ЯeinCarnation (小桜 丸)
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Advent
 Prologue


 昔々、とある少女は誇り高き貴族の娘として生まれた。

 

「ほら見てください。可愛い女の子が産まれましたよ」

「女の子! ……はははっ、このしかめっ面はお前にそっくりだな!」

「そうですね。無事に産まれてきてくれたこと、神に感謝しましょう」

 

 少女は慈愛に満ちた修道女の母親と、誇り高き騎士の父親を持った。

 

「あなたは常に謙虚であり続けるのよ」

「お前は皆に優しくあることだ」

「はい分かりました!」

 

 少女は与えられたその謙虚さと温厚な性格によって、多くの人間に愛されていた。

 

「はぁ、はぁ……」

「まだ未熟だ。太刀筋が甘すぎるぞ」

「父上。もう一度、もう一度お願いします!」

「よし、来い!」

 

 少女は父親から剣術を学んでいた。 

 騎士である父親のように、弱き者を守るため。

 

「あなたは博愛の心を持って生きていくの」

「それはどうして?」

「命は、皆が平等に与えられたものだからよ。命の価値に優劣なんてないの。命ある者は、皆が愛される資格を持っているわ」

 

 少女は母親から博愛の心を学んでいた。

 慈愛に満ちた母親のように、皆に手を差し伸べるため。

 

「さぁ今日も神に祈りを捧げましょう」

「分かりました母上!」

 

 少女は神様に祈りを捧げていた。

 この幸せな日々が続くように、終わらないようにと。

 

「あなたぁッ……!!」

「二人とも、ここは私が引き付ける! 早く、早く走るんだぁあぁッ!!」

 

 しかし祈りは届かなかった。少女の街は隣の国に攻め込まれ、抵抗する間もなく滅ぼされる。

 

「ぐあぁぁあああーーッ!!!?」

「父上ぇぇえーーっ!!!」

 

 父親は勇敢に立ち向かったが、少女の目の前で無惨に殺された。少女は母親と共に街から逃げ出す。

 

「いい? あなたは一人でも生き残るの」

「やだっ……やだぁあっ……!」

「いつまでも――あなたのことを愛しているわ」

 

 母親は少女を先に逃がすための囮となり、人に殺された。少女は両親と故郷を失い、泥だらけになって暗闇に包まれた森の中をただ走り抜けた。

 

「うわっ!?!」

 

 悲しみと苦しみが身体に染み込んでいく。

 次第に呼吸が荒くなり、意識も揺らぐ。足がもつれ、泥水へと顔を打ち付けた。その衝撃で少女の意識は途絶えてしまった。

 

「……おい見てみろよ。こんなところにガキが転がってるぞ」   

「ホントだ。しかもかなり育ちが良さそうな服を着てるじゃねぇか」

「へへっ……。こいつ、市場で高く売れそうだな」

「あぁ間違いなく貴族に売れるぜ。この幸運、神に感謝しねぇとなぁ」

 

 少女は不幸なことに、野盗に拾われ、奴隷として売り払われることになった。

 

(どうして、どうしてこんなことに……)

 

 市場へ運ばれていく最中、少女は手を合わせ、神に祈りを捧げる。どうか優しい貴族に買われるようにと。

 

「今日からお前は俺のモノだ。もし逆らえば、すぐにでも殺してやる」

「……」

 

 しかし少女の祈りは届かない。

 不幸なことに、暴君ともいえる貴族に買われてしまった。

 

「どうして、お前は、こんなこともできないんだッ!?!」

「ごめんなさいごめんなさい!!」

(可哀想……)

 

 少女は同年齢の奴隷が鞭で叩かれる光景を何度も目の当たりにした。

 

「大丈夫?」

「……うん」

「困ったことがあったら、私を頼ってね。絶対に助けてあげるから」

 

 少女は母親から教わった慈愛の心を持ち、ボロボロの奴隷に手を差し伸べた。

 

「この絵画を傷つけたのは誰だ……?!!」

「あ、あいつです!」

「えっ?」

「あ、あいつが傷つけているのを見ました!」

 

 しかし少女はその奴隷に罪を被せられた。

 慈愛の心を持って、手を差し伸べた相手に、裏切られたのだ。

 

「この、役立たずがぁ!!」

(私は、私は助けてあげたのに……!!) 

 

 少女は鞭打ちを受けながら、生まれて初めて"憤り"を覚えた。

 

「ねぇ! あなたはどうして私のせいにして――」

「おまえ、ウザいんだよ」

「……ウザ、い?」

「哀れむような視線とか、励ましの言葉とか……何もかもが気色悪いんだよ! 俺だけじゃなくて、他の奴だって同じ意見だ!」

 

 薄暗い牢屋の中、少女は数人の奴隷から敵意を向けられていることに気が付く。

  

「そ、そんな……私はただ……助けてあげたくて……」

「だったらさ、俺たちの鬱憤をその"カラダ"で晴らさせてくれよ?」

「え?」

「どうせ死ぬまで飼われるんだ。"イイ思い"ぐらいいいだろ?」

「や、やめて! 離して!」

 

 その日から少女は、奴隷たちに強姦され続けた。何人かの奴隷が、その光景を目の当たりにしているのに、誰も助けてはくれない。

 

「どうか、どうかこの地獄からお救いください……!」

 

 少女は犯された身体で毎晩毎晩、神へ祈りを捧げた。

 

「おい、少しぐらい鳴いてくれよ?」

「……」

「見ろよコイツの顔! 首を絞められた家畜みたいだぜ!」

 

 しかし祈りは届かない。

 少女は抵抗する気力すら失い、冷たい地面の上で成すがままになっていた。

 

(……)

 

 ふと少女が視線を逸らせば、そこには丈夫そうな木の棒が転がっている。

 

「……っ!」

「うおぉっ!?」

 

 少女はその瞬間、奴隷を押し返し、木の棒を右手で握りしめた。

 

「何だよ急に?」

「……ね」

「あ?」

「死ねぇええぇぇッ!!」  

 

 父親から教わった剣術は、弱き者を守るために振るうと誓ったが、

 

「や、やめっ――」

「いなくなれッ! 消えろ、くたばれ、死ねぇぇええぇぇッ!!」

 

 弱き者である奴隷を殺すために、初めて振るうことになった。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 奴隷を数人殺害し、少女は動かない遺体を蹴り飛ばす。少女は生まれて初めて"殺意"を抱いたのだ。

 

「殺してやる殺してやる……全員、殺してやる……!!」

 

 見ていただけの奴隷たちも殺してしまった。

 その場に駆け付けた見張りの者も、不意討ちで殺す。

 

「どこだ? あいつは、どこにいる……!!」

 

 少女は牢屋から飛び出し、暴君である貴族を探した。

 

「見つけた!!」

「なっ、貴様一体何をして――」

「死ねッ!!」

 

 辿り着いた部屋で貴族を見つければ、少女は飛びかかり、木の棒で滅多打ちにする。気が付いた頃には、貴族は苦しみに満ちた顔で死んでいた。

 

「……?」

「ひッ……」

 

 部屋の隅にうずくまっている十代もいかない少年。

 少女は少年を目にすると、木の棒を床に落とし絶望した。

 

(どうして、こんなヤツの子供がのうのうと幸せに暮らしているの? 人の為に何もしないこの子供が、幸せなのはどうして?)

「こ、ころさないで……」

(私は、皆の為に尽くしてきた。幸せになるべきは、私でしょ? 不幸になるべきは、こういう連中でしょ?)

 

 少女は救いを求め、毎日のように神へ祈りを捧げた。

 神様が助けてくれると、神様が幸福を与えてくれると信じて。

 

「あぁそっか」

「たすけて、たすけて……!!」

「神様なんて――いないんだ」

 

 少女は、少年の首を両手で締め上げる。

 

「ぐっ、や"め"て"ぇ……」 

「……」

「ぁっ……!!」

「……」

「――――」

 

 動かなくなった少年から手を離し、落ちている木の棒を拾い上げると、少女は館の出口へと歩き出した。

 

「すべてを奪ったヤツラから、すべてを奪い返してやる……」

 

 "憎しみ"を強く抱いた少女。そんな少女の右脚の太ももには【ЯeinↃarnation】と刻まれた紋章が浮かび上がっていた。

 

 

 

 



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0:Orphanage
0:0 "――――"


 暗闇に包まれた無音の世界。

 彼女は生まれたままの姿でそこに倒れていた。年齢は十代後半。容姿端麗という言葉が相応しい身体つきと顔つきだ。

 

 ――ここはどこだ?

 

 うつ伏せのまま、彼女は静かに目を覚ます。手先の感覚を確かめながらも、ゆっくりと顔を動かして辺りを見渡した。

 

 ――何もない。

 

 彼女は立ち上がる前に自分の姿も確認したが、衣服を纏わぬ自らの姿を恥じることはない。羞恥心が失われているのだろうか。

 

 ――立たないと。

 

 彼女は使命感に駆られた様子で、何とかその場に立ち上がった。一瞬だけふらついたせいで、彼女のやや控えめな胸が少しだけ揺れる。

 

 ――私は何だ?

 

 彼女は無意識に状況整理をしようとするが、何も思い出せない。数秒前の記憶はおろか、自身の名前すらも。

 

「よくぞここまで辿り着いた。選ばれし人間よ」

 

 立ち呆けている彼女の傍へ、黒色のコートを羽織った男がどこからともなく歩み寄る。その右手には、持ち手が銀で加工された黒色の杖を握っていた。

 

 ――選ばれし、人間。

 

 彼女は朦朧とする意識の中で、目の前に立っている男の顔を見ようとする。

 

「少し言い方を変えよう。お前は選ばれし転生者だ」

「……転生者」

「転生先は異世界でも現代でもない。一つの世界に永遠と転生をし続ける転生者だ」

 

 しかし視界がぼやけてハッキリと視認できない。彼女は直視しようと、何度も瞼の開閉を繰り返す。

 

「その肉体が"少女"であろうとも少年であろうとも、お前は転生者であり続けた」

「……少女」 

「肉体の半分が人間でなくとも、お前は人間であり続けようとした」

「……半分」

 

 彼女は小さな声で呟きながら立ち膝をついた。先ほどから押し寄せてくる頭痛が、より一層激しくなっていく。

 

「お前は前世の記憶を引き継ぐ者――"リンカーネーション"としての役目を果たしたのだよ」

「……リンカーネーション」

「思い出そうと無理をする必要はない。お前の記憶が消えていても、選ばれたことに変わりはないのだ」

 

 どこかで聞き覚えのある言葉を、彼女は繰り返し呟いていた。何度も呟きながら、どこで聞いたのかを思い出すため、必死に自身の頭を揺さぶる。

 

「お前は戦い続けた。お前たち人間の敵である食屍鬼(グール)や……」

食屍鬼(グール)

「……吸血鬼(きゅうけつき)とな」

吸血鬼(きゅうけつき)――」

 

 男の言葉を耳にした瞬間、脳裏にフラッシュバックする光景。共に押し寄せてくる激しい頭痛。彼女の意識は即座に途絶え、視界は真っ白に染まった。

 

 

 



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0:1 Hybris

 自分自身の前世を覚えている人間が、この世に存在するのだろうか。

 

「ヒュブリスゥゥーーーー!!!」

「喚くな。耳障りだ」

 

 答えは否、誰も前世など覚えていない。

 人生は一度きりだ。スタートからゴールまで辿り着けば、再びスタート位置へと戻される。道中の出来事も、すべてが変化してしまうだろう。

 

 これが人間の生から死への順路。

 とても単純で、とてもお粗末なものだ。

 

 しかし私はそれを幸福だと考えている。

 無知による幸せだと。新たな人生を歩める幸せだと。

 

「静かにさせてやる」

「グ…ァ…アァァアッーー!!」

 

 何故そう考えるのか。

 私の目の前に這いつくばるコイツを見てみろ。コイツは生半可な思考で不老不死の"吸血鬼"となり、人間としての尊厳を失った"愚か者"だ。

 

「よく聞き取れないな。命乞いをするならもっと叫べ」

「ァ"ア"ァ"ァ"ア"!!」

「ああそうだった。貴様は命乞いをしないヤツだったな」

「ヒュ……ブリズッ……!!」

 

 コイツは吸血鬼の親玉――"公爵"と呼ばれる存在。

 

「ギザマさえ……ギザマさえいなければァァーー!!」

「そうだな。私が存在しなければ、お前はこの時代で人間を蹂躙できたことだろう」

 

 私は床に転がっている銀色の杭を手に取り、這いつくばる公爵を見下す。

 

「だが私はここに"存在"する」

「ガッ――?!!」

 

 そして公爵の心臓に銀の杭を突き刺し、 

 

「――永久(とわ)に眠れ」

「グギャァ"ア"ァ"ア"ァ"ァ"ーー!?!」

  

 銀の杭を押し込むように踏みつけた。公爵はその場で惨めにのたうち回ると、肉体が灰となり消えていく。

 

「この時代は、これで殲滅だな」

 

 吸血鬼共は古代から中世に渡り、繁殖をし続けてきた。いつの時代も、人間たちを貪り続けてきた。

 

 だから私は、この愚か者たちを殺し続けている。

 前世のさらに前世の――もっと前の前世から。

 

「……次の出番はいつだ」

 

 だから私は、次の時代もこの愚か者たちを殺し続ける。

 来世のさらに来世の――もっと先の来世まで。

 

「――"千年後"か」

 

 前世の記憶を継承し、来世も今の記憶を継承する者たち。転生を行えば行うほど、肉体が強化され、膨大な知識を得られる。

 

 私たちのような人間は身体のどこかに"ReinCarnation(リンカーネーション)"と記された紋章が刻まれている。神から与えられた使命は、人道を逸れた者たちへの――吸血鬼共への粛清。

 

「聞いているか愚かな神。貴様のせいで、仲間がまた殺された」

 

 私たちは不死のようなものだ。もし殺されても、何百年後かには前世の記憶を継承したまま赤子として甦る。

 

「二度と転生できない醜い肉体にされてな」

 

 だが一度吸血鬼となってしまえば、リンカーネーションとしての証は消え失せてしまう。もう二度と、この世に生まれ変わることができない。

 

「貴様らに――私は頼らない」

 

 上位に区分される吸血鬼を殺したとき、亡骸の側に血文字で"ReinCarnation"とサインする掟がある。これは『神の遣いが粛清した』と伝えたいだけの、哀れな自己顕示欲に過ぎない。

 

 私の左脚の太ももにも"ReinCarnation"という証が刻まれているが、神に対しての信仰心は微塵もない。

 

(さぁ、次の時代へ転生しようか)

 

 これで公爵を始末し、私の役目を終えた。今から千年の間は他の者たちが、吸血鬼共を殲滅する役目を担ってくれるはずだ。

 

「もう逝っちまうのか"嫌われ者"」

「"自信家"、お前が遅いだけだ。また神に祈りでも捧げていたのか?」

「おいおい、祈りを捧げるべきはテメェの方だぜ」

 

 私に声を掛けてきたのは"十戒"の一人――"キース・プレンダー"。

 

「教えていなかったな。私がこの世で嫌いなものは上から順に、吸血鬼・神・ピーナッツバターだと」

 

 "十戒"とはリンカーネーションの中でも優秀な十人の人間たちだ。神から最も愛された十人の人間……とでも言っておこうか。

 

「おおそうだったのか。それならテメェがあの"ゴミ共"みてぇになったら、ピーナッツバターを塗りたくった杭を突き刺してやるよ」

 

 この者たちは転生回数と吸血鬼共を粛正した数は、頭一つ抜けている。神から与えられる"加護"という能力で、常に吸血鬼共を圧倒していた。

 

「流石だな"自信家"」

 

 信仰心が無ければ、加護は与えられないうえに扱えない。だからこそ神を嫌悪する私は加護を扱えないが、

 

「人間の私にすら勝てないというのに、吸血鬼になった私を殺せる自信があるなんて」

 

 十戒は加護を持たぬ私よりも格下だ。何度か手合わせをさせられたが、私からすれば大した実力ではない。

 

「……"ステラ"の野郎。コイツのどこがいいんだか」

「あの"小娘"に伝えておけ。私が次に転生する時代は五百年後だと」

「嘘をつけ。千年後だろ」

「盗み聞きをしていたのか。十戒で"不偸盗"を務めているというのに、情けない男だな」

 

 私はこの男を嘲笑ってやると、自身の心臓に銀の杭を突き刺した。

 

「チッ、早く逝っちまいな。"嫌われ者"」  

 

 自ら命を絶つ際は、肉体が吸血鬼化しないように杭で心臓を突き刺す必要がある。初めは躊躇するが、私はもう慣れてしまった。

 

「自信家、そういえば聞き忘れていた。お前はここへ何をしに来たんだ?」

「後処理だ後処理。"ノア"が『どうせヒュブリスが公爵を始末するだろう』ってな」

「あぁなんだ。お前はただの雑用だったのか」

 

 そんな私の呼び名は神への謀反を象徴する"Hybris(ヒュブリス)"。蔑んでいるつもりなのだろうが、気にしたことは一度もない。

 

「私は先の時代に逝く。後の時代はお前たち"十戒様"の出番だ」

「うるせぇ。さっさと逝け」

 

 何故なら私は、

 

(怯えて眠れ。吸血鬼共)

 

 吸血鬼共を殲滅する――その為だけに生まれてくるのだから。

 

 



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0:2 Alexia Bathory

 長い青髪に、青の瞳。

 歳相応の平均的な女の身体。

 

「わぁー! 待て待てー!」

「うわっ…逃げろー!」

 

 私はいつも通り転生をし、いつも通り人の赤子として生まれ、前世の記憶を思い返しながら、成長する日々を過ごす――はずだった。

 

(……運が悪い)

 

 結論を述べよう。

 私は人間と吸血鬼の血が混じる"ハーフ"となった。しかも生まれた瞬間からだ。なぜこのような事態が起きたのか。それは出産と同時に理解をした。

 

(まさか私を宿した"母体"が吸血鬼だったとはな)

 

 私を身ごもった母体と男体は、吸血鬼による奇襲を受けたらしい。男体の遺体は行方不明となったが、吸血鬼となった母体だけは搬送された。

 

 その後、赤子である私を助けるために苦肉の策である帝王切開を行ったようだ。

 

(吸血鬼共の血が流れているなんて……吐き気がする)

 

 結果として母体は死亡。父親も行方知らず。引き取り先もいない私は、孤児院に送られた。与えられた名前は"アレクシア・バートリ"。

 

 この名前を考えたのは今は亡き母体と男体。アレクシアは母体と男体が考え、"バートリ"は母親から引き継がれたものだろう。

 

「おいアレクシア……! お前はまた他の子を泣かせたな!?」

「私はあの幼児に『代わりに掃除当番をやれ』と命令された。それを『嫌だ』と断っただけだ」

「ならどうして怪我をしているんだ……!?! お前が原因だろ!?」

「私からは手を出していない。向こうから手を出してきた。それを避けただけだ。怪我をしているのは知らん」

 

 孤児院の環境は最悪だった。

 私たち幼児は、まともな食事も与えられず、まともな教養も与えられない。寄付された資金はすべて神父の娯楽行きだ。

 

「お前はまた食糧庫で盗み食いをしたなぁ!?! この薄汚い鼠めが!!」

「ちがうっ…ちがうよっ…!!」 

(弱い者に対して暴力を振るうか。やはり人間も吸血鬼と変わらないな)

 

 最悪な孤児院生活。

 今まで歩んできた人生に比べれば、苦でもなかった。しかし唯一不便だと感じた点が一つだけある。

 

(……しかしまぁ、ここでは得られる情報が少なすぎる)

 

 この時代に関する情報を孤児院では多く得られない。本棚に並べられている本をありったけ読み漁ったが、すべて絵本という名のおとぎ話ばかり。

 

 千年後なのは自身の戸籍を確認済みのため真である。謎と不信感が深まるばかりの日々を送り続け、私は"少女"と呼ばれる十二歳まで成長をした。

 

「おーっすアレクシア……って、また本なんて読んでんのかよ?」

「こら"イアン"! またアレクシアちゃんの邪魔をして……!」

「ちげぇーよ"クレア"!! 俺は邪魔なんてしてない!」

 

 あの暴君神父でさえ手に余る私は、当たり前だが同じ境遇の"孤児"たちに避けられている――この二人を除いて。

 

「静かにしてくれないか。私は読書中だ」

「ほら邪魔してるじゃない!」

「お前が喚くからだろぉー!! それに『またアレクシアちゃんから話を聞きたい~』って言ってたのお前じゃねーか!」

「ちょ、ちょっと!? 私はそんなこと言って――」

 

 茶髪の少年の名は"イアン・アルフォード"。金髪の少女の名は"クレア・レヴィンズ"。話によれば二人は『吸血鬼に両親を殺された』ことで、孤児院へと送られてきたらしい。

 

「……何の話が聞きたいんだ?」

「前に話してもらった『百匹以上の吸血鬼を独りで倒した人』の話!」

「やっぱりお前、アレクシアから話が聞きたいだけじゃねぇか……」

 

 私は暇つぶしにこの二人へ話をしてやる。

 話といっても、私が歩んできた前世の記憶から引っ張ってきた話だ。つまりは私の思い出話をしているだけ。

 

「――そこで現れたのは吸血鬼の親玉である"公爵"だ。その強さも他の吸血鬼共とはわけが違う。ただの人間なら、すぐに首を刎ねられてしまう。彼女も公爵と出会ったのは初めてだった」

「……怖い」

「しかし人間である彼女は、ある方法で公爵を圧倒した」

「ある方法って、何だ?」

「持ち前の経験と知識で圧倒したんだ。公爵を"銀の棺"という罠にはめてな」

 

 "銀の棺"。

 十字架の銀を溶かして作り上げた代物。通常の吸血鬼ではなく、"公爵専用"の処刑道具として私たち"ReinCarnation"の間で作られた。

 

「"銀の棺"の中へ公爵を叩き込むことで、封印することができる」

「封印した後はどうするの?」

「"銀の棺"を外に放り出し、紅茶を啜りながら朝まで待つんだよ。後は太陽が公爵を灰にしてくれるからな」

「すげぇー! 公爵ってそうやって倒せるんだな!」

  

 この二人は主に"吸血鬼"に関する話を好むようだ。特に人間と吸血鬼の戦いは大好物らしく、瞳を爛々とさせて熱心に話を聞いていた。

 

「俺も将来はこうして、こうして、こうやって……! 吸血鬼たちをバッタンバッタンと倒してみせる!」

「……殺せるといいな」

 

 イアンは適当に拳を振り回したりして、吸血鬼を倒すイメージトレーニングをする。そんな動きで勝てるはずがないだろう、と私は独白しつつ鼻で笑った。

 

「あっ、そういえばさっき盗み聞きしたんだけど……。明日、ここにお客さんが来るらしいよ!」

「お客さん……? 誰だよそいつ?」

「なんか"吸血鬼を殺す神の遣い"らしいよ! 私たちのことを見物しに来るんだって!」

「"神の遣い"だって? それは本当か?」

「うん。神父が修道女と話してたよ。『明日は神の遣いが訪れるから、子供たちに幸せそうにするよう言っておけ』って」

 

 神の遣い。

 おそらくは"ReinCarnation"の者。十二年間も怠惰な時間を過ごしたが、やっとまともな情報を得ることができそうだ。 

 

「さて、床に就く時間だ」

「えーっ!? もっと話を聞きた――」

「もう二十三時だぞ。子供はおとなしく眠れ」

「いやいや、お前も子供だろ……」

 

 グチグチと文句を述べる二人を、私は寝室へ帰るように促す。その最中、クレアが私の左脚の太腿に巻かれた絹の布を見た。

 

「……その脚の怪我、まだ治らないの?」

「完治はしているが、まだ傷跡が残っていてな」

「治ったんなら取ればよくね?」

「いいじゃないか。私の好きにさせろ」

 

 怪我を負ってもいないし、傷跡が残っているわけでもない。周りから目立たないように、リンカーネーションとしての紋章を隠しているだけだ。

 

(ЯeinCarnation。最初の文字が反転しているのは、私が半分吸血鬼だからか)

 

 本来は『ReinCarnation』と刻まれている。紋章の文字が反転したのは、肉体に吸血鬼の血が流れていることが原因。このような事態は初めて経験する。

 

「……さぁ、もう行け」

 

 私は考えるのを止め、とにかくこの二人を厄介払いすることにした。

 

「うん。おやすみアレクシアちゃん!」

「おやすーアレクシア!」

 

 イアンとクレアが寝室に向かうのを確認すると、私は本を閉じて、一人で食糧庫へと歩き出す。

 

(相も変わらず葡萄酒ばかりだな)

 

 南京錠をか細い針金で外し、食糧庫の棚に置かれている質素なパンと薄っぺらいチーズを手に取る。

 

(とても食えたもんじゃないが……。土を食べていた時代に比べればマシか)

 

 食糧庫で盗み食いをしていた薄汚い鼠は私だ。夜な夜な食糧庫へと忍び込み、大して美味しくもない食べ物を貪っていた。

 

(今度はコイツの髪の毛だな)

 

 そして腹が満たされたら、適当な孤児の髪の毛を数本床に落として、食糧庫からおさらばだ。朝になれば、愚かな神父は髪の毛を証拠に、その孤児を犯人だと決めつける。

 

(……眠ることにしよう)

 

 寝室に戻れば、小汚いベッドの上にクレアとイアンが二人で眠っていた。この二人に情など与えるつもりはないが、

 

(運が良い子供だ)

 

 完全に孤立してしまえば悪目立ちをする。

 その面では二人に助けられているといっても過言ではない。だからこそ、食糧庫の罪を擦り付けることはしなかった。

 

「……神の遣いか」

 

  

―――――――――――――――――

 

 

 時刻は深夜。場所はとある一室。

 神父は両手をさすりながら、窓際に立つ黒のスーツを纏った男性にこう尋ねる。

 

「明日はいよいよ"神の遣い"が訪れる日です。例の計画も、もちろん決行されますよね?」

 

 嫌な汗を垂らしながら、神父は引き攣った笑みを浮かべていた。対して男性は窓の外に浮かぶ月を眺め、

 

「ええ明日です。明日、この孤児院で決行します」

「で、では約束通り! 例の"報酬"も頂けるということで……!!」

「ええ約束ですから」

「私の命だけは助けて頂ける約束も……」

「ええ私は守りますよ」

 

 そして振り返り、ニヤリと神父へ笑みを浮かべた男性の口元には――真っ白な牙を覗かせていた。

 

 

 



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0:3 God Messenger

 私たちは現在、孤児院の入り口へ立たされている。神の遣いとやらを迎えるための作法だと神父は述べていたが、私が向こうの立場なら非常に鬱陶しいと感じてしまう。

 

「いいか? お前たちはこの孤児院で幸せに暮らしている。お前たちは優秀な子供だ。そう自分に暗示を掛けろ」

(何を言っているんだこの親父は)

「後は私がお辞儀をしたら、お前たちも同じように頭を下げるんだぞ……!」 

(どの時代も、身分の差は消えないものだな)

 

 しばらく経つと、前方に一台の馬車が見えてくる。馬はどうでもいいとして、馬車本体は薄汚れた銀色に染められていた。まさかすべて銀で作られているのかと一瞬目を疑ったが、

 

(……なるほど。木製で馬車内部を構成し、外側を銀で加工してあるだけか)

 

 どうやら外側を銀で加工しているだけらしい。

 私が知っている時代では無加工の馬車のみだった。この千年後の時代に生まれ、やっと時代の進歩を感じるとはな。

 

「皆様方、ようこそ私共の孤児院へ!」

 

 神父がお辞儀をすると私たちは命令されていた通り、頭を下げてお辞儀をした。

 

(私に頭を下げてもらえるんだ。あの馬車には大物がいてくれないと困る)

 

 地面を見つめていると馬車が停止し、足音が徐々に近寄ってくる。人数はおそらく二人だ。

 

「顔を上げろ」

 

 第一声は青年の声。

 私たちは声と共に顔を上げ、視線の先に立っていた者たちはやはり"二人"。第一声も印象通り、成人していないであろう若々しい人間だった。

 

(何だあの恰好は?)

 

 若者たちはコートを羽織り、十字架が装飾された衣服を着ている。その配色はどれもが黒色を基調。"神の遣い"がそのような恰好をする決まりなどなかったはずだが。  

 

(たかが二人に馬車を用意するとはな。貴族か何かか?)

 

 それにとてつもなく"弱そう"だ。幾度の転生を繰り返してきた"リンカーネーション"。私たちはこんなにも弱くはない。

 

「立ち話も何ですし、中へどうぞお入りください!」

「心遣い。感謝する」

(……どうも胡散臭いな)

 

 というより"ただの人間"にしか見えなかった。

 神の遣いを装った盗賊なのか、それとも本当にこの二人が神の遣いなのか。不信感を抱きながらも、私たち孤児は神父と若者二人についていく。

 

「この孤児院はいつから?」

「三十年以上前から身寄りのない子供たちを引き取っています。立派に成長するまで、私共が何一つ不自由のないよう世話をしておりまして――」

 

 神父は若者二人に対して、見え透いた媚びを売っていた。

 話を聞きたいのは若者二人からだ。面倒なことに神父がひたすら喋り続けるせいで、有益な情報を得られない。

 

「……なぁなぁ、神の遣いカッコよくね?」

「分かる! とっても強そうだよね!」

(残念なことにカッコよくも強くもない)

 

 イアンとクレアの発言に内心呆れつつも、若者二人を後方からよく観察してみる。

 

(……身の回りは充実しているな)

 

 どうやら武装の面はしっかりとしているようだった。

 左腰に据えた剣。何らかの特殊な材質で作られた衣服。そして右脚のホルスターに入れられた数本の"杭"。"吸血鬼"と戦うための武装だ。

 

「私は"神の遣い"様とお話をする。"いつも通り"、"元気よく"、"子供らしく"……過ごしていなさい」 

 

 神父は私たちにその三つの言葉を強調すると、二人と共に神父室へと消えていった。いつも通りと言われたところで、やることは何も変わらない。私は適当な場所で、本を読むことにした。

 

(……見られているな)

 

 視線を感じる。

 私を見ているのは神の遣いとやらの一人。身体全体を舐め回すような視線。そのような視線を送るのは、素質を見抜くためではない。

 

(あの神父、私たちを売る気だな)

 

 もう一人の神の遣いが観察しているのはクレア。

 間違いなく、私たちの品定めをしている。

 

(吸血鬼の血が原因か)

 

 吸血鬼は老若男女をその美貌で魅了する力を持つ。私の身体にも吸血鬼の血が流れているせいで、私は"そういう視線"で見られるのだろう。

 

(面倒だ。今回は非常に面倒だ)

 

 転生を繰り返しても、容姿はほとんど変わらない。

 髪色・瞳の色などはすべて引き継がれ、前世の姿とほぼ変わらぬ姿へと成長を遂げる。だからこそ私はこの時代でも青髪に、青の瞳を引き継いでいた。

 

(今回は男体を引くべきだったな)

 

 しかし性別だけは変わる可能性がある。

 これは選ぶことができず、運頼みだ。もし選べるのならどの時代も、抜群の快適さを持つ"男体"を選んでいる。

 

「アレクシアにクレア。こちらへ来なさい」

「はーい?」

 

 時間が経てば、私とクレアは神父に呼ばれた。

 

「今夜の零時。神の遣い様方のお部屋を尋ねなさい」

「えっ!? どうして私とアレクシアが……」

「君たち二人は選ばれたんだ。神の遣い様に」

(選ばれたか。あながち間違ってはいないな) 

 

 そして神父が去っていけば、クレアは瞳を輝かせて私の顔を見る。

 

「ねぇ私たち、選ばれたんだって!」

「そうだな」

「神の遣い様に選ばれたんだよ? もっと喜ぼうよ!」 

 

 何をされるのか分かっていない。

 何故ならそこまでの知識を得ていないから。無知な少女は自慢をするため、一目散にイアンの元へと駆け寄る。

 

「何だってぇーー?!! 神の遣いに呼ばれただとぉぉ!!?」

「へへーん。羨ましいでしょ?」

「いいなぁいいなぁ……! 俺も一緒に連れて――」

「ダメだよ! 呼ばれたのは私とアレクシアだけなんだから!」

 

 さて、この局面をどう乗り越えようか。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 約束の時間。

 私とクレアは蝋燭の灯だけが頼りの廊下を歩き、神の遣いとやらの部屋の前に立っていた。

 

「これ、ノックすればいいのかな?」

「おそらくな」

「でも寝ていたら失礼かも……」

「呼んだのは向こうだ。寝ているのなら無理やり起こしても問題ない」

「す、少し緊張してきた」

「何をしている?」

 

 いつまで経ってもノックしない。

 私は「時間の無駄だ」と言って、木製の扉を三度叩いた。

 

「ま、待ってよ…! まだ緊張して――」

「ああ君たちか。来てくれたんだね」

 

 すると扉が開き、向こうから二人の若者が姿を見せる。

 顔に張り付いた笑顔はとても安っぽい。

 

「まぁ取り敢えず、ここへ座ってくれ」

「は、はい!」

(孤児院に支給された資金を、どこにつぎ込んでいるのかと思えば……)

 

 私たちを迎えたのは、豪勢な部屋。

 金の額縁に飾られた絵画。高品質な生地で作られたダブルベッド。もし「ここは有名な貴族の部屋です」と言われれば、信じてしまう。

 

「君たちって、"こういう"のは初めて?」

「え、えっとぉ……。"こういう"のって?」

「ラッキーだな。この子はまだ未体験だぜ」

 

 やや陽気な若者が選んだのはクレア。

 顔の肌が薄汚れている若者が選んだのは私。身体を舐め回されるようなこの感覚は、相も変わらず反吐が出る。

 

「準備をするからそこで待っててね」

「君は先に服を脱いでおくんだ」

(どうしたものか)

 

 私は命令をされ、仕方なく絹のワンピースを脱ぎ捨てた。下着姿で立つ私の隣で、クレアは首を傾げている。

 

「どうして服を脱ぐの? 病気とか、そういうのを調べるのかな?」

「私たちは"強姦"されるんだよ」

「え?」

「いや、売春の方が正しいか。私たちはこれからあの男二人に"奉仕"をする」

「奉仕って……私は何をすればいいの?」

「祈るんだよ。危険日じゃないことをな」

 

 しかしただでは身体を売らない。

 貰える情報は、すべて貰っておくのが吉だ。私は下着姿で、一枚ずつ服を脱いでいる若者二人に「少しいいか?」と声を掛ける。 

 

「んん、どうしたんだ?」

(……本物の証だな)

 

 よく見ると半裸になった陽気な若者と薄汚れた若者の背中には、ReinCarnationと記された紋章が刻まれていた。どうやら偽物ではないらしい。

 

「私はこの孤児院へ送られる前、ほぼ毎日奉仕をしてきた。その技術でお前たちを存分に楽しませてやれる。それをここで約束しよう」

「ヒュー! いい子を選んだなお前!」

「だがその前に……聞きたいことがある」

「聞きたいことだって?」

 

 ここで身体を売ることに何も思わない。

 今はむしろこの時代の情報が必要だ。情報が得られるのであれば、私はいかなる手段も問わない。

 

「吸血鬼共の状況はどうなっている?」

「吸血鬼の、状況だって……?」

「何を惚けている。お前たちはリンカーネーションの者だろう?」

「そりゃあそうだけど……。状況なんて聞かれてもな。俺たちの方が"かなり劣勢"としか言えねぇよ」

「劣勢、だと?」

 

 私が転生したのは千年後。

 いつの時代も私たちが劣勢となったことは一度もない。私がいない五百年の間はあの"十戒"もいるはず。劣勢となることはあり得ない。

 

「千年の間に何が起きた? 私たちが劣勢なら、お前たちはこんな場所で油を売っている場合じゃないだろう」

「んなこと言われても。そもそも子供のお前がどうしてそんなことを聞くんだよ?」

「分からないのか? 私はあの"ヒュブリス"だ」

 

 私の正体に気が付かない二人に、あの呼び名を伝える。どの時代も浸透していた最悪の呼び名。これでおおむね理解ができるはず……。

 

「――誰だそれ?」

「……!」

 

 が、若者二人は何も知らない様子だった。

 

(まさか、な……)

 

 私は何か嫌な予感がし、質問を変えてみる。

 

「お前たちは"十戒"を知っているか?」

「あぁ十戒様ね。あの方たちを知らない人はいないな」

「なら十戒の一人、"キース・プレンダー"という男は?」

「キース・プレンダー……。プレンダー家のやつか?」

「そうだ。十戒にいるだろう」

「いいや、今の十戒にはキース・プレンダーなんていないぞ」

 

 十戒は、人員が入れ替わることがない。

 理由は至極単純。転生をすることで死ぬことがないから。

 

(何が起きている)

 

 もし仮に十戒の人員が入れ替わる場合、それは――

 

(十戒が、吸血鬼共にやられたというのか?)

 

 ――吸血鬼によって殺された時だ。

 



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0:4 Suprise

 

「んじゃあ、そろそろお楽しみといきますか」

 

 私は薄汚い若者に身体を触られる。

 陽気な若者はクレアの元へと半裸で歩み寄り、少女の衣服に手を掛けた。

 

「あ、あの! 服を、どうして脱いで……」

「大丈夫。俺、優しいからすぐ慣れるよ」

「えっ、や、やだっ…!」

 

 クレアはすぐに陽気な若者の手を弾き、部屋の隅へと逃げる。私はそれを眺めながら、発育途上の身体を満遍なく触られていた。

 

「怖くないよ。慣れればへっちゃらだって!」

「い、いやっ…! 来ないで、来ないでよ!」

「ほら、あの子だって平気なんだからさ。俺たちも大丈夫だよ」

「助けて、だれか助けてぇぇーー!!」

(残念ながら、この孤児院では誰も来ない)

 

 陽気な若者は助けを請うクレアの服を無理やり脱がし、ベッドの上で押さえつける。ジタバタと暴れるが、華奢な少女が敵うはずがない。 

 

(初めての体験はいつだったか……)

 

 寝込みを襲われたときか。

 野蛮な人間共に袋叩きされたときか。

 前世が多すぎて、あまり覚えていないな。

 

「うおぉりゃぁぁああッ!!」

「ぐふっ!?!」

 

 などと考えていれば扉が開いて、イアンが私の前に立っている薄汚い若者を突進で吹き飛ばす。

 

「ガキ、お前は何をし――」

「クレアに触るなぁぁあ!!」

「うぼぁっ?!!」

 

 もう一人の若者が目を丸くしていれば、イアンは置かれていた花瓶を頭部目掛けて投げつけた。

 

「イアン…!」

「アレクシアにクレア! 早く自分の部屋に逃げるんだ!」

「こんの、クソガキがぁぁ……!!」

「――ッ!!」

 

 イアンは薄汚い若者に蹴り倒され、床に這いつくばる。 

 

「俺のことはいいから逃げろ!」

「で、でもっ……」

「いいから早く!!」

「……アレクシア、逃げよう!!」

 

 私はクレアに手を引かれ、豪勢な部屋を飛び出した。特に逃げるつもりはなかったが、必要な情報は得られたため、もうあの若者に用はない。

 

「はぁ…はぁ…」

(にしても、まさか助けに来る者がいるとはな)

 

 寝室に到着すると、クレアは息を荒げながら座り込む。

 

「イアンが、助けてくれたけど…」

「……」

「どうしよう。イアンはあの人たちのところに残って……」

 

 私はクレアの話を聞きつつ、ベッドの裏に隠してある絹のワンピースを着る。念のために、衣服の予備を盗んでおいて正解だった。

 

「戻る必要はない」

「えっ?」

「助けを受けたんだ。戻ることはその助けを無駄にするだけだろう」

「でも、でもイアンは私たちが助けてくれることを信じて――」

「信じる方が悪い。信じているから裏切られるんだ。信じなければ裏切られない」

 

 クレアはその場に立ち上がり、むっとした表情で私の前に立つ。

 

「そんな言い方はないでしょ!? 私たちは助けてもらったんだよ!?!」

「確かに助けてもらっただろうな」

「だったらどうしてそんなこと――」

「だがそれは『助けて』と叫んだお前の話だ。私は一度も『助けて』と叫んでいないし、助けを求めたつもりはない」

「そ、それは……そうだけど……」

「お前に勇気と知恵があるのなら、一人で助けに行けばいい。私はどちら側にもつかないが」

 

 私が言葉を返せば、クレアは何も言い返せないまま項垂れていた。

 

(……少々言葉が強すぎたか)

 

 その後、クレアは行動は起こさない。

 ただベッドの上で、静かに時間が過ぎるのを待つだけだった。

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 朝日が昇れば、いつも通りの朝礼は当然だが始まらない。

 

「昨晩、神の遣い様の元に不届き者が侵入したそうだ」

 

 昨晩の話題を神父が上げると、あの若者二人がボロ雑巾のようなものを私たち孤児の前に転がした。

 

「イアン…!」 

 

 よく見ればボロ雑巾ではない。

 少年イアンだった。髪の毛は毟られ、顔には擦り傷だらけ。身体は言わずもがな打撲傷や血で塗れていた。

 

「愚か者イアン・アルフォード。お二方に殴り掛かり、怪我を負わせた。この愚か者は私たち孤児院に不幸をもたらす存在だ」

「イアンは、イアンは死んでないよね……?」

「生きているな。"半殺し"程度だろう」

 

 うつ伏せに倒れながらも、肩で呼吸をしている。確実に殺されているだろうと予測していたため、半殺しで済んだのは意外だった。

 

「よってこの愚か者を今日から一週間――イアン・アルフォードを地下牢に閉じ込める」

「地下牢?!」

「お二方はこの愚か者にチャンスを与えてくださった。この程度で許しを与えるなんて、なんて慈悲深い方々なのだろうか」

(話が長いな……)

 

 私が欠伸をしている横で、クレアは顔を真っ青にしている。死刑や処刑という言葉が出てこなかっただけで、まだ運が良い方だろう。

 

(……食事を持っていくつもりか)

 

 その日の昼食や夕食の時間。

 クレアは姿を暗ましていた。自分のパンを衣服の中に隠していた……ということは、深夜にイアンの元へ持っていくつもりだ。

 

「アレクシア。お前はどうして昨晩――」 

「私とクレア・レイヴィンズは"部屋に行け"と命令されただけで、"売春をしろ"などと命令されていない」

「……!」

「私たちは"部屋に行け"という神父の命令に従った。文句があるなら、最初から堂々と"売春をしろ"と言え」

 

 神父からの咎めは、私一人でやり過ごした。コイツは私を嫌っていると同時に苦手としているため、舌打ちをしながらすぐにどこかへ去っていく。

 

(今日は何もする気が起きないな……)

 

 日がすっかりと沈むと、辺りが暗闇に包まれる。私は惰眠をしようと、孤児院の汚い廊下を歩いて寝室へと向かっていたのだが、

 

「……?」

 

 その場に足を止めた。

 

(……おかしい)

 

 空気の流れが異様だ。

 臭いも何かが違う。私は不自然さを感じ、視線を下した。

 

「――血痕」

 

 血液の跡。

 私はその血痕を指先でなぞる。

 

(十分前。まだ新しいな)

 

 良からぬ事態。

 脳内で"アイツら"の姿が過り、血痕の後を辿っていく。

 

「うわぁあ"あ"あ"ぁぁぁあ"あ"あ"ーー!?!」

(悲鳴?) 

 

 その最中、あの薄汚い若者の叫び声がした。

 血痕の先とは真逆の方向。つまり私の後方からだ。

 

(ついに……)

 

 叫び声のする方向へと駆け足で向かう。途中で棚が倒れるような物音が何度か聞こえると、再びあの若者の叫び声がした。 

 

「ぎぃゃぁあ"あ"ぁあ"あ"あ"ぁあ"ぁぁあ"ーーッッ?!!」

 

 次に聞こえてきたのは断末魔と肉が千切れる音。

 私は声のする広間へ辿り着くと、静かに覗き込んでみる。

 

「やめろぉお"ぉお"お"お"ーーッ!! やめてくれぇぇえ"ぇ"え"ーーーー!!」

「「「キャハハハッ!! キャハハハァッ!!!」」」

(あれは――)

 

 あの薄汚い若者が数人の孤児に囲まれていた。

 じゃれているようにも見えるが、孤児たちは笑いながら、若者の肉を爪で引き裂いたり、鋭い牙で噛みついている。

 

(――食屍鬼(グール)か) 

 

 食屍鬼(グール)は吸血鬼の中で"失敗作"として扱われている。知能を持たないため、ただ『人間を喰らう』という本能のみで行動を起こす。吸血鬼になれる者は、強靭な肉体と精神を持つ者のみだ。

 

(……吸血鬼が一匹潜り込んだな)

 

 孤児たちが食屍鬼《グール》となっている。この現状から考えられることは、孤児院に吸血鬼が潜り込んだという事実。 

 

「あ"ぁぁあ"あ"ぁぁ――」

(あの若者はもう助からない)

 

 一度でも立ち膝をつけば、孤児たちが若者に飛びかかり押し倒す。最後は断末魔さえない。代わりに聞こえたのは、血飛沫の音のみ。

 

「おい、どうし――うわぁぁあ"あ"ぁ"ぁ"!!?」

 

 もう一人の若者は駆け付けると、血塗れになった広間を目にして、情けない悲鳴を上げていた。

 

「なんで、なんでこんなところに食屍鬼(グール)がいるんだよぉぉ?!!」

 

 更に尻餅までつく。

 足をガクガク震わせながら、右手の剣に手を掛ける。

 

(今がチャンスか)

 

 情けない若者へと歩み寄る食屍鬼(グール)たち。私はその機会に殺された若者の死体へと近づいた。

 

("石の杭"だと? 吸血鬼共をなめているのか?)

 

 腰に携わっていた黒色の剣と、石で作られた杭が数本入ったホルスター。

 

「まぁいい」

 

 それらを押収して、自身の腰と右脚の太ももに装備する。 

 

「相手が食屍鬼(グール)なら事足りる」

 

 私は右手で黒色の剣を引き抜き、左手に石の杭を握りしめた。

 



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0:5 Ghoul

 

 アレクシアは最も距離の近い食屍鬼(グール)へと接近し、

 

「邪魔だ」

「ギャッ!?!」

 

 背後から心臓部分に石の杭を突き刺すと、掌底打ちでその心臓を杭で貫く。

 

「まず一匹」

「キャッハ!!!」

 

 仲間がやられたことで、彼女の存在に気が付いた一匹が、鋭い爪を大きく振りかぶって飛びかかってくる。

 

「間抜け」

 

 アレクシアは後方へ飛び退くと、食屍鬼(グール)が振り下ろした両腕を剣の一振りで肘から斬り落とし、石の杭をホルスターから取り出す。

 

「グギャァッ?!!」

 

 そして食屍鬼(グール)の懐に彼女の方から飛び込み、その心臓を石の杭で貫いた。

 

「残り三匹」

「「キャハハハァァッ!!!」」

 

 縦横無尽に突っ込んでくる二匹。アレクシアは剣を逆手持ちにし、石の杭を二本宙に放り投げてから腰を下げ、低姿勢の構えを取る。

 

「「キハハハャッ――」」 

 

 飛びかかってきたタイミングで、彼女はその場で一回転し、食屍鬼(グール)の両脚を切断した後、剣を床に突き刺して飛び上がる。

 

「落ちろ」

「「ギェェァアッ!?!」」

 

 先ほど放り投げた二本の石の杭を両手で一本ずつ掴み、背を向けて倒れ込んでいる吸血鬼二匹の心臓へ、落下の勢いと共に同時に突き刺した。

 

「残り一匹」  

 

 残された一匹は、鋭い牙を剥き出しにしながらアレクシアを威嚇している。

 

「どうした? 血が欲しいんだろう?」

「ギ…ギィ…ギィ……」

「怯えているのか――"小心者"」

「ギィィーー!!!」

 

 しかし彼女が少しでも挑発すれば、すぐさま向かってきた。

 

「死に急いだな」

「ギィアッ?!!」

 

 アレクシアは数メートル先からの飛びかかりを半身で回避し、耳元でそう囁くと、心臓へ石の杭を突き刺した。

 

「――永久(とわ)に眠れ」

 

 そして彼女がそう呟くと、食屍鬼(グール)の死体は灰となって消えていく。

 

「知能を持たない食屍鬼(グール)はやはりこの程度か」 

 

 知能を持たないため、動きが単純な食屍鬼(グール)。私は剣を鞘に納めると、自身の両手を見つめた。

 

(この未熟な身体であれだけ動けるのは……吸血鬼の血の影響らしいな)

 

 私はこの身体を想像以上に動かすことができた。

 転生による身体強化もあるとは思うが、人間のみの力でここまではいかない。吸血鬼の血液と、リンカーネーションの力が上手く適合しているのだろう。

 

「お、おい……!」

「何だ。生きていたのか」 

「お前、一体何なんだよ!? どうして食屍鬼(グール)をそんな簡単に――」

「静かにしろ。また食屍鬼共と会いたいのか?」

 

 孤児が吸血鬼にされたとなれば、その数は五十人を超える。石の杭は残り三本のみ。トドメを刺せるのは三体のみだ。

 

「石の杭をすべて寄越せ」

「は、はぁ?! だったら俺はどう戦えば――」

「臆病者にその杭はいらないだろう。それともお前が残りを始末してくれるのか?」

「く、くそぉっ…!! こんなもの持ってけよ!!」

 

 臆病な若者は、私に石の杭が入ったホルスターを投げ渡す。これで八本加わり、合計で十一本となった。

 

「その代わり、俺はお前についていくからな!! ちゃんと守ってくれんだろ!?」

「私は吸血鬼共を殺すだけだ。お前を守るはずがないだろう」 

「ち、ちっくしょう!! 絶対ついていってやるからな…!!」

「好きにしろ。私は"男爵(バロン)"を殺す」 

 

 人間を吸血鬼へと変えられるのは、男爵(バロン)小爵(ヴァイカウント)伯爵(アール)。そして最も位が高いとされる公爵(デューク)だけだ。

 

 食屍鬼の質を踏まえるに、この孤児院へ忍び込んだのは――男爵(バロン)

 

男爵(バロン)!?! 無理に決まっている! あんなの倒せるはずがない!」

「たかが男爵だぞ。何を怯えている?」

「俺たちじゃ無理だろ! せめて"銅の十字架"を持つ者がいないと……」

「"銅の十字架"を持つ者……。何だそれは?」

「俺たちの中でも"上位"に当たる連中だよ! こんな見習いを卒業したばかりの俺たちが、あんな化け物を倒せるわけない!!」

 

 どうやら知らぬ間にリンカーネーション内で階級が作られたらしい。"銅の十字架"が上位なら、この石の杭はかなり下の階級だろう。どうりで"弱い"わけだ。

 

「本部まですぐ呼びに行こうぜ! 十戒様や銅以上の階級がいれば男爵だって――」

「その必要はない。私は殺せるからな」

「あー、もぉー、ちくしょう!!」

 

 私は最初に見つけた血痕の場所に向かい、その後を辿りながら先へと進む。隣を歩ている若者が「くそ、くそ…」と呟いているのが耳障りだ。

 

「……しかし不可解だな」

「何がだよ?」

「お前たちがこの孤児院へ訪れ、次の晩に吸血鬼が奇襲をしてきたことだ」

「んなもん偶然だろ」

「よく考えてみろ。もし偶然による奇襲なら、こんなに手際よく孤児たちを食屍鬼に変えることなんて不可能だ」

「いやいや、気のせいに決まってる」

 

 蝋燭の灯が消された廊下を歩く。私は吸血鬼の血が流れているおかげで、夜目がよく利くため、何一つ不自由がない。

 

「けどそれが偶然じゃなかったとして、お前は何が言いたいんだよ?」

「――誰かが裏で"男爵"と取引をしていた、と考えられる」

「誰かって、誰だよ?」

「考えられる人物はたった一人だけ」

 

 私はその場に足を止める。

 

「アイツだ」 

 

 数メートル先に見えた人物。片手で頭を押さえながら、壁を伝ってこちらに向かってくる神父だ。

 

「神父って。あいつが男爵と手を組んで……?」

「……そうだな」

 

 よろよろと壁伝いに歩き、私たちのすぐ目の前まで辿り着くと、やっとこちらに気が付いたようで、

 

「ア、アレクシアと……神の遣い様……!!」

「アレクシアと"腰抜け"の間違いじゃないか?」

「るせぇよ!!」

 

 弱々しくその場へ座り込んでしまった。 

 

「吸血鬼、吸血鬼がこの孤児院に……」

「何が吸血鬼だ。裏でその吸血鬼と取引をしていたのはお前だろう」

「な、なんのことだ?」

「そうか。まだ芝居を続けるつもりなんだな」

「うお…ッ」

 

 私は惚ける神父の身体を蹴り倒す。その衝撃で、衣服の懐から金貨や宝石が詰まった絹袋が廊下に転がった。

 

「こ、これは私のものだ! 私が貯めていた財産で――」

「いいや違うな。これは吸血鬼から与えられた"餌"だ。お前はこの餌だけを持って、孤児院から逃げようとしていた。そうだろう?」

「ち、ちがっ――」  

「てめぇ!! 何が目的であんな連中と取引を……!!」

 

 臆病な若者は否定をしようとする神父の胸倉を掴み上げ、蓄積されていた怒声をぶつける。

   

「カ、カネだよカネ!」

「カネ?」

「カネが欲しかったんだ! カネが欲しくて、男爵と取引をしたんだ! お前たち"神の遣い"と"孤児たち"の命と引き換えに……!!」

「……は?」

「分からないか!? この世は富だ、富がすべてだ! 富さえあれば、こんなクソみたいな豚小屋にいなくてもいい! 私は本能に、ただ本能に従ったまでだ!」

 

 醜さを露呈させた神父の訴え。臆病な若者はあまりの失望に、掴んでいた神父の胸倉から手を離してしまった。

 

「はははっ……私を待っているのは永遠の富だ! お前たちは弱者らしく、食屍鬼になればいい!!」 

「てめっ……待ちやがれ!!」

 

 神父は金と宝石が詰まった絹袋を拾い上げると、孤児院の出口に向かって駆け出す。臆病な若者はそれを追いかけようとしたが、

 

「「「キャハハッ」」」

「――!!」

 

 その方角には十匹以上の食屍鬼。無邪気に笑いながら私たちの元へ向かってくる。神父は"勝ち"を確信したようで、わざわざ足を止めて、こちらへと振り返った。

 

「神の遣い!! お前はいい取引材料だった! わざわざこの豚小屋に足を運んでくれて感謝するぞぉ!」

「テメッ……ふざけんなぁ!!」

「そしてアレクシア!! お前はこの私に対して、生意気なガキだったな!? 達観しているような気色悪い振る舞いも、ここで見納めだ!」

「……」

「折角だ! お前たちが無様に殺される姿を、ここで見届けてやろう!」

 

 高笑いをする神父。臆病な若者はどんどん接近する食屍鬼を見て、「おい逃げるぞ」と私に声を掛ける。

 

「神父。貴様を待っているのは"永遠の富"だと言ったな?」

「ああそうだ!」

「……残念なことに、貴様を待っているのは富じゃない。貴様を待っているのは――」

 

 もうすぐそこまで近づいている。臆病な若者は「もうだめだ」と頭を抱えて、座り込んでしまうが、

 

「――豚小屋の冷たい廊下だよ」

 

 十匹以上の食屍鬼共は、私たちではなく一斉に神父へと飛びかかった。

 

「なぜ、なぜだぁあぁあーーッッ!?!」

 

 食屍鬼共は私たちに見向きすらもしない。神父の肉体をひたすらに切り裂き、噛み千切り、腹の底から断末魔を上げさせていた。 

 

「どうして、俺たちを狙わないんだ?」

「知能を持たない食屍鬼は『人間を喰らう』ことしか考えていない。だからああやって向かってきた。だがもしその場に一人ではなく、三人の人間がいた場合、知能を持たない食屍鬼が順番に襲い掛かるかどうか」

「襲い掛かる、のか?」

「あぁ、一人ずつな」

「それは何を基準に……」

「"憎しみ"だ。人間が、人間に対して抱く憎しみ」

 

 人間としての理性は、食屍鬼となれば消えてしまう。だが唯一残される感情がある。それは"憎しみ。人が人を憎む心。

 

「吸血鬼は悪魔の意志を継いでいる。神父、お前の取引内容を破ることはない」

「なら、なぜ、なぜわだじがァァ!?!」

「お前が取引したのは"男爵"だけだろう。その孤児共と取引をしたのか?」

「あいづぅぅ!! うらぎり……やがっでぇぇえ!!」

「いいやお前は裏切られていない。それが正当な取引をした結果だ。もし貴様が皆に愛される人間だったのなら、食屍鬼共は私たちを襲ってきただろう」

 

 知能を持たない食屍鬼共は、些細な憎しみでは優先順位を付けない。仮に優先順位を付けられたのであれば、その人間が相当憎まれていた証拠だ。

 

「だずげでッ…!! だずげでぐれぇぇぇえッ!!!」

 

 私は襲われている神父に背を向ける。

 

「ま、まっでぐれぇぇえぇええ!!」

「助けないのか……?」

「神父は吸血鬼に魂を売った」

「だ、だずげッ――」

「アイツは、人間じゃない」

 

 私たちは背中で神父の叫びを聞きながら、再び血痕の後を辿ることにした。

 

 

 

 



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0:6 Baron

 

 血痕を辿り、到着したのは教会の礼拝堂。私たち孤児はこの聖域とやらで、毎日祈りを捧げるように強要されていた。

 

「ここで途切れているな」

「……あのさ、この血痕って本当に男爵のもんなのか?」

「あぁ」

「一体何を根拠に男爵だって言い切れ――」

「誰だお前たちは?」

 

 臆病な若者の声を遮るようにして、何者かの声が礼拝堂で響き渡る。私は「やはりここか」と天井を見上げる。

 

「長年の勘だ」

 

 天井に靴底を付け、逆さまに立っている人物。私たちを見下ろしながら、その鋭い牙を剥き出しにしていた。

 

「貴様が男爵だな」

「おお、よく分かったナ"小娘"。オレが男爵だってことガ」

「上手く言葉を喋れないのか。より知能の低い男爵らしいじゃないか」

「なンだト?」

 

 黒を基調とするフードの付いた革のジャケットを着た男性。青白い顔の肌をちらつかせながら、私たちの前に飛び降りてくる。

 

「孤児たちを噛んだのは貴様か」

「その通りだナ。オレがガキを噛んでやっタ。復讐でもしに来たのカ?」

「違うな、復讐じゃない。ただ貴様を始末しに来ただけだ」

「無知な小娘ダ。オマエがオレを殺せるはずないだロ」

「無知なのは――」

 

 私は石の杭と刀を引き抜くと、男爵に一瞬で詰め寄り、

 

「――貴様の方だ」   

「……!!」

 

 石の杭を男爵の胸に突き刺した。

 

(これは……)

 

 だが手ごたえを感じない。私はすぐさま飛び退いて、男爵の胸に突き刺さった石の杭を遠目で眺めてみる。

 

「危なかっタ。お前が小娘だと気を抜いていタ」

(……石の杭は脆すぎだったか)

 

 石の杭が心臓まで届いていない。食屍鬼とは違い、吸血鬼の肉体は強固に作られている。石の硬さでは心臓まで届かないようだ。

 

「残念だったナ。石の杭で、オレは殺せなイ」

「杭が刺さんないのか?! あんなやつ、どうやって殺せば――」

「臆病者」

「な、なんだ?」

「お前は邪魔だ。この礼拝堂にある地下牢へ行け」

 

 一筋縄ではいかない。

 私は邪魔な臆病者を地下牢へと向かわせることにした。

 

「んなこと言われても……!」

「行け。お前は無力だ」

「チッ、はいはい分かりましたよ!!」

 

 臆病者は舌打ちをしながら、地下牢へ続く階段を駆け下りていく。私は足音が遠のいていくのを耳にすると、 

 

「男爵。貴様を殺す前に一つ尋ねようか」

「いいゾ。お前が殺される前に聞いてやル」

「公爵はどこにいる?」

 

 親玉である公爵の居場所を聞き出すことにした。

 

「キキッ……あのお方の居場所が知りたいのカ?」

「聞いているのは私だ。質問を質問で返すなと習わなかったのか」

 

 男爵は胸に突き刺さっている石の杭を引き抜き、片手で真っ二つに折ると、私の足元に軽く投げ飛ばす。

 

「死人に答える必要はなイ」

「そうか。それは残念だ」

 

 私が黒色の剣を構える。男爵は微笑すると、壁や天井やらに飛びつきながら高速で移動を始めた。

 

(……死角に入ろうとしない。やはり男爵の知能も食屍鬼とあまり変わらないようだな)

 

 天井からこちらに向かって急降下する男爵を、私は飛び退いて回避する。

 

「まだだゾ」

 

 男爵は追撃をするため、吸血鬼特有の凄まじい脚力で私に迫りくるが、

 

「必死だな」 

「なニッ…!?」 

 

 上体を逸らすことで男爵の足元を潜り抜けながらも、剣で革のジャケットごと腹部を斬り裂いた。  

 

「杭は刺さらないが、刃は通るのか」

「小娘ごときガ、このオレに傷ヲ……!!」

(とは言ったものの、杭が刺さらないのは厄介だな。無理やり肉体を引き裂いて、心臓だけを取り出してもいいが……)

 

 男爵に負わせた傷はすぐに再生してしまう。

 このままでは埒が明かないため、私は教会の長椅子を男爵へ蹴り飛ばし、その隙に礼拝堂を迂回して、扉から廊下へと飛び出した。

 

「逃がさなイ!!」

(アレを使うか)

 

 追いかけてくる男爵との距離を計りながら、私はとある場所まで向かう。

 

「そこダ!」

「外れだよ」

「ぐナッ……!?」

 

 仕掛けてくる男爵をしばらく翻弄していれば、視界に目的地が映り込んだ。

 

「バカな小娘ダ! 自らエサになろうとするとはナ!!」

 

 神父の遺体と共に群がるのは数体の食屍鬼。男爵は私のことを嘲笑い、その場に足を止めた。

 

「どちらがバカだろうな」

 

 私は足を止めずに、襲い掛かる食屍鬼の心臓へ石の杭を突き刺しながら、神父の遺体へと近づいていく。

 

「なんだト!?」

 

 そして最後の石の杭を使い切ったところで神父の遺体へ辿り着き、私は目当ての物を手にした。 

 

「捕まえタ!!」

「……!」

 

 と同時に、食屍鬼の相手をしている隙に天井へ張り付いていた男爵が、私を仰向けに押し倒す。

 

「小娘。オマエは何者ダ?」

「……」

「まさかリンカーネーションの人間なのカ?」

 

 こちらの両手首を片手で掴み上げ、青白い顔を目前まで近づけてくるが、私は何も答えない。

 

「オマエが本物のリンカーネーションなら、この機会を逃すわけにはいかなイ。その生き血を啜ってやル」

(……本物?)

 

 男爵は空いている手で私の衣服をはだかせ、左の首筋へと鋭い牙を近づけてきた。

 

「やっと理解ができた。あの若者たちがどうして弱いのかを」

「なにヲ今更……?」

「一つ問おう。貴様は私を本物のリンカーネーションだと思うか?」

「どちらでもいイ。オレはオマエの血を吸って――」

 

 私は掴まれた両手首に力を込め、男爵の手を徐々に開かせていく。

 

「ぐぐぅッ……!? 人間の小娘ニ、このオレが力で負けているだトッ!?」

「私は――」

「ごぼッ……?!!」

 

 そして男爵の手を振り払い、神父の遺体から拾ったものを男爵の口の中へと強引に突っ込んだ。

 

「――本物だよ」

「ごッ?!!」

 

 私は男爵の耳元で囁き、その首を右手に握りしめていた剣で斬り落とす。 

 

「どうだ? 今の気分は?」

 

 転がっている男爵の頭部を片手で掴み上げ、今度は私が嘲笑ってやった。

 

「ごぼっ……ごぼぼッ……!!?」

「『どうして肉体が再生しないのか』って?」

「あががッ!!?」

「理由は私が貴様の口に押し込んだ"ソレ"だよ」

 

 私が男爵の口の中に押し込んだものは、神父が大事に握りしめていた『宝石や金貨が詰め込まれた絹袋』だ。

 

「貴様らは人間の生き血を啜ることで、幸福感と満足感を得ている。……あぁそれだけじゃないな。吸血鬼としての"質"も上げているのか」

「ごぼぼぁっ……!!」

「だが残念なことに、吸血している最中は再生能力が働かない。吸血基準は口の中の満足感と幸福感。そう、今の貴様は満たされているんだ」

「ごほぉッ!?!」

 

 頭部だけで暴れている男爵の頬を、私は剣の持ち手で殴打する。

 

「分からないだろう。なぜ自分が宝石や金貨などで、幸福感や満足感を得ているのかが」

「ごあぼァ?」

「教えてやる。それは貴様が元人間だからだ」

 

 男爵の頭部を下から覗き込み、私は静かに微笑んだ。

 

「時が経てば経つほど、その価値が重宝されていくモノ。人間同士が争う理由にまで発展していくモノ。それはどんなモノだろうな」

「……ごびィか?」 

「そうその通りだ。地位を揺るがさない富だよ。あの神父のように、大半の人間は富で幸福感を満たす」

 

 私は剣を床に突き刺すと、右手の人差し指で男爵の口の中に押し込まれた絹袋を指差す。

 

「貴様は吸血鬼となり、満たし方は変わっただろう。だが元人間としての本能は消えることがない。お前は今、"富で満たされている"ということだ」

「──!!」

「貴様らは人間から逃げられない。吸血鬼となり生き血を啜ろうが、人間を殺し尽くそうが――貴様は一生人間だ」

 

 私は左脚の太ももに巻かれている絹の布を解く。

 

「運がいいな。もうすぐ夜明けだ」

 

 そして男爵の口から絹の袋が漏れないように、口の上から後頭部にかけて、絹の布を頑丈に結んだ。 

 

「この窓は日当たりもいい。共に日の出を拝もうじゃないか」

「んんがぁぁあ!!!」

 

 私は最も日当たりの良い窓際へ男爵の頭部を置く。その後、切り離された男爵の身体を窓の傍へと移動させた。

 

(面倒だが……サインを書いておくか)

 

 男爵の頭部が置かれた窓に【ЯeinCarnation】と血文字で書き記す。

 

「目に焼き付けろ。これが最後の景色だ」

「んんぁあぁ……ッ!?!」

 

 日が昇り始めると、朝日が男爵の頭部と身体を徐々に照らしていく。

 

「んがぁあああぁああッッーー!?!」

 

 太陽の光によって男爵の皮膚が炙られる。身体はのたうち回り、頭部は身動きの取れないまま、悲痛な叫びを上げていた。

 

「吸血鬼に転生など必要ない。二度とこの世界に生まれることなく――」

「ギィャァアァァアァーー!!!」

「――永久(とわ)に眠れ」

 

 耳障りな断末魔。

 それを最後に男爵の頭部も身体も、すべて灰へと変わり果てた。

 

 

 

 



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0:7 Protection

 

 木々に囲まれた孤児院。

 閉ざされた両開きの扉の前。一人の女性が白色の長髪をなびかせ、威厳に溢れた様子で扉に左手を触れる。

 

「ここが例の孤児院か?」

「ああそうだ。この孤児院で連絡が途絶えたらしい」

 

 女性の隣に並んだのは、紺色の髪を持つ目つきの悪い男性。辺りを警戒しながらも、同じように扉へと右手を触れた。

 

「その者たちの詳細は?」

「"石の階級"が二人だ。武装は剣と杭のみ」

「……納得したよ」

 

 それぞれが左右の扉を開き、孤児院の中へと足を踏み入れる。白色を基調とした衣服が風に吹かれ、大きく揺れた。 

 

「何を納得したんだ?」

「私はあの報告を聞いた時から、孤児院に"原罪"が奇襲したのだと予測していた。今ここで階級は石だと聞いて、その可能性が高まったよ」

「……原罪か。その根拠は?」

「私の勘だ」

 

 孤児院の廊下を並んで歩いていれば、二人は広間へと辿り着き、四肢が千切られた無残な遺体を発見する。

 

「……石の階級」

 

 女性はその場に屈み、落ちている十字架のネックレスを手に取った。作られている素材は石。

  

「栄光ある人間に、正しき転生を――」 

  

 女性は自身の首に飾られた十字架のネックレスを右手で摘まみ、しばらく祈りを捧げた。壁の隙間から差し込んだ光が、金剛石(ダイヤモンド)で作られた彼女の十字架を照らす。

  

「"ヘレン"、もう一人が孤児院のどこかにいるはずだ。手遅れになる前に探し出すぞ」

「あぁ……すまない」

 

 男性がそう声を掛けると、彼女は無残な遺体を後にして、孤児院の奥まで続く廊下を歩き始める。

 

「食屍鬼の灰。この辺りで誰かが戦っていたみたいだぞ」

 

 足元に散らばっている灰色の塵。

 男性はそれを力強く踏み潰し、女性は窓の外へ視線を向けた。

 

「何を見ているんだ?」

「あの窓に書かれた血文字だ」

 

 女性の視線の先には『ЯeinCarnation』と窓に書かれた血文字に加え、灰が山のように積もっていた。 

 

「おい、あのサイン……」

「吸血鬼、恐らくは男爵の位。それを"リンカーネーション"が殺したサインだ」

「……もう一人の石の階級がやったのか?」

「それは考えにくいな。石の杭は男爵の心臓を貫けない。朝になるまで勝機はまったく見えないはずだが――」

 

 彼女は灰に埋もれているナニカに気が付き、それを右手で持ち上げる。

 

「――宝石と金貨が入った絹の袋」

「どうしてそんなものが灰の中に?」

「古い書物に記してあった。宝石や金貨を吸血鬼の口の中に詰め込めば、再生能力を封じることができると」

 

 絹の袋を灰の上に置くと、礼拝堂へ続く廊下を見据える。

 

「しかしその書物は千年以上も前に書かれたものだ。この時代にこんな手法を知る者なんて存在しない」

「けどこの時代に存在するんだろ。現にその手法とやらで、男爵がやられてんだぞ」

「千年以上も前の記憶を継いでいる者。まさか本物が――」

 

 そう言いかけた彼女の言葉を遮るように、礼拝堂の方からガラスが割れる音が聞こえてくる。

  

「……急いだ方が良さそうだ」

 

 二人は顔を見合わせると、礼拝堂に向かって走り出す。

 

「割れたのは、ステンドグラスか?」

「……」

 

 礼拝堂へ辿り着くと、祭壇の背後にあるステンドグラスが割れていた。男性がステンドグラスを見上げている最中、女性は礼拝堂の入り口付近にある階段を見つめる。

 

「そこにいるんだろう?」

 

 彼女は地下へと続く階段に向けて声を掛ければ、しばし礼拝堂に静寂が訪れた。警戒されていると察した彼女は、続けてこう言葉を紡いだ。

  

「私たちは吸血鬼でも食屍鬼でもない。隠れる必要はないはずだ」

「……その証拠はどこにある?」

 

 彼女は男性に視線を送り、二人でステンドグラスから太陽の光が差し込む位置へと移動する。  

 

「これでどうだ? 私たちは太陽の光を浴びているぞ」

「……」

「おい、そろそろ姿を見せろ。俺たちは真偽ゲームをするつもりはねぇ」

 

 地下へと続く階段から姿を見せたのは、長い青髪を持った少女。右手には黒色の剣を握っていた。

 

「孤児の生き残り……。君、どこか怪我は?」 

「していない。お前たちはここへ何をしに来た?」

「私たちは報告を受け、君たちを保護をするためにここへやってきた。君たちの敵じゃない」

 

 青髪の少女は黒の剣を床へと突き刺すと、ボロボロの絹の衣服を整える。

 

「私を除いて地下牢に三人の生き残りがいる。二人の孤児と、一人の若者だ」

「若者ということは、石の階級の――」

「こ、皇女様!! それに"カミル"様も……!!」

 

 丁度のタイミングで、階段から若者が一人駆けてくる。二人の姿を見るなり、すぐさま右膝を立て、胸に手を当て敬意を表した。

 

「出てくるなと言ったはずだ。なぜ言うことを聞かない?」

「何も知らないんだなお前は!! このお方たちはとてつもなく偉い方なんだぞ!!?」

「いいんだ。私たちは気にしていない。それよりも状況の説明を聞かせてくれ」

 

 彼女は若者を静止すると、状況の説明を求める。

 

「はい。昨晩、吸血鬼の侵入により孤児たちが食屍鬼になり、私の連れが抵抗の間もなく殺されました……」

「侵入だと? お前たちは気が付かなかったのか?」

「それはカミル様、孤児院の神父が裏で吸血鬼と取引をしていたようで……。既に建物内部の構造まで把握されていました」

「チッ……あの金貨と宝石はそういうことか」

 

 男性は舌打ちをし、側に置かれた長椅子に腰を掛けた。

 

「ですが、神父は食屍鬼に襲われ死亡。恐らく廊下であの者の遺体を見かけたかと……」

「神父の遺体? 私たちが目にしたのは吸血鬼や食屍鬼の灰だけだ」 

「……!」

 

 彼女の言葉に、青髪の少女が僅かに反応を示す。

 

「そんで、お前がアイツらをやったのか?」

「いえ、私ではありません」

「お前じゃないのか? それなら一体誰が」

 

 男性と女性の視線は、自然と青髪の少女へ向けられる。それに対して少女は何食わぬ顔で首を傾げていた。

 

「わ、分かりません。私は生き残りの孤児三人と共に地下牢へ隠れていたので……」

「あの食屍鬼と男爵を独りで殲滅した――"誰かが"いたということか」 

「は、はい」

「……カミル、地下牢に残された孤児を保護するぞ。君たち二人はここで待っていてくれ」

 

 男性は「分かった」と返事をすると、二人は若者と青髪の少女を後にし、地下牢の階段まで向かう。

 

「この先が地下牢か」

「埃だらけで汚ねぇな……」

 

 二人は階段を下り、暗闇の中を突き進む。ある程度まで下れば、地下牢の扉らしきものが二つほど見えてきた。

 

「ねぇイアン。アレクシアたちは大丈夫かな……?」

「大丈夫だって! 神の遣いもいるんだし!」

(孤児がいるのは右の扉か)

 

 鉄の扉に手をかけ、ゆっくりと開く。地下牢内では茶髪の少年と金髪の少女が、身体を寄せ合っていた。

 

「だ、だれだ!?」

「私は"ヘレン・アーネット"。君たちの味方だよ」

「私たちの、味方?」

 

 彼女は二人の側まで近づくとその場にしゃがみ込み、優しく抱き寄せる。

 

「もう大丈夫だ。私たちが君たちを守ってみせる」

 

 人肌の温もりを感じた少年と少女は、彼女の胸に顔を埋めた。必死に堪えていた涙がぽろぽろと溢れ出してきたのだ。 

 

「……皇女、こっちの扉は開かないぞ」

「あの少女が『生き残った孤児は二人だ』と言っていた。これで保護対象は全員だろう」

「それもそうか。ならさっさと上へ戻るぞ」 

 

 彼女は少女と少年を両脇に連れ、階段を上っていく。

 

「……?」

 

 男性も後に続こうと一歩を踏み出したとき、何かが右足に当たった。彼はそれを拾い上げようと手を伸ばしたが、

 

「カミル。何をしている?」

「……悪いな。すぐ向かう」

 

 彼女に呼ばれたことで伸ばした手を戻し、地下牢を後にした。

 

 

 

 

 



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0:8 Gloria

 私たちは孤児としてあの二人に保護された。乗せられた馬車の種類は、若者たちが孤児院へ訪れる際に乗っていたものと同じもの。

 

(……"ヘレン・アーネット"と"カミル・ブレイン"か)

 

 私たちを保護したあの二人。

 生き残った若者から、簡単に話は聞いていた。

 

「なぁ、今からどこに連れてかれんだ?」

「えっと……どこなんだろ……」

「私たちは今から"グローリア"に向かう。心配しなくてもいい」

(ヘレン・アーネット。リンカーネーションと人間を治める皇女。その強さは――この時代の最高峰とされる……か)

 

 現在の年齢は十六歳。皇女という立場でありながら自ら最前線に赴き、吸血鬼共と死闘を繰り広げてきた。真っ白な衣服を纏うのは誰よりも目立ち――吸血鬼からの標的を買うため。

 

(吸血鬼の返り血を浴びて生還することから、あだ名は"血染めの皇女"。公爵を倒せる"人類の希望")

「君は、何か考え事でもしているのか?」

「私は考えることが癖だ。気にしなくていい」

 

 皇女の左脚のホルスターには金剛石(ダイヤモンド)で作られた杭がセットされている。金剛石(ダイヤモンド)のモース硬度は最上級。男爵の心臓など簡単に貫くことだろう。

 

(アーネット家。この時代まで血筋が途絶えていないとはな)

 

 吸血鬼と戦い続ける宿命を背負うアーネット家。何千年も前から"アーネット家"は存在したが、ヘレンという人物に関する記憶はない。

 

(ノア、お前も吸血鬼に負けたのか?)

 

 私が知っているアーネット家の人物。

 それはこの血筋の始祖でもある――"ノア・アーネット"という男。この男は十戒とは違う。お互いに直接言葉にはしなかったがどこか信頼を置いていた。

 

(もう一人が、カミル・ブレイン。年齢は二十歳。アーネット家に忠誠を誓い続ける家系。私が知る時代に、ブレイン家は存在しないはず……)

「……俺に何か用でも?」

「いいや、用はない」

 

 このカミルという男は、私を警戒している。ただの少女として見ていない。恐らくは私が何かを隠していると勘付いているのだろう。

 

「さぁ、グローリアに到着したぞ」

 

 しばらくして馬車の動きが止まる。私たちは馬車から降ろされると、グローリアと呼ばれる街の景色を目にした。

 

(これが、グローリアか)

 

 まず目に入った建物は、街の象徴として勇ましくそびえ立つ城。その周囲は頑丈な城壁で囲まれている。これを見た私の感想は、

 

「やけに小さくないか?」

「お、おいおまっ!!」

 

 という期待外れを含んだものだった。若者が私の発言に焦り出すが、皇女であるヘレンは特に気にしていない様子だ。

 

「当たり前だよ。ここはグローリアの一部なんだ」

「一部だと?」

 

 ヘレンは私たちに説明をするため、城がそびえ立つ方向から時計回りに指し始める。

 

「ここから北の方角には"ノースイデア"。"北の理念"と呼ばれている。次の東の方角には"イーストテーゼ"。呼び名は"東の命題"だ」

(……確かに建物が見えるな) 

「南の方角には"サウスアガペー"。"南の神愛(しんあい)"と呼ばれている。最後に"ウェストロゴス"。呼び名は"西の理性"」

 

 東西南北の方角を眺めていれば、ヘレンは最後に私たちの足元を指し示す。

 

「そしてここがグローリアの中心の"アルケミス"。"神の街"と呼ばれている」

「これだけ離れている街の呼び名を、なぜ一括りにした?」

「単純な話だ。東西南北にある街の中心地と、俺たちが立っているこの城の位置。経度と緯度が同じ位置にある。これを繋げると――」

 

 カミルが足元に転がっている石ころを拾い、地面に中心地である"アルケミス"の地点から、東西南北の街の位置まで一本の線で繋げる。

 

「――"十字架"になるんだ」

「おおっ、本当に十字架になった!!」

 

 地面に描かれたのは十字架。アルケミスを中心に、東西南北に線が伸び、十字架の形が構成されている。

 

「神はあの高き空から人間を見守っている。だから私たちは"女神ヘメラ"様の祝福を受けられるように、グローリアを十字架の形とした」

(……神と十字架か)

「何か気に食わないことでも?」

 

 視線を逸らしていれば、カミルがそんなことを尋ねてきた。

 

「気に食わないかどうかは、これからの待遇次第だな」

 

 私は話を逸らして適当にやり過ごす。

 

「君たちの引き取り先を手配しよう。引き取り先が決まるまでは、この城で過ごすといい」

「おい皇女。本当にいいのか?」

「この子たちは"生粋"の食屍鬼でも吸血鬼でもないだろう。それに私は……目の前にある命を見捨てることなんてできない」

 

 カミルは気に食わない様子だったがヘレンが意見を押し通すと、素直に引き下がり承諾した。

 

「ああそうだ。勇気ある若者よ」

「は、はい!!」

「お前はこの子たちの命を守り切った。階級を"石の十字架"から"鉄の十字架"まで上げるように、後で私が手配しておく」

「あ、あ、ありがとございます!! 俺、これからも頑張ります!!」

 

 若者は何度もお辞儀をして、感謝の言葉を述べる。

 

「カミル。この子たちを城まで連れていくぞ」

「はいはい」

 

 二人がクレアとイアンを連れていく。私はわざと歩く速度を落として、若者へと声を掛けた。

 

「約束は覚えているだろうな?」 

「わかってるって!! お前が吸血鬼や食屍鬼を倒したことは誰にも話さない、だろ……!?」

 

 私は男爵を灰にした後、地下牢でクレアたちと合流した若者と出会った。それからしばらく地下牢で身を潜めていれば、あの二人がやってきた……という流れだ。

 

「でも流石にバレるだろ……!!」 

「そんなはずがない」

「いやいや!? まずお前が俺の剣を持ってたし、お前が皇女様に状況説明しようとしてただろ!! 俺があの場面で、どれだけ必死に飛び出したか分かるか?!」

 

 必死に訴える若者を、私は鼻で笑う。

 

「後それだよそれ! 少女とは思えない上から目線の喋り方!! あの金髪の子みたいに喋れないのかお前は!!」

「この喋り方が染みついているだけで、上から目線じゃない」

「せめてもうちょっとぐらい幼さを出せよな! 絶対あの二人にお前の正体がバレてるって!!」

「……確かにな。喋り方を変えてみるのもいいかもしれない」

 

 私は「あーあー」と声の調子を整え、年齢相応の喋り方を意識してみることにした。

 

「わたし、十二歳の少女です! 名前はアレクシア・バートリっていいます! よろしくお願いします! ……どうだ?」

「――」

 

 若者は口をポカーンと開いたまま、この世の終わりを見たかのような顔をしていた。そんなに私の演技が上手かったのだろうか。

 

「……やっぱ、元々の喋り方にしようぜ」

「どうして?」

「お前の演技が酷すぎて、流石に誤魔化せねぇよ」

「そうか。私の初演技は散々だった……ということか」

  

 同じ身体で記憶を引き継ぎ、何度も転生をしすぎたせいで、他の誰かを演じることができなくなったのかもしれない。

 

「まぁいい。とにかく、私のことは黙ってるんだぞ臆病者」

「臆病者じゃねぇ!! 俺には"スコット・フェルトン"って名前があんだよ!!」

 

 若者はそう名乗ると、南の方角へと歩き出す。

 

「あぁそうだ。伝えることがあった」

 

 だが何かを思い出したかのように、立ち止まる。

 

「何だ?」

「孤児院の一件は、その、悪かった。お前たちに、あんなこと強要させようとして……。あの金髪の子や茶髪の少年にも、悪かったって伝えてくれ」

「分かった。伝えておこう」

「後、助けてくれてありがとな。お前がいなかったら、俺は食屍鬼の餌になっていた。この借りは、いつか必ず返すよ」

  

 スコットはこちらを振り向かず、言いたいことをすべて吐き出して、その場を去っていった。

 

「……まったく」

 

 勇ましくそびえ立つ城。

 私はそれを見上げた。

 

「本当に――最悪なスタートを切ってしまったな」 

 

 始まりの予兆。

 それを示唆するかのように、私の左脚に刻まれた【ЯeinCarnation】紋章が少しだけ疼いていた。

 

 

 






クレア・レイヴィンズ
アレクシア・バートリ
イアン・アルフォード


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SideStory : Claire Raiviens

 

※このサイドストーリーはアレクシアが食屍鬼と遭遇した時刻に、クレア・レイヴィンズが何をしていたのかを描いた物語である。

 

 

――――――――

 

 

「早く地下牢に行かないと……」

 

 クレアは小麦パンが詰められた絹袋を手に持ち、たった独りで薄暗い廊下を歩いて、礼拝堂へと向かっていた。

 

(やっぱり夜の礼拝堂って怖い……)

 

 おそるおそる礼拝堂の扉を開けば、ステンドグラスが月明かりに照らされていた。何とも言えない不気味な空気に、クレアは息を呑む。

 

「この階段かな?」

 

 地下へと続く階段を見つけると、クレアは一歩ずつ慎重に下っていく。

 

(イアンはどっちの扉に……)

 

 最下層まで降りれば、地下牢の扉らしきものが二つほど視界に映る。クレアは交互に見つつ、試しに左側の扉をノックした。

 

「イ、イアン?」

 

 しかし扉の向こうから反応はない。クレアは深呼吸をして、今度は右の扉をノックしてみる。

 

「イ、イアン? そこにいるの?」

「……クレアか?」

「イアン!」

 

 地下牢の奥からイアンの声が微かに響き、クレアは扉に片耳を押し当てた。

 

「大丈夫!? 怪我とかしてない!?!」

「大丈夫だって! 俺はこう見えても丈夫なんだ!」

「そっか。それなら良かった……」

 

 イアンの元気そうな声を聞き、クレアは胸を撫で下ろす。

 

「何も食べてないでしょ? 私がパンを持ってきたから食べて」

「なっ……この事がバレたら神父に怒られ――」

「私のことはいいから!」

 

 地下牢の扉に付けられた小窓から、クレアはイアン側へとパンを放り投げる。

 

「なぁ」

「なに?」

「このパン、お前の分だろ?」

 

 イアンはパンを拾い上げ、扉の向こうにいるクレアへそう尋ねた。

 

「私はあんまりお腹が空いてないから大丈夫。イアンが食べて」

「本当かよ?」

「本当だよ! いいから黙って食べ――」

 

 そう言いかけると、クレアの腹が情けない音を鳴らす。地下に響き渡ったことで、顔を真っ赤にしたクレアがその場で沈黙していると、

 

「……ほらよ」

 

 小窓から半分に千切られたパンが投げられた。

 

「半分、いいの?」

「本当なら全部お前に食べてほしいけどさ。全部のパンを投げたら、どうせこっちに全部投げ返すだろ」

「でも、私のせいでイアンが地下牢に入れられて……」

「お前が無事ならいいんだ。そんなこと気にすんな!」

 

 二人は地下牢の扉に背を付けて座り、半分に分けた小麦のパンを口にする。

 

「ねぇイアン」

「んー?」

「あの時どうして助けてくれたの?」

「どうしてって……」

 

 イアンはクレアの質問に対して「うーん」としばらく考え込み、

 

「放っておけなかったんだ。お前の助けを求める声を聞いたら、居ても立ってもいられなくてさ」

「……イアンは私よりも凄いよ」

「何だよ急に?」

「私はイアンに助けてもらったのに、私はイアンを助けに戻れなかった。勇気が、なかったから」

 

 クレアは後悔していた。

 あの夜、イアンを助けに戻らなかったことに。

 

「アレクシアには『助けに行くなら一人で行け』って言われてね」

「ははっ、アイツらしいな」

「だから私一人でも行ってやるって、そう思ったのに……。怖くて部屋を出れなかったんだ」

 

 自身の情けなさに絶望をし、罪悪感に押し潰される。クレアは想いを吐露している最中、二粒の涙を頬に伝わせていた。

 

「ごめんねイアン。助けに、行けなくてっ……」

「……クレア」

 

 クレアは小麦のパンを上手く飲み込めず、何度か咳き込んでしまう。

 

「……大丈夫だ! クレアは悪くない!」

「えっ?」

 

 それを見兼ねたイアンは明るく振る舞い、クレアへ慰めの言葉を掛けた。

 

「俺はクレアが助けられて嬉しいし、誇らしいんだ!」

「どういうこと?」

「前に死んだ父さんが言ってたんだ。『女の子は男のお前が守ってやるんだぞ』って。その約束を守れた気がしてさ。あの時、少しだけ嬉しかった」

 

 懐かしむように父親の話をする。

 クレアは涙を衣服で拭きとりながら、イアンの話を静かに聞いていた。

 

「今はこうやってパンを持ってきてくれた! 俺はすっげぇ助かってるぞ!」

「……イアン」

「だからさ、泣くなよクレア。俺はお前が泣いている姿なんて見たくないんだ」  

 

 クレアは小麦パンを一気に頬張り、両手で目を擦るとその場に立ち上がる。

 

「私、これから毎日パンを持ってくるからね!」

「いや……毎日は危なくないか?」

「いいの! 絶対、絶対に持ってくるから!」

「お、おい! ちょっと待て――」

 

 地下牢の扉に向かってそう叫び、クレアは全力で階段を駆け上がった。

 

「イアンは、優しすぎるよ……」

 

 地上まで戻ってくるとボソッと呟き、礼拝堂を後にする。

 

(神父様に見つからないよう、部屋に戻らなきゃ)

 

 クレアは礼拝堂の扉を閉め、真っ暗な廊下を歩き出そうとした時、

 

「キャハ」

「……?」

 

 子供の笑い声がどこからか聞こえてきた。クレアは辺りを見渡して、声の発生源を探し始める。

 

「あの部屋からかな?」

 

 孤児がこの時間に出歩いているはずがない。クレアは不思議に思いながらも、声が聞こえてきた部屋の前まで辿り着く。

  

「キャハハ!」

(あの子は、どうしてこの部屋にいるんだろう?)

 

 扉の隙間から部屋の中を覗き込めば、そこには孤児が一人でガサゴソと何かを漁っていた。クレアはしばらく様子を窺うことにする。

 

(注意した方がいいのかな? けど私も人のことは言えないし……)

 

 迷っているクレアの耳に届いたのは何かが引き千切れる音。少女の視線の先では、孤児が大きく右腕を振り上げ、何かを扉まで投げ飛ばした。

 

「キャハハハハ!!!」

「――え」

 

 扉の前まで転がってきた――人の足。部屋中に飛び散る血液。クレアは思わず呼吸を止めてしまう。

 

(ひ、ひとだよね? 人の足、だよね?)

 

 振り返った孤児の顔。

 青白い肌に、剥き出しの牙。その口元は血液に塗れている。クレアは孤児の顔を直視してしまい、

 

「ひッ――」

 

 短い悲鳴を上げた。

 この声で、孤児は扉までゆっくりと近づいてくる。

 

(に、にげないと……!)

 

 クレアは止めていた呼吸を再開し、すぐさま廊下を駆け出した。

 

(誰か、誰かに伝えなきゃ!)

 

 幸運なことに後を追いかけては来ない。クレアは後方確認をしながら、明かりの点いた部屋へ飛び込む。

 

「……!!」

 

 そこには絹袋を握りしめた神父が立っていた。クレアが咄嗟に飛び込んだ先は、神父の部屋。

 

「神父様! 向こうで、向こうで人が死んで……」

「人が死んでいるだって?」

「は、はい! 向こうで子供が、子供が人の足を……」

「ほぉそうかそうか」

 

 必死に訴えかけるクレア。神父はクレアの話に焦るどころか、むしろ喜ばしい出来事かのように笑みを浮かべながら聞いていた。 

 

「嘘じゃないです! 本当に向こうで――」

「知っている。嘘じゃないことぐらい」

「ならどうして――えっ?」 

 

 クレアは神父のおかしな返答に気が付き、拍子抜けな声を上げる。

 

「お前たちはここで全員死ぬことになっている」

「死ぬって、どういう……」

「哀れな少女だ。仕方がない。私がこの手で殺してやろう」

 

 神父が机の下から取り出したものは薪割り用の斧。右手に握りしめ、クレアまでじりじりと歩み寄る。

 

「し、神父様?」

「クレア・レイヴィンズ。お前はこの孤児院で最も可愛らしい女だ」

「や、やめてください!」

「私はずっと思っていたんだ」

 

 後退りするクレアに向かって、神父は斧を振り上げ、

 

「お前を存分に痛めつけ、四肢を引き裂き――いつかこの手で殺してみたいとな」

 

 真っ直ぐ振り下ろした。

 

「いやぁああ!!」 

 クレアは横に飛んで、斧を寸前で回避する。神父はニヤニヤと狂気の笑みを浮かべ、扉を閉めると出られないよう鍵をかけた。

 

「来ないでぇええぇ!!!」

 

 クレアは机の上に置かれていた本や花瓶を神父へ投擲するが、軽々と避けられてしまう。

 

「まずはその綺麗な両手から斬り落とそうか」

(どうすれば、どうすれば……!?)

 

 部屋を見渡し、何かないかと模索する。しかしクレアは冷静さを失っているため、思考回路が上手く機能せず、部屋の中を逃げ回ることしかできない。

 

「捕まえた」

「嫌あぁぁああぁあ!!! やめて神父様ッ!!」

「クレア、お前はどうせ死ぬんだ。最後ぐらいはお前の世話をしてきた私を――楽しませるつもりで死んでくれ」

 

 クレアは胸倉を掴まれると机の上へ乗せられ、左腕を強く押さえつけられる。ジタバタと抵抗をするが、神父の手は離してくれない。

 

「暴れるな。右腕を綺麗に落とせないだろう」

「嫌だぁあッ! 私はこんなところで――」

 

 クレアは声を荒げつつも、涙を流して死を強く拒んだ。 

 

「――死にたくない!!」

 

 その瞬間、クレアの押さえられていた左腕を中心に机が真っ二つに割れた。

 

「なにがっ……」

 

 神父が思わずクレアから手を離した刹那、

 

「――堕ちろ」

 

 宙に飛び上がったクレア。真っ赤に染まった瞳に込められた殺意と、身体を回転させ威力を増幅させた回し蹴りが、

 

「ぐはあッ!?!」

 

 神父の後頭部に叩き込まれた。あまりの衝撃に神父はそのまま気絶をし、前のめりに倒れ込んでしまう。

 

「……あれ?」

 

 クレアは床に着地したと同時に、瞳の色が元に戻った。何が起きたのか分からず、キョトンしている。 

 

「どうして神父様が倒れて……」

 

 気を失っている神父。

 クレアはワケが分からないまま、首を傾げていたが、

 

「起きる前に早く逃げないと!」

 

 目を覚ますまで待つわけにもいかないため、急いで部屋の扉の鍵を解除し、ドアノブに手を掛けた。

 

「そうだ。地下牢の鍵を……」

 

 クレアは神父の衣服から地下牢の鍵を手に入れ、部屋の扉をゆっくりと開く。

 

「待っててイアン。今度は私が助けに行くから」

 

 部屋の中で目一杯の深呼吸に、自分自身への鼓舞。クレアはそれらを終えると、礼拝堂に向かって、一気に駆け出した。

 

 

『SideStory : Claire Raiviens』 END

 

 



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1:South Agape
1:0 "――――"


 途絶えていた意識が戻り、彼女は我に返った。真っ白だった視界に、暗闇に立ち尽くす杖を持った男の姿が映り込む。

 

「そうか。私の名前は、アレクシア・バートリだった。孤児院で食屍鬼と吸血鬼と戦って……」

「思い出したか」

「私はリンカーネーションとして、何度も生まれ変わってきたのか?」

「その通りだ」

 

 肩に届くほどの長さを持つ彼女の青髪。杖を持った男は、彼女の毛先を指でなぞる。彼女の青髪は僅かに血で濡れているようだった。

 

「お前は選ばれし転生者だ。それは既に決まっていること。お前はそこらの"異世界転生者"とは違う器を持っている」

「……異世界転生」

 

 周囲に映り込むのは鉄の塊が道を走る姿や、頂上が見えないほどの高さを持つ長方形の建設物。彼女は目にしたことのない光景に、目を瞑りながら頭を軽く叩いた。

 

「覚えていないか。お前の実力は"入学試験"で他の者より頭一つ抜けていたことを」

「……入学試験」

 

 先ほどから生じていた頭痛は収まらない。脳内に何かが引っ掛かるような感覚を覚えるほど、頭痛はより一層増していくばかりだった。

 

「お前が入学を望んだ先は"アカデミー"だ」

「……アカデミー」

「本試験を受けるための"仮試験"を受けただろう。これすらも覚えていないのか?」

「仮試験――ぐぅッ?!」

 

 彼女は頭の痛みに耐えられず、額を地面に押し付ける。脳を締め付けられるような鈍痛に、左目の眼球を抉り出されそうな激痛だ。

 

「しかしまぁ、お前には"石の上にも三年"という言葉は似合わない。すぐ行動に移したな」

「……三年」

 

 周囲の街並みは時代に沿ったものへと変わる。酒場で飲んだくれる男性、雑貨店で客と話をしている女性、花屋で水やりをしている──自分自身。

 

「"本試験"ではらしくないことをしたな」

「……本試験」

 

 まるで聞き覚えのない話だったが、その言葉を耳にした瞬間、彼女の脳内に様々な光景が押し寄せ、視界が大きく揺らいだ。

 

「取り戻した記憶はまだまだ浅い。現時点では……お前自身がここへ辿り着いた"答え"には、到底辿り着けないことだろう」

 

 杖を持った男性は辺りを軽く見回すと、額を打ち付ける彼女への哀れみを込めた視線を送った。

 

「私は、私はっ――」

 

 再び真っ白に染まる彼女の視界。映り込むのはパンを焦がしてしまった女性の姿と、暗闇に包まれた通路の上で転がる人間の死体。

 

「よく思い出せ。お前がアカデミーを入学するまでに辿った道を」

 

 そして彼女の意識は、ついにブツンと途絶えてしまった。

 

 



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1:1 Three Years

 

 ベッドや本棚が置かれた自室。

 私は夜空に浮かぶ三日月を窓から見上げる。

 

(……今日でちょうど"三年目"か)

 

 私たちはあの保護された日から、一週間足らずで引き取り先が見つかり、それぞれの里親の元へ送られた。そして今日で三年が経過。イアンやクレアとも、それっきりだ。

 

「アレクシアちゃん~! 今日の夕飯は何がいいかしら~?」

「ピーナッツバター以外にしてくれ」

「分かったわ~」

 

 私を引き取った里親は"サウスアガペー"に住む二十代後半の女性。名前は"シーラ・ブレイズ"。髪型はウェーブのかかった茶色の長髪。性格は非常に穏やかなものだが、

 

「きゃぁああーー!?! お肉がまた焦げたーー!!」

「……またか」

 

 あまりにも不器用すぎる。

 料理はお世辞にも上手いとは言えない。というより家事全般において、いつも必ず何かしらやらかしている。

 

「ごめんねアレクシアちゃん~……。お母さん、またお肉を焦がしちゃって……」

「気にしていない。それよりも怪我は?」

「私は大丈夫よ~。心配してくれてありがとね~」

 

 私は二階の自室から降りてきて、一階の台所まで顔を覗かす。シーラは焦がしたパンを見つめ、気分を落ち込ませているようだった。

 

「夕食は私が代わりに作る。座って休んでてくれ」

「ごめんね。アレクシアちゃんを引き取ってから、私はドジを踏んでばっかりで、何もしてあげられなくて……」

 

 シーラは三年前から変わらない。

 肉を焦がしてしまう癖も、洗い物で皿を割ってしまう癖も、何もかもが変わっていない。酷な表現をするなら、何も成長していないように見える。

 

「いいや、私を引き取ってくれただけでも恩人だ。気にしなくてもいい」

 

 けれど私は知っていた。

 シーラが私の為に三年前から陰で努力していることを。

 

(あんなものを見せられてはな)

 

 私も最初は「里親の中では外れ枠だ」と心の中で評価していた。しかし一週間が経過した頃合いに、真夜中の台所で調理本を読みながら、料理の練習をしているシーラを目撃したのだ。

 

(部屋の本棚には料理の本と、児童の教育本が並べられていた。私を養うことだって、かなり厳しいはず……)

 

 五本指の至る個所には絆創膏が巻かれ、毎日ほぼ同じ服を着ている。シーラはそれらを隠そうと平然を装って、いつも笑顔で過ごしていた。 

 

「……完成だ。冷めないうちに食べるぞ」

「わぁ~! アレクシアちゃんは凄いわね~!」

 

 野菜のスープと小麦のパン。

 机の中央に置いた皿には焼いた肉の切り身を少量。私とシーラはお互いに向き合う形で席に座り、手を合わせて食べ始める。

 

「ん~! 美味しいわぁ~!」

「そうか」

「どこかで料理を覚えたの~?」

「……前に、少しだけな」

 

 覚えたのは一番最初の人生。

 吸血鬼共を殺そうと決意をする前だ。

 

「こんなに美味しいものが作れるなんて、アレクシアちゃんはきっと素敵なお嫁さんになれるわよ~」 

「……それは無理だろう」

「どうして~?」

「私は、汚れすぎたからだ」

 

 私の返答にシーラは首を傾げる。「汚れすぎた」という言葉を聞いたシーラは、きっと頭の中で「入浴で落とせばいいんじゃ…」とでも考えているに違いない。

 

「ご馳走様。私は先に入浴させてもらう」

 

 その後、他愛もない会話を交わしながらも夕食を平らげた。

 

「あ、お皿洗いは私がしておくわね~。しっかりと汚れを落としてくるのよ~」

「落とせる範囲でな」

 

 そして脱衣所へ向かうと、網状のバスケットへ衣服を一枚ずつ脱ぎ捨てる。

 

(相も変わらず、私の姿は曖昧だな)

 

 全身が映し出される鏡の前。裸体の輪郭はぼやけ、鏡の向こうに立っている私は半透明となっていた。

 

(吸血鬼は"鏡には映らない"。私の半身は吸血鬼。この性質が肉体に反映されているということか)

 

 浴場に足を踏み入れ、まずは桶に入った湯船で身体を流す。

 

「はぁ……」

 

 足先からゆっくりと浸かり、肩まで湯船に沈めた。白い煙に顔を覆われると、私は思わず溜息を漏らしてしまう。

 

(過去に関する情報は、あまり手に入らないな)

 

 この三年間、南の神愛と呼ばれているサウスアガペーを歩き回った。目的は街の市民から情報を聞き出すため。

 

(唯一手に入れられた情報は……新たなリンカーネーションとなる人員を育成するための"アカデミー"とやらが存在することだけか)

 

 そのアカデミーの名称は『ReinCarnation Academy』だ。周囲の人間たちは『RC.A』や『アカデミー』と呼んでいるらしい。

 

(必要なものは入学試験での合格点数と、"金"か)

 

 アカデミーへ入学するためには試験を受け、一定以上の点数を稼ぐ必要がある。しかもそれなりに費用もかかるらしい。

 

(点数はともかく、費用が問題だな)

 

 私は酒場近くの花屋で、シーラは街の中心にある雑貨店で働いている。それでも家計は常に厳しい状況下。費用を稼ぐことなんて無理だろう。

 

(武器がないと吸血鬼共と戦えない。どうにか手を打たないとな)

 

 私は口元まで湯船に沈めると、空気泡をブクブクと湯船に立てた。

 

 

――――――――――――― 

 

 

 次の日の昼過ぎ頃。

 私は生活費を稼ぐために花屋で働いていた。今は"ハーデンベルギア"と呼ばれる紫色の花に水やりをしている。

 

「あの子が噂の看板娘じゃね?」

「すげぇ! 話には聞いていたけど、あんなにも美少女なのかよ!」

「俺、ちょっと花屋に寄っていこうかな」

(……平和すぎる)

 

 孤児院を最後に、この三年間で食屍鬼と吸血鬼を一度も見かけたことがない。あまりにも平和すぎて、店主が私を看板娘として仕立て上げる始末だ。

 

「あのぉ~……」

「何だ?」

 

 花屋の前を通る者たちから視線を受ける。

 そんな時に声を掛けてきたのは冴えない顔の男。珍しい紳士服に、寝癖の付いた黒髪。私はその男に視線を向ける。

 

「聞きたいことがあるんですけど……」

「聞きたいこと?」

「その、"日本"って分かります?」

 

 私は男の言葉の意味をしばらく考えると「なるほど」と納得をした。

 

「あぁ」

「ほ、本当ですか?!」

「分からない方がおかしい。つまりお前はこの花が"二本"欲しいということだろう?」

「いやそっちの"二本"じゃねぇーー!!」

 

 男はその場で派手にずっこける素振りを見せ、改めて私にその冴えない顔を向ける。 

 

「"日本"っていう国の名前ですって!! 聞いたことないすか?」

「ニホン……? それはどういう国なんだ?」

「ほらあれですって! 年号が変わったりとか、色んな国からアニメや漫画の文化が凄いと言われたりとか……!!」

「年号、アニメ、マンガ……?」

 

 必死になってよく分からない言語を説明する男に、私は目を細めた。 

 

「国旗は赤い日の丸で、見た目は梅干しの乗った白飯みたいなやつ!!」

「はぁ……」

「あぁもぉー!! その顔、絶対通じてねぇなおい!」

 

 目の前で頭を抱える男。私は「頭がおかしくなったんだろう」とこの男を無視し、花に水やりを再開したが、

 

「やっぱりこれって……"異世界転生"しちまったってことかよ!!」

「――!」

 

 異世界転生という言葉を聞き、私はすぐに手を止めた。

 

「今、"転生"と言ったのか?」

「え? あ、あぁ異世界転生って言ったけど……」

「お前は"転生"をしたのか?」

「た、多分……」

 

 私は動揺している男に詰め寄り、紳士服のような衣服を掴んだ。

 

「そこで待っていろ」

「分かったけど……。きゅ、急に何だよ?」

「転生の話を聞かせてもらう」

 

 花屋の店主に適当な事情を説明すると、働いた時間分の銀貨を数枚貰い、男の元へ戻る。 

 

「行くぞ」

「行くぞって、どこに?」

「私の部屋だ」   

「へ、部屋!? 女の子の部屋に今から!?」

 

 この男は「これが異世界転生なのか……」と訳の分からないことをぼやいていた。私はそれを無視して、シーラの家へと歩き始める。

 

「聞くのを忘れていた。お前の名前は?」

「えっと、俺の名前は"霧雨海斗(きりさめかいと)"だ」

「……キリサメ・カイト? 何だその変な名前は?」

「変じゃねぇよ! 名前を付けてくれた親に失礼だろ!」

 

 聞き慣れない言葉に変わった名前。幾度も転生をしてきた私すら、この男の言葉や名前に関する知識がない。

 

(この男は――一体何者なんだ?) 

 

 私は不信感を抱きながらも、この男をシーラの家まで連れていくことにした。

 

 

 

 

 



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1:2 Different World

 

 私は十分も経たずにシーラの家へと帰宅し、キリサメ・カイトと名乗る男を二階の部屋まで案内する。

 

「入れ」

「お、お邪魔しまーす……」

「何を畏まっている?」

「そりゃあやっぱり、色々と畏まる理由が……」

 

 妙に畏まっているキリサメを木製の椅子へと座らせ、私は隅に置かれたベッドに腰を下ろした。

 

「確かお前は"ハルサメ"だったか?」

「キリサメです」

「お前は運が良い。私もお前と同じ転生者だよ」

「マジすか!?」

 

 私の言葉にキリサメは「メインヒロインはこの子か……?」と呟きながらも目を丸くする。

  

「ヒュブリス。この呼び名で私のことが分かるだろう?」

「ヒュブリスって……?」

「何を惚けている。ヒュブリスは私の呼び名だ」

「は、はい?」

 

 転生者ならば誰もが知っているこの呼び名。私の前世の話をしているというのに、キリサメは小首を傾げていた。

 

「……質問を変えよう。お前はどの時代から転生をしてきた?」

「時代? んーっと、"令和"って言えばいいのか……」

「何を言っている? "レイワ"とは何だ?」

「それが年号なんだって! 江戸とか昭和とか平成とか、そういうのが時代だろ!」

 

 同じ転生者だというのに、なぜか話が噛み合わない。私は足を組みなおし、質問の内容を変えることにする。

 

「お前は本当に転生者なのか? 私をからかうため、もしくは嘘をついているのなら正直に告白しろ」

「嘘じゃないって!! いやでも、転生者かどうかって聞かれたら……」

「何だ?」

「俺たちの世界には"異世界転生"っていうジャンルのアニメとか漫画があって……。そこに描かれた転生の状況とかとそっくりなんだ」

 

 必死に弁解する姿。

 とても嘘をついているようには見えない。私は真偽を確かめるために、ベッドから立ち上がると、キリサメの前まで歩み寄る。

 

「ちょ、ちょっと何してんだ!?」

 

 私は左脚の太ももに巻かれた包帯を解き、リンカーネーションの証でもある紋章が見えやすいようにスカートをたくし上げた。

 

「この紋章に見覚えは?」

「……」

「目を覆っていないでさっさと見ろ」

 

 無理やりキリサメの手を引き剥がし、左脚に刻まれた紋章を見せつける。

 

「み、見覚えはない」

「……なら」

「お、おい!! 急に何をして――」

 

 その返答を聞き、今度はキリサメの衣服を無理やり引き剥がすことにした。暴れて抵抗していたが、私は力技で衣服を奪い取る。

 

「紋章が、ないだと?」

「何してんだよお前は!! 異世界の住人はアニメや漫画みたいに破廉恥なやつが多いのか!?」

 

 キリサメを下着一枚の姿にしたが、リンカーネーションの紋章はどこにも刻まれていなかった。私は奪い取った衣服をキリサメに投げ渡す。

 

「それにさっきから転生転生言ってるけど、俺は"異世界転生"をしたって言ってるだろ!!」

「その異世界転生とやらについて話を聞かせろ」

「いいけどまずは制服を着させろ!」

 

 若干苛立つキリサメは、ぶつぶつと文句を言いながら着替え始めた。その間、私は再度ベッドへ腰を下ろし、紋章を隠すために包帯を巻くことにする。

 

「……それで、異世界転生というのは?」

「俺もこの知識が正しいのか分かんないけど……。異世界転生は"死んだら別世界に飛ばされる"ことだと思う」

「死ぬと別世界に転生するのか?」

「そうそう。俺は神棚の餅を食べたら喉に詰まらせてさ。窒息死したんだ」

 

 同じ世界に転生をするのではなく、別世界へと転生をするのが異世界転生。私はそのような転生を一度も聞いたことがない。

 

「私たちにとっての転生は前世の記憶をすべて引き継ぎ、次の時代へ生まれることだ。先ほど見せたあの紋章が転生者の証となる」 

「その転生者を"リンカーネーション"って呼んでんのか?」

「ああ、私たちの世界ではな」

「どうしてその"リンカーネーション"は存在するんだ?」

 

 私はベッドの枕元に置かれた吸血鬼に関する歴史本をキリサメへ投げ渡す。

 

「吸血鬼共を粛正するためだ」

「吸血鬼?」

「この世界はどの時代にも吸血鬼が生まれてくる。だから私たちも生まれ変わりながら、吸血鬼共を殺し続けているんだよ」

「……」

 

 キリサメは渡された本をペラペラと捲りながら、様々なページに視線を移していた。

 

「なぁ、吸血鬼はどうしてどの時代にも生まれてくるんだ?」

「さぁな。その理由が分かれば、私たちも苦労はしない」

「……」 

 

 神妙な面持ちで本を読んでいる。どうやら別世界から転生してきたこの男は、吸血鬼に関して興味を示しているようだ。

 

「……うーん。日本に吸血鬼なんていないからなぁ」

「何だと? お前の世界には吸血鬼がいないのか?」

「いるわけない。吸血鬼なんて俺の世界では架空の化け物だからさ」

 

 人間が吸血鬼に怯える必要のない世界。

 なんて平和な世界だろうか。

 

「それとだ。お前が先ほどから述べていた"アニメ"や"マンガ"とは何だ?」

「何だろう。日本の文化みたいな」

「ニホンは異世界転生が文化になっているのか?」

「いや文化っていうか。あー、説明するのが結構難しいなぁーー!」  

 

 私はこの男が住んでいた"ニホン"という別世界に興味が湧いた。吸血鬼がいない世界だ。とてもじゃないが想像がつかない。

 

「あ、そういやお前の名前は何て言うんだ?」

「私はアレクシア・バートリだ」

「そうか! 海外とかは名字と名前が逆になるから――」

 

 キリサメは何かに気が付くと開いていた本を置いて、軽く咳ばらいをしながら私の前に立った。  

 

「ごほんっ……俺はカイト・キリサメだ。改めて、よろしくなアレクシア」

 

 自信に満ちた表情で私に握手を求める。

 

「……」

「……」

 

 私は差し出された右手をただ見つめるのみ。室内が静寂に包まれた数秒の間に、キリサメの表情は真顔へと変わっていく。

 

「あの、握手は?」

「しないが」

「……何で?」

「何が"よろしく"なのかが分からない。私との話は終わっただろう?」

 

 キリサメは差し出した手を下げると、少しだけ考える素振りを見せた。

 

「あれ? 異世界転生したら、大体一番初めに出会った人物とこれからを共にするのがテンプレだったよな……?」

「……テンプレとは何だ? テンプレートの略称か?」

 

 私の声は届いていないようで、キリサメは考えを止めると、再び右手を差し出し、

 

「俺はカイト・キリサメだ。これからよろしくなアレクシア」

 

 先ほどと同じような自己紹介をしてきた。

 

「……」

「あのぉ……」

 

 私は変わらず差し出された右手を見つめるのみ。キリサメはスッと手を戻し、アホ面を浮かべながらもこちらに声を掛けてくる。

 

「もしかしてなんだけど、これで俺との話って終わり?」

「ああ終わりだ」

「これ以上は進展とか、無し?」

「当然だろう。これで私の用は済んだ。もう帰っていいぞ」

 

 部屋の扉に視線を送ると、キリサメは苦笑し始めた。

 

「俺、どこに帰れば……?」

「知らん」

「おい! そんな無責任なことあるかよ!?」

「私は話をするためにお前を呼んだだけだ。何を期待していたのかは知らんが、勝手に期待したお前自身を恨め」

 

 声を荒げているキリサメをなだめながら、私はベッドから立ち上がり、

 

「早く出ていけ」

 

 キリサメの右腕を掴んで、無理やり部屋から追い出そうとする。 

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!! 俺はマジでこれからどうすれば!?!」

 

 出ていくのを嫌がるキリサメを引きずり、私が部屋の扉へと手を掛けた瞬間、

 

「アレクシアちゃん~? 帰ってきたの――」

 

 部屋の扉が開き、帰宅してきたばかりのシーラが姿を見せる。

 

「え? アレクシアちゃん、その子って……」

「ああ気にするな。ただの客人だ。今から帰ってもらう――」

「もしかして"ボーイフレンド"?」

 

 シーラの突拍子もない発言。私たちは理解が及ばず、しばらく口を閉ざしてしまった。

 

「あらあら、アレクシアちゃんに愛しのボーイフレンドがいたなんて~! 私、知らなかったわ~!」

「シーラ。こいつは――」 

「お母さんにもこの子を紹介してちょうだい~! アレクシアちゃんとの出会いや、イチャイチャ話を聞きたいわ~!」 

 

 私が否定をしようとしても、シーラは聞く耳を持たない。一人で盛り上がり、私たちの間に移動して、それぞれの片腕を掴んだ。

 

「まさかこれが"テンプレ"とやらじゃないだろうな?」

「……異世界転生の、テンプレによくある」

「お前が住んでいた"ニホン"という国は、私の想像以上に"愉快な人間"が多いらしい」

 

 そのままシーラは私たち二人を一階まで連れていこうと、階段を下り始めた。

 

「それ、褒めてるのか?」

「いいや、ただの皮肉だよ」

 

 横目でそんなことを聞いてくるキリサメ。

 私は微笑しながら返答し、すぐに重い溜息を吐いた。 

 

 



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1:3 Recommendation

 

 次の日の朝。

 私はシーラの家で、何故かキリサメと朝食を取っていた。

 

「……」

「あのさ……」

「……」

「いや、何でもない……」

 

 あの後、シーラの誤解は確かに解けたが、キリサメの帰る場所がないことを知った途端、

 

『カイトくんが良ければ――ここで暮らさない~?』

 

 などと言い出した。私はあまり快く思わなかったが、シーラは心の底から喜んでいたため、口出しはできない。

 

「私とシーラだけでも生活するのに精一杯。それなのにお前はここで暮らすことになった。心底うんざりする」

「じゃあ何でシーラさんに反対しなかったんだよ?」

「この家はシーラが家主だ。世話になっている私に、反論する権利はない」

 

 私は朝食を先に食べ終わると、台所まで二枚の皿を運び、一枚一枚を水で手洗いすることにした。

 

「ここではただで暮らせると思うな。まずは働ける場所を探してこい」

「そうするけどさ。どうやって探せば――」

「自分の頭で考えろ。私はこれから働きに行く」

 

 皿に付着した水滴を布で拭きとり、台所の隅に置かれた皿の上へ重ねる。私は未だに朝食を口にしているキリサメを後にし、花屋へと向かった。

 

  

―――――――――――

 

 

 時刻は十五時頃。

 私は花屋の裏で薄い紫色の花を咲かせた"ミスミソウ"に水やりをしていた。花屋の仕事内容はとても単純なものばかりで、難しいことは一つもない。

 

「すいませーん」

 

 だからこそ余裕を持って対応ができる。私は誰かに呼ばれたため、水やりの道具を地面に置くと、店の表へ顔を出す。

 

「何か用か?」

「この花屋って薔薇とかある? それこそ真っ赤な薔薇を――」

 

 花屋の前に立っていたのは男。薔薇の有無を尋ねてきたが、私の顔をハッキリと認識すると目を細める。

 

「あれ? お前、孤児院の……」

「人違いじゃないか?」

「いいや絶対人違いじゃないね! その喋り方はお前しかいねぇだろ!!」

「誰だお前は?」

  

 私の前で「しょうがねぇな」と呟きつつ、衣服の下に隠していた十字架のネックレスを私に見せつけてきた。

 

「三年前、あの孤児院で会っただろ!」

「ああ思い出した。"臆病者"か」

「臆病者じゃねぇよ! "スコット・フェルトン"だっつの!!」

 

 三年前に起きた孤児院への襲撃。

 この男はイアンとクレア同様に生き残りだ。三年前に皇女がこの男の階級を、石の十字架から鉄の十字架に昇格させると述べていたが、

 

「おっ、気づいたか? 俺はこの三年間で鉄の十字架から銅の十字架まで上り詰めたんだ」

 

 鉄の十字架ではなく、銅の十字架が飾られていた。この男は私に見せつけたいと言わんばかりに、堂々と胸を張っている。

 

「俺にかかれば、食屍鬼なんてもう敵じゃないぞ!」

「そうか。なら男爵もお前の敵じゃないんだろう?」

「ま、まぁそれは……実際に戦ってみないとな……」

 

 私が軽く煽ってやれば、この男は視線を逸らした。

 

「銅の十字架でも男爵に手こずるのか?」

「当たり前だろ! 俺たち銅の十字架の中でも上位の連中じゃないと、男爵は倒せねぇよ!」 

「何だ。銅の十字架も大したことないな」

「るせぇ! 俺だって必死に努力して、ここまで上り詰めたんだ! 少しぐらい俺のことを認めろよ!」

 

 男は溜息をつけば、銅の十字架を衣服の下に入れ、背伸びをして花屋の奥を覗き込む。

 

「ていうか、こんな場所で働いてたんだな」

「悪いか?」

「別に悪くはねぇけどさ。てっきり"アカデミー"にでも入っているのかと思ったぜ」

「"アカデミー"か。試験はともかく、入学費用が問題ありでな」

  

 私がアカデミーに入っていない理由を説明すると、男は「あー、そういうことか」と納得をした。

 

「費用が問題なら、"特待生"の枠を狙えばいいんじゃねぇか?」

「特待生?」

「試験で優秀な成績を残したり、"十戒様"とか"名家"に推薦されたりすると、特待生として扱われるんだ。もしも特待生に選ばれたら、アカデミーの費用は免除になるぞ」

「……なるほど」

 

 特待生。この枠に上手く収まれば、シーラに迷惑を掛けることなくアカデミーへ入学することが可能だ。

 

「良い話を聞いた。特待生とやらを狙ってみよう」

「俺がお前を推薦してやれるぐらい強ければいいんだけどな。悪いが何もしてやれそうに――」

「安心しろ。お前には期待していない」

「お前なぁ!?」

 

 呆れている男を他所に、私は花屋の隅を指差した。

 

「薔薇はそこにある。何本欲しいんだ?」

「んー……九十九本にしようかな」

「随分と裕福なことで。お前は貴族の家系なのか?」

「俺は貴族生まれじゃないぜ。階級が上がれば上がるほど、支給される資金も多くなるんだ」

 

 私は薔薇を一本ずつ手に取り、少しずつ一束にしていく。

 

「リンカーネーションになると資金が貰えるのか?」

「貰えるな。まぁでも、一ヶ月に一度だけだ」

「貰える量は?」

「それは……内部機密だから言えないな」

 

 最後の九十九本目を一束に加えようとしたとき、私はふと手を止めた。

 

「言い忘れていた。花屋の裏には"ミスミソウ"があるぞ」

「……急にどうしたんだよ?」

「"ミスミソウ"はお前に似合うと思ってな。花屋として勧めてみただけだ」

「いやいや俺に似合うんじゃなくて、これから告白する相手に似合う花を――」

 

 男は「しまった」と口を両手で押さえる。

 

「色沙汰を堪能しているなんて、お前は呑気な男だな」

「今日は休みだからいいんだよ! てか、お前は俺を嵌めたな?!」

「ふっ、そんなつもりはない」

 

 私は鼻で笑いながらも、九十九本の薔薇の花束を持って男の前に立った。

 

「代金を」

「あーはいはい! これでいいだろ!」

 

 代金と引き換えに薔薇の花束を男に手渡す。

 

「んじゃあ、まずは仮試験を受けるところからだな」

「仮試験? 本試験は受けられないのか?」

「知らねぇのかよ。アカデミーの本試験を受けるためには、この街で仮試験を受ける必要があるんだ。そこで合格した者が、アルケミスの本試験に参加できるってわけ」

 

 薔薇の花束を抱えた男は、北の方角に顔を向けた。

 

「あそこが仮試験を受ける会場だ」

「あの建造物が試験会場だったのか」

「お前、それすらも知らなかったのかよ……」

 

 男は片手で薔薇の花束を抱え、衣服の懐から一冊の手帳を取り出す。

 

「次の仮試験は、今日から一週間後だぜ」

「仮試験は何をするんだ?」

「俺が仮試験を受けた頃は『身体能力・知性・判断力』の三つを計測する内容だったな」

 

 そして手帳にペンを軽く走らせると一枚のページを切り取り、私に手渡してきた。 

 

「その紙に試験日とか一応書いといた。当日、寝坊すんなよ」 

「……この住所は?」

「それは俺の実家だ。今は長期休暇を貰ってるからな。分からないことがあったら聞きに来い」

 

 実家がサウスアガペーにあるようで、紙には番地などが書き記されている。私は紙を折りたたんで、スカートのポケットに入れた。

 

「やけに気が利くな。これが三年前に言っていた恩を返すとやらか?」

「そのつもりだけど……。命を救ってもらった借りはこれで全部返したつもりはねぇからな」

 

 男は不貞腐れた態度を取りながら、辺りをキョロキョロと見渡すと、私に顔を近づけてくる。 

 

「それと――この街の"名家"には注意しろよ」

「……"アークライト家"と"アベル家"のことか?」

「そう、そいつらだ」

 

 名家の血筋と呼ばれているアークライト家とアベル家。この南の神愛と呼ばれているサウスアガペーが発祥の家系だ。

 

「名家は優秀な人材を毎回リンカーネーションに送り出している。お前が特待生枠を狙うつもりなら、この家系には気を付けた方がいい」

 

 この時代の十戒には、アークライト家とアベル家が一人ずつ選出されている。名家は優秀な人材を派遣する。その為、十戒を務めている人間は全員が名家出身らしい。

 

「気を付けるというのは?」

「名家はその辺の一般家系に負けてはならない。お前が名家出身のヤツより目立つことをすれば……間違いなく目を付けられるぜ」 

「分かった。用心しよう」

 

 男は再びキョロキョロと辺りを見渡し、私から二歩ほど距離を置いた。

 

「んじゃあ、俺はこれで」

「次に会う時は銀の十字架でも見せてもらおうか」

「ハードル上げられたら、もう二度と会えねぇよ……」

 

 私が期待の眼差しを向けてやれば、男は苦笑交じりに手を振ってその場を去っていく。その後ろ姿を最後まで眺めることなく、即座に背を向ける。

 

(一週間後の仮試験……。受けてみる価値はあるな)

 

 私が視線を向けた先には、水やりをしていたミスミソウが綺麗に咲いていた。

 

 

 

 



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1:4 One More Person

 仮試験の話を聞いた三日後。私とキリサメは街の中を歩き、シーラが働いている雑貨店まで向かっていた。

 

「働ける場所は見つけたのか?」

「それがまだ……」

 

 あれから三日が経過したというのに、キリサメの現状は何も変わらない。私は内心呆れてしまっていた。

 

「仕方がない。お前とは一度しっかりと話をして――」

「おいお前、もしかして海斗か!?」

 

 私の言葉を遮るように声を掛けてくる茶髪の好青年。その衣服はキリサメと似たような紳士服だ。

 

「圭太!? どうしてこんなところに!?」

 

 二人はお互いに背中を軽く叩き、再会を喜び合う。

 

「トラックに轢かれたかと思ったら、この世界にいてさ。俺も最初はワケが分からなかったけど、今は何とか平和に暮らしてるぜ! お前もいてくれて良かったよ!」

「それはこっちのセリフだバカ野郎! もうこっちは大変だったんだぞ!?」

(お互いを知っている。ということは、もう一人の異世界転生者とやらか?)

 

 似たような紳士服と、お互いの状況一致。

 おそらくは"異世界転生者"とやらだ。

 

「イブキさん。どうされましたか?」

 

 茶髪の好青年をイブキと呼ぶのは、華やかなワンピースに身を包んだ金髪の少女。腰まで届く長い金髪は、風に吹かれることで煌めいている。

 

「"ジェイニー"! こいつは俺の世界にいた友達なんだ!」

「あら、そうでしたか。それは大変幸運なことですわ」

「あのえっと、そちらの美少女は……?」

 

 キリサメが頬を赤く染め、イブキに少女のことを尋ねた。すると少女はスカートの両端を摘まみ上げ、軽やかに一礼をする。

 

「私は"ジェイニー・アベル"。以後お見知りおきを」

「カ、カイト・キリサメです。宜しくお願いします」

(ジェイニー・アベル。アベル家の人間か)

 

 アベル家はサウスアガペーを発祥とする名家の一つ。私がジェイニーの姿を見つめていれば、自然と目が合う。

 

「あなたのお名前は?」

「……知る必要ないだろう」

「私は知りたいですわ。あなたのお名前」

 

 私は名乗りを拒もうとしたが、ジェイニーは引き下がることなく、食い気味に名前を尋ねてきた。

 

「アレクシア・バートリだ」

「あら素敵なお名前ですこと。宜しくお願いしますわね――アレクシアさん」

 

 ジェイニーはニッコリと笑みを浮かべ、握手をしようとこちらに左手を差し出す。

 

「悪いが、握手はしない主義でな」

「あらそうでしたの? それは失礼しましたわ」 

 

 差し出した左手を引っ込め、お互いに見つめ合った。無言の時間が過ぎる中で、私たちの近くではキリサメとイブキが話をしている。

 

「俺たちがいた世界よりも、こっちの世界はほんと楽しいよな!」

「あー……楽しいのか?」

「部屋も豪勢だし、ご飯も美味いし、何より誰からも縛られずに生きていけるのが最高! 一日寝てても何も言われないんだぞ!」

「そう、だよな!」

 

 運良く名家に拾われれば、待遇が良いのは当たり前。キリサメはどこか気まずそうに、イブキの話に共感をしていた。

 

「お前の方はどうなんだ? この世界は楽しいか?」 

「あ、うん、まぁ……それなりに楽しいかな」

「やっぱり部屋とかご飯とか豪勢なんだろ?」

「……あぁ」 

 

 イブキという男はキリサメが愛想笑いをしていることに気が付いていないが、私の前に立つジェイニーは変化に勘付いていた。

 

「イブキさんはとても立派な殿方です。私のお父様やお母様も、イブキさんのことを気に入りまして。イブキさんと同じ世界に住んでいたキリサメさんも"さぞ立派な方でしょうね"」

「残念なことにあの男は立派じゃない。未だに仕事も見つけられないだらしのない男だ」

「あらあら私ったら……。キリサメさんはてっきり優秀なお方なのかと」

 

 キリサメと私を見下すような言い方。名家出身はロクな人間がいないと予測していたが、どうやらその予測は大当たりらしい。

 

「イブキさんは数日後のアカデミー仮試験も受ける予定です。もちろん私も同様に参加させてもらいますわ。あなた方のご予定は?」

「私は仮試験を受けるつもりだ。あの男のことは知らん」

「そうでしたか。イブキさんはご自分から受ける意志を示しましたが、キリサメさんは"随分と控えめのお方"ですね」

 

 私は笑顔を向けてくるジェイニーの顔から、腰辺りを見つめる。

 

「髪は切らないのか?」

「ええ、仮試験も本試験でもこの髪型で参加するつもりです」

「そうか」

「不思議なことを聞きますね。私のこの髪に何かありましたか?」

 

 わざとらしく金髪をなびかせるジェイニー。私は特に何の感情も抱かず、無表情で揺れている髪の毛を眺め、

 

「忠告をしておこう。仮試験前に髪を切った方がいい」

 

 ただそれだけを忠告する。

 

「ご忠告ありがとうございます。ですが淑女たるもの、"髪は命"ですわ。切るわけにはいきませんの」

「髪は命か。お前は冗談が上手いな」

「お気に召して頂けたのであれば光栄ですわ。それと……アレクシアさんは人のことを言えませんよ?」

「安心しろ。私は仮試験前に切るつもりだ」

 

 私はジェイニーとの会話をそこで切り上げると、イブキと話をしているキリサメの元まで歩み寄った。

 

「行くぞ」

「え?」

「シーラが待っている。感動の再会は私がいないところでやれ」

 

 キリサメは「まだ話がしたい」と反論したが、無理やり左腕を掴み、雑貨店へと再び移動を始める。

 

「それでは仮試験、お会いできることを心待ちにしておりますわ」 

 

 私はジェイニーを無視して、キリサメと共にシーラの待つ雑貨店へと向かった。 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 月輪が夜空に輝き、誰もが寝静まった時間帯。私は「話すことがある」と伝え、キリサメの部屋を訪れていた。

 

「お前がやってきて今日で三日目が過ぎようとしている。そろそろ本腰を入れて、稼ぎ場所を見つけろ」

 

 キリサメは未だに稼ぎ場所を見つけていない。シーラは「気にしなくていいのよ~」と慰めているが、私からすればそういうわけにはいかない。

 

「入れてるっての! 俺だって色んな場所に行って、働かせてほしいって何度も頼み込んだ!」

「……」

「大体俺はまだ高校二年生なんだし、そういう働くとか、よくわかんなくて……」

 

 ベッドの上で項垂れるキリサメ。

 私は口を閉ざしたまま、目の前まで歩み寄る。

 

「俺の高校はバイト禁止だったんだ……! どういう気持ちで雇ってくれって頼めばいいのかとか……!」

「……」

「そもそも家事とか全然できないし、役に立てるかどうかすら――」

 

 うじうじと言い訳ばかりをするのに嫌気が差した私は、キリサメの胸倉を片手で掴み上げた。

 

「お前がこの家に来ていなかったら、私は稼げないことを責めはしない。好きなだけ時間を有意義に使い、お前の思うように生きればいい」

「……」

「だがお前はこの家に来て、のうのうと暮らしている。私とシーラが働いているのに、お前は働かずに、この家でだ。これはどういうことだ?」

 

 キリサメは下唇を噛みしめ、目を合わせないように視線を逸らす。

 

「俺だって迷惑かけていることぐらい、分かってる……」 

「ならどうして自分から出ていかない?」

「それは……」

「当ててやる。お前は待っているんだよ。私やシーラに追い出される時をな」

 

 私はキリサメを背後にあるベッドへと突き放した。そして蔑みの視線を送る。 

 

「シーラはお前を追い出すことはしないだろう。私もお前を追い出す権利などはない。だがお前が自分から出ていくのなら、話は別だ」

「俺に出ていけって言いたいんだろ!?」

「"自分から"と言っただろう。お前はシーラの良心に甘えている。もしお前が本当に稼ぎ場所を見つけようと必死になっているのなら、こんなことにはならないはずだ」

「お前に、お前に何が分かるんだよ!?!」

 

 堪忍袋の緒が切れたキリサメは、怒声を上げながら私に詰め寄ってきた。

 

「俺がどれだけ苦労したのかを知らないくせに、さっきから偉そうなことばかり言いやがって!」

「苦労をしたのなら問いてやる。お前が『働かせてください』と地べたにその額を付けて頼み込んだのかを」

「……え?」

「地面に顔をへばりつかせ、下らないプライドを捨て、殴られようが店主に何度もしがみついたのかをな」 

 

 私はキリサメの額に指先を当てると、次に心臓付近へ移動させ、最後に右腕へと到着させる。

 

「何も知らないと思ったか? 私はお前が訪れた場所をすべて把握している。店主に断られると、すぐに食い下がったこともな」

「――」

「後、お前の衣服は綺麗すぎるんだよ。まるで"ただ街の中を歩き回っただけ"の衣服ほどにな」

 

 図星を突かれたキリサメは、口を半開きにして言葉を返せないままだった。私は部屋から出ていこうと、キリサメに背を向ける。

 

「なんでだよ、不平等すぎるだろ……。イブキはあんなに楽しく暮らせんのに、どうして俺はこの世界でも苦しまないといけないんだよ」

「……」

「あいつは俺よりも勉強ができて、運動もできて、人望もあって……。この世界でも、あんなにすげぇヤツなのに、俺はどうして――」

 

 私は後方でブツブツと呟いているキリサメを他所に部屋の扉を開いた。

 

「この世界は不平等だと思うか?」

「……不平等だろ。十分すぎるぐらいに」

「そうか。そう思うのなら、お前は一生変われない」

 

 その場で振り返り、私はキリサメの瞳の奥を見据える。

 

「私たち人間には、平等に与えられたものがある。それが分かるか?」

「……あるのかよそんなもん」

「それは――時間だよ」

「時間?」

 

 飾られた古時計を指差し、私は話をこう続けた。

 

「時間は平等に与えられる。権威や富を備え持つ貴族でも、私たちのような庶民でも、一日は二十四時間に変わりはない」

「……」

「だが感じ方や使い方は人によって違うだろう。お前が訴える不平等は、ここで生まれてくるものだ」

 

 再び背を向ける。

 キリサメは私の言葉に何も言い返してはこない。

 

「覚えておけ。不平等だと嘆いているこの瞬間も、お前は平等な世界から遠ざかっていることをな」

 

 私は最後にそれだけを告げ、キリサメの部屋から出ていった。

 

 



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1:5 Test Content

 

 次の日の朝方。

 キリサメは家にはいなかった。

 

「カイトくん、どこに行っちゃったのかしら~?」

「さぁな」

「アレクシアちゃんは何か聞いてない~?」

「何も聞いていない」

 

 置き手紙も無し。シーラは心配そうにパンにかじりついていたが、私は昨晩の一件などなかったかのように振る舞っていた。

 

「シーラ、私は二日後の仮試験を受けにいく」

「え? 仮試験って……」

「アカデミーに入学するための試験――」

「ダメよ!」

 

 私が仮試験のことを話した途端、シーラはかじりついていたパンを勢いよく皿の上に置き、その場に立ち上がった。

 

「急にどうした?」

「アカデミーなんて、ダメよ、ダメに決まってるわ……」

「なぜ駄目なんだ?」

「それは……」

 

 シーラは私の問いに答えることがないまま「とにかくダメよ」とだけ呟き、皿などを片付けると、逃げるようにして家を出ていく。

 

(あそこまで取り乱した姿は初めて見たな)

 

 シーラは働きに向かったが、私の予定は空白だ。今日は何をしようかと皿を洗いながら考え、臆病者から貰った手帳のページをふと思い出す。  

 

(仮試験の詳細について聞きに行くか)

 

 皿洗いを終えると、私は自室へと向かった。外出用の衣服に着替えて、臆病者から貰った手帳の切れ端を片手に、街へと赴く。

 

(ここだな)

 

 数分ほど歩けば、手帳の切れ端に記載された場所に辿り着いた。貴族ではなく、庶民が暮らしていそうな一般的な家だ。私は手帳の切れ端をポケットに突っ込み、木製の扉を三度叩く。

 

「はーい、どちら様……って」

「私だ」

「んだよお前か。何か聞きたいことでもあったのか?」

「あぁ仮試験の詳細についてだ」

 

 臆病者は「まぁ中に入れ」と私を家の中へと招き入れた。家は汚いだろうと勝手に印象付けていたが、室内はそれなりに掃除が行き届いている。 

 

「強姦するなよ」

「俺はもうそんなことしねぇ! 俺には婚約者がいるんだぞ!?」

「婚約者……ということは告白は上手くいったようだな」

「そりゃあもう大成功だったぜ! 二人で永遠の愛を誓うぐらいには――」

 

 臆病者は「しまった」と口元を両手で押さえた。私は楽しそうに喋っていたこの男を鼻で笑ってやる。

 

「お前なぁ!? 俺をからかうのはやめろよ!」

「勝手に喋り出したのはお前だろう」

「るせぇ! とにかく俺の話はいいんだよ!」

 

 私を椅子に座らせれば、ティーカップを机の上に二つ置いた。

 

「おもてなしをしてくれるのか」

「まぁ一応客人だからな。紅茶ぐらいは淹れてやるよ」

 

 紅茶の葉をティーポッドに浸すと、自信に満ちた表情で机まで運んでくる。

 

「俺の紅茶はとっておきなんだ」

「とっておきだって?」

「そうそう。飲んでみれば分かるぜ」

 

 ティーカップに紅茶を注ぎ、「飲んでみろ」と差し出してきた。私は嫌な予感がしながらも、少しだけ口にしてみる。

 

「……」

「どうだ? 美味しいだ――」

「マヂュイ……」

「マジ?」

 

 頬を引き攣るほどの不味さ。私は向かい側に座っている男へ、ティーカップを返した。

 

「この紅茶、ピーナッツバターを溶かしてあるのか?」 

「そりゃあこの街はピーナッツが名産地だからな。この街で作られた茶葉とピーナッツバターを混ぜるレシピは、グローリアで大人気なんだ」

「はぁ……」

 

 大嫌いなピーナッツバターが大人気なグローリア。私は思わず大きな溜息を吐いて、頬杖を突く。

 

「前に私はピーナッツバターが嫌いだと言わなかったか?」

「ああ、そういえばそうだったな。そんなこと三年前に言っていた気が――って熱っ!?」

 

 この男はティーカップを床に落とし、ガラスの破片が辺りに飛び散った。

 

「お前、紅茶を淹れたことがないだろう」

「……」

「気品さを見せようとした結果がこの有様か。お前らしいな」

「るせぇ! それで何を聞きに来たんだよ?」

 

 男は散らばったティーカップの破片を片付けながら、私に用件を尋ねてくる。

 

「仮試験の内容は『身体能力・知性・判断力』と言っていただろう。これらについての詳細を聞かせてもらおうとな」

「あぁ内容についてか」

 

 破片をすべて拾い上げると、男は洗い場まで慎重に運び、仮試験の話を始めた。

 

「まず身体能力っていう試験の内容は、基礎体力を計測して、剣技の才能を見られるんだ」 

「なるほど。剣技を見られるのか」

「あぁでも、剣技の方はあんまり重要じゃないと思うぜ。剣なんか握ったことのない俺が受かったんだし」

 

 家系によっては、古来から引き継がれている剣術が存在する。しかし私はすべて自己流だ。剣術など学んだことはない。 

 

「次に知性っていうのは一般的な学問の面だ。そういや、お前はその辺とか大丈夫なのかよ?」

「問題ないな。学べることはすべて学んできたつもりだ」 

 

 シーラの家に置かれていた本を読み漁ってみたが、遥か前世から学問の内容自体は大きく変わっていない。特に心配する必要もないだろう。

 

「最後に判断力。一番の壁は多分これだと思うぜ」

「何かあるのか?」

「仮試験は百点満点で計測されるんだが……。さっきの身体能力と知性が合わせて五十点分あるのに対して、この判断力っていうのが一つで五十点分あるんだよ」

「判断力というのは何をやらされるんだ?」

 

 私は判断力という試験の内容を尋ねるが、男は「んー」と唸りながら何も答えない。

 

「内容は知らない方がいいと思うぞ」

「……そこまで難しいものなのか?」

「難しくはないんだけどな。内容を今教えると、むしろ逆効果な気がするんだ」

「そうか。ならば聞かないでおこう」

 

 机の中央に置かれたティーポッドをじっと見つめ、私は木の椅子から立ち上がる。

  

「もういいのか?」

「充分だ。残った問題は家の者が許してくれるかどうかだな」

「まさかお前、仮試験を受けることを許してもらってないのか?」

「ああ、許しは貰っていないな」

 

 男は私の話を聞けば「お前なぁ」と片手で頭を掻いた。

 

「仮試験は受けられるけど、本試験は契約書にサインをする保証人が必要なんだぞ」

「お前に書いてもらえばいい」

「無理だ。親権者がサインしないと契約書は通らない」

「そもそもなぜサインが必要なんだ?」

 

 私の問いに男は「あーそれは」と答えにくそうな素振りを見せる。

 

「死ぬかも、しれないから」

「死ぬだと?」

「食屍鬼が徘徊してる場所が本試験の会場なんだ。大人しくしていれば普通は死なないんだけど。目立つようなことをすると、死人がちらほら出て……」

(どうりでシーラが許さないわけだ)

 

 私にとって一番の壁は、シーラにサインを貰うことらしい。どうしたものかと腕を組んで考えていれば、男は「ああそういや」と私を指差した。

 

「お前は"十八歳未満"だよな?」

「ああ、私は今年で"十六"だ」

「んならいいか。十八よりも上の年齢は、仮試験を受けられないってことだけ覚えておいた方がいいぞ」

「なぜ覚えておく必要がある?」

 

 男も席から立ち上がり、私を木製の扉まで案内する。その最中、覚えておく理由を私にこう説明した。

 

「要はお前が十六なら、アカデミーに入るチャンスは今年を含めて二回しかないってことだからな」

「……十八を上回ると、リンカーネーションに入る方法はないのか?」

「まずないと思うぜ。実際に俺の友人も最後のチャンスを逃して、今はその辺で飲んだくれになってるし」

 

 挑戦期間は年齢が十八未満の期間のみ。

 アカデミーは若い人材が余程ほしいのだろう。私は家の外にある石の階段を一歩ずつ踏みしめ、ゆっくりと降りていく。

 

「その友人とやらは何度も試験を受けたのか?」

「五回は受けてたらしいぜ。まぁ全部ダメだったけどな」

(……原因は身体能力と知性の面じゃない。対策のしようがない"判断力"の部分ということか)

 

 私はその場で男と別れを告げ、シーラの家へ帰宅することにした。

 

「お願いします! ここで働かせてください!!」

「何度も言ってんだろうが! おれんとこは人が足りてるって!!」

「そこを何とかお願いします!!」

「お前は物分かりのわりぃやつだな!!」

 

 街中を歩いていれば、聞き覚えのある声と怒声が耳に入る。私は声のする方へ視線を向けてみると、酒場の店主にキリサメがしがみついていた。

 

「おらぁ! さっさと離しやがれ!!」

「げふっ……!?」

 

 キリサメは店主に殴り飛ばされ、固い地面へと顔をへばりつかせる。酒場の店主は「最近のわけぇもんは」と苛立ちながら、店の中へと戻っていく。

 

「いってて……」

「あら、ご機嫌ようキリサメさん」

「……ジェイニーさん」

 

 倒れているキリサメに手を差し伸べたのはアベル家のジェイニー。周囲など気にすることなく、キリサメに微笑みかける。

 

「あんなにも必死になって……。何かあったのですか?」

「今、働ける場所を探してるんです。働かないと家にいる資格がないみたいで……」

「それはそれは、大変な境遇ですね」

 

 ジェイニーはキリサメの衣服に付着した砂埃を手で払い、哀れみの表情を浮かべていた。

  

「もしキリサメさんがよろしければ、私の元へ来ませんか?」

「えっ、いいのか?」

「えぇ勿論です。イブキさんのお友達ですもの。アベル家の者は皆、キリサメさんを歓迎いたしますよ」

 

 キリサメの汚れた右手を、ジェイニーは躊躇もせずに両手で握りしめる。

 

「悪意はおありにならないのでしょうけど、アレクシアさんはキリサメさんに厳しいお方ですわ」

「……」

「アベル家の人間は神に愛され、慈愛に満ちた者ばかりです。きっとイブキさんと仲睦まじく過ごせます」

(これであの男とはお別れだ。シーラにも伝えておこう)

 

 私は二人に向けていた視線を外すと、再び帰宅路につくことにした。

 

 

 

 

 



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1:6 Exam Preparation

 

 仮試験前日の夕食後。

 私は話をするために、シーラと机を挟み向かい合っていた。

 

「シーラ。私が話したいことは分かるな?」

「……」

「私はアカデミーに入るつもりだ。その為に仮試験を突破し、本試験を受けなければならない」

「……」

 

 シーラは黙り込んだままだ。話す気力すら感じさせず、ただ俯きながら机の模様を見つめているだけだった。

 

「私が本試験を受けるには、契約書にシーラのサインが必要になる。だからその時はサインをして――」

「嫌よ」

「……なぜだ?」

「嫌なものは、嫌なのよ」

 

 頑なに否定をするシーラ。

 私はその理由を尋ねるが、何も答えようとしてくれない。

 

「私はこの三年間、シーラの考えを尊重し続けてきたつもりだ」

「……」

「だがこれだけは私も譲れない。否定をされるなら、私はシーラと正面からぶつかり合うつもりでいる」

 

 シーラに「揺らぐつもりはない」という意志表示をすれば、しばし沈黙し、こんなことを聞いてきた。

 

「どうして、アカデミーに入りたいの?」

「吸血鬼共を殺すためだ」

「吸血鬼、やっぱりそうなのね。"あの人"や"あの子たち"と同じように、みんな……」

 

 私の返答を聞いたシーラは渇いた笑い声を上げ、ぼそぼそと静かに過去を語り始める。

 

「数年以上も前の話よ。私の夫は、"銅の十字架"のリンカーネーションだった。吸血鬼や食屍鬼から、弱い人たちを守り続けてきたの」

「……」

「けどね? ある日、突然帰って来なくなっちゃった。私と二人の子供を置いて、死んだのか、生きているのかも分からないまま――二度と会えなくなって」

 

 シーラは一枚の古ぼけた写真を、私に見せてきた。そこに写っていたのは二十代前半のシーラと、正義感に満ちた男性。そしてその間には十歳にも満たない少年と少女が写っていた。

 

「だから私はあの子たちをアカデミーには入れないと心に誓った。もう二度とこんな心が引き裂かれるような想いはしたくないから……って」

「この家に子供はいない。それはつまり――」

「ええそうよ。私はあの子たちをアカデミーに入学するための本試験に送り出してしまったの」

 

 シーラは俯いたまま目を強く瞑り、肩を小刻みに震わせる。

 

「なぜだ? なぜ誓ったのに、送り出した?」

「あの子たちを、信じたからよ」

「……信じた」

「あの子たちは私が止める度にこう言ってきたの。『必ず戻ってくる。戻ってきて、アカデミーに入学して、お父さんを探してくるから――"信じて"待っててほしい』って」

 

 固く閉ざした瞼から雫が溢れ出し、シーラの両頬を伝わっていく。 

 

「私は、信じてしまったのよ。あの子たちは必ず帰ってきてくれるって。あの子たちは私を置いていかないって。心から、信じてしまったの」

「……」

「私が信じなければ、あんなことにはならなかった。信じなければ、止められたのよ。信じなければ、私はっ……」

 

 私は机の上に置かれている四人家族の写真を手に取った。 

 

(本試験は目立つ行動をしなければ、死ぬことはないとあの臆病者が言っていた。本試験の内容は未だ不明だが、シーラの子供たちは何か目立つことでもしたのか?)

 

 写真の容姿を見る限り、シーラの子供たちが"目立ちたがり"だとは思えない。内気な少年少女という言葉が似合うだろう。

 

「だから私はあなたを行かせないわ。もう何も失いたくないのよ」

「シーラ」

「分かってほしいわ。アレクシアちゃんが大切だからこそ、引き止めていることを――」

「私を見ろシーラ」

 

 シーラは未だに俯いたままだ。この話を始めてから一度も視線が合わない。私は立ち上がり、向かい側に座るシーラの右肩を片手で掴んだ。

 

「私は死なない。私が死ぬときは、吸血鬼共がこの世界から消えるときだけだ」

「……」

「吸血鬼共がこの世界に存在する限り、私は永遠に生き続ける」

 

 私はシーラの肩を強く揺さぶり、強引に視線を合わせる。

 

「どうして、危険を冒してまで吸血鬼と戦いたいの? ここにいれば、ずっと安全なのよ?」

「理由なんてものはない。そこにいるから、吸血鬼共を殺すだけだ。それに安全な場所なんてものも存在しない。このグローリアが一生安全だという保障が、この世界のどこにある? そんなものは、どこにもないんだよ」 

 

 私の瞳を見つめ、呆然とする。残酷な現実を突きつけてしまったことで、シーラの表情は曇り始めていた。私はシーラの右肩に置いていた手を離す。   

 

「この時代は吸血鬼共が優勢だと聞いた。もしこの状況が続けば、人間は吸血鬼共に敗北する。奴隷となり人としての生涯を終え、二度と人として生まれ変われなくなるだろう」

「アレクシアちゃん、あなたは一体……」

「今まで黙っていたが、私は千年以上も前から吸血鬼共を殺し続けてきた――本物のリンカーネーション。この紋章がその証拠になる」

 

 左脚に巻いた包帯を解き、紋章をシーラへと見せつける。紋章を目にした瞬間からシーラの曇り始めていた表情は一変し、口を半開きにしたまま、私の顔を見つめてきた。

 

「どうしてその紋章を? アカデミーに入学しないと、紋章は刻まれないはずなのに……」

「それはすべて偽物だろう。本物の紋章は人の手によって刻むものではない。選ばれた人間の体に自然と浮かび上がるものだ」

「本物に、偽物? ごめんねアレクシアちゃん。私、気が動転しちゃって……」

 

 理解ができずに片手で額を押さえるシーラ。私はシーラの隣まで歩み寄り、今度は両肩を掴んで、こちらに身体を向かせた。

 

「シーラ、お前はキリサメの件も含めて優しすぎる。その優しすぎる性格が故に、子供たちの死も、自分の責任にしようとしているのだろう」

「だって、私が止められなかったからあの子たちは戻ってこなくて……」

「いいや違う。戻ってこなかったのは、シーラの責任じゃない。お前はただ自分の子供たちを信じただけだ」

 

 私は手に持っていた四人家族の写真をシーラに手渡す。 

 

「信じないのは簡単だが、誰かを信じることはとても難しい。だがお前は子供たちの為に、難しい選択肢である"信じること"を選んだ。それは母親としてあるべき姿だろう」 

「……」

「シーラが私を信じて本試験へ送り出し、もし帰ってこられなかったとしても……。私はお前を恨まない。期待に応えられなかったことを私が悔やむだけだ」

 

 私は「そんなことはあり得ないがな」と付け加え、シーラの両肩から手をゆっくりと離した。

 

「信じて、いいの?」 

「あぁ私を信じろ」

 

 真剣な眼差しを送る。

 シーラは私の言葉を聞くと、大きく深呼吸をし、

 

「分かった。私はアレクシアちゃんを――信じるわ」 

 

 私の両手を自身の手で包み込み、決心した表情で強く頷いた。

 

「……あのぉ」

 

 シーラが「信じる」と決心した丁度のタイミングで、紳士服を酷く汚したキリサメの姿が横目に映り込んだ。

 

「カ、カイトくん~!!」

「うおぉっ!!?」

 

 何日かぶりに姿を見せたキリサメに、シーラはすぐさま飛びつく。

 

「私、心配してたのよぉ~!!」

「す、すんません! 仕事を探すのに必死で……」

「空気が読めない男だ」

「はい? 空気が読めないって一体何のこと?」

 

 私は「もういい」と首を左右に振る。

 

「お前はアベル家に養われるんじゃないのか?」 

「え? あ、もしかして俺とジェイニーさんが話しているのを見たのか?」

「偶然な」

 

 キリサメは「うーん」と少し照れ臭そうにしながらも、私に苦笑交じりの表情を浮かべた。

 

「やっぱここがいいなって」

「……アベル家の方が待遇はいいぞ。働かなくてもいい。食事も豪勢。お前が気にしていた不平等もなくなるはずだが?」

「確かにあっちの方がいいかもしれないけどさ。俺には俺に合う場所があるんだって気が付いたんだ」

 

 泣きじゃくるシーラを見て、キリサメは静かに微笑んだ。

 

「イブキはきっとあっちの方が合うんだと思う。でも俺はおっちょこちょいシーラさんがいて、鬼のようにスパルタなお前がいるこっちの方が合うんだ。なんか息がしやすいっていうか……」

「働く場所を見つけていない場合、前と同じことになるぞ?」

「それに関しては大丈夫だ! 何度も何度も頭を下げに行った酒場の店主に『ここまで根性のあるやつは初めてだ。その根性を認めてやる』って言われたからな!」

「そうか。なら好きにすればいい。私は明日に備えて部屋に戻る」

 

 私はシーラとキリサメに背を向ける。

 

「あ、ついでに俺も明日の仮試験に参加するからよろしくな!」

「何だと? お前がか?」

「何事も挑戦だなって。落ちたら落ちたで、酒場で働きながら生活していくつもりだからさ」

「勝手にしろ」

 

 背を向けたまま大きな溜息をつき、私は二階の部屋に続く階段を一段ずつ上がっていく。

 

「……」

 

 自室に置かれた三面鏡の台。

 その引き出しから、私は無言でハサミを取り出す。

 

「やりづらいな」 

 

 三面鏡に映り込む私はどれもが半透明。私は鏡を見つめながら、生まれた時から伸ばし続けていた長い青髪に触れる。

 

「さて、この邪魔な髪とも今日でお別れだ」

 

 そしてハサミを動かし、一人で断髪式を始めた。

 

 



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1:7 Tentative Test

 朝日が昇り、気温が徐々に上がる時間帯。

 私とキリサメは家の前でシーラに見送られる。

 

「二人とも頑張るのよ~!」

 

 私の青髪は肩に届くか届かないかの長さまで短くなり、その髪型を見たシーラは「恋でもした?」と頓珍漢なことを今日の朝に述べてきた。

 

「うっす! 頑張ってきます!」

 

 シーラに二人で軽く手を振り、仮試験の会場へと向かう。私たち以外にも大勢受けるようで、道中に同じ年齢の人間を多く見かけた。

 

「仮試験の会場はこちらです。まずは受付をお願いします」

「名前を書けばいいのか?」

「はい、名前だけで問題ありません」

 

 受付や案内をしているのは、リンカーネーションに所属している人間たちだ。私とキリサメは渡された用紙に名前を書き記し、受付の人間に手渡した。

 

「これでいいな」

「アレクシア・バートリさんに、カイト・キリサメさん……。こちらの方は珍しい名前ですね」

「まぁ、そうっすね。よく言われます」

「……」

 

 キリサメがぎこちない返答をするが、受付の人間は何事もなく用紙を受け取り「あちらが会場です」と案内をし、仮試験の会場へと私たちを通した。

 

「……何でそんな顔してんだ?」

「不思議なこともあるものだと思ってな」

「不思議なことって?」

「あの受付の人間は、お前の名前を見て"珍しい名前"と言っていた。私ですら初めて目にする名前を、初めてではなく珍しいとだ」

 

 仮試験の会場へと足を踏み入れると、そこは大勢の人間が入れるように作られたホール。私たちは案内人に「好きな場所へ座ってください」と言われ、後方寄りに座ることにした。

 

「それの何が気になるんだ?」

「つまりだ。この世界にはお前以外にも――」

「ご機嫌よう。アレクシアさん、キリサメさん」

「よっ! 元気にしてたか海斗!」

 

 背後から声を掛けてきたのはジェイニーとイブキ。キリサメは振り返って挨拶をしたが、私は口を閉ざしてただ前方を見つめていた。

 

「お隣、よろしいですか?」

「いいと、思いますけど……」

「んじゃ、隣に座らせてもらうぞ!」

 

 キリサメが横目で私の表情を窺っている間に、挟まれるような形でジェイニーたちは椅子に腰を下ろした。

 

「アレクシアさん。髪を短くしたのですね?」

「前にそれは言ったはずだ。……お前は切らなかったのか」

「それも数日前に申し上げたはずですよ。私にとって髪は命です……と」

「相変わらず面白いな。その冗談は」

 

 右隣に座っているジェイニーを微笑し、左隣に座っているキリサメの様子を窺う。

 

「実はさ、少し緊張してんだ。挑戦心を理由にこの仮試験を受けようとしたんだけど……。なんかこう、人数が多いとやっぱり緊張してきて……」

「大丈夫だって! 海斗ならこの仮試験は絶対受かる! 最初から弱気になんな!」

「そ、そうだよな! 受かるつもりで頑張らないと、そりゃあ落とされて当たり前か!」

「そうそう。俺たち二人で一緒に本試験も受けようぜ」

 

 同じ異世界転生者のおかげか、イブキと話をしているキリサメは普段よりも明るかった。私が二人の様子を見ていれば、後方の両開きの扉が閉められ、最前線の教壇に一人の男性が立つ。

 

「諸君、初めまして。私の名前は"アーロン・ハード"。リンカーネーションでは"銀の十字架"を持つ者だ」

 

 歳は三十代半ば。

 顎に白髭を生やし、左目を黒色の眼帯で覆っていた。

 

「……アーロン・ハード?」 

「あら、ご存知なくて? アーロン様は銀の十字架を象徴する者の一人。このサウスアガペーを守護するために、"神の街アルケミス"から派遣された唯一無二のお方です」

「派遣されているのか」

「えぇそうですよ。アルケミスから銀の十字架を持つ粛清者たちが、東西南北の街にそれぞれ一人ずつ派遣されていますの」

 

 小馬鹿にするような説明を聞きながらも、私は教壇の前に立つアーロンという男をじっと見つめる。

 

「仮試験では諸君らの『身体能力・知性・判断力』の三つを計測させてもらう。点数は百点満点。仮試験の合格点数は"七十点以上"となる。まずは知性を計測させてもらうが、何か質問等はあるかね?」

 

 その問いに対して、誰も挙手はしない。アーロンは「では」と言って、最後に私たちへこう伝えた。

 

「仮試験を突破できる者が一人でも多くいることを私は祈っている。諸君らに"栄光あれ"」

 

 仮試験はこの言葉と共に始まりを告げた。

 最初はこの会場での知性を計測する試験。問題用紙・解答用紙・ペンを配られ、三十分という制限時間の中で問いにすべて解答し始める。

 

(……簡単だな)

 

 知性の試験は、特別に難しい問題はない。計算能力と言語能力を確認されるだけ。一般的な教養を受けていれば、何事もなく満点は取れるだろう。 

  

「解答止め。解答用紙を回収された者はこの扉から先へ進み、次の試験である身体能力の科目を受けるように」

「海斗、どうだった?」

「んー……案外簡単だったから自信はあるな」

「だから言っただろ? お前なら受かるってな!」

 

 指示された扉を通り、真っ直ぐな通路をしばらく進むと、女性と男性で区別された別れ道に到着する。

 

「紳士諸君は左の通路へ進み、淑女諸君は右の通路へ進むように。紳士諸君の付き添いは私だが、淑女諸君の付き添いは別の者が担当する」

「んじゃ、一旦ここでお別れだな」

「そうですね。イブキさん、お互いに健闘しましょう」

 

 ジェイニーとイブキは互いに言葉を交わしたが、私はキリサメと言葉を交わすことなく先に進んだ。 

 

「……あいつは」

 

 辿り着いた場所は脱衣所。

 部屋の中央には見覚えのある長い白髪の女性が立っていた。

 

「君たちが――アカデミー入学を希望する子たちだな」

 

 三年前に私を孤児院から保護したヘレン・アーネット。このグローリアを統一する皇女でもあり、吸血鬼共と最前線で戦うこの時代で最も強い人間。

 

「こ、こ、皇女様……!?!」

 

 ジェイニーも動揺を隠せず、思わず声を上げていた。周囲の者たちも同様に愕然としている。

 

「ど、どうしてこのような場所へ足をお運びに……?!」

「時間を持て余していてな。折角なら仮試験に私自ら顔を出し、候補生となりえる子たちを見てみようかと」

「し、しかし何故サウスアガペーに? 仮試験はこの街以外に東、北、西と開いているはずですが……」

「何となくだ。何となく南に行きたい気分だった」

 

 ヘレンは皇女らしからぬ「はっはっはっ」というような笑い声を上げると、並べられた網状の籠を指差した。

 

「それでは、身体能力を計測させてもらおうか。まずは一人一つその籠を使い、衣服を脱いでくれ。……あぁ下着はそのままでいい」

 

 私たちは衣服を籠に入れ、下着一枚の姿となり、ヘレンの周囲に集まる。

 

「身体能力の計測は至って簡単。あのカプセルに入るだけだ」

 

 ヘレンが視線を向ける方角には、カプセル型の機械が六つほど並べられていた。このような代物は、この時代で初めて目にする。

 

「昔は様々な科目を作り、実際に記録を計測させていた。しかしその日の調子がもし悪かったら。もしその日の調子が良かっただけなら。これでは平均的な数値を計測はできないと私は考えた」

(その通りだな……)

「そこで私はあのカプセルを開発させたんだ。カプセルに入った"人間"の肉体を分析し、それぞれの科目を百回行うと想定した場合の平均値を算出してくれる」

 

 私たちは案内されるがまま、カプセルの中へと順番に入っていく。

    

「中に入るだけでいい。ほんの数秒で計測は終わりだ」

 

 カプセルの中へ入ればヘレンの言う通り、緑色の発光を数秒浴びるだけで、身体能力の計測は終了した。

 

「計測が終わった者は服を着て、奥の通路を進んでくれ。次は剣技を拝見させてもらう」

 

 ヘレンは機械から印刷される用紙を一枚ずつ回収し、私たちが着替えている間にゆっくりと目を通す。 

 

「……君がアレクシアか?」

 

 私が奥の通路を進もうとした時、ヘレンが声を掛けてきた。

 

「何か用か?」

「私のことを覚えているか? 君を三年前に孤児院から保護したヘレンだ」

「あぁ覚えている。お前の側近に私のことを気に入らない男がいたこともな」

「あの時はすまなかった。カミルは少々警戒心が強い男なんだ」

 

 ヘレンは苦笑しながらも、手に持っていた一枚の用紙を眺める。

 

「君の計測結果だが……すべての科目の記録が『一』と『二』という数字ばかりだ。今までこの最低の記録を出した子はいなかった」

「……それが?」

「このままだと身体能力の点数はゼロだ。仮試験を合格するには知性と判断力で満点を取らなければならない。……大丈夫か?」

 

 私は心配してくるヘレンを鼻で笑い、手に持っていた用紙を見上げる。

 

「その話が真実なら、あのカプセルとやらは随分と精巧に作られている」

「なぜそう言い切れる?」

「私はそもそも同じ科目を百回も計測する気力など起きない。計測できても精々二回程度だろうな。後はすべてゼロになる」

 

 ヘレンにそれだけ伝えると、私は奥の通路を進むことにした。 

 

「あの子は、私が嘘をついていると見抜いていたな」

 

 一人残されたヘレンは、再びアレクシアの記録用紙に視線を向ける。

 

「身体能力に計測するそれぞれの科目の満点は百点。あの子はすべてが五十点だった。五十点は人間としての平均値だが、ここまで揃うのは初めてだ」

 

 記録用紙に記載された六角形のグラフは半分の数値で収まっていた。ヘレンはアレクシアの後ろ姿を見つめる。

 

「仮に肉体の半分が"人間以外"のものだとしたら……。カプセルはあの子の人間の肉体だけを計測し、半分の五十点になった可能性が高い」

 

 数十枚近く重なっている用紙にアレクシアの記録用紙を加えると、ヘレンは軽く整えて、奥の通路に向かって歩き始めた。

 

(私やカミルの勘が正しければあの子は――)

 

 ――"本物"なのかもしれない。

 

 

 



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1:8 Sword Technique

 

 脱衣所から奥に続いていた通路を進めば、訓練場のような場所に出る。そこには藁で作られた何十体ものカカシが立てられていた。

 

「ジェイニー!」

「あらイブキさん。身体能力の試験は終わりまして?」

「おう、なんか変なカプセルに入れられてな!」

 

 アーロンとヘレンが私たちの前に立てば、男性陣からどよめきの声が上がる。恐らく皇女がこの場にいることに驚いているのだろう。 

 

「では剣技の試験について説明を行う。まず最初に、この試験は受ける必要はない」 

(……受けなくてもいいだと?)

「この試験で得られる点数の扱いは追加点となる。本来の百点満点の試験には含まれず、最大二十点加算されるということだ。諸君らにとって、この試験はボーナス点となる」

 

 アーロンは隅に控えている者へ視線で指示を下すと、三年前に孤児院で見かけた黒色の剣が数本運ばれてくる。

 

「君たちの剣技の点数は、私たち二人が配点する。堅苦しい試験というよりも、アカデミーに入るための"アピールタイム"みたいなものと考えてくれ」

「……では、諸君らの中に剣技を見せる意志のある者は剣を手に取れ」

「私が最初に披露させて頂きますわ」

 

 ジェイニーが先陣を切って、並べられた剣の一本を握りしめた。気品さを醸し出しながらも、藁のカカシの前に立つ。

 

「君の名前は?」

「ジェイニー・アベルです」

「そうか。君はアベル家の……」

「ではジェイニー・アベル。私たちに剣技を見せてもらおうか」

 

 アーロンの言葉を合図にジェイニーは剣を縦持ちに変えると、優雅に構えてみせた。

 

「参ります」

 

 カカシに斬りかかるジェイニー。

 決してすべてが素早い動きではない。ただ剣の振り始めから振り終わるまでの間だけ、常人とは思えないほどに速かった。

 

(私の知っているアベル家の剣技は、この時代まで引き継がれているのか)

 

 アベル家は信仰心に長けた名家。過去にアベル家の始祖である"十戒"の一人と手合わせしたことがある。

 

『ヒュブリス。神に愛された私が、神に嫌われたあなたを超えられるのか。それを試したくなったわ』

『神におしゃぶりを付けてもらっているお前には――私を一生超えられない』

 

 その人物もゆったりとしているように見せかけ、振り始めから振り終わるまでの間は光でも通過したのかと錯覚するほどの速さだった。

 

「――以上です」

(……まだ"アイツ"ほどじゃないな)

 

 カカシはズタボロに斬り捨てられているが、ジェイニーの剣技はその血筋が垣間見えるだけ。剣技が洗練され尽くしているわけではない。

 

「見事な剣技だった。ジェイニー・アベルに十八点を付与しよう」

「え、十八点……? 皇女様、どうして私は満点ではないのでしょうか?」

 

 その剣技に周囲の人間が「おぉ」と声を上げた。その為、誰もがジェイニーに満点を与えられると思ったが、皇女はジェイニーに満点ではなく十八点を与える。

 

「剣技の鋭さですか? それとも突き技の甘さが――」

「髪が長すぎるからだ」

「か、髪の長さ?」

「私ぐらい強ければいいが、君はまだ食屍鬼とすら戦ったことないだろう。人間にとって髪の長さは生存率に関わる。本試験の前に必ず短くしておくといい」

 

 納得のいかない表情でジェイニーは剣を戻した。こちらに帰ってくる途中、私のことを見ていたが、わざと視線を逸らして無視をする。

 

「んじゃあ、次は俺が披露します!」

「マジかよイブキ……!?」

「任せろ! これでもちゃんと練習したんだ!」

 

 次にイブキが剣を手に取り、カカシの前に立った。構え方はジェイニーのものと酷似している。恐らくはアベル家の剣技を教わったのだろう。

 

「いきまーす!」

 

 イブキはカカシに向かって剣を力強く振るった。そこにジェイニーのような優雅さはないが、一太刀の威力はそれなりだ。カカシはバラバラに引き裂かれる。

 

「勇ましい剣技だ。お前の名前は?」

「ケイタ・イブキです!」

「いいだろう。お前の成長を見込み、十七点を与えることにする」

「あざいます!」

 

 イブキは剣を元の位置に戻すと、キリサメやジェイニーにピースをしながら帰ってくる。

 

「お、俺もやります!」

(こいつ……)

 

 意を決したように手を挙げるキリサメ。当然だがこの男は剣技を教わってもいないうえ、私も教えていない。素人の身で挑戦するつもりだ。

 

「あまり無理をしてはいけない。まずは肩の力を抜いてから斬りかかるんだ」

「は、はい!」

「では、お前の心を見せてもらおうか」

 

 剣を握った瞬間から、アーロンとヘレンはキリサメが剣技を知らぬ素人だと見抜いていた。その証拠にヘレンが助言を与えたり、アーロンが"剣抜"ではなく"心"という言葉に変えている。

 

「うおりゃぁああッ!!!」

(……見ていられないな)

 

 酷い有様だ。

 ジェイニーやイブキと比べれば、あまりにも滑稽だった。カカシすら斬れていない。私は「ダメだなこれは」と目を瞑った。

 

「はぁ、はぁっ……」

「剣は相手を叩くものではなく斬るものだ。剣技は未熟の極みだが、お前の挑戦する勇気と諦めない心。確かに私は見届けた。それに免じてお前に十点を与えよう」

「あ、ありがとうございます!」

 

 イブキが剣を置いて戻ってくるキリサメに「良かったな海斗!」と言って肩を組む。二人を他所に、ジェイニーはこそこそと私に近づいてきた。

 

「アレクシアさんは披露しなくてよろしいのですか?」

「強制じゃないのなら、受けるつもりはないな」 

「そう遠慮なさらず。……皇女様、こちらの子が受けたいと申しておりますわ!」

「……おい」

 

 ジェイニーの呼びかけによって、私はアーロンやヘレンだけでなく、周囲の人間から注目を浴びる。 

 

「君も剣技を披露するのか?」

「いいや、私はそんなもの披露するつもりは――」

「ええ、言い出しにくそうでしたので背中を押してあげましたの」

「……お前は本当に面倒な人間だな」

 

 私はジェイニーの横でボソッと呟き、適当な剣を一本だけ手に取った。

 

「このカカシを斬ればいいのか?」

「その通りだ。ただ斬るだけでいい」

「分かった。斬るだけでいいんだな」

「……それじゃあ、君の剣技を私たちに見せてくれ」

 

 カカシの前に立ち、手に持っている黒色の剣を眺める。

 

(腹いせに嫌がらせでもしてやるか) 

 

 私は剣を縦持ちに変え、気品さに溢れた優雅な構えを取った。

 

「私の、アベル家の構え……?」

(私は何千年も名家の剣技を目にし、相手にしてきた。あの面倒な女よりも、私の方が上手く――)

 

 そしてカカシに斬りかかり、

 

(――この剣技を扱える) 

 

 閃光の如く、カカシを滅多斬りにした後、

 

「逆手持ち?」

 

 皇女を呟いている最中、剣を逆手持ちに変えてから真っ直ぐ斬り上げ、カカシを真っ二つにした。

 

「……これでいいか」

「君は、アベル家の人間か?」

「違うな。アベル家の剣技は私の方が"上手く扱えている"が、本物は向こうの方だ」

 

 私は剣を戻して、ジェイニーの方に視線を送る。

 

「皇女殿下。あの者の点数は?」

「……そうだな、あの子の点数は――」

「点数は必要ない。剣技は数字で表せるものではないからな」

 

 私はアーロンとヘレンに背を向け、最初の立ち位置へと戻った。次に剣技を披露しようと名乗り出る者はいない。 

 

「……ではこれで剣技の試験を終了する。諸君らには最後に判断力の試験を受けてもらう。向こうの通路から、最初の会場に各々戻るように」

 

 私たちは最後の試験を受けるために通路を歩き、最初の会場に向かう。キリサメは焦った様子で私の隣に並んだ。

 

「アレクシア! あの剣技なんだよ……!?」

「お前に教える必要はない」

「いやいや! なんであんな剣技を今まで隠していて――」

「あの、すみません……!」

 

 背後から声を掛けられ、私とキリサメは振り返る。その先に立っていたのは緑髪の青年。視線をあちらこちらへと動かし、あまりにも挙動不審だ。

 

「何の用だ?」

「それ、怪我してるよ」

「……これか?」

 

 青年が指摘した箇所は手の甲。カカシを派手に斬り捨てたせいか、小さな金属の破片が突き刺さっている。 

 

「ちょ、ちょっと待っててね!」

「おい何してる?」

「僕が治療してあげるから!」 

 

 私の手の甲を握り、どこからか包帯と消毒液を取り出した。青年は私の手の甲に刺さった金属の破片を慎重に取り除く。そして慣れた手つきで傷口を消毒し、私の手に包帯を巻いた。

 

「ど、どう? 痛くないよね?」

「最初から痛くはなかったな」

 

 青年は私の返答を聞き「ふぅ」と胸を撫で下ろす。

 

「お前は誰だ?」

「あっ……僕は"デイル・アークライト"だよ」

「アークライトだと? お前はアークライト家の者なのか?」

「う、うん」

 

 アベル家のジェイニーとは違い、この青年はあまりにも普通すぎる。先ほどの剣技の試験も名乗り出ていなかった。名家のアークライト家の人間とは思えない。

 

「そ、それじゃあ……! 次の試験もお互いに頑張ろうね"アレクシアさん"!」

「待て。どうしてお前は私の名前を知って――」

 

 デイルは私の言葉を最後まで聞かず、最初の試験会場へ駆けていく。

 

「……あれはお前に惚れてるな」

「何か言ったか?」

「何でもねぇよ」

 

 最後に待ち受ける判断力の試験。

 私たちは開始時刻に遅れないよう、会場へと早足で向かうことにした。

 

 

 



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1:9 Decision

 会場へと辿り着いた私たちは、最初と同じ後方付近の席へと座り、教壇の前に立つアーロンを注目した。

 

「諸君らに受けてもらう判断力の試験だが……。これは最初に受けてもらった知性と同じように、問題用紙を読み、解答用紙へ答えを書き込むだけだ」

(……筆記か)

「ただし――試験時間は"三分"だ」

 

 試験時間の短さ。

 静寂に包まれていた会場は一瞬にしてどよめきで溢れかえった。

 

「終わった者から退出してもらっても構わない。これから問題用紙と解答用紙を配布する。口を閉ざすように」

 

 裏返しに配られる二枚の用紙。

 大きさは平均的で、透けて見える文章も多くはない。解答欄の枠も三分あれば十分に書き込めるほどの大きさだ。

 

「では、解答始め」

 

 一斉に用紙を表にする。

 ペンを握っていた全員の手が、ほぼ同時に固まった。

 

(一問だけだと?)

 

 記載された問題はたったの一問だけ。

 私はゆっくりとその文章に目を通す。

 

『あなたは脱獄ができない牢屋の中で立っている。そばにあるものは錆びついたレバーだけだ。あなたの視線の先には牢屋が二つ並んでおり、その扉は開いている。よく目を凝らせば右の牢屋には五人の子供が、左の牢屋には一人の子供がいた。そして吸血鬼が一匹、あなたに背を向けて、子供たちの元へ近づいていく』

 

 問題数は一問だけだが、この文章は長文の部類に入る。速読できなければ、読むのに三十秒ほど掛かるだろう。

 

『あなたのそばにある錆びついたレバーを左へと動かせば、左の牢屋の扉が閉まり、一人の子供の命が助かる。右へと動かせば、右の牢屋の扉が閉まり、五人の子供の命が助かる。あなたは一体どうするだろうか? ただしレバーは一度だけしか動かせない』 

(……なるほどな。あの臆病者が『試験内容は聞かない方がいい』と言っていたのはこういうことか)

 

 私は迷うことなく、解答欄にペンを走らせる。

 

(三分という現実味を帯びた試験時間に、正解が存在しない問題。判断力というよりも、思考力を試されているのだろう)

 

 まだ一分も経過していないが私は解答欄を埋めたため、すぐに席を立ってアーロンの元へ解答用紙と問題用紙を持っていく。

 

「これで終わりか?」

「……終わりだ。後ろの扉から退出を願おう」

 

 アーロンに二枚の用紙を手渡し、会場から足早に退出した。

 

(あの試験が一番簡単だったな)

 

 ジェイニーたちを待たずに、私はシーラの家へと帰宅する。シーラは雑貨店で働いている時間帯のため、家は留守状態だった。

 

「……私に何か用でもあるのか? デイル・アークライト」

 

 試験会場を出てから、異様な程に感じる一つの視線。私は振り返り、建物の隅に隠れているデイルに声を掛けた。

 

「あっ、えっと、これは、その……」

「何か用でもあるのかと聞いている」

「あの、判断力の試験で、一番乗りだったから。どんな答えを書いたのかが気になって……」

「それを聞くためだけに、わざわざ試験会場からここまで私についてきたのか?」

 

 私は家に入る前にデイルの側まで歩み寄ると、じっと瞳を見つめる。

 

「嘘をつくことは構わない。だが私の前では嘘をつかない方がいい。時間の無駄だ。本当の要件を手短に伝えろ」

「……ア、アレクシアさん!」 

 

 デイルは腰を九十度曲げてお辞儀をし、両手を差し出してきた。 

 

「ぼ、僕とお友達になってください!」

「断る」

「……え?」

 

 私は即答するとすぐに振り返り、帰宅しようと家の扉に手を掛ける。デイルは顔を上げて、間抜けな面を浮かべていた。

 

「じゃ、じゃあ知り合いからでも……!!」

「知り合いなど私に必要ない」

「他人からはどうですか……!」

「お前は何を言っているんだ?」

 

 デイルを無視して家に入ろうとした時、ふとあることを思い出す。

 

「そういえば、お前はなぜ私の名前を知っている? 私はお前に名乗った覚えはないはずだ」

「それは、アレクシアさんを花屋で初めて見かけて……。店主の人に名前を教えてもらったから……」

「はぁ、あの店主は私の名前を誰にでも教えるのか」

 

 私は後日店主に苦情を言うことを心に決め、家の扉を開いた。

 

「それで、あの……! 他人からは、どうですか?」

「今は他人というよりも"顔見知り"だろう」

「えっ? 顔見知りでいいんですか?」

「お前は本当に何を言って――」

 

 デイルはその場で「よしっ」とガッツポーズをして、私に向かってあの九十度腰を曲げたお辞儀をする。

 

「こ、これからは"顔見知り"でお願いします! それじゃあ……またねアレクシアさん!」

 

 そして回れ右をし、全力で街の中を駆け抜けていった。

 

「……何なんだあの男は」

 

 ここまで後をつけてきたということは、あのデイル・アークライトという男も判断力の試験を私とほぼ同じタイミングで終わらせているはずだ。解答が同じなのかはともかく、思考力はああ見えてそれなりに高いのかもしれない。

 

(そんなことはどうでもいいか)

 

 私は階段を上り、二階の自室のベッドで横になる。

 

(少し、仮眠でもするか)

 

 眠気に襲われ、私は静かに目を瞑った。騒がしい街中の音が、徐々に私の耳元から遠のいていく。

 

『"――"。吸血鬼はどうして生まれてくると思う?』

『それが分かれば苦労はしない。もし根源が分かっていたら、それこそ私やお前が既に動き出しているはずだ』

『そうかもしれないな。けど時に、私はこう考えるんだ』

 

 私が見ているのは、過去の記憶が映し出された夢。

 私が"アイツ"と焚火を囲んで話をしている夢だ。

 

『私たち人間が存在する限り、吸血鬼は永遠に生まれてくるのではないかとな』

『……どういうことだ?』

『これはすべて私の仮説になってしまう。だからそれを前提に、この話を聞いて――』

 

 そこで場面が途絶えると、炎に包まれた城下町へと情景が切り替わる。

 

『なぜお前が人としての道を捨てた!?』

『……私は、勝てなかったんだ』 

『勝てなかっただと……!? お前は敗北を認め、自害をせず、吸血鬼共に魂を売ったというのか!?』

 

 吸血鬼となった血塗れの"アイツ"を私は睨みつけた。紅に染まり果てた瞳は、とても朧げなもの。

 

『お前の手で、私を殺してくれ』

『なぜ私が――』

『お前にしか、私を殺せないからだ』

『っ――』

 

 私は銀の杭を一本だけ握りしめ、その場から駆け出す。

 

『昔の私は吸血鬼が存在しない世界を夢見ていた。けれど今はどうだろう。人間が存在しない世界を望んでしまっている』

『お前は……ッ!!』

『これは私が吸血鬼となったことが理由だろうか。それとも私は人間だった頃、本当は――』

『黙れッ!!』

 

 下っ端である蝙蝠たちが私に襲い掛かるが、怒声を上げながらも、次々と剣で斬り捨てた。

 

『この魂が永久(とわ)に眠れるように、その杭で私の心臓を貫け』

 

 刃が零れ落ちた剣を投げ捨て、私は銀の杭を握り直す。 

 

『吸血鬼が存在しない世界。この夢を、私はお前に託すよ』

『私に、私に……』

 

 歯を食いしばり、アイツの顔を見据える。

 

『お前の夢を託すなぁあああッッ!!』

 

 そして泣き叫びながら、銀の杭を"アイツ"の心臓に突き刺し――

 

「――!!」

 

 私はベッドから飛び起きた。

 過去の記憶を映し出した悪夢。心臓を突き刺した感触が、この右手に残っているような気がしてならない。

 

(夢なんて、久しぶりに見たな)

 

 時刻は十九時頃。

 四時間ほど眠りについてたらしい。

 

(顔を洗うか)

 

 洗面台まで向かおうと階段を下る。未だに悪夢が脳裏を過るため、私は片手で頭に何度も叩いた。

 

「……はぁ」

 

 冷水で何度も顔を洗い、タオルで拭く。相も変わらず鏡には私の姿がぼやけて映り込んでいた。

 

「……が……なんですよ!」

「あら~! そうなのね~?」

(随分と賑やかだな)

 

 私は夕食を取るために賑やかなリビングまで顔を出すと、

 

「おっす、おはよう!」

「あら、ようやくお目覚めでして?」

「……なぜお前たちがいる?」

 

 キリサメとシーラだけでなく、何故かジェイニーとイブキもリビングにいた。私は露骨に嫌な表情を浮かべる。

 

「この子たちはアレクシアちゃんとカイトくんのお友達なんでしょう~? 私、二人にお友達がいてくれて嬉しいわ~!」

「いつから私とお前たちが友人関係となった?」

「初めてお会いしたときからでは?」

「顔見知りの間違いだろう」

 

 部屋に戻ろうとしたが、私の背後までシーラが回り込み、両肩を掴んで三人の元まで連れていく。

 

「お友達と一緒にご飯を食べましょ~? とっても美味しいわよ~」

「これは誰が作った?」

「買い出しも、調理も私ですわ。あぁ材料費も私が負担しているのでご安心を」

「……キリサメ」

 

 私が名前を呼ぶと、隣に座っているキリサメが身体を一瞬だけビクつかせた。

 

「この二人を連れてきたのはお前だな?」

「あははー……話をしながら歩いてたら、いつの間にかこの家に」

「やはりお前は追い出すべきだった」

 

 私の大きな溜息。

 それすらもかき消されるほどの賑やかな夕食が始まり、私は黙り込んだまま質の良い小麦パンを手に取った。

 

 

――――――――

 

 

 閑散とした試験会場。

 アーロンとヘレンの二人は判断力の試験にて提出させた解答用紙を、一枚ずつ確認しながら点数を付けていた。 

 

「"子供の命を多く助けるために右にレバーを倒す"。……二十点だ」

「こっちには敢えて左のレバーを倒すという解答がある。これは十点以下だな」

 

 赤色のインクを浸けた金属のペンで、二人は手短に点数を書き込んでいく。

 

「皇女殿下。この試験で満点を取った者は、今の時代まで何人ほど?」

「私の記憶が正しければ……"十戒"まで到達する者たちと、銀の十字架を持つ者で数名だな」

「……十戒。彼、彼女らは今は何を?」

「今は少しでも人材を確保したい。だから吸血鬼や食屍鬼の被害に遭っている村や街に十戒を派遣し、このグローリアまで人間たちを保護してもらっている」

 

 ヘレンは軽く欠伸をしながら、アーロンに十戒の現状を説明した。

 

「ではなにゆえ、あなた様はこのような雑用を?」

「私は暇だからな」

「本当は"あの試験生"を監視するためでは?」

 

 アーロンの言及により、ヘレンの手がピタリと止まる。

 

「……アーロン。あの子を見て、お前はどう思った?」

「アベル家の剣技を熟知していた点よりも、最後にカカシを両断したあの一振りが気になりましたな」

「やっぱりお前もか。私もそこが気になったよ」

 

 アーロンは採点し終えた解答用紙を隣の机まで運び、ヘレンの側まで歩み寄る。

 

「"逆手持ち"の剣技を扱うのはカミル様だけでしょうな。持ち方を変えた時、素人かとも考えましたが……」

「ああ、どう考えても素人じゃない。あれはあの子の自己流の剣技なのか、それともカミルの家系と何か繋がりがあるか……そのどちらかだろう」

 

 ヘレンはアーロンに一枚の解答用紙を手渡した。

 

「これは?」

「あの子の解答用紙だ」

 

 アーロンは満点である五十点と記載されたアレクシアの解答用紙に目を通すと、眉間にしわを寄せる。

 

「これは……」

「十五歳か十六歳の少女がこんな達筆な字で、こんな解答を書くと考えられるか?」

「……考えられませんな」

 

 そこに書かれていた解答は――

 

『私はレバーには触らない。理由は単純明快だ。人の生死に干渉していい者など、この世に存在してはならないはずだ。私の目の前で、子供たちは吸血鬼に殺されることになるが、その吸血鬼は私が殺そう。あぁそれと、この問題は馬鹿げている』

 

 ――あまりにも冷酷なものだった。

 

 

 

 



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1:10 Original Sin

 

 仮試験の日から一週間後。

 シーラの家へ二通の手紙が届いた。私は自分の名前が書かれた方を手に取り、封を開けて中身を確認する。

 

(……合格通知か)

 

 手紙の中身は本試験を受けるために必要な合格通知書だった。加えて、契約書も半分も折り畳まれている。

 

『本試験は一週間後に行う。本試験の会場は"アルケミス"となるため、馬車での移動を必要とする。時刻は八時。仮試験を受けた会場へ集まるように』

 

 私は手紙を持って自室に戻ろうしたが、

 

「何か来てたのか?」

 

 すれ違いざまにキリサメに呼び止められる。

 

「自分で確認しろ」

「そんぐらい教えてくれたっていいだろ……」

 

 私が淡白な返答をすれば、キリサメは自分宛ての手紙を見つけ、中身を確認した。

 

「……うおぉぉぉおおお!!? マジかぁあああ!!?」

 

 そして歓喜に満ち溢れた叫び声を上げる。私は両手で自身の耳を塞ぎ、階段を上り始めた。

 

「見ろよアレクシア! 俺も無事に合格……っていねぇし?!」

 

 ドタバタと大きな足音を立てて、全力疾走で私の後を追いかけてくる。相手にするのが面倒なため、自室に入るとすぐに扉を勢いよく閉めた。

 

「すごいよな?! 俺、すごいだろ!? なぁアレクシア!」

「お前、うるさいぞ」

 

 合格通知書を机の上に放り投げ、閉ざされた扉の前に立つ。

 

「もちろんお前も合格したんだろ?」

「私が落ちるわけがない。声だけデカいお前が合格しているのなら尚更だ」

「今ならどんだけ悪口を言われても、すぐに許せる高らかな気分だ! どんどん言ってこいよ!」

「お前……」

 

 私がキリサメに呆れていると、下の階から来客用の鐘の音が鳴った。

 

「おーい! 海斗いるかー?!」

「この声、伊吹か!!」

 

 階段を急いで駆け下りていく足音。耳を澄ませてみると下の階からジェイニーとイブキの声が聞こえてくる。

 

「あらご機嫌よう。キリサメさん」 

「聞いてくれよ伊吹にジェイニーさん! 俺、本試験を受けられるんだ!」

「やったな海斗! ちなみに俺とジェイニーも無事合格したぜ!」

 

 次に耳に入ったのはコツン、コツンと静かに誰かが階段を上ってくる足音。私は閉ざした扉を手で押さえる。

 

「アレクシアさん。こちらにいらっしゃるのでしょう?」

「残念ながらここにはいないな」

「あなたは自身の名前をご存知なくて?」

 

 ガチャガチャとレバー型のドアノブを揺らすジェイニー。鍵が付けられていないため、部屋に入られたくない時はこのように手を押さえなければならない。

 

「ノックをする前に入ろうとするとはな。アベル家の人間は常識知らずが多いのか?」 

「アレクシアさんはご友人ですもの」

「"間に垣根を作り友情を保て"という言葉をよく覚えておけ」

「それはアレクシアさんが私と親しい仲だと認めている……ということでよろしくて?」

 

 こじ開けようとするジェイニーに抵抗して、私は扉に背をピッタリと張り付け、一ミリたりとも開けられないように押し返す。

 

「違うな。私はお前の友人の為に忠告しただけだ」

「言葉遊びはここまでにしましょうか? 私は仮試験でアレクシアさんが見せたアベル家の剣技について聞きたいことがありますの」

「それについて話すことは何もない」

「いいえっ! あなたは、話す必要が、ありますわ……!!」 

 

 力一杯に扉を押してくるが、私には敵わない。ジェイニーは押すことを諦めて、力強く扉を何度もノックし始めた。

 

「無名のバートリ家が名家のアベル家の剣技を扱えるのは何故ですの!? しかも私よりも遥かに上手く……!」

「真似をしただけだ」

「今は冗談を求めていませんわ! 私は真剣に――きゃあっ?!」

 

 私は背を張り付けていた扉から離れると、向こう側からジェイニーが勢い余って部屋の中へ転がり込んでくる。

 

「お前は"ニーナ・アベル"という人物を知っているか?」

「ニーナ・アベル。その方はアベル家の始祖でもあり――」

 

 ペタンと座っているジェイニーは、アベル家の始祖である人物の名を上げると、表情を曇らせた。

 

「――アベル家の仇」

「……仇だと?」

「その肉体を吸血鬼に捧げ、アベル家の顔に泥を塗った裏切り者ですわ。今までアベル家の者たちを何百人と殺してきましたもの」

「待て、ニーナ・アベルは吸血鬼となったのか……?!」

 

 私は座り込んでいるジェイニーに顔を近づける。 

 

「え、えぇそうですわ。母上と父上からそんな話を聞いて……」

「ならアベル家以外の始祖たちはどうなった!?」

「ア、アレクシアさん? 急にどうしたのですか?」

「……いや、何でもない」

 

 珍しく取り乱した私はジェイニーに背を向け、窓際まで移動した。そして心を落ち着かせるために深呼吸をする。 

 

「ニーナ・アベルは……吸血鬼としてまだ生きているのか?」

「噂だと吸血鬼の中でも上位に区分される――"原罪(げんざい)"として生きています」

「原罪? それは何だ?」

 

 私は背を向けたまま、ジェイニーに原罪について尋ねる。

 

「公爵の元に仕える"十匹の吸血鬼"。このグローリアで例える十戒様のようなものですわ」

「残り九匹の原罪は誰がいる?」

「……そこまでは分かりません。リンカーネーションの中ですら、原罪と出会ったことのある人間はごく僅かですもの」

 

 ジェイニーはその場に立ち上がり、スカートに付いた汚れを手で払う。 

 

「原罪は五百年以上も前から存在していたと聞いていますわ。十戒様も何度も何度も殺され、頻繁に入れ替わりが続いていますから」

「転生できないのか?」

「転生、とは何ですの……?」

「何でもない。気にするな」

 

 十戒の始祖たちが、公爵の僕の"原罪"となった。それ以降の十戒に入れ替わりが続いているということは、十戒たちが偽物なのか。それとも一度吸血鬼にした後、杭で心臓を突き刺したのか。

 

(私以外に――"本物"はもういないのか?)

 

 窓から空を見上げてみれば、天気は不穏な曇り空。太陽がすっかりと隠れてしまっている。

 

「アレクシアさん? 話を戻しますが、仮試験で披露したアベル家の剣技は――」

「話すつもりはない」

「私はアレクシアさんに色々と話をしてあげましたわ。今度はそちらが話をして頂く番ではなくて?」

 

 私は顔だけ動かし、横目でジェイニーを見据えた。

 

「――帰ってくれ」

「……!」

 

 ジェイニーは私が向けている左の瞳を見ると、驚きに満ちた表情で目を見開いていた。

 

「瞳の色が……」

「……瞳?」

 

 窓に反射した私の左目は、青色ではなく赤色へと染まっている。私は初めての現象に、左目を軽く押さえた。

 

「これは……」

「きょ、今日はこれぐらいにしておきますわ。次に会った時は、必ず剣技について聞かせてもらいますわよ!」

 

 ジェイニーは逃げるようにして、部屋から出ていく。私は見送ることもなく、窓に映る自分の姿を見つめていた。 

 

(少し"取り乱した"せいで、私の瞳の色が変わったのか?)

 

 窓に反射して映り込む私の右目は透き通った青色。対して左目はやや濁った赤色だ。今の私の状態は"オッドアイ"と呼ばれるものに近い。

 

「アレクシア? ジェイニーさんが凄い形相で下の階まで来たけど……」

「悪いが、今は独りにさせてくれ」

「お、おう。もし体調が悪いなら、シーラさんには相談しとけよ」

 

 扉の向こうからで呼びかけてくるキリサメにそう伝え、私はベッドに腰を下ろした。真っ白なシーツが薄紅色に染まっていくような気がし、左の瞼だけ固く閉ざす。

 

「今度は本当に――独りになってしまったな」

 

 曇り空からぽつぽつと雨が降り始める。窓の向こうにへばりついた雨粒は、何かに縋るようにして、ゆったりと落ちていった。 

 

 



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1:11 Main Test

 

 合格通知書が届いた一週間後。私とキリサメは一階のリビングで、シーラと向かい合っていた。

 

「これ、二人の契約書よ。私がちゃんとサインしておいたわ~」

「助かる」

 

 シーラのサインが書かれた二枚の契約書。私たちはそれぞれ一枚ずつ受け取ると、半分に折り曲げて懐にしまった。

 

「カイトくんも本試験を受けるなんて驚いたけど~……。アレクシアちゃんが守ってくれるわよね~?」

「善処する」

「いや俺的に最善は尽くしてほしいんだけど……」

 

 私はシーラがカイトを止めるのではないかと予想していたが、私がキリサメを守ろうとすると勘違いしているようで、引き止めることはしなかった。 

 

「二人とも、こっちに来て」

 

 私たちは顔を見合わせながらもシーラの側まで近づくと、優しく抱き寄せられる。

 

「絶対に帰ってくるのよ。私は二人を"信じているわ"」

「シーラさん……」

 

 シーラは数秒の間だけ、私たちを抱き寄せたままじっと動かない。

 

「……いってきなさ~い!」

 

 何かを決心したかのように頷いたシーラは、私たちの背中を押して扉の前まで移動させる。

 

「俺、絶対に帰ってきます! だから待っててください!」

「うん。いつまでも待ってるわ」

 

 キリサメはシーラに軽く手を振りながら、扉から外へと出ていく。

 

「アレクシアちゃん、これを持っていって」

「……これは」

 

 シーラが手渡してきたモノ、それは今は亡き家族の写真。

 

「なぜ私にこの写真を?」

「その写真は私にとっての御守りだからよ。アレクシアちゃんのことを、あの子たちやあの人がきっと守ってくれるわ」

「分かった。なら受け取っておこう」

 

 私はシーラから受け取った家族写真を懐に仕舞うと、その場を振り返った。

 

「シーラ」

「うん?」

「今も、私を信じているか?」

 

 私は背を向けたまま、後方に立っているシーラへそう尋ねた。

 

「……もちろんよ。いつまでも、信じているわ」

「そうか」

 

 シーラの返答を聞いた私は、キリサメが待っている扉の向こう側まで歩く。

 

「行ってくる」

「……行ってらっしゃい」

 

 私とキリサメは家の扉をゆっくりと閉じ、集合場所である仮試験の場所へと向かい始めた。

 

「おはよう海斗! 今日は一緒に頑張ろうぜ!」

「おう! 絶対に本試験通過しような!」

 

 集合場所にはジェイニーとイブキが待機していた。会場の入り口付近には、本試験の会場であるアルケミス行きの馬車が数台停止している。

 

「ご機嫌よう。アレクシアさん」

「……あの皇女に髪を切れと言われていたはずだが?」

「何度も言いますが、アベル家にとって髪は命ですの。そう簡単には切れませんわ」

 

 ジェイニーの金髪は未だに腰に届くほどの長さのまま。私は呆れてふと視線を他所へ逸らせば、アークライト家のデイルがこちらを眺めていた。

 

「あちらの方は?」

「ただの顔見知りだ。あの男がアークライト家の人間ということしか知らん」

「あらそうでしたの。アークライト家の方でしたのね」

 

 意を決したデイルは、私とジェイニーの元へ恐る恐る近づいてくる。

 

「お、おはようアレクシアさん! 今日の本試験、お互いに頑張ろうね!」

「お前だけ頑張ればいい」

「えっ!? お、応援してくれてありがとう! おかげで僕、いつもより頑張れそうだよ!!」

「おい、私は応援したわけじゃ――」

 

 デイルは私の話を最後まで聞かずに、ガッツポーズをしながら停まっている馬車の方へと走っていった。

 

「とても個性的な方ですね。アレクシアさんのご友人は」

「ただの顔見知りだと言っているだろう」

 

 苦笑するジェイニーを置いて、私も停まっている馬車の近くへと移動する。

 

「本試験に参加する方は、こちらで合格通知書と契約書の提出してくださーい!」

「これでいいか?」

「……はい、問題ありません! 参加するに至って、まずはこちらを受け取り下さい!」

 

 受付に合格通知書と契約書を渡せば、十字架のネックレスと杭が入れられたホルスターを渡される。

 

(素材は"木"か)

 

 私は右脚の太ももにホルスターを装着し、十字架を首に掛けた。仮試験を通過した他の者たちも、私と同じように準備をしている。

 

「馬車の出発時刻は八時半です。準備が整った方から、好きな馬車に乗ってください」

「海斗、一緒の馬車に乗ろうぜ!」

「そうだな!」 

  

 一番右端に待機している馬車へ向かうキリサメとイブキ。その後をジェイニーも付いていくが、私は真逆の左端へと向かおうとする。

 

「アレクシアさん。私たちが乗る馬車はこちらですわ」

「知っている。だから私はあっちの馬車へ――」

「そう寂しいこと仰らずに」 

 

 しかしジェイニーが私の衣服を掴んで、右端の馬車へと連れていこうとした。私は「離せ」と抵抗するが、気が付けば空いている馬車は右端のみとなってしまう。

 

「私たちは友人同士でしょう?」 

「いいや、お前も顔見知りだ」

 

 仕方なく右端の馬車へと乗り込めば、キリサメにイブキが既に中で談笑していた。私とジェイニーは空いている席へと座る。

 

「では、出発する。諸君らに"栄光あれ"」

 

 アーロンの声が聞こえると、馬車がゆっくりと動き出した。

 

「アルケミスへは"クロスロード"を二時間ほど進めば到着しますわ」

「クロスロード?」

「あら、アレクシアさんはご存知なくて? クロスロードはグローリアの街と街の間を繋げている道のことです。"十字架の道"とも呼ばれてますわ」

 

 小馬鹿にしたような説明をするジェイニー。私は馬車の窓から外を覗いてみる。

 

「……石が置かれているな」

「あれは"燐灰石(りんかいせき)"。太陽光を昼間に吸収して、夜中にだけ"紫外線"を放出する特殊な鉱石です」

「なぜそんなものを一定間隔に置いている?」

「紫外線が弱点の食屍鬼や吸血鬼を近寄らせないためですわ。このクロスロードは安心安全の設計が施されています」

 

 私はクロスロードに置かれた燐灰石を眺め、ジェイニーたちは楽しそうに談笑していれば、目的地であるアルケミスへと馬車が辿り着いた。

 

「全員、ここに集まれ」

 

 馬車が停まった場所には、三年前に見た覚えのある男が立っている。私たちはその男の前に集合した。

 

「俺は"カミル・ブレイン"。この本試験の説明をさせてもらう」

「カミル様……! なんて眉目秀麗なお方ですこと……」

 

 瞳を輝かせているジェイニー。イブキやキリサメも「イケメンだ」と思わず呟いているが、カミル自身は微塵も聞いていない。

 

「本試験の会場はこのアルケミスの"地下牢獄"だ。まずはそこまで付いてきてもらおうか」

 

 ただ私に対しては警戒心を抱いている。ジェイニーたちはともかく、私に向ける視線だけ、明らかに敵意が含まれていた。そんな状況下で、私たちはアルケミスの"地下牢獄"まで案内をされる。

 

「ここは捕獲した食屍鬼を封じ込めた地下牢獄だ。中に人間は一人もいねぇ」

「なぜ食屍鬼を封じ込めている?」

「知らねぇよ。知りたきゃアカデミーに入学して、それから偉いヤツに聞け」

 

 私の質問にカミルは辛辣な返答をする。

 ジェイニーはそれすらも「自分に正直なお方」とぼやき、より瞳をキラキラと輝かせているようだった。

 

「ここが地下牢獄の入り口だ。まずはそこにある剣を取れ」

 

 両開きの扉の前に置かれた黒色の剣。私たちは手に取り、腰へと刀身が収められた鞘を装備する。

 

「本試験の合格条件は簡単だ。ただこの地下牢獄の中で、明日の朝まで生き残ればいい」

(……生き残るだけか)

「そんでもって、この地下牢獄の中には"三つのゾーン"がある。これがとても重要な話だ。よく聞いておいた方がいい」

 

 カミルは両開きの扉の隣に刻まれた牢獄内の地図を指差す。地下牢獄の構成は"十字架"。私の現在地は十字架の南の先端だ。

 

「まず最初はこの入り口に最も近い"ブルーゾーン"だ。このゾーンの中には食屍鬼が一匹もいねぇ。そんで次に"レッドゾーン"。ここには食屍鬼がちらほら潜んでいる」

 

 地図上で青色に染まっている個所がブルーゾーン。赤色に染まっている個所がレッドゾーン。私は次に十字架の中央付近へ視線を向けた。

 

「最後に"デッドゾーン"。このゾーンの中には食屍鬼がうじゃうじゃ歩いてやがる。十匹どころの話じゃねぇ。百匹はいてもおかしくない」

 

 地図上で紫色に染められたデッドゾーン。染められた個所は十字架の中央だ。

 

「お前らにはまず、この三つのゾーンの中から一つを選んでもらう」

「えっと、どれを選んでもいいんすか?」

「何を選ぶかは自由だ。最初に言ったが、合格条件は生き残ること。食屍鬼がいない安全なブルーゾーンで、朝までだらだらするだけ。たったそれだけで無事合格できる」

 

 キリサメの質問に回答したカミルは、地下牢獄の扉を開いた。

 

「あそこに三つの扉があるだろ。左からブルーゾーン・レッドゾーン・デッドゾーンに繋がっている」 

「ブルーゾーンからレッドゾーンへ侵入すること。もしくはその逆は可能なのか?」

「それも自由だ。食屍鬼と戦いたくなきゃ、ブルーゾーンまで逃げりゃいい。逆に闘志が湧いてきたなら、レッドゾーンで戦ってもいい」

 

 カミルの返答を聞いた私たちは扉を潜り、三つの扉へ順番に視線を向ける。

 

「ああ言い忘れてた。こんなかにいるかは知らねぇが、特待生の枠を狙うのならブルーゾーンを選ぶなよ。レッドゾーンとデッドゾーンに隠された"金の十字架"を持ってこないとダメだからな」

(……特待生の枠に入るためには、金の十字架が必要なのか)

「金の十字架は全部で八つ。レッドゾーンに三つ、デッドゾーンに五つだ。数も限られているから気を付けろ」

 

 大半の人間がブルーゾーンの扉の前に移動するが、私は迷うことなくレッドゾーンへ続く扉の前へ移動した。

 

「この本試験は南の街のお前ら以外にも、北・東・西の街で仮試験を突破した連中もいる。金の十字架は争奪戦になるだろうな」

 

 一人だけだった私の隣に、ジェイニーとイブキが立つ。

 

「お前たちも来るのか」

「怠惰に合格するなんて、アベル家の顔に泥を塗るだけですわ」

「そうそう! ただ合格するだけなんて、つまらないだろ!」

 

 残されたキリサメは「うーん」と唸っていたが、少しずつ私たちの方へと寄ってきた。 

 

「金の十字架。ちょっと、狙ってみようかな」

「んじゃあ海斗、どっちが先に見つけられるか勝負だな!」

 

 私たち四人以外は全員がブルーゾーン。カミルは古時計に示された時刻を確認すると、二つの扉を開く。

 

「お前らが助けを求めても、俺たちは助けにはいけねぇ。それほどまでに隔離された地下牢獄だということをよく覚えておけ」

(……隔離されているのか)

「それとだ。三年ぐらい前から、本試験の合格率は下がってきている。あまり目立つことはせずに、ただ生き延びることだけ考えた方がいい」

 

 本試験の始まり。

 私たちはカミルが開いた扉の奥へと足を踏み入れようとする。

 

「……おい待て」

「何だ?」

 

 しかし私だけがカミルに呼び止められた。

 

「お前、懐に隠しているものを見せろ」

「何もない」

「嘘をついても無駄だ。お前の衣服の内側から何かが擦れる音がした。何を入れてやがる?」

 

 疑われている状態では先に進ませてもらえそうにない。私は懐に手を入れ、その物体をカミルへ見せる。

 

「隠し持っているのは木の杭と写真だけだぞ?」

「写真はいいが、木の杭だと? どうしてそんなところに……」

「取り出しやすい場所に、一本だけ入れておくのが私のやり方でな。気に食わなかったか?」

「チッ、そういうことか。さっさと行け」

 

 カミルは軽く舌打ちをすると、顎で扉の奥を指し示す。私はカミルを鼻で笑い、木の杭と写真を懐に仕舞うと、通路の奥へと進むことにした。

 

 

 

 

 



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1:12 Unexpected Test

 地下牢獄の薄暗い牢屋の中。私たちは途方に暮れる様子で、冷たい石の壁に背をつけていた。

 

「どうしてだよ……どうしてあんなことに……」

 

 キリサメは両手で頭を抱え、唇を震わせ、恐怖心によって肉体を支配されてしまっていた。

 

「私が、私のせいで、イブキさんが……」

 

 ジェイニーは真っ赤に染まっている金髪を右手で握りしめ、虚ろな瞳で石の地面を見つめている。戦意はとうの昔に喪失しているようだ。

 

「……アレクシアさん」

「何だ」

「僕たち、これからどうするの?」

 

 不安げなデイルが牢屋の扉の前に立つ私へ、そんなことを尋ねてくる。

 

「ここで時間を稼ぐのが最善策だろうな」

「でも、もし見つかったら……」

「言っただろう。時間を稼ぐと」

 

 このような事態となった原因。それはレッドゾーンへと降り立ったことがすべての始まりだった。

 

 

―――――――――――――――

 

 

「……薄暗い。食屍鬼もこの辺りに歩いているのでしょうか?」

 

 レッドゾーンへと降り立った私たちは、薄暗い地下牢獄の中を歩いた。ジェイニーたちは食屍鬼を警戒していたが、

 

(金の十字架。このレッドゾーンに三つあるはず……)

 

 私は金の十字架を手に入れるために、わざとジェイニーたちと距離を取りながら後方で付いていく。

 

「ワッハハハハハァァア!!!」

「出ましたわ!」

 

 前方でジェイニーたちが一匹の食屍鬼と遭遇した。私は後ろで眺め、ジェイニーたちは剣を抜いて、構えを取る。

 

「来い化け物め!」

「ワッハハハハハーー!!」

 

 襲い掛かる食屍鬼。イブキは力強く剣を振り下ろして、食屍鬼の肉体を深く斬り裂いた。

 

「ワハァッ……!?!」

「そこです!」

 

 ジェイニーはうろたえている食屍鬼の胸に、木の杭を突き刺す。

 

「――慈悲なる愛を」

 

 そして深々と木の杭を押し込み、食屍鬼の心臓を貫いた。

 

「よっしゃ! 案外ザコだったな!」

「この程度、造作もないですわ」

「あの、俺、何もしてないんだけど……」

 

 ジェイニーとイブキが剣を鞘に納めている後ろで、キリサメが苦笑している。私が見ていた限り、キリサメはタイミングを掴めないまま、右左と横に動いているだけだった。 

 

(レッドゾーンと呼ばれているようだが、食屍鬼とは本当に出会わないな)

 

 三十分ほど歩き、遭遇した食屍鬼は最初の一匹だけ。私たちの警戒心が薄れかけている最中、紫色の線が引かれた場所へと辿り着く。

 

「この線って……」

「ええ、この先が"デッドゾーン"ということですわ」

「んじゃあ、このまま進むのも危険だし、逆側まで戻るか」

 

 イブキは回れ右をして、歩いてきた道を引き返す。後に続いてジェイニーも再び歩き出したが、

 

「今からは別行動だ。私はこの先に進む」

「それは危険ですわ。流石に止した方が……」

「このままレッドゾーンを歩いても、金の十字架は見つからない。デッドゾーンなら十字架の数も多いだろう」

 

 私だけは紫色の線を越えて、デッドゾーンへと侵入した。ジェイニーたちは足をその場に止め、こちらへと振り返る。

 

「アレクシア! あんまりジェイニーさんや圭太と離れるのはよくないだろ……!」

「私が離れても、私自身の生存率は変わらない。変わるのはお前たちの生存率だけだ」

「あら、言ってくれますわね?」

「事実を述べただけだ」

 

 私の一言に青筋を立てたジェイニーは、レッドゾーンの内側へと歩き始めた。イブキも「また後で会おうな」と手を振り、暗闇の奥へと消えていく。

 

「えっと、俺は……?」

「好きにしろ」

「わ、分かった」

 

 キリサメも私に背を向け、ジェイニーたちの後を追う。まともに戦えないのだから、それが当たり前の判断だ。

 

「さて、金の十字架を探すか」

 

 剣を右手に、木の杭を左手に握りしめ、デッドゾーンを進んでいく。

 

(木の杭は八本。確実にトドメを刺せるのは八体だけ。基本的に遭遇する食屍鬼は、両脚と両腕を切断して、相手にしないのが正解か)

 

 脳内で食屍鬼の様々な対処法を考えつつも、金の十字架をデッドゾーン内で探した。寂れた牢屋の中や、剥がれた石壁の裏などを。

 

(……妙だな)

 

 デッドゾーンには食屍鬼が何百匹もいると説明を受けていたが、侵入してから食屍鬼と一匹も遭遇していない。物音一つすら聞こえてこなかった。

 

「……この線は確かに越えている」

 

 元の場所へと引き返し、デッドゾーンの境目を示す紫色の線を見下ろす。

 

「これは……」

 

 私はあることに気が付き、紫色の線を靴で擦った

 

「――青色だと?」

 

 すると紫色が剥がれ落ち、青色の線が浮かび上がる。私はレッドゾーンの奥を見つめた。

 

「まさかな」 

 

 私はその場から駆け出す。金の十字架が見つからなかったことも、食屍鬼と出会わなかったことも、あそこがブルーゾーンだったから。そう考えれば納得できる。

 

(あそこがブルーゾーンならどうして――)

 

 たった一つ、納得ができない点を上げるとすれば、

 

(――他の人間がいなかった?)

 

 ブルーゾーンを志望した者たちが一人もいなかったこと。嫌な予感がした私は、真逆の方向へと突き進む。

 

「青色の線はここか」

 

 数分もせずに辿り着いたのは、青色の線が引かれた境目。私はその線を上から靴で擦る。

 

「――紫色」

 

 浮かび上がってきた色は紫色。

 

(……なるほどな)

 

 色を認識した途端、血生臭さが通路の奥から漂い、私の嗅覚を刺激してきた。

 

(どういうつもりだ? この本試験は何を目的としている?)

 

 デッドゾーン内へと足を踏み入れれば、すぐに人間の肉塊が目に入る。どこに視線を向けても、壁や床に肉片が飛び散っていた。

 

「だ……ずげでっ……」

「……」

 

 私が歩いていれば、下半身が千切られ、上半身だけで床に転がっている男を見つける。まだ脈もあり、かろうじて生きているようだった。

 

「ぎゅう……げづ……ぎが……」

「吸血鬼だと?」

「ぎゅうげづ……ぎが……ごの……ろうごぐ……に……」

 

 瞳孔を開いたまま、男は息絶える。

 

「……こっちか」

 

 次に耳に入ったのは金属が石をなぞる音。私は男の遺体を後にし、音のする方向へゆっくりと向かう。

 

「くそぉ! そこら中にいやがる!!」

「イブキさん! 数が多すぎますわ! ここは一旦逃げましょう!」

「そうだ伊吹! この数は流石に無理だろ!!」

 

 そこには食屍鬼の集団と交戦するジェイニーたちがいた。その後ろにはアークライト家のデイルが、怯えた様子で剣を握りしめている。

 

「その数を相手にするのは無理だ」

「アレクシアさん……!」

「状況が把握できていない。ここから退くぞ」

 

 真っ先にデイルが私の方へと逃げてくる。それを合図に、ジェイニーたちも食屍鬼に背を向けて走り始めた。

 

「ワハハハッ!!」

「きゃあ!?!」

 

 しかしジェイニーの長い金髪を追いかけてきた食屍鬼が掴み、その場に転ばせた。

 

「ジェイニーを離せぇぇッ!!!」

 

 イブキは振り返り、ジェイニーの髪を掴んでいる食屍鬼の頭に剣を突き刺す。

 

「ジェイニー大丈夫か!?」

「え、えぇ! 助かりましたわイブキさ――」

 

 手を差し伸べたイブキ。その手をジェイニーが掴もうとした瞬間、真っ赤な血が点々と顔を染め上げた。

 

「がはっ……」

「圭太ぁーー!!!」

「イブキ、さん……?」

 

 食屍鬼の鋭い爪が腹部を貫き、イブキはジェイニーにもたれかかる。

 

「ア、アレクシアさん! 僕、あの人の怪我の治療をするから……!!」

「おい待て」

 

 デイルは怪我をして倒れているイブキの元へと駆け寄り、どこからか包帯やらを取り出して、食屍鬼の目の前で治療を始めてしまった。

 

「キリサメ。お前の木の杭を後ですべて寄越せ」

「わ、分かった!」

 

 私はその場から駆け出すと、イブキの腹部を貫いた食屍鬼の心臓を、懐に隠し持っていた木の杭で貫き、一撃で仕留める。

 

「八体だ」

「は、八体?」

「八体の食屍鬼を殺している間に、そこの男が走れない容態だったら――覚悟を決めろ」

「――!!」

 

 ジェイニーにそう告げた私は、襲い掛かる食屍鬼を一匹ずつ斬り刻み、心臓に木の杭を突き刺していく。

 

「一匹、二匹、三匹……」

「イブキさん! しっかりしてください!」

「ジェイ……ニー……」

「駄目だ……! 血が止まらないよ!」

 

 私の吸血鬼の瞳が、暗闇の奥をハッキリと映し出す。食屍鬼の数は、五十は軽く超えるであろう長蛇の列だ。

 

「四匹、五匹、六匹……」

「伊吹! 頼むから立ってくれよ!!」

「海斗……俺ここで……死ぬのか……」 

「そんなこと言うな! お前は諦めないのが取り柄だったろ!!?」

 

 残り二本の木の杭は、左右から飛び込んできた食屍鬼に一本ずつ突き刺し、約束の時間が訪れる。

 

「撤退だ。その男を捨てて、今すぐ走れ」

「そんな、捨てるなんて……」

「そうだ……! 俺は友達を見捨てることなんて――」

 

 未だに決断ができない二人を他所に、私は剣を納めて食屍鬼から距離を取った。

 

「ならこの状況を打破してみることだ。私は私の最善策を取らせてもらう」

「そんな薄情なこと……!」

「情があるその男と、薄情な私。どちらが生き残っているかを考えろ」

「……もう駄目だ! 治療しきれない!」

 

 デイルは食屍鬼に背を向けて、全速力で走り出す。

 

「ジェイニー。俺たち、仲間、だよな……?」

「……」

「また、剣技を、教えてくれよ……」

「……」

 

 ジェイニーはイブキに言葉を返すことなく、その場から駆け出した。

 

「なぁ海斗。俺を、置いていかないよなぁ……?」

「……」

「俺たち、中学からの、友達、だろ……?」

「……」

 

 キリサメは肩を震わせてその場に立ち上がり、己の不甲斐なさを憎みながら、ジェイニーの後に続いて駆け出す。

 

「どうして……だよぉ……!」

 

 私も仰向けに倒れているイブキに背を向け、食屍鬼から逃れるために走り出した。

 

「たすけて……くれよぉ……!!」

 

 後方から聞こえてくる悲痛な叫び。ジェイニーとキリサメは顔を真っ青にしながら、ただ地下牢獄を走り抜ける。 

 

「うらぎりものぉ……うらぎりものぉぉ……!!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ……!!」

「うらぎりものぉぉおぉおぉぉおーー!!」

 

 最期の言葉が聞こえ、肉が裂ける音とイブキの断末魔が私たちの耳元に届く。

 

「一度、息を整えましょう……」

「そう、だね……。僕も、それに賛成だよ……」

 

 デッドゾーンを越え、レッドゾーンの内側に戻ってきた私たちは、状況確認のため、近くの牢屋へと身を潜めることにした。

 



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1:13 Crisis Test

 

 食屍鬼の襲来によってイブキは死んだ。その現実を受け止めきれないキリサメに、私は右手を差し出した。

 

「まさかアレクシア。お前が俺を励まして――」

「木の杭を寄越せ」

「……だよな」   

 

 木の杭の残り本数はゼロ。私は約束通り、キリサメから八本の杭を受け取り、ホルスターに一本ずつ装備した。

 

「私は金の十字架を探しに行く」

「探しに行くって……イブキが殺されたんだぞ!? どうしてたかが金の十字架のために、この安全な場所から出ていく必要が……」

「ここが安全な場所だといいな」

 

 私は牢屋を出ていく際に、キリサメたちがいる方向へ振り返ると、納めていた剣を抜いてから嘲笑する。

 

「それは、どういうことだよ……?」

「おかしいと思わないのか?」

「おかしいって……」

「ゾーンの境界線を示すための線の色が、上から別の色に塗られていた」

 

 キリサメは私の話を聞くと「マジかよ」と勢いよく立ち上がった。

 

「そういやお前はデッドゾーンに独りで向かったんだよな?」

「あぁ、だが実際はブルーゾーンだ。人間も食屍鬼もいなかったからな」

 

 私は地下牢獄の天井と床を交互に指し示す。

 

「ブルーゾーンへ続いているはずの扉も、実際はデッドゾーンへと繋がっていたはずだ。これを仕組んだのが地上の人間たちの可能性は――」

「その可能性はかなり低いかと」

 

 すると今まで口を閉ざしていたジェイニーが、虚ろな表情を浮かべながらも、私たちの会話に口を挟んだ。

 

「あの皇女様がこんな仕組みにするなんて考えられませんわ。戦うことを拒む者たちを、食屍鬼の巣窟に送り込むなんて……」

「ぼ、僕もアベルさんに同感かな。もし過酷な本試験にしたいのなら、あの扉がどこのゾーンに繋がっているのかを言わなければいいだけだし」

 

 デイルがジェイニーに賛同する。私は二人の意見を聞いて、ある一つの仮説を述べることにした。

 

「ならこの地下牢獄には――"吸血鬼"が紛れ込んでいる」

「きゅ、吸血鬼……?!」

「アレクシアさん。その理由を教えて下さっても?」

 

 私は落ちている石の破片を拾い上げ、壁に十字架の絵を描く。

 

「お前たちと合流する前、半殺しにされた男と出会った。その男は私に『この地下牢獄に吸血鬼がいる』と言った。食屍鬼ではなく、吸血鬼とだ」

「それ、食屍鬼と言い間違えたとかじゃないのか?」

「それもあり得るかもしれない。だがよく考えてみろ」

 

 十字架を輪郭を描き終えると、私たちの現在位置を大きく丸で囲った。

 

「知能を持たない食屍鬼がこの地下牢獄のゾーンを理解し、線の色までもわざわざ塗り替え、出口の場所を変えることができるのかを」

「分からないだろ。もしかしたら頭の良い食屍鬼がいて……」

「いない。食屍鬼に残されたものは感情だけだ」

 

 握りしめていた石の破片を投げ捨て、木の杭を一本だけホルスターから取り出す。

 

「ワハハハハァッ!!」

「ひッ、食屍鬼……!」

 

 暗闇に紛れ、一匹の食屍鬼がこちらに駆けてきた。デイルは食屍鬼を目にすると小さな悲鳴を上げる。

 

「ワハァァ!?!」

 

 私は襲い掛かる食屍鬼を飛び越し、その肉体の上から剣を突き刺して、首元を右足で力強く踏みつけた。

 

「ワハハッ、ワハハッッ!!?!」

「な、なんでこいつは笑ってるんだよ……?」

 

 押さえられている食屍鬼は、ひたすらにジタバタと身体を動かしながら、大きな声で笑い続ける。キリサメは顔を真っ青にして、食屍鬼を眺めていた。

 

「食屍鬼は知能を持たないが、"喜怒哀楽"のどれかの感情がある。コイツの場合は"楽"だろうな」

「喜怒哀楽って……」

「聞いたことがありますわ。嬉しいことがあれば"喜ぶ"。嫌なことがあれば"怒る"。哀しいことがあれば"泣く"。楽しいことがあれば"笑う"。食屍鬼は人間だった頃に、内面で最も溜め込んでいた感情を爆発させていると」

 

 私はキリサメに説明をしているジェイニーを他所に、押さえている食屍鬼の心臓に木の杭を深々と突き刺す。 

 

「じゃあそいつは……」

「楽しいことが何一つない人生だった。本当は誰かと笑い合いたかった。……そう捉えられるだろうな」

「……マジかよ。それってあまりにも可哀想だ――」

 

 その瞬間、キリサメの言葉を遮るように食屍鬼が現れた方向から、黒色の剣が高速で回転を繰り返しながら、何本もこちらに向かって飛んでくる。

 

「こ、今度はなんだよ!?!」

「さぁな」

 

 私は握りしめた剣で一本ずつ黒色の剣を叩き落すと、暗闇の奥をじっと見据えた。 

 

「……アイツか」

「アイツ?」

 

 デイルが首を傾げるまでの一瞬の隙に、私の目の前まで鋭い爪が迫りくる。

 

「――吸血鬼だ」

「……ッ!!」

 

 私は身体を後方へと逸らし、その爪を寸前で回避すると、剣で目の前にある肉体を斬り上げた。

 

「……オマエは」

 

 ソイツは後方へと飛び退いて、斬られた個所を片手で押さえる。

 

「アレをよく避けられたな?」

「あれを避けられないと思ったのなら、貴様は大層な世間知らずだ」

「はっ、威勢がいいな」

 

 食屍鬼とは違い、言葉を話せる人外。革の黒いコートを身に纏うあの男は吸血鬼だろう。その鋭い牙と青白い肌が確たる証拠だ。

 

「アベル家とアークライト家の血筋を継いでいるのは……そこの二人だな?」

「どうしてそれを……」

「見れば分かるに決まってるだろぉ? その辺の人間よりもお前たちはいい匂いがするんだよ」

 

 短い白髪を掻き分け、吸血鬼の男はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「そこまで正確に喋れるということは、貴様の位は"男爵(バロン)"以上か」

「おお、見る目がある人間だ。んじゃあ、オレの位を当ててみな」

「……子爵(ヴァイカウント)だ」 

「せいかーい」

 

 子爵は吸血鬼特有の怪力を見せつけるようにして左拳を叩き付け、頑丈な壁に亀裂を入れた。

 

子爵(ヴァイカウント)!?」

「おそらくは名家の血筋が狙いだろう。厄介な芽は若いうちに摘むのが得策だからな」

「で、でもどうしてグローリアに入ってこれて……」

「考えるの後だ」 

 

 いつの間にか食屍鬼が後方へと回り込んでいる。子爵の合図を待っているのか、唸り声を上げながらも、私たちを逃がさないように待機していた。 

 

「私はアイツを殺す。お前たちは各々生き延びろ」

「ダメですわ! 子爵(ヴァイカウント)は銅の十字架を持つ人間が数人いないと倒せない相手で――」

「どうせこの状況では逃げられない。お前たちがあの食屍鬼を始末して、逃げ道を作るというのなら話は別だが」

 

 私は剣を構えると、子爵に向かって走り出す。ジェイニーとデイルも覚悟を決めたようで、腰に携えた剣を抜いて、後方で待機している食屍鬼を向かい合った。 

 

「このオレを殺すだと? 下等種族の人間なんかが、上等種族の吸血鬼を殺せるとでも思ってるのか?」

「何を言っている? 貴様の方が下等種族だろう」

「オマエ、調子に乗りやがって……!!」

 

 片手で振り上げた剣の刃と、振り下ろした鋭い爪が衝突し合う。暗闇の中に火花が飛び散り、私は子爵の腹部に木の杭を突き刺そうとするが、

 

(やはり硬度が足りないか)

 

 子爵に触れた途端、頑丈な皮膚によって瞬く間に砕け散った。

 

「そんな柔い杭で何ができるんだ? まさか心臓を貫くつもりか?」

(それに……男爵とは比べ物にならないな)

 

 位が一段階上がるだけで、力量がまるで違う。一撃の重さも、距離を詰めてくる速さも、男爵とは段違いだ。

 

「……!」

 

 子爵の猛攻を捌いている最中、剣が爪の硬さに破れ、刀身が真っ二つに折れる。すぐさま飛び退こうと考え、視線を子爵から逸らした一瞬の隙に、

 

「剣が無けりゃあ戦えないのかぁ?」

「――ッ!!」

 

 子爵は落下していく折れた刀身を掴み、私の左肩に刺した。衣服が裂け、真っ赤な血が周囲に飛び散る。

 

「アレクシア!!」

 

 キリサメがそう叫ぶ。私は追撃を貰わないように、木の杭を子爵の右目に力を込めて突き刺し、一旦距離を取った。 

 

「おい大丈夫か!?!」

「お前は邪魔だ。あの二人の援護でもしていろ」

「今はどう考えてもお前の方がヤバいだろ!」

 

 左肩に刺さる刀身を引き抜き、紋章を隠すための包帯を解いて、傷口を強く縛り上げる。一方で子爵は手に付いた私の血を舐めていた。 

 

「やっぱりオマエの血は見た目の通り、上等品だなぁ」

(……吸血鬼の血に気が付いていないのか?)

「ああそうだった。こいつらにもきちんと餌を与えねぇと」

 

 子爵の背後から姿を見せたのは二匹の食屍鬼。首元には木の十字架を掛け、血の涙をボロボロと頬へと伝わせている。

 

「あれは――」

 

 食屍鬼はどこかで見覚えのある顔。私は御守りとして渡されたシーラの家族の写真を取り出す。

 

「――シーラの子供たち」 

「えっ?」

 

 二匹の食屍鬼には、シーラが亡くした子供たちの面影が残されていた。キリサメは私の言葉に驚いていたが、それだけに留まらず、

 

「それに貴様は――シーラの夫だったか」

 

 子爵の顔は行方不明となったシーラの夫と同じ顔だった。 

 

 

 



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1:14 Viscount

 

 行方不明となった父親と、本試験から生還しなかった二人の子供。シーラにとってかけがえのない存在が、私たちの視線の先に立っている。

 

「シーラ? あぁ、お前はアイツのことを知ってんのかぁ?」

「知っているもなにも私の里親だ」

「あのシーラが里親だって? ハハッ、お前は運が悪いなぁ」

 

 何がおかしいのか、子爵は地下牢獄に響き渡るほどの笑い声を上げた。

 

「あんな出来損ないの女が、里親なんて務まるわけないだろ」

「……出来損ない?」

「料理もまともに作れないし、家事もまともにこなせない。あんなやつと一緒に暮らしていたら、ストレスで剥げちまう」

 

 シーラに対しての酷評を吐き捨てる。キリサメはそれを聞いて、怒りを露にしているようだった。 

 

「貴様は行方不明になったと聞いていたが……」

「それはオレが原罪様に認められ、吸血鬼へと"進化"したからだ! 辛うじて生きていたオレを、原罪様は讃えてくれた! 『強者としての器がある』と吸血鬼にしてくれた!!」

「愚かだな。貴様は進化ではなく退化をしただけだろう」

「オマエもこいつらと同じようなことを言うんだな?」

 

 子爵は両隣に立っている食屍鬼を交互に見る。

 

「オレは優しい。あの女の元で人間として暮らすよりも、吸血鬼としてオレの元で暮らした方が何一つ不自由のない生活ができる。だからオレは数年前に、この本試験の地下牢獄へ潜り込み、子供たちと再会した」   

「……数年前」

「誘ってやったんだよ。オレと一緒に来いってな。吸血鬼となり、公爵様が支配する領地で暮らそうと」

 

 そして両手で食屍鬼の首を力強く掴み上げた。

 

「だが断りやがった。こいつらはオレに『目を覚ませ』やら『間違っている』やらと聞く耳を持たなかった」

「グスッ……グスッ……」

「だから殺して、食屍鬼にしてやった。折角与えてやったチャンスを、無駄にしやがったんだ」

「……なるほどな。すべてが繋がった」

 

 シーラの子供たちが本試験から生還できなかった理由も、行方不明となった父親の居場所も理解できた。私はその場から立ち上がり、先ほど飛んできた剣を一本だけ拾い上げる。

 

「お前は、シーラさんのことを愛していたんだろ?」 

「あぁ?」

「シーラさんは、子供たちを待っていたんだ。父親のお前を待っていたんだ。あの家で、ずっと独りでも、信じて待っていたんだ」 

 

 キリサメが子爵と向かい合い、黒の剣を構えた。

 

「シーラさんや子供たちのことを、愛していたんじゃねぇのかよ!?!」

「……」

「答えろぉ!!」

 

 怒声を子爵にぶつけるキリサメ。私たちの背後で食屍鬼と戦っているジェイニーやデイルも、その怒声に思わず振り返る。

 

「愛しているわけねぇだろぉ?」 

「……は?」

「料理もマズイ、家事も出来ねぇ。オレの機嫌取りもまともにしねぇ。あんな女のどこが愛せるんだよ? 父親の言うことすら聞かない子供たちの、どこを愛せるんだよ?」

「……ふざけんな」

 

 キリサメは怒りに両肩を震わせ、剣を握り直し、

 

「ふざけんなぁああぁああーー!!!」

 

 子爵に全力で斬りかかった。 

 

「うるせぇんだよ」

「ごふっ……?!!」

 

 子爵は食屍鬼から手を離し、キリサメの腹部に前蹴りを放つ。まともに蹴りを受けたことで、キリサメは重心を崩され、地面に後頭部を打ち付けた。

 

「シーラさんは……優しかったんだよ……」

「あぁ?」

「シーラさんは……見ず知らずの俺を……大切に想ってくれた……」

 

 後頭部を強く打ったことで気を失う寸前。けれどキリサメは仰向けの状態で上半身だけを起こし、口元から涎を垂らしながら、子爵を睨みつける。 

 

「ドジを踏むことだって、沢山あるけど……。シーラさんは、出来損ないなんかじゃ、ねぇよ……!!」

「どこからどう見ても出来損ないだろうがぁ! 子供たちの面倒も見れねぇのに、何が母親だってぇ!? あんなやつが里親なんかできるわけねぇだろうがぁ!!」

「出来損ないはてめぇだろぉ!! シーラさんを裏切って、子供たちまで裏切って……!! シーラさんはてめぇみたいに逃げねぇよ!! てめぇみたいに――子供たちを裏切らねぇ!!」

「黙れ、黙れ、黙れぇえ!! オマエのようなガキにどうこう言われる筋合いはない!!!」

 

 苛立った子爵がその場から動き出し、動けないキリサメへ鋭い爪を振り下ろすが、

 

「――どうでもいい」

「ッ……!!」

 

 私はキリサメの前に立ち、子爵の爪を剣で受け止める。キリサメは緊張の糸が切れたのか、そのまま仰向けに倒れて、気を失ってしまった。

 

「貴様がシーラのことをどう思おうが、私の知ったことではない」

「お前、その目は……!!」

 

 私の左目が紅く染まっていることに気が付いた子爵。私はその鋭い爪を徐々に剣で押し返していく。

 

「貴様の言う通り、シーラは女として致命的な欠点を抱えているかもしれない」

「っ……!?」

「私も最初は里親としては外れ枠だと考えたな」

 

 子爵は私に押し返されたことでその場で大きくよろめいた。私は剣の薙ぎ払いで追撃をし、子爵の肉体を斜めに斬り裂く。

 

「確かにシーラは料理や家事をまともにこなせない。貴様が文句を述べるのは当然のことだろう」

「やりやがったなッ!!?」

「少しは落ち着け」

 

 鋭い爪を剣で弾き返しては子爵の肉体を斬り裂くの繰り返し。剣が折れれば、落ちている剣と交換をして、私は再び交戦を始めた。

 

「ならば里親ではなく、母親としてはどうなのか。この問いに対する考えは、残念なことに貴様とは合わなかった」

「なにぃッ!?」

「私はシーラと三年間共に暮らしたが……彼女は正真正銘の母親だろう」

  

 子爵の右手の爪を、私は三本目に交換した剣で斬り落とす。

 

「子供たちが貴様ではなく、シーラを選んだのはそれが理由だ」

「ぐっ!?」

「貴様は選ばれなかった。そもそも選ばれるはずがないんだよ。人道を外れた力を欲し、目の前の恐怖から逃げるために――」

 

 子爵の左手の爪を、五本目に交換した剣で叩き折る。 

 

「――吸血鬼になるような人間が」 

「オレに、オレにごちゃごちゃ言うんじゃねぇぇえぇッーー!!」

 

 子爵はそう叫びながら右手の爪を再生させ、私の顔に突きを繰り出そうとするが、 

 

「だがな、そんなことはどうでもいい」

「なっ……?!」

 

 私は剣を逆手持ちに切り替え、右肩から下を一瞬で斬り裂いた。私の顔に届く前に、子爵の右腕が地面に落ちていく。

 

「私にとって貴様らの事情や家族愛なんてどうでもいい。最も重要なのは貴様が吸血鬼だという事実だけだ」

「杭か……?!」

 

 私は空いている手でホルスターから一本だけ杭を取り出す。

 

「バカが! 木の杭でオレの肉体を貫くことはでき――」

「誰が木の杭だと言った?」

 

 私が握りしめている杭は木の杭ではなく、

 

「銅の杭だと……!?」

「ああ、貴様の大好物だ」

 

 階級の高い銅の杭。

 

「なぜその杭をお前が持っている?!」

「何故だろうな」

 

 なぜ私が銅の杭を持っているのか。それは本試験の日から三日前に遡る。

 

『はぁ? 銅の杭を一本貸してほしいって?』

『あぁ、どうせ支給されるものだ。それぐらい構わないだろう?』

『お前なぁ……。もしこのことがバレたら、俺がこっぴどく叱られるんだぞ?』

 

 私は銅の杭を貸してもらうために、あの臆病者の家へと訪れていた。

 

『ていうか、なんで本試験で銅の杭が必要なんだよ?』

『本試験に吸血鬼が紛れ込んでいる可能性が高い。用心するに越したことはないだろう?』

『吸血鬼が紛れ込んでいるって……。なんか根拠でもあるのか?』

『長年の勘だ』

 

 臆病者は「またそれかよ」とその場でずっこけ、ホルスターから渋々銅の杭を一本だけ抜き、私に手渡す。

 

『絶対にバレるなよ』

『善処する』

『かなり心配なんだが……』

 

 そして本試験にいざ参加してみれば、このような想定外の事態に巻き込まれた……というのが一連の流れだ。

 

「銅の杭はッ……!」

「焦り始めた、ということは……貴様の心臓はこの杭で貫けるんだな」

「うるせぇッ!!!」

 

 明らかに動揺している子爵の心臓へ、私は銅の杭を突き立てようと試みる。

 

「近寄るなぁぁあぁ!!」

 

 一歩ずつ後退していく子爵。接近させまいと振り回す爪を、私は剣で(ことごと)く弾き返した。

 

「貴様は自分を殺すことができない弱い人間たちを……この本試験で何年も殺し回ってきたんだろう?」

「……!!」

「合格率が年々低くなって当然だ。木の杭では到底倒せない吸血鬼が潜んでいるのだからな」 

 

 私は斬り落とした子爵の右腕が完全に再生する前に、左腕を先に斬り落とす。

 

「吸血鬼となり"弱い人間"たちを殺し尽くした感想はどうだ? 若い芽はさぞ感情豊かな悲鳴を上げてくれただろう?」

「ぐほぁッ……!?」

「今度は貴様の番だよ。"弱い吸血鬼"」

 

 両腕が使えない子爵の顔に飛び膝蹴りを食らわせ、地面に押し倒した。噛みつかれないように、剣の刀身を口に咥えさせる。

 

「オマエっ……最初は手を抜いてやがったなぁッ……!?」

「三年ぶりに吸血鬼と対面したんだ。子爵の実力を測らせてもらった」

「なめ、やがってぇ……!!」

「貴様は人間から吸血鬼へと逃げた男だ。そんな愚か者がなめられないとでも思ったのか?」

 

 私はシーラから託された家族の写真を子爵の胸元に置き、

 

「――!?!」

「貴様はこの世から旅立つ。これを持っていけ」

 

 写真の上から銅の杭を心臓に到達する手前まで突き刺した。

 

「オマエ、何をして……」 

「昔、こんな逸話を聞かされた。吸血鬼は自身の心臓を貫いた杭を、あの世の果てまで持っていくことになると」

「まさかオマエ……!!」

 

 心臓に銅の杭の先端が食い込み、子爵は叫び声を上げる。

 

「やめろぉ……!!」

「貴様には、過去を背負って消えてもらう」

「やめろぉぉおおぉぉーーーー!!!」

「未来永劫、この世に生まれ変わることなく――」

 

 私は子爵の胸元に突き刺さる銅の杭を、掌底で押し込み、

 

「――永久(とわ)に眠れ」

 

 子爵の心臓を銅の杭で貫いた。

 

「あ"ぁぁあ"あ"あ"ぁあ"あ"ぁあ"あ"ーーーー!!!」

 

 肉体が崩れ落ち、子爵は家族の写真と共に灰へと変わり果てる。私はその光景を見物すると、静かに背を向けた。

 



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1:15 End Of Test

 

「はぁっ……はぁっ……」

(向こうも終わったな)

 

 二人はどうにか食屍鬼たちを片付けたようで、呼吸を荒げながら壁に手をついている。

 

「グスッ、グスッ……」

「私たちを襲わないのか」

 

 シーラの子供たちは食屍鬼にされているのにも関わらず、私を襲おうとはしなかった。二匹は血の涙を頬に伝わせ、ただ私の目の前で棒立ちしているだけ。

 

「珍しい食屍鬼だ」

 

 木の杭を二本だけ取り出し、食屍鬼の心臓に一本ずつ突き刺す。

 

(……さて、本試験の残り時間もそこまで残されていない。急いで金の十字架を探すことにするか)

 

 私は食屍鬼が掛けていた木製の十字架のネックレスを拾うと、黒の剣を鞘に納める。そして金の十字架を探すためにジェイニーたちの横を通り過ぎた。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ……!」

「何だ?」

「さ、流石に疲れたからブルーゾーンに行かない? 食屍鬼もいないし、安全だよ? 吸血鬼だって倒したんでしょ?」 

 

 デイルが呼び止めるが、私はしばらく黙り込むと、再び歩き始める。 

 

「お前たちだけで行けばいい。私は疲れていない」

「で、でもさ! アレクシアさんも怪我してるし……」

「既に止血している。支障はないだろう」

「そ、そうなんだ……」

 

 何となく察しは付いていたが、吸血鬼の血液が流れているせいで肉体の治癒力が高い。出血は止まり、痛みも引いている。

 

「……少しよろしくて?」

「何だ?」

「まだアカデミーに入学してもいないのに、子爵を倒すなんてありえませんわ……。本当にアレクシアさんは何者ですの?」

 

 デイルが食い下がれば、次にジェイニーが張り詰めた顔で私に詰め寄る。

 

「私は私だ」

「そんな答えで私が納得するとお思いで!?」

「どちらにせよ話すつもりはない」

「いいえ今度こそ話してもらいますわ! 以前は途中で帰宅してしまいましたが、子爵を葬られては私も黙っては――」

 

 通路の奥から聞こえてくる足音。私たちは会話を止め、そちらの方向へと身体を向ける。

 

「……食屍鬼かな?」

「いいや違うな。食屍鬼は常に不規則な歩き方をする。一定間隔で聞こえる足音はただの人間か、それとも……」

「まさか、吸血鬼がまだ?」

 

 私たちは鞘に納めていた剣を引き抜き、暗闇の向こうを見据えた。徐々に人影が見えてくる。

 

「あっ、やっと生き残りを見つけました」

「……誰だお前は?」

 

 通路の奥から姿を見せたのは、両手に一本ずつ剣を握りしめた赤髪の女。若さは私たちと同じ年齢のようにも見える。

 

「どうも初めまして。私は"ナタリア・レインズ"です。お前たちの名前は?」

「答える必要はない」

「そうですか。ではここで死んでもらいます」

 

 ナタリアと名乗った女は、両手に握りしめた二本の剣を構えた。

 

「お、お待ちになって! あなたは吸血鬼でも食屍鬼でもないはずです! どうして私たちを殺そうと……」

「どうしてって……。初対面で名前を覚える必要がない相手は、大体死ぬ人間だけじゃないですか」

「はい?」

「私、何かおかしなことを言ってますか?」

 

 ナタリア・レインズ。この人物は間違いなく、名家の一つである"レインズ家"の人間だ。

 

「私はアレクシア・バートリだ」

「あ、そうですか。ではそこのお二方は?」

「えっ……?」

「レインズ家の人間は気が狂っている連中が多い。名乗らないと本当に斬られるぞ」

 

 私が忠告をすれば、ジェイニーとデイルも自身の名前を彼女に伝えた。

 

「アレクシア・バートリさんに、ジェイニー・アベルさんに、デイル・アークライトさんですね。はい、覚えました」

 

 ナタリアは戦闘態勢を解くと、私たちの元まで歩み寄り、気絶をしているキリサメに視線を移す。

 

「こちらの方は?」

「カイト・"ハルサメ"。私たちの連れだ」

「そうですか。カイト・"ハルサメ"さんですね。はい、覚えました」

 

 その次に視線を移した先は、私の右肩の怪我。 

 

「あれれ? 怪我をしていますが、何かあったんですか?」

「擦りむいただけだ」

「擦りむいた……。それは痛かったですか?」

「あまり痛くはないな」

 

 私の返答にパァッと表情を明るくさせ、スカートの前に付いているポケットから、ガサゴソと何かを漁り始めると、

 

「我慢強いんですねぇ! これをあげます!」

 

 金の十字架を一つ手渡してきた。

 

「いいのか?」

「はい、あげます!」

「そうか。貰えるものは貰っておこう」

 

 私はナタリアから金の十字架を受け取り、懐に仕舞う。ナタリアのポケットには大量の金の十字架が入っているようだ。

 

「その金の十字架はすべてお前が?」

「はい勿論ですよ。東西南北すべてのデッドゾーンを走り回って、全部回収しましたね!」

「そんなに集めて何の意味がある?」

「意味なんてありませんよ。私は意味を求めませんから!」

 

 ナタリアはふざけてはいない。至って真面目に首を傾げている。出会った時から察してはいたが、彼女はどこか頭のネジが外れているらしい。

 

「仮にだ。仮に私がもう一つ欲しいと言ったら、お前は渡してくれるのか?」

「どうして渡す必要が?」

「そこで倒れている男の分だ」

「なるほどなるほど! カイト・ハルサメさんの分が欲しいんですね!」

 

 ナタリアは納得をすると、倒れているキリサメの頬をペチペチと叩き始める。

 

「起きてくださーい! ハルサメさーん? 起きてくださーい!」 

「……」

「もしもーし! もしもーしハルサメさーん!!?」

「ソイツは子爵からの蹴りを受けたが、すぐに気絶はしなかった。辛抱強さと感情論でその場を乗り切ろうとした男だ」

 

 私が誇張して説明をしてやれば、ナタリアはキリサメの両肩を掴み、前後に激しく揺さぶった。

 

「辛抱強いんですねぇ! これをあげます!」

 

 ナタリアはポケットから取り出した金の十字架を、キリサメの右手に握らせると、その場に勢いよく立ち上がる。

 

「子爵! 今、子爵と言いましたか?!」

「あぁ言ったな」

「子爵はどこにいるんですか!?」

「確か十分前ぐらいだったな。この先の通路を歩いて行った」 

 

 両手に握りしめていた剣を軽く振り回し、進行方向を自身が歩いてきた方角へと変えた。

 

「はい、覚えました! ではでは私はこれで失礼しますねぇ! またどこかで会えたらいいですねお前たち!」

 

 私たちにそれだけ伝えると、ナタリアは全力疾走で通路を駆けていく。立ち込める砂煙に、ジェイニーとデイルは思わず咳き込んでいた。

 

「……嵐のようなお方でしたわ」

「あの女はレインズ家の人間だ。お前は何か知らないのか?」

「レインズ家の出身地は"ノースイデア"ですもの。サウスアガペーとは真逆の位置にある名家までは深く存じておりませんわ」

「で、でもこんな話は少しだけ聞いたことあるよ……」

 

 デイルは石の壁に背を付けて、レインズ家に関して語り始める。

 

「レインズ家は"剣術"に長けている家系。名家の中では最高峰の実力で、皇女様が継いでいるアーネット家の次に、神様に愛された家系だって」

「あの狂っているお方が最高峰の家系とは思えませんわ」

「常人よりも狂人を相手にする方が遥かに厄介だろう」

「それは、そうかもしれませんが……」

 

 そんな話をしていれば、私の脳裏にレインズ家の始祖と対面した記憶が蘇ってきた。

 

『ねぇねぇ~! "お姉様"と私が殺し合ったら、どっちが死ぬのかなぁ?』

『何度も言うが、私はお前の姉じゃない。それと死ぬのはお前の方だ"小娘"』

『えっ? 私、死ぬの?』

『あぁ死ぬよお前は』

 

 レインズ家の始祖は私のことを姉と呼んでくる小娘。食屍鬼や吸血鬼の死体を千切って遊び始める"狂気の具現化"。

 

「……もうアイツのことはどうでもいい。私は金の十字架を手に入れた。後はブルーゾーンで夜が明けるのを待つだけだ」

 

 私は金の十字架をポケットに放り込み、ナタリアとは逆の方向に歩き始める。

 

「キリサメさんは?」

「連れて行きたいのなら、お前たちが連れて来い」

「納得できませんわ! どうして私たちが――」

「私はソイツの御守をするつもりはない。そもそもこの事態を引き起こした責任は誰にある?」

 

 ジェイニーは血に塗れた金髪へと視線を移すと、すぐに口を閉ざした。

 

「あ、あの……僕も手伝うよ……」

「……助かりますわ」

 

 二人は自分たちの肩にキリサメの両腕を回し、ブルーゾーンへ向かう私の後に続く。

 

「……アレクシアさん」

「何だ?」

「どうしてキリサメさんに金の十字架を……?」

「何となくだ」

 

 ジェイニーの質問に対して、私は適当な返答をする。

 

「ナタリアさんに説明をするとき、アレクシアさんはキリサメさんを称えていましたわ。心の中では、キリサメさんのことを認めていたのではないでしょうか?」

「それをどう考えようがお前の勝手だ。好きなように想像すればいい。……だが私の印象を植え付けようとするのはやめろ。迷惑極まりない」

「でも金の十字架を――」

「私の里親を楽させるためだ。金の十字架は名家出身のお前には関係ないことだろう」

 

 話をちょうど終えたところで、青色の線が足元に見えてきた。私はそれを上から靴で擦って、線の色が重ねられていないかを確認する。

 

「ここから先は本物のブルーゾーンだ。食屍鬼もいない」

「や、やっと落ち着ける……」

 

 ブルーゾーンに到着した私たちは、近くの牢屋で身を潜める。静寂に包まれる暗闇の中、特に会話を交わすこともなかった。

 

「……夜が明けますわ」

 

 数時間が経過し、やっと夜が明ける。そう実感できたのは、天井の隙間から僅かに陽の光が差し込んだため。

 

(本試験も、大したことなかったな) 

 

 私の怪我を照らす陽の光が、少しだけ温かく感じた。

 

 

 

 

 



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1:16 Not Sweet

 夜明けを迎え、私たちは地下牢獄から地上へと生還した。地上へ顔を出せば、待機していた試験官が、合格者をそれぞれ街ごとに区別し召集させる。

 

「……生き残りはお前らだけか」

 

 カミル・ブレインが私たち四人に視線を移す。サウスアガペー出身の生存者は、私たち四人のみだった。

 

「吸血鬼が潜んでいたからな」

「吸血鬼だと? 何をデタラメ言ってやがる?」

「デタラメだと思うか。随分と平和ボケした男だな」

 

 カミルが真偽を確かめるためにジェイニーたちの顔を見る。キリサメは俯いたままだったが、他の二人は私に共感するように頷いた。

 

「……詳しく話せ」

 

 私はカミルに本試験での一件を説明する。ブルーゾーンとデッドゾーンの出口が真逆になっていたことや、線の色が上塗りされていたことを。

 

「吸血鬼の位は?」

「子爵」

「子爵だって? お前ら、よく生き延びたな」

「私たち以外の誰かが殺したからな」

 

 私の返答にジェイニーとデイルが「え?」と呆気にとられる。

 

「そいつは誰だ?」

「そこまでは知らない。気が付けば、子爵は灰に変わっていたよ」

「……」 

「信用できないのなら、地下牢獄を調査してみればいい。ブルーゾーンの扉を潜った者たちの死体が、デッドゾーンに転がっているからな」

 

 カミルは私をしばらく見つめると、部下の試験官を呼び寄せ、何かを伝え始めた。私は未だに俯いているキリサメへ視線を移す。

 

(あの男の死を受け入れられない状態か)

 

 本試験が終了し、緊張の糸が切れたことで、イブキに対して思い込むことがあるのだろう。

 

「……とにかく、お前たちは本試験の合格者だ。これから軽い手続きがある。俺についてこい」

 

 私たちが案内された場所は、アルケミスにそびえ立つ城の大部屋。そこでは北、東、西の合格者が受付の人間と話をしていた。

 

「手続きはあそこで本人確認をするだけだ。金の十字架を持っているのなら、受付のヤツに渡せ」

 

 カミルの指示通り、私たちは受付で本人確認を済ます。私とキリサメは金の十字架を手渡し、無事に特待生枠の権利を獲得することができた。

 

「カミル様、この後は何を?」

「馬車の迎えが来るまで待機だ。けどお前は向こうにある手洗い場で、その血生臭い髪を洗ってこい」

「わ、分かりました……」

 

 ジェイニーは手洗い場へ向かう。その後ろ姿を眺めながら、私はカミルの隣に立つ。

 

「アイツの隣に、威勢のいいヤツがもう一人いたはずだ」

「ソイツは死んだよ。デッドゾーンの食屍鬼共に殺された」

「……そうかよ」

 

 横目でカミルの表情を窺う。この男は鋭い目つきを、大部屋の時計にただ向けているだけだ。

 

「子爵は数年前から、この本試験で殺戮を繰り返していたと言っていた。それに気が付けないのは、お前たちが無能なだけか? それとも吸血鬼共と裏で手を組んでいたのか?」

「試験は俺の管理下じゃねぇ。試験内容を考案したのも管理していたのも、皇女の両親だ」

「なら皇女の両親は何が目的だ? ここまで管理がなっていない試験に何の意味がある? 貴重な人材を吸血鬼の餌にして、無駄な浪費をすることが目的なのか?」

「お前は一つ勘違いをしているな。皇女の両親はとっくの昔に"死んでる"んだよ」

 

 カミルは時計の針から視線を外さずに、隣に立っている私へそう返答した。

 

「四年前だ。皇女の両親は十戒を引き連れて、公爵の領地へと攻め込んだ。吸血鬼との長い因縁を終わらせるためにな」

「……負けたのか?」

「完敗だ。敗因は原罪共に対する情報不足と、公爵の実力を見誤ったこと。皇女の両親は公爵に殺され、十戒も全滅。アイツらは俺の仲間たちを、わざわざ吸血鬼にしてから、心臓に杭を突き刺して殺しやがった」

「ハッキリとした敗因と十戒たちが殺された方法。ここまで情報が回ってきているということは、誰か生き残りがいたのだろう?」

 

 私に問われたカミルは、私と顔を見合わせる。

 

「俺がその生き残りだ」

「……お前がか?」

「アーネット家に仕えるのがブレイン家だ。俺はブレイン家の一人として、皇女の両親に付いていった。けどあの戦いで、俺は何の戦力にもなれてねぇ。俺は、命も懸けずに仲間を見捨てて逃げたクソ野郎だ」

 

 カミルは私が怪我をした箇所を、一瞬だけ視線を移した。

 

「吸血鬼が紛れ込んでいたという情報が上に伝われば、皇女は必ず動き出す。アイツはそういうヤツだ」

「どう動く?」

「知るかよ。俺は皇女じゃねぇ」

 

 私にそう吐き捨てると、カミルは大部屋を出ていく。

 

「なぁ!!」

 

 そのタイミングを見計らったかのように、私の背後から誰かが声を掛けてきた。 

 

「何だ?」

「ほらな!? やっぱりアレクシアだ!」

 

 後ろに立っていたのは金髪を一つ結びした女と、茶髪の陽気な男。どこかで見覚えのある姿に、私は首を傾げた。

 

「誰だお前たちは?」

「覚えてないのかよ! ほら、イアンだよイアン! イアン・アルフォード!」

「私は"クレア・レイヴィンズ"! 三年前の孤児院で一緒だったでしょ!」

「あぁ、そういえばそんなやつもいたな」

 

 三年前の生き残り。私と同様に孤児だったため、孤児院で暮らしていたイアンとクレアだ。

 

「そんなやつもいたなって……。相変わらず冷めてんなぁアレクシアは」

「私は私だからな」

「三年前と同じこと言ってる! アレクシアらしいね!」

「……お前たちもこの試験を受けていたのか」

 

 二人は首に掛けている木製の十字架を私に見せつけると、「もちろん」と強く頷いた。

 

「俺は"ウェストロゴス"の里親に引き取られて、クレアは"ノースイデア"の里親に引き取られたらしいぜ!」

「ならば引き取り先はバラバラのはず。なぜ共に行動している?」

「実は私も今さっきイアンと再会したばっかりでね! もしかしたらアレクシアもいるんじゃ……って探してみたら」

「案の定、アレクシアもここにいたってわけだ!」

 

 クレアとイアンは私との再会を喜び、無邪気に微笑む。その笑顔は三年前と変わらぬままだ。

 

「帰りの馬車が到着した。各自、城外へと足を運ぶように」

 

 馬車の到着を試験官の男が告げる。私はクレアとイアンにさっさと背を向けた。

 

「おいおいアレクシア! もう行くのか?」

「どうせアカデミーで会うことになる。ここで長話をする必要はないだろう」

「それもそっか。じゃあさ、またアカデミーで会おうねアレクシア」

「私に期待をするな」

 

 背後で手を振るクレアとイアンを他所に、私は大部屋を出ていく。そして城の外に並べられた馬車に乗り込み、シーラの待つサウスアガペーへ帰還することにした。

 

 

―――――――――――――――

 

 

「それでは、私はこれで失礼しますわ」

「僕も、帰るから……」

 

 帰還中の馬車に漂う空気は重苦しいもの。イブキの席が空席となり、パズルのピースが欠けているような状態だった。 

 

「あ、あぁ……またな……」

 

 誰一人として口を開かず、窓の外を眺めるだけの時間。ジェイニーとデイルは作り笑顔で別れを告げる。キリサメもまた引き攣った表情だった。

 

「シーラの前では情けない姿を見せるな」

「んなこと言われても……」

 

 キリサメに注意を促し、シーラの家の扉をノックする。

 

「シーラ、帰ってきたぞ――」

 

 私が先に家の中へと入れば、椅子に座っていたシーラが無言で、私とキリサメに抱き着いた。

 

「……信じていたわ」

「私は死なない。そう言っただろう?」

「えぇそうね。そうよね」

「それと息苦しい。少し離れてくれ」

 

 シーラは「ごめんなさい」と私たちから少しだけ離れる。

 

「御守りの家族写真は役に立ったが、無くしてしまってな。代わりにこれを返す」

「これって……」

 

 私は懐から薄汚れた木製の十字架を二つ取り出し、シーラに手渡した。

 

「ケリはつけた」

「……そうなのね。あの子たちはずっと――」

 

 その先の言葉を出さないようシーラは口を一度だけ閉じると、すべてを悟ったかのように頷いてみせる。

 

「ともあれ良かったわ~。今日は御馳走を振る舞うわね~!」

「それは構わないが、パンを焦がすなよ」

「大丈夫よ~! 私もデキるってところを見せてあげるわ~!」

 

 湿っぽい雰囲気を変えるためか、シーラは張り切る姿を見せ、台所の前に駆けていった。

 

「……」

(あいつ、シーラの前で情けない姿を見せるなと言ったのに)

 

 そんなシーラとは真逆に、キリサメは暗い表情のまま、二階の部屋へと帰っていく。私は溜息をつき、どうしたものかと考えていれば、

 

「きゃあ~?!! パンが焦げたわぁ~!!」

「……またか」

 

 シーラがパンを焦がし、いつも通りの悲鳴を上げた。

 

 

――――――――――――

 

 

 日は沈み、暗闇が街を覆い隠す。シーラと私で夕食の支度をし終え、机に料理を運んでいたが、キリサメは二階から降りてこない。

 

「アレクシアちゃん~。料理は私が運んでおくから、カイトくんを呼んできて~」

「分かった」

 

 私は階段を上り、部屋の扉を叩く。

 

「夕食だ。さっさと降りて来い」

 

 しかし返答はない。私は仕方なく扉に手をかけ、キリサメの部屋へと足を踏み入れる。

 

「何をしている?」

 

 キリサメはベッドの上に座り、ぼーっと木の床を見つめていた。虚ろな瞳のまま、人形のように佇んでいる。

 

「あの男は死んだんだ。お前がこれから堕落しようが、あの男は戻ってこない」

「……」

「何とか言え。シーラを下で待たせていて――」

「俺さ」

 

 私の言葉を遮るように、キリサメはボソッと呟いた。

 

「俺さ、圭太とは親友だったんだ。飯を食いに行ったり、家でゲームしたりとか。全部、楽しかったんだよ。楽しくて、この世界でも、一緒にいられるって……」

「誰がそんなことを話せと言った?」

「死んだんだよなあいつ。なぁ伊吹圭太は、本当に死んだんだよな?」

「死んだ。あの男は食屍鬼に襲われ、絶命したんだ」

 

 キリサメは急に立ち上がり、私の側までゆっくりと歩み寄る。 

 

「あいつ、なんか悪い事したのかな」

「……」

「あいつは、死んでいいような奴じゃないだろ。本当に死ぬべき奴は、死ぬべき奴は俺だった。あいつはジェイニーさんを助けたんだ。俺は怖くて動けなかったのに、圭太は果敢に……」

 

 そして目の前に立つと、キリサメは急にガクンッと立ち膝をつき、私の衣服を両手で掴んだ。

 

「何で俺が生きてんだよっ……!! 圭太が死んでんのにっ……何で俺が生きてんだっ……!!?」

「……」

「親友のあいつを俺は見捨てたんだ。今も裏切り者だって叫んだあいつの声が、頭の中にこびりついてっ……」

 

 私の前で両膝をつきながら、涙をボロボロと流すキリサメ。衣服を握りしめる力がより一層強くなる。

 

「以前、私は『人間に平等に与えられたものは時間だ』という話をした。実はこの話には続きがある」

「……続き?」

「与えられた時間を有効に使う者は、あの男のように優秀な人間になる。逆に無駄に使う者は、お前のように劣等感だけが残された人間になるだろう」

 

 私はキリサメの手を振り払わず、話を淡々と進める。

 

「だがな、どれだけ優秀な人間であろうと、どれだけ完璧に近い人間であろうと――死ぬときは死ぬ」

「ぅっ……おぇっ……」

「死は時間とは違い不平等なものだ。この世は善行を積む人間ほど早く死に、悪行を重ねる人間ほど図太く生き延びる」

 

 私の言葉を聞いたキリサメは嗚咽を漏らす。

 

「私は優秀な人間が死ぬ光景を何度も見てきた。死因はどれもが味方を『庇った・助けた・逃がした』のどれかだったな」

「うっ……ぁあっ……」 

「良い人間であればあるほど損をする世界だ。お前がこうやって生き残ったのも、世界の道理に沿っているからだろう」

 

 キリサメは立ち膝のまま、私に泣きついた。

 

「お前が住んでいた世界では"異世界転生"が流行していると言っていたな。話を聞いた限りでは『最初から最強の力が手に入る』『仲間たちに恵まれる』『何者にも屈することがない』……が当然だったか?」

「くっ……そぉっ……」

「他の世界ではそうかもしれない。だがお前が今生きているこの世界は――」

「くっ……そぉぉおぉっ……!!」

 

 泣きつき、悔しがるキリサメの頭に私は右手を乗せる。

 

「――"異世界転生"ほどに甘くはないだろうな」 

「うああぁあぁああぁああぁっ……!!」

 

 泣き叫ぶキリサメ。

 私は情けないこの男を、ただ見下ろしていた。

 

 



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1:17 Preparation Period

 

 アカデミーの入学式まで一週間を切った。例の本試験を通過したあの日から、起きた出来事はざっと二つほど。

 

「これがリンカーネーションの正装か」

「おおっ! 結構しっかりとしてるなこれ!」

 

 一つ目は制服が家に送られてきたことだ。

 二ヵ月後に控えたアカデミー入学式。その為に必要な制服などが搬送されてきた。その制服は黒色という点を除けば、以前に見かけた皇女の制服と同じものだ。

 

「あれ? でもサイズはどうやって調べて……」

「仮試験でカプセル型の機械に入れられた。あの時に私たちの身体を計測したんだろう」

「あー……そういうことか。あれで身長とか体重を調べたんだな」

 

 あれほど高性能な機械であれば、その程度は容易いことだ。私は納得しているキリサメを他所に、アカデミーから搬送されてきた箱を持ち上げる。

 

(試着してみるか)

 

 私とキリサメは自分たちの部屋に戻り、送られてきた制服に着替えてみる。丈の短いワンピース型の制服に、女性用のブーツ。

 

(コートを着ていないと、露出が多いな)

 

 黒色のコートを上から羽織らない場合、両肩を曝け出すことになる。そこまで肌を露出させる意図が汲み取れない。

 

(この制服の素材は何だ? コットンでもウールでもないが)

 

 この制服は非常に軽く、動きやすさの面では最適だ。スカートの裾を試しに強く引っ張ってみるが、破れる様子は微塵もない。

 

「まぁいい。次にこの紋章を隠すためには……」

 

 左脚に刻まれた本物の紋章を隠すために、私は太腿まで覆うことができるソックスを片方だけ履く。自分の目で確認をしてみるが、透けて見える心配もない。

 

(見た目はこんなものでいいだろう)

 

 唯一気になるのはブーツ。問題なく動けるが、踵の部分のゴムがとてつもなく鬱陶しい。

 

「アレクシア、着替えたか?」

 

 部屋の扉を開く。キリサメの制服は孤児院で見かけたあの二人と同じものだった。私は真っ先に履いている男物のブーツに視線を移す。

 

「どうだ? それなりに似合って――」

(……アカデミーで男物に変えてもらうか)

 

 変にこだわりのない普通のブーツ。私は心の中でそう決めると、すぐに扉を閉める。

 

「おい待てって! 何か一言ぐらい感想とか寄越せ!」

「この世は顔が全てだと実感させられた」

「それ、俺のことを貶してるよな!?」

 

 私服へと着替えながら感想を伝えると、扉の向こうでキリサメが声を上げた。

 

「ちなみにだけどさ! お前は似合ってたと思うぞ!」

「私は感想など求めていない」

 

 その数時間後に帰宅してきたシーラの頼みで、再び制服に着替えることになったが、一ヶ月後に起きるあの事件に比べれば、大したことではない。

 

「何度も言っているだろう。この家に金目のものなどはないと」

 

 シーラとキリサメが働きに出ている時間帯。私が一人で留守番をしていると、一階から物音がしたため、確認しに降りてみれば、

 

「嘘をつけ! どこかに隠してんだろ!?」 

「お前は話を聞かないヤツだな」

 

 見知らぬ男がシーラの家へ盗みに入っていた。私に持っているナイフで脅しにかかるが、妙にそわそわとしている。

 

「お前、盗みをするのはこれが初めてだろう」

「そ、そんなわけねぇだろ!! 俺はもう何百回も盗みを働いて――」

「それならどうしてそこの棚に金貨が入っていることに気が付かない?」

 

 呆れた面持ちで男に伝えると、私が視線を向けた先の棚を漁り始めた。しかしどれだけ漁っても、金貨の一枚すら出てこない。

 

「そこは食器棚だ。金貨なんてあるはずないだろう」

「て、てめぇ騙しやがったな?!!」

「騙される方が悪い」

 

 激怒した男はこちらの首筋にナイフを突きつけ、私の片腕を強引に掴み上げる。 

 

「仕方がねぇ……! だったらてめぇを攫って、どっかの貴族にでも売りつけてやらぁ!」

「金銀財宝が欲しいのなら、それは推奨できないな」

「あぁ!? なんでだよ!?」

「私を奴隷として売れば、それなりに儲かるだろう。だが儲かったところで、それは一瞬の富に過ぎない。酒を飲みながら馬鹿騒ぎをしているうちに、富はすぐに尽きてしまう」

 

 冷静に説明をする私にイライラした様子で「んじゃあどうすればいいんだよ!?」と怒声をぶつけてきた。

 

「簡単だ。私や他の娘を攫って、グローリアの外で娼館を経営すればいい。奴隷は消耗品だが、娼館ならば継続して稼ぐことができる」

「な、なるほどな……」

「グローリアには娼館が存在しない。街の男共をグローリア外へと誘導できれば、利用者も増え続け、知る人ぞ知る娼館となるだろう。私がお前だったらこの形式で稼ぐ」

「確かにそっちの方が、先を見通せてはいる……」

 

 私は納得している男の手を振り払う。

 

「玄関はあそこだ」

「あぁそうだな……って待てよおい!?!」

 

 そして家の玄関から帰るように顎で促したが、

 

「何だ?」

「俺はてめぇを脅迫してんだぞ?! このナイフを突きつけて、てめぇは今まさに死ぬか生きるかの境目にいるんだ! それなのにビビるどころか……何で俺に娼館の経営を勧めてんだよ!?」

 

 すぐに振り返り、再びナイフを私に突きつけた。

 

「私の方が"人身販売"と"娼館"について詳しいからだ」

「意味が分かんねぇよ!! 気色の悪いガキだなてめぇは!!?」

「博識だと言え――」

 

 男は私を勢いよく押し倒し、口元にロープを咥えさせると、身動きが取れないように手足を拘束する。

 

「けどいい事を聞かせてもらったぜ。奴隷よりもそっちの方が儲かりそうだ。てめぇには一生身体を売り払ってもらうことにする」

「やふぇておいたほぉがいい」

「ああ? 何て言ってんのか分かんねぇよ」

「やふぇておふぇといっふぇいる」

 

 溜息をつき、拘束された手足で器用にその場から立ち上がった。

 

「止めた方がいいと言ったんだ」

「な、何で解けて……!?」

「あまりにも素人だ。盗みを働く前に――」

 

 拘束していたロープを容易く解くと、私は男の胸倉を掴み、

 

「――紐の結び方を学んでこい」

「ぐおわぁッ!?!」

 

 床に投げ倒した。落ちているナイフを拾い上げ、今度は私が男へ突きつける。

 

「だから"止めておいた方がいい"と言ったんだ」

「み、見逃してくれぇ! 二度とこんなことはしねぇから!!」

「そうか。見逃してほしいのなら――」

 

 私が条件を言い渡して一時間ほど経過すると、キリサメが酒場の仕事を終え帰宅してきた。

 

「ただいまー。今日は銀貨一枚おまけに貰って……って何してんだ?」

「椅子に座ってくつろいでいるだけだが?」

「えっ? それ、椅子なのか?」

 

 四つん這いになった男の上に座り、読書をしている私を見て、キリサメは何度も瞬きをする。

 

「椅子にしては何か震えてね?」

「劣化しているのだろう」

「椅子にしては変な形してね?」

「独創的な椅子だからな」

 

 男は腕を震わせながらも、キリサメへ視線を送り助けを請う。

 

「いやどう考えても人じゃね?!!」

「いいや、ただの椅子だ」

「それは流石に無理があるだろ!?」

 

 この後、盗みに入った男は街の警備隊に連れて行かれた。警備隊の一人から軽い事情聴取を受け、解放された私にキリサメがこんなことを尋ねる。

 

「何ですぐに警備隊へ連絡しなかったんだよ……」

「暇だったからな。話し相手をしてもらおうと」

「えっ? じゃあさ、何で四つん這いになんかさせて……」

「興味本位で椅子になってもらっただけだ」

 

 私の回答にキリサメはかなり引いていた。確かに常軌を逸しているのかもしれないが、そこまで引かれることだろうか。

 

「俺はお前がこえぇよ、アレクシア」

「そうか」

 

 以上の二つの出来事を踏まえ、入学式まで一週間を切っている。残り数日僅かでアカデミー入学式だ。

 

(これでやっと……まともな情報を得られそうだな)

 

 私は心の中で安堵すると、クローゼットに飾られている制服を眺めた。

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 神の街アルケミス。

 グローリアを象徴するであろう十字架の中央に建つ勇ましい城。その王室では皇女であるヘレン・アーネットが積み重ねられた書類に目を通していた。

 

「皇女、少しいいか?」

「構わない。何かあったのかカミル?」

 

 カミル・ブレインが王室に姿を現し、ヘレンは手に持っている書類を机に置く。 

 

「本試験中に地下牢獄で吸血鬼が出没した一件。あれは嘘偽りのない事実だった」

「……何か痕跡でも見つけたのか?」

 

 カミルはヘレンの側まで近寄ると、一枚のメモ用紙を手渡した。

 

「南側のレッドゾーン中央付近に、この血文字が残されていた」

「――ЯeinCarnation」

 

 ヘレンはメモ用紙を険しい表情で見つめる。

 

「覚えてるか? 三年前、孤児院でも同じサインを見かけたこと」

「あぁ勿論覚えているよ。三人の孤児と一人の若者を保護したときだろう?」

「皇女、俺はもう確信している。三年前の男爵、そして今回の子爵。この二匹の吸血鬼を葬ったのは――あの"生意気な娘"に違いねぇ」

 

 その言葉にヘレンは肯定も否定もしないまま、メモ用紙をカミルへと返した。

 

「まだ決めつけるのは早い」

「早くねぇよ。もう決まっているようなもんだろうが。面倒事を起こされる前に、アイツを尋問でもなんでもした方がいい」

「最優先にすべきことが他にもある。彼女のことは前と変わらず、監視するだけでいい」

「……おい皇女、一体何を躊躇してやがる? お前も分かっているはずだ。個の強い名家共よりも、アイツの方が厄介の種になることぐらい」

 

 ヘレンはカミルの訴えに対して、首を振り否定をする。

 

「彼女がいなければ、孤児院や本試験での生存者がいなかったこともまた事実だ」

「……」

「私たち"人類"に対して、何か問題を起こしたわけじゃない。もしも起こしたときは、尋問と取り押さえを許可するつもりだ」

「チッ……」

 

 カミルは舌打ちをして、納得できないままヘレンに背を向けた。

 

「それと一つだけ聞かせてくれ」

「……何だよ?」

「彼女は仮試験で逆手持ちの剣術を一瞬だけ披露した。逆手持ちを主軸とする剣術は、ブレイン家だけだろう。もしブレイン家から派生した家系が存在しているのなら……私にその家系を教えて欲しい」

 

 ヘレンに問われたカミルはしばらく沈黙し、

 

「ブレイン家から派生した家系はねぇはずだ。逆手持ちの剣術も、ブレイン家の俺たちだけしか継いでねぇ」

 

 とだけ伝えると、王室を去っていく。

 

「そうか。ありがとう」

 

 ヘレンはカミルの背中を見つめながら、感謝の言葉を述べると、再び書類に目を通す。

 

(カミルはまだ気が付いていないようだな)

 

 手に取った書類は、身体能力などが記載されたアレクシアの記録表。そこには身長・体重・血液型など記録以外にも様々な項目が載せられている。

 

(――彼女の肉体の半分が、人間のものじゃないことに)

 

 ヘレンがじっと見つめる血液型の項目欄には、

 

『血液の五十パーセントはB型。残り五十パーセントは"不明"』

 

 と記されていた。

 

 

 1:South Agape_END





前列
ジェイニー・アベル
アレクシア・バートリ
デイル・アークライト

後列
ケイタ・イブキ
カイト・キリサメ


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SideStory : Sheila Blaze

『○月○日 天気:晴れ』

 今日は人生で最も幸せな日だわ。私のお腹から、可愛い赤ん坊が二人生まれたの。あの人も子供たちが無事に産まれたことを、泣きながら喜んでくれた。ずっとずっと、子供が欲しいって二人で話をしていたから。

 私は疲れていたのに、あの人が喜んでいる姿を見て、疲れが吹っ飛んじゃった。今日から子供たちやあの人との幸せな日々を、少しずつこの日記に書き残そうと思うわ。

 

 

『○月○日 天気:晴れ』

 今日は子供たちが初めて私のことを「ママ」って呼んでくれた。突然のことで驚いたけど、思わず笑っちゃったわ。この話をあの人にしたら、とても悔しがって、ずっと子供たちの前にいたの。眠ったら喋らないのに、あの人はずーっと子供たちの寝顔を見てて……。

 ちょっと目を離したら、あの人も子供たちと幸せそうに眠っていたわ。あの人も毎日毎日、吸血鬼や食屍鬼と戦っているから。子供たちが唯一の癒しなのよ、きっと。

 

 

『○月○日 天気:晴れ』

 今日は子供たちが初めて二本の足で立って、ちょこちょこと歩いたわ。私とあの人はその姿を目の当たりにして、大喜びしちゃった。二人で抱き合って「頑張れ頑張れ!」って子供たちを応援したの。これから子供たちがどんな風に成長していくのかしら。それを考えるだけでも幸せな気分になるわ。

 

 

―――――――――――――

 

 

『○月○日 天気:曇り』

 今日で子供たちは"十歳"を迎えた。ケーキやご馳走を用意してたけど、あの人は仕事が忙しくて帰って来れなかった。最近、吸血鬼や食屍鬼の行動が活発になっているらしい。あの人が忙しいことを子供たちも分かってくれていたから、我慢をして私の前では笑顔でいてくれたわ。

 私の子供たちは、あの人に似て、とても優しい。

 

『○月○日 天気:晴れ』 

 今日は子供たちが友達を紹介してくれた。名前は"フローラ"ちゃんと"エリザ"ちゃん。仲睦まじい姿を眺めながら、私は少しだけ安心した。子供たちが私の知らないところで友達を作っていたことに。

 フローラちゃんの性格は控えめだけど、どこか想いやりに溢れていて……。エリザちゃんは自信に満ちた振る舞いをしていた。二人ともいい子で良かったわ。

 

『○月○日 天気:雨』

 あの人が久しぶりに家へ帰ってきた。子供たちはとても喜んでたけど、あの人はどこか寂しそうな表情をしていたわ。あの子たちが寝静まった後、その理由を聞いてみたら、"遠征メンバー"に抜粋されたと教えてくれた。

 遠征の目的地はグローリアからイーストテーゼを越えて、ずっと東に進んだところにある"寂れた村"。先に派遣した人たちの連絡が途絶えたから、今度はあの人が送られるらしい。一ヶ月は帰って来れないとも教えてくれたわ。

 

 絶対に帰ってきてくれる。私はあの人に家族の写真を手渡して、無事に帰還してくれることを祈る。神様、どうかあの人に御加護を。

 

 

『○月○日 天気:曇り』

 あの人が遠征をしてから一ヶ月が経過した。子供たちには仕事でしばらく帰って来れないと伝えているけど、そろそろ不安げな表情を浮かべ始めている。心なしか、私自身の笑顔も減ってしまった気がしてしまう。

 私が笑顔で過ごさなかったら、子供たちが更に不安がるじゃない。しっかりしなさいシーラ・ブレイズ。あの人の、ブレイズ家の名を継いでいるのよ。

 

 

『○月○日 天気:雨』

 あの人は、帰ってこなかった。届いた手紙には、死んだのか生きているのかも書かれていない。ただ"行方不明"と記されているだけで、あの人の話はそこで終わっていた。捜索部隊を派遣したけど、あの人の死体すら見つからなかったみたい。

 子供たちになんて説明すればいいの。生死すら分からないのに、私はどんな顔をすればいいの? 私に、変に希望を持たせないで。 

 

 

『○月○日 天気:曇り』

 子供たちの優しさに泣いてしまった。私に「お父さんは生きている」とハッキリ言ってくれたの。諦めかけていた私自身が情けない。そうよね、今はあの人を信じてあげなくちゃ。涙一つ流さない子供たちを抱き寄せ、私はあの人や子供たちの言葉を信じることにした。

 

 

『○月○日 天気:晴れ』

 エリザちゃんとフローラちゃんが、あの子たちに会うために家へ遊びに来た。二人の話によれば、子供たちは二人に剣術を教えてもらっているらしい。そういえば最近、衣服がよく汚れていると思ったわ。今度、その話について聞いてみようかしら。 

 

 

『○月○日 天気:曇り』

 子供たちは私に教えてくれた。剣術を習っている理由はアカデミーの試験を受けるためだと。あの人のように"リンカーネーション"になりたいみたい。エリザちゃんやフローラちゃんと一緒に受けるって張り切っていたわ。

 勿論、私にあの子たちを止める理由なんてない。子供たちがしたいことを、なりたいものを、ただ信じてあげるだけだから。

 

 

『○月○日 天気:晴れ』

 子供たちが仮試験に合格した。次に控えた本試験の為に、私は二人の書類にサインをしてあげたわ。本試験は少しだけ危険らしい。でも、あの子たちなら大丈夫よ。だってあの人の、ブレイズ家の、私の子供たちだもの。

 

 

『○月○日 天気:晴れ』

 今日は本試験当日。あの子たちは日記を書いている今も、きっと本試験を受けている最中ね。正直、不安だけど……。あの子たちは「絶対に帰ってくる」と言ってくれた。私はその言葉を信じているわ。私が信じてあげなきゃ、誰が信じてあげるのよ。

 また私に元気な顔を見せてくれる。その時は……沢山のご馳走を振る舞ってあげなきゃ。

 

 

『○月○日 天気:晴れ』

 本試験の日から三日が経ったのに、子供たちが帰ってこない。街中で一緒に本試験を受けたエリザちゃんやフローラちゃんを見かけた。本試験は終わっているはずよ。どうして、あの子たちは帰ってこないの? どうして、どうして……?

 死んだなんて嘘よ。必ず帰ってくる。これは夢なの。現実なんかじゃない。現実だなんて、私は信じない。信じない。信じたくない。どうして……あの子たちが……。 

 

 

『————』

 私が、あの子たちを信じたせいだわ。信じなければ、あの子たちを引き止めて、今もここにいてくれた。私が母親として、甘すぎたのよ。甘すぎたせいで、信じたせいで、子供たちは帰ってこなかった。

 私なんて――母親失格よ。

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

『○月○日 天気:曇り』

 久しぶりに、この日記を書くことにした。もう一度だけ書こうとしたのは、里親として一人の"女の子"を引き取ったから。名前は"アレクシア・バートリ"ちゃん。喋り方は大人びているし、物事の考え方も大人びているし……。

 とても変わった子だけど、私のことを母親だと思ってくれるように頑張らなきゃ。これからこの子の母親として、間違った道に進ませないように――今度こそ役目を果たすのよ。

 

 

 





~4/30 読者の皆様へ~
 第一章までご拝読頂き、ありがとうございます。そして評価や感想を送って頂いた方々、お気に入りをして頂いた方々、本当にありがとうございます。

 ハーメルンといえば二次創作が主体なので、まさか一次創作のこの作品がここまで評価やお気に入りなどを頂けるとは思っておらず、ランキングに載っていたりしたときは流石に驚きました。

 この作品は特に流行りの異世界モノを狙うことなく、ギャグを満載にするわけでもなく、ただ私が書きたい物語であるダークファンタジーを書き続けます。
 それでもよければ、これからも是非ともご愛読いただけると嬉しいです。それではここまで読んで頂き、ありがとうございました。
  
 小桜 丸


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2:First Academy
2:0 "————"


 彼女は意識を取り戻す。真っ白な世界が暗闇によって包み込まれ、目の前にポツンと杖を持った男が現れた。

 

「私はアカデミーへ入学するために、試験を受けたのか……」

「その通りだ。アカデミーへ入学することで、お前はあの時代の"情報"を得ようとした」

「"情報"?」

 

 彼女は自身の胸元を確認してみれば、いつの間にか木製の十字架が掛けられていた。

 

「アカデミーで様々なことを学び、人間たちが開発した"新たな武器"を手に入れるだろう」

「"新たな武器"……」 

「お前はアカデミーで多くの人間と出会うことになる。主に"名家の血"を継いだ者たちとな」

「"名家の血"……」

 

 木製の十字架は酷く汚れていた。それだけでなく、加工されていたであろう表面が削られ、先端が所々欠けている。

 

「お前は"南の神愛"から旅立ち、アカデミーに在学する間は"神の街"で過ごすことになる」

「"神の街"か」

「そしてお前は直面するだろう」

「直面する? 一体何に……」

 

 杖を持った男にそう尋ねると、彼女の左の瞳から紅色の雫が頬を伝わった。

 

「"東の命題"と呼ばれる街を更に超えた先にある村。お前はその村で、アカデミーの生徒として"演習"を行うことになる」

「"演習"?」

「そこでお前は直面する」

「だから何と直面をすると聞いて――」

 

 頬を伝わり、雫が暗闇に落ちる。すると紅色の波が波紋のように広がり、周囲が瞬く間に青色の炎に包まれた。 

 

「原罪に仕える忠実な僕である――"眷属"とだ」

「……"眷属"だと?」

「お前にとっての壁だ。あの時代で初めて立ちはだかる、強大な壁だよ」

「私にとっての壁……」

 

 頭痛が酷くなると、彼女の視界の隅に五匹の子犬が走り回っている光景が映り込む。青色の炎が燃え盛っているというのに、子犬たちは狼狽える様子がない。

 

「どうして、犬が……?」

 

 顔を動かして、子犬の姿をハッキリと視認した瞬間、彼女の身体が青色の炎に包み込まれた。

 

「私はっ……」

 

 彼女は熱さをまったく感じていない。だが頭痛が刻々と酷くなりつつあり、片手で額を押さえ、顔をしかめていた。

 

「一つ問わせてもらおう。いずれ滅びゆく世界があるとして、その世界を永遠に存続させる価値はあると思うか?」

「何を……言ってっ……」

「世界はいずれ滅びゆくものだ。それはどんな異世界でも変わらない。平行線のまま同じ世界が続いていく」

 

 杖を持った男は青色の炎を見つめ、静かに彼女へと語り始める。

 

「私にとっての"滅亡"とは、いつまでも同じ世界が続くこと。何も変わらない世界が続くことだ」

「……変わらない」

「だとしたら、世界を変え続けなければならない。その為には何をすべきだと思う?」

 

 彼女は何も答えない。男は「今は答えられるはずがないか」と微笑すると、青い炎に包まれた彼女を見下ろした。

 

「この答えをお前は知っているはずだ。過去の記憶を思い出せ」

「ぐぅっ……!?」

 

 彼女の視界が大きく揺さぶられる。目の前は徐々に白く染まり、脳内に過去の記憶が蘇ると、彼女の意識は遮断されてしまった。

 

 

 

 

 

 



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2:1 Entrance Ceremony

 

 清々しいほどの満点の青空に浮かぶ太陽が、賑やかな街を照らす。私とキリサメは手提げのバッグを手に持ち、制服姿で家の外へと赴いた。

 

「大丈夫~? 忘れ物はないわよね~?」

「大丈夫です! しっかりと確認したんで!」

「ちゃんと体調管理に気を付けるのよ? あ、ご飯もちゃんと食べてね?」

「はい! バッチリ元気に過ごします!」

 

 アカデミーに入学すると、アルケミスに配備された寮で過ごす。つまりこのサウスアガペーから、しばらく旅立つことになるということ。

 

「落ち着いた時に手紙でも送る」

「あっ、俺もちゃんと送りますよ!」

「あらあら嬉しいわ~! 楽しみに待っているわね~!」

 

 私たちは一人ずつシーラに抱き寄せられると、頭を何度も撫でられる。

 

「辛いことがあったらいつでも帰ってきなさい。私はいつでもここで待っているから」

「私は問題ないが、こいつは戻ってくるかもしれないな」

「そんなダサい姿、流石に見せたくねぇよ……」

 

 シーラに軽く手を振りながら、私たちは目的地に向かって歩き出す。

 

「いってらっしゃーい!」

「いってきまーす!!」

 

 大きく手を振るシーラに、キリサメが大声で返答した。私はそのまま振り返ることなく、ただ前進する。

 

「いよいよ入学式か~……。ちょっと緊張するよな」

「お前だけ今から帰ってもいいんだぞ」

「あんな威勢よく叫んだのに帰れるわけねぇだろ!!」

 

 目的地は以前と同じ試験会場の前。私たちは予定よりも十分ほど早く到着した。

 

「全然人がいないと思ったけどさ……。この街で本試験を通過したのって、俺たち含めて四人しかいないんだよな」 

「馬車は一台だけしか停まっていない。つまりそういうことだろう」

 

 私たち以外は本試験で子爵や食屍鬼に殺されている。あの事件が無ければ、今頃この場所には多くの新入生で賑わっていたはずだ。

 

「お、おはよう……!」

「あっ! おはようデイル!」

 

 数分が経過すれば、デイル・アークライトが私たちに声を掛けてくる。この男が制服を着たところで、見た目から頼もしさを感じることはない。

 

「きょ、今日はいい天気だね!」

「お前は天気の話しかできないのか?」

「いやまぁでも、実際にいい天気だからな……」

 

 デイルは集合場所にやってきたが、ジェイニーは一向に姿を見せなかった。こうして他愛も無い話をしているうちに、アーロン・ハードが試験会場から現れる。

 

「諸君らだけか?」

「ああ、私たち以外は全員本試験で死んだよ」

「……そうだったか」

 

 アーロンは険しい表情を浮かべると、馬車へと私たちを誘導した。私とデイルは先に馬車へと乗り込む。 

 

「あのぉ……」

「どうした?」

「あと一人、まだ来てないんすけど。名前はジェイニー・アベルさんって女の子で……」 

 

 キリサメは乗り込む前にジェイニーの件を伝えた。アーロンは辺りを軽く見渡しながら、キリサメに馬車へ乗るように催促する。

 

「集合時間までにここへ集まらない者は、合格を辞退したとみなされる。誠に残念だが、その若き淑女は合格の取り消しを――」

「お待ちになって!」

 

 アーロンが私たちにそう説明をしていると、制服姿のジェイニーが馬車の中へと急いで駆け込んできた。

 

「はぁ、はぁっ……間に合いましたわ!」

「ジェイニーさん。その髪型って……」

 

 目の前で息を切らすジェイニーの髪型は、以前のものとは異なっていた。腰まで届いていたはずの長い髪は、肩に届かないほどまで短く切られている。

 

「集合時間は過ぎているが、特別に見逃すことにしよう。……馬車の出発を!」

「アーロン様、感謝致しますわ」

「……では、諸君らに栄光あることを祈る」

 

 アーロンは扉を閉めると、御者に馬車を出発させる。

 

「お前にとって髪は命のはずだろう?」

「人の命には代えられません」

 

 馬車がサウスアガペーからアルケミスに向かうため、十字架の道であるクロスロードを進む。四人乗りの馬車の中で、ジェイニーが私に真剣な眼差しを向けた。

 

「アレクシアさん。お願いがありますわ」

「何だ?」

「私の頬を、引っ叩いてくださる?」

「分かった」

 

 私は了承した瞬間、右手でジェイニーの左頬に平手打ちで引っ叩く。

 

「え、おまっ……!! ぜんぜん躊躇しねぇな?!」

「なぜ躊躇する必要がある? 『引っ叩け』と頼んできたのはコイツだ」

「いやそうだけど……! 『引っ叩け』と頼まれてから、そんな即座に引っ叩けるもんか!?」

 

 平手打ちを受けたジェイニーは、左頬を片手で押さえた。多少なりとも力を込めたことで、左頬には赤い痕が付いている

 

「キリサメさん、私は大丈夫です」

「けどさ、かなり痛かったんじゃ……」

「これは私自身のケジメですわ。アベル家に甘えていた私自身のケジメ。もう二度と、あのような失態は犯しません」

 

 ジェイニーは本試験を終えた時と比べ、真っ直ぐな瞳をしていた。この二ヶ月間、それなりに覚悟を決めてきたようだ。

 

「……俺、ちょっと安心したよ」

「安心した、というのは?」

「圭太のこともあったから心配してたんだ。ジェイニーさんが引きずってないかって。勿論、俺もあいつとは親友だったから、引きずってはいたけどさ……。ジェイニーさんの方がきっと辛いんだろうなって」

 

 キリサメは寂しそうな表情を一瞬だけ浮かべると、無邪気な笑顔をジェイニーに向けた。

 

「でも安心したぜ! ジェイニーさんがこうやって乗り越えてくれてさ!」

「ですが、その親友を私が殺したも同然で――」

「ジェイニーさんのせいじゃない! あれは全部あの吸血鬼が悪いんだ。あいつがいなかったら、こんなことにはならなかったんだし」

「……キリサメさん」

 

 二人を他所に、私は頬杖を突きながら窓の外を眺める。クロスロードに置かれている燐灰石は、今も太陽の光を吸収しているのだろうか。

 

「ア、アレクシアさん……」

「何だ?」

「肩の怪我は、もう大丈夫なの?」 

 

 向かい側に座っているデイルが怪我の具合を聞いてくる。肩の怪我というのは、子爵に折れた刀身を刺し込まれた傷のことだ。

 

「既に完治している」

「そ、そうなんだ。それなら良かったよ」

 

 吸血鬼の血液による再生能力は、想像以上の効果があった。傷口は次の日の晩には完全に塞がれ、怪我の痕もまた次の日に消えていたのだ。

 

(あの怪我が三日で完治か。恐ろしい再生能力だ)

 

 適当にデイルの相手をしていれば、アルケミスに到着する。私たちは馬車から降りると、『RC.A』と書かれた建造物が視界に入った。 

 

「新入生はこちらまでお願いしまーす」

 

 私たち四人が案内されたのは、サウスアガペーで見かけた試験会場に似たような建物。

 

「なんか、中は"体育館"みたいだな」

「キリサメさん? "タイイクカン"というのは何ですの?」

「あ、いや、体育館というのは"広い場所"っていうか……」

「広い場所ですか?」

 

 内部へ連れて来られると、指定された場所へ縦に並べさせられる。

 

「ソイツは"アリーナ"と言いたいんだろう」

「アリーナ。やっと理解できましたわ」

 

 並び方は、一番前からデイル・ジェイニー・キリサメ・私の順番。アリーナの最前線には、上の人間が立つであろう"台"が置かれていた。

 

「……専門用語をあまり口に出すな」

「んなこと言ってもさ。俺だって、どこまでこの世界に語録が通じるのかも分かんないし……」

「喋らなければいい」

「対策の仕方が極端すぎだろ……!」 

 

  

賑やかなキリサメを他所に、私はすぐ隣の列へ視線を移す。 

  

(この並びは街ごとか)

 

 他の新入生の列は私たちの右側に一列、左側に二列だ。左端から東西南北の順番で並べられているのだろう。

 

「お前の名前は……はい覚えました! お前の名前は覚えているので、言わなくても大丈夫です!」

 

 その証拠に私の右後ろから、ナタリアの声が聞こえてくる。ナタリアはレインズ家出身。つまり"北の理念"と呼ばれるノースイデアという街からやってきた。

 

(それにしても、サウスアガペーだけ異様に少ないな)

 

 他の街は二十人以上の新入生がいるにも関わらず、私たちは四人だけ。そのせいか周囲から異様な程に注目を浴びている。

 

「新入生の皆。待たせてすまなかった」

 

 しばらくすると台の上にヘレン・アーネットが立ち、私たちへ一声かけた。私たちへの注目は、自然とヘレンに集まる。

 

「まずはアカデミー入学おめでとう。私たち"リンカーネーション"は君たちの入学を歓迎する。……あぁ忘れていた。私はヘレン・アーネット。このグローリアを統べるアーネット家の皇女だ」

(こいつ、暇人なのか?)

「君たち"五百八十一期生"にはこれから"一年間"、食屍鬼や吸血鬼と戦うためにリンカーネーションが培ってきた歴史や知識を学んでもらう」

(……見られているな)

 

 新入生たちはヘレンに注目している。しかし私たちもまた、どこからか視線を向けられているようだった。

 

(見つけた。視線の正体はアイツか)

 

 私は上の階でこちらを見下ろしている人物に視線を移す。キツネが描かれた"奇妙なマスク"で素顔を隠し、私ですら初めて目にする華やかな"ドレス"に似た衣服。恰好からして、恐らくは"女性"だ。

 

「……」

(何だアイツは?)

 

 私に気が付き、自然と視線が合う。それから数秒ほど見つめ合えば、女性は背を向け、私の視界から姿を消した。

 

「まずは寮へ案内しよう。各自、部屋に荷物を置いてきてくれ」

 

 女性寮と男性寮ごとに新入生が集められるようで、私とジェイニーは女性寮担当のヘレンの元へと集まる。

 

(男性寮はあの男が担当するのか)

 

 男性寮の案内人はカミル・ブレイン。キリサメは「また後で」と私に伝え、デイルと共にカミルの元へと向かった。

 



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2:2 Academy Guide

 

 私たちは数分ほど歩かされると、アカデミーの東側にある四階建ての女子寮へと辿り着く。

 

「ここが女子寮だ。これから君たちに鍵を渡す。受け取った者から、部屋を確認しに行くといい。部屋に荷物を置いたら、またここに戻ってきてくれ」

 

 各々番号のタグが付けられた部屋の鍵を、ヘレンに一人ずつ手渡される。

 

("D309"か)

 

 私の番号は"D309"。隣に立っていたジェイニーがこちらの鍵の番号を確認すると、大きな溜息をついた。

 

「残念、私は"D101"です。アレクシアさんとかなり離れてしまいましたわ」

「部屋の近さなんてどうでもいいだろう」

 

 ジェイニーと共に女子寮の内部へと足を踏み入れれば、真っ先に寮の地図が目に入る。四階はA、三階はB、二階はC、そして一階はDと記されていた。

 

「アレクシアさんはご友人ですもの。部屋が近いと少し気が楽になるでしょう?」

「お前はまだ私のことを友人呼ばわりするのか」

「ええ、仲睦まじい関係ですわ」

「髪だけじゃなくて、私との縁も切った方がいい」

 

 入り口のエントランスから左側は番号が300までの部屋。右側は番号が301からの部屋が並んでいる。私とジェイニーは左右に別れ、それぞれの部屋を探すことにした。

 

(……ここか)

 

 プレートに"D309"と刻まれた扉を見つけ、手に持っていた鍵をノブに挿そうとしたのだが、

 

「あ、ありっ……!?! 扉が開かない!?!」

 

 すぐ隣の部屋の前で、桃色髪の少女が何度も扉をガチャガチャさせていたため、思わず手を止めた。

 

(何をやっているんだコイツは?)

 

 気合いで扉を開こうとしている少女。私は横目で流しながら、部屋の中へと入る。

 

(ベッドと机が一つずつに……備え付けのクローゼットか)

 

 あまりにも質素な部屋。私はベッドの脇に手提げの荷物を置いて、クローゼットを開いた。長く使われていなかったようで埃が舞う。

 

(掃除が先だな)

 

 私は心に決めると、小規模な洗面台を覗き込む。そこにはごく普通の白いバスタブが一つ置かれていた。

 

「開かない……!! 扉が開かないよぉ!!」

 

 クローゼットを閉じ、荷物の中身をベッドの上へと並べ、何をどこに仕舞うかを考える。

 

(本を並べたいが、部屋に本棚はない……。後で買えるのかを聞いてみるか)

「開いてぇぇ!!!」

(クローゼットの広さは十分だ。そこまで服には興味がな――)

「もぉおぉ!! こうなったら扉を壊して……」

 

 私は溜息をついてから廊下へ出ると、少女と扉の間に割り込み、無言で部屋の扉を開いた。

 

「うるさいぞ」

「えっ!? どうして開けたんですか?!」

「押すな。引くことを覚えろ」

「引く……そっかぁ! 押すんじゃなくて引けば良かっ――」

 

 呑気に頷いている少女を無視して、自分の部屋に鍵をかける。

 

(戻るか)

 

 私はエントランスから、ヘレンのいる場所まで集合した。続々と新入生たちが集まる中で、ジェイニーが女子寮から姿を見せる。

 

(……クレア・レイヴィンズ)

 

 ジェイニーの隣には孤児院育ちのクレアがいた。私は新入生たちの陰に紛れ、二人に見つからないようにする。

 

「どこにいるんでしょうか……?」

「どうしたのジェイニー?」

「あ、いえ、ご友人がもう一人いるので紹介しようと思ったのですが、姿が見当たらなくて……」

(私を探さないでくれ)

 

 ジェイニーは私を探すのを諦めると、ヘレンが新入生を一望してから話を始めた。

 

「今からアカデミーの中を案内する。私についてきてくれ」 

 

 私たちはヘレンに連れられ、アカデミーの正門まで案内をされる。そこでは既にキリサメたち男性陣が待っていた。

 

「カミル、後は私が引き継ぐ。下がっていいぞ」

「言われなくてもそうさせてもらう」

 

 カミルはすれ違いざまにヘレンへ耳打ちをすると、どこかへ去っていく。

 

「アレクシア……って、ジェイニーさんは?」

「あそこにいる」

「何で一緒にいないんだよ?」

「共に行動する必要はないだろう」

 

 頬を引き攣るキリサメ。側にデイルの姿が見当たらないため、しばし辺りを見渡してみる。

 

「もしかしてさ、デイルを探してるのか?」

「あぁそうだ」

「それなら……ほら、あそこにいるだろ」

 

 キリサメが視線を移した先には、デイルと孤児院育ちのイアン・アルフォードが立っていた。気弱なデイルの面倒を見ようとしているのだろうか。

 

「お前も仲間に入れてもらえばいい」

「俺はそんなにデイルとは仲良くないしさ。あの二人の間に入ってもなぁって」

「なら独りで生きろ。私のところに来るな」

「辛辣すぎんだろお前……」

 

 苦笑するキリサメ。私は再びヘレンへ視線を向ける。

 

「それでは皆、私に付いてきてくれ。アカデミーの内部を案内しよう」

 

 ヘレンの後に続き、私たちはアカデミー内部へと足を踏み入れてみれば、

 

「うお~! すげぇ豪華だな!」

 

 いくつかの女神像に出迎えられ、壁に飾られた銀の十字架が私たちの姿を映し出していた。キリサメはそれらを目にして、気分を上げる。

 

「アカデミー内には至る所にあのような"銀の十字架"が配備されている。多くの者は鏡として利用しているが……真の目的は違う」

 

 ヘレンは傍に飾られた銀の十字架を指差す。

 

「吸血鬼は鏡のようなものには姿が映らない。人の姿に化けた吸血鬼が、このアカデミーに潜り込めないように配備させた」 

(この時代の人間は、そんなものでしか吸血鬼を見極められないのか……)

「見上げてみれば分かるが、室内の天井はすべて"鏡"で加工されている。本当なら床も鏡にしたかったが……女性の皆が男性に"下着を覗かれる被害"が度々遭ったんだ。参ったものだよ、はっはっはっ!」

(……何が面白いんだ?)

 

 一人で笑っているヘレンに女性たちは愛想笑いを、男性たちは苦笑いをしていた。

 

「では、皆でアカデミー内を歩き回ってみようか」

 

 最初に案内された場所は礼拝堂。一際目立つ女神像が、ステンドグラスの前にそびえ立っている。

 

「あの像は私たち"リンカーネーション"に加護を与えてくれる"へメラ"という神だ。吸血鬼の弱点である"日中"を司る女神として伝えられている」

(へメラ。私の知っている時代に、そんな女神など伝わっていなかった。この時代で初めて聞く名前だ)

「"リンカーネーション"の生みの親とも言われているな。私たち人間が吸血鬼に対抗できるよう、"リンカーネーション"を生み出したと」

(そんな話、聞いたこともない)

 

 確かにリンカーネーションは"神に選ばれた人間"の呼称だが、"へメラ"という女神が生みの親などという話は聞いたことがない。私は巨大な女神像を見上げる。

 

「……詳しい話はこれから学んでもらう予定だ。さぁ今は次の場所へ案内しよう」

 

 私たちの視線の先に立つ女神像は、朧げな表情を浮かべているように見えた。



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2:3 Arnett Institution

 

 私たちが次に案内された場所は、鉱石や剣が飾られた大部屋の前。ヘレンは両扉を軽くノックした。

 

「待ちたまえ。何だね君たちは?」

「"シャーロット"。この子たちに研究室を見学させてほしい」

「そういうことかい。君たちが"五百八十一期生"なんだね」

 

 すると大部屋から姿を見せたのは、目の下に隈が出来た少女。フリルの装飾が多いゴシックドレス。灰色髪の頭をフードで隠している。ヘレンは少女のことを"シャーロット"と呼んでいた。

 

「うむ、許可しよう。ただし置かれているモノには触らないでくれたまえよ」

「……とのことだ。皆、周囲のものに触れないように」

 

 私たちは大部屋へと入室する。大部屋の中では、様々な機械がガタガタと音を鳴らし、熱されたフラスコがブクブクと泡を立てていた。

 

「ここは"A機関"の研究室。A機関のAは"アーネット"という意味だ。ここでは吸血鬼や食屍鬼を殺すための武装を開発している。そのA機関の主導者が彼女、"シャーロット"だ」

「君たちが着ている制服も、私が考案したものなのだよ。つまりこの研究室は人類にとって"希望の地"と変わりないということだね」

(幼い主導者だな)

 

 容姿だけで見れば、歳は十代前半だろう。しかし喋り方は私ほどではないが大人びている。

 

「折角だ。"五百八十一期生"の君たちに、好奇心のそそるモノを見せてあげよう」

 

 シャーロットは背後に飾られている剣を手に取って、自信満々に私たちへ見せつけた。

 

「記憶はあるだろう。この剣は君たちが本試験や仮試験で使用した剣だ」

「シャーロット。それを見せてもいいのか?」

「いいではないかヘレンくん。革命的瞬間を先に見せてあげることは、彼らに闘志を高めるために必要なことなのだよ」

 

 ヘレンにそう返答したシャーロットは、剣の持ち手を強く握りしめる。

 

「これが――革命だよ」

「剣が、紫色に光ってる……」

(あれは"紫外線"か)

 

 すると剣の中央に付いた装飾部分が紫色に発光した。キリサメは口をポカーンと開けている。

 

「驚いたかね? 君たちが知っている剣の原材料は"燐灰石"だが、この剣は"燐灰石α"で作られているのだよ」

「燐灰石α……」

「燐灰石は昼間に太陽光を吸収し、夜中に太陽光を放出する仕組みだろう。しかしだね、それは自然的に行われる。私たちが故意に行えないのだよ」

 

 シャーロットが持ち手から手を離すと、剣の発光が徐々に収まっていく。

 

「そこで私たちは"燐灰石"を研究し、アップグレードに成功したのだ。その名も燐灰石α。この燐灰石αはただ燐灰石とは違う。まずはモース硬度が"五から六"へと向上している。硬度が進化しているのだよ」

(……モース硬度か)

「しかしだね。それよりも進化しているのは、私たちが故意で"紫外線を放出できるようになった"という個所なのだよ」

 

 持ち手を掴めば発光し、手を離せば発光が収まる。その仕組みを何度か私たちへ見せてくる。

 

「燐灰石αは"持ち手の温度"によって溜め込んでいた紫外線を放出する。"二十五度以上"か、"マイナス五度以下"の温度を検知したときに紫外線をこの部位から放出する仕組みとなっているのだよ」

「二十五度は人の体温だよな。でもマイナス五度以下って人の体温であり得るか……?」

「いいや、マイナス五度以下は人の体温じゃない。吸血鬼や食屍鬼の体温だ」

「そう、その通りなのだよそこの君。実に賢いじゃないか」

 

 キリサメに説明をすれば、地獄耳のシャーロットが私をビシッと指差して、賞賛の言葉を送ってくる。

 

「例えば吸血鬼や食屍鬼がこの剣を握ると……近距離で紫外線を浴びて、大火傷させることができる。これであの者たちにこの剣を利用されることがない」

「はーい質問させてもらいまーす! 凄いとは思うけど、こんな地味な剣のどこが革命的なんですかー?」

 

 クセ毛が目立つ茶髪の女性が手を挙げれば、シャーロットは「君は実に大馬鹿者だね」と首を左右に振った。

 

「この剣は長年抱えていた大きな問題を解決してくれるのだよ」

「大きな問題って?」

「大馬鹿者の君にも分かりやすく説明をしてあげよう。つまりこの剣を使えば――"杭が無くとも食屍鬼を殺せる"ということなのだよ」

(杭無しで食屍鬼を……)

 

 昔は食屍鬼の大群と交戦する際、"杭の補給班"が後方に必ず控えていた。杭が無くなれば一旦退却し、杭の補充をする。煩わしい食屍鬼に対して手を焼かずに済むだろう。

 

「ヘレンくんに剣のテストはしてもらった。私の言葉通り、食屍鬼を杭無しで倒せただろう?」

「紫外線を発光させた状態なら、食屍鬼を一太刀で灰に変えられる。おかげで地下牢獄の食屍鬼を一瞬で全滅させることができた」

(地下牢獄の食屍鬼共を殺したのか……?)

 

 ヘレンの説明を頷きながら聞いていたシャーロットは、持っていた剣を元の場所に戻す。

 

「アップグレードは確かな人類の進歩。これは私たちに"光"をもたらす剣となるのだよ。うむ、そうだな……光に基づいて"ルクスα"という名前にしよう」

(……ルクスα)

「君たちが知っている燐灰石で作られた剣を"ルクス零式"とし、燐灰石αで作られた剣をルクスα。うむ、我ながら実にいい命名じゃないか」

 

 シャーロットはごほんと咳払いをし、改めて私たちを一瞥する。

 

「私が吸血鬼や食屍鬼と戦うことはない。けれども私たち"A機関"は常に変わり続けなければならないのだよ。私たちが変わらなければ、人類の進化は訪れないのだからね」

「……」

「それはつまり、人類と吸血鬼の勝敗を背負っていると変わりない。"A機関"は、リンカーネーションを勝利に導くための――レールを作っているのだよ」

 

 優越感に浸りながら喋り続けるシャーロット。私は左隣に立っているキリサメを横目で確認してみれば、

 

「……何している?」

 

 ズボンの右ポケットへ視線を下ろしていた。

 

「あっ、いや、何でもない」

 

 キリサメは私に声を掛けられると、すぐさま右ポケットの奥に何かを隠す。

 

「何を隠したんだ?」

「い、いや……何でもないって」

「何でもないのなら、ソレを隠す必要もないだろう」

   

 キリサメに訴えかけるような視線を送り、ポケットに隠したものを見せるように強要した。

 

「まぁ、それもそうなんだけどさ……。ここで出したら色々とマズイもので――」

「さっさと見せろ」

「わーったよ……!」

 

 キリサメは周囲を窺いながら、私の前に"長方形の板"を見せてくる。表側は透明なガラスが付けられ、裏側は黒色の鉄で固められているようだ。

 

「何だこれは?」

「"スマホ"だけど……」

「専門用語を使うなと言わなかったか?」

「ええっとだな……! カメラでもあって、連絡を取り合うものでもあって、娯楽に使うものでもあって……」

 

 私は思わず首を傾げる。こんな小さな板に、多彩な機能が付けられているはずがない。

 

「私をからかっているのか?」

「いやいや、ほんとなんだって! 俺がいた世界では必需品そのもので――」

「まぁいい。詳しい仕組みは後で聞くとして、なぜそれを今まで隠していた?」

「あー、それは……あんまこの世界でこういうのを出すのは良くないかなって。ほら、世界観とかもあるし……」

 

 理解できない言い訳をしているキリサメを私は鼻で笑う。

 

「愉快なヤツだ。"あの男"が死んだというのに、未だにこだわる余裕があるなんて」

「お前、気安くそういう話をするなよ」

「私はお前に『この世界は異世界転生ほど甘くはない』と言った。頭の中に植え付けられた理想を早く捨てろ」

 

 私の一言に憤りを覚えたのか、キリサメが初めて私を睨みつけた。私もまたキリサメを睨み、言葉を返す。

 

「……あの机の上を見てみろよ」

「机の上?」

 

 しばらく睨み合っているとキリサメが溜息をついて、シャーロットの位置から左奥の机に視線を送る。

 

「あそこに置かれているのは、お前の持っている"スマホ"やらと同じものか?」

「そうだと思う。あれは俺の持っている"スマホ"の……"二つ前ぐらいの機種"だ」

「本試験で死んだ"あの男"のものか?」

 

 私が尋ねてみれば、キリサメは首を振って否定した。

 

「圭太はこの世界にスマホを持ってきていなかった。だからあれは圭太のじゃなくて、別の誰かの……」

「つまりお前たちよりも前に――この世界へ"異世界転生"してきたものがいるということか」

「多分、そうなるんじゃないか……?」

(以前にこいつの名前が"珍しい名前"で済まされたのは、そういうことだったか)

 

 仮試験の受付は"カイト・キリサメ"という名前を見た時に「珍しい名前ですね」という反応をしていた。あまりにも簡素な応答に違和感を抱いていたが、"異世界転生者"とやらが他にもいるなら納得がいく。

 

(異世界転生者……。カミル・ブレインがイブキの生死を聞いてきたのは、"異世界転生者"の存在を認知しているからか? もし認知していたとしたら――)

 

 机の上に置かれた"スマホ"という名称の板をじっと見つめる。

 

(この世界で異世界転生は"偶然"ではなく――"必然"なのか)

 

 そんな考察を邪魔するように、沸騰したフラスコが高い音を鳴らし、私の鼓膜を振動させた。

 

 

 



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2:4 SmartPhone

 A機関の研究所でシャーロットの話を聞いた後、私たちは様々な場所へ案内をされた。食事を摂るための"食堂"や、知識を蓄えるための"教室"。こうして一時間ほど歩き回り、最後に連れて来られた場所は、

 

「ここは"リンカーネーション"として必要な"紋章"を刻む部屋だ」

(紋章……。ここで偽物を量産しているわけか)

 

 偽物の転生者を量産するため『ReinCarnetion』という紋章を与える部屋。室内にはインクの容器や、紋章を付けるための金具などが並べられている。

 

「ちなみに、紋章というのはこのようなものだ」

 

 ヘレンは着ているコートを脱ぐと、両肩を露出させ、胸元を私たちへ見せつけた。胸部の中央には『ReinCarnetion』という紋章が刻まれている。

 

「……どこを見ている?」

 

 キリサメはなぜか視線を他所へ逸らしていたため、私がそう声を掛けてみれば、

 

「そんなまじまじと見れるわけないだろ……!」

 

 恥ずかしがりながら、小声で私に言葉を返した。

 

「アカデミーを卒業すれば、君たちもこの紋章を刻まれるだろう。紋章を与えられた君たちの姿を見れること、私は心待ちにしているよ」

 

 ヘレンは持っているコートを羽織り、私たちへ期待の眼差しを送る。

 

「最後に、明日からアカデミーの生活が始まるわけだが……君たちには四つの"クラス"へ分かれてもらう。この紙を全員に回してくれ」

 

 そして部屋に置かれている用紙の束を、それぞれ側にいる者へ手渡した。私とキリサメは紙を一枚ずつ手に取り、隣に立っている者へ回す。

 

「Aクラス、Bクラス、Cクラス、Dクラス。自分の名前がどこにあるのかを確認したうえで、明日の朝は指定された教室へ顔を出してほしい」

 

 私とキリサメはDクラスへ区分されていた。顔見知りのデイルとイアンはCクラスで、ジェイニーとクレアはBクラス。現在の状況を意図しているかのようで、私は思わず目を疑う。

 

「アレクシアと一緒で助かったな……」

「私は助からん」

 

 しかし成績優秀者は全員Aクラスというわけではなく、それぞれのクラスに名家や特待生枠の生徒が平等に区分されていた。

 

「今日はこれにて解散とする。各自、明日に備えてくれ」 

 

 その場で解散となったため、私とキリサメは寮へ帰ろうとアカデミーの入り口まで向かうことにする。

 

「それであの"板"は何だ?」

「あんまり人がいるところで、"スマホ"を見せるのは良くない気がするんだよなぁ……」

「なら私の部屋に来い」

 

 キリサメは「えっ?」と歩みを止める。

 

「どうした?」

「女子寮に男が行くのはヤバくないか?」

「お前は何度か私の部屋に入ったことがあるはずだ」

「それはシーラさんの家でだ! 女子寮はアレクシア以外にも女子がいるんだぞ!? もし変な噂とか立てられたらどうすんだよ……!」

 

 必死に訴えかけてくるキリサメに、私は冷たい視線を送った。

 

「お前は初々しい男だな。元の世界では余程"そういう類"に縁がなかったのか」

「うるせぇーよ! 俺だって恋愛の一つや二つぐらいは――」

「私は"恋愛"なんて言葉、一度も口にしていないぞ」

「なっ……!? アレクシア、お前っ……!」

       

 顔を真っ赤にさせ、その場で狼狽えるキリサメ。私は「図星だったか」と鼻で笑い、再び歩き出す。

 

「なら、私がお前の部屋に行けばいい」

「待てって!! お前、男子寮に来るつもりなのか!?」

「何か問題でも?」

「いや、問題っていうか……。それこそお前が変な噂を立てられたらどうすんだよ?」

 

 私は溜息をつき、キリサメの方へ振り返った。

 

「噂となる人間よりも、噂を立てる人間の方が悪いだろう。なぜ私が根拠もない噂などを気にしなければならないんだ?」

「……お前、ほんとにメンタル強いな」

「精神論の問題ではない。考え方の問題だ」

 

 頬を引き攣るキリサメと共に、私は男子寮まで向かう。男子寮に近づけば近づくほど、男子生徒とすれ違う回数が増えていく。

 

「ていうか、そもそも異性の寮へ入っていいのか?」

「仮に禁止だったとしても、知らなかったという言い訳で通るだろう」 

「そこはテキトーなんだな……」

 

 男子寮の廊下を歩いていれば、それなりに注目を浴びた。私はこちらを見ている者たちと視線を合わせようとするのだが、

 

(根性無しか)

 

 すぐに視線を逸らして、どこかへ去っていく。誰一人として視線を合わせようとする男子生徒はいなかった。

 

「ほら、早く入れよ」

 

 私はキリサメの部屋に入り、内装を確認してみる。細かい箇所はともかく、内装は女子寮の一室とほぼ変わらない。  

 

「早くアレを見せろ」

「分かったって」

 

 私がそう要求すれば、キリサメは右ポケットから"あの板"を取り出し、私に渡してきた。

 

「……この"板"の用途は?」

「横に付いているボタンを押してみ」

「これだな」

 

 板の右横に付いているボタンらしきものを親指で押し込むと、ガラスの画面が明るく点灯する。私は初めて目にする"板"に首を傾げながらも、その画面を試しに指先でなぞってみた。

 

「私が映り込んでいるのか?」

 

 すると今度は私の顔が画面全体に映し出される。私はそのまま用途を確かめるため、画面の下にある円のマークを押してみれば、

 

「……!」

 

 "板"がカシャッという軽快な音を立てる。私が呆然としている最中、キリサメはクスクスと笑いをこらえていた。

 

「何を笑っている?」

「いや、俺がいた世界では"スマホ"が使えるのは当たり前だったからさ。そんな新鮮な反応をする奴、今まで見たことがないんだ」

「つまりこういうことか。お前は無知な私を小馬鹿にしている、と」

「まぁ、その、そうとも捉えられるかもしれない……」

 

 視線を逸らすキリサメに、スマホと呼ばれる"板"を返す。

 

「私の手に余る。お前が使ってみろ」 

「分かった。よぉーく見てろよ?」

 

 キリサメは自信満々にそう答えると、慣れた手つきで"板"を操作し始めた。私を小馬鹿にしただけはあるようで、操作に迷いは一切ない。

 

「さっきアレクシアが使ったのは"カメラ"だ。ほら見てみろ。ここに写真が保存されているだろ?」

「……確かにな」

「にしても少しぼやけてる……。カメラのレンズが汚れてんのか?」

 

 "板"の画面には、先ほどの私が写真として取り込まれていた。吸血鬼の血が流れているせいか、写真ですら私の姿はややぼやけている。

 

「まぁいっか。次にこれが"メモ帳"で、これが"時計"で、これが"本"で、これが"ゲーム"で――」

「まさか……この四角のマーク一つ一つに何かしらの用途が組み込まれているのか?」

「そうそう。やっぱアレクシアは理解が早いな」

 

 二十を超えるマークの数。つまりはこの板一つあれば、二十以上の用途をこなせるということだ。私は食い入るように"板"の画面を見つめる。 

 

「これを考案したのは何者だ? 私と同様に何千の人生を歩んだ転生者か?」

「えっ? んーっと……俺が住んでいた世界に転生者は一人もいないし、普通に一回目の人生じゃね?」

「一回目だと? その人間は規格外の"天才"――いや"秀才"の方が正しいな」

 

 キリサメが様々なマークを押して、私へその用途を見せた。先ほどの用途以外にも、音楽が流れたり、ライトとして発光したり、コンパスとしての用途を果たしたりと幅広い。

 

「アレクシアからしてみても、この"スマホ"を作った人は天才だ……って思うんだな」

「天才じゃない、秀才だ。様々な用途を一つにまとめる利便性は、必ず誰しもが考えるが……実現への厳しさで大半が諦めるだろう。だがこの"板"を作った人間は、行動力と努力でそれを実現させてみせた。これだけ生きていても、滅多に巡り合えない秀才だ」

「そこまで褒めるなら"板"じゃなくて"スマホ"って呼んでやれよ……」

 

 ガラスの画面を覗き込む私に、キリサメは苦笑しながらもとある写真を見せてきた。

 

「ほら、俺の住んでいた世界だ」

 

 写真には建物が敷き詰められ、コンクリートで固められた道が映し出されている。その道の上には赤や青の馬車が停止していた。

 

「これは馬車だな。どこに馬がいるんだ?」

「違う違う。これは馬車じゃなくて"自動車"だ。俺たちは"車"って呼んでるぞ」

「クルマ……? それに"自動"ってことは、馬無しで動くのか?」

「もちろんだ。自動車は"エンジン"で動く」

 

 次々と映し出される写真は、どれも見たことがないものばかりだ。私はキリサメから説明を受けるが、空想上のものではないかと疑ってしまう。

 

「……これは?」

「俺の友達、だな」

 

 画面に映る友人の写真を見て、キリサメは寂しそうな表情を浮かべる。

 

「あいつら、今何してんだろ……」

「考えるだけ無駄だ。どうせ元の世界には帰れない」

「そう……だよな……」

 

 キリサメは指先を素早く動かして写真を閉じると、今度は『リフレックシーズ』というタイトルの画面を開く。

 

「今度は何だ?」

「これは反射神経を測定するゲームだ。折角だしやってみろよ」

「私は何をすればいい?」

「ルールは簡単。光った場所をただタッチするだけ。それだけで反射神経を測定できる」

 

 私は"スマホ"を渡され、画面に指先を触れる。すると違和感のあるラッパ音と共に、画面の至る個所が青色に光り出した。私は手を動かして、発光箇所に触れていく。

 

「……え、えげつねぇだろ」

 

 二十秒間ひたすらに手を動かしていれば、測定は終了した。それを眺めていたキリサメは、愕然としている。

 

「この結果は良いのか?」

 

 測定結果は"SSS"と表示されていた。私はキリサメに結果の基準を尋ねてみる。

 

「その"SSS"はゲーム内最高峰の記録で、俺の住んでいた世界では、その記録を出した奴はまだいなかったはず……」

「そうか。なら私が記録保持者ということだ」

 

 私はその後、夕方の時刻になるまでスマホについての話をキリサメの部屋で聞いていた。

 

 

 



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2:5 Noise

 時刻も日が沈む時間帯となる。私はキリサメの部屋を後にし、男子寮の廊下を歩く。帰り際に「見送りする」とキリサメに言われたが、必要性をまったく感じないので、淡白に断りの返答をした。 

 

(……私も浅はかだったな)

 

 キリサメが住んでいた世界は、この世界の戯言をそのまま具現化させたかのようだ。吸血鬼がいない世界という話は以前聞いてはいたが……。

 

「ねぇねぇ可愛い子ちゃ~ん?」

(吸血鬼が存在しない世界は、あそこまで文明が発展するということか)

 

 私は廊下を見つめながら、静かに歩き続ける。

 

「ちょっと無視しないでよぉ~! 俺のこと、見えてるでしょ~?」

(それとも、この世界に"偉人"が存在しないだけか?)

「あれ? 俺って、もしかして見えてない系?」

(……違うな。この世界にも偉人は存在するが、その方向性が文明の進化ではないだけ。どれもが吸血鬼へ抵抗するための発想ばかりで、文明を発展できないのだろう)

 

 自問自答で結論を出した私は数秒だけ歩みを止め、再び前を向いて歩き出したのだが、  

 

「見えてないなら~……ほいっ!」

「……」

 

 先ほどから私の周囲をウロウロとしている"蠅"のような男が、背後から抱き着いてきた。私は足を止めることなく、そのまま前進する。

 

「ねぇねぇ~! これからどこ行くの~?」

「……」

「あ、そうだ! 俺と一緒にご飯食べようよ~! お腹空いてるでしょ~?」

「……」

 

 私は"蠅"のような男をズルズルと引きずりながら、男子寮を出るために廊下を歩き続けた。当然だが、すれ違う男子生徒から注目を浴びてしまう。

 

「……何なんだお前は?」

「あっ、やっと目を合わせてくれた?」

 

 私は男子寮の出口が見えたところで足を止め、抱き着いている男に声を掛けた。恐らくこの男は、私が反応を示すまで何が何でも離れようとしないだろう。

 

「俺の名前は"ロイ・プレンダー"! 可愛い子ちゃんを見つけたから、つい声を掛けちゃった!」

 

 小麦色の短髪に、ニコニコと笑みを浮かべた顔。身長はキリサメとほぼ同じ。美形の部類に入るだろうが、性格と言動に難がある。

 

「"プレンダー"……お前は"プレンダー家"の人間なのか?」

「もしかして知ってる系? 君の言った通り、俺はあの名高い家系の一つ、プレンダー家の人間だよ!」

 

 プレンダー家は"東の命題"と呼ばれる"イーストテーゼ"出身の名家。始祖は"キース・プレンダー"という男だ。キースは私がこの時代へ転生をする前に、言葉を交わした十戒の一人。

 

『いつ吸血鬼になってくれるんだぁ? "嫌われ者"さんよ?』

『"自信家"、私は吸血鬼にはならない。なったとしても――お前が吸血鬼に殺された後だろうな』

 

 キース・プレンダーは初代十戒の中で最も私のことを嫌っていた。"生意気な態度"と"協調性の無さ"が気に障るらしい。

 

「名家だからそれなりに権威もあるし、顔立ちも整っている方でしょ。俺と仲良くすると、イイことあると思うんだけどなぁ~」

(とてもアイツの血筋を継いでいるとは思えん)

 

 アベル家やレインズ家などの人間は多少なりとも始祖の面影を感じる。だがこの男に限っては面影を微塵も感じさせない。

 

「あ、でもでもぉ! 君も負けず劣らず美人さんだよね! 俺と君が二人で並んで歩けば美男美女の完成——なんつって!」

「つまらん」

「あっ……ちょっと待ってよ~!」

 

 私はロイの手を振り払い、男子寮から外へ出る。しかしこの男は諦めるどころか、更に気合いを入れて、声を掛けてきた。

 

「俺の話を聞くのもつまらないでしょ~! 折角だし、俺にも君のことを教えてよ~?」

「断る」

「えぇ? そんな強い当たりしないでさ~! 名前ぐらい教えてよ~!」

 

 このままでは埒が明かない。私はアカデミーの正門近くで歩くのを止め、隣に立っているロイと視線を合わせた。

 

「名前を教えれば、諦めてくれるな?」

「うんうん! 諦める諦める!」

「……アレクシア・バートリ。それが私の名前だ」  

「アレクシア・バートリ! とてもカッコイイ名前だね!」

 

 ロイは「うんうん」と頷くと、私の右手を両手で握る。

 

「これからは"サディちゃん"って呼ばせてもらうね!」

「……サディだと?」

「それは君が"ドSな可愛い子ちゃん"だから! ……あっ、俺は君のようなタイプも全然ありだから安心してよ! むしろバッチコイって感じ!」

 

 ニコニコしながら私にその顔を近づけてくる。Sの正式名称は"サディスト"。そこから"サディ"を取ったのだろう。

 

「名前は教えてやった。その手を離せ」

「ごめんごめん~! サディちゃんの肌は触り心地がいいから、ついつい触ってたくなっちゃった!」 

「……」

「もぉ~! そんな睨まないでよ~!」

 

 蔑みの視線を送るが、ロイはむしろ喜んでいるように見えた。私は相手をする時間が無駄だと考え、足早に女子寮へ向かう。

 

「バイバーイ! サディちゃん~!」 

「……」

「今度は俺の部屋にも遊びに来てね~!」

 

 後方で叫んでいるロイ。私は振り返ることもなく、そのまま歩を進める。

 

(あの男、私がキリサメの部屋にいたことを知っていたな)

 

 ロイが最後に放った「今度は俺の部屋にも」という言葉。私がキリサメの部屋に入る瞬間と出る瞬間を知らなければ、自然と口からは出てこない。

 

(……気配を殺していたのか)

 

 気が付けなかったのは警戒を怠っていたことが原因。だがあの男が自らの気配を殺していたことも、原因の一つだろう。 

 

(まぁいい。食堂まで向かうことにするか)

 

 私は厄介な蠅を追い払えたことに安堵すると、女子寮へ戻ってから、手短に食事を済ませることにした。 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 夕食を済ませた私は、一人で自室へと戻る。食堂でクレア・レイヴィンズとジェイニー・アベルを見かけたが、私は見つからないように二人から最も遠い席に座り、食事を摂った。

 

(楽な恰好に着替えるか)

 

 私は制服を脱ぎ捨て、寝間着が置かれた洗面所まで向かう。

 

(……子爵から一撃貰うなんて、私も大馬鹿者だな)

 

 食堂へ移動する前に、バスタブへお湯を張っておいた。私は身体をお湯で流し、湯船へ浸かると、ふと子爵との戦いを思い返す。

 

(転生による"肉体強化"や"前世の記憶"に助けられてはいるが、吸血鬼の血に助けられていることの方が多いだろう)

 

 私は折れた刀身を突き刺された左肩に触れる。この怪我は吸血鬼の血液のおかげで、三日で完治をした。本来であれば治療に一ヶ月以上かかるはずだ。

 

(再生能力だけじゃないか。暗闇でも不自由なく戦える。身体能力も今のところは吸血鬼に劣っていない。今まで何度も助けられて――)

 

 そんな言葉が脳裏を過った瞬間、私は湯船に勢いよく顔を浸からせた。 

 

(……私は何を考えている)

 

 吸血鬼共は"敵"だ。滅ぶべき種族でもあり、魂を売ってはならない存在。人間の私が、ほんの一瞬でもヤツラの血に助けられたと考えたくはない。

 

「二十一時か」

 

 湯船から上がり、身体を拭いてから寝間着へと着替える。洗面所から部屋に戻ると、時計の針は二十一時を指していた。

 

「今日はもう床に就いて――」

「すいませーん……!」

 

 寝ようかと考えた途端、扉のノック音と人の声が私の耳に入る。

 

「……」

「あのぉ、すいませーん……!」

「……」

「ありっ!? もしかして留守なのかなぁ……?」

 

 私はその場でじっと息を潜め、居留守を使うことにした。扉の向こうにいる誰かは、何度も何度も扉をノックする。

 

「明かりは点いているし、誰かいると思うんだけどなぁ……」

「……」

「ま、まさか……! 中で倒れてるとか!? そうだとしたら放っておけないよね!」

(何を言っているんだアイツは――)

 

 そんな独り言が聞こえてこれば、部屋の扉が勢いよく開かれた。

 

「あ、ありりっ? そこで何をしてるんですか?」

(……鍵をかけ忘れたな)

 

 扉の向こう側にいたのは"D308"で暮らす桃色髪の少女。私が部屋の中で息を潜めている姿を見ると、キョトンとした表情で立ち尽くす。

 

「留守だ」

「いやいや!? いるじゃないですか!」

 

 私は指を差され、わざとらしく視線を他所に逸らした。桃色髪の少女は躊躇することもなく、こちらに詰め寄ってくる。 

 

「あの」

「何だ?」

 

 居留守を使ったことに関して文句を言われるのだろう。私はそう考え、僅かに身構えた。

 

「お風呂、貸してもらえませんか?」

 

 しかし少女は文句を言う前に、用件を先に述べてくる。

 

「何故だ?」

「私の部屋、お湯が出ないんです! 我慢して冷水を浴びるのも嫌ですし、かといって不潔なまま明日を迎えるのも嫌で……」

「他を当たれ。それこそ左隣の部屋に頼めばいいだろう」

 

 私は左隣の部屋の方角を顎で示したが、少女は露骨に嫌そうな表情を浮かべた。

 

「えっとぉ、それはちょっと……」   

「何か問題でもあるのか?」

「"D307"からは『よっしゃあー!』とか『私って天才!』とか、とにかく大きな独り言が聞こえてくるんですよ。だから尋ねるのが少し怖くて……」

  

 "D307"の部屋には変人が住み着いているらしい。少女は私にそう伝えると、頭を下げてきた。

 

「昼頃に助けてくれたのもあなたですし、頼れる人があなたしかいないんです! どうかお願いします!」

「……貸すのは今回だけだ」

「あ、ありがとうございます! 明日からはどうにかして直します!」

 

 私が渋々了承すると、少女は自分の部屋まで駆けていき、入浴するために必要な衣類などを抱え、すぐに戻ってきた。

 

「あ、あの! 私の名前は"アリス・イザード"です! これからよろしくお願いします!」

「イザード? お前は"イザード家"の人間か?」

「ご存知なんですね! ちょっぴり嬉しいです!」

 

 イーストテーゼ出身のイザード家。始祖の名前は"ノエル・イザード"。少年か少女なのか区別がつかない性別不詳の人間だ。

 

『ハロー"外道"さん! 今日も資金を稼ぐために、お得意の死体漁りをしてるの?』

『その通りだ"無性"。神への貢献度稼ぎよりも、資金稼ぎをした方がよっぽど役に立つだろう』

『心も絹袋も貧しいのは悲しいね。僕がどちらか分けてあげよっか?』

『その"小さな脳"と"浅はかな経験"で分けられるのならな』

 

 ノエル・イザードは私と"言葉遊び"をするために度々姿を現した。だが姿を見せる理由が暇つぶしなのか、それとも煽り合いをしたいのか。それだけは未だに不明なままだ。

 

「名家の一つだろう。知っている人間の多い」

「それはそうですけど、やっぱり"落ちこぼれの家系"と言われてるので……」

「落ちこぼれ?」

「今の十戒様方の中に"イザード家"の人間がいないんです。イザード家の枠は"レインズ家"に取られてて、周囲から名家の恥だとよく酷評を受けます」

 

 苦笑いをするアリスを見て、私はあることを尋ねてみる。

 

「以前の十戒には、"イザード家"の血筋を継ぐ者がいたのか?」

「はい。それでも実力は十戒様方の中では最底辺で……今回の"十戒選抜"ではついにイザード家の人間が選ばれなくなって……」

(落ちこぼれか。始祖のノエル・イザードはそこまで弱くはなかったはずだが……)

「あっ、ごめんなさい! すぐに身体を流してきます!」

 

 アリスはハッと我に返り、洗面所へドタバタと駆けていく。私はその後ろ姿を見送り、ベッドの上へ寝転がった。

 

「ありっ!?! これって、どこでお湯を止めるんですかー?!!」

「今日は五月蠅いヤツが多すぎる……」

 

 洗面所から聞こえてくるアリスの声。私は大きな溜息を吐くと、重い足取りで洗面所まで向かった。

 



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2:6 ClassRoom

 次の日の朝方。私は食堂で朝食を摂り終えると、制服に着替えてから、区分されたDクラスの教室へと向かう。

 

「おはようございますー!」

「お前、私が部屋を出るタイミングを狙ったな?」

「バ、バレちゃいました……?」

 

 アリス・イザードは私の部屋の洗面所を借りると、感謝の言葉を述べて、寝間着姿ですぐに部屋を出ていったのだが……。

 

「ほんとに良かったですよー! アレクシアさんと一緒のクラスで!」

(名前を教えたのが間違いだったか)

 

 アリスは入浴最中、こちらに名前を尋ねてきた。私は特に問題ないだろうと、軽々しく自分の名を述べてしまったが後の祭りだ。

 

「アレクシアさん! これから一緒に頑張りましょー!」

(これで私のアカデミー生活は終わりを告げた)

 

 アリスは部屋に帰るや否や、クラス表を両手に握りしめて、私の部屋に戻ってきた。同じクラスだったことに気が付き、私との距離を詰めにきたのだ。

 

「Dクラスはこの部屋ですね!」

「……そうだな」

 

 私は注目を浴びないように左隅の席へと座る。すると当然のようにアリスも私の右隣へと腰を下ろした。

 

「おぉ、なんか大学の講義室みたいだな……ってアレクシアー! おはよ……う……?」

 

 キリサメは私の隣に座っているアリスを目にすれば、その場で硬直する。

 

「おはようございます!」

「あ、うん、おはよう」

 

 キリサメはアリスに挨拶を返し、私の左隣の席へと座った。

 

「……その子、もしかして友達か?」

「顔見知りだ」

「えっ? でも妙に距離が近いっていうかさ。まるでお前の"親友"みたいなノリで隣に――」

「どうかしましたか?」

 

 アリスが不思議そうにこちらへ視線を向ける。キリサメは「な、何でもない」と動揺しながらも返答した。

 

「あ、自己紹介が遅れました! 私は"アリス・イザード"です!」

「これは律儀にどうも……。俺は"カイト・キリサメ"と申します」

「あぁもしかして! アレクシアさんの友達ですか!?」

 

 互いに自己紹介をしている最中、アリスはキリサメへ"友達かどうか"の質問を投げかける。

 

「それはー……」

「……」

「ちょ、ちょっとだけ仲がいいぐらいかなぁ……」

 

 私が横目で威圧すると、キリサメは苦笑交じりに微妙な回答をした。

 

「カイトさんが良ければでいいんですけど……私とも仲良くしてください!」

「あぁそれはいいけど……」

「あ、ありがとうございます!」

 

 律儀にお辞儀をして、キリサメと握手を交わす。Dクラスの生徒もそれなりに集まってきたため、二人は変に注目を浴びていた。

 

「ねぇねぇ、俺も混ぜてよ~!」

「あの、誰ですか?」

 

 それが引き金となり、見覚えのある人物が声を掛けてくる。私はその顔が目に入った途端、顔を他所の方向へ動かした。

 

「ん~? そこに座っている"サディちゃん"の友達だよ~!」

「友達……! アレクシアさんって顔が広いんですね!」

「おいアレクシア――」

「後ろの席、失礼するね~」

 

 アリスは歓迎し、キリサメは怪訝な表情を浮かべ、そして私は他人のフリ。ロイは私の後ろの席に座った。

 

「それで、今って何の話をしてる系~?」

「仲良くしましょう……って話をしていました!」

「いいね~! アリスちゃんにカイトくん、俺とも仲良くしてよ~!」

 

 アリスとロイが二人で話をしている隙に、キリサメが私にこう耳打ちをする。

 

「どういうことだよ? お前はそんなに交流したがる奴だったか?」 

「私の顔を見れば分かる」

「……運が悪かったんだな、お前」

 

 哀れむキリサメ。私は頬杖を突いて、教室の右奥に視線を移した。

 

「サディちゃんとカイトくんってどういう関係性なの~?」

「あ、あぁ……俺とアレクシアはちょっぴり仲が良いだけだ」

「ふ~ん。ちょっぴり仲が良いだけなのに、昨日は日が暮れるまで一緒の部屋にいたんだね~」

「なっ、どうしてそれを知って……?!」

 

 その一言に動揺するキリサメ。私は溜息をついてからロイの方へと振り返り、ニコニコした面を見上げる。

 

「現地解散した後、お前は私たちの後をつけていたな?」

「どうだろうね~」

「だったら質問を変えようか。なぜお前はこの二人の名を知っていた?」

「ん~? どういうこ――」

 

 わざとらしく首を傾げていたため、私はその場に立ち上がり、ロイの制服の懐へ手を滑り込ませる。

 

「お前だけ随分と豪勢なクラス表だな」

「ありっ?!! 私たちのクラス表と全然違う!」

「何が目的だ。正直に答えてもらおうか」

 

 与えられたクラス表には"名前"と"クラス"しか記載されていない。しかしロイが所持していたクラス表には"顔"や"出身地"なども載せられていた。私はクラス表を突きつけ、ロイと同じように首を傾げる。

 

「ん~……目的は女の子と仲良くすることかな~」

「正気か?」

「正気だよ~」

「アレクシア、こいつ胡散臭いぞ」

 

 キリサメが不信感を抱いている横で、私はロイとしばらく見つめ合った。注意深く観察するが、この男の目は嘘をついていないようだ。  

 

「……お前は面倒な男だな」

 

 私は手に持っていたクラス表をロイへ突き返す。

 

「あれ? サディちゃん、俺のこと怒らないの~?」

「なぜ怒る必要がある?」

「お察しの通り、このクラス表は盗んできたものだし~。盗みを働いたんだから、告げ口とか説教とかされると思ったんだけど~」

 

 クラス表を懐に仕舞ったロイ。私は呆れた表情を浮かべ、着席をした。

 

「私がお前を咎める権利はどこにもないだろう。むしろそんな目的の為に、盗みを働いたお前の行動力に感心したよ」

「……」

「お前がどれだけ盗みを働こうが構わない。だが私を巻き込んだり、私に迷惑をかけるな。後はそのうるさい口を閉じろ」

 

 私の返答を聞いたロイは沈黙する。アリスはなぜか瞳を輝かせ、キリサメは納得がいかない様子で俯いていた。

 

「俺、サディちゃんのことがますます好きになっちゃった~! これからもっと仲良くしたいな~?」

「断る」

「そんなこと言わないでさ~? ほら、カイトくんやアリスちゃんも仲良くしたいってよ~!」

 

 ロイはキリサメの右肩とアリスの左肩に両手を乗せ、私の顔を覗き込んでくる。この男は出会った当初よりも、何故かぐいぐいと距離を詰めてきた。

 

「アレクシアさんは優しいだけじゃなくて、器が広いんですね……! 私、感動しました!」

「いや、器が広いというか……単に面倒事を避けているだけだろ」

(こんな状況を本物の転生者になど……とても見せられん) 

 

 私は思わず目を覆う。誰からも助けを受けず、孤立無援で吸血鬼共と戦い続けてきた私——"ヒュブリス"の顔が潰れるではないか。

 

「静かにしてくださーい!」

「……?」

 

 ふと耳に届いたのは活気に溢れた声。私は指と指の隙間から、前方を覗き込んでみると、丁度いい長さの金髪を持つ若い男が立っていた。

 

「えっと、誰なんでしょうか?」 

「あの人はDクラスの先生だよ~」

 

 アリスがボソッと呟くと、ロイは自信満々にそう答える。

 

「お前、どうしてそれ知ってんだ?」

「さっきのこれに書いてあったからね~」

 

 ロイは懐から少しだけクラス表を見せてきた。確かにDクラスの箇所には、あの若い男の顔が載せられている。

 

「えーっと、初めまして。僕の名前は"アーサー"です。今日からこのDクラスの先生として、みんなと一緒に過ごしていきます」

「ん~……ちょっと気弱系だね~」

「気弱かもしれんが、あの男は"銀の階級"だぞ」

「えっ、銀の階級なんですか?!」

 

 アリスが驚きのあまり声を上げる。

 自身をアーサーと名乗った男の首元には、"銀の十字架"が飾られていた。"銀の階級"は十戒や皇女などを除けば、最上位に食い込む実力者。

 

「"アーロン・ハード"って人も銀の階級だったか?」

「そうだな。銀の階級を見かけるのはこれで二人目だ」

 

 私とキリサメが会話している最中、アーサーは私たちを見渡す。

 

「実はクラス名簿を失くしちゃってね。みんなの名前とか顔が全然分からなくて、まだ覚えられていないんだ」

「「「……」」」

「そんなに見つめないでよ~」 

 

 私たち三人は後方に座っているロイへ視線を集中させた。どう考えても、この男が懐に隠し持っている紙が紛失したクラス名簿だ。

 

「せんせ~! 名簿ってこれですか~?」

「あっ、それだよそれ! どうして君が持っているんだい?」

「男子寮の階段付近に折り畳まれた状態で落ちてました~」 

「助かったよ。これで出席が取れる」 

 

 ロイは前に立っているアーサーへクラス名簿を渡し、私たちにピースをしながら戻ってくる。アリスとキリサメは呆れた様子でロイを見つめる。

 

「それじゃあ、まずは出席を取ろうか」

 

 ごく普通の出席確認だった。私たちは名を呼ばれれば単調な返事をし、アーサーは「これからよろしくね」の一言を述べるだけ。何気ない出席確認はあっという間に終わる。

 

「よし、みんなちゃんといるね。えーっと……講義が始まるまで、まだ時間があるみたいだ。親睦を深める目的も込めて、何か聞きたいことがあったら答えるよ」

「は~い! 俺は先生の話が聞きたいで~す!」

 

 ロイは張り切りながら手を挙げ、アーサーの話を聞きたいと要望を述べる。アーサーは小首を捻ると、胸に飾られている銀の十字架を右手で掴む。

 

「えーっと……実はね、こう見えても先生は銀の階級なんだ。だからみんなからすれば、それなりに凄い人だったりするのかな?」

(話をするのが下手くそだな)

「あぁでもね、銀の階級に上がったのはつい最近のことで……。こうやってアカデミーの先生を務めるのも、今回が初めてなんだ」

(どうりで)

 

 アーサーからは、銅の階級特有の頼りなさが垣間見えた。私は話を聞いて納得すると頬杖を突き、足を組み直した。

 

「まだまだ至らない点も多いけど、先生としてはみんなとこのクラスで仲良くやっていけたらと思ってるよ」

(仲良くか……)

「後は他のクラスの先生の中で、一番みんなと歳が近いから……。悩み事とか、相談とか、何かあったら声を掛けてほしいな。先生として力になれるよう努力するからさ」

 

 初対面の印象は"人柄が良い男"。キリサメたちもアーサーには、好印象を抱いているようだが、

 

(あの男は外れだな)

 

 私とは到底釣り合わない――先生として"外れの男"だった。

 

 



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2:7 Lecture

 多くの生徒が歩き回り、活気に溢れているアカデミー内の食堂。私たちは午前中に座学を受け、食堂で昼食を摂っていた。

 

「先生が優しい方で良かったですね」

「うんうん~。座学も結構分かりやすかったし~」

 

 私はパンにかじりつきながら、話をしているアリスとロイの方へ視線を向ける。

 

(座学の内容は及第点だったな)

 

 午前中はあの部屋で座学を受けた。内容は食屍鬼や吸血鬼の性質や、私がこの時代で初めて知ることになった原罪の話。

 

「みんなは、吸血鬼に爵位があるのは知っているよね。下から男爵(バロン)子爵(ヴァイカウント)伯爵(アール)公爵(デューク)の順番だ」

 

 アーサーは木製の黒板へ吸血鬼の爵位を書き記し、男爵の下と公爵と伯爵の間に矢印を一つずつ加えた。

 

「さて、ここで問題です。この矢印には何が入るでしょうか? じゃあロイくん、答えてみようか」

「一番下は"食屍鬼"ですよね~」

「正解! もう一つの矢印は?」

「ん~……分かりませ~ん!」

 

 ロイの返答を聞いたアーサーは、次に私と視線を合わせる。

 

「えーっと、アレクシアさん。君はこの間には何が入るのかを知っているかい?」

「"原罪(げんざい)"」

「その通り! よく知っているね!」

 

 私に対して軽く拍手を送ると、黒板に"食屍鬼"と"原罪"という言葉を書き加え、"食屍鬼"という単語を大きな丸で囲んだ。

 

「食屍鬼のことはみんなよく知っていると思うけど……。分からない人の為に、説明しておこっか」

 

 アーサーは"食屍鬼"という文字の横に、箇条書きで食屍鬼の特徴を記す。そしてどのようにして生まれるか……といった基礎的な話を始めた。

 

「——というのが食屍鬼だよ。最近だと食屍鬼の皮膚や心臓は、吸血鬼よりも"紫外線に弱い"ことが"A機関"のおかげで判明したみたい」

 

 次にアーサーは"原罪"という単語を大きな丸で囲む。

 

「次は原罪について……っとその前に、名家について話をしようか」

 

 囲んだ丸から一本の曲線を引き伸ばし、その到着点へ名家のラストネームを、上下左右にそれぞれ書き並べ、最後に大きな十字架を書いた。

 

「名家は全部で十家系だ。最初に南の神愛を象徴するアベル家とアークライト家。アベル家は天性の"信仰心の高さ"から"加護"という力を使うことに長けている」

(ジェイニー・アベルは加護を扱えなかったな)

「そしてアークライト家は、天性の"器用さ"を持つことから"医療技術"に長けている。先生もアークライト家の方々には、何度も助けられているよ」

 

 下に並べられているアベル家とアークライト家の単語にチェックマークを入れ、次に十字架の左側に記された名家にチョークの先を向ける。

 

「次に西の理性を象徴するアーヴィン家・パーキンス家・トレヴァー家だ。アーヴィン家は天性の"記憶力"と"容量の良さ"から、"判断力"や"知識量"に長けている」

(司令塔に向いているということだな)

「パーキンス家は天性の"洞察力"を持つことから、"心理戦"という名の"読み合い"に長けている。先生の同期はパーキンス家出身の方に心を見透かされたせいで、金貨の横領がバレて捕まってたなぁ……」

 

 アーサーは掠れた笑い声を上げると軽く咳ばらいをし、残されている"トレヴァー家"という単語へ視線を送った。

 

「トレヴァー家は天性の"運動能力の高さ"で"機動力"に長けている家系だよ。特に、今の十戒を務めているトレヴァー家の方は頭一つ抜けているね」

「そんなに凄いんですか~?」

「うん、あの人は凄いよ。本来アーヴィン家やパーキンス家が担当するはずだった――"グローリアの体制"も考案しているからね」

 

 ロイの質問に対してしみじみと語るアーサー。私は頬杖を突いたまま、黒板に書かれた文字を眺める。

 

「おっと話が飛んだね。次に行こうか」

 

 アーサーは我に返ると左側の名家にそれぞれチェックマークを入れ、十字架の右側へチョークの先を向けた。

 

「次に東の命題を象徴するプレンダー家・ニュートン家・イザード家だね。プレンダー家は天性の"存在感の薄さ"から"隠密行動"に長けた家系だよ。吸血鬼たちから情報を盗んでくれる大事な役目を背負っている」

「ねぇねぇアリスちゃん~! 俺って存在感薄いかな~?」 

「むしろ存在感ありすぎな気がします……」

「だよね~!」

 

 アリスの返答を聞くと、ロイは声の調子を上げる。理由は定かではないが、この男はやけに喜んでいるように見えた。

 

「ニュートン家は天性の"発想力"から、人類の進化に必要な"工学"に長けている。みんなが着ているその制服も、A機関とニュートン家が協力して開発したものだ」

「女の子の制服いいよね~! 特にコートを脱いだら肩が露出するところとか――」

「お前うるせぇぞ……」

 

 キリサメが苦言を呈すると、ロイは「静かにするね~」と人差し指でバツマークを作り、自身の口元まで持っていく。

 

「イザード家は天性に恵まれたものはないけど……名家の中では優しい方が一番多いよ。先生も色々とお世話になったからね」

「……」

「あれ、そういえばアリスさんってイザード家——」

「お前もうるさいぞ」

 

 今度は私がキリサメに苦言を呈すれば、ロイと同じように人差し指でバツマークを作り、自分の口元に押し付けた。

 

「このDクラスには、ちょうどこの三家系の子が固まっているね。この先……名家の子から不評を貰わないように頑張るよ」

「先生はいい人だから不評なんてしませんよ~」

「はははっ、それなら上からこっぴどく怒られなくて済みそうだ」

  

 アーサーは右側の名家にすべてチェックマークを入れると、最後に残った上側の名家へチョークの先を向ける。

 

「最後に北の理念を象徴する"レインズ家"と"オリヴァー家"。レインズ家は天性の"身体能力の高さ"で、"剣術"や"剣技"に長けている家系として有名だよ。アーネット家の次に"神に愛された家系"とも言われているね」

(神に愛された、か……)

「オリヴァー家は天性の"動体視力"と"静止視力"の良さから、"狙撃能力"に長けている家系だ。遠距離で交戦するときには必要不可欠な家系だよ」

 

 名家の説明をし終えると、最後に十字架の中央へ"アーネット家"と"ブレイン家"を書き記す。

 

「これら名家の天性をすべて兼ね備えるのが"アーネット家"。神に最も愛されている家系で、リンカーネーションを設立した歴史ある家系だよ」

「チートすぎんだろ……」

「専門用語を口に出すなと言わなかったか?」

「わ、わりぃ……」

 

 アーサーはアーネット家にチェックを入れると、次にブレイン家へチョークの先を向けた。

 

「ブレイン家はアーネット家に仕える家系だよ。カミルさんはとてもお強い方だけど……実はブレイン家の人間が全員そうではなくて、個人個人で違ってくるんだ。ブレイン家で特徴的なのは"逆手持ち"の剣術と剣技かな」

 

 ブレイン家にチェックマークを入れ、アーサーは私たちを見渡す。 

 

「名家はすべて"アーネット家"から派生した家系なんだ。僕たちの知らない遠い遠い昔に、吸血鬼を絶滅させるために分裂させただとか」

「……アレクシア」

「何だ?」

「前から気になってたんだけどさ。お前って本当の名前は何なんだ?」

 

 キリサメが小声で私にそんなことを尋ねてくる。

 

「どういうことだ?」

「数えきれないほど転生してもさ……。一番初めの人生に与えられた名前が、本当の名前だよなぁって」

「……それを聞いて何の意味がある?」

「単純に気になってさ。最初の人生はどんな感じだったのか」

 

 "真っ赤な紅茶"と斜めうねりの形をした"クグロフ"。私はそれらが脳裏を過り、ゆっくりと口を開いた。

 

「紅茶とクグロフさえあれば、満足する人生だったな」

「クグロフって?」

「パンに似た食感の焼き菓子だ。砂糖をかけて食べる。この時代では見かけないが、私が知っている時代では流行していた」

「へぇ、そんなお菓子があんのかぁ……」

 

 私は追憶にふけることを止め、キリサメと視線を交わす。

 

「逆に紅茶とクグロフがなければ、不満ばかりの人生だったよ」

「それほどクグロフってお菓子が好きだったんだな」

「……もう昔の話だ」

 

 関係ない話をしていれば、いつの間にかアーサーが十字架の北側にチェックマークを入れ、原罪と書かれた位置へと移動していた。

 

「じゃあ原罪とは何者なのか。その正体は――名家の始祖たちだ」

(……やはりか)

「原罪というイレギュラーな存在によって、十戒とアーネット家は度々"戦死"していた。どうして対策ができなかったのか。それは"生還者"が誰一人としていなかったからだ」 

 

 アーサーは白色のチョークを赤色へと変え、"原罪"という単語に大きな二重丸を付ける。

 

「けれど四年前の戦いで、生還者がたった一人だけいた。リンカーネーションはその一人から原罪についての情報を得ることに成功してね」

(その一人がカミル・ブレインか)

「情報によれば原罪は"災禍(さいか)"と呼ばれる力を扱うらしい。先生は目の当たりにしたことがないから分からないけど……。多分、十戒や皇女様が使うような"加護"みたいなものだと思う」

 

 "災禍(さいか)"という力など、私の知る時代には存在しなかった。そもそも吸血鬼共が"加護"のような力を扱えるはずがない。

 

「もし予期せぬタイミングで原罪と出会ってしまったら交戦をせず、すぐに逃げて欲しい。情報量が少ない敵と戦うのは、とても無謀すぎるからね」

「先生でも逃げるんですか~?」

「うん。先生がその場に一人だったら勿論逃げるよ。十戒でも苦戦を強いられる相手だからね」

 

 アーサーは"原罪"という単語の近くに、赤色で大きく"危険"と書き、手に持っていたチョークを置いた。

 

「今日はこれで座学の時間は終わりかな。午後は野外で"シャーロット博士"の講義だよ。先生がシャーロット博士の元まで連れて行くから、十四時までにこの教室へ集まってね」

(A機関のアイツか)

「あっそれと……身体を動かすことになるから、ご飯を食べ過ぎないように!」

 

 笑いを誘う締めの言葉。こうしてアーサーは午前の座学に掉尾(ちょうび)を飾った。



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2:8 Disruptor

 

 私たちは昼食を摂り終え、教室まで戻ってきた。アーサーは既に教室で待機しており、残り五分ほどで約束の十四時となる時刻。

 

「うん、十四時になったね。みんな、先生に付いてきてくれ」

 

 アーサーは時計を確認すると、私たちを連れてアカデミー内を歩く。向かう先はアカデミーの北東側にある"訓練場"。

 

「やっと来たかねアーサー君。私は実に待ちくたびれたよ」

 

 訓練場へ繋がる通路の先では、退屈そうなシャーロットが欠伸をして私たちのことを待っていた。

 

「す、すみませんシャーロット博士……」

「まぁいい。待ちくたびれた時こそ、最善の思考に浸りやすいものだ」

 

 シャーロットは頭を下げるアーサーを許すと、机の上に並べられているものをガサゴソと漁り始める。

 

「アーサー君。君のクラスはDクラスだったね?」 

「はい、そうですが……」

「君のクラスに暴れ回るような生徒は?」

「暴れ回る……僕のクラスにはいないと思います。どうしてそのようなことを?」

 

 その返答を聞いたシャーロットは溜息を吐き、折れている物体をアーサーや私たちに見せてきた。

 

「Aクラスに理性が飛んだ生徒がいてね。講義終わりに私の開発途中だった"コレ"を破壊したのだよ」

「Aクラスは、"ルークさん"が担当でしたっけ?」

「うむ。実に恐ろしい生徒だったよ。私が注意しても『はい覚えました』の一言だけで、話が通じなかった」

(……きっとアイツのことだろう)

 

 地下牢獄で出会ったナタリア・レインズ。あの女の口癖は「はい覚えました」だ。"理性が飛んでいる生徒"という表現も納得がいく。

 

「Dクラスの君たちは、許可なく触ることがないようにすること。アーサー君、生徒の世話をしっかりと見るのだよ。万が一にも私の発明品を壊すようなことがあったら――覚悟したまえ」

「あははっ……本当に頼むよみんな?」

 

 アーサーが憂色を漂わせながら、私たちのことを見る。キリサメたちは苦笑いを浮かべ頷いた。

 

「では早速、野外での講義に移ろうかね。まずアーサー君、これを持ちたまえ」

「はい。分かりました」

 

 シャーロットは机の上に置かれているリボルバー式の銃をアーサーへ手渡す。

 

「今からの時間は講義というよりも、君たちに開発した武装の試験運用を頼みたいのだよ」

「え? 今日の講義は開発した武装を見せるだけじゃ――」

「アーサー君、時には物事を変える決断も必要だ。ヘレン君には黙っておいてくれたまえよ」

 

 動揺するアーサーの左腕を軽く叩き、シャーロットは机の上に並べられた武装を一つ一つ手に取った。

 

「ですが、どうしてアカデミー生に試験運用をさせるのでしょうか?」

「彼らに試験運用を頼む理由は一つ。これらの武装を扱える者が限られないためなのだよ。ヘレンくんや十戒のみが扱える武装を、私は求めていない」

 

 私たちはリボルバー式の銃を一丁ずつ手渡されていく。

 

「この銃に込められた銀の弾丸は、食屍鬼の肌を容易く"引き裂き"、肉体を"崩壊"させる。名付けて"ディスラプター零式"と呼ばせてもらおう」

(……弾丸は"銀"で作られているのか)

     

 リボルバーの種類はソリッドフレーム式。シリンダーを覗いてみれば、六つの回転式弾倉に銀色の弾丸が詰め込まれている。私は弾倉の中身を確認すると、シリンダーを元に戻した。

 

「君、随分と手慣れているのだね」

「……心得があるだけだ」

「うむ。ならばここにいる者のお手本として、あのカカシを撃ってみてくれたまえ」

 

 私はシャーロットの横を通り過ぎ、リボルバーを左手で構える。

 

「片手で大丈夫かね?」

「充分だ」

 

 シャーロットにそう返答した私は、リボルバーの引き金に指を掛け、カカシに向けて発砲を始めた。

 

("シングルアクション"か)

 

 撃鉄を戻し、引き金を引く動作を六回ほど続け、弾倉はあっという間に空になる。目標のカカシには小さな穴がいくつも空いていた。

 

「ヒュ~! サディちゃん、カッコ可愛いね~!」

「カッコ可愛いって何だよ……?」

 

 後方で囃し立てるロイを無視し、私はリボルバーをシャーロットに返す。

 

「片手で構え、十メートルも離れた的に当てるとはね。君は銃を撃ち慣れているのかい?」

「確か"ライブ・ピジョン・シューティング"だったか。それを何度か経験したことがある。ただそれだけだ」

「ほう、中々いい趣味をしているのだね。とても"十代の少女"とは思えない嗜みだ」

「私のことを言えた口か」 

 

 私がシャーロットとすれ違えば、他の生徒が順番にカカシの前へ立ち、銃を構え始めた。構え方で慣れているかいないかがすぐに分かる。 

 

「俺、銃を撃つの初めてなんだけどさ。気を付けた方がいい事とかあるか?」

「銃口を自分に向けないことだな」

「んなもん分かってるわ! 俺は構え方とかそういうのを聞いてんの!」

「両手で構えて、引き金を引くだけだろう」

 

 私の返答を聞いたキリサメは、不慣れな恰好でリボルバーを構え、

 

「当たれッ――」

「外れだ」

「早くねぇか!?」

 

 指先に力を込めて、引き金を引いた。弾丸はカカシには当たらず、他所の方向へと飛んでいく。

 

「素人が初弾を当てられるはずがない。当たられたとしてもただのまぐれだ」

「今に見てろよ……! 絶対に当ててやるからな!!」

「期待はしない」  

 

 他の者たちの様子を見てみる。ロイは六発のうち三発は的中させているようだったが、アリスはキリサメと同様に苦戦を強いられていた。

 

「くっそぉ!! どうして当たんねぇんだ!?」

 

 キリサメは結局六発の弾丸すべてを外す。私は悔しがるキリサメを鼻で笑い、シャーロットと共にいるアーサーへ視線を移した。

 

(……流石に当てられるか)

 

 アーサーは六発のうち五発をカカシへ的中させている。それを見たシャーロットが、カカシを指差して何かを説明していた。

 

「うむ、全員が全弾外すという事態は免れたようだね。しかし構えなどの基礎的な部分を教える必要はありそうだ。ヘレン君に射撃訓練を組み込むように伝えておこう」

 

 シャーロットは私たちの元まで歩み寄ると、アーサーと共にキリサメたちが持っていた銃を回収する。

 

「君たちは実に運がいい。"ディスラプター零式"の射撃訓練を、自分たちの代で丁度受けられるのだから」

「はーい! その銃、威力が全然足りないと思いまーす! もっとこう、爆発力と破壊力に溢れた銃はないんですかー?」

「……また君かね大馬鹿者」

 

 シャーロットは呆れたように溜息をつく。挙手をして意見を述べるのは、クセ毛が目立つ茶髪の女子生徒。あの女は入学式にルクスαを見せられた時も、手を挙げて同じように意見を述べていた。

 

「私たちが求めているものは、威力でも爆発力でも破壊力でもないのだよ。求めているものは吸血鬼に対抗するために必要な"人類の進化"だ」

「ふーん、人類の進化?」

「あくまでも私の持論だが、人類は大きな一歩を踏み出す必要はないと考えている。時を駆け、小さな積み重ねを続け、それを大きな一歩とすれば良いのだからね」

 

 シャーロットは自身の開発した"ディスラプター零式"を一丁だけ握りしめると、右手でカカシに向けて構えた。 

 

(……全弾命中か)

 

 当然のようにカカシの胸部へ六発の弾丸を命中させる。シャーロットは地面に転がる薬莢を拾い上げ、じっと観察をした。

 

「うむ、確かにディスラプター零式の威力は不十分だろう。しかし今はこのままでいいと考えている。その理由が君に分かるかね?」

「意味が分からないでーす。銃は威力を上げれば上げるほど、素晴らしいものができるでしょ?」

「一つは最初に説明した通り、実力のある者だけが使える武装など意味を持たないから。君たちでも扱える武装にこそ、真の価値がある」

 

 シャーロットは摘まみ上げた薬莢を私たちに見せつける。

 

「もう一つの理由を答える前に、君に質問をしよう」

「質問?」

「もしこの一つの弾丸に、公爵までの吸血鬼をすべて一撃で仕留められるほどの威力があるとしたら……。君はこの弾丸を使うだろうか?」

「使うでしょ。っていうか、あたし以外も使うに決まってる」

 

 茶髪の女子生徒の回答を聞いたシャーロットは、摘まんでいた薬莢を足元に落とした。

 

「ではこの弾丸が吸血鬼に効かなくなった時が来たら……どうするかね?」

「それは……もっと威力を上げるか、別の弾丸を開発して――」

「その考えは非常に愚策なのだよ」

 

 森厳(しんげん)な態度に、茶髪の女子生徒は思わず口を噤む。

 

「吸血鬼は日光・杭・銀に弱い。対して人類は利便性・変化・努力に弱いのだよ。一度手に入れた力を、一度決められた体制を、中々変えようとはしない」

(ほう、核心を突いた考えだ)

「持て余すほどの力を手に入れると、自分から物事を変えようとせず、自分を変えようもしない。それが人類にとって最大の弱点だと私は考えているのだよ」

 

 シャーロットは茶髪の女子生徒をビシッと指差した。

 

「そして何百年も前——人類が勝利を収め続けてきた歴史に終止符を打たれた。その時代から、人類は吸血鬼たちに一度も勝利を収められていない」

(私が最後に公爵を殺した……あの時代からか?)

「人類が敗北し続けてきた歴史に終止符を打つには、相手が愉悦に浸っている今がチャンスなのだよ」

 

 私たちへ真剣な眼差しを向けるシャーロット。茶髪の女子生徒は口出しできず、視線を逸らしてしまっていた。

 

「人類の勝利に必要なものは"戦術と体制の変革"――そして私たち人類の"進化"だ。これらを達成するためには、武装と共に君たちを成長させる方法が、最も効率が良いのだよ」

 

 シャーロットがそう結論付ける。アーサーはふとアカデミー内部に続く通路を見て、両肩をビクッと震わせた。

 

「あの、シャーロット博士」

「何だね?」

 

 シャーロットはアーサーの方を見上げる。

 

「この試験運用って、誰にバレたらマズいんでしたっけ?」 

「ヘレン君だね」

「あそこにいる方は……」

  

 頬を引き攣るアーサーが視線を向けた先へ、シャーロットはその場で振り返り、視線を向けた。

 

「ヘレン君だね」

 

 通路の壁に背を付け、腕を組んでいるヘレン。シャーロットは何事もなかったように、私たちの方へ顔を向けたが、

  

「これ、絶対にバレていますよ……!」

「ど、ど、どうすれば誤魔化せるかね?」 

「状況証拠がこれだけ残っているのに、誤魔化せるはずないでしょう……!」

 

 今まで涼しい顔をしていたとは思えないほど、冷や汗をかいていた。明らかに動揺を隠せずにいるようだ。

 

「シャーロット? これはどういうことだ?」

「へ、ヘレン君……! これはだね、その、試験運用の試験運用みたいなもので……」

 

 ヘレンが背後までゆっくりと歩み寄り、シャーロットの左肩にポンッと手を置いた。すぐさま振り返り、ヘレンに弁解を始める。

 

「アーサーが初担任だと聞いて、調子はどうかと様子を見に来れば……。私の知らないところで、武装の試験運用だって? 試験運用は、必ず私に許可を貰ってから行うように……と伝えていなかったか?」

「試験運用の試験運用が終わってから、ヘレン君の許可を貰おうとし――」

 

 そう言い訳をしようとしたシャーロットの頭部へ、

 

「言い訳がましい……!」

「ぎゃんッ?!!」

 

 ヘレンの怒声と共に拳骨が叩き込まれ、少女の講義は強制的に終わりを告げた。



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2:9 Foundling

 窓の外を眺めれば、夜空に澹月(たんげつ)が浮かび上がる時間帯。私は寝間着姿で男子寮の廊下を歩く。

 

(……便利な道具だ)

 

 食堂で腹ごしらえを済ませてから、この時間までキリサメの部屋で"スマホ"と呼ばれる板を弄っていた。使い方は教われば案外単純なものだ。昨日よりも扱いには大分手慣れてきている。

 

(……あの男は)

 

 男子寮のエントランスへ辿り着けば、その隅にはアーサーが手帳を眺めながら立っていた。

 

(あの男に色々と聞くことがあったな)

 

 私がアーサーの側まで近づくと、こちらに気が付き、開いていた手帳をパタンッと閉じる。

 

「確かアレクシアさん、だったよね。どうして男子寮にいるんだい?」

「野暮用があっただけだ。それよりも聞きたいことがある」

「えーっと……聞きたいことって何かな?」

 

 制服姿のアーサーが履いているブーツ。私は一瞬だけ視線を下ろし、アーサーと視線を交わす。

 

「女性に支給されたブーツが気に入らん。男性のブーツと交換がしたい。どこに行けば交換できるのか教えてくれ」

「ブーツの交換かぁ。多分だけど、アカデミー内の"オフィス"に行けば対応はしてくれるんじゃないかな?」

「オフィス……」

「あ、良ければ先生が案内するよ。オフィスにはまだ人がいると思うし、アレクシアさんに先生から話したいことがあってね」

 

 「分かった」と同伴を了承し、私はアーサーと共にアカデミーへ向かう。 

 

「……私に何の用が?」

「実はアレクシアさんに射撃訓練の手伝いをしてほしくてね」

「手伝いだと?」

「うん。Dクラスのみんなへ、銃の構え方や撃ち方を教えて欲しいんだ」

 

 私は頼みごとを耳にした途端、その場で足を止める。

 

「もちろん君一人に任せるわけじゃないよ。僕も先生としてみんなに教えるつもりだからね」

「……なぜ私が?」

「あの場でカカシに全弾命中させていたのは、君とシャーロット博士だけだった。もしかしたら君は、先生よりも射撃能力に長けている可能性もあるだろう? それなら目の行き届かない生徒を君に任せてもいいかなと」

「断る」

 

 アーサーから理由を聞いた私は、再びアカデミーに向かって歩き出した。

 

「私は吸血鬼共を殺すためにアカデミーへ入学した。人助けをするためでも、他の者と仲良くするためでもない」

「……それは残念だ。もし気が変わったら、先生にまた声を掛けてくれ」

「私の気が変わることはない」

 

 アカデミー内の廊下を歩き、オフィスに到着する。私は受付の人間にブーツの交換を申し込めば、すんなりとこちらの要望を受け入れ、男性用のブーツを渡してくれた。 

 

「そういえば、どうして女性用のブーツが気に入らなかったんだい?」

「踵のゴムが邪魔で動きづらいからだ。それに死ぬか生きるかの局面で、変に女を飾る必要もないだろう」

「ははっ……そりゃあそうだね」

 

 男性用のブーツを片手に持った私は、アーサーと共に今度はアカデミーの出口へ向かう。その薄暗い廊下は、数年前の孤児院を彷彿とさせた。

 

「アレクシアさんは変わってるよ。先生は君みたいに、大人びた言葉回しをする子を今まで見たことがない」

「それは"スコット・フェルトン"という男にも言われた」

 

 あの臆病者の名を出せば、アーサーは「えっ!?」と驚きの声を上げる。

 

「"スコット"! 君は彼と知り合いなんだね?」 

「いいや、顔見知り程度だ」

「えっと……じゃあ彼は今も元気でやっているかい?」

「"銅の階級"まで上がったと聞いた。プロポーズが成功したという話もな」

 

 私の言葉を聞いたアーサーは、胸を撫で下ろす。

 

「プロポーズ、成功したんだね。それは良かった」

「お前こそ、あの男と知り合いなのか?」

「先生が"銅の階級"だった頃の友人だよ。あの頃はよく一緒に話をしたり、お酒を飲んで上の愚痴を言い合ったり……ってごめんね、少し喋りすぎたよ」

「構わない」

 

 ご機嫌な様子で喋り続けるアーサーは、こちらに幸せそうな笑みを向けていた。あの臆病者とは余程仲が良かったらしい。

 

「……ところで、お前の名前は?」

「えっ?」

「ラストネームの話だ。私たちに名乗っていたのは"アーサー"というファーストネームだけだろう」

「あー……」

 

 私はふと疑点が浮かび、尋ねてみれば、アーサーはしばらく口をもごもごと動かし、 

 

「実はね――先生は"捨て子"なんだ」

「捨て子?」

 

 自身の生まれについてを明かし、静かに語り始めた。

 

「うん。この"アーサー"っていう名前は、ヘレンさんの両親から与えられた名でね。今もどの家系から生まれたのかが分からないままで……」

「まさか、あのシャーロットという少女もか?」

「その通りだよ。アレクシアさんは鋭いね」

 

 私の問いにアーサーは一笑すると、続けてシャーロットの生まれについてこう説明する。

 

「シャーロット博士も捨て子だけど……。幼児とは思えない知能があって、五歳で不自由なく喋れるほどの言語を習得していたんだ」

「……」

 

 本物のリンカーネーションと似た特徴がある。私はアカデミーの廊下を歩きながら、顎に手を添えた。

 

「あの歳でA機関のトップに立てるのは凄いよね。生まれつきの"才能"かもしれない。それか"前世の記憶を継いでいたり"……とか」

「……覚えているのか?」

「ううん、シャーロット博士にもよく分からないんだって。気が付いたら、様々な知識が頭の中に入っていたみたい」

 

 前世の記憶の中で"知識だけが引き継がれる"事態。何千と転生し続けてきたが、そのような事態は一度も起きたことがない。

 

「ラストネーム、少しだけ羨ましいと思うよ」

「なぜ羨ましいと?」

「みんなに覚えてもらいやすいからね。それに家系図として歴史に名を刻まれるだろう?」

「……どうだろうな」

 

 隣で羨望するアーサー。私は共感を求められたが、その言葉を肯定しなかった。

 

「ファーストネームもラストネームも、必要ないな」

「それは何故だい?」

「名前があるから、人は人を忘れられない。そのせいで、死んだ者の名は永遠と脳に刻まれる。だから私にとって名前は不必要なもので――"呪い"だよ」

「それは……一理あるかもしれないね」

 

 アーサーは私の意見にやや賛同する。私たちは脳内をモヤモヤとさせたまま、アカデミーを後にした。

 

「夜道は危ないからね。女子寮の入り口までは先生が送るよ」

「必要ない」

「アレクシアさんは大事な生徒だ。これだけは譲れない」

「……好きにしろ」

 

 教師面をしたアーサーに私は苦笑してしまう。新任の教師として、妙に張り切っているのだろうか。

 

「一つだけ、問わせてもらおう」

「何だい?」

「お前は吸血鬼を何体殺したことがある?」 

 

 女子寮へ向かう道中、呑気に私の横で歩くアーサーへ、銀の階級に上がるまでに何体の吸血鬼を殺してきたかを尋ねてみる。

 

「……数は、覚えていないよ」

「殺した吸血鬼の中で、最も高かった爵位は?」

「一度だけ伯爵を殺したことがあるかな。でもその時は僕一人じゃなくて、他にも何人か仲間がいた状態だけどね」

「そうか」

 

 銅の階級では男爵や子爵でも苦戦を強いられていると聞いていたが、銀の階級は伯爵までは交戦が可能らしい。銅と銀の間で、大きな差があるのだろう。

 

「アレクシアさん。また明日、教室で会おうね」

「あぁ」

「それじゃあ、おやすみ」

 

 アーサーは女子寮の入り口前で軽く手を振った。私は即座に背を向け、女子寮の入り口を潜り抜ける。

 

(……"アーサー"か)

 

 女子寮を歩いている時、キリサメから聞いた話がふと脳裏を過った。

 

『"アーサー王伝説"? 何だそれは?』

『俺たちの世界で"アーサー"っていう伝説上の人物が存在してさ。国を統一したり、侵略者を追い払ったりして……その一生が描かれているのが"アーサー王伝説"だ』

『……それがどうした?』

『いや、あの先生の名前が一緒だったから思い出したってだけだ』

『二度とその口を開くな』

 

 私はどうでもいい話を思い出し、自分の部屋に戻ると、持っていたブーツをクローゼットに置き、すぐさま冷水で顔を洗う。

 

(そんな人間がこの世界に存在するのなら、吸血鬼共に後れを取ることはないだろうな)

 

 鏡に映り込むぼやけた自身の姿をしばらく見つめた後、真っ白なベッドへと横になり、明日に備えて眠ることにした。

 

 

 

 

 



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2:10 Outburst

 

 アカデミーへ入学し、早三ヶ月が経過した。午前に知識を蓄えるために座学を受け、午後に体力と技術を付けるために射撃訓練や剣術訓練を行わせられる。今も射撃訓練の最中だ。

 

「見ろよアレクシア! 俺でも三発は当たるようになったぜ!」

「中途半端な男だ。全弾当ててから物を言え」

「半分は当たってんだから、全部命中させる日も近いだろ!」

 

 キリサメはこの三ヶ月で六発中、三発はカカシに当てるようになった。たったそれだけのことで、この男は勝ち誇ったような顔をしているが、

 

「お前は銃を構えてから、狙いを定めるまでが遅すぎる。次の撃ち出しもだ。些細なことで照準がぶれたら、十秒も時間がかかるのか」

「うっ……」

 

 動作の一つ一つがあまりにも丁寧すぎるが故、照準を合わせてから、撃ち出すまでの時間が掛かりすぎる。キリサメはそう言及されると、本人も自覚があるようで、私からスッと視線を逸らした。

 

「サディちゃ~ん! 俺も厳しく指導してほしいなぁ~?」

「お前は全弾当てられるだろう。言うことは何もない」

「あっ、俺のことちゃっかり見ててくれた系~? じゃあ次は、サディちゃんのハートを撃ち抜いちゃおっかな~」

「勝手にしろ」

 

 ロイ・プレンダーは私やアーサーを除けば、射撃における技術の習得が誰よりも早かった。たった一ヶ月で六発の弾丸を。安定してカカシへ命中させられるようになったのだ。

 

「それよりも俺とサディちゃんでさ~? アリスちゃんに教えてあげようよ~!」

「……お前が教えてやれ」

「いいじゃ~ん! 俺たちはアリスちゃんと友達なんだからさ~!」

 

 しかしアリス・イザードは三ヶ月で少しも成長していない。未だにカカシへ一発も命中させられず、Dクラスの中では最底辺の技術力だ。

 

「はぁ、どうして当たらないんだろう……?」

「俺が見ている限りは、構えとか問題ないと思うけど~。サディちゃん、どこが悪いと思う~?」

「……自分を信じないことが問題だ」

「私も自分のことを信じたいんですけど……。全然努力が実らなくて、段々自信を失ってきてるんです」

 

 自身の情けなさに嘆息するアリス。ロイが「これからだよ~」と励ましていれば、キリサメが私の隣で耳打ちをする。

 

「なぁ、本当にアリスさんに問題点とかないのか?」

「私は"自分を信じないこと"が問題だと言っただろう」

「そういうのじゃなくてさ。やっぱり基本的な構えとか、銃の握り方とかが悪いんじゃ……」

「どうだろうな」

 

 私がキリサメに曖昧な答えを返すと、順番に生徒の様子を窺っていたアーサーが私たちの元へやってくる。

 

「調子はどうだい?」

「それが……どうもアリスさんの調子が悪いみたいで」

「うーん、アリスさんはまだ要領を掴めていないんだね。……アリスさん、上手くいかないのかい?」

 

 アーサーはキリサメから事情を聞き、アリスに優しく声を掛けた。

 

「はい。やっぱり私はダメダメな生徒かもしれません……」

「そんなことないよ。自分を責めないで。"実習訓練"までまだ時間はあるんだから」

 

 実習訓練はアカデミーへ入学し、半年後に行われる遠征だ。食屍鬼が蔓延る現地へ私たちが赴き、磨いた技術を振るうための行事。

 

「で、でも剣術の訓練だって私は全然ダメで……。未だにカカシの腕部分すら斬り落とせないですし……」

「けど、アリスさんはまだ諦めていないだろう? こうやって諦めずに頑張っているだけでも十分立派だよ。……っと、シャーロット博士に呼ばれたから行ってくるね」

 

 教師としてアリスのやる気を鼓吹したアーサーは、訓練場に姿を現したシャーロットに呼ばれ、少女の元へ駆けていく。

 

「ほらね~? 先生もああ言ってるんだし、気にすることないんだって~!」

「そ、そうですよね……! まだ時間はあります!」

「そうそう! 俺でもできるんだから、アリスさんにできないはずがない!」

 

 二人がアリスに声援を送っていると、シャーロットに異論を述べていた茶髪の女子生徒が私たちに近づいてくる。

 

「あんたたち。あたしがその子の技術面の問題を解決してあげよっか?」

「……あの、どなたですか?」

「あたしは"アビゲイル・ニュートン"。天才の発明家だよ」

("ニュートン家"……)

 

 東の命題を象徴する名家の一つ、ニュートン家。私の脳裏にニュートン家の始祖——"ウィリアム・ニュートン"という男の姿が過る。

 

『"不才"。そろそろ新たな武装を開発した方がいいんじゃないか?』

『急かすな"不純物"。焦りを感じながら考えても、いいものは開発できないだろう』

『良いか悪いかを判断する前に、完成しなければ何の価値もないことを覚えろ』

 

 あの男は利己的な私とは違い、他者の利益を第一優先で考えていた。私を不純物と呼んでいたのは"リンカーネーションにとって不純物"という意味だろう。

 

「もし当てられないなら、この銃を使ってみな。あのカカシに絶対当たるから」 

 

 くせ毛が特徴的な茶髪に、濃い隈が浮かび上がる目元。天才を自称したアビゲイルは、一丁の銃をアリスに手渡した。

 

「これ、本当に当たんのか?」

「信じられないなら撃ってみればいいさ。あたしが改造した"デストロイヤー零式"は、ディスラプター零式よりも遥かに高性能だから」

「デストロイヤー零式って……」

 

 キリサメが失笑していれば、アリスは渡された"デストロイヤー零式"をカカシに向けて構える。

 

「折角のご厚意なので、少し使ってみます」

「ほんとに大丈夫~?」

「大丈夫さ! あたしは天才だからね!」

 

 リボルバー銃のパーツは所々が改造され、元のディスラプター零式よりもやや大型になっていた。

 

「あんたたち、瞬きせずによく見てなよ」

 

 アリスが引き金を引けば、本来よりも大きな発砲音を立て、弾丸がカカシに飛んでいき、

 

「あ、当たりました!」

「まじかよ……」 

 

 その胸部に人間の拳ほどの風穴を空けた。大型になったことで、威力も向上しているようだ。

 

「ほらね? ディスラプター零式なんかよりも、あたしが改造したデストロイヤー零式の方が何十倍にも性能がいいんだよ」

「凄いです! これなら私でも簡単にカカシに当てられます!」

 

 射撃訓練で初めてカカシに弾丸を命中させ、気分が高揚しているアリス。彼女は続けて改造されたリボルバー銃を撃とうと構えるが、

 

「あれ、出なかった……?」

(不発だと?)

 

 引き金を引いたのにも関わらず、弾丸は発射されなかった。アリスは小首を傾げつつも、再び引き金に指を掛ける。

 

「待て……!」

 

 引き金は確かに引かれていた。しかし弾丸が撃ち出されないことなどあり得ないだろう。もし改造されたリボルバー銃でそれが起きたときは――

 

「えっ?」

 

 ――銃身に不発した弾丸が詰まっている。次に撃ち出された弾丸と、不発した弾丸が衝突すれば、

 

「チッ……!」

 

 銃身の内側で暴発を起こし、リボルバー銃自体が崩壊する。私はアリスをロイの方向へ突き飛ばし、代わりに暴発へ巻き込まれた。

 

「アレクシアッ!!」

「サディちゃん……!」

 

 パーツの破片が左目に突き刺さり、訓練場の地面を血で濡らす。私はその場に片膝を付き、突き刺さった破片に指先を触れた。

 

(……眼球ごと貫いたな)

 

 破片は瞳を貫通している。下手に触れない方が良さそうだ。

 

「どうしたんだい!? 一体何が……アレクシアさん!!」

「これは、何事かね?」

「ロイくん! 救護班を呼んできてくれ!」

 

 アーサーは私の側に駆け寄ると、こちらの容態を確認し、ロイへ救護班の要請をするように指示をした。シャーロットは、落ちているパーツの破片を拾い上げ、険しい表情を浮かべる。

 

「お前、すべて仕組んでいたな」 

「え、あ、その……」

「アリス・イザードが射撃訓練で実力を発揮できなかったのは、お前が銃に細工をしていたからだ。カカシに当たらないように、銃身を削っていたんだろう」

 

 アビゲイルは図星だったのか、そわそわと焦り始めた。

 

「改造した銃を使えば、当たるようになるのは当たり前だ。銃身が削られていないのだからな」

「改造……? 君はディスラプター零式を改造したのかね……?!」

「……」

「なんて愚かなことを……!! ディスラプターはこれで完成形なのだよ! パーツを変えたり、威力を上げたりすれば、フレームが耐えられなくなる!」

 

 俯いているアビゲイルに、シャーロットは激昂する。

 

「私が信用しなければっ……アレクシアさん、ごめんなさいっ……」

「アリスさんは悪くねぇよ! 悪いのは全部アイツだろ……!」

(流石に、眼球の負傷は、意識を保てないな……)

 

 泣き出すアリスを慰めながら、怒りの矛先をアビゲイルに向けるキリサメ。私は既に意識が朦朧としていた。

 

『——は――為にこの力を――って――』

(何だ……?)

『私たち――で――から――』

 

 途切れ途切れで脳内に響く何者かの声。私は正体を判別しようと記憶を巡らせるが、

 

『"血の涙"を――』

 

 脳が痛みに耐えられず、私の意識を遮断させた。

 

 

 



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2:11 Eye Defect

 

 暴発事件から二週間が経過したアカデミーの医務室。私はベッドの上で本を読みながら、昼の時間を過ごしていた。着ている衣服は講義を受けるための制服でなく、患者が身に纏う病衣。しかも左目は包帯で隠された状態だ。

 

「左目の調子はどう? 痛みは大分治まった?」

 

 私に声を掛けてきたのは、医務室の養護教諭として勤めるのは"エイダ・アークライト"。制服の上から白衣を纏い、緑髪のボブカット。視力が低いのか、フレーム無しの眼鏡を掛けている女性だ。

 

「痛みはない。今にでも復帰できるぐらいにな」

「駄目よ。もうしばらくはここで安静にしていなさい」

 

 緊急手術により、私の左目から破片を取り除いたのはエイダ。アークライト家の血筋を継いでいるだけあり、手術も迅速かつ的確に済ませたらしい。

 

「例え――貴方の身体に"吸血鬼の血"が混ざっていたとしてもね」

「……」

 

 しかしエイダは輸血を行う際に、気が付いてしまった。私の身体に吸血鬼の血液が流れていることに。

 

「貴方の血液は明らかに異常だったわ。輸血したB型の血液を"吸収"して、体内に残っていた血液が途端に増殖を始めたのよ。それを見た瞬間、"吸血鬼の血液"だと確信したわ」

「……よく確信できたな」

「当然でしょ。吸血鬼の血液も人間と同じく血漿と血球が混ざり合ったものだけど、血球に含まれる赤血球・白血球・血小板の量と性質が全然違うんだから」

 

 エイダはベッドの側にある木の椅子へ腰を下ろし、私を視線を合わせながら足を組んだ。

 

「赤血球は酸素をより多く運び、白血球は外敵をより多く殺し、血小板はより多くの出血と怪我を防ぐ。人間が半年かけて治す怪我を、ほんの数秒で治せるほどの治癒力よ」

「それは知っている」

「あら、案外物知りなのね。じゃあ、この血液の欠点は分かる?」

「人間の血液を体内に取り入れなければ、血液を増やせないという点だろう」

 

 私が回答すれば、エイダは「正解よ」と指を鳴らす。

 

「人間は食事を摂ったりすれば、骨髄が自然と血液を産生してくれるけど……。吸血鬼になると産生してくれない。だって吸血鬼の肉体はとっくに死んでいるもの」

「だから吸血鬼共は人間の生き血を吸う」

「そっ、アイツらにはそれしか方法がないのよ。もし生き血を摂取できなかった場合——吸血鬼たちは体内機能が低下し、いつかは"食屍鬼になる"わね」

 

 エイダは私の左手を握ると、手の甲をじっと観察した。

 

「吸血鬼の血液は、体外から取り込まれた血液を我が物にしようと吸収する。その性質を踏まえれば、人間の血液なんかと体内で共存なんてできないはずなのに……」

「……」

「貴方のようなハーフは初めて目にしたわ。どういう経緯でこの身体に?」

「私を身籠った母体が、男体と共に吸血鬼の奇襲に遭い、吸血鬼に噛まれたと聞いている。それが吸血鬼と人間のハーフとなった原因だ」

 

 私が経緯に対してそう答えれば、エイダは「おかしいわね」と首を傾げる。

 

「何か気になることでも?」

「吸血鬼に突然噛まれたからって、人間と吸血鬼の血液が完全に中和した状態で生まれるなんてあまりに不自然よ」 

「……確かにな」

「これはあくまでも私の憶測だけど――」

 

 エイダは真剣な眼差しを私に向け、自身の憶測をこう伝えてきた。

 

「――貴方を産んだ母体は、"元々吸血鬼"だった可能性が高いわ」

「……吸血鬼か」

「胎児は臍帯(さいたい)からへその緒を通じて、血液や栄養を摂取しながら、肉体を成長させていく。もし母体が妊娠する前から吸血鬼だったのなら、貴方のようなハーフが産まれることも納得できるわ」

 

 私は因果な身の上に重い溜息をつき、エイダに握られている左手を見つめる。

 

「お前の憶測が当たっていた場合、人間の男と吸血鬼の女が特別な間柄だったということになるのか」

「……その顔、気に入らないのね?」 

「当然だ。吸血鬼の血が流れている事実だけでも悪寒がする」

 

 エイダの手を振りほどき、窓の外へ視線を向けた。爛々と輝く太陽がベッドの上に黒い日晷(にっき)を映し出す。

 

「それと今回の件に関してだけど……しばらく黙っておくことにするわ」

「上の連中に報告しないのか」

「吸血鬼と人間のハーフなんて、今までにないケースなのよ。私たちの肩を持っていたとしても、貴方の体内に吸血鬼の因子があるのは事実。もし報告でもされたら——上の人間は貴方を拘束し、"処刑"しようとするかもしれない」

「……お前が私を庇おうとする理由は何だ?」

 

 私がそう問えば、エイダは椅子から立ち上がる。そして私の左肩に手を置くと、その顔を近づけてきた。

 

「人体実験をしたいのよ。人間と吸血鬼のハーフが、一体どんな生態をしているのか。それを研究するために」

「私をモルモットにしたいということか」

「もし協力してくれるなら、これからは私が貴方の治療や手術をしてあげるわ。お互いに美味しい話だと思わない?」

「……まぁいいだろう」

 

 私が小さく頷けば、エイダは欣然(きんぜん)として、医務室の机まで軽い足取りで向かう。

 

「じゃあ早速だけど、色々と聞きたいことが――」

「サディちゃ~ん! お見舞いに来たよ~!」

 

 エイダの言葉を遮るように、医務室の引き戸が開かれ、ロイが姿を見せた。その後方にはキリサメ、アーサー、アリスが並んでいる。

 

「ごめんねエイダ。少し邪魔するよ」

「アーサー……」 

「えーっと、どうしてそんな怖い顔を?」

「確かに『今日から面会オーケー』とは言ったけど、タイミングが悪すぎるわよ」

 

 煩瑣(はんさ)な仕事が増えた、と頬を引き攣るエイダ。そんな彼女を見て、アーサーは苦笑交じりに声を掛けた。

 

「サディちゃん~! 俺たちと会えなくて寂しかった系~?」

「お前たちの存在を忘れかけていたよ」

「んな馬鹿なことあるか!」

「アレクシアさんが元気で良かったですぅ……!」

 

 静かな医務室が途端に騒がしくなり、私は小さな溜息をつく。相も変わらず賑やかな連中で、とても煩わしい。

 

「エイダ。アレクシアさんの容態は?」

 

 アーサーがエイダに私の容態を尋ねる。二人は昔からの同期だ……と、一週間ほど前にエイダから聞いていた。

 

「残念だけど、彼女の左目はもう元には戻らないわね。破片が眼球を丸ごと貫いていたせいで、摘出するので精一杯だったの」 

「……そうかい」

「ただ"実習訓練"までには包帯から眼帯へ移行が可能よ。"実習訓練"にも参加はできる。でも過度に身体を動かすと傷口が開くかもしれないわ。彼女には注意してあるけど、貴方もあの子から目を離さないように」

「分かった。先生としてきちんと面倒は見る」

 

 エイダから私の容態を一通り確認したアーサーは、こちらまで歩み寄り、数枚の用紙を手渡してきた。

 

「これは欠席分の座学の課題だよ。先生は君ならやらなくてもいいと思うんだけど……一応ルールだから調子が良いときにやっておいてね」

 

 食屍鬼や吸血鬼に関して記載されている問題用紙が三枚。どれも座学の内容で習うものだろう。だが医務室で過ごしたこの二週間は、ひたすらに本を読み漁っていた。おかげで十分と掛けずに終わらせられる。 

 

「それでその用紙は、アカデミー生徒の全体成績表。"座学"と"訓練"で分けられた順位と、総合的な順位が載っているよ」

「載っているのはDクラスだけじゃないのか」

「うん。他のクラスの成績上位者三名と、全体の成績上位者三名も載っている」

 

―――――――――――――――

【Aクラス】

 ~座学~

1.セバス・アーヴィン

2.サラ・トレヴァー

3.ナタリア・レインズ

 ~訓練~

1.ナタリア・レインズ

2.サラ・トレヴァー

3.セバス・アーヴィン

【Bクラス】

 ~座学~

1.クライド・パーキンス

2.ジェイニー・アベル

3.クレア・レイヴィンズ

 ~訓練~

1.クレア・レイヴィンズ

2.クライド・パーキンス

3.ジェイニー・アベル

【Cクラス】

 ~座学~

1.デイル・アークライト

2.クリス・オリヴァー

3.イアン・アルフォード

 ~訓練~

1.クリス・オリヴァー

2.イアン・アルフォード

3.アルフ・マクナイト

【Dクラス】

 ~座学~

1.アレクシア・バートリ

2.アビゲイル・ニュートン

3.ロイ・プレンダー

 ~訓練~

1.アレクシア・バートリ

2.ロイ・プレンダー

3.シャノン・オークス

 

―――――――――――――――― 

 

 

「……これはどういうことだ?」

 

 教室にすら顔を出していない私が座学や訓練でトップ。訓練に至っても丸々二週間参加していない。私は理解が及ばず、成績表に疑義を挟む。

 

「えーっと、訓練に関してはシャーロット博士が先生にこう言ってきたんだ。『射撃の技術と剣術の熟練度も必要だが、生徒を庇う強い精神を高く評価するべきじゃないのかね』って」

「私はコイツを庇ったわけじゃない」 

「で、でも私はアレクシアさんのおかげで助かりました! アレクシアさんは命の恩人です!」

「そう簡単に"命の恩人"と呼ぶもんじゃない」

 

 私は否定をしたが、アリスは私に詰め寄りながら必死に訴えかけてきた。その様子を見掛けていたアーサーたちは、アリスに共感するように頷く。

 

「……座学は?」

「エイダの推薦だよ。君は"非常に博識な生徒だ"と直々に評価してくれてね」

「理由はそれだけか?」

「うん。むしろこれだけの理由で十分だよ。座学の問題作成はエイダが担当してるからね。それに、エイダが自分から生徒を評価することなんて滅多にないんだ」

 

 医務室で過ごした二週間。エイダは私に声を掛ける度に、様々な内容を質問してきた。その内容を今になって思い返してみれば、どれも座学に近しいものばかりだ。

 

「それで総合は……」

 

―――――――――――――――

 

【五百八十一期生】

 ~総合成績優秀者~

1.Dクラス:アレクシア・バートリ

2.Bクラス:クレア・レイヴィンズ

3.Cクラス:イアン・アルフォード

 

―――――――――――――――

 

(クレア・レイヴィンズとイアン・アルフォード。あの二人も総合順位に名を載せているのか)

 

 私は自身の順位よりも、二位と三位に陣取るクレアとイアンへ自然と注目する。数年前、共に孤児院で過ごしていたが、ここまで優秀な人材だとは予想だにしていなかった。

 

「アレクシアさんが総合一位だよ。試験を受けていなくても、シャーロット博士やエイダ。そして先生自身も、君を高く評価したからね。これは当然の結果だと思う」

「……評価か」

「それよりもさ~! 久しぶりに会ったんだし、サディちゃんとお喋りさせてよ~?」

「あぁごめんね。先生の真面目な話はここまでにするよ。後は君たちがアレクシアさんに近況報告をする時間にしよっか」

 

 アーサーが話を切り上げれば、意気揚々とロイがアリスが声を掛けてきた。キリサメは私に哀れむような視線を送ってくる。

 

(不愉快だ)

 

 嫌々相手をせざるを得ない。そんな状況を酷く嫌悪しながら、ロイとアリスの話をすべて聞き流した。 

 



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2:12 Grouping

 あの憂鬱な日から一週間が経過すれば、私は無事に退院する。おかげで今はこのように教室へと顔を出し、座学を受けられるようになったのだが、

 

(……どうしたものか)

 

 エイダから"訓練"の時間は見学するように……と釘を刺されていた。加えて眼帯への移行も実習訓練当日から。身体が鈍るうえ、視界がこうも塞がれていると動き辛い。

 

「えーっと、今日は実習訓練に向けて、五人組の班分けをしようと思ってるんだけど……。どうやって決めた方がいいかな?」

「はいは~い! 友達同士で集まればいいと思いま~す!」

「ロイくんはこう言ってるけど、他のみんなはどう?」

 

 色々と話し合った結果、ロイの提案が多数決により半数以上を獲得し、友達同士で五人組を作ることになった。私はそんな適当な決め方でいいのか、と呆れてしまう。

 

「俺とサディちゃんとカイトくんとアリスちゃんの四人は決まりだね~♪」

「でもさ、あと一人はどうするんだよ?」

「ん~……テキトーに残り物を入れればいいよ~!」

 

 Dクラスの生徒は三十人。五人組に分けるとなれば、六グループが完成する。それを踏まえれば、必然的に余りは残らない。

 

「あのぉ……残り物って?」

「"アビーちゃん"ね~!」

「"アビゲイル・ニュートン"のことか。何故あの女が残り物になると思う?」

「アビーちゃんは元々Dクラスで浮いてたからね~。この前の"暴発事件"を引き起こした元凶だし、更に近寄りがたくなって孤立してるんだよ~」

 

 私が医務室で過ごしている間に、あの女は腫れ物扱いされていたようだ。そしてロイが言った通り、班がある程度固まると、アビゲイルのみがポツンと教室の隅に取り残される。

 

「ほらね~? アビーちゃんだけが残ったでしょ~」

「ちょっと可哀想です……」

「自業自得だろ。人を騙して、アレクシアに怪我を負わせたんだから」

 

 哀れみの視線を送るアリスとは真逆に、辛辣な言葉を呟くキリサメ。私はアーサーと対話をするアビゲイルへ視線を移す。

 

「でもでも~! きっと俺たちの班に来るよ~?」

「そうなるだろうな」

 

 私がロイに共感すれば、アーサーが一度アビゲイルから離れ、私たちに近づいてきた。

 

「ごめんね。アビゲイルさんが一人みたいだから、君たちの班に入れてあげてほしいんだけど……」

「被害者と容疑者を一緒の班にするって、大丈夫なんすか?」

「他の班の生徒からは断られててね。もう残ったのが君たちの班しかいないんだ」

 

 露骨に嫌な顔をするキリサメ。アーサーは申し訳なさそうに、私たちへ頼み込んでくる。特に怪我を負わされた私の反応を窺っているようだ。

 

「私は大丈夫です。独りはきっと辛いと思うので……」

「俺はあまり賛成できないな。あんな酷いことしておいて、謝罪の言葉もまだないんだぞ? アリスさんはともかく、アレクシアにも謝ってないなんて――」

「決定権があるのってサディちゃんだと思うな~! あっ、ちなみに俺は全然ウェルカムだよ~!」

 

 アリスは快く許諾するが、キリサメは頑なに拒もうとする。ロイはそれを見兼ねて、キリサメの言葉を遮り、私に決定権を委ねてきた。

 

「……私はそんなことどうでもいい。お前たちで決めろ」

「じゃあ、二対一でアビーちゃんを班に入れること決定だね~!」

「マジかよ……」

 

 私が素っ気ない返答をし、班にアビゲイルが加入することが決まる。アーサーは「助かるよ」と感謝の言葉を述べ、アビゲイルの元へ戻っていった。

 

「アビーちゃん~! これからよろしく~!」

「アビゲイルさん、よろしくお願いします」

「あぁうん、よろしく……」

「……」

 

 そして班員同士で固まることになり、アビゲイルが私たちの元へやってくる。ロイとアリスは挨拶を交わすが、キリサメは黙ったまま。私も口を閉ざし、考え事をしながら頬杖を突いていた。

 

 黒板の前に立つアーサーは、教室を一望すると実習訓練についての話を始める。

 

「えーっと、実習訓練はイーストテーゼから更に東の方角にある"アストラ"という村で行う予定だよ。辺りは森林に囲まれていて、"星空"が凄く綺麗に見える場所なんだ」

「期間はどれぐらいなんですか~?」

「二泊三日かな。一日目はアストラで宿泊して、二泊目は森林地帯でキャンプをする予定だよ。他の先生方は分からないけど、僕はみんなが仲間と共に楽しんでくれればいいって考えてるから、あんまり気を詰めなくても大丈夫」

 

 アーサーは優しく微笑むと、教卓に置かれた用紙へ視線を下す。

 

「それで……この時間に班長を決めて欲しいんだ。決まった班は先生に報告を頼むよ」

 

 班の代表者を決める時間となり、静まり返っていた教室内はガヤガヤと盛り上がり始めた。私たちの班もその代表者を決めなければならないが、

 

「アレクシアだな」

「アレクシアさんが適任です!」

「サディちゃんよろしくね~!」

「断る」

 

 案の定ロイたちは一斉に私へ注目をし、班長を一任しようとする。私は即答で断りを入れた。

 

「私は怪我人だ。面倒事を押し付けるな」

「ん~……やっぱりダメだよね~」

「ならロイがやればいいんじゃね?」

「俺は嫌だね~。真面目なのは無理系だからさ~」

 

 キリサメはロイを推薦しようとするが、ヘラヘラとした笑みを浮かべながら、班長になることを拒む。

 

「俺には務まらないしなぁ」

「私も班長としての統率力はないと思いま――」

「あたしがやるよ」

 

 キリサメとアリスが悩んでいると、一人黙っていたアビゲイルが口を開き、自ら班長に立候補した。

 

「お前、本当にできるのか?」

「やれる」

「……変な気は起こすなよ」

 

 怪訝そうに尋ねるキリサメへ、アビゲイルは小さく頷く。キリサメは返事を聞くと、渋々承諾した。

 

「じゃあ、アビーちゃんよろしくね~!」

「アビゲイルさん、お願いします……!」

 

 アリスとロイは少しだけ躊躇したが、異論を唱えることなく、アビゲイルへ班長の役目を一任する。

 

「あんたはどう?」

「好きにしろ」

「そっ、なら班長はあたしで決まりだね」

 

 私は誰が班長であろうと気にしないため、アビゲイルに雑な答えを返した。この女は妙に張り切っているように見える。

 

(にしても、左目を損失したのは痛手だったな)  

 

 左目をアリス・イザードの為に(なげう)ったことを、私は心の底から酷く後悔する。そんな私を他所に、生徒たちは実習訓練について遠足気分で話し合っているようだ。

 

(実習訓練、どうなることやら……)

 

 生徒の(いきれ)が立ち込める教室内で、私は窓の外を眺めながら独白した。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 グローリアを象徴する城。その内部に作られた皇女の王室にて、ヘレン・アーネットはとある人物と机越しに向かい合っていた。

 

「ヘレン。私が提案した"体制の改革"は検討してくれましたか?」

 

 狐の面を顔に付け、奇妙な衣服を身に纏う黒髪の女性。ヘレンは机の上に置かれた一枚の用紙を手に取り、じっと見つめる。

 

「一つ目は"六十歳以上の金貨支給を停止"。二つ目は"六十歳以上の一般市民や貴族はグローリアから追放"。もしくは"安楽死"を推奨させる。三つ目は"子供を育成する市民には月毎に金貨を支給する"……だったな」

「その通りです」

「……この体制へ変える理由は?」

「一つ目の理由は"無駄な資金を消費しないため"。二つ目の理由は"人口増加を減らすため"。そして三つ目は"若者に子供を育成させるため"です」

 

 黒髪の女性はヘレンにそう伝えると、支給額が記載された用紙と、グローリアの人口数が記載された用紙を机の上に置いた。

 

「こちらに目を通してください。グローリアの人口はここ十年間で急激に増えています。加えて、総人口の平均年齢も上へ上へと押し上げられているでしょう」

「あぁそうだな」

「支給金は老いた人々へ多く支給されている現状です。このまま月を重ねれば重ねる程、必要な支給金が増加していくばかり。その為に"六十歳以上の金貨支給を停止"する必要があると考えたのです」

 

 ヘレンが軽く頷けば、畳み掛けるように黒髪の女性は人口数の用紙を指差す。

 

「ならば働けない身となり、生活できない人々はどうするのか。それを解決するのが、二つ目の体制」

「これは間違いなく反発を受ける。それを承知の上でこの体制を?」

「当然です。反発をされようとも、私たちは吸血鬼という敵を滅ぼさなければなりませんから。その為に"あの方々"には犠牲となってもらいます」

 

 狐の面を被っているせいで、その表情は窺えない。しかし彼女の声色はとても冷たく、人情味の薄れたものだ。

 

「そしてこのグローリアでは、若者に貧困者が多い傾向があります。貧困が故に満足して子供を産めない現状。それが原因となり、若者は子孫を残そうとしません」

「なるほどな。貧しい者たちが新たな生命を誕生させられるよう、育成に費やすための金貨を支給するということか」

「はい。若者が増えれば増えるほど、私たちリンカーネーションの人員補強も容易くなることでしょう。吸血鬼たちに後れを取ることも少なくなるはずです」

 

 ヘレンは机に置かれた二枚の用紙を手に取り、狐の面を付けた彼女の顔を見る。

 

「すぐにこの体制へ変えることは難しいだろう。実行するとしても慎重に動き出す必要があるはず――」

「後々では手遅れです。今すぐに"少子高齢化問題"……いいえ、私が提案した体制へ変えるべきでしょう」

「少子……何だって……?」

「表現を誤りました。今の発言は気にしないでください」

 

 彼女は即座に誤魔化すと、ヘレンに背を向けた。

 

「ですが、すぐにでも検討するべきです。私はこの問題を長年抱え、滅びかけている"国"を知っています」

「博識だな。それは何という国だ?」

「……時が来たら話しますよ、ヘレン」

 

 黒紙の女性は静かに部屋を出ていく。ヘレンはその後ろ姿を眺めながら、閉じた両扉を見つめ、

 

「四ノ戒、ティア・トレヴァー……。十戒の中でも、あいつは本当に変わっているな」 

 

 幼少期からの友の名を呼んだ。

 



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2:13 Practice

 

 旭光(きょっこう)が照らすは更地。南風(はえ)を受けるは私たち。実習訓練を行うために、東の方角に存在する"アストラ"と呼ばれる村に向かわなければならない。

 

「私、もう疲れまじだぁー……」

「俺もだぁー……」

 

 アリスとキリサメがげっそりとした顔で声を上げる。そう、目的地までの移動手段は馬車ではなく徒歩。私たちは前からAクラス・Bクラス・Cクラス・Dクラスの二列で並び、アストラまでの長い道のりを歩いていた。

 

「後ちょっとだって~! 頑張ろうよ二人とも~?」

「それ一時間前にも言ってましたよね……?」

「ん~、そうだったっけ~?」

 

 アカデミーを出発してから、休憩なしで三時間は歩き続けている。私とロイはまったく疲れを感じていないが、アリスとキリサメは既に息が上がっているようだ。

 

(……眼帯になっただけマシか)

 

 左目を覆っていた包帯は"黒色の眼帯"に変わった。包帯から眼帯へ変えただけでも、鬱陶しさは遥かに軽減される。

 

「俺の膝が悲鳴を上げているぜ……」

「お前の口よりは静かだ」

「うるさいってことですねすみませんでしたー!」

 

 それから一時間かけ、やっとのことで"アストラ"へと到着した。アカデミーから森林地帯へは四時間かかったが、森林地帯からアストラまでは三十分も経っていない。

 

「やっと着きましたぁぁあー!!」

「も、もう歩けねぇよ俺は……」

「二人ともお疲れ様~!」

 

 アストラは村と区別されている割に、まるで人気《ひとけ》がなかった。好き放題に生えた雑草。崩れ去った数々の建築物。区別するのなら"廃村"に近いだろう。

 

「アレクシアさん、体調の方は大丈夫かい?」

「私よりもこの二人を心配しろ」

「ははっ……それもそうだね」

 

 所有領地はクラスごとに四等分され、班別にテントを立てる作業が始まる。ロイとキリサメが"二班"と書かれたテント用具を運んできた。

 

「そんじゃあ、テントを立てようか」

「アリスちゃんとアビーちゃんはそっちの方を支えといて~! サディちゃんはそこで指示よろしく~!」

 

 私はテントの組み立てを客観的に観察し、形が崩れないように指示を出す。とても簡単な作りをしているのか、十分程度で迅速に組み立てられた。

 

「思っていたよりも広いんだね~」

「私も思いました……! 五人で入っても、まだ余裕がありますね!」

「集合時間に遅れたくないから、外の荷物を中に入れるよ」

「へいへいー」

 

 ブーツを脱いで、続々とテントの中へと入ってみれば、八人は入れるほど広さ。私たちはアビゲイルに声を掛けられ、外に置かれた荷物や、寝袋などを運ぶことにする。

 

「ていうか、実習訓練は女子と共同のテントなのか」

「共同なのは嬉しいな~! サディちゃんと夜にお話しでき――」

「お前は隅で寝ろ」

 

 浮かれているロイの寝袋を、テントの左端へと放り投げる。逆に自分の寝袋はテントの右端へと移動させた。

 

「じゃあさ、俺たち男子は左側に固まって、女子は右側に固まればいいんじゃね? テントの中央に仕切りのカーテンも取り付けられるみたいだし」

「はい、そうしましょう」

「え~? 折角皆で仲良くできると思ったのに~……」

「お前の野蛮な行動は、俺が死ぬ気で止めてやるからな」

 

 テント内の荷物整理を終えた私たちは、アーサーの元まで集合する。

 

「えーっと……今から軽く準備運動をしたら、"対人戦"を行うよ」

(対人戦……)

「形式は一対一。武装はここにある"木製"のルクス零式と"プラスチックの球形弾"が込められたディスラプター零式。一人一セットずつ、手に持ってね」

 

 古い籠に並べられた"木製のルクス零式"と、新品の箱に詰め込まれた"ディスラプター零式"。他の生徒が手に取っていく最中、私も武装へと手を伸ばしたのだが、

 

「おっと、アレクシアさんは見学をしていてね。先生がエイダに怒られちゃうから」

「……残念だ」

 

 アーサーに止められ、仕方なく見学を受け入れることにする。その一方でロイたちは武装を手に取り、軽く振り回していた。

 

「まずはDクラス内で対人戦の練習をしてみよっか」

「まずはってことは……この後、もしかして全体で対人戦をするんですか?」

「うん、トーナメント形式でね。……とはいっても、他のクラスとの交流会みたいなものだから、そんなに気張らなくても大丈夫だよ」

「交流会なのに、戦わないといけないんすか……」

 

 アーサーの回答を聞いたキリサメは、思わず苦笑してしまう。これは交流会というよりも、技術の競い合いだ。 

 

「先生も普通にバーベキューとかで交流会をすればいいのにって思うけど……。昔からずっと"対人戦"を続けてきたせいで、実習訓練の醍醐味みたいなものになっているから」 

「これってトーナメントで最後まで勝ち残ったら、何か貰えたりするんですか~?」

「えーっと、何も貰えないと思う。メリットは他の生徒から注目を浴びるだけ、かな?」

 

 つまりこの競い合いは、教師同士の自慢大会みたいなもの。自己顕示欲と承認欲求を満たすために生徒を戦わせる。生徒の為ではなく教師の為に開催される対人戦だ。

 

「それじゃあ、まずは準備運動でも始めよう」

 

 対人戦の前に準備運動を始めるアーサーたち。私は見学者として、他のクラスの様子を窺うことにする。

 

(あれがCクラスか)

 

 見覚えのある顔はデイル・アークライトとイアン・アルフォードの二人。アカデミーに入学してから、共に行動しているようで、仲睦まじく言葉を交わしている。

 

(……次がBクラス)

 

 歩みを進めれば、次にBクラスが目に入る。見覚えのある顔は、クレア・レイヴィンズとジェイニー・アベル。こちらの二人も同様に仲睦まじく、微笑み合っていた。

 

(最後にAクラスだな)

 

 Dクラスの領地から最も離れた位置にAクラス。見覚えのある顔はナタリア・レインズただ一人。彼女は側に立っている眼鏡を掛けた男子生徒を困らせているようだ。

 

(対人戦か) 

 

 私はDクラスの領地まで戻ると、ロイやキリサメが木製の剣をぶつけ合っている光景を目の当たりにする。アリスは一本の大木を標的にし、プラスチック弾が装填されたリボルバー銃を構えている。

 

(全体の実力を図れるいい機会だが……)

 

 ほんの僅かに湿った切り株へ、私は静かに腰を下ろした。森林地帯に囲まれているせいで、普段よりも湿気が多いため、妙に蒸し暑く感じる。

 

(……一体どうなることやら)

 

 私は蒸し暑さに吐息を漏らしながらも、腕と脚を組み直してから、キリサメたちの練習姿を傍観することにした。

 



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2:14 PvP

 

 時刻は午後十五時。クラス内での練習時間は終了し、トーナメント形式の対人戦が始まろうとしていた。私はアーサーの隣で傍観者として、対人戦を拝むことにする。

 

「よぉーし! 今から恒例の対人戦を始めるぞ!」

 

 生徒たちへ大声で呼びかけるのは、Aクラスの担任"ルーク・ブライアン"。スキンヘッドに、黒色の髭を生やした褐色肌の男。

 

「対人戦の説明は……"エンジェル"、よろしく頼む!」

「分かりましたー」

 

 ルークが説明を託した相手はBクラスの担任"ポーラ・エンジェル"。ウェーブが掛かった茶色の長髪に、ふわふわとした性格の女。

 

「皆さんには"半径二十メートルの円内"で戦ってもらいまーす。円の外に出たら失格でーす。勝敗が決まったら私たちがストップをかけるので、それまで頑張って奮闘してくださいねー」

(……雑なルールだ)

「アーサー。君のクラスには確か総合成績でトップを取った生徒がいたな。その子はもちろん今回の対人戦に出るんだろう?」

「えーっと、僕の隣にいる子がその子なんだけど……」

 

 アーサーに声を掛けてきたのは、Cクラスの担任"ジェイソン・ハモンド"。黒の前髪を横に分け、アーサーよりも大人びておらず、やや童顔が目立つ男。ジェイソンは私に視線を向けてくる。

 

「この子は訓練中に怪我をしてね。エイダにストップをかけられているから、今回の対人戦には出場しないよ」 

「そうなのか、そりゃあ残念だね。アーサーの自慢の生徒を拝めるのかと思ったのに」

「あはは……確かに誇らしいけど、総合成績でトップになれたのはこの子自身の能力と知識だからね。僕が自慢するのはちょっと違う気がするよ」

「……君が銀の階級まで上がって来れた理由が、今何となく理解できた」

 

 ジェイソンはアーサーの背中を軽く叩き、優しく微笑むと、自分のクラスの領地まで帰っていった。

 

「関係は良好なんだな」

「うん、でも先輩後輩の関係に近いよ。先生はまだ教師としても銀の階級としても新入りだから、ルーク先生たちに色々と教えてもらったりとか」

「他の教師は強いのか?」

「先生よりも強いよ。Aクラスのルーク先生は三年前から銀の階級だし、Bクラスのポーラ先生は男性に負けないほどの技量が備わってるし、Cクラスのジェイソン先生は銀の階級に任命されてからの一年間、功績ばかり出してるし……」

 

 他の教師を褒め称えるアーサー。私はこの男の首元にぶら下げられた銀の十字架を見ながら、

 

「お前はどうなんだ?」

「えっ?」

「銀の十字架は滅多に与えられるものではないはず。お前にも際立つ長所があったんだろう?」

 

 アーサー自身のことを尋ねた。しかしこの男は首を傾げつつ「うーん」と唸るだけで、何も答えようとしない。

 

「あんまり、自分の長所を見つけるのは得意じゃなくてね。考えても思いつかないよ」

「そうか」

 

 気が付けば、土地の中央付近に円形の闘技場が何個か作られ、対人戦は始まっていた。私は闘技場へ視線を移し、アーサーと共にDクラスの生徒を傍観する。

 

「うおわぁッ?!」

「あぁ凄いですね! お前はとても弱いです! 私が楽しめられないほどに、弱くてたまりません!」

(力技だな)

 

 ナタリア・レインズはすぐさま相手に接近し、一太刀で円の外へと吹き飛ばしていた。あの女の身体能力は、生徒の中では頭一つ抜けている。

 

「サディちゃん~! 俺のことを見ててね~?」

「あっ、あそこにロイくんがいるね」

 

 声を聞こえた方角へ顔を向ければ、こちらにアピールをするため、手を振っているロイが視界に入った。私は呆れた表情であの男の対人戦を眺めることにする。 

 

「ほらほら~? こっちだよこっち~!」

「くそっ! 全然当たんねぇ……!!」

(あの男、遊んでいるな)

 

 ロイは器用に相手の背後へと回り込みながら、剣やプラスチック弾を回避していた。すぐに勝負を決めないのは、こちらにそれを見せつけることが目的だろう。私は溜息をつき、すぐに視線を逸らす。

 

「……泳がせてごめんね~?」

「うわっ!?」

 

 私が視線を逸らしたタイミングで、ロイは相手を円の外へと片手で押し出す。その光景を最後まで見届けることなく、次にアリスの対人戦を見てみる。

 

「行きますよ……って痛い!?」

「あの、大丈夫ですか……?」

(アイツは何をしているんだ?)

 

 果敢に剣を振り上げたかと思えば、派手に前のめりで転んでいた。対人戦だというのに、相手に手を差し伸べられている。

 

「ははは、流石はアリスさんだね……」

 

 次に視界へ映ったものはキリサメが相手と交戦する光景。私はその光景を目の当たりにし、眉間にしわを寄せた。

 

「うおっ……うぉっ……あぶねぇ……!?」

「早くリタイアしてくれないか」

 

 キリサメが剣を構えているのに対し、相手は一方的にプラスチック弾を連射していたのだ。それも狙いどころか人間の急所ばかり。

 

(アイツは何者だ?)

 

 狙撃能力が長けているだけでなく、隙も見せずにプラスチック弾を補填している。銃の扱いに手練れた男子生徒だ。

 

「仕方ない。少し乱暴に終わらせてもらうぞ」

「――!?」

 

 男子生徒はリボルバー銃のグリップ部分でキリサメの剣を弾き飛ばし、円の外まで蹴り上げる。アーサーはその瞬間を目にし「おぉ!」と思わず声を漏らした。

 

「あの男はオリヴァー家の人間だろうな」 

「うん、先生も同じことを考えたよ。この場にいる生徒で、銃を使って接近戦をこなせるのは、オリヴァー家ぐらいしか思い当たらない」

 

 次々と円形の舞台で勝敗が決まれば、アリスとキリサメが重い足取りで私たちの元へやってくる。

 

「初戦で負けちまった……」

「私も相手の方と握手をしただけでした……」

「二人ともよく頑張っていたよ。先生はしっかりと君たちの姿を見届けていたから大丈夫」

 

 鼻先にバンドエイドを張ったアリスと、土に汚れた制服を着たキリサメ。アーサーはこの二人に励まし言葉を投げかける。

 

(あれはロイと――ジェイニーか)

 

 次なるロイの対戦相手はジェイニー・アベル。私はアーサーに慰められている二人を放って、ロイとジェイニーの対人戦を見ることにする。

 

「ねぇねぇ可愛い子ちゃん~? 名前は何て言うの~?」

「へっ? わ、私の名前はジェイニー・アベルですわ……!」

「ジェイニーちゃんね~! この後さ、俺と少し話さない~?」

(あの男は煩悩に塗れ過ぎだ)

 

 ジェイニーは剣を構えながら戸惑っていた。ロイは相も変わらず、ニコニコと笑みを浮かべている。私が呆れていれば、向かい側に立っている男子生徒の会話が私の耳に入った。

 

「やっぱ勝ち残るのは名家ばかりだな……」

「そりゃあ生まれつきの才能も能力も、俺たち一般市民とは桁違いだろ」

「でもよ、イザード家が見当たらないぜ?」

「馬鹿だなお前。イザード家は落ちこぼれの名家だぞ? 才能も際立った能力も何もない。俺たち一般市民と何一つ変わらねぇよ」

 

 二人の笑い声と会話内容は、私たちの耳元まで届くのに十分な大きさ。当然のように話を聞いていたアリスは、暗い面持ちで静かに俯く。

 

「あいつら……! アリスさんのことを何も知らないでベラベラと――」

「やーめた」

 

 キリサメは言い返すために声を上げようとする。しかしそれを遮るように、ロイがリボルバー銃を男子生徒に向けて構え、

 

「いてぇっ!?」

「うぉわっ!?!」

 

 二人の額にプラスチック弾を一発ずつ命中させた。ロイは満足したように円の外へと一歩だけ踏み出す。

 

「てめっ……何しやがる……!?」

「おまえ、今のワザとだろ!?! 名家の人間だからって調子に乗る——」

「俺、嫌いなんだよね~」

 

 怒声をぶつけられたロイは、普段通りの笑顔を二人に向け、

   

「――君たちみたいに声がデカいだけの男」

「――!」

 

 ハッキリとそう伝えると、そのまま円の外へと歩いていく。

 

「お、お待ちになって! まだ私との対人戦は始まってもいません!」

「まぁ不戦勝ってことにしといてよ~」

「やるな、ロイのやつ……」

 

 ジェイニーは手を振りながら去っていくロイを呆然と見つめていた。キリサメは感服していたようだが、私は"顔見知り"同士の対人戦を拝めなかったことに、思わず溜息をつく。

 

「戻ってきたよ~」

「あの、ごめんなさいロイさん……! 私のせいで、ロイさんを不戦敗にさせてしまい……」

「俺はアリスちゃんの為に動いただけだよ~。それに対人戦の勝敗なんて興味ないからさ~。気にしない気にしない~」

 

 時が経てば、対人戦は決勝という名の佳境に入る。決勝まで上り詰めた生徒はAクラスのナタリア・レインズとBクラスのクレア・レイヴィンズだ。

 

「あー!! お前は総合成績で二位のクレア・レイヴィンズさんですか?」

「うん、そうだよ」 

「なるほどなるほどぉ! ではお前を倒せば私が総合成績二位ということですねぇ?」

「私は簡単に倒されるつもりないから!」

 

 こうして決勝戦が始まる。ナタリアの怒涛の詰め方と荒れ狂う剣術。受け止めきれないだろうと思い込んでいたが、クレアはすべてを捌き切っていた。 

 

「いいですよぉ! 久しぶりに手応えのあるやつと剣を交えられて、私はとても嬉しいです! 嬉しすぎて――手加減できなさそうですねぇ!」

「こっちだって手加減する気はないからねッ……!」

(意外だな。クレア・レイヴィンズに剣術の才能があるなんて)

 

 客観的に見れば、ややナタリアが優勢だ。しかしあの"猛獣"を相手に、クレアは互角まで持ち込もうとしている。それが可能な時点で並大抵ではない。

 

「ですがですがぁ! お前の剣は私よりも軟弱なんですよねぇッ!」

「うそっ!?」

(……素手で相殺したのか)

 

 クレアの木製の剣による一振りを、ナタリアは自身の右拳で相殺させる。それだけでなく、木製の剣は刀身から真っ二つに折れてしまった。

 

「歯を食いしばってくださいねぇーー!?」

「ぐっ――」

 

 ナタリアは斬り上げによる追撃を放つ。クレアは両腕を十字に交差させ、受け止めようとし、 

 

「"負けられない"ッ!!」

「おやおやぁ?」

 

 一瞬だけクレアの瞳が紅色に染まった。ナタリアの木製の剣は、クレアの両腕に触れた瞬間、跡形もなく粉砕してしまう。

 

(……今、クレア・レイヴィンズの瞳が赤くなったのか?)

 

 これにはナタリアも流石に驚いていたようだが、すぐに握りしめていた持ち手を投げ捨て、

 

「――この敗北に誇りを」

「きゃあっ?!」

 

 飛び蹴りでクレアをあっという間に吹き飛ばした。クレアは態勢を整えられないまま、円の外で尻餅をついてしまう。

 

(ナタリアの勝利か)

 

 一進一退の決勝戦に生徒たちが大歓声を上げる。ナタリアは尻餅をついたクレアに手を差し伸べた。

 

「私の勝ちですが、お前は良い瞳をしていますね! 気に入りました!」 

 

 クレアはナタリアの手を握ると、その場に立ち上がり、

 

「……今回は負けちゃったけど、次は絶対に負けないから!」

 

 ナタリアに闘志を見せ、決勝戦は拍手喝采により幕を閉じた。 

 

 

 

 



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2:15 BedTime

 

 時刻は午後二十一時、場所はテント前。昼頃と変わらず湿気が強い。陽が落ちているにも関わらず、心なしか気温もやや上がっているような気がする。

 

「まさかこんなところに"天然温泉"があるなんて思いませんでした……!」

「……」  

 

 私たちは食事を摂った後、少し離れた場所にある天然温泉まで出向いた。クラスごとに入浴時間が決められており、Dクラスは十九時半から二十時までの時間で温泉に浸かったのだが、

 

「アレクシアさん、本当にいい湯でしたねー!」

(この女は犬なのか?)

 

 アリスは天然温泉に気分が高揚したのか、私の周りで犬のように泳ぎ回っていた。そのせいでゆっくりと考え事もできず、有意義な時間を過ごせていない。

 

「二人ともおかえり~! 温泉どうだった~?」

「天然温泉なんて初めてだったので、もう最高でしたよ……!」

「良かったね~」

 

 テント内に入れば、ロイとキリサメは既に寝間着姿で、寝袋の上に座っていた。班長のアビゲイルも、明日の日程を一人で確認しているようだ。

 

「アビーちゃん~! この後って、俺たち何か予定あるの~?」

「ないね。二十三時までに就寝するだけさ」

「それならさ~……」

 

 予定が空いていることを確認したロイは、自身の荷物をガサゴソと漁り始める。

 

「チェスを持ってきたから、皆で一緒にやらない~?」

「あ、奇遇ですね! 実は私もトランプを持ってきちゃいました!」

「おぉいいな! 早くやろうぜ!」

(……こいつらは子供か?)

 

 ロイが取り出したのはチェス盤と駒。アリスが取り出したのは箱に詰められたトランプ。私は呆れて物も言えず、自身の寝袋に潜り込む。

 

「アレクシアはやんないのか?」

「興味がない」

「アビーちゃんはどうする~?」

「あたしも明日のことを考えないといけないからパスで」

 

 盛り上がるロイたちへ背を向け、テントのシートを見つめる。そして徐々に瞼を閉じていけば、賑やかな声も徐々に遠のいていく。

 

『チェスだ』

『チェス……?』

『そう。もし私に勝てたら、お前が好きなクグロフを一生与え続けよう』

『悪くはないな』

 

 夢の中。"アイツ"が私にチェスで賭け事を持ち掛けてきた記憶が蘇る。

 

『けれどお前が敗北したら――私の命令を何でも聞いてもらうよ』

『……それは私が不利だろう』

『大丈夫。何でもとは言っても、クグロフ程度の命令に過ぎないから』

 

 条件を呑んだ私は"アイツ"とチェスを始めた。駒の色は私が後手の黒、アイツは先手の白。"アイツ"はゲーム開始と共に駒を動かす。

 

『チェスはさ。この世に存在するどんなゲームより面白いと思う』

『その理由は?』

『私たちと通ずるものがあるんだよ』

 

 私が黒の駒を動かせば、"アイツ"は間髪入れずに白の駒を手に取った。

 

『チェスは戦略と戦術のゲームだ。序盤は"本"のように、中盤は"奇術師"のように、終盤は"機械"のように指せ――それがチェスのすべてだ』

『……それがどうした?』

『序盤を既に確立された定跡に従うことを"本"。これは私たちが吸血鬼や食屍鬼を相手にしたとき、"心臓"を真っ先に狙うことと変わらない』

 

 そして白の駒を盤面に展開させていく。私も迎え撃てるように、盤面へ黒の駒を展開させた。これは序盤の定跡とも言える動きだ。

 

『中盤以降は定跡に頼ることが難しい。だからこそ要求される巧みさや機転を"奇術"に例える。これは私たちが想定していない吸血鬼の習性や行動に、対応することと変わらない』

『……そうかもしれないな』

 

 中盤は局面を優位にコントロールする必要がある。私とアイツは各々の戦術を考え、盤面上で何度も白黒の駒を衝突させ合った。

 

『終盤の"機械"は、特にチェックを意識する最終盤における読みの深さと、ミスを犯さない冷静沈着な精神だ。これは私たちが命乞いをする吸血鬼に決して情を抱かず、慈悲も与えず、確実に始末することと変わらない』

『……』

 

 終盤戦。私はしばらく考えた素振りを見せると、静かに自身の黒のキングを盤面上に倒した。

 

『私の負けだ。リザインする』 

『せめて"チェックメイト"ぐらいさせてくれ』 

『断る』

 

 不機嫌な私を小馬鹿にする笑みを浮かべた"アイツ"は、自身の白のキングを私の目の前まで移動させる。

 

『まぁいい。それよりもお前には命令を一つ聞いてもらうよ』

『私は何をすればいい?』

『命令内容は——今日から一週間だけ私の"専属メイド"になれ』 

『……は?』

 

 "アイツ"は颯爽と立ち上がり、クローゼットから使用人の衣装やらを持ってくる。それを目にした途端、私の顔色はみるみるうちに青ざめてきた。 

 

『愛想よく振る舞い、可愛らしく笑顔で、そして私のことは"ご主人様"と呼ぶ。身の回りの家事も全部やってもらうよ。お風呂で髪の毛も洗ってもらおう。あぁそれと、メイドの間は絶対に私の命令に従うこと。もし逆らったらメイド期間が一週間伸びるから気を付けろ』

『——』

『どうした? 早く着替えてくれ』

 

 私は屈辱感に満たされながらも、白黒のメイド衣装へと着替える。その間も、私の歯軋りの音は鳴り止まない。 

 

『き、着替えたぞ……』

『口の利き方が違うと思うけど?』

『き、着替えました……』

『そうそれだ』

 

 "アイツ"はパチンッと指を鳴らし、私の頭に手を乗せる。

 

『なるほど。これも悪くはないな』

『お前、賭け事の命令、本当はこんな茶番じゃなかったはずだ……』

『正解だメイドちゃん。途中で"これを命令するには荷が重すぎる"と思って、別の命令に変えたんだ』

 

 私の両頬は引き攣り、腹の底は煮えたぎっていた。屈辱と怒りが身体の内に混合し、今にも暴れ出しそうな程にだ。

 

『お前は女の癖して、男が命令するような趣味を嗜むんだな』

『私は"お前"じゃなくて、"ご主人様"だ。罰として「ご主人様、無礼な発言をしてしまい、申し訳ありませんでした。尊敬しているニャン」と言え。ポーズは両膝をついて、私の片手を胸元で握り、上目遣いでだ』

『お前……』

『命令に背いたらメイド期間が一週間伸びるぞ』

 

 震える身体を押さえながら、私はまず両膝をつく。そして"アイツ"の右手を握りしめ、強張った顔で"アイツ"を見上げた。

 

『今に見てろ。この屈辱は、いつか、いつかお前の記憶に刻まれるほどに、晴らしてやる……』

『分かった。早く言え』

『……ご主人、様、無礼な発言を、してしまい、申し訳ありませんでした……。尊敬、尊敬……してる……ニャン……』

『お前、顔が怖いな。猫というより獲物を前にした猛犬に近い』

 

 あの日から私はチェスを徹底的に極めた。二度とあのような屈辱を味わないようにと、"アイツ"にあの屈辱を与えてやると。

 

(……屈辱的な夢だ)

 

 私は寝袋でふと目を覚ます。屈辱を味わった夢のせいで、酷く心地が悪い。

 

(外の空気でも吸うか)

 

 寝袋からのそのそと這いずり出ると、テント内で立ち上がる。盛り上がっていたロイたちは既に就寝しているようで、辺りにチェスの駒やトランプのカードが散乱していた。

 

(……アビゲイル・ニュートンがいないな)

 

 テント内を歩くと、空の寝袋を一つ見つけた。アリスは私の隣の寝袋で眠りについていたため、恐らくはアビゲイルのものだろう。

 

(深夜だというのに、まだ蒸し暑いのか)

 

 涼しい風は吹いているものの、蒸し暑さはやはり拭えない。私はテントの外に出ると、星々が浮かぶ夜空を見上げた。

 

(あのチェスでの勝負で、アイツは私に"吸血鬼が存在しない世界を作り上げる"……という夢を託そうとしたのだろう)

 

 星々を数えていると、背後から草むらを踏みしめる音が聞こえ、ゆっくりと振り返る。

 

「あんた、起きてたの……?」

「悪いか?」

「いや、別に悪くはないけど……」

 

 立っていたのはアビゲイル・ニュートン。この女は気まずそうにしながらも、私の側まで歩み寄り、頭を下げてきた。

 

「……ごめん」

「急にどうした?」

「あんたに、謝れてなかったから。本当にごめん。あたしのせいで、あんたの左目は――」

「どうでもいい」

 

 私は頭を下げたアビゲイルに背を向ける。

 

「え?」

「どうでもいいんだよ。私には罪人を咎める資格も、善人を名乗る資格もない。左目を失った原因がお前だとしても、私は何も思わん」

「それじゃあ……あんたはあたしのことを許してるってこと?」

「咎める資格はないと言ったはずだ」

 

 私は左目を保護するために付けていた黒色の眼帯を外し、アビゲイルの方へと振り返った。

 

「もし私が今この場でお前の左目を抉り出したとして……。お前は私に怒り狂うか?」

「当たり前でしょ!? そんなことしたら誰でも――」

「先に私の左目を奪ったのはお前だ。私から報いを受けるのは当然のことだろう。にも関わらず怒り狂うなんて、随分と身勝手なヤツだ」

「っ……!」

 

 閉じられた瞼を開き、眼球が取り出された空洞を見せつける。

 

「だがそんな馬鹿げた真似をしたところで……何も残らない、何も戻ってはこない」

「……」

「『復讐は何も生まない』という言葉は綺麗事ではないだろう。復讐はその者の私怨に過ぎないからな。正確には『復讐は他者の為にならない』という方が正しいかもしれないが」

 

 私は黒の眼帯で左目を覆い、テントの入り口まで歩き出す。 

 

「私はお前のことをどうも思わない」

 

 そしてたった一言だけ告げると、アビゲイルを臘月(ろうげつ)の元へ置き去り、私はもう一度眠りにつくことにした。

 

 

 

 



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2:16 Group Activity

 

 天籟(てんらい)がざわめく森林地帯。私たちはアビゲイルを先頭に、隊列を組みながら、班行動をしていた。

 

「俺たちのキャンプ地ってどこにあるの~?」

「あたしらは六班だから南西の方角だよ。地図を見る限り、三十分ぐらいで辿り着けると思う」

 

 一日目は交流会という名の対人戦。二日目はアストラを旅立ち、班別で森林地帯のキャンプ。食屍鬼が徘徊する森林で、班員との"協調性"を磨くことが目的だとか。

 

「良かったです。三時間とかじゃなくて……」

「ほんとにな……」

 

 目的地までの到着時間を聞いたアリスとキリサメは安堵する。私は最後列で歩きながら、どこまでも広がる木々を見渡した。

 

(キャンプ地までの道は邪魔な木が排除され、日光が通りやすくなっている。これは食屍鬼避けの為に施されたのか)

 

 キャンプ地までの道を歩いているが、日光は必ず私たちを照らしている。日中の時間帯は、この道を歩けば安全に移動が可能なようだ。

 

(渡された武装はルクスαとディスラプター零式。後は木の杭か)

 

 食屍鬼を杭無しで始末ができるルクスα。銀の弾丸が詰め込まれたリボルバー銃であるディスラプター零式。そして吸血鬼を殺すための木の杭。

 

(……爵位が最底辺の男爵(バロン)すら殺せないな) 

 

 木の杭はルクスαが不具合を起こした場合の補填に過ぎない。これらは食屍鬼を相手にする前提の武装だろう。

 

「ここに"Dクラス六班"って看板があるってことは……ここがあたしらのキャンプ地だね」  

「おー、近くに川も流れてるな」

「サディちゃん~! 水浴びでもしようよ~?」

「勝手に沈んでろ」

 

 キャンプ地には『Dクラス:六班』という木の看板が立てられていた。私たちはテント内で荷物を整理して、キャンプ地付近を歩き回る。

 

「あのぉ、この後は何をするんですか?」

「先生が様子を見に来るまでここに待機だね」

「そんじゃあトランプでもして、時間を潰そうぜ」

「賛成~!」

 

 小さな椅子に座り、トランプを始めるキリサメたち。私は空を見上げているアビゲイルの横を通り過ぎ、小川を覗き込んだ。水底には小さな石がいくつも転がっている。

 

(ここは"中流"辺りか)

 

 私は川の水を右手で掬い上げ、口元まで運び、汚水ではないことを確認した。水分補給はこの小川で済ませられそうだ。

 

「みんな、待たせてごめんね……!」

 

 しばらくすれば、アーサーが六班のキャンプ地まで赴く。キリサメたちはトランプの手札を石の上に置き、その場に立ち上がった。

 

「遅かったけど、何かあったの~?」

「一班から順番に到着を確認していたんだけど……。五班がまだ到着していなかったから、森中を探し回ってね」

「え? 五班の生徒は見つかったんですか?」

「うん、途中で道を間違えてたみたい。先生がちゃんとキャンプ地まで案内したから大丈夫だよ」 

 

 アーサーは私たちの人数を確認すると軽く頷き、小川の上流の方角へと身体の向きを変える。

 

「明日の"朝八時"にアストラに集合だからね。後、この小川を辿って上流を目指せば、先生たちのキャンプ地に辿り着くよ。もし何かあったら先生たちのキャンプ地まで来てほしい」

「分かりました!」

 

 アリスが元気よく声を上げると、アーサーは上流の方角へ歩き出そうとしたが、

 

「あっそういえば……」

 

 伝え忘れていた内容を思い出し、小声で話を始める。

 

「ここだけの話……先生たちDクラスのキャンプ地は、他のクラスのキャンプ地よりも、徘徊している食屍鬼の数が比較的に少ないらしい」

「マジっすか……?!」

(道理で食屍鬼の痕跡すらないわけだ)

 

 このキャンプ地まで辿り着く間、食屍鬼の足跡は愚か、不快な鳴き声すら聞こえていない。食屍鬼が徘徊しているという情報はただの脅しかと疑っていたが、これなら納得がいく。

 

「うん。先生も整地されていない森の中を駆け回ったけど、一度も食屍鬼と会わなかったからね。みんなは運が良いよ」

「なら楽勝だね~。遊んでいても朝を迎えられそう~」

「でも気は抜かないようにね。夜は交代で見張りをして、いつでも動ける状態で仮眠を取ること。何が起きてもいいように、常に気を張り巡らせておくんだよ」

 

 アーサーは私たちに注意を促すと、キャンプ地から去っていった。キリサメたちは、アーサーの姿が見えなくなると、石の上に置いていたトランプを手に取る。

 

「んじゃあ、夜まで時間潰すか?」

「遊んで時間を潰すのは構わないけど、このキャンプ地から出ていくのは禁止だからね」

「そうしよっか~。変に出歩いて、食屍鬼と鉢合わせするのも面倒だし~」

「もし出ていく場合はあたしか他の奴に伝えるように」

 

 実習訓練とは思えない怠惰な時間。私は娯楽で時間を潰しているキリサメたちを他所に、小川の近くに転がっている大きな石の上へ神輿(みこし)を据える。

 

(食屍鬼を本当に杭無しで殺せるのかを試してみたかったが……この調子だと剣を抜くことすら無さそうだ)

 

 どうも水が合わない。私は小川の水面を見下ろし、吐息を漏らした。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 懐中時計の長針と短針が示す時間は一時。とっくに日は暮れ、頼りになるものは焚火の明かりのみ。私はリボルバー銃を弄りながら、テントの外でアリスと共に見張りをしていた。

 

「とっても静かですね」

「そうだな」

「本当に森の中に食屍鬼がいるんでしょうか……?」

「知らん」

 

 アリスへ適当に相槌を打ち、銀の弾丸を一弾だけ弾倉から取り出して観察する。 

 

(薬莢も"銀"で作られているのか。どうやらあの"子供"なりのこだわりがあるようだな)

 

 大事なのは食屍鬼へ撃ち込む弾丸が銀で作られていること。薬莢の役割はあくまでも弾丸の保護。それをわざわざ銀で統一するのは、シャーロットがそれなりにこだわりを持っているということだろう。

 

「あの、アレクシアさん……」

「何だ?」

「どうして私を、銃の暴発から庇ってくれたんですか?」

 

 こちらの横顔を見つめるアリス。私は銀の弾丸を弾倉に戻すと、アリスと視線を合わせた。

 

「庇ったわけではない。前にそう言ったはずだ」

「それなら何の為に?」

「知らん」

「知らないって……」

 

 その返答に釈然としないアリスが、私の右肩を勢いよく掴む。

 

「理由もないのに、どうして私なんかを助けたんですか……!?」

「……突然どうした」

 

 何故か焦燥に駆られているアリスが声を荒げ、私の身体を無理やり自分の方へと向かせた。

 

「私よりもアレクシアさんの方が何十倍も優秀なんです! 出来損ないの私を庇う必要はなかったはずです!」

「お前は情緒不安定なのか?」

「だって、私なんかがドジを踏んだせいで、アレクシアさんの左目を……」

「……周囲の人間に何か言われたな」

 

 私の発言を聞いたアリスの顔が、今にも泣きだしそうな表情へと変わったため、自身の言及が正鵠《せいこく》を得たものだったと確信した。

 

「何故お前が不評を集めている? 暴発事件を引き起こした元凶はアビゲイルのはずだ」

「私にも分かりません。気が付いたら、私がアレクシアさんに怪我を負わせたという変な噂が広まって……」

(誤った噂をワザと広めた人物がいるな)

 

 その人物の見当はついているが、この場で明かす必要はないだろう。私はそう判断し、アリスの顔から視線を外した。

 

「お前は一つ勘違いをしている」

「えっ……?」

「私はお前の銃が細工されていることに、最初から気が付いていた。当然、アビゲイルが銃に細工した犯人という事実もだ」

「気が付いてたんですか!? どうして私に教えてくれなかっ――」

「私はあの時、お前にこう言っただろう。"自分を信じないことが問題だ"……と」 

  

 あの言葉の真意は『技術ではなく銃に原因がある』というものだ。結局アリスは銃を疑わず、自分自身を疑ったままだった。

 

「お前やあの女だけじゃない。私も暴発を防げる立場だった。あれは私自身が招いた事故に過ぎない。お前がドジを踏もうが、あの女のせいで左目を失おうが……私にとってはどうでもいいことだ」

「……アレクシアさん」

 

 鼻をすすったアリスは急に立ち上がり、小川まで走っていく。

 

「情けない顔は見せられません……! 顔を洗って頭を冷やします!」

(顔を洗って、頭を冷やす……?)

 

 袖を濡らさないようにと小川で顔を洗うアリス。私は焚火をぼんやりと眺めながら、水の音を聞いていた。

 

「……あれ」

「どうした?」

「顔を洗ってたんですけど、川の水が少し臭ってて……」

「臭う?」

 

 奇異を感じていたアリスは顔を洗うのを止め、私の元まで戻ってこようとする。小川の方は暗闇に閉ざされ、視界は非常に悪い。

 

「何でしょう。鉄臭いというか、生臭いというか……」

「私が確認したときは臭いすらしなかった。お前の嗅覚がおかしいだけだろう」

「でも本当に臭うんです。顔を洗えば洗うほど臭って……」

 

 私は振り返り、仕方なくアリスの姿を視認する。左目を失っているせいで、暗闇では目が利かず、アリスの人影しか見えない。

 

「誰かが上流で花を摘んだ可能性が――」

 

 焚火に照らされるアリスの姿。私はそれを目にした途端、言葉を止めた。

 

「アレクシアさん、どうかしたんですか?」

「……自分の姿をよく見ろ」

「えっ?」

 

 アリスは視線を下ろすと、自身の衣服などを確認する。

 

「――血?」 

 

 呆然とした様子でぼそりと呟く。そう、アリスの顔や制服は真っ赤な血に塗れていた。頬を伝わる雫も紅に染まっている。

 

「い、いやぁぁああぁぁぁああッッーーーー!?!」

 

 辺りに響き渡るアリスの悲鳴。テント内で寝ていたキリサメたちが飛び起き、すぐに外へと顔を出す。 

 

「どうしたんだ!? 何かあったのか……ってアリスさん、どうして血塗れに!?」

「か、川が……」

 

 アリスの後に続いて、松明を持ち、全員で小川を確認しに行けば、

 

「これはどういうことかな~?」

「……何が起きてんの」

 

 ロイとアビゲイルが顔をしかめる。私たちの足元にある小川は、血によって染められていたからだ。流れてくる方角は上流。アーサーたちのキャンプ地からだろう。

 

「まさか、先生たちに何かあったんじゃ……」

「ど、どうしましょう?! 私たちで様子を見に行くべきでしょうか?!」

「落ち着きな。あたしらの場合、ここから動く方が危険だよ。素直に待機して連絡が回ってくるのを待った方が――」

「どうだろうな」

 

 指示を出すアビゲイルを私は鼻で笑う。そして腰に携えたルクスαを右手で抜き、左手にディスラプター零式を構えた。

 

「川からの血の臭いがより濃くなっている。私たちがこのままここに長居をすれば――」

「ガァァアアァアッ!!!」

「アッハハハハ!!!」

「――臭いに引き付けられた食屍鬼に囲まれる」

 

 次々と食屍鬼が草むらから顔を出す。一匹、二匹どころの話ではない。指折りで数えられないほどの食屍鬼が、私たちのキャンプ地を取り囲んでいた。

 



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2:17 Genus

 

 静寂に包まれていたキャンプ地は修羅場と化していた。食屍鬼の首が宙を舞い、肉片が飛び交い、制服に返り血を浴びる。

 

「アッハハハハ!!!」

「耳障りだ」

「ア"ッ――」

 

 ルクスαの刀身から紫外線が放出されていることで、食屍鬼の肉体は容易く斬り刻むことができた。

 

(杭無しで本当に食屍鬼を殺せるみたいだな)

 

 心臓をルクスαで傷つければ、食屍鬼はすぐに灰へと変わり果てる。私は襲い掛かる食屍鬼を次々と叩き斬り、ディスラプター零式で草むらから飛び出してくる食屍鬼を撃ち落とした。  

 

「数が多すぎねぇか!?」

「同感だね~。森林地帯の食屍鬼が全部集まってきてたりして~」

「じょ、冗談でもそんなこと言わないでください!」 

 

 殺しても殺しても、食屍鬼は湧いて出てくる。私はキリサメたちに前線を任せ、後方で傍観しているアビゲイルの元へ後退した。

 

「どうするんだ?」 

「そんなこと、あたしに聞かれても……」

「お前が班長だろう。早く決断しろ」

 

 私が指示をするように促すと、決意したアビゲイルがやっとのことで、  

 

「全員、キャンプ地から西の方角へ退避する!」

 

 声を張り上げて、キリサメたちに指示を出した。

 

「先生たちの元へ行かないのか……?!」

「上流まで川を辿っても、食屍鬼にまた囲まれるだけ!! これからの行動を考えるために一旦退くんだよ!!」

「賛成だね~! 今は食屍鬼を巻いた方が良さそうだもん~!」

 

 食屍鬼の身体を両断したロイが、アビゲイルの指示に同調する。私はその場から駆け出し、ロイたちの前へと立つと、食屍鬼に照準を定め、弾倉に補充した銀の弾丸を撃ち切る。

 

「お前たちは避難しろ。私が前線で食屍鬼共の相手をする」

「でもアレクシアさん一人じゃ――」

「私がいつ逃げないと言った? 少し時間を稼ぐだけだ」

「……絶対に追いつけよアレクシア!」

 

 アリスたちが西の方角へ逃げていくのを視認してから、私は食屍鬼の群れに単身で突っ込む。そして回転しながら剣を振るい、食屍鬼を葬っていく。

 

「ウガァ"ア"ァ"ア"――」

「あの子供、いい武装を開発するじゃないか」

 

 杭を刺す手間が省けるだけで、食屍鬼はそこらの"野生の獣"と変わらぬ格となった。私は静かに微笑み、背後から迫る食屍鬼の心臓に剣を突き刺す。

 

(時間稼ぎは十分だ)

 

 弾倉に銀の弾丸を込めながら、私は西の方角へ走り出した。後方から残った食屍鬼が追いかけてくるが、

 

(私に追いつけるはずがないだろう)

 

 転生者としての肉体強化、吸血鬼の身体能力。この二つが掛け合わさった足の速さに、食屍鬼が追い付けるはずもない。私は暗闇の中でキリサメたちの足跡を辿り、早足で歩き続けた。

 

「……何だ。ここにいたのか」

 

 足跡は草むらの陰まで続いている。私は試しに草むらの陰を覗き込んでみれば、キリサメたちが地面に座り込み、息を潜めていた。

 

「アレクシア!」

「サディちゃん~! 無事で良かったよ~!」

 

 こちらの姿を見たキリサメとロイは、安堵した表情で控えめの声を上げる。

 

「怪我は?」

「食屍鬼に遅れは取らない」

「あんたが自信に見合った実力で良かったよ」

 

 私はアビゲイルに返答し、その場に座り込んだ。アリスは怯えているのか、震える膝を抱えて、口を固く閉ざしている。

 

「んでさ、これからどうすんだよ……? もう俺たちのキャンプ地までは戻れないだろ?」

「そうだね。あたしらはとにかく、先生たちがいるキャンプ地まで向かった方がいい。今は安全な場所に避難するべきだからね」

「安全な場所か……」

「何? 何か気になることでもあんの?」

「いいや、"まだ"気にはならない」 

 

 私たちは方位磁石を頼りに北東の方角へ歩き始めた。食屍鬼共が血の臭いに釣られていることで、道中は安全に歩を進めることができる。 

 

「あの、血の臭いが強くなってませんか……?」

「川に近づいているからじゃないの~?」

「川と同時に教師のキャンプ地にも近づいている。安全な場所に近づけば近づくほど、血の臭いが強くなるなんておかしな話だ」

 

 焚火の明かりが木々の向こうから見えてきた。先頭を歩いていたアビゲイルは、駆け足で草むらからキャンプ地へ飛び出す。

 

「……嘘」

 

 しかしすぐに呆然とした様子で立ち尽くしてしまった。私たちも教師が野宿しているキャンプ地へと顔を出せば、

 

「何だよ、これ……?」

「うっ……うおぇぇっ!!」

 

 キリサメはみるみるうちに絶望した表情へと変化していき、アリスは口元を押さえ嗚咽を漏らした。

 

「酷い有様だ」

「……そうだね」

 

 私とロイは静かに"惨状"を眺める。キャンプ地には生きた人間など誰一人としていなかった。その代わりに地面は血に塗れ、腕や足などの"肉塊"が転がっている。

 

「銅の十字架か」

 

 死体はアーサーたちのものではなく、実習訓練に同伴していた銅の階級の人間たち。私は焚火近くに落ちていた銅の杭のホルスターを拾い上げ、小川の方へ視線を移す。

 

「血が流れていたのはこの場所から……」

 

 小川には一人分の死体が、強引に沈められていた。私はキャンプ地で不自然な点をいくつか見つけると、アビゲイルたちの元へと戻る。

 

「厄介なことになった」

「厄介なことって~?」

「この惨状を引き起こしたのは食屍鬼じゃない。知能を持った"ナニカ"がいる」

「吸血鬼、ですか……?」

 

 私はアリスの問いかけに否定も肯定もせず、上半身と下半身が千切られた死体を見つめた。

 

「断定はできない。死体の状態はあまりにも不自然だ。吸血鬼が怪力だけで人間をバラバラにしたのなら、"噛まれた痕"なんて残ると思うか?」

 

 一部の死体には肩から腰までに掛けて、獣に噛まれた痕のようなものが残されている。吸血鬼の仕業だとは考えにくい。

 

「じゃあ、オオカミの群れとかワニに襲われたってこと?」

「いや、ただの獣や爬虫類じゃない。このキャンプ地を奇襲した"ナニカ"は川に死体の血を流し、私たちを混乱させようとした。つまり知能を持っているということだ」

「知能を持った動物……? そんな動物なんて、この世に存在するんですか?」

「……私にも分からないな」

 

 転生を重ねてきた私ですら、惨状を招いた"ナニカ"に見当がつかなかった。燃えている焚火を眺め、私は改めて思考を巡らせる。 

 

「もう一つ、気になった点がある」

「……何が気になったんだ?」

 

 それは小川が血で染められている時に、脳裏を過った懐疑な点。私はキリサメたちの方を向き、リボルバー銃を取り出した。

 

「私たちは食屍鬼と交戦した時、銃を何度も発砲しただろう?」

「そうだね~。俺はもう全弾使い切っちゃったし~」

「おかしいと思わないか?」

「おかしい……というのは?」

 

 足元に落ちている遺品の銃を拾い上げ、弾倉をアリスたちに見せる。

 

「弾倉に弾丸は込められていない。つまり"ナニカ"から奇襲を受けた際に、この銃で抵抗したということだ」

「そりゃあ抵抗するだろ。それの何がおかし――」

「ならどうして――私たちのキャンプ地まで"その銃声が聞こえなかった"んだ?」

「……!」

 

 食屍鬼と交戦する前、銃声など全く聞こえてこなかった。それはこのキャンプ地まで歩いている時もだ。

 

「Dクラスのキャンプ地はこの川沿いにある。他の班も同じように食屍鬼に襲われているだろう。なのにここへ辿り着くまで、銃声が一つも聞こえないなんて奇妙な話だな」

「アレクシアさんの言う通り、私たちや食屍鬼以外に物音は聞こえませんでした!」

「あんたの『"まだ"気にはならない』って答え……そういう意味だったんだね」

「抵抗する間もなく殺された可能性もあるが……この場で発砲した痕跡を見つけたからな」

 

 遺品のリボルバー銃を投げ捨てると、私は四方八方を見渡した。

 

「こんな状況じゃ、安全な場所なんて無さそうだな」

「今は朝になるのを大人しく待つしかないね。あたしらにはどうにもできないし……」

「ここは居心地も悪いし、さっきの草むらまで引き返す~?」

「そう、ですね……。長居はしたくありません……」

 

 アビゲイルたちが話し合っている最中、風に揺れる木々を見上げ、私は眉をひそめる。

 

(奇妙だな。私たちがここへ辿り着いたとき――)

 

 私たちの側に生えた木々が揺れている。彼方から風が吹いている。

 

(――こんなにも"静か"だったか?)

 

 そう疑念を抱いた瞬間、無音の世界で私の身体に物体が衝突し、大木に背を打ち付けていた。

 

「……ッ」

 

 キリサメたちは私には気が付いていない。未だに言葉を交わしている。

  

「警戒しろッ……!」 

「なっ、アレクシア……!?」 

 

 私が声を上げれば、キリサメたちはこちらの姿を見て、目を丸くした。私は痛みに狼狽えず、リボルバー銃をキリサメたちの方角へ連射する。

 

「あ、危ないねぇ!? あんた、あたしらを殺すつも――」

「黙って周囲を見渡せ……!」

「……な、なんですかアレは!?!」

 

 そして弾倉に銀の弾丸を込めながら、私は"ソイツ"を睨みつけた。

 

「受け身を取ったか、人間」

「無傷だったか、人間」

「我に抗うか、人間」

 

 三つの頭を持つ巨大な獣。口元から涎を垂らし、茶色の毛並みを持っている。その威圧感に、アリスたちは思わず後退りをした。

 

「我らは一ノ眷属——"ケルベロス"」

「は? ケルベロス……?」

(……道理で人間が吸血鬼共に敗北し続けるわけだ)

「我らの"大切な子供たち"を殺したのは――」

 

 ケルベロスと名乗った獣は、三つの頭で大きく深呼吸をし、

 

「オマエたちかぁぁあ"あ"ぁぁあ"あ"ーーーー!!!」

(――こんなイレギュラーなヤツがいたらな)

 

 私たちに向けて、怒りの咆哮を上げた。

 



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2:18 Cerberus A

 鼓膜を大きく揺さぶる咆哮。私は剣を鞘から引き抜いて、ケルベロスの元まで接近する。

 

「無謀だ、人間」

「無意味だ、人間」

「無駄だ、人間」

 

 右前足の爪で薙ぎ払いを仕掛けてくるが、私はその場で飛び上がり、中央の頭頂部へと剣を突き刺した。

 

「小賢しいぞ、人間」

「効かぬぞ、人間」

「死ぬぞ、人間」

「お喋りな犬だ」

 

 左右の頭部がこちらに噛みつこうと首を伸ばしてきたため、リボルバー銃を発砲し、四発の弾丸で両眼玉を撃ち抜く。

 

「チッ……」

 

 ケルベロスは咆哮を上げながら、大きく身体を揺さぶる。私は剣を一度引き抜き、キリサメたちの元まで飛び退いた。

 

「アレクシア、ここから逃げた方がいい! あんな化け物には敵わねぇって!」

「アイツは血を流した。血を流したのなら、必ず殺せる」

「そんな脳筋みたいな理由で……!」

 

 キリサメはケルベロスに対して恐怖するよりも、焦燥に駆られている。私は不信感を抱きつつも、リボルバーの弾倉へ弾丸を込め、

 

「どちらにせよ、アイツからは逃げられない。だから私がアイツを殺す。お前たちは今すぐこの場から離れろ」

「待てよ、アレクシア……!」

 

 ケルベロスへもう一度斬りかかった。キリサメが背後から呼びかけてくるが、無視をして中央の頭部に剣を振り上げる。

 

「ソイツは――」

 

 私が接近すれば、茶色の毛を逆立て、三つの頭部でこちらを睨みつけた。未だに呼び掛けてくるキリサメ。

 

「――"炎"を操れるんだ!!」

「――!」

 

 その言葉を耳にした瞬間、私はすぐに後方へと飛び退く。

 

「「「我らの獄炎を味わうがいい、人間」」」

 

 すると咆哮と共にケルベロスの身体は発火し、灼熱の炎に覆われた。周囲に吹き荒れる熱風と共に、迫りくる炎が私の肉体を包み込む。

 

「チッ……!!」

「アレクシアさん!」

 

 血塗れの地面に転がりながら、羽織っていた制服のコートを他所に投げ捨てた。コートは燃え盛り、あっという間に塵へと変わる。

 

「無茶苦茶な犬だ……!」

 

 私はすぐに態勢を立て直すと、中央の頭部に付いた両目玉を撃ち抜き、キリサメの胸倉を掴み上げた。

 

「お前、何故アイツが炎を操れると分かった?」

「そ、それは……」

「サディちゃん、あの化け物の視界は塞がってる! 今のうちにここから逃げようよ!」

「同感だね……! こんな状況で言い争いして、あの猛犬の餌になるなんてごめんだよ!」

 

 冷めた眼差しを送る私の背中を、ロイが軽く押してきた。アビゲイルやアリスも私とキリサメを引き離し、森の中へと駆け足で連行される。

 

「見えぬな、兄弟」

「追えぬな、兄弟」

「案ずるな、兄弟」

(やはり傷は再生するか)

 

 後方を振り返れば、私が与えたケルベロスの傷は徐々に再生していた。あの図体で、吸血鬼特有の再生能力まで持ち合わせているらしい。

 

「……ふぅ、ここまでこれば今は大丈夫だよね~」

 

 数分ほど森林地帯を全力で走り抜け、ケルベロスを撒くことに成功する。私たちは木々の近くで腰を下ろし、呼吸を整えた。

 

「アレクシアさん……その火傷……」

「大した怪我じゃない。熱湯を被った程度だ」

 

 露出した両肩の皮膚が酷く腫れている。制服も焦げ臭く最悪の気分。私はその場に立ち上がり、俯いているキリサメの元まで歩み寄った。

 

「さっきの続きだ。何故あの犬が炎を操れると分かった?」

「……」

「なるほどな。ならば聞き方を変えよう。何故あの犬が炎を操れると"知っていた"?」

 

 私に追及されたキリサメは、唇を歪ませながら片手で額を押さえる。

 

「この世界に転生してくる前、読んでいた小説があったんだ。その小説は、俺が前に話した"異世界転生"をテーマにしたものでさ。高校生の主人公が異世界に転生して、無双する物語だった」

「……それで?」

「他の異世界転生モノと違ったのは、主人公は悪役として人間相手に無双する物語だってこと。魔獣を何十匹も側近として従えてさ。悪人たちを殺戮し放題の、爽快な異世界転生モノだったよ」

「それとこれとで何の関係が――」

「――使役する魔獣の中にも、ケルベロスがいたんだ」

 

 キリサメがゆっくりと力強く放った言葉を耳にし、私は一度口を閉ざした。

 

「……何だと?」

「これは偶然じゃない! 小説の中のケルベロスとあいつはそっくりなんだ! 炎を操る前の予備動作とか、本当にそのまんまなんだよ……!」

「それは嘘じゃないんだな?」

「嘘じゃない、本当だ!」

 

 キリサメの瞳を見つめる。感じ取れるものは"焦り"と"混乱"。この男は嘘をついていないようだ。

 

(……今はコイツの話を信じるしかなさそうだ)

「あ、あのぉ! 先ほどから、何の話をしているんですか……?」

「うんうん~。異世界がなんたら~……っていうのはどういうこと~?」

「……分かった。皆に、俺のことについて教えるよ」

 

 キリサメは話についていけないロイたちへ、自身が違う世界に住んでいたことを事前に伝え、"ケルベロス"と"小説"の関係性を説明する。

 

「キリサメさんは、そんな世界に住んで……」

「少し変わってるな~って思ったけど、やっぱり特別な事情を抱えていたんだね~」

「あたしらの世界が、異世界……」

 

 ロイたちはキリサメの話を聞き、納得をしたり不審がる様子を見せた。私は三人を押し退けて、キリサメに自身の顔を近づける。

 

「単刀直入に聞かせてもらう。あの犬を殺す方法を教えろ」

「それが、分からないんだよ」

「分からないだと?」

「言ったろ。主人公は異世界で無双するって。従える魔獣もみんなどいつも強くてさ。弱点らしきものも一切出て来なかったし、劣勢になったことすらないんだ」

「つまり私たちが相手にしているのは、"子供が考えた絶対無敵の最強の魔獣"ということか」

「まぁ、間違ってはないけど……」

「……本当に馬鹿げているな」

 

 私は子供が妄想したような設定を聞き、鼻で笑ってしまった。無敵で最強で絶対勝者。こんな馬鹿げた存在と戦うことは、ほぼ無謀に近いだろう。

 

「もう一つ聞くことがある。あの犬は炎を操る以外にも、奇妙な力を持っているんじゃないか?」

「アレクシアの言う通りだ。炎を操る力と、"範囲内の音を消せる力"がある」

「やはり音を消せるのか」

「あぁ。確か小説の設定だと、ケルベロスの位置から"半径十五メートル内"の"声以外の音"を消せる……って書いてあったはず。ついでに"鼻も利く"ってな」

「どうりで銃声が聞こえないわけだ」

 

 ケルベロスが現れる直前、木の葉の擦れる音や風の音がまったく聞こえなかった。当然、ケルベロスの足音も荒い息も耳には届いていない。 

 

「……全員、覚えておけ。あの犬が接近したとき、自然の音が聞こえなくなる。それを目印に犬の接近を察知しろ」

「で、でもどうしましょう? 倒し方も分からないままでは、逃げることしかできないですし……」

「朝になるまで待てばいいんじゃない~?」

「駄目だ……! ケルベロスは日光じゃ死なない! 朝になっても、俺たちを殺そうとどこまでも追ってくる!」

「なら答えはたった一つ――ここであの犬を殺すだけだ」

 

 私はリボルバー銃に弾丸を補充すると、鞘に納めていた剣を引き抜く。

 

「どうすんのさ? あたしらの武装で、あんな化け物を殺せる火力なんて出せるの?」 

「私に考えがある」

「考えって何ですか?」

 

 アリスたちへ私は考えた作戦を伝えた。作戦の内容を聞けば聞くほど、四人が神妙な面持ちへと変わっていく。 

 

「……あんた、それマジで言ってんの?」

「本気だ」

「やってみる価値はあるね~。このままやられっぱなしもムカつくし~」

「私も、覚悟を決めます……!」

「分かったよ。あの化け物から生き残るためだ。あたしも協力する」

 

 ロイたち三人は賛成したが、キリサメは同意しようとしない。私はこの男に視線を送る。

 

「そんなんで、本当に勝てるのか?」

「今は勝つか負けるかじゃない。殺すか、殺されるかだ。腹を括れ」

「……あぁ、そうだよな。この世界は――異世界転生ほど甘くないんだろ?」

「分かっているじゃないか」

 

 私たちは五人で顔を見合わせると、ケルベロスが臭いを辿ってくるまで、作戦の下準備を始めた。

 

「……音が聞こえなくなった。作戦通りに走れ」

 

 そして自然の音が聞こえなくなったタイミングで、五人バラバラの方角へ走り出す。ケルベロスは三つの頭部を不規則に動かし、私たちが逃げていく後ろ姿を眺めた。

 

「また逃げたな、人間」

「臆病者だな、人間」

「滑稽だな、人間」

 

 作戦開始。私はリボルバー銃を一定間隔で空に連射しながら、森林地帯を駆け抜けた。 

 

 

 



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2:19 Cerberus B

 西の方角から一発ずつ聞こえてくる銃声。私はそれを聞くと、銃声を鳴らして森林地帯を走り抜けた。

 

『——その為には時間を稼ぐ必要がある』

『どうやって時間を稼ぐんだよ?』

『各々、違う方角へと駆け出せばいい。あの犬の身体は一つだ。私たちのうち、誰か一人しか狙えないだろう。その一人が囮となり、他の者たちが作戦の準備を進める』

『で、ですが……誰が追われてるのかが分からないと、時間を稼ぐことなんて……』

 

 作戦を遂行するために必要な時間稼ぎ。私は誰か一人が囮となる方法を提案していた。

 

『最後まで話を聞け。まず私たちは西・北西・北・北東・東で別れる。そして一分経過したら、西の方角から順番に銃声を鳴らせ』

『銃声を鳴らすの~?』

『あの犬は周囲の音を消すからな。銃声が途絶えた位置で、私たちには誰が狙われているのかが分かる。逆に狙われている者は、私たちの銃声が聞こえない。これで状況の把握が可能だ』

『囮になったら、どうすればいいんだよ?』

『体力が尽きるまで逃げ続け、この場所まで戻ってこい』

 

 私が囮の役目を説明すると、四人は驚愕して顔色を変える。

 

『そんな無茶なことできねぇよ……!』

『無茶をしなければあの犬を始末できない』

『もしあの化け物に追い付かれたらどうするんですか……!?』

『死ぬことになる』

『みんなの場所まで戻れなくなったらどうするの~?』

『囮は死ぬ。だがあの犬が次に狙う標的は残った者たちだ。何もしなくても、ここまで誘い出せる』

 

 苦言を呈する三人。しかしアビゲイルだけが意を決し「分かったよ」と囮役の過酷さを受け入れる。

 

『おい、お前はこんな無茶な作戦で死にたいのかよ……!?』

『だったら五人で仲良く、ここでくたばるつもり!? あの猛犬の情報もリンカーネーションに伝えられず、なすすべなく殺されることが最悪の結末でしょ!?』

『それは、そうだけどさ……!』

『ソイツの言う通りだ。お前はともかく、私は五人で死ぬつもりはない。お前たちの誰かを犠牲にしてでも、私は生き残るつもりでいる』

 

 私とアビゲイルの言葉を聞いたキリサメたちも、異論を抱えたまま渋々同意をした。

 

(……西と北西は聞こえているか)

 

 西の方角へ逃げたのはロイ、北西はキリサメ。私は北の方角へ逃げている。キリサメが銃声を鳴らしたことで、私もまた周囲に状況を知らせるために銃声を鳴らした。

 

(北東も聞こえているな)

 

 北東はアビゲイル。つまりケルベロスが追いかけた先は——アリス・イザードが逃走した東の方角。

 

(やはり、あの女が狙われたか)

 

 アリスは血染めの川で顔を洗ったことで、僅かに血の臭いが付着している。ケルベロスが鼻を利かせているのなら、血の臭いを付着させたアリスを追いかけるだろう。

 

(伝えるべきか迷ったが……。これが正しい選択だろう)

 

 五人の中で生贄に捧げるとすれば、無能なアリス・イザード一択だ。あの場で本当は囮役を押し付けたかったが、他の者から批判を浴び、話が長引くため、敢えて黙っていた。

 

(この状況で犠牲にするべき人物は、あの女だ)

 

 キリサメはケルベロスに関する知識。ロイは身体能力の高さ。アビゲイルは作戦に必須の技術力。しかしアリスには何もない。損失を考えれば、時間稼ぎの囮役はアリスが適任だ。

 

『アレクシアさん……!』

『何だ?』

『絶対に、生き残りましょうね! またアカデミーの食堂で、一緒にご飯食べましょう!』

『……そうだな』

 

 別れ際の台詞が脳裏を過る。ケルベロスから逃げる体力もないアリス。きっと追い付かれ殺される。二度と会うことはないだろう。

 

(作戦の準備に取り掛かるか)

 

 状況は把握できた私はその場に立ち止まり、駆け抜けた道を引き返すことにした。

 

 

―――——————————————

 

 

 東の方角。アリス・イザードは風の音も木々が揺れる音も聞こえない無音の世界で、ひたすらに全力で走っていた。

 

「はぁっ……はぁっ……!」

 

 木々を薙ぎ倒しながら追いかけてくるケルベロス。アリスは呼吸を荒げながら、東の方角へ走り続ける。

 

「遅いぞ、人間」

「追い付かれるぞ、人間」

「死ぬぞ、人間」

「きゃあっ!?!」

 

 弄ぶようにして飛ばした木片が、アリスの背中に直撃し前のめりに転んだ。

 

「もっと、逃げない――げふッ!?」

 

 立ち上がろうとするアリスの背中を、ケルベロスは左前足で踏みつけ、地面に押さえ込む。

 

「捕まえたぞ、人間」

「小賢しいぞ、人間」

「食い千切るぞ、人間」

「いッ……!?!」

 

 逃れようと暴れ回るアリスの背を、更に力強く押さえつける。無音の世界でギシギシとアリスの骨が悲鳴を上げた。

 

「臭うな、人間」

「仕組んだな、人間」

「囮だな、人間」

「そ、そうですよ……! 私は……囮です……!」

 

 アリスは苦しさを紛らわせようと微笑する。ケルベロスは右端の頭部でアリスの顔を覗き込むと、

 

「血の臭いで我らを誘い出したか。他の者に見捨てられたな、人間」

「見捨てられて、ません……。これは、私が選んだことですっ……」

 

 鼻息で桃色髪を乱れさせた。アリスは荒げた呼吸を整えつつも、勝ち誇ったような笑みを浮かべ続ける。

 

「私は、何の役にも立ちませんっ……。役に立たないから、血の臭いを付けて、自分から囮役になったんですっ……。これが皆さんの役に立てる、唯一の方法ですからっ……」 

「命が惜しくないのか、人間」

「皆さんには、私のことを沢山救ってもらいました! 私が、私が恩返しできるのは、今しかないんです……! この命を投げ捨ててでも、皆さんの為になるのなら、それが本望ですっ!」

 

 アリスは作戦内容を聞いている時、既に気が付いていた。血の臭いでケルベロスが必ず自分の元まで追ってくることに。アレクシアもまた――それを理解しているということに。

 

「良い覚悟だ、人間。我らの炎で、その骨髄ごと塵へと変えてやろう」

 

 ケルベロスは毛を逆立て、周囲に熱風を漂わせる。アリスは自身の死を悟ると、静かに目を瞑った。

 

(アレクシアさんは、私を助けてくれた……。だから、今度は私がアレクシアさんを――)

 

 無音の世界、ケルベロスの上空を舞う人影が一つ。弾丸が六つの眼球を貫き、血が辺りに飛び散る。

 

「前が見えん、兄弟」

「我も見えん、兄弟」

「何も見えん、兄弟」

 

 狼狽えているケルベロスの左前足が斬り裂かれ、押さえつけられていたアリスを人影が強引に引きずり出す。

 

「えっ……あっ……」

 

 動揺しているアリスを立たせた人物は、アレクシア・バートリ。彼女はどこからか視線を感じたようで、ある個所の草むらをしばらく見つめる。

 

「……方角は向こうだ。走るぞ」

 

 そしてアリスの腕を引き、無理やり走らせた。走りながらも混乱していたアリスは、アレクシアへこう尋ねる。

 

「ど、どうしてここへ……」

「準備が手短に済んだ。ただそれだけの理由だ」

 

 後方からケルベロスが追ってくるのを視認したアレクシアは、アリスを先に走らせ、自身はその場に立ち止まった。

 

「ここからは無能なりに走れ。私があの犬を連れて行く」

「で、でも……!」

「役立たずがいても邪魔なだけだ。早く行け」 

 

 アリスは喉まで這い上がっていた"とある言葉"を呑み込み、振り返らずに全力で走り始める。一人残されたアレクシアは、弾倉に弾丸を込めながらも、近づいてくるケルベロスを見据えた。

 

「囮か、人間」

「生贄か、人間」

「庇うか、人間」 

 

 鼻息を荒くするケルベロスから注目を浴びるアレクシアは、両手を軽快に何度か叩く。

 

「犬共、散歩の時間だ。三匹分のリードは必要か?」

「愚弄するな、人間」

「儚いな、人間」

「後悔するな、人間」

「あぁそうか。必要なのは躾か」

 

 挑発するような笑みを浮かべれば、ケルベロスは不機嫌な面持ちで鼻息を更に荒くさせた。アレクシアは右の手の平をケルベロスの前に差し出す。

 

「まずは"お手"だ。その前足を私の手の上に――」

「「「舐めるな、人間……!」」」

 

 ケルベロスは怒声を上げ、左前足でアレクシアを踏み潰そうと振り下ろした。しかしアレクシアは後方へ宙返りをして、それを回避する。

 

「犬共、それは"おかわり"だ」

「我らを子犬扱いするか、人間」

「許せなぬな、兄弟」

「殺してやろう、人間」

「言葉が揃わなくなったな、犬共。犬扱いされてご乱心か」

 

 喰らいつこうと迫りくるケルベロスの頭部。アレクシアは木々の陰に隠れながら、猛攻をすべて防ぎ切る。

 

「「「塵となれ、人間」」」

 

 もどかしいと感じたケルベロスは、毛を逆立て、自身を発火させた。周囲の木々は灰へと変わり果て、あっという間に更地となる。

 

「……炎を操れる奇妙な力は予備動作が必要だと聞いた。それを知っていれば、すぐに避難もできる。恐れるに足らん」

 

 しかし既に距離を取っていたアレクシアが無傷の姿を見せ、ケルベロスに対しほくそ笑んだ。

 

「音を消せる奇妙な力の方が凶悪だと考えていたが……。今思えば、そんな力は不意討ちにしか使えないな」

「我らの力を侮辱するか、人間」

「"音"ではなく、"声"にすれば良かっただろう。人間を相手にする時、厄介な武器は"連携"だ。声を消せれば、私たちも容易く殺せた」

 

 アレクシアは無音の世界で発砲を繰り返し、銃口から漂う白煙を見つめた。

 

「やはり"二つの頭は一つよりもいい"という言葉は迷信に過ぎないな。貴様らの場合は"三つの頭は一つよりもいい"という言葉が正しいのか」 

「「「我らを……」」」

「あぁそうだ。貴様らは舞踏会に出席すればいい。三つの頭で器用に喋れる上に、その四つの足で音を立てずに踊れるだろう。余興にはもってこいの――」

「「「侮辱するなぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"あ"ーーーー!!!!」」」

「……頭の悪い犬共だ」

 

 堪忍袋の緒が切れたケルベロスの咆哮。辺り一帯の木々を大きく揺らす。

 

「あの人間を殺すぞ、兄弟!!」

「あの人間の四肢を引き千切るぞ、兄弟!!」

「この屈辱を晴らすぞ、兄弟!!」

「本当にお喋りな犬共だな」

 

 アレクシアは怒り狂うケルベロスを鼻で笑い、アリスが逃げた方角へと駆け出した。

 

 



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2:20 Cerberus C

 

 私は作戦を決行する場所までひたすらに走り続ける。すぐそこまで迫っているケルベロスに、牽制としてリボルバー銃を連射するが、余程頭にきているようで狼狽える様子がない。

 

(後少しで指定の場所に到着する……)

 

 剣で斬り込みを入れた大木の痕を確認し、時機に辿り着くことを把握する。

 

(あそこだな)

 

 私は向かう先にもう一本の大木を見つけると、走る速度を更に上げ、大木をよじ登り、

 

「暴れてくれるな」

 

 大木を蹴った反動で一回転した。私はそのままケルベロスの中央頭部に、降下しながら剣を深々と突き刺す。

 

「離れろ、人間!」

「消えろ、人間!」

 

 そして左右の頭部が私に喰らいつこうと襲い掛かるタイミングで、

 

「ワンちゃんやっほ~!」

「させるかよッ!!」

 

 ロイが左側、キリサメが右側の頭部に剣を突き刺した。想定外の奇襲に、左右の頭部は大口を開ける。

 

「サディちゃん、後はよろしく~!」

「失敗すんなよ……!」

 

 ロイとキリサメは私に円柱の物体を二つ投げ渡し、剣を刺したまま、ケルベロスから距離を取った。 

 

「失敗する方が難しいだろう」

 

 私は円柱の物体を、左右で大口を開けている頭部へ同時に投げ入れ、剣を引き抜いて大きく後退する。

 

(今だ)

 

 視線でアビゲイルへ合図を送れば、握っている筒状の装置を強く握りしめ、

 

「――()ぜな"負け犬"」

 

 台詞を吐き捨て、ボタンを押した。円柱の物体に繋がれていた導火線に火が付くその瞬間、ケルベロスが無音の世界で大爆発に巻き込まれる。私は伝わる衝撃波に目を細め、その様子を見届けながら、作戦の内容を思い返した。

 

『……爆発物で吹き飛ばす?』

『あぁ、あの犬の頭部を吹き飛ばす』

『そんなんで本当に殺せるのか? ケルベロスは小説の中で一度も敗北してないんだぞ?』

『あの犬共は私たちの前に現れ「大切な子供たちを殺したのはオマエたちか」と怒号を上げていた。つまりあの犬共と同系統のヤツは既に殺されているということだ。それなら、あの犬共も必ず殺せる』

 

 作戦の内容はケルベロスの二つの頭部を爆発物で吹き飛ばすというもの。頭部を一つだけ残す意味は、吸血鬼共の情報を粗方聞き出すためだ。

 

『ちょっと待ちなよ。そもそも吹き飛ばすってさ。あたしらの武装に、爆発物なんて一切ないけど?』

『お前が作れ』

『は、はぁ!? あたしが一から作んの?!』

『このリボルバー銃をあそこまで改造できたのなら、それぐらい造作ないはずだ』

『ま、まぁ確かにこのディスラプター零式を三丁ぐらい解体すれば、爆発物と雷管ぐらいは作れる』 

『いや作れんのかよ……。お前、案外すげぇんだな』

 

 キリサメが賞賛の言葉を漏らし、アビゲイルは満更でもない顔をする。

 

『けど、流石にあたしにも時間が必要だよ。最低でも一時間は……』

『十五分で作れ』

『十五分!? そんなの無理に決まって――』

『一時間も時間は稼げない。掛けても十五分だけだ』

『……やっては、みる』

 

 自信の無さそうな表情で視線を逸らすアビゲイル。ロイとアリスは自身のリボルバー銃を一丁ずつ手渡した。

 

『こういう時こそ、あんま緊張しないようにね~! もっと気楽にやればいいよ~!』

『あんた……』

『アビゲイルさんはあんなに凄い改造ができるんです! 自分に自信を持ってください!』

『あんたまでそんなこと……』

 

 声が小さくなったアビゲイルを見兼ねたキリサメも、自身のリボルバー銃を一丁手渡す。

 

『俺は暴発の件を許してない』

『……』

『けど今はお前しか頼れないんだ。もしお前があのケルベロスを派手にぶっ飛ばしてくれたら――あの件を許すことにする』

『……あんた』

『頼むぜ、天才発明家』

 

 キリサメはアビゲイルの背中を軽く叩き、励ましの言葉を送った。アビゲイルは意志を固め、三丁のリボルバー銃を小さな鞄に仕舞う。

 

『あたしら六班は、あの猛犬をここで吹き飛ばす。全員、死を覚悟するんだよ』

 

 そして作戦はすべてが上手くいった。まずこの場所までケルベロスを誘き出し、私が中央の頭部に剣を突き刺す。すると必ず左右の頭部が引き剥がそうと襲い掛かるだろう。

 

 この行動を確信できたのは、初めに交戦した際、引き剥がそうとする手段に出たためだ。

 

「よっしゃあ……! 何とか上手くいったな!!」

「みんな、ナイスだったよ~!」

 

 襲い掛かる左右の頭部へ、事前に木に登っていたロイとキリサメが剣を突き刺し、ケルベロスを怯ませる。そこで導火線に繋がっている爆発物を投げ渡してもらい、私が犬共の口の中へ放り込む。

 

 後はアビゲイルがタイミングを見計らい、起爆をさせる……という作戦だ。

 

「作戦準備中にサディちゃんが勝手に離脱したのは焦ったけどね~」

「えっ? アレクシアさんは準備が終わったから、私のところまで助けに来てくれたって……」 

「全然終わってないよ~! 急に『野暮用ができた。ここの準備は任せる。作戦決行の合図は、あの犬共の咆哮だ』って言い残して、どこかに行っちゃってさ~!」

「そうだったんですか!?」

 

 ロイがニヤニヤとした笑みを浮かべ、私の顔を覗き込む。

 

「サディちゃんはアリスちゃんを助けたかったんだね~!」

「私が囮になった方が、この作戦を成功させる確率は高くなる。コイツを迎えに行ったのは、あくまでもあの犬共を吹き飛ばすためだ」

「そんなこと言っちゃって~! 本当はアリスちゃんのことを見捨てられなかったんでしょ~? もしかしてサディちゃんは、"ドS"じゃなくて"ツンデレ"タイプ~?」

「余っている爆発物はないか?」

「あはは~! 冗談だよ冗談~!」

 

 私はロイを睨みつけ、アビゲイルの元まで歩み寄った。

 

「よくやった」

「ほんと、完成するのギリギリだったんだから。それに起爆しなかったらどうしようかと不安で不安で……」

「結果として成功した。これからお前は十五分あれば、爆発を起こせるというわけだ」

「……まったく嬉しくない成長だね」

 

 ケルベロスの位置は大爆発によって、土埃が立ち込めている。私たちは静かにその景色を眺めていた。

 

「そういえば、風の音が聞こえるようになったよね~」

「っていうことは、ケルベロスが死んだからあの変な力もなくなったのか?」

 

 無音の世界からありふれた普通の世界へと戻っている。木々の擦れる音や風の音が私たちの耳に届く。

 

(……自然の音が聞こえるようになった。本当にあの犬共は跡形もなく、吹き飛んだのか)

 

 土埃が風に吹かれ、辺りの視界が良好な状態へと変わり始めた。私たちはケルベロスの亡骸を確認しようとしたが、

 

「あれ? あの化け物はどこに……」

 

 そこには亡骸がない。大爆発によって抉られた地面だけ。

 

『——終盤の"機械"は、特にチェックを意識する最終盤における読みの深さと、ミスを犯さない冷静沈着な精神だ』

 

 昨晩の夢で見たアイツの言葉が脳裏を過り、私は鞘に納めていた剣を引き抜き、辺りを見渡す。

 

「――ッ!!」

 

 私の目前まで迫るケルベロスの中央頭部。大口を開き、鋭い牙をこちらに突き立てようとしたが、

 

「――危ない!!」

 

 アビゲイルが隣りにいた私を押し退けたことで、

 

「ぅぅあッ……⁉︎」

「アビーちゃん!」

 

 代わりに胴体を噛みつかれ、軽々と持ち上げられた。ケルベロスは頭部を大きく小刻みに動かし、牙をアビゲイルの肉体に突き立てる。

 

「丈夫な犬共が……!」

 

 私はケルベロスの懐へと潜り込み、下顎の骨ごと斬り落とす。しかし下顎を斬り落とされる寸前、ケルベロスはアビゲイルを勢いよく放り投げた。

 

「アビゲイル!」

「アビゲイルさん……!!」

 

 三人が倒れたアビゲイルの元まで駆け寄る。私は下顎を斬り落とした後、ケルベロスの背に飛び乗り、リボルバー銃で両目玉を撃ち抜いた。

 

「人間、よくも、よくも我の兄弟をォ……!!」

 

 ケルベロスの三つの頭部の内、左右の頭部は首元から跡形もなく爆散していた。唯一残された中央の頭は、怒り狂うようにその場で暴れている。

 

「アレクシア、大丈夫か?!」

「私がこの犬に引導を渡す。お前たちはソイツの面倒を見てろ」

 

 私はキリサメにそう伝えると、ケルベロスの背中から飛び降り、距離を取って対面した。 

 

「人間は、人間はまたしても我の兄弟を奪うのか!?!」

「貴様が何の話をしているのかさっぱりだな」

「我らに怒りをぶつけ、我らをモノのように扱い、我らの幸せを邪魔する人間共め!!! 今ここで、地獄を見せてやろう!!」

 

 冷静さを失い、喰らいつこうと突進してくるケルベロス。私はルクスαの持ち方を逆手持ちにした。

 

「私は吸血鬼共を殺すために何度も転生してきた。貴様のような犬を相手にするために、転生してきたわけではない」

 

 ケルベロスを見据え、態勢を剣技のモノへと変化させる。

 

「だが貴様が吸血鬼共の肩を持つなら話は別だ」

 

 一心不乱に殺そうと向かってくるケルベロス。私は冷たい眼差しを送りつつも、

 

「未来永劫、この世に生まれることなく――」

 

 ケルベロスの噛みつきを左足重心に半身で避け、

 

「――永久(とわ)に眠れ」

 

 ルクスαでケルベロスの首元を斬り上げ、胴体と頭部を切断させた。

 

 



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2:21 Tears Of Blood

 斬り離された胴体はその場に崩れ落ち、ケルベロスの頭部は地面に勢いよく転がった。私は完全に意気消沈したことを確認し、ケルベロスの頭部に歩み寄る。

 

「……人間、人間、人間」

「犬、私の質問に答えろ。貴様らは吸血鬼共に作られたのか?」

「……」 

「答えろと言っている」

 

 黙り込んだままのケルベロスへ、銀の弾丸を何発か撃ち込んだ。

 

「我らは、人間が憎い……」

「貴様、私の言葉が分からないのか――」

「人間が憎いから、吸血鬼に魂を売った」

「……魂を売っただと?」

「我らは元々、犬と呼ばれる動物。人間に復讐を誓った、捨て犬だ」

「本当に犬だとはな。吸血鬼共もよく利用したものだ」

 

 元々捨て犬だったと語るケルベロス。私は剣を鞘に納め、ディスラプター零式に弾丸を込める。

 

「……人間、お前の名は何だ?」

 

 ケルベロスが右目で私を見つめた。その視線は敵意を抱いているわけではなく、私に誰かの面影を重ねたような眼差しだ。

 

「今は私が尋問する立場だ。よくそんな口が利けたものだ――」

「お前は"バートリ"の名を持っているのではないか?」

「……何故分かった?」

「やはりそうであったか。我らはあのお方の子を殺そうと……」

 

 名乗った覚えはない。だがケルベロスは私の"バートリー"という名を知っているようだった。 

 

「お前の母上は元気にしているか?」

「私が産まれる直後、両親は吸血鬼に襲われ、十年以上も前に死んでいる」

「何て、ことだ……」

 

 ケルベロスは驚きの声を上げると、右目を瞑り、血の涙を流す。

 

「私の母親を知っているのか?」

「……慈悲深きお方だった。我らの"哀しみ"を誰よりも理解し、死の淵から救い出してくれた」

「なら貴様が魂を売ったのは、私の母親だと?」

「その通りだ。我らはあのお方に魂を売った」

 

 エイダの憶測は正解だった。私を産む直後に母親は吸血鬼化したのではなく、元々吸血鬼として、私を身籠っていたのだ。

 

「母親が人間の敵である吸血鬼か。笑えないな」

「あのお方は人間の敵ではない。吸血鬼として公爵(デューク)に並ぶ地位と力を持ちながら、人間との共存を公爵(デューク)へ訴え、対立を図っていたのだぞ」

「人間との共存? 散々私たち人間を殺し尽くしてきた吸血鬼共が?」

「……あのお方は人間を殺してなどいない。人間から血液を買い取り、食屍鬼や吸血鬼から人間を守り通し、静かに暮らしていた心優しきお方だ」

「ふざけたことを抜かすな」

 

 私はディスラプター零式のグリップを強く握りしめ、ケルベロスを睨みつける。

 

「貴様は共存を望む吸血鬼の眷属だというのに、私たち人間を殺そうとしただろう」

「……我らが"バートリ卿の眷属"だったのは過去の話だ。あのお方は公爵(デューク)によって迫害され、我ら眷属を案じ公爵(デューク)へ仕えることを命令したのだ」

「そういえば貴様は自身を"一ノ眷属"だと名乗っていたな。他にも貴様のような眷属がいるのか?」

「我らを含め"十匹"だ。どの眷属もバートリ卿を愛する者ばかりだったが……今は命令通り"原罪"に仕えている」  

 

 私の生みの親であるバートリ卿の眷属から、原罪に仕える眷属へと移転した。公爵相手に勝ち目を見出せなかったのだろう。  

 

「バートリ卿は、お前に託したのだな」

「託しただと?」

「"人間と吸血鬼が共存する世界"を作り上げるという理想だ。あのお方は、人間と吸血鬼の力を持ったお前を産み、公爵を殺してくれることを願ったのだろう」

「……吸血鬼も人間と同じか。どいつもこいつも私に夢を託してくる」

 

 非常に不愉快だ。勝手に夢やら理想やらを押し付けられる。しかも今回押し付けてきたのは、人間の敵である吸血鬼だ。冗談じゃない。

 

「あのお方の娘よ、我の"血の涙"を飲め」

「私は人間だ。犬の血を飲む必要性が分からないな」

「飲め」

「断る。吸血鬼の真似事は御免だ」

「その左目を再生できるとしてもか?」

「……何?」

  

 治療不可能だとエイダに告げられた左目。ケルベロスは"血の涙を飲めば治せる"と私に伝えてきた。

 

「本当だ」

「貴様は吸血鬼共の眷属だ。その話を信じるとでも?」

「お前は我らが仕えていたバートリ卿の娘だ。虚言を吐き、陥れる理由はない」

「……どうだか」

 

 ケルベロスが私の寝首を掻こうとしているようにしか思えない。私はこの犬に疑いの視線を送っていると、背後から肩を叩かれた。

 

「何だ――」

 

 私はその場で振り返る。キリサメたちが状況を確認しに来たのだろうと。

 

「ハローハロー」

「――ッ!!」

 

 振り返った瞬間、私の右肩が跡形もなく抉られる。周囲に血が飛び散り、その場に尻餅をついた。 

 

「ん、え、あれ? ここには誰もいなかった?」

(コイツ、いつの間に背後に立って……)

 

 立っていたのは赤髪を二つ結びにした少女。紅の瞳に黒色のワンピース。私はソイツを見上げ、左手に握っていたディスラプター零式の銃口を向ける。

 

「なーんだ。誰もいないんだ!」

「ぐっ……!?!」

 

 瞬間、今度は左肩が抉られ、両腕が損失してしまう。何とか片膝をつけば、私の体内の血液がとめどなく溢れ出た。

 

「アレクシアさん……ッ!!!?」

 

 アリスが私の容態に気が付き、驚きの声を上げる。

 

「あれ? 誰かいるの?」

 

 私はアリスたちの方角へ振り返ろうとした少女を止めるため、

 

「こっちを見ろ"小娘"」

 

 少女へこちらを見るよう呼びかけた。

 

「あっ、いたんだね。知らなかったけど、気が付かなかったー」

「……久しぶりだな"小娘"。いや――"ステラ・レインズ"」

「もしかして"お姉様"……!? もしかしなくても、お姉様なの!? やっとのやっとで、私に会いに来てくれたの?!」

 

 見間違えるはずもない。この少女はレインズ家の始祖、"ステラ・レインズ"。初代十戒を務め、吸血鬼に魂を売った裏切り者。

 

「小娘、十戒を止めて"原罪"になったのか。いいご身分だな」

「アハハッ! 冗談は止してよお姉様ーー!」

 

 こちらの右頬に向けて平手打ちを放つ。私はケルベロスの転がる頭部に背を打ち付け、思わず吐血した。

 

「ん? あれ? あれれ? "ケルちゃん"、そんなところでどうして生首になってるの?」

「……申し訳ありませんステラ様。我らはこの者たちに負けてしまいました」

「え、負けたの? それ、ウケるね。草は生えないけど。うん? 草って生えるよね? あれ?」

「……小娘、前よりもネジが外れているようだな」

「お姉様ったらー? またイタイイタイしちゃうんだからねー!」

 

 ステラは何度も私に平手打ちを食らわせる。キリサメたちは、ステラの原罪としての威圧感に、身動きが取れずにいた。私は出血と衝撃により、意識が朦朧とし始める。 

 

「――待ってくれ!!」

 

 草むらから誰かが私とステラの間に割り込んだ。私はケルベロスにもたれかかりながら、横目でその人物を視認する。

 

(アーサーか……)

 

 Dクラスの担任であるアーサー。ボロボロの制服姿で私を庇うように、ステラへ立ちはだかる。

 

「何? 誰? モブ?」

「頼む! この子を見逃してくれ!」

「見逃す? どうして見逃さないといけないの?」

「この子にはまだ未来があるんだ! こんなところで死なせたくない!!」

「コイツは、原罪だ……。私を見捨てて、逃げた方がいい……」

「原罪だってことは知っている! 知っているけど、先生にとって君は大事な生徒だ! 見捨てることなんてできない……!!」

 

 ステラは「そうなんだー」と真顔で呟くと、何かを思いついたようで、アーサーの顔の前で二本の指を立てた。

 

「じゃあ選択肢をあげる」

「選択肢?」

 

 アーサーは背中で隠した右手に銀の杭を握りしめている。ステラの不意を狙い、心臓に杭を刺すつもりだ。

 

「あ、そうそう! 選択肢を出す前に……」 

 

 しかしステラは狂気に満ちた笑顔を見せ、

 

「その杭を地面に落とさないと――全員イタイイタイして殺しちゃうから」

「……!!」

 

 その企みを見抜いてしまう。アーサーは真っ青な表情で、握りしめていた銀の杭を地面に落とす。

 

「アハハッ! それじゃあ選択肢をあげるよ!!」

「……っ」

「一つ目ぇ、生徒が死んであなたが生き残るぅ。二つ目ぇ、あなたが死んで生徒が生き残るぅ。るー、るー、どっちを"選る"?」

「僕は、僕は……」

 

 拳を震わせ、冷や汗をかいているアーサー。その最中、意識を揺らがせている私にケルベロスが小声で呼びかけてくる。

 

「……我の血の涙を飲め」

「まだ言うか」

「飲まなければ、お前は死んでしまう。我はあのお方の娘を失いたくはない」

「飲んで、助かるものなのか?」

「助かる。我を信じろ」

 

 どうせこのままでは死ぬ。ならば一か八かでこの犬の戯言を信じて、血の涙に口を付けるしかない。私は両脚で地面を蹴りながら、ケルベロスの目元まで自分の顔を寄せていく。

 

「バートリ卿の娘よ。我ら以外の眷属はおそらく洗脳されている。バートリ卿の名を上げても、全く通じないだろう」

「……」

 

 ぼやける視界の中、舌を突き出して、ケルベロスの"血の涙"に舌先を触れる。

 

「我らが眷属を殺してやってくれ」

「ぐっ……ぁあぁッ!?!」 

 

 その瞬間、失ったはずの左目に激痛が走った。今まで転生してきた何百の人生で、痛覚がイカれるほどの激痛。私は押さえる腕も無い為、地面に額を何度も打ち付けた。

 

「バートリ卿の娘よ——お前に会えてよかった」

 

 ケルベロスは息を引き取り、真っ白な灰へと変わっていく。 

 

『私たちにとってもこの力は強大だから、人間を傷つけてしまう可能性もあるでしょう』

 

 脳裏を過るのは、膨らんだお腹を優しく撫でる女性の姿。

 

『でもきっと大丈夫よ。私の子は、人間の為にこの"力"を使ってくれるわ』

 

 産まれる前の記憶が、脳内に流れ込んでくる。幸せそうに食卓を囲む女性と男性。あの二人は私の両親だろうか。

 

『この子は吸血鬼の"哀しみ"を理解してあげられる。異種族同士で抗う"哀しみ"も分かってくれる』

 

 欠けていたはずの両腕が再生していく。アーサーとステラは暴れ狂う私を、呆然とした様子で眺める。

 

『吸血鬼や食屍鬼が流す"血の涙"の意味を――』

 

 黒色の眼帯を再生した左手で剥ぎ取れば、塞がれていたはずの視界が広がった。私は落ちていた剣を右手で拾い上げる。

 

『――"血涙(けつるい)"の力を』

 

 そして逆手持ちをした剣に"獄炎"を纏わせ、ステラを斬り上げ、数メートル先へ吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 



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2:22 Against

 私はステラを吹き飛ばした方角を見つめる。握りしめた剣に纏うのは"炎"。ケルベロスと同じ類の"獄炎"だ。指先で触れても熱さは感じない。

 

(……どういう原理だ?)

 

 両腕だけでなく、失った左目も取り戻せた。おかげで視界はすこぶる良好。出血による意識の揺らぎもない。

 

「ビックリビックリだったねぇー! お姉様がケルちゃんの力を私にぶつけてくるなんて! しかもその紅い左目ってぇ……吸血鬼の血が流れてるってことだよねぇ?」

「あぁ、私の肉体には吸血鬼共の忌まわしい血が流れている」

「じゃあじゃあ! お姉様は人間で、吸血鬼で、人間で、吸血鬼ってこと!?」

「……その通りだ」

「すごいすごーい! 初めて、初めて見たよ! 人間と吸血鬼の血が流れている生物なんて! ん……? 生物、動物? 植物? あれ?」

 

 ステラの身体は炎上しているというのに、のんびりと歩きながら、側にあった一本の大木を人差し指で突っついていた。それだけの動作で、大木は跡形もなく粉々になってしまう。

 

「……小娘、それはやせ我慢か?」

「んん? 私、太ってる?」

「教養のなってない小娘だ」

 

 私はアーサーが動けるかを横目で確認し、逆手持ちにした剣を握り直す。

 

「お前は生徒を安全な場所へ連れて行け」 

「えっ?」 

「生徒を守るのが先生の役目だと言っていただろう」

「アレクシアさんも生徒だ。だから君を置いてなんて……」

「私は守られるのも――」

 

 アーサーと会話をしていれば、ステラが炎上したまま、私との距離を一瞬で詰めてきた。私は握り直した剣を垂直に斬り上げ、

 

「――守るのも嫌いだ」

「あれれ? 私の手がなくなっ……」 

 

 こちらへ触れる前に、ステラの左手首を斬り落とした。斬られた左腕の断面を呑気に眺めるステラの顔面へ、追撃として回し蹴りを食らわせる。

 

「早く行け」

「……分かったよ!」

 

 そして私がそう催促すると、アーサーはキリサメたちの元へ駆け出した。

 

「ちょっと、ねぇ、どこに行くの?」

 

 ステラはその場で一回転して、身体に纏っていた炎をかき消し、アーサーを追いかけようと身体の向きを変える。私は行かせないよう、剣をステラの左脇腹から突き刺し、右脇腹まで貫通させ、

 

「小娘、私は過去に『敵に背を向けるな』と忠告したはずだ」

「そうだったっけ? それってお姉様が大したことないから、私に背を向けられたんじゃないの?」

「違うな。私がお前に"背を向けて忠告した"」

 

 後頭部へ右膝蹴りを放ち、そのまま地面に押し倒した。間髪入れずにリボルバー銃を連射し、ステラの頭へ弾丸を撃ち込む。 

 

「アハハッ! お姉様、私の頭の中を掃除してくれてるの?」

「あぁそうだ。お前の頭にはガラクタばかりが詰まっているだろう?」

「ガラクタかぁ! それで、ガラクタってなに?」

 

 私はリボルバー銃に弾丸を何度も補充し、何十発もの弾丸をステラの頭へひたすらに撃ち込む。

 

「私は殺せないよ? 殺せない殺せないよ? 殺されるのはお姉様の方かもしれないよ?」

「黙れ小娘。私が今からお前に質問をする。真実だけを答えろ」

「真実って? どこからどこまでが真実扱いされるの? あっ、そっかぁ! 真実って本当のことだから真実なんだね! じゃあ真実はここからあそこまで――」

「お前たち原罪は何人いる?」

「千人ぐらいかなぁ?」

 

 私は脇腹に突き刺している剣を押し込んで、ステラの腹部を斬り開く。

 

「……原罪は何人いる?」

「んー? 何人いるんだろうねぇー? この世界の人口はー」

「お前は答える気がないようだな」

 

 ステラの胴体を剣で切断し、下半身を草むらへ投げ捨て、ステラの上半身を仰向けにする。

 

「あらお姉様、今から私に激しいキスでもしてくれるの?」

「キスのお相手は銃口だ」

「アハハッ!! 金属臭いねこの金属は!」

 

 尖らせているステラの唇に、リボルバー銃を銃口を突きつけた。ステラは犬のように銃口を舐め始める。

 

「これだけ解体されても焦らないのか。どうやらやせ我慢ではなさそうだな」

「私は太ってないよ? たった今、体重も減ったところだから!」

「……質問を変える。初代十戒のお前が吸血鬼共に魂を売った理由は何だ? まさか吸血鬼共に敗北したのか?」

「はむっ……んんー……んんぼぁ……!」

 

 私が質問を変えれば、ステラは自ら銃口を咥え、丁寧にしゃぶった。質問に回答する気がないステラの首に、私は剣の刃を触れさせた。

 

「小娘、私はお前の御守をしているつもりはない」

「んんっ……んぐぐっ……ぢゅるるっ……!!」

「話を聞け」

 

 しゃぶり続けているステラの口内に発砲する。私が睨みつけていれば、ステラは銃口をしゃぶるのを止め、血塗れの顔で笑みを浮かべた。

 

「私が、どうして吸血鬼に魂を売ったのか分かる?」

「私には理解ができない。だからお前に聞いている」

「アハッ、アハハッ!! それは、それは、それはね?! 私たちにはすっごい"神様"がいるんだよ!! アハハハーーッ!!!」

 

 狂ったように笑い始めるステラ。私は眉間にしわを寄せ、剣の刃を首に押し込んだ。

 

「この首を斬り落とした後、アイツが落としていったこの銀の杭をお前の心臓に突き刺す。たったそれだけで殺せる。小娘、命が惜しいならそのちっぽけな脳みそを回転させろ」

「アハッ……アハッ……アッハハハハハッ!!」

「耳障りだ。今すぐその笑い声を止め――」

 

 身を震わせるほどの悪寒。私はすぐにステラから飛び退いて、数メートル距離を取った。

 

「アッハハハッ!! お姉様、どうして逃げちゃうのー? 私にもっともっとイタイイタイしてよー?」 

(今のは、何だ?)

 

 草むらに投げ捨てたステラの下半身が、その場を元気よく駆け回り、上半身と結合する。私はそれを眺めながら、先ほどの悪寒の正体を暴くために、思考を張り巡らせていた。

 

「お姉様、お姉様、お姉様……!」

 

 私が考える素振りを見せれば、ステラは全速力でこちらに向かってくる。逆手持ちにした剣で迎え撃とうと、態勢を変えるが、

 

「――ッ!」

 

 再び悪寒を感じたため、態勢を戻して、リボルバー銃で牽制しながら大きく後退した。ステラは私が距離を取ると、その場にピタッと立ち止まる。

 

『情報によれば原罪は"災禍(さいか)"と呼ばれる力を扱うらしい。先生は目の当たりにしたことがないから分からないけど……。多分、十戒や皇女様が使うような"加護"みたいなものだと思う』

 

 いつの日かの座学の時間。原罪は災禍(さいか)と呼ばれる力を扱うことを、アーサーが説明していた。私は悪寒の正体を災禍と考察し、立ち止まったステラを視線を交わす。

 

「あれれお姉様、もしかして私が怖いの? びしょびしょにお漏らししちゃうの?」

「……貴様、何を隠している?」

「アハハッ! 私は私だよ! なーんにも隠してないもん!」

 

 こちらに伸ばしてくるステラの手を剣で斬り刻み、私が反撃に蹴りや殴打を叩き込む――近距離での攻防戦。私は攻防戦の最中で悪寒を感じた瞬間、すぐに距離を取っていた。

 

(この身で災禍の正体を確かめたいが、恐らく無傷では済まないだろう。最悪の場合——一瞬で殺される可能性も)

 

 距離を取りつつも、私は銀の杭を心臓に突き刺す機会を窺がう。ステラの取り柄は馬鹿力と災禍。吸血鬼となったせいか、人間時よりも動きが甘い。心臓を狙う隙も十分ある。

 

「……賭けるか」

 

 私はリボルバー銃を発砲しながら、ステラに向かって走り出す。

 

「アッハッ!! 今度はお姉様が私を迎えに来てくれるんだね!」

「いいや、貴様を迎えに行くのは――」

 

 ステラが目前まで迫った瞬間、私は自身の身体を発火させ、辺りを獄炎で包み込んだ。荒れ狂う炎は、周囲の木々に次々と燃え移る。

 

「アハハッ!! お姉様にイタイイタイしてあげる!!」

「――貴様が殺してきた人間たちだ」

 

 馬鹿力に任せた左拳を突き出すステラ。私は逆手持ちにした剣を横向きへと変え、ステラの右拳と衝突させる。生じた衝撃波によって、辺りの炎が大きく震えた。

 

「……」

「あれれ? お姉様の剣、折れちゃったよ?」

 

 ルクスαの刀身がステラの左拳に敵わず、真っ二つに折れる。ステラは嬉しそうに微笑み、私の顔を見た。

 

「……あれ?」

 

 私が見ていたのは折れた刀身じゃなく――ステラの胸部。ステラは私の視線を辿り、自身の胸に突き刺さる"銀の杭"に気が付いた。

 

「発火は貴様の視界を塞ぐためだ。視界を塞ぎ、貴様の心臓に杭を突き立てた。しかし、こんなに上手くいくとは思わなかったな」

「……アハッ」 

 

 ステラは左拳を下ろし、私は手の平で突き刺さる杭の平面に触れる。

 

「貴様ら初代十戒とは腐れ縁だ。私が貴様に引導を渡してやる、愚か者」

「アハハッ!」

「未来永劫、生まれ変わることなく――」

 

 笑い続けるステラを無視して、私は銀の杭を心臓に突き刺し、

 

「――永久(とわ)に眠れ」 

 

 静かにそう耳元で囁いた。ステラは背中から地面に勢いよく倒れ、まったく動かなくなる。

 

(ステラ・レインズ。吸血鬼に魂を売るなんて、愚かな小娘だ)

 

 私は仰向けに倒れたステラの死体を見つめ、アーサーたちが逃げた先へ歩き出す。

 

「これで終わりだな――」

「そんな保証どこにあるの?」

「っ……!?」

 

 しかしステラは何食わぬ顔で立ち、背後から私を馬鹿力で抱きしめた。



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2:23 ЯeinↃarnation

 

 背後から腰に纏わりつくステラ。 私の腹部は両腕の馬鹿力に締め付けられ、悲鳴を上げる。

 

「貴様、心臓に杭を突き刺されたのになぜ生きて……」

「お姉様にいいことを教えてあげる。私たち原罪は、心臓に杭を突き刺しても死なないよ?」

 

 不敵な笑みを浮かべたステラは、私の履いている左脚のソックスをずり下げて、太ももに浮かび上がる『ЯeinCarnation』の紋章を舐めた。

 

「懐かしい、懐かしいこの紋章! 私の身体にもこんな紋章があったなぁ!」

「小娘、気色悪いぞ」

「邪魔しないでよお姉様」

 

 私は左手に握っていたリボルバー銃を脳天に突きつけようとする。しかしステラは突きつけられた銃口を捻じ曲げ、ディスラプターを破壊してしまった。

 

「ん~……これは焦げと汗の味かな?」

「私から離れろ」

 

 右脚に巻いたホルスターから木の杭を取り出し、両目に突き刺そうと試みる。だが耐久性に欠けた木の杭では、ステラの頑丈な両目に先端すら刺さらない。

 

「アハハッ! これで武器は無くなっちゃったね?」

「どうだろうな」

 

 炎を纏わせた左腕による全力の肘打ちを、生意気な笑みを浮かべる顔面へ叩き込む。人間ならば、首の骨が折れてもおかしくない威力。

 

「やっぱりやっぱり、ケルちゃんの炎は熱いんだね!」

「……化け物め」

「やったぁ! もしかして私は化け物の子だったり?」

 

 しかしステラは上半身を後方に逸らすだけで、何食わぬ顔をして私の腰にしがみついていた。

 

「ねぇお姉様! お姉様も私と一緒に吸血鬼になろうよ!」

「……何だと?」

「お姉様なら公爵(デューク)も受け入れてくれると思う! 人間と吸血鬼のハーフなんて初めて見たんだもん! 絶対に受け入れ許可してくれる! うん! 絶対にしてくれる! あれ? 絶対って、百パーセントなのかな?」

「肉体に吸血鬼の血が流れていたとしても、貴様らにこの魂を売る気はない。それに私が今まで転生してきたのは、貴様ら愚か者共を殺すためだ」

「うん! じゃ、死のっか!」

 

 ステラが更に私の身体を締め上げると、例の"悪寒"が肉体に浸透する。私は振り解くために、ステラの両手首を掴んだ。

 

「お姉様とはこの時代で仲良くできると思ったのにー! あれ? 仲良くできる相手はトモダチなの? でも知らない人ともお喋りしたら仲良くできてるよね? あれれ? トモダチってなに?」

(……まずいか)

 

 両手を同時に引き剥がすのは無謀だと考え、私は両手でステラの右手首を掴み、手首の関節を破壊する。

 

「アハハッ! 考えてみたけど、私にトモダチなんて関係ないや!」

 

 ステラの拘束を解き、背後を取る。私はむやみに手を出すことなく、ステラから大きく距離を取った。

 

「だってぇ――」

(何か来る……)

 

 武装はすべて消失。頼れるものは手に入れたばかりの"奇妙な力"。ステラがこちらを振り返り、私と視線を交わした途端、

 

「――トモダチはみんな壊れちゃうから」

 

 辺りの木々や葉が茶色に腐り果て、一斉に破裂した。私は見えない何かが迫りくるのを察知し、ステラに背を向けて、森林を駆け抜ける。

 

(アイツは何をした……?)

 

 私の後を追いかけるように、木々や葉が破裂を繰り返す。しかし辺りを見渡せば、弧を描くように他の木々も破裂していた。 

 

(獣や食屍鬼まで……)

 

 野生の獣や徘徊している食屍鬼も、肉体が腐り果てると同時に、血飛沫を上げて破裂してしまう。私は走りながらも落ちている小石を拾い上げ、後方へ投擲してみる。

 

(石は破裂しないようだな)

 

 小石は何事もなく、地面に落下した。迫りくる木々の破裂も収まってきたため、私は徐々に走る速度を落とす。

 

「……浸食は止まったか」

 

 破裂範囲は凡そ十五メートルから二十メートル。私は警戒しながら、ステラが立っていた方角を見据える。

 

「アハハッ!! 私はここだよお姉様!」

「――!」

 

 背後に回り込んでいたステラは、私の背中に頭突きを直撃させ、脊髄にヒビを入れる。私は衝撃と共に、数メートル地面に転がり続けた。

 

「そういえば"ケルちゃん"や"オルちゃん"が死んじゃったから、私の眷属いなくなっちゃったんだよねぇー!」

「……」

「ねぇお姉様、私の眷属にならない? なってくれるなら、お姉様は一生私のお姉様でいられる! なってくれないのなら――」

 

 立ち上がろうとする私の首をステラが右手で掴み上げ、地面に叩きつける。

 

「――ここでイタイイタイしちゃうよ?」

「……なるはずないだろう。私を舐めるなよ小娘」

「アッハハ!! じゃ、じゃ、じゃあ! ここでイタイイタイしちゃうからね!」

 

 ステラは私の首を掴み、何度も何度も地面に叩きつけた。脊髄に入ったヒビが、叩きつけられる度に広がっていく。

 

(このままだとマズイか)

 

 打開策を編み出そうと脳を回転させるが、武装が無ければステラと交戦することは無謀に等しい。かと言って、炎上させてもぬるま湯に浸かった顔をするだけだ。

 

「あ、そうだそうだ! 思い出し、思い出した!」

 

 ステラは突然何かを思い出し、私の首からパッと手を離した。

 

「お姉様の太ももにあった紋章だけど、私にも付いてるよ!」

「……何?」

「今の、今の私はこの紋章が付いてるんだ!」

 

 ステラは黒のワンピースをはだけ、胸元を私に見せつける。

 

「――!!」

 

 仰向けに寝そべりながら、私は思わず目を見開く。ステラの右胸に浮かび上がる紋章。そこに記されていた文字は――

 

(どういうことだ?)

 

 ――ЯeinↃarnationだった。

 

「カッコいいでしょ? 羨ましいでしょ? あれ? 羨ましいっていうのは妬みのこと? 嫉妬から羨ましさは生まれるの? あれ?」

(……紋章は吸血鬼共を粛正するために与えられるはず。なぜ敵である吸血鬼共が同じような紋章を持っている?)

「あれれ? お姉様、私の話を聞いてるる?」

(私が転生する間に何が起きたんだ……?) 

  

 反転した大文字。私は目を細め、ステラの右胸に浮かび上がる紋章を睨みつける。

 

「アハハッ! この紋章はね、とても気持ちがいいんだよ! 人間を殺せば殺すほど、身体に快感が走って――」

「十戒が聞いて呆れたな」

「もうお姉様ったら! イタイイタイしちゃうよ?」

 

 再びステラが私の首を掴み上げたが、今度は私もステラの首を掴んだ。

 

「どうしてお姉様は私の首を掴むの?」

「気になったことがあっただけだ」

 

 私が自身の肉体を少しずつ発火させると、ステラは小首を傾げて、こちらの顔を覗き込んでくる。

 

「気になったことと? それってなぞなぞってことと?」

「私が推察するに、貴様が炎上しても平気でいられたのは――」

 

 私はステラの首へ五本の指を無理やり食い込ませ、

 

「――面の皮が固いだけだろう」

 

 体内に指先から炎を送り込んだ。ステラの眼球は血液と共に飛び出し、口からは炎を噴き出す。

 

「シュー……」

 

 流石のステラも私の首から手を離し、その場に煙を吐きながら立ち尽くした。

 

(日が昇るまで、一時間もない。ここは一旦退くべきだ)

 

 私は傷ついた肉体を無理やり動かす。そして立ち尽くしているステラから、朝を迎えるまで逃亡を図ることにした。

 

「っ……!?」

 

 だが前触れもなく木の陰から飛び出してきた男の吸血鬼が、私の鳩尾に右拳を入れる。膝をつかないよう、腹部を押さえながら、その男から飛び退いたが、

 

(一匹じゃないのか……!)

 

 一匹、また一匹と数が増え続け、私を弄ぶように数匹で殴り掛かる。何とか回避しようと試みるが、疲労や怪我のせいで、思うように身体を動かせない。

 

「――チッ」

 

 身体の至る個所に痣が作られ、ボロボロの状態で私はついに片膝をついてしまった。数匹の吸血鬼が私を取り囲んだ。

 

「……この煩わしさ。貴様らは伯爵(アール)か」

「ご名答。俺たちは伯爵(アール)だ」

 

 殴打の威力、機動力の高さ。そして何よりもほぼ完成形に近い吸血鬼の肉体。私は伯爵(アール)共に顔を上げる。

 

「私一人にこの数か。揃いも揃って小心者ばかり――」

「黙れ人間」

「……!」

 

 一匹の伯爵が私の背中に蹴りを放った。その衝撃に耐えられず、地面にひれ伏す。

 

「……図星だったようだな。どうせ貴様らは私を恐れているんだろう?」

「俺たちは朝日が昇る前に、ステラ様を迎えに来ただけだ」

「小娘の介護か。伯爵の癖に雑用係に過ぎないという――」

 

 四匹の伯爵が私を殴り、蹴り、踏みつける。残りの一匹は立ち尽くすステラを脇に抱え、どこかへ去っていく。

 

「この人間の女、俺たちで飼い殺そうか」

「賛成だ。殺してくれと命乞いするまで、永遠に痛みと屈辱を与えてやる」

 

 私の髪を掴み上げ、こちらの顔をジロジロと見つめる伯爵たち。その視線はどれも"ゴミ屑"を見るようなものだ。

 

「――お前たち吸血鬼は、与える立場じゃないだろう」

 

 "白色の閃光"が、私の髪を掴み上げる伯爵の腕を斬り落とす。

 

「な、なにが起きたんだ……?!」

 

 伯爵が辺りを警戒する最中、何者かが私の身体を抱え、近くの大木へ寝かせた。

 

「与える立場は常に人間であり、お前たち吸血鬼は奪うばかりだ。もしまだ奪うつもりなら――」

 

 白色の制服、白色のルクスα、白色のディスラプター零式。そして白色の長髪。私はその人物をハッキリと視認する。

 

「――私の命を奪ってみせろ」

 

 彼女は金剛石の十字架を首に飾る――ヘレン・アーネットだ。

 

 

 

 

 



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2:24 Red Princess

 四匹の伯爵と対面するのはヘレン・アーネット。私は大木に背を付け、その後ろ姿を傍観する。

 

「"血染めの皇女"!? お前がどうしてここに……!」

「一時間前、私の元へ"新任教師"から救援要請の伝書が届いた。急いでアストラまで足を運んでみれば――この有様だ」

(一時間前……?)

 

 グローリアからアストラに辿り着くまで、三時間以上は必要だ。ヘレンの言葉が正しければ、この女は一時間以内にこの森林地帯へ辿り着いたことになる。

 

「ど、どうするんだ……? ステラ様無しでアイツに敵うのか?」

「怯えるな、俺たちは伯爵だぞ!? 血染めの皇女は所詮人間! それに取り巻きがいない今が、あの血染めの皇女を殺すチャンスだろうが!」 

 

 四匹の伯爵は顔を見合わせると、一斉にヘレンへ飛びかかった。前後左右、ヘレンを取り囲むような形でだ。

 

「ほぉ、ここには原罪がいたのか。折角なら顔を合わせてみたかったものだが――」

「「「――?!!」」」

 

 ヘレンは握りしめていたルクスαを一回転させ、伯爵共の首を一瞬にして斬り飛ばす。その動きは"剣で宙をなぞる"に過ぎないもの。

 

「――今はお前たちの相手をする」

 

 背後から襲い掛かってきた一匹の伯爵の胸には、既に金剛石の杭が深々と突き刺さり、断末魔を上げる間もなく灰へと変わる。

 

「クソォオッ……!!」

 

 頭部を再生したうちの一匹が、右手に生やした鋭い爪をヘレンの腹部に向かって突き刺そうとしたが、

 

「なッ?!」

 

 自身の肉体へ届く前に、ヘレンは伯爵の右手首を掴み、小枝を折るかのようにそのまま握りつぶした。

 

「ンガァッ?!!」

 

 握りつぶした手で、次は伯爵の顔を鷲掴みにする。凄まじい握力なのか、頑丈な伯爵の顔は血を噴き出し、ボロ雑巾のように歪んでいく。

 

「伯爵の硬度は、食屍鬼と何も変わらないな」

 

 頭部が破裂したと同時に、ヘレンは空いている手で金剛石の杭を取り出し、伯爵の心臓へ深々と突き刺した。仲間の二匹が灰にされ、生き残った伯爵共はその場で後退りをしてしまう。 

 

「この、化け物めッ……!!」

「おい待て!」

 

 生き残った内の一匹が、側に生えていた大木を地面から引き抜き、ヘレンに向かって投擲する。

 

「……嘘だろ?」

 

 しかし大木はヘレンの前でピタリと静止した。その光景に思わず、伯爵共は目を見開く。

 

「木は大切な資源だろう。もっと大切にするべきじゃないか?」

 

 何故ならヘレンは自身に向かって飛んできた大木を、片手ですんなりと受け止めていたからだ。何食わぬ顔で受け止めた大木を、伯爵たちへ投げ返した。

 

「何なんだよあの化け物はァッ?!!」

「落ち着け! むやみに襲い掛かっても――」

「うるせェ!!」

 

 飛んできた大木を伯爵特有の怪力で粉砕し、目を血走らせ、ヘレンの目の前で鋭利な爪を振り上げた瞬間、

 

「――あ?」

 

 伯爵の動きが止まる。血が滴る音が聞こえ、伯爵は自身の胸部を見下ろせば、

 

「吸血鬼は人間とは違い、心臓の色が"黒"だと聞いていた。本当に黒色だとはな」

 

 ヘレンが伯爵の心臓を胸から抉り出し、手の平の上で興味深そうに観察していた。伯爵は血を吐き、ぽっかりと空いた胸の穴を押さえながら、自身の心臓へ手を伸ばす。

 

「がえぜッ……!!!」

「駄目だ」

「あがァアァッーー!?!」

 

 ヘレンは即答すると、金剛石の杭を黒色の心臓へゆっくりと突き刺していく。伯爵は地面の上で、血反吐を散らしながら苦しみ悶えた。

 

「お前たち吸血鬼に返すものなど――何も無い」

 

 そして金剛石の杭で心臓を貫通させると、悶えていた伯爵の肉体は灰へと変わり果てる。ヘレンは最後に生き残った伯爵を見据えながら、白色のディスラプター零式の銃口を自身の頭部に突き付けた。

 

「お前、何をしていやがる……?」

「どうせお前はここで消える。だったら最後に私がこの時代で、"最強の人間"だと言われる所以を一つ教えてあげよう」

「所以……?」

 

 ヘレンは伯爵と私の前で、躊躇なく引き金に指を掛け、何十発も自身の頭部に発砲する。周囲に赤い血液が飛び散り、ヘレンの白色の制服が赤く染め上がった。

 

「……」

 

 銃声が鳴り止み、呆然とする伯爵。当たり前のことだが、一般的な人間は頭部に弾丸を撃ち込まれれば、大抵は即死する。しかし私の前に立っているこの女は、

 

「所以の一つは――私が不死だから」

 

 平然とした表情でリボルバー銃を下ろした。頭部に空いた穴からは、撃ち込まれた弾丸が血飛沫と共に吐き出される。

 

「は、はぁ? ふ、不死?」

「私に与えられた加護の一つは"不死の加護"。心臓を摘出されても、四肢を千切られても、私は死ぬことがない」

「ば、馬鹿げてるだろ……!! 俺たちよりもお前の方がよっぽどの"人外"――」

 

 ヘレンは瞬きする間に、伯爵の顔を右手で鷲掴みにし、地面へと叩きつけた。その威力は地面が半球に抉られるほど。力量はステラをも軽々と越えている。

 

「私は人外じゃない。人外は人としての生き方を誤り、人としての生き方を奪う者たちだ。そう、お前たち吸血鬼のようにな」

「グァアァァァ……!?!」

 

 顔に食い込むヘレンの指先。伯爵は暴れ回り、ヘレンの右手をへし折ろうとするが、金剛石以上の頑丈さをしているのかびくともしない。

 

「私たち人類はこの時代で、吸血鬼に勝利を収める。深い深い地獄の底で、私たちの栄光ある勝利を見上げていろ」

 

 ヘレンは金剛石の杭を左脚のホルスターから取り出すと、伯爵の脳天・右肩・左肩・右脚・左脚に一本ずつ突き刺し、

 

「人類に――栄光あれ」

「グガァァアァアァアァァーー!!!?」

 

 最後に心臓へ杭を貫通させ、伯爵へ引導を渡す。肉体は灰へと変わり、生温い風に吹かれ、その場から跡形もなく消えてしまった。

 

「君、立てるか?」

 

 吸血鬼に見せていた冷酷な表情とは打って変わって、温情に満ちた表情で私へ手を差し伸ばしてくる。

 

「……っ」

「無理をしてはいけない。避難所まで私が君を背負ってあげるから、手を首に回してくれ」

「これぐらい、問題ない……」

「素直になれ」

 

 奇妙な力の使い過ぎか、それとも肉体の限界か。立っているだけで精一杯の私を、ヘレンは腰を下ろして、軽々と背負った。

 

「どうして私がここにいると?」

「アーサーだよ。アーサーが『僕の生徒を助けてくれ』と君の居場所を教えてくれた。急いで駆けつけてみれば、どういうことか伯爵が四体もいたんだ」

「……そうか」

「この森で何があったのか。君の口から私に教えてくれないか?」

 

 避難所へ運ばれながらも、私はこの森林地帯で起きたことをある程度は話した。ただし私の奇妙な力の発現や、ステラ・レインズと顔見知りだったことは話していない。

 

「なるほど。原罪はともかく、"眷属"という未知の存在が君たちに襲い掛かってきたと。その眷属の姿は"三つ頭の巨大な犬"で、炎を操ったり、周囲の音を消したりした……か」

「その反応からするに、お前は眷属の存在を知らなかったのか?」

「……あぁ、初めて耳にしたよ」

「嘘をつくな」

 

 一瞬だけ言葉に詰まったヘレンへ、私がすぐさま言及する。

 

「どうして君は、私が嘘をついていると思うんだ?」

「根拠はない。長年の勘だ」

「はっはっは! 長年の勘か、随分と短い年月だな」

「お前は眷属の存在を知っていたはずだ。隠していることをすべて話せ」

 

 私が引き下がることなく、ヘレンへひたすらに言及し続けた。ヘレンは追い込んでくる私を微笑すると、

 

「君も――他に隠していることがあるんだろう?」

 

 前方へ視線を向けたまま、言葉を返してきた。

 

「……どうだろうな」

「隠し事はお互い様だ。他人に言えないことは誰しもある」

「まるで"私が何を隠しているか知っている"かのような口ぶりだな」

「少しだけ知っている。簡単に言えば――君が"本物"だということを」

「本物か。何のことか分からないな」

 

 この言葉は何とでも捉えられる。"本物の吸血鬼"、"本物のリンカーネーション"、"本物のバートリ卿の娘"。ヘレンは確実に、私の何らかの正体に気が付いている。 

 

「ではこうしよう。これからはお互いに気が乗った時、質問し合える。質問をされた方は必ず嘘をつかずに回答する。これで私も君も知りたいことを知れて、フェアな立場だ」

「……乗ろう」

 

 この女は多くの隠し事をしているため、それらを確実に聞き出せる。そして質問をされれば、この女が私のことをどこまで掌握しているかも分かるだろう。私はヘレンの誘いに乗ることにした。

 

「まずは私から質問する。お前はあれだけ杭を消費したのに、なぜホルスターの杭が減っていない? 銃の弾丸も然り、どういう手品だ?」 

 

 ホルスターに入る杭の数は八本。この女は八本以上は消費している。しかも六連射が最大のディスラプター零式で、十発以上の弾丸を連射していたのだ。

 

「ほう、眷属のことを聞かないのか」

「気が変わった」

 

 眷属についての情報は『元バートリ卿の眷属だった』『今は原罪の眷属』『眷属の数は十匹』という三つの情報のみ。これらで質問内容を考えるには、あまりにも情報不足気味だ。

 

「私は"十聖(じゅっせい)の加護"を持つ。その中の一つに"不失(ふしつ)の加護"というものがある」

「"不失の加護"?」

「"消費物が尽きなくなる"加護だ。私がどれだけ銃を発砲しても弾丸は尽きず、どれだけ杭を取り出してもホルスターから杭が消えることはない。これが君の質問の回答になる」

 

 通常、加護を与えられるのは一人一つまで。しかしこの女は十も加護を与えられているらしい。加護を複数与えられるのは、アーネット家のみの特権だが、この女に関しては与えられすぎだ。

 

 特に死ぬことがない"不死の加護"。そして弾丸や杭が消費しない"不失の加護"。これだけでも規格外だというのに、まだ八つも加護を与えられているのだ。  

 

「次は私の番だな」

「私に何を聞くつもりだ?」

「そう、例えば……君が自我を持つ"吸血鬼"だったとしたら、私たち人間の味方になるだろうか?」

「……人間の味方になるつもりもないが、吸血鬼共に付くつもりもない。私はこの命が尽きるまで――ただ吸血鬼共を殺すだけだ」

「それが君の答えか」

 

 その返答を最後に、お互い無言の時間が過ぎていく。それを見兼ねたヘレンが何かを思い出したように、

 

「……そうだ。グローリアに帰還したら、君にピーナッツバターのトーストを振る舞おう。あれはとても美味しくてな」

 

 と比較的、明るい話題へと路線を切り替えたが、

 

「遠慮する。私はピーナッツバターが大嫌いなんだ」

「あんなに美味しいのに、君は嫌いなのか……!?」

「雑草を食べた方がマシだ」

 

 まったく盛り上がることがなかった。

 



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2:25 End Practice

 ヘレンに背負われ、到着したのは避難所という名の廃村アストラ。そこでは怯えた者たちや負傷した者たちが、至る個所で入り乱れていた。

 

「遅かったですね、ヘレン」

「"ティア"」

 

 私を背負っているヘレンに声を掛けてきた人物は、奇妙なドレスにキツネの面を顔に付けた女性。入学式の時に、上から私たちを見下ろしていた"アイツ"だ。

 

「……誰だコイツは?」

「彼女はティア・トレヴァー。十戒で"四ノ戒"を務めている」

「貴方、初対面で私のことをコイツ呼ばわりするなんて……。随分と礼儀知らずの生徒ですね」

「まぁ落ち着け。この子は少し変わってるんだ。許してやってくれ」

 

 "煙水晶(けむりすいしょう)"。別名"スモーキークォーツ"と呼ばれる茶色の宝石で作られた十字架を胸元に飾り、右脚に巻かれたホルスターには"茶色の杭"が八本入れられていた。

 

 この女は私のことをキツネの面越しに睨みつけるが、ヘレンは私を庇うようにしてティアを静止させた。

 

「そちらの状況はどうだ? 何か変わったことでもあったか?」

「いいえ、良くも悪くも変わりませんね。この辺りの食屍鬼はすべて葬りましたが、未だに行方不明の生徒も多数います」

「そうか、ならば後は私が生存者を捜索する。ティアはこの子をアーサーの元へ連れていってくれ」

「私がこの生意気な生徒を?」

「安心しろ。君ほどじゃない」

 

 ティアは嫌々私を背負う。ヘレンは私のことをティアに託すと、再び森林地帯へ疾風の如く駆け出し、姿を消してしまった。

 

「……入学式の日、私と目が合ったな」

「ええ、合いましたね。あの状況で私の視線に気が付くとは思いませんでした」

「誰を見ていた?」

「トレヴァー家の人間を少々……」

 

 ティアに背負われたまま、アストラの避難所を進む。私は"奇妙なドレス"を手で触り、材質を確かめた。

 

「見たこともない"ドレス"だな。素材はシルクか?」

「えぇシルクです。それと……これはドレスという名称ではありません」

「ドレスじゃないだと? なら名称は何だ?」

「当ててみてはいかがですか? "総合成績トップの生徒"なら、これぐらい造作でもないでしょう?」

「モップか」

「不正解です」

 

 他愛も無い会話をしていれば、アーサーの声が聞こえるテントへ辿り着く。ティアはテントの入り口を潜り、中へと足を踏み入れる。

 

「アーサー、ご機嫌よう」

「ティ、ティアさん?! どうしてここへ……」

「ヘレンに貴方の生徒を託されました。彼女の容態を見てあげてください」

「アレクシアさん! 良かった、無事だったんだね!!」

 

 私がティアの背中からベッドの上へ降ろされると、アーサーが急いで駆け寄ってきた。おろおろとしながら私の安否を確認し、そっと胸を撫で下ろす。

  

「……アビゲイル・ニュートンはどうなった?」

「アビゲイルさんは気を失ったまま目を覚まさないけど……なんとか生きてはいるよ」

「そうか」

 

 アーサーが視線を向けた先には、仰向けに寝かされたアビゲイルがいた。その周囲にはキリサメ、ロイ、アリスが不安げな顔をしている。

 

「アーサー、貴方以外の教師たちは何処(いずこ)へ?」

「えっと……銅の階級はほぼ壊滅しています。ルークさんたちの居場所は、僕にも分かりません」

「何故です?」

「それは僕たち教師のキャンプ地に、三つ首の獣が襲い掛かってきて……。必死に、必死になって逃げて……」

「アーサー、落ち着いて。私に何が起きたのかをゆっくりと話してください」

 

 私はベッドで横になりながら、アーサーとティアの話を聞くことにした。

 

「僕たちのキャンプ地に、三つ首の獣が音もなく現れたんです。音もなく現れて、教師たちを食い荒らしました。生存した銀の階級四人で抵抗しましたが、見たことも無い力を持っていたせいで……到底敵わず、僕たちは逃亡を図りました」

「二つ首の獣は北側で"生徒"が始末したと聞きましたが、三つ首もいるとは驚きです」

 

 おそらく二つ首は、ステラが『オルちゃん』と呼称していた犬のことだ。この女は『生徒が始末した』と述べていたが、一体誰が始末したのだろうか。

 

「それで、その後は?」

「逃げた後にルークさんが提案したんです。『各々生徒たちのキャンプ地へ訪れ、このアストラまで避難させよう』……と」

「そこではぐれたのですね?」

「はい。僕はDクラスのキャンプ地を回りましたが、どこも食屍鬼と生徒の死体だらけで……。どうしようかと明け暮れていたとき、遠くから銃声が聞こえたんです」

 

 その銃声はおそらく爆発を起こした後に、私がケルベロスを撃った時のものだ。アーサーは銃声で、私たちの居場所を突き止めたのだろう。

 

「僕は生き残りの生徒がいると望みを掛け、銃声が聞こえた場所まで向かったら――原罪とこの子やあの子たちがいたんです」

「原罪。それは本当ですね?」

「はい。でも、でも僕はすぐに動けなかった。この子が原罪に殺されかけているのに、僕は怖くて、怖くて動けなかったんです」

「……その後は?」

「勇気を振り絞って、この子を身を挺し、守ろうとしました。ですが――」

「私がこの男に、他の班員を連れて逃げろと命令した」

 

 ベッドで横になりながら、私はアーサーとティアの会話に口を挟む。

 

「貴方が、アーサーに命令を?」

「あの場での最悪の事態は全滅だ。私一人が命を捨てれば、この男を含めて、五人生き残ることができる。勿論、原罪の情報を抱えたままでだ」

「アレクシアさん……?」

 

 アーサーは困惑した表情で私のことを見つめていた。一方でティアは疑心暗鬼になりながらも、私の話へ耳を傾ける。

 

「だから私は逃げろと命令した。この男も最悪の事態を免れるために、私を見捨てて逃げただけだ。どうも苦渋の決断だったようだが」

「アーサー、それは本当ですか?」

「……本当です。僕はこの子を見捨てて、あの子たちと共にここまで逃げてきました。原罪から生き延びたのは、ヘレンさんに助けてもらったからかと……」

「貴方がここまで連れてきた生徒の名前は?」

「ロイ・プレンダーくん、アリス・イザードさん、カイト・キリサメくん、アビゲイル・ニュートンさんの四人です」

 

 アーサーは意図を察したようで、私と共にティアを口車に乗せる。ティアはキツネの面越しで、私とアーサーを交互に見ると、

 

「大体分かりました。次に貴方から話を聞かせてもらい――」

「アレクシア……!? 無事だったんだな!!」

 

 次に私から話を聞き出そうとするティア。その丁度のタイミングで、キリサメたちが私の姿に気が付き、すぐさま駆け寄ってくる。

 

「大丈夫ですかアレクシアさん……?」

「問題ない」

「サディちゃん、強がっちゃダメだよ~!」

「強がりじゃない」

 

 ロイとアリスは身を乗り出して、こちらへ顔を近づけてくる。だがキリサメはアーサーの側に立っているティアをじっと見つめていた。

 

「私の顔に何か付いていますか?」

「いや、あの、お面が付いて……」

「霧雨海斗。このお面に何か問題でもあるのでしょうか?」

「……! な、ないけどさ……」

「そうですか。では私は他の者たちへ話を聞いてきます」

 

 ティア・トレヴァーは私たちへ背を向けると、テントを足早に出ていく。アーサーは「何とかやり過ごした……」と一息つき、アリスとロイの肩に手を置いた。

 

「今から医療班にアレクシアさんの容態を見てもらうよ。仲間として付き添いたい気持ちは分かるけど、ロイくんたちも少しは休んだ方がいい。君たちが倒れたら元も子もないからね」

「この男の言う通りだ。私はお前たちに心配されるほど落ちぶれてはいない」

「……じゃあ、そうさせてもらおうかな~? 実は俺も限界が近かったんだよね~!」

「わ、私は全然大丈夫――」

「アリスちゃんも疲れてるでしょ~! 一緒に向こうで休もうよ~!」

 

 ロイはアリスを連れて、私に手を振りながら、椅子が並べられた休憩所まで歩いていく。

 

「先生は医療班を呼んでくるね。カイトくんも無理はしないように」

 

 そしてアーサーは医療班を呼びに行くため、テントを駆け足で出ていった。キリサメと残された私は、静かに目を瞑る。

 

「なぁ、アレクシア……」

「何だ?」

「さっきの人、誰なんだ?」

「十戒らしい。確か四ノ戒のティア・トレヴァーと名乗っていたな。あの女の何が気になる?」

 

 妙にティアのことを気にしているキリサメ。私は寝返りを打ち、何が気がかりなのかを尋ねる。

 

「あの人さ——俺と同じ"異世界転生者"かもしれない」

「……根拠は?」

「アレクシアたちと違って、あの人は俺の名前を言い慣れていたんだ。まるで"日常的に俺みたいな名前を呼んでいた"かのようにさ」

「偶然だろう」

「他にもあるんだ。あの人の着ている服——"着物"だった」

「"キモノ"? 何だそれは?」

「俺たちの国にあった"和服"でさ。過去の時代、女性とかがよく着ていたんだ。ああいう模様の服を」

 

 "キモノ"と呼ばれる衣服の丈は膝丈より上。色は黒色で、花らしき模様が付いている。両脚には太腿まで覆える黒色のソックスを履き――あの女は明らかに異端な存在だった。

 

 キリサメの仮説が正しければ、異端な恰好をしていることに納得がいく。 

 

「待たせてごめんね。……エイダ、アレクシアさんのことを宜しく頼むよ」

「えぇ、後は任せなさい」

「それじゃあカイトくん。僕たちは向こうへ」

「……了解っす」

 

 戻ってきたアーサーは、私のことをエイダに任せ、キリサメと共にロイたちが休憩している場所まで歩いていく。

 

「お前もこの村にいたんだな」

「正確にはいなかったわ。真夜中に呼び出しを食らって、ここまで派遣されたの」

「そうか」

「また派手にやられた……って、あなたのその左目は」

 

 左目が再生していることに気が付いたエイダは、声を上げて驚愕する。 

 

「お前の推察通り、私の母親は吸血鬼だったよ。その真実を伝えられたとき、私は奇妙な力を与えられ、この左目が再生した」

「奇妙な力……?」

「簡潔に述べれば、火種のない場所で炎を発現できるようになった」

「は? それは加護かしら? それとも災禍?」

「知らん。脳内に響いた声の主は『血涙(けつるい)の力』と言っていたが」

血涙(けつるい)……。そんな力、聞いたことないわね」

 

 エイダは私の肉体を診察しながら、小首を傾げていた。私は飾られた鏡に視線を移し、自身の左目を確認する。

 

(……青色か)

 

 赤色に染まっていた左目は、右目と同じ青色に戻っている。私はエイダの前で静かに溜息をついた。

 

「あなた、これから大変そうね」

「それぐらい理解している」

「"後期"は目立たないようにしたらどう?」

 

 エイダは上の制服を脱がし、私をうつ伏せに寝かせた。そしてヒビが入った脊髄の状態を触って確認する。

 

「部屋に引きこもるつもりだ」

「引きこもるのなら、医務室をオススメするわ」

「"お喋りな本"がいなければそれもありだな」

「あなたは皮肉が上手ね」

「だから上の人間に嫌われる」

「私はあなたぐらい生意気な子が丁度いいわよ」

 

 朝日が昇り始め、テントの隙間から光が差し込んだ。惨劇を招いた実習訓練は、やっとのことで終わりを迎えることができた。

 

 

  2:First Academy_END




~5/26 読者の皆様へ~
 まずはここまでご愛読いただいた皆様、感想を送って頂いた皆様、評価を送って頂いた皆様、誤字報告をして頂いた皆様。本当にありがとうございます。こちらとしてもモチベーションアップに繋がっており、感謝しきれません。

 加えて、ブックマーク200記念に何かできればなと考えていれば、いつの間にか300を超えていました。これも皆様に沢山読んで頂けたからこそ、達成できたことだと常々思います。

 これにて『2:First Academy』は閉幕ですが、一応明日と明後日でサイドストーリー二本を、その後はキャラクターや設定などをまとめた資料集を投稿する予定です。サイドストーリーは"一人"と"一匹"の物語となります。誰なのかは当日のお楽しみにしておきます。

 それとアンケートも導入しました。このお話しから二章最後に投稿予定の資料集のお話しまで投票可能です。今後の参考にさせていただきますので、良ければ投票のほど宜しくお願い致します。
 
 それではここまで読んで頂き、ありがとうございました。良ければ評価や感想などを頂けるととても嬉しいです。そしてこれからもアレクシアの物語にどうぞお付き合いください。

 小桜 丸

─────── 

前列
アリス・イザード
アレクシア・バートリ
アビゲイル・ニュートン

後列
カイト・キリサメ
ロイ・プレンダー



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SideStory : Shannon Oakes

 ※この物語はDクラスの一般生徒、シャノン・オークス視点のものです。時系列はアレクシアたちが食屍鬼と交戦しているときです。

 

 

 少女は森林地帯を走る。何度も転び、何度も起き上がり、とにかく木々の隙間を縫うように走り抜けていた。

 

「何で、何で、何でぇ……?!!」

 

 少女の名はシャノン・オークス。

 年齢十六歳、ミディアム程度の黒髪を持つ少女。生まれは名家ではなく、一般的な家系の生まれ。出身地はイーストテーゼ。この街の名家を上げるのであれば、プレンダー家・ニュートン家・イザード家の三つだ。

 

「食屍鬼があんなに押し寄せてくるなんて聞いてない……!」

 

 他に少女の特徴を上げるとすれば、Dクラス内で訓練の分野において、三位の成績を獲得していること。後はDクラス内でもそれなりの人望があり、一班の班長を務められるほど、統率力が優れている点だ。

 

「逃げないと、逃げないと、逃げないと……!!」

 

 そんな少女が惨めに逃げ回っている理由は、一班のキャンプ地に大量の食屍鬼が現れたから。少女は班員と共に食屍鬼と戦ったが、"数"で押し負けた。その結果、班長である少女は班員を見捨て、ついには逃げ出したのだ。

 

(私は何も間違っていない……! 正しい、この判断が正しい! 全滅するぐらいなら、私一人で生き残ることが正解でしょ!!)

 

 助けを求める班員に見向きもせず、少女は我が身の大切さに自身を正当化させようとしていた。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 息を切らし、草むらの陰に座り込む。震える膝を抱え、呼吸を何とか整えようと試みる。

 

「落ち着いて、落ち着いて私。今は状況把握が大切だから……」

 

 少女は自身の武装を確認する。やや刃が零れたルクスαに、四発の弾丸が込められたディスラプター零式。ホルスターに入れられた木の杭は残り四本。

 

(食屍鬼と下手に交戦はできない……。先生たちのキャンプ地まで、隠れながら進まないと……)

 

 食屍鬼の鳴き声や足音を耳にすれば、その場に隠れてやり過ごす。そして前進する。これを繰り返し、方角を見失わないように教師のいるキャンプ地まで歩を進めた。

 

「――て」

「それ――」 

(声……?)

 

 ある程度歩を進めれば、少女の耳に食屍鬼の鳴き声ではなく、ハッキリとした人の声が聞こえてきた。少女は声のする方向へと慎重に忍び寄り、草むらの隙間から覗き込む。

 

「ハローハロー! あのぉ、あれ? えっとぉ、"五ノ罪"のニーナ・アベルお姉ちゃん?」

「"一ノ罪"、ステラ・レインズ。こんなところで出会えるなんて奇遇ね」

 

 シャノン・オークスの目に映ったのは、赤髪を二つ結びにした黒色のワンピース姿の少女と、黒髪をツインテールにした清潔そうな女性。

 

「数年ぶりだね! あれ? 数年って何年ぐらいだっけ? 三年、四年、五年?」

「最後に会ったのは、アーネット家の人間と十戒を潰したあの日。詳しくは覚えていないわ」

(ま、まさかあの二人は……げ、原罪?)

 

 シャノンは息を呑んだ。座学で学んだ未知の存在が、視線の先に立っている事実。見つかれば殺される……とシャノンは草むらで息を潜める。

 

「あれれ? でもどうして、どうして五ノ罪のお姉ちゃんがここにいるの? せっかく、私が"ケルちゃん"や"オルちゃん"を連れてきたのに。あっ、ケルちゃんとオルちゃんが好きな食べ物は――」

「私は"アベル家"の人間を殺しに来ただけよ。あんたも"レインズ家"の人間を殺すために、こんな薄汚い森へ来たんでしょう?」

「うん? ううん、そんな気もしたけど、そんな気もしなかったかも!」

「あっそ。正直、あんたが何をしようがどうでもいいわ」

(ここから、早く離れないと……)

 

 シャノンは会話をしている原罪二人に背を向け、中腰で静かに移動を始めたが、

 

「えっ、どこに行くの?」

「――!!」

 

 制服の襟をステラに掴まれ、草むらから引きずり出された。シャノンは紅に染まった瞳で、二人に見下ろされる。

 

「私たちの話を盗み聞きしていたのはあんたね」

「あっ……あぁっ……」

「あれれ、あなたも私たちとお話したいの? あれ? お話しっていっぱいあるよね? 昔話とか思い出話とか武勇伝とか……どれがお話しになるんだろう?」

 

 怯え切った表情で二人を見上げるシャノン。尻餅をついたまま、身体の震えが収まらず、立ち上がることすらできない。ニーナ・アベルはシャノンの左膝を軽く踏みつける。

 

「ひッ、痛い痛い痛い――ッ!!!」

 

 左膝が潰されそうなほどの激痛が走り、シャノンはニーナの足を掴んで悲痛な声を上げた。ステラはその場にしゃがみ込み、踏まれたシャノンの左膝を首を傾げながら眺める。

 

「あれ、もしかしてイタイイタイしてるの? 私もイタイイタイしてもいい?」

「あんたはダメ。手加減を知らないから」

「アハハッ、そうだよね! それで、手加減って何?」

「……私はあんたの左膝を、関節が壊れないギリギリの強さで踏んでいるわ。このままへし折られたくなかったら、私の質問に答えなさい」 

「はいっ……答えますっ……答えますからっ……!!!」

 

 激痛に悶えながら、シャノンは何度も強く頷いた。するとニーナは、月の浮かぶ夜空を見上げ、最初にこんな問いを投げかける。

 

「アベル家の人間がどこにいるか教えなさい」

「アベル家のアイツはっ……Bクラスなのでっ……ここから北東の方角にいるはずですっ……!!」

「ふーん、北東ね」

 

 ニーナは視線を北東の方角へと一瞬だけ移し、すぐにシャノンへと戻した。

 

「次の質問よ。教師の中で最上位の階級は?」

「ぎ、銀の階級っ……!! 先生たちのキャンプ地にいるはずですっ……!!」

「そっ、銀の階級だったのね。それなら手間がかからなさそう――」

 

 瞬間、シャノンの側に何かが鈍い音を立てて落下する。土埃が立ち込め、シャノンは咳き込みながらも、その"何か"を視認し、

 

「――既に一人()ったから」

「ひッ……?!!」

 

 目を見開き、小さな悲鳴を上げた。落下してきたのは銀の十字架を首に掛けた――Aクラスの担任、ルーク・ブライアンの死体。

 

「面倒な人間だったわ。身体の関節をすべてへし折っても、まったく情報を吐かなかったのよ」 

(嘘でしょ……? ルーク先生はリンカーネーション内でも、銀の十字架として上位の強さだったはず……)

 

 指の関節から肩の関節まで、足の関節から股関節まで。あらゆる個所の関節をあらぬ方向へとへし折られた死体。最後に首の関節を外されたのか、首の皮が酷く捻じれている。その死体は糸の切れた"マリオネット"のようだ。

 

「銀の階級は精神的にタフな奴が多いのね。やっぱり精神的に脆い奴から、情報を聞き出した方が早かったわ」

「私、質問にはっ……答えましたっ……!! お願いですっ! 足をどけてくださいっ……!」

「いいわよ。どけてあげる」

「あ、ありがっ――」

「えいっ!」

 

 左膝からニーナが足を退けた瞬間、ステラがシャノンの右膝を軽くノックし、関節が逆方向へ捻じ曲がる。

 

「あぁあぁあああぁぁぁあッーー!?!!」

「……あんた、何してんのよ?」

「私のッ……私の右脚がぁ……ッ!!?」

「えっ? これが手加減だよね?」

「壊すのはマナー違反よ」

 

 惚けた顔をするステラに、ニーナは呆れた眼差しを送った。シャノンは折られた右膝を両手で押さえながら、土の上で暴れ回るようにして転がる。 

 

「どうして、どうして私がこんな目にぃ……ッ!!」

「あんたも運が悪いわね。頭が空っぽの馬鹿と出会って」

「どうして名家の奴らがのうのうと暮らしてっ……私が苦しまないといけないのよぉ……!?」

「……あんた、名家のことを嫌っているの?」

「嫌い、嫌い、嫌い、大嫌いッ!! あいつらが存在するからっ……私たちはっ……私たちはいつまで経ってもっ……認めてもらえないっ……!!」

 

 やけになったシャノンは、胸の内に秘めていた恨みを吐露し始める。

 

「特に、特にイザード家のバカ女だっ……!! 大した実力も知能もないくせに、名家だからって、調子に乗って……!!」

 

 シャノン・オークスはすべての名家を嫌っていたが、その中でも特にアリス・イザードを酷く嫌悪していた。訓練も座学も大したことないアリスが、名家生まれだからと優遇されていることに。

 

 だからこそシャノンは暴発事件が起きたとき、アカデミーに誤った情報を流したのだ。『アリス・イザードが他の生徒に怪我をさせた』と。  

 

「あっ! イザード家って、"ノエルくん"の家系だね! あれ、"ノエルちゃん"だったっけ?」

「あのガキのことなんて、どうでもいいわ」

「ん、ん、んー? 何か思い出せそうなんだけどぉ……!」

 

 忘れている記憶を甦らせようと、ステラは大木に何度も頭を打ち付ける。

 

「アハハ、そうだったそうだった! 私は何年か前にこの森で、生き残っていた人間を吸血鬼にしてあげたんだった! えっとぉ、確か"ブレイズ家"でぇ、名前はぁ、忘れちゃった! あっ、もうそいつは死んでるんだった!」

「そうね、あいつは調子に乗りすぎたわ。……というよりも、どうしてその話題を出したのよ?」

「この子、この子、吸血鬼にしてあげたら?」

「どうして私が?」

「面白そうだから!」  

 

 ニーナは土の上で呻き声を上げているシャノンを見下ろした。二人を他所にステラは頭を打ち付けた大木を「環境破壊!」と叫びながら右手で殴り、跡形もなく粉砕する。 

 

「……やめておくわ」

「あれれ? どうしてどうして?」

「私には"頭の冴える眷属"がいるからよ。それに爵位の低い吸血鬼を、あんたみたいにむやみやたらに増やす趣味はないの」

「アハハッ! そうだったね! それで、眷属って何?」

「あんたが飼ってる"犬二匹"よ」

「あっ! ケルちゃんとオルちゃんは眷属って呼ばれてるんだ!」

 

 二人は別れの挨拶もせず、ニーナは北東の方角へ歩き出し、ステラは南東の方角へとそれぞれ歩き出す。

 

「仕方ないから、あんたは見逃してあげる」

「私もあなたにイタイイタイしちゃったから、ここでバイバイするね! あれ? バイバイってサヨウナラって意味? それってこの場所から? それともこの世から――」 

 

 ニーナは無言で、ステラは独り言を呟きながら、シャノンの前から去っていった。

 

「た、助かった……?」

 

 一人残されたシャノンは、折れ曲がった右脚を引きずりながら、四つん這いで教師のキャンプ地まで移動を始める。

 

「は、はははっ! 原罪に見逃して貰えるなんて……! 私は、私は神様に見守られているんだ!」

 

 身体に伝わる痛みを乾いた笑い声に変え、地面を這って進んだ。

 

『お母さん、お父さん。私は絶対に十戒の一人になってみせるから』

『ええ、シャノンならきっとなれるわ。お母さん、応援しているからね』

『お前は俺の自慢の娘だ! 名家なんかに負けず、アカデミーでオークス家の名を轟かせてこい!』

 

 仮試験ではほぼ満点の点数を叩き出した。本試験では金の十字架を獲得し、推薦枠を奪い取った。様々な光景が過る中、シャノン・オークスはアカデミーへ入学する前、両親と交わした最後の会話を思い出す。

 

『任せて! アーネット家に仕えるのはオークス家が一番相応しいってことを――私が証明してみせる!』 

 

 アカデミーで優秀な成績を取り続け、皆の注目を浴びる。オークス家の名を知ってもらう。教師、十戒、皇女様にオークス家を認めてもらう。シャノンはその一心で努力してきた。 

 

(私はオークス家の人間っ……! オークス家は名家よりも優秀な人間を派遣できるっ……! それを証明するために私がオークス家の――架け橋となるんだっ……!)

 

 ふと掠れた声が聞こえた。シャノンは動かせない右脚を引きずり、四つん這いで声のする方角へと顔を覗かせる。 

 

「アリス・イザードと……化け犬……!?」

 

 シャノンの視界に映った光景は、巨大な犬の片足に押さえつけられているアリス・イザード。

 

「ふ、ふふふっ……ざまぁみろ……」

 

 助けることなど頭になかった。むしろシャノンは、アリスがどう殺されるかを拝もうとしていたのだ。

 

「お前は無能なんだよっ……名家の権威だけに縋るしかないっ……私よりも落ちこぼれで、生きていても死んでいても変わらないっ――」

 

 まさにアリスが燃やされようとした瞬間、何者かが巨大な犬の目玉を撃ち抜く。

 

「前が見えん、兄弟」

「我も見えん、兄弟」

「何も見えん、兄弟」

(誰がっ……誰が無能なアイツを助けて……!!?)

 

 シャノンの中では巨大な犬が喋ったという驚きよりも、アリスを助けた人物への怒りが上回った。

 

「えっ……あっ……」

(アレクシア・バートリ……!?)

 

 シャノンの目に入った人物は――アレクシア・バートリ。総合成績トップへ君臨し、名家出身の人間と繋がりを持つ女子生徒。シャノンにとって、アレクシアは憧れの存在だった。

 

『あなた、総合成績トップを取れるなんてすごいね!』

『誰だお前は?』

『あぁごめんごめん! 私はシャノン・オークス! ほら、Dクラス内の訓練分野で三位だったでしょ?』

『そうだったな』

 

 アレクシアは名家出身の人間ではない。シャノンはそんな一般的な家系の人間が、名家たちを越えて、余裕綽々でトップに君臨する姿に憧れていたのだ。

 

『私、あなたとは仲良くできそうだなぁ』

『……何故そう思う?』

『あなたも名家には負けたくない口でしょ。私も実はそうだから』

『お前は名家に負けたくないのか?』

『当たり前でしょ。それに実際、名家も大したことないと思わない? このクラスの名家は特に』

 

 シャノンはアレクシアが同類だと思い込み、座学終わりに声を掛けていた。そしてあわよくば、アカデミー内で側近として付き添い、周囲にオークス家の名を売ろうとしていたのだ。

 

『そうか。私は名家にも順位にも――お前にも興味がない』

『へっ?』

『忠告をしておく。お前のような"外見だけ"の人間を数多く目にしたが……死ぬときは惨めに、ひっそりと死ぬ』

『は、はぁ!? 外見だけってどういう――』

『それはお前が一番分かっているはずだろう』

 

 しかしアレクシアはシャノンを拒んだ。結果として班も、名家で固められた六班に所属することになった。

 

「えっ……あっ……」

 

 手を差し伸べられたアリスが立ち上がると、アレクシアは視線を感じ取り、シャノンが潜む草むらを見る。

 

(助けを求めないと――)

 

 そう考え、声を上げようとした途端、

 

「んぐっ!?!」

「ウゥ……ウゥッ……」

 

 背後から忍び寄ってきた、一匹の食屍鬼に首を絞められた。血の涙を流しながら、怪力で首を絞め上げようとする。 

 

(じゃ、まをするなッ……!)

 

 鞘からルクスαを抜こうと試みるが、別の場所から現れた一匹の食屍鬼が、シャノンの片腕を怪力で引っ張り、失敗してしまう。

 

「かはっ……はっ……」

 

 気が付いてもらう方法は音を立てること。シャノンはリボルバー銃を握り、残り少ない四発の弾丸を連射した。

 

(どう……してッ……!?!)

 

 アレクシアは気が付かない。そもそも銃声すら鳴っていない。シャノンの顔は絶望に満ち、近くの草むらを大きく揺らした。 

 

(気づいて気づいて気づいて気づいてぇッ……!!)

「……方角は向こうだ。走るぞ」

 

 しかしアレクシアはアリスの腕を引いて、走り去ってしまう。その後を巨大な犬が追いかけ、その場に残されたのはシャノンのみ。

 

「ひぐッ……?!!」

 

 食屍鬼に引っ張られていた片腕が肩から千切れ、血が噴き出す。シャノンは吐血し、涙をボロボロと頬に伝わせ、額を地面につけた。

 

(どうして、私じゃ、ないの……?)

 

 選ばれたのは自分ではなく――無能なアリス。その事実を突きつけられ、心臓の鼓動が減速を始めた。

 

『お父さん、お母さん! 私、ついに十戒に選ばれたよ!』

『凄いわねぇ! シャノン!』

『流石だ! 俺はとても誇らしいぞ!』

 

 最初に過るのは理想。一般家系の自分が十戒に抜粋され、この時代に革新をもたらす夢のような光景。

 

『忠告をしておく。お前のような"外見だけ"の人間を数多く目にしたが――』

 

 意識が途絶える瞬間に過るのは走馬灯。その内容は子供の頃の記憶や楽しい思い出などではなく、

 

『――死ぬときは惨めに、ひっそりと死ぬ』

 

 アレクシアに告げられた一言だけだった。

 

 

『SideStory : Shannon Oakes』 END

 

 



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Recollection : Cerberus

※この物語は一ノ眷属であるケルベロスの過去のお話しです。

 

 

 

「兄貴! 今日も店からパンを持ってきましたぜ!」

「兄さん! 僕はミルクを持ってきたよ!」

「流石は俺の弟たちだ。よくやったな」

 

 俺たちは路地裏を縄張りにする捨て犬。まだ歩くことすらままならない時期に、俺たちは川の畔へ捨てられ、今日まで弱肉強食の世界を生き延びてきた。

 

「それにしても兄貴、この街の人間は馬鹿ばかりですぜ。俺がちょっと愛想を振りまけば、食い物をただくれるんだ」

 

 こいつは次男の"ベロ"、ずる賢さが長所の犬。特技は"火打石で火を点けられる"という危なっかしいもの。だけどベスがこの特技を使う時は、食事や寒い冬を乗り越えるときのみ。むやみな放火は絶対にしない。

 

「ベロ兄ちゃんは凄いなぁ……。僕は全然愛想を振りまけないから……」

 

 そしてこいつは三男の"ベス"、優しい性格が長所の犬。特技は"音を立てずに歩ける"こと。野犬や人間から逃げるときに特技を使う。決して"盗み"には使わない。

 

「ベス、俺よりも兄貴の方がすげぇぜ! だって、いつも俺たちを守ってくれるだろ?」

「うん、そうだね……! ベロ兄ちゃんも"ベル"兄ちゃんも凄いよ!」

「おいおい! だから俺よりも兄貴の方が――」

 

 長男である俺の名前は"ベル"。弟たちのように特技は何もないが、喧嘩なら負けたことがない。この街へ辿り着くまでに、数匹のオオカミに襲われたが、弟たちを守りながら俺が全員殺している。

 

「……んん?」

「どうしたベロ?」

「あの箱、なんですかね?」

 

 下らない口論をしているベロが、路地裏の隅に置かれた箱を見た。俺の記憶では、一時間ほど前までは置かれていなかったはずだ。俺たちは不審に思いながらも箱に近づき、中を同時に覗いてみる。

 

「子犬か……?」

 

 そこに詰め込まれてたのは、産まれて半年も経っていない二匹の子犬。俺たちは三匹で顔を見合わせ、箱を押し倒して、中の子犬を外へ出してやる。

 

「おなか……すいたよぉ……」

「のどが……かわいて……くるしい……」

「兄貴。こいつら、飲まず食わずで捨てられたらしいぜ」

「ベル兄ちゃん、どうする?」 

 

 苦しむ二匹の子犬。俺はしばらく考えるとベロとベスへ、こう命令した。

 

「さっき持ってきたパンとミルクを与えてやれ」

「分かりやした兄貴!」

「すぐに持ってくるね!」

 

 尻尾を振りながら、ミルクとパンを取りに行く弟たち。俺たちも昔は捨てられた子犬。だからこそ俺もあいつらも、この二匹をこのまま放ってはおけないのだろう。

 

「はむっ……んぐぐっ……!?」

「おいおい、そんなにがっつくな! パンは走って逃げないぜ?」

「ミルク……美味しい……」

「そう? なら良かったよ」

 

 ベロとベスが面倒を見ている間に、子犬たちが入れられていた箱の臭いを嗅ぐ。

 

(この街の臭いじゃないな……)

 

 嗅いだ覚えのない臭い。子犬の飼い主はこの街に住んでいるわけではなく、他の街から、わざわざここまで捨てに来たのだろう。

 

(多分ここまで手間を掛けたのは、罪悪感を抱いているからだ)

 

 変に手間を掛けるのは、飼い主自身が"捨てる"という行為に罪悪感を抱いているから。俺は箱を咥え、表の道へ放り投げると、ベスたちの様子を見に行く。

 

「兄貴! こいつら、ちょっと元気になりやしたぜ!」

 

 ついさっきまでぐったりとしていた子犬たちは、見慣れない場所のせいか、辺りをキョロキョロと見渡していた。

 

「あの……僕たちは……どうやって帰れば……」

「きっとご主人が心配して――」

「お前たちは帰れない」

 

 俺が近づけば、二匹が帰る方法を尋ねてきたため、無慈悲な答えを返す。

 

「どうして帰れないの……?」

「お前たちは主人に捨てられたんだ」

「捨てられたの? どうして?」

「育てるのに飽きたか、それともお前たちの面倒を見れなくなったか。そのどちらかだろう」

「そんなっ……」

「捨てられたということは、その首輪も必要がないということだ」

 

 俺は悲しむ子犬たちの首輪を口で器用に外し、他所へ放り投げた。

 

「さぁ、これでお前たちは自由の身だ。これからは二匹で助け合い、苦楽を共にし、生きていかねばならない」

「……どうしよう」

「……私にも、分かんないよ」

 

 この後、どう生きるかは二匹の自由。俺は背を向けて、自身の縄張りまで戻る。

 

「兄貴」

「どうしたベロ?」

「こいつら、俺らの兄弟にしないか?」

「……それは頷けない話だ」

 

 俺はベスと視線を交わし、提案を断った。

 

「ベル兄ちゃん。僕もベロ兄ちゃんが言ったように、この子たちを兄弟にしたい」

「……ベス、お前までそんなことを」

「兄貴も分かっているはずです! こいつらがこの先、どれだけ大変な道を歩むのか!」

「それを乗り越えなければ、どうせ生きてはいけない。俺たち捨て犬にとって、それは最初の試練のようなものだ。手助けをするのは間違っている」

「ま、間違ってないよ!」

 

 気弱なベスが、珍しく俺に異論を唱える。

 

「僕たちは誰にも助けられずに生きてきたけど、この子たちは傍にいる僕たちが助けられる! 捨て犬が、捨て犬を助けてもいいじゃないか!」

「……ベス」

「兄貴、頼むよ! 俺らがこいつらの面倒を見るからさ!」

 

 俺はベロとベスに訴えられると、溜息をつき、

 

「世話をするのはあの二匹が自立できるまでだ」

「よっしゃあ! やっぱり兄貴は話が分かる男だぜ!!」

 

 その日からベロとベスが主体となり、俺たちで子犬二匹の面倒を見ることになった。 

 

「私はどうやって人間からご飯を貰えばいいの?」

「人間に媚びを売るんだ! お前は見た目がいいから、俺よりも簡単に愛想よく振る舞える!」

 

 ベロが面倒を見ているのは"トロ"という雌の犬。控えめな性格だが物覚えは早く、半年でベロと同格の愛想の振る舞い方ができるようになった。

 

「ねぇ、本当にあんな怖い犬がいる縄張りに入れるの……?」

「大丈夫だよ。簡単には気づかれないから」

 

 ベスが面倒を見ているのは"トース"という雄の犬。ベスと同様に気弱な性格。だがベスはトースのおかげで、前よりも頼もしくなった。弟ができたことで、兄としての自覚を持ち始めたのだろう。

 

「……あの二匹は合格だ」

「兄貴、合格って何だ……?」

「何かおめでたい話でもあるの?」

 

 トロとトースと出会い、丁度一年が経過した。俺は食べ物を運んでくるベロとべスへ、そう伝える。

 

「お前たちはトロとトースの世話を十分にしてやった。もうあの二匹で、捨て犬として暮らしていける」

「「……」」

「弟たちよ、黙り込んでどうした?」

「兄貴、もうあいつらは俺らの兄弟だぜ」

「そうだよベル兄ちゃん! これからも一緒に生きていけばいいでしょ?」

 

 弟たちは『自立できるまで』という条件をすっかりと忘れていたようだ。俺は呆れて物も言えず、その場に座り込んだ。

 

「……仕方ないな。お前たちが面倒を見るんだぞ」

「任せてくれよ兄貴! 俺らがきちんと面倒を見るって!」

 

 縄張りから追い出すことなく、俺たちはトロとトースを正式な兄弟として迎え入れた。その日から三匹での暮らしが、五匹での暮らしに変わり始める。

 

「兄貴、みんなで街の近くにある"湖"へ遊びに行こうぜ!」

「急に何故……?」

「トロが独りで『湖に行ってみたい』ってぼやいてたんだって。ベロ兄ちゃんはトロのことが好きだから、こんな提案を――」

「ば、馬鹿やろうベス! 俺は元々湖に行ってみたかったんだよ!!」

 

 ベロはトロのことを好いている。面倒を見ているうちに惹かれていったのだろう。残念なことに、トロ本人は好かれていることに気が付いていないようだが。

 

「湖の近くにはオオカミや狩猟者がうろついていて危険だ。その提案は前向きに検討できない」

「大丈夫だって兄貴! もし鉢合わせしたらすぐ近くにこの街もあるんだし、逃げてこれるって!」 

「……たまにはいいか」

「よっしゃあ! 俺、トロに報告してくる!」

 

 ベロの『湖へ遊びに行く』という提案。俺は迷いながらも、その提案を承諾すると、ベロは尻尾を振りながらトロの元へ駆けていく。その後、トロとベスが予定を決め、湖へ訪れる日は三日後となった。

 

「僕、湖に初めていくから楽しみだよ……!」

「私も嬉しいです。湖に行けたらいいなぁ……と思っていたので。どうして湖に行こうと?」

 

 当日、俺たちは湖へ続く道を歩く。トロとトースは楽しみなようで、尻尾を軽く振っていた。

 

「それはね、ベロ兄ちゃんがベル兄ちゃんに――」

「だーっ!! 兄貴が気分転換に行こうって提案してくれたんだ! そうだろ兄貴!?」

「そうだったな」

「ベルさん、ありがとうございます。子供の頃から、私たちはお世話になりっぱなしで……」

「俺は何もしていない。感謝はベロとベスにするんだな」

 

 目的地へ到着すれば、弟たちは一斉に湖へ飛び込む。俺は木陰に座り、その様子を傍観することにした。

 

「おいこら待てトローー! 逃がさんぞーー!!」

「あはは! ベロさんでは追い付けませんよーー!」

「くらえベス兄ちゃん!」

「うわぁっ!? やったなトース!?」

 

 追いかけっこをするベロとトロ。浅瀬でじゃれつくベスとトース。俺ははしゃぎ回る弟たちを、静かに微笑みながら眺める。

 

(……"家族"か)

 

 人間たちには"家族"という集まりがあるらしい。それは血筋が繋がった者同士の関係を表す言葉。血も繋がっていない俺たち兄弟は、お互いに家族と呼べるのだろうか。

 

(少し眠るか……)

 

 俺は目を閉じ、仮眠を取ることにする。弟たちの明るい声が徐々に遠のいていく。

 

「……ん、眠りすぎたか」

 

 仮眠のつもりが、すっかりと眠ってしまった。欠伸をしながらその場に立ち上がり、弟たちの姿を探す。

 

「……いない?」

 

 しかし弟たちの姿がどこにも見当たらない。まさか溺れてしまったのかと、急いで湖へ近づき、

 

「――!!」

 

 俺は息を呑んだ。

 

「これは……!」

 

 俺の視線の先にある湖の色は――赤色だった。鼻を染み渡る血の臭い。血の跡が湖から森の中へ続いている。

 

「どこにいる!?」

 

 草むらを突き抜け、血の跡を辿った。酷く臭う血のせいで、弟たちの臭いかどうかを嗅ぎ分けられない。しかし俺は一心不乱に森林を駆ける。

 

「……!」

 

 道中、血の臭いではなく何かが焦げる臭いがした。俺はそちらの方角へと走っていき、

 

「ベロォッ!!」

 

 血塗れで倒れるベロの姿を見かけた。口には火打石を加え、草むらに火を起こしている。

 

「あに……きっ……」

「何があった!? 他の弟たちはどこに……」

「にんげんが……銃をっ……」

(狩猟者か……!!)

 

 ベロの胴体には猟銃で撃たれた痕。俺はベロの傷口を舐める。

 

「兄貴、おれはいいからっ……! 向こうに逃げた、トロたちをっ……!!」

「お前を見捨てられるはずが……!」

「おねがいだ兄貴っ……!! トロたちを、トロたちを、助けてあげてく……れ……」

「ベロ? ベロォッ!!」

 

 次男のベロが俺の目の前で息を引き取った。俺は叫びたい気持ちを押さえ、最後に託された約束を果たすため、トロたちが逃げた方角へ走る。無事でいてくれることを願い、ただ一心不乱に走り抜け、

 

「――」

 

 四つ足が止まった。血塗れの地面、無残に転がる三匹の犬。いや――あれは間違いなく俺の弟たちだ。 

 

「ベル……さん……」

「トロ!!」

 

 ベスやトースが既に息を引き取っている中、辛うじて息をしていたのはトロ。俺はトロに駆け寄り、容態を視認する。

 

「私たちが湖で遊んでいたらっ……人間が、急に撃ってっ……」

「喋るな、傷口が開く!」

「ベロさんが、私を庇ってっ……どうしてっ……こんなことにっ……」

「喋るなトロ!」

 

 どれだけ舐めても血が止まらない。トロは静かに目を瞑る。

 

「……ベル……さん」

「駄目だ! 逝くなトロ!」

「今まで……お世話に……なり……ました……」

「トロォォオオーー!!」

 

 一瞬にして弟たちが殺された。その事実を受け止めきれず、俺はその場で怒りの咆哮を上げた。

 

「おい見ろよ。まだ的が残ってるぜ!」

「本当だな」

 

 振り返れば、猟銃を握った人間の男が二人立っている。俺は弟たちを殺した元凶が目の前に現れたことで、右前足を何度も地面に擦らせた。

 

「貴様ら……!! 貴様らよくもォォォオ!!!」

 

 それからは何があったのか覚えていない。ただ気が付けば、人間の死体が転がっていた。喉の部分を噛み千切られ、白目を剥いている死体。

 

「俺たちが、俺たちが貴様らに何をしたァッ?!!」

「……」

「俺たちが、盗みを働いたか!? 俺たちが、貴様らの邪魔をしたか!? 俺たちが、貴様らを襲ったか!? 俺たちが、貴様らを侮辱したかァ!?!」

 

 死体の胸元を咥えながら、力任せに振り回した。当然だが、答えなど返ってくるはずもない。

 

「俺たちは――ただ生きていただけだろッ!?!」

 

 怒りと悲しみが混ざった咆哮を何度も上げる。こんなことをしても、大事な弟たちはもう帰ってはこない。

 

「……哀しい」

 

 女性の声が聞こえ、俺は唸り声で威嚇をした。木の陰から姿を見せたのは――紅色の瞳を持つ女性。

 

「誰だ貴様は……!?  この人間の仲間か⁉︎」

「私は人間じゃないわ、吸血鬼よ」

「吸血鬼? それにどうして俺の言葉が分かって……」

「それよりも、あなたの弟たちを助けないと……」

 

 弟たちへ歩み寄る女性の吸血鬼。俺は亡骸に触れさせまいと、噛みつこうとしたが、

 

「……!」

 

 女性が血の涙を流している姿を目にし、開いた口を閉ざす。

 

「あなたの弟はまだいるはず……。どうか、ここまで連れてきてほしいわ」

「……分かった」

 

 俺がベロの亡骸を背負い、この吸血鬼の元まで戻ってこれば、ベロの亡骸を抱え、トロたちの近くへゆっくりと置いた。

 

「私ならあなたの大切な弟たちを、この場で生き返らせることができる。トロとトースなら今すぐにでも」

「本当か……!?!」

「けどこのままの姿で蘇生はできない。あなたの肉体とトロの肉体が必要になるわ」

「俺とトロの肉体?」

「トースの魂を亡くなってから時間が経っていないトロの肉体へ、次男のベロと三男のベスの魂をあなたの肉体へ――それぞれ移植するの」

 

 俺とトロの身体を撫で、吸血鬼はそう告げる。

 

「移植をしたら、どうなる?」

「トロの肉体に二つ。あなたの肉体に、三つの魂が宿ることになるわ。副作用として何が起きるのかは、私にも分からない。でもあなたが望むのなら、私は弟たちの為に力を尽くす」

「……やってくれ」

「いいのね?」

「頼む。俺の弟たちを、助けてやってくれ」

 

 頭を下げてそう頼み込めば、吸血鬼は俺の弟たちへ手をかざす。

 

「えぇ、もちろんよ」

 

 ベロとベスの肉体を二粒の血の涙に変え、俺の口に入れた。トースの肉体も一粒の血の涙に変えると、トロの口の中へ入れる。

 

「――血涙(けつるい)

 

 そして自身の頬に伝わる血の涙を指先で拭きとり、俺とトロの舌先に付けた。

 

「ぐぅおぉおあぁッ!?!!」

 

 その瞬間、身体が燃えるように疼き始め、俺はその場でのたうち回る。

 

「私はバートリ卿。あなたの哀しみは――私の哀しみよ」

 

 バートリ卿。その名を聞くと、俺はすぐさま気を失った。

 

 

―――————————————

 

 

 あの日から、俺の身体は俺のものじゃなくなった。

 

「兄貴、今日はフルーツが食べたい!」

「えぇ!? 昨日も食べたでしょベロ兄ちゃん!」

「やかましい兄弟だな」

 

 結論から述べれば、俺の身体に"頭が二つ増えた"。右が次男のベロ、左が三男のベス、そして真ん中が俺だ。これで俺の身体に生えた頭部は三つになる。

 

「また喧嘩してるよー」

「バートリ卿、あの人たちどうしましょう?」

 

 トースもトロの身体の頭部として生き長らえていた。俺たち兄弟は、バートリ卿によって救われたのだ。

 

「賑やかでいいことよ。好きなだけ喧嘩すればいいわ」

「あはは、ベルさん大変そう……」

 

 だが俺たちは"犬"じゃなくなった。見た目は化け物のような存在だ。そんな俺たちを、バートリ卿は自身の家で匿ってくれている。 

 

「おーい、何とか金貨を貰って……ってまた喧嘩してるのかよ」

「あらあなた、お帰りなさい」

「おう、ただいま」

 

 バートリ卿には人間の夫がいた。冴えない顔をしたごく普通の男。バートリ卿のように特別な力も持っていない。本当にただの人間だ。

 

「そういやさ。これから君たちのこと、ケルベロスとオルトロスって呼んでいい?」

「人間、何だその名前は?」

「君たちのあだ名。頭部一つ一つに名前が付いているとややこしいでしょ? だから三つ首が"ケルベロス"で、二つ首が"オルトロス"。名前のセンス的にどう?」

「……悪くはないな」

 

 しかし発想力や名前のセンスは悪くない。バートリ卿もこの人間の考えや話しなどを随分と気に入っているようだった。

 

「じゃあ、君たちはバートリさんの"眷属"ってことにしようか!」  

「眷属?」

「眷属は"家族"みたいなものよ」

「家族か……」

 

 言葉の響きは悪くない。俺たち兄弟は顔を見合わせ、共感するようにそれぞれの頭部で頷いた。

 

「嬉しいなぁ兄貴!」

「兄弟、これからは"我ら"と呼ぶぞ」

「我ら……?」

「この肉体はたった一つ、一心同体も同然。だからこそ我らと呼ぶのだ」

「いいなそれ! 運命共同体みたいな感じで!」

 

 三つの魂に、一つの肉体。この日を境に"俺"は――"我ら"へと変わり、

 

(バートリ卿。この命が尽きるまで、一生仕えさせてもらうぞ)

 

 バートリ卿への誓いを立てたのだった。

 

 

【Recollection : Cerberus】END

 



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Document : Character A

 これはキャラクター設定集みたいなものです。今までの情報をまとめたり、知っておくと、この先の物語を少し楽しめる程度の紹介です。

 ※二章が終わるまでに登場したキャラクターの情報となります。

 

―――――――――――――

 

『ЯeinCarnation』

名前 :Alexia(アレクシア) Bathory(バートリ)

種族 : 人間と吸血鬼のハーフ

異名 : Hybris(ヒュブリス) 

所属 : アカデミーDクラス

能力 : 血涙(けつるい)

生死 : 生存

性別 : 女性

年齢 : 16歳 

身長 : 160cm

体重 : 43kg

出身 : 孤児院

好きなもの : クグロフ、チェス 

嫌いなもの : 神、吸血鬼、ピーナッツバター

~Q&A~

Q.生きるためには何が必要ですか?

A.「知らん」

Q.天才型、それとも秀才型?

A.「考えたことも無い」

Q.生まれ変わるのなら何になりたい?

A.「吸血鬼が消えるまで、私は永遠と人間に生まれ変わる」

Q.理想の恋人は?

A.「理想など語るだけ無駄だ」

Q.武勇伝や黒歴史などを教えてください。

A.「そんなものをスラスラと話す馬鹿はいない」 

 

 

――――――――――――――――

『孤児院』

名前 : Claire(クレア) Raiviens(レイヴィンズ)

種族 : 人間

所属 : アカデミーBクラス

生死 : 生存

性別 : 女性

年齢 : 16歳 

身長 : 164cm

体重 : 46kg

出身 : 孤児院

好きなもの : 小動物

嫌いなもの : 幽霊

~Q&A~

Q.生きるためには何が必要ですか?

A.「友達かな……?」

Q.天才型、それとも秀才型?

A.「多分、秀才型だと思う」

Q.生まれ変わるのなら何になりたい?

A.「鳥とかいいよね。空を飛んでみたい」

Q.理想の恋人は?

A.「自分の為に努力を絶やさない人かなぁ……」

Q.武勇伝や黒歴史などを教えてください。

A.「最近の武勇伝だと、やっぱり総合成績二位を取ったことかな? アレクシアには敵わなかったけど、次こそは絶対に勝ってみせる!」 

 

名前 : Ian(イアン) Alford(アルフォード)

種族 : 人間

所属 : アカデミーCクラス

生死 : 生存

性別 : 男性

年齢 : 16歳 

身長 : 174cm

体重 : 63kg

出身 : 孤児院

好きなもの : 十戒

嫌いなもの : 紅茶

~Q&A~

Q.生きるためには何が必要ですか?

A.「目標や夢だろ!」

Q.天才型、それとも秀才型?

A.「俺は自分自身のことを秀才型だと思う」

Q.生まれ変わるのなら何になりたい?

A.「クマとかいいよな! なんかカッコいいし!」

Q.理想の恋人は?

A.「そ、そりゃあ理想っていうか……気になる奴が既にいるっていうか……」

Q.武勇伝や黒歴史などを教えてください。

A.「総合成績で三位を取ったことだ! 孤児院メンバーでトップを埋め尽くしたときは、めっちゃテンション上がったな!」 

 

 

――――――――――――――――

『異世界転生者』

名前 : 霧雨(キリサメ) 海斗(カイト) 

種族 : 人間

所属 : アカデミーDクラス

生死 : 生存

性別 ; 男性

年齢 : 17歳

身長 : 171cm

体重 : 58kg

出身 : ニホン

好きなもの : アニメ、漫画、ゲーム

嫌いなもの : 勉強

~Q&A~

Q.生きるためには何が必要ですか?

A.「そりゃあ金だろ」

Q.天才型、それとも秀才型?

A.「俺は凡才なんだよな……」

Q.生まれ変わるのなら何になりたい?

A.「何もしなくてもいい、ナマケモノとかが魅力的だ」

Q.理想の恋人は?

A.「あー……やっぱり元気で明るい美少女とか?」

Q.武勇伝や黒歴史などを教えてください。

A.「武勇伝はないから黒歴史でも話すか。まぁ、その、何だろうな? 初めて"そういう系"の本を買って、ベッドの下に隠していたら、妹に見つかったこととか……」 

 

名前 : 伊吹(イブキ) 圭太(ケイタ) 

種族 : 人間

生死 : 食屍鬼に襲われ死亡

性別 ; 男性

年齢 : 17歳

身長 : 175cm

体重 : 64kg

出身 : ニホン

好きなもの : 部活動

嫌いなもの : 無し

~Q&A~

既に死亡しているため、回答できません。

 

 

――――――――――――――――

『アカデミー : Aクラス』

名前 : Luke(ルーク) Brian(ブライアン)

種族 : 人間

階級 : 銀の十字架

生死 : 五ノ罪ニーナ・アベルと交戦し死亡

性別 : 男性

年齢 : 27歳 

身長 : 185cm

体重 : 89kg

好きなもの : 肉 

嫌いなもの : 野菜

~Q&A~

既に死亡しているため、回答できません。

 

 

――――――――――――――――

『アカデミー : Bクラス』

名前 : Paula(ポーラ) Angell(エンジェル)

種族 : 人間

階級 : 銀の十字架

生死 : 不明

性別 : 女性

年齢 : 24歳 

身長 : 163cm

体重 : 47kg

出身 : West(ウェスト) Logos(ロゴス)

好きなもの : クッキー

嫌いなもの : コーヒー

~Q&A~

生死不明のため、回答できません。

 

名前 : Janie(ジェイニー) Abel(アベル)

種族 : 人間

所属 : アカデミーBクラス

生死 : 生存

性別 : 女性

年齢 : 16歳 

身長 : 158cm

体重 : 41kg

出身 : South(サウス) Agape(アガペー)

好きなもの : 洋服

嫌いなもの : 虫

~Q&A~

Q.生きるためには何が必要ですか?

A.「淑女としての嗜みですわ」

Q.天才型、それとも秀才型?

A.「勿論、天才型です」

Q.生まれ変わるのなら何になりたい?

A.「美しい動物を希望します」

Q.理想の恋人は?

A.「男らしくて、頼もしい方に魅力を感じますわ」

Q.武勇伝や黒歴史などを教えてください。

A.「武勇伝は中間試験の座学で二位、訓練で三位を取ったことでしょう。黒歴史ありませんわ。私は淑女ですもの」 

 

 

――――――――――――――――

『アカデミー : Cクラス』

名前 : Jason(ジェイソン) Hamond(ハモンド)

種族 : 人間

階級 : 銀の十字架

生死 : 不明

性別 : 男性

年齢 : 25歳 

身長 : 176cm

体重 : 55kg

出身 : East(イースト) Thesis(テーゼ)

好きなもの : 犬

嫌いなもの : 猫

~Q&A~

生死不明のため、回答できません。

 

名前 : Daile(デイル) Arkwright(アークライト)

種族 : 人間

所属 : アカデミーCクラス

生死 : 生存

性別 : 男性

年齢 : 15歳 

身長 : 163cm

体重 : 47kg

出身 : South(サウス) Agape(アガペー)

好きなもの : 本

嫌いなもの : 怖いもの

~Q&A~

Q.生きるためには何が必要ですか?

A.「えっと、頭の良さじゃないかな」

Q.天才型、それとも秀才型?

A.「秀才……だと思いたい」

Q.生まれ変わるのなら何になりたい?

A.「もっと頼もしい男になれればなぁ……」

Q.理想の恋人は?

A.「常に冷静で、落ち着いている人……だと思う」

Q.武勇伝や黒歴史などを教えてください。

A.「武勇伝は前にアレクシアさんの怪我を治療してあげたこと。喜んでもらえて良かったぁ」 

 

 

――――――――――――――――

『アカデミー : Dクラス』

名前 : Arthur(アーサー) "――――"

種族 : 人間

階級 : 銀の十字架

生死 : 生存

性別 : 男性

年齢 : 22歳 

身長 : 173cm

体重 : 51kg

出身 : 不明

好きなもの : マーガリン

嫌いなもの : 酒

~Q&A~

Q.生きるためには何が必要ですか?

A.「誰かを守れる勇気だと思うよ」

Q.天才型、それとも秀才型?

A.「はははっ……僕は多分秀才型かな」

Q.生まれ変わるのなら何になりたい?

A.「うーん、何でもいいなぁ」

Q.理想の恋人は?

A.「僕自身がヘマばかりするから、やっぱりガミガミ言わない女性がいいと思うよ」

Q.武勇伝や黒歴史などを教えてください。

A.「先生の武勇伝は、この年齢で銀の階級に上がれたことかな」 

 

名前 : Roy(ロイ) Plender(プレンダー)

種族 : 人間

所属 : アカデミーDクラス

生死 : 生存

性別 : 男性

年齢 : 17歳 

身長 : 178cm

体重 : 57kg

出身 : East(イースト) Thesis(テーゼ)

好きなもの : 可愛い女の子

嫌いなもの : 束縛

~Q&A~

Q.生きるためには何が必要ですか?

A.「自由じゃない~?」

Q.天才型、それとも秀才型?

A.「俺は天才型だね~」

Q.生まれ変わるのなら何になりたい?

A.「のびのびとした生物なら何でもいいかな~」

Q.理想の恋人は?

A.「可愛ければ誰でもいいけど、俺のことをよく理解してくれる人がいいな~」

Q.武勇伝や黒歴史などを教えてください。

A.「武勇伝はイーストテーゼで女の子からモテモテだったことだよ~。もちろん、付き合うことはしなかったけどね~」 

 

名前 : Alice(アリス) Izzard(イザード)

種族 : 人間

所属 : アカデミーDクラス

生死 : 生存

性別 : 女性

年齢 : 15歳 

身長 : 160cm

体重 : 44kg

出身 : East(イースト) Thesis(テーゼ)

好きなもの : 沢山ある

嫌いなもの : 沢山ある

~Q&A~

Q.生きるためには何が必要ですか?

A.「お金と、才能と、努力と……。た、沢山ありすぎて選べません……」

Q.天才型、それとも秀才型?

A.「私は"才"がないので……。この質問には答えられないです……」

Q.生まれ変わるのなら何になりたい?

A.「アレクシアさんみたいな立派な女性になりたいです!」

Q.理想の恋人は?

A.「きっと私が相手の方に迷惑を掛けちゃうので……。それを許してくれる心の広い方がいいです」

Q.武勇伝や黒歴史などを教えてください。

A.「黒歴史は、制服に着替え忘れて、寝間着姿で教室に顔を出しちゃったことです」 

 

名前 : Abigail(アビゲイル) Newton(ニュートン)

種族 : 人間

所属 : アカデミーDクラス

生死 : 意識不明

性別 : 女性

年齢 : 17歳 

身長 : 162cm

体重 : 46kg

出身 : East(イースト) Thesis(テーゼ)

好きなもの : カッコいい武装

嫌いなもの : 地味な武装

~Q&A~

意識不明のため、回答できません。 

 

 

――――――――――――――――

『ReinCarntion』

名前 : Heren(ヘレン) Arnett(アーネット)

種族 : 人間

異名 : 血染めの皇女

階級 : 金剛石

加護 : 不死の加護

   不失の加護

生死 : 生存

性別 : 女性

年齢 : 19歳 

身長 : 172cm

体重 : 51kg

出身 : Alchemiss(アルケミス)

好きなもの : ピーナッツバター 

嫌いなもの : 不明

~Q&A~

Q.生きるためには何が必要ですか?

A.「自分自身に対する栄光だ」

Q.天才型、それとも秀才型?

A.「私は産まれた時から、天才児だと言われていた。きっと天才型なのだろうな」

Q.生まれ変わるのなら何になりたい?

A.「……生まれ変われるのなら、何でもいいだろう」

Q.理想の恋人は?

A.「色沙汰なんて考えたこともなかった。私はどのような男性が好きなのだろうか。考えてみても、すぐに思いつかないものだな」

Q.武勇伝や黒歴史などを教えてください。

A.「気軽に話せることはあまりないな。あるとすれば――十戒全員を模擬戦で相手にしたとき、数分で滅多打ちにしたことか」 

 

名前 : Kamil(カミル) Blain(ブレイン)

種族 : 人間

階級 : 不明

生死 : 生存

性別 : 男性

年齢 : 23歳 

身長 : 175cm

体重 : 55kg

出身 : Alchemiss(アルケミス)

好きなもの : ドーナツ 

嫌いなもの : 吸血鬼

~Q&A~

Q.生きるためには何が必要ですか?

A.「知らねぇよ」

Q.天才型、それとも秀才型?

A.「どうでもいいだろ。俺が天才だろうが秀才だろうが」

Q.生まれ変わるのなら何になりたい?

A.「……ブレイン家の端くれで十分だ」

Q.理想の恋人は?

A.「恋愛に興味がねぇ。だから理想もねぇよ」

Q.武勇伝や黒歴史などを教えてください。

A.「教えるわけねぇだろ」 

 

 

名前 : Charlotte(シャーロット) "————"

種族 : 人間

所属 : A機関の主導者

生死 : 生存

性別 : 女性

年齢 : 12歳 

身長 : 151cm

体重 : 39kg

出身 : 不明

好きなもの : 研究

嫌いなもの : お風呂

~Q&A~

Q.生きるためには何が必要ですか?

A.「ふむ、未来を見据えられる計画性だろう」

Q.天才型、それとも秀才型?

A.「それは主観的に答えられる質問ではないのだよ」

Q.生まれ変わるのなら何になりたい?

A.「私はもう一度今の私に生まれ変わりたいものだね」

Q.理想の恋人は?

A.「実に興味深い質問だ。理想の恋人を語り、何の意味があるのだね? そもそも理想は、現実から目を背ける度に次々と生まれるものだろう。私がそれを答えたところで、数秒後には違う理想が生まれているかもしれない。よってこの質問の回答は存在しないのだよ」

Q.武勇伝や黒歴史などを教えてください。

A.「過去の栄光に浸るか、悲観に浸るか。私はどちらにも浸る気はないのだよ。時間の無駄じゃないか」 

 

名前 : Tear(ティア) Trevor(トレヴァー)

種族 : 人間

階級 : 十戒(四ノ戒)

加護 : 不明

生死 : 生存

性別 : 女性

年齢 : 19歳 

身長 : 168cm

体重 : 42kg

出身 : West(ウェスト) Logos(ロゴス)

好きなもの : 菓子 

嫌いなもの : 涙

~Q&A~

本人が回答を拒否しました。

 

名前 : Aaron(アーロン) Hurd(ハード)

種族 : 人間

階級 : 銀の十字架

生死 : 生存

性別 : 男性

年齢 : 58歳 

身長 : 189cm

体重 : 74kg

出身 : South(サウス) Agape(アガペー)

好きなもの : 家族

嫌いなもの : 吸血鬼

~Q&A~

Q.生きるためには何が必要ですか?

A.「揺るがぬ意志だ」

Q.天才型、それとも秀才型?

A.「私は秀才でありたい」

Q.生まれ変わるのなら何になりたい?

A.「特にはない」

Q.理想の恋人は?

A.「……答えられないな」

Q.武勇伝や黒歴史などを教えてください。

A.「特に話すようなことはない」

 

名前 : Ada(エイダ) Arkright(アークライト)

種族 : 人間

所属 : アカデミー養護教諭

生死 : 生存

性別 : 女性

年齢 : 24歳 

身長 : 170cm

体重 : 50kg

出身 : South(サウス) Agape(アガペー)

好きなもの : 解剖

嫌いなもの : 弱々しい男

~Q&A~

Q.生きるためには何が必要ですか?

A.「知識と謙虚さよ」

Q.天才型、それとも秀才型?

A.「名家生まれだから、天才型ね」

Q.生まれ変わるのなら何になりたい?

A.「ヘビがいいわ」

Q.理想の恋人は?

A.「そうねぇ……私の助手になってくれるなら誰でもいいわ」

Q.武勇伝や黒歴史などを教えてください。

A.「黒歴史は消毒液と塩酸の瓶を間違えて、患者の足に掛けたことかしら?」 

 

名前 : Scott(スコット) Felton(フェルトン)

種族 : 人間

階級 : 銅の十字架

生死 : 生存

性別 : 男性

年齢 : 22歳 

身長 : 172cm

体重 : 57kg

出身 : South(サウス) Agape(アガペー)

好きなもの : 妻

嫌いなもの : 食屍鬼

~Q&A~

Q.生きるためには何が必要ですか?

A.「名誉じゃね?」

Q.天才型、それとも秀才型?

A.「ま、まぁ俺はやっぱり天才型かなぁ!」

Q.生まれ変わるのなら何になりたい?

A.「名家の子として生まれてぇよ」

Q.理想の恋人は?

A.「そりゃあ理想の恋人なんかよりも、今の妻が一番だろ」

Q.武勇伝や黒歴史などを教えてください。

A.「自慢になるけど、実は友人に銀の階級がいるんだ! 俺とかなり仲が良いんだぜ!」 

 

 

――――――――――――――――

『その他』

名前 : Sheila(シーラ) Blaze(ブレイズ)

種族 : 人間

階級 : 市民

生死 : 生存

性別 : 女性

年齢 : 26歳 

身長 : 164cm

体重 : 45kg

出身 : South(サウス) Agape(アガペー)

好きなもの : 子供たち 

嫌いなもの : 孤独

~Q&A~

Q.生きるためには何が必要ですか?

A.「大事な家族よ~」

Q.天才型、それとも秀才型?

A.「私はダメダメだからどちらでもないわね~」

Q.生まれ変わるのなら何になりたい?

A.「リスとか良さそうじゃない~?」

Q.理想の恋人は?

A.「秘密よ~」

Q.武勇伝や黒歴史などを教えてください。

A.「料理をするときに、砂糖と塩を間違えちゃったことかしら~?」 

 

 

――――――――――――――――

【吸血鬼】

名前 : Stera(ステラ) Raines(レインズ)

種族 : 吸血鬼

階級 : 原罪(一ノ罪)

災禍 : 不明

生死 : 生存

性別 : 女性

容姿年齢 : 12歳 

身長 : 156cm

体重 : 36kg

出身 : 不明

好きなもの : お姉様(アレクシア) 

嫌いなもの : イタイイタイ

~Q&A~

Q.生きるためには何が必要ですか?

A.「んん? んー……酸素!」

Q.天才型、それとも秀才型?

A.「分かる! それで、天才と秀才って何?」

Q.生まれ変わるのなら何になりたい?

A.「ごま油かな?」

Q.理想の恋人は?

A.「あれ? 理想って空想? それとも理想って妄想? あれれ? 恋人って友人? それとも恋人って親友? あれ?」

Q.武勇伝や黒歴史などを教えてください。

A.「武勇伝と黒歴史? あれ、あれ? んー、思い出せないなぁ……」 

 

名前 : Cerberus(ケルベロス)

種族 : 元捨て犬

階級 : 眷属(一ノ眷属)

能力 : 獄炎を操る力

   周囲の音を消す力

生死 : アレクシアに敗北し消滅。

性別 : 雄

年齢 : 不明 

出身 : 不明

好きなもの : 兄弟、バートリ卿 

嫌いなもの : 人間

~Q&A~

既に消滅しているため、回答できません。

 

名前 : Nina(ニーナ) Abel(アベル)

種族 : 吸血鬼

階級 : 原罪(五ノ罪)

災禍 : 不明

生死 : 生存

性別 : 女性

容姿年齢 : 19歳 

身長 : 173cm

体重 : 42kg

出身 : 不明

好きなもの : 素直な人間 

嫌いなもの : 面倒な人間

~Q&A~

本人が回答を拒否しました。

 



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Document : Dictionary A

 このお話は用語や設定集をまとめたものです。

※二章が終わるまでに登場した用語や設定の情報のみなります。  

 

 

――――――――――――――――

 

【用語集】

ReinCarnation(リンカーネーション)

 人道を外れた者たち、主に吸血鬼を粛正するため、神によって力を与えられた"転生者"たちのこと。その力は『前世の記憶を引き継ぐ』『転生の度に肉体を強化する』という二種類の力である。

 

 転生者は必ず身体のどこかにReinCarnation(リンカーネーション)という紋章が刻まれている。例え殺されても記憶を引き継がれ、肉体強化をし、次の時代へと転生をするため『ある意味で不死の存在』である。

 

 だが吸血鬼に噛まれることで人間から吸血鬼となってしまえば、転生者としての力が失われ、二度と生まれ変わることができなくなる。これが転生者の唯一の欠点である。

 

 アレクシアが転生した時代では、上記の意味ではなく『ReinCarnation』という吸血鬼を粛正するための"組織の名前"として扱われる。つまり本物の転生者じゃなくとも『ReinCarnation』と呼ばれているようだ。

 

 

 ~Hybris(ヒュブリス)~ 

 アレクシア・バートリが千年後に転生する前に呼ばれていた異名。本来、ReinCarntionは神を崇拝する者たちが占めている。だが彼女だけは神を嫌悪し続けているため、神への謀反を表した「Hybris」という異名を付けられた。

 この異名を知る者たちは千年前の記憶を持つものだけである。

 

 

ЯeinCarnation(リンカーネーション)

 転生者でもあり、吸血鬼の血を継いだアレクシアの紋章。半分人間、半分吸血鬼の状態となり、最初の大文字だけが反転している。アレクシアはこの紋章に関して『半分吸血鬼となったから、一部の文字が反転しているのだろう』と考察している。

 

 

異世界転生者(いせかいてんせいしゃ)

 異世界から転生してきた者たちのことを表す名称。一つの世界で転生を繰り返す者たちが"転生者"。異世界から転生をしてきた者たちが"異世界転生者"という区別。霧雨海斗や伊吹圭太が例として挙げられる。

 

 仮試験時に受付の人間が霧雨海斗の名前を見たときに『珍しい名前ですね』と済ませたことで、二人が『この世界で初めての異世界転生者ではない』とアレクシアは憶測を立てている。 

 

 

Hemera(へメラ)

 アレクシアが転生した時代で、人間たちが信仰している女神の名前。吸血鬼が行動できない日中を見守ってくれる"昼の女神"として崇められている。加護を与えてくれる女神として説明された。

 

 アレクシアは『私は何度も転生を繰り返してきたが、この女神の名前を聞いたことがない』と疑問に思っている。

 

 

――――――――――――――――

 

 

【街&施設】

Gloria(グローリア)

 アーネット家が統治している"栄光"の名を持つ国。吸血鬼を粛正するための『ReinCarnetion』の本部がある。この国は変わった地形をしており、上から見下ろすと"十字架の形"をしている。十字架の形をしている理由は、信仰神である女神ヘメラからの祝福を受けやすくするため。

 

 十字架の中央に位置する街をアルケミス。

 北の先端に位置する街をノースイデア、南の先端に位置する街をサウスアガペー、東の先端に位置する街をイーストテーゼ、西の先端に位置する街をウェストロゴスと呼ばれている。

 これらの東西南北の街は、十字架の中央に位置するアルケミスを基準に、"緯度"や"経度"がまったく同じ位置にある。

 

 

Alchemiss(アルケミス)

 "神の街"を象徴するグローリアの要。名家でもある"アーネット家"や"ブレイン家"の発祥の地ともされている。街の中心にはアーネット家が住む城がそびえ立つ。"シャルドネ"を素材とした"白ワイン"が有名らしい。

 

 

ReinCarnation(リンカーネーション) Academy(アカデミー)

 アルケミスに建てられたリンカーネーション専用の学園。呼び名は『RC.A』や『アカデミー』などと様々なものがある。吸血鬼に対する座学や、剣術の基礎を習得する訓練などを集団で学んでいく。前期と後期によって内容も大きく変わる。

 

 前期は座学・訓練をメインに学び、前期の最後に実習訓練を行う。

 後期は生徒でもこなせる簡単な"派遣任務"をメインに、リンカーネーションに所属する上司と現場へと赴く。そして後期の最後には"卒業試験"を行う。

 

 これらを乗り越え、アカデミーを卒業することで、初めてリンカーネーションへ所属されるようになる。

 

 

North(ノース) Idea(イデア)

 "北の理念"を象徴するグローリアの北に位置する街。名家である"レインズ家"や"オリヴァー家"の発祥の地ともされている。白ブドウ種の"シャルドネ"が有名。

 

 

Astra(アストラ)

 深夜帯に"星空"が綺麗に見えることで、アストラと名付けられた。周囲は森林に囲まれている。食屍鬼がよく出没するようになり、廃村と化してしまった。アカデミー生の実習訓練の場として利用するため、村や森林地帯にキャンプ地を整えている。

 

 

South(サウス) Agape(アガペー)

 "南の神愛"を象徴するグローリアの南に位置する街。名家である"アークライト家"や"アベル家"の発祥の地ともされている。"ピーナッツ"が有名。

 

 

East(イースト) Thesis(テーゼ)

 "東の命題"を象徴するグローリアの東に位置する街。名家である"プレンダー家"、"ニュートン家"、"イザード家"の発祥の地ともされている。パンの一種である"バゲット"が有名。

 

 

West(ウェスト) Logos(ロゴス)

 "西の理性"を象徴するグローリアの西に位置する街。名家である"アーヴィン家"、"トレヴァー家"、パーキンス家が有名。洋菓子の"ミルフィーユ"が有名。

 

 

Cross(クロス) Road(ロード)

 アルケミスから東西南北の街を一本で繋ぐ道の名称。"十字架の道"という意味を含め、クロスロードと呼ばれている。食屍鬼避けの為に紫外線を放つ燐灰石が置かれているので、市民の乗った馬車が安全に行き来できる。

 

 

――――――――――――――――

 

 

【名家】

Arnett(アーネット)家~

 アルケミス発祥の家系。神に最も愛され、この家系がリンカーネーションという組織を設立した。吸血鬼の最大の敵でもある。本来一つしか与えられない加護を、アーネット家は複数与えられる。更に名家の長所をアーネット家はすべて備え持つ。

 

 以下の名家はすべてアーネット家から"派生した家系"と言われている。派生させた理由は、"吸血鬼を絶滅させるため"らしい。現在は"ヘレン・アーネット"が、アーネット家の血を継いだ唯一無二の皇女としてグローリアに君臨している。

 

 

Blain(ブレイン)家~

 アルケミス発祥の家系でもあり、アーネット家に仕え続けてきた家系でもある。他の名家のように長けた能力はなく、個人によって実力の差は様々らしい。ブレイン家で最も特徴的なのは"逆手持ち"の剣術と剣技。

 現在はヘレン・アーネットの側近として"カミル・ブレイン"が仕えている。

 

Raines(レインズ)家~

 ノースイデア発祥の家系。アーネット家の次に"神に愛された家系"と呼ばれている。レインズ家は天性の"身体能力の高さ"や、"剣術"や"剣技"に長けている。アカデミーの生徒として"ナタリア・レインズ"がその血筋を継ぐ。

 

 

Plender(プレンダー)家~

 イーストテーゼ発祥の家系。天性の"存在感の薄さ"から"隠密行動"に長けている家系。吸血鬼たちから情報を盗む役目を背負っている。アカデミーの生徒である"ロイ・プレンダー"はその血筋を継ぐ一人。

 

 

Arkwright(アークライト)家~

 サウスアガペー発祥の家系。天性の"器用さ"を持つことから"医療技術"に長けている。アカデミーの生徒である"デイル・アークライト"、養護教諭の"エイダ・アークライト"がその血筋を継ぐ。

 

 

Trevor(トレヴァー)家~

 ウェストロゴス発祥の家系。天性の"運動能力の高さ"で"機動力"に長けている家系。十戒を務めているトレヴァー家出身の"ティア・トレヴァー"は、本来アーヴィン家やパーキンス家が担当するはずの、グローリアの体制を考案する役目を任されている。その事から"トレヴァー家の最高傑作"とも言われている。

 

 

Abel(アベル)家~

 サウスアガペー発祥の家系。アベル家は天性の"信仰心の高さ"から"加護"という力を使うことに長けている。アカデミーの生徒である"ジェイニー・アベル"もその血筋を継いだ一人。名家の中では技術面において、レインズ家の次に剣技が長けている。

 

 

Oliver(オリヴァー)家~

 ノースイデア発祥の家系。天性の"動体視力"と"静止視力"の良さから、"狙撃能力"に長けている家系。遠距離戦において必須となる人材を多く搬出している。

 

 

Perkins(パーキンス)家~

 ウェストロゴス発祥の家系。天性の"洞察力"を持つことから、"心理戦"という名の"読み合い"に長けている。知能を持つ"犯罪者"や"吸血鬼"の行動を予測する役目を負う。アーヴィン家と共闘させられることが多い。

 

 

Irvine(アーヴィン)家~

 ウェストロゴス発祥の家系。天性の"記憶力"と"容量の良さ"から、"判断力"や"知識量"に長けている。よく集団戦の司令塔に抜粋される。また、パーキンス家と共闘させられることも多い。

 

 

Newton(ニュートン)家~

 イーストテーゼ発祥の家系。天性の"発想力"から、人類の進化に必要な"工学"に長けている。制服や武装などを開発するために、ニュートン家はA機関へ多大な貢献をした。アカデミーの生徒である"アビゲイル・ニュートン"はその血筋を継ぐ一人。

 

 

Izzard(イザード)家~

 イーストテーゼ発祥の家系。他の名家とは違い、天性に恵まれた長所はない。イザード家は優しい人物が多いという噂もある。現在の代の十戒に抜粋されなかったことで、"出来損ないの名家"として悪い噂ばかりが立つ。アカデミーの生徒である"アリス・イザード"はその血筋を継ぐ一人。

 

 

――――――――――――――――

 

 

【家系(吸血鬼)】

Bathory(バートリ)卿~

 爵位最高峰の公爵(デューク)と互角に渡り合える実力を持った女性の吸血鬼。謎多き"血涙の力"を扱える。人間から吸血はせず、血液を買い取り、人気のない森の奥でひっそりと暮らしていた。

 "人間と吸血鬼の共存を望む"珍しい吸血鬼。しかし異種族による争いを止めるため、自身の僕である"眷属"を連れ、原罪を率いた公爵と衝突したが、敗北してしまう。その後は公爵に迫害され、人間の夫と育んだ子を産み、静かに息を引き取った。

 

 その血筋を継いだ人物は、吸血鬼を殺すために転生を繰り返した"アレクシア・バートリ"となる。

 

 

――――――――――――――――

 

 

【武装】

~モース硬度&靱性(じんせい)

 モース硬度は鉱物に対する硬さの尺度の一つ。硬さの尺度として、一から十までの整数値を考え、それぞれに対応する標準鉱物を設定する。硬さの基準は「あるもので引っ掻いたときの傷の付きにくさ」となる。

 

 靭性とは物質の脆性破壊に対する抵抗の程度、あるいは亀裂による強度低下に対する抵抗の程度。端的には破壊に対する感受性や抵抗を意味する。「たたいて壊れるかどうか」の堅牢さ。

 

 吸血鬼の肉体は爵位が上がるほど、頑丈になっていく。その為、吸血鬼に対する武装を作るうえで、この両方は一定ラインを越えなければならない最重要課題となる。

 

 

燐灰石(りんかいせき)

 日中に太陽の光を吸収し、夜中になると吸収した太陽の光を放射する不思議な鉱物。モース硬度は五、靭性は"男爵"にギリギリ破壊されない程度。食屍鬼避けの為、クロスロードに置かれている。

 

 

~ルクス零式(ぜろしき)

 燐灰石で作られた黒色の剣。名前の由来は「光」で、名付け親はA機関の主導者であるシャーロット。作中では孤児院、仮試験、本試験に使用された。男爵とは渡り合えたが、子爵には刀身を軽々と折られている。

 

 

~ディスラプター零式(ぜろしき)

 燐灰石で作られた黒色のリボルバー銃。撃鉄を手動で動かす必要のあるシングルアクション。食屍鬼の肌を容易く"引き裂き"、肉体を"崩壊"させることから、シャーロットが『ディスラプター』と名付けた。

 

 

燐灰石(りんかいせき)α~

 A機関の研究の成果により、紫外線を石の中に溜め込み、任意で放射することが可能となった燐灰石。モース硬度が五から六へと強化され、靭性は子爵に刀身を折られない程度には頑丈になった。

 

 

~ルクスα~

 燐灰石αで作られた黒と紫の剣。刀身の中央に燐灰石αが埋め込まれている。"二十五度以上"、もしくは"マイナス五度以下"の温度を持ち手から検知したとき、紫外線をこの部位から放出する仕組み。マイナス五度以下を設定したのは、吸血鬼がこの剣を利用できないようにするためである。

 

 またこのルクスαの開発により、紫外線に脆い食屍鬼を杭無しで殺せるようになった。その殺し方は『紫外線を放出した剣で、心臓に損傷を与える』だけ。ちなみにアレクシアはルクスαを開発したシャーロットを称賛していた。

 

 

~杭~

 食屍鬼や吸血鬼にトドメを刺すために必要。杭の種類は下から『木・石・鉄・銅・銀・金・宝石・金剛石』である。

 

 

――――――――――――――――

 

 

【名称】

十戒(じっかい)

 "神から加護を与えられた転生者"のことを表す。本来は十戒内で入れ替わりが起きることなどあり得ない。しかし吸血鬼にされ、心臓に杭を刺されてしまえば、二度と生まれ変われない。このような事態が起きた場合のみ、十戒で転生者の入れ替わりが起きる。

 

 転生前のアレクシアは、十戒として申し分ない実力があったにも関わらず、神を嫌悪していたため、加護の力も名誉ある十戒の役目も与えられなかった。

 

 

~階級~

 リンカーネーション内での実力を表す名称。鉱物などの種類で実力を区別され、十字架や杭なども階級に合わせたものが支給される。

1.金剛石:皇女のみ

2.宝石:十戒

3.金:貴族

4.銀:最上位

5.銅:上位

6.鉄:中位

7.石:一般

8.木:見習い

 

 

原罪(げんざい)

 "災禍(さいか)"と呼ばれる力を持つ吸血鬼たち。公爵の元に仕え、人間たちを殺し回っている。領地に攻め込んできた先代のアーネット家や十戒たちを、公爵と共に一瞬で皆殺しにした。

 原罪のメンバーは全員が、"名家の始祖"でもあり初代十戒。その為、ヒュブリスと呼ばれていた時代のアレクシアと面識がある。

 

 アレクシアは一ノ罪ステラ・レインズと接敵したとき、少女の胸元に『ЯeinↃarnation』という紋章が刻まれているのを目にしている。

 

 

眷属(けんぞく)

 原罪に仕える"規格外の化け物"たち。元々はバートリ卿の眷属だったが、公爵との戦いに敗北したことで、今は原罪の眷属として仕えている。ケルベロスを含め、十匹存在するらしい。

 

 

~爵位~

 吸血鬼の中での実力を表す名称。呼び名を上から順に並べると、以下のような爵位となる。ただし"眷属"は吸血鬼ではないため、ここには含まれない。

1.公爵(デューク)

2.原罪(げんざい)

3.伯爵(アール)

4.子爵(ヴァイカウント)

5.男爵(バロン)

6.食屍鬼(グール)

 

 

食屍鬼(グール)

 食屍鬼は吸血鬼の中では"失敗作"として扱われている。吸血鬼に比べ、肉体が非常にもろく、紫外線にも弱い。知能も持たず『人間を食らう』『人間を殺す』という思考のみを持つ。

 

 また食屍鬼は"喜怒哀楽"のいずれかの感情がある。嬉しければ"喜ぶ"。嫌なことがあれば"怒る"。哀しいことがあれば"泣く"。楽しいことがあれば"笑う"。というように、食屍鬼の鳴き声はこれらのどれかになる。

 

 どのような鳴き声になるかは、人間だった頃に"内面で最も溜め込んでいた感情"によって決まる。

 

 ごくまれだが、かなりの憎しみを抱いて食屍鬼へと変わり果てたとき、その対象が近くにいた場合、襲い掛かる順番に優先順位が付けられることもある。

 

 

――――――――――――――――

 

 

【能力】

血涙(けつるい)

 バートリ卿が所持していた奇妙な力。アレクシアはケルベロスの血の涙を舐めることで、この力を覚醒させた。この力は強大で、欠損していたアレクシアの肉体を再生させ、ケルベロスの獄炎を操れるようになった。

 しかしアレクシアはこの力の詳細を未だに理解していない。

 

 

加護(かご)

 神によって十戒やアーネット家の人間が与えられる力。血染めの皇女として吸血鬼に危険視されるヘレン・アーネットが、四匹の伯爵と交戦する際に初めて加護を披露した。内容は外傷で死ぬことがない"不死の加護"。弾丸や杭などを消費しない"不失の加護"である。

 

 アレクシアはこれを聞いて『規格外』だと苦言を呈しているが、これはあくまでもヘレン・アーネットが規格外なだけ。 

 

 

災禍(さいか)

 人間が吸血鬼に敗北し続けてきた原因となる原罪の力。災禍の対策を取れなかったのは、原罪と出会った人間が誰一人として生還しなかったため。この力が存在したことで、今までの十戒は原罪に歯が立たなかった。

 

 作中でステラ・レインズが、アレクシアの前で災禍らしき力を使用している。アレクシアは、その力の正体を半分ほど見抜いているようだ。

 




~5/29~
 ここまで読んで頂き、ありがとうございます。このお話しで二章は本当に終幕となります。なので次回の更新についてなどの報告を"三点"ほどさせてください。

【アンケートについて】
 アンケートにご回答いただいた皆様、ありがとうございました。「好きに書いてくれればいい」という選択肢の票数が最も多くて驚きました。取り敢えず、こちらの票を参考に好きに書いていきたいと思います。
 それと次に票数が多かった「アレクシアが自身の過去を語るシーン」「戦闘シーン」の二種類もしっかりと受け止め、これからの物語に組み込むよう努力させて頂きます。 

【更新頻度について】
 今までは毎日更新をしてきました。ですがこのまま毎日更新をすれば、物語の質に影響してしまうと判断したため、毎日更新は断念することにします。なのでこれからの更新頻度は、

今まで→7:10の毎日(月火水木金土日)に更新。
これから→7:10の平日(月水金)に更新。

 となります。毎日更新を楽しみにして頂いた皆様にはお詫び申し上げます。申し訳ありません。

【次回更新について】
 次なる第三章の更新日は"6/2(水)7:00"です。それまでは三章の最終確認などをさせて頂ければと思います。
 
 以上が三点の報告となります。この作品にご感想や評価を頂けたりと、大変嬉しい限りです。もしよろしければこのままご愛読いただけると、モチベーションにも繋がります。またブクマ300達成記念に、色々と考えていることもありますので、楽しみにしててください。

 それでは改めまして……ここまで読んで頂きありがとうございました。

 小桜 丸



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3:Late Academy
3:0 "————"


 フラッシュバックと共に、意識がハッキリとする。彼女の目の前には、先ほどと同じ位置に、杖を持った男が立っていた。

 

「そうか。私は原罪や眷属と出会って、血涙の力を……」

「その力はお前にとって必要不可欠だ。"派遣任務"でも大いに役立つことになる」

「派遣任務?」

 

 そう尋ねれば、杖を持つ男性の背後に古びた洋館が見えてくる。よく目を凝らしてみると、洋館の窓際に一人の少女が立っていた。

 

「人間が住む館で起こる"失踪事件"。銅階級の人間と共に、お前たちは館へ派遣されるだろう」

「失踪事件……」

「吸血鬼の仕業か。それとも"神隠し"か。お前たちは館で行方不明者の手がかりを探そうとする」

「神隠し……」

 

 窓際に立っていた少女が忽然と姿を消す。瞬間、彼女の身体に丈夫な蔓が絡みついた。解こうと試みるが、蔓を千切ることができない。

 

「そしてお前の異名を知る人間が現れる」

「異名だと……?」

「ヒュブリス。これがお前の異名だろう」

 

 蔓が身体の隅々まで這いずり回り、彼女の肌は植物に覆いつくされていく。その最中、先ほど窓際に立っていた少女の顔が、植物の葉に描かれた。

 

「一つ問わせてもらおう」

「……またか」

 

 身体を拘束する蔓の先端が、彼女の肌を貫き、内部で何かを求め始める。痛みはないが、体内で蠢く蔓に彼女は顔をしかめた。

 

「お前は孤立無援を好むはずだが……人を庇い、命を助けた。何故このような行動を?」

「……知らん」

「私はこう推察しているよ。お前がバートリ卿の血を継いだからだと。肉体にあの吸血鬼の"お人好し"が刻まれているのだろう」

「どうでもいい」

 

 身体を這いずり回る蔓の至る個所から、小さな白色の花が咲き誇る。彼女の肉体はあっという間に白色の花に囲まれた。

 

「お前は今まで多くのものを背負い続けてきたが……今回の人生では、仇である吸血鬼の想いまで背負うことになったな」

「……何が言いたい?」

「お前を待ち受けるのは苦しみ、不幸、災厄のみだ。楽には死ねないだろうな」

 

 杖を持つ男性の言葉に反応するように、白色の花は赤く赤く染まっていく。彼女の左目からは、自然と血の涙が一粒だけ頬を伝わった。

 

「しかし派遣任務の前に、お前が苦しむ"余興"もあったはずだ」

「余興……?」

「正しくは"お前だけが苦しむ余興"と言った方がいいな」

「私だけが……?」

「そう固くなるな。大したことではない」

 

 杖を何度か地面に打ち鳴らせば、その振動で頬を伝わる血の涙が落ち、

 

「よく思い出せ。お前が歩んできた――アカデミーでの生活を」

「っ……!」

 

 赤色の花びらが辺りに散らばると、彼女の視界は真っ赤に染まり果てた。

 

 




~6/01 更新時間について~
 更新時間を7:10と記載しておりましたが、他の投稿サイトへの予約投稿の設定の都合上、7:00に変更をさせて頂きます。突然の変更となり申し訳ありません。更新日は変わりませんので、更新時間が「十分早くなるだけ」と認識して頂ければ大丈夫です。それではご理解のほど宜しくお願い致します。

 小桜 丸


~新しい表紙~

【挿絵表示】



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3:1 Academy Deceased

 原罪と眷属が出没した第五百八十一期生の実習訓練。あの惨劇から一ヶ月が経過しようとしている今日(こんにち)。私は医務室のベッドの上でエイダ・アークライトの診察を受けていた。

 

「もう大丈夫よ。背骨のヒビも火傷の跡も、すっかりと完治しているわ。明日から復帰が可能よ」

「そうか」

「それにしても……吸血鬼の再生能力も馬鹿にならないわね」

 

 ケルベロスとの交戦により負った火傷の怪我。原罪であるステラ・レインズとの交戦により負傷した骨や臓器。それらは吸血鬼の再生能力のおかげで、きっかり一ヶ月で完治してしまった。

 

「だが吸血鬼になった人間は"馬鹿になる"」

「じゃあ、貴方は馬鹿なの?」

「どうだろうな」

 

 私はその場に立ち上がると、脱ぎ捨てた制服のコートを羽織りながら、エイダから窓の外へと視線を移す。 

 

「あぁそういえば……」

「何かしら?」

「あの実習訓練で、アカデミーの生徒は何人死んだ?」

 

 エイダは私に問われると険しい表情を浮かべ、机の上に置かれたカルテ表をじっと見つめた。

 

「"死者は"少ないわね」

「なるほどな。多いのは行方不明者か」

「それも間違いではないわ。けど現状で最も多いのは、遺体を発見できない生徒じゃない。誰なのか判別できない遺体が大半を占めているわ。手足だけじゃ、誰の遺体か分からないでしょ?」

「生徒の半数はやられた、と解釈していいのか?」

「……そうね」

 

 私はコートを羽織り終えると、エイダが見ていたカルテ表を手に取り、中身に記載された生徒の顔写真に目を通す。

 

「シャノン・オークス……」

「彼女の遺体は右腕が千切れていた点を除けば、他の生徒の遺体よりも比較的に綺麗な状態だったわ」

 

 Dクラスにいた女子生徒の顔写真が目に入り、ページを捲る手を止めた。死因は"窒息死"と書かれている。

 

「彼女は確かDクラスよね。貴方は彼女と仲でも良かったの?」

「いいや、シャノン・オークスとは一度言葉を交わしただけだ。深い関係ではない」

「そっ。彼女は名家出身じゃないから、てっきり優秀な貴方と交流でも深めているかと思ったわ」

「名家だろうが、平民だろうが……私からすればどうでもいい。それに、死人のことなど考えるだけ無駄だ」 

「薄情ね」

「合理的の間違いだ」

 

 エイダが先ほど述べていた通り、死因が記載されている生徒はごく一部だ。私は粗方目を通し終えると、カルテ表を机の上に戻す。

 

「少しいいかしら?」

「何だ?」

「あの炎の力、もう一度見せてほしいのよ」

「あぁアレか」

 

 私はエイダの前で右手を発火させる。ケルベロスの血の涙を口にしたことで、自由に扱えるようになった獄炎。エイダは燃え盛る私の右手をじろじろと観察し始めた。 

 

「貴方は確かこの力を血涙(けつるい)だと言っていたわよね?」

「あぁ、私を産んだバートリ卿とやらがそう呼んでいたからな」

「不思議な力ね。貴方の肉体はともかく、制服すら燃えないなんて……。一体どういう仕組みかしら?」

「知らん」

 

 エイダは足元に置かれたゴミ箱の中へ手を入れると、丸められた紙屑を拾い上げ、私の方へ投げ渡した。私はそれを左手で受け取り、エイダと視線を交わす。

 

「これを燃やせと?」

「いいえ逆よ。その紙を燃やさないように触るの」

「……燃やさないようにか」

 

 私は獄炎に包まれた右手で、丸められた紙屑に触れてみるが、

 

「燃えてない、わね……」

 

 炎が燃え移ることはなかった。私は右手で紙屑を握りしめてみるが、焦げ跡一つすらつかない。

 

「じゃあ、次は燃やそうとしてみて」

 

 私は右手で握りしめた紙屑をじっと見つめながら、"燃やす"という意識へ変えてみれば、紙屑はあっという間に灰へと変わる。

 

「害を成すか成さないかの条件は……"貴方の意識"ってところかしら」

「そうだろうな」

「最後に──私が貴方の腕に触れてみるわ。燃やさないでよ?」

「善処する」

 

 私の右腕を纏った炎に触れようとするエイダ。私は燃やさないよう意識をしながら、その光景を眺めていれば、

 

「熱ッ!!?」

 

 獄炎が飛び火し、エイダはすぐさま伸ばしていた左手を引っ込めた。

 

「……貴方、ちゃんと意識してた?」

「意識はしていたが」

「本当に?」

「嘘はつかん」

 

 左手の甲に火傷を負ったエイダは、冷蔵箱から氷袋を取り出して、火傷をした箇所を冷やし始める。

 

「私が炎に触れない理由が何となく分かったわ」

「その理由は?」

「貴方、他人に興味がないでしょ? きっとそれが原因で、"無意識"のうちに他者を拒んでいるのよ。恐らく、信頼における人物じゃないとその炎には触れないわ」

「……否定はしない」

 

 私が信じるものは自分自身のみ。他人に期待などもしない。そうやって何百回と転生を繰り返してきたことで、私は無意識のうちに他者を拒むようになったのだろう。

 

「はぁ、その力はむやみに使わないことね」

「なぜだ?」

「まず力を発動すると、左目が紅くなることよ。アーネット家やレインズ家の人間なら怪しまれないけど、一般的に紅い瞳は吸血鬼だと疑われる可能性が高いの」

「なるほどな」

「これからはこの眼帯を付けておきなさい」

 

 エイダは黒色の眼帯を私に手渡す。暴発事件に渡された眼帯と同じものだ。

 

「なぜ付ける必要がある?」

「貴方は左目を一度失ったのよ? 再生したなんておかしな話じゃない」

「義眼を導入したと言えばいい」

「無理ね。そんなにジロジロと視線を動かしたら、義眼じゃないことが一発でバレるわ」

 

 私は仕方ないと黒色の眼帯で左目を覆った。非常に視界不良だが、アカデミー内では付けておくのが利口な判断だろう。

 

「それと……その力は周囲にも甚大な被害が及ぶから気を付けなさい。貴方が心を開いて、私たちのことを信じてくれるなら話は別だけど」

「残念だが、それは叶わない話だ」

 

 私がエイダにキッパリと断言すれば、医務室の扉が開き「ちょっといいかい?」とDクラスの担任であるアーサーが姿を見せた。

 

「アーサー、どうしたのよ? 貴方の怪我は一週間前に完治通告をしたはずだけど?」

「えっと……ポーラ先生やジェイソン先生について、何か進捗があったかなって」

「あぁそういうこと……」

 

 エイダは机の引き出しに入っていた別のカルテ表を取り出し、ペラペラと一枚ずつ捲り始める。

 

「アレクシアさん。今更だけど、その炎は一体……」

「お前は気が付いているはずだ。私の肉体に吸血鬼の血が流れていることぐらい」

「じゃあ、その炎は災禍……なのかい?」

「災禍かどうかは分からん。ただこの力の名称は血涙(けつるい)と呼ばれているらしい」

 

 アーサーは獄炎を纏う私の右手を神妙な面持ちで眺め、胸元に飾られた銀の十字架を片手で握りしめた。

 

「上の人間に報告をするか、それともお前自身が私を殺すか。どちらを選ぶのかはお前の自由だ」

「……アレクシアさんの肉体が例え吸血鬼だとしても、君は僕の大切な生徒だ。エイダ同様、上に報告もしないし、君を殺したりしないよ」

「この女はともかく、お前は銀の階級を背負う男だろう。そんな男が私に肩入れをするなんて、どうにも奇妙な話だ」

「君の肉体は吸血鬼かもしれない。でも君は人の心を持っている。だからキリサメくんやアリスさんたちを助けたんだ。僕はその人の心を信じるよ」

「……安直な考えだ」

 

 私は右手の獄炎を消して、アーサーから視線を逸らす。

 

「ポーラとジェイソンの情報は届いてないわよ。きっとまだ遺体すら見つかっていない状態ね」

「そっか。調べてくれてありがとうエイダ」

 

 Aクラスを担当していた"ルーク・ブライアン"という男は、見るに堪えない遺体の状態で発見されたと聞いているが、ポーラとジェイソンの二人は、行方が知れないままとなっているらしい。

 

「あの日からもう一ヶ月よ。これだけの月日が経過しても尚、あの二人は見つからないの。そろそろ引きずるのはやめた方がいいわ」

「うん、分かってる。けどね、やっぱり変に期待しちゃうんだ。ポーラ先生やジェイソン先生が生きているんじゃないか……って」

「アーサー……」

「銀の階級に上がってからは、よくルーク先生たちに面倒を見てもらったから。どうしても、生きていてほしくて……ってアレクシアさん!」

 

 アーサーとエイダが話をしている最中、私は口を閉ざしたまま、医務室を出て行こうとすると、アーサーが慌てたように私を呼び止めた。

 

「何だ?」

「明日、教室で待っているからね」

「……あぁ」

 

 私は曖昧な返答をし、医務室を後にする。

 

(明らかに生徒の数が減っているな)

 

 自分の部屋へと戻る道中、静寂に包まれた廊下と寂れた食堂や寮の内部に、私は生徒が大半消失したことを改めて実感した。

 

「おやおや? アレクシア・バートリさんじゃないですかぁ!」

 

 ドタバタと足音を立て、向かい側から走ってきた人物はナタリア・レインズ。

 

「アレクシア・バートリさんは生きていたんですねぇ! しばらく姿が見えなかったので、てっきりくたばったのかと思いましたよぉ!」

「私が生きていてガッカリしたか?」

「いいえいいえ! むしろアレクシア・バートリさんが生きていて嬉しいですよぉ! 私の目に狂いがなかったということなのでぇ!」

 

 ナタリアは私の両手を握りしめ、上下に激しく揺らした。しかし途中で何かに気が付いたのか、私の右手に視線を向けたまま、その場で硬直する。

 

「おやぁ? 右手がとっても熱いですが、手を熱湯で洗ってきたんですかぁ?」

「人間の肉体はどれだけ熱に耐えられるのかを試そうと、ついさっき右腕を燃やしてきたからな」

「そうなんですかぁ! それで何度耐えられたんですかぁ?」

「七十度ぐらいか」

「いいですねぇ! 私も試してみたくなりました!」

 

 私が適当な答えを返すと、ナタリアは私の両手をパッと放し、その場で身体の向きを変えながら、辺りをグルグルと見渡していた。

 

「あぁそうだ。お前はステラ・レインズという女を知っているか?」

「はいはい! レインズ家の始祖ですよねぇ?」

「その始祖のことを、お前たちレインズ家の人間はどう考えている?」

「あの連中は『レインズ家の誇りに懸けて粛正する』と言ってましたよぉ。あっ……私は誇りにも始祖にも興味がないです」

 

 ナタリアは本当に興味がないらしく、すんっとした真顔でそう返答する。

 

「そんなことよりも聞いてくださいよぉ! 私、実習訓練で"頭が二つ生えた犬"に会いましてねぇ!」

「……"頭が二つ生えた犬"?」

「そうですそうです! しかもベラベラ喋るし、名前も付いていてぇ……! あぁ確か『オルトロス』と名乗っていましたねぇ!」

「……オルトロスか。奇妙な犬だな」

「はい! ですがもう殺しました!」

 

 楽しそうに喋りながら、右手の親指を下に向ける。一ヶ月前に『"二つ首の獣"を生徒が始末した』とティア・トレヴァーの口から聞いてはいたが、

 

「あの犬は中々強かったですねぇ! 今まで戦ってきたどんな犬よりも強かったですよぉ!」

(……もう一匹を殺したのは、やはりコイツだったか)

 

 オルトロスを葬ったのはナタリア・レインズらしい。そもそもケルベロスと同族の時点で、生徒が敵う相手ではない。

 

「あの犬、斬っても斬っても怪我が治るんですよぉ! 力も大木をへし折れるぐらいに強くてですねぇ!」

「その犬とはどう戦ったんだ?」

「ずっと殴って、ずっと蹴って、ずっと斬りましたよぉ。そうしたらいつの間にか倒れてましたねぇ」

 

 ただし──この戦闘狂だけは生徒の中でも規格外、いやレインズ家で括った方が良いだろうか。私は目の前で、宙を殴ったり蹴ったりしているナタリアを黙って見つめていた。

 

「あっ! それでは私は食堂でお湯を沸かしてくるので失礼しますねぇ!」

 

 ナタリアは思い出したかのように私へそう伝えると、全力疾走で廊下を駆け抜けていく。私は振り返らず、そのまま自室へと戻り、明日に備えることにした。

 

 



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3:2 Out Of Charge

 完治通告を受けた次の日。私は普段よりも早い時間帯に目を覚まし、制服姿でDクラスの教室へと向かっていた。部屋で登校準備をしている者が大半を占めているため、女子寮から出ていくまでに誰一人としてすれ違わない。

 

(……これからはこの時間帯を狙うか)

 

 私がそんなことを考えながら歩いていると、アカデミーの正門前に二人の人影が見えたため、そちらの方向へと視線を向けた。

 

「ねぇいいでしょ? 私にも"あの力"を開花させる方法を教えて」

「何度も言いましたよ。貴方には不必要なものです……と」

(狐の女と……誰だアイツは?)

 

 そこに立っていたのは十戒のティア・トレヴァー。そして両肩に触れる程度の黒髪を持つ女子生徒。どうやら二人で口論をしているらしい。

 

「私だってトレヴァー家の人間でしょ!? これから吸血鬼と戦うために、お姉ちゃんのような力が私にも必要で──」

「"サラ"、貴方は何も理解していません。それに"あの力"は、今の貴方が開花させるべきじゃない」

「ね、ねぇ! それってどういう意味なの……!?」

 

 ティア・トレヴァーはサラの問いに答えることなく、そのまま背を向けてアルケミスの街へと去っていく。その場に取り残されたサラは、俯きながら石の壁に背を付けた。

 

(朝から威勢がいいな)

 

 私は項垂れているサラを他所に、アカデミー内へと足を踏み入れ、Dクラスの教室へ向かう。

 

(まったく……面倒事ばかりで、まともにアカデミーの生活を送れん)

 

 教室へと辿り着いた私は窓際の方へと座り、窓越しに澄み渡る青空を見上げた。転生する度に毎度考えるが、天気は"非常に空気が読めない"。

 

「よっ、アレクシア。今日は結構早いんだな」

「……お前が言える立場か?」

「いや、まぁ、言えねぇけど……」

 

 教室に顔を出したキリサメは苦笑しながら、私の隣の席へ腰を下ろす。一ヶ月ぶりに顔を合わせたため、この男は気まずそうにしている。

 

「きょ、今日はいい天気だよな」

「どうでもいい」

「そういやさ、食堂に新メニューが追加されたの知ってるか? 名付けて"チーズパン"っていうチーズとパンが合体し──」

「興味ない」

 

 キリサメは「そ、そうだよな……」と私から視線を逸らすと、次なる話題を考えようと黙り込んでしまう。

 

「何が言いたい?」

「えっ?」

「私に何か言いたいことでもあるんだろう?」

「まぁ……うん……」

 

 私が呆れながらもそう促せば、キリサメは『スマホ』を取り出し、何度か指先で叩くと、液晶の画面を見せつけてきた。

 

「……これは、ケルベロスか?」

 

 そこに写り込んでいたのは一枚の絵。三つ首に燃え盛る炎は、私たちが対面したケルベロスと酷似していた。

 

「やっぱり、似てるよな……」

「お前が言っていた小説とやらの絵か」

「偶々このイラストだけ保存してたんだ。どこからどう見ても、あのケルベロスと瓜二つだろ?」

「……仮に"本物"だとして、この世界のケルベロスとお前の世界の小説に出てくるケルベロスがなぜ酷似しているのか。それが最も不可解な事実だ」

 

 私はキリサメからスマホを奪い取ると、目を凝らしてケルベロスの絵を観察してみる。毛の色も瞳の色も炎を放出する姿も、どれもが同じ姿。

 

「あの炎の力に名前を付けるなら"インフェルノ"がいいかもなぁ……」

「何を言っている?」

 

 ボソッと独り言のように呟くキリサメ。私は眉間にしわを寄せる。

 

「あ、いや、ちょっとした想像っていうか、妄想っていうか……」

「……」

「イ、インフェルノって地獄の業火って意味だからさ。"この世の善や悪を塵一つ残さず焼き尽くす"みたいな力の設定にすれば、結構カッコいい感じになるかなぁって……」

「……」

「……すんません。何でもないです」

  

 独りで語っているキリサメに冷たい視線を送ると、私は再びスマホへと視線を戻した。

 

「お前が読んでいた小説とやらは既に完結しているのか?」

「んー……途中で打ち切りになったからなぁ。俺も多少読んではいたけど、あんまり事細かには覚えてないんだ」

「……ケルベロス以外の眷属については?」

「ぼちぼち覚えているぐらい……」 

「まぁいい。お前が生きてさえいれば、眷属が未知数の存在にならないことが分かった。これからは眷属の相手を──」

 

 私がそう言いかけた途端、手に持っていたスマホの液晶画面がプツンと黒色の画面へと切り替わり、

 

「あぁあぁああぁーーーー!!?」

 

 キリサメは大声を上げながら私からスマホを奪い返すと、横についているボタンを何度も連打した。

 

「マジかよ。ついに充電切れに……」

「充電切れだと?」

「あぁ、これじゃあもう使えないな。この世界に来てから、可能な限り節約はしてたけどさ。まぁ流石に持たないか……」

「充電とやらをする方法はないのか?」

「ないんだよなぁそれが。充電するためのコードとか、コンセントとかあればいいけど……。そんな都合の良いものなんてこの世界にないだろうし」

 

 キリサメは充電の切れたスマホをポケットにしまうと、大きな溜息をついて「どうしたものか」と両手で頭を抱えた。

 

「あの(むすめ)に聞いてみればいい」

「あの娘って、誰だよ?」

「A機関の主導者のことだ」

「あー、シャーロット博士のことか? けどさ、どうしてあの子に聞くんだよ?」

「研究室にその箱とは別の箱が置かれていただろう。恐らく充電とやらをするための方法も知っているはずだ」

 

 例え充電をする方法を知らなくとも、探求心の強いシャーロットであれば、その方法を自ら生み出そうとするだろう。利用するには丁度いい。 

 

「んじゃあ座学が終わったら、一緒にシャーロット博士の研究室へ顔を出してみようぜ」

「あぁ」

「やっぱお前は一人で行かせようと……ってあれ?」

「何だ?」

「いや、アレクシアも付いてくるんだなぁって……」

 

 キリサメは驚いた様子で私の横顔を見る。

 

「何がおかしい?」

「いやいや、普段だったら『一人で行け』とか『お前の御守(おもり)はしない』とか冷たいことを言うだろ? 誘いに乗ってくれたのって、案外珍しいと思ってさ。もしかして少しは心を開いてくれて──」

「お前は思い違いをしているようだ」

 

 私はキリサメの言葉を遮ると、頬杖を突きながらも横目で冷ややかな視線を送る。

 

「原罪や眷属のような想定外の存在。この存在に対抗するためには、私たち人間も新たな進化を辿らなければならない。それこそ、あの娘が開発したルクスαのような進化を」

「……進化」

「特にそのスマホとやらは上手く活用すれば、私たちにとってプラスの方向へ働く。つまり私がお前に付いていくのは──私自身の為だ」

「そ、そうか。これは新手のツンデレみたいなものか……?」 

 

 キリサメがワケの分からない独り言を呟いていれば、教室に実習訓練で生き残った生徒たちが次々と登校してくる。

 

「ア、アレクシアさん!」

「サディちゃん~! 久しぶりだね~!」

 

 一ヶ月ぶりに見かけたアリスとロイは早足で私の元へやってくると、近くの席へと腰を下ろす。

 

「アレクシアさん、怪我の方は大丈夫ですか?」

「もう完治している。それよりも……もう一人はどこにいる?」

 

 私はアビゲイル・ニュートンの姿が見当たらないことに気が付き、辺りを軽く見渡しながらその姿を探した。

 

「あぁ~! アビーちゃんなら──」

「あたしはここだよ」

 

 私たちの前に姿を見せるアビゲイル。しかし以前のように二本足で、こちらへ歩いては来なかった。

 

「……それは後遺症か」

「まぁね。"半身不随"って診断されちゃったよ」

 

 車椅子に座った状態での移動。私以外が口を閉ざしていることを踏まえるに、どうやらキリサメたちはアビゲイルの状態を知っていたようだ。

 

「回復の見込みはあるのか?」

「一応リハビリはしているけど……前みたいに動けることはもう無いだろうね」

「そうか」

 

 苦笑いをせざるを得ないアビゲイルを、私はしばらく無言のまま見つめる。

 

「お前のおかげで私は助かった……が、なぜ私のことを庇った? あの状況で私を庇う必要はなかったはずだ」

「あたしは、訓練であんたのその左目を奪った。その責任を行動で返しただけさ。あんたを庇って、何の悔いも無いよ」

「……左目か。これを見ても、後悔しないと言えるのか?」

 

 私は黒い眼帯を外し、キリサメたちへ再生した左目を見せつければ、あるはずのない眼球が目の前にあることで、口を開きながら呆然としていた。

 

「やっぱ、アレクシア……。あの時に見たお前の姿は、見間違いじゃなかったんだな」

「……あの犬に教えられた。私の母体は吸血鬼だったとな」

「犬ってさ~? あのケルベロスってやつのことでしょ~?」

「あぁそうだ。私の肉体は半分吸血鬼で半分人間。炎を操れたのも、吸血鬼である母体の力を引き継いだからだと聞いた」

「あぁ、えっと、どういうこと? あたしには何が何だか分からないんだけど……」

 

 アビゲイルは重傷を負っていたことで、意識が朦朧としていた。恐らく私がステラと交戦していたことすら知らない。それを見兼ねたキリサメが、手短にアビゲイルへと説明をする。

 

「あ、あんた……きゅ、吸血鬼だったの……?!」

「しっ! 声がでけぇって!」

「ご、ごめん……」

 

 アビゲイルは真実を知れば、車椅子がガタガタと揺れるほどに驚いた様子を見せた。私は「大袈裟な反応だ」と鼻で笑いながら、アリスとロイへ視線を向ける。

 

「お前たちは平然としているな。半分といえども私は人類の敵である吸血鬼だぞ」

「ん~……サディちゃんはサディちゃんかなぁって思ってるからね~」

「何を言っている?」

「つまりアレクシアさんはアレクシアさんってことです! ちょこっと吸血鬼だとしても、私たちの仲間ですから!」 

「……馬鹿げている」

 

 "仲間"だと言い切ったアリスに呆れた私は、同じようなことを述べたアーサーを脳裏に過らせつつも、静かに窓へと視線を逸らした。

 

 



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3:3 Boring Day

 何週間ぶりかの座学を終えた私は、キリサメと共にシャーロットの研究室まで並んで歩いていた。わざわざ出向く目的は『スマホの充電』とやらをするためだ。

 

「なんか、久しぶりの割にフツーの座学だったな……」

「普通でいい。変に黙祷をさせられる方が気に障るだろう」

 

 久々の座学は至って普通だった。始まり方も終わり方も、実習訓練前と何も変わらない。ぽつんぽつんと空いている席に対して、アーサーは何の反応も示さなかった。

 

「気に障るってことは……アレクシアも亡くなった人には思うことがあるのか」

「気に障るのは無関係の人間へ私が黙祷させられることに対してだ」

「ははっ、やっぱりそうですよねぇ……」

 

 私の隣でキリサメが苦笑していれば、向かい側から大柄の男子生徒がずかずかと胸を張りながらこちらへと歩いてくる。

 

「よぉよぉ、アレクシアってのはおめぇか?」

 

 筋肉質の体型に橙色の短髪。ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべ、こちらの全身を舐め回すような視線を送ってきた。

 

「……知り合いなのか?」

「知らん。誰だお前は?」

「おれ様はアルフ・マクナイトだ」

「アルフ・マクナイト……あぁ、Cクラスで訓練の成績が三位の生徒か」

「おぉよく知ってんじゃねぇか。そんで、おめぇは総合成績トップのアレクシア・バートリで合ってんよなぁ?」

「間違っていないが、お前が私に何の用が──」

 

 そう返答した瞬間、アルフは私の顔面に向かって右拳のストレートを放つ。

 

「おいてめぇ!? 急に何をして──ごふッ!?!」

「おめぇは引っ込んでろよ」

 

 私が床に背を打ち付ければ、我に返ったキリサメが止めに入ろうとする。しかしアルフは右拳をキリサメの鳩尾へと打ち込み、私の上へと馬乗りになった。

 

「なぁ優等生さんよぉ? おれ様はどうしても信用できねぇんだ。おめぇが五百八十一期生の中で、最も強いってことがよぉ」

 

 そしてアルフは私の頬を強靭な両拳で何度も殴り続けると、胸倉を掴み上げて、厳つい顔を近づけてくる。

 

「メスの分際で、総合成績でトップを取るなんてありえねぇ。教師共相手に腰でも振ったのか? あぁ?」

「……」

「何とか言えよなぁ? 」

 

 目の前まで迫りくるアルフの顔。私はその横暴な顔を鼻で笑いながら、血唾を床に吐き捨てた。

 

「おめぇ、何を笑って……」

「生きることが──そんなにつまらないか?」

「あぁ?」

「生きることがつまらないのかと聞いている。その耳は飾りではないだろう」

 

 胸倉を掴むアルフの手を片手で押さえ、こちらを睨みつける瞳を覗き込み、私はそう問いかける。

 

「……何を言ってやがる?」

「自分が強者として認められないこのアカデミーが、そんなにつまらないのか? それとも……自分の思い通りにいかないこの世界がつまらないのか?」

「おめぇ、ワケの分からねぇことばかり言うんじゃ──」

 

 アルフは少しだけ動揺した素振りを見せると、やけになって振り上げていた拳で私の顔を殴ろうとしたのだが、

 

「それ、嘘だよね?」

「……ッ!」

 

 いつの間にか一人の生徒が中腰になって私とアルフの横顔を眺めていた。それに気が付いたアルフは振り下ろそうとしていた拳を止める。

 

「アルフ君、この子に図星を突かれちゃったでしょ? 動揺が顔に出てるよ?」

「だ、誰だよおめぇは……!」

「嘘をついたら駄目だよ。アルフ君の心が汚れるからね」

 

 長い白髪を持ち、黒色のマフラーを首に巻いた生徒。ぱっと見は女性だが、男子生徒の制服を着ていることから、恐らくは男性。

 

「あれ? アルフ君、もしかして僕のことを怖がってるの? 怖がってるのって『取り柄の強さで一番が取れなかった』から?」

「……!!」

「それとも『僕が君の心を読み取っている』から?」

「ふ、ふざけんじゃねぇ!! そもそもおれ様が怖がってるわけ──」

「あ、また嘘ついたでしょ? 今さっき嘘は駄目って言ったばかりなのに……」

「き、気持ちわりぃんだよッ……!! さっきから何なんだよおめぇは?!!」

 

 アルフは私の胸倉から手を離すと、詰め寄ってくる白髪の生徒に右拳ですぐさま殴りかかった。

 

「……!?」

 

 しかし白髪の生徒はアルフの右拳を軽々と避け、空いている左手を掴みながら、無理やり自身と握手させた。

 

「僕の名前は"クライド・パーキンス"。気軽にクライドって呼んでくれていいよ」

「は、放せこの野郎!!」

「あっ……」

 

 アルフは即座に手を振り払うと、白髪の生徒から距離を取り、私たちへ背を向ける。 

 

「チッ、おめぇのせいで調子が狂った」

「うん。今のは嘘をついてないね」

「黙りやがれ! おめぇは気色がわりぃんだよ!!」

「うん。今のも嘘をついてな──」

 

 白髪の生徒がそう言いかけた瞬間、アルフは廊下の壁に勢いよく蹴りを入れ、どこかへ立ち去ってしまった。

 

「いってて……アレクシア、大丈夫だったか?」

「私の心配より、自分の心配をしろ」

 

 アルフがその場から立ち去れば、うずくまっていたキリサメが片腹を押さえながら立ち上がり、私の身を案じてくる。

 

「お前の方が滅多打ちにされてたし……。心配するに決まってんだろ」

「おー……彼は君のことを本当に心配してるみたいだよ?」

「……何なんだお前は?」

 

 先ほど自身のことをクライドと名乗った男子生徒は、私が起き上がる姿を眺めながら、「うんうん」と頷いて感心していた。

 

「僕はクライド・パーキンス。クライドって呼んでくれていいよ──"バートリ"さん」

「なぜ私の名前を?」

「同じクラスのレイヴィンズさんからよく話を聞いていたんだ。バートリさんが凄い人だってことや、孤児院仲間だってことをね」

「……アイツか」

「だからバートリーさんも僕のことを気軽に呼んで──」

 

 思い返してもみれば順位表を目にしたとき、クライド・パーキンスとクレア・レイヴィンズは同じBクラスだった。

 

「どうでもいい」

 

 私はクライドが差し伸べた右手を払いのけ、自らその場に立ち上がり、口元に付いた血を制服で拭う。

 

「私がお前をどう呼ぼうと私の勝手だ。それと……私を下の名前で呼ぶのはやめろ」

「え、どうして?」

「不機嫌になる。ただそれだけだ」

「んー……」

 

 クライドは何の疑問が生じたのか、ジリジリとこちらへ歩み寄り、鼻先が触れるギリギリまで顔を近づけてきた。その吐息からは妙に甘い匂いが漂ってくる。

 

「初めてかもねー。僕がこんなに心を読み取れないのって」

「……」

「君はもしかして"心が無かったり"する?」

「お前の趣味の悪い"覗き見"もその程度ということだ」

 

 私はそう吐き捨てると、クライドの横を通り過ぎ、シャーロットの研究室まで向かうことにした。その最中、私の脳裏にパーキンス家の始祖と対面した記憶が蘇る。

 

『……"悪党"、こちらと手を組まないのは"嫉妬"が原因か?』

『それはお前の方だろう"悪趣味"。"嫉妬"という感情を教えてやろうか?』

『惜しいことだが、君から学べることは何も無い』

『ならお前は一生私を越えられないままだ』

 

 パーキンス家の始祖は私のことを"悪党"と呼んでくる男。だから私は人の感情を学ぶために心を操るアイツを"悪趣味"と呼んでいた。 

 

「ちょ、ちょっと待てってアレクシア! 一応助けてもらったんだし、お礼ぐらいは……」

「いいよいいよ。バートリさんは感謝する気持ちはないみたいだからね」

「あいつ、本当に不器用っていうか、素直じゃないっていうか……」

「気にしなくていいよ」

 

 キリサメはその場で大きな溜息をつくと、クライドはキリサメの左肩を軽く叩く。

 

「えっと、クライド……だっけ? お前のおかげで助かったよ。今度また会った時に埋め合わせするわ」

「これぐらい大丈夫だよ。あっ、君は女の子からの印象がいいタイプだったり?」

「い、いや、アレクシアとはたまたま仲が良いだけで……」

「君は『女の子から好印象を貰いたいタイプ』だよね?」

「え? そ、そりゃあ、まぁ貰いたいけど……」

「僕は仲良くなる方法を知ってるよ。どう? 少しでも僕と話を──」

「キリサメ、行くぞ」

「わ、わりぃ! アイツ、機嫌悪そうだからさ! もう行くわ! 色々とあんがとな!」

 

 感謝の言葉を述べてから、私の後を追いかけてきた。クライドは黒色のマフラーを片手で掴み、私たちとは逆方向の方角へ歩き出す。

 

「おいアレクシア……! ちゃんと『ありがとう』のお礼ぐらいは言え──」

「あの生徒と長話するのは危険だ」

「は? 危険ってどういう……?

「そのままの意味だ。あの男と話してもいいことがない」

「待て待て! そりゃあさ、ちょっとはおかしいところもあるかもしれないけど……。普通に会話もできるし、あのアルフってやつも追い払ってくれ──げふっ!?」

 

 必死にクライドのことを庇おうとするキリサメ。私はスマートフォンとやらが入ってるであろう胸ポケット辺りを右手で強く叩いた。

 

「それのことを知られたらどうする?」

「それって、スマホのことか?」

「あの男はお前から情報を抜き取ろうとしていた」

「情報? 一体何の?」

「私とそのスマホの情報だ」

 

 クライドは私の心理を読み取ることを諦めた途端、キリサメにその矛先を向けていた。露骨すぎる対象の切り替え。まるで詮索する方向性を改めるかのようなもの。

 

「……私はあの男に心は読み取らせないが、お前はどうなんだ?」

「ま、まぁ、すげぇ言い当てられたけど……」

「他人と話をするな、その口を塞げ、言葉を慎め」

「俺はお前の犬かよ……」

 

 キリサメは両肩を一瞬だけがっくりと落とすと何か対策を閃いたようで「そうだ!」と言いながら、私の方へ自信満々な顔を向けてくる。

 

「どうすれば心理戦に強くなれるか教えてくれよ!」 

「はぁ……お前ほど単純な男が強くなれると思うか?」

「分かんないだろ? 俺にも心を読み解く才能とかあるかもしれな──」

「お前にその才能はない」

「どこまでも厳しい性格だなお前は!!?」

 

 声を荒げるキリサメ。私は「仕方のない男だ」とぼそっと呟き、その場で足を止めると、

 

「お前には──"気になった異性"がいる」

「へ……?」

 

 キリサメの顔を見上げながら、そんな言葉を投げかけた。

 

「その異性は、このアカデミーにいる」

「は、はぁ!?」

「初めて会った時から気に掛けていたが、中々声を掛けられないまま、時間が過ぎている」

「ちょ、ちょっと待てよおい!?!」 

「そしてその異性の名前は──」

「待て待て待てぇえぇッ!!」

 

 キリサメは慌てふためき、私の口を手で塞ぐ。図星を突かれているようで、顔は真っ赤だ。

 

「な、なんでお前がそのこと知ってんだよ!?!」

「"ウォーム・リーディング"」

「ウォーム・リーディング……?」

「一定の情報を得ている状態で"コールド・リーディング"することだ」

「コ、コールド・リーディング……?」

「"事前の準備無しで心を読み解く"テクニック。あの男はこの手法を使っていた」

 

 理解できていないキリサメに私は渋々こう説明する。

 

「"気になった異性がいる"という言葉に、好意を抱いているという意味は含まれていない。だがお前は"好意"の意味だと捉えただろう?」 

「そ、そういえば……」

「それに初めて会った時から気に掛けていた……というのは当たり前。最初に気になった異性がいると言っているのだからな」

「あ、そうか……!!」

「気になったままでいる、というのも声を掛けられないからこその状態……となれば、時間は過ぎているだろう」

 

 明確な言葉を使わず、広い意味で捉えられる言葉を使う。そうすれば勝手に相手がボロを出していく。これがコールド・リーディング。

 

「覚えておけ。読み解くものは心ではなく、相手の『顔・衣服・表情・匂い・口調』それらすべてを読み解くことを」

「じゃ、じゃあ占い師とか霊媒師とかってインチキだったんじゃ……」

「何を指しているかは知らんが、お前のことを最も知る者はお前自身だ。読み解かれたときは、自身がボロを出していると反省しろ」

「は、はい……わ、分かりました……」

 

 あのクライドという男はまだ未熟だった。そう独白しながらも、私は隣で息を呑んでいる単純な男を引き連れて、研究室に向かうことにした。

 

 



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3:4 Charging

 私とキリサメは数分ほど廊下を歩き続け、研究室の扉の前まで辿り着く。扉の向こうからは、ブクブクとフラスコが沸騰する音が聞こえてくる。

 

「なぁアレクシア。どうやってシャーロット博士にスマホについて聞くんだ?」

「私に考えがある」

「おっ、やっぱりこういう時も頼りになるな!」 

 

 キリサメは私の返答を聞けば、扉を三度だけノックした。

 

「ふむ、一体誰かね?」

「私だ」

「誰かねと聞いているのだよ?」

「ア、アカデミーの生徒の、キリサメとアレクシアです!」

「アカデミーの生徒……。私の元へ尋ねてくるなんて珍しいものだ」

 

 シャーロットは「まぁ入りたまえ」と私たちを研究室へ招き入れ、低品質な木の椅子を二つ用意して座らせる。

 

「服装が変わったな。衣替えの時期ではないだろう」

「ヘレン君に怒られたのだよ。『今すぐ専用の研究服を用意しろ。この研究室で事故が起こりかねない』とね」

「ははは、そりゃあそっすよねぇ……」

 

 以前会った時のシャーロットはフリルの付いたドレスを着ていたが、今はフードの付いたぶかぶかの黒と白のジャケットと、黒の長ズボンを履いていた。

 

「繊維はこの制服と同じものか?」

「中々に鋭いじゃないか。この服は燃えにくい・傷みにくいだけでなく……"臭いにくい"という特徴もあるのだよ」

「あの、臭いにくいというのはどういうことっすか……?」

「私はお風呂が大の嫌いでね。今まで一週間以上も入浴しないことなんて当たり前だったのだよ」

「い、一週間以上も……?!!」

「それが故に、臭いがキツイと言われてね。解消せねばならない問題だと頭の片隅に置いてはいたのだ。それがこの新開発した衣装で解消したのだよ」

 

 シャーロットは私たちの前まで歩み寄り、着ている衣服を鼻元へ近づけてくる。

 

「ほら、嗅ぎたまえ。かれこれ二週間以上も入浴していないが、臭い一つしないだろう?」

「え、遠慮しときます……!!」

「臭いに問題はないのだよ。遠慮しなくともこんなに無臭で──」

「お前は汚いことに変わりはない。離れろ」

「ふむ、本当に無臭なのだがね……」

 

 私はシャーロットに距離を取れと要求すると、残念そうに二歩三歩と後退りをした。キリサメはこちらへ「ナイスだアレクシア!」というような賞賛の視線を送る。

 

「それで、私に何か用でもあるのかね?」

「あぁ、お前に聞きたいことがある」

「聞きたいこと?」

「スマートフォンの充電とやらをさせろ」

「ちょっ……!?!」

 

 キリサメが目を見開き、思わず声を上げた。シャーロットはゆっくりと首を傾げながら、何度かこう復唱をする。

 

「スバートゴン?」

「スマートフォンだ」

「アラートオン?」

「スマートフォンだ」

「スゲーナフォン?」

「スマートフォンだ」

「ブレーカドン?」

「スマートフォンだ──」

「何回繰り返すんだよ!?」 

 

 何度も間違えるシャーロットに正式名称を伝えていれば、キリサメが横から割って入り、大声を上げる。

 

「ふむ、スマートフォン……」

「お前は知っているはずだ」

「すまないが、私はスマートフォンとやらを知らないのだよ」

「嘘をつくな。お前の研究室に同じものがあるだろう」

「研究室に同じもの? ……あぁ、君たちが見たのはアレのことかもしれない」

 

 シャーロットは心当たりがあるようで、研究室の隅にある棚の引き出しから何かを取り出し、私たちに見せてきた。

 

「……何だこれは?」

 

 長方形をしているようだが、スマートフォンに比べてやけに縦に長く分厚い。箱のように開けるのか、割れ目も見える。色は銀色だ。

 

「知らないのかね? この箱の名前は──」

「"ガラケー"」

 

 シャーロットが名称を述べようとした瞬間、キリサメが被せるようにして名称を呟く。

 

「ほう、よく知ってるじゃないか。この長方形の箱は"ガラパゴスケータイ"と呼ばれるらしい。それを略して"ガラケー"なのだよ」

「……アレクシア」

 

 キリサメが何かを言いたげな様子で私の名前を呼ぶ。恐らくはこの男が住んでいた世界にある代物なのだろう。

 

「後にしろ。今はスマートフォンとやらが充電できるかできないかの話だ」

 

 私はキリサメの懐に手を入れ、スマートフォンを奪い取ると、シャーロットの前に突き出す。

 

「ふむ、これがスマートフォンと呼ばれるものかね?」

「この男が言うにはそうらしい。面倒なことに電力不足で動かなくなってな。お前の技術力でどうにかできないか?」

「よく見せてくれたまえ」

 

 シャーロットにスマホを手渡せば、何度も表と裏をひっくり返し、コンコンと軽く叩いたりを繰り返す。

 

「うむ、結論から述べよう」

「あぁ」

「どうにかなる」

「マジですか!?」

「このガラケーと呼ばれるものと色々と酷似している点があるのだよ。これを上手く利用すれば、電力を貯蓄するための部品を作るのは容易いことだろう」

「そうか。ならお前にそれを預け──」

「ただし!」

 

 そんな私の言葉を遮り、シャーロットはこちらにビシッと左手で二本の指を立てる。

 

「頼み事には、対価というものが必要なのは分かるかね?」

「対価って……俺たちに何を求めるんすか?」

「至って簡単な要求を二つ呑むことが条件なのだよ」

「二つか。幼い癖に強欲な娘だ」

「君たちは二人で、私は一人だろう。妥当な要求だと思うがね」

「まぁいい。お前の要求は何だ?」

 

 私がそう問いかければ、まずはキリサメを右手で指を差す。

 

「キリサメ君はこのスマートフォンと呼ばれる機械の使い方を、研究の一環として私に教えたまえ」

「え? 使い方っすか?」

「実に興味深いのだよ。この機械はこれからの私に刺激を与えてくれる代物に近いかもしれない」

「まぁ、それならいいですけど……」

 

 キリサメが要求を呑めば、立てていた指を一本減らし、次に私を右手で指差してくる。

 

「次にアレクシア君に求めるものだが……」

「何だ?」

「実は丁度いいタイミングでね」

「どういうことだ?」

「君には一週間後に控えた対人戦をしてもらいたかったのだよ」

「対人戦だと?」

「グローリアの貴族たちがこのアカデミーへ集結する。その余興として、代表に選ばれた生徒同士の対人戦を披露するのが一環でね」

 

 対人戦。悲劇が起こる前の実習訓練で行われていた。私は片目を失っていたため、エイダからの要請で欠場していたが……。

 

「なぜ私を選ぶ?」

「総合成績トップの者は、いわば五百八十一期生を象徴する希望。リンカーネーションは貴族たち出資あっての組織で、信頼関係を保つためには、こうして対人戦を披露し、安心させる必要があるのだよ」

「"見世物"ということか」

「うむ、見世物に近い」

 

 皮肉を肯定するシャーロットを前にして、私はしばらく考える素振りを見せる。

 

「丁度いいというのは、私を動かすための材料がそこにあったからか」

「君は得することがなければ動かないだろう。だからヘレン君もどうしたものかと悩んでいたのだよ。そんな時にアレクシア君の方からきっかけを運んできてくれてね」

「……運のいいヤツめ」

「どうするかね? 君が要求を呑めば、交渉は成立だ」

 

 どうやっても逃れようがない。私は溜息をつき、シャーロットが立てていた一本の指を曲げさせた。

 

「ふむ、交渉は成立ということだね」

「アレクシア、ほんとにいいのか?」

「対価は必要だと、何となく覚悟はしていたからな」

「そうそう、苦難があってこそ芽生える友情なのだよ」

「生意気なガキだ」

 

 シャーロットは満足そうに何度も頷くと、手に持っていたスマートフォンを机の上に置く。

 

「それはそうと、君たち二人はアカデミーを卒業したらどこに所属するつもりかね?」

「しょ、所属ってなんすか……?」

「知らないのかね? 君たちは卒業後、七つの機関のどれかへ所属する機会が設けられるのだよ」

「七つの機関?」

「まったく、引きこもりの私よりも世間知らずなのはどうかと思うがね……」

 

 私とキリサメが何も知らないことに苦言を呈しながらも、シャーロットは棚に納められた書類を手にして、机の上へ並べていく。そこに書かれていた内容は、

 

 

────────────

A機関:グローリアでの活動&武装開発

主導者:シャーロット

    ニコラス・アーヴィン

    フローラ・アベル

    エリザ・アークライト

 

B機関:A機関の支援&他機関への人員派遣

主導者:カミル・ブレイン

 

N機関:素材の採掘、または改良

主導者:レクス・ニュートン

 

O機関:吸血鬼との戦闘(後方支援)

主導者:エレナ・オリヴァー

 

P機関:吸血鬼の領土への偵察

主導者:パーシー・プレンダー

    ジーノ・パーキンス

 

R機関:吸血鬼との戦闘(前線)

主導者:ソニア・レインズ

    ルーナ・レインズ

 

T機関:難民の救助&他国との交渉

主導者:ティア・トレヴァー

 

────────────

 

 

 というような機関の説明だった。この中で知っている名前もいくつかある。

 

「これが七つの機関なのだよ。リンカーネーションは機関ごとに分割され、更にその中で銅や銀やらの階級を振り分けられるのだよ」

「アーサー先生とかってどこの機関に所属してるんすか?」

「アーサー君は私たちのA機関なのだよ。教師としてグローリアで活動しているということだね」

「この主導者たちは全員十戒なのか?」

「うむ、私とカミル君を除けば十戒で構成されているね」

 

 名家の名前が揃っているとは思ったが、やはり主導者を占めているのは十戒だった。私は一人ずつじっくりと名前を暗記していく。

 

「あの皇女はどこに所属している?」

「ヘレン君はどこにも所属をしてないのだよ。そうだね……リンカーネーションの主導者とでも答えておこうか」

(……何か事情があるな)

 

 ペラペラと喋りつづけるシャーロットの口が返答に詰まった。どうやら皇女がどの機関にも所属しない裏の理由があるらしい。

 

「これってどういう流れで所属が決まるんすか?」

「まずは第一から第三志望まで決めてもらう。その後は『卒業時点での成績』と『面接』をして、所属できるかどうかが決まるのだよ」

「マ、マジか、面接もあんのかよ……」

「安心してくれたまえ。面接は意思の確認に過ぎない。何を持ってリンカーネーションに入ったのか、なぜこの機関に所属したいのか……というような方向性を聞くのだよ」

 

 いずれかの機関に所属する必要があること。ここで生じる問題は私の考えに最も近い機関が存在するかどうか。

 

「もしもなんですけど……」

「何だね?」

「もし、どの機関にも所属できなかったら……どうなるんすか?」

「ふむ、それは"無所属"となるだけだね」

「無所属?」

「リンカーネーションの一員ではあるが、機関には所属していない状態となるのだよ。推奨はできないものだね」

 

 シャーロットは推奨できない理由を続けてこう話す。

 

「よっぽどの問題児で成績不良な生徒でなければ、ほぼ確実に機関へ所属できる。もし仮に所属できないことがあれば、そのよっぽどの問題児か成績不良に当てはまるだろう」

「それの何が問題なんだ?」

「ここだけの話だが……リンカーネーションでの無所属は差別を受けているのだよ。その差別に耐えられない者たちが、アルケミスやグローリアを出ていくことも多い」

「さ、差別って……。出ていくぐらい、厳しいんですか?」

「うむ、一番の問題は"報酬"なのだよ。無所属の者には定額の報酬はもちろん、食べ物すらも与えられない。だから耐えかねて、グローリアを出て行ったり、故郷に帰ったりするのだね」

 

 思っていた以上にリンカーネーションという組織は複雑かつ闇が深いらしい。アカデミーなどはただの茶番に過ぎないようだ。

 

「あのお人好しの皇女が、よくこの差別を黙認しているな」

「以前は無所属にも報酬が与えられ、食事も与えらたりしたらしいがね。ティア君がその制度を変えたようだよ」

「十戒のティア・トレヴァーがか?」

「うむ、風の噂に過ぎんがね」

 

 無所属のデメリットは大きい。どこかの機関へ所属するべきか。私がそんなことを考えていると、シャーロットが私の背中を軽く叩いた。

 

「なに、アレクシア君は心配することないだろう。君なら今にでもA機関へ所属できるのだよ」

「機関ごとに難易度でもあるのか?」

「結局は意思の相違がないかが課題だがね……志望者が多いのは毎年度A機関とB機関がトップ。難易度は高いだろうね」

「どうして難易度が高いんすか?」

「ふむ、ずばり吸血鬼と交戦する機会が少ないからだろう。安心安全のグローリアで活動するのだからね」

 

 優先するのは可愛い我が身。ならば何故リンカーネーションの一員になろうとしたのか。これでは本末転倒ではないか。

 

「おっと、もうそろそろ寮へ帰るのだよ。門限まで後少しだ」

「や、やべぇッ!! アレクシア、早く帰ろうぜ!」

「お前は先に行け。私は少しだけ話がしたい」

「お、おう? わ、分かった! お前も怒られる前に部屋に戻れよ!」

 

 時刻が門限に近づくのに気が付いたキリサメは焦りながらも、シャーロットに一礼し、

 

「そのスマホ、よろしくお願いします!」

「うむ、任せたまえ」

 

 研究室を飛び出すように、全力疾走で駆けて行った。

 

「まだ話があるのかね?」

「あぁ、アビゲイル・ニュートンという生徒を覚えているか?」

「うむ、覚えているとも。このディスラプターを改造した子だね」

 

 シャーロットは机の上に置かれたディスラプターの試作品を手に取り、私へ覚えている証拠として見せつける。

 

「あの生徒はお前が開発したディスラプターを解体し、少ない道具で爆発物と雷管を作り上げた」

「ほう、ディスラプターでそれらを……」

「しかも十五分でだ」

「ふむ、たった十五分で……」

「だが、私を庇ったせいで下半身不随となった。しばらくはまともに動けん。いや、もしかしたら永遠に動けないかもしれない。だが足が動けなくとも、手は動かせる」

 

 やや驚いているシャーロットを他所に、私も研究室の扉へと近づく。

 

「後は……アリス・イザード」

「アリス君がどうしたのかね?」

「あの女は無能だ。訓練の成績も最下位で、座学も最下位。どうしようもないほどまでに役に立たん」

「……」

「だがあの女は囮になったときの自己犠牲の精神と、死に対する果敢さは賞賛できる。後はそうだな……根性とやる気ぐらいか」

 

 背を向けながら説明をしていれば、シャーロットは「ごほんっ」とわざとらしく咳き込んだ。

 

「つまり……アレクシア君は何が言いたいのだね?」

「……私が総合成績トップだからどうした? 実習訓練の一件で生き残ったのは成績優秀者だけか? それは違うはずだ」

「……」

「成績なんてものは、実戦で何の役にも立たん。注目を向けるべきは成績じゃないだろう。注目するべきは予想せぬ事態が起きた時に、そいつが行動を起こせるかどうかだ」

 

 シャーロットは険しい表情を浮かべながら黙り込む。私はそのまま振り向かず、扉の前まで辿り着いた。

 

「だがそれでも……もし成績を参考にするつもりなら、総合成績トップの私は──」 

 

 そして私は扉に手をかけ、廊下へと一歩だけ踏み出し、

 

「──A機関へアビゲイル・ニュートンとアリス・イザードの二名を推薦する」

 

 そのままシャーロットのいる研究室を後にした。

 

 

 



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3:5 Example

 

 シャーロットと交渉をした三日後。私は要求された通り、貴族の見世物となるための対人戦について、空き部屋にて召集を受けていた。

 

(何だ。誰もいないのか) 

 

 アーサーから召集場所を教えられ、空き部屋に訪れてはみたものの、まだ誰一人として集まってはいない。私は気だるさにより鉛のように重くなった身体を、近くに置かれた椅子へ腰かけ、休ませることにする。

 

「五分前集合か。大変熱心なことだ──アレクシア・バートリ」

「誰だお前は?」

 

 壁に飾られた時計を眺めていると、空き部屋に紫髪の男子生徒が姿を見せる。片手には分厚い本、顔には片眼鏡。いかにも"頭脳派"らしい容姿だ。

 

「私は"セバス・アーヴィン"という名だ。それ以上は何も言う必要はあるまい」

 

 セバス・アーヴィン。

 名家であるアーヴィン家の血を継ぐ人間。瞬間、私の脳裏にアーヴィン家の始祖と対面した記憶が蘇る。

 

『"お嬢ちゃん"、止めた方がいいすよ。あんた一人であの数の吸血鬼は相手できないと思う。……知らんけど』

『"怠慢男"、私に指図するつもりか?』

『指図というか、忠告なんすけど。……割とマジで』

『お前は忠告できる立場の人間ではないだろう』

 

 アーヴィン家の始祖は私のことを"お嬢ちゃん"と呼んでくる男。この男はまともに動くことが少ないうえ、だらだらとしているため、私は"怠慢男"と呼んでいた。

 

「まさかだとは思うが、お前がもう一人の被害者か?」

「不正解だ。私は対人戦に出場する二名の生徒に、説明をするためここへ訪れた」

「説明役か。なら私の相手は誰だ?」

「いずれ分かる」

 

 数分も経てば扉がゆっくりと開く。私は椅子に座りながら振り返り、その人物の姿を確認してみれば、

 

「ここで合ってる?」

「あぁ、間違いではないが……」

 

 前に早朝からティア・トレヴァーと話をしていた女子生徒だった。確か"サラ"と呼ばれていたはずだ。

 

「集合時刻を破る寸前だったな」

「破る寸前であって、破ってはいないでしょ?」

「致し方のない性格だ」

 

 不機嫌なセバスへ「遅刻していない」と主張したサラは、時計の時刻を顎で指し示し、私の隣に腰を下ろす。

 

「さて……今回対人戦に出場してもらうのはアレクシア・バートリ、そして"サラ・トレヴァー"の二名だ」

「アレクシア・バートリ……。あなたって総合成績で一位の生徒よね?」

「そうだな」

「ふーん、結局はあなたに決まったのね」

 

 納得するような反応を見せるサラ。私はその反応に眉をひそめる。

 

「結局はだと?」

「話は多少逸れるが、私が説明する。仮にアレクシア・バートリが出場しなかった時、この場にいるのはナタリア・レインズとなるはずだったのだが……」

「アイツ、私とは戦いたくないって辞退したのよ」

「辞退?」

「彼女の言い分は『私よりも弱い人とは戦いたくないです』というものだ」

 

 ナタリアからすればサラとは既に訓練の分野で、自分よりも下だと格付けされている。あの性格からするに強者と戦うことにこだわるため、当然のように断りを入れるだろう。

 

「なるほどな。そこで『ならば誰と戦いたいのか』と聞いた時に上がった名前が私だったのか」

「その通りよ。アイツはあなたと本気で戦うことを求めた。けど分かるでしょ? この対人戦は本気の殺し合いじゃないことぐらい」

「あぁ、あの女ではとてもじゃないが見世物にはならんな」

「だから私があなたの相手として選ばれたのよ」

「ナタリア・レインズは問題児。目的は貴族たちに披露すること。この過程から考察すれば、この組み合わせが妥当な判断だと私は結論付ける」

 

 手加減を知らない。空気が読めない。優先するは自分自身。この三拍子が揃う時点で、ナタリアが候補から外れてもいい。

 

「そういえばあなた、その片目はどうしたの?」

「それぐらい察しろ」

「……ご愁傷様」 

 

 私は片目について深くは説明をせず、サラ自身に解釈をさせる。その様子を眺めながら、セバスは手に持っていた本のページとページの隙間から二枚の紙を取り出すと、私とサラへ一枚ずつ手渡す。

 

「話しが逸れた。軌道を修正し、当日について説明をさせてもらおう」

「ええ、お願い」

「実習訓練の対人戦とは少しルールが違う。まずは一本先取だったのが、三本先取に変更された」

「判定はどうなる?」

「そこに変更はない。武装は"模擬刀"とプラスチック球形弾の"銃"の二つ」

「……木刀じゃないのね?」

「詳細は不明だが、貴族は模擬刀をご所望なのかもしれない」

 

 渡された紙に記載された当日の流れを確認していると、とある文章に視線が止まった。 

 

「この『一本ごとに十分以上の時間を掛ける』というのは何だ?」

「"十分以内に決着を付けるな"ということだ。三十分以上はお前たちに対人戦を続けて欲しいのだろう」

「ほぼ八百長に近いわね」

「あくまでも目的は貴族を楽しませることか。つまらん見世物だ」

 

 真剣勝負ではなく、貴族たちを盛り上がらせるための対人戦。これではまるで貴族たちの玩具、愚にも付かぬ話だ。 

 

「おおよそは説明をした。疑問点があれば私に質問してくれ」

「私は……特にないわね」

「私もだ」

「ならばこれで解散だ。後はお前たちの健闘を祈ろう」

 

 セバスは説明役の責務を全うすると、早足で部屋から出て行ってしまう。あの男もまた、私たちのように面倒役を押し付けられた立場なのだろう。

 

「……アレクシア・バートリ」

「何だ?」

「私はあなたに負けないから」

「……八百長の対人戦に、勝敗を競うほどの価値はないだろう」

「知らないの? この対人戦を見に来るのは貴族たちだけじゃないわ。あの十戒たちや皇女様だって見に来るのよ」

 

 サラは椅子から立ち上がると、欣幸(きんこう)の至りだと言わんばかりに紙から私へ視線を移した。

 

「私にとってこの対人戦は、実力を披露できるチャンスにもなる。あなたに勝つことができれば、お姉ちゃんもきっと私のことを……」

「お前の姉はティア・トレヴァーなのか?」

「ええ、私のお姉ちゃんは十戒のティア・トレヴァーよ」

「数日前、朝方に口論をしていたな」

「……あなた、見ていたのね」 

 

 サラは私に盗み聞きされたことに対して不快感を露にする。しかし秘めている想いを抑えきれないのか、私に向けて淡々とこんな話を始めた。

 

「私はトレヴァー家の血を継いでいる。今すぐにでもお姉ちゃんのようになって、吸血鬼たちと戦わないといけないのに……」

「……」

「お姉ちゃんは、私を認めてくれない。アカデミーに入学する前から、私をリンカーネーションから遠ざけようとして……」

「遠ざける、か」

「だからこの対人戦は、私が戦えることを証明するいい機会なの。五百八十一期生を代表するあなたに勝てば、お姉ちゃんも私のことを認めてくれるはず」

 

 話だけ聞いていれば、サラ・トレヴァーはどうも生き急いでいるように見える。恐らくは名家としての重荷を抱えているのだろう。

 

『キャハハッ、またリリアンと会っちゃったね"自己顕示欲"!』

『私に何の用だ"虚言癖"。また下らん話でもしに来たのか?』

『バーカ! 脳みそミジンコ以下のお前が、ここでくたばってないか見物しに来ただけだしー!』

『勝手にしろ。私はお前の死に目など興味はないが』

 

 脳裏に過るのはトレヴァー家の始祖である"リリアン・トレヴァー"との会話。見栄を張るために嘘をつくことから、私はコイツを"虚言癖"と呼んでいた。そして向こうは私が目立ちたがり屋だと認識していることから"自己顕示欲"と呼んでいる。

 

「長話をしてもらったところ残念だが……」

「……?」

「私はお前の求める勝利の意味に興味がない」

「は、はぁ?!」

 

 私は椅子から立ち上がり、声を荒げたサラと向かい合う。例えこの女が名家の重荷を抱えていようが、姉に認めてもらおうとしようが、私には関係のないことだ。

 

「だから──勝敗などどうでもいい」

「……!」

「お前が勝ちたいのなら勝てばいい」

「……」

「勝つのは簡単だ。私を倒すだけ。たったそれだけでお前の求めた勝利と、周囲の人間からの承認を手に入れられる」

 

 私は態度を示し、サラの真横を通り過ぎる最中、

 

「ただお前が懸念すべきは──」

 

 すぐ隣で歩みを止めると、

 

「──その安易な考えだ」

 

 そう呟きながら、空き部屋を後にした。

 

 

────────────

 

 

 昧爽(まいそう)の時刻、立ち込める朝靄(あさもや)。貴族たちが対人戦を見物するために集う予定の会場で、ヘレン・アーネットはたった一人で会場の下見をしていた。

 

「やっぱりここにいたか」

「カミル。今日は目覚めが早いな」

「俺だってこんな時間に起きたくねぇよ。だが急に部下から伝達が来たもんでな。それをお前に報告しに来たんだ」

「ほう、内容は?」

 

 カミル・ブレインは手に持っていた報告書を見ながら、ヘレンに向けてこう読み上げる。

 

「"ドレイク家"の夫妻が容態を崩した。当日、グローリアの会場には来れないとのことだ」

「容態を崩した……。それは大変だな」

「この連絡と共に、ドレイク家から"派遣要請"も届いた」

「派遣要請?」

「館の住人が消える──"失踪事件"が起きているらしい」

「失踪事件……」

 

 ヘレンはカミルから報告書を受け取ると、一文一文をじっくりと眺めながら、表情を険しくさせていく。

 

「ちなみだが、ドレイク家の人間は食屍鬼か吸血鬼の仕業だと主張している」

「……」

「だがまぁ、ドレイク家からはいい評判は聞かねぇ。まだ分からんが、失踪という名の"家出"じゃねぇか? T機関から銅の階級を数人派遣させれば解決する気もするが……」

「どうだろうか。ここは暇な私が一度顔を出した方が──」

「馬鹿言うな。お前はドレイク家の人間に嫌われてるだろうが。館にも入れてもらえないぞ」

「しかしだな……」

「皇女、お前は大人しくしてろ。前のような"いざこざ"をまた起こすつもりか?」

 

 カミルはヘレンから報告書を奪い返し、制服の懐に仕舞う。

 

「カミル、私はあの一件が間違っていたとは一度も思ったことがない。今でも正しかったと自信を持って言える」

「あぁ、お前は間違っていなかっただろうな。だが"やり方"が間違っていた。流石に一人で突っ走りすぎだ。せめて俺と足並みを合わせろ」

「……すまない」

 

 ヘレンが苦笑交じりに謝罪の言葉を述べる姿。それを目にしたカミルは、重い溜息をついて、会場から立ち去ろうと出口まで歩を進める。

 

「あぁ忘れていたことがある。ここには書いてねぇが、武器庫から"武装の一部"が消えたらしいぜ」

「消えた?」

「しかも一ヶ月以上も前にだ。管理書に書かれた数と実際の数が合わないらしい。俺は"不法な輸出"だと睨んでいるが……この件もこっちで洗っておく」

「ありがとう」

 

 ヘレンは感謝の言葉を述べ、あることを思い出し、カミルへこう呼びかける。

 

「カミルも見に来るんだろう?」

「……貴族たちのお遊びのことか?」

「そうだ、数日後に控えた対人戦。アレクシア・バートリとサラ・トレヴァーが出場する」

「トレヴァー家の人間と、後はアイツか。」

「アレクシア・バートリが扱うであろう逆手持ちの剣術と剣技。カミルの目でブレイン家のものなのか見極めて欲しい」

「……気が乗ったらな」

 

 カミルがそう返答し会場を後にすれば、会場に差し込んだ朝日の光が、ヘレンを僅かに照らしていた。

 



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3:6 Once Again

 座学を終えた後の昼食の時間。私は考えることすらままならない状態で、小麦パンを口にしながら、机に描かれた模様を視線でひたすらに辿っていた。

 

「これが新メニューのチーズパン! 美味しいですね、アレクシアさん!」

「私が食べているのはチーズパンとやらじゃない」

 

 というのも、私の向かいで幸せそうにチーズパンとやらを頬張るアリス・イザードが理由。この女は朝から晩まで、永遠と私へ喋りかけてくるのだ。

 

「あのぉ、アレクシアさん。あんまり元気がないみたいですけど……」

「お前は何も分かっていないようだな」

「へ? 何がですか?」

「……自覚もないのか」

 

 キリサメやロイは何やらアーサーに呼び出され、アビゲイルは医務室へ容態確認。残されたのは私とアリスのみ。もちろん私は食堂まで独りでやってきたつもりなのだが、この女は子犬のように後をついてきた。

 

「そーだ! アレクシアさんの