の人間の男性が抱き合ってそれぞれの手で聖火のようなものを手に持っているという石像が飾られていた。

テーマは愛に種族は関係ないというべきだろうか。それに類似した絵画が二階の渡り廊下や一階の壁に飾られている。

思わずそれに感心し、見惚れていた黒田は周囲の警戒など忘れてそのまま奥へ進んでいくと、右斜め後ろから鳥類が羽ばたくような音が聞こえる。

 

「………天使か?いや、ナイフを持ってやがるっ!!」

 

ふとそれに気付き。後ろを振り向くと、姿は人間の女のようだが、天使の翼のようなものが背中から生えている。しかし、その女の目は殺意に満ちており。その証拠に細くも色白な右手でナイフを持っていた。

この一瞬が黒田の判断を決めた。

呆気なくそのまま見惚れていると、あえなく首の付け根辺りを走る頸動脈を掻っ切られて血を飛び散らすかそのまま心臓を突かれて口から血を吐くかの二択である。

自然と身体が動き、回避行動を取ると同時に小銃のセレクターを「タ」から「レ」に切り替えてトリガーを引いて旋回しようとする有翼人の女に向けて連射で発砲するが。

全て外れる。その最中に女と目が合った。

女は当初殺意に満ちた目つきだったが今度は申し訳ないことをしたという表情になる。黒田の格好と左右の腕に付いている日章旗のワッペンをこの間に視認したのか。彼女はナイフを捨てて左手を上げる。

 

「何だ。敵意が無いのか?ゆっくりこっちに降りて来るな……」

 

女はそのまま彼の前まで降りて来ると、そのまま銃を下ろせという意味のジェスチャーを彼に送る。

よく見ると、彼女は自分と同じ歳頃であろうという雰囲気であり。身長もそれほど変わりなかった。そして、彼女の口が開く。

 

「あなた。共和国政府軍?」

 

「いいや違う。何言ってるか分からないかも知れないが俺は日本皇国国防軍、国防陸軍大尉の黒田浩一だ」

 

黒田は、彼女に聞き取りやすいようにルシア語で彼女に軽く自己紹介する。彼をこの言葉を聞いた女は安心したのか。

優しく語り始めた。

 

「クロダさんね。私の名は、アーニャ。本当の名前は『アナスタシア』っていうの。あなたが政府軍の連中じゃなくて良かったわ。さっきはごめんね」

 

「いいさ。俺もアーニャさんを撃たなくて良かったよ」

 

出会い方こそ最悪だったものの二人の男女は早速打ち解け合っている。しかし、続けて今度は先程とまた同じ方向から誰かが走る音がする。

二人がその方向を向くと、白銀色の髪を持ち。猫の耳のようなものを生やした少女がアーニャが捨てたものと同じナイフを持って黒田の方へと走っていた。

アーニャと違ってその表情は憎悪に満ちており。狂犬に近いかそれそのものであった。

 

「待ってカリーナ!この人は悪い人じゃないからっ!!」

 

「アーニャさん危ないっ!!ぐはぁっ?!」

 

アーニャが『カリーナ』と呼ぶ猫型獣人族の少女に対して。呼びかけるもその勢いは止まらない。アーニャは黒田の前に立って制止しようとしたものの。

逆に彼が彼女の盾となり。少女が握りしめていたナイフの刺突を腹部に受ける。

 

「……っ?!政府軍じゃない。あ……あぁ」

 

「はぁ……はぁ……大丈夫……俺は君の味方だ」

 

「あっ!クロダさんっ!!」

 

「大尉!!ご無事ですかぁ!!」

 

「大尉が怪我しているっ!!衛生兵、来てくれっ!!」

 

カリーナはようやく黒田が敵じゃないと認識したのか。驚きながら彼の顔を見つめるが、彼は腹から血を流しながらも敵意がない事を伝える。

その次に騒ぎを聞きつけたのか。伊丹と富田が黒田のもとへ駆け寄って彼を介抱するが。彼は気合を振り絞ったのか。アーニャに対してこう言った。

 

「アーニャさん。この子のことを叱ったりぶったりするのはしないと今ここで俺と約束してくれ。この子は何も悪くない」

 

「ええ分かったわ。すみません私も手伝います。カリーナおいで」

 

「……っ……っ……ごめんなさい」

 

黒田は三人に介抱されると、そのまま合流してきた衛生科の救護車に連れ込まれて手当を受けるのであった。

 

 

この騒動の後に、この町は有翼人であるアーニャをリーダーに共和国軍に対して反旗を翻した非ヒト種種族や一部のヒト種族が寄り合ってゲリラ化した場所であることが分かったのだった。

アーニャと治療が終わった黒田の二人は国防陸軍第一機甲師団団長の藤田少将と面会することになったのだった。

 

「クロ、怪我の具合はどないや?」

 

「いいえ。大したことはありません。それよりもアーニャさんを呼んだわけとは?」

 

「せやな。軽い事情聴取ってやつや。アナスタシアさんいうたか?横に座ってるクロの事をブスリやってもうた子のことについて聞かせてくれるか?勝手な憶測かもしれやんけどやな。ワシは深いわけがあると踏んでる」

 

「………実はあの子の両親はこの戦争が始まる前、ヤーベリという共和国副総帥の変態野郎にお姉さんを連れて行かれて。それに抗議しようとした両親が目の前で射殺されてしまって……以来、私や一部の人以外とは口を聞こうとしないで。特に軍人の男の人を酷く怖がっているんです。それにこのヤーベリという男、色んな地域で権力の傘を振り回しているんです」

 

当初は冷静な態度で彼女の話を聞こうとした藤田であったものの。カリーナが憎悪を剥きだして黒田をさした理由を知った途端。

手に持っていたボールペンを握りつぶし、口から零れ出そうな怒りを堪えながらアーニャに言った。

 

「そらそうなるわな……なあ、クロよ。ワシは今、そのヤーベリとかいうド外道のロリコンをこの手で晒し首にして公衆の面前に晒上げたい気分なんやけど……乗ってくれるか?」

 

「ええ。藤田少将、その話乗りますよ。俺的には、戦後裁判でじっくりとなぶった後、負の歴史に名を連ねてやるのが良いと思うのですが」

 

「それも名案や。という訳でまだ生きてるかもしれんカリーナちゃんのお姉ちゃんの救出も兼ねて『外道消毒作戦』を敢行したいと思うんやけど。まあ、表向きには拉致被害者救出作戦ということで上には言っとくわ」

 

二人の軍人の怒りの炎は一気に燃え上がる。宣戦布告されて苛立っている事に加えて非人道的行為を行っているヤーベリは自身の知らないところで皇国国防軍による解放作戦の引き金になるとは、思ってもいなかったといえよう。

 

 

 

藤田は先程の経緯を聞いて胸糞が悪くなったのか。宿営地近くの小川で遠くに見える満月を眺めていた。

結局どの世界にも残虐非道な人間がいることに対する怒りを鎮めながらも孤児となったカリーナとその姉のその後について考えていたりしていた。

藤田少将は、今年四十六歳の玄人軍人の一人で二十数年前の第三次アメリカ戦争や第二次イギリス=アイルランド戦争で様々な戦場を経験したことから肉親を失った孤児のこの後の事が頭を這いずり回っていたのだった。

悲惨な末路を辿る者も居れば、第二第三の人生を歩む者もいる。しかし、長く軍人生活に勤しんで来た藤田は初めて孤児というものを目の当たりにした。

 

「なあ。嬢ちゃん、さっきからワシの近くに隠れてたんは知ってるで。怖がらんと出ておいで」

 

「………」

 

カリーナは誰かの手作りであろう。ウサギのぬいぐるみを抱えて現れた。アーニャから聞いたように軍人である藤田に怯えている様子であったが

程なくして静かに近寄って小さな口を開く。

 

「将軍の叔父さん。さっきのお話、私ずっと隠れて聞いてたんだ。私のお姉ちゃんを助けてくれるの?」

 

「そこまで聞いとったんか。せや。おっさんが嬢ちゃんのお姉ちゃんを絶対助け出して。お嬢ちゃんのお父ちゃんとお母ちゃんを殺した外道をいわして来るからな」

 

「………約束だよ。叔父さん」

 

「おう。任せとき。せや、チョコレートはいらんか?」

 

「………ありがとう。私、チョコが大好きなんだ」

 

一人の将官と少女は一つの約束を交わす。こうして後日、友軍のイタリ・ローマ王国は勿論、新たに味方となった自由軍やルシア臨時政府軍は日本皇国という国に軽々しく弓を引いた愚かなるボリシェ・コミン主義連合共和国の末路に導いた者の一人となった藤田誠也少将の戦闘性を目の当たりにするのであった。

 

 

黒田大尉が所属する国防陸軍第一機甲師団がゲリラ化した町に進駐も兼ねて住人の保護を開始したほぼ同時刻。

東京の首相官邸の地下会議室ではオンライン対面式の会談が行われようとしていた。当初、日本とイタリ・ローマ王国はこの戦争が無ければ直接対面での会談となるはずだった。

ちょうど今この時に任期満了間近で日本皇国の内閣総理大臣である西條知之が一国の総理大臣として民自党(民政自由党)の総裁として十五年間の任期で最後の大仕事を全うするために訪問し、両国間の親睦を深めながら日本が転移した世界でどのように渡り歩くべきかという糧を王国から得ようとしたのだが、最悪なことに今は王国と隣接する侵略国家と戦争中のため、呑気に訪問と行くわけにいかない。

 

「西條総理、そろそろイタリ・ローマ王国のイザルベライト国王陛下と繋がりますので同席させていただきます」

 

「分かりました。中渕さん。何か提案があれば遠慮せず私もしくは国王陛下に仰ってください。穏やかな会談が予想されるとはいえ。我が国と王国の両国の発展のためには官房長官であるあなたにアドバイスをいただかないと」

 

西條は自身の隣の椅子に座った西條内閣官房長官の『中渕恵二(なかぶちけいじ)』と会談開始直前の打ち合わせを行う。両国が接触を開始して三ヶ月という短い時間であったものの既に親密な関係にある。

とはいえ、一国のトップが腹を割って話し合う機会だ。特に首相の座にある西條は日本皇国において千年以上”有らせられる一族の御方”の顔に泥を塗ってはいけないという信念がこの国で一番強いといっても過言ではない男だ。

さて、そんな彼らの前にある大画面に齢十五の可憐な女王と在外国防陸軍の総司令官である今村陸軍大将やムッソーリニ侯爵やそれぞれのボディーガードであるカルロ・バローネ曹長と相馬志桜里中尉の姿が映り込む。

 

「イザルベライト二世国王陛下。直接では無いのですがお目にかかることが出来て光栄であります。日本皇国首相の西條と申します。本日はご多忙の中、会談に出席していただき感謝御礼申し上げます。両国の発展のためなら我が国は粉骨砕身努力いたします所存でございます」

 

「私は内閣官房長官の中渕恵二と申します。本日はよろしくお願い致します」

 

『ありがとうございます。サイジョウ首相、ナカブチ様。始めまして。私はイタリ・ローマ王国国王のイザルベライト二世と申します。早速ですがお言葉に甘える形で申し上げますと、私の方から貴国にご相談したい緊急の議題があります。こちらに控えておられます貴国のイマムラ大将や私の隣にいるムッソーリニ侯爵と話し合ったのですが……今は防衛に徹している我が国と貴国ですが、これからは本格的な攻勢に切り替えたいと思っています』

 

「なるほど。戦争の早期終結ですか……私も賛成です。我が国の世論も早期終結に賛成であります。しかし、また新たな情勢の変化があったのでしょうか。出来る限りの善処はする所存であります」

 

『ありがとうございますサイジョウ首相。それでは、我が国いえ、我々の世界には人間族……ヒト種の他に非ヒト種と呼ばれる他の生物の特徴を取り入れた人型種族が存在しています。我が国と貴国二ホンの生き別れの兄弟ともいえる大敷洲帝国ではヒト種と非ヒト種は融和しきっていますが、他の諸外国ではそれが進展最中または全く進展しきっていない状況です。

特にボリシェ・コミン主義連合共和国は表向きには、労働者と性別を越えた団結という体裁のもと国体を維持していますが。

性差別が我が国や諸外国同様ほぼない反面、ヒト種至上主義故か非ヒト種族をランク付けと同じ感覚で給料に見合わない労働をさせる。

また、通常のヒト種より寿命が長いからという理由で社会保障の待遇に差をつけることに加え、戦場でもその酷使は異常です。

さらに歩兵の盾代わりに占領地で捕まえた非ヒト種の女性や子供をその前に立たせて小国を併合するといった恐喝同然の行為まで行っています。

にもかかわらず他の大国はそれに見向きすらせず、見て見ぬふりという情勢です。

前置きが長くなりましたが、今回の攻勢開始に際して敵副国家総帥のメレンチー・ヤーベリという人物の捕縛作戦も兼ねて徴用非ヒト種族収容所の解放作戦を行いたいと思っています。これによって非ヒト種族も同じ人型族であり同じ世界で生きる人種の一つという認識をこの世界に持ってもらいたいのです』

 

西條は感心した。モニター越しとはいえ、幼き女王の真摯かつ現実的で博愛的な情熱がひしひしと伝わって来ている。

それと同時にほぼ人間と言っても過言ではない非ヒト種族に対してそこまでやるかという共感を持ち、何よりも立場が弱い者達を戦場のアトラクションかのように扱うことに対して自身も一国の首相としてもし、これが自国民に行われていたらという立場を置き換えての考察を行った。

そこで彼はこの世界の一国のトップともいえる彼女の意見を尊重する形を取ることにした。

 

「なるほど。是非、我が国としましても議会などで論議した後に意見がまとまり次第、解放作戦に尽力したいと考えています。今村大将、このことは市ヶ谷(防衛総省)には報告していますか?」

 

『ええ。実は総理ならそう仰ると思い。仮装作戦の計画を……噂をすれば何とやらです」

 

「会談中失礼します。西條総理」

 

「谷岡防衛大臣……まさか」

 

「そのまさかです。大まかな説明ですが、転移後初めてのS(特殊作戦群)とレンジャーの投入になります。詳細はこの後に」

 

「谷岡大臣ありがとうございます……そして、今村大将。後はよろしくお願い致しますっ!!」

 

『総理、是非お任せくださいっ!!』

 

「それでは、こちらも段取りの方を進めていきたいと思います」

 

用意周到と言うべきだろうか。既に徴用とは名ばかりの非ヒト種奴隷化収容所の解放も兼ねてヤーベリの捕縛作戦まで仮想計画が本格的にスタートしていたのだった。

西條は二人の同胞が先人が本心からの解放を望んで第二次世界大戦(この世界線では一九五〇年に終結)に参戦し勝利した歴史を良い意味で繰り返す一員になってくれるということに感激する。

今村と同時に谷岡は戦争終結の第一歩を踏み出すべくそれぞれの持ち場へと戻っていく。

 

「感謝御礼申し上げますサイジョウ首相。続きましてこちらからもさらに三つ感謝したいことがあります。先ずは、我が王国海軍に譲渡してくれた戦艦ヤマト改め戦艦グランデ・ロマーナはラコ半島強襲上陸作戦で大いなる活躍を致しました。素晴らしい艦をお譲りいただき改めて感謝いたします。次に我が国内の鉄道路線における鉄道列車の提供や過疎化懸念地域のインフラ整備支援や人口呼び戻し政策の顧問派遣に感謝いたします。最後にこちらも軍の装備のお話になりますが。世代遅れしそうになっていた装備の発展型の製作及び技術支援をしていただき。我が国はどのように恩を返せばいいのか分からないくらい感謝することばかりです」

 

「いえいえ。我が国は貴国というこの世界で初めて出来た盟友に対する恩返しをこれからもさせていただきたいと思っています」

 

こうして更に両国の絆は深まる。イザルベライト二世が述べたように日本皇国はこれまでの歴史の歩みで乗り越えて来た社会問題を教訓にイタリ・ローマ王国でもかつて自国で起きた問題が起きそうな兆候があれば迅速に対処して問題を解決した。

あるいは困っている友に対して気軽に相談に乗るように兵器やインフラに関する技術提供を行っている。それに加えてイタリ・ローマ王国は快くこの世界の情報を詳しく日本に提供し続けるのであった。

 

「最後にイザルベライト二世国王陛下にお伝えしたいことがございます。私はこの世界に来る前を含めると十五年間首相の座に居ました。そろそろ任期というものが近づいており、後継者たる次期首相を選ばなければなりません。そこで私は……隣の中渕恵二官房長官を次期首相に任命することに致しました。なので陛下、この中渕恵二さんを是非歓迎していただきたく存じます。謙虚な姿勢ではもったいないくらい器量は大きい。損得勘定なしに問題に立ち向かおうとする素晴らしい人物です。そんな彼をおいて他に居ません」

 

「そ、総理っ?!私が次期首相とは一体……」

 

「畏まりましたサイジョウ首相。ナカブチ様……いえ、ナカブチ次期首相。私からもよろしくお願い申し上げます」

 

史実において池田勇人氏が後継者に佐藤栄作氏を指名したように、第九十九代内閣総理大臣・西條知之は今敢えてここで自身の後継者として官房長官である中渕恵二を記念すべき第百代内閣総理大臣に指名しする。

続けて彼女に対して彼の魅力を伝えると。彼女はそれを快諾し、中渕に対して期待と歓迎する姿勢を見せる。

 

「不肖の身ではありますが。後継者指名をいただいた以上、両国のために粉骨砕身努力する所存であります」

 

中渕の覚悟を決めたこの言葉を最後に極秘会談は終了した。会談終了後、早速西條は中渕に対して語りかけた。

 

「中渕さん。先程は驚かせてすみません。今の日本の政治には少しでも若返りが必要なのです。あなたは私よりも十五歳離れているし、さっきも言ったように器量もある。勿論、あなた一人にやれという訳ではありません。西條内閣の地盤を引き継いででもいいじゃないですか。谷岡さんのように頼もしい閣僚と手を取りあって愛するこの日本をこの異世界でも恥じない立派な国にしてくださいっ!!」

 

「西條さん……あなたがそこまで仰ったなら喜んで引き受けます。温故知新のもと先人の意志を汚すことなく。この日本皇国をより良い方向に導きたいと思います。しかし、与党の皆さんや野党の皆さんは賛成してくれるのでしょうか?」

 

「それなら。皆、中渕さん一択で固まっています。あなたに異議を唱える者は今は居ない。だが、様々な意見のすれ違いは避けられないでしょう。しかし、あなたなら必ずすれ違いという嵐に耐えることが出来る」

 

「………西條さん。お任せくださいっ!!」

 

二人の政治家は親友としての関係で語り合う。西條の情での根回しが上手くいったのか。与野党のご意見番たちの署名が書かれた紙を見せられ、中渕は覚悟を決めたのか。親友との別れやそれに対する感謝、自分の成長に思わず涙を流すのだった。

 



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第六話 猪突猛進、藤田大戦車軍団

ご覧いただきありがとうございます!
小説家になろうさんでの最新話をまとめました。引き続きお楽しみください!


ボリシェ・コミン主義連合共和国

首都・クワモス

 

共和国国家総帥ジュガーリンは、総帥執務室にて日に日に狭められる防衛線の縮小を見てようやく日本皇国国防軍やイタリ・ローマ王国軍、自由革命軍そして大敷洲帝国軍と手を取り合ったルシア臨時政府軍が自分達の力を凌駕している事に気付いたのである。

四面楚歌といえる状況ではあったものの、極東の大敷洲帝国軍とルシア臨時政府軍は首都から遠く離れたうえ首都を囲うように建設されている要塞で防御に持ち込んだ上で最悪、現在維持している国土で休戦という形を取ろうとしていたのだ。

しかしヤーベリが自身の欲を満たすために建設されたといっても過言ではない第六ラグエリ強制収容所が解放されたうえそこに建設された自身の別荘兼”お楽しみ”のための部屋に籠っていた彼が捕縛されてしまったことにより、益々戦況は悪化の一途を辿っていたのであった。

 

「くそ……こんな事ならクワモスに留めておくべきだった。あの男の性癖を把握していたこの私が」

 

ジュガーリンはさらに悔やみ続けた。そもそも彼はヤーベリのおかげで現在の国家総帥の席に就いていたため、その見返りとしてヤーベリの傍若無人ぶりを黙認していたのだった。

しかし、戦時下の現在はそれが遠回りに戦況悪化の原因となり悔やみ続ける事しか出来なかった。

 

「ジュガーリン総帥閣下、頼まれていた防衛計画ですが、予想だと二年六ヶ月は持ちこたえそうです。国民の不満を逸らすための地下シェルターは良好な状態で稼働可能です。また、食料備蓄量も七年分のため略奪といった治安悪化を防ぐことが可能です。兵士達の士気も良好であり、『降伏するくらいなら共和国と総帥閣下と共に』と言う者が多数であります」

 

「ご苦労だった。首都防衛に当たる兵士諸君及びクワモス市民激励の兼ねた視察の後に今日から地下総帥官邸に移動するよ」

 

「畏まりました。それではお車を準備しますので、もうしばらくお待ちください」

 

首都近辺の防衛体制が整ったことを報告しに来た陸軍統括委員長の報告がもはや安らぎのひと時となったといっても過言ではない彼は静かに報告を聞き終えると、適当な誤魔化しを兼ねて自身の保身を図るべく自身を含めたごく一部の者だけが知る地下総帥官邸に身を潜めることにしたのであった。

 

 

 

日イ両軍合同宿営地・ルサビノ

これより時系列は遡る。ルサビノは先日、藤田が指揮する第一機甲師団が解放した地区だ。両軍の兵士達が住民と穏やかに打ち解けていた。

ある者は家事で忙しい家族に代わってヒト族と獣人族の子供たちの遊び相手になっている。またある者は主な戦闘要員であった成人の男性や女性に応急的な戦闘術を教えている。

他にもここに来るまでに鹵獲した共和国軍のヘルメットや車輛を用いて丁寧に銃火器の操作から体術を指導していた。

さてそんな中、藤田は自身の懐刀ともいえる黒田を作戦会議に加えて他の士官らと共に兵器の模型を用いて作戦の段取りをしていたのだが、他の士官らはいつもとは違う彼の姿勢に期待していた。

 

「ええか。今日はワシが前線に出張って第六ラグエリ強制収容所に突入したる。それで収容されているであろう非ヒト種族の解放を敢行する。なお、邪魔するドアホはどんどこいわしたれっ!!」

 

『『了解っ!!』』

 

「今回は藤田少将が前線に立って自ら指揮されるということですから我々は後方で少将をお支え致します」

 

「おう。頼んだで。敦賀大佐以下、五名の佐官はメッセ少将ら王国軍司令部と共に前線に指示を送ってくれや」

 

「畏まりました。少将及び前線に従事する隊員諸君の健闘を祈りますっ!」

 

藤田は武闘派軍人としてのスイッチが入ってしまったのか。黒田をはじめとする前線に従事する他の士官たちに檄を飛ばし、後方で自身のサポートを行う佐官たちに的確な指示を行う。

それに対して黒田ら車長達は良い返事を口にし、『敦賀正(つるがまさし)』陸軍大佐ら司令役の佐官達も前線に赴く藤田らの健闘を祈るのであった。

 

「フジタ少将、出撃の準備が整いました。貴官の健闘をお祈り申し上げます。個人的な要望で申し訳ないのですが、私のせがれや王国軍戦車兵達をよろしくお願いいたします。最後になりますが、貴国の戦闘術から王国機甲戦発展の糧を得るために貴国の優秀な佐官の方達を預からせていただきます」

 

「わざわざありがとうございますメッセ少将。ぜひ貴官のご子息は小官が預からせていただきます。それでは行こうか、ジャン少尉」

 

「ご丁寧にありがとうございます。フジタ少将、不肖の息子ではありますがよろしくお願いします」

 

その次に別室で作戦会議をしていた『ロニー・メッセ』王国陸軍少将が自身の息子であるジャンを連れて藤田の前にやって来ると、彼の身を藤田に任せる旨を伝える。

対する藤田はロニーの要望を快く受け入れ、ジャンや他の王国軍戦車兵達を引き連れて自身の前線の愛車である90式戦車のもとへ向かうのであった。

 

 

 

黒田は出撃開始まで時間があったため、町の小川沿いにある小さな民家の玄関前へと向かった。この民家の家主はアーニャである。丁度昼飯時ということもありボルシチのようなものを作っているのだろうか、香ばしさが鼻に入って来る。

そんなこともあってか食欲をかきたてられた黒田の腹が鳴る。

 

「おっと、邪魔してしまったか。町の飯屋でもい……」

 

「クロダさん、やっぱり来てくれると思ったよ!一緒に昼飯でも食べていってよっ!」

 

「うぉっと?!」

 

「待ってたよ。任務の前だから私の家に来てくれたの?」

 

回れ右をして町の方にある定食屋に向かおうとしたのだが、男勝りであるが年頃の女性らしい声がすると同時に腕を引っ張られて家の中に入ってしまう。

彼が声の方向を向くと、亜麻色のショートボブヘアーのアーニャの顔が目に入る。可愛げがある笑顔に彩を加えるかのように両目の下にあるそばかすが目立っている。

さらに力強く黒田を引っ張ったせいか膨らみのある胸が大きく揺れており、思わずウブな彼は反射的に目を逸らす。彼女はそれに気付いたのか、少しいたずらな笑みを浮かべる。

 

「まあ、そうなるかな。一応出撃前の挨拶といったところだよ」

 

「そうなんだ……この前話してた解放作戦かい?」

 

「ああ、そうだよ。多分三日か遅くて一週間は戻らないと思うから君の顔を見ておきたいなんて思っていたんだ」

 

「ふふっ。最初に教会で会ってからはバカ真面目な感じな人だと思っていたけど。こうして私に会いに来てくれているから人とのつながりは大事にする気さくな人よね。あなたは」

 

「ははっ。そう言ってもらえると嬉しいよ。実はこの世界に来てから知り合った女性はアーニャさんだけだからその……女性の友達も出来ても良いかなって思ったんだ」

 

種族は違えど、二人の男女は馴れ初めともとれる会話に入り浸る。黒田自身、女性経験はおろか恋愛経験というものが皆無である。

高校、大学生時代に女性の人数が男性に比べて多い学校に通っていた割には一日の授業が終わると直ぐに学校を飛び出してアルバイトが無い限りオートバイのアクセルや自動車のハンドルを握って数少ない男友達と一緒に街道上を自慢のマシンで走りまくるというある意味勿体ない青春時代を送っていた。

その為、国防陸軍への入隊を経て日本が異世界に転移してからは女性との交流は大事にしようとしたのだった。

そんな矢先に出会い方こそ最悪ではあったが、アーニャと打ち解けることが出来たのだった。

 

「もう。そんな辛気臭いことなんて言わないでよ。まるで二度と会えないかもなんて言い方でしかないわね。あなた達二ホンコウコク軍の噂は聞いたことがあるんだけど。デカい大砲を持つ戦車を駆って王国の方角にある峠で何十輌もの共和国軍戦車を殲滅したんだってね。だから私達の世界じゃありえないような兵器を持っているならガンガン暴れまくって捕まっている人達を助けてあげてね」

 

「多分それは俺のところ以外の別の部隊が上手いことやってくれたんだと思うよ。そう言われたら何だか良い結果が出せる気がして来たな。他の部隊に遅れを取らぬよう頑張ってみるよ。俺達は一つの国を守る軍人だけど、人としての道理を外す奴は許せない。だからこそこの世界にとってよそ者ともいえる俺達だけど捕まっている人達を必ず助け出してみせる」

 

「クロダさんが軍人として人として良い志を持っている人で良かった……私からなんだけど、必ず生きて帰って来てね。またあなたと会ってお話がしたいから」

 

「………ああ。俺ってさ、バカ真面目だから口約束も必ず守ることにしているんだ。だから必ずまた君に会うと約束するよ」

 

「ええ約束よ。今度は私からクロダさんのところに行っていいかしら?」

 

「ああ。その時は是非」

 

黒田はアーニャと昼食を交えた後に再会の約束を交わすと、自身が搭乗する10式戦車が置かれている場所へ向かうべく席を立った後に彼女に対して軽く敬礼して家を後にしたのであった。

 

「ふふっ。あの人ったら自分の戦果を他人事のように嘯いちゃって。フジタ少将から全部聞いているわよ。あなたなら必ず生きて帰るわ」

 

彼女はそんな彼の背中を見つめながら再び健闘を祈るのであった。彼が見えなくなると彼女は、部屋の押し入れの中に入っていた短機関銃やククリ、武器用のメンテナンス用品を取り出して先程まで食事を共にしていた机の上に静かに置いた。

 

 

 

第六ラグエリ強制収容所前衛要塞

第六ラグエリ強制収容所は、表向きには軍の情報機関のラグエリ情報支部ということになっている。だが実際には一部の者が己の欲を発散するための売春宿もしくは何の利益も生まない非効率的な人体実験施設と化しているといっても過言では無かった。

生物兵器開発の一環として様々な種族から取り出した病原菌を培養する施設が地下深くに建てられ、傲慢かつ国民の血税を食い漁る穀潰し共という言葉が似合う者のために建てられた部屋も存在する。

さて、そんな税金泥棒によって建てられた場所とも知らずに防衛する兵士達は要塞から見える列車砲と前線に向かうであろう戦車隊や砲兵隊、歩兵部隊を眺めていた。

 

「これからルサビノに攻撃を行うんだろう。あそこに見える部隊が裏切り者共を木端微塵にすると思うとやって来てくれという気持ちしかわかないよ」

 

「違いねえ。なんてったってヒトモドキ性愛教の信者の阿保共が身を寄せ合ってヒトモドキと仲良ししてるんだぜ。まじで吐き気がするからさっさと灰にしてくれねえかな?」

 

「というか。列車砲でドカンとやれば一瞬で灰になるからそう焦んなって。あーあ、俺もいつかヤーベリ副総帥みてえに女の子たちを好きな時に連れて帰る身分にな……」

 

呑気な会話をしていると突然敵襲を知らせる警報音が鳴り響く。要塞のトーチカの中でカノン砲を磨いていた三人の兵士たちはやっと久々の獲物が来てくれたかという表情で砲弾を装填し、照準器に手を掛けた瞬間…

迷彩柄の塗装の敵戦車が三人の目に入ったが、ほぼ至近距離で砲撃を浴びせられた。三人は周囲の砲弾が誘爆すると同時に身体中を焼き尽くされ絶命した。

これと同じ現象が他のトーチカや塹壕でも起こっていた。この三人と同じように身体中を焼き尽くされてトーチカや塹壕を飛び出した者は、周囲の安全確認を行うことなく飛び出したせいか、次々と迫りくる敵戦車の巨体によって押しつぶされていく。

これより日本皇国国防軍・国防陸軍第一機甲師団による強襲戦が始まりを告げるのだった。

 

 

 

第一機甲師団は二日の野営を経た後に藤田の座乗する90式戦車を先頭に楔形陣形を組んで百二十輌の戦車を引き連れて敵収容所まで前進していた。

途中で共和国主要河川の一つであるネルガ川に差し掛かったが、上流のため浅かった事と川幅が狭かったことから77式浮橋(史実における92式浮橋)を用いて迅速に渡河することに成功した。

共和国側は焦土作戦を敢行したのだろうか浮橋の近くに爆破された後の橋が見えるが、国防陸軍の戦車はお構いなしに対岸にたどり着き陣形を組み直していた。

 

「焦土作戦か……この先で共和政府派がゲリラ化していて俺達に攻撃を加えて来るとか放棄した村とかで井戸や食材に毒を仕組まれてなきゃいいんだが」

 

『そうですね大尉。Sとかレンジャーの人達ならそんなところ大したことなく進みそうですね。あと、近衛竜騎兵隊のワイバーン君達なら何食わぬ顔で完食しそうですが』

 

「まじか。人間に効く毒って意外に小型の飛竜でも効かないんだな。そういえばさ昔見たことあるアニメで日本に異世界に繋がる門が出現して国防軍が無双しちゃう物語があったんだけど、それに出て来たジャイアントオーガとかが専用の武器とか持って出てきたらマズくないか?」

 

『大尉それですけど。こっちの世界の巨人種はよくあるファンタジー系のオーガとかトロルみたいに完全暴力型じゃなくて基本的に大人しい性格の個体が多くて知性的ですが声に出して話すことは出来ませんね』

 

「そうなのか。だけど、どっかのゲームみたいに特殊なウイルスもしくは得体の知れない寄生生物に寄生されて生物兵器として凶暴化している可能性も捨てきれないから。俺的には留意したい点だと思うな」

 

『確かに……口裂け女とかみたいに白バイに追いつく位の速さで走る人型生物とか居たら嫌ですよね。てか、居て欲しくないです」

 

黒田は搭乗員の伊丹少尉や富田軍曹と無線でやり取りしながら荒地の丘陵を前進する周りの戦車を見渡していたが、雰囲気が異なる藤田少将が気になっていた。

ジャンと会話している彼のいつもとは違う目つきを見て自分もまだまだだなと謙虚に思うのであった。

第六ラグエリ強制収容所は表向きには情報機関の一施設のようだが、その内部ではヒト種といえども凄惨な行為が行われているに違いない。

藤田はそう思うと全身に力が入ると同時に軍人としての任務遂行の意志は勿論、一人の少女と交わした唯一の肉親となった姉を助け出すという約束を果たすため、いつも以上に目つきが鋭くなる。

長年彼に付き従っていた佐官達は今の彼の眼差しは何度か見たことがあったが、日本が転移前する十年前まで国際的な紛争が無かった平和な時に藤田に可愛がられた各戦車の若手搭乗員達は初めて目の当たりにしたため、口に出さずとも自然と士気が上がる。

 

「藤田少将、突入する準備はいつでも出来ています。恐らく敵は前方に見えるトーチカから砲撃や銃撃を浴びせるつもりでしょうが。鉄獅子の名に恥じない我が日本皇国国防軍の戦車ならそんなもの怖くありません。それに加えて敵の増援を抑えるために先日ルサビノから西に五十キロほど離れた自由革命軍の拠点から飛び立った第四攻撃ヘリコプター隊が北部要塞や東部要塞、南部要塞、西部要塞の順に攻撃してくれます。また、王国軍近衛竜騎兵隊と混成された特殊作戦群部隊が施設内への浸透と敵副国家総帥の別荘への強襲を敢行し、他に拉致被害者がいないかという捜索も兼ねて本題の副国家総帥の拘束という段取りになっています」

 

「……一応予定に狂いはないな。こっちは守備に当たる敵部隊を撃滅しながらヘリ部隊と竜騎兵隊の障害になる高射部隊の殲滅という形をとるで。これより各車散開せよっ!!」

 

『『了解っ!!』』

 

第一機甲師団に所属する戦車たちは、幾つもの梯団に分かれて中隊を組み直すと他の要塞の入り口へと向かうのであった。

もちろん藤田が向かう先は最前線を抜けた先にあるヤーベリの別荘だ。

じわじわと妨害を加えて来る敵兵をいちいち相手していては彼に逃げられかねないからだ。

 

「おう。クロ、坊っちゃん!ワシに付いてこい!クロは念のために50式改の坊ちゃんのケツ持ちをやるんや。ワシが直々に副総帥のヤーベリのとこにカチ込んだるからのう!」

 

「了解、ジャン少尉!俺が援護するから遠慮なく突っ込んで行こうぜ!是非俺達日本の戦車を吟味してくれ!」

 

「クロダ大尉、心得ました!王国軍戦車兵を代表する気で吟味させていただきます……Fuoco(撃て)!」

 

藤田の90式戦車の護衛のために黒田の10式戦車とジャンの50式戦車改三型が随伴し、三輌だが斜行隊形を組みながら前進する。

途中でカノン砲が仕組まれたトーチカを見つけたジャンが決意表明の意を込めてそう言うと、彼が指揮する50式戦車改三型の100mm砲の多孔式マズルブレーキから火が見えると同時に放たれた砲弾がトーチカを抉って大爆発を引き起こし、衝撃が激しいせいか黒焦げになった敵兵士の死体が宙を舞い地面に落下する。

 

「す……すごい。これが二ホンが元々いた世界の終戦時の戦車か。ビゴン軍曹、敵が視界に入り次第砲撃を続けろ!ボネーラ上等兵は邪魔する奴は容赦なく踏みつぶしちまえ!!」

 

『『了解っ!!』』

 

ジャンは各々の役職の搭乗員達に素早く指示を出し、二人の戦車に遅れを取らないように立ちふさがって来る敵戦車や歩兵、砲兵をなどを各個撃破する。

間もなくして三輌が丘陵中央の施設を囲うようにして建てられた要塞線を潜り抜けると、二階建てのビルが団地のように集合した建築物群が見えて来たが窓ガラスが割られいた。

まだ攻撃されてから時間が経っていないのだろうか、周辺にはプスプスと音を立てて燃える炎が見えている。

この光景に目もくれずに三輌は突入を阻止する兵士が現れてはそのまま踏みつぶしていくか砲撃を浴びせて木端微塵にしていく。

これは国防陸軍の第四攻撃ヘリコプター隊の援護のもと収容施設内への突入を開始した王国軍近衛竜騎兵隊と混成された特殊作戦群部隊及びレンジャー部隊による攻撃の後だった。

しかし今は勇猛果敢な戦車兵達の活躍を語るとして、この混成部隊の活躍は後に語るとしよう。

 

「混成部隊が上手いことやってくれたみたいやな。クロ、坊ちゃん。このまま目の前の森の中にある奴の別荘に突っ込むで!」

 

「突っ込むってまさか物理的に……ですか?」

 

「そのまさかや!」

 

森の中を走行していると、権力に溺れた人間の愚かさを象徴するように煌びやかな飾り付けが施された彫刻などが目立つ別荘が目に見えて来た。

だが、副国家総帥の別荘であるにも関わらず外に護衛が居なかった。

中で待ち構えて迂闊に突入してきたところを一斉掃射という段取りかもしれないが戦車での突入を図ろうとしている藤田達には無意味であった。

 

『『えぇーーっっ!!』』

 

「ええ音聞かせろやぁっ!!」

 

間もなくして困惑する二輌の戦車の搭乗員の声もお構いなしに藤田の90式戦車は豪華な造りの鉄門をぶち破ってその先にある木製の大きなドアが付けられた玄関に正面から突っ込む。

戦車が最高速度で突っ込んだせいか玄関先に飾られていたヤーベリとジュガーリンの肖像画は履帯に踏みにじられると同時に中ですし詰め状態で待ち構えていた兵士たちは半狂乱で銃撃を浴びせる。

だが戦車は突っ込んだ後に後退し、自慢の自動装填砲の素早い砲撃で抵抗する兵士と共に別荘を破壊していく。

 

「もはや破壊神ですね……」

 

「まさにその通りだ」

 

藤田の援護を行う黒田車の砲手・伊丹はそんな彼のイケイケぶりに尤もな一言を口にしながら二階に居るであろう敵に向けて砲撃を行っているその傍らで彼の援護の指揮を執っている黒田もまた伊丹の一言に同意せざるを得なかった。

それからしばらくして殆どの敵兵が掃討できたのか、内部から銃声が聞こえて来ることは無くなった。

藤田がキューポラから身を乗り出して見事自らの手で台無しにした別荘の中央を見ると、ぽっかりと穴が開いていた。

さらに目を凝らして見つめてみると、地下へと続く階段が見えている。

 

「よし!坊ちゃんは周囲の警戒開始や!クロとワシらで地下に行くでっ!もしかしたらロリコン副総帥が居てるかもしれんからな!」

 

「了解!伊丹、富田。ナナヨンを持ってテッパチを被れ。近接戦に備えるぞ」

 

「「了解っ!!」」

 

藤田ら六人は黒田を先頭にそのまま地下へと続く階段へと入って行くのだが、黒田は途中で白い大型鳥類のような羽を見つけた。

 

「この羽はまさかっ?!」

 

この時の彼の脳裏に一人の女性の存在が脳裏に浮かびあがると同時に他の五人を置いて真っ先に奥へと駆け出した。

 

 

 

 

アーニャは国防陸軍・第一機甲師団の出撃に乗じて隠密行動を行いながら空き家となった場所で見つけては毒の無い食べ物や水を口にしつつ機会を伺いながらヤーベリの別荘への潜入を敢行しようとしていた。

カリーナの両親の仇であるヤーベリをどうしても生け捕りにしたい。その一心で三日間も外を出てその近く向かって行く。

そして三日後ついに国防軍による攻撃が開始され、混乱している敵の隙を突くようにして別荘へと侵入し、地下への侵入経路を探っていると藤田の戦車が突入した衝撃によって地下への扉が誤作動で開いたのだった。

 

「早いわね……行かせてもらうわ」

 

アーニャは短機関銃を構えるとそのまま地下へ向かって駆け出した。その背後では兵士たちの慟哭と悲鳴が響き渡っている。

この時の彼女は、内心で哀れむよりも当然の報いだという憎しみの感情で叫び声を受け流していく。地下通路は長く複雑で幾つかの部屋が設けられている。

途中で独房のようなものを見つけたが、そこには全て幼気な人間や非ヒト種の少女たちが瞳から光が失われたといっても過言ではない状態で捕らわれているのが目に入ったため今すぐ助け出してあげたいという感情も込み上げて来るが。

ヤーベリという仇敵を仕留めるまでは待ってくれという最大の目標を優先させる気持ちが勝った。

隠れながら地下通路を進んでいると、後ろから誰かが走っている音がする。

 

「敵?だったら、仕留めるまでね」

 

アーニャはククリを手に取ると同時に飛び掛かる構えをするのだが、聞こえて来た吐息が三日前に会った男を連想させた。

かといって油断は禁物なので今度は回転式拳銃を手に取って何時でも撃てるようにしていると、ついにその正体が分かった。

 

「アーニャさん?」

 

「クロダさん?」

 

二人の男女は持っている銃の銃口をお互いの頭に向けているが、数秒の沈黙の後に銃を下ろす。

 

「………理由はどうであれ。お互い思うことは一緒だな。一緒に行こう」

 

「そうね。クロダさんが居たら鬼に金棒だわ」

 

こうして二人は銃を持ち直すと、更に奥へと進んでいく。奥深く進んでいくにつれて二人の鼻の中に嫌な臭いが入って来る。

嫌な臭いが酷くなるなか走る速さを速めて奥のカーブを曲がるとついに悪臭の根源ともいえる部屋に辿り着いた。

 

「「……せーのっっ!!」」

 

「何だ貴様らっ!!」

 

二人がドアを蹴破った先には、ズボンを下ろして裸体の猫耳が生えた獣人種の少女に”行為”を行おうとしていた禿頭で眼鏡の男……ボリシェ・コミン主義連合共和国副国家総帥のメレンチー・ヤーベリが目に入った。

男は慌ててベッドの近くに隠しているであろう武器を手に取ろうとするのだが、飛び立ったアーニャの方が早かった。

そのままヤーベリは飛びかかってきた彼女に背負い投げされる形で入り口の方へ投げられるとそのまま脱兎のごとく部屋から飛び出そうとするが、逆に何者かによって部屋に投げ返されると同時に馬乗りに乗られ、拳銃を口の中に押し込まれている。

 

「アンナ、大丈夫?!私よ、アーニャよ!」

 

「………ア……アーニャお姉ちゃん?」

 

「大丈夫か?寒いだろうからこれを着ているんだ」

 

救いの手が差し伸べられたカリーナの姉……『アンナ』は突然目の前に現れたアーニャに対面した嬉しさのあまり両目からボロボロと涙が溢れ出ている。

それに加えて見知らぬ男……黒田が着ていた戦闘服の上着を貸してくれるということにも戸惑っていたが、今は泣き崩れているため内心で感謝するしかなかった。

 

「このクソボケッ!!さっさと他の子らも解放しろや。さもないといてまうぞゴラァッ!!」

 

「ごほっ……ごふっ!!は、は、早く解放するから命だけはだずげでぇ」

 

「やかましいわっ!!我が身可愛さで政治屋なんぞ気取りやがって……ホンマに殺すぞっ!!」

 

「ポケットに鍵があるからぁ……命だけ……ごふぅっ!!」

 

馬乗りになってヤーベリの口から額に銃口を突きつける藤田は収容されている少女らに成り変わるように鉄拳と罵声をヤーベリに浴びせながら鍵を取り上げると、最後の一発をお見舞いして気絶させる。

ぴくぴくと痙攣している傍らで藤田に殴り飛ばされた際に散った歯が二、三本床に落ちている。

 

「さあ、残りの嬢ちゃんらを助け出して帰ろか。さて、こいつの身はしばらくこっちで管理するとしてな」

 

こうしてヤーベリの拘束も兼ねた収容所解放作戦は幕を閉じた。この作戦は日本皇国という国の軍事力を絶大に誇示するいい機会になったのであった。

ボリシェ・コミン主義連合共和国副国家総帥であるメレンチー・ヤーベリが藤田らの襲撃に気付かなかった理由は部屋を完全防音室にしていた事と藤田の大胆な突入によって混乱に陥った兵士が彼への伝達を忘れていた結果、拘束されてしまったのだった。

 




ありがとうございました!
次回は第七話(なろう版では第十三話)を投稿する予定です!良ければ皆様の評価やご感想、お気に入りへの追加などお待ちしております!


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第七話 第六ラグエリ強制収容所解放作戦

ご覧いただきありがとうございます!
小説家になろうの方で前編と後編の方を書き終えたのでこちらにも合わせて投稿させていただきます!引き続きお楽しみください!


日イ両軍前線宿営地・マカグリフ

時系列は再び遡る。マカグリフは日本皇国国防軍とイタリ・ローマ王国軍の共同宿営地であり、両軍の兵士たちが仲睦まじい姿を見せながら出入りしている。

ここに駐屯する部隊は藤田少将率いる第一機甲師団に先導される形で東側から浸透した合同部隊で両軍精鋭の第七十五遊撃隊や王国軍第二近衛竜騎兵隊、国防軍第三歩兵連隊そして解放作戦の要となる特殊作戦群・第一特殊戦グループといった構成だ。

そんな部隊の壮観さに見とれていたカルロ・バローネ近衛竜騎兵隊曹長は途中で別の拠点へと移動するために飛び立った65式攻撃ヘリコプター・熊鷹二型改(史実におけるAH-1Zを対地戦に特化させたもの)や75式攻撃ヘリコプター雷鷲改(史実におけるAH-64Dアパッチ・ロングボウ)、57式汎用ヘリコプター二型(史実におけるUH-1ヒューイⅡ)の存在に釘付けになっていた。

 

「二ホンが元居た世界には飛竜種みたいなこっちの世界に居る大型飛行生物が存在しないから縦横無尽に空を舞うヘリコプターという飛行機が出来たんだ……少し前の演習中に見たことあるけど、ああ見えて色んな種類の爆弾や高火力な機関砲を搭載しているなんて想像できないな」

 

彼の言葉通り、日本が転移してきてからヘリコプターという航空機の存在はイタリ・ローマ王国の人々に衝撃を与えた。

一九三〇年代後期のような世界だが、これまで航空母艦という概念が無かったように停止飛行が可能な航空機が一切開発されておらず。その背景には飛竜種……いわゆるドラゴンまたはワイバーンの存在が大きかった。

この世界におけるワイバーンはこの世界で人類が始まって以来様々な戦争で使われている存在であると同時に自動車や航空機、艦船、鉄道といった人工交通手段がまだまだ発達途上にある故に現在も親しまれている。

流石に大型航空機に劣るものの、防御力は複葉戦闘機と同等または少し上回るといった具合であり近代化が進んだこの世界でも現在も少なからず第一線で活躍する存在でもある。

 

「そこにいたのねドラゴンライダーの少年!次の作戦のパートナーもこの私だぞ!」

 

「あっシオリさん。また一緒にタッグが組めるんですね!それでどのような作戦内容なんですか?」

 

宿営地から離れてヘリポート近くの草原で座り込んで次々と到着するヘリコプターを眺めていると、行動をよく共にする相馬が声を掛けながらその隣に座る。

 

「ここから西に一〇〇キロほど離れた地点にある第六ラグエリ強制収容所に収容されている非ヒト種の解放よ。今のところは地下に収容施設があるくらいとしか分かっていないから現地に突入してから内部の敵を殲滅した後に解放するといった段取りになるわ。今回の作戦だとテンペスタちゃんはお留守番みたいよ。詳しくは明日のブリーフィングで分かるみたいだわ」

 

「そうなんですね。じゃあ突入の際はいつも通りシオリさんと連携する作戦を取りませんか?」

 

「やっぱりそれが良いわね。今回はカルロが歩兵として一緒に行動する可能性が高いから。私が君を怪我させないようにするわ」

 

「あの…シオリさん」

 

「どうしたのカルロ?」

 

途中まではいつものように連携の段取りをしていたのだが、カルロはそのまま相馬の膝の上に寝かされる。彼女のこのスキンシップはまだ少年の彼にはとても刺激的なもので数秒間は沈黙したが、そのまま素直に口にした。

 

「その……どうして今膝枕なんですか?前みたいに誰かに見られてたら」

 

「ふふっ。誰かが何か言って来てもS帰りの志桜里お姉さんが君との時間を邪魔させないからね♪」

 

しかし相馬はそれも構わずにそのまま顔を近づけて耳元で静かにそう囁くと、顔を上げてカルロの頭を撫で続けたのだった。

対する彼も彼女の機嫌を損ねたくなかったのか静かに黙り込むといつも通りされるがままの状態になった。

 

 

三ヶ月前 イタリ・ローマ王国

相馬志桜里陸軍中尉(二十二歳)は商業高校卒業後に下士官候補生で日本皇国国防軍・国防陸軍に入隊した後に二年九ヶ月の教育機関やレンジャー課程、下士官かつレンジャー徽章を有する者だけが入隊を許される幹部昇進試験を兼ねた特殊作戦群将兵教育課程(訓練期間は一年間で中尉に昇格できる)も潜り抜けて対馬駐屯地に配属されたある日、現在のパートナーであるカルロ・バローネ曹長と出会うきっかけの出来事……日本転移事件を経た後にイタリ・ローマ王国の駐留地に配属された。

配属されたその日、相馬は隊の自由時間に街を散策していたのはいいものの見事に迷ってしまい、偶然見かけた軍服の少年……カルロに声を掛けた。

 

「こんにちは少年!私は日本皇国国防軍の者なんだけど、お姉さん道に迷っちゃったんだ……」

 

「二ホンコウコク軍の方ですか?この辺りは複雑なので僕と一緒に行きましょう。丁度いいや、後ろに乗ってくれませんか?」

 

「ありがとう!ところで自動車か何か乗って来てるの?」

 

「いいえ、この子の後ろに乗ってもらいます。テンペスタ、お客さんを乗せるけど良いかな?」

 

「うわっこのドラゴンに乗るの?!」

 

「そうですよ!遠慮なく乗ってください!」

 

カルロは困った表情で声を掛けて来た相馬の手を優しくひくと、愛竜のテンペスタの前まで連れて行く。彼女は思わず正直の反応な本能で驚くが、対するテンペスタは静かに鼻息を立てながら歓迎しているであろう表情で静かに頷いた。

 

「空を飛べるって便利だけど、この子重くないのかな。私たまに物理的女子力っていじられるくらい重たいんだけど大丈夫?」

 

「全然大丈夫ですよ。僕的に強い女性は魅力的だと思っています。僕って身長もそんなに高くないし何なら顔も女の子みたいだなんて言われるくらいですから」

 

「ふふっそうなんだ。私は普通の男性も好きだけど、どちらかと言えば可愛い男の子の方が好きなんだ」

 

「そうなんですね……あそこで良いですか?」

 

テンペスタを操る傍ら相馬の自虐的な話をカルロは頷きながら可愛い笑みを浮かべて聞いている。そんな彼の容姿や態度などが彼女の男性の好みに刺さったのか、もう少しばかり掴まる力を強めて胸をカルロの背中に密着させて耳元で囁く。

しばらくして駐留地付近に差し掛かったのか、ホバリングしながら下を指さしている。

 

「そうそう!少年、あそこに降りてもらえるかな?」

 

「はい!あそこですね!」

 

カルロはテンペスタで相馬が指差した人通りが少ない路地に向けて降下し、静かに着地させると彼女の手を引いて優しくおろす。

 

「………」

 

「あの?どこか具合がわ……むぎゅっ?!」

 

この時彼は彼女の恍惚とした表情に変わったことに気付いたため、身体の具合が悪いと勘違いしてしまい。そのまま近づくと右手を引っ張られて胸に顔を埋められる形で抱きしめられる。

 

「ありがとう少年♪私の名前は相馬志桜里って言うの!また明日会ってくれる?」

 

「は……はい!分かりましたから。む、胸に当たってますから離してください!」

 

「ふふっごめんね。あなたのお名前は?」

 

「イタリ・ローマ王国軍近衛竜騎兵隊所属のカ、カルロ・バローネ曹長です!」

 

「じゃあ、カルロで良いかしら?じゃあまた明日ね」

 

「は、はい!シオリさんお気を付けて!」

 

こうして相馬とカルロは出会い、戦闘時にタッグを組む機会が多くなったのだ。時間も出会ってから三ヶ月ほど経過していることから日に日に彼女によるスキンシップは激しくなり周囲は二人の関係を不快に思うことなくむしろ羨望の眼差しで見つめている程であった。

 

 

 

時間は戻り第六ラグエリ強制収容所地下研究室

第六ラグエリ強制収容所の地下研究室では、惨たらしい人体実験を交えた生物兵器の開発といったものを秘密裏に行なっている。

主に実験対象となるのは、各地で政治犯という名目で証拠不十分なまま逮捕された者や徴用された後に衰弱した非ヒト種族といった清廉潔白な者達ばかりだ。

その残虐さを彩るかのように、地下室の高さ五メートル近くあるカプセルには普通の人間と非ヒト種を無理矢理合体させたような異形の生物が液体につけられて仮眠状態で保管されている。

 

「今のところ稼働可能なのはこの一体だけか……まあいい。徴兵されるも最低成績で平和主義気取りの男と一般的で気弱な獣人族の女の組み合わせだが。生物として備わっている潜在的凶暴性の引き出しと最大限の肉体強化に成功する格好の材料になるとはな」

 

「他の奴らはあと一週間で稼働可能になる。くっくっく……コイツらの標本を用いてここに収容されているヒトモドキ共と兵器材料を合体させて生物兵器を量産し、反撃開始に貢献したいものだ」

 

二人の軍属科学者は陰湿な笑みを浮かべながら元は人間や非ヒト種であろう生物兵器の資料を眺めている。

彼らの残虐非道な行為の証拠として、背中に銃火器を融合させるような実験計画や戦車といった装甲車輌に匹敵させるための肉体改造計画の書類が近くの本棚に詰め込まれていた。

 

 

 

自由革命軍宿営地・仮設飛行場

仮設飛行場前では第四攻撃ヘリコプター隊の出撃前の打ち合わせが行われていた。第四攻撃ヘリコプター隊は国防軍が派遣されてから主に対地攻撃やジュコーフ率いる自由革命軍の支援において名を馳せている部隊の一つだった。

最初期の戦闘時に豊富な人員を用いて縦深攻撃を敢行してきた共和国軍に対して徹底した対地攻撃を行い王国軍や自由革命軍と連携してきたほか近衛竜騎兵隊と精鋭の名に恥じない国防軍レンジャー部隊との混成部隊による敵陣地制圧支援の実績から欠かせない存在でもあった。

さて、ローターという名の翼を得た鉄騎兵達を取りまとめる隊長は『立川剛志(たちかわつよし)』陸軍大佐だ。彼自身、自分の代わりに現場の主力を担い攻撃を行う隊員たちの思ってか佐官になっても現場で指揮を執り続けている現場重視な人物故か将兵たちから信頼されている。

 

「我が第四攻撃ヘリコプター隊はこれより宿営地を飛び立って第六ラグエリ強制収容所を取り囲む東西南北の前衛要塞を攻撃しつつ混成竜騎兵隊の収容施設への強襲を支援する。なお、対空兵器類に関しては第一機甲師団が掃討に当たっているが、可能な限りこちらも掃討を心掛けるように」

 

『『了解っ!!』』

 

「それでは、これより総員出撃!!」

 

第四攻撃ヘリコプター部隊の隊員達は、立川大佐の号令と共に駆け足で攻撃ヘリコプターに乗り込んでいき、次々とヘリのローターが甲高い音を立てながら明け方の空に向けて飛び立った。

編成は65式攻撃ヘリコプター十二機、75式攻撃ヘリコプター十五機、観測用の87式観測ヘリコプター(史実におけるOH-1そのもの)八機の計三十七機の編成だ。

八機の観測ヘリコプターによる後方支援のもと絶大な火力とヘリコプターが持つ機敏さといった機動力を用いて空中と第一機甲師団の戦車という高火力な陸上戦闘力を併せ持っての攻撃でこちらより人員数で優位を保つ敵を殲滅することを念頭に置いているため、今回も現代兵器の恐ろしさを敵に叩きつけることになるだろう。

菱形の隊形を組んで計三十七機のヘリコプターが編隊飛行を行っている姿は、明け方という時間帯に非常に似合っており、上り切りかけている朝日を背に突入する姿は圧巻であった。

そんな中、75式攻撃ヘリコプターに搭乗する二人の女性隊員のうち副操縦士兼射撃手である『磯谷千代美(いそやちよみ)』陸軍少尉は操縦士の『近木忍(こ ぎしのぶ)』陸軍准尉と無線で通話しながらTADSやレーザー照射装置などの各種機器の画面に集中している。

 

「忍、あと五分で現地到着みたいだけど。立川大佐、今度こそ”例のアレ”をやるのかしら?」

 

「磯谷少尉、あの人ならやりかねませんね。だって隊長機をはじめ、護衛する幾つかの65式に特注スピーカーが備え付けられていますからアレをやる気なのは間違いないですね」

 

「間違いないわ。グエン中佐に憑依されたのかしら?」

 

「第二次アメリカ戦争が終結した直後に日本とベトナムの映画監督が共同で制作した映画の登場人物ですよね?西側の筆頭格であったドイツで作曲されたワルキューレの騎行を大音量で流しながら親西アメリカ派(アメリカ連合国)の拠点をベトナム軍のグエン中佐率いるヘリ部隊が我が軍の歩兵部隊と共同で攻撃するシーンは今でも鮮明に頭に残っています」

 

第二次アメリカ戦争も史実における朝鮮戦争のように国境線を押したり戻したりの戦況で日本が率いていた東側(東京条約機構)とナチスドイツが率いていた西側(ベルリン条約機構)の痛み分けに終わるきっかけとなったのだ。

その後、ナチス崩壊の混乱を突いたアメリカ合衆国軍と共にドイツという後ろ盾を失った西アメリカを制圧した第三次アメリカ戦争でようやく東西アメリカが統一されたのだった。

二人が三度に及ぶアメリカ戦争を題材にした映画の話をしていると噂をすればというやつだろうか、近木の言ったワルキューレの騎行を大音量で流しながら敵を攻撃するシーンをそのまま再現したかのように65式攻撃ヘリコプターに備え付けられた大音量スピーカーから震え立たせるようなオーケストラの音色が流れ始め、磯谷と近木が搭乗する75式攻撃ヘリコプターも周囲のヘリコプターが加速するのに合わせて速度を上げる。

オーケストラの音色がさらに盛り上がろうとした瞬間、ローターの上にあるFCRが目視だと霞んで見える距離の敵を補足したのか、計器の通知音が鳴る。

 

「目標発見、これより高度を維持したまま突入して。ルサビノ方面に向けて出撃するであろう列車砲とその護衛の歩兵部隊及び高射砲部隊を発見。そのまま攻撃を行うわ」

 

「了解、これより突入します」

 

『これより六号機及び九号、十一号が五号機を援護します』

 

「こちら五号機射撃手磯谷、貴機の援護を感謝します。五号機に続いてください」

 

間もなくして射程範囲に入ると、列車砲が蒸気機関車にけん引されてルサビノへの砲撃に行くだろう列車砲が護衛を付けて出発しようとするが、磯谷機に発見される。

磯谷のヘリに続いた四機の65式攻撃ヘリコプターがその上空を通過しながら空対地ミサイルを容赦なく発射する。先頭の磯谷機が真っ先に列車砲とその後ろに連結されていた砲弾を載せた貨車にチェーンガンでの掃射と空対地ミサイルを発射したこともあり、周りの兵士達を巻き込んで爆発した列車砲の重厚な砲身がいともたやすく吹き飛び、後退しようとしていた別の兵士達のもとに落下した。

共和国軍側の兵士からすれば得体の知れない飛行機モドキがオーケストラを大音量で流しながら現れたかと思いきや謎の飛翔体を用いる攻撃方法を用いて何十トンもある列車砲の砲身を吹き飛ばすのだから恐怖の対象となるには時間が掛からなかった。

 

「そんな……高射隊もたかが五機にやられるなんて……」

 

「く、くそっ!!動ける奴は要塞線の方へ退いて体制を立て直せぇ!」

 

「逃がさないわよ。忍、後退しつつこちらに発砲を繰り返す敵を追って」

 

一部の兵士達が体勢を立て直そうとして四機の攻撃ヘリコプターに向けて小銃を乱射しながら後退するものの、それを見逃さなかった磯谷は操縦桿にある射撃ボタンに親指を重ねて武装の一つである75式30mm機関砲でお返しとばかりに兵士達に向けて掃射すると、土煙と共に敵の息が絶えていった。

 

「忍、次は要塞中心部へ向かうわよ。残りの敵勢力の殲滅を継続するため、そのまま三機の援護をお願いできますか?」

 

『了解、引き続き五号機の援護を行います』

 

磯谷は列車砲を護衛していた敵部隊が殲滅できたことを確認すると、四機で敵要塞の中心部へと向かうのであった。

既に彼女らが属する部隊も第一機甲師団と合流したのだろうか、陸と空で連携しながら戦車と攻撃ヘリコプターが数を頼りに攻撃を続ける敵を圧倒的な火力を用いて殲滅している。

そんな中、彼女らに合流する攻撃ヘリも何機か現れて気付けば十二機が編隊を組み直して中心部へと向かっていた。すると、隊長機の75式攻撃ヘリコプターに搭乗する立川の声が聞こえて来る。

 

『磯谷少尉、聞こえるか?』

 

「はい、こちら磯谷です。立川大佐、どうされました?」

 

『中心部周辺を防衛する敵がガードを固めてきている。その先にある敵副国家総帥別荘に突入を図ろうとしている三輌の戦車の内、一輌の戦車には”私の恩人”が乗っているんでな。彼らの為にも数を減らすぞ』

 

「それなら私も同じくその中の戦車一輌に”ずっと思いを伝えることが出来ない人”が居ますから。大いに賛成です」

 

『よし、私のヘリが先導しよう。これより中心部の敵の殲滅を開始する。全機、私に続けっ!!』

 

『『了解っ!!』』

 

磯谷と立川が真下を走行する三輌の戦車を見つめながら無線通信を終える頃には、第四攻撃ヘリコプター隊の攻撃ヘリコプターや観測ヘリコプターが東西南北の四方から包囲するようにして終結しつつあった。

中心部へ到達する頃になると、スピーカーから鳴るオーケストラの音色も絶頂を迎えようとしていた。それに合わせて敵が集結して強固な防御陣を築き上げていたのだが、弾薬やロケット弾が余っている第四攻撃ヘリコプター隊にとっては格好の餌食だった。

 

「親愛なるジュガーリン総帥から預かった地の上に腐った音楽なぞ流しやがって……二ホン軍の飛行機を撃ち落とせっ!!」

 

『全機、機銃掃射しつつ空対地ミサイルで何としても殲滅しろ。撃てぇ!!』

 

敵は勇敢にも怯えることなく攻撃ヘリコプターの群れに対する反撃と同時に各攻撃ヘリから機銃掃射と空対地ミサイルによる掃射が開始された。

その結果はすぐに判った。第四攻撃ヘリコプター隊の被害は皆無であり、敵側の被害は甚大で灰色のコンクリートで舗装された防御区画は血肉で赤黒く染まり、幾つもの屍の山を築いたのだ。

地上の敵戦力の殲滅が完了すると、今度は施設内への突入準備が整った日イの混成部隊を乗せた57式汎用ヘリコプターが被害が少ない場所へ降下した。そこから両軍の精鋭達が飛び出して奥にある収容所への突入を開始するのだった。

 

「内部は精鋭の人達に任せるとして……浩一君、空からだけどあなたの役に立てたかな」

 

『ふふっ。磯谷少尉が高校、大学からずっと好きな人ですよね?』

 

「忍、私だって女なんだからそういう一面くらいあるわよ」

 

磯谷は近木と無線でそんなやり取りをしながら思い人……黒田浩一大尉の健闘を祈って彼の戦車が来るであろう方向を見て静かに敬礼するのだった。

 

 

 

収容所に突入した混成部隊は先ず所内の検索を開始した。相馬とタッグを組んでいるカルロは接近戦に備えて持っていた小銃を背負うと、拳銃とナイフに持ち替えて長い廊下を進んでいた。

途中で現在二人がいる二階の収容牢専用の鍵が置かれているであろう事務所に差し掛かった。

 

「僕が突入しますから後ろから援護をお願いします」

 

「分かったわ。流れ弾が当たらないようにね」

 

二人が突入前に軽く打ち合わせると、カルロが勢いよく飛び出すと同時に目の前と右斜め前に居た敵にそれぞれ銃弾を撃ち込み、後ろから自分に向かって掴みかかろうとして来る者に至っては周囲を確認することなく飛び出したせいもあり彼の援護役であった相馬によって銃撃され、その弾丸を身体に受けて固い床に倒れ込んだ。

今無力化した三人以外は人影がなく殆ど地下に潜って抵抗する気だろう。他の部屋から発砲音が少なかった。

カルロは幹部が使用しているであろう机の中を漁り終えて牢の鍵を持って相馬のもとへ向かおうとした途端、窓ガラスが割れて二メートルほどある人型の何かが突っ込んで来るなり不気味な呻き声を上げている。

人型の化け物は相馬と目が合うなり鶏と牛の鳴き声を混ぜたような鳴き声を上げながら駆け出して彼女に掴みかかろうとするのだが、対する彼女は74式小銃を構えてそのまま銃剣突撃を行い銃剣を身体にめり込ませると同時に連射で化け物に銃撃を行う。

銃弾を受けながらも化け物は健気にも右腕を振り上げてその鋭い鉤爪で相馬の顔を引っ掻こうとするのだが、彼女の助けに入ったカルロが化け物に飛び掛かって腰に下げているナイフで首の頸動脈を掻っ切るとようやく化け物は首から真っ赤な鮮血を吹き出しながら後ろに勢い良く倒れ込む。

 

「はあはあ。そんな……こんな生物存在しないはずだぞ」

 

「ありがとうカルロ。生殖器官のようなものは退化しているのか全く見当たらないわね。それに普通の人間と獣人種を混ぜたような生物であることと至近距離でも5.56mm弾が効きにくいことから最悪敵が開発した生物兵器という線もあり得るわね」

 

「なんて残酷な……敵はそこまでやるのかっ!!だけど、こうなった以上今日ここで実態を探るしかないですよシオリさん」

 

「そうね。ちょうど今合流してきた救護隊に他の人達の事を任せて私達はこの建物内の何処かにある地下収容場を探るしかないわね」

 

相馬とカルロは地上の建物内に収容されている者達の身柄を別のヘリコプターで合流してきた救護部隊に任せることにして地上制圧後に向かう予定だった地下収容エリアの前まで来ると、味方の隊員が苦戦してようやく先程と同じ化け物を射殺した感じでありその内の何人かはナイフでの接近戦に持ち込んだのか軽傷の者も少なからず存在しており持っていた救護セットで身体の切り傷といった傷を癒していた。

その苦労を映すかのように先程と同じ化け物の射殺体やそれを使役していた敵兵士が上手くコントロールすることが出来なかったのか、化け物が持っている鋭い鉤爪で身体を掻っ切られた後に武器もしくは盾代わりに使用されたことを示唆するように身体が穴だらけになっているか上下半身が真っ二つで床に捨てられていたり地下へと続く階段の壁や床には血が飛び散っており鉄臭い悪臭が漂っていた。

 

「相馬中尉、バローネ曹長。よく無事だったな。その様子だと二人で上手く連携してこの化け物を倒したようだな」

 

「そう言う島坂少佐もご無事で。それに他の隊員の方も怪我が少ないようで何よりです」

 

二人は血みどろで凄惨な状況を口に片手を添えながら眺めていると、後ろから野太い声が聞こえて来たので振り向くと混成部隊の隊長を務める『島坂龍司』少佐がそんな状況を見慣れた表情で眺めながら二人に声を掛ける。

 

「その言い回しだとシマサカ隊長もこの化け物に遭遇されたようですが……僕もシオリさんも生物兵器の可能性が高いと思っています。シマサカ隊長はどう思っていますか?」

 

「この世界の人間である君もそう思うか。仮にそうだとしたらまだ全ての試作段階にあるのか俊敏な動きを取る個体もあれば大きな鉤爪を構えて防御を固めることなくただ攻撃姿勢を構えて鈍い動きで接近してくる個体も居たな。それに気付いているかもしれんが俺達が今使用している74式5.56mm小銃だとマガジン一個分くらい撃ちきるか頭部にも二、三発撃ち込まないと撃破することが難しいことが分かった」

 

島坂はカルロの言葉に共感しながら真横にある頭部に銃弾がめり込んだ化け物の死骸を指さして自身が遭遇した個体について語り始めた。

周囲に倒れている個体の肉体強度にバラつきがあるのか普通の人間のように心臓に撃ち込まれて一撃で撃破された個体もあれば彼が言うように三十発近く撃ち込まれてその風穴から筋肉組織が露出していた。

 

「では、今から真相解明という訳ですね。この先におぞましい何かが隠されているということでしょう。正直なところここに居る皆はそんなもの見たくないと思いますが」

 

「そうだろうな。我々日本人はとにかくイタリ人の人達には刺激が強すぎるかもしれん」

 

「………覚悟は出来ています」

 

怪我の治療を終えた隊員達が集まって来たのか国防軍側の隊員ばかりで現在この場に居る王国軍近衛竜騎兵隊の隊員はカルロのみで他の竜騎兵隊員は救護部隊と共に地上エリアに収容されている人々の解放に乗り出している。

相馬と島坂の日本語での会話内容がカルロには理解出来たのか両手を握りしめて力みながら二人に対してそう言う。対する二人も彼の覚悟に納得したのか数名の隊員を含めて地下へ進んでいった。

 

 

 

地下収容施設はこの世界の生命というものを軽々と踏みにじっているのか所々に死臭が漂っている。既に軍属学者はどこかへ身を隠したのだろうか重要な資料だけが抜き取られて本棚から標本を纏めた書類が散乱しているほか人体実験を放置したのか蠅や蛆がたかっている腐乱死体の数も少なくはない。

これらは全て犯してもない罪をでっち上げられて捕まり生物兵器の実験材料として理不尽な生涯を終えた者ばかりなのだ。

それでもボリシェ・コミン主義連合共和国はこの事実を隠匿し続けて革命とは名ばかりの人間至上主義かつ世界一党政府として進出する覇の道具として生物兵器を開発して人間の血を減らすことに資金をつぎ込んでいる。

 

「この階一面が死臭で覆われていますね。いつの世界も惨たらしい行為を行う非道な輩が存在しているなんて」

 

「全くだ。国家というものを楽に強大化させたいがためにこんな兵器の開発を行うなんて……この施設に属していた軍属学者が我々の世界でいう所のアウシュヴィッツ強制収容所もといそれに比肩する実験施設を兼ねた強制収容所を持つ国に亡命ということは何としても避けたいものだ」

 

相馬達三人と数名を含めた隊員たちは銃を構えながら凄惨な光景を見渡しながら地下の階を進んでいると、最後の部屋に行きついた。

その部屋の表札には『特別生物兵器試用研究室』と表記されており倒して来た化け物の本丸が見えて来たという訳だ。

三人の内カルロが拳銃を構えて部屋の扉を開けるとそこには先程と同じ形の生物兵器が先程とは打って変わって床を這いずり回りながら悶え苦しんで凶暴性の欠片すらなく素材元である非ヒト種と人間が拒絶反応示しているのと何ら変わりなくその中の一体が彼と目が合うと同時に、「自分を殺してくれ」と言わんばかりに苦し気な鳴き声を上げるのだがその直後、最初に遭遇した凶暴な個体と同じ声を張り上げて相馬の方へと走り出して鉤爪で引っ掻こうとする。

 

「今度はこれで試すしかないわね……はぁっ!!」

 

しかし、行動パターンが全く一緒なのか今度の彼女は銃器を一切使わずに顔面に回し蹴りを浴びせてから腹部に正拳突きでダウンさせる。銃撃するよりも肉弾戦の方が効果が大きく回し蹴りで意識が朦朧すると同時に腹部に打撃を加えると血や内臓の一部を吐き出した。

他に居た個体もそれに合わせて攻撃態勢を取ろうとするがカルロや島坂らが生物兵器の頭部に銃撃したことで第六ラグエリ強制収容所内の脅威は完全に消え去った。

 

「………(自分の身と大事な人を守るうえでは仕方なかったことなんだ。どうか許して)」

 

カルロは銃口から煙が上がる拳銃を構えながら元は罪なき者達だった生物兵器に対して口に出さずに胸中で懺悔している。

また、彼自身しばらく経って気付いたことだが目と頬が涙によって濡れている。堪えたくても堪えられなかったのだ。覚悟は出来ていたのが齢十五の少年には刺激が強すぎた。

その背後から撃破した生物兵器を回収する国防軍の隊員達が丁寧に死骸を専用の回収袋にしまい込むと足早に部屋を後にする。

凄惨な情報量が多くその分の今のカルロのショックも非常に大きいのだ。彼の記憶は後ろから誰かに優しく抱きしめられたところで途切れた。

 

 

 

次にカルロの記憶が戻ったのは任務終了後にある休日初日の事だった。昨日のこともあり寝起きが悪い彼ではあったが徐々に意識がはっきりとして来る。

そんな中で真っ先に伝わって来たのが誰かに抱きしめられていたという事と両頬に妙に柔らかい感触と甘いミルクのような匂いがする。

目をはっきりと開くと自宅の同じ寝床で自分より先に目を開いていた相馬が優しく頭を撫でながらじっと見つめている。またそんな彼女の格好も白のノースリーブシャツ一枚とショートパンツといった際どい感じだ。

 

「どう?もう気分は悪くない。私の可愛い相棒!」

 

「………おはようございます」

 

「まだ気分が悪そうね。もう少し寝る?それとも……」

 

「いいえ大丈夫です。意識がはっきりしない間に僕はあの現実から逃げたいがために相棒のシオリさんに対して破廉恥で厚顔無恥な言動を取っていたのかも知れません。もしこれがまだ夢なら蔑むか引っ叩いてくださ……きゃんっ?!」

 

カルロは自分が知らない間に大事な相棒であるはずの彼女に対して取り返しのつかない言動を行った上健全な男子にあるまじき行為を働いてしまったのかもしれないという焦燥感に駆られて自虐的な態度を取るが、対する相馬はベッドの上に座ってそんな態度を取り続ける彼を軽く抱きしめるとそのまま色白な右頬に自身の桜色の唇を優しく重ねる。

それと同時に少年らしい可愛げのある声を張り上げて驚く。

 

「どう?夢じゃなくて現実よ。昨日のあなたは本当に辛そうだったからずっと傍に居させてもらったの」

 

「は、は、はい……ご心配をお掛け致しました。本当にありがとうございます!」

 

この時ばかりは相馬の気持ちを素直に受け止めることにしたカルロは赤面しながら彼女に対して感謝するのであった。

そんな少し特殊な感情を持つ女性士官とその気持ちを一方的に受け止め続ける少年下士官の甘めの日常は今日も始まりを告げた。

 




ありがとうございました!
次回は第8話(なろう版では第十五話)を投稿する予定です!良ければ皆様の評価やご感想、お気に入りへの追加などお待ちしております!


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第八話 リーガ島上陸作戦

なろう版の前編後編が完成いたしました!


ボリシェ・コミン主義連合共和国

中核都市・デオッサ

デオッサは共和国の東部に位置する港湾都市だ。日本やイタリ・ローマ王国、大敷州帝国などと開戦していたものの艦砲射撃による軍港や都市機能の破壊、空爆による攻撃といった被害を受けていない。

なぜなら戦時中の不安に耐えかねた住民達の気持ちに応えた共和国陸海空軍がいよいよルシア臨時政府軍が目前まで来ているといったタイミングで臨時政府軍側に合流したのだ。

さて、そんな住民達は現在様子を見ながら先の時代の敗北者であるはずの皇族をはじめとするその他の貴族達の帰還を受け入れるのだった。

デオッサでは帝政時代に善政を行っていた貴族が支配していたが、突然起きた革命の際に都市の無血開城を行い帝政派住民の身柄の安全の保障と共に自分達貴族に付き従う住民達と共に大敷洲帝国領の樺島へ移送された。

これと同じ動きがムルモンスクやゴルバ・グラードといった現在自由革命軍が拠点とする都市の殆どが前者のように帝政時代に善政を執り行っていた貴族が支配していたこともあってかすんなりと臨時政府軍や自由革命軍を受け入れたのだった。

こうして日本皇国国防軍やイタリ・ローマ王国軍、大敷州帝国軍などと一緒に戦線を狭めて来たことで今日ついにここデオッサで日本皇国軍とイタリ・ローマ王国軍が合流した。

 

「私が母なるルシアの大地から引き離されている間にこんな事があったとは……社会党め自分達がこの世界の神にでもなった気なのか?」

 

ルシア臨時政府軍の司令部代わりに使用されているデオッサ市役所の応接室でこれまで共和国政府が行って来た人体実験や非ヒト種に対する冷遇といった所業をまとめた資料の冊子に目を通す中年の男……『バグラテオン・アレクノフ』は全く覚えていない赤子の頃に、この地を離れて敷州帝国の樺島に身を隠し、自身を慕い担ぎ上げてくれる皇族支持派の人々の期待に応えるようにこれまで敷州帝国軍と共に奉州と樺島でアレクノフ朝復活の日々を待ち続け鍛錬を重ねて先駆的な政治思想について記された書物を数え切れないくらい手に取り続けついには自らの指揮のもと臨時政府軍を率いて敷州帝国の地からこの地へ来るまで困窮した国民やこの一方的な破滅戦争に対して迷いが生じていた東方方面軍の者達を説得して首都・クワモスの近郊にあるこのデオッサの地にやって来たのだが、ここで初めて目にした現共和国政府が帝国時代の腐敗度合いと何ら変わりない状況である証拠を突き付けられて自民族の一部が低俗化したこともあってか失望で呆れかえっていた。

 

「社会党の奴らは国民に自分達が行っていることは正しいもしくは必要悪なんだと教え込んで来たことが生んだ最悪の結果だと思います。その異常性に気付いた者は消され、良き者から死んでいくという身勝手な事を一刻も早く止めなければなりませんな」

 

「ジュコーフ大佐やその異常性に立ち向かおうとする同志が増えて良かったことで希望が保てます。しかし、愛しきクワモスはジュガーリンに対して狂信的な者達が取り囲むようにして守りを固めていることから血を見ずして再び戻るには不可能に近いという事でしょうな。やはり数百年間無傷であったクワモスの地を力ずくにでも奪い返す手しかないのでしょうか」

 

バグラテオンはジュコーフという同じルシア民族の血が流れる戦友と共にクワモスに攻め込む或いは、軍部や住民にたいする懐柔といった切り崩し工作で社会党の連中を一気に仕留めるか、と考えてみたものの前者の選択の方が現実的で数百年間破壊されたことがなかったクワモスの地を自分達の手で血と瓦礫の山にしかねないことから胸が締め付けられる。

 

「しかしながら仮に首都を取り返せたとしても他の連中が中洋海のバルトニア諸島に逃れて他国には、被害者面という二枚舌で膠着させて我々を完全な悪人に仕立て上げる肚でしょうな」

 

「もともと中洋海の島々は一億人前後なら余裕で居住できる面積のほか農業に適した肥沃な土地が点在するうえ貿易にも適した土地でしたが、あの島々を取りまとめていたバルトニア諸国は今となっては社会党という寄生虫に乗っ取られて先住民族のバルトニア民族の方達に対する締め付けが続いている今、そのまま取り逃がしてしまえば今度こそ民族浄化の標的になりかねません。もしそうなってしまうならルシア民族史上最大の汚点となるでしょう」

 

これ以上一部の横暴なルシア民族が支配している地域の他民族に迷惑を掛け続けることにより犠牲が犠牲を呼ぶことによって自民族の子孫たちが流れ続ける血肉を利益に換えることを惜しまない吸血鬼民族と言われかない杞憂という名の毒蛇が二人のルシア人の心の中を這いずり回っていた。

 

「失礼いたします。ジュコーフ大佐、二ホンコウコク軍のフジタ少将がお見えになっております」

 

「そうか。フジタ少将、お入りください」

 

「失礼いたします。初めまして、ジュコーフ大佐ならびにアレクノフ皇太子殿下。お会いできて光栄であります」

 

「こちらこそ初めまして。ルシア臨時政府軍代表のバグラテオン・アレクノフです」

 

ここでジュコーフ大佐の腹心の一人であるチェパロア中尉を通して皇国国防陸軍第一機甲師団長の藤田誠也少将が一人で訪れたため、この膠着した状況を進展させるための助言者として迎え入れることにした。

 

「フジタ少将、わざわざ足を運んでくださりありがとうございます。只今、クワモス奪還についてアレクノフ代表と話し合っていたところです。我々ルシア人が解決すべき問題ではあるのですが……勝手を申し上げると、貴国二ホンコウコク側の意見を伺いたい所存であります」

 

「いえいえ。それはこちらも願ってもない事でして、実はもう作戦に関しては整っており後は臨時政府軍と自由革命軍の盟主たるご両名様に我が軍が提案する作戦の賛同を得たくて参りました。是非、我が国も伝統あるルシアの地を吸血し続ける共和国社会党という名の寄生虫を排除する為にも両軍の犠牲を無くしたいと考えております」

 

藤田は一台のテーブルを隔てて座っている二人の間にある椅子に腰かける前に深々と頭を下げると、一つの書類をテーブルの上に置く。

二人が日本側が提案した作戦がまとめられた一枚の冊子を手に取り内容を確かめると、感心したのか静かに頷きながら納得した表情を浮かべた。

 

「ここまで緻密に作戦を練られていることはともかく……我々の犠牲を避けるために二ホン軍単独で首都周辺の要塞線を破壊しつつバルトニア諸島への撤退遮断ですか」

 

「撤退遮断は今が絶好のチャンスです。現在、バルトニア諸島の戦力が薄まっている所に我が軍の海兵隊が強襲を仕掛ければ一網打尽にする事が可能です」

 

「しかし、二ホン軍だけで問題ないのですか?共和国はあの島に寄生するかのようにここぞとばかりに監視網を固めています。仮に突破できたとしても先住民の方達を盾にして卑劣な攻撃を仕掛けて来るかもしれません。我がルシア民族に泥を被せないために動いてくれることは感謝しきれない事です。私は今嬉しい反面、二ホン人の人達に対して自ら蒔いた種を拾わせていることに大変申し訳なく感じております」

 

「そうですか……ご安心ください。決して我が軍の戦力を誇張して自慢する訳では在りませんが、持っている力で出来る限りことを実行し、この世界で流れる血を減らそうという思いから両軍に成り変わってバルトニア諸島の寄生虫となり果てている共和国軍を放逐したいと考えています。恐縮ですが、今回はご理解をいただきたいと存じます」

 

バグラテオンは藤田の謙虚かつ真摯な姿勢を見て日本人という未知の存在である民族は他民族であるはずの自分達のこれ以上の労力と犠牲を減らすために動こうとする考えに対して感心し続けている反面、自分達に何かできることは無いかと考える。

 

「……承知いたしました。貴軍の健闘をお祈り申し上げます」

 

「ご理解とご協力を感謝いたします。それでは、失礼いたします」

 

バルトニア諸島に点在していた国々は、ルシア帝国時代は領土でも無ければ敵国という訳でなかったもののボリシェ・コミン主義連合共和国が十五年前にジュガーリンが国家総帥の椅子に座ると同時に共和国の領土拡張の対象となり、抵抗する間もなく併合され少しでも反対の声を上げれば蹂躙された過去があった。

しかし、今度は日本皇国という国が共和国を切り崩すためにこの島を電撃的に制圧すべく上陸しようとしている。

無論、日本側としては敵の共和国軍の戦力が八十年近く離れていることもあってか高い確率で非戦闘員の住民を巻き込むことなく制圧作戦を展開することが出来ることが大いに期待されていた。

 

 

 

バルトニア諸島・リーガ島

共和国軍沿岸要塞

バルトニア諸島の共和国軍沿岸要塞の開口部から夥しい数の重火器が覗き込んでいる。

沿岸要塞以外にもこの諸島はハリネズミの棘のように隠された対空網に覆われており、空中艦なども集中放火に晒すことで一網打尽にすることができる。

しかし、共和国政府派の徹底抗戦の場としての意識が昂りすぎたこともあってか未だに日本の戦力を目の当たりにしたことがないバルトニア諸島に駐留している共和国軍の司令官は本土の戦況を見て味方を心配するどころか連戦連敗の味方に毒を吐いていた。

 

「ジュコーフの野郎に勝てないなんてどうなってやがるんだ本国の連中は……この俺が行ってやりたい気分だが、総帥閣下からここを任された以上、ここを維持せねばならんな」

 

「司令官、我が軍の防御は万全です。本土から引っ張ってきた改装列車砲で上陸を図ろうとする敵に対して榴弾の雨を降らした後に僅かに上陸してきた敵を沿岸部に潜伏している部隊で殲滅し、諸外国からの仲裁を受けて停戦協定を協議させつつ異世界からのよそ者を祖国から追い出す話が出来るまで持ちこたえるには申し分ないと言えるでしょう」

 

「それにいざとなれば、例の”策”もあるからな」

 

「そうですな。奴らには異民族やヒトモドキ共に甘く優しいという共通点が有りますから……たまたま戦闘に巻き込まれた住民としておけば我が国に対する批判は何とか避けることが出来ることでしょうね」

 

司令官と副官の策は、弱みに付け込むという戦略的には優秀な打撃を与える素晴らしいものといえるが、逆に日本皇国やイタリ・ローマ王国、大敷洲帝国の三ヶ国の怒りに自ら火に油を注ぐ自滅の策の一つとなるのだった。

当然、史実における第二次世界大戦期直前基準を持つ共和国の哨戒技術では日本の無人機による夜間偵察と昼間における有人機に搭乗する観測隊員による肉眼での偵察を兼ねた強襲シミュレーションの実施といった目を誤魔化すことが出来るはずもなく全て筒抜けであった。

 

 

 

リーガ島沖

王国軍第二近衛竜騎兵隊と国防陸軍の特殊作戦群の混成部隊は共和国軍の警戒網の中を金剛型イージス艦に護衛された河内級強襲揚陸艦や大隅級輸送艦から発艦したホバークラフト式の上陸用舟艇・78式特揚陸艇が兵員や装甲車輌を載せて、島内で最も警戒が薄い部分から浸透して上陸する算段だ。

上陸の妨害となりうる警備兵を引き付けるために海軍が予め得た航空偵察隊からもたらされた情報をもとに、猫を盾に張り付けるような感覚で住民を盾にすることをさせまい為に陸軍の上陸とほぼ同時のタイミングで河内級から発艦した84式特殊攻撃機改Ⅲ型(史実におけるハリアーⅡの性能向上型)がリーガ島の防空網の破壊を行った次に海岸線に布陣する共和国軍の守備隊に対して掃射を加えてから強襲揚陸艦に戻っていった。

その次に国防海軍の駆逐艦やイージス艦などから発射された巡航ミサイルが再び島内の軍事施設に降り注いでは爆発し、瞬く間もなく戦力が大幅に削られた。

日本や王国側からすれば目が腐りそうになるほど国家防衛の名の下に他民族を容易く兵器の一つとして用いる戦法を戦闘経過と共に目の当たりにして来たが、今回のリーガ島強襲に両軍の精鋭部隊を投入することでそこまで我々をコケにしたいのなら倍返しにしてやってもいいんだ。という日イ両軍の上層部が共和国を物理的にどやしつけることや共和国による暴政の根元の一つに打撃を加えることに主眼を置いた本来の目的もあった。

この隠密な計画による急襲を予測することが出来ないでいた敵にとっては寝耳に水といえる一撃であり、自分達の周囲を覆う土煙が収まってから目にした光景は上陸用舟艇から夥しい数の装甲車輌が飛び出してきて自分達に向かってくる。

すかさず応戦しようとしたものの、91式装輪装甲車に搭載されているRWS機能付きの自動擲弾銃や82式歩兵戦闘車(見た目は史実における89式装甲戦闘車そのもの)の35mm機関砲による掃射も合わさり、三十分も経たないうちに海岸部に展開する敵は殲滅された。

海岸部に累々と横たわる敵の屍を後に上陸した部隊は、次に島の西部に位置する市街地へと向かった。

 

 

 

同島・市街地

同島のある市街地では、突然の停電に見舞われて混乱に陥っていた。自分達を盾代わりにするはずである共和国軍が蜘蛛の子を散らすように姿を消したかと思えば唐突な停電が起こったのだ。

さらにその直後、島の四方八方で爆破音や銃声が鳴り響き、プロペラのない戦闘機がよく分からない飛翔体を島内の軍司令部がある方角に向けて発射したり、海の方から飛んで来たと思しきよく分からない飛翔体が再び軍令部に飛んで行ったりと見たことがないものばかりも目にする情報量の多さからただ立ち竦んでしまうばかりだ。

住民の中には日本と王国に対する関心がある反面、まだ本性を知る由がないためどうせ共和国に成り変わる恐ろしき支配者になるかもしれないという不信な考えもあり、現実に嘆く者もいたが意外にもその不安はすぐに無くなることになろうとしていた。

 

「おい、海岸の方からが何か聞こえないか?共和国軍の奴らが戻って来たかも知れないぞ」

 

「海岸や発電所の方がいっぺんに爆発した中で共和国軍の連中が生きて帰って来れるわけないだろ?取り敢えず敵意がない事を見せないと……」

 

「そうだな。女性や子供は隠そう。共和国軍なんてもう落ち目に決まっている。奴らから支給された武器を街の広場に集めろ!!」

 

住民達はお互いの身を守るために力での抵抗をする事で相手を刺激するよりも共和国軍から持って戦うようにと言われた簡素な造りの銃や弾薬、武器などを街中から集めて街の中心にある広場に山積みにして集積していく。

そんな住民達を取りまとめていた市長の『アンタナス・ジェマイティス』は、共和国軍から支給されていた手榴弾を改造した自爆装置を身体中に巻き始める。それに気付いた住民の一人が彼に対して声を掛ける。

 

「ジェマイティス市長。貴方まさか……それ」

 

「いざという時は、これを押すぐらいの覚悟は出来ている。こんな老いぼれの命でこの島の島民の命を保障されるなら容易いものだよ」

 

「そんな。市長には生きてもらわなくては困ります!命なら我々も惜しくありませんっ!!」

 

「いいや。これ以上若くて将来有望な君らの血を流すわけにはいかんのだよ」

 

ジェマイティスは、自爆用の装置を体に巻き付けた次にガソリンが入った携行缶を手にする。住民達の引き留めに応じることなく起爆スイッチと携行缶を持って国防軍が来るであろう街道に向かってただ一人、歩み出したのだった。

 

 

 

同じ頃、日本と王国の混成上陸部隊はリーガ島内に舗装された四車線分の道路を伝って街に向かっていると、混成部隊の先頭を走行していた海兵隊の82式歩兵戦闘車のヘッドライトが数十メートル先の人影を照らし出す。

不審に思った隊員の一人が戦闘車の後部ハッチから出ようとした途端、「待ってくださいや」とすぐ後ろを付いてきていた装甲車から民間軍事会社『義誠連合会』の会長であり、民間人従軍者のチームリーダー的存在の『国光武之』が静かに隊員を制止する。

 

「あっ国光の親分さん。あそこに突っ立っている相手は、急に銃をこっちに向けて発砲するかもしれませんし……」

 

「立派に正業を全うされている堅気さんに代わって手を汚すのがワシら極道の仕事や。なあに、ワシに何ぞあっても後ろに同行しているウチの若い衆や舎弟連中がワシに代わって報復を入れてくれるからのう。ちょっとあそこに居るのと話してくるだけやから兄ちゃんはここで待っといてくれや」

 

隊員は民間人従軍者である彼をもしもの危険から守るために一度は厚意を断ったものの、二十代半ばである彼に対して温和な姿勢を崩さない三十代後半の国光は愛銃のニューナンブM60を右手に持ちながら左手で若い隊員の肩を優しく叩いた後に一人、人影へと歩いて向かって行く。

 

「若造っ!!そこで止まれ!!」

 

「言われんでも分かっとるわい。爺さんアンタ、次にそのまま今ワシが持ってるチャカを下に置けって言うつもりやろ?ちょいとチャカを使うた悪ふざけをしたくて来たんや」

 

「口が達者な若造だな。これくらいしなきゃ面白くないだろう」

 

数メートル先に居た人影……リーガ島の市長のジェマイティスが国光の一言を満足そうに受け取ると手に持っていた携行缶に入っているガソリンを自らの身体に浴びせる。

 

「流石は民衆思いの良い市長さんやのう。あんたがこの賭けに勝っても負けても絶対に島民の皆様には悪いことはせん。ただし、勝ったらワシはアンタの言う事を聞いてやってもええと思っとる」

 

「異国の……それも別の世界から来た若造が達者な口を叩きやがって。吐いた唾を呑むなよ……その下品な賭けに乗ってやる。その銃をよこせっ!」

 

ジェマイティスは敢えて一発だけの銃弾を入れていたニューナンブを国光から受け取ると、弾倉を勢い良く回して深く深呼吸すると躊躇することなく引き金を引いたものの、運よく銃弾が発射されなかった。

国光もそれを見てニヤリと笑うと同じ調子で弾倉を勢い良く回して躊躇なく引き金を引いた。

 

「爺さん。アンタは運の良い漢やな……何でも言う事を聞いたるで」

 

「………どうやらお主たち二ホン人の噂は信じたほうが良さそうだな。この街道をあと十五分進むと、リーガ島の中心街だ。既に武装解除の指示は出しているからそのまま街に来てくれないか?」

 

「爺さん。ワシらの事を信じてくれるんか?」

 

「殺すならワシの事をとっくに殺しているはずじゃ。それにもう共和国の見え透いた嘘っぱちのプロパガンダ何ぞ信用できんからな」

 

こうして国光による自分の身を顧みない賭けとそれに乗ったジェマイティスとの奇妙かつ大胆なやり取りを経た後に混成上陸部隊は中心街入りし、無事に非戦闘員の保護が行われたのだった。

この世界における日本の民間軍事会社の四割はヤクザ……即ち史実でいうところの暴力団が業界内を占めているものの、史実と違って日本が敗戦して第三国人と呼ばれる不良外国人が都市で跳梁跋扈しなかったことと一九四三年九月に第二次世界大戦が始まる数年前から国家を主体に差別解消政策や国家機構や司法による管理下によって被差別階層の者たちが多くいるヤクザの中でも博徒と呼ばれる部類が生業とする賭博が限定的に認められたことや、ヤクザが正業を持つことを推進した政策も差別解消の一環として行われたことから一般社会や善良な市民を恫喝し、恐怖させる暴力団化することが無くなった。

そのためこの世界の日本では現在、所謂ヤクザ組織と呼ばれる団体に属する人数は三万人前後であるもの八割が民間軍事会社に従事し、残る二割は司法の管理を受けた元来からの限定的な職を生業としている。

しかし、史実における暴力団対策法に類似する法律として組織犯罪対策法、通称・組犯対法が成立している。

 

 

リーガ島北部・共和国軍避難用水路

リーガ島の北部には万が一のための避難用水路が設けられており避難用の潜水艦が停泊しているが、これも上陸作戦が決行される以前から日本側が有人の潜水艦を用いた偵察は勿論、OOZ-5の偵察仕様といった無人潜水機を水路に侵入させた上での強襲シュミレーションを重ねたこともあり、共和国軍の混乱を突いた今がチャンスだと言わんばかりに先の第六ラグエリ強制収容所解放作戦で活躍した王国軍近衛竜騎兵隊と特殊作戦群の混成部隊が複合艇で水路から突入する。

水路の中は大型の潜水艦が通行しやすいように掘削されたのか、複合艇でもやすやすと通過していける程の広さだ。

仄暗い水路の奥深くにある岩盤を削り出して作った停泊地の横には、SC型に酷似した潜水艦が停泊している。

隊員達が複合艇を止めると、降りた隊員の一部が暗視スコープ付きのガスマスクを顔に装着し、催涙グレネードを潜水艦のハッチを開けて艦内に投擲していく。

間髪を入れずにサプレッサーを付けた9mm拳銃を構えた数人の隊員達が艦内に突入していくと、艦内から悲鳴や呻き声が聞こえて来る。

それから潜水艦内に突入した部隊が戻るまでの五分間に本丸である島内総司令部を地下から制圧していくための突入準備が完了して潜水艦を制圧し終えた隊員達が戻って来ると、一斉に57式7.62mm小銃を手に取る。

本作戦において、日本国防軍側が7.62mm弾の小銃を使用している理由に至っては、イタリ・ローマ王国が日本から提供された技術を基に三点バースト式の王国軍M38小銃(7.62mm弾使用)が銃弾の共有化を図るために量産され、先行で竜騎兵隊に配備されているからだった。

全員が揃うと同時に、各々の隊員が小銃を手に持って数メートル先にある階段を駆け上がる。勢い良く駆け上がった先では混乱した共和国軍兵士達が地上に向けて走り出していたものの、背後から突くようにようにして通路から銃弾を撃ちこんでは撃ち倒したり、銃剣突撃してそのまま突破を繰り返しながら敵勢力を徐々に地上まで追い詰めていく。

 

「カルロ、危ないっ……!」

 

今回もタッグを組んでいた相馬とカルロが狭い渡り廊下の十字路に差し掛かった瞬間、小銃を構えた兵士と鉢合わせてしまう。敵の方が早く気付いたこともあり、小銃を構えて待ち伏せていた。

彼女はこの一瞬で敵の小銃の銃口が隣を走っていたカルロの頭部向けられている事を見抜いて右手で彼を逃すようにして押し出しすが、敵から合計で三発の銃弾が発射された。

この時に左腕に一発と右腹部に一発が命中して貫通し、最後の一発は命中しなかったものの左太腿を掠めた後に大きく倒れ込む。

 

「何するんだお前っ!!」

 

大事な人間を傷付けられたことで動揺する気持ちを抑え込んで持っていたM38小銃を構えて彼女を撃った敵に対して銃撃する。

一斉に発射された三発の銃弾が、敵にめり込んで悲鳴を上げる事なく後ろに倒れ込む。

まだ息がある彼女に対して敵は頭部に三発の銃弾を受けたこともあり額に風穴が空いた他、脳の一部が額から垂れ出している。

 

「大丈夫…?左肩とお腹に二発だけど、両方とも銃弾が貫通しているわ……」

 

「あぁ……大丈夫です。一旦引きましょう!!」

 

彼女の出血を抑えるために応急手当てを施して肩を貸してその場から脱出しようとするが廊下の奥にある階段から十数人程の足音が聞こえて来る。

 

「カルロ、逃げて……っ!」

 

「そんなの嫌ですっ!アイツらの残忍を考えたら置き去りなんてしたくない。だったら、少しでも大事な人の側に居て弾丸とこの命が果てるまで動く事が、王国軍人としての務めであることですから……」

 

相馬はカルロを敵から逃がすために自分から離れようとするが、逆に彼は首を横に振って彼女を置いて逃げることを拒否する。

彼はそのまま彼女が持っていた57式小銃や持っていた複数の弾倉を手に持つと、装備の一つである22mm対装甲車小銃擲弾を差し込んで階段から降りて来た十数名の敵兵士に向けて発射する。

小銃から発射された擲弾はそのまま宙を舞って銃を構えようとした敵兵の前で炸裂し、彼らの悲鳴と同時に煙が長い廊下を覆いつくす。

 

「お前らが……悪いんだぞっ!」

 

目の前を煙が覆っている中でもカルロは小銃をフルオートで発砲し続け、弾倉一個分を撃ち尽くして再び小銃にリロードし終えるとそのまま単身で歩み始める。

彼が目の前の階段付近まで来た時には煙に覆われて気付かなかったものの、最前列の敵兵の身体から臓物が飛び出した状態の亡骸や階段の方の息のある敵兵が身体に擲弾の破片が刺さった状態でも這って逃げようとする光景が目の前に飛び込んできた。

今のカルロには彼らに対する同情の余地などなく、階段を登りながらホルスターから拳銃を抜いて一人また一人と頭部を撃ち抜いて息の根を止めていく。

彼がこの短い時間で派手な行動を起こしたことにより、先程よりも多い規模の敵の足音が聞こえて来たもののお構いなしに再び小銃擲弾銃口に差し込んだ直後に階段から勢い良く飛び出すと同時に敵に向けて発射し、命中させては炸裂した直後に容赦ないフルオート射撃を浴びせる。

 

「援護するぞ!バローネ曹長!」

 

「……」

 

カルロの存在に気付いた味方の隊員達が追い付き後ろから射撃援護を開始したが、完全に目の前の殲滅対象と化した敵の頭部に容赦なく銃弾をめり込ませていくことに夢中なのか発砲を続けている。

地下フロア中に途切れ途切れで鳴り響いてきた銃声が完全に止む頃には、平常心を取り戻して目の前に広がる惨い光景から目を背けたくなるほどだった。

―ここまで自分一人でやったのか―

援護に駆けつけてくれた隊員達がよく頑張った。と賞賛の声を掛けて来るものの未だに自分の手でここまでやったという事実が呑み込めずにいたが、以前の収容所解放作戦とは違って敵も銃火器を持って自分達に危害を加えかねない相手だから仕方ない事だと言い聞かせて無理矢理乗り越えるしかなかった。

何せ、彼にとって大事な人間である相馬の身を案ずる事が脳内の殆ど支配していたからだった。

その後日本側は重軽傷者こそ出したものの死者を出すことなくリーガ島を制圧し、無事に島民の解放にも成功した。

なお、残る二つの島にも海兵隊や特殊作戦群を上陸させたうえで浸透作戦を図ったこともあり、数時間後の午前五時には制圧が完了していたのだった。

 

 

 

三日後・カルロの自宅

合計で三発の小銃弾を身体に受けた相馬は、上層部の指示によって王国の首都郊外にある町のカルロの自宅で療養していた。

大胆にも思春期真っ只中であろうカルロの自宅で相変わらず際どい服装で二人分の広さがあるベッドに寝かされているがいい匂いが、彼女の鼻に入ってきて自然と目が覚める。

彼女が視認した先には自分の為に作ってくれたと思しき玉ねぎのスープやミートソースが真ん中に乗ったミートパスタが置かれていた。

そのすぐ横では彼女が日本から持ち込んだタブレット端末を借りてイタリア語訳された日本の書籍を読み始めた彼の姿が目に入った。

 

「いつもありがとう。今日は何の本を読んでいたの?」

 

「えっと……一人の男の子が愛する女の子の為にその子の舎弟として支えてあげるお話です!その……戦車が戦争の道具でなく。大衆に慣れ親しんで競技として使われている世界のお話でして」

 

相馬が中学生から高校生の間に連載され、アニメ化もしていたいわゆるラブコメ作品をカルロが興味津々な表情で読みふけっていた事に少し驚いた。

それだけではない、この作品は今の二人の状況に似ているシチュエーションが存在するのも見どころの一つだった。

しかし、今の彼女にとってその事よりもカルロが負傷して復帰に時間が掛かる自分の為に献身的に支えてくれることが嬉しくて仕方が無かった。

 

「言われた期間までゆっくりしてくれても構いませんよ」

 

話ながら食事を終えると、彼が薬を飲ませてくれたり傷を綺麗にする消毒液や良く効く傷薬を相馬の身体に塗る。

以前の解放作戦のショックが嘘のようにメンタル的にも成長したカルロを見てさらにソワソワした気持ちと嬉しさの気持ちのパラメーターが上昇してくる。

 

「………ねえ、カルロ」

 

「どうしました?シオリさん」

 

「今日も一緒にお昼寝してくれるかしら」

 

「それは、あと一巻読み終わるまでまってくださ………んっ」

 

「そんな事言わないの!今度は私が甘える番なの♪」

 

「あ、あ、あ、アレって甘えてたの内に入るんですか……って寝てしまった。僕も眠気が……シオリさんに抱きしめられると最近落ち着くような……」

 

カルロは続けてタブレット端末の書籍を読み続けようとしたものの、彼を抱き枕にしたい相馬によってベッドに引き込まれてしまいそのまま抱き枕にされるようにして抱きしめられるが、彼女に対してどこか温かみを感じながら二人で白昼の眠りにつくのだった。

 




ご覧いただきありがとうございました!
次回は第九話(なろう版では十七話)の投稿を予定しています!良ければ皆様の評価やご感想、お気に入りへの追加などお待ちしております!


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第九話 激走、第一機甲師団三羽烏!!!

ハーメルン版でも三ヶ月ぶりの投稿になりますお待たせいたしました。
今回で戦争が終結しますが、虫が苦手な方は閲覧注意かもです……
(>人<;)



日本皇国国防軍・国防陸軍特殊作戦群や海兵隊、作戦に従事した国光が率いる義誠連合会(任侠系民間軍事会社)によるバルトニア諸島攻略が成功し、陸地でも対共和国包囲網というパズルの一ピースが埋まろうとしていた。

共和国の都市の一つであるデオッサを越えた先にある都市の一つである『パブロペトロフスク』もバルトニア諸島陥落の影響が大きかったのか、政府に対して狂信的な忠誠心とこれまでよりも若干強力な戦力を持つ共和国軍の中核勢力が郊外で防御を固め始めていた。

空軍の偵察報告によると共和国側は山間部に大量のトーチカを設置した上で対空火器や大口径の大砲で防御を固め、戦車対策のつもりなのか平原には竜の歯と呼ばれる防御用障害物も多数設置されておりここで停止した戦車や他の装甲車輌を火砲や小型の空中艦などで殲滅するこの世界ならではの決戦方法として頑強なものといえるだろう。

だが、綿密な戦闘計画と終戦してから七十年以上前のロシア戦争の戦闘経過の再分析やイタリ・ローマ王国や大敷洲帝国が経験してきた戦争の分析と現代戦略やこれまでも同じように共和国軍殲滅に使用してきた現代兵器の恩恵を受けた日本皇国国防軍の前では無力だった。

 

「ええか!今回は共和国軍の遂に中核戦力を叩くで!このパブロペトロフスクには、一人足りとも市街地へ退却させるんやないで。陸空による連携作戦やから空軍さんが空の目である空中艦とその取り巻きの航空機戦力を叩きに行ってるからそれに後続する形でワシら第一機甲師団が突入する算段や。あと他の防御用障害物も空軍が叩いてくれるから安心せえ」

 

『了解!!』

 

同都市に設置された前線基地のプレハブ兵舎で第一機甲師団団長の藤田が師団に属する百人近い下士官から士官の隊員達に対して、この戦争の仕上げでもありクワモスへの突破口といえるパブロペトロフスク打通作戦を一通り説明し終えると各々の隊員達は、自分達が所属または率いている隊の配置場所へ戻っていった。

同じく最前列で作戦内容をメモ帳にまとめていた黒田大尉もその場を去って自分が率いている小隊の隊員達を集めて作戦前の車長会議を考えていたが、席を立とうとした時に藤田から声が掛かった。

 

「クロ、ナギ、アキ。三人は残りや」

 

黒田は自分以外にも呼び止められたもう二人の車長達と一緒に「何を話すんだ?」という表情で藤田を見つめる。

ナギと呼ばれたスポーツ刈りで三人の中でもがっしりとしたガタイの隊員が『小棚木源(こたなぎはじめ)』陸軍中尉で、アキと呼ばれた黒色のマッシュヘアで黒田と同じく平均的な体系の隊員が『蝶野亜樹斗(ちょうのあきと)』少尉である。

この二人も車長を務めている他、自身の小隊を率いる小隊長である。

それだけでなくこの二人と黒田は藤田三羽烏と呼ばれる有力な若手隊員でこの戦争において後続部隊の突破口的な役割を果たし、この広い共和国の大地を戦車で走破してきた事もあり周囲から一目置かれるようになった。

基本戦力の差が七、八十年ほど離れているとはいえ日本側の重軽傷者だけで千人は越えている。開戦から三ヶ月近く経とうとしているが日本とイタリ・ローマ王国に死者が一人も出ていない。

因みに、この背景にはナチス政権時代のドイツ国防軍とイタリア王国軍や東欧諸国軍、フィンランド軍によって殲滅されたソ連で起きたロシア戦争(一九三九年~一九四一年)でソ連によるフィンランド侵攻を好機と見たドイツはイタリアや東欧諸国とフィンランドの支持する事とここでもドイツ側がフィンランドと交わした『ソ連領の一部をフィンランドに割譲する』という密約もあり、ドイツとその他の友好国がポーランドやバルカン半島を経由して電撃的に侵攻したことでフィンランドとの戦争どころではなくなったソ連は不意を突かれる形となったことになった。

それに加えて防御態勢を固めつつ補給線も短縮化することにより史実と違って冬などの寒い時期は防衛戦に徹することで攻勢に出てきたソ連軍を殲滅し、気温が上昇した頃にソ連に攻勢を仕掛けることでモスクワも攻略が成功した上逃亡中のスターリンやベリヤ、フルシチョフといった国家評議会の最高幹部暗殺によって首級を挙げたことで軍は勿論、政府などの統治機構はドイツ連合軍に全面降伏したことで戦争が終結した歴史の反省点や利点を活かした作戦を参考にしていたからだった。

 

「藤田少将、我々三人を呼び止めた理由は何でしょうか?」

 

「実はな。お前ら三人に頼みたいことがあってな……要塞化された山間部から南に十二キロ離れた峠道を通って行ったら敵を挟撃出来るから、大尉のクロを筆頭に突破口を開けてくれへんか?」

 

「分かりました。我々の力を存分に発揮し、必ず敵の残存戦力も殲滅します!」

 

「任せてください!大尉となら私も含めた小隊の隊員達も安心して付いていけるので賛成いたします!」

 

「右に同じく現代兵器を装備しているとはいえ先の収容所急襲作戦の時のように異世界特有の生体兵器も投入してくる可能性があるため、是非やらせていただきます!」

 

航空戦力をもって山間部を要塞化した敵とその要塞付近の防御を固める敵主力の一部を殲滅できたとしても無理矢理市街戦に持ち込む肚かもしれない。

そこで、藤田はこの三人が率いる経験豊富な中隊や小隊を選抜する事で敵を混乱に陥れやすいと考えたため三人の隊に突破役を依頼したのだった。

整備された峠道ということもありタゴル峠よりも道幅がかなり広く、坂道の勾配もマシなため比較的に走破しやすい道だが蝶野が予測しているように収容所急襲作戦の際に確認できた生体兵器を峠道に潜伏させている可能性もあることから安全を確保するための先遣隊役でもあった。

 

 

 

数日後、パブロペトロフスク郊外の山間部

山間部にはバルトニア諸島でも確認されたように夥しい数の重火器や火砲、要塞内で防御を固める兵士で溢れていた。

この世界では第一次世界大戦期のような要塞が今なお現役であり、一日でも多少の犠牲を払った上で国を防衛する戦略も採用されやすい事からこの山間部の強固な地盤を活かしてバルトニア諸島よりも多くの人員と中核戦力が日本側を迎え撃つことからトカゲのしっぽきりと言わんばかりに日本と交戦してきた部隊とは異なり、日本による追撃から潰走している軍を見捨てている間に強化した兵站のおかげもあってか新型中戦車(外見は史実におけるT-34-85)や新型重戦車(外見はKV-122)が配備されていたり、機動力が高い中型から小型の空中艦が最寄りの飛行場で待機していたりと誰も寄せ付けないような構えであったが、この戦闘で共和国の狂信者達を一気に瓦解させると同時に洗脳されこの戦争における弱者と化した無辜の一般市民の目を覚ます結果となるとはこの時の軍上層部とジュガーリンといった政府高官は夢にも思わなかった。

 

「よし、予定通り攻撃開始だ。全弾発射用意……撃てっ!!」

 

「こちら二番機、対地攻撃を開始する」

 

第一機甲師団による進行を円滑に行わせるために国防空軍の攻撃機隊が飛来し、山間部の防御帯に食らいつき始めた。

猛禽類が防御を固めた如何なる獲物を容赦なく屠るかのように、78式攻撃機(外観は史実におけるYA-9そのものだが、改良によって攻撃力はA-10と同じ)の機首に搭載されている30mm機関砲が甲高い掃射音と共に山の谷間にある陣地を容赦なく掃討していく。

 

「二番機へ、敵が対空砲火を開始しているぞ。そのまま掃討続行せよ、第一機甲師団が通りやすように道路整備だ」

 

「了解」

 

対空機関砲が撃ち落とそうとするものの飛行速度の速さに付いていけるわけもなく発砲音を上げる他の陣地に空対地ミサイルをめり込ませていく。

無論、山間部を掘削したうえで退避経路を作ったものの地盤の緩いところだと爆撃や弾薬への誘爆といった衝撃によってトンネルが落盤したことで重要な退路が塞がる。

 

「うわああああっ!!崩落だぁ!!」

 

「た、た、退路はどうなっているんだっ!!」

 

日本による電撃的な進行もあってか日本国防軍の戦力とその作戦目的の調査が追いついていなかった。それ故に政府は防衛戦を徹底し続けているのだった。

やがて攻撃機隊による対地攻撃が終わると、戦車が走行しやすいように竜の歯も爆撃によってことごとく破壊されていった。

その次に遠く離れた共和国航空軍基地から飛び立ってきた空中艦が日本側の陸軍戦力の殲滅を図るために発進してきたものの要塞に到達する間もなく逆に共和国の航空戦力をそぎ落とすために再度現れた国防空軍の飛行中隊が後続で飛来し、空中艦に襲い掛った。

 

「くそっ!これだけ弾幕を張っているのに当たらないなんて」

 

「艦長!退却しましょう!このままでは敵の魔の矢が我々に……っ!」

 

「ならば貴様だけ逃げればいいだろうっ!攻撃を止めるなぁっ!!」

 

中々撃ち落とせない日本の戦闘機から放たれる空対空ミサイルのことを恐れている副官が艦長に対して退却を申し出るものの、頭に血が上り切ったうえ今にも艦体ごと戦闘機に突っ込めと言いだしそうな彼は周りの制止を聞かずに攻撃を続行するものの無数の空対空ミサイルを撃ち込まれて空中で爆散した。要塞に近づいていたこともあり艦体が炎上しながら多くの兵士達が退避や配置場所へ移動している地上へと落下し、友軍を巻き込んで地上で大きな爆発を引き起こした。

こうして日本の目論見通り共和国軍は退却を開始したが、手が緩むはずもなく第三として黒田を筆頭とした第一機甲師団から選抜された精鋭たちが山間部で安全な峠道を走破して敵を逆包囲すべく混乱に紛れて突入していった。

 

「黒煙がやっと晴れたな……このまま峠を走り抜けるぞ。それに少しでも異臭を感じたら気軽に報告してくれ」

 

『『了解!!』』

 

黒田が搭乗する10式戦車を先頭に別の10式戦車も続いている。この世界の国際法では、早くから戦後の地雷回収時間削減や友軍及び民間人への誤爆を避けるために使用が禁止されているまたは使用している国が殆どないものの殺傷能力が低い嫌がらせ的な毒ガス兵器が未だに使用されている事から黒田達は勿論、戦線を狭めている他の隊員達にもガスマスクが支給されていた。

因みに日本が元いた世界では、イスラム過激派やその他過激な政治思想を持った組織によるテロが存在しない代わりに『友愛結社・盟和道理教団』というお花畑な人権思想を持つわりには自分達を批判した弁護士や犯罪防止活動家を襲撃するといったテロ行為を辞さないカルト集団が存在していたものの、都市部でマスタードガスなどの毒ガスを散布する直前に警察と機動隊に制圧され、首謀者の教祖や幹部クラスの構成員には死刑判決が下された。

その他にも日独冷戦の最中、ドイツによる世界統一を掲げるナチス党が核兵器使用に消極的であった理由が核が遺す放射能によるゲルマン民族自滅の憂慮と生活圏縮小というデメリットを見極めていた事から日本を含めた世界で核兵器が大量に量産されることが無かったが、科学技術発展の名の下に毒ガス兵器の使用基準が緩和されてしまった事からガスマスクが必要不可欠な世界だったのだ。

 

「大尉、それにしても不気味ですね。開戦時のように戦車や砲兵を布陣させて無理矢理食い止めて来るかと思いきや地雷も敷設していないなんて嫌な感じですね」

 

「もう諦めてくれたとかだったら良いのですが。何か腑に落ちないといいますか」

 

「ああ、二人の言う通りだ。本当に都合よく行き過ぎる」

 

小棚木や蝶野が不穏な空気を読み始めたと同時に、黒田も予定より早い作戦進行にどこか不安を感じずにいた。その答えを明かすかのように空中輸送艦が峠道から外れた森林帯に墜落するのが彼らの目に入った。この空中艦は火薬類を積んでいなかったのか、爆発することなく木々をなぎ倒しながら停止した。

 

「操縦ミスですかね?警戒しながら進みましょう。どちらにせよ小手調べをしない事には進めません」

 

「そうだな。”得体の知れない何か”を載せている可能性もあるからな……各車、警戒を厳にせよ!生体兵器搭載の可能性もあるためこれより発砲を許可する!」

 

「了解いたしました。黒田大尉は私が護衛いたします」

 

小棚木の提案を受けた黒田が収容所急襲作戦時の事を思い出しながら各車に指示を出すと、蝶野の10式戦車と蝶野隊に所属する96式機動戦闘車改(史実における16式機動戦闘車そのものに自動装填装置搭載した改良型)が黒田車の前に出る。

防御を固めながら坂道を下った先にある平坦な道に差し掛かろうとした瞬間、彼ら選抜戦車隊員達は目を疑った。

Ⅳ号戦車などの中戦車サイズまで大きくなった巨大蜘蛛が腹に糸巻きにした搭乗員の惨殺体を載せ、上半身のみとなった兵士をおしゃぶりのようにしゃぶり終えると咀嚼音を立てながらこちら黒田達の方を見つめた。

さらに同じサイズの蜘蛛が三十体近く現れたかと思いきや重戦車サイズまで巨大化した蜘蛛が現れた。

 

「異世界型生体兵器捕捉!これより戦闘態勢に移行せよ!!」

 

「うげぇ!取りあえず撃て!!」

 

「俺達三人がまとまりゃあ怖くねえんだよ!!」

 

第一機甲師団三羽烏の三人が攻撃態勢を固めると同時に巨大蜘蛛達も両脚を挙げながら「キャァァァッ」という鳴き声と共に目を赤く染めて威嚇し、酸性の液体や小さめの糸を弾丸代わりに攻撃しながら距離を詰めて来る。

小棚木に至っては、車長席から身を乗り出して74式小銃を発砲しながら蜘蛛達の目潰しをしている。その傍らで黒田車と蝶野車が小型の蜘蛛に対して発砲しつつ轢殺して巨大蜘蛛まで距離を詰めている。

 

「た、大尉ぃ。悲鳴がヤバいっす……」

 

「富田、もう少しの我慢だ!悪いけどそのままボス蜘蛛に突っ込め!!」

 

「はっ了解しましたぁ!!」

 

富田が声を引きつらせながらも巨大蜘蛛を守る蜘蛛の屍を踏みにじっていく。巨大蜘蛛とその他の蜘蛛は守りの態勢に入った。

 

「よしっ!全車撃てっ!!」

 

絶好のチャンスといわんばかりに全戦車が蜘蛛達に砲弾を撃ち込んだ。一番大きな蜘蛛に至っては腹から血と思しき体液を噴き出すと同時に息絶えた。他の蜘蛛は原型をとどめていないのか、そこら中に体を構成していた肉片などが飛び散っていた。

 

「敵生体兵器の沈黙を確認した。これより包囲作戦再開だ!!」

 

「了解!このまま壊走する主力を叩きましょう!」

 

こうして巨大蜘蛛を撃破した選抜戦車隊は、その後敵に街と自国民を巻き込ませる前に別動隊の藤田少将と合流すべく再び前進した。

二十分近く走り続けると、藤田の別動隊を迎撃する気でいる敵主力が布陣する平原に出て来た。敵はこれまで以上に本気を出しているのか重戦車やカノン砲も確認できるが、現代戦車一個大隊分の戦力の前では敵ではなかった。

 

「クロ、もう近くまで来たんか。そのまま突っ込んだれや!!」

 

「了解いたしました。先程痛い目に遭ったんでそのままお返ししてやります。全車吶喊!!」

 

皮肉にも巨大蜘蛛というハプニングが第一機甲師団本隊と黒田達選抜隊の挟み撃ちを招くこととなり、勢い良く飛び出してきた選抜隊によって共和国軍の後方に大規模な混乱が生じ、最前線の瓦解にも繋がったのだった。

 

「敵戦車大隊を発見っ!!何としても食い止めろ!!」

 

「重戦車、駆逐戦車!前へっ!!」

 

「カノン砲で撃てるだけ撃つんだっ!!」

 

新型兵器を操る共和国軍側の機甲部隊や砲兵部隊の矛先が黒田達に向けられるものの、蝶野隊などに所属する機動戦闘車による狙撃と併せて他の10式戦車や90式戦車で行進間射撃をしながら距離を詰めて来る彼らには全く効果が無く、共和国の最先端技術で作り上げた重厚な装甲と大口径の主砲を持つ重戦車がいとも簡単に撃破されて紅蓮の炎を上げながら撃破されていった。

 

「側面を下手に晒さなきゃお釈迦に成らねえからそのままどんどんぶち込んでやれっ!」

 

「了解です!修理代は高くつきそうですがキルスコアは稼いでやります!」

 

もちろん基礎から応用的な訓練を経た兵士達が操っている事もあり既に百発以上の砲弾が黒田隊の戦車に命中していたが、かすり傷を作り続けているだけで一方的に弾き返されていくばかりだ。

 

 

「なんで…そんな……こっちは122mmの戦車と152mmの駆逐戦車とカノン砲だぞっ!!」

 

「情けない事を言うなっ!良いから砲撃を続行しろ!!」

 

共和国軍の兵士達が自分達の敵はとんでもない奴らだと感じる頃には、一輌一門ずつまたじわじわと鉄屑へと成り下がっていく。

それでも少数で発砲を辞めない黒田達を捻じ伏せようと共和国軍側も攻撃を続けているが、やがて別方面から迎撃に向かっている別部隊にも夥しい数の砲弾の雨が降り注いでいくのだった。

 

 

 

黒田達に近道の突破を任せた藤田は、以前の収容所急襲作戦のように自ら第一機甲師団の本隊を率いて友軍による空爆後の山間部を通過して平野部に入ろうとしていた。

やれるもんならやってみろと言わんばかりに自身が搭乗する90式戦車も戦車隊の前方を走行していた。そんな中、黒田達が異世界特有の生体兵器に遭遇して戦闘になったものの難なく撃破したことで挟撃が可能となった。

 

「藤田少将。黒田大尉たちは敵の後方に到達し、いつでも挟撃可能となっております。偵察隊からの報告で上がっているように敵はこの先の平野部を決戦場にする見込みなのか、戦車や大口径の火砲を先頭にして完全防御の構えです。しかし、後方に指揮系統が集中していることから選抜隊が後ろから蹴り上げてくれそうです」

 

「そうか報告ありがとう。正面切って突っ込んだろやないかい……!」

 

『了解!!』

 

敦賀大佐からの戦況報告を受けた藤田が全車輌に突入の指示を出すと同時に後方を走行していた第一機甲師団隷下第五砲兵連隊に所属している89式自走155mm榴弾砲や62式自走155mm榴弾砲が射角や方位角を即座に調節して砲撃体制を整えている他、前線における藤田の眼となっている『山郷清人(やまごうきよと)』少佐率いる第二偵察部隊が至近距離の森林帯の内に潜伏して平野部に布陣する敵の戦力の詳細と助言を途絶えることなく送り続けている。

 

「こちら五砲-1-1。いつでも発射可能です」

 

「敵軍は重戦車を先頭に中戦車や駆逐戦車、大口径砲などで防御を固めています。砲兵部隊による援護射撃と同時に突入すべきかと、それに敵砲兵隊がこちらに脇腹を向けていますから少将が突入された後に我々も援護します」

 

「ありがとう山郷。よし、砲撃開始!!引き続き全車ワシの90式を先頭に突入開始っ!!」

 

各自走砲による砲撃と同時に平野部への突入を開始したこともあり、彼らが敵主力部隊を目視した際には榴弾の着弾によって混乱しているのか敵戦車が右往左往していたり敵砲兵にも損害を与えたことにより反撃を遅らせた。

 

「我が隊も殲滅開始、撃て!!」

 

「敵装甲車及び伏兵発見……ぐはっ!」

 

敵も後方支援を開始すべく砲撃準備を始めたものの、森林帯から飛び出してきた第二偵察部隊の96式機動戦闘車改や75式偵察戦闘車による急襲を受けた事により混乱に陥った。

丸腰同然の砲兵たちは、抵抗する間もなく偵察隊による行進間射撃や機銃掃射によって血塗れの肉片に変えられていくか擲弾筒や手榴弾、機関銃などで抵抗する歩兵も同じく掃射されるか重く分厚い装甲を持つ車体によって踏みにじられたり、跳ね飛ばされていく。

無論、同時進行で藤田達の戦車からも容赦なく砲撃が浴びせられた敵戦車の一部も反撃を行うものの砲弾が全て弾き返され、最新鋭の重戦車が誇る122mm主砲が放つ砲弾でさえも装甲が鈍い音を上げて弾き返されていくばかりであり重装甲であるはずの最新戦車が虚しく撃破されていった。

 

「前方の部隊は仕留めたけど、まだまだ来てるやんけ!そのまま後方のクロに追いつく勢いでぶっちぎったれや!」

 

「少将!!お見事でございます!!」

 

自ら前線に立って指揮して戦う藤田に応えるように他の90式戦車や10式戦車も散開し、物量で対抗してくる共和国軍戦車隊や対戦車砲を撃滅している。

また、彼に関しては自ら敵戦力が厚いところに突っこんでいくことから新人隊員達から熟練隊員まで賞賛を集めながら自分を晒し出すことで勝てるはずもないボーナスポイントを狙って集まった敵軍を自ら殲滅していく。

 

「半日ぶりやのうクロ、そのまま逃げる敵司令部をぶっ潰すで。残しといたらこれ以上望まん犠牲を生むだけやからそのままナギとアキも付いてこいや」

 

「了解いたしました。思ったより後方のガードも堅くて敵の指揮官を逃がしましたからそのまま仕留めてやりますか」

 

そのまま黒田達とも合流した藤田は、市街地方面に逃走を開始した敵指揮官を仕留めるべく残りの三輌と彼を護衛するために付いてきた四輌の96式機動戦闘車改を率いて街道を走り出してしばらくすると、完全に市街地を巻き込む気でいるのか大隊規模の敵主力の残党が見えて来た。

 

「あん外道どもが懲りやん奴ばっかやのう。そのまま吶喊じゃあ!」

 

藤田の90式戦車が勢い良く走り出すと敵が大慌てで火砲や中戦車を旋回させるものの彼らから容赦なく成形炸薬弾が撃ち込まれ、業火に包まれて撃破されていく。

残る歩兵を跳ね飛ばしながら敵司令官が搭乗する指揮用ハーフトラックに追いつくと、右側から体当たりを浴びせて横転させた。

藤田はそのまま戦車から降りると拳銃を片手に横転したハーフトラックまで行き、敵の総司令官を引き摺り降ろす。

 

「ひ、ひぃっ!!降伏するから降伏するから!!」

 

「おう素直な奴やな自分。じゃあ生きとる奴らの武装を解除せんかい」

 

狂信者であるはずの敵司令官は第一機甲師団の圧倒的火力を前に壊れた人形のごとく頭を振って藤田の指示通り投降した。今回も共和国軍は最新の戦車や火砲で反撃したものの、虚しく撃滅されて行った。

こうして第一機甲師団が敵主力を殲滅し終えた直後、ボリシェ・コミン主義連合共和国は正式に日本皇国やイタリ・ローマ王国、大敷州帝国、ルシア臨時政府軍に対して降伏した。

なお、降伏宣言を出したのはジュガーリンの忠臣と見られていたフルスチャフ委員長だった。それだけでなく彼の報告によると敗北続きで精神崩壊したジュガーリンが狂信者の将校を呼び出して全員を愛銃で射殺した後に「異世界人に裁かれるくらいならっ!!」とフルスチャフ達の制止も聞かずに拳銃自殺したのだった。

こうして三ヶ月でこの戦争は終結した。日本側は現代兵器の恩恵を受けたこともあってか死者を出さずに済んだが、重軽傷者は一万人近くに達する見込みだ。

共和国側は無責任かつ強欲な独裁者が死ぬまでに百万人以上の戦死者を出したのだった。

この混沌とした世界での脅威を撃滅したものの、日本皇国は前途多難を乗り越えることはできるのだろうか……

 




ご覧いただきありがとうございました。次回以降は外交や友好国との交流、戦後処理がメインになって来ます。
戦争終結までにかなり時間をかけましたが、これからも宜しくお願い致します。

設定公開第一弾・第二次世界大戦開戦までの枢軸国(後に本文に載せます)
本作の日本が元居た世界で第二次世界大戦が始まる経緯としては史実と違って最後まで中央同盟国に残ったイタリアが植民地を喪失しただけで済んだもののファシスト政権が誕生するとドイツとの同盟を再結成しました。さらに、スペインでは内戦一歩手前で国民の懐柔に成功したフランコ将軍率いるファランヘ党が政権を掌握すると、スペインもドイツとイタリアと同盟を組みます。
しかし、ドイツは英仏を刺激しないために各国を密約を組んだことでソ連ではなくチェコスロバキアとイタリアと技術協力体制を築いたことでラインラント進駐とオーストリア併合だけにとどめておき、共産主義排除としてバルカン諸国やポーランド、フィンランドとも独自の経済及び科学技術協定を完成させたことで史実と同じタイミングで高性能な兵器の開発にも成功しました。
そのため、ズデーテンラント割譲要求やチェコスロバキア解体が行われていません。
対ソ戦の口実として1939年にフィンランドに侵攻したソ連軍を英仏、ギリシャを除く欧州諸国で一斉攻撃したことで滅共戦争が勃発し、侵攻したソ連の都市で住民を懐柔し冬の間は攻勢を停止して都市やインフラを復興しつつ防衛戦に徹して広大ながらも強力な補給線も確立したことで1941年夏にモスクワを陥落させたほか、スターリンやフルシチョフ、ベリヤの暗殺に成功したことで友好国とモスクワ以西のソ連領を分割または共同統治することでドイツはポーランド交わしていた密約でダンツィヒをドイツに返還する代わりにバルト三国とポーランドとの連合国家である『ポーランド・バルト共和国連邦』の成立とソ連領の一部をポーランド領内に編入させたことで不満を解消しました。
フィンランドに至っては大フィンランドを実現させ、ハンガリーはトリアノン条約を滅共戦争直前に破棄したうえで軍事特需で国家を再生させた。他の滅共戦争参加国も軍事特需で経済や軍事力を強化することに成功した。
こうしてドイツもエルザス・ロートリンゲン地方を除いてドイツ帝国領の失地を復活させる事に成功した。(※メーメルだけはドイツ領に帰属したものの、ダンツィヒを除いたポーランド領内の一部旧ドイツ領は領有を放棄)
しかし、1943年になると米英仏がドイツに対してロシア連邦への領土返還とロシアからの撤退を要求すると逆にドイツがフランスに対してエルザス・ロートリンゲン地方の返還を要求したことで1943年9月に第二次世界大戦が勃発し、史実と違って万全なドイツ軍に連合国は蹂躙されたのでした。

以上がこの世界で起きた第二次世界大戦でした。なお、荒唐無稽であればまた修正いたします( ̄^ ̄)ゞ


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第十話 戻って来た穏やかさ

ご覧いただきありがとうございます!
今回で戦後処理とさせていただきます!


ボリシェ・コミン主義連合共和国

首都・クワモス

降伏する六時間前の地下総帥官邸ではジュガーリンが陸海空軍三人の将軍達を総帥室に呼び出していた。ここに残った将官達はジュガーリンと社会党の態勢に心酔した者達ばかりであるものの彼からの指示を静かに待っていた。

そして、開戦時と比べて憔悴しきった表情のジュガーリンから正気を感じない調子で口が開いた。

 

「同志諸君。このような現状でも君たちは私に付いてきてくれるかな?」

 

「勿論です!親愛なるジュガーリン総帥閣下の為なら最後の一兵となるまで!!」

 

「ふふふ……そうか嬉しいよ。では、地獄にも付いてきてくれるかね?」

 

「へ……っ?!」

 

ジュガーリンの一言に愚直な態度で忠誠を口にした将軍の一人が涙を流した彼に肩を叩かれた直後に言われた言葉に耳を疑う間もなくジュガーリンが手にした拳銃の乾いた発砲音と共に頭を撃ち抜かれ、残った二人もジュガーリンに声を掛けるも間もなく銃弾に頭を撃ち抜かれて床に大きく倒れた。

 

「そうだっ!!いつだってそうだ!!私の愛する妻子を奪った帝政派の奴らとその帝政派に協力していた下等思想者やヒトモドキ共もいざとなれば今の私のように狂人となるんだ!!あははははははっ!!でももう何も怖くない……私はこの戦争で死んでいった兵士達という地獄まで付いてきてくれる仲間がいるじゃないかっ!!」

 

「そ、総帥閣下!!これは一体!!」

 

「ははははっ!フルスチャフ君かぁ!残念だけど幸せな君は連れて行けないなぁ……私はもうこの国で好きなようにして来たからあとは君の好きなようにしたまえ!!異世界人共に裁かれて私のやってきたことが暴かれるくらいならこうして先に逝くよ!!」

 

「閣下!待ってくだ……」

 

部屋に入って来た『ミハイル・フルスチャフ』社会党委員長が理性を失い狂人と化したジュガーリンを説得しようとするものの発狂して支離滅裂な譫言を喚き散らかしている彼に言葉が通じるわけもなく、ジュガーリンは自身の頭に銃口を当てると発砲音と共に脳脊髄液と血液を飛び散らして床に倒れ込んだのだった。

強欲さと恐怖で支配する独裁者が居なくなった今、フルスチャフの脳内にはある意味強力だった彼という統制力が失った事と百万人以上の戦死者が出ている事が薄々と気付かれている事もあり、現実をよく知り洗脳されていない軍の下士官達が軟化している上層部に対して反旗を翻しかねない状況から降伏という二文字が浮かび、日本などに対して降伏を決断したのだ。

共和国第二代書記長ヨセフ・ジュガーリンは生涯の半分を自身のカリスマ性のもとで国を発展させて来たものの自分にとって都合の良い政治体制を築き上げることで国民を洗脳し、人民の公平を謳ったコミン主義の解釈変更を成すことで誤った方角に滑り出した共和国社会党の組織構造を会議での連携を重視した横並びの連合体から自身を頂点に置いた独裁制を敷き、侵略戦争の愚かさを都合よく正当化したことで国内の不満を諸外国に向けることで目先の利益や欲望を手に入れて来た。

だが、ジュガーリンが運転する愚行という名の暴走列車が招いた結果は彼に騙され人間としてあるべき理性や道徳を失った共和国陸海空軍から生じた百万人の戦死者だった。

そして、日本皇国国防軍が首都クワモス眼前まで迫ったところでジュガーリンは遅すぎた自身の暴走に気付き発狂した後に自ら命を絶った。

 

 

 

日本皇国

首都・東京 国会議事堂

日本が重軽傷者を出したものの戦死者を出すことなく戦争に勝利した事から早朝に開かれた国会は与野党の意見交換を行いながら滞ることなく進行していた。

中渕恵二総理大臣は、戦争進行の中で徹底的に穏やかかつ人道的な軍政を指示していた事と異世界という環境への適応化を狙った研修を兼ねた警察官の派遣や元居た世界での反省を活かした近代化を支援していた事が大いに評価されていた。

そんな中、戦後処理として必ず浮上する人権問題にまつわる議題が野党の日本民主社会党代表の『野宮儀彦(のみやよしひこ)』衆議院議員から出された。

 

「中渕総理にお伺いいたします。我が国とボリシェ・コミン主義連合共和国との交戦によって明るみに出た我々人間と異なった獣人族の皆様や共和国が支配していた諸外国及び先住民族の皆様に対する非人道的行為に対しての処遇についてはどの様な処遇を検討されていますか?我々民社党を含めた改進党、自由党、憲政翼賛会の四党が出した結果としましては我が国を主導に徹底した共和国政府高官や軍部の厳罰処分及び自由革命軍やルシア臨時政府軍、イタリ・ローマ王国そして大敷洲帝国の皆様にご理解を頂いた上でルシア地域の改造を行うべきであると思います」

 

「野宮代表ありがとうございます。我々民自党も非人道的行為を根本から修正する方針で野党の皆様と一致しております。しかし、私としましては日本主導ではなく我が国に対して協力的なイタリ・ローマ王国、勇気と素晴らしき理想を持って共和国政府に立ち向かったルシア臨時政府軍や自由革命軍そして、我が国と瓜二つといえる大敷洲帝国との合議制にすべきだと思います。また、野党の皆様と我々が開戦直前から可決してきた『特別人種関連法』に則って人間族と獣人族に優劣が付かないバランス調整や現代的な法制や条約をこちらの世界でも生み出していくべきだと考えております」

 

「中渕総理、ありがとうございました。我が国の立場も盤石になりつつある事や総理が持たれているこの世界に対する展望から合議制での戦後処理を希望されている事に納得いたしました。私からは以上です」

 

「こちらこそ我々の案にご理解いただきありがとうございます。他に異議等ございましたら与野党の皆様からのご意見をお聞かせください」

 

『異議なし』

 

こうして日本皇国によるボリシェ・コミン主義連合共和国に対する戦後処理は野党側の意見や異世界の国々の事情を尊重する形で可決の方向に向かった。

日本国内の世論は共和国が獣人族や先住民族に対して行って来た迫害への当然の処置であることや今回の戦争で十分に報復した上諸外国からの信頼を確保したとして中渕内閣の支持が上昇する事となった。

 

 

 

日本皇国国防陸軍特別統治地域・ルサビノ

ルサビノの街は共和国に支配されていた時代が嘘のように活気を取り戻しつつあった。住民と打ち解け親密な関係になったとはいえ、戦車や装甲車といった兵器を装備した第一機甲師団の主力や王国軍を駐屯させることに申し訳なく思った日イ両政府は話し合いの後にルサビノに駐屯する戦力を減らし、特別統治地域研修で日本から派遣されて来た軽武装の警察官が治安維持を担うことになったものの制服姿の警察官と住民達がプレハブの仮設交番で談笑しているほど警察が要らないくらい治安が良かった。

そんな穏やかな空気が流れる中で綺麗になった教会内の椅子にどっかりと腰掛けて無邪気に遊ぶアンナとカリーナ姉妹を眺める藤田は自身の妻『藤田華穂(ふじたかほ)』と携帯電話で通話していた。

 

『私は大賛成よ!あの子が二人になって帰って来てくれたみたい!』

 

「そやろ?華穂さんやったらそう言ってくれると思ってたで。身寄りも無いこの子らを引き取れるんはワシらしか居てないと思うんよ」

 

彼は日本が転移する十六年前、小児がんで溺愛していた一人娘を亡くしており華穂と共に最期までそばに寄り添えたもののこれ以降は任務や部下、戦友とのやり取りで空いた虚しさを埋めるしかなかった。

だが、幸か不幸か今回の戦争で境遇が異なるが大切な家族を亡くしたという点が一致している事や彼女らの両親の仇を討った事やカリーナが藤田に懐いていることもあってか今はアンナにも懐かれている。

間もなく妻との通話を終えると教会の中に上官でありイタリ・ローマ王国派遣軍の総司令官の今村季一郎大将が入って来た。

 

「藤田君、彼女ら二人を養子にする件だが大使館が快諾してくれたよ。ただ今のところは日本と王国がそれぞれの国民の往復に対して慎重な姿勢を取っていることからこの子たちを連れて日本へ帰る事に制限が掛かっているが、王国の国防軍関係者居住区でなら家族として住んで貰って構わないよ」

 

「今村閣下、ありがとうございます!これでウチの嫁も大喜びです!準備が出来次第、貰っている休暇を使わせていただきます!」

 

「ああ、何かあるまで存分に使ってくれて構わないよ。仇が取れたとはいえ一番甘えたい年頃にご両親を亡くしたんだ。心の傷に寄り添ってやってくれ」

 

「無論、そのつもりであります。閣下のご厚情を改めて感謝いたします」

 

今村は藤田がカリーナとアンナの二人を養子にする事が認められた事を告げた後に敬礼し合うと静かにこの場を去った。

しばらく日本語でのやり取りが行われていたため遊びながら藤田の行動を見ていた二人は、雰囲気で彼に何か嬉しいことがあったと感じていた。

 

「フジタの叔父さん何かいい事でも有ったの?」

 

「そうそう。時々私たちの方を見てたけど……」

 

「二人に聞きたいんやけど、ワシが二人のお父さんに成るって言うたら嬉しいか?」

 

「うん!すごく嬉しいよ。だってお父さんと同じくらい優しいしもん!お姉ちゃんもそう思うよね」

 

「カリーナの言う通り優しいしすごく強いから叔父さんがお父さんになっても良いよ!」

 

「……そうか。じゃあ、今日からワシが二人のお父さんやで。ワシも軍人やから帰れる時間は限られて来るけど二人の傍に居れるようにするで」

 

「叔父さんいや……お父さんありがとう!」

 

「お父さんよろしくね!でも、叔父さんは二ホンという国から来たから日本で住むの?」

 

「こっちこそありがとう。今は国の偉い人同士が話し合っているから日本じゃなくて王国にあるお家で一緒に住むで」

 

「「はーいっ!!」」

 

こうして藤田はカリーナとアンナの為に何か出来る事は無いかと考えた末に二人を養子として迎え入れる事にしたのだった。

彼女ら二人としては命の恩人でもあり両親の仇を討った彼が新しい父親になってくれる事を喜び、新しい家族として迎え入れる事にしたのだった。

その三日後ルサビノの住民に別れを告げて街を後にして藤田が住む王国領内の国防軍関係者が居住する地区に移り住んだのだった。

 

 

イタリ・ローマ王国

王都 ビザン・ティノプル

宮廷内の応接室にはイタリ・ローマ王国国王のイザルベライト二世やルシア臨時政府軍のバグラテオンやジュコーフ、大敷洲帝国皇女代行の島田美保近衛機甲団団長そして日本皇国からは中渕内閣外務大臣の『吉生太一(よしおたいち)』が出席し、椅子に腰掛けて戦後処理会談を始めようとしていた。

 

「皆様、本日はお集まりいただき誠に感謝申し上げます。終戦から三日近く経とうとしていますが、旧共和国もといルシア各地は王国軍をはじめとする各国軍の皆様のおかげで非戦闘員の方を駆り出そうとしていた徹底抗戦派の牙を折ることが出来ました。そこで避けて通れないのが戦後処理とジュガーリン体制の下で過剰に肥大化した共和国領の今後について各国の皆様と意見交換を行いたいと思います」

 

「私が率いるルシア臨時政府軍及び自由革命軍のジュコーフ殿と話し合った結果、今回の戦乱は共和国政府が全ての元凶であるため他の諸外国の皆様の判断を聞き入れたいと思っております」

 

「私もバグラテオン殿下と同じく各国の皆様が持たれている戦後の展望を中心に聞き入れたいと思っております」

 

イザルベライト二世の言葉で会談が始まると旧共和国側の二人は他の三ヶ国に対する譲歩とよほど酷いもので無い限り口を挟まないという姿勢で決まっていたのかほぼ三ヵ国の判断に委ねる事にし、この場において一番に発言すべきという目線が吉生外務大臣に注がれる事になった。何せ今回の戦争において日本側に付いた王国や帝国、反共和国勢力の戦死者を出すことなく戦線を広げ共和国を降伏させた功労者だからである。

 

「ヨシオ外務大臣、二ホン皇国のお考えをお聞かせいただけますでしょうか?」

 

「国王陛下、我が国が国会や世論を通じて出た答えとしては今大戦の英雄であるバグラテオン殿下及びジュコーフ殿が新生ルシアの指導者として立つべきだというものであります。この会談を開始するまでの間で今回の戦争に関する資料を目に通していたのですが、バグラテオン殿下を皇帝に据えた新ルシア帝国の復権を望む国民が大半でありジュコーフ殿を新指導者として望む声もあります。しかし、ルシア復興として欠かせない条件としては真の民族自決とジュガーリン体制下において行われた侵略戦争で獲得した地域を独立させたうえでの自治権回復が望ましいと思います。無論、その件については貴国の国民投票を通じた上で確立したいと考えております。また、現在我が国が統治下においている旧共和国南部地区に至っては我が国が主導する形であることを了承していただきたく存じます。しかし、完全占領までに至らず一部の外国領土を不法占領している領土は直ちにその国に返還するのが新生ルシアに持っていただきたい筋であるというのが我が国の答えであります。最後にお伝えする形になりましたが、我が国は新生ルシアを従属国化する気はありませんのでご安心ください」

 

この時、吉生がイザルベライト二世に対して述べた戦後ルシアに対しての処遇を語り終えた頃になると旧共和国側の代表である二人は日本側が提示した戦後処理条件の良さに驚きを隠せなかった。

多額の賠償金支払いを免除出来たとしても他の三ヵ国による分割統治もしくはゴルバ・グラードといった近代的な港湾地区は半世紀近くの租借地化が免れないものであると考えられていたからだった。

流石に日本が住民からの信頼を得て設立した特別統治地域の統治継続了承や占領地の独立及び返還については承諾する気だったもののこれからルシアを再構築していく上で必要不可欠なものを失わないで済むうえ日本の従属国にならないことについて正直喜ばざるをえなかった。

 

「吉生殿が今仰った戦後処理案は我が大敷州帝国が理想の一つとして掲げている外地統治政策と一致している事から大いに賛成します!よって我が帝国の皇女殿下並びに皇帝陛下そして、臣民を代表する私から異議はありません」

 

「私も島田皇女殿下代行の意見に同調いたします。二ホン皇国が掲げる対外思想は今後この世界でも大いに浸透させていくべき考えであると思います」

 

「皆様のお慈悲を感謝いたします。我がルシアとしてはこの処理条件に異議はありません。また、二ホンが現在イタリ・ローマ王国と国境を接する旧南部地区に至っては二ホンの統治下であり続ける事にも異議はございません」

 

「バグラテオン殿下と同じく願っても無い条件である為、この条件での処理を希望いたします」

 

「こちらこそ聡明な判断を下していただきありがとうございました。イタリ・ローマ王国及び大敷洲帝国のご賛同に感謝御礼申し上げます」

 

こうして同盟国であるイタリ・ローマ王国や大らかな姿勢の大敷洲帝国そして、新生ルシアの土台となりうる反共和国勢力の賛同を得たことで穏便な戦後処理が決定したのだった。

今回の戦後処理条件は日本国内では武士道と先人の理想を尊重した上で計画したとして吉生太一外務大臣をはじめ中渕内閣の支持を不動たるものとした。

また、戦争中から秘密裏に交流があった『スオミランド共和国』やバルトニア諸島を越えた先にある『ポルスカ国』、日本が転移してくる前から連合共和国との紛争が絶えなかった極東部の『ジンギスカン首長国連邦』といった三ヶ国は日本皇国を『異世界から来た中小国の守護者』として大いに賞賛し、イタリ・ローマ王国や大敷洲帝国、新生ルシアの基礎に成ろうとしている二軍に対して戦争勝利の祝電を送ったのだった。

無論、日本もこの三ヶ国を帝国主義を掲げる大国の脅威から保護する為の準備を進めながら穏やかな接触を予定している。

 

 

 

日本皇国

首都 東京 首相官邸

首相官邸では総理大臣の中渕と内閣官房長官の『安藤晋介(あんどうしんすけ)』と外務大臣の吉生がこれからの異世界について話し合っていた。戦争が終結した事により次の異世界議題となる三ヶ国に対する国内開発援助や大敷洲帝国との同盟締結、日本皇国の特別統治地区内の情勢や国内情勢を始めとした個人的な意見交換だった。

 

「安藤君と吉生さんが言うように、この異世界で我々が元居た世界と同じ過ちを繰り返さないようにしないといけませんね」

 

「せっかく官房長官として総理のおそばに置かせて頂きましたから率直に申し上げると、勢力が弱まったとはいえど未だに高齢の構成員が予備役として従軍経験がある『盟朋大赦教団』の教徒たちの監視を継続していても世論からの批判が有ったとしても微々たるものでしょう。次にこれまでもそうであったように宗教国への干渉は極端かつ異常性が高いカルト教でない限り避けるべきであると考えております。出来る限りこの世界の国々の公安部もしくはそれに該当する機関との連携も強めてくべきであると考えております」

 

官房長官の安藤は日本が転移する十年前、テロ組織だった盟和道理教団の穏健派が組織した盟朋大赦教団代表との話し合いで教団が掲げる思想の甘さと脆弱さを実例を上げたうえで徹底的に指摘した事で大いな評価を得たもののこれを不服とて逆上した教団の構成員に自宅を放火された経験からお花畑な思想を掲げておきながらテロ行為に走るこの教団の監視と日本が元居た世界でイスラム過激派が生まれなかった要因の一つである宗教国への干渉を避けた上で、ある程度のしきたりをその地域における必要悪として容認すべきだ。という距離間保持も意見として挙げたのだった。

 

「中渕さん、シンちゃんが言うように俺も外国からの干渉防衛として国内外の馬鹿どもを抑えるべきだと思います。あと俺の話にはなりますが、大敷洲帝国の事は『さすが敷洲の兄弟!分かってるじゃねえか』って言いたいくらい我々の意見に同調してくれる事から我が国との対立の心配はありません。それと、会談の時に皇女代行として来ていた近衛機甲団の団長を張ってる兄ちゃんの気合いの入り方を見て、まんま八十年前の帝国軍人だと思いましたよ」

 

「二人の意見を聞かせてくれてありがとう。だが、ナチスのヒトラーやファシストを提唱したムッソリーニ、かつて不満のはけ口を大日本帝国にぶつけたルーズベルトのような人物がまだ知らないだけでいるかも知れないから。慎重な舵取りが必要になって来ますね」

 

次に吉生が安藤の意見を肯定する形で友好国の法治機関と連携したうえでお互いの国の不安要素を一網打尽にする案を述べた後に美保という敷洲人に対して持った率直な感想などを話し終えると、中渕は二人の意見に賛同しつつ自分達が元居た世界で見て来た指導者達のような人物を警戒するのだった。

 

 

 

日本皇国特別統治地域・ルサビノ

日本皇国がルサビノを含めた旧共和国南部地区は現地民の自治権を拡大した緩やかな統治機構を築き上げた事で抵抗や反感を買うことなく統治下におくことに成功した。

現在、戦争の功績から陸軍中将に昇格した藤田が休暇を貰い王国の国防軍関係者居住地区に帰省しているものの同じく休暇が出された第一機甲師団三羽烏の黒田や小棚木、蝶野が宿営地のベッドに寝転がって戦闘の経過報告を眺めていた。

 

「それにしても……いつの時代も外道には容赦ないね」

 

「そうですねクロさん。ヤーベリっていうベリヤのコピー版いましたよね?そいつの取り巻きもお察しな奴だったのか、我々に対して友好的な反共和国ゲリラが従軍報道者を案内した先で外道達を晒し首にしていたり、大人数で悪質な権力者を引き摺り回したのか血だるまの死体が何体もあったり『私は女性を虐げ快楽の道具にしていました』という言葉が書かれたプラカードを首に堤げて、死体を街頭に吊るしていたりといった光景が散見されたそうです」

 

「昭和後半の日本とか世界的にあった不良狩りと強姦魔狩りみたいですね。あと、まんま『スターリン最後の十二日間』っていう映画みたいですね」

 

「ナギ君、結構読み込んでるんだね……でもやっぱり因果応報って怖いよね。そうそう昭和の時にあった不良狩りと強姦魔は俺の地元はそんな奴がいないくらい平和だったから無かったんだけど、カツアゲとかおやじ狩りしてたやつに関しては地元の自警団とか地周りのヤクザさんに捕まると絶対に目が失明するか体の一部が一生使えないくらいボコボコにされたりとか、当たり所が悪くて不良少年を殺しても謹慎と役員交代だけでお咎め無しだったり、逆に逃げたら自警団から鉛玉が飛んで来り強姦魔狩りに関しては強姦魔を殺しっちゃっても問題なかったから警察による射殺が当たり前だったし、自警団に捕まった場合は車で引きずり回されるとか被害者さんと自警団が一緒になって強姦魔を原型が無くなるまでボコボコにするとかあったみたいだよ」

 

降伏前後の共和国内で起きたふんぞり返っている権力者たちに対する報復として不満や怒り、哀しみに満ちた人々といった暴政の被害者に共感した人々が手を取り合った結果、腐敗していた政府幹部や軍の幹部は捕まるやすぐに激しい暴行を加えられた後に容赦なく吊るしあげられたのだった。

また、この世界の日本やドイツ、イタリア各国の刑法は犯罪被害者が泣き寝入りする事がなく軽犯罪に至るまで徹底した取り締まりが行われ、弱者を傷つける強姦や強盗致傷にまで死刑が適応されたりするほどだった。

因みに史実通り少年法が存在するものの更生すべき人間と守られるべき人間だけが適応され、犯罪の凶悪さや外道に年齢は関係ない。というのが日本をはじめとした世界の共通点であり国際法にも善良な人間のための人権法と明記されている程善悪の区別が徹底されていたのだった。

 

「それ父からも聞いたことありますよ。まあ、外道の話は終わりにして楽しい話でもしましょうぜ」

 

「楽しい話といえば、黒田大尉って有翼人のお姉さんとデキてるんですか?」

 

「蝶野君、それって勘違いしているよ。俺はアーニャさんとは話しも合うけどそこまで関係は進んでねえよ。彼女と仲が良いのは否定しないけど」

 

「クロさんはそう言いながら自分がモテてるの自覚出来て無いんじゃないすか?だって補給班や整備班の姉さん達から結構いい評判ですよ」

 

「いやいや、それって蝶野君かナギ君の事じゃねえの?第一に撃たれるかも知れない状況の中でせっかく予備役から志願して補給と戦車の整備に来てくれるんだから暇があれば手伝うのは当たり前の事じゃなかったの……ん?」

 

蝶野が黒田に関する女性話を始めると、小棚木も蝶野に同調して彼をいじり出す。恋愛経験皆無の黒田は自覚出来ていないモテる行動を無自覚にしてしまっている事から相変わらず鈍感だった。

さて、先輩後輩で楽しく盛り上がっていると兵舎の中を亜麻色髪の女性……アーニャが手招きしながら覗き込んでいることに黒田が気付いた。

 

「アーニャさんでしたっけ?クロさんの事を見て手招きしてますよ」

 

「そうみたいだね。アーニャさん!今行くよ」

 

黒田は二人との話を後にして彼女のもとへ行くのだった。

 

 

 

 

アーニャと黒田は二人きりで街から離れて話すことにした。彼女は男女二人でいるところ見られるのが少し気まずかったのか近くの川まで来た。

誰も見ていないことを確認し終えたアーニャの方から口が開いた。

 

「クロダさんこんなところに呼び出してごめんなさい。実は二ホン軍の人が私のもとに任意での頼み事をしに来たの」

 

「軍の関係者が頼み事……というと自衛軍計画の事かい?」

 

「ええ、そうよ。私達有翼人種はこの世界の軍事学だと前線の偵察要員や回り込んで後方を突く戦術をやることが多いの。自衛軍に参画した場合は偵察部隊の指揮官をやるのだけど……もし、偵察隊の指揮官に成ったらクロダさんが上官になって欲しいの」

 

政府による穏やかな統治政策の一環としてこの統治地区の人達の自治権拡大を目的に『郷土自衛軍』を創立する事で民主主義国家復活の基礎作りも兼ねられていた。

日本は日独冷戦初期の装備を郷土自衛軍に提供することで本格的な軍隊化を目指しているものの、戦争の脅威が無くなったため志願制での創立が計画されていたのだった。そこで日本は反共和国派の元ゲリラといった戦闘経験者を幹部に登用する事で組織体制を強化する事も目指していたのだった。

 

「確かに戦闘報告を見ていると、アーニャさん以外の有翼人ゲリラが少数精鋭で敵後方に回り込んでそこそこの被害を与えたという実績もあるから特殊部隊運用もしくは偵察任務が最適かも知れないよね。今後、戦闘がないだろうからゆっくりする時が大半だけど。その時が来たら俺みたいな奴で良かったら一緒に戦おう」

 

「ありがとう!クロダさんならそう言ってくれると思ったわ!あともう一つお願いがあって、一応二ホンの武器を使わせてもらうみたいだから色々教えて欲しいかな……って思っているの」

 

「それに関してもある程度の旧式装備が到着したら一緒に個人演習が出来るだろうし、準備が整ったら声をかけさせてもらうよ」

 

アーニャと黒田はうまい具合に反りが合うのか、郷土自衛軍創立前から独自の混合部隊を考えたりするほど仲が深まっていた。さて、次に彼らが活躍するのはいつになることだろうか。

 




ご覧いただきありがとうございました!次回は第十一話を投稿する予定です!
※なろう版では第二十話を投稿します!
皆様の評価やご感想、ブックマークへの追加などお待ちしております


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第十一話 歩み始める皇国

ご覧いただきありがとうございます。今回はほんの少しだけの戦闘と大敷洲帝国との交流が始まります!




ルシア帝国

帝都・クワモス

クレムヴィータ宮殿

クレムヴィータ宮殿は一週間前まで国家総帥のジュガーリンや彼に付き従う狂信者、フルスチャフのように彼に恐怖しながらも本来のコミン主義を陰ながら守ろうとした穏健派社会党員が頻繁に出入りしていたものの現在はルシア臨時政府軍に参加していた帝政時代の貴族やジュコーフが率いる共和国自由革命軍の知識層が国家再建の為に寝泊まりしながら国内の政策転換について話し合っていた。

ルシア臨時政府軍と自由革命軍は、互いに合流した時から共和国解体という目的が一致していた事から日本の庇護を受けながらルシア再建の政治体制を今日まで話し合ってきた結果がバグラテオンを皇帝に復帰させた上で立憲君主制を導入したうえでジュコーフを首相の座につけるというものだ。

当初、バグラテオンは国家元首の地位を固辞して新生ルシアの行く末を見守る事を選んだものの彼の復古を望む国民の声が高まって来たことや帝政時代とはほぼ無縁の自由革命軍の人間達が彼の功績を無駄にしたくないという考えもあったことから立憲君主制でルシア帝国が復古する事になったのだった。

 

「皆様、私を皇帝の地位においてくれる事に感謝いたします。今回の戦争では、貴国二ホンが無辜の国民の事情を考慮してくれた事もあり国家再建は急速なものになりつつあります」

 

「皇帝陛下の仰る通り国内の不安要素の解決や善政を執り行っていた元社会党員の方も協力してくれたお陰で洗脳されていた人々の説得に当たっていたこともあり、民主主義やブルジョワージ主義(この世界における資本主義的存在)への転換が理解されつつあります。二ホンやイタリ・ローマ王国、大敷洲帝国の皆様が寛大な判断を下してくれたお陰でもあります」

 

「こちらこそ聡明なお考えのもとでこのルシアを救おうというお心があったからこそ成せた事だとおもっています。私としても貴国の益々のご発展を望んでおります」

 

ジュガーリンに並ぶ暴君として恐れられた父とは異なって国民の英雄となり、皇帝の地位に就いたバグラテオンや首相を任されることになったジュコーフは国防陸軍の今村大将と会食を交えながら現在のルシア国内の情勢を話し合っていた。

 

「しかし、腐敗しつつあった社会党の中でもまともな部類に当たる一部地方党員やジュガーリンの恐怖政治をかいくぐってコミン主義の良き部分を忘れずに善政を執り行っていた幹部党員は我々との連携に前向きです。その為、政策としては政府の権限を今までより減らしたうえで一部巨大企業の民営化やジュガーリン政権下において無下にされていた富の再分配などを実行する他、今も広大な我が国には共和国体制時と違った福祉国家化が必要と考えております」

 

「本格的な民主主義化を目指されるおつもりですか。現状、良識のある社会党員の方の了承や協力を取り付ける辺り早速国家再生は軌道に乗りつつありますね」

 

「ジュガーリンシンパの企業がジュガーリン政権下において行っていた莫大な脱税資産を本来行き渡るべき自治機関や人民の為に投資している事から地域格差は少しづつ縮小しつつあります」

 

ルシア国内は意外にも安定しつつあり腐敗せずに善政を執り行っていた社会党員は戦争犯罪から免除される事となり立場は政治家から官僚もしくはお役所務めの公務員、公社の社員に転向しつつも新生ルシア発展に協力する体制を整えた。

 

「あの凄惨な戦争が嘘のように回復しつつある事に改めて安心いたしました。それはそうと戦後処理において欠かせない旧共和国政府幹部の処遇はどうなりましたか?」

 

「それなら今更ながらお伝えする形になりますが、貴国が戦争犯罪者の裁判権を我が国に委任してくれた事もあり円滑に判決が下されました。フルスチャフ委員長のようにジュガーリン体制に疑問を抱きながらもジュガーリンシンパの緩衝材または恐怖政治を抑えきれなかった常識人に至っては現実と向き合い国家の崩壊を防ごうとした良い部分も有るとして最長でも禁固五年の判決を下しました。一方で元副総帥のメレンチー・ヤーベリは死刑判決が下され、ボラーゾフの息子に至っては軍の面汚しという言葉が似合う横暴ぶりから国民の反感を多く買っており先住民の方や共和国時代から良識のあった国民の手で処刑され、残るジュガーリンシンパも同じ手法で処刑されました」

 

「事情を詳しくお聞かせいただきありがとうございました。これで共和国体制下において犠牲となった人々が新たに前進するきっかけと成る事を願います」

 

フルスチャフのようにジュガーリン体制に疑問を抱きながらも恐怖のために協力していた者に至っては自主懺悔という形で自ら長期の禁固刑に服役する事を選択していたが、彼らも恐怖政治の被害者であるため長くても五年の禁固刑という判決が下されたのだった。

しかし、副総帥のヤーベリや他の狂信者達に至っては非道な行為が全て己の身に帰って来たのか全員極刑が決まった。

処刑方法もそれ相応のものでありヤーベリがギロチンを使用したうえでの死刑が執行され、他の極悪人に至っては銃殺刑に処されるか怒り狂った大衆から石を投げつけられるか市内を引き摺り回されるといった自業自得な末路を迎えた。

しかし、そんな混乱も乗り越えてルシア帝国は共和国時代に抑えられていた人民の力を活かして国家の再建に取り込むのだった。

 

 

 

日本皇国特別統治地域

ニコポラ演習場

ニコポラ演習場は旧共和国時代から使用されている事や近くに工業地帯がある事から新兵器の試験場用いられていたが、特別統治地域にて創設される郷土自衛軍に供給する予定の装備が並べられていた。小火器はもちろん重火器から自動車や装甲車輌の他、第二次世界大戦中の帝国空軍や帝国海軍で運用された三式艦上戦闘機・烈風改(史実における烈風の最終改良型)や四式襲撃機・戟竜改(史実におけるキ02の改良型)、五式戦闘機・景雲(日本初のジェット戦闘機)といった航空機も用意されていた。

この演習場に居るのは、日本皇国国防陸軍の一部隊員の他に大敷洲帝国から招かれた帝国軍士官達だった。日本語と敷洲語は国名や文化が少し違うだけで全く同じ言語なので交流が円滑に進んでおり、王国を通じて歴史研究や技術提供など限定されているものの民間レベルの交流も進んでいる。

 

「日本には鎖国という期間があったものの清と呼ばれる国が没落した事やロシアと呼ばれた国が南下する動きを見せたことでイギリスという国が江戸幕府という行政機関に接触したことで一八〇三年に開国したんですね。その結果、周辺諸国より最も早く近代化を遂げる事が出来たなんて全く違う歴史を歩んでおられますね」

 

「ええ、我が国としては国難に相当する時期だったもののイギリスと利害が一致したことから後ほど来航したアメリカと対等な関係を築く事が出来たほか、ロシア帝国に対抗して日本を支配下に置こうとした大清帝国からの防衛に成功して樺太と千島列島を確保いたしました。しかし、大敷洲帝国の場合は鎖国しなかった場合の我が国の強化型といった感じですな。百戦錬磨の帝国軍が千年以上も続いているだけでも文化の違いを感じます」

 

日本皇国国防陸軍の『熊谷忠司(くまがいただし)』中将と大敷洲帝国陸軍の『狭間弥三郎(はざまやさぶろう)』大将が両国の異なる歴史について話し合いながら敷洲帝国軍の精鋭達が器用に日本の兵器を操っている姿を眺めていた。

この世界の日本は史実より五十年早く開国したことにより、田沼路線の一部を再選択した幕府の指導力が強力なものとなった事で藩同士の連携が上昇したこともあり第一次日清戦争に辛勝した。

また、勢いに乗じて樺太全島と千島列島を確保すると同時に松前藩の支配も拡大したことや戦争勝利を背景に琉球藩も設置したことから一時的に江戸幕府のまま近代化しつつ大政奉還が行われて穏便な形で幕府が廃止され、初代内閣総理大臣には徳川慶喜が就任したのだった。

その為、戊辰戦争と西南戦争が勃発せずに技術発展も早まったことにより史実だと試作もしくは少数生産にとどまった兵器が早い段階で登場したのだった。

一方、大敷洲帝国は鎖国しなかった日本というべきか当初は防衛力を駆使して朝麗王国や大明帝国からの不平等な要求を跳ねのけつつ樺島や千舞列島に敷洲帝国領を広げてルシア帝国や『ブリタニス連合王国』、その他諸外国との交易を通じて貿易力を強化すると同時に帝国の近代化速度に潤滑油が加わった事から近代化に失敗した朝麗王国を併合し、近代化失敗と内部混迷の歯止めが効かなくなった大明帝国と琉玉諸島を巡る紛争をきっかけに数だけの烏合の衆と化した大明帝国から泰湾と奉州を獲得した。

この時に敷洲帝国と大明帝国の間に結ばれた条約に対して干渉しようにも時すでに遅しと悟ったルシアやブリタニス、『神聖ゲルマニア帝国』の三国に対しても優位性を発揮し、ブリタニスに並ぶ島国帝国となったのだった。

 

「しかし、第一次世界大戦後は痛み分けに終わった事からゲルマニア帝国が不穏な動きを見せている他、講和の反動で極右体制に切り替わったビザンリア国、お恥ずかしながら我が帝国国内にも立憲君主制を維持したままコミン主義体制移行を唱える左派勢力や帝道派と呼ばれる強硬派勢力が存在する事から華やかなものとは言えませんが、一軍人として我が国が良い方向に導かれる事を願っております」

 

「そうですか。かつて我が国も貴国と同じ状況に置かれていた事から狭間大将の内憂をお察しいたします。それでも千年以上続く大敷洲帝国は尊敬すべきことが多くあるように思えます」

 

国や歴史が異なれど二人の将官は自分達が自国に対して思う事が一致しているのか、静かに自国の歩みについて語り合っている傍ら精鋭を集めた合同訓練が滞りなく続いていた。

 

 

 

日本皇国

首都 東京

警察庁長官室

警察庁長官室では黒髪に白髪が混じった筋肉質な男性が秘書官から手渡された資料を片手にタバコをふかしつつ真剣な表情で資料を手に置いた。

この男性の名前は『黒岩哲也(くろいわてつや)』警察庁長官で現役警察官時代は『外道キラー』と呼ばれているほど人を傷つける犯罪に容赦がなく、自らの手による射殺で制裁を下した犯罪者は百人を越えている。

防犯カメラが発達しておらず冤罪を防ぐために現行犯逮捕が重視されていた時期には逃亡した強制わいせつ犯の頭部を狙撃したほか女性のバッグを盗難した不良少年のバイクにパトカーで突っ込んだり、人質を取ってバスジャックを行った自己中心的な少年犯罪者の頭部に容赦なく狙撃銃から放たれる7.62mm弾をめり込ませて射殺する事により事態の悪化を防いだりといった破天荒な行動が目立つものの常に弱者や善人の側に立ってきた事から一時期は彼をモデルにしたアクション重視の刑事ドラマが流行るほど市民からの人気が高く遂には警察庁長官を拝命したが、未だに彼を逆恨みする犯罪加害者家族から命を狙われた事もあるほど波瀾万丈な人生を送っているのだった。

 

「あいつらやっぱり腹の中に含んでやがったな……外見でニコニコしながらお花畑すぎる刑法改革と人権革命を喚いていたが、十年前に安藤官房長官の自宅を襲撃した事件といい大敷洲帝国との交流が本格化した途端、姿を消して大人しくするかと思いきや二十年前みたいに武力闘争路線にシフトか……なめた真似しやがって」

 

「ちょ、長官!自分の手で行くなんて無茶な事はいけませんよ……そのために国防軍や王国軍近衛竜騎兵隊の皆様が協力を名乗り出てくれたのですから」

 

「ははっすまない。私は昔から悪党や偽善者が嫌いだからつい頭に血が上ってしまったよ。市ヶ谷の方には、敵が接近したら派手にやって構わないと言ってくれ」

 

「了解いたしました。長官は現役時代から策士ですなぁ。まさか教団の奴らも王国の貴族とされている来賓が王国軍の精鋭兵だと思ってないでしょうね」

 

今にも日本とイタリ・ローマ王国が極秘に立てた囮作戦に引っ掛かった敵……盟朋大赦教団の武装構成員達を自らの手で血祭りに上げかねない黒岩を制止した秘書官は敵を哀れに思いつつ彼の策士ぶりに感服しながら部屋を後にするのだった。

 

 

二時間後、大分県某温泉観光地

大分県某所の温泉観光地の一部には秘境的な温泉宿が存在し人が殆ど寄り付かなかったりするものが有る。さてそんな中、両軍の罠と気付かずに非武装に近いとされるイタリ・ローマ王国からの来訪者を人質に取り政府に対して自分達が所属する盟朋大赦教団の主張する未成年者に対する死刑免除を含めた死刑廃止や刑法の緩和そして、教団主導の政権立ち上げといった自己中心的な目標を達成すべく温泉宿を前進する教団武装班のリーダーにして盟朋大赦教団の尊師である『室川由紀延(むろかわゆきのぶ)』は盟和道理教団時代から密輸して隠し持っていたG3A3を手に他の武装した教徒を引き連れていた。

 

「くくっ……王国の奴らを必要な犠牲にして今こそ優しい世界を実現してやる。その後は私の可愛い息子を殺した黒岩の首を晒しあげてやるっ!」

 

「尊師ぃ、私もまともに話し合わずに息子を殺した黒岩が憎いです……はぁ……はぁ」

 

「同志よ。その恨みを力に優しい世界を実現させようではないか……」

 

室川の息子は途方もない不良少年だった。その息子はある日、罪なき女子高生を狙って不良仲間と共に強姦の対象としようとしたものの危機一髪のところで、女子高生の助けに入った黒岩に対して愚かにもナイフで反抗しようとして不良仲間共々彼に射殺されたのだった。

薬物乱用者なのかずっと小銃の引き金に指を添えている構成員はバスジャックを行い、乗客の一部に怪我を負わせたあげく意味不明な要求を警察に対して行った少年バスジャック犯の父親で、その目の前で愚かな息子を黒岩に射殺された事を未だに根に持っているのだった。

完全な逆恨みでしかない犯行動機で来賓が訪れているとされる温泉宿を目視していた彼らは、完全に頭がおかしくなっていた。

宿への距離が縮まるにつれて道がどんどん開けてきて宿がある開けた場所へ出た瞬間。突風と小銃擲弾の爆発が室川達を襲い、リーダーである彼は自動車に跳ね飛ばされたかのように宿の傍にあった竹林に叩きつけられた。

 

「ぎゃああああああっ!!腕がぁ!!」

 

「ど、同志がぁ!!」

 

「これは夢だ!これは夢だ!」

 

「……嘘だ……なんでこんな」

 

彼が地面を見上げた途端目にしたのは、一匹のドラゴンが引っ掻いたことによって腕がちぎれて切断面から鮮血を飛び散らしている構成員やパニックになりながらドラゴンに向けて小銃を乱射する構成員がいたものの、完全に気を取られていたのかドラゴン・テンペスタの飼い主である少年……カルロ・バローネ曹長と随伴していた相馬中尉が小銃で残った構成員を的確に仕留めていく。

やがて自分を含めて五十人近くいた従軍経験者たちがあっけなく全滅したのだった。直前まで会話していた薬物乱用者の構成員はテンペスタによる攻撃の当たり所が悪かったのか頭部が切断されており、吹き飛ばされた室川の横に転がっていた。

 

「よしよし、テンペスタよく頑張ったね。痛いところはない?」

 

「逆恨みでこんなに可愛い子や罪もない人を狙うなんて最低……っ」

 

「黙れ黙れ黙れ黙れ!!私達が目指す優しい世界の良さを理解しない輩が何を偉そうにっ!!」

 

「久しぶりだな。室川……詳しい話は俺とサシで話そうや」

 

「く、黒岩ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

彼らは呆気なくカルロや相馬に追い詰められて抵抗する術を失った。カルロが腹部と翼膜に銃弾が当たり、少し出血するテンペスタを撫でているが、大したことがなさそうに上機嫌に鼻息で返事する。

その横で相馬がカルロの頭を撫でながら自己中心的な思想で犯行に及んだ室川に対して、蔑んだ視線を浴びせると同時に尤もな言葉を浴びせた。

頭に血が上っている室川は喚き散らしながら満足に動かない身体で落ちていた拳銃を取ろうとするが、着陸してきた警察用ヘリコプターから真摯な表情を浮かべた黒岩が彼に語りかけながらやって来た。

息子の仇を目にした室川の目は人のそれで無くなるくらい黒岩の名前を叫ぶと同時に、身体を震わせながら気絶した。

 

「俺の泥を被せてすまねえな。軍人さんそれに小さいドラゴンライダーさん……ありがとう、二人の健闘は素晴らしいものだ」

 

「いえ、国家の危機を守ってこその皇国軍人です。黒岩長官からのお言葉感謝いたします」

 

黒岩は自分が成すべき室川達の逮捕及び組織壊滅に、大打撃を与えたカルロ相馬コンビに対して感謝の言葉を口にしたのちに敬礼する。

彼女が彼と敬礼を交わすのに合わせて、カルロも敬礼した。

 

「少年、でっけえドラゴンさんに乗るなんてすごいじゃねえか。これからも今みたいな理不尽が増えて大変だろうが君の健闘を祈るよ」

 

「ありがとうございます。クロイワ長官殿のお言葉を大事にします」

 

黒岩は少しかがんでカルロと目線を合わせながらイタリア語で彼の健闘を称えると同時に祈ると、彼も覚えたてながらも流暢な日本語で言葉を返した。

その後、盟朋大赦教団は抵抗する間もなく前身の盟和道理教団のように機動隊に制圧されて今度こそ壊滅したのだった。

 




お疲れ様です。ご覧いただきありがとうございました!次回は第十一話(小説家になろう版では第二十一話)を投稿する予定です!

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第十二話 新たな舵取り

ご覧いただきありがとうございます引き続きお楽しみください!今回は日本皇国における災害も少し混ぜてみました


日本皇国

首都 東京

民政自由党本部

民自党本部では閣僚を中心に議員会議が開かれていたものの異世界の平和を願う者に政党は関係ないのか、転移する十六年前に民自党が政権を奪還する前に政権を担っていた日本民社党の元代表かつ元内閣総理大臣の『海崎敏則(かいざきとしのり)』と前総理の西條知之も招かれていた。

民自党と日本民社党は日本皇国の二大政党で、前者が自由主義を掲げる小さな政府寄りかつ多くの諸外国との対外協調を重視した中道的な政策を持つ政党だ。一方、後者が大きな政府寄りの政策を掲げながら日本を第一に対外関係はアジア、中東諸国といった同盟国重視のスタンスを取る自由主義よりも保守主義色が濃い政党である。

それでも震災や国際紛争、経済危機の際には対立無く政党の垣根を越えて迅速に連携する事から日本皇国憲法が制定されて以来、両政党は多くの国民から慕われている。

 

「こうして五年前に議員を引退した私がまた西條さんと一緒に話し合うなんて二十年ぶりですな。西條さんが下野時代の民自党で幹事長をしていた時に起きた『京浜大震災』で連携した時の事を思い出すよ。三年前の『西日本大震災』では二十年前と違って津波が起きたにも関わらず和歌山や徳島、高知はそれが嘘のように復興が完了しているから私のような老いぼれよりも西條さんが頼りに成ると思けど……私で良かったら」

 

「いえいえ、私こそ海崎元総理や諸先輩方から学ばせていただきました。総理の椅子から降りる前に被災地が復興出来た事から政治に心残りはありません。ぜひ、海崎元総理のご意見も聞きたく存じます」

 

海崎は政治とカネの問題で党内が混乱して国民から不安視される民自党からの政権交代を実現したうえ、バブル化しかけていた経済に歯止めをかけた事で現在まで続く安定した経済の基礎を作り上げたものの総理に就任して一年経った頃に起きた京浜大震災では、早急に国防軍の救助隊を派遣して被災者の安全を確保するといった功績を残している。

また、京浜大震災当時に民自党幹事長を務めていた西條は野党として行うべき震災対応に右往左往している他の党幹部をそっちのけにして実力派の党員を取りまとめて民社党政権に協力する姿勢を固めた事もあったことから十年間も総理大臣の座に就けたものの在任期間に起きた和歌山や高知、徳島などの沿岸都市を大津波が襲った西日本大震災に直面すると、海崎と同じく国防軍の救助隊を早急に派遣して被災者の安全を確保した事は勿論、野党からも災害対策のプロを入閣させるなどして一時的に大連立政権を組んで犠牲を抑えたほか、改修が追いついていなかった一部の原子力発電所の改修及び強化を積極的に行った。

 

「分かりました。私的に現在の特別統治地域の復興及び開発支援が現地住民の方の下で組織された郷土自衛軍の工兵部隊とその補助に当たる我が軍の手によって進んでいるものの、我が国からの独立に向けて地域元来の生活様式に合わせつつ自然と便利さが共生できる田園都市化や農業の充実化や旧共和国政府の国営工場がありましたから、その設備をある程度更新していくべきであると思います。私からは以上です」

 

「ありがとうございます。私も海崎元総理と同じ考えであることから大いに賛成いたします。問題はこの地域に住まう民族の方は多民族な傾向にあるものの同じルシア語を使用していますから、将来的には民族事情を考慮し無ければいけません。そのため個人的には第二次世界大戦後の中国が我が国と協力して穏健な形でチベットとウイグルをまとめたように自分の故郷やその国に住んで良かったと思えるような国を作っていただくためにも……連邦制の導入を支えるべきであると思います」

 

二人の元首相は今日本が抱える特別統治地域の行方と今後の発展構想について語り終えると、民自党議員たちがメモ帳に二人の会話をまとめているか隣や前後で話し合っている事から会議は滞りなく進んだ。

 

「両先生の貴重なご意見をお聞かせいただきありがとうございました。今後は特統地担当大臣である私が総理や野党の皆様と話し合う形で特別統治地域の発展に尽力したいと思います。今後とも皆様からのいご意見がございましたら、遠慮なく私に申し上げてください」

 

「なお、これからは特別統治地域のみならず新たに同盟国となる諸外国との関係構築模索について話し合う機会が増加すると思いますので共に話し合っていきましょう」

 

福井康晴(ふくいやすはる)』特統地担当大臣と『和泉純吾郎(いずみじゅんごろう)』幹事長の一言で一時間近く続いた会議は閉幕し、特別統治地域の今後を取りまとめたのだった。

こちらの世界の日本にも災害が容赦なく襲い掛かって来たものの、その教訓を活かして特統地の復興やリスクを避けれる分だけ避ける産業発展を支援するための構想が始まったのだった。

 

 

 

日本皇国特別統治地域

マリキフ

マリキフは豊かな自然と土壌に恵まれているため、干ばつや飢饉といった自然災害が降りかかった事が少なかったものの共和国による再侵略を受けた際には主要穀倉地帯と位置づけられてしまい、平等に農地を分け合っていた先住民から農地を取り上げて国営化した挙句、バランスを保って蓄えて来た食糧を配給制にしたことで人為的に飢餓寸前にまで追い詰められたものの日本と共和国との戦争が終結すると元の所有達の手に戻り自由な農業が再開されようとしていた。

 

「諸君には市街地の耐震補強と道路整備を行ってもらいたい、何か分からないことがあれば遠慮なく私に言ってくれ」

 

「大佐、もうすぐで本土から送られて来る現地住民向けに配給する旧型自動車が到着する予定なのでここから一キロほど離れた平原に仮設教習所を設立したいのですが……」

 

「そこはまだ新規施設建設が未定だからよろしく頼むよ」

 

マリキフに派遣された第六工兵大隊を率いる『佐竹正利(さたけまさとし)』大佐は今回の戦争でゲリラ化していた住民を郷土自衛軍の隊員として迎え入れた後も他の国防軍隊員達と混ぜて、陣頭指揮を取ったり政府から派遣されて来た官僚達と話し合いながら市街地の近代化と復興を進めていた。

彼もまた戦災の他に、京浜大震災や西日本大震災での復興支援に当たった経歴もある事からその経験を活かして精力的に働いていた。

 

「しかし、農地が綺麗な状態で使えることが奇跡ですね。それに加えて市街戦に成らなかった事から景観を保ったまま建築物の改修や最近の調査でバイオマス発電を利用した現代的な電力供給が実現可能であることから田園都市化は実現しやすいかもしれませんね」

 

「そうだね。共和国に搾取されて来たこの地域は明るさを取り戻してきているから民族的な自身も付けて立ち上がって欲しいものだ」

 

佐竹とその補佐官が仮設兵舎で会話している傍ら、道路が舗装していたり伝統ある景観を保持したまま最先端の現代技術の結晶である重機や電子工具を活かして建築物の改装工事や王国と結ぶ鉄道路線を構成する駅舎設置も兼ねた鉄道敷設工事も行われていた。

 

「佐竹大佐、これまで旧態依然に近い農業が行われていたこの地域で共和国により外地開拓に従事させられていた住民が戻って来たことから人口低下は避けられる可能性も上昇しましたので、この戦争により起きた焦土作戦や強制移住などで行き場を失った非戦闘員の誘致を行って、北陸のような人口増加が進む近代的な農業地帯を目指すのもいいかもしれないですね」

 

「ああ、戦争の怖いところは武力衝突による戦闘は勿論、戦災によって元の住環境を失ったことにより経済的低迷に加えて新しい反社会的勢力台頭のきっかけにもなったりするからな」

 

佐竹が言うように元いた世界でも戦災による国体の崩壊や住民に対する強制移住が招いた地域の不安定化の反省点を活かしつつ、非戦闘員の受け入れを視野に入れて復興も兼ねた再開発に力を入れ始めた結果、郷土自衛軍の隊員や農業用機械に対して知識がある住人に国防軍の隊員達がトラクターの操縦方法を教えているほか、住民達に対して炊き出しを行いつつ日本による地域開発の意見を聞きながら農地の拡大と並行した工事を進めているため、ゆっくりと農業近代化の歯車も動き始めたのだった。

 

 

 

日本皇国

首都 東京

首相官邸

首相官邸の総理執務室には防衛大臣の谷岡と官房長官の安藤が訪れており、彼らと大敷洲帝国の情勢について話し合っている中渕は今までよりも重たい情報に腕を組んで考え込んでいた。

無理もない大敷洲帝国軍の狭間弥三郎大将を通じて得た詳細な情報は、同帝国内に存在する帝道派という強硬派勢力の動きが活発気味であり武装蜂起寸前という状況下にあるというものだった。

 

「中渕総理、このまま政治思想を衣替えした左派勢力を吸収した帝道派を放ったままの状態だと親政を目的としたクーデターが起こりかねないですよ。我が国ではクーデターを未然に防いで来たものの、帝道派に近い皇道派が活発化した歴史もありますから、何とかして手は打てないものでしょうか?」

 

「私的に思うやり方としては、王国に派遣している戦力の一部を正式に派遣して帝国政府との連携を図るべきでしょう……しかし、もう一つの策としては我が軍に一任して手っ取り早く制圧するのを理解していただいた上でという手段も考えられます。しかし、帝道派の政治思想的にも交渉の余地はありそうなものの、いつアクションを起こすかは全く予測出来ませんね」

 

「谷岡防衛大臣と安藤君の言う通り、いざという時に備えておく事が大事かもしれませんね。それに加えてほどほどの距離感を保っておかないと現敷洲政府を守るのに必要な理由付けも出来ないし、帝国時代の我が国を護り国民との距離を縮めようとされた大正天皇に瓜二つのお姿を持たれた義仁皇帝陛下のお顔に泥を塗りかねないですね」

 

「我が国において国内情勢の不安定化が原因でクーデターが発生した事が無いものの、大敷洲帝国は我が国が転移してくる六年前に東北地方的立場に該当する蝦南地方では国全体が恐慌の煽りを受けたにも関わらず一部の行政機関や貴族、財閥が皇族と議会の眼をかいくぐって癒着したうえ、緊縮財政を悪用して有効策を講じなかった事から臨時で皇帝陛下自ら親政を行って優柔不断な行政機関に代わって今の大嵩首相や他の皇族と共に風紀が乱れていた蝦南地方を安定化させた結果、多くの住民が救われたもののこれを機に皇帝陛下を始めとされる皇族を絶大に支持する帝道派が出現し、彼らの目標である親政国家実現を招くことに繋がったそうです」

 

中渕は谷岡と安藤からもたらされた帝道派の情報を聞き終えると、一度眼鏡を外した後に机に置かれたおしぼりで顔を拭いてから眼鏡を掛け直して一息ついた後にやや苦し気な顔で口を開いた。

こちらの世界の日本は第一次世界大戦を通じて史実と違って満洲を支配していたドイツ帝国から満州を獲得すると、諸外国による干渉避けに満州国を設置して世界情勢を観察しつつ朝鮮半島を加えたブロック経済を行っていた事から恐慌の影響は微々たるものだった為、軍部の台頭は避けられたものの強大ながら深刻な社会情勢を抱えた大敷洲帝国で帝道派が誕生した経緯に同情せざるを得なかった。

 

「もしかすると私は日本が議会制民主主義を採り入れて以降、歴代一残酷な首相に成るかもしれません。帝道派から敷洲という生まれ育ち愛した国を変えて護り続けようという愛国心や義仁皇帝陛下に対する忠誠そして、弱者の側に立とうとする意志を感じるものの逆賊になってまで多くの血を流す事に成る以上、何としても叩くべきだと思います。谷岡防衛大臣、大敷洲帝国政府との密約になりますが帝国国内における有事の際は大敷洲帝国国民の生命を保護する為に陸海空国防軍が全力をもって反乱軍の鎮圧に当たるという旨を帝国政府にお伝え出来ますか?善良な敷洲人の方を荒唐無稽な流言飛語や同情を煽る決起正当化工作から守る為にもあらゆる戦力投入は惜しみません」

 

「分かりました。総理がやろうとしている事は決して間違っていません。泥なら防衛大臣の俺も一緒に被ります」

 

「私も総理の意見に賛同いたします。国民の皆様も元の世界で長い歴史を通じたからこそ、どちらに大義が有るかはよく理解しているはずです」

 

「二人ともありがとう早速行動に移してください。開いてはいけない箱が空く前に抑えることがこの世界に来た我々の使命かもしれませんね……」

 

しかし、中渕は如何なる理由が有れどこれからこの世界において非常に重要な存在となり得る大敷洲帝国で起こりかねない事態に対して腹を括り、世界が違えど同じ言葉を話す者による不逞の行いにも断じて妥協しないという姿勢を固めた。

無論、彼だけでなく付き従う谷岡や安藤たちも同じ意志を固めて再び戦火が燃え上がろうとする現実に向き合うのだった。




ご覧いただきありがとうございました!次回の第十三話(なろう版では第二十二話)から大敷洲帝国編に入って行きたいと思っています。皆様の評価やご感想、ブックマークへの追加などお待ちしております


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第二章 帝国変革す
第十三話 交差する意志


ご覧いただきありがとうございます!今回は少し大敷洲帝国の情勢を追加しました。


大敷洲帝国

帝都 西京都

宇治橋駐屯地

宇治橋区にある陸軍駐屯地内の本部兵舎では、帝道派軍人達が椅子に腰掛けて煙草を燻らせながら机の上に敷洲列島の地図を開いて蝦南地方や東武地方、首都圏の西中地方の一部地域に筆で赤色のバツ印を付けていた。

赤いバツ印を付けている他に机の端っこに自動車や竜騎兵、戦車、大砲、歩兵の駒などが置かれていた。恐らく椅子に腰掛けている彼等が率いているか帝道派の同志達が率いている部隊の事を指しているのか、帝国国内の重要施設が位置する場所に配されていく。

 

「非常に先進的な人道観や道徳観、文明力を持っている日本なら我々の意志を理解するか妥協してくれるかもしれないな」

 

「ええ。共和国との交戦をまとめた資料を見るに、日本と我々は同じ考えを持っている事が伺えます。敵とはいえど騙されて働かされていた国民に対して素晴らしい対応をしている点など我々の行動と一致しています。それに比べて我が帝国国内の一部貴族はどうですか?郷土愛は全くなく、奉州の開発ばかり口走って外地にばかり投資して地元民の血税を自分達の良い格好の為に使っているじゃないですか」

 

「松永大佐の仰る通り、まるで我が敷洲からの離反を狙っているように自分達の門閥の息が掛かった企業が外地に力を入れ、不平等な共同体が形成される事で拝金主義が加速するでしょう。それに一般企業が門閥系企業による強引な吸収も起こる未来は遠くないと思います。その為に我々が聡明なる皇族の皆様や皇帝陛下による親政を実現させることで、冷酷かつ無意味な社会形成に歯止めを掛ける事が出来るかと」

 

帝道派を率いる陸軍大将の『荒川眞三郎』の日本に対する期待から始まり、陸軍大佐の『松永貞一』と陸軍少佐の『越智信広』も一部の貴族による独占的な経済政策と利己主義に対する不満を口にする。

また、若手の越智に至っては大尉時代に偏った経営に明け暮れる門閥系貴族をよそに郷土の安定に奔走する傍ら蝦南地方の格差が開発途上にある外地に追い抜かれかねない状況を目の当たりにして来た身であることから、他の二人よりも感情的になっている。

 

「越智よ貴様の意見は一般国民の家庭に生まれたからこそ国民生活の低下を憂い、守って来たからこそ言えることだから間違っていないぞ。現に、皇帝陛下は放蕩行政に明け暮れるダニ共に代わって大嵩首相と共に暖かいうえ慈悲深い親政を執り行われ、乱れかけていた風紀を正された。だからこそ辣腕を発揮された皇帝陛下によるご聖断のもとで再び親政を実現すべきだ」

 

「だが、ダニ共は皇帝陛下による慈悲深い対応によって軽い処分で済んだにも関わらず。国政への進出や大義なき侵略戦争の発生による経済特需を期待している節がある。この清く美しい我が帝国を血も涙もない吸血鬼国家へと変えようとするダニには地獄を見てもらおう。我々が真の敷洲を取り戻すと同時に生まれ変わらせる必要がある」

 

「私も強硬手段による腐敗門閥制圧は素晴らしき案だと思います。しかし、日本及び大嵩首相の内閣といった国務機関の理解を得るかが問題でありますが……事情を知れば我々の大義に気付き、理解してくれるものだと思います」

 

荒川と松永は越智の意見を肯定しつつ、自分達が行うクーデターの趣旨である皇帝の義仁による親政を確立させることで政治腐敗を殲滅し、その根源である利己主義の門閥系貴族とそれに追随または近い思考を持つ者の武力排除といった計画を再確認した。

越智もクーデターに対して賛成しているものの、日本の動向に対して疑問を抱き始めながらも同じ言葉を話し似通った歴史を歩んだ彼の国なら理解するものだと信じて疑わなかった。

だが、日本皇国が美徳として来た弱者救済という考えが共通している彼ら帝道派による悲しくも切ない安堵と期待が悲劇の引き金となることに成るとは誰も予測出来なかった。

 

 

 

大敷洲帝国

帝国領奉州・海四楼

海四楼は大敷洲帝国の帝都、西京都に直結する外地の港湾都市の一つで帝国による先住民族との連携や共存を重視した政策が執り行われて来たことから、近代化に成功しつつも大敷洲特有のものも活かされている昭和三十年代の日本と戦前の日本のような景観が入り混じった地域だ。

石油事情がマシなことも相まって技術の解放がある程度進んでいるのか、一般市民のものと思われる小型のセダン車や二輪車が道路を普通に走っている事が伺える。

国民の生活水準が高度に発達しているにも関わらず鉄道や道路が混雑していない要因の一つでもある翼竜を使った空中運送も盛んなのか、農業地帯から来たと思われる者が翼竜の背中に買い込んだ荷物を載せていた。

そんな賑やかな喧騒をよそに郊外に設立された仮設駐屯地には正式に日本皇国国防陸軍の第一機甲師団や第七五歩兵連隊、海兵隊の第三海兵師団が駐屯している他、東に一キロメートル先にある飛行場には国防空軍航空隊の戦闘機や攻撃機、陸軍のヘリコプターなどが駐機している。

 

「遠路はるばる我が帝国の外地である海四楼に来ていただきありがとうございます。共和国の脅威が去り、ようやく貴国と共に繁栄を目指す余裕が確保できそうなものの国内の情勢は少々変動しているため、歩調を合わせて行けるといいですね」

 

「愛里寿皇女殿下からの御会釈を賜り感謝申し上げます。私は日本皇国国防陸軍大佐の敦賀正であります。貴国の事情に至っては我が国でも共に手を取り合って解決しようという話が上がっておりますので、私としても良い方向に進むことを願っております」

 

自らの足で国防軍の仮設駐屯地を訪問して来た帝国第二皇女の愛里寿に対して、恐縮だと言わんばかりに藤田に代わって第一機甲師団を率いる敦賀大佐や他の佐官達が少し緊張しつつも態度を崩さずに敬礼している。

国防軍幹部の彼らとしては、事前に連絡が有ったとはいえど一国の皇女自らむさ苦しい駐屯地に訪れて来るため失礼な対応をしない為にクリーンで馴染みやすい派遣軍という意識を高めていたものの、意外にも礼儀正しいうえ友好的な態度を取る彼女に一先ず安心した。

しかし、これから国防を担う兵士達の目線に立ちたいと考える彼女に粗相な応接をしてはいけないと考えたのか早速その場にいた佐官達が用意された演習場へと案内した。

 

「こちらの装備は、我が国の主力を担っている03式小銃であります。元来の小銃のように単発で射撃する事が可能な他、ご存じだとは思いますが機関銃のように連射する事が可能です。良ければ実際に試されますか?」

 

「よろしいのですか?では、お借り致します」

 

「「ア」が安全装置で「タ」が単発で「レ」が連射になりますので反動にお気を付けくださいませ。ここのコッキングレバーを引けば射撃可能です」

 

愛里寿は佐官の一人から国防軍の装備の一つである03式小銃(史実における20式小銃)を紹介されると、慣れた手つきで小銃を手に持って射撃体勢を取ると傍に控えていた女性隊員から説明された操作方法を理解したのか三発は単発で射撃した次に連射で弾を撃ち切った。

銃弾は全て的の中心付近に命中しており、彼女の腕の高さを示しているかのようだった。

 

「お見事です!使い心地は悪くないでしょうか?」

 

「ありがとうございます。連射に関しても慣れてしまえば肩こりが解れるみたいで良かったです。これを前線の兵士の方に持たせているなんて貴国の技術は充実されていますね」

 

「お褒めの言葉を賜り感謝いたします。まだまだ愛里寿殿下にご紹介したい我が軍の装備品がございますので、ご案内致します」

 

愛里寿は射撃場を後にして、佐官や護衛の者たちと共に別の国防軍装備が待っている場所へと向かうのだった。

因みに彼女自ら国防軍の臨時駐屯地に訪れた理由としては、帝国軍の中枢に立つ者の一人としてこれからの軍の戦術のあるべき姿を見出すために自身の手で前線の兵士達の生存性を極力高める兵器がどの様なものであるかを知りたい事に加え、新しい戦略作りのヒントを得ようとする為であった。

 

 

大敷洲帝国

奉州総督府庁舎

総督府庁舎には国防陸軍の今村大将が訪れており、敷洲帝国軍元帥の山城奉治や外務大臣の麻田喜重郎と日本の内閣府で取り決めた大敷洲帝国に関連する有事の際は日本皇国の陸海空国防軍を出動させて敷洲帝国国民を不穏分子による反乱から保護する事に加え、全力を挙げて不穏分子が率いる暴徒の鎮圧に当たるといった緊急事態時における正統政府への協力案について話し合っていた。

 

「別の世界から来た貴国がお忙しい中、我が国で起こりかねない危機に助太刀して頂けるなんてとても心強いと思っております。私としては貴国の提案に不満はございません」

 

「外務大臣を務めている私としても貴国の正統政府支持は有難いものであると思っております。その点については我が国と貴国の意見が一致しているとして、早速取りまとめる事が出来そうなものであると考えております」

 

「ご理解いただき大変恐縮でございます。折角こうして我が国と同じ言葉を話している他、文化がほぼ一緒でありますのでこの世界にとってかけがえのない存在と考えています。故に不穏勢力から由緒ある帝国を守っていくべきだ。というのが我々日本人の答えであります」

 

元々住んでいた世界が異なるものの同じ言語を話すうえ同じ国家観を持つ者同士、思考が一致していたのか円滑に進んでいった。

山城と麻田の二人は対外的な屈辱を受けた事が無い敷洲が必要以上の拡大路線に進むことを憂いている保守派の重鎮でもあり、この世界に転移して来た日本皇国が本気を出せば一年も経たないうちに世界の半数近くを席巻するかもしれないにも関わらず高圧的な態度を取るどころか対外協調路線を目指してこの世界の一員として発展に貢献しようとする姿勢に感心を抱いていた。

危機的な状況にある敷洲と日本の両政府は信頼すべき相手を見極めていたのか、この密談は円滑に進んでいた。

 

「今村閣下は信頼できるお方ですからお話し致しますが、皇帝陛下及び大嵩首相にはこの事を事前にお知らせしてこの奉州内の安全な場所にて護衛しております。しかし、帝国軍の穏健派閥で占められている奉州といえど不測の事態が起こりえるかもしれません。誠に申し訳ないのですが、我が国の皇帝陛下を我が軍と共に貴国の皇国国防軍と護っていただけますでしょうか」

 

「承知致しました。我が国の中渕首相も不測の事態を最大限予測して備えておりますゆえ、我々としては願ってもない事であります。我が国や軍の威信にかけて皇帝陛下及び大嵩首相、良識ある方々をお守りいたします」

 

「今村閣下、我々敷洲人と致しましてはこの上ない感謝であります。早速、この密談の経過と密約の成立を陛下と首相にご報告いたします。また、貴国には共和国を捻じ伏せた実績があるとはいえその戦力に対して不安視する国民も出て来ることと思いますが、我々は勿論日本皇国は侵略性を持つ国家ではないという事を共にお伝えしていく所存です」

 

山城や今村、麻田の三人は敷洲の文民政府をいかなる理由が有れど護り通さねばならない意志が合致していたのかこの場において衝突なく密約の取り決めまで行われる事となり皇帝の義仁と首相の大嵩の保護に取りかかるのであった。

これから敷洲政府を護らんとする日本と帝国軍の正統派と汚名を着せられても帝国の未来を憂い、現体制を一新したうえで真の敷洲を創り上げようとする帝道派との短くも濃く、儚く敷洲史と日本史に残る激動の時が訪れようとしていた。




お疲れ様です。次回から数話ほど続く内乱編の始まりとなる第十四話(なろう版は第二十三話)を投稿致します。
ブックマークや評価、皆様のご感想をお待ちしております!


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第十四話 敷洲列島燃ゆる 前編

ハーメルンでは今年初めての投稿になりますが、引き続きよろしくお願いします!


大敷洲帝国

蝦南地方磐戸県・森嶋邸

森嶋家は大敷洲帝国の歴史の中で比較的に新参だが、島田家や徳澤家といった由緒正しき主要貴族とは異なって私兵を使った傭兵業への注力や放送業界への進出が見受けられる最先端型貴族だ。

しかし、近年は第一次世界戦争が列強諸国の痛み分けに終わった事の混乱に乗じて帝国外地の奉州に対する過剰投資を行いつつ地盤とする蝦南地方に対しては露骨な緊縮政策を行ったため財政破綻寸前まで行ったものの、義仁皇帝を始めとした皇族と大嵩首相をはじめとした親政によって放蕩ぶりが明らかになると帝国国内からは売国奴や潜在的反逆分子として痛烈な批判を浴びると同時に政府からの活動制限を受けた。

しかし、当代の森嶋は懲りもせずに民間財閥の乗っ取りを企てている他、奉州と国境を接する漢華民国に対する侵攻工作画策などといった国益よりも自己の利権を築き上げるべく同じ思想を持った田子島屋家、鴨川家の幹部達と会合を行っていた。

 

「神輿は軽い方が楽だな。折角、第一次戦争で中立を保ち、戦力を温存して来た我々が烏合の衆である漢国や腰抜けとなったブリタニスの南方植民地を奪取する絶好の機会なのに戦争の準備期間でしかないこの時間を延長するなんてあの人は何を考えているのやら」

 

「森嶋卿の仰る通りです。これからは生温い敷洲主義ではなく時代が求める国家観に順応していくベきことから我々主導の敷洲第二帝国を作るのも夢じゃないですね」

 

「しかし、帝道派という学生以下の低俗な思想を持った連中が好き放題我々に対する不満を口にしていますが。新時代を切り拓こうとして何が悪いのやら」

 

「田子島屋殿と鴨川殿は話が早くて助かる。それに弱者救済なんてわきの甘い考えは早く廃れさせて古き良き弱肉強食を主眼においた選別的階級社会を復権させるべきなのです」

 

どの世界においてもこの三人のような小物達が持つべき器量を見誤って持ってはいけない力を持つと国家や組織は凄惨な崩壊や末路を辿り、弱者が更なる迫害を加えられたり罪なき者が食いものにされるといった悪循環が作り出される。

そんなリスクを考える間もなく夢物語を語り続ける輩の横暴は長く続く訳もなく装甲車輌が外の門を突破する破壊音と共に現実に引き戻されると同時に血塗れの軍刀と森嶋の息子の切断された頭部を持った越智少佐が幹部達の集まる部屋へと入って来るなり、その頭部を彼に投げつける。

 

「ひっ……ああ」

 

「ふんっ絶大な影響力を持っていると聞いて少しは期待していたが、所詮は弱者から搾り取った富で成り上がった外道らしいな」

 

「越智!きさ…ぐぇっ!」

 

「これでおしまいか人間の真似事をした吸血鬼が……私が天罰を下してやる」

 

「ひ、ひぃ!!止めろぉ!!」

 

主だった三人は護身用の武器を持っていないのか会合の中に居た軍事会社の社長が懐から拳銃を取り出そうとしたものの越智が素早く拳銃を発砲して頭部に銃弾を命中させる。

自身を護る術を無くした幹部達は我先にと逃げ出そうとするが、阿鼻叫喚の中で彼によって頭部を切断されるか身体の急所を切りつけられるなど何れにせよ鮮血と臓物の一部が部屋の壁や天井、床、逃げ惑う中ひっくり返えされた料理などに飛び散っていく。

 

「あぁ……やめ、たす……ぐぁっ!」

 

「た、頼むっ!!ぐぎゃあ!!」

 

「お、お、お、越智!!お前達帝道派が望む利権や行政権は全て引き渡すから私の命は助けてくれっ!!」

 

「貴様の愚かな息子も今の貴様と同じく年端も行かぬ少女たちを使った実質的な奴隷化と売春計画の利権を譲渡するなど死ぬまで外道らしい事をほざいていたが、奉州に過剰投資をして何をする気だ?」

 

「て、帝国発展の為に蛮族たる漢国を平定し列強より最強を目指すためだ!!」

 

「ほう。脅威でも無ければ侵略を国家戦略とする蛮族でもない平穏な漢国を食いものにする気か……そして、貴様らはそれを背景に何も知らない国民を抱き込んで皇帝陛下に対する弑逆の正当化を企てていた訳か……問答無用だ。死ねっ!!」

 

「あぁっうぐっ!!ぎゃあっ!!止めろぉぉぉぉぉぉ!!」

 

「貴様らがこの数年間、蝦南地方を搾取して来た報いだ」

 

「うぐっ!ごほぉっ!!や……めっ!!」

 

越智は田子島屋と鴨川の二人の頭部も刀で切断すると森嶋の眼前に来るまでに斬り伏せて来た幹部達の返り血を顔や軍服に浴びたまま彼の胸倉を掴んで詰問するが、貪欲かつ荒唐無稽な譫言を抜かした挙句、軽率に「帝国」と口走る事に怒りを覚えたのかそのまま刀で森嶋の腹部を切りつけるとその傷口に手を突っ込んで腸などの臓物を引っ張り出して、喚きもがき苦しむ彼の首を臓物で締め付けると大量の血を吐き出しながら森嶋は息を絶やした。

存分に腐敗貴族達の血を浴びた越智が死体の山となった大広間から出ると、部屋の前では彼が率いる戦車大隊の副官でもある『藤森謙作(ふじもりけんさく)』大尉が彼の退室を待っていたかのように静かに頭を下げた。

 

「越智少佐、知事が我々への支持を表明致しました。また我々と合流した『敷洲国民連盟』の会員達も春田県にて決起集会を開くと同時に残存する田子島屋系の幹部の拘束に成功し、帝都を地盤に置く鴨川の幹部の拘束の他、同家に流れていた森嶋家の私兵は第二戦車中隊が制圧いたしました」

 

「そうかご苦労だったな。中隊に損害はないか?」

 

「問題ありません、国民連盟の会員たちが協力してくれた事により円滑に事が進みました。同じく各地では腐敗分子に天誅を加えている最中でございます」

 

「それならよかった。国民連盟は革新的政治思想があるものの分別のある左派勢力で同じ敷洲の未来を憂いる同志だからな」

 

「今はともかくこの決起に共感してくれる国民が現れることを祈るばかりです。また関連企業からも売国奴共による敷洲の侵略国家化計画に関する資料も見つかった事ですし我々の正義を証明してみましょう」

 

「そうだと良いな。藤森、お前の言う通り寄生虫共を皆殺しにしていくべきだと思うが日本がどう動くかが問題になって来るだろうからもしもの時は腹を括るんだぞ」

 

「分かりました。しかし、日本軍の動向や皇帝陛下のお言葉が気になるところでありますが……我々の正義が実現される事を願いましょう」

 

「ああ、その為に我が国を蝕む癌を取り除いていくべきなのだ」

 

帝国内において君主制革新主義の実現を目指す左派政治団体である『敷洲国民連盟』も皇帝親政を高く評価していた事もあり、時代に合わせた政治腐敗の一掃や望まぬ戦争を避けるための帝道派によるクーデターに加担して提供された旧式装備や自分達が生活用に使う自動車などで武装した急造の決起部隊を組織して帝道派と共に腐敗貴族を攻撃すると同時に、各貴族が所有する関連企業も襲撃していた。

無論、軽武装の私兵集団では本職の帝道派軍人や旧式とはいえ立派な火器を提供された国民連盟の会員達に敵う訳もなく各個撃破されていき、戦果を確認した越智を始めとした帝道派は敵として認識した腐敗貴族や一部財閥の掃討に向かうのであった。

 

 

 

帝国領奉州・海四楼

国防陸軍仮設駐屯地

駐屯地では義仁皇帝や大嵩首相の不在を狙った帝道派によるクーデターの発生に対処すべく冷静かつ迅速に鎮圧の準備を完了させていた。

日本国防軍の最高指揮官たる中渕総理大臣とその中枢を担う防衛大臣の谷岡からは「敷洲のためなら程よく的確に動くように」と敷洲政府からの正式な声明を待つ形となり、今村大将と二日前に日本を発って職務に戻った藤田中将が義仁皇帝や大嵩首相とクーデターに関する意見交換を行っていた。

仮設兵舎は重苦しい空気で包まれ、義仁は重大な決断を下そうとしているのかその口は堅く閉ざされて神妙な面持ちとなっており大嵩に至っては彼の心情を悟ったのか仰せのままにという姿勢で静かに口を閉ざしていた。

 

「私のわきの甘さがかえって国民や帝国を守る兵士達に多大な負担となるとは……残酷な選択になるかもしれないが、同族同士での殺し合いやこれ以上の犠牲を避けるために日本軍による反乱軍鎮圧を要請する事と致しましょう。貴国の戦力に対して恐怖を抱く国民も出て来るかもしれないが私自ら国民一同に理解できるように貴国の正義を説明したいと思います」

 

「陛下のお気持ちをしかと理解致しました……首相である私が申すのもどうかと思いますが、貴国の優秀な戦術のもとで迅速に鎮圧していただけますでしょうか?反乱していない部隊には本国の方で待機と帝道派に加わらぬように厳命しておりますので」

 

「皇帝陛下ならびに首相のお気持ちを尊重いたします。我が軍の戦力を最大限生かしきる形で必要以上の犠牲避けるように致しますが、頑強な抵抗勢力に至っては排除致します」

 

「我が師団の鉄獅子達が率先する形で帝都の解放を目指して国民の皆様や良識持つ部隊の安全確保も約束致します」

 

「貴国に泥を被せる形となりますが、寄らば大樹の陰というべきでしょうか時間が経つにつれて過剰な犠牲を抑えるために貴軍による反乱軍鎮圧を正式に許可致します」

 

「陛下のご聖断を承りました。これより反乱軍鎮圧を開始いたします。藤田中将、早速第一機甲師団による帝都解放作戦を命ずる」

 

「了解致しました。皇国軍人として恥じぬように大和魂と敷洲の正義の尊重する形で全力を尽くして反乱軍鎮圧の任務に当たらせていただきます」

 

皇帝は日本を心の底から信頼していたものの、日本皇国の強大な戦力に対して恐怖するものが少なからず現れるという先見の明もあった上で自ら国民への理解を得るための行動にうって出ようとする意志を明確にすると同時に、国を憂いて腐敗分子への粛正を世間の為に実行しつつも現政治体制の打破を目的としている帝道派に対して複雑な心情を抱きながら国防軍による鎮圧を許可するのであった。

 

 

イタリ・ローマ王国

ナッポリ 国防軍関係者居住地区

戦火と無縁になった王国にある国防軍関係者の日本人が居留する住宅の一角にある藤田中将の自宅では妻の華穂が見守る傍らアンナ、カリーナの三人がぬいぐるみで遊んでいた。

夫が再び前線に赴いたため彼女が養子である二人と一緒に暮らしているが、日本がこの世界に転移してからずっと一人でいたものの共和国との戦争が終結して人が家に来てからは個人的に楽しい日々が戻ったものの国の情勢としては複雑になってきている。

アンナとカリーナが無邪気に遊ぶ横にあるテレビで放送されているのは政治に関するニュースであり、アナウンサーが分かりやすくその内容を読み上げていた。

 

『本日開かれた臨時国会において改進党の大沢一男党首が中渕内閣総理大臣に対し、海軍の一部を大敷洲帝国にも派遣して両国の友好と強力さを誇示すべきだ。という派遣軍の追加を提案したものの中渕総理は国防軍派遣のバランスを見誤れば敷洲帝国国民の皆様のみならず接触未定の諸外国に対して混乱や動揺を与えかねないため外交面を強化した上で検討すると回答しました。次のニュースです……』

 

「あの人もだけど、軍も政府も大変ね……」

 

「お母さんどうしたの?」

 

「何でもないわよ。そうだ、クッキーが焼けたから三人で一緒に食べましょ」

 

「あーっ!おいしそうな匂いだ!お母さん早く早く!」

 

「わぁ!すごく美味しそう。お母さんありがとう!お父さんが帰ってきたらまた一緒に食べたいね!」

 

「ふふっお父さんは今、私達や皆を守るためにお仕事に行っているからそれが終わったらまた四人で一緒にご飯でも食べましょ」

 

「「そうだね。お父さんが無事に帰って来れますように!!」」

 

「二人とも良い子ね」

 

「えへへっだって二人が大好きなんだもん」

 

「私も大好き!」

 

華穂は休暇が終わった夫の身にも関わるニュースに関心を寄せるものの二人の娘を心配させたくなかったが、アンナとカリーナは焼けあがったクッキーを頬張りつつ母である彼女の雰囲気を理解していたのか二人で父の安全を祈る言葉を口にする。

母である彼女は嬉しくなって二人をまとめて抱きしめ、二人は揃って無邪気で愛らしい笑みを浮かべて母と父に対する好意の言葉を口にした。




ご覧いただきありがとうございました!次回は後編を投稿する予定です。ご感想や評価、ブックマークなどお待ちしております!



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第十五話 敷洲列島燃ゆる 後編

後編になります。引き続きお楽しみください!


大敷洲帝国

帝都・西京

宮都城

帝道派が決起と同時に西機関や特務警察、憲兵隊が監視対象とする腐敗貴族や財閥の幹部に対する襲撃及び殺害といった粛清を開始した事により帝国の宮殿にあたる宮都城周辺には近衛師団の歩兵や砲兵、装甲車輌が展開して慌ただしい雰囲気に包まれていた。

皇帝親政の実現を目指して決起したといえど、善悪の区別は徹底しているのか腐敗貴族と対峙する善良な貴族や政治家、状況を把握していない一般市民などの非戦闘員には被害が無かった。

現在の状況としては決起部隊の幹部を説得するために善良な貴族や政治家達が庁舎に呼ぶなどして政治方針での話し合いなどの穏便な対応をしているものの、一夜が明けて蝦南地方や東武地方などの腐敗分子を血祭りにあげた越智少佐率いる戦車隊が鉄道を降りて西部の帝都に向かっているほか、東部方面で決起に同調した部隊などを吸収しつつ決起部隊との対決を望み、攻撃態勢が整った部隊と睨み合いが続いている状況だ。

 

「粟林閣下、海軍の報告によると日本皇国陸軍から応援の部隊がもうすぐここに到着するようです。皇国軍の藤田中将から貴軍の仰せのままにという伝達がありました」

 

「そうか。是非、帝道派の連中を牽制するようにお願いできないか?背後からは我々が援護すべきだろう」

 

「しかし、帝道派なら暴虐なる共和国を三ヶ月で撃破した日本軍の強大さを理解して突っ込んで来ないと思いますが……」

 

「同じ言葉が通じる以上、それを見越して彼らなりの慈悲がある対応を願いたいところだな。到着して早々に貧乏くじを引かせる形になるが、彼らの健闘を祈ろう」

 

「承知いたしました。早速、海軍基地の方に伝達させていただきます」

 

敷洲帝国軍第一近衛師団団長の『粟林忠照(あわばやしただてる)』中将は国防陸軍の応援部隊がもう直ぐ到着することに喜びつつ部下に対して国防軍の後方支援を指示しつつも帝国の内情を憂い腐敗が魑魅魍魎とする現状に対して反逆を起こした帝道派といえど同じく国を愛する敷洲人であるが故に非常に複雑な心情を抱いていた。

 

 

一時間後、西京都

舞鵬海軍軍港

軍港に到着した第一機甲師団の装備はクーデター鎮圧ということもあり96式機動戦闘車や82式歩兵戦闘車といった快速車輌が多くを占めており戦車に至っては五輌といった極めて少ない編成である他、他の輸送艦からは警視庁外派機動隊と書かれた旗がフロントの旗棒に掲揚された機動隊の75式特型警備車(75式偵察戦闘車の警察機動隊内における呼称)や隊員達を乗せたバスなどが走り出していく。

日本から遥に離れた敷洲に重武装の警察機動隊が居る理由に関しては、奉州において馬からオートバイと自動車に乗り換えた盗賊団を鎮圧する目的の他にも敷洲帝国の警察組織改革の研究も兼ねた相互交流の一環として奉州に配属されており、海四楼において国防軍の仮設駐屯地が建つ前より奉州に派遣されて治安の悪い地区での盗賊狩りや他の犯罪による現行犯逮捕といった敷洲側の憲兵や警察との連携プレーといった活躍も見せている。

そんな機動隊も投入された経緯に至っては、帝道派の本体である反乱軍よりも旧式装備の提供が追いつかないまま軽武装で決起した敷洲国民連盟と腐敗分子に対する不満が爆発した上で決起に参加した一部帝都市民に対する鎮圧を担うためである。

 

「機動隊さんが協力してくれるのは心強いよね。しかも藤田中将の後輩の方が隊長をしている大隊だからすごい事になるよこれ」

 

「でしょうね。高校生の時に中将が率いていた走り屋兼不良狩りチームの副長をしていた方と聞いていますから、決起した市民団体も一瞬で片が付きそうですね」

 

「それでも相手の事情を理解しているのか機関砲を載せて殲滅ってよりも放水砲に改装されていますね。それに輸送艦の中で行われたミーティングでも機動隊装備の四割がゴム弾らしいので、最低限の配慮はされている感じになりますね。まぁ、俺達三人は帝国軍のガード役になりますから状況を見極めて攻撃というのが問われますね。その為に82式を大量投入したんですが」

 

黒田や小棚木、蝶野の三人が遠くから物珍しそうに藤田中将と機動隊の大隊長を務める『大上秀一(おおがみしゅういち)』警視正が談笑している姿を眺めていると、藤田がそれに気付いたのか三人に対して手招きしてしたので、駆け足で二人のもとに向かい敬礼を交した。

 

「三人が先輩のところの精鋭さんですね。会えて光栄です私は警視正の大上という者です」

 

「こちらこそご丁寧にありがとうございます。今回の任務では改めてよろしくお願いいたします」

 

「おう。シュウは基本丁寧やけど、怒らせたらド外道共を粉砕して来た戦闘力が炸裂するで~」

 

「そ、そんなことしませんよ!でも藤田中将の後輩に当たる方ですから、そんな気はしますけど」

 

「もう先輩、そんなの三十年以上前の話なんですから今と昔は違いますよ」

 

三人も二人に混ざって何気ない冗談を交わしながら会話を再開したが、大上の右頬にある大きな切り傷を見ると昔話が事実であるかのように目立っており黒田と小棚木も色々と察したのか穏やかに笑い低頭な姿勢を取る彼に粗相が無いようにしながら同じく低頭に接する。

そんな若干和やかなやり取りを経た三十分後にはクーデター鎮圧の為に黒田の10式戦車を先頭に第一機甲師団の82式歩兵戦闘車が、帝国軍の兵士を守るようにして走り出したのに合わせて大上が率いる大隊の装甲車とバスが帝国軍に引率される形で甲高いサイレン音を上げながら走り出した。

 

 

 

西京都百代田区

国道一号線

百代田区では、こちらでも善悪の区別が徹底されているのか帝道派の決起に同調した敷洲国民連盟系列の市民団体がクロスボウやゲバルト棒などの軽武装で腐敗した財閥が経営する百貨店などを襲撃して財閥に愛想を尽かした店員と共に略奪した商品を貧困層に流すといった良く言えば義賊的な行動を行っているが、総体的に見るなら立派な大規模暴動である。

そんな彼等はそのまま帝道派との合流を図ろうとしており、彼らが居る南部へ向かおうとするものの突如青と白のツートンカラーのバスと装甲車と共に帝国軍のトラックも現れる。

 

「軍の方及び日本の警察の方に申し上げます!そこを退くか我々と共に敷洲を変えましょう!それが無理ならあなた達を突破してでも敷洲を変えてみせる!切り込み隊、前へ!」

 

「敵さんが突っ込んで来るぞ!警備車は体当たりの後に群衆に放水せよ。ゴム弾装備班は発砲しつつ検挙班を援護し、支援班は帝国軍と共に催涙弾投擲を私の指示があるまで継続しろっ!!鎮圧開始っ前へ!!」

 

「「うぉぉぉぉぉっ!!」」

 

「敵車両横転!!前へ!前へ!LRADも鳴らせっ!」

 

「耳がっ!耳がっ下がれ!」

 

団体の長と思われる男性が機動隊や帝国軍に対して同情を求めるものの両者が沈黙したため切り込み隊の大型トラックが突破の為に走り出したが、大上の指示を受けた75式警備車が力強い排気音を上げながら強行突破を試みるトラックに衝突していく。大型車両といえど装甲車の破壊力は雲泥の差があるため、ボンネットが大きな音上げて凹むか重量に耐えきれずに破壊音を上げながら横転していくか、煙を上げて走行不能になる。

それに合わせて警備車の放水砲から大量の水が放たれつつLRADといった音響装置を鳴らしながら暴徒への距離をつめつつ、後部の乗降扉からゴム弾を装填した66式短機関銃(史実におけるH&K-MP5)を装備する機動隊員たちが後方から発射される催涙弾の援護を受けながらライオットシールドも盾にしながら発砲を開始する。

放水に加えてゴム弾の発砲、催涙弾という波状攻撃を受けて市民団体は瓦解しつつクロスボウを発射するか、大量突撃を図ろうとするもののなし崩し的にその場に倒れこんで行く。

 

「検挙開始っ!!突撃ぃ!!」

 

「うわぁっ!目が!放せぇ!!」

 

残った者達はそのまま手錠をはめられて行くか突き飛ばされる形でそのまま拘束されていき、百代田区における大規模暴動は鎮圧されていく傍ら後方支援を担当していた帝国軍の兵士達は本心から帝国を憂いて決起した彼らを殺めることなく拘束できたことに一旦安堵するのもののこれによりクーデター鎮圧が本格化し、短くも濃い時間の歯車が再び回転を始めた。

 

 

 

大敷洲帝国西部地方

大和府太城京市

帝都の南部に位置する太城京市の中心部では帝道派軍人やそれに付き従う決起部隊が展開して一時的に待機しているほか、帝道派の決起と同時に彼らに同情した地元の議員などが彼らと現在と今後の話し合いを継続するなど中立的な意見を持ちつつも複雑な心情で彼らと穏和な接触を行っている。

そんな中、越智少佐が率いる戦車大隊が貸切っているホテルでは腐敗した貴族及び財閥から没収した金品や食糧を生活に困窮する市民に配給している他、各地で捕縛した腐敗分子を地元のメディアを呼んだうえで簡素な裁判を開き明確な証拠を開示した後にその場で斬首または銃殺刑など自身の正当性と帝国内の悪について公表していた。

 

「少佐、市民からの反応は良好ですが。西部の浪速府の府境では睨み合いが続いており、同地域まで進んだ別の歩兵大隊が現在、府道八号線で府警の警官隊に護衛された府知事と話し合うなどしています」

 

「同じ敷洲人で殺し合う事に躊躇いがあるのは同じなんだな。だが、悪党共への鉄槌が功を奏したのか東武地方は若干の睨み合いが続いていても殆ど我々に同調している。このまま帝都まで進撃すれば皇帝陛下も我々の正義をご理解される事だろう」

 

「越智少佐!ご無礼を失礼申し上げます!ま、ま、優仁第一皇女殿下がここにおいでになり少佐との御会見を望まれております!」

 

「そうか……優仁殿下をお招きするんだ。藤森、席を外してくれ」

 

「了解いたしました」

 

越智は藤森大尉からの状況報告を受けながら軍刀を丁寧に拭い手入れしていたが、兵卒の一人が血相を変えて飛び込んでくると同時に思わぬ来客の訪問に対して少し驚くものの副官である彼を退室させてから、兵卒に連れられて来た第一皇女の『優仁(まさひと)』を招き入れる。

恐らくこの混乱に乗じたのか、女性ライダーに変装して帝都から大和府まで走り抜けて来たことを示すかのように若干2ストロークオイルの匂いもするものの視認するものを全て優しく包み込むような瞳に濁りは無かった。

 

「信広君、貴方から多くの血の匂いがするよ……ここに来るまで色々背負って来たんだね」

 

「……相変わらず殿下には頭が上がりません。しかし、此度の決起に際して殿下のお気持ちを害した事を重々承知しております。ですが、現在の我が帝国に必要なのは弱者救済と伝統的敷洲主義の保護、平和的繁栄そして皇帝陛下や殿下をはじめとした聡明なる皇族の皆様による親政であると考えている所存でございます」

 

「そうなんだね……ごほっ……国を愛し護ろうとする意志は大事だけど、この決起が失敗しちゃえば……ごほっごほっ……信広君の命が……だから今す……」

 

「っ?!殿下っ!殿下っ!衛生兵っ!!殿下の御容態が悪化されたぞ、救護を頼む!!」

 

優仁は面と向かっても自分達の大義の意義を述べてそれを体現しようとする越智の身を特に心配し、尊王的思想を持つ彼らの思考を把握した上で決起中止を呼びかけようとしたもののここに来て彼女自身の幼少期からの病弱さが祟りそれを知っていた彼は衛生兵や看護婦などを呼びつけ、自室のベッドに寝かせて看護させると優仁の容態は安定したのか静かな眠りについた。

 

「越智少佐、日本軍が自国の警察や帝国軍と共に我々への鎮圧を開始したそうです。それにたった今、ラジオでも皇帝陛下が……こちらをお聞きください」

 

『帝国の内情を憂いて此度の決起を断行した勇猛果敢なる諸君に告ぐ、諸君らの憂いに気付くことなく賊徒同然と化していた一部貴族を殺めさせてまで諸君らが決起した事に対して私は非常に申し訳なく思っている。しかし、このまま諸君が抵抗を続けるのであれば逆賊とみなした上で私自ら近衛師団を率いて諸君を征伐せねばならない事に加えて諸君の身を案ずる父母兄弟は国賊になりかねないだろう。今からでも遅くない、その場で武装を解除して直ちに投降するように。私からは以上だ』

 

「これが陛下のお気持ち………なのか」

 

「信広君、父上は気持ちは本気だから今すぐに武装を解除して……このまま信広君や他の皆が傷つくのは嫌だっ……」

 

「殿下……」

 

「少佐、我々帝道派は元来から皇帝陛下のお考えを尊重し、敬愛する同志達が集って出来た存在。その陛下がお言葉にされた以上はもう大義が無くなったも同然です。どうかご決断ください」

 

「分かった。聡明なる皇帝陛下ならびにお身体を顧みずにお出ましになった殿下のお気持ちを尊重して、私の指揮下に入る同志達の武装解除を解除せよ。責任は全て私にある為、手出し無用と厳命するように」

 

「了解、早速伝達致します」

 

藤森が部屋の中に有るラジオをつけると紛れもなく本物の義仁皇帝の肉声が部屋中に響き渡り、決起を起こした帝道派軍人を説得する趣旨の演説をしていた。

だが、腐敗していたといえど政府が認めた貴族を処刑しながら帝都目前まで進んできた事に対する怒りを皇帝が表すことなくそれに対して自身の過ちを認めると同時に自ら軍隊を率いて帝道派である自分達を征伐しなくてはならない事実を伝えた最後に、自分達を信用しようとする皇帝の言葉を耳にした越智が皇帝の本意を聞いて意気消沈していると、容態が安定して目を覚ました優仁が自分より少し背が低い彼を抱き寄せながら本心を口にした。

そして、越智は忠誠を誓った二人の意志を尊重して藤森に対して武装解除を指示するのであった。

 

 

 

同時刻

西京都中央区金座

一方、金座においても腐敗財閥の幹部の会合を狙って幹部達を殺害することに成功していた帝国陸軍第二戦車連隊を率いる『大橋明五郎(おおはしめいごろう)』大佐は、義仁皇帝が自ら放送したラジオ放送を聞き終えると酷く激怒していた。彼の場合、越智のように皇族の一人が説得に来たわけもなく他の地域でも議員たちが帝道派の兵士達を説得していたのに対して決起から一日が経過しようとした頃に皇帝からの武装解除通告だった。

 

「馬鹿なっ?!陛下が武装解除を通告されるのか……しかも、いいところまで来ていた越智まで投降だと……こんなもの日本の奴らが皇帝陛下を恫喝したに決まっている!!総員、西京タワーに軟禁されているであろう陛下の解放に向かうぞ!!」

 

「し、しかし。皇帝陛下は日本との友こ……ぐふぅっ!」

 

「貴様、上官である俺に向かって説教を垂れるのか?皇帝陛下はな、この俺を認めてくれた御方なんだぞ!!いとも簡単に慈悲を注いでくれた偉大な御方を見捨てろって言うのかこらぁ?」

 

「申し訳ございま……ひっ」

 

「おい、また皇帝陛下を愚弄されたり見捨てるような事を言ったら三年前に俺が挽肉にしたデコ助共みてぇにしてやろうか?」

 

この大橋という男は本心から帝国や皇族そして、一番に皇帝を敬愛し軍務に忠実であるものの今のように自分に対して意見した部下に対して平気で口の中に拳銃の銃口を押し込むなど非常に短気でヒステリックなうえ、常軌を逸した行動を起こしては軍歴の三割を真っ先に前線に立たされる懲罰部隊の隊長として過ごしてきた。

中でも彼を印象付ける出来事として挙げられるのは、三年前に懇意にしていた近所の子供が警官が乗る酔っ払い運転のパトカーによりひき逃げされたものの辛うじて命が助かったという知らせを聞いた際にはこれでもかというほど激怒して二九式軽戦車(史実における九五式軽戦車)でその警官や同乗していたほか三人の警官もその日の内に見つけ出し、徘徊を続けていた彼らのパトカーに戦車で体当たりをしたうえ、搭乗しているにも関わらず戦車でパトカーごと踏み潰して殺害するといった行動を起こしていた事から大切なものを傷つけられると何をするか分からない危険人物として扱われて来た。

ある時、大橋が義仁皇帝の護衛任務に当たっていた際はその戦闘性や可能性に目を掛けられるなど敬愛する人物から認めてもらえたが故に歪んだ正義や君主への愛を持つようになったのだ。

 

「押忍、隊長!!全車輛及び隊員達の気合も入っています!!このまま日本やあっさり投降した越智のボケ共も粉砕しましょう!!」

 

「おう。今から皇帝陛下解放作戦開始だっ!!全員、精神力と敷洲魂をありったけ高めて死にに行くぞ……皇帝陛下万歳っ!!大敷洲帝国万歳っ!!」

 

『『皇帝陛下万歳っ!!大敷洲帝国万歳っ!!』』

 

そんな大橋の性格及び指導を色濃く受けた第二戦車連隊は、同じ陸軍内から戦車"愚"連隊大橋連合などと言われるほどの別の気合の入り方をしているものの敷洲の為に決起した事実に変わりなく、意図しないすれ違い故に彼らは鉄獅子の大群で甲高いエンジン音や履帯の音を轟かせながら摩天楼の街を走り抜け、大橋は帝国軍が導入したばかりの四〇式特重戦車(史実におけるオイ車)に乗り込んで愛する皇帝陛下を助け出すべく走り出した。

 

 

 

西京タワー通り

通りでは最後の反乱勢力である第二戦車連隊を鎮圧すべく、国防軍の第一機甲師団や帝国軍第一近衛師団といった精鋭が展開していた。

国防軍と帝国軍に護衛される形で、帝都のシンボルである西京タワーで自らラジオ放送を行う事により決起部隊の鎮静化を図ろうとしたものの近衛師団隷下の竜騎兵隊による偵察で大橋が搭乗している四〇式特重戦車を先頭に中戦車や軽戦車が魚鱗陣形で西京タワーへの突入を図ろうとしている事が分かった。

黒田や小棚木、蝶野の第一機甲師団三羽烏は彼らを誘う受ける形で防御態勢に徹しており空から第四攻撃ヘリコプター隊のヘリが催涙剤を散布すると同時に、あえて機関砲掃射による履帯破壊など軽微な被害に留めさせる逮捕者確保重視の作戦である。

 

「もう敵さんが見えて来たね。あれがオイ車かよ……異世界クォリティ怖いね」

 

「ですね。あっ中戦車がガンガン撃ってきてますよ」

 

「それでも全弾弾いてますけど。金属音がヤバいです」

 

三人が10式戦車が我慢している傍ら、三輌に対して行進間射撃を行いつつ接近しているが全弾弾いている。そんな中、上空からヘリコプターのローター音が聞こえて来たため作戦は一気にフィナーレへと差し掛かって来た。

五機の87式観測ヘリコプターが第二戦車連隊に向けて催涙ガスを散布した直後、入れ替わるかのように65式攻撃ヘリコプター改が戦車の背後に回り込んで履帯やエンジンを狙うなど軽微な被害を続出させて足止めを開始した。

 

「第一機甲師団三羽烏……突撃に前へっ!!」

 

「「了解っ!!」」

 

攻撃ヘリコプターの機関砲掃射に併せて一気に距離を詰めていくものの、四〇式特重戦車の主砲から発射される榴弾が装甲を掠めては後方で大きく爆発するほか、副砲から発射される徹甲弾が10式戦車の装甲に連続して直撃し、堂々と三輌でスラローム走行で距離を詰めていく事で気を引かせていく内に近衛師団の歩兵達が喊声を上げながら戦車に飛び移って戦車兵達を引き摺り降ろしていき、最後まで気を取られていた大橋達も拘束された事に加えて後続の戦車中隊なども鎮圧を開始した他の部隊により、足止めされる形で投降した。

 

「むぅ……もはや未練などないっ!!殺せっ!!」

 

「大橋よ、待って居たぞ……」

 

「なっ?!へ、へ、陛下っ!!」

 

「派手に暴れたのか怪我人ばかりだな……だが、私はお前たちが命を落とさなくて良かったと思うぞ。そしてここまで追い詰めてしまった事を後悔している。無論これは本心だ」

 

「……陛下、私はどの様な処遇でも甘んじて受ける所存でございます」

 

「そうか……今は父母より授かったその身を綺麗に治せ」

 

義仁皇帝は近衛兵達に護衛されながら10式戦車の後方より姿を現すと、手錠を掛けられて項垂れる大橋に対して目線を合わせつつ彼に対してクーデター鎮静化が本心であるという事を直接伝えつつ自身に対して忠誠を誓い続ける大橋を励ます一言を掛けた。

大敷洲帝国における帝道派によるクーデターは敷洲帝国軍と日本皇国国防軍や警視庁機動隊が協力して鎮圧したものの、敷洲人がお互いの正義を信じたためか帝道派によって殺害された腐敗分子を除いて重軽傷者多数という結果に終わり、クーデターを指揮した荒川大将や松永大佐も東武地方において皇帝の肉声を通じた放送を聞いて決起部隊に武装解除を命令した上で政府軍に投降した事で彼らによるクーデターは終わりを迎えた。




ありがとうございました。次は帝道派幹部の処遇や日本国内の動きについての話になる第十六話(なろう版では第二十六話)を予定しています!
ご感想や評価、ブックマークへの追加などお待ちしております!
おまけになりますが、戦後の歴代総理及び議会の情勢を設定してみました。*国栄党は今後の展開を考えて憲政翼賛会という名称に変更しました。

昭和

石橋湛山(民自党)1950〜1954

大島浩(大政翼賛会)1954〜1957

山崎巌(大政翼賛会)1957〜1959

池田勇人(民自党)1959〜1964

峯信介(民自党)1964〜1967

加藤栄作(民自党)1967〜1970

浅沼稲次郎(日本民社党)1970〜1974

三木武夫(日本民社党)1974〜1976

大平正芳(民自党)1976〜1978

福井赳治(民自党)1978〜1981

田中角栄(民自党)1981〜1986

高曽根康雄(民自党)1986〜1989


平成

竹上昇哉(民自党)1989〜1992

宇根宗吾(民自党)1992〜1995

海崎敏則(日本民社党)1995〜1998

宮路紀一(日本民社党)1998〜2001

川野洋太郎(日本民社党)2001〜2003

西條知之(民自党)2003〜20XX

中渕恵二(民自党)20XX〜

20XX年現在の議席数


衆議院

民政自由党:310議席

日本民主社会党:75議席

憲政翼賛会:50議席

改進党:20議席

自由党:10議席

参議院

民自党:165議席

日本民社党:30議席

憲政翼賛会:25議席

改進党:15議席

自由党:10議席


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第十六話 皇国の行くべき道

ご覧いただきありがとうございます!今回は分かる人には分かる政治ネタを入れてみました。引き続きお楽しみください!


日本皇国

首都 東京

首相官邸

首相官邸の危機管理センターでは中渕総理をはじめ安藤官房長官や谷岡防衛大臣、黒岩警察庁長官、海軍大将も兼任する『川崎英作(かわさきえいさく)』統合参謀本部議長といった危機管理のスペシャリスト達が大敷洲帝国内で起きたクーデターを鎮圧している際の映像に目を通していた。

映像には機動隊が軽武装の暴徒を鎮圧すべく状況に応じてゴム弾を用いて帝国軍の兵士と共に催涙弾攻撃を行っているほか、別の暴動発生地域ではLRADといった音響兵器を装備する装甲車が盾代わりになって帝国軍の援護を行っているなど重軽傷者を多く出しながら死者を出すことなく鎮圧に成功していた。

一方、国防軍の方も反乱軍側の戦車隊を鎮圧する際は撃破ではなく歩兵戦闘車と攻撃ヘリコプターによる履帯破壊や動力部損傷を目的とした機関砲掃射など帝国軍のサポートメインの鎮圧を展開したため、幸いにも帝国内における日本の印象は最大限の人道的配慮を施したとして好印象だった。

 

「今回のクーデター鎮圧でも我が軍の犠牲を出さずに反乱軍も軽微な損害のままに済みましたが、我々は帝国からの要請が無い限りこれ以上の干渉は控えましょう。彼らも気高き正義心を持っているとはいえ、私達日本人とは違った魂を持っているかもしれませんから慎重な対応を続けて帝国の今を見守りましょう」

 

「私も総理の仰る通り、彼らの正義を信じて次の要請を望むまで慎重な姿勢であり続けるべきだと思います。我々もこの世界と向き合っていく方針に修正を加えていかなければいけませんね」

 

状況が好転して安定しつつあるとはいえ中渕や川崎は同じ言語を使用していても大敷洲帝国が持っているであろう独自の意志を尊重し、これ以上の干渉は極力控えるべきだという結論に至った。

 

「総理、これから我々が解決していくべき問題は我が国内の急進的勢力に対する牽制だと思います。現に西條議長のもとで大人しくしていた党内の急進派も共和国との戦争に加えて今回のクーデター鎮圧を口実に国防軍のさらなる増強を声高にすることでしょう。特にかつて西條議長との総裁選に敗れて離党した大沢党首の改進党や我が党きってのタカ派として知られる伊藤総務会長や谷崎選対委員長、古井広報本部長辺りが騒ぎ立てるかもしれません」

 

「確かに安藤長官が言うように、あの三バカ達をどうにかしなきゃいけませんね。森本が和泉幹事長達と一緒に睨みを効かせているとはいえ、我が国は民主主義国家ですからこの複雑な情勢を国民の皆に知ってもらうべきだと思います」

 

「絶倫拓ちゃん……じゃねえや、谷崎選対委員長は国内の右翼団体と仲が良いっていう噂があるとか無いとかですから梶原国家公安委員長とも話し合ってみます」

 

現在の与党である民自党の情勢としては、結党以来揺るぎない中道右派的な人事で固めているものの総務会長の『伊藤紘三(いとうこうぞう)』や選挙対策委員長の『谷崎拓磨(たにざきたくま)』、広報本部長の『古井慎(ふるいまこと)』といった急進的な右派勢力が西條内閣において閣僚だった時の功績や日本が転移してから得た戦果を口実に大衆の目を引く独自の強硬政策を打ち出しかねない状況にある。

しかし、そんな彼らを抑えるために文部科学大臣の『森本嘉男(もりもとよしお)』と党幹事長の和泉をはじめとした他の議員たちが共に三人を牽制しているほか、民自党の出世コースから外れた大沢一派が党を離れて結成した改進党への懸念を示していた。

 

「これは早急に国民の皆さんに今の状況を正確に理解してもらうためにも政府や各放送業界が連携して日本の立場や敷洲に情勢に関する情報を積極的に伝えるべきでしょう。安藤君、本日も報道陣の相手を頼んだ。私は谷岡さんと臨時放送の準備を進めるから」

 

「かしこまりました。国民の皆さんならきっと敷洲の独自性を理解して我が国が持つべき正義の本質を理解してくれる事でしょう」

 

中渕は日本を愛する総理として国民に寄り添う事や日本に歪んだ正義心を持たせない為に自ら国民に説明することを兼ねて国内のタカ派を抑える事を選択したのだった。

こうして一つの国家が持つべき正義を見誤れば自国や諸外国を破滅に追い込みかねないため、新たな対外姿勢を工夫するという事が日本皇国の新たな課題となった。

 

 

 

大敷洲帝国

帝国領奉州

駐屯地の前には多くの敷洲人達が詰めかけて国防軍に対するクーデター鎮圧の感謝として多くの特産品を差し入れているほか、帝国軍の幹部も感謝の為に警視庁外派機動隊の仮設庁舎に訪れるなど穏和な空気が流れており国防軍と帝国軍共同のクーデター鎮圧を見守った大敷洲帝国側の報道機関が日本側による帝国軍のサポートを重視したクーデター鎮圧方法を良い方向に捉えて発信したため、大事には至らなかったものの駐屯地の傍では帝道派の決起に対する処罰を緩和するために日本にも同情を求めるデモが発生していた。

 

「日本皇国政府も帝道派勇士に慈悲ある決断を!!」

 

「正義の国、日本皇国なら帝道派勇士の意志が理解が出来るはず!どうか処罰を軽くするように協力を!!」

 

「帝道派勇士の処刑反対!!国民を守るために国賊共を成敗した帝道派勇士を守れ!!」

 

今回の決起は帝国の外地国民にも正義対正義の両方正しいという風に映ったのか、一部の市民が拡声器を持って一時間前から市民集会を開いていた。

駐屯地から出て来る軍の車輌を見かけてはその近くまで行って土下座し、決起に参加した兵士達の行動を称えたりしながら必死で彼らに対する処罰を回避するように呼び掛けている。

 

「すごい事に成ってるな……今のところ市民同士の乱闘になってないとはいえ、ここまでされたら敷洲帝国政府も我が国に対して何らかの要請は行いそうですが。中渕総理なら国家間のバランスや帝国の国体に配慮して干渉はほぼない形になりそうですね」

 

「せやな。それに民自党内や野党のタカ派連中を黙らせてから答えが返ってくるかもしれんけど、あの人も鬼じゃないはずやから多少厳しくても良い塩梅にはなると思うで」

 

「確かに敷洲帝国の情勢を鑑みれば厳しい処分だけどマシな感じになりそうですね」

 

「まあ、その時が来たらまた何らかの指示を出すと思うから頼むで」

 

やはり今回のクーデター鎮圧に参加した黒田と藤田も軍人である以上、帝道派の行動を若干理解しつつも妥協してはいけない決断を静かに待ち続ける事にした。

 

 

 

日本皇国

首相官邸

中渕は国民に向ける臨時放送を通じて政府としてあるべき立場のメッセージを伝えるべく官邸の記者会見室に向かおうとしていたが、会見前に文科大臣の森本と雑談を交わしつつ党内のタカ派への対応について話し合っていた。

森本は文教族でありながら今や中渕と共に保守派の重鎮として国内の極右に睨みを効かせて来た政治家の一人で中渕の後継総理に最も相応しいと目されているものの本人にその気は無く、彼と共に若手人材の起用を早い段階で計画しているほど公私ともに関係は親密だった。

 

「中渕さん、何も貴方が汚い役を演じることはないじゃないですか。伊藤達なんか俺や野高副総裁に任せればいいかと……」

 

「いいえ。森本さんのように先見性がある豪胆な方は真っ先にあの人達の標的にされかねませんから、民自党総裁でもある私も往年の親友の為に動かない訳にはいきません。そこでこのミモレットチーズと缶ビールを使って一芝居打ってくれませんか?」

 

「なるほど…あんまり馴染みがないこのチーズは国民から見れば直前の打ち合わせで提案した案を蹴られた挙句、冷ややかな対応をしている様に見せかける事や中渕さんの意志は揺るがない様に見せる事が出来るわけですね」

 

「その通りです。そうすれば党内にいる盛んな人達もあぶり出す事が出来るうえ、国民の皆さんもとい有権者の皆さんに対してもその意見を問う形になりますね。それに、こうでもしないと現実が見えていない人たちから国や党は守れませんからね」

 

「分かりました中渕さんの健闘を祈ります。さて、俺は純粋すぎるマスコミ諸君に少し刺激を与えてやりますか」

 

普段は温厚な人柄として知られる中渕もいざ国のターニングポイントが来れば、国家や組織の為にも心を鬼に変えて先見性の無い打算で動こうとする者達には情け容赦のない対応をする事を世間に知らしめるの事に狙いを定めていたものの、ここでも彼の人柄が生きているのか共に芝居を行う森本に被るであろう泥を出来る範囲で跳ねのけた上で自分を悪役に見せようとする友情も垣間見えた。

三十分後、腹を括った中渕は真剣な表情で自分の一言をまとめようるために集まった各社の記者たちの前に立った。

 

『国民の皆様こんばんは、内閣総理大臣の中渕恵二です。国民の皆様にお伝え致しますが、現在我が日本皇国にとってかけがえのない存在である大敷洲帝国はクーデター発生という未曽有危機を我が軍や警察と共に乗り越えてきましたが、情勢は目まぐるしく変化するばかりです。我が国もこの危機に対してクーデター鎮圧後も様々な形での援助は惜しみませんが、今回の事件では反乱軍や国内情勢に対して不信感を抱き暴徒化した一部市民などを中心に多くの逮捕者も出しました。しかし、同時に我が国が取るべき立ち場について理解が深まった機会であったと考えております。自らの力で再生し大きな発展が望める国に対しての干渉は避けるとともにその成長を見守り、危機が訪れたときは大東亜戦争の時の我が国のように勇ましい解放国家としての誇りを思い出して全力を尽くして民族繁栄を守るべきである事から、諸外国の民族性や伝統を遵守する外交政策を展開する事と致しました。私からは以上です』

 

現在の情勢としては混乱の隙をついて敷洲帝国政府への政治干渉は十分に可能であり、その先にある日本の経済拡張や外交地位の増大といった世界の警察化も現実的だ。

しかし、その先に待っているのは良き民族文化を踏み躙り破壊し尽くしかねない恐ろしい国としての日本の姿だった。

中渕はかつてのナチスドイツやアメリカ合衆国のように恩着せがましいが故に衰退したという轍を踏まないためにも敢えて穏和な姿勢を貫く事を選択し、国内に一定数居るであろう解放国家と呼ばれる事に驕れ酔いしれる一部の政治家達や異世界の国々を利益向上の手駒として見ている偽善者達への警告としての意味を込めて今回の談話を発表した。

 

「森本文科大臣にお伺いいたします。たった今、中渕総理が発表された今後の外交政策についてどうお考えですか?」

 

「それがね。色々と危なっかしい考えとかまた色んな対策を考えるって言ってたんですけど、びっくりしてるんだよ俺」

 

「という事は総理の独断構想という事でよろしいのでしょうか」

 

「まあ、そうなるんじゃない?さっき遊びに行った時なんか。この干からびたチーズとビールしか出さなかったから何か苛立ってるような気がしたんだけど、お前たちのイケイケ過ぎる言う事は聞きませんってことかね?俺はそう思えるけど……あの人も怒ると怖いからな(後は頼みますよ中渕さん、このまま日本を侵略国家何かにさせないでくれ)」

 

森本は官邸の外で談話に飛びついてきた記者たちと他愛もない雑談を交わしつつ、打ち合わせの演技通りミモレットチーズを干からびたチーズと言いつつ缶ビールを怪訝な表情でカメラに見せつけながら内心で中渕に対する期待と共に談話が成功した事に喜んでいた。




ありがとうございました。次回は大敷洲帝国内の動きをメインに投稿致します。ご感想や評価、ブックマークへの追加などお待ちしております!
↓未登場のキャラクターも居ますが、中渕内閣の閣僚と民自党の人事になります!

中渕内閣閣僚

内閣総理大臣(民自党総裁)・中渕恵二

副総理兼防衛大臣・谷岡秀平

財務大臣・大川昭郎

外務大臣・吉生太一

内閣官房長官・安藤晋介

法務大臣・鷲尾邦正

文部科学大臣・森本喜男

総務大臣・菅原義久

特別統治地域担当大臣・福井康晴

経済産業大臣・亀田静雄

国土交通大臣・山垣禎人

農林水産大臣・石倉茂雄

警察庁長官・黒岩哲也

厚生労働大臣・橋井龍一郎

宮内大臣・額田幸太郎

環境大臣・町田孝志

官房副長官・石澤伸光

官房副長官・川野太平

官房副長官・岸部文成

国家公安委員会委員長・梶原清六

②民政自由党幹部

民自党副総裁・野高広武

民自党幹事長・和泉純吾郎

民自党総務会長・伊藤紘三

民自党選挙対策委員長・谷崎拓磨

民自党政調会長・太田博志

民自党国会対策委員長・赤木幹人

広報本部長・古井慎


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第十七話 憂国者たちへの審判

ご覧いただきありがとうございます。今回で初めて転生者が登場する形になります。

引き続きお楽しみください!


日本皇国

首都 東京

民政自由党本部

民自党本部の空気は二分されていた。総理を務める中渕が独自性の強い対外政策を盛り込んだ談話を発表した事で今後の外交政策は共存共栄路線が強まる形となったのだが、民自党議員の中でもタカ派で極右と呼ばれる部類に該当する伊藤や谷崎、古井は臨時放送を見て自分達の予想とは大きく違う政策の方向性を示されたため啞然としていた。

 

「いやいや、これは……チャンスを捨ててるというか」

 

「ちょっと反乱軍の処遇を使って向こうの国民の支持を取り付ける事も出来るだろうに」

 

「中渕総理、あなたは何でそんなに甘いの?敷洲を拠点に外部勢力の芽を摘むぐらい出来るかもしれないんだよ!まさか、森本文科大臣と裏で……」

 

「くそっ!やられた!」

 

「俺達が次の総裁選や衆参ダブル選挙で使おうと思っていた敷洲問題が……これを見越してこんな事をするなんてこれ以上怒らせない方が良いかもしれんな」

 

森本が嘯きながらチーズと缶ビールを持ってインタビューを行う記者に対して「干からびたチーズ」などと言って誤魔化していることを見抜いた古井や伊藤、谷崎は完全に置いてけぼりを食らった事に気付くと同時に目先の打算で動こうとしていた事も中渕によって見通されたため彼に対して言い知れぬ恐怖を感じていた。

 

「伊藤総務会長もいらっしゃいましたか。中渕総理からの要請で一週間後に、衆参ダブル選挙対策と対外援助政策の策定といった公約作成を視野に入れた両院議員総会を開きたいというご連絡を頂いたのでお伝えいたします」

 

「野高副総裁……中渕総理のこれはどうなんですか?両院議員総会を開くといっても、今後の政策は決まったようなものだし意味ないと思いますが」

 

「まあ、私も驚きましたよ。しかし、決定したといっても補完すべき提案や公約実施のシュミレーションを行えばいいでしょう?和泉幹事長と太田政調会長もそう思いませんか?」

 

「そうですね。日本は独裁国家じゃないんだから総理に直談判したり総会までにネタを練ったらいいんじゃないの?それに不満は幹事長である私に色々言ったらいいじゃないか」

 

「国防軍増強は和泉幹事長も一致されているじゃありませんか。妥協はさらにまずいですよ!」

 

「古井広報本部長、政策なら私が可能な限り相談に乗りますよ。保守リベラル政党とはいえ住人十色で色んな政策案を聞くのも私の仕事ですから」

 

両院議員総会の開催を同じ民自党幹部である副総裁の『野高広武(のだかひろむ)』や幹事長の和泉、政務調査会長の『太田博志(おおたひろし)』の三人に対して伊藤や谷崎、古井らが中渕に対する不満を口にしているものの野高が同情しつつ和泉と太田も彼らの不満を受け入れる気で一旦説得した。

 

「……分かりました。で、でも和泉さん的にも迫力が欲しいと思いませんか?」

 

「そうそう。日本がまた共和国みたいな奴らに舐められてしまわないためにもこの機会を!」

 

「三人の気持ちは分かるけど、損して得取れというやつで別の機会を待てばいいじゃないか。今慌てふためても今度の選挙で野党がラッキーパンチを出しかねないから考える時間を設けるのも大事だと思うんだけどね」

 

「そう……ですよね」

 

「だが、言われると選挙は何事にも代えがたいよな」

 

次に伊藤と谷崎は党内の盟友的存在である和泉に対して更なる同情を求めるが、彼はこれまで民自党内においてTII(谷崎・伊藤・和泉)トリオと呼ばれた事を若干惜しむかのように打破すべき現状について述べるとともに興奮しかけていた二人を説き伏せた事で党内の混乱は一時的に収まった。

 

 

 

 

帝国領奉州・在敷洲国防陸軍奉州駐屯地

駐屯地の本部兵舎内にある第一機甲師団司令官室に呼び出された黒田が、何事かと思い部屋を訪ねてみると上司である藤田の他に大敷洲帝国の第三皇女である愛里寿に同行した側近の美保も大きなソファーに腰掛けておりただ事ではないことを察して一国の皇女を目の前に固まっていると、藤田が柔らかい調子で声を掛けた。

 

「いきなりすまんの。愛里寿殿下と話し合ってみて取り決めたことなんやけどな、共和国との戦争と今回の件を評価した上でお前さんを陸軍少佐に昇格させた上で近衛師団直轄の懲罰装甲師団の共同監査委員長を務めてもらえるか?その名の通り監査委員長は日本側と敷洲側の二者で担うから、反乱に参加した隊員達の更生に関する任務を執行部会議で協議しつつ訓練を合同で行ったりするんやが」

 

「畏まりました。私に異存は無いのですが、大敷洲帝国側の監査委員長には誰が?」

 

帝国内で発生した帝道派主導のクーデターに参加した師団や様々な部隊に所属する隊員や指揮者たちを含めたクーデター参加者全員を近衛師団管理下の懲罰部隊に配属することでありこの処分には、国を本心から憂いるが故に一線を越えた者を更生させる事に加えて悪く言えば死ぬ気で這い上がって来いという意図が込められていた。

また、日本と敷洲の両軍の士官を登用することにより同じ言葉が通じる利点を活かして合同の執行部を設けて彼らを軍務に従事させ続ける事を選択したのだった。

 

「それやけどな。江口英吉陸軍中佐がその任に就くことに成っとるから粗相の無いようにするんやで、中佐はそろそろ到着するんやが……あっ来たわ。どうぞ、入ってください」

 

「失礼致します。只今、到着いたしました」

 

「え?……あっ失礼いたしました」

 

「ん?あんた何処かで会ったか?まあ、いいや。よろしく頼むぜ」

 

「あっはい!よろしくお願い致します」

 

しばらくして帝国軍側の監査役を務めることになった『江口英吉(えぐちえいきち)』陸軍中佐が司令官室に入ると同時に愛里寿や美保、藤田に敬礼すると同時に丁寧な挨拶を行うが、彼の容姿を目にした黒田は亡き祖父『黒田英吉』の姿と瓜二つである事に動揺が隠せなかった。

江口は黒田が驚いている事に気付いたのか、少々含みのある表情で柔らかくも友好的な態度で言葉を返しつつ右手を差し出すとともに握手を交わす。

 

「江口中佐、お疲れ様です。この度は監査委員長の任を受けていただき感謝御礼申し上げます」

 

「同じく私も感謝御礼申し上げると共に就任をお祝いいたします」

 

「とんでもございません。こちらこそ殿下及び島田卿からご厚意を頂き恐縮でございます。今回の事件を通じて一線を越えた同胞達を必ず更生させてみます」

 

「相変わらず江口中佐は頼もしいお方ですね。姉上が目に掛けている越智少佐や父上も心配されている大橋大佐の担当をよろしくお願い致しますわ」

 

「お二方の補佐として私もご一緒させて頂きます」

 

愛里寿と美保は年齢が若干離れている江口と普段から信頼し合っている事に加えて、彼も年下で階級も自分より低い大尉である美保に対して謙虚に言葉を返している。

帝国軍側の監査副委員長として美保が就任した理由に関しては、皇族と近く帝道派の攻撃対象外だった善良な貴族出身ということもあり抑止力としての役割も込められていた。

 

「という訳で役者がまとまりましたので後日、懲罰師団の編成が固まり次第本格的な更生支援任務開始していく事にしますか。改めて黒田少佐、貴官に更生支援任務を命ずる。同胞と何ら変わりない敷洲軍人に誇り高き精神を思い出させるように!」

 

「了解!謹んでお引き受けいたします」

 

こうして緩やかに決起した帝道派軍人達を全て執行猶予付きで懲罰師団などに編入し、政治情勢の不安定によりクーデターを起こさざるを得なかった事情を配慮して厳重な監視のもとで更生させる事で彼らの末路を憂いる国民感情に最低限配慮した結果となった。

それから二日後、黒田は奉州駐屯地から西に五キロ離れた奉州鉄道の海四楼駅の貨物ターミナルにおいて郷土自衛軍の偵察中隊の隊長になったアナスタシアの到着を待っていた。

遠く離れた敷洲の地において自衛軍の偵察中隊も合流する理由に至っては、戦闘経験が豊富な帝国軍や国防軍との訓練を行う事に加えて日本がボ連に攻勢を仕掛けた際に接触した戦闘員の中でも戦果を挙げたレジスタンス上がりの隊員達も混成で組み込むことで日本型の最先端戦術の混合も検討されていたのだ。

 

「お待たせ!無事で良かったわ!」

 

「おう。アーニャさんも元気そうで良かったよ!心配して来れてありがとう、俺のお古にも乗って来たんだね。ははっ」

 

コルク半ヘルメットを被り、甲高い排気音を上げるYAMAHA・XJR400に跨ったアーニャが貨物列車の貨車から降りて来ると同時に目を輝かせながら黒田の目の前で止まる。

彼女からの心配を喜びつつ彼が高校時代に乗り回して来た単車に乗って来たことに懐かしさを感じながら迎え入れた。

 

「クーデターが起きたって聞いて心配だったけど、クロダさんなら上手い事やってくれるって信じていたわよ」

 

「そう言ってくれると嬉しいよ。俺の実力より10式が守ってくれたと思うけど、こうしてまたアーニャさんと会えて良かったと思うよ」

 

二人の男女は日本から送られて来た物資が集荷されて陸海空軍それぞれの拠点に運び出される中、お互いの健在を喜びながら会話を弾ませるのであった。

 

 

 

大敷洲帝国

帝都 西京

宮都城

宮殿の中にある第一皇女優仁の部屋では、陸軍中佐の江口が奉州に移送された越智に代わって彼女と会っていた。傍から見れば妹の容態を心配する兄にも見えなくもない光景であり、江口は優仁が心配する越智の身柄について耳を傾けていた。

 

「優仁殿下、越智少佐に至っては心身共に問題なく。殿下からのご厚意に応える為に一日も早く表舞台に戻ると言っていました」

 

「そうでしたか、ご報告ありがとうございます江口中佐。あの子の為に近衛戦車大隊のポストを用意して迎えたいと考えています。なのでここだけの話ですが、貴方が前世において『黒鬼』の異名を誇った中佐の軍人魂のもとで他の方も支えてあげてください」

 

「畏まりました。ははっ失礼ながら、その名は何処でお伺いしたのでしょうか?」

 

大敷洲帝国において限りの有る者のみが知る秘密の一つである江口の正体は黒田の祖父であり日ソ戦争時に起きたある事件をきっかけに黒鬼とも呼ばれ、その戦闘性から20代前半で中佐に昇格して第二次世界大戦中は戦場の暴走族として恐れられた牛鬼隊を率いて多くの歩兵を守って来た。

 

「大嵩首相から全て聞きました。愛する人を失った憎しみを正義の爆発力に変えて多くの敵を殲滅し、弱者を守って来た貴方なら必ず出来ると信じています」

 

「そう仰って頂けると嬉しい限りです。池田さん……いや、大嵩首相も口が軽いなぁ。しかし、今の私には違う世界からやって来た孫も居ますから精進させていただきます!」

 

そんな彼は大敷洲帝国に転生すると前世の記憶を頼りに、軍でのスピード出世を果たして現在二十五歳にして陸軍中佐に昇格した事が他に居る転生者たちの目に留まったのか今や皇族からの好感度が高い士官として敷洲を守っているが、孫の浩一が祖父本人である事に気付くのは少し先の出来事であった。




ありがとうございました次回は第十八話(なろう版は第二十八話)を投稿する予定になります。皆様のブックマークやご感想、評価などお待ちしております!


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第十八話 重なる面影

ご覧いただきありがとうございます。引き続きお楽しみください!


大敷洲帝国

帝国領奉州

帝国軍第十一演習場

演習場では懲罰対象軍人の更生の一環として軍事演習が行われていた。訓練は順調に進んでおり国防軍の隊員や同胞の敷洲兵に対する反抗が殆ど無く指示も的確に従っているほか、彼らの中でも任務成績の良さから選抜された兵士達が日本側の最新戦術を学ぶことが厳重な管理下のもとで許可されているのか早速、旧式の日本製兵器を操っていた。

 

「総員、ガスマスクを装着せよ!これより危険地帯突破訓練を行う!」

 

「戦車及び装甲車はこの密集陣形を維持しつつ歩兵は残存戦力撃破せよ!」

 

警報音が鳴り響くと同時に帝国軍近衛機甲師団の精鋭達が軽微な威力の毒ガスを使用した危険地帯突破訓練で供与された50式装甲車(史実における60式装甲車)の後部ハッチからガスマスクを装着した歩兵達が飛び出すと同時に57式小銃の小銃擲弾を発射しつつ用意された標的に連射で命中させていく傍ら後方からやって来た50式戦車改三型が行進間射撃を行いつつ煙幕を展開して丘陵の防衛線を突破する訓練を行っており、普段から洗練された操作を行っている分、最大限現代技術の恩恵を受けた日本製兵器を扱えば手に取るようにして滑らかな動きでトーチカやハルダウンで防衛姿勢を取る戦車を模した標的を同軸機銃も発砲しつつ100mm砲から放たれる成形炸薬弾がこれらを粉砕し、二重に配された有刺鉄線を重厚な車体や履帯で踏みつぶしていく。

 

「精鋭の名に恥じない動きですね。敵が化学兵器を使用してくる事を想定した動きは我々と何ら変わりない動きだと思います」

 

「お互い毒ガスを使用する場面が多い世界であった分、息の合った動きが出来ると良いですね」

 

「おっしゃる通りです。帝国の情勢が落ち着きつつある今、本格的な共存共栄を強めていく事が大事かと」

 

「そうですね。我が敷洲としては不穏分子であった一部貴族による政権乗っ取り計画がクーデターを起こした帝道派によって暴露された混乱から立ち直りつつあるとはいえ、今回の処罰は非常に難しい橋を渡った感じになりますね」

 

少佐に昇格した黒田と美保が現代兵器を使いこなしている近衛師団の動きに安堵しつつ両国軍の連携に対して期待と今後の情勢について話し合っていた。

帝道派の荒川大将や松永大佐、越智少佐などの幹部クラスも軍法会議によって無期限の懲罰部隊配置が決定していた。

帝道派の面々はクーデターを起こしてまで腐敗分子を血祭りにあげていたものの無辜の一般市民や善良分類にあたる貴族及び政治家、大嵩内閣の閣僚は攻撃対象外かつ三者の犠牲が皆無だった事も合わさってか毒を以て毒を制す形になった事に加えて貪欲や無計画な侵略構想を練っていた腐敗分子の計画などが露見した事により帝道派軍人達の減刑を求める運動が全国に飛び火し、帝国議会の前では帝道派によって救われた市民たちが連日市民集会を行うなど複雑な状況が続いた中で帝道派軍人限定の懲罰部隊が創立されたのだった。

 

「しかし、懲罰部隊といえど大半が軍紀に異常はなく隊員の来歴も決起に参加した事を除いて善良な一般市民または将来の家計を充実させたい人といった人達ですけど、あの事件はそんな彼らを嘲笑う不穏分子の存在がデカかったと考えると時間を掛けて元の生活に戻せたら良いのですが」

 

「如何なる理由があったとはいえ、結果として全員悪人になっていますからその中の良心だと思うしかないですね」

 

「道を踏み外したといえど相手も相手という複雑な事情もありますからね。それに決起に参加した敷洲国民連盟の会員も徴用しましたから帝国軍主導で我が軍も交えた戦闘訓練も江口中佐の管理下で行われているようですが……あっちは何かすごいことに成ってるような気がするんですよね」

 

「黒田少佐の仰りたい事は分かりますよ。その……個性が濃すぎる人達が集まっているというか」

 

懲罰部隊に配属された殆どの兵士達が更生の見込みがある者達である事に期待しつつ、帝道派に呼応して国を憂いて決起した敷洲国民連盟の一部会員達も更正の為に徴用したうえで無期限の配属となり、「国を憂いるなら最期まで国に尽くせ」という意図も込められていた。

 

「く、黒田少佐!江口中佐が大橋大佐にジャーマンスープレックスいえ、直接指導を入れちゃってすごいことになりましたぁ!」

 

「まじっ?!立場に関係なく筋が通らない事が有ったらやっちまう所まで爺ちゃんそっくりだよ!島田大尉、ちょっと行ってきます!」

 

「分かりました。こちらでまとめておきます」

 

途中で江口が監査を務める懲罰部隊にトラブルが発生したのか、彼が危険人物として知られる大橋に対してバックドロップを決めちゃったという報告を自身の部下から受けた黒田は祖父の行動と一致している事に青ざめながら美保に場を任せてその現場に向かって行くのであった。

 

 

 

帝国軍第十一演習場西部

演習場の西部では江口や小棚木、蝶野が訓練を見守っていると突然人だかりが出来ると同時に懲罰戦車隊の方から大橋の怒号が聞こえて来たのだった。喧嘩が起きたのだろう三人がそこへ向かうと、大橋と越智が睨み合っておりお互い掴みかかりそうな勢いだ。

 

「おい越智!何でとろくさいお前が先頭を仕切ってんだよ。ぶっ飛ばさねえと欠伸が出るから俺達に先頭を譲ったらどうなんだ?」

 

「大橋大佐、あなたは唸る直管で闇夜を裂きたい年頃の人ですか?私は日本の戦闘様式に習って戦車の装甲に身を任せて突っ込むのではなくいつでも見敵必殺できるよう如何なる戦場でも臨機応変な対応をしやすいように動いているのですが?」

 

越智が忠実に日本式の機甲戦術を実践して50式戦車の車高の高さを活かした稜線射撃や高確率での一撃確殺を重視した低速での行進間射撃といった生存性向上を主眼においた行動を取っていたのに対し、大橋の方は懲罰対象となった部下と共に慎重な動を取る彼らを置いていくかのように高速で行進間射撃をしているほか、戦車でドリフトをするような動きを行うなど戦場を砲弾が飛び交うサーキット場のように捉えているのだろう突撃重視の動きをしていた。

大橋は越智の動きが気に食わなかったのか不満気に因縁を付けて行動隊長を譲る事を要求するが、越智は若干あどけなさが残った顔立ちに似合わない苛立ち交じりの表情と言葉で言い返す。

 

「大佐、悪いけど信広の行動に誤りは無かったぜ。装甲に身を任せてばっかじゃ敵がラッキーパンチを当てた時にどうすんだよ。この前の戦争でも日本の装甲車がボ連の戦車に突っ込まれて搭乗員が負傷した事例も有るんだから」

 

「あ?そうさせない為に日本から来た強い戦車でどんどん敵を轢いて運悪く散っても勝利の為の犠牲になるんだからいいでしょうが江口委員長……ちっ(若造が、殿下からご厚意を頂いてるからってつけ上がりやがって)」

 

「あのね。いくら兵器が強くても気合でどうにかなるものじゃないから近代化に合わせた帝国軍の戦術改革は今の課題だから全体的に協力していかないと、それに戦争の犠牲は何も生まない事の方が多いんだからそれを減らすための方針転換なんだよ」

 

「それは海や空の話であって俺達のように歩兵を守る戦車隊には関係ないだろうが!それに味方の盾になって強い武器や誇り高き敷洲魂、自己犠牲の精神が合わされば最強の民族だって証明出来てるようなもんだから碌に激戦地も行ったことが無い若造が偉そうに語るんじゃ……ぐはぁ!」

 

江口が大橋に対して面と向かって注意しつつ軍の戦術改革の必要性について合理的な理由を交えて説明するものの長らく自己犠牲や勝利を至上としてきた現場寄りの大橋は、若くして改革的な知識を持って昇進を果たして来た彼への不満をぶちまけて激昂する。

それと同時に大橋が江口に掴みかかろうとするが、避けられると共に背後を取られてから腹を抱えられて宙を舞うかのように後頭部が少々埋まるくらい地面に叩きつけられて反撃される。

 

「佐官だからって図に乗るんじゃねえぞてめえ!!」

 

「大佐に何しやがるんだこの野郎!!」

 

「おう。まとめてかかって来いよ。ただし全員素手で来い!!」

 

当然、第二戦車連隊から懲罰対象となった兵士達は上官である大橋が階級が一つ下の江口にジャーマンスープレックスをお見舞いされて無力化されたことに怒りの声を上げながら彼に掴みかかろうとしたものの平均的な体系とは思えない怪力でフックや顔面へのストレート、拘束した一人を束になって掛かって来た兵士達に向かって投げ返してボウリングのピンのようにバタバタとなぎ倒していたせいか、一人で二十人近くの兵士達を気絶させていた。

 

「あばばば……参りました」

 

「素直でよろしい。束になって掛かって来たお前らは、さしでならいつでも掛かって来なさい」

 

「きゅう~……ず、すびまぜん」

 

この騒ぎを止めに入ろうとした国防軍の隊員達は、江口がまんざらでもない様子で身体を小刻みに震わせている兵士の頬を右手でぺちぺちと軽く叩きながら彼らを起こしていく光景を見て何もされていないのに戦慄するのであった。

 

「こ、小棚木中尉。黒田少佐が言った通り怒らせるとヤバい人ですね……」

 

「本人かどうか分からないけど、体系と釣り合ってない筋力だぞコレ」

 

「小棚木さんと蝶野さん、迷惑を掛けてすみません。このやんちゃ坊主達を起こすのを手伝ったくれないか?」

 

特に黒田から祖父の話を聞かされている小棚木と蝶野は、話の内容に上げられた江口の行動パターンと合致していることから驚きを隠せずにいた。

それに加えてクールダウンが早いのか、彼は何もなかったかのように二人に対して丁寧に無力化した兵士達を起こすように指示する。

 

「江口中佐、私が解決すべきなのに申し訳ございません」

 

「気にしなくていいよ。こういうお堅いおっさんはこうしてドカンと派手にぶちかまして分かってもらうのが一番だからな……さあ、一日も早く表舞台に戻れるように頑張ろうぜ」

 

「……はいっ!ありがとうございます」

 

「いい返事だ。優仁殿下も首を長くして待っているからこの調子で他の者も導いてくれよ」

 

江口は騒動に巻き込んでしまい申し訳なさそうにする越智に対して励ましの言葉を掛けつつ自身が融通も利かない一部の人間達に対して抱いている心情について語ると、彼が元気よく返事すると共に深々と頭を下げた。

 

 

 

在敷洲国防陸軍奉州駐屯地

懲罰対象兵の訓練が夕方に終了すると、黒田は非が無いとはいえ騒動に巻き込まれた越智を駐屯地の本部兵舎に呼び出して事情聴取を行っていた。やはり若くして佐官まで上り詰めたこともあり教養も高いのか紳士的な対応で彼が調書を作成するうえで伝えておくべき情報を伝えている。

 

「今日、揉め事を起こした大橋大佐は強硬派の中でも存在感が強くて指揮力も抜群で先鋒に立って切り込み役を果たす事がよくあるんですね。何というか折角の指揮力を柔軟な所に活かして欲しいですね」

 

「黒田少佐の仰る通りです。今回、我が帝国を転覆せんとしていた国賊共を血祭りにする際は用意周到にしていたのに勿体ないです。確かに勝利の為の犠牲はやむを得ない場合もありますが、私からするといたずらに兵器の性能に頼りきって従来の戦術で臨んでも宝の持ち腐れとしか言いようがありません」

 

「敷洲軍人の越智少佐から見ても我々の戦術をもとにした戦術改革は必須と考えているのですね。今は懲罰中ですが、名誉を取り戻される事を願っております」

 

「そう言っていただけると嬉しいです。黒田少佐も江口中佐のように懐が深いお方ですね。私が日本人として生を受けていたのなら貴官と共に組んでみたいとつくづく実感しています」

 

「こちらこそありがとうございます。もしそうなっていたら越智少佐が俺の上司の一人であったかもしれませんね」

 

黒田から見た越智はクーデターに参加したうえで帝国転覆を企てていた腐敗分子を血祭りにした一人と思えないほど打ち解けやすい人物であるという印象であり、対する彼も黒田の事を江口と重ねつつ友好的な態度で接しておりお互いの考えを肯定しつつ敷洲帝国軍の改革や二人の出会い方について談笑している。

 

「このような事を申し上げるのもどうかと思うのですが……黒田少佐は輪廻転生は信じていますか?」

 

「生まれ変わりの事ですよね?うーん個人的に曖昧な感覚なのですが、あり得るなら歴史上の人物に会ってみたいですね。こちらの世界に来て感じたのが、貴国の大嵩首相は我が国の平和を守った一人である池田勇人元総理に驚くほど似ていたりしますから本当にそうだったら良いなと思っています」

 

「私も会えるなら生まれ変わった人に会ってみたいですね。今度、機会が有れば日本の歴史を教えていただけませんか?実は転生を研究するのが趣味だったりしますので」

 

「機会が有ればそうさせていただきます。しかし、越智少佐も楽しい趣味をお持ちですね丁度日本の文学文化の一つとして転生を題材とした作品が流行していますよ。という訳で時間を掛けちゃいましたが事情聴取は終了です。お疲れ様でした」

 

「お疲れ様です。私のような者に親身になっていただき、改めてありがとうございました」

 

「こちらこそ紳士的な対応と友好のお気持ちを示していただきありがとうございます」

 

この二人は意外なところに江口や大嵩という転生者がいる事に気付く間もなくお互いの国の文化や歴史について語り合っていているが、越智の趣味からして教養人である事も伺えた。

事情聴取とは思えないど二人の和やかかつ友好的なやり取りは終わりを迎え、このやり取りを要約するかのように越智の更生状態欄に「良好」の判子が押されていた。




ありがとうございました!次回は第十九話を投稿する予定です。ご感想や評価、ブックマークなどお待ちしております!


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第十九話 空中にて仁義執行す

ご覧いただきありがとうございます。折角のアウトロー系PMCキャラの義誠連合会一門が活躍する場が有って良いと思い空賊狩りを行います。引き続きお頼みください!


ジンギスカン首長国連邦

アルタム

ジンギスカン首長国連邦は自然に恵まれている事から農業や畜産業を主な産業としているものの連邦が始まって以来、ずっと同じ領土を維持して来た平和な国だったが、時としてルシア帝国と清和帝国といった恵まれた領土を欲した国から侵攻の対象となるほか国境紛争が絶えなかった。

しかし、昔から陸の騎兵と空の竜騎兵を駆使して撃退して来た事に加えて近代化すると軽戦車を利用したものではあるが、異世界にしては珍しく現代的な機甲戦を仕掛けてボ連を撃退しつつ平和を維持していた。

だが、北部に位置するルシア方面は広大な森林と平野が広がっている事から国境を越境してくるまたは国内に根を張る盗賊や空賊との抗争が頻発している事から連邦軍所属の軽爆撃機が空を巡回しているため、盗賊が乗る車輛を見つけては対地攻撃を行うか空賊の小型飛行船と空中戦になるなど国が豊かでもその恩恵で満足せずに私利我欲に溺れる愚か者も存在している情勢だ。

 

「バローネ曹長、何かすまんのう。王国軍の精鋭に当たる近衛竜騎兵の方におなごの格好をさせて……」

 

「構いませんよ。近衛竜騎兵は今や偵察を重視した運用がされていますから、敵の懐に潜り込み飛んで火にいる夏の虫がどちらかを分からせるためには構いませんが……やはりクニミツ会長や一門の皆さんじゃないとこの姿は安心して見せられないです」

 

「そうか。せやけどこんなド昼間に空賊なんてホイホイ来るんかのう?明るくて目立つやろうに」

 

「でも、王国の御令嬢様に偽造した僕が懐に拳銃や催涙グレネード、ナイフ、鞄に自動小銃が入ってるなんて思ってもみないでしょうね」

 

イタリ・ローマ王国の仲介を経て日本皇国と国交が正常化した連邦は、市民で構成された自警団による治安維持を行って来た日本の経歴を参考にする形でその一角を担って来たヤクザ組織と偵察や特殊任務に特化した王国軍近衛竜騎兵隊による連携が民間用飛行船で試みられていた。

関西圏で勢力を維持する大阪の山王会の直系組織に当たる義誠連合会の会長と民間軍事会社の総裁を兼務する国光武之が、女装をして囮役となるカルロと会話しつつ雲一つない空を眺めていた。

 

「せやけど、汚い事はワシらに任せてもらっても大丈夫やから安心して大丈夫じゃ。まして若くして近衛兵になった曹長に危ない事はやらせんよ」

 

「クニミツ会長のご厚意、感謝いたします。お叱りを承知でお伺いいたしますが……何故、自己犠牲精神が強調される民間軍事会社とヤクザ組織というものに入られたんですか?」

 

「なんやそんな事か……結論から言うと正当防衛になったとはいえ十二歳の時に初めて人を殺してもうてから路頭に迷いかけた時に仁義と任侠道のイロハを教えてくれた東山の親っさんがきっかけや」

 

「そうなんですね。クニミツ会長がそこまで苦労されていたとは……」

 

汚れ役を自ら買って出てカルロの負担を和らげようとする国光からの厚意が気になった彼は、控えめな表情で国光に対してヤクザになった理由を聞くことにした。

この国光の経歴としては警察官の父親と専業主婦の母との間に生まれたが、十二歳の時に家庭内暴力に晒されていた同級生の少女を助けるために自身の父親の拳銃を持ち出して限度を越えた暴力を加えようとした彼女の父親を射殺した事で初めて人を殺めた。

当時、彼は少年による人命救助の為にはやむを得ない手段だったとして正当防衛が認められた事に加えて厳格な裁判を通じて更生すべき人間だけが適応される少年法の下で保護を受けたものの事件後すぐに神戸にある母親の実家に身を寄せていた際に、地域の自警団も担っていた山王会直系東山会会長の『東山悟志(とうやま さとし)』に出会い目を掛けられた事で中学卒業後はすぐに東山会組員となり、二十一歳の若さで東山会傘下で義誠連合会を結成した後に山王会の直系に昇格した。

国光の経歴を聞いたカルロは紆余曲折を経て任侠道に忠実な人物になった彼に感心して思わず目を輝かせていた。

 

「お話の最中すみません。親っさん!九時の方向から不審な飛行船が接近しています。恐らく、空賊のドアホゥ共やと思います!」

 

「そうか。兼政!カシラの底力を見せたれ!皆、戦争じゃい!真っ当な堅気さんに手ぇ出そうとしてるボンクラ共を蜂の巣にするかぶった斬ったれ!」

 

「押忍!!お前ら行くでぇ!」

 

「「へいっ!!」」

 

「バローネ曹長、ドンパチが始まってもキツくなったら何時でも言うてや」

 

「はい!僕も頑張ります!」

 

二人がそのまま話しを続けようとしたが、義誠連合会の若頭で国光の子分に当たる『西野兼政(にしの かねまさ)』が空賊船を発見した事を伝えると同時に彼は目つきが鋭くなり傘下の組員達に対して戦闘配置と事情を知らない乗客などの保護を行うように指示を出した。

指示を受けた西野とその子分達が元気よく返事すると、60式5.56mm小銃(史実におけるM16の日本仕様)や日本刀などを持って乗客達を避難させていく。

その流れに乗る形で国光がカルロの頭を撫でつつ空賊がなだれ込んできた際の対応を打ち合わせるのであった。

 

 

同時刻、奉州行き飛行船

日本が転移してくる以前の空賊たちは腐敗していたボ連の社会党員という主人に雇われて傭兵業を営んでいたが、日本との戦争によって主人たちが居なくなった彼らは使える状態で放棄されたボ連製小型飛行船や戦闘機、車輌で武装を増強させつつ連邦に飛来する貿易飛行船や民間飛行船に対する強盗行為を繰り返していた。

さて、空賊たちは運悪く日本の二大広域任侠団体の直系組長である国光が率いる義誠連合会一門が待ち構えているとも知らずに、乗って来た飛行船をアルタム方面に向かう大型飛行船に横付けすると同時に船内に雪崩れ込んでいった。

 

「ヒャッハー!!金目のものや人質に出来そうな奴が居たら持ってけぇ!!」

 

「ボス!!良い娘を見つけたら嫁にしていいですか?!」

 

「おう。奪え奪え!弱い男に女なんかいらねぇんだよ!!者ども掛かれ!!」

 

「「ヒャッハー!!」」

 

ある程度防御に気を使っているのかボ連軍の戦闘服やトゲが付いた肩パッド、空賊または盗賊である事を示すかのように二本の角が装着された鉄兜に身を包んだ男達が共和国製の小銃やトンファーを手に持って頭領からの指示通りエネルギッシュな奇声を上げながら船内を突き進んでいくが、客が見当たらない。

 

「おらぁ!出て来なきゃ鉛玉をぶち込むぞ!出てきたらモノが使えないくらいで許してやるからよ」

 

「それかさっさと出すもんを出せや!」

 

「おっ!お嬢さん発見!君は今から人質になってくださいね。あとお金も出しなさい」

 

「あら、それは怖いですね。お金なら……鉛玉しかないのですが?」

 

「てめっ……ぎゃあ!!」

 

五人の空賊が船内の渡り廊下を探し回っている中で一つの部屋の扉を蹴破ると、イタリ・ローマ王国方面からやって来たであろう大きなカバンを持った茶髪の少女が一人で軽食を口にしている光景に出くわす。

無論、彼らは無防備かつ金目のものをたくさん持っていると思い込みトンファーをちらつかせつつ怯えた彼女にニヤニヤしながら近づくが、女装した王国軍の兵士である事が見抜けるわけもなく鞄から小銃を取り出されると同時に響いた発砲音と共に三人ほど身体や頭部に銃弾を浴びせられて床に倒れ込む。

 

「おう。お前ら丸腰の人間相手にえげつない真似しくさって何考え取るんじゃ、死に晒せ!!」

 

「やめっぐぎゃあ!」

 

部屋の箪笥に隠れていた国光が部屋から退こうとする空賊に対して大きく振り下ろした刀で袈裟斬りをし、大きな図体を一撃で斬り伏せてから頸動脈から噴出した返り血もまんざらでもない様子で右手で拭い取りつつ刀にも付着した血と脂肪を振るい落とす。

 

「ようやった。このままゴキみたいにホイホイ入って来たアホ共を仕留めたるわい」

 

「はいっ!このまま会長にお供させていただきます!」

 

「おうっ!曹長、背中は任せたで」

 

カルロが女装に使っていた長袖のワンピースを脱ぎ、濡れたタオルで顔の化粧を拭き終えてからいつもの戦闘服姿とヘルメットを身に纏い国光と共に空賊達を撃破するために銃声が響き始めた渡り廊下を走り出した。

 

 

 

飛行船内メインホール

船内のメインホールに乗客を避難させた西野は自身が率いる義竜会の組員達が上げる喊声や空賊に対して浴びせられる罵声を聞きながら敵の本隊を待ち伏せていた。

メインホールにはテーブルや椅子、箪笥などで作ったバリケードが設置されており乗客を守っている彼らがリモート式のスタングレネードを利用した特性トラップを出入口付近に仕掛けている事を知らない空賊達は乗客達が守られている事に気付かずにドアを蹴破って来たが、西野達が用意した特性トラップが炸裂する。

 

「ぐわっ目が!ぎゃあ!」

 

「そんまま撃てぇ!一匹も逃がすなや!」

 

「西野のカシラ!後ろから行きまっせ!」

 

「挟まれたぁ!やめろぉ!」

 

スタングレネードから放たれる閃光が百人近く居る空賊達の視力を奪ってから怯ませると共に、バリケードに身を隠していた西野達が身を乗り出してから小銃の連射で無力化していき、仲間の悲鳴や血が飛び交うなか身体を押し合いながら部屋を脱出した三十人近くの空賊は別のフロアを制圧した義誠連合会若頭補佐の『中田美貴斗(なかたみきと)』が率いる十人の組員達が散弾銃で先頭の者達を銃撃しつつ日本刀で斬りつけて無力化していく。

 

「お前らは何処の回し者じゃ?言うてみ」

 

「て、天平会だ……ひっ!」

 

「ほう。この辺を荒らし回っとる広域強盗団か……お前らの連れは殆どホトケになったけどじっくりと情報は吐いて貰うで」

 

「ニシノ若頭、天平会といえば旧ボ連や漢国南部を支配する漢華人民共和国が傭兵任務や国内の抵抗勢力の掃討に利用した事もあるので奴らのアジトでやり合うには増員が望ましいと思います。それに我が騎兵団のアイドルとクニミツ会長が空賊が乗って来た飛行船に殴り込みをかけていますから、そいつを利用した斬首作戦といきましょう」

 

「そうですな。ワシらが先鋒を固めますから、ルッキーニ大尉達は空からの援護を頼みますわ」

 

西野と中田が生き残った空賊を捕縛して尋問していると、大陸の犯罪組織の一つである天平会の構成員である事が分かった。

この組織は連邦南部を根城とする漢華民族で構成されており漢華人民共和国の高官とも内通しているだけでなく共和国が退廃的人間科学と位置付けている恋愛の弾圧に協力してきた他、空賊行為を通じて対外工作を行うなど共和国への歪んだ忠誠心を持つ者達で構成されている。

王国軍近衛竜騎兵団の『ソフィア・ルッキーニ』大尉が漢国の情勢を説明した上で、二人に空賊の首領といった幹部クラスを仕留める斬首作戦を提案すると二人は彼女の提案を快諾した。

 

 

 

天平会系董一派船

奉州行き飛行船を襲撃した天平会の幹部である董は、乗り付けて来た飛行船の船長席で部下たちが容姿端麗な人質や貴重品、外国からの流通品を強奪してくるのを待っていた。

いつもは三十分もしない内に戻って来るのに広い船内で暴れ回っているのだろうと思いながらワインを飲みながら待っていたが、返り血が付いた国光とカルロが操舵室のドアを蹴破って入って来る。

 

「お前ら何者だ!者共!こいつらをぶち殺せ!」

 

「親分は呑気に酒浸りかい。曹長、周りの雑魚は頼むで」

 

「分かりました。会長の大暴れは邪魔させません!」

 

董を守るようにして取り囲っていた十三人の部下が彼の指示と共にヌンチャクや青龍刀を手に持って束になって飛び掛かるが、ニューナンブを二丁持った国光が青龍刀を持った者の頭部や胸部を撃つなどして弾倉内の銃弾を撃ち尽してから背中に背負った鞘から刀を抜いてヌンチャクを振り回している敵に対して腹部を狙った逆袈裟斬りや背後から襲い掛かろうとした敵の頭部に一文字斬りをお見舞いし、首を切断するなどして頸動脈から噴き出して来た鮮血をその身に浴びながら血塗れになった刃先を椅子から転げ落ちている董の鼻先に突きつける。

 

「あっひっ……待ってくれぇ」

 

「もっとデカい声で言うたらどないや?ワレがへたれとる間に廊下の方でもホトケさんがいっぱい出来上がっとるで?」

 

「も、もうっやめてぇ」

 

先程の高圧的な態度は何処へ行ったのか、気が抜けて額から大量の汗を流しながら国光の背後にいるカルロが淡々と自分を助けようとする部下たちを小銃で射殺しつつ束で掛かって来た者に対して容赦なく小銃擲弾を発射するなど船内が血の海と化すなど恐怖するのに十分な光景を見せつけられため、完全に心が折れていた。

 

「あーあ完全にヘタレよったわ。曹長、助かったで」

 

「クニミツ会長、お見事な剣さばきですね。あとは本拠地を叩く事になりますが、こいつ等は共和国軍並みの凶暴さを持つ連中です。増援を呼んでユーエーブイや竜騎兵団にも支給されているドローンという模型の飛行機みたいに飛ぶやつを使って混乱させてから突入した方が周辺地域の拉致被害者の救出も出来ると思います」

 

「せやな。曹長の言う通り待機しとる若い衆に用意させるわ。日本のヤクザの任侠道を天平会のド外道に教えたるわ」

 

ボ連との戦闘では、狭い場所や潜伏する非戦闘員の存在が懸念される場所ではUAVや威力偵察も兼ねてドローンを使用することで望まぬ犠牲を減らす可能性が高まるといった検証が行われた。

カルロの提言を受けた国光は、民間軍事会社でも厳重な管理が許されている無人機と翼竜が得意とする超低空飛行を利用した王国竜騎兵団による強襲を思い立ったのだ。




ご覧いただきありがとうございました。恋愛禁止法を人民の平等の為に施行しているやべー国が登場しましたが、出来れば狂人枠も増やしたいのが切実な願いです。
次回は第二十話(なろう版は第三十話)を投稿致します。ご感想や評価、ブックマークなどお待ちしております!


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第二十話 新たな闇、天平会撃滅

そういえばハーメルンに顔を出すのはすごく久しぶりです()
引き続きお楽しみください


ジンギスカン首長国連邦

ゴルタイ・天平会拠点

漢華系ジンギスカン人で構成されている天平会は表向きには傭兵団として知られているが、実情は漢華人民共和国の後押しを受けて外国籍の飛行船に対する空賊行為を行いつつコミン主義政権樹立を目指し、ボリシェ・コミン主義連合共和国崩壊の混乱に乗じて戦力を強化してきた。

そんな彼らの活動目的の一つである漢華人民共和国への協力の一環として異性間または同性間での恋愛行為の弾圧を体現するかのように拉致して来た男女を椅子に拘束した上で密入国して来た複数人の漢華人民軍の政治将校が、『革新的人間科学論』というタイトルの本を朗読した洗脳を行っている。

 

「恋愛とは容姿や美しさといった外面的要因により無意識な選民思想であると同時に心理的不安を煽り一人一人の人間に存在する価値観崩壊に繋がる極めて愚かな人間科学なのだ」

 

「もう……やめてくれ」

 

「ここから出して……嫌だ」

 

「特に!人間が生まれながらに持つ良心を踏み躙る容姿や身体的特徴を恋愛の基準にする事が人間の心理的不安を煽る最大の原因となっており、人間は長い歴史がある立法府が与える平等な愛情こそが人間の平和に繋がるのである」

 

漢華人民共和国はジンギスカン首長国連邦における政治工作の一環として天平会を通じて拉致した不特定多数のジンギスカン人に恐怖的な思想改造を施すことで、感染症が拡大するように集団心理的要因を通じて自分達の操り人形と化した人々を利用してコミン主義思想の拡大を画策しているのである。

当然のことながら突然拉致されたうえ洗脳されかけている人々は恐怖で萎縮しながら小声で拒否し続けるが、政治将校は人間が壊れる瞬間を楽しむかのように大声で朗読を続けている。

 

「今回のは一時間で上手く行きましたな。お見事ですこうして連邦を漢華型コミン主義で染め上げれば、我が民族は豊かになり戦争も無くなります。いわばこれは聖戦です」

 

「エンフバヤル同志。貴方は我らが親愛なる指導者『黄洪青』人民総帥様が書かれた革新的人間科学論は私が暗黒の生涯の中で大いなる支えとなりました。今や黄閣下は我が民族の裏切り者である北部の連中に騙されている同胞達を解放せんと日々努力されています。その結果、私を含めた人民は豊かな生活を手に入れたのです」

 

「黄総帥閣下の功績は我々黄型コミン主義肯定派から見れば大変目まぐるしいものであります。閣下の理想を打ち砕かんとする反革分子共を使った人類科学の遺伝子改良への利用に加えて退廃的文化の排除と国民の生活水準が上昇したうえで救えなかったボ連の同志達の技術の結晶やコミン主義発展の意志を受け継いだ漢華人民共和国こそ新時代の漢華民族であると思います」

 

「エンフバヤル同志、我々の内輪もめなら外国のお家騒動という事でボ連をいともたやすく捻じ伏せた二ホンの干渉は避けられるでしょうな」

 

天平会総統、エンフバヤルは漢華人民共和国の漢華文化大改革実行院長官の『張文元』と共に共和国人民総帥の黄に対する信奉を口にしつつ洗脳した市民を利用するテロリズムまたは荒唐無稽な同胞殺しの優生学思想について語り合っている。

この張という男は共和国成立時から政府主導の平等を夢見た人民を抱き込んで漢華文化の一つである恋愛文化の象徴を徹底的に破壊し、現代でいうところのLGBTの肯定または容姿の趣向や身嗜みを巧みに活かした恋愛文化をも人間退化思想や差別主義的思想と位置付けて弾圧を主導して来た事に加えて黄総帥をはじめとした政府高官と共に男女間の愛情の平等化を目指して政府による結婚相手の取り決めといった管理社会を作り出した実績を手土産に共和国の次期国家総帥の椅子に座ろうとしているのである。

 

「そうですな。同志達は今日も救国活動をしておりますので、良い結果をお待ちください」

 

「分かりました。それでは私達も本国に戻らせていただきます」

 

エンフバヤルとの会合を終えた張は連れて来た政治将校たちと共にその場を後にした。しかし、天平会には豊富な戦力があるにも関わらずいともたやすく殲滅されている事を知らないエンフバヤルは同胞をカルト国家に売り渡している事を後悔させられるのであった。

 

 

アルタム

義誠連合会アルタム支部

アルタムの連邦軍駐屯地に隣接する義誠連合会の拠点では日本から運び込まれたヘリコプターや装甲車、無人機、火砲などが一個大隊分ほど用意されていた。

連邦軍と共同で使用している演習場では王国本国から派遣されて来た近衛兵達が遠隔操作用のモニター付き端末と睨み合いながら天平会が拠点の外に駐車しているであろう車輛を模した標的を慎重な操作で破壊していくなど小型の無人機を使った事前訓練を行っている。

 

「中に人が乗っていないのに操作しやすいですね。ボタン一つで大爆発を引き起こす爆弾も付いているとは思えないです」

 

「そうでしょう?奴らが必死こいて狙ってきたところを皆さんに敵の背後を急襲してもらいたいと思います」

 

ルッキーニ大尉と国光は大型トラックの荷台に仮設された操作室にあるモニターに映る演習映像を眺めつつ事前に空撮した天平会が拠点とする町やその周辺にある溜まり場などを地図に書き込んで部隊配置の駒や竜騎兵団と相対する戦力に配慮した布陣を作成していた。

 

「分かりました。陸と空からの二正面だと奴らも混乱は避けられないでしょうし無人機で撹乱したところを我々騎兵隊が超低空飛行で侵入してヘリコプターと共に対地攻撃を実行するんですね」

 

「ええ。ヘリコプターでも攻撃しにくい死角を超低空飛行してもらえると助かります」

 

作戦としては無人機による攻撃に併せて義誠連合会のヘリコプター大隊が敵を攻撃し、混乱しつつも立て直しを図ろうとする残存戦力を超低空飛行で進入して来た近衛竜騎兵団が殲滅する手順だ。

主に日本国防軍と合同作戦を実行する王国軍の一部部隊では日本製兵器に更新されているものの日本側の配慮で日本が先行する機会が多いのだが、彼女達近衛竜騎兵団は精鋭ということもあり祖国の国防に革新をもたらす存在となるべく今回のような勧善懲悪的な作戦に対して積極的だった。

 

 

 

漢華人民共和国

首都・重京

人民総帥府

漢華大陸西部にある漢華人民共和国の生活水準としてはモータリゼーションが進んでいたり食糧供給も平等に行き渡るなど外見上は不自由のない生活なのだが、日本との戦争で自ら命を絶った旧ボ連総帥のジュガーリンからは人間科学の革命にもメスを入れたと称賛されたほど異性間関係に厳しく容姿を差別または揶揄するような文化品は徹底的に破壊し尽くされ男性または女性向けの恋愛雑誌などは弾圧されるなど国家繁栄の合理化及び統制を人間の感情や心理に対して実行していた。

 

「全く……好色鬼子共は性懲りもなく現れるな。これも反動的主義者の民国が我が漢華の地に居座っているからだ。西部にいる同胞達を豊かな東部に移り住まわせ漢華民族を荒廃させようとする豚共を今こそ駆逐したいものだ」

 

「そうですな。漢華の地は古来より痴情で滅んだ歴代の王朝がだらしなさを露呈したせいで敷洲帝国により北部の奉州を持っていかれる醜態を晒しております。しかし、この分裂した漢華の地を先進的な我々が統合することで地上の楽園となり我々に対して中立的な態度を取る敷洲は我が共和国が正しいことに気付く事でしょう」

 

官邸と私邸も併用した総帥府では黄総帥が自身の腹心である『江彪』副総帥と机上に並べられた絢爛豪華な料理を貪り食いながら西部に位置する漢華民国への侵攻計画や共和国発展と共に増加しつつある人民に偽りの幸福を提供するための政策、漢華問題に対して不干渉を維持し続ける大敷洲帝国への対応など、この国の今後を話し合っていた。

 

「我が妻である麗姫と平穏に過ごすためには反動的で人間の悪感情を放置する害虫などこの世から消えてもらうほうが良いのだよ。しかし、今となっては悲しい事にジュガーリン同志は日本という得体のしれない国を侮り自らの首を絞めてしまった。だが、あえて別の世界から来た者達とはいえ野蛮ではない文明を有した人間だからこそ話し合ってみる価値は十分あるだろう?」

 

「黄総帥閣下が仰る通り、我々と同じく先進的な文明を築き上げているかもしれないことから必要以上の戦争をやらずしてこの世界で生き残っていくことができると思います。それと天平会には証拠隠滅を指示していますから」

 

「うむ。頼れる同志とはいえ我々の偉業を達成する為の犠牲となって貰うこともやむを得ないだろう」

 

「ええ。そうしなければ民国のダニ共は反動主義の分際で我々の事を悪魔だと言い張りますからね」

 

同族同士で睨み合っていることを巧みに利用して労農評議会の党員達を民国に送り込んでいることから暴力性が高いジュガーリンと異なり敵の懐に潜り込み狡猾な手段を用いた戦略を得意としている。

また、黄は元大明帝国軍時代に若くして将官に成れたほどのカリスマ性を持っていることからジュガーリンのように国民の不満を逸らして国の身の丈に合った軍拡を推進して来た。

 

「黄総帥閣下。また民国と何かあったのですか?」

 

「おお~私の可愛い麗姫ちゃんかい?何も気にする事は無いさ。君の一族を殺した豚共の末裔達に対してどのような策を取ろうかと悩んでいるんだよ。大丈夫、もうすぐで私と君の漢華連邦ができるからね。さあ、こっちにおいで」

 

「これは麗姫夫人。この度はお料理を振舞っていただき感謝の極みでございます。流石は黄総帥閣下の奥様に相応しいと考えております」

 

「ふふっ江副総帥閣下も来られていたのですね御機嫌よう。わたくしもお食事を楽しみたいので同席させていただきますわ。暗い話は終わりにしましょう」

 

黄が帝国崩壊時に保護した後に妻として迎えた元王族の女性『麗姫』が静かな笑みを浮かべて部屋に入って来ると、彼は今までの会話が嘘かのように彼女に対して満面の笑みを浮かべて右手で幼い容姿に似合うダークピンク髪のお団子頭に触れる。

彼女もころころ笑いながら静かに頭を下げてからもう一つあった椅子に腰掛けるのであった。

 

 

 

ジンギスカン首長国連邦

ゴルタイ

天平会の拠点があるゴルタイは天平会の傘下にある企業がこの街の経済を独占している事に加えて連邦人民党というコミン主義政党の影響力もあることから住民達は触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに、政治にはノータッチで郷に入れば郷に従えという考えのもとで行動している。

連邦政府もこの状況を放置している訳でなくこの街の良心と言える憲兵や国家警察が市民を巻き込んだ破局的な大規模紛争を回避するために街の暗部で小規模抗争を行っていた。

そんな街に落ち込んだ薄暗い影を取り払うかのようにアルタムからやって来た日イ特別混成旅団が雑踏の間を縫うように天平会本部の目と鼻の先にある郊外の森まで潜り込んだ。

 

「ルッキーニ大尉、ゴルタイの様子としては拠点から離れた中心街に異変はありません。天平会側は董一派の失踪に警戒しているのか拠点周辺で武装を固めた集団が確認されており、向こうも派手な抗争になる事を避けたいのか郊外に軽装甲車輌が確認されています」

 

「カルロ曹長、偵察ありがとう。予定通り作戦は進みそうだけど相手は規律が取れた軍隊と違って兵器を持った犯罪者集団だから私達は正義の軍隊である事を自覚し盾にされた市民の皆様が安心して暮らせる日常を取り戻すために各員奮励努力せよ!」

 

「「了解!!」」

 

カルロ率いる分隊が夜中の間にドラゴンを使用した超低空飛行による偵察を行い、国光達の義誠連合会も陸路からの偵察で陸上に分散する戦力の把握や竜騎兵団を狙う対空陣地の位置などより緻密かつ正確な情報を得たうえで作戦が開始された。

 

『こちら無人機班。第一波攻撃隊及び国光会長達のヘリコプター大隊が間もなくゴルタイ南部上空に到達します。空対地攻撃開始と同時に援護をよろしくお願い致します』

 

「かしこまりました。竜騎五中隊は大隊の援護に当たります」

 

ルッキーニ大尉が後方で待機する野外通信部隊と無線でやり取りした直後、メインローターの羽音を響かせた二十四機の57式汎用ヘリコプターと共に上空から現れた三機の97式無人攻撃機から放たれたAGM-114ヘルファイアが本部の周りを囲むように構築されていた陣地を凄まじい爆発と黒煙が包み込む。

追撃としてやって来た武装ドローンも飛来し、対空機関砲などを操る敵の背後に回り込んで機銃掃射を加えている。

 

「なんだっ?!前が見えん!」

 

「くそっ!二ホン軍が何でこんなところに!あのしつこく飛び回るやつも撃ち落とせ!」

 

「総員攻撃開始!カルロ、あなたはクニミツ会長を援護しなさい。あの人はあなたを信頼しているみたいだから」

 

「分かりました!会長のヘリコプターと合流します」

 

ヘリコプターに乗る組員達は空からの奇襲や見たことが無い兵器に戸惑う天平会の構成員に向けて機関銃や小銃から連射して銃弾のシャワーを浴びせているほか、ガンシップ仕様のヘリも容赦なくロケット弾発射と機銃掃射を反撃しようとする敵に繰り返している。

攻撃開始と同時にルッキーニ達の中隊はカルロを国光の援護に送らせつつ超低空飛行を敢行して逃げ出そうとする軽装の敵を日本から支給された63式騎兵銃で銃撃し、振り向いて反撃に転じた敵に対しては搭乗する愛竜による体当たりで跳ね飛ばしていった。

連邦軍や警察対策に重武装を行っているにも関わらず天平会は外国の精鋭部隊が自分達を壊滅しにやって来ると思っていなかったため全く歯が立たないでいた。

 

「おう曹長よう来たな!ルッキーニさんに頼まれて来たんやろ?これから若い衆を連れて本部に乗り込もうとしてたから助かったわ」

 

「こちらこそ失礼します!テンペスタ、後方へお戻り」

 

国光と合流したカルロはテンペスタを後方に返すと63式騎兵銃の安全レバーを連射に回してから手渡された暗視ゴーグルとサプレッサーを装着し、彼とそれに付き従う組員達と共に薄暗い建物内へと入って行く。

 

「早く二ホン軍に反撃するぞ!」

 

「このままだと我々の計画が台無しになってしまう」

 

「暗いのに玉で掛かって来よった!撃て!」

 

『うぎゃあ!』

 

先程の無人機やヘリコプターによる爆撃で本部の主要電源を破壊したことで本部内を混乱させることに成功し、灯りを持たずにやって来た敵を待ち伏せてからヘッドショットで各個撃破しつつ建物の地下内を進んでいく。

最下層の地下三階には複数の部屋があり、その中では薄く灯った電球の下で合わせて百人近くの子供も含めた男女が押し込められていた。

彼ら彼女は虚無な表情を浮かべて言葉に出そうにも出せない顔を震わせながら助けを求めるかのように国光達を見つめる。

 

「かわいそうに……攫われてから洗脳教育を施されたんやな。お前らは上の若い衆とこの人達を救護所に連れて行くんや」

 

「分かりました。お前ら、西野のカシラの義竜会さんにも応援を頼め」

 

「なんて惨いことを……こんな事」

 

「曹長。ムカつく気持ちはまだ残ってる外道にぶつけたるで」

 

国光とカルロの中にある正義心の火が付いた。罪なき人々が感情や愛情、幸福を踏み躙られたことを想えば今すぐにでも元凶となった奴らを表に引き摺り出して断罪してやりたい。そんな思いを固めて奥にある最後の大広間の扉を蹴破る。

 

「黄総帥閣下万歳!!」

 

「会長危ない!!」

 

「うおっ?!曹長!!」

 

天平会総統のエンフバヤルは自身の身体に張り巡らせた爆弾の起爆スイッチを押すと同時にガス臭に覆われた部屋を爆破させる。

この爆破により地下が崩落する事は無かったものの、エンフバヤルが居た部屋だけが大きく燃え盛った。

 

「かい……長っ大丈夫ですか?」

 

「すまん!わしが油断したせいで曹長が……しっかりするんや!」

 

間一髪でカルロが全力で国光を押し飛ばしたことから二人とも生還したもののカルロは頭から血を流していた。

 

「良かった……今度は自分を盾に人を守ることが出来たんだ僕」

 

「これ以上喋ったらあかん!後はわしに任せとけ!」

 

彼は無傷の国光を見て安心したのか必死に語りかける国光の背中の中で安心しながら気を失うのであった。

今回も死者を出すことなく作戦が成功したもののカルロが重傷を負う結果で幕を閉じ、漢華人民共和国が関与していたであろう拉致事件が濃い匂いを残しながら証拠不十分でまた一から出直すこととなる。

 

 

 

一週間後

イタリ・ローマ王国

カルロの自宅

何の入れ違いか今度は看護して来た相馬がカルロの面倒を見る事となり朝から晩まで彼女が広いベッドに添い寝しながら彼の身の回りの世話をしていた。

天平会による拉致洗脳事件以降、カルロは人の幸福や愛情について深く考える事となり日本が元居た世界で愛情が引き起こした歴史的な出来事に関する書籍を読み漁っていた。

 

「カルロってよくこんな情報量の塊を読んで頭が痛くならないわね。ハイドリヒの最期なんて小中学校の道徳の時間で沢山勉強したわ」

 

「このラインハルト・ハイドリヒ……恐ろしい人物ですね。自身が死ぬ要因になったとはいえ理想と国家の為なら他民族に優しくした同胞の心や大切な物を平然と踏みつける。こんな男が三ヶ月だけでもドイツという国で総統になった事が恐ろしいです」

 

相馬と談笑するカルロはナチスドイツ三代目総統であるハイドリヒのように自分の理想のために他者の幸福を否定した者の末路と幸福や正義を踏みつけられ大切なものを奪われた者の行動に強く関心を抱いていた。

この世界のラインハルト・ハイドリヒは第二次世界大戦中頃の一九四六年に親衛隊全国指導者のハインリヒ・ヒムラーが連合軍により殺害されると、彼に代わって全国指導者となり元来あった辣腕を発揮してドイツの政治を掌握し他民族に対して道徳的なドイツ人に対して苛烈な取り締まり行っていた。

やがて第二次世界大戦がドイツの勝利に終わり初代総統のヒトラーと二代目総統のマルティン・ボルマンの信任を得て三代目総統に就任するも全国指導者時代に彼の無慈悲な作戦の一環で殺害された娘の父親である元ドイツ国防軍大佐によって爆殺された。

 

「本当にそうよ。人は大切な誰かを亡くした時が一番怖いの。それに人の幸福を踏みつければまた自分が思う幸福も崩れるものなの」

 

「僕は自分の理想の為に人の幸福を素直に願えない人がいる限りこの負の連鎖は無くならないと思います。そうすればあんな戦争も起きないのに」

 

「でも私達がそれにピリオドを打つのも良いと思うの。銃を持つとはいえその一発で全てを守れるなら私はそれで良いわ。もう寝ましょ」

 

「幸福の守り方って改めて難しくも尊ぶべきですね。シオリさんお休みなさい」

 

話の途中で眠たくなった二人は自分達に出来る事や想いを語りながら軽く身体を抱きしめ深い眠りに就くののであった。

 

 





ご覧いただきありがとうございました!次回は第二十一話を投稿する予定です!
自分の理想の為に人の幸福を踏みつける役としてIFハイドリヒの事例が出ましたが、これからも戦勝日本が歩んだ歴史を紹介出来たらと思います


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