ダンジョンに出会いとボッチを添えて (テクロス)
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1章 駆け出し編
♯1 終わりと目覚めと出会いと


駄文ながら付き合って頂くと嬉しいです。

ー追記ー
少し手直ししました。


「貴方のやり方、嫌いだわ」

 

「もっと人の気持ち考えてよ!」

 

昔から人の気持ちがイマイチ分からない子供だと言われてきた。

頼まれれば何でもやった。嫌だと思う事もあったが人に好かれる為ならば良かれと思って出来る限りの事はした。……しかしそんな思いと裏腹に人とは壁ができるだけだった。

 

親からは手のかからない子だと言われてきた。最初はそれが堪らなく嬉しくて親に負担をかけまいと何事も心配させまいと頑張って愛されようとした。……結果愛情に近しい感情は向けられずその行為が義務と変わり果てた。

 

人間関係や家族関係にも半ば諦めかけていた高校生活に転機が訪れた。

 

奉仕部……それは人に餌を与えるのでなく餌の取り方を教える部活。

その部長の雪ノ下雪乃を筆頭に由比ヶ浜結衣、顧問の平塚先生に川崎や戸塚に材木座。

 

俺はこの関係をとても気に入っていた。リア充達みたいな「取り敢えずくっついときゃ良いだろ」みたいな紛い物のような関係でなくお互いが近すぎず遠すぎず、理解しあってる関係だと思っていた。……そう、思っていたんだ。

 

転機にも転機は訪れ、皆がそれなりに心を踊らせる修学旅行前に「告白を成功させたい」「告白を阻止してほしい」という無茶な依頼に板挟みになった。正直打つ手が無い。絶対に成功する告白なぞある訳がない。更にはその相手から「告白を阻止してほしい」なんて依頼が()()()に来てる。悩んでる間にも時間は過ぎていくだけ…手はどこにある。

 

あった…簡単に説明すれば俺が先に嘘の告白をして付き合う気が無いという意志を示させて次回に持ち越させることだ。次があるかどうかは知らんが…。

 

作戦は成功した…でも失ってしまった。大切な関係を…2人なら分かってくれると勝手に期待し勝手に失望した。

 

家に戻れば妹から罵詈雑言が飛んで来た。それを聞きつけた親からもたんまり怒られた。俺の話には一切耳を貸してくれなかった。いつもの事だ。

 

自暴自棄になった俺は街をさ迷っていた。学校にも行かずネットカフェに篭って惰眠を貪った。フラフラしてればチンピラから絡んでくるから返り討ちにして金を巻き上げるだけ。普段から筋トレとかしてたからそう苦戦する事はなかった。まぁ敵討ちに合うこともしばしばあったが…。

 

そんな俺の色のない一生は道端で終わった。

歩いてた俺はトラックに突っ込まれて死んだ。

そのトラックの運転手は少し前にボコボコにしたチンピラだった。はっ、因果応報ってやつだな。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

暗く暗くて(Dark)暗い(Cry)闇が俺を包む。

 

体の感覚が無い。

 

あるかどうかも分からない耳にねっとりとした声が響く。

 

 

愛と誇りと力への探究心を忘れるな

 

なんなんだよ…それ

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「……………い!」

 

頭が痛い…あと5分…

 

「…て……さい!」

 

えぇい、ゆっくり寝させてもくれんのか!

 

「んぁ?……」

 

目を開けると白髪で赤目の少年がこちらを覗き込んでいた

 

「ここは…」

 

「5階層ですよ」

 

「5階層だあ?」

 

何を言ってるんだ?コイツ

5階層?5層なら知ってるよ?メイドインがアビスのやつとかでしょ?違う?違うよね。

 

「えぇ、ダンジョンの…」

 

「ダンジョン?」

 

ダンジョン?はて…ダンジョンで飯食う物語なら知ってるが…。違う?違いますよね…。

 

「「え?」」

 

ダメだ…話が噛み合ってない。この白い奴も信じられない目をしてる。

 

『ヴアアアアアアアアアアアァァァ!!!』

 

空気が震えた。生まれて初めてヒッなんて声が出た。てか白髪よ、頼むからお前も一緒にビビらないでくれ、不安一杯で発狂しそうになる。

 

「ミノタウロス!?どうしてここに…」

 

語感から察するにここにいちゃいけない系なのね…うん、ヤバいですね☆

 

『ヴォォォォォォ!!』

 

ミノタウロスとやらが蹄を振りかぶる。

 

比企谷八幡、享年17歳。死因…ミノタウロスにひき肉にされる

 

『ブォ?』

 

しかしその一撃が落とされる事はなかった。何事かとミノタウロスを見上げてみれば体のあちこちに銀の線が走っている。

 

刹那、視界が真っ赤に染まった。ついでに全身も真っ赤に染まった。汚されちゃった…。

 

「あの…大丈夫ですか?」

 

ミノタウロスがひき肉になった代わりに現れたのは蒼色の軽装を身につけ眩しい程の銀色の胸当てや手甲に針のように鋭いサーベル。

 

八幡一生の不覚、見とれてしまった。俺はそういうのに散々嫌な思いをしてきたのにその女性に見惚れてしまった。

 

「うわああああぁぁぁぁぁぁぁん!」

 

白髪の少年は情けない声を上げながら恐ろしく速い逃げ足で“脱兎の如く”逃げ出した。あっ、ちょっと!?

 

俺は立ち上がって金髪の美少女と向き合う。

脳内シミュレーションは完璧。やったるぜ!慌てず噛まず引かれない丁寧なお礼を!

 

「あ、あ、あ、危ない所たしゅけてくれてありがとぅ」

 

ダメだった。恥ずかしい、今すぐ逃げ出したい。

 

「ギャハハハハ!!どうしたお前!トマトみたいに真っ赤になってよー!ミノタウロスの血でも浴びたのかー?」

 

するとケモ耳を生やした如何にもイタそうな青年がやってきた。なんだァ?テメェ。土下座するぞコノヤロー。

 

「そうなんです…よっ!」

 

その青年に向けて首肯にしては大ぶり過ぎるくらいに首を振る。すると自然に髪の毛にかかってた血は青年に飛んでく。

 

「おわっ!飛ばしてくんじゃねぇ!汚ぇなぁ!」

 

ふん、俺だって本気出せばこんくらいの嫌がらせはできんだよ!

 

「それじゃあ、俺はこの辺で失礼します」

 

「おい待てェ!お前、いかにも駆け出しみたいだが、装備はどうした」

 

ケモ耳のあんちゃんが問いかけてくる。適当にそんなもん最初からないと言うしかなく…。

 

「!…じゃあ君はどうしてここに居るの?」

 

金髪の美少女が魅惑の質問をしてくる。

 

「いや、気付いたらここにいたんでそこら辺ちょっとよく分からないんですよ。それじゃ、危ない所を助けてもらいありがとうございました」

 

言い終わった直後にその場を後にする。ここに居続けたら命がいくつあっても足らないからネ。

 

同じく血まみれになった白髪少年のであろう血痕を辿りダンジョンとやらから脱出する。

 

勇気を出して←ここ大事、知らない人に話しかけて身だしなみを整えられる場所を聞くとシャワーの貸し出しがあるらしくそこに向かい服を脱いだ訳だが…

 

「こんなペンダント持ってたっけ?」

 

見慣れないペンダント、赤色の宝玉が首に掛かっていた。ふむ、本当に身に覚えがない。しかし不思議と外す気は全く起こらず寧ろそれを付ける事で安心感が湧いてくる。

 

シャワーも済ませまた別の人に勇気を出して←ここ大事、話しかけこの街について聞いた。

 

聞くに退屈した神が天界から降りてきて不自由を楽しみたいから人間を眷属(ファミリア)にして『恩恵』を授けてモンスターに対抗しうる力を授けた…とか、ここは世界に唯一ダンジョンのあるオラリオだ…とか、「豊饒の女主人」の店員には絶対喧嘩を売るな…とか。

 

ふむふむ、最後の情報、ふざけてるのか?とか思ったがその時だけ顔が死んでたからマジそうだ。

 

後はギルドに聞きなと言われたとおりにギルドとやらに向かうと

 

「エイナさん大好きー!!」

 

と叫び飛び出してきた少年とぶつかってしまった。お前前方不注意だぞ!教習所からやり直せ!

 

「ぐはぁッ!」

 

「うわぁ!」

 

成程、これが『恩恵』の力。普通に痛い…グフッ。

 

「大丈夫ですか!?って貴方は!」

 

ぶつかった相手を見上げてみるとさっきの白髪頭の少年がいた。

 

「心配ない……ゲフッ」

 

「大丈夫じゃなさそうな声が聞こえたんですけど!?」

 

「大丈夫?ベル君、と冒険者さん」

 

奥から出てきたのは茶髪でショートヘアで少しとんがった耳が特徴的な美女だった。思ったんだがこの町の女の人、レベル高すぎじゃね?

 

「えーとその、冒険者登録ってここですればいいんですか?」

 

「えぇ!!??」

 

白髪少年驚きの声を上げるが手で口を塞いでそれを制する。言わせん、さっきの事を言われたら面倒臭い事になるのは必然だからな。

 

「え、えぇ、ここで冒険者登録はできます」

 

それからは簡単だった。名前と苗字が逆なのは驚いたが…それはそうと書類に個人情報を一通り書き込んだが1つ困る項目があった。

 

ファミリア、どうしよ…

 

そんな埋まることのない項目に悪戦苦闘してると白髪頭がひょこり覗いてきた

 

「ファミリア、所属してないんですか?」

 

「あ、あぁ…」

 

「良かったら僕の所のファミリアに入りませんか?」

 

「是非喜んで!」

 

え?即決すぎるって?そりゃ、こんなチャンス掴み取るしかないだろ?

書類を見直したとんがり耳のお姉さんは満足と言った顔で

 

「それではハチマン・ヒキガヤさん、これにて書類は正式に受理されました。今後のアドバイザーは私、エイナ・チュールが務めさせてもらいます」

 

晴れて冒険者になった俺、比企谷八幡改めハチマン・ヒキガヤの戦いはこれからだ!!

 

「じゃあヒキガヤさん、僕達のホームに帰りましょう!」

 

「あ、あぁ」

 

白髪頭に手を引かれる事でホームとやらに案内される。幸先が不安だな。




ここまで読んでくださりありがとうございます。感想やアドバイスをバシバシくれると嬉しいです。また、使って欲しい魔具等のリクエストはお受けするのでコメント下さい。


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♯2 家とスキルと渇望と

皆様沢山の御要望ありがとうございます!
いやー、戦闘描写ってホントに難しいです…読みやすい描写ってどんな感じが適度なんでしょうね。


 

初めてのファミリア、その本拠地(ホーム)に向かう途中に俺は隣に歩いてるベル・クラネルと世間話をしていた。

 

「そういえばヒキガヤさんはどうしてダンジョンに?」

 

「ん?あぁ、それが俺も良く分からなくて気付いたらダンジョンにいてな、初めて目にしたのがクラネルさんだったんだよ」

 

「えぇ!?ダンジョンにいた切っ掛けというか心当たりはないんですか?」

 

「無い、ホントに気付いたらだった」

 

もしあの時、クラネルさんがいなかったらもしかしたら俺はミノタウロスにミンチにされていたのかもしれない、もし仮に金髪の美女、アイズ・ヴァレンシュタインに助けられていても地上に戻れることも無くモンスターに殺されていただろう。そう思うと今更だがクラネルさんには感謝の気持ちが湧いてくる。

 

「しっかし、ミノタウロスだっけ?あんな奴、さっさと強くなってノリッノリで倒せるようにならなきゃな!」

 

今になって溢れてくるモンスターへの恐怖の裏返しなのからしくない強がりの言葉が出てくる。しかし出てきた言葉に嘘はない。絶対にミノタウロス、いや全てのモンスターを余裕で、完膚なきまでに叩きのめす。…やるんだ。

 

「ハハハ…そうだね、そうする為にも頑張って強くならないと…!」

 

クラネルさんも俺に言ったのか、はたまた自分に言い聞かせたのかもしれない言葉を口にする。

 

「着いたよ、ここが僕達のホームだよ!」

 

目の前にぽつんとただ何かを待っているかのように建っているその教会は人気の無い路地裏深くにあった。

 

「……」

 

沈黙が恥ずかしいのか勢いで押し切ろうと声を張ったのが恥ずかしいのかまたはどっちもかクラネルの顔は返り血を浴びた時並に赤くなっていた。

 

「……」

 

「ヒキガヤ…さん?」

 

まったく、この異世界は優しくないな。いきなり大きなファミリアに入れてもらえる訳ないもんな。

 

「いいんじゃねぇの?0から感があってさ」

 

俺の場合死に戻りとかできる訳でもないし本気にならなきゃ人に話しかける度胸もないんだからハードモード通り越してEXTRAハードもしくはHACHIMAN MUST DIE レベルな気もする。

 

「嫌がらないの?」

 

「別に、雨風凌げりゃなんでも良いんだよ」

 

実際あっちの世界でもネカフェだけじゃなくてそんな廃墟に入り浸った事もあるしな。クラネルさんと扉のない玄関口をくぐって教会の中に入った。屋内も外装に負けず劣らずの朽ちっぷり、雨風凌げりゃいいって言ったがこれは中々だぞ。

 

そこから祭壇奥にある薄暗い部屋のまた奥にある本の無い本棚のまたまた奥にある地下へと伸びる階段を下りドアを潜ると地下室とは思えない位には生活臭のする小部屋があった。

 

「神様、帰ってきましたー!ただいまー!」

 

元気よくクラネルが声を張り上げると紫色のソファーに寝っ転がっていた彼女はクラネルの元にテトテトと小走りでやってきた。

 

「やぁやぁ!お帰り!今日はいつもより早かったね?」

 

「ちょっとダンジョンで色々ありまして…」

 

「おいおい、何かあったのかい?悩み事ならボクに相談するといい!…っておわぁーー!ベル君!後ろの彼は…」

 

黒髪ツインテールでリボンに銀色の(ベル)。幼い体に似つかわしくない豊満な双丘。この人(ロリ巨乳)がクラネルの言ってた神なのか…。実感湧かねーな。

 

「ども、訳あってクラネルさんのファミリアに所属させてもらいに来ましたハチマン・ヒキガヤっす!宜しくっす!」

 

「ヒキガヤさん…さっきとテンションが全く違う…」

 

「言うな、ここは掴みが肝心なんだよ。ボソボソ喋ってるやつなんて誰も欲しかねぇよ」

 

「全部聴こえているよ…」

 

ほらみろ、神様呆れちゃってるだろ。

 

「それにしても、入団希望者なのかい?ホントかい?イタズラとかじゃなくて無名のボク、ヘスティアのファミリアに入りたいのかい?冗談とか許さないからね?」

 

怖っ!最後らへんガチで殺気放ってた気がすんだが…。

 

「まぁ、色々困ってる所をクラネルさんに助けてもらいまして、晴れて新人冒険者になりまして、ファミリアに入れてもらいたいなー…なんて」

 

なんならもうギルドに書類提出しちゃったから後戻り出来ない、というかマジで路頭に迷うから入れて欲しいなって…。

 

ちらりと神ヘスティアに目線を移すと彼女は涙目になりながらウンウンと頷いていた。

 

「やったねベル君!これでソロでダンジョンに潜る必要がなくなったね!」

 

「やりましたね!神様!」

 

2人はヒシっと抱き合ってるがどうしてだろうかこの2人が兄妹にしか見えない。

 

「それじゃあハチマン君だっけ?さっさと恩恵を刻んじゃおう!その後ベル君のステイタス更新だぜ!」

 

「ちょちょちょ、そんな簡単に良いんですか?」

 

「ん?なんの事だい?」

 

「クラネルさんは滲み出るお人好しオーラでファミリアに勧誘してくれましたが神様は嫌がらないんですか?曲がりなりにも目が腐った男なんて普通ファミリアに入れないんじゃないんですか?」

 

そうだ。町を歩いてる時もすれ違う人達はヒェッとか言って怖がる人もいたし軽くショックで倒れてる人なんかもいた。そんな男をファミリアに入れるなんて

 

「何を言ってるんだい?この街では外見なんて所詮個性であって差異ではないんだよ。町の人をよく見たかい?ヒューマンや亜人(デミヒューマン)、エルフにドワーフそれに神だっている。目が腐ってるなんてプラスにもマイナスにも働くアドバンテージでしかないんだよ。よってそんな変な理由でファミリア入団拒否なんてしないよ!」

 

朗報 この人マジで女神だった。

 

「僕もヒキガヤさんの目は全然気になりませんよ!」

 

付け加えるようにクラネルが言う。……まったく、どうして神もクラネルさんもこうお人好しなんだろうか。

 

「ささ、恩恵を、刻んじゃうから上半裸になってくれ」

 

言われた通りに服を脱ぎ上半身半裸に首から下げてるペンダントだけになりうつ伏せになって神様に背中を委ねる。神様は俺の背中を数回撫でる。ゾワッ、とする。チャリと音がした数秒後に背中に何かを垂らされる。ロウソクではない、血だ。血が落とされた場所を中心に指でなぞり始め、ゆっくりと()()を施す。

 

「むむっ!!これは…」

 

「何かあったんですか?」

 

恐る恐る尋ねてみる。まさか爆発するとかじゃないでしょうね。

 

「いや、ベル君のも終わってから紙に移して見せるよ」

 

一通りの作業を終え神様は俺達にステイタスを書いた紙を手渡してくる。

 

ハチマン・ヒキガヤ

 

Lv.1

力:I 50 耐久:I 8 器用:I 25 敏捷:I 43 魔力:G 205

 

《魔法》

【魔力操作】

 

《スキル》

【】

 

魔力操作?魔法なんて縁がないと思っていたが…

ん?スキルの欄がぼかしてある文字があり読めないようになってる。

 

「神様、このスキルのスロットはどうしたんですか?何か消した跡があるような…」

 

「ん、あぁ、ちょっと手元が狂ってね。いつも通り空欄だから、安心して」

 

「ですよねー…」

 

肩を落とすベルを端目に神ヘスティアを見ると目が合ってしまった。

あ!露骨に目ぇ逸らした!それに下手っぴな口笛なんか吹いてるし。

絶対なんかあるだろ…

 

それから晩御飯にじゃが丸くんなるものを食べたがこれまた美味しいったらありゃしない。今度作ってみたいな。

 

夜遅くに目が覚める神様やクラネルを起こすまいとひっそりと部屋から出て地上に戻る。まだマトモな椅子に腰を落とし軽く深呼吸。ヘスティア様のファミリアに所属して半日も経ってないが分かったことがある。このファミリアはとてつもなく貧乏だ。今日の晩御飯からみて恐らく2人で生活するのに精一杯なのだろう。そこに俺が入ったと考えると更に重荷になりかねない。武器なんて買う余裕がないだろう。

 

足でまといにはなりたくない。

 

魔法なんて知らない。どう使うかも知らない。だから知らなくては…!

 

「ちちんぷいぷい」

 

取り敢えず言ってみたが出てくるものは何も無く夜風が吹いてるだけだ。虚しいな…。

 

 

「エクスペクト…やめとこ」

 

色々な意味で危ない気がする。

 

手を前に出し全神経を集中させる。

魔力の流れをイメージする、水の流れ数多の分岐路を閉じ手のひらただ一点に絞る。出すものは、そうだな、剣なんてどうだろう。西洋の剣だ。

 

「出た…」

 

フッと出てきたそれは青く発光しただそこにあるだけだった。

 

「この調子で…」

 

色々試したり試行錯誤をしてみる。夜はまだまだ長い。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

たった1人の家族が連れてきた子が1人で練習している。どうやら発現した魔法の実験らしい。

出した剣は砕けたりどっかに飛んで行ったりでめちゃくちゃだがボクではどうしようもない。それでも彼は続ける。その内彼は出した剣を掴み振り回してみたりしてる。あれは、極東の技かい?もうそこまで維持できるようになったのか…彼の成長速度には驚かされる。それも彼のセンスが抜群に良いのか…彼の知らないスキルのお陰だろうか…

 

悪魔の魂(Devils soul)

・不明

 

スタイリッシュライズ

・早熟する。

・敵に攻撃を命中させる程成長する。

・敵の強さにより効果向上。

・戦意を喪失した場合ステータス激減。

 

スタイリッシュライズ…ベル君に発現したリアリスフレーゼとは似て非なるもの。このスキルがあれば彼は確実に強くなってくだろう。一旦彼の事は保留してベル君の事を……!

 

そんな事を思ってしまった自分が嫌いになる。

そうじゃないだろ…彼だってファミリアだ。家族だ。

邪険にする事は絶対にしてはいけない。

 

「今日はこの辺にしておくか」

 

いけない!直ぐもどらなきゃ!

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「……んぁ」

 

朝ごはんを作るため朝早くに起きる習慣が身についていたのがオラリオでも発揮されてしまうとは…もしや俺社畜ならぬ家畜の才能があるんじゃ?いらねぇよ。

 

「……ん」

 

ちょうどクラネルも起きたらしく目をゴシゴシと擦ってる。

 

「ヒキガヤさん、今日はどうします?」

 

「あぁ、ダンジョンに行ってみるさ」

 

「じゃあ僕も行くよ」

 

「そ、そうか…」

 

「へへっ」

 

「なんだよ急に笑いだして、キモイぞ」

 

「誰かとダンジョンに潜るのが初めてだからつい嬉しくて」

 

クラネルは俺と会うまでは1人でダンジョンに行っていたという。

アドバイザーのエイナさん曰く自殺行為らしい。

 

メインストリートは昨日とは違い人混みがなくやけに広く感じる。

それでも人はいてパルゥムやドワーフが見受けられる。

 

「「!?」」

 

2人同時に振り返る。気持ち悪い感じがする。まるでパン屋にいるどのパンを喰おうかトングをカチカチ鳴らすOLを見ている様な感じ…いや、この場合俺達がパンになった気分だ。

 

「感じたか?」

 

「ヒキガヤさんも?」

 

「あぁ、気持ち悪いなぁ」

 

「……あの」

 

2人してすぐさま身構えるが声をかけてきたのはウェイトレスの格好をしたヒューマンの少女だった。

 

「す、すみません。少し驚いて…」

 

「い、いえ、こちらこそ驚かせてしまって…」

 

「何か僕達に?」

 

「あ…はい。これ、落としましたよ」

 

差し出してきたその手には紫色の結晶だった。これが魔石ってやつか。

 

「す、すいません。ありがとうございます」

 

なんだ。クラネルが落としただけか…

 

「こんな朝早くからダンジョンへ行かれるんですか?」

 

「はい、仲間と軽く行ってみようかなぁなんて」

 

コミュ力高いなぁと思ってるとグゥと俺の生意気な腹が鳴り出した。

 

きょとんと目を丸くする2人…なんだよ。

すぐにプッと笑い出すウェイトレス。グハァッ!!ハチマンのハートに痛烈なダメージが!

 

「うふふっ、お腹、空いてらっしゃるんですか?」

 

「朝を抜いてきたもんで…」

 

パタパタと店と思われる場所に戻ったウェイトレスはほどなくして戻ってきた。その手には大きめのバスケットを持って。

 

「これをよかったら…まだお店がやってなくて、賄いじゃあないんですけど…」

 

「いや、受け取れませんよ。無償の施しは受けないようにしてるもんで…」

 

「それじゃあ交換条件でどうでしょう?今日の夜、私の働くあの酒場で、晩御飯を召し上がって頂くということで」

 

「そういう事なら…いいか?クラネル」

 

「うん、それじゃあ今日の夜に伺わせてもらいます。僕…ベル・クラネルって言います。貴方の名前は?」

 

「シル・フローヴァといいます。黒髪の貴方は?」

 

「…ハチマン・ヒキガヤです」

 

軽く自己紹介を終えた俺達は白亜の摩天楼を目指して歩き出した。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ガルァァァア!!」

 

「ふっ!」

 

コボルトに一閃を刻む。

 

「シャアッ!」

 

「丸わかりなんだよ…」

 

背後から飛びかかって来たコボルトの口にノールックでこの剣、名付けて【幻影剣】を突き刺す。これで丁度10匹目だな。

 

「「「「「「グルォォォォ!」」」」」」

 

「クラネル!」

 

「任せて!」

 

隣にいるクラネルがコボルトの群れに突っ込む。クラネルさんも凄い勢いでコボルトを切り裂くがどうしても捌ききれず洩れてしまうのは俺が幻影剣を投射して絶命させる。

 

そんなこんなで粗方モンスターの群れを退けた俺達は少し休憩を挟む。

あのフローヴァさんのくれた昼飯を挟みながらクラネルとダベリング

 

「誰かと一緒っていいね!」

 

「そうかもな…ってか初めてだから分かんねーよ」

 

「それもそっか。それにしてもハチマンは強いね。あの剣でモンスターをズババーンって斬ってて、思わず見惚れちゃったよ」

 

「俺なんてまだまだだ…クラネルも足が早くて羨ましい」

 

「ギシシシシ…」

 

影からモンスターが姿を現す。ゴブリンの群れか…大体8匹かな。

 

「次は俺の番だな」

 

「任せたよ」

 

「任された」

 

ニヤァと笑いゴブリンに順番に指を向ける。

 

「さてと、どーれーにーしーよーおーかーなー…お前だ」

 

「ギィ!?」

 

何かを感じたのか指名されたゴブリンは後ずさりをしているが幻影剣を手に取り一気に突進し間合いを詰め喉元を突く。

 

仲間の絶命が早くて把握できないのか何のアクションも起こさないから俺はもう1匹に幻影剣を突き刺し飛び退きその場を離脱する。

 

「芸術は爆発だ」

 

その1匹を中心に爆発が起きゴブリンは巻き添えを食らう。

しかし威力も範囲もまだまだ足らない。まだ足りないな…もっと、もっと…力がいる。

 

そんなこんなで俺達は半日はダンジョンに潜っていた。




八幡のスキル…こんな感じでいいんですかねぇ…
もっと、もっと文才を!


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♯3 だから俺達は走る

ストーリー的には殆ど進んでないけど投稿です!


 

 

ダンジョンからホームに戻りステイタスの更新をする。

俺もベルも凄い勢いで成長していてクラネルのステイタスを見た神様は何故か拗ねてしまった。…クラネルよそーゆーとこだと思うよ?ぼかぁ

 

神様もバイトの打ち上げがあるらしく俺達は朝に予約?した居酒屋へと向かう。

日は既に沈みかかっており朝とは違う賑やかさ街にはあった。

アブナイ衣装を着た獣人の女性が客引きをしていたり、より布面積の少ない格好をしたアマゾネスは服も恥も脱ぎ捨てて闊歩してる。

メインストリートを歩きながら俺達は目的の場所を探す。

 

「ここ、かな…」

 

『豊饒の女主人』?ってどっかで聞いたような…ま、いいか。

 

「ここがあの女のハウスね」

 

「ハチマン、なんか口調おかしくない?」

 

「気のせいだ、さ、入るぞ」

 

扉を開けると豪傑そうなドワーフの女将らしき人に猫耳生やしたチャンネー、いやニャンネー。見渡す限り店員全員がが女性だ。

 

「ベルさんっ」

 

俺は?とか思いながら声のした方にチラと視線をやればフローヴァさんはすぐそこにいた。

 

「どうも」

 

「はい、いらっしゃいませ、お客様二名入りまーす!」

 

カウンター席の端っこに案内してもらい向かい側にはMs.豪傑がいる。なんてプレッシャーなんだ…

 

「アンタがシルのお客さんかい?ははっ、冒険者のくせに可愛い顔と陰気臭い顔してるねぇ!」

 

ほっとけ。

 

「何でもアタシ達に悲鳴を上げさせるほど大食漢なんだそうじゃないか!」

 

おいおい、フローヴァさん?そんな事言ってませんよ?

笑って誤魔化さないでね?

 

メニューを手に取り値段の方に注目する。今日の稼ぎは9600ヴァリス。クラネル曰く過去最高の稼ぎらしい。

 

取り敢えず無難に2人でパスタを頼む。300ヴァリスらしいがサイゼに比べたらもっと良心的なんだよなぁ。

 

「酒は?」なんて聞かれて遠慮しますと答えてもドンっと酒を置かれる。未成年なんだけど大丈夫?

 

俺達の間にフローヴァさんが入ってきて何やら話してるが無視だ無視。こーゆーのはクラネルが適任なんだよ。俺が話しても会話が続くどころか関係が悪化するまである。

 

うへぇこのパスタ…でかい!

 

ガヤガヤ…

 

途端に後ろのの方が騒がしくなり何事かと見ると心臓が高鳴るのを感じた。俺のオラリオ生活0日目に助けてくれた…アイズ・バレンタインさんだっけ?フローヴァさんの話を聞くに【ロキ・ファミリア】の宴会らしく陽キャ宜しくのざわめきを見せている。

 

「そうだ、アイズ!お前のあの話を聞かせてやれよ!」

 

あの日いた獣耳のあんちゃんがバレンタインさんに話を振っている。

 

「あの話…?」

 

「あれだって、帰る途中何匹か逃がしたミノタウロス!最後の1匹、お前が5階層で始末しただろ!?そんで、ほれ、あん時居たトマト野郎共の!」

 

グサッ!!心臓が別の意味で高鳴る。ベルの方を見るとガタガタ震えてる。兎かよ…

 

「それでよ、いたんだよ、いかにも駆け出しっていうようなひょろくせぇ冒険者(ガキ)が!しかも2人も!」

 

俺たちだな…しかし常にクールを心に置いてる俺、こういった陰口には慣れたもんだ。……そこは奴らに感謝かな。

 

「それでそいつら、アイズが細切れにしたくっせー牛の血を全身に浴びて…真っ赤なトマトになっちまったんだよ!くくくっ、ひーっ、腹痛てぇぇ…」

 

男の話を聞いた他のメンバーは失笑し、他のテーブルの部外者は笑いを堪えてる。

 

「それにだぜ?そのトマト野郎、叫びながらどっか行っちまって…ぶくくっ!うちのお姫様、助けた相手に逃げられてやんの!」

 

「アハハハハハッ!そりゃ傑作やぁ!冒険者怖がらせてまうアイズたんマジ萌えー!!」

 

「ふ、ふふっ…ご、ごめんなさい、アイズっ、流石に我慢できない……!」

 

「…」

 

「ああぁん、ほら、そんな怖い目しないの!可愛い顔が台無しだぞー?」

 

「ほんと、ざまぁねえよな。ったく、泣き喚くくらいだったら最初っから冒険者になんかなるんじゃねぇっての。ドン引きだぜ、なぁアイズ?」

 

「……」

 

「更にもう1人はアイズの気を引きたいのか気付いたらここにいたーとか抜かしてやんの!」

 

「なんやそいつ、ウチのアイズたんに色目使うなんて100年早いわ!」

 

仰る通りで…バレンタインさん?すみませんね。迷惑かけちゃって。

 

「ああいうヤツがいるから俺達の品位が下がるっていうかよ、勘弁して欲しいぜ」

 

はっ!他者の失敗談をを酒のツマミにしてる奴らに品位もクソもねーだろ。

 

「いい加減そのうるさい口を閉じろ、ベート。ミノタウロスを逃したのは我々の不手際だ。巻き込んでしまったその少年達に謝罪することはあれ、酒の肴にする権利などない。恥を知れ」

 

どうやら少なからず【ロキ・ファミリア】には常識人がいるようだ。

 

「おーおー、流石エルフ様、誇り高いこって。でもよ、そんな救えねえヤツを擁護して何になるってんだ?それはてめえの失敗をてめえで誤魔化すための、ただの自己満足だろ?ゴミをゴミといって何が悪い」

 

「これ、やめえ。ベートもリヴェリアも。酒が不味くなるわ」

 

ーズルズルズル。

 

「アイズはどう思うよ?自分の目の前で震え上がるだけの情けねえ野郎を。あれが俺たちと同じ冒険者を名乗ってるんだぜ?」

 

「…あの状況じゃあ、しょうがなかったと思います」

 

ーズルズルズル、ズルズルズル。

 

「何だよ、いい子ちゃんぶっちまって。…じゃあ、質問を変えるぜ?あのガキ共と俺、ツガイにするならどれがいい?」

 

「ベート、君、酔ってるの?」

 

「うるせぇ。ほら、アイズ、選べよ。雌のお前はどの雄に尻尾降って、どっちの雄に無茶苦茶にされてぇんだ?」

 

「私は、そんな事言うベートさんとだけは、ごめんです」

 

笑いを堪える為にジョッキで口を隠す。

m9(^Д^)プギャー!振られてやんの!

 

「無様だな」

 

「黙れババァッ。…じゃあ何か、お前はあのガキに好きだの愛してるだの目の前で抜かされたら、受け入れるってのか?」

 

ババァ!?めっちゃ美人だろ!?あれでババァとか…あっ…(察し)

 

「……っ」

 

震えるベルに少し詰め寄る。別にそーゆー事じゃないからね?

 

「ベル、逃げちまえ。嫌な事、どうしようもない事があったら逃げてもいいんだ」

 

「ハチ、マン…」

 

「泣くなよ…」

 

イタイオオカミオトコはまだ続ける

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ」

 

ガタッ!

 

ベルが椅子から立ち上がり店から飛び出してく

 

「あぁン?食い逃げか?」

 

「うっわ、ミア母ちゃんのところでやらかすなんて…怖いもん知らずやなぁ」

 

「女将さん!アイツの飯代!俺持ちなんで気にしないで下さい!!」

 

人生で1番声を出し混乱を収める。

 

「あたしゃ金が払われるんならそれでいいんだよ」

 

女将さんがニカッと笑う。おぉ、おかんかよ、この人。

 

「ハチマンさん、ベルさんは…ってあれ?ハチマンさん髪の毛の一部が銀色に…」

 

「男が漢になりに行くんです。安心して下さい。…え、ちょっと何言ってんの?マジ?」

 

「マジです。…じゃあハチマンさんはどうするんですか?」

 

「俺はアイツが残した飯を食わなきゃ、出された飯は全部食わなきゃ…女将さんに殺される」

 

「ハハハッ!アンタも冗談言えんだねぇ!」

 

いや、最後本気でしたよ?後肩バシバシ叩かないで、砕ける。

 

ーズルズルズルズルズルズルズルズルズルズル

 

「てめぇ!さっきからズルズルズルズルうるせぇんだよ!静かに食えねえのか!?」

 

さてと、こっからは俺のターンだ。

 

「すまない、このトマトパスタが美味すぎてな、フォークが止まらなかったんだ」

 

「あ?てめえ…ギャハハハ!あの時のトマト野郎じゃねぇか!」

 

「って事は逃げた方の?」

 

「いや、ブツブツ言ってた方だ」

 

褐色の肌の女性がベート、いや、イタイあんちゃんに話しかけるが…おい、ブツブツは言ってないだろ、言ってないよね?

 

「どっかで会いましたっけ?」

 

「てめぇ!忘れたのか!?」

 

「はて、アンタみたいなイタイ人は知りませんねぇ」

 

「喧嘩売ってんのか?いいぜ?買ってやるよ」

 

ガタッと、俺も立ち上がる。あんちゃんは舌打ちをして扉の先に行く

…のを俺は黙って見てる。

あんちゃんが外に行ったのを確認した俺は静かに席に座り静かにパスタを食う。

 

 

後にシル・フローヴァはこう語る

 

「あそこまで無責任な人は初めて見ました。後パスタを、食べる姿はまるで貴族のように上品でした。だってフォークとかスプーンの音がしませんしジョッキは何故かワイングラスに見え机にはテーブルクロスが敷いてあるように見え、明かりはまるで黄金の蝋燭立てのように彼を照らしていました。こう、上手く言えませんが…スタイリッシュ?でした!」

 

 

 

「てめぇ!!何で表に出ねぇんだ!?」

 

「え?だって俺は喧嘩するなんて言ってないし…」

 

「この期に及んでそんな事言うのかぁ!?」

 

「うぅるせぇなぁ…」ボソッ

 

「聞こえてんだよ!」

 

最後のパスタを急いで口に含む。何本かはみ出てしまう。

カウンターにドンと金の入った袋を置く。

 

「モゴモゴモゴ」(ご馳走様でした!)

 

「あっち向いて言いな!」

 

許可も降りた事なのでイタイあんちゃんの方を向く。

 

「あぁ?んだよその目は…」

 

「フォフォわほ」(デフォだぞ)

 

「飲み込んでから言え!」

 

口の中のものを飲み込み、首を上に向けながら口からはみ出たパスタを啜る。勿論トマトソースはヤツの顔と服に向かって飛んでいく。

食らえ!

 

 

 

当時の状況についてミア・グランドは語る

「あそこまで清々しい嫌がらせは初めてだね。相手が白モノの服を着てることを承知でやろうとする度胸。ソースモノの汚れはこれまた取れにくいんだよ。キレイな楕円を描きながらボウズの口に入ってくパスタ。綿密に計算されたより早くより広範囲に飛ぶように計算されたあの動き。……鬼畜の所業だね。」

 

 

 

「てめぇ〜!またやりやがったな!」

 

「近くにいたお前が悪いな」

 

「んだとぉ!?じゃあ別んとこ向いてやりゃいいだろ!?」

 

「それじゃあ他の人に迷惑が…」

 

「俺にはいいってか!」

 

「駆け出し冒険者を間接的に殺しかけたんだ。いやもしかしたらお前の言う雑魚冒険者の処理か酒のツマミにする為にわざとミノタウロスを見逃したのかもしれない。だって…笑えるネタだもんなぁ?」

 

この一言で【ロキ・ファミリア】ではない冒険者達がざわめきだす。

フフフッこれが俺の狙いよ。

 

「んだと?舐めんじゃねぇ!!」

 

逆上した男が殴り掛かる。

 

「ベート、辞めるんだ」

 

「フィン!邪魔すんじゃねぇ!」

 

チッ、下が下なら上も上だと思ったがそこはしっかりしてるらしい。

 

「部下が失礼した」

 

「あぁ、初めて居酒屋で飯食おうとしたらこれだ。ったく、オタクのワンチャンは狂犬病かなんか?」

 

「狂犬…なんだって?」

 

えっ…この世界狂犬病ないの?

 

「あー、一種のビョーキとでも思ってくれ」

 

「俺はビョーキじゃねぇ!」

 

「ビョーキの奴は皆そう言うんだぜ!」

 

「ベートも落ち着いて…あまり見ない顔だね、新人かな?」

 

「だったら?潰すの?勘弁して欲しいが、絶対負けるし」

 

「じゃあなんでベートに突っかかったのかい?彼のレベルは5、悪いけど実力はハッキリしてるハズだが…」

 

げっ、レベル5!?マジかよ…

 

「戦闘だけが全てじゃない、あんたみたいにコッチも使わなきゃ生きてけないだろ?」

 

頭をコンコンと指でつつく。

 

「後、その人を値踏みするような目は辞めてくれると嬉しい。正直今朝もされてイラついてんだ」

 

「待ってくれ、君の名前を聞いてもいいかな?」

 

「通りすがりのトマト野郎さ…じゃあ女将さん、お騒がせしてすみませんでした、代金には色付けといたんで勘弁して下さい。………後おいワンコロ!」

 

顔だけベート・ローガの方を向く。

 

「あ?んだよ」

 

「絶対追い抜かして吠え面かかせてやんよ」

 

「……はっ、てめぇにできるもんなら見せてみろ。死ぬなよ…」

 

「あぁ…」

 

「また来な!」

 

「うす」

 

女将さんに元気良く見送られる。なんだろう…悪い気はしない。

 

夜風が寒い外に出る。

 

「うぅ、寒…」

 

「あの…」

 

声のした方を向くと夜風に金髪をたなびかせる美少女はそこにいた。

 

「何か用…でございましょうか?」

 

「どうして敬語なの?」

 

「気にしないで下さいませ」

 

「それにちょっと変…」

 

「そうか…」

 

「……」

 

「……」

 

沈黙…今はただ夜風の音が騒々しい。

 

「あの…ごめんなさい」

 

「何に対して謝ってるのか分からないんだが…」

 

「ベートさんが私のせいで貴方達を傷つけちゃって…」

 

「少なくとも俺はそうじゃない」

 

「そう…なんだ」

 

「じゃあ俺はこれで…」

 

「うん…………」

 

アイズ・ヴァレンシュタインに背を向け歩き出す。目指すは決まってる。ダンジョンだ。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う匂う臭う

 

 

 

 

あの忌まわしき匂いが臭い(匂い)が!!

 

 

 

 

 




購読ありがとうございました!
いやー、最後のは一体なんなんでしょうねー
面白かったら好評価、コメントを宜しくお願いします!


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#4 女神のリベンジp

遅くなってすみません。
やっぱり文才が欲しい。


 

「うぉおおおおおお!」

 

絶対超える!超えてみせる!!いつもの汚い手なんて使わない!!!

力だ!もっと力が…!

 

八つ当たりにも等しい感情に身を任せモンスター共を切り刻む。3、4回切ると幻影剣は砕けてしまうから新しいのを次から次へと新しいのを出す。

 

もう100にも届く程モンスターを殺した。コボルトやゴブリンは勿論ウォーシャドウやフロッグ・シューターを相手取る。

 

姿勢を低くしウォーシャドウの足を掴み振り回し他のウォーシャドウの頭と頭を衝突させて同時に殺す。

フロッグ・シューターは伸ばしてきた舌を掴み空いた口に幻影剣を3、4本投射する。

 

流石に魔力も尽きてきたのか地に膝をつけてしまう。

くそ…こんな所で立ち止まってる場合じゃねぇんだよ!

 

コケにされた。久しぶりにプライドなんてもんが傷ついた気がする。

あの時は普通でいられた。だって真実だったのだから…

 

「フフフフフ……」

 

可笑しくて笑っちまう。久々にこんな感情が湧いた。

 

「……誰だ!」

 

物陰から視線を感じる。モンスターか?幻影剣を俺の周りに固定し物陰周辺をロックオンする。

 

「ったく、最近の若者は礼儀を知らないのか?」

 

手を上げながら物陰から出てきたのはローブを被った老人だった。黒髪のオールバックで神父を彷彿とさせる格好をしていた。いかにも冒険者向きではないのはなりたての俺でも分かった。

 

「そんな所にいるからモンスターか闇討だと思わないか?」

 

「ふむ、そう考えればそうだな」

 

「で、何か用でもあるの?」

 

「フフフッ…渡したい物があってな…」

 

「?」

 

そう言い彼が渡してきたのは何か長いものが包まれた布だった。

 

「これは?」

 

「開けてみたら?」

 

言われるがままに布を取ってみると…

 

「これは…剣?」

 

それは灰色のロングソードだった。

 

「ん?この形って…」

 

「お前さんがピュンピュン飛ばしてんのと一緒だな」

 

当然だろ?という風に言ってるが頭が混乱して考えが纏まらない。

どうしてだ?どうして幻影剣と形が一緒なんだ?

 

「そいつはフォースエッジっていうからな!大切にしろよ〜」

 

そう言いながら去る彼を追いかけた方がいいと思うがそうはしなかった。

 

「なーんか、臭うなぁ」

 

バキバキ…

 

壁からモンスターが1匹産まれてくる。

 

「試し斬りには丁度良いじゃねーかよ…」

 

生を受けたばかりなトカゲの首元に目掛けてフォースエッジを振り下ろすと見事に首と胴体は別れを告げる時間も無く離れ離れになった。

 

「…ん?」

 

この剣何かおかしい…切れ味に問題は無いが何かしっくりこない。まるで何かを隠しているような…

 

ギュルルルル…

 

そろそろ戻るか…

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

街を歩いているとふと目につく喫茶店があった。

 

「コーヒー…か」

 

そういえばここに来てから全然飲んでないな…。

見る限り今の所客はいないようだ。

 

「行ってみるか…」

 

扉を開ければ鼻腔をくすぐるコーヒーの匂い…はあ、これなんだよ。

 

「おばちゃん、コーヒー1杯、あと練乳と砂糖、あーいちごパフェも1つ」

 

「あいよ」

 

おばちゃんがテキパキと準備するがその姿には一切の無駄がなく洗練されていた。

 

「はいよ」

 

出されたコーヒーに練乳と砂糖をぶち込む。一見適当に入れてるようだが体がマックスコーヒーの味を覚えているため適量に完璧にマックスコーヒーが再現されていく。

1口啜る。

 

「流石マックスだな…」

 

甘みが脳に届き頭に掛かっていたモヤが一気に晴れてく。

残りは一気に胃に詰め込む。

いちごパフェにも手を付けるがこれもまたとんでもなく美味い。よし、これからはここに通うとしようか。

 

「ごっそさんでした」

 

「まいど、520ヴァリスだよ」

 

「ほい」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

寄り道もしたがホームに帰るとベルと神様がベッドで仲良さそうに寝ていた。

 

「相変わらず仲良さそうなこって…」

 

背中に背負っていたフォースエッジを立て掛けるために外そうとするとそれは光となり俺の中に吸い込まれていった。

何を言っているかわからねぇと思うが俺もさっぱり分からん。

改めて出て来いと思うとフォースエッジはフッと出てくる。

…そんな感じね。

 

さてと…俺も寝るか…

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

〜とある場所〜

 

カツン…カツン…空虚な空間には似合わないヒールの音が鳴る。

女の目的は最も奥にあるたった一つの牢獄。

女は格子を優しく掴み、中にいる男に話しかける。

 

「彼が現れたわ」

 

男は岩のように動かなかった首を上げ女を見る…いや、その目はただただ虚空を写すだけだった。

 

「………」

 

女にでさえ聞こえない声で彼は呟く。

 

「じゃあ、必要な物は言いなさい。何でも揃えてあげる」

 

「………」

 

「約束しましょう。彼への罪滅ぼしが終わったら貴方の魂を還してあげるわ」

 

まるで何かの皮が剥がれたような音がする。彼が指を動かしたからだ。

 

スパーダ

 

確かにその声を聞いた彼女は不敵な微笑みを浮かべた。

そしてその微笑みは誰にも見られることはなかった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

あれから丸一日寝ていたらしく俺はベルの叫び声で起こされてしまった。なんだよ…女神に添い寝されたからってうるさいなぁ…

後神様、髪の毛事は気にしないでくれ…グレてないからね?

ホントこれ、いつ治るのかな…

 

「ととと取り敢えずステイタスの更新でもしましょうか!」

 

ハチマン・ヒキガヤ

Lv1

 

力:H 130→F 312 耐久:I 32→I 40 器用:G 220→F 350 敏捷:H 190→G 269 魔力:F 375→E 419

 

《魔法》

魔力操作

 

《スキル》

 

相変わらず凄い成長、いやこれじゃまるで『進化』とでもいうのか…

ベルのステイタス更新をしている神様を見るがやはり何かあるような顔をしてる。何か知られちゃ不味い事でもあるのか…はたまた知らせる必要はなくただ隠し事が苦手な人なのか…

 

「ベル君、紙を切らしてしまったから今日は口頭で伝えてもいいかい?」

 

「あ、はい。僕は構いませんけど…」

 

ちょーちょー、思いっきしあったでしょうが。

 

「とまぁ、2人の熟練度がすごい勢いで伸びてるわけ。何か心当たりはある?」

 

「「6階層まで行ったんだっけ」」

 

「ぶっ!?あ、あふぉー!防具もつけないまま到達階層を増やしてるんじゃない!」

 

「「す、すみません」」

 

「…これはボク個人の見解に過ぎないけど、君達には才能があると思う。冒険者としての器量も、素質も、君たちは兼ね備えちゃってる」

 

なんか、そう言われるとむず痒いというか、なんと言うか…

 

「君達はきっと強くなる。そして君達自身も、今より強くなりたいと望んでいる…約束して欲しい、無理はしないって。昨日みたいな無茶はしないと誓ってくれ。強くなりたいっていう君達の意志をボクは反対しない、尊重する。応援も、手伝いも、力も貸そう。…だから、お願いだから、ボクを1人にしないでおくれ」

 

神とは根本から俺たちみたいなヒトとは違う。永遠を生き、変わることの無い神生を送ってきた。刺激を求めて下界に降りヒトと触れ合い寵愛してきたから失いたく無いのだろう。

 

寂しい……そんな感覚はとうの昔に無くなっている。

 

でもこの神は違う。俺じゃない孤独は辛いし静寂は身を蝕む。そんな体験をしたのだろう。その果てにベルと出会った。ベルもまた然り。

 

そんな2人の間に入った俺は上等な料理にハチミツ、いや練乳をぶちまけるが如き所業をしたのかもしれない。

 

どうもいたたまれない。ベルへの恩返しが終わったらどうしようか。

 

「ハチマンくんとベルくんっ、ボクは今日の夜…いや何日か部屋を留守にするよっ。構わないかなっ?」

 

「えっ?あ、分かりました、バイトですか?」

 

「友人の開くパーティーに顔を出そうかなと思ってね。久しぶりに皆の顔を見たくなったんだ」

 

友人…パーティー…プロム…ウッアタマガ。

 

それから神様は宴に行きベルはダンジョンに潜りに行った。

俺?俺は…寝る。もうね、疲れが溜まりまくりなのよ、時には休みも必要だよね。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

〜豊饒の女主人〜

 

「すみませ〜ん、その、シルさん…シル・フローヴァさんはいらっしゃいますか?」

 

『豊饒の女主人』へ足を踏み入れた僕は自分でも情けないくらいの声しか出なかった。

 

「ああぁ!あん時の食い逃げニャ!シルに貢がせるだけ貢がせといて役に立たニャくニャったらポイしていった、あん時のクソ白髪頭ニャ!!」

 

「貴方は黙っていてください」

 

「ぶにゃ!?」

 

エルフの店員さんがキャットピープルの店員さんに見舞った一撃が見えなかった。

 

直ぐにシルさんはやって来る。一昨日の事を思い出すと恥ずかしくてしょうがない。

 

「一昨日は、すいませんでした。お金も払わずに、勝手に」

 

「いいんです…こうして戻ってきて貰えたんですから、私は嬉しいです」

 

「これ、払えなかった分です。足りないって言うなら、色を付けてお返しします」

 

「あら?フフフッ、あの人も素直じゃないんですね」

 

何かを察したそうに笑うシルさん…。誰の事を言ってるんだろう。

 

「坊主が来てるって?」

 

カウンターバーの内側にあるドアからぬぅと出てきたのはここの女将さん──ミアさんだった。

 

「ああ、なるほどね、金を渡しに来たのかい。関心じゃないか…でも受け取れないね」

 

「えぇっ!?ど、どうしてですか?ぼ、ボクはその、食い逃げをしたんですよ?」

 

「坊主、お代はとっくに払われてるんだよ」

 

「え?」

 

え?お代はとっくに払われてる?誰が…

ふと頭に彼の顔が浮かんでくる。ダンジョンに行くかと誘ったが手をヒラヒラとさせて断った彼が…

 

「全く…あの坊主も大概だよ。酔ってるとはいえ一級冒険者に楯突くなんてさ。フフっでもスッキリしたよ」

 

「な、何があったんですか…」

 

「本人に聞きな!」

 

「…坊主」

 

「何ですか?」

 

「冒険者なんてカッコつけるだけ無駄な職業さ。最初の内は生きることだけに必死になってればいい。背伸びしたって録なことは起きないんだからね」

 

目を見開く。ボクの事情を見通しているのだろうか?彼女はニッと笑みを浮かべる。

 

「最後まで2本の足で立ってたヤツが1番なのさ!惨めだろうがなんだろうとね。すりゃあ、帰ってきたソイツにアタシが盛大に酒を振る舞ってやる。ほら、勝ち組だろう?」

 

ミア、母さん…!

 

「気持ち悪い顔してんじゃないよ!さぁ!行った行った!アタシにここまで言わせたんだ、くたばったら許さないからねえ」

 

「大丈夫です、ありがとうございました!行ってきまーす!」

 

勢いよく駆け出して店を出る際、「行ってきます」なんて叫んでしまずいっと顔を赤くさせっぱなしだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

怪物宴(モンスターフィリア)?」

 

「そうですよ、知らないんですか?【ガネーシャファミリア】主催のお祭りで」

 

知らない単語に戸惑う俺は今洋服屋にいる。

神様が宴に行ってから3日経つが実はここに来てずっとジャージしか着てない俺である。汚いよね。

さすがにヤバいと思ったから部屋を飛び出した訳だが…

 

「やっぱコートかなぁ?」

 

赤、青、紫、黒のロングコートが隅っこにポツンとある。店員曰く試しに作ってみたがどうも売れないらしい。

オラリオの人達は俺のいた世界とは違い奇抜な格好をした人が非常に多い。今までジャージで過ごせたのはそのお陰だと思うが…流石にね?

 

「少し痛手だが、ズボンとかも一緒に貰おうかな」

 

「ま、毎度ありがとうございます!」

 

「それと、服がボロボロになったらまたここで作ってもらおうと思うのでストックを作ってもらえませんか?」

 

「分かりました!他の店員にも分かるようにお名前を伺ってもいいでしょうか?」

 

「ハチマン・ヒキガヤです」

 

「ではヒキガヤ様、今後とも当店をご贔屓お願いします!」

 

試しにと紫のコートを着てみる。

うん、なんだか足りない気もするが気にしない。

 

一旦荷物はホームに置いてこうかなと踵を返すと目の前には金が広がっていた。マックスコーヒーとは違うまた別の独特な香りが俺を包む。

しかし気を取られる事0.5秒、その匂いをハッキリと頭のデータベースに記録した後その人物を躱そうと横にズレるとその金もまたズレる。

 

「あの…」

 

「……」

 

「なんか用でも?」

 

「……」

 

無言を貫く金髪のチャンネー、いや何となく正体分かんだけどね?

 

「……」

 

「………」

 

ダッ!

 

俺は勢い良く地面を蹴る。チャンネー改めアイズ・ヴァレンシュタインから反対の方向に駆け出す駆け出しの俺。

 

しかし不意打ち虚しく上から再び金アイズ・ヴァレンシュタインが降ってきて目の前に立ちはだかる。

今度は向かい合う形で対面する。

 

「……」

 

「……あの」

 

「はいっ!?」

 

いきなり話しかけてきたからつい声が裏返ってしまう。

 

「あれから、順調そう?」

 

「あぁ、まぁな、着実に強くはなってる気がする」

 

「良かったら付き合う?」

 

刹那頭が真っ白になる。いや、中身の話ね?

フラッシュバックするあの日の光景…

 

『好きです、付き合ってください…なーんて言うと思った?』

 

『ナルガヤキッも!』

 

『だーれー?ヒキガエルにメアド教えたのー?ちょーキモイんだけど!』

 

「アンタを好きな奴なんている訳ないでしょ〜?」

 

「えーと、友達じゃダメかな…」

 

消し去りたくて仕方ない記憶が鮮明に思考を侵食する。

 

「大丈夫?」

 

しかしそれはアイズ・ヴァレンシュタインによって制止された。

 

「あ、あぁ、平気だ。心配かけたな…」

 

「顔が真っ青だよ?」

 

「か、糖分が足りなくて…」

 

咄嗟に誤魔化す。誤魔化しきれないと思うが…

 

「おーい、アイズたーん!どこいくねーん!」

 

後ろから追いかけてきた限りなく男に近い()神様がやってくる。

ナイスタイミング!

 

「アイズたーn…誰やそいつ」

 

後半ドスの効いた声でアイズ・ヴァレンシュタインに話しかけるが目では「自己紹介しろや、われ」と語りかけてくる。怖っ!

 

「ど、どうも、偶々ヴァレンシュタイン氏に助けていただいた者です。じゃあ俺は用事があるんでこれで!じゃ!」

 

「あ……」

 

後ろで寂しそうな声を出してるアイズ・ヴァレンシュタインを無視して帰ろうとするが運命がそれを許さなかった。

 

「モンスターだー!!」

 

嘘だろ…と思ってると頭に“頑張ってね”なんて女の声が聞こえた気がした。運命どころか因縁じゃないすか…

よっしゃ、さっさとモンスターぶちのめして犯人にビンタかましてやるか!

 

フォースエッジを取り出しモンスターと対峙する。

 

「全く…退屈させてくれないな、この街は!」

 

さあ、パーティーでも始めようか…




いかがでしたか?フォースエッジを渡したのは誰なのか、牢獄に囚われてるのは誰か…気になりません?

少しでも面白いと思ったら好評価と感想をお願いします!


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♯5 あの日

お待たせしました。
今回はベルとのちょっとした絡み、八幡の家族に対する思い、フレイヤとの確執、ハーレムとタグを付けても中々ヒロインとの話がない回となっております。ヒロイン達との絡みはもう少し落ち着いた状況になってからがいいと思います。弱いまま口説かれても、ねぇ?


 

拳を振り下げるモンスターの拳をフォースエッジで突き刺す。

 

「ガアアアァァァァァ!!」

 

痛みに悶えるモンスターの顔を綺麗な十字に切り刻みトドメと言わんばかりに首を切断する。

ゴシャ、と4等分にされたモンスターの顔が落ちる

「これで3匹目…」

 

流石にちょい下ら辺の層にいるモンスターは手応えを感じる。

フォースエッジを背中にしまいダイダロス街の住宅街の屋根に登る。

 

「他には…」

 

スタッ

 

隣に軽い音を立て此方を見てるのは『戦姫』。決して歌ったりもしないし殴ったりもしてこないだろう。…多分。

 

「何か用か?」

 

「どうしてそんなに強いの?」

 

「嫌味か?」

 

「そんなこと、ない…」

 

目に見えて少ししょぼんとする『戦姫』。

 

「ひたすらダンジョンにいたからな」

 

「どんな戦い方をしたの?」

 

「あ?ひたすら斬ったり殴ったり掴んでは投げてみたりしてただけだが…」

 

「…独特、だね」

 

そうか?別に誰かが教えてくれるような戦い方なんて無いし。ベルからは微妙な顔をされたが間違ってる筈がないだろう。人によって戦い方なんて千差万別。ベルはナイフで戦うならヴァレンシュタインは腰に提げたレイピアを使ったりするのだろう。

 

「ヴァァァァァァァ!!」

 

少し離れた場所からモンスターの雄叫びが聞こえる。丁度反対側にも一体モンスターを発見した。

 

「ヴァレンシュタインはあっちのモンスター、俺はあっちの猿んとこに行く」

 

「うん、気をつけて」

 

「……」

 

人に心配される経験が少ない為なんとも言えない気持ちの悪い感覚に襲われる。

 

「…訳わかんねぇよ」

 

彼女の背中を見ながら呟く。見ず知らずの男にそこまで気にかけるか?

しかしそんな事に時間と思考を割く暇は無いから足早にモンスターの元へ向かう。

 

 

「「ほああああああああぁぁぁ!?」」

 

何やってんの?アイツら…

そこには神様をお姫様抱っこしてるベル・クラネルの姿があった。

逃げるクラネル達を追いかける猿のモンスター、少ししつこすぎやしないか?

俺も追いつく為に走ってるがクラネルの速さは知ってる通りめちゃくちゃ早い。しかしそれに負けず劣らずモンスターも早い。

 

「あそこは…」

 

しかしクラネル達が行き着いた先は袋小路だった。

目に見えてクラネルの顔が暗くなっていく。

ダイダロス街の住民達は屋内からクラネル達を盗み見している。

 

「見捨てるのか…」

 

良く考えればそれもそうだ。

誰だって自分が可愛い、巻き添えは喰らいたくない。そんな事は当然の反応だ。

 

ジワッ……

 

……見てるならそこで見てろ。

 

喋ってる神様とクラネルの間をモンスターが拳を振り上げる。

 

「不味い…!」

 

拳と彼らの間に割り込みモンスターの拳をフォースエッジで受けるが攻撃は防げても威力までは防げず吹き飛ばされ壁に激突する。

 

「がはっ…!」

 

「ハチマン!?どうしてここに!?」

 

「モンスターが逃げたらしいから狩ってたんだよ。多分そいつが最後になる」

 

「ハチマン……服似合ってるよ。後髪の毛また少し白くなってるよ」

 

「今、それ言う必要ある、か?」

 

息絶え絶えに返事をする。なんか悪い気はしない。クラネルからは少し出会ったばかりの戸塚臭がする。天使とまではいかないがな!

ていうかまた髪の毛白くなってんの?マジで何なんだよこれ。

 

「倒す手はあるのか?」

 

「ベル君のステイタスを更新して強化したベル君の力をヤツにぶつける」

 

なるほど、クラネルの爆発的な伸びならもしかしたらヤツを殺れるかもしれない。チラと彼を見てみるとやはりその顔は暗く沈んでいた。

 

「…無理です、神様。神様も見たでしょう?僕の攻撃、アイツに効かないんです。少し力が強くなっても、シルバーバックには致命傷を与えられません。僕は…あいつを、倒せません」

 

見るからに落ち込んでるクラネル、こりゃ必殺技的な奴が弾かれたんだろう。

 

「攻撃が、通用するようになれば?」

 

「え?」

 

「ダメージを与える事ができれば、君はあのモンスターが倒せるかい?」

 

そう言った神様は手にしてたケースを開けて中身をクラネルに渡す。

 

「ベル君、いつから君はそんなハチマン君みたいな卑屈なやつになったんだい?ちょっと前なら運命の出会いとか馬鹿みたいなこと言って、平気でダンジョンの奥へもぐっていったじゃないか。あの時の能天気な君は、目標を見つけて絶対に強くなるって誓ってた君は、一体どこへ行ったんだい?」

 

クラネルを諭す様に語る神様…絶対俺の事いらないよね?

 

「ボクは君のことを信じてるぜ?こんなの『冒険』の内にも入らない。だってそうだろ?ヴァレン何某とかいう化物みたいな女を目標にしている、冒険者ベル・クラネルなら、あんなモンスターちょちょいのちょいさ。ボクが君を勝たせてやる。勝たせてみせる」

 

「神様……………………ハチマンの前で言わないで下さい///」

 

「あれ?言っちゃダメだった?」

 

「ダメです!」

 

「ヴァアアアアア!!!」

 

猿のモンスター、シルバーバックが痺れを切らせたのか吠えてる。

 

「時間は俺が稼ぐ、神様はクラネルのステイタス更新を」

 

「任せたよ!ハチマン君!」

 

シルバーバックの前に立ちフォースエッジを逆手に持ち魔力を篭める。

 

「メインディッシュには少し早すぎやしないか?」

 

力一杯振るった斬撃は魔力と共にシルバーバックの足元へ向かい右足を切断した。

 

「こんくらいでいいかな…」

 

痛みを怒りに変えたシルバーバックの拳は先程のより早く向かってくる。

 

「まだなんだよなぁ」

 

振り上げていたフォースエッジに残っていた魔力をできるだけ充填し追い討ちにと振り下げる。

 

斬撃は拳とぶつかり相殺される。斬撃は砕け散りシルバーバックの拳も砕ける。あれじゃ暫くは動けまい。

 

「それじゃあメインディッシュだ。クラネル!!」

 

バッと物陰からステイタス更新を終えたクラネルが飛び出す。その速さは今までとは比べ物にならない速さだった。

 

「━━ぁああああああああああああああああッッ!」

 

突撃槍(ペネトレイション)

 

クラネルの新しい漆黒の刃がシルバーバックの胸部を穿つ。

 

その勢いを殺しきれなかったクラネルは宙を舞い落っこちた。

 

「━━━━━━━━ッッ!!」

 

瞬間歓声が迸る。

ダイダロス通りの住民達が興奮を爆発させた。

歓声に当てられたクラネル達は嬉しそうに笑う。

 

ジワッ……

 

もう1人の立役者の方を見ると彼女は路上に倒れていた。

彼女の元へ駆け寄ると歓声を振り切ったベルも到着した。

 

そんな時にも関わらず、いやそんな時にだからこそなのか背中に何時ぞやの気持ち悪い視線を感じる。

バッと振り返るが何も見えない。

ーきっとそいつがモンスターを放した犯人だ。

 

精一杯の殺意を込めて視線の先を睨む。

 

「……殺す」

 

そんな呟きは歓声にもみ消された。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ゾワッ!!

 

これまで長い間を生きてきたが有り得ない程の殺気を今回の犯人。フレイヤを包む。

 

「フフフフフ…久しぶりだわぁ!この感覚!身の毛もよだつような感じ!でもまだ足りない…人からしたら黒でもまだ覚醒もしてない貴方は純白。その翼が!その咆哮が!その殺気が!オラリオを包んだその時貴方はやっと私のモノになるの……」

 

お気に入りの2人のうち1人を怒らせてしまった。

しかし収穫もあった。

やはりあの目はあの時のあの方に瓜二つであった。

 

「子供か血縁者かまたは……まさかね」

 

そう、あの方の血縁者は何故か途絶えたはず…この世界に誰一人としていないのだから。

 

「お詫びを考えとかなきゃ後味悪いわね…」

 

そしてその顔は恋する乙女のそれであった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

途中で出会ったフローヴァさんの提案で『豊饒の女主人』に神様を休ませてもらえる事になった。因みに神様は過労で倒れたらしい。

 

そんな神様との会話を一通り終わらせたクラネルは俺とテーブル席に座っている。

 

「じゃあ、始めようか!」

 

「何をだよ」

 

「親睦会!」

 

「えぇ……」

 

「そんな面倒くさそうな顔しないで!?」

 

「めんどくさいじゃん…」

 

高校入学当初もあったらしいけど体のいいグループ分けみたいなもんだろ?俺?呼ばれてないよ?事故で入院してたし。

 

「とは言え親睦会つったって何すんの?」

 

「軽く自己紹介とかかな?」

 

クラネル、意外とオドオドしてる感じがするがこういう時コイツは中々引かない奴である事が今日1番の発見だな。

 

「名前はハチマン・ヒキガヤ」

 

「それから?」

 

有無を言わせないような笑顔、やだこの子意外と悪魔っぽい?

 

「…年は17、趣味は読書位かな…好きな物はマックスコーヒー、イチゴパフェ、オリーブ抜きピザetc…。嫌いな物は…それ以外」

 

「好きな物と嫌いな物がざっくりし過ぎてるよ!?」

 

「仕方ないだろ、嫌いな物なんて考えると何時ぞやの狼野郎しか出てこないんだよ」

 

「恨みが強すぎる気がするんだけど…」

 

「逆にお前は気にしなさすぎるんだよ」

 

「そうかなぁ…」

 

「そうだそうだ、ここは冒険者の街なんだろ?冒険者の性格も質も千差万別、いい人も居るかもしれないしバカみたいな事をする奴もいる」

 

「それは確定なんだ…」

 

「当たり前だ。良い奴なんてポンポンいる訳ないだろ」

 

ふと目を泳がせると慌ただしく皿を運ぶ猫耳生やした女性にエルフと思しき女性、普通の女性、豪傑な女性ガイル。いい人も居るだろうけどよく分からないから保留ね。

 

「ホントにこの街は色んな種族の人が集まんだな…」

 

ふと話を逸らすように語る。いやほんと、エルフとかドワーフとかファンタジーの塊みたいな人がわらわらといんだもん。面食らうじゃん?

 

「そうだね、ボクもここに来たばっかりの頃は驚いたよ。ハチマンの故郷にはそういう人達はいなかったの?」

 

「いなかったぞ、なんなら同じヒューマンなのに肌の色、国、宗教、思想で戦争も虐殺も差別も起こるほど荒れ果ててたさ…まぁ、それだけじゃないだろうけどな」

 

「そんな……」

 

「まぁ…嘘なんだけどな」

 

「嘘なの!?嘘にしては暗すぎると思うんだけど…」

 

「フフ、チョットシタドッキリダヨ」

 

「顔が全然笑ってないよ?」

 

「他には…」

 

「え?」

 

「他に聞きたい事は?」

 

あんなに興味深々だったんだ。少し位は御要望に答えないとな。

 

「ハチマンは本が好きって言ったよね。じゃあ好きな物語は?」

 

好きな物語…か。ホントに色々ある。ラノベ系から日本文学、挙げればキリがない。俺が本を読むようになった切っ掛け…あの本があったな。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━

 

「じゃあ八幡、私達北海道に旅行行ってくるから留守番宜しくね」

 

バタンとしまったとびらはガチャりとかぎがかけられる音がする。向こうからかぎをかけたのだ。

 

「いってらっしゃい……」

 

手に持つくしゃくしゃの作文用紙、そこには「夏休みの思い出」という題名が書かれていた。

 

リビングに戻れば誰もいなく静まった空気が俺をむしばんでいた。足早に自室に向かい本棚をあさる。

 

「あった」

 

手に取る1冊の古ぼけた本、「ホームアローン」だ。それを机に広げて読みふける。

この本はたんじょうびに渡された500円をポケットに入れ古本屋で買ったのを覚えてる。

これのストーリーは家族旅行にふてぎわで置いてかれた男の子が空き巣どろぼうをきそうてんがいな発想でげきたいする物語だ。ギャグシーンにはクスッとさせられたが個人的には少年の不在を心配し旅行から帰ってきた家族に抱きしめられるシーンが1番印象的だった。

 

胸が痛かった。未知の感情に押しつぶされそうなそうな感じ…

 

「あれ?」

 

不意に泣いていた。ポタポタと終盤のページに涙が落ちる。

汚れてしまったらいけない。

何度もゴシゴシと拭くが何度拭っても涙は落ち続ける。

 

涙も一通り落ち着かせ机に作文用紙を広げ鉛筆を持つ。

この作文は休み明けの授業参観で読むんだ。ちゃんとした文にしなくては…

 

 

そして迎えた授業参観日、勿論というかやはり親は来ず妹の小町の所に行ったのだろう。

親のいない授業参観、でも恥はかけない。妹にも親にも迷惑は掛けられないのだから…

慣れない料理で傷ついてしまい雑に貼られた絆創膏がある指を隠すように作文用紙を持ち教卓の前に立つ。

 

目の前には興味無さそうにこちらを見る他の生徒の保護者、早く授業が終わらないかなと時計ばっか見つめる奴や早く読みたくて仕方ない奴、寝てる奴、様々な有象無象がいる。

 

見せてやるよ、俺の思い出話(空想話)

 

「僕の夏休み、3年○組、ひき谷八まん、夏休みに家族と北海道へ旅行に行きました。そこでは蟹をいっぱい食べたりお父さんとスケートをしたりしました。妹はずっとはしゃぎっぱなしでとても楽しそうでした。時計塔に行ったりクラーク博士の像をみたり熊を見たり楽しかったです。━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━」

 

ビキビキとナニかが音を立てて壊れていく、視界がモノクロになっていく、あれ?世界ってこんなにも味気無かったっけ?

 

止めてくれ………

 

「━━━━━━━━━━━━━━━また、行きたいです…」

 

ぺこり頭を下げ色のない拍手が送られる。

 

やめてくれ…

 

その日の夕飯は父が授業参観で撮った小町のビデオを鑑賞した。

父も母も小町も笑っていた。俺も笑わなくては…

 

精一杯の笑顔を浮かべる俺は家族と偽りの一つになれた。それが堪らなく嬉しかった。

 

ヤメテクレ…………

 

その日は涙で枕を濡らした。

布団をかぶり枕カバーを噛み精一杯嗚咽を殺して殺して殺しまくった。暖かいはずの布団を被ってる筈なのにどうも寒かった。

ごみ箱に入った「ホームアローン」に背を向けて俺は寝ていた。

 

 

━━━━━━━━━

━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ホームアローンかな」

 

「えーと、それってどういう本?」

 

席の前にいる白髪頭のベル・クラネルが首を傾げる。そりゃ分からないだろう。こっちの世界のやつだからな。

 

「そうだな、一言で言うと平面的な家族愛を描いた物語だな」

 

「へぇ〜読んでみたいな」

 

「悪いがそれは出来ないな、どこにもないんだ。クラネルはおすすめの本とかあるか?」

 

「あるよ!アルゴノゥトって本なんだけど凄く面白いんだ!今度ハチマンも読んでみなよ!」

 

「あぁ、そうする」

 

「2人だけのファミリア(家族)だけどこれからも宜しくね!ハチマン!」

 

「おう」

 

ファミリアはいずれ大きくなってく。団員も増えてくれば必然として『1人でも大丈夫』な奴は存在感が無くなってく。

 

ファミリア(家族)なんて、そんなもんだ。

 

ニコニコと底抜けに笑うクラネルは眩しくてそして届きそうに無かった。

 




以下がでしたか?八幡の過去は。
それなりに有り得そうな感じにはしましたがもう少し暗くした方が良かったりします?
面白いと感じたら好評価とコメント宜しくお願いします!


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♯6 今度はお前から離れない

少し雑な仕上がりになってしまったと思いますが腕が上達したら少しリメイクするのもありなのかもしれませんね。


 

 

こんにちは比企谷八幡、あ、いや、ハチマン・ヒキガヤです。今私は隣にいる【ヘスティア・ファミリア】の団長、ベル・クラネルと一緒に正座してます。え?なんで正座してるのかって?そりゃあれだよ、「冒険者は冒険してはいけない」なんて教えを破ったからだ。

 

「キィミィ達はっ!私の言ったこと全っ然っ分かってないじゃない!!5階層を超えた上にあまつさえ7階層!?迂闊にも程があるよ!」

 

「ごごごごごめんなさいぃっ!」

 

必死に頭を下げるクラネルを端目に 見慣れない応接室をぐるりと見回す。はえ〜、すっごい応接室って感じ。

 

「ハチマン君も聞いてるの!?」

 

「ちゃんと聞いてますよ」

 

「んもう!2人共危機感無さすぎ!つい1週間前にミノタウロスに襲われて死にかけたのは誰だっけ!?」

 

うぐ、それを言われると弱るというか…

 

「まぁまぁエイナちゃん、許してやりなよ。若気の至りってやつだからナ!」

 

そう言い花京院よろしく入室してきたのはかつて俺にフォースエッジを渡したあの神父風の男だ。

 

「アラル神父…」

 

「エイナちゃんがどーーしても納得できないならステイタスをちょちょっと見せて貰うといい。坊主達もそれで納得してもらったら7階層なり10階層なりと行くといい」

 

「7階層はともかくそれ以下はダメですよ!」

 

「とーもーかーくーだ。ほら、脱げ」

 

淡々と脱ぐことを強要された俺達は揃って上着を脱ぎその背中をエイナ・チュールさんに見せる。

 

ベル・クラネル

Lv1

力:E 403 耐久:H 199 器用:E 412 敏捷:D 512

魔力:I 0

 

ハチマン・ヒキガヤ

Lv1

力:D 510 耐久:G 299 器用:D 526 敏捷:E 421

魔力:D 514

 

【魔法】

魔力操作

 

なんだろう、凄い視線を感じる。

チラと後ろを見るとチュールさんだけでなく神父も此方を覗き込んでいた。クラネルには目もくれず…

 

「まだ弱いな」

 

グサッ!!

 

「何を言ってるんですか神父!駆け出しでここまで伸びてるのなら万々歳ですよ!?」

 

「そうか?ワハハ、いやぁ、今まで他の冒険者との接点なんて死体を弔う位しかしなかったが…いやね?ほら、Lv1、なんて聞けば誰しもまだまだだなって思わない?」

 

「全員がそうだとは思わないで下さい!」

 

「そうだな、皆そうだとは限らないもんな…じゃ!俺はこれで失敬するよ。君達の吉報が待ち遠しいナ!」

 

スタスタと部屋から出てく神父。

 

「あの、エイナさん。あの人って…」

 

「あぁ、あの人はアラル神父っていってね、ダンジョンで死んじゃった冒険者の亡骸を運んでは共同墓地で弔ってくれてる神父様だよ。たまーにダンジョンにいる時もあるんだよね」

 

「お優しい人なんですね」

 

「そうなんだけど、どこか掴めないっていうか、ダンジョンにいる時も何かを探してる感じがするって他の冒険者も不気味がってるんだ。今ではあんなにニコニコしてるけどそれまではただ冒険者を弔ってはダンジョンへ、弔ってはダンジョンへって感じだから1部のギルド職員は『悪魔』って呼んだりするんだ」

 

「それはちょっと…」

 

「うん、分かるよ?その気持ち、でも1週間前くらいから急に上機嫌になったから余計不気味がる人も増えてさ」

 

苦笑混じりに説明してくれるチュールさん。

そんなムードを切り上げ俺達を交互に見渡すチュールさん。

 

「2人とも明日予定ある?」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

次の日、俺達は大通りと面するように設けられた半円形の広場に1人立っている。

待ち合わせをしているからだ。

隣のクラネルは顔を赤くしている。(ここここれって、デート!?)とか思ってるんだろう。クラネルは分かりやすくて仕方ない。まるで過去の俺を見てる気分だ。…あんな目にあったかどうかは別として。

 

「おーい、ベールーくーん!ハーチーマーンーくーん!!」

 

俺の名前、呼びにくいでしょ…そういうのクラネルだけで充分っすよ?待ち合わせの十時ぴったし、と。

 

「おはよう、来るの早いね。なぁに?そんなに新しい防具買うのが楽しみだったの?」

 

「いやぁ、実はハチマンに朝早くに起こされて…」

 

「え!?ハチマンくんが!?」

 

「えぇ、なんでも『女性との待ち合わせは30分前集合が常識だボケ』って言われて」

 

「ふーん、案外紳士なんだね!」

 

………めっちゃ楽しみでした!

なんなら昨日の午後にはダンジョンに潜って集金してたもん!金はあっても損は無いからネ!!

 

「それで?君達?」

 

「どうかしました?」

 

「私の私服姿を見て、何か言うことは無いのかな?」

 

「普段と違い似合ってますよ」

 

「嬉しい事言ってくれるじゃない!このこの〜」

 

そう言いエイナさんに軽くヘッドロックを掛けられる。別に振りほどこうと思えばできるがそんな事はしない、何故なら俺は紳士!女性を傷つける事なんて出来ないのだから!別に胸の感触を堪能してる訳じゃないと断言しよう!

 

「ハチマン、見た事ない位顔が緩んでるよ…」

 

聞こえない聞こえない…

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「今日行くところは…ダンジョンだよ」

 

「えぇっ!?」

 

「正確にはダンジョンの上にあるバベルだけどね」

 

聞くに『バベル』とはダンジョンの蓋をするように築かれた超高層の塔。つまりあの摩天楼施設だ。

ギルドの役割はそのダンジョンの監視、冒険者の為にシャワールームとか簡易食堂や治療施設、更によく使わせてもらってる換金所もある。

今日行くところは商業者にテナントを貸し出している所、つまりは武器や防具の大手ブランドを作ってる【ヘファイストス・ファミリア】だ。それって凄く高い所なんじゃ?とも思ったがどうやら俺達が見て回るのは末端の鍛冶師が作った商品らしくどれも手頃な価格らしい。

武器とかにも色々あるらしく鍛冶師の『恩恵』の力で武器に属性を付与できるらしい。つまりはエンチャントだ。中には絶対折れない剣だったり、切れ味が落ちない刀とか、『魔剣』なんて呼ばれてる消耗品とか。

魔剣……ね。

 

それからは自由に店を見回ったりした。なんのタクティカルアドバンテージもなさそうな剣だったり、逆に無骨すぎる槍、何故かこの店でバイトをしてる神様etc…いやあんた何してんの?仮にも仮にもだよ?神様でしょ?

 

まぁ神様には神様なりの事情があるらしく俺達は何故かあるエレベーターで上に昇った。どうやら魔石の力で上に行ってるらしい。なんか使えそうだな…

 

原石の鍛冶師達の商品が並んでるスペースに行き商品を見てく。どれもさっき見た様なアホみたいに高い商品とは違いどれも手の届く値段だ。

 

クラネルの方を見てみるとどうやら気に入った防具を見つけたらしい。俺はどうしようか、防具なんてこれといって何も付けてない。そんなに金に余裕が無かったからだ。

 

「ベル君は…見つけちゃったみたいだね、ハチマン君は見つかった?」

 

「いいえ、何にしたらいいか分からなくて「それじゃあちょっと付き合って!」あ、ちょっと…」

 

強引に手首を掴まれて連れていかれる。おのれクラネル…覚えておけよ?

 

「これなんてどう?」

 

ガッチリした甲冑を試着させられる。

 

「動きにくくて…」

 

「じゃあこれなんてどう?」

 

ベルみたいな軽装の装備を付けてもらう。その際にチュールさんに手の平を見られる。

 

「これって…豆?」

 

その手の平には豆ができていて所々割れていたりした。

そんな手を触るチュールさんの手を払い除ける。

 

「あまり気分のいいものじゃないでしょう、やめてください」

 

「嫌な思いさせちゃったかな、ごめんね」

 

「いえ、悪いのはこっちですよ」

 

どうしても自分の醜い所は見て欲しくない気持ちが湧いてきてしまう。

これも人の性と決めつけて受け入れてしまう自分がどうしても嫌になる。

 

「それで、ライトアーマーはどうかな」

 

「えぇ、動きやすくていいと思います…けど」

 

「コート、脱ぎたくないの?」

 

そう、装備を着ける上でどうしても邪魔になってしまうコートを脱いでしまうのはなんだか勿体ない気がする。なんだろうか、譲れないという魂が叫びたがってるんだ。

 

「じゃあ、コートの中に着れる様にプロテクターかレザーアーマーにしようよ」

 

ということでコートの中に黒い革のレーザーアーマー、膝当て、丈夫なブーツに某ソルジャーみたいな肩パッドを買う。中々な値段だ。

チュールさんはなんか別の買い物をしてる。

ギルド職員が装備屋で買い物の用事なんかあるんだ。

 

 

全員広場に戻り後は解散するだけとなったのだが

 

「ベル君。はいこれ」

 

クラネルに手渡されたのは細長いプロテクターだった。彼女と同じ瞳の色のエメラルドのプロテクター。

 

「こ、これって…」

 

「私からのプレゼント。ちゃんと使ってあげてね」

 

自分が情けないのか渋るクラネルだが彼女は1歩も引かない。そこが彼女の強さなのだろうか。

 

「ハチマン君もはい!」

 

不意打ち気味に彼女は俺にとある物を渡してきた。

 

「これって……」

 

「革のグローブ、悪い事しちゃったから…」

 

「それこそ受け取れませんよ。貴方は何も悪い事をしてないんですから」

 

「いいから、付けてみて」

 

言われるがままに手袋を着ける。うん、ピッタリだ。試しにフォースエッジを出して降ってみるが全然手に痛みは来ない。これなら…

 

「はい、これはもう君が使っちゃったから君の物ね!」

 

「えぇ…」

 

「君のためだと思って受け取ってほしいな」

 

「え……」

 

「本当にさ、冒険者はいつ死んじゃうかわからないんだ。どんなに強いと思っていた人も、神の気まぐれみたいに簡単に死んじゃうの。私は、戻ってこなかった冒険者を沢山見てきた」

 

「「………」」

 

「…いなくならないでほしいなぁ、君達には。あはは、これじゃあやっぱり私のためかな?……ダメ…かな?」

 

そんな事言われたんだ。答えは決まってる。

 

「「喜んでお受けします」」

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

SP感覚でチュールさんを家に送った後俺達は路地裏に入ってくと何かが駆ける音が聞こえる。

 

「行ってみるか?」

 

「うん…」

 

夜中に聞こえる足音なんて面倒事でしかない。

しかしそんな足音はこっちが行くまでもなくやがてこちらに向かってきた。

 

「あうっ!」

 

「えっ?」

 

一つの小さな影はクラネルにぶつかるとそのまま転んでしまった。見るに神様よりも小さい身長、細い手足、確かクラネルから聞いた情報と一致するな…

 

「パルゥム…」

 

「追いついたぞ、この糞パルゥムが!」

 

いかにもな格好の冒険者が現れる。

 

「もう逃がさねぇからな……!」

 

こいつは何故この子を?

そんな事を考えてるとクラネルがその子の前に立ちはだかる。

 

「…あぁ?ガキ、邪魔だ、そこをどきやがれ」

 

頬を引き攣らせ睨んでくる男。

この前みたいに舌戦ができるようでもない。

仕方ない、今回だけはクラネルに付き合おう。幼い子を虐めるのは紳士(自称)として見過ごせないからな!

 

「そこのガキもやるってのかよ、マジで殺されたいらしいな…!」

 

「一回落ち着いた方が…」

 

クラネルが下手に出る。よし、それでいいぞ。

 

「カルシウムを取った方がイライラしないで済みますよ…」

 

真似て下手に出る。ナイスフォローだと自分的に思う。

 

「黙れ!!何なんだよてめぇらは!!そのチビの仲間なのかっ!」

 

あれ、余計に怒らせちゃった?

 

「「いや、初対面です」」

 

「じゃあなんでそいつを庇ってんだ!?」

 

「「ぉ、女の子だから?」」

 

「ふざけんじゃねぇ!!」

 

男が剣を構えた瞬間俺とクラネルは同時に得物を構える。あれ?おかしい……

 

「止めなさい」

 

芯のある鋭い声が割って入る。

声の持ち主はチュールさんと似てる整った顔立ち。そして突き出た耳。

そしてちょっとばかし前に行った店のエプロン。

 

「次から次へと…!?今度は何だァ!?」

 

「貴方が危害を加えようとしているその人は…彼は、私のかけがえのない同僚の伴侶となる方とその仲間です。手を出すのは許しません」

 

「どいつもこいつもわけのわからねぇ事を!ぶっ殺されてぇのかぁッ!?あぁっ!?」

 

「吠えるな」

 

ヒェッ…声のせいもありさながらその場が凍る。

 

「手荒なことはしたくありません。私はいつもやり過ぎてしまう」

 

それってもしかしてオラオラ的な意味ですか?

 

男は店員さんの迫力に負けてしまい退散していった。

追いかけられていたパルゥムもいつの間にか逃げていた。余談だがあの店員さんの名前はリュー・リオンというらしい。

リオンさんにお礼を言ってからその場で別れた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

次の日、と行きたい所だがクラネルも神様も寝静まった頃、俺は一人地下から出て魔法の練習をしていた。

 

(俺の魔法は『魔力操作』、つまり魔力さえあれば出来ないことは無い…多分…)

 

オラリオ生活を初めて思うのがアニメが無いという事だ。気になっていたアニメや特撮の結末が知りたくて眠れない夜も無くはない。例えば某ウルトラなマンのZとか気になっていた。

余談は兎も角今は新しい魔法の構想を試すのに集中しなくては。

 

偶にやる戦法としては相手を掴んでは投げたりちぎったりして戦うこともある。しかし体格のある敵に対しては自分の腕などちっぽけにも程がある。

 

手を前に出しイメージを練る。

 

ー全てを掴む剛腕ー

ーどれ程伸ばしても届くような腕ー

ーそんな私の手は一体、誰が握ってくれるのだろうかー

 

ボウ…と出てきた俺の腕の2倍はある大きな右腕。

動かそうとすると直ぐに目眩がして腕が消えてしまう。少し休憩…。

何度でも、何時までも試す。倒れそうになっても踏ん張り維持し続ける。出来るなら生活の支えになるくらいには仕上がらせなくては…。気が付けば腕は10秒位は維持出来るようになった。更には細かい動きも可能になった。

 

(今度は両手で…)

 

と思ったが流石に時間と体力を掛けすぎた、また今度にしよう。

フフフ、クラネルの奴に大目玉喰らわせてやる。




如何でしたか?
八幡の魔法については質量に対し消費する量も半端なくなるのでチート、という程でも無いと思います。
少しでも面白いと思ったら高評価と感想をお願いします!


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♯7 盗賊少女と悪意

遅れました!
最近ドタバタしてて全然手がつきませんでした。(言い訳)
今回の話は少しキツくなるかもしれません。


 

 

「ハ、ハチマン?怒ってる?」

 

「あ?怒ってねぇよ」

 

「でもハチマンの目、凄く怖いよ?」

 

すれ違う通行人がハチマンの目に圧倒されて道を開けて大名が通るような感じになってるよ…

 

「大丈夫だろ、こんなんでビビるのは一般人だろ?冒険者なら慣れるだろ」

 

「ふえええん!ママァァァァ!!!」

 

あの豪傑で有名な種族、アマゾネスの冒険者が泣き出したよ?

 

流石にバツが悪くなったのか少し目を伏せて歩くハチマン。あれ?僕も視界が潤んできた…。

 

隣で歩いているのはハチマン・ヒキガヤ、僕の3つ上で同じヒューマン。

出会った当初は真っ黒だった髪色も日を追うごとに銀色っぽくなってく。原因は本人も神様も見当がつかないらしい。バトルスタイルはロングソードを使ったり魔法を使ったり、はたまたモンスターを投げたりと常識にとらわれない戦い方だ。

性格は神様曰く『闇堕ちしたベル君』らしい。意味が分かりませんよ…。

 

そんなハチマンは近くの【ヘファイストス・ファミリア】の経営するお店のショーケースに手を付き自分の目を見る。

 

「4割増で濁ってるだけだろ、何がいけないってんだよ…」

 

「ひ、ひぃぃぃぃいいいいい!!」

 

ショーケースの向こう側にいた店員さんらしき人が盛大に腰を抜かした。余りにもハチマンに対する扱いが酷くて良い気がしないな…

 

「そんなにビビる必要あるのか…?」

 

サァ………

 

またハチマンの髪色が銀色に染まってく。もう彼の髪の毛は左前側頭部が完全に銀色になってしまった。

 

(あれ?)

 

1回目ハチマンの髪色が変わったのはシルさんから聞いた話だと酒場の件で僕が飛び出した時にはもう染まっていたらしい。

2回目は怪物祭で神様が倒れてしまい『豊饒の女主人』に担ぎ込んだ時に気付いた。

そして今回は周りの人から目を怖いと言われたから?

 

ダメだ、僕の頭じゃ法則性が見つけられない。今度神様やエイナさんに相談してみようかな、ハチマンの体が心配だ。

 

僕の初めてのパーティーメンバー

 

僕の初めての仲間

 

人目を気にしながら歩いていたら広場の噴水前にやって来た。

 

「ハチマン、今日もいつも通りでいい?」

 

「なぁ、今日は20匹ずつにしないか?10匹じゃ足らなくなって来たと思うしな」

 

「そうだね、じゃあいつも通り危なくなったら助け合うということで」

 

今日も頑張ろう、と言おうとすると…

 

「お兄さんお兄さん。白髪とモノクロのお兄さん」

 

僕達の事だと思いハチマンとキョロキョロするが見当たらない。冒険者がすれ違ってくだけだ。

 

「下ですよ、下」

 

いた。身長はおよそ100c。クリーム色のゆったりとしたローブを身につけ、フードからは栗色の前神がはみ出てる。そしてその小さな体の倍以上はあるバックパックを背負っていた。

 

「き、君はっ…」

 

「初めまして、お兄さん方。突然ですがサポーターなんか探してませんか?」

 

「え?…えぇ?」

 

「混乱してるんですか?でも今の状況は簡単ですよ?冒険者さんのおこぼれにあずかりたい貧乏なサポーターが、自分を売り込みに来ているんです」

 

太陽のようにニッコリ笑う少女。

 

「そ、そうじゃなくて…君、昨日の…?」

 

「…?お兄さん、リリとお会いしたことがありましたか?リリは覚えてないのですが」

 

可愛らしく首を傾げる少女を前に少し戸惑ってしまう。ハチマンの方をチラリと見ると目は相変わらずだがどうしても少女を訝しげに覗いていた。

 

「それでお兄さん方、どうですか、サポーターはいりませんか?」

 

「えぇっと…で、できるなら、欲しいかな…?」

 

「本当ですかっ!なら、リリを連れて行ってくれませんか、お兄さん!」

 

「いや、それはいいんだけど、うーん…」

 

「あっ、名前でしたか?失敬、リリはリリルカ・アーデです。お兄さん方の名前は何と言うんですか?」

 

「僕はベル・クラネル、こっちは…」

 

肩にポンと手を置き紹介を遮るハチマン。どうやら自分で自己紹介をするらしい。

 

「ハチマン・ヒキガヤだ。ところで…」

 

中腰になりアーデさんの目を覗き込むハチマンその目は細められていて僕でも少しビックリしちゃった。

 

「あぅぅ…」

 

その様子を見ていた住民の1人が気絶しちゃった…。

しかしそんなハチマンを目の前にしてもたじろぎもしないアーデさん。すごいや…

 

「サポーターって何?」

 

僕とアーデさんは盛大にすっ転んでしまった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

サポーターとは、ダンジョンに潜る冒険者を追従し、ドロップアイテム、魔石etc…を回収する俗に言う『荷物持ち』である。多くのサポーターは諸々の理由で挫折した冒険者が至る職業であり、周りの冒険者からは『落ちこぼれ』と呼ばれ蔑まされるらしい。それはファミリア内部でもされるらしい。……反吐が出る。

 

目の前にいる()()()()リリルカ・アーデと名乗る少女は捨て犬の如く同行の許可を待っている。

 

「どうかなぁ、ハチマン」

 

「まっ、いいんじゃねぇの?俺達も魔石とかポーチに入んなくてポケットがパンパンになるまで入れてたし。それにその子は見た感じ昨日の追っかけられてたパルゥムじゃなさそうだし」

 

「えっ?どういう事?」

 

「アーデさん、一旦フードを取ってはくれないか?」

 

そう言うと彼女は「喜んで!」と言いフードを取る。

その頭には昨日のパルゥムには見られなかった犬の耳らしきものが生えていた。

 

「じゅ、獣人?」

 

「はい、リリは犬人(へシアンスロープ)です」

 

ほらな?昨日子にすんごい似てるけどそもそもの種族が違う。これ程の判断材料はあるまい。

 

「それではお兄さん方、どうでしょうか?リリを雇ってはもらえませんか?」

 

クラネルがこっちを見てくる。恐らく同意を求めてるのだろう。俺は首を縦に振り同意を示す。

 

「分かりました。それじゃあひとまず、今日1日だけ、サポーターをお願いします」

 

「ありがとうございます!」

 

 

ダンジョンは決まった階層を境にして地形も性質も違う。

1〜4階層はゴブリンやコボルトといった低級モンスターばかり出てくるが4階層に近づくにつれて少しずつ強くなってく。まぁ誤差程度だと認識してるが…。

 

しかし5階層からは状況が変わる。『キラーアント』を始めとした()()()()()モンスターが多く出現する。

聞いた話では多くの冒険者の経験、武装、機転、そして何よりも【ステイタス】が求められる。

 

しかし…

 

「ふっっ!」

 

「ギシャアアア!!」

 

それは普通の冒険者に限る。俺達の成長速度に驚くチュールさんの反応を見る限り異常なのだろう、俺達は。

クラネルはキラーアントの胴体を真っ二つに切り裂いていた。

 

「ジギキギギ!」

 

「よっ、と」

 

降下してきた『パープル・モス』を往なし《ヘスティア・ナイフ》で羽を落とす。バランスを失ったモンスターに短刀を打ち込みとどめを刺す。

 

「そこ動くなよおおっ!」

 

走り出した先には再びキラーアント2匹。

クラネルの繰り出す刺突がキラーアントの胴体を串刺しにする。

すぐさまもう一体を相手取ろうとするが、ナイフが抜けないらしい。

それを見かねたキラーアントはクラネルに飛びかかる。

 

「ちっ…」

 

俺は走り出しキラーアントの間合いに入る。

 

「でやぁぁッ!!」

 

思いっきり右手を振り上げる。その右手はキラーアントにかすりもしない代わりにキラーアントは動きを止める。魔力で作った腕、(魔腕とでも名付けておくか)がキラーアントをガッチリと握っているからだ。

 

「潰れろ!!」

 

キラーアントを勢いよく地面に数回叩き付けるとキラーアントは粉々になって粉砕された。

 

「ふぅ、やっぱり動きはある程度トレースさせた方が扱いやすいな…」

 

イメージだけで魔腕を動かす事は出来るがじぶんがした動きをコンマ0.3秒位の差で真似させた方がコントロールしやすい事が特訓で判明した。

 

「ハチマン、今のって…」

 

「話は後だ、()()()来てるぞ」

 

「う、うん!」

 

残存しているモンスターを狩るクラネル。

 

「ベルさまお強い〜!」

 

そんな光景を脇にアーデはクラネルの屠った死骸を一箇所に纏めていた。笑っていても細心の注意を払う。その動作からサポーターとしてどれ程の技量かが分かる。…そろそろか。

 

「ーグシュ…ッ!シャアアアアァ!!」

 

「わああっ!ベ、ベル様ーっ、また産まれましたぁー!?」

 

しかしクラネルは立ち止まり息をついている。

 

「何ぼーっとしてるんですか!?やられちゃいますよ!?」

 

「大丈夫だよ、ねっ?ハチマン」

 

刹那、紫の一閃が産まれてくるキラーアントに突き刺さる。

 

「だとしても油断し過ぎだ」

 

キラーアントに刺さったフォースエッジを抜きながら答える。あれ?ちょっと威力付けすぎたかな?抜けないや。

 

無事剣も抜け、魔石の回収作業をしている。

しかしと言うかやはり、アーデは手馴れており、余りの腕前に感化されてしまった。

 

「そういえばハチマン、あの魔法って何?」

 

「リリも気になります。一体どんな魔法なんですか?」

 

2人一緒に詰め寄ってくる。君達案外気が合うんじゃないの?

 

「魔力で腕を作ってそれを操作しただけだ。威力とかあるのもいいんだが、魔力の消耗も幻影剣より激しくてな…」

 

「余り乱用は出来ないって感じですか…」

 

「そんな感じだ」

 

「まぁ、御二方のお強さは【ステイタス】や【魔法】以外にも()()によるところも確かにあるのでしょうが」

 

「やっぱりそうだよね。僕もちょっとこのナイフに頼っちゃってるんだ。こんなんじゃあ本当に強くはなれないかなぁ」

 

「いえいえ、武器は持ち主に頼られてこそ本懐です。要は武器の力に翻弄されず、御することができればそれはベル様の歴としたお力ですよ」

 

雑談を挟みながら魔石回収をし、残すは2匹位だ。

 

「ハチマン様、あちらにあるニードルラビットの首をもいでくれませんか?非力なリリでは上手く出来なくて…」

 

「あいよ」

 

首をもぐなんて簡単に言うが初めてなんだよ。クラネル達に背を向けるように作業に取り掛かる。

 

「ベル様、あちらのキラーアントは壁に埋まってしまってリリには届きそうもありません。ですので、ベル様?お願いできませんか?」

 

「任せといて」

 

なんて会話が後ろから聞こえる。

俺は黙々とニードルラビットの首を折り、魔石を回収する。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

パープル・モスの毒がどうのこうのと言われてダンジョンから戻る。アーデの報酬は信用が欲しいと言っていたから俺達2人で山分けという形になった。なんだか腑に落ちない。

 

クラネルは治療施設に通った後にチュールさんに聞きたい事があると言っていたので待ち合わせ場所を決めてから俺は時間つぶしに【ヘファイストス・ファミリア】の店に足を運ぶ。

 

やはりどれもこれも高い。

店員から許可を貰い剣とか斧とかナイフを振るってみるがどうも納得いかない。どれもすぐ折れそうでしっくりこない。

 

「いかがでしょうか?」

 

「すみません…どれもしっくりこなくて…」

 

「チッ……分かりました。それではごゆっくり」

 

本人は聞こえないようにしたつもりだろうがバッチリ聞こえたぞ。最近の俺はどうも五感が鋭くなった気がする。悪口とかそーゆーのは嫌でも聞こえるのはどうしてだろうね。

 

何故武器屋に寄ったのかというと戦いの幅を広げたいと思ったからだ。飛び道具が欲しいが弓とかそんなちゃちなもんじゃなくて銃とか使いたいがある筈がないだろう。なんならあっちの世界の技術をこっちに逆輸入してもいいのでは?とか思うがそもそも銃の構造とか大まかな内容しか分からないんだよなぁ。

 

「おいてめぇ!!」

 

突然店員に怒声を浴びせられる。

何事かと振り向くと急に手を掴まれた。

 

「てめぇ、万引きしてんじゃねぇよ!!」

 

「は!?いや、やってませんよ」

 

「嘘言ってんじゃねぇ!!じゃあなんだよこれは!!」

 

どこから出したのか如何にも高そうな装飾が施されたナイフを出してくる。遠目からそれを見てたのか周りの客は軽蔑の目を向ける。

 

「あんたがさっきポケットから出したんだろ!?」

 

「ガタガタ見苦しい言い訳してんじゃねぇよ!さっさとこっちに来い!周りの客に迷惑だ!」

 

恐らくレベル2か3なのか振り切れない力で裏の事務室みたいな部屋に連れてかれる。腕は椅子の後ろに縛られ足も椅子の足に結ばれてる為身動き出来ない。魔法を使えば逃げれない事も無いがこれも奴らの罠だろう。下手に暴れて怪我でもさせたら俺が助かったとしてもその後が面倒だ。最悪ファミリアが崩壊するかもしれん。

 

「神様ってのは面倒でなぁ、人間の嘘を見抜けるって話さ」

 

「だったらなんだよ」

 

「言えよ」

 

「は?」

 

「金欲しさにナイフを盗んじゃいましたぁって情けなく!心から!誠意込めて!言えよ!そうすりゃあ神も騙せっからよォ!」

 

そういう事か、神も認めれば訴える事で多額の賠償金を背負わせられる。そしてこいつはその功績でうはうはになれるってわけか…

 

「…だが断る」

 

「あぁ?」

 

「誰が言うかよ、ばーか」

 

男の頭に青筋が走る。

あらら、やりすぎちゃったかな?

 

「その目!そのバカみてぇに舐め腐った目!二度とそんな目ぇ、できねぇようにしてやらぁ!!お前ら!」

 

呼び掛けに反応したのか仲間と思われる男達がゾロゾロと入ってきて俺が助けを呼べないように猿轡をしてから大きい木箱の中に詰め込み運び出す。それから暫くして気が付くと如何にも鍛冶場って所に俺は男達に囲まれてた。俺は両側にある台に手を置かされていた。

 

「さぁてと、嘘ひとつできねぇならぁ、嫌でもその口から言わせてやるぜぇ?お前の名前は?どこのファミリアだ?」

 

口を開かない。

これからされるであろう事は既に予想出来てる。少しでも恐怖を紛らわす為に、間違えても屈さないようにと、俺は一言も喋らずただ俯いていた。

 

「おぉ〜、そうかそうか、お前がそんなに喋らないならなぁ、嫌でも喋らさせてやるぜぇ!!」

 

男は手に持っていたハンマーを俺の指に振り下ろす。

 

グシャ!

 

「〜〜〜ッ!!」

 

鈍い音と共に指に激痛が走る。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

でも、我慢しなくては…。

 

「まだ黙るってか…じゃあまだまだァ!!!」

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「シルさん!!ハチマン、来てませんか!?」

 

【豊饒の女主人】の扉を乱暴に開け入る。申し訳ないけど今はそれどころじゃない。僕の仲間のハチマンが姿を消した。一旦解散してから既に6時間は経ちもう夜の9時はまわってる。ここの店員さんにはお世話になりっぱなしだ。毎日お弁当を作ってもらっては無くしたナイフだって見つけてもらって…

 

「ハチマン…」

 

一体どこに…僕の呟きは闇の中へと吸い込まれていった。




いかがてしたか?終わりが雑なのは目を瞑ってもらえると有難いです。
最近感想が運対で消されたりするのが多いので何かしらの御要望がある方はお手数お掛けしますがメッセージの方をお願いします。


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♯8 やはり俺は人が·····

お待たせしました!前回はお粗末になってすみませんでした!


 

「すみません!紫のコートを着てて髪が黒色に銀色が入ってて目が特徴的な男の人を見ませんでしたか!?」

 

酒場の冒険者に聞いて回る。しかし収穫は得られず…

 

「紫のコート?あぁ、確か【ヘファイストス・ファミリア】にいたなぁ」

 

【ヘファイストス・ファミリア】?それじゃあ神様に聞いた方が手っ取り早いかも。

 

踵を返してホームに向かう。今の時間なら神様は帰ってきてるだろう。

 

「神様!!」

 

「なんだい!ベル君!?」

 

「神様のバイトしてるお店に何かありませんでしたか!?」

 

「ふーむ、そういえば万引き犯が捕まったらしいよ?ボクはちょうどその時席を外していたから立ち会わなかったけど…ベル君?」

 

「神様、もしかしたらその人、ハチマンかもしれません」

 

「なんだって!?でもハチマン君は万引きなんかしないだろう!?……ハッ」

 

神様が何かを察したような顔になる。

 

「か、神様?」

 

「もし本当にハチマン君が万引きをしたのなら既に僕達のファミリアに何かしらのアクションがあってもおかしくない」

 

「何もないって事は…」

 

「十中八九……冤罪だ」

 

ハッと息を飲む。どうして?どうしてハチマンがそんな目に会わないといけないのか…。黒いモヤモヤが頭を埋め尽くす。

 

「こうしちゃいられない、ベル君、行くよ!」

 

神様に手を取られて連れて行かれる。しかし神様の目的地を察した僕はシルバーバックに襲われた時のよう神様をお姫様抱っこで連れて行った。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「リュー」

 

私の同僚が申し訳なさそうに語りかけてくる。こういう声色をする時は大体2パターンに分かれる。

 

「どうかしました?シル」

 

「お願い、ハチマンさんを助けてあげて…」

 

きゅっと袖を掴みこちらを見つめてくる。

 

「しかし私にはまだ仕事が…」

 

「お願い!…私、胸騒ぎが止まらないの…もしハチマンさんをこのままにしてると、何か取り返しのつかない事になるんじゃなかって思って…」

 

「リュー!!」

 

自分を呼ぶ声が聞こえ、そちらを見るとミア母さんが腕を組んで立っていた。

 

「おつかいに行ってきな」

 

「ミア母さん!?今はそれどころじゃ…」

 

「口ごたえするんじゃないよ!ここじゃ私がルールだよ!」

 

「ミア母さん…何を買ってくるんですか?」

 

「あたしのパスタを美味い美味いって食う坊主を連れてきな」

 

「「え?」」

 

「いいから行ってきな!!」

 

言われるがままに店を飛び出す。

 

ハチマン・ヒキガヤ

私の同僚のシルがとても気に入ってる冒険者の相棒のような立ち位置にいる男。性格は寡黙な人だと思いきや自分よりも圧倒的に強い冒険者にも構わず舌戦を繰り広げる事。愚かなのか仲間思いなのか…。特徴的な目の奥に何が秘められているのか…。見極めたい。

 

私は木刀と刀を持ち店を飛び出した。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ちっ!こいつ全然喋りやがらねぇ!冷めちまったじゃねぇかよ。おい!!酒飲みに行くぞ!!」

 

男達の声が遠ざかりドアが閉じる音がする。どうやら耐えれた様だ。奴らに暴行を加えられた際に魔力を薄く体にコーティングさせなんとかダメージを5分の1程抑えていたが麻袋を顔に被せられてからはどこに攻撃が当たるかも分からず終始コーティングを続けていた為魔力が少ししか残っていない。

 

残りの魔力を使い糸ノコギリみたいにし両手の拘束を解く。足の拘束も外し顔に掛けられた麻袋を取る。目に映る景色は右半分が暗い。奴らに熱したハンマーで殴られたからだ。脱がされ壁に追いやられたコートに手を伸ばす。炉の方に目をやればレザーアーマーは燃やされた様だ。爪は殆ど剥がれかけバカみたいに痛い。一本はあらぬ方向に折れ曲がっている。床には自分の血が飛び散っていて鍛冶場は一瞬で拷問場に変わっていた。どうやら手袋は無事だったようだが今は着けられない。痛いもん。痛みに耐えながらブーツを履き念の為部屋に使えそうな物がないか調べるとポーションが4本程見つかった。ポーションの味はマジで嫌いだが背に腹はかえられない為そのうち一本を一気に飲み干す。傷が癒えた気がするがやはり目は回復しない。近くに転がってるとある物を回収する。

 

扉を慎重に開け外に出る。外風が俺の肌を刺す。

 

「グッ…」

 

あいつら、絶対に許さねぇ…。

 

周囲を警戒しながら歩を進める。1歩1歩が辛いしなんなら左足も引き摺りがちだし。右手なんか肩は外れ、折れてるし…。取り敢えず身を休める為の場所に行かなくては…。

 

「やっぱり出てきたかぁ…」

 

男達がニヤニヤといやらしい微笑みを浮かべている。どうやら脱走は予想されていたらしい。

 

(マジかよ……)

 

絶望感が頭を支配するがすぐに全速力で走る。

 

「待ちやがれぇ!!!」

 

駆ける、駆ける、駆ける。足の痛みなんて無視して走る。アドレナリンが分泌されているのか痛みが引いてく。自然と笑いが零れる。とうとう狂ったのかと思うが違う。実感できたんだ。俺は生きてるんだと。今、夜空の下で自由に走り回っているんだ。前の世界じゃコレの片鱗も味わえなかった感情。なんていうんだろうか?

 

「ハハハッ、ハハハハハハハハハハ!!」

 

待ち合わせ等に使われる大広間に出る。噴水の前に着いた俺は手で水を掬い喉に流し込む。喉の痛みで盛大に噎せ返るがそれでも笑みは止まらない。

 

「ククククッ、フフフフフフフ…」

 

「とうとうイカれちまったのかぁ!?」

 

「いやいや、楽しみなんだろうなぁ!アンタらを殺れるのが!」

 

空っぽだったハズの魔力が溢れる。今の俺ならアイツらに負ける気がしない。

 

練った魔力を各通路に結界として展開し維持する。それだけで魔力が大きく消費されるがまぁいいハンデだろう。

 

「さぁ、始めようか、イカれたパーティーをよ!」

 

「ちくしょう…てめぇら!!殺るぞ!!」

 

剣を抜く冒険者、いや、落伍者達は全部で3つ。

 

奴らの動きが全てスローに見える。振り下ろされる斧を小さく後ろに下がることで避けその腕を掴み力を込める。

 

バキャ…

 

「うぎゃぁぁぁぁああああ!!!!」

 

鈍い音と共に腕が折れる。蹲るその体を頭を掴む事によって持ち上げ魔法を撃ってくる奴の盾にする。盾の役目を終えた男を地面に叩きつける。

 

グシャ…

 

動かなくなった奴の事に目もくれず次の男を見る。

 

「ひっ…こ、このおおぉぉぉぉ!!!」

 

ショートソードを振り回してくるがフォースエッジで払うとショートソードは中を舞い転がってる男の足に突き刺さる。

 

「ぐああああぁぁぁぁぁぁ……」

 

叫ぶ気力も残ってないのか呻き声しか上がらない。剣を払われた男は尻もちをついているがニマニマしてる。ウザイ顔、直ぐに叩き潰してやるよ。

 

「ソイツの後にな…」

 

後ろに向かって回し蹴りを放つと予想通り忍び寄ってた男の顎に当たる。男は慣性に従うまま重力に逆らい10mは吹っ飛ぶ。尻もち男は放っておいてソイツの元に歩いてく。俺を認識したのか男はその顔を恐怖で塗りつぶされ逃げようと試みるが上手く立てないようだ。

 

「立てないだろ。顎の振動は脳に伝わり脳震盪を起こすんだよ。まぁ、アンタらには分からんだろうがな…」

 

魔力を腕に纏わせ強度を増加させ拳を振り上げる。この技はアンタらの拷問のお陰で出来るようになったんだ。そこは感謝するよ。

 

「あがっ、あがっ…」

 

「じゃあな…」

 

拳をその顔に叩きつける。ピクリとも動かなくなった。

 

「助けてくれぇ!誰かぁ!!!」

 

股間を濡らしながら結界に手を叩きつけ助けを乞う男、そういえばこいつが俺に濡れ衣を着せたんだよな。

 

夜風にコートをハタハタとたなびかせ。元凶の元にゆっくり歩いてく。俺の存在に気づいたのかそれは酷く怯えている。ポケットからあの場所から出る際に持ち出した物を取り出す。こいつが俺を陥れる為に使ったナイフだ。

 

魔腕で男を抑え腹部にズブリと刺す。

 

「ギ、ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

叫び声が収まるまで待つ。さっさと終わってくれよ。俺は耐えたんだからさ…。

 

男の嗚咽が静寂を支配する中フォースエッジを携えその首元に刃を掛ける。

 

「ま、ま、待ってくれ!!悪かった!俺達だって金が欲しかったんだ!あまり良い作品が作れなくてスランプ気味だったんだ!許してくれよ!なっ!?なっ!?」

 

涙目で懇願してくるが耳に入らない。

刃を振り上げる。

 

「あ、あぁああ……」

 

「……あばよ」

 

振り下ろす。

しかし…

 

ガキン!!

 

「何故邪魔をするんですか…リオンさん…!」

 

疾風のように現れた彼女は俺の一閃を受け止めていた。一体どこから入ったんだ?と思ったが結界は壁のように張っていた為、上から侵入されたようだ。

 

「今すぐ剣を降ろしなさい。まだ今なら歯止めは効きます」

 

「……………………………」

 

剣を収める。彼女の力量は俺と雲泥の差だ。今の俺に届く事は決して無い。

 

「ハチマン!!」

 

結界の向こう側にクラネル、神様、そして知らない神様がいる。赤髪で眼帯を付けた女神と女性にも引けを取らない程長い髪でローブに身を包んでいる。男…なのか?

 

結界を解くとこちらに全員駆け寄ってくる。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

神様の呼び掛けでヘファイストス様とミアハ様がハチマンの探索に同行

してくれる。

 

先ず当時の店番の男達を割り出しその人達の鍛冶場に向かう。しかしそこは鍛冶師の武具や防具を作る場所では無く拷問場でしかなかった。壁や床に飛び散った血の跡。恐らく被せられていたのだろう血の染みた麻袋。鉄を打つ為にある筈のハンマーにも血が付いていて自体の深刻さを物語っていた。

 

「逃げ出せたのだろうがこの血の量じゃあまり遠くに行けない筈だ」

 

「早く行こう。ハチマン君が心配だ」

 

「ヘスティア、ごめんなさい、私の子が貴方の子に酷い事を…!」

 

「気にしないでくれヘファイストス、君は悪くないよ」

 

部屋から出ると血の跡がある事に気付きそれを辿っていく。血の量は段々増えていってる。傷が開いてきてるのかもしれない。

 

「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

血を辿っていくと男性の物と思しき絶叫が聞こえた。

 

「この声、ハチマンのじゃない」

 

「とにかく急ぐんだ!」

 

道を抜けた先は大広間で何故か半透明な壁に阻まれて先に行くことが出来なかった。きっとハチマンの魔法だろう。しかし壁の向こう側には見慣れた影があった。

 

「ハチマン!!」

 

精一杯声を上げると壁が崩れて先に進む事ができるようになった。ハチマンが助かってる。それだけで嬉しかった。ハチマンの影に向かっていくと段々彼の全容が明らかになってく。

 

ハチマンを見た神様はワナワナと震え、ヘファイストス様は口を抑え絶句し、ミアハ様はポーションをポケットから取り出そうとしているが手が震えている。

 

その姿は今朝の面影を残していなかった。

酷い、どうしてこんな事を…。

 

「何とか一線は超えなかったようです。少し遅れていたらどうなっていた事か…」

 

何故かいるリューさんが何かを言ってるが聞こえない。周りには首謀者と思しき人達が転がってる。恐らくハチマンに返り討ちにあったのだろう。

 

「ハチマン君、君に何が起こったのか、教えてくれないかい?」

 

「……………」

 

「お願いだよ。今回の件について良く知っておきたいんだ」

 

「冤罪着せられて、拉致られて、拷問された。逃げて追ってきたから二度と立てないようにした」

 

淡々と、無感情に、告げるハチマン。その声はガサガサだった。やはりかとやるせない顔をする神様と自分の眷属がやった事にショックを受けているヘファイストス様。

 

「怪我の具合を見せてみろ」

 

是非も問わミアハ様がハチマンの体のあちこちを調べる。まるで陶磁器を扱うように慎重に…。その間リューさんは首謀者達を縛り上げている。【ガネーシャ・ファミリア】に突き出すのだろう。

 

「一通り終わったが聞いてくれ。ハチマンの体の傷は粗方治る」

 

その言葉に一同が ホッとする。しかし…と続けるミアハ様。やめてくれ、続けないでくれ。そう思ってしまう。

 

「しかし治すにはそれ相応のポーションが必要になる」

 

バツが悪そうに語るミアハ様。僕達のファミリアが貧乏なのを気遣っての事だろう。

 

「ポーション代は私のファミリアが持つわ!この子が治るならなんでもするわ。これは私の子が招いた事…」

 

さてと、残るは断罪だな

 

ゾワッ!!!

 

その場にいる全員に悪寒が走ったのか声のした方を向く。ただしハチマンは驚く事もなく表情一つ変えずに顔を上げるだけだった。

 

そこには今までに見た事ない人形の化け物がいた。

山羊のような角に逆だった髪?ををしており一対の翼を広げ紫の稲妻がその黒い体を迸っていた。

 

「モ、モンスター…?」

 

おいおい、そんな俺達の10000000000分の1にも満たないような奴らと一緒にしてもらったら困るな。この事は今日の日記に書かせてもらうぜ

 

見た目に違わず軽口を叩くソレはヤレヤレといった仕草をしていた。ダメだ、情報に頭が追いつかない。

 

先ずはっと、ソイツラの処分の後は坊主の鍵でも開けてやるか…随分と硬いらしいしな。…よっと

 

「げはっ!!!」

 

地上に降りたソレは何処からか出した剣を手に目にも止まらぬ速さで僕達の後ろにいた。…気絶させたであろうハチマンを抱きながら。

 

ブシャアアア

 

冒険者達の首から間欠泉のように吹き出す血…

その光景にカタカタと口を震えさせ怯えながらも僕は口を開いた。

 

「ハ、ハチマンに何かしたら…ゆ、許しませんよ…!」

 

安心してくれ、取って喰う訳じゃない。タダの診断さ

 

ハチマンの胸に手を合わせるソレは暫くした後ハチマンをゆっくりと地面に降ろす。まるで我が子を扱う母親の様に。

 

ソイツをハイポーションの風呂にでも入れてやれ。そうすりゃ傷なんてすぐ治る。じゃあ拙者はドロンさせて頂く

 

雷光と共に消えたソレはその場にいたハチマンを除く全員の胸にしこりを残しながら消えてった。

 

「神ヘスティア、先程のアレをご存知ですか?」

 

「詳しくは知らないけど。一つだけ言える。全員、さっきのヤツは忘れる事!アイツの事は知ってても関係を持ってもいけない存在だ。百害あって一利なしだ。そして勿論他言無用だ…」

 

「ではヘスティア、ハチマンを一先ず我がファミリアに連れて行こう。ヘファイストス、【ガネーシャ・ファミリア】」への通報を頼む。先程のヤツの事は掻い摘んで説明してくれ」

 

「勿論よ…あんなのが居るなんて、混乱しか産まないわ」

 

「神様、さっきのを知ってるんですか?」

 

神様に聞いてみるとハチマンをおぶってるリューさんも知りたそうに神様を見ている。

 

「悪夢だよ…あれは…」

 

とても懐かしそうに、そして奇異な物を見るような目で空を見る神様。一体どういう事なんだろうか…

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

カウンター入れるってマジかよww。やっぱりスゲー成長だなぁ

 

ダメージは入ってないが確実に当てられた腹を擦る。

 

「さてと、そろそろ準備を始めないとネ!」

 

夜風に吹かれる俺、かっくいいだろ?




ハチマンの拷問の件はハチマンにオラリオには良い人ばかりじゃないと再確認させて人にも刃を振るわせる事をコンセプトとしています。

敵の冒険者はハチマンよりレベルが上なのに勝てるのはおかしい、と思っていると思いますがそこはスキルが発動したという設定なのでご了承ください。

また次回のご購読よろしくお願いします。


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♯9 貴方は何を思い何をするの?

風邪ひきました。
ちくしょう…。


 

気が付くとそこは青、赤、紫が入り交じった空が広がっていた。地面は灰色。

 

「どこだ?ここは…」

 

確か俺は、アイツらを半殺しにして、殺そうとしたらリオンさんに止められて…。変なのに気絶させられて…。そこからが思い出せない。

 

考えても仕方ないから当たりを見回すとそこには扉があった。とてもとても大きく固く閉ざされた扉。

 

ふと近づき開けようとすると…

 

「うっ!!うぁあああ!!あああああぁぁぁ!!」

 

黒いナニカが全身に纒わり付くと激痛が走る。

 

ーまだだ

 

何がだよ!

 

ーまだお前は飢えられる

 

腹減っちゃねぇよ!!

 

ーまだ足りない

 

だから何がだよ!!

 

ー誇りも愛も

 

知らねぇよ…!そんなの知らねぇよ!!

 

ー八幡…

 

……ッ!

 

ー貴方は何でもできるわね…

 

違うッ!違う!!俺は…!俺は…

 

俺の意識は暗い闇の中へと飲み込まれていった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

目が覚める。知らない天井、自然と安心できる匂い。身を起こして窓から外を見ると辺りは暗かった。夢…だったのか?だったらタチの悪い夢だな…

 

「目が覚めたか?」

 

振り返るとあの時駆けつけてきた髪の長い神がいた。

 

「貴方は…」

 

「そうか、初対面だったな。私はミアハ、この【ミアハ・ファミリア】の主神を務めている。ヘスティアとは長い付き合いでな、君の事は聞いている。そう警戒するな、というのは難しい話だな」

 

「一つ、良いですか?俺はどのくらい寝てましたか?」

 

「丸一日だ。あの後エルフのウェイトレスが君をここまで運んでもらってからポーション風呂に入れたんだ。その後は熟睡だ」

 

「ポーション風呂って…」

 

「む?ポーションは苦手か?」

 

「我儘言うのもアレなんですけど味が苦手で…」

 

「ふむ、ならばポーションに味を付けるとするか…好きな味は何だ?」

 

「激甘コーヒー…です」

 

「即答する程好むとは…今度共に飲みに行こう。私も味を確認したい」

 

「あの、なんで新作ポーションを作る流れになってるんですか?」

 

「同じ極貧ファミリアとしては顧客の1人や2人は確保したいのでな、その程度の願いを聞かずして神は名乗れないだろう?」

 

ヤバい、なんだこの優しさの塊みたいな神は…!

お、堕ちるもんか!

 

「そそそ、それじゃあ俺はこの辺で失礼します。看病ありがとうございました!それじゃ!」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

足早にその場を去る。外は太陽が出てこようとしてる時間だ。足は自然とあの場所に向かっていた。そう、噴水の広場だ。

 

(ここでドンパチやりあってたんだよな…)

 

フラッシュバックする光景…、平気で刃を振るい、魔法を使う俺は奴等からどう見えたんだろうか…。

 

怯えた目、震える足、痙攣する手。

 

「悪魔じゃないかしら?」

 

バッと後ろを振り向くとそこにはローブを見に纏いフードを深く被った女がいた。この気配、神か?

 

「誰だ…」

 

「通りすがりの女神、今はそれで充分よ」

 

「だったらその女神が何の用だ?」

 

「一つ質問させて貰えないかしら?ズバリ貴方の願いは何かしら?」

 

随分と詰めてくるな…。俺の願い…ね…。

 

「ノーコメントだ、アンタに教える義理が無いな」

 

「ふふっ、ミステリアスな子ね。いいわぁ、貴方はそのまま進み続けなさい」

 

「何様のつもりなんだよ…」

 

「あら、知らないかしら、私達は神様よ?どうか私を楽しませてちょうだい…」

 

まるで懇願するように告げた彼女は瞬きした瞬間に消えていた。なんなんだよと思っていても仕方ないから考える事をやめた。広場で腰をかけてじっとしている。

 

ープリキュアどこまで進んだんだろう…

 

ーガンダム新作やってるのかな…

 

ー仮面ライダーかっこいいなぁ

 

ー戦隊も引けを取らないよなぁ

 

ーウルトラマンZ…

 

ーFGOどうなったんだ?

 

ーニノ先輩可愛いなぁ

 

駄目だ。変な考えしか浮かんでこない。

 

「あの、何をしていらっしゃるんですか?」

 

顔を上げると【豊饒の女主人】のウェイトレス、フローヴァさんがいた。明け方に買い出しなのだろうか、重そうな荷物を持って大変だなぁ。

 

「どうも、ご無沙汰してます」

 

「そんなにかしこまらないでください!」

 

「はぁ…」

 

「それよりも、大丈夫なんですか?」

 

「まぁ、体の方はピンピンしてます」

 

「それは良かったです。ハチマンさん、お店の方に来ませんか?ミア母さんも心配してましたし」

 

あのミセス豪傑が!?これは大事件の予感だ。それに顔を出さないとなんか言われそうだしな。

 

「それじゃあお言葉に甘えて…」

 

立ち上がりフローヴァさんの方に近づき荷物をひったくるようにして持つ。

 

「あっ…いいんですか?」

 

「重そうだったんで…それとも持ちます?」

 

「意地悪な聞き方するんですね」

 

「あなたもいつもやってるでしょう?」

 

軽口を叩きながら【豊饒の女主人】の扉を潜る。

するとカウンターに立っていた彼女はこちらを見つけると直ぐにキッチンへと行った。

 

「それじゃあハチマンさんはそこの席に座って待っててください」

 

指定された席に座る。客のいないこの店はどこか寂しがってる印象を受ける。暫くするとドンッと前に置かれた山盛りのトマトソースパスタ。あぁ、きっとこれから全てが始まったのかもな…。

 

「…いただきます…」

 

1口飲み込めばまた1口とスプーンは進む。丁寧に丁寧にパスタをフォークに絡めては口に運ぶ。

 

「美味いなぁ…」

 

味わった事の無い味が口に広がる。

その味は出来たてだからなのだろうか、はたまた唐辛子でも入っているのか、感じたことの無い温かさに支配される。

 

「あたしの作ったパスタだから当然だよ!」

 

「そうですね…」

 

「今度食いに来なかったら容赦しないよ!」

 

「善処します…」

 

「素直にはいと言いな!」

 

「は、はいっ!」

 

勝てない、本能が叫ぶ。力量とかそんな生ぬるい奴じゃない。もっと根本的な何かで負けてる。

そう感じてると黒髪で猫耳を生やした店員がやって来て隣に座る。

 

「つかぬ事聞くけどおミャーは拷問されてたのかニャー?」

 

「クロエ!」

 

突然の質問に戸惑うとリオンさんが割って入る。きっと気を使ってくれてるのだろう。

 

「平気ですよ、リオンさん」

 

軽くリオンさんに告げると近くの椅子に彼女も座る。

 

「そうだな、拷問…されたな」

 

ハッと息を飲む声がする。他の店員もこの場にいなくても耳を傾けているのだろう。

 

「教えて欲しいニャ、どんな気持ちだったのかニャ?やっていた側だったからその気持ちを知りたいのニャ」

 

サラッととんでもない事が聞こえたから無視をしよう。

 

「平たく言えば悔しさと悲しさかな…」

 

うーん、と考えた結果この言葉しか見つからなかった。

 

「それはどうしてだニャ?」

 

「少しでも痛みを和らげる為に色々してた手の一つってだけだ。楽しい出来事とかそんなのを思い出そうとしたんだけど…」

 

「けど?」

 

「……いや、この話は終わりにしよう。店長、ごっそさんでした」

 

「今回はあたしの奢りだよ。また来な」

 

「うす」

 

強引に話を切り上げて店から出る。

 

「言えねぇなぁ…」

 

だって、何も無いんだから…

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「よぉ」

 

と言いホームの扉を開けた3人目の同居人。2人目のボクの眷属。その姿は何かを探していたように眠っていた時よりも何かを垣間見たような清々しい佇まいをしていた。

 

「おかえり、ハチマン君」

 

「ハチマァァァァン!!!」

 

ボクの()()()()眷属が涙で顔を濡らしながら彼に抱きつく。抱きつかれた彼は服が汚れるからなのか顔を少し歪めている。正直羨ましい。ベル君、君ってもしかしてそっちの気があるんじゃないんだろうね。

 

「ハチマンンンンンンンン!!」

 

ハチマン君が抗議するような目で見てくるがベル君の意思も汲み取って欲しい。昨日だけで何回お見舞いに行くと言ったと思うんだい?生活のために一応ダンジョンには行ったらしいけど行く前に1回、お昼に少なくとも3回、夜には5回も行ったんだよ!?挙句の果てには泊まるなんて言い出して連れて帰るのに大変だったんだぞ!!

 

「じゃあハチマン君の退院祝いにじゃが丸くんパーティーと洒落こもうぜ!」

 

「わーい!」

 

「え?俺、食ってきたのに…」

 

今回の主役は君だぜ?逃がさないよ。

 

「クラネル、今日の午後は空いてるか?」

 

「特に用事は無いけど、どうして?」

 

「神様と2人で出かけたらどうだ?」

 

ハチマン君…君って子は!?なんて良い子なんだ!

にやけが止まらないよ〜///

 

「ちょっとは奮発して美味いもんでも食ってこいよ」

 

「ハチマンはどうするの?」

 

「俺はちょっと用事があるから」

 

「だったら、分かったけど…」

 

「なら決まりだ、さっさとダンジョン行って金稼ぐぞ!神様はこれを使って高い服でも選んどいて下さいね」

 

どん!と懐から出したお金の詰まった麻袋をテーブルに置く。

 

「こんな大金、受け取れないよ…」

 

「この前の賠償金だと思ってて下さい」

 

彼には彼なりに思っていることもあるのだろうか…。

 

「ハチマン君…」

 

「?」

 

「君は君を誘拐したヘファイストスの子達をどう思っているんだい?」

 

「うーん…」

 

顎を撫で深く考える素振りをする。

 

「別に、何も?恨んではいますけどそれを引き摺るつもりはありません。いつまでもグチグチ言ってたらそれこそ同じような奴になる気がするんでね」

 

「そうか、なら良いんだ…」

 

「それじゃあクラネル、さっさと用意しな。お前も一張羅買うんだから…」

 

「うん!」

 

ベル君は軽装【兎鎧(ピョンキチ)】を身に纏う。その間ハチマン君はどこから出したのか【フォースエッジ】をタオルとかで拭いたりしてる。

 

「それじゃあ神様、いってきま〜す!」

 

「いってきます」

 

「うん、行ってらっしゃい!」

 

笑顔で彼等を送り出す。

さてと、ハチマン君が折角気を遣ってくれたんだ。飛びっきりのオシャレをしないとね!

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ーダンジョンにてー

 

俺は斬る、掴む、投げる、殴る、撃つ。

もう1人は駆ける、捌く、そして駆ける。

様々な手を使ってモンスターの命を摘み取っていく。冒険者とは仕事というには責務とかそんなのを感じる必要がないからどっちかって言うと金の稼げる趣味のようなものだろう。きっと色んな人がいるのだろう。金が欲しくて冒険者やってる人、モンスターに大切な人を殺されたから復讐心で冒険者を やってる人、隣にいるこいつのようにモテたいからという何ともまぁ、なんだ、うん…。みたいな理由で冒険者になった奴がいる。

 

そこで浮かんでくるのが「じゃあ俺は?」だ。なんとなくとしか言い様がない。そこで思い浮かんでくるのが鳥等の動物に見られる帰省本能というものだろう。自然と体が巣に帰ろうとするやつだっけ?そんなのだろうか。だからといって俺の体にはダンジョン生まれのモンスターとこれといった共通点は見られないしなんなら襲われるまである。

 

「よし、この辺で切り上げるか」

 

「?もういいの?」

 

「バッカお前、準備とかに時間かけんだから当たり前だろ」

 

「そっか、じゃあ戻ろう」

 

その後はシャワーを浴びて換金して、俺がコートを買った服屋でそれなりに似合う一張羅買う。うむ、我ながらいいセンスだ。

 

待ち合わせによく使うようになった噴水前でクラネルを待機させる。何故かモジモジするクラネル、キモイぞ」

 

「キモイって…緊張するんだもん!」

 

「なんだ、お前デートもした事ないのか?」

 

「え?ハチマンはあるの?」

 

「あぁ、あるぞ、「荷物、持っといて」しか言われなかったがな」

 

「それってデートって言えるの?っていうかこれもデートなの?」

 

()()()()異性と食事しに行くのは立派なデートだろ、そりゃ」

 

「でも神様だよ?僕達みたいな()とは全く違うんだよ?」

 

なるほど、つまりクラネルは自分達とは次元の違う神と()()()()()になるのも恐縮な感じなのか…。どれ、モテたいのにその気持ちに気づかないアホには少し教育してやるとするか…。

 

「クラネル、お前は互いの身分を超えた話を知ってるか?」

 

「勿論!ジュリエとロミエットとかがいい例だね!」

 

少し俺が知ってるのと違う気がするがあまり言及はしないようにしよう。

 

「きっとそんな感じなんだよ、神も…」

 

「え?」

 

「例え生きる時間が違くても一緒にいたい、そう思うんだろう」

 

「でも、死んじゃったら一人ぼっちになっちゃうんだよ?」

 

「それも承知の上だろう」

 

「だったら…「だから」」

 

「そこは俺達が頑張んだよ…」

 

「?」

 

「確かレベルが上がるという事は神に近づく事なんだろ?」

 

「そうだけど、まさか…」

 

驚愕するクラネルに向けてニヤッと笑いかける。

 

「だったらそのカミサマに少しでも近づけばいい」

 

「強くなる事とレベルアップがイコールで結べるのなら強くなろう、もしイコールで結べなかったらその他に必要な事をすればいい。その先にあり、尚且つ不変にて不滅ならそれはきっと他のどんなモノよりも本物なのだから…」

 

「ハチマン?」

 

「まぁ、兎も角頑張れよ、俺も頑張るから…」

 

「ハチマン…」

 

「今の俺にはダンジョンで戦う理由なんてこれっぽっちも無い、だから探す。俺の戦う理由を…。ダンジョンでな」

 

「うん!!」

 

隣にいたクラネルは俺の前に立ち手を出してくる。一瞬呆気に取られたが瞬時に理解し手を取ろうとするが…

 

(あぁ、ここでも邪魔してくるのか…)

 

過去の記憶が…黒いモヤが、邪魔してくる。

 

それでも…あと1回だけでも…

 

「お〜い!2人共〜」

 

少し離れた所から神様が走ってくる。結構似合うドレスを見に纏いながら。

 

「そら、行ってこ…」

 

「あ、いたーー!」

 

叫び声がした方を見ると複数人の女神がこちらを指さしている。これって不味い状況なのでは?

 

「ヘスティアがおったぞーー!」

 

「ということは…あの隣にいるのがっ!」

 

「2人いるけどどっちー!?」

 

「あの、紫コートのハンサムくんだ!」

 

例外なく見目麗しい美女美少女の集団が、大挙して、攻めかかってくる。その光景はさながら某ジブリなナウシカの王蟲の様だ。

 

「狙いは俺の様だ、お前は神様と!」

 

クラネルを俺がいる場所より少し離れた所に向けて魔腕を使い押し出す。魔法だって傷つけるだけじゃなく色んな使い道があるんだぜ。…これでいいんだ。

 

「ゲットーッ!」

 

「やーん、抱き心地いい〜!」

 

「ヘスティアもいい男見つけるわね!」

 

「むぶ〜〜!!///」

 

沢山の腕が俺を引っ張り代わる代わる胸の中で抱きしめる。良く女性の胸はそれぞれ感触が違うといわれているが、本当にそうだった。マシュマロみたいだったり風船みたいだったり、綿あめみたいだったりする。

 

「なっ、なっ!」

 

「ごめんなさいね、ヘスティア。私達どうしても貴方の子が気になっちゃって、後をつけてきちゃったの、…あらやだ、本当にハンサムね。私好み…」

 

「ん──っ、ん────っ!ん?」

 

「ハ、ハチマーーーーン!!」

 

肉の波に触れてそれを掻き分けながら腕を天に向けて出す。サムズアップ、そのサインがクラネル達に届くように…。

 

「ベル君!ハチマン君が耐えてる内に早く!」

 

「でも!ハチマンが!」

 

「彼の意志を無駄にするんじゃない!行くよ!」

 

「ハチマン…」

 

離れた所から2人分の足音が離れてく…。

へへっ、俺の屍を超えてゆけ。

 

 

これでいいんだ!!




これでいいんだ!!


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♯10 神父とボッチ+‪α‬

風邪が治りました!
いや〜、良かった良かった。


暗闇の中、騒々しい声がする。

 

「逃げてからそんなに時間は掛かってないわ!どこか近くに隠れてる筈よ!見つけ出してモノにするわよ!」

 

「「「おーーーー!」」」

 

僅かに空いてる穴から辺りの様子を見ると女神の防衛網が築かれつつある。何とかしないと…。

 

しかし

 

「ここら辺は探索し尽くしたわ、離れた所にいるのかも」

 

「相手は冒険者、その可能性も高いわね…」

 

「仕方ない、今日の所は諦めましょうか」

 

「ちぇー、もっと触れ合いたかったのになー!」

 

ゾロゾロと足音が遠ざかっていく。ふぅ、危機は去った。10分程時間を置き俺は隠れてた木箱からノソノソと出る。

 

「チョロいな、やっぱ隠密には木箱に限る」

 

某ステルスゲームとかの知識がこういう所で活かされたのは嬉しい誤算だ。因みに3が神作だと俺は思う。異論は認める。

 

「え?」「む…」「あ…」「お?」「ん?」

 

へ?

 

間の抜けた声5つ、戸惑いつつ振り向くと【ロキ・ファミリア】の幹部クラスと思われる面子がこちらを見てポカンとした顔をしてた。

エルフ2人に恐らく双子であろうアマゾネス2人、そしてヒューマン。

 

OK冷静にクールに分析しよう、ここは相手の目線になって考えるんだ。歩いてたら木箱から出てきた紫コートの男、うん、怪しい。どうする?、どうする!?相手は上級冒険者、こっちは不審者の肩書きが付きそうな下級冒険者。やる事は決まってる!

 

スタスタ…

 

MU☆SHI! いっそ清々しいほどの無視だった。おいおい、これもう無視の領域じゃねぇぞ、黙殺だ黙殺。ポツダム宣言並みに黙殺されたよ、今。歴史の教科書に載るレベル。あっでもここオラリオだった。何だろう、こういう時にネタが通じる人がいないから少し寂しいかったりするなぁ。あっ!ネタ喋るような奴んて元からいなかった!HAHAHA!はぁ…。

 

「あの…」

 

何度か聞いたか細い声がする。ダンジョンで目覚めてミノタウロスに追い回されて殺されそうになった時、酒場でバカにされた時とか怪物祭で

も。「何?俺の事好きなの?」とでも勘ぐりそうになるくらいは声を掛けられてる。あれ?もしかして…ねーよ。

 

「ど、どうかしたか?」

 

「どうして、木箱から出てきたの?」

 

やっぱりそれを聞いてくるか…。

 

「厄介なのに追いかけられてな、隠れてたんだ」

 

「大変、だね」

 

「そうだな…」

 

「……」

 

沈黙!それはまるで潜ったプールの中の様な静けさ。ホント、何でこう俺にコミュ力が無いのだろうか…。

 

「それじゃあ…」

 

話す事ももう無いだろうし振り返り行こうとすると動きを止められる。袖を掴まれたからだ。

 

「おお!」

 

「意外と大胆ね」

 

「誰なんですか!?あのヒューマン!」

 

「あの時酒場にいた…」

 

おいそこ、隠れてないでどうにかしてくれ。

 

「何ぃ、何か用なの?」

 

「……あの、償いがしたくて」

 

「?」

 

「ベートさんのせいで気を悪くしちゃって、あの時ちゃんとやめてって言えたら…」

 

「なんだ、そんな事かよ…」

 

「?」

 

「お陰様で少なくともクラネルは高みを目指すようになった。俺も少しは前に進めてるのかもしれない…」

 

「でも、私は…」

 

「女の子が償い償い言うもんじゃない」

 

「それは、どうして?」

 

そこ聞いちゃうか〜、いや俺も俺で軽率だったな…。反省反省。

 

「色々あるんだよ、色々…。あぁ、そうだどうしても償いたいならクラネルに特訓でもつけてやってくれないか?あいつ、アンタに憧れてんだ。1週間でいい。強くしてやってくれ」

 

「うん、わかった…」

 

「今度こそそれじゃあな」

 

少し小走りで目的の場所に向かう。ずっと気になってた、神様もクラネルもいない今なら確認できるだろう。増えてきた人混みを掻き分けながら進む。路地を曲がり進んではまた曲がって行く。

 

「ここがあの男のハウスね…」

 

独り言である。気にするな。目の前に鎮座するのはみすぼらしい教会とその周りに点々と存在する墓、俗に言う共同墓地というやつだろう。命尽きた冒険者達が弔われてる場所。

 

緊張もあり暫く墓を見て回る。色々な名前が掘られている墓石も様々な形をしている。

 

「ん?」

 

奥の方にある墓を見てみると

 

EVA

 

と掘られた墓がある。しかも逆さの五芒星に掘ってある。

 

悪魔崇拝

 

忘れもしない中学2年の闇ともいえる時期によくネットで調べまくったから印象に残っている。神が目視できるこのオラリオになぜ悪魔崇拝する人間がいるんだ?

 

神を嫌っていた?

 

神の支配するオラリオが嫌だから?

 

人間が嫌いだから?

 

悪側の人間だから?

 

そして何より、なんでこの名前に()()()()を感じてるんだ…

 

「よぉ、こんな所で何してんだ?」

 

夕焼けをバックに現れたのは目当ての人物、アラル神父だ。

 

「少し、神父に用があって…」

 

「お?なんだなんだ、懺悔か?恥ずかしいあの事とか喋っちゃう?」

 

「いや、別にそういう訳じゃないんだが…」

 

「じゃあどうしたんだ?」

 

「この墓の人は?なんで悪魔崇拝なんだ?」

 

「なんだ、その事ね。その墓に中身は無くてな、本人の意思で遺品が中にあるだけなんだよ。それに、紋章に関しても本人の意思で掘ったんだ」

 

「神父としてはどうなんだよ。教会側の人間が悪魔崇拝する奴なんか弔って。嫌じゃないのか?」

 

「まさか、神なんて街を歩くだけで会えるっつうの!こちとら商売あがったりだね!それに、それ位の我儘聞けなかったら神父やってらんねぇよ」

 

「この神父大丈夫なのかよ…」

 

「まぁ、まだ話は終わりじゃないだろ?来いよ、案内したる」

 

「知らない人にホイホイ着いてっちゃいけないってかみさまがぁ〜…」

 

「パフェ食うか?」

 

「いただこう!」

 

そこ、チョロいとか思わない事、いいね?

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ガキン!ハンマーを振り下ろす。魂を込めて。

 

アイツは何でも使える…

 

ガキン!

 

触れた物は大抵熟年のプロのように…

 

ガキン!

 

何ならぶっ壊す勢いで…

 

ガキン!

 

何度俺の傑作を壊したことか…

 

ガキン!!

 

でも銃だけは壊さなかった…

 

ガキン!

 

毎日一緒にメンテナンスしてたなぁ…

 

ガキン…

 

また作ってやろう…

 

ガキン!

 

今度はお前と一緒にいられるように…

 

ガキン!!

 

あとナイトメアも改良しよう…

 

なぁ…聞こえてるか?

 

俺はお前と歩きたかった…一緒に…。

 

もう無理そうだから…この子達に全てを捧げる。ゴメンよ、ゴメンよ、スパーダ…。

 

アンタを戻す為に鎧を作らされた、どうかどうか、無事でいてくれ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ぶぁっくしょい!!」

 

「おっさんかよ…」

 

「うるせー、まだ花も潤う17だ」

 

軽口を叩きながら教会の中をキョロキョロと見回す客人。フフフ…立派だろ?

 

バキッ…

 

「天井少し脆くなったかな…」

 

ローンまだ残ってんのにな…。

 

「まぁ、適当に座ってくれや」

 

そう言われた客人、ハチマン・ヒキガヤはそこらに転がってる椅子を足で上にやると空中でクルクルと回った椅子は綺麗に地面に着地しまるでそうなる事を知ってたかのようにノールックで座る。一々スタイリッシュだな。

 

「それで?要件は?」

 

「アンタ、3日前の夜あの冒険者を殺した奴か?」

 

「ほう、その根拠は?」

 

「強いて言うなら、臭いだ」

 

「マジ?俺そんな臭う?加齢臭?」

 

「そんなんじゃない、何か、初めて会った時から独特な匂いがしたから覚えてただけだ」

 

ふむ、覚醒してなくても嗅覚は顕在か…。

 

「それで?俺が仮にそうだと言ったら、どうする?」

 

顎を触り考える仕草をするヒューマン。さぁ、どんな答えを出す?

 

「別に、どうこうしようと思ってる訳じゃないが、俺に戦い方を教えてくれ、もっと…もっと力がいる。誰にも負けない力が」

 

そう来たか…。

 

「お前のバトルスタイルは大体把握してる。戦い方は自分の発想でどうにかしろ。問題は体の方だ。軟弱な体じゃどんな強い技でも威力なんてクソザコナメクジだ。だから俺にできるのは完璧に近い体と、五感を成長させてやる事だ。最も効果的にな…」

 

「おぉ…どうやって?」

 

「ステータスを授かってる冒険者はひたすら努力をすればそれがそのまま数字に表れる。憎い程な…。という訳だから死ぬ程特訓してもらう!」

 

「OK、了解した」

 

「お?嫌がらないのか?」

 

「それが強さに直結するならなんだってやる…」

 

「ならば明日の朝2時にオラリオ東関所前に来い!」

 

「分かった、ありがとうアラル神父」

 

「おおっと、そいつは違うな」

 

「ん?」

 

明かそう、コイツなら大丈夫だろう。

 

「アラルはオラリオで通してる偽名、俺の本当の名は…」

 

「アラストル…、我が名はアラストル!2人きりの時はそう呼ぶがいい!」

 

本来の姿を現し翼を大きく広げ告げる。

懐かしいなぁ…。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

episode of Alastor

 

そこは魔界、闇が支配した世界。俺達悪魔はそこで自由に暮らしたり魔帝に尽くす事で豊かな暮らしを勝ち取ったりしていた。まぁ、俺もその内の1人だ。誰だって豊かな暮らしは欲しい。美味い人肉は食いたいし血も啜りたい。そんな俺の悩みの種は今日も洞穴の中でなんかやってる。そいつは馬鹿みたいに強い癖に更に上を目指そうとしない奴で、兎に角いけ好かない奴だった。人間の文化に興味を持ち、偶に人間界からガラクタを持ってきては洞穴に持ち込みあちこちを弄り回したりしてる。俺は偶然にその場面を見てからちょくちょくちょっかいをかけに行ってる。

 

「これはこれは、魔帝の右腕のスパーダさん、何をしてらっしゃって?」

 

しゃがみこみ持ってきたそれを観察してる悪魔に声を掛ける。

 

「アラストルか…。人間界から面白い物を見つけた」

 

「ほう?この前の【火薬】とかいう奴じゃだろうな?」

 

「安心しろ、人間が娯楽の為に使ってる物だ。ピアノというらしい」

 

「ピアノ…ねぇ。フィニアスには見せたのか?」

 

「あぁ、声は掛けた」

 

「お前そんなに喋れるのなら会議とかでも喋ったらどうなんだ?」

 

「黙ってたら終わるような会議に興味はない」

 

どうやら寡黙なスパーダさんは極度のめんどくさがり屋だったようだ。

 

「皆の衆、待たせたな」

 

「噂をすれば…」

 

やって来たのは顔の約4分の1が魔具の男、魔界で一二をを争う程頭の良い悪魔、名をフィニアスと言う。因みに張り合ってるのはスパーダだ。

 

「フィニアス、何か分かったか?」

 

「勿論だ友よ。それは人間の作り出した【楽譜】とやらに記されてる【音符】を間違えず且つ決められたスピードで丁寧にそこの音の鳴る【鍵盤】を叩く事によって美しい【音楽】を作り出せるらしい」

 

「その【楽譜】のサンプルは?」

 

「ここに」

 

服の中に隠してあった紙っぺらをフィニアスが取り出すとスパーダはそれを受け取り適当そこらに転がってる椅子を足で上にやると空中でクルクルと回った椅子は綺麗に地面に着地しまるでそうなる事を知ってたかのようにノールックで座る。一々スタイリッシュだな。

 

暫く楽譜を見たり鍵盤を叩き音を鳴らしたりしながら試行錯誤するスパーダ。

 

「分からん、後でプルソンに聞く」

 

忘れてた、あいつ飽き性なんだった。

 

「そういえばスパーダ、最近アルゴサクスが何かしようとしてると小耳に挟んだ」

 

「チッ、余計な事をしやがって、また面倒な仕事が増えるな」

 

うわぁ、マジで嫌そう。

 

「どうすんだ?」

 

「泣きべそかかせてやる」

 

「悪魔が泣くのかね?」

 

「さぁ?」

 

泣いた悪魔なんて聞いたこたァねぇな。

 

「じゃあ行ってくる」

 

いつもの禍々しい剣を出現させ翼を大きくはためかせながら飛び去る。その姿はあっという間に見えなくなった。

 

「で?なんて【音楽】なんだよ」

 

「カエルの歌というらしい」

 

「カエルだぁ?それじゃあバエル共の歌ってことか?」

 

「それはないないだろう…」

 

ため息を吐くフィニアス。

 

「なぁ、アラストル」

 

「なんだよ」

 

「スパーダの事についてなんだが…」

 

「あぁ」

 

「あいつはムンドゥスを倒せると思うか?」

 

「何?あいつ叛逆でもすんの?」

 

「そうではないが、あいつは()()()()()を食さずにあの力だ。もし実を取り込んだりでもしたら…」

 

「多分、誰にも負けないだろうな。それこそ天界のカス共をも楽ーに殺れるだろう」

 

「そうなったらもう魔界の時代だな」

 

「そうはならんだろ」

 

「何故だ?」

 

「あいつの性格を考えたからだ」

 

「それもそうだな」

 

そう、めんどくさがり屋のスパーダは圧政者の敵ではなく弱者の友であり続けた。きっとこれからもそうなんだ。

 

 




如何でしたか?
一応ここでは何も言いません。

質問がある方はドンと来てくだちい。


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♯11 憧れと兄と膝枕

鬼滅の刃面白かった!もう帰りにボロ泣きで…

あ、Twitter始めました。


「少し長引いちゃったね」

 

「はい。少しというかかなり、ですけど。もう12時です。夜中の」

 

「えっ、本当に?」

 

ええ、とリリは金色の懐中時計を手にして答えた。

短針と長針が見事に数字の12に重なろうとしていた。

 

ハチマンが復帰してから既に1週間が経っている。

リリのお陰で僕達は冒険者として軌道に乗った、安定してきたと言えるのかもしれない。サポーターひとりでここまで違うものなのかと、僕達は頻りに驚くばかりだ。

 

「それじゃあ、リリ、今日の報酬も稼いだ分の山分けでいい?」

 

「ベル様、もう少し物欲を覚えた方がいいと思います。ありがたく頂戴しているリリが言えた立場ではありませんが……人が良すぎです」

 

「あははは、大丈夫だよ。ハチマンの方が物欲無いから…」

 

「あぁ…そうですね。最早あれは欠損してるレベルです」

 

そう、僕達がこうして話せてるのはその少し離れた所でハチマンがモンスターと戦っている、いや、蹂躙しているお陰だからだ。

 

最近のハチマンの成長は凄まじい。僕と神様がで、デートした次の日からダンジョン探索する前からボロボロだった。詳しく聞こうとしても上手くはぐらかされる。

それにハチマンは報酬を山分けしようとしてもキッチリ1000ヴァリスしか受け取っていない。解散したら直ぐ何処かに行くから何か用事でもあるのだろうか…。

 

「うわぁ、本当だ。すっかり夜になっちゃってる…」

 

ダンジョンから出て空を見上げると既に闇の帳が降りていた。魔石が埋め込まれた街灯が暗い町を照らしていた。

 

「なぁ、『天界』で神は何してんだろうな」

 

ふとハチマンが空を見上げながら呟く。

 

「天界では神様達にはいくつかの義務があると聞きます。その最たる例が、下界で眠りについたリリ達、子供達の処理だそうです」

 

「それって…」

 

「はい。亡くなった人の、死後の進路ですね」

 

聞くに神の下す『魂』の精算は神によって千差万別で、天界での生活を許したり、想像を絶する責苦を与えたり、…例を挙げればキリがない。その『魂』は神の裁量一つで管理される。生前の振る舞いや、善や悪といった概念は存在しないらしい。神に気に入られるか気に入られないか。

 

「まぁ、最終的にはほとんどの者が転生させてもらえるようなのですが…とにかく、そんなこともあって、天界では激減した神様達の穴を埋め合わせるため、居残り組の神様達が今も不眠不休でお仕事をしていらっしゃるらしいですよ?次回の下界行きも、血なまぐさい厳重な『お話し』のうえで順番を決めるだとか」

 

「それでも何やかんやで仕事はするんだな」

 

「あくまで噂ですけど神様達の中では『仕事をしないと奴が来る』と言い伝えられており泣く泣くお仕事をせざるを得ない状況らしいです」

 

「『奴』って?」

 

「さぁ、リリもよく知りません。恐ろしすぎて名前も出せないんだとか…」

 

そ、そんなに怖い人?がいるなんて…。そんな所に行きたくない、いや死にたくない…と僕は本気で思ってしまった。神の憂さ晴らしに付き合いたくないからだ。

 

「…でも、リリは死ぬことに憧れていたことがありましたよ」

 

「ぇ」

 

「……」

 

「一度、神様達のもとに還れれば…今度生まれるリリは、今のリリよりちょっとはマシになっているのかなぁ、なんて…」

 

栗色の前髪が揺れ、顕になった大きな瞳が遠い目をしている。

 

「リ…リリッ!」

 

力一杯叫んだ。叫ばないと何処かに行っちゃう気がした。

 

「…ごめんなさい、変なこと言って」

 

「……」

 

「昔のことです。真に受けないでください。リリはこれでもたくましくなりましたから、今ではそんなことちっとも思ってません」

 

何も言えない。本人は既に立ち直っているからだ。この僕の持ってる感情を形にできず、言葉としてリリに伝えることはできなかった。

 

 

「なぁ、アーデ」

 

「なんでしょうか、ハチマン様」

 

「俺達はお前の役に立ててるか?」

 

「それは勿論です!ハチマン様達のお陰でリリはお金に困っていません…ありがたい限りです」

 

「そう、そりゃ…よかった」

 

ハチマンの声は何処か嬉しそうだったが暗闇のせいでその顔は良く見えなかった。

 

「さ、帰るか…」

 

「そうですね。リリも今日は【ファミリア】のホームに一度帰っておかなければいけません」

 

「俺はこの後用事が…」

 

「ハチマンっていつも何してるの?」

 

「徘徊」

 

「徘徊って…」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

あれから3日経った。

 

部屋の掃除をハチマンがしている。というか家事の殆どをハチマンが負担している。ハチマンの家事スキルは驚く程高くあっという間に僕と神様の生活は改善されていった。

白いエプロンを身に纏い箒を持ち埃を払う姿は全国の母親に見て欲しい。きっと全会一致で100点満点の評価を得るだろう。

 

僕はハチマンだけにやらせるのもアレだから雑巾で床を磨いてる。因みにボロボロになった床はハチマンが全部張り替えた。本人曰く「ネット見てたら覚えた」そうだ。ネット?よく分からないけど本とかそういうやつだろうか…。

 

「おいクラネル」

 

「どうしたの?」

 

「この棚の上のバスケットって…」

 

「あっ!!」

 

「はぁ〜、返しに行くぞ」

 

エプロンを脱ぎコートに替えるハチマン。何やかんや言って僕達を気にかけてくれるのはハチマンが俗に言うツンデレって奴なのかな…。

 

「ハチマンって…ツンデレ?」

 

「バカなこと言ってねぇで準備しろ」

 

「は〜い!」

 

僕には兄弟がいないけどもしかしたら僕にお兄ちゃんがいたらこんな感じなのかな…。

 

「襟、乱れてるぞ」

 

そう言い僕の服装を整えてくれるハチマン。

 

「ありがとう、お兄ちゃん!」

 

「あ?」

 

「い、今のなしって事で…」

 

「ふっ、お兄ちゃん…ねぇ」

 

ハチマンが…デレた!?

 

ハチマンの照れた顔に意識を取られ【豊饒の女主人】までの出来事が思い出せない。ここからは切り替えていかないと…!

 

「本っ当っに、ごめんなさいっ!」

 

「あははは…」

 

ぱんっ!と手を合わせて勢いよく頭を下げる。

 

「顔を上げてください、ベルさん。私は気にしていませんから」

 

「いや、でも…」

 

「それなら、今度から気をつけるように頑張ってください。過ぎたことは戻ってきませんから、これからの行動で誠意を示すということで。それにハチマンさんにアーニャとクロエの相手をしてもらってるのでこちらから強く言う筋はありません」

 

そう、僕とシルさんがこうして話せてるのはカウンター席に座ってるハチマンが指から出した魔力の光で二人の気を引いてるからだ。…いつ見ても便利そうだなぁ。

 

【ニャニャ!】

 

【体が!体が勝手に!】

 

お詫びにというわけではないけど簡単な注文をする。ハチマンのよく食べるトマトパスタも一緒に。

 

「あれ、前にこんなの飾ってありました?」

 

店の端にある白色の本が視界の端をつついた。

 

「ああ、それは…お客様のどなたが、お店に忘れていったようなんですよ。取りに戻られた際に気付いてもらえるように、こうして置いていて」

 

ハチマンに遊ばれ…ゲフンゲフン、遊んでいたキャットピープルの店員さんがシルさん、そして何故かリューさんに独断で休憩を言い渡してたけど、大丈夫なのかな?

 

それに何かニヤついてたけど。

 

【ヒキガヤさん、口にトマトソースが付いてますよ】

 

【マジすか…】

 

【拭いてあげるので少しじっとしてください】

 

【いや、それくらい自分で…ムグゥ!】

 

【抵抗しても無駄です。振りほどけないでしょう?なんたってレベル4ですから】

 

【レベル4すげぇ…】

 

他種族からも評判のエルフ、その魔性の美はどうやらハチマンにも効いたようだ。ハチマンのこういう人らしい一面ってあんまり見た事ない気がするから見れて嬉しいな。

 

「なら、読書なんていかがでしょう?」

 

「え?読書?」

 

「はい。ベルさんは本をお読みになられないようですから。この機会にぜひ試してみては?」

 

読書かぁ…。英雄のおとぎ話を読んだ後感じていた、居てもたってもいられなくなるあの感覚。今の僕にはいい薬になるかもしれない。

 

「ありがとうございます、シルさん。僕、本を読んでみることにします」

 

【ハチマンさん、パスタは美味しいですか?】

 

【はい。俺トマト嫌いな筈なのにこうも食えるなんて、流石って感じです】

 

【私もミア母さんくらい上手く作れたら…】

 

【え?何か言いました?】

 

【いえ、何でもありません】

 

二人のやり取りに耳を傾けながらシルさんから本を受け取り僕達は店を出た。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

クラネルがソファーで本を読んでる間に俺は地下から地上に戻りひっそりとダンジョンに潜る。アラストルとの地獄の特訓で自分に足りないのは発想力だと言われた。それもそうだ。幻影剣は剣を形にして撃つだけ。魔腕は魔力を形にして動かすだけ。そこに密度も威力もありはしない。雑魚いモンスターには効果覿面だがそれが対人、上級冒険者になったらあまり効かないのでは…という事だ。

 

だからより精度の良いものを作れるようにならなくては…。

 

走り、モンスターをフォースエッジで切り裂きながら想像し創造する。今までの使い捨てのような幻影剣なんていらない。より切れ味があり、より早く飛び、より多く造るように。何百回何千回作ろうとして砕け散っても諦めない。イメージしろ、常に最高の剣を…。決めつけるな、己の限界を…。

 

ブゥン…

 

見てくれは一緒で青く鈍く光っている剣が浮いている。それをそこらにいる蟻のモンスター一体に投射する。

 

「ギッ…」

 

断末魔を上げる暇もなくその体を真っ二つに割いた幻影剣。その威力は格段に上がり、速度も目にも留まらぬ速さに仕上がった。

 

「でも、まだだ…」

 

それを8本作り出し自分の両脇に固定し剣を構えモンスターの群れに突っ込む。何体かを同時に相手していると後ろから襲ってくるモンスター。その気配を察知し出していた幻影剣を一気にそのモンスター一体にその刃を飛ばす。そうすると…

 

「弐号機の出来上がりだな」

 

某世界的人気を誇るアニメのトラウマシーンの再現だ。それはさて置き、他に工夫を凝らし出した幻影剣を自分の周りをグルグルと回転させ近づいて来るモンスターを巻き込んだり、それを全方位に発射させたり、ターゲットにしたモンスターの真上に幻影剣を出し、ハリセンボンみたいにしたりと、自分でも惨いと思うような事を何度もした。

 

しかし、まだ足りない、全然足りない。そこでふと、思いつく。

 

「そうだ…俺自身を強化すればいい」

 

周りにモンスターが居ない事を確認してから身体中に流れる魔力をイメージで掴む。流れる水のような、迸る炎のようにな痺れる稲妻のような、吹き荒れる風のような、照らす光のような、飲み込む闇のような…

 

「掴んだ…」

 

掴んだイメージを体の隅々に行き渡らせる。満遍なく全身の神経1本1本に至るまで。

 

「できた…か…?」

 

青、ではなく体の周りがほのかに紫色に光った。

 

「ギギィーーーー!」

 

モンスター共()目測り30匹位が現れる。丁度いい…

 

「少し、試させろっ…」

 

全身に魔力を流してる為消耗が激しい。これは一気に決着を付けないといけないか…。

 

「はあああああああっ!!」

 

モンスターに向かって走るとその速さは格段に違く、フォースエッジを一振するだけだ5、6匹は容易く切り裂ける。

 

「これなら!!」

 

フォースエッジを逆手に構えありったけの魔力を注ぎ込み本気で振る。

その斬撃は形となりモンスターの群れに進んでく。

 

ドゴォーーーーン!!

 

晴れた霧には何もなかった。沸いてきたモンスターを殲滅できたからだ。この威力、悪魔的だ!

 

「あ、れ?」

 

意識が遠のいてく、しまった、魔力を使いすぎた。コートの中に入れられたマジックポーションに手を伸ばそうとするが力及ばずそのまま倒れる。

 

「ファイアボルトォ!!」

 

何処か遠い所から聞き慣れた叫び声がする。あまりはしゃぎすぎるなよ…。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「……?」

 

「どうした、アイズ」

 

足を止めた私にリヴェリアが声をかける。軽く下層に行ってた帰りだがふと目に留まった光景に気を取られたからだ。

 

「人が倒れてる」

 

「モンスターにやられたか」

 

ルームの中央にぽつねんと、一人の冒険者が転がっていた。まるで行き倒れのように地面に倒れてるソレに2人は近付く。

 

「外傷は無し、治療および解毒の必要性も皆無…典型的な精神疲弊(マインドダウン)だな」

 

よくも気絶するまで自分を追い込めたものだと、リヴェリアは感心してみせる。一方で私は膝に両手をついた姿勢で、その冒険者のコートと銀と黒の入り交じった頭髪を見つめていた。見覚えがある。つい最近見かけた冒険者だ。木箱に入っていたから記憶に残っている。

 

「この子…」

 

「む、よく見れば木箱に入っていた冒険者ではないか…あの馬鹿狼がそしった少年か」

 

合点がいったと理解を示す。

 

「リヴェリア。私、この子に償いをしたい。彼には辞めとけって言われたけど…」

 

「アイズはどうしたいんだ?」

 

「償いたい…彼達を傷付けたから」

 

「…アイズ、今から言うことをこの少年にしてやれ。()()なら、恐らくそれで十分だ」

 

「何?」

 

リヴェリアは簡潔にその内容を教えてくれた。

 

「…そんな事でいいの?」

 

「確証はないがな。だが、この場を守ってもやるんだ、これ以上つくす義理もないだろう。…それに、お前のならば喜ばない男はいないさ」

 

「よく、わからない…」

 

わからなくてもいいさ、と苦笑するリヴェリア。

 

けじめをつけさせる為に去ってくリヴェリア。紫のコートに身を包み、頭髪が段々銀色に染まってく彼の頭を軽く持ち上げ正座した私の膝にそっと置く。

 

「っ…」

 

触れるな、と言われた気がしたけど関係ない、なぜならこれは私の償いなのだから。陶磁器を扱う様に彼の髪をそっと撫でる。今まで触った事はないけど男性にしてはやけにサラサラの彼の髪の毛は最高の手触りだった。

 

「zzz〜zzz〜」

 

安堵した様な顔つきになる彼は一緒に私の心を落ち着かせてくれる。

 

「ふっ……」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

雪乃ちゃん、君は相反する難題を解けるかい?

 

結衣、君は人の本心を知れるかい?

 

由美子、君は自分の周りの変化を受け入れられるかい?

 

戸部、君は責任を知ってるかい?

 

姫菜、君は何故隠すんだい?

 

平塚先生、貴方は何故放任できるんですか?

 

陽乃さん、貴方は自分の無力さを知ってますか?

 

小町ちゃん、君は真に有能かい?

 

そして葉山()()にアレができるかい?

 

「比企谷、どうしてお前は、こんなにも愛されないんだ」

 

僕の呟きは、今でも進む日常に掻き消されてく。今も、そしてこれからも…。

 

 

 




如何でしたか?魔具、ホントどうしよ…。3に固まっちゃってるからなぁ。

もし良かったら高評価とコメントを宜しくお願いします!作者のやる気に繋がります。


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#12 埃かぶりの少女(シンデレラ)

リアルが忙しくて投稿できませんでした。すみません。


 

 

「…っ」

 

「あ、起きた?」

 

おぶられてるであろう振動で目を覚ます。聞き慣れた声、十中八九クラネルだろう。ったく、また変な夢を見た。

 

「クラネルか?」

 

「うん…」

 

後ろ姿しか見えないがどうやら元気が無さそうだ。

 

「何かあったのか?」

 

「ハチマン…」

 

「どうした?」

 

「気絶してたんだけどその前の事、覚えてる?」

 

「魔法で新技の実験してたら魔力切れで倒れた」

 

「そうだったんだ。僕もね?魔法が発現したんだ」

 

「マジか!良かったな…。俺みたいにぶっ倒れるなよ?」

 

「うん…僕もはしゃいでダンジョンに潜って魔法を撃ってたんだ」

 

「おう」

 

「そしたらね?」

 

少し涙声になるクラネル。

 

「勿体ぶるなよ」

 

「やっぱりいいや…」

 

気になる、俺が気絶してた時何があったのか。しかし今のクラネルの精神状態じゃ無理だろう。

 

「そっか…」

 

慰められずそれしか言えない自分が悔しい。

クラネルの背中におぶられながら夜空を見上げる。こんな時も夜空は綺麗なのが恨めしい。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ホームに帰るとクラネルの魔法が発現した理由が判明した。

 

魔導書(グリモア)?」

 

「な、なんですか、ソレ…?」

 

「簡単に言っちゃうと、()()()()()()()()…」

 

詳しく聞けばスキルに『神秘』と『魔道』という希少なスキルを発現させた人にしか作れないものでバチくそ高価なのが瞬時に理解できた。

 

「いいかクラネル?お前は本の持ち主に()()出会った。そして()()()()()()その持ち主に直接返した。だから本は手元にない、間違っても使用済みの魔導書(グリモア)なんて()()()()なかった…そういうことにするんだ」

 

「ハチマン!?」

 

「よく言った!ハチマン君!」

 

「ダメですよ!神様!」

 

ちっ、クラネルは根っからの善人なのを忘れてた。

 

「だからといってな、正直に言ったらン千万の借金地獄だぞ。返せる?」

 

「うぐっ…と、とにかくっ、この本を貸してくれちゃった人に、僕、事情を話してきます!」

 

「ベル君、止せっ、君は潔癖すぎるっ!世界は神よりも気まぐれなんだぞ!」

 

「隠したってバレるに決まってるじゃないですか!」

 

それもそうだ。いくら嘘をついたって酒場に持ち主が来たらアウト。こうなったら2人で『DO☆GE☆ZA☆』に賭けるしかない。俺の土下座は天下一品だぜ?

 

クラネルと俺は神様の静止を振り切ってホームを出た。その際にクラネルがドアを蹴り破った。アレも直さなきゃな…。

 

ー【豊饒の女主人】ー

 

「…それは、大変なことをしてしまいましたね、ベルさん」

 

「ちょっとシルさーーんッ!?何でさも他人事みたいに言ってるんですか!?」

 

トレーで顔の下半分を隠し上目遣いでクラネルを見つめる。

 

「やっぱり、ダメですか?」

 

「すっごく可愛いですけどダメッ!」

 

けっ!!イライラして来た

 

「鬱陶しいよ、坊主。人様の店で、朝っぱらから」

 

よっ!待ってました!立てば振動座っても振動、歩く姿は金剛夜叉明王!【豊饒の女主人】の店主!ミア・グランドだ〜ッ!

 

そんな巨神ゲフンゲフン、ミアさんはクラネルから魔導書をひょいと取り上げると中身をパラパラと見るとふん、と息をついた。

 

「確かに魔導書だねぇ……でもま、読んじまったもんは仕方ない。坊主、気にするのはよしな」

 

「ええ!?で、でもっ…」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()とばかりに店へ置いてったヤツが悪い。坊主が読まなくたって貴重な魔導書を見つけたら、自分のものだと嘘ついてまでそこら辺の冒険者が目を通していたよ。コレはそういうモンさ。手放しちまった時点で持ち主も覚悟はしているさ。坊主だって金の詰まった財布を無くしたら、そっくりそのまま返ってくるなんて思わないだろう?」

 

「それは…」

 

「男だったらグズグズ言ってんじゃないよ!」

 

クラネルの意見はトラップカード《怒声》によって掻き消された。おー怖。

 

ー【広場】ー

 

店を出た俺はダンジョンに行く為に装備品を取りに1人で戻ったクラネルを待つために俺はいつもアーデと待ち合わせに使ってる広場でベンチに座っていた。

 

筋肉隆々とした冒険者ややけに露出の高い女冒険者等、様々な冒険者を観察しているととある光景が目に入った。アーデと冒険者らしき男達がいた。その雰囲気は決していいものとは言えなかった。

 

ーーもしかしたらソーマファミリアの構成員か?

 

確かアーデはソーマファミリアに所属してたな。ソーマファミリアといえば金にがめつい。よく換金所で揉め事を起こしてたから記憶に残ってる。ちょっと前に聞いたアーデの話から推測すると、主神のソーマの作る『神酒』が欲しいが、より高額の金を納めないといけない為必死に金を集めてる。だから立場の弱いアーデから金をふんだくってるのだろう。

 

あぁ、なんて…

 

「醜い…」

 

ジワ…

 

俺は立ち上がりフォースエッジを出しながら冒険者達に近付こうとするが…

 

「おい」

 

肩を掴まれてそれを遮られる。振り返ると体格のいい黒髪のヒューマンがいた。

 

(あ、この人…)

 

「やっぱりあの時のガキか…まぁいい、聞くぜ。お前、あのチビとつるんでるのか?」

 

この声と口調、間違いない。あの時のロリコンだ…。

 

「おい、さっさと答えやがれ。お前、あのサポーターを雇ってんのか?」

 

「だったらどうした、あの時のパルゥムとは関係ないんじゃないのか?」

 

「バァカ…と言ってやりてえが、思うのはてめえの勝手だな。せいぜい間抜けを演じてろ」

 

「それよりお前、俺に協力しろ。……あのチビをはめるんだ」

 

「は?」

 

「タダとは言わねぇよ。報酬は払ってやるしアレから金を巻き上げたら分け前もくれてやる」

 

本気で言ってるようだ。いよいよ救いようがない…。そのまま話を聞いてれば勝手に喋ってくれそうだ。

 

「続けろ」

 

「お?乗り気か?よし、お前らはいつもを装ってあのチビとダンジョンにもぐればいい。後は適当に別れてアイツを孤立させろ。後は俺がやる。どうだ?簡単だろ?」

 

嫌な笑い方。今まで何度も体験してきた感覚だ。こういう手の質問の答えは昔から相場が決まっている。

 

「…だが断るッ!」

 

「何ィッ!?」

 

「この俺の最も好きな事の一つは…強さを鼻にかけて弱き者から奪ってく奴を貶める事だ!

 

「クソガキがぁ……!」

 

「ガキはてめぇらだろ…」

 

互いに睨み合う。怒気に怯えるように木の枝葉がざわめく。

 

暫くすると男は盛大な舌打ちをして踵を返す。その背中から俺は目線を離さなかった。

 

「…ハチマン?」 「…ハチマン様?」

 

振り返るといつものと化した面子、アーデとクラネルがいた。

 

「どうかしたの?怖い顔してたけど」

 

心配そうな2人を見る。あの冒険者の言う事はきっと嘘ではない。手を組もうってのに嘘を教えるなぞトラブルを自分から撒き散らすのと同意義。

 

ならばきっとアーデは裏切っているのだろう。考えてみればそうだ。アーデはクラネルのナイフに興味を持っていた。話を聞けば俺が【ヘファイストス・ファミリア】の連中に拉致された日にナイフを失くしたらしい。普通失くすか?神様から貰った大切な物を。きっと盗まれたのかもしれない。いや、若しくはただダンジョンで落としたのかもしれない。

 

あぁ…疑い出せばキリがない。クラネルならきっとそれでもと言い信じるだろう。

 

だったらやる事は一つだけ…ダンジョンでアーデを孤立させない。

 

「気に食わねぇ冒険者に絡まれただけだ。あの時のパルゥムを追ってた奴だ」

 

ピクリとアーデが反応するのを見逃さなかった。

 

「えぇっ!?それで、どうしたの?」

 

「ん?そのパルゥムを探してたから適当にあしらっただけだ」

 

「そうだったんだ…」

 

「それよか、さっさとダンジョン行くぞ」

 

「うん」「はい!」

 

返事するクラネルとアーデ。アーデよ、お前は相手が悪かったんだ。俺を相手に仮面を被るなんて2万年早いんだぜ。そんな脆いもの、すぐ分かる。

 

「あれ?ハチマン、また銀色増えた?」

 

「マジか…」

 

「…もう、潮時かぁ」

 

本当にそう思ってるのか?ーなぁ、アーデ。

 

ー【ダンジョン】ー

 

「今日10階層まで行ってみませんか?」

 

曰くステイタスがA〜Bがちらほら出てきた為試しに行ってみないか、というらしい。よりにもよって今日なのか…。

 

「……」

 

俺はあくまで悩んでいる雰囲気は出してるがクラネルをチラと見ると彼もまた悩んでる。そう、10階層には出ると聞く、()()()()()()のようなモンスターが。

 

「…実は、リリは近日中に、大金を用意しなければいけないのです」

 

「っ!もしかして、それって…」

 

「事情は言えません。ただ、リリの【ファミリア】に関係することなので…」

 

チッ、悟られたか!リリルカ・アーデ、中々心理戦が得意と見た。向こうには例え嘘だろうとクラネルを納得させる()()がある。対して俺はそれをさせない程強力な言い分がない!詰みか…いや違う、考えろ、考えるんだ。アーデをクズい冒険者達とエンカウントさせず、尚且つ奴らと揉め事にならないですむ方法を。この程度の修羅場、あくる程潜り抜けてるだろ!

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

━━━━━━━━━━

 

「ハチマンは、どうする?」

 

隣で考えてる仲間に話しかける。こういう時に彼の判断は頼りになる。

 

「ん…まぁ、確かに俺達も強くなったから、行くか」

 

「え…」

 

「どうかしたか?」

 

「いや、ハチマン結構悩んでたみたいだから行きたくないのかなーって思って…」

 

「その気持ちもある、だがアーデの事もあるからな、キツくなる分俺が動けばいい話だし」

 

「そうだね、じゃあ行こう!」

 

「あー、その前にアーデ、マジックポーション持ってないか?俺のやつ切らしちまって…」

 

「まったく、ハチマン様は準備というか危機感が足りないんじゃないんですか?」

 

文句を言われつつリリのコートから取り出されたポーションを受け取るハチマン。

 

「ちゃんと考えてるぞ、ちゃんとな」

 

鼻をつまみながらポーションを一気に飲み干すハチマン。やっぱり味は嫌いなんだ。

 

「それじゃあリリ、ナビ宜しくね」

 

「はい!お任せください!」

 

さてと、万が一の保険は掛けた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

━━━━━━━━━━━

 

「霧が深いなぁ」

 

「……」

 

「モンスター、多いなぁ…」

 

「…………」

 

「オーク、キモイなぁ……」

 

「………………」

 

「アーデに見捨てられたなぁ………」

 

「ハチマン、ホントごめん…」

 

案の定俺達はアーデに大量のモンスターを押し付けられた。当の本人は一足先に退散したが、孤立させてしまった。一応去りゆくアーデには警告したが…大丈夫だろうか。

 

(アーデ!あのクソッタレ共が徘徊してる!気を付けろ!)

 

それにしてもホントにキリがない。倒せば次から次へとやって来る。これがモテ期?ねーよ。

 

「クラネル!少し時間を稼いでくれ!」

 

「分かった!」

 

フォースエッジを地面に突き刺し目を瞑る。

 

アーデからポーションを貰った際に自分の魔力を彼女の袖に付着させた。地面に突き刺したフォースエッジの剣先に魔力を集中させるとそれに呼応するかのように俺のアホ毛がピクピクと動きアーデにマークした魔力の方に傾く。原理的にソナー的な奴だと思って欲しい。

 

「クラネル!アーデはあっちだ!ここは俺が引き受ける!お前は行け!」

 

「ハチマン!で、でも!」

 

「お前が雇ったんだ!お前が行け!俺も後で行く!……大丈夫だ、死にやしねぇよ」

 

苦悶の表情を浮かべるクラネルはモンスターを無視して走り去ってく。さてと、ここは俺のステージだ。

 

「…トリガー」

 

身体中に魔力を行き届かせ全体を強化する。こっからは時間と勝負だ。

 

「こいよ、ブサイク共」

 

『ぶぉぉぉぉ!!!』

 

《振り下ろされた《ダンジョン製》》の武器を強化された拳で粉砕する。驚いてる隙にフォースエッジで首をはね飛ばしその亡骸を魔腕でシルバーバックに投げつけ動きを封じよろめいている内に顔を綺麗に4等分に切り裂く、こういう時には振りやすい日本刀がいいが、持ち手のない今はないものねだりなんてできない。

死んだシルバーバックの上に立っているとそこを中心にモンスターに囲まれる。しかし俺ばかり見てるモンスターは気付かない、俺が罠だということを…。

 

「ヴァカメ!」

 

上空に展開した数多の幻影剣、それにより寄ってきたモンスターは全部ハリネズミになり消えてく。知ってるかい?ハリネズミは英語でヘッジホッグっていうんだぜ。

 

「やべぇな、意識が…」

 

フォースエッジを杖代わりにしてなんとか立っていられる状態。もっと魔力効率を上げなきゃな。工夫と強化を両立させなくては…。

 

コートに手を入れてマジックポーションを取り出し飲み干す。え?なんで持ってるのかって?まぁ、リリルカにマークを付ける為の嘘というかなんというか…。まぁ、騙したのはお互い様だしなしって事だな。そろそろ行くか…。

 

パキパキ…

 

ちっ、またモンスターか…。しかもご丁寧に道を塞いでいやがる。俺なんか恨まれる事した?

 

しかしそんなモンスター達は()に蹴散らされた。その風の発生源はこちらに向かってくる。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

何度言われりゃいいんだ、そのセリフ。

 

「平気です、ありがとうございます。この恩はきっとどこかで返させてもらいます。それじゃ、急いでるんで…」

 

風の主アイズ・ヴァレンシュタインに背を向けて走る。アホ毛はまだ機能する。あとはその方向に向かって走るだけ。

 

 

3階層上の7階層の小さなルームでリリがベルに抱きついて泣いていた。周りには大量のキラーアントの死骸。多分モンスターに襲われてる所をクラネルに助けて貰ったのだろう。リリルカが泣いている。その姿には仮面なぞ着いていない、クラネルはそれを受け止め優しく抱きしめている。俺はそれを陰で見守っている。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

ー【街路】ー

 

あれからリリルカと別れた俺達はホームに足を向けていた。クラネルは浮かない顔をしている。

 

「そんなに気がかりなのか?」

 

「うん…」

 

「あんな事があったんだ、接しにくくなるだろうな」

 

「ハチマン、どうすればいいのかな…」

 

「どうって?」

 

「僕はリリとハチマンとダンジョンに行きたい。でも、どう声を掛けたらいいのか…」

 

「なんだ、そんな事か…簡単だ、今から教える言葉復唱すればいい。1回しか言わないからよく聞けよ…………………」

 

「そ、それで、いいの?」

 

「絶対大丈夫」

 

「ありがとう!ハチマン!」

 

そして2日後

 

「サポーターさん、サポーターさん,冒険者を探してませんか?」

 

「えっ?」

 

俯いてたリリルカにクラネルが話しかける。

 

「混乱してるのか?でも今の状況は簡単だ。サポーターさんの力を借りたいアホで三分の一人前の冒険者が、自分を売り込んでるんだ」

 

続いて俺が言う。

 

「僕達と一緒に、ダンジョンへもぐってくれないかな?」

 

リリルカに向けて右手を出すクラネル。

 

「──はいっ、リリを連れていってください!」

 

その手を取るリリルカ。

 

死に憧れていたリリルカ・アーデ、その人生はリセットできなくとも人間関係はリセットできた。しかもより良い方向に。

 

なんだろう、この感情。今まで味わったことの無い感じだ。

 

(あぁ、そういう事か…)

 

俺の最も嫌いな感情を抱いてしまった。そんな自分がリセットしたい。

 




如何でしたか、ハチマンの抱いた感情とは?一体なんでしょう。

あっ、投票してくれた方、ありがとうございます。皆さんアンチ好きなんですね。

アンチの展開に関しては結構後になるので首を長くしてお待ちください。


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♯13 女神の思い男知らず

カフェの名前どうしよう、何も考えてなかった。
コメントで何か良い名前書いてくれませんか?

ダンまち3期、ウルトラマンZ、終わっちゃった…。


 

ー【カフェ】ー

 

「じゃあ、【ソーマ・ファミリア】の方はもういいの?」

 

「はい。リリはじきに亡くなったことにされるでしょうから」

 

僕達とリリが改めてパーティーを結成して1日。リリの状況確認の為僕は彼女から説明を受けた。因みにここのカフェはハチマンの紹介だ。

 

「その、死人だなんて、リリはいいの?」

 

「お心づかいありがとうございます。ですが割り切った方がいいかと。ベル様やハチマン様がリリをご存知であるなら、リリはそれだけで満足です」

 

本心から言ってるリリに、僕はこれ以上触れるのは止めた。彼女の心の傷を広げるような真似はしない為だ。

 

後は彼女の十八番の魔法【シンダー・エラ】という変身魔法に頼るしかない。この能力を知らない限り、他者が『リリルカ・アーデ』に辿り着く可能性は限りなく低いだろう。

 

「おーい、ベル君!」

 

「あっ、神様!」

 

リリとそう変わらない小さな体が僕とリリの前に到着する。

 

「お待たせ。すまない、待ったかい?」

 

「そんなことないです。すいません、バイトに都合をつけてもらって…」

 

「ボクの方は平気さ。それより…彼女がそうかい?」

 

「リ、リリルカ・アーデです。は、初めましてっ」

 

向けられる視線にリリは慌てて椅子を降りて一礼する。そこで神様の椅子が無い事に気づく。

 

「いけない。神様の椅子を用意してもらってないや…」

 

「…!なぁにっ、気にすることはないさ!この客の数だ、代わりの椅子もないのだろう!よしっ、ベル君すわるんだっ、ボクは君の膝の上に座らせてもらうよ!」

 

「あはは、神様もそんな冗談を言うんですね。ちょっと待っていてください、店の人に頼んできますから」

 

そう言いお店の人に声を掛ける為にカウンターに近づくと何者かに肩を掴まれて椅子に座らされる。何事かと思いその人の方を見ると既にカウンターに幾つものピザがのってるお皿とその量に劣らない程のサンデーグラスを前にし店員のおばあさんが運んできたコーヒーカップを片手に持つハチマンがいた。

 

「クラネル、話がある」

 

「ハチマン…ビックリして声すら出なかったよ」

 

「あー、悪かった。それでさ、お前はリリルカをどう思う?」

 

「どうって、大切なパーティーメンバーだよ?」

 

「それは知ってる。あー、なんというか、その…」

 

ハチマンにしては歯切れが悪いいつもならズバッと言うはずなのに…。

 

「リリルカの今までの裏切りをを断罪するつもりはないのか?」

 

ビクッとする。そう、リリに盗られた今までのお金は他の冒険者に盗られて1文も戻ってきやしない。質問の意味を問いたくてハチマンを見ると真剣な眼差しでこちらを見てくる。でも僕に出てくる答えは一つ。

 

「ないよ」

 

じっと彼の目を見る。街の人が怖がる目。でも僕は知ってる。彼が優しい事を…。きっと試されてるんだ。

 

「そうか、ならいいんだ」

 

コーヒーカップに口をつけ中身を飲み干す。とても甘い匂いがする。そっか、ハチマンは甘い物が大好きなんだ。

 

「あっちの話も終わりそうだし、戻ったらどうだ?椅子はそれでも持っていきな」

 

「うん…ハチマンはどうするの?」

 

「俺は…鍛錬」

 

じゃあな、と言いお代を払ったハチマンはどこかへ行ってしまった。歌を小声で歌いながら…。

 

「男なら〜 誰かのために強くなれ〜 歯を食いしばって〜 思いっきり守り抜け〜」

 

掃除してる時とかも偶に口ずさんでいるけどハチマンの歌は凄く元気が出るなぁ。

 

そう思いつつ神様とリリの所に椅子を持っていく。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ごめんなさいっ」

 

「え?」

 

今僕は【ソーマ・ファミリア】の件をエイナさんに報告しようとギルドに足を運んだところ、たまたま居合わせたアイズさんに謝罪を受けていた。

 

「私が倒し損ねたミノタウロスのせいで、君達に迷惑をかけて、いっぱい傷付けたから…ずっと謝りたかった。ごめんなさい」

 

「ち、違います!悪いのは迂闊に下層へもぐった僕でっ、ヴァレンシュタインさんは、貴方は全然悪くなくて!?むしろ助けてもらった命の恩人で!というか謝らないといけないのはお礼を言わずに散々逃げ回ってた僕の方でっ…ご、ごめんなさいっっ!」

 

ご覧の通りしどろもどろでたじたじの謝罪を述べた後色々と話しているうちに()()() () ()()() () () ()()()()()()()()()()()()が!特訓をつけてくれることになりました!

 

特訓は明日からだから凄く楽しみで眠れず夜更かししてしまい朝にハチマンに叩き起されたのは秘密だ。

 

ー【市壁の上】ー

 

そんな事もあったなと地面に転がりながら考える。アイズさんと特訓してもう5日か6日は経っている。

 

「今日はお昼寝の特訓をしようか」

 

「は?」

 

横転しては立ち横転の繰り返しの特訓は日に日に厳しさが増していく中、アイズさんからそんな提案をされた。

 

「あの…もしかして、眠いんですか?」

 

「……」

 

「訓練だよ」

 

「は、はいっ」

 

こてん、と市壁上の道に寝そべり目を閉じるアイズさん。それを眺めていると

 

「寝ないの?」

 

「あ、は、はい…」

 

彼女なりの誠意なのだろう、と自分に言い聞かせその隣に

 

「し、失礼します…」

 

おずおずと、隣に寝そべろうとすると…。

 

ヒュルルルルルル…

 

ん?なんの音だ?

 

ズドーン!!!

 

僕達から10〜15mは離れた所に砂塵と衝撃が走る。流石に起きたアイズさんとそこに目を向ける。段々その正体が鮮明に見えてくる。

 

ギギギギ…

 

そんな重苦しい金属音と共に姿を現したのは重そうな鎧を全身に纏ったハチマンだった。

 

「どーした!!もう終わりか〜?」

 

ハチマンを端目に他の声がした方、壁の外側を見るとアラル神父がいた。

 

「う、るせぇっ!まだだっ…まだ終わってない!トリガー!!」

 

身体を紫色に包ませ強化したたハチマンはアラル神父の所に突っ込んでいき組手をしている。しかしアラル神父の実力は見ただけでももの凄くて、ハチマンも手も足も出てない。腹を蹴られ崩れたら頭を掴まれてそこらに投げられる。それでも重い体に鞭を打ち立ち上がり再びアラル神父に立ち向かうハチマン。しかし結果は虚しく今度は顔から地面に激突した。それでもと立ち上がったハチマンは諦めずアラル神父に挑み渾身のパンチをなんとか入れることができた。よろめいた隙を見逃さなかったハチマンは魔腕でアラル神父の動きを封じ技の準備に入る。

 

両手を胸の前でエネルギーを貯めて1度引き離してから右腕を縦に、そして左手首を右手首に垂直になるように組むとそこから光の束が出る。それはアラル神父に直撃し爆発が起きた。

 

ドサッ…

 

あれだけ魔力を使ったのもありハチマンも倒れてしまった。そんなハチマンは少し焦げたアラル神父に担がれている。

 

「よぉ、あん時のボウズだな」

 

「!!」

 

いつの間にか隣にいる?何で?移動?それにしては移動が速すぎる…。

 

「あの、ハチマンとは…」

 

「聞いてないのか?コイツを鍛えてやってんだよ」

 

「今のも?」

 

「あぁ、『ギアを付けて本気でやってみろ』って内容だ」

 

「ギアっていうのは…」

 

「あの鎧さね、正式名称『テクターギアβ』。関節部には通常の500倍固い形状記憶合金。所々についてるチューブは動きを大幅に軽減させる為の油圧機。()()()人間なら着けると忽ち腕が変な方向に曲がるだろうナ」

 

寝かしたハチマンのテクターギアを外しながら愉快そうにアラル神父は語る。

 

「ハチマンはずっとそれを着けてたんですか?」

 

「いやまさか、最初は体つくりの為に取り敢えず筋トレとか柔軟だったな。ある程度仕上がったら〜って感じだぞっと。お、そこにいるのは【ロキ・ファミリア】の【剣姫】じゃないか、遠征以来だな」

 

黙って様子を見ていたアイズさんに気付いたアラル神父が軽く挨拶をする。

 

「お知り合いなんですか?」

 

「うん、私達が遠征する時に着いてくるの。勝手に…」

 

「どうしてまた…」

 

「待ってんだよ。冒険者が死ぬのを」

 

嬉しそうにアラル神父が答える。

冒険者が死ぬのを待つの…?

 

「あの、助けたりしないんですか?」

 

「基本手出しはしないな、生きてんならそれでいいし死んだなら回収して埋める。なんで助けなきゃいけないんだっていう話なんだよ。そこで倒れるのは足りなかったからじゃないのか?力も速さも仲間も純粋さも…そして何より俺を突き動かす程の理想も」

 

寝てるハチマンにマジックポーションをかけるアラル神父は淡々と告げる。

 

「その点【ロキ・ファミリア】は見ていて本当につまらない。誰も冒険をしちゃいねー。安全に徹しすぎてる。モンスターと戦ってるから危険?そんなの誰だって同じ、ダンジョンに潜ってんならそんなリスクは必要条件だ、十分条件じゃない。その上自分達が上級冒険者なんてとんでもねー勘違いしてやがる。いいか、貴様らなどただの迷惑な自治厨だ」

 

ビシッとアイズさんを指さすアラル神父。それにコテンと頭をかしげるアイズさん。僕は冒険者なのに冒険をしていない、そんな言葉が頭の中をこだましてる。

 

「ってのは俺個人の意見だ。コイツとはちょっと話があるから借りてくぞ」

 

「あ、あの…」

 

「大丈夫だ、今度は拉致とかじゃねーから。ちゃんと返すぜ」

 

言ってる事は納得はできず理解はできるが悪い人ではなさそうだ。ハチマンを担いでアラル神父は去ってく。

 

「アイズさん、続きをしませんか?」

 

「うん」

 

僕も追いつかなきゃ

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ー【アラル教会】ー

 

「で、ギアはどうだった?」

 

「着けてる時は死体の気分だが、外すとどうも調子が良くなった気がする」

 

ボロい教会でアラストルと俺は談笑していた。

ふと目をやると端の方に少しボロいピアノを見つける。

 

「なぁ、それって…」

 

「あぁ、それか…親友が拾ってきた奴を取っておいてんだよ。いつか弾きにくると思ってな」

 

「ほーん、少し弾いてみてもいいか?」

 

「お好きに」

 

ピアノ前の椅子に座り鍵盤を見ると気付いた。確かにこのピアノはボロいが埃こそ被っておらず丁寧に掃除されている。

 

「とはいってもかえるの歌位しか弾けないんだよなぁ」

 

「それでいいんじゃねーの?」

 

アラストルの要望?もあり、おぼつかない手取りでかえるの歌を弾いてく。その音色にアラストルはうっとりし、どこか寂しげな表情を浮かべている。

 

「お前も…弾けるようになったんだな…」

 

何か独り言を言ってるが今は演奏に集中しよう。どうしてだろうか、ピアノを弾いてるとたどたどしかった手はヌルヌルと動くようになり段々アレンジが加えられるようになってきた。

 

(不思議だ)

 

アラストルは元々悪魔と呼ばれる種族らしく今や地上にいるのは自分以外に片手でも数えれる位らしい。…ってかいんのかよ。その誰もが人に紛し各々の生活を営んでると聞く。元々その気性は荒々しく、そしてそれに見合った実力を秘めてると聞く。神が地上に降りるよりずっと前には地上を悪魔が支配してたと聞くが一人の悪魔が叛逆を起こし魔界に悪魔達を封印したらしい。その際に神が地上に降りるのを見越して人間が調子に乗りすぎないようにと“抑止”として数体の悪魔を地上に出し姿を消したらしい。

 

(すげぇな…)

 

そこでふと疑問が出てくる。

 

「その封印した悪魔はどうして裏切ったんだ?」

 

「それは…アイツのみぞ知る事だ」

 

意外にもフラットな関係だったりするのだろうか…それとも知っていて隠しているのか…。悩ましい…。

 

「とまぁ、2日後だ」

 

「? それがどうした?」

 

「2日後ダンジョンに行け」

 

「ほぼ毎日行ってるが…」

 

兎に角言ったからな、と言われ帰された。

解せぬ。

 

ー【豊饒の女主人】ー

 

「トマトソースパスタとオムライス」

 

「はいよ!」

 

暫くするとドン!と目の前に出されたパスタとオムライスに手をつける。やっぱり美味い…ここのパスタとオムライスは最高だな。

 

「ヒキガヤさん」

 

今となっては聞き慣れた声が俺を呼ぶ。

 

「リオンさん」

 

「リューと呼んでください。親しい人は皆呼んでくれてます」

 

「じゃあリオンさフグゥ!」

 

リオンさんに口を軽く掴まれる。その顔はふざけてるのか?って顔だ。

 

「今一度言います。親しい人は皆リューと呼んでくれます」

 

「り、り、り、」

 

名前を呼ばれたいのかチラチラと顔を見てくるリオンさん。ちょっと、可愛くて告白してフラれそうなんですけど!フラれちゃうのかよ…。

 

「リューサン」

 

「棒読みなんですが、妥協しましょう。今度はちゃんと呼んでくださいね」

 

「はぁ、期待しないでくださいね」

 

これは予防線だ。気軽に女性に接するといつの日のようにトラウマを刻まれるのかもしれない。比較的仲が良かったであろうあの2人も…

 

『ヒッキー…来ないね』

 

『あんな男、二度と来ないで欲しいわ』

 

『うん、そうだよね』

 

気分が悪くなってきた。俺は目の前の料理を胃に詰め込みお代をカウンターに置き足早に店を出た。あーあ、今度から別の店探さないとな。

リオンさんに落ち度はない。そう、全面的に俺が悪いんだ。勝手に女性に期待して勝手に裏切られたと勘違いし、勝手に絶望した俺の…。

 

ー本当にこれで、いいのか?

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「はっ!」

 

久々にこの夢?か…。相変わらずウユニ塩湖の空を紫や青、そして赤に染まりポツンと俺とバカでかい門がある。中身は分からないがとんでもないのを封じ込めてる雰囲気がある。

 

「俺は強くなってるのだろうか…」

 

きっと身体的には強くなってるのだろう。でも、それだけじゃないはず…納得がいかないんだ。もっと別の何かが強くならなきゃ…。

 

門は押しても開く気配がしない。ならば諦めるだけだ。『押してダメなら諦めろ、千里の道も諦めろ』は俺の座右の銘だからな。

 

門に背を向けて歩く。しかしどこか煮えきらずアラストルに喰らわせたビーム技のエボルレイ・シュトロームを発射する。

 

【効果はいまひとつのようだ】

 

【八幡は諦めた】

 

【目の前が真っ暗になった】

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ハァッ、ハァッ、ハァッ、聞いてない!聞いてない!聞いてない!!あんなモンスターがいるなんて!

 

『グルルルルルル…』

 

白く輝く黒い拳に黒い胴体に見合わない二対の翼。曲がった角にギラギラと憎悪に染まる2つの目。仲間達は皆その拳の餌食になった。

 

始まりはダンジョンのとあるルームに入った時だ。筒状のルームで壁が赤かった。匂いも酷い。地面には沢山の武器やアマゾネスの物と見られる装飾品。気味が悪いから立ち去ろうとするとコイツが出てきた。仲間を一撃殴るだけで壁にぶち当たり血肉の塊と化す。そこで理解した。この壁は人間の名残だ。逃げようとするが出口がない。さっきまであったハズなのに…。目の前で仲間達が殴殺されてく。最後の1人になった時には出口が現れ俺は壁に付いた血肉を舐めてる化物から逃げる。しかし罠だった。恐怖を刻まれた俺を逃がして出口を探すのが奴の狙い。1回層上に上がった途端に足の感覚が無くなる。

 

「あ゛っ…」

 

白い光弾が頭上を舞う、きっとそれに足をやられたんだ。

 

「い゛や゛だ、じに゛だぐな゛い゛」

 

涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにする。きっと行いが悪かったからこうなったんだ。アーデから金をむしり取った。他の奴らからもだ。あぁ、神様…何でもするからどうか助けて下さい…。

 

「Crash and bash!」

 

野太い声が後ろから聞こえる。え?クラッシュバンディk

 

グチャ…

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

『フーー、フーー、ヴォオオオオオオオ!!!』

 

高らかに雄叫びを挙げる。

 

気分が良い。両目とも見える。匂いも濃くなってきた。

 

でも油断しない。他の人間にバレたらめんどくさい事になる。それだけは回避しなくては…。きっと奴はここを頻繁に通るだろう。匂いが一番濃くなった時…それが奴の終わりの時だ!

 

今は隠れよう…。

 

ひっそりと、岩のようにベオウルフは眠りにつく。

 

かつての憧れ、今は怨敵と化したスパーダを葬る為に…。

 




如何でしたか?
なんとベオウルフ登場です!
きっと辛い戦いになりますね!

感想があればコメントください。
良かったら高評価をお願いします。


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♯14 One of third+α

メリークリスマスです!

テンポ早めにしてるのでご了承ください。


 

 

ー【ホーム】ー

 

バキリ、と音が立ちカップの取っ手が割れた。

 

「……」

 

本体は全壊こそしなかったが白い破片がバラバラになって散っていた。

 

「ベル君、ハチマン君、【ステイタス】を更新しておかないかい?」

 

謎の胸騒ぎは収まることを知らず何かの作業をするハチマン君と冒険に行きたそうにしてるベル君を見て酷く心配になる。

 

「あー、俺はクラネルの後で…」

 

「どうかしたのかい?」

 

「いやまぁ、靴紐が切れちゃって、交換してるとこなんで」

 

「分かったよ。それじゃあベル君、脱いで横になりたまえ」

 

ハチマン君も何やら不吉な事が起きてるらしい。これはやって損はないだろう。

 

【ステイタス】の更新をしてると扉をカリカリとする音がする。

 

「俺が行きます」

 

ハチマン君が出て行く。暫くすると戻ってきた。

 

「なんだったんだい?」

 

「黒猫が扉を引っ掻いてまして…」

 

不吉だ。不吉すぎる。

 

「よし、ベル君は終わり、ハチマン君も脱ぎたまえ」

 

うす、と返事し上半身を裸にする。その胸には綺麗なネックレスがあった。銀盤に紅い宝玉が両面に固定されており彼によく似合ってる。

 

「!!」

 

ハチマン君はベル君よりも先に特訓してたと聞くがまさかここまで差が開くなんて…。ベル君はヴァレン何某くんにしごかれてたがハチマン君の相手は分からない。でも相当過酷だったのだろう。結果は数字に出るとはバイトのおばちゃんもよく言ったものだ。

 

「ん?やべっ、もう時間だ。すみません神様、結果は帰ってから聞きます。行くぞ!クラネル」

 

「うん!」

 

「あ、ちょっ待てよ!」

 

一瞬口調が変わってしまったが彼らはそそくさと着替え出ていってしまった。

 

ハチマン・ヒキガヤ

 

Lv1

 

力:SS1090 耐久:S 980 器用:SS 1019 敏捷:SS 1000 魔力:SS 1027

 

「何だよ、SSって…」

 

しかもちゃっかりベル君を抜かしてる。こりゃうかうかしてられないよ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ちり、と首筋が疼いた。この感じはあの雪ノ下陽乃に囁かれた感触と似ている。今までは気にもならなかった。『なんだ、視線か』程度だったのに今では腸が煮えくり返るような気分だ。俺はオラリオに来て短気になったのかもしれない。

 

「…」

 

これはクラネルにも同じ事が起こったのか2人して顔を合わせる。あの時と同じだ。【豊饒の女主人】に初めて行った日と同じ感じ。怪物祭の時と同じ。そう、きっとこの後想像もつかない様な事が起きるのだろう。なんなら今日がアラストルの言ってた2日後だ。

 

「リリルカ、クラネル、お前達は一旦地上に戻ってくれないか?」

 

「え?どうして?」「どうしてでしょうか?」

 

「いやまぁ、ほら、さっきお昼食べただろ?この先嫌な感じがするからフローヴァさんにリリルカと弁当を返しに行って欲しいなって」

 

「別にいいけど…ハチマンは行かないの?」

 

「そうですよ、お独りで残る意味があまり感じられませんが…」

 

「ほら、別に3人で行く意味なんて無いし、それにリリルカはクラネルが戻って来る時に女性を誑かさないように見てて欲しいんだ。ドロップアイテムとか売って荷物を減らしたいしな」

 

「ええっ!?」「分かりました。そこまで言うのなら…」

 

困惑するクラネルとクラネルにジト目を向けるリリルカは地上に戻って行く。

…これで、よかったんだ。

 

リリルカ、お前のモンスターとか、ダンジョンの知識はとても役に立った。こんな頼りない俺達を信用して着いてきてくれて、とても嬉しかった。ありがとう。

 

ベル、ベル・クラネル。俺の名前をマトモに呼んでくれた仲間。最初は甘い奴だなって思ってたがその芯の強さは誰よりも俺が知ってる。いや、神様の方が知ってるのかもな…。お前は十分ではないが強くなった。それにリリルカもいる。きっと俺が居なくてもお前はやっていける。…そう俺が信じてる。

 

クラネル、お前はもう1人で走れる

 

目の前の通路に目を向ける。禍々しい雰囲気だ。この感じ、オラリオに来るちょっと前のトラックに轢かれる時の感覚かな。『死』が手招きしている。怖い…怖い…本当なら今すぐ俺も上に行って「連れてってくれ」なんて言ったらアイツらは笑顔で受け入れてくれるだろう。ダメだ、そんなの、ダメなんだ…。またダンジョンに行ったら俺達共々殺される。これだけは回避しなくては…。

 

理想通りにいけば、さっさとこの先の『死』を排除してここに戻ってアイツらをここ、9階層への入口で迎えること。

 

「行くか…」

 

遺書もない、祈りも済ませてない、願いも叶えてないし愛も誇りも探究心だって満たされてない。それでも行かなきゃいけない。頭の中でクドクド言ったって誰も見てやしないんだ。

 

歩いていてもあれだから暫く走っていると広いルームに入る。パッと見体育館位のルーム。しかしその光景は凄惨だった。

 

「なんだこれは…」

 

死体まみれだった。中央付近に2体のモンスターがいる。赤い牛、始まりの日に散々な目に合わされた思い出がある、『ミノタウロス』。もう一体は1本角に黒い体に光る拳をして今にも拳を振りかざしてる化物。

 

「ひ、ひぃぃ!!」「助けてぇぇぇ!!」

 

泣き叫ぶ2人の冒険者がいる。どっからどうみてもピンチだ。不味い、助けなくては…。

 

間に合え、間に合え!!

 

ガキン!!

 

フォースエッジでなんとかその拳を受け止めて、その衝撃で吹き飛ばされるがなんとか体制を直す。

 

「ヴォオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

「グルルルルルル…」

 

2体のモンスターは俺を見つけるなり敵意をむき出しにしてくる。よし、何とか注意は引けた。

 

「そこの2人!逃げろ! 」

 

コートに入れてたポーションのありったけを魔腕に持たせ怪我をしてる冒険者にかける。これでなんとかうごけるようにはなるだろう。

 

「あ、ありがとう!」「助けを呼んでくる!それまで、持ちこたえてくれ!」

 

(はっ、期待しちゃいねーよ)

 

2体のモンスターに交互に目を向け確認する。

 

(あぁ、死にたくないなぁ…)

 

やっぱり、俺は臆病だ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ー【7階層】ー

 

リリと僕はいつもより少ないモンスター達に警戒しながら進んでいた。

 

「ねぇ、リリ…」

 

「? どうかしましたか?ベル様」

 

「ハチマンの様子、おかしくなかった?」

 

「言われてみれば少し変というか…。どこか優しい目をしていました」

 

そう、ハチマンは笑顔だった。まるで、何かを諦めたかのような…そんな笑顔。

 

「うん…。やっぱり僕、戻るよ」

 

「よろしいのですか?」

 

「おかしいよ、ハチマンがあんな事を言い出したのは僕とハチマンが“嫌な予感”をした後すぐだった。よく考えてみれば僕達をそれから逃がすため…なのかな…」

 

「考えすぎなのでは?」

 

「そうだといいんだけど…」

 

踵を返してハチマンの元に向かう。大丈夫だといいんだけど…。

 

ー【9階層】ー

 

「うおおおおおおおおッ!!」

 

「ガアアアアアァァァァ!!」

 

「ブルルルルァ!!」

 

な、なんだよ、これ…。

 

そこには2体のモンスターを相手に剣を振るうハチマンの姿があった。トラウマの象徴たる【ミノタウロス】と見た事も聞いたことも無いモンスターがハチマンに寄って集って襲いかかっていた。

 

「どうしてだよッ!ハチマンッッ!!」

 

どうしていつも、ハチマンは遠くに行っちゃうんだよ…!

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…2人かな」

 

遠征に出ている【ロキ・ファミリア】の幹部達のそれぞれが音に反応する。

 

丁度面々が通過しようとしてる十字路、その右手の方角から激しい足音が聞こえる。

 

「なーんか、やけに慌ててるね。声かけてみる?」

 

「止めなさい、ダンジョン内では他所のパーティに基本不干渉よ」

 

「ねえっ、どうしたのー!」

 

「…馬鹿たれ」

 

声を大にして呼びかけたティオネに姉のティオナはがっくりする。

 

「って…げぇっ!?あ、【大切断(アマゾン)】!?」

 

「ていうか、【ロキ・ファミリア】!?え、遠征!?」

 

「よし、黙ろうぜ?んで、こっちの質問に答えろ。お前達は何してんだ?キラーアントの群れにでも襲われて、仲間でも見捨ててきちまったか?」

 

「そんなわけあるかっ!あんなのに比べたらキラーアントの方が万倍マシだ」

 

「ミノタウロスと、新種が出たんだ」

 

「「「「!!」」」」

 

フィン、ベート、ティオネ、ティオナ、アイズ、リヴェリアが驚愕する。

 

話を聞くとルームで殺されそうな時に紫のコートを着た少年に助けられたらしい。新種は拳を、ミノタウロスは天然ではなく()()の大剣を装備していたこと。

 

「そのミノタウロスと新種はどこで見たの?」

 

「きゅ、9階層、動いてなければ…」

 

「…フィン」

 

「ああ、分かってる、隊はこのまま前身!指揮はラウル、君がとるんだ!」

 

「は、はい!?」

 

「…まさか、行くのか?」

 

「親指が疼いてるんだ。見にいっておきたい。それともリヴェリアは残るのかい?」

 

「…フィンの勘が働いてるなら確かだな。どれ、私も行かせてもらおう」

 

思い思いに第1級冒険者達は、9階層へと先行するのであった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「なぜ来たんだぁッ!!」

 

俺の怒声がルームを包む、その相手は勿論クラネルとリリルカだ。入口に立ち尽くす2人の顔は名状しがたかった。

 

「だって…だって…」

 

「フーー、フーー…」

 

不味いッ!ミノタウロスの目的が俺からクラネルに変わった!

 

「ハチマン1人じゃ無理だろ!?」

 

「なん、だとっ…」

 

化物の拳を受け止めて吹き飛びながらクラネルの煽りを受ける。俺の体はクラネル達の近くまで転がった。

 

「がはぁっ!」

 

「ハチマン、お願いだよ。ハチマンの目には僕達は足でまといに見えるの?」

 

歩み寄ってくるモンスターの動きを止めるため魔力で結界を作り時間を稼ぐ。この時間でクラネル達を帰さなくては…。

 

霞む視界の中でクラネルは涙声になりながら聞いてくる。

 

「そんなにも僕達は弱いの?」

 

「っ…そうだ!クラネル、お前は泣き虫で!臆病で!頼りない!挙句の果てには美神と美人の知り合いがいて!そんなお前が死んでみろ!悲しまれるだろ?俺は違う…何も無い。心から愛してくれる神もいなけりゃ毎回弁当を作ってくれるような人もいない。タダのパフェとオリーブ抜きピザと激甘コーヒーが好きな変な奴だ。ほらな、死んでも損は無い」

 

「っ……」

 

「行けよ…リリルカ!クラネルを引きずってでも逃げろ!」

 

「いや…です…」

 

「行けよ!!」

 

化物の拳が結界にぶつかる。それだけでミシッとひびが入る。釣られてミノタウロスも剣撃を繰り出される。この結界も長くはもたない。

 

「ハチマン、僕は悲しいよ」

 

「ハチマンが死んじゃったら悲しいよ…だってハチマンは僕の初めての仲間だもん…。だからそんな悲しいことを言わないでよ。そしてお願い、僕と一緒に冒険をしない?」

 

ボロボロの俺に手を差し伸べてくるクラネル。暗いダンジョンがやけに明るく感じる。今俺はどんな表情をしてるのだろう。それが気になって仕方ない。やっぱりっていうか、敵わないなぁ。

 

「分かった。クラネル、冒険をしよう。他の誰もが出来ないような冒険を、そしていつか辿りつこう…」

 

差し伸べられた手を握り返す。いつの日か握れなかった手をこんな場所で握れるなんてな。

 

「「誰もが到達してない境地へ」」

 

「僕は英雄になりたい、ハチマンは?」

 

「俺は…愛と誇りと力への探究心を満たす」

 

「欲張りだね」

 

「うっせ、良いだろ?別に」

 

バキィ!

 

「リリ!取り敢えず隠れて!!」

 

「は、はい!」

 

結界を解除した瞬間二手に分かれる。さっきまでいた場所に化物の攻撃が当たり間一髪で回避できた。

 

「クラ…ベル!お前は因縁のミノタウロスを!俺はこっちを殺る!」

 

「! 分かった!ハチマン、気を付けて!」

 

「当たり前だっ」

 

さてと、これで2対1から1体1ⅹ2になった。勝機はまだ見えない。でも、掴んでみせる。

 

「グルルルォォォォ!!」

 

吠える化物がこちらを見据えてる。

 

「来いよ!ぺちゃんこ鼻!そのブサイクな顔、ベコベコにしてやる!」

 

煽りに引っかかったのか繰り出される右ストレートをフォースエッジで横にずらす。その威力で右手が痺れるが向かってくる左フックをしゃがんで回避。右手の握り拳を振り落としてくるが地面をローリングしてなんとか回避する。そのままフォースエッジを胸に突き立てる。

 

「グオオオオォォォ…」

 

突き立てたフォースエッジを握ってる右手を掴まれる。そのまま奴の拳を受けそうになるが体を捻る事ですんでのところで躱すことが出来た。ガラ空きになった化物の顔に幻影剣を幾つか投射すると怯んだ化物は手を離してくれる。その隙に魔腕で奴の腹を数回本気で殴る。

 

「ガアアアアアァァァァ!!」

 

よろめかせることができたがダメージはあまり見受けられない。距離をとって様子を見る。化物は恨めしそうにこちらを見てくる。背後に目をやるとベルがミノタウロスと死戦を繰り広げている。あっちはあっちで大変そうだ。

 

「グウウウゥゥゥ…」

 

背中に白い翼を出現させた化物はそこから白い光弾を出してくる。それを幻影剣でなんとか相殺する。その後両手を地面に着けた化物はこちらに突進してくる。

 

(とんでもない速さ…!)

 

あっという間に距離を詰められる。

 

(ダメだ!回避できない)

 

魔腕を出し奴の頭を抱え受け止めようとするが体が浮き壁に激突する。

 

ザシュッ…

 

化物の曲がった角は俺の心臓に突き刺さった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ミノタウロスの一撃は重く痛く、そして辛い。

でも、何よりも。

恐い。もう、立ち上がれないくらいに。

 

地響きが徐々に近付いてくるのがはっきりとわかり、身の毛が逆立つ。

ゆっくりとミノタウロスはこちらに迫っていた。ハチマンも突進をされてダウンしているのが暗くてよく見えなくても分かる。

 

ーもぅ、無理。

 

「……?」

 

地響きが止まった。恐る恐る顔を上げると…

 

「────」

 

あの人が、いた。

 

「……」

 

澄んだ黄金の長髪。蒼色の鎧。銀のサーベル。

いつぞやの光景と同じように、こちらに背を向けて立っていた。

 

「…大丈夫?」

 

「…頑張ったね」

 

「今、助けるから」

 

ーたす、け?

 

視界の中の光景に色が戻った。灼熱の色が、灯った。

 

助ける?

助けられる?

また?

この人に?

同じように?

繰り返すように?

誰が?

ー僕達が?

 

「ッッッ!!」

 

僕の足は地面を蹴り飛ばした、立ち上がり再起する為に。

 

「…ないんだっ」

 

「アイズ・ヴァレンシュタインに、もう助けられるわけにはいかいんだっ!」

 

腹の底から叫んでナイフを構える。

 

「ハチマンッ!いつまで寝てるんだよ!!ついさっき一緒に冒険するって言ったじゃないかッ!!!」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

まただ、またウユニ塩湖みたいな光景の中にいる。

 

体に力が入らない。

死んだのか?

頭の中についさっきの光景(情景)が映る。

 

(辿りつこう)

 

((誰もが到達してない境地へ))

 

そうだ、あんな事を言ったんだ。言えたんだ。

 

ーそれで満足か?

なわけ…

ーではどうする?

諦めない

力を振り絞り立ち上がる。門の前に立ち手を付け力一杯押す。それでも扉はビクともしない。

『押してダメなら諦めろ?千里の道も諦めろ?』バカ言うんじゃねぇ!まだやりようはいくらでもあるだろ!引いてもない、持ち上げてもない、引戸かもしれない、持ち上げられるかもしれない、まだ何も試してないじゃねぇか!1パターンダメだっただけで何諦めてんだよ!

 

「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

力だ!境地へ辿り着く為の力を!もう二度と!無力だなんて言わせないように!

 

ゴゴゴゴ…

 

門が少しだけ、腕1本分は開いた。そこに手を突っ込む。

 

カチャ…

 

何かに触れた感触がする。それを掴み思いっきりこちら側に引き込む。

 

「はあああああああああああああ!!!!」

 

それは日本刀だった。見た目は黒い鞘に金色の鍔、黄色の下緒、群青の帯、そして白色の柄だ。鞘から刀を抜いて見てみるとそれは綺麗な刀身をしていた。

 

「これなら…」

 

刀をより強く握り自分の中に確かにある意志を確認する。

 

『ハチマンッ!いつまで寝てるんだよ!!ついさっき一緒に冒険するって言ったじゃないかッ!!!』

 

声が響く、ベルの声だ。全く、ゆっくり寝させてもくれねぇのか…。

 

「今行く」

 

視界が真っ白に包まれる。そして待ってろよ、ベオウルフ。泣きっ面に蹴り入れてやる。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

化物即ちベオウルフは困惑してフリーズしていた。おかしい、こんなにも手応えがないなんて…。何の為に這い上がってきたと思っているんだ!…と。

 

虚無が彼を支配する。視界の端でチラチラとしてる有象無象共がウザったらしく感じる。

 

殺してやる…ひき肉にして骨の髄までしゃぶり尽くしてやる。ここの人間はどれも美味いからな。そう思い狙いをあの銀髪のガキにしようとすると

 

ピュー!

 

口笛がルーム内に響く。何事かと振り返ろうとするとベオウルフの顔にドロップキックが綺麗に決まる。その犯人は言わずも知れた男、ハチマンである。

 

ズズーン…

 

5m近く飛んだベオウルフ。なびく紫のコートとその髪の毛の8割近くが銀色に染まり肌も少し血の気がなくなったハチマン。

 

「さてと、第2ラウンドと洒落こもうぜ?」

 

さっきみたいな切迫したような雰囲気はなく余裕そうな顔をしてる。

 

「ハチマン!…髪の毛が」

 

「あ?これか?別に歳食った訳じゃないから気にすんな」

 

ベルの顔が喜びの感情に染る。

 

2人して背中合わせの形になる。

 

「ベル、この勝負、勝ちを獲るぞ」

 

「うん!負けられない!」

 

ハチマンの前にベオウルフ、ベルの前にミノタウロス。どちらも笑ってるような顔をしてる。

 

「「勝負だッ…!」」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ま、ダンジョンで獲物を横取りするのはルール違反だわな。ふられたな、アイズ」

 

少年達の熾烈な戦いを前にベートは呑気に笑う。ルールにはベートとティオナに続いてティオネが到着し、遅れてリヴェリアとフィンが到着した。

 

「あの白髪頭…もしかして、あの時のトマト野郎か?くっ、はっはははっ!お!それにスパゲティ野郎もいるじゃねぇか!よく見ればあいつも白髪になってるじゃねぇか!流行りか!?」

 

「白じゃない、銀色」

 

興奮しているベートに珍しくアイズが突っ込む。

 

「んなの別に変わんねーだろ」

 

「だったら…犬も狼も変わんねぇよなぁ?」

 

【ロキ・ファミリア】一同が振り返ると影の中から1人の男が出てくる。

 

「お前は…!」

 

「アラル神父…」

 

老化による白髪をオールバックにし、ダンジョンにも関わらず神父服を着ている初老の男、アラストル改めアラルがそこにいた。

 

「おっ、あいつ染まってきたか!」

 

目の前でベオウルフと戦いを繰り広げてるハチマンに目を向ける。

 

「グオオオオォォォ!!!」

 

迫るベオウルフの拳を右手と右魔腕で受け止め、そのまま離さず左の拳をベオウルフの顔にぶち当てる。ベオウルフの体は宙を浮き壁まで吹き飛んでいった。

 

「ねぇ、リヴェリア。あの紫の子って…」

 

「私の記憶が正しければ木箱に隠れていた少年の筈だ」

 

「Lv1のはずでしょ?」

 

「動きと力がLv1とは段違いすぎる…」

 

「ナイフ使ってる子も同じようだ…」

 

そう、さっきまでワンサイドゲームだったはずの戦いは渡り合えるようになっていた。

 

ベルの冒険はミノタウロスとのギリギリの戦い、アイズ・ヴァレンシュタインとの訓練で学んだ“駆け引き”が最大限、いや、その限界すら超えて活かされていた。

 

あの子(ベル)、駆け引きが上手いね」

 

感嘆の声を漏らすティオネ、その感想は自分の戦いとは全く違う故に出てきた本心だった。

 

対してハチマンの冒険はベオウルフを蹂躙するものだった。彼を支配する絶対的な余裕はアラストルの記憶に一致するあのベオウルフをもってしても崩す事ができていない。

 

「あの身のこなし…一体どんな鍛え方をしたの?」

 

「テクターギアっていうとても重い鎧を着けて格闘戦をやってた」

 

「「え?」」

 

アイズによるわけのわからない単語が出てきた為困惑する一同。

 

「付け加えればそれ込みでオラリオ1の早馬で追い回しながら弓を撃ちまくって躱させたり、ひたすらオラリオ外周を走らせたり、バカでかい鉄球を拳で割るまで帰らせなかったり…」

 

その他耳を塞ぎたくなるような訓練内容をアラルから聞かされたベートは驚いた。ついさっきまで雑魚虫みたいな奴がここまで化けるなんて…と。しかしそれを証明するかのようにハチマンは強くなっていた。

 

「オオオオオオオオオオッ!!」

 

雄叫びを挙げるベオウルフは両手を地面に着け、突進の構えをしている。まるで『受け止めてみろ』と言わんばかりに…。

 

「来いよ!」

 

フォースエッジをしまい、魔腕と両手を広げるハチマン。その行為は冒険者としては正に悪手そのものだった。

 

「あの子、バカなの…?」

 

「いや、間違っちゃいねぇ」

 

そうベートが反論する。

 

「ベートが擁護するとは一体どういう風の吹き回しなんだ?」

 

「うっせぇよババァ…。確かに躱すのは誰でも出来る。少し飛べばいいんだからなぁ…。でもなぁ受け止めるのは誰にもできる事じゃねぇ。あの目を見てみろ、ありゃ逃げねぇやつの目だ」

 

ベートのハチマンに対する見方は変わっていた。スパゲティのソースを飛ばしてきたり正論でぶん殴ってくるようないけ好かない奴だったはずなのにまっすぐ立ち、その目の奥に燃え盛る炎を見抜いていたから変わったのだ。端的に言い表せば“見直した”と言う。

 

「ガアアアアアァァ!!」

 

突進してくるベオウルフの両肩を魔腕で掴み、頭の角を生身の両手で掴む。

 

ガガガガガガ!!!

 

地面の抉れる音がし、それでもハチマンは踏ん張る。それが功を成しベオウルフの突進を受け止めきる事ができた。

 

「グウウ…」

 

何を思ったかベオウルフが翼を展開すると両腕が急激に白く光出し、それを地面に叩きつけると拳を中心に広範囲が激しい轟音と共に光に包まれ砂ぼこりが舞う。

 

同刻、ミノタウロスと戦っていたベルもミノタウロスの一撃を防ぎきれず吹き飛び壁に激突する。

 

「ねぇ!助けに行かなくていいの!?」

 

貧乳が目印のティオナがハチマンを助けに行こうとすると目の前に目の前にリリルカ・アーデが遮るように立つ。

 

「……て…さい…」

 

「え?」

 

「やめて、ください…。ベル様とハチマン様の戦いはまだ終わってません…!お願いです…手出しはしないで、くだ、さい…」

 

震える声と足で懇願するリリはティオナを止めるのに十分だった。なぜならティオナも心のどこかで手を出すのに躊躇していたからだ。本当はリリも止めて欲しかった。それでも彼らのやり取り、絆を見たら止めずには居られなかった。きっと、ティオナを行かせるとリリの人生で一番後悔するかもしれないと思ったからだ。

 

グググ…

 

その声に呼応するようにベルが立ち上がる。その目はまだ闘士に燃えている。

 

煙の中から黒い物体が飛び出した。人の大きさではない、ベオウルフだ。地面を転がったベオウルフは煙の中を見る。

 

バチバチ…

 

何かが弾ける音がした数秒後霧が晴れ、その中にいたのはコートの無いハチマンだった。あの爆発に耐えるため全身を覆うコートに魔力を流し耐久性を上げ身を守ったからだ。そしてその手にはフォースエッジでなく、日本刀を握っていた。

 

「すまない…」

 

ベオウルフに向けて詫びの言葉を入れるハチマン。

 

「お前を侮ってた、心の何処かで油断してた。でももうしない。少し本気を出すとするか…!」

 

ハチマンの強化技【トリガー】を発動させるといつもなら紫に包まれる体は蒼色に包まれた。

 

「死ぬ気で来い…殺してやる」

 

「グオ゛オ゛オ゛オ゛ォォォ!!!!」

 

翼を展開したまま有り得ない速度で突進し、拳を突き出すベオウルフ。だがそれはハチマンの日本刀【閻魔刀】の鞘を振り上げることで弾かれる。よろめいた隙を逃さないハチマンは抜刀し上下にベオウルフの胸を切り裂く。これ以上の追撃をさせないため光弾を出し牽制するがそれも左手に持つ鞘で弾かれる。なんとか距離を取ったベオウルフは地団駄を踏む。するとベオウルフの目の前に天井から人2人分の大きさの岩が落ち、それを殴ることでハチマンに飛ばすがそれすらも【閻魔刀】の餌食になる。

 

(やはり…敵わないな)

 

最早万策尽き諦めかけたベオウルフ。しかし、彼の思う“奴”がそれを阻む。

 

(お前は俺に立ち向かってこそお前だ)

 

グッ…

 

握り拳を作る。

 

きっと死ぬかもしれない。それでも辿り着きたい高みがある。

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

今までと比にならない程の雄叫びを挙げるベオウルフは決死の覚悟でハチマンへと向かう。翼を広げ全身全霊を込めたパンチを繰り出す…

 

ギャギャギャギャギャギャギャギャ!!

 

しかし電源を入れたミキサーとその中の果物のようにその右腕は肉塊と化し、後ろからハチマンの声が聞こえる。

 

「終わりだ」

 

飛び上がりながら幻影剣を打ち出し全身へとその剣を刺しまくり、その間も肩や左目を【閻魔刀】で切り裂かれる。

 

ストッ…

 

目の前に降り立ったハチマンの左右には4本ずつ幻影剣がある。【閻魔刀】を納刀し杖のようにしたハチマンはベオウルフを仁王立ちで真っ直ぐ見ながら告げる。

 

「これが貴様の…墓標だ」

 

ガガガガガガガガ!!

 

ベオウルフの首や心臓付近に幻影剣が深く突き刺さる。

 

「せめてその魂、俺が頂こう…」

 

ベオウルフの遺体は霧散する。その中から光が出て来、ハチマンの両手両足に纏わると光が晴れると籠手と具足があった。

 

バキバキ…

 

天井からモンスターが4体程湧いて落ちてくる。

 

「邪魔はさせねーよ」

 

拳を突き上げながら飛び上がったハチマンは一番先に落ちてきたモンスターの顔を殴るとモンスターは弾け、その体を踏み台にしその次を相手取る。縦に回転しながらモンスターにかかと落としを繰り出す。また踏み台にし残りの2体のモンスターを睨む。

 

「くらいやがれ…昇ry…ゼスティウムアッパー!」

 

重なって落ちてくるモンスターをアッパーし、元いた天井へと串刺しにする。

 

「ふぅ…片付いた…か…」

 

フラフラするハチマン。その髪の毛は元の色に戻っていた。と言っても相変わらず左側は銀が入り交じっているが…。

 

「悪ぃ、ベル。お前が、勝つのを見越して、少しだけ…寝るわ」

 

聞こえてるかも分からないセリフを吐いたハチマンは倒れ込み意識を手放した。何故か涙を流しながら…。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

episode of Beowulf

 

「スパーダ!覚悟ォ!」

 

そう叫び殴り掛かるが拳を上に弾かれ腹に八卦を喰らう。

 

「ガハァッ!!」

 

「スパーダ!」「先生!」

 

目標に駆け寄る白と黒の悪魔。噂に聞いてた弟子か…。

 

「お前らは素振りの練習だ…話は俺が付ける」

 

「ですが…」

 

「モデウス、俺の決定に意義を申し立てるのか?」

 

「いえ…」

 

「ならいい、バアル。モデウスと2日ぶっ通しで打ち合いをしろ。勿論小細工無しでだ。」

 

「分かった」

 

去ってくスパーダの弟子達。2日とは…噂に違わず厳しいようだ。

 

「さてと、ベオウルフ。まだ懲りてないのか…」

 

「ふん!貴様を殺すまでは俺も諦めん!」

 

「その熱意…アイツらにもあったらなぁ」

 

ポリポリと頬をかくスパーダ。

 

「ええい!もう一度だ!もう一度勝負だ!」

 

「ちッ…良いだろう。折れるまで叩きのめしてくれる」

 

結果は惨敗。剣すらも使われなかった。悔しさが頭を支配するがそれで良いのかもしれないと思う。スパーダは英雄だ。殆ど一人で地上界を手中に収め勢力圏を一気に拡大させた。流石俺の憧れだ。

 

貴様はいつまでもそうあって欲しい。

 

時は流れ…

 

「何故だ!何故我らを裏切った!スパーダ!!!」

 

扉を開けると人間界の楽器『ピアノ』なるものを奏でるスパーダがいた。

 

「……」

 

立ち上がりこちらを見る奴の無視に苛立ち襲いかかる。一切通用しないと分かっていても拳を振り続けるが、全て手のひらで受け止められる。

 

「そろそろ執拗い…」

 

剣を取り出したスパーダは瞬く間に俺の眼前に迫り剣を振るう。

 

「ガアアアアア!!」

 

「ベオウルフ、貴様をテメンニグルに封じる…」

 

左目をやられた俺はついでにとうなじ付近を手刀され、意識を刈り取られる。その寸前言葉が聞こえた。

 

「すまない…」

 

そこで俺は完全に意識を失った。今度会ったら必ず殺してくれる。

 

 

 

 

 

 




いかがでしたか?
ベオウルフの執着はスパーダへの憧れからかもしれませんね。って思いこんなエピソードを書いてみました。

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♯15 神との戯れと嫉妬

新年明けましておめでとうございます。今年も『ダンジョンに出会いとボッチを添えて』をよろしくお願いします!

ハチマンの2つ名考えて無い…どうしよ…。


ベオウルフ戦を迎えた次の日、俺は宛もなく街路を彷徨っていた。喧騒に溢れかえる街は黄色く活気づいているがどうも俺の気分は暗くなっていた。その理由は30分前に遡る。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ー【ホーム】ー

 

ベルがミノタウロスとの戦いで疲弊してる中、俺はピンピンしていた。

 

「おや、ハチマン君、どこかへ出かけるのかい?」

 

「ええ、暇だしダンジョンでも行こうかなって…」

 

「バッカもーーーん!!」

 

「ええ…」

 

突然の神様の怒号により俺は正座をさせられていた。

 

「昨日あんなに死にかけたのにまた行くってのかい!?」

 

「いやでも湧き上がる冒険欲ってのが俺にもありまして…」

 

「ダメなもんはダメだからね!いいかい?こっそり行っても神の前には嘘はつけないんだぞ!!」

 

説教も終わり神様はバイトへ行ってしまった。一人残された俺は暫くベルの様子を見た後ホームを出た。ベルの看病を適任に任せて…。

 

「じゃあリリルカ、ベルを頼んだZE☆」

 

「はい!お任せください!」

 

無い胸にポンと拳を置くその姿はとても頼もしかった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

とまぁ、外に出たはいいけどダンジョンにも行けないからすこぶる機嫌も悪くなっているのだ。

 

「はぁ…」「はぁ…」

 

「ん?」「?」

 

隣で俺と同じダークなため息が聞こえた為そっちを見ると俺以上に髪の毛がボサボサの男神がいた。ローブを身にまとった猫背の神が…。

 

「酒が作れない…ねぇ」

 

「そうだ、酒を作る事が俺の生きがいだった。それもギルドに奪われてしまった…」

 

近くのベンチに腰掛け二人してじゃが丸くんを齧りながら【ソーマ・ファミリア】の主神のソーマとダベリング。じゃが丸くんを買う際に角髪を結った男神がやはりマスコットが〜とか言ってたが全く頭に入ってこない。すんません、そういう話はウチの主神にでもしてください。

 

「それでギルドが憎いと?」

 

「別にそうではない、アレは俺の監督不足が招いた結果だ」

 

随分と踏ん切りがついてるんだなぁ、やはり神だからか?

 

「まぁ、こっそり作ろうと思ってるが…」

 

「おい神、自重しろし。送還されんぞ」

 

「分かってる」

 

どこぞのオカンの心労が理解できてきた。

 

「じゃあなんで外に?材料集め?」

 

「違う、それも考えていたが…別の生きがいを探してみようかと」

 

「ほう、別の…」

 

やはりそこは神、逞しい。見た目に反して…。

 

「それで街を彷徨っていたら君に会ったんだ」

 

「なるほど…」

 

「君はなんでため息を?」

 

問われた俺は嘘偽りなく語る。昨日ダンジョンで死にかけただけの事、それで今日のダンジョン探索を禁じられたこと、何かで悩んでること。

 

「ならば君も私の新しい趣味探しに付き合え」

 

「ええ…」

 

「新しい趣味を見つければ君の悩みも退屈も腫れるだろう」

 

「成程」

 

いつまでもウジウシしてたってしょうがない、きっとそういうことなんだろう。

 

「君の目はいい人よけになりそうだしな」

 

ゲシッ!

 

「あ痛っ!」

 

「ふん」

 

人を出汁にするんだ。これくらいはやっても許されるだろう。神だろうと人だろうと平等に接する。これが俺のポリシーだ。

 

「ここは?」

 

「本屋だ」

 

暫く歩き到着したのはそれなりのデカさの書店だ。オラリオに来て全然本とかに触れてないから行きたいと思ってたし、こいつ(ソーマ)にも似合いそうだしな。

 

「文献を通して身につける知識もそう悪くないと思うぞ」

 

「そうなのか…」

 

割と世間知らずのこいつと別れ何冊か見繕って持ってくる。

 

「試しにどうだ?物語でも読んでみたら」

 

「嘘物語は嫌いだ」

 

「そう言うだろうと思って伝承にもとづくやつもあるぞ」

 

「その話は天界から観測済みだ」

 

「……」

 

本を元の棚に戻し他の本を持ってくる。

 

「詩集だ。人が何を思いどうしたかが綴られてる」

 

「ほう」

 

「試しに読んでみたらどうだ?」

 

「どれどれ、『欲あれど動かぬ者は災いなり』…だそうだ」

 

言い得て妙な台詞だな。ってかすげぇイケボで言うんだからビックリしたよぼかぁ。

 

「気に入ったか?」

 

「そこそこって所だ…人も中々深そうな事を言うな。うん、気に入った、買おう」

 

そう言い本を持っていくがその手には俺の持ってきた詩集の下に本が隠されるようにあった。

 

「それは?」

 

「バレたか…まぁいい、見せてやろう」

 

その本の表紙を見せてくるが…『絶対モテ術!これさえあれば気になるあの子も女神もメロメロ!!』だと?

 

「恋愛…したいのか?」

 

「新しい試みとしてはどうだろうか…」

 

「ま、まぁいいんじゃないか?」

 

恋愛とかそういうのは俺としては言える立場じゃないからな…。役に立つアドバイスとかはできないと思う。

 

「ありがとうございましたー」

 

気の抜けた店員を背にソーマと店を出る。そしてそこら辺のベンチに座り先程の頭ピンクな本を開く。

 

「ふむ、『不衛生な男子は見られない!』か…君から見て俺はどう見える?異性として見れるか?」

 

「いやべつに」

 

即答である。その回答速度計れたのなら0.2秒だ。

 

「…『髪がボサボサの男はアウトオブ眼中』か…よし、切ってくれ」

 

「は?なんで俺が…床屋とか行けばいいだろ」

 

「頼めない」

 

「俺は振り回せるのに突然なコミュ障発揮すんなよ」

 

ほんとこの神、さっきの会計だって俺にやらせやがって…。

 

「はぁ…文句、言うなよ?」

 

ソーマの前に立ち閻魔刀を取り出す。

 

「何をするつもりだ?」

 

「なにって、スリリングな散髪」

 

「刀で?」

 

「あぁ」

 

「嘘だろ?」

 

嘘じゃないんだな☆

 

「まぁ、じっとしてればすぐ終わる」

 

ソーマは動かない。すぐに済ませて欲しいのだろう。きっと諦めて委ねてくれたのだろう。

 

刀を構え集中する。

 

「はぁッ!」

 

刹那、ソーマの周りにパサパサと髪の毛が落ちる。手早くそれを適当な袋に入れゴミ箱に捨てる。

 

ソーマは立ち上がり近くの噴水の水溜まりを覗き込む。

 

「これが、俺か…」

 

肩に着いていた髪の毛は無くなり、ある程度はサッパリした雰囲気になった。

 

「まぁ、これくらいが妥当じゃねーの?」

 

「満足だ、ありがとう」

 

髪で隠れていた表情は見えるようになり、頬が少し緩んでいる。ふっ、美容師ハチマンここに爆誕。因みにこれがデビュー戦にして引退戦。

 

「これで俺もモテモテというやつか…」

 

「いや、身だしなみは()()()()為の切符だから問題は中身だと思うぞ」

 

いや、よく考えてみれば見た目が全ての9割を占めるともいわれているが(○○より)、ソーマの将来を考えて黙っておこう。

 

「なん…だと…?」

 

驚愕の表情を浮かべるソーマ。アンタ、この短時間で柔らかくなったね。

 

「そりゃそうだろ、見た目だけで美味くない料理はウケないのと一緒だ」

 

「なるほど…中身か…」

 

「あぁ、でもまぁ、無理やり変える必要なんてないんじゃないのか?」

 

「その理由は?」

 

こちらをじっと見つめてくる。

 

「変わるなんてのは結局、現状から逃げるために変わるのだろう。それが本当の逃げなんじゃないのか?本当に逃げてないというなら変わらないでそこで踏ん張んだよ。今の自分や過去の自分を肯定してやれないのが逃げというんだろう?」

 

雪ノ下雪乃に語った事を思い出しながら語る。あの時雪ノ下は何を思っていたのだろうか…。今の俺にも分からない。俺は変わったのだろうか?あの件の後にも色々あった。ヤンキー達の暴走を止めたり、ネットカフェに泊まり込んだ時もあったな…。

 

今の俺は昔の俺に誇れるか?

 

「少し…聞いてくれないか?」

 

黙っていたソーマが口を開く。

 

「俺のファミリアの事は聞いたな?俺の作った酒欲しさに暴走してしまった団員たちが他の冒険者や身内に酷い事をした事だ。それで俺は考えたんだ。もしあの時、資金欲しさに神酒(ソーマ)を出汁にしなかったらどうなってたのだろうと。俺のファミリアは温かいファミリアになれるのだろうか…と。木は根がしっかりしてないと育たない。だから俺が変わろうとしたが、君の言葉を聞いて確信した。俺は温かいファミリアを作る為に団員たちに話そうと思う。そして()()変われるようにするさ。過去を振り返りながら…。間違った現状と今の考えを改める為に…。………………今日はありがとう、リリルカによろしく伝えてくれ、『風邪をひかないように』…と。」

 

気付いていたのか…。神はお見通しってか。

 

去りゆくソーマの背中を見送る。その背筋はしっかり伸びていた。

 

「さてと、俺も行くか…」

 

ゆっくりと歩き出す。まだ太陽は直上にある。解けることの無い悩みを

抱えながら歩く。少し重いがこれくらいが丁度いいのかもな。この重みでまだ地に足着けてられるから。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

ー【カフェ ポレポレ】ー

 

「店長、いつもの」

 

「はいよ」

 

即座に出されるデカ盛りパフェとニアイコールマックスコーヒーとオリーブ抜きピザ。

 

「いつも悪いね」

 

「金払いが良いからあたしにゃ神様に見えるね」

 

「神様なんて、そこらにいるだろ」

 

「名ばかりの神なんていらないね。本当に必要なのは金払いと人のいい()さね」

 

商い魂猛々しい婆さんだな。怖いもの知らず過ぎてすげーが1周回ってこえーよ。

 

「ん、ごっそさん」

 

「今日は早いね」

 

「腹が空かないんすよ」

 

「冒険者なんだから、無理しちゃあいかんよ」

 

「胸に刻んどきますよ」

 

カウンターに金を置き手をヒラヒラさせながら店を後にする。さてと、この後どうしようか。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ー【ミアハ・ファミリアの本拠地兼店】ー

 

 

「お邪魔します」

 

「おお、ハチマンではないか」

 

カウンターにいるミアハ様が迎えてくれる。その隣には唯一の構成員、ナァーザ・エリスイスさんがいる。手頃なポーションを幾つか買いミアハ様と雑談をしてると

 

「ヘスティアから聞いたぞ、昨日ダンジョンで死にかけたのだろう?」

 

「大丈夫、なの?」

 

「ええまぁ、心臓ぶち抜かれた位ですから」

 

「「え?」」

 

ん?

 

「ハチマン、嫌なら構わないがこちらに来て胸を見せてはくれないか?」

 

「?いいですけど…」

 

店の奥に入りシャツをめくり、胸を見せる。

 

「塞がってる…ミアハ様、本当にハチマンの心臓は…」

 

「嘘じゃないのは分かってる…」

 

エリスイスさんが驚いてる。それもそうだろう、俺だって驚いた。目が覚めたら塞がってたんだもん。アドレナリンがドバドバ出て痛みなんて感じなかったから死ぬかと思ったよ。

 

「いやー、恩恵の力って凄いっすよね。こんな傷も治っちゃうんですもん」

 

ほんと、神の眷属になりゃ力も治癒力も最低限は貰えんだもん。しかし、ミアハ様とエリスイスさんは信じられない目でこちらを見ていた。

 

「ハチマン、落ち着いて聞いてくれ。神の恩恵で人はここまでの治癒力はない。少なくとも聞いたことがない」

 

「な、何を言ってるんですか?」

 

「人も神じゃない。心臓をヤられれば死んじゃうよ」

 

??????????

 

「いやいやいや、じゃあ何で俺は生きてんですか?こうして息を吸って吐いてるのに?血だって流れてるし心臓の鼓動も聞こえるのに?おかしくないですか…心臓ヤられても生きてるなんて、それじゃまるで…まるで…化物じゃないですか…」

 

「ハチマン、落ち着くんだ。こうしてお前は生きてる、それでいいではないか!前例がないだけでたまたまハチマンが最初なだけかもしれない。ハチマンはハチマンだ。気をしっかり持て」

 

ミアハ様が肩を掴んで語る。

 

「そうですよね、俺は俺…ですよね。…それじゃあ失礼します」

 

重い足取りで出て行く。

 

(俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺俺は俺)

 

思い返せばそれらしい出来事もあった。

 

ーなんで俺は街ではなくダンジョンで目を覚ました?

 

ーなぜ髪が銀色になってく?

 

ーどうしてベオウルフの名を知った?

 

ーどうゆう理由でアラストルは俺に目をかける?

 

恐怖心が湧いてくる。

昨日のダンジョンで体感したそれとはまた違う。死への恐怖ではない、また別の得体の知れない恐怖心だ。

 

フラフラと彷徨う、そのうち人気のない広場に出た。しかしそんな事別にいい。ずっと俺は人か化物かを考える。

 

「貴様がハチマン・ヒキガヤ…だな?」

 

俺の思考を邪魔する影が2つ。黒いバイザーに黒い服。いかにもって格好の男らだ。

 

「だったらなんだよ…今無性にイラついてんだ。どっか行ってくれよ…」

 

「それはできない相談だ。あのお方の寵愛を受けるため、貴様には死んでもらう」

 

「相手はレベル1、負けるはずが無いな」

 

どうやら向こうは殺る気らしい。

 

「いいだろう、だったら後悔するなよ?…心失くしたヒト。俺がまだ人かどうか教えて貰おうか」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

ー【ヘスティア・ファミリアのホーム】ー

 

「ただいま…戻りました」

 

ホームに戻るとベルの両脇にリリルカとヘスティア様が川の字になって寝ていた。

 

「まぁ、ベッド位は譲ってやるか」

 

いつものソファに寝っ転がり惰眠を貪る。

 

 

今日はよく眠れそうだな。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ー【ギルド】ー

 

「エイナ大変!」

 

同僚のミィシャが額に汗を浮かべながら走ってくる。

 

「ど、どうしたの!?」

 

「ついさっき冒険者2人と一般人が病院に担ぎ込まれたの!」

 

「それって、喧嘩?」

 

ここオラリオで喧嘩は日常茶飯事だ。ミィシャもそれを知ってるはずなのにどこか様子が変だ。

 

「うん、でね?その運ばれた冒険者が2人とも瀕死なの!」

 

「え…喧嘩でそこまでやるの?」

 

「聞いた話だと両手足と顔の複雑骨折、喉も潰されてたんだって…」

 

「喧嘩じゃないでしょ…?」

 

「その2人の冒険者の近くに紙が落ちててね、そこには確か『喧嘩吹っかけられたからやった、コイツらには人の心が無いんだもん』って書かれてたの」

 

人の…心が…無い?

 

「続けるね、通報してくれた人によると『冒険者が2人がかりで誰かに襲いかかってるのが見えた。近くに一般人も倒れてる』らしいんだ」

 

「その人ってどういう人?」

 

「印象的だったから覚えてるよ、紫のコートを着た冒険者さんだったよ。エイナの担当じゃなかったっけ?確か名前はー」

 

「ハチマン君だよね」

 

「そう!そんな名前だった!」

 

ハチマン君、サポーターの件の次は喧嘩騒動?どうやら君もベル君みたいな災難体質らしいね。でも良かったー、彼に危険がなくて。

 

 

 

 

 




そういえばデビルメイクライのVとソーマって同じ声の人なんですよね。聞いた時びっくりしたよ、ぼかぁ。


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2章 探求編
♯16 女神とハチマン


広告…消してぇ。


 

 

ー【ギルド】ー

 

今朝のギルドはいつもよりがやがやしている。そんな人混みをかき分けて目当ての人の元へ行く俺たち。

 

「おはようございます、エイナさん!」

 

「ども」

 

機嫌のいいベル、そんな様子を感じ取ったチュールさんは「何かいいことでもあったの?」と問う。…さてと、準備するか。

 

「僕達、とうとうLv2になったんです!」

 

バサバサッと書類の山が崩れるが関係ない。俺はひたすらそのタイミングを伺う。

 

「Lv2?」

 

「はい!」

 

「ベル君冒険者になったのいつ?」

 

「1ヶ月半前です!」

 

「ハチマン君は?」

 

「1ヶ月前位ですかね…」

 

屈伸もして伸脚も済ませたと…。

 

同僚と思われる人は石と化し、チュールさんはフルフルと震えてる。そして、それが爆発した。

 

「1ヶ月そこらでムグゥ!」

 

「エイナ!?」

 

ハンカチを持たせた魔腕で口を軽く塞ぐ。

 

「チュールさん、シー」

 

人差し指を口に当ててジェスチャーを取る。それを理解したのかチュールさんもウンウンと頷く。聞き分けのいいチュールさんには悪いけどあまりギルドは信用してないんですよね。だってオラリオの中枢だもん。

 

ここはオラリオ、何が起こるか分からない街、それ故にこれっぽっちも信用できない。

 

話は戻るがLvの上昇には『偉業』──格上の相手を打破するなどして、より上位の【経験値(エクセリア)】を得るのが不可欠だ。

 

その後はチュールさんに言われるがままに活動報告をした後、こちらの要件に入った。

 

「発展アビリティのことで…」

 

「あぁ、そっか、Lv2になったんだもんね」

 

『発展アビリティ』は既存の『基本アビリティ』に加えて発現する能力だ。発現するタイミングは【ランクアップ】時。冒険者になってどのような行動をしたかによってアビリティは異なる。候補としてアビリティは複数出てきてそれを選択することで初めて発現する。

 

「選択可能なアビリティはいくつ?」

 

「僕もハチマンも3つです」

 

ベルの発展アビリティは毒などを防ぐ『耐異常』、次に1度倒したら次は能力が強化される『狩人』、そして3つ目が『幸運』。

 

「ハチマン君のは?」

 

「俺は…『狩人』と『耐異常』と『ソードマスター』です」

 

「うーん、『ソードマスター』と『幸運』…神ヘスティアは何も言ってなかった?」

 

「勘って言ってましたけど…『加護』に近いかもしれないって…『ソードマスター』は強化系だろうとも…」

 

「『幸運』はドロップアイテムがよく出るとかなのかな。じゃあ『ソードマスター』はやっぱり剣系の攻撃が強化されるとかかなー」

 

「「なるほど」」

 

そんなこんなで話し合ってるうちにベルは『幸運』俺は『ソードマスター』にすることにした。だってね、ソードマスターとかカッコイイもん。そうじゃない?

 

「ベル、先に戻っといてくれないか?少しチュールさんと話があるんだ」

 

「いや、待ってるよ」

 

チュールさんに案内されて個別ブースに入る。

 

「それで、話って何かな」

 

「俺のレベルアップの記録を誤魔化してくれませんか?」

 

チュールさんの目が一瞬大きく開かれる。

 

「その理由を聞いても?」

 

「俺のやってきた事は危険だから…です。下手に真似されて死なれたらそれこそギルドの損失でしょう?」

 

「優しいね…本音は?」

 

見透かされてたか…

 

「俺だけの道だから、誰にも辿って欲しくないんです。それに、こんな速くレベルアップしたらそれこそ先輩達(笑)に目を付けられちゃうし」

 

「つまり、目立ちたくないってこと?」

 

「それもあるし、相手にしたくないんですよ。あんな立ち止まってる奴らなんて…」

 

「立ち止まってる…?」

 

「嫉妬ばかりする様な阿呆は邪魔でしかないですからね」

 

「ちょちょっ言い方…」

 

「すみません、気をつけます。まぁ、この件はよろしくお願いします。適当に2年とかかかった事にしてください」

 

手をヒラヒラとしてチュールさんに背を向ける。

 

「あ…」

 

「? どうかしましたか?」

 

「手袋、まだ着けていてくれたんだ」

 

その視線は俺の修繕されたばかりの手袋に向けられてた。

 

「別に、使えるから使ってるだけですよ」

 

「ふふっ、素直じゃないなぁ〜」

 

チュールさんの微笑みの意味はホームに戻ってもよく分からなかった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「じゃあ早速やろうか。君達のランクアップを」

 

そう言い、いつものベッドで【ステイタス】の更新を始める。最初はベル君で次はハチマン君だ。

 

「とうとうベル君もLv2かぁ…なぁんて普通なら言うんだろうけど、君の場合、感慨を感じる暇もなかったね…」

 

「そ、そうですか?」

 

「ボクの【ファミリア】に入ってすぐ、君がゴブリンに勝てたって大はしゃぎで帰ってきたことを、昨日のことのように思い出せるよ」

 

そんなボクの話を「え、えぇ」とか「は、はい」とか、おぼつかない返事をするけど今は許そう。彼も感じるものがあるのだろう。

 

さてさて〜、愛しのベル君はどんな風に成長してるんだろうね!

 

ベル・クラネル

 

Lv2

 

力:I 0 耐久:I 0 器用:I 0 敏捷:I 0 魔力:I 0

幸運:I

 

《魔法》【ファイアボルト】・速攻魔法

 

《スキル》

【英雄願望】・能動的行動に対するチャージ実行権

 

むむむ、新しいスキルが発動してるじゃないか!なるほどなるほどー、ベル君は英雄になりたいのか〜。

 

ステイタス発表はハチマン君が終わってからだから発表がもどかしいなあ〜。

 

「それじゃあハチマン君も始めるよ」

 

「うす」

 

彼の背中に血を垂らしステイタスを確認する。ベル君はソファで読書をしてる。貰った本が魔導書だった為気の毒に思ったハチマン君が買ってきたのだ。…君は優しいね。

 

ハチマン・ヒキガヤ

 

Lv2

 

力:I 0 耐久:I 0 器用:I 0 敏捷:I 0 魔力:I 0

ソードマスター:I

 

《魔法》【魔力操作】・不定形魔法・不詠唱魔法

 

《スキル》

悪魔の魂(Devils Soul)

・敵対する者が魔に近しい者の場合、その魂は元ある形へ戻っていく。

・敵対する者が人の誇りを失った者ならば、この身は更なる境地へ向かっていく。

 

━━━━━諦めるな━━━━━

 

【スタイリッシュライズ】

・早熟する。

・敵に攻撃を命中させる程成長する。

・敵の強さにより効果向上。

・戦意を喪失した場合ステータス激減。

 

 

━━━━━本物を…━━━━━

 

あぁ…そうだったのか…。

 

今まで目を向けてなかった事がこんな事(ステイタス更新)で気付いてしまう事に自分が嫌になる。彼だって前に進むために頑張ってたんだ。思い返せばベル君がヴァレンシュタイン君に鍛えてもらう前から早朝にホームを出ていた。それで人知れず努力していたんだね。ゴメンよ…君の成長がベル君を抜かしてしまいボクはちょっぴりヤキモチを妬いて君のステイタス更新を疎かにしてしまったんだ。多分君は気付いてるんだろう。ボクとベル君とのデートの時だって、サポーター君の件でカフェに集合した時だって、君はいつもボクとベル君を一緒にいるよう仕向けたよね。ありがとう、そしてごめんなさい。

 

ボクはダメな主神だ。これからはちゃんと目を向けないと。

 

ステイタスとは子供達の魂を数値化したものだ。ベル君のヴァレンシュタイン君を慕う気持ちはスキル《憧憬一途》に現れた。彼のステイタス欄に刻まれたあの文字は多分彼が魂に刻んだ《思い》なのだろう。諦めず、誇れを胸に抱く為に戦ってるのだろう。スキルになるのも億劫な程の《想い》が。

 

なんで今になって…

 

そう彼の詳細不明だったスキル《悪魔の魂(Devils Soul)》の詳細が顕になった。魔に近しい者?悪魔の事か?でも彼等は魔剣士スパーダの手により封印されたハズ…。まさかダンジョンの地下深くから登ってきたっていうのか?有り得ない。でも実現している。ならなぜ?神の手引き?それも有り得ない。神達は思う事違えどスパーダ関連では絶対に意見が一致する。『絶対に彼を怒らせるな』、そんな教訓が染み付く程彼はボクたち神に恐怖を植え付けた。二度とあんな事が起こらないよう間違ってもこんな事するまい。

 

「終わりましたか?」

 

ハチマン君の声に思考を遮断される。

 

「あ、あぁうん!終わったよ!紙に写すからすこーしだけ待っててね!」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「はい!これが君達の物語の新しい1ページだよ」

 

神様から渡されたステイタスを一通り見終えると時間も夜ということもあって寝ることになった。いつも通り、ベルと神様はベッド、俺はソファで。

 

 

「眠れねぇ…」

 

皆が寝たとしても寝れない俺はホームを出て地上に上がる。

 

「冷たいな…」

 

コートを着てても冷風は肌を刺す。

 

「相変わらず入り組んでるなぁ…」

 

街を歩いて30分、出た感想がこれである。迷宮都市なんて呼ばれてるんだよな、そりゃ迷いそうになるな。

 

「〜〜♪〜〜〜〜♪♪」

 

人通りも少ないことからつい鼻歌を歌ってしまう。まぁ、たまにはこんな事しても許されるだろう。さぁみんなも一緒に!ひーめひめ!

 

「素敵な歌声ね」

 

!!

 

ーHQ!HQ!!コチラハチマン、歌声を聞かれた!繰り返す!歌声を聞かれた!相手はローブを着た女神!

 

ーネガティブ、応援は出せない。独りで対処せよ。

 

ーチィっ!!

 

「ど、どうも(超裏声)」

 

「あら、急に声が変わったわね」

 

「急に変声期を迎えまして(超裏声)」

 

「そう」

 

「それじゃああっしは失礼いたしやす(超裏声)」

 

「もう行っちゃうの?」

 

寂しそうな声が後ろから聞こえる。だが一級女鑑定士の俺からすればこれはアレだ。男慣れした女の使うセリフランキング第2位。因みに1位は『なんか暑くなっちゃった』だ。

 

「まぁ…通りすがりの女神と語り合う事なんて1つもないですし」

 

「覚えててくれたのかしら?嬉しいわ」

 

「覚えてたっていうか脳裏にこびりついてたんすよね。台所のカビみたいに」

 

「酷い言いようね」

 

フード越しだがムッとした声色の女神。

 

「立ち話もなんだし、歩きながら話さないかしら?」

 

「分かりました…」

 

「そういえばレベルアップしたのね、おめでとう」

 

「ありがとうございます、どうして知ってるんですか?」

 

「見た目で分かるわよ。レベルアップは所謂私たち()に近付く事なのだから」

 

「へー」

 

神に近付くのがレベルアップなのか、初めて知った。

 

「そうね、何か贈り物がしたいわ。2つ名を考えているのだけれど、どんなのがいいかしら?」

 

「イタイのはやめて欲しいです…」

 

ホント、ブラックハザードとかオーマなんて呼ばれたら最悪自殺するよ?

 

「じゃあ『女神の伴侶』なんてどう?」

 

「身を固めるにはまだ早いと…」

 

それに誰の伴侶だよ。

 

「注文が多いのね、山猫かしら?」

 

「じゃあ体中に塩を揉みこんでくれますか?」

 

「貴方のお皿に乗ったら食べてくれるかしら?」

 

「マズけりゃ捨てますよ」

 

「案外鬼畜なのね…でも安心したわ、私、味には自信あるのよ」

 

ローブの上からでも分かるよう胸を寄せてアピールしてくる。淫乱だなぁ…。

 

「いいですか?この街には残念ながら俺より強い人がいるし、誠に遺憾ながらイケメンだっているんですよ。だから、得体の知れないこんな俺よりもそっちに目を向けた方がいいですよ」

 

隣では話さずちゃんと対面し、少ししゃがんで目と目を合わせ肩を掴み本心を喋る。神相手に嘘はつけないのは身をもって知ったからね。

 

「それに、貴方は凄く綺麗なんだから、自s「見つけた…」あ?」

 

いつの間にか露出多めで褐色肌の女達に囲まれる。その数、およそ15人。

 

「知り合いですか?」

 

「知らないわ、あんなの」

 

そう言い髪を弄ってるが、余裕そうだね。

 

「神フレイヤ、女神イシュタルの為に、死んでもらう!」

 

フレイヤと呼ばれた女神にナイフが迫るが魔腕で防ぐ。

 

「あら、守ってくれるのかしら?」

 

「目の前で死なれたら明日気持ちよく起きれないんでね」

 

「なら私を守って頂戴、騎士さん」

 

「小僧、邪魔する気か…」

 

魔力でドーム状の結界を作りお互いに逃げられないようにする。

 

「引けと行っても引かないんだろ?個人的な恨みは無いけど、19/20位はメンタルズタズタにしてやるよ。ダンジョンに潜れなくてストレスも溜まってたんだ。いい声聞かせろよ!」

 

ベオウルフを出しファイテングポーズをとる。本当に、退屈させないな、この街は。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

♪Vergil battle 2

 

「無名の癖に!しゃしゃるな!」

 

女のナイフが向かってくるハチマンの首元に迫るが最低限の動きで躱される。Lv1の相手に避けられる筈がないと高を括っていたアマゾネスはたじろぐ。その隙にハチマンの魔腕が彼女の頭を掴み強引にハチマン側に持ってく。そこにハチマン渾身のストレートが顔に繰り出される。そのまま結界の反対側まで吹き飛んだアマゾネスはピクリとも動かなくなった。

 

「ちくしょう!よくも!!」

 

他のアマゾネスが曲剣を振り回しハチマンに襲いかかるがいつの間にか閻魔刀に持ち替えたハチマンはその鞘で攻撃を弾く。

 

「Too late(遅い)」

 

がら空きの腹に突き出される閻魔刀(鞘付き)。

 

「っ!ゲホッ!ゲホッ!!」

 

1ccも残らず体内の酸素を吐き出さされた女はハチマンの前で激しく噎せる。そのうなじにハチマンの手刀が炸裂しその女は倒れ込む。

 

「なんだよあの強さ…聞いてないぞ!」

 

「お前!一体何者だ!」

 

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。

たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。そう!我こそは!え〜と、トニー・レッドクレイブ!」

 

「トニー・レッドクレイブ?聞いたことあるか?」

 

「いや?」

 

そりゃそうだ。だって速攻で考えた偽名だもん。

 

「後13人、どうする?まだやるか?」

 

「〜〜ッ!数で押せ!相手は独りだッ!」

 

一斉に掛かってくるアマゾネス。モテ期かな?モテ期じゃねーよ。モテ期は来ない(涙)。

 

「13名様ご案内よ、山猫さん♪」

 

後ろで女神フレイヤ(仮定)が煽ててくるが仕方ない、乗ってやるか。

 

「いらっしゃいませーー!!!」

 

ー3分後ー

 

「終わったわね」

 

結界が解けてく中フレイヤの視線の先にはハチマンが背を向けて立っている。足元には大勢のアマゾネスが転がっている。

 

「なんとはなしに倒しちゃったけど、何したんですか?」

 

ジロリとハチマンの視線がフレイヤに刺さる。

 

「嫉妬されただけよ。私は何もしてないわ」

 

「嫉妬で暗殺されかけるって…」

 

「面倒なのよ、女の世界は」

 

髪の毛を弄りながら自身の心情を一言で片付けるフレイヤ。そんなフレイヤにハチマンは心底不思議に思う。

 

【謎】それがハチマンの彼女に対する感想だった。夜道に鼻歌を歌っている男に普通話しかけるか?それに唐突に口説くのはちょっぴりおかしい気もする、と。

 

「フレイヤ様、お怪我はありませんでしたか?」

 

しかしそんな二人の甘い時間(フレイヤ目線)は一人の男によって遮られた。

 

「あら、オッタル…」

 

オッタルと呼ばれた巨漢の男は現場を見て状況を判断する。

 

(恐らく失神しているイシュタル・ファミリアの団員達にフレイヤ様がお気に召しているハチマン・ヒキガヤ…噂にたぐわぬ目、負け続けた者の眼、絶望を知って尚立ち上がる者の眼をしている。)

 

「じゃあ、お迎えも来たようだし、俺はおいとましますよ、と」

 

「フレイヤ様をお守りした事を感謝する」

 

そんなオッタルの言葉を背中に受け振り返りもせず手をヒラヒラとするだけで去ってくハチマン。

 

「またデートを楽しみましょう、ハチマン♡」

 

刹那、ハチマンの背中に視線が刺さる。某青タイツのゲイボルグのように…。言わずもがなオッタルである。

 

(デート…したのか、フレイヤ様と…)

 

オラリオ最強の冒険者、オッタルはつい今日レベルアップしたハチマンに謎の敗北感を味合わされる羽目になった。

 

(考えてあげるわ、貴方にピッタリの二つ名)

 

「ウフフフフ…」

 

ハチマンは後に後悔する事になるだろう。美を司る女神の乙女心を刺激した事を。




ストーリーが進まない…
書きたいことが多すぎる…
一体どうすれば…?


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#17 会議は踊る、されどしんがっそん

頭痛い…徹夜しすぎた。



 

ハチマン・ヒキガヤの朝は日が姿を見せる前から始まる。

 

am 02:00

 

「ん……」

 

早起きが習慣となった為自然と体が起きる。ベルと神様を端目に普段着に着替えコートを羽織る。

 

「行ってきます…」

 

静かに告げ外に出る。そこからオラリオの壁外に走って行く。

 

「どうも」

 

「じゃあいつものね」

 

検問でボディーチェックと外出許可証を見せ初めてオラリオの外に行ける。俺はもう何回も出ているためもう検問の人とは顔見知りみたいなものになっている。

 

「じゃ、始めるか」

 

軽く準備運動をしたらオラリオの外周を走る。

出来るだけ早く、息を切らさないように。

 

am 04:00

 

暫く走った後【幻影剣】を出し素振りする。魔力が無くなっても活動できるようにする事と剣術を鍛える事が目的だ。

 

am 06:00

 

「9997…9998…9999…10000!」

 

流石に汗も額を伝い、魔力もカラカラになってきた。

 

「まだまだ…」

 

両手を地面につけ、足を伸ばしたら腕を曲げたり伸ばしたりする「腕立て伏せ」をする。回数を2000回にしてその他に「腹筋」「上体起こし」「懸垂(壁に指をくい込ませ)」「スクワット」。

 

am 08:00

 

「ぜぇ…ぜぇ…」

 

流石に疲労して息が上がる。

 

(そろそろ戻るか)

 

門番に一言告げ再びオラリオに戻る。

行きとは違い大勢の人が商売の準備を始めてる。

 

小走りでホームに向かってると八百屋のおっちゃんが気を利かせてリンゴを投げ渡してくれる。その好意に甘え、悪いねと手を軽く挙げ走り去る。お、甘い。

 

ー【ホーム】ー

 

「たでぇまぁ」

 

「ん…おかえり、ハチマン…」

「おはよーハチマン君…ふぁ〜…」

 

「朝の用意するから待ってな」

 

コートからエプロンに着替え朝ごはんの用意をする。とはいえ焼いたパンを出して目玉焼きとベーコン、レタスを乗せて胡椒をかけただけだが…。

 

「いつもありがとう、ハチマン」

 

「君の朝ごはんは本当に美味しいよ!」

 

2人も喜んでくれてるのだがやはりもっと贅沢させてやりたいと思う。

 

「そういえば今日神会(デナトゥス)だったんだ!」

 

「一張羅にアイロンかけておきましたよ」

 

「流石だハチマン君!それじゃあ!行ってくるよ!いい二つ名を期待しといてくれたまえ!」

 

あせあせと着替えた神様は急いで出て行った。

 

「ハチマンはどんな二つ名がいいと思う?」

 

「俺はイタくなきゃ…お前は?」

 

「僕はバーニングファイテングファイターとかがいいな!」

 

「えぇ…」

 

なんで燃えながら戦ってんだよ…不死鳥なの?

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「絶†影」

 

「「「「「「決定!!」」」」」」

 

「ノォォォォォォ!!」

 

「地獄だ」

 

退屈を持て余した神は何よりも予測不可能とはよく言ったものだ。タケよ、安らかに眠たまえ…。

 

「なーに自分は大丈夫だと思ってんのよ」

 

「よしてくれヘファイストス、今必死に現実逃避してるんだ」

 

「まぁ気持ちは分からなくないわ、でも気をつけなさい、あんたのとこの子、今日の注目株よ」

 

ハチマン君は裏で手を回したらしいが今回のレベルアップは異常な速さの為他の神に目をつけられている。極めつけは司会役が()()ロキだということだ。絶対に何か言ってくるはずだ。気を付けないと…。

 

二つ名決めは順調に決まっていき、残す所ハチマン君とベル君になった。

 

「二つ名決める前になぁ、ちょっと聞かせろや、チビ」

 

始まった、ロキのいちゃもん。でも怖くない、なぜならハチマン君の方がよっぽど怖いからだ。彼が大切にしてる植木鉢をうっかり割ってしまった時は雷が落ちるかと思った。

 

「1ヶ月半で『恩恵』を昇華させるっちゅうのは、一体どういうことや?」

 

バンッ、と手元の資料を上から叩き鋭く見つめてくる。

 

「うちのアイズでも最初の【ランクアップ】を迎えるのに一年、一年かかったんやぞ?それをこの少年は1ヶ月やと?なにアホ抜かしとんねん」

 

ゴメンよロキ、ハチマン君は3週間位だ。

 

「うちらの『恩恵』は()()()()()()()()()。1ヶ月そこで子供らみんなが器を一変させたら、世話ないっちゅう話や。それができへんから、どいつもこいつも苦労しとるんやろうが」

 

【ステイタス】はあくまで促進剤。その者の具現化されることのない可能性を掘り起こし力という形にするだけ。

 

ハチマン君の成長はあのスキルもあるが彼の今までの人生で彼が可能性を発掘されなかった、見て貰えなかった故に芽吹いた向上心というのが成長の秘訣に大きく関わってると思う。

 

「おいこら、ドチビ、説明せぇ…なぁんでドチビのこんな弱っちそうなガキ共がランクアップしとんのや?」

 

だからロキの言葉はどこにも響かない。いつもみたいに焦ったりもしない。やましいことなんて1つもないのだから。

 

「ボクの子供達はそこらの子供達とは違くて特殊なんだ。君達が見た目や性能に目を奪われてるから見落としたんだ。ベル君は“弱そう”だから、ハチマン君は“目が怖いから”誰にも見て貰えなかった。ボク達の出会いは偶然だった…それでも彼等の声に、心に耳を傾けてみれば見えるものがあったんだ。ベル君は何よりも強い“心”ハチマン君は誰よりも美しい“優しさ”。その強みとセンスがあったからレベルアップできた。散々彼等は辛酸を舐める…いや、飲まされ続けてきたんだ。そんな彼等が諦めず困難に立ち向かって成長して…何が悪いッ!!ボクの事は何と言われようと構わないがロキッ!ボクの子供に文句を言うのは許さないぞッ!!」

 

呼吸する間もなくて失った酸素を取り戻そうと肩で息をする。

 

(言ってやった…言ってやったぞ!)

 

「そうか…そりゃ、悪かったな」

 

珍しく正論を言われたロキは黙りこくった。それもそうだ、他者の努力を自分のお気に入りの子供の記録を抜かされたからってコケにしたからだ。

 

「あら、ロキが謝るなんて珍しいわね」

 

美しいソプラノの声が響き渡った。

 

「うっせ、色ボケ女神」

 

ロキが悪態を付き返す。

 

「私の子達のタレコミなんだけど、このハチマンって子恐らく悪魔と思われるモンスターに勝ったわよ」

 

「「「「「「「「!!」」」」」」」」

 

シンとしていた空気に亀裂が入る。

 

「悪魔…コワイ…歯…折られる…」

「怖いよーーーー!ママァァァァ!!!」

「クワバラクワバラ…」

「ガタガタガタガタガタガタガタカタ…」

 

それぞれの神達がそれぞれの反応を示す。隣のヘファイストスも頭を抑えてる。ロキは…白く燃え尽きてる。

 

「そ、それでも弱い悪魔なんじゃないか?」

 

「魔具になるようなランクよ」

 

一層神々が騒がしくなるが20分位で落ち着く。

 

「Lv1で倒したんだ、本気で称えてやらないとな!」

 

「「「「「「「おう!!」」」」」」」

 

「あら、あの子の二つ名は私が考えたわ。素敵な名前を♪」

 

「「「「うええええええ〜〜〜!!??」」」」

 

その後神々はベル君の二つ名を必死に考えてる。神会直前に滑り込みで参加したから情報が少なすぎるとのこと。

 

「…ロキ?」

 

ロキが隣にやって来る。

 

「…注意しとけよ、ドチビ」

 

「えっ?」

 

「あの(女神)、ドチビのガキのプロフィール見て笑ってたで」

 

「っ…?」

 

「アホウ、男見て笑うなんて1つしかないやろ、大切なガキなら守らんかい」

 

そう言いロキは去ってく。

 

……フレイヤが笑った?…二人を見て?

 

とある可能性が頭を過ぎったがそれを遮るように円卓がドッと爆発した。

 

「「「「「「決まったぁー!!」」」」」」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ー【アラル墓地】ー

 

「ハチマン!」

 

小走りで駆け寄って来るベルに目線を移す。

 

「おお、どうした?フローヴァさんのことに行かないのか?」

 

「ハチマンと一緒に行きたいなって…」

 

頬を赤らめモジモジとするその姿は女の子みたいだった。ウソ、今ちょっとキュンとした?まさか…。

 

「ハチマン…この人は?」

 

俺の奥にある【EVA】と掘られた墓石を見るベル。

 

「知らない人なんたが、どうしても放っておけなくてな…ちょくちょく手入れとか花を手向けてんだよ」

 

「この人も喜ぶ筈だよ。もしかしたらハチマンの前世の恋人だったのかな?」

 

「まさか、前世なんてないだろ」

 

馬鹿言ってないで、行くぞ、と言いベルとタクシー(馬車)に乗って【豊饒の女主人】に向かう。

 

ー【豊饒の女主人】ー

 

「「「かんぱ〜い!!」」」「「乾杯」」

 

テンションを大にして音頭を取るベルとリリルカとフローヴァさん。それに便乗するように俺とリューさんは淡々とそれに答える。こういう雰囲気は嫌いだった筈なのに自然と嫌な気はしない。

 

「クラネルさんは【リトル・ルーキー】、ヒキガヤさんは【亡影(ぼうえい)】ですか。良かったです、無難な二つ名で」

 

「そうですね」

 

「僕はもうちょっとカッコイイのが良かったな…」

 

ベルの愚痴をBGMにしつつトマトソースパスタを口にした後お酒を飲む。うむ、やはり美味い。後はパフェでもあれば完璧なんだがな…。ちょっくら走って買ってこようかな?

 

「そういえばハチマンさんはどんな戦い方をするんですか?」

 

そうフローヴァさんが聞いてくる。

 

「どんなって…どんな感じ?」

 

ベルとリリルカに聞いてみる。

 

「ハチマンのバトルスタイルはちょっと独特なんですよ。ね、リリ」

 

「えぇ、最初見た時は頼もしさ半分と怖さ半分でした。モンスターを掴んでは投げたりと豪快かと思いきや…」

 

「剣や魔法を使って綺麗に戦ったりと不定形なんですよ」

 

「息ぴったりの説明ご苦労さま、とまぁこんな感じです」

 

「へ〜、何か戦う上で気をつけることとかあります?」

 

難しい質問をされた。気をつけること…か。

 

「別に…広い視野と幅広い戦術をもってダンジョンに潜ってるだけですよ」

 

「わあ!どことなくプロっぽいですね!」

 

うーん、プロっぽいね…まだまだ上はいるのに。この子、ちょっとズレてるのか?

 

それからは明日の事とかを話し合った。ベルの壊れた防具とかを買い直しに行くのに俺が同行したり、それに漬け込んでサボろうとしたフローヴァさんがミアさんにドヤされたり、色々と騒がしかったが心のどこかでそれを良しとする俺ガイル。

 

「ヒキガヤさん達はダンジョン攻略を再開させる際、すぐに中層に向かうつもりですか?」

 

ふとリューさんが質問を投げかけてくる。

 

「ひとまず、11階層で今の体の調子を確かめてみようと思ってます。もし攻略が簡単だったら、12階層まで足を伸ばす感じです」

 

「ええ、それが賢明でしょう…ですが中層へもぐることはまだ止めておいた方がいい。貴方達の状況を見るに、少なからず私はそう思います」

 

「つまりリュー様は、ベル様とハチマン様では中層に太刀打ちできないと、そうお考えなのですか?」

 

「そこまで言うつもりはありません。ですが、上層と中層は()()

 

「では、リュー様は…」

 

「ええ。貴方達はパーティーを増やすべきだ」

 

遂に来てしまったか…この日が…。

 

「なぜヒキガヤさんは頭を抱えているんですか?」

 

「あはは…ハチマンは人付き合いが極端に苦手で…」

 

「でもリリとかリュー様とかとは普通に話せてますよね」

 

「そういえばそうだな、どうして?」

 

「いやリリ達に聞かれても…」

 

はっはっ、パーティのことでお困りかあっ、【リトル・ルーキー】【亡影】!?

 

声の主はガタイのいいおっさん、仲間を両脇に侍らせてこちらにやって来た。

 

「話は聞ぃーた。仲間が欲しいんだってなぁ?なんなら、俺達のパーティにてめえらを入れてやろうか?」

 

「ど、どういうことですかっ?」

 

ベルが問い返すと

 

「どうもこうも、善意だよ、善意。同業者が困ってんだ、広ぇ〜心を持って手を差し伸べてやってるんだよ。ひひっこんなナリじゃあ似合わねぇかぁ?」

 

「い、いえ、別にそんなことは…」

 

リリに目をやれば心底嫌そうな顔をしてる。フローヴァさんは苦笑を浮かべリューさんに至っては顔色一つ変えない。

 

「だぁろう?助け合いってやつだ、助け合い〜ぃ。それに今、話題かっさらってるお前さんなら、俺達のパーティに入れても構わねぇし…なぁ!」

 

「それで、だ!俺達がお前を中層に連れてってやる代わりによぉ…この嬢ちゃん達を貸してくれよ!?こんのえんれぇー別嬪のエルフ様達をよっ!仲間なら助け合い分かち合いが基本だ!そうだろう!?」

 

ブチッ

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ブチッ

 

店の中で何かが切れた音がした。

音のした方を見てみるとハチマンが立っていた。

 

「助け合い…ねぇ…」

 

口元に着いたパスタソースをハンカチで拭いながらハチマンは虚ろな目をしていた。まるで…出会った頃のような。

 

「じゃあ助けてやんないと…」

 

「あぁ〜?何言ってんだ?てめぇ」

 

そんな冒険者にハチマンがギロリと睨みつける。あれ?ハチマンの目って…黄色かったっけ?

 

「今日は良い1日だった。鍛錬でいい汗かけたし、おっちゃんにリンゴを貰えたし、パフェもピザも今日は一段と美味かった。【EVA】にも綺麗な花を手向けてやれたし、悪くない二つ名も貰えた。柄にもなくパーティーでひっさしぶりに楽しむ事ができた。後は帰っていい夢を見るはずなのにどうしてかなぁ…どうしてこうも〆でアンタらみたいなカスに絡まれるのかなぁ…」

 

「ヒッ…」

 

冒険者達がたじろぐ。ハチマンの何も言わせまいとするプレッシャーに押し負けてるんだ。

 

「あの日…門を開けてからおかしいんだ。どうも感情の制御が難しい。いつもならスルー出来るのに…もっとうまくやれるのに…どうも血が騒ぐんだ。ぶちのめせって…誇り無き獣を打ち倒せって…。なぁ、俺を…人殺しにしないでくれよ…な?」

 

サァ…といつの間にかハチマンの髪の毛は完全に銀色になっていた。

 

「ヒ…ヒィィィィ…」

 

立ってられず腰を抜かしてしまった冒険者達はウルウルとした目でハチマンを見つめていた。もはやさっきまでの面影は感じられない。

 

ハチマンはそんな冒険者達に目線を合わせるようにしゃがむ。

 

「こ、殺さないで…もう…しませんから…」

 

ガシっとハチマンが肩を掴む。

 

「ヒッ…」

 

「なーんてな、んな事する訳ないだろ?」

 

先程までの雰囲気は消え去り、髪の毛も元の色に戻っていたハチマンはケラケラと笑いながら立ち上がった。

 

「酔ってたんだろ?これに懲りたらもうするんじゃないぞ?」

 

「あ…あ……」

 

さっさと金置いて行けよ

 

ハチマンが地獄の底から響くような声を出すと冒険者達は所持金全部出して叫びながら店から出て行った。

 

「ふぅ…すみませんね、迷惑かけちゃって…お詫びにこの金で全員分の飯と酒、奢らせて貰うんでジャンジャン頼んじゃって下さい…ね?」

 

『『『『『『『いえええええええええええええええい!!!!』』』』』』』

 

その日、【豊饒の女主人】は開店して以来の売上最高金額を叩き出した。

 

めでたしめでたし…?

 



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番外編 幕間の絶望

八幡の元いた世界…まぁ、葉山目線で書かせて貰いました。原作ファンの方々には申し訳ないですがキャラ崩壊してると思います。あっ、アンチ回ではないです。あと、少し持ってき方とか会話とか、色々とアレだと思うんですけどご了承ください。


その日はとても良い天気だった。

比企谷が学校に来なくなって2ヶ月がたった頃だ。担任教師に呼び出された2年F組の生徒は広い多目的室に呼び出された。

 

「突然ですが悲報があります。昨夜未明、不登校となっていた比企谷八幡さんがトラック事故に巻き込まれて死亡した事が発覚しました」

 

ざわっと室内の空気が固まる…一瞬だけ。

 

え?

 

確か昨日トラックの爆発事故があったとニュースでやっていたがそれに比企谷が巻き込まれた?

 

「えー、気持ちの整理がつかないと思うので今日は一日授業はなしということで…」

 

比企谷八幡の死を聞かされた時より大きい喧騒が室内を包む。皆の様子を見てみると大体4パターンの反応が見られた。

 

①戸塚や川崎さんといったほんの少しだけ暗い顔をする者。

②結衣や戸部のように雰囲気を盛り上げようとする者。

③今日一日授業が無いと告げられテンションが上がってる者。

④興味無さそうにしてる者。

 

じゃあ僕はどこに分類されるのか聞かれたらきっと⑤に分類されるだろう。

 

死を受け止められない者

 

どうして…どうして皆はそうしてられるんだ?人が死んだんだぞ?確かに皆にとってはどうでもよさそうな奴だったがどうしてヘラヘラしてられるんだ?戸部、結衣。どうして興味無さそうにしてられるんだ?由美子。なんで申し訳なさそうにしてないんだ?姫菜。大和、大岡、どうしてスマホばっかり弄ってるんだ?

 

比企谷が守ってくれたんだぞ?

 

「葉山、少し良いか?」

 

平塚先生に呼ばれると崩れそうになった感情を持ち直し笑顔を取り繕って向かう。

 

「先生、どうかしましたか?」

 

「いきなりで悪いんだが、比企谷の葬式に出てくれないか?クラス代表として」

 

「それは…どうして俺に?」

 

「学級委員長と比企谷に何の接点も無いからな、少しは彼を知ってる君が良いと思ったまでだ」

 

「……分かりました」

 

二つ返事で了承して元の場所に戻る。

 

「隼人ーどったの?何かやらかした?」

 

由美子がスマホを弄りながら聞いてくる。今はその動作すら頭にくる。

 

「いや、比企谷のお葬式に出てくれって頼まれたんだ」

 

「べーっ!葉山くんヒキタニの葬式とかマジダルいべー」

 

「戸部、冗談でもそういう事言うなよ…な?」

 

少し圧をかけて戸部を諭す。

 

時は巡り放課後

 

部活の休憩時間を縫って奉仕部へと向かう。ドアに手をかけようとした瞬間部屋の中から声が聞こえる。

 

「ねぇゆきのん、ヒッキー、死んじゃったんだって」

 

「そう、目障りな男が死んでせいせいしたわ。あんなやり方しかできない男、死んで当然よ」

 

「そうだよね…そうだよね!ヒッキーマジキモイもんね!」

 

耳を澄ませば聞こえてくる彼への罵詈雑言の数々。聞くに堪えず、俺はその場から走り去って行った。

 

ー【葉山家】ー

 

俺のせいだ…俺が無茶な依頼をしたせいだ。俺が…現状維持なんかを望んだから…比企谷は…。

 

「うっ…うぅ…うわぁぁぁぁ…」

 

その日は久しぶりに枕を涙で濡らした。こんなの初めて雪乃ちゃん…いや、雪ノ下さんに拒まれた日以来だ。

 

取り敢えず明日のお葬式で彼の死について聞いてみよう。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「どーせフラフラしてたら轢かれたとかそんな感じですよ。そんな事より、このお菓子、美味しいですよ!葉山さんもどーですか?」

 

あ…

 

「あのバカ息子、こんなイケメンさんの手を煩わせやがって…すいませんねぇ?学校にも言ったんですけど、形式上行かせなきゃって聞かなくて…マジで迷惑かけんじゃねぇよ…クソガキが

 

ああああぁ…あああああぁぁぁ…

 

「もう本当にいい加減にして欲しいわ。最後の最後にこんな出費…小町の将来に響くかも…」

 

葬式は葬式じゃなかった。唯一真面目なのはお坊さんくらいだった。一通り終わると出席した人達はこぞって喋りだし、彼の事なんて気にも止めてない雰囲気だった。

 

「それじゃあ俺は…学校があるので…」

 

「真面目なのね〜、アイツにも見習って欲しいわ〜」

 

比企谷は言っていた。『人間誰しも良い奴とは限らないんだよ』と…。今やっと理解した。俺は馬鹿だ。どうしようもない阿呆だ。楽園だと思っていた学校は最早地獄にしか見えない。人の死を何とも思ってない。そんな奴らの巣窟だ。

 

学校には戻らず真っ直ぐ家に帰って俺は胃の中の物を全部戻した。昨日も今日も何も食べてなかったから胃液しか吐いてない。喉が痛くても嗚咽が止まらない。

 

「うぅ…えぐっ…おぇぇ…」

 

一通り収まり鏡を見るとやつれた男が立っていた。

 

「収まったか?」

 

「父さん…」

 

「話してみろ」

 

俺は昨日あった事…それに至る経緯を包み隠さず話した。いつ以来だろう、父さんと正直に話すのは…。

 

「ふむ、比企谷君は死んだ、それは自分が彼を死に追いやる原因を作ってしまった償いをしたい。そういう事だな?」

 

「はい」

 

「隼人…一つ聞いてくれ、父さんも顧問弁護士なんかをしてるとな?頼まれるんだ。雪ノ下さんの所の汚職とかやらかした事の揉み消しを…そしてそれをこなしてると段々自分の中の何かが壊れていくのが実感する。隼人…お前はそうなるな、学校の人間が…彼の家族が腐っててもお前は、もう腐るな。父さんとの約束だ」

 

真剣な目で見つめてくる父さん。

 

「はい」

 

「ならば休学しろ、そして彼の身辺調査をするんだ。勿論独りで…だ」

 

「分かりました」

 

父さんは休学届を学校に提出すると言い家を出て行った。

 

「俺も…行かなきゃ」

 

メモとボイスレコーダー、スマホに小型カメラを持って家を出る。

 

(先ずは彼の経緯についてだ)

 

再び比企谷家に向かい彼の部屋を見せてくれと言うと二つ返事で了承された。

 

彼の部屋は見た感じ特におかしな点は無かった。AKIRAのDVDが何度も見られた形跡があった。確か昔金田バイクを作って貰ったっけ…机の奥には『絶対許さないノート』なる物があった…取っておこう。クローゼットを開けてみると色々と物が置いてあった。中学の頃のアルバムや小学生の頃の彼が書いたと思われる作文。これも取っておこう。

 

「粗方見たかな…」

 

取っておいた物に目を通す。

 

『絶対許さないノート』はページの大半が破けて損失しており、たった1ページにとある人物の名前が書いてあった。

 

比企谷八幡

 

追い詰められた彼は自暴自棄になって…いやまだ判断が早い。

 

次は中学のアルバム……これでもかという程彼は写ってなかった。

 

次は作文。

 

何の変哲もない作文内容、それでもその内容は嘘だと一目で分かった。作文用紙に水が着いたと思われる点があったからだ。涙…だろう。家族にも構って貰えなかった彼はこの頃からやさぐれ始めたのか…?

 

暗くなってきた。今日の所は帰ろう。

 

ー【葉山家】ー

 

「隼人、警察の知り合いからのタレコミだが…亡くなった比企谷君の遺体は見つからなかったらしい」

 

「え…それじゃあ」

 

「だがその近辺にある血跡と彼の財布が彼の死を証明していたらしい。警察でも気味が悪いと噂になっていたらしい」

 

「そうか…ありがとう」

 

「それと、彼の死ぬ二週間位前に大量の不良が病院送りになったらしい」

 

「比企谷がいなくなってる時期だ…そこから先は俺が調べてみるよ」

 

「励むんだぞ」

 

「はい」

 

比企谷…誰も理解してやれなかったのだからせめて俺だけでも…。さてと、まだ調べる事ができた。

 

次の日

 

ー【病院】ー

 

「失礼します」

 

病室の扉を開けると包帯でぐるぐる巻きにされたリーダー格の不良と思われる青年がベットで寝ていた。

 

「あぁ?マッポじゃねぇな…んの用すか」

 

「この写真の男に見覚えはありませんか?」

 

比企谷の生徒写真を見せる。

 

「このガキ…死んだのか?」

 

見覚えがあるかのように振る舞う青年。隠す気は無いようだ。

 

「ええ…トラックの爆発事故に巻き込まれて…運転手諸共」

 

「クソッ…つまんねぇの」

 

「彼と知り合いだったんですか?」

 

「敵だった」

 

敵?どういう事だ?

 

「何で対立してたんですか?」

 

「そう、アレは3週間位前だった」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

俺はここらでそこそこ名の知れた不良だった。周りの舎弟からは帝王なんて呼ばれたりもしてる。

 

今日も気に食わねえ奴ボコそうとした日だった。一人の舎弟が因縁付けられてボコられたらしい。そいつはボサボサの髪の毛で腐った目をしてると聞いた。

 

直ぐに他の舎弟達を向かわせたが返り討ちにあった。どうも奴は怒り心頭と聞いた。だからというのもアレだが深夜の千葉港に呼び出してタイマン張ってたら後ろからヤラれたんだよ。オレがな…。訳を聞けば俺以外の舎弟達はヤクのバイヤーやって金を荒稼ぎしてたらしくてな。その隠れ蓑に俺が宛てがわれた訳だ。

 

悔しかった。人生で一番悔しい思いをした。

 

絶望に明け暮れる中アイツ、比企谷だけは奴らに向かって言った。

 

「腐れ外道が、ぶちのめしてくれる」

 

ってな。バカだよ、アイツは…相手が100人以上いても平気そうな顔してんだ。俺もやられっぱなしじゃ性にあわないから加勢した。なんとか勝つ事ができたが取り逃した奴らもいる。

 

そこで奴が俺に言ったんだ。

 

「不良やるのもいいがやるなら『健康優良不良少年』になってみろよ。曲がった奴を全員ぶちのめせ」

 

約束したんだ。俺に悪いと思うならなって見せろ、やって見せろってな。それが俺と比企谷八幡の約束だ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「そんな事が…」

 

「まぁ、死んだら約束もクソも無いがな…」

 

「じゃあやんないのかい?」

 

「やるよ…」

 

礼をして病室を出る。

影ながらこの町に麻薬が蔓延するのを防いだ比企谷…。誰よりも誇れる事をしたんだな…。

 

(後は…)

 

比企谷の家のご近所さんに比企谷の印象を聞いてみよう。

 

「八幡君?偉い子だったわ、小さい頃から一人でお使いに行ったり、妹の面倒を見てたりしてたわ」

 

「でも、小学校低学年の頃ふと笑わなくなったのよ」

 

「親御さんが小町ちゃんに付きっきりになってからかしら…」

 

「見た目は陰気だけど優しそうな子って感じね」

 

これで彼を知る事ができた、誰よりも優しい彼を…。

行こう…。そしてできれば誤解を解こう。

 

ー【奉仕部】ー

 

「失礼するよ」

 

「あ!隼人君!ヤッハロー!」

 

「何の用かしら?」

 

息を深く吸って吐く。そして覚悟を決める。

 

「話があるんだ。修学旅行の件について…」

 

俺は何もかもを話した。比企谷が悪くない事、彼が休んでる間とんでもない事に巻き込まれていた事を。

 

「そう、そんな事があったの」

 

「あぁ…だから比企谷は「それがどうしたのかしら?」えっ?」

 

「彼が死んだから…彼が悪くないから…どうしたの?もう私達にとって彼は敵よ。まぁ、既に死んでるのだし、もはや障害ですらないけど」

 

淡々と、無表情に、雪ノ下さんは告げた。

 

「そうか…分かったよ、知ってくれれば…良かったんだ」

 

精一杯の笑顔を練り上げ教室から出ていく。ふと目を上にやると奉仕部のシールが貼られた表札がある。今の雪ノ下さんや結衣には奉仕部と名乗る資格は…無い。サッと素早く表札を盗る。

 

「これは比企谷に渡してくるよ…」

 

学校を去る。

家に戻り普段着に着替えると宛もなくまた出かける。

 

どうしてだ?どうして比企谷の事を誰も分かってくれないんだ?アイツはこんなにも苦しんでいるのに…いや、もしかしたらもっと苦しんでるのだろう。

 

「あぁ…これが彼の孤独なんだ…」

 

誰にも理解されない気持ちというのをやっと理解できた。

 

(こんなにも冷たいんだな)

 

雨も降ってないのに指先がかじかんでくる。

 

歩くのが疲れればバスに乗り降りてまた乗ってを繰り返していたらとある場所に着いた。

 

(ここは…おせんころがし…)

 

千葉屈指の心霊スポット…断崖絶壁のこの場所は自殺者もいると聞いた。料金を払い崖を登る。暫く道から外れとある崖に行き着く。ここなら誰にも見つかるまい。

 

ポケットから表札を出して見つめていると自然と涙が浮かんでくる。

 

「うっ…うううっ…」

 

胸に表札を抱きしめ、一歩…前に踏み出した。

 

「比企谷ァァァァ!!!」

 

グシャ…

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「っ…」

 

「どうしたの?ハチマン」

 

ベルがこちらを振り返り尋ねてくる。

 

「いや、今嫌な予感がしたんだが…」

 

「不吉だね…気を付けようね」

 

ホント、ゾワっとした。心の臓を掴まれた気分だ。

 

「気を取り直して行くよ、今日は壊れた防具とかを買い直しに行くんだから!」

 

「確か…ヴェルフって人のやつが良いんだっけ?」

 

「うん!軽くて丈夫で着心地も良かったんだ!」

 

「わーったわーったから…行くぞ、バベルはもうすぐだ」

 

ルンルン気分で歩いてくベルの背中を見つめふと思う。

 

(あっちの奴らは上手くやってるんだろうか…)

 

ブンブンと頭を振る。

 

「気にしたってどうしようもないんだ…」

 

今日は天気が良い…きっと今日も変な出会いか事件があるのだろう。どっちもは勘弁だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まぁ、許してください。自分にはこれが限界です。面白く作れなかったのですが許してください。


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#18 鍛冶師(スミス)銃鍛冶師(ガンスミス)

今更だけどゴーストオブツシマが面白すぎる。

「誉れは浜で死にました!」ここでウルっとしちゃったよ。

いつの間にかお気に入り600突破してました!皆さんにありがとうございます!


ー【ヘファイストスの店】ー

 

「どこかなー」

 

なんて言ってお目当ての作品を探してるベルを背景に俺は壁に背もたれて店内をくまなく見渡してた。ここで俺は冤罪をかけられたのだ。過ぎた事だし犯人は死んだといえど警戒を解く理由にはならない。

 

「何か…お探しかな?」

 

すぐ隣に初老で見てくれでは鍛冶師というより学者、研究者と言われた方が納得のいく格好の男がいた。

ていうかどっから出てきた?店内は見渡せる場所にいたぞ?

 

「別に…何も…」

 

「ケケケッ…噂通りの無気力な男だ。こう言えば分かるかな?俺はアラストルと知り合いだ

 

ビクッ…

 

「ケケケケケ…データ通り、分かりやすい男だ」

 

「てことはアンタも悪魔か…」

 

「御明答…私の名はマキャヴェリ。魔界では一番のガンスミスだったんだぜ?」

 

「へー」

 

マキャヴェリ…どこか心にくる名前だ。

 

「僕は君のファンでね…レベルアップ記念にお祝いの品を持ってきたんだ」

 

中々デカめの箱を俺に渡してくる。

 

「開けてみてくれ、バカなオラリオ人には扱いきれない芸術品だ」

 

言われた通り箱を開ければ白と黒の大型二丁拳銃が入ってた。サスペンダー型のホルスター付きで。?…胸が高鳴るのはどうして?これって…恋?

 

「反応は良好…と。あ、箱は捨てて構わないよ」

 

「メモるなよ」

 

「悪いね…見てくれ通り学者にて研究者なんだ。これも性さ」

 

学者根性があるお方だこと。

 

「本当は腰にホルスターって考えてたが手癖の悪いドブネズミ共に盗られたらって考えるだけで発狂もんだから、脇にさせてもらったよ。後、余談だが白い銃は威力、黒い銃は連射性が高いよ。上手く使い分けな」

 

「ありがとう」

 

また何かメモるマキャヴェリ。人の話を聞く態度がなってないが悪い奴ではないのか?

 

「少し聞いてくれるかね?」

 

「何を?」

 

「悪魔について…少しね」

 

気になっていた事だから耳だけに全神経を集中させる。ただし目線はベルに向けて。

 

「昔の悪魔社会と天界って簡単に表せば弱肉強食のヤクザみたいな感じで天界が無能で悪徳ばっか働く政治家みたいなものだったんだ」

 

「ほう」

 

「当時の人間界の実権を握ってたのは天界だが裏で牛耳ってた魔界は行動を起こしてね、人間界を支配するまで至らしめたんだ」

 

「それって…」

 

「別に虐殺をした訳じゃない。一体の悪魔が事を荒立てずに人間界を手に入れたんだ。まぁ、その後天界で暫く過ごす羽目になったがね」

 

「それで?」

 

「今日はここまでだ、一気に話すとつまらないだろ?続きが気になってベッドでモンモンとしてるんだな。渡すものは渡した、俺は戻る」

 

去ってくマキャヴェリ…しかし少し歩いたらこちらに振り返って

 

「鎧騎士には気を付けろ、アレは間違いなく傑作だ」

 

「はぁ?」

 

鎧騎士?なんだそりゃ…んなのオラリオに山ほどいるんだが。真意を問おうとしてもマキャベリはいない。

 

(折角だし、着けてみるか)

 

コートを脱ぎホルスターを着けてそこに拳銃を仕舞う。うーん、手に馴染むなぁ。名前を付けよう…そうだな

 

「マイケル&クインシー…いや、エボ二ー&アイボリー…違うな。そうだ、ルーチェ&オンブラにしよう」

 

ルーチェは白い銃、オンブラを黒い銃として今度からそう呼ぼう。ふふふっ新しい相棒ができた感じだ。

 

「ハチマーン!」

 

ベルが駆け寄ってくる。隣に赤髪のあんちゃんを侍らして…この人がヴェルフとかいう人か…見たまんま鍛冶師だな。

 

「紹介するね、この人がヴェルフ・クロッゾさん。僕の防具を作ってくれた人!」

 

「紹介されたが俺はヴェルフ・クロッゾ。【ヘファイストス・ファミリア】の、今はまだ下っ端の鍛冶師だ」

 

「俺はハチマン・ヒキガヤ、特に何者でもない」

 

感じのいい好青年風を吹かしているが騙されないぞ?…クロッゾさん?お前が最初の的にならない事を切に願ってるぜ?

 

「じゃあ、お前があの【リトル・ルーキー】か!?って事はそっちのは【亡影】!?記録を塗り替えた世界最速兎と最初から最後までミステリアスの完全不明(アンノウン)!」

 

なんだそりゃ、俺そんな風に呼ばれてんの?アンノウンとか…かっこいいじゃん?

 

バベル八階に設けられた小さな休憩所。エレベーターの近くにある空間で、俺達とクロッゾさんは会話をしていた。

 

「本当に俺より年下なんだな。いや、冒険者に年齢なんてそれこそ関係ないか?」

 

「えっと、クロッゾさんの年は…?」

 

「今年で17だ。で、そのクロッゾさんってのは止めてくれ。家名、嫌いなんだよ。ヒキギャヤ…ハチマンも止めてくれ」

 

おぉ…年下の癖にナチュラルに名字呼びを止めて名前呼びを強制してきたぞ、こいつ。コミュ力が高いなぁ…。

 

「それで、だ。単刀直入に言うとな、俺はお前さんを離したくなかったわけだ。俺の防具の価値を認めてくれた、お前を。お前は二度も俺の作品を買いに来てくれた。俺の顧客、本物だ」

 

本物…ねぇ…。そんな言葉を使えるんだ、きっとこの人は良い人なのだろう。そっと、組んでた腕を解く。

 

「じゃあ、僕にこれからも顧客でいてほしいっていうことですか?」

 

「間違いじゃないが…もうちょっと奥に踏み込ませてもらう」

 

「俺と直接契約しないか、ベル・クラネル?」

 

急にクロッ…ヴェルフさんが白い悪魔に見えてきた。ベル…マミったりしないか?

 

「えっ…い、いいんですか?」

 

「いいもなにも、お前さんの専属になれるなら願ったりなんだよ、俺は。ぐずぐずしてると他の鍛冶師がきっと声をかけてくるからな、手に入れかけた顧客も失うことになる。俺としては是が非でも契約したいわけだ」

 

快活そうに笑ったヴェルフさんは続ける。

 

「…こんな話の後じゃあ信じてもらえないかもしれないが、Lv云々はどうでもよかったんだ。あんな数ある鎧の中から、俺のものを選んでくれたからな。挙句に、俺の作品を使いたいだなんて言われた日には…な?こう、グッとこみ上げてくるものがあるってもんだろう?」

 

「…わかりました。ヴェルフさんと、契約を結ばせてもらいます」

 

「よし、決まりだ!断られたらどうしようかと思ったぞ!…ハチマンはどうする?契約しとくか?」

 

「遠慮しとく、防具とかはつけないし、武器とかも壊れないしな」

 

「壊れないって…そりゃ、不壊属性なのか?」

 

「いや、そんなん知らんが…信用してるんだ、コイツらは壊れない。だって俺のだからな…」

 

フォースエッジを手に取りその刀身を見ながら告げる。

 

「信用…」

 

「だから…大丈夫だ」

 

「分かった」

 

潔いヴェルフさんは俺とベルを交互に見つめる。

 

「本題だ。言うぞ?」

 

「「……」」

 

「俺をパーティに入れてくれ」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「やって来たぜ!11階層!」

 

スパン!

 

大きく両手を上げ『宇宙〜来たーー!』のポーズをとってるヴェルフさんに突進してきたハードアーマーを閻魔刀で両断にする。ふっ、今となっては奴も敵ですらない…。なんちゃって。

 

「油断…死ぬぞ?」

 

「あぁ、済まなかった。気を付ける」

 

ヴェルフさんは俺と似たような感じで防具をろくに付けてない。そこは少し好感が持てる。

 

「…新しいお仲間が増えたと聞いてみれば、なーんですか、ただベル様はモノで釣られて買収されただけではありませんか」

 

不機嫌な声がリリルカから聞こえる。っていうかモノというかちょろまかし…あっ露骨に目線逸らしやがった。

 

「何だ、そんなに俺が邪魔か、チビスケ」

 

「チビではありません!リリにはリリルカ・アーデという名前があります!」

 

急ごしらえとはいえウチのパーティも賑やかになったものだな。と、まるで熟年の冒険者みたいな事を考えてしまう。いかんいかん、まだ俺は新人、伸びなくてはいけない、立ち止まってもいけない。俺と…ベルの目指した境地へと至る為に…。

 

「グオオオオオ…」

 

地面からいきなりモンスターが生み出される。オークだ、相変わらず気持ち悪いビジュアルをしてる。創造神の趣味が悪い証拠だな。

 

「ベル様はお一人で好きなように動いてください。この鍛冶師の方はリリが微力ながら援護しましょう。ハチマン様、後衛でモンスターの撃破と全員の援護をお願いします」

 

「分かった!」「了解だ!」「承知した」

 

(試してみるか)

 

懐に手を入れルーチェとオンブラを取り出す。

 

「さてと、試し撃ちの時間だ」

 

銃を手に取り手首が交差するように構えると不意に頭が冴える。狙うべき頭に自然と銃口が向く。後は引き金を引くだけ…。

 

バン!バン!

 

飛び出た弾丸は的確にモンスターの頭を撃ち抜いた。勿論生きているはずもなく絶命した。

 

「ハ、ハチマン!?何それ!?」

 

「説明は後だ、今は邪魔を消すぞ!」

 

「「「ブギィィィィ!!!」」」

 

「選べよ雑魚共…蜂の巣かハリネズミのどっちが良い?」

 

「「「ブギィィ!?」」」

 

「答えは聞いてないがな」

 

幻影剣を周りに展開しオークとかインプにロックオンする。後は簡単だ。ルーチェとオンブラの引き金を引くと同時に幻影剣もありったけ投射する。

 

「ふぅ、こっち方面は粗方片付いたな。リリルカ、ちょっくら休むか」

 

「まだモンスターは残ってますよ?大丈夫なんですか?」

 

「ヴェルフさんの実力は知らんがベルが付いてんだし大丈夫だろ」

 

見てる限りヴェルフさんも弱くはないのが戦いから伺える。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「一通りの安全は確保しましたし、ご飯にしましょう。他の人達がいるから、モンスターに警戒することもないでしょうし」

 

そんな訳でお昼をとる事になった。俺が作ったお弁当を出す、今日のデキは結構良かったから自信がある。ベルとリリルカは目を光らせて食べていた。それを不思議そうに見ていたヴェルフさんに食べてもらうとダムが決壊したかのようにバクバク食べてった。ふっ…また一つ胃袋を掴んでしまったか…。俺も罪な男だな。

 

「そういえばハチマン、その白と黒のやつ何?」

 

「えぇ、リリもずっと気になっていました」

 

「見たことねーな」

 

やはり銃はこの世界に存在しないのか。説明が難しくなるな。

 

「知り合いっていうかファンと名乗る科学者に貰った。ボウガンの殺傷力と連射性が段違いに上になった代物だ」

 

銃を取り出しよく見てみると持ち手の部分に不自然な窪みがあった。何か写真でも貼れそうな窪みだ。まぁ、今の所誰の顔も貼る予定はないな。

 

新しい力…使い道を誤ってはいけない。

そう覚悟を決めてるとベルの手が光っていた。

 

「おいベル…なんだそりゃ」

 

チリチリとした淡い光を右手に収束させてる。もしかして新しいスキルだろうか?なんか…嫌な感じがする。

 

『───オオオオオオオオッッッ!!』

 

顔を振り上げその方向に目を向ける。

体高約150c、体長は4mのドラゴン。

あれは…

 

「インファイト・ドラゴン…」

 

11、12階層に出現するレアモンスター。

迷宮の孤王(モンスターレックス)』の存在しない上層において、実質あのモンスターが階層主だ。

 

フォースエッジを構え迎撃しようとすると近くから声が響き渡った。

 

「【ファイアボルト】!!」

 

刹那全ての音が消えた。純白の閃光はインファイト・ドラゴンの体を貫きダンジョンの壁の一部を崩した。

 

「なんだ…あの威力は…」

 

あれがベルのスキルと魔法の力…。

欲しい…あの力が…絶対的な切り札が…俺みたいにチマチマしたやつじゃなくて爆発的な奴が…!

 

その日はベル達を先に帰らせて深夜までダンジョンで狩りを続けてた。追いつく為に…誰の背中を見ないで済むように。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

早朝、いつの間にか帰ってきてたハチマンを連れて【豊饒の女主人】まで行く。シルさんのお弁当を受け取るためだ、その為少し待つ事になったのだが…。

 

「ふあぁ〜、眠い…」

 

目を伏せながら欠伸をするハチマン。目の事を気にしてるらしく今日は紙袋を被っている。最低限の視界を確保する為に右目の方に穴を開けている。

 

「おはようございます、クラネルさん…とヒキガヤさん、どうかしましたか?」

 

「なんだか『目のコンディションが過去最悪』らしいのであまり触れないでくれると助かります」

 

「はぁ…分かりました」

 

手持ち無沙汰になっていると、カランとドアの鐘を鳴らして、リューさんが声をかけてくれた。その間ハチマンはずっと空を眺めてる。あっ、頭に鳥が止まった。

 

「そうですか、無事にパーティメンバーを」

 

「臨時、ってことになっちゃうかもしれないですけど…」

 

先日尋ねられたパーティメンバーの事について話す。

 

「相手の方は【ヘファイストス・ファミリア】の所属ですから、僕達の【ファミリア】ともう二度と問題を起こすことはないと思います。神様達も仲が良いそうなんで」

 

「それはどうかな」とでも言いたそうな目線がハチマンから飛んでくる。ハチマンはあの事件があってからお店の類に顔を出てない。強いて言うなら【ミアハ・ファミリア】にしかポーションを買い求めに行かない。昨日ずっと腕を組んでたのはいつでも銃とやらを取り出せるようにしてたと考えると少しヒヤッとする。【ミアハ・ファミリア】といえばこの前ミアハ様とコーヒーを飲んだらしい。僕の知らない所でハチマンの交友が広くなるのは嬉しい反面少し嫉妬してしまうのは秘密だ。

 

「クロッゾ…」

 

ヴェルフさんの家名を出した時リューさんは動きを止めた。その反応に少しギクッとする。

 

「な、何か知ってるんですか?」

 

リューさんの話を要約すると、ヴェルフさんの家系は血筋によりより強い【魔剣】を打てることは知っていたがそれを隣国の【ラキア王国】に献上することによって地位を獲得した。その魔剣でエルフの里は草も残らず焼き払われたらしい。

 

「そうなんだ、ハチマンはどう思う?」

 

肩と頭に鳥が沢山止まってるハチマンに聞く。

 

「興味ないね」

 

「えっ…」

 

「というのは冗談だが、別に?そんな事があったんだ〜位だ。戦争なんていつの時代もこんな感じだしな。俺の故郷も昔そんな感じのやられたし、似て非なる事もやってた。でもヴェルフさんはやってないだろ?俺達はそれだけ知ってりゃいいんだよ。背負わなくていい物は背負いたくないしな」

 

紙袋越しにポリポリと頬を掻くハチマン。僕はきっと考えすぎてたのかもしれない、ハチマンのこういう所に救われるなぁ。

 

「ヒキガヤさんらしい考えですね」

 

リューさんが同意するように声を漏らす。

 

「ベルさーん!お待たせしましたー」

 

シルさんが慌ただしくお弁当を持ってきてくれる。それを受け取りリューさん達に別れを告げてハチマンとその場を去る。

 

「よ、ベル。おはよう」

 

「あ、おはようございます。えっと……ヴェルフさん、どうしてここに?」

 

「ああ、リリスケの伝言だ。今日はダンジョン探索に付き合えないらしい」

 

何でもヴェルフさんが一人で待ってるとリリが凄い勢いで飛んできて事情を説明に来たらしい。下宿先のノームの店長が倒れてしまったらしい。

 

「どうする、3人でダンジョンに行くか?」

 

「う、うーーん…」

 

「ベル、ハチマン。何だったら、今日一日俺に時間を貸してくれないか?」

 

 

ー【ヴェルフの工房】ー

 

「ここは…」

 

「自分の技術を他の鍛冶師に見せない為に個別の工房を与えてくださったんだ。陰気で偏屈とかは思わないでくれよ?これはヘファイストス様の方針でもあるからな」

 

見覚えのある工房だ。ハチマンが誘拐されて酷い事をされた場所とそっくりだ。置いてある物が違うだけで基本的な作りは一緒。ハチマンの方を見ると魔力で椅子を作り出して座り込んでる。

 

「あいつ、今日は…いや、今は特にピリピリしてるがどうかしたのか?」

 

「いやっ…これは…その…」

 

ハチマンに目線を送ると「別にやましい事じゃないから良いぞ」と簡素な言葉が返ってくる。

 

「実は…」

 

事の顛末をヴェルフさんに話した。ハチマンが冒険者になって間もない頃、あのお店に足を運んだら万引きの冤罪を着せられて工房に連れてこられて酷い事をされたと。

 

「そんな…悪いハチマン。そんな事を露知らず連れてきちまって…」

 

「頭を上げてくれ…ヴェルフさんは関係ないんだから謝る必要はないだろ?だったら俺が怒る必要はない。それにアイツらは『死』という罰を受けた。俺もこんな目をしてたから悪いんだ…」

 

「目…?目が関係あるのかよ」

 

ヴェルフさんが訪ねるとハチマンは紙袋に手をやってそれを外した。殆ど寝てないという事もあって今日は一段と深淵のような目になっていた。

 

「この目が気に入らなかったのと売上が悪かったかららしい…ターゲットにされるのはこの目のせい…だから全部俺のせいなんだ」

 

沈黙が流れる。そんな事ないと叫びたいが今までにないくらいハチマンは悲しそうな目をしていた。

 

「悪い…気まずくしちまった。まぁ、謝礼とかはたんまり貰ったし!平気なんだけどネ!」

 

一転として急に明るく振る舞う。無理してるのだろう…演技が下手だよ、ハチマン。でも本当に忘れようとしてるらしい。なら踏み込まない方が良いのだろう。

 

「ちょっと用事を思い出した。行ってくる」

 

紙袋を被り直して工房から出て行くハチマン。

 

「おい、良いのかよ」

 

ヴェルフさんが聞いてくる。

 

「大丈夫ですよ、いつまで引きずってたらそれこそハチマンに失礼になりますから」

 

「信用してるんだな」

 

「ええ!だってハチマンは僕の相棒ですから!」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ふぅ…」

 

工房から出てすぐ空を見る。こういうテンションが低い日は空を見るに限る。重い荷物を〜枕にーしてー、深呼吸〜青空にーなるー。

 

「盗み聞きは感心しませんよ」

 

すぐそこの壁に寄りかかる赤髪で眼帯を付けた女神。もしかしなくても女神ヘファイストスだろう。

 

「ごめんなさい、私の子から貴方が来てるって報告が入って」

 

「別に責めてるわけじゃないですよ」

 

「話は聞かせてもらったわ。貴方、目にコンプレックスを抱いてるの?」

 

「怯えられるから見えないようにしてるだけですよ。そうすれば余計な敵を作らずにすむから…」

 

「そう…私と似てるわね」

 

似てる?その眼帯と関係があるのか?

 

「見せてくれるかしら?貴方の眼を」

 

断る理由もないから紙袋を取る。すると彼女は俺の頬に両手を添えこちらを覗き込んでくる。近い近い…当たってるよ。

 

「悲しい眼…希望と期待、理想と理由に打ちのめされた眼をしてるわ。辛い体験をしてきたのね。奥には優しさと、誠実さを秘めてるわ。それでも貴方は優しさを失わない…いえ、本当の優しさを知ってるのね。貴方の過去に何があったかは分からないけど、貴方が間違ってない事はすぐに分かるわ」

 

「俺は優しくなんかありません、優しかったら俺は人に危害なんて加えません」

 

「いいえ、人の過ちを正すのだって立派な優しさよ」

 

心につっかえてた何かが壊れた音がする。自然と視界が潤んでくる。俺はオラリオに来て初めて涙を流した。

 

「収まったかしら?」

 

「ええ…お恥ずかしい所をお見せしました」

 

「貴方の泣き顔意外と可愛かったわよ」

 

うぐッ!…恥ずかしくて蒸発しそうだ。…こうなったら。

 

顔を上げて仕返しと言わんばかりに左手を彼女の右頬に添えて眼帯を取ろうとすると

 

「だ、ダメよ…」

 

俺の手を取って抵抗するがお構い無しにその眼帯を取る。

 

「あっ…」

 

「なんだ、普通に綺麗じゃないですか。これで怯える奴とかビビりなだけじゃないんですか?」

 

眼帯を付け直すとすぐに背を向けて歩く。

 

「あの言葉、嬉しかったです。それじゃあ…」

 

軽く挨拶してホームに戻る。この後ソファでバタバタする予定ができたんだ。

 




ハチマンとヘファイストスって目のコンプレックスが共通点だなーと思って絡ませたら思わぬ雰囲気に…ヴェルフの視線が痛いです。


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♯19 18階層の悪夢

題名は気にしないでください、それっぽく言っただけです。


 

「んがごごごご……ンあっ?」

 

久々の熟睡から解放される。頭は朦朧とするが体の調子がすこぶる良い。でも何か気がかりがある。

 

「何か…忘れてる?」

 

部屋の中をぐるりと見渡す。いつも着てるコートの隣に赤いコートが壁にかけてある。

 

(サラマンダーウールのコート…)

 

コートの上にローブを羽織るとゴワゴワして違和感がある為仕立て屋でコートにしてもらった。紫の奴とまた違ったタイプで銀の派手な装飾が施されてる。曰く『デザインは勿論炎以外の耐久性も格段に上がりました!』らしい。もういっそ鍛冶師になったら?

 

「あれ?」

 

ーなんでサラマンダーウール?

ーそりゃ中層に行くからだよな。

ー中層に行くのっていつ?

 

そりゃ…

 

「今日じゃねぇか!!」

 

慌てて支度する。ポーション良し!赤いコート良し!火の元…良し!指さし確認良し!

 

「それじゃあ…あ?」

 

机の上に見覚えのないメモ書きが置いてありそれを手に取る。

 

「なになに?『起きたらできるだけ早く中層に向かう事、13階層で待ってるよ ベル』気を遣わせたな…」

 

じゃあさっさと行かなくては…

 

「行ってきます」

 

返事のない空間に背を向け外に飛び出る。

 

ー【ダンジョン】ー

 

ザクッ…

 

ハチマンはモンスターを見かけるや否やフォースエッジでその命を刈り取りながら13階層に向かっていた。魔石は早々にハチマンの腰の麻袋に一杯になっていた。

 

「んぁ?」

 

オラリオに来てから発達した聴覚がダンジョンの通路の奥から聞こえる音を逃がさなかった。

 

それはボロボロのパーティだった。ハチマンにとってある程度は馴染みのある鎧や刀を身につけたまるで日本人のような集団だった。リーダーと思しき男の背中には見るからに手負いの女性を担いでいた。

 

「…よかったらこれ、使います?」

 

同郷ではないが似たような所の出身(?)として見捨ててられないと思いつい声をかけてポーションを投げ渡すハチマン。

 

「どうして私達に?」

 

それを受け取った肩鎧を着けた女性冒険者はハチマンに聞いてくる。

 

「まぁ、大変そうなので…よかったらバベルまで護衛します?」

 

ベル達の事が気にかかるがアイツらなら大丈夫だろうと思い提案する。

 

「桜花殿…どうします?」

 

「んん…背に腹はかえられない…頼む」

 

リーダー格の男はその提案に承諾の意を示す。

 

「じゃあ急ぎましょう」

 

ハチマンが前線を走り出てくるモンスターを疾走しながら居合をして消し炭にしていく。

 

「凄い腕前ですね、お名前は?」

 

「ハチマン・ヒキガヤっす…」

 

モンスターを相手にしてる為あまり話しかけて来ないでオーラを全開にしてたがそんな思いも一刀両断された。

 

「ヒキガヤって…あの『亡影』ですか?噂とは全く違いますね…」

 

「噂?噂とは…?」

 

「般若の面を被り悪事を働く冒険者を血祭りに挙げている非常に起床の人だと巷では…」

 

とんでもない噂を流されてるものだと内心心底呆れ返るハチマン。

 

そんな彼の尽力もあり、かなり早い時間でバベルに到着した一行。

 

「この度は誠にありがとうございました」

 

肩鎧の女性冒険者と桜花が感謝の言葉をハチマンに送る。

 

「いや、いいんだ、それより冒険者を見かけなかったか?白髪頭とパルゥムと赤髪の鍛冶師の三人組なんだが…」

 

ハチマンのパーティの特徴を言った瞬間ハッとした顔になり段々暗い表情になる。

 

「もしかしなくても…すまない、逃げる際に13階層でモンスターを押し付けてしまった」

 

「本当に申し訳ございません!」

 

「そうか…なら…行かないと…」

 

助けたファミリア、タケミカヅチ・ファミリアに目もくれず再びダンジョンに走ってくハチマン。

 

(待っててくれ…皆…!)

 

不安が彼を包む。リューさんが言っていた『中層は違う』という言葉が頭に反響する。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「アドバイザー君!」

 

「か、神ヘスティア?」

 

窓口に待機している受付嬢のエイナに詰め寄る。

 

「昨日ベル君とハチマン君はここに来たかい!?」

 

「ベル君は昨日探索出発前の朝に訪れたのみでハチマン君とはお会いしていませんが…?」

 

「昨日から、ベル君達がホームに帰ってきてない」

 

「!」

 

異変に気付いたのは月が空の真上に来た時だ。その時はまだダンジョンに潜っているだろうと思ったがいくら何でも帰りが遅いと思ったらアドバイザー君にも顔を出してないなんて…

 

「アドバイザー君、冒険者依頼も発注する。依頼内容は『ベル君達の捜索』だ」

 

手段を選んでる暇はない、他の冒険者達の協力を募らないと…そう思いデスクに出された羊皮紙にペンを走らせ依頼書を作成する。

 

「報酬はどうします?」

 

「40万ヴァリス。【ファミリア】の全財産だ」

 

今すぐ用意できる金を提示する。

 

「上層部の許可をもらってきます。掲示板に貼り出されるには恐らく一時間前後かかりますので、ご了承ください」

 

「わかった、頼んだよ」

 

ギルドの玄関口を潜る。前庭の中央のモニュメントの傍でミアハとナァーザ君が待っていた。

 

「どうであった、ヘスティア」

 

「駄目だ、やっぱりベル君達はダンジョンから帰ってきてない」

 

押し黙る二人に過る全滅の可能性を否定するように叫ぶ。

 

「ベル君達は生きてる!ボクの『恩恵』は消えちゃいない!」

 

「ならばヘファイストスやタケミカヅチ達のもとへ向かおう。可能な限り、多くの者に助けを仰ぐべきだ」

 

「うん!」

 

3人で広大な都市を奔走する。たった2人の家族の為に。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「すまん……」

 

右肩で支えてるヴェルフが力なく呟く。

 

「いや……」

 

疲労故にそれしか返せない。後ろに着いてきてくれてるリリは息を切らして疲弊している。視線に気付いた彼女は大丈夫です、と微笑みかける。

 

ヘルハウンドの一斉放火を被り何とか僕達は一命を取り留めることができた。サラマンダーウールが無かったら確実に死んでいた。

 

「リリ、残ってる道具は…?」

 

「回復薬が四つに解毒薬が2つ…以上です……」

 

ヴェルフの潰れた足を治すのとダンジョンから脱出する事が不可能なのは足りない頭をフルに使ってもすぐに分かる事だった。

 

(現在位置、推定14階層)

 

13階層でヘルハウンドの大群から退却している際に、その先にぽっかり空いていた下部階層へと繋がる縦穴に落ちてしまった。

 

「一度、落ち着きましょう」

 

「まずは、パーティの装備を確認しましょう。治療用の道具ですが、リリは回復薬が四、解毒材が二、ベル様達は?」

 

「俺は何も残っちゃいない」

 

「僕はまだ、レッグホルスターに回復薬がいくつか」

 

「次は武器です。リリはボウガンを先の崩落で失いました。ヴェルフ様の大刀は無事で…」

 

「ベルは大剣に、後は短剣とバックラーをなくしたか…」

 

「う、うん」

 

「分かりました……今後の方針ですが、武装も道具も限られている中、生きて帰還するためにはできる限りモンスターとの戦闘を避けなければいけません。状況が許すならば、逃げの一択です」

 

地面に腰を落としてるヴェルフは異論はないと頷く。

 

「ベル様、ヴェルフ様、取り乱さず聞いてください。これはリリの主観ですが…今いる階層は15階層かもしれません」

 

曰く落下の時間と通路の幅や光源、迷宮の難解さからの推測だという。『詰み』という言葉が脳裏に過る。

 

「ここからが本題です。上層への帰還が絶望的であるのは間違いありません、ですがらここであえて上に行く選択肢を捨てて、18階層に避難する方法があります」

 

ダンジョンの安全圏である18階層はモンスターが出現しなく、腕の良い冒険者がいる為、帰る際に同伴してもらう事ができれば帰還できるだろう。

 

「ハチマンは?ハチマンは待たないの?」

 

「ハチマン様もリリ達を追って来ているでしょうがここで待つのは得策ではありません。リリ達にはハチマン様を待つだけの手段も時間も残されてません。何せここは袋小路です、モンスターにここを嗅ぎ付けられたら全滅します…。ですのでせめて何かしらの目印を残しょう、リリ達と確定できる物ではなくても冒険者がいたと分かる物があればハチマン様もリリ達がいたと予想されるでしょう」

 

「おいおい、期待しすぎじゃないのか?」

 

ヴェルフがそう言うがきっとリリもそう思ってるだろう。

 

「でもハチマンなら来てくれるよ。分かるんだ、ハチマンなら良い意味で期待を裏切ってくれるから…」

 

皆を見つめて一息つく、このパーティのリーダーは僕だ、皆の命を預かってるんだ、決意は固めた、後は決断だ。

 

「進もう」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ー【ダンジョン】ー

 

「なんなんだい…これは…」

 

そこには無数のモンスターの屍が転がっていた。ヘスティアの見覚えのある剣がモンスターの頭を貫いていたり壁から生まれる瞬間に串刺しにされたり、モンスターにとっては凄惨すぎる光景が広がっていた。

 

「おいおい、ダンジョンってのはいつもこんな感じなのか?アスフィ…」

 

捜索隊にひっそりと加わったヘルメスがその団員の少女に聞く。

 

「ひーふーみー…恐らくこの階層全部のモンスターがここに集中したと思われます」

 

眼鏡をくいっと上げて冷静に告げる。

 

「一体誰が…」

 

ヘルメスが呼んだ助っ人のエルフ君が呟く。

 

(間違いない、ハチマン君だ…)

 

「この剣…亡影の…」

 

タケミカヅチの子供がハチマン君の二つ名を言うと一同の空気がピリピリとしだす。

 

「この前Lv2になったばかりでこの実力ですか…」

 

「この剣が消えてないって事は恐らく近くにいるはずだ。注意深く気を付けながら急ごう!」

 

「「「「はい!」」」」

 

ハチマン君もこんな数のモンスターが寄ってきて無傷な訳がない。急がなくては…!

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

激しい爆炎が連鎖する。ヘルハウンドの群れはヴェルフの魔法により崩れ落ちていった。

 

「っ!?ヴェルフ!」

 

精神疲労(マインドダウン)、精神力の枯渇によりヴェルフは完璧に気を失った。

 

「……ぁ」

 

どしゃ、とリリも地面に転がった。

 

「リリっ……ごめんっ」

 

リリのバックパックを捨ててできるだけ身軽にした後リリを引きずる。

重い二人の体は僕の心にものしかかってくる。今すぐ何もかもを投げ捨てたい衝動に駆られる。

 

「ふざ、けろっ……!!」

 

何とか17階層の大広間に出る。

 

「なんで……」

 

余りにも()()()()()そこは無音の恐怖を放っていた。気配を感じてはいるのに何も無い。まるで()()()()()を恐れているように。

 

バキリ

 

鳴った。出口と思われる洞窟に逃げ出そうとしたその時に。ばっと横を振り向いた時、『嘆きの大壁』と呼ばれる200mはあるだろうその壁に巨大な亀裂が走った。

 

(やめろ……やめてくれ……)

 

そんな思いを引き裂くようにその怪物は大地に降り立った。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

振り下ろされた大鉄槌は走ってる僕のすぐ後ろに落下した。その爆風と衝撃波は僕とリリとヴェルフの体を出口の穴へと吹き飛ばし勢いよくその中に入っていった。ハチマンが言うならホールインワンってやつだろうか。

 

ピクリとも動かない僕の体を触れるのは草のような柔らかい感触。そんな所にガチャ、ガチャ、という鎧のような音とこれは…馬?の蹄の音が近づいてくる。

 

「仲間をっ、助けてくださいっ…!ハチマンをッ…」

 

「ヒヒィィィィィン!!!」

 

馬の嘶きと鎧の人の荒い息遣いが聞こえるがまるでそんなのは幻だと言わんばかりにその気配は消えた。

 

そこで僕は意識を手放した。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ぜぇっ…ぜぇっ…げほっ!げほっ、ガボッ!!」

 

激しい咳と共に大量の血を吐く。20頭に及ぶヘルハウンドの炎は想像以上に凄まじくもう左手の感触が無い。大量のハードアーマーの突進は大砲のようで俺の臓器を砕いた。怪我をする度にやはり人とは思えない程の速さで治っていくが今はもう治りも悪くなった。

 

「やっと…17…階層か…」

 

フォースエッジを杖代わりにして歩くが視線も定まらない。息も荒くなってきた。流石に限界か…

 

「なわけッ、ないだろォッ!」

 

ダンジョンを探索してる内に冒険者の物と思わしき物品を幾つか見かけた。通路のど真ん中に。普通捨てるならダンジョンの端っことかの筈なのに真ん中ときた。何かしらのサインとしたら今助けを求めてるのはどう考えてもアイツらしかいないわけだ。

 

「オオオオオオオ…」

 

階層主と名高いゴライアスがこちらを見つけるなり拳を振り上げてる。

 

フォースエッジを構えて迎撃の体制を取る。

その瞬間…

 

バリバリィッ!!

 

紫の雷光がゴライアスの胸を貫いた。

 

倒れたゴライアスの巨体の先にいたのはおぞましい鎧を身に纏い、どう見てもモンスターとしか言い様のない馬に乗った身長2、3メートルの大男だった。

 

「スパーダァァァァ……」

 

「人違いなんたが…引いてはくれないだろうな…」

 

改めてフォースエッジの切っ先をその鎧男に向ける。

 

「一応聞いとこうか…名前は?」

 

「ネオ…アンジェロォ…」

 

「どうにか喋れるらしいな…自我は別として…!?」

 

姿が消え周りを警戒していると後ろからとてつもない殺気を感じた為急いで身を屈めたらすぐ上をネオアンジェロの持っていた特大剣が掠める。

 

「話し合いは嫌いらしいな…気が合いそうだと思ったんだがなぁ!!」

 

地面を蹴って奴に向かってく。奴の目を見据えてとびきりの殺意を出す。きっとこいつはマキャヴェリの言っていた最高傑作なのだろう。何となくだが奴には負けてはいけないと本能…いや、魂が叫ぶ。

 

ハチマンVS魔鎧ネオアンジェロゲリュオン

 

その時俺は知る由もなかった、この後に起こるとんでもない悲劇を…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ネオアンジェロの名前ですがネロではありません。あくまでも同一個体ではないのでネオにしました。そういえば最近アラストル空気じゃね?


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#20 対峙と決意

すみません、教習所で忙しいので更新ペースが落ちます。


 

 

ハチマンとゲリュオンに乗ったネオアンジェロとの戦闘は熾烈を極めていた。ルーチェとオンブラの弾丸はゲリュオンの時間停止能力によって難なく躱される。ゲリュオンの時間停止とネオアンジェロの技が組み合わさりハチマンの周りに大量の雷球が迫るがそれをルーチェとオンブラで迎撃する。

 

「くそっ、段々ペース上げてくるな…」

 

柄にもなくイライラしてるハチマン。それもそうだ、遠いところからチクチク攻撃され尚且つ自分の攻撃は当たらないのだから。

 

「こうなったら…」

 

ゲリュオンの周りに幻影剣を配置してそのままルーチェとオンブラを発砲する。

 

(さぁ、やれるもんならやってみろ)

 

ハチマンは違和感を感じていた。時間停止ができるなら既に俺は死んでいるのでは?と。認知されない間に首でも跳ねたら勝ちなのに奴はそれをしない。

 

ーどうして?

ー騎士道精神か?

ーそれとも手加減?

ーいや、時間制限だろうか?

 

ゲリュオンも見た感じそれなりに疲弊しているように見える。某吸血鬼のように連続して何秒も停止してられないのだろう。

 

ザシュザシュッ!

 

幻影剣はアンジェロの剣により壊されたが銃弾はゲリュオンの眉間に当たった。

 

「ヒヒィィン!!!」

 

暴れるゲリュオンに振り落とされるアンジェロ。そのまま倒れたゲリュオンは動かなくなった。

 

「残るはお前だけだな?」

 

閻魔刀を持ちアンジェロを見据える。アンジェロは紫色の雷を纏わせた大剣を構える。

 

大きく振り下ろされる剣を閻魔刀で逸らし一閃を入れるが既のところでバックステップで躱され鎧の胸の部分に一筋亀裂を入れるだけとなった。

 

一度閻魔刀を納刀し構えを取る。ハチマンはずっと努力してきた。追いつく為に…。あの日自分をミノタウロスから守ったアイズ・ヴァレンシュタインや自分の手を取ってくれたベル・クラネルに酒場で一泡吹かせてやると決意させたあの狼人にいつの日か出会った女神の従者。ダンジョンで追いつく為に試行錯誤を重ねやっとの思いで会得した技を奴に喰らわせる。

 

「Don't move!(動くな!)」

 

刹那、ハチマンは神速の居合で次元を切り裂き、ネオアンジェロを無数の斬撃の渦に巻き込む。名付けるなら【次元斬】だろうか。

 

「追加だ!持ってけぇ!!Over Drive!」

 

逆手でフォースエッジに持ち替えて魔力を乗せて黒い一閃を飛ばす 。斬撃はアンジェロに受け止められるが起動が少しズレ顔の部分に当たる。

 

カラン…

 

兜がフロアに落ちる音が響く。兜の奥に隠れてた顔にハチマンは後ずさりをする。

 

「そんな…お前は…はや、ま…?」

 

顔色は白色に限りなく近づきその目は紅くギラギラと光っているが確かにその顔は葉山隼人であった。

 

「お前…どうしてここに…ぐぁっ!!」

 

詰め寄ろうとするも再起したゲリュオンの突進で遮られる。その隙にネオアンジェロ改め葉山はフラフラとどこかへ行ってしまう。

 

「待てッ!…チィッ!」

 

行かせまいとゲリュオンはハチマンの周りの時を止めて妨害する。能力の効果が薄まりハチマンの自由が効いてきたらゲリュオンは再び突進してくる。

 

「邪魔を!するなぁッ!」

 

両手で首を、魔腕で胴体を掴み巴投げをする。倒れたゲリュオンの頭を持ち閻魔刀でその首を切り落とす。

 

「死ね…!」

 

ゲリュオンの遺体から光が出てきてハチマンの体へと吸い込まれる。ハチマンにとってその経験は2回目だがこれといって体に変化は無かった。

 

「葉山は…見失ったか…」

 

葉山もそうだが元の目的を見失いかけないように踵を返して17階層にてベル達の痕跡を探す。

 

「これは…」

 

リリルカのバックパックが投げ捨てられてる。余程の事がない限り捨てないと思うが捨てられてるならきっと状況的にマズイのだろう。バックパックを拾い上げその下の18階層へと下る。

 

グラッ…

 

しかし18階層の芝生を踏みしめた瞬間とてつもない倦怠感がハチマンの体を襲いそのまま地面に突っ伏してしまう。そのまま一言も発する事無くハチマンの意識は闇に沈んでいった。

 

「あぁ……また…これか……」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「む?」「あれー?」

 

ベル一行を自陣のテントに担ぎ込んだ後に本来いるべき人がいないとアイズが探しに行ったから釣られてハチマンの軽い捜索に出ていたリヴェリアとティオネは森の茂みに突っ伏す紅いコートを着た人物を発見した。

 

「この顔は…」

 

「ぼーえー君だよね…」

 

近付きその体を改める。

 

「服の破け具合から傷は相当広かったようだ」

 

「広かった?」

 

過去形に疑問を抱くティオナ。

 

「回復魔法を使って傷を癒したがマインドダウンで気絶と考えるのが妥当だ」

 

「ふーん…」

 

何かしらの違和感を覚えながらティオナはハチマンを担ぎ自陣のテントまでハチマンを運ぶ。

 

「…てなきゃ…」

 

蚊の羽音のような声でハチマンが呟く。

 

「?」

 

「捨てなきゃ…」

 

哀しさと覚悟を孕ませた言葉にティオナはただ聞くことしかできなかった。なぜなら彼は寝てるのだから。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」

 

起き上がった瞬間に襲いかかる激しい倦怠感と激痛。ズタボロの体がとんでもない悲鳴をあげている。

 

転げ回っていると隣に見覚えのない赤色が見える。ハチマンのオニューのコート、そしてその下で寝息を立てるハチマン。そしてその横にはリリとヴェルフも寝ている。

 

「ハチッ…マンッ…!…皆ッ!」

 

痛みを堪えてハチマンを揺さぶる。しかしどれだけ揺らしても起きない。リリもヴェルフも起きない。

 

何とかしなくては…そうだ!

 

「もうすぐは〜るですねぇッ!!恋をしてーみませんかぁッ!!」

 

ハチマンが掃除中歌ってた曲だ、フレーズが頭に染み込んでついその歌詞だけ覚えてしまったのだ。そして再び流れる沈黙、だけど僕はそれも壊す。

 

「はーーるーよォー!!とおきはるよーーーまーぶたッとーじれーばーそーこにー…」

 

別の曲を歌うがそれでもハチマンは目覚めない。でも不思議とその顔は少し笑ってるようだ。

 

「どうかしたの?」

 

スっとその姿を現したのはアイズさんだった。

 

「ほわあぁぁぁぁぁっ!」

 

驚いて大声を上げてしまう。歌ってたのもあって凄く恥ずかしい。

 

「動けそう?」

 

「は、はいっ!」

 

何とか体を動かしてアイズさんに着いて行く。聞けばどうやらロキ・ファミリアの団長に会わせてくれるようだ。

 

ロキ・ファミリアの団長…一体どんな人なんだろう。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「またここか…」

 

いつもの夢の世界。デカい扉に異色の風景、こんなのが自分の心の中にあるのかと思うと少し精神鑑定を受けた方がいいんじゃないかと思う。

 

「葉山…」

 

ここに来ると戦いの事とか自分について見つめてしまう気がする。今だって葉山の安否より戦いに勝てなかったのを悔しがる自分がいて何かの喪失感を感じる。

 

「分からねぇな…」

 

自分が何を失ったのか、葉山をどうするか、この先どうするか、何も分からない。考えたくない。

 

「ん?」

 

少し開いた扉に近付き隙間を除く。

そこには暗闇が広がっていたがよく見ると銀色に光る何かがあった。手を伸ばしても届かない、もう少し開ける必要があるようだ。

 

「今はまだその時じゃない…よな」

 

その場で倒れ込む。ココ最近悩みっぱなしだ。ていうかオラリオに来てから悩みっぱなしまである。まったく、俺の人生は苦難の連続だな。

 

『〜ッ!……ぁッ!』

 

「?」

 

夢の中なのに聞こえるはずが無い声が聞こえる。

 

「はーーるーよォー!!とおきはるよーーーまーぶたッとーじれーばーそーこにー…」

 

ベルの声だ。きっと掃除中歌ってたのを覚えたのだろう。歌えば俺が起きるとでも思ってるのだろうか。まったく…お前って奴は…

 

「愛を〜くれし君のー、懐かしき声がする〜」

 

続きを歌い返す。途中だと少しやるせん気持ちになるしな。よってこれは何も恥ずかしくない事なのだ。

 

「さてと、そろそろ起きるか…」

 

ゲリュオンからもらったモノも確認したいしな。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「んがっ…」

 

うめき声と共に起きる。でかい欠伸をした後に周りを見渡す。

 

「誰もいない…」

 

テントから出ると辺りは夜のように暗くなっていた。

 

「あっ、ハチマン!」

 

ベルが駆け寄ってくる。

 

「ベル…ここは?」

 

「ロキ・ファミリアの野営地だよ、倒れてた僕達を介抱してくれたんだ」

 

「そうか、後で礼をしとかないとな」

 

「そうだね、もうご飯の時間だから行こう!ロキ・ファミリアの人達に恵んで貰えるから」

 

至り尽くせりだな…。

 

ベルに連れられると焚き火を囲むように沢山の人達が輪になって座っていた。

 

「し、失礼します」

 

人気のない場所に向かうとリリルカとヴェルフがコチラを見つけるなり手を振ってきた。

 

「遅いぞ」

 

「悪い、寝坊した」

 

からかうようにヴェルフがつついてくるが今はそれすらも心地よい。

 

「遅れた分はきーっちり働いてもらいますからね!」

 

「あぁ、勿論だ」

 

リリルカも微笑みながら労働させようとしてくる。返事してしまったがこの子、恐ろしいったらありゃしない。

 

ベルの右にススっと座ると俺の右に金髪の美少女がすとん、と座ってくる。しかしこんな事でいちいち動揺しないハチマンアイアンハート。やだ少しカッコイイ、今度からアイアンハチマンなんて名乗ろうかな。

 

他の場所の男性冒険者の痛い目に晒されながらも飯は進んでいった。ヴェルフやリリルカ、ヴァレンシュタインさんとも軽く喋っていたその時

 

「ねぇハチマン、ハチマンの憧れの人って誰?」

 

ふとベルが思い出したように訪ねてきた。

 

「憧れの人?いきなりどうした?」

 

「前から聞こうと思ってたんだけど忘れちゃってて…今じゃダメかな…?」

 

モジモジと女の子のように見つめてくる。ヴェルフやリリルカ、更にはヴァレンシュタインさんやリヴェリアと呼ばれていたエルフの人やティオナと呼ばれたアマゾネスの人も興味ありげに耳を傾けている。

 

「憧れの人…ねぇ」

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

『おにーちゃん、何やってるの?』

 

『ん?FF7』

 

『それって古いゲームでしょ?』

 

『フッ甘いな、小町よ古き良きって言葉を勧めるぞ?新しいのも良いが古いものにだってちゃんと需要があるのだ、そう、老兵キャラが持つ強みとはおっさん臭さと経験からくる熱い笑顔なのだから…』

 

『お兄ちゃん脱線してるよ…ふーん、面白いならいいんだけど、うるさくしないでよね。小町勉強するから』

 

『頑張れよー、あーやっぱりセフィロスはカッコイイなぁ〜…クライシスコアもキンハーもやるか〜』

 

『………』

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「セフィロスかな…」

 

「どういう人なの?」

 

「俺に希望(中二病)と絶望(黒歴史)をくれた人だ」

 

「それって…」

 

「あまり話させないでくれ…思い出すと泣きそうになる(恥ずかしさのあまり)」

 

「ううん…ごめんねハチマン。食べる事に集中しよ?」

 

「あぁ…」

 

思い出すとセフィロスのお陰で色々な思い出(黒歴史)ができたな…。長い木の棒を持って霞の構えをして大興奮したり、セリフを丸暗記したり…。魔法とかも…ん?

 

「これだ…」

 

「ハチマン?」

 

今の俺に無い爆発力をこれで補えるのでは…?うわぁ…俺ってもしかして天才?

 

「いや、なんでもない。さっ食べようか」

 

「う、うん」

 

目の前の皿の料理を一気に腹に入れてく。

 

「ごっそさん、少し散歩行ってくる」

 

即座に立ち上がりキャンプから結構離れた人気のない場所へ移動する。高台の上でダンジョンなのに何故かある街と森そして天井にひしめくクリスタルを背景に魔法の練習にかかる。

 

「セフィロスといったら正宗だが先ずは魔法からだな…」

 

セフィロスの魔法…代表的なのはメテオとかだが無理だろう。手っ取り早いのでいったらフレアとかかな?

 

「こう…」

 

魔力を手の中で具現化させるも安定せず爆発してしまう。

 

「げほっ…げほっ…」

 

爆煙にむせてしまう。上手くいかないのは分かっていたがまさかここまでとは…。

 

「何をしているんだ?」

 

ふと影から緑色の髪の毛を生やしたエルフの美女がやって来る。あ、貴方は!

 

「えと、リヴェリア…さんでしたっけ?」

 

「ちゃんと自己紹介してなかったな、私の名前はリヴェリア・リヨス・アールヴ。知っての通りロキ・ファミリアの所属だ」

 

「ご丁寧にどうも、ハチマン・ヒキガヤです。えと、ヘスティア・ファミリアです」

 

「蒸し返すようで悪いが何をしていた?」

 

ちょっと言葉が強くなるアールヴさん。ファミリアの為を思っているのだろう、俺が何かしでかすと疑ってるのだろう。

 

「魔法の練習ですよ、さっきのを見たでしょう?あんまり安定しなくて…」

 

「魔法の練習?どういう事だ?」

 

そうか…俺以外の冒険者は詠唱さえすれば魔法が打てるんだっけか。羨ましい…いや、バリエーションに長ける俺の方が恵まれてるのか…。

 

「俺の魔法の特性…じゃあダメですか?」

 

「ふむ、理解はしたが納得はしてない。少し見学させてくれないか?」

 

腕を組んでコチラを見つめてくるアールヴさん。やはり絵になるなぁ…。

 

「まぁ、いいですけど…」

 

再びフレアの練習に入る。回数を重ねる度になんとか安定していき2時間もすれば8割がた完成はした。

 

「まだだ…まだ…」

 

「完成したんじゃないのか?」

 

「まだ、メガフレアとギガフレアが…」

 

そう、このフレアという魔法、上位互換があってその名の通り威力も上がって行くのだ。そうなると必然的に難易度も上がる。

 

「まだ時間かかるので戻っても良いですよ?」

 

「いや、折角の機会だ、最後まで見させてもらおう」

 

「リヴェリア?」

 

突然2人だけの空間に第三者の声が割って入り何事かとそちらを見るとヴァレンシュタインさんがいた。

 

「アイズ…どうしてここが」

 

「ティオネが教えてくれたの、何してるの?」

 

「魔法の練習…」

 

そして再びアールヴさんにした説明をする。

 

「そうなんだ、じゃあ私も見ちゃダメ?」

 

「え?」「む…」

 

タイミング被った事にほんの0.2秒位お互いを見つめるがすぐに目線を戻す。目と目が逢う〜しゅん〜かん〜…なんてな。

 

「まぁ、一人増える位平気だが…」

 

「じゃあ失礼するね…」

 

アールヴさんの隣にちょこんと座るヴァレンシュタインさん。気を取り直してフレアの完成に取り掛かる為にマジックポーションを飲む。

 

「さてと…やるか」

 

何度爆発したか分からない位穴が空いた所にまたフレア(未完成)を飛ばしてく。

 

「芸術は…爆発だ!」

 

そして何度目かも分からない爆音が響く。

 

(待ってろよ…葉山…)

 

そして再び奴に相見えるのを夢見てまたフレアを飛ばすのであった。

 

 




葉山との決着が早く着いたのはどちらも消耗していたから、だと思っていて下さいませ。

今回もこんな作品を読んでいただきありがとうございました。


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♯21 けれど俺も男の子

物語としては殆ど進んでません。この話は作者が思いっきしふざけてみた感じになってます。



「ヒキガヤさん、なんで怒られてるか分かりますか?」

 

「魔法の練習をしたからです…」

 

「違います、他のファミリアの構成員の前でしたからです」

 

どうも、ハチマン・ヒキガヤです。今の状況を説明しますと前回に引き続き魔法の練習をしていたら突然リューさんがやって来て説教かまされてる所です。いや意味分からん。

 

「彼ならともかく何故私達も正座されてるのか聞きたいのだが…」

 

「お黙りなさい、彼が冒険者成り立てなのをいい事に彼の手の内を見ていたのでしょう」

 

「そうではない…というのは些かできないな」

 

確かに俺の新魔法の一端を見たんだ、見てないとはいえないのだろう。

 

「ハチマンさん…ハチマンさん?」

 

さてと、ここで問題だ。俺は正座、前方にはリューさん、必然的に目に入ってしまうのだ……ブルマが。

 

「は、はいっ!?」

 

「どうかしたのですか?」

 

「いや別に…」

 

「それで、彼女達をどうするのですか?」

 

「え?別にどうもしませんよ?」

 

「え?」

 

素っ頓狂な声を上げるリューさん、一瞬ドキッとしてしまう、これがギャップ萌えですか…恐ろしいものだ。

 

「だって許可をしたのは俺ですし…別に見られたからって死ぬような魔法じゃないですし…()()大丈夫ですし…おすし」

 

「そうでしたか…そこまで考えてるのを露知らず私は…すみませんでした」

 

そう言いペコリと腰を曲げるリューさん、しかし俺はこんな時でも彼女のブルマが目に入る。俺は自分の欲すらもコントロール出来なくなったのか?理性の化け物どこいった?

 

あぁ…そういえばここ(オラリオ)に来てから一度も…。どうしよっかな〜。

 

グイッ…

 

「てぇッ!」

 

ふと終始無言だったヴァレンシュタインさんに耳を引っ張られる。心無しか表情が少しムスッとしている気もする。

 

「なぜ…?」

 

「なんか…嫌だったから…」

 

白い悪魔ですら『わけがわからないよ』とか言い出しそうな理由だが俺のいやらしい目線を察知してくれたのだろう。

 

「ありがとう、礼に今度じゃが丸くんを作ってやろう」

 

「!!いいの?」

 

「食いつくな、嘘つく訳ないだろ…今度会った時作るぞ」

 

汚い話、口止め料と言うやつに分類されるのだろう、これは。

 

「そろそろ遅い、我々も戻ろう」

 

「リューさんはどうするんですか?」

 

「私には私のテントがありますので気にしないでください」

 

まぁ、俺たちが別のファミリアのテントに入るのがおかしいのだろう。それにリューさんにはリューさんの事情があるのだ、そこは汲み取らなくては…。

 

「分かりました、それじゃあ気をつけてください」

 

リューさんと別れ女gおっと間違えたリヴェリアさんとアイズと野営地に向かって歩く。あっ、そういえばゲリュオンの能力の確認終わってない…明日やるか。

 

ー【テント】ー

 

テントの中に入るといつものメンバー、何故かいる神様に加えあの時助けたファミリアがいた。

 

「ー申し訳ありませんでした」

 

俺が来たのを見計らうとそのファミリアの構成員は揃って土下座しだした。フッ…俺の土下座の方が綺麗だな。

 

そんな下らない事を思っていてもリリルカやヴェルフはそういかないのだろう。この人達のせいで死にかけた、それは揺るがない真実だ。怒るのはご最もなのだ。糾弾し裁く権利があるのはこちらだ。

 

「…いくら謝られても、簡単には許せません。リリ達は死にかけたのですから」

 

いくら出せば許してくれるんだろう…。あっすみません、もうそんな事考えないので睨まないでくださいお願いします。

 

「まぁ、確かにそう割り切れるものじゃないな」

 

ヴェルフもやるせない顔をしている。仕方ない、ここは俺が一肌…

 

「あれは俺が出した指示だ。そして俺は、今でもあの指示が間違っていたとは思ってない」

 

脱いで…やるか…。

 

「…それをよく俺等の前で口にできるな、大男?」

 

何火にいらぬ油注いじゃってんの?この人…ほらみろ、熱くなりやすい鍛冶師のヴェルフが食いついたじゃないか!

 

ちっ…しゃーない。

 

「まぁ、ヴェルフも落ち着け」

 

「これが落ち着いてられるかよ…!」

 

握り拳を作り怒りに震えるヴェルフ。

 

「痛い程分かる、自分を苦しめた奴が目の前にいるんだ、しかもそれを反省しようともしない。許せないよな…だったら働いて貰おうぜ?殴る蹴るだけじゃどうにもならない事だってある。お前の欲しい素材でもたんまり要求したれ、あんたらもそれで良いだろ?」

 

「…割り切ってはやる。だが、納得はしないからな」

 

少し強引だが受け入れてくれたヴェルフ。チラリとなんつったっけ…タケミカヅチ・ファミリアを見る。別に同情とかじゃない、ただ早く寝たいだけなのだ。

 

「は、はい!」

 

肩鎧の女性…確か命って名前だっけ…。その人が元気よく挨拶する、おーハチマンポイント高いぞ〜。

 

「いや〜終わった終わった。そっちも上手く纏まったみたいだね」

 

突然テントに入ってきた見知らぬ神と青髪の眼鏡。それから今後の話が展開されたがどうやら出発は怪我の大事を見て明後日にするらしい。

 

「あ、そうだった。ヴェルフ君」

 

「何ですか、ヘスティア様」

 

白布に包まれた武器らしいものを神様は手渡す。

 

「ヘファイストスからの預かり物さ。伝言もある。えーと…『意地と仲間を秤にかけるのは止めなさい』、だったかな」

 

「……」

 

「あ、それとハチマン君にもあるんだ、ヘファイストスからの伝言」

 

「はい?」

 

あんな事がありお互い気まずい関係なのに伝言?

 

「『どうか気をつけて…』だってさ〜ムフフ…」

 

嫌らしい笑顔を浮かべる神様に「分かりました」とだけ言って戻ろうとすると目の前にヴェルフが立ちはだかる。

 

「ハチマン…お前…ヘファイストス様と何が…」

 

わなわなと震えてるヴェルフ。何か嫌な予感がする、俺のアホ毛がピクピクと揺れてるのがその証拠だ。

 

「いや、別に…同じコンプレックスを抱える者同士話が合っただけだ…よ?」

 

嘘は言ってない。

 

「そうだったのか、すまない。ハチマンが女神を口説くなんて有り得ないもんな!」

 

よく俺を理解していらっしゃることで…。

 

「おう!俺が女性を口説くなんて何があってもできないからな!」

 

「「HAHAHAHAHAHA!!」」

 

ふぅ、と2人で息を着く。

 

「何…隠してるんだ?」

 

ジトーと見つめてくるヴェルフ。

 

ダッ!!

 

「あ!!逃げるな!」

 

「お助け〜!!」

 

どうやら安眠は程遠いようだ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

新しい朝が来た。いやね?ヴェルフと一晩中話しててろくに眠れなかったんよ。途中でベルも参加してきてさ。

 

『ハチマンの好きな物は?』

 

『…ミアさんのトマトソースパスタ、ポルポレのオリーブ抜きピザ、グランドパフェに激甘コーヒー…後は俺の作ったじゃが丸くんver.5.5.5』

 

『うっ……』

 

『おいベル嘔吐くなよ?』

 

『ハチマンは本当に甘いのが好きなんだ…胃もたれするくらい』

 

『そうなのか』メモメモ…

 

『メモってどうすんだよ』

 

てな具合がずっと続いた訳だ。

 

「てか今日何すんだ?」

 

「リヴィラの街を見学だってさ」

 

「リヴィラの街って冒険者がダンジョンで作った街だっけ?」

 

そういうのってだいたいヤバい所なんだよなぁ…ろくな統治組織とか無いからやりたい放題なんだろうな。

 

「全員行くってか?」

 

「あぁ、そうなってるハズだ」

 

やはり隣にいるヴェルフが答える。途中で寝落ちしたベルもデカい欠伸をしてテントから出てきた。

 

全員集合した所でリヴィラの街へ向かう。案内はヴァレンシュタインさんとアマゾネスの姉妹だ。他にはヘルメスっていう何故か見てると無性に腹立つ神様にその付き添いのアスフィって人もいた。

 

歩いてると森だけの景色は変わり綺麗な草木が生い茂っている。川はせせらぎ鳥のようなモンスターは飛び立つ。天井のクリスタルと奥〜に見える壁を除けばまんま田舎の風景だ。そして偶に移植されたのか桜が見られる。

 

「おお、桜か…懐かしい」

 

「知っておられるのですか?」

 

命さんが興味ありげに聞いてくる。どうやらタケミカヅチ・ファミリアの人達も気になるようだ。

 

「まぁ、俺も極東出身だしな…」

 

「「「えええええええええ!?」」」

 

その場にいた殆どの人が驚く。

 

「うおっ、一斉に叫ぶなよ…」

 

「ハチマン殿、どの辺の出なんですか?」

 

「それは秘密だ…」

 

「そうですか…それにしては異様な髪の色をしてますが…」

 

俺の銀色に染まった髪の毛を見ながら呟く。

 

「命さん、ハチマンは元々髪の色は真っ黒だったんですよ」

 

ベルが言わなくてもいい事を言う。

 

「「「えええええええええ!?」」」

 

2回目…あんたら実は仲良くない?

 

「リリも初耳です…」「俺も知らなかった…」「いつの間にか染まってたんだよね〜」「そういえばあの時も…」「興味深いですね…」

 

反応はそれぞれだ、ベルもこれを見て少し楽しんでるようだ。

 

「嬉しそうだな」

 

「ハチマンの事知って貰えたからね」

 

微笑むベル、しかし俺を理解させたって何が変わるんだか理解できない俺がいる。

 

皆が楽しそうに話しているのを後ろから見つめながらリヴィラの街へ向かう。

 

『ようこそ同業者、リヴィラの街へ!』

 

アーチ門に書かれた文字をマジマジと見ていると

 

「見てくれに騙されない方がいいわよ、気持ち良くして、懐を緩めようって腹だから」

 

アマゾネスの姉妹で姉の方のティオネさんが忠告してくれた。因みに妹の方のティオナさんとの違いはとある部分の凹凸か髪の毛で判断できる。ティオナさん…強く生きて…小さくても俺は大丈夫ですよ!

 

「ちっ、小汚ねぇ…更地にしてやろうか…」

 

「ハチマン!?発想がテロリストのそれだよ…!」

 

「悪いな、食われる前に食う主義なんだよ、俺は」

 

アスフィさんから詳しく話を聞いてもやってる事は相場の倍以上の値段で売りつけたりとか買取金額は極力安くしたりとやりたい放題らしい。『安く仕入れて高く売る』聞こえはいいがやってる事は転売屋のそれだ。チッ…マジで腹が立つ。

 

そんなこんなでリヴィラの街へと入ってくがやはりモンスターにも襲撃されるらしく設けられてるのは即席の小屋が殆どだった。

 

「バックパックが2万ヴァリスだなんて…法外もいいところです!」

 

「砥石がこの値段はありえねぇ…」

 

色々と大変そうだ。

 

「ハチマンは何か買いたいものはある?」

 

「別に何も…」

 

ドンッ…

 

よそ見していたのかベルが冒険者とぶつかってしまう。ちゃんと前見て歩けよな。

 

「あぁん?」

 

「あ…す、すいません!?」

 

その相手はいかつい体つきに額や頬に傷のある強面の男だった。

 

「てめぇ、まさか…!」

 

「間違いねぇ!モルド、こいつ、あの酒場の時のガキだ!?」

 

思い出した、この前【豊饒の女主人】で開かれた昇格祝いをぶち壊した奴だ。ベルが驚いているとモルドと呼ばれた冒険者は怒りに顔を歪める。

 

「何でてめぇがここにっ…」

 

ベルに掴みかかるが俺が視界に入るなり急にぴたりと動きを止めた。そして目は横に動き近くにいるヴァレンシュタインさんにも止まる。

 

「剣姫もいるのか…チィッ…行くぞ!」

 

勝手に因縁をつけてくる奴程面倒くさいのはない。今のうち消すのも…やめとこう。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

それから少し休憩しようという事になり街の広場に移動する。手摺の向こうは崖下で、遥か下に広がる湖に一直線だ。周りから孤立して手摺に手を付き『ダンジョンサンド』なる激甘パンを齧りながらコイン投げをして遊んでるハチマンに近づく。定期的に「最高10秒か…」とか言ってるけどどうしたんだろう。

 

「ハチマンは何してるの?」

 

「ん?実験だ」

 

「新しい魔法?」

 

「あぁ、お前達を探してる時邪魔が入ってな。殺して奪った能力だ」

 

表情に影を落としながら語るハチマン。何か後ろめたい事があるのだろうか。

 

「大丈夫?よかったら力になるよ」

 

「いや、いいんだ。俺の問題だし、俺しか解決できない」

 

「そっか…いつでも相談してよ?」

 

「あぁ、そうさせてもらう」

 

コインをピンと高くにあげてそれをキャッチする。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

そういえば俺は一度も風呂に入っていないのでは?そう気付いたのはゲリュオンから強奪した時止めの能力をある程度コントロールできるようになった時だった。周りを見れば誰もいなかった。

 

そういえば女性陣はゾロゾロとどっか行ってたな…。ベルもふら〜っとどっか行ったし…。

 

「水辺を探さなくちゃ始まんねーな…」

 

街から離れ水辺を探してるといい所を見つけた。ちょっとした崖の上に流れてる川だ。まずは景色を堪能するために崖っぷちに立って目の前に広がる光景を堪能する。緑の森、綺麗なクリスタル、木に登ろうとしてるベルと神ヘルメス…ん?

 

「何やってんだ?…あいつら」

 

目指してると思われる場所を目で追うと俺の真下の滝面で止まった。

 

「はあッ……!?」

 

そこを一言で表すとするならば『楽園』以外の言葉は見つからないだろう。そこらのギャルゲーですら白目むくレベルの美人達が水浴びをしていた。黒髪、金髪、青髪の属性の詰め合わせ…夢いっぱいなおっp…ゲフンゲフン。目を逸らさなければと思いながらも俺は5秒位その絶景を目に焼き付けてしまった。

 

「それにしてもあいつら…覗きか?」

 

容易く想像できる。あの心底腹立つ雰囲気を纏う神ヘルメスに誑かされたベルがホイホイ付いてってしまったのだろう、おいたわしや…。

 

「気に食わん…」

 

ベルよ、覗きなんてイケナイことしちゃあいけませんよ!!

 

「止めさせるか…!」

 

作戦は一瞬で出来上がった。後は実行するだけだ。

 

「ご禁制だぜ、クソメス、ベル…The World!!」

 

刹那、時は鼓動を止めた。せせらぐ水は静止し、飛び立つ鳥は有り得ない止まり方をした。

 

10…9…8

 

一気にベル達に向かって飛び一瞬でその距離を縮める。

 

「喰らえ…!ハチマンパンチ!」

 

腹のムカムカへの特効薬としてヘルメスに適当な布で目隠しをしてから一発ぶん殴り女性冒険者に見られやすい位置に投げ捨てる。

 

7…6…5…

 

その後ベルを担ぎそこから見通しのいい少し離れた場所に飛んでく。

 

4…3…2…

 

そして予め用意した紙を髪の上に置く。

 

『覗き ダメ 絶対 !』

 

1…

 

その場を離れる。

 

「そして時は動き出す」

 

0…

 

「うぼあぁぁぁ!!」

 

「何この声!?」「ヘルメス様…あなたって神は…!」「またかい…ヘルメス」「さっき、ざわーるどって…」「アイズどうしたのー?」「不埒ですね…神ヘルメスは」「うん…」

 

後は女性陣がやってくれるだろう…。やはり時間を止めるにしても魔力は消費するんだな…。動くまくったからクタクタだよ…ぼかぁ。

 

新たな水浴び場を探すべく森の中をフラフラと歩く。

 

サラサラ…

 

水の音がする。今度こそと藁にすがる思いで音のした方へ茂みを掻き分けながら向かう。

 

(今度こそさっぱりするんだ…!)

 

千葉が誇る健康優良児として風呂を欠かしてはいけないのだ。川も近づいてきた事もあり既に赤いコートは脱いである。後はインナーとズボンを脱ぐだけだ。

 

「ー何者だ!」

 

鋭い一声と共に近くの気にナイフが投擲される。

 

ぐすん…

 

「ヒキガヤさん…何故ここに」

 

何故…こんな残酷な事が起こるのだろうか…。

 

目の前で胸を腕で隠しながらこちらを見つめてくるリューさん。さっきの出来事がなければ俺は鼻血を出して倒れていただろう。

 

速やかにその光景を目に焼き付けた後俺は静かに後ろを向き背中を向けながらこれまでの経緯を(一部抜粋して)説明する。

 

「なるほど、捜索と鍛錬の疲れが重なり水浴び場を求めていたら私と出くわしたと…」

 

「まぁ、そんな感じです…」

 

「そうですか…ではヒキガヤさん…………」

 

「え、マジですか?」

 

リューさん、酔ってます?

 

彼女の口から零れた言葉はいつもの彼女からは想像できないような内容だった。

 

 

 

 




QーSSを書くようになったきっかけは?

Aーシンフォギアとクウガのクロスで八幡が主人公のssに惹かれたからです(既に消されてる)。



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♯22 美談

最近忙しい…。エヴァにウマ娘にプリコネにメタルギア5に教習所…ああ忙しいなぁ!


そこは墓場だった。アラストルの管理するような墓ではなく、ダクソとかそんなのでよく見られる剣が槍が突き刺さり木の一部を紐で結ばれた簡素な十字の墓がいくつも並んでいた。

 

「…彼女達に花を手向けるために、時折ミア母さんから暇をもらっています」

 

十以上ある墓の一つ一つに手に持っていた花を丁寧に添えていく。そしてポーチに入っていた瓶、恐らくお酒だろう。それを特定の墓に順番に飲ませていった。

 

「これは…」

 

「私が所属していた、【ファミリア】の仲間達の墓です」

 

「!!」

 

静かにこちらを見つめてくるその空色の瞳に、一瞬吸い込まれそうになる。

 

「私の素性を知る者が現れたなら、いずれ貴方にも知れるでしょう。…自らの口で話せなかったことを、後悔したくない」

 

身勝手てすが聞いてもらえますか、と。その尋ねに俺は頷く。

 

「私は、ギルドのブラックリストに載っています」

 

「……」

 

「冒険者の地位も既に剥奪されています…一時期は賞金も懸けられていました」

 

顔を隠し、他人に正体を悟られないように俺達と別行動を取っていたのは…それが理由だったのだろう。

 

「私が所属していた派閥は【アストレア・ファミリア】…正義と秩序を司る女神アストレア様のもとで、当時の私は少なからず名を馳せていました。私達のファミリアは迷宮探索以外にも、都市の平和を乱す者を取り締まっていました。その分、敵対する者も多くいた。ある日、敵対していたファミリアにダンジョンで罠に嵌められ、私以外の団員は全滅…遺体を回収することもできず、当時の私はこの18階層に仲間達の遺品を埋めました」

 

「それが、この墓ですか…」

 

「はい。彼女達はこの階層が好きだった」

 

自分達が死んだらここに埋めてくれと、冗談を交わしていた、と。当時の事を思い出しているのか、リューさんは唇を曲げ、目を伏せがちにする。

 

「…生き残った私は、アストレア様に全てを伝え、そしてこの都市からお一人で去ってほしいと頭を下げました。何度も懇願する私に、あの方も受け入れてくれた」

 

「神様を都市から逃がす為ですか?」

 

「いや、違う」

 

もっと自分本位で、浅ましい動機だとリューさんは頑なに否定する。

 

「激情の言いなりになる醜い私の姿を、あの方に見てほしくなかった。仲間を失った私怨から、私は仇である【ファミリア】に一人で仇討ちをしました」

 

「一人で…」

 

「あれはもう正義ですらなかった。復讐に突き動かされた私は、彼の組織に与する者、関係を持った者…疑わしき者全てに襲いかかりました」

 

「その後は…」

 

「力尽きました。全ての者に報復した後、誰もいない、暗い路地で」

 

死ぬ覚悟だったのだろうか。復讐をやり遂げ、主神も、仲間も失った彼女を生に繋ぎ止めるものは、既になかったのだから。

 

「血に濡れて、汚泥にまみれ…愚かな行いをした者には、相応しい末路だった」

 

「…」

 

「けれど…」

 

ー大丈夫?、シルさんの温かい手が彼女の冷えきった手を取った。彼女のベルにしてるようなお節介があった為に彼女は生の道へと戻れたのだろう。

 

「私を助けたシルは、ミア母さんに頼み込んで、『豊饒の女主人』の一員として迎えてくれました。…地毛も、強引に染められてしまいましたが」

 

優しい声音で、リューさんは現在の自分に至るまでの話を締めくくった。

 

「…耳を汚す話を聞かせてしまってすいません」

 

「そんな事…」

 

「詰まるところ、私は恥知らずで、横暴なエルフということです…ヒキガヤさんの信用を裏切ってしまうほどの」

 

自嘲に似た言葉を発するリューさん。

 

「何処がですか?」

 

「え?」

 

空色の目が大きく開かれる。

 

「仲間の為に復讐に燃える事の何が悪いんですか?指名手配されたのは癒着してたギルド職員が悪いんだし、そもそもの復讐の引き金は対立ファミリアなんですし。恥知らず?ちゃんと働いてるじゃないですか、横暴?そんな場面見た事ありませんよ。それに信用って言いましたか?俺の方が裏切ってるんですから大丈夫ですよ。だから、自分を貶さないでください。それは俺の十八番なんですから…キャラ被りしますよ…」

 

ついオタク特有の早口でまくし立ててしまったが言いたいことはちゃんと言えた。余りにも長く喋った為に終わるや否や肩で息をして急いで酸素を取り込む。

 

そんな俺の自分本位な意見をぶつけられた彼女はポカンと見た事ないような顔をしている。そして一瞬だけ微笑むと俺に語りかけてきた。

 

「そうですか…ふふっキャラ被りですか、それではいけませんね。私も辞めます、ですのでヒキガヤさんも自嘲はお止めください」

 

こちらに歩み寄り自然と俺を見上げる。やめてください、そんな目で見ないでください溶けてしまいます。

 

「善処致しかねます」

 

目を逸らしそれしか言えなかった。やはり彼女は眩しすぎる。

 

「そこは素直にハイと言ってください…」

 

俺の手袋を掴みながら俯いて言う事じゃないと思うんですけど。

 

「無理ですよ…俺には、誰かに語れるような美談なんてないんですから…「振りほどかないんですね」…え?」

 

「拒否をしていながら私の手を振りほどかないのですか?」

 

何を言ってるんだ?この人は?

 

「手を差し伸べられっ放しの私が貴方に手を差し伸べる事ができました。こんなの初めてなんですよ?見目麗しいと言われるエルフに手を取られたんですからこれも立派な美談になるでしょう」

 

顔を少し赤くしながら暴論で殴ってくるリューさんに思考が追いつかない。

 

「だから自嘲なんてやめて一生それを語っていけと?」

 

「はい、次の美談が出来るまでそれをずっと語ってゆきなさい。あぁ…でも時折思い出してください。いずれ美談に埋もれるであろうヒキガヤさんが最初に語ったのは美人なエルフに手を取られたって事を…」

 

先程とは違い俺の嫌いなトマトのように赤くなりながら愚策を提案するリューさん。

 

「いかがですか?」

 

たらればが大嫌いな俺がここまで思ってしまうんだ。これ程願ったことは無い…今すぐ消しゴムみたいに嫌な事(過去)を消せたら笑いながら頷けるだろうな、と。

 

「まあ、第一候補位には入れときます…」

 

そんな言葉しか返せない不甲斐ない自分に嫌悪感が湧いてくる。きっと過去を精算できたら胸を張ってそんな事も豪語できる日が来るのだろうか…今はまだ分からない。あっちに戻る機会なんてもう二度と無いのかもしれない。そうしたらこの過去はどうすればいいのだろうか。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「神様、聞きたい事があるんですけど少し良いですか?」

 

「ハチマン君、どうしたんだい?」

 

夜、神様と話をするべく少しテントから離れた場所に移動する。

 

「珍しいじゃないか、君から話なんて。よーし!なんでも答えてあげるよ!」

 

胸に拳をトンと当ててバルンと揺れる胸に一瞥する。ん?今何でもって…。まあいい、本題に入ろう。

 

「武器って強くなればなるほど高価になりますよね?」

 

「そうだね、ヘファイストスの店で働いてるからよく分かるよ。ボク達じゃ手に届かない値段をしていたよ」

 

「武器に特殊効果とか付いてると更に高くなりますよね?」

 

「…そうだね、ヘファイストスも強いのは良いけど売れ行きが怪しいってボヤいてたよ」

 

「オーダーメイドの武器ってバカみたいな値段、してますよね?」

 

「その子オンリーワンの武器だからね、仕方ないよね」

 

「じゃあ最後に…ベルのヘスティアナイフ、幾らしたんですか?

 

君のような勘のいいガキ()は嫌いだよ

 

そう言い告げるとダッシュで逃げようとするがステイタスを授かった俺は魔力で結界を作り逃げ道を塞ぐ。

 

「さあ、答えてください…手荒な真似はしたくない」

 

「ぐぬぬぬぬ………おく…」

 

「へ?」

 

「におく…」

 

「なんですって?」

 

「2億ヴァリス…」

 

「におっ…!」

 

バタン

 

「ハチマン君!?ハチマン君!ハチマンくーーーーーん!!」

 

デンデンッデ デンデン デンデンデン!

 

GAME OVER

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

目を覚ますとそこはテントだった。直ぐに起き上がり神様に文句を言うべくテントを出る。2億って…一生で返せる金額じゃねぇよ。

 

「おっ、ハチマン起きたか」

 

「すまん…」

 

ダンジョンの天井を見上げるとクリスタルは朝のような光を発していた。まあ、朝なんだろうな。

 

「ベルとヘスティア様を探してきてくれないか?そろそろロキ・ファミリアが出発するから装備の整備もしたいしな」

 

「分かった」

 

どうせ神様がベルといるのだろうと思い神様のテントに向かう。暖簾を潜るとそこには異変しかなかった。

 

「なんだこりゃ…」

 

ナァーザさんから貰ったポーションが散乱している。いくらだらしない神様でもこんなヘマはしない…筈だ。

 

「?」

 

ふと地面に落ちている巻物に視線が吸い込まれる。手に取って読んでみる。

 

『…リトルルーキー。女神は預かった。無事に返してほしかったら一人で中央樹の真東、一本水晶まで来い』

 

「汚ぇ、のみ以下の根性してやがる。『殺しに来て』にしか見えねぇな…」

 

すぐにテントを出てヴェルフ達に事情を説明すると一緒に行く事になったが神様を探させてからベルの方へ向かう事になった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「モルド!」

 

アスフィから貰った『ハデス・ヘッド』を用い姿を晦ましベルを一方的に嬲っているモルドに仲間からの報告が入った。

 

「なんだぁ!?どうかしたのかよ!」

 

「【亡影】がかちこんで来やがった!」

 

「なにィ!?」

 

思わず仲間の方に振り返るとモルドは仲間の異変に気付いた。仲間の表情には焦りともう一つ、混乱が見えた。

 

「何か…あったのかよ…」

 

「それが…」

 

仲間の視線は後ろの方にやられら、モルドやベルを取り囲んでた冒険者達がモルドに見えやすいように道を空けると一つの影がそちらに近付いていた。

 

「ハチ…マン?」

 

赤いコートを風に揺らしながら近付いて来るハチマンの顔には怒りや憎しみといった表情は何一つなかった。無表情に添えられた一筋の水跡がベルやモルド、そして取り巻き達に何か違う事を察しさせた。

 

「ハチマン、泣いてるの?」

 

「…厳密に言うと泣いてたになる」

 

「はっ!亡影のおぼっちゃんは泣き虫だったのかよぉ?」

 

その一言で取り巻きの冒険者達ははっとすると急に笑い出す。そう、いくらおっかない顔をしてたって所詮はレベルアップしたばかりの新人。負ける訳が無いと取り巻き達は笑う事によって自らを鼓舞するのだった。

 

「テメェら!俺だけ楽しむのも悪いだろ!お前らが亡影を殺っちまえ!!」

 

「「「「「「おおおおおお!!!」」」」」」

 

武器を構えハチマンに滲み寄って来る。

 

「ハチマン!」

 

「安心しろ、なぁに、殺しはしない」

 

「はっ!言うなぁ!殺されるのはお前なんだよ!」

 

先頭にいた一人が襲いかかってくるがそれを最低限の動きで躱し腹にベオウルフでカウンターを撃ち込む。

 

「がはぁっ!!」

 

そのまま首根っこを掴み地面に叩きつけ片足でグリグリと顔を踏み躙る。

 

「いつから自分達が狩る側だと勘違いしてたんだ?年上だからって付け上がるなよ…弱く見えるぞ」

 

ハチマンのその目は期待に裏切られた失望の念と哀れみの感情を孕んでいた。

 

「ふざけるなぁ!!」

 

震える手でハチマンに殴りかかるがハチマンの拳にその威力を殺され弾き飛ばされる。

 

「全然足りねぇ!!」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「あそこか!」

 

ヴェルフ達はヘスティアの保護を終えハチマンやベルに加勢しようと途中で合流したリューと敵陣へ向かう。

 

「ぎゃああああ!!」

 

「ひぃいいいいいぃぃ!」

 

しかし冒険者達はヴェルフ達に見向きもせずに向こうの方向を見ている。大量にいる冒険者は虫けらのように鈍い音を立てながら吹き飛ばされ自分は逃げようと試みる者もいるようだ。よく見ると見慣れた紫の巨大な腕が冒険者達を掴んでは投げたり武器のように振り回して追衝突させ双方にダメージを与えたりしている。奥にはベルが何かと戦っているのが見える。

 

「あの荒々しい戦い方は…」

 

「間違いねぇ、ハチマンだ」

 

それなりに近くで彼の戦い方を見て来たヴェルフとリリは即座にその正体がハチマンだと見抜いた。

 

「あれが亡影…」

 

「普段の物言いからは想像できません…」

 

タケミカヅチファミリアは戦慄していた。あそこまで容赦のない戦いがあっていいのかと。

 

「うおおおおおおおおお!!!」

 

轟音と共に現れた白い半円の光が冒険者達を飲み込む。ベオウルフの特殊能力『ヴォルケイノ』だ。戦いを重ねる毎にハチマンは力だけに及ばず魔具の使い方も上達していく。まるで嘗て自分が使っていたかのように…。

 

「やめろ…君達はそんな子じゃない筈だ…」

 

ヘスティアが前に出る。わなわなと震えながらハチマンの元に向かう。それでも冒険者達が打ちのめされるのは終わらずハチマンはとことん冒険者達を痛めつけてる。

 

「やめろーーー!」

 

グシャ…

 

「ああああああああぁぁぁ!!」

 

それでも戦うのを止めない二人。

 

「ー止めるんだ」

 

威圧感を含んだ言葉が戦場を飲み込んだ。そこには神威を解放したヘスティアが立っていた。

 




Qー最近起きたショックな事は?

Aー家の中にゴキブリが出てきた事。マジで絶滅して欲しい。


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#23 悪魔と讃歌

ちゅかれた


「ひ、ひいいいい!」

 

先に動いたのはモルドだった、兜を脱ぎ捨て脱兎のごとく情けなく走り去る。

 

「徒党を組まなきゃ強く吠えれないのか…アンタは」

 

脱ぎ捨てられた兜を拾いながら呆れるように愚痴を零すように呟く。思い出す、徒党を組まなきゃ強く吠えれないあの女を…。

 

「ハチマン、それどうするの?」

 

「後で色々とな…」

 

ベルの質問をあやふやにしながらピンチに駆けつけた各々と言葉を交わしながら一同は肩の力を抜いた。

 

そして、「ともかくこれで」と神様がそう言いかけようとしたーまさにその時だった。

 

「えっー?」

 

足場が揺れる。いや、階層全体が揺らめいている。

 

「じ、地震?」

 

「いえ、これは…」

 

「ダンジョンが、震えてるのか?」

 

千草、命、桜花が足元を見下ろしながらうろたえた。揺れは段々大きくなり、周囲の木々を揺らす程に大きくなった。

 

「これは…嫌な揺れだ」

 

リューさんがそう口にすると同時に階層は揺れたまま周囲がふっと暗くなった。天井の水晶に不穏な影が見える。

 

「……」

 

チラリと叩きのめした冒険者達を見るともぬけの殻となっていた。俺達がよそ見してる間に逃げたのだろう。タフな奴らだ、そこだけが評価点だな。

 

そしてーバキリとその時が来たと知らせる音がする。

 

「亀裂…!?モンスター!?」

 

「ありえません、ここは安全階層です!?」

 

「イレギュラーってやつだな…」

 

いつでもこんなイレギュラーに付き纏われるな…俺達は。そう思うと少し笑えてくる。きっと強がりの笑いなのだろう。

 

天井の水晶を突き破って落ちてきたそのモンスターは余りにもデカすぎる産声をあげた。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

黒い体皮に覆われたその巨体は色こそ違えど見覚えがあった。

 

「ゴライアス…」

 

着地したゴライアスの近くにあのモルド一派がいた。しかもばっちり目と目が合っている。好きだと気付いた?…なわけないか。

 

「行くか…」

 

「うん!」

 

ベルと並びゴライアスを見据える。あの時を思い出す。二人で誓ったあの時よりは強くなれたのだろうか…。

 

「待ちなさい」

 

リューさんが立ち塞がり睨み付けるように見据えてくる。

 

「本当に、彼等を助けにいくつもりですか?このパーティで?」

 

それはいっそ無情とも言えるほど冷徹で、かつ至極当然な問いかけだった。それもそうか、俺達は頭数だけの弱小パーティ。推定レベル4か5のゴライアスとの力量は言うまでもない。

 

瞠目し固まったベル、しかしそんな迷いも一瞬で振り切られる。

 

「助けましょう」

 

「貴方はパーティのリーダー失格だ」

 

リューさんの非難の言葉と眼差しがベルに向けられる。その痛みに打ちのめされそうなベル。

 

「でも、間違っちゃいない」

「だが、間違っていない」

 

俺とリューさんで似たようなセリフを吐いてしまうが別に構わない。目先の事にすぐ飛びつくのがベル・クラネルだ。

 

「ま、お前にマトモな采配なんてこれっぽっちも期待しちゃいないからな」

 

「ハ、ハチマン!?」

 

「お前はお前のやりたい事をやれ、きっとそれは悪くない事なんだからな。俺は気さえ向けば手伝うからよ」

 

「ハチマン…」

 

「教えろ、何をすればいい?」

 

「あの人達を助けて、ゴライアスを倒す」

 

「分かった、話は聞いてたな、お前んとこの墓石が増えない内にさっさと回収してこい、アラル」

 

俺達のすぐ横に小さい落雷が落ちたかと思えば久しぶりに見たその男は怠そうに笑いながらこちらを見ていた。

 

「相変わらず人使いが荒いな…」

 

「頼んだぞ…アラル」

 

「任されたさ」

 

再び雷と共に姿を消したアラルを見届け後ろを振り向く。そこにはリリルカが、ヴェルフが、命が、桜花が、千草が、ヘスティアが、リューさんが、そしてベルが。

 

誰もが微笑みながら頷いた。

 

ベルは叫んだ。

 

「行こう!」

 

俺達は新たな戦場へと身を投じるのであった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「スコット、ガイル、どこだ!?助けろっ、助けてくれええええっ!?」

 

情けなく悲鳴を上げるモルドは半狂乱に陥っていた。

 

マッドビートル、バグベアー、ガンリベルラ、ミノタウロス…あらゆる種類の中層のモンスターが周囲からとめどなく押し寄せ、牙を、爪を、角を、モルドに振るう。何とか両手剣で反撃するがこれといったダメージは入ってない。

 

『ガアアアアアア!!!』

 

「ぐおっ!?」

 

バグベアーの薙ぎ払いで防具が切り裂かれ剣も弾かれてしまった。3頭のバグベアーがあっさりと接近しモルドを見下ろしてる。牙をむき出しにしながら彼へ覆いかぶさろうとした。

 

「死ね…!」

 

突如紫の光が見えたかと思ったらバグベアー達の体に無数の蒼い切り傷が付き爆散した先に紅いコートが見える。モルドの前に庇うように立ちモンスターに銀色の弾丸を撃ち込みながら牽制している。

 

「…なんで、てめえ…」

 

波のように押し寄せてくるモンスター達に紫の光を体に纏いながら突進していく。

 

突然がしっ、襟首を何者かに掴まれた。

 

「ハチマン様のお邪魔になるので運んじゃいますよ!」

 

「いっ、ででででででででででえぇっ!?だ、誰だっ、ケツがぁぁぁあああ!?」

 

大型のバックパックを背負ったパルゥムの少女に引き摺られながら運搬されていくなかモルドの目にはハチマンの姿が映っていた。

 

手を変え品を変えながらモンスターに引くことなく戦う姿がとんでもなく遠く見えた。普通ならビビるような攻撃を表情一つ変えずに躱しながら的確にカウンターを刻んでいく。ベテラン(自称)冒険者のモルドには異次元の存在にしか見えなかった。

 

「ここまで差が開くなんて…」

 

「ハチマン様はずっとお一人で努力してきましたからねっ!」

 

両目を瞑り、べっ、と舌を出す彼女はモルドを安全圏まで運ぶと再び戦場へと足を向けて言った。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

時間停止能力『クイックシルバー』、能力バフの『トリガー』他にも『魔腕』や『幻影剣』を駆使してゴライアスの呼んだモンスターを狩っていると勿論付き纏うのは魔力切れである。

 

何が言いたいかというと、

 

「ほら、亡影、頼まれたポーションとマジックポーションだ」

 

「うす、あざす…」

 

名前も知らない冒険者にポーションを浴びせてもらいながらマジックポーションをガブ飲みしていた。

 

「ひどい切り傷だな…モンスターじゃないな?」

 

「ええ、木の中とか突っ切ってたら枝とかに引っかかって…」

 

「お陰様でこっちもあのデカブツに集中できてる、感謝だな」

 

「こんな状況だ、お互い様でしょ…」

 

もう大丈夫です、と言い立ち上がる。そこに眼帯をした大男がやって来る。

 

「おう、【リトル・ルーキー】!【亡影】!お前ら、そんな装備で大丈夫か!?」

 

「大剣をっ、一番良いのをお願いします!」

「大丈夫だ、問題ない」

 

ベルは大剣を受け取り、俺はベオウルフを出して8番目に仕掛ける【08小隊】と一緒にゴライアスへと驀進する。なんか、嵐の中でも輝けそうな気がするな。

 

大地を抉りベルと先陣を切り進む。後ろの冒険者達はというと。

 

「いくぜいくぜいくぜーー!」とか

「キバっていくぜ!」とか

「戦場キターーー!!」と意気込んでいてとても頼りがいがある。

 

『ーーアアッ!!』

 

そんなやる気もゴライアスの口から発せられた波動弾のような咆哮がすぐ横3mに着弾する。

 

「逃げろーー!」

「戦略的撤退!!」

「逃げるは恥だが役に立つゥ!」

 

前言撤回、そんなこと無かった。勇敢な戦士達はルーキーじゃ到底かないっこない危険察知能力で戦線を離脱した。畜生、今度危険察知用レーダーにしてやる、地雷探知犬みたいに。

 

ゴライアスの赤い目が俺達を見据えるや否やそのバカでかい拳が迫る。

マズイ、あれはベルで捌ける攻撃じゃない。

 

「全力ゼンカイで打ち破れよ!ベオウルフ!」

 

嬉しそうにいつもより眩しく光るベオウルフの拳をゴライアスの拳へと向ける。拳が触れた瞬間凄まじい衝撃波が辺りに走る。

 

「今だ行け!」

 

「うん!」

 

ゴライアスの顔に攻撃をかます為に腕に飛び移り走るベル。やはりその巨体の為拳の威力も凄まじく右腕が痺れる、もしかしたらヒビが入ったかもしれない。押し負けてる、そんな現状が嫌でどうしても踏ん張ってしまう。負けたくない、そんな感情が理性を抑えて下らない意地となりこんな意味もない張り合いに発展している。

 

ズザザザ…

 

【トリガー】を使っても押される状況に変わりはない。【クイックシルバー】を使って離脱を試みようとする理性の叫びを無視しても足りない。

 

ガキン…

『アアアアアアッ!!』

「ハチマンさん!」

 

ベルの攻撃が弾かれた音と痺れを切らしたのだろうゴライアスの怒号と誰かの警告の声と共に俺の体は木を薙ぎ倒しながら数十メートルは吹き飛んだ。

 

「ッ!!」

 

疲労が祟り閉じたくもない瞼が意識と共に落ちてく。指一本動かす事も叶わない、声一つ出せない。全く、情けないな…。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

いつもの夢の中、でかい扉に俺しかいない筈なのに目の前には俺がいた。髪は全て白銀に染まり肌は血が抜かれたような白で目は金色だった。

 

「こうして会うのは初めてだな」

「アンタは…誰だ?」

「俺は…お前だ、よく見るだろ?こういう展開」

「潜在意識的なアレの事か?」

「まあそんな所だ、面倒な思考は抜きにして少し語り合おうぜ?」

「一つ聞いていいか?」

「いいだろう」

「なんで嘘をつく?」

「ほう、その心は?」

「潜在意識的なモノならばこんな夢を見始めた頃から出てきてもおかしくないはずだ、こんな忙しい時に出てくるのだろうかって思ってな」

「やっぱタイミング間違えたか…そうだ、俺はお前の潜在意識的なモノではない。それはお前の意識であって俺ではない、俺はお前の力の源、魂の具現化といった所だ」

「魂、力…」

「そろそろ俺も質問したい。お前に『生きる意味』を問いたくてな」

「俺の生きる意味…」

「………」

「俺は……………」

「それがお前の意味か?」

「下らないか?」

「いや、意外だ、目立ちたがらないお前がそんな意味を持つなんてな。いいんじゃないか?応援するさ」

「あ、ありがとう…」

「っと…そろそろ時間か。悪いな、時間取らせて」

「本音語ったんだ、悪い気はしない。

俺じゃない俺に背を向けて歩き出す。

「エヴァとアラストル、会えたらマキャヴェリに宜しく言っといてくれよな!」

そう叫んだ紫の悪魔は声を大にした後に扉の中に入ってく。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

リン…リン…

 

鈴の音が聴こえる。少し耳障りだ。

 

ゴォン…ゴォン…ゴォン!

 

鈴の音はやがてグラントベルの音に成り代わる。マジでうるさい。

 

「んあッ!?」

 

重い体を起こし辺りを見渡すとそこにはニヤニヤと暗黒微笑を浮かべるアラストルがいた。

 

「いい夢見れたか?」

 

「まあな、どのくらい寝てた?」

 

「ざっと30分、兎の小僧もさっき起きてなんかチャージしてたぞ」

 

「そうか…」

 

体に刺さった枝とかを抜きながら答える。アドレナリンがドバドバに分泌されてるからなのかあんまり痛みは感じない。

 

「お前がわざわざ出しゃばらなくても勝てるぞ」

 

ヘラヘラと笑いながら辛辣に語るアラストル。

 

「休みたいけどな、行くさ」

 

「その心は?」

 

「俺だけサボってると後が怖いからな」

 

そしてなにより、置いてけぼりはゴメンなんでな。

 

「そうか、じゃあこれに着替えてけ。その格好じゃ致命傷だったってバレるしな」

 

ポンと手渡されたのはいつもアラストルが使ってる剣だ。

 

「いいのか?」

 

「貸すだけだからな、ちゃんと返しに来いよ〜?俺は知り合いを迎えに行くから先に帰らせてもらうぜ。後でお前にも紹介してやるよ」

 

手をヒラヒラさせて俺に背を向けて歩いて行くアラストル。

 

「アラストル!」

 

「ん?」

 

「俺が宜しく言ってたぞ」

 

文から可笑しいが言わなきゃいけないという謎の使命感に駆られその言葉のまま伝える。少し恥ずかしい。

 

「おk、後で病院行ってこいよ〜」

 

雷光の如く消えてくアラストルを視界の隅に追いやりベルの元へ向かう。一応ベルの音で位置は分かるが問題なのはゴライアスが進路の間に

居る事だ。迂回するのもアリだが…。

 

「癪に触るな…」

 

モンスターに道を譲るのが何となく腹立つ。

 

「やってやるか!Take your time!」

 

【クイックシルバー】と【トリガー】を発動させゴライアスの元の首まで接近してアラストルを構える

 

「足止めはさせて貰う!」

 

魔力を込めた一閃を横に薙る。そしてそのまま頭を踏み台にして一点だけ光ってる場所に飛んでく。なんだろう、移動速度とかがめちゃくちゃ上がってる気がする。アラストルのお陰か?

 

着地した瞬間【クイックシルバー】を解除する。

 

「うわぁ!!」

 

近くにいた神様が驚いて尻もちを着く。

 

「ハハハハチマン君!?一体どこから」

 

「そんな事は良いんですよ、ベルは行けそうですか?」

 

「まだ時間はかかりそうだ、念の為ハチマン君もベル君と行ってくれるかい?」

 

「時間稼いだ方が建設的な気がするんですけど」

 

すると微笑みながら神様は首を横に振る。

 

「ううん、君とハチマン君が行って勝つんだよ。それまでの時間は()()稼いでくれる、君も力を蓄え給え」

 

「…分かりました」

 

ゴライアスが落ちた首の代わりを再生してるのを視界の中央に見据えながらベルの左隣で力を溜める。フォースエッジに蓄えられる紫の魔力はやがて黒くなり黒い魔力は体にも広がっていく。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ヘスティアは二人の子ども(眷属)の背中を眺めていた。一人は恋焦がれる程白い光を纏う男の子。そしてもう一人は心臓を握られているような感覚を覚えるような黒を纏う男の子。互いに色こそ違えどどちらも優しさを兼ね備えたかけがえのない家族だ。

 

ヴェルフ君もリリルカ君もエルフ君も…皆が君達を待っている。

 

「君達はよくやってるよ…流石、ボクの子供だよ。胸を張ってくれたまえ」

 

ゆっくりとベルの深紅の瞳と、ハチマンの黒い瞳がゴライアスを捉える。

 

「行ってらっしゃい」

 

「「行ってきます」」

 

ゆっくりと二人の体が前に傾く。

 

「ーみんな、道を開けろぉおおおおお!!」

 

発走した。

 

剣を構え、鐘の音と殺気を放ちながら、仲間達が作り上げた好機ー最初で最後の一撃の瞬間へと、疾駆する。

 

道を開ける全ての者が、ベルとハチマンの横顔を見つめる。乞うように、信じるように。背中を押すようにー行け、と。

 

『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』

 

再生したばかりの目で二人を射抜き燃えた剛腕を背後に引いた。それでも二人の速度は緩めない。

 

ベルは右回りに、ハチマンは左回りに回転して今までの速力と回転エネルギー、そして力を剣に回し、その一撃を放った。互いの剣の腹が擦れ合い火花を散らしながらその一閃がゴライアスを飲む。

 

「「あああ.ああああああああああああああああぁぁぁッッ!!!」」

 

最後に残ったのは静けさと上半身を失った巨人の下半身だけだった。しかし魔石だけは傷が付いていても完全に破壊するには至らなかった。

 

「チッ、左腕が折れた」

「僕は右腕が動かないや」

 

最後の一閃の反動が腕に来て二人の片腕を粉々にした。しかしゴライアスの魔石だけは無事だ。

 

「最後、決めるか」

 

ベルに脇のホルスターからルーチェを渡す。ハチマンはもう片方のオンブラを右手に持つ。

 

「決めゼリフ、知ってるか?」

「フフッ、おじいちゃんから聞いた事あるよ」

 

二人で背中を合わせて銃を構える。ハチマンは縦に構えベルがその上に横にして構える。そしてあの言葉を同時に発する。

 

「「JACK POT」」

 

Bang!

 

2つの銀色の弾丸がゴライアスの魔石を的確に撃ち抜き再生されようとしてたゴライアスはドロップアイテムを残し灰となる。

 

『ーうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』

 

その瞬間、18階層全体が冒険者達の歓声で揺れた。

 

涙ぐむヘスティアを筆頭にヴェルフ、リリ、リュー、命と次々にベルとハチマンに駆けつけた。再び戻った蒼い天井が18階層に戻る。

 

銃を仕舞った二人は皆の方に向き直る。

 

「「ただいま」」

 

「「「「「おかえりなさい!!!」」」」」

 

暖かい光が一帯を包んだ。

 

 

 

 




ずっとやりたかった事が書けた。もうそれでいいんだ。
良かったら高評価とお気に入り登録、よろしくお願いしまああああああああぁぁぁあすッ!!


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♯24 そしてボッチは足を踏み入れる

免許とかマジでダルすぎる。


ー焔蜂亭ー

 

「え!?リリ【ソーマ・ファミリア】辞めれたの!?」

 

「はい!ソーマ様も二つ返事で許可をして下さったのでもう大丈夫だと思います!」

 

ヴェルフのランクアップを祝した祝賀会にてリリルカの意外な報告を聞いたベルは驚いていた。ソーマか…最近アイツどうしてるんだろう。

 

「なあ、ソーマは何してたんだ?」

 

「ポエムを読み耽っていましたよ?あっ、ハチマン様に宜しく伝えるよう仰っていました。お二人ってどういった関係ですか?」

 

「別に?ちょっと一緒に話しただけだが…」

 

俺とソーマの意外な関係にもヴェルフとベルは驚く。君達、俺に知り合いがいて悪い?少しならいるからね?少しなら…。

 

「その話題は置いといて、今日は何しに来たんだ?」

 

そう言うとベルとリリ、そして俺はヴェルフに向き直る。照れ臭そうに頭を搔くヴェルフ。

 

「ランクアップおめでとう、ヴェルフ!」

 

「これで晴れて上級鍛冶師、ですね」

 

「おめっとさん」

 

今まで見たことないような表情で嬉しさを噛み締めるヴェルフ。何故だろう、見てるこっちも少しだけ嬉しいという感情が湧いてくる。

 

そこからは色々と話し合った。ヘファイストスさんのロゴの事とか、この前の黒いゴライアスについての意見交換とかをした。ゴキュゴキュと酒を飲みながら。いけるな…。

 

「ベル様も、先日の事件で随分株が上がったことだと思います。少なくともあの階層主攻略に参加した冒険者達には、認めてもらったのではないのでしょうか?」

 

「う、うん…」

 

実際の所色々とお誘いはあった。飲みに行かないか〜とか、ウチのファミリアに入らないか〜とか、まあ、丁重にお断りさせてもらったがな。

 

「ー何だ何だ、どこぞの兎が一丁前に有名になったなんて聞こえてくるぞ!」

 

ま、こういう展開になるのはあながち予想はできてたんだがな。酒に口を付けながらジロリと目線だけを移すとパルゥムの冒険者が杯を片手に叫んでいる。

 

「ルーキーは怖いものなしでいいご身分だなぁ!世界最速兎といい、嘘もインチキもやりたい放題だ、オイラは恥ずかしくて真似できねえよ!」

 

「すみませーん、トマトソースパスタ追加、あっ、大盛りでお願いしまーす」

 

ウェイトレスさんに追加の注文をする。

 

「っ…オイラ、知ってるぜ!『兎』は他派閥の連中とつるんでるんだ!売れない下っ端鍛冶師にガキのサポーター、第一印象最悪のクソダサコートの剣士!とんだ凸凹パーティだ!」

 

ガタッ

 

ベルが立ち上がりそうになるのを両隣のヴェルフとリリが抑える。クソダサコートって…。

 

「落ち着け、ベル」

 

「ああいうのは無視が安定です」

 

ヌギヌギ

 

「よせハチマン!お前のコートはカッコイイぞ!悔しいがヘファイストス様のお墨付きだ!」

 

「リリも素敵だと思いますよ!ソーマ様も絶賛してましたよ!」

 

「大丈夫だよハチマン!もんのすごくかっこいいから!僕も欲しいなー!」

 

何故か必死にカバーしてくれる仲間達。ううっ、ありがとう…。それにしてもアイツには少しカチンと来たぞ。

 

俺達の断固たる無視の意思にクソガキはチッ!とバカでかい舌打ちをした。土手っ腹に弾ぶち込んでやろうか?あ?

 

「威厳も尊厳もない女神が率いるファミリアなんてたかが知れているだろうな!きっと主神が落ちこぼれだから、眷属も腰抜けなんだろな!」

 

プチッ…

 

「取り消せ!!」

 

ベルの怒りが頂点に達したのか珍しく怒鳴り散らす。ヒュー、きっと神様が見てたら泣いて喜ぶんじゃない?もうさっさと付き合っちまえよ。

 

「ず、図星かよっ。あんなチビの女神が主神で恥ずかしくないんだろう?」

 

「ーーッ!!」

 

そろそろ我慢の限界だ。やっすい挑発だが最近虫の居所が悪いもんでな、乗らせてもらおう。

 

ガタッと荒々しく立ち上がりクソガキの近くに歩み寄る。距離が縮まるにつれカタカタと震えが増してくがお構い無しだ。お前らがけしかけた喧嘩だもんな。

 

「大事な仲間バカにされて、黙ってられる程俺も大人じゃねえんだよ」

 

「は、はぁ?」

 

「これが俺のぉ…答えだァァァァ!」

 

右手に全身全霊を込めて体重を乗っけた拳をその憎き顔面に叩き込む。

その衝撃が顔面の抵抗とぶつかった瞬間に拳を折って第二撃を入れる。

すると第二撃目の衝撃は抵抗を受ける事なく完全に伝わり切りクソガキは店外に吹き飛ぶ。 俗に言う『二重の極み』だ。よく分からない人は調べてみよう、カックイイぞ!

 

「これでおあいこだな…」

 

「てめえよくも!!」

 

「やりやがったな!!」

 

立ちあがった冒険者の1人に今度はヴェルフが殴る。蚊帳の外の冒険者達はこれ以上とない昂りを見せる。意外にも参戦したベルを気にかけながら俺とヴェルフは喧嘩に熱中する。順調に喧嘩相手を痛めつけ遂に最後の一人が残った。さっきまで椅子に座り酒を飲んでクールキメてたイタイあんちゃん2号(1号はベート)はグラスを投げ捨て立ち上がった。

 

「うおっ!」

 

「ヴェルフ!?」

 

意識が向いてなかったヴェルフの腕を掴み片手だけで逆方向に投げ飛ばす。あの反応…レベル2じゃない、3だな?

 

次はベルが仇と言わんばかりにその男に突っ込むがあっさりと躱され顔面に一発食らう。

 

「ベル様!?」

 

リリルカの悲鳴と一緒にベルを受け止めた丸テーブルが音を立てて壊れた。弁償とかするのかな?

 

「まだ撫でただけだぞ?」

 

次は俺に接近して顔面に一撃が入る。しかし少し考えて欲しい。俺はこれまで幾度となく吹き飛ばされてきた。体長5mにも及ぶベオウルフの拳を受けたり、アラストルに壁上まで飛ばされたり、挙句の果てにはゴライアスにも18階層の端っこまで吹き飛ばされてきた。その経験を詰んでると自然と殴られ慣れというものが生まれる。なんだよ殴られ慣れって…言ってて悲しくなってきたぞ。まあ、何が言いたいかというと、奴のパンチなんて屁でもないという事だ。ちょっと口の中が切れたくらいだ。

 

「ほう…」

 

「一発は一発…受け止めろよ?」

 

ギリギリと握り拳をイタイあんちゃん2号に向けるがその拳はカウンター席から聞こえた破壊音が止めた。

 

『!』

 

音のした方を酒場にいた全員が一斉に振り返る。その先には灰色の毛並みを持つ狼人の青年、つまりはイタイあんちゃん1号がいた。

 

「揃いも揃って、雑魚が騒いでんじゃねぇよ」

 

顔に刻まれた刺青が歪む。その機嫌の悪さを発露している人物に、誰もが言葉を失う。

 

「てめえらのせいで不味い酒がクソ不味くなるだろうが。うるせぇし目障りだ、消えやがれ」

 

要約すると「皆の迷惑になるから喧嘩は他所でしてね☆」って事か…なんだ、良いとこあるじゃん。

 

「調子乗ってんじゃねーぞ」

 

俺の胸ぐらを掴み顔を寄せて威嚇してくるがこれも要約すると「気を抜くんじゃない」という事か…。ツンデレかな?

 

ー【ホーム】ー

 

そんなこんなで帰ってきた俺達は神様やリリから治療してもらっていた。とはいえベルには神様、ヴェルフにはリリルカが担当してる為俺は切れた口を治すためポーションを口の中に含んでその様子を眺めていた。

 

「驚いたよ、君が喧嘩をするなんて。ベル君も男の子だったんだね」

 

「……」

 

膏薬を優しい指で塗りながら諭すように彼女は語る。ベルは悔しそうに黙り込んでいた。

 

「でも、やっぱり喧嘩はよくないぜ?サポーター君の言う通り、しっかり怪我までしているじゃないか」

 

「だって、あの人達っ、神様を馬鹿にしたんですよ!?」

 

それは初めてベルが神様に反抗した瞬間だった。リリもヴェルフも手を止めて、ベルを見上げてる。そんなベルと見つめあってた神様はやがてふっと微笑んだ。

 

「君がボクの為に怒ってくれるのはとても嬉しいよ。でも、それで君が危険な目に遭ってしまう方が、ボクはずっと悲しいな」

 

「……」

 

「ベル君の気持ちはわかるんだ、逆の立場だったら、ボクも火を吐くほど怒る。でもそれで相手と喧嘩したボクが、ボコボコになって帰ってきたら、ベル君はどう思う?」

 

「…泣きたくなります」

 

もうさ、You達付き合っちまえよ。不肖このハチマン・ヒキガヤ、アキバのオタク達がガチでドン引きする位応援するぜ?

 

まあ、その後は適当に言葉を交わし俺はいつものソファで眠りについた。クソダサコートって……。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

次の日、ベルと共にチュールさんの元に向かい一連の報告をした後にダンジョンについての座学を受けた。元々学生だった事もあるし、勉強もそこまで嫌いでは無いのでノートにもスラスラと書けた。チュールさんの座学はスパルタと有名だったらしいがしっかりと話を聞いていれば分からないことは無い。隣の席に座ってるベルは終始頭を悩ませていた。帰ったら勉強に付き合ってやろう。

 

「ハチマンはこの後どうする?」

 

「そうだな…じゃが丸くんの新しい味を開発したいんだが頼めるか?」

 

「甘い味…?」

 

「いんや、トマトソースグラタン味だ。甘くは無いはずだ」

 

「それじゃあ受けようかな」

 

「厳しめで頼むぞ」

 

そんな他愛もない話をしながらロビーを出たところ女性冒険者2人が俺たちの道を塞ぐように立っていた。ん?よく見れば酒場で絡んで来た奴らと同じエンブレムしてんじゃん。

 

「ハチマン・ヒキガヤで間違いない?」

 

「は、はぁ…」

 

気の強そうな短髪の人が尋ねてくる。狼狽えながら頷くと、今度は後ろに控えてた柔らかそうな長髪の人がオドオドしながら歩み出た。

 

「あの、これを…」

 

差し出される招待状。封蝋には弓矢と太陽のエンブレム。

 

「ウチはダフネ。この子はカサンドラ。察しの通り【アポロン・ファミリア】よ」

 

「あの、それ、案内状です。アポロン様が『宴』を開くので、も、もし良かったら…べ、別に来なくても結構なんですけど…」

 

「必ず貴方達の主神に伝えて。いい、渡したからね?」

 

「はあ…」

 

「ご愁傷様…」

 

そう去り際に呟かれた。

 

「もう死んでるんだよなぁ…」

 

えっ?とベルが聞き返すが俺は手元の招待状を見下ろしていた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ホームに帰り神様に事の顛末を話すとパーティには出席しないと後が面倒くさいとの事で勿論ベルが同伴する事になった。ベルの一張羅や神様のドレスをチェックしてほつれとか無いか確認した後に暇になった俺は街を宛もなくブラブラしていた。そんな時だ。

 

「見覚えのあるコートだと思ったら、ハチマンか」

 

「アラル…奇遇だな」

 

「あぁ、お前に預けた剣を返して貰おうと思っててな。使い心地はどうだった?」

 

「一回しか使ってないから分かんないが良かったんじゃないか?なんかバフみたいなのも付いてたし」

 

「だから…なんでお前といいダンテは…!」

 

怨念に震えながら俺と知らない男の名前を呟くアラストル。なんだ、他にも貸してたんだ。ダンテ…違和感を覚える名前だ。

 

「あ?ダンテ?誰だそりゃ」

 

「?…後で会うことになるさ。丁度いい、紹介したい奴がいるんだ!ベル君!ヘイカモッ!」

 

「アラル様、歩くのが速いです…」

 

アラルを先輩と慕いながら駆けつけたのは後輩キャラとしては筋肉と図体が隆々としている長い白髪と白髭を蓄えたおっさんだった。は?ベル君?俺の知ってるベル君とは正反対の男のようだ。

 

「アラル様、その小僧は…まさか!?」

 

「例の俺の弟子だ。ハチマン、コイツはベル君、俺やマキャヴェッ リと()()だ。後々にお前の稽古に付けたいと思ってる」

 

「ども、ハチマン・ヒキガヤです弟子じゃねーよ…ん?同じ?あっ…(察し)」

 

じゃあきっと本名を短くしてたり捩ってたりしてるのだろう。ていうか稽古?

 

「ベルだ。訳あって貴様には本名を明かせない。吾輩が鍛えるからには死ぬ気でやってもらう。宜しくな」

 

ベル君(仮称)と硬い握手をする。熱い漢の気を感じる。まぁ、見るからに熱血タイプだもんな、鍛冶師って言っても違和感さんが仕事しないもん。

 

「あっそうだ、ベル君、先に教会に戻ってくれ。この後の用事はコイツと行くからよ」

 

「ちょ、勝手に決めるなよ!」

 

「了解した」

 

「了解するな!」

 

俺の静止に耳を貸さず教会の方角に歩いてくベル君のデカい背を見届けアラストルに向き直る。

 

「どういうことだ?」

 

「いやな、この後の用事にベル君を連れてくと色々と面倒になるからたまたま見かけたお前に乗り換えただけだ」

 

「クズの発想だ、そりゃ」

 

なんだろう、ベル君(仮称)が少し不憫に思えてきた。今度マッ缶(偽)を奢ってやろう。

 

「まあ、その格好でもあれだし、少し着いてこい」

 

手を引かれ連れてかれた場所は高めの服が置いてある仕立て屋だ。そこで採寸とか丈合わせをしてそれなりにいいスーツを拵えてもらった。手袋も黒革の厚くないやつに取り替えられた。髪の毛も弄られオールバックにされた。

 

「おお…似てる」

 

「あ?誰にだよ」

 

「さっきダンテって呟いただろ?その双子兄貴のバージルって奴だ」

 

「あっそ」

 

他人に似てると言われるのは変な気分だ。俺は俺なのに。バージル…放っておけない名前だ。

 

「さてと、行くか」

 

「行くって…まさか」

 

「とある太陽神が開く宴だ。そこでお前の自慢でもしておこうと思ってな」

 

「い、嫌だ…!」

 

抵抗虚しくタクシーに乗せられ遅れた形で会場に着く。着くなりアラストルとは別行動になり「後は好きにしろ」と放り出す始末、自由すぎるだろ、アイツ。

 

「…取り敢えず、食うか」

 

個人的な見解としてパーティのランクは設備もそうだが出てくる料理で決まると思う。飯が美味けりゃそれなりに話も弾むもんじゃないのか?まぁ、パーティ行ったことないけどね。

 

「うん…微妙だな」

 

材料は良いのを使ってる。貧乏人の俺達じゃ手の届かないような物だ。だがコスト削減に調味料をケチってる。これじゃ材料の良さを活かせない。まぁ、アポロン・ファミリアもこの程度なのだろう。ガワがしっかりしてそうで案外中身がスカスカのプライドだけの連中なのだろう。

 

グラスに注がれたワインを一口飲む。あ、美味い。

 

「あれ!?ハチマン!」

 

ベルが驚愕の声と共に駆け寄ってくる。釣られて色んな人達もこっちに来る。ヘスティア様は勿論、タケミカヅチさんや命さんに加えミアハ様とナァーザさん、ついでにヘルメスとアスフィさん、それにヘファイストス様も来た。久々の大所帯の為少し酔いそうだ。

 

「久しぶり…でもないわね。元気してたかしら…//」

 

「え、ええ…」

 

「あっ、スーツ似合ってるわよ。いつものコートもカッコイイけれど新鮮で素敵よ」

 

「あ、ありがとうございます。貴方もドレス…その、似合ってますよ…?」

 

「そうかしら//…フフフ…照れるわ」

 

何故かヘファイストス様と話すとドギマギしてしまう。この前の出来事のせいだろう。この人の前でみっともなく泣いてしまった…うっ、死にたくなってきた。

 

ざわっっ、と広間の入口から大きなどよめきに、俺達の成立すらしていない会話は遮られた。

 

「おっと…大物の登場だ」

 

ヘルメスがおどけるように言葉を紡ぐがその一言一句にすら何故か腹が立つ。

 

「あれは…」

 

何時ぞやの女神とその従者が礼服を身に纏い衆目を一身に浴びていた。

 

ベルは神様に目を塞がれ命さんやナァーザさんも見惚れかけている。アスフィさんは露骨に目を逸らし見ないようにしている。

 

「そう、フレイヤ様だ」

 

説明口調のヘルメスやその場にいる全員の視線の先に圧倒的な『美』がそこに立っていた。オラリオ一の従者を引き連れて…。

 

「言うほど美しいか…?」

 

俺の素直な感想は会場の喧騒に呑まれた。




いかがでしたか?もし面白いと思ってくださったら高評価とコメントをしてくださると助かります。作者のポテンシャルが上がるので…。


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#25 このすぼ

長らくお待たせしました。タイトルは間違ってません。


「主神よ、アポロン・ファミリアから宴の招待状が来たぞ」

 

書斎で()の事を考えているといつの間にかやって来ていたのか私のファミリアの団長の【椿・コルブランド】が招待状を手渡してくる。へぇ、1人だけ眷属を連れてけるのね。

 

「椿…アポロンの所は行かないって言ってるでしょ?丁重に断っといてちょうだい」

 

アポロンについては天界にいた頃から知っているがいい噂はめっきり聞かない。数多の女神に求婚しては振られる。私には声が掛からなかったのは不幸中の幸いって奴かしら。

 

「そうか?ちょっと小耳に挟んでな、神ヘスティアの方にも声を掛けてたらしいぞ?」

 

「え!?」

 

つまり彼が来るかもしれないってことかしら!?いや、よく考えるのよヘファイストス、ヘスティアはベル・クラネルに惚れている。ならば宴に連れてくるのは当然その子よね…。

 

「!!」

 

いや、だめよヘファイストス!ネガティブな事を考えちゃいけないわ!ヘスティアが彼を連れてくる可能性に全てを賭けましょう!

 

「行かないのか?」

 

「行くわ!椿!貴方も用意しなさい!今日はとびきりの勝負服で行くわよ!」

 

「あ、あぁ…」

 

待ってなさい!ハチマン!

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ヘファイストスじゃないか!見てくれたまえ!ベル君は何を着ても似合うだろう?」

 

「え、えぇ…そうね」

 

知ってた、この世には神も仏もいないんだって…って、いたわね、掃いて捨てるほどね。

 

はぁ、彼は今頃何してるかしら?またパフェとピザとコーヒーをバカ食いしてるのかしら…。一緒に食卓を囲むなんて…

 

『ヘファイストス、はい、アーン』

 

『あーんっ!美味しいわ!ハチマン!』

 

『HAHAHA!君が沢山食べれるなら俺はいくらでも作るよ!ハニー♡』

 

『ハチマン…///もうっ!好きっ!(理性崩壊)』

 

『照れるぜ、ベイベ(語彙力逃走)』

 

なーんて事もあるのかしら!!えっへへへ//

 

「ヘファイストス…一体どうしたんだい?…」

 

「あっははは…あれ!?ハチマン!」

 

えっ!嘘!?どこどこ!?

 

その場に居合わせた顔見知り達と駆け寄る。焦ってるのがバレないように若干早歩きで。

 

「あっ…」

 

いた、黒と銀の混ざった髪をオールバックにして相変わらずの目付きでワイングラスに口をつける彼がこちらを見ていた。コート以外の服を着てるのも珍しくしっかりとその姿を脳裏に焼き付ける。

 

「久しぶり…でもないわね。元気してたかしら…//」

 

「え、えぇ…」

 

嗚呼…私はこの時間が堪らなく好きだ。私でさえ嫌いな目を綺麗だと言ってくれた彼と交わす言葉全てが…あわよくば彼と一生を共にしたいと刹那に願う私はきっと、世界一バカな神なのだろう。人間と結ばれる筈ないのに。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

フレイヤとかいう神が入場し、宴の雰囲気はガラリと変わった。どこかピリピリしている、きっとアレの目にかかりたい神達がお互いを牽制し合っているのだろう。これが恋の抑止力というやつか…。

 

そんな視線も意に返さず女神はこちらに歩み寄ってきた。回れ右してほしいなぁ…なんて。

 

「来ていたのね、ヘスティア。それにヘファイストスも。神会以来かしら?」

 

「っ…やぁフレイヤ、何しに来たんだい?」

 

ひくついた笑顔を浮かべながら下手くそな営業スマイルをするとベルから離れて身構えた。あれで威嚇してるつもりなのだろうか。ヘファイストスさんも少しムッとしてる。

 

「久しぶりね、ハチマン」

 

「ども」

 

心の隙に入り込むような声を出しながら近づいてくる。ちょっと近くない?パーソナルスペースって知ってる?

 

「ー今夜、私に夢を見させてくれないかしら?」

 

「夜11時には床につき必ず8時間は睡眠をとるようにする。寝る前にあたたかいミルクを飲み20分ほどストレッチで体をほぐしてから床につくとほとんど朝まで熟睡ですよ」

 

「!」

 

手フェチの殺人鬼が言ってたんだけど実践してみるとまあまあ眠れるんだよ。皆も試してみよう!

 

「あら、残念。一流のシェフに作らせたジャンボパフェがあるのに…」

 

「!!」

 

ちょっとハチマンの心がマグニチュード80000くらいなんだけど。右肩の悪魔が「行けよ…」って叫んでるんだけど。ちなみに右肩の天使は「美味しそう…ジュルリ」とか言ってる、ダメじゃん。

 

「ダメよ?」

 

ニッコリとしながら、けれどもドスを効かせた声でヘファイストス様が俺の肩を掴む。

 

「うっす…」

 

どうしてこんなに怒ってるんだろうか…。

 

「マキャヴェリって男、知ってるかしら」

 

そっと、耳元でフレイヤが俺に抱きつく形で囁く。艶めかしい声だが色を含んでいない。至って真剣な話なのだろう。ここでするのか?

 

「顔を合わせた程度ですけど…」

 

「ウチで監禁して研究させてたんだけど熱が入ったらしくて逃げられたの」

 

「んなことしてるからじゃないんですか?」

 

「それもそうね、方法はなんでもいいわ、排除してくれればご褒美を出すわ」

 

「へぇ、例えば?」

 

「私とかは「別のならいいですよ」…相変わらず釣れないわね」

 

いつの間にか首に絡めていた両手を解き、その距離を開かせる。まあ、悪くない匂いだったな。

「それじゃあ」と言い女神フレイヤは去っていく。別にクールでもなんでもない。

 

「随分と熱〜い話、してたんとちゃうかー?」

 

また違う所から陽気なエセ関西弁が聞こえた為そっちを見ると朱色の髪色をした女神がいた。そのすぐ隣には綺麗なドレスを見に纏ったアイズ・ヴァレンシュタインがいた。

 

「ロキ!?」

 

「おー、ドチビー。ドレス着れるようになったんやなー。めっちゃ背伸びしとるようで笑えるわー」

 

俺がコーディネートしたんだが似合わなかったんだろうか…。ていうか男装してるアンタに言われたくないと思うんだが…どうして男装なんて…あっ...(察し)。

 

なにやらギャーギャーと喧嘩してる二人を流し目にテラスに移動して一息つく。今日は疲れた、特にあの女神のせいだ。精神力をゴリゴリに削ってくる。

 

「お疲れのようだね」

 

まただ、またこうやって…今度は誰だ?

振り返ると会いたくない神ランキングNo.2のヘルメスがそこにいた。

 

「なんの用で?ここには美人はいませんよ?」

 

「あはは…僕、君に嫌われるような事したっけ?」

 

もう存在というかなんというか…生理的に無理なんですよ。すみません。

 

「さあ、どうなんでしょうね?」

 

と言いつつ18階層でモルドが襲撃の際に使っていた兜を落とす。

 

「なんだい?これは」

 

「18階層の件でモルドという冒険者が被ってたんですよ。少しオハナシしたらアンタに聞いてくれーって言っててね。心当たり…ありませんか?」

 

「全く…君にお惚けは効かないな…要件はなんだい?」

 

驚いた、こうも簡単に折れるなんて予想外だった。

 

「別に、アンタがちょっかいかけて来たならそれなりの報復でもさせて貰うってだけだ。アンタがやって、俺がやっちゃいけないって道理はないんだからな…覚悟しろよ」

 

「わ、分かった…」

 

少しは怖気付いたのか後ずさりするヘルメス、ふふふ、俺の威嚇中々効いたな。

 

「あれ?ハチマンとヘルメス様?二人で何話してたの?」

 

「なーに、仲良く世間話をしていただけさ、ねっ!」

 

「まぁ、な」

 

適当に話を合わせる。ベルにいらん心配をかけてられないしな。

 

「ベル君は、どうして冒険者になったんだい?」

 

手すりに背を向けながら、ヘルメスはベルに問いかける。

 

「祖父が…育ての親が、亡くなる前に言ってて…『オラリオには何でもある。行きたきゃ行け』って」

 

「へぇ?」

 

「オラリオにはお金も、その、可愛い女の子との出会いも、何でも埋まってる…何だったら女神の【ファミリア】に入って、手っ取り早く家族になるのもありだって」

 

「ーはははははっ!」

 

「…ベル君の育て親は、愉快な人物だったみたいだね」

 

「そう、ですね。面白い人でした」

 

そんな2人の会話をBGMに俺は過去について考えていた。雪ノ下とも由比ヶ浜とも、小町や母ちゃんに親父…その他全員の今と何故かオラリオにいて気味悪い鎧を装着していた葉山…そんな事を考えるだけで頭が痛む。忘れなきゃ…

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「さあ踊ろう!ベル君!」

 

そうヘスティア様に半場強引に連れてかれたベルの背中を見届けながら俺はワイングラスに口を付けていた。

 

「君は踊らないのかい?」

 

相変わらず隣にいて一緒に酒を飲んでいるヘルメスが問いかける。ホールは賑やかでヘファイストスさんが知り合いの神に挨拶しているのが見られる。こころなしか少しソワソワしている…トイレか?

 

「別に…踊るほど親しい相手なんていませんし」

 

オールバックにしていた髪を手でくしゃくしゃにして元の髪型に戻す。

やっぱり普通の髪型が1番だな。

 

「えらく張り詰めてる気がしてるけどどうかしたのかい?」

 

「いつもの流れだとこういうイベントのラストに絶対何か嫌な事が起こるんですよ」

 

いやほんとマジで…初めて飲みに行った時だってクソ狼に煽られるし、レベルアップ祝いの時だってモルドとか言う奴に絡まれるし、ヴェルフのランクアップ祝いにもアポロン・ファミリアが…あれ?ここの宴の主催って…アポロン・ファミリアだよな…。あっ...(察し)

 

「そうならない事を祈ろうか…」

 

断言しよう絶対起こる。

 

「いや、起こさせない」

 

例えシュタインズゲートの決めた運命であろうと俺は抗う。やっと安定?してきた日常を壊されてたまるか。そうと決まれば即行動に移さなくては…。

 

グラスの中を飲み干しツカツカとホールに入ってく。丁度ダンスも終わったらしく踊っていた面々は微笑みを浮かべている。女神ロキと踊っていたヴァレンシュタインにも目をくれずベルと神様の元へ向かう。

 

「引き上げるぞ」

 

ベルと神様の間に入り少し声を潜めて帰宅の意を示す。

 

「ハチマン!急にどうしたの!?」

 

「ハチマン君、まだ宴は始まったばかりだよ。踊る相手がいないからってね?拗ねちゃあダメだよ!ほら、ヘファイストスでも誘って踊ってごらん?」

 

「そんな悠長な事言ってる場合じゃありませんよ」

 

「急にどうしたの?」

 

ベルが心配そうに問いかけてくる。

 

「打ち上げとかの時に必ず起こるのは?」

 

「あっ…!」

 

気付いてくれたか、流石ベルだ。

 

「神様…!逃げましょう…!」

 

「ベル君まで…分かったよ。でも事情は後でちゃんと聞くからね!」

 

よし!そうと決まれば!

 

ここまでは完璧だ。後は踵を返して逃げるだけ……そう思っていた時期が私にもありました。そんなのは世界一気まぐれなオラリオが、そして愛すべき読者が許す筈ないのだ。

 

「諸君!!宴は楽しんでいるかな?」

 

月桂冠を被るこりゃまたヘルメス以上に気持ちの悪い男神がホールのど真ん中にある階段の上で高らかに叫んだ。その構図は丁度俺達を見下す形になっていた。

 

「盛り上がっているようならば何より。こちらとしても、開いた甲斐があるというものだ」

 

そしてアポロンは神様に目を向けた。

 

「遅くなったが…ヘスティア。先日は私の眷属が世話になった」

 

「…ああ、ボクの方こそ」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()。代償をもらい受けたい」

 

「言いがかりだ!?ボクのベル君だって怪我をしたんだ、一方的に見返りを要求される筋合いははないぞ!」

 

「だが私の愛しいルアンは、あの日、目を背けたくなるような姿で帰ってきた…私の心は悲しみで砕け散ってしまいそうだった!」

 

まるで芝居をしているかのように、アポロンは胸を押さえ、かと思うと両手を広げて大袈裟に嘆いた。

 

ルアンという単語が出てきた辺りから奥からミイラのようにグルグル巻にされたパルゥムの男は姿を見せた。

 

「痛てぇ!居てえよぉ〜〜!」

 

「まさかハチマン君…本当にここまでボコボコに……?」

 

「してませんよ…でも、それより酷い始末にしてやろうか?」

 

「ダメだよ!?」

 

ベルの叫びが聞こえるが内心本気だったりする。一生医務室のベッドに寝る羽目にサセテヤロウカ?

 

「更に、先に仕掛けたのはそちらだと聞いている。証人も多くいる、言い逃れはできない」

 

パチン!という指パッチンと共に俺達を取り囲む複数の神とその団員。きっとあの現場にいた奴らかアポロンに抱き込まれた奴らだろう。その面しっかり覚えたからな?

 

「団員を傷付けられた以上、大人しく引き下がるわけにはいかない。ファミリアの面子にも関わる…ヘスティア、どうあっても罪を認めないつもりか?」

 

「くどい!そんなものは認めるか!」

 

待ってましたといわんばかりの醜悪な顔をするアポロン。

 

「ならば仕方ない。ヘスティアー君に『戦争遊戯』を申し込む!」

 

チュールさんとの勉強で憶えてる。対立する神と神が己の神意を通すためにぶつかり合う総力戦。言わば神の『代理戦争』。

 

『アポロンがやらかしたァーー!』『すっっげーイジメ』『逆に見てみたい』

 

退屈持て余したモンスター、おっと間違えた。娯楽好きの神達はざわついていた。

 

「我々が勝ったら…君の眷属、ベル・クラネルとハチマン・ヒキガヤを貰う!」

 

畜生…それが最初から狙いだったか…!

 

周りを見渡すと真剣な面立ちのロキと瞳を見張るヴァレンシュタイン。目を細めるヘファイストスさん、悔しそうな顔をするタケミカヅチ様とミアハ様、苦笑するヘルメスと目をそらすアスフィさん。完全孤立無援、誰も助けてくれない。そんなのいつも通りのはずなのに何故かとてつもなく悔しい。違う、これは悲しい…だ。

 

嗚呼…仁義もクソもないこのみすぼらしい世界には祝福も無いのか…。

 

「ハチマン…髪が…」

 

どうせまた銀に染まってきたのだろう。

 

「帰るぞ」

 

ボソッと言い民衆に背を向ける。

 

「アポロン様とその愉快な証人達」

 

ゆっくりと振り返り真っ直ぐ見つめる。

 

「顔は覚えたからな」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

極彩色の空が広がる八幡の心、その中央にそびえ立つ巨大な門を中心に半径20mが円状に黒く澱んでいた。

 

『そろそろ…か』

 

門の中から愉快そうな声が聴こえる。

まるで釈放間近の囚人の様に。

 




えーと、遅れた訳を言い訳させてもらいますと。以前の後書きでこのssを書くきっかけになった作品の作者を名乗る人から「続き、良かったら書きませんか?」という誘いを受けて暫く悩んでいたからです。

言い訳にもなりませんね、次は出来るだけ早く仕上げます。

高評価と感想を書いてもらうと作者が喜びます。


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#26 帰る場所

暫く書いてない内に下手っぴになった…。取り戻さないと。


 

 

朝だ、とは言え一睡もせずホームの中の植木鉢を手入れしたり寝てる2人を起こさないように掃除をしたりしていた。

 

落ち着かないからだ、どこか嫌な予感がして堪らない。ベオウルフの時の様な死の予感ではない、もっと恐ろしい喪失の予感だ。

 

「んん〜…」「むにゃむにゃ…」

 

仲良さそうにベッドで寝ている2人を見つめるようにいつものソファに腰掛け俺達が手間隙かけてリフォームした部屋をぐるりと見渡す。匠もうんざりするような仕上がりだが皆も気に入っている。リリルカも「素敵なお部屋ですね」って褒めてくれたし、ヴェルフだって「狭くなきゃ100点だな」と評価してくれた。

 

何がなんでも死守せねば…やっとの思いで手に入った他人との繋がりの証なのだから…。

 

「んんん…ハチマン…」

 

寝言を発するベルの髪を手を伸ばして少し撫でる。付き合いこそ短いがベルは俺の弟の様な存在だ。どこに行こうと着いてこようとしたり、お菓子作りの味見役になってもらったりしたなぁ…。

 

『ハチマン!どこに行くの?』

『ポレポレー』(いつもの喫茶店です)

『じゃあ僕も行くよ』

 

『ベル、新作が出来たんだ、甘党じゃなくても食えるチョコだ』

『パクッ うん!美味しいよ!お店開いてもいいんじゃない!?』

『褒め過ぎだ、この』

 

そう、柄にもない感傷に浸りながら俺は2人が目覚めるのを待っていた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ベル・クラネル

Lv2

力:C 635 耐久: D 594 器用: C 627 敏捷: B 741 魔力: D 529 幸運: I

《魔法》【ファイア・ボルト】

《スキル》

【英雄願望】・能動的行動によるチャージ実行権

 

ハチマン・ヒキガヤ

Lv2

力:B 788 耐久: C 5694 器用: B 729 敏捷: B 739 魔力: A 899 ソードマスター: C

《魔法》【魔力操作】

《スキル》

【スタイリッシュライズ】

・早熟する。

・敵に攻撃を命中させる程成長する。

・敵の強さにより効果向上。

・戦意を喪失した場合ステータス激減。

 

「神様…なんか俺のだけめっちゃ紙汚くありません?」

 

何かを消した後がびっしりと付いてる紙をヒラヒラさせながら問いかける。だって色々汚いんだもん。

 

「きっ、気のせいだよ!それより全くアポロンめっ、よくも抜け抜けと戦争遊戯なんかっ…」

 

誤魔化された気もするが彼女の言う事も一理どころか千理ある。バイトの用意と出かける用意をしてる2人を見ながら俺も出かける用意をする。

 

「二人共、気を付けてくれよ。流石に昨日の今日で何かをしてくるってことはないと思うけど、アポロン達はこじつけてちょっかいかけてくるかもしれない」

 

「は、はい」「うっす」

 

「それじゃあ2人共、出るのが一緒なんだし、どうせだからバベルまで行こうぜ?」

 

「はい、いいですよ」「分かりました」

 

隠し部屋の地下室を出て階段を上ってく。祭壇が備わった広い屋内は抜けた天井を除けばそれなりに生活に困らない程度には整理させといた。

 

扉のない教会玄関を1番先にくぐる。

 

「ーーー」

 

朝日を浴びた瞬間、周囲の建物の屋根や屋上に佇む、無数の目が俺達を捉えた。正面玄関を囲むように配置された彼等、冒険者は、弓矢、杖を装備している。

ー【アポロン・ファミリア】

 

「ベル!神様!」

 

2人をありったけの魔力を注いで作った魔腕で包んで怪我しないように教会奥に持ってく。

 

ーその瞬間、背後から身を焼く炎と身体中に大量の矢が突き刺さる感触がした。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

状況の整理ができずその場に座り込んでいる、今、目の前にいたハチマンが…

 

「ーシャアッ!」

 

突然上から3人の獣人がロングソードを持って襲いかかってくる。しかし、その刃が僕と神様に届くことはなかった。

 

「ヒューッ、ヒューッ…」

 

ハチマンだ。おかしな息遣いをしてその場に立っている。その体にはロングソードが3本突き刺さっていた。その内の1本は心臓を的確に貫いている。

 

その3人を魔腕で手短に始末したハチマンは僕の所に倒れ込んでくる。反射的にそれを受け止め背中に手を回すと背中には幾つもの矢が突き刺さっているのが感触で分かった。

 

「ハチマン君…?その傷…!」

 

「にげ ろ…み ちは おれが ひら く」

 

乱暴に僕達を立たせて裏道に行かせる。考えたいのは山々だけど目の前のハチマンが危ない。出血が多すぎる、このままじゃ、ハチマンが…。

 

暫くハチマンの誘導で走ってると5名ほどの冒険者が得物を構え突っ込んでくる。

 

「みぎだ」

 

右に折れた道に手をやって僕達を逃がしてくれる。路地に入ると金属のぶつかる音と何発かの銃声が聞こえた後にハチマンも路地に入ってくる。

 

「ハチマン…あの人達は…」

 

「ころしてない」

 

背中に刺さった矢や剣を抜きながら答える。その表情は痛みに歪んでいる。相変わらず変な呼吸は止まらず目も虚ろになっている。敵から奪ったのか手に持っていたポーションを全身に浴びて傷の治癒を試みるが気持ち程度しか回復していない。

 

「っ…もうダメだよハチマン君、これ以上戦ったら死んじゃうよ!?」

 

「家がなくなった、俺達のかえるいえが…せめてお前たちだけでも…なくしたくない」

 

いくぞ、という号令で再び逃走を謀る。道は塞がれている為適当な屋根に飛び乗って辺りを見渡すと

 

「諦めたほうがいいよ」

 

「!」

 

背後から投げかけられた声に、振り返った。同じ人家の屋根に立っていたのは数名の団員を率いたダフネさんだ。小隊の中にはカサンドラさんもいる。

 

「アポロン様は気に入った子供を地の果てまで追いかける。手に入れるまでね」

 

「…!」

 

「ウチやカサンドラも、見初められてずっと追われ続けたんだから。都市から都市、国から国…観念するまで、ずっとね。逃げても早いか遅いかの違いだけだって」

 

ダフネさんが同情の眼差しを送ってる中、神様は表情を歪めた。

 

「アポロンの執着を甘く見ていた」

 

「投降しない?そっちには怪我人もいるから、できれば手荒なことはしたくないんだけど」

 

「…できません」

 

勧告を聞き入れずじりじりと後退していく僕と神様の前にハチマンが歩み出た。

 

「ベル、これ頼む」

 

そう言うとハチマンは肌身離さず付けていたネックレスを外して手渡してくる。

 

「ハチマン…これって」

 

「絶対に逃げ切れ、そして待ってろ、必ず返しにもらいに行くから」

 

大丈夫だ、と震える指でピースをするハチマン。

 

「そうなるよね、じゃあ……かかれ!」

 

指示を出すのと同時に短刀を投擲するがハチマンが振り向きざまに弾いてくれた。

 

「…っ!神様、逃げます!」

 

「わ、わかった!死ぬなよ!ハチマン君!」

 

神様の腰に左手を回し、脇に抱える格好をとる。あまりの姿勢に神様の頬が紅く染まった。

 

ハチマンに背を向けて走る。ただ走る。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「あんた、その傷でウチ達を止めようっての?」

 

相対するダフネが何か言ってるが聞こえない、頭がぼーっとする。右手の感覚がない、でもなんとか動く。

 

正面から迫る槍を右手で受け止めるが力が足らずその切っ先が体に少し食い込むが左手でそいつの腕を掴んで関節が曲がる方向と逆に曲げる。

 

バキャ…

 

鈍い感覚とそいつの苦悶の表情が見えるが気にせず首根っこを掴んで気道を塞ぐことによって酸欠させる。力なく倒れ伏したそいつの頭を踏みにじって他の団員達を見据える。

 

「負ける気が…死ねぇ」

 

その言葉と同時にその他の団員が襲いかかってくる。傷を負いながらも一人また一人と再起不能にしていく。中途半端に相手した所で奥にいるカサンドラが魔法で治癒するのだからやるなら徹底的に…だ。

 

残るはダフネとカサンドラになり2人に閻魔刀を向ける。

 

「あの、ダフネちゃん、やっぱり止めた方が…いいような気がする」

 

「何が?」

 

「あの子達を、刺激する真似…『兎』と『影』を追い詰めちゃいけない」

 

「また夢?どんなの見たの?」

 

「ぅんと、傷付いた影が、強大になって兎と一緒に太陽を呑み込むっていうの…」

 

こちらを注視しながら何かしらの話をしているが敵意がなさそうだからベルを追いかけようとするが足が思うように動かない。閻魔刀も維持できず光となって消える。俺はそこに力なく倒れ込んだ。

 

「あぁ、さむいな…」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

走る。ひたすら走り敵と対峙したら戦いそしてまた逃げる。なんとか辛勝してるのはハチマンが体を張ってベル達を逃がしてくれたからだ。

 

「うっ…うぅっ……」

 

「ベル君、泣いてるのかい…?」

 

「違い、ますっ…これはっ…汗です」

 

「大丈夫だよ、ハチマン君が死ぬわけないじゃないか!怪我したって一晩でけろっとしてるようなタフガイだよ!死なない…よ」

 

しかし内心ヘスティアも焦っていた。今までにない程ハチマンの反応が消えかかっているからだ。まるで消えかけの蝋燭のような、風前の灯火という言葉が当てはまる状態だ。

 

しかしそんなヘスティアの内心を無視するかのように立ち塞がる冒険者がいた。冷笑を浮かべ白を基調にしたバトルクロス、腰に下げた長剣と短剣、揺らめく大型のマント。アポロンファミリアの首領、ヒュアキントスだ。

 

「よくここまで逃げたな、ベル・クラネル!私自ら相手してやるー喜べ」

 

「づっっ!?」

 

ヒュアキントスとの戦闘は圧倒的に負け戦だった。ヒュアキントスの前にはベルの力も、反応速度も、そして何より速さでも負けた。

 

「暴れられても困る。どうせ後で治すのだ、腕の一本は斬っておいても構うまい」

 

左手に持つ剣を鳴らし、嗜虐的な笑みを浮かべるヒュアキントス。長剣がベルの肩を貫こうとした直後。幾多もの矢が、ヒュアキントスの立っていた場所に着弾した。

 

「犬人か…」

 

余所見した好きを見てベルは逃げた。ヒュアキントスもそれを追おうとするが遠くの塔から狙撃したナァーザの矢に拒まれた。

 

追っ手との戦闘を繰り返す内に騒ぎを聞き付けて応援にやってきたヴェルフとリリルカ、そしてタケミカヅチ・ファミリアの団員達に応援を呼んでくれたミアハと袋小路にて合流する。

 

「危ない所だったな…おいベル、ハチマンは?」

 

「そういえばお姿が見当たりません…まさか」

 

「ハチマンは…僕達を逃がすために重症の身で…」

 

ハチマンから託された血のついたペンダントを握りしめながら苦虫を噛み潰すような思いで語る。一同が信じられないという表情を見てヘスティアも顔を伏せる。

 

「ならばうだうだしている場合ではない、早急にハチマンを見つけなくては…」

 

ならば私達が…とタケミカヅチ・ファミリアの面々がハチマン捜索に名乗りだしベルとヘスティアの護衛にその他が当たり解散しようとしたその時だった。

 

「見つけたぞォォ!!」

 

見つけにくい袋小路を選んだのが裏目に出て大量のアポロン・ファミリアの団員に追い詰められる。疲弊したベルと神達を後ろにやり桜花とヴェルフを前衛に、その他の団員達は中衛や後衛に廻り迎撃体制をとる。

 

「この量…やれるか?」

 

「関係ない…やるぞ!!」

 

ヴェルフと桜花の漢気溢れる声をベルは後ろで聞いて、とてつもない頼もしさとそれに負けない位の悔しさを感じた。

 

「相手は少ない!かかれぇ!!!」

 

押し寄せる敵をヴェルフと桜花が叩きのめす。討ち零したのは命の魔法や千草の援護のお陰でなんとか持ちこたえていた。

 

「ぐぬぬぬ…こうなったら…ベル君!直ぐにアポロンの所へ行こう!」

 

「ええっ!?どど、どうしてですか?」

 

「このままじゃジリ貧だ、ボク達がやられちゃ時間を稼いでくれた皆に顔向けできないっ…」

 

「行ってどうします?」

 

「戦争遊戯に受けて立とうと思う。でも今のままじゃ勝てない…ボクができるだけ時間を稼ぐからベル君はその間に強くなってくれ」

 

「稼ぐって…どのくらい…ですか?」

 

不安そうに問いかけるベル。そんな彼の頬を優しい手つきで撫でヘスティアは告げた。

 

「1週間…」

 

「足りないなぁ…」

 

そんな2人の会話に割り込むように紫電と共に男が現れた。その時生じさせたであろう雷はアポロン・ファミリアの構成員に直撃して戦闘不能にした。

 

「あっ、貴方は…!アラル神父!」

 

「よっ、白髪坊主」

 

「神父君…足りないってどういう事かい?」

 

「戦争をするにしろしないにしろ今のハチマンは弱すぎる。それを仕上げるためにもっと時間が必要ってんだ」

 

「!!…ハチマンはっ、無事なんですか!?」

 

アラルの肩をガシッと掴んでベルが詰め寄る。

 

「あぁ…虫の息だがなんとか生きてる」

 

「そっか…良かったぁ…」

 

安堵のせいか腰に力が入らなくなりしりもちをつくベル。ヘスティアも安心して胸を撫で下ろしている。

 

「神父君、ボクだって時間を稼ぎたいがその方法がないんだ、いくら頑張っても1週間が限界だ」

 

「だったら俺が手伝う、破壊工作なりなんなりしてもう1週間は稼ぐ」

 

「神父らしからぬ発言だね」

 

「手段なんて選んでらんないからな、そうと決まればさっさと戦争遊戯を受け入れにいけ」

 

「色々とありがとうございます、アラル神父!」

 

「頭下げんな、俺は俺の目的のためにやってるだけだ、気を付けろよ」

 

そう言い終えるとアラル神父は再び雷と共に姿を消した。

 

「僕達も行こう!ベル君!」

 

「はい!神様」

 

それから少ししてオラリオ中に【ヘスティア・ファミリア】と【アポロン・ファミリア】による戦争遊戯が決定したという噂が広まった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ー【オラリオ郊外のとある山奥】ー

 

森奧にある小屋の中に食卓を囲む3人の男達がいた。

 

「相変わらず人間達は愚か極まりないな。争いを好むなど、まるで悪魔の真似事だ」

 

「その癖に弱っちぃもんな、愚か過ぎて呆れるを通り越して抱きしめたくなるな」

 

「まぁそう言うな、アイツらにはこれといって天敵がここウン千年っていなかったんだ。浮かれるのも頷ける」

 

「そういえば、オラリオにネヴァン様の気配がした。あの方はどうしてるんですか?」

 

「ネヴァンか、最後に会ったのは歓楽街だったな…」

 

「そのような所に…」

 

「なんだ、行ってみたいのか?」メモメモ

 

「メモらないでください!まったく、マキャヴェリ様のメモ癖は…」

 

「ハチマン…起きねぇな」

 

「心配か?アラストル…」

 

「あの程度で倒れるなど…随分と軟弱な!」

 

「そうかっかすんなよ、ベル君☆」

 

「ですが…」

 

「きっと、話してんだろうな」

 

「マキャヴェリ様、一体誰と?」

 

「中身だよ…」

 

三人の目線は近くの備え付けのベッドに寝かされているハチマンに注がれる。あるものは期待と、あるものは心配、あるものは疑問を胸に抱きながら彼の目覚めを待っていた。

 

 

 




Q…仮面ライダーの武器とか出して欲しいんですけど

A…世界観を壊さないような武器なら考えます。御要望があるならコメントにお願いします。


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#27 オラリオよ、俺は帰ってきた

ダンまちのOVA見たけどやっぱ面白いなぁ…。

リボルケイン…サタンソード…出そうかな?



 

アポロン・ファミリアの襲撃から1週間が経った。神様と一時的に別れた僕はロキ・ファミリアに頼み込んで秘密裏に特訓を受けさせてもらっていた。アイズさんを初め、ティオナさんやティオネさんと僕の四人でロキ・ファミリアの管理する訓練場でビシバシしばかれていた。今はやっと休憩を挟ませてもらっている。

 

ティオナ「そういえば今頃ぼーえー君はどうしてるんだろうねー?」

 

ベル「アラル神父にオラリオ郊外に連れてかれて特訓してると思います」

 

ティオネ「へー、あの神父がねー…」

 

ベル「アラル神父とお知り合いなんですか?」

 

アイズ「私達の遠征に着いてくるの」

 

ベル「ええっ!?そうだったんですか?」

 

ティオナ「ずーっと遠い所から見てるだけなんだよー」

 

ティオネ「ファミリアの団員が死なないか高みの見物をしてるの。死んだら遺体を回収して自分の所の墓地に埋める…だから死神って呼ばれてるの」

 

アイズ「深層に行ってもモンスターに狙われることがないのも不思議」

 

ティオネ「死体にしか興味ない奴があの子を目にかけるなんて絶対何かあるから気をつけるよう言っときな」

 

ベル「わ、分かりました」

 

アラル神父…中々闇が深そうな人だ。でも、あの人は悪い人な気がしない…どこか僕達を見守ってくれているような気がする。

 

フィン「やぁ、特訓は順調かい?」

 

すると奥から4人のよく知った人達が現れた。1人は小柄な体に大きな力を宿したパルゥム、1人は豪快が服を着て歩いてるようなドワーフ、1人は冷静沈着な雰囲気のエルフ、最後の1人は鋭い目をした野性味溢れる狼人。

 

ベート「チッ!どうして俺が雑魚の見学なんかしなきゃいけねーんだよ…」

 

リヴェリア「そう言いながら一番ソワソワしてたのはベートじゃないのか?」

 

ベート「うっせぇ!ババァ!!ぶっ潰すぞ!」

 

ガレス「ガッハッハッ!ベートは素直じゃないのぉ!」

 

ベートさんは心底嫌がってそうだけどその光景はつい最近まで僕達にもあった幸せな日々だった。ハチマン…神様…ヴェルフ…リリ…。

 

フィン「聞かせてくれないかな?アポロン・ファミリアがあの時何をしたのか」

 

しゃがんでる僕の目線に合わせてフィンさんが優しく問いかける。僕はあの日起こった出来事を細かく伝えた。

 

フィン「そんなことが…」

 

何かを考えるようにフィンさんが状況を察した。

 

ティオネ「えげつないことするわね…」

 

ベート「はっ、気にくわねぇ…」

 

ガレス「随分と豪快に仕掛けられたのぉ…」

 

フィン「まぁ、君達が無事でよかったよ」

 

そんなこんなで話をしていたら訓練は再開された。途中で参加した方々は僕を観察するように見ていて少し居た堪れないけどやるしかない。

 

「はああぁぁぁぁぁ!!!」

(ハチマン…今頃どうしてるんだろう)

 

ナイフにハチマンへの思いを乗せて今日も訓練に励む。そして地面を転がるのはその一秒後だった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ー【ポレポレ】ー

 

「パフェうめー…」

 

「あんた…最近まで重症だったんじゃないんかい?」

 

「ピザ、うめー…」

 

「人の話くらい聞いたらどうだい!」

 

「ズズズ…マッ缶レプリ…うめぇ〜」

 

「お代わりなしにするよ…」

 

「で、何の話でしたっけ?」

 

てなわけで、はい、オラリオに帰ってきてました。いやね?早く終わったんだもん…アラルとベル(おっさん)の訓練に1週間耐えて、残り1週間をマキャヴェリとの訓練になる筈だったんだけど…それに使う装置が未完成らしくて急遽できなくなったって事で帰ってきたわけです…はい。

 

婆さんの話を捌きながら目の前の3点セットを平らげる。

 

「ごっそさんでした」

 

「まいど…あんた、身だしなみ整えな…それじゃまるで浮浪者だよ」

 

「この後行くつもりっすよ…」

 

店を出ていつもの仕立て屋に足を向ける。

 

ー【仕立て屋】ー

 

カランカランと鳴るドアを潜る。

 

「いらっしゃいま…ぶえええええええええええ!!!!!?????」

 

「お父さん!?どうしたの!!??」

 

「驚きすぎじゃないっすか?」

 

そんな驚かれ方するなんて…ハチマンちょっぴり傷付いたぞ。思い出すのは中学のハロウィン…俺の顔を見た小学生がガチ泣きしてたなぁ…やべ、俺も泣きそうになってきた。

 

「ヒキガヤさんッ!いいいい、生きておらしたのですかぁッ!!ぼかぁてっきり死んでしまわれたかとぉッ!!」

 

「よかったね…よかったね…お父さん…」

 

何この親子…さっきから驚いたり泣き出したり…感情の起伏が激しすぎやしませんか?でもまぁ…生きてて喜ばれるって特段嫌な気はしないもんだな。

 

「…泣きやみましたか?」

 

「ぐすっ…ここに来たってことは分かってます!ハチマンさんの為に!我が娘が!愛娘が!考えた最高の一着ゥ!」

 

と同時にその娘さんが恥ずかしそうに奥から持ってきたコートは確かに素敵なデザインだった。暗めの紫を基本色として、血管を想像させるような赤いラインが入っている。右肩には俺の知らない銀色の花が刺繍されている。

 

「この花は?」

 

「わ、私が作ったっていうマークみたいなものです…お気に召しませんでしたか?」

 

ヘファイストスさんの武器みたいなものか…ふーん、いいじゃん。

 

「いや、そんな事はないです…いいセンスだ。なんて花ですか?」

 

「っ!!これはオオアマナです。私が好きな花で店唯一のお得意様のヒキガヤさんに着て欲しくて作ってみました。いいセンス…エッへへ…」

 

すると褒められたのが嬉しかったのか笑顔いっぱいの表情になり説明してくれる。なんだろう…この気持ち…これが妹萌えってやつか?

 

「店長…あと二つ…頼みたいことが…」

 

「服に関することならなんなりと申し付けてください」

 

「ズボンとブーツとインナーも新調したいんです。あと一つは…」

 

店長さんとのやり取りは日は傾き空は橙色に染まろうとする頃に終わった。代金を払い終え店を出た俺は新しい服を体に馴染ませながらとある場所へと向かった。

 

ー【旧ヘスティアファミリアホーム】ー

 

(………)

 

瓦礫の前に立ちすくむ。

 

自分ながら正直未練タラタラなのもどうかと思うがあの日は感傷に浸る暇もなかったんだ。今くらいは別にいいだろう。家が恋しくなるのは人間の本能なのだから…きっと間違ってない…はずだ。

 

懐かしい…ここに初めて来た日を思い出す。あの日は拒絶されないかビクビクしながら敷居を跨いだっけ…そんでいざ暮らしてみるとボロくて建付けが悪いから木材とか煉瓦とか買ってリフォームしたんだっけ…。

 

『クラネル…そっちにある板、取ってくれ』

 

『はい…床も張り替えるの?』

 

『まぁな、見た感じ腐ってるのもあるし…せっかくの部屋だ、綺麗にした方がムードもでるもんでしょう?神様』

 

『!!…そうだね!部屋は綺麗にしてなんぼだよ!!中身だけじゃなくて外見にも気を付けないとダメなんだぜ!』

 

今や苦労してやったのにこんな瓦礫に変わり果てちまってな…。胸にポッカリと穴ができた気分だ。

 

「アポロン・ファミリア…俺の家を奪った罪はデカいぞ…」

 

小さくそう呟き復讐を誓う。

 

「さてと、どこで寝泊まりしようかな」

 

冷たい風が頬を撫でる。

 

「はっ…はっ…ぶぇっしょい!!」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

次の日、今日はオラリオを囲んでる壁の上で訓練をすることになったんだけど…。

 

ベート「…チッ…どうして俺が…」

 

リヴェリア「……」

 

謎のエルフ「キッ……」

 

ベートさんとリヴェリアさんが見てくれているのは分かるけど、知らないエルフの人がこちらをずっと睨んでいる。ベートさんは相変わらず悪態をついているけどどうして来たんだろう。

 

そんな人達に囲まれながら僕はアイズさんとの訓練に打ち込む。あのエルフの人は僕が転ばされる度に少し笑顔になるのはどうしてだろう…。

 

アイズ「ベル…強くなったね…」

 

ベル「あ、ありがとうございます!」

 

褒めてもらった事は嬉しいけどまだ足りない。もっともっと強くなって、追いつかなきゃ…!

 

キャッキャッ…

 

「ん?」

 

少し下の方が騒がしいから上から覗いてみる。他の人たちも何事かと一緒に覗くとそこには信じられない光景があった。

 

「すごいすごーーい!!」

 

「速さが足りてるぅ!!」

 

「世界がちっぽけに見える…!!」

 

黒くて大きい手に乗った子供達がぐるぐる回っている。そしてその中心に紫のコートを着た見覚えのある男が立っていた。

 

「大丈夫かー?」

 

「「「It’s so fun!!」」」

 

「ん、よろしい」

 

満足そうに少し微笑んだ彼は魔法を解除して子供達を地面に下ろした。

 

「あー楽しかったー」

 

「これじゃあふつーに走っても速さが足りないよー」

 

「世界が大きくなっちゃった…寂しい」

 

「じゃ、きーつけて帰んな」

 

「えー!もう終わりー?」

 

「責任取ってよー」

 

「僕を…もっと高みへ…」

 

「また今度な?俺用事あんだよ」

 

軽くあしらい子供達を帰路へつかす。彼…ハチマンは軽く欠伸をしながらその背中を見送った。

 

「ふぅ…戻って寝るか」

「ちょっと待ってーーー!!」

 

思わず叫んでしまった。周りの人達がガン見してくるのが恥ずかしい。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「てなわけで、久しぶりだな、ベル」

 

「ハチマン!もう大丈夫なの?」

 

「平気だ、寝てポーション飲んだらバッチリだ」

 

「相変わらず凄い回復力だね…」

 

本人ですらドン引きするくらいの回復力であり、それ故にアラストルとベル(おっさん)との訓練がえげつなくなったのを思い出したハチマンは身震いした。

 

「そういえばここで何してるんだ?」

 

「訓練だよ、アイズさんに教えて貰ってるんだ」

 

「ほえ〜…」

 

ちらりとベルの周りを見渡すハチマン。

 

「ちょっと多くね?ヴァレンシュタインさんとリヴェリアさんがいるのは分かるがその他2人はどうしたんだ?」ボソボソ

 

ベート「聞こえてんぞクソ野郎!」

 

??「その他ってなんですか!その他って!私にはレフィーヤって名前があるんですから!」

 

その時、ハチマンの長年培ってきたヤバい女センサーが反応した。このレフィーヤって奴は危ない!関わるとろくな事がないぞ!と本能が叫んだのだ。

 

ハチマン「あっ、ご丁寧にどうも、ハチマン・ヒキガヤっていいます…」

 

とっさに受け身に回ることで敵対心が無いことを相手に悟らせる高度なテクニック。これには本人も惚れ惚れしている。

 

レフィーヤ「意外と礼儀正しいんですね…」

 

ベート「俺は無視かよ!」

 

ハチマン「いや別に…」

 

ベート「あからさまに目ぇ逸らすな!!」

 

するとハチマンとベートの間にアイズが割って入った。

 

アイズ「2人とも…喧嘩はダメ…」

 

「「もう二度としません……あ?」」

 

意外な所で息ピッタリなのを発見したリヴェリアは微笑んでいた。それをチラリと見たハチマンは少し顔を赤らめた。そんな彼を他所にアイズが近づく。

 

アイズ「ハチマンはこの1週間…何してたの?」

 

ハチマン「言わせないでくれ…思い出したくない」

 

遠い目をしながらただそれを告げるハチマン…。一同が状況を察して目を逸らす。その中ベルはひっそりとそんなハチマンに憧れを抱いていた。

 

(やっぱりハチマンは凄いなぁ…)

 

ハチマン「そんな事より…戦争はどうなってるんだ?」

 

ベル「あっ!聞いてハチマン!ヴェルフとリリ、そして命さんが僕達のファミリアに入ることになったんだ!」

 

ハチマン「おお…そりゃありがたい」

 

ベル「あとね、ヘルメス様の計らいで助っ人が1人参加してくれるんだって」

 

ハチマン「助っ人…ヘルメス…っていったらあの人しかいないな…後でお礼しに行かなきゃな」

 

ベル「そうだね」

 

ハチマン「で、特訓はどこまでいったんだ?」

 

アイズ「試してみる?」

 

それはハチマンとベルの一騎打ちの提案だった。最初は両者ともに困惑していたがその提案に乗ることになった。

 

ベル「負けても泣かないでね!ハチマン!」

 

ハチマン「そのセリフ…そっくりそのまま返してやる」

 

ハチマンがポケットから出した1ヴァリス硬貨を指でピンと弾く。それが地面に着地した瞬間…勝負は始まった。

 

「ぜああッ!!」

 

最初に動いたのはベルだ。2本のナイフを構えハチマンに突撃する。ハチマンの手にはフォースエッジが握られている。

 

ガキン!!

 

金属のぶつかる音がして火花が散る。斬撃はハチマンには当たらず2本のナイフをフォースエッジで受け止め防いだからだ。

 

(だったら!)

 

片方のナイフを手前に引きもう一度ハチマンに向けて斬撃を繰り出すがハチマンが上に飛ぶことで躱されてしまった。

 

「ファイア・ボルトォ!!」

 

すかさず魔法を上空にいるハチマンに向けて打つ。ハチマンのいる場所が爆発する。

 

(やったか…?)

 

爆煙から離れ様子を探るベル。

 

「やったか…って思ったのなら、とんだ思い違いだな」

 

「!!」

 

爆煙から黒い斬撃が飛んできてナイフで受け止めるが威力に押され4、5m飛ばされる。

 

「普通の冒険者ならやられてたな」

 

「へへっ…まるで自分が…普通じゃないみたいな言い方だね」

 

倒れながら笑って答えるベル。

 

()()…なんだろうな、俺も、お前も」

 

「違いないや…」

 

「おい、立てるか?」

 

「ちょっと手を貸してほしいな」

 

「世話のかかる奴だな…ほら」

 

差し出したハチマンの手を掴んで立ち上がる。手袋越しだけどそこには確かな温かさがあった。

 

「じゃ、腹減ったから飯食ってくる…特訓頑張れよー」

 

手をヒラヒラさせて去るハチマン…しかしそんな彼の袖を掴む一つの影があった。

 

「まだ何か…?ヴァレンシュタインさん…」

 

「行っちゃ…ダメ」

 

「ダメって…空腹なんだけど」

 

「約束…」

 

「約束って…じゃが丸くんか…今じゃなきゃダメ?」

 

「今がいい」

 

目を輝かせながら見つめられるハチマン。昔からそういう曇りなき視線には人一倍耐性がないから答えは一つしかなかった。

 

「分かった」

 

しかし、ハチマンは了承こそしたものの他は許さないはず、例えアイズが良いと言っても他の団員達が許すはずがない。一言でもNOと聞ければ「あっ、じゃあ失礼します〜」って帰る算段だ。我ながら最高の作戦だと内心自画自賛しているのを他所に

 

ベル「ハチマンの手料理はすっごく美味しいんですよ!お菓子とかもとっても美味しくて!ほっぺが落ちちゃうって神様も絶賛してたんですから!」

 

リヴェリア「ほう、それは是非食べてみたいな」

 

ベート「ほー、持ち上げんじゃねぇか…上手くなかったらぶっ殺すからな?」

 

レフィーヤ「アイズさんが取られちゃう…でもお菓子…うぅ…迷っちゃだめなのに…私もお腹すいてきた…」

 

どうやら無邪気なベルによって外堀も固められたらしく逃げ道がなくなったようだ。

 

(こりゃ観念するしかないのか…)

 

内心後悔しているが30分後に歓喜に変わるのはまだ誰も知り得なかった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

【ハチマン・ヒキガヤの観察レポート】

 

○月✕日

オラリオ外にある研究所(仮)にハチマンが運ばれた。アポロン・ファミリアによる襲撃で重症を負ったらしい。ある程度の傷ならポーションやハイポーションを使って塞ぐ事はできたらしいが心臓の損傷が激しい。応急処置としてハヤト・ハヤマに装着させたネオ・アンジェロχを作った際に余った【ギルガメス】があったのでハチマン・ヒキガヤの傷に流し込んだ。【ギルガメス】の性質上意思こそないが宿ったからには絶対に宿主を生かすという研究成果がある。予想は的中してみるみるうちにハチマン・ヒキガヤと同化した。その適合は驚くほど早く、ハヤト・ハヤマが霞んで見えるほどだ。コイツで実験したい気持ちをグッと堪え回復を見守る事にする。

 

○月△日

次の日にはハチマン・ヒキガヤの傷は完治しており意識も覚醒していた。いくらなんでも早すぎる、マジでなんなの。その日からハチマン・ヒキガヤの強化訓練が開始され、その内容は悪魔でも泣き出すレベルだ。アラストルも言っていた。「Devil May Cryな訓練にしたろ」ってな、昔から悪知恵だけは群を抜いていたからな、改めてイタズラされないように細心の注意を払わねば。ベルもといベリアルも恨みにも羨望にも見える眼差しで彼を見つめていた。聞くに次の日の担当は彼らしい。私も早急にアレを完成させなければいけないが材料が圧倒的に足りない。ふむ、どうしたものか…。訓練後ハチマンの体を改めさせてもらったが中々仕上がっている。無駄な脂肪は根こそぎ削ぎ落とされており筋肉も無駄に膨張していない。すげ

 

○月□日

明朝に3人で話し合い、ハチマン・ヒキガヤを強くする為には人である事を少しずつ辞めてもらう方針に固まった。あんなデタラメスペックをしているが一応人間なのだ。首を切られれば死ぬし毒を飲んでも死ぬ…はず。よって彼の食事に我らの血を少し混ぜて食わせてきっかけを作ってやることになった。いざ食わせてみると味とかにケチを付けられた。少々頭にきたので後で料理本を読んでみることにした。後は夜になったら恋バナというのも4人でしてみたが中々楽しかった。どうやらアラストルには恋人(悪魔)がいたらしいがスパーダに浮気しようとしたら切り刻まれたらしい。本人も納得しているがスパーダもやる事がえげつない。そういえばスパーダは女性関係が広いが浮気を絶対に赦さない男だったと思い出した。ハチマンにも聞いてみたがどうやら好きという感情が麻痺しているらしい。よって私が気を利かせて彼に休暇を与えることにした。どうせ私の訓練は装置無しでは成り立たない。ならば、人間性を磨くのも訓練だ、とゴリ押して彼に1週間の休暇を言い渡した。オラリオに行くにはアラストルの早馬を使わせよう。

 




如何でしたか?面白いと感じてもらえたら高評価と感想をもらえると作者のモチベが上がります。

戦争遊戯が終わったら番外編を書こうかなって考えてます。まぁ、2つくらいやりたい事があるんですよね…。




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#28 そして俺は、知らぬ感情に悩む

今回ギャグ色を強くしたつもりなのにいつの間にかシリアスが入ってしまう。ていうか閻魔刀の描写ムズすぎる。


ー【ロキ・ファミリアのキッチン】ー

 

そこには全てが揃っていた。用途毎に使い分けられるな鍋、ピカピカの包丁、ボロボロじゃないまな板「ブェックション!」、凸凹してないフライパン、新鮮かつ豊富な食材達…。

 

ハチマン「ま、まさか…本当にここを使ってもいいのか…?」

 

アイズ「うん…」

 

だったらッ…だったら俺も本気で作らねば…無作法というもの…。ハチマン・ヒキガヤ、推して参ろう!

 

ベル「そんなに嬉しいんだ…壊れちゃったけど前のホームはダメだったの?」

 

八幡「馬鹿にしてるにも程がある…」

 

ベル「そこまで!?」

 

そりゃそうだ、ヴェルフに会うまで穴の空いたフライパンを使ってたんだ。食材が焦げないように、落ちないように上手く調節するのがマジでキツかったんだぞ。

 

ベート「マズイの作ったら容赦しねぇからな?」

 

ハチマン「当たり前だ、お前達の舌に合わなかったら俺は二度と台所に立たないと誓おう」

 

ベート「そこまで腹くくんのかよ…」

 

ハチマン「こんな良い台所を使わせてもらえるんだ、それで失敗したら料理人の名が廃る」

 

リヴェリア「覚悟は良いが何を作るんだ?」

 

ハチマン「うーん、少し材料確認しますね………米はある、ケチャップも、グリーンピースもある、あれもこれも……じゃあオムライスでも作るか」

 

コートを脱いでベルに預けてエプロンとバンダナを着ける。手を洗い、食器や調理器具も洗う。材料も並べて調理に取り掛かる。

 

アイズ「私も何か手伝う?」

 

ハチマン「いや、いい…なるべくこのキッチンを独り占めしたい」

 

ベル「そこまでこのキッチンに惚れ込んだんだ…」

 

アイズ「むぅ……」

 

リヴェリア「アイズ、いくらなんでもキッチンにヤキモチを焼くな」

 

アイズ「だって…」

 

ヴァレンシュタインさん改めアイズさんとリヴェリアさんの会話やベルとベートのチグハグな会話や匂いに釣られてやってきたヒリュテ姉妹の小さな喧嘩といったBGMに耳を傾けながら手を進めていく。

 

レフィーヤ「結構手馴れてるんですね」

 

カウンターからひょっこり顔を出したレフィーヤに羨望の感情が含まれた賞賛を頂く。

 

ハチマン「まぁな、ガキの頃からこういうのやってたからな…」

 

レフィーヤ「慣れだったんですか…てっきりヒキガヤさんのお母様が作っているのかと…」

 

ハチマン「まぁ、普通はそうだろうな」

 

レフィーヤ「普通は?」

 

ハチマン「俺の場合…自分の飯は自分で用意しなくちゃいけなかったからな…」

 

レフィーヤ「えっ…それってどういう…」

 

ハチマン「俺は…あの人達の子供であって家族じゃなかったから…」

 

レフィーヤ「………」

 

ハチマン「あぁ…すまん…湿っぽい話をしちまった。そら、もうすぐ完成するから手ぇ洗って席つけ…な?」

 

レフィーヤ「なっ、分かってますよ!子供扱いしないでください!」

 

プリプリしながら引っ込んでくレフィーヤ。いかんいかん…あんな過去…忘れなきゃいけないのに…柄にもなく語ってしまった。きっと心の何処かに後悔とかあるのだろうか…もう遅いのに…二度と帰れないのに…切り捨てた方が楽なのに…。

 

ハチマン「全員分行き届いたな?それじゃあ…」

 

(一部除く)全員「いただきまーす!」

 

パクっ……

 

(一部除く)全員「おいしーー!」

 

口にあって良かった…恥ずかしくて声も出せなかった狼人もバクバク食っちまってお代わりが欲しそうにチラチラとこっちを見てくる。

 

ハチマン「ほらよ、一つ余った」

 

ベート「あ?お前の分がねぇじゃねぇかよ」

 

ハチマン「ガタガタ言ってると他のやつにやるぞ?」

 

ベート「チッ…受け取ってやるよ」

 

チョロ……

 

ハチマン「アイズさん…あとこれ…」

 

アイズ「!!…じゃが丸くん」

 

ハチマン「じゃが丸くんハチマンスペシャルver.9.1.3」

 

リヴェリア「そんなに作ったのか…?」

 

ハチマン「いや、設計段階でボツになったのもありますから…アイデアでいえばもっとあります。まぁどれも人に出せるもんじゃないんですけどね」

 

アイズ「…おいしい…!」

 

レフィーヤ「ッ……!!」

 

ハチマン「感謝ならベルに言ってくれ」

 

アイズ「?どうして?」

 

ハチマン「9.1.3ができたのはそれまで数々の試食&感想を言ってくれたベルのお陰だからな」

 

ベル「僕は別に…食後のデザートみたいな感じで出されてただけだから…凄いのはハチマンだよ、どれも見た目は同じなのに味とか飽きないようにアレンジされてるんだもん。毎日楽しみだったんだ」

 

ハチマン「ふっ、ハチマン冥利に尽きるぜ」

 

ドドドドド…!!

 

そんな会話をしていると扉の向こうから大量の足音が押し寄せてきた。扉が開かれるとヨダレを垂らしたロキ・ファミリアの団員達が流れ込んできた。

 

リヴェリア「お前達…どうしてここに…」

 

「「「良い匂いがするから飛んできました!」」」

 

ざっと数えて100人超え…そこからは数えるのを辞めた。頭痛くなってきたんだもん。

 

リヴェリア「だそうだが…大丈夫だろうか?」

 

少し眉を潜めてリヴェリアさんが聞いてくる。いつもなら断っていたけどリヴェリアさんのお願い…ゲフンゲフン、俺の料理を待ち遠しくしてくれているのだ。NOとは言えないな。

 

ハチマン「まぁ、材料とか買ってきてくれるなら…」

 

フィン「だ、そうだ!後ろにいる者は材料を買って来てくれ!」

 

「「はい!!」」

 

ハチマン「フィンさん…いつの間に…」

 

フィン「僕も匂いに釣られてやってきたんだ、迷惑だったかな?」

 

ハチマン「いえ、別に…」

 

「そうだよ」なんて言えない…後ろのティオネさんの鬼のような形相が控えているのだから…。

 

フィン「この数だけど大丈夫かい?」

 

ハチマン「ふっ…別に…満腹にしてしまっても構わんのだろう?」

 

フィン「頼もしいよ」

 

さてと、エプロンの帯を締め直して再び台所に立つ。たまには剣ではなく包丁を振るうのも悪くないと考えてしまう。

 

二時間後……

 

「「「ご馳走様でしたーーー!」」」

 

ぜぇ…ぜぇ…ぜぇ…流石に疲れた…誰か全部捌いた俺を褒めてくれ…。疲れすぎて列に5、6回ベートが並んでるように見えたんだが末期だろう、もう。

 

フィン「凄いね…あれ程の数を捌くのにも関わらず味を落とさないなんて、何かコツでもあるのかい?」

 

ハチマン「俺の料理を待ってくれている…それを知ってるから」

 

フィン「君は見た目に反して…優しさを持ち合わせているんだね。やはり冷酷無慈悲という噂は噂に過ぎないんだね」

 

ハチマン「優しいねぇ…生憎俺はそこまで優しくないんですよ。並んで歩いてるカップルの間をズカズカと通れるくらいは意地が悪い」

 

ベル「わ、悪い…!」

 

ハチマン「さらに、彼氏が転んだらめっちゃ染みる消毒液を渡す位には無慈悲だと自負します」

 

ベル「ざ、残酷だッ!!」

 

ククク……痛みで悶絶する姿が実に滑稽だ。思い出すだけで笑いが込み上げてくる。これが…愉悦…か、悪くない。

 

ハチマン「ねっ?」

 

フィン「どうしてそんなに自信に満ち溢れてるのかは分からないけど…理解はしたよ」

 

ならいいんです、と話を切りあげる。

 

ベル「それじゃあお腹もいっぱいになったので…アイズさん、ティオナさん、ティオネさん特訓、お願いします!」

 

ハチマン「おっ、頑張れー」

 

レフィーヤ「ヒキガヤさんは鍛えないんですか?」

 

ハチマン「そうしたいのは山々なんだけどな…」

 

体内のギルガメスの事もあるし…何より今めっちゃ疲れてるから…極力動きたくないんだよな…。

 

レフィーヤ「む〜っ!勝負です!!」

 

ハチマン「は?」

 

どうして訓練を渋ったら勝負を持ちかけられるの?ポケモントレーナーなの?目すらろくに合ってないのに。

 

レフィーヤ「1週間後に戦争遊戯が控えてるのに怠けてちゃいけません!ベル・クラネルが頑張ってるのに貴方がサボるなんておかしいです!」

 

ぐぅのねも出ない意見…。ベルは頑張ってるのだからお前も頑張れ…ね。言ってる事は正しい分余計腹が立ってきた。

 

ハチマン「分かった…応じよう」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ー【訓練場】ー

 

ハチマン「悪いな、使わせてもらって」

 

アイズ「ううん…ベルも見て勉強した方がいいと思うから…」

 

ベル「ハチマン!バッチリ見てるからね!」

 

ティオナ「ぼーえーくーんもレフィーヤも頑張れー」

 

ティオネ「レベル差は歴然…どう仕掛けるのかしら…」

 

リヴェリア「さて、お手並み拝見といこうか」

 

他にも立派な髭のガレスさんやフィンさんが観客席で見ている。好奇心に駆られた目に晒されるのはいい気がしないが今は集中せねば…なんせ相手はレベル3…だったっけ?次元が1つしか変わらない相手だ、アラストルやベリアル…ベオウルフにギルガメスとかに比べれば赤ん坊みたいなもんだ。

 

「さてと…勝ちに行くか」

 

さぁ、今日も戦闘だ。

 

お互いに見つめ合う。その距離は20m、レフィーヤの手には杖、対して俺はフォースエッジ…ではなくて最近出番が少なくて寂しそうにしていた閻魔刀が手に握られている。

 

アイズ「じゃあ、いくよ」

 

アイズさんがコイントスをして1ヴァリスが宙を舞う。コインから目を離しレフィーヤに視線を移す。あいつ…まだアイズさんをチラチラ見ている。見とれるのは分かるけど大丈夫なのか?

 

チン…

 

「解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓の名手なり。狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢…アルクス・レイ!!」

 

超速の光の弾が飛んでくる。ホント早い…でも反応できない訳じゃない…特訓してなきゃ殺られてたかもな。ん?…あいつ…もう勝ったような顔してやがる。

 

「なめるなッ…!」

 

閻魔刀で目にも止まらない速さで居合を繰り出すと無数の斬撃によって光の弾は切り刻まれ消滅した。

 

「なッ!?」

 

「決める…」

 

高速で移動することによって互いの距離を瞬時に詰める。後ろに回って閻魔刀の刃を細い首元に近付ける。

 

「降参してくれると、たすかる」

 

「は、早い…!でも…!」

 

後ろ蹴りを繰り出そうとするが地面から生やした【魔界金属ギルガメス】によって構成された漆黒の棘がその眼前に迫る。

 

「まだ抗うか?」

 

「くっ…降参、します」

 

降参の言葉を聞くとギルガメスを引っ込める。閻魔刀も納刀して青い光に分解して体に吸収する。

 

「強い、ホントにレベル2…?」

 

「誘い文句は良かったけど、戦闘(プレイ)がお粗末だったな。それに相性を考えろ。アンタ、前出てガンガン戦う奴にどうやって勝つか対策考えてなかったろ…次があったら気を付けろよ」

 

言いたい事を一頻り言い終えると彼女に背を向けて戻る。疲れた…ギルガメスを使うと楽なんだけど動きながら使う訳だから同時思考もしなくちゃいけなくて疲労感が半端ない。

 

「おめでとう」「おめでとー!」「凄いわね」「やるのぅ」「凄いじゃないか」……

 

観客席で控えてた人達が賞賛の声を浴びせてくれる。勝って褒められたのってこれが初めてかも?

 

「どうしてそんなに強いの?」

 

ふと、アイズさんが問いかける。真面目にやってきたからよ!なんて事は口が裂けても言えない。

 

「強くない…」

 

「君は充分強いよ?」

 

「だったら家を奪われちゃいない」

 

「……」

 

「ッ!…悪い、色々あって混乱してんだ、今日はもう戻らせてもらう。ベル、4日後教会に来い。戦地まで送ってく」

 

「う、うん…」

 

「訓練、頑張れよ」

 

足早にロキ・ファミリアのホームを出て行く。最低だ、俺って…アイズさんは何も悪くないのにキツく当たってしまった。切り替えもできない俺に嫌悪感が湧いてくる。

 

(助けてほしかった…)

 

こんな気持ち…どうしたら消えてくれるんだろうか。オンボロ教会の長椅子の寝転がりながら蝋燭の炎に照らされているバカでかいステンドグラスを眺める。

 

その絵は上・中・下の3段で構成されており、上段には楽しそうに食事をする神々…そして中段には必死に農作物や家畜を殺してる人間…そして下段には人間を食してる悪魔がいる。

 

「ん…?」

 

下段のステンドグラスの真ん中に気になる物があった。数々の悪魔が人間を食してるのにも関わらず独りの悪魔が4枚の羽を広げ今にでも泣きそうな顔で上に手を伸ばして何かを欲している絵だ。

 

(やつも俺と同じ()()なんだろうな)

 

共感を覚えてしまい変な気分に駆られる。

 

ギィィ…

 

蝋燭の炎が揺らめき扉の隙間から風が吹き込んできたのを教えてくれる。客か?こんな時間に珍しいな。

 

「誰だ…?」

 

重い頭を上げて客人に目を向ける。そこにはアイズ・ヴァレンシュタインが立っていた。

 

「どうしてここに…?」

 

「お話をしに来たの…」

 

「取り敢えず、座ってくれ…」

 

突然の来客に困惑しながら向かいの椅子をこっち側に向けて座る部分をハンカチで拭いて案内する。一体どうしてこんな所に…?

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「畜生…!!」

 

アポロン・ファミリアのホームにてアポロンは宛もない悪態をつく。今まで順調に思えた計画が大幅にズレたからだ。

 

「ヘスティアが体調不良により1週間も休むとは…!」

 

しかしそれは自分たちが大きく関わっているから納得するしかない。無理な襲撃によってヘスティアの気を損ねたからこうなるのは織り込み済みだった。

 

「問題は…!」

 

ドンドンドンドンドン!!

 

「アポロン様!!まだトイレですか!?」

 

「少し待て!腹の痛みが収まらんのだ!」

 

ファミリア内において謎の腹痛が蔓延している事だ。ヘスティアが戦争遊戯に応じてくれたのが堪らなく嬉しくてファミリア内で祝賀会を開いた翌日からこうだ。皆揃って腹を下している。すれ違いでトイレから出てきたヒュアキントスもさっきゾンビみたいな顔をしており心がとても痛んだ。ついでに腹も。

 

「アポロン様ぁぁぁぁあああああ…」

 

「待っておれい!今ミルキーウェイならぬブラウニーウェイをかけておるのだ!」

 

20分後…

 

「ぜぇっ…ぜぇっ…ふぅ」

 

身体中の水分が殆ど流れてった気がする。水分補給をしなくては…。

 

ゴキュゴキュ…

 

「ぷはぁっ!この爽快感よ!砂漠で遭難してやっとの思いでオアシスを見つけたような気分だ!」

 

「アポロン様、いかが致しましょうか?」

 

目の前で跪くヒュアキントス…しかしその右手は腹に…左手は尻に当てられている。ヒュアキントスよ、痛みに耐えながらもなお私に尽くしてくれるのだな。

 

「うむ、すぐさま原因の究明とディアンケヒト・ファミリアから効果的な腹痛薬セイ・ロガンを買い占めてくるのだ!」

 

「はっ!」

 

ギュルルルルルル……

 

「「うぐぅ!!??」」

 

これは暫く時間がかかりそうだ。そう思いながら私とヒュアキントスはトイレの前の長蛇の列に並ぶのだった。

 

 




まぁ、ざっとこんな感じです。

面白いと感じたら良かったら高評価と感想をよろしくお願いします!

後一つ報告します。
次章のタイトルが二つ思いつきまして
①おいでよメレンの街編
②俺のいない神に見捨てられた街編
のどっちかになります。
どちらもオリジナル色が強いので悩みどころです。


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#29 気分はリア充か月乙女か蛇

お待たせしました。
最後にアンケートあるので是非投票してくださいな。


「……」

 

「……」

 

目の前に座る少女、アイズ・ヴァレンシュタインは沈黙を貫いている。口下手なのかモジモジしながらチラチラとこっちを見てる。

 

「話があるって言ってたけど、何の用?」

 

「謝りたくて…」

 

「謝るって…何も悪いことしてないでしょ」

 

「ううん…私、あの後ベルに聞いたの」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

沈んでいく太陽と共に彼の背中が遠ざかっていくのをただ見つめることしかできなかった。彼を怒らせてしまったのだろうか…彼を悲しませてしまったのだろうか…いつもなら感じることの無い不安が心に根付く。

 

「アイズさん…」

 

「ベル…今は1人にして…」

 

折角来てくれたのは有難いけど、訓練はティオネとティオナに頼んで、そう言おうとした…その時だ。

 

「アイズさん、本当にこれで良いんですか…?」

 

「……」

 

「ハチマンは気まずくなったら二度と接してこようとしませんよ。幾ら時間が掛かっても…絶対に、です。それで良いんですか!?」

 

それは凄く…困る。理由は分からないけど…彼と、ハチマンと話せなくなるって思うと胸がモヤモヤする。そんなのは、嫌だ。

 

「……!!」

 

大地を蹴ってホームを飛び出す。今の私は、誰にも止められない。彼が集合場所に指定していたアラル神父の教会に行ってみよう…!

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ベル…そんな事言ってたのか…」

 

「うん…」

 

少し傷付くんだけど…。いや間違っちゃいないんだけどさ、いざ言われるとくるものがあるなぁ…。

 

「その…ごめんなさい」

 

「謝るのは俺の方だ。家すら守る力が無かったのは俺…アイズさんには落ち度がこれっぽっちもない…」

 

「でも…貴方が傷付いてるのを知ってた…」

 

ベルめ…余計な事をベラベラと喋りやがって…今度じゃが丸くんにワサビたっぷり入れて食わしてやる。

 

「許すから…そんなにしょげんなよ」

 

「本当?」ズイ

 

急に詰め寄ってこないで!前髪が目の前で揺れて……うぉっ、いい匂いするなぁ…やめて!見ないで!そんなキラキラした目で見られるとハチマン溶ける!

 

「ほほほほほんと…だから…ち、近い…」

 

肩を掴んで押し出し距離を離す…アッ、とか寂しそうに言わないの。俺じゃなきゃ尊死してるね。

 

「じゃあ明日も来ていい?」

 

「まぁ…勝手にしたら…」

 

「うん…!」

 

「もう遅いから…帰りな…リヴェリアさんとか、レフィーヤさんとかが心配するぞ」

 

「分かった…じゃあ、また明日…ハチマン」

 

手をフリフリしながら帰っていく…アイズさんと話してるとペースが乱れるな……()()()()…ねぇ。

 

「期待はしとくか…」

 

じゃあ、いつ来ても良いように掃除しとくか…。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ー次の日ー

 

「…て……お…て…おきて…」

 

「んぁ?」

 

ハチマンの重い瞼が開く。ステンドグラスから朝日が差し込み目にダイレクトに入る事はなく、目の前の3つの影がそれを遮り、その輪郭から光が漏れる。

 

「あっ、起きた」

「ようやく起きたか」

「ぼーえーくん!おっはよー!」

 

寝起きで重い体を起こし目を擦りながら彼はその声の主を見る。1人は中腰でこちらを覗き込んで、1人は少し呆れ気味に立っており、1人はは腕を後ろに組みながら笑っている。

 

「どうして…ここに?」

 

「昨日…来ていいって」

 

「えぇ…次の日の朝から来る奴がいるかよ…」

 

「じゃあ、帰る?」

 

若干しょんぼりしてる雰囲気を感じ取るハチマン。そして後ろの2人は彼をじーっと見ている。

 

「いや、折角来てもらったのに悪い…シャワー浴びてくるから待っておれい」

 

着替えとコートを持ってシャワー室に入ってから10分、タオルで髪を拭きながら出てきた彼はエプロンを付けて台所に立った。

 

「朝飯は済ませたか?」

 

「ううん…」

「朝早く出たから食べてないな」

「お腹ぺこぺこだよー」

 

「えぇ…」

 

だったら食ってから出れば良かったのでは?なんて口が裂けても言えない。なぜなら台所に立った瞬間3人の目付きが飢えた獣のように豹変してハチマンを見ているだから。

 

「適当に済ますか…」

 

調理をして約20分、食卓に着く3人の前に数々の品が置かれた。どれもこれも()()の範疇を超える出来だった。

 

「見てわかる…」

「これは絶対…」

「美味しいッ…!」

 

柄にもなく目を輝かせてハチマンが席に着くのを待っている。気にせず食べればいいのに…とはあえて言わない。

 

「それじゃあ」

 

「「「いただきます(まーす!)」」」

 

料理が3人の口に運ばれる。反応が気になり少しソワソワする彼…しかしそれに気付くのは誰一人としていない、なぜなら既に3人の意識は料理に持ってかれたのだから。

 

「凄く美味しい…」

「食べた途端故郷を思い出したぞ…」

「気分はハイジ…」

 

中々の反応に小さく頷きながら一口食べる。そんなに美味いのか?とか思いながら咀嚼していく。

 

そんな微笑ましい光景も時が過ぎれば終わり、片付けも済まして長椅子に腰掛ける。対面には3人が座っている。

 

「「「「…………………」」」」

 

圧倒的無言。アイズはハチマンを凝視し、リヴェリアは目を瞑り、ティオナはステンドグラスに目をキラキラさせてる。

 

「ベルは頑張ってるか?」

 

沈黙を破ったのは珍しくハチマンだ。

 

「うん、凄い勢いで成長してるよ」

 

「そっか…」

 

「ハチマンはこれから何するの?」

 

「そうだな…仕込みでもしに行くか…」

 

「「「仕込み?」」」

 

「ま、勝負は開始前から始まってるってことですよ」

 

ニタァ、と不敵に笑う彼に疑問と少しばかりの畏怖を感じる3人であった。後に普通に笑ったつもりのハチマンはそれを聞いて少し涙目になった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

アポロン・ファミリアにて

 

「うぅぬ…」

 

()()ミアハ・ファミリアで3割引にされていたセイ・ロガン(セットで色々と買わされたが)を買い占めファミリア内に普及させる事で何とか蔓延していた謎の腹痛は収まり、先日には神会して戦争遊戯の細かいルールや形式を決めることができた。

 

・我がファミリアが勝った暁にはベル・クラネルとハチマン・ヒキガヤを迎え入れる

 

・もし、億が一、いや、一兆分の一の確率で負けた場合ヘスティア・ファミリアの言う事をなんでも聞く

 

・戦争形式は攻城戦、先行はヘスティア・ファミリア

 

・ヘスティア・ファミリアはフレイヤの計らいにより、助っ人が導入された。但し都市外のファミリアの構成員だ。

 

ここから見るに我が子達は負ける道理が一切ない。たかが構成員2人に+αだ。ヒュアキントスやダフネを筆頭とした優秀な子供達が戦局を見誤ったりしない限り大丈夫だろう。

 

しかし一つ気がかりがある。

 

ハチマン・ヒキガヤだ。奴は神会でも他の神々が言っていた通りレベル2の道から外れた桁違いな力を秘めている。奴さえ完封できれば問題は無いのだが…

 

「どうしたものか…」

 

別にハチマン・ヒキガヤが喉から手が出る程欲しいわけじゃない。ただ、不思議な何かを感じるのだ。我が子達を打ちのめせた恐怖でも打ちのめした怒りでもない。彼を見るとどこか体の芯が痺れるような感覚に襲われるのだ。

 

「アポロン様…」

 

ヒュアキントスがやってきて我が思考の連鎖を遮る。どうしたんだ、と感情を悟られぬようゆっくり言葉を紡ぐ。

 

「客人が…」

 

「一体何の用だ?」

 

「どうやらハチマン・ヒキガヤに対抗できるらしく…」

 

すると奥からガシャッ…ガシャッ…と鎧特有の金属の擦れる音が響く。その男は銀色の鎧を身にまとい私の3m先に立っていた。

 

「ほう…ハチマン・ヒキガヤをどうにかできるのだな?」

 

「……」

 

すると無言でその男は頷く。私に対する不敬だとヒュアキントスが剣を抜こうとするが手を横に出しそれを遮る。気迫だけで分かる。彼は強い

、とてもヒュアキントスが太刀打ち出来るような相手ではない。私は子は信じるが特攻させてやるほど冷徹でもない。

 

「では、主神権限をもって今から貴様をアポロン・ファミリアの臨時構成員として認めよう。本番では好きに動くといい!所で貴様…名は?」

 

「……ネオ・アンジェロ」

 

そう小さく呟くとネオ・アンジェロは踵を返して帰っていった。

 

「アポロン様、宜しかったのですか!?」

 

「ハチマン・ヒキガヤと対峙しても貴様は勝てどタダでは済むまい。リスクを抑えたに過ぎん」

 

こうも都合よく駒が揃うなんて…どうやら私は幸運の女神にすら愛されているようだ。そう思うと自然と笑みが零れてしまう。

 

「この勝負…貰ったぞ…!ヘスティア!!」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ふぅ…」

 

戦争の仕込みも終わった…昼飯も色々と済ませた…後やり残したのは…一つあったな…夜やるか。はぁ…汚れ仕事が多すぎる気がするぞ。

 

「日も傾いてきた、帰ったらどうだ?」

 

振り返り、今日一日べったりくっついてきた3人に帰宅を勧める。

 

「まだ夕方…」

 

しかしそのうちの一人が口答えをする。

 

「でもな、遅くに女3人で歩いてたら暴漢に襲われるかもしれんぞ」

 

「大丈夫、私達、強いから」

「そーだそーだ!」

「余り侮ってもらっては困るぞ」

 

「でもなぁ、もうする事ないんだ今日の所は大人しく帰りな」

 

「ダウト」

 

間髪入れずリヴェリアさんが指摘してくる。そう、これは教えて貰ったことだが、彼女は人の嘘を見抜けると神に似た芸当ができるらしい。厄介だな…。

 

「そりゃ帰ったらやる事とかありますよ」

 

適当にピアノ弾いたりとかね。

 

「それに俺達は別のファミリア、あんまりベタベタしてる所を見られても困るのはお宅らでしょ?」

 

その一言が決め手となったのか渋々と3人が帰っていく。その背中を見送っているとアイズが振り返る。

 

「また今度ね」

 

「明日は勘弁してくれよ…」

 

そう言うと心做しかクスッと笑った彼女は2人の背中を追っていく。全く、ベルに見られたら怒られそうだな。

 

「さてと、最後の仕事に行くか…」

 

教会とは別の方向に向かっていく。

 

仕事内容を頭の中で整理する。

・クライアントはソーマ

・自分がほったらかしにしてたファミリアの財政を見直してるとを見直してると不審な点が見つかった為、その不穏分子を排除して欲しいとの事…手段は問わないらしい

・これは今日リリルカを訪ねた際に聞き、犯人は団長のザニスに間違いないとの事、他にも色々と黒い事業に加担してるらしい

 

聞いた限りかなりの金の亡者らしく、金のためなら殺人も厭わないらしい。悪行の数々も氷山の一角に過ぎないらしい。

 

「改心…は無理だな」

 

したところで今までの悪行も消えることは無い。そいつのせいで悲しんだ人も少なくなかろう。裁くにしたって誰かが手を汚さなくちゃいけなくなる。

 

「そこで俺だな…」

 

どうせ手なんて幾らでも汚れてんだ。今更なんて事ないだろう。

 

「着いたな…」

 

ソーマ・ファミリアのホームに到着した頃には日は沈み月が俺を照らしていた。

 

「さてと、月にかわっておしおきといこうじゃねぇか」

 

クイックシルバーで時を止めて、10カウントの間にホーム内の適当な倉庫に入り、能力を解除する。マジックポーションを飲んだら少し開けた扉の近くに待機する。気分はスネークである。

 

カツ カツ カツ…

 

足音から察するにどうやら2人だ。

 

「最近のソーマ様、変わっちまったな」

 

「そうだな、まぁ、いい変化なんじゃないのか?神酒とまではいかないが美味い酒はくれるしよ、ステイタス更新だって無料でしてくれるしな」

 

どうやらソーマの変化はウケがボチボチらしい。

 

「違ぇねぇ、だけどよ、うるせーのはザニスだよな、テメェの収入が減ったからってギャンギャン喚きやがってよ」

 

「ザニスと言えば聞いたか?ヘスティア・ファミリアをアポロン・ファミリアが襲撃した時にザニスも加担しようとしたらしいがソーマ様が止めたらしい。どうやらヘスティア・ファミリアの亡影と仲が良いらしい」

 

「あの亡影が?噂じゃ結構な女たらしらしいな」

 

ん?

 

「マジかよwwそりゃ罪深けーn」

 

チャキッ…

ルーチェとオンブラをそれぞれ2人の頭に近付ける。

 

「大声出したら一瞬で頭とお別れさせる」

 

ガタガタと震えながら両手を上にあげ無抵抗のポーズをする。

 

「よろしい、分かったらゆっくりと後ろの倉庫に入れ」

 

2人を誘導して倉庫の中に入れる。何かアクションされても困るからギルガメスを幻影剣に纏わせ2人の喉元に突きつける。

 

「ぼ、亡影、なぜここに…」

 

「ちょいとザニスに用があってな、大人しくするなら傷付けやしないが…」

 

「な、なんでも話す。だからどうか…」

 

「ザニスは何処にいる?」

 

「中央階段を登って3階に上がってすぐ目の前にある部屋の隣だ。この時間なら金の勘定をしてるハズだ」

 

本当かどうかを軽く探るために透明な魔力を俺を中心にしてドーム状に広げハンターハンターの円のようにして人の場所を探る。ふむ、どうやら3階の中央ら辺に人がいるな。

 

「分かった、協力感謝する」

 

幻影剣を解き2人を解放する。

 

「ソーマは…ああ見えてアンタらに向き合おうとしてる。今までの事を考えればそう上手くいかないのは分かるが、不器用ながら頑張ってんだ。支えてやってくれ…それと、俺はたらすほど女に免疫なんてない。覚えとけ」

 

そういい倉庫から出て時を止めて3階に上がって中央右部屋に入る。ザニス金を握りしめて名簿みたいのに何かしらを書き込んでいる。制限時間も近づいてるため、ザニスな猿轡をしてベオウルフで金魂を思いっきり蹴りあげて解除する。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!!」

 

白目を剥きながら倒れたザニスを予め持ってた麻袋に入れて口を縛る。他にも関係がありそうな書類とかもあら方纏めて懐に仕舞い、金庫に入ってる金を全て頂戴する。他にも床とか棚をひっぺがしたりして何か隠してないか隅々まで探す。

 

「これでよし…」

 

金が大量に入った袋とザニスを抱えて隣の中央部屋に入る。

 

「よ、久しぶりだな、ソーマ」

 

「ハチマン、怪我は大丈夫なのか?」

 

「ダメだったらここにはいない。依頼通りザニスとその悪事の数々と金は俺がかっさらってく…いいんだよな?」

 

「あぁ、ザニスは欲に溺れすぎた、これではファミリアが正常に機能しなくなる。アーデも、帰って来れない」

 

そう、リリルカはファミリアを脱退する事はできたが改宗(コンバージョン)はザニスが邪魔をする為できないでいたのだ。

 

「すまない、ハチマン…こんな事を頼んでしまって」

 

「なに謝ってんだよ、これはお前が決めたことだろ?それに俺を使うのに何を躊躇う」

 

「しかし…」

 

「だったら後でパフェを一杯奢れ、それでチャラな」

 

「それじゃあ…「いいんだよ」」

 

「これでお前と、その子供達が変われるならリリルカも悪い気はしないだろう、だから、それでいいんだ」

 

後でパフェ奢れよ、と言い残し窓からデカい袋2つと沢山の書類を持って飛び出す。今度は寄り道せず教会に戻ろう。

 

「色々と話は聞かせてもらうぜ?」

 

拉致か…今日で2回目なんだよな…。昼にアポロン・ファミリアの構成員1人、酒場で最初に喧嘩ふっかけて来た奴、確かルアンっていってたっけ。それとザニス。自分がされた事をいざし返すとなるとどこかもどかしい気持ちになる。

 

「憂鬱だ」

 

終わったらミアさんのパスタを食べに行こう。こんな美談にもならないような事はこれで終わるのだろうか。

 

「はぁ…」

 

袋を抱え屋根から屋根へと飛び移る。姿を見られないように18階層で押収した【ハデスの兜】を被る。え?最初から着けてればよかったって?バカヤロー!そんな特典装備みたいなの着けてクリアしたって虚しくなるだけだろ?

 

アポロン・ファミリアとの戦争遊戯まで後5日




いかがでしたか?
悪いやつを懲らしめるのに自分も似たような事して葛藤するのって堪らなくいいですよね。

是非面白いと思ったら高評価と感想をお願いします。作者が血反吐を吐きながら喜びます。


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#30 分岐路手前

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なんて、ふざけましたが、お待たせしました。


いつもの精神世界、目の前の扉にもたれかかっていたが力を抜きズルズルと腰を落とす。

 

隙間から吹く黒い風は俺の全身を撫で、ハチマン・ヒキガヤとしてではなく、比企谷八幡としての記憶を甦らせる。

 

まるで遠い昔の御伽噺のようにページを捲ることによってその記憶をまるで劇場を見るような感覚に陥る。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

母は比企谷八幡をあまり好いてはいなかった。過労により腐った目が子供にも遺伝したかのように子供が成長する度に腐っていったからだ。

否、比企谷八幡の腐った目が嫌いなのではない。気づいていたのだ。自分達が比企谷八幡に親として何もしていなかったことによって親を見限ったことによってその目が腐ったことを…。

その事実を受け止めていながらも尚母は比企谷八幡を放置していた。親ではない他人が彼の目を癒すと考えたからだ。

 

………

………………

 

途中までは上手くいっていた。比企谷八幡は親ではなく他者に居場所を求めて着実に居場所を確立させていった。

だがそこで思いもよらぬアクシデントが起きた。妹の比企谷小町の家出だ。仕事で帰りの遅い親、友人になれそうな者達との交遊で帰りの遅くなった兄、家出するには充分な理由だ。

結論、親から妹の家出の責任を問われた比企谷八幡は妹が寂しくならないよう、親に怒られないように交遊を自ら断たざるを得ない状況に陥った。

結果比企谷八幡は中途半端な交遊を断ち切った事によりクラスメイトからの不信と無邪気な悪意を一身に受ける事になった。

 

年月は経ち、比企谷八幡はズルズルと引き摺らざるを得ないかつての足枷を未だに着けており、そんな足枷を着けなくてはいけなくなった原因たる比企谷小町は人あたりの良さから瞬く間に自分の居場所を作り上げた。自分が足枷をつけて虐げられている比企谷八幡の妹だと言うことを必死に誤魔化し、学校内での接触をしないよう兄に釘を刺しながら…。比企谷八幡はそれに従っていた。最早自分は人生の敗者だと確信した彼はせめて自分だけの安泰を守るために妹に媚びへつらい、機嫌を取ることによって家にいさせてもらっていたのだ。

 

それ故に彼の母は己の子供に罪悪感を密かに感じていたのだ。

 

父は比企谷八幡を嫌っていた。なんでも出来る彼に嫉妬していたのだ、一回二回と回数を重ねる毎にその腕前や出来は完成へと近づいていったからだ。そして彼の目に怒りが募っていった。妻とは違う腐り方をしており、親としてではなくまるで他人を見るかのようなあの目に腹が立って仕方なかったのだ。自分がいつしか見下されてしまうのではないかと未来へ恐怖していたのだ。

 

だから彼をねじ曲げる事にした。過去の失敗談や人への不信感を教訓という名の呪いとして彼に施していた。教育は公をなし、ただでさえ人付き合いの苦手な息子は周りから孤立していき自ら独りになる事を選んだ。他にも色々と影響はあるだろうが自分の教育の賜物だと鼻が高くなっていった。

そして比企谷八幡の分愛娘へ愛情を注ぎまくればいいのだ。旅行も連れてくしオシャレだって目一杯させていた。家には完璧なセキュリティ(比企谷八幡)があるのだから。

 

そんな家族との繋がりがマトモにない比企谷八幡は近くの神社に良く向かっていた。幼い頃から何度も祈っている神社だ。何百回と聞いた五円玉が賽銭箱に入る音を聞き、鈴を鳴らす、そして二回手を叩き深々と頭を下げる。

 

「神様ァ…どうか、どうかぼくに…家族をッ…」

 

そして無駄に五円玉が消えてくのだ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

そっと目を閉じる。凄惨な過去は今を縛る。いい事なんてひとつも無くても今がある。今が…ある。

 

……………………………

……………………

 

果たしてそうだろうか?過去へと風化していく今を目の前にしてもそれが言えるのだろうか…燃えて崩れていく家、どんなに探しても見つからない宝物。紡ぎ守らなくてはいけない明日も見失いそうになる。

 

「はぁ…」

 

ふと扉の向こうにいる彼を隙間から見る。どうやら彼も己の過去を振り返っているようだ。いくらハチマン・ヒキガヤを名乗ろうとその体は既に比企谷八幡として確定しているのだ。ハチマン・ヒキガヤに比企谷八幡は殺せない。

 

「しっかりと向き合え…」

 

私みたいな過ちを犯すな。過ぎてからでは遅いのだ、何もかも…。

 

意識は再び闇に包まれていく。さてと、眠るか…。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ゆっくりと目を開ける。随分と胸糞悪い夢を見た。重たい体を起こしステンドグラスから漏れる朝日を睨みつける。普通こういう日って雨とか曇りじゃないのか?

 

空気の読めない天気だな、と悪態をつきながらシャワーを浴びる。サッパリしたら朝御飯を用意して1人もっきゅもっきゅと食べる。昨日殆ど一日四人で過ごしていた為少し微妙な感じがする。

 

「ごっそさん…」

 

食べ終わるや否や歯を磨いてコートを着ずに適当に見繕った服を着て外に出る。

 

宛もなくフラフラと街を歩く。じゃが丸くんを売ってる出店に出向き味付けにケツをつけ…アドバイスしたり、書店に入って何冊か本を買ってみたり、ぶらりオラリオ旅を満喫していた。

 

(結構楽しんでしまった…)

 

晩飯のために八百屋系ファミリアの店で買った野菜の入った袋を抱えて歩く。やはり袋ってのはこういうのでいいのだ。ザニスとかは重すぎるのだ。そうそう、ザニスについては聞くこと聞いたら二度と悪事を働けないように手足をズタズタにしてソーマ・ファミリアの地下牢にぶち込んどいた。

 

(ままま待ってくれ!金なら幾らでもやる!だからここから出してくれ!頼む!)

 

(ごめんな…あんたの毒牙が二度と俺達や罪の無い人達に及ばないようにするにはこれしかないんだ。…それにアンタはやらかしすぎたんだ)

 

(や、やめッ……ギャアアアアアアア!!!)

 

頭を軽く横に振って忘れようとする。しかし瞼にこびり付いた光景は取れることは無い。

 

(一生付き纏うんだろうな…)

 

とんでもないメンヘラに好かれたもんだ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

鍛錬を始めて既に11日…次の日はハチマンに教会に呼ばれたから実質訓練最終日ということだろう。

 

今は小休憩と言うように剣を下ろしているアイズさんの前で息が盛大に上がっている僕は自分の体を見下ろした。

 

着実に実力が付いてきてる気がする。

 

ティオネさんが集めてくれた情報によると戦争遊戯が始まるのは4日後ということらしい。移動のことを考えると居られるのはあと2日…アラル神父の言っていた2週間は訓練できなかったけど十分すぎる成果だ。

 

「たっだいまー!」

 

噂…ではないが思考をすればティオネさんやティオナさんが肉や魚を持ってやって来てくれた。このお陰で僕とアイズさんは訓練できている。

 

無理やり食料を胃に詰め込む。焼いた肉でも魚でも、ハチマンが作ったのとは天地ほどの差がある。アイズさん達も少し食事に違和感を覚えたそうだ。余談だが、あれからロキ・ファミリアでは食事の度にベートさんを筆頭に冒険者達が一口食べると少し首を傾げるという謎の現象が起きてコックが涙目になっているらしい。

 

「続き、お願いします!!」

 

3人が食べ終わって食後の休憩も終わった所を見計らって訓練を申し込む。今度は3対1だ。武器を交わし、転がり、指南される内容をひたすら反復しながら、今日も鍛錬に明け暮れた。

 

次の日

 

早朝、アイズさん達にお礼を言い、ハチマンの待つ教会えと向かう。敷地内に足を踏み入れ、墓地の奥の端っこにある【EVA】さんのお墓に腰を下ろして水をあげているハチマンの元に歩み寄る。彼の脇には大荷物が置かれている。

 

「ハチマン…」

 

「ああ、ベルか…案外早いな」

 

行くぞ、と荷物を背負ったハチマンに誘導されて教会を抜けて歩く。どこかハチマンの雰囲気が黒い気がする。

 

「どこに行くの?」

 

「一応、戦争遊戯の会場に向かうけどその前に寄り道してこうと思ってな」

 

「ふーん…」

 

暫く見慣れた道を歩いていると着いたのは僕達の馴染みの店である【豊饒の女主人】だ。店の前には神様とお店の店員達が揃っている。

 

「ベールーくーん!!」

 

「!…神様あ!」

 

神様とベル。お互いの再会を噛み締めていたり、シルさんからお守りを貰っている中、ハチマンは荷物の忘れがないかチェックしていた。

 

「アンタも輪に入りな!」

 

ミアさんに肩をバチコーン!と叩かれたハチマンは肩を擦りながら僕たちの方にやって来た。すると神様は僕たちの首に腕を引っ掛けて顔を引き寄せた。どことなくハチマンの顔が赤い、きっと僕もそうなんだろう。

 

「いいかい、2人共、あまり無茶しないで帰っておいで!特にハチマン君…君には色々と負担をかけてしまったよ、ごめんね」

 

「や、俺は…」

 

「グダグダ屁理屈を言わない!ほら!勝利の栄光が君達を待ってるよ!行ってらっしゃい!」

 

「行ってきます」「行ってきまーす」

 

背中を押されて一緒に一歩を踏み出す。ハチマンと自然と目が合い、少し微笑む。

 

「じゃあ、帰る為に勝とう!ハチマン!」

 

「そうだな…」

 

足を揃えてオラリオの門に行くと、馬を連れた門番さんが僕達を見つけるなり手を振ってくれた。

 

「おーーい!」

 

「バン・モンさん…」

 

「えっ、ハチマン知り合い?」

 

「まぁな、毎日外で訓練してる時に顔覚えられてな」

 

駆け足で門番のバン・モンさんに駆け寄る。

 

「ほら、預かってたお前の馬、【トゥ・ザ・ハイヤー】だッ!」

 

黒い馬、落ち着いてハチマンをじっと見ており、ハチマンがどうどう、と鼻や顎を搔いてあげると、嬉しそうに尻尾を振っている。

 

「今日はお前達の晴れ舞台だ。お前達をよーく見てる出店の皆が餞別に俺に預けていってくれたよ」

 

大きな袋を預けられる。中を見てみるとパックには言ったじゃが丸くんや焼き鳥、刺身、お菓子、色々詰め込まれている。

 

「ありがとう」「ありがとうございます!」

 

「いいんだよ、それ食って勝ってこい!良い宣伝になるからな!リトルルーキーと亡影、2人を支えた出店の味ってな!」

 

「売上落ちるぞ」

 

【トゥ・ザ・ハイヤー】に乗ったハチマンの後ろに乗る。ハチマンのコートをきゅっと握る。なんだろう、気分はおとぎ話のお姫様だ……何か大切な物を失っていく気がする。

 

「ベル、掴まってろよ、こいつ性格は大人しいのに足はめちゃめちゃ早いからな」

 

「えっ?そうなn「ハイヤー!」うまだっち!?」

 

ズキュン!と飛び出し、ドギュン!と加速し、バキュン!と駆け抜け、ブギュン!とコーナーを攻める。勢いで最初は目を瞑っていたけど段々慣れてきて目を開けると絶景が広がっていた。

 

「いい眺めだよなぁ…」

 

感慨深く話す彼の声をBGMに僕は景色を楽しむ事しかできなかった。

 

「そうだ、一つ気がかりな事があんだよ」

 

「? どうしたの?」

 

「今回の戦争遊戯のフィールド、ギルドの職員がボヤいてるのを盗ty…小耳に挟んだんだが、森があるらしい」

 

今盗聴って聞こえたけど聞こえてないフリをしよう。

 

「森?それはあるんじゃないの?」

 

「いや、本来そのフィールドには森なんてなかった。1ヶ月前までは更地だったのに森林が出来上がってんだ」

 

「1ヶ月…!?」

 

木は何年も掛かって大きくなる…なのに1ヶ月で森林レベルまでに成長するなんて普通有り得ない。

 

「絶対に何かある、近づくなよ…死ぬぞ」

 

命の宣告…彼は低く思い声でそう言った。

ハチマン曰く距離は結構あるようで明日の朝には着くとのことらしい。焚き火で餞別に貰ったものを焼き直したり調理して食べる。食べ終わったら近くの川で腰に布を巻き2人で水浴びをする。

 

「ハチマン…それって…」

 

ハチマンの胸を見ると心臓辺りを中心に怪我の跡が色濃く残っていた。心臓周りの血管が黒く浮かび上がってまるで花が咲いているように錯覚する。

 

「跡まで消す時間が無くてな…これが終わったら消しに行く」

 

へらっと笑うがきっと無理をしているんだろう。ハチマンに無茶をさせた自分に途方もなく無力感を感じた。

 

寝袋にくるまり、他愛のない話をする。終わったら何をしようか〜とか、祝勝会は【豊饒の女主人】で開こう〜とか、今度一緒に訓練しよう、と約束した。

 

次の日

 

あさイチで出発しする。2、3時間すると会場へと到着する。

 

「っと…着いたな。【トゥ・ザ・ハイヤー】預けてくからエントリー済ませてくれ」

 

僕を魔腕で降ろし有無を言わさず去っていく。やれやれ、ハチマンは世話が掛かるなぁ…。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

馬を預けて【ヘスティア・ファミリア】の陣地に向かうと馴染みのあるメンバーが出迎えてくれた。

 

「ハチマン!!」

 

ヴェルフが駆け寄り、命さんとリューさんが遅れてやってくる。

 

「怪我は大丈夫なのか?」

 

「ああ、この通りだ」

 

ガシッと腕を構えてくるからそれに応じて前腕をクロスさせるとヴェルフはニヤッと笑った。

 

「ヒキガヤ殿、この度はヤマト・命、受けた恩を返しにヘスティア・ファミリアに加入することにしました、以後、よろしくお願いします」

 

「おう、頼りにしてる」

 

相変わらず固い性格してるが、いい人なんだろう。

 

「ハチマンさん…」

 

「リューさん、すみません、巻き込んで」

 

「友が困っているんです、ここで手を貸さなくてはエルフの名が廃ります」

 

「それに作戦だって…」

 

「いいんです、そんな物にこだわっていたら、リュー・リオンの名が廃ります」

 

そうですか…と言うとベルが駆け寄ってくる。

 

「エントリー終わったよ!戦争遊戯は明日の10時からだって!」

 

「マジか…リリスケ…ちゃんとバレてねぇか?」

 

「信じよう、リリはやれるよ」

 

そう、リリルカはここにいない。【アホロン・ファミリア】に潜入している。この前俺が誘拐したアポロン・ファミリアの構成員のルアンに魔法で成り代わっている。因みに本人はミアハさんの所で監禁している。内部の情報とかは少し揺らしただけでベラベラと決壊したダムみたいに喋ってくれたからものすごく助かったりする。

 

「明日の10時ですか…」

 

「それまでに英気を養っておきましょう」

 

各々ゾロゾロと動き出すのを俺は見ていたが…

 

「それも大切だが、作戦の確認は?」

 

「「「「そうだった!(でした!)」」」」

 

「ったく…」

 

少し幸先が不安になって来たぞ…。

 

「ザッと確認な、最初はリューさんが西側の壁側、俺と命さんが東側の壁から襲撃を仕掛ける。変身したリリルカが俺達に戦力を割かせてる間にリリルカが南側にある唯一の城門を開けてベルとヴェルフがそこから侵入、リリルカから城の構造を粗方聞いた後にヒュアなんたらとベルが一騎打ち、ヴェルフは邪魔してくる奴らの妨害。何か疑問に思ったことは?」

 

「ハチマンと命さんが一緒に行動する理由は?」

 

と、ベルが質問を投げかけてきた。

 

「18階層でも見たと思うが、命さんの魔法は重力系の魔法だ。それで雑兵達を足止めしてるうちに俺がパパっと片付ける算段だ」

 

「ハチマンさんはその魔法に耐えることができるのですか?」

 

「まぁ、大丈夫だと思いますよ」

 

ベル(おっさん)との訓練で悪魔体のおっさんを担がされたんだ。これ以上重くなるなら無理だが…大丈夫だろう、うん。

 

「他には?」

 

すっ、とヴェルフが手を上げる。

 

「ドンパチには関係ないが…今晩の飯はどうするんだ?」

 

「「「あっ……」」」

 

すると俺とヴェルフ以外のメンツが気付いたような声を上げる。用意してなかったんだ…まぁ、予想出来てたことだ。

 

「俺が作ろうか?」

 

「「や、やったーーー!!」」

 

ヴェルフとベルが万歳して喜ぶ…バカヤロー、んな事されたって嬉しかねーぞ!

 

「まぁ、有り合わせで適当に作るから、余り期待すんなよ」

 

その日は5人で焚き火を囲み明日に備えて英気を養った。本番は明日、失敗は許されない…勝てる気はするが如何せん嫌な予感がする。いつも以上に気を付けないとな。

 

そ し て よ が あ け た

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

戦争遊戯はハチマン達だけではなく、オラリオにも大きく影響がある。世界一熱い町が催す大イベントの一つに数えられている。各地にある酒場などの冒険者が交流する場においてとてつもない盛り上がりを見せていた。

 

「お前はどこに賭けたんだぁ!?」

 

「勿論!アポロン・ファミリアよ!」

 

「俺もアポロン・ファミリアだけどなぁ…」

 

「おっ、どしたよ」

 

「神共が大穴狙いやがってヘスティア・ファミリアに賭けてやがって倍率さげてやらー」

 

「そりゃ、迷惑だな…モルド!お前はどこに賭けたよ?」

 

「あ?ヘスティア・ファミリアだ」

 

「はぁ!?お前どうしちまったんだよ!」

 

「今に見てろ…度肝抜かれるぜ…」

 

そんな会話があったり…

 

「さぁ!今回の戦争遊戯の実況はこの私ィ!イブリ・アチャー!そして解説を務めてくれるのは〜?」

 

「俺が!ガネーシャだッ!!」

 

「ガネーシャ様ぁ!今日の戦争遊戯、ヘスティア・ファミリアが劣勢だと思われていますがどう思いますか!?」

 

「俺がッ!ガネーシャだッ!」

 

「成り立たない解説あざーっす!!(泣)」

 

またもや場所は変わり、バベルにて。

 

「それじゃあ、ウラノス、『力』の行使の許可を」

 

【許可する】

 

ヘルメスの問に答えるようにギルド本部の方向から重々しく響き渡る宣言を聞き届けたようにオラリオ中にいる神々が一斉に指を弾き鳴らした。瞬間、酒場や街道の虚空に鏡が現れた。

 

「戦争遊戯は後10分…ベル君…ハチマン君…へ?」

 

緊張故に重かった頭を上げ、鏡に写った光景にヘスティアだけでなく、その場に居合わせた神々も驚愕する。

 

その映し出された光景には薄い虹色の玉が空を待っていた。目で追うその出処は…今回の戦争遊戯で注目されている2人だった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「今の時間は?」ジャブジャブ

 

思い出の詰まった総武高校の制服を身にまとったハチマン・ヒキガヤが隣のライトアーマーの少年に問う。その右手には小さな入れ物が持たれ、左手の小さな筒を出し入れしていた。

 

「えーっと、9時50分だね。後10分!」ジャブリ

 

同じくその少年も彼と同じ動作をしていた。その顔はどこか落ち着いている様だ。

 

「「フ〜〜〜〜」」

 

一斉に筒の反対側、何も付けてない方に口をつけ息を吐く。すると綺麗な球体が空に登っていく。

 

「あの〜、ハチマン殿?何をしてらっしゃるのですか?」

 

恐る恐るヤマト・命が問う。

 

「シャボン玉、差し入れの袋の一番下に入ってたんですよ。この前遊んでやったガキンチョ達が入れてくれたんでしょう…一番最初に、コイツと一緒にね」

 

胸ポケットから一通の手紙を出し、ヒラヒラと見せびらかす。

 

「へえ〜それはよかったな〜…じゃなくって!どうして今なんだよ!」

 

赤髪の青年、ヴェルフがノリツッコミをかます。

 

「ベルがどうも緊張しちまってな、リラックスさせる為だ。じゃなきゃ俺もやんねーよ」

 

「うん…落ち着いてきたよ…ありがとうハチマン!」

 

何度かシャボン玉を飛ばしていたベルから容器を預かり、それを荷物にしまうと一同はアポロン・ファミリアの拠点がある方角に目を向けた。

 

朝日が彼らを照らす。

 

「さてと、行こう!皆!」

 

「太陽を墜す時間だ」

 

「負ける気がしねぇ…!」

 

「いざ尋常にッ!」

 

「行きましょう」

 

ダッ!と駆けるが彼は知る由もなかった。この戦争が彼の人生のターニングポイントとなる事を。




いかがでしたか?

まぁ、人生に苦悩するのは誰だってあるはずです。人一倍苦難や苦悩に敏感な比企谷八幡という少年はきっとずっと悩み続けるんでしょうね。


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#31 譲れない者達

筆がッ!進んだッ!




ズドーーーン!!

 

空気が震えた。衝撃がアポロン・ファミリアの拠点に走る。

 

「なっ!なんだ!?」

 

「西の壁側に敵が来たぞーー!」

 

「魔剣を持ってるぞー!50の兵士を向かわせろってヒュアキントスが言ってたぞー!」

 

ルアン(リリルカ)の誘導で大勢の兵士がリューの元へと向かう。そんな光景を遠目に2人の冒険者が反対の東側から見ていた。

 

「さてと、命さん。デカいのカマしますから伏せて下さい」

 

「わ、分かりました!」

 

その場にしゃがみこみ、耳を塞ぎながらハチマンを見上げる命。その目に写る彼の表情はどこか笑っていた。

 

チャキ…

 

二丁の拳銃を構えその銃口を壁に向ける。

 

刹那、空間が歪んだ。彼の腕から黒い魔力が銃口に集まり、その密度が大きくなっていくと黒い魔力に白い稲妻が走る。

 

バチ…バチ…

 

「芸術は爆発だッ…!」

 

その密度が臨界点に達したのか彼が引き金を引くとバン!という弾けた音と共にとてつもない速さでそのエネルギー弾は壁に向かっていった。嫌な予感がし命は思わず目を瞑る。

 

激しい光と音が辺りを包む。命の目が開き、その視界に色が戻った。

 

「!!」

 

唖然、その的にされた壁は跡形もなく消滅しており、そこに半径15mはクレーターができた。

 

「さて、行きましょう」

 

手早くマジックポーションを飲み干し、空き瓶をポケットに仕舞うと彼は淡々と告げた。

 

「数が揃ってきたら詠唱を、魔力は俺が適当に誤魔化しときます」

 

「は、はいッ!」

 

彼の後を着いていく。噂に違わず恐ろしいポテンシャルを秘めているハチマンをヤマト・命は改めて感心した。

 

「誰かいませんか〜〜!?」

 

崩れた瓦礫にノックして煽り散らかすように大声を出すハチマン。命は大き目の瓦礫に隠れている。

 

「亡影が来たぞーー!」

 

上からルアンが叫ぶ。ハチマンとルアンが一瞬目を合わせ、うん、と互いに頷く。

 

ゾロゾロと応援が駆け付けてきた。

 

「おのれッ!よくも我らが城を!」

 

「オタクらだって同じことしたろ?おあいこだろ」

 

なっ?と首を竦める。しかし煽られっぱなしの団員達は歯をギリギリと鳴らしハチマンに襲いかかる。そこへ物陰から命が飛び出してきた。

 

「ーー神武闘征ッ!フツノミタマ!!」

 

ドーム状に輪が広がり、その中にまんまと入っている構成員達は重力魔法に屈することしかできなかった。但し、ハチマンを除いて…。

 

「か、かなり、重ッ…」

 

「ハチマン殿!」

 

ハチマンを心配してその魔法を解こうとするがハチマンが手で制する。足を一歩一歩進め、構成員達の顔を一人一人確認する。

 

「お前…いたな…」

 

「ヒイッ!」

 

バコーン!

 

ハチマンのベオウルフがその顔面に振るわれる。重さ故に吹き飛びはしないが少し浮いた体はやがて地面に衝突した。

 

「お前は…いなかったな」

 

「へ?」

 

ストン

 

その項にベオウルフの手刀を喰らい地面に伏す。そうやってハチマンは一人一人顔を確認してはぶん殴るか意識を奪うの2択の処刑をしていた。そして最後の1人を殴り飛ばし終え、一息ついたハチマンは振り返り言った。

 

「言ったろ?面覚えたからなって…」

 

凄まじい執念と記憶力。その言葉に少し震えた酒場の一部冒険者達が後にハチマン達にお詫びの品を持ってきたのはまた別の話である。

 

「次の応援が来る前に門を開けましょう」

 

ルアンに扮したリリルカの先導で門を開ける。すると丁度到着したベルとヴェルフがやって来た。

 

「ありがとう!」

 

「さっさとケリつけて来い!」

 

するとまた別の所から応援がわらわらとやって来た。一部はリューの元へ向かうようだ。奥には見覚えのある女冒険者が立っていた。

 

「命さんはリューさんの応援に、リリルカ、残りの部隊はこれだけか?」

 

「ええ、ダフネという冒険者が引き連れている部隊です。今までとはひと味違います」

 

「厄介だな…」

 

当時は意識が朦朧としていたが彼女の指揮能力が高いことを思い出して唸るハチマン。

 

「これが最後なら俺も残るか…!」

 

「ヴェルフ、お前はベルと行くんじゃないのか?」

 

「はっ!ベルもガキじゃねぇよ。それに、またお前に無茶させるとヘファイストス様の胃がもたねーからなッ!」

 

「あんがと、ベル、行けるか?」

 

「うん!任せて!」

 

そう頷くベルはその場の誰もを安心させた。

 

「案内はリリに任せてください!」

 

リリルカに手を引かれる形でベルと城内へ向かう。

 

その光景はもちろんオラリオ中に中継されていた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「むきーーーー!」

 

「落ち着け…ヘスティア…」

 

ハンカチを噛み締める女神(笑)を窘めるミアハ。その隣でアポロンは焦っていた。

 

(ま、不味いッ!)

 

本来3日に渡って行われる戦争遊戯を超短期決戦に持ち込む形で我々の意表をつき、デコイを仕込むことで指揮系統を麻痺させる荒業、長らく忘れていた言葉、「戦争は始まる前から始まっている」を思い出す。

 

(ま、まだだッ!)

 

暴れにあばれまわるハチマン・ヒキガヤを止める手はある…!と胸を張って言いたいがその切り札がまだ出て来ない。

 

「何をやっているのだ…ネオ・アンジェロはッ!」

 

爪をガジガジ齧りながら小声で悪態を着く。

 

「ふふふ…より黒く…輝いてるわ」

 

成長している彼にただ一柱、女神フレイヤだけが妖美に微笑んでいた。それとは反対にただ一柱、女神ヘファイストスは強くなっていく彼に心配していた。

 

「あの爆発の威力、あの手甲、足甲、普通の威力じゃないわね…1週間…彼に何があったのかしら…」

 

ー【ロキ・ファミリア】ー

 

談話室にて、ロキ・ファミリアの幹部陣とレフィーヤは鏡を見ていた。その鏡はロキが少し口を聞かせて細工をさせ、見られる光景を変えることができる特性の鏡だった。

 

「ぼーえー君、強いねー」

 

ソファに座ったティオナが部屋の中央にある鏡を見ながらあっけらかんと言う。それに同意するようにレフィーヤが頷くが…

 

「あの執着心…まるで誰かさんを思い出すのぉ」

 

ガレスが髭を撫でながらアイズに視線を送る。

 

「……」

 

ヴェルフの魔法によって魔道士達が爆発する中、ハチマンは単身乗り込んで構成員達をボコスカ殴っては魔腕で投げ飛ばし、ブンブンと振り回して人間ヌンチャクとして攻撃を繰り出したりしていた。

 

「容赦がないバトルスタイル、あくまで敵は敵、人としては見てない…だから敵でさえなければ彼も本気で戦えない、そういった感じかな?」

 

的を得ている予想であった。数々の即死級の技や武器を持っている彼の苦手な分野が手加減である。

 

「……」

 

そんな考察がされていてもアイズ・ヴァレンシュタインは映像から目を離さなかった。少しでも長く彼を見ている為に…。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

バキャア!!

 

また1人の顔面を潰し一息つく。そしてジロリと睨みを孕ませた視線をダフネに送る。

 

「くッ……」

 

「あんまり女に手ぇあげたくないが、抵抗してくれるなよ」

 

後退りをするダフネ。しかし開いた距離をハチマンも詰める。

 

「ハチマン!!」

 

しかし突如下から声がした。声の主はベルだ。ダフネから視線だけを外してその声に応える。

 

「どうした!?」

 

「このお城、思った以上に固くて…ハチマン!上から大きいのお願い!!」

 

「分かった!…アンタも死にたくなきゃ部下引っ連れて逃げな」

 

壁を破壊し飛び去っていくハチマン。近くで応戦していたヴェルフも足早にその場を去る。大きいの、その言葉がダフネに恐怖を甦らせる。壁を破壊したあの爆発か、それ以上…食らったらただでは済まないのは目に見えている。

 

「総員退避!」

 

そんな声が聞こえる頃、ハチマンは城の真上の空にギルガメスで足場を作り魔力のチャージををしていた。同刻、ベルは城の真下にてスキルによるチャージをしていた。

 

リン…リン…と鈴の音が鳴り、右手に光が灯り、光る手を真上に向ける。後はその名を口にするだけだ。

 

両腕を前に突き出し交差させてから大きく横に広げてエネルギーを溜めた後、腕をL字に構えて真下に放つ。

 

「ファイア・ボルト!!」

 

「ゼペリオン光線ッ!!」

 

コンマの差もなく叫ばれたその魔法と技は空に、地に昇り、堕ちていった。そして二つの光は丁度中心、城の最上階、ヒュアキントスがいると思われる場所でぶつかった。

 

バチバチッ!!

 

しかし衝突したからといってその場で爆発はしなかった。寧ろその場でぶつかり合ったままだ。2人共、どうでもいい意地を張っているのだ。先に途切れた方の負け、両方そう思っているからこうなったのだ。

 

「があああああああッ!!」

「ぬうううううううッ!!」

 

どちらも譲らず、寧ろ威力が上がっていく。ベルの足は地面にくい込み、ハチマンの落ちるはずの体は少し浮いていく。

 

「うああああああああああああッ!!!!」

「はああああああああああああッ!!!!」

 

ズゴーーーーン!!

 

しかし空間が耐えれなくなったのか、2人の魔力が尽きたのか…中心点に大爆発が起きた。その爆発はハチマンが仕掛けたチャージショットinギガフレアの比ではなかった。

 

ヒュルルルル…

 

落ちていく中、ハチマンはマジックポーションを3本飲み干し、魔力を回復していた。着地の衝撃を無効にする為に自身の周りにギルガメスを出し、体を包ませることによって衝撃を分散し難なく着陸を成功させた。

 

「やりすぎたな…」

 

「そうだね…」

 

すると近くにベルが歩み寄ってくる。その手にはマジックポーションが入っていたと思われる瓶が握られていた。

 

周りには城なんて呼べるものはなく、瓦礫が山となって城があったのを証明していた。

 

「ベル・クラネルゥゥゥゥ!!!」

 

瓦礫からヒュアキントスが這い上がってきた。バトルクロスのあちこちが焦げ、プスプスと黒煙が上がっている。

 

「ご指名みたいだぞ」

 

「らしいね、行ってくるよ」

 

「あぁ、行ってこい…」

 

ベルの背中をバシン!と叩き送り出す。そんなハチマンの近くにはヴェルフ、リリルカ、リュー、命が集まっていた。

 

「さてと…俺も、片付けるか」

 

チャキッ…バン!!

 

いきなり銃を取り出し()()()()()()()()()位の瓦礫を撃つ。するとその影から一人の男が出てきた。

 

「ゼペリオン光線、中々良かったよ…僕も年甲斐もなく、心が踊ったよ。懐かしい思い出を思い出させてくれてありがとう、比企谷」

 

「ここまで来てお前の面拝むなんてな…葉山、なんでお前がオラリオにいるんだ」

 

そこにはハチマンと同じ服を着た男、髪と肌は病的なまでに白く、しかし目は赤く変色した葉山隼人が立っていた。

 

「君と同じだよ。ま、ミンチになった君とは違い僕は飛び降りてバラバラになったんだけどね」

 

ゆっくりとハチマンに歩み寄る。

 

「だから、どうしてだ。三浦、戸部、海老名さん、おまけ2人に、由比ヶ浜はどうしたんだ。……雪ノ下だって…」

 

「比企谷、僕はね…うんざりしたんだよ。僕が信じてやまなかった人の善意は…とてつもなく脆弱で、巨悪なものだったんだよ」

 

「んな事は知ってるが…お前も言ってたろ…「人は変われる…どんな人も良くあれる?」…覚えてんのかよ」

 

2人の距離は3m。剣を、拳を振るえば届く距離、間合いだ。

 

「そう、あんなのは偽善、悪意を知らない…いや、知ってて目を逸らしていた卑怯者の僕が吐いた世迷言だ」

 

「………」

 

「だけどどうだ!人は変われなかったッ!君が死んだと聞かされてもッ!君の善意に溢れた行為を聞いてもッ!人はッ!アイツらは変わらなかったッ…!君の家族でさえもッ!君の死を笑った…誰も比企谷八幡を受け入れていなかった…どうしてなんだ…どうして比企谷、君は誰にも理解されないんだ…!」

 

それは、本来比企谷八幡が思って、叫ぶべき内容だった。それを聞いたハチマン以外の面子は信じられないという顔で彼を見るが彼の表情は見えなかった。

 

それを聞き、見ているのは彼ら彼女らだけでなく、バベルにいる一部の神々、そしてロキ・ファミリアの幹部陣達だった。

 

「肌に合わなかった…ただそれだけだ」

 

「え……?」

 

「アレルギーみたいな物だったんだろう」

 

「…………」

 

「それにな、葉山、俺はそんなの気にしちゃいない。あそこに本物は無かった…ただそれだけだ。それに俺がイラつくのはそこじゃない」

 

「何…?」

 

「お前がここにいるのが問題なんだ、俺が折角お前からの依頼を受け入れて、身をてーしてお前の大好きな環境を守ってやったのに…脆弱?巨悪?巫山戯るな、お前はその選択をして、俺の屍を踏み越えたのに…何勝手に諦めてんだよ。アレは、どんなに悪しきものでも、お前が保ち続けることに価値があったのに…お前への一生物の足枷だったのに…」

 

「つまり…僕がそれを引き摺る事が君にとっての…」

 

「そう、俺にとっての復讐だった。それを諦められちゃ死んだ意味ないだろ?」

 

大袈裟に手を広げ話すハチマン。自分が死んだからこそ意味があったものを無駄に終わらされた。そこに彼は怒っているのだ。

 

「ま、こうしてお前が来たのも…乙女座の俺の運なんだろう。ここでお前をぶちのめす…今までの恨み辛み嫉み妬み…そして慈しみを持って…な?」

 

「ハハハハ…比企谷、変わったね」

 

「そうか?そうかも…しれんな」

 

オラリオに来てからの事を思い出すハチマンを他所に、葉山隼人の心臓辺りから銀色の塵が湧いてくる。塵は葉山の体を見えなくなる程包み、球体になると、一気にそれが凝縮され、鎧へと変化する。

 

「暑苦しくないのか?それ(仮面)

 

「学校のと比べたら、マシだね」

 

「ダセーデザインだな、リデザインしてやるよ…」

 

フォースエッジを取り出し、切っ先を向ける。対する葉山は自分の等身大サイズの大剣を肩に担ぐ。

 

「比企谷ァァァァァ!!!」

「葉山ァァァァァァ!!!」

 

ガキィィィィン!!!

 

激しい衝撃波が辺りに走る。

 

白い葉山隼人と黒いハチマン・ヒキガヤ。両極端に位置する彼等が初めて感情を表に出し、お互いの思う所を吐き出したのは戦場だった。

 

ハチマン・ヒキガヤVSネオ・アンジェロ

 

「お前をッ!!!!」

「君をッ!!!!」

 

「「負かすッッ!!!」」

 

譲れない男達がぶつかり合った。

 

 




いかがでしたか?
思う所があったらコメントしてくださると嬉しいです。

アンケートなんですけど、皆さんアイズが好きなんですね〜。


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#32 目覚め+‪α

久々の+‪α、そんなに大切な事は書いてないので読み飛ばしても構いません。


「なんだ、これ…」

 

ヴェルフはただ呟く事しかできなかった。

 

「ガアアアアァァァッ!!!」

「ウ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!」

 

「こんなのって…」

 

リリルカが驚愕の表情で彼等の戦いを見ていた。

 

「これは…決闘と言えるのでしょうか…」

 

「いいえ、これは殺し合いに分類されます…」

 

血が飛び散る。鎧の欠片が宙を舞う。何度目かの鍔迫り合いが起こり、2人の間に火花が激しく散っている。お互い一歩も引かず、その刃が体に、鎧に食い込む。

 

「葉山ァァァァァ…!!!」

「比企谷ァァァ…!!!」

 

「「うおおおおおおおおおおおお!!」」

 

そしてお互いに刃を引き、肩から反対の脇腹にかけて大きな刀傷を作った。

 

「「「「なっ…!?」」」」

 

ブシャアアアアアアアァ…

 

先に崩れたのはネオだ。両膝が着いた所にハチマンが頭を掴む。腕に魔腕を纏うように重ね、思い切り殴ろうと振りかぶるが再起動したネオに掴んでいる腕を掴まれ捻られることで体制を崩してしまう。

 

「まずいっ!」

 

それを見ていたヴェルフが叫ぶが時既に遅く、体制を崩したハチマンの腹をネオが思いっきり蹴りあげるとハチマンは血を撒き散らしながら天高く登っていった。

 

「うおおおおおおおお!!!」

 

ハチマンの体は小さな点になるまで登っていった。ネオはそれを見届けると一息着いてヴェルフ達に向き直った。

 

「今度は俺達をやろうって訳か…」

 

一同がネオ・アンジェロに警戒するが、今度はベルの方に向き直った。

 

「がああああああああああぁぁぁッッ!!!」

 

ベルの拳がヒュアキントスに刺さり、丁度戦闘は終わったようだ。ベルは一息付き、一同の元へ向かう。ネオと目が合い、ベルが緊張をするが、ネオはベルがちゃんと一同に混ざるのを待っていた。

 

「一つ…いいかい?」

 

「「「「「!!」」」」」

 

ネオ、いや、葉山が口を開いた。

 

「君たちにとって比企谷八幡…いや、ハチマン・ヒキガヤとは?」

 

兜を外し、真剣な眼差しで問いかけた。

 

「家族です」

ベルが

「相棒だ」

ヴェルフが

「兄のような人です」

リリルカが

「恩人であり、尊敬に値する人です」

命が

「かけがいのない友」

リューが

 

それぞれが応えた。それを聞いた葉山は一瞬きょとんとした後、少しだけ、ほんの少しだけ微笑んだ。誰にも分からない位だ。

 

「だってさ、比企谷…聞こえるかい?」

 

葉山隼人は、涙が出る程蒼い空を見つめた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

およそ上空15kmハチマン・ヒキガヤは空にいた。その目線の先には雲もなく、誰もが見たら感嘆しそうな程絶景だった。

 

「綺麗…だな…」

 

………のか?

 

「体に力が入らないな…」

 

…め…のか?

 

「これが死ぬってやつか…」

 

…めるのか?

 

「短い人生だった…」

 

もう諦めるのか?

 

「もうどうでもよくなってきた…」

 

諦めるのか!?

 

「ッ!…違うッ!!!

 

そうだッ!

 

「まだだ!まだ終わっちゃいない!」

 

全身に力が戻る。体制を変え、空ではなく地に目を下ろす。ちっぽけだが、皆と葉山が目に見える気がする。

 

「まだッ!約束も果たしちゃいないッ!()()()()も言っちゃいないッ!!高みにも差し掛かってない!!!まだッ…ちゃんと生きてないッ…」

 

よく言った!!

 

「おい!聞こえるか!?」

 

勿論ッ!

 

「俺に力をくれッ!もう情けなく負けないような力をッ!守りたい奴らが…家族が…俺を待ってるんだ!だからどうか…守る力をくれ…」

 

だったら手を伸ばせ!!

 

目の前に見覚えのある扉が現れる。少しだけ開いた扉だ。幻覚なのかもしれない…それでも俺は手を伸ばした。扉の隙間に手を突っ込み、もう片方の手で扉をこじ開けようと力むと、少し開いた扉は体の3分の1はねじ込めるほどの隙間になった。ふと手に何かが当たり、我武者羅にそれを掴む。

 

勝機を零すなッ!掴み取れッ!!

 

「ぬううううううあああああああああああああああああああああああああああああああああああァァァァァッ!!」

 

全身全霊で引き抜く…その瞬間、俺は紫炎になった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「空の色が…」

 

「変わった!?」

 

命とリューが声を上げる。丁度直上の空が紫になったからだ。ベルとヴェルフとリリルカはまるで待っていたかのように空を笑いながら見ていた。

 

「………」

 

それを黙って見ている葉山の前10mに紫の隕石とも取れる塊が堕ちた。激しい衝撃と共に爆炎が広がる。

 

「そんなデタラメ…有り得たのか」

 

眩しさにより、閉じていた目を開いた頃には辺りは紫の炎が燃え移り、地獄のような光景に風変わりした。より一層燃えている所に影が見える。影は右手を振るい、炎を払った。

 

「待ちくたびれたよ…比企谷」

 

そこには比企谷八幡が立っていた。髪は銀色に染まりきり、目は微かに赤くなったが、確かに比企谷八幡だ。その体には紫のオーラが纏われ、そのオーラは人型にしては異形で、モンスターにしては人と似た形、上手く形容するなら悪魔のような形をしていた。オーラは彼に一拍子遅れるようにユラユラと動いている。

 

「さあ、第2ラウンドと洒落込むか」

 

「あぁ」

 

ネオ・アンジェロが剣を構えると手ぶらの八幡は右手をすっと横に出した。

 

「来い…リベリオン」

 

右手に炎が集まり、炎が晴れると銀一色の大剣が現れた。鍔に当たる部分の中央に二本の角が生え、口の開いた髑髏の彫刻、その反対側には口の閉じた顔が彫刻されている。それを持ち上げ、切っ先をネオに向ける。すると同じく剣を持ったオーラ状の魔人も同じポーズをとる。

 

ダッ!!

 

お互いが一斉に飛び出し、剣を振りかぶる。そしてお互いの剣がぶつかり合うが、その数コンマ後にネオは吹き飛んだ。ハチマンの魔人が遅れて攻撃したからだ。

 

「チィッ!!」

 

体制を立て直すが既にハチマンは接近しており、目が合う頃にはハチマンの拳が目の前に迫っていた。

 

「無駄ァ!!」

 

とんでもなく強い拳が腹に刺さり、再び吹き飛び、壁に衝突する。揺れる視界の中、ネオの眼前にハチマンが猛スピードで突進し、リベリオンで無数の突きを繰り出した。

 

「うおあああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

ガギャギャギャギャギャギャギャギャ!!

 

しかし、その剣先は葉山の体に刺さることは無く、鎧のみに当たっていた。無数の突き故、鎧に亀裂が入る。それでもハチマンは手を止めずに絶えず技を繰り出している。

 

とうとうその亀裂が全身に入った頃、思いっきりハチマンが振りかぶる。後ろの魔人も相まってとんでもないプレッシャーだ。

 

「これで…終いだァァァ!!!」

 

その一撃は鎧を砕け散らせ、葉山隼人の体を瓦礫の更に向こう側へ吹き飛ばせた。丁度魔力も切れたのか魔人は消え去りハチマンは地面に膝をつけてぐったりしている。そこに仲間達が駆け寄ってくる。

 

「「ハチマン(様)(殿)(さん)!!」」

 

「大丈夫…?」

 

ベルがしゃがみ、ハチマンの顔を覗き込む。するとみるみるハチマンの容姿は元に戻り、彼の目がうっすらと開かれる。

 

「少し、いいか?」

 

「うん!」

 

ハチマンの手を取り、彼を立たせる。ベルやヴェルフの肩を借り、葉山の元へヨロヨロと歩いていく。

 

「おい、平気か…?」

 

「うっ…うぅっ…」

 

彼に切られた切り口から白い物体がこぼれ落ちる。

 

「お前っ…これは…」

 

ハチマンが拾い上げる。それはつい2,3ヶ月前まで嫌という程見ていたものだ。そう、奉仕部の部室(仮)があった事を示すルームプレートだ。シールが貼ってあり、何度も貼り直されたのか角度が少し変わっている。

 

「君が…持つに値する物だ…君は守ってみせたんだよ…俺のグループも…奉仕部も…千葉でさえも…」

 

「……」

 

「グループに関しては…僕が無駄にしたんだけどね」

 

葉山に腕を捕まれる。苦しそうな表情をしているが笑っている。目じりには小さい小さい涙が見える。

 

「ありがとう…葉山…今は休め、怪我治ったら顔見せに来いよ。そん時に、沢山話そう…今までできなかった分も…な」

 

「ははっ…君から誘ってくるなんて…嬉 しい…な」

 

パタンと力なく倒れた葉山…彼は倒れても笑っていた。ハチマンは立ち上がり、葉山を見ている。

 

「ハチマン…この人は?」

 

ベルが静かに尋ねる。周りの面子もそれを知りたそうにハチマンを見ている。少しも悩むことなくハチマンはため息を一つ吐いて答えた。

 

「俺の、友達だ」

 

キョトンとしている皆を他所にハチマンはその場を立ち去る。暫く歩いて立ち止まり、振り返る。

 

「帰ろうぜ?俺達の(ホーム)に」

 

「…ッ…うん!!」

 

そして皆で歩み出す。己の帰るべき場所へと。

 

「!!」

 

仲間たちと歩いてる中、ハチマンは嫌な視線を感じた。フレイヤみたいな目線ではなく、もっとこう、おぞましく、ドロドロとして、恨みの籠った視線だ。

 

「ハチマン?」

 

「なんでもない、さ、行くぞ」

 

視線を辿ると少し離れた所に森があった。

 

余談だが、俺と葉山の戦いは放送されなかったらしい。神様曰く少年少女や他の冒険者に悪影響を及ぼす内容だった為、バベルだけで限定公開されてたらしい。

 

別に見られたい訳でもなかったが、解せん。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ー【バベル】ー

 

葉山と八幡の戦いを見届けたヘスティアは心底嬉しそうに微笑む。最初は目つきの悪い少年だと思っていたけど、彼の心の優しさに触れ、彼が眷属になってくれた事を本当に喜んでいるのだ。

 

しかし今は喜びを噛み締める時ではない。隣でガタガタと震えているアポロンに向き直る。

 

「ヘッ…ヘスティア…」

 

「アーポーローン…!」

 

「ヒェッ…」

 

「覚悟はできているだろうなぁ?」

 

地獄の底から響くような低い声に、アポロンは盛大な尻もちをつく。

ベルやハチマンを虐げられ、ホームを破壊され、町中を追い回されて、ことごとく見下され。果てしない鬱憤が爆発寸前と化している女神を前に、アポロンはガタガタと震え上がり、はらはらと涙をこぼしていく。

 

「勝った暁には、要求を何でも呑むと約束したよなぁ?」

 

「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタ…」

 

「ホームを含めた全財産は全て没収、【ファミリア】も解散ーそして主神である君は永久追放、二度とオラリオの地を踏むなァーーーーーッ!!」

 

「ひぎゃあああああああああああああっっ!!」

 

都市を震わせる絶叫が響く。ハチマン達の知らない所で、また因縁の争いが幕を下ろした。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

戦争遊戯が終わり、早2日。俺達は巨大な屋敷が建つ、広い庭の中に立っていた。

 

「じゃーん!どーだ、これが今日からボク達のホームだ!」

 

『おお〜〜っ』

 

見上げるほどの、三階建ての大きな邸宅だった。神様が言うには中庭と回廊までも備わっているらしい。敷地には背の高い鉄柵に囲まれており、花や庭木が植えられた広い前庭も備わっている。

 

「しかし、本当に【アポロン・ファミリア】のホームを乗っ取ってしまいましたねぇ…」

 

「ふん、ボク達は理不尽にホームを潰されたんだ、文句は言わせないぞ!」

 

屋敷を見上げるリリルカの言葉に、ヘスティアは堂々と言ってのける。

 

「賠償金もたっぷりある、趣味の悪い彫像やらの撤去を含めて屋敷全体は改装しよう!何か要望があったら言ってくれ!」

 

「へ、ヘスティア様!どうかお風呂の導入を!」

 

「ヘスティア様ー!作業用の炉を造ってくれー!」

 

「まあまあ、落ち着きたまえ、胸を張って【ファミリア】を名乗れるようになったんだ!先にエンブレムを決めようじゃないか!」

 

予め用意していたのかごそごそと画材と画板を取り出して絵を書き始める。彼女を中心として羊皮紙を覗き込む俺達は家族のように身を寄せあった。

 

「へっへーん!ずっと前から考えていたんだ!」

 

「じゃん!」と完成した羊皮紙を見せつける。

 

「これは…炎と」

 

「なるほど。ヘスティア様の象徴は護り火なのですね」

 

「鐘…ベルか」

 

「そんなことはどうでもいいんですっ、このエンブレム、要はヘスティア様とベル様ということではないですか!」

 

「いいだろー。この【ファミリア】はボクとベル君が始めたんだから」

 

やがて俺とベルに羊皮紙が渡る。

 

「ハチマン…どう?」

 

「最高だ…左肩に刺繍を入れたくなってきた」

 

既にオオアマナが入っている右肩の逆には何もなかった為、寂しいと感じていた所だったからだ。

 

「さぁ、君達。今日が本当の意味でボク達の【ファミリア】の門出だ。おかえり…」

 

『ただいま!』

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ーepisode of Spadaー

 

魔界が管理する地上に神が不祥事を起こした。一時的に世界(地上だけだが)の時が止まり、天体の運行も止まった。相も変わらず杜撰な管理体制に痺れを切らしたのかムンドゥスが俺に天界に赴き事情聴取をするよう命令した。ついでに敵情視察も。

 

「よう、スパーダちゃん!まーたムンドゥス様から雑用押し付けられたのか?相変わらず下っ端根性が抜けないnあああ!!!」

 

近くを飛んでた羽虫(グリフォン)を叩き落とし、首根っこを掴む。

サイズはあるがなんて事はない。

 

「五月蝿いぞ、鳥頭…」

 

ポンと投げると勢いでどこまでも飛んでいく。多少は懲りて暫くは絡んでこないだろう。

 

「行くのか?スパーダさん」

 

デカい蜘蛛の形をした魔物、ファントムが近付いてくる。こいつの事は余り好きではない。ムンドゥスにも俺にもヘコヘコしてて媚びてるようで好感が持てない。

 

「あぁ、ちょっと天界まで」

 

「お気を付けて…」

 

低い頭を更に下げるのを横目で流しつつ、翼を広げて上昇する。暫く昇ったと思ったら閻魔刀を出して頭上に向けて大きく一閃を放つ。次元は裂け、空間に大きく穴が空いたらそこに飛び込む。

 

一瞬で地上まで出る。相変わらず青い空をしている地上。こんな所で生活できている人間に嫉妬に近いものを感じる。しかしだからといって襲撃するのも悪魔げないので再び空に昇る。

 

2度目の次元斬で天界に到達する。そこは魔界とは全く違く、地面が雲のような物で構成されていた。空には青が広がっており、またもや嫉妬を抱く。

 

「出迎えは…ないか」

 

組織として本当にやっていけるのか、と不安に駆られるが他人、しかも神なんて心配する道理がない為、ボスがいそうな場所に向かう。余り騒がれても癪だから人間体になって宛もなく歩く。この姿嫌いなんだよな…。

 

(誰かに聞くか…)

 

キョロキョロと周りを見渡すと(神殿)が一件目に付いた。カーテンを閉じているが光が盛れているため在宅しているのだろう。

 

コンコン…

 

「………」

 

返事がない…聞こえなかったか?

 

トントン…

 

「…………………」

 

返事がない…集中しているのか?

 

ドンドン…

 

「すみませーん」

 

「…………………………」

 

返事がない…居留守か?

 

プチッ…

 

流石に温厚で知られたスパーダさんもキレるぞ?わざわざ来てやったのに居留守こくたぁ戦争の火蓋スパスパ切ってる事と同意義だぞ?

 

「殺す…」

 

「だーーー!婚約はしないって!!何度言ったら分かるんだい!?しつこい神はモテないぞ!!」

 

バン!!と強引にドアが開く。目の前には髪はボサボサで寝巻きも着崩している女神が呆れた表情で立っていた。

 

「って…あれ?」

 

その女は俺の姿を見るや否や汗をダラダラと流す。

 

「誰が貴様に婚約なぞすると思っているんだ?」

 

「あ、悪魔ッ!?」

 

「居留守使うなんていい度胸してるじゃねぇか?」

 

スパーダを取り出し、首元に当てる。

 

「ヒェッ…」

 

「まあいい、ここで一番偉い奴の所に案内しろ」

 

「は、はぃ…」

 

彼女に先導される形でゆったりと歩いていく。

 

「どうして、居留守を使った?」

 

「ここ最近婚約を迫ってくる男達が多くて…今回もその類なのかなぁって思いまして…」

 

「…………」

 

婚約か…俺も闇に生まれて………数えてねぇや。このまま独身であり続けるのだろうか…手っ取り早く女悪魔でも捕まえて結婚すれば仕事も無くなるのだろうか…。いやいや、どうせムンドゥスに人質に取られるだけだろう。

 

「どうか…したのかい?」

 

「ここは…活気が無いな…」

 

「みんな、仕事をしないんだ。娯楽を貪って…人間達をこれっぽっちも導こうとしない…堕落しきってるよ」

 

「お前もな」

 

「うっ…」

 

そんなこんなで女神…名をヘスティアに暫く案内されるとデカい神殿にたどり着いた。

 

「ここのゼウスって神様が最高神だよ」

 

「案内…ありがとう」

 

するとヘスティアはキョトンとこっちを見ている。

 

「なにか?」

 

「い、いやっ、感謝できるんだなぁって…」

 

「悪魔とて礼節は弁える」

 

呆れながら神殿の中に入っていく。奥からワイワイと騒ぎが聞こえるが慌てることもなくその音源に向かっていく。

 

「まてまて〜〜い!」

 

「キャー!ゼウス様のエ〇チー!!」

 

「むほほほ!つーかまーえた!」

 

そこには色ボケた爺が女神を追っかけ回していた。カオス…とまではいかないが頭が痛くなるような光景だ。

 

「おい」

 

すると動きを見ピタリと止めた爺はグギギギと首を回し、こっちを見た。さっきのヘスティア並に汗を流している。

 

「なんだ、悪魔か…Foooo!焦ったー!ヘラだったら殺されてたわい!ガハハハハ!!」

 

「ムンドゥスの遣いで来たスパーダだ。世界の時と星々の運行が止まってたのでな…事情聴取に来た」

 

「あ〜〜…あれね?はいはい、浮気相手の子供が余りにも可愛くてな?衝撃で止まったのじゃ」

 

衝撃で時と天体止めるなんて…流石全知全能…。

 

「浮気って…仮にも神だろ…」

 

「お主は悪魔にしては誠実そうではないか?ん?」

 

「安心しろ、俺にだって愛人の20や50はいる」

 

「わほほ、やっぱりそうじゃろう?」

 

「あぁ、剣も女も人生さえも思い立った時こそ至宝なのだから…」

 

「あっ!いい台詞!もーらい!」

 

「………」

 

随分とマイペースな最高神だな、ペースが乱される。ていうかこんなに喋ったのは始めてだ。

 

「ま、他にも色々と聞きたいこともあるからここ(天界)に滞在させてもらおう、別にいいよな?」

 

「いいよいいよー」

 

ゼウスに背を向けて神殿を去る。すると出口の柱にヘスティアが寄りかかっていた。退屈そうに石ころをコロコロと足で弄りながら。

 

「あっ!やーっと終わったんだね!」

 

とてとてと駆け寄ってくるヘスティア。そのグイグイくる性格をした奴は魔界にはいない為、少し新鮮だ。

 

「何の用だ」

 

「スパーダ君…だっけ?ここに暫くいるんでしょ?すると泊まる所に困る訳だからボクの神殿に来るといいよ!」

 

胸に手を当てプルんと揺らす。

 

「要件は?」

 

「魔界とか、君にとっての人を教えて欲しいなーって」

 

まあ、機密情報とか洩らす訳でもないし、厚意に甘えるか。

 

「分かった。世話になる」

 

「いやったぁ!」

 

そんなこんなで彼女の神殿に入ると、それは沢山の書物があった。読んでいいか?と聞くと話しながらでいいなら、と快諾してくれた。

 

「それじゃあスパーダ君?1つ目の質問だ。好きな食べ物は?」

 

「人肉、動物の肉もいいが、今の所人がいちばん美味い。筋肉が多いのが俺的には好みだ」

 

「そ、そうかい…2つ目の質問、んー、趣味とかは?」

 

「特には無いが…鍛練…人間観察…仕事…どれも違うな…強いて言うなら音楽?」

 

「音楽?悪魔も音楽を嗜むのかい?」

 

「今の所俺しかやってない…人間の奏でる音はどれも素晴らしいものだからな、俺も勉強してるところだ」

 

「へ〜、後で聞かせてくれないかい?」

 

「……いつかな」

 

そして俺の隣に読破された本が2000冊位積まれた時だ。

 

「じゃあ最後に、君にとっての人間は?」

 

ページを捲る手が止まる。

 

「格好のいいエサ…なんて胸を張って言いたいがきっと嘘になってしまう。今でこそ俺の所の派閥が人間界を支配しているが、もし何かしらのきっかけで人が自由になったらどうなるか…好奇心を擽られる」

 

「君は悪魔なのに、人が好きなんだね」

 

ハッとヘスティアを見ると彼女は真っ直ぐ優しい目で俺を見ていた。別に心が動かされたわけではないが、核心を突かれたようでギクッとする。

 

「んなわけないだろ、愚かな人間を好きになるなんて有り得ない。争ってばかりで、俺達悪魔が導いてやらねーと何もできやしない鈍弱な生き物なんだから」

 

「でも、そんな生き物を見放さないのが君だ」

 

「………」

 

「君には良心があるよ」

 

「俺に…叛逆しろというのか?」

 

「そ、そんな事ないよ」

 

ギロリと睨むと慌てて否定する。

 

「今日は色々と質問に答えてくれてありがとう。明日はボクの神友に紹介してあげるよ!」

 

いや、いいと言おうとしたが敵情を知れるのだ。本を読みたい欲は抑えて承諾する。

 

「今から寝るけど、襲わないでくれよ?これでも処女神なんだからね」

 

「鉛玉が欲しいなら言えよ」

 

「ジャストキディーン…」

 

そこらの床に伏す。はぁ、こんなのがずっと続くと考えると頭が痛くなる。叛逆…か。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ー時は過ぎ…

 

ー【ヘスティア・ファミリア】ー

 

ヘスティア・ファミリアの一室に買い込んだ大量の古本を置いている図書館がある。そこで本を読んでいる一人の青年、ハチマン・ヒキガヤがいる。

 

「あれ?ハチマン君?」

 

「神様…どうしたんですか?」

 

「いや、皆出掛けちゃってね、退屈してたんだよ」

 

椅子に腰かける彼の対面にヘスティアも座り、頬杖を付いてベルとリリルカが最近イチャコラしてないか…とかクソほどどうでもいい話を聞かされる。

 

「ねえ、ハチマン君」

 

「はい?」

 

「ハチマン君は…人をどう思う?」

 

ハチマンのページを捲る手が止まる。ヘスティアをチラリと見ると真剣そうに彼を見つめる。

 

「嫌いですよ…争ってばかりで、全く学習しない」

 

「………」

 

「でも、本とか音楽とか…こういうのは飽きさせてくれないから五分五分って所ですかね」

 

「そうかい…」

 

「ええ」

 

ヘスティアは満足そうに微笑むと窓から外を眺めた。

 

「君は似ているね」

 

そしてハチマンのページを捲る音が室内に響いた。




如何でしたか?八幡と葉山の決着が着いて良かったです。

感想や高評価をつけて頂くと作者は逆立ちをして喜びます。

そして次回!『病んだオラリオにボッチを添えるのは間違っている』乞うご期待ください!


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番外編 病んだオラリオにボッチを添えるのは間違っている

アンケートに回答してくださった皆々様、ありがとうございました。

少し短いですけど、ヤンデレ回です。

ダメだ、俺にゃヤンデレも恋愛描写も書けない。

一応キャラ崩壊注意です。




窓から漏れた光で目が覚める。目を開けると新しい自室の天井とはまた違う天井が見える。両手の自由が効かないのは縛られているからだろう。

 

()()()()()()

 

「あ、やっと起きた…」

 

声のした方に首をグギギギと動かすと、寝てる俺を()()拉致した犯人、アイズ・ヴァレンシュタインが近くの椅子に座ってこちらを眺めていた。

 

「アイズさん…どうしてまた」

 

ハッと己のヘマに気付くが遅い、またやらかしてしまった。慌てて訂正しようとするがアイズさんはワナワナと震えている。

 

ギリリリ…

 

「いっつ!」

 

手首を縛る縄をきつく締められる。

 

「何度言ったら分かるの?私の事はアイズって呼んで?」

 

「でも…」

 

「でもじゃない、私は君に呼んで欲しいの…アイズって…」

 

寝ている俺の上に跨り、顔を近づける。こんな美少女に接近してもらうのは嬉しいが今は、というかこれからも恐怖が勝つ。なんとかして逃げねば。

 

「あ、あ、アイズ…?」

 

「ふふふ、なぁに?」

 

心底嬉しそうに笑う。その目は完全にハイライトが消失していた。有給取ってないで働いてくださいお願いします。

 

「お腹空いたからご、ご飯が欲しいな、君の作りたてのご飯が…」

 

我ながら虫酸の走るセリフだ。こんなセリフもう二度と言う機会なんてないんだろうな。

 

「うん、分かった。スタミナ料理をた〜っぷり作るから待っててね。その後は私達2人で…ふふふ」

 

ま、不味い!!早急に逃げないと17年間守ってきた貞操を消失してしまう!今はポーカーフェイスで取り繕い、やり過ごさなくては。

 

「美味しいの造るから…我慢しててね?ダ ー リ ン 」

 

奥に引っ込んでいき、足音が遠のいたのを確認したら幻影剣を出現させ静かに手の縄を斬る。窓を開けてクイックシルバーを発動させ音もなくアイズの隠れ家を去る。離れた路地裏に身を潜めてボディーチェックをする。ルーチェ、ある。オンブラ、ある。ネックレス、ある。手袋、コートのポケットに入っている。

 

「危なかったー…」

 

壁にもたれかかりズルズルと座り込む。アイズが豹変したのは1週間前からだ。最初は行くところに現れて奇遇だなぁって思ってたら気が付けば監視されてて…それから段々エスカレートして…拉致されるまで至るようになった。

 

「帰るか…」

 

部屋の鍵、また壊されてるだろうからベルに匿って貰おうかな。いや、いっそ葉山に…。

 

そう思いながら路地を出るがすぐさま引っ込む。ヤバい人第2号がいた。逆の道を行こうとするが、謎の手に肩を掴まれる。あ、もうオワタ。

 

「何処に行こうとするんですか? あな…ハチマンさん」

 

「リューさん…」

 

あな?

 

「今日はお部屋にいらっしゃなかったので心配しました。今まで何処にいたんですか?」

 

「いや、アイズに拉致られてしまって「大丈夫でしたか!?」ヒェッ…だ、大丈夫…です」

 

「剣姫に何かされませんでしたか!?手は!?目は!?皮膚には!?触れられませんでしたか!?スンスン…この匂い…あの女、ハチマンさんに触れた…!!」

 

「いやホント平気なんで帰って寝れれば大丈夫です、それじゃあごきげんよう!!」

 

「待ってください」

 

再び肩を掴まれる。今度はとんでもない力が込められている。痛い痛い痛い、ハイライトさんも仕事して。

 

「ハチマンさんもハチマンさんです。どうしてあの女が来るのを想定して部屋に鍵を掛けるなり対策をしなかったんですか?どうして彼女を拒絶しなかったんですか?」

 

「鍵しても壊されるんですよ…」

 

それに拒絶しようものなら殺されかねん。

 

「ああ言えばこう言う、そんな五月蝿い口は塞いでしまいましょうか。ハチマンさん、私と一緒に来ましょう。大丈夫です、【豊饒の女主人】の地下にいるだけでいいんです。3食ちゃんと美味しいご飯を出しますし、食後の運動(意味深)もお風呂もありますから…ふふふふふふ」

 

そう、このリューさん。一時間でも俺を目に入れてないとヒステリックを起こしてしまうらしい(シルさん談)。毎日5枚にも及ぶ手紙を出してくるし、3食全部【豊饒の女主人】で食べないと次の日の手紙が倍になる。つい2日食べなかったら箱一杯の手紙を送ってきた。

 

「黙って聞いていれば随分な言いようね」

 

闇から現れたのはやはりハイライトさんが仕事を放棄しているヤバい人第3号、ヘファイストスさんがやって来た。

 

黙って聞いていればの部分に違和感を覚え、身体中をまさぐると見たことも無いビー玉の様なものが出てきた。きっとGPSか盗聴器の類だろう。てかこんなマジックアイテムあるんだ。

 

「女神ヘファイストス、()()ハチマンさんに何か用ですか?」

 

「あら?聞き違えたかしら、ハチマンは私の夫よ?貴方みたいなウェイトレス風情が釣り合うとでも?」

 

「ヘファイストスさん…」

 

それは少し言い過ぎなんじゃ…

 

「大丈夫よ、ハチマン。貴方のことは24時間365日ちゃんと見守ってあげられるのだから、安心して私と添い遂げましょう?」

 

「そんな羨まッ…けしからない事、神が許しても私が許しませんッ!」

 

「ふーーん!私達は既に夫婦なのよ!青二才が口出すんじゃないわよ!」※ヘファイストスの妄想です

 

2人でいがみ合っているのをいい事にクイックシルバーを発動させ、命からがらその場を後にする。え?リューさんの時にやってればよかった?いやね、パッと消えたらより厳重に監視、管理されるでしょ?そうしたら俺の貞操、命諸々が危うくなる訳よ。

 

「ぜえ…ぜえ…」

 

やっとの思いでホームにたどり着き、玄関を開ける。

 

「たでーまー…」

 

シーーーーーン

 

おかしい、いつもなら誰かが反応してくれるはずなのに…。嫌な予感がする。リビング、図書館、キッチン、談話室、ベルの部屋、ヴェルフの工房、女性陣の部屋…は見れない。

 

「お誰も…いない?」

 

ダ ぁ リ ん ♡

 

バッ!と振り返るとそこにはアイズがいた。右手に包丁を持って…。まさか、SchoolDays的なアレになるのか?誠になるのか!?

 

「ダメじゃない…朝ご飯も食べないで出掛けちゃうなんて…折角作ったじゃが丸くんが冷めちゃったじゃない…」

 

「アッ………」

 

ぺたんと尻もちをつく。ジリジリとアイズは近付いてくる。よく見れば左手にじゃが丸くんを持っている。

 

「ねぇ、ダーリン、食べてくれる?私が入ったじゃが丸くん」

 

口の前に持ってくるじゃが丸くん。抵抗虚しく口にじゃが丸くんを突っ込まれる。口に広がるのは俺のよく知ってるじゃが丸くんの味とは程遠く、鉄分が口に広がり、何やら妙な薬でも入れたんだろうか変な味もする。

 

「美味しい?ねぇ、ダーリン、美味しい?」

 

なんとか世辞を言おうとするが意識が朦朧とする。即効性の睡眠薬だったんだろう。

 

「今度は逃げられない所に行こう…ね?」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━

━━━━━━━

 

「!!!」

 

ガバっと起き上がる。そこにはいつも見慣れてる壁、天井があった。寝汗が酷かった為、シャツがぐっしょりだ。周りの皆に迷惑をかけないように静かに部屋を出てシャワーを浴びる。

 

「ふー、朝の冷た目シャワーは気持ちいいなー」

 

体と頭を拭き、リビングで一息つく。コーヒーを啜りながら部屋をボーッと眺める。郵便受けにあった手紙を見る。リューさんとヘファイストスさんからの手紙だ。まぁ、内容は同じだろう。

 

AM:06:30

 

「そろそろ、かな」

 

キッチンに立ちエプロンを着け、朝ご飯の支度を始める。慣れた手つきで調理を進めていく。完成が間近になってきた頃、パタパタと慌ただしい足音が聞こえる。

 

「おはよーございます!」

 

「おう、おはよう」

 

「おはよー…」

 

「おう、2人共顔洗って来い」

 

「うん…ふわ〜〜ぁ」

「はい!」

 

テーブルに朝ご飯を並べ追える頃には全員揃い、皆揃って食卓に着く。合図を今か今かと待っている。

 

「いただきます」

 

「「「いただきまーす」」」

 

一斉にご飯を食べ始める。

 

「うん!美味しいよ!パパ!」

 

「そうか、良かった」

 

「相変わらずパパのご飯は美味しい」

 

「よく噛むんだぞ」

 

娘2人から賞賛の声を聞き、上機嫌になる。これが毎日の励みだ。

 

「どうだ?今日はお前の好きな品にしてみたんだが」

 

「うん、美味しいよ、ダーリン」

 

愛妻のアイズからも褒められる。

夢にまで見た幸せな家庭だ。

 

「ダーリン、今晩も…どう?」

 

「ちょっ、子供達の前だぞ」

 

「パパもママもなんの話してるのー?」

 

「いや、あの、そのぉ…プ、プロレスだ!そう、プロレス。格闘技の一種だ、ほら、母さんも父さんも元冒険者だったから」

 

「ふーーーん」

 

なんとかその場を凌ぐ。全く、アイズはデリカシーが少し欠けてるからな。夜の誘いなんて子供達の前で平気でしてくるからな。気を付けないと。

 

「「「「ご馳走様でした」」」」

 

食器も片付け、子供達は外で遊びに行く。我が子ながら元気ハツラツだなぁ。窓の外で追いかけっこしてるのを眺めているとアイズが後ろから抱きしめてきた。

 

「どうした?」

 

「今、幸せなの」

 

「そうか…俺もだ」

 

「ねぇダーリン」

 

「ん?」

 

「もう、逃 げ ち ゃ ダ メ だ よ ?」

 

「逃げるわけないだろ」

 

だって今、物凄く幸せなのだから。

 




もう、ダメだ。


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2.5章 魔境都市 千葉 編
2.5章 #1 Take off for Chiba


ちょっと長めの番外編です。




 

「なんかクエストねーかなぁ」

 

ギルドのクエストボードにて俺は仕事を探していた。いつもなら「働いたら負けだと思っている」と、豪語しているが、今回は事情が違う。

 

(パフェが食いてぇ!!)

 

そう、コードの新調、制服(偽)の制作費、諸々で手持ちの金が底を着いたのだ。まだ戦争遊戯が終わって4日というのに、悲しい事だなぁ。

 

「ん?」

 

クエストボードの端っこにある羊皮紙が目に留まる。随分と汚い字だが読めないことも無い。なになに?

 

【マキャキャ遺跡の調査求む!!】

 

ふざけた名前の遺跡だ。調査だけなら楽だろうか、報酬も悪くない。ん?はじーっこにちーーっさな字が書いてある。

 

「chiba?ち・ば?千葉!?」

 

つい大声を出してしまい周りの冒険者達に見られる。恥ずかしい事をした。これは…キニナル…。受けるだけ受けて危険そうだったら途中棄権すればいいか?

 

「やるだけやってみるか」

 

エイナさんにその趣旨の報告をしようとすると多数の人影に囲まれた。こ、これは!!

 

「ヒッキガッヤくーーん!僕のファミリアに入らないかい!!??」

 

「バカヤローー!はっきゅんは俺のファミリアに入んだよーー!ねっ!?」

 

「お、おでの…ファミリアに入ると…楽しい…よ?デュフ」

 

So 神だ。戦争遊戯での経験を得て、俺とベルはレベルアップした。今回は根回しをしてなかった為、神々の目にかかり、執拗い勧誘を受けていた。

 

「い、いやっ、俺はっ…」

 

人の波に飲まれ、溺れていると…。

 

「きーみーたーちー?」

 

声がした。奇跡を殺す歌を歌いそうな声が。

 

「やっべ!」

 

「ヘスティアだ!」

 

「にげろーーー!」

 

わあああぁ…と蜘蛛の子を散らすように撤退した神々。ふぅ、助かった。

 

「ありがとうございます。神様」

 

「いいんだよ、君が困るなんて珍しい事なんだから。ん?その羊皮紙…クエストを受けるのかい?」

 

「えぇ…少しその事で相談がありまして。仮住まいで皆と話したいんです」

 

「分かった。君はアドバイザー君と話してから来るんだよ?皆も今は出払ってないから待ってるよ」

 

「ありがとうございます」

 

先に仮住まいに向かった神様を見送りエイナさんの所へ向かう。因みに仮住まいについてなんだが、【ゴブニュ・ファミリア】に新居の改築を頼んでいる間に広めの宿を借りており、そこを仮住まいと呼んでいるわけだ。

 

「エイナさん」

 

「ハチマンくん、さっきは見てたけど大変だったね」

 

「はい、神様がいなかったらどうなってたか」

 

「フフ…人気者は大変ね。クエストを受けに来たの?」

 

「はい、これなんですけど」

 

「これは…ギルドの認可を受けてない…もしかしたら報酬とか踏み倒されるかもしれないよ?あまりオススメはできないかな…」

 

「それでも…知りたい事がそこにあるんで」

 

「…深くは聞かないけど、細心の注意を払うこ…と」

 

エイナさんの言葉のキレが悪くなる。どうしたんだ?

 

「ハチマン君も罪な男だね…」

 

「俺が何を…」

 

エイナさんは俺の後ろを黙って指さす。え?とか言いながら振り向くと羊皮紙を覗き込んでいるアイズ・ヴァレンシュタインがいた。

 

「ど、どうしたんすか?アイズさん」

 

「………」

 

「あの、アイズさん?」

 

「クエスト…受けるの?」

 

「ま、まぁ…」

 

「…私も行く」

 

「はあ?」

 

何を急に言い出すんだ?

 

「いや…?」

 

ふつーにいやなんですけど、と言おうとしたその時、ギルド中の殺気が俺に向く。

 

“あまり調子に乗るなよ”

 

それはモテない冒険者達の怨念だった。オラリオ随一の美少女に誘われて断るのは男の恥だ。と言わんばかりの汗臭い殺気。

 

「まあ、別に…構いやしないけど」

 

「やった」

 

小さくガッツポーズをするアイズさん、可愛い。

 

「じゃあハチマン君、気を付けてね」

 

クエスト認可のハンコを受け、羊皮紙をしまって仮住まいに向かう。アイズさんにも話そうかと思ったが、俺の過去にもまつわる話の為、南口で待っているように言っておいた。

 

ー【仮住まい】ー

 

「皆にこれを見て欲しい」

 

羊皮紙をテーブルの上に出すとベル、ヴェルフとリリルカ、命さんと神様で回し読みをする。

 

「よくあるクエストだね」

 

「こりゃまた変な名前の遺跡だなぁ」

 

「マキャキャ遺跡、聞いたことありません」

 

「これがどうしたんだい?」

 

「むっ!?これは…」

 

どうやら命さんが見つけたようだ。

 

「ヘスティア様、この字に見覚えは?」

 

「むむむ?見た事ない字だ…サポーター君は?」

 

「残念ながら…」

 

「うーん、俺もベルも見覚えがねぇ。ハチマンこれがどうしたんだ?」

 

「…これは俺と葉山の故郷の言葉(少し違うけど)でな、【千葉】って書いてある」

 

「ハチマンの故郷の!?」

 

「こんな字なのか…」

 

「画数が多いですねー」

 

「それでだ、俺はこのクエストに行こうと思ってる。何かよからぬ事が起こるかもしれないからな」

 

嫌な思い出しかなくても故郷なのだから。

 

「一人で行く…なんて問屋が卸さないぜ」

 

「ハチマンを一人で行かせられないよ」

 

「こういう時に頼ってくださいね!」

 

「いつだってお供します!」

 

「だって僕達はファミリアなんだから!」

 

「みんな…」

 

巻き込みたくない思いがあったが、ファミリアだから…か。理由になってしまうのが怖いな。

 

「千葉案件かい?同行しよう」

 

「葉山院……」

 

ガチャりとドアを開けて入ってきたのは花京i…ゲフンゲフン、葉山だった。

 

「盗み聞きしてたのか?」

 

「遊びに来たらつい聞こえてね」

 

「皆、葉山も加わって大丈夫か?」

 

「「「「「もちろん」」」」」

 

「留守番は任せてくれよ?」

 

そんなわけでフルメンバー+‪αで南口に向かうと…

 

「あっ…来た」

 

「雑魚共が群れやがって…」

 

「なんで?」

 

そこにはアイズ・ヴァレンシュタインの他にベート・ローガがいた。だからなんで?

 

「それは…」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

それは私が一人南口にて待っている時のこと。

 

(ハチマン…まだかな)

 

金髪を弄りながら気長に待っていたら

 

「アイズ…何してんだ?」

 

暇でウロウロしてたベートに見つかり、事の顛末を話すと

 

「あの野郎のクエストか…面白ぇ俺もついてってやるか」

 

「え…」

 

「え、じゃねーよ!!」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…って事なの」

 

「えぇ…」

 

「んだよ、悪ぃかよ」

 

壁にもたれかかってたベートさんがこちらを睨む。

 

「別に…1人や2人増えても驚きゃしねーよ」

 

行くぞ、と門番のバン・モンさんに挨拶してオラリオから出る。気分はドラクエ、小さい頃やったなー。

 

「比企谷」

 

「?どうした」

 

「そこの2人は誰なんだい?」

 

葉山がアイズさんとベートさんを交互に見ながら問いかける。知らなかったのか。

 

「オラリオ一二を争う派閥の幹部だ。アイズ・ヴァレンシュタインさんとベート・んんんさんだ」

 

「ローガだ!ベート・ローガ!!」

 

「成程…ていうかどうして2人が?」

 

それな!!という顔で今まで黙ってたヘスティア・ファミリアの面々がこっちを見てくる。

 

「かくかくしかじか…こんなことがあってな」

 

「「「「「成程…」」」」」

 

納得してくれたようで助かる。

 

それから1時間近く羊皮紙に指定された方角に歩くと遺跡の入口らしきものが見えた。本練が見当たらないが…地下に続いてるのか。

 

「こっから先、何があるか分からない。気を引き締めるぞ」

 

リリルカの指示でフォーメーションを組む。前衛にベルと俺、中衛に命さんとリリルカ、後衛にベートさんとアイズさん。索敵は命さんの便利魔法。中々の陣形だ。

 

「おい、なんで俺たちが前衛じゃねーんだよ」

 

「お客人にあまり手を煩わせたくないからです、後から色々言われると面倒ですから」

 

「チッ…思慮深いパルゥムだぜ、フィンと似てやがる」

 

しかし一向に進んでもモンスターは現れず、途中の部屋なども無く、あっという間に最深部にたどり着いた。鋼鉄製のドアを潜るとそこは半径20mの円状の床がガラス張りで敷かれており、その下にはいくつもの魔石が敷き詰められている。中央とその上には訳の分からない機械がある。

 

ガチャン!!

 

俺達が入ったのを見計らったのかドアが思い切り閉まる。どうやら閉じ込められたようだ。

 

「チッ!!洒落せぇ!!」

 

ベートさんが思い切りドアを蹴り破ろうとするが、ドアはそんな第一級冒険者の蹴りを弾いた。

 

『ザザッ…ようこそ、マキャキャ研究所に』

 

何処からか声がする。よく聞き慣れた声だ。

 

「この声…マキャヴェリか!」

 

『よう、ハチマン…体内のギルガメスは馴染んでるか?』

 

「テメェ…なんの真似だ!」

 

『なぁに、予定してた修行だ。これからお前達は千葉に行き、千葉をめちゃくちゃにしてる混沌を祓はなくてはいけない、やんなきゃ帰れんぞ』

 

ポチッ…

 

「おい!今なんか押した音がしたぞ!!」

 

耳のいいベートが叫ぶ。すると床が淡く光り出す。魔石が共振しているのが目に見える。

 

『それじゃあ、素敵な旅路を☆』

 

「ハチマン!どうしよう!?」

 

「くっ…衝撃に備えろ!!」

 

床と天井の機械が電気を帯びる。魔石の光も目を開けていられないくらい光、俺達は為す術なく閉じこめられたまま光に包まれた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━

 

「くっ!!」

 

「うわっ!!」

 

「うおっ!!」

 

「ギャッ!!」

 

「くっ!!」

 

「クソがッ!!」

 

「キャッ…」

 

「おっと…」

 

光に包まれた瞬間、次の瞬間地面に衝突して各々が叫びを上げる。しかし全員冒険者、すぐに起き上がって周りの状況を把握しようと周りを見渡す。空は夕焼け時で、カラスが鳴いていた。

 

「これは…」

 

ベルが呟く。そう、辺りは墓だった。オラリオで見たような西洋風の墓ではなく日本式の墓だ。

 

「お墓…ですね」

 

「随分変わった墓だな…」

 

「それより…ここはどこでしょう」

 

「千葉か…」

 

1つの墓が目に留まり、その墓を見つめながら皆が欲しがる答えを出した。そう、ここは千葉のお寺だ。

 

「ハチマン…それって」

 

「あぁ…」

 

ベルが俺の元に近付く。もれなく全員も俺の近くにやってくる。

 

「ひき、がや…?」

 

命さんが震わせた声を出す。どうやら()()()()極東でもこの漢字は読めるようだ。

 

「そう、俺の墓だ」

 

『!!!』

 

俺の墓があるって事はきっとここは千葉の寺が管理する墓地だ。俺は…忌まわくとも愛しい千葉に帰ってきたようだ。

 

「さっきの声の野郎、お前の知り合いか?」

 

ベートさんが睨みながら聞いてくる。

 

「あぁ」

 

「なにもんだ?」

 

「名前はマキャヴェリ、研究者兼 銃鍛冶師。俺のルーチェとオンブラを作ったのもそいつだ」

 

コートをピラリと捲り、二丁拳銃を見せる。

 

「取り敢えず状況整理だ、マキャヴェリ曰くこの千葉を巻き込んだ混沌とやらをなんとかすれば帰れるらしい…すまん、巻き込んで」

 

腰を曲げ、頭を下げる。

 

「そんな!着いてきたのは僕の方だから…ハチマンが謝る事ないよ!」

 

「ベルと同意見だ。何するにもファミリアだろ?」

 

「そうですよ、リリもハチマン様の力になりたいですから、この位ヘッチャラです!」

 

「新参者ですが…私もファミリアの一員です。着いていきます!」

 

「皆…ありがとう」

 

ホント、いい家族に恵まれたよ。

 

「面倒だが…面白くなってきたじゃねぇか」

 

「私はハチマンの故郷に来れて嬉しい…よ?」

 

「ブレないな…アンタらは」

 

頼もしいのかなんなのか…。

 

「比企谷、ここに居てもアレだ。移動しよう」

 

「移動ったって…どこに?」

 

「街に降りようと思う。そこで適当な廃ビルで身を潜めよう」

 

墓地から離れて道を歩く。

 

「ハチマン様、この石畳とはまた違う地面はなんですか?」

 

リリルカがアスファルトを不思議そうに観ながら問いかけた。そうか、オラリオにはそういうのとか無いもんな。

 

「アスファルトって言ってな…地面のあちらこちらに敷いてある。転ぶとマジで痛いぞ」

 

「私のいた所と違いますね…」

 

やべ、誤魔化さなくちゃ。

 

「そりゃ…地域も違ければ文化も違う。巫女さんのいた所は神様とか恩恵とかあったけどこっちにはそんなのなかったから…独自の文化を築くしかなかったんだ…うん」

 

我ながらそれっぽい言い訳ができたと思う。

 

「着いたよ…」

 

「わあ!!」「なんじゃこりゃ!」「大きい…!」「天晴れ…」「見たことない…」「ぶっ壊しがいがありそうだな」

 

皆にとっては見たことない場所で新鮮なんだろうが俺と葉山は怪訝そうな顔をしている。おかしい…

 

「人がいない…」

 

街灯は点いてる…ビルにも光が点いてるテナントはあるが人の気配が無い。無音、車も走ってない。完全にロックダウン状態だ。

 

「何があった…?」

 

無音の街の道路を歩いて回る。既に空は暗く、視界は街灯が頼りだ。嫌な予感がする。嫌な匂いもする…この匂い…来る。

 

「ギギギィィィッ!!」

 

突如前方5m地点に人間大の大きさで虫のようなモンスター…いや、悪魔が6体程やって来た。歯にあたる部分をガチガチと鳴らして威嚇している。

 

「やる気みてーだな」

 

「命様、索敵お願いします。他の皆様は追加で敵が来てもいいように警戒をお願いします」

 

リリルカの指令に従い、命は魔法で鴉のような動物を飛ばし俺達は武器を構える。

 

『……け…』

 

「うっ!」

 

「ハチマン!?」

 

何だ!?今のは…一瞬気分が悪く…。

 

「大丈夫?」

 

「平気だ…」

 

アイズさんに心配されて情けない。頭を振ってリベリオンを構え直す。

 

「うぉらぁ!!」

 

一気に3体、ベートさんに蹴り飛ばされ、絶命した。危険を察知したのか残り3体は既に逃げの体制に入っているため、ルーチェ&オンブラに持ち替えて取り出し引き金を引く。

 

BANG!BANG!

 

2発の弾は虫のような悪魔の頭を的確に撃ち抜き、絶命させる。再びリベリオンを取り出し、残りの一体は思い切り飛び上がって急降下して地面ごと串刺しにして殺す。

 

「付近に反応はありません!安全…だと思います」

 

緊張が解け、戦闘態勢を解除する。

 

「今のはなんだったんだ?」

 

「魔石も…出ていません。モンスター…だったのでしょうか」

 

「悪魔さ」

 

ヴェルフとリリルカの疑問に葉山が答える。俺以外の全員が葉山の方を向く。

 

「悪魔…」

 

確かベルはアラストルの悪魔形態(本当の姿)を見たんだっけ。俺がヘファイストス・ファミリアの元団員達に拉致られた時。

 

「悪魔だぁ?」

 

「そう、モンスターとはまた違う生き物、あれは低級すぎて考える脳が殆ど無いけど、強くても弱くても極めて危険な生き物さ」

 

「ここに住んでる奴らは恩恵を持たない…もし悪魔が沸いたならなされるがままだ」

 

「「「「「ゴクリ……」」」」」

 

「まぁ、マキャヴェリの言ってた混沌とやらも粗方掴んだ…と思う。生存者の探索は日が昇ってからにするか」

 

全員が固唾を飲むなか提案する。きっと疲れているだろう。ずっと緊張してばっかだしな。

 

「取り敢えずそこらのビジネスホテルに泊まるか」

 

ホテルに入り、女性陣と男性陣に分かれて部屋に入る。従業員数とかはいないが、代金は葉山がついでに寄ったコンビニで飯を買った時におろした金を払ってもらった。人がいなくても金は払わんとな!

 

大部屋に入る。俺とベルとヴェルフと葉山とベートさん。ベッドは4つしかない。誰かが床で寝なくてはいけない。しかし全員見知らぬ土地で疲労困憊、譲る訳にはいかない。無論俺もだ。

 

「これで決めるか…」

 

『!!』

 

手をゴキゴキと鳴らす。ベートさんも釣られて肩を鳴らしている。葉山を手を握ったり広げたり余念が無い。ベルもヴェルフも覚悟を決めたようだ。

 

「「「「「行く(ぜ!)(よ!)((ぞ!))」」」」」

 

『じゃーーんけーーん…ポンッ!!』

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「そんなぁぁぁぁ…!!!」

 

隣からハチマンの叫びが聞こえるなか、女性陣は静かにベッドの上で座っていた。

 

「あちらは仲良さそうにしてますね…」

 

「そうですね…」

 

「ベッド…フカフカ…」

 

一人ベッドの上で軽く跳ねてはしゃいでいるアイズをよそにリリルカと命は神妙な顔をしていた。

 

「ベート様に遮られてしまいましたが…あのハチマン様のお墓とはどういうことでしょうか…」

 

「さあ、自分にはサッパリです」

 

再び沈黙が時を刻む。

 

「だったら聞こう」

 

何を思い立ったのかアイズは部屋を飛び出す。

 

「連れてきたよ」

 

ハチマンを肩に抱えてアイズは部屋に戻ってきた。一冊の本を手に持ってるハチマンは何が何だか分からないようだ。

 

「で、聞きたい事ってどうした?」

 

「ハチマンのお墓の事について」

 

「あぁ、あれか…そのまんまだ、俺はこの地で死んだ。だから墓が立ってる、以上」

 

「以上って…どういう事ですか?」

 

リリルカが恐る恐る聞く。

 

「街歩ってる時見たろ?車ってやつ」

 

「えぇ、馬より早く走る鉄の箱…ですよね」

 

「そう、俺はそれのもっとでかいヤツに轢かれてミンチになった。でも、気が付いたらダンジョンにいた…5階層にな」

 

「あの時…」

 

ハッと初めて会った時の事を思い出すアイズ。

 

「訳が分かりません」

 

「あぁ、俺もだ。気がつきゃ訳の分からない所で化け物に襲われるわ金髪美少女に助けられるわベルに拾われて冒険者になるし…ホント、色々あったな」

 

「ハチマン殿はオラリオが嫌い…なのですか?」

 

「いや、別に…むしろ好きだ。有り得ねぇ位お人好しはわんさかいるしよ、パフェとピザとコーヒーは美味い。そして何より…帰る場所があるからな」

 

その一言を聞いて2人は納得した。例えハチマンがどうであろうとハチマンはハチマンなのだ、と。

 

「分かりました…所でハチマン様はなんの本を読んでいるのですか?」

 

「これか?葉山に渡された運転教本」

 

「「「うんてんきょーほん?」」」

 

「まあ、参考書みたいなもんだ、気にするな」

 

それじゃ、と言いハチマンは部屋を後にする。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「何話してたんだ?」

 

女部屋から戻ったハチマンにヴェルフが問う。

 

「ここについて色々な」

 

床にどかりと胡座で座り教本を読む。既にその内容は半分は頭に入っていて後はマシンさえあれば熟練者並のドライブテクニックは披露が可能だ。しかしハチマンが望むのはさらにその先、人にはできないような動きだ。バイクで壁を登ったりできないととても戦闘には活用できない。

 

「えっと…は、ハチマン」

 

「どうした、ベル」

 

「もしハチマンが良かったら僕のベッド半分貸すよ」

 

「おお、ありがとう」

 

スペースを空けたベルの横に寝転がり教本を読み続ける。ベートはそれを見るなり何やら不思議な感情を抱き、葉山とヴェルフは微笑ましい光景に内心尊んでいた。

 




如何でしたか?

巻き込む形の里帰り、そこで起こる異変に介入する一同。

さて、どうなるんでしょうね?



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#2 再開と罠

続きでス。


 

朝、窓から零れた朝日でベルは目を覚ます。それに釣られてヴェルフ、葉山、ベートも目を覚ます。

 

「起きたか」

 

ベルの隣で寝ていた筈のハチマンが扉にいる。何処かから戻った様だ。少ししか寝てないのか目の下に隈がある。

 

「俺は済ませたがシャワー順番に浴びろよ、その後にロビーに集合」

 

それを言い終えると隣の部屋に向かって起き始めた女性陣にも同様の内容を話す。

 

〜40分後〜

 

ロビーに全員が集まるとそこに机と椅子がそれっぽく並べられており、机の上には朝ご飯が置いてある。

 

「おかわりはある、ジャンジャン食え」

 

『いただきます!』

 

ハチマンを抜く全員が料理に手を伸ばし、それぞれのペースで箸を進める。その間ハチマンは膝の上にパソコンを置いてカタカタッターンと操作する。

 

「ハチマン…それは何?」

 

「パソコンって言ってな、環境さえ整ってればどこでも見れる掲示板みたいなものだ…それより食いながらでいいから聞いてくれ」

 

「何か分かったのかい?」

 

「いや、何も…()()出てこないんだ」

 

全員がハチマンの方を見る。

 

「こんだけの騒動になってれば何かしらの書き込みが絶対にあるはずなのに…今の千葉の現状について何一つ書き込まれていない」

 

「隈無く探したかい?」

 

「無論だ、Yahhoo(ヤッホー)、Noogle(ノーグル)、MyTube(マイチューブ)、Kasutter(カスッター)、8ちゃんねるetc…ありとあらゆる所を探したが不自然過ぎるほどヒットしない」

 

「それってよォ、マズイことなのか?」

 

料理に夢中だったベートが口に含みながら問いかけてくる。

 

「かなり異常だ…例えるなら分ごとに状況報告される戦闘にて自分の部隊だけ何も連絡がない位だ」

 

「そりゃマズイな…」

 

「他の地域は?」

 

「健在だ、悪魔の事なんてこれっぽっちも…いや」

 

少しごもるハチマン。

 

『?』

 

「海外にも大量に悪魔が沸いたらしい」

 

『!!』

 

「1ヶ月前だが大勢の人が死んだらしい」

 

「そこって今はどうなってるの?」

 

「一応元凶は叩けたらしい。元通り…とまではいかないが復興するのも時間の問題だろうな」

 

「他にもなにかあったの?」

 

それでも神妙な顔をしているはにベルが問いかける。

 

「これといって成果は…」

 

神経を張り巡らせたせいかハチマンは疲れている様だ。ポケットに入れていたアルミ缶のタブを開け口をつける。

 

「まぁ、結果としてここに関しては驚く程何も出てこなかった。取り敢えず持ち物を確認したい。各自持ち物を教えてくれるか?」

 

「えっと、僕はいつもの装備とポーションが1つ」

 

「俺は大刀に砥石だな」

 

「リリはボウガンにポーションとマジックポーションを各自10本づつ」

 

「自分は太刀にポーションを2本です」

 

「私はデスぺレートとポーションが1つ」

 

「俺はフロスヴィルトと双剣」

 

各自武器はちゃんとある。ポーションが14本、マジックポーションが10本か。

 

「ん、サンキュ。それじゃあリリルカと俺と葉山以外はポーションを2本ずつ持つ事、残りは全部リリルカが管理。マジックポーションはそうだな、ベルとアイズさんとが3本、俺は2本。残りはリリルカが管理。いざって時に使う。異論は?」

 

「比企谷はともかくなんで僕にはないんだい?」

 

葉山が不服そうに聞く。

 

「そりゃギルガメスの防御力はめちゃんこ高いからな。そんじょそこらの攻撃じゃ傷すらつかないだろ」

 

「まあ、そうなんだけどさ…信頼されてるのかされてないのか、判断に困るなぁ」

 

ポーションも配り終え、食器やベッドの片付けも終わり、全員ビルから出る。朝日は暗雲に覆われており、青空も見えやしない。

 

「取り敢えず、人の避難しそうな場所に行こう」

 

「ハチマン、心当たりは無い?」

 

「学校…とかが災害時の避難場所になってるな」

 

「だったらそこ行くぞ」

 

格好をつけて先に歩こうとするベートだが行き先が分からずハチマンををチラチラと見てくる。

 

「はぁ、葉山先導頼む」

 

「僕だってここら辺はあまり詳しくないんだけど…」

 

しかしそこは葉山、何とか現在地を把握し学校へと向かう。道中世界にチェーン店を展開しているファストフード店のアハドナルドに立ち寄り、紙袋を1つ拝借するハチマン。目に当たる部分に穴を開けおもむろに紙袋を被る。

 

「ハチマン…またなの?」

 

「またって…こんな事してたのか?」

 

「仕方ない…今回は顔を見られる訳にもいかないからな」

 

いそいそと紙袋を被り、ショーケースの硝子に写る自分自身を見て細かい位置の調整に入る。

 

「よし、行こうか」

 

ビッグバーガーをもっきゅもっきゅと食べてるアイズに声をかけ再び捜索を再開する。因みに作者はえびフィレオ派です。

 

「あっ、そうだ」

 

葉山が何かを提案しようとする。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「はっはっはっはっ……!」

 

「「ギギギギ!!」」

 

走る、ただ走る。後ろを向かずとも奴ら悪魔が追いかけてくるのは背中に突き刺さる殺気で分かる。奴らと私の距離は5mもなく、追いつかれるのも時間の問題だ。

 

(こんなっ…はずじゃ…)

 

どてっ!!

 

「キャッ!!」

 

荷物を持って走ってた為、足がもつれて転んでしまう。こんな事になるなら荷物なんて捨てておけば良かった。

 

悪魔達は立ち止まり、歯をガチガチと鳴らしながらジリジリと滲み寄ってくる。絶望に染まった私の顔を見て喜んでいるようだ。

 

「たいし、けーちゃん…」

 

こんな自体になってから行方が分からない妹の名を呟く。その声が弟と妹に届かなくても…

 

「ギギィィーー!!」

 

餌を前に待ちきれなくなったのか悪魔が飛びかかってくる。あぁ、もう…終わりか…。

 

目をそっと綴じる。

 

グシャァ!!

 

肉の砕けた音がする。不思議と痛みはない。アドレナリンが大量に分泌されたせいか痛覚を麻痺させたのだろうか。

 

グチャ!グシャ!!グチィ!!

 

どんなに残酷な肉の弾ける音がしても意識が遠のく気配はせず、恐る恐る目を開けるとそこには男が立っていた。身長は180に差し掛かる程で、紫のロングコートを羽織っている。右肩には花の刺繍、左肩には鐘と炎の刺繍。手と足に鎧?の様なものを付け、悪魔を何度も何度も踏みつけている。その顔は…紙袋に遮られ見る事はできなかった。

 

「………」

 

その男はゆっくりと私の方に振り返ると暫くこちらを見ていた。

 

「あっ…助けてくれて…ありがとう…」

 

こくりと頷く。一言も喋るつもりは無いらしい。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ハ、ヤハタ〜!!」

 

ヤハタ…すなわちハチマンの元にベル達が駆け寄って来る。

 

「急に走ってくからどうしたのかと思ったよ…」

 

すまん、とハンドサインを出すハチマン。

 

「川崎さん…だよね」

 

葉山がついさっきまで襲われてた少女、川崎沙希の元に近付く。川崎は信じられないといった顔になる。

 

「あ、あんた…!行方不明だったはずじゃ!!」

 

「色々訳あってね…今は彼等と行動してるんだ」

 

「そう、だったんだ…そうだ!葉山!大志とけーちゃんを、私の弟と妹を見なかった!?幼稚園生なんだけど…」

 

ピクリとハチマンが反応する。

 

「まさか、はぐれたのかい!?」

 

「うん、真夜中に奴らが出てきて…それで人混みの中で避難したら、はぐれちゃって、大志は探しに行って…もう1週間も経つ…」

 

俯き、顔を手で抑え泣きそうな声を出す川崎。

 

「普通に考えてりゃ死んでるな」

 

「ッ!!それでも生きてる可能性に賭けたいから…」

 

それを聞いたハチマンは立ち膝でしゃがみこみ、地面に手をつける。魔力をドーム状に広げ、引っかかった人や物を探知する魔力結界の応用技だ。魔力消費は大きい。

 

「ヒット…そこにいろ」

 

声が分からないくらいの音で呟くと猛スピードで駆け出してった。

 

〜10分後〜

 

「………」

 

まだかまだかと待っていた川崎の元に寝ている幼女と少年を抱えたハチマンがやって来た。

 

「けーちゃん!!大志!!」

 

ハチマンから妹の京華を受け取る。ハチマンは葉山にそっと耳打ちをする。

 

「疲れきって寝ているそうだ。スーパーの控え室の片隅で震えていたらしい。ご飯はお惣菜とかだったらしい」

 

「よかった…よかったぁ…」

 

2人を抱きしめポロポロと涙を流す川崎。

 

「ヤハタ…さんだっけ。ありがとう…私だったら見つけられやしなかった…本当にありがとうございました」

 

2人を抱きしめたまま頭を下げる川崎姉。ハチマンは何も答えず何処かを眺めていた。

 

「全く…大層な能力だな」

 

ベートがハチマンの腰を小突く。ポリポリと紙袋越しに頭を搔くハチマン。

 

「川崎さん、今千葉を取り巻く状況を教えてくれるかい?」

 

「分かった。避難所に行きながら話すよ」

 

話を聞けば悪魔が沸いたのは1週間前の夜中7時辺り。大勢の人が殺される中、命からがら生き延びた人達は総武高校や海浜高校に避難し、そこで怯えながら暮らしているらしい。何故川崎が街に居たかと言うと、食料調達部隊として街に出て食料を探すと同時に位妹や弟を探していたらしい。食料調達部隊は聞こえは立派だが、実の所生還率が低く、くじで決められた人間が調達に向かうが、その半数は悪魔の餌食になるらしい。川崎は調達6回目らしい。

 

「すごい勇気ですね…」

 

「そんなんじゃないよ」

 

ベルの感嘆の声に照れくさそうにする川崎。

 

「っと…着いたね」

 

校門前に立つ。校舎は2,3ヶ月前と見てくれはぜんぜん変わらず鎮座していた。唯一変わっていたのは悪魔の侵入を抑える為の柵に設置された有刺鉄線だけだ。

 

靴は履き替えず、校舎の中をズンズンと進んでいく。俺と葉山以外は物珍しい顔であちらこちらを見渡している。

 

(このルートは…)

 

ハチマンの予感は的中した。川崎に案内されたのは職員室だった。

 

「ここは学校全体を管理する本部。教職員をはじめ、生徒会とクラス委員長が主体で管理、統制をしてるから、一応挨拶と報告にね」

 

コンコン、ノックして職員室に入る。職員達は出払っているのかガランとしている。

 

「戻りました、先生」

 

「あー、川崎か。また君に会えて嬉しいよ、弟さんと妹さん、見つかったのか、良かったぁ」

 

煙草をスパスパ吸っている教師がやってきた。葉山と八幡がよーく知っている教師が。

 

「そこの人達は?見た所一般人じゃないっぽいが」

 

「悪魔に襲われていた所を助けてもらいました。葉山、紹介してくれない?」

 

「葉山?葉山じゃないか!生きてたのか!私はてっきり死んだのかと…!」

 

葉山の肩をバシバシ叩き嬉しそうにする。

 

「先生、話は紹介が済んでからで…えっと、順番に紹介します。ベル・クラネルさん、ヴェルフ・クロッゾさん、リリルカ・アーデさん、ヤマト・命さん、アイズ・ヴァレンシュタインさん、ベート・ローガさん、そして、ヤハタ・サーティーン(ハチマンの偽名)さんです。因みに名前、苗字です」

 

「そっかそっか…悪魔に対抗できる人達か…改めて歓迎しよう。私はここの長…的なのを任されている平塚静だ。よろしく」

 

ニカッと笑う彼女。しかし違和感を覚えているのはハチマンだけだった。

 

「葉山…君に何があったのか教えてくれないか?」

 

「簡単ですよ、遭難して意識不明の所をこの人達に助けてもらっただけです」

 

「なるほど…改めて私の生徒を助けてくれてありがとう。ん?君が被っているそれは…」

 

平塚がハチマンの紙袋に注目する。

 

(ま、マズイ!!)

 

喋ればバレるため、身振り手振りでコミュニケーションを測るが何も伝わらない。

 

「先生、彼はシャイなので…」

 

葉山がその場しのぎの言い訳をする。ほぅ、と納得した平塚は川崎に向き直る。

 

「川崎、彼等に校舎の概要と案内をしてくれたまえ。君の弟妹は私が救護室に運んでおこう」

 

「はい…着いてきて」

 

川崎に案内されるハチマン一同。

 

「校舎の教室と体育館は避難民の仮の家になってる。とは言え、教室に住めるのは管理委員の関係者が指名した人達だけなんだけどね。体育館にいる人は学校にコネのない人達は薄い板で仕切られた狭い居住スペースで暮らすしかないんだよ」

 

体育館に入ると一斉に視線がこちらを刺す。一同が関係者という嫉妬、食料の配給だと勘違いしている期待、行き場のない怨念、様々な感情がヒシヒシと伝わってくる。

 

「除くだけにしな…今の私達に出来ることなんて限られてるんだから…さ、次行くよ」

 

臭い物に蓋をするように思い扉を閉める。

 

「次は…コンピュータ室かな。ていってもあそこの連中は一日中引きこもって外に救助を求めたり、海浜高校と連絡して情報を交換してるだけなんだけどね」

 

ノックをして開けるとパソコンの排気熱故の熱発がムワッと頬を撫でた。

 

「何の用だ…川崎氏」

 

部屋の奥から声だけが聞こえた。

 

「今日の成果は?」

 

「無論、無理だ。我の英智をもってしてもこの壁は高すぎる」

 

「あっそ、失礼するね」

 

川崎がドアを閉めようとした瞬間、ハチマンが手で遮る。

 

「どうかしたんですか?ヤハタさん」

 

(先…行ってろ)

 

そう葉山に耳打ちする。

 

「彼は後で追いつくらしいから先行こう」

 

「わ、分かった」

 

ハチマンを端目にコンピュータ室を後にする一同。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

一同が去ってから暫くすると俺は足を進め声の主の元に向かった。

 

「何の用かな?新顔よ」

 

パソコンに夢中になってるその男は室温が高いのにも関わらず茶のコートを身につけており、百均の指ぬきグローブを嵌めていた眼鏡のデブだった。

 

「何してるんだ?」

 

「……外への救難要請と、海浜高校との、連絡だ」

 

「にしては違う画面だな」

 

「海浜高校は潰れた…つい昨日。695人もの人が死んだ。救難要請しようにも外とのネットワークは見れても発信はできないようになっている」

 

「そうか……」

 

「そういうお主は…何をしていたのだっ…!八幡ッ…!」

 

紙袋を取るとその男、材木座義輝は振り返る。目には涙を浮かべ、鼻水をダラダラと流している。

 

「泣くなよ…みっともない」

 

「瞬き…グスッ…してないし…ズビッ、花粉症だから…デュポォ…仕方ないのだ」

 

最後の気持ち悪い擬音はスルーしてコロのついた椅子に座る。10分、材木座は鼻をかみ、目をシパシパさせ、気持ちを整理させていた。

 

「落ち着いたか?」

 

「うむ、大丈夫だ。それより八幡よ、お主、死んだ筈ではないのか?」

 

「話すと長いぞ」

 

「うむ」

 

前屈みになって聞く姿勢をする材木座。

 

「〜って訳だ」

 

「なるほどなるほど…つまり八幡は我がこ〜んなにも苦労してる時に女子とイチャコライチャコラしてたのか…そうかそうかつまり君はそういう奴だったんだな」

 

「おいエーミール、今の話のどこにそんな要素があった」

 

「HAHAHAHAHAHA!!ジョーダンだっ!それより八幡よ…お主」

 

「ん?どうした」

 

材木座が上から下へと俺の全容を確認する。

 

「雰囲気が変わったな…もっとジメジメしていた筈なのに…」

 

「変わらなきゃいけない環境に身を置いてるからな」

 

「厨二病?」

 

「ちげーよ」

 

そんな話をした後、やっと本題に入る。

 

「てかお前マジで何やってるんだ?」

 

「それを聞く前に我の話を聞いて欲しい」

 

真面目な顔をする材木座。

 

「どうした…」

 

「八幡…この事件は…人が起こしている」

 

「な、何!?」

 

材木座から告げられた衝撃の事実に驚きを隠せなくなる。




「てか八幡…我と服装被ってない?」

「お前よりかはセンスあると思うが」

「ぐぬぬぬぬ…交換してみないか?」

「嫌に決まってんだろ…臭い」

「辛辣ゥ!!」

材木座はたおれた


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#3 ALIVE at the Chiba

続きです。


「まぁ、予想は着いてた」

 

「なぬぅ!?」

 

「だってそうだろ?情報発信できないって事は機械に詳しい()()()関わってるってこと、だろ?」

 

「ウヌゥ…ふふふ、ふぅうははははははは!!」

 

急に高笑いしだす材木座、なんだ?強がりか?

 

「八幡よ、そんなんでマウンティングしたつもりだが我にはまだ2つ程自慢できる事があるぞぅ?」

 

「どうしたよ」

 

「外に助けを求めた!!」

 

バサりとコートをはためかせダサいポーズを取る。ギニュー特戦隊みたいなポーズを想像してくれ。

 

「!!」

 

「そして!なにやら地図を入手した!」

 

プリントアウトされた紙を渡される。これは…研究所の見取図?見た所中々のデカさだ。

 

「それに、何やら文書の一部を手に入れた」

 

渡されたメモを読む。

 

「なになに?『重要参考人は地下3階の…に収容』?」

 

「地図の場所は地図で特定済みだ」

 

有能だなぁ、おい。

 

「よくやった!」

 

材木座の肩を掴みグワングワンと揺らす。

 

「はぽん?」

 

「そこに潜入できればこの事件の犯人の尻尾を掴めるかもしれん」

 

「し、しかしだ!外には悪魔が彷徨いておる!死ぬぞ?」

 

「死なねぇよ、あんな奴ら皆殺しにしてやる」

 

「……本当に、変わったな」

 

悲しいのか嬉しいのか分からない感情を含んだ声で材木座が呟く。

 

「今夜行ってくる」

 

「くれぐれも気をつけるのだぞ」

 

「おう、あんがとな」

 

見取り図を貰い部屋を後にする。紙袋は被り直す。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

昼になった。何も無くなった部屋(元 奉仕部室)で今の所することの分からない一同は暇を持て余していた。ハチマンは全員に材木座からもらった情報を伝えていない。余計な混乱を招かない為だ。葉山は忘れ物を取りに行くと言ってどこかに行った。

 

「ちょっといい?」

 

『?』

 

「昼ごはんの配給…手伝ってくれない?人手が足りなくて」

 

「わ、分かりました」

 

動き出すベルに着いていく。ベートは「ちっ、なんで俺が…」とかボヤいている。きっと戦いたいのだろう。

 

校庭に出て仮設テントまでいくと炊き出し用の米とスープが入った銀のドラム缶が用意されていた。川崎から詳しい配給方法を聞く。デカいおたま一杯のスープに決められた器一杯に米を入れるとの事だ。

 

「こんなんなら外出て悪魔共殺しまくった方がマシだ」

 

「珍しいな、テメェと同意見なんてよ」

 

ベートとハチマンがボヤきながら配給を進めていく。こういう作業に関しては不器用なのかアイズはたどたどしく危なっかしい為、ちょくちょくハチマンが手助けをする。

 

「ありがとう…」

 

「慣れないよな」

 

「ううん、闇派閥との戦争が昔にあったから…慣れない私が悪い」

 

「そんなのがあったのか…」

 

「うん…」

 

オラリオも戦争すんのか。と内心複雑な感情になるハチマン。ふと配給待ちの人達を見渡す。そこに笑顔なんて物は存在しなかった。今を生きるのに精一杯であった。

 

カラン…

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

お玉をその場に置く。その音にその場にいる全員がハチマンを見る。

 

「ハチマン?どこか調子悪いの?」

 

「いや、バカみたいだって思ったんだ」

 

急にこんな事言って自分でも本当に訳が分からない。いつもなら、オラリオに来る前なら、変な夢を見なければ、コイツらと関わらなければきっと俺はもっと冷たく、鋭くあれた。

 

「アイズさん…今は…」

 

ベルが俺の名前を訂正しようとする。

 

「いや、いいんだ。俺の名前は比企谷八幡で…いいんだ」

 

ブルルルルルゥゥウウウン!!!

 

激しいエンジン音と共に現れたのは赤いバイクに跨った葉山だ。周りの人間が群がるが葉山は小さく電流を流す事でそれを遮る。バイクと俺の間に人が空けた道ができる。

 

「やっと腹が決まったんだな…比企谷」

 

「もうなりふり構わない。俺は千葉を救う事にした」

 

葉山から鍵を受け取る。

 

「金田のバイク…」

 

「君も好きなんだろ?僕もだ」

 

葉山とグータッチをする。

 

「ハチマン…」

 

ベルが心配そうにやって来る。ヴェルフもリリルカも命さんもそうだ。アイズさんとベートだって近付く。

 

「情けない所見せた」

 

「ううん」

 

「おい、目標は決まってんのかよ」

 

「目星は付いてる」

 

「いや、お前達はここを守ってくれ。悪魔共がなりふり構わず押し寄せてくるかもしれん」

 

こんな物はいらないな、と紙袋を取る。周りの息を飲む声が鮮明に聞こえる。ヤハタ・サーティーン…短い間だが世話になった。こっから先は比企谷八幡に任せて欲しい。

 

「お兄、ちゃん?」

 

人混みの中からヨロヨロと現れる3つの影。その正体はかつての父と母と妹だった。

 

「よう、久しぶりだな」

 

「アンタ…どうして」

「死んだ筈じゃ…」

 

死んだ筈の息子が生き返ったのに恐怖を抱いているのか声が震えている。足は付いてるぞ。

 

「アンタらに構ってる暇はない」

 

「アンタらって…家族、でしょ?」

 

「悪いな母ちゃん、俺の家族はガキの頃に死んでんだよ」

 

バイクに跨りエンジンを付ける。タイヤの縁が緑のプラズマを発する。葉山はスピード抑えていたがこれはもっと早く走れる。

 

「行ってくる」

 

「まっ……」

 

アクセルを全開で捻り、誰かの静止を振り切り、学校を走り去る。轟音と共に走ってる為、悪魔がわんさかと寄ってくる。もしかしたらボスが寄越したのかもしれない。

 

「悪魔にモテたってなぁ…!!」

 

バン!

 

上空から強襲したつもりの悪魔の脳髄を威力の高いオンブラで吹き飛ばす。その周りの悪魔はバイクを走りながら回転させながら連写性能の高いルーチェで的確に目玉や頭を撃ち抜きながら材木座から教えてもらった研究所を目指す。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「報告があった、1人向かってるらしい。バイクに乗ってるようだ。全員、位置につけ」

 

屋根の上にいる異形がほか6体の異形に声を掛ける。その異形達は個体差こそあるが、虫のような羽や顔に動物のような体に角を生やした天使のように白く、悪魔のように禍々しい生物だ。

 

「えーー、またやんのー?」

 

「まぁ、しょうがないよ。チャチャッと片付けよう?」

 

「早く帰ってハニトー食べたーい」

 

「っべー!!独りとかマジナニガヤくんなんだかー!」

 

「だな」

「それな」

 

手に付いた血を舐め、次のターゲットが予測されるルートに来るのを今か今かと待ち構える。

 

ブオオオオォォォォンン!!

 

「来たぞ…」

 

爪を尖らせ、低姿勢を取り、何時でも襲える構えにする。そのエンジンは段々と大きくなっていく。

 

ブオオオオォォォ……

 

「ぷぎゅ…」

 

突然止んだエンジン音、轟音が無くなったと同時に仲間の一体の情けない声がすぐ近くで聞こえる。スローモーションの様に声を出した仲間を見ると紫のコートの男に思いっきり鳩尾にドロップキックを入れられ、その男と一緒に吹き飛ぶのが見えた。

 

「姫菜!!」

 

「海老名さん!」

 

ドオオォォォン…

 

激しい衝撃と共に煙が上がる。

 

バキッ…ズルズル…バキッ…ズルズル…バキッ…

 

「なんの…おと…?」

 

煙が晴れると紫のコートを着た男に足を掴まれ、何度も屋根に頭を激突させられる仲間、異形と化した海老名姫菜の姿があった。

 

「もう伸びたか…弱っちぃな」

 

「「「「「「!!」」」」」」

 

その男に異形達は戦慄する。1,2ヶ月前に死んだ筈の男、比企谷八幡が頭に青筋を浮かべながら執拗に海老名姫菜をいたぶっていたからだ。

 

「や、やめ…やめろおおおお!!」

 

「とべっち!!」

 

鋭い爪を立て、八幡に突進する戸部翔。しかし常日頃から戦っている八幡からすれば鈍すぎる突進は通じなかった。

 

「………!」

 

「……え?……あ、れ?」

 

引き裂いた…と思った矢先、その爪には血が一滴も付いていない。なんなら戸部の全身に激痛が走る。何の事かと自身の体を確認すると何本もの赤い筋が全身に走っていた。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

「………ちょせぇ」

 

後ろから声がするが、振り向かずとも分かる。遥かに超える速さで居合をされたのだ。それは彼が持っている日本刀が物語っている。戸部は力なくひれ伏した。

 

「わ、わあああああ!!」

「うおおおおお!!」

 

「ま、待て!」

 

主格の異形が2人を制止するがパニックに陥った2人はそれを無視し、八幡に突進する。

 

「チッ……学べよ」

 

コートの内側に手を入れる。手を出した時、その両手には白と黒のハンドガンが握られていた。

 

「「うわああああぁぁぁぁ!!!」」

 

「はァ……」

 

無数の銃撃が2人を襲う。その凶弾は2人の体中の肉を抉る。手足、胴体、頭はわざと外されている。

 

バタッ……

 

力なく倒れる2人、余りの呆気なさに逃げる気すら失せる残り3人。無言で怒りを体現している彼はゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

 

「どうだ?これが蹂躙される人の気持ちだ。お前達が殺して殺して殺しまくった人間達の気持ちだ」

 

「……して?」

 

「あ?」

 

「どうしてこんな事をするんだし!!」

 

「どうしても何も…人殺しの悪魔いたぶって咎められる筋があるかよ」

 

「ウチらは悪魔なんかじゃない!天使だし!!」

 

会話が成立しないバカに呆れる八幡。この馬鹿さ加減に見覚えがあるがきっと人違いだろう、と内心思っているが実際本人であった。

 

「うっさ…」

 

BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!

 

無慈悲に撃ち出された弾が三体の異形の手足胴体を撃ち抜く。その痛みに喘いでいる三体に唾を吐く八幡。

 

「精々ここで痛がってろ…っ」

 

謎の頭痛が彼を襲う。千葉に来てから、いや、()()()を開いてから体に不調が現れている。髪の色も目の色だって不安定だ。

 

「急ぐか…」

 

下に停めてあったバイクに跨る。因みにさっきの強襲のタネはクイックシルバーを発動させ、その間にバイクを停め、屋根に登ってドロップキックをかましたという事だ。なんとも地味な絵になるが、仕方ない。

 

ブオオオオォォォン…

 

そしてまたバイクを走らせる。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「うぐっ…海老名さん…」

 

ちぎれかけている体を引きずって最愛の人物である海老名姫菜の元へ向かう。海老名はピクリとも動かない。

 

「戸部っち…?」

 

少し離れた所で倒れている由比ヶ浜が唯一無事だった顔を上げる。

 

「海老名さん、海老名さん、海老名さん…」

 

彼女の元に辿り着き、彼女の体を揺さぶる。いくら揺さぶっても目を開きすらしない。

 

「そんなっ…起きてくれよっ…」

 

「戸部…」

 

由比ヶ浜の近くで倒れていた平塚も戸部に注目する。その隣にいた三浦優美子は気絶している。

 

「海老名さん海老名さん海老名さん海老名さん海老名さん海老名さん海老名さん海老名さん海老名さん海老名さん海老名さん海老名さん……海老名ッさんッ……」

 

死亡…いくら悪魔の力を宿したとしても何度も頭を打ち付けられれば死ぬのも自明の理だった。

 

「帰天しても耐えられなかったのか…」

 

「そんな…じゃあ姫菜っちは……」

 

「死ん「死んでないッ!!」っ……」

 

「大丈夫…海老名さん、俺が今、助けるから…」

 

戸部翔はその口を海老名姫菜に近付ける。

 

「まさか…戸部!やめろ!」

 

「一緒に…復讐しよう…」

 

クチャ……

 

「な?姫菜」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ここが材木座の言ってた研究所…デカイな」

 

バイクをその辺に隠し研究所の中に入ろうとするが…黒服の人間がゾロゾロと出てきた。

 

「警告する!そこから一歩でも動けば容赦なく撃つぞ!!」

 

ハンドガンやらマシンガンを持っている。

 

「警備は厳重、さっきの悪魔と協力関係にあったと考えると…いや、どう考えてもビンゴだな……」

 

両手にベオウルフを装着する。

 

「なっ!我々は人間だぞ!?殺す気か!?」

 

「人間名乗るなら…人らしい事してから言えよな!」

 

「っ…構うな!撃てー!!」

 

右拳を地面に叩きつけると自分を中心にドーム状のエネルギーを発生させ、銃弾を弾き黒服達を巻き込む。バレてちゃ隠密もクソもない。

 

「うわーーー!!」

 

「魔力食うな…」

 

魔力効率の良い閻魔刀に持ち替えて室内を走り回る。追加の黒服達がワラワラとやって来る。放たれた銃弾を一つ一つ丁寧に閻魔刀で切り裂く。

 

「防人の一閃…その身に刻め!」

 

飛び上がり、閻魔刀を相手に向かって振り下ろす。蒼い斬撃は黒服達の元に落ち、青い爆発を巻き起こす。気分は歌って戦う防人だ。

 

「確か地下3階って言ってたなっ!!」

 

黒服の腹をぶん殴る。傍のエレベーターを起動させ、B3のボタンを押す。暫くしてエレベーターに乗り込み、目的値のボタンを押す。

 

ゴウンゴウン…と揺れに揺られるが、上から響いた1発の発砲音と共に俺の体はフワリと浮く。

 

「野郎っ…ケーブル切りやがった…」

 

地下3階はとんでもない深さにあるのか、暫く落ちていく。体はエレベーター内の床を離れ、無重力を擬似的に体験している。

 

「どうしよ…」

 

チュドーーーン!

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

一方総武高校にて

 

「ちっ!!何体来やがる!」

 

ベートがもう何体目かも分からない悪魔の頭に蹴りを落とす。

 

「ふっ…!」

 

少し離れた場所にいるアイズも悪魔を三体同時に切り刻む。

 

「ぜぇやッ!」

 

ベルも空を飛ぶ悪魔に飛び移ってはナイフで切り刻むを繰り返していた。

 

「やつら…何体出てきやがる!」

 

「一々数えてたら…キリが…ありませんッ!」

 

「今は口よりも手を動かしましょう…!」

 

命の魔法で抑えた雑魚悪魔をリリルカが狙撃していく。ヴェルフは命やリリルカの護衛に専念している。

 

「はあああッ!!」

 

大剣から放たれた雷を落とし黒焦げにする。7人で学校に攻め入ろうとすら悪魔を返り討ちにしている。

 

「今になってどうして…」

 

(この学校を取り巻く環境が変化したのは僕達が来てから…いや、比企谷が学校を出てからだ。黒幕は比企谷を引き止めたいから悪魔を山ほど向かわせたんだろうが、比企谷八幡という男を見誤ったね…黒幕さん)

 

「でも…そろそろキツイなぁ…早く終わらせてくれよ…比企谷!!」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ガン!…ガン!…ガン!…ガァン!!

 

ひしゃげたエレベーターの扉を殴り飛ばす。

 

「………」

 

煙を手で払いながら先に進むが地下3階の異様な雰囲気に警戒する。それもそのハズ、景色が一段とおかしいからだ。壁は黄色や緑といった明色の入混ざった壁に何やら読み取れない言葉が書いてある。

 

「うっ…」

 

また頭痛がする。こんな時にやめて欲しい。幾本かの柱に固定された急ごしらえの(それでも頑丈だが)床はガツガツと踏むとまだ下に何かあるように音というか衝撃が響く。半径200mはありそうなドーム状の部屋であり、あちらこちらには研究所突入前に遭遇した悪魔に似た形状の死骸が無惨に転がっている。それも山ほどと。

 

「ちっ、薄気味悪ぃ…」

 

何かありそうな中央に歩いて向かう。すると倒れてる人が見えてきた。

 

「!」

 

駆け足で駆け寄るとその人物の詳細が分かった。重要人物が()()()なら黒幕の大体想像がつく。しかし理由は分からない。

 

「ッ!!」

 

思い切りこちらを見たその人は袖に隠し持っていたであろう悪魔の死体からむしり取った爪で喉を目掛けて突いてくる。しかしそんなスピードでは仕留めきれず、呆気なく手を掴まれる事でその人、雪ノ下陽乃の奇襲は幕を閉じた。

 

「ひき、がや…くん…?」

 

「話は後、逃げますよ」

 

「きゃっ」

 

お姫様抱っこ…ではなく、首に巻き付けるように担ぐ。これなら戦えない事もない。

 

「ろまんが、ない、なぁ……」

 

「ごちゃごちゃ言ってると舌噛みますよ」

 

パチパチパチ…

 

出口に向かって歩き出そうとすると拍手が室内に響き渡る。何事かと音のした方を見る。

 

「柱に隠れてると祝う意味ないだろ…雪ノ下」

 

「あら、そうかしら?貴方が影でされるのは陰口位だからこの位許容範囲よ…ゾンビ谷くん」

 

相変わらずの罵倒口調で影から出てきたのは今回の黒幕と思しき女、雪ノ下雪乃だった。

 




次回か次次回位に終わる予定です。


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#4 約束

言い訳をさせて下さい。
テストとか諸々で忙しかったんですーー!


「これはなんだ…雪ノ下」

 

周りに転がっている悪魔の死体を視線で指さす。よく考えてみたら殺した悪魔とは違い消滅していない為、生きてはいるのだろう。

 

「帰天に失敗した元人間よ、悪魔の出来損ないね」

 

ポケットに手を突っ込みながら淡々と説明した。

 

「帰天…?」

 

聞いた事のないワードだ。

 

「5年前に実家の会社が資金提供していた宗教都市フォルトゥナ。そこで密かに行われていた人間に悪魔の力を宿す儀式を転用したものよ。何を間違えたのかオリジナルに比べて成功率は低いけれど…より強力な個体を精製するのに成功したのよ」

 

「人…?()()()()()()()…」

 

じゃあ俺がさっきボコボコにしたのは人間だったのだろう。いや、オラリオでもこういうのは日時茶飯事だ。罪悪感は感じるが後悔はしてはいけない。アイツらは人の道から外れたのだから。

 

「そうよ、ほら、貴方の足元にいるのは…確か戸塚君だったわね」

 

「!!」

 

「一人で何とかできると思ったのかしら…ここまで辿り着いたご褒美に儀式を施したらこのザマよ。苦しみながら体の6割がゲル状になったわ」

 

「………」

 

「貴方が癒しと拝んでた人が悪魔の力にも耐えきれず肉塊になったのに怒ったかしら?」

 

足元の肉塊と化した戸塚を見下ろす。半分溶けたような悪魔の顔でも俺には最後の最後まで諦めていない顔に見えた。雪ノ下はその相変わらずの美貌で微笑む。しかし目は笑っていない。

 

「ゆきの…ちゃん…もう、やめよ?」

 

「黙りなさい、私は何としてでも計画を完遂させるわ。それが上に立つ人間の義務よ。貴女のような半端な人間と一緒にしないで頂戴」

 

雪ノ下がポケットから手を出すとポケットが握られていた。嫌な予感がし、それを撃ち抜こうと拳銃を取り出すがコンマの差でボタンを押されてしまった。

 

「ゆきのし!……た…」

 

「…………………………………」

 

揺れる部屋、音を立てて崩れゆく床崩壊する天井、様々な音が入り交じり彼女が何を言っているかは聞き取れないが、あぁ、きっとこういう事なのだろう。付き合いが長い(自身のこれまでの人付き合いから比較)とある程度分かってしまうのが怨めしい。

 

「必ず…殺してやる」

 

深く胸に誓うのであった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!

 

悪魔の群れを撃退し、各々が集まり状況を確認をしていた際に突然の揺れが研究所だけでなく千葉全体を襲う。

 

「なんだなんだ!?」

 

「凄い揺れ…」

 

「また沸いてくるんじゃねぇだろうなぁ?」

 

「皆さんまた何が出てくるか分かりません!警戒態勢を!」

 

「何が起こってるんだ…?」

 

「あ、あそこを!!」

 

命が指さした辺りを周りが注視する。地鳴りは段々強くなっていく。すると突然地面が割れ、巨大な塔が地中から生えてきた。止まることを知らない塔は何処までも伸びていった。暫くすると塔の成長も止まり、空には暗雲が立ち篭った。

 

「あれは…バベル!?」

 

そう、オラリオにいる人間なら誰しもが見違える建造物はバベルに似ていた。相互点を挙げればその色は黄色や緑といった明色がふんだんに使われた外壁。明るい色と相まっておどろおどろしすぎる雰囲気であった。

 

ヒュルルルル……

 

「ん?」

 

すると一同の上に黒い影が被さる。迎撃しようと全員が身構えるがその正体を確認したら安堵の息と共に武器を下げた。その影は時間と共に大きくなっていく。

 

ギャギャギャギャギャアアアア!!!

 

「うっぷ……」

 

一同のすぐ隣に赤いバイクと共に八幡が落ちてきた。魔腕を出しており、そこには葉山以外が知らない気絶している女性が握られていた。

 

「ハチマン!!」

 

ベル達が駆け寄る。単騎でカチ込んだハチマンの身を案じていたからだ。アイズも心無しか心配そうな顔をしている。

 

「どうした…怪我はしてないだろ?」

 

すると一同が顔を見合わせる。ベートも葉山と怪訝な顔をしている。するとアイズが自身の頭を指差しハチマンに確認を促す。

 

「頭?…………あふん」

 

すっと頭に手の平を置きそれを確認するとボロボロの革の手袋に真っ赤な血を付着させていた。いつ付いたんだ?と思考を巡らせていると白目を剥いてその場に倒れ伏した。

 

「「ハチマン!?」」

 

「ハチマン様!!」

 

「ハチマン殿!!」

 

「医務室に運ぼう、そこの陽乃さんも」

 

「私は…大丈夫…」

 

すっと、陽乃の目が開く。しかし一応の事もあり医務室に行き、そこの担当の人に診察をしてもらおうという事だ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「軽い衰弱状態だったようね、聞いた話、そんな所にいたらそうなってもおかしくないわ…よく頑張ったわね」

 

「ありがとうございます…」

 

保険の先生の鶴見先生の軽い診察によって安堵する陽乃…その周りには話を聞こうとオラリオ一同が集まっていた。

 

「問題は比企谷君よ、頭を強く打ってるわね…失血による気絶で済むといいのだけれど…絶対安静よ」

 

「分かりました…」

 

娘の様子を見に行くと言って鶴見先生は部屋を後にする。ベッドに横たわる比企谷を背に一同は話を聞く。

 

「自己紹介が遅れたわね、私の名前は雪ノ下陽乃」

 

「陽乃さん、聞かせてください。千葉に何が起こってるんてすか」

 

「事の発端は私の父、雪ノ下秋人と宗教国家のフォルトゥナが原因よ」

 

「フォルトゥナ?」

 

「ええ、その国はかなり特殊な神様を崇拝しててね、悪魔を崇拝しているの」

 

『『!!!!!』』

 

「その悪魔の名前は…スパーダ」

 

「スパーダ?ベル、聞いた事は?」

 

「ううん?」

 

オラリオ一同はスパーダを知らない為、頭にハテナを浮かべている。

 

「2000年前に正義に目覚めて魔界に反旗を翻し人間界を救った伝説の悪魔よ。当時隔たりのなかった魔界と人間界を分け隔て封印した私達人間にとっての英雄よ 」

 

「英雄…」

 

「そんな悪魔を崇拝しているフォルトゥナの頂点に君臨する教皇はやがてそんな神にも等しい悪魔の力を欲して禁忌に手を染めたの」

 

ゴクリ…誰かが唾を飲み込む。

 

「悪魔の力を人に降ろす儀式を編み出したのよ。フォルトゥナ崩壊の際に父の手下がその技術を盗んでそれを強化発展させた“帰天”…そして父も悪魔の力に魅入ったの。研究所の地下深くに塔を建設、最深部には父が創造したハリボテの悪魔の体が設置され、その真上には帰天の儀式場。スイッチを押せば塔が地下から地上に生え、より大掛かりな儀式を執り行える。地下じゃ狭すぎるからね計画発動までのカウントダウンか始まった頃にクーデターが起こった。私の妹…雪ノ下雪乃が父に引き金を引いたの。計画は見事に乗っ取られて千葉が特殊結界と内側から発信できなくても外側が見れる電波網が張られた。後はついでに盗んだ技術の極小地獄門で雑魚悪魔達に千葉を恐怖に陥れた。後は適当な人間に帰天を施して、成功したなら部下に、失敗したなら人造悪魔の肉になる…そして計画は塔の起動と共に最終段階に入った…これが全てよ」

 

陽乃の長い話が終わり、オラリオ一同は黙り込む。そこに慌ただしい足音が近づいてきた。

 

「大変だ!皆の衆!!」

 

ベージュのコートを荒立てながら医務室に駆け込んできたのは材木座義輝だった。

 

「材木座君、何があったんだ?」

 

「コンピュータ室に来れば分かる。っ…八幡は…」

 

「軽い気絶だよ、すぐに起きるさ」

 

「分かった…着いて来てくれ」

 

八幡独りを残してコンピュータ室に向かう。アイズは別にいいと言い残し、ハチマンの傍に座り彼の手を握っていた。

 

「これを見てくれ」

 

モニターに映し出された映像は塔の頂上を写していた。なんでこんな光景が見れるのか心底不思議に思っている一同を察し、材木座が適当にはぐらかす。頂上には丸く黒く、そして大きな繭のようなものが赤い光と共に鼓動していた。

 

「あれが…雪乃ちゃん…」

 

「なんと…雪ノ下嬢であったか!!ここに居ないと思ってたら…ならば由比ヶ浜氏とも繋がってるかもしれぬなぁ」

 

「目標は分かった…要はアレをぶっ潰しゃいいんだろぉ?」

 

「今は無理ね」

 

陽乃が断言する。

 

「あ?んでだよ」

 

「今現在あの繭の中には大量の魔力が流れているわ。下手に刺激を加えると周りの街に被害が出かねないわ…殺すなら羽化した直後ね」

 

「そんな…殺すなんて」

 

「ごめんなさい…でもあの子は沢山の人の命を弄んだわ。到底許される行為じゃない…止めたとしても待ち受けるのは苦しい死。知らない人に殺されるより知ってる人に殺された方がまだ幸せよ」

 

「じゃあ…誰が命を奪うんですか…?」

 

「………比企谷君よ」

 

『『『!!!!!』』』

 

「ダメですよ!!ハチマンに人殺しなんて…させられません!!」

 

ベルが激しく抗議する。ヘスティア・ファミリアのメンバーも同意したような顔をしている。

 

「だったら僕が立候補しますよ。雪乃ちゃんとは知らない仲じゃないからね」

 

「隼人はあの子に嫌われてるじゃない…それに、貴方にあんな動きができるかしら?」

 

「あんな動き?」

 

「瓦礫から瓦礫へと飛び移る運動神経、私に傷一つ付けないように計算尽くで落ちてくる大量の瓦礫を撃ち落とす反射神経、自分をどこまでも犠牲にできる残酷さ…貴方は持ち合わせているかしら?」

 

「っ……」

 

押し黙る葉山…その場の空気は重く、暗くなっていた。

 

「俺が…殺ります」

 

声のした方を向くと入口に比企谷八幡とアイズ・ヴァレンシュタインが立っていた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「またここか……」

 

最初はウユニ塩湖の様な綺麗な精神世界だった筈なのにいつの間にか俺の立っている水面は黒くドロドロとしたものに変わり空は暗雲に閉ざされていた。両開きの扉はどちらも30度位開き、無理矢理体を捻り入れれば入りそうな気がする。もっと開けば強さを手に入れられるのだろうか。

 

「予想は当たっているが死ぬ程痛みを味わうからやめとけ」

 

「アンタか…」

 

「ああ、にしてもとんでもない巡り合わせだな、因縁の女がラスボスか…人生生きてりゃこんな事あんだな」

 

「アンタにもそんな経験があるのか?」

 

「いや、あー…一人滅茶苦茶面倒臭い女がいたな…ワンナイトラブな関係だったが相手さんは俺にベタ惚れしたのか執着してきて困ったなぁ」

 

昔を振り返り懐かしむ扉の向こうの男。

 

「どう断ったんだ?」

 

「妻子がいるからゴメンなって」

 

「!!??アンタ結婚してたのか!?」

 

「まぁな、幸せな家庭だった」

 

ここ(精神世界)にいるって事はアンタ死んでるんだよな…平気なのか?」

 

「大丈夫と言えば嘘になるがアイツ等なら大丈夫だろう…なんせ俺の家族だからな。んな事よりお前の話だ、どうすんだよ雪ノ下って女」

 

「…殺すしかないだろ」

 

「それがお前の答えか…あの塔からとんでもない魔力量を感じる。人造悪魔か…洒落臭い」

 

「なんかマズイのか?その人造悪魔ってのに」

 

「自分のクローンとか作られたら気持ち悪いだろ…その延長線だ」

 

「そうか…」

 

「勝てそうか?」

 

「当たり前だ…勝負もまだ着いてないしな」

 

『勝ったものが敗者に何でも一つ命令できる権利を与えよう!』

 

「そんな事もあったな…そろそろ起きたらどうだ?お前の目覚めを待つ人間もいるしな」

 

「? 誰だ?」

 

「起きてからのお楽しみだ」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「むががががが…!!」

 

「むぅ…」

 

囁かな騒音がハッキリと聞こえてくると共に目を開けて騒音のする方を見ると後ろ姿のアイズが小さな女の子の頬を横に引っ張り少女は短い腕でアイズの腕を掴み小さな抵抗をしていた。

 

「おいおい、何してるんだ?」

 

「この子がハチマンの…//」

 

「むがががががが……」

 

「とりあえず手を離せよ…な?」

 

アイズが手を離すとアイズの背後でよく見えなかった少女の全貌が明らかになった。長い黒髪、落ち着いた目…鶴見留美だった。

 

「ルミルミか…どうしてここに?」

 

「おかあしゃんに…はちみゃんがここにいるってひいて…あと、ルミルミいふな」

 

ヒリヒリする頬を両手で撫でながら説明する。可愛い。

 

「お母さん…?鶴見先生の娘だったのか…驚いたなぁ。で、アイズはなんでルミルミに?」

 

「ルミルミッテイウn」

「ルミルミちゃんが…ハチマンのベッドに入ろうとしてたから…//」

 

俺史上初観測の顔を赤くするアイズ。

 

「……ルミルミはなんでベッドに?案件にでもする気?」

 

「それは…ハチマンが寒そうにしてたから…あとルミルm(以下省略)」

 

「こういうのをませがきってティオネが言ってた…!」

 

ちょっとティオネさん?純心なアイズに何吹き込んでるんですか?何故か分からないけど目のハイライトが消えかけてるんですけど?

 

「落ち着けよ…相手は子供だぞ?」

 

アイズとルミルミの間に割って入りアイズを制する。

 

「むぅ……」

 

そして何故か頬を膨らますルミルミ…

 

「そういえば他の奴らは?」

 

「こんぴゅーた?室に行ったよ」

 

「マジか、俺らも行くぞ」

 

脱がされていたコートとを手に取り、外されていた手袋を手の傷を隠すようにはめる。部屋を後にしようとすると持ってない方の袖を引かれる。犯人は確認せずとも分かる…この2人だ。

 

「何?袖引き小僧ならぬ袖引き小娘なの?」

 

「……また、戦うの?」

 

2人の顔は不安に塗れていた。

 

「もちろんだ…」

 

「どう、して?」

 

「剣や銃を握れる手がある。豊富な魔力が体を巡っている。ギルガメスが心臓になり鼓動を刻んでる。魂が叫ぶ、「守る為に戦え」って。ゴメンな…待たせてる奴がいるんだ」

 

いくぞ、とアイズに声を掛ける。今度は誰にも止められることなく部屋を後にする。

 

「八幡!!」

 

「?」

 

廊下にてルミルミに呼び止められる。

 

「死なないでね」

 

「おう、サンキューな、留美」

 

階段を登りコンピュータ室を目指す。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「俺がって…比企谷、何を言ってるのか分かってるのか?人を殺すんだぞ?」

 

葉山が比企谷に詰め寄る。

 

「そうだ、俺は雪ノ下雪乃や悪魔に魂を売った畜生共を殺さなくちゃいけない」

 

ベルとヴェルフとリリと命は不安そうに八幡を眺め、ベートは横目で八幡を見つめ、アイズは彼に何をしたらいいのか分からず困ったようにしている。

 

「次の戦いはさっきまでと比べ物にならない程キツくなる…お前達にどれだけ言われようと巻き込みたくない気持ちは変わらない…だから…俺の我儘に付き合ってくれ……クイック シルバー…」

 

時を止めた八幡は材木座と雪ノ下陽乃以外の人間の意識を首トンする事によって刈り取った。使われてないコードで手足を縛り空き教室に閉じ込めた。

 

「もう二度と顔向け…できないなぁ…」

 

どのような形であれ仲間に牙を向けた。その事実が八幡に深く刺さる。今まで受けたどんな傷より痛む。血も出てないのにどうしてこんなに痛むのだろうか、と屋上にて星空の元悩む。

 

「君が彼ら彼女等を大切に思ってるからだよ」

 

その答えを簡単に雪ノ下陽乃は出した。

 

「頭の中身見ないで貰えます?」

 

「ゴメンね…比企谷君」

 

深く謝る陽乃に振り向く八幡。彼女は八幡の元に歩み寄り彼の隣に座る。彼等の前には紫に光る繭があった。

 

「それは何に対してですか?」

 

「悪魔になったとはいえ人を…ましてや知り合いの女の子を殺さなくちゃいけない状況に持っていっちゃって…私が止められてたら…雪乃ちゃんを…キャッ」

 

彼女が最後まで言い切るのを八幡は彼女を片手で抱き寄せる形で遮った。抱かれた陽乃には見えないが八幡は闇夜でも分かる程顔が赤くなり手が震えていた。

 

「は、陽乃さん…そこから先は言っちゃいけません。アンタはこれでも姉なんだ。家族なんだ。言っちゃいけない…と思います。安心して下さい、雪ノ下は俺がちゃんと息の根を止めますから…」

 

震える彼の手に陽乃も自分の手を重ねる。

 

(恐いのね…これから人殺しをするのが…家族のような仲間に二度と会えなくなるのが…)

 

暖かい彼の胸に顔を疼くめること数十分。

 

「比企谷君…ありがとう」

 

悩みを振り切った彼女の唇が彼の頬に触れる。

 

「なっ!?///」

 

「さっきのお返しだよ、じゃあ私は寝るね//」

 

屋内に戻っていく陽乃の背中を八幡はただ見つめる。後ろで繭が一瞬だけより一層の輝きを放っているのを知らずに…。




如何でしたか?面白かったと思ってもらえたら高評価と感想をお願いします!!


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#5 参戦

遅れました!
いやー、物語考えるのって難しいですね!改めて作家さんには感謝しかありません。


ゴオオオオオオオォォォォ……

 

「朝が来た…繭もそろそろ羽化するのか光が強くなってきた……」

 

「むぐぐ…」

 

しゃがみこんでベルの目を見る。目の前で縛られてるベルは怒りに震えておらず制止するように目で訴えかけていた。他の奴らも同様だ。ベートや葉山も珍しく拘束を解こうともがいてる。

 

「猿轡されて喋れないし鎖でギッチギチに固められて動けなくて不便なのは分かってる…安心してくれ、何も死ぬまでって訳じゃない…全部終わったら雪ノ下さんか材木座が拘束を解きに来てくれる。それまで大人しくしててくれよな」

 

「むーーー!!!(行っちゃダメだ!ハチマン!!)」

 

立ち上がり教室を後にする。廊下を歩いていると壁にもたれかかっている川崎がいた。

 

「アンタが突入したせいであの塔が出てきたんだって外は暴動が起きてるよ…」

 

「だろうな」

 

「ホントは気付いてるんだよ…アンタのせいじゃないって…でも今まで溜まっていたストレスとか鬱憤の矛先がアンタに向かってるだけ…バカみたいだよね」

 

「人らしいな…」

 

「着いてくよ」

 

「…物好きだな、好きにしろ」

 

川崎が一歩前を行く。昇降口を出ると校庭に出ていた避難民達の視線は俺に刺さる。ありとあらゆる罵詈雑言が飛び交う。

 

「お前はここにいろ」

 

「でも…」

 

「気持ちは受け取った…今の俺にはそれで充分だ。これ以上もらったらパンクしちまう」

 

川崎は昇降口に立ち尽くし俺は校門に向かって歩き出す。

 

「お前のせいで…!!」

「どうして…」

「死ね…」

 

しかし誰一人として俺を止めようとしない…否、止められないのだ。避難民達からしたら俺は人の形をした得体の知れない化け物なのだから。

 

「アンタさえ産まなきゃよかった…」

 

材木座が用意してくれたのか校門前にバイクが停めてある。ピカピカに磨かれており、頑張れ、と書かれたメモがハンドルに貼られていた。

 

「………」

 

バイクにまたがりエンジンを着ける。そんな俺に小さな影が幾つも飛んでくる。石だ、頭やバイクに当たりそうになるがギルガメスをほんの少しだけ展開し受け止める。

 

「はぁ……」

 

ホルスターに手をかけ拳銃を取り出し空に向かって一発撃つ。すると罵詈雑言だった雑音は悲鳴へと変わり体育館内に引っ込んでいく。

 

「ははっ…いい大人が恥ずかしくねぇのかよ」

 

アクセルを捻りトップスピードで走り出す。暫く真っ直ぐ走ってると徐にブレーキをかけた。進行方向に対して垂直にドリフトしながら車体を停めた。所謂バイクスライドブレーキだ。進行方向の延長線上に5つの影があったからだ。

 

「残り約2キロってところで…」

 

順に平塚静、三浦優美子、由比ヶ浜結衣、戸部翔、相模南がいた。塔からは蝗害のように悪魔が沸いて俺の方に向かってきた。

 

「さてと…頑張るぞい」

 

さぁ、明日を掴み取ろう。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

窓から紫の光が洩れる。ハチマンが戦闘を開始したのだ。空を埋め尽くさんとする悪魔をビームや銃を駆使して殲滅している。

 

「おーおー、やってるなァ…」

 

「「「「!!!」」」」

 

「なんでこんな所に!?って顔だな…まぁ猿轡位は取ってやるか…ほれ、どうだ喋れるか白兎」

 

「なんでここにいるんですか、アラル神父!」

 

一同の前には初老の神父服を着た男がいやらしく笑って立っていた。

 

「マキャヴェリとは古い知り合いでな、話聞いたら気になったから来ちまったよ」

 

「お願いです!鎖を解いてください!!このままじゃハチマンが死んじゃいます!」

 

しかしそんな要望を嘲笑うアラストル。ベル以外の面子はアラルを睨んでいる。

 

「そいつはできない相談だな」

 

「どうして…」

 

「アイツにはさぁ…強くなって貰わなきゃ困るんだよ」

 

「でもハチマンは十分「黙れ」っ……」

 

「確かにお前らのものさしで計ればアイツは強いのかもしれない。でもな、そんなんじゃ足りねーんだよ」

 

「?」

 

「ま、そこで指咥えながら見てな…あ、縛られてるんだっけな?ギャーハッハッハッハッハッ!!!」

 

「………」

 

電に包まれアラルは姿を消した。

 

「どうしよう……」

 

トン…

 

悩むベルにヴェルフが軽くベルに体当たりする。彼の目は諦めていなかった。

 

「ケプコン!ケプコン!」

 

そこに外からわざとらし過ぎる咳払いが聞こえた。

 

「材木座さん」

 

「んんッ…//さん付けで呼ばれるなど幾年ぶりか…」

 

「解いて下さい…お願いです。ハチマンが死んじゃいます…!」

 

頭を地面に擦り付け懇願するベル。

 

「あ、あ、頭を上げてくれ!…分かったから……我は別に八幡の全てに賛同してる訳じゃない。彼奴の強さを求める姿勢には関心している。だがな…今の奴は追い詰められてる。また自分を犠牲にするかもしれない」

 

意図も容易く拘束を解く材木座。

 

「頼む…八幡を正しい強さへと導いてくれ。あのままじゃ八幡は羅刹になってしまう」

 

「はい…ありがとうございます!材木座さん!」

 

「ハチマンの事は俺達に任せろ」

 

「必ず連れ戻しますから!」

 

「今は安全に務めて下さい」

 

「ハチマン…」

 

「ちっ…飯の借りもあるからな」

 

各々一言ずつ呟きながら窓から飛び降り学校を後にする。

 

「ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!!」

 

「「「「「「!!!??」」」」」」

 

突如空気を震わせる咆哮が聞こえた。

その場にいる全員に殺気がビリビリと伝わる。

 

「あの声……」

 

「ハチマン…?」

 

「急ごう…」

 

殺気がした方へと一同は向かう。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「うおおおおおおおお!!!!」

 

背中の化身と共に目に付く悪魔を片っ端から切り刻みちぎって撃ち抜いていく。次から次へと鬱陶しいったらありゃしない。

 

「ぐあッ!!」

 

極めつけはこれだ、雑魚悪魔の相手をしていれば圏外から悪魔と化した由比ヶ浜や平塚先生とかからちまちま攻撃される。

 

「あははは!!ヒッキーどう!?アタシこーんなに強いんだよォ!!」

 

「ふはははははは!!圧倒的じゃなイカ!!ワレラハ!」

 

「海老名さんのかたきぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

「ひぃきぃがぁやあああああああ!!!」

 

「フゥ…フゥ…フゥ…!!!」

 

「チィッ!!!」

 

腕から光線を放つがやはり雑魚悪魔達が盾となって攻撃を塞ぐ。多勢に無勢…俺の魔力は残り僅かとなっていた。

 

「邪魔すんじゃねぇ…!!」

 

フォースエッジを構えて由比ヶ浜の元に飛んでいく。雑魚悪魔がさせまいと飛んでくるのを足場として利用して更に加速する。

 

ガキン!!

 

フォースエッジは由比ヶ浜のでかい爪と衝突して鈍い音を発する。こいつら、薄々勘づいていたが昨日よりも格段に強くなっている。レベルに換算するなら4…か。

 

「あはは!ヒッキーィ、独りぼっちなのに勝てるなんて思ってるのォ!?むりダヨォ!ギャッ!!」

 

ベオウルフで腹に一発蹴りを入れて由比ヶ浜を吹き飛ばす。

 

「衝撃ノォォ!!ファーストブリットォォォォ!!」

 

「がああッ!!」

 

とんでもない拳が後ろから繰り出されモロに後頭部に当たり地面に落とされる。この技…平塚先生か。彼女の攻撃に特化した右手は脅威だ。

 

「もう諦めたらどう?ヒキオォ…戸部はどうだか知らないけど痛くないように殺してあげられるよ」

 

あまり積極的に攻撃してこない三浦に槍を突き付けられる。周りには悪魔達が俺を眺めている。くたばるのを待っている様だ。

 

「君も見れば分かるだろ?詰みだ」

 

そこに平塚先生も現れる。口からダラダラと涎を垂らしてる戸部も虚ろな目で何かしらを呟いてる相模も。由比ヶ浜も。勝ったつもりなのだろう。

 

「悪いな…約束が俺を待ってるんだよ。邪魔するお前達は…消えろ」

 

(開くのか…?)

頭に声が響く。

 

「ああ…」

 

……………………………………

……………………………………

……………………………………

 

扉がゆっくりと開かれる。

 

黒くドロドロとした物が俺の体を包む。

 

激しい痛みと苦しみが俺を抱きしめる。

 

意識が遠のいていく……。

 

……………………………………

……………………………………

……………………………………

 

「があああああああああッ…!!!」

 

異変が起こったのは直後だった。比企谷八幡の体に赤い稲妻が走り出すと同時に激しく苦しむ。

 

「あはははは…どぉしたのヒッキー?」

「そこまでして我々を止める気か?」

「ぐふふふ…もぉっと苦しめぇ!比企谷ァ!!」

「戸部ェ…自重しろし…」

「……………」ブツブツ

 

「はァッ!はァッ!はァッ!グっガッ…あ゛ッ゛…」

 

やがて全身のあちこちから黒い泥の様なものが溢れる。やがてそれは身体を包み込み、鋭利な身体を形成する。真っ赤な目が標的をじっと睨む。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛ッ……う゛ぅ…ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ゥ゛…ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!!」

 

叫びか咆哮と共に発せられた黒い波動が空気を走り悪魔を霧散させる。帰天の悪魔達ダメージこそ受けど間一髪彼から離れる事が出来た。

 

「センセー、ナニアレ!?」

「分カラン…禍々シイ魔力…本能が恐怖スル」

 

「調子二乗ルナァァァ!!」

 

激しい歯ぎしりをしながら戸部が比企谷?に飛びかかる。今までの八幡なら止めるので精一杯なのを黒い影は片手でピタリと受け止めた。

 

「ァレ…?」

 

「…………」

 

掴んでいない方の手を思い切り振りかぶり戸部の顔面に拳をめり込ませる。戸部は掴まれていた右腕を残して家から家を突き破りながら吹き飛んだ。

 

「………………」

 

「相手ハ独リ!」

 

「かかれ!!」

 

怯んでいた悪魔達が比企谷に襲いかかろうとした時だった。

 

「ファイアボルトォォ!!」

 

赤と白の稲妻が悪魔を塵に変えた。

 

「ナンダシ!!」

 

「グルゥゥ……」

 

稲妻が出た所には7つの影があった。

 

「比企谷!!」

 

「隼人君…ヤッパリセンセーの言ってた通りだった…」

 

「…ッ…イケ!!アイツラヲ殺セ!」

 

三浦の命令により雑魚悪魔達はベル達のいる所へと向かうが。そんな事を許さない影が一つあった。

 

「…………………」

 

閻魔刀を乱暴に振り回し魔力による斬撃を多数放ち悪魔を切り刻んだ。尽かさず彼の背中からドス黒く大きな手が目にも留まらぬ速さで伸び由比ヶ浜を掴んだ。

 

「グゥッ……」

 

「由比ヶ浜!!」

 

「………………………」

 

黒い手は彼女を引き寄せる。そして比企谷の足のレンジに入ったらミドルキックを放ち塔方面に蹴り飛ばした。

 

そしてとどめを刺すつもりか雪ノ下の元へと向かおうとしているのか比企谷を包んだ影は塔へと寡黙に歩いて行こうとした。

 

「ッ……サガミ!!」

 

平塚の命令により彼の前に立ち塞がる。

 

「…………」ブツブツ

 

虫の羽音より小さい声で呟きながら彼の元へと歩いていく相模南。近付くにつれて彼女の体は泡が沸騰したように膨れ上がり原型すら留めていない不定形の悪魔へと姿を変える。

 

「サガミの中には生きた人間がソノママ入ってる。ヒキヲ、アンタに人が殺せる?」

 

『助けて…殺して…ママァ…アナタァ…苦しいよォ…痛いィ……』

 

「なに…あれ…」

 

「生きたまま取り込まれた人間だ、助かる方法は無い…」

 

「こんな残酷な事ってありますかッ!!」

 

「惨い…」

 

「………」

 

「悪趣味な奴だ…」

 

悲痛な叫びが辺りに響く。

影は黙ってそれを見つめている。

 

『うあああ…殺してェ…ッ!!ぎゃああああ!!』

 

突如相模の体に影がベオウルフを纏った拳をねじ込んだ。大して固くもない相模の皮膚は容易く突き破られ、血飛沫が影にビチャビチャと掛かった。

 

グチャ!

 

グチャ!

 

グチャ!

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あぁ!!!」

 

何度も何度も何度も拳を突き出した。

叫びにしっかりと耳を傾けて。

乱暴にではなく、一回一回、自分に戒めるように。

慈悲を以て、命を刈り取った。

 

「ヒキガヤァァァ!!!」

 

そこに突如戸部が現れた。

掴まれた右腕は再生する事はなく、殴られた顔の半分はグチャグチャにかき混ぜられ、胴体には女性のような顔が浮かび上がっている。

醜悪な姿に拍車がかかった戸部はそれでも罪なき命を刈り取っている影へと向かう。

 

BAN!!

Bang!

シュイン!!

 

そんな戸部の頭を捉えた3つの凶弾と1本の剣。

 

「あれは!!」

 

「幻影剣!?」

 

頭に刺さった。見覚えのある魔の力に比企谷八幡の戦いを知る者たちは驚愕する。そして飛んで来たと思われる方を見つめると遠くから鉄の塊が走ってくる。

 

ブオオオオオオン!!!

 

「今度はナンダ!!」

 

「あれは…モーターホーム?」

 

「もーたーほーむ?」

 

「車ってあっただろ?あれとワンルーム位の部屋がくっついた奴さ」

 

「ほー、便利なもんだなぁ」

 

「お二人はなーに呑気に喋ってるんですか!」

 

葉山とヴェルフの会話にリリルカが突っ込む。

 

モーターホームは影の手前10mで横向きに滑りながら止まった。すると横に飾られていたネオンが青々しく光る。

 

「あれは…なんて書いてあるの?」

 

「ぜんっぜん読めねぇ…」

 

「デビル……メイ、クライ」

 

扉が乱暴に開くと3人飛び出してきた。

 

「おいネロ!!もう少しマトモな運転はできねぇのか!?子鹿でももっと上手いぞ!」

 

「うっせぇよダンテ!無免許なんだから仕方ねーだろ!」

 

「お前からも何か言ってやれよバージル、親だろ!」

 

「俺から言う事は無い…」

 

喧嘩しながら出てきた3人組、ネロと呼ばれた青年は青いジャケットコート。ダンテと叫ばれた初老の男性は茶色のコート。バージルと話題を振られた初老の男性は紺色のコート。

 

「ギャアアアアアアア!!」

 

そんなギャグい空間も相模の叫び声によって掻き消された。比企谷が首を引きちぎったからだ。

 

そして3人に一瞥することも無く塔へと向かう。されどさせまいと雑魚悪魔達は群れを成して一帯を囲む。

 

「おいアンタら!ありゃなんだ!」

 

「な、仲間のハチマンです!黒くなって、様子がおかしくて…」

 

「そっちじゃねぇけど、仕方ねぇ、ここは俺達に任せろ!アンタらはお仲間を何とかしろ!」

 

「はい!!ありがとうございます!」

 

「素直に言われると調子狂うな…」

 

ポリポリと頬を掻くネロ。

 

「俺達…ねぇ。言うようになったなぁ」

 

「んだよ、たまには共闘もいいだろ。報酬は前払いでもらってんだからよ、楽できりゃ得だ」

 

「ふん、まぁいい…おいダンテ、どっちが多く倒せるか勝負だ」

 

「なんだ?俺にリードされてんのが気に食わないのか?」

 

「馬鹿言うな!同点だったはずだ。数をちょろまかすな」

 

「へいへい…じゃ、行くぜ!」

 

「セコいぞダンテ!」

 

飛び上がったダンテに釣られてバージルも飛び上がる。

 

「はぁ、仲が良いのか悪いのか…」

 

こめかみを押えながらネロも戦闘に参加するのであった。

 




いかがでしたか?例の3人が参戦です!
この話が書きたかった!


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#6 雪の女王

最近カップ麺にどハマりしました。
個人的にカップヌードル醤油味が好きなんですけど皆さんは何が好きですか?


「………………」

 

「ハチマン…」

 

ベル、リリルカ、ヴェルフ、命、アイズ、ベート、葉山、そして八幡。両者睨み合いの状態が続いている。後ろではダンテ、バージル、ネロのドンパチが繰り広げられている。

 

「力ずくで止めるしかないな…」

 

「葉山さん…」

 

「今の比企谷は自分の魂に意識を乗っ取られている、ある程度のダメージを与えて比企谷を引きずり出すのが最善だろう」

 

葉山が前に出ると同時にその体に比企谷と似て非なる銀色のギルガメスが纏われる。以前のネオ・アンジェロをベースにシャープな鎧に右手に

巨大なドリルが着いている。

 

「ネオ・アンジェロ・ライガー…今の姿の名前さ」

 

「何っ!?」

「プフーーー!!」

 

声の主はダンテとバージルだ。ダンテは腹を抱えて笑っているのに対してバージルはプルプルと震えている。

 

「バージルの野郎黒歴史ほじくられてやんの〜」

 

「…………」フルフル

 

「うっさいぞダンテ!マジメに戦ったらどうなんッフフフ」

 

「ネロ!」

 

ダンテを咎めようとしたネロもつられて笑う。それもそうだろう。実父の黒歴史が魔改造されて、しかもドヤ顔で登場したのだから。

 

「………」

 

「葉山…さん?」

 

「行くぞ比企谷ァァァ!!!」

 

『『『ぎゃ、逆ギレ…』』』

 

「ドリル!!アタァァァァック!!!」

 

右手のドリルが勢い良く発射される。そのまま真っ直ぐ比企谷の元へと飛んでいくが…残念だった、ドリルアタックの命中率は平塚先生が身を固められる位有り得ない確率なのだ。古事記にも書かれている。

 

ぺしっ

 

「あぶねっ!気を付けろ!」

 

そんなドリルアタックは比企谷のビンタ一つであらぬ方向に飛んで行った。

 

「そんなっ!?」

 

すっかり意気消沈する葉山。影の比企谷も頬を掻いて気まずそうにしている。

 

「…こうなったら、僕が行きます」

 

「ベル…」

 

「さて、ハチマン…2者面談をしよう」

 

ベルがナイフを構えて歩み寄ると後ろからも着いてくる音がした。

 

「悪いなベル、7者面談だ」

 

「ハチマン様を助けたいのは私達も同じです。全力でサポートします」

 

「すみませんハチマン殿、これは私のわがままです。私はまた貴方と共に戦いたいです」

 

「ハチマン…何となくだけど分かる。そこから先に行っちゃダメだよ」

 

「ハッ、今までの鬱憤テメーで晴らせるなんて最高かよ」

 

1人ちょっとおかしいが頼もしい味方が増えた。葉山は隅っこでまだいじけている。

 

『『『行くよ(ます)(ぜ)』』』

 

初撃はベルだった。距離を詰めてナイフを振るうが後ろに反る事で避けられる。そこをしゃがんで回し蹴りをする。…がそれすらも予見されていたかのようにバク転で避けられる。

 

「らぁッ!」

 

比企谷が着地した所にベートのかかと落としが上空から迫るが背中から生えた魔腕により掴まれる。

 

「すまん比企谷、耐えてくれ…燃え尽きろ、外法の業〜ウィル・オ・ウィスプ!」

 

ヴェルフの魔法により魔腕を中心に爆発が起きた。咄嗟の事でもベートは離脱できたが比企谷は爆発に飲まれた。

 

「やったか…!」

 

「それダメな台詞です!!」

 

爆煙を切り裂き比企谷はヴェルフに飛びかかろうとするがその肩をリリルカが放ったボウガンのボルトが当たった。

 

「…………」

 

「ひっ、こここ、こっちです!」

 

お望みとあらばと言わんばかりにリリルカに飛びかかる。そこに物陰に隠れていた命が魔法を発動させる。

 

「ッ…フツノミタマ!!」

 

一瞬比企谷の膝が地面に着く。封じ込めに成功したかと思われたが全然そんなことはなくちょっとしたら直ぐに立ち上がった。

 

「……………」

 

チャキ……

 

オンブラ銃口が命の元に向く。

 

BAN!!

 

「ッ!!!」

 

しかし命に弾は当たることはなくその後ろの隠れていた悪魔に当たった。脳天を打ち砕いており、悪魔は塵へと変貌した。命の魔法が切れ、比企谷は塔へと歩いて行こうとした時だった。

 

「ふっ……」

「ああッ!!」

 

そこに後ろからアイズとベルが切りかかる。

 

ガキン!!!

 

「…………」

 

ベルのナイフをリベリオン、アイズのサーベルを閻魔刀で受け止める。

 

「お願いハチマン…戻って…!!」

 

「一緒に高みへって…約束したでしょ!?」

 

ギン!!

 

「「ッ!!!」」

 

そのまま弾かれ後ろへと少し飛ばされる。姿勢を崩す事無く視線は比企谷へと向いている。比企谷はリベリオンと閻魔刀を構えている。

 

「………ッ!!」

 

ズシャァァァッ!!!

 

すると比企谷の胸から2本の刃が生えてくる。否、後ろから突き刺されたのだ。その刀の剣身は彼が今持っている剣と同じだった。

 

「閻魔刀…なぜ二振りも……」

 

「ハチマン!!」

 

刺した犯人は明確。後ろに立っているダンテとバージルが物語っている。

 

「おい、ソイツは仲間に向けて使うもんじゃないだろ?」

 

ダンテの手が八幡のリベリオンを持つ手に重なる。

 

「貴様の力は、こんな事に使うのか?」

 

バージルの手が八幡の閻魔刀を持つ手に重なる。

 

「……………………」

 

八幡の手はぐったりと地面に座り込んでしまい戦意は全く感じられなくなった。

 

「今だ、クラネル君」

 

「はい……!」

 

ナイフを収め彼の元へ歩いていく。

 

ーあの頃を思い出す。

 

ー初めて会った時もこんな感じだったよね?

 

ーあの時は置いて行って逃げてごめん

 

ーもう逃げないよ

 

「八幡…」

 

「…………」

 

「八幡が背負ってる物、半分くらい分けてよ」

 

「………」

 

「大丈夫、僕は英雄になるまで死なないから」

 

「…」

 

「冒険をしようよ」

「戻ってこい!ハチマン!」

「ハチマン様!」

「ハチマン殿!」

 

「…………」

 

「ビ ッ゛ギ イ゛イ゛イ゛イ゛!!!」

 

すると奥から猛スピードで由比ヶ浜が八幡へと飛んできた。その爪が近くのベルに振り下ろされそうになった。

 

「感動の再開だぞ由比ヶ浜…空気を読むのはお前の特技だろうに」

 

その爪を掴んだのは比企谷八幡だった。体は黒に染まってはいなく髪が銀色に染まりきっており目が赤みがかっている事しか変化がない。

 

「ッ!!…ハチマン!」

 

「泣くなよベル、男前が台無しだぞ」

 

袖で目を拭い八幡の隣に立つ。寄ってきた悪魔を迎撃していたヴェルフやリリルカや命、ベートとアイズと葉山も近くに来た。由比ヶ浜はどこかに投げた。

 

「皆、 迷惑かけた」

 

「こんくらい大した事ねーよ!」

 

「ありがとう、ヴェルフ」

 

「へへっ」

 

鼻を啜るヴェルフの肩を叩く。

 

「私達が迷惑を掛けてばかりなので寧ろ安心です!」

 

「心強さに救われるぞ、リリルカ」

 

「えへへ」

 

満面の笑みで喜ぶリリルカの頭を撫でる。

 

「仲間ですから、お供するのは当たり前です!」

 

「その誠実さ、好きだぞ。命さん」

 

「ふええ!?///」

 

何故か顔を赤くする命に疑問を抱く。

 

「バカヤロー」

 

「今度美味いもん山ほど作ってやるよ」

 

「オムライス200個だ」

 

ベートの食欲に遠くない自分に激励を飛ばす。

 

「むぅ……」

 

「あの、アイズさん?」

 

「ずるい……」

 

「えぇ……」

 

「じゃが丸君…」

 

「……任せろ」

 

「それだけじゃない」

 

「うおっ」

 

アイズに手を掴まれ自分の頭に置かれる。

 

「僕は続けても良いんだよ?」

 

「もう大丈夫だろう…葉山」

 

「どうした?」

 

「こ、これ程お前と知り合えて良かったと思える日は無かった。昔の俺が見りゃ卒倒する位にはな」

 

「奇遇だね、僕もだ」

 

互いに笑い拳を合わせる。

そして後ろを向き初老の2人に向き合う。

 

「返すぞ」

 

胸に突き刺さった剣を抜き二人に投げ返す。

 

「…苦労をかけた」

 

「「!!!」」

 

「…お詫びにハグする?」

 

「ハグって歳じゃねぇよ」

「余り調子に乗るな」

 

銃弾と幻影剣を飛ばされるがフォースエッジを取り出して回転させることで弾いた。やれやれ、と今度は全員で塔に向き直る。

 

「目標は変わらず雪ノ下雪乃改めつぎはぎ悪魔の殺害、並びに奴を護衛する悪魔の掃討。これによる千葉県の魔境化回避だ」

 

一呼吸置く。比企谷の隣にはみんながいる。あれ程嫌っていながらも欲しかった()()()が。

 

「みんな…死ぬなよ」

 

『『『誰に!!』』』

 

わらわらと寄ってくる雑魚悪魔。その中には生き残っていた平塚と三浦とボロボロの由比ヶ浜がいた。

 

「行くぞ、ミュージックスタート」

 

【♪Devil Never Cry♪】

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

塔へ全員で走る。ダンテ、バージル、ネロといった3色御三家は雑魚悪魔を狩るらしい。

 

『ギギギギギ!!』

 

「燃え尽きろ!外法の業…ウィル・オ・ウィスプ!」

 

雑魚悪魔が口からビーム?を出そうとした所にヴェルフの魔法で自爆する。取り込まれてた時うっすら覚えてたけどそれ強いよね。

 

「とにかくハチマンはボス戦まで戦うな!道は俺達が切り開く!」

 

「ヴェルフ…」

 

「このセリフ、言ってみたかった…!」

 

「一応死亡フラグだから気を付けろよ…」

 

すると上空から迫る影があった。

 

「ギイィイィィィイイイ!!!」

 

「邪魔です!!!!」

 

リリルカがボウガンで頭をぶち抜いて仕留める。怖、今度から怒らせないようにしよっと。

 

「見えてきました!塔のふもとです!あっ!!」

 

彼女が指さした先には塔のふもとで待ち構えている平塚先生、三浦、人を食ったのか欠けた体が治ってきている由比ヶ浜がいた。どれも人間態なのが気掛かりだ。

 

「ここが相手の最終防衛ラインなのでしょうか…」

 

「つまりここを突破すれば大丈夫…」

 

命とアイズが飛んできた悪魔を当時に切り殺す。やだ、カッコよすぎる…。

 

「よそ見をするな!」

 

近くで隠れていた複数の悪魔を青い魔力で構成された悪魔が刀のような物で切り殺す。声からしてバージルだろうと予想はついた。いいなぁそれ、後で真似してみよっと。

 

「サンキュー」

 

「……ふん」

 

そう言いながらも尻尾はパタパタさせてんの可愛いやん。そうこうしているうちに平塚先生達と対峙した。

 

「先生、どいてくれませんか?」

 

「そう言われてどく奴は今までにいたか?比企谷」

 

「いませんね…新展開開拓してどいてくれませんか?」

 

「悪いな比企谷…私はいつまでも王道系が好きなのだよ」

 

「そうですか……そうでしたね」

 

「君も厄介なのを内に秘めている様だ。お仲間に迷惑が掛かるんじゃないのか?さっきみたいに」

 

「そうですね…俺も、さっきまでそう侮ってましたよ。でもまぁ、その、今度はちゃんと止めてくれますよ…コイツらは」

 

「そうかそうか……実はな、君を奉仕部に入れた理由は面倒事を押し付ける手軽な駒が欲しかった三割、生意気な君の更生三割、雪ノ下の良き友になれる器だったからという三割があったからなんだ」

 

「残り一割、忘れてますよ」

 

「はっ、君に言うつもりはないよ」

 

平塚先生の体が、会話を黙って聞いていた三浦が、体が9割治った由比ヶ浜が光出した。光が収束すると悪魔と化した3人がいた。

 

「ハチマンは上に行くことだけを考えて」

 

「いいのか?」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

「ありがとな」

 

『撃滅ノォ…セカンドッ!!ブリッドォォォ!!!』

 

平塚悪魔が拳を地面に叩きつけると俺のいた所の地面が急に盛り上がって俺の体が宙に投げ出された。そしてそれを利用し塔にしがみつく事に成功した。そしてそのままよじ登って頂上を目指す。

 

「我ながらだせぇ…」

 

気分はゴキブリ…壁にひっついてカサカサと動き回る。そしていきなり後ろからスプレーやらはえ叩きで叩かれるのだ。

 

『ギエエエエエ!』

 

「ん?」

 

後ろを見ると雑魚悪魔が口からビームを出されそうになる。あれ?これって結構マズイ状況なのでは?

 

「ハチマン!!あいつを捕まえろ!リリ助!」

 

「分かりました!!」

 

「訳分からんが分かった」

 

今にもビームを撃とうとしている悪魔を捕まえるべく飛び上がって上から悪魔に迫る。

 

「やああああああっ!!」

 

するとリリルカがブーメランの容量で車のドアを俺と悪魔の間に投げてきた。その小さな体から想像できないがいつもデカいバックパックを背負っている為一応頷ける。

 

「ウィル・オ・ウィスプ!!」

 

『ギえっ!!??』

 

「え」

 

するとドア越しでデカい爆発が起き、ドアにへばりつきながら俺は更に上へと飛ばされた。

 

「ぎゃあああああ!!」

 

「ギャーギャーうるせーぞ!クソザコナメクジ!」

 

すると壁を走ってきたベートの罵倒が聞こえた。

 

「今回だけだぞ!!」

 

そう言いベートは足を曲げながら空に向けた。

 

「っ…サンキュー!」

 

加速が無くなってきたドアから飛び移りベートの足裏に俺の足裏をくっつける。

 

「蹴り…付けてこい」

 

「当たり前だ」

 

「うぉらああぁぁ!!」

 

ベートの圧倒的な脚力に押され更に上へと登って行く。

ここにいる仲間のお陰でやっと頂上に着いた。目の前の巨大な紫の繭は鼓動を刻んでいる。

 

ドクン…ドクン…

 

やがて紫の繭は色が抜け真っ白になり亀裂が走る。

 

「やっと着いた…待ったか?雪ノ下」

 

「そうね…かなり待ったわぁ…」

 

繭が破れ中から全長14、15mはある化物が出てきた。髑髏がグロテスクな死体をドレスのように着込んでおり、スカート代わりに腸が下半身を隠してる。腕には肉の足しに使われた帰天に失敗した悪魔のぐちゃぐちゃの顔が所々にくっついている。

 

「いい趣味してるな…」

 

「あら、逃げ谷君にも気の利いた言葉が使えたのね。驚いたわ」

 

声のした方は髑髏の口からではなくあばら骨の中からだ。

 

「お前は…何がしたいんだ…」

 

「人の世を正すのよ。穢れに穢れた人の心を私が正しい方向へと導くの」

 

髑髏の周りの気温が下がるのを感じる。コートを着ててこれ程良かったと感じることは無い。

 

「さしずめ雪の女王って所か…」

 

「そうかもしれないわね…でも残念ながらカイもゲルダも悪魔の鏡も無いのよ」

 

「そうかよ、それでも俺のやる事は変わらないぞ」

 

「だったら来なさい比企谷君…貴方の言葉…忘れてないわよ」

 

「ッ…雪ノ下アアァァァ!!」

 

リベリオンを手に持ち雪ノ下の元に向かう。

グロい髑髏は氷柱を両手に持ち応戦する。

 

比企谷 八幡

VS

雪ノ下 雪乃

 

さぁ、終わらせよう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




そういえば『やはり俺の青春ラブコメは間違っている 結』が発売されましたね。まだ買ってない人は書店へGO!(ダイレクトマーケティング)
※訂正、ダンテの使用していた剣は魔剣ダンテでした。誠に申し訳ありませんでした。


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#7 別れの賛美歌はない

お待たせしました!次回が千葉編最終回になります!


 

 

雪ノ下を包む髑髏から発する冷気で霧が町中に発生する。神の恩恵を受けていても少し不便に感じる。そんな状況でも俺と雪ノ下は戦闘を繰り広げていた。

 

「らあッ!!」

 

バリィン!

 

髑髏の持ってた氷柱を破壊しその胸に剣を突き立てようとするも来る事が分かっていたのか上空から迫る氷柱に阻まれる。

 

「これならどうかしら?」

 

髑髏の口が開く。見るからに冷凍ビームを撃とうとしているのが分かる。回避に努めようとするが雪ノ下が何の策も無しにそんな事をする筈が無いと考え、思わず射線の延長線を見る。そこにはよく見慣れた建物があった。総武高校だ。

 

「選びなさい…あなた一人か避難民を」

 

「ホントに…悪魔みたいな奴だ…」

 

「フフフフフ、褒め言葉として受け取るわ……」

 

髑髏の口から水色の光線が出る。躱すのは容易いがあそこには雪ノ下さんも材木座も川崎も…親父も母ちゃんも小町もいるのだ。

 

「おおおおおおおお!!!」

 

ギルガメスを全力で壁のように展開し光線を受け止める。激しい威力に押されるが何とか耐えれる。

 

ザシュッ

 

「ッ…!!??」

 

見なくても分かる。雪ノ下が俺の後ろに展開した氷柱を足に刺したのだ。ホントに…悪魔みたいな女だ。

 

「ウフフフフフフフフフフフ……貴方がこうするのは予想済みよ。本当に変わらないわね…貴方は、自分よりも他人を優先する。だから拒絶される……だから私は貴方に……」

 

「喋るか撃つか…どっちかにしろよ…クソいてぇ…」

 

「じゃあ撃つわ」

 

ザシュザシュッ!!

 

「グアッ!…普通攻撃止めてお話する展開だろ…」

 

今度は右脇腹に穴が空く。力が抜けて光線に押され膝を着く。

 

「いい加減諦めなさい!1に諦め2に諦め3に諦める貴方が何故こうも踏ん張るの!?」

 

「雪ノ下……俺はアイツらと出会って『諦めない』ってのを学んじまったんだよ…グウッ!……愛も力も誇りも手に入れなきゃいけない…『共に高みへと』って約束も果たさなきゃいけない…!」

 

光線に押され、塔の縁にまで追いやられる。

 

「ッ!!」

 

ハリネズミにしようとしているのか後ろに大量の氷柱が出現する。

 

「前言撤回するわ、変わったのね。私達以外の人の手で」

 

きっとプリキュアなら今の所で謎のパワーアップか助っ人が来るだろうが現実はそう甘くない。でもどうせなら一矢報いてやるか。

 

「〜〜〜オラァッ!!」

 

冷えきっているギルガメスの壁を思いっきり思いっきり振り、髑髏に向けて光線を弾く。

 

「ッ!!無駄な足掻きよ!」

 

光線を弾いた反動で俺の体は吹き飛ばされる。重力に逆らわず地面に向かって落ちていくが魔腕を壁に引っ掛けて落下を止める。

 

「これ、登るのめんど…」

 

「こりゃまたひでぇな…」

 

すぐ後ろに翼を生やした悪魔がいた。人型で山羊のような角を生やした悪魔、2、3回見たことがあるし手合わせのした事のある奴だ。

 

「アラストルか…来てたのか」

 

「おう、にしてもスゲェ怪我だな。レンコンみてぇだww」

 

ケラケラと笑うアラストル。この体たらく、笑われても仕方ないだろう。

 

「うるせぇ…」

 

手を伸ばし上に登って行く。

 

「………」

 

登る光景をアラストルはずっと見つめてくる。

 

「なんだよ」

 

「また行ったって殺られるだけだぞ」

 

「かもな」

 

「それでも上んのかよ」

 

「まぁな……」

 

「……………………あーもうッ!!仕方ねーーなぁ!?今回だけだぞ!!」

 

そう言うと何をとち狂ったのか自身の右手首を魔剣アラストルてバッサリリストカットした。やつの血がドクドクと溢れ出てる。

 

「おま…何やって…ガッ!!」

 

強引に口を開けられ血を喉に流し込まれる。鉄臭い味が口の中に広がる。

 

「ゲホッゲホッ!!何しやがる」

 

「見ろよ」

 

顎でクイッと俺の傷を見るように促さる。傷を確認するとみるみるうちに穴が塞がっていく。

 

「なんだ…アンタの血はポーションかなんかなのか?」

 

「答え合わせは終わってからだ。行け」

 

怪我が治ったのにどこか落胆している雰囲気のアラストルは飛び去って行った。まぁ、助けてくれたのならありがたい。

 

「そんじゃ、行くかっ!…うおっ!?」

 

思い切り上に向かって飛ぶと体は思っていたよりも遥かに上に上昇して行った。これもアラストルの血の力か?

 

「貴方も懲りないのね…比企谷君」

 

「ごめんな雪ノ下、今回ばかりも“諦めない”を通させてもらう」

 

「そう…なら貴方も楽園の土となりなさい!」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

場面は平塚静とベルとの戦闘に切り替わり2人は打っては捌き打たれては捌くといった一進一退の攻防戦を繰り広げていた。

 

「フッ!!」

 

「ぜああっ!」

 

平塚の拳に対しベルのナイフの刺突。ヘスティアナイフは平塚の拳を突き破った。

 

「どうした!その程度か!?」

 

「ッ!!ファイア・ボルトォォォ!!」

 

アカイホノオは平塚の肩を貫きその右腕を焼き切った。

 

「フハハハハ!……これでは戦えんな…」

 

「どういうつもり…ですか?」

 

「いやはや、聞きたいのだ…比企谷のことを」

 

「ハチマンの事?」

 

「そうだ、アイツは君たちから見てどうだ?」

 

「ハチマンは僕の最初の仲間(家族)です。面倒くさがりやだけどなんやかんや面倒を見てくれて…料理も掃除もとても上手で…僕の兄のような人です。レベルアップした時も一緒に喜んで、どこか思い詰める様な顔をしてしまいますけど、僕は最期までハチマンと一緒に行きたいです!」

 

「そうかそうか……それは、よかった」

 

悪魔の平塚はどこか嬉しそうな声を出すと後ろ向きによろめいた。

 

「ハチマンの事を思ってるならこんな事もうやめてください…悲劇が増えるだけです!」

 

「はっ!彼の事なんて思ってやいないさ、嘗ての小間使いがどうしているか気になっただけさ……ただ私は今度こそ生徒達に寄り添おうとしただけさ…」

 

「?」

 

「持ちすぎるが故に人から拒絶された雪ノ下雪乃…彼女の暴走に一枚かんだだけさ…それでも人が死ぬよう暗躍した罪は消えんがな」

 

塵になっていく平塚…。彼女の命はそう長くない事は傍から見てもよく分かった。

 

「ただ一つ…心残りがあるなら……私は生まれる世界を間違えたのかもな…教員ではなく冒険者になれたらなぁ」

 

「…………」

 

「気病むな少年…比企谷を頼む。アイツは人の心をよく知っている。故にそれを守ろうと自分を平気に犠牲にする」

 

そう言い残して平塚静は息絶えた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ベルとそれ程離れていない場所でアイズとベートは由比ヶ浜と戦っていた。

 

「アイズ!!」

 

「うん…この悪魔、攻撃を受ける度に強くなってる」

 

「邪魔ァァ!!シナイデェェェエエエエ!!」

 

ボコボコに膨れ上がった肉体の由比ヶ浜はその剛腕を乱暴に振り回す。

しかし相手はレベル6の猛者。駆け引きのかの字もない攻撃なんぞ当たりやしない。躱しながらアイズに切り傷を入れられベートに肩を砕かれる。それでも由比ヶ浜の肉体はブクブクと膨れ上がり体がまた一回り大きくなる。

 

「無駄…ナノ、ワカッテルルルルゥ??」

 

「こいつ…段々バカになってねぇか?」

 

「!!ベートさん、何度も攻撃を当て続ければ…」

 

「面白そうじゃねぇか…!」

 

幾度もなく細胞分裂を繰り返して体を肥大化させ由比ヶ浜自信が制御出来なくなるまで強化させ自滅へと導くのがアイズの考えだった。

 

「ふっ!!」

 

「おらァァァァ!!」

 

そこからはされるがままだった。アイズの剣撃、ベートの打撃が無数に叩き込まれる。えぐられた部位と切り裂かれた部位は肥大化しより体は鈍重になり、最初に相対した時の面影すら最早残っていない。

 

「ァ…ァ゛…………」

 

意識が朦朧とし始めたのか由比ヶ浜結衣は動くことすらままならなくなった。

 

「はっ!こんなもんかよ…にしても汚ぇなぁ」

 

「…………」

 

足裏に着いた由比ヶ浜の肉を忌まわしそうにするベート。剣先に着いた血肉を少し気にしているのかアイズも怪訝な顔を僅かにしている。

 

「オイてめぇ、んな目にあっても俺達の邪魔をする訳はなんだよ」

 

「………ヒッキーを…知りたかっ、たから」

 

「ヒッキー?あいつの事か…」

 

「あの時…何で ヒッキーが姫菜に 嘘のこ はくをしたか知って……ひどいこと言っちゃって………いつか 謝ろうと思っても…ヒッキーは死んじゃってて………」

 

肉塊は段々と萎んでいき人間の女の子の形を象っていく。

 

「こんな私じゃ…謝れないかな……」

 

少女の目線はアイズへと向かう。

 

「貴女は…そうならないようにね…ヒッキーは、、目を離すとすぐ独りになっちゃうから……」

 

そう言い残すと由比ヶ浜結衣は塵へと帰っていった。

 

「行くぞ…アイズ、邪魔は消えた…」

 

「うん……」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ベル達やアイズ達とそれ程離れていない場所でヴェルフとリリルカと命と葉山は三浦優美子と戦っていた。

 

ヴェルフ達は三浦が操る悪魔達を相手にし、葉山はそんな三浦と戦っている。

 

「隼人…今ならウチからユキノシタさんに言って仲間に入れられるッ!また、また、やり直せる!」

 

「それで…どうするんだい?昔に戻って僕はまた皆の『葉山隼人』になって皆の人形にならないといけないのかい?」

 

「ッ!……ゴメン…色々押し付けた事は謝るよ…あーし、周りが見えてなかった…」

 

「それはヒキガヤに言って欲しかったよ優美子…僕達は彼に押し付けすぎたんだ。彼の顔に幾度もなく泥を塗ってしまった」

 

「分かってる…分かってる…」

 

「ならどうしてこんな事を!」

 

「……………」

 

「優美子!!」

 

「罪滅ぼしのつもりだった…最初、ヒキオが死んだなんて何も思わなかった。ほんのちょっとした笑い話としか受け止めてなかった。でも…姫菜から話を聞いて…あーしら、取り返しのつかない事をしたんだなって…それで雪ノ下さんの計画に乗って…でも何故かヒキオが生き返って…姫菜も大岡も大和も殺されて……」

 

「罪の意識が消えてきたのか……」

 

「ヒキオのアノ目!人殺しの目だった…あーしらの事をそこら辺のゴミとしか思ってない目だった!」

 

感情的になった三浦の攻撃が雑になってきた。

 

「それがヒキガヤの見られてた目なんじゃないのか?」

 

「!!」

 

「自分がどう思われようとアイツはいつも人の為に戦う。例え相手が旧知の仲でも」

 

「ッ!!クソオオオッ!!」

 

三浦の大振りの攻撃を避けた葉山は手のドリルを三浦に向ける。

 

「ドリル…アタック…」

 

放たれたドリルは三浦の胸を貫き地面にくい込んだ。

 

「がはッ……」

 

「ゴメン…優美子…」

 

「隼人…アタシ…」

 

地面に落ちた三浦はその手を葉山へと向ける。葉山はそれを掴みとる。

 

「ヒキオに謝っといて…」

 

「あぁ…」

 

三浦の体は塵と化して地面に崩れていった。

 

「葉山さん…お辛いですよね…」

 

リリルカが心配そうに葉山に声を掛ける。

 

「いや………そうだね…偽物でも…本当の思いがあったんだ…」

 

「「「……………」」」

 

「さ、まだ悪魔は残ってる。ヒキガヤの所に行かないよう片付けるよ」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

一本…また一本と雪ノ下の伸ばしてくる腸をリベリオンで切り裂く。血が中に入っていたらしく辺り一面は血の海だ。

 

「ちょこまかとッ……」

 

さっきみたいに口から冷凍ビームを出そうと口にエネルギーを貯めている所に魔腕を出して顎を押さえつける。

 

「これでビームは撃てないな…ぐおっ!」

 

髑髏が思い切り体を揺さぶった拍子に血飛沫が飛び散り目に血が入る。目眩しを食らったところで髑髏の巨大でグロテスクな肉のこびり付いた手で掴まれる。

 

「これで攻撃出来ないわね…さぁ、その手を離しなさい…さもないと雑巾みたいに絞るわよ」

 

ググググ…バギィッ!

 

「グブッ!?」

 

口から血が溢れる。肋骨が肺に刺さったのだろう。更にいえば左腕の感覚が無いのは神経が潰されたのだろうか。

 

「大人しくすれば苦しまないように殺してあげるわ」

 

「どっちにしろころすんじゃねぇかよ…」

 

ギギギギ……

 

魔腕を離さずに髑髏の顔を掴む力を強める。

 

ミシミシミシ…!!パンッ!!

 

それでも俺を掴む髑髏の力は強まりどこかの内蔵の弾ける音がした。口からさっきと比べ物にならない程の血液が流れ出る。

 

(あ、このままだと死ぬな…)

 

ーうちの部員をいたぶってくれたようだけれど、覚悟はできているかしら? 念のために言っておくけれど、私こう見えて結構根に持つタイプよ?

 

ーええ。つい最近気づいたのだけれど、私はこの二か月間をそれなりに気に入っているのよ

 

ーようこそ、奉仕部へ。歓迎するわ

 

「あぁ…思いだした」

 

「今更何を思い出すって言うの?恥ずかしい走馬灯かしら?」

 

「『平塚先生曰く、優れた人間は哀れな者を救う義務がある』だったっけか?」

 

「どういう…意味かしら?」

 

「こういう…意味だッ!」

 

モゾモゾして右腕を取り出し、素早くホルスターの中の拳銃を手に取る。オンブラを髑髏の胸、雪ノ下がいると推測される所に何発も撃ち込む。

 

「リスクリターンの計算は貴方の得意分野の筈だったのに残念ね…死になさい」

 

今度こそミンチになると覚悟していたがいくら待っても痛みを感じることは無い。

 

「な…んだ?」

 

「ッ…ッ!このっ…動きなさい!」

 

『こ…して』

『い…い』

『苦し…』

『…は…ち…ん』

 

肋骨の心臓部から聞こえる雪ノ下の焦った声とは別に声が無数に聞こえる。声の元は今俺を掴んでいる髑髏の口からだ。

 

「これは…相模と似たような感じか…?」

 

しかし今回は制御が上手くできていないように感じる。相模は人質として人間を体に取り込んでいた。……まぁ、俺がこの手で皆殺しにしたが。

 

『八幡…僕だよ』

 

呻き声ばかりが聞こえるのにハッキリとこの耳が俺を呼ぶ声を捉えた。

 

「誰だ…?いや、まて、聞き覚えがある…この声…まさかッ…とつ…か?」

 

満足そうに頷いた髑髏は俺を地面に下ろして俺に近付きじっくりと俺を見つめる。その一挙一動に戸塚の面影を感じる。あぁ、認めたくなかったがまさか本当に…

 

『ゴメン八幡……僕達もこの体をそう長くは乗っ取れないんだ…』

 

「この死に損ないッ……!」

 

雪ノ下と戸塚達が激しく体の取り合いをしている。髑髏の挙動が不安定になっているのがいい証拠だ。

 

『八幡ッ!!今の内に…皆の願いを…残された人たちの明日を……』

『頼む!小僧!』

『殺してくれよ…』

『もう嫌だ…』

『俺達がこれ以上増えないようにッ!』

『家族を…巻き込みたくない…』

『君しかいない……』

『解放してくれ……!』

 

「…………分かった」

 

閻魔刀をベルトに挿し、リベリオンを背中に背負い、右手を閻魔刀の柄に近付けて居合のように構えて目標を見定める。魔力を練り上げ閻魔刀とリベリオンに集中させる。閻魔刀は蒼く、リベリオンは紅く光る。全体的に高まった俺の魔力は背後に魔人を作り出しそいつも構えを取っている。

 

『『『ありがとう……』』』

 

「……………」

 

涙混じりな声が聞こえる。全員、本当は生きたかったのだ。明日を見たかったのだ。人として当たり前の感情、それを雪ノ下が摘んでしまった。到底許されるべきではない。

 

『私を…止めて…』

 

崩れる瓦礫の中で雪ノ下は確かにそう言った。もし、俺の仮説が正しいのならばこれこそ彼女の希望なのだろう。

 

次元斬…絶

 

刹那、閻魔刀の居合により髑髏の体に無数の切れ目が走ると同時にその体の延長線上の何も無い空間にも切れ目が走る。

 

同時にリベリオンのスティンガーを髑髏の心臓部に穿つ。紅い光は的確に心臓部を捉え背中までその刃は貫通した。その勢いで髑髏は天を仰ぐように倒れる。

 

「…………」

 

リベリオンを抜きそのまま髑髏の直上に飛び上がりフォースエッジを取り出す。紫の魔力帯び、赤黒い稲妻が走るその刃の先をを真下の倒れた髑髏に向けて降下する。

 

「天獄……雪ノ下、お前の死が来たぞ」

 

フォースエッジが髑髏を介して地面に刺さった瞬間に赤と黒の入り交じったドス黒い魔力が塔を砕きながら迸る。亀裂は塔のあちこちに広がりとうとう衝撃に耐えられなくなりその巨塔は崩れた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ゴゴゴゴゴ……

 

「塔が…崩れてく…」

 

集まったオラリオ勢は崩れる塔を眺めていた。未だに戻らない仲間を待ちながら。

 

プップー!

 

「お前ら!危ねぇから乗れ!」

 

トレーラーを運転するネロのデビルブリンガーと扉からやれやれ、と面倒くさそうに出て来たダンテとバージルによって一行はトレーラーに乗せられた。

 

「ま、待ってください!まだハチマンが!」

 

「…貴様らの仲間はこの程度の瓦礫で死ぬのか?」

 

「待つことだって信頼の一つじゃないのか?」

 

シートに深く腰を掛けて寡黙な雰囲気を醸し出しているバージルと呑気にピザを食べているダンテに諭される。

 

「取り敢えず総武高校の体育館まで行くぞ。避難民達の世話をキリエとニコがやってる」

 

「あの鬼ババ達は何してんだ?」

 

「万が一の為に体育館の護衛をしている」

 

「ダンテさん…一つ聞いてもいいですか?」

 

「なんだ坊主、野郎のナンパはNGだぞ」

 

「どうして八幡にあそこまで?黙って見過ごしていればあのまま敵を殲滅していたのに…」

 

ダンテがいくらおちゃらけようと葉山の目は真剣だった。

 

「あの力はな…上手く説明できないが…あんな風に使っちゃいけねーんだ。衝動に任せて振るう暴力程みっともねーのはない」

 

「悪戯に命を奪っても残るのは罪悪感とやるせない気持ちだ。ならば正気で、本気で挑んだ方が良いに決まってる」

 

「なるほど…」

 

ダンテとバージルにも過去に何かあったのだろうと察して深追いしない葉山だった。

 

「私からもお一ついいですか?」

 

「おっ、なんだ?嬢ちゃんからの逆ナンなら大歓迎だぜ」

 

後で二人に言ってやろ

「マジで勘弁してくれネロ」

 

「コホン!改めまして…どうしてバージル様は閻魔刀を持っているのですか?」

 

「それはこっちのセリフだ」

 

「はい?」

 

「リベリオンと閻魔刀は2本目なんてある筈がない。あってはいけないのだ」

 

薄く目を開けいつも以上に真剣に語るバージル。

 

「それって…どういう」

 

「リベリオンと閻魔刀はな…親父の形見なんだよ」

 

「「「「!!!」」」」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!リベリオンと閻魔刀は……あの、ハチマンが作ったんです」

 

「なに?」

 

「鍛冶場で打ったとかじゃなくて…こう、生み出した…みたいに」

 

「成程…大体分かった…そうか、そうだったのか…」

 

「因みに御二方のお父様はどういった方なんですか?」

 

リリルカが恐る恐る質問する。

 

「あぁ、知らないのか…親父はスパーダって名前だ」

 

「スパーダ?スパーダってあの…」

 

「伝説の魔剣士…スパーダだ」

 

「「ええええええええええ!!??」」

 

「てててててことは…バージル様の息子のネロ様は…そのお孫さん?」

 

「そういえばそうなるな…ま、顔も見た事ねーけどな。っと、着いたぞ」

 

ダンテとバージルが雪ノ下陽乃から聞いた伝説の魔剣士スパーダの息子で更にネロはその孫という衝撃の熱が冷めないままに一行はトレーラーから降りて総武高校の校門をくぐり体育館へと足を運ぶ。

 

「ニコもいねぇな…」

 

「あの鬼ババ共はどこいった?」

 

「ついさっきスポーツカーを奪って何処かに向かいました…」

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ガラガラガラ…

 

瓦礫の中から這い出るひとつの影があった。紫のボロボロなコートを着た男だ。左腕はベキベキに折られており、ピクリとも動かすことは出来ない。口からは大量に血を吐いた跡が見られる。

 

「チッ……こんだけやってもまだ生きてるのか」

 

その男、ハチマン・ヒキガヤが徐に歩き、瓦礫の上で横たわっているもう一つの影の元へ歩み寄る。

 

「俺の勝ちだ…雪ノ下」

 

「そう、ね……私 の、負け…」

 

「理由なんて聞かない…分かるからな」

 

「そう……ひきがやくん…耳を…かしてくれる、かし ら?こえ が うまく だせ、なくて」

 

「あぁ…」

 

比企谷が雪ノ下の元に近付く。

 

「なんだ……」

 

「…………これが、答えよ…」

 

突如彼女の腕が比企谷の襟を掴み、その顔を自分の元へ引き寄せる。そして彼女の唇が彼の唇に触れる、ことはなかった。彼の唇のすぐ横だった。

 

「ね…さんに、して もらってた でしょ…」

 

「見えてたのか…」

 

「つみなおとこ…地獄に…落ちなさい…」

 

「直ぐは行かねーよ…由比ヶ浜と待ってろ。最高の土産話を聞かせてやる」

 

彼の中で既に修学旅行の件はどうでもよかった。その件は今回の勝負で既にケリがついていたからだ。

 

「ちりになって…死にたく、ないわ……」

 

「勝ったのは俺なんだけどな……わぁった」

 

ー勝った方が負けた方に何でも命令できる、というのはどうだ?

 

「そんな事もあった……怖いな、全てが過去になっていくのが」

 

「かこ…では、ないわ…おもいで…よ」

 

そうか、と呟き比企谷はルーチェを取り出し一発…雪ノ下雪乃に銀色の弾丸を撃ち込んだ。満足そうに微笑みながら死亡した彼女の体はポロポロと帰天悪魔達と同じように崩れていった。一つだけ違う点は手の平に収まるほどのとんでもない冷気を発する欠片を残した事だ。

 

「…………」

 

それを拾い上げ、ハンカチに包みポケットに入れる。そしてフラフラと歩き出し瓦礫から少し離れた所に無造作に置いてあった紅いバイクに跨り学校へと運転していく。

 

「…………………………」

 

暫く運転していたが体力と身体がが限界に達したのか転倒し、バイクから転げ落ちた。朦朧とする意識の中で彼の目にはほんの少量の涙が浮かんだ。

 

「あら…こんな所に大きい落し物ね」

 

「トリッシュ…これが話に聞いた…」

 

「何呑気にしてんだよ!こいつ左腕潰れてんぞ!早く運ぶぞ!」

 

「分かったわ…あら?泣いてるのかしら?」

 

泣いてない…これは雨だ…

 

「雨なんて降ってないわ…」

 

金髪の女性に担がれてハチマンは総武高校の保健室まで運ばれた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「……………んぁっ?」

 

重かった目が開くと昨日運び込まれたばかりの保健室の天井が視界一杯に広がった。何故か上裸なのを置いておいて左腕の違和感を確かめると包帯でぐるぐる巻きにされていた。

 

「いててて…」

 

重い体を起こして椅子に掛けてあったコートを上から羽織る。そのままフラフラと目的もなく歩く。今は午後の暗くなってきた頃なのだろうからか、その際に誰一人ともすれ違わないのに違和感を覚えながら歩を進める。

 

外に近付くにつれてガヤガヤと人の気配が多くなっていく。あまり目立たないように慎重に昇降口から外に出ると違和感の正体が分かった。

 

「夕飯の配給か……」

 

テントの中には見慣れたメンツと配給係だと分かるようビブスを着た生徒が飯をよそっては渡しを繰り返していた。唯一知らない事といえば見知らぬ茶髪の美女がいる事だ。何だあの天使スマイルは!?

 

「何ともなさそうだ…」

 

今の所悪魔の脅威に晒されてないようだ。終わったのか…。

 

ギュルルルル……

 

「そういえば何も食ってねーな…」

 

「ほらよ」

 

どうにかして配給を受け取ろうと考えていたら突然隣から弁当が差し出された。

 

「どうも……」

 

「髪色…黒くなってんぞ」

 

「白黒つかない髪なんすよ…」

 

確かネロさん…だったっけ?いつの間にか隣にいた彼から弁当を受け取り食べようとするが左腕が使えない為魔腕を出して左腕代わりに使い食べる。うん…美味いな…ちょっと冷めてるが絶品だ。

 

「美味い……」

 

「だろ?キリエの手作りなんだ」

 

「キリエ?」

 

「ほら、あそこの茶髪の…」

 

「あぁ、あの美女か…」

 

「一目惚れしたのか?」

 

ちょっとネロさん、殺意出てますよ?

 

「まさか、そういうのは信じない主義なんで」

 

「アンタも面倒くさいんだな…」

 

「なんとでも言ってください…」

 

箸を進めあっという間に完食する。

 

「ごっそさんでした…ハックショイ!!うぅ…チッ」

 

「そんな格好してるからだ…ちょっと来てくれ」

 

ネロに誘導されるがままについて行くと。彼等が乗ってきたトレーラーに案内された。

 

「ニコ、いるかー?」

 

「なんだよ、今煙草吸ってんだろ…」

 

急いでポケット灰皿に煙草をしまうニコと呼ばれた褐色肌とへそ出しが特徴的な女性がいた。

 

「俺が昔着てたコートどこやった?」

 

「知らねーよ…奥の棚じゃねーの?」

 

「適当な女だな……」

 

ガチャガチャと辺りを調べたネロさんは赤いパーカーと黒いコート一式を取り出した。

 

「ボロボロの格好じゃ締まらねーからな、俺のお古だけど着てみろよ」

 

ニコさんの目を気にしつつ「お前の裸体なんて興味ねーよ」……それはそれで男の尊厳に関わる気もするが気にされないなら良いだろう。……ぐすん。

 

着替えをする際にホルスターを外して二丁拳銃を机に置くと運転席にいたニコさんが勢いよく飛んできた。

 

「おい!ちょっと見せろ!」

 

「え!?」

 

まさか俺の裸体に…と思いきや置いた銃に目が釘付けになっていた。銃に負けた…のか、俺は。

 

「見た目はトリッシュのと同じだ…お前…これをどこで?」

 

「知り合いの悪魔からプレゼントされたんすよ」

 

「知り合いの悪魔って…大丈夫なのか?」

 

「まぁ、まだ実害はないですから…」

 

少し体弄られたけど。

 

「おいお前…ハチマンとか言ったな…これ借りてもいいか?」

 

「え…何すんすか」

 

「ちょーっとじっけ…改良してやるよ。今までよりホットでクールな45口径にしてやるよ!」

 

「まぁ、火力とか上がるなら別にいいですけど…」

 

着替えの邪魔だからどいてくれませんかね?

 

「よっしゃ!ラボに引っ込んでるから邪魔すんじゃねーぞ!」

 

嵐のように銃をかっさらいニコさんは奥に引っ込んで行った。

 

「嵐みたいな人ですね…」

 

「まぁな、腕は確かなんだけどな」

 

そうこう話している内に着替えは終わった。

 

「おぉ、似合ってんじゃねーか」

 

包帯巻の左腕を首から吊るしているため痛ましさが取れない気がする。ま、似合ってると言われてるのだからいいのだろう。

 

「やるよ、それ」

 

「え…いいんすか?」

 

「あぁ、着られなくなって燻ってるよりまた着られるならソイツも喜ぶだろ?」

 

「じゃあお言葉に甘えて…頂きます」

 

「俺はキリエん所に行くからそこに飲みもんとか食いもんがあるから適当に飲んでてくれ」

 

ネロさんはトレーラーから出て行ってしまった。

 

バンバンバンバン!!

 

するとニコさんの引っ込んだ奥から銃声が聞こえた。今までより重く強い音がした。どうやら本当に強化されてるのだろう。

 

「あーーー!!ムッずかしいなぁ!」

 

突然癇癪を起こしながらニコさんは出てきて冷蔵庫に入っている飲み物を強引に取って俺の隣に座り栓を開けた。

 

「詰まったんすか?」

 

「構想は出来てたんだけどな。銃口が熱くなっちまってな…連射が効かなくなんだよ…… アタッチメントとの干渉もあるしな……」

 

「あ……だったらこれ、使えませんか?」

 

ボロボロのコートに入っていたハンカチに包まれた雪ノ下が遺した欠片を渡す。

 

「冷たっ!おおお…これならイけるかもな!サンキュー!」

 

勢いを取り戻したニコさんは再び奥に引っ込んで行った。

 

「これは……」

 

また暇になった俺は辺りを見渡していると気になる本を見つけた。グラビアとか雑誌ばかりなのに1冊だけある一風かわつわた本。表紙に大きくVとあるその本をパラパラと捲ってみる。

 

「悪意から語られる真実は、どんなでっちあげの嘘も顔負けだ。……ウィリアム・ブレイクか懐かしいな」

 

中学二年の頃にめちゃくちゃ格言とか調べまくったっけ…それを小町に披露して引かれたのは記憶に残っている。

 

「お前は本を読むのか?」

 

するとガチャ…と蒼いコートの男、バージルさんが入って来た。

 

「まぁ、暇な時とかに…」

 

「そうか…アイツらは文学に詳しくないから新鮮だ」

 

「そっすか…まぁ、失礼ですけどそんな感じしましたもん」

 

ネロさんは明るい陽キャみたいな感じで本とかはあんま読まなそうだし、ダンテさんに関しては本を嫌悪してそう。

 

「おーおー、言ってくれるなー」

 

するとダンテさんが入って来た。ダンテさんは俺の対面に座るバージルさんの隣にどかりと座る。あ、バージルさんちょっとスペース空けた。いや、距離置いてるだけか。

 

「調子はどうだ?担ぎ込まれた時は失血による貧血で死にかけてたんだぞ?お仲間さん達の血液型なんて分からねーから俺達が血分けてやったんだからな?そこら辺感謝しろよ?」

 

「…ありがとうございました」

 

「なんか素直に感謝されるとむず痒いな」

 

冷蔵庫から冷えたジャンボリーパフェを2つ取り出したダンテさん。見た感じストロベリサンデーだろうか。

 

「食うか?」

 

「もちろん」

 

「バージルも食うか?」

 

「…今回だけだ」

 

「素直じゃないねぇ…」

 

ダンテさんからパフェを受け取ったバージルさんも加え今までにあった体験とかを談笑しながらパフェを平らげた。ベル達が来て安静にしてろと怒られるのはその後の話だ。

 

この2人と話していると親友かいるはずも無い自分の子供と話している気分になっていたのは秘密だ。




如何でしたか?1万字を超えてのは多分初めてなのではないかな?

感想などを頂くと今後の糧となるのでバシバシ下さると嬉しいです。


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#8 贈り物【終章】

このヘンテコなオリジナルストーリーも終わりです!次回から春姫編(仮称)です!


「暇だ………」

 

ベッドに寝かされてる男が一言ぽつりと零す。

 

「それが骨折と内臓破裂してる人間のセリフ?」

 

白髪の少年は若干からかうように言葉を返す。

 

「別に痛くても動けりゃ平気だろ」

 

「ハチマン様は感覚が麻痺りすぎです!もっとご自分の体を大切にしてください!」

 

小柄な少女は寝かされてる少年を叱責する。

 

「分かったから…大声を出さないでくれ…怪我に響く」

 

「そういう時だけ怪我を引き合いに出すのか…」

 

赤髪の少年は呆れ気味に頭を抑える。

 

「なんというかハチマン殿らしいです!」

 

黒髪の少女は何故か目をキラキラとさせている。

 

「命さん…褒めてるかバカにするかどっちかにしてよ」

 

「そういえばハチマン…その服は…」

 

「あぁ、ネロさんから譲ってもらったんだ。あまり似合ってるとは思えんが……まぁ、着れるから問題ないだろう」

 

「ううん…似合ってるよ」

 

「さ、そうか…あんがと?」

 

金髪の美少女は満足気に頷いている。

 

「おい、腹減った」

 

「お前さっきまで食ってたの見てたからな?何お前、はらぺこあおむしなの?」

 

「うっせ、さっさと怪我直せ」

 

ベッドをガシガシと蹴る銀髪の狼人。

 

「そういえばハチマン、僕達はいつオラリオに帰れるんだい?」

 

「あ?そういや終わったらどうすんだろうな…」

 

金髪の少年に素朴な疑問を投げられるが質問されたハチマンでさえどうやって帰るかは目処がついてないのだ。

 

「そーの点に関しては問題ナッシング!!」

 

「お前は!」

 

「アラル神父…!」

 

「おいおい、そんなに睨むなよ……帰りは明日の12時ピッタリに最初の墓場にポータルが開くようマキャヴェリが設定している。お前達がいない間のオラリオだが…心配するな、辻褄が合うようになってる」

 

「な、成程…」

 

「じゃあそういう事だ、ここにいると殺されかねないからな。Ciao〜☆」

 

突然乱入してきたかと思えば去っていくアラストル。しかし彼がそうするのも納得がつく。なぜならここには超腕利きのデビルハンター5人もいるのだから。

 

「て訳だから明日には帰れんぞ…お前らもゆっくり休めよ」

 

「分かった。それじゃハチマンもゆっくり寝るんだよ?おやすみなさい」

 

挨拶をして保健室から出ていく一同…ただ1人を除いて。

 

「アイズ…さん?」

 

「ハチマンはどうして強いの?」

 

「俺は強くないですよ……ホント、今回の件でこれでもかって位思い知ったんですから……」

 

「…………」

 

「雪ノ下の計画だったんですよ。ただのネットユーザーの材木座が電子網を抜けられたのと、避難民達を今の今まで襲わなかったのも……悪意なんて欠片もない戸塚が計画に離反して止めに入るの事によって避難民達を絶望させ、己の今までの他人の命に無頓着なのを改めさせる。悪の化身として千葉を恐怖に陥れて予め材木座に呼ばせたダンテさん達に自分を殺させるつもりだった」

 

「でも私達が来た……」

 

「そう、予想外の来客が来た…しかも死んだはずの知り合いが…悪魔を蹴散らせるだけの力を持って……」

 

「それでハチマンをダンテさん達の代わりにした…」

 

「その結果避難民達はどうだ?」

 

「皆安心して笑ってるよ…それでもハチマンが守ったんだよ?」

 

「そうか……正しさってなんだろうな…」

 

「私にも分からない…でも、ハチマンが正しい事をしたのは分かるよ」

 

よいしょ、と彼の頭元に腰掛け、強引に彼の頭を持ち上げて自分の膝に乗っける。

 

「ちょ!何してんだよ」

 

「いい子いい子……」

 

彼の不安定な髪色をしてる頭を撫でるが彼は困惑したままだった。

 

「何だこのプレイ…」

 

「リヴェリアがよくしてくれる…これをされると落ち着くからハチマンにもって…嫌だった?」

 

「いや、寧ろ最高だが…そうか、リヴェリアさんがそんな事してんのか…」

 

「うん、ハチマンもしてもらうといいよ」

 

「い、いや、遠慮させてもらう…病みつきになっちまう気がして怖い」

 

トントン…

 

恐る恐る繰り返されるノックを聞いた途端にハチマンはクイックシルバーを使い時を止めてアイズを側の椅子に座らせて膝枕されていた状況を止まった時の中で終わらせた。

 

「どうぞ……」

 

「あれ?」

 

「失礼します……」

 

おずおずと保健室に入って来たのはかつて袂を分かった血の繋がった妹といつからか家族から家族もどきと成り果てた肉親だった。その表情はどこか暗い。

 

「誰…?」

 

「両親と妹だ…アイズ、お前はベル達の所に行ってくれ」

 

「……分かった」

 

無言で保健室を去るアイズ。彼女が保健室を去るまで両者の間には沈黙が流れていた。

 

「で、何の用なんだ、お見舞いを頼んだ覚えはないんだが?」

 

「!…本当にお兄ちゃんなんだね」

 

「だったらなんだよ…」

 

今までにされた事のなかった高圧的なハチマンの態度にたじろぐ小町。一歩下がる小町の前に母は出てきた。

 

「私達…アンタと話したくて」

 

「要件はなんだよ…」

 

「私達、もう一度やり直さない?」

 

「……は?」

 

「ほら、アンタも帰ってきたから…もう一度()()として…ね?」

 

「今回の一件で俺達は考えを改めたんだ…だからな、戻って来い」

 

「…舐めてんのかよ」

 

「「え?」」

 

「家族に戻る…?冗談も大概にしてくれ…俺はもうアソコに戻る気は無い…俺は今の生活に幸せを考えてるんだ。命懸けで夢を追う楽しさを知っちまったんだ。居場所を守るための妹のお守りに逆戻りなんてゴメンだ」

 

「そんな…お兄ちゃん戻って来てよ…小町寂しいよ」

 

涙を一筋流す小町。それが引き金になったのか寝たままだった八幡はその顔を怒りに歪めながら起き上がった。

 

「俺は…ずっと寂しかったッ…!何をしても認められない終わらない劣等感を!自分の存在意義が愛想のいいだけの妹のお守りだという屈辱を!どれだけ訴えても信じて貰えない悲壮感が!」

 

はァ…はァ…はァ…と息を着く暇もなく捲し立てた結果、肩で息をしている八幡。そんな彼の今までの気持ちを明かされた肉親と妹は呆気なく立ちすくんでいた。

 

「それにさ…アンタら…俺が怖いのか?」

 

彼が指を指す。その先には小さくカタカタと足が震えている3人の足があった。

 

「ち、違っ…!」

「いや、いいんだ…そうだよな、普通じゃ勝てないような悪魔を虫けらみたいに蹴散らせんだからな。血の繋がった息子といえどビビるのもそうなんだろうな…アンタらの()()ってのはさ」

 

「「「…………」」」

 

「それにさ、俺…やっと見つけたんだ。17年間魂から欲してしょうが無かった単純明快な()()をさ」

 

だから、と立ち上がり3人の方をきちんと向き合って彼は一言告げる。

 

「俺のタダイマはここじゃない」

 

「「「………………」」」

 

そんじゃ、と言い残しハチマン・ヒキガヤは彼等の居る部屋へ歩いて行く。精算できない過去を残し、新しい今へと向かう為に。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ー次の日ー

 

 

「ふい〜☆やっぱりマッ缶は最高だな!」

 

屋上にて黄色と黒色のThe危険色の缶コーヒーを一人啜っているハチマン。その隣には同じくマックスコーヒーと文字の書かれたダンボールが幾つも積まれている。

 

バァン!

 

「見つけたーー!」

 

「!!」

 

突如扉を蹴り破ったのは目の下に薄くくまを作ったニコだった。その手には白と黒の二丁拳銃と何かしらのモジュールが幾つか握られていた。

 

「どうしたんですか…ニコさん。あれ?…それって」

 

「そう!私の最っ高!傑ッ作!だ!!」

 

「マジすか!あれ、それは……」

 

受け取ったルーチェとオンブラの見た目はこれといって特に変わっておらず、何かしらを接続させる為の蓋が追加されていたり、グリップに見覚えのある青い結晶が埋め込まれ、透明のカバーで覆われていた。

 

マッ缶を置いて受け渡された銃を記憶に残った過去の銃と見比べる。

 

「鏡のように磨き上げられたフィーディングランプ、強化スライドだ。サイトシステムもオリジナル、サムセイフティも指を掛け易く、延長してある。トリガーも滑り止めグルーヴを付けたロングタイプだ。リングハンマーに…ハイグリップ用に付け根を削りこんだトリガーガード。それだけじゃない、ほぼ全てのパーツが入念に吟味され、カスタム化されている。マキャヴェリの作品の面影を残しつつしっかりとニコさん個人の技術もふんだんに使われてる、最高ですね」

 

「わかってんじゃねーか!いいセンスしてるだろ〜!」

 

褒め言葉に喜んだニコはガシガシとハチマンの頭を撫でる。

 

「それだけじゃないんだよ!それにこれを付けるとこいつの使い道もガランと変わるんだ!」

 

銃をホルスターにしまうとニコから4つのモジュールが渡された。

 

「こいつぁエネルギーモジュール、お前の体内電気とか諸々のエネルギーを利用してレーザーを撃つ、ネロでも気絶すんだから効果はお墨付きだね。それとテザーモジュールに麻酔モジュール、足止め専用のモジュールだ、殺したくない時に使え。後は…ランペイジモジュール!こいつを撃つと威力がバカみてーに跳ね上がる!威力がデカいから腕が吹き飛ばないように気を付けろよ!」

 

「あ、あざっす……」

 

あまりの魔改造モジュールに若干戸惑いつつモジュールをポーチにしまう。

 

「それと、こいつぁダンテとバージルからお前に作るよう頼まれた奴だ」

 

手渡されたのはリボルバー拳銃だった。三つの銃身と三つの回転式弾倉、三つの撃鉄を持つその銃身には犬のような装飾が施されていた。

 

「魔界で殺したケルベロス族の生き残りとかなんとか言ってたけど…ま!威力はその子達にも引けを取らない。弾もやっから大切に使えよ!」

 

「あ、あざっす…(2回目)」

 

本当に…こんなに至れり尽くせりでいいのだろうか。親切心が怖い。

 

「なんかあったら閻魔刀で次元でも裂いて寄ってこいよ!そんじゃあな!」

 

「はぁ…」

 

再び走り去ったニコ。てか閻魔刃ってそんなこと出来るんだ…使い道広がるな。

 

「そろそろ行くか…」

 

「もう行っちゃうの?」

 

「雪ノ下さん…どうしてここが…」

 

「んー、何となくかな…ここにいそうだったからね」

 

「お見通しって訳ですか…」

 

隣まで歩いて来た陽乃はハチマンの飲みかけのマッ缶をぐい、と飲み干した。

 

「あら、結構美味しい…」

 

「そりゃ千葉県民のソウルドリンクですから、遺伝子的に好きになっちゃうんすよ」

 

「遺伝子に刻まれてるなら仕方ないわね…」

 

「………」

 

「………………」

 

「それじゃ、元気で……」

 

ダンボールを幾つも抱えてハチマンは屋上から去った。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ブロロロロロロ

 

「うわぁぁぁぁあああ!!!」

「ぎょぇぇええええ!!」

「ぬおおおおおあお!!」

「ふぉおおおおあお!!!」

 

「お前達少しは静かにしろよ…」

 

4人に愚痴を零しつつ赤いバイクを駆るハチマン。フロントにベルがしがみつき、右側にヴェルフ、左側にリリルカハチマンの足の間に命が体育座り、後ろにはアイズがハチマンにしがみつき、更に後ろにはベートがしがみついている。葉山はネオ・アンジェロ・ライガーとなり俺の荷物を抱えながら隣を走っている。

 

「大丈夫かい?」

 

「何がだ…」

 

「ろくにお別れも言わないで」

 

「別に…未練なんてない。お前も来るなら黙って走れよ、舌噛むぞ」

 

「素直じゃないなぁ…」ボソッ

 

6人という有り得ない人数を乗せて一行は始まりの墓場までやってきた。そこにはどうやって回り込んだのか鶴見、材木座、川崎、陽乃がいた。そして近くにはアラストルがニヤニヤと暗黒微笑を浮かべて立っていた。

 

「なんの真似だ…?アラル」

 

「いやさ、コイツらが言いたいことがあるんだとよ」

 

「……」

 

「八幡っ…行っちゃうの?」

 

鶴見留美が悲しげに問う。その目には大粒の涙を浮かべていた。

 

「まぁ、な」

 

「グスッ…また、会える?」

 

「きっとな…」

 

「きっとじゃない、絶対?」

 

「生きてるなら会いに行く」

 

「約束して?」

 

「あぁ」

 

留美の小指と八幡の小指を結び付けゆびきりげんまんをする。もう彼女の目には雫なんてなかった。

 

「寂しくなるな…」

 

「そうか?今までとそう変わんないんじゃねーのか?」

 

「バカを言うな…誰が僕の小説を見ると思ってるんだよ」

 

「俺としてはあんなの見なくて清々するけどな」

 

「そんなっ!ひどいっ!……なんてな、また来るのだろう?だったら原稿書いて待ってるさ……我の傑作!待ちわびてるんだな!」

 

満面の笑みを浮かべる材木座。どうやら彼にはまだアシスタントが必要な様子に内心八幡はホットする。

 

「ねぇ…比企谷君。私もそっちに行っていい?」

 

「陽乃さん?」

 

「私もう色々面倒くさくなっちゃった!雪乃ちゃんの事を引き摺るのも、後処理の事もさ!静ちゃんだってアレだったんだしさ!もう、逃げちゃいたい!」

 

「陽乃さん……」

 

「…………なんてね、逃げるなんて私らしくない。比企谷君が戻って来た時には色々と覚悟しててね?この街をデトロイトみたいにしたげるから!比企谷君が目印にしやすい用にマッ缶タワーを作ってそこの頂上に比企谷君の像を作る!」

 

「そりゃ…楽しみですけど俺の像だけは勘弁してください」

 

本当にやりかねない陽乃に恐怖ではなく一種の安心感を覚える八幡。

 

そこにワームホールが現れた。バリバリと不安定そうなそれは俺達が入るのを今か今かと待ちかねている。

 

「時間か……そんじゃあな」

 

「お世話になりました!」

 

「色々大変でしたけど楽しかったです!」

 

「くるまってやつの事今度は教えてもらうぞ!」

 

「お米、美味しかったです!!」

 

「あばよ」

 

「ありがとう…」

 

「じゃあ…ね」

 

それぞれが一言残してワームホールの中に入っていく。八幡をバイクを押しながら、ベル達は手を振りながら、葉山は八幡の荷物を抱えながら。

 

そしてワームホールの中の光は眩い光を放ち彼等の体を包み込んだ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「よお【亡影】!思ったより帰りが早いじゃないか!ってなんじゃそりゃ!!」

 

バイクに驚く門番のバン・モンさんに迎えられ俺達はオラリオに帰って来た。マキャヴェリの仕業なのか俺達が帰ってきたのは千葉に向かってから30分後のオラリオだった。

 

「それじゃ、私達はこれで」

 

「まあまあ面白かったぜ」

 

「僕は少し休むよ…疲れた」

 

アイズとベートは千葉での出来事が朦朧としてきている。混乱しているのかそれともまたまたマキャヴェリが仕組んだのか。葉山は…疲れたんだな。荷物持ちとかさせちまったもん。ゆっくり休めよ。

 

「なんか4日も千葉にいたのにオラリオではそう時間が経ってないとなるなんて不思議ですね」

 

「そうだね、まるで千葉にいたのが夢だったような…」

 

「俺も少しぼーっとしちまってる。気を引き締めねーと」

 

「そうですね…ヒキガヤ殿?」

 

「ん?どうした」

 

「いえ、少し様子が変というか…」

 

「俺は大丈夫だ」

 

きっとベルもリリルカもヴェルフも命も今は覚えていても後1週間もすれば千葉を忘れるだろう。

 

「怖いな…思い出って」

 

何故ならそれは今を痛感させる最悪のスパイス。

 

「そう?いつか笑い話にできる時が来るから楽しみじゃない?」

 

「それもそっか」

 

訂正、明日を楽しくさせるスパイスだった。

 



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3章 春姫編
#33 それ(ムッツリ)でも、守りたいもの(童貞)があるんだ!


今回少しふざけました。
マジですんません。


今、新しいホームに新しい家具や子供達(眷属)の荷物が運び込まれている。ベル君は汗水垂らしてよいしょよいしょと荷物を運んでいる。ヴェルフ君は新しい鍛冶場に歓喜で震えている、よっぽど嬉しかったんだろうね。サポーター君も自分の体格に見合わない荷物を持っている。相変わらず度肝を抜かされる。命君は…見てないなぁ。そして目を引くのがハチマン君だ。両手一杯に荷物を積んでいるのはまだ分かるが彼の背中や肩から生えている紫の腕はそれよりもっと多くの荷物を運んでいる。

 

【魔力操作】…自身の魔力がある限りそれをどんな風にも加工して使用できる。腕、剣、ビーム、用途は彼の想像の数だけある。

 

そんなハチマン君は最近様子がおかしい。態度や行動には何も変化がないがどこか思い詰めている面が見られたり吹っ切れた面が見られる。食後に少しだけボーッとしてたりベル君達とより一層仲良くなっているのがその証拠だ。後者はいいとして問題は前者だ。ウェイターのエルフ君が話を聞いて貰えなくて拗ねていた。友神のヘファイストスも『彼、どこか上の空で心配なの』って身を案じていた。夜勤のバイトが終わって一人帰ってると身を隠したフレイヤが『ちゃんと彼を見なさい…』と軽く警告して来た。それにデメテルだって『お野菜のチョイスが少し甘くなってるの…調子悪いのかしら』とか言ってたんだぜ!?全く何人誑かしてるのやら!

 

他に変わった点を挙げるとすると…彼に新しいスキルが現れた。スキルとは心境の大きな変化や何かに伴って発現するもの。ベル君の憧憬一途(リアリス・フレーゼ)とかがいい例だね、発現した経緯は気に食わないけどさ!それでもハチマン君の発現しそうになってるスキルはベル君のそれとは常軌を逸している。彼に何かがあったのは確実だ。

 

「だってあんなスキルが「スキルがどうかしたんですか?」どぅわぁぁぁぁああああ!!!」

 

突然後ろから掛けられた声に思わず叫んでしまう。声の主は心中で話題になっているハチマン君だ。後ろには大きいソファが置かれている。

 

「ビックリした…どうかしたんすか?」

 

「いや!?なんでもないよ!?(君の事を考えてたんだよ!)」

 

「そっすか…このソファどこに置きます?」

 

「あぁと、そこに頼めるかい?」

 

ほい任されて、と言い器用に彼はカーペットとかソファを配置した。他にも家具の数々を置いて彼はまた荷物を運びに外に行った。

 

思えばハチマン君には普通とは違う事が多々見受けられる。人となりは本当にできた子だ。優しさや思いやりがベル君に引けを取らない程ある。誰かの為に必死になれる子だ…自らの命を軽んじる傾向があるのは腑に落ちないが。おっと考えが逸れたね、彼が普通とは違うのはスキルと武器だ。【悪魔の魂(デビルズソウル)】、それに閻魔刀とリベリオンとフォースエッジ。そして何より…彼のステータス欄に刻まれた【諦めない】。

 

悪魔というのはその存在自体が恐ろしすぎるあまり地上の子供達にすら存在が伏せられている。本当に古い文献とかなら悪魔をほのめかす存在があるかもしれないがそんな物残すなんて愚の骨頂だ。何故なら自身の黒歴史を記す事になるからだ。そんな存在に頼って生きていたなんて口が裂けても言えないし残せないからだ。そんな歴史から()()()()()()()悪魔という種族は少数の神々以外が知る事は無い。そんな悪魔という名前がハチマン君という少年の背中に刻まれている。

 

そして彼の武器だ。

閻魔刀とリベリオンはボクが天界で引きこもりをしていた時に知り合った悪魔………スパーダ君が所持、使用していた物だ。()()()子供達にでも遺そうか、と言っていた物が今彼の手にある。でなると彼がスパーダ君の息子だと言うのだろうか?それは彼に聞いてみないと分からない。最悪ボクは神だ。相手の嘘は見破れてしまう。YESかNOかは分かるだろう。……そんな考えに至ってしまう自分に嫌気がさす。どこか踏み込んでしまうといけない気がしてならない。その理由はフォースエッジにある。スパーダ君はそれを子供に遺すとは思えない。彼から聞いた話だがフォースエッジは彼が一番最初に使っていた剣だ。戦いでしか自分を見い出せなかった彼がそれまでを譲るのだろうか。

 

最後にくるのは【諦めない】。本来ステータス欄には決まった項目に各種ステータスやスキル、魔法が記されている。そんな欄に【諦めない】。強い思いというのは偶にスキルに昇華されるが…彼の【諦めない】はそんな事無かった。まるでその思いを加工するのがおこがましいと恩恵そのものが拒んでいるかのように。

 

うんうん…と考えているが、考えれば考える程謎が深まるハチマン君。

 

「答えを知るのは彼のみ…か「誰の事なんすか?」どぅぅわわわわわわぁぁぁぁぁぁああああ!!??」

 

「ノックしましたからね…それに神様も『うん…』って返してくれましたし」

 

「どうしたんですか?神様」

 

「人騒がせな神様ですね…」

 

そう言いながらゾロゾロ入ってきたのはボクの眷属達だった。ハチマン君はタンスを持ち、ベル君はヴェルフ君と木箱を抱えて、サポーター君は小動具を持ちながら。

 

「ゴメンゴメン…少し考え事をね」

 

「浮かれるのも良いですけどファミリアの運営とかにもちゃんと気を配って下さいね!ランクが上がってバベルに納める税金とかも上がってるので…ブツブツ」

 

「まあまあ!難し事は後で考えるよ。今はこの後の事に目を向けようじゃないか!」

 

「この後何かあるんですか?」

 

「フッフッフッ!聞いて驚きたまえ!今日の昼、ここに入団希望者が来るんだ!」

 

「ええ!いつの間にそんな事を?」

 

「皆がダンジョンに行ってる間に団員募集のチラシをバイト先に貼らせてもらったりギルドの掲示板に掲載してもらったりしてたんだ!」

 

おお〜〜、と室内に鳴り響く拍手。えへへ、もっとしてくれてもいいんだぜ?って、何かバカにされてる気がするんだけど?

 

「どんな人が来るんだろうねハチマン!」

 

「俺達の戦争遊戯での勇姿に惚れた美女が押し寄せてくるかもな!どーするよ、『キャー!ベル様ー!(全力裏声)』なんて言われたら」

 

「『どうかァ…しましたかァ?(ため息混じり)』…なんてどうかな」

 

「おお、いいじゃないか?」

 

「ハチマンも『す、好きですー!』なんて言われたら」

 

「『HAHAHA!およし下さいレディー!』……なんてどうだ?」

 

「うん!バッチリだね!」

 

HAHAHA!!と今まで以上に意気投合してる2人。この前は2人でパフェやピザやスパゲティをた食べたり買い物に出かけていたらしい。しかもベル君のお誘いで!本当の恋敵はもしかしたらハチマン君なのかもしれないね。

 

「なーにーがーバッチリなんですか〜?」

 

「「ギクッ!!??」」

 

「いいですか!お二人にはもっと団長と副団長としての自覚をですね!クドクドクド〜〜〜」

 

「「はい、マジですいませんでした……」」

 

ガヤガヤガヤ…

 

どうやらサポーター君の説教の間に入団希望者達が集まったようだ。その様子に説教を受けて項垂れていた2人も感嘆の声を漏らしてる。

 

「ハチマン、そういえば葉山は来るのか?」

 

「少し小難しくなるが入団こそしないけど呼べば助っ人とかには来てくれるらしいぞ。まぁ、残り半分の今月は無理っぽいけどな」

 

「?、どうしてなんだ」

 

ハチマン君曰く戦争遊戯で本気の死闘を繰り広げた相手だった葉山ハヤトという少年はその力の源を恩恵としていなく、ギルガメスとの不完全な同調によるものだったらしい。それ故にフルタイムで動く事は不可能で休みと定期的な投薬が必要らしい。ダンジョン探索には不向きだろう、とハチマン君の口から告げられた。

 

「ま、ちょくちょく遊びに来たいって言ってたぞ」

 

「そりゃ歓迎しなきゃな!」

 

「あぁ」

 

「それじゃあ!早速面接に取り掛かりましょう!」

 

どこにいるのやら命君を除いた子供達は正面玄関から出て入団希望者達を眺める。ベル君は一斉に向けられる視線にたじろきながら、ハチマン君はかんこーひーとやらを口にしながら、ヴェルフ君は少し緊張しながら、サポーター君は品定めをするように目を光らせながら。

 

(さてと、皆と冒険できるような子はいないかな?)

 

ダダダダダダダ!!!

 

命君かな?早足で来るあたり慌てているのだろうけどどうしたのかな?

 

「へ、ヘスティア様ーー!」

 

血相を変えて飛び出してきた命君、その手には1枚の紙切れが握られている。あれ?それってまさか…

 

「荷物の中から借金2億ヴァリスの借用書がーー!!」

 

「ぶうッ!!」

 

突然の出来事に吹き出してしまう。

 

「は?」

 

固まるサポーター君。

 

「にお、く?」

 

呆然とするヴェルフ君。

 

「ぁ____」

「ぇ____?」

 

バタン!と倒れるベル君とハチマン君。ていうかハチマン君は知ってたよね!?

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

あまりのショックで俺とベルは気絶した。俺は前から聞いていてやっと思い出というタンスの隅に追いやっていたのに思い切りこじ開けられたことにより脳が考える事を止めてしまったのだろう。

 

「それで、どーゆー訳か説明してくれますよね?」

 

目を覚ました俺とベルは皆の待つ談話室に呼ばれた。そこには神様を囲むようにヴェルフとリリルカと命さんが立っていた。どこか申し訳なさそうにしてる命さん、どうしたのだろうか。

 

「あれ?入団希望者は?」

 

俺の心を代弁してくれたベル。

 

「借金2億もあるファミリアに入りたい冒険者がいますか?」

 

「「あっ……(察し)」」

 

「それに偵察もしてきましたがヘスティア・ファミリアは借金が2億もある爆弾ファミリアとして都市中に広まっていました。今後入団希望者がくる見込みは…ゼロです」

 

「うちに金が無いと分かった途端手のひら返しか…どうしよう、グーで殴りたい」

 

「わーっ!ハチマン早まらないでー!」

 

ベオウルフを装着し街中の冒険者の頭にカボチャサイズのタンコブを作ってやろうとしてるところをベルに止められる。ペッ、命拾いしたな。

 

(ま、募集で本物が来る訳ないよな……)

 

そういえばコイツらと出会ったのって殆ど奇跡みたいな感じだよな。

 

ーベルはダンジョンで

ーリリルカはカモにされ

ーヴェルフはベルの装備を作ってて

ー命さんはダンジョンで襲われてる時

 

まぁ、こういう出会いをそうそう繰り返す訳ないよな。

 

長考してる間に考えは纏まったらしく、神様は借金を自分だけで返すらしく、俺達は日銭をダンジョンで稼ごうか、という方針に決まった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「じ、自分はお先に就寝させてもらいます」

 

うーむ、命さんの様子がおかしい。引越しの用意をしてる時にタケミカヅチ・ファミリアの千草さんが訪ねてきてから命さんが挙動不審だ。そしてヴェルフとリリルカはその様子に気付いているようだ。俺?俺は皿洗いしてんだよ。

 

ガチャ…

 

音から察するに自室ではなく外に出た命さん。そしてそれを追うヴェルフとリリルカとベル。やはり放っておけないのだろう。

 

「仕方ない…」

 

《アラルの所に行ってきます》

 

と書き置きを残してエプロンからネロさんのお下がりのコートを着て外に繰り出す。黒もいいけど今度紫に染め直そうかな?

 

屋根から屋根を伝いヴェルフ達を尾行する。少し距離が開いた所に歩いている命さんと千草さんは合流して南東の方角に向かって歩いて行く。その方角の先を見てみるとそこはより一層キラキラしている場所だった。カジノはあると聞いていたがこんな所エイナさんも教えてくれなかったな。

 

「人目が多くなってきたな…」

 

こっそり地上に降りてベル達を見失わないように4、5m離れて歩く。

 

「ここって…あぁ…」

 

様々な香水の香りが鼻腔を擽る。周りには肌面積の多い衣装を纏った女性が男を誘惑して時代劇で見た吉原のような建物の中に消えていく。ここは歓楽街だ。所謂エッチなお店が沢山ある場所だ。それならエイナさんが教えない訳だ。

 

自体の不味さに気が付いたのかヴェルフとリリルカがベルを返そうとするが命さんを見失ってしまう為不本意ながらベルを連れて行ってしまう。

 

犬人、猫人、ドワーフ、はたまたエルフまでもが店先で男を誘惑している。やはりエロは人を繋げるのか…(呆れ)。

 

下卑な人達にナンパされてる命さんと千草さんをヴェルフとリリルカが救いの手を差し伸べる為に駆け寄るが周りに目を奪われて気が付いていないベルは置いてかれる。

 

『今からサービスターイム!』

 

ナニをサービスするのか、そんな時間に入り人通りが多くなってきた。更に人の波に揉みくちゃにされるベル。なんとか救出して家に返そうと思ってる矢先俺の周りにも人が増えてきた。

 

「ぜェ…ぜェ…」

 

なんとか人混みから抜け出し移動を再開する。

 

「ねぇ、おにーさん…アタシとイイ事シない?」

 

エルフのお姉さんに声を掛けられる。

 

「ッ! い、いや、大丈夫です!」

 

手を振り払い先に進む。歩いていると羽を着けた帽子を被った見覚えのある男神に出会った。

 

「あれ?ハチマン君も奇遇だねー!君もやっぱり男なんだね」

 

「変な勘違いしないで下さいよヘルメス様…そんな事よりもここら辺にベル来ませんでした?」

 

「さっき見掛けたよ、極東のお店に向かって行ったね。隅に置けない君にもはいこれ、餞別だ」

 

「これは?」

 

「精力剤さ☆」

 

「ぶっ!!あー、もう!」

 

あまり時間を取られてもアレだから聞いた極東のお店に向かって走る。すると案の定アマゾネスに囲まれて揉みくちゃにされてるベルがいた。

 

「ベル…」

 

「ハチマァァァン!!助けてぇぇぇぇ!!」

 

バッ!と俺のたった一言の呟きに反応する女性達。背筋に悪寒が走る。蛇に睨まれたカエルの気持ちがよく分かる。しかしベルよ、そんなに泣くなよ。

 

「アンタ…亡影かい?」

 

後ろから声がした。振り返るとそこにもアマゾネスの女性がいた。

 

「アタシはアイシャ。あんた私の一晩を買わないかい?」

 

「へ?」

 

突然のお誘いに戸惑っているとアイシャと名乗る女性は蠱惑的に微笑みながらゆっくり近づき腰に手を回してくる。

 

「ちょ、俺は…そんなつもりじゃ…」

 

「じゃあこれはなんだい?」

 

コートのポケットに適当に突っ込んだ精力剤を見せびらかされる。周りの反応を見るにベルも同じのを持っていたらしい。

 

(ヘルメスぅぅぅぅううう!!様)

 

頭の中のヘルメスが親指を立てているのを振り払い現実を見る。今俺達は大量の娼婦に捕まっている。しかもヤル気満々だと勘違いもされている。しかもこの女性、力が強い。普通に抵抗してても振り解けない。

 

「大人しく天井のシミでも数えてるんだね」

 

俺達は彼女のホームに連れ込まれた。ホームに部外者を入れてもいいのかと聞いたが彼女達からしたら日常茶飯事らしい。無防備なのかそれとも襲われても勝てる自信があるのだろうか。

 

「ハチマン…僕達どうなっちゃうんだろ」

「安心しろ、俺もこんな形で純潔を散らせたくはない」

「何か考えが?」

「……」コクリ

 

希望が見つかったのかベルの目に涙が浮かぶ。きっと捕まってなかったら抱きついてきただろうな。

 

「ここは私達のホーム、女主の神娼殿。この建物だけじゃない、ここらへん一帯は私達の島……イシュタル様の私有地さ」

 

お城のようなそのホームの管理者、もとい彼女達の主神はイシュタルという名前らしい。

 

「なんだ、お前達。ぞろぞろと集まって」

 

吹き抜けになった上階から投げかけられた声の方を見ると。そこに女神がこちらを見下ろしていた。情欲をそそる衣装に身を包んだ女神。僅かもない衣で張りのある乳房や妖艶な腰を覆い、褐色の肌を大胆に惜しみなく晒している。編み込まれた長い黒髪は艶があり、紫の色にも見える。煙管を片手に持ちながら、彼女は悠然とこちらを見下ろしていた。

 

ベルは彼女に見とれているようだ。

 

「イシュタル様を見ちゃダメーー!」

 

「みんな骨抜きにしてっ、また奪われたら堪ったもんじゃないよ!」

 

するとアマゾネス達が見るもの全てを魅了してしまうと言う彼女の力を危うんで、団員達が一斉に俺達を庇う。しかしベルにだけ…どうやら俺は目付きが危なっかすぎてあんまり見向きされない様だ。悔しくなんかない…断じて。

 

「?、アンタ…イシュタル様を見ても平気なのかい?」

 

「え?別に…なんとも…」

 

ピシッと周りの空気が固まる音がした。ベルの周りにいたアマゾネス達は信じられないといった目で見てきた。魅了がどうとか言っているがそんな色仕掛けに引っ掛かるのもどうかと思うけど。アイシャさんに至っては腕を組んでほぉ、と声を漏らしている。

 

「ふん、これから来客故、青い子供にかまける時間はない」

 

なんかそれはそれで腐りきった尊厳を踏み躙られた気がするんだがあんな香水臭い女神を抱かずに済んだんだから良かった。

 

ズシン…ズシン…

 

「やばいアイシャ!フリュネが来る!!」

 

急にアイシャさん含むアマゾネス達の目の色が変わった。こっちに来い!とか、隠れろ!とか強引に連れてかれそうになるが時間とは時に残酷でソレの訪れの方が速かった。

 

「若い男の匂いがするよォ〜〜!」

 

「「ゑ?」」

 

地響きと共に奥の闇から現れた2mを超える、巨女。しかし短い手足は太く文字通り筋肉の塊だった。横にも縦にも太く、彼女ホントに娼婦?というくらい醜かった。ギョロギョロと蠢く目玉と横に裂けた口は、まさにヒキガエル━━━━━

 

「ゲゲゲゲッ!男を捕まえてきたんだって、アイシャ〜?」

 

「ちっ、何しに来たんだ、フリュネ」

 

「お前達が寄ってたかってガキ2人を連れてきたって耳に挟んでね、興味がわいたのさぁ〜」

 

アタイにも見せなよ、と続けのっしのっしと歩いて来た。俺にはそれが死刑を待つ囚人のような気分になった。

 

「【ヘスティア・ファミリア】の『兎』と『影』じゃないか!まだまだ青臭いけど…アタイの好みだよ!!押し倒した体に跨って、その可愛い顔を滅茶苦茶にして…そそられるじゃないか〜〜!!」

 

ゲゲゲゲ!!??と笑う彼女の涎が俺のズボンに落ちそうになった途端防衛本能が働きクイックシルバーを発動させた。時が止まった途端俺は涙と鼻水を流しながらベルを抱えて一目散に走った。

 

10秒、時が経った頃にクイックシルバーは解けた。

 

「あれ!?ハチマン?」

「うぐっ…えぐっ、ベルぅ…」

 

『『『『逃げたぞ!追えーー!』』』』

 

狩の合図に気を失いかける。

 

「しっかりして!」

ピシャン!

「はっ!!ここは…地獄か…」

 

ベルのビンタでなんとか意識を取り戻したがここが地獄だということに再び絶望する。

 

「見つけたぞーー!」

 

「「〜〜〜〜〜ッ!!??」」

 

お互い声にならない悲鳴を上げながら逃げ回る。基本このアマゾネス達はあまり戦闘力が高くなくlevel3となった俺達の速さに追いつく人物はそう多くなかった。一人を除いて。

 

「ぎゃあああああ!!」

 

隕石のように落ちて来た『ソレ』は舌なめずりをしながらこちらを睨む。フリュネと呼ばれていたモンスターは動きで分かる…俺達よりレベルが上だ。

 

「ゲゲゲゲッ、逃がさないよォ〜?」

 

その巨体に似合わない速さで拳が繰り出される。『逃げろ!!』と叫ぶ本能のまま回避行動を取る。空振りで終わったその一撃は凄まじく風圧で頬に波ができる程だ。それだけではなくフリュネは他の娼婦を掴んだかと思えば南斗人間砲弾宜しく投げ飛ばしてくる。

 

「あ、有り得ない…」

 

その力量に頬が痙攣する。

 

「あんの、ヒキガエル…!」

 

視線の先でアイシャさんが舌打ちをする。彼女を尻目に俺達は逃げ惑う。アイシャさんも追ってくるが俺たちの方が速い。

 

「リーシャ、イライザ!三番通りに入ったよ!」

 

今度こそ逃げ切れると勘違いしていた。外に出ようとここは歓楽街、イシュタル・ファミリアが管轄しているのはそこら中の娼館の看板にそのエンブレムが掛けてあるので理解できた。

 

「ベル!あそこだ!」

 

「うん!」

 

歓楽街の区画の端っこに位置する店に入る。ただ入るだけではバレるのがオチだから例に習ってクイックシルバーの出番だ。ベルも止まるため引っ張って連れていく。

 

そして時は動き出し、俺達は一般客を装いたまたま目に付いた部屋に身を潜めようと襖に手をかける。娼婦が騒いだ時用に麻酔モジュールをルーチェに付けていつでも撃てるようにスタンバる。

 

「お初にお目にかかります、旦那様。今宵、夜伽をさせて頂きます、春姫と申します」

 

襖の先には、三指を着いて頭を下げる一人の獣人の少女が座していた。きらやかな金の長髪に、同じ毛並みの耳と尻尾。あまり見かけない亜人の為、少しばかり見とれてしまう。

 

「あら…今日は御二人なのですね…あまり心得はありませんが精一杯頑張りたいと思います。さ、どうぞこちらへ」

 

その亜人は固まる俺の手を引き敷かれている布団へと導く。

 

「その、ちがくてッ…うお」

 

「キャッ…」

 

いきなりの展開に動転したのと長い事必死に走った疲労により俺は彼女と共にベッドに倒れてしまった。彼女が俺に覆い被さるように。

 

「あわわわわ…///」

 

「むぐぐぐ…むっ?むぅぅ…」

 

「す、すみません!?私ったら…」

 

体を起こした彼女、その際に顔に当たっていたたわわは離れていった。べ、別に悔しくなんか無いんだからねっ!……

 

どうするか思案してある間にも彼女は服を脱ぎ下着姿になり俺の服も脱がそうとする。

 

「私が、旦那様に、ご奉仕を…………!」

 

「うわああああ〜〜〜〜///」

 

「…………とっ、」

 

そこで彼女は突然、固まった。ビンッ!と尾を立てて、耳まで赤くしながら、呆然とこちらの首もとを直視する。ベルは俺の初舞台になるかもしれないのに顔を真っ赤にしながらこっちを凝視している。ちょっと!俺の尻尾もスタンドアップしそうだから早く助けて!!

 

「とっ、殿方のっ、鎖骨~~っ!?」

 

急に赤面した彼女は意識を手放した。その際こちらに倒れて込んでしまう。おっしゃ!ヘブンイズカミング!!

 

再び到来した天国に内心歓喜する。

 

「春姫っ!ここにヒューマンが来なかった…か…」

 

「あっ...(察し)お取り込み中でしたか…すんせんした」

 

マズイッ!と思ったが何かを察した空気の読める団員は襖を閉めた。

 

「だ、大丈夫だね、ハチマン!」

 

「すぅ…はぁ…すぅ…はふへへ」

 

息が出来ない為深ーく深呼吸をしてから彼女を退かす。さて、四畳位の部屋に男2人と気絶した女一人、しかし外には追っ手が山ほどいるマズイな…。

 

(神様、今日帰れるか怪しいです)

 

鼻から垂れてきた鼻血を拭いながら俺はファミリアに思いを馳せるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




改めて巫山戯てすんませんでした。

それでも面白いと思って下さったら感想と高評価を付けてくださると嬉しいです。


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#34 詐欺師

タイトルに深い意味はありません


「も、申し訳ありません!?」

 

目の前で狐人の少女が土下座で頭を下げる。ベルも俺もチェイスで疲れ果てたからここに暫く身を置かせてもらうことになった。ていうか別に謝る事なんて何一つないのに。むしろ我々の業界ではごほうびです。

 

「わ、私、春姫、と申します。貴方達は…」

 

「ご、ご丁寧にどうも…僕はベル・クラネルです」

 

「俺はハチマン・ヒキガヤっす…」

 

ひとしきりの自己紹介を済ませてここまでの経緯を説明する。仲間を追ってきたこと、アマゾネスに連れてかれたこと……襲われかけた事。

 

「そ、それは大変でしたね」

 

同情的な眼差しを向けられる。

 

「アマゾネスの方々と言いますとアイシャさんの事でしょうか?」

 

「えぇ、まぁ、知り合いなんですか?」

 

「はい。私はアイシャさんによく面倒を見てもらってます」

 

少し申し訳なさそうに、けれど彼女は裏表なく微笑んだ。彼女に追い回された身としては想像できないが案外良い人なのかもしれない、但し春姫さんに対しては、だ。

 

「約束のお時間が来るまで…私と、お話をしませんか?」

 

てなわけで始まった彼女との会話。一応コミュ障を患っている俺はそんなに話が長く続くことは不可能だ。生まれついた無愛想がここまで響くなんてな。

 

「クラネル様のご出身は、どちらなのですか?」

 

「僕は大陸の、えっと、このオラリオの北の方にある遠い山奥で……」

 

『クラネル様』なんて呼ばれて小っ恥ずかしくしているが君、ベル様って呼ばれてるじゃないか。

 

「そうなんですか、ヒキガヤ様にもお尋ねしても宜しいですか?」

 

「俺は…千葉っていう極東にある場所なんですけど前人未到の地でして…未だ嘗てそこを見た人は居ないんですよ。ベルとか仲間たち以外に」

 

前人未到という言葉に惹かれたのか彼女にそこに住むのはヒューマンなのか、どんな景色が広がっているのか、なんてことの無い事柄を尋ねられる。聞いては喜び驚く彼女を俺は『箱入り娘』なんて言葉が浮かんだ。

 

「やはり、このオラリオには冒険者になるために来られたのですか?」

 

「そう、ですね…夢みたいなのがあって、それにお金もなかったですし……あれ?ハチマンって…」

 

「俺か?俺は…気が付いたらダンジョンに居たんだよ」

 

「あ…も、申し訳ありませんっ。私ばかり聞いてしまって」

 

照れ恥じる彼女に俺は苦笑することしか出来なかった。

 

「えっと、それじゃあ…春姫さんは、どこの出身なんですか?」

 

話を聞く限りどうやら彼女は命と同じ極東の出身らしい。そこから話は展開され、彼女がここに至るまでを聞くことができた。

 

5年前、当時11歳の彼女は神への贈り物である神饌を()()()()食べてしまったという。当時彼女の家にはパルゥムが良く出入りしては春姫をべた褒めしていたとの事。親に殺されそうになった所をそのパルゥムによって一命を取り留めたがその代わりに勘当されてパルゥムにその身柄を引き渡されたのこと。モンスターに襲われて見捨てられた後山賊に拾われ生娘である事を確認された後オラリオに娼婦として売り払われたらしい。なんとも腹の立つ話だ。

 

「あっ……で、でもっ、島国育ちの私は大陸に興味がございました。叶うなら、ぜひ来てみたかったのです」

 

茫然と自失するベルに気を使って彼女は慌てて取り繕った。微笑んで明るく喋るその姿が、今はもう痛々しく見えてしまう。

 

「それに……極東にも沢山の物語が伝わっている、このオラリオには憧れていました」

 

「『迷宮神聖譚』、ですか?」

 

「はいっ」

 

それからはベルと春姫さんのオタク話だ。俺の出る幕ではなかった。日本に伝わる物語と少しだけ似ていたり文字ったりしているその物語を彼と彼女は語り合った。

 

「私も本の世界のように、英雄様に手を引かれ、憧れた世界に連れ出されてみたい…そう思っていた時もありました」

 

その言葉にベルは口を閉ざした。寝ながら両手を頭の後ろで組んで目を閉じていた俺はうっすらと片目を開ける。

 

「なんて…ただのはしたない夢物語でございます。連れ出してもらえる資格は、私にはございません」

 

「英雄は、春姫さんみたいな人を見捨てない!資格がないなんて、あるわけない!」

 

「私は、娼婦です」

 

「!!」

 

思わず声を荒らげたベルは絶句した。

 

「未熟ではありますが、私は多くの殿方に体を委ね、床を共にしています」

 

鎖骨見て気絶するのに?

 

「そんな卑しい私を…どうして英雄が救いだしてくれるのでしょうか?」

 

「英雄にとって娼婦は()()の対象です」

 

「…もう、刻限ですね」

 

連ねられる彼女の言葉にベルは口を閉ざす事しか出来なかった。彼女はもう何もかもを諦めている、そんな目をしていた。俺の昔の目と一緒だ。家族というものに絶望して何にも期待しなくなった俺と。

 

「とても、楽しい時間でございました…ありがとうございます」

 

彼女に道順を教わり俺達はホームへと帰った。

 

「ベル…分かってるな…?」

「うん…」

 

あの子を絶対に救い出そう。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「で?説明をしてもらおうか」

 

平たく言えば俺達は説教を受けた。歓楽街に行って朝帰りになれば怒られるのも頷けるだろう。

 

「ご、誤解です!兎に角僕達は何もやましい事はしていません!」

 

「ほう?じゃあ2人のポケットに入ってたこれはなんだい?」

 

神様の手には同じ小瓶が2つ握られていた。あれ?一つは俺のだけど…と思いベルの方を向くと汗をダラダラと流していた。

 

(お前もかーーーーー!!)

 

「どうします?ヘスティア様」

 

「嘘は言ってないけど歓楽街に行ったのは事実だからね、二人には罰を命じるよ!」

 

俺達は近所への挨拶回りや手伝いをしていた。屋根の修理や荷物運び。淡々とこなしていくうちにやがて俺達は【豊饒の女主人】の手伝いをする事になった。

 

「手伝わせてしまってすみません、ヒキガヤさん」

 

「いえ、別にいいんですよ。これが仕事なので」

 

「ではお昼はここで食べていかれるといいです」

 

誘いを断るのも気が引けるのでベルと一緒にトマトソースパスタを食べることになった。皿に山盛りになったそれを俺達は無言で食べる。きっとベルも春姫さんの事を考えているのだろう。あんな別れ方をしてはモヤモヤするのも頷ける。

 

「白髪頭と半端頭はどーしてそんなに元気じゃないのかにゃ?」

 

「え、いや…大丈夫ですよ!ね、ハチマン」

 

眉を下げながら愛想笑いを浮かべるベル。ていうか俺の事半端頭って…まぁいいけどさ。

 

「あぁ、ギルドに払わなきゃいけない税金の事を考えてたら憂鬱になっただけだ」

 

まぁ、シャワーのサービスとか医療とかは助かってんだけど今までとは比較にもならないくらい納める税金が膨らんだからな。リリルカが叫んでたのを思い出す。

 

「あれ?2人の匂い…」

 

「!ッ、じゃあ僕仕事があるのでー!」

 

シルさんが鼻をスンスンとさせると顔を青くしたベルは急いでパスタを口に詰め込み俺を置いて外に飛び出した。

 

「ヒキガヤさん、香水とか付けてましたか?」

 

成程、そういう訳か…ベルめ、後で激辛じゃが丸くんを食わせてやろう。

 

「ベルとアラルん所で馬の世話してたら匂いがアレだったんでシャワー浴びて適当に香水付けただけですよ」

 

平静を装いながら嘘をつく。別にこの人達に歓楽街に行った事を話す必要なんてないだろう。

 

「嘘…ですよね」

 

「…ですよね……………」

 

やっぱりバレた。この娘怖くない?ポーカーフェイスに定評のある俺でもビックリなんだけど。さぁ、どう言い訳しようか…。

 

「ここに坊主がいると聞いたが…いたか」

 

すると巨漢の漢、戦争遊戯で世話になった悪魔のベリアル改めてベルさんが扉をくぐってやってきた。悪魔でも救世の天使に見えてしまうのは何故だろうか。

 

「ベルさん、どうかしたんすか」

 

それでもあまり人前に顔を出さない彼が来るのは不思議だ。何かあったのだろうか。

 

「用事のアラル先輩からの手紙だ、マキャヴェリ先輩は外に出たくないらしいから俺が来た。受け取れ」

 

確かに渡したぞ、と言い残してベルさんは立ち去った。そっか、あの悪魔、人が大嫌いなんだっけ。

 

「どんな内容なんですか?」

 

シルさんが覗き込むようにして尋ねてくる。

 

「『3人目が見つかった』…としか書かれてませんよ」

 

「3人目?何か知ってるんですか?」

 

「まぁ、貴方達には関係ありませんよ、と。俺も仕事の方に戻らせてもらいます」

 

席を立ち【豊饒の女主人】を後にする。見つかっちまったのか…いつでも大丈夫なように準備はしとかないとな。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ハチマン君、君に指名の仕事だよ。クライアントが来るまで中央噴水の近くで待っててね」

 

「うっす…」

 

僕達は僕が神様に恩恵を授かった本屋に来ていたけどハチマンの元に舞い込んだ突然の仕事で彼は席を外すことになった。

 

「さ、リリ達も仕事を続けましょう」

 

嫌な予感がすると言っているヴェルフを他所に作業を進める。ヴェルフ、リリ、命さんが木箱に書物を詰めたり、本棚に向き合って本を並び替える。神様は別の部屋で店主のお爺さんと作業をしている。

 

僕は迷っていた。命さんに春姫さんの事を聞いてみるべきか…もし話してしまったら命さんが危険な目に合わないか、と心配していた。そうして迷っている内に既に空はオレンジ色に染まってきた。

 

「あの、命さん…」

 

「どうかしましたか、ベル殿?」

 

本棚から振り返った彼女に…今朝からずっと気になっていたことをやっと勇気をしぼって尋ねた。

 

「春姫さんっていう狐人を、知ってますか?」

 

「どっ___とこでその名前を!?」

 

僕の質問に命さんは身を乗り出して大きく反応した。リリとヴェルフもこちらに振り向く中、彼女達が知人である事を確認する為に僕は昨夜あった事を打ち明ける。遊郭にいたこと、このオラリオにやってきた経緯を。

 

「もしよかったら…命さん達と春姫さんの関係も、教えてくれませんか?」

 

遡る事十年ほど前、屋敷から出れなかった彼女をタケミカヅチ様主導の元彼女を裏山に連れ出して遊んでいたそうだ。野山を駆け、田畑を巡り、川辺ではしゃいで、と幸せな時間を過ごしていたらしい。ただ一度バレてしまった事があり、警邏との攻防は熾烈を極めたらしい。春姫さんの父親も激怒していたらしく、その度にタケミカヅチ様が土下座をして許してもらっていたらしい。

 

しかしそれも長くは続かず、貧困に苦しんでいた命さん達は日銭を稼ぐようになって疎遠になった中、久しぶりに屋敷に窺ったら春姫さんは勘当されていた。

 

その言葉の数々には春姫さんへの想いと悔悟が滲み出ていて…目の前にいる僕も胸が切なくなるほど苦しくなる。

 

「わかってると思いますが…その狐人の方を助けようなんて考えないでください」

 

「!!」

 

ばっと顔を振り上げた僕と命さんに、リリは冷静な表情で淡々と話す。

 

「当然です。戦争遊戯を終えたばかりだと言うのに、また抗争をするおつもりですか?」

 

そして手痛い正論を叩きつけてきた。

 

「戦争遊戯で【ヘスティア・ファミリア】は丸裸にされたと同然です。観戦していた者達にはベル様達の魔法、攻撃、武装やアイテム、手の内を知られています」

 

全てを出し切って掴んだあの戦争の勝利には、代償が伴ったと、リリはそう告げる。

 

「何より、ヘスティア様に膨大な負担をかけることになるでしょう。能天気過ぎてまだ自覚はないかもしれませんが、都市の勢力図に頭を食い込ませたあの方は、少なくない神様達に疎まれている筈ですから」

 

「おい、一人で悪者にならなくてもいいぞ」

 

本の背表紙で、リリの頭をトントンと叩く。

 

「わ、悪者なんてっ!」

 

そうか、リリは敢えて心を鬼にして、悪者__『嫌な奴』を演じていた。赤らめた顔を背けるリリの隣で、ヴェルフはみんなをまとめる長兄のように笑った。

 

「【ファミリア】の一員としてはリリスケに賛成だ」

 

だがな、と僕と命さんの顔を見回して、言葉を続ける。

 

「お前達が何かしたいっていうなら、俺は手伝ってやる。最後まで付き合ってやるさ」

 

それにな、とまた言葉を続けたヴェルフは顎で窓の外を指す。窓の外には見覚えのある黒いコートの端っこ側が見え隠れしていた。ハチマンだ。仕事が終わり帰ってきたら僕達の話が聞こえたものだから途中で参加するのも気まずくて外で聞いていたのだろう。

 

「…………」

 

そして、どこか安心したのか何かを決心したような表情で彼は書店には戻らずどこかに向かって歩き出した。

 

「あいつ何しようってんだ?」

 

「昨日の今日で歓楽街に向かうとは考えにくいですけどもしかしたら……」

 

リリが心配の声を出すがその続きのセリフはノック音によって遮られた。皆が一斉に音のした方を向くと神様や書店のお爺さんではなく、白髪で紺色のコートを着た切れ目で初老の男が立っていた。

 

「アラル神父…」

 

「よっ」

 

軽く手を挙げて挨拶をする彼はフラフラと歩いて適当な本を手に取りパラパラと読み、ため息を付いた。

 

「アイツには追加で依頼させてもらってな、その報告をお前達にもって思ってな」

 

本を読みながら話している為全く僕達と目を合わせようとしていないアラル神父。リリもヴェルフも彼に苦手感を抱いている為、少し怪訝な顔をしている。

 

「前々から思っていましたが貴方はハチマン様をどうして気にかけているのですか?」

 

ふむ、と一息置いて彼はまた新しい本に手を出した。

 

「気にかける訳……か、」

 

本をパタンと閉じて視線を僕達に向ける。何時もの陽気なイメージとはうってかわり重い雰囲気が空気を漂う。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

イシュタル・ファミリアの地下

 

そこは地上の華やかさとは真反対に暗い石畳が敷かれ、3m先が見えるかどうかも怪しい間隔で蝋燭が寂しく置かれていた。壁や床には極東の札や何かしらの効果を発する魔法陣が幾つも施されるていた。

 

「…………」

 

闇の中で蠢く繭にはモンスターとは似ても似つかないパーツが乱雑に融合されていた。この世の物とは思えない翼や蠍にしては大きすぎる尾、黒く変色している溶けた剛腕。

 

「随分と成長しているが大人しくしているな…ふっ、悪魔にも通ずる我が魅了はやはりフレイヤのそれとは比べ物にもならないな」

 

その雰囲気とは天と地の差はある妖艶な女神がその繭の前に立っている。目の前に鎮座する悪魔の繭に通った自分の能力を褒め散らかしている。

 

「これで忌まわしいフレイヤを…いや、世界を我が手中に…クッフフフ…アッハハハハハハハ!!」

 

その笑い声に同乗するかのように蠢く繭のは淡く暗い色を放っている。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

夜空に浮かぶ金色の月。

通りに面する張見世の中で、春姫は夜空を見上げる。宵闇と望月に近付いていく月影を一頻り眺めた後、視線を下ろせば遊郭には昨夜に負けない人通りがある。

 

(いないかな、いないかな)

 

昨夜会った二人の少年を想う、特に黒髪の目が特徴的な少年の姿を想像してしまう。春姫の視線の動きに合わせ、臀部から伸びる太い狐の尾が、ぱたり、ぱたり、と揺れる。

 

(昨日は本当に…)

 

楽しかった。夢のような時間だった。

あの少年は温かな気持ちと優しい一時を春姫に分けてくれた。闇に染まった目が綺麗だった。どこか希望に満ちた目が素敵だった。彼との会話を思い出すと唇に笑みが、胸には温もりが宿る。

 

通り側、格子窓の前に張見世の中から何かを探し出そうとしているその人物と目が会った。

 

「春姫殿!自分ですっ──命です!」

 

瞬間、春姫の呼吸が止まった。

遠く離れている故郷の幼馴染──男装した命だ。

 

(恥ずかし!恥ずかし!恥ずかし!)

 

手を取り笑い合った幼馴染が、過去の美しい思い出が、娼婦に身を堕とした今の自分を見つめてくる。

 

全身を焼き焦がす羞恥の心。

 

「…他人の、空似でしょう。私は貴方のような方を存じません」

 

拒絶の言葉に目を見開いた命は泣きそうな表情を浮かべる。

 

「春姫、お呼びだ」

 

「はい…」

 

いつも以上に心を暗く染め上げながら、はい、と返す春姫は、男が待っているであろう部屋へ静かに向かった。

 

シャッシャッシャッシャッシャッ…

 

「ども」

 

部屋の奥で待ち構えていたのは昨日見知ったばかりの少年だ。布団の上でカードをきりながら春姫を待っていた。

 

「な、なんで貴方様が…」

 

「ま、同じ穴のムジナだった訳ですよ…ベクトルは違くとも俺も身を汚してるんでね」

 

そう答えた彼は脇目も振らずにカードをきっていく。そして春姫が座るであろう場所との間にカードを丁寧に並べる。

 

「ま、フルタイムで遊べるようにしといたからとことんゲームしようぜ」

 

「!……はいっ」

 

娼婦の作法を忘れて慌てて座る春姫、その姿はまるで今は遠いあの日の子供のようだった。

 

「残り1枚ですっ」

 

UN〇(うんまる)って言ってないぞ、ほれドロー4」

 

「こんっ!?」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ごちそうさまでした……」

 

次の日の朝、ホームの食堂。小さなパンを一つ食べ終えた命が、皿を片付け始める。スープも野菜も食べず、碌に食べ物が喉を通らないといった様子だ。

 

「なぁ、命君、どうしたんだい?」

 

「昨日遅くまで出かけていた様ですが…ハチマン様も」

 

リリルカの移った視線の先には少し眠そうにしているがしっかり朝ご飯を食べているハチマンがいた。

 

「アラルの野郎が教会の管理を押し付けやがったんだよ…墓の管理さえすれば後は何してもいいって言ってたけどよ…何個あると思ってんだよ…ったく…洗剤だってタダじゃねぇってのに…今日も明日も行かなきゃいけないのに…」

 

段々小声になっていくハチマンの気苦労を察してリリルカは目を逸らした。

 

「ハチマン…最近動きすぎだよ…少し休んだ方がいいんじゃないの?」

 

「それもそうだな……少し休む」

 

身の回りの環境が変わった事と春姫の事で知らなくちゃいけない事が山積みだが休みを選ぶハチマン。

 

「1時間くらい寝るから部屋に来るなよ」

 

「あっ…(察し)」

 

「違うからな」

 

そんな多忙の身なハチマンは大き目のバッグに何やらジャラジャラとした物を大量に詰め込んで自室に入っていった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「やるか…」

 

超ウルトラスーパー賢い俺は春姫さんの所に開店から閉店まで毎日通うことにした。推測だが男の鎖骨を見て気絶するような彼女は恐らく生娘…所謂処女って奴だろう。本人はそうは思っていないが…今の所は気絶して萎えた客が帰るという流れが出来ていると彼女の先輩娼婦が言っていた。今の所確認されていないが寝ている所を無理やり…なんて事もこの先考えうる。故に俺が独占するという考えに至ったのだが金が無い。パフェとパスタとピザでおじゃんになっている俺はなんとかして金を稼がねばと考えた結果、一つだけ短時間で大金を稼ぐ方法が見つかった。決して褒められる訳じゃないが致し方ない。

 

「ストレートフラッシュ」

 

SOカジノ!!

カジノ浸りのバカ共から毟って金を稼ぐ。

ん?『完全運なのにどうやって勝つの?』だって?ふむ、その答えはこうだ。

 

「『クイックシルバー』…」

 

止まった10秒をフルに使って己の手札を良い物にすり替える。デッキをパラパラ見て望むカードを手に入れる。相手がイカサマしていようとも手札を交換すればいいだけの事だ。つまりディーラーとその他の相手が組んでイカサマしていようとも俺が勝つ。

 

「フルハウス」

 

「つ、ツーペア…」

 

こうして俺のチップはあっという間に山を形成する。これを両替すれば手持ち50万が200万になった。

 

「ごっつぁんでした、と」

 

そして大量の金を持ってトイレとか人気の無い所に行って誰にも見られてない事を確認したら閻魔刃で部屋まで次元を繋ぐ。

 

「完璧だっ」

 

小銭を持って悦に浸りながらルンルン気分で外に出向くと門の前に皆が集まっていた。馬車が止まっていたようだが走り出してしまった。

 

「どうしたんだ?」

 

「ハチマンか、来てくれ!」

 

呼ばれるまでもなく皆の元に向かう。

 

「依頼?」

 

「あぁ、アルベラ商会って所からだ、パントリーで石英を取ってこい、って書いてある」

 

「報酬がおかしなくらい依頼内容と釣り合ってないな」

 

「これからもご贔屓にしてくださいって事だろう」

 

するかバカめ、と唾を飛ばしたいが相手も生きる為に必死なのだろうからその位は目を瞑ってやろう。

 

「で、報酬は?」

 

「100万ヴァリス」

 

「「ひゃ、100万…!!」」

 

余りの金額に息を飲むベルと命。

リリルカならまだしもこの2人の組み合わせは珍しい。

 

「どう思いますか?ハチマン様…」

 

「直接会って話した訳じゃないが…本格的な取り引きはしないで、今回限りのお付き合い…ってことにしようか」

 

「言い方が誤解しか招きませんよ…」

 

「バカヤロー、ホントはもっと冷たいぞ?ちょっと話しかけただけで『もうやめて』なんて言われんだからな、アイツらキャラ捨てても俺が嫌だったのかよ…」

 

「ハチマン様…強く、生きてください…」

 

「俺の事はいいんだよ…さ、本業の時間だ」

 

紆余曲折あったが俺達は100万ヴァリスの為に楽チンなクエストを受けてダンジョンに潜った。

 

「やっぱこの感じだよな〜」

 

バン!!

 

新しく貰った3連リボルバーのケルベロスも一発でモンスターを粉砕した。少し腕が痺れるな…鍛え足りないな。

 

「凄まじい武器ですね…人に撃ってしまったらどうなるんです?」

 

「ん?晩飯がハンバーグになる」

 

うっ…と軽くえずいたベルに冗談だ、と諭す。

どうやらベルと命さんは春姫さんを身請けしようとしていたらしい。その為にお金を稼ぐ方法を探していたらしい。後でこっそりベルの財布に200万入れてやろう、どんな顔するんだろうな。

 

「止まってください」

 

同じく先頭を歩いていた命さんが意識を切り替え、鋭く振り返る。

 

「ライガーファングが2体…」

 

「探知系の『スキル』か、便利だな」

 

「いえ、一度遭遇したモンスターでなければ感知できませんし…自分の心身の状況によって効果も左右されます。過度に期待しないでください」

 

後方の横穴から現れたのは下層から上がってきたと思われるモンスターだった。リリルカの判断だとイレギュラー、逃げがオススメだろうが…

 

「やるか」

 

「うん」

 

ベオウルフを構えてベルと並ぶ俺達に気付いたのか2体のライガーファングは咆哮をあげる。

 

「うぉらァっ!!」

 

「ぜぇやっ!!」

 

更に集まって来たモンスター達との戦闘に俺達は入った。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「足音…モンスターと、人です」

 

こっちに向かって来る趣旨を命さんは小さく呟いた。ピタ…ピタ…と髪から滴る血を忌まわしく思いながら俺はため息をついた。

 

「ライガーファングの口の中に入るからこうなるんですよ!」

 

「腹を突き破ってきた時は心臓が止まるかと思ったぞ…」

 

「ハチマンは先頭の時はバーサーカーだからね」

 

意外とやる事えげつないし、と補足するベル。

 

「仕方ないだろ、なんか、戦うのを楽しむ自分がいるんだから」

 

「足音…近付いてきます」

 

「「「「!!」」」」

 

またパスパレードか…と思いながら迎撃体制をとる。最近出番の少なかったベオウルフのつま先をトントンと鳴らして準備する。

 

「引きましょう!」

 

戦う気満々だったがリリルカに出鼻をくじかれる。

もと来た道を逆走するが詰まってくる後ろの距離を肩越しに確認する。

 

広い十字路に出て一息つく。が、本当に一回呼吸するだけで終わってしまった。なぜなら俺達を挟むように他の冒険者達がモンスターを引き連れてきたからだ。

 

「二方向!?」

 

リリルカの悲鳴が響く。

 

「う、おおおおおおおおっ!?」

 

「み、みなさん!?」

 

あまりにも多すぎる数のモンスターが雪崩込み、俺達は一緒にいたにも関わらず離れ離れになった。

 

しかも厄介なのはモンスターだけではなく冒険者達ですら俺達に牙を剥いたのだから。

 

「なんだ、コイツら!」

 

色違いの外套を纏う冒険者はモンスター達を飛び越えて俺達に攻撃を仕掛けてきた。

 

「付き合ってもらうよ…」

 

その言葉と共に蹴り上げられた俺はモンスターの檻から弾き飛ばされた。

 

(分断された…)

 

通路に空いていた横穴の奥に蹴りこまれた俺の他にいるのは追撃者と同じ格好をした外套の冒険者だった。

 

「アイシャさん…」

 

外套を脱いだその冒険者はこの前に歓楽街で襲ってきた戦える娼婦のアイシャさんだった。

 

「恨みを買った覚えは無いんだけどな…」

 

「アイシャ…!アイツだよ!カイシル達をやったのは!」

 

どうやらあったようだ。記憶を辿って身の覚えがないか探ってみると一つだけあった。

 

「あぁ、あの夜のか…」

 

「お前のせいでな…!カイシルはっ!二度と立てなくなったんだぞ!」

 

「え……」

 

確かにボコボコにした記憶はあるがそこまでやった覚えはない。しかし相手は涙目だ。もしかしたら後遺症とか残ってしまったのかもしれない…。

 

「ガッ…!」

 

思考の海に溺れていると後ろからとんでもない打撃を受ける。

 

「騙されたなッ!バカめ!」

 

「テメェ…つら覚えたからな…!」

 

後頭部にクリーンヒットした為、意識が朦朧とするが一矢報いる為に1発殴ろうと近付くがさせまいと拳や蹴りのリンチに会う。

 

(気絶オチなんて…サイテー…)

 

暗転、それから先何があったのか俺に知る術は無かった。

 




ほんと、最近の俺って気絶オチしか書いてない気がします。


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#35 覇王

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ピチョン…ピチョン…

 

滴る水滴の音で死んだように気絶していた男、ハチマン・ヒキガヤの目が覚める。

 

チャリ…

 

その音で察するに両手が鎖で繋がれているようだ。

 

「捕まった…!?」

 

隣から驚愕の声が響く。重い頭を横に向けると彼と同じく鎖に繋がれているベルと視線が交差した。

 

「ベルか…」

 

「ハチマン大丈夫!?」

 

「あぁ、平気だ」

 

我慢出来るレベルの頭痛しかしない為平気だと伝える。

辺りを見回すと、カビのような臭いを漂わせたその空間は窓もなく、壁に作り付けされた魔石灯が光っていた。室内には鞭、鎖、蝋燭、足枷に手枷、棘のついた棒。まるで拷問部屋を彷彿とさせる道具が転がっていた。

 

「あの時を思い出すな…」

 

ヘファイストス・ファミリアの落ちこぼれ鍛冶師達に拉致されて言われのない拷問をされた事を思い出す。

 

剥がされた爪、折れた指、焼かれたハンマーで殴られた顔、憎たらしい彼らの笑う顔、焼かれたレザーアーマー、頬を引っ掻き回す冷たい風。封じられていた記憶が音を立てて頭を支配する。

 

「ふっふふふふふふふ……」

 

「ハチマン…?」

 

「頭ん中でよ…俺が話しかけてくるんだ、『お前は誰だ』って…俺なのに何言ってんだよ」

 

「ダメだハチマン!気をしっかりして!」

 

「話す事なんて何も無い…何故なら皆を巻き込みたくないから…」

 

「え?」

 

「やっとできたかぞくなんだ…迷惑なんて掛けられない…何も貰えなくても…」

 

「…………」

 

「ごめんなさい…俺のいた世界はここほどキレイじゃない、こと争い、殺し合いに関しては誰よりもエキスパートなんだ…よ」

 

そう、比企谷八幡はオラリオに来てから苦しみっぱなしだった。今は殆ど気にならないが自身の腐った目を避難される事、今までの文化とオラリオの文化とのギャップを埋める為にエイナの元で猛勉強。無意識に家族に尽くすために炊事家事洗濯を担う。そこまでなら平気だったが…度重なる戦闘での負傷、日本とは違いどストレートにやってくる人間の悪意と何も知らないバカな神のイタズラ。帰郷しても同郷の知り合いを殺す羽目になる。

 

凄まじいストレスが彼に降り掛かっている。戦闘で発散していたそのストレスも今回のアマゾネス達、特にフリュネとかいうヒキガエルが引き金で爆発したのだ。

 

「……………」

 

目の光が完全に消え、ブツブツとどこかに向かって喋り続けるハチマン。今すぐにでも抱きしめてやりたいベルはその様子を繋がれている故に出来なかった。

 

「ゲゲゲゲゲッ!!目が覚めたようだねぇ〜」

 

「ッ!!」

 

闇の中から現れた醜悪な巨女。ベルはそのショックから気を失いそうにもなるが隣のハチマンの分頑張ろうと意識を保った。

 

「ここはアタイだけの愛の部屋でねぇ~… ダイダロス通りが隣接している影響でホームの地下にはこんな秘密の部屋と通路があるのさ〜。アタイは気に入った男はいつもここに運んでるのさぁ、ここはあの不細工共にもイシュタル様ですら知りはしないよぉ~」

 

ここに誰も来ない事を確認して絶望するベル。

 

(考えろベル・クラネル!何か打開策はないのか!?ハチマンならどう切り抜ける!)

 

鎖を揺らし、脱出を心見ているがびくともしない。

 

「無駄だよぉ!その鎖はミスリル製、何重も巻かれれば上級冒険者だろうとすぐには壊せない。魔法を使えば手首ごと吹っ飛ぶから下手な事は考えないのが身のためさ〜」

 

「クッ………」

 

「さて〜どう犯してやろうか〜……アァ?」

 

ベルの下半身を眺めたフリュネは舌打ちをする。

 

「これだからガキは…しょうがない、精力剤を持ってくるかァ」

 

そう残して部屋を後にするフリュネ。

 

「逃げなきゃ…今の内にッ!!」

 

死に物狂いで束縛を解こうとした。その時───ぎぃぃ、と。

 

「は、早いっ!!」

 

再び鉄格子の開く音がなった。早過ぎる再来に絶望していると人影は奥から部屋に入ってくる。もう終わりだ、と絶望に沈む視界に映ったのは狐の耳と、金色の尾、鮮やかな着物を纏う彼女は現れた。

 

「春姫…さん?」

 

フリュネの出入りを過去に目撃していた彼女はここにベルとハチマンがいる事を推察し、忍び込んできたのだ。

 

「ヒキガヤ様…?」

 

「……………」

 

虚ろで焦点の合わない目は春姫の方を向いていても変化は無かった。

 

「その…ハチマンは…心が…」

 

「すみません、私のせいで…」

 

「そんな事ありません!その、ハチマンは過去にこういった目に合ってて…トラウマになってて」

 

一通りの説明で春姫の誤解を解く。動けないハチマンをベルが背負う。

 

「さ、早くここから離れましょう」

 

「はいっ」

 

ハチマンを背負ったベルは薄暗い道を進んで行った。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

『俺のタダイマはここじゃない』

4人だけの保健室で俺は家族だった物にそう告げる。

『雪ノ下…お前を殺す』

かつての憧れに俺は剣先を向ける。

『残された人たちの明日を……』

数少ない理解者を犠牲にして俺は明日を繋いだ。

『俺はハチマン・ヒキガヤ…特に何者でもない』

今になっても俺は自分が何者かが分からない。

『嫌な事、どうしようもない事があったら逃げてもいいんだ』

あの夜、ベルに言った。俺も逃げていいのかな。

『絶対追い抜かして吠え面かかせてやんよ』

どこぞの狼に誓った。

『もっと…もっと力がいる。誰にも負けない力が』

アラストルに頼んだ、悔しさをバネにした。

『ありがとう、お兄ちゃん!』

小町ではなくベルから言われた。結構気に入っていた。

『今すぐ剣を降ろしなさい。まだ今なら歯止めは効きます』

ごめんリューさん、俺の手、汚れちまったよ。

 

俺を中心に周りに浮かぶ光る泡のような記憶。辺り一面の闇で輝くそれはまるで空っぽの俺にはコレしかないと表しているようだった。良い物だけでなく悪い記憶もある。

 

あれ?何か足りない

 

俺を突き動かした何か…この身をそこまで至らしめた決定的根拠。いくら思い出そうとしても頭に何も浮かんでこない。分からない…いくら考えても分からない。

 

『ゴミィちゃん』

『あんたなんか産まなきゃよかった』

『小町一人いれば良かったのに』

違う…!

 

これは俺の欲しい答えじゃない…

 

【もういいんじゃないのか?】

声がする。目の前に立つのは下に向かって曲線を描く大きな角が2本あり、全体的に黒く歪な人形をしており、その目は紅く光る悪魔が立っていた。

 

アンタは?

 

【お前が死ななかった原因、そして全ての元凶】

 

分かりやすく説明してくれない?

 

【できてたらとっくにしてる、今日は誘惑しに来た】

 

誘惑だと…?

 

【もう充分戦っただろう…休んでもいいんじゃないのか?】

 

や、休む…?

 

【お前の仲間のベル・クラネルも言ってただろ】

 

…それも、そうかもな

 

【実際お前はよくやった…もう良いだろう?】

 

ソレは俺に手を差し伸べてくる、その手を掴もうと手を出す。

 

【どうかしたのか…?】

 

俺はそれを両手で掴んだ、肯定ではなく、否定の意味で。手を取ればどれ程楽になれるだろう、そんな思いを精一杯振り切って。

 

ゴメン、そういう訳にもいかないんだ…まだやり残した事がある。約束…そう、約束を果たしてない。嘘つき呼ばわりはされたくないから

 

『『誰もが到達し得ない境地へ!』』

『僕は英雄になりたい、ハチマンは?』

『俺は…愛と誇りと力への探究心を満たす』

『欲張りだね』

『うっせ、良いだろ?別に』

子供のように語ったその記憶が闇の中から眩く光ながら現れる。これが、俺の戦える理由だ。

 

【幼子の様に簡潔で大きな夢だな】

 

でもさ

 

【それでいい】それがいい

 

ガチャリ…と後ろの方で大きな扉の開く音がした。全部開くのではなく半分くらい…なんとも中途半端なんだろうか。

 

「困った時は手を貸してくれよ」

 

【勿論だ】

 

助けるはサンジョウノ・春姫。己は娼婦なんだと卑下し、その身に振りかかろうとする幸福を跳ね返す。

 

「一から十を見てやれるほど人間できちゃいないが…みすみす見捨てる程悪魔になっちゃいない」

 

闇の中を進み光の指す扉の向こう側に出る。

ウユニ塩湖のような景色ではなく、汚れた身に相応しく、空は赤と青と紫に染まり地面は空を映さず黒く染まっていた。

 

「さてと、もうひと暴れするか」

 

ー我欲するなら殺してでも奪えば与えられんと同じー

 

「目標は客観的に見ても不幸に塗れた女の子一人!敵は性欲と本能に魅力されたアマゾネスとそれを先導する‪○○○○○○○……○○○○○○女神!ベル達は身請けなんて考えていたが俺は…力尽くで奪う」

 

凄まじい放送禁止ワードを連発したがその覚悟は扉の向こう側の悪魔から見ても明確だった。

 

【最後に問おう、貴様は何者だ?】

 

「ヘスティア・ファミリアのハチマン・ヒキガヤ。心を失くしたヒトを憎み、明日を望む人を信じる男だ」

 

【矛盾しても、破綻しても、異常でも……】

「アイツらにもらったかけがえのない記憶が示した心に従う…」

【近くに膨大な魔力を確認…アルゴサクス・ザ・ディスペア・エンボディードと識別。位置は現在地の地下】

「アルゴサクス…魔界3大勢力が一角…か。勝てる確率は?」

【ゼロではない…私もいる】

「ならいい」

 

我は悪魔…愛無き種、愛無くして、愛ありて往こう

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ハチマン・ヒキガヤの精神崩壊から3時間弱、ここまで何があったのかを簡潔に纏める。

 

春姫よりイシュタル・ファミリアが何をしようとしているのかを聞かされる。春姫の魂を殺生石と呼ばれる魔道具に封じ込め。それを砕き、妖術とまで謳われる狐人の魔法を自在行使できる破片を量産。──その力を行使してイシュタルが目の敵にしているフレイヤ・ファミリアを壊滅させる計画だ。

 

そしてそれを知ってしまった事をアイシャとその他のアマゾネスにバレて交戦、その際にハチマン・ヒキガヤは囚われる。戦況を見て逃走を測ったベル・クラネルとヤマト・命。囚われたハチマンは二人を誘き出すための餌として春姫を贄にする為の祭壇付近に放置されている。縛ったりしないのは儀式に大忙しなのと廃人故に抵抗はしないだろう、という油断から来ている。

 

餌があろうと無かろうと関係なくベルと命は乗り込んできた。サミラという戦闘娼婦との死闘、ベルはアイシャとの死闘を繰り広げている。しかしその間に何者も割り込んで参戦することはなく、フリュネもその様を眺めている。

 

「サイシャ、春姫を殺りな」

 

儀式剣を握った娼婦が頷き祭壇へと登っていく。祭壇の横で伸びている廃人を目にも止めずに。

 

「や、止めろーーーッ!」

 

命の悲痛な叫びを他所に娼婦は剣を振り上げる。春姫はどこか悲しげだがそれでもいいのだと諦めの目をしている。

 

「ふッ!━━━━!?」

 

その剣を振り下ろすも刃が春姫に届く事は無かった。何故ならその手首から先が無くなったからだ。

 

「あ、あああああッ!?」

 

叫ぶ娼婦の首を掴んで祭壇から蹴落とす影が一つ。

イシュタル・ファミリアがホームの屋上故に冷たい風が吹く。闇色のコートをはためかせてその影は祭壇の上に、春姫の前に立っている。

 

「あ、あ……」

 

「春姫さん、大丈夫ですか?」

 

さっきまで虚ろな目をしていた彼は優しく涙を浮かべる囚われの春姫に語りかける。雲で隠れていた月光が影を照らす。

 

「どうして…」

 

「理屈なんていいんですよ…知った人が困ってるなら助けないと、おちおち寝てられないんでね」

 

ほろほろ、と涙を流す春姫。彼女に向き合っていた影は後ろに控えている娼婦達に向き合う。

 

「さてと?どうして春姫さんがこんな事になってるのか俺は知らない…本当なら身請けなりこっそり拉致るなり考えてたけど…殺すってんなら貰っても良いですよね?」

 

口端を吊り上げ、ニヤリと笑ってはいるがその目は殺る気満々な目だった。腕を切り落とした閻魔刃をしまいベオウルフを装着する。

 

「来い、立てなくなるまでやってやる」

 

「ッ!…相手はレベル3ただ一人!数で押せー!」

 

フリュネは危機感を覚えたのか攻撃を仕掛けに行かず、他の娼婦達が襲いかかるのを眺めている。

 

「レベルなんて所詮数字…そんなので俺を計られちゃ困るな。だって俺数学嫌いだし」

 

祭壇に一歩足を登壇した先頭の娼婦の顔面に重い一撃を食い込ませる。そのまま吹き飛ばさずにグリグリと拳をねじ込み重症を負わせる。鼻血をボタボタ流すのを見た彼はやっとその拳を前に突き出す。

 

「らァッ!!」

 

どこかに飛んで行ったその娼婦を他所に次から次へと娼婦達に殴る蹴る等の暴力の限りを振るう。

 

「そよ風と共に彼方へ!ジ・ゼーカー!」

 

一人の戦闘娼婦の魔法でハチマンの体は宙を浮き祭壇たる屋上から落とされる。

 

「『やった!』なんて思ってたら勘違いだぞ」

 

ハチマンが落ちたと思われる所から紫の腕が伸び、適当な娼婦を5人掴む。

 

「このッ!」

 

「離せッ!」

 

なんて喚いてるのを聞きながらその腕は彼女達の体を頭から壁に突き刺す。丈夫な冒険者だからこそ出来た芸当だ。一般人でやったらどうなるかは想像に任せる。

 

ぐったりとした娼婦の下半身を踏み台にベオウルフを装着したハチマンは祭壇へと飛び移って戻る。ゴツゴツとした足が背中や腰骨を容赦なく踏み躙るがそんな事を気にしていない様子だ。

 

「鬼畜…私達を人と見てないんだ」

 

「家族を殺そうとしてる奴らをどう人と扱えと?」

 

続きだ…と吐き捨てハチマンは次々と娼婦を始末していく。

 

「残るはアンタだな…クソガエル」

 

「ッ!!」

 

頬にこびり付いた血を拭いながらゴミを見るような目でフリュネに死刑宣告をする。

 

「ぜあああああああッ!」

 

「はあああああああッ!」

 

命とベルの戦局を見守っていても直ぐに意識を切り替えフリュネに殺気を放つ。

 

「このォッ!糞ガキがあああッ!」

 

追い詰められた獣の最終手段は全身全霊を持って敵を殺す事。今のフリュネは格下だが確実に脅威であるハチマン・ヒキガヤという狩人に死の宣告をくらって正常な判断をしていないのだ。

 

「早いけど…ダメだ」

 

(バージルは言っていた、『敵をよく見ろ』と)

 

必要最低限の回避でフリュネの大ぶりの攻撃を避ける。

 

「ほらよッ…と」

 

(ダンテは言っていた『柔軟な思考を持て』と)

 

千葉でパフェをかっくらいながら語り合ったのを思い出しながら飛び上がりフリュネの後頭部に一撃踵を入れる。

 

バンッ!

 

地面に着地するまでの滞空時間に懐の銃を抜きフリュネの両肩を撃ち抜く。

 

「ぎゃああああああああぁぁぁぁ!!!」

 

フリュネの断末魔が夜空に響く。

ダラン、とぶら下がるその腕は二度と使えない事を意味していた。

 

「もう、いいだろ…」

 

カチャリ…とルーチェとオンブラにポーチに入っていたモジュール、『ランペイジ・モジュール』を付ける。モジュールを通して赤く発光しているそれは誰が見ても危険だと分かる。

 

「ま、待っ……」

「あばよ」

 

最期の言葉を聞かずに引き金を引く。

激しい轟音と光と共にフリュネは姿を消した。

 

「ハチマン!!」

「ハチマン殿!!」

 

ベルはアイシャを、命はサミラを撃破し、ハチマンの元へ駆けつける。今まで精神崩壊していたのが嘘のようにピンピンしていたからだ。

 

「心配かけたな」

 

「もう、大丈夫なの?」

 

「あぁ、俺は平気だ…命さんは?」

 

「自分は身体中が痛いです…帰って一風呂入りたいです」

 

「積もる話もあるだろう、春姫さんと入るんだな」

 

「っ!!」

 

ビクン、と体が跳ねる春姫。

 

「私は…娼婦です…」

 

「知ってます」

 

「この身体は汚れきっています」

 

「知ってます」

 

「こんな私を…連れてってくれると言うんですか…」

 

「生憎ここに英雄なんていませんよ、卵ならいますけどね」

 

ベルの頭をガシガシと撫でながらハチマンは答える。

 

「さ、お前達は下にいる皆と帰れ」

 

「え…ハチマンは?」

 

「最期の一仕事だ」

 

ウィィィィィン…

 

下から何かしらが登ってくる音がする。ギルドの昇降機のような音だが規格が違いすぎる大きさだ。

 

「来たか……」

 

「一体なんですかっ…」

 

「悪魔達の住む世界…通称『魔界』の三大派閥が一角…アルゴサクス」

 

祭壇の中央が開き下から赤々とした光が登ってくる。

 

「イシュタル・ファミリアは保険を掛けていた…春姫さんをどう利用するかは知らないが追い詰められた時の最期の切り札を隠していた」

 

そして祭壇の中央に姿を現したのは真っ赤に燃えている人型のナニカだった。背中には二対の羽、天を指す二本の角。その有様は神々しさすら感じる。

 

「イシュタルの本気の魅了に操られてる…」

 

「ベル!命!ハチマンっ!!」

 

「大丈夫ですか!」

 

すると階段を登ってきたヴェルフとリリルカだけでなくヘスティアまでやって来た。

 

「なんだ…こいつ…」

 

いまだ微動だにしないアルゴサクスにヴェルフが絶句する。リリルカは目の前の死を体現した存在に絶望感すら覚えている。

 

「取り敢えず合流だよ」

 

ヘスティアの指示によりベルの元にやってきたヴェルフ達。

 

「神様…春姫さんを安全な場所に。リリルカ、持ってるポーション全部ベルと命さんとヴェルフとリリルカで配ってくれ」

 

「は、はい!」

 

テキパキと均等に回復アイテムを配る。

 

「ハチマン…ありゃなんだ?」

 

「俺も聞いた事しかないが『覇王・アルゴサクス』…悪魔の中で三本指に入るくらいヤバい奴だ」

 

「そんな奴がどうしてここに…?」

 

「どーせイシュタルがアルゴサクスの繭を地下に仕舞って育ててたんだろう」

 

ハチマンの解説にどうしてそこまで知っているのか不自然に思っていたヴェルフだがその思考は近くから聞こえる声に遮られた。

 

「やってくれたな…ガキ共…よくも我が悲願を…!」

 

「はっ!!子供を犠牲にする勝利なんて勝利とは言わねーんだよ…くそばばー」

 

「なっ…!我を愚弄するか!」

 

「バカに馬鹿っつって何が悪いんだよ…ヴぁ〜〜か」

 

「ぐぎぎぎぎ…アルゴサク!!手始めにこの小僧を殺せ!!」

 

!!

 

指令を受けた直後思い出したかのようにアルゴサクスは動き出した。神様と春姫さんの避難はまだ済んでいない。

 

「やるしかないか…皆、付き合ってくれるか?」

 

「「「「勿論!!」」」」

 

待っていたのか即答するファミリアにハチマンはこんな状況でも幸福感を覚えた。

 

 

ヘスティア・ファミリア

───────VS───────

アルゴサクス・ザ・ディスペア・エンボディード

 

立ちはだかる絶望とそれに抗う人間の戦いの火蓋は切って落とされた

 

 

 

 

 

 



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#36 覇王と俺と+α

アンケートに御協力ありがとうございました。
一応民主主義に則って『チート魔法』をハチマンに与えたいと思います。


「ゴァァァァァァッ!」

「うぉラァァァァァッ!」

 

激しい戦闘が繰り広げられていた。

アルゴサクスの炎の剣とハチマンのフォースエッジの激しいぶつかり合い。

 

ハチマンの背後にいる魔人も彼の行動に合わせて攻撃をするも流石『覇王』。フォースエッジを左手の剣で、魔人の攻撃を右手の剣で捌いていた。

 

ヒュン…

 

更には瞬間移動すら使うアルゴサクス。攻撃しては離れるヒットアンドアウェイである。

 

「ちぃ…ッ!」

 

ガガガガガガガッ!

 

すぐさま二丁拳銃に持ち替えてアルゴサクスを乱れ打つハチマン。全弾命中するもそのダメージは覇王故に微々たるものだった。もしこれが無強化の銃だったら着弾する前に蒸発していた所だろう。

 

「オオッ!」

 

そして太陽のような翼をはためかせると熱光弾がハチマンに向かって飛んできた。そしてそれを横に転がりながら躱す。その際に両手の銃に力を溜める。

 

「これならどうだ…!!」

 

魔力を込めた射撃、チャージショットと後方に控えさせていた幻影剣を同時に発射するも翼でガードされる。

 

「ガードしたって事はダメージが通じるのか…?」

 

そう考察しているうちにアルゴサクスは両手の剣をハチマンに向けてその体を高速回転させながら突撃してくる。それもローリングで躱すも厄介な事に瞬間移動で回避した先に飛びその攻撃を強制的に当ててくる。

 

「ぐおおおおおおおッ!!」

 

ギルガメスを眼前に展開するもその威力と熱波によって押されてその体は宙を浮き、オラリオ外まで押し出される。

 

「ハチマンッ!」

 

辛うじて聞こえたベルの声に返事をする余裕はなく防御に専念するしかない。

 

ミシッ…ピシッ…

 

いや音が聞こえたハチマンは咄嗟にクイック・シルバーで時を止める。止まった時間の中でも重力は働き、ハチマンだけが落ちる。

 

「ヒーロー着地ッ!」

 

鉄の男宜しくカッコをつけて着地するも両膝と拳に痛みを感じて『やるんじゃなかった』と後悔する。

 

「やるな…人間」

 

真っ赤な光を発しながらソレは確かに喋った。

 

「喋れんのかよ、アンタ…。てか操られてなかった?」

 

「神風情に操られるなど悪魔の恥晒しである。この程度の演技、朝飯前だ」

 

「演技派悪魔とか笑えねーよ…」

 

「人間、俄然貴様に興味が沸いた。その出で立ちは人間のそれだが身に秘めているのは我らに近しい」

 

「……………」

 

「このまま操り人形であるのは私も遺憾だ…故に人間、私をモノにして見せろ」

 

「は……?」

 

突然何を言ってるんだ…コイツは。

 

「本気でかかって来い…そして奪い取れ」

 

「………分かった」

 

だがきっとやるしかないのだろう。

奴も本気だ。

ならばこっちもそれ相応の態度で望まなくては。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ふぅ、やっと終わりましたか…」

 

【豊饒の女主人】、そこに働くエルフのウェイトレスのリュー・リオンは最後の団体客を見送り一息つく。

 

「ん?」

 

ゴォォォォォ……!!

 

ふと空を見上げると空に走る炎があった。その炎はオラリオの壁を越えて外に出るとすぐ近くに降り立ったように見えた。

 

「一体あれは……」

 

元冒険者としての嫌な予感がする。嘗て仲間を失った時のようなとてつもない程の嫌な予感が彼女の神経に走った。

 

タッタッタッタッ…

 

「クラネルさん…?」

 

激しい足音のする方を見ると【豊饒の女主人】常連客のベル・クラネルが滅多に見せない表情で南門まで走っているのを見掛けた。

 

(いない…)

 

いつも彼の隣に居るはずの彼が居ない。最近どこかぼーっとしている節があったが何をするにも近くにいたはずだと彼女は認識している。

 

そして嫌な予感は更に加速していった。ベルのあの表情はハチマンが拷問を受けた時に必死で探していた時と似た様な顔をしていた。

 

「まさか……」

 

ベルを追うリュー。レベル3である彼に追いつくのは容易い筈だが中々追いつくのに時間を要したのは彼の【俊敏】のステータスが高い事とそれ程焦る要件なのを表していた。

 

「クラネルさん!」

 

「リューさん!?」

 

「何かあったんですか?」

 

「ハチマンが!!」

 

それだけで彼女がベルについて行き彼の安否を確認する必要が出来た。

 

(どうかご無事で…)

 

今はそう祈るしかない。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ハチマン…?」

「ハチマンさん……」

 

門番のバン・モンさんに事情を説明して快く門を通らせてもらい、激しい爆音と熱光を発していた場所に向かう。

 

そこは地獄だった。辺りの地面には夥しい量の血が撒き散らされ、事態の深刻さを物語っている。恐らくハチマンが防御に使ったのか地面から生えたままのギルガメスの壁が乱立していたり倒れたりしている。

 

「よぉ……待ったか…?」

 

その中央に立つハチマン。髪の毛はやはり銀色に染まりきり、コートは所々焦げ付いているし穴が幾つか空いている。吐血したのか彼の口の周りには血がべっとりと付いている。体からは魔力を纏っていたのか黒くおぞましい魔力の闇、否、深淵が漂っていた。

 

「あのモンスターは?」

 

「………」V

 

ただ黙って左手でVサインを作るのは勝利か平和を意味していた。

 

「ハチマン…その剣は?」

 

彼の手に握られていたのはフォースエッジでも閻魔刃でもリベリオンでもなかった。人の身の丈程ある刃には剣と言うには余りにも禍々しい肉が付いていて謎の宝玉が埋め込まれていた。

 

「これは…俺の魂だよ」

 

そう言うと剣は光り輝いた。光が収まる頃にはその剣は消えて無くなり、フォースエッジとハチマンが常に身に付けていたネックレスがその手に握られていた。

 

「リューさんが居ることに敢えて突っ込まないけど…つかれた〜」

 

そう言い残してハチマンは地面に思い切り倒れ込んだ。

 

(いつものハチマンだ…)

 

どこか悲しそうにしていたのはベルの勘違いだったのだろうか。

 

「そんな所に寝てては首を痛めますよ」

 

そう言うと彼女は彼の頭元に座りハチマンの頭を強引に自分の膝に乗っけた。

 

「皆が来るまで時間があるので待ちましょう」

 

「はい」

 

軽く返事を返したリューは既に寝静まったハチマンの頭を撫でる。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

あれから2日が経った。

気が付けば入院させられていたハチマンはベルと共に2日も寝てしまっていた様だ。

 

「なぁベル…大切な話がある…」

 

「た、大切な話?何?」

 

ベッドから起き上がりドアの方にひたひたと歩いていく。

 

「誰にも聞かれたくない話だし…」

 

「!!」

 

カチャリ

 

入院中故にか手袋を外している彼の手を見るベルは何故か顔を赤らめていた。

 

「誰にも見られたくない」

 

シャッ、とカーテンを閉める。そして部屋の隅から隅を魔力で結び結界を張る。その余りにも厳重すぎる警戒にベルはやっと見当違いの期待をしていた事に気付く。

 

「この前のアルゴサクスとの戦闘で俺の体がおかしくなったんだ」

 

「え?」

 

ハチマンが目を閉じると彼の体から紫の魔力ではなく黒い霧のような深淵が彼の身体から溢れ出る。千葉での暴走した時とは違い彼がコントロールしているようだ。

 

「わぁ……」

 

「ッ!!」

 

その深淵は彼の体を包む。

暫くするとその闇は晴れ、姿を変えたハチマンが姿を現した。

人の形はしているもののその正体がハチマンだという事は誰にも予想すると事は不可能だ。

真っ黒な体に二本の角、背中には大きな二対の翼。頬まで裂けた口に真っ赤な目。その姿は悪魔のそれだった。

 

「ハチマン…それって…」

 

「あの時、アルゴサクスとの戦闘で成れるようになった。でもまぁだけ、なれるのは3分だけなんだけどな」

 

淡い深淵と共に人の姿に戻る彼。ベルは彼のあの姿に瞳をキラキラとさせていた。

 

「カッコイイよ!ハチマン!!」

 

「ふつーそこはもっとこう…いや、お前に普通のリアクションを期待してた俺がバカだった」

 

コメカミに手を当てるハチマン。別に非難してほしかった訳ではなかったが余りの予想外のリアクションだったからだ。

 

今までは自身を強くする為の引き金(トリガー)は自らの体を悪魔の姿に変える【デビルトリガー】へと進化した。

 

「さて、そろそろ退院するぞ」

 

「うん!」

 

全快した趣旨をこの病院を経営する【ディアンケヒト・ファミリア】のアミッド女医に話して軽く検査した後に退院を言い渡された。

 

「シャバの空気がうまいな」

 

「刑務所にいた訳じゃないんだから…」

 

タハハ、と笑うベルを連れて歩く。アルゴサクスとの戦いでダメになってしまったコートを新調する為だ。

 

「あ!ハチマンさん!待ってました!」

 

「すみません、何度もダメにしてしまって…」

 

「いいんですよ、最後まで着てもらった服達も本望でしょう。クローゼットに入れられっぱなしの方が嫌がると思いますからね」

 

「そう言ってくれると助かります…新しいコートなんですけど、これを参考にできませんか?」

 

そう言い手渡したのはアルゴサクス戦でボロボロになったネロのコートだ。

 

「これは…見た事のないコートですね」

 

「これを参考に新しいコートって作って頂けませんか?前回のデザインを上手くこれにトレースするような感じで…」

 

「ふむふむ…分かりました。結構時間を取らせてしまうので2、3時間したらまたいらしてください」

 

分かりました、と告げて店を出る。

 

「ベルも何か揃えたいのあるか?」

 

「ううん、僕は特にないけど…そうだ、ポーチを新しくしたいから【へファイストス・ファミリア】のお店に行かない?」

 

「分かった、俺も手袋ダメになったしな…」

 

ボロボロの手を忌まわしそうに見るハチマン。努力の証であるはずのその手はあまり人前に出さないのは何故だろうか、とベルは不思議に思っていた。

 

「いらっしゃいませー」

 

気の抜けた挨拶に迎えられてベルとハチマンはバベルにてへファイストス・ファミリアの営んでいる装備品店に入った。

 

「どんな手袋がいいか…」

 

ポーチを選んでいるベルを他所にハチマンは新しい手袋を選んでいた。

 

「やっぱり頑丈な革の手袋がいいんだよな…」

 

今まで使っていたのはバベルの受付嬢であるエイナ・チュールからプレゼントされたのを修繕に修繕を重ねて使っていたが今回の戦闘で溶けてしまい使い物にならなくなってしまったのだ。

 

(エイナさんには悪いことしたな…)

 

内側が柔らかくなっていて剣を振っても手に痛みを感じない黒い革の手袋を手に会計に進む。

 

「4万ヴァリスになります〜」

 

「ほい…」

 

「丁度ですね〜ありがとうございました〜」

 

新しい手袋を手にはめて満足した様子のハチマン。そんな彼に向かう影が一つあった。

 

「よっ!小僧」

 

「アラル…どうしたんだ?」

 

「アイツを殺った祝いだ、プレゼントしてやんよ」

 

そう言いハチマンに渡したのは1冊の古びた本だった。表紙には『激熱!隣の奥様〜愛・おぼえていますか〜』と書かれている。

 

「官能小説じゃねーかよ…!」

 

「オラリオに来て溜まってんだろ?オカズを提供しただけだ。これに入れてけ」

 

「紙袋…はぁ、どうすりゃいいんだよ…」

 

「絶対部屋で読めよ!捨てるんじゃねーからな!…それと、ダンジョンに異変がある…気ぃつけろヨ」

 

んじゃ、と残してアラストルは去っていった。

 

「ハチマーン!手袋買えた?あれ?その紙袋は?」

 

「いや、気にしないでくれ。ベルの方は大丈夫か?」

 

「うん、バッチリ買えたよ!そろそろ時間だしコートを取りに行かない?」

 

「あぁ」

 

今後の探索や戦術とかを話し合って彼等は新しいコートを取りに行った。

 

「ハチマンさん!出来上がりましたよ!」

 

濃い紫を基本に血管を彷彿とさせる赤い刺繍、肩にはお馴染みと化した白いオオアマナの刺繍。黒のシャツとズボンの上にそれを羽織る。

 

「うん、似合ってるよ!」

 

「最高です!!」

 

「あ、ありがとう…」

 

代金を支払いベルとホームに向かう。

 

「「ただいまーー」」

 

『『おかえりなさーい!』』

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ーepisode of supada

 

「はぁッ!」

「やあッ!」

 

「…………」

 

双子である息子二人が私に向かって木刀を振るう。それを軽くいなして両者に足を引っ掛ける。

 

「「うわぁ!!」」

 

「中々…良くなったな」

 

転んで汚れた息子二人を抱えて家の中に入る。廊下を歩き風呂場に向かい洗濯カゴに汚れた服を入れて風呂に入らせる。

 

「ダンテの神は母さんに似たんだな」

 

「へっへー、サラサラだぜ!」

 

シャンプーを泡たてガシャガシャと頭を洗う息子を見ているともう一人がやって来る。

 

「お父さん…俺は?」

 

「バージルは私に似たな」

 

「そ、そう?やたッ…」

 

偶にワックスで私の髪型を真似しているのを微笑ましく思い出しながら3人で身を清めてリビングに向かう。

 

「母さ〜ん!俺の髪って母さんに似てるんだって!」

 

「そう、良かったじゃない!」

 

ダンテを抱き上げる妻。引っ込み思案なバージルは甘えるのが苦手だからその意図を汲んで私もバージルを抱き上げる。

 

「俺はお父さんと似てるんだよ!」

 

「そうね、バージルは本当にお父さんと似てるわね」

 

優しくバージルの頭を撫でる。

食卓に並べられた料理に2人は目を輝かせ椅子に座る。

 

「この子達の将来が楽しみだ」

 

「ダンテはどんな人と結婚するのかしらね…」

 

「意外とだらしないからしっかり者の人だといいんだけどな」

 

「バージルは引っ込み思案だからグイグイ引っ張るお姉さんみたいな人がいいわね」

 

残された私達も席につき料理に手をつけ始める。

 

「そうなると孫はどんな性格になるんだろうか」

 

「貴方と似て紳士な人になるのかもしれないわ。人に誤解されやすいけど心はちゃんと温かい人に…」

 

「そうなるといいな」

 

今日も4人の平和を噛み締める。

悪魔の身だがこんな日が続けばいいな、とつくづく思う。





前書きであぁは言ったもののどんな魔法にしようかな〜


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#37 恋と愛の悩みと国家転覆

高評価とお気に入り登録して下さると血を吐いて喜びます。


「らっしゃい…」

 

チリンチリン…と鈴の音が来客の合図だ。俺はカウンターに座り万が一客が粗相をしないか目を見張る。

 

そう、俺は今バイトをしている。働いたら負けを掲げる俺が何故働いているかというと………

 

----------------------------------------------------------

 

ーカフェ【ポレポレ】ー

 

『代金1万5000ヴァリスだよ』

 

『はいはい…やべ、金ねぇ…』

 

ヤバい…コートと手袋代で財布の中が氷河期だ。家にはまだ貯蓄が…あ、ベルにイタズラでプレゼントしたんだった。

 

『アンタ…食い逃げは許さないよ』

 

『…………』

 

『アタシが立て替えてやるよ』

 

するとやって来たのはエルフの女性だった。

 

『助かりました…ありがとうございます』

 

『そんじゃ1万5000ヴァリス分働いてもらうよ、『亡影』さん』

 

『………うす』

 

----------------------------------------------------------

 

てなワケでその女性が営む【魔女の隠れ家】で働くことになった。

 

チリンチリン…

 

「らっしゃせー…」

 

手元にある本を捲り読書に耽ける。どうせこの客も何も見ないで帰るんだ。

 

「ふむ、やはりここは品揃えが良いな」

 

聡明そうなお客が来たな、と思いながらまたページをめくる。すると目の前のカウンターに他の客がやって来た。

 

「すんません、これ下さい」

 

「はい…合計2万ヴァリスです」

 

「ちょいとまけてくれませんかね〜」

 

「びた一文値下げする気は無い…悪いね、店長からの言いつけで俺の一存じゃ値引きできないんだよ」

 

「ちっ…ほらよ!」

 

「ありがとうございました〜」

 

乱暴に金をテーブルに叩きつけて店を出る態度の悪い客。

 

「これとこれください…」

 

「ポケットに入れてる奴も出しな…5000ヴァリスだ」

 

「ごっ!5000!?3500ヴァリスじゃないの!?」

 

「口止め料だ、なんならガネーシャ・ファミリアに突き出してやってもいいんだぞ?」

 

「ぐぬぬぬ〜、やられた!!」

 

「まいど〜」

 

獣人の女の子はプンスカとした様子で店を出ていった。店に残るのは俺とふむ、とか言ってたお客だろう。

 

「アルベラ商会…」

 

「!!」

 

「先日何者かにより襲撃されたらしい」

 

「それは…大変でしたネ…」

 

「前々から闇派閥との関わりがあると疑惑があったが確証が無くてギルドが燻っていたらしくてな」

 

「そう…だったんですか」

 

「被害者は商会メンバー全員漏れなく病院送り。重鎮に近づく程その重症度は増していき一番酷い者は五感全てが奪われていたらしい」

 

「……………」

 

「キミだったんだな」

 

緑色の髪をしたそのエルフは俺に詰め寄ってくる。

 

「確かに俺ですよ…でも喧嘩ふっかけてきたのはあっちなんですよ?その件に着いて問い詰めようとしたら手を出してきて…だから仕方ないんですよ」

 

「だとしてもやりすぎでは無いのか?」

 

「俺は兎も角、家族に手ぇ出すのがいけないんですよ」

 

「…………」

 

何故か黙るその女性、【ロキ・ファミリア】の幹部であるリヴェリア・リヨス・アールヴ、その人だった。

 

「家族を守る為か…ならば仕方ないな」

 

「そうでしょ?だったら「だが」……」

 

「コレは余りにもやり過ぎだ」

 

「…………」

 

「店主、このバイト君を借りてもいいか?」

 

すると店の奥に引っ込んでた店主はドタドタと走ってやってきた。

 

「リ、リヴェリア様!どーぞどーぞ一日中貸しますよ!」

 

悲報、俺、貸し借りできる物だった。

てなワケで俺はリヴェリアさんに連れ出される事になった。

 

「俺ガネーシャ・ファミリアに突き出されるんですか?」

 

「いや、結果的に君がした事はいい事だ。突き出すことはしないよ」

 

取り敢えず首の皮一枚は繋がった様だ。

 

「少し君と話がしたくてね」

 

適当なカフェに立ち寄り端っこの人目に触れないような席に座る。

 

「私はカフェオレを、君は?」

 

「俺は今手持ちが無いんでいいですよ」

 

「そういう訳にもいかない、奢るぞ?」

 

「俺は養われる気はあるが、施しを受ける気はありません」

 

「何が違うのか理解に苦しむが…彼にはカプチーノを」

 

俺の渾身の決めゼリフを無視されて施されてしまった。

 

「君はアイズとはどの様な関係なんだ?」

 

「どの様なって聞かれましても…よく分かりませんよ、他所のファミリアですから余り親しく接する事は出来ませんししませんし、かと言って無視する程関係がないと言えば嘘になります……結論よく分かりません」

 

言い終えるとリヴェリアさんは俺の瞳をじっと見つめてきた。まるで心を見透かす様に。

 

「そもそも人との関係はそう簡単に呼称出来ませんよ。同じファミリアだったら家族で済むかもしれませんけど、自分が友達だと思ってたらそうじゃなかったってケースがあるんですから。ソースは俺」

 

「……………」

 

少し気不味くなり、置かれたカプチーノをその視線から逃げるように飲む。

 

「君は人との関係に予防線を張るんだね。それ以上踏み込ませないために、その予防線を互いの距離の中央線にする為に」

 

「………………」

 

「図星かな…まぁそれを咎める気はサラサラないよ。アイズとは()()()()関係じゃないなら頼みやすいかな」

 

「……ゑ?」

 

「頼まれてくれないか?君に私の恋人になって欲しいんだ」

 

「………ゑェ?」

 

拝啓ベルよ。俺の心の声が聞こえてますか?今俺はオラリオで1番の魔法使いに『恋人になって欲しいんだ』と言われました。俺はリヴェリアさんの事を何も知らないのに。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

『愛』と『恋』は何が違うのだろう。

得意分野である自問自答を繰り返していたら一つの屁理屈が生まれた。『恋』には下に心、即ち下心があり『愛』は中心に心がある為、その違いは相手に欲情しているか思っているかの違いだ。

しかし恋人も愛人も情交はするだろう。よってこの屁理屈は屁理屈足り得ない。

 

女神イシュタルは気に入った男を魅了して力尽くで物にしていた。ならば彼女と同じく『愛』を司る女神フレイヤは?その眷属達は真剣に彼女を想い、彼女も彼等彼女等を想っているのだろう。

 

そこで一つ疑問が浮かぶ。

果たして皆に等しく与えるのは『愛』と呼べるのだろうか。その体を様々な神に委ねたのを『愛』と呼べるのだろうか。

 

ー人それぞれの『愛』があるんだよ。

なんて頭がお花畑の人は言いそうだがそのそれぞれの『愛』がベストマッチするなんて虚数の彼方を探しても見つからないのではないのか?

 

「何を考えているんだ?」

 

「いや、『愛』って何なんだろうな〜って思いまして」

 

馬車に揺られながら目の前に座る俺の『恋人』のリヴェリアさんは俺の顔を眺める。

 

「それは…私にもよく分からないな」

 

顎に手を当てて考えるリヴェリアさん。すると何を思ったのか彼女の額を俺の額にコツンと当てた。

 

「恥ずかしいか?」

 

「いや…急すぎてよく分かりませんよ」

 

「そうか、レフィーヤがよく読んでいると言う本には恋人達のこういったシーンがあって両者共に赤面するのが定石だと記してあったんだがな」

 

「フィクションとリアルを混合したらマズイでしょ…」

 

レフィーヤさんも何を読んでるんだか…まぁ、個人の読書にあれこれ言う筋合いはないんだけどな。

 

「ていうか一々それで判断してたら俺は兎も角世の中の男子が卒倒しますよ」

 

「分かってる、こういうのは君にしかしないよ、()()()()

 

「はいはい、そうしてくれると助かりますよ…は、は、は、()()()

 

「もうそろそろ緊張を解したらどうだ?」

 

「エルフの高名なお姫様と表面的にとは言え『恋人』になっちゃったんですから緊張しない訳ありませんよ。ていうか俺じゃなくても良かったんでは?フィンさんとか居るじゃないですか」

 

「フィンはパルゥムの女性にしか興味が無い。それに私はフィンを()()()()()()見れないからな」

 

「あくまで仲間は仲間止まりだと…」

 

パルゥムにしか興味無いのか…こりゃティオネさんの勝ち目がない気がする。というか家のリリルカが彼の毒牙にかからないか心配だ。

 

「じゃあベートとかは…」

 

「アイツにこれが務められると思ってるのか?」

 

「無理っすね」

 

あの人口悪いから何処でボロ出すか分かったもんじゃない。

 

「あとどれ位なんですか?リヴェリアさんの()()

 

「この速度だと後3、4時間のはずだ」

 

事の始まりは一通の手紙だ。リヴェリアさんの親父さんから『恋人は出来ないのか』という趣旨の手紙を貰ったらしいのだが主神のロキがイタズラで『結婚の予定がある人がいる』と書いて出してしまったらしく、それを受け取ったリヴェリアさんの親父さんが紹介する席を設けてしまったと言う。バックレたいと言っていたが各国のお偉いエルフが集まるらしく引こうにも引けないらしい。因みにロキは酒を根こそぎ没収されたらしい。

 

「今更なんですけど俺ヒューマンなんですよ?大丈夫なんですか?エルフは排他的って聞きましたし、実際一部のエルフはそういう傾向がありますし」

 

「公衆の面前で差別をする様なエルフは居ないはずだ、ただでさえ他種族と共存していかなくてはいけない時代なのだから、もしそういった事をしようものならソイツの品性が知れる訳だ」

 

「つまり陰口言われ放題じゃないですか…や、慣れてますけど」

 

思い返せば消しゴムを貸してくれた女子に勘違いをしてしまい新品の消しゴムをプレゼントしたらガチで引かれたんだっけ。はは…はぁ。

 

「着きました」

 

間者対策でカーテンが閉められていた馬車の中に光が指す。外には森が広がり小鳥がチチチ…と囀っていた。

 

「マイナスイオンってこういう事か…」

 

「何をしてるんだ?行くぞダーリン」

 

今まで無視していたが俺達を出迎えたエルフ達に一礼してリヴェリアさんに着いていく。何故無視していたのかというと公衆の面前で差別やらなんやらはしないと言っていたがその視線に全ては込められていた。

 

「よくぞおいで下さいましたリヴェリア様」

 

「歓迎はいらないと言ったんだが…」

 

「そういう訳にもいきません、皆リヴェリア様のお帰りを待っていたのですから」

 

俺は完全に無視なんですね、聞いてた以上に陰湿なのでは?ここにベリアル呼んでやってもいいんだぞ?呼ばないけど。

 

「そしてこのヒューマンが……」

 

「あぁ、私の彼だ」

 

「ハチマン・ヒキガヤです」

 

「……かしこまりました。部屋まで案内させてもらいます」

 

嫌悪感の篭った目で見られるもリヴェリアさんと部屋まで連れていかれる豪華なスイートルームのようなそこに俺達は案内された。

 

「では、2、3時間後にお呼び致しますのでそれまでお待ちください」

 

綺麗なカーテン、豪華そうなテーブル、大きいダブルサイズベッド。最早歓迎されてるのかされてないのかが分からなくなる。

 

「どうだった?君から見たエルフは」

 

「別に、なんとも思いませんよ」

 

「そうか…少し外に出ないか?ここ辺りを案内したい」

 

「いいんですか?」

 

「あぁ、じっとしてても落ち着かないのは性分なんでな」

 

という訳でリヴェリアさんと共に外に繰り出す。森に囲まれているがその生活様式はオラリオとそう変わらず、貧困に苦しんでいる様子はない。

 

「私のペットのユニコーンだ少々気性が荒いが懐くと可愛いぞ」

 

「おぉ、ユニコーン…かっけー」

 

スマホがあったなら、と酷く悔やむ。

 

「ぶるるるるる…」

 

「よぉしよしよし……いい子だな〜」

 

「驚いた、この子がこんなに懐くのも私を除いてそういないんだぞ。君は動物が好きなのか?」

 

「好きというか…アラルん所の教会に馬が居るのでよく世話してたりしてるんでどこ撫でればいいのかが分かるんですよ」

 

それにニンテンドッグスもやり込みまくったから撫でスキルには自信がある。

 

「変形とかは…」

 

「する筈ないだろ…何を言ってるんだ」

 

「デスヨネー」

 

オラリオだからもしかしたら、とは思ったんだがな…

 

「これはこれはリヴェリア様」

 

「貴方は…オシタランナ卿」

 

振り向くとそこには帰属風のイケメンが立っていた。その表情の裏にはとんでもない事を考えていそうな気がする。

 

「小鳥も囀る貴方をお目にかかれて光栄です。そこのうす汚いヒューマンは何なのです?」

 

「私の恋人だ、余り悪く言うのは辞めてもらいたい」

 

「こ、恋人ッ!?貴方ともあろう方がこんな男と!?」

 

「私の目に狂いがあるとでも?」

 

「め、滅相も御座いません。失礼します」

 

カツカツ、と早歩きで去っていくオシタランナ卿。ド直球で批判するもんだからビックリしたよぼかぁ。

 

「オシタランナ卿は少し離れた地の王子らしい。余りいい噂は聞かないがこの国にもある程度は輸出しているらしい」

 

「へぇ……」

 

「殺るなよ?オラリオにも多少は口が聞くらしいから君がどうなるかは計り知れない」

 

「勿論ですよ…家族に迷惑が掛かりますもんね」

 

別に小馬鹿にされたからといって怒りはしない。逆上すれば相手の思うつぼであり同じ土俵に立つことだからだ。

 

「リヴェリア様…国王様がお呼びです」

 

「分かった今向かう」

 

「ヒキガヤ様はヒューマン故、王室には立ち入れられません。申し訳ありませんがお待ちください」

 

「分かりました、じゃあリヴェリアさん、また後で」

 

「……分かった、気を付けて」

 

王室とやらに向かうリヴェリアさんを尻目にこれから何をしようかと考える。部屋にいるにしろ刺客とかに狙われたら逃げられないしな…。

 

「失礼ですがヒキガヤ様はリヴェリア様とどこで知り合ったんですか?」

 

「ダンジョンですよ。思わぬアクシデントで死にかけた時に助けてもらいまして」

 

「そこから今の関係に発展したと?」

 

「そう捉えて頂ければ助かります」

 

「最後になりますが貴方はリヴェリア様の事を愛していますか?」

 

「…………」

 

「…愛していられないと?」

 

「言わせないで下さいよ…恥ずかしいんですから」

 

「奥手なのですね…ありがとうございました」

 

残った伝令は足早に戻り、やはり俺一人残された。

 

「ぶるるるるるるるる……」

 

「分かってるよ…分かってる…」

 

ユニコーンの目と鼻の間をカリカリと撫でる。

 

「探索…してみるか」

 

街を歩けば怪訝な目では見られるがオシタランナ卿とは違い声には出されない分精神ダメージは少なく済む。

 

街を少し離れると10軒位の規模の村があった。少し古めだが貧困ではなさそうだ。

 

「この木…爪痕がある。ここにも…モンスターか?」

 

その家の近くの木には深い爪痕が沢山付いていた。まるでナワバリだとアピールするかのように。

 

「お兄さん…誰?」

 

「?」

 

玄関から顔を覗かせていたのはエルフの少女だった。

 

「怪しい人じゃないよ…って言っても信じないか」

 

「ううん、目は怖いけどお兄さん優しそう」

 

トテトテとやって来る少女。金髪の似合う様子だが少し服に汚れが目立つようだ。

 

「この爪痕が気になってて…何か分かるか?」

 

「ここ辺りの村はレッドメイルのナワバリなの…」

 

「やっぱりモンスター…避難とかはしないのか?」

 

「大丈夫なの、オシタランナ卿が食べ物とか置物とかを運んでくれるから皆生活していける…少し足りなかったりするけどね」

 

「そっか……」

 

オシタランナ卿がね…意外といい所あったりするんだな。

 

「ここだけじゃなくてあっちの村にも寄付してるってお母さんが言ってたよ」

 

「へー…ありがとうな、取り敢えずここは危ないから家に戻りなさい」

 

「はーい!」

 

いい子だったな…と感想を抱きながら興味本位でその村へと向かってみる。そこもさっきの村と同じ規模で同じ状態だった。

 

「ここにも爪痕…」

 

爪痕の形が違う事から別のモンスターなのだろうか。結構近い所にナワバリがある為村がモンスター同士の抗争に巻き込まれないか心配だ。

 

「ごめんくださーい」

 

コンコン、と目に付いた家を訪ねる。すると玄関から用心深く覗いてくるのは老いたエルフだった。

 

「なんだ…ヒューマン」

 

「ここ辺りの事を聞きたくて…」

 

「……入れ」

 

「お邪魔します」

 

気前のいいエルフなのだろうか、快く家に入れてくれる。オシタランナ卿の給付により水や食料はやはり潤沢しているらしい。

 

「ここら辺か…ヴァルスのナワバリになっていてな、下手に動くと近くにあるレッドメイルからヴァルスだと思われて襲われるかヴァルスがレッドメイルだと思って襲われるかの二択だ」

 

「ここにもやはりオシタランナ卿が?」

 

「あぁ、水に食料、偶に変な置物を押し付けてくるけどな、助かってる」

 

「置物?どんなのなんです?」

 

これだ、と渡されたのは粗く彫られたマトリョーシカのような置物だ。手のひらサイズで振るとカラカラと音を立てる。

 

ーどうして置物を?

 

物資ならまだ分かるが別に必要ないだろう。例えるなら被災地に千羽鶴を贈るのと一緒だ。食料だと思って箱を開けたらこれなんだからショックだろうな。

 

「オシタランナ卿の国の子供達が私達を思いやって掘ってくれたらしい。捨てようにも捨てられんよ、外は危険だからな」

 

「…………」

 

「リヴェリア様が恋人を連れて来たと聞いたがこれじゃ拝められそうにないな…」

 

「…これ、頂いても?」

 

「構わないぞ…ていうか持ってってくれ」

 

家を後にして部屋まで向かおうとすると後ろから殺気を感じた為身をそらすと鋭い爪が髪を掠めそうになった。

 

「あっぶね…」

 

茶色の体毛に覆われたビッグフットのようなそのモンスターが真っ赤な目で俺を見つめてくる。

 

「ヴァルスって奴か」

 

吠えて威嚇しようとした隙にフォースエッジでその喉元を突き刺し仲間を呼べないようにする。念の為に幻影剣も何本か刺しておく。

 

魔石を回収して再び部屋に戻ろうとすると草むらから赤い影が飛び出してきた。赤いウォーシャドウのようなそれは三本の爪をカチカチと鳴らしている。

 

「赤い体…レッドメイルだな」

 

コイツもまた仲間を呼ばない内に頭に幻影剣を何本も飛ばし剣山のようにする。

 

「エンカ率高いな…」

 

今まで両陣営とも緊張状態にあって迂闊に行動出来なかった筈なのにこの変わり様…ここら辺を歩いている時と今を比べて変わった物といえば時間帯…は30分でここまで変わるのもおかしい。だとすると…心当たりは一つだけだった。

 

「まさか、コイツか…」

 

マトリョーシカのようなそれを眺める。一応魔力で包みその効果が発しないように気を付ける。

 

「ふぅ…」

 

ベッドに腰掛けて落ち着く。まだ魔力で包んでいるそのマトリョーシカを机に置いて懐から暇潰し…というか成り行きで入ってしまったそれを取り出す。

 

『激熱!隣の奥様〜愛・おぼえていますか〜』

 

「…………リヴェリアさんが帰ってくるまでだ」

 

ズボンも下ろさずティッシュも横に置かず読んでみる。すぐそこのドアが開かないうちに…zzz…

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

深い闇の中、俺は俺と瓜二つの自分と対面していた。

 

『俺にとっての魔法とは?』

 

ー強い力、弱い自分を強い自分にする為のバネ。

 

予想されたら対応される。対応されたら攻略されるからだ

 

『俺にとって魔法はどんな物?』

 

ー闇、暗い過去も辛い記憶も全部包んでくれる。…俺の身の丈に合ってるものだろう。

 

人を殺す選択肢がある俺に光だのなんだのは似合わない

 

『魔法に何を求める?』

 

ー学習し、変化し、自分に見合った物に変換する

 

予想されにくくされてもそれを上回る力が欲しい

 

『それで終わりか?』

 

ーもし叶うなら……俺は人を守る悪魔で在りたい。この身が人でなくなってるのならヒトではなく人を守れる悪魔になりたい。家族も親しい人も知ってる人もこの手が届く範囲にいる人も纏めて助けられるモノで在りたい。

 

『それが答えなのかもな』

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「zzz〜zzz〜うあ?」

 

いつの間にか眠ってしまってたらしく、顔の上に乗っかっていた官能小説をどけると目の前に腕を組み此方を見下すリヴェリアさんがいた。

 

「随分な物を読んでいたらしいな」

 

それは二重の意味で見下していた。蔑視と位置的な関係でだ。

 

「違うんですよ…これ読んだ瞬間急に眠くなって…」

 

「よんだら眠く?少し貸してくれ」

 

パラパラと官能小説のような本を読むリヴェリアさん。うーむ、なんか新鮮な光景だ。

 

「これは…魔導書!?どこで手に入れた?」

 

「アラル神父からある事の記念に…」

 

「ある事?」

 

「まぁ、強敵というか怨敵を倒した記念ですよ…」

 

成程、と息を着くリヴェリアさん。因みに魔導書の残骸は燃やされた。どうやら内容はしっかりしてたらしい。勿体ないなぁ。

 

「そういえば【ロキ・ファミリア】とアラル神父って仲悪いんですか?なんか険悪そうでしたけど」

 

「探索で死者というのはどうしても出てしまう。アラル神父はその亡骸を回収しては自身の墓地で供養する。そうしてる内に何故か一方的に嫌われてな」

 

「アイツ考えてる事分かんないですから仕方ないですよ。俺に教会の管理を任せて姿はくらましますし…」

 

「それは大変だな、暇があったら手伝うよ」

 

「まぁ、その時は有難く甘えさせて貰いますよ」

 

隣でベッドに腰掛けるリヴェリアさん。意識してなかったが近いな…。

 

「そういえばこれは?」

 

「あぁ、里を歩いていたら貰ったんですよ。何かのマジックアイテムらしいから一応魔力で包んでるんですけどね。所で王室で何か言われませんでした?」

 

「一通り予想してた事は言われたよ」

 

「あんな目が腐ったヒューマンなんぞ追い出してしまえ!とかですかね」

 

「オシタランナ卿が言ってたよ…全く、だからエルフのこういった一面は嫌いなんだ」

 

聞けば彼女は自分の知らない世界を見て回りたくて親友とこの里を飛び出したらしい。その親友の娘が俺とベルの担当アドバイザーであるエイナさんらしい。オラリオについたら半ば強引にロキにファミリアに加えられたらしいがいずれオラリオも出るつもりらしい。その後継者として教育されているのがレフィーヤさんとの事。

 

「世界…か」

 

そういえば俺はオラリオ位しか外は行ったことないな…ここが初めての遠出先か。

 

「旅も中々悪くないですね」

 

「それが分かってもらえて嬉しい」

 

難しい事とか考えなくて済むし。

でも今は謎の置物と2種類のモンスターのナワバリ争いとオシタランナ卿の関係について考えなくてはいけない。

 

「そういえば今後の予定は?」

 

「明日の昼に君を含めた会食の予定だよ。気を引き締めた方がいい」

 

うっす、と返事してベッドに寝転がろうと思ったが近くのソファに寝転がる。

 

「私が無理矢理連れてきてしまったんだ、私がソファで寝るよ」

 

「いえ、俺ソファ以外で寝ると死ぬ病を患わってて…」

 

「さっきまで寝てたじゃないか…」

 

聞こえないふりしてリヴェリアさんに背を向けて寝る。魔導書を読んで寝ていたせいか眠りに入れない。2、30分寝ようと努力するもの全然眠れない。

 

「スー、スー、スー」

 

「少し出掛けます、昼までには戻りますっと…」

 

書き置きを残して窓から外に出る。

静まった森は薄気味悪くてちょいとばかし恐怖心を煽られる。

 

「行くか……」

 

取り敢えず辺りを見渡して王室以外で豪華そうな建物を探す。ここに来てる重鎮達が寝泊まりしてる場所がそこだろう。

 

「あれか…」

 

屋根から屋根を飛び移りそこに向かう。ある程度警備が厳重だがクイック・シルバーを多用して警備をやり過ごし建物の敷地内に潜入する。

 

淡い光を放つ窓に近づき、中をこっそりと覗く。

 

「首尾は?」

 

「上々です、配給も完了しました」

 

「よし、これでこの国にある程度の恩が売れたな」

 

声の主はオシタランナ卿だった。ベッドに腰を下ろして部下と会話しているようだ。

 

「ナワバリ争いを利用して恩を売りつけこの国に付け入る計画、感服です」

 

「褒めるな、分かりきってる。それにこのままいけばあのリヴェリアと結ばれるのも間違いなしだ」

 

「それにしてもあのヒューマンが気がかりです」

 

「はん、どうせオラリオの汚い冒険者だ。私に強く出れんよ。出たとしてもその瞬間… 」

 

指で首を掻き切る仕草をする。

奴が何かしらの悪行をしているのなら突き出せば勝てるが今はそんな事が出来ない。何故なら証拠が無いからだ。

 

「……………」

 

取り敢えず情報が足らなすぎる。

オシタランナ卿が何かを企んでいる…リヴェリアさんを手に入れるのが目的なのだろうか。それともこの国を乗っ取るか。

 

リヴェリアさんに案内された図書館に忍び込みモンスター図鑑的な奴を見る。

 

「レッドメイル…西の地に群生するモンスター、繁殖力が高い。ヴァルスとは敵対関係にある。知能は低く、屋内には入れない。ヴァルス、東の地に群生するモンスター、繁殖力が高い。レッドメイルとは敵対関係にある。知能は低く、屋内には入れない」

 

何故だ?何故それぞれ別の地にいるモンスターがここに集まってるんだ?

 

ー種族単位の移動があったからか?

否、それだったらヴァルスと合間見えるのはそれぞれの元のナワバリの中心点、ここは有り得ない。

ー連れてこられたから?

有り得る。

ーその目的は?

この国の乗っ取りか。

 

けれどこれは全て憶測だ。

やはり鍵を握るのはこれしかないらしい。

 

「謎のマトリョーシカ…」

 

さて、どうしたものか…。

このニセもののコイ人作戦は何故か急展開を迎えた。




なんでこういう展開になったのか…


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#38 クソッタレのエルフと新魔法

久しぶりです。

最近忙しくてあまり執筆出来ませんでしたが冬休みに入ったことですし少しは投稿スピードは早くなるかな〜なんて。


とある日のヘスティア・ファミリア

 

「なぁベル…馬の獣人っていないのかな…」

 

「え?どうしたのハチマン」

 

「女の子ばかり集めてレースさせれば儲かるんじゃ…」

 

「ハチマン…色々な所から怒られるからこれ以上やめとこうよ」

 

「そうだよな…」

 

「!!」

 

「リリも『その手があったか!』なんて顔しないで!!」

 

(こんな感じのくだらない小話をちょくちょく書いてこうかなって思ってます)

この先本編です。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

AM11:30

 

大理石の床、ステンドグラスに囲まれた室内にて半径5mはある円卓を囲むエルフ達の国の重鎮達がある男を一斉に見つめていた。

 

「さて、オシタランナ卿。ヒューマンであるハチマン・ヒキガヤ氏が来ない内に話をしたいと思っていてね」

 

「左様ですか、アールヴ王」

 

「君は最近…良くない事に手を出していると小耳に挟んでね。皆の者これを目に通してくれ」

 

円卓を囲む各国のエルフ達に配られたのは数々の名前が記された名簿だった。状況を察したリヴェリアを含むエルフ達から驚きの声があがる。

 

「そう、これは犯罪組織の顧客名簿です。そこにオシタランナ卿、貴行の名前が記してある。これは一体どういう事かな?」

 

「さぁ…私に恨みを持つ者が勝手に書いたのでは?」

 

「証言は上がっているんだぞ?」

 

「…はぁ、あまりやりたくなかったんだけど、やれ」

 

するとただ一つの入口からオシタランナ卿の配下である兵士がゾロゾロと雪崩込み、重役たちの首元に刃物を構える。

 

「おっとリヴェリア様…どうか反抗しないで頂きたい。おもわず手元が狂ってしまうかもしれない。それに私を倒した所で辺境の村々がどうなるかを考えていただきたい」

 

「なんだと…!」

 

「貴様、何を企んでる!!」

 

ヘラヘラと笑いながらオシタランナはカツカツと音をわざとらしく立てて歩く。

 

「この国とリヴェリアを…頂く」

 

「「「「「!!!」」」」」

 

「お主に我が娘を渡すものか!!」

 

「高貴な身分である私か汚らしいヒューマンに渡るかを考えれば答えは明確だと思いますけどねぇ〜」

 

「ッ!!」

 

苦虫を噛み潰したような表情をする捕らわれたエルフ達。リヴェリアはそんな彼らを見て内心呆れ果てた。それでもハチマンを認めようとしないエルフ達を。

 

「大変ですオシタランナ卿!!」

 

「なんだ…」

 

「あ、アイツが…闇が此方へ!!」

 

「闇ィ……??」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

am 10:30

 

「避難も済ませた…さてと、これで全部かな…」

 

魔力で包まれたマトリョーシカのような置物、それも一つだけでは何十個もの数が後ろに積まれている。

 

広い野原に俺ガイル。

 

「殺るか!」

 

展開していた魔力を解除する。マトリョーシカの中身はレッドメイルとヴァルスの雌フェロモンを凝縮した物だった。それを入れ物に入れて村に配りドアも開ける知能のない奴らはその周辺にナワバリを敷く。

 

「やっぱエルフといったらその膨大な知識だよな…お陰様で色々勉強させてもらった。ここら辺の地図とかな」

 

とんでもない数のフェロモンに釣られた両者は俺の元に走ってくる。しかしその前衛にいるモンスターは俺の元にたどり着くことは無かった。

 

「ギギギッ!!!」

 

「ギャギギギ!!!」

 

落とし穴…簡素にて原始的な罠だ。あまり時間もない為そんなに掘れなかったが効果は覿面だ。

 

「これもプレゼントだっ!!」

 

村にあった酒樽を拝借し布切れで導火線を作り火炎瓶ならぬ火炎樽を作り上げ、それを落とし穴付近まで転がす。

 

「3、2、1、点火だ」

 

爆音と衝撃と共にモンスター達が吹っ飛ぶもほんの10分の1が殺せただけだった。

 

「後は俺がやるか…いらっしゃいませぇぇえええ!!」

 

大体残りは1時間半…必ず戻ってやる。

 

「うぉらァ!!!」

 

閻魔刃を左手に携え、リベリオンを右手に構えて押し寄せるモンスターを切り裂き、串刺し、葬っていく。

 

「ぐっ…!!ぬぅううう!!」

 

余りの物量故に肩に噛み付かれるも魔腕でそれ等を引き剥がして地面に叩き付ける。モンスターの血が顔にこびり付く。

 

「まだまだ…弱いな…!」

 

満足なんかしてはいけない…俺がもっと強かったらイシュタル・ファミリアに拉致られる事も無かったのだから。

 

「はああああああ!!!」

 

腹を切り裂き首を刎ね、脳天を撃ち抜く。

そんな行為を30分近く続けていると最後の一体と思われるモンスターがやって来たがそいつの様子は今までのモンスターとは違うようだった。

 

「傷だらけ……それに…服?」

 

そのモンスターは戦う前からボロボロだった。ウォーシャドウのような身体のみならずその身に纏う衣までもがズタズタだった。

 

「はァ…はァ…がッ…!」

 

「………?」

 

死にかけの獣のような呻き声ではなくまるで人間のような呻き声を上げるそれはこちらに向かって歩いてきた。

 

「罠……じゃないな」

 

視線に敏感な体質故に油断を誘ってる様子ではなく、シラフのようだ。

 

「がハッ……」

 

歩く力を失ったのかソレは俺の元にたどり着く前に倒れた。

 

「おい…アンタ……」

 

薄気味悪がりながら近付くとソイツの手は俺の腕を掴んだ。

 

「空だ……」

 

「あぁ……」

 

「仲間の 所に…戻りたい……」

 

「その体じゃお前さん無理だぞ」

 

「頼む……あのエルフを…殺してくれ……」

 

「…オシタランナか」

 

「 」

 

パタリ…と腕を掴んでいた手は重力に従い地に落ちた。喋るモンスターがいたなんて事は驚きとして現れず何故か怒りの感情がフツフツと沸いてきた。

 

「ヒヒーーーン!!」

 

後ろから馬の鳴き声がして振り向くと昨日見たばかりのユニコーンがそこに居た。

 

「綱をちぎって来たのか…」

 

「ブルルルルル…」

 

乗れと言われたような気がしてユニコーンに跨る。

 

「送ってくれ…リヴェリアさんの所に」

 

赤くも緑色にも光らないそのユニコーンは怒りに震える俺を乗せて里まで走った。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ヒューマンだ!!」

 

「ここで止めろーー!」

 

オシタランナの兵士が扉を固めるも銃を取り出してチャージショットを撃ち込み扉ごと破壊する。それでも押し寄せる兵士達をリベリオンと幻影剣の餌食にしていく。

 

「ギャーーー!!」

「ぐあああッ!!」

「助けてぇッ!!」

「許してくださいぃッ!」

 

許しを乞う声を振り切り諸共薙ぎ払ってはユニコーンに跨りながら突き進み魔腕で掴んで盾や飛び道具として投げたりしていく。

 

「あの一際でかい扉…いけるか?」

 

「ヒヒヒーーンッ!!」

 

高く大きく嘶くユニコーンに揺られて進んでいく、兵士の頭を掴んで壁に押し付けながら。

 

バァアアンッ!!

 

扉を突き破り王室の中に入っていく。ユニコーンから降りて室内を見渡すとその場にいた全員が呆気に取られた表情で俺を見つめてきた。

 

「これはこれは『亡影』…少しでも動いたらどうなるか分かってるだろうな?」

 

人質を取っているつもりのオシタランナはいやらしい笑みを浮かべながら俺を見下す。

 

「…………」

 

人質にナイフを構える兵士の場所を確認してクイック・シルバーを発動。その肩や腕に向かって発砲する。

 

「…何がどうなるって?」

 

「え?」

 

オシタランナが間抜けな声を出した途端兵士達は呻き声を出す。肩や手には大きな穴が空いていた。

 

「ヒューマンのお前のどこにそんな力が!!」

 

「さぁ…あの世での課題にしたらどうだ?」

 

「くッ!!…あの世に行くのはお前だ!!」

 

「後ろだ!!」

 

リヴェリアさんの叫びに反応して後ろに向かって発砲すると闇討ちを狙っていた兵士が倒れた。

 

「か、かかれェ!!」

 

扉で待機していた残りの兵士は怯えながらも俺の元に襲いかかってきた。ベオウルフに切り替えてその顔面に拳をめり込ませたり腹に大きな一撃を繰り出したりと、容赦のない攻撃が兵士達に返ってきた。

 

「俺の方がリヴェリアに相応しいのに…!!」

 

次々とやられていく兵士達を前にオシタランナはそう言葉を漏らした。

 

「そのような筈がないだろうに…」

 

「王…エルフの私がヒューマン如きの奴に劣るとでも!?」

 

「当たり前だ…己を非難した種族をたった一人で守ろうとしたのだ。やり方は少々えげつないがな」

 

「ぐッ…」

 

苦虫を噛み潰したような表情のオシタランナにリヴェリアは向き直る。

 

「あ、貴女なら分かるでしょう!!こんな退廃的なエルフの国は変わらなきゃいけない!!私の革命の隣には貴女が必要なのですッ!!」

 

オシタランナの説得に眉一つ動かさないリヴェリアに動揺する。

 

「確かにエルフは変わらなくてはいけない状況だ」

 

「で、でしたら!!」

 

「だがこのやり方は間違い過ぎている。古今東西の歴史を振り返っても革命が成功した例はない。何故ならそのやり方が間違っているからだ」

 

それに…とリヴェリアは言葉を続ける。

 

「私の隣には貴様の様な下郎な輩は不必要だ」

 

「そんな……」

 

落胆したオシタランナの足元に兵士の体が飛んで来る。

 

「残るは…お前だな」

 

その拳と顔を血に染めながら俺はオシタランナの方を向く。

 

「ま、待て!!私はここの王になるんだぞ!」

 

「それで?無理だろ…器じゃないんだから」

 

「そ、それに…私はオラリオにも少なからず影響力があるんだぞ!!」

 

「それで?」

 

「私に手を出したらお前のファミリアはタダじゃ済まないんだぞ!!」

 

「だったら尚更だな」

 

「ひっ…!」

 

尻もちを付いて情けない格好になっているオシタランナは目に涙を浮かべていた。そんな奴に三連リボルバーのケルベロスを向ける。

 

「クイズだ。なんでヒューマンの俺がここに来たのか…①リヴェリアさんの恋人だから。②リヴェリアさんに頼まれたから。③エルフの里に来てみたかったから」

「に…?」

 

震えた声を出すオシタランナ。

 

バンッ!!

 

「正解は④…仕事だからだ。選択肢は最後まで聞けってエリート様の学校で教えられなかったか?」

 

頭の無いオシタランナに語りかける。

 

「それにさ、お前は手に掛けたんだ…名前も素性も知らない彼を」

 

今際の際にでも空を見ていた彼を思い出す。

 

「君のやり方はこうなのか?」

 

「まさか、今日は奇跡的にコイツが俺の怒りに触れただけですよ」

 

「関係ない兵士もか?」

 

「黙って通してくれれば何もしませんでしたよ。でも、コイツらだって脅威になり得ましたから」

 

「話してみてくれ」

 

適当な椅子に座り同じく座るリヴェリアさんの方を向く。

 

「俺の中でファミリア(家族)というものは何よりも信じるべきものとして扱ってるんですよ」

 

「噂で聞いている。アポロン・ファミリアに襲われた時も己の身を案じずに庇ったと聞いたよ」

 

「そう、自分でも驚く位にこの感情はとめどなく溢れてきた。家族なんだから守らなくちゃいけない、どんな手を使ってでも。でも殺さないし殺したくない。そう思ってたら……あの日、転機が訪れた」

 

「あの日…?」

 

ーかこ…では、ないわ…おもいで…よ

 

雪ノ下を撃ったルーチェとオンブラを取り出して雪ノ下の結晶が埋め込まれた部分を見つめる。

 

「何の罪もなく、悪くない人達…でも助かる見込みなんてゼロで待ってるのは苦しみだけだった人を殺した。事の発端で俺の…憧れだった人も殺したあの日から」

 

「!!」

 

「あれからですよ…何をするにしたって誰と接するにしたって選択肢に『殺す』が出てくる」

 

「…………」

 

「選びたくなんかない……でも家族を守らなきゃいけないから…アイツらに人殺しなんてさせたくない…汚れた手は俺一人でいいのだから」

 

「それが君の手袋を着ける理由」

 

コクリ、と頷く。汚れた手で誰にも触りたくない…まるでその罪を擦り付けているようで罪悪感に苛まれてしまうから。

 

「その手袋は君の努力の証であると同時に君自身の汚点であるのか…」

 

何を思ったのかリヴェリアさんは俺の手袋を外してその手を見つめる。

 

「この手の豆…尋常では無い程剣を振るった跡だ。それにその瞳、常に魔力を限界まで使ってるから瞳が変色してきてる」

 

強引に手を離させて手袋を付け直す。

 

「朝2時に起床。オラリオ外壁付近で素振りとオラリオ外周をランニング。たまにアラルが来ては身体能力を赤ん坊レベルまで落ちるようなギアを付けて火矢を放つ彼に馬車で追い回される。6時半に帰宅し家事を担当、その腕前はロキ・ファミリアお抱えの一流シェフがべそをなかく程だ」

 

「なんか詳しくありません?」

 

「私は君の恋人なんだぞ?」

 

「ソーデシタネェ…」

 

「それと同時に冒険者だ」

 

「そうでしたね」

 

揃って立ち上がりポカンとしているエルフの重役達を向く。

 

「という訳で色々と荒らしちゃってすみませんでした。本当なら片付けとか手伝いたいんですけど俺も明日の予定とかあるんでお暇させていただきます」

 

「いいや、謝りたいのはこちらの方。エルフ内のいざこざに君を巻き込んでしまった事を謝罪したい」

 

「いえ、その件は俺が勝手に首を突っ込んだので…」

 

「どちらにせよ、だ。君の英雄的行為に感謝する者もいれば君の残虐的行動に批判的な者は少なくないのは確かだ。よってこの件に関してはオシタランナ卿を裁判の結果、極刑に処した事にして君はクーデターに加わった兵士を倒した事だけにする。足早にこの地を離れよ」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「それで、君は分かったのかい?」

 

「何をです?」

 

馬車に揺られながらリヴェリアさんは口を開いた。

 

「『愛』の事だよ」

 

「人類が古今東西の謎を解いたら最後に残る謎、という事しか分かりません」

 

「分かってるじゃないか」

 

昨日と同じように額を当ててくるリヴェリアさん。それでもこの気持ちに変化はない。

 

「?、どうかしました、リヴェリアさん」

 

「…い、いや。なんでもない」

 

窓から外を眺める彼女の表情を知る術は俺には無かった。例え見れたとしてもきっと理解なんてできないのだろう。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

背中を晒して神様にステータスの更新をして貰う。アラストルから渡された官能魔術書の効果を知りたかったからだ。

 

「おめでとうハチマン君!君に新しい魔法だ!」

 

「「「「ええええええ〜〜〜ッ!?」」」

 

騒がしい家族に囲まれながら神様から渡された羊皮紙を眺めるとそこには着々と成長しているステータスと何かが消された跡がある項目が記されていた。

 

「【Realize】・無詠唱魔法・魔法記憶・発動魔法は己が体感し理解した物のみ・記憶魔法は発動時己の性質に侵食される……ふーん」

 

「なにが『ふーん』だよ、めちゃめちゃ強いじゃねーかよ!」

 

「いやさ、もっとこう、カッコイイ詠唱とかで発動する魔法かと思ったらコレだぞ?戦力になるかもしれないが…」

 

「まぁ、魔法が生涯発動しない人もいますのでそう落胆しないでください。それはそうと『己の性質に侵食される』って所が気がかりですが…」

 

「そん時の感情とかそんなのかもしれない…ま、使ってみなきゃ分からんだろ」

 

起き上がりコートを着ようとすると…

 

「ハチマン様の鎖骨…きゅううう」

 

もう何度目かも分からない春姫さんの気絶を受け止めて早々に着替える。

 

「そういえばハチマン殿の体も鍛え抜かれてますね。どういった鍛錬を積んでるのですか?」

 

「?、オラリオの外周を走ったり目隠しされながら四方八方から飛んでくる火の矢を躱したり、身体能力を赤ん坊レベルまで落とす拘束具を付けてひたすら打ち合いさせられたり……はぁ」

 

段々自分の目が腐っていくのが実感できる。

 

「アラル神父との特訓は僕も見た事があるけど…あれは流石にキツすぎるかなぁ…」

 

「ハチマンもただで強くなってる訳じゃないんだよな…」

 

「リリ達に迷惑をかけないように、隠れて努力をしてらっしゃるんですね…感激です!」

 

「ばっかお前ら、そんなんじゃねーよ。オラリオに来てまだ日が浅かったから舐められないように強くならなくちゃダメな訳だからな?」

 

「これは…どんなデレなんだ?」

 

「神はこういうのを『捻デレ』と言うそうですよ?」

 

いやいや、聞き慣れてんだけどそれ。

 

「兎に角、ハチマン様も魔法の効果を試したいでしょう?じゃあ外に出ましょう!とりあえずベル様の魔法がいいと思うんですけど…」

 

「えぇ!?僕?」

 

「リリルカ…こういうのはな?本人の同意が無くちゃダメなn「いいよ」What?」

 

「ハチマンになら…いいかな…///」

 

「「ぶはっ!!??」」

 

リリルカと神様が倒れた…何でとは言わない…不覚にもトキメキかけてしまったよ。なんだか戸塚に浮気したような気分だ。付き合ってもなかったのに…グズん。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ー【豊饒の女主人】ー

 

「あれ!やっちまったねー」

 

「ミア母さん、どうかしたんですか?」

 

厨房にて珍しくミスをしたミアにリューが何事かと訪ねた。

 

「やーねー、トマトソースパスタを作りすぎちゃったわ」

 

皿に山のように積まれたそれを眺めながらミアは零した。

 

「ミア母さんにしては珍しい…どうしましょう」

 

「!!…ちょっと待ってな」

 

そのままミアはもの凄い勢いでもう一品用意する。

 

「リュー、出前に行ってきな!」

 

「ええ!?でも頼まれてませんよ?」

 

「アンタの好きな人にでも売りつけりゃいいじゃないか!」

 

「わ、私にはす、好きな人なんて…//」

 

「いいから黙って行ってきな!配達したら今日はもう上がっていいから!」

 

「しかしクロエとアーニャとルノアだけで大丈夫ですか?シルは今日休みですし…」

 

「あーだこーだ言ってないで行け!」

 

「はぁ…」

 

ミアに気押されて外に出た、否、出されたリューは手に持つ料理を見て誰に届けようか迷った。

 

「好きな人…好きな人…私に…//」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

「ううん…うぅん…う〜ん、よし」

 

ロキ・ファミリアのホームである【黄昏の館】の自室にてアイズは机に向かっていた。一枚の紙を大切に折りそのまま日の沈んだ外に出向く。

 

「アイズ…どこに行くんだろー」

 

「珍しく机に向かってると思ったら外に行ったわね」

 

「何か持ってませんでした?」

 

「あの色とサイズから見て…手紙か?」

 

傍から覗いていた保護者組…ティオナとティオネとレフィーヤとリヴェリアは柱の影から考察していた。

 

「もしかして…ラブレター?」

 

「「「!!!」」」

 

ティオネの呟きに一同に戦慄が走る。

 

「着いていきましょう!」

 

「レフィーヤ?」

 

「どこの馬の骨かも分からない人にアイズさんは任せられません!!」

 

「それもそうね」

 

「賛成だ」

 

「いいのかな〜」

 

ティオナを除く3人はその目を鋭く光らせてアイズに気付かれないよう夜闇に紛れ、ティオナは悩みながらも着いて行くのであった。

 

「……アイズに…男…」

 

「ベートが倒れておる!!衛生兵!」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

鎚を振り下ろすと赤い火花が散る。

それを何度も繰り返す事によってその金属は硬度を増していく。ただ固ければ良いという訳でもなく硬いと切れ味は上がるがその分欠けやすかったり脆くなる。

 

「ダメね…」

 

()()()では駄作となったその鉄クズは廃材置き場に置かれた。

 

「最近仕事に熱が入らないわ…」

 

今までは鍛冶の事だけを考えて鎚を振っていたが今は別の事を考えてしまう。

 

「ハチマン……」

 

彼の名前を呼ぶと胸が熱くなる。

最近…と言っても結構前になるがレベルアップを果たした。そのプレゼントを贈ろうと武器や防具を作っているがそれ等はどれもこれもが彼に似合わないガラクタと称される事になった。鎧を作っても彼からコートを奪ってしまう事になる。剣を作っても彼には見た事もない上等な剣が何本もある。ネックレスを作っても彼は既に首から下げている。

 

「そうよ!いっそハチマンに聞いた方がいいのよ!」

 

無駄に悩む事は無かったのだ。欲しい物は彼から聞けば良いと思いついたのは彼女、ヘファイストスが部屋に篭って3日が過ぎてからだった。

 

「お、やっと出てきたか、色恋に忙しい主神」

 

そうすると彼女のファミリアの団長【椿・コルブランド】がからかい混じりに訪ねてきた。

 

「例の彼の所か?」

 

「そうよ、悪い?」

 

「別に構わないが一風呂入るといい。正直焦げ臭いぞ」

 

「えっ!?すんすん…本当!忙しいで入ってくるわ!ありがとう!」

 

並の冒険者も涙目の速さで風呂に向かうヘファイストス。

 

「やれやれ…それにしてもハチマン・ヒキガヤか。主神が熱くなる程の男……気になってきたな」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

三日月の下でローブを身にまとった女神は微笑んだ。

 

「フレイヤ様、どちらに」

 

「散歩よオッタル。イシュタルも居なくなったからもう散歩を邪魔されないわ」

 

「会いに行かれるのですか、【亡影】に」

 

「ええ、護衛はいらないわ」

 

深くフードを被って女神フレイヤはオラリオに繰り出した。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ぜえ…ぜえ…ぜえ…っ、げほっ、げほっ」

 

ヘスティア・ファミリアのホーム【竈火の館】の庭にてハチマン・ヒキガヤは新しい魔法の練習をしていた。

 

手の平を前方15mにある分厚く大きい鉄の的に向ける。

 

「【ファイア・ボルト】ッ…ダメか……」

 

手の平からチョロっと出た火花と火の粉を前にため息をつく。それだけしか出なくても魔力は減っていくからだ。

 

「ったくもう、こんなん使えなくてもこれがあるのにな…」

 

幻影剣を的に飛ばす。そのど真ん中に突き刺さった幻影剣を見つめてまたため息を吐き出す。

 

「ダメだな…せっかくベルが使わせてくれたのに」

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「おいマジでやるのかよ…」

 

「発動魔法は己が体感し理解した物のみ…ですからね」

 

「ガマンしてねハチマン…【ファイア・ボルト】ォォ!!」

 

「ぎゃあああああああ!!!」

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「まだやれる…な」

 

もう一度試してみるもやはり結果は同じ、火花と火の粉が出るだけだった。

 

「ヒキガヤ様…」

 

「春姫さん、どうしたんですか、こんな時間に」

 

月明かりが近づいて来る春姫を照らす。

 

「ヒキガヤ様が頑張っていらっしゃるのに眠ってはいられません」

 

「そう…ですか」

 

「新しい魔法は如何ですか?」

 

「無理そうです…静電気と火の粉が通じる敵じゃない限り役に立ちません」

 

手の平からパチパチッと失敗魔法を見せてため息を漏らす。

 

「そう落胆しないでください、今は出来なくてもきっとできるようになります!」

 

「だといいんですけどね…」

 

「むぅ、少し休憩は致しませんか?マジックポーションを持って参りましたので」

 

「よくリリルカが許しましたね」

 

「『将来への投資』と仰っていました」

 

彼女らしい、と若干微笑んで芝生の上に座る2人。

 

「生活には慣れましたか?」

 

「ええ、皆さん良くしてくださるので毎日が楽しいです。明日が楽しみで眠れなくなります」

 

「そりゃ良かった」

 

「これもクラネル様と命ちゃんと、ヒキガヤ様のお陰です」

 

「俺は別に……」

 

「いえ、ヒキガヤ様には危ない所を何度もお救い頂きました。ヒキガヤ様がいらっしゃらなかったら私はもう…ヒキガヤ様にお救い頂いた時、物語の英雄のように思いました」

 

「英…雄…」

 

「ええ!」

 

尻尾を降っていることから本音だと悟った彼は少し顔を暗くした。

 

「俺は…英雄にはなれません」

 

「?」

 

「英雄は…ベルみたいなのがなるべきなんです。夢を胸いっぱいに抱いて迷いもなく突っ走れる白いアイツが、英雄たる資格を持っています」

 

「英雄たる資格…」

 

「俺は…ベルじゃないから…ベルの魔法も撃てない…」

 

「ヒキガヤ様はヒキガヤ様です、誰が何を言おうと変わりようがありません」

 

「そう、ですよね。俺は…オレ…だからベルの魔法を撃つ事は出来ないしする必要なんて無い。ベルがくれたのは魔法の材料だから後は俺が好き勝手に料理して俺好みの魔法を撃ってもいいのか」

 

勢いよく起き上がり手の平を的に向ける。想像するのはベルの【ファイア・ボルト】ではなくて自分の【ファイア・ボルト】

 

「【ファイア・ボルト】!!」

 

手の平から出たのは赤と黄色の閃光ではなく、おびただしく黒い炎に包まれた赤い稲妻。真っ直ぐ飛んだそれは鉄の的に命中してドロドロに溶かした。

 

「や、やった…」

 

「やりました!ヒキガヤ様!!」

 

彼の手を掴んでぴょんぴょんと跳ね回りまるで自分の事のように嬉しがる春姫。

 

「記憶魔法は発動時己の性質に侵食される…とは言え俺の本質ってあんな黒いのか?」

 

「それは…どうなんでしょう」

 

苦笑いする春姫を他所に頭を掻いて悩む彼は春姫に家に戻るよう言い再び魔法の練習に努めようとするも。

 

「身が入ってるね」

 

「葉山か…」

 

「こんばんは」

 

「ギルガメスの透析は終わったのか?」

 

「まぁね、今度はあまり無茶をしないようにするさ」

 

「大変だな」

 

「これも生き残る為さ」

 

ふーんと聞き流しながらハチマンは三日月を見上げる。

 

「比企谷、少し散歩しないかい?」

 

「…分かった」

 

静まり返った街を2人で歩く。

 

「比企谷は…魔剣士スパーダについてどの位知ってる?」

 

「スパーダ?…ダンテさんとバージルさんの親父さんでネロさんの祖父に当たる悪魔で人間界を悪魔から解放させた張本人としか知らんぞ」

 

「大体は知ってるんだね。そのスパーダは自分の強大な力を3本の魔剣にに分けたのは?」

 

「そこまでは知らなかったな」

 

「その剣が『魔剣リベリオン』と『魔刀 閻魔刃』とフォースエッジの真の姿『魔剣スパーダ』だというのは?」

 

「は?」

 

「その様子じゃ知らないようだね。続けて質問するけど、どうしてそれを君が生み出せたんだい?」

 

交差点のど真ん中で彼の足が止まる。

 

「葉山は…自分の魂と会話したりするか?」

 

「というと?」

 

「俺は…いつも死にかけたりすると精神世界みたいな所に入る。一点の曇りも()()()()そこには馬鹿みたいにデカい門があった。最初にこじ開けようとしたのはベオウルフと殺りあった時。少し開いたその門に何故か手を突っ込んで掴んだものを引っこ抜いたらそれは閻魔刃だった。次はお前と戦った時。空高く吹き飛ばされた時にまた少しこじ開けて今度はリベリオンを手に入れた。フォースエッジは冒険者になって日が浅い頃にアラルから貰った」

 

「精神世界に門…僕はそんな経験は無いな」

 

「だよな…自分の魂と会話出来るのがおかしいよな…」

 

「もしかしたら比企谷の本心なのかもしれない」

 

「そうか〜?」

 

あれやこれやと話し合っていると四方から人が来る気配を感じた。

 

「知り合いかい?」

 

「知らない」

 

40人は確認できるその人影は誰も彼もがエルフ特有の耳をしていた。

 

「ヒヒヒ!!お前が『亡影』かァ!」

 

「オシタランナ卿の仇だァ!!!」

 

「とか言ってるけどどうなんだい?」

 

「殺した…クソッタレのエルフを一匹」

 

「全く…」

 

槍を構える葉山とベオウルフを構えるハチマン。

 

「気の毒だけど喧嘩を売る相手を間違えたね」

 

「夜中だし静かにやるか」

 

「「かかれーーー!!!!」」

 

大勢のエルフが一斉に襲いかかってくるが2人は何も動じなかった。なんなら彼らの目は少し笑ってもいた。

 




ここまで読んでくださりありがとうございます。

一応考えているのが気休めに新しいクロスオーバー作品を書いてみようかなって思っています。

最近スターウォーズにハマってしまったのでしっかり勉強して書きたいと思っています。一応題名は決まってて『やはり俺が宗教法人の武力団体に入るのは間違っている』です。長いから変わるかもしれません。


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#39 己との戦い

お待たせしましたぁぁぁ!!!

早く仕上がるとか言ってた自分をギロチンに掛けてやりたいです!!


「ふぅ」

 

「俺にしては中々の出来だな」

 

目の前にあるのは裏路地の奥に生けられたエルフ達。その顔は地面に埋まりきり、誰もその表情を見ることは出来ない。手足はピクピクとしているがそれ以上のアクションを起こす事は無いだろう。

 

「行くぞ…邪魔は消えた」

 

「そうだね」

 

路地から出て交差路に出る。

 

「なぁ葉山」

 

「どうしたんだ?」

 

「どうしてあんな奴らがのうのうと月と太陽の光が届く所で生きていけるんだ?どうして…雪ノ下は死ななきゃいけなかったんだ?」

 

「……雪乃ちゃんは、純粋すぎたんだよ。雪のように白くて崩れやすい。黒を白と言えない…世渡りが絶望的に下手だったのかもね。君が死んだ責任者である世界を祟ろうとしてた所に君が現れた。それが雪乃ちゃんの運の尽きだね」

 

「皮肉だな…」

 

「そうだね、これ以上ない位の最悪の皮肉だよ」

 

「だったら俺は雪ノ下を止める事は間違いだったのか?」

 

「さぁ……僕も分からないや。ていうか君も既に気付いているんだろう?雪乃ちゃんの気持ちに…」

 

「殺すくらいなら…いや、辞めとこ、脇が冷たい」

 

二丁拳銃を取り出して雪ノ下雪乃が遺した結晶を見つめると淡い蒼い光を発していた。

 

「はっ、愛し合う2人はいつも一緒、って事?」

 

「馬鹿言うなよ…」

 

二人の間に沈黙が流れる。

 

「そういえば…」

 

最初に切り出したのはハチマンだった。

 

「お前は喋るモンスターを知ってるか?」

 

「モンスターが?知らないな…いるのか?そんなのが」

 

「いた、この前見つけた。空に憧れながら死んだけど…」

 

「気の毒だ…」

 

「上流階級とブラックマーケットで出回ってるかもしれない…ルーツと顧客リストを片っ端から調べてくれるか?」

 

「分かった」

 

ネオ・アンジェロ・ライガーと化して飛び立った葉山の背中を眺めて帰路に着こうとすると4方向から迫る気配を感じた。

 

「リューさん…?」

 

「はぁ、はぁ、はぁ、ヒキガヤさん…!」

 

前から迫るのは頬を赤らめて息を切らしながらバスケットを持った目を獣の如く光らせるリュー・リオンだった。

 

ザッ!

 

「ハチマン…」

 

「ひっ!アイズ…さん?」

 

後ずさろうとすると後ろから躙り寄るのは目の下に濃い隈を作って片手に何かを隠したアイズ・ヴァレンシュタイン、その目は獲物を見つけた狩人の如く鋭かった。

 

前と後ろが塞がれ横に逃げようとするも左から鎚を持った赤いショートヘアの見覚えのある女神と左から道のど真ん中をやって来る女神がいた。

 

「み、見つけた…!!」

 

「あらあら、大所帯ね♪」

 

リュー

 

ヘファイ 俺 フレイア

 

アイズ (とその保護者たち)

 

それぞれの想いをぶつける為、意図せず集まってしまったこの事件は後に第一次ヒロイン対戦と名付けられた。

 

「「「「「………………」」」」」

 

「よ、夜の散歩は危険ですよ…何してんすか」

 

「「「「それをアナタが言いますか(言うのかしら)(言うの)…」」」」

 

「うす…」

 

それぞれが彼に話がある趣旨を伝え、順番でその要件を伝えることになった。全員2人きりで話したいらしく、最初はリューからとなった。

 

「ヒキガヤさんは異性にモテるのですね…」

 

「いや、そんなんじゃないと思いますよ?俺は特に何もしてませんもん。知らないけど……それで、リューさんはどうかしたんですか?」

 

「あっ、あの…これ、ミア母さんが作りすぎてしまって…それで差し入れにと思って…」

 

「あざす……お金出します」

 

「いえ!そういう訳にはいきません」

 

「いきませんって…一応店の出し物なんですから」

 

「ダメですヒキガヤさん!」

 

ポケットから金を出そうとするとリューはその手を掴んで離さない。ハチマンはLv3彼女はLv4、その力の差は大きかった。

 

「支払い拒否する飲食店って聞いたことありませんよ!」

 

「ダメなんです!ダメなんです…」

 

「どうしてなんですか…」

 

リューはハチマンの袖を掴みながら顔を俯かせた。

 

「私は貴方との関係をす、進めたいと思ってます…」

 

「ゑ……?」

 

「その……私は貴方と……///」

 

頬を赤らめてモジモジするリューを他所にハチマンは表情が青くなっていく。中学校時代の悪夢が蘇るからだった。

 

「と、友達に…なりたいと思って…ます…!」

 

気絶しそうになってたハチマンは意識を取り戻す。

 

「と、友達…ですか?」

 

「はい……たまにご飯を食べに行ったり、一緒に鍛錬を積んだり、その、悩みを聞いたり…」

 

「悩み……」

 

「はい、最近のヒキガヤさんは…その、傍から見ても元気が無いように見えましたから…力になりたくて…」

 

「………………」

 

「ダメ…ですか?」

 

涙目で上目遣いになるリューに少し胸が高鳴るハチマン。それは強敵を目の当たりにした時のそれとは違かった。

 

「今度、ポレポレに行きましょう…」

 

「!!…はい!」

 

待ってます!と言いリューはその場を去って行った。本来渡すはずの料理を渡すことなく。

 

「少し腹が減ったんだけどなぁ…」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「すみません、待たせました」

 

「そそそそそそうね!わ、私の方は準備バッチグーよ!」

 

矛盾を孕んだセリフに苦笑いしながら。ハチマンは話を続けた。

 

「それで、ヘファイストスさんはどうかしたんですか?」

 

「やけに落ち着いてるのも何かこう……まぁいいわ、貴方のランクアップのお祝いに何か贈ろうと思ってるの。何か希望はあるかしら?」

 

「いや…素直に貰う訳にはいきませんよ。俺、ヘファイストスさんの眷属でも何でもないのに…それに、他の眷属に示しが付かなくなりますよ?」

 

「いいのよ、これは私のやりたい事…それに皆今の所良い子だからお咎めはないわ」

 

「そういう話じゃなくて…俺、祝われるような事なんて何もしてません」

 

神じゃなくても分かった。謙遜で言ってなく、本心から彼は言っていた。18階層の黒いゴライアスを討伐するのに一役買って出た事も、ネオ・アンジェロと化して正気を失った悪魔の鎧を打ち倒したことも、不幸に見舞われた悲しい運命の少女を助けた事も、エルフの里の転覆を阻止した事も……愛する故郷を尊敬する彼女を殺してまで救った事も、全てが適材適所、求められたから、やらなければいけないと分かっていたからしただけだった。

 

酷く歪んだ少年。

 

己は尽くして当然。

尽くされなくて当然。

 

「頑張り過ぎよ…ハチマン」

 

「いいんですよ、俺。ヘファイストスさんとかが気付いてくれただけで嬉しい…ですから」

 

「少しでも辛かったら私の所においで」

 

「はい」

 

「それはそれと貴方に贈り物はさせてもらうわ」

 

「えぇ…」

 

「そうね、どんなのがいいかしら!考えるのが楽しくなってきたわ!ハチマンも何かあったらいつでもおいでなさい。それはそうと明日に予定はあるかしら?」

 

「無いと思いますけど…」

 

「じゃあお昼に中央広場に集合よ、異論反論は偶には認めるけど無理のない範囲でいらっしゃい」

 

「うす」

 

頭をくしゃくしゃと撫でられた後にヘファイストスは自分のホームに戻って行った。

 

「惚れるなぁ……」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ハチマン…」

 

「お、おう」

 

目の下に濃い隈を作ったアイズは懐から出したブツをハチマンに突き出す。

 

「手紙…?」

 

「うん…読んでくれる?」

 

「言った方が早い気がするんだが…分かった」

 

~~~~~~~~

 

ハチマン・ヒキガヤさんへ

 

明日特性のじゃが丸くんを作ってください。

 

悩みがあるなら相談してください。悩んでいる姿を見るのは私も辛いです。

 

沢山話して、沢山食べて、沢山遊びませんか?

 

アイズ・ヴァレンシュタインより

 

〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「そこまで…悩んでそうか?俺は」

 

うん…と頷くアイズ。

そっか、と頭をポリポリと掻く。

 

「別のファミリアなのに一緒にいて大丈夫なのかよ」

 

「大丈夫…だと思う」

 

「なんかあとが怖いな…」

 

アイズは曲がりなりにもオラリオ屈指の人気冒険者。そんな奴と俺が一緒に遊んだりして良からぬ噂が立つのは自明の理だ。断るのなら簡単だがこっちは心配まで掛けてしまったのだ。それに相当悩んだのだろう目の下に隈まで作って。

 

「分かった…1回だけだ…」

 

「!…うん」

 

見るからに表情が明るくなったアイズ。何が嬉しいのか理解できない。

 

「まぁ、もう遅いしあそこに隠れてる保護者達に送ってもらったらどうだ?」

 

「…分かった。ハチマンも行こ?」

 

「いや、あとひとり残ってるから」

 

「皆と待ってるよ」

 

有無を言わさずそのまま保護者達の方に向かって行く。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「モテモテなのね、妬けちゃうわ」

 

「これはそんなのじゃないと思いますけど?」

 

「貴方…朴念仁って言われないかしら?」

 

「勘は鋭い方なんですけどね」

 

腕を組んで胸を強調しようとハチマン・アイアンハートにはそんな色仕掛けは通用しない。視線が少し下にズレるだけである。

 

「で、要件はなんですか?」キリッ

 

「単刀直入に言うわ、私のファミリアに入らないかしら?」

 

「え、普通に嫌なんですけど」

 

「話はこれからよ、休みは週に2日。休日出勤は余程の緊急事態じゃなければ有り得ないわ」

 

「ほう…」

 

「新人教育に徹底しているわ、熟練の先輩が貴方に手取り足取り私のファミリアでの生活をサポートするわ」

 

「先輩ねぇ…」

 

「教育者には事前に新人教育の資格を取らせてあるわ。長所を潰さず短所を比較的抑えられるよう目を養わせているわ」

 

「ふぅん…でもパワハラとか少なからずあるんでしょ?」

 

「否定はしないわ、やや性格に難のある子はいるわ。互いに切磋琢磨し合った結果だったり過去の遺恨が残っていたりするから性格が歪む子もいるわね」

 

「………」

 

「強さを求める貴方にとって悪くないと思うわ、ヘスティアよりも貴方を生かせると思うけど、どうかしら?」

 

「それはどうでしょう…俺を見てくれている神様だから今の俺がいる訳ですし…おすし」

 

「そう、そう思うのならハチマン…私のファミリアに体験入団しないかしら?」

 

「するメリットがこれっぽっちも見当たらないんですけど?」

 

「そうね……私の子達を手に掛けた事と…あの()()()()()()事もを黙ってあげるわ」

 

「何故それを…」

 

「ヒントは鏡よ」

 

「ぜひ体験入団させてくださいな」

 

24時間365日監視されてちゃ迂闊に動けないな…

 

「嬉しいわ、素直な子は好きよ」

 

「脅してくる女は苦手だ…」

 

こうして碌に考え事もできない対談は終わりを告げた。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「待たせたな」

 

健気に待っていたアイズとその保護者達。

 

「一体あの女神と何を話していたんだ?」

 

リヴェリアさんに尋ねられる。

 

「いや、なんか体験入団する事になって…」

 

「え〜!ぼーえーくん、ファミリア抜けちゃうの!?」

 

「いや、抜けませんよ。色々脅されて一日だけって話になって…」

 

薄着のティオナに詰め寄られ目のやり場に困りつつも答える。あの女神にはなんとかして退けないと、と思っている。

 

「じゃあ、帰ろう」

 

何故か膨れたアイズに手を引かれ歩き出す。後ろでレフィーヤが凄く睨んでくるが気にしてはいけない気がする。

 

「そういえばロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリアは仲が悪いらしいけどなんかあったんですか?」

 

「実力主義の強いファミリアだからオラリオが如何なる緊急事態になろうと無関心だったりしてな…ファミリアの運営方針が違い仲違いする面が多いんだ」

 

「成程……『弱きは死ね』って感じか…」

 

「大まかに言えばそうなるな」

 

まぁ、俺もオラリオが危険になろうと優先的に守るのは豊饒の女主人とポレポレと仕立て屋位しかないからな…。

 

「アンタ…案外共感してたりする?」

 

「別に……戦いますよ。俺が必要とあらば」

 

「そう、期待しとくわ」

 

フン、と鼻を鳴らすティオネさん。

 

「「「「「「…………」」」」」」

 

「あの〜」

 

静まり返った空気にレフィーヤが恐る恐る声を出す。

 

「もしかしてヒキガヤさんって人付き合いが苦手なんでしょうか?」

 

「苦手じゃない、必要性を感じないだけだ」

 

「それって苦手な人の常套句ですよ…」

 

やれやれ、とこめかみに手を当てるリヴェリアさんや呆れ返るアイズ以外に疑問を抱く。

 

「まっ、コミュ力が高けりゃそもそもオラリオに来る事なんて無かったもんなァ?」

 

「アラル…」

 

民家の屋根から見下ろしていたのは白髪オールバックの神父服を纏った悪魔アラストルだった。

 

「アラル神父…一体なんの用だ?」

 

「そっちこそ、俺の可愛い息子分に手ぇ出してんじゃねーよ」

 

「えっ!?ぼーえー君とアラル神父って親子だったの?」

 

「息子分よ…息子のように可愛がってるってことよ」

 

「息子分って…初耳なんだが」

 

「心で繋がってりゃいーんだよ!それよりハチマン!新しい魔界の特訓メヌーを思いついたからお前の明日を寄越せ!」

 

「いや…明日はとある女神に呼ばれてて…」

 

「何よ!?俺より女神をとるのか!?いつからそんな女神たらしに…そんな男に育てた覚えはないぞ!!」

 

まるで自分は悲劇のヒロインかのように手で顔を覆い嘆くフリをするアラストル。

 

「アンタに育てられたのはフィジカルだけだ!嫌な言い方すんなよ!ほら、ロキ・ファミリアの方々がとんでもない勘違いをしてらっしゃるぞ!!」

 

「じゃかーしい!!取り敢えず明日の午前中は貰うからな!…ヒーロー着地!!」バキャ

 

プリプリと怒りながら屋根から反対方向に飛び降りるアラストル。その後が容易に想像できる。

 

「ハチマンと神父って仲良いよね…」

 

「え?」

 

「そーそー、あんな神父見たことないよね〜。いっつも死体集めに必死でダンジョンをさ迷ってるんだよー」

 

まぁ、聞いた事あるな…この前死体集めの理由を聞いてものらりくらりとはぐらかされた覚えがある。

 

「私達と対峙しても憎まれ口ばかりでね、ベートとは違う方向性の暴言なのよね…。本質を捉える正論の暴言だから言い返せなくて」

 

「怒ったティオネが殴りかかったら軽く返り討ちに会う始末だ」

 

「そんなに強いんですか!?」

 

「本当に強いわ…レベル幾つかギルドに聞いても全然教えてくれないし…どこかのファミリアに所属してる訳でもないし…」

 

驚くレフィーヤを尻目に想像する。きっと内心鼻くそほじって相手してたんだろうな、と。

 

「アンタは何か知らないの?」

 

「そうですね…知ってはいますけど本人の許可無しに言える内容じゃないんですよ」

 

チラリとリヴェリアさんを見る。この人は人の嘘が見抜ける人だ。神とは違く呼吸や視線、声のトーンで見抜いてくるから余計厄介だ。ここは正直に隠した方が良いだろう。

 

「それに、曲がりなりにも可愛がって貰ってるんで裏切るような事は出来ませんよ」

 

「それはごめんなさい…貴方を通して探りを入れるような真似をして…」

 

いえ、良いんですよ。と返してロキ・ファミリアのホームに着く。

 

「じゃ、おやすみなさいっと…」

 

手をヒラヒラとさせてその場を去る。散歩とはいえ俺も少し眠くなったのだ。皆に心配を掛けてられない。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「おはよう世界、今日も嘯いてるね」

 

「なーに言ってんだよ、オラ、とっとと立て」

 

言われるがまま地面に背を預けていた状態から地に足をつけて立ち上がる。前には悪魔姿のアラストル。後ろには同じく悪魔姿のベリアル。左右にはマキャヴェリのお手製殺人タレットの銃口がこちらを正確に捉えている。

 

「そんじゃ、もっかい行くぞ」

 

「死ぬ気で捌かねば命はないと思え」

 

「避けようとしたって1000通りの行動が予想されてる。下手な事は考えない事だ」

 

「「「 行くぜ(ぞ)!! 」」」

 

赤いレーザーは眉間の間に固定され、目の前から特大級のエレキボール。後ろからはとてつもない熱を感じる。

 

「こうなりゃやけくそだ!!」

 

新たな引き金、デビルトリガーを使用し不定形な悪魔の姿となり強化された閻魔刀を抜刀し、飛んでくる飛翔体を切り裂く。

 

「閻魔刀の使い方にも慣れてきたな。それに体の方は大丈夫か?」

 

「まぁ、勝手は分かってきたかな。コレやった後めちゃくちゃ疲れるんだよなぁ…」

 

「体力が足りんな…今度は逆さまで崖に登ってもらおうか」

 

「勘弁してくれ…この後予定があるんだ。閻魔刃で帰らせてもらうぞ」

 

そう言いながら閻魔刃をスラリと構える。帰る場所のビジョンはホームの自室だ。これなら余計な邪魔が入らない限りワープ先を間違えることは無いだろう。

 

「そういえばベリアル。後5分で女神だけが入れるという浴場が開くらしいぞ。〜〜〜にあるらしいがどー思う?」

 

「別になんとも思いませぬ。噂によると毎日入りに来る美女神がいるらしーがどーだろーなー。マキャヴェリ先輩はどう思いますー?(棒)」

 

「なーぞでーすねー(某)」

 

無視無視、奴らが何を話していようと俺に関係は無いのだ。

 

シュピン

 

十時に切り裂かれた次元は俺のイメージした場所へと繋がっていた。

見知ったベッドや机…ではなく湯気の立ちこめる銭湯だった。

 

「むっつりだなーハチマンよ」

 

「貴様も御の子だな」

 

「メンタルトレーニングにはなるんじゃないのか?」

 

「え?ちょっ…うぉっ!?」

 

背を押されてその裂け目に押し込められた。

噂には聞いていた。その浴場は入浴が許されたのは女神のみ。前人未踏のそこは覗こうものなら一瞬で首が飛ばされるらしい。

 

「「「アディオース!!!」」」

 

憎い悪魔達の笑い声を背中に受け、裂けた次元はそのまま閉じていった。勿論日本のような浴場ではなく、古代ローマを彷彿とさせる浴場。よく分からん布を巻いた男女の石像がよく分からんポーズを決めて立っている。ベンチとかも設置されており、『できたてなので触れないでください』の張り紙と共に白のペンキが置かれている。

 

「さてと、帰るか…」

 

もっぺん次元を切り開けばいい話なのだ。

 

「男の声が聞こえたぞーーー!!」

 

奴らの声が聞こえたのか女性の叫び声と共に足音が近付いてくる。もしバレたら地獄を見ることになるだろう。覗き魔のレッテルを貼られて晒し首になるのがオチだ。今更次元を切り開いても場所で特定されるだろう。

 

「そうだ…!」

 

端っこにある手頃な男の石像を次元斬で跡形もなく粉々にする。そしてクイックシルバーを発動。自殺する思いで恥を忍んで裸になり床のタイルを剥がして服をそこに仕舞う。そしてギルガメスを展開。石像のような布を体に纏ってペンキを大量に頭から被る。全身隈無く白くなったのを鏡で確認してさっきまで石像があった所に立ってそれっぽいポーズを決める。そうだな…キラークイーンが良いだろう。想像してくれ…嘘、やっぱしないで。そして最後に後始末をダブルチェックする。床のタイル、よし。石像の粉、よし。

ペンキ缶も元に戻したし大丈夫だろう。表情筋もコンマミリ単位で動かさないように気を付けよう。

 

ガラガララッ!!

 

「男ッ!!」

 

鬼のような形相で入ってきたのは俺でも知っている。ガネーシャ・ファミリアの団長の…えーと、なんとかさんだ。

 

「シャクティ団長!どうかしましたか!?」

 

あ、そうそう、シャクシャクさんだ。

 

「いや、男の声がしたような気がしたが…」

 

「気のせいですよ!団長最近寝不足らしいじゃないですか。今朝のエルフ達が地面に活けられてたのだって団長が後始末したじゃないですか。休んでもいいんですよ?それにここに侵入するなんて余っ程の自殺志願者ですよ」

 

「それもそうだな、戻るとするか。そろそろ開館だ。気を抜くなよ?」

 

「はーい」

 

下っ端と共に戻っていくシャクトリ団長。彼女等が戻ってから暫くしない内にソレはやってきた。

 

「あーー!やっとお風呂入れる〜〜!!」

 

天国は行くものでは無い、待つものだった。

デカい乳。小さい乳。ありとあらゆる供給先の無い需要は石像に扮しているたった1人の俺になだれ込んできた。女神達は手前の風呂から入っていくから奥側にある俺の方にはまだ来ないだろう。このまま隙を見てどうにかして逃げなくては。

 

(………ッッッッッ!!!!!!)

 

「あっ、ヘファイストス!それにヘスティアも!やっほー!」

 

「やぁ!」

「やっほ」

 

この天国はこの一瞬にして己と戦う鍛錬場へと変貌した。

 

『次回ハチマン死す!…デュエルスタンバイ!』




こんなできでほんとすみませんでした。


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#40 ハチマン危機一髪

TRPGにハマってしまった…だって楽しすぎるもの。


さてと、今の状況はマズすぎる。

現在午前10時。ヘファイストスさんとの待ち合わせまであと2時間だ。幸いすみっコにて石像に扮している為、バレる心配はまだない。

 

「君の目の事もあるし端の浴槽にしようか。キミも眼帯を着けたまま浴槽に入りたくないんだろう?」

 

「あ、ありがとう。ヘスティア」

 

そう言い俺の前にある浴槽に浸かる女神2人。

何故そこで気を利かせられるんだ!!神様ァァ!!?

 

「で、どうなんだい?今日ハチマン君とデートするんだろう?」

 

「デ、デートじゃないわ!!彼の装備の事とかで話をしたくて……///」

 

もう逆上せてきたのか顔を赤らめるヘファイストスさん。ムフフ顔をしている神様は久しぶりに人をからかえて少し上機嫌そうだ。

 

「素直じゃないな〜!君も彼も!」

 

「そういうヘスティアはどうなのよ。愛しの彼とは」

 

「べべべベルくんは関係ないだろぅ!?今は休暇と一緒に新しいメンバーをどうするか話し合っているよ」

 

「因みにその子…女の子かしら?」

 

「あぁ……」

 

「彼に対しては?」

 

「惚れてるよ…」

 

うっそ、マジかよ!!?春姫さんもうベルに惚れてんの!?あいつホントに女たらしだな〜。神様とリリルカというものがありながら。

 

「少し競争率高くないかしら?」

 

「ホントにね…困ったものだよ。他のファミリアの子も意識してるってヘルメスから聞いたよ」

 

「敵は多いわね…」

 

「諦めるのかい?」

 

「いいえ!そんなの理由にならないわ」

 

あれ?ヘファイストスさんもベルが…?でも会話の流れ的にはか違う気も……?訳わかんなくなってきたな。

 

「あれ?そういえばこの像…変わってないかい?」

 

「あら、本当ね。『できたてなので触れないでください』だから変更されたのよ。ヘスティア、イタズラしちゃダメよ?」

 

「そんな事しないさ!」

 

「「……………」」

 

マジマジと見てくる2人。

 

「…………」

 

「それにしても似てるわね…」

 

「そうだね……」

 

ギクッ!!??

 

「あら、ヘスティアじゃない」

 

「「「!!!」」」

 

疑いの視線が向けられた瞬間、2人の後ろから声が掛けられる。

 

そこには圧倒的なソレがあった。神様も神様でとてつもなかったがソレを遥かに凌駕するモノが彼女には備わっていた。

 

「デメテル…それとロキ…」

 

神様の脇で見られないようにと眼帯を着けるヘファイストスさん。女神デメテルの横には名前が呼ばれるまで存在感の欠片も無かった女神ロキがいた。デカい彼女とは違く、どこがとは言わないが清々しい程負けている彼女が。イケね、涙が出てきた。

 

「なんも言わんといてや」

 

「あ、あぁ、分かったよ」

 

「それよりヘスティア〜、『亡影』君は元気してるかしら?」

 

「え…デメテル、ハチマン君と知り合いなのかい?」

 

「そうよ〜、彼、私のお店によく来てくれてるの。彼ったら、野菜を見る目があるわね〜」

 

いやぁ、照れますよ。

 

「そんで、アンタらは何を話してたんや」

 

「あ、そうそう。この石像が気になってね」

 

一同の視線が俺に刺さる。

 

「なんや、『亡影』はモデルの仕事を受けたんか?」

 

「いやぁ、そんな話は聞いてないけどな〜」

 

「もしかして……」

 

ヘファイストスさんが俺の目の前にやってくる。このままではバレるのも時間のもんだろう。あーあ、しょぼい人生だったな…。

 

「!!!」

 

その時、死を肌で感じたハチマンに走馬灯が走った。絶体絶命の時に生存の手がかりをその記憶から探るのが走馬灯である。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「ハチマン様の新魔法『Realize』は理解して体感したものをコピーできるんですよね?」

 

「まぁな、でも少しは性質が変わるからガチャ要素が含まれるな」

 

「ガチャがなにが分かりませんが…それならリリの魔法はどうなんでしょう?体感…の部分がよく分かりませんができるかもしれませんね」

 

「ベルの奴ができたら試してみる」

 

「もしできたら戦術の幅が効かせられそうですね」

 

「嫌な予感がするけどな…」

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「きゃあッ!!」

 

少し離れた所で小さな悲鳴が聞こえた。

 

「このベンチペンキが塗りたてじゃない!」

 

その瞬間、普段は悲鳴が聞き慣れていないその銭湯ではちょっとしたパニックに陥った。

 

(今だ!!!!!)

 

クイックシルバーを発動。

Realizeを用いてリリルカの魔法、シンダーエラをコピーに成功。

隠した服を脱衣所の端にある目立たないカゴに投げ入れる。

白色のにごり湯に潜ってクイックシルバーを解除。

 

「なんだ…ペンキか…」

「この程度で騒がないでよね…」

 

そんな喧騒の中、誰とも面識の無い人物が余計白くなった湯船から現れた。ストレートの黒髪だが頭頂部に特徴的なアホ毛があり、普通にモデル体型の目つきの悪い美女だった。

 

ささっと体を洗い流し、ペンキを落としてさっさと銭湯から出る。インナーだけの着用に済ませ、コートを脇に抱えてそこから脱出しようと出入口に向かう。

 

「もしそこの…どこかで会わなかったか?」

 

そこで見張りをしていると言っていた…えと…えーっと…シャクシャク団長?から声を掛けられる。

 

「な、ナンパならお断りよ。私は、そっちには興味無いの」

 

「そうか、済まなかった…どこかでみた覚えがあったものだから」

 

フン、と鼻を鳴らして銭湯から出る。

そして足早に近くの路地へと向かう。

 

「あら、面白い所から出てきたわね」

 

「はァっ!!??!」

 

路地の向こうには今1番出会いたくない女神ランキング圧倒の1位。その腹黒さはきっとオラリオ1番の女神。その名もフレイアが不敵な笑みを浮かべてそこに立っていた。

 

「失礼します!!」

 

踵を返して帰ろうとするも後ろにはいつから立っていたのかオラリオ最強の冒険者、オッタルが立っていた。

 

「アンタか…愛しの女神が他の男と話すのを手助けするのか?随分みっともないわね」

 

「それがフレイア様の思し召しなら…」

 

「そう…」

 

魔法を解き、元の姿に戻る。

あぁ、この魔法で影響する俺の性質ってのは性格もモデルになった人に似るって奴か?罵倒キャラは強く根付いてるな…。

 

「さて、この事を証言したら貴方はどうなるかしらね?」

 

「何がなんでも無罪を掴みとりますよ…俺は」

 

「神相手に嘘が付けないのは分かっているのかしら?」

 

「勿論……それすらも跳ね除けるトリックがありますから」

 

危険な博打になるけど一生ムショ暮らしか晒し首ならやらなくちゃいけないだろう。

 

「そう…体験入団の日程が決まったわ。明後日に私達のホームまで来なさい。案内はそこからよ」

 

「オッタルさんはそれでいいんすか?訳の分からない男が家に上がり込んで来るんですけど…」

 

「それがフレイア様の思し召しなら……」

 

「もう少し自由意志を持った方がいいと思うんだけどなぁ…」

 

ガチ恋勢やん。

 

「それじゃあ、俺はこの後予定があるので…」

 

「貴様…フレイア様を邪険に扱うのか」

 

少しピリピリしてるだけで空気が震えてる感覚がする。これがオラリオ最強の風格か…。

 

「違うな…お前とあの女神が2人きりになれる時間を多くしてるだけだぞ」

 

「そ、そうか、有難い///」

 

チョロっ…これでいいのかよ、オラリオ最強。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「待ったかしら?」

 

「い、いえっ!?…全然待ってませんよ?」

 

ふわりと石鹸の香りを漂わせながら彼女はやってきた。さっきの出来事もあるから心臓が高鳴ってしまう。罪悪感と謎の緊張が頭を埋め尽くす。

 

「どうかしたのかしら…?」

 

「なんでもないんでっ…早く行きましょう…」

 

ずいっと寄ってきて顔を覗き込んでくるもその肩を掴んで引き離す。

 

「?……そうね、じゃあ私の工房まで着いておいで」

 

先導するヘファイストスさんに着いていき、その工房まで向う。鼻をスンスンと鳴らすと部屋の中はやたら小綺麗で芳香剤の香りと炭の匂いが鼻をくすぐった。

 

「えっと、一応のデザインと用途はここにあるから意見をちょうだい?手直しとかあったら気軽に言ってね」

 

分厚いファイルを渡される。

適当な椅子に腰掛けてファイルを開く。隣に彼女が座ってきて一緒に眺めていく。

 

「剣はもうあるから大丈夫かな…ボウガンも大丈夫か…」

 

多数の敵に覿面なリベリオン、一対一に適当な閻魔刃、普通に使えるフォースエッジ。遠距離に使えるルーチェ&オンブラとその他モジュール。何かと使えるギルガメス。

 

今の俺に足りないのは……なんだろうか。

 

「魔法…?」

 

「?…何かあったかしら?」

 

「いや、俺って魔法に依存してるのかな…って」

 

しかしまた考えてしまう。

俺は誰かからもらいすぎなのではないだろうか。

 

銃も…剣も…全部に誰かのモノだったり貰い物だったりする。冒険者としてそれは普通なのかもしれないがどこかもどかしくなる。

 

それに新しい武器を次々と手に入れて俺はちゃんと今までの武器達を使いこなせているのか?

 

フォースエッジは?閻魔刃は?ベオウルフは?ルーチェとオンブラは?リベリオンは?数々の魔法は?

 

きっと、これ以上手に入れるのは傲慢というものだろうな。

 

「武器がダメなら防具ね…ていうか貴方、どんな防具を着けてダンジョンに行ってるの?」

 

「?…このままですけど」

 

「はぁ!?コートにシャツ一枚って貴方ダンジョン舐めてるの!?」

 

「ルーキーの頃は着けてましたけど…色々あって付けてませんね」

 

それから防具らしい防具は着けていない。

そもそも体を動かすのに邪魔でしかない、機動力が落ちてしまい殺されるのならこのポテンシャルを最大限に引き出せるこの格好がいいのだ。

 

「苦悩してるらしいな…主神よ」

 

いつからいたのか扉の付近に立っていたのはサラシを巻いた眼帯を着けた痴女みたいな女性だ。うわ

 

「そうなのよ…椿」

 

「椿…あぁ、団長の人…」

 

ヴェルフがそんな事言ってたな。

ヘファイストス・ファミリアの団長はおっかないって。

 

「ねぇ椿…ダンジョンに何も着けてかない人っているのかしら?」

 

「ふむ、そんなの自殺志願者位だな」

 

「ちょ、そこまで言わなくても…」

 

「手前が噂に聞く『亡影』か…色々噂は聞いてるぞ?派手に暴れてるらしいな」

 

ギグッ!?

 

「何かしたのかしら?ハ チ マ ン」

 

「いやぁ、俺は別に…何も」

 

「イシュタル・ファミリアとの徹底抗戦。たった一人の可哀想な女子を助ける為に何人もの団員を重体にしたと言えばいいか?」

 

「………」

 

「ハチマン、そんな事したの?」

 

「先に仕掛けてきたのはあっちですよ。それに、俺達がやらなかったらオラリオは今頃火の海でしたから」

 

「そう、なら感謝はしても責める権利は私にも誰にも無いわ」

 

「そう言って貰えると嬉しいです」

 

「それと、これは個人的に気になっているのだが…手前、朽ちぬ魔剣を持っておるな?」

 

「朽ちぬ魔剣…?どういう事?」

 

「ダンジョンににて、手前が魔力の刃を飛ばす魔剣を使っている場面を見た事があるという話を何度も聞いた」

 

「!!!」

 

「手前、ヴェル吉に魔剣を作らせているのか?」

 

椿さんの目が鋭くこちらを見据える。

ヘファイストスさんも真偽を確かめるように見てくる。

 

「まさか、ヴェルフには自分の作りたいものを作って欲しいですよ。それに壊れる前提で作られる魔剣は俺も好きじゃないですし」

 

「成程…」

 

そう、壊れる事が分かってるのにそれを振るえる感覚が俺には分からない。意図せぬ破損ならまだ分かる、それが剣の本懐だからだ。しかし壊れる事が運命付けられて生み出される剣は…悲しいだろうに。武器の本質は…人を守る為にあるのだから。

 

「俺は…コイツら。閻魔刃にリベリオンにフォースエッジ、ベオウルフにギルガメス、ルーチェとオンブラとケルベロス、それと魔法…さえあれば他には要らないですかな」

 

「……その心は?」

 

「売ってる商品を見ても何も惹かれやしないから」

 

「儂の作品を見てもか?」

 

「勿論、俺はコイツらにゾッコン、めちゃラブって奴ですから…これ以上浮気したら刺されるかもしれないんで」

 

「「…………」」

 

「まぁ、俺なんぞに渡そうなんて思ってるなら…もっと、必要にしてる人に貸し出したりした方が儲かりますよ」

 

3人の間に沈黙が流れる。

ヤバい、言い過ぎたかもしれん。

 

「…貴方は冒険者としては失格よ。録な防具も着けないし、より良い武器があっても使わないなんて…貪欲じゃなきゃやってけない仕事なの」

 

「分かってます」

 

「でも…そう言えるアナタが好きよ」

 

「ありがとうございます…」

 

「だったらここにいる用も無くなったわね。早く家族の元に戻りなさい」

 

「はい…」

 

「貴方に武運を願うわ…」

 

「ハチマンですから…大丈夫ですよ」

 

彼女達に見送られてホームに戻る。

夕焼け色に染まった空は意外と短いようで長い時間あそこにいた事を証明していた。きっとヘファイストスさんと関わっている時間も俺の中ではかけがえの無い時間になっているのだろう。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「惹かれる…ね」

 

考えもしなかった。

天界にいた頃は果てしない時間、腕と鎚を振るっていたから、ただ強い武器を作ろうと必死だったから。

 

「さ、椿。日も暮れて冷えるわ。中に入りなさい」

 

そんな格好なんだから、と付け加えて室内に入ろうとするも椿は微動だにしない。

 

「椿…?」

 

「主神よ…あの男が言ってた言葉に嘘はあったか?」

 

「冗談言わないで…ハチマンはああいう時には嘘はつかないわ」

 

「何も惹かれない、か…フフッ」

 

「椿…?」

 

「決めたぞ主神!儂はあの男に儂の武具を身に付けさせる!!」

 

「え?」

 

「絶対だ!絶対彼奴の愛刀と呼ばれる位最高の傑作を持たせてやる!!」

 

キラキラとしたその顔には何とも言えず、彼女に火をつけたハチマンに少し妬いてしまう。

 

ホント、女たらしね

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「「「「「「「いっただっきまーす!」」」」」」」

 

「今日の料理当番は命さんか…うん、サバの味噌煮が美味い…箸が進むぜ」

 

「魚はあまり食べたことないけど…うん!美味しい!」

 

頬を赤らめて照れる命を他所に皆が美味い美味いと箸を動かす。

 

「うーーん…」

 

「神様、どうかしましたか?ハチマンを見つめて」

 

「ねぇ、ハチマン君。君、石像のモデルやった?」

 

ピタッ………

 

「やって、ませんけど?」

 

「そうだよねぇ…今日は何をしてたの?」

 

「今日は……アラル神父達と特訓して…それからヘファイストスさんと話をして…」

 

うさみちゃんみたいな目をして見てくるヴェルフを他所に神様は淡々と質問を繰り返していく。今日の昼前についてばかり聞いてくる。

 

「どうかしたんですか?ヘスティア様」

 

「いやね?今日はヘファイストスと風呂に行ったんだよ」

 

「あの、女神浴場ですか?」

 

「うん、男子絶対禁制のね。それでそこには石像が何体か置かれてるんだけど、そこにハチマン君そっくりの石像があったんだよ」

 

「「えええーーー!!?」」

「…趣味が悪いッスね」

 

「それでどうしたんですか?」

 

「その石像なんだけど…少し目を離した瞬間に消えていたんだ」

 

「「「「「「「!!」」」」」」」

 

空気にヒビが入った気がするがポーカーフェイスを保たせてマッ缶に口を付ける。俺に甘いのはお前だけだよ…擬人化してたら即告ってフラれるまである。フラれちゃうのかよ…。

 

「まさか神様…ハチマンは覗きをするような人じゃありませんよ!?ヘルメス様じゃないんだから…」

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「はあッくしょい!!!」

 

「ちょっとヘルメス様!?汚いですよ…誰かに噂されてるんじゃないんですか?」

 

「アハハ…そうかな、かわい子ちゃんなら歓迎だな〜」

 

「もうやだこの主神…」

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「で、どうなんだい?ハチマン君」

 

「俺が覗きを進んでするとでも?」

 

そう、仮にも千葉の紳士である俺は女風呂を覗こうなんて馬鹿な真似はしない。()()()()()()()しない。

 

だが脳裏によぎるのは罪悪感。

このまま隠し通すのだってできるだろうけど…きっと心はそんなの許さないだろう。脇の銃はほのかな冷気を発している。まるでそれが正しい選択だと言おうとしているように。

 

「少し…聞いてくれますか?」

 

俺は話した…訓練が終わり、閻魔刀で帰ろうとしたら次元が繋がってしまい、余儀なくその場に潜んだ事を。

 

神様やベル達は軽蔑することなく俺の話を聞いてくれた。途中でどもってしまっても俺が話し続けるのをじっと待ちながら。

 

「……それが、今日の出来事でした」

 

「嘗てあの銭湯に立ち入って…タダで済んだ者はいなかった。ヘルメスすら潜入できない程厳重な警備故にだった。1人だけ成功させた神がいたけど奥さんにそりゃもう酷く叱られていた」

 

「はい…俺も罰は覚悟しています」

 

「罰はもう受けたじゃないか…ハチマン君」

 

「え……」

 

「君の話術ならボクたち神を騙すなんて造作もない事の筈。それなのに騙さなかったのは君がやっと自分の心に従ったからじゃないのかい?」

 

「………」

 

「キミにはいつも嫌な立ち回りを任せてるから…今回の件はこれで不問とするよ。皆もいいかい?」

 

「「「「「「異議なーーーし!!」」」」」」

 

あぁ、本当に、ここに来て良かった。

 

「それとハチマン君、壊した像は何とかして元に戻すんだよ」

 

「目星は付いてますから大丈夫ですよ」

 

その後、寄付された余り物のアポロンの石像が設置されたがその余りにもの不評さに客足が減った為一日で撤去されたのはまた別の話。

 

カポーンと音のなるホームに設立された風呂に男3人で入る。いつもは別々というか自由な時間に入っていたが今回は何となく一緒に入ることになった。

 

「ふい〜〜〜〜、沁みるな〜〜」

 

「癒される〜〜〜」

 

「いい湯だな〜」

 

なんてほのぼのとしているとベルが口を開いた。

 

「ねぇ、次のダンジョン探索…春姫さんの事は連れていく?」

 

「俺は本人次第でいいと思うが…ハチマンはどうだ?」

 

「俺は…彼女に戦って欲しくないと思う。確かに春姫さんの魔法は強力だけど俺達はそれ目的で彼女を引き入れた訳じゃない。もし戦いたいと言っていたらそれはきっと俺達の力不足から出した結論かもしれない。だからってホームで燻らせるのもどうかと思う」

 

「…というと?」

 

「ハブりは…良くない」

 

うーーん、と水面を揺らせながら話し合いは続く。

 

「結論俺達が強くなったらダンジョンにも連れて行けるのでは…?」

 

「きょ、極論…!」

 

「しかしハチマンの論にも一理ある…新人の為にベテランがついて行くのはどのファミリアにも当てはまることだ。だがな…」

 

「このファミリアにベテランがいない…」

 

うーーーーーーん、と再び思い悩む。

 

「きっと、俺達のこの思いが彼女の足枷になる。俺達は春姫さんがどこまで戦えるか分からないしその伸び代も図る術を持たない。ゆっくり、時間を掛けて考えさせてやるのが先決だ。俺達に出来ることは彼女の選択が後悔に苛まれない様に全力を尽くすだけになる」

 

「そうだね、決めるのは春姫さんだからね」

 

「だったら俺達は後腐れなく…」

 

「「「冒険をしよう」」」

 

よし!!と立ち上がる。

 

「背中でも洗いっこするか!ベル!背中見せろ!」

 

「うん!ハチマンも後ろ見せて!」

 

「俺もやるのか…ヴェルフ、魔腕で背中洗うけど良いよな」

 

各々がそれぞれの思いを込めて背中を洗い合う。

 

明日は……フレイヤ・ファミリアか……

 

いつも以上に気を引き締めないと…殺されるかもな。

 

 

 

 



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#41 竜の少女と不調の俺

大変おまたせしました。
語彙が狭まってしまったと思うので国語の勉強をし直さないとなあ...なんてかんがえてます。


生きとし生けるもの全てにおいて好調、不調が存在する。それはどんな強者にも有り得る事だ。ほら、かの有名なうまぴょいするダービーでもそんなステータスあるでしょ?ケーキ食べさせれば問答無用で絶好調になる魔道具は全国の社畜さんに是非配って欲しいな。

 

閑話休題、俺は今とんでもなく不調だ。

倦怠感、頭痛、高熱etc……体調不良のフルハウスなもんだからベッドで眠るしかない。フレイヤファミリアの所に行きたくないから風呂上がり体を拭きもせず外に出た訳じゃないよ。ホントダヨ

 

「じゃあハチマン…僕達ダンジョンに行ってくるから安静にしててね」

 

「おう…気を付けろよ」

 

ベル達を見送り何とも言えない不安に駆られながらホームに戻る。一足先にバイトに行った神様もこんな気持ちなのだろう。

 

カチン…コチン…

 

大きくてのっぽだが新品の時計が時を刻む音を反響させている。神の恩恵故かはたまた悪魔の力のせいなのかは分からない。それ程体に対する影響が強くなってきた。

 

考えてみればオラリオ中の冒険者に訪ねたところで悪魔由来の力を持つのは俺くらいしか居ないのだろう。葉山に関してはそもそも冒険者じゃないからカウントしないが。

 

比企谷八幡は人間から生まれたはずなのに…こんな力を持つ理由は一体どこから来ているのだろうか…スキルは本人の思いに呼応して発動するらしいが俺は内心とんでもない事を考えているのだろうか。

 

「ダメだ…ネガティブな事ばかり考えちまう」

 

こういう時は寝るに尽きる。

いや、待てよ?そういえば俺がオラリオに来てからだよな…悪魔が出現したのって…ベオウルフにギルガメス、葉山、アラストル、マキャヴェリ、ベリアル、アルゴサクス…他にいたっけ…後は、俺の心の中のアイツか。

 

「訳が分からんな…」

 

震える体に鞭を打ちコートを羽織る。ミアハさんの所で薬でも買おう…そうすれば少しは楽になれるだろう。

 

「うう…寒…」

 

季節的にそんな事ないのに風を感じるだけで震えが止まらない…本格的に弱ったな、と思いながら街を練り歩く。

 

おぼつかない足取り…家を出た時はハッキリしていた意識も少しラグい。

 

「よお、体調悪い子ちゃんなのか?」

 

「アラル…助けろ…」

 

「はいよ」

 

肩を担がれて教会に運ばれる。適当な長椅子の上で寝かされて診察?を受ける。

 

「アルゴサクスを取り込んだ影響か…一気に受け入れすぎだ。昔居たんだよ、アビゲイルっていう大悪魔を取り込んだクソザコナメクジの悪魔がよ…ま、キャパオーバーで全然力を使いこなせてなかったがな」

 

へーー、と流してステンドグラスを眺める。

 

「取り敢えず暫くは休め…じゃないと、死ぬぞ。この短期間で傷付き過ぎだ」

 

「……わーったよ」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ただいまハチマン!体調はどう?」

 

「無論大丈夫だ、探索はどうだった?最近良からぬ噂が広がってるらしいが…」

 

そう、最近オラリオでもっぱらの噂になっている喋るモンスターの件。以前出会った事があるがそれっきりの為あんまり気にしていなかったが…と考えた所でベルの後ろに隠れている少女の影を見つけた。

 

「べールぅ?まーた女の子を誑かしたのか〜?そのうち刺されても知らんぞ?」

 

「そ、そんなのじゃないよ!この子は…神様が帰ってきてから話をしよう」

 

どうやらこの少女、問題を抱えてるらしい。

 

「ただいまぁー!ハチマン君、大丈夫だった?」

 

「まぁ…そんな事より、ベルが大切な話があるらしくて」

 

「ぬわぁんだってえええ!今行くよ!!」

 

バイトから帰った神さまを迎えて俺も談話室に向かいベルから話を聞く。

 

「喋るモンスター!?」

 

ベルのサラマンダーウールを被ってよく見えなかった少女は限りなく人間に近いモンスターだったようだ。さり気なく懐に手を入れて何時でも撃てる用意をしておく。

 

「俺としてはホームに置いても俺は全然構わないが、他の冒険者達の目が気になる。暫くは事実上の軟禁状態になるが…」

 

不安なのは俺達が冒険者であるという点だ。数え切れない程モンスターを手に掛けている。そこ辺り割り切れないのがリリルカを始めとした皆の心情なのだろう。

 

「モンスターは下界の住人の、君達の敵・・・・争わなければならない存在だっていうのはわかってる。でも、こうまで怯えられちゃあ見捨てることはできないよ」

 

きっと神様にとってもこの子の存在は謎なのだろう。

 

「それじゃあ……!」

 

「ああ、この娘はしばらく保護しよう」

 

とまあ、このナンタラって種族の女の子を我が家で保護することになったのだが、肝心の話を忘れている。

 

「そういえばこの子の名前は?」

 

「「「「「!!!!!」」」」」

 

「身元の確認は必要だろ…ま、モンスターに名前があるか疑問だがな」

 

モンスターの少女に視線を移すとベルの方にべったりして顔をうずくめてしまった。どうやら俺の悪人面はお気に召さなかった様だ。

 

「ま、そこ辺りの話はお前達で決めてくれ…俺は寝るよ。…少し疲れた」

 

部屋に戻りベッドに倒れる。

 

「ゲホッ…ゲホッ…ガっ゛…!」

 

ホント、どうしたんだろう…俺。

死ぬのかな…なんて思ってると部屋に足音が近付いて来る音がした。

 

「失礼します、ハチマン殿…」

 

「命さん…どうかしたんですか?」

 

ズカズカと歩いてきた彼女はベッドまでやって来るとおもむろに枕をひったくってきた。

 

「やはり、体調がここまで悪く…今すぐ人を…!」

 

赤く染った枕の裏側を見た命さんはどこかに行こうとするが肩を掴んで首を横に振り止める。

 

「大丈夫です、ゆっくりしてれば治るらしいので…暫くはあんまり動けないだけです」

 

「で、ですが!」

 

「ただでさえあの子でいっぱいいっぱいなんです…俺が足を引っ張る訳にはいきません。せめてこの件が片付いたら然るべき場所には行きますから…」

 

お願いです、と肩を掴む力を強めると彼女は俺を見据えて続けた。

 

「分かりました…ですが、極力戦闘には不参加でお願いします。それと素人目線でも危なくなったら直ぐに医療機関に送りますからね」

 

ふぅ、と一息付くとベッドの縁に腰を下ろす命さん。寝てては失礼だと起き上がろうとするも胸に手を当てられて制される。

 

「そういえば自分とハチマン殿はあまりぷらいべーとで会話した事が無いな、と思い訪ねたのです」

 

「あー、俺も命さんもあまり自分から喋りませんもんね」

 

最初に会ったのはベル達にモンスターを押し付けた後だったんだっけ。俺が追いかけた時に出くわしたんだ、今となっては遠い昔のようだ。

 

「改めて、春姫殿を助けて頂き…ありがとうございます」

 

「いいってことよ…同じファミリアじゃないですか。それに困ってた春姫さんを見捨てる理由なんてどこにもありませんでしたし」

 

「……、ハチマン殿はどうしてそこまで分け隔てなく誰かに優しいのですか?」

 

フッ、と鼻で笑う。

 

「優しかったら俺は人に剣を振るいませんし…どっちかっていうと哀れみに近い感情なんですよ」

 

一息ついて俺はポツリポツリと言葉を探しては繋ぎ合わせていく。

 

「力が大きくなるにつれて誰とも知らない記憶が脳裏に過ぎるんです。日の目を見れない人生…太陽とは真逆の場所にある闇で必死に空に手を伸ばす異形の腕……そんな誰かの記憶にあてられた俺は春姫さんや、あの女の子にできるだけそう思って欲しくないと思って助けようとしてるだけです。だからこれはベルみたいな高潔な善心ではなく経験に基づく偽善心なんです」

 

知っちゃえばその程度だと笑い飛ばせる理由だろう。俺でも自分が嫌いになる。

 

「それでも、偽善心でも、救おうとする心に偽物も本物もありません。きっと大切なのは…救い方や心をしっかり汲み取れるかなのでしょう」

 

何科を決心したかのような横顔をする命さん。

 

「吹っ切れました?」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

ベッドを立ち部屋を後にしようとする命さんはふとこっちを見る。

 

「それと、彼女の名前が決まりました。ウィーネとなりました」

 

「いい名前だ…美人になる名前だ…」

 

そうですね、と返す彼女が扉を開けると盗み聞きをしていたのだろう他の皆が一斉に倒れる。

 

「あはは…それじゃあボクは寝るよ!おやすみぃ!」

 

「あっ神様!?」

 

蜘蛛の子を散らすように部屋に戻る奴らをベッドから見送りそろそろ重くなってきた瞼を閉じる。

 

窓の外を見るとオッドアイの梟がこちらを見つめていた。

 

「盗聴は関心しないな…」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「アラストル…それは!?」

 

「なんで俺が何10年とちまちまと人間の死体を集めてたか…これがその答えだ。いつか奴が現れることを信じて待ってた俺の勝ちだな」

 

「比企谷にそれを食わせる気か…!」

 

「道は一つしかないんだぞ?黙って見てたら奴は死ぬ」

 

「っ!!くそ!」

 

「そう悔しがるなよ葉山くん〜。やっと出来たお友達が助かるんだぜ?本望だろ?」

 

黙りこくる男を前に異形の悪魔はクルクル回る。

 

「猛特訓による身体の強化、どさくさに紛れて補強用のギルガメスの移植手術をしようと思ったがアホロンのお陰で難なく成功。閻魔刃、リベリオンの精製、動力炉と成りうるアルゴサクスの吸収…そしてアビゲイルに続きムンドゥス…ガタが来たらこの実を食わせて限界を越えさせる。フフハハハハ…楽しみだ」

 

その手には禍々しい林檎のような実が握られていた。

 

「あ、そうだ…葉山、アイツにこれを渡してくれ…不届き者の亡骸だ」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

朝、少しは体調が良くなったが気は抜けない。

 

「今日はウィーネ君みたいな喋るモンスターの情報を集めてもらいたい。今の状況じゃ誰が敵になってもおかしくない…細心の注意が必要だ、どうか気を付けてくれ」

 

神様のいうとおり、俺達には情報が欠落している。その点には賛成だが…どう集めようか…一応外に出て宛もなく彷徨うが特に何も得られず中央広場のベンチで休んでいると見知った人がやってきた。

 

「やあ、比企谷」

 

「奇遇…じゃなさそうだな葉山」

 

「まあね、この前渡されたリストを辿ってみたよ」

 

「結果は?」

 

「どうやら奴らは一つのルートからモンスターを仕入れてるらしい。これが巧妙な手口だからどこからとはまだ分からないな」

 

「そっか、サンキュー。後は危ないから手を引いてくれ。お前といえど闇派閥に目を付けられたらひとたまりもないだろう?」

 

「そうさせてもらうよ」

 

あ、それと…と葉山は肩から下げていたギターケースを渡してくる。

 

「何これ」

 

「アラル神父からの贈り物…らしい」

 

開けてみれば紫色の鋭利なギターが入っていた。

 

「ネヴァン……」

 

「知ってるのかい?」

 

「や、何でもない…ありがとう」

 

立ち上がり葉山の視線を背中に受けながらホームへと戻るも別の視線を感じる。この気味の悪さは女神フレイヤだろう。約束を破られたのを不服に感じているのだろうな。

 

「よォ、プレゼントは受け取ってくれたか?」

 

「アラル…?ストーカーに成り下がったのか?」

 

かなり痛めのゲンコツを喰らう。

 

「ばーか、途中絡まれたら面倒だろ?ホームまで担いでってやんよ」

 

有無を言わさずアラストルに担がれホームまで運ばれる。

 

「ありがとう…そこまでしてくれるなんてアンタにしては珍しいな。今度は何を企んでるんだ?」

 

「別に〜?愛弟子の世話を焼くのは師匠の務めだからネ!達者でな!」

 

手を振り後にするアラストルに何とも言えない不安を覚えながら門を潜る。丁度昼時、今日は春姫さんの当番だった気がする。

 

「ただいま…戻りました」

 

「おかえりハチマン君、どうだった?」

 

「一部富裕層の間で喋るモンスターの取引がされてるのを見つけました。どうやらモンスターの仕入先はたった一つらしいです」

 

「つまりウィーネ君の仲間はいると…」

 

「まぁ、こんな事されてるなら数は少ないでしょうがね…希望が無い訳じゃないですね」

 

「分かった…ハチマン君はご飯を食べてゆっくり休んでくれ」

 

「はい……」

 

談話室からキッチンに向かうとメイド姿のはるひめさんが丁度昼ごはんを作り終わった所の様だ。

 

「あっ!ハチマン様」

 

とてとて、と駆け寄って来た彼女は皿に盛られたサンドイッチを差し出してくる。

 

「どうか、味見をお願いします…ちゃんと作れたか私一人では不安で…」

 

「えぇ、春姫さんの腕なら必要ないんじゃ「どうかお願いです!!」あ、はい」

 

尻尾をブンブンさせる春姫さんの目の前でサンドイッチを一つ口に運ぶ。

朝一で買った採れたてのレタスはシャキシャキしておりハムやトマトと美味くマッチングしている…トマト?

 

「俺、トマト嫌いなのに…美味い」

 

「本当ですか!?良かった…!」

 

空も飛べるんじゃないの?と思えるくらいブンブンしてる尻尾とは真反対に胸をそっと撫で下ろす。

 

「今からお庭にいるクラネル様とウィーネ様に届けようと思っているのですが一緒にどうですか?」

 

「や、俺は苦手意識持たれてるっぽいんで遠慮しますよ」

 

「ハチマン様!めっ!ですよ!」

 

「?」

 

「歩み寄るからこそ子供に好かれるんです!行動あるのみですよ!」

 

「えぇ…?」

 

ずいっと詰め寄る彼女の謎説得により無理やり外に連れ出される。芝生の広がる庭にてベルとウィーネは抱き合っていた。児ポかな?

 

「ハチマン?」

 

「よ、良かったら飯、食わないか?春姫さんが作ってくれたんだ」

 

「うん、全然大丈夫だよ。ね、ウィーネ」

 

俺を見た途端ベルの後ろに隠れたウィーネはおずおずと前に出てくる。その視線は俺と横にいるベルを行ったり来たりしている。

 

「あー、自己紹介をキチンとしてなかったな...ハチマン・ヒキガヤだ。えと...よろしくな」

 

視点を合わせて髪をポリポリと掻きながら挨拶をする。元来自己紹介を真っ当にした事がなかった為慣れない。

 

「言葉足らずだけど優しいよ」

 

ベルのひと押しもあってかウィーネは俺を見る。

 

「よろしく...ハチマン」

 

「えと、親睦を深める為に昼食を取らないか?」

 

「?」

 

「ハチマン様、言葉が難しいと上手く伝わりませんよ」

 

「あぁ、すまんすまん...仲良くなりたいからご飯を食べよう?」

 

なんだかストレートに伝わった気がするが田だろうか?

 

「いい...よ?」

 

「あはははははっ」

「ふふふふふ...」

 

「何笑ってんだよぉ」

 

ベルと春姫さんに微笑まれ理由が分からずとも俺たちはサンドイッチに手を伸ばす。きっとこの関わりは楽しいだろうがそれ相応のリスクがともなうのだろうな...なんて考えながら。

 

 



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片翼 モンスターの定義

お久しぶりです。覚えていてくれていますでしょうか。




今一度自問する。

モンスターとは?ダンジョンに潜る俺たち冒険者や街で暮らす人々にとって必ず相対する絶対悪or人ならざる者を総称したもの。

 

「分からんなぁ…」

 

では逆の立ち位置から考えてみよう、人ってなんだ?と。人、群れを成しその欲をぶつけてくる者達。やられるからやり返すとすぐ被害者振る。食物連鎖の頂点に君臨するがその実感が無いのだろう、ベート・ローガはその点を重々理解しているからあの物言いになるのだろう。

 

「どうしたの?ハチマン」

 

「俺、冒険者向いてないのかなぁ」

 

モンスターを狩る冒険者としてあってはならない考えをしている。きっとベルや皆も同じ思いを抱いているのではないのだろうか?

 

「そーんな才能や武器を所持しているんです。そのつぶやきはここだけにしないと嫉妬に駆られた冒険者様に後ろから刺されますよ?」

 

「ハチマンだいじょーぶ?」

 

「あぁ、心配ない…」

 

リリルカに軽い忠告を喰らうがそもそもの悩みの種はベルの膝に乗っている彼女が原因なのだ。ウィーネ、珍しいとされるヴィーブルだけでは飽き足らずさらに珍しいであろう喋るモンスターときた。もしベル達と出会った時彼女を追っていた連中が諦めていなかったら厄介だな。消すのも手だな、どうせ汚いヒトなのだから…そんな奴らが死んだ所で悲しむ人なんかいないだろう。

 

「ハチマン?どうかしたか?」

 

ヴェルフが顔を覗き込んでくる。

流石ファミリアの兄貴肌、良く俺達を見ている。嬉しい反面ちょいとやりずらさを感じる。

 

「や、この後4人でダンジョンに潜るだろ?後衛の方に控えようかなって思ってな」

 

「珍しいですね、いつもは先頭で大暴れしてらっしゃるのに」

 

「俺だって病み上がりだから足引っ張るよりかは後衛に徹した方がいいと思ってな」

 

チクっと刺さる視線の方を見ると命さんがうんうんと頷いていた。これは彼女に以前に提案された俺が探索に同行する妥協案だ。

 

「確か19階層だよな、だったらサラマンダーウールを着た方がいいのか…ちょっと待っててくれな、赤のコートに着替えてくる」

 

部屋に戻るべく廊下を歩いていると後ろから後を追うようにヴェルフがやって来た。

 

「ヴェルフ、どうかしたか?」

 

「ハチマン…お前、今回も無理をするのか?」

 

隠し通せていなかった、いや、それなりに付き合いが長いのだ。これくらい見透かされるだろう、これが仲間ってやつなのかな。

 

「しなくていい無理はしないようにする。お前達に何かあったらヘファイストスさんやタケミカヅチ様やソーマに合わせる顔が無いし。それに俺は、ほら、頑丈だし傷の治りも早いからな…ただでさえ少ないファミリアの団員が減ったら俺だって悲しい」

 

だから、と言葉を紡ぐ。

 

「俺は俺に出来ることを可能な限りするだけだ」

 

そう、ファミリアのメンバーは勿論ウィーネも害から守り抜く。彼等彼女等の冒険にケチも邪魔も作られた舞台も要らない。

 

部屋に戻りクローゼットを開ける。目当てのものを取り出し紫のコート と取り替える。赤いコートを着ると何故かダンテさんを思い出す。『気楽にやればいいだろ?』とか今にでも聞こえそうだ、そんな場合じゃないのに。

 

「さてと、行くか」

 

「その前に!ハチマン様、18階層とは言え4人での探索ですのでこのリストのアイテムを買ってきて欲しいのですがよろしいでしょうか?」

 

「?、分かった」

 

「それでは1時間後にいつもの所で集合です!」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

俺を子供か何かと勘違いしているのだろうか。買い物なんて人混みの中でも針の穴を通すように歩ける俺には20分もあれば余裕である。

 

「……」

 

しかしやはり現状最も危惧するべきなのはこの不調がいつまで経っても良くならない事だ。

 

「いらっしゃ…ハチマン・ヒキガヤ…」

 

「ども…えっと、カサネさんと、ダフンドラさん?」

 

「ダフネとカサンドラ!!全く…人の名前くらい覚えなさいよ!」

 

やってきたのは【ミアハ・ファミリア】の店、カウンターの奥に人影を感じる。神威は感じないからミアハ様は居ないのだろう。…好都合だ。

 

「至急で頼みたい薬があるんです…レシピと金はここに」

 

そう言い1枚の紙と材料に大きな麻袋に入った金を渡す。所詮カジノでぼろ儲けした金だ。惜しくはない。

 

「わ、分かったよ」

 

金の多さに気圧されたのかダフネさんが奥に引っ込んでから暫くするとナァーザさんがすっ飛んできた。

 

「ハチマン…いくら何でもこれは受けきれないよ…」

 

「いいや出来ます、【調合】のスキルを持つ貴方ならば」

 

「こんなの…何に使う気?」

 

「自分以外に何があると?」

 

「だったら、尚更ダメ…」

 

「立派な医者気取りですか…だったらもっと金を積みましょう」

 

懐からさっきの金袋の一回り大きい袋を取り出す。

 

「いくらお金を積まれても…」

 

「ナァーザさん、そういえば今月の取り立てはもうそろそろでしたよね?」

 

「!?」

 

「ダフネさんやカサンドラさんがファミリアに参加して収入が増えた所で莫大な借金の前には焼け石に水…更に加えてミアハ様は店の品をばら撒き赤字続き。簡単な事ですよ…リスト通りの薬を渡してくれれば当分は借金に困ることも無い…ミアハ様との時間も増えるんですよ?」

 

それは彼女にとっての悪魔の囁きだった。ミアハ様に恋する彼女にとってメリットでしかないその条件は釣り針の無い餌と同意義だった。ポーションを薄めて定価の3倍の値段で売りに出してまで稼がなくてはいけなかった彼女はこれを受けざるを得ない。

 

暫く熟考したナァーザさんは店の奥に引っ込む。4〜5分した後戻ってきた彼女の手には箱があった。

 

「多用は厳禁…本当に死にそうな時しか使っちゃダメ。使用後落ち着いたら暫く休む事。それなら…渡せる」

 

「了解しました…勿論、自分の体なのでそこは分かってますよ」

 

箱を受け取り中身を見る。小さな小瓶が20個…中にはオレンジ色の液体が入っている。

 

「教えて、何をする気なの?」

 

「できる無茶をするだけです…」

 

そう残して店を後にする。

 

「ねぇナァーザ、【亡影】に渡した薬は?」

 

「………」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「お待たせ、待った?」

 

いつもの噴水前でポケーっとしていると慌ただしく駆け寄ってくるベルを始めリリルカとヴェルフ、そしてリューさんとアイシャさんがいた。

 

「いや、全然…後ろの2人は?」

 

「今回の探索を円滑に進める為に頼んだら…」

 

少し胃をキリキリさせたリリルカの説明を遮る。

それ以上はいけない、ベルのヒロインレースは倍率が高いからね。

 

「まぁ、なんとなく読めた…それじゃあ、よろしくお願いします」

 

まったく、ベルも罪な男だな。

 

ダンジョンに足を踏み入れた俺たちは前衛に経験値を稼ぎたいヴェルフとベル、そのカバーにリューさんとアイシャさん。その後ろにリリルカと挟み撃ちにならないよう対応する殿の俺。

 

しかし後ろから来るモンスターは少なくヴェルフ達が率先して片っ端から倒してしまう。

 

「………」

 

後ろから見るベルの戦う姿は何処か辛そうでその理由は十中八九ウィーネにあるだろう。

気持ちは分かるがそれで死んでしまっては元も子もない。

 

「くっ…!」

 

ほら見ろ、攻撃が一瞬疎かになった隙にモンスターが攻撃を繰り出そうとする。

 

バァン!!

 

モンスターの脳天に穴が開き素材と化す。ベルが申し訳なさそうに見てくるが顎でクイッと前を刺し集中して探索することを促す。

 

「ベルさん、何かあったのですか?」

 

何かを察したリューさんが質問を投げかけてくる。

 

「さぁ…思春期なんじゃないんですか?成長が楽しみですね」

 

「はぁ…?」

 

ベルの変化を感じ取りながらやってきたのは18階層。ちょっと前までは死に物狂いでやっと到達したというのに…頼れる助っ人達のお陰もあるだろうが着々と『力』を得ている実感を感じる…いや、感じていたのだが今の俺の状況を考えると少しやるせなさを感じる。

 

「じゃあリリ、お願いね」

 

「かしこまりました!」

 

リューさんとアイシャさんを引き止める役のリリルカが既に営業スマイルで2人をリヴィラの街へ連れ込んで時間を稼ぐ。

 

「確かここ辺りで会ったんだよ」

 

深い森の中、ウィーネと出会ったと思われる場所で俺達は辺りを見渡す。やはりそう上手くはいかないか、と思いっていると木の影からフードを被った謎の人物が歩いてきた。

 

(冒険者か?)

 

「━━同胞ノ臭いがすル」

 

声を聞いた途端一斉に距離をとる。

 

「同胞ヲ攫っているのハ、貴方達か?」

 

「「「ッ!!」」」

 

獰猛な獣のような殺気をピリピリと感じつつ俺は言葉を選ぶ。

 

「…同胞?一体何の話だ」

 

「…いや、違ウ。血の臭いがしなイ。もしや、貴方達ガ、フェルズの言っていた方々ですか?」

 

必死で選んだ言葉も無視され麗しい女性の声をしたソレは次々と言葉を発する。

 

「貴方達ニ聞きたい。我々は共生できるト思いますか?」

 

その言葉で疑問は確証へと変わった。彼女も喋るモンスターだ。

 

「我々ハ、手ヲ取り合えるト思いますカ?」

 

「なっ…」

 

絶句するヴェルフとベル。

かく言う俺も冷や汗をかいている。

 

「貴方達ハ私達ヲ殺す。私達も貴方達ヲ殺す。…定め、なのでしょうか。わかり合えないのでしょうか?私ハ…日の光ヲ浴びたい。この閉ざされた奈落デはなく、光の世界で羽ばたいてみたイ」

 

そう言い彼女はフードを取る。それはウィーネと同じく整った顔立ちをしていた。

 

「分からない…俺達は殺さなくても他の奴らは殺すのかもしれない、アンタ達が殺さなくても他の奴は殺すかもしれない。答えなんて当事者達との間でしか存在しない」

 

1歩、彼女に近付くと釣られて彼女は1歩下がる。

 

「きっと、それも答えなんだ」

 

「そう、ですネ…貴方達ハ、何か違うような気がする…少シ、期待しています」

 

そして、両膝を深く折って屈んだ瞬間、彼女は跳んだ。宙高く舞い弧を描いて何処かに飛んで行った。

 

「冗談だろ…本当に、あいつ…」

 

「ウィーネと同じ…」

 

後ろにいるベルとヴェルフの声を聞きつつ地面に落ちた彼女の『羽』を拾い上げる。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

18階層から帰っている途中、5人組のパーティーとすれ違った。

赤い槍を持ってゴーグルをした男が先頭に立っていた。

 

「………」

 

ただの同業者に何とも思わず目線を前に戻すと明らかにベルが緊張していた。

 

(あぁ、あれがきっとウィーネを追っていた連中なのだろう)

 

そうと決まれば早速決行だ。

曲がり角を曲がって奴らの視界から外れた所でクイックシルバーを発動させる。

 

(こんな体じゃいつまでもつか分からない…)

 

時間との勝負だ、走って奴らの元まで向かいつつ幻影剣を構える。実体のある剣だと足が着いてしまいそうだからだ。

 

「1つ…2つ…3つ…4つ…」

 

断頭、四肢切断、胴体分断、縦二分割…惨い殺し方をしていく。できるだけモンスターの仕業に見せかけるように。

 

「最後だっ…うぅッ!!?」

 

全身が刺されるように痛む。頭は鈍器で何度も叩かれ脳みそを鷲掴みされたような感覚に陥る。

 

「タイムアップか…せめてッ!」

 

ベオウルフで天井や壁を蹴っては殴り傷を付ける。丁度亀裂の奥にはモンスターが見え、もうすぐ突き破って来る勢いだ。

ベル達の元に全速力で戻りクイックシルバーを解除する。

 

「ぁぁぁぁぁ…!!」

 

遥か後方から余りにも小さい叫びを聞き届け地上へと戻る。

 

「ッふふふふ…」

 

ふと乾いた笑いが込み上げてくる。

 

「ハチマン、どうしたの?急に笑い出して」

 

「いや、ただの思い出し笑いだ…気にしないでくれ」

 

モンスターの彼女やウィーネですら歩み寄ろうとしていたのに俺はそれすらせずに邪魔者の排除に取り掛かる。

 

(これじゃあ、どっちがモンスターなんだろうな)

 

ナァーザさんに作って貰った薬を飲み干す。

ホント、嫌な役だな。



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重責 血濡れの代償

どうもこんにちは、いかがお過ごしでしょうか?


 

きっとこれでいい、これでいいんだ…。

 

「「「「ただいま〜」」」」

 

これを言う為に仕方なかったんだ。

どうせ汚れた手だ。

 

そう言い聞かせるも自分への嫌悪感は募るばかりだ。

千葉の時とはまた違う。

死ぬしかない者を殺めて見とるのではなく、殺したい者を殺した。

 

(…代わってくれよ)

 

家族を守る為ならなんでもする…だからこの辛さを感じないように。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「はちまん…?」

 

「?、どうかしたかの?ウィーネ」

 

「ううん…なんでも」

 

「そうか」

 

そう言い微笑む彼に【ヘスティア・ファミリア】の中で付き合いが長いベルやヴェルフ、リリルカ、ヘスティアは言い得ない不気味な感情を覚えた。声や口は笑っていてもどうしても目は笑っていない。

 

(ハチマンはあんなに表情がコロコロと変わってないよね)

(アイツ、言葉遣いも妙に変わってるような…)

(まるでリリの昔を見ているような…)

(嘘は吐いてなさそうだね)

 

「ねぇ、ハチマン君。久しぶりにステータスの更新をしないかい?」

 

「かまw…分かりました」

 

ヘスティアの後に続くハチマン。

比較的付き合いの短い命と春姫も彼の異変に首を傾げざるを得なかった。

 

「それじゃあ始めるよ…」

 

上着を脱いで傷だらけの背中をヘスティアに預ける。

そこに血を一滴垂らし彼のステータスを顕にする。

 

「ッ!!!」

 

神聖文字はノイズ塗れになり所々が文字化けし、禍々しく黒く濁っていた。常人ならば有り得ない、ある筈がない。誰もが見ても明らかにイレギュラーがそこで発生していた。

 

(これは、神の恩恵が消されて…いや、侵食されてる?)

 

「どうかしましたか?」

 

ヘスティアの動揺を聞いたにも関わらずどこか嬉しそうに彼は尋ねた。

 

「ハチマン君…君は一体、自分の体に何をしたんだい?」

 

うつ伏せの体制から起き上がり首から下げたネックレスを眺めるハチマン。

 

「何をした?ですか、もっと強くなる為に必要な事をしたまでですよ。これも必要な事…結果オーライじゃないですか」

 

「結果オーライって…そんな体でどうしてそんな事が…」

 

「アポロン・ファミリアの奇襲で心臓を激しく損傷した俺はマキャヴェリのラボに運び込まれ魔界金属ギルガメスを心臓の代替をさせる事で丈夫な骨格と命を手に入れた」

 

「っ……」

 

責め立てる気は無いものの責任を感じるように話しヘスティアに強い気をさせないよう牽制する。普段の彼ならそうはしないだろうというのは一目瞭然だった。

 

「強い外殻を手に入れてもそれを動かす為の炉心がしょぼかった。歓楽街でイシュタル・ファミリアと対峙した際に出てきたのはエネルギーの塊であるアルゴサクス。アイツを吸収もとい食してこの身体を運用するにあたる力を手に入れた」

 

「アルゴサクス…だって…」

 

「中々、強かったですよ」

 

魔界三大勢力の一強。

神々が天界にいた時代に猛威を振るっていたのは記憶にある。

 

「次は心、急な成長で心が壊れてきた。だからねむってたおれがいる」

 

「え……」

 

「だいじょうぶですよかみさま。おれ、まだまだつよくなるんで…」

 

「そんな、ダメだ…!」

 

「かみさま みんなもうぃーねもまもるのでもっともっとつかいつぶしてください」

 

「…………」

 

「冗談ですよ、じょうだん。じゃあ、戻りますね」

 

ヘスティアの目の前から消えるハチマン。クイックシルバーで時間を止めたからだ。

 

「皆、聞いてた?」

 

きぃ、と開いたドアから盗み聞きしてたファミリア一同が入ってくる。誰もが深刻な顔をしている。

 

「神様…ハチマンは…」

 

恐る恐るベルが聞く。

 

「部屋に戻ったんじゃないかな…瞬きする暇も無かったよ」

 

「出ていった訳じゃないんですね」

 

ほっと胸を撫で下ろすベルだがそうしてる場合じゃないのは彼も重々承知している。

 

「八幡の話かい?混ぜてくれよ」

 

「葉山さん!?」

 

窓の向こうにいつの間にかいた葉山。慌てて窓を開けると軽い身のこなしで館内に入ってきた。自称ハチマンのストーカーもといサポーター葉山隼人。

 

「質問だけど、八幡が強くなって君達に何か不利益があるのかい?」

 

「えっ…」

 

「君達の戦力が大きくなるだけじゃないか。ダンジョン攻略も戦争遊戯でも事が有利に運びやすくなるだけじゃないのかい?」

 

「でも、ハチマン様のやり方は命を縮めるやり方です!認められるものじゃありません!」

 

リリルカが声を荒らげる。

まるでハチマンを戦力としてしか見てないような物言いに腹が立ったからだ。

 

「そう怒らないでよ。元はと言えば八幡が悪いんだ。これはね、八幡のエゴが生んだ結果なんだよ」

 

「ほう、続けろよ、金髪」

 

固く口を閉ざしてたヴェルフが口を開く。

 

「八幡は怖くてしょうがなかったんだ。やっと出会えた、やっと手に入れた『本物』の家族。何人たりにも傷つけて欲しくない。君達に自由にやって欲しいって願いが八幡自身を変貌させたんだ」

 

一同の顔を見回して葉山は続ける。

 

「アポロンの仕組んだ戦争、イシュタルとヘルメスが巻き込んだ事件。他にも巻き込まれたのはあるだろうけど君達は数多の思惑の中心にいる。今回だってそうじゃないのか?」

 

「……」

 

「自由に己の願いを叶えて欲しい。家族を守らなきゃいけない。強迫観念にも近い感情が生み出した化物だよ。その為なら己の大切なもの以外全てを犠牲にする。雪乃ちゃんも結衣も優美子も姫菜も戸部も罪なくとも死を待つだけの人々もさ」

 

君達はもう忘れてるかもしれないけどね、とヘラッと笑ってた葉山は真顔になる。

 

「誰にも認められない、褒められやしない…八幡の抱いたたった一つのエゴの対象であった事にも気付けなかった君達が責める義理なんて無いよ。はっきり言うよ、君達は八幡の家族の資格はあっても器じゃなかったんだ」

 

それさえ頭に入れてくれればいい、そう言い残して葉山は去った。皮肉な事にファミリアに自由にやって欲しいと願い奔走した結果ファミリアに影を落とすことになったのはハチマン自身のせいであった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

次の日、誰よりも早起きしたハチマン?は外に出てオラリオの街を散歩していた。

 

「この街の住人達は果たして幸福なのだろうか」

 

哲学臭い事を呟いてもどうしようもない。答えてくれる相手はいないのだから。

 

「昨日は少し揺さぶりすぎたな…悪い」

 

独り言は止まらない、考えたい事が沢山あるのだ。

 

「んなとこで何ボーッとしてんだよハチマン」

 

「アラストル…か。フフフフ」

 

「何笑ってんだよ、雷落とすぞコラ」

 

白髪オールバックでヘラヘラしてるアラストル。

昔の姿を重ねるとどうしても笑いが込み上げてしまう。

 

「いやなに、お前も老けたな」

 

「っ!!!、お前まさか…!」

 

「久しぶり」

 

さてと、俺はこれからどう動こうか。



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分離 剣姫と誓う

「ここは…どこだ?貴方は…誰ですか?」

 

「マジか…そんなんあるのかいな…」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ハチマン君がいなくなった。

ボクたちのいるヘスティア・ファミリアの一番槍と呼ばれた彼はオラリオの中でも頂点に近い家族愛を持っているとも囁かれていた。それ故、噂に信ぴょう性が感じられなくとも街中でヘスティア・ファミリアのメンバーを見た冒険者はその暗さを隠した表情を見て疑念から核心へと変えていた。

 

ー愛想を尽かされたのではないか

 

ー彼の凶暴性をコントロールしきれなくなったのか

 

ー食の好みが別れたのではないか

 

ーあまりもの浪費家の女神に呆れたのか

 

ー街で彼を見掛けたがまるで別人のようだった

 

根も葉もないが知らない人にとってはそれらしい様々な憶測が飛び交うも真実は全く違かった。

しかし世界は残酷に回り続ける。

クエストが記された1つの封筒がそれでも前に進めと背中を押すのだから。

 

「強制任務…!」

 

ウィーネ君を連れて20階層のとある場所に行く趣旨の手紙がホームに届いた。

 

「こんな時にですか!ギルドは一体何を考えてるんですか…!それにウィーネ様がいる事がどこで漏れたんでしょう…」

 

「ギルドにだって話は来てるはずだ…俺達を試してるつもりか?」

 

「命ちゃん…」

 

「大丈夫です…春姫殿…きっと、きっと…」

 

「ウラノスは一体何が狙いなんだ…?」

 

眉間に皺を寄せるヴェルフ君と、努めて冷静でいようとしながら口調に余裕がないサポーター君。指令書に目を通しているベル君も、また深刻な表情で黙りこくっている。ウィーネ君はこの場にいなく、部屋で寝息を立てている。椅子にも座らず、全員が広間に立ち尽くしている。

 

「行くしか…ありません、強制任務を受けなければヘスティア・ファミリアに重いペナルティが課せられます…戦力的にはギリギリ行ける範囲です、ハチマン様がいなくても…不可能ではありません」

 

ギルドという都市の管理組織にボク達のファミリアの内情が筒抜けである以上、逃げ道は塞がれているも同然だ。ばオラリオからの脱出も許されはしないだろう。相手はボク達が喋れるとは言えモンスターを匿っている事実を公式に発表するだけでヘスティア・ファミリアを村八分にして抹殺することなんておちゃのこさいさいだ。現状、行く以外の選択肢は許されず存在しない。抵抗は無意味、退路は断たれて喉元にナイフを突き立てられている状況だ。

 

「ゴメン…皆を巻き込んで…」

 

「後悔しないで下さいベル様…ウィーネ様を助けた事実を否定する事になってしまいます…」

 

「言うな…ファミリアだろ?」

 

どうやらハヤマ君に言われた現実を受け止めた子供達は引っ掛かる所はあれどそれでも前に進もうとしている。ハチマン君、君にも見せてあげたいよ…。

 

「よーし!そうと決まれば直ぐに準備しよう!出発は明日の朝イチ!人気の無い時間を狙うよ!!ハチマン君に情けない所は見せてられないからね!!」

 

「「「「「はい!!」」」」」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

【ロキ・ファミリアのホームにて】

 

「食堂に集合したら重大発表って…団長はロキ様から何か聞いてますか?」

 

「僕も聞かされてないよ…一体何をする気なんだか…」

 

廊下を競歩で歩く団員からの質問に呆れ半分疑問半分で答えるフィン・ディムナは後ろを歩くリヴェリアを案じていた。

 

「………」

 

「どうしたんだい、リヴェリア?」

 

「!!、いや、なんでもない」

 

嘘なのは長年の付き合いである彼には分かりきっていた。ヘスティア・ファミリアのハチマン・ヒキガヤが居なくなったという噂が流れてからリヴェリアをはじめ、アイズなどがどこか上の空だ。

 

「よーし!皆揃ったなー!今から超重大発表だからなー!」

 

「ロキー、引っ張らないでよ〜」

 

「まーまー!そう急かすなやティオナ。えー、コホン、今日から新しいコック兼掃除夫兼事務員が住み込みで働く事になったでー!みんな驚くと思うけどせーしゅくにするよーに!!それじゃーはいりー!」

 

ガラガラ、と扉を開けて入ってきた男にロキ・ファミリアの面々は目を見開き、口をあんぐりと開けていた。

 

「きょ、今日から働かせていただきましゅ…す。比企谷八幡です…よろしく、お願いします…」

 

黒く濁った瞳には以前の触れる物全てを破壊せんとする強迫観念にも近い迫力は無く、自信のなさと斜に構えたような濁ったものだった。不安定な白黒の髪色ではなく、アホ毛が特徴の真っ黒な髪。服装は派手な紫のコートではなくI♡千葉とプリントされたTシャツ。以前までのイメージ全てを破壊したソレがオドオドと立っていた。

 

『『『『えーーーーー!!!??』』』』

 

ざわつきは暫く起こり、真相を知ろうと静まりを取り戻したファミリアの構成員を一通り見回して主神のロキは続けた。

 

「ロキ、どういうことだ?他のファミリアの構成員じゃないか」

 

「いーや違うで、フィン。このヒキガヤハチマンにはどチビのヘスティアの恩恵も無ければオラリオについて、お前達の事について、あまつさえ自分の事さえ知らんのや。ただの一般人や」

 

「ちょ、言い方…好物に出身とか一般常識は兼ね備えてますよ」

 

「でもその一般常識もここじゃ通用せんで?」

 

「ぐ、それはそうですけど…」

 

「取り敢えず…煮え切らない皆になんか作ったれや!」

 

「無茶ぶり…ではないですけど、この人数なら…2時間で作ります」

 

「てなワケで皆2時間後にもっかいしゅーごーや!質問とかはいっぺんに言っても邪魔やから幹部に代理でしてもらうように!」

 

そう言い手をパンと叩くとゾロゾロと退室する構成員達。それはそのまま指揮系統の潤沢さを表していた。残った幹部陣はじっと八幡を見つめる。

 

「ホントに儂らの事は覚えちょらんのか」

 

「すいません…ここに来たのだってロキさんに無理やり連れてこられて…」

 

心底申し訳なさそうにしてる彼の表情は打算や企みを一切感じさせなく、より一層彼に孤独感を感じさせるだけだった。

 

「君の事を教えてくれないか?分かる範囲でいいから」

 

「はぁ、それなら全然大丈夫です」

 

エプロンに着替えて台所に立つ彼にリヴェリアが質問する。

調理を進めながら彼はポツリポツリと自身についてうち明かす。

 

「名前はさっきも言った通り比企谷八幡です。年齢は17歳の高校生、男。誕生日は8月8日の血液型はA型。家族は父親と母親と妹の小町と猫のカマクラ。趣味は読書と人間観察です。出身は日本の千葉県…総武高校出身で奉仕部ってとこに所属してます」

 

「奉仕部…とは?」

 

「やましい部活じゃないですよ、生徒の悩みを聞いてその解決策に導く事です。なんていうか、『魚を与えるのではなく、魚の取り方を教える方針』ですね」

 

「なるほど、面白い方針だな」

 

「恐縮です」

 

ふむ、と一呼吸置いたリヴェリアはその読心術をもってしても彼が嘘をついてなく、本心で話してるのを汲み取った。

 

「ここに来るまでの記憶を無理のない範囲で教えてくれないか?」

 

「えと、最後は学校にいて、修学旅行で京都に行くことになって…それで、気が付いたら知らない路地裏にいて…何か…人じゃない何かが目の前に立ってて…気を失って…ロキさんに拾われました」

 

こめかみを抑えながら答えた内容に一同が顔を見合わせる。

 

「人じゃない何かってのはなんだよ…」

 

「翼が生えてて、角があって…赤い目で…アレは、悪魔だった」

 

「悪魔とは?」

 

「ここにはいないんですか?魔界から人を殺しに襲ってくる人知を超えた化け物。この前だってレッドクレイブって街の住人達何万人って死んだんですよ」

 

シャカシャカ、と手を動かしながら言葉を紡いでいく。知性なき獣のモンスターに加え、それ以上の被害を見込ませる悪魔がこのオラリオに現れたとなるととてつもない災害が起こる事がロキ・ファミリアの重鎮には分かっていた。

 

「質問はその辺にしといたれや、次から質問はウチを通してくれや」

 

「それどこのプロデューサー?いや、気にしないでください…俺は別になんともないですから」

 

知りたい事が多い彼等彼女等であったがそれ以上口を出す事は無かった。一人を除いて…。

 

「私の事は覚えてないの?」

 

「すみません…」

 

「初めて会った時の事も?」

 

「………」

 

「私と約束した事も?私が君にしてしまった事も…?」

 

「………何も」

 

「ッッ!!」

 

「アイズ!!」

 

思わず立ち上がり走り去るアイズ。

リヴェリアが彼女を呼び止めても彼女は止まらず食堂を飛び出してしまった。机には一粒の雫が乗っていた。

 

「すみません、俺が不甲斐ないばかりに」

 

「いいんだ、アイズも君に相当入れ込んでたからな。それより手を止めるとダメじゃないのかい?」

 

「は、はい…」

 

見守られる中、約束の時間が来るとファミリアの構成員達はゾロゾロとやってきた。

 

「時間の都合上、今回作ったのはプリンです…口に合えばいいんですが」

 

彼がそう言うもロキ・ファミリアは知っていた。彼の料理の腕前を、そして期待していたのだ。記憶を無くしても毎日続けていた料理という経験だけは無意識に根付いているのを。

 

『『『『やっぱり…美味い〜〜』』』』

 

頬を落とす一同を見て一応の信頼を得た事に安堵する八幡。たった一つ余ったプリンをどうしようか決めあぐねているとロキがやってきた。

 

「もってったりや」

 

「だけど…」

 

「部屋かくかくしかじか、こう行くんやで。次泣かせたらタダじゃおかないで」

 

「はい…!」

 

プリンとスプーンを持って食堂を後にする八幡。

 

「よかったのか?アイズに悪い虫が付くのが嫌じゃなかったのかい?」

 

「悪い虫なら…嫌やな」

 

「しっかし、戦いを知る前の『亡影』はあんなに笑える男じゃったとは驚きじゃな!リヴェリアもうかうかしてられんぞ?」

 

「なッ!!何を言ってる!」

 

「もうバレバレじゃぞ。素直にならんとこのまま独り身じゃのぉ!!ガッハッハッ!!」

 

「そこに直れドワーフ、消し炭にしてくれる!」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

ロキさんに教えてもらった道を辿りその部屋の前に着く。耳を傾けると少しすすり泣いてるような声が聞こえる。

 

(男を決めるんだ、比企谷八幡。俺は女の子を泣かせてしまったんだ)

 

コンコンコン、とノックをすると部屋の中からした音はピタリと止んだ。

 

「あ、アイズさん…比企谷です。その、プリンが出来上がったのでできれば食べて欲しくて…」

 

「いらない…」

 

「それでも…食べて欲しい」

 

「………」

 

「俺、最低ですよね。アイズさんとの約束を忘れて、ノコノコと目の前に現れて…それでプリンなんかで機嫌とろうとして…本当に、申し訳ないです」

 

「最低だよ…私」

 

「え?」

 

「君が記憶を無くしたのに私は君に戻ってもらおうとしちゃった。今の君を殺そうとしちゃった…」

 

「そんなの、当然ですよ…知ってる人が知らない人になったら戻そうとするのなんて当然です」

 

扉に背中を当てて座る。

 

「ううん、きっと私との約束で君は無茶して強くなろうとしたのかもしれない。そうじゃないのかもしれないけど、そのせいで君は記憶を失ったのにまた君にそれを押し付けようとした…」

 

足音がして扉の前で止まり座るような布の擦れる音がする。

 

「きっと、アイズさんのせいじゃありません…きっと俺は、餌を取ろうと必死になって取るべき餌を間違えたんです。その結果がこうなのだから自業自得です。それに、無茶したお陰でこうして話せるんですから、結果オーライ」

 

「それが、本当の君なんだね」

 

指がなぞる音がして扉越しに背中にそっと手が当てられる。

 

「どれも本当の俺です。ここにいてこうして話してるのが比企谷八幡であって貴方達の知るハチマン・ヒキガヤなんです。俺はオンリーワンなんですから」

 

「約束して」

 

「はい」

 

「もう、私の事を忘れないって」

 

「忘れません…」

 

「プリン食べさせて」

 

「はい…え?」

 

ガチャ、と扉が開き後ろに倒れそうになるのを太ももでキャッチされる。鍛えられているはずの太ももはシン・八幡史(5時間前に誕生)に刻まれる柔らかいものランキング堂々のトップに躍り出た。

 

「す、すみません!」

 

久々に顔を赤くして起き上がった八幡は奇跡的に無事だったプリンをスプーンですくい上げそれをアイズの口に運ぶ。

 

「あー、んっ」

 

「………」

 

まじまじと眺める同世代の女の子の口内に謎の劣情を抱いて自己嫌悪に陥りながらも次から次へと明鏡止水、無の境地に近い感情でスプーンを運び続ける。そして最後のひと口を食べ終えたアイズは満足そうな表情を浮かべる。

 

「指に何か着いてるよ?」

 

「え、どこですか?」

 

「ちょっと、貸して?」

 

強引に左手を取られその左薬指を根元まで口の中に咥えられる。

 

「な、何して…ッ!」

 

第2〜第3関節に少し強目に噛みつかれて若干の痛みを感じつつ指先に舌のヌルッとした感じにより集中してしまう。

甘噛みされて約1分、やっと解放された指は液状の糸を引き噛まれた部分は軽く内出血を起こし、無理にでも指輪を彷彿とさせた。

 

「やくそく、忘れないで」

 

顔を隠した彼女の赤い耳を見逃さなかった八幡は部屋から出される。呆然としながら食堂に戻り洗い物を始める。

 

「なぁ八幡、どうして左手ポッケに突っ込んどるん?ちゅーにびょうかいな?」

 

「そう、かもしれません」

 

 

 




八幡の口調が敬語なのは距離感が分からないから


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異世界忘却

【ロキ・ファミリアのホームにて】

 

「これを、そう、そこに入れるんだ。計算は苦手だと言っていたが出来ない事はないな…飲み込みも早いし、優秀だよ君は」

 

「あ、ありがとうございます」

 

リヴェリアの自室にいる比企谷八幡は彼女からかのファミリア内での収支整理をしていた。各団員がまとめた経費での買い物の際の領収書を見て帳簿に書き込むのだがこれが中々の量がある。机を挟んで紙を眺めて計算して書き込んではまた紙をめくる作業だ。

 

「…………」

 

リヴェリアは彼に対して大きな興味がある。彼の捻くれているにも関わらない優しさや彼の嘘偽りのない全くの未知である地名等の用語。例えば『日本の千葉県』と言っていたがありとあらゆる地図を眺めてもそんな場所が無かった。ロキに聞いても『ウチも知らんけど嘘じゃなかったで』と言われ益々興味が膨らんだ。

 

「君の故郷について、教えてくれないか?」

 

「別にいいですけど…面白い事なんてないですよ?」

 

「君の口から聞きたいんだ」

 

「文明はここより幾分か進んでますね」

 

「ほう、文明レベルで違うのか…!」

 

リヴェリアの耳と脳に新しい情報が追加されていく。コンクリートと呼ばれる建築素材や電気という魔石に変わるエネルギー、車や電車という馬車を遥かに超えるスピードで走る移動手段。それが当たり前になっているのだからオラリオでは到底適わないと本能が結論付ける。

 

「取り引きとか、考えてました?」

 

「考えなかった訳じゃないが、こうも差を聞かされると到底対等な立場を築けないと思うよ」

 

「魔石とかなら代替エネルギーとしてはいいのかもしれませんけど、俺がオラリオ側だったら絶対取り引き相手にはなりませんね」

 

「その訳を聞かせてくれないか?」

 

「簡単ですよ、異種族で常人より遥かに強いからです」

 

ピタリとリヴェリアの手が止まる。

そして申し訳なさそうな顔をしてる八幡は作業しながら話していく。

 

「俺の元いた世界ってのは、信仰するもの、話す言葉、肌の色一つ違うだけで長らく戦争と虐殺を繰り返すような所です。戦争があったから文明が発達したと言っても間違いじゃ無いですからね…そんな醜い場所に俺はオラリオにもこの世界の人達にも関わって欲しくないですよ」

 

「すまない、興味のあまり君のデリケートな部分に触れてしまった」

 

「いいんですよ、俺が話したくて話しましたし。それにリヴェリアさんは俺が異世界の人間だって勘づいてますよね」

 

「バレていたか…」

 

「そりゃあ、賢くて聡明だって話があちらこちらか聞こえてきますから…確かめたくて俺をここに連れてきたんですよね」

 

「半分正解で半分不正解だ。君は知らないだろうが私はそれなりに君の事を信頼しているしそれなりに君の事を好いている」

 

「す、好ッ!?お、俺…リヴェリアさんに何したんですか…」

 

「フフ…親に挨拶に行った仲だよ」

 

「………え」

 

八幡の顔から血の気がさぁっと引いていく。決してリヴェリアとの年の差を気にしている訳ではなく、こんな自分がハイエルフとこんな関係であるという衝撃のカミングアウトをされたからである。

 

「ダーリンなんて呼んだらハニーと君は返してくれたんだけどな」

 

フフっ冗談だと言おうとするリヴェリアだったがそれよりも早く比企谷八幡は軽やかに飛び上がり正座するように座り両手を八の字になるように地面に付けて頭を地面のスレスレになるまで下げた。

 

「不束者ですが…記憶のないこんな俺ですが、どうぞよろしくお願い申し上げます…」

 

「頭を上げてくれ!冗談…ではないが誤解だ!話を聞いてくれ!!」

 

「へ?」

 

リヴェリアから里帰りする際の偽物の恋人役をした趣の真相を聞く。しかし彼の中では誤解は誤解であっても解が出てしまった。これは揺るぎない事実であるのが彼も彼女も分かっていた。

 

(しかしさっきの台詞…青い所はあったが言い表せない感情を覚えたのは事実だ…もし、この誤解を解かずにゴールインしていたらどうなっていたのだろうか…)

 

『お、おはよう、ダーリン♡』

 

『おはようハニー、今日も可愛いね。世界中の小鳥達もそう囁いているよ☆』

 

『照れるわよ…そんなの。それに私は貴方だけに囁いて欲しい…な///』

 

『………』

 

『キャッ!ダーリン、昨日も一杯愛してくれたじゃない…また、するの?』

 

(なんて…考えてしまうな…)

 

この時、全世界のエルフが嫌な予感を覚えたのは誰も知る由もなかった。

 

「リヴェリアさん、ここ、どう計算しても合わないんですけど…」

 

「あ、あぁヘファイストス・ファミリアの備品か…領収書を持って問い合わせに行ってくれないか?何かしらの手違いだから直ぐに済むだろう」

 

「あ、はい…」

 

「地図と項目をメモしておこう…それと、噂の事もあるから軽い変装道具と一応の事情を手紙にして置いたから知り合いを名乗る輩に絡まれたらこれを読ませるんだ」

 

「あ…はい…それじゃあ」

 

「行ってらっしゃい」

 

得体の知れない感情を差し向けられた八幡はリヴェリアの部屋を後にして街へ繰り出す。

 

「メガネって…これで誤魔化せるのか…?ジロジロ見られてる気がするが…」

 

比企谷八幡は知らない、メガネを掛けた彼は整った顔のパーツを台無しにしているその目の腐り具合が緩和されてイケメソになっている事を。

周りの目線にビクビクしながらバベルのヘファイストス・ファミリアの店に足を踏み入れる。

 

「いらっしゃませぇええええ!!??ぼっぼぼぼぼっ『亡影』!?」

 

「すみません、ロキ・ファミリアのお使いで来たんですけど椿・コルブランドさんはいらっしゃいますか?」

 

「は、はぁ…今呼びますので少々お待ちください」

 

情緒が反復横跳びしてる店員が奥に引っ込むと奥の部屋からドンガラガッシャーンとものすごい物音が響き、それらしい人物がやってきた。

 

(ちょ、目のやり場に困る人だ…何ここ、街でもそうだったけど痴女が蔓延ってるの?いいぞ、もっとやれ!)

 

「久しいな、『亡影』…噂を聞いた時は驚いたぞ」

 

「比企谷でいいです…これ、リヴェリアさんの手紙と領収書の件です」

 

「やけに他人行儀だな…どれ…!?」

 

手紙を受けとった彼女は読み進めていくうちに顔から血の気が引いていった。

 

「少しばかり付き合え…」

 

有無を言わさず手を引かれて先程の部屋に入れられる。覗き窓から覗いていたヘファイストスがそっちの部屋に向かう椿を確認すると慌てて引っ込んでいった。

 

「あの人も知り合い…だったんですか?」

 

「特に親しかったから心配してたんだが、今の手前がその状態だとどうなるんだろうな」

 

「俺用事思い出したんで帰りますお世話になりましたッ!」

 

「待たんか、用事はここにしか無いはずだぞ」

 

首根っこを掴まれ苦渋の退散もさせてもらえなかった。

 

(ていうか力強っ!何なのこの人、痴女みたいな格好してるくせにこの馬鹿力は!?ステータスってのはここまでなのか…!)

 

奥に入ると碇ゲンドウよろしくのポーズをとっているヘファイストスが待ち構えていた。

 

「何か言う前に主神…これに目を通してくれ」

 

リヴェリアさんからの手紙を読み進め、やはり彼女も顔を白くしていく。

 

「記憶喪失…?」

 

「そう、らしいで…すぅ」

 

(アカン、この赤髪の女性から平塚先生みたいな匂いがするッ!独神的な感じじゃなくて大人の女の色気みたいなのを…)

 

「そう…貴方が私との記憶を無くしたのは悲しいけれど…寧ろそれで良かったのかも知れないわね…」

 

どこか聖母のような微笑みを浮かべながら彼女は立ち上がって彼に近付く。女性に対して自称警戒心MAXの八幡もその表情に悪意を微塵も感じないがそれでも彼女との記憶が無い八幡は後ずさる。それはこの後予想される彼女の行動を甘んじて受けようとした自分への戒めだった。

 

「優しいんですね、ヘファイストスさんは。貴方にとっての俺は死んだも同然なのに…」

 

「貴方に分けてもらったのよ、私の目を素敵だといった貴方が私の心の鉄を熱く熱してくれた。貴方の言葉の一つ一つが私の鉄を貴方の形にしてくれた…貴方は『俺は死んだも同然』って言ったけど、ほら、私を見てくれてるでしょ?私が傷付かないように言葉を選んでくれてるでしょ?」

 

話を続けながら眼帯を取ってその目の隠された部分を露わにする。

 

「そんな事は…」

 

「いいの、貴方の心の形が変わってしまった所でそれは貴方であることに変わりは無いのだから…今度は、今度こそは戦わなくてもいいんじゃないのかしら」

 

「俺は戦えませんよ…恩恵もなければ技術も失ったのでね」

 

「そうなのね、それなら今後何するか後悔のないように決めなさい」

 

「はい、じっくり考えてみますよ…」

 

書類の方にサインを貰い店を後にする八幡はロキ・ファミリアの日当として貰ったお小遣いで何を買おうか決めあぐねていた。

 

「ん?この匂いは…ま、まさかッ!!!」

 

僅かに鼻腔を撫でたソレは諦めかけていた渇望を蘇らせて全身の神経がそれを欲するように体を動かせる。行動に移すまでゼロコンマ1秒を無駄にすることなく人の並を針の穴をくぐり抜けるようにくぐり抜けそこに辿り着く。

 

「いらっしゃ…い」

 

どこか驚いた様子の店主に疑問を抱きつつ適当な席に着くとコト、とすぐさまコーヒーの入ったマグカップを出される。

甘い匂いの正体に感づきつつ、恐る恐るソレを口に入れる。

 

「これだ…この甘ったるさ…完璧にマックスコーヒーだ…」

 

「泣くほどかい…」

 

呆れたながら言葉を漏らす店長?らしき人に視線を戻すと親指で店に張り出してるポスターを見るようにジェスチャーを取っていた。

 

『この顔にピンと来たら!ヘスティア・ファミリアまで連絡を!!ハチマン・ヒキガヤという名前です!』

 

ご丁寧な似顔絵と特徴をまとめた張り紙がデカデカと貼られており事が大きくなっているのに少し戸惑う。

 

「マジかよ…」

 

「あたしにゃアンタの事情なんて知らないけど、家出も程々にするんだね」

 

「家出って言われてもね…何も覚えてないですよ」

 

目を伏せて暗く答えると店主は目を見開いて頬を緩めた。

 

「お代は結構だよ…その代わり地図を書いてやるからそこに行って確かめな」

 

「はぁ…どうも」

 

カランカラン、 と乾いた鈴の音を背に地図通りの場所にゆっくりと足を進める。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「カフェを出たな…」

 

「ホームの方向じゃない、どこに行くんだろう…」

 

「なんか持っとるな〜」

 

カフェを出た八幡。どこかに歩き出す彼を影から見つめる影が幾つもあった。その見事な変装で周りを欺いているがオラリオで初めてのおつかいが心配で着いて来ていたリヴェリア、目を離すとどこかに行ってしまいそうで気が狂いそうになるのを抑えているアイズ、面白そうだから付いてくるロキだった。

 

「メモ?」

 

「店に入るまでは持ってなかったな」

 

「店主の入れ知恵やな、記憶を戻そうとしとるのか?」

 

「「………」」

 

本当に彼の記憶が戻っていいのだろうか。

争い、傷付き、強さを求めた果てがコレならもう彼を血生臭い世界から遠ざけるべきなのではないか…そんな考えが2人の頭に浮かび上がる。

 

「ロキは、どうして八幡に気を掛けるの?」

 

「あぁん?なんやアイズたん、嫉妬しとんのか!?」

 

「してない、はぐらかさないで」

 

「そうやなぁ、タダの勘や」

 

「嘘、八幡が『糸目キャラは何考えてるか分からないから気を付けろ』って言ってた」

 

「チクショー!!」

 

「2人とも静かにしろ!監視に気付かれるだろ」

 

やいのやいのと騒ぐ2人を他所にリヴェリアだけは片時も目を離さず八幡を眺めていた。

 

「む、アソコは…」

 

ねりねりと地図と見比べながら練り歩いていた八幡が足を止めた場所は路地裏にひっそりと放置された崩れている廃教会だった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ここがそうなのか…?」

 

あの店主に行ってみろとだけ言われたそこはただの倒壊寸前な廃教会…教会自体行ったことない為疑い半分期待半分でその敷地に足を踏み入れる。

 

やや埃が積もっており長らくこの建物が使われていないことが分かるが崩れているように見えてこれ以上倒壊しないようにしっかりと柱が固定されている。

 

「壊れたままで保存してる…普通なら建て直すはずだ。……施設として機能させてないって事はそれ以外の用途があるのか…?」

 

辺りをくまなく探していくと床に点々と見える茶黒いシミを見つける。ひと目で分かる。ここで戦闘があった事が。

 

「うッ!!」

 

脳裏に知らないビジョンが流れる。

 

『っ…もうダメだよハチマン君、これ以上戦ったら死んじゃうよ!?』

 

『家がなくなった、俺達のかえるいえが…せめてお前たちだけでも…なくしたくない』

 

ボロ雑巾のような俺に顔がモヤがかかって見えないが若い男の声が響く。

体には刀傷や矢が刺さっている。人間なら確実に死んでるのが素人でも分かる。

 

「なんなんだ…今のは…ん?」

 

埃の積もってない場所…誰かが手を加えたであろう地下室への入口を見つける。扉を開けて石造りの階段を降りて行く。

 

「………」

 

キッチン、ソファ、ベッド、洗面所、机。質素な部屋でそれ以外感じることは無いはずなのにモヤッとする。

 

『ハチマン!どこに行くの?』

『んー、ポレポレ』

『じゃあ僕も行くよ!』

 

『ベル、新作が出来たんだ、甘党じゃなくても食えるチョコだ』

『うん!美味しいよ!お店開いてもいいんじゃない!?』

『褒め過ぎだ、このヤロー』

 

「うッ…!!」

 

突然頭に入ってくる情報に耐えきれなく胃から込み上げてきたものを台所に吐き出す。

 

「確かベルって言ったな…」

 

洗面所の鏡に手を付け顔を上げる。

 

「張り紙にはヘスティア・ファミリア…俺の今までいた場所か…確かめてみよう」

 

地下室を後にして地上に出るとバツが悪そうに待っていたアイズとリヴェリア、そして物珍しそうに物色するロキがいた。

 

「付けてきたのか?」

 

「ごめんなさい…」

 

「別に、寧ろ安心だ…いざって時に守ってくれるからな」

 

「うん…絶対に守る」

 

「あのどチビもハチマンもこない所で暮らしてたんやな…今度会ったら少し優しくしたろ…」

 

「どチビって…女神ヘスティアの事ですか?」

 

「ん?あぁ、何か思い出したんか?」

 

アイズとリヴェリアの視線が八幡に刺さる。一気に2人の警戒心が引き上げられるのを彼も感じていた。

 

「ベル…って奴の事。それと、ここで死にかけてる時の事位ですかね」

 

「戻りたいと思った?」

 

「いんや、でも、知りたいと思った」

 

「「……」」

 

「ほら、暗くなってきたんで帰りましょ…酔っ払いに絡まれると勝てませんし」

 

「うん、帰ろう」

 

「それもそうだな」

 

「帰ったら酒飲むでー!」

 

4人で帰る中、それぞれが考えていた。

 

(ベル…ベル・クラネル…一体どんな奴なんだろうか)

 

(八幡にはここにいて欲しい…何をすればいいんだろう)

 

(今の八幡の状況を考えればずっとロキ・ファミリアに在籍させるのは困難か…ヘスティア・ファミリアからどうやって引き取ろうか)

 

(ドロドロしてきたなー)

 

 

 



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冒険者失格

 

こんにちは、比企谷八幡です。

ただ今よく分からない飲食店で正座させられています。

目の前には巨漢のおばちゃんが腕を組んで見下してくるのがかれこれ30分です。一体どうしてでしょう、朝の買い出しをしていただけなのに…。

 

「………」

 

「………」

 

ウェイトレスが厨房からチラチラと見てくる。そしてヒソヒソ話している。まるで…まるで、あれ?いつもなら出るはずの黒歴史が思い出せない。特にあのエルフの人、気迫が他の人と段違いだ。

 

「ウンウン唸ってないで何か言ったらどうだい?」

 

「…帰りたいです」

 

刹那、奇跡的に彼の目で捉えられた最後の光景は巨漢のおばちゃんから繰り出される隕石の如き拳骨だった。

 

 

ろくな記憶も思い出せず彼の意識は刈り取られる。

 

*******

 

「…………」

 

声も出さずに目を開ける。最低限音を出さないように周りを見ると誰もいない一室に寝かされていた。

 

「いッ……」

 

頭に巻かれた包帯があの拳骨の威力を物語っている。

 

(に、逃げなきゃ…殺される!!)

 

痛む体をゆっくり起こして窓の外を眺める。

建物の2階、下はまぁまぁ忙しそうな音がする。

ちょうど下は花壇の土がある為落ちても音は響かなさそうだ。

 

(や、やるしかない…!)

 

窓を開けて身を乗り出す。恩恵もない体では2階からの落下は運が悪ければ死に繋がる。

 

(五点接地転回法…見よう見まねだが…できるか?)

 

地上最強の男を目指す漫画で見た時はなんじゃこりゃ、と思っていたがまさかこんな時に役立つなんてジャパニーズカルチャーには感謝しかない。

 

(なんとかなれ!!)

 

先ずは足裏で着地、次にふくらはぎを地面に着けて太もも、尻、背中の順で転がる。

 

「うおお、痛くねぇ…!」

 

後は真っ直ぐロキ・ファミリアのホームに戻れば脱出成功だ。

 

(きっとあの人達も『亡影』に引っ張られてるんだろうけど、残念だったな、ここにいるのは比企谷八幡なのだ…そんな地味にかっちょいい2つ名なんてないのだ)

 

「どこに行くんだい…?」

 

デデンデンデデン!!

どこぞのT-8000も裸足で逃げるような鬼迫を放つそれは颯爽と逃げようとする俺の後ろに立っていた。

 

(あぁホント、神の恩恵ってクソd)

 

本日二度目の気絶カットは開始から約600字で訪れました。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「で、説明してもらおうか…?」

 

「はい…」

 

ロープで縛られ、正座させられている男は取り囲むように座っているウェイトレス達に見下されながら今自身が把握しうる情報をこぼしていく。

 

「えーと、俺の知りうる限りの時系列順に話させてもらいます。辻褄が合わないなら俺も分かんないのでご了承ください…

 

①日本の千葉出身の俺はよく分からんがオラリオにやって来た。

②俺は知らないけどヘスティア・ファミリアに在籍して目まぐるしい活躍をしたらしい。

③よく分からないけど路地裏で倒れていた俺はとある神に保護される。

④②で得た恩恵の力も記憶も無くしてた。

⑤朝の買い出しに出掛けてたらよく分からん人達に拉致監禁された←今ココ

 

とまぁ、こんな感じです」

 

1人を除いてアイズやヘファイストスさんまでとはいかないが愕然としていた。

 

(この人達もお世話になっていたのか…あれ?記憶喪失前の俺って意外と活発だったの?)

 

過去の自身が持つ謎のコミュニティに戦慄しつつその後の展開に備える。戻れと強制されるか、そのままでいいと許容されるのか。

 

「ヒキガヤさん…これからどうされるんですか?」

 

「これから…故郷には帰れそうにないですし、このままのんびりスローライフでも送ろうかな、と」

 

「…冒険には行かれないんですか」

 

リューは数少なく心を開いていたハチマンに問い掛けるも返ってきた答えは期待に反するものだった。

 

「別に名声、力、この世の全てを欲しいわけじゃないですし」

 

(ていうかこの緑髪エルフの姉ちゃんを見てると何故かブルマの事が頭に浮かんでくるんだよなぁ…)

 

「何故そこに富がないのか気になるニャ…」

 

「…だって、死にたくありませんし。寧ろ今までがおかしいんですよ、【ファミリア】と銘打っても所詮はクラスメイトとか、部活仲間みたいな感じでしょ?それに背中を預けて命掛けて戦わなくちゃいけないって…俺には無理ですよ」

 

言葉を捲し立てる八幡の胸ぐらをリューは掴む。その表情はとても辛そうだ。

 

「それ以上は…やめてください…」

 

「だったらこの手を離して俺を解放してくださいよ。勝手に拉致って勝手にボコって勝手に期待して勝手に落ち込んで…俺なんぞに時間割くなら店の支度をした方がいいですよ…」

 

俯いたリューは震える手で八幡を放すと服を正して買った食料を持って出口へと向かって行った。

 

「俺の戦場はダンジョンではなく台所なのだから…」

 

そう言い残して彼は【豊饒の女主人】を後にした。

 

「リュー…」

 

「いいんです…私はまた彼を死地に向かわせようとした…ハチマンさんの反応は当然です…でもッ…」

 

ポタリ、ポタリと床に小さな水滴が落ちる。

 

「リュー、アンタの部屋から水漏れだよ…直したら今日は休みな」

 

「…すみません」

 

リューの背中を見送ったミアはもう誰もいない出口を眺める。

 

「戦場は台所…ね」

 

「そういえばハチマンは料理が上手いって聞いた事があるよ。こういう生き方もあるんじゃないのかな…」

 

「そういえばここ最近【ロキ・ファミリア】が来ないから早目にお店を開けないと売上に響くニャ!」

 

「!?、ロキ・ファミリアが来なくなったタイミングって、あの子が居なくなったのと同時期じゃない?もしかして…」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

「まったく…災難な日だな…」

 

喉に魚の骨が突っかかったようなもどかしさを覚えながら彼は新しいホームへと戻る。

 

「おいコラ、メシはまだかよ」

 

ベートにゲシっと尻を蹴られる八幡。冒険者としてかなり上位の彼の蹴りを食らっても平気なのは彼がじゃれ合うつもりで放った一撃であってそれが不器用な表現であるのを八幡は知っていた。

 

「蹴ったからオカズマイナス1品…」

 

「ふ、ふざけたこと言ってんじゃねぇ!!」

 

2度目の蹴りは寸止めで止まりベートはズカズカと食堂に入っていく。配膳の時にヤケにソワソワしていたのはまた別の話だ。

 

「いつも悪いね」

 

パルゥムの団長であるフィンが配膳に勤しむ八幡に話し掛ける。

 

「まぁ、ここに置かせて貰ってるんで…なんかしないと悪いでしょ」

 

「そうだね、君が食堂に立ってから外食用の経費も黒字になってきたし皆の交流の時間も増えて士気も上がってるよ」

 

「煽ててもデザートしか出てきませんよ…」

 

配膳も終わりファミリア全員で同じ釜の飯を食う。

 

(今までの生活では考えられないな…小町にも成長したって言って貰えるのだろうか)

 

かわいい妹の事を思い出し少しセンチな気分になりながら箸は進む。

食後の食器洗いを済ませたら風呂の時間となる。遅い時間の為一人だけしかいない時間に八幡も服を脱ぎ浴場に入っていく。

 

「ふい〜」

 

お湯の温かさが身体の芯に染み渡り疲れが緩和されていく。

暫くして湯から出て身体を洗う。

水で泡を流して自分の身体を見つめる。

 

(他の奴らとそんなに体格変わらんのにどこにそんな力があるんだか)

 

最初はそんな理由だった。

軽く腕を曲げて筋肉を硬くさせて触ったりしていると視界にノイズが走る。

 

「っ!!」

 

一瞬だがその目には鏡に映った自分の身体中に剣や槍、弓矢が刺さり見るも無惨な姿になっていたのだ。普通では生存がありえないその姿に吐き気や嫌悪感が沸き上がる。

 

「ハァ、ハァ、ハァ…」

 

鏡に手を付き呼吸が乱れるも力は抜けて膝を床につけて体制を崩す。

ゆっくりと立ち上がる彼の顔は青白くなっていた。

 

「そうだ…もうこんな姿になる必要なんてないんだ…」

 

(ここの人達はオラリオでもトップクラスのファミリア俺が戦わなくても生き残れる…)

 

そんな自分の考えに疑念を抱きながら風呂を後にする。

 

「ん?」

 

ふと見た外から微かな光が見える。

訓練所の方からだ。

 

「まだまだっ!もっと早く!!」

 

訓練所の影からこっそり見てみるとリヴェリアの後釜を期待されているレフィーヤが詠唱時間の短縮に精を出していた。

 

「こんなんじゃ!…皆さんの足を引っ張っちゃう…そんなのっ!」

 

「……」

 

「誰ですかッ!!」

 

「ひぇっ…俺だよ…」

 

顔の脇に光の矢が当たりビビり散らかした八幡はバツの悪そうな顔でレフィーヤの前に姿を現す。

 

「比企谷さんでしたか…覗き見なんて褒められませんよ?」

 

「すまん、頑張ってる所に水を差したくなくてな」

 

「なんだか、そう言われると怒るに怒れません…」

 

変にモジモジするレフィーヤに彼はポケットから取り出した小瓶を渡す。

 

「魔力っての?使ってるんだろ?ポケットに入ってたから飲んだらどうだ。俺が飲んでも効果は無いだろうから」

 

「あ、ありがとう、ございます」

 

近くに寄ってきたレフィーヤは小瓶を受け取りそれに口を付ける。その視線は彼と小瓶を行ったり来たりとウロウロしている。

 

「そんなに意外か?」

 

「ふえ?」

 

「俺が台所に立つのもここにいてこうして話すのも…」

 

「…そういう訳じゃありません、ビックリしてるのは比企谷さんがこういう一面があったのにビックリしただけです。記憶を無くされる前はなんだか『強くなる』って事にガムシャラで何かが欠けている感じがしてたので」

 

「俺をそこまで思わせたヘスティア・ファミリアって一体どんな所なんだろうなぁ…」

 

「それはオラリオでも有名な謎ですよ…」

 

暫し沈黙が流れる。

レフィーヤは飲み干した小瓶を手の中で転がしてる。

 

「悪いな、時間取っちまって…」

 

「あ、ちょっと…話しませんか?」

 

そう言い去ろうとする八幡をレフィーヤが呼び止める。

 

「比企谷さん、何か悩んでませんか?」

 

「まぁ、な…」

 

「良ければ聞かせてくれませんか?」

 

「まぁいいが、オフで頼むぞ…」

 

青白い月明かりの元2人はベンチに座り目を合わせず思いの丈を語る。

 

「今日は思う事が多かった。風呂で自分の身体を見た時傷だらけの昔の体を見た。人として機能するのが奇跡というか、本当に人なのか疑わしかった」

 

「それは…」

 

レフィーヤは『そんな事ない』という言葉に詰まった。いくら恩恵を持っていてもそんな重症を負えば治ったとしても後遺症が残るはずなのだから。遠い所にいた彼の悩みを隣で聞くとやはりどうも彼女にも感じる所がある。

 

「その反応だとやっぱり普通の事じゃないんだよな…」

 

「はい…」

 

(あれ?どうして私、驚いてないんだろう…)

 

レフィーヤは八幡の問いに受け答えできた。八幡とそこまで接点を持たないハズの彼の悩みをある程度理解出来た。その理由に必死に頭を回転させる。

 

「アイズさんだ…」

 

「は?」

 

幼少期のアイズは『人形姫』と呼ばれる程モンスターを狩る事に尽くしていた。そして力を誰よりも欲していた。少し前に聞いた彼女についての話と八幡の話は求める強さのベクトルは違えど似ていたからだ。『家族』を守る為に強さを求めてその先でここに行き着いたのは偶然なんかじゃなかったのだろう。

 

「本当だ…」

 

「ふえ?」

 

八幡の目線を追うと影からジトーと見ているアイズを見つけた。2人の視線に気付くとノコノコとやって来た…リヴェリアと共に。

 

「んっんっ…2人がとても仲良さそうにしていたから見ていたのだがアイズが目立つ真似をしてしまってすまない」

 

「リヴェリアが最初に覗いてtムグッ!」

 

リヴェリアにじゃが丸くんを口に詰められて咀嚼するアイズ。4人で訓練場で屯してるが訓練所を囲む屋根の上にいるフードを被ったエルフに一瞬だけ八幡は目線を向ける。

 

「冒険者は神から授かった恩恵の力をベースに強くなってくんだろ?俺ってもしかしたら強くなる為の土台が恩恵じゃなかったんじゃないのか?」

 

「いや、そんな事は無いよ…比企谷」

 

アイズとリヴェリアが一斉に警戒する。その視線の先は暗闇に包まれておりその声はロキ・ファミリアの団員の声ではなかったが八幡には声の主が分かった。

 

「葉山…?」

 

「久しぶりだね、君の記憶だと僕はまだ『みんなの葉山隼人』なのかな」

 

「どういう事だ…?」

 

「僕はかつての君の強さの秘訣と動機を知っている。それを君に話す代わりにここにいる人達に話してもいいよね?」

 

「…あぁ、構わない、教えてくれ」

 

「君の力は神の恩恵が君の歪みと同居していた魂が作用して変化したものだ。過去に同居していた悪魔の魂と契約して君の成長にブーストを得ていたんだよ。更に言えばアラル…いや、アラストルが君の中の悪魔を顕現させる為に君を人間離れさせて耐えれる器にする為に育て上げた」

 

「…………」

 

「君は君の中の悪魔が顕現するだけの器に成長した。後は君が歪んで壊れるのを待った…その結果が今だよ…」

 

冷たい風が頬を撫でる。

まるでボーッとしてないで話を理解しなさいと言わんばかりに意識を葉山に向けさせる。

 

「そうか…俺の歪みというのは?」

 

「………君の黒歴史なる思い出は詳細に思い出せるかい?」

 

「いんや全く。あったという事実は分かるんだが詳細が思い出せない」

 

頭をポリポリと搔く八幡に葉山は1つ気になる質問を問いかける。

 

「…雪乃ちゃんや結衣の事も、忘れた?」

 

「雪ノ下…由比ヶ浜…あの二人が1番分からない…記憶が飛び飛びなんだ…文化祭辺りも…修学旅行も…」

 

「そうか…その点についてはここのノートに書いておいたよ…向き合う覚悟が決まった時に見るといい、お土産の中に入れておくよ」

 

葉山に大きめの紙袋とダンボール1箱を渡される。

 

「こ、これはッ!!」

 

ダンボールにはMAX COFFEE それは、全てを癒す甘さを持った完全飲料。感極まる八幡を見た葉山は「それじゃ、また今度」と言い残し闇の中に消えてった。

 

「…それじゃ、夜も冷えるし戻るか」

 

「八幡…大丈夫?」

 

「平気だ、いきさつが分かって何かスッキリしたな」

 

3人に背を向けて部屋まで戻る八幡の苦虫を噛み潰したような表情を屋根に潜んでいたリューは見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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相見える時

もうそろそろ本編に移りたいな〜


 

部屋に戻り土産袋を開ける。

一番最初に目につくのはビニルに包まれたよく見なれた服だった。黒のブレザーに白縁。1年と半分程度着てきた総武高校の制服だった。袋から出して壁に引っ掛ける、いつそれに袖を通すかも分からずに。

 

「?」

 

袋の中を見てみれば葉山の言っていたノートの他に簡単なメモが入っていた。広げてみるとどうやら地図のようでとある場所に印が付いていた。

 

「…明日、行ってみるか」

 

ノートから目を逸らして机に仕舞いつつメモを明日着る服の胸ポケットに入れる。そのままベッドに寝そべり葉山の言葉を思い出しながら目を瞑る。

 

「おはようございます、比企谷さん!」

 

「おはよーさんです」

 

朝、いつも通り台所に立ちロキ・ファミリアの朝ごはんを作り待ちわびてる団員達に配る。

なんて事ない日課になりつつある動作だ、1度も苦に思ったことは無い。

 

「買い出し行ってきまーす」

 

「お気を付けて!最近喋るモンスターが町に出るらしいので!」

 

「そんときゃよろしく頼んますよ」

 

嘘だ。食料なんてこの前買ったばかり何だから潤沢にある。そんなの分かってるはずなのに送り出してくれるのは気遣いなのかはたまたアホなだけなのか。

 

「ここ…しか無いよな。どうしよう、入りたくない…」

 

指定された場所はアラル共同墓地。入口の門には『歓迎!ここがアラル共同墓地だヨ!』と丁寧な日本語で書かれている。

 

「背に腹だ…!入るか…」

 

錆びかけてる扉を開けて敷地に入る。

敷地内をウロウロしているととあるお墓の前で膝を着いている人物を発見した。紫のコート、オールバックの白髪、血色の悪い白い肌。どこか噂で聞いた『亡影』に似ていた。

 

「心に矛盾を感じる」

 

「!」

 

「望みに限りなく近いものを手に入れたもののそれが敷かれたレールの上を歩いてるようで釈然としないのだろう?」

 

心を見透かされている。その言葉で八幡は目の前の人物がヒトではなく悪魔であり八幡の魂と共存していてつい最近切り離された物だと理解する。

 

「そういうアンタこそ、久しぶりに会った子供はどうだった?」

 

咄嗟に出た言葉はその悪魔の心情そのもの。互いに身体を共有していた為何か考えていれば共有できるのをこの短いやり取りで気付く。

 

「そうだな…私の腰までしか無かった子供達が随分逞しく育ったと喜びを感じるだけだ」

 

その先の感情を知られていても悪魔は伏せる。話してしまえば意味が無くなるような気がしたからだ。

 

「時代に残された力ある私と、現状に寄生する力無き貴様…」

 

「シンパシーを感じるな、同じ体に同居してただけあるかもな」

 

「……近いうちこの街で騒乱が起こる。それまでに覚悟を決めておく事だ」

 

「出来れば平和でも保って欲しいんだけどな…救世の悪魔サマ」

 

「…孫のネロから、お前にプレゼントだ」

 

「どうも…」

 

教会を後にしようとすると悪魔、スパーダからかなり大き目の箱を渡される。中々重く人一人分よりは気持ち少し小さい位だ。そこで開けるのも少しいたたまれない為一旦ホームに持ち帰る。

 

「義手と剣?…グリップとトリガーが付いてる…変なの」

 

部屋で箱を開けると剣、義手、そして羊皮紙の手紙が入っていた。

 

『やりたい事をやりきれ!!』

 

たった1文、なんじゃこりゃと思い机の上に置く。

なんとなく気になる為訓練場に義手と持っていく事にする。

試し振りだからこれは…少し闘いに興味がある訳じゃないから。

 

「ははッ…」

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

疲れを癒すべく街並みを練り歩いていると腹も空いてきた為適当な店を物色してると見覚えのあるウェイトレスがビラ配りしてた。

 

「新作出るニャー!寄ってってニャー!」

 

あのウェイトレスのいる店にはあまりいい思い出もない為スルーしようとすると既に捕捉されてたのかまだ戦闘にすらなっていないのに回り込まれてしまった。

 

「はぁ、なんすか」

 

「ふみゃ〜、ダルそうにして欲しくないのにゃー」

 

「キャッチならお断りですよ…」

 

「ミア母ちゃんがこの前のお詫びにタダにしてやるって言ってたにゃ、ハチマンも寄ってくにゃ!」

 

「ふむ、タダか…」

 

ロキ・ファミリアに居候してお小遣いは貰ってるが節約した方がいいに越したことはないだろう。

 

「分かりました、行きますよ」

 

「ニャ!!1名様ご案内ニャー!」

 

背中を押されて入店する。この時間の店は繁盛しておりどこもかしこも埋まってるように見えたがポツンと空いてる大き目のテーブル席が一つだけあった。

 

「ゆっくりしてニャー!」

 

埋まってるカウンターに埋まってるテーブル席。そこに1人だけでテーブルに座るとどうなると思う?答えは死ぬ程気まずいのだ。

 

「アーニャがごめんね、今回はミア母さんの奢りだからジャンジャン食べてってよ」

 

「ありがとう…ございます」

 

常識人っぽい人に適当に注文してそれを待つ。その間頬杖をしてどこかよく分からない場所を見ながらくつろごうと試みる。

 

「あー、ちょっといいかな〜」

 

さっきの常識人っぽいウェイトレスがやってくる。

頼んだ料理もなく一体どうしたのかと思ってると彼女は心底申し訳なさそうな表情をしている。

 

「どしたんスか」

 

「回転率上げるために他のお客と同席…ってしてもらってもいいかな」

 

「え、いやd『メキッ』…全然いいですよ」

 

俺は見た。嫌だと言おうとしたら彼女の拳が有り得んほど強く握られたのを…同時にそれは彼女が冒険者である事を示して俺との間に絶対的な壁を作ったのだ。

 

「ホント!?ありがとう!気さくな連中だから気まずく思わずに済むよ!!」

 

スッタカターと入口に戻り客を案内してくる。さて、料理が来たら速攻で平らげて帰ろうか。

 

「失礼しまーす…」

 

「あ、はい…どうぞ」

 

冒険者らしからぬよそよそしい態度でやってきた同席の客達はなんだか他の冒険者たちのような強欲そうな雰囲気は無く、全く見たことないタイプ…分からないファミリアのようだ。まぁ話す事なんて何も無い為もしもの為に持ってきた本でも読んでおこう。

 

「「「「「「………」」」」」」

 

驚く程視線を感じる。本から視線を上げて視線を追うと周りの冒険、つまり同席した人達が様々な感情の表情をしている。

 

「どうしたんですか…?」

 

「い、いやっ、ジロジロ見てすすすすみません!」

 

なるほど、この白髪赤目の冒険者もコミュ障なのか。異物混入してたらそりゃキョドるのも無理はない。安心してくれ、料理が来たら爆速で食べて帰るから」

 

「よく噛んで食えよな…」

 

赤髪のあんちゃんがツッコミ気味に喋る。溢れる面倒見が良さそうな感じが…って思考を読まれた?ええい、冒険者は化け物か!?

 

「補足しますけど、お客様、思いっきり喋ってましたからね?」

 

「失敬…」

 

ちっこい子の補足で真実を知るがそれでもあの小声を聞きとるなんてやっぱり凄いな、と感じる。

 

「あ、初めまして!リリルカ・アーデといいます!」

 

「比企谷です、自己紹介が出来るなんて偉いね、何歳?」

 

「むぅ!リリはパルゥムで15歳です!」

 

「パルゥム…フィンさんと同じ種族か…失礼、ここに来て日が浅いんだ」

 

プクー、と頬を膨らませるリリルカとやら。彼女に続いて赤髪のあんちゃんも自己紹介する。

 

「ヴェルフ・クロッゾだ。俺は17歳だぞ?宜しくな」

 

「同い年ですか…宜しくする程会う機会なんて無いと思うけど…まぁ、初めまして。クロッゾさん」

 

ヴェルフの出した右手を静かに掴む。そんな彼の表情はどこか懐かしそうで、どこか悲しそうだった。

 

「じ、自分の名はヤマト・命です!」

 

黒髪で雪ノ下とはまた違う真面目さを感じる。初対面なのに犬のような感じがしてその気になれば犬にすら見える。

 

(この人どこか見覚えがあるな…牛若丸?)

 

「はぁ、どうも…極東の出身なんですか?」

 

「!、ええ!そこの春姫殿と同じ故郷でして、紆余曲折ありましたが今はこうして共にいます!」

 

『紆余曲折』辺りに何かしらの感情が見え隠れしたがその正体に気付くことはなく、春姫と紹介された金髪の狐の獣人の子の方に目線を移す。

 

「サンジョウノ・春姫です。あの、いえ…お元気ですか?」

 

「体は至ってすこぶる健康ですよ…あの、どうかしました?」

 

「いえ、何も…大丈夫です」

 

辛そうな表情をしてる彼女に困惑して他のパーティメンバーを見ると一同似たような顔をしていた。

 

「待たせたねぇ!トマトパスタだよ!!」

 

「あの、トマトパスタは頼んでませんけど」

 

「ごちゃごちゃ文句付けんじゃないよ!お残しは…許さないよ!!」

 

「ヒェッ…」

 

相席した奴らが苦笑する中、目の前に山となっているパスタに息を飲む。

カウンターの方をチラリと見るとこちらを見ている店主の大女。

 

「い、いただきます…」

 

フォークにパスタを絡めて口に持っていく。

 

「ん、美味いな…!トマトは嫌いだったがこれは別格だな…!」

 

何故かホッと胸を撫で下ろす周りの奴ら。

山を攻略しているうちに頭痛が走る。

 

「ぐッ!!

 

「どうかしたんですか!?」

 

脳裏に蘇る知らない情景…モヤで分からないがロキ・ファミリアではない事は確信できる誰かと並んで飯を食べる光景。並んでダンジョンに挑む姿。何かしらを話し合う姿。そのどれもが懐かしさと今にない感情を孕んでいた。

 

「依存するのもムリないよな…」

 

記憶を失う前の自分が計り知れない負の感情を抱いていたのならこの光景は前を向かせる格好の劇薬に等しい。しかし劇薬も行き過ぎれば毒にもなりうる。最高の希望を守ろうとして身を滅ぼしたのかもしれない。

 

「どうかしたんですか?」

 

「自分の馬鹿さ加減に気付いただけだ。そういえば聞きそびれたな…アンタ、名前は?」

 

「…ベル・クラネルです」

 

「そうか、アンタが【亡影】の……ここ、セッティングしたのか?随分手が込んでるのな。そこまでハチマン・ヒキガヤを取り戻したいのか?」

 

さっきまで騒いでた客達は各々秘めた表情を浮かべながらコチラ向いている。

 

「ううん…ボク達は家族の背中を押しに来たんだよ」

 

カウンター席に座っていたツインテールの女神が歩み寄ってくる。何故か釣られて一歩下がる。

 

「何を言って…」

 

「覚えてないと思うけど…傷付いて、迷って、苦しんで、身を粉にして足掻いて、また苦しんで…それでも君はボク達に楽をさせようとしてくれたんだよ」

 

恐らくヘスティア・ファミリアの主神であるヘスてなのだろう。酔ったロキが『ドチビ』って言ってたから記憶に新しい。

 

「そんなの『君の思う君じゃなくても!』…」

 

「僕達は同じ釜の飯を食べて、同じ屋根の下で眠って、同じ竈火を囲った家族なんだ!()()()()()()()()!キミが救ったモノも、キミが悩んで壊してしまった物も!!」

 

「今更…情に、罪悪感に訴えかけるのか。そこまで戦力が欲しいならスカウトでも募れば良いんじゃないのか?」

 

「生憎ボクには2億ヴァリスの借金があるからね!団員なんて来やしないよ!!」

 

「に、2億…!?」

 

普通に聞き慣れない単語が出てきた為軽く頭痛が走る。

 

「そんなボクでも誰1人居なくなる事はなかったよ!誰も幻滅しなかった!」

 

「だからって今の俺がはいそうですか、って戻るわけないだろ…」

 

「そうさ、戻りたくなければ戻らなくてもいいさ」

 

「何がしたいんだよアンタらは!」

 

支離滅裂な会話にイラついた八幡はヘスティアに声を荒らげる。

久々の怒りか、体は熱くなり、眉間に皺が寄る。

それはモザイクが掛かっても胸に込み上げてくるいつの日かの情景があるからだろう。

 

「受け入れるさ!」

 

「何を!?」

 

「キミが迷ってるなら背中を押すさ、ロキの所に居るなら悔しいけど送り出すし、こんなボクのところに戻って来てくれるのなら暖かく迎えようと思う。だからお願いだよ、ボク達の事もスパーダの事も何も関係ない…キミの思い描く比企谷八幡になっておくれ」

 

「〜〜ッ!……帰る、ごちそうさんでした」

 

金を置いて扉をくぐる。

足早に【黄昏の館】に戻り部屋に戻るべく廊下を歩く。

 

「やあ、珍しく気が立ってるね」

 

「ヘスティア・ファミリアと…接触したんです」

 

「それで、どう思いどう感じたんだい?」

 

「良い人達でした、底抜けに明るくて…規律より絆だぜって感じの集まりでこの中に俺もいたんだなって感じました。」

 

「僕は君がここに居てくれてるお陰で外食の費用も抑えられたし、士気も中々上がってるんだよ。皆ね、なんやかんや言って君の頑張りを認めてるんだよ」

 

「はぁ…そうですか…部屋、戻ってもいいですか?」

 

「ごめんね時間取っちゃって…でも理解して欲しいよ、君はココに居ていいって認識して欲しいな」

 

「…………」

 

部屋に戻りベッドに倒れ込む。

壁に立て掛けてある『ネロ』さんとやらの贈り物の剣と謎の義手が視界に入る。これは戦う力だ。恩恵とかそんなのはよく分からないが訓練しでは自分でも思った以上に動けた。しかし何のために戦う?アイズやリヴェリアさんとか、ロキ・ファミリアの団員達のため?どうして?守るって言ったって対象はオラリオの中でも指折りの実力者。

 

「俺が出しゃばってどうにかなるもんじゃないよな…」

 

寝ようと思うもどうも寝付けない。酒場での出来事が原因なのは十中八九だろう。黒歴史が出来たって俺は少ししか泣かない自信があるのに、どうしてこうも…涙が溢れるのだろうか。

 

『キミの思い描く比企谷八幡に』

 

現代社会に生きていた俺にとって思い描く自己像というのを実現させるのは至極困難である。社会的要素、経済的要素、そして何より自身の周りを取り巻く環境的要素。

そう言えば1人いたな…失言も暴言も吐くけど嘘だけはつかない奴が…確か、葉山の渡してくれた物にあったな…。

 



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駆ける

誤字報告してもらうと読者がいるだなって安心します。
いや誤字とか無いといいんだけどね?
でも感謝します。

ウジウジ八幡終わります。


「クソッ!!殺してやる!殺してやる…殺してやる、、、ッ!!『亡影』ェェェェエエエエエエエ!!!!」

 

「おーおー、昂ってんね〜」

 

「てめェは…!」

 

暗い洞窟の中で復讐に燃える男に神父の皮を被った悪魔は語りかける。

 

「条件付きだけどアイツに復讐…しちゃうぅ?」

 

薄ら笑う神父はその心にドス黒く光る明るい闇を抱えて瞬く間にディックスに詰め寄る…。有無を言わさないようにその喉元に剣先を突き立てながら。

 

「とりま手土産に連れてきたけど丁寧に扱えよ〜」

 

その手で引っ張ってきたであろう数多の檻を復讐の鬼に引き渡す。檻の隙間からは人間では無い瞳の輝きが覗かせていた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

葉山の渡したノートを見た。

俺は悪人だ。どうしようもない悪人だ。その記憶が無いだけでこの手は真っ赤に染まってる。それはどうしようもなく避けられない現実であり、逃げられない罪だ。悪党としてどう向き合ってどう生きるか…。自首する?罪を償う手としては有効だ。長い年月を檻の中で過ごせばいいのだから。よしそれだ、確かガネーシャ・ファミリアはオラリオの警察的な立ち位置だったはず。

 

「俺、人殺しちゃってたらしくて…」

 

「え?え?た、担当の者を呼ぶので暫く待ってて…ください」

 

受付の人が戸惑いながらもドラマで見たような取調室に移動させてもらう。暫くすると青髪で威厳のありそうな人と象の仮面を付けた騒々しい神っぽい神が室内にやってくる。丁寧に自己紹介までしてたんだ、ガネーシャ・ファミリアの主神だ。

 

「全く、忙しい時期なのに世話を焼かせるな、『亡影』。受付の子が戸惑ってたぞ」

 

「すみません、こうでもしないと気が収まらなくて…」

 

「記憶喪失というのは嘘ではないようだな」

 

「まぁ、そうですね」

 

余談なんていらない。ここならきっと俺を正しく裁いてくれる。

 

「『人を殺しちゃったらしくて…』か、何人をどうやって手に掛けたんだ?」

 

「1人以上をよく分からないけどできるだけ惨たらしく殺しました…」

 

ただノートには『悪魔に囚われた救えない人々を皆殺しにした』としか書いてなかったのだが確証のないハズのその記述はやけに納得ができた。

 

「…」

 

青髪の女性は主神をチラリと見る。

腕を組んで唸る象の仮面を付けた筋骨隆々な神はこちらからは見えない瞳で俺を覗く。

 

「シャクティ…少し外してくれるか」

 

「ガネーシャ様?」

 

「ここからは男の話だ」

 

理解が早いのかシャクティと呼ばれた青髪の女性は取調室を出る。ふざけた象の仮面を付けているがその表情は真摯そのものだがどことなく優しさを感じた。

 

「許せないのか…過去の自分が…」

 

「許されちゃいけないんです…あんな事をしておいて、手を真っ赤に染めて裁かれてないのが…」

 

「戦いに疲れ果てた者は見てきたが君は特に罪悪感を感じているな」

 

「散々痛めつけて殺してきたんです…その果てに記憶喪失になって全てを忘れて幸せ…になろうとしてる自分に嫌気が差して…せめて裁かれて償った後に…」

 

「顔向けしないだろうな、君は。清廉潔白でない自分にも嫌気が差して君はまた逃げるのだろう」

 

「神の経験則ですか」

 

「いや、少なからず君の活躍は耳にしていた。公になっていないが君が夜な夜な守るべき一般市民暴力を振りかざす冒険者に鉄槌を下して我々の元に連れてきた事も何度かある」

 

「そんなの偽善ですよ」

 

「だとしても救われた者がいる、君の悪評の裏にはいつでも救われた者達や君の新しい家族への愛情があった。形は暴力であれそれは立派なおこないだ、誇りなさい」

 

「覚えてない出来事にどう誇れと?」

 

「覚えのない罪は裁きようがないのだがな」

 

普通に言い負かされた。少し恥ずかしくなり下を向く。

 

「許してやりなさい、今まで君は頑張ってきたのだから。罪を自覚しない者達の為に我々がいる。自覚して償うつもりがあるなら我々の出る幕はないさ」

 

「俺は一体どうすれば…償うったって今の俺は非力です」

 

「……今本当に助けを必要としている人達がいる。歴史の闇に、人間の傲慢に踏み潰されそうな人達が…君に出来ることを、君なりのやり方でいい…成し遂げてくれ」

 

顔を上げると満足そうに頷いたガネーシャ様は俺を立たせて取調室から出るように促す。建物から出た俺は真っ先に【黄昏の館】に向かう。

 

門を開いてもらい早足に部屋に向かう。

『やりたい事をやりきれ!』と書かれたメモと一緒に保管していた剣を取り出して背中にマウントして義手は腰に付けておく。机に置いていたノートをもう一度心に刻むように読む。

 

「雪ノ下…俺は、もう逃げない…お前からも、自分からも…」

 

「もうええんか?」

 

振り返るとドアにもたれかかるようにロキがいた。いつものような二ヘラと笑う表情ではなく、眉先と目尻の角度を下げて心配そうにしている。

 

「ここいればもう戦う必要はないんやで?もう傷付ける事も、傷付けられる事もないんや」

 

「ありがとう、ロキ…アンタが拾ってくれなかったら今頃俺は死んでただろう。厨房で料理をして、皆に美味い美味いって言って貰えて嬉しかった。けど、きっと俺は今動かなかったらずっと後悔すると思う、だから…」

 

続く言葉はロキの手によって止められる。

 

「行ってきーや、やるべき事が終わったら戻ってくるんやで?飯もキッチリ食べる事!そして、何があっても死なんといてや。約束できるか?」

 

「死んでも帰ってくる…約束だ」

 

そう言うとロキのもう片方の手に持っていた綺麗に畳まれたコート一式を渡される。黒いコート、右肩には白い刺繍で百合が描かれている。

 

「倒れてた八幡が着てたんや、こんな日が来るんじゃないかってボロボロのやったから直しておいて正解やったわ」

 

黒いズボンに黒い革のブーツ、白いシャツを着てコートを羽織る。

 

「行ってらっしゃい、八幡」

 

「あぁ、行ってきます」

 

ロキを残して部屋から出て廊下を歩く。

一歩一歩、廊下を踏みしめながら歩いていると少し先にロキ・ファミリアの幹部陣とレフィーヤが前を塞ぐように立っていた。

 

「そんな顔をして、どこに行くんだい?」

 

「そんな顔って…そんなに覇気がありません?」

 

「いいや、寧ろ逆だ。清々しい表情をしている、まるで死地に向かう戦士のようだ」

 

リヴェリアさんが睨むような表情をしてこちらを見てくる。その推察は長年の戦いと払った犠牲の経験からだろうか。

 

「いいや俺は戦士なんて柄じゃありませんし、どちらかっていうと…勇者?」

 

ピキッとフィオナさんの青筋が浮かび上がる音がする。

 

「団長の前でソレを名乗るのかぁ…?」

 

おー怖っ…殺気が肌で感じられるのはフィン団長が『勇者』の通り名で知られているからだろう。知ってて踏んだ地雷だがちょっぴり後悔。

 

「君のこうするに至った判断をボクは頭ごなしに否定するわけじゃないけど…神の恩恵もない君がどうこうできる問題かい?」

 

「確かに恩恵は戦う上でこの上なく便利ですけど…混じり気のない『俺』で戦います。戦って勝って、俺は俺を許せるように、殺してきた相手に向き合える自分に…なれるように」

 

「だから…見ててください。俺、やりきるので」

 

そう言うと満足そうにフッと笑った団長は道を譲るように脇に寄った。それに真似て他の人達も脇に寄る。アイズやリヴェリアさんやレフィーヤは不安そうな顔をしている。

 

「よく言った!それなら満足するまで暴れて来い!!」

 

バン!とガレスさんに背中を押される。それは父のような威厳を感じた。

 

「んな訳だったらさっさと片付けろ!」

 

ゲシ!とベートに背中を蹴られる。その蹴りの裏には優しさが隠れていた。

 

「行ってくる!」

 

押され蹴られた勢いで駆けていく。

道中ファミリアのメンバーが行ってらっしゃいと見送ってくれる。

 

「開門!!」

 

丁度よく開いた門をくぐってバベルに向かって走り出す。今はこの勢いを殺したくない。…家族愛って奴なのかな、と思いながら軽い足取りで走っていく。

 

街中はいつもと違う騒がしさで溢れており「喋るモンスターが」とか「ヘスティア・ファミリアが」とか不穏な会話が耳に飛び込んでくる。

 

「葉山!」

 

「呼んだかいッ!?」

 

どこからともなく現れた葉山は俺の隣で併走する。ほんとキミどこから沸いてきたの?ストーカーなの?

 

「今北産業!」

 

「喋るモンスターがダンジョン内で冒険者を襲ってる。

ギルドで探索の制限と討伐隊の編成が行われてる。

ヘスティア・ファミリアが疑われてるけど犯人はスパーダ一行。」

 

「了解した、サンキュー!」

 

「ダンジョン18階層に迎え!案内する!」

 

「おう!」

 

冒険者顔負けのスピードで疾走するハチマンの姿は瞬く間にギルドへと伝わった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━

ギルドでは喋るモンスターの件やそれに関する探索

制限の抗議で溢れかえっていた。中には喋るモンスターに襲われた事を証言するリヴィラの怪我人もいた為噂は真相になり、より抗議の火に油を注いでる状態だった。

 

(どうして…こんな事に…ベル君…)

 

受付嬢のレイナはカウンターでその火を鎮めるのに手一杯だった。

 

「大変だー!!」

 

ギルドの入り口に吉報か凶報を伝えに来た冒険者がやって来てギルド内がそちらの方に振り返った。誰もが新しい情報を知りたいからだ。

ゼェ、ゼェ、と方で息をする冒険者は言葉を必死で紡いだ。

 

「『亡影』がとんでもねぇ形相でギルドに向かってるぅ!!!」

 

『『『『『『『!!!!!!』』』』』』』

 

「嘘だろ!?アイツ引退したって聞いたぞ!」「バカお前!復帰したんだろ!」「俺は死んだって聞いたぞ!」「そりゃガセだ!」「やっぱりヘスティア・ファミリアが…」

 

そんな会話を聞いていたレイナは一瞬安堵したがそれと同時に冷や汗が伝っていた。そんな彼女の心を代弁するように冒険者(バカ共)のカリスマ的存在であるモルドは声を荒らげた。

 

「お前らァ!邪魔しようもんなら問答無用にぶん殴られるぞ!!それが嫌なら手とか盾を上に上げろぉ!!」

 

ゾワリ、と一同にも嫌な汗が出てくる。家族ラブとして知られるハチマンの邪魔をしたらどうなるか…アポロン・ファミリアとの戦争遊戯を見ていた一同はその顛末がどうなるか嫌でも想像出来、一斉に面積のあるものを上に掲げた。

 

同時に階段を猛スピードで駆け上がってきたヤツが姿を現した。

 

「葉山ァ!」

「分かってる!」

 

人混みに突っ込む手前で跳躍したふたつの影は冒険者達の掲げた剣や盾、手の平にハゲ頭を踏み台にして蓋のしまったダンジョンへの入口に差し掛かった。

 

「頼んだぞ!!」「ぶちかませぇ!!」「何とかしろぉ!」

オラリオのトラブルメーカーとして知られたヘスティア・ファミリア。そしてそれを収めるべく奔走していたハチマン・ヒキガヤはなんやかんやあって冒険者達に期待されていた。アイツなら何とかしてくれる、なんやかんやあって丸く収まる、建物とかぶっ壊れるし怪我人とかもとんでもねぇ程出るけど解決?する。そんな期待にもハチマンは背中を押された。

背中の剣のグリップを握って加熱させる。ヴィンヴィン!と赤熱した刀身を抜いて男は駆ける。

 

「今開けるから待ってくださいぃ!!!」

 

「どけぇええええ!!」

 

そんなギルド職員の懺悔に近い願いも虚しく飛び上がった彼は今までの加速と位置エネルギーを無視して急降下しダンジョンの入口である蓋の中央に刀身を突き立てるとヒビと同時に炎が迸りその蓋を瓦解させた。

 

「今行くぞ!!バカやろぉ!!!」




ごめんよ?


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