魔法少女リリカルなのは with Dark_Matter (戸礼太)
しおりを挟む

第二候補(スペアプラン)

東京都西部の内陸部に位置する教育研究機関であり、人口約二三〇万人のうち学生が八割を占める学生の街であり、外部より数十年進んだ最先端科学技術が研究・運用されている科学の街、学園都市。

 

特徴的なのは、人為的な超能力開発が実用化され学生全員に実施されており、超能力開発機関の側面が強い。

二十三の学区で構成され、それぞれの学区で独自に学園都市法令とは別に条例が制定されている。

基本的に平坦な地形で緑地は少なく、外周は高さ五メートル以上の厚さ三メートルの壁に囲まれ、完全に外部から隔離されたつくりになっている。

 

学生は、それぞれが通う学校で「時間割り(カリキュラム)」を始めとする宿題・試験・補習などの学習を行って、夏休み等の長期休暇、部活動、放課後の自由時間等を過ごすといった一般的な生活を送る。 学園都市には就学前教育機関から高等教育までの全ての教育課程が揃っているので基本的に一度学園都市に入学した学生は内部の学校に進学する。

学園都市における「超能力」とは、オカルト等の類いとは明確に区別される。

能力開発は薬品投与、催眠術による暗示、直接的な電気刺激、極端な例では脳を改造する等の施術をし、脳の構造を人為的に開発し科学的に作り出される等の様々な開発方法がある。

 

原理は『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を確立する事でミクロの世界を操り、それによって超常現象を引き起こして自在に操作するというもので、基本的には一定の時間割りカリキュラムを受ければ誰でも能力開発が可能だが、系統や種別は各個人の先天的資質に大きく左右され、どんな能力が身に付くかは開発しないと分からず、能力は一人につき一種類しか使えず、一度発現した後では種類の変更等は不可能だとされている。

自分だけの現実(パーソナルリアリティ)は、能力者が個々に持つ感覚であり能力発現の土台となる根本法則。

平たく言うと妄想や思い込みに近く、非常識な現象を現実として理解、把握し、不可能を可能にできると信じ込む意思の力とも言える。

より強い個性を保ち、強靭な精神力や確固たる主義を持つ事がの強さに繋がるとされる。

 

能力者は一部例外を除き、全て学園都市在籍の学生であり、能力の誘発方式は思春期の心性を利用したもので、年齢制限は五~三十代まで。 能力開発とは有り体にいえば人体実験と言える。

能力者とはいえ、能力を有する以外は普通の学生で一般的な生活を送っている。基本的には成績としての意味しかない。

 

能力は全て六段階の「強度(レベル)」に分類される。

 

無能力者(レベル0)

最低ランク。

全く能力が無い訳でもなく、目に見えるほどの変化がない、非常に薄い効果や微弱な力という意味が強い。

実際は半数程度の学生が占めているとされる。

 

低能力者(レベル1)

無能力者よりは上だが、日常生活ではほぼ役に立たない軽度能力。

 

異能力者(レベル2)

いくらか効果は上だが、あまり役に立たない程度の能力。

学園都市全学生のほとんどがこのレベル以下に含まれる。

 

強能力者(レベル3)

効果が目に見えて強く、日常生活で便利に感じられる程度の能力。

ただし最先端科学技術で十分再現できるほどの現象しか起こせない能力が多く、戦闘等での応用はあまり利かないとされる。

 

大能力者(レベル4)

外部技術では再現不可能なほどの超常現象を再現できる。

戦闘等での軍隊で戦術的価値を得られる程度の大能力で、ここから極端に人数が少ない。

 

超能力者(レベル5)

最高位。

将来的にその素養を持つ者も確認されているが、現状順位含めて確定しているのは、第一位と第二位の二人だけとなっている。

能力そのものの威力、効果、応用範囲、更には工業的利用価値等が高く、単独で軍隊と戦闘できるとされる。

努力だけで到達する事は完全に不可能で、いずれも、これから現れるであろう超能力者(レベル5)も天性的な才知と技術で発現するとされる。

 

前置きはこれぐらいにして、この物語はそんな超能力者(レベル5)の一人、学園都市第二位の(かき)()帝督(ていとく)という男にスポットを当てようと思う。

 

 

 

置き去り(チャイルドエラー)

 

学園都市の社会問題の一つ。

預けられた後、親が蒸発してしまった捨て子・孤児の事、またその行為、社会現象。

初めから子供を捨てる目的で最初の学費だけ払って消えてしまう親も少なくない。

保護する制度や専用施設も存在するが、施設の敷地面積によって受け入れ人数に制限があり、待遇改善が逆に外部からの育児放棄を加速させる恐れもあると、学園都市の主権ー司る最高意思決定機関の統括理事会も対策には慎重で、追加支援も進んでいない。

身寄りの無い事を逆手にとって、非人道的な実験に利用しようとする暗部の研究機関が存在し、マッドサイエンティストに改造された「置き去り(チャイルドエラー)」の都市伝説も流れている。

 

非常に高い科学技術と生活水準を有する一方で、裏では生命倫理や人権倫理を無視した非人道的な研究や戦闘兵器開発が進められていたり、非合法な闇取引を行う業者や犯罪組織等も密かに暗躍していて、「風紀委員(ジャッジメント)」「警備員(アンチスキル)」とは別に暗殺や破壊工作等の表沙汰にできないような任務を請け負う暗部組織が多数存在している。

 

 

弱冠八歳にして『未元物質(ダークマター)』を操る学園都市第二位の超能力者(レベル5)垣根帝督(かきねていとく)は、統括理事会直下の実行部隊の一つとして、最近創設された「スクール」に所属していた。

彼以外の正規要員はまだ現状おらず、他は数十人規模の下部組織がある状態だ。

垣根は今、学園都市の「外」にいた。

それも小間使い同然の暗部としての任務に駆り出されて。

依頼内容は至ってシンプルで、とても暗部墜ちしたばかりの子供とはいえ、超能力者(レベル5)に任せるようなものではなかったのだが…………。

 

「はあ、はあ、…………!くっ、行き止まりか?は、早く逃げないとあいつに……!」

 

学園都市の「外」。

そのすぐ近くの薄暗い路地裏を逃げるように走る一人の男。

黒いジャケットに濃い目サングラスを着けた、いかにもな風体の男は、学園都市からの逃亡を図り、学園都市外部の闇組織に仲介して身を隠す算段だったのだが……、

 

「_おい、雑魚があんまり逃げんな」

 

声変わりもしていない、幼さの残る少年の声が男の耳に届く。

思わず身震いし、恐る恐る声のした方を向く。

 

「こっちは命令されたとは言え、わざわざ出向いてんだ。手間を掛けさせるなよ」

 

黒いジーンズに黒い襟つきポロシャツを身に付けた痩身で天然茶髪の少年。

彼は心底下らなさそうに吐き捨てるように言う。

 

「垣根、帝督……。もう追いつかれたのか……!」

 

男は、その少年を知っていた。

忌々しそうに呻く。

 

「クソッ!何で俺を消すために学園都市第二位なんて出てくるんだ……!」

 

「はあ、そりゃ俺が聞きたいくらいだよ。何で俺がこんなつまらねえ事させられてんだ」

 

「な、なあ、頼む!見逃してくれないか!?金も出す、何でもする!だから命だけは助けてくれ!!」

 

男はすがるような声で懇願するが、

 

「ハッ。助けてくれ?おいおい、それは言う相手を間違えてるぞ。命乞いするだけ無駄だ。……だから、大人しく死んでろコラ」

 

ザシュッ!

 

垣根帝督の背中から何か白いようなものが一瞬飛び出し、男を貫いた。 貫いた何かはすぐ消える。

 

「……?」

 

不思議と痛みは無い。何ともない。

だが、次の瞬間、既に『未元物質(ダークマター)』の影響を受けた人体が細胞から変化する。

 

「そ、そんなっ……あ、うあああぁぁぁーっ!!」

 

ズザーッという音と共に一瞬で下半身から身体が砂に変わっていく。

身体だけでなく衣服もろとも。

僅かな断末魔を上げ、黒服の男は風化し消滅した。

 

「……チッ、くだらねえ仕事だ」

 

任務は無事完了したが、垣根の表情は浮かない。

 

「この俺が小間使いでもできる事をやらされるとは。……元はと言えばあの街のトップのクソ野郎が、俺を第二候補(スペアプラン)なんかに位置付けやがったせいだ。何故あんなチンケな能力の『一方通行(アクセラレータ)』が第一候補(メインプラン)で、俺の『未元物質(ダークマター)』が第二候補(スペアプラン)なんだ。納得がいかねえ……!」

 

彼は今の自分に、自分の能力の『未元物質(ダークマター)』に揺るぎ無い自信を持っていた。

故に気に食わない。

 

「噂の第一位はいまだに自身の能力も制御し切れて無いって話じゃねえか。そんな中途半端な状態のヤツより俺は格下だって言うのか……?」

 

ぶつぶつと文句を垂れながら、来た道を戻りアシとして乗ってきたミニバンに向かう。

 

(だが、このまま上の思惑通り第二候補(スペアプラン)で居続けるのも願い下げだ。一体どうすれば第一候補(メインプラン)になれる?)

 

車内で彼は思案する。

 

(既に超能力者(レベル5)になった以上、今更、頑張るだの努力だのするつもりは毛頭ねえ。そんなのは信じてる他の能力者共がやれば良い。だが、このまま現状維持で過ごしていくつもりはない。俺はナメられたまま腐る器じゃねえ。例えどれだけ時間が掛かろうとも、必ず奪い取る。見てろよ)

 

携帯電話に着信が入る。

 

『初仕事御苦労様』

 

「テメェか」

 

電話の相手は『スクール』の制御役で連絡係。 主に仲介や指示、情報伝達等の役割を果たす。素性は一切不明。男女すら分からないが、垣根帝督にとってはとりあえずどうでも良い事だった。

 

『そう不機嫌そうにするなよ。ギャラは内容の割には高めだし、早速もう振り込まれるんだし』

 

「うるせえよ、用事は済んだんだ。とっとと撤収させろ」

 

『それがそうもいかなくなったんだ』

 

「ああ?まだ俺に外部で小間使いになれってのか?」

 

少年の眉間にシワが寄る。

 

『まあそう言うなよ。これはまた別件なんだけどな、監視衛星の一つが先ほど学園都市外の某所で謎のエネルギー反応が一瞬だけ観測されてな。その発生源とエネルギーについて調査が必要になったんだ』

 

「そんなもん衛星で監視を続けながら、学園都市で研究チームでも作って向かわせれば良いだろうが。一瞬だけで監視衛星の1基しか反応しなかったってんなら誤作動って事もあり得るだろうが。本当に有るんだか分からないその謎エネルギーとやら調べにこの俺が行けだと……?」

 

苛立ち、声色が荒くなる。

 

『そういきり立つなよ。逆に言えばそれなりの理由があるんだ』

 

キレる寸前の垣根帝督を宥めるように、制御役は説明を続ける。

 

『ついさっき監視衛星をメンテナンス用ワークローダーを通してチェックしたらしいんだが、確かに反応記録は有ったと結論付けられた。ただ、スペック不足なのか文字通り未知の代物なのか解析はサッパリで計算式も文字化けしたみたいに要所々おかしくなっていたとの事だ。しかも学園都市は、今は特に超能力者(レベル5)の能力開発が途上の状態。正直研究機関は今手一杯なんだ。そして序列含めて確定しているのは第一位と第二位だけ。しかも能力制御が安定しているのは現状第二位の「未元物質(ダークマター)」だけだ』

 

「派遣人材を最小限に抑えつつ、できるだけ損耗リスクの低い高スペック解析機材の要員としてお鉢が回ってきたって訳か」

 

『そういう訳だ』

 

解析不能な謎のエネルギー反応。

というのも仮称で、そもそも何なのかも分からない。

現時点ではっきりしているのは一瞬だけその現象が確かに有ったという記録だけだ。

他は謎そのもの。

学園都市製の最先端技術で造られた人工衛星でさえ満足に解析できなかったモノとは一体何なのか。

自分なら、『未元物質(ダークマター)』ならそれを解析する事ができるのか。

今学園都市内でくすぶるよりは良い、もしかしたら何か得るものがあるかもしれないし、僅かだが興味がわいた。

 

「……良いぜ、承けてやる。どこで何をすれば良い?期間は?」

 

『学園都市から送られる機材等と能力を使って調査観察活動、まあやり方は任せる。滞在地の寝床や経済支援は全てこちら持ち、そっちは定期連絡と有事の際のレポート提出等。あとは『身体検査(システムスキャン)』の指示が出れば必ず学園都市に帰還する事。期間は未定……とりあえずはこんな具合だ。追加があれば追って連絡する』

 

「了解。ま、せっかくだ。正直覚えてねえが、久しぶりにシャバの空気でも存分に吸わせてもらうわ」

 

『出所したての犯罪者みたいな口振りだな』

 

「うるせえ」

 

そう言って通話を切った。

 

行き先の地名は、『海鳴市』。

 

海に面した地形の、外部では特別変わった所のない市街地であった。

夜中の道路を走行するミニバン。

車窓から見える海を眺めながら、垣根帝督は物思いにふける。

 

(海……か、そういや海なんざ覚えてる限り初めて見たかもな。これだけでも出た甲斐はあったか?)

 

書類上、垣根は外部への一時留学という事になっている。

もちろん実態は違う訳だが。

表向きは海鳴市内の某校に入学手続きが既に済んでいて、必要な全学費等は既に学園都市を通じて支払われている事になっているが、いつから登校できるかは未定で事実上の自由登校可能な幽霊児童と化している。

ちなみに形式上の転入先は、公立校よりは都合が良いとされるが何故か制服のある私立校が選ばれた。

登校する気は全く無いが、一応そこの男子児童用制服を確認してみる。

 

「…………………………………………………………………………………………………………………、これは無いな。良かった、登校義務なくて」

 

思わず顔をしかめる。

デザインが気に入らなかった。

制服を無造作に放ると、彼は車窓に視線を戻す。

 

(さて、どうなるかね。空振りに終わって観光紛いな事だけして帰るハメになるか、それとも本当に何か未知の存在でも見られる事になるか、せいぜい楽しませてもらおうか)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

簡単な初期設定

名前:(かき)()帝督(ていとく)

 

年齢:魔法サイド主人公と同年

 

能力名:超能力(レベル5)の『未元物質(ダークマター)

 

この世界に存在しない物質(素粒子)を生み出し(もしくは引き出し)操作する能力。

 

『物理学で定義される暗黒物質(ダークマター)』や『まだ見つかっていない』や『理論上は存在するはず』等ではなく本当に存在しない学問上の分類に当て嵌まらない超能力(レベル5)によって生み出される新物質。

この世の物質ではない故に既存の物理法則は通じず、『未元物質(ダークマター)』の影響を受けた物質や現象も独自の法則に従って動き出す。 つまり、単に変わった物質を造り出すだけでなく、物理法則全体を塗り替えてしまう。

応用で素粒子のため物体に付与してそれを鍛え上げる事もできる。

能力行使の際には基本的に天使のような三対六枚の白い翼が出現する。 ただし翼を出さずとも能力自体は行使可能。 似合わない事を自覚しつつもこの形状になる事から、本人が意図的に翼の形状を作っている訳ではない。

未元物質(ダークマター)』の翼は、飛行・防御・打撃・斬撃・烈風・衝撃波・回折等と応用性を持ち、サイズは自在に変えられる。

また、特定の範囲に上から強力な圧力を与えたり、対能力者の装備や建物であっても難なく爆破、破壊する事もできる。 無意識に自動防御としても機能し、その際は常に展開している見えない防護フィールドか自発的に翼を展開する。

 

※他、独自の設定や解釈をします。ご了承ください※

 

簡易人物紹介

 

学園都市で作り出された怪物のトップランカーの一人であり、第二位の超能力者(レベル5)

置き去り(チャイルドエラー)で幼い頃から暗部や非人道的な能力開発に関わり、5歳以前の記憶を喪失し精神的に荒廃する。

超能力(レベル5)の『未元物質(ダークマター)』を発現し制御可能になった時点で、怒りや復讐心の赴くままその能力を無差別に振るい、所属していた研究所を破壊し研究者達も殺戮した。

これがきっかけで本格的に暗部墜ちし、幼くして統括理事会直下の暗部組織『スクール』に所属する。

自分を最低の人間と自認するが極力無関係な一般人を巻き込むのを嫌い、高い実力故に敵でも障害となり得ないなら、気分が良ければ格下ならば見逃す程の裏社会の関係者にしては人間味がある方ではある。 だが目的の障害となり得る、または自分の敵と見なした相手なら一般人でも容赦せず、自身の戦闘の余波に周囲を巻き込んでも気にしない。

魔導師ではないため当然デバイスは持っていない。魔力も高町なのは等に比べて少なく、魔法の行使はできない。

 

顔は年相応に端正な容貌をしているが、目つきが悪く、どちらかというと悪人面。髪は天然の茶色で髪型は少し長め。前髪も目が隠れそうになる程度は長い。

 

※所謂、原作15巻等の容姿を概ねそのまま幼くしたイメージ。

※幼少時の髪型は公式の『とある科学の未元物質(ダークマター)』参照。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

見えない未来 最初の出逢い

日本、海鳴市市街地。藤見町に位置する高町家の一室。

 

ピピッピピッ と、二つ折りの携帯電話からアラームが鳴る。

 

「ん……んん……」

 

ベッドの中からニュッと左手が伸びてきて携帯電話を手探りで掴んで引っ込める。 アラームをベッドの中に潜ったまま止め、ゆっくりと少女がふぁー、と欠伸をしながら起き上がる。 目を右手で少し擦りなが目を開けると、茶系の髪を短めのツインテールを白いリボンで結んだ髪型の少女はボンヤリとしながらつぶやく。

 

「何か……変な夢……」

 

ボーッとしばらく部屋の窓から外を眺める。

何か夢を見ていた事は覚えているが、内容が思い出せない。

少女はひとまずベッドから出て身支度をし、いつものように家のリビングに向かう事にした。

リビングでは、両親と兄と姉と共に、朝の食卓を囲っていた。

 

少女の名前は高町なのは。

 

喫茶店経営の両親の元、三人兄妹の末娘でごくごく普通の小学校三年生。

私立聖祥大附属小学校に通う、どこにでもいるような普通の子供だ。

白い学校指定制服を身に付け、スクールバスで登校する。スクールバスには、二人の友人がいつも乗っていて、声をかけてくれる。

 

「おはようございます」

 

高町なのはがニッコリと笑顔で運転士に挨拶をすると、直後に、

 

「なのはちゃん」

 

「なのは、こっちこっち!」

 

バスの最後部座席にいる二人の友達。

黒髪の長い髪に白いカチューシャを着けた、大人しそうな少女、月村すずか。

もう一人は金髪のロングヘアーの少女、アリサ・バニングス。

 

「すずかちゃん、アリサちゃん、おはよう」

 

「おはよ」

 

「おはようなのはちゃん」

 

二人は腰を動かしてなのはが座れる間を作り、招き入れた。 3人はいつも通り、笑顔を浮かべ合った。

 

 

三年A組の教室。

 

私立校ではあるが、特別公立校と比べて大きな違いはない。

普通の共学と同様に男女の児童が授業を受けている。

違いといえば、男女共に白色を基調としたセーラー服風のデザインの制服だという事ぐらいだろう。

今は、将来や仕事の種類に関する内容の授業。

担任教師の言葉になのははふと考える。

 

(自分の『将来』……、やりたい事……。未来の夢が、あるようなないような……)

 

将来の夢は? と聞かれても「まだ分からない」と答えるしかないのが、最近の彼女の悩み事だった。

 

そんな毎日___。

 

 

昼休み。

 

校舎屋上には、昼食を食べる児童や遊び回る児童で賑わっていた。なのは等三人も長椅子に座って弁当に手をつけていた。

話題は件の将来という事について。

 

「_ま、そりゃそうでしょ。普通の小3は未来の夢なんて決まってないわよ」

 

「うん。でもアリサちゃんとすずかちゃんは、もう決まってるでしょ?」

 

「でも全然漠然とよ?パパとママの会社経営(おしごと)あたしもやれたら良いなってくらいだし」

 

アリサとなのはの会話にすずかも加わる。

 

「私もだよ。ぼんやりと『できたら良いな』って思ってるだけ」

 

「そーお?」

 

意外そうな声を上げるなのは。

すずかは続ける。

 

「機械系とか工学系とか好きだから、そういうのができたら嬉しいなーって」

 

弁当を食べながらのんびりとした雰囲気で答えた。

アリサもおにぎりを摘まみながら、

 

「まあ、他にも色々興味津々な事はあるし、別に何にも決まってないのと同じよ」

 

「そっか……」

 

僅かに俯くが、話題を変えて切り替える事にした。

 

「あ、そういえば昨日のテレビ!」

 

「見た見た!『どうぶつ天国』でしょ!」

 

「面白かったね~」

 

 

放課後。

14:50

 

「じゃあ、なのは」

 

「また明日ね」

 

「うん!お稽古頑張って」

 

校門前でなのはは習い事で自家用車に乗るアリサ、すずかに別れを告げ、徒歩で帰路につく。

バニングス家の送迎用高級セダンの車内。

便乗しているすずかがアリサに話しかける。

 

「ね、アリサちゃん。最近なのはちゃんちょっと悩み気味なのかな?」

 

アリサはため息混じりに答える。

 

「うーん、ま、もともと考えすぎっていうか思い詰める子だからね」

 

「うん……」

 

「多分ね、『何かやらなきゃ』って気持ちがあるのにその行き先が見つからないのよ」

 

「なのはちゃん気持ちが強い子だもんねぇ」

 

すずかが同意すると、アリサは腕を組ながら頷きため息をつく。

 

「そーそー。情熱家っていうか突撃ロケットっていうか。勉強でも趣味でもスポーツでも、なのはの気持ちの行き先、夢中になれる事見つかると良いんだけど」

 

「なのはちゃん一度決めたら行動は早いもんね」

 

「昔はそれで大変な目にも遇わされたけどね!」

 

「あはは」

 

いつの間にか、なのはの事で話題に花が咲く。

すずかは、でもやっぱり、と続ける。

 

「そういうなのはちゃんがいたから、私達3人友達になれたんだし」

 

「まーね」

 

「私達も何か探してみようか?なのはちゃんが夢中になれそうな事」

 

「そーね、でも案外なのはの事だから、自分でちゃんと見つけちゃうかもだけど」

 

 

 

 

 

 

「あー、何にも見つからねー。影も形も見当たらねー。クソつまんねえ」

 

上下黒のラフな服装で大の字で寝転がり、死んだ魚のような目をしてぼやいているのは、海鳴市市街地の新築高級マンションの最上階の一室(厳密には最上階丸ごと借り入れている)で潜伏している超能力者(レベル5)の垣根帝督。

この街に来て早くも約一ヶ月。

収穫と呼べる代物は皆無だった。

到着して以来、連日小型サーチ用ドローンを何機も飛ばし、自分自身は自動車でサーチ用に未元物質(ダークマター)を街中にバラ撒きながらしらみ潰しの如く走り回り、自動車で通れない場所は自分の足で歩き回った。文字通り、街中くまなく、ローラー作業の如く。

が、何一つサーチ網にかかる事は無かった。

何かの残留反応すら無い。

驚くほど何も起きない。

平和そのもの。

 

「本当に何かあったのか?この街で」

 

既に下部組織は運転手兼リーダーの一人の男を除いて、学園都市に帰還させていた。

学園都市側も関心が薄れたのか、それとも垣根帝督以外の超能力者(レベル5)やそれになりうる因子の開発研究を優先している為か、定期連絡以外は疎遠になりつつあった。

生活感の無い、大量の通信機材やドローン基地を並べた部屋の中で寝そべる垣根は、ゆっくり起き上がる。

 

「ダメだな。スパッと諦めて引き上げるか、開き直って学園都市のお呼びがかかるまで無駄かもしれないサーチを続けるか、どうするかねぇ……」

 

いつの間にか、サーチ作業より暇潰しに読み始めた週間少年漫画の方が有意義になっていた。

 

 

 

第一世界ミッドチルダ 次元港。

オペレーターの女性と話しているのは、まだ年若い少年だった。

 

「管理外世界への渡航__。渡航目的は指定遺失物(ロストロギア)の捜索?」

 

「はい」

 

「あの、管理外世界での発掘や探索行為は……」

 

「いや違います。発掘じゃなくて、無くし物なんです。輸送中に事故があって、その世界に落ちてるはずだって」

 

明らかに少年は焦っていた。

申請を受けていたオペレーターはパネルに目を通し、納得する。

 

「なるほど、捜索対象は危険指定物ですか」

 

「はい、管理局には連絡済みで先行調査の許可も取っています」

 

早口で説明しながら、少年はポケットから紐付きのホルダーに固定された赤いビー玉のようなものを取り出して見せる。

 

「それから現地での魔法使用許可と魔導端末(デバイス)の持ち込みも」

 

「畏まりました。それでは端末を確認させていただきます」

 

「お願いします」

 

この決断によって、彼と彼が保有していた魔導端末(デバイス)は、一つの運命を決定付ける事となる。

 

 

四月二十六日、午後。

垣根帝督は海鳴臨海公園で屋台の鯛焼きをかじりながら、海を眺めていた。

今日もサーチ作業は空振り。

小腹を満たす為に買い食いをしていた。

 

(捜索対象のアンノウンは、『未元物質(ダークマター)』のサーチすら掻い潜っているとでもいうのか……?)

 

実際の現象を見ていない以上、それも仮説にすぎない。

彼の背後を制服姿の三人の小学生が通過する。

彼女達も屋台の鯛焼きを買い食いして雑談に興じていた。

 

「やっぱりここの鯛焼きは美味しいわね~♪」

 

「うん♪」

 

「やっぱりつぶ餡って正義よね!」

 

「アリサちゃん好きだよねえ。わたしはこし餡とかクリームも好きだなぁ」

 

「たまにはチョコも捨てがたいかも…__」

 

通り過ぎ、離れていくにつれて声が聞こえなくなる。

 

(平和過ぎるくらい平和だな)

 

もう少し離れた所で男子中学生数人が草野球をしていた。

見向きもしていない少年は知るよしもないが、打球が少女達に当たりそうになり、咄嗟に一人が上手くキャッチしてみせる等の軽い騒ぎになった。

この時、この場にいる者達はまだ誰も気づかない。

高町なのはが自身のその才能、天性の″空間把握能力″に気づくのは。

あと少し時間を必要とする。

それは彼女の″もう一つの才能″が花開いた後。

 

新暦六十五年四月二十六日、この翌日に少女は運命と出逢う。

 

 

 

 

翌日放課後。

 

公園の中を通り抜けながら下校する件の三人。

公園の一角にある貸しボート場を通り抜けようとして、足が止まる。

桟橋やテントは破壊され、ボートも全て大破、転覆しているのもある。建物も一部壊れていた。

まるでテロが起きたのかと思うほど。

警察や市の職員が立ち会って現場検証しているようだった。

なのはは、一瞬夢の事を思い出す。

まるで状況が合致しているように見えた。

 

「あの、何があったんです?」

 

アリサが管理人の男性に尋ねる。

 

「いやあ、(はしけ)とボートが壊れちゃってね。片付けてるんだ」

 

「そうなんですか?」

 

「イタズラにしても、ちょっと酷いんで警察の方にも来てもらってるんだよ」

 

アリサと管理人が話している間、なのはは少し離れて辺りを歩き回る。

 

(ここ……、夢で見た場所?)

 

『助けて』

 

「はっ!?」

 

声が聞こえた。

何故か高町なのはにだけ。

声の聞こえた方に直感で走ってみると、茂みに横たわる一匹の小動物がいた。

まだ生きている。

フェレットだろうか。

保護して最寄りの動物病院に預ける事に。

 

この時は気づかなかったが、これは彼女と、彼の運命的な出逢いだといえた。

 

 

その夜。

なるべく目立たない為、という事で黒のシャツに黒のパンツという服装で海鳴市藤見町内をほっつき歩く少年。

学園都市という科学の街が作り出した怪物の一人。

垣根帝督。

一応夜もサーチ作業の一環で街中に歩き回りながら未元物質(ダークマター)を散布していた。

フルパワーで演算すればもっと広範囲に散布できただろうが、そうすると無駄に目立つ事になってしまうためできなかった。

そもそも今まで成果ゼロなのだ。

やる気にもならない。

 

「……もうこれじゃ、ほとんど徘徊だよな」

 

ぼやきながらブラブラ歩く。

 

『_____________________ッ!!』

 

「あ?」

 

モスキート音のような、耳障りな高音が彼の頭を撃ち抜く。

だが、それは一瞬で消えた。

 

「ッ!何だ、さっきのこの気持ち悪い感じは?」

 

ふと、周りを見回す。

明確な違和感があった。

人気が無い。

ついさっきまでは少ないが確かに人の気配や散布した『未元物質(ダークマター)』を通して感じていた生体反応が、綺麗サッパリに消えていた。

極めつけは、夜空の色がおかしい。

月明かりの明るさではない。

オーロラ、のように見えなくもないが、そもそもここでオーロラが観測できるはずがない。

 

「ま、さか……」

 

垣根の喉が干上がる。

何がどうなっているのか全く分からない。

だが、今は、今だけは、そんな事はどうでも良い。

驚愕に染まる表情とは裏腹に、彼の目は年相応の子供のように爛々と輝かせていた。

ずっと探し求め、諦めかけていた、謎のエネルギー反応。 存在そのものが疑わしく、長らく霞を掴もうとしていた思いだった。

それが、今目の前に広がっている。

 

「は、は。……これが、そうだって、いうのか……?」

 

呆気に取られ、凍り付いていたが、ハッと我に帰る。

そうだ、この現象を解析せねば。

だが、都合の悪い事に機材もドローンも置いてきていた。

今頼れるのは、己の有する『未元物質(ダークマター)』のみ。

 

ゴウッ!!

 

音と同時に、垣根帝督の背中から三対六枚の、天使のように発光する白い翼が生えた。

これこそが超能力(レベル5)の『未元物質(ダークマター)』を象徴するもの。

浮き足だつ思いを必死に堪え、興奮する一方で冷静に演算を行う。

彼は翼で空気を叩き、一気に上空に上がる。

そうしながら未元物質(ダークマター)をバラ撒きサーチと逆算を開始する。この現象が何なのか、理解する為に。

近くの街灯に飛び乗り周りを見回してみると、かなり遠くにある動物病院の方から煙と光が見えた。

 

「発生源はあそこか……ッ!」

 

逸る気持ちを何とか抑えて、光源を静かに見据える。

垣根は一度、街灯から飛び降り目立つ翼を消す。

さっきから行っている逆算も解析も上手くいかない。

辛うじて分かっているのは、生体反応が二つあるという事だけ。

 

「チッ、学園都市製の能力とは違うからか?逆算が上手くいかねえ……」

 

彼は歩いてエネルギー反応源の元に近づく。

この目で見てみたくなった。

何故なら『未元物質(ダークマター)』を通して、念願のアンノウン解析に苦戦する羽目になっていたからだ。

対象がもし学園都市製の超能力や通常の兵器の類いだったらば、解析も逆算も容易だっただろう。

だが、今回は学園都市も取り逃がしてきたような未知の存在。

一筋縄にはいかない。

こんな訳の分からないモノを、基本の公式も分からない代物を、手探りで理解できるのか……。

 

「……いや、違う。何を怖じ気付いているんだ、俺は。できるできないじゃねえ、やるんだ。未知かどうかなんざ関係ねえ。何のために今日までやってきたんだ」

 

自分に言い聞かせる。

今まで、この能力を発現し操れるようになってから、どんな困難も粉砕してきたのだから。

それより何より、今起きている現象だって、この世界の摂理の上に起きているのだろう。

仮にそうでなくても、恐れて縮こまる程ではない。

 

そうだ…………、

 

「俺の『未元物質(ダークマター)』に常識は通用しねえ……ッ!」

 

相手に気付かれないであろう間合いを取り、電柱と壁に背中を着けてコッソリと覗き込む。

直接見て観測する。解析の糸口になるかもしれない。

 

見えた先にあったのは___。

 

 

恐らく、垣根帝督と同年代とおぼしき女が一人。

そばにはフェレットっぽい小動物がいた。

しかも何か会話しているようだと思ったら、女が赤いビー玉みたいなものを手にして何か喋っている。

と、今度は発光するビー玉みたいなものを左手で上に掲げた瞬間に眩い光が放たれ、桜色の光の筋が天高く昇る。

それだけじゃない。

複数の、魔方陣のようなリングが少女とビー玉を取り囲み、上空に誘う。

空を飛んでいるというよりは、宙に浮いているように見えた。

しかもやはりビー玉と少女は会話をしている。

一つ一つの目視した現象を脳内で処理していく。

再び眩い光が放たれた。まるで少女から目眩ましをするかのように。

次の瞬間、桜色に輝く円形の魔方陣の上に、服装がガラリと変わって左手に機械でできた杖のようなものを握っていた。

スタッと地面に立った変身少女は、自分の服装を見て、

 

「え、ええ~!?」

 

驚いていた。

 

「は、は」

 

しかし、驚きと余韻に浸る余裕は与えられなかった。

でき損ないのスライムみたいな化け物が、少女達に襲いかかる。

咄嗟に地面を蹴ると、そのまま少女は上空に舞い上がった。

また何か杖みたいなのと話している。

そうしている隙に化け物が、彼女を叩き落とそうと無数の触手を伸ばしてくる。

足から1対の羽が生え、直後から敵の攻撃を器用に避ける。

かと思えば円形の防壁を出して攻撃を防ぎきってみせた。

 

「……あの女、言動からして全くの素人っぽいな。だが、あの順応性は何なんだ。あの機械杖に高性能AIでも入っているのか?せめて何を話しているのか分かればなぁ」

 

隠れながら逆算に過半数の演算を回している為、今の垣根帝督は盗み聞きするほどの余裕は無い。

今度は化け物はフェレットの方へ体当たりを敢行した。

方角的には垣根もその後ろにいる。

 

「やべっ……」

 

ズドーーーーンッッ!!!!

 

「うう、ん………ッ!」

 

寸でのところで少女が割り込んで防壁を出して守った。

少女は左手の平を前に向ける。

すると何か弾丸のようにエネルギーの塊が放たれ化け物を貫いた。

しかし、まだやられていない。

化け物は三つに分裂して、スライムみたく民家の屋根を跳び移り逃げていく。

飛翔して追撃をはかる少女。

途中、手近なビルの屋上に立ち、杖をライフルか弓矢のように構える。足元には大きな円形魔方陣が展開される。

桜色の光をたたえる彼女は杖から巨大な光線を放ち、三体の化け物を正解に粉砕した。

 

「一撃で、封印した……ッ!」

 

遠くからみていたフェレットは唖然とする。

 

粉砕した化け物から、三つの青白い菱形の物体が出現する。

それらは杖に吸い込まれ、直後に杖は元のビー玉に、少女は元の服装に戻り、更にはこの街一体を覆っていた半円形の何かも消滅。

事態は沈静化した、と見て良いのだろう。

状況が落ち着いた事で、ようやく事情の説明を受ける事ができるようになった。

フェレットが流暢な日本語で説明を始め、戸惑いながらも少女は耳を傾けた。

 

「信じてもらえるか分からないけど、僕はこの世界の外_、別の世界から来ました。さっきあなたが使ったのは『魔法』。僕の世界で使用されてる技術です。あなたが戦ってくれたのは、僕達の世界の危険な古代遺産、指定遺失物(ロストロギア)『ジュエルシード』」

 

「ジュエルシード……」

 

「ちょっとしたきっかけで暴走して、さっきみたいに暴れだす事もある。とても危険なエネルギー結晶体なんです」

 

「そんな……そんなものが……、何でうちの近所に?」

 

「それは……僕のせいなんだ……」

 

説明口調から申し訳なさそうに、項垂れはじめた。

 

「僕は故郷で遺跡の発掘を仕事にしていて、古い遺跡の中であれを発見して、管理局に依頼して保護をしてもらおうと思ったんだけど……、僕が手配していた次元船が途中で事故に遭ったみたいで……」

 

一呼吸置いて、説明を再開する。

 

「二十一個のジュエルシードは、この世界に散らばってしまった。回収できたのはあなたが手伝ってくれた三つだけ……」

 

ここで何かに気づいたように、少女が口を挟む。

 

「あ、自己紹介遅れてごめん。わたし、なのはって言います。高町なのは!」

 

「あ、ユーノです。ユーノ・スクライア」

 

少女は、高町なのはは、ニッコリ微笑んだ。

 

「ユーノくん」

 

「あ、うん…」

 

ユーノ・スクライアは僅かに照れたように返事した。

 

 

……一連のやり取りを、物陰で静かに盗み聞きしていたのは、学園都市からの刺客、超能力者(レベル5)垣根帝督(かきねていとく)

彼は小さく冷笑を浮かべていた。

 

(……なるほどねえ、内容的には与太話か何かにしか聞こえねえが、実際にあのぶっ飛んだ光景を見ちまったしな。特撮でもCGでもない現実を。正直まだ半信半疑だが、一応筋は通っているか)

 

まだ分からない事はあるが、この一夜にして多くの事を知れた。

これは今までの無駄を帳消しにするほどだ。

そして、彼はこの情報をそのまま学園都市に流す気はない。

このまま当分は反応らしきものは確認したという事の繰り返しで、定期連絡と合わせて鼬ごっこを演じるつもりだ。

学園都市側も注意が自分から薄れている。

癪に触るが逆手にとらせてもらう。

なのはとユーノが去ってしばらくしてから、垣根帝督も帰宅した。

潜伏地のマンション最上階。

垣根はさっき聞いた女の名前を調べていた。

パソコンのパネルには、端整な容貌の少女の顔写真が映っていた。

 

「ふうん、高町なのは。家族構成は両親と兄一人姉一人の末っ子。居住地や基本的な行動範囲が分かれば、後はマークしていれば良い。私立聖祥大附属小学校 三年A組……って、俺がペーパー入学してる所の同級生でクラスメイトかよ。嫌な偶然だな」

 

パソコンの電源を切ってベッドに寝そべる。

目を閉じる。

今日は色々な事を見すぎた。

理解が追い付かなかった。

いや、そうじゃない。

理解する事を拒絶していた。

オカルトじみたワードや現象を受け入れたくなかった。

文字通りの超常現象を引き起こす未元物質(ダークマター)であっても、そもそもは科学技術の末の産物なのだと自分で線引きしていた。

しかしこの先はそうはいかない。

『あり得ない現象』はもはや、自分の専売特許ではないのかもしれない。

 

だが、それでも……、

 

「魔法だろうがロストロギアだろうが関係ねえ。全て理解して、取り込んで糧にして、超えてやる」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

出逢いは、戦い 譲れない願い 向き合いたい思い

いつもと変わらぬ日常。





ついに発覚した謎のエネルギー反応の正体。

それは魔法。

それは指定遺失物(ロストロギア)、ジュエルシード。

それを回収すべく、異世界から訪れた人語を話す小動物『ユーノ・スクライア』。

彼(?)に協力する現地住人の少女『高町なのは』。

そんな彼女達を裏から嗅ぎ回る、学園都市で生み出された超能力者(レベル5)の少年『垣根帝督』。











そしてもう1人、重要なファクターが現れる事となる。


山林地帯でジュエルシードが起動したらしく、走るなのは。

現場に急行する一人と一匹。

そしてその後をつける小型ドローン。更にその後方には垣根帝督が尾行している。

雑木林と湖のある現場。

そこには、正体不明のいくつもの稲妻が見えた。

瞬時にセットアップし空を飛ぶ虎のような化け物に突撃を仕掛け、一気に封印しようとするも逃げられた。

直後、機械仕掛けの斧のような得物を持った一人の少女が現れる。

 

「ジュエルシード、封印!」

 

彼女は斧のような鎌のような、光る刃で怪物を一刀両断する。

怪物は爆発し消滅、高町なのははその様子を呆気にとられる。

切った少女は、黒いレオタードに黒いマントのような服装で宙に浮いていた。

黒ずくめの少女がなのはの存在にきづくも無視し、ジュエルシードの封印に掛かろうとする。

 

「あ…!あの、待って!」

 

声をかけると動きを止め、得物を向ける。

更に背後から稲妻をたたえた球体、弾丸のようなものを出現させる。

 

「!」

 

なのはも空に上がる。

 

(何者だあの女。新手か?)

 

ドローンを通して尾行していた垣根帝督。

 

「あの……、あなたもそれ……、ジュエルシードを捜しているの……?」

 

「それ以上近づかないで」

 

尋ねてみるが相手は話す気がない。

しかし、それでも彼女は対話を試みる。

 

「いや、あの……、お話したいだけなの。あなたも魔法使いなの?とか、何でジュエルシードを?とか……」

 

言ってゆっくり近づく。

 

『Fire』

 

「ッ!」

 

相手の魔導端末(デバイス)の音声と同時に三発の弾が放たれ、咄嗟に上昇してかわす。

かわしたなのはの背後に黒衣の少女が横なぎに斬りかかる。

紙一重でかわし、僅かに切り裂かれた彼女の白いバリアジャケットの破片が散る。

追撃すべく肉薄し、縦から斬りかかる少女に対し、高町なのはもようやく応戦した。

互いの鍔迫り合いのように魔導端末(デバイス)が十字に交差し激しいスパークを起こす。

 

「待って!わたし戦うつもりなんてない!」

 

「だったらわたしとジュエルシードに関わらないで」

 

はっきりとした拒絶。しかし、

 

「だから、そのジュエルシードはユーノくんが……」

 

「くっ!」

 

構わず少女は力を込める。

 

バチッ!

 

押し込まれ、距離を取られた。

黒衣の少女が大鎌のような得物を振りかぶる。

 

『Arc Saber』

 

切っ先から発生していた金色の刃がパージされ、ブーメランのように回転しながらなのはに放たれた。

 

『Protection』

 

なのはの持つレイジングハートが呼応し、円形の波紋のような姿の盾を出す。

迫り来る攻撃。

 

『Saber Explode』

 

そして衝突。

 

ガッ!ドンッ!!

 

直後、刃が炸裂し、衝撃で飛行バランスを崩したなのはが墜ちていく。

 

「きゃああああ!!」

 

バリアジャケットと頬に煤汚れをつけ、墜ちながら片目を僅かに開けると、黒衣の少女が稲妻の球体を二発発生させ、小さく、囁くように呟いてから、放つ。

 

「ごめんね……」

 

ドンッドンッ!!

 

ズバッ!!

 

「ああっ!!」

 

球体が命中し地面に叩き付けられた。

仰向けに倒れる彼女の体には、感電したかのようにバチバチとスパークが走っている。

 

「うっ……、あ………」

 

起き上がろうとするが、ダメージで動けなくなってしまった。

それを確認した黒衣の少女は、背を向け宙に浮いたままのジュエルシードの封印を再開する。

彼女の魔導端末(デバイス)に吸い込まれ封印が完了する。

 

「今度は、手加減できないかもしれない。ジュエルシードは、諦めて」

 

最後通牒のように言い放つと、少女は高速で飛び去っていった。

ダメージで動けず、それを黙って見ているしかできなかった高町なのは。

 

「なのは!」

 

ようやくなのはの元に辿り着いたユーノ・スクライア。

 

「ユーノくん……」

 

彼女は体を引きずるように起き上がろうとした時、猫の鳴き声が聞こえて目を向けると、墜落した怪物のいた跡には一匹の子猫がいた。

 

「あ、なのは、ごめん……大丈夫!?」

 

ユーノはなのはの破損したバリアジャケットを見て心配そうにする。

 

「ありがと、ユーノくん。わたしは、大丈夫……」

 

しかし、彼女は俯いてしまう。

己の不甲斐なさを責めるように。

今まで、まるでショーを観賞するように呑気に覗き見していた垣根帝督は、監視用小型ドローンを撤収させ雑木林をあとにする。

 

(新手の登場、しかも、何か魔法とやらに電気走ってるような感じで今まで見たのとは違うみたいだな。まるで超能力の電撃使い(エレクトロマスター)みたいにも見える。ジュエルシードってのを追ってるのはあいつ等だけじゃなかったんだな。こりゃ、他にも勢力とかありそうだな。思った以上に面倒な事に首突っ込んじまったかもな)

 

面倒と思う裏腹に、垣根の口元は僅かにつり上がっていた。

連載漫画の新展開を楽しみにするような、連続ドラマの次回を待ちわびるような、傍観者のスタンスで今後もコッソリと見届けようとしている。

 

(『未元物質(ダークマター)』を通した魔法の逆算や解析はまだ不十分だが、結構解ってきたぜ。学園都市にいたら多分一生、絶対に知られなかった事だ)

 

彼は新しい玩具を与えられた子供のように、心底楽しそうに、愉しそうに、見てきたものを見据え、覗き込み、深く観察して。

思考する。

 

(全く新しいインスピレーションだ。新しい可能を見出だせるかもしれない。そうなってくると……、すると、まあ、気になってくる訳だ。気になって気になってしょうがなくなってくる訳だ)

 

誰もいない高級マンション最上階の一室。

垣根帝督は一人呟く。

 

「今、俺はどこまで進んだんだ?魔法というものを完璧に理解できたら、俺はどこまで進めるんだ?」

 

もちろん、答える者はいないしそんな事は誰にも分からない。

垣根には純粋な問いが、命題が浮かび、口に出す。

 

「俺の『未元物質(ダークマター)』は、この世界の、いや、どこの世界のどこまで通用するんだろうな?」

 

彼は、そう言ってニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

夜八時前の市街地。

ジュエルシードを捜しに、人混みに混ざって歩き回っているのは高町なのは。

 

〈うーん、この辺りだと思うんだけど……〉

 

路地裏を捜しているのはユーノ・スクライア。

 

〈うん……、反応は確かに〉

 

二人は念話という、魔法を使ったテレパシーのような方法で会話していた。

そんな彼女達を、いつものように小型ドローン越しで遠くから監視する垣根帝督。

そして、もう二人。

金髪で黒衣の少女と橙色の長髪に獣のような尻尾を生やした若い女性が、超高層ビルの屋上に立ち、捜索している。

ジュエルシードの細かい所在地が分からない。

このままでは埒が明かないと少女は、多少乱暴なのを承知で魔力流を撃ち込んで強制発動させる事を試みる。

カッ! と一瞬の閃光。

同時にスパークを纏った目映い光の柱が立つ。

 

〈あっ〉

 

「あ……」

 

なのは達が、異変に気づく。

 

「お!あれは……昨日の女か?さてさて、今度は何が起きるんだ?何でも良いが楽しみだ。せいぜい面白いものが見れりゃあ良いがな」

 

ニヤニヤと笑いながら、垣根帝督は傍観を続けつつ有視界領域精一杯の素粒子(ダークマター)を散布する。

狙いは、黒衣の少女が放つ魔法の解析と逆算。

目で見て分かりやすい属性や分類らしきものの方が、解析の糸口を掴みやすいかもしれない。

月明かりの見えていた夜空が、突如厚い雲に覆われ始める。

通行人達も不思議に思い空を見上げる。

 

「こんな街中で強制発動……!?」

 

ユーノ・スクライアは驚きつつも切り替え、対応する。

 

「広域結界ッ!!」

 

彼(?)の全身が発光し半円形の巨大なフィールドが展開される。

 

「レイジングハート、お願い!」

 

高町なのはが走りながら魔導端末デバイスを掲げて変身する。

 

 

「結界……か。なるほどなるほど、そういう事か。今まで気づけず不思議なものだったが、そういうものがこの都合の良い無人空間を作り出していたんだな。無関係な人間を悪影響無しに追い出し、建物が戦闘とかで壊されても結界を解除したら人は元通り、か」

 

勝手気ままに呟く垣根帝督の頭には、一つ大きな疑問が浮かんでいた。

 

「……何で俺は結界から駆逐除外されないんだろうな?」

 

当然、ユーノに認識されていないはずの垣根も普通なら広域結界が展開されれば、無関係な人間なはずなので追い出されるはずだ。

思い返せば、ジュエルシードを初めて知った初日のあの日すら、彼は普通なら結界内なら感知も何もできなかったはずなのに。

以前も、そして今も、都合良く垣根帝督は結界の影響を受けていない。

能力の『未元物質(ダークマター)』で何かしらの対応もしていないのに。

 

「まさか、俺のAIM拡散力場が……?だとしたら偶然にしてもでき過ぎてる気がするが……まあ、俺にとってはこの上無いくらい都合が良い。とりあえずは甘んじて受け入れとくか」

 

AIM拡散力場は、能力者が無意識に周囲へ発している微弱なフィールドの事。

 

「発電能力」の微弱な電磁波、「発火能力」の微弱な熱量、「念動能力」の微弱な圧力等が該当し、能力の種類によって様々に異なる。

あまりに微弱な為、精密機器を使用しないと測定できない。

事実上類似系統の存在しない『未元物質(ダークマター)』の場合は、微弱な素粒子という事になる。

垣根が無意識に演算し放出する素粒子(ダークマター)が、偶然ユーノ・スクライアの広域結界を彼に対して無効化した……という事になるだろう。

これまた偶然の産物による現象だった。

 

 

曇天の空から無数の落雷。

 

「見つけた……」

 

「あっちも気づいてる。フェイト!」

 

女性が少女を呼ぶ。

どうやら黒衣の少女の名前らしい。

 

〈なのは!あの子達よりも先に封印を!〉

 

走りながらユーノはなのはに言う。

敵が単独ではない事を察知していた。

おそらく互いに魔力の反応をサーチしていたのだろう。

余談ではあるが、垣根帝督だけは両者に気づかれていなかった。

本人すら知るよしも無いが、彼の有する魔力が少女達に比べ微弱だった為気づかれにくいという、偶然の出来事だった。

 

〈うん!〉

 

飛行するなのは。

桜色の魔方陣に立ち、レイジングハートを構えるなのは。

 

『Divine Buster』

 

対するフェイトという少女も黄色い魔方陣に立ち、魔導端末(デバイス)を構えていた。

 

『Spark Smasher』

 

両者の矛先には、スクランブル交差点のど真ん中。

青白い光の柱、その根元に菱形の物体ジュエルシードが見えた。

 

バシュッッッッッ!!!!!!!!

 

ほぼ同時に双方から魔力を込められた莫大な光線が放たれた。

そして激突。

 

「「ジュエルシード、封印!!」」

 

まるで示し合わせたように、声が重なる。

離れながらも彼女等は同時に叫ぶ。

 

鎮圧され、宙に浮いているジュエルシード。

 

〈やった!なのは、早く確保を_〉

 

なのはに近づく為に走っていたユーノに、横槍が入る。

 

「させるかよッ!」

 

上空から飛び降りながら拳を振りかぶる女。

 

バチィッッッ!!!!

 

ユーノは右手をかざして防御障壁を展開し弾き返した。

 

「君は……っ?」

 

「フェイトの邪魔は、させないよッ!!」

 

着地した女はユーノを睨んで叫び、同時に大きな狼のような姿に変化する。

 

「やっぱり……使い魔……ッ!」

 

「へえ、あの女はツカイマ……使い魔?っつーのか。ますますオカルト臭い感じだな」

 

もちろん会話している訳ではない。

ユーノ・スクライア達の感知できない念話以外の声を勝手に垣根が遠くからドローンと能力を使って傍受しているのだ。

念のため逆探知されないように細心の注意を払って。

 

「お、第2ラウンド始まるか。アニマルファイトもあるのか、盛り上がってきたなこりゃ」

 

垣根は彼女達の争いそのものに介入する気はさらさら無い。

できればこの先も自分の存在すら気取られたくない。

基本的にデバガメに徹するつもりだ。

一方、見つめ合う二人の少女。

黒ずくめの少女と白ずくめの少女。

相対する二人は対照的に見えた。

 

「こないだは自己紹介できなかったけど……」

 

少し前に歩きながら、先に口を開いたのは白い方だった。

 

「わたし、なのは……高町なのは。私立聖祥大附属小学校 三年生」

 

黒衣の少女はそれに答えず、魔導端末(デバイス)を向けて戦闘意思を示す。

そして冷静に告げる。

 

「ジュエルシードは諦めてって、言ったはずだよ」

 

「それを言うなら、わたしの質問にも答えてくれてないよね?まだ名前も聞いてない!」

 

いまだに満足に敵意すら向けてこない白い少女に対し、呆れたようにため息を吐いた。

そして再び魔導端末(デバイス)を振りかぶり、六発の球体を出現させる。

それを見て、なのはも応戦しようとレイジングハートを構えた。

街中を走りながら互いを睨み付ける二体の動物。

 

「何でジュエルシードを集める!?あれは危険なものなんだ!」

 

「ごちゃごちゃうるさいッ!!」

 

ユーノの問いかけに問答無用と言わんばかりに再び飛びかかる。

しかし、ユーノも障壁で防御し応戦する。

気がつけばこれの堂々巡りになっていた。

一方、夜の市街地上空を高速で飛び回る桜色と金色の二つの光。

次々に魔力弾を放って追いかける黒衣の少女と、それをかわしながら相手を見据えるなのは。

二人は激しく上昇下降、急旋回を繰り返しながら空中戦を展開する。

 

「えーい!!」

 

高町なのはは、ここにきてようやく反撃する。

相手と同じように桜色の魔力弾を四発放つ。

それを易々と、まるで軽やかなダンスのようにかわした。

 

「あ……ッ!」

 

なのはがいつの間に砲撃体制に入っていた。

魔力弾は陽動。

 

Cannon Mode! Stun Setting!(非殺傷スタン設定)

 

「シューーーートッ!!」

 

瞬時に強力な魔力砲撃が放たれ、回避が間に合わず正面に防御障壁を展開する。

防ぎ切って体制を立て直す。

 

「目的があるなら、ぶつかり合ったり競い合う事になるのは、仕方がないかもしれない」

 

なのはは、強い意思を持って伝えようとする。

 

「だけど、何も分からないままぶつかり合うのは、嫌だ!わたしも言うよ、だから教えて……どうして、ジュエルシードが必要なのか」

 

 

 

「おーおースゲェな。シチュエーションや絵面的にゃまるでニチアサの特撮番組かアニメみてえだ。でも今は、これが全部現実に起きているんだもんなぁ。見応えあるし、解析も捗るし、一石二鳥だわ」

 

戦闘区域からは遠く離れた高層ビルの屋上で、観戦を楽しむ垣根。

楽しみつつも時間をかけながら着々と、魔法というものの解析に勤しむ。計算式らしきものも分かってきた。

文字は地球のものとは違うし見た事も無かったが、魔導端末(デバイス)の放つ言語は英語と同様、翻訳機器を通している訳でもなさそうなのに人間は日本語を話している。

これだけ分かれば…………__、

 

なのは問いかけに、僅かに下へ目を背けた。

 

「わたしは……_」

 

「_フェイト!答えなくて良い!」

 

離れた位置で交戦していた狼が口を挟んだ。

 

「おいおい邪魔すんなよ」

 

垣根がぼやく。

なのはも声の方を向く。

 

「ジュエルシードを持って帰るんだろッ!?」

 

「……ッ!」

 

フェイトと呼ばれた少女は、構え直してなのはに向き直る。

 

「あ……ッ!」

 

なのはも構え直す。

 

「なのは!」

 

「大丈夫ッ!」

 

彼女はユーノの呼びかけに呼応しつつ、ジュエルシードの方へ向き急行するフェイトを追跡する。

同時に浮遊しているジュエルシードに、二人の魔導端末(デバイス)が差し出されショックを与えた。

 

カッッッッ!!!!!!!!!!

 

ジュエルシードから強力な光と衝撃波が放たれた辺り一体を呑み込む。

 

「うっ……ううっ……!!」

 

「くっ……!!」

 

差し出したポーズを維持しながら耐える二人。

ジュエルシードから光が消えた。

と同時に、バキバキッ!!

 

「あっ!?」

 

「ハッ!?」

 

双方の魔導端末(デバイス)本体に亀裂が入る。

瞬間、ジュエルシードが息を吹き返したように再び強烈な光と衝撃波を放った。

 

「きゃあああッ!!」

 

「くぅッ!!」

 

二人を易々と弾き飛ばした。

圧倒的な力で吹き飛ばされたなのはは、アスファルトに叩き付けられ横たわっていた。

回避運動を取って墜落を免れたフェイト。

しかし、

 

「ごめん……、戻って、バルディッシュ」

 

バルディッシュ_彼女の魔導端末(デバイス)も破損しコアが点滅していた。

バルディッシュは待機状態になり、彼女の右手の籠手のような部分に吸い込まれた。

まだ健在のジュエルシード。

 

「……、ッ!」

 

フェイトは正面を見据え、地面スレスレの低空飛行で接近し右手を伸ばす。

 

「フェイト!?ダメだ!危ない!!」

 

彼女の使い魔が叫ぶ。

フェイトは直接、ジュエルシードを両手で包み抑え込もうとする。 彼女の中心に魔方陣が展開され、封印を試みている。

 

「止まれ……止まれ……止まれ……」

 

バチッ!!

 

フェイトの手のグローブが破れる。

 

「止まれえッ!!」

 

思いが届いたかのように、ジュエルシードが沈黙した。

 

「ハァ……ハァ……」

 

それを握ったままフラフラと立ち上がるが、ユラリと倒れ始めた。

 

「フェイトーッッ!!」

 

使い魔の狼が慌てて駆け寄り、人形に変化して抱き止めた。

そして合流した高町なのはとユーノ・スクライアの方を、睨み付け、跳び跳ねて建物づたいに逃げていった。

それをただ見ている事しかできなかった。

その様子を最後まで見物していた垣根帝督。

 

「ああ、今夜はもうお開きかな?あー面白かった。今回も大収穫だったし、上々。連中が消えたら俺もズラかるか。つーかあいつ等の杖ぶっ壊れたみてえだけど、大丈夫なのかね。まあ俺が気にする事じゃないな」

 

 

 

 

 

時空管理局

 

L級次元巡航船「アースラ」

 

そのブリッジ。

 

「みんな、どう?今回の旅は順調?」

 

この船の艦長の女性。 

 

「はい、予定に遅れはありません」

 

「前回の小規模次元震以来、目立った動きはありません」

 

彼女の問いにオペレーター達が答えた。

ブリッジの指揮所に腰を下ろすと、傍らにはお茶を淹れながら「アースラ」の管制主任兼執務官補佐の少女、エイミィ・リミエッタが口を開く。

 

「事件の中心人物と思われる二名の魔導師も、現在は活動を停止しているようです」

 

エメラルドグリーンの鮮やかな長髪を束ねた髪型の女性。

 

時空管理局提督、「アースラ」艦長、リンディ・ハラオウンは言う。

 

「管理外世界での小規模なものとはいえ、次元震の発生は見過ごせないわ」

 

「はい、迅速に解決しましょう」

 

時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンが同意する。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

相見える 二つの白

過酷な現実と、届かない思い。

激しい痛みに耐えるのは、

柔らかな思い出があるから。

茜色の空の下、

小さく芽生えた主従の絆と

向き合ってゆく戦い

信じた思いを胸に抱き

撃ち抜く魔法をその手の中に

2人の少女は、瞳を交わした。





















そしてもう1人__。







対面する2人

決して交わる事の無いはずだった者達

明るく暖かな桜色の光を放つ少女

鋭く強い金色の光を放つ少女

機械のように無機質な、禍々しい暴力を振るう少年

優しさと真っ直ぐさを内包した明るい瞳

寂しさと儚さを内包しつつも強い意志の瞳

輝きの無い鋭く暗い闇を内包したどこまでも冷たい瞳

ついに出逢った 出逢ってしまった

この出逢いがもたらすのは 対話か、それとも新たな闘いか_


海鳴市のとある市街地。

 

正体不明のエネルギー反応調査という名目で、最先端科学と超能力開発の街、学園都市からここに派遣された新設暗部組織『スクール』所属の超能力者(レベル5)という怪物、垣根帝督(かきねていとく)は、紺色のジーンズに白いシャツを身に付け、高級スニーカーという格好で闊歩していた。

ここ数日、監視用ドローンや衛星で様子を伺っていたが高町なのは達にも、フェイトとかいう女の方も動きが見られない。

双方ともに機械でできた杖が破損した影響だろうか。

拠点の知らない黒ずくめの方は殆ど不明だが、高町なのは達の方は概ね動向を掴めている。

ドローン経由で盗聴する限り、何でも破損した魔導端末(デバイス)の自己修復が完了するまでは現場復帰できないらしい。

専門の技師も何も無いのに、端末が自ら修復作業を行える事には驚愕した。

この一点だけでも学園都市を上回る科学技術と言える。

おそらくこの分だともう一方の連中も同じで、しばらく出てこないだろう。

そんな訳で、世間的には休日という事もあり買い出しと気分転換のつもりでブラブラしていた。

 

「たまにはガス抜きも悪くねえな」

 

昼食にガレットを食べて街ブラをエンジョイし、買い出しのレジ袋をぶら下げながら、いい加減な事をぼやいている。

このままゆっくり歩きながら帰宅しようとしていたのだが。

 

「……、ん…?」

 

突然地面がゴゴゴという音を立てながら、上下左右に小刻みに揺れ始めた。

地震だろうか?

休暇気分で完璧に気を抜いていたが、ふと自分の周りを見回す。

さっきまでの喧騒が無くなっている。

いいや、それだけではない。

 

「人気が……生体反応すら、遠ざかっていく……?」

 

往来する人々でうるさいくらいだったはずの街中が、今はまるでゴーストタウンのようになっていた。

走行する自動車すら無い。

厳密には、

まるで蜘蛛の子を散らすように、逃げるように、いや実際に避難するために逃げ惑い、少なくとも垣根帝督周辺の通行人達がこの場から走り去っていた。

見上げると白昼の空にしては、どことなく淀んでいるような。

これだけの現象を目の当たりにして彼は察した。

そして、心底面倒臭そうに眉をひそめた。

 

「おいおい、今日は当事者いねえんだけど」

 

自分を当事者にカウントしていない垣根。

しかし、状況は、元凶たる指定遺失物(ロストロギア)は、そんな彼のスタンスなど知った事ではない。

 

ゴッッッッ!!!!!!!!!!

 

突如、街路樹が肥大化し地面のコンクリートやアスファルトを砕き周辺の建物を破壊し根を広げ、呑み込んでいく。

魔導師がいない為、ユーノ・スクライアが操るような効果が同じ結界が展開されていない。

故に隠蔽工作の一つもできない。

 

「あーあ、やっぱりな。参ったなー」

 

置かれている状況と迫り来る脅威とは裏腹に、立ち尽くしている茶色い髪の少年に緊張感は皆無だった。

レジ袋を下ろし、空いた両手はズボンのポケットに突っ込んだまま街を侵食していく巨大樹木を眺めている。

 

「始めは無難に全体のサーチと解析からかな」

 

言葉通り有視界領域一帯に素粒子(ダークマター)を放出し散布する。

うっすらと笑う彼の見た目にこそ変化は無いが、既に超能力(レベル5)の『未元物質(ダークマター)』は牙を剥き、その毒牙を向けようとしていた。

巨木の怪物は、無数の枝やツルを伸ばし四方八方から迫る。

人間の姿をした怪物に襲い掛かる。

 

ビュオッ!!

 

「おっとアブねえ」

 

バックステップで軽々と攻撃を避けてみせるが、垣根はこの時正面しか見ていない。

実際には能力の応用でレーダーみたいに視界の外でもある程度能力経由で把握できるのだが、如何に強力なスキルを持ち行使できる、複雑な演算を行えるハイスペックな頭脳を持っていても、ベースである体は普通の人間。

敵の攻撃予測ができても回避が間に合わない。

身体が追い付かない。

 

ドゴォッッッッ!!!!

 

垣根帝督の背後へ、触手のように一本の枝が彼の心臓を貫こうと目にも止まらぬ速さで突き出てきた。

貫通こそしなかったが彼の身体を易々と突き飛ばし、はね飛ばされた。 最寄りのショッピングセンターに激突しその店内の奥の奥まで叩き付けられた。

常人なら即死、良くても重傷は免れないほどの衝撃を受けた。

 

しかし、

 

()ってえな」

 

破壊された店内から、致死量の衝撃を受けたはずの少年の声が聞こえる。

攻撃を受ける前と変わらない、僅かに苛立ちを醸し出した声変わりもしていない、幼いはずの少年の声が。

ボロボロの店内から歩いて出てきた少年の身体は、蚕の白い繭のようなもので包まれていた。

いや違う。

ひとりでに広がったそれは、翼だ。

天使の羽のような白い翼が六枚、二メートルほどの長さで、彼の背中からゆったりと羽ばたく。

 

「……ったく、ムカついた。幸い今この場に人目はねえし、コソコソしなくっちゃならない事もねえ。もう出し惜しみは無しだ。でき損ないのバケモノ擬きが。粉々にしてやるよ」

 

発言と同時に翼が勢い良く羽ばたく。

放たれた烈風が巨木の動きを止め、余波が周りの瓦礫や残骸を凪ぎ払う。

いつの間にか垣根は空の上に上昇し、太陽を背にしていた。

 

カッ!! と彼の翼が光る。

 

正確には日光が翼を通して巨木に照り付けている。

その瞬間、巨木の葉に火がつき、枝や幹、本体全体からジリジリと煙が上がり始めた。

真夏でもない、猛暑日でもない、特別強い日射しでもないはずの日光は、確実に木のバケモノを焼却しようとしていた。

バケモノは当然自分を焼き殺そうとしている主を駆逐すべく無数のツルが伸び、砕けたアスファルトの破片をトスバッティングのように垣根を狙って打ち出す。

 

「はん、そんなもの食らうかよ!!」

 

ズアッ!!

 

六枚の翼が音もなく十メートル近く伸び、弓のようにしなって一気に羽ばたく。

未元物質(ダークマター)』の影響を受けて変質した強烈な烈風が、バケモノ本体を押さえ付ける。

迫り来るツルもアスファルトの石粒を無数の羽が細切れにし、切り裂かれたツルの根元が、急激に腐敗し始めた。

 

「くくっ、上手に作用したみてえだな」

 

一瞬動きが止まる。その隙を少年は見逃さない。

 

ギュンッ!!

 

ズドドドドドッッ!!!!

 

風切り音が響く時には、既に六枚の翼は巨木の太い幹に突き刺さり、そのまま伸びて貫いた。

魔法の産物といえる怪物と相対する地球科学が生み出した怪物は、笑いながら怪物らしく、相応しい『暴力』を撒き散らす。

木の幹から翼が引き抜かれた。

直後、巨木の化け物の本体が急激に腐敗し、腐りきった所から枯れていき、ボロボロと風化し消滅していく。

そして、宿り主を失った青白い菱形の石がその姿を現す。

 

「とりあえずはこんなもんか。思ったより潰すのに時間掛かったな」

 

垣根帝督は翼を展開したまま、ゆっくりと着地した。

視線の先には、いまだに光りながら宙に浮いている石_ジュエルシードはまだ沈黙していない。

彼は未元物質(ダークマター)でコーティングした右手で掴もうと伸ばす。

 

しかし、

 

バチィッ!!

 

静電気のようにスパークが走り弾かれた。

 

()って!クソッ、やっぱ封印ってのをしないとダメなのか?力ずくで黙らせる事ってできないのかね。いっそブッ壊すのも……」

 

物騒な事をぶつぶつ呟いている間に、目の前のジュエルシードが再び活発化する。

今度は何かを拠り所にするのではなく、純粋な魔法のエネルギー体として。

その姿は、高町なのはが最初に遭遇した黒いスライム擬き。

再生した怪物は垣根帝督を呑み込もうと大口を開けて突進する。

 

「はい、残念」

 

彼は小さく叩くように左手を上から下に下ろした。

 

ズンッ

 

その直後に怪物は為す術なく地面に縫い止められた。 それで終わりじゃない。

まるで空気に溶けていくように、身体が小さくなっていき悲鳴すらあげる余裕もなく消滅。再び一個のジュエルシードに戻された。

 

「魔法ってヤツも、広い意味では素粒子の集まったエネルギーの塊な訳だから、それを構成する魔力っていう力の源が分かればこっちのもんだ。集合や構成を阻害し粒子拡散作用の物質を作り出せば良い」

 

垣根は得意気に一人語りながらも『未元物質(ダークマター)』の影響を維持させながら一度、背中の翼を消した。

ざっと身の回りを見回す。

市街地だったのは嘘みたいに粉々になったアスファルトの道路に炎上する自動車。

ショッピングセンターが建っていた所は垣根帝督を中心に半径一〇〇メートルほど楕円形に、僅かな瓦礫を残して更地に変わっていた。

少し離れた位置にあるガソリンスタンドも戦闘の余波で徹底的に破壊され大爆発と炎上を繰り返している。

地元消防はスタンド消火活動に手一杯で都合の良い事に、ジュエルシードにも『未元物質(ダークマター)』にも気づく一般人はいないようだった。

戦闘中の彼は敵しか眼中に無く、周辺には一切配慮していなかったため知るよしもないし興味も無い事だが、不幸中の幸いは、利用客や従業員の殆どが逃げた後に戦闘が始まった為、重軽傷者は多少出るも死者だけは出ていなかった。

垣根としては、自分に関して目撃者とかがいなければそれで良い。

何人死のうが怪我しようがどうでも良い。

自分の秘密さえ守りきれれば。

指定遺失物(ロストロギア)の封印手段を有していない為、ここで手詰まりとなってしまった。

 

「さて、こいつはどうしようかね……、ん?」

 

今の今まで全く気付いていなかったが、今度は知らぬ間にこの場の状況が変わっていた。

空の色が変わっている。

何度か見た事のある奇妙な色。

確か、広域結界という魔法が発動している時に見られていた現象のはずだ。

半円形の広域結界が、この市街地だった場所を囲んでいる事は間違いない。

つまり、今まで尾行や隠密観察していた対象が付近にいる可能性は限りなく高い。

 

「……、」

 

そして、その魔導師達の目的はそもそも、今目の前で浮いているこのジュエルシードではなかったか。

 

「こりゃかなりヤバいかも_「あ、あの……!」ッッ!!」

 

突如後ろから話し掛けられ、垣根帝督の体がビクリと震えた。

聞き覚えのある少女の声。

互いに直接面識がある訳ではない。

どちらかというとむしろ垣根の方が一方的に知っているだけ。

 

「……、」

 

心の底から都合の悪い。

本人達には金輪際顔を会わす気が無かった所か、こちらの存在そのものも知られたくなかったのに。

事の裏側で終始コソコソと情報収集していたかったのに。

用済みになれば監視もする事もなく、何事も無かったかのように学園都市へ帰還する算段だったのに。

 

「チッ……」

 

小さく舌打ちをし、ゆっくりと声のした方に振り向く。

 

少年の目に映ったのは予想通り、白ずくめに機械仕掛けの杖を左手に握った少女と、淡黄色の小動物。

新米魔導師高町なのはと異世界からの来訪者ユーノ・スクライアは、科学の街、学園都市出身超能力者(レベル5)垣根帝督(かきねていとく)と今、本来絶対に起こり得なかった出逢いを果たした。

 

 

遡る事十数分。

ジュエルシードの発動を感知した高町なのかはとユーノ・スクライアは、現場に急行すべく走っていた。

既に遠くから煙や粉塵がもくもくと上がっているのが見える。

 

「なのは、先に行ってて。僕は結界を張ってから追いかけるから!でも、レイジングハートも自己修復が済んで間もない。絶対に無理はしないでね!」

 

「分かった!」

 

返事と同時に変身し空に舞い上がる。

高速飛行しながら、怪物に呑み込まれ破壊されていく街が彼女の表情を曇らせた。

そして中心地の方に向き直ると、結界が展開されているにもかかわらず、そこには巨木の根本の側に一人の人間が立っていた。

スニーカーに紺色のジーンズに白いシャツの、茶色い髪の少年。 背は少し高いようだが、歳はなのはと同じくらいだろうか?

 

「街が……、あ!ユーノくん、大変!人がいるよ!!逃げ遅れたのかな……?」

 

〈何だって!?そんなまさか!?……僕もすぐそっちに合流するから待ってて!!〉

 

結界は本来『術者が許可した者・あるいは結界内に入る能力を持った者以外は侵入できない空間』という魔法なのだ。

結界内で行われた破壊は結界の解除時に『結果』として残る事になる。

だが結界に拒絶された者は「その場にいる」のだが、結界内部で行われた術者達の行動を認識できず、結界内で行われた破壊等の影響を直接的には受けない……はずなのだが、

 

(広域結界内で無関係の人が……?一体誰が……新手の魔導師とかか……?)

 

「うん!……って、ああ!!」

 

なのはは射撃の為に怪物と間合いを取り、付近に着地した所でユーノと合流する。

 

ドゴォッッッッ!!

 

そうしていたら、少年が背後から伸びてきた枝に突き飛ばされ、近くのショッピングセンターに激突し店内の奥の奥まで押し込められた。

 

「たっ大変!早く助けないと!!」

 

「待って!「でも!」よく見て!」

 

焦って割り込もうとした彼女を制止する。

 

()ってえな」

 

「「ッ!?」」

 

声が聞こえた。

衝撃で粉々に破壊された店内から、白い繭のようなものに包まれた何かが出てきた。

いや違う。

ひとりでに広がったそれは、翼だった。

三対六枚の白い翼が少年の背中からゆったりと羽ばたいている。

 

「__ッ!?」

 

あまりの衝撃的光景を目の当たりにし、絶句する二人。

少年から生える翼は羽ばたいて烈風を放ち、上昇すると翼から光線を放つように光り巨木の怪物を焼き、更には刃物のように枝やツルを切り刻み本体を貫く。

貫かれた怪物の体は何の前触れも無く腐敗し始め枯れていった。

 

〈な、何あの羽!?何がどうなってるの?あれも魔法なの?あの男の子も魔法使いなの!?〉

 

なのはは混乱しながらも戦闘の余波で飛んでくる衝撃波や烈風、瓦礫の破片等を防御障壁(プロテクション)で防ぎつつ念話でユーノに問う。

ユーノは即座に否定する。

 

〈いや、あんなもの……あんな魔法見た事も聞いた事も無い……。第一、あの子からはなのはみたいな大きな魔力を感じない〉

 

ユーノは警戒心をあらわにして少年の方を見ている。

彼も驚愕に染まっている事は声で分かる。

 

〈あの人の保有魔力は小さいようだし、僕が感知する限り魔法も行使していない。何者なんだ、彼は……。魔導師でもなさそうなのに、僕の結界の中に入れるなんて……ッ〉

 

〈ユーノくんも知らない……、あの白い翼も……一体何なの……?〉

 

〈分からない。何も…何一つ分からない……。分かっているのは、あそこで戦っている彼は相当戦いに慣れている。それもフェイトって子と同等かそれ以上に強いかもしれない事だけだ〉

 

余裕そうな笑顔を浮かべ、背中から生えている数メートルもの長さの六枚の翼を振り回して好き勝手に暴れまわる少年。

途中、振るわれた翼から無数の羽が散って舞い上がり、こちらにも降り注いできた。

立ち尽くしていたなのはが、何気なく手を伸ばして羽に触れようとするが、

 

「あっ……」

 

手に触れる前に、羽は空気に溶けるように消えていった。

 

 

……そして今。

 

海鳴市の大きな市街地、そしてそこに位置するショッピングセンター、だった。

 

発動したジュエルシードが街路樹を触媒に変化した巨木の怪物が肥大化、無差別に暴れまわり、更にはその場にいた一人の謎の少年との激しい戦闘とその余波で、中心地だけでなくその周り一帯が徹底的にメチャクチャに破壊され瓦礫や残骸さえも吹き飛ばされ、更地のようになっていた。

やろうと思えば簡単に封印できそうな状態の消耗し切ったジュエルシード、その側に立つ謎の力を振るっていた得体の知れない少年に、それでも高町なのはは声をかけた。

 

「あ、あの……!」

 

声をかけられた少年はよほど驚いたのか、体をビクリと震わせた。

数秒間の沈黙の後、

 

「チッ……」

 

小さく舌打ちをしてゆっくりとこちらに振り向く。

明らかに不機嫌そうな表情の、目付きの鋭い(悪い?)端整な顔立ちの少年。

彼は両手をズボンのポケットに突っ込んで黙ったまま、なのはとユーノに目を向けた。

再び両者の間に沈黙の時が流れる。

それを先に破ったのはやはりなのは。

 

「えっと……もしかして、あなたもジュエルシードを?」

 

「……、」

 

少年は答えない。

ユーノはフェイトの時のようになのはが相手から不意打ちを受けるかもしれないと思い、ハイプロテクションをいつでも展開できるように備える。

 

「あ、あのね、ちょっとお話を聞かせてくれないかな?ってだけなの。あなたどこの誰なの?とか_」

 

「いつからだ?」

 

言い終わる前に口を挟まれた。

初めて少年が発言した。

 

「えっ?」

 

「いつから見てたんだ?どこまで見た?」

 

「え、えっと……、あなたが、木のお化けに突き飛ばされた所から……かな?」

 

(ほとん)ど全部じゃねえか……」

 

心底ウンザリした調子で吐き捨てるように言った。

その様子を見た彼女は少し首をかしげながら、苦笑いをする。

 

「もしかして、見られたく…なかった?で、でも、さっきの白い羽は綺麗だったと思うし……、そんな……」

 

「馬鹿にしてんの?」

 

「えっ!?し、してない!してないよ!だから、そんなに睨まないでほしいかな……」

 

怒らせたかなと思い、慌てて手と首を振って否定する。

 

「うるせえよ。似合ってないのは誰よりも自覚はあるし、睨んでもねえよ。この目付きは生まれつきだ」

 

「あ……ご、ごめんなさい……」

 

やぶ蛇だった。なのははすまなさそうに僅かに頭を下げて謝る。

 

「あの、そろそろ良いかい?」

 

埒が明かない、とユーノが口を開いた。

 

「単刀直入に訊きたい。僕が見る限り君は魔導師じゃないよね?君は一体何者なんだ?あの白い翼は何なんだ?」

 

「あ!そうそう、わたしもそれが訊きたかったの!先に自己紹介するね。わたし、高町なのは、聖祥大学附属小学校 三年生です。あなたの名前は?あなたの事を教えてほしいんだけど……」

 

気を取り直してなのはも言った。

しかし、少年は興味の無さそうな調子で返事をする。

 

「こっちが頼んでもない自己紹介どうもありがとう。そして俺はテメェ等の質問に答える義理はねえな。そこのジュエルシードはお前等に任せるから、俺はもう帰らせてもらうぜ」

 

「え!?あ、ちょっと__ッ!?」

 

ゴァッ!! と、少年の中心から正体不明の爆発が巻き起こる。

 

「_きゃあッ!!」

 

「わっ!」

 

煙と烈風が彼女達の視界を奪う。

咄嗟にハイプロテクションとオートプロテクションで防御する。

煙が消え、視界が晴れるとそこに少年の姿は無く、彼が力ずくで押さえ込んでいたジュエルシードだけが残っていた。

 

「あ……あれ?」

 

「……逃げられたみたいだね。仕方ない、ひとまず目の前のジュエルシードを封印しよう」

 

「うん……」

 

(さっきの爆発……やはり魔法じゃない。でも物理的威力は小さかったような…?初めから逃げるための目眩ましだったのか……?)

 

なのはがジュエルシードの封印を行っている間、ユーノは思案する。

結局、謎の少年については奇妙で強力なスキルを有しているようだという事以外、何も分からなかった。

 

 

未元物質(ダークマター)』を応用して目眩ましをし、慌てて市街地だった地域を離脱した垣根帝督(かきねていとく)

 

「_ちくしょう、バレちまった。次からはより慎重に尾行しなくちゃならなくなったな」

 

ため息を吐き、小さく舌打ちの音を立ててトボトボとほっつき歩く。

ここは以前、ユーノ・スクライアと高町なのはが出会った公園。 しかし垣根はそんな事までは知らない。

例え知った所で興味も無い。

しかし、今日の彼はとことんツイてなかった。

公園内の雑木林の四方八方から、何かブンブンと虫の低音の羽音が聞こえてくる。

 

「ああ……?」

 

違和感に気付きイライラとした態度で周りに目を走らせ、サーチすべく未元物質(ダークマター)を放出し音源を探る。

音源は確かに虫のそれだ。

だが音量が桁違いな上、量も多い。

 

「またジュエルシードか?」

 

未元物質(ダークマター)』による魔力のサーチがいまだに不完全ではあるが、もう少しでその問題はクリアできそうだった。

そう思考している間に、無数のスズメバチが垣根を包囲していた。 スズメバチといったがサイズが体長一メートルほどの通常ではあり得ない大きさで、どことなく形もおかしくなっていた。

尻の毒針を向けて一斉に襲いかかる。

 

「うざってえな」

 

ドンッ!! と垣根の中心から正体不明の爆発が巻き起こり無数の巨体スズメバチがまとめて凪ぎ払われた。

半分は爆発威力と同時に発生した奇妙な衝撃波を受けて粉砕されるも、残った半分が再び襲いかかる。

少し離れた所に大きく肥大化した蜂の巣が見えた。

そこから次々とハチが出てきている。

 

「後からウジャウジャと、本気でうざってえんだよ害虫風情が!!」

 

ザァッッ!!

 

彼の怒りに呼応するように背中から六枚の翼が生えて風を切りながら伸びて巨体スズメバチを次々に刺し貫き細切れにしていく。

しかし、ハチはどれだけ切り刻み破壊しても巣から出てくる。

 

「本丸の巣をやらないとダメみたいだな。面倒臭いしムカつくな!!」

 

バォ!!

 

翼を振り回して烈風を放ち、近くのスズメバチをまとめて遠ざける。 瞬間、蜂の巣の防衛に穴が空く。

 

「隙だらけだ!」

 

ドンッ!! という轟音が炸裂した。

垣根帝督の六枚の翼が、槍のように凄まじい勢いで伸長し蜂の巣に突き刺さった。

易々と貫き、切り裂く。

 

「死ね、この物の怪共が!!」

 

ジュエルシードが宿主にしていた蜂の巣内部の女王バチ。

その体に白い翼が突き刺さり『未元物質(ダークマター)』が襲いかかる。

女王バチの体と蜂の巣の構造物質が一斉に変質していき、その効果が現れる。

 

ザッ!ザザザザ!! ザリザリザリザリ!!

 

一瞬、断末魔のように激しく小刻みな羽音が聞こえた。

そして、

 

ザララララ……………_____、

 

蜂の巣もその中の女王バチも、一瞬で砂に変わって崩れていく。

宿主を喪った青白いジュエルシードがようやく姿を現す。

 

「あーあ鬱陶しいなもう、当事者今いねえっつってんのに。お構い無しかよクソッタレが。今日は厄日か?」

 

文句を垂れ流しながらジュエルシードの方へ歩み寄る。

 

「ここら辺人気もまだ無さそうだな、今のうちに『未元物質(ダークマター)』での封印の真似事ができるように色々試してみるか」

 

そう言った時、背後から金色の光線が通過しジュエルシードに命中した。

長距離封印砲の『スパークスマッシャー』。

 

「ジュエルシード、封印!」

 

一方的に見覚えのある光、聞き覚えのある声。

被弾したジュエルシードはドンッと小爆発した後沈静化する。

垣根は眉間にシワを寄せ、振り返る。

空中に二人の人間がいた。

より正確には、片方は人間ではなく使い魔と呼ばれる存在だが、今の垣根帝督にとってはどうでも良い事だった。

フェイト、という名前らしき金髪で黒ずくめの少女と、妙齢の要所要所が獣のような女。

本日二回目の想定外の邂逅。

だが、今は、今だけはどうでも良かった。

それよりも、憂さ晴らしついでに自分が今試そうとした事を邪魔された。

それが堪らなくムカついた。

気に食わなかった。

故に彼は、自分勝手に黒衣の少女へ怒りを向ける。

 

「テメェ、何邪魔してんだよクソボケ」

 

黒衣の魔導師フェイトは当然、自分より一足先にこの現場に現れ(これはただの偶然だが)ジュエルシードの異相体を見た事もないスキルで魔法も全く行使せずに、アッサリと倒した垣根帝督を警戒していた。

 

「横取りするような形になって悪いけど、ジュエルシードは諦めて。それは、どうしても必要なものなの」

 

フェイトはバルディッシュを構えて威嚇してみる。

これで引き下がってくれれば何もしないという意思表示でもあった。

 

「テメェの事情なんざ知るかよ。こっちはただでさえやりたい事を、今さっきやろうとした事をテメェに邪魔されてんのに要求を聞いてもらえるとでも思ってんのか?」

 

ギロリと睨み付け、警告をはねつける所か、

 

「そんなにアレが欲しいなら、しばらく大人しく、俺が満足するまではお行儀良く引っ込んでろよ。それができないなら帰れボケ。それとも、俺が嫌だっつったら……力ずくで掠め取るか?」

 

好き勝手に罵られ、挑発された。

流石に少しムッときて、バルディッシュをサイズフォームで構えて臨戦態勢を取る。

だが、彼女より使い魔の方が先に動いた。

 

「ごちゃごちゃうるさいんだよッ!!」

 

「アルフ!」

 

アルフと呼ばれる使い魔の女は瞬時に大きな狼に変化し、牙を剥き出し垣根に殴りかかる。

 

ドゴッ!!

 

垣根の体はアッサリ飛ばされ、近くの木に激突しぶつかった木は簡単にへし折れた。

 

()ってえな」

 

多少手加減したとはいえ、すぐに立ち上がれるほど与えたダメージは低くないはずだった。

アルフは前足の爪先に奇妙な違和感を感じる。

無防備だったはずの少年はまともに一撃を受けたのに、攻撃を意図的にずらされたような妙な違和感。

そして、本当に痛がっているのか分からないほど、自然に言ってきた。

 

「そしてムカついた。まずはテメェから粉々にしてやる」

 

「ッ!?」

 

彼から向けられる明確な敵意と、悪意と殺意にアルフは悪寒を感じ、飛び上がりフェイトと合流する。

 

〈フェイト、あいつヤバいよ!何人も殺してるような目をしてる!〉

 

〈うん。やっぱりあの人、相当手慣れてると思う。魔法を使っている様子も無い……ならさっきの白い翼は……?しかも魔導師じゃないみたい……一体何者なんだろう……〉

 

二人は最大限に警戒し距離を取る。

フェイトは四発の魔力弾_フォトンランサーを垣根帝督へ放つ。

彼はそれを避けずに受けた。

 

ドンッ!!

 

土煙が舞い上がる。

しかし、それが晴れると何事も無かったかのように余裕の表情で、垣根が立っていた。

 

「……やっぱ魔法って力に電撃効果が付与されているな。電撃使い(エレクトロマスター)に近いものを感じる。流石にちゃんと防御しないと、ちょっと痺れるかな」

 

無傷。

 

「で、どうするよ。まさかもうお開きとかつまんねえ事言わねえよな?」

 

指で誘いながら嘲笑う。

 

「クッ!」

 

バルディッシュを持ち直し、高速飛行で肉薄する。

サイズフォームでサイズスラッシュという刃にバリア貫通能力を付与し、刃部分の魔力を瞬間的に強化する魔法を行使している。

鋼鉄をも切り裂く鋭さに強化された刃を垣根に振り下ろす。

ゴウッ!! という風切り音と共に彼の背中から六枚の翼が生えた。

その内の一枚でフェイトの斬撃を受け止める。

 

バギィッッ!!

 

激しいスパークが両者の顔を照らす。

フェイトは全力で斬りかかっているのに対し、垣根は余裕の表情を崩さない。

 

(効いてない……?いや、少しだけど圧している、このまま_)

 

僅かに彼の足がズズッと後ろに押されているのが分かる。

受け止めた威力を殺しきれていない。

背後からアルフが襲いかかるが、

 

「ハッ」

 

左側三枚の翼で防ぎきった。

 

(くっ……、まただ。何なのさ、見た目は翼なのにこの気持ち悪い感触は……)

 

翼に拳を突き立てているアルフは訳の分からない奇妙な気色悪さに顔をしかめる。

バン! と二人を弾き返し、上空へ舞い上がると六枚の翼が伸びながら弓のようにしなり、勢い良く羽ばたく。

 

ズアッ!!

 

放たれた烈風をディフェンサーでアルフ含めて防ぎつつ敵の意図を掴もうとする。

上空から見下ろす敵は再び翼を構え羽ばたき、烈風を放っていた。

 

ゴウッ!!

 

「「ッ!!」」

 

アルフは真横に、フェイトはバルディッシュを振りかぶって烈風を切り裂き垣根に再び白兵戦を仕掛ける。

垣根は六枚の翼で空気を叩いて横へ移動し彼女を避ける。

しかし、フェイトはそれで取り逃がす気はない。

サイズフォームの光刃が発射された。

翼を羽ばたかせて器用に避けるが、発射された光刃は誘導性能を持ちロックされた垣根を追って回転しながら軌道を変化させる。

 

アークセイバー。

 

狙った対象のバリア・シールドを噛む性質が強く、防御された際には対象の防御を削ると同時に足止めの役割も果たす。

また「セイバー・エクスプロード」のトリガーコードで光刃を爆破、込められた魔力の全てを爆散させる事も可能。

 

「うおッ!?」

 

その強力な刃が垣根帝督を確実に狙い、羽ばたく翼をかわして体に着弾。

爆発音と同時に爆煙が彼の体を包む。

非殺傷設定とはいえ強力な魔法をまともに食らい、バランスを崩して落下。

しかし落下中に立て直してスタッと静かに着地した。

煤汚れた服をパンパンと手で払う。

 

「痛てて、今のは中々効いたかもな。少し痺れた」

 

そう言う割には緊迫感は無い。

相変わらずの薄い笑顔。

フェイトとアルフは再び警戒しながら彼を睨む。

垣根も彼女達を見据える。

 

「解析も逆算も概ねクリア、後は実際に_」

 

不意に、垣根の戦意が喪失する。

彼の背中の六枚の翼も消え、フェイト達に背を向けた。

 

「……?」

 

「は……?何のつもりさ?」

 

急にひしひしと感じていた敵意や悪意が感じられなくなった。

訳が分からず困惑する二人に、垣根は背中を向けたまま振り向き告げる。

 

「悪いがここでお開きだ。そこのジュエルシードはお前等の好きにしな。どうせ俺にゃ封印できねえし、お前等だってこれ以上横槍入れられたくないだろ?」

 

「あ……!」

 

まだ遠く離れているが、白い魔導師の少女達がジュエルシードを察知してこちらに向かっている。

自分達も察したが何故、彼はそれを察知できたのだろうか? 魔導師ではないばかりか魔法も全く行使していないのに、どうやって……、あの翼の力だろうか。

 

「何で、分かったの……?」

 

「それは秘密だ。教えてやる義理も無いしな」

 

ニヤリと笑い、さっさと立ち去ってしまった。

フェイトもジュエルシードを封印、回収し高町なのはが到着する前にこの場を去る事にした。

 

「……結局あいつは一体何だったんだろうねえ、あたし等に怒りだして突っかかってきたと思ったら勝手に繰り上げて帰っちまいやがった」

 

「分からない。何者なのかもあのスキルが何なのかも。でも、あの人……強かった」

 

自分とはまた別の意味で手慣れているようだった。

奇妙なチカラと底の見えない悪意。

うっすらと残った気味の悪い違和感と恐怖。

 

 

 

「やれやれ、危なかったな。流石に三つ巴は避けたかったからな」

 

潜伏地の高級マンションの最上階の一室。

垣根帝督は一人呟いた。

当初の予定では徹底的に裏側で当事者には一切気取られずに徹するつもりだったが、一度こうなってしまっては仕方がない。

やり方や方向性を変える。

ある程度理論通りでも、実戦に勝る実験は無いと言える。

 

まず第一に、超能力では魔法に対応できるのかという問題。

第二に、能力者の自分で、『未元物質(ダークマター)』で魔法の解析や逆算が可能なのか。

この二つの命題をクリアできなければ、これを解決しない事には何も進められない。

そしてこれを解決すれば半分は終わったようなもの。

後は様々な実例を観測し解析し逆算し、実戦を経験する。

垣根帝督は口元に、年不相応な薄い薄い笑みを張り付けながら。

暗い瞳に野心を宿しながら。

呟く。

 

「次が楽しみだな」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新たなる勢力

コンビナートに併設されたコンテナヤードの一角。

 

既に広域結界が展開されていた。

ジュエルシードの異相体、おとぎ話に出てきそうな化け物がいた。 そこで戦闘を繰り広げているのはフェイト、使い魔のアルフ。

そして高町なのはとユーノ・スクライア(フェレット)

 

「あれ……?」

 

「どうしたの?ユーノくん」

 

「いや、何でもないよ」

 

 

「撃ち抜いて!ディバイン」 『Buster』

 

なのはの言葉をレイジングハートが引き継ぎ杖先に収束された桃色の魔力の砲撃を放つ。

ジュエルシードの異相体に圧力がかかる。

しかし化け物は展開したバリアにより直撃を回避していた。

 

「貫け轟雷!!」

 

そこへ、魔法陣を展開させたフェイトが叫ぶ。

 

『ThundeSmasher』

 

フェイトのデバイス、バルディッシュで目前の魔法陣を打つ。

 

底から直径一メートルほどの金色の収束砲が発射された。

頭上と正面からの砲撃。

この猛攻にはついに耐えられなくなり、消えていった。

残ったのは、二人が捜し求めているジュエルシード。

 

シリアルナンバー7。

 

レイジングハートとバルディッシュが同時に封印用の高出力形態に変形する。

 

「ジュエルシードシリアル7」

 

そして二人とも同時に封印を行使した。

 

「「封印!」」

 

閃光が止み、ジュエルシードを挟んでお互いデバイスを構える。

 

「ジュエルシードには衝撃を与えたらいけないみたいだ」

 

フェイトが静かに言う。

 

「うん、この前みたいな事になったらわたしのレイジングハートも、あの……フェイト…ちゃん?…のバルディッシュもかわいそうだもんね」

 

「…フェイト・テスタロッサ」

 

初めて彼女の本名を本人の口から聞き、知った。

そしてこれが初めて両者で成立した会話だった。

デバイスを向ける。

 

「わたしは、フェイトちゃんと話をしたいだけなんだけど……」

 

『Devicemode』

 

「ジュエルシードは…譲れないから…」

 

「わたしも譲れない。理由を聞きたいから…、フェイトちゃんが何でジュエルシードを集めてるのか。……どうしてそんなに…寂しそうな目をしてるのか……」

 

なのはの言葉に一瞬ハッとするが、フェイトは構わず臨戦態勢に挑む。

 

「わたしが勝ったら……お話、聞かせてくれる?」

 

「……」

 

彼女は答えない。

アルフとユーノは、それぞれの相棒の後ろで固唾を飲んで見据える。

二人は同時にデバイスを振り上げ走りだした。

お互いの想いの丈をぶつけるために。

しかし、

突如空から蒼白い光が二人の間に割って入った。

驚き動きを止める二人。

 

「あっ…!?」

 

光が晴れ、蒼い魔方陣を展開した一人の少年が姿を現す。

 

「そこまでだ!」

 

黒髪、黒の繋ぎのバリアジャケット、黒の詰め襟の上着。

黒ずくめの少年は二人の少女を交互に見る。

ガキン!! という音と同時に、高町なのはとフェイト・テスタロッサの両足には一基ずつ、両手は手錠のように蒼いリングが出現し彼女を拘束する。

 

「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ」

 

ホログラムのような身分証を掲げる。

 

「さて、事情を聞かせてもらおうか」

 

キョトンとするなのは。

突然クロノに向かって三発の光が放たれた。

アルフが攻撃を行い、咄嗟にクロノ・ハラオウンは左手をかざしてプロテクションを展開、防御する。

 

「フェイト!撤退するよ、離れて!」

 

それを聞いたクロノはアルフにデバイスを向け攻撃を仕掛けようとするが、アルフは先に無数の光弾を撃つ。

クロノは背後の自らが拘束したなのはに目をやり、攻撃から防御に切り替えアルフが放った攻撃を半円形プロテクションで防ぐ。

光弾は砂煙を巻き上げ、目くらましとなった。

フェイトはこの隙にジュエルシードのもとに向かう。

だが次の瞬間、砂煙の中から数発の蒼い魔力弾が飛び出す。

 

「…あっ!?うっ!!」

 

直撃しフェイトは倒れてしまった。

 

「フェイト!!」

 

アルフは叫びながらフェイトを抱き抱える。

クロノは追撃すべくデバイスを向ける。

しかし、

 

「だめぇっ!!」

 

「?」

 

「撃っちゃだめ!」

 

高町なのはがやめさせようと声をあげた。

この隙に、アルフはフェイトを抱き抱えたまま逃走する。

突然、クロノの方に女性の映像が現れた。

 

「クロノ執務官、お疲れ様」

 

「すみません艦長、片方逃がしてしまいました」

 

「ん…、まあ、大丈夫でしょう。詳しい事情を聞きたいわ。その子達をアースラまで御案内してね。″奥で隠れている子も一緒にね″」

 

「了解」

 

映像が消えるとクロノがこちらを向く。

 

「事情を聞きたい。来てくれるね?」

 

彼はここで敢えて大声でなのは達の、更に後方へ声をかける。

 

「聞こえていただろう? そこの正体不明の君の事もだ!!」

 

「「え!?」」

 

驚くなのはとユーノ。

自分達とフェイト達以外に人がいたのか!? と。

しかも結界の中で。

だとすると、まさか……、

 

「ありゃりゃ、バレてたのかよ」

 

軽い調子の声。

コンテナの物陰から、なのはやクロノと同年代の少年が薄い笑顔でおどけたように出てきた。

黒いジーンズにグレーのTシャツ、黒いスニーカーという服装の茶色い髪の少年。

超能力者(レベル5)の垣根帝督。

なのはもユーノも、名前を含めて何者なのかも知らないが、彼の存在は知っていた。

 

「あ、あなたは……、どうしてここに!?どうして……ッ!?」

 

聞きたい事が多すぎてなのはがあたふたし始めた。

クロノが言う。

 

「そこも含めてこちらも聞きたいんだ。同行を願う」

 

「ちなみに拒否したら?」

 

「悪いが高町なのは(この子)同様に拘束させてもらう」

 

「へえ……」

 

しばし思案しているようだった。

 

(この場面でタイミング良く新勢力が現れやがった。ただの偶然……?名乗った名称からしてさしずめ魔法サイドの公的機関…警察って所か)

 

しかし、同時にそれを装った闇組織の類いを疑ってみたが、ここは乗る事にした。

 

(_罠なら突破すれば良い。敵なら潰せば良い。この一件から魔法やらの事の正体等々、それを掴める可能性があるんなら……)

 

ニヤリと挑発的に笑って告げる。

 

「分かった、乗ってやるよ。俺もアンタ等の事は何も知らねえんだ。しっかりもてなせよ?」

 

 

 

アースラ船内。

 

時空管理局の執務官クロノ・ハラオウンに連れられて、通路を歩いているのは、高町なのは、ユーノ・スクライア、そして垣根帝督。

 

(スゲェな。こんな摩訶不思議な技術なんて学園都市にもねえぞ)

 

物珍しそうにキョロキョロするなのはと垣根。

 

〈ユーノくん、ここって一体…?〉

 

彼女の念話に側を歩くユーノが答える。

 

〈時空管理局の次元航行船の中だね〉

 

〈はあ…〉

 

教えてもらったがいまいちピンと来ない。

先頭を歩いていたクロノ・ハラオウンが振り返る。

 

「ああ君、いつまでもその格好というのも窮屈だろう。バリアジャケットとデバイスは解除してもいいよ」

 

「あ、はい」

 

言われた通りに解除し学校制服姿に戻る。

クロノは続いてユーノに目を向けた。

 

「君もだ、そっちが本来の姿じゃないんだろう?元の姿に戻っても良いんじゃないか?」

 

その言葉に垣根は眉をひそめる。

なのはも訳が分からなさそうな顔でユーノを見ている。

 

(……、何?)

 

「あ、そういえばそうですね。ずっとこの姿でいたから忘れてました」

 

思い出したように言うユーノだが、なのはも垣根も会話の意味を理解できていなかった。

不意にユーノ・スクライアの身体が光に包まれる。

 

「ふえ……あっ!ああ……ッ!!」

 

フェレットがいたはずの場所には、パーカーに半ズボンの金髪の少年が立っていた。

 

「な……っ。まさか……、『肉体変化(メタモルフォーゼ)』か……!?」

 

思わず垣根も動揺し口を滑らせてしまう。

 

「ふう……。なのはにこの姿を見せるのは久しぶり、だっけ?そっちの君は初めてだろうけど」

 

事も無げに告げたこの少年は、ユーノ・スクライアなのだろう。

高町なのはは分かりやすく混乱し、驚愕に染まっていた。

ユーノ・スクライアが変身した事にも。

彼が自分と同年代の『人間』だった事にも。

プルプルと左手人差し指で目線の先を指して、

 

「え?…え??あ……あ あ…あ…ふえええぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!?」

 

瞬間、高町なのはの大音量の悲鳴がアースラ内にこだました。

 

「ん?なのは……?」

 

悲鳴に驚くユーノだが、なのはが叫んだ理由はわからない。なのははユーノの倍、驚いていた。

 

「ユーノくんって、ユーノくんって、普通の男の子だったんだ!?」

 

「ええ?あれ?」

 

ユーノの方はなのはは既に知っているものだと思っていたらしく、首をかしげた。

 

「…あの、その、なに!?えー……っと、だ、だって、嘘!?ふえええぇぇぇ〜!?」

 

「うるせえな」

 

彼女の悲鳴に、顔をしかめて耳を押さえる垣根。

 

「……君達の間で何か見解の相違でも?」

 

クロノが尋ねると、ユーノはその相違を解決するためになのはに確認していく。

 

「えーっと、なのは?僕達が最初に出会ったときって僕はこの姿じゃ…」

 

彼女は首を思い切り横に振る。

 

「違う違う!最初からフェレットだったよ〜!!」

 

「ん〜………………ああ!!そ、そ、そうだった!ゴメンゴメン。この姿見せてなかったね……」

 

結局、相違の違いはユーノの勘違いだった。

 

(魔法ってそんな事もできるのか、スゲェな)

 

ここでクロノが口を挟む。

 

「……そろそろ大丈夫か?とりあえず、こちらを優先してもらって良いか」

 

「「あ、はい!」」

 

 

 

「艦長、来てもらいました」

 

アースラの応接室の扉が開き、クロノが言う。

 

見えたのは、何故か満開の桜の木。

周辺も分かりやすく和風の様式。

茶釜に湯飲み、鹿威し。

番傘が差された茶室のようなとても艦船の応接室には見えない意匠。

 

「は?」

 

この光景には三人とも絶句する。

しかも、垣根となのはが驚いているのは、異世界艦船の応接室が『日本風』であると同時に、それが微妙に、しかし色々間違っている事等の理由もあった。

アースラの艦長、リンディ・ハラオウンが正座している。

 

「どうぞ」

 

クロノが僅かに後ろを向いて告げる。

 

「あ…は、はい!」

 

「お疲れ様。はじめまして、私はアースラの艦長、リンディ・ハラオウンです。まあ、三人とも、どうぞ楽にして?」

 

「あ、わたし、高町なのはです」

 

「僕はユーノ・スクライアです」

 

名乗りながらリンディの対面に正座する二人。

垣根だけは少し逡巡している。

 

「……、俺は別に魔法使いでもねえし、当事者とも言えねえし、名乗らなきゃダメか?」

 

「名乗れない事情でも?」

 

クロノが疑いの目を向ける。

そこでようやく観念し、あぐら座りになりながら名乗った。

 

「…いいや別に。……(かき)()帝督(ていとく)。よろしく」

 

なのは達としては、フェイトに続いてようやく本名(フルネーム)を知る事ができた。

羊羮に抹茶と、もてなしを受けながら、今までの経緯を説明するなのはとユーノ。

垣根帝督は、それらには手をつけずに黙って聞いている。

 

「………なるほど、そうですか、……あのロストロギア、ジュエルシードを発掘したのは貴方だったんですね」

 

「はい…」

 

高町なのは、ユーノ・スクライアが、何故ジュエルシードを集めているのか、その経緯を説明し終えると、リンディは漸く一息ついた。

ユーノは少しすまなさそうに俯いている。

 

目の前にいる子供達は息子よりも幼い。

だが、そのポテンシャルは計り知れない。

若干九歳にして、しかも魔法を知ってから一ヶ月も満たないのに、推定Aランク越えの少女。

高町なのは。

 

直接戦闘には協力していないが、デバイス無しで広域結界、補助魔法の展開の早さと鍛練度から、相当な実力が伺える少年。

ユーノ・スクライア。

 

そして、彼女達とは別行動していた、魔力は一般以下。

魔法は全く使わない、使えない。

正体不明の謎のスキルを有し振るう、何から何まで謎の少年。

垣根帝督。

 

「立派だわ」

 

目の前のユーノ・スクライアという少年が、いかに清い精神を持っているかを確認した。

 

「だけど同時に無謀でもある!」

 

「だろうな」

 

そこで口を挟むクロノ。

管理局でも選抜された魔導師でしか介入することなどできないロストロギア関係の事件。

実力も知れない者達にどうこうできるものでは無いというのが、彼の考えだった。

垣根もその考えに同意する。

 

「あの、ロストロギアって何ですか?」

 

指摘されて落ち込むユーノを見て、話題を変えようとするなのは。 無論、先程から聞きたかった事でもある。

 

「ああ、遺失世界の遺産……って言っても分からないわね」

 

「さっぱりだ」

 

「………えっと、……次元空間の中にはいくつもの世界があるの。それぞれに生まれ育っていく世界。その中にごく稀に良くない進化をしすぎる世界があるの。技術や化学。進化したそれらが自分達の世界を滅ぼしてしまって、その後に取り残された失われた世界の危険な技術の遺産……」

 

「それらを総称してロストロギアと呼ぶ。使用法は不明だが、使いようによっては世界どころか次元空間でさえ滅ぼす力を持つものがある危険な技術…」

 

リンディを引き継ぎクロノが説明し、更にそれをリンディが引き継ぐ。

 

「そう、私達管理局や保護組織がしかるべき手続きを取ってしかるべき場所に保管されていなければならない品物。貴方達が探しているロストロギア、ジュエルシードは次元干渉型のエネルギー結晶体。流し込まれた魔力を媒体として、次元震を引き起こす事のある危険物」

 

なのは等の後方で腕を組み佇んでいるクロノ・ハラオウンが再び口を開く。

 

「君とあの子がぶつかった際の震動と爆発…、あれが次元震だよ」

 

「あ……」

 

なのはも心当たりがあったらしく、息を呑んだ。

だが、垣根帝督は対照的に面白そうにうっすらとにやける。

 

「たった一つのジュエルシードでもあれだけの威力がある。複数個集まって発動させたときの威力は計り知れない」

 

「大規模次元震やその上の災害、次元断層が起これば世界の一つや二つ、簡単に消滅してしまうわ。そんな事態は防がなきゃ……。もう、あんなことは繰り返しちゃいけないわ。もちろん黒衣の子も、理由はどうあれ次元震を起こさせる訳にはいかないわ」

 

過去にロストロギア関連で何かあったのか、リンディは何だか少し辛そうに告げる。

彼女は抹茶を一口飲み、そして何故か置いてあるシュガーポットから角砂糖を出し、抹茶に入れる。

更にその上でミルクを注ぎ込んだ。

 

「あ……」

 

それを見てなのはは目を丸くした。

 

「抹茶ラテのつもりか……?」

 

垣根も目を細める。

リンディはお手製抹茶ラテをゆっくり飲んでから、なのは達を見据える。

 

「これよりロストロギア、『ジュエルシード』の回収については私達、時空管理局が全権を持ちます。」

 

「「え?」」

 

なのはとユーノは一斉に反応する。

構わずクロノが言う。

 

「君達は今回のことは忘れて、それぞれの世界に戻って元通りに暮らすと良い」

 

「でも、そんな…」

 

なのはもユーノも、納得していない様子だ。

おそらく、特にユーノは当事者として最後まで責任を持って対処したいのだろう。

 

「次元干渉に関わる事件だ。民間人に干渉してもらうレベルの話じゃない」

 

クロノは敢えて突き放すように言うが、

 

「でも……っ!」

 

それでも食い下がるなのはに、リンディ・ハラオウンは口を挟んだ。

 

「まあ、急に言われても気持ちの整理もつかないでしょう。今夜一晩ゆっくり考えて二人で話し合ってから、改めてお話しましょ」

 

そう言われてようやく、なのはとユーノは落ち着いた。

 

(……へえ、いくら突っぱねても食い下がって、勝手に危なっかしく首突っ込んでくるだろうから、敢えて一度猶予を与えて、自ら協力を懇願させて自身の目の届く範囲に置いとこうってか。意外にお優しいのかね?)

 

垣根は相変わらず、薄い笑顔を張り付け黙って眺めている。

クロノはそんな彼を不審に思いつつなのはに告げる。

 

「送っていこう。元の場所で良いね?」

 

 

 

「_さ、そろそろあなたについて教えてもらえないかしら?」

 

高町なのはとユーノ・スクライアは既にこの次元航行艦アースラから帰宅している。

応接室にはリンディ・ハラオウンと垣根帝督、そして、送迎から帰還したクロノ・ハラオウンがいる。

何故、彼だけ残っているというより残されているのかというと、彼は何を訊いてもお茶を濁すような、誤魔化して話を逸らすような事ばかり言ってキナ臭い態度に終始していたからだ。

流石にリンディもクロノも、得体の知れない存在を得体の知れないまま帰す訳にもいかない。

かといって拘束するなどの強引な手段も絶対に取りたくはないし、取れないだろう。

得体の知れない、謎のスキルを行使されて船内を無差別に暴れられでもしたらどうなるか、想像に難くない。

 

「……しかし、こちらも仕事なんだ。いくら黙秘や誤魔化しを続けても、例え君が力ずくで逃げる為に暴れる事になっても、それに屈してはいそうですか、と放す訳にもいかないんだ」

 

業を煮やすクロノ。

しかしそれでも垣根の態度は変わらない。

 

「そう言われてもねえ、アンタ等と同じで俺にも事情や都合ってのがあるんでね」

 

「そこも含めて質問しているんだが……」

 

「どうしても、私達が知りたい事や訊きたい事には、答えられない?」

 

「ああ。ただし、アンタ等が俺が欲しいものを出せるってんなら、話は別だが……」

 

胡座をかき、薄く笑いながら侮るような態度の垣根帝督に、クロノは多少腹を立てつつも我慢する。

 

「……というと?」

 

「ギブアンドテイクって訳だ。こっちが要求するものを1つ1つ出してくれりゃ、それに応じて話せる事だけは話しても良い。アンタ等がそれに応じてくれるんならな」

 

リンディは一度目を閉じて数秒考える。

そして、目を開け告げる。

 

「……分かりました、良いでしょう」

 

「艦長!」

 

警戒し制止しようと思うクロノに目配せしてリンディは続ける。

 

「では早速要求を訊きますが、もちろんこちらも無制限には応じられません。お互い、できる限りでという事で良いわね?」

 

「ああ」

 

お互い、示し合わせたように互いの目を見る。

クロノはそんな二人を複雑な心境で見ていた。

 

「さて、じゃあまずこっちの頼みたい事なんだが、魔法に関する基礎や基本の教科書とか貸して欲しい。あとアンタ等の公用語の言語辞書とか」

 

「それなら構わないが、何故?」

 

「俺はアンタ等の言う魔法を知らなかったし、高町なのはみたいに魔法使いじゃねえ。今までその場その場で対応してきたから、魔法の基本や根本をよく知らないんだ。だからそれを知りたい。できれば行使の仕方も」

 

高町なのはのような特殊例を除いて、魔法の存在そのものすら知らなかった全くの素人が、今までこの一大事に単独で対応し続けていたのだとしたら、それは驚くべき事だった。

 

「分かりました。その要求を呑みます。では今度はこちらから。単刀直入にあなたは何者?」

 

多少驚くも、リンディは冷静に簡潔に問う。

ただし今度は「地球人」やら「日本人」やら「小学生」やらのガサツなおふざけは無し、と目で語っている。

 

「……学園都市という特殊な最先端科学と、人工的な超能力開発を行っている街出身の能力者の一人で学生だよ」

 

ようやくどこの誰かは分かった。

 

「じゃ、次はこっちから。まあ後でも構わないから、アンタ等の世界の大体についてや簡単な歴史等々、まあ一般常識について知りたい」

 

「分かりました、喜んで応じましょう。ただし条件付きであなた方の世界はこちら側で言う管理外世界です。むやみやたらに他言無用でお願いします」

 

「もちろん良い。ただ、話しても与太話か都市伝説とかにしか思われそうもないがな」

 

リンディの出した条件を快諾する。

 

「では改めて、学園都市や超能力について言える範囲で良いので教えてもらえないかしら。細かい事は後で良いから」

 

「もちろん良いぜ、言える範囲ならな。でもまあ俺が訊きたい事はとりあえずここまでなんだよな」

 

ここで交渉終了を持ち掛けるが、リンディは新たに問題を提起してみた。

 

「こちらはまだまだ一つ一つ確認したいのだけれど……あ!そうね!」

 

リンディは何か良い事を思い付いたように手を叩いた。

 

「言える範囲であなたについて全部教えて?その代わり私達もできる範囲でなら何でも教えるし協力もしましょうか!」

 

キョトンとする垣根とクロノ。

リンディはニッコリと笑って、

 

「これなら単純明快で回りくどくないし、お互い無理に隠し事や言いたくない事も、『やましい事でもない限り』言う必要無いでしょう?」

 

名案! と言わんばかりに彼女は年不相応なほど、実に裏表を感じさせない朗らかな笑顔で垣根に告げた。

これには垣根も苦笑して見せる。

 

「……なるほど、そう来ましたか。……分かりましたよ、艦長さん」

 

渋々といった調子で、彼は承諾した。

 

垣根はクロノとリンディの話を聞きながら、魔法の基本基礎が記されている教科書のページをめくり公用語……すなわち、ミッドチルダの言語辞書を見ながら読み進めていく。

 

「……へえ、聞けば聞くほど、知れば知るほどスゲェな。魔法が最先端科学の産物で複数の次元世界の存在、質量兵器…実弾実体兵器の事実上全廃。学園都市に居続けていたら絶対に知り得なかった事ばかりだ」

 

彼の目は年相応の子供のように楽しそうに見えた。

それを見てリンディの表情が僅かに綻ぶ。

クロノが彼に答える。

 

「いや、こちらとしても有益、というか有意義な事を聞けた。まさか魔法以外に科学力で異能の力を生み出す研究で超能力というのは初めて知ったよ。僕達の世界とは違った形で科学技術が発展している」

 

「そこは学園都市限定だけどな」

 

と垣根。

リンディが新たに質問する。

 

「……所で、何故その事をなのはさん達にも秘密にしているの?ついさっきまで名前すらも」

 

「名前について言うと、全くの偶然だが俺の書類上の転入先が高町(あいつ)の所で、しかもクラスメイトらしいから、名前1つバレただけでも下手に騒がれたくもないって訳だ。一応秘密裏に動いてる身としては可能性は徹底的に排除したいんでな。当然な事でもあるんだが学園都市は自分達の技術等の外部流出を病的に嫌がる。だから調査の為とはいえあいつ等とつるむよりコソコソ裏で観察する事にしたんだ。よほどの事が無い限りは」

 

初めて遭遇した時も、偶々高町達が封印してた所を目撃しただけだしな、と垣根は説明し続ける。

 

「見た事も無い上、うまく解析できなかったし、学園都市には知らない技術で学園都市の技術じゃ処理しきれないと判断した。だからジュエルシードの処理やら回収やらは任せたって訳だ」

 

これが、なのは達との接触を極力避けていた主な理由だった。

騒ぎや情報漏洩の可能性を摘み取っていたかった。

 

「なるほどね……。所で、魔導師ではない能力者のあなたが何故、結界に勝手に出入りできていたの?」

 

「あー、それは正直、今でも俺もよく分からなくて仮説の域を出ないんだが、多分『AIM拡散力場』が関係してるんだと思うぜ」

 

「え、エーアイエム拡散力場……?」

 

「それは何?」

 

クロノとリンディが首を傾げる。

 

「俺みたいな能力者が無意識に放つエネルギーのフィールドみたいなもんだ。推測だが、これまた偶然にも多分それが上手く干渉して入れるようになったんだろうな。もちろん、能力者なら誰でも結界に侵入できるとも限らねえ。実際、しっかりと魔法の反応を追跡できてるのは俺だけのようだしな」

 

AIM拡散力場は能力の種類によって異なる。

ましてや類似能力が事実上存在しない『未元物質(ダークマター)』のAIM拡散力場が魔法の波長とマッチしたという奇跡の代物だった。

現状、非魔導師や非魔法関連の機関等が魔法を魔法として感知し観測できているのは垣根帝督以外にいない。

そして当の垣根も偶然高町なのは等の封印活動に遭遇する事も無かったら、永久に直接こうして関わる事にはならなかっただろう。

せいぜい残留反応や被災地をなぞるだけで終わっていたはずだ。

いや、むしろその可能性の方が高く、学園都市がこのエネルギー反応観測に着目しなかったら垣根帝督は学園都市の外に出る事すら無かった。

つまり、この件のジュエルシード集めに一枚噛めていたのは偶然に次ぐ偶然の重なり。運命のイタズラとさえ言える出来事だった。

 

こんな事があり得るのかと目を剥いて思案するクロノ・ハラオウン。

リンディは敢えてその疑問を棚上げし、質問を再開する。

 

「聞いている限り、あなたの能力は解析やサーチに長けた能力のようね。記録映像で見たのだけど、あなたの能力は一体何?あの背中から生えていた六枚の白い翼は?六段階ある強度のうち、どれくらいに当てはまるの?」

 

教科書と辞書を読んでいた垣根は、ここで初めて表情を曇らせた。

 

「……突飛な能力だから、アンタ等の世界にも悪目立ちしたくないからオフレコにしたいんだけど……」

 

「……分かったわ、今回はここだけの話にしましょうか」

 

しばらく黙ってリンディとクロノの表情を見て、信用する事にした。

 

「マジで他言無用で頼むぜ?……俺の能力は超能力(レベル5)の『未元物質(ダークマター)』って言うんだ」

 

「ダークマター?」

 

クロノが口を挟む。

 

「とは言っても暗黒物質の事じゃねえがな。そもそもこの世界が何で構成されているか分かってるか?」

 

「…分子や原子よりも小さな物質、素粒子だったかしら」

 

リンディが答える。

 

「正解。細かい説明は省くが、他の次元世界も例外なく複数の種類の素粒子によって構成されているだろう。そして物理法則等の法則が"常識"として存在してる訳だな」

 

「それが君の能力とどう関係しているんだ??」

 

「まあ最後まで聞けよ執務官。俺の『未元物質(ダークマター)』は簡単に言うとこの世界に存在しない素粒子を作り出して操作する能力だ」

 

クロノは分かったような分からないような顔をしている。

リンディも理解し切れていないようだ。

 

「かい摘まんで説明するとな、俺の『未元物質(ダークマター)』はこの世界に存在しない新物質だ。そいつに既存の物理法則は通じないし、未元物質(ダークマター)に触れて影響を受けたモノも独自の法則に従って動く。例えば、無害のものを有害化させてみたり、逆に無効化させたりとかな。魔法とかで例えたら、防御のプロテクションをすり抜けせたり魔力の収束率を大幅に悪化させて砲撃や射撃を威力減退や無力化したりとかな」

 

それは、事実上魔力による純粋なエネルギーを行使し戦闘等を行うミッドチルダ式の魔法にとって、天敵とも言える脅威的で悪質なスキルだ。

 

「な……ッ!?何てデタラメな……ッ!!」

 

目を見開き驚愕に染まるクロノ。

リンディも絶句していた。

垣根はそんな二人に薄く苦笑する。

 

「まあ、驚くのも無理ないわな。超能力の中でも異質な能力だし。一応釘刺しとくけど、あの翼は俺の趣味じゃないからな。どういう訳でそういう形態になったのかは俺自身も分かってない。似合ってない自覚もある」

 

それよりと彼は、

 

「そろそろ今日の交換説明会はお開きにして良いか?俺も帰りたいし」

 

「……あ、そうね。ではクロノ執務官」

 

「はい。じゃあ垣根だったね、こっちに……」

 

気を取り直し、案内する。

 

「どうも。あ、くれぐれも俺が良いと言うまでは高町とかには言わないどいてくれよ?」

 

「分かっているわ。約束よ」

 

疑いを視線を向けられるが、リンディ相変わらず柔らかな笑顔で返した。

 

「頼むぜ。……あ、執務官、魔法の演算方法教えてくれ。試したい」

 

「構わないが…君は魔力があまり無いからあの子達のような事は……」

 

「良いんだよ。行使の仕方を知りたいだけで俺も魔法使いになろうって気はねえんだ。俺の魔力がデカいってんなら二足のわらじも考えたけど」

 

「そういう事か……」

 

そのような事を話しながら垣根帝督とクロノ・ハラオウンの二人は歩いていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

迷う事の無い視線の先に、浮かぶ答えは「一つ」だけ

高層マンションの一室というか、ワンフロア全部とも言えるほど広いフェイトの隠れ家。

吹き抜けとなっている中二階あたりにフェイトのベッドが置かれていた。

今そこには、魔導師フェイト・テスタロッサがマントを脱いだだけのバリアジャケットのままうつ伏せに寝ている。

被弾によるダメージの手当てに巻いている左腕の包帯が痛々しい。

 

「ダメだよ!管理局まで出てきたんじゃ、もうどうにもならないよ……」

 

フェイトの右手を握り、悲痛な声で告げる彼女の使い魔アルフ。

しかし、フェイトは冷や汗をかいて苦痛に耐えながら答える。

 

「大丈夫、だよ……」

 

「大丈夫じゃないよ…!ここだって、いつまでバレずにいられるか……。…あの鬼ババ……、あんたのかーさんだってフェイトに酷い事ばっかする!あんなヤツの為に、もうこれ以上……ッ!」

 

アルフはフェイトを必死に制止しようと思い、体を震わせて恨めしそうな声をあげる。

 

「母さんの事…、悪く言わないで……」

 

フェイトは諌めるように答えたが、アルフは聞かない。

 

「言うよ!だってあたし…フェイトが心配だ……。フェイトはあたしのご主人様で…あたしにとっては世界中の誰より大切な子なんだよ」

 

泣きそうな声を出してアルフは続ける。

頭の中に思い出が(よぎ)る。

 

「群れから捨てられたあたしを拾ってくれて、使い魔にしてくれて、ずーっと優しくしてくれた。フェイトが泣くのも悲しむのも…あたし嫌なんだよ……!!」

 

ついに泣き出してしまう。

そんなアルフにフェイトは手を伸ばし、頭を優しく撫でる。

 

「ごめんね、アルフ。だけど……それでも……」

 

アルフが俯いていた顔を上げると、フェイトは体を持ち上げ、告げる。

 

「わたしは母さんの願いを叶えてあげたいの……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時期、高町なのはの自室。

 

「_だから、僕もなのはもそちらに協力させて頂きたいと……」

 

フェレット姿のユーノ・スクライアがレイジングハートを通じてアースラと連絡を取っていた。

 

「協力ねえ……」

 

ユーノの言葉に気の進まなそうにクロノが呟く。

 

「僕はともかく、なのはの魔力はそちらにとっても有効な戦力だと思います。ジュエルシードの回収、あの子達への牽制、そちらとしては便利に使えるはずですが……」

 

ユーノはなのはを売り込み協力を申し出る。

聞いていたリンディ・ハラオウン艦長は右手を顎に当て、小さく微笑む。

 

「ふむ…考えてますね……。まあ良いでしょう」

 

「か…母さ_、艦長!?」

 

リンディの言葉に腕を組んでいたクロノが驚き、思わず声をかけるが構わず続けた。

 

「手伝ってもらいましょう、切り札は温存したいものね?クロノ執務官」

 

「は、はい……」

 

笑いかけた彼女に、クロノは目を閉じて視線を逸らす。

そんな彼に一緒に座席について対応していたエイミィ・リミエッタが振り向いて、笑顔でサムズアップしている。

かくして、高町なのはとユーノ・スクライアは時空管理局 次元航行部 L級巡航艦船アースラの民間協力者となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高級マンションの最上階。

シャワーを浴びてスエットを着た垣根帝督は、アースラから借りていた通信端末で先ほどのユーノ・スクライア同様に連絡を取っていた。

 

『_という事になったんだけど、あなたはどうします?』

 

「そりゃもちろん、最後まで首突っ込ませてくれ。中途半端な所でドロップアウトは嫌だしな」

 

リンディの問いに垣根は即答した。

ただし垣根帝督は魔導師ではないばかりか、彼が振るう超能力(レベル5)は言うなれば時空管理局が全廃した質量兵器と同様と言える。

故に単純な民間協力者となる訳ではなく、オブザーバーのような立場の見学者に近い状態となった。

 

『分かりました。では、また何かありましたらこちらから連絡しますので、その通信端末は大切にね?』

 

「了解、艦長さん」

 

ニッコリと笑いながら告げるリンディに、垣根もニヤリと口角を吊り上げて答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クロノ・ハラオウンはアースラの管制室で巨大モニターに映し出されている、高町なのはとフェイト・テスタロッサ、戦闘記録を見ていた。

 

「凄いや、どっちもAAAクラスの魔導師だよ?」

 

不意にクロノに話しかけたのは管制室でコンソールを操作している女性。彼の補佐であり、管制室を一任されているエイミィ・リミエッタだ。

 

「こっちの白い服の子はクロノくんの好みっぽい可愛い子だし」

 

「エイミィ!そんな事はどうでも良いんだよ」

 

モニターに集中していたクロノは慌てたように否定する。

そしてしばらく慣れたことなのかそこまで彼は怒った様子もなく、いつもの応酬といった感じの会話が続いた。

そんな時、私服に着替えたリンディ・ハラオウンが入ってきた。

 

「艦長、やはり僕は民間人を協力させる事は反対です。魔導士ならアースラにいます。それに僕も……」

 

クロノはリンディが入ってきた開口一番にそう言った。

超能力者(レベル5)というイレギュラーの垣根帝督を含めた三人が時空管理局に正式に協力することが決まったが、彼はやはり反対らしい。

 

「確かにアースラには優秀な魔導師がいます。しかし皆、ミドルレンジを得意とした中距離砲撃型。対してあの黒衣の少女は珍しい近接戦闘型。相性が悪すぎるわ。 でも、あの子はそのハンデを背負いながらも同等の戦闘を見せてくれたわ。これを使わない手はありません」

 

リンディの言う事は的を射ていたためクロノは仕方なさそうに押し黙る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アースラとの接触した翌日。

高級マンションの最上階に潜伏している垣根帝督。

彼の手には金属製のカード。

それは、クロノ・ハラオウンから借りたアースラ保有の予備の通常ストレージデバイスで、能力者である自分にとって未知の魔法を使えるか自分自身をモルモットにして実験をしようというのだ。

 

(上手くいきゃ何かしらの役に立つだろうし、学園都市を出し抜くカギになるかもしれねえしな)

 

彼はあまり多くはないが、単に魔法を行使するだけには申し分ない程度の魔力はあった。

 

「えーっと、まずはスタート・アップ!だったな」

 

垣根の右手で握るカードが瞬時に、機械でできたシンプルな杖に変化する。

 

「おースゲェ。どういうメカニズムで変形しているのか今だに不思議なもんだ。さてさて、次は魔法の演算だな」

 

彼は隅々まで読み明かした教本とクロノから簡単に教わった通りに、魔法の演算を開始する。

僅かに垣根帝督の体が白く発光し始めた。

 

しかし、

 

「………ッ!?」

 

演算を始めた瞬間から頭に鈍痛が走る。

それから頭痛はだんだん強くなり、頭以外の全身のあちこちに激痛が走った。

 

「ぐっ……、な何、だ……?」

 

何が起きているのか分からない。

血管が破裂し神経回路が損傷している事に気づいたのは、魔法の演算を打ち切って『未元物質(ダークマター)』の演算に切り替えて自身の状態を確めてからだった。

 

「ご……ぶっ、が………ッ!!」

 

吐血しグラリと力が抜け、倒れてしまう。

頭から血を流し、着ているスエット含めて全身血塗れになっていた。

何故こうなったのか。

どういう理由でなったのか。

ハッキリ分からないが一つだけ分かった。

 

「……拒絶、反応……?」

 

身体に高負荷がかかっていた。

これは今の彼には知る由もないが、能力者が『魔術』を行使する場合の出来事と酷似していた。

簡単に言うと力のフォーマットが異なる為に、能力者が使用すると例え無能力者(レベル0)でも身体に深刻な負荷がかかり、最悪死に至る。

魔力を精製した段階から拒絶反応が起こり、平たく言うと『直流電子機器に交流電流を流すようなもの』だった。

 

「クソッタレが……、能力者の俺にゃ魔法そのものの演算ができないってのか……」

 

結果、実験は失敗。

ストレージデバイスを解除し、『未元物質(ダークマター)』を応用して傷口を塞ぎ止血する。

ノロノロと立ち上がり、血塗れの顔を拭いながら心底不快そうに表情を歪める。

 

「チッ……、着替えてシャワーでも浴びるか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

森の中。

 

ユーノ・スクライア(今は普通に人間の姿)が魔方陣の上に立って宙に浮いている。

視線の先にはジュエルシードの異相体の鳥獣に、薄緑色の魔方陣から伸びているチェーンバインドで拘束し動きを止めている。

チェーンバインドとは、魔力で生成したチェーンで相手を捕獲する魔法で空間固定能力の低さと引き替えに、対象の動作を直接阻害する能力が高く、破壊されにくい。 この為、大型生物等の捕獲によく使用される。

 

「捕まえた、なのは!」

 

「うん!」

 

彼の下方で待機していた高町なのはがレイジングハートを鳥獣に構える。

彼女の足元に魔方陣が展開され、鳥獣に桜色のリング状バインドが巻き付き更に動きを制限する。

なのはとレイジングハートが選択したバインド魔法はレストリクトロックと言い、範囲対象の拘束魔法で指定した区域内で動くもの全てをその場に固定し捕獲輪で動作や移動を封じる。

高位の魔力運用技術を並列展開する為、使用するリソースと魔力消費は大きく、その分対象を強力に拘束する。

発動から拘束完了までに時間がかかるのが難点で、動き回る対象を拘束するには工夫が必要となる。

 

「そう、バインドを上手く使えば動きの速い相手も止められるし、大型魔法も当てられる!」

 

「うん!」

 

 

_____と、その様子を次元航行艦船アースラのブリッジのモニターからリンディ・ハラオウン等が観察していた。

 

「んー…、二人共中々優秀だわ」

 

リンディは弾みのある声で言う。

一方、執務官のクロノ・ハラオウンと執務官補佐のエイミィ・リミエッタは黒衣の魔導師、フェイト・テスタロッサの追跡を行っていた。

 

しかし、

 

『Not Found』

 

モニターに大きく表示された。

 

「あーやっぱりだめだ……、見つからない」

 

「向こうも中々優秀だ」

 

エイミィは顔をしかめてぐったりし、クロノも静かに告げた。

エイミィはコンソールを叩きながらぼやく。

 

「お陰であれから二つも、こっちが発見したジュエルシードを奪われちゃってる……」

 

(手強いな…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_一方の、とある森林で、木の上から周りを見回しているフェイト・テスタロッサと、下に立つ使い魔アルフ。

 

「ここも空振りか」

 

「だね」

 

アルフの呟きにフェイトも同意する。

しかしフェイトの手には、二つジュエルシード。

 

「でも、ちゃんと集まっているから」

 

 

 

 

 

 

 

高町なのは等がアースラに移ってから十日目。

 

彼女達が手に入れたジュエルシードは四個。

そして、フェイト・テスタロッサ等が手に入れたジュエルシードは推定三個。

 

「残りの七つ、見当たらないわね」

 

「捜索範囲を地上以外まで広げてます」

 

アースラのブリッジで、リンディの呟きにクロノが答える。

 

_船内の食堂で、学校制服姿のなのはとパーカーに半ズボンの私服姿のユーノが、向かい合って座り紅茶とクッキーを嗜んで寛いでいた。

少し離れた位置で似たようなメニューを平らげ、自分達以外に殆ど人がいないのを良い事に連結された長椅子に仰向けに寝そべっている少年、垣根帝督。

ふと何となく、なのはとユーノは彼の方を見る。

垣根の服装はなのはのような学校制服ではなく私服なのだろうが、ユーノと違って年不相応に少し大人びた雰囲気だった。

グレーのスラックスに黒いインナーシャツ、その上に白い半袖カジュアルシャツをボタンを留めずに着ている。

思えば、相変わらず彼の事は学園都市出身の能力者であり、魔導師ではない事以外は殆ど何も知らない。

ジュエルシード集めには基本的に参加せず、船内のブリッジでリンディ艦長等の少し後ろでモニター見学をしているだけ。

同じ民間協力者という事になっているはずだが、彼は実質的にただの見学者と化していた。

終始うっすらとした、何を考えているのか分からない笑みを浮かべ、癖なのか常に両手をズボンのポケットに突っ込んで立ち尽くして、なのはとユーノの活動を面白そうに眺めている。

かと思えば、何もない平常時は探険感覚で船内を歩き回ったり、好き勝手に飲み食いして勝手気ままに寛ぎだしていた。

 

何がしたいのかよく分からない。

ついでにいえば、やたらと距離を取られている気がする。

一応同じ民間協力者同士で同じ地球出身、おそらく住んでいる所も自分とそう離れてもいないだろう。

この先もしばらく同じ船内で過ごすのだし、あんまりお互いよそよそしくするのもぎこちないし、できれば仲良くしたいというのがなのはの率直な気持ちだった。

無表情で寝ている訳でもなく、仰向けのまま暗い瞳でボーッと天井を見ている垣根に、それとなく声をかけてみた。

 

「……えっと、確か帝督く「垣根で良い」_あ…えと、それじゃあ、……垣根くん?」

 

「あはは……」

 

言い終わる前に相手から口を挟まれ、名前呼びを阻止され苗字呼びを推奨された。 思わずユーノも苦笑する。

しかし、それでめげるほど彼女も柔ではない。

 

「わたし、垣根くんと、お話がしたいなぁって思っているんだけど……」

 

「学園都市の事は前に簡単に説明しただろうが」

 

「わたしは……て_垣根くんの事も知りたいなあって…」

 

「それも言っただろ。俺はそこ出身の能力者だって」

 

「あ、だからその……、垣根くん自身の事とか教えて欲しいなーって……。普段何してるの?とか、今どこに住んでるの?とか……」

 

「それ聞いてどうするんだよ。そして特に変わった事はしてねえし、能力の内容とか滞在地は守秘義務もあるから教えねえ」

 

「あう……」

 

くだらなさそうに一々答えるのも面倒だ、といった調子で取りつく島も無い。

流石に見るに見かねてユーノも口を開く。

 

「……君は確か、学園都市という所の指示でこの件に絡んでいるんだよね?」

 

「ああ、前言った通りな」

 

「それで、君は今回の事をそのまま報告するのかい?」

 

「いいや。それはそれで面倒臭い事になりそうだし、適当に誤魔化すつもりだ。俺は学園都市の使いでここに来たが、別に学園都市の忠実な(しもべ)って訳でもないしな」

 

「……じゃあ、何で僕達みたいに協力を申し出てまで、まだ関わろうと…?」

 

「好奇心。まあ俺の個人的興味だ」

 

「好奇心?」

 

垣根は首を傾げるユーノの方に視線を向けて、僅かに口角を吊り上げた。

 

「魔法なんて代物、学園都市にいたら一生知り得なかったんだ。良い機会だから色々見聞きしておきたくてな。学園都市の為でなく、自分の為に」

 

「な、なるほどね……」

 

さっきと違って、一応まともに会話が成立している。 それがなのはには少し面白くない。口を少しだけ尖らせて言う。

 

「……何か、わたしの時だけ素っ気なくないかな?」

 

「気のせいだよ。もし仮にそうなら俺のせいじゃない、お前が悪い」

 

垣根は意に介さない。

 

「お前、じゃないよ。前に自己紹介したよね?わたしの名前は高町なのは。なのは、だよ?」

 

「あ、僕はユーノ・スクライアね。スクライアは一族の名だからユーノで良いよ」

 

なのはに続く形で間髪入れずユーノも改めて名乗った。

 

「わりぃわりぃ。名前で呼ばれねえのムカつくもんな、高町とユーノな」

 

「あ!何で何でユーノくんだけ名前なの!?」

 

何故かなのはだけ苗字呼び。

そこが疑問と同時に気に入らず思わずツッコんでしまう。

 

「俺の勝手だろ。指図される義理はねえな、高町」

 

「むー……、何か理不尽だよ……!」

 

再び一蹴され、僅かに頬を不機嫌そうに膨らませ垣根をジトーっと睨むが、彼はそんな彼女に目も向けず、寝そべったまま飄々としていた。

 

『エマージェンシー!捜査区域の海上にて大型の魔力反応を感知!』

 

「「ッ!!」」

 

緊急の船内放送を聞き、ハッと立ち上がるなのはとユーノ。

 

「お?」

 

垣根帝督はニヤッとしながら寝ていた体を起こした。

 

 

次元航行艦船アースラのブリッジの大画面にはフェイト・テスタロッサの姿が映されていた。

海上は風が吹き荒れ、雷鳴が轟く嵐と化し、複数の竜巻が渦巻く中、彼女は落雷を避けながら竜巻に向かって飛行していた。

 

「何とも呆れた無茶をする子だわ」

 

「無謀ですね、間違いなく自滅します。あれは個人の出せる魔力の限界を超えている」

 

リンディ・ハラオウンとクロノ・ハラオウンはスクリーンを見つめながらそれぞれの見解を述べる。

 

「フェイトちゃん!」

 

心配そうに声をあげるなのは。

フェイトは落雷を避けるのに必死で、うまく前進できずにいる。

彼女は海に電気の魔力流を打ち込んでジュエルシードを強制発動させていたのだ。

 

「いくら探しても見つからなかった残りのジュエルシードは見つけられた。が、あれはどう考えても無茶だ。いつ魔力が切れてもおかしくない」

 

淡々と語るクロノ。

魔導師は大気中に存在する『魔力素』を体内に取り込み、自らの魔力に変換・蓄積して使用するが、激しい魔法使用等を行う事によって魔力の消費量が蓄積速度に追い付かなくなり、激しい肉体疲労を伴う『魔力消耗』の状態になっていく。

軽度の消耗なら適正な休息や栄養補給で数十分から数時間で完全回復し、優れた魔導師ほど回復速度も速いが、フェイト・テスタロッサの場合は心身を酷使する戦いの中、多少の休息では充分な回復を得られない状態になっていた。

 

「あの、わたし急いで現場に…!」

 

「その必要は無い、放っておけばあの子は自滅する。仮に自滅しなかったとしても、力を使い果たした所で叩けば良い」

 

彼は冷静に彼女を止めた。

 

「でもっ……!」

 

「今のうちに捕獲の準備を」

 

「ま、それが妥当だろうな」

 

クロノはなのはの言葉を無視して局員達に指示を出す。

なのはの後ろから垣根も告げた。

 

「私達は常に最善の選択をしないといけないわ。残酷に見えるかもしれないけど、これが最善……」

 

リンディはなのはの前の艦長席にすわり、なのはには目を向けずスクリーンだけを見ていた。

モニターに映るのは、消耗戦を強いられ苦戦するフェイトとアルフ。

 

「でも……」

 

なのはにはどうしても理解できなかった。

いや、理解はしているが心が拒否しているのだ。

 

〈なのは、行って〉

 

不意に、彼女の横のユーノが念話で告げた。

 

〈僕がゲートを開くから行って。あの子を…〉

 

〈でも、ユーノくん……〉

 

ユーノは笑顔で、言葉で彼女の背中を押す。

 

〈行って〉

 

〈……、うん!〉

 

意を決し、彼女は動く。

 

「ごめんなさい!高町なのは、指示を無視して勝手な行動をとります!」

 

「あの子の結界内へ……転送!!」

 

ユーノは術式を展開、なのはをフェイトの結界内に送り出し、自分も転送するために印を結び、アースラから消えた。

 

……その寸前に、もう一人飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ………はあ……あぅ!」

 

フェイト・テスタロッサは落雷をバルディッシュで振り払おうとするが、逆に弾き飛ばされてしまった。

 

「フェイト!フェイト!……ぐっ!!」

 

アルフは彼女を助けようとするが、雷は鞭のようにアルフに絡み付く。身に纏う障壁で雷の電気エネルギーは緩和されるが、物質の鞭としてのエネルギーにより動けなくなってしまう。

そうしてるうちにフェイトの魔力が底をつこうとする。

バルディッシュのサイスフォームの刃を形成する魔力も消えてしまった。

空戦魔導師にとって魔力刃を維持できなくなるほどの消耗は「不慮の墜落」の可能性もあり、非常に危険だ。

 

「はぁ……はぁ……」

 

彼女の息も荒い。

いよいよ魔力切れも現実じみてきた。

そんな時、突如厚く覆われた雲の一角が割れた。

それは明らかに人為的なもの。

 

「ッ!」

 

フェイトもそれに気付く。

現れたのは、バリアジャケットに身を包んだ高町なのは。

フライヤーフィンを足から展開、ゆっくりとフェイト・テスタロッサに近づく。

 

「フェイトの…邪魔をすんなあああぁぁ!!」

 

アルフはなのはを見た瞬間、雷の鞭を噛みちぎって突進する。

が、ユーノがなのはとアルフの間に割り込み、ハイプロテクションを展開させてアルフの突撃を阻止した。

 

「違う!僕達は君達と戦いをしに来たんじゃない!!」

 

「ユーノくん!」

 

アースラからモニタリングし有視界通信を行いながらクロノは、大声を上げる。

 

「馬鹿な…!何をやってるんだ君達は!?」

 

『ごめんなさい!命令無視は後でちゃんと謝ります!だけど、ほっとけないの!』

 

 

「まずはジュエルシードを停止させないとまずい事になる!放っておいたら融合して、手の付けられない状態になるかもしれない!止めるんだ!だから今は封印のサポートを!」

 

ユーノはプロテクションを解除して六つの竜巻に向かい、足下に魔法陣を展開、そこから捕縛魔法のチェーンバインドを複数出し、竜巻に絡み付いて動きを抑える。

 

「フェイトを助けるためだからね!!」

 

しばらく躊躇していたしていたアルフはそう叫ぶと、ユーノの隣まで行き、自分もバインドを展開する。

バインドによって更に竜巻の動きを封じた。

 

「フェイトちゃん」

 

なのははフェイトの前に舞い降りながら声をかける。

 

「手伝って。ジュエルシードを止めよう!」

 

レイジングハートの宝石部分が発光しディバイドエナジーを発動する。

蓄積した魔力を対象に分け与える魔法で、著しい魔力消耗に陥った者への緊急救助等に使用される。

治癒魔法のような回復促進ではなく、自身の魔力を分け与えている為、緊急時の即効性は高いが分ける側の消耗も大きい。

 

「二人できっちり、半分こ!」

 

なのはは言葉通り五割近くの魔力を分け与えた。

 

フェイト・テスタロッサにとって、高町なのはをジュエルシードを取り合う敵。

そう考えている。

なのはもそう思っていると考えていた。

しかし、彼女は自分に笑いかけながら協力を持ちかけ、魔力まで分けてくれた。

 

いくら頑張っても昔のように笑いかけてはくれない母。

 

必要最低限の事を教えて、消えてしまったリニス。

 

甘える隙などなかった。

 

「ユーノくんとアルフさんが止めてくれてる。だから、今のうちに!」

 

目の前の少女は埋めてくれるだろうか?

自分に欠落した何かを。

 

「二人でせーので一気に封印!」

 

どこまでも真っ直ぐに自分と向き合ってくれた高町なのはという少女は。

あそこまで真剣に向き合ってくれた彼女を無下にはできない。

しかし、母の望みを捨てることはもっとできない。

フェイト・テスタロッサの心情は、巨大な葛藤に押し潰されそうになる。

 

「よお、何ボーッとしているんだ?」

 

不意に後ろから声をかけられる。

 

「あなたは………!どうして、ここに!?」

 

振り向くとそこには、見知った少年が背中から六枚の翼を生やして宙に浮いている。

 

「そんな事よりどうするよ。今ならあの女を後ろから撃てるぜ?」

 

「そんな事!」

 

垣根の言葉に噛み付く。

 

『Glaive Form Setup』

 

「バルディッシュ…」

 

フェイトは、前上方で魔方陣を展開するなのはを見る。

 

「ディバインバスター、フルパワー!一発で封印いけるよね!?」

 

Of course master.(当然です)

 

そんな彼女に呼応するように、フェイトも構え直す。

なのははフェイトの顔を見てから正面に向き直る。

 

「せぇーのッ!!」

 

二人はほぼ同時に叫ぶ。

 

「ディバイイィン…………」

 

「サンダァァ…………」

 

桜色と金色の輝きが、無数の水柱を捕捉する。

 

「バスター!!」

 

「レイジー!!」

 

雷撃と収束砲が放たれた。

サンダーレイジは瞬間的なバインド能力を持つ雷光で、目標を拘束し、対象に雷撃で一斉攻撃を行う魔法。

空が見え、周辺に高層物の無い野外なら消費魔力に対する威力効率も高く、フェイトの無詠唱魔法としては最大威力を誇る。

 

「凄い……。ジュエルシード、七個すべての完全封印を確認しました!」

 

アースラで、エイミィ・リミエッタは驚愕しながら報告する。

 

「こんな…、出鱈目なっ……!」

 

「でも凄いわ」

 

同様にクロノ・ハラオウンとリンディ・ハラオウンも呆気にとられている。

 

曇天が晴れ始めた雨の降る海上。

高町なのはとフェイト・テスタロッサは、封印処理を施したジュエルシードを挟んでそこにいた。

しかし、二人はそれを奪い合おうとはせず、互いを見つめていた。

 

「フェイトちゃんに言いたい事、やっと纏まったんだ。わたしはフェイトちゃんと色んな事を話し合って、伝え合いたい」

 

なのはの言葉を、フェイトは黙って聞いていた。

 

「友達に……なりたいんだ」

 

「………!」

 

フェイトは初めて言われた言葉に困惑の色を示していた。

その様子を遠くから見つめるユーノ、アルフ、そして垣根。

 

『次元干渉…!?別次元から本艦及び戦闘空域に向けて、高次魔力来ます…あ、あと六秒!?』

 

垣根がシャツの胸ポケットに差していた通信端末から、エイミィの緊迫した声が聞こえた。

迫り来る紫色の雷撃。

一発はアースラに、もう一撃は戦闘空域に。

だが、なのはとフェイトはまだ気づかない。

 

ドンッッッッ!!

 

鋭い紫の落雷が水面に落ち、巨大な波と波紋を作った。

 

「う……母さん……!?」

 

不意に彼女が落雷に包まれる。

 

「うっ!ううっ!!ああッ!!」

 

「フェイトちゃん!」

 

なのはが手を伸ばすが弾かれてしまった。

 

「フェイト!!」

 

慌ててフェイトの方へ飛ぶアルフ。

落雷がやむと、体から煙を上げるフェイトの体がグラリと揺らぐ。そして落下しはじめた。

 

「…っ!」

 

フェイトを水面ギリギリで担いだ。

そしてそのまま上昇し、ジュエルシードの元へ。

しかし、いつの間にか現れたクロノがS2Uを構え、アルフの手を遮った。

アルフは忌々しく彼を睨み、手に力を込める。

 

「邪魔……すんなああぁぁぁ!!」

 

零距離での攻撃でクロノは遥か水面まで叩き落とされた。

今度こそジュエルシードを手にしようとするが、そこにあるのは半分の三つだけ。

 

「三つ………っ!」

 

まさかと思い、見てみるとクロノ・ハラオウンの手には四つのジュエルシードが。

彼はこれみよがしに見せた後、S2Uに収納する。

 

「うぅ……うああああぁぁ!!」

 

アルフは半ばやけくそになり、水面に魔力弾を叩き付けた。

直後巨大な水柱が立つ。

巻き添えで更に弾かれるなのは。

 

「チッ!」

 

垣根帝督が六枚の翼を振り下ろして強烈な烈風を放ち、水柱を薙ぎ払う。

逃走を図るフェイト達を捕捉しようとするが、先程の雷撃でアースラのセンサーが機能停止してしまっている。

視界が晴れた頃には、フェイトもアルフも、残りのジュエルシードも消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わってアースラの会議室。

 

議長席に座るリンディ・ハラオウンのありがたいお説教が始まっていた。

 

「指示や命令を守るのは集団を守る為のルールです。勝手な判断や行動があなた達だけでなく、周囲の人達も危険に巻き込んだかもしれないという事……。それは分かりますね?」

 

「「はい……」」

 

高町なのは、ユーノ・スクライア、垣根帝督が揃って立たされている。

二人は申し訳なさそうにしているが、垣根だけは不遜な態度のまま。

リンディは真面目な表情で額に手を当て、

 

「本来なら厳罰に処する所ですが、融合暴走の危険性があった事も鑑みて……今回は特別に不問としますが……」

 

その言葉に顔を上げる。

そんな二人を嗜めるように告げる。

 

「二度目はありませんよ?」

 

「はい……」

 

「すみませんでした……」

 

なのはとユーノが改めて謝罪する。

 

「全く、勝手にジュエルシードを分けて……」

 

壁にもたれながら、クロノ・ハラオウンがため息混じりに言う。

 

「でもまあ過半数のジュエルシードは確保したんだし、ベターな結果だったんじゃねえの?」

 

「君も叱られているんだが?」

 

反省の色を見せない垣根にジロリと目を向けるクロノ。

 

「大体、何故君もあの時首を突っ込んだんだ?」

 

「面白そうだったから」

 

「君も民間協力者という事になっているのを忘れてないか?」

 

「忘れてないよ執務官。反省してるって、すまなかったこの通りだ」

 

相変わらず薄い笑みで両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、飄々としている。

 

「……この通りって、どの通りなんだ……」

 

思わず目を細めた。

アースラ会議室でリンディ・ハラオウンがクロノに告げる。

 

「クロノ、事件の犯人について何か心当たりが?」

 

「はい。エイミィ、モニターに」

 

「はいはーいっ」

 

別室のエイミィが答え、会議室のテーブルの中心部から立体映像が映し出され、一人の女性の写真が映る。

 

「あら……」

 

リンディはこの人物に見覚えがあるような反応をした。

クロノも知っているらしく、説明を始める。

 

「そう、僕等と同じミッドチルダ出身の魔導師プレシア・テスタロッサ。そしてあの少女フェイトは…」

 

なのはが呟くように口を挟む。

 

「フェイトちゃん、あの時『母さん』って…」

 

「親子、ね…」

 

リンディも呟き、エイミィが更に説明する。

 

「プレシアはミッドチルダの民間エネルギー企業で開発主任として勤務。でも、事故を起こして退職していますね…。裁判記録が残ってます」

 

プレシア・テスタロッサがアースラとフェイトに放った魔法は、『サンダーレイジ O.D.J』。

O.D.Jは「Occurs of DimensionJumped(次元跳躍)」の略で、術者から遠距離地点に魔法効果を発動させる『遠距離発生』と呼ぶ高難度処理である。

アースラを一時的に行動停止させるほどの威力と、威力を調整しつつ人間一人に狙い撃つ制度の両立はプレシア自身の特異スキル(条件付きSSを冠される外部供給魔力の運用技術)によって成し遂げられている。

プレシアに関する資料を一通り目を通した後、今後の打ち合わせをし解散となった。

船内の通路を歩くリンディと、その後についていくなのはとユーノ、そして垣根。

 

「プレシア女史もフェイトちゃんも、あれだけの魔力を放出した直後ではそうそう動きは取れないでしょう。あなた達も一休みしておいた方が良いわね」

 

「あ…でも……」

 

リンディの台詞になのはは言葉を詰まらせる。

気遣いはありがたいが、状況的にゆっくりする気分になれない。

そんななのはの気持ちを察したリンディは、彼女の方へ振り向いて告げる。

 

「ご家族とお友達に元気な顔を見せてあげなさい」

 

それを聞いて、ようやく同意する。

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アースラからそれぞれの位置に帰還する直前の事。

 

「あ、そーだ忘れてた。おい執務官、返すぜコレ」

 

「ああ」

 

垣根帝督は思い出したように呟くと、ポケットからカード状の待機状態のストレージデバイスを取り出し、クロノ・ハラオウンに渡す。

 

「ええ、何で垣根くんがデバイス持ってるの?垣根くんも魔導師になったの?」

 

なのはが不思議そうに声を上げる。

 

「ああ、お前等には言ってなかったな、俺にもちょっとは魔力があるらしいから以前、高町達が帰った後魔法の使い方を教わって、ストレージデバイスを借りて自宅で試しに魔法を使ってみたんだ」

 

「それでどうだった?魔法は使えたかい?」

 

「魔力があるのなら使えるはずだけど」

 

垣根はユーノ・スクライアとクロノの言葉にああ、とゆっくり答える。

 

「ダメだな。使えるといえば使える。使えないといえば使えないって感じだな」

 

「どういう事?魔法、使えなかったの?」

 

なのはがそうに言い、クロノは驚く。

 

「演算が上手くできなかったのか?魔法が使える程度はあったはずだが……」

 

「厳密には使えねえって訳じゃない。ただ使うと下手すりゃ死んじまう」

 

その言葉に驚愕する一同。

 

「……どういう事なの?」

 

少し焦ったようにリンディ・ハラオウンが問う。

 

「『精密な公式で成り立つ超科学の産物の魔法』と『脳の開発によって発現するパソコン並の膨大な演算を必要とする超能力』、同じ科学の産物でも使うエネルギーも"回路"も違う。だが、俺は超能力の回路しか使えない。なのに無理矢理魔法を使えば体に強烈な拒否反応が起きるって訳だな」

 

「じ、じゃあ……まさか」

 

驚き呻くように呟くユーノ。

対する垣根は軽い調子で答える。

 

「最初はびっくりしたぜ全く。頭が脳味噌が割れるんじゃねえかってぐらい痛むし、体中のあちこちの血管は破裂して吐血するし、内出血もするし血まみれなっちまったんだからな」

 

「ええ!?そんな!大丈夫なの!?痛いとこ無い!?」

 

驚いて垣根の体に近づき、あちこち見回すなのは。

 

「大丈夫だから今ここにいるんだろうが。傷とかは能力使って塞いだからもう何ともねえよ」

 

「便利な能力なんだな……」

 

「だろ。羨ましいか?執務官」

 

クロノは感心したように言い、それに答えて茶化すように垣根が答える。

 

「いや、いらない。背中から似合わない翼なんて生やしたくないしね。……っていい加減、僕のことは役職じゃなくて名前で読んでくれないか?」

 

「ああ、まあ別に良いぜ。クロノ」

 

「にゃ!?な、何でわたしだけ苗字なの!ユーノくんも名前呼びなのに!」

 

食いつくなのは。

しかし垣根は動じず淡々と答える。

 

「ついでに言うと執務官と艦長が同姓だからややこしいだろ?だからだ。つーか名前に関してお前ちょっとうるせえぞ」

 

「お前じゃなくてなのは!高町なのはだよ!」

 

「だから高町で良いじゃん」

 

「わたしだけ苗字呼びなのがよそよそしくて嫌なの!」

 

「俺の勝手だろ」

 

「もう!それならわたしも勝手に帝と_「馴れ馴れしい。垣根で良い」…って、もう!何かずるい!理不尽だよー!」

 

やたらと名前で呼びたがる高町なのはと、頑なになのはと呼ばず他人に自身の名前呼びを拒む垣根帝督。

この二人の漫才紛いなやり取りに、クロノもリンディもユーノも、モニター越しに見ていたエイミィも自然と苦笑していた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夜明けの空に描き出す虹

垣根帝督は、身体検査(システムスキャン)時間割り(カリキュラム)の都合で学園都市に一時帰還していた。

その時定時連絡ついでに件の事に関しては、粉飾したレポートを提出し追加検証の要有りと認めさせ、学園都市側としても特に不都合は無いと判断された。

 

一方、管理局に確保された使い魔アルフとも別離状態のままのフェイトは、かつての『優しい母』の笑顔を取り戻す為に戦い続けると決意。

そんな彼女の事情をアルフを通して知った高町なのはは、改めてフェイトを救う決意を固める。

二人の出逢いのきっかけとなったジュエルシード。

その全てを賭けた決戦の時を迎える。

 

地面が水没した市街地を模した戦闘空間。

 

ユーノ・スクライアとアルフが見守る中、高町なのはとフェイト・テスタロッサが相対する。

さりげなく合流に成功した超能力者(レベル5)の垣根帝督も見物していた。

アースラから見守るクロノ・ハラオウンとエイミィ・リミエッタ。

 

「戦闘空間の固定は大丈夫か?」

 

既に始まっている戦闘を見ながら、クロノの問いにエイミィがコンソールを叩きながら答える。

 

「うん、上空まで伸ばした二重結界に戦闘訓練用のレイアー建造物。誰にも見つからないしどんだけ壊してもだ~い丈夫」

 

「ふむ…」

 

軽口を交えるエイミィにクロノは相変わらず静かに対応する。

エイミィも構わず続ける。

 

「しかし、ちょっと珍しいね。クロノくんがこういうギャンブルを許可するなんて」

 

「なのはが勝つに越した事は無いけど、勝敗はどう転んでも関係無いしね」

 

「なのはちゃんが戦闘で時間を稼いでくれてるうちに、フェイトちゃんの帰還先追跡の準備…と」

 

いつも気さくで軽い調子だが、こういう所は抜かりの無い優秀な執務官補佐の彼女。

 

「頼りにしてるんだ。逃さないでくれよ」

 

「了解っ!」

 

と、突然何か思い出したエイミィは肩を落としてクロノに尋ねた。

 

「でも……、なのはちゃんに伝えなくて良いの?プレシア・テスタロッサの家族と、あの事故の事……」

 

心配そうに言う彼女に、彼は敢えて冷静に告げる。

 

「勝ってくれるに越した事はないんだ。今は、なのはを迷わせたくない」

 

そこへ不意に通信回線が入ってきた。

 

『生真面目かと思っていたが、意外とお優しいんだな執務官』

 

ヘラヘラと軽薄な調子で言ってきたのは、さっきまでおのぼりさんよろしくキョロキョロと訓練用戦闘空間を見回しながら能力を利用して、好き勝手に解析をエンジョイしていた垣根帝督。

 

「な…っ!茶化さないでほしい!」

 

 

 

空戦魔導師同士の戦闘は『高速で飛翔し続け、相手の攻撃アングル外から一方的に攻撃を行う』のが必勝パターンとなる。

その為には旋回速度や最高速度といった『飛行能力』、より少ない移動距離で有利な位置を取れる機動や正確な攻撃の選択と実行といった『知性と技術』が必要となってくる。

訓練を積んでいるフェイト・テスタロッサに対して高町なのはは殆どの分野においても大きく差をつけられているが、なのはの空戦機動の全ては『対フェイト戦』の為のみに積み上げられていて、彼女自身の天性の『空間把握能力』と相まって力量差を埋める空戦機動を見せている。

 

ぶつかり合いながら高速で飛翔する二人。

その様子を固唾を呑んで見守る一同。

いや、一人だけ笑っている。

心底面白そうに。愉しそうに。

激しくも鮮やかな空中戦闘に視線が釘付けになっていた。

暗くどんよりとしていた瞳が爛々と輝き、今だけは年相応の子供のようにはしゃいでいた。

 

「はっははははは!スゲェスゲェ!これが魔法か。この空間もスゲェがあいつ等もスゲェな!!」

 

しかし、この戦いは案外長続きはせず、なのはがフェイトを撃ち落とすような形でほぼ決着となった。

いや、厳密には、二人の決着の前に不測の事態が起きる。

不意に空模様が変わり、曇天になっていた。

紫の稲妻が走る。

 

『高次元魔力確認、魔力波長はプレシア・テスタロッサ!戦闘空域に次元跳躍攻撃……、なのはちゃん、ユーノくん!』

 

アースラからエイミィが叫ぶ。

直後、巨大な無数の紫の落雷が降り注ぐ。

フェイトはそれを一撃食らってバリアジャケット大破、デバイス破損し行動不能。

なのはも魔力を大半喪失し戦闘活動不能となった。

しかしアースラチームはプレシアの居城位置を捕捉し突入部隊が転送ポートから出動する。

任務はもちろんプレシア・テスタロッサの身柄確保。

アースラのブリッジで指揮を執っていたリンディ・ハラオウンの元に、両手を拘束された状態のフェイト・テスタロッサがなのはとユーノに連れてこられた。

使い魔アルフも一緒に無地の所謂囚人服に身を包んで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

順調にプレシア邸を制圧していく武装局員達。

 

「プレシア・テスタロッサ。時空管理法違反及び管理局艦船への攻撃容疑で、貴女を逮捕します」

 

プレシアは玉座のような椅子に座ったまま、動かない。

抵抗する素振りすら見せない。

武装局員達が包囲し更に奥へ進攻していく。

この居城の中心地を、隈無く調べる為に。

その様はアースラのメインモニターを通してなのは等も静かに見つめていた。

垣根帝督だけは相変わらず薄く笑いながら。

居城最深部は、両脇が無数のカプセルのようなものがズラリと所狭しに並んでいる薄暗い実験室のような空間だった。

 

その更に奥には……、

 

「え……?」

 

うつ向いてモニターを見ていないフェイトに寄り添うように立ちながら見ていたなのはが、静かに、しかし驚愕に染まった声を出す。

 

「へえ」

 

すぐ後ろで見物していた垣根は、対照的に意外そうな一方で陽気な声。

二人の声を聞いて視線の先が気になり、フェイトは顔を上げた。

目に写ったのは、最深部に保管された一個の培養カプセル。

そしてその中には、全裸の大分幼い少女が、フェイト・テスタロッサと瓜二つの少女が入っていた。

 

『これは……!?』

 

思わず固まる局員達。

いつの間にか後ろからプレシア・テスタロッサが迫っていた。

 

『私のアリシアに近寄らないで!!』

 

『ぐあッ!!』

 

彼女は局員の一人の頭を掴み上げ、腕力だけで投げ飛ばした。

驚愕し他の局員も僅かに後退りする。

プレシアはカプセルの中の少女を庇うように立ち塞がった。

そして強力な攻撃魔法で一瞬にして進攻してきた局員を掃討してしまう。

 

「アリ…シア」

 

フェイトが震える唇を動かして呟いた。

 

「あのカプセルの中身の名前かね?」

 

垣根帝督も静かに言った。

プレシアは、カプセルの少女に寄り添いながら言う。

 

『たった九個のジュエルシードでは、辿り着けるかどうかは分からないけど……。もう良いわ、終わりにする。この子を亡くしてからの時間も、この子の身代わりの人形を娘扱いするのも』

 

その一言にハッとするフェイト。

察しているのか、プレシア・テスタロッサはフェイトに向けて発言し始めた。

 

『聞いていて?あなたの事よ、フェイト。せっかくアリシアの記憶をあげたのに、そっくりなのは見た目だけ。役立たずでちっとも使えない、私のお人形』

 

その言葉にクロノは顔をしかめる。

もはや隠しきれないと悟ったのか、エイミィ・リミエッタが口を開いた。

 

「最初の事故の時にね……、プレシアは実の娘、アリシア・テスタロッサを亡くしているの……安全管理不良で起きた、魔動炉の暴走事故。アリシアは、それに巻き込まれて……」

 

おそらくそれが、全ての始まりであり元凶でもあった。

 

「その後プレシアが行っていた研究は、使い魔を超えた人造生命の生成。そして、死者蘇生の技術」

 

クロノが説明を引き継いだ。

 

「記憶転写型特殊クローン技術。『プロジェクトF.AT.E.(フェイト)』」

 

『そうよ、その通り。でも、失ったものの代わりにはならなかった。作り物の命は所詮作り物。アリシアはもっと優しく笑ってくれたわ、ワガママも言ったけど私の言う事をとてもよく聞いてくれた……。アリシアは、いつでも私に優しかった……』

 

カプセル越しにアリシアの亡骸を撫でるプレシア。

寄り添う、というよりはすがっている彼女の姿は、哀しく、哀れで、虚しく見えた。

それだけプレシア・テスタロッサにとってアリシア・テスタロッサを喪った事はあまりにも大きかった。

大き過ぎた。

彼女は振り向き、ある意味決意を固めた視線を向けて告げる。

 

『フェイト、あなたは私の娘じゃない。ただの失敗作、……だからあなたはもういらないわ。どこへなりとも消えなさい!!』

 

驚愕と哀しみに染まるフェイトに、プレシアは敢えて、追い撃ちをかける。

 

『良い事を教えてあげるわ、フェイト。あなたを作り出してからずっとね、私はあなたが大嫌いだったのよ!』

 

その一言がトドメとなった。

手にしていたバルディッシュを落とし、膝から崩れ落ちた。

 

「フェイトちゃん……」

 

「フェイト……」

 

つまり、プレシアの犯行動機と目的は、事故で死亡した愛娘の『復活』。

 

その為に秘術が眠る地の捜索。

 

「ちょっ!大変!見てください!」

 

突如エイミィが叫んだ。

モニター写っているのは、プレシア邸内。

 

「屋敷内に魔力反応多数!」

 

無数の傀儡兵が出現していた。

今まで黙っていたリンディがプレシアに詰問する。

 

「プレシア・テスタロッサ、一体何をするつもり!?」

 

『私達は旅立つの。永遠の都アルハザードへ!この力で旅立って……取り戻すのよ。全てを!!』

 

プレシアの目はさっきと打って変わって輝いていた。

最後の希望を託すように。

彼女のジュエルシード九個が円を描き輝く。

 

 

「ブフッ!くくっ!」

 

誰かが吹き出した。

 

状況を把握しているはずなのに、空気も読まずに、不躾に、無礼に、場違いに、我慢できなかったと謂わんばかりに。

 

『……?』

 

プレシア含め、怪訝そうにする一同。

 

「くくっ、ははっ!あ、いや、わりぃわりぃ。本来は笑う事じゃねえのはこれでも分かっているんだぜ?」

 

ジャケット風の格好の少年、垣根帝督。

彼だけは面白可笑しそうに、笑いを必死に我慢するようにブルブルと震えていた。

 

『あなたは……確か、変わったスキルを操る子だったわね。お人形(フェイト)を通して知っているわ』

 

「そいつは光栄だね」

 

冷笑、というか嘲笑っているようなこの少年の不遜さが気に食わない。

 

『…敢えて訊くけど、何が可笑しいの?』

 

「別に。ただまあ、今の今まで娘喪ったり事故の責任取らされたり、クローン作ってまでまた絶望して屍にすがったり。そりゃぶっ壊れても仕方ねえよな。アンタにゃアンタにしか分からない、葛藤やら絶望やら、それでもこんな分の悪そうな博打に出るほど棄てられないんだろう希望やら、そういうのを想像してみたら何か憐れに思えてな。同情するぜ、可哀想になあ」

 

セリフとは裏腹にニヤニヤと、フェイトと変わらない年のはずの男は、誰よりも悪意に満ちた皮肉げな笑みを浮かべている。

彼の態度、そして一言一言が馬鹿にしているようにしか聞こえなかった。

それがまたプレシアの不興をそそる。

 

『あなたに一体何が分かるの?私とアリシアの何が分かるって言うの?私の時間も優しさも全部アリシアに_「分かる訳ねえだろ。俺はテメェじゃねえし、家族とかもっと知らねえ。……つーか、頭の良いテメェなら、どこかで本当は最初から分かってたんじゃねえの?」……何?』

 

プレシアのセリフを遮って垣根は好き勝手に、身勝手に言い放つ。

 

「記憶を移植しようが、同じ遺伝子で同じ体の人間を複製した所で死んだ本人じゃねえし、生き返る訳じゃない。どんなにテメェが思い描いた通りの人格でフェイト(こいつ)が生まれたとしても『同じ記憶を持ったよく似た別人』にしかならねえよ。クローン技術ってのはそういうもんだろ。それも本来は初めから分かりきっていた事のはずだ」

 

そう、それは聡明な彼女自身が一番分かっていたはずだ、はずなのにだ。

 

死んだ人間は生き返らない。

 

いつの間にか、彼から嫌味な笑みは消えていた。

 

少なくとも『闇』で手を汚してきた垣根帝督もよく理解している。

 

故に、どうしようもない事を、垣根は言う。

 

突き付けるように。

 

プレシア・テスタロッサの悲しみ、苦しみ、覚悟、全ては彼女だけのものでアカの他人の自分に理解できる訳もなければ説得できるはずもない。

所詮は思った事を吐き出してスッキリしたいだけ自己満足。

それでも敢えて、彼は言う。

 

「どんなテクノロジー使おうが死人は生き返らない。心肺蘇生の話になるけど"心臓が止まっただけの人間と明確に死んだ人間は別物だよ。"……こんな簡単な事も分からず_いや、気づかない振りしてても分かっているからアリシア(それ)を今も後生大事にしているんだろ?最後の最後で存在すらまたよく分からん世界やらにすがったり、そうしてる事自体、アンタ、ぶっ壊れてもそれなりに世界に甘えてんだな。もしかしたら生き返るかもしれない。そうしたら全部帳消しになるってな。そんな願望抱いて呼吸してんのかよ」

 

プレシアは僅かに表情を歪めるが、無視する事にした。

 

『言いたい事はそれだけ?なら時間の無駄ね』

 

次元震が発生する。

波動係数が拡大し次元断層の危険が起き始めた。

 

プレシア・テスタロッサは、文字通り最後の博打に打って出た。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

明かされた真実 偽りの記憶

『愛してなどいなかった』

それは、一番聞きたくなかった言葉。

そして、どこかで気づいていた現実。


誰より愛し、

全てを賭けて救おうとした母は

自分ではない少女だけを愛していた。

信じたものも、嘘だった。


そこにはただ、

静かな絶望だけがあった。


失意のフェイト・テスタロッサに寄り添う高町なのは。

 

次元断層警告のオペレーターの叫びがアースラ内に響き、赤い警報灯が船内を照らす。

 

クロノ・ハラオウンは一人通路を走っていた。

 

(忘却の(みやこ)アルハザード。禁断の秘術が眠る土地……)

 

自身のデバイスS2Uを起動させ右手に握り正面を睨み走り続ける。

 

(その秘術で、亡くした命を呼び戻そうとでも……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プレシア・テスタロッサはレベル4以上の肺血腫、他の臓器にも転移しているほど病に侵されていた。

アリシアを亡くしてから本当に自分の全てを投げ打って、アリシアを助ける為の研究を続けていた。

それは何より愛娘への贖罪と自分自身の罪の意識と、危険な実験や我が身を顧みない生活のせいだったのだろう。

そして、そんな日々と引き替えに辿り着いたのが『プロジェクトF』という名の記憶転写クローン技術。

アリシアの体組織から生み出された複製体(クローン)にアリシアの脳内に眠る記憶を転写する。

プレシアにとって最後の賭けだった。

しかし、生まれた少女はアリシアの記憶を正しく受け継ぎながらも、利き腕も、魔法資質も、そしてアリシアとは異なる新たな人格として生まれてきた。

そして、その事実をプレシアは『失敗』と感じてしまった。

プレシアはフェイトを娘と認めなかった。

いや、認めまいと必死だった。

彼女の笑顔、優しさ、彼女の一生懸命な愛情を見るたびに揺れていた。

故に、プレシア・テスタロッサは更なる禁忌への道へ行く覚悟をした。

ジュエルシード集めをフェイトに命じて、忘却の都アルハザードへ行く事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アースラのブリッジでは絶えずアラートが鳴り響いている。

オペレーターのエイミィ・リミエッタがパネルを睨みコンソールを叩きながら告げた。

 

「庭園の駆動炉が異常稼働!駆動炉を暴走させて足りない出力を補おうとしてる……!?」

 

それを聞き、艦長のリンディ・ハラオウンは腰を上げた。

 

「私も出るわ!庭園内で次元震の進行を抑えます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、庭園に転送ポートで侵入を果たしたクロノ・ハラオウン、高町なのは、ユーノ・スクライアの三人は到着と同時に走り出す。

広々とした通路はまるで組み立て途中のジグソーパズルのように床が所々抜け落ちていて、底の見えない赤い穴が広がっている。

走りながらクロノが言う。

 

「ユーノは知ってるな?この穴には気を付けろ」

 

ユーノはなのはに説明ついでにクロノのセリフに続いた。

 

「虚数空間。魔法が発動できない空間だ」

 

クロノが再び告げる。

 

「飛行魔法も発動しない_。落ちたら重力の底まで真っ逆さまだ」

 

それを聞き、なのはは息を呑んだ。

 

「了解!」

 

通路の先には閉鎖された扉。クロノが直射砲を放って破壊する。

 

ブレイズカノン。

大威力砲撃を一瞬で撃ち終える短射砲で、発射前後の隙が少なくなるような調整がされている。特に障害物破壊等において高い効果を発揮する。

突き破った先には多数の傀儡兵が待ち構えていた。

傀儡兵とは、プレシア・テスタロッサによって創成されたゴーレム。

自動行動のプログラムが設定されており、地点警護、侵入者迎撃等の行動を取る。

歩兵型・飛行型・砲撃型等の複数の種類が配置され、通常のゴーレムが動作するにはエネルギーは術者の魔力を使用するか本体内部に何らかの内燃機関を搭載するといった形で供給されるが、この傀儡兵は庭園の駆動炉から直接エネルギー供給されている。

2人はデバイスを構え、ユーノもサポート魔法でスタンバイする。

傀儡兵の群衆の先には、最上階へ繋がるであろう階段が見えた。

先頭に立つクロノが振り向くと、

 

「二手に分かれる。君達は最上階にある駆動炉の封印を」

 

「クロノくんは!?」

 

「プレシアを止めに行く!」

 

なのはにそう答えるとS2Uを構え直し青白い魔方陣を展開した。

 

「今、道を造る!」

 

魔力刃を複数生成し、傀儡兵へ発射し破壊していく。

 

スティンガーブレイド。

魔力刃一本一本をそれぞれ別の対象に向けて放つ事が可能で防御で無効化されづらい魔力刃攻撃は対象制止能力が高く、対集団戦で高い効果を発揮する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アースラ船内の待機部屋。

 

フェイト・テスタロッサは虚ろな表情でベッドに寝ていた。

両目は開いているが瞳に精彩は無く、廃人にでもなったかのようだった。

室内のモニターには庭園内での戦闘状況が映っている。

彼女に寄り添う使い魔のアルフ。

彼女はフェイトを心配し名残惜しそうにしながら告げる。

 

「あの子達が心配だからあたしもちょっと手伝ってくるね」

 

フェイトは答えない。聞こえているのかも分からないほど無反応は彼女の頭を、アルフは心配そうに微笑みながら優しく撫でた。

 

「すぐ帰ってくるからね」

 

手を離し、ドアへ歩き出した。

そこで振り向き、この部屋に何故か、両手をズボンのポケットに入れて突っ立っているもう一人に声をかける。

 

「_それで、アンタはどうする気だい?」

 

「あん?」

 

濃紺のジーンズに黒いアンダーシャツ、その上にボタンを留めずに白いポロシャツを着ている、フェイトと同年代だが少し長身の少年。

相変わらず薄い冷笑を浮かべている。

垣根帝督。

 

「もう少しだけ様子を見とくよ。ま、このままダメそうならアンタ等の後を追うさ」

 

「フェイトに触るんじゃないよ?何かしたら承知しないからね」

 

「その心配だけはしなくて良い」

 

垣根は下らなさそうに鼻で笑う。

そんな彼を一瞥すると、アルフはなのは達を援護すべく走り去った。

垣根はそれを見届けると、フェイトの方へ向いた。

 

「で、どうするよ?お前の相棒も行っちまったけど。事が終わるまで寝て待つか?まあそれでも別に良いとは思うけどな。ここで大人しくしてりゃ、良くて被害者扱い、悪くても情状酌量の余地を見てもらえるだろうよ」

 

フェイトは虚ろな表情のまま、垣根に答えるというよりは独白するかのように、静かにゆっくりと口を開く。

 

「母さんは、わたしの事なんか…一度も見てくれなかった。母さんが会いたかったのは…アリシアで……わたしはただの、失敗作…。わたし……生まれてきちゃ、いけなかったのかな?」

 

「……、」

 

垣根は表情を変えずに黙って聞いている。

自分に問われたとも思っていない。

これは彼女の自問自答なのだろうから、今は敢えて口を挟まない。

(まばた)きをして寝たまま左を向く。

モニターに映るのは二人の少年と少女。

ユーノとなのは。

そこへ先ほど出ていったアルフが合流していた。

フェイトの視線は自然とアルフと白い魔導師の少女へ移った。

 

「アルフ……、それに…この子…。何て名前だったっけ…」

 

起き上がり、済まなさそうな顔をしてこの少女とのやり取りを思い出す。

 

「ちゃんと…教えてくれたのに…。何度もぶつかって……、わたし…、酷い事したのに。話しかけてくれて……、わたしの名前を呼んでくれた」

 

知らず知らずのうちにフェイトの目に涙が溢れ、こぼれ落ちていた。

 

「何度も…何度も…」

 

そんな彼女の嬉しさと悲しさに呼応するように、愛機が発光する。

それに気付いたフェイトはベッドから出て、両手で自分の愛機バルディッシュを手に取る。

 

「バルディッシュ……。わたしの…わたし達の全ては…、まだ始まってもいない…?」

 

カッ!!と輝き、バルディッシュが待機モードからデバイスモードに変形する。

ひび割れだらけのボロボロの戦斧は、ギチギチと音を立てながらも主に応えようとする。

 

『Get Set』

 

フェイトはそんな愛機を愛おしそうに抱き締めた。

 

「そうだよね…バルディッシュも…、ずっとわたしのそばにいてくれたんだもんね」

 

彼女の涙が再びこぼれ落ちる。

 

「お前もこのまま終わるの何て嫌だよね…?」

 

『Yes Sir』

 

その返事を聞いて、決意が固まった。

彼女はバルディッシュを正面に構える。

 

「上手くできるか分からないけど…、一緒に頑張ろう」

 

フェイトは目を閉じてバルディッシュへ魔力を供給する。

金色の光をたたえ、ボロボロだったバルディッシュがみるみるうちに修復していく。

リカバリーという、術者からの魔力供給でデバイスの破損修復。

リニスによって生み出されたフェイト・テスタロッサ専用機バルディッシュは、いかなる状況でも主を護れるよう強固な機体構造と最小限の魔力でのリカバリー機能を備えている。

フェイトが進むべき道を、いつでもまっすぐに進めるように。

制作主(リニス)の願いが込められた閃光の戦斧は、いかなる逆境からでも主の願いと想いに応える。

 

『Recovery complete!』

 

「わたし達の全ては…まだ始まってもいない…」

 

言葉と同時にバリアジャケットを展開する。

フェイト・テスタロッサは固く決意した。相棒とあの白い魔導師の少女達のもとへ向かう事を。

 

「だから、ほんとの自分を始める為に…、今までの自分を…終わらせよう…!」

 

「へえ」

 

ようやく。

 

薄く笑いながら傍聴していた垣根帝督が口を開いた。 

敢えて観覧していたその男が。

舞台上の演劇が終わり、劇場内の照明が点灯した直後の観客席のざわめきのように。

 

「それで良いんだ?その道を選んだとしても、お前の望む結果が与えられるかは分からねえぞ?もしかしたら、もう一度絶望するような目に遭うかもしれねーぞ?」

 

わざと、煽るように言ってみせる。

この程度の言葉で揺らぐ決意なら価値はない。

せめてもの情けで叩き潰してしまった方が良い。

しかし、

 

「大丈夫」

 

即答だった。

フェイトは強い意志の込もった瞳で垣根を見る。

 

「たとえどんな結果になったとしても、受け入れる。今度は自分の意志で、全部受け止める。それに、そうしなきゃいけないとわたしが思うから」

 

覚悟を決めた視線を見て、垣根はそうかい、と興味の薄そうな反応をする。

 

「そう言うあなたはどうするの?」

 

今度はフェイトが垣根に問う。

だがこちらも即答だった。

 

「もちろん、アンタに同行させてもらう。理由も目的もお前等とは全く違うが、ここで引っ込んだら今まで首突っ込んで一枚噛もうとしてきた意味が無い」

 

「……分かった。行こう」

 

言葉と同時に、二人は部屋を飛び出し転送ポートへ向かって並んで走った。

垣根帝督とフェイト・テスタロッサの間には仲間意識や信頼も信用といったものは無い。

どちらかと言えば呉越同舟に近いといえよう。

一度対峙し交戦しただけの関係なのだから当然と言えば当然だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吹き抜けの摩天楼の内部。

 

なのはとユーノ、アルフが飛行しながら襲い掛かる傀儡兵の群衆と敵味方入り乱れて交戦していた。

ディバインシューターを放ち複数の誘導弾で射撃型を一機撃ち落とし爆砕する。

アルフが拳を振りかぶり得意の肉弾戦で一機叩き落とす。

 

「くそ…後から後からっ……!!」

 

多勢に無勢を強いられ歯噛みする。

高速飛行するなのはとアルフを支援すべく、ユーノは両腕を広げ展開した魔方陣から同時に発生させた複数のチェーンバインドを駆使して基本型二機を拘束する。

しかし、抑えきれず、拘束された傀儡兵がもがき暴れている。

 

「うっ……ッ!」

 

グググッ!バギン!!

 

チェーンバインドを無理矢理引きちぎってその内の一機が上方のなのはを捕捉した。

 

「ハッ!?なのはっ!!」

 

なのはがユーノの声に振り向いた時には、得物の斧状の武器が投擲されていた。

回転しながら迫る凶器。

しかしそれがなのはの体に当たる事は無かった。

 

『Thunder Rage』

 

「サンダー…レイジッ!!」

 

「え…?」

 

彼女の更に上方から強烈な閃光が降り注ぐ。

見上げるとそこには金色の魔方陣に立つ黒衣の魔導師の少女。

フェイト・テスタロッサ。

彼女の魔法雷撃は轟音を響かせて投擲された武器も付近の傀儡兵をも粉砕した。

 

「フェイト…?」

 

アルフとユーノもフェイトの登場に驚く。

フェイトはなのはのもとに降下して近づき、黙ってお互いを見つめ合う。

 

「_ッ!?」

 

なのはが何か言おうとしたが、そこで轟音が響き思わず一同が音源へ振り向いた。

摩天楼の壁を突き破って巨大な大型傀儡兵が現れた。

 

「大型だ…防御が固い」

 

「うん…!」

 

大型傀儡兵は四ヶ所の突起から光をたたえ、強力な砲撃を放とうとする。

 

「だけど…二人でなら」

 

フェイトのセリフに驚き振り向く。

沸き上がる嬉しさがなのはを笑顔にし、

 

「うん…うん、うんっ!」

 

それを表現しようと自然に何度も彼女は頷いた。

ゴバッ!! と極太の光線がなのはとフェイトに向けて撃たれる。

二人は散開し避けた。

大型は砲撃を乱射しながら接近しようと動き出す。

しかし、なのはもフェイトも空中を曲芸飛行のように華麗に全て避け切ってみせた。

回避しつつもディバインシューターやアークセイバーを放ち命中させ、確実に反撃し敵を翻弄する。

砲撃装備以外の武装を破壊され中破状態にまで一方的に追い込まれた大型傀儡兵は、再び砲撃を撃とうと収束を始めた。

 

「バルディッシュ!」

 

『Get Set』

 

「レイジングハートッ!」

 

『Stand by Ready』

 

2人は並んで砲撃形態を取る。

 

「サンダー・スマッシャー!!」

 

「ディバイーンバスター!!」

 

ほぼ同時に放たれた砲撃は敵の砲撃を撃ち破り、バリア・シールドをも突破した。

 

「「せーのっ!!」」

 

性質の異なる砲撃魔法の「重ね撃ち」は防御に優れたバリア・シールド突破において有効性の高い攻撃方法だ。

初めて肩を並べて放つ二人の一撃は、完璧な同調を伴って砲戦傀儡兵を撃ち抜き庭園の場外まで吹き飛ばした。

戦闘が一段落し再び見合う二人。

 

「フェイトちゃん…」

 

フェイトはなのはに柔和に微笑みを返した。

 

「フェイト…フェイトぉっ!!ああ……!!」

 

涙ぐみながら彼女の使い魔アルフが抱き着いた。

 

「アルフ…心配かけてごめんね…」

 

泣きじゃくりしがみつくアルフの頭を優しく撫でる。

 

「うん…うんっ…!!」

 

その様子を見てなのはも思わず感動し涙ぐむ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_そこへ、

 

「ありゃ、つまんねえな。もう終わっちまったのか?」

 

水を差すように、ゆったりと六枚の白い翼を羽ばたかせて羽を散らしながら現れたのは、フェイト・テスタロッサと同時に出撃したはずの男、垣根帝督。

 

「え!?か、垣根くんも来てたの!?」

 

「かきね……?あ、この人の名前か。もう、君はあちこち寄り道ばかりしていたから…。何をしていたの?」

 

驚くなのはと、何気に今になって初めて垣根の名前を知ったフェイトは彼を軽く咎めるように言った。

 

「悪い悪い。何か見るものみんな物珍しくて目移りしちまった」

 

当の垣根はヘラヘラとしていて緊張感の欠片も感じられない。

そうしていると更なる横槍が入れられた。

ドカン!! という衝撃音と共に数十体もの傀儡兵が壁の大穴から入ってきた。

しかも先ほどなのはとフェイトの二人がかりで倒した大型と同タイプまで。

 

「新手!」

 

「ちぃ、キリがないよ!!」

 

ユーノとアルフが叫び、なのはとフェイトも構え直す。

傀儡兵達はエネルギー供給源である駆動炉をどうにかしない限り殲滅は難しい。

先を急ぎたい所だが、やむを得ないと四人が思ったその時、

 

ズンッッ!!!! と、大型傀儡兵が倒れた。

数機の基本型を巻き込んで下敷きにし、地面の奥へめり込んでいく。

まるで見えない何かに踏みつけられているかのように。

 

「「「「えッッ!?」」」」

 

一体何故、こんな事が起きたのか分からない。

偶然なのだろうか?

困惑する一同より少し後ろから声をかけられた。

 

「少しは役に立っておかないとな」

 

「ッ!!」

 

四人が声のした方を振り向く。

誰かは分かってはいたが、この現象を起こした主だとは思わなかった。

垣根帝督が軽く左手をかざしていた。

 

「な……ッ!?」

 

「これ…アンタが……!?」

 

「垣根くんがやったの!?」

 

「……!」

 

驚愕に染まる四人の反応を無視して、垣根はフェイトに告げる。

 

「それより、お前は行きたい所があるんだろ?早く向かわねえとテメェの家族どっか行っちまうぞ。道草食って出遅れた埋め合わせに、俺が傀儡兵(オモチャ)の相手しといてやるから先に行けよ」

 

「でも……良いの?」

 

ありがたい提案だが僅かに躊躇してしまう。

 

「グズグズしている暇はねえんだろ?早く行け」

 

そんな彼女に向かって鬱陶しそうにシッシッと手を振り雑に促す。

 

「もう……。分かった、任せる。気を付けてね」

 

ぶっきらぼうな態度の垣根に苦笑しため息を吐きつつ、受け入れた。

 

「フェイトちゃんも、気を付けて」

 

「うん」

 

フェイトとアルフはプレシア・テスタロッサのもとへ、垣根はなのはとユーノと共に駆動炉の方へ分かれた。

 

二人を見送ると、傀儡兵の方へ向き直った。

 

「それじゃ、早速ゴミ掃除といきますか。高町達は休憩してて良いぞ、出遅れた埋め合わせだ」

 

「でも_ッ!?」

 

垣根はなのはの返事を待たずに六枚の翼を構え、押し潰された大型とは別に基本型が白兵戦を仕掛ける。

 

シュバッ!! と翼の一枚が伸びて一気に貫き破壊する。

更に十メートル以上に音も無く伸びた翼が ゴォッ!! と羽ばたき烈風を伴って肉薄してきた他の傀儡兵を吹き飛ばした。

次々と出現する基本型と射撃型を巨大な六枚の白い翼を振るって烈風や衝撃波を発生させてぶつけ、押さえ付けた所で鈍器や刃物と化した翼で叩き潰し切り刻んでいく。

ユーノはなのはを含めてハイプロテクションを展開して摩天楼を進みながら戦闘の余波で飛んで来る瓦礫や残骸、衝撃波を防いでいた。

休憩してて良いと言っておきながら相変わらず、垣根は周りに気を使ってくれない。

再び出現した巨大な大型傀儡兵が照準を、翼を振り回して派手に暴れている垣根帝督に合わせた。

 

「垣根くん!!」

 

「垣根!!」

 

二人が走りながら叫ぶが、

 

「関係ねえ!」

 

ズザァッ!!

 

放たれた砲撃に垣根は翼にありったけの力を込めて魔力拡散作用の強い『未元物質(ダークマター)』をぶつけて撒き散らす。

超能力(レベル5)と砲撃魔法の激突で音が破裂し未元物質(ダークマター)の影響を受け変質した衝撃波という津波が他数機の傀儡兵全てと残骸をもまとめて弾き飛ばし、壁や地面に叩き付けられ大破していく。

 

バッ!!

 

敵の再チャージする隙を見て垣根は翼で空気を叩いて肉薄し、至近距離から六枚の翼を突き立て刺し貫く。

 

ドドドドドドッッ!!!!

 

内部へ未元物質(ダークマター)が侵入し侵食し破壊していく。

大型が機能停止し、他も全て撃墜しひとまず一掃せしめた。

後は敵の逐次投入が行われる前に駆動炉を押さえれば良い。

 

「_さて、後は駆動炉ってのをやれば良いんだったか。……って、ああ、悪い。お前等の方見てなかったわ」

 

駆動炉の封印に成功したなのはとユーノのもとへ向かって告げた。

二人は駆動炉周辺での戦闘で煤汚れていたが、課された任務は完遂できていた。

 

「あ、酷いよ垣根くん。ユーノくんが守ってくれたから何ともなかったけど、瓦礫とか残骸とかこっちにもたくさん飛んで来たんだからね?強いし凄いのは分かってたけど、もう少し周りを見てよ!」

 

なのはにしては珍しく、眉間にシワを寄せてストレートに不平不満を言っている。

 

「悪かったって。以後気をつけるよう善処する事を考えとく」

 

「「説得力無いよ…」」

 

反省の色が全く見えない垣根帝督の態度に、ジト目を向ける二人だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

母と、子と そして 終わりと始まり

どんなに望んでも、過去は還らない。


そして、過ぎ去った時間が

変わる事もない。


だけど、現在(いま)を変える事ができたなら

未来(あした)はきっと変わってゆく。


庭園内部の中心部。

 

次元震による振動でガラガラバキバキと音を立てながら崩壊していく。

プレシア・テスタロッサは容器に収められた愛娘の亡骸を見つめ、立ち尽くしている。

 

「あと…もう少し……ッ!?」

 

突然、揺れがピタリと止んだ。

一体何が!? と思う前に通信音声が彼女の耳に届く。

 

『プレシア・テスタロッサ』

 

思わず振り向く。

実際に彼女の背後に人が立っている訳ではなかったが、そうせずにはいられなかった。

声の主は分かっている。

庭園内の別地点で、エメラルドグリーンの魔方陣を展開しそこに浮上している女性。

時空管理局次元航行部所属・艦船司令官。

 

リンディ・ハラオウン。

 

『終わりですよ、次元震は私が抑えています。駆動炉も、じき封印。貴女のもとには執務官が向かっています』

 

彼女が行使している魔法は『ディストーションシールド』。

空間歪曲を利用した広域防御。大規模破壊に対する空間防御として使用され、発動には莫大な魔力を必要とするがリンディはアースラからの魔力供給を受け取る事でこれを達成している。

 

『忘却の都 アルハザード…かの地に眠る秘術。そんなものはもうとっくの昔に失われているはずよ』

 

「違うわ…アルハザードは今もある。失われた道も、次元の間に存在する」

 

『仮にその道があったとして…、貴女はそこに行って何をする?』

 

「取り返すわ……私とアリシアの過去と未来を……。取り戻すの…こんなはずじゃなかった世界の全てを……!」

 

こんなはずじゃなかった。

 

多分誰もが一度くらい、そういう事を考えたり思い描く事もあるだろう。

しかし、そう夢想する事はあっても実際にそれを実現すべく行動する者は普通はいないだろう。

しかし、この言葉を人類滅亡レベルに引き上げるだけの事を、プレシアは実行しようとしている。

 

ドゴッ!!

 

青白い光線が壁を突き破った。

プレシアの正面上方に降り立った一人の少年。

時空管理局次元航行部所属・執務官。

クロノ・ハラオウン。

 

「知らないはずが無いだろう…?」

 

ここに到着するまでの戦闘で被弾したのか、額から血を流して左目を閉じている。

S2Uを構えて彼は告げる。

 

「どんな魔法を使っても…過去を取り戻す事なんかできやしない…!」

 

「_ッ?」

 

何か言おうとしたが、その時、二つの人影が見えてきた。

プレシアのもとへ駆け寄ろうとしているフェイト・テスタロッサと使い魔アルフ。

プレシアはフェイトの方を向き、彼女達もプレシアを見据える。

 

「ぐふっ…!ゴホッゴホッゴホッゴホッ!!」

 

不意に口元を押さえて咳き込む。吐血している。

 

「母さん!」

 

驚きつつ心配そうな顔で更に駆け寄るフェイト。

プレシアは苦痛を我慢して顔を上げ、フェイトに告げる。

 

「何を…しに来たの…?」

 

「っ!!」

 

拒絶の意志を感じ、思わずピタリと立ち止まった。

 

「消えなさい…もうあなたに用は無いわ」

 

それでも、フェイトは敢えて下がらず、真っ直ぐな視線を向けて言う。

 

「あなたに…言いたい事があって来ました…」

 

そんな彼女を黙って見守るアルフ。

クロノもデバイスを構えたまま、敢えて横槍を入れずに見ている。

 

「わたしは…ただの失敗作で…偽物なのかもしれません。アリシアになれなくて…期待に応えられなくて…いなくなれって言うなら遠くに行きます…。だけど…、生み出してもらってから今までずっと…今もきっと…母さんに笑ってほしい…幸せになってほしいって気持ちだけは…本物です」

 

プレシアは答えない。

だが、一瞬ハッとした顔になる。

僅かに微笑み、ゆっくりと手を差し出した。

 

「わたしの…フェイト・テスタロッサの…本当の気持ちです」

 

想いと願いは、確かに伝わったのかもしれない。

プレシアに嫌悪を表す表情は無い。

だが、自分の残された寿命と運命をどこか悟っていた。

卓越した研究者であり魔導師である一方で、個人としての生き方は不器用な彼女は、差し出された手を取る事はしなかった。

 

「ふ…、くだらないわ…」

 

目を背けて告げた。

 

カッ!!

 

杖形デバイスで地面を叩き、魔法を行使する。

それに呼応したジュエルシードが再び活発化し次元震が再発した。

大きな次元震が庭園を破壊する。

別地点のリンディの足場が壊されディストーションシールドが阻害されてしまう。

 

『艦長ダメです!庭園が崩れます!クロノくん達も脱出して!』

 

エイミィ・リミエッタが有視界通信で叫んで告げる。

 

『崩壊までもう時間が無いよ!!』

 

「了解した!フェイト・テスタロッサ!フェイト!」

 

応答したクロノはやむなくプレシア逮捕より脱出優先を決意しフェイトへ声をかけるが、彼女は答えない。

アリシアのカプセルによろめきながら寄り添うプレシアを、黙って見ている。

フェイト達以外にも有視界通信を通して、リンディもユーノもなのはも、垣根も、その様子を見ていた。

 

「私は行くわ…アリシアと一緒に…」

 

「母さん…」

 

プレシア・テスタロッサは、フェイト・テスタロッサへセリフとは裏腹に、忌み嫌う相手に対してとは思えない表情で、静かに告げる。

 

「言ったでしょう…?私はあなたが 大嫌いだって…」

 

直後、ゴガッ!! と足場が崩落し墜ちて行く二人の親子。

 

「母さん!アリシア!」

 

思わず叫びながら駆け寄ろうとするが、崩壊し降ってきた残骸が行く手を阻んだ。

粉塵が視界を塞ぎ、一瞬見失った時には、もう手が届かないほど二人は遠くに離れ、墜ちて行っていく。

 

 

(アリシア……。いつもそうね…。いつも私は…気づくのが…遅すぎる…)

 

 

プレシアの最期の思いは誰にも届かない。

届きようもない。

プレシア・テスタロッサは自らの意志で発生させた次元震で命を落とした。

その最後の瞬間まで、愛娘アリシア・テスタロッサの遺体とは片時も離れる事は無かった。

 

 

 

「アリシア…母さん!!」

 

そんな彼女達に崩落した崖から、身を乗り出し届くはずのない手を伸ばすフェイト。

 

「フェイト…!」

 

フェイトが落ちないように後ろからアルフが抱き締める。

 

悲運の母子は旅立ってゆく。

 

永遠が、そこにある事を願って。

 

深淵に沈み、見えなくなってゆく二人を涙を浮かべて見ている事しかできなかった。

 

 

「フェイトちゃん!クロノくん!」

 

桜色の光線が壁を突き破り、高町なのはが合流する。

それを見てクロノは即断した。

 

「脱出する!エイミィ、ルートを!」

 

『了解!』

 

轟音と大振動の後、爆発しついに崩壊する庭園。

 

「庭園、崩壊」

 

「クロノ執務官はじめ魔導師達の帰還を確認、全員無事です!」

 

アースラのブリッジオペレーターのアレックスとランディが順に報告。

エイミィが続いて、

 

「次元震動停止。断層発生、ありません!」

 

「ふぅ…了解…」

 

一足先に帰還して艦長席で見届けていたリンディは、ひとまず胸を撫で下ろした。

中規模の次元震こそ発生したものの断層は発生せず、周辺世界への被害はごく僅少となった。

死亡者は犯人であるプレシア・テスタロッサのみ。

 

『遺失物の違法略取及びそれによる故意の次元災害発生未遂』

 

二人の少女が出逢い、対立した一連の出来事は『ジュエルシード事件 又は プレシア・テスタロッサ事件』として一応の解決をみて、

本事件はそのような形で結末を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…フェイトは、この事件の重要人物だし、このまま無罪放免という訳にはいかない」

 

「ま、そりゃそうだろうな」

 

アースラの食堂でエイミィと並んでクロノは向かい側に座るなのはとユーノ、ついでに相槌を打った垣根に説明している。

フェイトとアルフは一時拘留室で待機し、リンディが一緒に食べるつもりで食事を届けに向かっていた。

 

「だけど、彼女は真実を知らなかった…。言い方は悪いが道具として利用されただけだ。情状酌量の余地はある。少なくとも、執行猶予は取れるよう働き掛けてみるよ」

 

「へえ、やっぱ堅物真面目キャラの割りにはお優しいねえ、執務官」

 

「責務を忠実にこなしているだけだ。茶化すな軽薄メルヘン野郎」

 

「心配するな、自覚はある」

 

薄く笑って横槍を入れた垣根帝督に毒吐いて言い返した。

垣根もヘイヘイと引き下がる。

それを聞いていたなのはが、ホッとしたように微笑む。

 

「ありがとう…クロノくん」

 

「ただ、この手の裁判はけっこー長引くんだよねぇ…」

 

エイミィが両腕を後頭部に回して告げた。

最短でも半年、長ければ二、三年かそれ以上。

その間も保護責任者の元で「良い子」でいれば割りと普通に過ごせる。

しかも、その保護責任者にはリンディ・ハラオウンが買ってでた。

ある意味一番信用信頼でき、安泰だと言える。

事件は終わり、生き残った者達は現在を生きてゆく。

 

罪の行方とその重さ。

 

伝え合えたのか分からないままの気持ち。

 

これから生きてゆく事になる未来。

 

 

そして、帰宅後、一夜が明けた朝。

自室でそれぞれ寝ているなのはとフェレット(ユーノ)

鳴り響く携帯電話の着信音で目を覚ます。

 

「んん…?」

 

発信者番号通知には『時空管理局』の表示が。

 

「え…えええっ!?」

 

一気に目がさえて飛び起きる。

 

「はい!もしもし!」

 

『ああ、なのはさん?ごめんなさいね、朝早くに』

 

電話の主はリンディだった。

 

「いえ!」

 

『フェイトさんの裁判の日程、来週から本局行きって決まったわ』

 

「はい」

 

『でね、その前に少しだけなんだけど_』

 

電話のやり取りの声でユーノも目を覚ました。

通話後、携帯電話を抱き締めて嬉しそうななのはを見て、

 

「なのは…どうしたの?」

 

尋ねてみると、目を爛々とさせて笑顔で答える。

 

「フェイトちゃんと少しだけど会えるんだって!」

 

「そうなんだ!?」

 

ユーノも顔を綻ばす。

少女は待ち望んだ知らせを聞いた。

フェイト・テスタロッサが『会いたい』と言ったのだ。

なのはは、小さな胸を弾ませていた。

 

 

海鳴臨海公園の波打ち際の欄干には、フェイト・テスタロッサ、アルフ、クロノ・ハラオウンの三人が……いや、クロノとリンディ、エイミィの三人がかりに半ば強引に起こされて不機嫌そうな顔のスエット姿の垣根帝督もいる。

 

「なあなあ執務官、俺いらねえだろ?何で俺まで呼び出した?」

 

「自分から散々首を突っ込んできたんだ。最後まで付き合うのが筋じゃないのか?」

 

「いや、もっともらしい雰囲気で言ってるけど、事件と内容的にゃ関係ねえだろ。あの後も散々茶化した仕返しか?」

 

「ご想像にお任せしよう」

 

フッと小さく笑ったクロノに垣根は眉をひそめた。

フェイトとアルフはそのやり取りを苦笑いで見ている。

 

「テメェ……」

 

ムカついたが、早朝とはいえ公衆の面前で地球世界外の人間相手に暴れる訳にはいかない。

そこへ、

 

「フェイトちゃーん!」

 

制服姿で左肩にフェレットモードのユーノを乗せた高町なのはが駆け寄ってきた。

走ってきた彼女は若干息が上がっていたが、構わずフェイトと笑い合う。

 

「僕達は向こうにいるから」

 

「あ…うん…ありがとう」

 

「ありがとう」

 

クロノの気遣いに礼を言う二人。

三人が離れると、二人は再び見つめ合う。

いざこうしてみると少し照れ臭くなって互いに頬を赤らめた。

 

「あはは…いっぱい話したい事あったのに、変だね、フェイトちゃんの顔を見たら忘れちゃった」

 

「わたしは…そうだね…わたしも上手く言葉にできない。だけど、嬉しかった…」

 

欄干から海を眺めて言葉を交わす。

 

「真っ直ぐに向き合ってくれて…」

 

「うん!友達になれたら良いなって思ったの」

 

なのはは満面の笑顔を向けた直後、残念そうな表情に変わりうつ向いてしまう。

 

「でも今日、もうこれから出かけちゃうんだよね?」

 

「そうだね、少し長い旅になる」

 

「また…会えるんだよね?」

 

フェイトは、深く頷く。

 

「少し悲しいけど…やっとほんとの自分を始められるから」

 

言っている途中でまた照れ臭くなったのか頬を赤くして顔をなのはから逸らして続ける。

 

「来てもらったのは、返事をするため。……君が言ってくれた言葉…、友達になりたいって」

 

「ああ…うんうん!!」

 

「わたしにできるなら…わたしで良いなら…って!」

 

胸に手を当てようやく言える。

しかし、自信が無さそうに下を向いていた。

 

「だけどわたし、どうして良いか分からない…だから教えてほしいんだ…どうしたら友達になれるのか」

 

そんな彼女に、なのはは優しく告げる。

 

「簡単だよ。友達になるの、すごくカンタン!」

 

フェイトはハッとうつ向いた顔を上げてなのはに向けた。

彼女は柔和な笑みを浮かべて、

 

「名前を呼んで。始めはそれだけで良いの。君とかあなたとか…そういうのじゃなくて、ちゃんと相手の目を見てはっきり相手の名前を呼ぶの」

 

そこまで言った所で、視線を一度ずらす。

フェイトは不思議に思ってなのはの視線の先に目を向ける。

彼女の視線はクロノでもアルフでもなく、両手をズボンのポケットに突っ込んでかったるそうにしている垣根帝督。

 

「もちろん、どこかの誰かさんみたいにお前とかみたいな柄の悪い呼び方はもっての他!」

 

その一言にフェイトはクスッと失笑してしまった。

垣根をダシに軽口を挟んだ後、彼女達は再び向き合った。

 

「わたし、高町なのは!なのはだよ」

 

「なのは…」

 

「うん…!そう!」

 

フェイトは初めて、なのはの名前を口にした。

 

「なのは…なのは!」

 

「うん…!」

 

なのはもフェイトも嬉しさでうっすら涙が浮かんできた。

なのはは両手でフェイトの左手を握る。

 

「ありがとう…なのは…」

 

「うん…!」

 

「なのは…」

 

手の温もりを感じ、何度も名前を呼ぶ。

 

「うん…!」

 

触れ合えた想いと 伝え合えた言葉。

初めて交わした、優しい笑顔。

呼び合えた、互いの名前。

 

「君の手は温かいね…なのは」

 

フェイトの言葉に感極まり、なのはの目から涙が零れた。

フェイトはソッと彼女の涙を優しく指で拭う。

 

「少し分かった事がある。友達が泣いてると、同じように自分も悲しいんだ」

 

「フェイトちゃん!」

 

フェイトの胸に抱き着いたなのは。フェイトも優しく抱き返す。

 

「ありがとう、なのは。今は離れてしまうけど、きっとまた会える。そうしたらまた、君の名前を呼んでも良い?」

 

「うん…うんっ…!!」

 

フェイトからも涙が流れていた。

 

「会いたくなったら、きっと名前を呼ぶ」

 

なのはが顔を上げてフェイトを見つめた。

 

「だからなのはも…わたしを呼んで。なのはに困った事があったら、…今度はきっとわたしがなのはを助けるから」

 

すれ違いの果てに、やっと繋がった絆は強く。

離れて過ごす時間にもきっと、負けないほどに。

誰より強くぶつかり合って、

触れ合って分かり合った

二人はもう、「友達」だから。

 

二人の様子を見て、貰い泣きしているアルフ。

一緒に見守っていた、クロノがゆっくりと歩み寄ってきて告げる。

 

「時間だ…そろそろ良いか…?」

 

彼の方を向く。

 

「うん…」

 

「フェイトちゃん!」

 

なのははフェイトを再び呼ぶと、自分の髪を留めていた白いリボンを外して差し出す。

いつものツインテールの髪型が解けてセミロングになっていた。

 

「思い出にできるもの…こんなものしか無いんだけど…」

 

「じゃあ、わたしも…」

 

言って、フェイトも自分の黒いリボンを外して差し出した。

互いに手を重ね、ゆっくりと交換した。

 

「ありがとう、なのは」

 

「うん、フェイトちゃん」

 

「きっとまた…」

 

「うん!きっとまた…!」

 

いつの間にかなのはの背後に立っているアルフが、彼女の肩にそっとユーノを乗せた。

彼女はアルフの方に振り向く。

 

「ありがとう、アルフさんも元気でね」

 

アルフはニッコリ笑う。

 

「ああ、色々ありがとね。なのは、ユーノ」

 

「それじゃあ僕も」

 

「クロノくんも、またね」

 

「ああ」

 

クロノも僅かに肩を竦めて答えた。

三人が並んで立つと、青白い魔方陣が発生し、転移魔法が展開される。

そこへ、垣根帝督が両手をポケットに入れたまま、のそのそとようやく歩いてきた。

 

「別れの挨拶は終わったか?」

 

フェイトは垣根の顔を見て、

 

「あ………。ごめん、ちょっと待って!」

 

とクロノに一言断りを入れると魔方陣から飛び出して、なのはの隣に立ち止まった垣根のそば近づいた。

垣根は不思議そうにしている。

この女が自分に用があるとは思えなかった。

はっきり言ってフェイト・テスタロッサと垣根帝督の関係や面識は、なのは達とは比べ物にならないほど希薄だと言える。

早い話、一度交戦したり事件最終時に一時行動を共にしたぐらいで、お互いに関係者という事以外には分かっている共通点は無いはずだ。

フェイトは異世界の魔導師で、垣根は学園都市の能力者。

しかしそれでも、彼女は、一度くらいはまともに言葉を交わしておきたいと思ったのはなのはの影響か。

 

「あの……ちゃんと自己紹介してなかったから。わたしはフェイト・テスタロッサ。一応…ね、一応(クロノ達から聞いた事はあるけど)あなたの名前を教えてほしいんだ」

 

正直、声をかけられた事も改めて自己紹介されて自分の名前も尋ねられるとは夢にも思っていなかった。

クロノに呼び出されたとばっちりとしか自覚していないし、終始傍観者として終わるつもりだった彼は内心少なからず驚き、数秒絶句してしまった。

それを察したのか、フェイトのすぐ後ろのクロノとアルフが一瞬プッと吹き出したのが見えてムカついたが、時間も無いのでここは敢えて無視する。

 

「……、ああ、そうだったな。俺の名前は垣根帝督っつうんだ」

 

「うん。て「ああだから垣根で良い」_え!?」

 

素早く名前呼びを阻止した。

当然なのはが咎めるように口を挟む。

 

「もう!フェイトちゃんにまで!」

 

「だって俺は友達とかじゃねえし」

 

「むぅ!…あ!じゃあ今からわたし達と「なる気もねえよ」_もう!!ワガママ!!」

 

「お前がな」

 

「お前じゃなくて、わたしは高町なのは!!な の は !!!!」

 

「だから高町で良いだろ。なあ?テスタロッサ」

 

「え、ええ……?」

 

軽い漫才と化した状況で話を振られて困惑するフェイト。

感動的な空気が、すっかりぶち壊しになってしまい苦笑するアルフ。

クロノは呆れた表情で空気を読め、と目で語っている。

 

「フェイトちゃん、この人の言う事は聞かなくて良いからね!!」

 

「なのは!?」

 

垣根に対してだけ態度がガラリと変わるなのはにフェイトは更に困惑しだす。

 

「だってずっとガサツで失礼な帝と「馴れ馴れしい、垣根で良い」_ッ!!もー!!そっちこそ名前に関してうるさいよ!?何でそんなに頑固なの!!」

 

「自覚はある」

 

軽く頬まで膨らませてプリプリと怒り出すなのはとは裏腹に、垣根は薄く冷笑し飄々としている。

フェイトは苦笑しながら、

 

「えっと……二人は、仲が良いんだね?」

 

「良くねーよ」

 

「良くないよ!」

 

「ええ~……」

 

打ち解けていてくだけた関係なのかと思ったが、本人達はシンクロで即否定した。余計に困惑するフェイト。

いい加減、この無駄なやり取りに痺れを切らしたクロノが軽く咳払いする。

 

「そろそろ良いか?時間も無いからそれくらいにしてくれ。フェイト、彼に言いたい事があるんだろ?」

 

「あ……ごめんなさい…」

 

「ったく、高町が絡むから」

 

「わたしのせい!?」

 

自分だけ謝るハメになり理不尽に思うが、時間が無い事に変わりはないためグッと我慢する事にした。

この男に不平不満を言うのは後にしようと思った。

フェイトは気を取り直して、少し照れ臭そうに垣根の顔を見上げる。

 

「えっと……何か他にも言いたい事があったと思うんだけど、今ので吹き飛んじゃったから…一言だけ……」 

 

「まずお前が俺に用があるとは思わなかったがな」

 

「うん……。じゃあ、…………………………………………………………ありがとう」

 

「……あん?何が?俺はお前に何か礼を言われるような事をした覚えはねえんだがな??」

 

素直に意味が分からず、怪訝そうに首をかしげて眉をひそめた。

 

「自分でも、何でかよく分からない……。けど、そうあなたに言っておきたい気分だった」

 

ゆったりと微笑むフェイトに対して垣根はそうかい、と興味の薄そうな反応をした。

 

「次に会った時は、あなたの事ももっと教えてほしいんだ。あなたは確か…魔導師じゃなくて、行使していたのも魔法じゃないんでしょう?少し興味もあるから…」

 

「そこらについては粗方そこの執務官やら艦長やらに話してはいるから、時期見てそいつ等から訊けば良い」

 

「そうだったんだ?じゃああなた自身の事でも良い?」

 

「もし本当に次に会う事があって、気が向いたらな」

 

「絶対だよ?忘れたりはぐらかしたりしないでね」

 

「分かった分かった」

 

垣根は目を細めて鬱陶しそうに答える。

フェイトは知るよしも無いが、実際、次に垣根と会える保障はどこにもない。

しかし、このそこはかとない口説さ、一体誰の影響なのやらと彼は横のなのはをチラリと見た。

フェイトは魔方陣で待っている二人の元に戻ってなのは達の方に振り向く。

転移魔法が発動し魔方陣が輝いた。

 

「バイバイ…またね……」

 

なのはは三人を少し名残惜しそうに見つめ、

 

「クロノくん……アルフさん……フェイトちゃん……!」

 

フェイトが微笑みながら手を振る。

なのはも大きく手を振った。

彼女の肩のユーノも小さく手を振り見送る。

 

カッ!! と青白い閃光が三人を包み、次の瞬間にはいなくなっていた。

 

 

〈なのは…〉

 

立ち尽くしているなのはにユーノが念話で話し掛けた。

なのははニッコリ笑う。

そしてゆっくり空を見上げる。

 

「うん…!平気。きっとまた…すぐに会えるもんね」

 

 

出逢い、ぶつかり、すれ違いながらも分かり合った二人の少女。

 

想いを込めて手を伸ばした少女と、伸ばされた手を取った少女。

 

思い出となるリボンを交換し、二人は涙と笑顔の別れを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、帰るか」

 

クルリと回れ右をしてゆっくり歩き出す垣根帝督。

なのはがパタパタと小走りで彼を追い掛ける。

 

「あ、待ってよ!帝督く「垣根な」むぅ!何でそんなに名前で呼ばれるの嫌がるの?自分の名前が嫌いなの?」

 

身内や友人等とは名前で呼び合う事が普通のなのはにとって、確かに友人関係とは言えない相手の垣根だが、頑なに名前呼びを拒んで苗字(ファミリーネーム)呼びを要求する彼に対して、これは単純に、純粋な疑問だった。

 

「別に?馴れ馴れしいのが嫌なだけだ」

 

「もしかして……わたしの事が嫌い…?」

 

言い合いする事が少なくなかったとはいえ、見知った相手にストレートに嫌われていたら流石に傷付くな、と内心思っていたが、

 

「別にお前の事は好きでも嫌いでもねえよ」

 

垣根はなのはに目も向けずに、両手をズボンのポケットに突っ込んだまま歩き続ける。

好き嫌い以前にあまり興味が無さそうな雰囲気だった。

 

「じゃあ別に良いよね?無理に友達になれって言ってる訳じゃないんだから。わたしはなのはって呼んでほしい」

 

「ただ単に苗字呼びの方が慣れてんだよ。あと_」

 

「あと?」

 

垣根は横を歩くなのはに少し顔を向けて告げる。

 

高町(オマエ)に名前で呼ばれるのは何となく癪に障る」

 

ポーカーフェイスだが目が笑っていた。

からかう気で言ったのが見え見えだった。

それに直感で気づいたなのはは憤慨し再びプリプリと怒り出す。

 

「何それ酷いよ!!あなたってつむじ曲がりでひねくれてるしあまのじゃくだよ!!」

 

「……それ全部同じ意味だからな?」

 

意味が同じセリフが三重に重複しているのを静かにツッコむが、導火線に火が点いた突撃ロケットは止まらない。

 

「そっちがその気なら、こっちも考えがあるよ!」

 

「考え?」

 

「わたしと名前で呼び合ってくれるまで、垣根くんのお家まで付いてくから!」

 

ビシッと言い放ったなのはに垣根は一瞬、絶句した。

 

「……は?な…何でだ??」

 

それは誰が得するんだ? と意味が分からず呆れ顔になる彼を見て、なのははイタズラっぽく笑った。

 

「垣根くんって多分今は海鳴市に住んでるよね?だからお家まで付いてくから。それが嫌なら名前で呼び合って!あと連絡先も教えて」

 

言ってスッと二つ折りの携帯電話を取り出す。

 

「いや、何サラッと要求増やしてんだよ。つーか嫌だし、お断りだ」

 

「ならお家まで付いてくからね!あ、そうだ!せっかくだから垣根くんのご家族にも挨拶しに行くよ!」

 

名案!と言わんばかりポンッと両手を叩く。

所謂(いわゆる)、散々からかわれたり弄られた仕返しの嫌がらせのつもりなのだろう。

しかし彼女も年相応の小学生だからか、根が善良過ぎているのか、すぐ思い付いた嫌がらせや悪戯目的の事の内容がチャチで安直だった。

 

(つーか俺に家族いねーから)

 

と思っていたが、これを言うと別の意味で話が拗れそうなので敢えて口には出さない。

何故そこまでして執着するのか訳が分からなかった。

いや、自分に執着しているというより、彼女自身も半ば無意識なのだろうが変にムキになっているだけの可能性が高いと彼は推測し、羞恥心を誘って追い返そうとニヤリとしながら軽口をたたく。

 

「そんなに俺の事好きなの?小学生で付き纏いにストーキングとは業が深いな」

 

「なッ!?ち、違うよ!!そんなんじゃないよ!!」

 

効果は適面。

不意打ちと恥ずかしさでサァッと彼女の頬が赤く染まり慌てて必死で否定し始めた。

 

「どーかなー?散々絡んできて今も鬱陶しく付き纏っているし、そういう風にも受け取れるぜ?」

 

「だからそんなんじゃないって!……まだそういう好きとか分かんないし………」

 

(そらそら、そのまま恥ずかしがってヘソ曲げて、とっとと帰っちまえ)

 

しばらく顔を真っ赤にして手をバタバタしていたなのはだが、途中でハッとして、垣根にジト目で見つめる。

 

「……もしかして、そうやってわたしを追い返すつもりだった?」

 

図星だった。

ニヤついていた表情が固まる。

 

(何でこんな時だけ無駄に察しが良いんだよ)

 

「あ、そうだ!そう!し、シャクニサワルからだよ!!垣根くんの意地悪がしゃくにさわるから!!わたしが怒ってるんだよ?」

 

しかも強引に結論を出してきた。

垣根帝督のセリフを引用してきてまで。

 

「…イントネーションちょっとおかしいぞ。お前意味分かって言ってんのか?あと、お前文系ちょっと苦手だろ」

 

「ッ!!そ、そんな事ないもん!」

 

一瞬なのはの肩がビクッとしていた。どうやら図星らしい。

 

「しつこい女だって言われないか?お前。懲りろよ」

 

「言われた事無いもん!!」

 

歩きながらそんなくだらないやり取りをしている間に仮住まいの高級マンションに近付いていた。

流石に『表』の人間を暗部組織の仮アジトに上げる訳にはいかない。

しかし、このままでは最後まで食い下がるつもりだろう。

垣根帝督には、決断の時が迫っていた。

 

「……はぁー分かった分かった」

 

鬱陶しそうに顔をしかめ、後頭部を軽くかく。

 

「あ、じゃあ…!」

 

パアッと花が咲くようになのはが笑顔になる。

何がそんなに嬉しいのか、垣根には理解できなかった。

 

「でも、家に上げるのはダメだし名前呼びもしない「えー!?」_うるせえな、だが、連絡先の交換というご希望には応えてやるから、今日はそれで手打ちにしてくれないか?」

 

分かりやすく不満そうななのは。

垣根は私用の携帯電話をポケットから出した。

なのははうー、としばらく躊躇していたが、ようやく妥協した。

赤外線通信で番号とアドレスを交換し、彼女は帰宅する事になった。

 

「またねー!」

 

(また(、、)ね、か……)

 

垣根は手を振りながら歩くなのはとユーノを突っ立って見送り、ようやく一人になれた。

彼女達の姿が見えなくなった所で、私用携帯をしまって反対側のポケットから仕事用の携帯を取り出し『スクール』のエージェントに連絡を入れた。

 

「撤収する。…ああ、残留反応らしきものもここ数週間皆無だし、ひとまず学園都市に戻るから対応を頼む」

 

通話を切ると、彼はマンションに帰宅し荷造りを始めた。

『事件』が終わった以上、異変と言える異変はこの先海鳴市(このまち)ではおそらく起きないだろう。

アンノウンがこの先観測される事があるとしたら、発生源は十中八九、高町なのはかユーノ・スクライアだろうし観測される可能性自体が僅少かつ稀なのだから。

そうなった以上、それ目当てでここに来た超能力者(レベル5)の垣根帝督が留まる必要は無い。

数日後、高級マンションは引き払われ垣根は学園都市へ帰還した。

ちなみに私用携帯は電源を切りなのはからの連絡ができないようにしていた。

 

帰還後、垣根帝督は『スクール』のアジトで一人寛いでいた。

ボーッとしながら、ポツリと呟いた。

 

「今生の別れだったかもしれねえんだから、俺が超能力者(レベル5)だという事ぐらいは明かしても良かったかねぇ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『P・T事件』の現地処理は全て終了。

 

事件担当の『アースラ』スタッフは現場から撤収。

 

重要参考人フェイト・テスタロッサは使い魔アルフと共に、この先も続く裁判に向けて前向きに艦内で過ごしている。

 

民間協力者の高町なのはは、嘱託魔導師資格の取得を視野に入れつつ、管理局及び自身の『魔法』との関係を考慮していくとの事。

こちらも前向きに日々を過ごしている。

 

裁判が開かれている間は重要参考人と外部の人間の直接接触を許可する事はできないが、『文書及び録音音声・録画映像での通信』ちついては通常対応として認可した。

 

同じく民間協力者(仮)だった超能力者(レベル5)の垣根帝督は、時空管理局側と高町なのは達の双方にも連絡を絶ち、事実上の音信不通状態となっている。

学園都市内で表向きは学校通学をサボりがちな高位能力者のエリート児童学生。裏では統括理事会直下の暗部組織『スクール』のリーダーとして従事し暗躍していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、管理局から借りてた通信端末返してねーや。ま良いか、電源切ってるし面倒臭いし、借りパクしちまおう」

 

 

 

           -終-




通称無印編と言われている、この章はこれで終わりです。




今作を書き始めたのはもう八年以上前で、自分にとって初めての物書きで初めての二次創作でした。

そして書き直す前は今から見たら控え目に言ってガサツもガサツ。

できうる限りの修正をまずはしたいなと思い、始めましたが、結果ほとんど書き直しと変更を行う事になりました。







何はともあれ、こんな拙作を読んでくださりありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

The Outline of Magical girl Lyrical NANOHA with Dark_Matter

     『魔法少女リリカルなのは』とは!




戦闘魔法少女達が魔法の杖を手に空を舞い、空戦したり心を通じ合わせたりする、そんな物語である!


そしてこれは、そんな作品に登場する人物達の愛と勇気の記録である!







   では『with Dark_Matter』とは!?


そんな愛と勇気の記録の物語に、ドブみたいな目をした魔導師ならざる者、学園都市第二位の超能力者(レベル5)・垣根帝督という異物の混ざった、奇妙な記録の物語である!


プレシア・テスタロッサ事件。

 

ミッドチルダの魔導師プレシア・テスタロッサが起こした指定捜索遺失物(ロストロギア)『ジュエルシード』の奪取、及び故意による次元災害発生未遂事件。

担当は時空管理局巡航八番艦『アースラ』とそのスタッフ。

実行役として活動していたプレシアの「娘」フェイト・テスタロッサの魔導師資質は高く、捜査は一時難航。

しかし現地の民間協力者、高町なのはの協力と戦闘の中での説得により、フェイトは真実に近付き始め、

 

絶望と痛みと涙、

 

それでも少女達は、立ち上がる事を、立ち向かう事を続け、

 

結末は事件の規模と比較すればごく静かなものだった。

 

プレシアは愛娘の遺骸と共に帰る道無き死地へと旅立ち、

 

事件は終焉を迎え、

 

友達になりたい事を伝えた少女と、まっすぐな瞳と言葉に向き合う事を決めた少女。

 

二人の少女の時間は、出逢ってから初めて互いに名前を呼び合う事で、始まりを迎えた。

 

 

そして、この事件に関与していたとされるもう一人の現地民間協力者で非魔導師の人物。

現地世界における最先端科学技術の粋を集め、超能力開発を進めている学園都市という特殊な街から秘密裏に派遣されていた、突出し魔法ならざる(スキル)を持つ超能力者(レベル5)と呼ばれる垣根帝督という高町なのは等と同年の男は、公開されている情報や記録があまり残っておらず、また本人とは事実上、音信不通状態となっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平凡な小学三年生兼魔導師、高町なのはの朝は早い。

 

午前四時三十分に起床。

これが毎日の習慣。

フェレット形態のユーノ・スクライアはまだ寝ている。

彼女はボーッとした寝ぼけ(まなこ)でパジャマから私服のオレンジ色のパーカーと青色のミニスカートに着替える。

 

『Good morning my master』

 

「うん…おはよ、レイジングハート」

 

待機状態の愛機、レイジングハートが告げ、眠そうにしながらも笑顔で返事するなのは。

午前五時にはユーノと一緒にこっそり家を出て桜台 登山道にまで行く。

朝は野外で魔法の練習。

なのはの友人、そして魔法の師でもあるユーノとレイジングハート。

指導者見学の元で心身共に充実した時間を過ごす。

朝食までの約二時間のトレーニングを行い、帰宅後は家族と朝食。

両親と兄、姉の四人の家族には魔法については内緒にしている。

談笑しながらハムエッグやトーストを食べている、絵に描いたような家族団らんの様子。

友人兼師匠のフェレット(ユーノ)はすっかりペット扱い。

しかし、この一見のんびりした朝食中も実は、身に付けたレイジングハートがなのはの魔力に強い負荷をかけている。

それにより、日常の一挙手一投足に魔力を消費するという、いわば『魔導師養成ギプス』的な効果を発揮。

並の魔導師であれば立ち上がる事すら困難な負荷の中、彼女は平然と日常生活を送っている。

 

本人曰くは、

 

「最初はちょっと辛かったけど、今はそんなには」

 

との事で、通学や体育の時間等は大抵この状態。

なのはの通う私立聖祥大附属小学校では、なのはもごくごく普通の女の子。親友のアリサ・バニングス、月村すずかといつも通りに挨拶を交わす。

授業中はもちろん真面目に聞いているが、実はこの間も訓練をしている。

二つ以上の事を同時に思考・進行させるマルチタスクは、戦闘魔導師には必須スキルで高速移動・回避をしながらの攻撃防御をしつつ次の魔法の発動。これ等は日頃の訓練量な明確に現れる。

レイジングハートが送信する仮想戦闘データを元に、心の中でイメージファイト。

飛翔・索敵・攻撃・防御の各魔法を使用しての空戦は、高度な戦略と高速な思考を必要とする。

なのはの戦闘スタイルは多方向から襲撃する誘導操作弾と一撃必殺の魔力砲撃の二種類。

レイジングハートからのイメージは限り無く実戦に近い経験をなのはに与え、彼女はそれを胸に日々戦闘経験を積んでゆく。

友達や家族との一時は流石に休憩するが、それ以外の時間は暇さえあればこの訓練を彼女は続けている。

 

放課後も塾や家の手伝いが無い日は夕方も練習。

ユーノ・スクライアに広域結界を展開してもらう。

魔法の防護服バリアジャケットを装備して上空で魔法の実践使用。

レイジングハートをシューティングモードにして構え、直射砲撃魔法の『ディバインバスター』等の各種砲射撃魔法を放つ。

砲撃の実射は疲労もするが重要なトレーニングでもある。

帰宅後宿題を終えたら夕食後もまた練習。

夜間の訓練は主に高速機動。

高火力・重装甲タイプのなのはは機動系が重い為、効果的な機動戦略を日々研究している。

グッタリするまで練習し、帰ったら風呂に入って午後八時半にはベッドにダイブして就寝。

全力での睡眠から覚めれば体力も魔力も完全回復している。

このサイクルを日曜日以外は毎日これを繰り返している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや……流石にそれは、やり過ぎじゃないのか?」

 

顔をしかめ、引き気味に言ったのは、黒い制服に黒髪の少年。

年齢より幼くも見えるが十四歳となのはよりも年上。

時空管理局執務官、クロノ・ハラオウン。

ユーノがレイジングハートを通して『アースラ』へ通信を行っている。

 

『そうは思うんだけど、なのははどうも魔法の練習が楽しいみたいでさ。レイジングハートもなのはの成長に協力するのに燃えてるみたいだし』

 

「よく体が持つねえ…流石はなのはちゃんだ。ユーノくんが持たないでしょ?」

 

『それは…まあ、何とか…』

 

クロノとは対照的に感心しているのは、茶色い短めの髪の少女。クロノより二つ年上の十六歳。

アースラの通信主任兼時空管理局執務官補佐官、エイミィ・リミエッタ。

年若いが事務員兼通信士として優秀で、チームからの信頼が厚い。クロノとは学生時代からの友人で、卒業後も概ね同じような進路を辿っている。

彼女にとってクロノは気の合う友人で、ボケとツッコミの間尺の合う可愛い弟分であり同時に職場の上司でもあるという複雑な関係だが、持ち前の気楽さで上手くやっている。

 

「まあ、やり過ぎは良くないと一応伝えてくれ」

 

『ああ…それじゃ』

 

通信が終了する。

 

「若い子達は元気で良いねえ…」

 

とエイミィがのんびりと呑気に言った。

そこへ、自動ドアがプシュッと駆動し開く。

 

「お邪魔します…。お茶、持ってきたよ」

 

三つのマグカップとポットを乗せたお盆を抱えて、落ち着いた声色の金髪に黒い服装の、端正な容貌の少女が入ってきた。

高町なのはの友人でミッドチルダ式魔導師の、フェイト・テスタロッサ。

 

「ユーノと通信してた?なのは、元気かな」

 

「元気一杯だって。毎日毎日、魔法訓練に明け暮れてるってさ」

 

エイミィが楽しげな雰囲気で答える。

 

「そっか…なのは、また強くなっちゃうのかな」

 

なのはの顔を思い浮かべて懐かしそうにゆったりと微笑んだフェイトはふと、クロノの方を向いて告げる。

 

「クロノ、後でトレーニング付き合ってね」

 

「ああ」

 

 

後日、

 

「……でね、スターライトブレイカーの発射シークエンスを少し変えてみたんだ。試射してみたいんだけど、良いかな?」

 

弾んだ声で、既にバリアジャケット姿で魔方陣を展開しているなのははユーノに尋ねた。

 

「うん!でもブレイカーは目立つから、強い結界を用意するね」

 

「あ、そうだね。お願い」

 

スターライトブレイカーとは周辺魔力を集束して放つなのは最大の放射系魔法の事。

ユーノは前にそれで失敗してるし、と言いなのはもそうだよねえ、と苦笑いする。

ユーノはなのはの左肩に乗ったまま、尋ねる。

 

「発射法変更ってどんな風に変えたの?」

 

「うん…あれって発射が遅くて高速戦では使えないから…」

 

「やっぱり高速化?」

 

「ううん、逆!チャージタイムを増やして威力を大幅アップ!」

 

彼女は首を横に振ってやる気たっぷりに拳を握った。

 

「最大威力の強化を最優先してみたの」

 

「そ…そう……」

 

ユーノは驚き半分に苦笑し、なのはの肩から降りて広域結界を展開する。

 

「広域結界展開ッ!…良いよなのは!」

 

広域結界とは、周辺の空域を付近の空間から切り抜き、相互干渉できないようにする結界魔法の事。

 

「うん!」

 

返事と同時に魔法を展開しチャージを開始する。

 

『Starlight Breaker Standby Ready』

 

シューティングモードのレイジングハートがカウントダウンを開始。

 

『count 9、8、7、6_』

 

 

その様子を、時空管理局艦船『アースラ』が監視していた。

というのも、以前に現地の民間協力者という建前で管理局に関わっていた学園都市出身の人間、垣根帝督に忠告された事があったのだ。

彼曰く、

「魔法の事については俺は適当に誤魔化したりはぐらかしたりしとくが、今後も高町なのは(あのおんな)海鳴市(このまち)で魔法を使いまくるなら、気取(けど)られないように何かしらサポートなり偽装工作なりしておくんだな。また俺みてえなのが学園都市から派遣されて余計な詮索されるのも都合が悪いだろ?」

との事だった。

 

そんな訳で、なのはとユーノの様子を見ていた時空管理局提督アースラ艦長のリンディ・ハラオウンは、同じく監視していたクロノが何か別の作業をしている事に気付いた。

 

「あらクロノ、どうしたの?何か調べ物?」

 

二人は実の親子でもあるが、同時に上司と部下でもある為、クロノはもちろん部下として受け答える。

 

「いえ…、なのはに教導メニューを送ろうと思ったんですが、結界内でトレーニング中みたいで」

 

「なのはさん、訓練に夢中みたいね。実力を付けるのは良い事なんだけど」

 

リンディは少しだけ気掛かりなようだ。

 

「…………?あれ、何だろこの反応」

 

同じように監視していたエイミィ・リミエッタが何かに気付いて怪訝そうにしている。

 

一方、結界内のなのはとユーノ達の所は、魔力の集束が進み周辺の大気が渦巻き風が吹いている。

 

「むむ…!これは結構スゴいかも!ユーノくん、ガツンと来るから気を付けてね!」

 

「う…うんっ!」

 

『4、3、2、1_』

 

「スターライトぉ…ブレイカーッ!!」

 

『Starlight Breaker』

 

ゴアッッッッッ!!!!!!!!

 

瞬間、桜色の閃光がなのはとユーノだけばかりか、結界内全体を覆った。

 

 

 

「「……ッ!!」」

 

リンディもクロノも口をあんぐりと開け、絶句する。

エイミィが驚きながらもコンソールを叩いて解析結果を報告する。

 

「結界、内側から破壊…。えーと…なのはちゃん達は…」

 

「なのは!ユーノ!大丈夫か?生きてるかー?」

 

閃光と爆煙が晴れてくると、なのはとユーノが揃って仲良く目を回して引っくり返っていた。

バリアジャケットも煤汚れてボロボロになっている。

 

「ふええ…、な…何とかー…」

 

『Sorry my master』

 

 

 

「_単純魔力砲撃で広域結界を破壊?『貫通』じゃなくて?」

 

「『結界機能の完全破壊』だよ」

 

クロノに件の事を後から聞いてフェイトは目を丸くしている。

彼は驚きと呆れを織り混ぜたような調子で語る。

 

「威力を高めようと改良した結果、付加効果が付いたらしい。全く、理論でなくて感覚で魔法を組む子は何とも恐ろしい」

 

「でも、凄いよね」

 

わたしも負けてらんないなー、とニコニコしているフェイトを見て、

 

「…まあな」

 

そういう君も結構凄いんだがな、とクロノは目を僅かに細めた。

 

その頃なのはは自室のベッドにうつ伏せでへばっていた。

彼女は自爆により魔力エンプティ、全治一日半となった。

 

「うう…失敗したー…」

 

「まあ、今日はゆっくり休んで…」

 

こんな風に時々転んだり迷ったりしながらも、高町なのはの日々は過ぎてゆく。

親友との再会に向けて、昨日よりもっと強い自分でいる為に。

 

後日、リンディの推薦でフェイト・テスタロッサと使い魔アルフは時空管理局嘱託魔導師認定試験を受けていた。

これに合格すると異世界での行動制限がグッと少なくなり、フェイトにとってはリンディやクロノの手伝いもできるようになるのだった。

 

P・T事件の重要参考人で裁判中の嘱託試験は異例ではある。

しかし嘱託資格が有ると本局での行動制限も減る上、本人達が局の業務協力に前向きだった。

管理局側からしても、優秀な人材なら過去や出自に文句は無く、大切なのは現在の意志と能力なのだから。

彼女は一発合格を目標に意気込んだ。

筆記試験はほぼ満点、魔法知識も戦闘関連に関しては修士生クラス。

儀式魔法も天候操作に長距離転送フィールド形成等の、儀式魔法四種を発動し儀式実践をパスし休憩を挟んで最終試験の実戦訓練を受ける。

 

驚いた事に試験官はクロノ・ハラオウンだった。

 

というのも、AAAクラス魔導師の戦闘試験をできる試験官となると中々手の空いている者がいなかったからだ。

フェイトの単身戦闘力を見る為なのでアルフは見学、彼女の試験や連携戦はまた後ほどとなる。

クロノ・ハラオウンはフェイト・テスタロッサより格上のAAA+ランクで訓練でも殆ど勝てた事は無い。

それでも彼女は勝たなきゃ!とより一層意気込み気合いを入れる。

 

_あの時とはもう違う。

迷わない、負けない!と。

 

 

……互角の戦いを演じたが、戦術戦略で一枚上手のクロノに惜敗した。

エイミィ曰く「結構本気モードでした」との事。

フェイトは初め、『負けたら不合格』と勘違いしへたり込んでしまったが、クロノとエイミィが戦闘技術を見るだけだから、別に勝敗は関係無いと説明し驚いた。

それに先ほどの戦闘も得点は低くなく、試験は続行される。

次からアルフとの連携戦の試験が始まった。

 

…フェイトの魔法技術も使い魔との連携もほぼ完璧、戦闘も攻撃に傾倒し過ぎだが合格点。

嘱託魔導師としては申し分無し。

せいぜいウッカリ屋な所は今後気を付けてもらうとして、これをもってめでたくAAAランク嘱託魔導師認定がなされた。

認定証の交付の時に面接があるから後はそれだけ、となった。

 

 

フェイト・テスタロッサ

 

時空管理局認定AAAランク魔導師

 

本日付を持って嘱託職員として非常勤勤務を開始。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔法少女リリカルなのはA's with Dark_Matter
The Prologue of ACES


遠く広がる世界の中


これは_


小さな星の 小さな国で起きた_


事件のお話















_に、部外者であるはずの、暗い瞳の禍々しい暴力を振るう、学園都市第二位の超能力者(レベル5)・垣根帝督が、身勝手に首を突っ込んだ物語である。


P・T事件からおよそ半年が経った十一月十五日、時空管理局艦船『アースラ』にて。

 

船内の食堂兼休憩室。ここには単に食堂だけでなくドリンクの自販機も数台設置されている。

そこには、執務官のクロノ・ハラオウン、件の重要参考人フェイト・テスタロッサ、更には証人としてユーノ・スクライアが、ドリンク片手に丸いテーブルを囲って談笑していた。

 

「_でも早いね、フェイトの裁判終了までもうあと二週間ちょっとだよ」

 

「うん」

 

ユーノの言葉に落ち着いた様子でフェイトは答えた。ユーノはこの朗報を当事者の1人として嬉しく思いながら告げる。

 

「初公判は六月だったから結構、進行早いよね」

 

「嘱託試験の合格が効いてるな」

 

と続けて言ったのはクロノ。彼も喜ばしく思っていて、うっすらと微笑んでいる。

 

「おかげで何ステップか飛ばせた感じだ」

 

「ありがとう、クロノ達のお陰だよ。ユーノもごめんね……、証人なんて」

 

「あはは」

 

フェイトはユーノに済まなさそうにするが彼は軽く笑って流す。

 

「ずっとなのはの家にいる訳にもいかないし、ちょうど良い機会だったから」

 

そういえば、とユーノはなのはの名前が持ち上がった所で思い出す。

 

「なのはにビデオメールはもう送った?」

 

「うん!昨日送った」

 

フェイトは嬉しそうに答えた。

間接的とはいえ、なのはとやり取りできるのが彼女は嬉しくて楽しいのだった。

クロノが二人の会話を聞きながらドリンクを飲み終えた時にふと、ある事を思い出した。

 

「……あ」

 

「_?クロノ、どうしたの?」

 

彼の表情の変化に気付いたフェイトが尋ねた。ユーノもクロノの方に顔を向ける。

 

「……いや、大した事でもないんだが、裁判等やその他諸々の出来事で今の今まで完全に忘れていた事を思い出したんだ」

 

言いながら、クロノは段々呆れ顔になってゆく。

その様子を見て、ユーノもフェイトも怪訝そうに首を傾げた。

 

「思い出した事って?」

 

「いや、本当に抱えている案件に比べたら大した事でもないんだ」

 

「なら、別に今ここで言っても大丈夫なんじゃないか?それとも、言いづらい事だったり?」

 

フェイトとユーノが少し心配そうにしている。

そんな2人に対し、クロノは困っているというよりも面倒臭そうな表情で告げる。

 

「……垣根帝督、覚えているか?」

 

「ああ、もちろん」

 

「うん。でも、垣根(かれ)がどうかしたの?」

 

クロノが口にしたのは、意外な人物。

半年前、なのはとユーノとも、管理局とも、フェイトとも、別の立場でこの事件に関わったもう一人の人物。

公式記録では一応なのはと同じく現地の民間協力者で、積極的にはジュエルシード集めに直接的に協力等はせず、半ば事件に巻き込まれて管理局側が現地到着後に関係を持って垣根が何かしらの協力等を自ら申し出た。

……というような事になっている。

その為記録上では名前と出身くらいしか残っていない。

表立ってはなのはとフェイトの印象が強く、存在が霞んでいる状態だった。

実際はかなり初期から事件を察知し尾行と観察を繰り返し、しまいにはジュエルシードの異相体と現地で二度も戦闘を行い、封印こそできなかったものの終始無傷でこれを撃破してみせていた。

更にはフェイト達とも遭遇後に短時間で中断したが、交戦した。

地球の人間にしては一定の魔力を保有しているものの、魔法は一切使う事ができない。

しかし、超能力という魔法ならざる奇妙キテレツなスキルを有しそれを行使する事で高い戦闘能力や解析能力を発揮する。

 

ユーノとフェイトも垣根の事を思い出し、彼を思い浮かべる。

年齢はなのはやフェイト達と同い年らしいが背はクロノと同じくらいの実年齢の割には少し長身で、前髪が目を隠しそうになる程度に長い茶髪で痩身の、年相応に端正な容貌だが目付きの悪い悪人面の男。

癖なのか、普段はいつも両手をズボンのポケットに突っ込んでいて薄い冷笑を浮かべている。

そんな垣根という少年についての事で、クロノは一つ面倒臭い事を思い出したのだ。

 

「…実は、半年前に彼には『アースラ』側と連絡を取り合えるように通信端末を貸していたんだ」

 

「そうだったの?」

 

「ああ、そういえばそうだったね」

 

フェイトは知らなかったがユーノは思い出したように言う。

ユーノは今まで外部から『アースラ』と連絡を取り合う時は大概レイジングハートに中継してもらっていたが、魔導師でも何でもない垣根帝督はそのままだと連絡手段が持参の携帯電話になりそうだが、彼からは「学園都市製のだから、もしかしたらそこからサーチされかねないからアンタ等の都合が悪けりゃオススメしない」と言われた為、クロノが官給品の通信端末を特別に貸し出す事にしたのだが……。

 

「……もしかして、まだ返してもらってないの?」

 

「……ああ」

 

キョトンとしているフェイトにクロノは顔を渋らせて答えた。

 

「貸したの半年前だよね?」

 

今度はユーノが尋ねた。

 

「ああ」

 

「垣根はまだ借りているんだよね?」

 

「ああ、彼が無くしたり捨てたりしていなければ」

 

「流石にそんな事はしないんじゃ…」

 

「でもそれって、借りパクだよね?」

 

「ああ、間違い無く借りパクだな」

 

不安そうなクロノをフェイトがフォローしようとするが、ユーノが半目で呟き、クロノは相変わらず苦い顔をして答えた。

ユーノはここで訳の分からなさそうに首を傾げた。

 

「……ん?それなら彼に貸した端末に連絡して催促すれば良いんじゃ…?」

 

「それが…端末の電源を切っているのか、繋がらないんだ」

 

「なら、直接返してもらいに行ったら?」

 

「彼の居場所が分からない。海鳴市からは去っているし、彼の居住地域の学園都市は外壁で囲まれている。しかも地球の一般的な街と違って科学技術が二、三十年進歩していて四六時中、人工衛星等で比べ物にならないほどの監視体制と警備を敷いているらしい。迂闊に侵入したら、最悪捕まる」

 

全て学園都市の住人である垣根帝督から、直接聞いた事だった。

そして実際に地図や衛星写真で確認している。

何なら魔法使いなんていう未知の存在を研究すべく研究素材(モルモット)にされたりマッドサイエンティストに解剖されたりするかもな、と垣根にニヤニヤしながら言われた事もあった。

流石に冗談だよな?と聞き返したが、さあどうだかな、と半笑いではぐらかされた。

雑談中に彼が挟むいつものブラックジョークの類いのはずだが、何故か、何となく、嘘や冗談に聞こえなかったのが今も引っ掛かっている。

クロノからこの事を聞いてユーノもフェイトも顔を引き吊らした。

 

「まあ、管理外世界だし、そういう意味でも難しいよね……。あ、なら僕が返してもらいに学園都市に行って来ようか?垣根の魔力を辿るなりして捜しながら広域結界を張れば、何でか出入りできる垣根だけピックアップできるし…」

 

しかし、クロノは首を横に振る。

 

「いいや、そんな簡単にはいかないだろう。確かに、君の結界で垣根以外の人を排除してから魔力反応を辿る事で、彼を追うのはできるかもしれない。だが、学園都市は巨大な円形で総面積も広大だ。垣根のいる場所をある程度大まかに把握してからでないと、しらみ潰しに捜さなければならなくなる」

 

学園都市の総面積は東京都の三分の一を占める広さになる。

そこの約二三〇万人もの人口から、たった一人を探し出さなければならない。せめて二十三の学区の内からどれかまでは把握できないと時間も労力も掛かり過ぎる。

 

「そうしている間に学園都市側のセキュリティに捕捉されて、捕まるのが落ちだ。トータルで見たら学園都市より管理局(こっち)の方が科学技術も上だと思っているが、何せ垣根のような能力者を輩出するような街だ、僕達には想像もつかないような得体の知れない技術が溢れてるかもしれない」

 

「それじゃあ…、どうするの?」

 

フェイトの問いかけにクロノは言葉を詰まらせた。

 

「………現状、どうすれば良いか分からなくなっているから、困っているんだ…。彼から連絡くれれば手っ取り早いんだが」

 

彼はこめかみを押さえて途方に暮れる。

 

ウンザリした様子のクロノに二人は苦笑を浮かべて慰める事くらいしかできなかった。

 

と、垣根帝督の通信端末借りパク事件で、ユーノはこれに関連しているかは分からないが一つ別の事を思い出した。

 

「…あ!クロノの話で思い出したんだけど」

 

「何だ?彼は他にも何かやったのか?」

 

呆れ果てたような表情になるクロノに、あははと苦笑いしながら続ける。

 

「別件で、なのはが彼に怒っていたなーって」

 

「そうなんだ?…そういえば、なのはって垣根(あのひと)に対してだけ当たりが強いよね」

 

フェイトが最後になのはと会った時の、なのはと垣根の掛け合いを思い浮かべる。

 

「でも、珍しいよね?なのはって垣根にだけああいう態度なの?」

 

ユーノは頷きながら言う。

 

「うん。なのはって家族にも僕達含めた友達にも大体は同じ態度なんだけど、垣根にだけはいつもより砕けた態度で明け透け物を言うんだよね」

 

まあ垣根が悪いんだけど、とユーノは言い足す。

垣根帝督のからかわれ被害者二号のクロノも、

 

「そうだな、なのはにしては意外ではある。まあ垣根がなのはに遠慮無しにからかったり、名前の呼び方とかを理不尽に拒否したりと、好き勝手に弄られた反動なのかもしれないが。なのはも垣根にだけはかなりズケズケ言うから、…案外仲が良いのでは?」

 

「ああいうタイプの人が新鮮なのかも。なのは本人は意地でも認めないだろうけどね」

 

「…あ、ごめんね話を逸らせちゃって。所で、なのはが何について怒ってたの?」

 

愚痴みたいになってしまったので軌道修正。

ユーノもああ、と済まなさそうに軽く頭を掻いて改めて思い出した出来事を話し始める。

 

「実は『あの後』色々あって、なのはと垣根が携帯の連絡先を交換したんだ」

 

「秘密主義の彼にしては珍しいな」

 

クロノが意外そうな顔をする。

ユーノは頷きながら続ける。

 

「うん、なのはが今までの反撃なのか、本当は普通に仲良くしたいのかは分からないけど、しつこく食い下がって垣根が折れたって形でね。それで、問題はその後で……」

 

言いながら、その時の状況が脳裏に浮かんで顔が引き吊る。

 

「…数日後になのはから垣根にメール送ったんだ。今度の日曜日に予定が空いてたら会えないか?って。せっかく知り合ったから友達にも紹介したいって_」

 

以下、当時のメールのやり取りをなのはサイドで記す。

 

 

 

 

 

to 高町なのは

 

sub こんにちは

 

今週の日曜日、予定空いてる?

 

空いてたら会えないかな?わたしの友達にも紹介したいの。

 

返事してね?

           -END-

 

 

 

to 垣根帝督

 

sub Re:こんにちは

 

俺もう学園都市に戻ったから無理。

 

           -END-

 

 

 

to 高町なのは

 

sub Re:Re:こんにちは

 

ええ!?

 

いつ帰ったの!?

 

じゃ、じゃあ次はいつ海鳴市にまた来れる?

 

教えて?

 

それかわたし達が学園都市に行こうか?

 

           -END-

 

 

 

 

to 垣根帝督

 

sub Re:Re:Re:こんにちは

 

俺は学園都市の住人だからむしろ今回みたいなのがイレギュラーだったんだよ。

 

そして今後出る予定はねえし、外部の人間は厳重な審査をパスできる関係者か学生の身内しか許可証は出ない。

 

つまりお前からこっちに来るのは無理だ。

 

もちろん魔法やら何やらを使うのはダメだからな?不法侵入で捕まる。

 

じゃ、そういう事で。

 

           -END-

 

 

 

to 高町なのは

 

sub Re:Re:Re:Re:こんにちは

 

ええ!?

 

じゃ、そういう事でって、どういう事!?

 

…電話しても良い?

 

           -END-

 

 

……しかしこれ以降、何度メールを送っても垣根帝督からの返信は無く、電話をかけても出ず、最終的には繋がる事すら無くなり音信不通になった。

 

 

「……という訳なんだ」

 

「「ああ……なるほど……」」

 

ゲンナリしているユーノにクロノとフェイトは揃って同情していた。

その時垣根に無視された挙げ句、音信不通(殆ど着信拒否)にされたなのはがプリプリと怒り出したのは想像に難くない。

携帯電話の画面とにらめっこしたり、当時フェレットモードで一緒にいたユーノに画面を見せたり、シカトされ続けた時ユーノはひたすらなのはから垣根の文句や愚痴を聞く羽目になり、そしてそれが原因のストレス解消(トレーニング)に一週間は付き合わされた。

 

「……それにしても、何で彼はこうも露骨に距離を取ろうとしたり、関係を絶とうとしたんだろうな?」

 

「なのはの事嫌いなのかな?」

 

クロノとフェイトの疑問にユーノが答える。

 

「いや…本人が言うには別に好きでも嫌いでもないらしいけど……、何でかは僕もなのはも分からないや。本人に聞いてみたいけどこんな状態だし、聞いても素直に答えてくれるか……」

 

「何か…、垣根もなのはに対して色々と、余計に意地悪だね……」

 

「「はは……」」

 

フェイトの指摘にユーノもクロノも、乾いた笑いしか出てこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同日、月村家。

 

放課後に制服のまま、高町なのはとその親友、月村すずかとアリサ・バニングスの三人がすずかの自室で並んで座ってテレビを観ている。

といっても番組を観ている訳ではない。

ビデオメールでなのはとやり取りをしているフェイト・テスタロッサからの返事を見ていたのだ。

フェイトの事等は、なのはが魔法に関する事を伏せつつもアリサとすずかには説明している為、二人とも彼女の事はビデオメールのやり取りの頃から知っていた。

何度か二人にもビデオメールに出てもらって、これを通して互いに知り合う事はできていた。

画面の中で、少し照れた様子で近況報告するフェイト。

 

『_それで、この間はリンディさんとクロノと一緒に買い物に行ったんだ。服を買ってもらったの。それが、この服なんだけど……』

 

「フェイト、最近ますます元気そうね」

 

「うん!」

 

「ほんと!」

 

アリサが嬉しそうに微笑み、なのはとすずかもニッコリする。

 

『_服選ぶって難しいよね…』

 

アリサがふと、思い付いた疑問をなのはにぶつける。

 

「でも、フェイトってどこの国の子なんだっけ?」

 

「え!?」

 

思わず声を詰まらせた。

魔法関係が秘密である以上、口が裂けてもミッドチルダとは言えない。

頭の中がぐるぐると混乱して返事に困っていると、すずかがフェイトのファミリーネームから推測する。

 

「テスタロッサだから…イタリア?」

 

「あ…そうイタリア!イターリア!」

 

他に思い付かなかったので全力で乗っかった。

 

「もう!友達の故郷くらい覚えておきなさいよ~」

 

とアリサのツッコミに、あははと苦笑いして誤魔化した。

 

「あ、あはは……(ごめんねフェイトちゃん)」

 

『_えと…、それでね、実は今度そっちに遊びに行けるんだ』

 

ビデオメールの音声が彼女達の鼓膜に響き渡り、動きがピタリと止まって絶句し、画面に釘付けになった。

 

『詳しい日付とかはまだ決まってないんだけど……、きっと近い内だから。決まったらまた連絡するね、皆と会えたら嬉しいな』

 

実におよそ半年ぶりに、直接会える。

会える嬉しさですずかとアリサの声も弾んでいる。

 

「わー!そうなんだ!」

 

「良いね!じゃ、色々案内してあげなきゃ!ねーなのは、フェイトってどんな遊び場所が……?」

 

アリサがなのはに振り向くと、無意識なのだろうが、彼女は嬉しさで感極まって涙がポロリと零れていた。

 

「あ……」

 

「あーもう……、また泣くー……」

 

と言いつつアリサは優しく背中を撫でた。

 

「ご、ごめん…ごめんね……」

 

慌てて目を擦り、涙を拭った。

すずかがそっとハンカチを渡して、微笑みながら告げる。

 

「……会えるの、楽しみだね」

 

「うん…!」

 

お土産は何が良いかな、色々考えておくね、等としばらく話した後、今日はお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

異なる時間を刻み、異なる空間に生きる人々の交流を健全なものとし、治安と平和維持の為に、法の守護者として正しい管理を行うという理念で結成された『時空管理局』。

 

歴史はいまだ浅くも、様々な分野で各世界や次元の海の治安と平和維持に尽力している。

次元の海に浮かぶ巨大コロニー「管理局本局」を中央拠点とし、次元航路の要所に「海上支部」、各世界の首都に「地上本部」を置き、それぞれに任務を行っている。

その本局に所属する、長い紫髪に眼鏡をかけた壮年の女性。

名前はレティ・ロウラン。

本局運用部の提督で、リンディ・ハラオウンとは同郷の出身で古くからの友人。

そんな彼女は今、通信回線で、とある定置観測隊から至急の配置要請を受けていた。

武装局員四〇名を強行探索装備Cで揃えてほしいというものだった。

突然の事で何事かと尋ねると、探索指定遺失物が稼働しているらしく、それを使用した被害者も発生しているという報告だった。

彼女は思案し、部下のマリエル・アテンザに確認と指示を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今 静かに

 

 

回り始める

 

 

運命の輪が

 

 

紡がれる時

 

 

一人の少女に委ねられ

 

 

巻き起こるのは禁断の魔導書

 

 

『闇の書』を巡る闘いの日々

 

 

新たな時が

 

 

今、始まろうとしている



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔導師襲撃事件

12月1日、深夜。

 

前回の事件から半年あまり。魔法の練習を続けつつも平穏に暮らし、フェイトとの再会を待つなのは。

だが、そんな高町なのはの前に、突如謎の襲撃者が現れる。「闇の書」という謎の書物を手に魔導師の魔力を集める少女。

救援に訪れたフェイト・テスタロッサと使い魔アルフ、ユーノ・スクライアは、襲撃者ヴィータを何とか退けるが、その仲間の守護騎士シグナムとザフィーラの加勢を受ける。圧倒的な戦力差にピンチの一同。

レイジングハートは中破、バルディッシュも大破され、そしてフェイトもアルフも、ユーノも押し切られてしまった。

管理局員が現着した時には襲撃者の姿は無かった。

回収保護されたなのはは時空管理局本局内の医療セクションに収容される。

相手も非殺傷設定だった為か、全員大した負傷は無く、なのはも眠っているだけだった。

 

ただし不審点が1つ。

 

魔力の源リンカーコアの異常な萎縮による、一時的な魔力閉塞。

要するに魔力が奪われていた。

 

 

次元航行艦船『アースラ』がメンテナンスで現状使用不可能の中、『闇の書事件』解決の為、アースラクルー一同は、海鳴市に臨時駐屯所を設置し、対策本部を設立。

その後フェイトはリンディと共に、なのはの保護を理由に海鳴市内で高町家の近所のマンションに引っ越してきた。

余談だが、この時にフェイトはなのはの親友2人に初対面。

フェイトは私立聖祥大附属小学校の、なのはと同じクラスに編入した。

闇の書事件解決の為に活動する一方で、学校そのものが初体験なフェイトの色々と危なっかしいスクールデイズが始まった。なのはもすずかもアリサも、何だかんだで目が離せない日々を送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12月2日、昼頃。

 

「……そーいや、もう半年ぐらい経つんだったな。あの面白事件から」

 

学園都市の第17学区。ここは自動化された施設の多い工業区で、他学区に比べて人口が極端に少ない。

そこに存在する1棟のビル。

大半はデコイの施設で、実態は暗部組織『スクール』のアジトだった。

そのアジトにリーダーの学園都市第二位の超能力者(レベル5)、『未元物質(ダークマター)』の垣根帝督がいた。

彼は別のアジトに移動する為に手持ちの荷物を纏めていた所、収納箱から使っていない見覚えのある通信用端末が出てきた。

学園都市製のものではない。かといって外部のローテクな端末でもない。

およそ半年前に時空管理局から、より厳密にはクロノ・ハラオウンから借りたままの連絡用通信端末。

意図して借りパクした訳ではなかったが、電源を切ったまま長らく仕舞っていた為、何だか逆に面倒臭くなってきてそのまま放置した。

 

「……、」

 

今更になって返すとなると、わざわざ自分の居場所の学区を教えて取りに来させるか、暗部としての用事でもない為外出許可を受け取るのに申請書類や発信器付のナノデバイスの注射等を受けなければならない。

しかし、このままというのも色々な意味で良くない。

 

「……面倒臭せえな」

 

やむ得ず、端末の電源を入れた。

問題無く起動して数分、特に着信等は無い。履歴はびっしりだったが。

 

「流石に今更かけては来ないか_ッ!?」

 

ピピピッ!と、言い終える前に着信音が響き渡る。

発信者通知欄にはもちろん、クロノ・ハラオウンの名前が。

それを見て、ありゃりゃと小さく笑って回線を開いた。

 

『良かった、繋がった』

 

有視界通信の立体画面に映っているのは、黒のスーツに白のスラックスという執務官服姿のクロノ・ハラオウン。

 

「よお、久しぶりだな」

 

『全く、今の今まで音信不通にして……』

 

「悪かったよ。俺も電源切ったまま忘れちまってさ、ついさっき思い出した訳だ」

 

軽い調子で謝る垣根に、ハァと溜め息を吐くも、すぐに切り換えて真面目な表情で少し急いだ雰囲気で告げる。

 

『…いや、今はとりあえずどうでも良い。それより、ここ最近何か無かったか?』

 

彼がそこはかと無く焦っているようにも感じ取れた垣根は、意図を汲み取ろうと受け答える。

 

「魔法絡みでか?…いや、学園都市では特には。せいぜい6月頃と最近…ここ数日で1回くらい海鳴市(あっち)でアンノウンが検出されたぐらいだな。学園都市はあんまり注目してないみてえだけど」

 

もちろん正確には、検査チームを派遣して調べたい所ではあるが、今の学園都市にとっては『超能力者(レベル5)』等の能力開発やその他各種の技術実験・開発が最優先事項なので後回しになっている。

半年前のように空振りに終わる(ように垣根帝督が仕向けた)かもしれない可能性が高いからだ。

 

『そうか…君自身は?』

 

「あん?いや別に。少なくとも魔法絡みは無いな。……海鳴市(あっち)で何か有ったか?」

 

通信端末借りパクの件を棚上げしてまで、自分の近況を尋ねてきた事に疑問を感じ、目を細める。

クロノは垣根の様子を見て件の事について話し始めた。

 

『理解が速くて助かる。…早速本題なんだが、なのはが昨夜に何者かに襲撃を受けた。救援にフェイトとアルフとユーノが向かったんだが…』

 

「へえ、あいつが。殺されたのか?」

 

垣根は意外そうな顔で目を丸くするが、動揺した様子は無い。

まるでそういう事に慣れている(・・・・・・・・・・・)かのように、自然な態度だった。

 

『…いいや。身体的ダメージは大した事無いんだ。今は本局の医療セクションで眠っている。ただ、これが1番重要な事なんだが…魔力が奪われていた』

 

「魔力が?つーか、魔力って抜いたりできるんだ?」

 

『やり方やスキルにもよるが、可能ではある。そして他の管理内外世界でも、現地の民間魔導師や魔力を有した大型の生物等が襲われて、同様に魔力が強奪されていた』

 

「同一犯の可能性が高い訳か。…で、俺は何を?」

 

『ああ、しかも複数犯で、レイジングハートとバルディッシュからの記録を見る限り、相当な手練れだ』

 

声変わりもしていない幼さの残る2人の少年。クロノ・ハラオウンと垣根帝督は、互いを見据えて意図を読み、腹の内を探ろうとしている。

 

数秒の沈黙。

 

先に口を開いたのはクロノだった。

 

『その襲撃者が学園都市に侵入して、君を襲うかもしれないから、気を付けて置いてくれ。申し訳ないが流石に管理外世界で学園都市(そちら)まで出向いて大っぴらに介入する事は難しい。君なら簡単には倒される心配は無いだろうが……』

 

なのは達はもちろん、クロノや武装局員よりも少ない魔力しか有していない垣根だが、襲撃対象にならないとは限らず、警戒し備えておくように注意を促す。

犯人側はなりふり構わないだろうが、基本的に管理外世界で学園都市側とは相互的に関係を持っていない為、存在が表沙汰になりそうなほど必要以上に干渉して現地世界に混乱をもたらす訳にはいかないのだ。

 

「それだけか?」

 

『ああ。端末はこの件が済んでからでも良い』

 

「ふうん……」

 

垣根の口元が段々つり上がっていく。クロノもそれに気付いて僅かに顔を渋らせた。

彼が何を考えてこれから何をしようとしているのか勘づいたからだ。しかも自分から動き出す時の行動力は馬鹿にできない。

 

「お前、今は海鳴市か?」

 

『今は任務中になるから答えられない』

 

「つまりソコにいるんだな」

 

『…いいや』

 

「まあ仮に?いなくても前の件で高町の家は特定済みだから、そっちに訪ねてみても良いんだが」

 

垣根もクロノの意図を読み、その上で言っている。

 

『………君はこちらからしたら、民間人で魔導師ですらない。ましてこちらからは_』

 

彼のセリフを途中で遮って、まるで心底楽しみなように笑いながら垣根帝督は告げる。

 

「だから俺から頼み込んでいるんだよ。この俺、垣根帝督が管理局に、自己責任で身勝手に協力と魔力強奪阻止に身柄の保護を申し出ているんだ。もちろん自己責任が前提だから実際保護はしなくて良い。まあ端末返却ついでに合流させてくれよ。どーせ海鳴市にいるんだろ?背景が思い切り生活感丸出しの住宅の部屋じゃねえか」

 

『そんな所も見て……。要するに面白そうだから首を突っ込ませろって事だな?』

 

「そういう事。まあアンタ等の邪魔する気は無いし指示には従うよ」

 

『拒否したら?』

 

「それなら勝手に出向いて好きに動き回る。もちろんお前等の言う事は聞かねえし邪魔もするかもしれねえし、何なら犯人側に回っちゃうかも?」

 

『それはもはや犯行予告にもなりかねないんだが……』

 

クロノはこめかみを押さえて思案する。

非魔導師だが実力者で、前回の現地での協力実績があるとはいえ、やはり民間人を不用意に事件に巻き込む事は本意ではない。

もちろん有能な駒は多い方が良いだろうし、少なくとも邪魔はしないと言っている。しかし本人が自らの意思で関わろうとしているとはいえ、やはりクロノには抵抗感があった。

だが、逆に頑なに拒絶したらしたで好き勝手に暴れに行くと予告し宣言した。

本当にそうするかは測りかねるが、満更嘘とも思えない。実際にそうなったらなったでより厄介な事になる。

早い話、興味本意で好き勝手に動き回られて、邪魔にならないよう制御下に置け。そうしたら加勢する。

答えが意図的に提示されていた。

 

『…学園都市から許可は出るのか?』

 

「出るさ。何せ魔力がアンノウンとしてまた観測されてはいるんだから。単にこの街が抱えてる案件の中では優先順位が低いだけ」

 

『…………、分かった。だが僕の一存では決められない。艦長(うえ)に掛け合って、許可が出たらで良いか?』

 

「ああ、良いぜ。まあ返事を待たずに明日には向かうから、その時また連絡くれ。俺も市内にまで着いたら一報入れるから」

 

『……分かった』

 

予防線を張られた。たとえリンディが却下しても、これでは意味が無い。

なまじ垣根帝督が超能力者(レベル5)の実力者だからこそ始末が悪い。彼が魔力も弱小だったら最悪放置しても良いのだが、中途半端に敵にサーチされそうな魔力は有していて、高い戦闘能力を有しているからこそできる恫喝に近い交渉。

垣根はそれを理解して、悪知恵を働かせてクロノに持ち掛けていた。簡単に相手の口車に乗らないばかりか、逆に口車に乗せるような悪どさ。

それをクロノも分かっていたからこそ気が進まなかったのだ。

 

『…じゃ、その時はよろしく頼むよん。執務官♪』

 

そう言うと垣根から有視界通信が切られた。

ここは海鳴市でのハラオウン家、そこのクロノ・ハラオウンの自室。彼は深い溜め息を吐いた。答えが確定している約束を取り付けられてしまったからだ。

 

自分より5歳も年下の少年に。

 

就業している訳でもない児童学生に。

 

背中から天使の羽みたいな似合わない翼を生やす悪人面のメルヘン野郎に。

 

公務員でありその道のプロである自分が言いくるめられた。

 

クロノ・ハラオウンは沈んだ表情で椅子から立ち上がり、重い足取りでリビングにいるだろう上司兼母に今のやり取りを報告しに向かう。

 

「余計に厄介な事にならなければ良いんだが……」

 

『闇の書事件』に垣根帝督という怪物が関わる事で、火に油を注ぐ結果にならないように祈って。

 

 

 

一方、垣根も『スクール』のエージェントに連絡を入れ、秘密裏に学園都市から外出する準備に取り掛かる。

サーチや解析用の機材は彼が自ら手配し用意し始めた。所詮研究解析は口実でデコイでしかない為、上に頼むまでもない。むしろ、学園都市側に何かしら自分の意図を勘づかれて機材に細工等されるかもしれない。そうなったら却って困る。

自分で準備した方が都合が良い。

準備にしながら、垣根帝督はゆったりと笑う。

 

「ここ半年暇で退屈してたんだ。せいぜい面白いものが見れりゃあ良いがな」

 

 

_そして翌日12月3日早朝、用意した1台のミニバンに乗り込んで、学園都市外周の陸路最大の搬入口となっている第11学区から出発して海鳴市へ向かった。

 

 

同日、昼間には海鳴市内に到着し、クロノに連絡を入れた。

一度アジトとして借り入れている半年前と同じ高級マンションに到着し、下部組織の運転手に待機を命じて機材等を搬入し、その後歩いてハラオウン家のマンションへ向かう事にした。

 

「高町家の近くか。普通のマンションだな」

 

垣根帝督は、紺色のカジュアルジャケットに黒いコートを纏って立っていた。

借りパク中の通信端末からクロノへメールを送っておき、ゆっくり階段を上がっていく。

到着してインターホンを押すとすぐにドアが開いた。

 

「いらっしゃい、待ってたわよ」

 

「うっす」

 

エプロン姿のリンディ・ハラオウンが出迎えた。

すぐ後ろには私服姿のクロノ・ハラオウンがいる。

 

「久しぶりね。寒かったでしょう?上がって」

 

「どうも」

 

挨拶もそこそこに、垣根は迎え入れられた。

コートを脱いでリビングに座り、軽くもてなしを受けながら件の『闇の書事件』の説明を受ける事になった。

 

「…その様子から察するに、どうやらオーケー出たみたいだな?」

 

「オーケーしなかったら別の意味で大変な事になりかねないからな。というか、殆ど恫喝だったし」

 

ニヤッとする垣根にクロノはジト目を向ける。

 

「まあそう言うな。あ、そうそう、借りパクしてた端末(これ)今返そうか?」

 

と言って、肩に掛けていた小さめのショルダーバッグから通信端末を取り出した。しかしクロノは首を振る。

 

「いや、今は良い。僕達との通信手段として事件解決までは持っていてくれ。……というか、借りパクの自覚あったんだな?」

 

「いやいや。返し忘れたのに気付いたのは学園都市に帰ってからだよ。まあ、面倒臭くなって黙ってたのも事実だけど」

 

「確信犯じゃないか」

 

とクロノが鋭くツッコミを入れた所で、お盆を持ってきたリンディが腰を下ろした。

差し出されたのは、リンディお気に入りのお茶セット。

寿司屋に置いてある湯呑みで抹茶が注がれている。ご丁寧に急須とシュガーポットにミルクポットがもある。いわばセルフ抹茶ラテのキット。

 

「……、」

 

それを見て、僅かに目を細める。垣根は他人の趣味嗜好にケチを付ける気は無いが、まさか自分にこれを差し出されるとは思わなかった。

リンディは構わず慣れた手つきで笑顔のまま、抹茶に角砂糖数個とミルクを注ぐ。

 

「はい、どうぞ♪」

 

「え」

 

「美味しいわよ♪」

 

「え」

 

ニコニコと柔和な笑顔でリンディは自身の特製抹茶ラテ擬きを勧めてきた。

垣根帝督はしばし押し黙った。別に甘いものが嫌いな訳ではない。むしろどちらかといえば好きな方だ。ラテの種類は多種多様で抹茶系も学園都市でも珍しくないのだが、わざわざ自分でしかも目分量で調合して作る人はほぼいないのではないか。

クロノやリンディ達には一切明かしていないが、垣根は他人の敵意や悪意には肌で分かるほど敏感で、自分に向けられていたらすぐに気付ける。しかしこのリンディ・ハラオウンという女からは一切それを感じられない。彼女はやり手のベテラン管理局員である一方で、垣根帝督には存在そのものが珍しいと思えるほど性根が善良な女性だった。故に、悪意やイタズラ心で抹茶ラテ擬きを勧められたらアッサリ突き返す所だが、それが無い。何と無く無下にしづらい。

彼はチラリとクロノに目を向ける。クロノは無言で、しかし目で「飲め」と語っていた。

 

「……、」

 

垣根は観念して湯呑みを手に取り、一口飲んだ。

 

「どう?結構美味しいでしょう?」

 

「……まあ、確かに。抹茶ラテの類いだと思えば」

 

特別に美味しいという訳でもないが、不味くはない。有り体に言うと想像通りだった。ただ、甘党のリンディが好んでいるのも理解できた。

 

「さて、それじゃあそろそろ本題を話そう」

 

クロノがようやく口を開いた。垣根が特製抹茶ラテを飲んだ時に何を思ったのか分からないが、一瞬フッと笑ったのがムカついたがとりあえず無視する事にした。

 

「今、僕達が追い掛けてるのは古代ベルカ発祥の第一種危険指定遺産。ロストロギア『闇の書』。古代ベルカの時代から4人の守護騎士と共に、様々な主の元を渡ってきたって言われてる。魔法も僕やなのは達のとは違うタイプなんだ」

 

リビングにホログラムの映像が映し出された。なのはと戦っているのは、赤い服装の密編みの髪型でなのは達と同年か少し年下に見える小柄な赤髪の少女。喜怒哀楽が激しそうな雰囲気で、ハンマー形のデバイスを振り回している。

 

フェイトと戦っているのは桃色を基調とした服装で刀剣形のデバイスを操る、騎士服と同色の長いポニーテールの髪型をした20代前半程度の見た目の、毅然とした表情の女性。

 

アルフと肉弾戦を演じているのは、紺色基調の服装の筋骨隆々の青白い無造作な髪型の浅黒い青年。使い魔の類いの存在なのか、アルフと同じように獣の耳と尻尾を生やしている。

 

そして、後半にスターライトブレイカーを撃とうとしている高町なのはから不意を突いてリンカーコアを掴んで魔力を蒐集した、緑基調の騎士服の金髪ボブヘアの、刀剣形の騎士と同年代に見える若い女性。一見丸腰に見えるが4つのリング指輪のように装着していたり振り子(ペンデュラム)のようなデバイスを操っていた。

 

リンディが説明を引き継ぐ。

 

「エンシェント・ベルカ…ベルカ式と言って、遠い時代の純粋な戦闘魔法。一流の術者は騎士って呼ばれる。魔方陣もミッドチルダ式とは違う形ね」

 

垣根が映像を見る。ミッドチルダ式魔方陣は二重の正方形を中心に配置した真円形なのに対し、ベルカ式と呼ばれる方の魔方陣は各頂点で小さい円が回転している正三角形をしている。

更に戦闘中にデバイスの中で何か爆発させて、一時的に出力アップさせた攻撃をしている。

 

「あのボルトアクションとリボルバー、あとあの弾丸は何だ?」

 

垣根帝督は初めて見るものに目を丸くした。

クロノが説明する。

 

「魔力カートリッジシステム。圧縮魔力の弾丸をデバイス内で炸裂させて、爆発的な破壊力を得る。頑丈な機体と優秀な術者、その両方が揃わなければ、単なる自爆装置になりかねない、危険で物騒なシステムだ」

 

「へえー」

 

彼は素直に感心した様子で聞いている。

 

「じゃあ高町達はそれのブースト攻撃で不意を突かれたってとこか」

 

「大体はそんな感じだな。なのはは一時的に魔法が使えなくなっているが、回復さえすれば大丈夫。だけど、レイジングハートもバルディッシュも修理中で、それが済むまでは2人とも戦闘不能だな」

 

「それまではあいつ等抜きで犯人探しか」

 

「そうなる」

 

「ふーん……」

 

記録映像を閉じ、ホログラムが消える。

垣根はしばらく黙って思案し、クロノとリンディに告げる。

 

「……なあ、改めて聞くが今まで例の事件て殆どこの街で起きてたんだよな?」

 

クロノが答える。

 

「ああ。もっとも、管理局が感知した以上は、追跡を避ける為に今後は狩り場を変えるかもしれない」

 

「だが、当初この街に集中しがちだったっつー事は、市内かその周辺地域に潜伏してるかもしれねえよな」

 

「そうね。その可能性はあると思うわ」

 

リンディが垣根の仮説に同意し頷く。彼は続ける。

 

「それで、俺は敵のサーチに引っ掛かる程度は魔力あるんだな?」

 

「まあ、一応は。ただなのはやフェイト所か、一般の武装対応の局員よりも小さいから、必ず感知されるかは分からない」

 

「でも可能性はあるんだよな?なら、ちょっと試してみてえ事を思い付いたんだけど、協力してくれるか?何でも良いから記録用と敵に俺が魔導師だと思わせる為に、ストレージデバイスを借りたいんだけど」

 

「ああ、それくらいなら大丈夫だと思うが……何をする気だ?」

 

「帝督く「垣根で良い」…ふふっ、相変わらずね。…あなたは魔法が行使できない体なのよね?」

 

クロノとリンディは、怪訝な顔で声を発した。そんな2人に、垣根帝督は年不相応な悪どい笑顔で告げる。

 

「まあ要するに、俺自身をエサに連中を誘ってみるんだよ。誰か1人でも俺というルアーに食い付いたらラッキー、何も無しでもまあ、サーチの基準が分かるだろうし満更ムダじゃねえ。どの道高町達の復帰は必要だろうしな。ダメ元でやってみようぜ」

 

「しかし、君の安全は?」

 

「そんなの分かってんだろ執務官。自己防衛ぐらいするし、たとえやられても自己責任だから良いんだよ」

 

少なくとも、負けないだけの自信はある。垣根はそう余裕の表情で語った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

再会と邂逅

海鳴市でのハラオウン家として、臨時駐屯地としても機能しているマンションの一室。

昼下がりの今、執務官補佐官エイミィ・リミエッタも交えてリビングで寛ぎながら、垣根帝督は引き続き件の『闇の書』に関する説明をクロノから受けている。

 

「闇の書の最大の特徴は、そのエネルギー源にある。闇の書は魔導師の魔力と魔法資質を奪う為に、リンカーコアを喰うんだ」

 

「なのはちゃんのリンカーコアも、その被害に……」

 

「ああ、間違いない。闇の書はリンカーコアを喰うと、蒐集した魔力や資質に応じてページが増えてゆく。そして、最終ページまで全てを埋める事で、闇の書は完成する」

 

「完成すると、どうなるの?」

 

エイミィは、怪訝な顔で声を発した。

クロノは少しうつ向き、静かに答える。

 

「……少なくとも、ロクな事にはならない」

 

ソファーに座る垣根はそれを聞いて、

 

(学園都市の敷地で完成とかして、そのロクな事にならない事態になったら、面白いかもな)

 

全く関係無い物騒な事を考えていた。

ガチャッと鍵を開け、玄関のドアが開く音が聞こえた。

誰か帰ってきた。買い物に行っていたリンディ・ハラオウンだろうか。

 

「ただいま」

 

「!」

 

予想していなかった声が聞こえ、垣根帝督は意外そうな顔をした。

リビングに入ってきたのは、白いセーラー服風の女子児童制服を纏った、長い金髪を太めの白いリボンで結んでツインテールにしている。端正な顔立ちの大人しそうな雰囲気の少女。

 

フェイト・テスタロッサ。

 

しかも散歩帰りなのか、赤い体毛の子犬を連れていた。

 

「ただいまクロノ。あ、エイミィも来てたんだ_ッ!?」

 

「あ、フェイトちゃんおかえりー」

 

フェイトはクロノ、エイミィの顔を見て微笑んだ直後、想像もしていなかった男の顔が目に映り、絶句する。

なのはと同じく約半年ぶりに会った、一度だけ刃を交えた魔導師ならざる存在。

 

「…ただいまって?一緒に住んで……ああそうか。艦長さんがこいつの保護責任者だからか」

 

垣根は最初は訳が分からなくなったが、リンディの事を思い出して納得する

 

「ああ、まあ厳密には本局にもう1人フェイトの保護責任者はいるんだが」

 

と、クロノが補足した。

ポカーンとしている1人と1匹。

垣根はへぇーっと軽く返事してフェイトから目を逸らし、通称『リンディ茶』をズズッと啜る。

しばらく口を半開きにしたまま呆然としているフェイトと子犬(アルフ)だったが、ハッと我に返って再び垣根帝督の方を見た。

彼は事も無げにリビングで変わらず寛いでいる。

クロノからもエイミィからも、リンディからも誰からも聞いていない。垣根がここに来る事など全く。

フェイトは慌てて垣根に近づいて矢継ぎ早に告げる。

 

「え、え?ええ!?ち、ちょちょっと待って!なな何で!?何で垣根(あなた)がここに!?いつ来たの!?何で!?どうして!?」

 

「近い近い、落ち着けよお前」

 

「あ…ッ!ご、ごめん……!」

 

言いながら無意識にお互いの鼻が当たりそうになるほど顔を近づけてしまい、垣根が鬱陶しそうに眉をひそめてシッシッと手を振る。

フェイトも気付いて恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら退いた。

 

「つーか言ってなかったのかよ執務官?」

 

彼はジロリとクロノを見る。クロノは涼しい表情で、

 

「ああ、色々あって言いそびれた」

 

「確信犯じゃねえのか?」

 

「それはお互い様だ」

 

悪びれた様子の無い彼に舌打ちをして、そっぽを向く。

と、ここでようやく子犬に気付いた。

いつから犬を飼うようになったのか?何だか見覚えのある色の体毛、見覚えのある雰囲気、そういえば彼女の使い魔は赤い毛並みの狼だったか。…そう、ちょうど狼形態のアルフを小さくデフォルメしたら、こんな感じになるんじゃないのか……?

 

「……アルフの子供?」

 

「違うよ!あたしだあたし!アルフだよ!」

 

子犬が喋った。

 

「うわっ、犬が喋っ…!え、本人?お前がアルフ?」

 

「そーだよ」

 

「え?お前もっとデカい犬じゃなかったか?」

 

「あたしは狼だっての!まあ地球じゃフェイトの魔力にも、燃費の良いようにしたんだ。主にこの新形態『子犬フォーム』でね!」

 

確かに声も聞き覚えがあったが、小さくなった影響か声色が見た目同様に幼くなっている。

垣根は興味津々といった調子でソファーから立ってアルフの側に歩み寄ってしゃがみ、ジロジロと物珍しそうに見る。

何故かアルフもアルフで誇らしそうにしている。

 

「へー、使い魔って、必要に応じて姿をそこまで変えられるんだな。スゲェな。…あ、いや、人間形態と狼形態を使い分けてる時点で今更か」

 

「へへん♪」

 

「……所でアルフよ」

 

「ん?何だい?」

 

「『子犬フォーム』って名乗った時点で、結局犬っコロ確定だな」

 

「うっさい!!」

 

ガブリッ!!と垣根の左手に噛み付いた。

 

「痛ってええええええええええええぇぇぇェェェええええええッ!!!!」

 

 

数十分後、黄色と白の横縞模様のトップスに白のデニムスカートという私服に着替えてきたフェイトがリビングに戻る。

クロノとエイミィ、買い物から帰ってきたリンディ、アルフに噛まれて歯形ができた左手をヒラヒラと振っている垣根が待っていた。

噛み付いたアルフは子犬フォームのまま、垣根からプイッとそっぽ向いている。

 

「……それで、何でここに?」

 

フェイトは垣根に聞きたい事が色々あったが、ひとまず一番聞きたかった事から聞いてみた。

垣根は簡潔に告げる。

 

「単刀直入に言うと、借りパクした端末返すついでにこの件にも首突っ込みに来た」

 

「ええ……?」

 

フェイトは身も蓋もない彼の物言いに、顔を引きつらす。

特に正義感や大義名分も無く、フェイト(じぶん)達に会いに来た訳でもなく、ただの興味と好奇心で一枚噛もうと思っているのだ。

ハァッと溜め息を吐くクロノ、あははと苦笑いするエイミィ、何故かクスクスと微笑むリンディ。

そんな3人を尻目に、垣根は特製抹茶ラテの残りを飲み干した。彼は湯呑みを置くと、フェイトの顔を見て告げる。

 

「それよか、お前が帰りに着てたの確か高町んとこの学校制服か?」

 

「あ、うん。リンディさんの薦められて、留学生って形で聖祥小学校に通う事になったの」

 

「へえ、良かったじゃねえか」

 

「うん…。学校通学自体が初めてで、不安で戸惑ったけど、なのは達が色々と助けてくれたから…。明日からも学校が楽しみなんだ」

 

フェイトは頷いて、今日の出来事を思い出し嬉しそうに微笑む。

そんな彼女に、垣根は目を合わせないままうっすらとした笑顔(無自覚だが見方によっては冷笑に見える)で告げる。

 

「まあ、お前は一見内気で天然っぽいけど性格も良いし、妬まれでもしない限りは大丈夫だろ。学習しながら学校生活を楽しめば良い」

 

もし何かあってもお前の(ダチ)が助けるだろうしな、と彼は小さく呟いた。

 

「うん!あ、垣根は普段、学園都市ではどうしてるの?そこの学校って、どんな感じ?」

 

フェイトの質問に垣根は少し意外そうな顔をした。自分の事を聞かれるとは思っていなかった。

 

「あん?別に変わった事はしてねえよ。お前等の学校が具体的にどうかは知らねえが、俺の学校も多分普通だと思うぞ」

 

嘘である。

 

クロノとリンディ以外の殆どには秘密にしているが、一応超能力者(レベル5)の第二位で暗部に身を置いている垣根帝督も表では小学生。『時間割り(カリキュラム)』を始めとする、宿題・試験・補習等の学習を行い、夏季と冬季の長期休暇や部活動、放課後の自由時間といった一般的な日課を送る事になっている。

もっとも、暗部の活動の方が優先順位の高い都合上、垣根の登校日数は少なく、あまり年相応の学校生活は送っていない上本人もその意欲が低い。

 

「そうなんだ…」

 

フェイトは味気無い返事に少し残念そうな表情になるが、彼は構わずくだらなさそうに告げる。

 

「別に俺の事なんざどうでも良いだろ。今大事なのはお前のスクールライフなんだろうから」

 

話を逸らそうとした時にフェイトは別の事に気付いて、あ!と声を出す。そして、彼女らしくない含み笑いを浮かべてソファーに座る垣根のすぐ側に座ってきた。

 

「何だ?何がしたいんだお前?」

 

垣根は怪訝な顔をする。フェイトは変わらず含み笑いで見つめて告げる。

 

「お前、じゃないよ。わたしはフェイト・テスタロッサって名前があるんだから、名前を呼んでね」

 

垣根はハッ、とくだらなさそうに鼻で笑った。

 

「わりぃわりぃつい癖になってた。名前で呼ばれねえのムカつくもんな、テしゅタロッサ_」

 

「え……」

 

「……、」

 

「……、」

 

「……、」

 

フェイトだけでなく、同じくソファーに寛いでいたクロノもエイミィもリンディも、言葉を失った。

当の垣根帝督はしらばっくれた顔をしている。フェイトは彼のセリフを反芻する。

 

「てしゅたろっさ……」

 

「っせえ、噛んでねえ」

 

「噛んだよね」

 

「噛んでねえっつってんだろ!」

 

噛んだのは明白だが、指摘されればされるほど彼は意固地になり、ドンッとテーブルを左拳で叩く。

エイミィもクスクスッと笑って口を挟む。

 

「絶対噛んだよね」

 

チッと舌打ちをして立ち上がる。左手首の腕時計を見て、リビングを出ようと歩き出した。

 

「あーもうこんな時間か。そろそろお(いとま)するわ」

 

(噛んだ…)

 

笑いを我慢して、口元を不自然に歪めたクロノが尋ねる。

 

「もう行くのか?時間的にはまだ早いんじゃないか?」

 

まだ、明るい昼過ぎ。″例の″作戦をやるにはまだ早い。

 

「良ーんだよ。どうせ長居する気も無かったし、時間まで適当に道草食って時間潰しするさ」

 

垣根は振り向かずに左手をヒラヒラと振って告げ、お邪魔しましたと足早に出ていった。

 

 

垣根帝督が去ってから数分後。

 

「…絶対噛んだよね?」

 

フェイトがポツリと呟く。

 

「うん、垣根くん意地になってたけど。意外と可愛いとこあるんだね~♪」

 

てしゅたろっさって、とエイミィもニマニマして面白そうに言う。リンディも微笑ましそうな顔で、

 

「案外、年相応に子供らしい所もあるのね。ちょっと安心したわ」

 

「本人が聞いたら余計に怒りそうだけどね」

 

クロノもフッと少しだけ笑い、続けてこうも思った。

 

(しばらく彼はエイミィにこの事で(いじ)られるかもな。少しだけ同情する)

 

彼は垣根に心の中で合掌した。

フェイトはふと、リビングの隅に畳まれた黒いコートに気付く。クロノのものかと思ったが、リンディもそれに気付いて、

 

「あら、垣根くんコート忘れてっちゃったわね」

 

「あのコートは垣根の…わたし、届けてくる」

 

フェイトが立ち上がるが、クロノが制止した。

 

「いや、大丈夫だろう。気付いたら彼から取りに来るだろうし、そうでなくても明日取りに来るだろう」

 

「でも、寒くないの?」

 

「まあ大丈夫だから構わず外に出たんだろう」

 

「そうね。それに…、あの子に常識は通用しないから……」

 

クロノとリンディだけは垣根帝督が学園都市第二位の超能力者(レベル5)だという事、『未元物質(ダークマター)』という能力も大雑把には理解していた。ただし他言無用の条件で。

 

「「???」」

 

その事情を知らないエイミィとフェイトは、訳が分からず首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、テしゅタロッサと噛んだ垣根帝督は、海鳴市内の図書館に来ていた。

 

ここに来るまでに市内のあちこちを寄り道していた。そもそも時間潰しの為に当てもなく闊歩していただけで、何となく最後に辿り着いただけだった。

週刊漫画雑誌のページをめくって閉館まで暇を潰す。

 

(件の闇の書ってヤツは確か666ページ…。この雑誌1冊半分くらいか…)

 

彼の視界の端を、車椅子に座る茶色いボブヘアーの髪型の少女と、並行する黒紫色の長い髪に白いカチューシャの、聖祥小学校の制服の上に学校指定の茶色いダッフルコートを纏った少女が通り過ぎた。

聖祥の制服に一瞬目が行くが、すぐに戻した。高町なのはやフェイト・テスタロッサが通っている事、垣根帝督も書類上所属している(退校手続きを行っていなかった)事というだけで、この図書館に来るまでに何人か男女問わず制服姿の児童を見掛けていた。そう考えれば珍しくも何ともない。

そして1時間少々。日が傾き始めた夕方、閉館を知らせる館内放送が流れ、垣根は漫画を閉じて棚に戻す。

ゆっくり立ち上がり、2ヶ所ある出入口の1つに向かった。

自動ドアのすぐ外には、複数の男女がたむろしていた。いや違う。何か口論になっているように見える。聖祥の制服姿の女子小学生と車椅子の同年代の少女と、学ランを弛く着崩したチンピラ風味の男子中学生4人が言い争っている。

ちょうど出入口を男子中学生達が塞いでいた。

 

不良やチンピラの類いは学園都市にも存在する。

それ等が集まり犯罪行為等を行ったりする事もある、主に無能力者(レベル0)の武装集団、スキルアウト。

 

(やっぱ学園都市の外にも、こういうヤツはいるんだな)

 

スキルアウトにはいくつか派閥や集団、非行の程度にも幅があるが、本筋とは無関係なので割愛させていただく。

 

「邪魔だな」

 

 

 

「…だから、道を空けてくださいって頼んでるだけじゃないですか…」

 

月村すずかは困ったように少年達に言う。

しかし彼等はヘラヘラしながら真面目に聞く耳を持たない。

 

「だから通れば良いじゃん。階段は人1人分は空けてんだし」

 

2人の少女達の片方が車椅子なのを分かってて言っている。

 

「見て分かるでしょう?はやてちゃんは車椅子だから、そこのスロープからじゃないと通れないんです。スロープさえ空けてくれたら後はあなた達に何も言いませんから、お願いします」

 

「えー、ヤダ♪」

 

「他人にお願いする割りには態度がなってねーな」

 

「頭ぐらい下げろよ。あ、今の態度のお詫びも兼ねて、土下座だな。こりゃ」

 

どーげーざ、どーげーざ、手を叩きながら少年達が好き勝手に悪ふざけを始める。

流石にカチンときて、すずかは語気を強める。

 

「いい加減にしてください!何でそんな意地悪するんですか!何が楽しいんですか!」

 

「すずかちゃん、ええよ。わたし、この人達が帰るまで待つから…」

 

薄ピンク色のセーターとマルーン色のミニスカートにタイツとソックスを履いて、その上にストールを纏った車椅子の少女、八神はやてはすずかの左袖をクイクイと軽く引いて宥めるように言った。

 

「でも…」

 

「ええんよ。仕方ないわ」

 

済まなさそうなすずかを苦笑を浮かべながら止めようとする。

自分のせいで話が拗れて、彼女に迷惑をかけたくなかった。

それを見て不良中学生達はニヤニヤしながら、口々に言う。

 

「お、そっちの車椅子の子はお利口だねー」

 

「聞き分けいーねー。そーゆー子、お兄さん達好きだよー?」

 

「オラ、そっちの君も見習えよ」

 

「あ、そうだ。ただ待つだけなのも退屈で暇だろ?折角だから俺達と喋らない?何なら場所変えてゆっくりしよーぜ」

 

マッチポンプそのもの。最初からこれが狙いだったのか、ただ単にその場のノリで始めた悪ふざけなのかは分からない。だが、彼女達の感情を逆撫でするには十分な言動だった。

月村すずかは夢中で追い返したかったが、車椅子ですぐに動き回れない八神はやてもいる。

彼等を不用意に怒らせて、手を出されたら自分だけでなく彼女にまで危険が及ぶだろう。

怒りとは裏腹に具体的な抵抗も打開策も無く、口元を固く閉じて歯を食い縛り、キッと悔しそうに少年達を睨み付ける。

その視線に気付いた1人がすずかにツカツカと歩み寄り、馴れ馴れしく肩へ腕を回して顔を寄せる。

 

「なーに睨んでんのー?もっと楽しめよ。一緒に遊ぼーぜー」

 

「な……やめてください……っ!!」

 

「すずかちゃ_っ!?」

 

「そーそー、どーせ暇だろ?俺達も暇してるんだから付き合ってよ」

 

心底嫌そうに表情を歪める。はやてもすずかを心配して声をかけた時に、反対側から近寄ってきたもう1人に肩へ腕を回され、驚きと嫌悪感で絶句した。

 

「つーか、この()達小学生っぽいけど結構カワイイじゃん」

 

「だな、これからどっか行く?」

 

ここで月村すずかの堪忍袋の緒が切れる。

 

「いい加減に_「取り込み中か?」っ!?」

 

「え?」

 

「「「「ん?」」」」

 

図書館の出入口の内側、少女達から見て左手側の方から、声が聞こえて一斉にその方向を向いた。

紺色のカジュアルジャケットを纏った痩身の少年が、両手をズボンのポケットに突っ込んでゆっくり歩いてくる。

身長はすずか達より少し高そうだが、彼女達に絡んでいる中学生達よりは低い。

声変わりもしていない幼さの残るが平淡で冷たい印象の声色。

前髪の長い茶髪で殆ど隠れているが、鋭く暗い瞳。

年相応に端正な容貌だが、悪い目付きと相まって何だかガラの悪そうな雰囲気の少年。

 

少女達からすれば助けに入ってくれたように見えるが、見た目はどちらかと言うと不良サイドにカテゴライズされそうな男。

 

垣根帝督。

 

彼は少年達と少女達との等距離の辺りで立ち止まり、くだらなさそうに告げる。

 

「まあ俺にゃ関係無いな。口喧嘩やらナンパやらは勝手にすれば良いが、通り道を塞ぐんじゃねえ。邪魔だよどけよ」

 

突然口を挟みに来て横槍を入れ、まるで野良犬を追い払うようにシッシッと手を振ってきた。

おそらく年下であろうこの男の、自分達を対等な人間としても見ていない態度、一言一句が失礼で馬鹿にしているとしか思えなかった。

 

「て、めぇ…!何しゃしゃり出てんだよ!!」

 

「邪魔すんじゃねえ!消えろクソガキ!!」

 

突っ立っていた2人がキレ出す。

 

「まーまー、女の子の前でヒーロー気取りでカッコ付けたい気持ちは分かるけど、男はお呼びじゃねーんだよ。帰りな」

 

「そーそー、4対1で立ち向かうなんて馬鹿だぜ?それにガキの癖に年上に対する礼儀がなってねえな。…大人しく帰らないとお兄さん達ボコっちゃうよ?」

 

少女達の肩へ腕を回している2人はギャハハハ!!と笑い、彼を煽りつつも追い払おうとするが、当の垣根は何言ってんだコイツ等、とつまらなさそうな顔をしているだけだった。

 

「いや、帰りてえからどけっつってんだよ」

 

「出入口はもう1ヶ所あるだろ?そっち行けよ」

 

「そっちもう閉まってるからこっち来てんだよ、時間見りゃ分かるだろ。ダサいナンパに知恵を使う前に一般常識身に付けろ。…それとも、テメェ等の頭蓋骨にゃ脳味噌入ってねえのか?試しに振ったり叩いたりしてみたらどうだ?空っぽなら良い音がするかもよ」

 

散々な物言いにいい加減全員が腹を立てた。

 

「ふざけんじゃねえ!!」

 

「何なんだてめえ!!これ以上邪魔すんなら容赦しねえぞ!!」

 

「女の前だからってカッコ付けてんじゃねえよ!!」

 

「ブッ殺すぞクソガキ!!」

 

次々に怒号が響くが、垣根の表情は変わらない。不良少年達の威嚇を歯牙にもかけない。

 

「だからテメェ等のダサいナンパの邪魔はしねえっつってんだろうが。大人しくどいてくれりゃそれで良い。そこの女は知り合いでも何でもないし、興味もねえ。…つーか、現在進行で俺の通行の邪魔してんのはテメェ等だろうがクソボケ」

 

勝手気ままに言って、再び少年達に向かってシッシッと手で払う。

終始この態度が少年達に不快感を与える。

 

「ほら、もう良いだろ?さっさと失せろよカス。何なら帰って良いぞ」

 

ついに不良少年達がキレた。

 

「ナメてんじゃねーぞ!!」

 

「ブッ飛ばす!」

 

1人が垣根帝督の胸ぐらを掴んで顔を殴った。

 

「「ああ!!」」

 

月村すずかと八神はやてが悲鳴を上げた。……が、

 

「痛ってえな」

 

「「「「ッッ!?」」」」

 

「「え!?」」

 

殴られたはずの垣根は倒れたりも仰け反ったりもしなかった。

殴りかかった少年の右拳が突き刺さった左頬から僅かに顔が傾いただけで、両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、鉄柱のように微動だにしていなかった。

本当に痛いのか怪しいほど、表情1つ変えずに彼は自然に言った。

 

「そしてムカついた。こっちは道さえ空けてくれりゃ、何もしねえで素通りしてやるっつってんのに。……まあこれで正当防衛は成立するよな?」

 

「ああ?何言って_ッ!?」

 

ゴンッ!!と、言い終わる前に殴りかかった少年の顔面に垣根の右ストレートが炸裂し、一気に吹き飛ぶ。

ノーバウンドで近くの街路樹に激突した少年の体がずるずると地面へ落ちていく。

しかも鼻が折れてひん曲がり、前歯も2本ほどへし折れて気絶してしまった。

 

「この野郎!!」

 

「やっちまえ!!」

 

「半殺しにしてやる!!」

 

残り3人が一斉に襲い掛かるが、

 

「チッ、うぜえな」

 

誰も気付く事はなかったが一瞬、彼の体からヂッ、と音が出る。

 

ずむっ!!ずむっ!!と、

 

「がッッ!!!?」

 

「ばうッッ!!!?」

 

鈍い音(気持ち的には呼び鈴の音)を響かせ先行した2人は股間を棒蹴りの要領で蹴り上げられた。悶絶しうずくまる2人。

 

「ぐあッッ!!」

 

最後の1人も左ストレートが鳩尾に命中し沈んだ。

 

「ったく、ザコの癖に何で自滅したがるんだか。さて…」

 

一瞬の出来事でポカンとしている2人の少女には目もくれず、垣根は立ち去ろうと歩き出した。

しかし、そこで鳩尾を殴られた男が激痛を堪えて何とか立ち上がり、カッとなってポケットに忍ばせた折り畳み式のナイフを取り出す。そして歩き始めた垣根帝督の後ろからナイフを突き出して走る。

 

「こんのぉ……クソガキがぁぁぁああああああッッ!!!!」

 

「あ…!危な…ッ!!」

 

すずかが叫ぶが、間に合わない。はやても思わず目を背けて顔を両手で覆った。

しかし、彼はクルリと振り向いて両手をポケットに入れたまま右足を振り上げる。

ドゴッ!!と右足の靴底が少年の顔に命中した。

 

「ごぐっッ!?」

 

反動で来た方向へ弾き返され、仰向けに倒れる。衝撃でナイフを手放してしまった。

 

「しつけーんだよ。通行の邪魔だから失せろっつってんだろうが」

 

垣根は倒れた少年の顔に、グシャッ!!と思い切り靴底を叩き付ける。

 

「がぁぁぁっ!!」

 

顔を踏みつけられ鼻血を垂れ流す不良少年。

垣根はグリグリと靴底を押し付けながら、冷え切った視線を向け小さく笑って告げる。

 

「死にたくなかったら二度とこの俺に楯突くな。つーか現れんな。次会ったら殺す」

 

「あ、ああ……あばばば……が…ぐ……が……!」

 

「返事は?はいかイエスかしかねえけど」

 

ゆっくりと靴を退かすと、顔の真ん前にピタリと止まって再び狙いを定めて、垣根はギロリと睨む。

意図的に提示した答え以外は認めない。認めていない返事をしたら、その顔を踏み潰すと暗に示している。

 

「あばば!?……は……ひ……!!ひひひはひやは…は…ひゃ。は……は……は、はい!!」

 

半ば泡を噴くように悲鳴を上げ、失禁し、ようやく返事を絞り出した。

その声を聞いてようやく彼は足を地面に下ろした。直後、不良少年は黒目をぐりんと上げて意識を手放した。

 

「ふん、くだらねえ三下風情が。弱い癖にイキッてんじゃねえよ」

 

ボコボコにされて気絶した不良少年達と、状況の変化に付いてこれず唖然呆然としている少女達を一瞥し、再び背を向けた。

 

「…あ、あの……、すみません!」

 

「…あ!あ…あの……ありが_」

 

月村すずかと八神はやてが歩き出した垣根帝督に声をかけたが、彼は最初から彼女達も眼中に無く、振り返りもせず無視してさっさと立ち去ってしまい姿が見えなくなってしまった。

残された2人の少女とボコボコにされぶっ倒れている4人の不良中学生。自分達に絡んできた迷惑な人達だったとはいえ、怪我人を放置して帰るという選択を2人はできなかった。

やむを得ず、すずかが携帯電話で119番通報をして救急車を呼び、彼等が搬送されるのを見届けてから2人は帰る事にした。

 

 

余談だが、この時お互いに全く意識していなかったが、月村すずかと八神はやてと、垣根帝督との初の邂逅となった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

VS 未元物質(ダークマター)

とある管理世界の辺境。

 

守護騎士ヴォルケンリッターの将、シグナムが少々息を上げて立っていた。

彼女のすぐ脇には、魔力を有する巨大な現地生息の生物が複数倒されていた。

全て魔力の源のリンカーコアがシグナムによって奪われている。

 

「少々数が多かったな。大丈夫かレヴァンティン」

 

『Ja』

 

闇の書完成を目指して、守護騎士達は各地世界に散開して魔力蒐集活動に勤しんでいた。

彼女は別世界へ向かっている仲間へ通信を行う。

 

「シグナムだ……、こっちは済んだ。ヴィータ、ザフィーラ、そっちはどうだ?」

 

 

海鳴市内外で隠密行動しているヴィータが始めに答える。

 

「目下捜索中だよッ!忙しいんだからいちいち通信してくんなっ!」

 

『そうか』

 

更に別ポイントにいるザフィーラが反応した。

 

『捕獲対象はまだ見つかっていない。見つかり次第捕らえて糧とする』

 

「もう良いな!切るぞッ!」

 

元々、喜怒哀楽が激しい性格のヴィータの今の口調は、分かりやすく焦りと苛立ちを感じ取れた。

それを理解した上でシグナムは告げる。

 

「ああ…気を付けてな」

 

『分かってらッ!』

 

そう言い放つとブツッと通信を切った。

 

『ヴィータちゃん苛立ってるわね』

 

ゆったりとした柔らかい声が聞こえる。

ヴォルケンリッターの1人で後方支援担当のシャマルだ。

彼女は通信や治療といった補助技能に優れている。

 

「シャマルか。そっちはどうだ?」

 

『広域探査の最中。順調とは言えないけど、何とかやってるわ。状況が状況だから無理もないけど、ヴィータちゃん無理し過ぎないかしら……』

 

シャマルは探査を継続しながら、心配そうな表情になる。

 

「一途な情熱はあれの長所だ。焦りで自分を見失うほど子供でもない、きっと上手くやるさ」

 

『……そうね』

 

シグナムの言葉を聞いて気を取り直し、更に深く広く探査を続ける。

シャマルも今、別世界から戻ってきて海鳴市で広域探査を行っていた。

ダメ元に近かったが、たった今ヒットした。

 

『さ……、新しい捕獲候補を見付けたわ。ヴィータちゃんが近いわね。魔力は大きくないけど管理局の事もあるから、シグナムも一休みしたら向かってね』

 

「いや……、すぐに向かう。良いなレヴァンティン」

 

『Verstehen』

 

言って、シグナムも通信を切った。

 

シャマルは探査を続行しつつヴィータのサポート準備に取り掛かりながら、独り呟いた。

 

「さあ……今夜もきっと、忙しいわ」

 

探査の網にかかったターゲットの有する魔力は大きくない。

一般的な管理局の武装局員より若干小さいくらいだ。

しかし、油断はしない。もしかしたら管理局側が自分達を捕らえる為に仕掛けた撒き餌かもしれないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

夜の海鳴市、喧騒とした市街地。

 

魔力蒐集の対象を捕捉した鉄槌の騎士ヴィータは、平和な下界を睥睨し意を決して呟いた。

 

「やるぞ、グラーフアイゼン」

 

Einverstanden(了解)

 

彼女は愛機を振りかぶって構える。

グラーフアイゼンのコアが紅く輝き、正三角形状の魔方陣が展開する。

 

『封鎖領域』

 

瞬時に街一帯が巨大なピラミッド形の捕獲結界が展開され呑み込まれた。

街中の人々も自動車も、生物全てが姿を消す。

このヴィータによる結界は指定条件に適合するもののみを残し、それ以外の人間や動物を排除する仕様になっている。

元々ヴィータは『大型魔力反応の持ち主』のみを残すよう設定して発動していたが、今回はシャマルからもたらされた対象の魔力反応の情報を元に、下方修正を行っていた。

 

彼女は、結界内に取り残された人間を目視する。

両手をズボンのポケットに突っ込み、当てもなさそうにゴーストタウンと化した街中をほっつき歩く1人の男。

背格好からして、自分達の主と同年代の子供だろうか。

魔力反応の程度からすれば、魔導師としてのレベルは高くないだろう。この前の白ずくめや黒ずくめの少女達よりは御しやすいはずだが、前述の通り罠の可能性を念頭に置き、その上でヴィータは奇襲すべく動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Communications down(通信断絶)

 

左手で握ったカード状のものが展開するホログラムにはそう表示されていた。

これはクロノ・ハラオウンから借用している待機状態のストレージデバイス。

それを見ているのは、街中の歩道を歩く1人の男。

彼は歩きながらも『能力』を発動すべく、演算し周囲の目一杯に素粒子(ダークマター)を散布する。

自分を狙ってくるであろう敵をサーチする為に。

 

「思ったよりあっさり掛かったな。そんなに魔力蒐集に急いでいるのか、それとも餌だと分かってて来たのか、それか両方か……」

 

ストレージデバイスをポケットにしまいながら小さく呟く。

背後の夜空から一筋の赤い流星が迫る。だが彼は振り向かない。

対象の視界の外から放たれ、対象に向かって軌道修正しながら飛ぶ誘導射撃弾。

魔法による誘導弾は設定や種類によって、一定以上の速度で動くものを追尾するものや、熱量の高いものを追尾する等の条件を決めて発射する。

垣根に今放たれている誘導弾は、対象の魔力反応を追尾するタイプだった。

真っ赤に輝く誘導弾は無防備な少年の背中を捉えてまっすぐ進み、正確に着弾した。

 

ドゴォォォォンッッ!!!!

 

轟音を響かせ大爆発し黒煙と粉塵を撒き散らす。

 

「でやぁ!!」

 

黒煙の中心目掛けて、ヴィータはグラーフアイゼンを基本の『ハンマーフォルム』で振り下ろした。

 

しかし、

 

「ッ!?」

 

彼女の一撃はブワッと空を切っただけだった。

手応えが無い。文字通り空振り。

黒煙の中心地にいるはずの対象が消えている。

ヴィータは咄嗟に構え直しながら後退し、着地して周囲に目を走らせた。

 

(消えた!?やっぱ罠だったのか?ならヤツはどこに!?)

 

「後ろから不意打ちとはご挨拶だな」

 

「ッ!!」

 

幼さの残るアルトボイスがヴィータの鼓膜を震わせる。

煙が晴れると、その少し後方に紺色のカジュアルジャケットを纏った茶色い髪の少年が立っている。

 

無傷。

 

長めの前髪から覗く、人生の裏道を歩き続けた者にしか宿らない暗い眼光に、己に絶対的な自信を有しているかのような口元の薄い笑み。

自分に不意打ちを仕掛けてきた襲撃者が数メートル前にいながら、その両手はズボンのポケットに突っ込んだままだった。

 

(こいつ……あたしの弾が『当たる前に自分で爆発を巻き起こしてから後ろに飛び跳ねた』ってのか…?)

 

つまり、この男はヴィータの誘導弾が命中する直前で何らかの方法で爆発を引き起こして被弾のダメージを相殺しつつ、自身が起こした爆発からはノーダメージでいる。しかも舞い上がった黒煙と粉塵で目眩ましをしてその隙に後方へ回避していた。

ギリッと歯噛みして少年を鋭く睨み付ける。

 

(しかも魔法を使った感じがしねえ…。どーなってんだ?)

 

ストレージデバイスは待機状態でズボンのポケットにしまったまま。魔力反応はあるが魔法を行使している様子が見られない。

 

(…魔導師じゃない……?)

 

「おいどうしたよ。何黙って固まってんだ?チビ助」

 

余裕綽々の態度で悪態を吐いてきた。

管理外世界の、得体の知れない人間。

だが、それでも魔力を諦める訳にはいかない。

 

守りたいものがある。大切な人がいる。その為ならば…、

 

「誰がチビ助だ!……テートリヒ・シュラーク!!」

 

『武器への魔力付与による打撃力強化』がベルカ式魔法の基本形。

ヴィータはホバリングするように宙に浮き、赤髪の密編みをなびかせて回転し肉薄、得物を少年へ振り下ろす。

彼は突っ立ったまま避けようともせず薄く笑っている。

また爆発で相殺されるかカウンター攻撃を受ける可能性を考えて防御障壁を展開できるようにしつつ打撃を命中させた。

 

ドゴッッッッ!!!!!!

 

彼女の一撃を、避けようとも防ごうともせず受けた少年があっさりと後方へ吹き飛ばされる。

歩道に面したビルの中へと突っ込み、バキバキと内装を破る音が連続した。

しかしヴィータの顔には不快感しかない。 手応えを意図的に外された感触が得物を通して掌に残っている。

直前まで余裕そうな顔をしていただけに、今の攻撃が効いたかどうかも怪しい。

だがそれでも、彼女は追撃すべく次の一撃を仕掛ける。

 

「…っせぇい!!」

 

彼女は3つの鉄球を放り、ハンマーヘッドで叩いて飛ばす。

 

シュワルベフリーゲン。

 

打撃によって初速を得た高重量の鉄球弾は高い威力を誇り、追尾性能を持って少年のいるビルの内装へ吸い込まれる。

 

ドドドッッッ!!!!!!

 

突き破られたビルの穴からもうもうと粉塵が舞う。

しかし悲鳴も何も聞こえてこない。

 

「…逃げられたか?」

 

しかし、脱出したなら他の位置に新たな穴が空いているはずだし、転移魔法か何かで姿を消したなら魔力反応も消えているはずだ。

つまり、攻撃を受けた彼は確かにそこにいる。

 

「ったく、痛ってえじゃねえか」

 

爆弾テロにでも遭ったようなボロボロのビルの内部から、そんな声が聞こえてきた。

 

「チッ…やっぱ効いてねえ……ッ!」

 

聞こえてくる声色には緊張感も呼吸の乱れも感じない、平淡で呑気な声。きっとロクにダメージも受けていない。

一体どうやって無事でいるのか訳が分からない。

 

「今俺に打ってきたのは魔力弾じゃなくて鉄球か。なるほどなるほど、鉄球をそのハンマーで魔力を付与して打ち出したって訳か」

 

やはり無傷。

 

ビルから歩いて出てきた少年の全身を、白い繭のようなものが包んでいた。

いや違う。

ひとりでに、ギチリと奇妙な音を立てて広がったそれらは、翼だ。

天使のような長さ2メートルほどの6枚の白い翼が、夜の街中で神秘的な光をたたえて彼の背でゆったりと羽ばたく。

 

(翼!?何なんだあれ!?どうなってんだ!!!?)

 

まるで異世界から直接引きずり出したかのような白い翼を見て、驚愕に染まり、着地して凍りつくヴィータ。

翼を生やしたまま立ち尽くす、ガラの悪そうな少年は何故か何もしてこない。

両手をズボンのポケットに入れ、相変わらず薄い冷笑を浮かべたまま、ヴィータを見ている。

まるで、次のこちらの攻撃を待っているかのようだ。

 

(ッッッッ!!舐めやがってぇッッ!!!!)

 

馬鹿にしている。

そうとしか思えなかったヴィータの頭が沸騰し、顔が憤怒に染まる。

追撃すべく2個の鉄球を左手の指に挟み、更に彼に向かって悪態を吐く。

 

「ケッ!似合わねーな!その翼!!」

 

だが少年はニヤリと笑って返事する。

 

「よく言われる。それに自覚はある」

 

2人は言葉を交わし、ここでようやく動き出した。

 

「ンのヤローッ!!」

 

「はん」

 

飛行魔法を駆使して再び宙に浮き、突進するヴィータに対し、白い翼で空気を叩いた少年……垣根帝督は真横へ飛んだ。

一息で歩道から車道へ飛び出し着地した垣根を目掛けて、接近しながら2発の鉄球を放つヴィータ。

 

ズザァッ!!

 

勢い良く翼が羽ばたき、無数の羽が翼から散って舞い上がる。

巻き起こった烈風が向かってくるヴィータと鉄球のスピードを殺し動きが一瞬止まる。

 

「クッ!!」

 

彼はその隙を見逃さず、再び翼をしならせて放つ。

 

ズァァッ!! ガギン!!

 

翼の羽ばたきで烈風が吹き荒れ、同時にシュワルベフリーゲンの鉄球2発に翼が叩き付けられ物凄い勢いで打ち返された。

砲弾と化した空気の塊と鉄球が、空中のヴィータを撃ち落とそうとする。

 

「クッ!!!!」

 

烈風を紙一重でかわし、鉄球を咄嗟に展開した魔方陣形の防御障壁で防ぐ。

 

ドンッ!! ガガン!!

 

標的から外れた烈風がヴィータの背後の高層ビルに当たって窓ガラスを粉々に砕いて粉塵を撒き散らし、防御障壁に当たった鉄球が甲高い音を響かせた。

 

「クソが……ッ!?」

 

彼の方へ向き直ると、道路に立っていたはずの垣根帝督は6枚の翼を広げていつの間にか上空へ舞い上がっていた。

といっても鳥のように常にバタバタと羽を動かして空気を叩いている訳ではない。

飛行魔法を使っている訳でもないのに、まるで重力を無視しているかのように宙に浮き、君臨している。

 

(この野郎…どんなカラクリか知らねーが、叩き落としてやる!!)

 

さっきと同じように用心しつつ、グラーフアイゼンを構えて突進する。

 

「よお」

 

垣根が接近してくるヴィータに声を掛けた。が、彼女は無視して叩き落とそうとグラーフアイゼンを振り上げた。

そんな彼女に向かって彼は、月を背にして翼を広げて、告げる。

 

「今日は月が…綺麗だな!」

 

垣根が言った途端に、彼の白い翼が、ゴバッ!! と凄まじい光を発した。

 

「熱…ッ!?」

 

不意に目映い光に全身を照らされ、ジリジリと焼けるような痛みを感じたヴィータは思わず垣根から距離を取り、それから事態の異常さに気づいた。

自分の体を見回すと、帽子とグローブやスカートの裾からうっすら煙が出ている。

愛用の帽子をも焦がされ、ヴィータは激怒した。

 

「今の何だ!?光線!?……テメェ、一体何したんだ!!!!」

 

しかし怒鳴られた垣根は嘲笑っている。

 

「さてね、自分で考えてみな。まあ仮に種明かしした所でテメェの脳味噌で理解できるかどうか」

 

「馬鹿に…しやがってッ!!!!」

 

コケにされ激怒し、グラーフアイゼンを振りかぶって再び、垣根帝督を叩き落とそうと今度は真横から肉薄する。

しかし垣根も6枚の翼を器用に動かして避けながら後退し、空振りさせ、その間に距離を取って再び翼に力を込めて烈風を放つ。

 

ズァ!!

 

だがヴィータも飛行しながら烈風をかわして再び近付き殴り掛かる。またそれもかわされ、堂々巡りになりながら猛スピードで縦横無尽に市街地の上空を駆け抜けて行く。

 

「魔力も大して無い、魔法も使ってないっぽい。なのにダメージを殺したり、その翼で守ったり飛んだり変な光出したり。テメェ一体何モンなんだ!!」

 

「ハッ。だから言ってんだろうが、種明かしした所でテメェにゃ理解できねえってな」

 

「馬鹿にすんなぁああああああッッ!!」

 

更に加速し、ありったけの力を込めて突撃するも、またもや易々とかわされる。

垣根は笑いながら翼を構える。

 

「まあでも、特別に少しだけ教えてやる。…確かに、俺の能力(チカラ)は魔法じゃねえ。それに俺は魔法使いじゃねえしそもそも魔法が使えねえ」

 

「ッ!!」

 

だが、と彼は呟いて、

 

「それ以上は教えてやる義理はねえな。どうしても知りたきゃ、この俺をブッ倒して無理矢理にでも聞き出してみろ」

 

「この野郎!!だったらお望み通りブッ倒して、魔力ぶん取ってから聞き出してやる!!」

 

ギュンッ!!

 

6枚の翼の内1枚が伸びてヴィータの急所を狙うが、咄嗟に防御障壁で阻む。

 

ドカッ!!

 

攻撃を防がれたにもかかわらず、垣根は笑ったまま。

ヴィータはそんな彼を忌々しそうに睨みつつも、次の一手に出る。

 

「グラーフアイゼン!ロード…カートリッジ!!」

 

『Explosion』

 

彼女はデバイスを上に掲げる。

グラーフアイゼンはバシュッと蒸気を噴出して、変形し始めた。

 

『Raketenform』

 

片方のハンマーヘッドから大きなトゲが出てきて、反対側は3基のバーニアに変化した。

 

「ラケーテン…!ハンマー!!!!」

 

轟音を響かせ、ハンマーがロケットのように一気に突っ込んできた。

 

「でえぇっ!!」

 

「ははっ!面白い。こっちからすりゃまだまだ小手調べみたいなもんなんだ、もっとテメェの実力見せてみろよ!」

 

上昇と下降、左右に急旋回を繰り返して空中を恐ろしい速度でぶつかり合う2人の小柄な男女。

2人が通過した空中には噴射炎の煙と羽ばたいた翼から散った無数の羽がヒラヒラと舞っていた。

 

「俺が負けたら俺の魔力をくれてやるし、このスキルの種明かしをしてやる。だがテメェが負けたら『テメェ等』の事を詳しく聞かせてもらおうか。それでもし、もっと楽しい仲間を呼ぶべきだと判断したら、テメェは解放してやる。ただし半殺しにしてな!!」

 

「ハッ!テメェこそできるもんならやってみろよ!!このクソ野郎が!!」

 

ヴィータは垣根の懐に勢い良く飛び込んでハンマーヘッドを突き刺すが、彼は翼を使って身を守った。

翼に突き刺さると同時、自らの翼の1枚を無数の羽に変換しばら撒く事で、衝撃が自分自身の体へ伝わるのを阻害する。

しかし複数回被弾し、その度に防御で翼を消耗し、ついに6枚全ての翼を喪失した時点でヴィータは、一瞬でも隙ができたと見て再び急接近し彼を叩き落とそうとする。

しかし、

ゴウッ!! という風の唸りと共に、垣根帝督の背中から再び6枚の翼が生えた。

 

「チィッ!でえぇっ…!やあッ!!」

 

右側3枚の翼で再度迫るラケーテンハンマーから身を守るも、衝撃吸収をし損なってまともにショックを受け、ドォン!! と地面に墜落した。

いや、バランスまでは崩れず足から着地している。

それを上空から確認したヴィータは回転を維持しながら急降下して、隙ありだと目映い噴射炎を吹かして叩き付けた。

 

ラケーテンハンマーは、ラケーテンフォルムから放たれる推進加速打撃。

機体後部から噴射される推進剤によって、ヴィータ自身の飛翔速度も上昇する。

回転の遠心力によって打撃力向上、攻撃命中後も連続噴射によって対象を破壊する事が可能。

垣根帝督は6枚の翼全てでラケーテンハンマーを迎え撃った。

 

「ハッ、上等!」

 

「ブチ抜けえッ!!」

 

『Jawhol.』

 

ガギィンッ!!!!

 

フルパワーで噴射し更に翼へハンマーヘッドが深々と突き刺さる。

防御を突き破られる気配は無い。しかし、

 

ズ…ズズ…、と少しずつ彼の足が押され始めた。

 

ここに来て初めて、垣根の表情が変化する。

怪訝な顔になっていた。

 

(威力を殺し切れてないだと…?)

 

衝撃と圧力でビリビリと震える白い翼。

このままだといずれ、確実に押し負ける。

 

(射撃型の高町が押し負けたのも頷けるな。確かにこりゃ強い。中、近距離の戦闘センス。強力な衝撃に追撃力、質量に圧力と……。並の能力者なら簡単に殺れるな。学園都市なら最低でも大能力者(レベル4)か、もしかしたら超能力者(レベル5)の格付けされても不思議じゃねえな)

 

学園都市の高位能力者でも、同じプロの魔導師でも、彼女に打ち勝つ事は普通は困難だろう。

 

だが、

 

「…俺にその常識は通用しねえ」

 

バギンッ!!

 

「くうッ!!?」

 

彼の体を包むように重なっていた翼が突如広がり、突き刺さって圧していたラケーテンハンマーとヴィータを力ずくで無理矢理突き飛ばす。

威力を殺し切れないまま相手を押し返した為、反動で足を踏ん張り切れず自分と相手の両方とも後方へ弾き飛ばされる形になり、10メートルほどの距離の位置に同時に着地した。

グラーフアイゼンからバシュウッ!という蒸気音と同時に薬莢が3つ排出され、地面に落ちた使用済みカートリッジの薬莢がチャリチャリと甲高い音を立てる。

封絶型の捕獲結界の中で再び対峙する2人。

軽くフウッと息を吐くヴィータと、6枚の翼をゆったりと羽ばたかせ、相変わらず両手をズボンのポケットに入れて呼吸一つ乱れていない垣根帝督。ただし、今は冷笑を浮かべていない。

垣根が先に口を開いた。

 

「なるほどな」

 

「ああ?」

 

「大したもんだ、高町(あいつ)がコテンパンに負けたのも納得だな。この俺が初めて押し切られそうになったよ」

 

「はん!そいつァどーも!」

 

嬉しくねーけど、と呟きながらグラーフアイゼンを担いで再びキッと睨み付ける。

ヴィータからすれば、垣根の終始不遜な態度が気に食わない。

そこで、突然ヴィータのそばに剣を構えた女、続いて薄緑色の服装の女性と筋骨隆々の男が、どこからともなく現れた。

 

「シグナム…それにシャマルとザフィーラまで」

 

守護騎士達が勢揃いし、ヴィータは内心驚くも静かに言った。

 

「増援…全員手練れで4対1か。流石に分が悪いかな?」

 

垣根帝督はそう呟いたが、やはり声にも態度にも緊迫感は無い。

これだけの状況でも、これだけの脅威に独りで晒されても、少なくとも『負けない』『魔力をみすみす取られない』だけの自信はあるようだ。

先にアクションを起こしたのは守護騎士達の方だった。

不意に垣根の周りの、四方八方から緑色の発光する糸が現れ、彼の体に絡み付いて拘束する。

 

「お?何だこれ?バインドみてえなもんか?」

 

シャマルによる捕獲魔法、『戒めの糸』。

彼女の補助型デバイス、クラールヴィントから伸ばしたワイヤーで対象を絡め取り、動きを止める。

糸に切断効果を持たせて対象を殺傷する事も可能だが、シャマルはその機能は使わず、捕獲用のみに留めている。

垣根帝督を拘束し、蜘蛛の糸のように張り巡らした糸を操りながら、シャマルは真剣な眼差しを彼に向けて告げる。

 

「ごめんなさいね。ちょっとだけ、じっとしてて」

 

そのセリフを聞いて、垣根は展開していた背中の翼を消し、思わず小さく笑った。もちろん大人しく降参した訳ではない。

一見有利な状況とはいえ、この女含めて全員、多少の差はありつつも敵愾心を向けてきてはいるが、悪意や殺意の類いは皆無。

そういうものを肌で知っている彼には理解できた。

彼女達からはそういうものを全く感じない。何なら敵を気遣ってすらいる。

どのような理由や事情を抱えているのかは知らないが、その優しさや甘さに思わず笑えてきてしまった。

あくまで第一印象だが、ある意味でこの者達は、高町なのはやフェイト・テスタロッサに負けず劣らず善良なのかもしれない。

垣根帝督以外、悪党らしい悪党が見当たらない。

故に呆れ混じりに笑って、彼女達に告げる。

 

「俺にそういう気遣い(・・・・・・・)は不要だよ。アンタ等が『前に襲った』ヤツ等と違って、……俺は外道のクソ野郎だからな」

 

少年の雰囲気が、次第に変わる。

 

「それにベルカ式魔法、確かに色々構造や計算式に差異はあるが、魔法としての基礎は同じと見て良い。実体的な攻撃が多い分、分かりやすい所もあるしな」

 

「…一体何を言って_?」

 

得体の知れない少年が向けてきたのは、

10歳にも満たない幼い子供とは思えない、裏社会を生きてきた人間にしか宿る事の無い、暗い眼光。

 

「「「「ッ!!」」」」

 

殺意と悪意を織り混ぜた敵意を感じ、全員が臨戦態勢となる。

彼はそんな彼女達に構わず、続いて言う。

 

「_逆算、終わるぞ」

 

言葉と同時に、

 

ゴァッ!!

 

と垣根の中心から正体不明の爆発が巻き起こる。

それは彼を拘束する『戒めの糸』を粉々に破壊し、周囲にも無差別に衝撃波を撒き散らした。付近の街路樹や街灯をもぎ取り最寄りのビルや地面に突き刺さっていきガラスの破片やアスファルトの破片が舞い散った。

守護騎士達は瞬時に回避しつつシャマルとザフィーラが正面に展開した防御障壁で彼の攻撃を防いだ。

 

「ごめんなさい、拘束を解かれてしまったわ」

 

シャマルは糸が切られた、というより砕かれたような風に破壊され、指先に奇妙な違和感を覚えていた。

 

「いや構わない。あの力、やはり魔法ではない…?魔導師ではないのか?」

 

シグナムの疑問にヴィータが答える。

 

「ああ、自分で言ってたぜ。『魔法じゃねえし、魔導師でもねえし魔法が使えない』ってな」

 

ザフィーラがシャマルの直衛に入りながら怪訝そうに言う。

 

「ならばアレは一体何なのだ?それに、あの子供の目、とても年端も行かぬ子供の目をしていない。何者なのだ?」

 

「分かんねえ……あいつ自身もあいつが振るってるチカラも……。分かったのは、魔法じゃねえ事と得体の知れない翼で攻撃も防御も飛行もできる。さっきまで戦ってみて、あたしの攻撃を散々受けてもケロッとしてるほど、殆ど得体の知れねえチカラって事くらいだ。満足にダメージ受けてんのかも怪しい…」

 

忌々しそうに言うヴィータを見て、シグナムは意外そうな顔をした。

 

「ほう?お前の攻撃を受けてか。ならば、次はこの私が相手しよう」

 

「気を付けろよ、本当に何してくるか分かんねーから!あいつただのガキじゃねえ、いや絶対マトモじゃねぇ!平気で何人も殺ってきた悪党みてえな目ェしてやがる!」

 

「ああ、目を見れば分かる。案ずるな。1対1でベルカの騎士に負けはない。しかし…主と変わらぬ歳のようだが、一体どんな人生を送ってきたのか…」

 

全員が飛行し距離を取りながら、シグナムはレヴァンティンを基本形の剣型、シュベルトフォルムで構え、煙を突き破って6枚の翼を羽ばたかせた垣根帝督へ白兵戦を仕掛ける。

シャマルは後方支援に。ザフィーラは彼女の直衛に。ヴィータはシグナムの後衛を担う事にした。といっても、シグナムの邪魔をしないだけ程度の事だが。

ヴィータの時と同様に、垣根帝督は6枚の翼を弓のようにしならせて一気に放った。

 

ザァッ!!

 

シグナムは烈風という砲弾を易々とかわすと、一気に彼の目の前にまで迫り斬りかかった。

 

ガギィンッ!!

 

垣根は翼で斬撃を受け止めた。

そしてバシッ!!と弾き飛ばす。

シグナムと垣根は互いに横へ飛び、相手の出方を窺う。

 

(打撃や剣撃を受け止める翼……。ただの翼ではない。いや…そもそも翼なのか…?)

 

斬り合った時にレヴァンティンを通して伝わった、今まで感じた事の無い奇妙な感覚、感触が、奇妙な違和感を彼女に与えた。

そう、例えるならまさに、この世のものとは思えない不気味さ。

一方、垣根は再び烈風を放つ。今度はより一層強烈になり変質させた衝撃波に近い一撃。

しかし彼女は剣を横凪ぎに振って、文字通り切り裂いた。

 

(斬っただと?)

 

しかし彼の攻撃はそれで終わらず、振るわれた翼が一斉に伸びてシグナムの急所6ヶ所を狙う。

彼女は航空剣技で対応する。

航空剣技とは、主にベルカの騎士による空中での近接武器打撃戦の総称。

地上での剣技とは異なる、三次元的な立ち回りが必要。

 

シグナムは剣技で翼3枚をいなし、2枚は鞘で受け流して最後の1枚は、パンツァーシルトという攻撃を弾いて逸らすシールド系防御魔法で翼を弾いて逸らした。

 

(俺の翼を弾きやがった)

 

空中で恐ろしい速度でぶつかり合い、白兵戦を演じながらシグナムは言う。

 

「貴様の事は、先ほどヴィータから聞いた。それに、貴様はどうやら私達に何か疑問を抱いているようだが、いらぬ心配だ。我等は手加減等の悠長な事をされるほど弱くはない。それにその資格も無いだろう」

 

(手を抜いたつもりは、無いんだがな…っ)

 

彼は胸中で小さく呟く。

再び6枚の翼を構えた垣根帝督と、剣と鞘を構えたシグナムは空中で激突しながら縦横無尽に飛び回り、猛スピードで街中を駆け抜けてゆく。

 

『Schlange,beissen.』

 

剣を一度鞘に収め、再び一気に抜く。

シュランゲバイセン。

放たれたレヴァンティンの第2形態、連結刃シュランゲフォルムから繰り出す攻撃。

翼を振り回しながら飛翔する垣根を包囲するように、伸ばした刀身を広げて動きを阻害しながら、高速飛翔する切っ先によって攻撃する。

 

『Angriff』

 

垣根は6枚の翼を上下左右に振り回して、連結刃を駆逐しようとする。

 

「そんな攻撃!」

 

数十メートルにまで一気に翼を伸ばして連結剣を叩き、弾き飛ばした次の瞬間、シグナムが垣根の目の前まで肉薄していた。

 

(速いッ)

 

伸ばして巨大化した翼で空気を叩き、間合いを取るべく後退し翼のサイズを2メートル程度まで戻す。

そんな彼へ再び突進し斬りかかっているシグナムに、6枚の翼の内1枚を伸ばして構え、彼女の剣と鍔迫り合いをする。

レヴァンティンと白い翼がギリギリと音を響かせ火花を散らす。

 

(こいつ…あの赤いチビよりずっと速いし強いじゃねえか)

 

「これも受け止めたか。つくづく不思議な羽だな」

 

毅然と垣根を睨み、一気に打って出る。

 

「レヴァンティン」

 

『Explosion!』

 

カートリッジをロードし薬莢が排出される。

 

「紫電…」

 

瞬間、レヴァンティンの刀身が炎に包まれた。

 

「一閃!!」

 

「ッ!!」

 

横凪ぎに振るわれた炎を纏う剣撃は、垣根帝督の体を正確に捉える。

シグナムの剣撃『紫電一閃』は、彼女が保有する『炎熱変換』を生かして自身の魔力と炎を宿した一撃を放つ。

防御側は斬撃の威力だけでなく、接触時に超高温になる刀身にも対処せねばならなくなる。

 

「ハッ、上等!!」

 

しかし垣根も6枚の白い翼にありったけの力を込めてシグナムへ差し向けた。

 

そして激突。

 

空気が爆発し、数秒遅れて、ズバァ!!という爆音が鳴り響く。

両者の中間で波と波が激突し、炸裂し、爆発した。

衝撃波と空気の津波が周囲の建造物の窓ガラスを粉々に叩き割り、轟音が響く中ギシギシと揺れている。

シグナムは炎を突破してきた翼に騎士服の肩口や裾を切り裂かれ、

 

「がはっ」

 

垣根は超高温の強烈な斬撃を、至近距離でまともに食らって弾き飛ばされ、近くのビルに激突し奥の奥へ叩き込まれた。

『炎熱の斬撃魔法』と『未元物質(ダークマター)』の激突で街並みはメチャクチャになり、 高層ビルの窓ガラスが砕け、信号機はへし折れて歩道に倒れかかり、街路樹や街灯が根元から吹き飛んでコンクリートの壁に突き刺さっていた。

 

「ふむ…やったか……?」

 

しかし、

 

ゴッッッッ!!!!!! と。

 

垣根帝督が叩き込まれたビルが、彼が突っ込んだ階より上から丸ごと中から粉々に爆砕し、大量の瓦礫や粉塵の雨をシグナムに浴びせる。

 

「ッ!!小賢しいな…!」

 

彼女は炎を纏った分、長大化した剣撃で瓦礫を焼き斬り粉塵を吹き飛ばした。

粉塵が晴れると、垣根帝督が立っている。

服が所々薄汚れ、顔や茶色い髪もうっすらと煤汚れている。

しかし、不思議と怪我も火傷も全く負っていなかった。

彼の背には、6枚の翼。

 

「ほう、驚いたな。これだけの攻撃を受けて、傷一つ無しか……」

 

「1発もらって確信が持てた。フェイト(あいつ)が負けたのも納得だな」

 

鋭い視線を互いに向ける。

 

「ヴォルケンリッターが将、シグナムだ。お前は?」

 

彼は意外そうな顔をして、フッと小さく笑った。

 

「まさか、ここで自己紹介されて名前を聞かれるとはな。良いだろう敢闘賞だ、名乗ってやる。…俺は『未元物質(ダークマター)』を操る学園都市第二位の超能力者(レベル5)、垣根帝督だ」

 

「垣根か…。こんな状況でなければ、心踊る戦いだったかもしれないが……」

 

シグナムは居合い抜きのような構えになる。

垣根は6枚の翼を広げる。

 

「今はそうも言ってられん。貴様のような手練れ相手では、殺さずに済ませる自信は無い。この身の未熟を許してくれるか?」

 

「ハッ。そいつはこの俺に掠り傷の一つでも付けさせてから言え」

 

互いに軽口を叩いて再び上空へ舞い上がる。

 

「敵にそんな寝言ほざく暇があるんなら、テメェ自身の心配でもしてるんだな。…それに、もう遊びは終わりだ」

 

彼の殺意が膨張する。

シグナムは相手の意図を掴もうと正面を睨み付けると、垣根は薄く笑っていた。

 

「テメェの魔法とその変換資質も、もう逆算終わってんだよ」

 

「ッ!!」

 

ザァッ!!

 

何かを察して初めて回避に移ろうとした時、既に6枚の内1枚の翼は放たれていた。

今度は単なる撲殺用の鈍器として。

避け切れないと判断した彼女は再びパンツァーシルトを展開しレヴァンティンと合わせて受け止めようとした。

 

が、

 

ゴンッ!!!!

 

という鈍い音がシグナムの体内で炸裂する。

白い翼がパンツァーシルトを無視して(・・・・・・・・・・・・・)シグナムの体に命中。

バランスを崩した彼女の体が勢い良く吹き飛ばされ、上空から一気に地面へ叩き付けられた。

 

「がッ!!!!!?」

(障壁が効いていない!?いや、効かないというよりすり抜けた、のか!?)

 

咄嗟に墜落する直前に防御魔法の応用した事と、騎士服の恩恵でダメージの軽減に成功しすぐに立ち上がり、翼が槍のように次々と音も無く伸びてシグナムを貫こうと迫る。

 

「クッ!!」

 

紙一重でかわす。

避けられた翼は、

 

カッ!!

 

と近くの街路樹を、巨大なナイフのように綺麗に斬り倒した。

その後20メートル以上に達した翼は巨大な剣のように見え、垂直に構えられた彼の翼は、まるで塔が崩れるようにシグナムへ振り下ろされた。

ギリギリでそれもかわすと、翼は周囲のビルを一気に切り刻んで粉塵を撒き散らす。

 

「…ッ!!」

 

再度、空中を高速移動しながら対峙するシグナムと垣根帝督。

槍のようにランダムに次々と突き出される6枚の白い翼に、シグナムはレヴァンティンと鞘で突き出されてくる翼と白兵戦をしつつも押され始めてきた。

 

「おら、殺さずに済ませる自信は無いんじゃねえのかよ?」

 

ズザァッ!!

 

風切り音を響かせて、垣根帝督が挑発してくる。

 

「クッ!!」

 

シグナムは防御障壁が何らかの理由で無力化された事を悟り、剣圧を素早く飛ばす『空牙』をぶつけ、急所を狙う翼の軌道を逸らす。

そしてその間にカートリッジをロードし、刀身に再び炎が纏う。

 

「飛竜一閃!!」

 

垣根帝督目掛けて、剣に溜めた炎を叩き込む。

 

「無駄だ!」

 

6枚の翼が思い切り羽ばたく。

シグナムの強力な炎が垣根の白い翼をもぎ取り、垣根の白い翼が烈風を伴ってシグナムの炎を吹き消した。

ベルカ式魔法と超能力(レベル5)の激突で爆煙が巻き起こり、両者の視界を奪う。

 

「ッ!?」

 

爆煙を突き破って、シグナムへ6枚の翼が伸びてきた。

彼女の頭と心臓、両手足へ照準が正確に定められ迫ってくる。

悪意を宿した槍が、殺意に尖る先端が、6ヶ所の標的へと殺到していく。

 

『Schwalbe fliegen Claymore!』

 

「おおおおおっ!!」

 

ヴィータが横槍を入れる。

 

ドゴォォォォォンッッ!!

 

シグナムを貫こうとした翼の先端に中型サイズの鉄球が命中し、炸裂して羽の軌道を逸らし彼女に当たるのを阻止した。

 

シュワルベフリーゲン・クレイモア。

 

シュワルベフリーゲンの応用形で、中型サイズの鉄球を使用し命中時に鉄球を爆砕させる事で広範囲を破壊する。

ヴィータがシグナムを援護した直後、彼女が叫ぶ。

 

「シグナム!何してやがる!!」

 

「ああ…すまない」

 

いつの間にか、空中に浮く垣根帝督の背後に位置するビルの屋上には、シャマルが立っている。

彼女の前にはザフィーラが構えている。

シャマルは垣根のリンカーコア摘出をしようと魔法を発動するが、

 

「チマチマやってても仕方ねえか……!」

 

手を伸ばす直前にクルリと垣根が彼女達の方を振り向いた。

 

「「ッ!!」」

 

(あの女が参謀役か)

 

彼女達の方へ左手をかざし、くんっと軽く振り下ろす。

 

「潰れろ」

 

ズンッ!!

 

突然シャマルとザフィーラの立つ半径10メートルの円形に、地面に押し付けられるような感覚に襲われる。

 

「わっ!わっ!何これ!?この踏み潰されそうな感じ!?」

 

「ぬぅぅぅぅッ!!」

 

何が起きたのか分からず、混乱し膝間付く2人。

 

「不意打ちで魔力引っこ抜かれちゃ堪んねえしな。先にテメェからブチ殺_」

 

「させっかよ!!」

 

「やらせん!!」

 

ヴィータとシグナムが同時に打撃と斬撃を垣根帝督に向ける。

 

「_チッ」

 

それをギリギリで避けるも、シャマルとザフィーラから遠ざけられた。

 

〈シャマル、この隙に!〉

 

〈ええ!〉

 

シャマルはやむ得ずリンカーコア摘出を中止し、捕獲結界の外に転移して後方支援の体制に戻る。

結界外部から『遠見の水鏡』によって戦況全体を把握、現場に指示を出す。

これにより、シグナム達は最大効率で任務を行う事が可能となる。

故にここでシャマルをやらせる訳にはいかない。

戦闘にザフィーラも加わりたちまち乱戦状態になった。

シャマルがこの時、管理局側に察知された事に気付いた。

 

「局の増援…?武装隊員に結界魔導師がたくさん…」

 

こちらに向かってくる局員の中には、執務官のクロノ・ハラオウンの姿があった。

シャマルの表情が曇り、戦略的にも不利を悟る。

 

〈包囲が早いわ。このままじゃすぐ詰められちゃう。皆、撤退の準備を〉

 

彼女は仲間のヴォルケンリッター全員に念話で指示を出す。

 

「やむを得んか…」

 

「心得た」

 

「ちっ…」

 

〈結界内に閃光弾を出すわ。その隙に…〉

 

言って、彼女の魔方陣が大幅に拡大する。

結界の中央にライムグリーンの強烈な光が輝く。

 

「あん?何だ?」

 

垣根帝督が怪訝な顔をする。

 

「すまん、この勝負は預けた」

 

シグナムが垣根から離れる。

ヴィータも同じく離れながら告げる。

 

「ヴォルケンリッター、鉄槌の騎士ヴィータだ!今回は魔力は諦めてやる。だから今は邪魔すんじゃねー!」

 

2人は撤退をし始める。

 

「テメェ、逃がすかよ!」

 

ブォ!!

 

彼は2人に向かって串刺しにするつもりで翼を伸ばし、差し向けるが、

 

「クラール・ゲホイル」

 

シャマルが左腕を上にかざして魔法を発動する。

その瞬間、結界内を強烈な光と音が覆い尽くす。

 

「クッ!この野郎…ッ!」

 

虚を突かれ、垣根は敵を見失い結界の消滅を感じ取り、やむ得ず最寄りのビルの屋上に着地した。

クラール・ゲホイルは、シャマルが使用する閃光炸裂弾。

激しい光と音によって対象の視覚や聴覚を無力化し、索敵阻害能力によって探索・追跡を阻害する。

 

「チッ、音響兵器みたいなマネを…。取り逃がしたか」

 

既に結界は消え、ヴォルケンリッター全員の姿も見えなくなっていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

束の間のスクールデイズ

夜。

時空管理局、海鳴市内に複数設置した臨時駐屯所の1つ。

そこのオペレーションルームでは、先ほどまで垣根帝督と交戦していた闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターを追跡する武装隊を支援していた。

 

「結界消滅…閃光弾による視界攪乱、サーチジャミング」

 

オペレーターの1人、ランディが告げる。

コンソールを叩き、エイミィ・リミエッタが指揮を執る。

 

「反応追跡!」

 

「「はい!」」

 

先ほどのランディともう1人、アレックスも対応に入り現場指揮官のクロノ・ハラオウンを支援する。

武装隊員と結界魔導師による10人以上の編隊が、夜空に光で彩る。

局員魔導師達を引き連れて、執務官のクロノ・ハラオウンは通信でエイミィに尋ねる。

 

「エイミィ、転移先の追跡は?」

 

『大丈夫、しっかり捕捉中!』

 

他のオペレーターも呼応する。

 

『追跡各班に随時、座標の指示を出します』

 

『どこへ逃げても追い掛けるよ!』

 

「頼む!」

 

そう叫ぶと、クロノはチラリと眼下の街へ目を走らせる。

彼の目が捉えたのは、ビルの屋上に1人佇んでいる痩身の少年。

ついさっきまで守護騎士ヴォルケンリッターと激戦を繰り広げていた、学園都市第二位の超能力者(レベル5)、垣根帝督。

彼は両手をズボンのポケットに突っ込んで薄く笑いながら、上空のクロノ達を見上げて眺めていた。

 

彼の体に傷は無い。

 

傷1つ無い。

 

多少の衣服の汚れこそあるが、疲弊した様子もない。

余裕の態度で君臨する、超能力者(レベル5)と呼ばれる怪物。

 

(全く、底が知れないな…)

 

クロノは正面に向き直り、追跡を続ける。

 

 

……しかし、逃亡する守護騎士ヴォルケンリッターの行方は掴み切れず、捕捉には失敗し逃げ切られてしまった。

 

 

クロノは武装隊員達を先に屯所へ帰還させ、自身は突っ立って見物していた垣根帝督の側へ降り立ち、デバイスを解除した。

 

「……すまない、取り逃がした」

 

「逃げ足の早い連中だったな。俺も閃光弾食らって逃げられたし」

 

クロノは済まなさそうにしているが、垣根は服の煤を手でパンパンと払いながら事も無げに告げた。

そんな事より、と言いながら彼はポケットから1枚のカードを取り出す。待機状態のストレージデバイスだ。

垣根はクロノにそれを差し出す。

 

「これに俺の戦闘映像が記録されてるはずだ。返すから見るなり何なりと好きにしてくれ。役に立つかは分からねえがな」

 

「ああ、それじゃあ(うち)で確認したいから、一緒に来てくれ」

 

「あん?別に明日でも良くないか?夜も遅いし。記録見るだけならお前等だけでもできるだろ」

 

垣根は怪訝な顔で眉をひそめる。

しかしクロノは譲らない。

 

「いや、能力の使用者の解説は欲しい。エイミィやフェイトも見るだろうけど、君が説明できる範囲で良いから頼む。夕食も食べて行くと良い。何なら今晩は泊まっていっても良い」

 

「何か必死だなお前。ま、理由は聞かねえけど、そこまで言うなら付き合ってやるよ。急ぎの用事はねえしな」

 

「助かる」

 

そんな事を話しながら、2人はビルの屋上から非常階段を降っていく。

続きはハラオウン家で行われる事となった。

 

 

……そんな訳でハラオウン家。

夜遅くといってもまだ午後9時。リビングにはクロノ・ハラオウンを中心に、エイミィ・リミエッタ、リンディ・ハラオウン、フェイト・テスタロッサ、人間形態のアルフ、そして垣根帝督がソファーに座っている。

彼が借りていたストレージデバイスに記録されている映像がホログラムに映し出されていた。

 

守護騎士ヴォルケンリッターとの、主に鉄槌の騎士と剣の騎士を相手に6枚の白い翼を振り回したり、槍のように突き出したりしながら空中戦闘を繰り広げている垣根帝督の姿を皆で見ている。

当の垣根は今、夕食をご馳走になった後、何故か食後のドリンクのように再びリンディ特製抹茶ラテを差し出され、目を僅かに細めていた。

 

(わざとなのか素なのか……)

 

振る舞ってきた本人(リンディ)が満足げなのと、内容的には死ぬほどしょうもない事なので、問い質したりする気にはならなかった。飲めない代物でもないので。

戦闘映像を見ながらアルフがほぇーっと感心したような不思議そうな声を出す。

 

「相変わらず不思議っていうか、奇妙っていうか、魔法じゃないってのも……、どうなってんのか訳が分からないねー。あの白い翼って…もしかして垣根(アンタ)の趣味?」

 

ぶはッ! と思わずエイミィとクロノが吹き出した。リンディもクスッとしている。

垣根はイラッと眉を動かし横目で彼等を睨みつつも、敢えて無視して答える。

 

「な訳ねえだろ。何が悲しくて好き好んで自ら似合わねえの自覚してる形態取るんだよ。…詳しくは省くが、能力開発の過程でたまたまああいう形になったんだよ。断じて俺の趣味じゃねえ」

 

「自分の能力なのに?」

 

「学園都市製の能力ってのは、そういうもんなんだよ。どんな能力が身に付くかは開発するまで分からないし、1人1種類で一度発現したら種類の変更も不可能とされてんだ」

 

「へえー、じゃあだから、翼の大きさとかは変えられても翼自体の見た目は変えられないんだ?便利なんだか不便なんだかねー」

 

ここでエイミィもニマニマしながら面白そうに告げる。

 

「垣根くんの能力って強そうで色々凄そうだけど、ビジュアルに難ありだねぇー。あ、でも子供に人気は出そうかも?」

 

「うるせえ馬鹿野郎」

 

垣根はチッと小さく舌打ちの音を立てて目を逸らす。

このままだとボケとツッコミのトリオ漫才に終始してしまいそうなので、見かねたクロノは、うんんっと咳払いして軌道修正を図る。

 

「……それより、君から見て守護騎士達はどうだった?」

 

「どうだったって?」

 

「君から見て強かったか弱かったかとか、彼女達の行動指針だとか、何でも良い。気付いた事とか何か感じた事とか、君の考えを教えてくれないか」

 

切実さが垣間見える彼の頼みに、垣根は少し時間を置いてから口を開く。

 

「俺が感じた事っつーと、まあ、たとえばあの連中は全員、俺に敵意やら怒りやらの感情は向けてきても、殺意や悪意は向けてこなかったな。これは以前のフェイト(・・・・)にも言える事だったが」

 

「悪意や殺意が無かった……?何故、そう言えるんだ?」

 

クロノが怪訝な顔をする。ただ対峙しただけで、そこまで相手の感情等が分かるのか?と。

垣根帝督は、年不相応な鋭さと暗さを内包した目付きでホログラムを見ながら告げる。

 

「ああ。まあこれが分かるのは人によるだろうが、俺には分かる。あいつ等揃いも揃って、悪意や殺意の類いは皆無だな。断言できる」

 

垣根の物言いに少し鼻白むが、妙な説得力があった。

クロノは加えて尋ねる。

 

「そこまで言い切るか……。何故、君はそれが分かるんだ?」

 

「それは秘密」

 

「おい」

 

クロノは彼にジト目を向けるが、飄々としていて答える気が無い。

垣根は次に話を進めていく。

 

(真面目に言ってるのか、ふざけ半分なのか……)

 

「あと……魔法使いの強さの基準は知らねえが、実際に戦って思ったのは全員手練れで戦い慣れてる。高町を潰したハンマーのチビは中距離も近距離もこなすオールラウンダー。フェイト(・・・・)を打ち破った剣を持ったねーちゃんは変換資質と相まって白兵戦じゃピカイチ。俺を拘束したり魔力引っこ抜こうとしてきたねーちゃんは直接的な戦闘力にゃ乏しそうだが、参謀役や後方支援としては有能。でっかい使い魔みてえなにーちゃんは壁役や肉弾戦では強そうだな。まあ、4対1で連携戦を仕掛けられたら、流石に分が悪いな」

 

と私見を語る垣根を見つめてクロノは目を僅かに細めていた。

 

「よく言う。その分の悪い4対1で、余裕綽々の態度で大立回りして、ほぼ無傷で帰ってきておいて。何なら後半は圧していたじゃないか」

 

「そりゃ時間掛けたり技をまともに1発食らってまで、能力使って敵の魔法をサーチしたり逆算したりしたんだからな」

 

解析力の高い能力だという事は、フェイトもエイミィも聞いていたが、単にそれだけで相手の攻撃魔法を減退させたり防御魔法をすり抜けた(・・・・・)りする事ができるはずがない。

 

「魔法も、学園都市製の能力も、高い演算能力に左右される。普段はそうとは思っていなくなって、知らぬ間に複雑な計算をこなしているもんなのさ。…そこらへん、高町は感覚でやってる節が多そうだが」

 

驚き混じりに不思議そうな顔をしているエイミィとフェイト。

当の垣根本人は事も無げに言っている。

しかし、ここで彼は解説を打ち切る。

 

「具体的にどうやってサーチや逆算したり、敵の防御抜いたりしたのかは教えないけどな」

 

「「ええ!?」」

 

エイミィとフェイトは揃って驚きの声を上げる。

ここから先は彼の能力の詳細、超能力(レベル5)の『未元物質(ダークマター)』について述べなければならなくなる為だ。

 

「俺の能力の強度(レベル)も能力名も秘密だっつったはずだ。執務官や艦長さんにゃ、やむなく説明した事もあったが俺にも守秘義務とかあるんでね。超能力の中でも異質で同型の類似能力も存在しないから、学園都市の外でおいそれと口外しまくる訳にもいかねえんだよ」

 

しかし好奇心に火が着いた2人は中々引き下がってくれない。

 

「どうしてもダメなの?」

 

「ダメだな」

 

フェイトの言葉を目も合わせずに一蹴する。

続いてエイミィが拝みながら頼み込んでみる。

 

「お願ーい、誰にも言わないから~。ここだけの話にしておくから~、ね?ね?」

 

「ダメだな。どう頼まれようと喋るつもりはねえ」

 

やはり一蹴するが、エイミィは食い下がる。

 

「そこを何とか…、1回気になって秘密にされたら眠れないよ~」

 

「知るか」

 

「ホントにホントに秘密にするから!」

 

「嫌だね。フェイト(こいつ)はともかく、特にリミエッタ(アンタ)は結構口軽そうだし、うっかりポロっとどこかで高町にでも漏らしそうだし」

 

「あ、ひどーい!それ偏見だよ!私も執務官補を務めてるんだよ?」

 

「だとしても関係ねえ」

 

取り付く島も無い。

垣根帝督のあまりの素っ気なさに、リンディを除いてこの中では最年長のエイミィは、不満そうにムスッとし始める。

そして彼女は子供っぽい態度で小さく、告げる。

 

「……噛んだ癖に」

 

「噛んでねえよ」

 

かかった!と言わんばかりにニマニマと笑うエイミィ。

クロノは呆れ顔で食い付いた垣根の顔を見る。

 

「噛んでたよ~。テしゅタロッサって~」

 

「っせえ、噛んでねえっつの」

 

「噛んでたよね?フェイトちゃん♪」

 

「えっ?」

 

エイミィはフェイトに話を振って加勢させる。

 

「えっと、さっきの事だよね?…うん、噛んでたね」

 

「あたしも聞いてたぞー。噛んでたな♪」

 

フェイトだけでなくアルフまで言ってきた。

形勢が逆転し短気な垣根は分かりやすく苛立ち意固地になる。

 

「いい加減にしろ!噛んでねえっつってんだろ!」

 

クロノがここで口を挟む。話がすっかり脱線している上、夜遅くに口喧嘩みたいな騒ぎを起こしたくない。

 

「エイミィ、それくらいに…。垣根、君もそんなに意固地になるな。噛んでたのは間違いないが」

 

が、クロノも一言言わずにはいられなかった。

これに垣根は更にカチンときて立ち上がる。

 

「だから噛んでねえっつってんだろ!俺が噛んでねえつったら噛んでねえんだよ!」

 

「…何でそんなに認めたがらないの?わたしは噛んだ事は気にしてないよ?」

 

フェイトが引き気味に告げるが、意地でも彼は折れない。

 

「だから噛んでねえっての!!噛んだ俺が噛んでねえっつってんだからもう噛んでねえって事で良いだろーが!!」

 

「「「いや今認めたよね!?」」」

 

怒って無茶苦茶な事を口走った垣根に、フェイトとアルフとエイミィが揃ってツッコんだ。逆に彼女達が驚いた。

 

「はいはい、皆それくらいにして。今日はもうお開きにしましょう?」

 

リンディがパンパンと手を叩いて仲裁に入る。

もはやただの子供同士の喧嘩みたいなものになっていた。これ以上は不毛だし、垣根も勢いで白状してしまった事もあるので、ある意味で決着も着いたと言えるが。

結局それが鶴の一声となり、今夜のミーティングは終了、解散となった。

垣根帝督は小さく舌打ちすると、忘れていたコートを手に取って歩き出す。

帰ろうとする彼をフェイトが呼び止める。

 

「あ、帰るの?もう遅いし、泊まっていったら?」

 

「いや、それにゃ及ばねえよ。仮住まいのマンションで荷解きとかしたいしな」

 

「でも、服も煤汚れてるし、シャワーぐらい浴びていっても…」

 

「それも帰ってできる」

 

「……もしかして、まだ怒ってる?」

 

「あん?いやもう別に。少し自分の家でやりたい事があるだけだよ」

 

彼女は少し申し訳なさそうな顔になるが、垣根は飄々としていた。

彼の顔を見てようやくホッとする。

 

「じゃ、お邪魔しましたっと」

 

「またいつでも来てね~」

 

「またね」

 

リンディとフェイト、少し遅れてクロノとエイミィ、アルフが手を振って見送る。

垣根は軽く会釈だけして立ち去った。

 

 

一方その頃、守護騎士ヴォルケンリッターは海鳴市内の某所、その街灯の元に落ち合っていた。

全員、騎士服を解除して外出用の普段着になっている。

左半身に打撲傷を受けたシグナムに、シャマルが治癒魔法を施している。

 

「大丈夫か、シグナム」

 

「ああ、多少の打撲は受けたが大事ない」

 

ヴィータにシグナムが静かに答えた。

シャマルが治癒を続けながら言う。

 

「あの男の子…、一体何者なの?確か魔導師ではないし、デバイスは持っていないようだったし、魔法も使った様子が全く無かったわね。何より、積極的に戦闘ができるほどの魔力は保有してなかったはずよ?」

 

怪訝な顔の彼女に、ザフィーラも告げる。

 

「あの背中から生える6枚の翼、自在に伸縮し、単に飛行だけではなく打撃や斬撃、防御まで行ってみせていた。それだけではなく、離れた位置にいた我々に見えない重圧を与えるような事までしてきた。翼以外でも直接手を下さずに攻撃ができるのだろう。仕掛けが分からぬ以上、奴との交戦は避けた方が良いだろう。魔力は惜しいがやむを得ない」

 

「シグナム、ちょっとあいつと話してたよな?……確か、だーく…またー、とか、がくえんとし…だとか、あと、レベルファイブ?だか何だか言ってたな」

 

「ああ。確か名前は……垣根…帝督と名乗っていた。ダークマターというのが、あの男の操る、魔法ならざるこの世界で生み出されたスキルという事なのだろう。学園都市、というのはおそらく場所の事だろうな。レベルファイブ、というのが何を意味するかははっきりは分かりかねるが、何かしらの強度を指すのだろうな」

 

そうシグナムが言った所で、シャマルが再び告げる。

 

「……あの子の魔力は、諦めた方が良さそうね。完成を急ぎたい所だけど、無理してまで奪うほど莫大な魔力じゃないし、得体の知れない上、ヴィータちゃんやシグナムと互角に戦えると見えるし……効率を考えるとね…」

 

シグナムは僅かに表情を曇らせるが、あくまでも目的は闇の書の早期完成だ。

勝敗に拘る余裕は無い。

 

「…そうだな。口惜しいが自衛の時以外は今後、遭遇しても奴との交戦は極力避けた方が良いだろう」

 

シグナムの治療が終わり、彼女達はひっそりと闇の中へ姿を消した。

 

 

 

翌日。

 

私立聖祥大附属小学校、3年A組の教室。

机は縦横5列の25席置かれている。

このクラスに在籍している児童も最近転入してきたフェイト・テスタロッサを含めて全員で25人。だが、このクラスが全員揃った事は一度も無い。

窓際の一番後ろ、その机の場所の児童は、この学級が始まってから一度も登校した事は無い。

この席は元々は2つ有った空席の1つで、始業直後に急遽1名が追加された。しかし、先方の話によると、家庭の事情等の理由でいつから登校できるのか不明でもしかしたら一度も登校せずに終わるかもしれない事を担任の教師にも伝えられ、それを担任教師もクラスの児童達に簡潔に伝えて以来、ずっとそのまま。

しかもその当時は何の手違いか、名前がまだ不明で少し後になってからクラス名簿に当人の名前が記載された事もあり、このクラスで『彼』の名前を知っている児童は皆無であり、本人が一度も登校せずにいる以上、必要すら無かった。

長らく何も入れられず、何も置かれずに使われていない机。

だが、この日からは違っていた。

 

いつも通りに登校してきたのは、4人の少女達。

高町なのは、フェイト・テスタロッサ、アリサ・バニングス、月村すずか。

このクラスのいつもの面子だった。

既に何人か他の児童も教室にいて、それぞれ思い思いに集まったりして談笑していた。

教室に入ったすずかが、いち早く異変に気付く。

 

「……あれ?」

 

「すずかどうしたのよ?」

 

アリサが尋ねる。なのはとフェイトも頭に疑問符を浮かべた。

すずかは廊下側からみて右奥の机を指差す。

 

「ほら、あそこの席…」

 

「あそこって空席っていうか、ずっと登校してない人の席だったわよね?」

 

アリサがそう言った所で、フェイトがなのはに聞く。

 

「ずっと登校してないって…?」

 

「あ、フェイトちゃんは知らないよね。あそこの席って、一応決まってる人がいるんだけど、先生の話だといつから登校できるか分からないんだって」

 

「そうなんだ…」

 

「うん。…それですずかちゃん、そこの席がどうかしたの?」

 

「そうそう、どうしたのよ?」

 

カバンの中身を自分の机の中にしまいながら、なのはとアリサが再び尋ねた。

すずかは例の机の方を見ながら答える。

 

「うん。ほら、あの机って誰も使ってないから、昨日まで何も無かったのに……カメラが置いてあるよ」

 

改めてよく見てみると、机の上の中心に、丸みをおびた旋回台付のカメラが2基、固定されていた。

ワイヤレスなのか、コンセントにまで繋がるコード等は見当たらない。

ちゃんと稼働しているようで、小さな赤いランプが点灯している。

他の児童も初めは物珍しそうに見つめたり首を傾げたりしていたが、すぐに興味が失せたようで皆あまり気にしていないようだった。

 

「本当ね。でも、何でカメラなんか付いてんのよ?誰のっていうか、意味分かんないわね」

 

怪訝な顔で眉をひそめるアリサ。

すずかは、あ!と何かに気付いて告げる。

 

「これ、リモートカメラだね」

 

「リモートカメラ?」

 

「って何?」

 

なのはとフェイトが首を傾げた。

すずかが説明する。

 

「うん、普通は防犯カメラとかによく使われているんだけど、ビデオ会議とかにも使われてるものでね。こういうふうに遠隔操作できる旋回台付のカメラを置いておけば、遠くからここの映像を生中継で見られるの。しかもこれ、音声送受信のマイクも付いてるから、こっちの声も聞こえるし、このカメラを操作してる側から声を送信する事もできるみたい」

 

説明しながら興味深そうに、机に固定されたリモートカメラを見回している。

アリサが感心しながら彼女に告げる。

 

「流石ねー。…て事は、そのリモートカメラ動かしてるのって、その席の子?」

 

「うん、多分ね。事情があって登校できなくても、これなら授業を受ける事はできるから」

 

となると、何故今更になって?という疑問が浮かぶが、ようやくこの正体不明のクラスメイトの存在が少しだけ明るみに出た気がした。

さて、そうなってくると、そろそろ気になってくるのは、そのリモートカメラの主の名前である。

今まで担任を含めて誰もここの席に在籍している児童の名前を見聞きした事が無い。

在籍が決定した時点では不明だった事、名前が出席簿等に記載されたのも少し後になってからだった事等のタイムラグがあった為、誰も知らなくても困らなかった為仕方がなかった。

という訳で、高町なのはとフェイト・テスタロッサは担任が出欠確認の時に使う出席簿を見ようと2人で置いてある教卓に向かった。

出席簿を開き、1番最後の辺りに目を向ける。

最後の所には転入したてのフェイト・テスタロッサ。

その1つ上が件の人物の名前のはずだ。

 

「あっ!!」

 

「えっ!?」

 

なのはとフェイトはそれを見て、驚愕した。

信じられない、という顔をそのまんま体現した。

 

何故、今まで気付けなかったんだろう。

何故、今まで気にならなかったんだろう。

何故、『彼』はその事を言ってくれなかったんだろう。

何故、『彼』は今も登校してこないのだろう。

何故_、

 

そんな思いが彼女達の頭の中で渦巻く。

 

「え、え?これは……どういう、事?なのは……知ってた?」

 

「ううん……。今初めて知ったよ、でも……何で……?あと、何で今まで学校に来ない上、黙ってたんだろ……」

 

困惑し続けるフェイトとは別に、なのはの表情は混乱と驚愕から、不平不満を表す不機嫌なものへと変わる。

だって『彼』なら、その気になればリモートカメラなど使わなくても、普通に登校できるはずだ。

何かキナ臭い。以前も、大事な事を言ってくれなかったり、理不尽に意地悪だったり、変に秘密主義だったりと、『彼』に対するそういう不平不満が積もっていた。

故に、彼女はリモートカメラが設置されている机へまっすぐ、眉間にシワを寄せてムスッとした顔で、ツカツカと歩み寄りカメラの真ん前で顔を向け、告げる。

 

「……垣根くん、だよね?見えてるよね?聞こえてるよね?」

 

すずかとアリサが目を丸くする。

 

「え?なのはちゃん、どうしたの?」

 

「なのは、この席の子の事知ってんの?」

 

教卓から戻ってきたフェイトが、なのはの代わりに答える。

 

「うん…実は、今まで話す機会が無くて言ってなかったんだけど、わたしもなのはも、さっき出席簿見て気付いたんだ。…実はその子、わたしと同じ時期になのはとちょっと知り合う事があってね……」

 

「そうなの?なのは、聞いてないわよ?」

 

アリサが尋ねるが、なのはは目を向けずに短く告げる。

 

「うん後で説明するからちょっと待ってて」

 

「え……あ、そう…分かったわ……」

 

目の色が変わっている彼女の様子に、顔を引き吊らせて引き気味のアリサ。

彼女はジーっとリモートカメラをガン見している。

その様子に他の周りの何人かの児童達も怪訝そうにしている。

あまり彼女らしくない態度だった。

何と言うか、分かりやすくこう、ムッスーとコミカルな怒りを現しているかのような、そんな感じの雰囲気だった。

 

「カメラが動いてるのは分かってるんだよ?声も聞こえるんだよね?わたしの顔も声も見えてるし聞こえてるよね?他にも聞きたい事もあるんだから、答えて欲しいな~」

 

 

 

「……、」

 

海鳴市内の高級マンションの最上階の一室。

目を細め、ドン引きしてノートパソコンの画面を見ているのは、学園都市第二位の超能力者(レベル5)、垣根帝督。

彼が見ている画面には、設置されているリモートカメラが写す映像をライブ中継で映し出されていた。

具体的には、茶色い髪を短めのツインテールにした髪型で、聖祥小学校の白いセーラー服風の制服を纏った同級生でクラスメイトの見知った少女の顔が、画面一杯のドアップで。

思わず飲んでいたホットココアを噴き出しそうになった。

画面越しに不満そうな顔で話し掛け続ける少女、高町なのはに返答する気にはなれなかった。

名前も席もバレた以上悪足掻き同然だが、ここで返事をしたら最後、質問攻めに遭うのが目に浮かぶ。

だから彼は黙秘し黙殺する。意地でも。

 

(だから嫌だったんだ。こうなるのが目に見えてたんだから)

 

それでも、実際に登校するよりは100倍マシだっただろうが。

そもそも、表向きは出向みたいな形を取っている上、学園都市の学生も基本的には学校通学し『時間割り(カリキュラム)』を始めとする、宿題・試験・補習等の学習を行う。

暗部に身を置く第二位の超能力者(レベル5)といえど、基本的には小学生。

時間割り(カリキュラム)』に従って一般教育を受けなければならない、というのが学園都市からのお達しだった。

半年前は強制義務が無かった為と、期間が結果的に短かった為、勝手に登校拒否していたが、今度はそうはいかない。

しかし、垣根は意地でも、何がなんでも登校したくなかった。

登校すれば、嫌でも絶対に高町なのはと顔を合わせるのが確定する。

そうなれば確実に面倒臭い事になるのが必至だ。

その上、いやそれ以上に嫌だったのが、あの学校制服を着る事だった。

白基調の半ズボンの制服。

ガラの悪そうな悪人面の男。

似合わないのが考えなくても分かる。

別に自分の容姿に不満がある訳ではない。何なら満足してるぐらいだ。

だが、学校指定の制服とはいえ、着てみなくても分かるほどの似合わない格好はしたくなかった。

故に彼は考えた。

制服を着ずに済み、他校へ転校せずにそれで『時間割り(カリキュラム)』に従って授業を受ける方法を。

そして、この答えに辿り着いた。

 

……そうだ、リモートで受けよう。

 

何も、絶対に登校して直接授業を受けなければならないという道理は無い。

要は『時間割り(カリキュラム)』のルールに違反しなければ良い。

これなら登校せずとも、制服に袖を通さずとも、授業を受ける事ができる。

しかも高町なのはに絡まれる心配も無い。

設置したリモートカメラを発端に自分の存在がバレても、シカトし続ければ何とかなる。

後々面倒臭そうではあるが。

 

そんな訳で今に至る。

 

垣根帝督は、音声の送受信マイクのスイッチを切り、聞こえてくる高町なのはの声をシャットアウトした。

これで予鈴のチャイムが鳴るまで雑音を聞かなくて済む。

本音を言えばこのまま授業もボイコットしたかったが、流石に我慢する。

とりあえず、なのはの顔面ドアップが無くなるまでは音声シャットアウトを続けようと思いつつ、寝間着のスエット姿のまま寝癖も直さず、勝手気ままにホットココアを啜り、冷凍食品のポテトサラダ、ハンバーグ、ライスのセットプレートを食べる。

 

「……、何で朝から口うるせえ高町(おんな)の顔面ドアップのライブ動画眺めながら、朝飯食わなくっちゃならねえんだ?」

 

吐き捨てるように垣根は言う。

思えば、彼女やその周りの人間に関わっている時だけ、学園都市暗部という裏社会の一端に身を沈めている事を忘れてしまいそうになるほど、馬鹿馬鹿しい事に出会(でくわ)している気がする。

調子が狂いそうになる。

そういう時はシャットアウトするに限る。

 

 

高町なのはは、朝のホームルームのチャイムが鳴るまでリモートカメラとにらめっこしていた。

授業の行間休みの度にウロウロしたり、挙げ句の果てにはお昼休みに弁当をリモートカメラの目の前に持ってこようとまでしたが、流石に悪目立ちし過ぎるので友人3人に止められた。

教室内で弁当を囲み、昼食をとる4人。

 

「もう…あの人絶対に分かってて無視してるよ…!」

 

プンプンとしながらご飯を口に放り込むなのは。

そんな彼女を見て苦笑いを浮かべるすずかとフェイト。

アリサは怪訝そうになのはを見る。

 

「あそこの席の子…。あたしもさっき名簿見たけど、垣根…帝督って名前だったわね。男子なのも初めて知ったわ。……というか、なのは(アンタ)に男子の友達がいたの初耳よ?」

 

「友達じゃないもん…」

 

何故か不貞腐れたように答える。

 

「あ、そうなの?じゃあただの知り合い?」

 

「うん…。あの人そういうの何でか嫌がるの。名前で呼ばれるのも癪に触るって言ってくるし」

 

「なのはがしつこかったり馴れ馴れしくしてきたんじゃないの?」

 

「っ!そ、そんな事ないよ…」

 

冗談混じりに言われたが、図星だった。というか、本人に言われた事があった。

アリサは小さく溜め息を吐くと、単純に思った疑問を口に出す。

 

「っていうか、なのはは何でその子にそこまで構うのよ?」

 

すずかも不思議そうな顔で言う。

 

「そういえばそうだね。フェイトちゃんと同じ時期に知り合ったっていうのは聞いたけど、良くも悪くもそれだけの関係で、フェイトちゃんほど親しい訳でもないんでしょ?しかも学園都市の人なら尚更会える事もほぼ無いだろうし、……何で今、学園都市の外に来ているんだろ?」

 

フェイトがそれに答えようとするが、魔法関連の事を伏せて説明しなければならない。

 

「あ、それは…えっと、何と言うか……_、」

 

「_それがわたし達よく知らないんだよね」

 

どう説明して良いか困っているフェイトに、なのはが助け船を出す。

 

「垣根くんには垣根くんなりの事情や理由があるらしいんだけど、全然教えてくれないの。秘密だとか守秘義務だとか、お前に教える義理はない、だとか言って……っ!」

 

言いながら彼に対する不満が再燃し、また不機嫌な顔になった。

 

「言えないなら言えないって普通に言ってくれれば良いのに、いっつも素っ気なかったり意地悪だったりするんだもん。メールも返さないし、電話も無視するし!」

 

「って言う割りにその子と何気に連絡先交換してるのね」

 

「そうだね。何か意外かも…」

 

アリサは眉をひそめ、すずかは苦笑いする。

散々不平不満を言う相手と連絡先の交換をしているのは、彼女のコミュ力の高さ故か、それとも成り行きか。

同じく苦笑いするフェイトが言う。

 

「でも、それだけ打ち解けてるんだがら、やっぱり何だかんだで仲が良さそうだね」

 

「仲良くないよ!」

 

そう言われると決まって彼女は全面否定する。

もはや、意地になっているのが見てとれる。

 

「ほら!さっき送ったメールも無視して返さないし!」

 

言って、2つ折り携帯電話の送信済みメール画面を見せる。

 

「電話も出ないし、名前で呼ぼうとしただけで馴れ馴れしいって言ってくるし、ガラも悪くて意地悪で素っ気ないし、何なのあの人……」

 

プンプンと不満を吐き出し言い並べながら、弁当をパクパクと早食いの要領で食べている。

すずかは、そんななのはの態度に意外そうな目を向けていた。

 

「でも珍しいね。なのはちゃんが他人(ひと)にそういう砕けた事を言うの」

 

アリサも頷く。

 

「そうね、なのはにしては意外かも」

 

「そうかなぁー……?フェイトちゃんにも言われたけど、自分ではよく分からないんだよね…」

 

なのはは納得のいかない顔をする。

しかし、フェイトを含めて友人3人に同じような事を言われただけに、認めざるを得ないのか。

思えば、垣根帝督という男は高町なのはにとって何なのだろう。

知り合い以上友人未満といった所か。

愛想の悪い垣根からはただの知り合いで、それ以上でもそれ以下でもないと言ってきそうだ。

彼はともかく、自分は垣根帝督の事をどう思っているのだろう?

友達になりたい? いや何だか違う気がする。もちろん求められたらやぶさかじゃないが。と言うか本人から拒否してきそうだ。

仲良くなりたい? いやこれも何だか違う気がする。もちろんこれも求められたらやぶさかじゃないが。

嫌い? いやそこまでは思っていない。彼も自分を嫌ってはいないはず。

しかし、何故か彼の言動には一々反応したり噛み付いたりしてしまう。

何故かと言われると、明確な説明はしづらい気がする。

虫が好かない、鼻持ちならない、とでも言えば合点がいく気もするが、やはり彼の事を嫌っている訳ではない。

嫌いなのかと聞かれたら、躊躇わずに首を横に振れる。

分からない……自分でも、彼をどう思っているのか。

 

「……フェイトちゃんは、どう思ってる?」

 

「え?」

 

「フェイトちゃんは、垣根くんをどう思う?」

 

自分と同時期に垣根帝督と知り合ったフェイト・テスタロッサ。

1度だけ交戦した事があるというのは本人から聞いた事がある。

自分とは違う視点の彼女は、彼をどう見ているのだろう。彼女の目にはどう写っているだろう。

フェイトは視線を上にし、彼の容姿と態度とかを思い浮かべ考えてから告げる。

 

「うーん……わたしは…、うーん……よくシニカルに小さく笑ってて、飄々としてて、何だか不思議な人、かな。そんな印象」

 

「冷笑癖でもあるの?その子。それとも皮肉屋?」

 

アリサが聞いてみるが、当のフェイトも小さく苦笑して自信無さげに答える。

 

「うーん、それもよく分からないんだ。普段は自分の事を殆ど話さない人だから。学園都市出身の能力者だけど、自分の能力の事も秘密で、ほぼ話してくれないし」

 

「秘密主義なの?」

 

すずかが尋ねる。フェイトはまたしても自信無さげに答える。

 

「多分…ね。何か、超能力の中でも異質で類似してる能力者とかもいないらしいから、簡単に口外しちゃダメなんだって」

 

「へえー、でも、そう言われると余計に気になっちゃうね」

 

「うん、それでも教えてくれないんだよね」

 

すずかとフェイトは、困ったような顔で小さく笑い合う。

と、不意にフェイトが何かを思い出し、フッと小さく笑う。

3人が頭に疑問符を浮かべる。

 

「?…フェイトちゃん、どうしたの?」

 

なのはが首を傾げた。

フェイトは面白そうにクスクスと笑って、

 

「あ、ううん。ちょっと思い出し笑いをね…フフッ」

 

「???」

 

すずかとアリサも首を傾げ、怪訝な顔をする。

 

「思い出し笑いって、何の?」

 

「それって…もしかして、垣根って子の事だったりする?」

 

フェイトは頷き、少し楽しそうな雰囲気で言う。

 

「……あの人、普段は取っ付きにくくて変に大人びてる感じなんだけど、意外な所で子供っぽいっていうか、わたし達と同じ歳の子なんだなって思える所があったから…。それをちょっと思い出してね」

 

「え、何それっ?知りたい!フェイトちゃん教えて!何何!?」

 

いち早く食い付いたなのは。

もしかしたら、今度垣根にからかわれた時に反撃の材料に彼のウィークポイントになるかもしれないと思ったからだ。

 

「なのは…アンタ……」

 

「なのは、ちゃん……?」

 

普段の彼女らしからぬ様子に、アリサとすずかは顔を引き吊らす。

目を爛々と輝かせて、垣根帝督というこの場にはいない男の弱点というか、失敗というか、それらしき事を聞き出そうと身を乗り出さんばかりにしている。

いつものまっすぐで強くも優しく、思いやりある彼女はどこへ行ってしまったのか。

 

「な、なのは、落ち着いて?」

 

フェイトは引き気味になりながらも、宥めるように告げる。

 

「ここだと、リモートカメラを通して本人にも聞こえちゃうから…」

 

「…あ、そっか。じゃあ、後で教えてね?」

 

訊かないという選択肢は無いらしい。

 

「いや、その会話含めて全部聞かれてるでしょ」

 

とアリサがツッコむ。

 

「あー……じゃあ、もう少し時間が経ってからで良いかな……?」

 

「やっぱり、訊かないっていう選択肢は無いんだね…」

 

本人が忘れた頃にでもそれとなく、フェイトに再び尋ねてみようという魂胆らしい。

それを予想したすずかは再び顔を引き吊らせ、薄く苦笑いする。

 

「だから、それも聞かれてるって…」

 

再びアリサがツッコむが、なのはには聞こえていないようだった。

アリサ・バニングスと月村すずかは、高町なのはにここまで悪影響(?)を与えた、垣根帝督という会った事も見た事も無い同級生に、俄然興味が沸くのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新たなる力の起動と、再戦

八神はやては、小学3年生相当の女の子。

学校は休学中。

現在は古代遺産(ロストロギア)『闇の書』と、その守護騎士達の主人である。

はやてのスライド式の携帯電話がピピピッと着信音を鳴らす。

 

「ん…?」

 

友人の月村すずかからのメールだった。

 

「すずかちゃんやー♡ 時間通りに、到着予定…と♪皆もおったらええねんけどなー」

 

最近は彼女の騎士達は色々忙しい様子。

リーダーのシグナムは、近所の剣道場で非常勤の講師。

末っ子のヴィータは、近所の老人会のゲートボールチームに入れてもらって、そこのおじいさんおばあさんの人気者。

シャマルはご近所の奥様方との交流とか皆のお買い物とか。

ザフィーラは大抵、3人の誰かと一緒。

 

「まあ、皆それぞれやりたい事があるんはえー事やな。皆がウチに来たばっかの頃は、ほんまにずーっと一緒やったんやけどなー」

 

この街に馴染んで溶け込んでいる事を、嬉しく思う一方で一抹の寂しさは感じていた。

 

「まー、しゃーないんかな」

 

その後、すずかがケーキを持参して訪問してきた。

駅前商店街の翠屋(みどりや)で、すずかの友達の両親が開いていて、皆大ファンとの事。

すずかははやての事を友達に紹介したがっているのだが、中々タイミングが合わなくて残念がっていた。

ティーブレイクしながら談笑する。

 

はやては思う。

月村すずかは、凄く優しい。

基本的にはどう見ても怪しい我が家の家族構成の事も、はやての車椅子やその理由の事も。

出会ってから今まで、一言も聞かない。

しかし、自分が話したらきっと静かに聞いてくれて、全部受け入れて笑ってくれる。

 

「…何やろなー、そんな気がするんよ」

 

「?」

 

「あ、あはは何でも~。お茶のおかわりどーやー?」

 

考えていた事が口に出ていた。

慌てて手を振り、誤魔化す。

その後しばらくして、ヴィータとシャマルが帰宅。

シャマルとはやてが夕食の準備に取り掛かり、しばらくすずかはヴィータと雑談した後、晩御飯に誘われるもお稽古を理由に辞退しお暇した。

数時間後、シグナムが帰宅。

 

「ただいま戻りました」

 

「あ、シグナム帰ってきたー」

 

家族が揃い、夕食を囲む。

彼女は準備しながら、静かに思う。

 

(わたしは闇の書のマスターやから、守護騎士一同の衣食住、きっちり面倒見なあかん。皆の笑顔がわたしの宝物。こんな時がどうか、少しでも長く続きますよう……)

 

食事に手をつけたシグナムとヴィータが、一瞬固まる。

僅かに表情が青い。

 

「この微妙な味付けは…シャマルだな」

 

「え?ええっ!?」

 

「シャマルはもーちょいお料理精進せなあかんなー」

 

 

 

次元の海に浮かぶ巨大コロニー「時空管理局本局」にて。

 

「ありがとうございました」

 

そう言って、医務室から出てきたのは高町なのは。

彼女は先日まで、魔力蒐集の被害を受けて魔法の行使が困難になっていたのだが、

 

「なのはー!」

 

「検査結果、どうだった?」

 

なのはの元に、ユーノ・スクライア、フェイト・テスタロッサ、アルフが駆け寄る。

彼女はニッコリと柔和に微笑んで、グッと右手を上げて嬉しそうに告げる。

 

「無事、完治!」

 

「こっちも、完治だって」

 

フェイトは言って、修理完了したバルディッシュを見せ、ユーノもレイジングハートを手にしている。

嬉しくなって笑い合う4人の背後から、陽気な声が飛んでくる。

 

「…次元の海という特殊空間のど真ん中に、時空管理局の本局という巨大なコロニーが浮かんでるってか。いやースゲェなここ。地球からすりゃあ全部オーバーテクノロジーの塊だよな。あっちこっち目移りして、いくらでも探検してたいぐらいだ」

 

なのはがそちらへ振り返ると、そこに、モスグリーン色のジーンズに黒いトレーナーを纏った目に掛かるほどの茶色い髪の少年が、おのぼりさんよろしくキョロキョロと辺りを見回しながら歩いて来た。

見覚えのある端正な顔立ちに鋭い眼光。

両手をよくズボンのポケットに突っ込んでいる見覚えのある仕草。

 

「あ…あ……ッ!?」

 

なのはは思わず口を半開きにして固まった。

彼女は彼に、実に半年以上に会う事になる。

学園都市の能力者、垣根帝督。

 

「あああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!?」

 

思わず指を差して叫ぶが、垣根は何でもなかったかのように反応する。

まるで先日の出来事など無かったかのように。

 

「よお高町、久しぶりだな」

 

しらばっくれているのか、素なのか分からない。

なのはの様子を見て苦笑いする3人。

ユーノとアルフも学校での出来事を愚痴混じりに聞かされていた為、件の理由を知っている。

あああ、と左手人差し指を彼の方へ向けたままプルプルと震えるなのはをよそに、垣根は歩み寄って告げる。

 

「デバイス直ったんだな。で、魔法はもう使えるのか?」

 

「あ、うん。もう完治だってなのはが…」

 

プルプル震えながらフリーズしているなのはに代わって、フェイトが答えた。

 

「へえ、そりゃ良かったな。…って、どうした高町?何バカ面下げて固まってんだ?」

 

唖然としていると、久しぶりに会った相手に開口一番に毒吐かれ、ハッとする。

そしてワナワナとうつ向いて震えている間にフェイトが再び垣根に言う。

 

「いや、分かるでしょ?この前の事。なのははそれでこうなってるんだよ?しかも開口一番に毒吐いて…」

 

「あ?」

 

垣根が僅かに首を傾げた時、高町なのはという爆弾が炸裂した。

 

「もーーーーーー!!垣根くんッッッッ!!!!!!!!!!」

 

「おお…何だよ?」

 

至近距離で怒鳴られ、思わず鼻白む。

彼女は今まで溜まりに溜まった彼への不平不満を片っ端からぶつける。

 

「久しぶりに会ったのにいきなり何で毒吐いてくるの!!!?何で電話無視するの!!!!何でメール返さないの!!!!何で学校来ないの!!!!何で海鳴市(こっち)に来たの黙ってたの!!!!何で_ッ!!!!」

 

「…お前こそいきなり質問攻めすんなよ、うるせえな。……チッ、だから会いたくなかったんだ」

 

半年以上振りに会ったというのに、あからさまに面倒臭そうな態度の垣根になのはは余計に憤慨する。

ユーノとフェイト、アルフがまあまあと宥めようとするが全く効かない。

 

「わたしが怒ってるのは垣根くんが悪いんでしょ!!!?」

 

「高町、どうどう」

 

「わたし馬じゃないもん!!」

 

「高町、ハウス」

 

「わたし犬じゃないもん!!ホラッ!!またわたしの事からかってるし!!!!」

 

握り拳で両腕を小さく振り、プンプンと分かりやすく怒るなのは。

が、彼女の怒りの元凶は相変わらず飄々としている。

 

「おいフェイト、ユーノ、アルフ。こいつうるさい。黙らせろよ」

 

「え、ええ………?」

 

「え……いや……」

 

「む、無理でしょ……」

 

垣根に無茶振りされ、フェイトもユーノもアルフも顔を引き吊らせてたじろぐ。

そしてこの一言もなのはに燃料投下する結果になり、再び爆発。

 

「うるさいって何!!!?怒らせてる自覚あるの!?」

 

「心配するな、自覚はある」

 

ニヤッと薄く悪どい笑みを浮かべてきた。それがまた腹が立つ。

 

「もー最低だよ!!…って、あ!!」

 

「それも自覚はある。…ん?」

 

ここで、彼のある発言で彼女はハッとして、一瞬黙り込み、垣根もフェイト達も怪訝な顔になる。

なのはは分かりやすく、それはもう分かりやすく、ジトーっとした視線を垣根帝督へ向け、一気にトーンダウンした口調で告げる。

 

「……今、垣根くん、フェイトちゃんの事名前で呼んでたよね?」

 

「あ」

 

「何で?何でフェイトちゃんは名前で呼んで、わたしは『高町』のままなの?ねえ何で?」

 

垣根も半ば無意識だったらしく、無言で失言したかのようにバツの悪そうにし始める。

 

「……別に、俺の勝手だろ」

 

「前はテスタロッサって呼んでたよね?何で今になって変えたの?」

 

「……何となくだよ」

 

「嘘だよ!頑なに名前で呼び合うの嫌がってた垣根くんらしくない!絶対何か理由あるよね!?」

 

ジトーっとした視線のまま、ずいずいと垣根に詰め寄るなのは。

垣根は都合の悪そうに目を逸らしている。

 

「…フェイトちゃんと友達になったの?」

 

「違う」

 

(そこは即答するんだ…)

 

フェイトが少しだけ寂しい気持ちになる。

それを知るよしも無い垣根は続けて言う。

 

「何かあったとしても、それをお前なんぞに話す義理はねえな」

 

「酷いよ!!っていうか、フェイトちゃんをそう呼んでるならわたしもなのはって呼んでよ!!」

 

「嫌だ」

 

「何でよー!!」

 

そこへ、フェイトがなのはに小声で話し掛ける。

僅かに思い出し笑いをして。

 

「(……噛んだの)」

 

「(……噛む?)」

 

「(……うん、わたしのファミリーネーム噛んだの。テしゅタロッサって)」

 

「(……、……へえ~、そーなんだ~…)」

 

プンプンと怒っていた、なのはの表情がみるみるうちに明るくなる。

彼女の顔が柔和な笑顔に変わっていく。ただし、含み笑いというマイナスの意味で。

フェイトはヒソヒソとなのはへ耳打ちを続ける。

垣根は彼女達のやり取りを察して、クルリと背を向けて立ち去り始めた。

 

「(……彼、何でか分からないけど、頑なに噛んでないって言ってるんだ)」

 

「(……へえ~…へえ~。そーなんだ~。意外な所があるんだね~)」

 

「(……ね?ちょっと可愛いでしょ?)」

 

「(……変な所で子供っぽくて可愛いかも♪)」

 

クスッとしたり、ニマニマしたりと、柔和だが一物抱えた笑顔を浮かべ合う2人の少女。

事情を知らなければ微笑ましく見える光景だが、

 

「ね、ねえ……、何かフェイトもなのはも、あんまりらしくない笑いをしてるよね…?」

 

アルフがユーノに静かに告げ、

 

「うん……、何て言うか、こう……笑顔なんだけど、悪戯っぽいっていうか……、そう…真っ黒に輝いてるよね…。2人とも……」

 

ユーノは苦笑しながら、なのはとフェイト、静かに逃亡を図る垣根を交互に見て呟いた。

なのはとフェイトは、垣根が立ち去ろうとしている事に気付いて慌てて追い掛ける。

 

「あ!ちょっと待ってよ!」

 

「どこ行くの!」

 

ズボンのポケットに突っ込んでいる両手に、フェイトは彼の左手首を、なのはは彼の右手首をガシッと掴んだ。

 

「おい、放せよ」

 

面倒臭そうな顔の垣根帝督とは対照的に、高町なのはとフェイト・テスタロッサはニマニマと柔和な含み笑いを浮かべていた。

 

「さっきフェイトちゃんから聞いたよ?噛んだ事で意固地になってるって」

 

「っせえ、噛んだ訳じゃねえ」

 

「『テしゅタロッサ』って、絶対に噛んだと思うんだけど?」

 

「あーそういや、そろそろ学園都市から定時連絡が来る頃だな」

 

「いや、ここだと普通の通信は繋がらないはずだよね」

 

なのはに続き、フェイトが更なる逃走の口実をすかさず潰して退路を塞ぐ。

 

「チッ……」

 

忌々しそうに舌打ちの音を立てる垣根と、柔和な笑顔で嬉しそうななのはとフェイト。

たかが名前を噛んだだけで、それを認めず意地になっただけで、攻守が逆転した。

日頃の鬱憤を晴らすといわんばかりのなのは。それに嬉々として加勢するフェイト。

この2人はおそらく、垣根が噛んだ事を認めるか、

 

「わたしもフェイトちゃんと同じように『なのは』って名前で呼んでくれたら、もう止めても良いし、今までの事チャラにしても良いよ帝督くん(・・・・)♪」

 

「……ッ!!」

 

この提案を呑むかしない限り、どれだけウザがられようが絡み続けるだろう。

垣根はイラッと眉を動かしてなのはを鬱陶しそうに睨むが、今の彼女には堪えない。

彼の右手首を左手で掴みながら、ニコニコと愉しそうに笑っている。反対側のフェイトも同じようにしている。

 

(こいつ等、分かっててやってやがる……ッ)

 

彼女達の後方に立ち尽くすユーノとアルフは、苦笑いしつつも止める気は無いらしい。

基本的に彼等は当然、なのはとフェイトの味方なのだ。

もう折れてあげたら?と目で言っているようだった。

 

「……、」

 

四面楚歌を自覚し、しばし無言で考え決意した。

ただし彼女達に折れる訳ではない。

プライドの高い彼はその選択肢を簡単に選ばない。

故に、多少下品な事を承知の上で、強引な手段に出る。

 

「…あー、急にウンコが出たくなったわ」

 

「えっ?」

 

「え…?」

 

予想外の一言にピキッと固まる2人。更に後ろの2人もポカーンとしている。

 

「つー訳で手ぇ放せ。俺、便所行ってくるわ」

 

「「あ」」

 

掴まれていた手を無理矢理振りほどき、スタスタと立ち去っていった。

数秒固まっていたなのはだが、ふと我に返り告げる。

 

「…フェイトちゃん」

 

「…何、なのは」

 

「さっきの垣根くんのって、多分嘘だよね?」

 

「うん、わたし達から逃げる為に苦し紛れに言ったんだと思う」

 

「…でも下品過ぎるよね?」

 

2人ともさっきの彼のセリフが脳裏を過り、ドン引きし表情も引き吊っている。

 

「うん…下品だね。そこまでするほど逃げたかったのかな…?」

 

「分かんない……、あの子が何考えてるのか…ホント分かんないよ…。ただ…」

 

顰蹙買ってでも逃れたかったのか、垣根帝督は意地とプライドを守る為に別の何かを失った気がした。

そんな彼に、届かない事を承知でなのはとフェイトは小さく告げる。

 

「最低だよ、垣根くん……」

 

「最低だよ、垣根……」

 

ユーノとアルフは最後まで何も言わず、苦笑いするしかなかった。

 

 

海鳴市内の駐屯地でアラートが鳴り響く。

指揮を執るリンディ・ハラオウンに有視界通信で武装局員の1人が報告する。

 

『都市部上空にて捜索指定の対象を2名捕捉しました。現在、結界内部で対峙中です』

 

「相手は強敵よ、交戦は避けて外部から結界の強化と維持を!」

 

『はっ!』

 

「現地には、執務官を向かわせます!」

 

夜の市街地。

10人の武装局員が包囲しているのは、ヴィータとザフィーラ。

彼女達は背中合わせで局員達と対峙している。

 

「管理局か…」

 

「でも、チャラいよこいつ等。返り討ちだ」

 

ヴィータは睨みを利かせ、グラーフアイゼンを振り上げる。

突然、自分達を取り囲んでいた武装局員達が散開する。

 

「っ!?」

 

「上だ!」

 

怪訝な顔のヴィータにザフィーラが告げた。

見上げると、そこには無数の蒼白い魔力刃を展開し上空に浮いている執務官クロノ・ハラオウンの姿があった。

 

「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!!」

 

スティンガーブレイドの中規模範囲攻撃で、魔力刃の一つ一つに環状魔方陣が取り巻いており、発動時に一斉に目標へ狙撃できる。

100本以上の魔力刃が照準を定め、

 

「てぇッ!!」

 

一斉に猛スピードで降り注ぐ。

ザフィーラが前に出てバリアを発生させる。

バリアとスティンガーブレイドの衝突で光華と粉塵が巻き起こる。

魔力刃が爆散し視界攪乱を誘発する。

クロノは演算と魔力を消費し、呼吸を乱しながらも撃った方向を睨み続けている。

 

「ハァ…ハァ…ハァ…、少しは…通ったか……?」

 

煙が晴れると、防御を担ったザフィーラの左肩と腕にバリアを突破した合計3発の刃が刺さっていた。

 

「ザフィーラ!」

 

ヴィータが叫ぶが、当のザフィーラが受けたダメージは小さいようで、

 

「気にするな。…この程度でどうにかなるほど、柔じゃない!」

 

バキン!と腕に力を込めて刺さった魔力刃を砕く。

それを見てヴィータも好戦的な笑みを浮かべる。

 

「…上等!」

 

クロノと守護騎士2人が再び睨み合う。

 

『武装局員、配置終了!オッケークロノくん!』

 

オペレーターのエイミィ・リミエッタが通信で彼に告げる。

 

「了解!」

 

『それから今、現場に助っ人を転送したよ!』

 

「え?」

 

辺りを見回すと、ビルの屋上に2人の少女が立っている。

高町なのはとフェイト・テスタロッサ。

 

「なのは!フェイト!」

 

それだけじゃない。

彼女達の後方には、ユーノ・スクライアと使い魔アルフの姿もあった。

いいや、それだけじゃない。

彼女達とは少し離れた位置だが、ヴィータ達はすぐに気付いた。

暗い眼光に茶色い髪、ズボンのポケットに両手を突っ込んで立っている、口元に薄い笑みを浮かべている少年。

魔法ならざる謎のスキルを行使してくる、得体の知れない人間、垣根帝督。

 

「あいつ等…ッ!!」

 

上空を見つめなのはは左手を、フェイトは右手を掲げ、相棒の名を叫ぶ。

 

「レイジングハート…」

 

「バルディッシュ…」

 

「「セーットアーップ!!」」

 

2人は上昇しながら変身シークエンスに入り、以前と違いを感じた所で不意にエイミィから通信が来た。

 

『2人とも、落ち着いて聞いてね。レイジングハートもバルディッシュも、新しいシステムを積んでるの』

 

「新しい…システム?」

 

『その子達が望んだの。自分の意思で、自分の思いで!…呼んであげて、その子達の…新しい名前を!!』

 

意を決し、彼女達は相棒の新たな名前を叫ぶ。

 

「レイジングハート・エクセリオン!!」

 

「バルディッシュ・アサルト!!」

 

主人の叫びに呼応し、バリアジャケットを展開。

デバイスの外見にも変化していた。

レイジングハート・エクセリオンは、カートリッジシステム「CVK-792A」を搭載し生まれ変わった姿。

ヘッド下部に自動壮弾式のカートリッジユニットが搭載され、強大な魔力を扱う事が可能になった。

 

バルディッシュ・アサルトは、カートリッジシステム「CVK-792R」を搭載し生まれ変わった姿。

ヘッド下部に搭載されたカートリッジユニットは回転弾倉式。

装弾数で劣るものの、この形式は稼働部分が少なく衝撃に強い上、ユニット部分を装甲でフルカバーできる。

 

「あいつ等のデバイス…、あれってまさか……!!」

 

ヴィータは少女達の持つデバイスの変化にいち早く気付き、歯噛みをする。

変身とデバイスの稼働状態の確認を終了したなのはとフェイトは、再びもといた屋上に着地。

フェイトが守護騎士達に告げる。

 

「わたし達は、あなた達と戦いに来た訳じゃない。まずは話を聞かせて」

 

なのはが続く。

 

「闇の書の完成を目指してる理由を…」

 

腕を組み、彼女達を見下ろすヴィータとザフィーラ。

 

「あのさ、ベルカの(ことわざ)にはこういうのがあんだよ…」

 

口を開いたのはヴィータの方だ。

 

「和平の使者なら槍は持たない」

 

「え…?」

 

「……?」

 

聞き覚えのない諺を聞き、なのはとフェイトは困ったように顔を見合わせ、怪訝そうに首を傾げる。

ヴィータは彼女達を睨み付け、ビシッと得物を向けて告げる。

 

「話し合いをしようってのに、武器を持ってやってくるヤツがいるかバカ!っていう意味だよ、バーカ!」

 

「なあっ!?いきなり有無を言わさずに襲い掛かってきた子がそれを言う!?」

 

分かりやすく馬鹿にされ、ムッとして夢中で言い返すなのは。

少し離れた所の垣根も、確かに、と呟いて小さく笑っていた。

そこでザフィーラが口を挟む。

 

「…それにそれは、諺ではなく小話のオチだ」

 

「うっせー!良いんだよ細かい事は!」

 

「…何だ?このしょーもねえやり取り」

 

垣根はくだらなさそうに小さく呟いたつもりだったが、どうやら聞こえていたらしく、ヴィータがギロリと彼の方を睨んできた。

彼女は垣根帝督にも得物を差し向けて叫ぶ。

 

「オマケにそこのお前!!魔導師じゃないお前も、やっぱ管理局のヤツだったんだな!?」

 

怒鳴られた垣根は、退屈そうに突っ立っている。

年不相応な眼光に薄い笑み。得物を向けられ威嚇されるも、その両手はズボンのポケットに突っ込んだままだった。

ヴィータはこの場で唯一、不遜な態度のままの彼が気に食わない。

 

「こんな人間兵器みてーなヤベェヤツを引き連れといて、何が話し合いだ!!」

 

「な…っ!!人間兵器って…あんまり_」

 

なのはが少し怒るが、垣根が制止するように口を出す。

まるで気にしていない様子で、ゆったりと言う。

 

「人間兵器か。まあ確かに間違ってないな」

 

「垣根くん!?」

 

彼女は驚きながら垣根の顔を見るが、彼は相変わらず余裕そうに小さく笑っていた。

 

「俺はまあ現地の民間協力者って訳だが。ま、安心しろよ、今回俺は手を出す気はねえから」

 

「ああ?信じられっかよ!!」

 

「別に信じなくても良いが、どのみち俺は今日は見物しに来たつもりだしな。仮にやり合うとなっても、テメェ等の相手はそっちの女2人だろうし、俺は観戦でもさせてもらうよ」

 

淡々と、悪意を織り混ぜて薄く笑ったままつまらなさそうに、侮るように、嘲笑うかのように、続ける。

 

「まあ……今日を自分の命日にしてえっつーんなら、相手してやっても良いけどな?」

 

彼はまるで、自分と戦っても勝敗は見えているから、戦う必要が無い。眼中に無い。……とでも言っているかのような口調だった。

 

「テメェ……ッ!!」

 

実際、彼からは先日のような敵意も殺意も悪意も感じられない。

だが、それでも目を見れば分かる。

馬鹿にされているとしか思えなかったヴィータは、グラーフアイゼンを握り締め、激怒し垣根を睨む。

 

ドンッッ!!!!!!

 

と、不意に桃色の落雷がなのは達の隣のビルに落ちた。

舞い上がる粉塵が晴れると、そこには守護騎士ヴォルケンリッターの将、シグナムの姿が。

 

「シグナム…!」

 

フェイトの声に反応し、シグナムは無言でフェイトの方を向いた。

なのはがヴィータを見据えたまま、通信でユーノとクロノに釘を刺すつもりで告げる。

 

「ユーノくん、クロノくん、手、出さないでね。わたし、あの子と一対一だから!」

 

垣根がニヤリと口角を吊り上げ、ヴィータに言う。

 

「……だってよ?赤いの」

 

「チ……ッ!!」

 

いつの間にか着地しユーノと並ぶクロノは、顔を僅かにしかめた。

 

「マジか……」

 

「マジだよ…」

 

ユーノがクロノの呟きに答えた。

なのははヴィータと、フェイトはシグナムと、アルフはザフィーラと、それぞれ一対一で決着を着けるつもりだ。

故に、そうなる事を薄々感付いていたからこそ、垣根帝督は介入しない。

クロノもそれに気付き、傍らのユーノに念話で告げる。

 

〈ユーノ、それならちょうど良い。僕と君で手分けして、闇の書の主を捜すんだ〉

 

〈闇の書の…?〉

 

〈連中は持っていない。おそらく、もう1人の仲間か、主がどこかにいる。僕は結界の外を捜す。君は中を〉

 

〈…分かった〉

 

そして2人は別れ、上空では合計6つの光が交錯し激しい空中戦が繰り広げられる。

誘導弾や射撃を中心に、中・近距離戦を展開するなのはとヴィータ。

高速で時折鍔迫り合いで動きを止めながら白兵戦を行うフェイトとシグナム。

拳や蹴り等で体そのものをぶつけ合って肉弾戦を展開するアルフとザフィーラ。

 

その様を突っ立ったまま、1人愉しそうに見物する垣根帝督。

しかしただ観ているだけではない。

この結界内全域に、サーチや逆算の為に素粒子(ダークマター)を散布していた。敵味方問わず、この空間の全員の魔法やその特性、変換資質、術式の癖等を能力で言う所の演算パターンとして解釈し、解析してゆく。

この状況を楽しみつつも、己の糧にするべく。

副次効果によるついでではあるが、クロノとユーノの闇の書サーチも手伝う。

あまり期待するなよとは言いつつも、『未元物質(ダークマター)』のサーチ網に何かそれらしい反応があれば、彼等に通信を入れる手筈となっていた。

 

地面に魔方陣を展開し、手を当て目を閉じ、サーチを行うユーノ。

上空から目を走らせるクロノ。

一方その頃、シャマルが闇の書を手にして結界のすぐ外で後方支援に入っていた。

ザフィーラから念話式の通信が入る。

 

〈状況は、あまり良くないな。シグナムやヴィータが負けるとは思わんが、例のレベルファイブと名乗った男もいる。ここは退くべきだ。シャマル、何とかできるか?〉

 

〈何とかしたいけど…局員が外から結界を維持しているの。私の魔力じゃ破れない…シグナムのファルケンかヴィータのギガント級の魔力を出せなきゃ……〉

 

シャマルの声には、明らかに焦りと不安を感じられた。

外から展開する武装局員達の働きによって、彼女達は戦略的には段々劣勢に立たされ突破口を開けず、手をこまねいていたのだ。

 

〈2人とも手が放せん。やむを得ん、アレを使うしか……〉

 

〈分かってるけどでも_〉

 

と、ここで、焦燥するシャマルは言葉を発せなくなってしまう。

物理的にではなく、緊張によって。

捜索していたクロノ・ハラオウンに見付かり、後ろから後頭部にデバイスを向けられている。

 

〈シャマル、どうしたシャマル?〉

 

故に、ザフィーラの呼び掛けに答えられなくなっている。

クロノは静かに、事務的な口調で告げる。

 

「捜索指定ロストロギアの所持、使用の疑いで貴女を逮捕します。抵抗しなければ、弁護の機会が貴女にはある。同意するなら武装の解除を」

 

直接的な戦闘力に乏しいシャマルでは、クロノから逃れる事は困難。

完成前の闇の書を押さえる。これで終わり。事件の決着が着く。

その様子を別ポイントからリンディもエイミィも見ている。

-しかし、

 

「-ぐあッ!!!?」

 

突如、クロノは隣のビルにまで一気に『蹴り飛ばされた』。

フェンスに激突し、苦悶の表情を浮かべる。蹴られた横っ腹を押さえ、痛みを堪えて顔を上げた。

 

「……仲間…ッ!?」

 

サーチャーにも反応しない謎の者。

彼を蹴り飛ばした主は、白いジャケットのような上着に青いパンツ、飾り気の無い奇妙な仮面を着けた青い髪の、青年のような風貌の男。

シャマルも知らない、謎の男。

 

「あなたは…?」

 

シャマルの質問には答えず、男は静かに告げる。

 

「使え」

 

「え?」

 

「闇の書の力を使って結界を破壊しろ」

 

まるで、闇の書の事をよく知っているかのような態度だった。

いや、実際そうなのかもしれない。

だとすると、この者は一体何者なのか。何故守護騎士達に味方するのか。

 

「でもあれは…」

 

狼狽えているシャマルを説得するように、彼は言う。

 

「使用して減ったページはまた増やせば良い。仲間がやられてからでは、遅かろう?」

 

「……ッ!」

 

左の小脇に抱える闇の書に目をやり、しばし考える。

そして、彼女は決意した。今はなりふり構っていられない。

 

〈皆、今から結界破壊の砲撃を撃つわ。上手くかわして撤退を!!〉

 

「「「おう!!」」」

 

その間に空中で対峙するクロノと仮面を着けた謎の男。

 

「何者だ!!連中の仲間か!?」

 

「……、」

 

男は答えない。

デバイスを構え、叫ぶ。

 

「答えろ!!」

 

闇の書の魔法が発動したらしく、空に黒い稲妻が見える。

一瞬それに気を取られ、その隙に男に蹴落とされた。

クロノは地面に激突する寸前にホバリングするように持ち直し、墜落を阻止した。

 

「今は動くな!」

 

「…っ!?」

 

「時を待て。それが正しいとすぐに分かる」

 

「何!?」

 

まるで事情を理解しているかのような一言。

次の瞬間、『破壊の雷』という黒紫の落雷…魔力爆撃が結界を粉砕した。

物理被害は無いものの、ジャミングされてサーチャーとレーダーが無力化されてしまい、またしても逃げられた。

なのは、フェイト、アルフの3人は、ユーノの防護魔法により無傷で済んだ。

傍観と解析をしていた垣根帝督も、自身の能力で生み出す6枚の翼で体を包みその身を守った。

 

「…さっきのは何だ?バラ撒いてた『未元物質(ダークマター)』まで吹き飛ばされちまったぞ」

 

想像もしていなかった横槍が入り、結界も破壊され守護騎士も闇の書も逃してしまった。

ひとまず自分達も撤退し、ハラオウン家に集合する事にした。

 

 

海鳴市内のマンション、ハラオウン家のリビング。

なのはとフェイトは、エイミィからカートリッジシステム搭載の経緯と使用上の注意点の説明を受けていた。

クロノとリンディはソファーに座り、出来事を振り返る。

垣根帝督も、ソファーにふんぞり返ってクロノ達の話を聞いている。

何故かまたリンディ製の抹茶ラテを用意されて。

 

(だから何で毎回これ出されてんだ?)

 

微妙な顔をしている彼をよそに、リンディは口を開く。

 

「…問題は、彼女達の動機よね」

 

「ええ。どうも腑に落ちません。彼等はまるで、自分の意志で闇の書の完成を目指してるようにも感じますし…」

 

「んん?それって何かおかしいの?」

 

アルフが不思議そうな顔をして口を挟む。

 

「闇の書ってのも、ジュエルシードみたく、すっごい力が欲しい人が集めるもんなんでしょ?だったら、その力が欲しい人の為にあの子達が頑張るってのも、おかしくないと思うんだけど」

 

クロノとリンディは一度、目を合わせ、再びアルフの方を見直して説明する。

 

「第一に、闇の書の力はジュエルシードみたいに自由な制御の利くものじゃないんだ」

 

リンディが説明を継ぐ。

 

「完成前も完成後も、純粋な破壊にしか使えない。…少なくとも、それ以外に使われたという記録は一度も無いわ」

 

「そっか…」

 

クロノが再び口を開いた。

 

「それからもう一つ。あの騎士達、闇の書の守護者の性質だ。彼等は人間でも使い魔でもない」

 

その一言に、クロノとリンディ以外全員が驚いた。

彼は構わず続ける。

 

「闇の書に合わせて、魔法技術で創られた疑似人格。主の命令を受けて行動する。ただそれだけの為のプログラムに過ぎないはずなんだ」

 

「そこだけ聞くと、機械的なイメージを覚えるが、実際のあの連中は妙に人間臭い感じだったな」

 

今まで黙っていた垣根が言う。

そこへフェイトがおずおずと、話に加わる。

 

「あの…使い魔でも人間でもない疑似生命っていうと、わたしみたいな…?」

 

「それは違うわ!」

 

リンディが即座に、キッパリと否定する。

 

「フェイトさんは、生まれ方が少し違っているだけで、ちゃんと命を受けて生み出された人間でしょ」

 

クロノも、少しだけ叱るような口調で言う。

 

「検査の結果でも、ちゃんとそう出てただろう?変な事言うもんじゃない」

 

「…はい、ごめんなさい……」

 

フェイトは、自分で卑屈になっていたかもしれないと、申し訳なさと嬉しさが混ざった気持ちになった。

 

「つーか、そういうの抜きにしても、疑似人格生命という守護騎士連中と、クローン人間のお前じゃ、カテゴリー的にも別物だろうけどな」

 

垣根が抹茶ラテを一口飲んで、興味の無さそうな、どうでも良さそうな調子で告げた。

あまり言及していくと「生」というものの定義に関する哲学的なテーマにまで踏み込みそうになりそうだったので、彼はそれ以上の事は口に出さない事にした。

 

「あ!モニターで説明しよっか?」

 

空気を変えようと、エイミィが手を叩いて提案し、明かりを消してリビングの真ん中にホログラムを映し出す。

闇の書の画像、例の4人の守護騎士達の画像が見える。

クロノが皆の前に立ち、説明を始める。

 

「守護者達は、闇の書に内蔵されたプログラムが人の形を取ったものだ。闇の書は、転生と再生を繰り返すけど、この4人はずっと闇の書と共に様々な主の元を渡り歩いている」

 

闇の書は、自分を扱う資質を持つ者をランダムで転生先に選ぶ。

エイミィが継ぐ。

 

「意志疎通の為の対話の能力は、過去の事件でも確認されてるんだけどね。感情を見せたって例は、今までに無いの」

 

更にリンディが説明に入る。

 

「闇の書の蒐集と主の護衛。彼等の役目はそれだけですものね」

 

垣根帝督は、既に実際の守護騎士達と説明上の守護騎士プログラムとの矛盾を承知した上で、怪訝な顔をして告げる。

 

「その説明の限りだと、守護騎士連中っつーのは、感情の起伏の無い無機質で機械的な態度を取るはずなんだよな?」

 

彼の隣に座るなのはとフェイトは、不思議そうに、質問するように言う。

 

「でも、あの帽子の子、ヴィータちゃんは怒ったり悲しんだりしてたし…」

 

「シグナムからも、はっきり人格を感じました。為すべき事があるって。仲間と、主の為だって…」

 

「主の為、か……」

 

それを聞いたクロノは、複雑そうな表情で小さく呟く。

やはり、彼はこの闇の書の事で、何か深い部分で何かありそうだ。例えば_。

リンディがホログラムを消して、ミーティング終了のつもりで告げる。

 

「まあ、それについては捜査に当たっている局員から情報を待ちましょっか」

 

「転移頻度から見ても、主はこの付近にいるのは確実ですし、案外主が先に捕まるかもしれません」

 

彼の言葉に、アルフとエイミィはニッコリと笑って告げる。

 

「ああ、そりゃ分かりやすくて良いねぇ~」

 

「だね。闇の書の完成前なら、持ち主も普通の魔導師だろうし」

 

自然と、佇んでいるクロノ・ハラオウンの元に垣根帝督以外の全員が歩み寄っていた。

皆で彼と協力しようと意志を示すかのように。垣根帝督以外は。

 

「それにしても、闇の書について、もう少し詳しいデータが欲しいな…」

 

クロノはそう言いながら、顔を上げた時に、なのはの左肩に掴まっている『彼』の顔が目に入った。

そうだ、そういう調べものにはうってつけの人材が、目の前にいるではないか。

彼はフェレット形態のユーノ・スクライアに声を掛けた。

 

「ユーノ、明日から少し頼みたい事がある」

 

「え、良いけど?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

壊れた過去と現在

昨夜の戦闘の翌日、放課後の聖祥小学校3年A組の教室。

窓際前側の席にアリサが座り、その周りになのは、フェイト、すずかの3人が立っている。

 

「な、何だか、いっぱいあるね…」

 

フェイトが若干困ったように言った。

彼女は今、携帯電話のカタログを開いて見ている。

というのも、保護者方や友人達のすすめもあり、携帯電話を所持する事が決まったのだが、機種選びに迷っていた。

 

「まあ、最近はどれも同じような性能だし、見た目で選んで良いんじゃない?」

 

そう言ったのはアリサ。彼女の机にも何冊か携帯電話のカタログやパンフレットが置いてある。

 

「でもやっぱ、メール性能の良いやつが良いよね」

 

「カメラが綺麗だと、色々楽しいんだよ?」

 

と、これはなのはとすずかの意見。

フェイトはなのは達の意見を聞きながら、うーん、とカタログとにらめっこする。

何せ携帯電話そのものを持つ事が初めてで、どれが自分にとって合う機能だとかが全く分からない。

 

「でもやっぱ、色とデザインが大事でしょー」

 

どのメーカーや機種でも大きな性能差は無いから、主に見た目で選ぶアリサ。

 

「操作性も大事だよー」

 

メール系の機能や扱いやすさを重視しているなのは。

 

「外部メモリが付いてると、色々便利で良いんだけど…」

 

「そうなの?」

 

機械に明るく、各種スペックの良し悪しを重視しているすずか。

 

「うん、写真とか写真とか音楽とか、たくさん入れておけるし。そうそう、メールに添付してお友達に送る事もできるの」

 

フェイトは、カタログのページをめくりながら目を走らせる。

多種多様なデザイン、カラーリングの携帯電話の写真に目を通す。

 

(迷うなあ……、垣根なら、どういうのが良いって知ってるかな……?)

 

この場にいない相変わらず登校はせず、リモートで授業を受けている垣根帝督。

フェイトは何となく、彼ならどう言うだろうかと想像する。

長めの茶髪で端正な容貌だが目付きの悪い少年の顔が思い浮かぶ。

彼女の想像上の彼は、実物同様にくだらなさそうな表情で簡潔に告げる。

 

『知るか』

 

『そんな事ぐらい自分で考えて決めろ』

 

『分からなきゃ直感とかでも良いんだよ、どれもそんなにスペック変わらねーし』

 

実際の彼も本当にそんな事言いそうだな、と思いついクスッと小さく笑った。

 

「「「???」」」

 

もうしばらく迷いながら、最終的には、デザインや機能はややオーソドックスだが、自身の好む黒系のカラーを選ぶ事になった。

 

 

一方その頃、ユーノ・スクライアはクロノ・ハラオウンに連れられ管理局本局に派遣された。

管理局顧問官であり局の重鎮、そしてフェイトの保護観察官も務めるギル・グレアム。その使い魔でありクロノの師匠でもある、リーゼロッテとリーゼアリアの2人と共に、件の闇の書について調査すべく本局のとある一施設に来ていた。

管理局の管理を受けている世界の書物や情報が全てストックされている、次元世界最大のアナログデータベース。

その名も『無限書庫』。

底の見えない長い縦穴型の施設で、壁は全てが本棚となっていて、名前の通り書物は日々増加し続ける。

内部は無重力で巨大な物量故にほぼ全てが未整理で、本来調査を行う時はチーム編成して年単位での調査をするのが普通なのだが、今回はそこまで準備ができなかった。

ユーノは対策として検索魔法を用意し、持ち前の調査能力を駆使して闇の書に関する情報収集作業を始めていた。

 

 

更にその頃、海鳴市内の駐屯所兼自宅のマンションには住人のフェイト以外に、なのはが来ていた。

本来の指揮官を担うクロノとリンディが用事でいない為、今は買い出しに外出中のエイミィが代行を行う。

なのはと同じく民間協力者の垣根も呼び出されていた。

 

「_そっか、アリサとすずかはバイオリンやってるんだね」

 

「うん、メールでよく、お稽古の話とか教えてくれるんだよ」

 

「そうなんだ」

 

フェイトの自室。彼女はベッドに座って、なのははベッドのすぐそばに座り込んで談笑している。アルフは子犬フォームでフェイトのそばに寝そべっていた。

垣根は焦げ茶色のジャケットをボタンを留めずに、シャツ出ししてグレーの薄手のトレーナーを着た格好で、1人でリビングのソファーにふんぞり返って寛いでいる。

ちなみに以前着ていた紺色のカジュアルジャケットは、シグナムとの戦闘で付いた焦げや煤が落ちなかったので捨てた。

少し前に携帯電話を買ってもらったばかりのフェイトに、連絡先の交換を頼まれた。彼は必要性があるのか?と言って最初は断ろうとしたが、なのはとエイミィが後押ししたのと、既になのはとは連絡先を交換しているのだから公平に等という理由で押し切られてしまった。

 

(連絡先交換したとこで、俺とメールやら電話やらする事あんのか?管理局絡みなら借りてる端末で執務官か艦長さんから連絡できるし、それか高町を通せば済む話なんだがな……)

 

ぼんやりとそんな事を考えている間に、買い出しからエイミィが帰ってきた。

 

「たっだいまー」

 

エイミィはドサッと買い物袋を台所に置き、中身を出していく。

買ってきた食材を冷蔵庫にしまうなのはとフェイト。

カボチャをフェイトに手渡した時に、エイミィが尋ねる。

 

「艦長、もう本局に出掛けちゃった?」

 

「うん、アースラの武装追加が済んだから、試験航行だって。アレックス達と」

 

「武装ってーと…、アルカンシェルかぁ…。あんな物騒なもの最後まで使わずに済むと良いんだけど」

 

溜め息混じりに言うエイミィに、なのはも、

 

「クロノくんもいないですし、戻るまではエイミィさんが指揮代行だそうですよ?」

 

子犬フォームのまま、アルフはおやつのベーコンを噛りながらフローリングでベターっとして、弾んだ声で告げる。

 

〈責任重大~〉

 

エイミィはガクッと肩を落とし、引き吊らせながらも冗談めかした顔で、フェイトが両手で持つカボチャを撫でる。そしてボウリングの球みたいに右手で掴み上げながら言う。

 

「そ、それもまた物騒な~…。ま、とはいえそうそう非常事態なんて起こる訳が_ッ!?」

 

不意にアラートが鳴り響き、赤く大きな『Emergency』の表示が映し出された。

ボトッとカボチャを落としてしまうエイミィ。

退屈そうにしていた垣根はニヤニヤとしながら起き上がる。

 

「前フリになっちまったな?」

 

「そんなぁー!!」

 

エイミィはやむなくなのは達を引き連れてオペレーションルームに急行。

複数のモニターの1つには、とある次元世界で飛行中のシグナムの姿が。

コンソールを叩きながら分かりやすく焦燥し始めるエイミィ。

 

「文化レベルゼロ……、人間は住んでない砂漠の世界だね。結界を張れる局員の到着まで、最速で45分。マズイなぁ……」

 

シグナムとザフィーラの姿を見据えていたフェイトとアルフは、意を決し互いに頷き合う。そして、エイミィに告げる。

 

「エイミィ」

 

「うん?」

 

「わたしが行く」

 

「あたしもだ」

 

数秒考え、2人の決意を汲み取り受け入れる。

 

「うん、お願い」

 

「うん」

 

「おう」

 

エイミィは右側に立つなのはの方を向き、

 

「なのはちゃんはバックス。ここで待機して」

 

「はい」

 

フェイトは急いで自室に戻り、待機状態のバルディッシュとカートリッジを手にして、静かに言う。

 

「行くよ、バルディッシュ」

 

『Yes sir』

 

 

シグナムは、巨大な竜のような蛇のような怪物と対峙していた。

既に連戦で少なからず体力を消耗していて、呼吸も荒くなっている。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…。ヴィータが、手こずる訳だな。少々厄介な相手だ…」

 

そう呟いた直後、背後から唸り声と同時に奇襲を受ける。

 

「ッ!?」

 

回避が一瞬遅れ、伸びてきたロープ状の触腕が彼女の体を拘束した。

 

「ッ……しまった……ッ!」

 

ギリギリギリギリと彼女を締め上げながら、咆哮しながら迫る怪物。

 

「うあぁぁあああッッ!!」

 

しかし、怪物が彼女を殺す事は叶わなかった。

突如上方から無数の雷の剣が降り注ぎ、怪物に正確に突き刺さっていく。

見上げると、そこには見知った黒ずくめの魔導師の姿。フェイト・テスタロッサ。

 

「ブレイク!!」

 

雷の剣が炸裂し、怪物は絶命。シグナムは解放され、結果として彼女を救助した。

 

サンダーブレイド。

サンダーレイジの発展型でロックオン式の複数攻撃魔法で、見た目はクロノ・ハラオウンのスティンガーブレイド・エクスキューションシフトに似ている。

剣に環状魔方陣と同じようなものが貼り付けられ、『ブレイク』のトリガー・コードで剣を爆破、放電による追加ダメージを与えられる。

バインド等の副次効果は無い代わりに破壊力が高い。

 

鋭い視線を交わす2人。

 

『フェイトちゃん!』

 

叱りつけるように、エイミィの通信音声がフェイトの耳に届く。

 

『助けてどーすんの!捕まえるんだよ!?』

 

言われて初めてハッと気付いた。

 

「あ、ごめんなさい。つい…」

 

「礼は言わんぞ、テスタロッサ」

 

シグナムが淡々と告げる。

フェイトは少し済まなさそうな声色で答えた。

 

「お邪魔でしたか……?」

 

「蒐集対象を潰されてしまった」

 

そんなフェイトにシグナムは僅かに気を使ったような態度で、レヴァンティンにカートリッジを給弾する。

 

「まあ…悪い人の邪魔が、わたしの仕事ですし」

 

「そうか、悪人だったな。私は」

 

砂漠地帯のど真ん中に着地互いに睥睨し合う2人。

先にシグナムが口を開く。

 

「預けた決着は……できれば今暫く先にしたいが、速度はお前の方が上だ。逃げられないのなら、戦うしかないな」

 

「はい。わたしも、そのつもりで来ました」

 

互いに構え、間合いをはかり同時に突進。

フェイトもシグナムもカートリッジを出し惜しみせず次々に消費し、多種多様な魔法技を放ちぶつけ合い、速く激しい白兵戦が始まった。

 

 

その頃、別ポイントではアルフとザフィーラが空中戦闘を展開。

こちらも互いのスペックは互角。間合いを取り、膠着状態になっていた。

 

「アンタも使い魔…守護獣ならさぁ、ご主人様の間違いを正そうとしなくて良いのかよ!?」

 

アルフが叫ぶ。もし彼等が、かつてのフェイトや自分と似たような境遇に置かれているかもしれないなら、何とか止めたい。

もっとより良い、苦痛の少ない結果に持ち越したい。というのがアルフの本音だった。

しかし、ザフィーラは顔色一つ変えず、静かに答える。

 

「闇の書の蒐集は、我等が意志。我等の主は、我等の蒐集については何もご存知ない」

 

「何だって……!?そりゃ一体……ッ?」

 

アルフは驚愕に染まっていった。

つまり、この守護騎士達は主に命じられた訳ではなく、主に隠れて自ら魔力蒐集の活動を行っているというのか?

そんな事があり得るのか。

だとした、何故そんな事をしているのか。

何の為に……。

 

「主の為であれば、血に染まる事も厭わず。我と同じ守護の獣よ、お前もまたそうではないのか?」

 

ザフィーラは再び拳を構え、臨戦態勢を取る。

困惑した表情のアルフは、戸惑いながら答える。

 

「そうだよ……でも……ッ!だけどさ……ッ!!」

 

 

更にその頃、オペレーションルームにまたアラートが鳴り響き、闇の書を持ったヴィータをサーチャーが捕捉。

高町なのはが向かう。

 

飛翔するヴィータ。彼女は別ポイントにいるシャマルと思念通話し現状の確認をする。

 

〈シグナム達は……?〉

 

〈うん…砂漠で交戦してるの。テスタロッサちゃんと、その守護獣の子と……〉

 

〈長引くとマズイな、助けに行くか。……あ!〉

 

進行方向の先に、人影があった。それに気付き空中で停止し睨む。

行く手を阻んでいるのは、やはり高町なのは。

しかし今回の彼女はバリアジャケットこそ纏っているものの、デバイスは待機状態で徒手空拳だった。

この前のヴィータのセリフを覚えていたのだろう。そしてわざわざそれに合わせてきた。

 

〈ヴィータちゃん?〉

 

〈クソォ…こっちにも来た、例の白服。もしかしたら、あの翼の野郎…垣根ってヤツもどっかにいるかも〉

 

ヴィータはキッとなのはを睨み付け、叫ぶ。

 

「高町なんとか!!」

 

「ああ!なのはだってばー!な の は!!もう…」

 

両腕をブンブン振って抗議するなのは。

その時、常時オープンにしている通信回線から、声が聞こえる。

ただしエイミィではない。

 

『ぶはッ!!ぶっくくくく!た、高町……なんとかだって………ッ!!』

 

吹き出して失笑したと思ったら、心底愉しそうに、面白そうに爆笑している幼さの残る少年の声。

今はフェイトのいる地点の方にいるはずの男。

当然彼女は声の主にも抗議する。

 

「もう!垣根くん!!笑わないでよ!!」

 

『くくっ、いやスマンスマン。水差して悪かったよ。続けてくれ、高町なんとかww』

 

「後で覚えててよ……?」

 

垣根はなのはへの音声送信を切り、彼女も溜め息を吐いてからヴィータの方に向き直り、再び口を開く。

 

「もう…。ヴィータちゃん、やっぱりお話聞かせてもらう訳には、いかない?もしかしたらだけど、手伝える事とか、あるかもしれないよ…?」

 

優しく柔和に微笑みながら、語りかけてくる彼女を見て、同年代の主の笑顔が脳裏を過る。

ヴィータは一瞬だけ揺れた心を振り切り、怒鳴った。

 

「……、うるせえ!!管理局の人間の()う事なんか信用できるか!!」

 

「わたし、管理局の人じゃないもの。民間協力者」

 

彼女は両手を広げ、戦闘の意志が無い事を示す。

それを見てヴィータは逡巡し思考する。

 

(闇の書の蒐集は魔導師1人につき1回。つまり、こいつを倒してもページにはなんねえんだよな……。カートリッジの無駄遣いも避けたいし……)

 

黙っているヴィータを怪訝に思い、なのはは再び声をかける。

 

「…ヴィータちゃん?」

 

「ブッ倒すのは、また今度だッ!!!!」

 

いつの間にか魔方陣を展開し、ソフトボールサイズの魔力弾を左手に握っている。

 

「吼えろ!グラーフアイゼン!!」

 

ドゴォォォォォォォォンッッッッ!!!!!!!!!!

 

巨大な轟音と紅の閃光が、なのはを襲う。

シャマルのクラールゲホイル同様の、閃光炸裂弾だった。

目を閉じ耳を塞ぎ、動けずにいるなのはを尻目に、ヴィータは背を向け逃亡を図る。

 

「脱出!」

 

閃光と轟音が止むと、ヴィータは遥か遠くに逃げられていた。

ヴィータは十分な間合いを取れたと判断し、空中停止し魔方陣を展開。

 

「よし、ここまで離せば攻撃は来ねえ。次元転送……、ッ?」

 

遥か遠くにいるなのはは、レイジングハートを砲撃形態のバスターカノンモードで構えていた。

彼女は照準をヴィータへ正確に定め、狙い撃つ。

 

「いくよ!久しぶりの長距離砲撃!!」

 

カートリッジを2発ロードしブーストし火力の底上げをする。

 

「まさか…撃つのか!?あんな遠くから!」

 

ヴィータは驚愕し目を見開く。

 

「ディバイーン……バスターッ!!」

 

ゴバッッッッッッッッッッ!!!!!!!!

 

桜色の、大口径の砲撃魔法がヴィータの体を捉え、呑み込んだ。

命中と同時に炸裂し、爆煙が舞い上がる。

 

『直撃ですね』

 

レイジングハートが告げる。

 

「ちょっと、やり過ぎた……?」

 

『良いんじゃないでしょうか』

 

煙が晴れると、そこにはヴィータだけではなく、もう1人いた。

もう1人の方はヴィータへ向けて撃ったディバインバスターを、完璧に防御しヴィータは無傷だった。

 

「あ…!」

 

 

一方のヴィータも、自分の窮地を救った謎の仮面を着けた男に困惑していた。

 

「アンタは…?」

 

しかし、男は彼女の問いに答えず、低い小さな声で言う。

 

「闇の書を、完成させるのだ」

 

「ッ!……」

 

この男が何者なのかは知らないし分からない。

だが、少なくとも敵ではないはず。

ならば考えるのは後だ。今は、やるべき事をやろう。

ヴィータはそう思い、転移魔法を展開する。

 

なのはは追撃すべく、再びディバインバスターを放とうとする。

 

「ディバイーン_」

 

『Master!』

 

不意に仮面の男が、カードを取り出し彼女へ手先で放る。

 

「あ_ッ!?」

 

遠くから投げられたカードは、正確になのはを捕捉し変化。

2巻きの青いバインドが彼女へ巻き付き両腕を後ろへ拘束した。

 

「バインド!?そんな……!あんな距離から…一瞬で……!?」

 

あの仮面の男は、間違いなく高位で手練れの魔導師なのだろう。

そうしている間にヴィータは転移し姿を消した。

なのはも魔方陣を展開してバインドをブレイクしたが、向き直った時には誰もいなくなっていた。

 

『Sorry Master』

 

「ううん、わたしの油断だよ」

 

 

(……高町(あっち)は逃げられたか。しかもまた仮面野郎の横槍。守護騎士共か、それとも管理局側(こっち)の行動が読まれているのかね?いずれにせよ、行く先々で横槍入れられちゃ堪らねえし、守護騎士共よりあの野郎の方を取っ捕まえた方が手っ取り早いかもな。色々知ってそうだし)

 

砂漠地帯の、フェイト達よりは少し離れたポイントに1人佇む垣根帝督は、手にした端末のライブ映像を見ていた。

オペレーションルームと高町なのは、フェイト・テスタロッサ、アルフの4チャンネル同時回線を開いている。

彼はエイミィの指示でフェイトの『もしもの時』の為にバックアップとして同行していた。

次に闇の書の魔力蒐集対象に1番なりやすいのは、フェイトだからだ。

だから、好きに見物やサーチ等はして良い代わりに、緊急時は自己判断でフェイトを援助してくれと言われていたのだった。

垣根は薄く笑いながら、邪魔にならない程度に離れた所から対峙する2人を眺めている。

 

「さあさあ、こっちはどうなるかねえ」

 

砂漠地帯では、現在もシグナムとフェイトが激しい白兵戦を繰り広げていた。

互いに魔力と体力を段々消耗し、非殺傷設定の魔法とはいっても完璧な機能ではなく白兵戦故に手足に切り傷を受けて薄く血を流しながら向かい合う。

呼吸も構えも乱れている。

 

(ここにきて、なお速い。目で追えない攻撃が出てきた。早めに決めないとマズイな…)

 

(強い…、クロスレンジもミドルレンジも圧倒されっぱなし。今はスピードで誤魔化してるだけ……、まともに食らったら叩き潰される)

 

互いに仕切り直しのつもりで構え直し、睨み合う。

 

(シュツルムファルケン…当てられるか……?)

 

(ソニックフォーム…やるしかないかな……?)

 

同時に斬りかかった。

 

が、

 

ズドッッッッ!!

 

不意にフェイト・テスタロッサの『胸から』白い手が突き出てきた。

 

「ッ!!」

 

「ッ!?」

 

「あ、やべ…」

 

全員が動きを止める。

さっきまでなのはの方にいたはずの、仮面を着けた男。

魔法を通してフェイトの胸を貫いていた。まるで彼女の心臓を握り潰すかのように。

 

「テスタロッサ……!?」

 

「う……うあっ…うわああああああッッッッ!!!!!!」

 

彼女のリンカーコアが、抽出されている。

 

「貴様!!……あッ!?」

 

シグナムは思わず怒るが仮面の男は意に介さず、静かに告げる。

 

「さあ、奪え」

 

「……!」

 

魔力蒐集が目的で動いていたが、今のシグナムは言葉にできない違和感を覚え、躊躇してしまっている。

そこへ、

ドバァ!!

と。

横槍の横槍を入れる者が。

仮面の男へ数十メートルもの長大な正体不明の白い翼が、巨大な刃物として襲い掛かる。

正確には、フェイトの胸元を貫く男の左手を。

 

ザァ!!

 

しかし、寸での所でかわされ、距離を取られた。

男はリンカーコアを抜いたフェイトには興味が無いらしく、捨て置いていった。

男が翼を避けた所で、ザクッと砂を踏む音を聞いた。

見れば、背中から3対6枚の白い翼を生やした垣根帝督が無数の羽を散らせながら、フェイトのすぐそばに立った所だった。

 

「チッ、その左手首くらいはいただこうと思ったんだがな」

 

彼が、一体どうやって接近したのか、いつの間にそれを実行したのか。その疑問が解ける前に、垣根は勢い良く仮面の男の懐へ再び白い翼を突き出す。

 

「横槍入れたりリンカーコア引っこ抜いたり、闇の書に妙に詳しそうだったり。やっぱ守護騎士連中よりテメェを取っ捕まえる方が色々と手っ取り早いみたいだな」

 

6枚の白い翼を槍のように構え、反撃の隙を与えない為にランダムに突き出していく。

男は無言で、翼をギリギリでかわし続ける。

垣根はゆったり笑いながら言う。

 

「俺には魔法みてえな都合の良い非殺傷設定なんてもんはねえ。大人しく降参して情報さえ吐いてくれりゃ見逃しても良いんだぜ?」

 

「……、」

 

男は答えない。垣根は翼を振るって砂を混ぜた烈風を巻き起こし、仮面の男を表面から削り取ろうとするが、これもかわされた。

 

「やるなぁ、なら仕方ねえ。半殺しにしてでも聞き出すかな_ッ!?」

 

再び6枚の白い翼を構えた所で、フェイトの時と同様に、背後から急に胸を魔法を通して貫かれた。

いつの間にか前からは姿を消し、垣根本人にも気取られずに背後を取っていた。

 

(うおっ、俺の背後を!?……何だこの気持ち悪い感じ!?痛てえような苦しいような!?これが魔力抜かれる感覚か!?だが……ッ!!)

 

仮面の男は抑揚の無い声で告げる。

 

「魔力は少ないが、足しにはなるだろう_ぐッ!?」

 

突如、仮面の男の声色が乱れた。

理由は単純。

胸元から飛び出ている男の左手首を、垣根帝督が右手でガシリと掴んでいた。

 

「くっ……放せ……グッ!!」

 

貫かれたまま着地した垣根は、仮面の男の方へゆっくり振り向き、悪意に満ちた薄い冷笑を浮かべる。

ギリギリと掴んだ手首を握り締める。

 

「放して欲しいか?ならまずは俺のリンカーコアを諦めろ。嫌だっつーなら、左手は手首から先はサヨナラしなくっちゃな?」

 

ギリリ!ミシッ!!

 

「……ッ!!」

 

握っている手に力を込める。

とても子供の握力とは思えぬ力で、男の左手首を握り続ける。

文字通り、要求を呑まなければその手を握り潰すと。

痛みを我慢しているのが伝わる。得体の知れない相手だが痛覚は人並みにあるらしい。

それを見て、垣根帝督は更に嗜虐的な笑みを浮かべて告げる。

 

「俺のチンケな魔力と引き替えにテメェは左手潰されて半殺しにされるのと、魔力を諦めて大人しく降伏する代わりに生かされるの、どっちが良いんだ?」

 

男はやはり答えない。

たとえ手を失うほどの重傷を受けてでも、捕まるのは嫌なのか。

 

「沈黙はノーと受け取るぜ。残念だよ、半殺し確定だな_がっ!?」

 

いきなり後頭部を蹴られた。

弾みで握り締めていた手の力が緩み、ズルリと垣根帝督の胸から仮面の男の左手が抜ける。

しかしリンカーコアの摘出には失敗していた。

砂場に転げ落ち、苛立ちながら顔を上げると魔法の応用なのか、狭い範囲で砂嵐が巻き起こされ、バインドで簀巻きみたいにされた上で視界を奪われた。

 

「痛ってえな…クソが!大したムカつきっぷりだなテメェッ!!」

 

一体誰が彼の後頭部を蹴ったのか分からない。

やはり蹴られるまで気付けなかった。

 

(クソッ!!動けないし何も見えねえ。仮面野郎に仲間でもいるのか!?だとしたら他にも_ッ!!)

 

苛立ちながらも冷静に演算し、

 

ドッッッ!!!!

 

と。

未元物質(ダークマター)』で大爆発を巻き起こし砂嵐とバインドをまとめて粉砕し吹き飛ばした。

砂埃が舞い上がる中、目を走らせるがもう仮面の男の姿は無く、

 

「チッ!!逃がすかよ!!」

 

ゴォ!!

 

素早く立ち上がり、クリアになった視界一杯に、空気の轟音を響かせ6枚の翼を展開し、サーチ用にありったけの素粒子(ダークマター)をばら撒いたが、ついに網には何も掛からなかった。

転移か何かで逃亡されたのだろう。

シグナムの姿も無い。

垣根帝督は、ザフィーラと交戦していたはずのアルフがフェイトの介抱をしているのをチラリと見て、再び鋭い舌打ちの音を立てる。

 

「チッ!!…時間稼ぎされたか。これじゃ高町を笑えねえな」

 

今はダウンしたフェイト・テスタロッサを連れて撤退するのが先決。全員が合流し撤退する事となった。

 

 

時空管理局本局内の医務室で眠るフェイト・テスタロッサ。

他の面子は本局の会議室でミーティングを行っていた。

 

「フェイトさんは、リンカーコアに酷いダメージを受けているけど、命に別状は無いそうよ」

 

会議室の議長席に座るリンディが告げ、なのはが反応する。

 

「わたしの時と同じように、闇の書に吸収されちゃったんですね」

 

クロノが言う。

 

「アースラの稼働中で良かった。なのはの時以上に救援が早かったから…」

 

「だね…」

 

同席するリーゼアリアが頷いた。

エイミィ・リミエッタが、申し訳なさそうに沈んだ表情で話し始める。

 

「2人が出動してしばらくして、駐屯所の管制システムがクラッキングで粗方ダウンしちゃって……それで、指揮や連絡が取れなくて、ごめんね……私の責任だ……」

 

(途中でオペレーションルームだけ連絡が途絶えたのは、そういう事か)

 

同席しつつも、事実上魔法サイドには素人の垣根帝督はオブザーバーに徹するつもりで、彼等の会話を聞きつつ1人黙って考えていた。

今度はリーゼロッテが会議室のテーブルの備え付けコンソールを叩き始めて告げる。

 

「…んな事ないよ。エイミィがすぐシステムを復帰させたから、アースラと連絡が取れたんだし」

 

テーブル中央に、件の仮面の男のホログラムが映し出される。

 

「仮面の男の映像だってちゃんと残せた」

 

リンディは映像を見ながら怪訝な顔をする。

 

「でもおかしいわね。向こうの機材は管理局で使っているものと同じシステムなのに、それを外部からクラッキングできる人間なんて、いるものなのかしら……」

 

エイミィもそれが1番気になっていたらしく、身を乗り出すように立ち上がって答える。

 

「そうなんですよ!防壁も、警報も、全部素通りで。いきなりシステムをダウンさせるなんて……!」

 

オペレーターの1人のアレックスも同意する。

 

「ちょっと、あり得ないですよね…」

 

「ユニットの組み換えはしてるけど、もっと強力なブロックを考えなきゃ」

 

時空管理局の機材やそのシステムの防御、警報機能はそれだけ強固なもので、生半可な知識やスキルの犯罪者やテロリストでは、外部からダウンさせるばかりか、クラッキングすら受け付けないはずだった。

そのはずなのに、こうもあっさりとノーガード同然でやられてしまった。

なのはもその仮説を前提に疑問が浮かび、リーゼロッテに訊いてみる。

 

「それだけ、凄い技術者がいるって事ですか?」

 

彼女も難しい顔をしている。

 

「うーん……もしかして、組織だってやってんのかもね……」

 

もっとも、これも可能性としてあり得るかもしれない仮説に過ぎない。前提として不明な事が多すぎる。

クロノが腕を組んで、右隣のアルフに尋ねる。

 

「君の方から聞いた話も、状況や関係がよく分からないな」

 

「ああ……あたしが駆け付けた時には、もう仮面の男はいなかった。いや、正確には結構離れた所でバックアップでフェイトに付いてった垣根が、仮面の男と戦いになってたみたい。けど、あいつが…シグナムがフェイトを抱き抱えてて…。『言い訳はできないが、済まないと伝えてくれ』って……」

 

クロノは、さっきから一言も発さずに退屈そうにしている垣根の顔を眼球だけ動かして、チラリと見た。

もちろん、垣根帝督本人からは戦闘時の詳細は聞いているし、借りていた端末から戦闘の記録映像も見た。

後半の垣根と仮面男の戦いは、主に垣根帝督の言動のせいで、正直どちらが犯罪者なのか分からない戦いだったが。

リンディは立ち上がり、アレックスに確認する。

 

「アレックス、アースラの航行に問題は無いわね?」

 

「ありません」

 

即答し、リンディは頷いて今後の方針を告げる。

 

「うん。…では、予定より少し早いですが、これより、司令部をアースラに戻します。各員は所定の位置に」

 

全員が返事した所で、彼女はなのはと垣根に目を向け、

 

「…と、なのはさんはお家に戻らないとね?垣根くんも」

 

「いや、俺は独り暮らしだし、そんな急ぐ必要ないですよ」

 

「あ…あ、はい…でも……」

 

退屈そうに答えた垣根とは違い、なのはは心配そうな顔で歯切れの悪い返事をする。

眠っているフェイトを心配している。

 

「フェイトさんの事なら大丈夫。私達でちゃーんと見ておくから」

 

リンディがそんななのはを気遣い、柔和に微笑みながら告げ、ようやくなのはも小さく微笑み返して頷いた。

 

「……、はい…」

 

そんな訳で、ミーティングは終了し解散となった。

 

リンディとアルフはしばらく、眠っているフェイトに付き添う事にし、他の面子も退室し今は会議室にはクロノ・ハラオウンと、今だに座ったままくだらなさそうに頬杖を突いている垣根帝督だけになっていた。

クロノは、垣根の隣に座り直して声をかける。

 

「……退屈だったか?」

 

「別に」

 

垣根は振り向きもせず、ボーッとしている。

そんな彼の態度を敢えて気にせず、クロノは続ける。

 

「でも、何か思う事がありそうに見えるぞ。さっきの会議中、途中から露骨に退屈そうな仕草になっていた。多分艦長も気付いてる」

 

「ハッ、よく見てるな。流石は執務官ってか?」

 

「君が露骨過ぎるだけだ。会議中は君だけ一言も話さなかったしな」

 

皮肉混じりに笑う垣根に、クロノは苦笑する。

彼はそれより、と言いながら、

 

「理由があるんだろう?そこまで興ざめするような理由が」

 

執務官クロノ・ハラオウンの目敏さに内心感心しつつ、垣根帝督はゆったりと笑う。

 

「あくまで俺の主観だし、仮説だ」

 

「構わない。君の意見を聞きたい」

 

「そうかい。なら言わせてもらうが……、今回の敵は、何も外部からだけとは限らねえんじゃねえのか?ってな」

 

「……というと?」

 

再び尋ねるも、クロノは言いながら垣根の考えが見えてきた。

だが、とてもではないが信じがたくもあった。

だが、絶対にあり得ないとも言い切れはしない……。

 

「分かるだろ?執務官。要するに内部犯罪の可能性だよ。管理局の局員か、嘱託含めて退役した実力者の元局員だとか、まあ俺や高町、ユーノみてえな民間協力者。管理局の内側を大なり小なり知っていて必要な実力が伴っていれば、誰でも良い。今回のクラッキングにシステムダウンを引き起こす事も満更不可能でもねえんじゃねえの?」

 

「しかし……、だとしたら何の為に?捕まえるんじゃなく闇の書完成の方へ加担するんだ?」

 

「そりゃ分かんねえよ。それこそ当人を引っ捕らえて訊いてみなくっちゃな」

 

彼は、はんっと鼻で笑いながら皮肉混じりに続ける。

 

「そう…だな。しかし、内部犯か……」

 

「あくまでも俺の仮説だ。せいぜい可能性の1つとして、頭の片隅にでもしまっといてくれ。本格的な犯人探しはアンタの仕事なんだろう?」

 

垣根はそう言うと立ち上がり、のそのそと気だるそうに歩いて退室した。

立ち尽くし、クロノは小さく呟いた。

 

「……、内部、か」

 

 

 

無限書庫。

ユーノ・スクライアはリーゼアリアの助けを得つつ持ち前の調査能力の魔法を駆使して、続けながら途中経過を別室のクロノ達に通信で伝えている。

 

『_うん、ここまでで分かった事を報告しとく。まず、闇の書ってのは本来の名前じゃない』

 

別室でモニターを眺めながら聞いているのは、オペレーションシートに座るエイミィと、その右脇に立つクロノ。左脇にはリーゼロッテが立つ。

垣根帝督も、彼等の一歩後ろに立っていた。

余談だが、移動中に垣根はリーゼロッテにクロノ同様に絡まれそうになったが、バレない程度に能力を使い、照準を意図的にずらすかのように彼女のスキンシップを回避していた。

ロッテはこの奇妙な現象に、終始首を傾げて怪訝な顔をし、クロノだけは失笑を必死に我慢していた。

話を戻す。

 

『古い資料によれば、正式名は「夜天の魔導書」。本来の目的は、各地の偉大な魔導師の技術を蒐集して研究する為に作られた、主と共に旅する魔導書。破壊の力を振るうようになったのは、歴代の持ち主の誰かが、プログラムを改変したからだと思う』

 

元々は優れた魔導師や魔法を記録して半永久的に残す為に造られた高性能『魔法』記録装置であり、『無限再生機能』や『転生機能』は記録の劣化や喪失防止の為の単なる『復元機能』でしかなかった。

 

『ロストロギアを使って、むやみやたらに莫大な力を得ようとする輩は、今も昔もいるって事ね』

 

リーゼアリアが言葉を紡ぐ。

 

『その改変のせいで、旅をする機能と破損したデータを自動修復する機能が暴走してるんだ…』

 

それらの説明を聞き、クロノとリーゼロッテが言う。

 

「転生と無限再生は、それが原因か」

 

「古代魔法ならそれくらいはアリかもね」

 

ユーノは説明を再開する。

 

『一番酷いのは、持ち主に対する性質の変化。一定期間蒐集が無いと、持ち主自身の魔力や資質を侵食し始めるし、完成したら持ち主の魔力を際限無く使わせる。無差別破壊の為に。…だから、これまでの主は皆完成してすぐに……』

 

(くたばっちまってる訳か。完成してもしなくても、主になったヤツは遅かれ早かれ死ぬ運命か。パワー切れまで暴れたら本だけ_)

 

「…そしてまた転生して次へ行くってか。おいおい、キリがねえな」

 

今まで黙っていた垣根がぼやいた。

クロノも、その辺はよく理解しているらしく、静かに言う。

 

「ああ。停止や、封印方法についての資料は?」

 

暴走を予防したい以上、できれば完成前に押さえて封印したい。

 

『それは今調べてる。だけど、完成前の停止は多分難しい』

 

「何故…?」

 

『闇の書が真の主と認識した人間でないと、システムへの管理者権限を使用できない。つまり、プログラムの停止や改変ができないんだ。無理に外部から操作をしようとすれば、主を吸収して転生してしまうシステムも入ってる』

 

リーゼアリアも溜め息混じりに告げる。

 

『そうなんだよねぇ。だから、闇の書の永久封印は不可能って言われてる』

 

リーゼロッテはエイミィの椅子の背もたれにもたれかかり、呆れた顔で言う。

 

「元は健全な資料本が、何というかまあ…」

 

「闇の書…夜天の魔導書も、可哀想にね……」

 

エイミィも眉をひそめる。

クロノは説明が一段落着いたと見て、ユーノに尋ねる。

 

「調査は以上か?」

 

『現時点では。まだ、色々調べてる。でも流石は無限書庫、探せばちゃんと出てくるのが凄いよ』

 

『…というか、私的には君が凄い。スッゴい操作能力』

 

ユーノに、リーゼアリアがツッコミを入れた。

 

「じゃあ、済まないがもう少し頼む」

 

『うん』

 

「アリアも頼む」

 

『はいよ。ロッテ、後で交代ね』

 

「オッケーアリアー。頑張ってね」

 

通信を終えた後、リーゼロッテもエイミィも、ユーノ・スクライアの類いまれなる調査能力を称賛した。

垣根は黙って聞いていた事を元に思考する。

 

(主以外ではプログラムの改変も停止も効かない。そればかりか外部から操作を受ければ自爆技で逃亡されちまうってか。どうやっても最終的には自爆技とかで逃げられて、同じ事の繰り返し。普通に考えたら、八方塞がりでどうしようもねえよな)

 

と思った割に、彼には諦めの類いは感じられない。

垣根ら思考し続ける。

口元に、薄い薄い笑みを張り付けながら。

決して口には出さず、胸中に収める。

 

(ならば、俺ならどうなんだろうな?(、、、、、、、、、、、))

 

禍々しい冷笑の中に、好奇心に満ち溢れた無邪気さを内包した表情で、純粋な問いかけを思い浮かばせている。

 

(俺の『未元物質(ダークマター)』は、闇の書には……いや、この世界のどこまで通用するんだ?)

 

クロノがしばらく何かを考えた後、エイミィに告げる。

 

「エイミィ、仮面の男の映像を」

 

「はいな」

 

複数の記録映像がモニターに映し出されていく。

リーゼロッテが尋ねる。

 

「何か考え事?」

 

「まあね」

 

エイミィは画像の仮面男を見ながら、驚愕しつつも怪訝な顔で言う。

 

「この人の能力も凄いというか……、結構あり得ない気がするんだよねえ」

 

コンソールを叩きながら解説し、疑問点を上げていく。

 

「この2つの世界、最速で転移しても20分は掛かりそうな距離なんだけど…なのはちゃんの新型バスターの直撃を防御、長距離バインドをあっさり決めて、それから僅か9分後にはフェイトちゃんに気付かれずに、後ろから忍び寄って一撃。しかも介入してきた垣根くんにも気付かれずに背後を取って、魔力奪取には失敗しても攻撃からも逃げ切って逃亡」

 

リーゼロッテも言う。

 

「かなりの使い手って事になるねえ」

 

「そうだな…僕でも無理だ。ロッテはどうだ?」

 

クロノがリーゼロッテ訊いてみるが、彼女も苦笑して左手をヒラヒラと振って否定する。

 

「あ~無理無理。あたし、長距離魔法とか苦手だし」

 

エイミィがリーゼロッテに振り向いて告げる。

 

「アリアは魔法の担当、ロッテはフィジカル担当で、きっちり役割分担してるからね」

 

「そーそー」

 

クロノは若干うんざりした顔で溜め息混じりにぼやく。

 

「昔はそれで、酷い目に遭わされたもんだ」

 

「その分強くなったろう?」

 

ロッテは何か気に食わなかったのか、ムスッとした声で語気を強くして答える。

 

「感謝しろっつーの!」

 

垣根帝督は、彼等のやり取りを尻目に考える。

 

(転移に本来は最速でも20分掛かるとこを9分に短縮、スキルや能力者によっては可能か?それより何より、魔力奪取の時だ。俺にしても、疲労していたとはいえテスタロッサにしても、簡単に背後を取られるほどヘボじゃねえ。なのに、実際に腕突っ込まれるまで全然気付けなかった……)

 

学園都市では序列第二位の超能力者(レベル5)として、『未元物質(ダークマター)』という類いまれで強力な能力を操る者としてのプライド、暗部に身を置き暗躍してきた垣根は、自分が年齢の割には実戦経験が豊富で注意力等には自信を持っていた。

故に嫌悪し腹を立てる。

しかも取られても惜しくはないとはいえ、魔力を強奪されそうになった。

その傲慢さが彼には許せない。

義憤やら犯罪幇助等に対する正義感ではない。ただ単にムカつく。

理由はそれだけで良い。

だから、次に遭遇した時は正当防衛の建前で最低でも半殺し、もしくは、

 

(最っ高に、本当に大したムカつきっぷりだ。やっぱ、あわよくばぶち殺さなくっちゃダメみてえだ)

 

焦げ茶色のジャケットを纏って立ち尽くす茶髪の少年。

垣根帝督は、暗く光の無い瞳でモニターを睥睨し、眉間にシワを寄せて口には出さず胸中だけで呟いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八神はやて

12月13日。

 

フェイト・テスタロッサは海鳴市に戻り、通常通り登校できるようになっていた。

体調には問題ないが以前のなのは同様に現状、魔法は使えない。

フェイトはなのはと登校しながら、念話で今後の方針について話していた。

当面、なのはとフェイトも呼び出しがあるまではこちらで生活しているようにと指示された。

早い話が出動待ちという訳だ。

武装局員を増員して追跡調査の方をメインに切り替えている。

余談だが、垣根帝督はその話を聞いた後に市内に展開していた『スクール』の下部組織の撤収を兼ねて、途中経過(虚偽)の報告と能力のチェックの為に学園都市へ一時帰還をしていた。

クロノには伝えたが、なのはとフェイトには黙って。

一応今日中には再び海鳴市に来る予定ではあるが。

 

「…入院?」

 

教室でカバンを机に置いたフェイトが言った。

右隣に立つなのはが机の向かい側に立って心配そうに話すすずかに言う。

 

「はやてちゃんが?」

 

八神はやてとは直接会った事は無いが、すずかを通して互いに知っていた。

 

「うん、昨日の夕方に連絡があったの。そんなに具合は悪くないそうなんだけど…検査とか色々あってしばらく掛かるって……」

 

「そっか……じゃあ、放課後皆でお見舞いとか行く?」

 

フェイトの左隣に立つアリサが、明るい口調で言った。

すずかの表情が少し晴れる。

 

「…良いの?」

 

「すずかの友達なんでしょ?紹介してくれるって話だったしさ。お見舞いも、どうせなら賑やかな方が良いんじゃない?」

 

アリサはすずかからなのは達の方へ向き提案してみる。

お見舞いついでにはやてを励まして、元気付けられないかと思った。

しかし、なのはは少し難しい顔をする。

突然大勢で押し掛けても、却って迷惑になるかもしれないと思うからだ。

 

「うーん……、それはちょっと、どうかと思うけど……」

 

言って、フェイトに目を向ける。

フェイトはなのはと、すずかに笑いかける。

 

「でも、良いと思うよ?ねっ?」

 

すずかは嬉しそうにニッコリ笑う。

 

「うん…!ありがとう」

 

彼女は早速、はやての携帯電話にメールを送る。

『早く良くなってね』と書いた大きな紙を持った4人の写真を添付して。

 

「あ、そうだ」

 

その時、フェイトが何か思い付き、ポンッと手を叩く。

 

「ねえなのは。あの人(、、、)も呼ばない?」

 

「え?あの人って……、もしかして…」

 

「うん」

 

フェイトはニッコリ笑うが、なのはは嫌そうに眉を寄せた。

 

「ええー……、でも電話もメールも平気で無視するし、どうやって呼び出すの?はやてちゃんにも迷惑じゃない?」

 

「そこはわたしも考えがあるから、協力してくれない?それに……」

 

フェイトは気が進まなそうななのはに含み笑いを浮かべて告げる。

 

「会ってる時はよくからかわれたりして振り回されてるんだし、たまにはわたし達が振り回しても良いんじゃないかな?」

 

それを聞いてなのはの表情が色めき立つ。

『彼』は頭が良くズル賢く変な所で大人びた雰囲気だが、自分のペースを乱されると案外弱そうな所がある。

しかも短気で意固地になると年相応に子供っぽくなる。

なのはも含み笑いをしてフェイトと見つめ合う。

 

「うん、そうだね。たまには、良いよね♪」

 

「そうだよ♪」

 

微笑み合う2人の美少女。

しかし、アリサとすずかには悪巧みする悪戯っ子にしか見えなかった。

 

「なのはちゃんもフェイトちゃんも、どうしたの……?」

 

「アンタ達、何考えてるの?」

 

若干引き気味に尋ねると、フェイトが言う。

 

「すずか、お見舞い行くのはもう1人増えても大丈夫?」

 

「あ、うん。大丈夫だと思うよ。一応伝えておくけど…」

 

すずかの返事を聞いて、ニンマリしながら今度はなのはが言う。

 

「じゃあ、わたしとフェイトちゃん、垣根くんを巻き込…誘おうと思うんだけど、良いかな?」

 

「アンタ今巻き込むって言いかけたわね」

 

とアリサがツッコむ。

そう、『彼』とは、今日も学校には来ていない、来る事の無い男、垣根帝督。

すずかも意外そうにしている。

 

「垣根くんを?まあ、わたしは別に良いけど…」

 

「あたしも良いわよ、色んな意味で興味はあるし。でも呼び出せるの?」

 

「うん、やってみないと分からないけど、一応いくつか『秘策』もあるから」

 

そう言ったなのはは、またフェイトと笑顔で見つめ合う。

どうやって垣根を呼び出すのか、まだ相談もしていないはずなのに、以心伝心しているかのように、

 

「「ね♪」」

 

息ピッタリだった。

 

「いや、清々しい笑顔だけど、悪巧みしてるようにしか見えないわよ」

 

「あはは……。しかも、垣根くんの事情はお構い無しなんだね……」

 

垣根帝督という2人しか知らない少年の事になると、途端にいつもの彼女らしくないというか、その人に対してだけいつも以上に砕けた様子になる高町なのはと、どうやらそんな彼女の影響を受けたのか、最近似たような調子になっているフェイト・テスタロッサ。

呆れ顔のアリサ・バニングスと苦笑いする月村すずか。

そこでふと、すずかがリモートカメラが設置されている垣根の机に目をやった。

パッと見いつもと変わらないが、1つだけ大きな違いがあった。

 

「……あれ?今日はまだ、垣根くん起きてないのかな?」

 

「どういう事?」

 

アリサが怪訝な顔で言う。

なのはとフェイトも尋ねる。

 

「え、起きてないって?」

 

「何で分かるの?」

 

すずかは垣根の机に近付き、設置されているリモートカメラを指差す。

いつもなら稼働中は点灯しているはずの赤いランプが点いていない。

 

「ほら、このランプが消えてるって事は、このカメラ動いてないって事なんだよね」

 

「え、じゃあ……」

 

フェイトが呟いた所で、なのはが携帯電話を取り出して垣根帝督の携帯番号にかける。

 

「寝坊でもしたのかなぁ…?それともサボり?試しに電話してみる!」

 

また留守電になるまで無視されるかもしれないが、もしかしたら寝起きでうっかり出てくれるかもしれない。

そう思ったのだが……、

 

「……、」

 

しばらくして、なのはが無言で固まる。

 

「な、なのは、どうしたの?やっぱり、無視……?」

 

フェイトがおずおずと尋ねると、なのははギギギと油の切れたロボットみたいに振り向き、虚ろな目で無の表情で、静かに告げる。

 

「……電波が届かない所にいるか、電源を切ってる為、繋がらないって…」

 

「「「……、」」」

 

3人とも、どう声をかけて良いか分からなかった。

フェイトから見た垣根帝督の性格と行動範囲を考えると、平日のこんな時間に、電波が届かないような所にいるのは考えにくい。

十中八九、電源を切っているのだろう。しかも意図的に。

それを勘づいたのか、なのはも怒っているのがすぐ分かるほどワナワナと体を震わせている。

電話自体が繋がらないのでは、策も機能しない。

フェイトは宥めるように、彼女の肩に手を置く。

 

「…なのは、一応メールだけ送っておいて、数時間おきに電話してみよう?わたしも試してみるから……」

 

彼女はフェイトの言葉には答えず、プルプルしながら握っている携帯電話へ、画面に映る電話帳の垣根の名前に思わず感情をぶつける。

 

「もぉーーーーッッ!!垣根くんの馬鹿ぁーーーーーーーーーーッッッッ!!!!」

 

なのはの叫び声が教室中に響き渡り、談笑していた周りのクラスメイト達もビクッ!!と肩を震わせた。

周囲の注目を受ける中すずかとフェイトが再び宥めようと声をかける。

 

「な…なのは……」

 

「なのはちゃん…落ち着いて?……ね?」

 

2人の声でようやくハッとなったなのはは、顔を真っ赤にして小さくなる。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

彼女は羞恥心で真っ赤な顔のまま、すごすごと自分の席に着いて机に顔をベターっと踞るように隠してしまった。

 

(もー!!これも全部垣根くんのせいだよー!!)

 

とりあえず、全て垣根帝督のせいにして、クールダウンする事にした。

フェイトもアリサもすずかも、そんななのはに同情し今日はいつも以上に優しくしようと思うのだった。

 

 

そして放課後。

聖祥小学校の校門前に立っている4人の少女達。

彼女達は、とある人物を待っていた。

そのとある人物には、主に高町なのはとフェイト・テスタロッサ、更には2人から連絡先を教わった月村すずかとアリサ・バニングスによる度重なる電話とメール攻撃を行い、ようやく呼び出すのに成功した。

そんな訳で。

校門前の路肩に1台の、黒塗りで窓が全てフルスモークのスポーティータイプのステーションワゴンが停車した。

助手席のドアが開き、のっそりと1人の子供が降りてくる。

前髪の長い茶髪、同い年だが少し背丈は高く、年相応に端正容貌だが前髪から覗く悪い目付きでどちらかというと悪人面と言える顔、焦げ茶色のジャケットに黒いモッズコートを纏った痩身の少年。

少年はステーションワゴンが走り出した後に、校門前に立つ少女達の姿を確認すると露骨に眉間にシワを寄せ、不機嫌な顔をして両手をズボンのポケットに突っ込んで歩み寄ってくる。

学園都市出身の能力者、垣根帝督。

彼を待っていた、ニコニコとわざとらしい笑顔のなのはとフェイト。

 

「ふーん、あの子が垣根って子なのね。……何かガラ悪そうね」

 

歩いてくる垣根の容貌を見てアリサが漏らす。

すずかは、彼の姿を見て怪訝な顔をしていた。

 

(あの人……何か見覚えあるような……。もしかして……でも、人違いかもしれないし……)

 

そう思っている間に、お互いに姿がハッキリ見えるようになってきた所で、なのはとフェイトがわざとらしい笑顔のまま声をかける。

 

「待ってたよ、垣根くん♪」

 

「学校でこうして会うのは初めてだね♪」

 

垣根が待っていた彼女達、なのはとフェイトの前に立ち止まり、忌々しそうな声で言う。

 

「お前等正気か?2人がかりでイタ電しまくってきたと思ったら、知らねえ番号からかかってきたり、知らねえアドレスからもメール来たり、何のつもりだ」

 

開口一番に毒吐いてきたが、腹の立つニコニコのままなのはもフェイトも悪びれずに答える。

 

「だって、初めは垣根くんの携帯電源切れてたし、普通に呼ぼうとしても電話は出てくれないしメールも無視なんだもん」

 

「しかも、今日はリモートカメラ動いてなかったよね。寝坊でもしたの?それとも休んだの?」

 

彼女達の『秘策』とはこの事だった。

なのはとフェイトの携帯からだけでなく、連絡先を渡したアリサとすずか、挙げ句の果てには在宅中のリンディやなのはの母に頼んで家電からも電話をかけさせてみるという、端から見れば嫌がらせ以外の何物でもない内容だった。

幸いなのは、この2人がこんな事をしでかすのは、相手が垣根帝督の時だけだろう。

チッと小さく舌打ちの音を立てて、鬱陶しそうな表情で言う。

 

「能力のチェックやら私用やら学園都市に戻ってたんだよ。休んだのはそれが理由だ。つーか、お前達のイタ電で呼び出されたから、こうして学園都市から直行してきてやったんだよ」

 

「えーっそうだったの?聞いてないよ?」

 

「わたしもだよ?」

 

事もなげに言った垣根になのはとフェイトが目を丸くするが、彼は構わず吐き捨てるような口調で続けた。

 

「そりゃお前、もちろん言ってないからな。つーかお前等に言う必要ねえだろ」

 

「「むー……」」

 

歯牙にもかけない態度と物言いに若干むくれる2人。

アリサとすずかは引き気味に苦笑いで、やり取りを眺めている。

 

「……聞いてた通り、愛想の悪いというかガラの悪い人ね」

 

「……うん、何て言うか、ある意味凄い人だね」

 

垣根帝督は眉をひそめてくだらなさそうな表情のまま、そんな事より、と言いながらジロリとなのは達に鋭い視線を向ける。

 

「……何で俺がお前達の(ダチ)?っつーか知り合い…の見舞いに行かなくっちゃならないんだ?俺にしてもそいつにしても、見ず知らずの他人なんだろうが。意味ねえ所か迷惑だろ。俺にとっても迷惑だ」

 

言葉遣いは悪いが、彼は至極真っ当な事を言っている。

しかし、なのはがデフォルメした雰囲気の笑みでサムズアップしてきた。

 

「そこは大丈夫!」

 

「あ?…ってか、その顔とサムズアップムカつくな」

 

「ちゃんとはやてちゃんのご家族に、すずかちゃんからオッケーもらってるから!」

 

フフンッと自信たっぷりに無い胸を張って、告げた。

垣根は彼女達に向けた視線が段々、半目になっていく。

隣のフェイトも似たような雰囲気で、悪戯っぽく笑っている。

 

「だから、気にしなくて良いよ。一緒に行こう?」

 

「気にするしない以前に、行きたくねえんだけど。そんなアウェー感しかない、知り合いの知り合いの知り合いのお見舞いとか」

 

なのはもフェイトも、このまま巻き込んでお見舞いに付き添わせる算段なのだろうと悟り、何とか断って帰る方向に持ち込もうと考えた時、彼女達の少し後ろにいた黒紫色の髪の少女が声をかけてくる。

 

「あの、垣根…帝督くん……だったよね?」

 

「あん?アンタは……」

 

声をかけられた垣根は、視線をなのはとフェイトからすずかに移した。

すずかに続く形でアリサも声をかける。

 

「リモートカメラ越しで見た事あると思うけど、私、なのはちゃんとフェイトちゃん、あと隣のアリサちゃんの友達で月村すずかです」

 

「初めまして。といっても、あたしもすずかと同じく見た事はあると思うけど、あたしはアリサ・バニングスよ。宜しくね」

 

「ああ……、ご丁寧にどうも。高町達から聞いてるかもしれないが、俺は垣根帝督。宜しく。垣根で良い」

 

2人に自己紹介され、ようやく彼も改めて名乗り顔合わせが済んだ。

さて、と呟いて垣根はゆっくり歩み始める。

 

「じゃあ俺帰るわ」

 

「「ダメ」」

 

なのはとフェイトに即却下された。

垣根がイラッと眉を動かしていると、しばらく彼の顔を見ていたすずかが再び声をかける。

 

「あ、垣根くん。その…違ってたらごめんね?もしかしてだけど、2週間近く前、今月の初めに市内の図書館に行った事ってある?」

 

「2週間近く前に?……ああ、行ったな」

 

垣根は僅かに視線を上に向けて記憶を辿る。

彼は確かに今月初旬に、市内の図書館に行っていた。

その時一悶着もあり、当時の事をうっすら思い出していると、すずかは続けて尋ねる。

 

「じゃあ、何か無かった?帰る時とかに」

 

そこまで言われた所で、彼は気付いた。

彼にとっては大した出来事ではなかった為、誰にも話していなかったがすぐに忘れるほどの事でもない。

 

「まさか……」

 

「うん♪」

 

特に平和な街の一般人にしては一大事だっただろう。

一瞬あ、と呟いて彼女の顔に視線を戻すと、すずかは嬉しそうにニッコリと柔和な笑みを浮かべていた。

あの時、チンピラ中学生に絡まれていた少女達の片方。

聖祥小学校の制服に通学用コートを纏った姿、髪型、あまりハッキリ見ていた訳ではないが、記憶と一致した。

 

「お前、あの時絡まれてたヤツか?」

 

「うん、あの時は助けに入ってくれてありがとう。ちなみにその時隣の車椅子の子が、これからお見舞いに行く子なの。八神はやてちゃん。……はやてちゃんも、もしまた逢えたら一言お礼を言いたいって言ってたから、垣根くんがその人なら迷惑所か、大歓迎だと思うよ」

 

「別にアンタ等を助けたつもりは無いんだがな、邪魔な石ころをどかしただけだし。しかし……ははあ、そういう事か。あの時のヤツが高町達の友達だったとはな」

 

笑顔で声を弾ませて嬉しそうに話すすずかと、目を丸くし何か納得した様子で答える垣根。

そんな2人を交互に見て、アリサが怪訝な顔をする。

 

「え、アンタ達顔見知りだったの?」

 

「うん、ちょっとね。私も今ようやく分かったんだけど」

 

なのはとフェイトは垣根帝督に、眉をひそめて尋ねる。

 

「垣根くん、すずかちゃんの事知ってたの?」

 

「聞いてないよ?また秘密にしてたの?」

 

いつもの言う必要が無いという理由で黙っていたのか、と2人はジトーっとした目で彼を見つめる。

しかし垣根は誤解だよ、と溜め息を吐いてからくだらなさそうに言い始めた。

 

「確かに言う必要が無いとも思ってたが、別に秘密にしてた訳じゃねえ。その時は絡まれてたのが月村と八神っつったか…そいつ等だったかなんて知らなかったし、俺にとっては大した事じゃなかったから月村に言われるまで忘れてたんだよ」

 

「本当に……?」

 

「疑り深いヤツだな。高町(オマエ)がムカつくっつー理由で帰って良いか?」

 

「それはダメ」

 

日頃の行いのせいとはいえ、まだ疑いの目で見てくるなのはに垣根も苛立ち始めた。

アリサが2人の間に割って入り、手を叩いて仲裁する。

 

「はいはい2人ともそれくらいにして。立ち話も何だから、続きは病院へ行きながらにしましょ?」

 

「うん、そうだね。歩きながらすずかと垣根から話聞けば良いし」

 

フェイトも同意し、両手をズボンのポケットに突っ込んだまま行く気の無い垣根の左手首を掴み、なのはも彼の右手首を掴んで引っ張り、無理矢理歩き始めた。

 

「高町、テスタロッサ、お前等何してる訳?俺行くなんて一言も_ッ?」

 

不意に、後ろから背中を手で押され始めた。

びっくりして振り向くと、月村すずかがニコニコしながらグイグイと背中を押していた。しかもかなり強い力で。

 

「月村まで何してんだ?…つーか、結構力強いなお前」

 

ジロリと軽く睨むが、彼女は怯まない。

この状況に楽しそうに笑顔で、

 

「まあまあ、そんな固い事言わずにね?はやてちゃんに会わせたいし、一緒に行こうよ♪」

 

「いや…両脇固められてる時点でどっちかっつーと、連行だろこれ」

 

言いながらグイグイとすずかは垣根の背中を押していき、なのはとフェイトの3人がかりで病院を目指して進んで行く。

アリサもその様をクスクスと笑いながら言う。

 

「可愛い女の子3人に囲まれて良かったじゃない。そんなしかめっ面しないで喜ぶべきよ?」

 

「俺はそんな事望んでねえんだよ、鬱陶しい。何でお前達、揃いも揃って強引なんだよ?」

 

悪い目付きにしかめっ面で悪人面に磨きがかかった顔で、彼はアリサに尋ねるが、彼女はニヤニヤと面白そうに笑っていた。

垣根帝督に味方はいない。

 

「さあ、なのはもフェイトも普段はそこまで砕けた態度とか取らないから、垣根(アンタ)の日頃の行いじゃないの?心当たりあるんじゃない?」

 

「そんな事は……」

 

あった。

垣根帝督も彼女達に対して、ガサツな態度を取っている自覚は確かにあった。

その反動というか、反撃というか、そういう事ならある程度合点がいく。

しかしこれ以上、校門付近の通学路で悪目立ちしたくはない。

 

「はぁー、もぉー分かった分かった」

 

半ば投げやりな口調でそう言うと、垣根はなのはとフェイトの手を振りほどく。

溜め息を吐き、半ば諦めた顔をして吐き捨てるように告げる。

 

「……お前等に付き合うから、この連行スタイルはやめろ」

 

自分のペースを乱され、強引な展開に持っていかれると案外、逃げるか折れるかしかできなかった。

なのはとフェイトは念話で密かに喜びを分かち合う。

 

〈やったねフェイトちゃん!〉

 

〈うん、大成功!〉

 

嬉しそうに愉しそうにしている少女達に、内心ムカつきながらも彼は渋々付いていく。

そして歩きながら、すずかが図書館での出来事を話し始める。

前にもこの件について話した事はあったのだが、今回は垣根帝督の視点も交えて経緯を説明する事に。

 

「……へぇー、じゃあその時の男の子が垣根(アンタ)って訳だったのね」

 

「そうなるな。まあさっきも言った通り月村達(こいつら)を助けるとかじゃなくて、邪魔な石ころどかしただけなんだがな」

 

アリサが感心して垣根の顔を見るが、当の本人はくだらなさそうだ。

しかし、すずかは相変わらずニコニコしながら彼に告げる。

 

「それでも、あの時は私もはやてちゃんも垣根くんのお陰で助かったんだよ?あの時あのままだったら、何されてたか分からなかったし」

 

そうかい、と垣根も相変わらず興味の無さそうな態度で答えた。

なのはとフェイトは、基本的に他人に対する関心の薄そうな垣根帝督にしては珍しいと感心する一方、強力な能力者である彼が正当防衛の建前で不良中学生を文字通り病院送りにした事には少し引いた。

 

「すずかちゃんとはやてちゃんに絡んだ人達が悪いのは当然だけど…でも、病院送りにするほど大怪我させる事もなかったんじゃないかな……?これじゃどっちが悪い人なのか分からなくなりそうだし……」

 

「もう少し、穏便に済ませる事はできなかった……?」

 

と2人が垣根に説いてみるが、彼は聞く耳を持たない。

 

「はあ?何言ってんだお前等。まともに会話する気の無いヤツ等とどう穏便に済ませるんだよ。人道的立場に立って説得を試みるか?」

 

「(……でも、能力使ったんでしょ?)」

 

なのはが確認するように、垣根の傍らに並んで小声で話しかける。

垣根は何の気なしに答えた。

 

「(……そりゃもちろん。自己防衛の為に最低限は)」

 

「(……殴った相手の歯が折れたのに?)」

 

「(……殴った時と殴られた時に自分に来るダメージを軽減させてたただけだ。そこまでわざとやった(、、、、、、、、、、)訳じゃねえよ)」

 

少し咎めるように言ってきたなのはに、彼は声のトーンを上げて普通の声量で続ける。

 

「……蜂や蚊に纏わりつかれたり邪魔されたりしたら、誰でも殺虫剤で殺すなり、叩き潰すなりするだろ。だから俺も障害物だった連中を叩き潰した。それのどこが悪い?」

 

垣根帝督にとっては、学園都市におけるスキルアウトと同レベルの連中を説得など生温い。

誰が蜂や蚊との対話やら説得やらを期待できるというのか。

馬鹿を言うな。

害虫は駆除するに限る。

そういう事をいけしゃあしゃあと宣う。

 

(……照れ隠しのつもりで言ってたのかもと思ってたけど、もしかして……)

 

(……本当にすずか達が眼中に無かっただけ……?)

 

そう思いながら、苦笑いするしかなかったなのはとフェイトだった。

 

 

海鳴大学付属病院に到着した一同。

その院内の病室の1つ、表札には『八神はやて』とあった。

ドアをコンコンとノックするとすぐに返事が来た。

 

「はぁーい、どうぞー」

 

柔らかな声が室内から聞こえた。

スライドドアが開き、こんにちはー、と声色の違う4人の女の子の声が室内のベッドから身を起こしている少女の耳に届く。

部屋に入ってきたのは、白い同じ学校制服を纏った4人の少女達と、焦げ茶色のジャケットを崩した着こなしで纏った1人の少年だった。

なのははお見舞いの品に翠屋のケーキを持参、隣のすずかは花束を持っている。

彼女達の少し後ろには、少し背の高い少年が両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、黙って突っ立っている。

 

「こんにちは-、いらっしゃい♪」

 

八神はやてはすずか以外の初めての面々を見て、嬉しそうに声を弾ませる。

 

「お邪魔します。はやてちゃん、大丈夫?」

 

そう言ったすずかは、続けて心配そうに尋ねた。

はやては調子の良さそうな雰囲気で答える。

 

「うん、平気や。あ、皆、座って座って」

 

「ありがとう」

 

「コート掛け、そこにあるから」

 

なのはがケーキ箱を差し出す。

はやてが更に表情を明るくさせた。

 

「あ、これね、うちのケーキなの。」

 

「そうなん?」

 

「すっごく美味しいんだよ~」

 

「めっちゃ嬉しいわ~♪」

 

と、挨拶もそこそこに談笑が始まる。

談笑には加わらず、退屈そうに手持ち無沙汰な様子で立っている少年に、はやてが声をかける。

 

「あ、そこの君もどうぞ座って……って、あ!」

 

はやてが何気なく彼の顔を見て、気付いた。

黙ったままの少年…垣根帝督に代わって、すずかが言う。

 

「あ、そうそう!あの時図書館で助けてくれた、垣根帝督くん。しかも私達のクラスメイトだったの♪」

 

紹介された垣根ははやてから見て右端のフェイト・テスタロッサの隣に座って、すずかに反論するように口を開いた。

 

「だから助けた訳じゃねえよ。何度も言ってるだろ」

 

言ってはやての方へ顔を向けると、彼女は何が嬉しいのか、柔和な笑顔で彼を見ている。

垣根が僅かに怪訝な顔をしていると、はやてが言う。

 

「……でも、あの時わたし達はホンマに助かったと思ったんよ?もしまた逢えたら一言くらい、お礼が言いたかったんや。だから、ありがとう」

 

「ほら、はやてちゃんもそう言ってるし、私も同じ気持ちだからここは素直に受け取って?」

 

優しく柔らかな関西弁で話す少女に、直球で礼を言われ内心戸惑いを覚える。

すずかも補足するように言ってきた。

言われ慣れない事を言われ、数秒黙っていたが小さく息を吐いて答える。

 

「……、そうかい、なら好きにしな」

 

「素直じゃないわねー」

 

「うるせえ馬鹿野郎」

 

アリサがにやけながら口を挟み、それに毒吐いて返した所で改めて一応、自己紹介する事にした。

 

「…ああさっき月村が言った通り、俺は一応こいつ等の知り合いで同級生、今日はとばっちりで来た。俺の名前は垣根帝督。垣根で良い」

 

八神はやてが鷹揚に頷く。

そしてニッコリ笑って言う。

 

「うん、これから宜しゅうね。帝督くん(、、、、)♪」

 

「……、」

 

「……、」

 

「……、」

 

「……、」

 

「……、」

 

はやて以外の全員が絶句し、この瞬間、沈黙がこの場を支配した。

それを破ったのはやはり、眉をひそめて彼女をジロリと見つめていた垣根帝督。

 

「……いや、だから垣根で良いっつったよな?」

 

苛立つ、というよりは何だこいつ、とでも言いたそうな感じだった。

しかしはやては柔和に笑ったまま、いつぞやの高町なのはやフェイト・テスタロッサの時とはまた違う、悪戯っぽくというよりは素で楽しそうな表情でいる。

 

「でも『で良い』って事は、帝督くんって呼んだらアカンって訳でもない(、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、)やろ?」

 

「馴れ馴れしい。垣根で良い」

 

「わたしは友達の友達と、わざわざ苗字呼びする方がよそよそしくて嫌やなぁー♪」

 

「俺は月村達と友達じゃねえし」

 

「ほな、今からわたしと友達になろ。そしたらすずかちゃん達とも友達って事でもええんやない?」

 

「断る」

 

「ほなわたしはそれをお断りするわ♪」

 

なのはみたいにプンスカと怒り出してペースを呑まれる事も無く、一歩も退かないはやて。

垣根から向けられる鋭さを内包した眼光に、はやては柔和さとどこか芯の強そうな視線で見返している。

端から見ると、どこか緊張感の無い睨み合いにも見つめ合いにも見える。

その様子を見てすずかは、垣根は意外とはやてとも仲良くできそうな気がして、クスリと小さく笑った。

そして仲裁するように告げる。

 

「そういえば、垣根くんは学園都市出身の能力者なんだよね。折角だから、学園都市の事とか超能力の事とかのお話をしてくれない?」

 

「あ、そうなん?スゴいなぁ~、興味あるわ~。是非聞きたいな~♪」

 

すずかの言葉ではやては、興味津々といった感じで目を爛々と輝かせて垣根を見つめてきた。

まだカタが着いていないのだが、垣根は話題を変えられ気に入らなさそうにしていたが、病人の手前、ここは折れる事にした。

 

「……はあ、分かったよ。まあ、調べりゃ分かるような事とか、当たり障りの無い程度しか話せないと思うが、それでも良いか?」

 

「もちろんええよ。そこに住んでる本人から聞けるなんて、滅多に無いもん♪」

 

……という訳で、八神はやてのお見舞いの後半は、垣根帝督による学園都市講話となった。

 

1時間ほど話して、今日は帰る事にした。

 

 

「お友達のお見舞い、どうでした?」

 

お見舞いの品の花を花瓶に活けながら、シャマルが言った。

はやては弾んだ声で答える。

 

「うん、皆ええ子やったよ。楽しかった。また時々来てくれるって♪」

 

「それは良かったですね」

 

「せやけど、もうすぐクリスマスやなぁ。皆とのクリスマスは初めてやから、それまでに退院してパーっと楽しくできたらええねんけど」

 

「そうですね。できたら良いですね…」

 

シャマルはそう言って微笑み、スタンド式の日捲りカレンダーに目をやる。

はやては『クリスマスデイズ』というタイトルの本を持ち上げて、嬉しそうに、待ち遠しそうに笑っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クリスマス・イブ

クリスマスイブの前日、高町家にお呼ばれして夕食を共にするフェイト・テスタロッサとアルフ。

フェイトの帰り道、なのはとフェイト、すずか、アリサで、メールのやり取りが行われ、八神はやてにアポ無しでクリスマスプレゼントを持って行って驚かせようと決まる。

 

その頃、軌道上に浮かぶ時空管理局艦船『アースラ』。

執務官クロノ・ハラオウンは闇の書…いや、夜天の魔道書に関して調べていた。

彼はパネルに浮かぶ情報上の中に出てくる人物に、ギル・グレアム提督があった事に目を付けていた。

 

「……あれ、どうしたの?クロノくん」

 

「あ、うん。ちょっと調べ物を…」

 

エイミィ・リミエッタが入室してきてすぐにデータを消した。

 

「何だ、言ってくれればやるのに」

 

「いや、良いんだ。個人的な事だから…」

 

クロノは何か誤魔化すかのような、取り繕うように言い、そそくさと出て行こうとする。

 

「ああ…、闇の書についてのユーノのレポート、なのは達に送っておいてくれたか?」

 

「なのはちゃん達も、闇の書の過去については複雑な気持ちみたい……」

 

エイミィは心配そうな顔で答える。

 

「そうか……」

 

 

翌日、12月24日午後4時25分。海鳴大学病院。

はやての病室には、シグナム、シャマル、ヴィータがいて、静かに雑談していた。

突然ドアがノックされる。

 

「こんにちはー」

 

月村すずかの声。

ハッとするシャマルとシグナム。

はやてと話していたヴィータも振り向き、はやても意外そうな顔をする。

今日は約束を聞いていないのに、と。

 

「あれ?すずかちゃんや。はい、どーぞー!」

 

「「「「こんにちはー!」」」」

 

スライドドアが開き、4人の少女ととばっちりで来た1人の少年が入ってきた。

 

「わあ、今日は皆さんお揃いですか?」

 

「こんにちは、初めまして」

 

部屋に入りながら、すずかが嬉しそうに告げ、アリサが挨拶する。

 

「あ……ッ!?」

 

「……ッ!!」

 

「……、へえ」

 

2人のすぐ後に入ってきたなのはとフェイト、そしてとばっちりの垣根帝督。

彼女達は目を見開き驚愕に染まる。

凍り付く5人に対し、垣根だけは一瞬驚くもどこか納得したかのように、口許に小さな笑みを浮かべていた。

シグナムは思わず身構え、鋭い眼光を向ける。

ベッドのはやてが、不思議そうになのは達とシグナムをキョロキョロと交互に見ていると、不穏な空気を感じ取ったアリサが、

 

「あ、すみません。お邪魔でした?」

 

「あ、いえ…」

 

シグナムは咄嗟に取り繕うように返事をし、一足早く立ち直ったシャマルが取りなす。

 

「いらっしゃい、皆さん」

 

「何だ、良かったぁ。所で、今日は皆どないしたん?」

 

はやてが尋ねると、すずかとアリサがニッコリと笑って、

 

「「せーのっ!」」

 

両手を隠していたコートを一斉に取り、綺麗なプレゼント箱を出して差し出す。

 

「「サプライズプレゼント!」」

 

すずかが言う。

 

「今日はイブだから、はやてちゃんにクリスマスプレゼント♪」

 

「わぁー、ホンマかー!?ありがとうな~♪」

 

嬉しそうに声を弾ませ、2人からプレゼントを受け取った。

喜んでもらえて、すずかもアリサも嬉しくなりながら話す。

 

「皆で選んできたんだよ♪」

 

「後で開けてみてね」

 

クリスマスプレゼントをもらってはやては大喜びだが、ヴィータはなのはと素知らぬ態度で飄々としている垣根帝督を睨み続けていた。

 

「なのはちゃん、フェイトちゃん、帝督くんどないしたん?」

 

はやては怪訝な顔で尋ねた。

垣根はそっぽ向いてどうでも良さそうに、2人は戸惑いながら取り繕うように答える。

 

「別に」

 

「あ、ううん。何でも……」

 

「ちょっと、ご挨拶を……ですよね?」

 

フェイトは僅かに苦笑しチラリとシグナムに目を向け、なのはもあははと苦笑いする。

シグナムも話を合わせて、シャマルが場を取りなそうと前に出る。

 

「皆、コート預かるわ」

 

「「はーい♪」」

 

皆のコートを預かり、クローゼットを開けて掛けていくシャマル。

異変に気付いたフェイトが小声でシグナムに話しかけた。

 

「(……念話が使えない。通信妨害を……?)」

 

「(……シャマルはバックアップのエキスパートだ。この距離なら、造作もない)」

 

シグナムが彼女に小声で答えた。

今だになのはと垣根をキッと睨み付けているヴィータ。

垣根は無視しているが、なのはは済まなさそうな表情で言う。

 

「……そんなに睨まないで……」

 

「睨んでねーです。こーゆう目付きなんです」

 

「あぁ……」

 

むっつりしたままのヴィータに、はやてが咎めるように口を挟む。

 

「こーらヴィータ、嘘はアカン。悪い子やね」

 

クリスマスプレゼントを持ってきた友達を睨んだヴィータの鼻を摘まんで、お仕置きする。

鼻を摘ままれてフガフガ言うヴィータに、垣根は場違いを承知で小さく失笑した。

はやてはなのは達の素性も守護騎士達の闇の書に関する動きも知らないのだから、当然なのだが。

 

「お見舞い、しても良いですか?」

 

「ああ…」

 

フェイトがシグナムに尋ね、短く了承した。

 

また1時間ほど談笑し、帰る事になった。

 

 

数十分後、結界の展開された夜の市街地。

その一角の高層ビルの屋上で対峙する、守護騎士達と2人の魔導師と1人の能力者。

シグナム達から、闇の書の主は八神はやてであるという事実を告げられる。

 

(なるほどな。やっぱ事件がこの街で起き始めたのも、そういう事か)

 

垣根帝督が1人で納得する中、なのはとフェイトは少なからず驚き困惑している。

 

「はやてちゃんが…闇の書の主…」

 

毅然とした視線で佇むシグナムとシャマル。

闇の書を完成させればはやてが助かると信じている彼女達は、邪魔はさせないと告げてくる。

 

「悲願は、あと僅かで叶う」

 

「邪魔をするなら、たとえはやてちゃんのお友達でも…」

 

「待って!ちょっと待って、話を聞いてください!」

 

慌てるようになのはが言う。

ユーノ・スクライアからの報告を聞いていたなのはは、闇の書が完成するとはやて自身を食い尽くす事を説明しようとしたが、

 

「ダメなんです、闇の書が完全したら、はやてちゃんは_」

 

「でやあぁぁ!!」

 

上から、ヴィータの不意打ちを受けて咄嗟にプロテクションで防御。

話を中断せざるを得なくなる。

直接的な打撃は防ぐも、衝撃吸収まではできず後方へ弾き飛ばされフェンスにガシャンッ!!と激突する。

 

「ああっ!!」

 

「なのは!!」

 

フェイトが声をかけるが、すかさずシグナムが斬りかかってきた。

 

「たあああぁッ!!」

 

「ッ!!」

 

紙一重でかわし、フェイトもバルディッシュを展開し握る。

完全に話ができる状態ではなくなった。

 

「シグナム…」

 

「管理局に、我等が主の事を伝えられては困るんだ」

 

シャマルも告げる。

 

「私の通信防御範囲から、出す訳にはいかない」

 

フェンスにぶつかったショックでへたり込んだままなのはは、迫ってくるヴィータを見る。

 

「ヴィータ、ちゃん……」

 

戦闘の意志を見せるべく、ヴィータは瞬時に騎士服に切り替えて告げる。

 

「邪魔…すんなよ。もうあとちょっとで……あと少しで、はやてが元気になって、あたし達のとこに帰ってくるんだ。必死に頑張ってきたんだ」

 

いつの間にか、彼女の目からは涙が流れていた。

ヴィータは涙の雫を散らしてグラーフアイゼンを振りかぶる。

 

「もう、あとちょっとなんだから……邪魔すんなぁッ!!」

 

「あッ!!」

 

「でえいッ!!」

 

ドゴォォォォォンッッ!!!!

 

強烈な一撃が炸裂し、なのはのいた所から火柱が上がる。

ヴィータが肩で息をしていると、攻撃を凌ぎバリアジャケット姿になった高町なのはが、悲しげな表情で炎を突き破って出てきた。

 

「チッ……悪魔め……」

 

忌々しそうに、呻くように言ったヴィータに、彼女は悲しげな表情から、レイジングハートを握り意を決して毅然とした顔になりヴィータを見つめる。

 

「悪魔で……良いよ……。分かってもらえるなら……悪魔でも良い!悪魔らしいやり方で、話を聞いてもらうから!!」

 

「うう…うあーッ!!」

 

そのセリフに呼応するかのように、ヴィータは叫びながら再びなのはに襲い掛かる。

一度正面から衝突すると、そこから空中戦へ移行しぶつかり合う。

一方、垣根帝督とフェイト・テスタロッサはシグナムとシャマルの2人と対峙したまま。

 

「シャマル、お前は離れて通信妨害に集中しろ」

 

シグナムが告げるが、シャマルは垣根の方を見て答える。

 

「でも、それじゃあシグナムはニ対一に_「ああ、そこは心配するな」えッ!?」

 

垣根が小さく笑って口を挟む。

シグナムとシャマルは驚き、訳の分からなさそうな表情になり、彼の少し前に立つフェイトも怪訝な顔で振り向いた。

彼は冷笑を浮かべて構わず言う。

 

「俺は別にお前等に首を突っ込む気はねえ。俺は元々興味本意で首突っ込んできただけで、お前達自身やら八神はやての命やらには興味ねえんだ。話し合いでも殺し合いでも、やりたきゃ好きなだけやりゃあ良い」

 

散々な物言いだが、それなら直接的な戦闘が不得意なシャマルと以前彼に思わぬ苦戦を強いられたシグナムにとっては都合が良い。

フェイトも、黙って彼を見て言っている内容はともかく、鷹揚に頷いて了承した。

シャマルは騎士服に切り替えると、悲しげな微笑みを浮かべて垣根に告げる。

 

「こっちとしては都合が良いけど、それにしても……酷い言われようね?」

 

垣根は両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、くだらなさそうに口許に小さな笑みを浮かべて答える。

 

「はん。前に言っただろうが、俺はお前等の主や高町達(こいつら)と違って、外道のクソ野郎だってな」

 

「本当に…ね……」

 

シャマルと垣根のやり取りが終わると、次はフェイトが構えたまま口を開く。

 

「闇の書は、悪意ある改変を受けて壊れてしまっています。今の状態で完成させたら、はやては……」

 

「お前達が、あれをどう決め付けようとどう罵ろうと聞く耳は持てん。切り捨てて通るだけだ!」

 

「そうじゃない、そういう事じゃない」

 

「聞く耳は無いと言った。我々はある意味で、闇の書の一部だ」

 

それを理由になのはとフェイトの話を信用しない。

上空で戦うヴィータも、叫ぶ。

 

「だから当たり前だ!あたし達が一番闇の書の事を知ってんだ!!」

 

「じゃあ、どうして……ッ!!」

 

しかし、ヴィータの打撃を受け止めながら、アクセルシューターを展開する。

距離を取り、睨み合うヴィータとなのは。

なのはも彼女に叫ぶ。

 

「どうして、闇の書なんて呼ぶの!?」

 

「ッ?」

 

「何で本当の名前で呼ばないの?」

 

「本当の……名前?」

 

ヴィータは戸惑い、怪訝な顔で声を発した。

 

シグナムも騎士服を纏い、フェイトもバリアジャケットを纏う。

今までとは違う、より装甲の薄いバリアジャケットだった。

その名も、ソニックフォーム。

彼女のスピード重視の思想を体現した姿だった。

 

「薄い装甲を更に薄くしたか」

 

「その分、速く動けます」

 

「緩い攻撃でも、当たれば死ぬぞ。正気か、テスタロッサ」

 

「あなたに勝つ為です。強いあなたに立ち向かうには、これしかないと思ったから……」

 

フェイトは毅然と鋭くまっすぐな視線を向ける。

シグナムに勝って話を聞いてもらう為に。

シグナムは悔しそうにうつ向き、そして小さく告げる。

 

「こんな出逢いをしていなければ、私とお前は……良き友になれていただろうにな」

 

「まだ、間に合います!」

 

「止まれん……」

 

しかし、シグナムは魔方陣を展開し構え、彼女は涙を流しながらも闘志をたたえてフェイトを睨み立ち塞がる。

 

「我等守護騎士……主の笑顔の為ならば、騎士の誇りさえ捨てると決めた。この身に代えても救うと決めた!こんな所では……止まれんのだ!!」

 

そう、全ては主であるはやての為、涙しながらも、こんな形の出逢いでなければフェイトと、どれほどの友人になっていたかを想い、それでも……。

だがフェイトも譲れない。譲る訳にはいかない。

 

「止めます。わたしとバルディッシュが」

 

同時に斬りかかり、そこから空中での白兵戦に移行する。

空中戦を継続しながらも、なのはがヴィータに呼び掛ける。

 

「本当の名前が、あったでしょ?」

 

「闇の書の、本当の名前……」

 

対峙するなのはとヴィータ。

だが不意にどこからか禍々しい青い色のバインドが複数出現し、なのはの上半身に絡み付いた。

 

「ッ!!バインド……またッ!?」

 

それに気付いたフェイトが、鍔迫り合いをしていたシグナムと距離を取りプラズマランサーを発して目を周りに走らせ術者を探す。

そして、

 

「そこ!!」

 

虚空に放たれたと思われた雷撃は、何かに衝突し炸裂する。

何も無いはずの空中が僅かにうねる。

 

「はぁぁーッ!!」

 

そこへ飛び出し、フェイトが思い切り斬りかかった。

すると、そこから姿を消していた仮面の男が現れる。

フェイトから受けた一太刀で、纏っている服に一筋の傷を入れた。

 

「こないだみたいには、いかない!!」

 

「はッ!!」

 

突如彼女の左側から、もう一人(、、、、)の仮面の男が現れ蹴り飛ばす。

 

「うわあああッ!?」

 

不意を突かれ落下していくフェイトにバインドがかけられ拘束する。

 

「2人!?」

 

なのはが驚いていると、フェイトを蹴った方の男が突然、巨大な白い物体に叩き落とされた。

 

「ぐッッ!?」

 

体制を寸での所で立て直し墜落を阻止すると、白い物体の出所を見る。

仮面で顔は見えないが、横槍を入れられ忌々しそうにしているだろう。

白い物体は、翼だった。

なのはとヴィータ、フェイトとシグナムの戦闘を、やろうと思えばいつでも暴力的に横槍を入れられたり通信妨害中のシャマルを攻撃できたはずなのに、敢えて観覧していたその男。

薄く笑いながら眺めていたはずの垣根帝督の背には、6枚の白い翼が生えていた。

 

「ナイスだテスタロッサ。いやぁー中々出てこないから、今日はお休みなのかとヒヤヒヤしたよ。しっかしなるほどな、やられたやられた。あの時俺の頭蹴っ飛ばしたのもテメェ等の片方だった訳だ。いやぁー一本取られたぜ」

 

勝って気ままに言う彼の口調は、軽薄で愉しそうで、場違いだった。

仮面の男はそんな垣根を無視して青い魔方陣を展開、持っていた複数のカードを一斉に放ちなのは達に続いて、ヴォルケンリッター達も垣根帝督もバインドをかけられる。

 

「ああッ!?」

 

「なっ!うう…ッ!!」

 

「うあッ!!」

 

なのはが、これって一体……?と困惑する。

仮面の男達は、守護騎士達の味方ではなかったのか。

 

「この人数だと、バインドも通信防御もあまり持たん。早く頼む」

 

「ああ」

 

仮面の男の手には、闇の書が。

 

「ああ!いつの間に!?」

 

闇の書の残りの空白のページが開き、魔力蒐集を開始する。

蒐集の対象は、

 

「う!!うわあああッ!?」

 

「うっうううううッッうあああああッッ!!」

 

「あッ!!ああ!ああああああッ!?」

 

3人の守護騎士達から、リンカーコアが露出する。

 

「最後のページは、不要となった守護騎士自ら差し出す」

 

ヴィータが叫ぶ。

 

「何なんだ!!何なんだよテメー等!!!?」

 

「プログラム風情が、知る必要も無い」

 

彼女達の魔力が根こそぎ吸収され、そうされる事で跡形もなく消滅してしまう。

そうなるはずだった。

だが、

ドッ!!

と、突如この場に正体不明の重圧が、全員に負荷と苦痛を与えた。

何が起きているのか誰にも分からない。

しかしこの横槍が原因で、闇の書の魔力蒐集が中断され無理矢理引きずり出されたリンカーコアが戻っていき、闇の書の発光も止まってしまった。

 

「く……何が_ッ!?」

 

バギンッ!!という何かが割れるような奇妙な音が聞こえた。

パキパキ、バキバキと段々音が大きくなっていく。

全員が音源の方を向くと、同じように拘束されている垣根が笑いながら佇んでいた。

怪しく発光する白い翼を構え、とてもバインドをかけられている状況とは思えないほど余裕そうだ。

いや、違う。拘束など、されていない。

彼に絡み付くバインドは、まるでガラス細工や陶磁器が割れるように亀裂だらけになって次の瞬間、バリンッ!と粉々に砕け散った。

 

「この俺が、こんなもので止められるとでも思ったのか?全く同じ手が2度も通用するかよ」

 

シャッ!!

と6枚の翼が一斉に伸びて2人の男に襲い掛かる。

 

「「クッ!!」」

 

質量を変え、長さを変え、その性質さえも変えて殺人兵器と化した白い翼の直撃を、それぞれギリギリの所で回避するも肩口や袖口、仮面の端を削り取り手傷を負わせる。

翼を引っ込めたと思うと彼はいつの間にか、重力を無視して空中に浮いている。

6枚の翼が引き絞られた弓のようにしなり、一気に放たれた。

ズァ!!

肉薄してくる片方を烈風で押さえ付け、魔方陣を展開している方には羽ばたいた翼から散った無数の羽が硬化変質し、1枚1枚が矢尻か砲弾のように凶器のシャワーとなって迫る。

男はやむを得ず一度魔方陣を解除し高速移動で回避する。

羽は1枚も直撃しなかった。

だが、

ドドドドドッッッッ!!!!!!!!

 

「ッ!?」

 

羽は男の体に接近しただけで炸裂した。

1枚の炸裂が他の羽へ誘爆し、夜空が爆煙で包まれる。

 

「ははっ!このまま半殺しか、それともクリスマスにちなんでターキーの丸焼きみてえにでもしてやるか?」

 

煙を逆手に取って垣根の背後に回り、すでに拘束したなのはとフェイト同様に4重のバインドとクリスタルケージに閉じ込めようとする。

 

「同じ手は食わねえっつったよな」

 

「「ッ!!」」

 

ドバァッ!!

 

彼を拘束しようとしたバインドは、クリスタルケージ諸とも垣根を中心に巻き起こされた正体不明の爆発で、粉々に吹き飛ばされてしまう。

爆煙を突き破って、白い翼が槍のように伸びてきた。

仮面の男の1人が、強固な防御障壁を展開し防ぐが、

 

ドンッ!!

 

「ぐっ!?」

 

「がッ!!」

 

障壁に翼がぶつかった瞬間大爆発し弾き飛ばされ、もう1人は突き上げられるかのようにまともに食らい、落下していく。

 

「魔法のバリアブレイクっつーのを真似させてもらった」

 

その時の衝撃で男の手から、闇の書が離れてどこかへ行ってしまう。

垣根は逆算して作り出した、バインドブレイクの機能を模倣した素粒子(ダークマター)を散布しその影響を受けて守護騎士達のバインドまで亀裂だらけになって、簡単に砕けた。

拘束が解けても一体何がどうなっているのか分からず、守護騎士達はその場に立ち尽くし、なのはとフェイトはクリスタルケージの破壊に腐心している。

 

槍のようにランダムに翼を突き出しながら、次第に仮面の男2人を追い詰めていく。

 

「さあ、知ってる事全部吐いてもらおうか。そうしたら今すぐ攻撃を止めてやる。できねえなら、片方にゃ死ぬか最低でも半殺しにして無理矢理聞き出してやる!」

 

仮面の男2人は、直撃こそ避けているが細かい被弾を繰り返し、仮面や衣服がボロボロになっていた。

互いに援護し合いながら退避し、

 

「……やむを得ない」

 

「……ここは一度、体勢を立て直す」

 

ゴバッッ!!!!

 

広範囲に閃光炸裂弾を放つ。

 

「んなもん効かねえっつってん……_クソッ!!」

 

一瞬だった。一瞬の隙で、転移魔法で姿を消し、見失う。

垣根は鋭い舌打ちの音を立てた。

彼が守護騎士達やなのは達から離れている間に、新たな異変が起こっていた。

 

 

「闇の書……?」

 

ヴィータの目の前には、仮面の男達の片割れが持っていたはずの闇の書が宙に浮いていた。

闇の書は怪しい紫色の光を放ち、不意に光同色の無数の黒紫色に赤い目をした蛇が、本体に絡み付いて覆い尽くす。

 

「ッ!!」

 

「あれは……?」

 

なのはが呟く。

 

「ナハトヴァール!何故!?」

 

「まさか……!」

 

シグナムとシャマルが何かに気付いたようだったが、それを確かめる間も無く蛇の包まれた闇の書から、ベルカ語で機械的な音声が発せられた。

 

自動防衛運用システム(ナハトヴァール)起動』

 

シグナムはその意味を理解しているらしく、否定するように叫ぶ。

 

「待て!今は違う。我等はまだ戦える!!」

 

ヴィータも、目を見開いて禍々しい物体を見て、何かを思い出したように呟く。

 

「こいつ……、そうだ、こいつがいたから!」

 

『守護騎士システムの維持を破棄、闇の書(ストレージ)の完成を最優先。守護騎士システムは消去』

 

ナハトヴァールは、闇の書の防衛プログラムが実体化したもの。

その思考は『闇の書の完成』と『蒐集された力の行使』のみに向いていて、あらゆる犠牲を厭わずひたすらに闇の書本体の存続を行う。

全員が驚愕に染まる中、6枚の翼を羽ばたかせて、垣根帝督がなのはとヴィータの間の空中に合流し、禍々しい物体と化した闇の書を睥睨する。

 

「……おい、こりゃ一体どういう事だ?あれは闇の書…、なのか……?」

 

つまり、こういう事だ。

守護騎士や闇の書の意志、現在の主である八神はやての事は『闇の書の完成と能力の行使』において必要であれば比護するが、機能として必要が無くなれば排除するか、自由を奪って自身の完全制御下に置こうとするという挙動を取る。

ヴィータはそれに答えず、ブルブルと震えながら闇の書を睨んで忌々しそうに、呻くように言う。

 

「ふざ…けん…な……。ふざけんなあッ!!」

 

グラーフアイゼンを振りかぶって襲い掛かる。

迎撃するように向かってきた蛇を叩き落とそうとするが、効かない所か愛機を粉々に破壊されそのまま弾き飛ばされた。

 

「ヴィータちゃん!!」

 

なのはが彼女を助けようと飛翔する。

だがその間に、自動防衛システムを稼働させた闇の書は、淡々と作業を進めていく。

 

『敵対勢力排除、蒐集対象より、コアの蒐集』

 

一斉に、黒々としたバインドが全員を捕縛し締め上げる。

他の者達が苦悶の表情を浮かべる中、垣根は再び能力で自身のバインドの破壊を試みるが、

 

(く……ッ!!計算式が違う!?逆算に……時間が……ッ!!)

 

『開始』

 

再び、シャマル、シグナム、ヴィータの3人の守護騎士達からリンカーコアが抽出されていく。

 

「うっ……ううっ……!!」

 

「ううっ……!!」

 

「ううっ……ああッ!!」

 

彼女達の魔力が、今度は闇の書自らの機能で吸収されていった。

 

「うあ……ッ!!」

 

「うっ…ああッ……!!」

 

「シャマル!!シグナム!!…うあああああッ!!」

 

そこへ、

 

「でやあああああッ!!てやあッ!!」

 

遅れて現れたザフィーラが、渾身の力を込めて変わり果てた姿の闇の書へ拳を叩き込む。

しかし、ダメージを与える事は叶わず自身の拳から血を舞わすだけだった。

 

「ううっ……!!」

 

『残存システムの確認』

 

今度は彼のリンカーコアが抽出されていく。

 

「うおぁッ!!……うおぉッ!!」

 

苦痛を無視して再び拳を突き刺そうとするが、

 

『蒐集』

 

「てええぃッ!!」

 

ドバン!!

 

易々と防御され、ついに守護騎士ヴォルケンリッターは全員、捕縛された。

その頃、なのはとフェイト、垣根は黒紫色の繭のような物体の中に閉じ込められ張り付けのようなポーズで捕縛されていた。

 

「うう……ッ!!」

 

「くぅ……ッ!!」

 

「クソが……ッ!!」

 

バインドからはスパークが走り、それが彼女達に苦痛を与えている。

垣根帝督は、自身の能力『未元物質(ダークマター)』を応用する形でこの空間とバインドをサーチし破壊を試みようとしているが、逆算を始めた瞬間、

 

「_ッ!?」

 

彼の頭を雷撃のような激痛が貫いた。

それだけではない。彼の視界が数瞬の閃光に支配され、強烈な目眩に教われる。

 

(くそったれが!サーチや解析さえ簡単にはさせねえってのか!?)

 

意識が吹き飛びそうになり、自分の存在すら自覚できなくなる。

まるで精神への直接攻撃。

逆算を行い、この魔法へ干渉するたびに何度も閃光と目眩に襲われ、彼は挫折を余儀なくされた。

 

「うううううッ!!……うあああああッッ!!」

 

固く両目を閉じ、彼は苦悶に体を仰け反らせる。

激痛と閃光と目眩の不協和音が、彼の脳を激しく乱打している。

それでも、彼はサーチを止めない。この程度でへばっていられない。

なのは達も苦痛に表情を歪めながらも、バインドと空間破壊を試みようとしている。

 

バガンッ!!

 

時間をかけながらも捕縛空間を破壊し、何とか外に出た3人が見たのは、何故かビルの屋上に召喚されていた八神はやて。

そして彼女の目の前でイバラで吊し上げられ、ツルで体を刺し貫かれ消滅していく守護騎士達。

その姿を見て泣き叫ぶはやて。

その衝撃が引き金となり、ついに闇の書の封印が解放されてしまう。

 

「はやてちゃん!!」

 

「はやて!!」

 

「あれは……?」

 

『管制ユニット 融合』

 

ゴッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!

 

黒紫色の光をたたえ、空中で大爆発し覚醒したその姿は、もはや八神はやてではない。

長い銀髪の、若い成人程度の外見をした女。闇の書の意志とも言うべき存在だった。

彼女の右側には例の蛇の塊が、左側には闇の書が浮遊している。

漆黒の羽を舞い散らせて佇む女は何故か、両目から一筋の涙を流して静かに告げる。

 

「また……全てが終わってしまった。我は魔導書。我が力の全ては……」

 

右手を掲げ、破壊の為の魔法を行使する。

 

『Diabolic emission.』

 

黒々とした巨大な球体が手のひらに出現。

空間砲撃を射出し明らかになのは達所か、この場一帯を粉砕するつもりだ。

 

「忌まわしき敵を、打ち砕く為に」

 

しばらく状況を確認する為に見ていたが、敵の意図に気付きフェイトが呟く。

 

「空間攻撃…!」

 

次の瞬間、大規模な

 

「闇に……沈め」

 

辺り一帯を禍々しい、漆黒とも黒紫色ともとれる暗闇の魔法が放たれた。

全てを破壊し無に帰す為に。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

運命

A's編は年内に終わらせたかったのですが……難しそうです。


「デアボリック…エミッション。闇に……染まれ」

 

放たれた空間砲撃を、装甲の薄いフェイトの前に出て代わりにシールドを張り、防御するなのは。

 

『Excellion Shield』

 

空間砲撃はあっという間にこの場一帯を呑み込み、手のひらで押し潰されたような巨大な爆発を起こした。

闇の書の意志……管制融合騎の女は、左手で両目から流れる涙を拭うと平淡な口調で告げる。

 

「自動防衛、一時停止……。これよりしばしは私が主をお守りする。ナハト……ただの防衛プログラムであるお前を責めはしない。全ては、私に責がある。せめてあと少し、大人しくしていろ」

 

ナハトヴァールは本来、術者と管制融合騎を危険から保護する為のシステムだが、プログラム改変によって防護機能と自律行動機能な異常をきたしており、闇の書完成後は一定時間で暴走状態となる。

闇の書の管制融合騎は、本来は『夜天の書』の主に付き従い、管理を行う存在だったが改変の日々の中でいつしかナハトヴァールの管理下に置かれ、その行動の殆どを封じられていた。

戦闘においては主と融合して主の守護を行うほか、単身でも騎士達を束ねる前線指揮官としても働けるよう高い戦闘能力を有している。

また、闇の書に蓄積された魔力と魔法を自在に行使できる。

蛇の塊に左腕を伸ばし、中心部の鎖の付いた手首にはめる装飾品のようなものを装着した。

これがナハトヴァールの装備状態で、管制融合騎による制御が効いている間ら正しく使用者を守り、強力な腕部武装として使用する事が可能。

ナハトヴァールはすぐに武装形態へ変形した。

槍射砲と呼ばれる種別の武装で、腕に固定された槍を撃ち出して対象を破壊する近接武器。

 

「我が主…どうかしばし……私の中でお休みください」

 

 

その頃、現場より少し離れた位置でその様子を見ていたのは、先ほどまで垣根帝督との戦闘で細かく負傷を負っていた2人の仮面の男。

 

「……よし、結界は張れた。予定と違うが概ねの流れはこちらの思い通り。デュランダルの準備は?」

 

「できている」

 

答えた男の手には、白を基調とした待機状態のデバイス。

 

「持つかな?あの子達」

 

「暴走開始の瞬間まで、持って欲しいな」

 

仮面の男達は、闇の書を覚醒した主ごと封印する為に行動していたのだった。

仮面の男達が話していると、2人に突如として蒼白いバインドが絡み付き拘束し、強化魔法を無効化する魔法が行使された。

目の前に現れたのは、執務官のクロノ・ハラオウン。

 

「ストラグルバインド。相手を拘束しつつ、強化魔法を無効化する。あまり使い所の無い魔法だけど、こういう時には役に立つ」

 

拘束された仮面の男達がもがき苦しみ出す。

体が光り、魔法が解けてゆく。

 

「変身魔法を、強制的に解除するからね」

 

「「うわあああああああああああッッッッ!!!!!?」」

 

変身魔法が解けて、仮面はそのままだが見覚えのある、2人の使い魔が姿を現した。

カランと、クロノ・ハラオウンの足元に仮面が転がる。

リーゼロッテとリーゼアリア。

ギル・グレアムの使い魔。

クロノはある程度予想していたかのような表情をする。

 

「クロノ…このぉ……ッ!!」

 

「こんな魔法、教えてなかったのになぁ」

 

恨めしそうに言うロッテとアリア。

クロノは少しだけ複雑な面持ちで静かに答える。

 

「1人でも精進しろと教えたのは、君達だろう……。アリア、ロッテ」

 

そんな時、ドシャッ!! と、彼の傍らに何かが墜落するように着地した。

敵の空間砲撃の防御に失敗してはね飛ばされてきた、超能力者(レベル5)の少年。

 

「痛ってえな。衝撃吸収に失敗して大分ブッ飛ばされちまった…」

 

着地した時に地面に亀裂を付けるほどの衝撃だったが、背中の6枚の翼で身を守り、衣服は汚れても不思議と無傷だった。

彼は、何でもないかのような調子で立ち上がり、汚れをパンパンと手で払いながらクロノ達に気付いて目を向ける。

 

「あーあコート焦げてるし、こりゃもうダメだな。って……あ!」

 

リーゼアリアとリーゼロッテは拘束されたまま、彼を恨めしそうに睨む。

それに気付きつつクロノは垣根に声をかけた。

 

「垣根、大丈夫か?」

 

「おークロノ。大丈夫大丈夫、コートはダメになっちまったけどな」

 

軽い調子で答えながら焦げたモッズコートを脱ぎ捨てる。

垣根は拘束された2人と、転がっている仮面に気付いてははぁと納得したように言う。

 

「例の仮面野郎共はアンタ達だったのか」

 

「君の内部犯という発想は当たっていたな。これから事情聴取に連行するが、君はこのままなのはとフェイトの援護を頼めるか」

 

毅然とした表情の中に、切実さがこもった頼みに彼は簡単に頷く。

 

「ああ、良いぜ。じゃ、そっちの結果が分かったら教えてくれ」

 

轟!!

という空気の唸りと共に、垣根の背中から再び6枚の翼が生えた。

 

「何なんだ……。アンタ一体、何者なんだよ……?その白い翼も、何なんだよ……?」

 

不意にリーゼロッテが、困惑するように尋ねてきた。

だが、彼は小さく笑って吐き捨てるように告げる。

 

「今は学園都市の能力者とだけ答えとく。詳しくは執務官に訊きな」

 

それだけ言うと、垣根は翼で空気を叩いて上昇し去っていった。

 

 

市街地の一角に建つ超高層ビルを背にして、身を隠しているなのはとフェイト。

 

「なのは……ごめん。ありがとう」

 

先ほどの防御で軽く痛めたのか、右手の調子を確かめているなのはを心配するフェイト。

 

「大丈夫……。わたしの防御、頑丈だから」

 

平気そうに彼女は答え笑いかける。

敵は広域攻撃型で回避は困難だと推察した所で、

 

「あれ、そういえば垣根くんは!?」

 

「姿が見えない……まさか……」

 

垣根帝督の姿が無い事に気付く。

周りに目を走らせるが、それらしき姿は見えない。

だが、フェイトは落ち着いた様子で、なのはに告げる。

 

「……でも、彼なら……大丈夫だと思う」

 

「あ……」

 

彼女は心配していないというよりは、どこか信頼しているような目だった。

彼が、垣根帝督という男が、そんな簡単にやられてしまうはずがない、と。

なのはもそれを感じ取り、頷く。

 

「……うん、そうだよね。あの人なら、大丈夫だよね」

 

それより、とフェイトが、

 

「バルディッシュ」

 

『Lighting form.』

 

バリアジャケットがソニックフォームから通常形態に変化する。

なのはが敵の方を向いて言う。

 

「はやてちゃん……。あの人、一体……?」

 

「ベルカの融合騎……。主と一体化して戦う人格型管制ユニット。彼女が表に出てるって事は、はやては多分意識をなくしてる」

 

「助けるには?」

 

フェイトが解説を交えて答える。

なのはがここで、『倒す』ではなく『助ける』為の方法を尋ねてきた事に内心温かさを感じつつも、フェイトは冷静に言う。

 

「分からない。だけど……」

 

フェイトの気持ちを読み取り、なのはは微笑んで強い意志を持って告げる。

 

「話してみるしかないよね」

 

「うん」

 

そこへ、ユーノ・スクライアと使い魔アルフが合流する。

 

「なのは!」

 

「フェイト!」

 

「ユーノくん!アルフさん!」

 

互いに姿を確認した所で、敵は新たな魔法を展開してきた。

正体不明の重圧を感じる。

アルフが敵の意図を掴む。

 

「前と同じ、閉じ込める結界だ!」

 

新たな捕獲用結界。フェイトもそれを理解し告げる。

 

「わたし達を狙ってるんだ」

 

「今、クロノが解決法を探してる。援護も向かってるんだけど、時間が……」

 

口惜しそうなユーノに、フェイトが言葉を紡ぐ。

 

「…それまで、わたし達で何とかするしかないか……」

 

アルフも頷き、振り向くと、なのはが黙って『闇の書の意志』を見ていた。

 

「……そういえば、垣根は?」

 

ここでようやく、1人足りない事に気付いたアルフが尋ねる。

フェイトが少しだけ済まなさそうな顔で答える。

 

「それが、さっきの空間砲撃を受けた後から、姿が見えないんだ。……でも、わたし達は垣根が無事だと信じてるから……」

 

その言葉に、ユーノも頷く。

 

「うん、そうだね。心配してないって訳じゃないけど、垣根の事だからひょっこり出てくると思う。簡単にやられてしまうようなタチじゃないよ」

 

一方、背中の2対4枚の黒い翼…スレイプニールを羽ばたかせて上空に舞い上がる。

 

 

その頃、時空管理局本局の一室で、クロノはグレアム提督と会っていた。

リーゼアリアとリーゼロッテの行動がグレアムの意志である事を見抜いていた。

2人は自分達の独断だと弁解するが、グレアム自ら自白していく。

きっかけは11年前の事。クロノ・ハラオウンの父、クライドの死。

 

「11年前の闇の書事件以降、提督は独自に闇の書の転生先を捜していましたね?」

 

ホログラムに、闇の書と八神はやての顔が映される。

 

「そして、発見した。闇の書のありかと、現在の主、八神はやてを」

 

そう、両方に気付いていた。

そして闇の書自体は転生してしまうから、完成前に闇の書を破壊しても、主を倒しても意味が無い事も。

そこで完成を待ち、闇の書が暴走し始めた時点で八神はやて諸とも一気に封印し凍結させてしまう作戦だった。

 

「見付けたんですね、闇の書の永久封印の方法を」

 

鷹揚に頷き、グレアムは静かに話す。

動機と経緯を。

 

「両親に死なれ体を悪くしていたあの子を見て、心は痛んだが……運命だと思った。孤独な子であれば、それだけ悲しむ人は少なくなる」

 

はやてからグレアム宛の手紙と写真が、テーブルに並べられた。

 

「あの子の父の友人を騙って、生活の援助をしていたのも提督ですね?」

 

「永遠の眠りにつく前くらいせめて、幸せにしてやりたかった。……偽善だな……」

 

「封印の方法は、闇の書を主ごと凍結させて、次元の間か氷結世界に閉じ込める。そんな所ですね」

 

「そう。それならば……闇の書の転生機能は働かない」

 

これで、仮面の男に変身していたアリアとロッテが闇の書完成に手を貸していた理由が分かる。

リーゼロッテとリーゼアリアが再び弁解する。

これまでもアルカンシェルで蒸発させてきた事等と変わらない、と。

だが、クロノは毅然と指摘する。

 

「その時点では、まだ闇の書の主は永久凍結されるような犯罪者じゃない……違法だ」

 

「そのせいで!」

 

リーゼロッテが口を挟む。

過去を脳裏に浮かべ、心底悔しそうに叫ぶ。

 

「そんな決まりのせいで、悲劇が繰り返されてんだ。クライド君だって……アンタの父さんだって、それで_!!」

 

「ロッテ」

 

グレアムが嗜めるように言い、彼女を止めた。

クロノは立ち上がり、退室しようと歩き出しながら告げる。

 

「法以外にも、提督のプランには問題があります。まず、凍結の解除はそう難しくないはずです。どこに隠そうと、どんなに護ろうと、いつかは誰かが手にして使おうとする。怒りや悲しみ、欲望や切望……そんな願いが導いてしまう。封じられた力へと……」

 

彼は一度振り向き、小さくグレアムへお辞儀をする。

 

「現場が心配なので……すみません、一旦失礼します」

 

「……、クロノ」

 

立ち去ろうとするクロノを、グレアムが立ち上がって呼び止めた。

振り返った彼に、グレアムは氷結の杖『デュランダル』を渡す。どう使おうとクロノの自由だと告げて。

 

 

空中で白兵戦を演じる『闇の書の意志』とフェイト・テスタロッサ。

ユーノとアルフがチェーンバインドとリングバインドで拘束を図り、援護する。

 

「砕け」

 

バインドが粉砕されるも、その隙を見逃さない。

 

「コンビネーション2……バスターシフト!!」

 

「ロック!!」

 

バスターシフトとは、砲撃を撃てる術者2人が対象を挟み同時砲撃で攻撃する連携。

砲撃形態のなのはに呼応し左右から敵の両腕を固定バインドで拘束し逃げられなくする。

 

「ああッ!!」

 

そしてそのまま、同時砲撃を放つ。

回避された際に互いを撃ってしまわないように、それぞれ射線は少しずつずらされている。

 

「「シュート!!」」

 

桜色と金色の砲撃が『闇の書の意志』に迫る。

しかし、彼女は両腕のバインドを無理矢理引きちぎり、双方に防御障壁を展開し防ぎ切り、反撃に出た。

 

「穿て、ブラッディダガー」

 

その名の通り、血のように赤い魔力で形成された短剣が複数発生し、なのはとフェイトに襲い掛かり爆発する。

 

ドドッ!!

 

轟音が炸裂し爆煙が舞う。

しかし、2人ともそれ等を防御して煙を突き破って出てきた。

そこで地下から無数の吹き上がる火柱が発生させられ、更にオレンジ色のチェーンバインドがなのはとフェイトに絡み付き、振り回されて地面に叩き付けられた。

この火柱は、焦熱の檻。

本来は大型野生動物を追う、または追い払う為の原始的な魔法で、『闇の書の意志』が自ら発生させたものではなく、ナハトヴァールの力が溢れた結果引き起こされた、暴走に近い魔力発露だった。

直撃ダメージを軽減させ立ち上がった2人に、それぞれの魔力光と同じバインドが絡み付いた。

 

「これって……!」

 

「わたし達の魔法……!」

 

『闇の書の意志』は右腕を前にかざし、次の魔法を展開する。

 

「咎人達に…滅びの光を……」

 

魔方陣が展開し周囲の魔力素を集めて集束していく。

アルフとユーノが気付き、呟く。

 

「まさか……!」

 

「あれは……!」

 

そう、あれは高町なのはのスターライトブレイカーの発射態勢。

闇の書は以前、なのはの魔力を蒐集した為、使用できるようになっていた。

 

「星よ、集え。全てを撃ち抜く光となれ……」

 

詠唱を始める彼女を見て、なのはも気付く。

 

「スターライト…ブレイカー……?」

 

桜色の巨大な球体が、更に肥大化していく。

このままではやられる。

しかしアルフとユーノにもブラッディダガーを撃たれ、回避の真っ最中だった。

そこへ、横槍を入れる者が現れた。

ズバァ!!

と。

空気の砲弾と化した烈風が『闇の書の意志』に襲い掛かる。

 

「くッ!!」

 

突如後ろから不意打ちを受け、空中バランスを崩して詠唱を中断してしまう。

彼女が振り向いた先には、天使のような白い翼を背中から生やして重力を無視するように夜空に浮かぶ、焦げ茶色のジャケットを纏った茶髪の少年。

垣根帝督。

 

「よお、楽しそうだな。俺も交ぜろよ」

 

「垣根くん!」

 

「垣根!」

 

声をかけてきた眼下の2人に、カードを通すようにヒラリと左手をかざす。

すると、2人を拘束していたバインドがバキバキと粉々に砕け散った。

その隙に『闇の書の意志』は再び詠唱を始める。

再度スターライトブレイカーの発射態勢になる。

 

「アルフ、ユーノを!」

 

「はいよ!」

 

その威力を身を持って知るフェイトは、アルフに指示してなのはを引き連れて大急ぎで離れる。

 

「貫け、閃光……」

 

アルフがユーノを抱えながら言う。

 

「なのはの魔法を使うなんて」

 

「なのはは一度蒐集されてる。その時にコピーされたんだ」

 

ぐんぐんと高速で距離を取る中、なのはがフェイトに尋ねる。

 

「ちょ……フェイトちゃん、こんなに離れなくても……」

 

「至近距離で食らったら防御の上からでも落とされる。回避距離を取らなきゃ」

 

『ははっ、そいつは傑作だな』

 

通信回線を通した垣根の声が聞こえる。

なのはが振り向くと、発射前の『闇の書の意志』の目の前で、宙に浮いたままの垣根帝督がいた。

仰天したなのはとフェイトが叫ぶ。

 

「垣根くん!何してるの!?」

 

「速くこっちへ!!呑まれてしまうよ!!」

 

しかし、彼は薄い笑みのまま、6枚の翼を広げて答える。

 

『いやいや、せっかくだから近くで見物しなきゃ損だろ』

 

「馬鹿!そんな事言ってる場合じゃ_」

 

焦り怒鳴るフェイトに、バルディッシュが報告を挟む。

 

『左方向300ヤード、一般市民がいます』

 

「「ッ!!」」

 

やむなく、2人はその一般市民の保護に動く。

垣根は多分、大丈夫だろう。彼は分かっててああいう奇行に走っているのだ。だから、大丈夫。

そう思いながらフェイトは最寄りの信号機の上に、なのはは道路に着地した。

辺りを見回すと、2人の女の子が走っていた。

 

「あのぉーすみません!危ないですから、そこでじっとしててください!!」

 

声に気付き振り向いたのは、なのはとフェイトの友人、月村すずかとアリサ・バニングスだった。

結界が張られた時に、結界内に取り残されてしまったらしい。

お互いに表情が驚愕に染まっていく。

ついに姿を見られてしまう2人だが、しかし、敵は彼女達の頭の整理を待ってはくれなかった。

 

「スターライト…ブレイカー」

 

ドォォォォォッッッッ!!!!!!!!

 

巨大な桜色の光が、射線上のもの全てを呑み込もうと迫り来る。

 

〈フェイトちゃん、アリサちゃん達を!!〉

 

〈うん!!〉

 

「2人とも、そこでじっとして!」

 

フェイトはバルディッシュをアリサとすずかに向け、半球状の防護フィールドを展開し自分は彼女達の前に立って防御を張る。

なのはもカートリッジをロードし強力なプロテクションを展開した。

射出されたスターライトブレイカー。

街1つ呑み込み炸裂した一撃を、遠くまで回避したユーノとアルフが安否確認をする為に念話を飛ばす。

 

〈なのは!なのは大丈夫!?〉

 

〈フェイト!?〉

 

返事はすぐに来た。

 

〈大丈夫……ではあるんだけど……ッ!!〉

 

〈アリサとすずかが……結界内に取り残されてるんだ……!〉

 

「何だって!?」

 

ユーノはエイミィ・リミエッタに通信を飛ばして対応を仰ぐ。

 

「エイミィさん!!」

 

『余波が収まり次第、すぐ避難させる!!何とか堪えて!!』

 

時間にすると、ほんの10秒ほどだったのだが、体感的には何分もの長時間に感じられた。 

 

「もう、大丈夫」

 

互いに抱き合い砲撃を凌いでいたアリサとすずかは、フェイトに言われて顔を上げた。

 

「すぐ安全な場所に運んでもらうから、もう少し、じっとしててね」

 

なのはにそう言われると、2人は立ち上がって困惑した様子で口々に尋ねる。

 

「あの……なのはちゃん、フェイトちゃん……?」

 

「ねえ、ちょっと……!」

 

しかしすぐに、彼女達の足元に魔方陣が展開し転移魔法が発動する。

瞬時に避難させられ姿を消した2人。

 

「見られちゃったね……」

 

「うん」

 

秘密にしていた事がバレてしまい、複雑な気持ちでポツリと呟く2人。

2人はユーノとアルフに、アリサとすずかを守るように頼み正面に向き直った時、カツッという音が聞こえた。

フェイトのすぐ近くの路面に、垣根帝督が足を乗せた所だった。

彼のジャケットは攻撃の影響なのか薄汚れているが、やはり垣根自身は無傷だった。

垣根は何でもなかったかのような調子で、ニヤニヤして右側のフェイトを挟んでなのはに告げる。

 

「いやー中々凄まじかったな。スターライトブレイカーだっけ?お前、顔に似合わずえげつない魔法使うよな」

 

言いながら袖の汚れをパンパンと払い、襟元をピッと正している彼に、なのはは若干むくれて答える。

 

「……顔に似合わずってなーに?それを言ったら垣根くんだって全然似合わない翼生やすじゃない。フェイトちゃんだってそう思うよね?」

 

「……、あはは……」

 

フェイトに小さく苦笑いされた。

 

「え?フェイトちゃん、それどっちの意味での苦笑いなの!!ねえ!?」

 

バタバタと両腕をコミカルに振って慌てるなのは。

フェイトはなのはから済まなさそうに目を逸らし、そこでふと、垣根の方を見て彼の服装の変化に指摘する。

 

「……あれ?垣根、コートはどうしたの?」

 

「あ?ああ、最初の広域攻撃食らった時に、焦げたから脱ぎ捨てた」

 

「体は無事でも、服は汚れたりするんだ。何か不思議だ」

 

「能力で防御フィルタを張っているんだが、あくまで皮膚の上からだからな。多少はな」

 

そこでなのはも彼の服装を見て、怪訝な顔になる。

 

「……ジャケットなのに、ネクタイもしてないしボタンも留めてないけど、それも焦げたり吹き飛んだりして外れたの?」

 

垣根は両手をズボンのポケットに突っ込んで、また何でもないような調子で答える。

 

「いいや、それは最初から。ネクタイもボタンも留めてない」

 

「そうなの?何で?」

 

「これが俺の着こなしだ」

 

と若干自慢げな態度で言うが、人相の悪さとガラの悪さと相まってガキ大将とはまた違ったベクトルの不良小学生にしか見えない。

そう思ったなのはは、僅かに目を細めた。

 

「……、グレたガラの悪そうな非行小学生に見えるよ?」

 

「心配するな、自覚はある」

 

そんな軽口を叩き合っていると、不意にエイミィから早口で通信が入る。

 

『なのはちゃん、フェイトちゃん、垣根くん。クロノくんから連絡。闇の書の主に、はやてちゃんに投降と停止を呼び掛けてって』

 

「……っ、はい!」

 

2人は頷き、敢えて『闇の書の意志』に接近し呼び掛ける事にした。

6枚の翼を羽ばたかせてそれに着いていく垣根。

 

「……つっても、素直に応じるとは思えねえんだけどな」

 

「それでも、やるしかないよ」

 

「うん」

 

話している間に、肉声で会話できるほど彼女の近くに接近を果たし、なのはが声をかけた。

 

「あの……闇の書さん?」

 

『闇の書の意志』は声の主の方を向く。

なのははこのまま対話を試みる。

 

「わたし達、はやてちゃんやヴィータちゃん達とは_」

 

「我が騎士達は、お前達を打ち破りナハトの呪いを解き、主を救うと誓った」

 

途中でなのはの言葉を遮り、彼女は淡々と、静かに、強い意志を持って言う。

 

「そして我が主は、目の前の絶望が悪い夢であってほしいと願った。我はただ……それを叶えるのみ。主には、穏やかな夢のうちで永遠(とわ)の眠りを……」

 

「ああっ……」

 

その発言の意味を感じ取り息を呑むなのはとフェイト。

 

「そして、我等に仇成す者達には……永遠の闇を」

 

「闇の書さん!!」

 

「お前も……その名で、私を呼ぶのだな」

 

「ッ!?」

 

その声に呼応し再び焦熱の檻が再燃する。

更に地面が砕け、無数の触手が飛び出し以前無人世界で蒐集した怪物と同じものが出現。

なのはとフェイトを拘束しようとするが、そこで垣根帝督が6枚の翼を振り回して触手を細切れにする。

この隙に散開、対話が決裂した以上、今は戦うしかない。

 

「さて困ったな。ただこいつをブチ殺しても八神が死んで闇の書は転生して逃げられちまうし、投降する気はねえし、ヤツの中で八神は寝ているんだろうし……思い切り手詰まりだぞ」

 

垣根はくだらなさそうにぼやきながら火柱を避けていると、『闇の書の意志』がなのはに肉薄しているのが見えた。

武装形態のナハトヴァールを彼女に突き出す。

咄嗟にレイジングハートで、白兵戦対応の要領で受け止めようとするが、打撃が防御で止められた直後に、槍を撃ち出して追撃が来た。

 

バキィッ!!

 

「きゃああああああッ!!」

 

打撃が彼女の体に命中しはね飛ばされた。

槍射砲。

ヴィータのラケーテンハンマーと同様に、この槍射砲は初撃命中後の追加打撃を行える。

 

「なのは!!」

 

フェイトがなのはの態勢立て直しの時間稼ぎの為に割り込む。

 

「クレッセント…セイバー!!」

 

回転しながら刃を射出した。

クレッセントセイバーは、クレッセントフォームの刃を飛ばして対象を攻撃する魔法。

以前よりフェイトが使っていたハーケンセイバーの強化版と言える。

避けづらく逸らしづらいその性質から、牽制や足止めの一手としてフェイトはこの魔法をよく使用する。

ナハトヴァールで受け止めた隙に背後へ回ったフェイトに気付き、受け流す要領でフェイトへ受け止めていたクレッセントセイバーをぶつけてきた。

 

「ッ!?くッ!!」

 

自分の魔法をぶつけられ、咄嗟に防御する。

しかし追撃に漆黒の魔力弾を撃ち出す。

 

「うわッ!!」

 

追撃の衝撃を受け止め切れず、後方へ弾き飛ばされた。

再びバスターシフトを行おうとするが、無数に降り注ぐブラッディダガーに阻まれて阻止される。

『闇の書の意志』は、ここで視線をなのはとフェイトから6枚の翼を振り回して自身へ迫ったブラッディダガーを全て叩き潰した垣根帝督へ向ける。

コピーされたフォトンランサーやアクセルシューターを彼に向けて射出する。

垣根は20メートルもの長さに伸ばした6枚の翼に弓をしならせるように力を加えて、勢い良く羽ばたかせた。

 

ズァッ!!

 

巻き起こる烈風は『未元物質(ダークマター)』の影響を受けて対魔法に特化し変質して、フォトンランサーとアクセルシューターに衝突する。

衝突した瞬間、彼に向けて放たれた魔力弾は全て空気に溶けるように霧散していった。

『闇の書の意志』は僅かに眉をひそめる。

しかも、烈風は魔力弾を消滅させるだけにとどまらず、そのまま砲弾のように彼女を撃ち落とそうとする。

烈風を防御障壁で防ぎながら、相手の意図を掴もうとする。

垣根は攻撃の手を緩めない。

烈風を防いだ防御障壁に向かって白い翼を思い切り叩き付けてきた。

 

ドンッ!! ゴッ!!!!

 

「く……ッ!」

 

翼がぶつかった瞬間炸裂し、強固な防御障壁に亀裂を入れた。

距離を取る為に高速移動しながら垣根の方を見ると、彼は何故か小さく笑っていた。

まるでこの状況を楽しんでいるかのように。

初めて、底知れない違和感と気味の悪さを感じた。

自分が敵に対して得体が知れないと思う事自体に、彼女は驚いていた。

この隙にディバインバスターを放つなのはと斬りかかるフェイト。

しかし砲撃と斬撃を紙一重でかわされ、6枚の翼を構えた垣根帝督含めオレンジ色のチェーンバインドが放たれた拘束する。

しかも垣根だけ身体と両手両足にそれぞれ絡み付き、念入りに身動きを封じてきた。

 

「「きゃああああああ……ッ!!」」

 

「ぐおッ!?」

 

3人は地面に叩き付けられるも、なのはとフェイトは魔法の応用、垣根は能力の応用でショックを軽減しチェーンバインドを砕いてすぐに立ち上がる。

しかし再びコピーされたバインドで拘束された。

2人はそれぞれ自分の魔法を行使されているが、垣根だけ2人分のバインドが絡み付いている。

 

「また……ッ!!」

 

「わたし達の魔法を…!」

 

「……俺だけ厳重だな」

 

上空に君臨する『闇の書の意志』が言う。

 

「私の騎士達が、身命を()して集めた魔法だ」

 

蒐集行使。

闇の書に蒐集された魔法を自由に行使する能力。

本来は闇の書の主のみが扱うべき能力だが、はやてと融合している現在の『闇の書の意志』はほぼ全ての蒐集行使能力を使用できる。

 

ツーっと、彼女の目から涙が零れた。

 

「闇の書さん…?」

 

「お前達に咎が無い事……、分からなくもない。だが、お前達さえいなければ……主と騎士達は心静かな聖夜を過ごす事ができた。残り僅かな命の時を……温かな気持ちで過ごせていた」

 

逃れられぬ運命を、だが穏やかな最期の時を邪魔した。

そう言いたいのだろう。だが、フェイトがそれを否定する。

 

「はやては、まだ生きてる。シグナム達だってまだ……!」

 

まだ諦めていない。

 

「もう遅い。闇の書の主の宿命は、始まった時が終わりの時だ」

 

確かに、今の闇の書の状態や繰り返してきた歴史を見れば、どうやっても抗えない宿命と運命だと言える。

正直、黙って聞いていた垣根帝督はそれを首肯せざるをえないと思っていた。

だが、

 

「終わりじゃない!まだ終わらせたりしない!!」

 

高町なのはが、両目に薄く涙を浮かべながらもあらん限りの力で叫ぶ。

『闇の書の意志』はそれを力ずくで黙らせようとナハトヴァールから漆黒の砲撃を放つ。

 

ゴッ!!

 

という炸裂音と同時に3人を拘束していたバインドが粉々に砕け、更に漆黒の砲撃をも凪ぎ払った。

術者はもちろん、再び背中から6枚の翼を生やした垣根帝督。

 

(高町達(こいつら)の魔法は解析済みだったから楽だったな)

 

自由の身になっても、敢えて反撃に出ず呼び掛ける。

なのはが再び叫んだ。

 

「泣いてるのは……悲しいからじゃないの?諦めたくないからじゃないの!?そうじゃなきゃおかしいよ。ほんとに全部諦めてるんなら……」

 

彼女は首をかぶり振って告げる。

 

「泣いたりなんて……しないよ!!」

 

「この涙は主の涙。私は道具だ。悲しみなど……無い」

 

しかし、その言葉に再び攻撃で答えてきた。

否定の意志を込めて。

瞬時に回避しフェイトはソニックフォームに切り替えた。

臨戦態勢を整えつつも、説得は止めない。

 

「悲しみなど無い……?そんな言葉を、そんな悲しい顔で言ったって、誰が信じるもんか!」

 

「……あなたのマスターは…はやてちゃんは、きっとそれに応えてくれる優しい子だよ!!」

 

「だから、はやてを解放して。武装を解いて、お願い!……伝わらないなら、伝わるまで何度でも言う。助けたいんだ、あなたの事も、はやての事も!!」

 

2人の言葉に、返事をせず黙っている『闇の書の意志』。

しかし、地震のように地面がぐらつき周囲から再び焦熱の檻の火柱が上がっていく。

崩壊が始まり、暴走まで時間がなくなりつつあった。

 

「早いな……もう崩壊が始まったか。私もじき意識を無くす。そうなれば、すぐにナハトが暴走を始める。意識のあるうちに、主と騎士達の望みを……叶えたい」

 

なのはとフェイト、垣根を取り囲むようにブラッディダガーが射出される。

 

「眠れ」

 

3人はそれぞれ防御し再び対話は決裂。戦闘状態に移行せざをえなかった。

フェイトが腹を立て、構える。

 

「この駄々っ子ッ!!」

 

『Sonic drive.』

 

フェイトの体が彼女の魔力光と同色に輝き突撃を開始する。

追撃のブラッディダガーを易々とかわして斬りかかる。

ソニックドライブ。

ソニックフォームからのフェイトの突撃で、元々ドライブ系の機動が得意なフェイトはソニックフォームの性能により威力と精度を更に向上させ、最速で前進しながら射撃を回避・無効化している。

 

「はああああああああッ!!」

 

しかしフェイトの刃は固い防御障壁に阻まれた。

いや、それで終わらなかった。

 

「お前にも心の闇があろう。闇に……沈め……」

 

次第に、フェイトの身体が薄く溶けていくように、消滅していった。

 

「フェイトちゃん!?」

 

「うっ……ああ……ッ!!」

 

「消えた……?」

 

Absorption(吸収)

 

「全ては、安らかな……眠りの内に……」

 

結界魔法の一種で、接触した相手を闇の書の内部に取り込む。

発動するには対象に接触する必要があり、捕獲状態の回避や内部からの脱出は比較的容易なのだが、対象への精神干渉攻撃が同時に行われる為、回避や脱出が昏睡してしまう等の理由で不可避になる場合がある。

垣根はフェイトの消滅に驚きながら呟く。

 

「テスタロッサはどうなったんだ。死んだのか?」

 

「エイミィさん!!」

 

有視界通信でエイミィ・リミエッタに呼び掛ける。

エイミィは急いでコンソールを叩き調査する。

 

「状況確認!……フェイトちゃんのバイタル、まだ健在!!闇の書の内部空間に閉じ込められただけ。助ける方法、現在検討中!!」

 

バイタル反応はある。生きている。

それにひとまず安心しながらも、なのはと垣根は正面の『闇の書の意志』を睥睨する。

 

「我が主もあの子も、覚める事ない眠りの内に終わりなき夢を見る。生と死の狭間の夢……それは永遠だ」

 

「永遠なんて……無いよ!」

 

彼女は『闇の書の意志』の言葉をはっきりと否定する。

 

「皆変わってく……変わっていかなきゃ、いけないんだ。わたしも、あなたも!!」

 

しばらく黙ってただ聞いていた垣根は不意になのはの横に立ち、話しかける。

 

「……おい、高町。今からしばらくヤツの注意を引いて戦闘を引き受けられるか?」

 

かなり突拍子もない事を言ってきたが、彼の表情にふざけた様子は無い。

 

「え……垣根くん、何をするの……?」

 

怪訝な顔で声を発したなのはに、垣根は小さく笑って告げる。

 

「何、ちょっと試してみようと思ってな。闇の書の中で、テスタロッサも八神も、あと守護騎士達もまだ生きてるっつーなら、起こそうとする事もできるんじゃねえかなってな」

 

「そんな事……できるの?」

 

「やってみなくっちゃ分からねえし、俺個人としてはあいつ等にそこまでしてやる義理も人情もねえんだが……」

 

だが、と彼は呟いて、

 

「今日はクリスマスイブだし、聖夜の夜だし、まあ特別サービスだ。俺からのクリスマスプレゼントだ。本当はクロノ執務官やリンディ艦長以外にゃバラすつもりはなかったんだが……」

 

『闇の書の意志』の攻撃を避けながら、戦闘区域を海上に移し交戦を継続。

 

「見せてやるよ、学園都市第二位の超能力者(レベル5)の実力を!」

 

「ええッ!?」

 

彼の声に呼応するように、垣根帝督の6枚の翼が爆発的に展開された。

数十メートルにも達する巨大なそれらの翼は神秘的な光をたたえ、しかし同時に機械のような無機質さを秘めていた。

 

バォ!!

 

と6枚の白い翼に触れた空気が悲鳴を上げた。

翼がまっすぐ伸びて『闇の書の意志』目掛けて勢い良く迫る。

 

「俺の『未元物質(ダークマター)』に、常識は通用しねえ!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

聖夜の贈り物

ギュン!!

 

と、爆発的な射出があった。

巨大な6枚の白い翼が槍のように凄まじい勢いで伸長し、様々な角度から一斉に『闇の書の意志』を取り囲んで襲い掛かった。

回避が追い付かず防御障壁を展開するが、白い翼はそれをすり抜けて(、、、、、)殺到する。

 

「ッ!!」

 

ドドドドドドッッッッ!!!!!!!!!!

 

声を上げる間も無く羽の先端が突き刺さる。

『闇の書の意志』の両手両足、胸元、そして闇の書本体に。

 

「な……ッ!?」

 

高町なのはと空中戦を演じようとしていたが、複数の翼に身体を刺し貫かれ突如動きを止められた。

しかもただ止められただけではない。

 

(……痛みが……無い……!?)

 

貫かれた感覚も、刺し止めれている感覚もあるのに、痛覚が全く無い。

奇妙で不思議……としか言えない感覚が、彼女を支配する。

 

「ならば……闇に……沈_「無駄だ」ッ!?」

 

吸収が発動しない。

闇の書が、対象と接触したと知覚していない。

ならば今、自分に触れているこの翼は一体何なのだ。

理解ができない。

この世のものとは思えない。

 

「く……だが!!」

 

ブラッディダガーを多数出現させ、射出する。

しかし垣根帝督へ放たれたダガーは、全てなのはがプロテクションで受け止めた。

 

「一応、テメェに関する資料やら報告やらは読んだよ。お前の……いや、お前達の悲劇は分かった」

 

「ッ!!」

 

頭に直接響くように、垣根帝督の声が聞こえた。

これもこの翼の力だと言うのか。

彼は驚愕に染まる『闇の書の意志』に一方的に告げる。

 

「だが、過去に酷い目に遭ったからって、今後も同じ道を歩まなきゃならない道理はねえ。そもそも俺としては最低でも八神が目覚めてくれりゃ、何とかなりそうだし。その厄介な防衛プログラムもテメェも、元々散々改変させられてきたんだろ?……なら、また改変すれば良いとは思わないか?」

 

「何を……する気だ?」

 

「俺の『未元物質(ダークマター)』でテメェと防衛システムを徹底的にサーチしてやる。その上で……」

 

「無理だ……。闇の書が真の主と認識した人間でないと、システムへの管理者権限を使用できない。プログラムの停止や改変はできない。無理に外部から操作をしようとすれば、主を吸収して転生してしまうシステムも入っている」

 

そう言った所で気付く。

闇の書は今、外部から影響を受けたと感知していない。

何故かは分からない。

 

「知ってるさ。その上で言っているんだよ」

 

「馬鹿な事を……。それに、解析するだと?私と闇の書やナハトにどれだけの記憶や記録があると思っている?常人が耐えられる量ではないぞ」

 

垣根は小さく強気な笑みを浮かべ、彼女の言葉をはねつける。

既存の物理法則が通用しない、周囲にもその影響を与えて法則を塗り替え捻じ曲げる絶大な力が、侵入し支配する。

 

超能力者(レベル5)の頭脳なめんじゃねえ。テメェ等の常識は、この俺には通用しないという事……その身に刻み付けてやる」

 

彼女には超能力者(レベル5)の意味も、未元物質(ダークマター)の意味も知らないし分からない。

だが、この男は本気だ。

ぐにぃ、と一瞬だが視界が歪んだ。

自分達の中に、何かが入り込んでくるのが分かる。

分かるが、それがシステム上では自覚できない。

奇妙な感覚に見舞われながらも抵抗できずにいた。

 

垣根帝督は、意識を相手の内側に集中し、全演算を解析と逆算に回していた。

故に今の彼は攻撃も防御もできないまさに無防備な状態だった。

だからこそ、戦闘や防御をなのはに託し、任せていたのだ。

頭の中にわだかまる鈍痛に似た違和感、それは段々強くなっていき脳を()くような刺激に変わってゆく。

それでも構わず自分の意識をもっと深く、深く、内側に潜行させる。

 

「クッ!!」

 

6枚の翼から逆流してくるような脳への刺激、閃光とめまいと激痛に垣根は片目を閉じて呻き声をあげた。

彼は文字通り、翻弄され始める。

烈風のような凄まじい情報の激流が、垣根帝督の存在を凪ぎ払おうとしてくる。

それでも耐える。

目的の場所は、その烈風の源だ。

呼吸困難に陥りそうな錯覚に抗う。

奥へと進む。

更に腕を伸ばす。

烈風の源に指が触れる。

その時、脳裏に莫大なイメージが投影された。

一度に理解できないほどの情報の奔流が閃光を伴っていくつも瞬く。

 

「くっ……!ああ…あああ……!あ、頭に…流れて……ッ!!」

 

再び閃光とめまいと激痛が見えざる散弾となって垣根の脳を撃ち抜く。

情報の数が増える。

増える。

『闇の書の意志』と呼ばれる存在の基礎構造と複雑に絡み合った、分離不可能なレベルで結合している防衛システムの修復機能。

その奥に触れた瞬間、

 

「うわああああッ!!うあああああああッ!!」

 

衝撃と苦痛が脳を満たす。

塞き止めていたダムが、一斉に放水を開始したように。

情報に押し流される。

更なる激流が絶え間なく脳内に雪崩れ込み、ついに耐えきれず絶叫した。

 

「あああああああああッッ!!!!うああ……あああ…ああああッッッッ!!!!」

 

聞く者の肌を粟立たせる断末魔のように、声を張り上げていた。

 

「ッ!!」

 

垣根帝督の絶叫が応戦を続けていたなのはの耳に響き、一瞬彼女の全身を凍り付かせた。

振り向いて彼の様子を見ると、頭を抱えて仰け反りながら絶叫し、鼻腔から血を垂れ流していた。

 

「垣根くん!!」

 

思わず垣根の元へ駆け付けようとするが、辛うじて片目を開けた彼に拒絶される。

 

「ぐああああッッッッ!!……来、るなぁ……ッ!!お前はぁっ……!応戦をっ続けろぉぉぉっ!!」

 

「でも!!」

 

「うぅぅぅぅ……ッッッッ!!!!だ、からっ!!俺を心配するッ!!暇があるならッッ!!続けて、くれッ!!」

 

「あ……っ!!」

 

垣根帝督の目を見て、言葉にならない息を呑むような声を発したなのは。

 

「…もう少しッ!!だからッッ!頼……!!むッっ…ぅぅうああああ!!ああああ!!あああああああッッッッ!!!!」

 

「…………!!」

 

数瞬、彼女から沈黙が続いた。

だが、やがてなのはは彼に背を向け、漆黒の砲撃やブラッディダガーを放つ『闇の書の意志』に立ち塞がる。

彼女も6枚の翼でこの場に縫い留められて動けずにいる分、高機動戦闘をしなくて良い分、防衛はしやすい。

 

(マガジン…残り3本。カートリッジ18発)

 

『Reload.』

 

高町なのはは、固く誓う。

梃子でも動かない。この場を、垣根帝督を護り切ると。

 

「やり切るよ、レイジングハート!!」

 

『Yes,master.』

 

暴風であり、強風であり、乱流であり、激流であり、衝撃波であった。

凄まじい勢いの記憶と記録の奔流になぶられ、サーチ所か目も開けられなくなる。

このままでは意識を寸刻みにされて自我崩壊、精神崩壊を起こしてしまう。

 

「ぐああああッ!!あああああああぁぁぁああああッッッッッッッッ!!!!!!!!」

 

絶叫を喉から迸らせ、仰け反りのたうち回りたくなる。

それでも垣根は痛みを堪えて逆算を続行した。

情報の波を掻き分けるように、両腕をばたつかせてもがく。

しかし、果てしない。

まだ解決のきっかけ……その糸口が見付からない。

彼の意識を、苛烈なうねりがなぶる。

 

「あああッッッッッ!!うわああああッ!!あああああああッッッッッッッッ!!!!」

 

呻きながらゆっくり両目を開けて、歯を食い縛り、防衛プログラムと『闇の書の意志』の心臓部へ手を伸ばし、掴み取る。

絶叫を繰り返している一方で、冷静に確実に超能力者(レベル5)の脳は演算を行っていく。

本丸を押さえ、逆算を……サーチを……解析を……そして、それを元に……新物質を生み出し操作する。

 

 

「その少年のやっている事も、無駄だ。お前も……もう眠れ」

 

幾度となく繰り返し受けた攻撃と応戦で、バリアジャケットがボロボロになっているなのは。

だが、彼女は誓った通り、不動の盾のように立ち塞がり続ける。

 

「いつかは眠るよ。だけどそれは、今じゃない!今は、垣根くんを守り切ってはやてちゃんとフェイトちゃんを助ける!それから……あなたも!!」

 

レイジングハートを構え直し、意思を込めて言う。

 

「レイジングハート・エクセリオンモード!ドライブ!!」

 

『Ignition.』

 

バリアジャケットの様相が変わり、レイジングハートも姿を変える。

エクセリオンモードは、フルドライブ形態と限界稼働を行う為のバリアジャケット形態を総称する。

単純に言えば防御と瞬間加速能力に優れる。

カートリッジ供給分を含め全魔力をユーザークロスリンク100%で運用し、循環している魔力を『術者の能力強化』に使用。

大幅な戦闘力の強化と引き替えに、安全措置を限界までカットした事で機体や術者への負荷は大きく、このモードでの戦闘可能時間も長くはない。

 

「悲しみも悪い夢も……きっと終わらせられる!!」

 

 

闇の書の中で眠るフェイト・テスタロッサが見る夢の世界。

フェイトは夢とはいえ、母とアリシア、アルフとリニスとの生活。

ずっと欲しかった時間が、ずっと夢に見た時間が手に入った。

本来存在し得ない『最も幸福な時間・空間』として形成されている。

だが、それでもフェイトは立ち上がる。

そんな彼女に黙ってバルディッシュをアリシアは差し出した。

かつて「妹が欲しい」と願ったアリシアと、アリシアが生きていれば生まれてこなかったはずのフェイト。

それでも2人は姉妹として互いを思いやり、それぞれの道を_

アリシアは静かな眠りを、フェイトは現実を戦ってゆく事を_

選択した。

2人が出会う事は無くなるが、フェイト・テスタロッサの心の中から、小さな優しい姉の思い出が消える事は無い。

 

「ありがとう、アリシア……。ごめんね、だけどわたしは、行かなくちゃ」

 

「ごめんねは、わたしの方。ほんとは分かってた。だけど少しでも、夢の中でも……一緒にいたかったの」

 

優しく抱き合うアリシアとフェイト。

 

 

同じく闇の書の夢の中で夢うつつの八神はやて。

主の望みは全て叶えるので、ゆっくりお休みを……と『闇の書の意志』に言われる。

 

「思い出した……何があったか…。何でこんな事になってもうたか」

 

意識を取り戻し全てを把握していったはやて。

『闇の書の意志』は涙を流しながら、彼女の手を握り告げる。

 

「どうか……どうか再びお休みを、我が主……あと何分もしないうち私は私の呪いで、あなたを殺してしまいます。せめて心だけでも、幸せな……夢の中で……」

 

はやては彼女の肩にソッと手を起き、穏やかな口調で諭すように答える。

 

「優しい気持ち、ありがとう。そやけど、それはあかん。わたし等……よう似てる。ずっと寂しい思い、悲しい思いしてきて、1人やったらでけへん事ばっかりで。そやけど……忘れたらあかん。あなたのマスターは今はわたしで、あなたはわたしの大事な子や」

 

「ですが……ナハトが止まりません……暴走も……ッ!?」

 

そう。何があっても止まらない。

そうやって闇の書は歴史を繰り返してきた。

どれだけ足掻こうともがこうと、術を探そうと、繊細に組み上げられた想いも技術も叩き伏せ、押し流していく。

そのはずだった。

 

がくん!! と。

 

本格的に抑えられないほどの暴走を始めたナハトヴァールが、防衛システムが、唐突に停止する。

 

「……!?」

 

怪訝な顔をしたのは、当の『闇の書の意志』自身だ。

はやてもそれに気付く。

彼女から魔方陣を展開し、追加するように魔法を行使する。

 

「……何でか分からへんけどチャンスや。止まって……!」

 

はやては覚醒を得た時点で管理者としての権限と使用する為の知識を得ていたが、防衛プログラムによって闇の書が完成するまではその使用範囲にロックがかかっていた。

闇の書が完成し、主と融合騎が揃う事で、管理者権限をほぼ完全な形で使用する事が可能となっている。

 

そんな2人に……いや、アリシアと『闇の書の意志』を含めた4人に、突然声をかけられた。

どこから発せられているのか分からない、方向性の掴めない少年の声が耳に届く。

 

『よお』

 

夢の世界でアリシアと雨宿りをしていたフェイトは、思わず空を見上げた。

もちろん、彼の姿は見えない。だが、

 

「ッ!?……何で……?」

 

『一応テスタロッサと八神の両方に声をかけてるつもりだが、お前等に聞こえていなくても聞こえても、返事されても俺は気付けない。俺は魔導師じゃないんでな』

 

「この声……帝督くん!?」

 

『音や光の組み合わせで心……いや、脳の電気信号に影響を与えるってのを試してみた。普通なら見えも聞こえもしないだろうが、『未元物質(ダークマター)』越しなら届くだろう』

 

「あり得ない……こんな事が……」

 

 

「凄いね、フェイトの友達……」

 

それぞれの空間で発した『闇の書の意志』とアリシアの声は、垣根帝督には届かない。

彼は一方的にくだらなさそうな声で告げる。

 

『……ただ、いつまでもそっちに能力を展開して演算割くのも面倒なんでな、……早く起きて出てこい』

 

ブツリ、と声が途絶えた。

無に近い静寂が彼女達の感覚を満たす。

 

アリシアと別れを告げ、佇むフェイト。

 

「行こう、バルディッシュ」

 

『Yes,sir. ZANBER form.』

 

バルディッシュのフルドライブ形態。

高密度に圧縮された巨大な魔力刃による斬撃を主な攻撃方法とした大剣の形態。

重量武器ながら、フェイトとバルディッシュによる慣性制御運動により速度を殺さず運用する事ができ、かつてリニスがバルディッシュに託した『閃光の刃』の、1つの完成形だった。

 

「母さん……リニス……お姉ちゃん。会えて嬉しかった」

 

大剣を振りかぶり、周囲を破壊する。

 

「行ってきます。わたしが今、いるべき場所へ。疾風迅雷!!」

 

金色の閃光が天を貫く。

そして一気に振り下ろす。

スプライトザンバー。

結界破壊魔法で、周辺の結界や幻術効果等を粉々に破壊した。

 

外では、『闇の書の意志』が6枚の翼に動きを止められながらも垣根帝督の前に立ち塞がるなのはと交戦を続けている。

しかし、なのはも敵のバインドで拘束され、頭上に黒槍という巨大な、闇の書に記録されていた魔法。旧ベルカ時代に対艦兵器として使用されていた螺旋状のものが降ってきた。

 

「眠れ!」

 

「あッ!!」

 

拘束され回避所か微動だにできない。

もうダメかと思ったその時、

突如空間にフェイト・テスタロッサがバリアジャケットの新形態、ブレイズフォームで出現する。

両腕の追加装甲や体幹部の意匠が異なり、オーバーコートとして機能するマントの色彩が黒から白に変化している。

フェイトはザンバーフォームのバルディッシュで、黒槍を縦から真っ二つに斬り捨てた。

なのはのバインドを砕いて、横に並ぶ。

そこで、フェイトは気付いて垣根の方を振り向く。

呻きながら『闇の書の意志』と闇の書に、6枚の翼で刺し貫いて動きを止めていた。

 

「そういえば……夢の中で、垣根の声が聞こえて……ああ!!」

 

直後、バシュン!! と『闇の書の意志』を縫い止めていた6枚の翼が消滅し、無数の羽が舞い散る。

垣根は力なくゆらりと落下し、近くの足場に着地し頭を抱えたまま、鼻腔から垂れ流していた血を雑に拭った。

 

「垣根!!」

 

「垣根くん!!」

 

白い翼の拘束が解けた後も凍り付いたように動かず、宙に浮いている『闇の書の意志』を一瞥してからなのはとフェイトは、グッタリと仰向けに倒れて大の字になった垣根帝督の元へ駆け寄る。

彼は息も絶え絶えで疲弊し切って、口許からも血を流していた。

 

「……やるだけはやった……。解析も逆算も……、必要な…素粒子(ダークマター)も……注ぎ込んだ……」

 

独り言のように小さく呟いている。

 

「……後は、八神(あいつ)が起きてくれりゃ……良いんだが……」

 

そこでなのはとフェイトが、彼の肩に手を置いて心配して声をかける。

 

「垣根くん……」

 

「大丈夫?…所で、今まで何をしていたの……?」

 

途中まで姿を消していたフェイトからすると、戻ってきた時のなのはと垣根の状態が見ていてよく分からなかった。

垣根帝督が6枚の翼で闇の書と『闇の書の意志』の四肢を貫いて動きを止め、そんな彼をなのはが必死で『闇の書の意志』の攻撃から守っていたという光景だったのだから。

 

「翼で相手の身体を突き刺したり、動きを縫い止めたり、その後は……?……あ!垣根、鼻血が出てる!」

 

垣根は、かすかに残っている鈍痛の疼きを感じながら、再び雑に手で鼻を拭う。

 

「……うるせえな。頭に響くから叫ぶなよ」

 

彼は言いながら起き上がり、のろのろと立ち上がる。

 

「色々やってたんだよ。色々」

 

「色々って……」

 

真面目に説明する気が無い垣根に、フェイトは少し眉をひそめる。

なのはも口を挟む。

 

「もう、わたしも壁役やってあげたんだから、説明くらいしてくれても……」

 

そう言われ、溜め息を吐いて首の関節をコキコキと鳴らして仕方なさそうに答えた。

 

「……俺の能力で『闇の書の意志(ヤツ)』の内部に干渉して、防衛プログラムを解析や逆算して止めてみたんだ。流石は古代魔法。中々キツかったぜ?」

 

「そんな事できるの……?」

 

「……って、そんな事したら、転生機能が……ッ!」

 

「それは大丈夫だ。闇の書側が干渉されたり改変されたと感知できないように偽装していたから、転生されて逃げられる事は無いはずだ。俺の能力はそういう事ができるんだよ。ま、詳しくは後でな」

 

色々と常識はずれな事を何て事なさそうに言っている垣根帝督に、なのはとフェイトは驚き絶句していたが、その時どこから発せられているのか分からない、聞き覚えのある声が3人の鼓膜を震わせた。

 

『外で戦っている方、すみません。協力してください!』

 

「はやてちゃん!?」

 

ハッとするなのは。

『闇の書の意志』の中にいるはずの八神はやての声。

 

『この子に取り憑いている黒い塊を……』

 

本来なら、いまだに暴れているはずの『闇の書の意志』は、まるで見えない何かに拘束されているかのように体が凍り付き、宙に浮いているまま。

未元物質(ダークマター)』の影響を確実に受けている証拠だった。

それを見て、垣根は小さく笑っている。

 

「どうやら、上手く作用したみたいだな」

 

そう言った所で、ユーノ・スクライアから有視界通信が入る。

と言っても通信不調で画面は砂嵐状態で、音声通話のみできている状態だった。

 

『なのは!フェイト!』

 

「ユーノくん!」

 

『フェイト!聞こえる?』

 

「アルフ!」

 

同時にアルフの声も聞こえ、フェイトが答える。

ユーノとアルフはなのは達に合流しようと飛行して向かっていた。

ユーノはそのまま説明を始める。

 

『融合状態で主が意識を保っている。今なら、防衛システムを融合騎から切り離せるかもしれない』

 

「本当?」

 

「具体的に、どうすれば?」

 

ここで通信不調が回復し、互いの表情を確認し合った。

ユーノはニッと小さく笑ってガッツポーズで告げる。

 

『2人の純粋魔力砲で、その黒い塊をぶっ飛ばして!全力全開、手加減無しで!!』

 

それを聞いて2人はにこやかになり、レイジングハート・エクセリオンとバルディッシュ・アサルトを構える。

 

「流石ユーノ!」

 

「分かりやすい!」

 

『Indeed.』

 

垣根は魔方陣を展開した2人より2、3歩下がって眺めている。

 

「……じゃ、俺は見学させてもらいますか。演算切れで疲れたし」

 

 

八神はやては、『闇の書の意志』の呪われた過去を断ち切り、暴走を止める為、管理者として新たな名前を授ける。

 

「名前をあげる。闇の書とか呪われた魔導書なんて、もう呼ばせへん。わたしが言わせへん。ずっと考えてた名前や……。強く支えるもの……幸運の追い風…祝福のエール。リインフォース……」

 

この瞬間、はやては魔導師として完全に覚醒した。

 

 

「N&F 中距離コンビネーション…」

 

「ブラストカラミティ…」

 

「「ファイアーッッ!!!!」」

 

なのはとフェイトの中距離連携魔法。

「殲滅コンビネーション」という名の通り、光弾の嵐と魔力奔流によって効果範囲内を殲滅する。

「N&Fコンビネーション」は、このブラストカラミティやバスターシフトの他にも多数存在する。

文字通り、『闇の書の意志』の姿をした防衛システムとナハトヴァールを粉砕、防衛プログラムと管制融合騎との分離に成功した。

 

『闇の書の意志』……いや、リインフォースは、夜天の主はやてに従い、今ここで宣言する。

 

「夜天の魔導書とその管制融合騎リインフォース。この身の全てで御身をお守り致します。ですが、ナハトヴァールの暴走は完全には止まっていません。垣根帝督という、超能力者(レベル5)の少年の『未元物質(ダークマター)』という力で徐々に押さえられてはいますが、切り離された膨大な力が、じき再び暴れ出します」

 

「うん……」

 

はやてはゆったりとしながら、優しく微笑み答える。

 

「まあ、何とかしよ」

 

彼女は夜天の魔導書を手にし、リインフォースに告げる。

 

「行こか、リインフォース」

 

リインフォースは、初めて柔和な笑顔を浮かべて答えた。

 

「はい!我が主」

 

「管理者権限、発動……リンカーコア復帰。守護騎士システム、破損回帰」

 

4つの光が、再び輝く。

リンカーコアを送還し守護騎士システムが復旧する。

 

「おいで……わたしの騎士達。リインフォース、わたしの杖と甲冑を……」

 

外の世界に、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラの4人が現れた。

更に三角形の魔方陣の中心に、八神はやてが姿を現す。

 

「夜天の光に祝福を……祝福の風、リインフォース、ユニゾン・イン!」

 

騎士甲冑を纏い、同時にリインフォースとユニゾンを行い茶色い髪が白っぽい銀色に、瞳は明るい青色に変わった。

本来の形で融合したはやてとリインフォース。

融合によって、はやては生来の高い魔力と『広域・遠隔』の資質を生かし、リインフォースの補助で夜天の魔導書本体に記録された魔法を扱う魔導騎士として活動できる。

はやての騎士甲冑はリインフォースが設定したもので、はやてが騎士達に贈った騎士服の意匠を汲み取りつつ、独自性の高いデザインになっている。

変身したはやては、背中の黒い3対6枚の羽、スレイプニールを羽ばたかせて守護騎士達と再会を果たした。

 

「はやて……」

 

「うん……」

 

涙を浮かべながら近寄るヴィータに、はやては小さく、優しく微笑む。

シグナムは目を伏せて一言、

 

「すみません」

 

シャマルも申し訳なさそうに、

 

「あの……はやてちゃん…私達……」

 

「ええよ。みんな分かってる。リインフォースが教えてくれた」

 

はやては胸に手を当て、告げる。

 

「そやけど、まあ、細かい事は後や。とりあえず今は、おかえり…皆」

 

涙腺が崩壊し、ヴィータが泣きじゃくりながらはやてに抱き付いた。

 

「うわあああ!!はやて!はやて!!はやて!!うわあああーんッ!!!!」

 

そこへなのはとフェイトが降り立ち、少し後ろに演算切れから回復した垣根帝督が、6枚の白い翼を生やして宙に浮いている。

 

「なのはちゃんとフェイトちゃんも帝督くんもごめんなぁ。うちの子達が色々と迷惑かけてもうて……。帝督くんの声、聞こえてたよ」

 

はやてはヴィータを抱き締めたまま、済まなさそうに謝るが、なのはもフェイトも微笑みながら優しく答える。

 

「ううん」

 

「平気」

 

「……、身体は平気そうだな?」

 

垣根だけは、どうでも良さそうに両手をズボンのポケットに突っ込んで浮いたまま、彼女達を眺めていた。

 

「済まない!水を差してしまうんだが……」

 

上空からユーノとアルフと共に合流し、着地してきたクロノ。

彼は急いだ様子ではやてに告げる。

 

「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。時間が無いので簡潔に事態を把握したい。あそこの黒い淀み……」

 

指を指した先には、蛇のような化け物が纏わり付く黒い禍々しい塊があった。

 

「あれは闇の書の防衛プログラムで、あと数分で暴走を開始する。間違いないか?」

 

はやては頷く。

 

「うん……自動防衛システム、ナハトヴァール」

 

ユニゾンしたリインフォースが、小さなホログラムのように姿を現して説明を引き継ぐ。

 

『暴走は周辺の物質を侵食し、ナハトの一部にしてゆく。臨界点を訪れれば、この星1つくらいは呑み込んでしまう可能性がある』

 

「「あ……ッ!!」」

 

息を呑むなのはとフェイト。

クロノが1枚のデバイスを取り出しながら、対策案を告げる。

 

「停止のプランは現在2つ用意してある。……1つ、極めて強力な氷結魔法で機能停止させる。2つ、軌道上に待機している艦船アースラ魔導砲アルカンシェルで消滅させる。……これ以外に良い手がないか?闇の書の主と、その守護騎士達に訊きたい」

 

そこでシャマルが控え目に手を挙げた。

 

「えっと……最初のは多分、難しいと思います。主の無い防衛プログラムは、魔力の塊みたいなものですから……」

 

シグナムも引き継ぐように言う。

 

「凍結させても、コアがある限り再生機能は止まらん……」

 

ヴィータも両手でバッテンをつくり2つ目の案を却下する。

 

「アルカンシェルも絶対ダメ!!こんな所でアルカンシェル撃ったら、はやての家までブッ飛んじゃうじゃんか!!」

 

「建て直せば良いんじゃねえの?」

 

いつの間にか彼女の近くに降り立った垣根が口を挟む。

 

「そーいう問題じゃねえよ!!」

 

ヴィータが無神経な発言をした垣根にメンチを切る。

 

「そんなに凄いの……?」

 

「発動地点を中心に、100数十キロ範囲の空間を歪曲させながら反応消滅を起こさせる魔導砲……て言うと、大体分かる?」

 

なのはの問いにユーノが答えた。

あまりの影響の大きさに、それを聞いたなのはとフェイトも反対する。

 

「あの、わたしもそれ反対!」

 

「同じく、絶対反対!」

 

「……僕も艦長も使いたくはないよ。でも、あれの暴走が始まったらそれ以上の被害が広がり続ける……」

 

エイミィから通信が入り、もう猶予が無い事を告げられる。

手詰まりとなっている。

アルカンシェルを撃てば八神家所か街1つ粉々になる。

氷結魔法は成功率が低すぎる。

そこでなのはは、垣根にダメ元で声をかけてみた。

 

「ねえ、垣根くんの超能力で何とかできない?学園都市第二位の超能力者(レベル5)なんだよね?さっきやったみたいに翼とかで、こう……押さえたり、はやてちゃん達から防衛プログラムを引き離す補助みたいなのしてみたり、とか……」

 

その瞬間、垣根帝督は全員の注目を受ける。

フェイトも、彼に尋ねてみる。

 

「魔法を打ち消すような事をやってたよね。あれにも同じような事できない?」

 

「……まあ、実際にやってみなきゃ断言はできねえが、満更無理じゃねえだろうな」

 

『!!!!』

 

事も無げに言った彼に、驚愕と興奮が一同に巻き起こる。

しかし、待て待てと彼は手を出して説明する。

 

「……ただし仮に成功するとしても、さっきと同様に敵の力は未知数だから、フルパワーで演算しなきゃならない。膨大な逆算と解析、演算。そしてそれに伴って生み出した未元物質(ダークマター)を撃ち込む……物理的にゃできるだろうが時間がかかるし、その間はお前達に楯役やってもらわなくちゃならねえし、そうしてる間の防衛プログラムによる被害は許容してもらうぞ」

 

「あ……」

 

そういえばとなのはは思い出す。

全演算をサーチに回した間は、垣根は自己防衛に回す演算すらできなくなる。

だからこそ、その間の壁役を彼女に頼んでいたのだ。

膨大な量かつ電子顕微鏡並の細かくデリケートで複雑な演算を、超能力者(レベル5)とはいえたった1人の脳でこなさなければならない。

そして、解析と反撃に転じるまでの間は自己防衛で精一杯になるであろう事から、それまでの防衛プログラムによる被害は黙認するしかない。

そういう意味では、アルカンシェルの被害とそう変わらないかもしれないのだ。

結局、都合良く周辺地域に被害を出さずに防衛プログラムを粉砕する方法は無さそうだった。

 

『はーい皆、暴走臨界点まで後15分切ったよ!会議の決断はお早めに!』

 

エイミィから催促の通信が入った。

クロノはもう一度守護騎士達に振り向き、尋ねる。

 

「……何か無いか?」

 

「済まない……あまり役に立てそうにない」

 

「暴走に立ち会った経験は、我等にも殆ど無いのだ…」

 

シグナムとザフィーラが、申し訳なさそうに力無く答える。

しかし匙を投げた訳ではない。

シャマルも何か無いか思案する。

 

「でも……何とか止めないと。はやてちゃんのお家が無くなっちゃうの、嫌ですし……」

 

「いや……そういうレベルの話じゃないんだがな……」

 

「八神の家所か関東地方丸ごと消滅して、日本地図を書き直ししなくちゃならないかもな」

 

シャマルのセリフにクロノが小さくツッコミを入れ、垣根も目を細めて呟いた。

戦闘地点をもっと沖合いにできれば、という話も出たが、海でも空間歪曲の被害は出る。

具体的な有効策が出ないまま、時間だけが刻一刻と過ぎてゆく。

そうこうしていると、胡座をかいて腕組みをしていたアルフが痺れを切らして口を開く。

 

「あー、何かごちゃごちゃ鬱陶しーなぁ!皆でズバッとぶっ飛ばしちゃう訳にはいかないの!?」

 

「ア、アルフ……、これはそんなに単純な話じゃ……」

 

クロノが宥めるように言い、ウーッと唸るアルフを見て、セリフを反芻しながらなのはとはやてとフェイトが呟く。

 

「ズバッと、ぶっ飛ばす……」

 

「ここで撃ったら被害が大きいから撃てへん……」

 

「でも、ここじゃなければ……」

 

そう口に出した瞬間、3人の魔法少女達がハッと一斉に思い付き、顔を見合わせた。

それに気付き、垣根は彼女達に目を向けた。

 

(何か思い付いたのか?)

 

なのはがクロノに尋ねる。

 

「クロノくん!アルカンシェルって、どこでも撃てるの?」

 

「どこでもって……例えば?」

 

聞き返したクロノに、フェイトが答え、更にはやてが告げる。

 

「今、アースラがいる場所」

 

「軌道上。宇宙空間で」

 

それに対してエイミィが明快に、得意気に答えた。

 

『管理局のテクノロジーを舐めてもらっちゃあ困りますなぁ。撃てますよお、宇宙だろうがどこだろうが!!』

 

とサムズアップしてきた。

何をしようとしているのかは理解しつつも、クロノは急展開に慌て始めた。

 

「おい!ちょっと待て君等!まさか……!」

 

3人は同時に頷く。

アースラでエイミィと共に聞いていたリンディ・ハラオウンは、感心半分呆れ半分といった調子で言う。

 

「何っともまあ……、相変わらず物凄いというか……」

 

「計算上では実現可能ってのがまた怖いですね。クロノくん!こっちのスタンバイはオッケー。暴走臨界点まで後10分!」

 

もはや猶予はない。

 

「実に個人の能力頼りでギャンブル性の高いプランだが、まあ……やってみる価値はある」

 

現場指揮を取るクロノは、このプランの敢行を決意。

現場では作戦の打ち合わせを始めた。

まずはやてが説明をする。

 

「防衛プログラムのバリアは魔力と物理の複合4層式。まずはそれを破る」

 

続いてフェイトが引き継いで手順を言う。

 

「バリアを抜いたら本体に向けてわたし達の一斉砲撃で、コアを露出」

 

更になのはが続く。

 

「そしたらユーノくん達の強制転移魔法でアースラの前に転送!」

 

『後は、あらかじめ発射準備をしておいたアルカンシェルで蒸発っと』

 

『上手くいけば、これがベストですね!』

 

とリンディとエイミィが結論付けた。

そして総員配置に着き、防衛プログラムを睥睨する。

クロノは個別の有視界通信を開き、グレアム提督に話しかける。

 

「提督、見えますか?」

 

『ああ、よく見えるよ』

 

「闇の書は、呪われた魔導書でした」

 

クロノとグレアムの脳裏には、闇の書によってもたらされた、体験した悲劇が浮かぶ。

敢えて、その上で、彼は告げる。

 

「その呪いは、いくつもの人生を喰らい、それに関わった多くの人の人生を狂わせてきました。あれのお陰で、僕も母さんも、他の多くの被害者遺族も、こんなはずじゃない人生を進まなきゃならなくなった。それはきっと貴方も、リーゼ達も……」

 

クロノ・ハラオウンは手にしていたデュランダルを起動し、氷結の杖を右手に握ってゆったりと小さく笑い、はっきりと宣言する。

 

「無くしてしまった過去は変える事ができない。だから、今を戦って未来を変えます!」

 

宇宙ではアルカンシェルのチャージが始まる。

そして、闇の書の真の闇の部分とも言うべき防衛プログラムがいよいよ、『未元物質(ダークマター)』の効力が切れて暴走を始めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夜の終わり、旅の終わり

『暴走開始まで、後2分!』

 

暴走を開始寸前の、異形の防衛プログラムを睥睨する一同。

岩場に並んで立つなのはとフェイト。

垣根帝督は、彼女達の少し後ろに立っていた。

 

「あっ……、なのはちゃん、フェイトちゃん、あと帝督くんも」

 

はやてが近付いて声をかけた。

 

「「?」」

 

「ああ?……つーかお前、馴れ馴れしいんだよ。垣根で良いっつってんだろ」

 

「ほな代わりにわたしも『はやて』でええよ?帝督くんだけ他人行儀なのもわたし嫌やし」

 

垣根は鬱陶しそうに眉をひそめるが、はやてはニコニコしてどこか楽しそうにして意に介さない。

 

「断る。そういう仲良しゴッコは俺以外のお友達とやってろ」

 

「つれないなぁ。お揃いのよしみで仲良うしよ?」

 

「はあ?お揃いって何だよ。何のだよ?」

 

訳の分からなさそうな顔の垣根に、はやては自分の背中を向けて6枚の黒い羽、スレイプニールを見せて言う。

 

「ホラ♪帝督くんも背中から6枚の羽生やすやろ?わたしとお揃いや♪」

 

楽しそうに嬉しそうに言ってくるはやてに、垣根はくだらなさそうに目を細めた。

だから何なんだといった調子で、

 

「……用途も規模も、サイズも色も違うだろ。お前のは魔法で俺のは能力だし」

 

「でも6枚も羽なんもわたし達だけやで?……何なら親しみ込めて、ていとくん(、、、、、)て呼ぼか?」

 

プッと吹き出したなのはとフェイトを見て、余計に不機嫌になる垣根はきっぱりと告げる。

 

「断固断る。絶対呼ぶな。あと俺の事は垣根で良いっつってんだろ」

 

「……ほな、わたしもお断りするわ。帝督くん(、、、、)が折れてくれるまでわたしも勝手に呼ぶから♪」

 

彼はそれに答えず、チッと舌打ちの音を立てて無視した。

はやてはそれより、と眼下の方に立っているシャマルを呼ぶ。

 

「シャマル」

 

「はい…」

 

シャマルは振り向いてなのは達の元に飛んできた。

 

「お2人……いえ、3人の治療ですね」

 

「うん。なのはちゃんとフェイトちゃんはもちろん、帝督くんもね。鼻血出てたし」

 

3人……というセリフに怪訝な顔になり、垣根は自分が含まれている事に一瞬遅れて気付いて内心驚いていた。

 

「クラールヴィント……」

 

シャマルはソッとクラールヴィントに口付けて、右手をかざす。

 

「本領発揮よ」

 

Ya.(はい)

 

4つのリングが輝き、シャマルの治療魔法が発動する。

 

「風よ 癒しの恵みを運んで」

 

ライムグリーンの光が3人を包み込む。

みるみる内に2人のバリアジャケットが修復し、手傷も癒されていく。

治療魔法、癒しの風。

範囲内にいる生命体にシャマルの魔力を付与して活性化させる事で、外傷の治療や疲労の回復を促す他、防護装備の復旧も行う。

魔力損耗が激しい場合には魔力を分け与える事も可能となっている、総合治療魔法だ。

 

「湖の騎士シャマルと風のリング クラールヴィント。癒しと補助が本領です」

 

「凄い……」

 

「ありがとうございます。シャマルさん」

 

「頭の痛みが治まった……。汚れや疲労回復まで……スゲェな」

 

ユーノ・スクライア、アルフ、ザフィーラの3人は、防衛プログラムの上空に移動しサポート係に回る。

 

「コア露出までは、あたし達がサポートだ。上手い事動きを止めるよ!」

 

「うん」

 

「ああ…」

 

アルフの言葉に呼応する2人。

直後、無数の黒い柱が海面から出現し始めた。

暴走開始の合図と言える現象が。

 

「始まる……」

 

クロノ・ハラオウンの発言の後を紡ぐように、八神はやては静かに呟く。

眼下の存在を説明するように。

 

「夜天の魔導書を、呪われた闇の書と呼ばせたプログラム……。ナハトヴァールの浸食暴走体。闇の書の……闇!」

 

現れたのは、今まで蒐集してきた火竜や岩竜、砂竜、沼蛇といった異世界の生物をミックスし、巨大な翼や中心部に女性形のコックピットのような奇妙な異形のキメラのような姿をした怪物だった。

『闇の書の闇』。

コア内部に蓄積された莫大な魔力を元に、周辺に存在するあらゆる有機物・無機物を取り込みながら無差別な破壊活動を行う。

コアに蓄積された魔力が残っている限りは無限に近い瞬時再生能力を誇り、周辺に取り込めるエネルギーがある限り、コアに魔力を補給し続ける事ができる。

 

「チェーンバインド!」

 

「ストラグルバインド!」

 

同時に放たれた橙色のチェーンバインドと緑色のストラグルバインドは対象の本体周辺の体に絡み付く。

更にユーノは新たに魔方陣を展開した。

 

「ケイジング・サークル!」

 

闇の書の闇本体を取り囲むように放たれた巨大なリング。

ユーノの結界魔法で、リングで囲まれた空間内の対象を閉じ込める。

強固な捕獲能力を誇り、『闇の書の闇』の足止めを行う。

 

「囲え、鋼の軛!!」

 

ザフィーラの叫びと同時に、天空から圧縮魔法のスパイクが撃ち込まれた。

ダメージを与えつつその場に足止めし、攻撃と拘束双方の性質を持つ為、大型対象の制止や無力化に効果を発揮する。

『闇の書の闇』は雄叫びをあげてバインドもサークルもスパイクも、振りほどくように砕いた。

そして、漆黒の砲撃を無数に放ち、岩場に立つ魔導師達を撃ち落とそうとする。

一斉に散開し上空に上がった。

参謀役として、シャマルが指示を出す。

 

「先陣突破!なのはちゃん、ヴィータちゃん、お願い!!」

 

「おう!!」

 

ヴィータは返事をしてすぐ後ろを飛翔するなのはに、振り向いて告げる。

 

「合わせろよ。高町なのは」

 

「うん!ヴィータちゃんもね」

 

ヴィータは正面に向き直ると、愛機に呼び掛け気合いを入れる。

 

「やるぞ、アイゼン!!」

 

『Gigant form.』

 

『ギガントフォルム』は大型対象や建造物破壊の形態となる。

ハンマーヘッドがヴィータの魔力によって瞬時に巨大化した。

ヴィータは先行していき敵の砲撃を避けながら前衛を担う。

 

「アクセルシューターバニシングシフト!」

 

『Look on.』

 

後衛のなのはは、敵の複数ある蛇首をマルチロックオンし一気に魔力弾の雨を降らす。

バニシングシフトはアクセルシューターの発射布陣の1つ。

放たれた弾はロックオンした目標に対して中低速で飛翔するが、自身や保護対象……この時はヴィータへの攻撃には迎撃弾として機能する。

彼女自身による直接狙撃も合わせて、前衛のフォローを行う布陣を敷く。

この間に『闇の書の闇』の頭上に到達したヴィータは、足元に魔方陣を展開し横凪ぎにグラーフアイゼンを振り回す。

 

「轟天……爆砕!!」

 

更に縦に振りかぶった瞬間に持ち手が伸長し、ハンマーヘッドが更に巨大化する。

巨大化したハンマーヘッドが、バリアを展開した敵に振り下ろされた。

 

「ギガント…シュラーク!!」

 

ギガントフォルムの最大出力打撃。

巨大なハンマーヘッドによる質量打撃は、単純故に強力で対処が困難。

バリアの1層目を一撃で破壊した。

 

「次、シグナム、フェイトちゃん!!」

 

フェイト・テスタロッサとシグナムが、海面スレスレを飛行しながら肉薄する。

 

「行くぞ、テスタロッサ」

 

「はい…シグナム」

 

フェイトはザンバーを横凪ぎに振るい、ブレードインパルスという斬撃の衝撃波を放つ。

 

「はああああああッッ!!」

 

フェイトの攻撃は障害物となる砲撃触手を斬り払い、自身とシグナムの視界をクリアにした。

 

『Bogen form!』

 

剣が鞘と連結し弓の形態、ボーゲンフォルムに変わる。

シグナムは弓を引き絞り、狙いを定めて矢を放つ。

 

「駆けよ 隼!!」

 

『Sturmfalken.』

 

シュツルムファルケン。

レヴァンティンのボーゲンフォルムから放つ魔法。

矢の先端はレヴァンティンの刀身と同一構成になっていて、短時間なら集積した魔力を保持したまま飛ばせる。

シグナムが持つ魔法の中でも最大クラスの威力と防御貫通効果を持ち、命中時には爆発と超高温の炎を発生させて対象を破壊する。

 

「貫け、雷神!!」

 

『Jet ZANBER.』

 

シグナムの対角線上に立つフェイトが、長大な刀身を振り下ろす。

ジェットザンバー。

ザンバーの刀身を伸ばして切断する、大型対象用の魔力斬撃。

防御破壊の効果を持ち、バリアを破砕しながら対象を文字通り叩き斬る。

シュツルムファルケンとジェットザンバーが同時に命中し、爆煙を上げた。

ダメージを受けた本体はボロボロになり、足元から崩れ始める。

 

「やった……?」

 

アルフの呟きに、ユーノは即座に否定する。

 

「まだ……!」

 

舞い上がる粉塵と煙を突き破り、『闇の書の闇』はいつの間にか宙に浮いて砲撃を無数に繰り出してきた。

回避の為に散開する一同。

そこにザフィーラが敵の正面に肉薄し、何度も拳を叩き込んだ。

滅牙。

ザフィーラの防御破壊魔法。

ミッドチルダ式のバリアブレイクに相当し、対象の防御組成に干渉し、バリアやシールドといった防御膜を分解する。

これによって『闇の書の闇』の積層防御を破壊した。

 

「はやてちゃん!」

 

八神はやては融合騎リインフォースと共に夜天の魔導書を手に、目を閉じ詠唱を始める。

 

「彼方より来たれ、ヤドリギの枝。銀月の槍となりて打ち貫け」

 

空に白銀の魔方陣が展開する。

しかしここで『闇の書の闇』は再び積層防御を復元し始めた。

想定より回復が速い。

 

『ッッ!!!?』

 

これから放つ魔法は直接破壊力は低く、防御貫通効果も皆無と言える。

しかも詠唱中のはやてに向かって触手から無数に砲撃が放たれた。

このままでは作戦が……、

 

「おっと、そうはいかない」

 

と、はやての目の前に垣根帝督が割り込み、6枚の翼で砲撃を防御、その後に翼にありったけの力を込めて羽ばたかせて『未元物質(ダークマター)』で変質させた烈風を放つ。

 

ズァ!!

 

烈風は積層防御に防がれたが、直後に巨大化した白い翼が鈍器か刃物のように振り下ろされた。

敵はさっきと同じように積層防御で対応するが、

 

ドバァッ!!

 

防御膜を貫通ではなく、その存在を無視するかのようにすり抜けて翼が思い切り叩き付けられた。

轟音と悲鳴を響かせて海面に墜落、更に叩き付けられた翼が炸裂しバリアブレイクの要領で内側から積層防御膜を粉砕した。

それを目視した垣根は退避しながらはやてに告げる。

 

「仕切り直しだ。詠唱を続けな」

 

彼女は黙って頷き、石化魔法を放った。

 

「石化の槍、ミストルティン!!」

 

石化効果の攻撃魔法が、白銀の槍を伴って『闇の書の闇』に命中した。

接触した瞬間、組成の脆い砂岩上の物質に変成されられ、動きが止まる。

崩壊していくが、しかしそのそばから再生していく。

だが、攻撃は通っている。

作戦続行を決意したクロノが、デュランダルを構える。

 

「凍てつけ!!」

 

対象外周に設置した浮遊ユニットによって効果空間内に冷気を閉じ込め、更に溢れた凍結魔力を反射させて冷凍効果を倍加させる。

『闇の書の闇』が周辺含め丸ごと凍結していく。

 

『Eternal coffin.』

 

ゴバッ!!!!!!

 

エターナルコフィン。

デュランダルに記録され、クロノ自身も独自に習得していた凍結魔法。

放射された凍結砲はデュランダルのサブユニットであるリフレクターで反射され、最大効率で対象を凍結させる。

今度こそ動きを止める事に成功し、止めを3人に託す。

 

「なのは!フェイト!はやて!!」

 

『Starlight Breaker.』

 

周辺の魔力素を取り込み集束し、一気に放つなのは最大の必殺技。

 

「全力全開……!スターライト……」

 

『Plasma ZANBER.』

 

「雷光一閃……プラズマザンバー!!」

 

金色と紫色のスパークが刀身に流れる。フェイト最大の必殺技。

そして、はやては『闇の書の闇』に少し済まなさそうな顔をして、静かに告げる。

 

「ごめんな……おやすみな……。響け終焉の笛、ラグナロク!!」

 

「「「ブレイカー!!」」」

 

なのはのスターライトブレイカー、フェイトのプラズマザンバー、はやてのラグナロク。

3つの魔法を1つに合わせたトリプルブレイカーは、『闇の書の闇』の生体部品の大半を消滅させ、コアを露出させる事に成功した。

シャマルはクラールヴィントのワイヤーで形成した遠隔魔法『旅の鏡』でコアを確認。

 

「捕まえ……た!!」

 

「長距離転送!!」

 

「目標…軌道上!!」

 

シャマル、ユーノ、アルフの3人による軌道上への転送。

シャマルがコアの確保と位置固定、ユーノが転送位置の制御、アルフが転送用の魔力の供給と、3人が協力して行っている。

 

「「「転送!!」」」

 

『闇の書の闇』は丸ごと軌道上へ転送されながら、それでもなお生体部品を再生し始めている。

 

『アルカンシェル、バレル展開!!』

 

エイミィ・リミエッタが告げ、射撃スタンバイが完了。

 

『ファイアリングロックシステム……オープン』

 

リンディ・ハラオウンはロックキーを回してトリガーを引いた。

 

『アルカンシェル……発射!!』

 

虹色の輝きを持つ反応消滅砲によって、宇宙空間へ転送された『闇の書の闇』は跡形もなく消失した。

この際に発生した閃光は地上からも観測可能だった為『空に現れた原因不明の光』として話題になったが、その原因は学園都市を含めて突き止められる事はできず、クリスマスから年末にかけてのニュースを少しばかり賑やかにした後、静かに忘れ去られる事となる。

 

『効果空間内の物体、完全消滅……再生反応……ありません!』

 

エイミィが声を弾ませて告げた。

リンディは静かに頷き、次の指示を出す。

 

「うん……。準警戒体制を維持。もうしばらく反応空域を観測します」

 

『了解!』

 

うっすらと雪が降り始めた海上で、岩場に立つ一同はエイミィからの通信を受けていた。

 

『……という訳で、現場の皆、お疲れ様でした!無事、状況終了しました!!』

 

クロノはデュランダルを待機状態に戻して、告げる。

 

「協力に感謝する」

 

ようやく平穏が訪れた。

垣根以外の面々が笑顔で向き合い、喜びを分かち合う。

 

『この後、残骸の回収とか、市街地の修復とか色々あるんだけど、皆はアースラに戻って一休みしてって』

 

はやてとフェイトとハイタッチしたなのはが、思い出したようにエイミィへ尋ねる。

 

「あ、あの、アリサちゃんとすずかちゃんは?」

 

『ああ、被害が酷い場所以外の結界は解除してるから、もといた場所に戻ってるよ』

 

「そうですか、良かった……」

 

それを聞いてホッとする。

フェイトがクロノを労うように声をかける。

 

「クロノ、お疲れ様」

 

「ああ、……良く頑張ってくれた。ありがとうフェイト」

 

クロノも、そんな彼女に優しく微笑む。

その様子は仲の良い本当の兄妹に見えた。

退屈そうにしていた垣根の視界の端に、宙に浮いているはやての姿が入った。

彼女は一瞬ふらつき、直後にユニゾンが解けてリインフォースが姿を現しはやてに振り向く。

 

「我が主……?まだ融合を解かれては_」

 

返事は無く、スレイプニールが消滅し力なく彼女の体は落下し始めた。

 

「我が主!!」

 

「はやて!!」

 

いち早く気付いたヴィータの叫び声に、他全員も気付く。

 

「はやてちゃん!!」

 

墜落寸前でリインフォースが抱き止めたが、はやては気を失っていた。

ヴィータとシャマルが駆け寄る。

 

「はやてちゃん!!」

 

「はやて…はやて!!」

 

一歩遅れてシグナムとザフィーラも駆け寄る。

呼び掛けに応じず、眠るように倒れたはやて。

しかし、それは消耗し切って疲れた事が理由で、大事には至らない事が分かった。

 

 

アースラの医務室のベッドで眠るはやてを囲み、守護騎士達にリインフォースは現状を告げる。

 

「私の……夜天の書の破損は、やはり深刻だ。ナハトは停止したが、歪められた基礎構造は変わらない。私は……夜天の魔導書本体は……遠からず、新たなナハトヴァールを精製し暴走を始めるだろう」

 

つまり、これでは何度防衛プログラムを切り離し破壊してもキリがない。

シグナムははやての顔を見て尋ねる。

 

「主はやては……大丈夫なのか?」

 

「何も問題は無い。ナハトからの浸食も止まり、リンカーコアも正常だ。不自由な足も、時を置けば自然に治る」

 

リインフォースははやてを愛おしそうに、慈しむように微笑みながら続ける。

 

「目覚めて、すぐに大義をなされたゆえ、今は少しお疲れなだけだ」

 

それを聞いてシャマルとシグナムは安心する。

 

「そう……じゃあ、それなら万事オッケーね」

 

「ああ……心残りは無いな」

 

ヴィータも、納得し、しかし少し悲しげに静かに声を発する。

 

「ナハトが止まってる今、夜天の書の完全破壊はカンタンだ。魔導書ごと破壊しちゃえば暴走する事も二度と無い。代わりに、あたし等も消滅するけど」

 

「ヴィータ……」

 

気遣うように声をかけるシグナムを、敢えて振り切るように彼女は言う。

 

「良いよ、別に……。こうなる可能性があった事くらい、皆知ってたじゃんか」

 

「いいや違う」

 

それを即座に否定したリインフォースに、4人の視線が集まる。

 

「お前達は残る。逝くのは私だけだ」

 

彼女は、曇りの無い笑顔で断言した。

 

 

一方、アースラの食堂室で同様の説明をクロノとユーノから受けているなのはとフェイト、アルフ、垣根。

 

「夜天の書の……破壊?」

 

息を呑み、呻くように呟いた。

なのはがテーブルに手を付いて立ち上がる。

 

「どうして!?防御プログラムはもう破壊したはずじゃ……」

 

クロノは端末の資料に目をやりながら答える。

 

「ナハトヴァールは確かに破壊されたが、夜天の書本体がじきにプログラムを再生してしまうそうだ」

 

ユーノも済まなさそうに、悔しそうに告げる。

 

「今度は、はやてや騎士達も浸食される可能性が高い。夜天の書が存在する限り、どうしても危険は消えないんだ。だから、彼女は今の内に、自らを破壊するよう申し出た」

 

ストン、となのはは力無く座り込み、うつ向く。

 

「そんな……」

 

フェイトも同じようにうつ向き、

 

「でも、それじゃシグナムや騎士達も…」

 

「ううん……。私達は残るの」

 

声のした方を向くと、シャマルと守護獣形態のザフィーラが歩いてきた。

ザフィーラが歩み寄りながら言う。

 

「ナハトヴァールと共に、我等守護騎士も本体から解放したそうだ」

 

シャマルが言葉を継ぐ。

 

「それで……リインフォースからなのはちゃん達に、お願いがあるって」

 

「お願い……?」

 

そのお願いを聞いた時、ダンッ!とテーブルを叩いて立ち上がったのは、今まで黙って聞いていたはずの垣根帝督。

いや、正確には、夜天の書の破壊の話から、分かりやすく露骨に苛立っていた。

心底不愉快そうに眉間に皺を寄せ腹を立てている。

彼はツカツカとシャマルに歩み寄り、ズイと顔を近付けて尋ねる。

 

「おい、あの女……リインフォースはどこだ?教えろ」

 

「え……?えっと……_」

 

凄い剣幕で来た垣根に鼻白みながらも、シャマルは答えた。

すると彼は腹を立てた様子で早歩きでツカツカと立ち去ってしまい、なのは達は慌てて追い掛ける。

 

「クソが!あの女……、人の苦労を無駄にする気か……ッ?」

 

雪の降る中、リインフォースはシグナムととある丘で待ちながら何か話していた。

そこに足早に現れたのは、怒り剥き出しの超能力者(レベル5)の少年、垣根帝督。

 

「ああ、来てくれたか」

 

ゆったりと微笑むリインフォースを見て、彼は更に怒りを滲ませて彼女に近寄り胸ぐらを掴んだ。

 

「おい……」

 

シグナムが制止しようとするが、垣根は無視して怒鳴る。

 

「テメェ、ふざけんなよ!高町とテスタロッサに介錯を頼んで、俺にそれを見届けて欲しいだと?人のお膳立て無駄にして、何死にそうな事言ってんだよ!!」

 

激怒している垣根を、胸ぐらを掴まれた彼女は優しく諭すように、宥めるように告げる。

 

「それしか……方法は無い。お前にナハトを止めてもらい、破壊に成功はしたが、防衛システムの修復機能については説明した通りだ。仕方がない」

 

「関係ッッッねぇ!!」

 

「私と防衛システムを切り離せば、私もまた生存できなくなる」

 

「ならそうならないように俺が、俺の『未元物質(ダークマター)』でテメェをもう一度サーチして、隅々まで逆算してまた、今度はお前自身を改変前にまで作り直せば良い!!」

 

彼女は首をゆっくりと、横に振る。

 

「無理だ。管制プログラムである私の中からも……夜天の書本来の姿は、消されてしまっている。元の姿が分からなければ、戻しようも無い」

 

「なら一から構造を作り直せば良い!!」

 

「ダメなんだ。それでも新たにナハトヴァールは再生してしまう」

 

「それならそれも作り直す!!できねえならまたぶっ壊す!!」

 

「それでもまた何度でも再生してしまうんだ。キリがない」

 

「ならそれより早くぶっ壊す!!」

 

怒りが先行し、結果として整合性の無い支離滅裂な言葉を叩き付けるようになっている。

リインフォースはそんな垣根を、まるで駄々をこねる子供をあやす親のように優しく、肩に手を置いて告げる。

 

「仮にそれができても、やはり危険は付きまとう。再生の可能性がある限りはダメだ」

 

「だとしても、また俺が演算すれば良い!!」

 

ナハトヴァールは分離不可能なレベルで結合し、破壊しても破壊しても再生する。

しかも結合を切り離せば、リインフォースも存在を維持できない。

だが『未元物質(ダークマター)』を応用して、ナハトヴァール無しでも、再生を根絶してその上で生きていける身体にすれば良いと思っていたのだが……、

 

「その状態の私の身体を維持する為に、お前は年中常に私に付きっきりでいて常に演算をし続けなければならない。私の為に、流石にそんな事は、させられないし超能力者(レベル5)であるお前でもそれはできない。必ず限界は来る。理論的にも物理的にも無理がある」

 

「……ッ!!」

 

いつかどこかでリミットを迎え、いつかどこかで追い詰められ、いつかどこかで命に関わる大惨事が再び起こり得る。

その可能性を永遠に断つには、方法は1つしか無い。

この為、リインフォースは自らと魔導書本体の完全破壊を申し出た。

守護騎士システムは魔導書ではなく八神はやて自身に受け渡し、自身と防衛システムを共に破壊する事で、闇の書の歴史を完全に閉じる決断をくだした。

 

「だから、せめて静かに……恩人でもある垣根帝督(あなた)には見送って欲しいのだ」

 

「__っ、それがお前の救いだってのか……ッ?」

 

「ああ、そうだ……」

 

言いながら、リインフォースは掴んでいる垣根の指を1本ずつゆっくり優しく外していった。

外された手を下ろし、口惜しそうに拳をぎゅぅっと握り締める。

 

「ふざけんな……。何満足そうな顔してんだよ……ッ!」

 

彼は一歩下がり、今度はなのはとフェイトが彼を気にしながらもリインフォースに歩み寄った。

 

「リインフォースさん……」

 

「そう呼んで……くれるのだな」

 

「うん……」

 

「あなたを空に還すの、わたし達で良いの?」

 

フェイトの問いに彼女は静かに、ハッキリと答える。

 

「お前達だから、頼みたい」

 

「はやてちゃんにお別れの挨拶……しなくて良いんですか?」

 

「主はやてを、悲しませたくないんだ」

 

「でもそんなの……何だか悲しいよ」

 

言っている途中で、彼女の声が震える。

しかしリインフォースは極めて穏やかな様子で、告げる。

 

「お前達にも、いずれ分かる。海より深く愛し、その幸福を守りたいと思える者と、出会えればな」

 

リインフォースにとっては、3人のお陰で主であるはやてへの浸食を止める事もはやてと話す事もできた。

だから、2人に閉じて、見送って欲しいと願う。

敢えて別れを告げずに消滅するのを選んだ彼女に悲しむなのは。

守護騎士達も集まり、いよいよ夜天の魔導書が終焉を迎える時が迫る。

 

「そろそろ始めようか。夜天の魔導書の……終焉だ」

 

魔方陣を敷いて行っている儀式は万に一つも防衛システムが溢れ出さないようにする為のもので、魔導書とリインフォースの消滅は、リインフォース自身が自分の魔力と意思で行っている。

 

『Ready to set.』

 

『Standby.』

 

レイジングハートとバルディッシュが告げ、リインフォースはゆったりと答える。

 

「ああ……。短い間だったが、お前達にも世話になったな」

 

Don't worry.(気にせずに)

 

Have a good journey.(良い旅を)

 

「ああ……」

 

魔法が発動し、彼女の体が光に包まれ始める。

穏やかな表情の彼女の、いよいよという時、

 

「リインフォース!!」

 

「ああっ……!」

 

寝ていたはずの八神はやてが、車椅子を必死に動かしながら現れた。

 

「リインフォース!!皆!!」

 

突然のはやての登場に驚く一同。

シャマルとヴィータが駆け寄ろうとするが、

 

「動くな!」

 

リインフォースがそれを制止する。

 

「動かないでくれ。儀式が止まる」

 

手動の車椅子を必死で漕いできて、涙目になりながら息も絶え絶えでやってきたはやては、儀式を止めさせようと叫ぶ。

 

「あかん!!やめて、リインフォース、やめて!破壊なんかせんでええ!!わたしがちゃんと抑える。大丈夫や。こんなん、せんでええ!!」

 

しかし、リインフォースは少し済まなさそうな、悲しげな雰囲気を出しつつも優しく諭すように、告げる。

まるで、先ほどの垣根帝督を相手にするように。

それに彼も気付き、やり場の無い憤りを覚えるも黙っていた。

 

「主はやて…良いのですよ」

 

「良い事ない!!良い事なんか……何もあらへん!!」

 

泣きじゃくるはやてに、本来は言うつもりの無かった別れの挨拶のつもりで、口を開く。

まるで、いや、まさにこれは遺言だと言える。

 

「随分と長い時を生きてきましたが、最後の最後で、私はあなたに……綺麗な名前と心をいただきました。ほんの僅かな時間でしたが、あなたと共に空を駆け、あなたの力になる事ができました」

 

これから逝く者とは思えぬほど一言一言が穏やかで、温かだった。

故に残される者達には、これから訪れるであろう悲しみと寂しさを強く感じさせるのだった。

 

「騎士達も、あなたのおそばに残す事ができました。心配も心残りはありません」

 

「心残りとか……そんな!」

 

「ですから……私は笑って逝けます」

 

「あかん!わたしが、きっと何とかする!!暴走なんかさせへんて約束したやんか!!」

 

「その約束は、もう立派に守っていただきました」

 

「リインフォース!!」

 

「主の危険を払い、主を守るのが魔導の器の勤め。あなたを守る為の、最も優れたやり方を……私に選ばせてください」

 

はやてはボロボロと涙を流し、歯を食い縛る。

言いたい事は分かる。

だが、それでも、納得できない。

何故リインフォースが死ななければならないのか。

 

「そやけど……ずっと悲しい思いしてきて……やっと…、やっと救われたんやないか……!!」

 

ひくっ、と彼女の喉が引きつる。

 

「私の意志は、あなたの魔導と騎士達の魂に残ります。私はいつも、あなたのそばにいます」

 

はやては全力で、首を横にかぶり振る。

言わずとも、逝くな!と言葉を体全体で表す。

 

「そんなんちゃう!そんなんちゃうやろ!!」

 

「駄々っ子はご友人に嫌われます。聞き分けを……我が主」

 

何とかすると言い張って聞かないはやてを、同じように諭すリインフォース。

はやては思わず彼女に近付こうと車椅子をこぐ。

 

「リインフォース!!あっ…!!」

 

車椅子の片輪が段差につまずき、そのまま転倒し投げ出されてしまった。

薄く積もった雪を顔に被り、涙と雪まみれの顔で悔しそうに、悲しそうに呻くように言う。

 

「何でや……。これからやっと始まるのに……これからうんと幸せにしたげなあかんのに……」

 

転んだまま泣きじゃくるはやての元に、リインフォースは歩み寄り腰を下ろす。

 

「大丈夫です。私はもう世界で一番、幸福な魔導書ですから」

 

「リインフォース……」

 

リインフォースは、はやての顔に付いた雪をすくい取りながら告げる。

 

「我が主…一つ、お願いが。私は消えて、小さく無力な欠片へと変わります。もしよろしければ、私の名はその欠片ではなくあなたがいずれ手にするであろう、新たな魔導の器に贈ってあげていただけますか。祝福の風リインフォース。私の願いは、きっとその子に継がれます」

 

「リインフォース……」

 

「はい……我が主」

 

これが、最後の最期。

彼女は立ち上がり、魔方陣に戻る。

目を閉じ、儀式が再開されその体が光に包まれてゆく。

 

「主はやて……守護騎士達……それから小さな勇者達、そして綺麗な翼の英雄(ヒーロー)よ」

 

八神はやての車椅子のそばに立ち尽くす垣根帝督は、忌々しそうに眉をひそめる。

リインフォースはそれをうっすら見つめて、小さくクスリと笑う。

 

「ありがとう。そして、さようなら」

 

この言葉を最後に、リインフォースは空気に溶けていくように消滅した。

 

「あっ……」

 

空から降ってきたのは、はやての手元に残ったのは、リインフォースの欠片、剣十字の紋章。

剣十字をかたどったペンダントは文字通りリインフォースからの最後の贈り物で、小さな遺産だった。

夜天の書誕生当時から存在していた夜天の書の装飾品の1つで、リインフォースにとっても祈りと願いの込められた品。

このペンダントに特別な機能は無いが、はやては後にこのペンダントを自身のデバイスの待機形態として使用するようになり、かつての夜天の書をそうしていたように、大切な宝物として肌身離さず持ち歩くようになる。

 

『呪われた闇の書』ではなく、夜天の魔導書として。

主に愛され、必要とされた融合騎リインフォースとしての終焉を迎えた彼女は、主であるはやてをはじめ、なのはやフェイト、騎士達のその後にも大きな影響を与える事となった。

 

「………………………………、」

 

その様子を見ていた、『未元物質(ダークマター)』を操る学園都市第二位の超能力者(レベル5)、垣根帝督を『綺麗な翼の英雄(ヒーロー)』と呼んだ彼女。

彼は拳を握り締め小さく震え、吐き捨てるように呟く。

 

「ふざけやがって。満足そうな顔してんじゃねえよ__ッ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Epilogue of ACES

それはきっと、本当に小さな願い。

叶える事ができなかった願いがあって、

掌に残った今があって、

どんなに泣いても悲しんでも、

過去は戻ってこないけど、

だけど、未来は作っていける。

想いを貫く力と、

空を駆ける翼があるから。

少女達は、きっと_。


動かない本の頃からずっと共に過ごしていた大切な家族を失った喪失感と、何もできなかったという無力感は、はやての心に深い悲しみを落とした。

しかしそれと同時に共に空を駆けた心強さ、何より去り際に託された願いと笑顔の思い出が、はやての心を支えてもいた。

悲しみと優しい記憶を抱いて、少女は大人になってゆく。

 

後味の悪さを感じるなのはだが、それを力付けるフェイト。

フェイトは今後、時空管理局で執務官になるという目標を語る。

なのはは、執務官は無理だろうけど方向は同じだと語る。

ユーノもまた、将来の事を考えていた。

無限書庫の司書として誘われていたのだ。

 

ギル・グレアム提督は、希望辞職という事で手打ちとなった。

具体的なのはクラッキングと捜査妨害くらいなものなので、これでイーブンだと判断されたのだろう。

八神はやてに対しては、今まで通りに援助を続けて本人が1人で羽ばたける年になったら、真実を告げる事になるだろうと自ら言っていた。

 

なのはが帰宅後、彼女の携帯電話には月村すずかからメールが来ていた。

はやてとフェイトを交えて明日クリスマス会をするとの事だった。

 

「……ちゃんと話さないとね。今までの事……」

 

 

 

翌日、海鳴駅発の海鳴大学病院行きのバスではやてを迎えに病院へ行く3人。

高町なのはと隣に座るフェイト・テスタロッサ。

そして2人に半ば強引に呼び出された垣根帝督が、後ろのシートに座っていた。

 

「はやて、病院に戻ったんだ」

 

車内でフェイトがなのはに言う。

 

「そういえば、入院中に抜け出しちゃったんだもんね」

 

そうなのはが答えた所で、垣根が後ろのシートから顔を出してきた。

 

「……なあ」

 

「何?」

 

涼しい顔の2人に対し、彼は少し眠そうで不機嫌な顔で声を発する。

 

「俺が参加する必要あるのか?」

 

「もちろんあるよ。垣根くんもわたし達と同じように、話さなきゃいけない事もあるでしょ?」

 

「流石にこれ以上隠し通すのも難しいんじゃないかな」

 

となのはとフェイトは言うが、垣根はまだ難色を示す。

学園都市外の人間に、今まで隠していた自分が超能力者(レベル5)だという事や、その第二位だという事、『未元物質(ダークマター)』の事を話すのは抵抗を覚える。

そもそも最後までバラす気は無かったのだ。

ついでにいえば、なのはとフェイトと違い、垣根帝督が能力を行使している所はアリサ・バニングスにも月村すずかにも見られていないので、その必要を感じない。

 

「……でも、見られたりしたのはお前達であって俺じゃないんだから、必要ねえだろ。あと俺にゃ一応、守秘義務もあるんだがな」

 

実際そうなのだが、なのはとフェイトは簡単には彼を逃がさない。

秘密主義の垣根は、放っておくと自分から話す事はあり得ないからだ。

 

「でも、最低でもはやてちゃんには話しておかないと、辻褄を合わせる事できないでしょ?」

 

「アリサとすずかには、話せる範囲で良いから話しておいた方が良いよ」

 

という訳で、結局アリサとすずか主催のクリスマス会参加が今確定した。

渋々ではあるが。

 

そして海鳴大学病院の八神はやての病室。

そこにはザフィーラ以外の守護騎士達もいて、シグナムとシャマルがはやての車椅子に乗る作業を手伝っていた。

 

「「おはようございます」」

 

「あ、おはよう。なのはちゃん、フェイトちゃん、帝督くん」

 

(こいつ頑なに俺の苗字呼ばねえな)

 

3人が挨拶を交わす。

なのはとフェイトの一歩後ろから来た垣根は、黙って会釈だけした。

 

「あれ?」

 

「どうしたの?もう退院?」

 

2人の問いに、はやては少し残念そうにシグナムに抱えられながら車椅子に座り、告げる。

 

「残念、もうしばらくは入院患者さんなんよ」

 

「そうなんだ…」

 

「まあ、もうすっかり元気やし、すずかちゃん達のお見舞いはお断りしたよ。クリスマス会直行や!」

 

「そう」

 

元気そうなはやてを見て、微笑むなのはとフェイト。

電動車椅子で彼女達に近寄って話を続ける。

 

「昨日は色々あったけど、最初から最後までホンマありがとう」

 

「ううん」

 

「気にしないで」

 

そう話した時に、なのはが気付く。

はやてが首から下げている剣十字をかたどったペンダントに。

 

「あ、それ……リインフォース?」

 

「うん……。あの子は眠ってもうたけど……、これからもずっと一緒やから……。新しいデバイスも、この子の中に入れるようにしようと思って」

 

デバイスの事を考えている彼女。

つまり……、

 

「はやて、魔導師……続けるの?」

 

フェイトが少し意外そうに尋ねた。

はやては、ニッコリと笑って言う。

 

「うん。あの子がくれた力やから。…それに、今回の件でわたしとシグナム達は管理局から保護観察を受ける事になったし」

 

「そうなの?」

 

なのはが尋ねると、ヴィータ、シャマル、シグナムの順で答えてきた。

 

「まーな」

 

「管理局任務への従事という形での、罪の償いも含んでます」

 

「クロノ執務官が、そう取り計らってくれた」

 

もちろん、任期はそれなりに長いらしいが、それがはやてと守護騎士達が一緒にいられる唯一の方法だった。

 

「わたしは嘱託扱いやから、なのはちゃん達の後輩やね」

 

部屋を出る時、はやての主治医の石田幸恵に、今日は必ず帰ってくるように説教同然の約束を取り付けられていた。

昨夜と今朝は、表向きは無断外泊だったのでシグナムとシャマルが特に怒られたらしい。

当然といえば当然なのだが。

話が終わり、シャマルが車椅子を押してこちらに歩いてくる。

 

「お待たせ♪」

 

「ううん」

 

はやてとなのはが声を交わしていると、部屋から出た所でシグナムとフェイトが対峙していた。

勝負は預けたままの2人。

だが、これからはいつでも勝負する事ができる……。

 

道を歩きながら、はやてが右隣の路上側を歩く垣根帝督を見る。

最初彼は、車椅子を押すなのはとその左隣を歩くフェイトの更に一歩後ろを歩いていたのだが、はやてが隣に来るよう手招きしてきた。

垣根は断ろうとしたが、なのはとフェイトに後押しされて快気祝いというよく分からない理由で誘導された。

 

「帝督くん、ジャケットは昨日と同じっぽいけど今日はトレンチコートなんや。お洒落やね?」

 

なのははオレンジ色のトップスに白いパーカー、青色ミニスカートに白いオーバーニーソックスといういつもの格好。

フェイトも白と黄色の横縞のシャツにGジャン、デニムスカートといういつもの格好。

垣根の服装も昨日と同じ焦げ茶色のジャケットだが、上着が昨日と違い、黒いトレンチコートを纏っていた。

 

「ああ。まあコート変えたのは単に、昨夜の時に焦げちまったから交換しただけなんだけどな」

 

海鳴市に来てから何気にカジュアルジャケットやらコートやらを、戦闘で汚したり焦がしたりして数着はダメにしていた。

そこでふと、はやてが気付く。

そういえば垣根はなのは達と違って、同級生なのに一度も聖祥小学校の制服姿で現れていない。

 

「……あれ?帝督くんて、なのはちゃん達と同級生なんよね?」

 

「一応な」

 

「うん、そうだよ」

 

垣根はくだらなさそうに答え、なのはが相槌を打つ。

それを聞いて余計にはやては首を傾げた。

 

「……ほな、何で帝督くんだけお見舞いの時も1人だけ制服着てないん?毎回着替えてから来てたの?」

 

「いいや。そもそも着てない」

 

「え?」

 

「……というか、垣根って1回も登校してないよね?」

 

「え??」

 

不思議そうにしていると、フェイトもそう言って付け足し、はやては目を丸くした。

垣根は見た目はやてと違い健常者。

なのに全く登校していない。

これはどういう事なのか。

 

「え?何でなん??……もしかして、帝督くんって……不登校?」

 

心配そうな顔で言われ、思わず顔を引きつる。

 

「「プフッ!?」」

 

「……おい、お前等今笑ったか?」

 

対照的になのはとフェイトは思わず吹き出してしまった。

それに腹を立てた垣根にメンチを切られたが、気付かないフリをして無視する2人。

 

「別にそんなんじゃねえよ。授業はリモートで受けてるし」

 

「でも、普通に登校しても良いし大丈夫だよね?何で?」

 

なのはが尋ねる。

フェイトもはやても、それが一番気になっていた。

彼は僅かに目を細めて彼女達を見つめる。

 

「別に、大した理由じゃねえよ。まず学校で高町達(おまえら)と顔を合わせたくなかったのと……」

 

「「酷い!!」」

 

なのはとフェイトがシャウトするが無視し、彼は言い続ける。

 

「……あと、学園都市側が手配したとはいえ、聖祥の制服を着たくなかったから」

 

「……え?」

 

「……え?」

 

「……それだけ?」

 

「それだけ」

 

言葉を失いポカーンとする3人。

垣根は飄々としている。

数秒間、沈黙と静寂がこの場を支配する。

そして、なのはが眉をひそめて口を開く。

 

「……そんな理由で、今まで学校来なかったの?わざわざリモートカメラのセットまでして……?」

 

なのはが静かに怒りの炎を燃やしていると、垣根は嫌そうに眉を寄せて言い訳を始める。

 

「だって考えてみろ。あの制服のデザイン、どう見ても俺が着たら似合わねえだろ。学園都市が指定する『時間割り(カリキュラム)』の都合上、授業さえ受けられればそれで良いんだから登校はしてもしなくても良いんだよ」

 

「でも、それわたしからしたら贅沢やなー。……帝督くん、世の中には学校行きたくても行けへん子供もおるんよ?」

 

はやてがわざとらしく不満げな顔をするが、垣根はすぐ見破ってツッコミを入れる。

 

「教師かお前は。つーか、それはお前の体験だろ」

 

「『お前』やなくてちゃんと『はやて』って名前で呼んでや。帝督くん♪」

 

「でもはやてちゃんの言う通りだと思うよ、帝督くん(、、、、)♪」

 

「わたしもそう思うよ、帝督(、、)♪」

 

はやての加勢に入り、しかもここぞとばかりに彼女を真似る形で帝督呼ばわりをするなのはとフェイト。

垣根は当然、露骨に苛立って顔をしかめてきた。

 

「あ、ムカついた。シバくぞテメェ等。何突然3人で結託してんだよ。馴れ馴れしいっつーの、垣根って呼べよ」

 

「でもはやてちゃんだけ名前で呼んでるの許してるよね。不公平だよ。それならわたし達も呼んで良いでしょう?」

 

「俺は一度も認めてねえんだよ。八神(こいつ)が勝手にやってるだけだ」

 

「なら、わたしも勝手に呼ぶから。帝督く_「呼ぶな高町なんとか」…って、遮らないでよ!しかも『なんとか』って何!?」

 

食い付いた。

ここで戦局が引っくり返り、垣根となのはの攻守が転換する。

こうなるともう、いつものやり取りだ。

 

「ヴィータって赤いチビのヤツに、高町なんとかって言われてただろ?」

 

「わたしの名前はなのは!!な の は!!だよ!!」

 

プンプンとしながら叫ぶなのはだが、垣根はニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべる。

さっきまではやてに振り回されていたのが嘘のように。

 

「どのみち、お前が……いや、お前達が呼び方を改めなけりゃ俺は高町を親しみを込めて『なんとか』と呼んでやる」

 

「良いよ!その時は無視するから!それならわたしは『ていとくん』って呼ぶから!!」

 

「ならフルネームで呼ぶしかないな。高町なんとか」

 

「なのはだから!!ホントにこの先ていとくんって呼ぶからね!?」

 

「そん時は無視するから関係ねえな。何にせよ俺が高町って呼べばそのルールは通用しねえし、実際にそういう場面になれば、お前が俺を一方的に無視する事になるから周りからお前の株が下がるだけだ」

 

「何それズルい!!」

 

すっかり形勢逆転され、なのはは理不尽にからかわれる。

はやては少し面白そうにクスッと笑う。

 

「2人は仲がええんやね」

 

すると2人は同時に、ぐるんと首を回してはやての方を向き、

 

「良くねーよ」

 

「良くないよ!!」

 

シンクロツッコミを炸裂させた。

 

「え~」

 

相変わらずクスクスと笑って楽しそうなはやてに毒気を抜かれ、クールダウンしてきた2人。

フェイトも、そういえばこんなやり取り前にも見たなと思って小さく笑っている。

 

「フフッ、ていうか、制服の話だったよね?」

 

フェイトがそうツッコみ、脱線した話の軌道修正を図る。

ああそうだよ、と垣根が再び口を開く。

 

「……だから考えてもみろ、あのデザインの制服を着た俺を。死ぬほど似合わねえだろ?」

 

「聖祥の……」

 

「制服を着た……」

 

「帝督くん……」

 

ガラの悪そうな風体の少年と、白基調のセーラー服風の男子児童制服。

3人が空を見上げてその2つを組み合わせて想像する……。

 

「「「……フフッ」」」

 

確かに似合わなかった。

予想通りの反応とはいえ、やはりムカついた。

 

「笑ってんじゃねえよクソボケ」

 

そんなくだらない雑談をしているうちに、目的地の月村すずかの家に到着した。

月村邸でケーキやお茶菓子を囲みながら、クリスマス会を兼ねて今までアリサとすずかには秘密にしてきた事、魔法とユーノとの出逢い、ジュエルシード、なのはとフェイトの出逢い、偶発的な垣根帝督との遭遇、時空管理局、そして今回の夜天の魔導書の事。

それに補則程度で垣根帝督と能力について話していたが、なのはがあまりにもうるさかったので仕方なしに、他言無用という条件付きで自分が学園都市第二位の超能力者(レベル5)だと明かす事になった。

何故かすずかとはやてが目を爛々と輝かせて、興味津々だといわんばかりに質問攻めに遭い、それに途中からフェイトまで加勢。

しかも彼女は、

 

「次に会った時、あなたの事ももっと教えてほしいって言ったでしょ?わたしも、魔法じゃない超能力って力にも興味あるから……」

 

と言ってきた。

やむを得ず能力名の『未元物質(ダークマター)』とざっくりとだが特徴まで話す羽目に。

そして、なのはとフェイトとはやては、それぞれが考え目指す将来や目標についても話し合った。

 

その夜、なのははフェイトとリンディ・ハラオウンを交えて家族に同様の説明をした。

余談だが、垣根帝督もこの説明会に呼んだのだが、自分が出る必要を感じないと一蹴されてしまった。

 

 

かくして、闇の書事件。

古代遺産(ロストロギア)『闇の書』を巡るこの事件は、終わってみれば発覚から収拾まで一月あまりだった。

魔導砲アルカンシェルの導入と使用、最終決戦での協力者の存在、それらの要因に加えて事態を決したのは、高町なのはとフェイト・テスタロッサ。2人のエースの存在であった。

そして、そんなエース達は、現在は任務終了後の休暇中。

冬休みとお正月の最中にあった。

彼女達の家族が2泊の4家族合同の旅行を計画していた。

アースラスタッフも休暇中で平和そのもの。

一方で八神はやてと守護騎士ヴォルケンリッターは年末は本局で検査や面接等と忙しく、元気にしているものの多忙らしい。

そしてその頃、学園都市からの刺客、垣根帝督はというと……。

 

「よお待ってたぜ、執務官」

 

年明け3ヶ日を過ぎた頃の早朝、人気の無い丘に焦げ茶色のジャケットに黒いトレンチコートを纏った茶髪の少年が立っていた。

彼の前に現れたのは、執務官服のクロノ・ハラオウン。

 

「全く……急に学園都市に戻るから、その前に端末を返すから出てこいと言ってきたり。勝手過ぎるぞ、こっちも暇じゃないんだ」

 

「そう言うな」

 

眉をひそめて呆れ混じりのしかめっ面を向けるクロノに、垣根は両手をズボンのポケットに突っ込んだまま薄く笑って答えた。

 

「それで、学園都市にはいつ帰るんだ?」

 

「今から」

 

「今から!?」

 

思わず目を剥く。

想像以上に急だった。

クロノは深いため息を吐いた。

 

「俺はそもそもこの事件に1枚噛もうと思ってここに来たんだ。その事件が終わった以上、この街に留まる必要はもうねえんだから当然だろ?」

 

「そうだが急過ぎるだろ。というか、学園都市側には今回の事は何て報告するんだ?」

 

「前回と同じさ。各地に何らかの残留反応を確認するも、それが何なのかは分からず。そしてその反応すらもう認められず……。その為撤収するってな。まあ後は適当に辻褄合わせに粉飾しておくさ。少なくとも、俺の口から学園都市側に魔法関連の事はバレないはずだ」

 

「それはこちらとしてはとてもありがたいし都合が良いが……大丈夫なのか?」

 

クロノを含めて、魔法サイドの人間からすればありがたいし都合の良い事この上無いが、同時に垣根帝督は籍を置く学園都市に対して背信行為を働く事になる。

有り体に言うと面従腹背。

しかし当の垣根は全く気にしていない。

何でもないような態度で吐き捨てるように言う。

 

「俺は何も学園都市や、そのお偉方の忠実な犬野郎をやってる訳じゃねえ。今回も前回も全部、自分の為だけに首突っ込んできたんだから良いんだよ」

 

「そんな事がまかり通るのか……?」

 

「通るんだなこれが」

 

彼が何か裏技でも使っているのか、それとも第二位の超能力者(レベル5)には何か特権でもあるのか、クロノには分かりかねる。

そんな事より、と垣根は端末を取り出してクロノに手渡した。

 

「色々世話になったな。面白いものが見られたりして楽しかったよ」

 

「いや……ロストロギアが関わる重大事件を、エンジョイされても何なんだがな……」

 

顔を引きつらせて端末を受け取ると、クロノは呆れ果てながらも、じゃあな、と立ち去ろうとした垣根帝督を呼び止めた。

 

「あ、ちょっと待て。なのはやフェイト、はやて達には言ったのか?帰る事」

 

「……あ、忘れてた」

 

言われて初めてハッとした。

どうやら素で忘れていた。

しかし今から彼女達に連絡をする気は無いらしい。

 

「まあ……お前から上手く言っといてくれよ」

 

クロノが再びため息を吐いて告げる。

 

「無理だ。……後が面倒だぞ、特になのはとか」

 

確かに、黙って消えたら後でなのはと、それに同調した彼女の友達連中もメール攻撃やらイタ電やらをけしかけてきそうだ。

それはそれで厄介だ。

高町なのははからかいやすい分、口車に乗せる等で対応できるがそのお友達連中が厄介だなと思った。

 

「……ま、追々メールで言うさ」

 

「結局事後報告じゃないか」

 

「良いんだよ。やったもん勝ちだ。……さて端末も今度こそ返したし、俺はそろそろ行くぞ」

 

そう言って歩き始めた垣根を、クロノは引き留める。

 

「そうはいかない」

 

直後、カッ!!と閃光と同時に、転移魔法の青白い魔方陣が展開された。

 

「ああ?」

 

魔方陣から現れたのは、見知った魔法サイドの面子。

具体的には、短めのツインテールの茶色い髪の少女。高町なのは。

長い金髪をツインテールにした少女。フェイト・テスタロッサ。

電動車椅子に座るボブヘアー風の焦げ茶色の髪の少女。八神はやて。

更にはザフィーラとシャマルを除いた守護騎士。シグナムとヴィータ。

そして、クロノの母であり時空管理局の提督。リンディ・ハラオウン。

垣根は眉をひそめ、面倒臭そうに顔をしかめる。

 

「お前……」

 

クロノは薄く小さく笑っている。

一計を講じられた。

垣根がクロノに連絡を入れた直後に、薄々何かを勘づいたクロノからなのは達に連絡が行っていた。

実はなのは達はアリサやすずかにも一報入れたかったのだが、何せ急だった為、早朝から呼び出すのも迷惑だと考えてやむなく断念した。

 

「君は学園都市の人間だ。次はいつ会えるのか分からないばかりか、もうこの先会う事は無い可能性さえある。別れの挨拶くらいはしていっても良いんじゃないか?黙って帰るよりは後腐れ無いと思うぞ」

 

「チッ」

 

面倒臭そうな表情のまま舌打ちをしていると、真っ先になのはとフェイトとはやてが近付いてきた。

分かりやすく不満タラタラの顔で口々に言ってくる。

 

「もう!また黙っていなくなろうとするんだから!」

 

「何も言われずにいなくなるのは、嫌だよ?」

 

「そやそや!わたしなんか連絡先もまだ交換してへんのに!しかもまた突然お別れとか、帝督くんはわたしの心の傷に塩を塗るんかー?」

 

プンプンと怒るなのは、少し寂しそうな雰囲気のフェイト、わざとらしいはやて。

垣根は目を細めて若干引き気味に答える。

 

「うるせえな。……つーか、八神のはツッコミに困るわ」

 

面倒臭さでうんざりしていると、

 

「黙って消えよーとするからだろー?」

 

「私としても、お前自身(主に以前の言動等について)や『未元物質(ダークマター)』というものにも興味はある。お前とも模擬戦の一つでもしておきたかったのだがな」

 

ヴィータがシグナムとゆっくり歩み寄りながら、かったるそうな声で言ってきた。

ちなみにシャマルとザフィーラがいないのは、任務中で抜けられなかったからだった。

ユーノとアルフも無限書庫の仕事で抜け出せなかった。

リンディまで近寄ってきて、うっすら微笑みながら彼の耳元で、やや小さめの声で告げる。

 

「……本当に、次はもういつ会えるかは分からないんでしょう?なのはさん達の気持ち、汲んであげて?」

 

「あんたまで言うか……。……、はあー、分かった分かった。別に大急ぎって訳でもねえし、少しぐらい付き合うよ」

 

たっぷりため息を吐いて、渋々受け入れた。

そんな訳で、垣根帝督と高町なのは達は流石に寒いので場所を移して、ハラオウン家に集まり、数十分ほど話す事にした。

テーブルに置かれた飲み物は、なのは達は皆紅茶なのに、何故かリンディと垣根だけ、いつものお手製抹茶ラテだった。

 

(だから何で毎回コレ出されてんだよ?何でこの人満足そうな顔しているんだ?まさか毎回出されたら一応飲んでたから、同志みたいに思われてんのか?)

 

しかもクロノが面白そうに笑っているのがムカつく。

多少不愉快だったが、もはや不毛だと思い、無視する事にした。

会話中、殆ど聞き手に周り、あまり自分の事を話さない垣根に、はやてが、

 

「帝督くんは何か将来の夢とか目標とかあるん?」

 

「垣根って呼べっての。……別に夢とかはねえな。目標は…まあ、あるにはあるか……」

 

「そうなん?何何、教えて?」

 

「嫌だ」

 

「何でや!意地悪やな~」

 

「意地悪で結構だ」

 

……等と、話した内容は、改めてこれまでの出来事についてや、この先の事。

他愛の無い雑談等、色々な事を話した。

その後も、なのはがからかわれてプンプンと怒ったり、フェイトが無茶振りされて焦ったり等と、本当に他愛の無い雑談がしばらく続いた。

そろそろ行くぞと垣根が立ち上がり、正真正銘、お別れの時となった。

マンションの出入口付近で対面する。

 

「じゃあ、改めて。世話になったな」

 

何て事無さそうに歩き始めた垣根のトレンチコートの左袖を、不意にはやてとなのはが掴んだ。

フェイトも無意識に右手を前に出していた。

怪訝な顔になって振り向く。

 

「……何だよ。まさか、俺との別れが惜しいってのか?」

 

ニヤリと小さくからかうように笑いかけてみたが、彼女達はそれに答えず、おずおずと言ってきた。

 

「……たまには、連絡もしてね」

 

「……また、会えるよね?」

 

「もう会えへんって事は無いよね?」

 

普通、可愛い美少女達にこういう事を言われたら、良い男やら漫画やラノベの主人公やらなら、気の利いた一言だったり歯の浮くようなキザったらしい一言を発するのだろう。

そして相手を照れさせたり惚れさせたりとかするだろう。

だが、垣根帝督にその常識は通用しない。

 

「さあな。ケースバイケースだろ」

 

「「「あっ……」」」

 

笑うのをやめて、それだけ言うと再び歩き出した。

袖を掴んでた指が外れる。

彼は両手をポケットに突っ込んで立ち去って行く。

段々小さくなっていく垣根帝督の姿を見つめていたはやてが、思わず、といった様子で不意に大声をかけた。

 

「……っ、またね!!」

 

何となく、さようならとは言いたくなかった。

彼は返事もせず、歩みを止める事もなく、振り向く素振りすら見せず、左手を一度ポケットから出して上げ、ヒラヒラと軽く振っただけだった。

それを見て、はやては仕方のなさそうにクスッと小さく笑った。

 

「……ホンマ、愛想悪いなぁ。帝督くん(、、、、)

 

普通なら、いや、本来なら出逢うはずの無かった、魔導師の少女達と超能力者(レベル5)の少年。

この科学と魔法が交差した物語が、終わりを迎える。

 

 

海鳴市の外れ辺りに停車し待機していた、1台の黒塗りの高級セダンに垣根帝督が乗り込んだ。

セダンはすぐに走り出し、学園都市に向かっていく。

後部座席から車窓を眺め、物思いにふける。

 

(前回と今回の一件で、対魔法の演算方法は完全にモノにできた自覚はあるが、この先どう役に立てるかは未知数だな)

 

魔法というものを知り、行使の仕方も理解はできても、能力者の自分では使う事ができない。

しかもそういう才覚もあの少女達のようには無い。

能動的に役立てる場面は今の所無さそうだった。

……だが、関係無い。

自分の野望や目標は、何も変わっていない。

揺らいでいない。

これまでも、これからも、この先も、目指すだけだ。

人の善意や神の奇跡やらに頼らず、ただ行動の結果によって未来を作る悪の道で。

自らのやり方で目的を達成する為に。

 

(あいつ等はあいつ等で、将来やら目標やらの為に進むと決めている。俺も俺の……_)

 

辿ってきた道も、この先歩んでいく道も、全く違うもの。

考え方も価値観も、住む世界も何もかも違う。

自分の人生と彼女達の人生は、この先永遠に交わる事は無いだろうしあり得ない、必要も無い、と垣根は思った。

今回がむしろ異常だったのだ。

もう二度と会う事は無いだろう。

そう思った上で、学園都市に向かっていく車窓にもう一度視線を向けて、思う。

 

(楽しいねえ。目的があるっていうのは、本当に楽しい)

 

「じゃ、戻るか」

 

年不相応な冷え切った暗い眼光をたたえ、口元に薄い薄い笑みを浮かべて、小さく呟く。

 

「闇の中へ」

 

           -終-




A's編はこれで終わりです。

無印編と同様に、書き直し前の内容は浅く薄かったので、結果的にほぼ全編書き直す事となり、書き直し前とは大分流れが変わる事となりました。

さて、これ以降の章では書き直し前の旧二次ファンやpixivで投稿していた中学生編ですが、序盤は大幅に書き直す予定でプロットを考えています。
ただし、それ以降は微修正等に留める予定なので大筋は変わらず、見る人にとっては内容が薄くつまらないかもしれません。
ですので、中学生編以降はpixivでのリメイク、再公開のみにとどめておくか、ハーメルンでも投稿するか現在は検討中です。

ともあれ、ここまで拙作を読んでいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

行間

あくまで行間なので、短めです。




5月。

闇の書事件から、もうじき半年。

高町なのは、フェイト・T(テスタロッサ)・ハラオウン、八神はやて、アリサ・バニングス、月村すずかの5人の少女達は無事、4年生になった。

はやての足も少しずつ良くなっていき、守護騎士達も健在。

フェイトは保留にしていたリンディからの養子縁組の申し出を受け入れた。

そして仕事面では、仮配属期間も無事終了。

なのは、フェイト、はやては正式に時空管理局に入局した。

 

 

 

 

 

 

……そんな訳で、時空管理局本局にて、

 

「なのはちゃん、フェイトちゃん、着替えできたー?」

 

「「はぁいっ」」

 

エイミィ・リミエッタに元気な返事をしたなのはとフェイトは、それぞれ武装隊士官候補生の白基調の制服と、執務官候補生の黒基調の制服を纏っていた。

ちなみに、フェイトは髪を下ろしたロングヘアーに変えていた。

 

「おー♪可愛い可愛い!」

 

ほっこりとした緩い笑顔を浮かべるエイミィに、2人は少し照れ臭そうにはにかんでいる。

 

「ありがとエイミィ」

 

「えへへ……。まだ何だか緊張します」

 

「すぐ慣れるよ。これからちょくちょく着る事になるかんね」

 

エイミィがフェイトのネクタイを軽く直しながら告げる。

そうしていると、マリエル・アテンザ、通称マリーがはやてと一緒に出てきた。

 

「はーいっ!こっちもできましたー!」

 

「あー、どもですー」

 

特別捜査官候補生になったはやてが、車椅子に座って制服を纏っていた。

基本的に車椅子のはやての着替えをマリーが手伝ったのだ。

 

「はやて」

 

「はやてちゃんかわいー♪」

 

「あはは~。2人もよー似合うてるよー」

 

笑い合う3人。

思えば、制服姿になるのは初めてだった。

 

「3人で制服揃い踏みだね」

 

となのはが言う。

 

「フェイトちゃん、髪下ろすと大人っぽいなー」

 

「ホントー?」

 

はやてにそう言われ、フェイトも嬉しそうに笑った。

3人とも、この春からはそれぞれの部署で働き始める事になる。

正式にリンディ・ハラオウンの養子となったフェイトは、基本的にはアースラチームと行動を共にしながら、執務官になる為の勉強中。

リインフォースが残した「蒐集行使」という凄いレアスキルを保有するはやては、4人の守護騎士と共にその能力が必要とされる事件に随時出動する特別捜査官。

ちなみに、指揮官適性も高いので将来は色々検討中らしい。

そしてなのはは、武装隊の士官からスタートして目指すのは、最高の戦闘技術を身に付け局員達にそのスキルを教えて導く『戦技教導隊』入り。

 

「でもフェイトちゃん、アースラ勤務になれて良かったですね」

 

「そーだね。艦長、ホントはなのはちゃんも欲しかったみたいなんだけど……流石にAAA級3人は保持させてもらえないって」

 

エイミィが苦笑いでなのはに告げる。

リンディの残念そうな顔が目に浮かぶ。

 

「なるほどー」

 

そこへはやてがフェイトに言う。

 

「おかーさんおにーちゃんと一緒で良かったなフェイトちゃん」

 

「うん」

 

フェイトは本当に嬉しそうに微笑む。

 

「わたしも基本的にはうちの子達と一緒やし、管理局は人情人事をしてくれるんやねー」

 

そこまで言った所で、はやては苦笑いになる。

 

「まーうちの場合は、レティ提督が5人纏めて高ランク戦力をゲットしよって計算もあるかもしれへんけど」

 

「「あーその計算は間違いなくある」」

 

と、エイミィとマリーが口を揃えて言った。

その時、武装隊所属の特別捜査官補佐となった八神はやての守護騎士ヴォルケンリッターの内3人、シグナムとヴィータとシャマルが歩いてきた。

 

「主はやて、こちらでしたか」

 

「皆!」

 

現れたシグナム達は、通常の局員の制服を纏っていなかった。

それを見てなのはとフェイトが怪訝そうな顔になる。

 

「あれれ?」

 

「シグナム、ヴィータ、その制服って……」

 

「武装隊甲冑のアンダースーツだ。局の女子制服は窮屈でいかん」

 

「こっちの方が馴染むんだよ」

 

フェイトの疑問にシグナムとヴィータが答える。

ただしシャマルは通常の制服を纏い、その上に白衣を着ていた。

 

「シャマルさんは制服ですねー」

 

「医療班白衣もセットですよ」

 

とシャマルがくるんっと1回転して見せた。

シグナムがフェイトに髪型に気付いて話していると、エイミィとマリーがはやてにデバイスの件に関する報告事項を言っていた。

 

「そういえば、はやてちゃんの杖(シュベルトクロイツ)ね、バージョン8の奴が届いてるはずだよ」

 

「あーホンマですかー?」

 

「杖は落ち着いてきたから、管制デバイスも早く作らないとですね」

 

と言った所で、ピピッとマリーに通信が入る。

 

「お、なのはちゃん!レイジングハートの補強調整終わったって!」

 

「あ、じゃ取りに行きまーすっ♪」

 

いつの間にかヴィータとじゃれていたなのはが反応する。

 

「私も行くね。シュベルトクロイツ受け取ってくる」

 

「はい!」

 

「マリーさんおーきにですー」

 

満面の笑みを浮かべ心底楽しそうななのはを見て、マリーは微笑んで告げる。

 

「なのはちゃん、ご機嫌だねぇ」

 

「はい!楽しいですから!」

 

 

 

一方その頃……、

 

『891号次元の一般的魔法史歴とその進化記録、それからさっき送った暫定ロストロギア指定物品の鑑定資料。これは遺失物管理班と上手く連携して資料抽出してくれ。それと裁判記録で探して欲しいデータがある。今一覧を送るから_』

 

「ちょ……ちょっと待った!」

 

と、クロノ・ハラオウン執務官の矢継ぎ早の注文を狼狽えながら一度遮ったのは、時空管理局データベース『無限書庫』の司書となった少年、ユーノ・スクライア。

 

「まさかそれ全部今週中にやるのか!?」

 

『そうだが何か?』

 

事もなげに答えたクロノに思わず憤り、吐き出すように叫ぶ。

 

「無茶言わないでくれ!こっちは長年放置されてた書庫内の整理だけでいっぱいいっぱいなんだから!!」

 

『そう言うな。忙しいのはどこも一緒だ』

 

相変わらず平坦な態度で告げるクロノに、ユーノの口調も揺れ始める。

 

「元はといえば局が怠慢だったからで!」

 

『それはそれ、これはこれだ』

 

開き直られた。

 

『司書としての権限はあるんだ。人を使え。指示しろ』

 

「うう……」

 

ここまで言われるとぐうの音も出ない。

もちろんクロノもただ無理難題を押し付けている訳でもない。

 

『何なら、依頼料を申請してスクライアの身内に頼んでも良い』

 

「当たってはみるけど……」

 

『そういった部分も含めて君には期待してるんだ。じゃあ今週中に頼んだぞ』

 

とはいえ、無理難題に変わりはなく、ユーノは苦虫を噛み潰したようになる。

渋々了承し、話しながらも作業に取り掛かる。

 

「一応了解……。捜索ヒット率の一覧を送るから、優先順位決めを…」

 

『了解』

 

そそくさと通信を切るクロノに、ユーノは再び顔をしかめブツブツと愚痴りながら作業を続けていると、武装隊士官の白い制服姿のなのはがフヨフヨと現れた。

 

「ユーノくん!お仕事忙しい?」

 

「あれ?なのは?いやまあボチボチと……」

 

意外な来訪者に、彼は目を丸くした。

なのはの真新しい姿に気付き、感想を述べる。

 

「制服届いたんだ。やっぱり白ジャケ似合ってるね」

 

「えへへ、ありがと」

 

素直に誉められて、少しだけ照れ臭そうに笑う。

 

「垣根くんにもフェイトちゃんとはやてちゃんの3人で撮った記念写真をメールで送って見せてみたんだけど、メールの返事はしないし、電話してみたら珍しく出てくれたから、写真の感想訊いてみたんだけど『あー?まあ似合ってんな』とか『良かったな』とかどーでも良さそうな感じでさあ…」

 

「あはは……彼らしいと言えばらしいけどね……」

 

と彼女は言いながら不満そうに若干むくれている。

ユーノは同情して苦笑いしつつ、内心こうも思う。

 

(と言いつつ、彼ともちょくちょく連絡をしているよね。何だかんだ言いながら垣根を気に掛けているし、フェイトとはやても垣根を意外と結構気にしているようだし、垣根の方がその気になれば案外仲良くなれそうなんだよね)

 

そんな事を本人に言ったら、なのはには全力全開で意地でも否定されそうだが。

仲良しも友達も、言えば両者から全否定される。

実際に会っている時は、度々口と意地の悪い垣根帝督にからかわれては、噛み付くようになのはが反発する様子が何度もあった。

しかし不思議となのはは垣根と話したりする事を避けたりはしなかったし、嫌ったりもせず彼が学園都市へ去った今でも連絡を取り合っている。

垣根も垣根で、普段は面倒臭がったり鬱陶しそうな態度を取っているものの、意外と彼女達をそこまで邪険には扱わなくなってきた。

といっても、ガン無視しなくなったとはいえ垣根が返事をする事はあまり多くなく、やや一方通行気味なのが心配な所で、フェイトを義妹として気に掛けて心配しているクロノと同様の、若干保護者的な目線でなのはが少し心配になっていた。

そう考えていた所で、あ、そういえば、となのはが訪れた理由を訊く。

 

「何か用事の途中?」

 

「レイジングハートのフレーム再強化と微調整が済んだから、受け取ってきたの」

 

なのはの手のひらで、フワフワと漂う待機状態のレイジングハートを見せながら言う。

 

「ピーキーだし、機能が独特だから調整が一苦労なんだって」

 

「カートリッジシステム入ってるもんね」

 

思わず苦笑い。

ミッド式インテリジェントデバイスにベルカ式のカートリッジシステムを組み込んでいる、特に一般的なストレージデバイスに比べて独創的な構造をしているので無理もない。

 

「お昼一緒に食べよう。お昼休み取れるようにわたしも手伝うよ」

 

「あ、ありがとう。正直助かる……」

 

言葉と同時に縦横無尽に動き回り、膨大な量の書物を運び回る2人。

忙しなく動きながら、ふとユーノが静かに告げる。

 

「なのはも今じゃ立派な魔導師だけど、時々少し考えるんだよ……」

 

「?」

 

「去年の春、あの時僕が、なのはと会ってなかったら……。なのはが魔法と出逢う事も無くって、そしたらなのははどんな風に暮らしてたかなって」

 

ユーノの脳裏には、去年のその時の事が浮かんでいた。

なのは、背後に浮かびながら作業しつつゆっくり語る彼の背を静かに見つめる。

 

「なのはが助けてくれなかったら僕も危なかっただろうし、色んな『もしも』を考えると、少し怖くなるんだけど」

 

そこまで彼が告げた所で、今度はなのはが言い始める。

 

「そうだね……、でもわたしはユーノくんとレイジングハートと、魔法に出逢えて本当に良かったと思ってるよ」

 

自然と、彼女は柔和な笑顔で話す。

 

「ユーノくんを助けられる力が自分にあって、フェイトちゃんと正面から戦って心を交わし合う事ができて、闇の書事件の解決のお手伝いができて、はやてちゃんとも友達になれて、本当に良かったと思ってるの。……あ、あとついでに垣根くんもね」

 

スッと書物を運び整理しながら、ユーノに近付いてきた。

そして彼にニッコリと笑いかける。

 

「皆あの日ユーノくんと遇えたからからだもんね。ユーノくんにはまだ教えて欲しい事とかたくさんあるし、今も一緒にいられるの凄く嬉しいから、『逢わなかったら』はあんまり考えたくないなぁ」

 

「うん……」

 

まっすぐな目で素直に言われて、少し照れ臭くなるユーノ。

なのははそう言うと離れていき、作業を続行する。

 

「これはこっちで良いのかな?」

 

「うん。ありがとう」

 

(……、ありがとう、なのは)

 

敢えて口に出さず、胸中で告げ自分も作業を再開する。

やるべき事は山ほどある。

こうしている間にも期限が迫っていく。

てきぱきと整理と依頼された資料抽出を行っていきながら、何となく、『彼』の事も思い出す。

 

(垣根……、君は今、どうしてる?)

 

ある意味で衝撃的だった、魔導師ならざる超能力者(レベル5)という存在との出逢い。

説明されても、正直理解し切れた気がしない奇妙な『未元物質(ダークマター)』という、正体不明の白い翼を出現させる摩訶不思議なスキル。

そして、垣根帝督という今まで会った事の無いタイプの人物。

戦闘記録を見る限り、敵対した相手には基本的に情け容赦無く徹底的に叩き、大ケガを負わせる事にも躊躇しない、年不相応でなのは達とは全く違う冷酷な戦闘スタイル。

またフェイトと同じく、悪意や殺意の有無に敏感で彼女以上に戦闘に慣れている。

クロノも何となく薄々感付いているらしいが、秘密主義で普段からプライベートを見せない彼だったが、それとは別の意味で何かを隠しているようだった。

生まれつきなのかもしれないが、何か含みを持つような雰囲気や印象の暗く鋭い眼光。

思い返してみれば、去年から出会い知り合った人々の中で唯一、垣根帝督という人物だけはユーノもクロノも殆どよく知らずじまいになっていた。

だからユーノは、いつかクロノを交えて野郎だけで顔を合わせて軽くでも良いから、互い互いの身の上話の一つでもしてみたいと思うのだった。

 

(……まあ、彼に次いつ会えるかは分からないし、中々素直に話してくれるとも思わないけど、一度くらいはそういう集まりとかもしてみたいよね)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オマケ劇場 ある日の音楽の授業

思い付きで書いてみました。

これも行間みたいなものです。


冬休み明けの聖祥小学校。

なのはのクラスは今、音楽の授業で全員が音楽室にいた。

今日は授業は、教科書の中に載っている歌を合唱しようという内容だった。

音楽科教師と児童達が教科書を捲り、話し合いながら候補を選んでいる。

なのは達も同様にしているが、アリサだけは若干かったるそうだった。

別に合唱が嫌という訳ではなく、教科書に載っている楽曲も別に特別これといって好きでも嫌いでもない為、やるなら早くやりたいから、早く決まれば良いなという程度の事だった。

しばらくして、女性の音楽教師が告げる。

 

「はい、皆さん。合唱の歌が決まりました。曲名は『翼をください』です。音楽を流すので、皆さんまずは教科書を見ながら歌ってみましょう」

 

ピクッ。

 

それを聞いた瞬間、約1名が静かに小さな反応を示した。

具体的には、その子の眉と口許が、僅かに歪んだ。

しかし教師は勿論、教科書に目を向けている他のクラスメイトも、誰もその子の反応には気付かないし知る由も無い。

 

「では始めます。…さん、はい_」

 

同時に児童全員が歌い始めた。

笑顔でゆったり歌ったり、元気良く声を出して歌ったり、特に表情を作らず淡々と歌ったりと様々だったが、1人だけ様子のおかしい子がいた。

表情が強張り、口許が不自然に歪み、発する歌詞も妙に途切れ気味、歌声も段々小さくなっていく。

それは歌が進むにつれて目に見えて悪化していく。

具体的に誰がどうなっているかというと、高町なのはが必死の形相で何かを我慢していた。

 

が、サビでコーラスの部分の歌詞の歌い出しで限界を迎え、

 

「_フフッ!」

 

ダムが決壊するように吹き出してしまった。

なのはの両隣の子が、歌いながら怪訝そうな顔で見てくる。

そう、彼女が我慢していたのは、笑う事。

笑いを我慢していた事と吹き出して視線を集めた事による恥ずかしさで、顔を真っ赤にしてうつ向き手に持つ教科書で顔を隠すなのは。

その様子を後ろの方から見えていたフェイトが、怪訝そうな顔で少し首を傾げていた。

 

〈……、なのは。大丈夫?〉

 

フェイトは念話でこっそり話しかけてみた。

なのはは少し焦った様子で答える。

 

〈ふ、フェイトちゃん!……だ、大丈夫。何でも、ないから……〉

 

〈本当に?後ろからだと、何か辛そうに見えるけど……〉

 

実際、端から見れば、何か苦痛を我慢しているようにも見えるし、アリサとすずかも心配半分、疑問半分みたいな視線を向けている。

何でもないはずがない。

 

〈どこか痛むとか、苦しいとか無い?〉

 

〈だ、大丈夫……。そ、そういうのじゃ、ない、から……ッ!〉

 

と言いつつ、なのはの体はプルプルと震えている。

余裕が無いのは明白だった。

フェイトは見ていて余計に心配になる。

 

〈大丈夫に見えないよ。理由くらい言って?助けになれるかは分からないけど……〉

 

〈でも、……ホントに、大した、理由じゃ……ない、から……。ホントに……、馬鹿馬鹿しい理由だし、話したら話したで……、フェイトちゃんに、迷惑かけちゃう…ッ〉

 

〈え、どういう事……?〉

 

意味が分からず、眉をひそめる。

言われた事を、しばらく頭の中で反芻してみる。

その時なのはは、こう思っていた。

 

(フェイトちゃんの…気持ちは嬉しい……けど、だから……尚更、巻き込みたくない……!)

 

そう、確かにフェイトの優しさや思いやりの気持ちは素直に嬉しい。

だが、だからこそ、そんな優しい彼女を道連れにしたくない(、、、、、、、、、)

事情を話せば確かに手っ取り早いのだが、最悪の場合、今自分が味わっているこの地獄に引き込んでしまう。

だが、

 

〈……分かった。なのは、話して?〉

 

〈フェイトちゃん!?〉

 

〈大丈夫、仮に理由を聞いたせいで、わたしに何かあったとしても、迷惑だとか思わないから。だからお願い、理由を話して?〉

 

フェイトは覚悟を決め、敢えて尋ねる。

それを感じ取りなのはも渋々、こちらも覚悟を決め、答える事にした。

 

〈フェイトちゃん……。……分かった、話すよ。でも、気を付けて。うっかり吹き出したりしないように、顔に力を入れて、冷静に、聞いてね……〉

 

〈え……?〉

 

ようやく、なのはは事の原因を説明し始める。

その間も、笑いを我慢してプルプルと震えていた。

 

〈えっと、ね。……実は、…………笑うのを、我慢……してたの……〉

 

〈えっ……?〉

 

〈というのもね、合唱の歌が、『翼をください』に決まった時から、……その……、歌詞を見る度に、か……、〉

 

〈か?〉

 

〈か……、垣根、くん、の……事、思い出しちゃって……。歌詞と歌を見聞きする度に、あの白い翼を……広げて空飛んでるの、想像、しちゃって……ッ!〉

 

〈……ッ!!〉

 

フェイトの全身が緊張で固まり、表情が強張る。

眉と口許が、にやけるのを我慢する為に不自然に歪んだ。

聞かなければ良かった。等と後悔してももう遅い。

つまり、件の経緯はこうだ。

合唱曲が『翼をください』に決まった瞬間、おそらく偶々なのだろうが、咄嗟になのはの脳裏に垣根帝督の姿が浮かんだのだ。

原因は単純に、歌詞にある『翼』や『背中』等だろう。

最悪だったのは、教科書の歌詞を見ながら歌っていくにつれて、ガラの悪そうな風体の垣根が『未元物質(ダークマター)』の天使のような6枚の白い翼を背中から生やし、羽ばたかせて空を飛び回るという、余計で不要な想像が膨らみ、それが笑いを誘う結果となった。

余計な事を考えちゃいけない、笑っちゃいけない、そう思えば思うほど、逆に妄想が捗ってしまい、ドツボに嵌まっていく。

 

〈な、なのは……!じゃ、じゃあ……我慢してたのって、笑う事、だったの……ッ?〉

 

〈一回、思い付いたら……、止まんなく、なっちゃって……!〉

 

うつ向いて教科書で顔を隠し、プルプルと震えて必死で笑いを我慢する、なのはとフェイト。

垣根帝督が6枚の翼を広げ大空を舞うという、無駄に妄想が広がり、巻き起こる笑いを我慢しているうちに、腹筋が痛くなってくる。

まさに生き地獄だった。

ちなみに、当の本人である垣根帝督は、既に聖祥小学校を退校手続き済みで、今はリモートカメラすら無い。

 

「……はい、では、次は教科書を閉じて歌ってみましょう」

 

音楽教師の言葉に、なのはとフェイトは目を剥き、胸中で絶叫した。

 

((もう勘弁してくださーいッ!!))

 

ピンと背筋を伸ばし、両手をギュッと握り締めて下ろして固まり、不自然に強張る顔をうつ向かせて、自然と小さくなっていく歌声。

流石に先生も気付いてきて、怪訝な顔になる。

だが、それを気にして取り繕う余裕は、今の2人には無かった。

それ所か、妄想は悪化の一途を辿る。

現実の、本来の彼では絶対にあり得ない、満面の笑み浮かべて両手を広げ、背中の白い翼をはためかせて無数の羽を散らし、

 

『アハハー♪ミンナオイデー♪♪』

 

本当にあり得ない、二重の意味でファンタジーで、メルヘンチックで気持ち悪いビジョンがなのはとフェイトの2人の頭の上に浮かぶ。

 

「「ブプフッ!!」」

 

限界だった。

もはや歌う事もできず、震えながらただただうつ向いている。

 

「高町さん、テスタロッサさん、大丈夫ですか?具合が悪ければ、保健室に……」

 

様子が変に見えた2人に音楽教師も心配になり、そう言ったが根が真面目な2人は、

 

「い……いえ……」

 

「だ、大丈夫…、です……」

 

別に体調が悪い訳でもないので、慎んで辞退した。

 

「そ、そう……?」

 

様子がおかしい事に変わりはないが、2人とも真面目で普段の授業態度や素行に問題のある児童ではない為、本人達を信じその意思を尊重する事にした。

そして合唱は再開されたが、絶えず襲い掛かる笑いの津波、感情抑制の苦痛、ある意味で魔法戦闘よりも困難であり苦戦を強いられ、すぐに限界を迎えた。

 

(く、苦しいよ~ッ!!もー無理だよ帰りたい!!)

 

(お腹痛い!!お腹痛い!!お腹痛いッ!!逃げ出したい!!)

 

顔を真っ赤に染めて涙目になり、お腹を押さえ、悶絶する。

まさに、授業という名の苦行であり地獄であった。

 

(誰か助けて!!死んじゃう!!おかし過ぎて死んじゃう!!)

 

(もうダメ!!頭もお腹もおかしくなっちゃう!!わたし壊れちゃう!!)

 

もはや、普通の女子児童がしてはいけないような、瞳孔が開き、上気して恍惚とした表情になっていたなのはとフェイト。

見る人によっては、卑猥な妄想にかき立てられるようなある意味酷い顔になっている。

そんな2人を見るに見かねたアリサ・バニングスと月村すずかが、行動を起こす。

 

「先生!やっぱりなのはとフェイト、調子が悪そうなので」

 

「私達で保健室に連れて行きます」

 

「そ、そう……ですか。では、お願いします」

 

戸惑いながらも音楽教師は頷き、後は2人に任せる事にした。

と同時に、アリサはなのはの、すずかはフェイトの、手首を掴んで歩き出し足早に音楽室を出て保健室へ直行した。

 

 

……そして、保健室に着くと、養護教諭がいなかった為仕方なく無断でベッドを利用する事にし、手を引っ張られている間に我に帰ったなのはとフェイトは、2人とも同時にベッドの枕に顔を押し付け、声だけを押し殺して今の今まで我慢していた笑いを一気に発散すべく、吐き出した。

事情や理由を知らないアリサとすずかは、その様子をドン引きして眺める。

数分後、笑いに笑ってスッキリしたなのはとフェイトは、恥ずかしがりながらアリサとすずかに謝り、事情を話した。

アリサもすずかも、垣根帝督が能力を行使している所を見た事が無い。

そこで、コッソリとレイジングハートとバルディッシュから記録映像のホログラムで垣根帝督の戦闘シーンを2人に見せ、その上で今回の出来事を改めて説明した。

初めて垣根の6枚の翼を見たアリサとすずか。

白い翼は綺麗だが似合わない、というのが率直な感想だった。

そして、今日の一件と組み合わせて考えると……、

 

「「……、フフッ」」

 

確かに笑えた。

とにかく、今度はアリサとすずかも加え、しばらくはフラッシュバックによる思い出し笑いの我慢を強いられたが、この後の授業は事なきを得た。

 

そしてその日の夜、なのははレイジングハート経由の有視界通信で今日の一件をユーノ・スクライアに、フェイトはエイミィ・リミエッタとクロノ・ハラオウンにそれぞれ愚痴り、消化する。

なのははついでに、携帯電話で垣根に八つ当たり同然の、今日の事に関する抗議メールを送り付けた。

 

ちなみに、垣根帝督からの返信はこうだった。

 

to 垣根くん

 

sub Re:今日は大変だったんだよ!!

 

ばーか死ね

 

           -END-



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

とある魔法と科学の群奏活劇(アンサンブル)
5years Later


基本設定は書き直し前と同様の、所謂、リリカルなのはシリーズの二次創作でよくあるA'sとStrikerSの空白期間の話になります。


高町なのはが魔法に出逢ってから5年が経った5月。

 

皆それぞれ成長し、見た目にも変化が見られていったが、この期間にも、彼女自身やその周りでは様々な出来事が起きていた。

主な事と言えば、なのはの負傷。それも相当な重傷を負った。

常人離れのハードなトレーニングや頻繁な実戦参加等の無理や無茶を続けていた為、身体に負担が溜まっていき、カートリッジシステムや身体的負荷を無視して無理矢理限界値を引き出すエクセリオンモードの使用等の様々な条件が拍車をかけた。

普通の魔導師ではできないレベルの事をこなせてしまう天性の才能が仇になり、なのは自身だけでなく周囲の認識をも甘くさせてしまっていた。

そして時空管理局入局2年目の11歳の冬に、それまで溜め込んできた無茶と疲労のツケが回り、僅かな油断と反応の遅れで瀕死の重傷を負った。

一時は空を飛ぶ事はおろか、歩く事さえ不可能になる危険性すらあった。

しかし、半年間に渡る過酷なリハビリにより回復し、復帰。

今ではすっかり快調になっている。

新任局員への戦技教導の傍ら、捜査官としても活躍し優秀な成績を残している。

余談だが、同時期にこういう事が影響したせいか、フェイト・T・ハラオウンは執務官の試験を2回ほどスベった為、今は無事に執務官になれたものの、彼女には禁句と化している。

現在は執務官として第一線で活躍し始めている。

一方、八神はやては猛勉強の甲斐あり、上級キャリア試験一発合格し、順調にしているがレアスキル保有者とかスタンドアロンで優秀な魔導師は結局、便利アイテム扱いで、適材適所に配置されないというのが悩み事だった。

色々先の事を考えて準備や計画はしており、とりあえず今は特別捜査官として色々な部署を渡り歩いている。

ちなみに、3年前の11歳の時に初代リインフォースの名を受け継いだ、小さな融合騎リインフォース(ツヴァイ)がはやてによって生み出された。

「ツヴァイ」と呼ぶのがあまり似合わない可愛らしい外見から、いつしか「リイン」と呼ばれるようになり、それが正式名称のようになってしまった。

八神家一同の愛情と薫陶を受けて育った小さな彼女は、かつて主と共に空を飛んだ自分と同名の融合騎を深く、静かに尊敬している。

クロノ・ハラオウンは現在、管理局提督となりアースラの艦長に就任。

エイミィ・リミエッタは管制指令になり、各々昇進後もコンビとして健在で、クロノを公私共に支え合う仲に。

ユーノ・スクライアは無限書庫の司書長になり、なのは達とはちょくちょく会ってはいるが、日々忙しくしている。

リンディ・ハラオウンは艦長職は退き、平穏な本局勤務となった。

 

……そして、学園都市第二位の超能力者(レベル5)、垣根帝督はというと、なのはが負傷した時期当たりから、皆が多忙になったりとやむを得ない事情が重なっていき、やり取りが疎遠になりまた垣根から連絡をする事が皆無だった為、今では音信不通の状態になっていた。

 

 

 

 

私立聖祥大学付属中学校。

なのは達が通っていた小学校と同じ聖祥大学の付属校で、小学校の時とは大分変わり、茶系統のブレザーに男子はスラックス、女子はスカートの制服で、中学以降は男女別の学校『だった』。

というのも、少子化等による生徒数の減少を理由に去年から普通の共学体制へ移行した。

しかし、それが彼女達の平凡なスクールライフに思わぬ影響を与えているとは、初めは思いもしなかった。

 

 

某日放課後。

校舎の屋上には、男女2人の生徒が相対していた。

黒髪短髪の、清潔感のある端整な容貌で物腰柔らかそうな、いかにも好青年的な雰囲気の男子生徒は緊張のせいか、顔が少し赤らんでいた。

対するのは、明るめの茶色く長い髪を左側のサイドテールにした、これまた端整な容貌の優しそうな雰囲気の美少女が、両手を後ろに回して僅かに申し訳なさそうな雰囲気の微笑を浮かべていた。

まるでこれから言われる事を予想し、もう既に答えを用意しているかのように。

顔を赤らめてうつ向いている男子生徒の彼が、彼女を彼女の友達を通じて呼び出したのだ。

彼は意を決し、顔を上げて口を開く。

 

「あの……来てくれて、ありがとう」

 

「うん。それで、お話って何かな?」

 

「えっと、うん……。それで、用事っていうのは……その、だから……」

 

顔を赤らめ、つっかえながらも勇気を振り絞って声をあげる。

普段の彼は品行方正で、学校内でも男女問わず人気がある。

そんな彼が、こんな雰囲気で人気の無い所に呼び出した行為が示す事は、あまりにも明白だった。

ついに彼は覚悟を決めて、告げる。

 

「あの……だから、た、た……高町さん!その、ぼ……ぼ……ぼ……、僕!小学校の時から、た、高町さんの事が!ずっと好きでした!!……だから、その、友達からでも良いので、僕と付き合ってください!!」

 

切実さがこもった彼の叫びに、告白された高町なのははたっぷりと時間を置いてから、答える。

 

「……その、気持ちはありがとうございます。嬉しいです」

 

「じゃ、じゃあ……ッ!!」

 

「でも、……ごめんなさい。あなたの気持ちには、答える事はできません」

 

「ええ!?」

 

丁重に断られてしまい、彼は露骨に狼狽えだした。

 

「も、もしかして、他に好きな人が!?」

 

「あ、ううん。そういう人は_」

 

一瞬、脳裏にとある人物の顔が過ったが、無い無い。絶対無い。と頭の中で振り払うように手をバタつかせた。

 

「まさか、やっぱり、魅神と付き合ってるの!?」

 

「え!?あ、いや、違うよ?あの人の、魅神君が勝手に言っているだけだから!それだけは絶対違うからね!」

 

今度はなのはが焦り始めてキッパリと告げる。

彼女は念を押すように言う。

 

「と……とにかく、お気持ちはありがたいけど、お付き合いはできません。今好きな人もお付き合いしている人もいませんから」

 

「そ、そっか……。分かった。時間を取らせて悪かったよ。じゃあ…………」

 

「うん……」

 

フラれて彼は意気消沈しながら、ノロノロとした足取りで去って行った。

しばらく立ち尽くすなのはに、彼女の親友4人が現れてきた。

長い髪を中学生になってからバッサリと短くして、雰囲気やイメージが少し変わったアリサ・バニングスと八神はやてがニヤニヤと悪戯っぽくにやけながらなのはに告げる。

 

「また振ったの?これで何人目よ?」

 

「まー小忙しいからしゃーない所あるけど、去年から3ヶ月に1人か2人のペースやからな。このままやと卒業までに15か20人斬りできるんちゃう?」

 

「もう、アリサちゃんもはやてちゃんも。からかわないでよー」

 

なのはが少し不貞腐れた表情で言った。

月村すずかとフェイト・T・ハラオウンは苦笑いを浮かべている。

 

「なのはも大変だね」

 

「なのはちゃん、優しいし可愛いからね」

 

「もー、そう言う皆だって、去年からわたしと同じような目にあってるでしょ?」

 

そう、この5人、なまじ容姿端麗な上、品行方正で性質や思考の違いはあれど全員中身の性格も基本的に良い善人という事もあり、学内だけでも同級生、先輩後輩問わず、相当な好印象を持たれており、異性からも同性からも人気が高かった。

しかし不思議と5人とも思春期真っ只中の中学生になっても、浮いた話が全く無く、一時はあの仲で例えばなのはとフェイトが、またアリサとすずかが、あるいはすずかとはやてが、という具合でデキてるんじゃないかと噂された程だ。

もちろんそんなのは事実無根なのだが。

 

(なのはちゃんが誰かとくっつくとしたら、ユーノくんやと思っとったけど、お互いがお互いを親友以上にみてへんし、2人ともワーカホリックと化しとるしなー。クロノくんはエイミィさんと仲良しやし、あとわたし達の共通の知り合いでくっつく余地のありそうな男の子は……)

 

はやてはそう思いながら、脳内で残った共通の知り合いの男子をピックアップしてみた。

1人は自分と兄妹みたいに仲良しではあるがなのはとはそこまで親しくはない。

もう1人は学校と管理局両面で関わり合いがあるが、露骨過ぎる下心と大して仲良くもないのに気安く頭を撫でようとしてきたりと馴れ馴れしく鬱陶しい上、自分の友達にも家族にも見境無くそういう態度で、同性には逆に不躾なので好感を持っていない。

苦手なタイプではあるが悪人ではないのが救いだ。

そして最後。ある意味漫才チックなやり取りをしていて、互いに砕けた態度で接していた。

何だかんだ言って互いに嫌い合う事もなく、そういう意味では自分を含めて一番仲良しになった気がする。

なのは本人は意地でも否定するだろうし『彼』は友人関係すら否定してくるだろうけど。

ただ残念なのは、その彼とは普段の関わりが著しく乏しい上、2年ほど前から音信不通になってしまった。

そんな事を考えながら皆で歩いて下校していると、なのは、フェイト、すずか、はやての告白連続斬りダービーみたいな話になっていた。

アリサがこんな事を言ってくる。

 

「……でも、なのは達も以前ほど忙しくもないんでしょ?仕事に学業に勤しむのも良いけど、華の中学生なんだし、恋愛や青春の一つしたってバチは当たらないわ。あんた達可愛いし性格も良いんだから選り取りみどりじゃない」

 

「うーん……そうは言ってもねぇ……」

 

「わたしもなのはも、今までそういう事をあんまり考えた事がないから、いざってなるとよく分からなくて……」

 

「わたしは家族の面倒含めていっぱいいっぱいやな」

 

といっても、実際の所時間を作ろうと思えば作る事はできる訳だが。

すずかがアリサに言う。

 

「そう言うアリサちゃんはどうなの?」

 

「そりゃあたしだって、人並みにそういう事に興味はあるわよ…」

 

と言った所でセリフを切り、どんよりとした表情で拳を握り怒りと気疲れを滲ませる。

 

「……でも、今はどっかの顔だけの鬱陶しいストーカー馬鹿の対策で精一杯なのよ……ッ!」

 

彼女のその一言で、全員の表情が曇る。

 

「「「「ああ……」」」」

 

何もその被害に遭っているのは、アリサ1人ではなく、この5人全員なのだから。

ちなみに、翌日はフェイト、更に翌日にはすずか、更に更に翌日にははやてが、そして更に翌日にはアリサが、それぞれ同級生や先輩に告白されては、全員見事に丁重に撃沈していったのだった。

 

そして更に翌日、今日は土曜日で学校はお休み。

しかし、クロノ艦長から召集指示が出た為、普段は部署等が違う為一緒の任務になる事が殆ど無くなっていたなのは、フェイト、はやての3人の他に守護騎士の4人、そして_、

 

「よし、召集呼び掛けた面子は揃ったな」

 

アースラのミーティングルーム。

クロノ・ハラオウンの言葉に、銀髪で碧眼の端整な容貌の少年が口を開いた。

 

「おいクロノ、折角久しぶりにアースラでなのは達に会えたってのに何なんだよ。まあなのは達と一緒で護衛任務とかなら別に良いけどよ。オレと一緒なら、なのは達も安心だろうし」

 

と言いながら馴れ馴れしく、なのはの頭を撫でようとしてヒラリと避けられたこの少年。

名前は魅神聖(みかみこうき)

両親が日系のミッドチルダ出身の良家の子息にして、フェイトと同様の形で中学から留学生として転校し、同級生となった。

成績優秀で運動神経も抜群、容姿端麗、莫大な魔力を有し魔導師としても優秀と、一見非の打ち所が無さそうなのだが、性格に難があり女好きの上素行もあまり良くなく、特に女性関係のスキャンダルも少なくなかった。

そんな好色家は転校初日に見かけたなのは達を気に入り、一方的に囲おうと彼女呼ばわりまでしていったのだった。

アリサには特に邪険に扱われているがめげない上、根っからの悪人でもない為、ある意味余計に厄介(むやみに邪険にできない)で彼女達は苦手に思っているが無下に邪険にできずにいる。

 

「好色家の君にそんな事は頼まん」

 

ピシャリと言い放つクロノ。

この男、エイミィにまでナンパした事もあった為、クロノも魔導師としてはともかく、人としてはあまり快く思っていなかった。

 

「何だとお前_」

 

「それより「おい!!」早速本題に入るから、皆資料とホログラムを見てくれ」

 

デバイスや端末に送られた件のデータとホログラムに目を向ける一同。

魅神もぶつぶつ文句を垂れながらも従う。

 

「今、局員なら特に知らない者はいないだろう。……有人管理世界での連続無差別テロ」

 

「うん、もちろん」

 

クロノの言葉にフェイトが険しい表情になって答えた。

無差別テロ、とだけ言えば単純に施設爆破等の破壊活動が真っ先に思い付くものだろう。

だが、この連続テロはそういう事以外にも金融機関等の強襲、強盗、単純な意味での無差別殺人や猟奇殺人、拉致誘拐、強姦等の性犯罪と……、およそ筆舌しがたいほどの凶悪犯罪と呼べる代物は全て犯されていた。

驚いた事に、被害者達も映像記録に残っていた加害者達も、老若男女問わず多種多様だった。

大規模な組織犯罪と本局は断定し対策本部を設置、また各有人管理世界の地上本部にも支部や武装隊を派遣し追跡調査を行っていたのだが、いまだに対象組織の規模や尻尾を掴めずじまいだった。

 

「その今まで不明だった事が調査隊の文字通り命懸けの任務により、判明してきた」

 

『ッ!!』

 

一同の顔が強張り、クロノに注目が集まる。

彼は構わず、努めて冷静に告げる。

 

「判明した組織は2つ。組織名は次元重犯罪者集団の『ワイルドハント』、もう一つは数年前から過剰な取り調べや不必要な容疑者殺害等の違反行為の累積で管理局を懲戒免職されたり、犯罪者として逮捕された後脱走をした者達が集まって結成された『Disciplinary Action(ディシプナリー・アクション)』通称DA」

 

資料やホログラムにはまず、『ワイルドハント』の正規メンバーの写真が映し出された。

メンバー数は6人程と少なく、それ以外の大勢は下部組織や末端の雇われ要員だった訳だ。

恐ろしい事に正規メンバーは全員が高い魔力と資質を有し、いずれも手練れと言えるレベルだと数値が表していた。

クロノが説明を続ける。

 

「それだけじゃない。彼等は手練れな上、全員が特殊形状のデバイスを持っている。詳細はまだ不明だが、ベースは通常のストレージデバイスだがそれぞれ独創的なカスタマイズを施されていて、見た目は原形を留めていない。その上、デバイスに格納する事ができる宝石状のロストロギアを全員が保有し、素の状態でも高い魔力が更に底上げされている。推定ランクは現状でもオーバーS」

 

息を呑む一同。

対象のテロリスト達は、凶悪な上決して楽な相手ではない。

先行派遣された武装隊が全滅させられた報告を受けた時も唖然としたが、それほどの敵だと首肯せざるを得ない。

 

「_次に、DAの方についてだが、」

 

とクロノが言った所で、退屈そうにイライラと足を動かしていた魅神聖が口を挟む。

 

「おい、話長げえよ。もう良いだろ?要はオレ達でそのテロリスト共をぶっ潰して片っ端から逮捕すれば良いんだろ。だったらさっさと動こうぜ。どんな相手だろーが、悪党にオレが負ける訳ねーんだ。全員一網打尽にしてやるぜ!」

 

「まあ気持ちは分かるが、最後まで聞いてくれ。確かに話は長くなるが、本当に重要な事なんだ」

 

「ちぇっ」

 

露骨に不機嫌な彼を諌めるようにクロノが言う。

正直、能書きが長くなっている自覚はあるが、全て説明すべき内容なので省く訳にもいかなかった。

 

「DAって、構成員が元局員だけなんだね」

 

フェイトが呟く。

資料によると組織名通り、懲戒処分を受けた『時空管理局員同士の互助組織』を建前として掲げているが、裏では『完全なる正義を実現する』という歪んだ信念の元に運営される秘密結社と化している。

その信念や理想に共感した局員や元局員、強大な権力者や不採用に終わった防衛企業等、シンパやスポンサーから資金・情報・技術の供与を受けて大規模化していった。

その内情は決して統制されたものではなく、武装カルト集団のようなイメージを受ける。

 

「しかも、禁止されてる質量兵器の銃火器の使用に、AMF(アンチマギリングフィールド)を出現させる未確認の機械兵器の運用て……」

 

「それ等を運用する事で、魔法資質の低い者達でも魔法に対抗できているのも、頷けますね」

 

はやてが呻くように声を発し、傍らのシグナムが相槌を打つ。

アンチマギリングフィールド、通称AMFはその名の通り、対魔法用の無効化ジャマーフィールドの事を指す。

平たく言うと、魔力結合を分解し打ち消すような効果で、魔法による攻撃を通さなくする機能で特に魔力素というエネルギーで構成し撃ち出したり刃等を作り出して戦闘に使うミッドチルダ式の魔法にとっては特に効果が高い。

ただし、物理攻撃に近い古代ベルカ式にはあまり効果的にはならない。

また、対処法が無い訳ではなく、魔力が消されて通用しなくても『発生した効果』の方をぶつける等の崩し方もある。

 

「……で、結局あたし達は何をすりゃ良いんだ?いつもみてえに皆それぞれの部署や隊に合流捜査や追跡とかに加わんのか?」

 

「いいや」

 

ヴィータの疑問に首を横に振り、クロノは否定した。

そして彼は予想外の事を告げる。

 

「今ここにいる君達で隊を編成し、チームで海鳴市やその周辺で警戒、待機をする。場合によっては現場に僕も出る」

 

「ッ!!それって……まさか……!」

 

息を呑みながら小さく口を開いたシャマルに、クロノは頷く。

一気に緊迫感がこの場を支配する。

彼が示している事は、明白だった。

 

「つまり、海鳴市周辺に、ワイルドハントかDA……もしくは両方が潜伏している、と……?」

 

守護獣形態で、静かに佇んでいたザフィーラの質問に、クロノはまた頷いて説明を再開する。

 

「ああ。しかも、諜報部隊の報告によると、ワイルドハントとDAは一時的に手を結びこの街での協力関係になった」

 

「おいおい、そいつはおかしいんじゃねーのか。両方とも腐れ外道のゴミクズ集団って事に変わりはねーけど、DAは腐っても『正義』を名乗ってんだろ?何でそんな自称正義の味方が悪虐非道の糞共と組んでんだよ」

 

魅神聖がウンザリするほど顔を歪ませて、吐き捨てるように言う。

正義というものには、彼も人一倍執着心があり、やや独り善がりな所が強い正義感を持ち、犯罪者や典型的な悪人を憎む事にはDAにも心のどこかで共感している節があった。

しかし、だからこそ、魅神は憤る。

正義が悪と組むなどあり得ない。

あってはならない、と。

 

「おそらくだが、呉越同舟みたいな理由だろう。君の言う通り、ワイルドハントとDAでは目的も思想も価値観も違う。唯一の共通点は、僕達時空管理局を邪魔に思っている所だけ。あくまで共通の敵に対抗する為に、今回だけという建前で組んでいるんだろう」

 

クロノの推測を聞き、余計に腹を立て怒りを滲ませる。

心の奥底で感じていた、必要悪的なDAに対する共感の念が消え失せた。

ある意味ワイルドハントより許せないと彼は思い、拳を握る。

 

「何が完全なる正義だ。悪党と組んでる時点でその風上にも置けねえ。このオレが纏めて粛正してやる!」

 

と魅神が息巻いていると、なのはが僅かに首を傾げた。

 

「……でも、そんなに多人数で管理外世界に潜伏するのって、簡単じゃないよね?管理局も大っぴらに介入しにくいのと同じで、現地側の協力が無いと色々と難しいんじゃ……」

 

言いかけて、彼女は言葉を切った。

 

「まさか……」

 

「ああ。未確定情報だが、それを裏付けるような報告も入った。これを見てくれ」

 

クロノ・ハラオウン艦長のセリフに呼応するように、エイミィ・リミエッタ管制指令がコンソールを叩きホログラムにとある場所の衛星写真が映し出された。

そこは日本の関東地区。

そこは内陸都市で海には全く面しておらず、基本的に平坦な地形で緑地は少なく、外周は高さ5メートル以上・厚さ3メートルの壁に囲まれ、完全に外部と隔離されている。

東京都西部の多摩地域の位置、東京都の他、神奈川県、埼玉県、山梨県に面する完全な円形の都市。

日本の国内外でも異彩を放つ、完全独立教育研究機関。

すなわち、

 

「Science Worship ……つまり、学園都市だ」

 

『ッ!!!?』

 

魅神聖以外の面々の表情が、驚愕に染まり絶句する。

彼女達の頭には、その街に今いるであろう、1人の超能力者(レベル5)の顔が思い浮かぶ。

クロノはそれを理解した上で、続きを言う。

 

「なのは達は覚えがあるだろう。だが、今は落ち着いて聞いて欲しい。続けるが、もちろん学園都市そのものが秘密裏にワイルドハント等に協力していると決まった訳じゃない。言うなれば、『学園都市出身のDAが彼等と協力関係を築いている』という事だ」

 

「ちち、ちょい待ち!どういう事や!?学園都市のDAて!?」

 

「DAって、元局員だけのはずじゃ……?」

 

「その協力組織も、DAを名乗っているって事……?」

 

はやて、なのは、フェイトの順に疑問を口に出す。

今度はエイミィが答える。

 

「うん。簡単に言うとね、資料の通り学園都市には志願学生から選抜される『風紀委員(ジャッジメント)』と教員有志の『警備員(アンチスキル)』という、2つの警察組織で基本的に治安維持を行っているの。それで、そこも同じく平たく言うと、元警備員(アンチスキル)Disciplinary Action(ディシプナリー・アクション)って訳。学園都市の内情は分からないし知りようもないけど、状況証拠から見て、管理局出身か学園都市出身かの違いはあるけど、思想ややっている事は同じと見て良いね」

 

学園都市側のDAが管理局出身のDAに協力している。

そしてDAを経由してワイルドハントも潜伏の協力を得ている。

追加説明すると、学園都市側のDAは動機こそ不明だが、学園都市の外へ離脱・逃亡を謀っていたらしく、いずれは次元世界への逃亡に元局側のDAに協力を頼んでいるらしい。

つまり、利害の一致で相互協力を行っている関係という訳だ。

しかし、そうなると、どうしても腑に落ちない事がある。

 

「……でも、どうやって関係を結んだのかしら。普通なら、お互いに存在すら知らないし知り得ないはずだし、知られたくもないはずなのに……」

 

シャマルが顎に手を当て、怪訝な声を発した。

そう、地球は管理外世界。

たとえ偶然、同じような事情で同じような名前の組織が別々に生まれたとしても、普通は関係を持つ所か関知する事すら難しい。

協力関係になるのは尚更困難なはずだ。

なのは達やかつてのギル・グレアム提督の場合は例外中の例外。

普通は両者が結び付く事などあり得ないのだ。

 

「ごめんね。肝心のそこがまだ、分かってないんだ。一番重要な事のはずなのに……」

 

エイミィが申し訳なさそうに告げた。

クロノが言う。

 

「……あくまで僕の推測だが、学園都市側のDAと元管理局側のDA、2つの間にそれぞれの事情や知識を持った仲介役……ネゴシエーターがいるんじゃないかと睨んでいる。逆にそういう存在がいれば、今の状況に引き込む事も不可能じゃない」

 

あくまでクロノ個人の仮説に過ぎないが、満更あり得ない話でもない。

だが、同時にその通りなら脅威でしかない。

 

「フン、元局員だろーが元ガクエントシだかワイルドハントだろーがどーでも良い。全部オレが監獄送りにして極刑にしてやる」

 

と魅神が鼻を鳴らしてつまらなさそうに告げる。

自信家で女好きのプレイボーイの彼は、犯罪者を1人残らず一網打尽にしてしまいたいのと同時に、なのは達の前で良いカッコをしたいという下心もあった。

そう考える事自体は別に悪い訳でもないのだが、自他共に認めるほど女性に対して非常にだらしない。

そういう理由で、なのは達は異口同音で同僚としてはそうでもないが、少なくとも男としては無理。というのが正直な所だった。

ともあれ、説明事項は終了。

後は各自、デバイスや携帯端末に転送された資料データを参考にし、小隊規模で分散し警戒、巡回を行い、隠密活動中の調査隊から対象の居場所特定次第、または敵から仕掛けられた場合は即時戦闘体勢に移行し、最低でも管理局側のDAとワイルドハントは全員逮捕、可能であれば学園都市側も捕縛する。

両方不可能でも最低限自衛と街の防衛は死守する……というプランとなっていた。

 

「……所で、学園都市側からは何か動きは?」

 

「自分とこのDA追っかけに、その警備員(アンチスキル)か何かが出てきたりとかねえの?」

 

シグナムとヴィータが尋ねる。

クロノは首を振った。

 

「いや、表立ってそのような動きは確認されていない。……ただ、所属が分からない護送車らしき車が、学園都市の陸路最大の玄関口である第11学区から複数台確認された。しかしDAに関する事も何も、学園都市側の公の広報等での発表も無い。もしかしたら、学園都市ではDAは裏社会の闇組織扱いで、仮に出発した護送車が学園都市の外へ出たDAの追っ手だとしたら、同じ闇組織の可能性がある。そこも留意しておいてくれ」

 

追っ手の可能性もあるが、逆に追加支援の可能性もある。

最悪の場合、学園都市そのものが加勢している可能性もまだ捨て切れない。

もしそうなら、こちらが敵の情報を集めているように、学園都市側含めてDAとワイルドハント側にも、こちらの情報が漏れている可能性すらある。

分かった事も少なくないが、不確定要素も多いので、仮説を立てているとキリがない。

これ以上野放しにして指を咥えて見ている訳にもいかないのだ。

 

 

「……よし、では解散。各自チーム別に任務へ」

 

『了解!』

 

言葉と同時に一同は散っていく。

と、その時魅神聖がなのはに声をかける。

 

「話長かったな~。……あ、良い時間だし、巡回ついでに一緒にランチ行こーぜ」

 

「あ、いや、魅神君、チーム違うよね?」

 

「そうだったか?まあ良いじゃんか。合同って事で。何か起きてもオレがなのは達を守ってやるからよ♪」

 

「そんないい加減な事……」

 

一度ミーティングが終わるとこれだ。

任務は毎度々問題なくこなすのだが、隙や暇さえあればなのは、フェイト、はやてを主に口説いてくる。

3人がいなければシグナムやシャマル、ヴィータ等々。

彼女達もいなければ他の女性局員に口説いたりとちょっかいをかけている女好きぶり。

しかし当然だが、DAのように違反行為等はもちろん犯さない。

最低限の上下関係は守るなど、一切やらかしをしないのが唯一の救いか。

 

「生憎だが、魅神三尉。君は『僕達』とだ」

 

「は?」

 

魅神の左肩に手を置いて、武装隊服のクロノが告げる。

魅神が鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするが、構わず彼は言う。

 

「チーム編成を見てなかったのか、それとも敢えてしらばっくれたのかは分からないが、そういう勝手は上官として許さん。ユーノと合流するから一緒に来い」

 

「えー、男しかいねーじゃねーか。オレヤだよ」

 

 

「僕だって好きで組む訳じゃない。任務なんだから我慢しろ。そんな好き勝手ができるほど、余裕のある事態じゃないんだから」

 

ちなみに、巡回・捜索時のチーム編成は以下の通りだ。

 

Aチーム

高町なのは

フェイト・T・ハラオウン

ヴィータ

 

Bチーム

八神はやて&リインフォースⅡ

シグナム

ザフィーラ

シャマル

 

Cチーム

クロノ・ハラオウン

ユーノ・スクライア

魅神聖

 

……ただし、ワイルドハントかDA、もしくは両方に遭遇した場合、無条件で遭遇したチームの元に他のチームが即時合流し集団戦闘しつつアースラと本局の双方に、緊急信号と支援要請を通達する手筈となっている。

 

「ちぇっ……、よし、じゃーなのは、フェイト、はやて。任務終わったら今夜ディナー行こーぜ」

 

にっこりと甘いマスクの笑顔で誘うが、

 

「わたしは家で食べるから」

 

「わたしも」

 

「わたしもや」

 

サラッと断って3人はそそくさと退散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして同時期、学園都市統括理事会は、学園都市外に無断外出・離反を行ったDAの一部隊を情報漏洩等の阻止を理由に、全員捕獲または殲滅、機材等情報源の全回収を秘密裏に、とある暗部組織に命じた。

統括理事会直下の組織名は『スクール』。

そしてそこには、1人の超能力者(レベル5)という戦術兵器級の怪物が所属している。

 

 

科学と魔法が交差する時、物語は始まる。




序盤はこんな感じです。

オリキャラの魅神聖ですが、元々は所謂ベタな踏み台型の転生オリ主キャラで書き直し前は無印編から出ていましたが、正直邪魔だったので全カットしました。
そして、合っても無くても良い状態の転生者設定も削除し背景設定も変更、性格も若干変更しています。
冷静に考えたら典型的な性格屑キャラのままだと、いくら実力者と評されるようでも、管理局員になれるとも思えないので(笑)

ある程度プロットは決まっていますが、ストックして書き直している訳でもないので、結構不定期更新になる見込みです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蠢く、悪意と悪意

学園都市。

東京西部の未開拓地を切り開いて作られた街。

面積は東京都の3分の1ほどで、外周は高い壁で覆われている。

人工はおよそ230万人、その8割は学生である。

ありとあらゆる科学技術を研究し、学問の最高峰とされるこの街には、もう一つの顔がある。

人工的かつ科学的なプロセスを経て組み上げられた、超能力者養成機関である。

学生を対象に『開発』されるこの能力は各人によって様々な種類に分かれるが、その価値や強さ、応用性などによって、無能力(レベル0)低能力(レベル1)異能力(レベル2)強能力(レベル3)大能力(レベル4)超能力(レベル5)と6段階で分類される。

 

そんな学園都市では、今年度になって1つ大きな変化が起きていた。

長年、序列含めて2人しかいなかった超能力者(レベル5)が、7人に増加し序列も確定したのだ。

ただし、第一位と第二位は変わらず不動の位置に留まり、名実共に怪物のトップランカーとしての地位を確立している。

 

 

「_それで、何で『外』に逃げ出した警備員(アンチスキル)のはみ出し者を捕まえに、俺達が行かなくちゃならねえんだ?」

 

走行中のステーションワゴンの後部座席に、ふんぞり返って露骨に面倒臭そうに言ったのは、茶色い少し長めの髪をした、鋭く暗い眼光の少年。

ボタンを留めずにラフな着こなし方で黒い学ランを纏い、白いシャツの下の灰色で薄手のインナーシャツが見えている。

見た目若干グレた不良生徒にも見える風貌。

身長は170cm程で足が長く、同年代の平均より少し背が高い。

怪物のトップランカーの片割れ、学園都市第二位の超能力(レベル5)・『未元物質(ダークマター)』の使い手、垣根帝督。

今年で14歳になる中学2年生のエリート能力者生徒であり、その裏では学園都市統括理事会直下の実行部隊、暗部組織『スクール』に所属しリーダーを担っている。

彼は車内でノートパソコンを開き、画面には『SOUND ONLY』のみの表示で通話していた。

通話の相手は、『スクール』の制御や連絡係を担うエージェントだった。

 

『そう言うな。今回の件も表沙汰にできない案件な上、一度「外」に出られると追跡が面倒なんだ』

 

「でもよ、そういう仕事(、、、、、、)はアレイスターのクソ野郎直属の『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』や『迎電部隊(スパークシグナル)』とかの役目じゃねえのか?」

 

そう、こういう仕事は本来『スクール』には来ない。

学園都市の暗部組織は、組織別にそれぞれ基本的に決まった役割があるのだ。

猟犬部隊(ハウンドドッグ)』。

学園都市統括理事長アレイスター・クロウリー直属の実行部隊。

アレイスター本人から直接命令を受けて行動し、嗅覚センサーを駆使して標的を追い、重武装で「さっさと殺す」任務に特化した部隊だが、あくまで短期間で決着を付ける事にのみ長けた部隊の為、中には長時間の緊張状態に置かれたり、逆に窮地に追いやられる事に慣れていない隊員も多い。

余談だが、部隊員は英語人名のコードネームで識別されている。

 

迎電部隊(スパークシグナル)』。

猟犬部隊(ハウンドドッグ』)と同等の部隊。

学園都市の情報流出防止と、それを行った者の(殺害も含む)徹底排除を目的とする。

 

『それが両方とも、1部隊ずつ斥候で派遣した先遣隊から連絡が途絶えたらしく、もしかしたら返り討ちに遭ったのかもしれない。しかも、流れてくる情報もおかしいんだ』

 

「おかしい?どうおかしいんだ?」

 

垣根が怪訝な声を発した。

 

『簡単に言うと、情報内容が要所要所で中抜けしているように、不明箇所や不詳箇所が出ているんだ。原因も不明。統括理事会も首を傾げているらしい』

 

つまり、収集された情報資料が、まるで櫛の歯が不規則に抜けているかのように中途半端な状態になっている。

しかも、そうなった原因が分からないとまできている。

 

『現状、詳細不明のままなのに、単なる追跡に戦力の逐次投入をする訳にもいかない。だから喪失リスクの低い上で今、手の空いてる暗部が偶々「スクール」しかいなかった。だからお鉢が回ってきた訳だ』

 

妙に既視感のある雰囲気だった。

だが、今回は調査依頼等ではなく、標的の捕獲または抹殺。並びに持ち出された機材や武器装備は全て回収または破壊。

アンノウンの検出もされていない。

ただ一つ、気掛かりなのは『とある街』に行き先が近いという事。

なまじ『外』での経験があるせいで、簡単に白羽の矢が立つようになっている事実に、垣根は不快感を覚えた。

 

「他の暗部は何やってんだよ、ガキの使いじゃあるまいし。……それと、資料にある俺の『未元物質(ダークマター)』をコソコソ研究してる連中の一部が、件のDAと一緒にいるってのは?」

 

『その研究している連中のはみ出し者らしい。ついでに回収するなり潰すなりするように、と上からのお達しだ』

 

「そっちがついでかよ、ナメられたもんだな」

 

『そう怒るな。上としては、第二位そのものが学園都市に存在している以上、ロクに人員もスポンサーも無い必要最低限のリソースしかない外での研究は、上手くいかないだろうとよ。サンプルもほぼ入手できてないだろうし』

 

「だからはみ出し者と鼻つまみ者の掃除のついでってか」

 

『まあそんな所だろう。とにかく最低でも、余計な情報漏洩さえ防げればそれで良い』

 

「了解。片付いたら俺から連絡する」

 

そう言うと垣根は通信を切り、提供された資料に目を通していく。

DA。

未元物質(ダークマター)』の研究。

それ等の協力者に関する情報が不透明な事。

意図的に隠しているというより、本当に学園都市側も掴めていないような不可解さ。

場所といい状況といい、やはりどこか既視感を覚える。

 

「……まさかな」

 

と頭に浮かんだ疑念を振り払う。

余計な先入観は不要だ。

とにかく、現状とそれまでの過程、目的は分かった。

DAと研究者、及び協力者の捕獲または殲滅をする事。

その為に最善を尽くす事を期待されているのだが……、

 

だが関係ねえ(、、、、、、)俺は俺のやりたいようにやらせてもらうぞ(、、、、、、、、、、、、、、、、、、、)

 

下部組織と他の『スクール』の正規要員にそれぞれ通達し、先行するように命令を下した。

そして再度、紙とデータの資料を見る。

中には懐かしさすらある幼少期の研究資料まであった。

とは言っても垣根帝督にとっては、忌まわしい過去の一つでしかない訳だが。

 

「……学園都市トップとの交渉の鍵を探し始めていたら、まさか俺についての研究記録が出てくるとはな。ま、お陰で足掛かりは見付かりそうだ。これと目標の連中の持ち出した情報によっては、ヤツとの交渉材料になるかもな」

 

彼の眼中にDAは無い。

依頼目的は表面上でも達成できればそれでも構わない。

本音を言うとDAがどこで何をしようが、自分の知った事じゃない。

 

「まずは上層部に、そして最終的には……。まだまだ時間も手間も掛かるだろうが、いずれ必ず手土産をたんまり用意して会いに行ってやるよ」

 

うっすらと小さく、邪悪な笑みを浮かべる。

 

「その頃になっても、俺を第二候補(スペアプラン)呼ばわりできるか?アレイスター」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜。

遠見市某所。

建設途中の高層ビルの構内には、人がいた。

本来夜中に工事中でもなければ無人のはずであり、不法侵入でもしなければ、無関係の人間は立ち入る事ができないはずだった。

ビルの中腹の階の打ちっ放しのコンクリートの空間には、見た目通りの半グレの男が5人ほどと機械仕掛けの杖を握った少女が2人。

そして壁際には両手両足をロープで縛られた少女が2人、横たわっている。

この上に無いくらいに分かりやすい、拉致・監禁の現場だった。

 

「こいつ等が例のご令嬢か。で、拉致ったけどどうすんだ?」

 

「ああ、バニングス社の1人娘と月村重工だか建設だかの娘だ」

 

「おー、じゃあ身代金たんまりせしめられるな」

 

「つーか中学生の割りには中々上玉じゃねえか。身代金だけブン取って売り飛ばそーぜー」

 

「その前に、味見で一回ヤっとく?」

 

好き勝手な事を口々に言い放つ男達に、縛られたままの少女達は対照的な態度で不快感を示す。

複合企業『バニングス社』の経営者一族の一員、デビット・バニングスとジョディ・バニングスの娘、アリサ・バニングスはキッと半グレ達と、その奥でふんぞり返っている年端もいかない少女2人を、忌々しそうに睨み付ける。

月村重工/月村建設の経営者家族の一員、月村俊と月村春菜の次女、月村すずかは、恐怖に怯えるような表情になりつつも視線の端でアリサを心配するように見ていた。

叫んでも何でもして助けを呼びたかったが、携帯電話は奪われ、2人とも口に布を噛ませられ、悲鳴も上げられない。

そうこうしていると、チンピラの1人が近付いてしゃがみこみ、

 

「よっしゃー、大人しくしてろよ。抵抗なんてすんなよコラー」

 

口に噛ませた布を取って言ってきた。

ぷはっと息を吸うと、アリサは怒りに任せて怒鳴る。

 

「っ!何なのよアンタ達!!あたし達にこんな事して何が目的!?早くコレ外しなさいよ!!」

 

相手の答えに予想はつくが、そう言わずにはいられなかった。

男達はギャハハハと下品な笑い声を撒き散らす。

 

「バーカ、良いとこのお嬢様を誘拐する理由なんざ、金に決まってんだろ」

 

「身代金いただいたら売り飛ばす予定だからよ、その前にちょっと楽しもうって訳だ」

 

「良いよな?」

 

1人がふんぞり返っている少女2人に尋ねる。

どうやら指揮を執っているのはこの半グレ達ではなく、小学生ぐらいの見た目をした、この少女達らしい。

1人は浅黒い肌に黒い短髪。

もう1人は白人系で茶色い長髪。

2人とも幼さの残る端整な容貌で、機械仕掛けの奇妙な杖を握っていて、何か技みたいなものも出していた。

アリサもすずかもその光景に見覚えがあり、おそらくその予想は当たっているだろう。

 

「ええ、良いよ。どうせ陽動と金目的だし」

 

「事が終わったらどの道、殺すつもりだし」

 

整った顔立ちを、邪悪な笑みを浮かべて歪めて簡単に答えた。

とても自分達より幼い子供が言う事とは思えない、とアリサとすずかは驚愕しつつも、夢中で叫ぶ。

 

「何であたし達がアンタ達の食い物にされなくちゃならないのよ!!」

 

「もう警察が動いてるはずです……。これ以上罪を重ねたら……!」

 

しかし、当然ながら彼等も揺るがない。

 

「バッカ、捕まるようなヘマするかよ」

 

「何せこっちにゃ警察じゃ分からない力があるんだからな」

 

少女達の杖が、怪しく発光している。

やはり魔法使い……魔導師。

アリサもすずかも、魔法については魔導師の親友を通してある程度知っていた。

だが、だからこそ、この状況の不味さが嫌というほど思い知らされる。

エリアタイプの結界魔法が展開され、これでは外からは同じ魔法サイドの人間しか感知も干渉できない。

しかし、時空管理局もそこに所属する友人達も、今の所自分達のこの状況に気付いた様子はない。

助けが来る気配は皆無。

それ等が示す彼女達へ訪れる未来は、あまりにも残酷で明白だった。

 

「だから諦めて、逆に楽しもうぜ」

 

「つーか服邪魔だな。ナイフで切り裂くか」

 

「良いねえ、そそるかも」

 

ニヤニヤと下卑た笑顔で折り畳み式のナイフをポケットから取り出し、ロクに動けないでいる2人に歩み寄ってくる。

アリサはオレンジ色のパーカーに茶色いショートパンツという服装。

すずかは白のトップスに青いセミロングスカートを纏っていた。

間違いなく、身ぐるみ剥がされて、犯される。

 

「いや!来ないで!!すずかに触らないで!!そうするくらいならあたしだけ……ッ!!」

 

「ダメ、アリサちゃん!!そんな事……!!」

 

迫ってくる男達の後ろで、少女2人はクスクスと心底面白そうに笑っている。

 

「お互いを庇い合うなんて、美しい友情ね」

 

「ねー。じゃあこのまま2人仲良く、一緒にレイプされたらどうなるんだろ?」

 

「面白そー。メチャクチャにされても同じ事言えるかな?」

 

「楽しみ~」

 

そんな会話がアリサの鼓膜を震わせ、彼女の怒髪天を突いた。

 

「何が楽しいのよ!!アンタ達ホント最低最悪の外道ね!!」

 

アリサがあらん限りの力を込めて、糾弾するがもちろん堪えない。

 

「ふん。今にそんな口利けないようになるよ」

 

「初体験がレイプで良かったねー」

 

そうしている間に1人がしゃがんできて、すずかの胸ぐらを掴んだ。

 

「んぅ……ッ」

 

「やめて!!すずかに触らないで!!」

 

すずかは反射的に仰け反るが、声を押し殺して悲鳴を我慢する。

分かりやすく恐がれば、むしろ相手の思うつぼだ。

アリサも叫ぶが、やはり意味を成さない。

 

「お、この娘、中学生の割りにイイ体してんな。おっぱいデカいし」

 

「じゃ、俺はこっちの気の強そうな娘にするわ。こういうの調教すんの楽しみだし」

 

「あんま無茶すんなよ?順番だからな」

 

「いっそ、口と×××に突っ込んで輪姦すか?」

 

「AVの見過ぎだろ」

 

「「……ッ!!」」

 

今度こそ、やられる。

手込めにされる。

2人は、ギュッと固く目を瞑る。

絶望感と想像したくないほどの恐怖感がわだかまる。

それを必死で我慢し押さえ込み、この先どんな目に遭わされても、どんな苦痛と陵辱を受けようとも、悲鳴も反応も我慢すると固く誓う。

最後の抵抗のつもりで。

 

「そういや見張りのヤツ戻ってこないな」

 

「便所じゃん?」

 

ゴッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

と、轟音が響き渡り、突如ビルのこの階の壁が外からまるで、解体用の重機に使われる巨大な球体形ハンマーを命中させたかのように破壊された。

 

「うおッ!?」

 

「おあッ!?」

 

「何だッ!!」

 

大小様々なコンクリートの破片や瓦礫が、無数に飛び散り、この場にいる全員を混乱に陥れた。

何が起きたのか分からない。

いや、壁が外から破壊されたのは分かるが、何故、どうやって、そうなったのかが誰にも全く分からない。

 

「おーいたいた、やっぱ人がいたか。変な色した半透明のドームみてえなの見付けたから、寄ってみたら案の定そういう事か」

 

もうもうと粉塵が舞う中、突き破られた壁の方から若い男の声が聞こえてきた。

全員の視線が、声のした方へ集まる。

見ると、そこには1人の男が立っていた。

肩に掛からない程度に長い茶髪。

端整な容貌だが、目付きと態度と服装で、半グレ達と似たような、何だかガラの悪そうな印象を与える謎の少年。

 

「取り込み中か?」

 

半グレ達は口々に、何だお前!! どうやって来やがった!? 何しに来た!! 等と怒鳴り散らす。

杖を持っている少女達は、自分達が展開している結界に、易々と異物の侵入を許した事に驚愕し、絶句していた。

 

「まあ俺には関係無いな。そこの機械でできた杖っぽいの持ってる女に訊きたい事があるんだ」

 

少年は壁を突き破ってから、奥の方でふんぞり返っていた少女達しか眼中に無いらしく、半グレ共にも、今の今まで体を縛られて身動きが取れないまま、強姦されそうになっていたアリサとすずかにすら、興味を示していなかった。

 

「ああ、お前等は帰って良いぞ」

 

ようやく彼等も視界に入れたかと思うと、まるでカラスか野良犬でも追い払うかのような気軽さで、片手を突っ込んでいたズボンのポケットから出してペイペイと鬱陶しそうに振って見せてきた。

状況の急激な変化に頭が追い付かず、アリサとすずかは縛られて横たわったまま、悲鳴を上げる事も忘れてキョトンとしている。

一方、いきなり現れた見た目中高生の子供に、お楽しみの時間を邪魔されたばかりかコケにまでされ、ブチ切れた。

 

「ふざけんじゃねえ!!」

 

「突き落としちまえ!!」

 

怒りに身を任せ、ナイフや角材等を手にして崖っぷちに立つ少年に殺到する半グレ達。

少年の方は、面倒臭そうに溜め息を吐いているだけで、襲い掛かられているのに全く緊張感が無い。

 

「邪魔しなけりゃ、無傷で見逃してやるっつってんのに……」

 

彼の軽薄そうな雰囲気が一変する。

ドロリとした禍々しい、魔法ではない目に見えない莫大な暴力が、少年の中から漏れ出す。

 

「何で雑魚に限って自滅したがるんだ?」

 

ドッッッ!!!!

 

少年を中心に正体不明の衝撃波が放たれ、向かってきた半グレ達を纏めて弾き飛ばし、ノーバウンドで壁に激突する。

 

「がハッ!?」

 

「うわあああッ!!」

 

「ぐああ!!」

 

「ぎあああッ!?」

 

「がぶっ!!」

 

打ちっ放しのコンクリートの壁に叩き付けられ、悲鳴と苦悶の表情を上げた。

しかも彼が放ったと思われる衝撃波は、後ろに立ち尽くしていた少女達をも凪ぎ払った。

 

「わあッ!?」

 

「くぅッ!!」

 

魔法を応用して何とか壁に激突するのを防いで踏み留まる。

そうする間に、学ランを崩した着こなしをした少年がゆっくりと歩み寄ってくる。

 

「うう…ッ」

 

「痛てぇよぉ……」

 

「ぐぅぅ……」

 

悶絶し死屍累々同然の半グレ達や、とばっちりで髪型を乱されたアリサとすずかにも目もくれず、少年は不気味なほど余裕と自信に満ちた薄い笑みを口許に浮かべて言う。

 

「さてと、テメェ等が手に持ってんのはデバイスってのだよな?つまりテメェ等2人は魔法使いって訳だ」

 

「「ッ!!」」

 

この男、魔法を知っている。

しかし、彼は魔法を使った様子が無い。

 

「このガキがあああああ!!」

 

不意に、背後から倒された半グレの1人が、起き上がってナイフを振り上げてきた。

しかし、

ドゴッ!!

少年は振り向きざまに右足を顔に横凪ぎに叩き付け、あっさりと沈めた。

 

「大人しく床に寝てろコラ」

 

そのまま倒された半グレの足を、乗っている瓦礫と床を支点に踏みつけてゴギンッ!!とへし折った。

 

「があああああッ!!」

 

激痛にのたうつ男を無視して、少年は向き直る。

 

「それじゃ改めて、テメェ等に色々訊きたい事がある」

 

「……っ、はあ?何で私達がアンタの質問に答えなきゃいけないの?」

 

「……そうよ。そもそもアンタこそ何者な訳?」

 

2人は攻撃魔法をいつでも放てるようにスタンバイしながら、夢中で言い返した。

しかし、少年は見る者の肌を粟立たせるような、果てしなく暗く鋭い、悪意と殺意に満ちた視線を向けて告げる。

 

「訊いてるのはこっちだ」

 

「「ヒッ!!」」

 

思わず悲鳴を漏らした。

視線と声色だけで、悪寒がした。

 

「これは『お願い』じゃねえ、『命令』だ。もちろん拒否権は与えない。正直に知っている事を洗いざらい話してくれりゃ、ここで見逃してやっても良いんだぜ。まあ逆らったら、なぶり殺しにでもしてやるか」

 

何て事ないような調子で、えげつない事を宣う。

ただの脅しではない。

この男は本気だ。

だが、少女達は裏社会としての経験不足か、観察眼が甘かったのか、若気の至りか、歯向かう方を選択した。

 

「うっさい死ね!!」

 

「これでも食らえ!!」

 

2人同時に、殺傷設定の射撃魔法を放つ。

無防備の人間なら、至近距離で被弾すれば致命傷は免れない。

少年は防御も回避もする仕草すらしていない。

 

(至近距離からの不意打ち!!)

 

(そのまま死んじゃえ!!)

 

逆転を確信した2人だったが、

グニャッ!

一瞬だけ、目眩がしたかのように視界が歪んだ。

 

「な、何……?」

 

「魔法が……ッ?」

 

少年に向かってまっすぐ撃った射撃魔法が、突如変化球のように軌道を変えて逸れていき、後方の彼が空けた壁の穴の方へ吸い込まれ、夜空の彼方へと消えていった。

撃った魔法は誘導弾の類いではない。

そんな『奇妙な曲がり方』をするようには設定していない。

直線にしか飛ばないはずの射撃が曲がるなど、あり得ない。

 

「交渉決裂だな。じゃ、ゲロってくれるまで痛い目見てもらおうか。何なら片方にゃ死んでもらうか?」

 

「「ひ_ッ!?」」

 

驚愕と困惑と恐怖に染まっていく、2人の魔導師の少女達に向けて、

 

メキメキメキ!! と。

躊躇なく少年の靴底が、まずは短い黒髪の少女の頬へとめり込んでいく。

 

「ば……?」

 

その瞬間、頬が歪み不細工な顔になった少女に、彼は構わずめり込んだ足をまっすぐ思い切り押し込んだ。

 

「ばごぶッッ!?」

 

反射的に発した悲鳴と同時に、蹴飛ばされて壁に激突した。

少年は更に前へ踏み込み、もう片方の長い茶髪の少女の顔も同じように蹴飛ばした。

 

「ぼっ、ぐっ!?」

 

壁に激突し、もう後退りもできない状況に追い込まれた2人は、血塗れになった鼻と口を押さえて辛うじて起き上がる。

そして防御と攻撃の魔法を行使しようと思ったその時、2人の目に映ったのは、同じ人間とは思えない冷徹な悪意と殺意に満ちた、化け物だった。

 

「大人しく応じてくれりゃ、俺が何者なのかは答えてやったのにな」

 

ベギィ!!!!!!

言葉にならない悲鳴と打撃音が響く。

それでも抵抗しようとデバイスを向けるが……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドッ!!ドッ!!バキッ!!グヂッ!!

 

数分後、2人の魔導師の少女は、顔から上半身を中心に打撲を受け青アザやコブだらけの血塗れになり、黒髪の方は気絶。

茶色い長髪の少女には、容赦なく何度も靴底がぶつけられていた。

 

「情報さえ寄越せば用はねえってのに、しつこく噛み付いてきやがって」

 

顔にグリグリとかかとを押し付けて、薄い冷笑を浮かべる少年……学園都市からの刺客の第二位の超能力者(レベル5)、垣根帝督。

2人の持っていたストレージデバイスは垣根に破壊され、顔や頭を主に蹴られた為、恐怖と苦痛と衝撃で冷静に演算もできない。

 

「こりゃ、大掃除しなくっちゃなあ?」

 

それが何を示しているのかは、あまりにも明白だった。

 

「ひぃ……!もヴやめで……!わだじだぢまだ死にだぐない……!」

 

打撲傷で腫れ上がり、涙と血に汚れてグチャグチャの顔で泣きじゃくり、怯えながら声を絞り出す。

そんな少女に垣根は冷たく告げる。

 

「なら、知っている事を全部吐け。それだけで良い。それでテメェ等を解放してやる」

 

意図的に提示された逃げ道。

再び抗えば、今度こそ殺すと暗に言っている。

迷う余地はもう無かった。

 

「……全部、話ず、がら……」

 

そこでようやく、足を下ろした。

彼はくだらなさそうな顔で、吐き捨てるように言う。

 

「ふん。初めからそうしろよカスが」

 

 

そして、文字通りボコボコにした少女から色々聞き出していると、後ろから声をかけられた。

 

「あ……あの……」

 

「あ?」

 

垣根が振り向くと、拘束されて横たわっていたはずの月村すずかとアリサ・バニングスが立っていた。

戦闘の余波の影響か、どさくさに紛れてか、縛っていたロープをお互いに協力してほどいたらしい。

2人とも薄汚れてはいるが、ケガはしていなかった。

声をかけたのはすずかで、アリサは彼女に止めるように小声で言う。

 

「(……ちょっと、やめなさいよ。あいつだってヤバいヤツかもしれないのよ?)」

 

その通りだった。

いくら自分達を拉致して監禁し、あまつさえ強姦や殺害をしようとした相手を倒してくれたとはいえ、突然乱入してきた男もマトモじゃない。

ビルの中腹からコンクリート製の壁を外から突き破って侵入し、訳の分からない力を振るって半グレ達も、主犯格とおぼしき魔法使いの少女達も、容赦なく暴力を振るい痛め付けていた。

いくら悪人相手でも、この少年の振る舞いはどう贔屓目に見ても、同じ悪人にしか見えない。

下手に絡んだらとばっちりを受けるかもしれない。

しかし、

 

「(……大丈夫、危ないと思ったら引き下がるから)」

 

すずかは不思議と、今は落ち着いていた。

小声でヒソヒソと話していると、ガラの悪そうな少年が僅かに怪訝そうにしながら、

 

「おい、何だよ?……ああそうだ、お前達は何か知っている事はあるか?」

 

「え……」

 

「あ……」

 

何か尋ねようと思っていたが、その前に逆に質問された。

しばらく互いに黙っていると、すずかが意を決して少年に、スッと右手を前に出しながら歩み寄ってきた。

 

「あの……もしかして、あなたって……_」

 

言いかけた所で、次の瞬間、バッと彼は彼女の右手を左手で払って、そのまま伸ばして首を掴んだ。

 

「あうッ!?」

 

「な!?やめ_」

 

「何か勘違いしてないか」

 

アリサの声を遮り、すずかの首を緩く絞めながら、少年は冷徹に告げる。

 

「俺がお前達をあのチンピラ共とクソガキ共から助けたとか思ってる?だから俺は安全だと?」

 

「やめて!!何かする気はないから!!お願いだからすずかを放して!!」

 

アリサが懇願するように叫ぶ。

 

「ったく」

 

パッと手を放し、苦しみから解放されたすずかは軽くケホッケホッと咳をする。

 

「すずか、大丈夫!?」

 

「うん……大丈夫。ありがとう、アリサちゃん」

 

(すずか……アリサ……だと?……いや、まさか…な……)

 

聞き覚えのある名前と声、名前を聞くとどことなく、年月の経過で成長し背格好は多少変わっているが、見覚えのある容姿。

だが、他人の空似という事もある。

少年は素知らぬフリをして、鋭く睨み付けて静かに告げる。

 

「知ってる事を正直に話せ。わざと隠したりするなよ?ナメた真似したら、このガキ共と同じ目に遭ってもらうぜ?」

 

「「……ッ!」」

 

思わず息を呑む。

やはりこの男も同類なのだ。

彼は構わず言い続ける。

 

「俺は自分が外道のクソ野郎だっていう自覚はあるが、それでも極力一般人にゃ手を出そうとは思わねえ。だから協力さえしてくれりゃ、暴力を振るおうとは思わねえ。ただし、俺は自分の敵には容赦しねえ。何も知らないならそれで良いが、わざと黙ったり嘘でも吐くなら話は別だ。理解できたか、お嬢さん達?」

 

アリサは露骨に警戒心を剥き出しにして見つめる。

さっき首を絞められたすずかも警戒はしているが、様子がアリサとは少し違う。

 

「……分かったわ。でも、あたし達もいきなり襲われて……。あいつ等の話からして、身代金目当てっぽかったけど。でも、お金だけ取って用済みになったら殺す気だったみたい。……犯されそうになったし」

 

「出かけた帰りに、後ろから無理矢理捕まって連れてこられただけだから……移動中は目隠しまでされたし……。何か、陽動……とか言ってたのは聞こえたけど……」

 

と、アリサもすずかも自信の無さそうに答え、少年もそうかい、とつまらなさそうに言う。

 

(陽動……何のだ……?)

 

「でもよ、金持ちのボンボンならこの辺りの街にゃそれなりにいるだろ?何でお前等2人だけなんだろうな?他に心当たりはねえのか?」

 

ハッキリとした動機らしい動機は思い当たらないと、2人とも首を傾げている。

 

「あの……私、気になってる事があって……。こっちからも1つだけ、訊いても良いですか?」

 

「すずか?」

 

「あん?まあ、良いけど」

 

すずかが、少年の顔をジッとまっすぐ見つめる。

彼もそれに気付き、僅かに目を細めた。

数秒の沈黙。

意を決し思い切って、どうしても訊きたかった事を言う。

 

「……人違いだったらごめんなさい」

 

彼女はまた間を置き、一度、深呼吸して尋ねる。

 

「……もしかして、あなたは……あなたの、名前は……、もしかして……垣根…帝督くん、ですか?」

 

「え!?」

 

少年より先に、アリサが反応した。

目を見開き、信じられない、と言わんばかりに見ている。

すずかは緊張を感じつつも、冷静に努めて彼を見つめ続けた。

少年の反応を見逃さないように。

彼は顔色一つ変えずに答える。

 

「いいや、違う」

 

「私達も正直に答えてあなたに協力しようとしました。あなたも……、正直に、お願いします」

 

「ちょっとすずか……、刺激するような事……」

 

「……、」

 

アリサが少し焦ったようにすずかに言う。

少年はしばし黙ってジロリと視線を向けるが、すずかも冷や汗を流しながらも怯まない。

 

(……へえ。目の前で暴れたり、自分の首を絞めた男を目の前にして、大した根性してるな。無鉄砲なのか肝が据わっているのか……)

 

薄く小さく笑って、口を開く。

 

「……良いだろう。お望み通り正直に答えてやる。お察しの通り、確かに俺の名前は垣根帝督だ」

 

「アンタ……!でも、どうして……!?」

 

「やっぱり……!背格好は変わってるけど、仕草とか雰囲気が、似てた…から……」

 

アリサはもちろん、すずかも少なからず驚いていた。

垣根帝督は、そんな彼女達に構わず確認するように言う。

 

「学園都市の外で、俺の名前を知っているって事は、やっぱりお前達は……」

 

「……あ、うん。私すずか、月村すずかだよ。5年振り……かな?」

 

「あたしはアリサよ、髪形は変わったけど。久し振り……って言える雰囲気でも状況でもないわね……」

 

色々な意味で、再開を喜ぶような状態でもないのだが、思わず、すずかとアリサの顔から苦笑いに似た微笑がこぼれた。

対する垣根は若干面倒臭そうな表情を浮かべ、今分かっている事実だけを脳内で並べ、考える。

 

(拉致の対象にバニングスと月村だけをピックアップ……。半グレはともかく、実行主犯のガキ共は魔法使い……魔導師。2人はある程度魔法を知っている……あの女達(、、、、)(ダチ)で……。結界を張っていたらこの拉致誘拐はこの世界の表沙汰にはできない……陽動とも言っていたらしい……)

 

アリサとすずかは、地球における時空管理局の民間協力者を担っていると同時に、この世界出身のエース級魔導師達の親友でもある。

それは管理局側にとって有意義な存在であるが、もし人質にでも取られれば、逆に大きな弱点として簡単に機能してしまう。

 

(それが狙いだとしたら、警戒対象かターゲットそのものになってるのは……。だとしたら、何故殺そうとした?一度身柄を押さえたっつー事実だけ連中に伝われば、それだけで十分だと?後は始末しようが玩具にしようがいずれにせよ、解放する気はなかったと……)

 

魔法サイドが今回の一件に大なり小なり絡んでいるなら、情報が歯抜けになったり、学園都市上層部も予想外に手を焼いていたのも納得できる。

確証が出た訳ではないが、場所や状況を鑑みる限り、その可能性は高い。

だがそうなると、腑に落ちない事がある。

 

(俺以外に両方知ってるヤツがいる(、、、、、、、、、、、、、、、)?)

 

もしそういう事なら、話は早いし合点がいく。

問題は、元々の所属は学園都市側なのか、魔法サイドなのか。

どうやって両方の知識を仕入れたのか。

どうやって双方を結び付け、騒動に発展させたのか。

目的は何なのか。

何人いるのか。

アレイスター・クロウリーにこの事は伝わってしまっているのか。

 

知りたい事、確認したい事は山ほどある。

ならば、やるべき事は決まっている。

 

(片っ端から情報という情報を、聞き出しに回るしかねえな。そして、張本人を何としても引きずり出してブッ殺す。そういうヤツからどんな形であれ、魔法関連の事がアレイスターのクソ野郎に漏れたらムカつくしな。それしか道はねえ)

 

「_ねえ、ねえってば」

 

そんな事を考えていると、すずかに声をかけられた。

垣根は鬱陶しそうに顔を向ける。

 

「……あ?何だよ?」

 

何故か、すずかとアリサは、心配そうな雰囲気の表情で垣根を見ている。

彼は怪訝に思った。

たとえそれなりの知り合いでも友人でも、最低な悪人に身を墜としていたら、そして自分の目の前にいて危害を加えられそうにでもなったら、警戒したり恐がったりして物理的にも精神的にも、距離を取るのが普通だろう。

なのに、だ。

 

「垣根くん、垣根くんは今……その、何を……してるの?何で……こんな事を……?」

 

「あたしも……聞きたいわ。アンタ……一体……、何があったの……?」

 

すずかもアリサも、垣根帝督の事は、学園都市第二位の超能力者(レベル5)としてしか知らない。

当然ながら、彼の裏の顔は知らないし知る術も無かった。

そしてこの先も知る必要もない。

 

「悪いが、その質問に答える義務はねえ」

 

突き放すように言うと、自分で空けた壁の大穴へ歩き出す。

 

「俺はお前達にもここにも、もう用は無い。ケガもしてないんだから大丈夫だろ?だから、俺は先にズラからせてもらうぜ」

 

「ち、ちょっと_ッ!」

 

「待って_ッ!?」

 

「あばよ。もう二度と会う事も無いだろうがな」

 

アリサとすずかが引き留めようと手を伸ばすが、届かなかった。

垣根帝督は、躊躇なく穴から飛び降りる。

高層ビルの中腹、決して地上から低くはない高さだ。

2人は慌てて駆け寄り、大穴から顔を出して下を覗き込む。

2人とも、強靭な戦闘能力を持つ超能力者(レベル5)の垣根が、この程度の高さから飛び降りても平気なのだろうとは思っていたが、彼女達は彼に聞きたい事がまだたくさんあった。

しかし、覗き込んだ下には誰もいない。

何も見えなかった。

追い掛ける事も不可能だと悟り、それからすずかが不安そうに呟く。

 

「どうしよう……。この事、なのはちゃん達に伝えた方が……良い、よね……?」

 

「そうね。良いか悪いかは別として、魔法絡みの事件に巻き込まれちゃった訳だしね……」

 

アリサは頷きながら答えた。

すずかは、チラリといまだに気絶したり悶絶したりしている半グレ達と少女達を見る。

 

「すぐに連絡したい所だけど、私もアリサちゃんも、携帯電話取られちゃったし……」

 

「仕方ないわ。公衆電話を探しましょ」

 

「うん。でも……この人達、このままにするのも……まずいかな……?」

 

「もう、お人好しなんだから。構ってる余裕無いわ!ホラ行くわよ!!」

 

アリサは少し困ったような表情をすると、すずかの手を握って引っ張り、早足で歩き出す。

 

「あ……」

 

すずかは手を引かれながら、壁の大穴を一瞥した。

彼女は歩きながら、胸中で自分が見聞きした、垣根帝督の言動を反芻する。

 

(垣根くん……、一体何があったの……?何で……)

 

音信不通になってからも、多少は気に掛けていたがまさか、こんな形で再会する事になるとは、思いもしなかった。

ついでに言えば首を絞められるとも思わなかった。

 

(何なのよ一体……!起きた出来事が多くて頭こんがらがりそうよ全く!!)

 

思いや考え方は違うが、アリサも同じ気持ちだった。

2人は夜中の街をしばらく歩き回り、ようやく見付けた公衆電話を使って、バニングス家の運転手を務める鮫島に迎えに来てもらい、ひとまず自分達の身の安全を確保。

そしてスペアの携帯電話でなのは達に連絡し、全身打撲の虫の息になっている犯罪者魔導師の少女2人は、管理局側に逮捕と同時に本局の医療施設へ収容され、同じく重傷を負った半グレ達は地元警察に逮捕、病院送りになった。

アリサ・バニングスと月村すずかの証言により、高町なのは等を始めとする地球現地に展開する管理局員達には、衝撃が走る事になる。

学園都市からこの街周辺に、学園都市第二位の超能力者(レベル5)という、怪物が現れた事に。




超能力者(レベル5)が7人になった時期については、完全にこの二次創作内での設定ですので、もちろん公式とは無関係です。
あしからず。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

正義を名乗る悪意

かなり焦って書いたので、粗や誤字脱字があるかもしれません。
気付かれた方は、遠慮なくご指摘ください。


同日深夜、数十分後。

遠見市の町外れに建つ薬品研究所の前に、学園都市暗部組織『スクール』のリーダーとして活動している超能力者(レベル5)、垣根帝督が立っていた。

有刺鉄線で囲まれたこの施設は、半分は研究所としてはデコイで、科学サイドと魔法サイド双方出身のDAのアジトとして機能し、半分はそれ等と同行しているはずの科学者が数名潜伏しているはずだった。

 

「ここか?俺の『未元物質(ダークマター)』をコソコソ研究してる連中のアジトは」

 

垣根は、直接聞き出した情報を元にここへ辿り着き、文字通り叩き潰すつもりだった。

 

(仮に吐かせた情報が嘘だったとしても、罠なら突破すれば良い。敵が出りゃ潰せば良い。……しっかし、やはりというか何というか、魔法ってのが絡んでいたとはな。つー事は、管理局とあの女達(、、、、、、、、)ともいずれ顔を合わせる可能性が高いって事になるか。厄介だな)

 

そう考えていると、面倒臭い展開になりかねないな、とウンザリして顔を歪ませる。

しかし、彼は頭をすぐに切り替える事にした。

 

(……いや、関係ねえな。知り合いだろうが何だろうが関係ねえ。俺の邪魔をするようなら、敵と見なして蹴散らすだけだ)

 

それだけ思うと、施設の搬入口から施錠された分厚い扉を蹴破り、内部へと侵入し始めた。

付近にあった自販機で購入した、缶ジュースを片手にしながら。

 

「お邪魔しますよーっと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

施設の更なる内部では、既に戦闘が発生していた。

上下左右全てが白いパネルで敷き詰められた、広めの通路で対峙しているのは、白ずくめと黒ずくめに白いマントのバリアジャケットを纏った2人の少女と赤基調の騎士服の小柄な少女、高町なのはとフェイト・T・ハラオウンとヴィータ、大型の防護盾やサブマシンガンのような銃火器を携えた10人と、10人の見た目時空管理局武装隊員の魔導師の姿をした男女だった。

執務官フェイトの、投降と武装解除の呼び掛けを無視し発砲してきた為、やむなく交戦状態になっていた。

 

『Accel Shooter』

 

「シュートッ!」

 

様子見で、1発だけなのはから放たれた桜色の魔力弾が、パヒュッと、見えない何かに触れて打ち消されるように消滅する。

 

「また無効化フィールド……!」

 

なのはが僅かに顔をしかめた。

フェイトの愛機、バルディッシュが告げる。

 

Searched jummer field(ジャマーフィールドを検知しました)

 

「アンチマギリングフィールド、また一段と強いのが……。AAAランクの魔法防御を……?」

 

フェイトも正面を見据えながら言う。

管理外世界の街で、魔法サイドの機械兵器を運用している事実に疑問を抱きながら。

傍らに立つヴィータも、グラーフアイゼンを振りかぶり、

 

「チッ、またかよ!どーりでこいつ等、全員デバイスじゃなくて銃を持ってる訳だ」

 

舌打ちして忌々しそうに言った。

3人とも、僅かに汗を滲ませている。

というのも、この場所を探知して侵入してから絶えず、AMFを発するドローン型兵器や学園都市製の駆動鎧(パワードスーツ)と交戦を繰り返してきた為、特に前線を担っていたAMFの影響があまり大きくないベルカ式のヴィータや、魔法の『発生した効果』をぶつけるやり方で突破してきたフェイトは、少なからず魔力と体力を消耗していた。

比較的、消耗の少ないなのはも、その分敵の実弾攻撃から味方の防御でそれなりの魔力とカートリッジを消耗している。

一方の警備員(アンチスキル)と武装隊員の格好をしたDA連中は、全員がAMF発生機能を有した装置でも身に付けているらしく、余裕そうにしている。

 

「我々は正義の為に行動している」

 

「何なら君達も、我々の元に来ると良い。我々が保護し管理してやる」

 

「適切な環境で適切な生活を。劣悪な環境で暮らさなくても良いんだ」

 

「これは正義の行いなのだ。精神的にまだ未熟な子供の君達が力に振り回され、利用されぬよう、我々大人がきちんと適切に見守らなくては」

 

「絶対正義は我等にあり」

 

狂信さを感じるセリフを口々に言い放つ。

ヴィータは露骨に表情を歪ませ、吐き捨てるように言う。

 

「ハッ、正義?笑わせんなよ。テメェ等のは独り善がりってんだよ」

 

「正義の名の元で、あなた方が何をしてきたと……」

 

フェイトもDA隊員達を睨む。

彼女達の態度に、少し落胆した素振りを見せ、銃を構えながら告げる。

 

「まあ良い。近いうちに知るはずだ、真の正義は我等にある事を」

 

その時、

 

バギャッッッッ!!!!

 

と。

白いパネルで敷き詰められた横の壁が、突如爆撃されたように粉砕され、大小無数の瓦礫が飛び散った。

 

『ッッ!!!?』

 

咄嗟になのは達3人は防御障壁を展開し、DA達は大型の防護盾で防ぐ。

粉塵が舞う中、壁を突き破って飛んできた物体を確認する。

それは、この施設の警備に使われている、学園都市では既に旧型の駆動鎧(パワードスーツ)の1体だった。

一同がそれから突き破られた穴の方へ目を走らせる。

 

「ぐぎっ!!ああああああああーッッ!?」

 

穴から、絶叫同然の悲鳴を上げて、ボロボロになったDA隊員が転がり込んできた。

 

「どうした、何事だ!!」

 

(一体何が起きて……?)

 

なのは達3人は、一瞬新手か第三の勢力の介入を想定し、固まっていざという時に強制脱出を考えておく。

クロノ・ハラオウンの班と八神はやての班には、通信を送っていたが、両方ともDAやワイルドハントと遭遇し戦闘状態に入っており、急行は無理なようだった。

 

「ああ、情報通り集まってんな」

 

もうもうと粉塵が舞う中から、軽薄そうな若い男の声が聞こえる。

目を向けると、学ランを纏った茶色い髪の少年が歩いてきた。

学ランもワイシャツもボタンを留めずにラフな着こなしで、右手をズボンのポケットに突っ込み左手に持った缶ジュースに口を付けながら、まるで夜遊び中の散歩でもしているような気軽さだった。

その気軽さで、見た目ただの中学生の少年が、施設内に侵入しDA隊員を倒したり駆動鎧(パワードスーツ)を駆逐しながら、突き進んできたというのか。

 

「何だよ、この俺を研究してるって割りにはセキュリティがザル過ぎんだろ」

 

魔導師……ではない。

魔法を行使した形跡は見えない。

だが、DAのように何か武器を手にしている様子もない。

しかし丸腰のただの人間に、これだけの現象を起こせるはずがない。

一体何者なのか、となのはとフェイトが考えていると、少年がこちらを一瞥して一瞬目を丸くしたようだったが、すぐに視線を外してDAに向けてゆったりと言う。

 

「それとも警備員(アンチスキル)のコスプレしてるような頭じゃ、機密保持の意味も理解できないのか?」

 

「……、あなたは何者ですか……?」

 

なのはが警戒をしつつ尋ねてみるが、彼は無視してDAの方を見て告げる。

 

「一丁前に警備員(センセイ)の格好してても、こっち側のクソみてえな悪党の臭いがプンプンするぞ」

 

DAの1人が、怪訝そうに答える。

 

「我々が悪だと?」

 

「自覚ねえの?じゃあ悪党以下だな」

 

嘲笑しているのが目に見えている。

場違いな気軽さと口調、余裕綽々の態度、全てがDA達の不興をそそる。

管理局の武装隊員姿のDAがトリガーに掛けた指をピクリと震わせ、少年に強い口調で言う。

 

「我々の活動は正義だ。我等こそが正義なのだ」

 

すると少年は缶ジュースの残りを飲み干し、持ったスチール缶をグシャッと握り潰す。

 

「正しさを掲げて疑わないってのが、一番の悪だと思うんだよな」

 

そしてそのまま投げ付けた。

 

「お前等の事だよ、カス」

 

潰れた空き缶が銃に当たり、カツンと音を立てる。

一斉ににDA達が銃口を少年に向けた。

 

「なっ……お前等!」

 

思わずヴィータが声をあげる。

見た目丸腰の相手に銃を向ける彼等に、怒りを覚えた。

しかし少年もDA達も、ヴィータには目もくれず耳も貸さない。

 

「何それ?自称正義の味方が丸腰の人間に銃を向けるのか?」

 

銃口を向けられても、少年は薄く冷笑を浮かべている。

その態度や仕草に、既視感を覚えたヴィータは眉をひそめる。

 

(何だ……こいつ……?)

 

「問題ない。不良学生鎮圧用のとても安全な模擬弾だ」

 

「あ?」

 

退屈そうに首を傾げていると、武装隊員姿のDAの何人かがストレージデバイスに持ち変えて構える。

 

「君はどうやら能力者という存在のようだが、未知のこれは防げるか?非殺傷設定だが魔法という安全なものだ」

 

彼等は得意気に言う。

 

「そう、安全なんだ」

 

「何せ、性能試験では何発浴びせても、的になった学生は死ななかった!」

 

それを聞いたフェイトが、驚きと怒りを織り混ぜた表情を浮かべる。

 

「何て事を……ッ!」

 

「ちゃんと生きたまま罪を全身で理解させる事ができる。安全な武器だ!」

 

なのはもヴィータも、目を剥いて彼等を見る。

 

「あなた達…、今まで何をしてきたの……ッ!」

 

「お前等、何が正義だ!やってる事悪党そのものじゃねーか!!」

 

それに答えず、彼女達と少年の双方に銃口とデバイスを向け、一斉に放つ。

 

「我々の正義を理解できない悪め!お前達も我々が正しく導いてやろう!!」

 

ドドッ!!

 

無数の光線と弾丸が襲い掛かるが、それらが命中する事はなかった。

少年の中心から、ゴォッ!!と正体不明の爆発と同時に烈風が発生し、弾丸も魔法も、DA隊員達をも纏めて凪ぎ払った。

 

「_ッ!?」

 

DAが混乱し狼狽える一方、吹き飛ばされた魔法の代わりに見境なく放たれた烈風から、なのはが前に出てヴィータとフェイトを展開したプロテクションで守る。

プロテクションと左手に握るレイジングハートを通して、防御した風圧の感覚に違和感を覚えた。

記憶の片隅にあった、奇妙な既視感が。

 

(何……この感覚……?)

 

視界が晴れると、その奇妙な違和感と既視感の理由を断定できる光景が広がっていた。

 

「安全だとか危険だとか関係ねえな。『超電磁砲(レールガン)』くらいまでなら、俺の羽は耐えられるぞ?」

 

少年の背中から、天使のような6枚の白い翼が生え、ゆったりと羽ばたいている。

DA隊員達だけでなく、なのはとフェイト、ヴィータの3人も驚愕に染まる。

何故なら、その翼とそれを操る人間を見知っていたのだから。

 

「き貴様その翼!まさかっ、第二位ッ!?」

 

「なッ何故ここに研究対象が……ッ!?」

 

主に元警備員(アンチスキル)のDAが切羽詰まった様子になる中、

 

「俺が何者なのか、誰にケンカ売ったのか把握したようだな」

 

うっすらと自信に満ちた笑みを浮かべながら、その学園都市第二位の怪物は告げる。

 

「そうだ、俺が『未元物質(ダークマター)』。垣根帝督だ」

 

服装はもちろん、背格好も成長し声変わりもしているが、その仕草の癖や態度。

そして何より、あの神々しさと禍々しさを内包する圧倒的な力の象徴、風貌と不釣り合いな正体不明の白い翼。

 

「か……垣根、くん……?」

 

「垣…根……なの……?」

 

「お前……何で、ここに……?」

 

思わずといった調子で、彼女達は小さく呟いた。

いいや、尋ねたつもりだったが、驚きのあまり震える程度にしか、唇さえ動かせなくなっている。

そして当の垣根帝督は、彼女達には相変わらず眼中に無いかのように目もくれず、

 

「が、学園都市第二位の貴様が、何故我々の邪魔をしに現れた!!」

 

「何故正義の道を阻む真似をする!?」

 

超能力者(レベル5)という才能を持ちながら、何という……」

 

「嘆かわしい、我々こそが正義だというのに」

 

何言ってんだこいつ等、と退屈そうにDA達を眺めていた。

そこへ、

 

「狼狽えるな、落ち着け同志達よ」

 

全身を特殊なプロテクターのようなアーマーを纏った、大柄な男が現れた。

態度と様相からして、この男は警備員(アンチスキル)DAのリーダー格なのだろう。

 

「学園都市第二位といっても、我々が教え導かねばならない存在というだけの事だ。それに、これは我等の正義がもたらした、またとないチャンスだ」

 

「あん?」

 

「哀れな子供には我等が正しさを教え導こう。力は正しく使うものだという事を、お前に教えてやる」

 

端から見れば、正義の名の元に独善的な暴力を振るっていた彼等がどの口で、と思うだろう。

だが、とりあえず今の垣根にとってはどうでも良かった。

が、

 

「それから正義の礎となってもらおうじゃないか。だから、まずはそのふざけた羽を仕舞え」

 

「あ?ふざけてんのはテメェ等の方だろうがクソッタレ。本格的に頭沸いてんのかよ……。ま、どうでも良いけどな」

 

鼻で笑いながら吐き捨てるように言う。

 

「お前等が持ってる情報を全部よこせ。大人しく従えば、無傷で見逃してやっても良いぞ」

 

「調子に乗るなよ悪党。残存している隊員を集めろ!正義を行使す_」

 

言い終わる前に、垣根が奇襲を仕掛けた。

白い翼の内の1枚がギュンッ!!と伸長し、アーマーを纏った大男をドッと突き飛ばした。

軽傷では済まないほどの衝撃を受けたはずの男は、不思議と後方に数センチ押されただけで表情に変化も無かった。

 

「うむ、それが『未元物質(ダークマター)』か。だが私が着ているこのアーマーは、試作品だが対能力者鎮圧用でな。複合金属製の装甲と内部に詰まった衝撃吸収ジェルで、あらゆる属性の攻撃を減衰、無効化するのだ」

 

得意気に語りながら、男はこれまた学園都市製とおぼしき折り畳み式のサスマタを構えてきた。

それも本来は警備員(アンチスキル)用の装備なのだが、改造が施されている。

 

「哀れだな。正しさも分からぬまま、ただ能力開発に従う子供というのは」

 

「はは、何だそりゃ。サスマタでこの俺を捕まえようってか」

 

「軍用品の数倍、1000万ボルトが流れると言っても笑えるか?」

 

バヂィッ!!と威嚇するように高圧電流のスパークを見せてみる。

明らかに、学生所か人に向けるべき代物ではない。

 

「それ死ぬんじゃねえの?さっきのヤツも、模擬弾の安全がどうのとか抜かしてたが」

 

いつの間にか、他のDA隊員が集結し、垣根帝督に銃口を向けて構えていた。

 

「死ぬのは我々の、絶対正義を理解していないからだ」

 

「押し付けがましいのも大概にしろよ。お前等ただのカルト集団じゃねーか」

 

ヴィータが吐き捨てるように口を挟んだ。

しかし彼等は揺るがない。

他人から見て支離滅裂でも、彼等なりの理屈が確立しているからだ。

故に、説得が中々通じない。

 

「哀れな子供よ。そして時空管理局という脆弱な正義の使者よ、お前達のその不完全な力も我々が管理し更正させてやらねばなるまい」

 

「……そぉかよ」

 

垣根は、6枚の翼を広げてくだらなさそうに告げる。

 

「だがそのアーマーとやら、所詮は『普通の能力者』の相手を想定して作られたもんだろ?」

 

「何?」

 

次の瞬間、垣根帝督の真っ白な6枚の翼が巨大化し凄まじい勢いで伸長し、一斉に襲い掛かった。

爆発的な射出があった。

 

「俺の『未元物質(ダークマター)』に、常識は通用しねえ!!」

 

ドンッ!! という轟音が炸裂した。

回避も防御もする間も無く、武装隊員姿のDAは凪ぎ払われ壁に思い切り叩き付けられた。

そして警備員(アンチスキル)姿の方は、体を易々と刺し貫かれ鮮血を撒き散らす。

 

「どんな属性の攻撃であろうと、そのエネルギーを減衰すれば_っ!?」

 

全身に特殊なアーマーを纏った大男も、両腕でガードしてみせた直後、目を疑う現象が起きた。

未元物質(ダークマター)』の攻撃で影響を受け、右腕が風化するように肘から先が消失し、左腕も同じく肘から先がグチャグチャに捻じ切られるようにズタズタになり、原形を留めていない。

ようやく惨状を理解し、ぼとぼとと赤黒い血を大量に流しながら絶叫する。

 

「ぬおおおおおッ!!なぁッ!!何故だあ!?何が起こっている!?ぬああああおおおおおッッッ!!!?」

 

受け入れられないほどの現象と激痛に、喉を震わせて絶叫するもそのまま、ゴシャァッ!! と倒れ込み気絶してしまった。

 

「ま、まだだ!!やれ!!」

 

「最低でも脳さえ確保できれば良い!!」

 

「この悪を殺せ!!」

 

残存している隊員が狼狽えながらも、駆動鎧(パワードスーツ)や無人ドローン型兵器も集結し、一斉に発砲したり魔力弾を放つがもはや結果は見えていた。

状況的には高町なのは達も垣根に加勢しようかとも思ったが、その隙すら無いほどの蚊帳の外同然の、圧倒的なワンサイドゲームに終始し、そう時間も掛からなかった。

 

 

 

「_啖呵切っておいて10分程度で全滅かよ。全く、拍子抜けってもんだぞ」

 

無秩序に暴力を振るい、君臨する垣根帝督という怪物は、心底失望し退屈そうな口調で、両腕を失って気絶していた大男を蹴り付けた。

 

「さて、お前がリーダー格だな。わざと生かしておいた理由は分かってるか?」

 

激痛に悶えながらも、大柄な男は恨めしそうに垣根を睨む。

 

「ぐっ……。正義を理解できぬ哀れな子供が……、我等に牙を剥いてタダで済むと思っているのか……ッ!!」

 

「はぁっ。そういう口はよ……、地面に這いつくばりながら言うもんじゃないだろっ」

 

ガスッ!! と思い切り胸を繰り上げ、アーマーもその下の骨をも砕く。

 

「ぐげっ!!が、はっ……!?」

 

「この状況で虚勢を張られるなんて見くびられたもんだな。これだからザコは救いようがねえ。何を企んでいるか、あと何より、テメェ等学園都市の人間と魔法サイドの人間、この2つを結び付けた仲介役……ネゴシエーターの類いのヤツがいるはずだ。それについて全部言えば許してやるよ。さっさと喋れ」

 

「貴様のような……力を正しく使う事も……できぬ能力者に……、話す事など何も無い……!!」

 

「おっと、手が滑った」

 

ゴリリ!!

という音が聞こえた。

 

「あ、ぐおぁあああああッ!?あぁあああ一体何がぁ!?」

 

何が起きたか分からなかった。

垣根は相手には触れていないのに、男の体が見えない何かに踏みにじられる。

 

「騒ぐなよ。研究してるなら知ってるだろ?『未元物質(ダークマター)』はこの世界に存在しない物質を生み出す。その物質に既存の物理法則は通用しねえ。使い方次第で、こんな事もできるっつー訳だ」

 

体がビクンと震えた。

傷口の赤黒い血の染みが、圧迫を受けてあっという間に広がっていく。

 

「気分はどうだ?忠告を聞き逃すから酷い目に遇うんだよ」

 

更に垣根の能力が重圧を増す。

男は吐血しもがき苦しむ。

 

「だが、今日は特別にもう一度だけチャンスをくれてやる。愉快な死体になりたくなきゃ、質問に答えろ」

 

「ふ、ふふふ……はは、ふははははッ!!」

 

突然、何の脈絡もなく笑いだした。

それを見て、垣根帝督は眉をひそめる。

 

「あん?何笑ってやがる」

 

「くはは!貴様が滑稽だからだ。何も知らぬ子供がイイ気になるなよ!!お前は我等にとって明確な悪となった。研究素材を裁けるとなれば、あの計画が本格始動するだろう!!」

 

「計画?テメェ等如きが、しかも学園都市の外で俺の『未元物質(ダークマター)』を研究して何をする?」

 

「話した所で、我等の正義を理解できるはずもない。哀れな能力者だ……。二番手で足踏みをしている害獣如きではな!!」

 

その一言に彼は僅かに苛立つが、敢えて静かに告げる。

 

「へえ、言い遺す言葉がそんなんで良いのか?」

 

「ははははは!!感謝してやるぞ害獣!!悪は粛清され、絶対正義である我等は新たな力を得られる!!私の正義は別部隊の同志達に託す……」

 

明らかにマトモな目の色をしていない。

極端な思想に染まりきった狂気的な目をしている。

 

「絶対正義は我等にあり!!」

 

「はあ、戯れ言は飽き飽きだ。消えろコラ」

 

興醒めだ、といった調子で吐き捨てる。

 

「待って!!もう_ッ!!」

 

と、フェイト・T・ハラオウンが駆け寄って制止しようとしたが、間に合わず垣根の足元で、男は絶命した。

なのはとヴィータは、この惨状の中で生存者の確認と最低限の治癒魔法を行使していた。

よく確認してみると、学園都市出身のDA隊員は皆殺しにされていたが、元管理局員のDA隊員は重傷を負わせているものの、全員が気絶で済まされていた。

フェイトの声を無視して、垣根は呟く。

 

「はん、どうやらアレイスターのクソ野郎以外にも、俺を甘く見ている連中がいるようだな。しょうがねえヤツ等だ。まずはそいつ等にも、思い知らせるとするか」

 

ゆっくりと歩き出し、奥へ進もうとすると、

 

「待って!!」

 

再び彼を呼び止める声が聞こえた。

心底面倒臭そうな顔をして、垣根帝督は気だるそうに振り向く。

 

「……んだよ」

 

目を向けると、予想通りバリアジャケットにデバイスを携えた高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、ヴィータの3人が走って近付いてきた。

彼女達もヴィータ以外は成長し背格好もバリアジャケットのデザインがかなり変わっているようだったが、それでも、一目見れば誰が誰だかはすぐに分かった。

 

「あ……、えっと……」

 

「あ……」

 

「……、」

 

呼び止めたは良いが、何て言って良いのか分からなくなった。

退屈そうな垣根とは対照的に、哀しげで複雑な面持ちのなのはとフェイト。

ヴィータは警戒心を全面に押し出して見せているが、同じ気持ちだった。

なのはもフェイトも、古い知り合いに会えた喜びを最初の一瞬だけ、驚きと同時に感じたが、それはすぐに消し飛んだ。

他でもない、彼の所業によって。

敵が重犯罪者同然で、殺意を向けられていたとはいえ、何の躊躇も無く相手を殺戮し、尋問しながら残虐にいたぶって最後はまた気軽な様子で殺害してみせたり等と、彼が垣根帝督である事に間違いないのだろうが、明らかに自分達が知っている垣根帝督ではなかった。

管理局員としての視点でも事情聴取を試みたい所だが、あくまでも任意同行が限界だろう。

局員に危害を与えた訳でもなく、少なくとも魔法サイドの人間を殺害した訳でもなく、一応正当防衛が成立する状況ではあった。

 

「垣根、くん……だよね?」

 

やっと出た一言だった。

両手をズボンのポケットに突っ込み、垣根は煩わしそうにコキコキと首の関節を鳴らして答える。

 

「ああ。俺は正真正銘、垣根帝督だ」

 

「でも……、何で……」

 

「あ?」

 

今度はフェイトが、震える唇を動かして小さな声で、尋ねる。

 

「……どうして、こんな事を……?何で、そんな……、簡単に_」

 

「_人殺しができるんだってか?」

 

「「「ッ!!!?」」」

 

彼は予想していたらしく、質問を先読みして告げてきた。

目を見開き、言葉を失い、全員の喉が引きつる。

垣根帝督は僅かに眉を眉間に寄せて、薄い薄い邪悪な笑みを浮かべている。

 

「何で……どうして!?」

 

我慢できず、吐き出すようになのはが無意識に声を張り上げて、問う。

 

「どうして、こんな事したの!?わたし達が知らない間に何があったの!?お願い教えて!!」

 

しかし、彼は表情一つ変わらずに答える。

 

「答えてやる義務は本来ねえんだが、まあ一応知り合いのよしみで教えてやる。別に何もねえよ。どうして?そういう仕事だからだよ」

 

「「え……ッ!?」」

 

「お前……ッ?」

 

なのはとフェイト、ヴィータの体が震える、冷や汗が流れる。

事も無げに、いちいち説明するのも面倒だと言わんばかりの声で、

 

「何か勘違いしてるようだが、俺は初めからこういう人間だ。……ヴィータ、だったよな」

 

「ッ!あ、ああ……。でも……」

 

垣根が言って、小柄な少女を見据える

ピクッ、とヴィータが肩が震わせながらも答えた。

 

「お前とお前の仲間にゃ、昔に言ったよな。俺は外道のクソ野郎だって」

 

「あ……ッ」

 

言われてから、ヴィータはその時の事を思い出す。

彼女はただの軽口だと思っていたが、そうではなかったのだ。

 

「もう良いか?こっちも用事があるんだ。お前等はお前等の仕事してろよ、折角そっちサイドの連中は、命だけは見逃してやったんだから」

 

それだけ言うと、垣根は再び歩き出す。

 

「あ!ちょっと……!」

 

「ま、待って……!」

 

なのはとフェイトが引き留めようとするが、彼は無視して耳を貸さなかった。

垣根帝督は立ち去ってしまい、やむなく、3人は元局員DAの治癒と拘束、アースラへの通達を行っていく事とした。

 

 

一方、垣根は奥へ突き進んでいく。

しかし、

 

「それじゃ、情報を漁りに行くとするか」

 

しらみ潰しに施設中を歩き回ったが、いずれも無人で、研究者もDAも見当たらない。

 

「研究してた痕跡も、作られた兵器とやらもどこにもねえな。抵抗してきた戦力からここが本拠地かと思ったが、ここは外れたか?」

 

思わずため息が出た。

このままでは、骨折り損のくたびれもうけだ。

 

「面倒だが、この部屋にだけ集まってる端末で、探ってみるしかねえか。何かめぼしい情報だけでもあれば……」

 

稼働状態の端末や演算器具のコンソールを叩いて、中身を確認していると、それらしきレポートを発見する。

 

「あーあったあった。計画の詳細と研究概要に関するレポートねえ……」

 

それには、こう記されていた。

 

※『未元物質(ダークマター)』の兵器転用※

『Project Equ.Dark_Matter(ダークマター)

 

『超能力を炎と考え、炎を使って新たな鉄の装備を作り出す思想を基に、始動。

しかし、『未元物質(ダークマター)』のサンプルが少なく、資金も限られていた為生産ラインを確立できず凍結』

 

「ハッ。大口叩いた癖して金欠で断念だと、情けねえ。こっから先は泣き言でも書いてありそうだな」

 

鼻で笑い、気分良さげに馬鹿にしながら続きを読む。

 

『そこで『未元物質(ダークマター)』が生み出す新物質の独自性に着目。

能力を利用して能力者を造るセカンドプランへ移行。

未元物質(ダークマター)』を人体へ埋め込み改造する実験を開始。

サンプルの少なさ故に回数は少ないものの、犠牲は出つつも人体への定着が可能と分かった。

結果は良好、懸念と実用化には最大数年掛かる見込みはあるものの、既存の法則に囚われない改造能力者を製造可能な事までは判明した。

ただし、兵器としても実用性は乏しく、利用価値が低ければ同志もスポンサーも納得せず。

正義を成す為には、検体として第二位本人を捕縛し『未元物質(ダークマター)』そのものを入手する事が最も望ましい。

現在、示し合わせたように第二位は闇に墜ちている。

第二位そのものを掌握し、計画を完璧なものとする。』

 

レポートは、そこで終わっていた。

つまり、『未元物質(ダークマター)』を兵器または武器装備品としての転用量産化計画。

そして同じ効果を狙った『未元物質(ダークマター)』そのものを行使する人工的な第二位、またはそのダウングレードの量産化計画。

過程こそ違うが、同じ目的を目指した計画。

共通しているのは、研究も始まったばかりで将来性も実用性も未知数で、今の段階では画餅としか言いようがなく、たとえ本当に第二位を研究素材として掌握できたとしても、研究試験だけでも後数年は要する上、実用化の目処はその後になってからでないと不明という代物だった。

 

(つまり、実質的にゃ何一つ進捗してない訳だ)

 

「ははは、笑えるなこりゃ。ははははは!!あははははははッ!!」

 

乾いた笑い声が、部屋中に響く。

その声を聞き付けたなのは達3人が、部屋に入ってくる。

 

「あ、垣根くんここにいたんだ……」

 

「何笑ってんだよ……?」

 

「ここって……、研究室……?」

 

「_はー……。ふざけるなッ!!」

 

「「「ッッ!?」」」

 

彼はひとしきり笑い終えると、怒りを爆発させ怒鳴り散らした。

もちろん彼女達に怒鳴った訳ではないが、タイミング悪く鉢合わせしたせいもあり、彼女達はびっくりして肩を震わせた。

垣根はなのは達の存在を無視して怒りを撒き散らす。

 

「俺を、俺の『未元物質(ダークマター)』を料理の材料か機械の部品程度にでも思ってやがんのか!?……俺の『未元物質(ダークマター)』は唯一無二だ。俺以外のヤツ等が勝手に触れて良い領域じゃねえ」

 

垣根帝督は、レポートが表示されている画面を鋭く睨み付け、ギリッと歯を食い縛って怒りを滲ませる。

彼女達はそんな彼の剣幕に、自分達が怒鳴られた訳でもないのに思わず鼻白む。

なのは達が覚えている限り、普段は飄々としている事が多かった垣根が露骨に怒りの感情を露にしていたのは、およそ5年半前のリインフォースとの別れの時くらいだった。

立ち尽くしたまま、彼は思案する。

 

(しっかし、やっぱ腑に落ちねえ。何で警備員(アンチスキル)のコスプレ野郎共とクソッタレ研究者がつるんでるのは理解できるが、そこから何で、どうやって魔法サイドの人間と関係を持った?しかもそこの連中もDAを名乗っているだと……?やっぱ俺みてえな両方知ってるヤツがいて、そいつが仲介してわざわざ結び付けた、という線は間違い無さそうだな)

 

だが、あいにく今は判明している事より不明な事の方が多い。

一層の事、目の前で何故かまごまごしている女達に取引を持ち掛けて、情報交換を試みようかと思ったその時、

 

『このプロジェクトはお気に召さないかい?第二位の超能力者(レベル5)、「未元物質(ダークマター)」よ』

 

方向性の掴めない中性的な声が、垣根となのは達の耳に届く。

全員、全方位へ注意を向け、なのはとフェイトが複数のサーチャーを射出した。

音源不明なゆったりとした声に、垣根は面倒臭そうに答える。

 

「はん。名前で呼んで欲しいもんだな。俺には垣根帝督って名前があるんだからよ」

 

『そうか、ならば呼び方を変えよう。学園都市暗部組織「スクール」のリーダー、垣根帝督少年』

 

「えっ……、あ、暗部、組織の……」

 

「リーダーって……」

 

「お前、やっぱり……」

 

いまだに半信半疑というか、あまり信じたくなかった3人にとって、これはダメ押しの決定打となった。

相手の狙いはなのは達の動揺を誘う事だろう。

つまり魔導師としてか、垣根の表の知り合いとして、なのは達を知っている。

 

「わざとらしく言いやがって。しかも『スクール』の名を知ってるっつー事は、テメェも暗部関係者なんだろうが」

 

隠していたとはいえ、今更裏稼業である事を暴露された所で、何とも思わない。

後々面倒臭そうではあるが。

 

「テメェが今回の首謀者か?」

 

だとしたら手っ取り早い。

そいつを引きずり出す事に集中すれば良い。

 

『当たらずとも遠からずかな』

 

妙に含みのある言い方をしてくる。

 

『まあ、全貌は私の元に辿り着いたら教えてあげるよ。あ、ちなみに、この声は遠くの別地点から発信しているから、この建物をサーチしても無駄だよ』

 

「「ッ!!」」

 

図星を突かれ、なのはとフェイトが一瞬動きを止めた。

確かに、生体反応も何も無い。

2人が歯噛みしていると、中性的な声の主は、相変わらずのゆったりとした態度で告げる。

 

『それでは、楽しみにしているよ。第二位』

 

それを最後に、声が途切れた。

数秒間、誰も口を開かずにただ佇んでいる。

正面の画面を睥睨していた垣根帝督は、その沈黙を破り、怒りと悪意を内包した口振りで言う。

 

「……良いぜ、何もかもブッ潰してやる。俺が他の能力者みたく、ただ利用されるだけのクソ共と同じだと思うなよ」

 

とりあえず、この施設にはもう用は無い。

残りのDA狩りに次へ行こう。

そう思って一歩踏み出した彼の、

 

「待って!!」

 

ポケットに突っ込んだ右手首を、高町なのはが左手で掴んだ。

 

「……今度は何だよ?」

 

鬱陶しそうに、首だけ振り向いた。

見ると、なのはは得物のレイジングハートを待機状態にして、徒手空拳の丸腰になっていた。

なのはだけではない。

フェイト・T・ハラオウンもヴィータも、同様にしていた。

彼女達の、対話の意思の示し方だ。

垣根帝督は怪訝に思い、眉をひそめる。

 

「何のつもりだ?」

 

「その……ね?お話、したい…だけなの……。垣根くんの事……とか、色々訊きたくて……。わたしも……、話せてない事……話したい事、とか、あるから……」

 

「垣根も、わたし達と同じようにDAを追ってるんだよね?……なら、協力……とまではいかなくても、情報交換とかの取引くらいは……できないかな……?」

 

「あたし達としても焦ってて、あんまり……なりふり構ってられねーんだ」

 

垣根は馬鹿だ、と思った。

時空管理局員と学園都市暗部組織の構成員。

地球の、日本で例える所の警察と暴力団の類いが協力するようなもの。

普通に考えてあり得ない話だ。

管理外世界という意味では、ある意味法の抜け穴を突く形で満更無理という話でもないが、やはり倫理的にマズイだろう。

だが、それを理解した上で彼女達は告げていた。

しかし、

 

「別に話す必要がある事なんざねえだろ。確かに追ってるのは共通の相手のようだが、目的が違う。お前達は捕まえに行くんだろうが、俺は違う」

 

「でも……」

 

「しつこいんだよ」

 

体を揺すって掴んだ手を振りほどく。

 

「あ……っ」

 

垣根はなのは達を睨み付けて、突き放すように告げる。

 

「敵が同じなら、俺は味方になってくれるとでも?甘いんだよ。知り合いなら遠慮してもらえるとでも思ってんのか」

 

「そりゃ、局員として悪党やってるお前に、協力とか取引とかは良くないかもしれねえけど、被害を抑える為にも_「そんな事どうでも良いんだよ」っ!」

 

ヴィータのセリフを遮って、吐き捨てるように言い放つ。

 

「敵の目的が何だろうが、どこで誰が巻き込まれて何人死のうが興味はねえよ。ただ、俺の邪魔をしようってんならお前等だろうが誰だろうが関係ねえ。纏めて敵と見なして叩き潰すだけだ」

 

「……っ!」

 

ギロリと暗く鋭い視線を向けられ、それなりに悪意や殺意の類いに敏感で、慣れているフェイトが息を呑む。

ただの脅しじゃない事が伝わってくる。

だから、と垣根は言う。

 

「お互いに不干渉で行こうや。俺はテメェ等の邪魔はしない。その代わりお前等も俺の邪魔はしない。ちょうどターゲットも魔法サイドと学園都市サイドに分かれているようだし、それでイーブンだろ」

 

協力も取引も応じないが、行動の妨げをされなければ、少なくとも、最低限局員には危害を加えない。

落とし所としては、これが妥当だろう。

なのはとフェイトは、やや表情を曇らせながらも頷く。

 

「うん、分かった……」

 

「わたし達も、垣根くんと戦いたくはないしね……」

 

2人にとってそれは、学園都市第二位という名の脅威と敵対したくないという局員としての考えと、垣根帝督という古い同級生と仲違いしたくないという一個人としての気持ちが強かったからだ。

もっとも、後者の方はきっと垣根本人には、伝わらないだろう。

彼は薄く笑って告げる。

 

「よっし、交渉成立だな」

 

所詮は口約束でしかないので、どこまで効力が活きるかは疑問だが。

 

「……あ!」

 

しばらく黙って見ていたヴィータが、不意に声を発した。

 

「どうしたの?ヴィータちゃん」

 

「偵察隊から緊急通信だ、元武装局員だけのDAを捕捉したって」

 

尋ねたなのはに、ヴィータは早口で答えた。

それを聞いたフェイトも、

 

「なのは!」

 

「うん、急ごう。フェイトちゃん!ヴィータちゃん!」

 

「ああ!……っと、垣根…お前は……どうする?」

 

早足で部屋から出始める3人。

ヴィータが一度足を止め、少し戸惑った様子で尋ねた。

突っ立って聞いていた垣根は、興味の無さそうな様子で言う。

 

「聞く限り、警備員(アンチスキル)のコスプレ野郎共はいないようだし、俺はパスだな。お前達の領分だ」

 

「そっか。……じゃあな」

 

それだけ言うと、ヴィータはなのはとフェイトを追って部屋から出ていった。

 

残った垣根は『スクール』の下部組織に連絡を入れ、自身が殺したDA隊員の死体の回収と処理、その他施設内部の改装等の偽装工作といった後始末を命じる。

施設の屋上に佇み暇を潰していると、下部組織の別動隊から定時連絡が入り、携帯電話を取り出す。

 

「…俺だ。例のふざけた連中は見付かったんだろうな? あ?わざわざ収穫無しの報告なんかしてくんじゃねえ。チッ、次は海鳴市へ行ってみろ。消されたくなきゃ死ぬ気で手掛かりを見付けろ」

 

それだけ言うと、さっさと通話を終わらせて携帯電話をしまった。

ため息を吐きながらぼやく。

 

「ったく面倒臭せえ、何人か生きたまま捕まえときゃ良かったな」

 

隅々まで調べあげてみると、結局ここのアジトは研究所としてより寝床としての方が利用されていたようだった。

一番欲しい情報は相変わらず掴めず後手に回っていて、少なからず苛ついていた。

他の正規要員とも連絡が繋がらないのも気になる。

まさか敵と遭遇し、そのまま返り討ちにでも遭ったのか……。

一層の事、協力を申し出て誘き寄せたい所だが、肝心の接触する手立てが無い。

かと言って、約束を交わしたそばから魔法サイドのDAを狩りに行って反故にするのも、あまり良くない。

 

「……まあ、相手から手を出して来たら、話は別だがな」

 

そう、相互不干渉と銘打ったが、あくまでもケースバイケース。

魔法サイドでも関係無く、相手から仕掛けてくれば敵と見なして対応する。

もっとも、接触に成功して、相手側から攻撃を仕掛けてくれればの話なのだが。

 

「さて、くだらねえ鬼ごっこ……いや、隠れ鬼か?ま、どっちでも良いが、さっさと終わらせたいもんだ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ワイルドハント

内容的には好き嫌いが分かれると思います。

悪しからず。


「良いか悪いかは別として、納得できた事がある」

 

時空管理局武装隊員のDAを制圧した後、なのは達Aチームは、小休止にアースラへ一時帰還していた。

食堂でドリンクを片手に軽く休憩に入った時、ヴィータがポツリと呟いた。

 

垣根(あいつ)が……、露骨なぐらい昔から秘密主義だったり、距離を取ってきたり、子供に見えないようなヤバい目付きしてるとこ……」

 

「あ……」

 

「そういえば……」

 

ヴィータの言葉に、なのはとフェイトが声を漏らす。

2人は特に、垣根帝督のそういう言動等に心当たりがあった。

連絡先の交換すら露骨に嫌がったり、メールも電話もロクに反応しなかったり、こちらが歩み寄ろうとすると遠ざかろうとしてきたり、とにかく少しでも親しくなろうとするのを嫌がっていた。

故に、なのはの周りで彼のプライベートを知る者は全くいないと言って良い。

単に馴れ合いが嫌いなタイプなのかとも思っていたが、偶然にも今回発覚した事で、全てに説明がつく。

 

「……わたし達、垣根の事何も知らなかった……ううん、知られないようにされてたんだ……」

 

「うん……」

 

「そうだな……」

 

でも、となのはが呟いて、3人はうつ向いていた顔を上げる。

彼女達の目は、戸惑いを帯びているが、まだ諦めていなかった。

 

「まだ事件は終わってないし、垣根くんもまだDAを追っているならまたどこかで会えるはず」

 

「『相互不干渉』って約束だけど、これっきりにして終わりにしたくない」

 

と、なのはとフェイトはまっすぐな視線を交わして言う。

ヴィータも、口をへの字にしながら続くように告げる。

 

「事情ぐらい話してくれねーと、あたしも気が済まねえしな」

 

これは、この気持ちは、ただの自分達のエゴで、彼は鬱陶しく思うかもしれない。

自他共に認める悪党の彼は、話も聞いてくれないかもしれない。

突っぱねられる所か、敵と見なして牙を剥いてくるかもしれない。

……しかし、まだ彼を諦めたくない。

これを逃せば、もう二度と彼とは遇えない気がする。

だから、大きなお世話でも良い。

鬱陶しく思われても良い。

何もせずに後悔はしたくない。

その時、緊急通信が入る。

八神はやて等Bチームが、DAとワイルドハントの混合部隊との遭遇した。

連戦による魔力と体力の消耗は癒えていないが、そんな事は言っていられない。

3人は一斉に転送ポートへ走り出し、現場へ急行する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明け方の海鳴市。

朝日が昇り、眩しく照らされる街中を独りほっつき歩いているのは、学園都市サイドからDAを追う為に派遣された刺客、垣根帝督。

彼は気だるそうに両手をズボンのポケットに突っ込んで、ノロノロと歩き回りながらくだらなさそうにぼやく。

 

「……昨夜(ゆうべ)からアリサ・バニングスと月村すずかに始まり、高町なのはにフェイト・テスタロッサとヴィータ……。この街で魔法サイドが絡んでる時点で薄々勘づいてはいたが、行く先々で昔の知り合いの、それも厄介な連中に出会(でくわ)すとは。これであと一人……と、その家族連中にでも会ったら、ある意味フルコースだぞ」

 

ああ嫌だ嫌だ、と吐き捨てるように呟いていると、不意にこの一帯が広域結界に包まれた。

辺り一帯の雰囲気が変わる。

仕掛けた主は、間違いなく魔法サイドの人間だ。

それが管理局側なのか、それ以外なのかまでは、魔導師ではない能力者の垣根には分からない。

だが、

 

「……へえ、まさかそっちから仕掛けてくれるとはな。捜す手間が省けたよ」

 

垣根は片側二車線の交差点に差し掛かった所で、ゆっくりと振り向いた。

彼に向かって銃を構えている数人のDA隊員と、傍らにはストレージデバイスを握った数人の元武装局員DA。

更に、全員がバラバラに派手な格好をした、明らかに堅気ではない雰囲気を醸し出した面子が立っていた。

 

警備員(アンチスキル)のコスプレ野郎共と……、後は知らねえからどうでも良いか」

 

科学サイドの住人である垣根は知るよしもないが、彼等こそ時空管理局指名手配の次元犯罪者集団『ワイルドハント』。

普通なら逮捕・極刑に処されてもおかしくないような危険人物で構成されており、ミッドチルダを始めとして様々な管理世界等で虐殺行為等の悪逆非道の限りを尽くしていた。

6人のチームの中心部に立つのがリーダーのシュラ。ファミリーネームは不明。

褐色で顔に十文字の傷を持ち、引き締まって端整な容貌を持つ青年。

一見飄々としているが、暴力的で残忍な性格の持ち主で数々の殺人や性犯罪等の悪行を行っていた。

 

侍のような風貌の男は、イゾウという名前で愛刀『江雪』に血を与える事を望み食事と称して辻斬りを繰り返してきた狂気の剣客。

『江雪』は日本刀によく似た形状だが、ベルカ式アームドデバイスと違いカートリッジシステムは無いが、高い切れ味の業物で本人も魔力だけでなく純粋な剣技と身体能力で魔導師と渡り合えるほどの実力者。

 

一見幼い少女の見た目の女、ドロテア。

肉体改造を施している錬金術師で、実際にはかなりの高齢。

外見に反して怪力であり、レアスキルで対象に噛み付いて吸血する事で生命力を奪う等といった吸血鬼の真似事が可能。

 

眼鏡をかけたスタイルの良い女、コスミナ。

声をマイク型の特殊なデバイスを通す事で、敵を粉砕する超音波を放つ。

場所や状況を気にせず好みの男が目に入れば、誰彼構わず性行為を求める淫乱な性格。

 

長い舌を出している細身の男、エンシン。

酒池肉林がモットーで、欲望の赴くままにやりたい放題に暴れてきたテロリストでもある。

変換資質の応用で、真空の刃を放つ魔法を飛ばす。

 

肥満体のピエロのような姿の巨漢、チャンプ。

子供が性的な意味でも好物で、子供なら男女関係無く性的暴行の末『汚い大人にしない』為に惨殺するシリアルキラーで、各地で享楽的な連続殺人を繰り返している。

性質が異なる特殊な効果を持った、6種類の球体を投擲するという、奇妙な魔法を行使する。

 

「よお。初めましてだな。アンタが超能力者(レベル5)ってヤツかい?」

 

シュラが不躾に尋ねた。

垣根は眉をひそめて答える。

 

「あん?まあそうだよ。……俺を知ってるっつー事は、DAとグルのヤツって訳だな」

 

堅気ではない、おそらく魔法サイドの同類達。

彼は彼等の風貌を見て、鼻で笑う。

 

「で、そういうテメェ等は誰?揃いも揃って変な格好しやがって。大道芸人か?」

 

「ああ?んだと_」

 

エンシンが怒り出すが、シュラが制止する。

 

「まあ何だ。ちょっと俺達のスポンサー様が_」

 

と言いかけた所で、横槍が入る。

 

「重犯罪集団『ワイルドハント』とDAを捕捉!大人しく投降しなさい!」

 

結界に侵入してきた、魔導師達と騎士達によって。

先陣斬って現れたのは、ハーケンフォームのバルディッシュを構えた執務官フェイト・T・ハラオウンと、シュベルトフォルムのレヴァンティンを構えた烈火の将シグナム。

その後ろに鉄槌の騎士ヴィータとエース高町なのは、そして特別捜査官八神はやてと小さな『人格型ユニゾンデバイス』リインフォースⅡ。

彼女達を文字通り守護する守護獣ザフィーラと湖の騎士シャマル。

別ポイントでDAと交戦中のクロノ班以外は勢揃いした。

 

「あーあ、来ちゃったよ」

 

垣根が小さく呟くと、シュラは露骨に不機嫌になった。

 

「俺のお楽しみの邪魔するとは、こいつは許せねぇな」

 

だが、局員達が心なしか、汗を滲ませ呼吸が僅かに乱れている事に気付き、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。

 

「へー、足止めのDAは役に立ったみたいだな。そんな疲労した状態で俺達とやり合おうってかぁ?」

 

エンシンも楽しそうにニヤつく。

 

「あー犯しまくって殺したくてムラムラしてきやがった。ブッ倒したら裸で這いつくばって歩かせようぜ」

 

チャンプはヴィータとリインフォースⅡの姿を確認すると、いきなり色めき立つ。

 

「ああああああ!!小さい子だぁ!!小さい子がいたぁ!!ああ堪らねえ!!」

 

一触即発の状態。

だが、主戦力達が今までの殆ど休憩無しの消耗戦で、少なくない魔力と体力を消費していた。

それに対してワイルドハント側はほぼ万全。

しかも魔力底上げとAMF発生のアイテム使用もあって、余計に不利だった。

だが、それでも退く訳にはいかない。

危険な集団を放置できない。

せめて支援が来るまでは足止めする。

 

「思ったより早かったが、それなら一石二鳥かもな。エース級の回収対象と同じく回収対象の超能力者(レベル5)、両方いただきだ」

 

そうシュラが言った時、垣根帝督が口を挟む。

 

「おいおい、勝手に話進めてんじゃねえよ。俺を回収するだと?ナメてやがるな、よほど愉快に殺して欲しいと見える」

 

「ハッ。魔導師でもない手前(てめ)えが何凄んでんだ。管理局側潰したら次は自分の番だから、大人しくしてろよガキ」

 

「テメェに従う義理はねえな」

 

それより、と垣根はシュラにくだらなさそうな口調で言う。

 

「テメェ等が俺に用があろうが無かろうがどうでも良い。テメェ等が何者なのかもどうでも良い。俺は警備員(アンチスキル)のコスプレ野郎共を潰して、欲しい情報さえ手に入れられりゃ十分なんだ」

 

彼はワイルドハントも、管理局をも眼中に無いと見下すように嘆息する。

自分より年若い、見た目不良中学生の少年にコケにされ、シュラは眉間に青筋を浮かべた。

 

「何だと……」

 

「お前達がどこで何しようが、誰を何人殺そうが興味はねえよ。そこの女達とも好きなだけドンパチしたきゃやれば良い。知っている事を全部吐いてくれりゃあ、後はテメェ等を見逃して素通りしてやるっつってんだ」

 

「言ってくれるじゃねえか。そんな馬鹿な取引に従うヤツがいんのかよ」

 

「いるんじゃねえの。例えばテメェ等が雇った魔法使いのガキとか」

 

「手前ぇ……」

 

相変わらず興味を示さない彼を、シュラは獲物を屠る猛獣のように殺意を滲ませて睨む。

しかしそれでも、垣根帝督は警戒心すら抱いていない。

場違いなほど気軽でかったるそうに、両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、コキコキと首の間接を鳴らす。

 

「相互不干渉……やったよね」

 

八神はやてが、そう言って垣根の隣に着地してきた。

彼女は若干複雑な心境で、彼に薄く笑いかける。

 

「さっきなのはちゃん達から聞いたよ。……久し振りやな、垣根帝督くん(、、、、、、)。5年振りやろか?」

 

「……、」

 

名前を呼ばれた垣根は、返事はせずに眼球だけ動かして、はやての顔を見た。

彼女のすぐ傍にフワフワと浮かんで、彼を不思議そうに眺めている体長30センチ程度の人形サイズの少女を一瞥する。

サイズはもとより、外見年齢も10歳前後の幼い少女だが、見覚えのある髪型にどことなく見覚えのある雰囲気をしていた。

それはまさに_、

 

「ぎゃはははっ!こいつは傑作だな。時空管理局の局員様は、管理外の田舎世界出身てだけでなく、そこの研究素材(モルモット)野郎とオトモダチかよ!!」

 

「マジかよ!!公務員がチンピラと仲良しってか!!」

 

腹を抱えて笑い出すシュラとエンシン。

はやては、それが気に入らないのか2人を静かに睨んだ。

 

「_ははははは!!……あ?」

 

ひとしきり煽るように笑い終えると、確認するようにシュラは垣根の顔を見てみる。

しかし、嗤われたはずの彼の表情に変化は見られない。

ただ退屈そうにしているだけ。

くだらなさそうにつまらなさそうに、冷めた視線を向け、薄い薄い笑みを口元に浮かべて佇んでいた。

嗤っているはずのこちらが、逆に嘲笑われている気分になった。

 

「手前ぇ、何だその目は?」

 

「満足したか?」

 

「……っ!!」

 

「それじゃいい加減、知っている事を洗いざらい吐いてくれ。こっちもテメェ等のお遊戯にいつまでも付き合ってやる暇はねえんだから」

 

一言一言が馬鹿にしているようにしか聞こえなかった。

 

「帝督くん……」

 

「高町から聞いたんなら理解してるよな?」

 

僅かに戸惑う素振りのはやてに、垣根は告げる。

 

「敵から仕掛けてこない限りお互いに邪魔しないっつー約束だ。だから_」

 

「あーもー我慢できねーッ!!!!」

 

「いただくぞ」

 

言いかけた所で、チャンプが涎を垂らしながらはやての方へ突進する。

より正確には、リインフォースⅡへ。

いつの間にか垣根帝督の背後に回り込んだドロテアが、彼の首根っこに噛み付いて吸血しようとした。

が、

 

ゴッ!!!!

 

と、垣根を中心に正体不明の爆発が巻き起こり、爆風と衝撃波がドロテアとチャンプの両方を凪ぎ払う。

 

「クッ!!!?」

 

「ぐわっ!?」

 

ノーバウンドで街路樹と電柱にぶつかり、易々とへし折る2人。

爆煙が晴れると、そこには無傷の垣根帝督が立っている。

左横に佇む八神はやて達は、不思議と弾き飛ばされず、咄嗟に展開した防御障壁で防げていた。

 

「痛ってえな」

 

本当にそうなのかも分からないほど、彼はドロテアの方へ振り向いて自然に言う。

 

「そしてムカついた。DAのついでに、テメェもブチ殺してやるか?」

 

「ちっ……」

 

ドロテアは、自身の体でへし折った街路樹を背に立ち上がる。

垣根の攻撃をマトモに受けたが、不思議と彼女も何ともないようだった。

チャンプも同じように立ち上がり、垣根を睨む。

 

「汚物が、俺の天使との時間を穢しやがって」

 

「うるせえブタだな。丸焼きになる下拵えはもうできてんだろうな?」

 

ワイルドハントとDAの混合部隊、時空管理局のエース級部隊、学園都市第二位の超能力者(レベル5)

三つ巴の戦いの火蓋が切られるその時、DA隊員の1人の端末に通信が入り、垣根の方へ聞き覚えのある中性的な声が響き渡る。

 

『やあやあ、皆さんお揃いだね。主賓の第二位もいるとは都合が良い』

 

「テメェは…」

 

垣根は眉をひそめて呟くと、

 

『それにしても、意外だね第二位。自身に迫る敵だけでなく、傍らの子も護ってみせるとは。親近感でも沸いたかい?』

 

「ああ?」

 

訳が分からないとイラッと眉を動かす。

 

『「夜天の書」の融合騎。正確にはその二代目』

 

「……っ」

 

ピクッとはやてとリインフォースⅡが反応を示す。

 

(こいつ、魔法サイドの事をどこまで知っている?)

 

怪訝な表情のまま、見据えて尋ねてみる。

 

「それが何だ。俺と何の関係があるってんだ?」

 

『あれー、てっきりシンパシーでも感じたのかと思ったよ。だってその小さな融合騎は、いわば消滅した先代の代わりだ。そして君は_』

 

煽るように、声の主は告げる。

わざとらしく、垣根帝督の怒髪天を突く。

 

『_学園都市統括理事長アレイスター・クロウリーの、文字通り「第二候補(スペアプラン)」の「未元物質(ダークマター)」。第一位の「第一候補(メインプラン)」の「一方通行(アクセラレータ)」の代わりじゃないか』

 

ドッッ!!!!

 

辺り一帯が無差別に、一斉に正体不明の重圧が襲い掛かる。

何がどうなっているのか、どういうプロセスでこうなっているのかは、誰にも分からない。

分かっているのは、垣根帝督がブチ切れて能力を撒き散らしているという事だけだ。

 

「テメェ……」

 

未元物質(ダークマター)』による現象なのか、彼の体からパキパキと音を立てて奇妙な結晶体が発生している。

 

『ははっ、怒ったかい?でも実際君は彼女達を守った。悪党や最低な人間を名乗っている割に、案外曲がりなりにもお優しい所あるんだねえ』

 

「…もう良いや、喋んなよお前」

 

左手を持ち上げ、パキポキと間接を鳴らして、怒りと悪意と殺意を滲ませた禍々しい笑みを浮かべる。

 

「丁寧にじっくり殺してやるから」

 

『そうかい。ならせいぜい楽しみにしているよ』

 

通信が途絶える。

そしてそれが、戦闘開始のゴングとなった。

 

「江雪、またお前に血を与えられるぞ」

 

イゾウは目を付けていたシグナムに斬りかかる。

一度鍔迫り合いになるも、そのまま押し切られ後方へ弾かれた。

 

「く……、」

(カートリッジは残り一発……。魔力も体力も大分消耗してしまったが……)

 

座座座座座座!! 斬!!

 

イゾウの剣を、シグナムは剣技とフットワークで巧みにいなす。

技と剣をぶつけ合いながら、平行に道路を走る2人。

イゾウは狂気を思わせる目と笑みを浮かべ、再び斬りかかった。

 

「シュラ殿に着いてきて良かった。ここまで殺し放題とは素晴らしい」

 

「何……?」

 

シュベルトフォルムのままレヴァンティンで彼の刃を受け止め、シグナムは不快そうに言った。

イゾウは構わず嬉しそうに、愉しそうに告げる。

 

「そして今、烈火の将、貴様の血を愛しの江雪に与えられる」

 

「世迷い言を……!!」

 

腹を立てつつも冷静に計算し、対処するシグナム。

この先しばらく、膠着状態が続く。

 

フェイト・T・ハラオウンは、曲刀形のデバイスを振るうエンシンと対峙している。

 

「そらそらそら!!そらぁっ!!」

 

ドドドドドッ!! と無数の真空の刃を飛ばし、周囲の建物を切り刻むが、フェイトは高速移動で回避。

彼女はバルディッシュをアサルトモードで握り、誘導射撃魔法で、放電しながら炸裂するプラズマバレットを放つ。

 

「女の手は武器を持つ為にあるんじゃないぜ」

 

エンシンは体術と飛行魔法を駆使して避け、下卑た笑顔で言う。

 

「俺に奉仕する為だ」

 

「ッ!!」

 

隙を突いてザンバーフォームで斬りかかるも、

 

「おっと、強ぇーな。けど!!」

 

球体を描くように曲刀形デバイスを振り回し、弾き返す。

 

「く……っ」

(手練れってだけじゃない。全員、マジックアイテムの類いで底上げされた魔力で、フルスキン形の強力な魔力バリアを体に張ってる……!)

 

対してこちらは魔力と体力をかなり消耗してしまった状態で、長期戦に持ち込まれれば、いずれザンバーフォームの刀身にもノイズが入るほど魔力不足に追い込まれる。

 

「連戦の後ってのが不運だったな!!」

 

「……っ!!」

 

 

 

「くうっ!!」

 

チャンプの6つの球の攻撃の内、爆裂属性の球に被弾し表情を歪めるヴィータ。

直撃こそ防いだものの、衝撃は受けた。

 

「ひへへ、すんげぇ可愛いんですけどぉぉぉ!!」

 

ハアハアと鼻息荒くヴィータを見つめるチャンプに、彼女はドン引きする。

 

「痛いかい?俺がペロペロして癒してあげようね」

 

「気持ち悪りんだよ!!ロリコンデブ!!」

 

ヴィータがグラーフアイゼンで鉄球を打ち出し、シュワルベフリーゲンを放つ。

マトモに浴びたのに、チャンプに傷は無かった。

 

「チッ!!馬鹿げた魔力をバリアに回してやがる!!」

 

「あぁ、安心しろよ。君は大人にならないからたっぷり愛でてあげるよ」

 

ヴィータはチャンプに関する資料を思い出す。

 

「テメェは、……そうやってガキばかり……弄んだ後、何で殺す?」

 

チャンプは満面の爽やかな笑顔を浮かべて、告げる。

 

「そりゃあもちろん、天使達を汚い大人にしない為さ!」

 

そして彼は吐き捨てるように続けた。

 

「大人はダメだ。カスしかいねぇからよ!天使には永遠に天使のままでいて欲しいんだ。その点君や融合騎の子は最高だよ!」

 

「ざけんな!!このイカれロリコンデブ野郎がッ!!」

 

そこへ、なのはのディバインシューターがチャンプとシュラに命中する。

 

「手前ぇ、このクソ女が!!ざけんなカス!!カス!!邪魔すんじゃねえよ!!」

 

「へっ、面白いな。喜びな!ぶっ倒したらオモチャにしてやる」

 

舌なめずりして、シュラはなのはを見る。

彼女はプロテクションを展開しつつ、ディバインシューターを再び放つ。

 

「お前みたいな管理局の上玉とヤッた事ねぇからな。面白そうだ」

 

ドウッ!! と、シュラに着弾したディバインシューターが向きを真逆に変えて(、、、、、、、、、)なのはの方向へ跳ね返ってきた。

 

「ッ!?」

 

「ディレクションリフレクター。俺がデバイスに格納したロストロギアのスキルだ」

 

跳ね返されたシューターを回避した所で、なのはにシュラが告げる。

 

「魔法だろうが質量兵器だろうが、関係無く跳ね返すスキルだ。時間制限はあるが、エース達でも体力も魔力も消耗し切った状態なら十分だ。せいぜい足掻きな!!」

 

「そんな事!!」

 

なのはがレイジングハートをエクシードモードに切り替え、構え直した時、横槍が入った。

 

「ぐおっ!?」

 

「ぐあッ!?」

 

チャンプの背中にはドロテアが、シュラの背中にはコスミナがぶつかってきた。

ドロテアは八神はやて達に、コスミナは垣根帝督に戦いを仕掛けていたはずだった。

 

「何だこりゃ!?」

 

「ああ!?何が起きて……!?」

 

敵に押し負けたと思い、彼女達に怒ろうとしたシュラは、一瞬声を失う。

想像以上の惨状に。

ドロテアは、身体中を何かで刺し貫かれたようにズタボロにされ、下顎を丸ごと引き千切られ、残った上顎も歯をへし折られ仕込んでいた改造デバイスも破壊されていた。

コスミナは、マイク型改造デバイスを破壊され、両手両足が叩き潰れ、武器である喉もえぐり潰され、発声できなくなっている。

2人とも首を折られていて、生きているというより、死に損なったといった方が正しい状態だった。

 

「何が……!?」

 

2人が飛んできた先には、6枚の長さ数メートルもの翼を広げ、君臨する悪魔のような威圧感を漂わす、超能力者(レベル5)の姿があった。

 

「怪力や超音波攻撃は、悪くはないが大した事もなかったな」

 

八神はやてはDAの対処に向かっていた。

手練れの部下2人を簡単に屠って、それでも退屈そうにしている、第二位の怪物をシュラとチャンプは睨み付ける。

ヴィータとなのはには、元局員のDAをひとまず差し向けた。

 

「テメェ、どうやって……?」

 

「また手前ぇか!!」

 

垣根帝督は、余裕綽々の態度で告げる。

 

「別に大した事じゃねえ。怪力だけしか特徴がねえんなら敵じゃねえし、自慢の歯も『未元物質(ダークマター)』のフィルタを突破できねえなら論外だ。そこの女も、一見、破壊力のある超音波攻撃ってのは厄介だが、空気の振動や音の波形等をサーチすれば対処は簡単。逆位相の音波をぶつければ声を封じられる」

 

ただの人間にも、そこいらの魔導師にもできないような常識はずれな事を言う。

 

「で、次は誰が相手してくれるんだ?まさかもうお開きとかつまんねえ事言わないよな?……それとも、情報吐く気になったか?それなら見逃してやっても良いぞ」

 

先にブチ切れて、チャンプは6種類の球のデバイスをジャグリングしているような形で構え、雷撃属性の雷の球と腐食属性の腐の球を投げ付けた。

 

「何度も何度も、俺と可愛い子供との時間邪魔しやがって!!死ね!!腐った汚物が!!」

 

しかし、2つの球体は何故か垣根帝督の体を避けるように軌道が直前で逸れてしまう。

その間に1枚の翼がシュバッ と伸長しチャンプの土手っ腹に突き刺さった。

 

ザシュッ!!

 

「ぐ!!ぐげえええぇぇぇええ!?」

 

常に全身に纏っていたはずの魔力バリアを突き破った……というより、すり抜けるように羽の先端が刺さっていた。

 

「へー、何か色んな物質を作れる能力だっけか。人体だけに刺さる物質での攻撃たぁエゲツねえな」

 

仲間がやられても楽しげに見ているシュラに、垣根は翼を叩き付けた。

しかし、バキンッ!!! とシュラの体から翼が弾き返される。

 

「あん?」

 

「無駄だ。俺様のディレクションリフレクターは何でも反射して弾く。手前ぇのその訳分からねえ翼も効かねえよ」

 

それに答える前に、垣根に球体と巨大な竜巻が襲い掛かり、彼の体を上空へ跳ね上げる。

 

「お、何だ何だ?」

 

更にもう一発、球が当たり大爆発する。

ゴバッッ!!!!

 

「このチャンプ様の……タフさを甘く見たなぁ。えぇおい?」

 

腹から血を垂れ流しながらも、ジロリと上空を見つめる。

煙の中から無数の白い羽が舞い散り、会心の笑みを浮かべた。

 

「ようやく……反撃…できるぜ……!!」

 

防御する暇も与えずに直撃した。

致命傷を与えたはずだった。

 

「痛ってえな。だが、変わった魔法ではあるが基本の計算式は同じだし、特性が分かれば何て事無いな。ただの力技だけで、俺を殺れるとでも思ってんのか?三下」

 

「あんだと……!?」

 

バォ!! と空気の唸りと同時に、6枚の翼を羽ばたかせて爆煙を撒き散らし、垣根帝督が上空に浮いていた。

彼に傷は無い。

傷一つ無い。

 

「手前ぇどうやって……!!しぶてぇーんだよクソ野郎がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

野球のピッチャーのフォームで、高い火炎攻撃の属性、焔の球を投げ付けた。

 

「手前ぇは火炙りの刑だああああ!!」

 

「学習能力のねえヤツだな。他が効いてねえのに何でそれが効くと思っているんだか」

 

垣根は興醒めしたように言うと、翼を引き絞られた弓のようにしならせ、一気に放つ。

ズァ!!

変質した烈風に衝突した瞬間、焔の球は勢いを失い落下した。

 

「…んだ…そりゃ……ッ!?」

 

チャンプは自動で手元に戻る球を、もう一度投げようとするが、垣根の翼が鈍器のように振り下ろされた。

ゴガッ!!!!

ギリギリで回避する。

飛び散るアスファルトの瓦礫や破片を防御フィールドで防ぐが、再び羽ばたいた白い翼から巻き起こる烈風にすくい投げられ、上空に舞い上がられた。

 

「な、何が_」

 

ズバァ!!

振り回された翼から散ってきた無数の羽が、鋭い刃に変じて様々な角度から襲い掛かる。

ドドドドドッ!! とチャンプの身体中と片目にまで突き刺さり、そこから猛毒を塗り込まれるような激痛と重圧が伴う。

 

「ぐぎゃああああああああ!!いでぇええよおおおッ!?」

 

突き刺さった羽がドバン!! と炸裂し傷口を炙る。

喉を震わせて悲鳴をあげ、墜落するチャンプ。

涙を流しながら激痛に苦悶する巨漢の足元に、静かに着地した垣根はチャンプの血塗れの腹に靴底を押し付けた。

 

「ぎゃああああああああああああああッ!?!!!!!?!!ぐはぁッッッッ!!!!!!!!!?」

 

「で、テメェは何を知っている?事と次第によっちゃ、楽に殺してやる……って、気絶しやがった」

 

退屈そうに垣根は、瀕死の重傷を負ったチャンプをボールのようにシュラの方へ蹴飛ばす。

 

「まあ良いか、テメェがリーダー格なんだろ?テメェから聞き出せば良いや」

 

「あ?_ッ!?」

 

バキィッッ!!!!

ディレクションリフレクターを一時的に解除していたシュラの顔面に、突如飛び出してきた垣根帝督の拳が深々と突き刺さった。

声を出す隙もなく吹っ飛ばされ、アスファルトの上をザザザと転がり込んだ。

 

「あー、中々良いパンチじゃん?」

 

言ってムクッと、ゆっくり立ち上がるシュラ。

殴った垣根は、つまらなさそうに眺めていた。

 

「こりゃ君死刑確定だわ。このシュラ様が、ズタズタに裁いてやるよ。俺の邪魔するばかりか、顔に傷を付けやがって」

 

彼の左頬にはアザができていたが、大したダメージは受けていないようだった。

 

「煮る、斬る、焼く裂く埋める……どんな死刑が良い?全部フルコースで行くかぁ?」

 

「ハッ。笑えるな、三下が。そりゃテメェが受けたい罰ゲームの提案か?有料ならしてやっても良いぜ」

 

「……ジワジワ殴り殺してやる。変わった物質が作れようが、その向きをリフレクションされちまえば無駄なんだよ!!」

 

左腕を伸ばしてまっすぐ飛び込み、垣根の心臓を握り潰そうと踏み込む。

バッ!!

彼は6枚の翼で空気を叩いて上昇し、シュラの突進を避け10メートルほど離れた道路の中央分離帯に着地する。

そこへシュラは腕を振って、触れた空気を砲弾のようにぶつける。

バシィ!!

それを翼で身を包んで易々と防いだ。

 

「チッ!この野郎、その翼もぎ取ってやるよ!!」

 

シュラは再び垣根の懐へ飛び込み、指を伸ばして翼に触れる。

ゴシャッ!!

翼に右拳を叩き込み、左手の指で掴みかかる。

しかし、バララと無数の羽に変換され、いつの間にか垣根帝督の姿は消えていた。

 

「体術や武術みてえな動きは良さそうだが、そんなんで俺には勝てねえよ。工夫次第でどうにかなるレベルじゃねえんだ」

 

ゴウ!! という風の唸りと同時に、再び彼の背中から6枚の翼が生える。

 

「ッッッッ!!この俺が、本気で殺しにいく必要がある相手だとはなぁ!!」

 

実際、シュラは魔法のセンスに、様々な世界の武術の長所を動きに取り入れている。

この若い青年の強さは完成されていた。

垣根は翼とフットワークによる防御と回避で、直撃はかわせているが、次第に押されているように見えた。

 

「血反吐ぶちまけな!!」

 

ディレクションリフレクターと体術、強化魔法の合わせ技を炸裂させ、垣根帝督の体を弾き飛ばした。

その時できた隙を突くべく更に踏み込む。

 

「さぁて、これからお楽しみだぜ。俺様得意の殴り殺しだ!!」

 

だが、ズンッ!! と、不意に体が重くなる。

 

「なッ!?」

(リフレクターは!?)

 

見ると、得意技を当てられたはずの垣根帝督は、涼しそうな顔で薄く笑っている。

 

「何か、勘違いしてるみてえだな。俺がただ単に変わった物質を作り出せるだけだとでも思ってんのか?」

 

嘲笑う彼は、シュラの顔に向かって指を指しながら、馬鹿にするように言う。

 

「分かってねえなテメェ。良いぜ、教えてやるよ。分かった所でテメェに勝機はねえし」

 

「何だと!!」

 

「知ってるか?この世界は全て素粒子によって作られている。だが、俺の『未元物質(ダークマター)』にその常識は通用しねえ」

 

数十メートルもの長さに伸びた白い翼を広げ、上空に舞い上がる。

朝日を背にする彼の翼が輝く。

 

「俺の生み出す『未元物質(ダークマター)』は、この世界には存在しない物質だ。『まだ見付かってない』だの『理論上は存在するはず』だのって話じゃない。本当に、存在しないんだよ」

 

ブワッ!!

 

太陽光を通して、白い翼が凄まじい光を発しているように見える。

手を広げ、絶対的な自信の態度でシュラを見下ろし、告げる。

 

「存在しない物質には存在しない法則が働く」

 

朝日に照らされるシュラは、ジリジリとした妙な痛みを覚える。

 

「何……だと!?」

(ディレクションリフレクターが効いてねえ!?)

 

異変が起きているのは自分だけではなかった。

 

『ぎゃっ!!ぐわあああああああああああッッ!!!!』

 

シュラの背後にいた警備員(アンチスキル)DA達が、一斉に燃え上がり、そのまま焼死した。

 

「例えば太陽光を、人を殺せる光線に変換するとかなぁ!」

 

「ッ!!」

 

シュラは思わず垣根から距離を取り、光線の範囲外へ逃げた。

しかし、そこで彼は取り逃がさず翼を振るって烈風を浴びせる。

 

ドウ!!

 

それをリフレクターで押さえ付ける。

 

「テメェのディレクションリフレクターっつったか?『一方通行(アクセラレータ)』の反射に似ているようだったから、ちょっとだけ楽しみだったんだが、とんだ期待外れだったな」

 

「んだとコラ!!」

 

シュラは怒りに任せて肉薄を図る。

殺人光線でも、DAほど完全に効いてはいない。

ならば無理矢理叩き落としてやる。

 

「叩っ潰してやらぁぁぁぁ_「_逆算、終わるぞ」ッ!?」

 

ドゴッ!!!!

 

鈍器のように振り下ろされた6枚の翼が、シュラの体に命中する。

 

「ご……がっ!?」

 

ディレクションリフレクターも、魔力による超強力なバリアも無視してノーガード同然で受けた攻撃に、一瞬意識が飛びそうになる。

地面に叩き付けられ、アスファルトを砕いた。

 

「テメェのそのチープなスキル、一見強力だが、俺からすりゃ無敵でも何でもないんだよ」

 

シュラはすぐに立ち上がる。

垣根の攻撃以外は、スキルも魔法も正常に機能している為、墜落等によるダメージは少ない。

脚力とそれに掛かるエネルギーをリフレクションし、ロケットのように空中へ飛び出す。

そして飛行魔法と体術で再び垣根を叩き落とそうと背後に回るが、

 

「言ってみりゃ、テメェのスキルは良くも悪くも『ただ単に自分に向かってくる攻撃のベクトルを反対にしているだけ』だ」

 

「ぐっ…こいつ……!!」

 

シュラの動きを予測したように振り向き、顔面に拳をぶつけ、そのまま敢えて翼を使わずに殴る蹴るの単純な殴打を浴びせる。

もちろん、魔力バリアもディレクションリフレクターもその存在を無視されるようにマトモに当たっている。

 

(俺の動きを……もう把握してやがる……!?)

「ふざけんなよ!!俺がこんな田舎世界のカスにッッ!!」

 

頭に血が上り、力任せに蹴り付けるが、垣根の体は空中で固定されたかのようにびくともしない。

 

「身に余ってるぜ、その力」

 

「能力だけに依存してる雑魚がよぉぉぉー!!」

 

数メートルの距離を取られ、翼を羽ばたかせて、バウ!! と巻き起こした烈風を食らって背後の高層ビルに叩き付けられる。

 

「ごヴぇるごッッ!!」

 

シュラは、言語として成立していない叫びを発しながら、ビルの奥の奥まで押し込められていく。

その様を、垣根帝督は冷笑を浮かべて眺める。

わざわざ懇切丁寧に説明しながら。

 

「テメェの『一方通行(アクセラレータ)』の反射擬き……いや、さしずめダウングレードの猿真似スキルにしろ、全身に纏ってる馬鹿げたほど強力な魔力バリアにしろ、絶対的な防御だとでも思っているようだが、そいつは正確じゃないな」

 

ギュルッと6枚の翼を束ねて巨大な槍か杭のように変形させ、シュラの方へ放つ。

ドォン!!!! という轟音が炸裂した。

凄まじい勢いで伸長し、真っ白で巨大な物体がシュラをビル諸とも粉砕しようと襲う。

紙一重でギリギリの回避をした彼に、巨大な殺人兵器と化した6枚の翼を振り回しながら周囲の建物を切り刻み、粉塵を撒き散らしながら追撃してくる第二位のバケモノ。

 

「光を遮断すれば何も見えない。音を遮断すれば何も聞こえない。物体を全て遮断すれば何も掴めないし、気体を全て遮断すればいずれ窒息する。テメェや、テメェを含めた魔導師の操る魔法の防御は、無意識的に有害と無害のフィルタを組み上げ、有害と判断するモノだけを選んで『防御』している」

 

大剣のように振り下ろした翼がシュラの肩口や耳の端、爪先を削り取る。

 

「ぐっ!!痛あああッッ!!!!」

 

「さっきの太陽光と烈風、直接ぶつけた翼にはそれぞれ、異なる属性や性質の『未元物質(ダークマター)』を注入し影響を与えておいた」

 

身体中を切り付けられ、吐血し血を垂れ流しながら一方的に翻弄され圧倒される。

 

「後は、スキルと魔法の具合から″無意識的に受け入れているモノ″を識別し、そこから攻撃を加えれば良い」

 

シュラは垣根から距離を取り烈風を避け、両手から毒々しいほど黒い色の魔力集束砲を放つ。

 

「畜生!!このっ、カス野郎が!!死ねやコラぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

目を血走らせ、敵の頭を潰す。

セオリー通りで陳腐だが、それをせずにはいられなかった。

 

「魔力というエネルギーの塊だという事と、計算式がサーチ済みなら」

 

ブォッッ!! と振り下ろされた烈風と衝撃波が、集束砲と真正面から激突する。

ドバァ!!

集束を阻害され、集まった魔力が拡散され、AMFと同じ効果と結果をもたらし消滅する。

 

「こんな事もできるんだよ」

 

「ーッッッッッ!!!!!!」

 

怒りのあまり、歯を食い縛り口許を切ってしまう。

 

「まあ、テメェの防御を崩すだけなら、そこまで手の込んだ事をするまでもねえ」

 

不意に、一息で目の前までに肉薄した垣根は左腕を振り上げ、拳を突き出す。

効かないと分かっていても、生存本能なのか、全力の魔力バリアとディレクションリフレクターを張る。

ドゴォッッ!!

大型ハンマーか何かで殴打されたような衝撃が、シュラの腹に炸裂する。

 

「が、あああああああああああああッッ!!!!!!!!」

 

今度は、敵のフィルタをすり抜けるような攻撃ではない。

単純な質量攻撃だ。

それは分かるのだが、人間にそんな巨大な質量を動かせるのか、それが分からなかった。

ズタボロにされたシュラが、仰向けに倒れ込む様を確認すると垣根は種明かしをする。

 

「テメェのスキルはいわば『ベクトル変換』の下位互換だ。ただ反射するだけ。なら、もっと単純に全てのベクトルを集約し動かせないほど巨大な質量をぶつけるだけでも、何とかなるんだよ。俺自身のベクトルまでは操作できねえしな」

 

「ふ……ざ、け……んな……。そんな、無茶苦茶な……事が……ッ!!」

 

垣根帝督は再び上昇し、暗い眼光を灯して冷酷に笑いながら、6枚の白い翼を構える。

 

「これが『未元物質(ダークマター)』。異物の混ざった空間。ここはもう俺の世界だ。テメェの知る場所じゃねえんだよ!」

 

単にこの世に存在しない新物質を作り出し、操るというだけでなく、既存の物理法則を無視し周囲に影響を与え、そしてそれらの法則をも塗り替える事すら可能な力。

文字通り物理法則すら捻じ曲げる、高い戦闘能力の裏付けにもなる、理不尽なまでに絶大な超能力(レベル5)という暴力。

鉄壁だったはずの防御は、実質無効化され、攻撃パターンも読まれ、攻撃魔法をも無力化された。

 

(クソが!!俺が、こんな田舎世界のカスに負けるのか……!?スポンサーのあの野郎と親父は、あんなバケモノを捕獲して来いっつってんのか!?)

 

しかも目を見れば分かる。

第97管理外世界。現地惑星名称『地球』極東地区 日本。

そこの最先端科学技術の粋を集め、超能力開発を行う学園都市。

その街で生み出された、圧倒的で禍々しい暴力を振るうのは、自分達と同等か、それ以上に悪意と殺意に染まった獰猛な瞳を宿す者。

 

「隙だらけだぁ!!」

 

「江雪、今日は珍しい者の血を与えてやるぞ」

 

不意に、垣根帝督の背後に飛び込んできたエンシンとイゾウ。

2人はシグナムとフェイトと戦っていたが、DAを制圧したなのはとヴィータ、はやて、ザフィーラの加勢を受け、不利を悟って後退し、リーダーのシュラの援護と回収対象の垣根を潰す事を選択した。

既にこの場の元局員DAは逮捕され、元警備員(アンチスキル)DAも、回収対象の第二位に皆殺しにされていた。

ワイルドハントの正規要員も2人潰されている。

しかし、本来の目的である第二位さえ何とかできれば、と思ったのだが、

 

「ああ、まだいたんだよな」

 

垣根はクルリと振り向き、2人の刃を翼で受け止める。

ガギィ!!

そして易々と弾き飛ばす。

 

「うあッ!!」

 

「ぬぅぅ!!」

 

飛ばされた拍子を逆手に利用して、エンシンが真空の刃を飛ばし、垣根の顔に命中する。

 

「ハッ、そのまま脳みそだけいただいて回_「痛ってえな」何!?」

(マトモに食らって無傷だと!?何なんだこいつ_ッ!?)

 

「ムカついたから死ねや」

 

ゴシャッ!! と。

エンシンの体が、瞬時に振り下ろされた翼3枚に叩き伏せられ、最寄りのビルに激突、そして倒壊していくビルの下敷きにされた。

悲鳴をあげる暇も与えられず。

 

「流石に手強いでござる。だが、それならば尚更愛しの江雪に、血の与え甲斐があるというもの!!」

 

「しぶといな、出来損ないの侍擬きが」

 

イゾウは体勢を立て直して、垣根の翼と白兵戦を仕掛ける。

垣根帝督はイゾウの斬撃を右側3枚の翼で受けつつ、興味の薄そうな態度で、

 

「ふうん、つまりテメェの楽しみが、ソレって訳か」

 

「その通りにござる。この江雪を愛し、血を与え続ける事が我が生き甲斐!!」

 

「……、そうかよ」

 

ドゴォォォォォォッ!!!!!! と。

 

「な!?」

 

突如、彼の中心から正体不明の大爆発が巻き起こり、イゾウを衝撃波が吹き飛ばす。

 

「まさか、自爆……!?」

 

「遅せえ」

 

「ッ!!」

 

爆発したはずの垣根帝督が、イゾウの背後に回って平行に飛行していた。

一体どうやって接近したのか、いつの間にそれを実行したのか。

その疑問が解ける前に彼の両手がイゾウの両肩を掴む。

 

「テメェは愛刀に血を与え続けるのが生き甲斐っつったよな」

 

ギチミチギシギチギチ!!

 

「な、何を_ッ!?」

 

垣根の指が、イゾウの腕の付け根へ沈み込み、鮮血を撒き散らしながら奥を掴み、

 

「残念だが、そいつはもうこの先、永遠にできねえよ」

 

ボジュッッッッ!!!! と。

イゾウの両腕が根元から無理矢理引き千切られた。

 

「な……?」

 

痛覚が、遅れているような感覚だった。

イゾウの両腕が流血しながら放り捨てられてから、ようやく彼は絶叫する。

 

「なぁぁああああああああああああああああああああああああああいああああああああああああああああああああぁぁああああああああああああああああああああああああああいああああああああああああああああああああ!?」

 

「両腕が無くちゃ、流石に刀振り回せねえもんなぁ?」

 

薄く歪んだ笑みを浮かべ、イゾウを地面に蹴落とした。

墜落したイゾウは、うずくまって激痛を押さえ込もうとするが、両腕とも喪ってしまったせいでそれすらできず、やがて激痛と絶望感のあまり、意識を手放した。

 

「さてと、ん……?」

 

その様子を確認し、シュラの方へ向き直ると彼の姿が消えていた。

逃げられたか? と周りに目を走らせると、笑い声が聞こえてきた。

 

「はははははは!!隙ありだバケモノ!!」

 

シュラと倒したはずのエンシンとチャンプが、何かを抱えて飛んでいる。

 

「こいつは人質ってヤツだ!!」

 

「流石においそれと手ぇ出せねえだろ!!」

 

シュラはシグナムを、エンシンはシャマルを、そしてチャンプはヴィータを、羽交い締めのように抱えて見せていた。

 

「ふぅっ……ふぅ…もう、ここじゃあ邪魔が入って仕方ないね。おじさんと2人きりの国へ行こうか」

 

「行くかボケぇ!!キショイんだよテメェ!!放せや!!」

 

彼女達は必死にもがいているが、思うように動けずにいる。

いつもなら手練れの彼女達が、こんな事をされる隙など与えるはずは絶対に無いのだが、魔力切れに加え疲労困憊が切っ掛けで隙を突かれてしまった。

それを見た垣根帝督は、鼻で笑いながら6枚の翼に力を蓄える。

 

「そんなもんが、俺の足枷になるとでも?」

 

長さを変え、質量を変え、殺人兵器と化した白い翼が広がった。

まるで引き絞られた弓のようにしなり、その照準が3人の急所へ正確に定められる。

しかし、それでもシュラ達は笑う。

彼等には確信があった。

 

「なるんじゃねぇかぁ?現にテメェは今動けないでいる」

 

「第二位、お前は何気にこいつ等には一切危害を加えてねえ。それが証明になってんだよ!!」

 

双方の間で、悪意が膨張する。

 

「身の程を知らずに噛み付いて、勝てないと分かったらチマチマチマチマ小細工ばかり。本気でうざってえなテメェ等」

 

「ハッ。どうほざこうが立場は逆転したんだよ!!手出しは無用で_」

 

ブォ!! と風を切りながら伸長し3人の心臓を貫こうと、正体不明の白い翼が迫ってきた。

 

「_な!?人質が見えねぇのか!?こいつ等諸とも殺す気か!?」

 

狼狽えだすエンシンに、垣根は小さく笑った。

 

「何を勘違いしてんのか知らねえが、忘れたか?俺はテメェ等と同じ悪党だぞ」

 

「テメェ……ッ!!」

 

「ま、待て!!ちょ……おい、待てよ!!」

 

「じゃ、殺すけど、それが遺言って事で良いんだな」

 

垣根帝督の禍々しい悪意を宿したように槍となった翼が、殺意に尖る先端が、標的へと殺到していく。

 

ザシュゥゥゥッッッッ!!!!!!

 

人質にされたシグナムとシャマルとヴィータの胸元から突き刺さり、不気味に白く発光する羽が、抱えていたシュラとエンシンとチャンプの体を貫いた。

心臓を一突きされ、即死したエンシンとチャンプは人質を手放し、真っ逆さまに墜落。

何故か辛うじて心臓を外れたシュラも、同じように墜落していく。

しかし、そこで奇妙な光景を目にした。

一緒に貫かれた人質が無傷だった(、、、、、、、、、、、、、、、、)のだ。

 

「な……に…………ッ!!」

 

一方、ヴィータ達も、白い翼が迫ってきた時に覚悟を決め、ギュッと両目を閉じていたのだが、いつまでも自分達に衝撃も苦痛もやって来ない。

 

「あ………れ………!?」

 

ゆっくりと、恐る恐る目を開けてみると、見た目は間違いなく巨大な羽の先端が、自分の胸元に突き刺さり背後に貫いていた。

だが、何故か、『未元物質(ダークマター)』が殺したのは、チャンプ達だけだった。

訳が分からないまま、ゆっくり着地し、シグナムとシャマルとも目を合わせる。

思わず貫かれたはずの胸元をさする。

刺し傷一つ、付いていない。

訳が分からない。

分かっているのは、『垣根帝督の白い翼は人質にされた守護騎士達をすり抜けてワイルドハントの3人だけを貫いた』という事だけ。

 

「な、何が……?」

 

「どうなって……る、の……?」

 

「訳、分かんねえ……でも」

 

助かった。

それだけは確かだ。

どういう意図でどういう仕組みかは分からないが、垣根帝督は、やろうと思えば簡単にできたはずなのに、自分達をわざと殺さなかった。

 

「て……め……、まさ、か……ッ!」

 

瀕死の状態のシュラが、忌々しそうに、呻くように言う。

6枚の翼をユラユラと羽ばたかせ、上空に君臨する学園都市第二位の超能力(レベル5)、『未元物質(ダークマター)』を操る垣根帝督は、うっすらと笑い、シュラの足元にゆったりと着地した。

 

「ご明察だよ三下。さっきテメェ等にお見舞いしたのは、人体だけに刺さる物質って訳だ」

 

「……ッ!」

 

背中の翼が消滅し、両手をズボンのポケットに突っ込みながら、垣根はゆっくりと横たわるシュラの方へ歩み寄り、告げる。

 

「テメェ等が盾にした守護騎士って存在は、厳密には人体とは違う構造の生き物だ。だからその物質は連中の存在を無視してテメェ等に当たった訳だな。……まあ、仮に他の誰を人質に取ろうが、味方でも仲間でも何でもない、ただの他人を盾にしてきた所で、俺が攻撃を躊躇する訳ねえんだがな」

 

「あ、あ……」

 

シュラは、肌で感じた。

今まで、自分達が散々撒き散らしてきた残虐な悪意という悪意が、殺意という殺意が、垣根帝督という、より巨大で底の見えない禍々しい悪意に侵食され、塗り潰され、呑み込まれ、恐怖に支配されてゆくのを。

自分で自分を、誰にも負けない強さを得たと思っていた事が、急におこがましく感じた。

自らが率いていた組織も、たった1人の怪物によって返り討ち同然に壊滅させられた。

築き上げてきた悪名も自信も、絶対的だったプライドも、跡形もなく粉々に叩き潰され、心が折れる。

無様に惨めな姿を晒したまま、逃げようと地べたを這いつくばる彼を見て、垣根は小さく笑い、冷徹に冷酷に淡白に、平坦な声で告げる。

 

「それじゃ改めて、分かってるな?さっさと知っているを全部喋ってもらおうか」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

余計な事

結構流れについては悩みました。

展開としては陳腐かな、と。




「や、止めろ!来るなーっ!!」

 

ずりずりと地面を這いつくばりながら、血塗れの満身創痍となったシュラは、ゆっくりと歩を進めて迫り来る垣根帝督から逃れようと、必死にもがく。

 

「はーっ……はーっ……、い…イゾウ!イゾウはどうした!?イゾウ、殺せ!こいつを殺せーッ!!」

 

「そいつなら両腕もげてノビちまってるぜ」

 

「何だと?こんな時に何なんだイゾウの馬鹿が!!」

 

はー、はー、と呼吸が乱れて焦燥し切り、足掻きながら呻き声を張り上げる。

 

「チャンプ!エンシンはどうしたー!?殺せー!!」

 

「そいつ等は死んだよ。俺が殺した」

 

「死んだ!?だ……誰か、誰か……!!」

 

カツッ、と垣根の靴底が彼の耳元へ届く。

 

「だ……誰か……こいつを、殺せ……っ!」

 

垣根は興醒めだと言わんばかりに、溜め息を吐いて言う。

 

「ほら、もういい加減諦めろよ。全部ゲロって楽になれ。そうすりゃ、お情けで楽に殺してやるよ」

 

「止めろ!!はー……はー……、し……死にたくない!!ふざけるな!!嫌だ!!死にたくない!!」

 

「みっともねえぞ三下。牢獄にぶち込まれるよかまだカッコ付くだろ?」

 

背中を踏み、ゴリゴリと靴底を押し付ける。

 

「い、嫌だ死にたくない。牢獄も嫌だ!!」

 

「ったく、埒が明かないな。……おっと、足が滑った」

 

ザンッ!! と、シュラの体を『未元物質(ダークマター)』が襲う。

 

「あ、ぐおぁああああああッ!?あ、足が……ッ!!右足が溶けたぁ……!?あぁあああああ一体何がぁ!?」

 

叫んだ通り、シュラの右足がドロドロに溶解していく。

激痛と驚愕のあまり、呻くように絶叫するが、垣根の表情は変わらなかった。

 

(死ぬ…殺される!!嫌だ死にたくない死にたくない死にたくない!!!!)

 

「騒ぐなよ。説明した通り『未元物質(ダークマター)』はこの世界に存在しない物質を生み出す。その物質に既存の物理法則は通用しない。使い方次第で、こんな事もできるっつー訳だ」

 

悪意と殺意が、恐怖を伴って足音を立てて迫り来る。

絶望感がわだかまったその瞬間、蜘蛛の糸が垂らされた。

シュラの視界に、管理局員……DAを制圧・逮捕し、ワイルドハントの生存者……というより第二位の怪物が殺し損なった者達の、必要最低限の治療魔法を施して回りながらこちらへ向かってくる高町なのは達の姿が、見えた。

今の彼にとっては、もはやそれが最後の希望に映った。

 

(嫌だ逝きたくない!!)

「うわーーーーッ!!死にたくない!!逝きたくない-!!助けてくれ!!殺される!!」

 

残ったプライドも、何もかもかなぐり捨てて手を伸ばす。

しかし、それが垣根は気に食わない。

 

「おいおい、この期に及んで、しかもよりによってテメェ等でブチ殺そうとした善人共に救助と命乞いを求めるなんざ、ムシが良すぎるだろうが」

 

ムカつく。

 

「ゆ許して…くれぇっ!!死にたくねぇよぉっっ!!」

 

「聞っこえねえよ」

 

「た、助け……許し_」

 

「聞っこえねえっつってんだろぉがよお。テメェだって今まで散々、大勢殺してきたんだろうが。こんな風に」

 

その絶叫に気付いたなのは達が、こちらを向いたその時、ザグッ!! と、伸ばした右手が垣根帝督の白い翼によって手首から切り落とされた。

 

「は?あ、ああ、あぁ……ああああああああああああああーあああああーッ!!!?!!!!!!!?」

 

ショックと激痛に喚き散らす。

無くなった手首を押さえてのたうつシュラを、冷酷に冷え切った視線を向けて見下す垣根の表情は、苛立ちと怒りに染まっていた。

自分がやってきた事を棚にあげ、悪党の癖に平気で命乞いを、しかも殺めようとした相手に求める節操の無さ。

故に垣根は強く憤る。

第二位の暗い瞳には、こちらに向かうなのは達は映っていない。

気に食わない、ムカつく、と怒りの矛先であるシュラしか見ていない。

 

「当てられてんじゃねえよバーカ!俺と同じ外道の分際で何すがろうとしてんだコラ。違うだろうがよぉ、そんなのは俺達のやり方じゃねえだろうがよお」

 

ドドド!! と『未元物質(ダークマター)』の重圧が増す。

垣根はシュラに触れずに立っている。

なのに、見えない何かで踏みにじられる感覚が、シュラを襲った。

 

「ぐ、ぎぎゃああああああああッ!!あぁあああああああああああああ!!!!」

 

「動きを止めたきゃ殺せば良い。気に食わないものがあるなら壊せば良い。悪ってのはそういう事なんだろうが。救いなんか求めてんじゃねえ!!テメェみてえなクソ野郎にそんなもんが与えられる訳ねえだろうが!!」

 

垣根の怒声に呼応するように、更に重圧と苦痛が増す。

遂には泡を吹きながら痙攣し始めた。

垣根帝督は、精神崩壊寸前のシュラに引導を渡すべく、右手を彼にかざした。

 

「_もう良いや。時間の無駄だったな。そのまま死ねコラ」

 

学園都市第二位の怪物が振るう圧倒的で禍々しい『暴力』が、対象の命を刈り取る寸前で、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ストップ!!」

 

「そこまで!!」

 

「それ以上はダメやで!!」

 

高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやて。

3人の少女達の叫び声が、垣根帝督の暴挙を、ピタリと止めた。

 

「……、ちっ……」

 

垣根がシュラに与えていた能力の重圧を解くと、彼はすぐに意識を手放してしまった。

なのはとフェイトとはやて、守護騎士ヴォルケンリッター全員が、垣根帝督と対峙するように着地する。

 

「広域次元犯罪者集団『ワイルドハント』リーダー、シュラ。あなたを、逮捕します」

 

フェイトが静かに告げると、両手をズボンのポケットに突っ込み、退屈そうな顔で垣根が言う。

 

「そいつ気絶しちまったぞ。死なせたくないなら、失血死する前に治療してやるんだな」

 

「あ……シャマル!」

 

「はい!」

 

少し慌てた声ではやてが指示し、シャマルが直ちに治癒魔法を発動する。

なのはが垣根に、確認するように声をかける。

 

「ここからはわたし達の領分。で良いよね?」

 

「ああ」

 

簡潔に答えると、彼は踵を返して歩き出す。

シュラを本局側に、シャマルが転送しているのを一瞥する。

もうここに用は無い。

ついムカついて、敵を殺し過ぎたり気絶させたのは失敗だったなと思ったその時、

 

「あ、ちょっと」

 

「どこへ行く気だ?」

 

と、シャマルとシグナムが呼び止めた。

 

「別に、次に行くだけだ。DA共潰しに回りながら情報漁りにな」

 

すると、なのはが垣根の左手首を掴んで引き留める。

 

「あ、まだダメだよ。垣根くんからも、事情聴取したいから」

 

「ああ?俺はお前達が欲しがるような情報は持ってねえし、それに、お互い干渉しないっつー約束だろ?」

 

彼は若干、鬱陶しそうに言ってなのはの手を振りほどくが、フェイトも口を挟む。

 

「でも、不可抗力とはいえ、管理局(こっち)側が追ってた犯人グループと正面切って戦ったんだから、もう無関係とは言えない。一応正当防衛にはなりそうではあるけど、素通りは流石にさせられないよ」

 

「知るかよそんなの。相手から仕掛けられたから、対応しただけだ」

 

「それでも、局員として、執務官として、……君の知り合いとしても、やっぱり見過ごせない」

 

うっすら戸惑いと尻込みするような表情をしつつも、フェイトはまっすぐな目で垣根帝督の顔を見る。

同じようになのはも、

 

「わたしも局員としても、わたし個人としても、垣根くんと話をしたいから」

 

「はあ?」

 

思わず鼻で笑った。

この少女達は、もう知っているはずだ。

垣根帝督という人物が、どういう立場の人間でどういう事をしている人間なのかを。

それを理解しているはずなのに、どういうつもりで何を言っているんだと。

今更、新たに話す事があるのか? と。

何より、今日この瞬間に、垣根帝督と高町なのは達との関係は終わる。

垣根の本性を知った以上、もう以前と同じようには見られないはずだ。

しかし、そう思う彼とは裏腹に、高町なのはは再びまっすぐな視線を向け、内心複雑そうな面持ちで咎めるように言う。

 

「……ここまで、する必要……無かったよね?」

 

「あ?」

 

「垣根くんほどの強い人なら、何も殺したり、こんな風に苦しめたりする必要は、無かったよね……?」

 

何で、どうして、という言葉を敢えて口に出すのを躊躇い、呑み込んだ。

どこか諭すような物言いの彼女に、垣根は今更何なんだといった調子で、くだらなさそうに言う。

 

「そうだな。思ったより大した事無かったし」

 

あっさりと認めて、続ける。

 

「だからどうした。殺生はいけませんってか?悪人相手でも弄んじゃいけませんっとでも宣うか?」

 

「……っ、そう…だよ」

 

結界が維持されたまま、ボロボロの街中の道路上で真正面から対峙する、7人の局員達と1人の能力者。

垣根は興味の無さそうな調子で、再び口を開く。

 

「説教でもするつもりかよ?説得力ねーっての。大体、俺がどういう立場の人間かは、もう分かってんだろ。『表』の住人で法の番人をやってるお前達と、『裏』の人間である俺とは、考えもやり方も違うのは当たり前だろうが」

 

こんな当然の事を、いちいち言うのも面倒だと吐き捨てるように告げた。

明確に線引きをして、突き放すような態度の彼に、フェイトが静かに、囁くような小さな声で言い始める。

 

「……話し合うだけじゃ……、言葉だけじゃ何も変わらない……かもしれない。…でも話さないと、言葉にしないと伝わらない事もある」

 

「あ?」

 

「昔なのはが、わたしに言ってくれた事だよ。……だから、せめて話して欲しい。わたし達の知らない、君の事を」

 

切実さのこもったフェイトの言葉に、垣根は煩わしそうに舌打ちをして、心底面倒臭そうに答える。

 

「本来は話してやる義理はねえんだがな。それに昔のお前達みてえに、特に込み入った事情を抱えてる訳でもねえ。単に昔から、学園都市の暗部に沈んでたってだけだ。テメェ等から見た立場的にゃ、ワイルドハントっつったか?そのクソ共と殆ど一緒だよ」

 

「昔からって……もしかして、わたし達と…会う前から……?」

 

「まあな」

 

数瞬の沈黙。

ある程度は予想していたが、やはり内心は、少なからず驚いてしまった。

 

「でも」

 

ヴィータが口を挟む。

 

「……じゃあ何で、さっきあたし達を助けてくれたんだ?」

 

「そんな事した覚えはねえ。あいつ等にはムカついてたからな、意表を突きたかっただけだ」

 

「それならただ単に、人質の私達ごと貫いて殺してしまっても、構わなかったはずだ」

 

「お前達がどう思おうが勝手だが、どっちにしろ助けたつもりはねえよ」

 

シグナムも言うが、彼はやはり即座に否定する。

シャマルも、敢えて垣根に向かってゆったりと微笑みかけて、続く。

 

「……そうね。垣根くんの意図は何にせよ、結果として私達が助けてもらった事に、変わりはないわね」

 

「……どうしても俺を『イイ人』にでも仕立てたいのか?迷惑だし反吐が出るな」

 

彼は再び吐き捨てるように言った。

心底不快そうに表情を歪めて。

ヴィータとシグナムとシャマルの方から、視線を戻すと、なのはとフェイトとはやてが並んで垣根帝督の前に立ったまま、彼を見つめ続けている。

 

「わたしは……」

 

八神はやてが、意を決して告げる。

 

「わたしは……帝督くんが、そこまで悪人には思えへん。…5年前のあの時も、帝督くんはわたし達を助けてくれた。あの子が…リインフォースが消えてしもた時、君も一緒に悔やんでくれた……。そんな優しい人が、ただの悪人やと思えへん。ううん、思いたくない」

 

「そんなんじゃねえ。……あれは俺が興味本位で首突っ込んで、一枚噛む為に性能試験の一種のつもりでやったんだ。俺の『未元物質(ダークマター)』は、どの世界のどこまで通用するんだ、ってな。別に助ける事自体が目的だった訳じゃねえ」

 

触れて欲しくなかったのか、彼は否定しながら、嫌そうに鬱陶しそうに、眉間にシワを寄せた。

垣根は少女達を睥睨し、自分と彼女達の立ち位置の違いを認識させようと、敢えて再び言う。

 

「……俺は悪党だ」

 

「それならわたしは、わたし達は止めたい」

 

忌々しいほど即座に、なのはが答えてきた。

それが癪に触る。

 

「ハッ。本気で言ってんのか?何様だテメェ」

 

垣根は、馬鹿馬鹿しそうに嘲笑う。

 

「さっきまで好き勝手に暴れまわってた俺を、全く止められなかったテメェ等に、何ができる?」

 

「それでも、わたしはそういうやり方しか知らないから、そうするよ」

 

「そういうのは、そういう手段が通用する相手にだけやっとけ。説得すれば、誰でも耳貸してくれるとか、改心してくれるとか、生温い事言ってんじゃねえぞ。世の中がそんな甘くねえ事ぐらい、お前等もよく分かってんだろ」

 

何でも話し合いで解決できるのなら、誰も苦労しない。

そんな簡単に事が済むなら、とっくの昔に戦争も起きなくなっている。

片方でもその気が無ければ、対話そのものが成立しない。

そんな事は、局員として最前線に立つ彼女達が、一番理解しているはずだ。

もう子供じゃないのだから、誰よりも分かっているはずだ。

 

「俺は自分が外道だって自覚はあるが、それだけだ。別に好き好んで一般人を狙おうとは思わねえし、気分が良けりゃ、悪党であっても格下なら見逃してやる事もあるが、そいつは命張ってまでやる事じゃねえし、あくまで俺の気分次第だ。お前達みてえな馬鹿正直な善人と違ってな。……もう良いよな?一応対話には応じてやったんだ。聴取の代わりにもなっただろ」

 

突き放すように告げる。

これ以上の無駄話に、付き合うつもりは無い、と。

しかし、

 

「…………関係……無い…よ……」

 

「……、……何…………?」

 

垣根は、フェイトの囁くような小さな声に、意味の分からなさそうに眉をひそめる。

フェイトは再び口を開く。

 

「あなたが…帝督(、、)が良い人か悪い人かなんて関係無い。君がどんな世界に浸っているかも、関係無い」

 

次にはやてが再び言ってくる。

まっすぐ、垣根の目を見て。

 

「わたし達じゃ、きっと今まで帝督くんが何を見てきて何をしてきたんかは、知らへんし、何で帝督くんがこんな事せなあかんような事になったんかも、多分理解できてへん、……けど」

 

彼女達の目には、瞳には、意志の光があった。

垣根帝督からすれば、馬鹿馬鹿しく思える行動指針。

 

「わたしも帝督くんの事、やっぱり放っとかれへん。見過ごせないんや」

 

綺麗事なのは分かっている。分かりきっている。

世の中が、そんなに単純じゃない事も、理想を実現する事がどれだけ困難なのかも分かっている。

それでも、

なのはがきっぱりとした口調で言う。

 

「これだけは、言えるよ。大事なのは、そこから連れ戻す事だよ。帝督くん(、、、、)が、どれだけ暗い世界にいても、どれだけ深い世界にいても、わたし達は諦めない。諦めたくない!そこから必ず引きずり上げてみせる!!」

 

その言葉に同意するように、他の面々も垣根を静かに見つめる。

かつて、高町なのはがフェイト・T・ハラオウンと対峙し、向き合った時のように。

かつて、高町なのはとフェイト・T・ハラオウンが、八神はやてと夜天の書を救う為に立ち上がった時のように。

 

だが、

 

だからこそ、彼の怒髪天を突いた。

理想的で綺麗事で、現実を見ていない、幼稚で愚かな戯れ言にしか聞こえなかった。

このセリフが、約5年前の彼女達の口から出てきたのであれば、まだ鼻で笑って聞き流せる。

何も知らないただの、どこにでもいる普通の子供の、綺麗事だと。

しかし今の、無知でもなければ、人間の汚い所を全く知らないはずがない彼女達が、確かに言い切った。

分かっているはずなのに。

素人よりもずっと理解しているはずなのに。

どれだけ困難で、不可能だと誰でも分かるはずなのに。

 

「……どれだけ暗い世界にいようが、どれだけ深い世界にいようが、必ずそこから連れ戻す、だと……」

 

垣根帝督は静かに言った。

眉間にシワを寄せ憤怒に染まった、心底不愉快そうな表情で、拳を握り、鋭く暗い眼光の瞳で、彼女達を忌々しそうに睨んでいた。

激怒し、はね付けるように、吐き出すように叫ぶ。

 

「できる訳ねえだろうが。そんな簡単な訳ねえだろうが!これが俺達の世界だ。これが闇と絶望の広がる果てだ!!何を言い出すかと思ったら、ふざけた甘っちょろい事抜かしやがって!寝言は寝て言えってんだよ!!」

 

「ふざけてないよ!簡単じゃない事も分かってる。普通なら無理だって思うのも分かってる!都合の良い事言ってるのも分かってる!でも、わたし達は真剣だよ。本気で真面目に言ってるんだよ!!」

 

高町なのはの揺るがない一言が、余計に苛立たせる。

故に、垣根帝督は憤る。

 

「俺の境遇を想像して、つまんねえ安い同情でもしたのかよクソボケ。余計なお世話だっつってんだ。誰もそんなもん望んでも頼んでもねえんだよ!俺はな、そういうのが一番ムカつくんだよ!!」

 

怒りに引っ張られるように、彼から悪意と殺意が膨れ上がる。

それでも彼女達は、デバイスを握らずに、徒手空拳のまま対峙し続けている。

それがまた気に食わない。

学園都市第二位という化け物を、ただの幼い頃の知り合いというだけで、自分達に危害を加えたりしないと思い込んでいるとしか、彼には考えられなかった。

ナメているとしか思えない。

 

「……分かってる。こんなのは結局、わたし達のエゴで、勝手な望みだって事も。……でも……それでも、やっぱり見過ごせないよ。見て見ぬふりなんて、できない。したくない。このままで良いなんて、やっぱり思えない!」

 

「……わたし達が目指してんのは、わたし達がおって、皆が笑って暮らす風景や。その未来の為なら、わたし達は諦めへん。もう、諦めたくないんや。それに、そこには帝督くんも入ってるんやで?」

 

「__っ」

 

切実さのこもった声で言うフェイトとはやて。

意外なほどの本気さに、呆れ返りながら冷静さを取り戻しつつも、垣根は、怒りを滲ませたまま聞いて、吐き捨てるように答える。

 

「感情論はもう聞き飽きたよ。イカれてんのか。そんな耳心地の良い言葉で、俺が当てられるとでも思ってんのかよ。どう生きようが俺の人生だ。押し付けてくんじゃねえ。テメェ等ごときに何言われようが、俺が考えを変える訳ねえだろうが」

 

物心ついた頃から、闇の中で生きていた。

今更、光の道を歩む気はさらさら無い。

それでもなのはは、フェイトは、はやては、ぎこちなくも微笑んできた。

 

「それなら、帝督くん(、、、、)だって分かってるでしょ?わたし達がしつこいの。わたしは、帝督くん(、、、、)に何を言われても、やっぱり放っておけないよ。お節介だって思われても、それでも……何も話せないでさよならはしたくない。話し合えば絶対に分かり合える……なんて言えないけど、できる事も何もしないで、お互いに何も知らないまま、すれ違って終わりなのはもっと嫌だよ!」

 

「わたし達は、まだお互いの事を殆ど知らない。だから、まずは帝督(、、)にはわたし達の事を知って欲しい。わたし達も帝督(、、)の事を知りたい。そこから始めたいんだ」

 

「わたしかて、帝督くんに話したい事たくさんあるんやで。紹介したい子もおるし、帝督くんからのお話も聞きたいんや」

 

愚直なまでの態度に、いい加減本格的に呆れてきた。

いや、不愉快で苛立ちと怒りは変わらず感じるが。

 

「……、相変わらず、鬱陶しいヤツ等だな。あと、どさくさに紛れて揃いも揃って、馴れ馴れしく下の名前で呼んでんじゃねえよ。うざってえ」

 

「……それなら、わたし達の事も、名前で呼んで良いよ」

 

なのはが、今度は柔和な笑みを浮かべて言う。

 

「呼ばねえよ馬鹿。馴れ馴れしいっつってんだろ」

 

「そう言う帝督くんが、よそよそしいだけやで?」

 

と、同じく柔和に笑いかけてきたはやて。

段々、雰囲気と流れを相手に掴まれてきたと悟り、苛立ちながら垣根は、それを振り切ろうとする。

 

「……本当に鬱陶しいヤツ等だな。分からねえな、何故そこまで俺に構う?俺とテメェ等の関係は、どう取り繕ったって、昔のガキの頃の知り合いってだけだ。それ以上でもそれ以下でもねえ。何の利益がある?確かに敵対するよか得策だろうが、それなら別にやりようがあるだろ」

 

「損得じゃないよ」

 

「あ?」

 

「損得とかじゃなくて、ただ、わたし達がそうしたいだけ」

 

「これは局員としてやなくて、わたし達個人としての気持ちや」

 

立場の違いをはっきりさせ、線引きして遠ざけるつもりが、逆にずけずけと踏み込んで距離を詰めようとしてきた。

悪人や犯罪者の類いと判断して、明確に敵対関係になると予想していたが、ほぼ真逆の結果になり、内心戸惑いを覚える。

それでも突き放そうと思い、威嚇する。

 

「……これ以上は不毛だな。お前等、俺を止めるだとか言ってたよな。だったら、実際に力ずくででも止めてみせるか?」

 

呼応するように、轟!! と垣根帝督の背中から6枚の翼が生える。

ギチギチと無機質な音を立てて広がる、長さ数メートルもの正体不明の白い翼。

明確な敵対の意思を見せるが、しかし彼女達は臨戦態勢に移らない。

 

「……テメェ等、どういうつもりだ?」

 

垣根は思わず、怪訝な声を発した。

3人は微笑んだまま、佇んでいる。

守護騎士達も同様だった。

 

「殺意を感じない。ただの挑発なのが見え見えだ。垣根、お前は確かに悪党だが、だからこそか……悪目立ちや得の無い事をむやみやたらに実行するほど愚かではない」

 

「今ここで不用意に管理局(あたしら)と敵対して、局員を攻撃してもお前は無駄に敵を増やすだけだ。それぐらい分かってんだろ?」

 

シグナムとヴィータが口を挟んだ。

シャマルも、ニコニコしながら告げる。

 

「頭の良い超能力者(レベル5)の垣根くんなら、自分から面倒事を増やそうとはしないわよね?本気で私達の事がどうでも良くても」

 

「……だとしても普通、能力を発動した俺を目の前にして、丸腰のままっておかしいだろ」

 

「『その気』が無いって分かってれば、大丈夫だもん。フェイトちゃんもはやてちゃんもわたしも、そこまで鈍くないよ」

 

「……、ちっ」

 

緊迫していた空気が、完全に白けてしまい、うぜぇ、と顔に書いてあるような表情の垣根になのはが、握手を求めるように左手を差し出した。

 

「わたし、ただの昔の知り合いってだけで、終わりにしたくない。もう一度、ちゃんと仲良くなりたい。だから、わたし達と、友だ_」

 

と言いかけた所で、バシュッ!! と赤い光線がなのは達と垣根の間を隔てるように通過した。

 

「なのは達から、離れろぉぉぉぉぉ!!」

 

大型の実体剣形のデバイスを振りかぶり、垣根帝督へ銀髪碧眼の、端整な容貌の少年が斬りかかった。

しかし、垣根は6枚の翼で空気を叩いて跳躍するように、軽々とかわした。

なのは達の前と、ひび割れた車道の中央分離帯に着地した垣根の正面に立ちはだかる形で降り立った少年……武装隊服をアレンジした朱色のバリアジャケットを纏った魅神聖は、なのは達へ振り向いて叫ぶ。

 

「大丈夫か!?怪我は無いか、皆!!」

 

「えっ……」

 

「あ、魅神…」

 

「ちょちょっと待っ」

 

咄嗟になのはとフェイトとはやては、彼を制止しようと思うが、魅神聖には垣根帝督が敵にしか見えていない。

 

「DAに少し手こずって遅くなったが、もう大丈夫だ。安心しろよ。待ってろ。オレがこんな悪党、今すぐぶっ倒してやるからな!!」

 

魅神聖から見れば、ワイルドハントの正規メンバーのリストにも無く、DAの格好もしていないが、正体不明の不気味な白い翼を背中から生やした男がマトモな相手のはずがない。

そして、対する垣根帝督も6枚の翼を構えたまま、不敵な笑みを浮かべている。

対話の空気が完全にぶち壊しになった事を、むしろ好都合に思ったようで、

 

「見ねえ顔だな。お前誰?アースラの新入りとかか?……まあ何でも良いか。こうして分かりやすく敵対してくれる方が、俺としてもやりやすい」

 

見た目通りの、悪どさを帯びた好戦的に笑う垣根。

それを見て、魅神も勝ち気な笑みを浮かべた。

 

「へっ、テメェがどこの誰だかは知らねーが、このオレ、時空管理局が誇るスーパーエースが来たからには、好きにはさせねえ!!」

 

啖呵を切った彼の後ろでは、若干白けた目でヴィータとシグナムが静かに言う。

 

「自分で言うな。自分で」

 

「"問題児エース"の間違いだろう」

 

もちろん、その言葉は彼の耳には届かず、バスターソード形のデバイスを構えて、垣根を叩っ斬ろうと肉薄する。

 

「ぶっ倒して逮捕してやるよ、悪党がー!!」

 

「ハッ、上等_」

 

垣根帝督は背中の白い翼に力を込め、弓のようにしならせて放とうとする。

 

「ダメ!!待って!!魅神君、止まって!!」

 

「あかん!帝督くんも、今応戦して魅神君に攻撃を当ててもうたら、ホンマに管理局の手配対象になってまう!!」

 

なのはとはやてが、大声で制止を呼び掛けるが、それで止まってくれる2人ではなかった。

ドバン!! と魅神と垣根の双方の正面から小爆発が起きる。

しかしそれは、『未元物質(ダークマター)』と魅神の近接魔法との衝突によるものではなかった。

 

「止まって魅神!!彼はわたし達に何もしてない!!」

 

「ストップだ!これ以上の戦闘は、推奨できない」

 

ソニックフォームに切り替えて、瞬時に彼等の間に割り込み、両腕を広げて通せん坊する格好で立ち塞がった、執務官フェイト・T・ハラオウン。

そして、見覚えのある蒼白い魔方陣が出現し、黒ずくめのバリアジャケットを纏った、黒髪の青年が現れた。

アースラの艦長で時空管理局提督、今事件対策現場指揮官を担う、クロノ・ハラオウン。

若干よろけながら動きを止めた魅神は、眉を寄せて困ったような口調で言う。

 

「お、おい、フェイト、クロノ!そりゃないぜ。どうして止めるんだよ?」

 

「言ったでしょ。彼は、わたし達に危害も何物加えてない。わたし達の古い友達で帝と「馴れ馴れしい。あと友達じゃねえから」_あう……。と、とにかく、垣根はわたし達の知り合いで、敵じゃないから、早とちりで攻撃しないで」

 

若干、話の腰を折られたが、とりあえず魅神聖の制止を続けた。

 

「知り合いって、こいつがぁ?こんな人相の悪いチンピラみてえな悪人面がか?信じられねえよ!フェイトお前、変な幻術でも_」

 

「そんな訳ないでしょ!……なら、執務官として進言します。魅神三尉、直ちにデバイスを下ろして下がってください」

 

「……ちぇ、分かったよ。フェイトがそこまで言うなら……」

 

と、渋々だがようやく、彼は振り上げたデバイスを下ろし、すごすごと後退する。

一方、垣根帝督の方は、展開された蒼白い魔方陣に寸止めするような形で、伸長していた6枚の翼の先端をピタリと止めている。

 

「……へえ。誰かと思ったら、お前、執務官か?久し振りだな、随分と雰囲気が変わったか?」

 

ニヤリと笑う垣根に、クロノも小さく笑った。

 

「今は母の後継で、艦長をやっているんだ。それにお互い様だ。君こそ随分と背が伸びたな」

 

「お前もな」

 

互いの腹の内を探り合うように、見据えるように視線をぶつけ合う。

やがて互いに戦意が低い事を悟り、垣根は翼を消滅させ、クロノも魔方陣を解除して着地した。

 

「5年振りか、まさかこんな形で再会するとはな」

 

「その言葉もそっくりお返しするよ。もう会う事はねえって思ってたからな」

 

「僕も正直、その可能性は高いとは思っていたよ。まあ、当たって欲しくない予想も当たってしまったが…」

 

「そう言う割に、薄々勘づいてたんじゃねえの?」

 

「いいや、それは母さんの方だよ。君の目と、妙に達観した態度で、何となくだがな」

 

「へえ、そりゃスゲェ」

 

久し振りに叩き合う軽口に内心、懐かしさを感じつつも、切り替えてクロノは告げる。

 

「……それじゃ、件の事の、学園都市サイドの関係者として事情聴取と任意同行を願いたい」

 

「管理外世界の人間には、お前達の法の適応外だろ?」

 

「ああ。だからあくまで、今できるのは『お願い』だ。君がさっきそのまま魅神……君に斬りかかった局員の事だが、彼と交戦していたら、全くの適応外にはできなかっただろう」

 

「そうかい。なら、適応外の人間らしく、そろそろここからズラからせてもらうぜ」

 

薄く笑ったまま、垣根は興味の薄そうに相槌を打った。

結果的には、止めてもらった方が都合が良かったかもしれないと思いつつ、彼は立ち去ろうと歩き始めた。

 

「……あ!ま、待って!」

 

思わず、なのはが叫んで再び呼び止めようとするが、垣根は今度こそ、立ち止まろうともしない。

 

「高町、悪いがもうお前達に話す事はねえし、クロノ、お前の『お願い』にも答える気はねえ。そんなに気になるなら、自分の部下達にでも訊きな。そもそも俺は、魔法サイドの事件自体にゃ興味無いんでな」

 

「……、分かった」

 

「クロノ!あいつあのまま逃がして良いのかよ!!あいつどー見ても堅気じゃねえぞ!!」

 

と魅神聖が焦って怒鳴るが、クロノはゆっくり、首を横に振った。

 

「いや、現状では僕達に、彼を拘束や連行する権利は、生じているとは言えない。ただでさえ管理外世界な上、管理局側と知己の人間とはいえ、今は民間協力者じゃない。対ワイルドハントにしても、先に戦闘を仕掛けた訳でもなければ、相手の凶悪さを鑑みれば、容易に自衛戦闘と正当防衛が簡単に成立しうる。だから、これ以上、彼を引き留める権利も無い。僕としても、多少口惜しいけど」

 

「クソ……ッ!!」

 

そうこうしている間に、垣根帝督は悠々と結界の外に出ていった。

現場に残った局員達は、総出で通常魔法と特殊魔法、実弾兵器や超能力(レベル5)によってメチャクチャのボロボロになっていた市街地の修復作業等の、後片付けを行う事となった。

数時間ほど要したが、それらは本局からの支援もあり滞りなく、無事に終了した。

 

 

 

現場指揮官として、クロノ・ハラオウンが告げる。

 

「_以上をもって、この場での作業は全て終了し撤収する。全員、魔力も体力も消耗し切っている為、一度アースラに帰還し各自休養するように」

 

『了解』

 

 

 

 

そして、次元航行艦アースラに帰還後、軽いミーティングも兼ねた形で、艦内の食堂でクロノとフェイトが向かい合って席についている。

他のメンバーは文字通りの休息と、戦闘記録や報告書の提出等の雑務(特に魅神聖が)に、従事していた。

ちなみに、アリサ・バニングスと月村すずかから連絡を受けて、垣根帝督がこの件にも、積極的に関わっていた事が発覚した。

余談だが、垣根がすずかの首を絞めた事も伝わり、なのはとはやてが憤慨したとの事。

 

「それにしても、偵察部隊以外は全員帰還して、大丈夫なの?」

 

「ああ。全員……特にフェイトもなのはも、守護騎士達も魔力切れ寸前に消耗し切っていたからな。回復して体勢を立て直しておきたかったし、無茶はさせられない」

 

それに、とクロノは少し苦笑いを浮かべ、続ける。

 

「想定外のイレギュラー的存在のお陰で、一番の脅威だったワイルドハントの正規要員が文字通り全滅させられたから、そういう意味でも脅威度はかなり下がったと言える」

 

「ああ……なるほど、ね……」

 

納得し、フェイトも苦笑いを浮かべた。

2人の脳裏に浮かんでいるのは、もちろん例の学園都市第二位の怪物。

そこでフェイトが、少し不安そうな表情になって、クロノに尋ねるように言う。

 

「それで……垣根の事、だけど……」

 

クロノは鷹揚に頷く。

 

「ああ。現状、彼とは敵対はしていないが、無条件に無制限にこちらの味方をしてくれる訳じゃない。まして、今は僕達の知り合いとしてではなく、裏の人間として活動している以上は最悪の場合、僕達と敵対する可能性もゼロとは言い切れない。……その辺り、彼の気紛れ次第な所がな……」

 

「うん……」

 

「だが、立場が違っても、ほぼ共通の存在を追い掛けているんだ。いずれまた会えるさ」

 

「うん、……そうだね。そうだよね」

 

クロノはフェイトの気持ちを汲み、思いやるように小さく微笑む。

 

「フェイトも、なのはもはやて達も、これで終わりにはしたくないんだろう?」

 

「うん、わたし達もまだ納得はしてないから。なのはとはやては特にね」

 

距離を詰めてくる事を嫌い、心を閉ざした垣根帝督に、自分達の想いが届くかは分からない。

それでもやはり、なのはもフェイトもはやても、まだ諦めるという選択肢だけは選べなかった。

何故、そこまで固執するのか。

何故、そこまで拘るのか。

何故、そこまで彼と関わろうとするのか。

今まで、そこまではっきりとは考えていなかったかもしれない。

3人はそれぞれの場所で、奇しくもそれぞれ同じ事を少しだけ考えた。

 

出会ってきた人々の中に、映画や漫画に出てくるような簡単な悪人なんていなかったからか。

切り捨てしまうには後ろ髪を引かれるからか。

色々な事を思い浮かべた、その上で。

高町なのはは、フェイト・T・ハラオウンは、八神はやては、全てを振り切ってこう結論付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見捨てる理由が一つも無かったから。

 

と。




なのは達と垣根帝督とのやり取りは、もっとあっさりして終わらせた方が良かったかなとも思いましたが、原作のリリカルなのはでも、対立者の内情が大なり小なり判明していく展開があるので、満更変な事もないかなと思い、こういう形にしてみました。

なので今回も、内容的には好き嫌いが分かれると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

とある科学の未元物質(ダークマター)

2週間近く掛かってしまった……。


「散々捜し回る羽目になったが、どうやらここが例の連中の拠点らしい」

 

夜の海鳴市の外れに位置する、一見寂れた資源再生処理施設の前に佇んでいるのは学園都市暗部組織『スクール』のリーダー、垣根帝督。

DAの残党狩りとその上の存在を狙って、下部組織を利用しながら一日中活動を続けていた。

そしてようやくめぼしい情報が入ってきたのだが、何度も偽の情報を掴まされている上、ここがダミーの可能性も十分にあったのだが、それでも垣根帝督自ら直接動いたのには理由がある。

 

(最近のあいつ等の情報は必ずここを示してた。その情報が本当なのかどうかを確認しに来てやる)

 

つまり、明らかに怪しいから乗ってやる、という訳だ。

 

(もし罠なら上等だ。それごと握り潰す)

 

手始めに正面の門を抉じ開けて敷地に侵入してみるが、調べ回ってみても今の所何も見付からず、反応も無かった。

 

(見て回った限り、敷地周辺は完全に無人。研究がされてた様子も無い。こりゃ一杯食わされた……かもしれないが、僅かだが誰かいた痕跡が残ってる。慌てて逃げ出したか、或いは……)

 

物騒な予想の方が当たったようだった。

想像通り、警備員(アンチスキル)の格好をしたDAが数十人出てきた。

全員フル装備で銃火器を構える。

 

「対象を作戦ポイントにて目視!これより正義を執行する!!」

 

「ターゲットは第二位の能力者だ、気を抜くな!!」

 

声色からして、男女混合の部隊のようだったが、垣根は構わず能力を振るう。

 

ザシュッ!! ドバァ!!

 

彼の背中から出現した6枚の翼。

更にそこから瞬時に放たれた無数の羽が、凶器のシャワーとなって襲い掛かる。

 

「一瞬で__ごッ、がぱァ……!?」

 

「一瞬で、何だ?大人数で囲めば勝てるとでも思ったのか?」

 

うっすらと冷笑する垣根に、彼等は歯噛みしながらも叫ぶ。

 

「くっ……ひ、怯むなぁ!!悪は粛清する!!正義は我等にあり!!」

 

「相変わらずイラつく連中だ。誰にケンカ売ったか教えてやるよ」

 

それから、時間は掛からなかった。

1分足らずで戦闘は終わる。

無差別に無秩序に無慈悲に振るわれた、超能力(レベル5)の『未元物質(ダークマター)』によってDA隊員は皆殺しにされていった。

 

「ははっ、テメェで終いだ!」

 

「ぐ、おぉおおおおおおおおおおッ!?……く、クソ……全滅、だと……!!」

 

痛烈な一撃を受けて倒れたDA隊員の男を見下ろし、嘲笑う垣根帝督。

彼は両手をズボンのポケットに突っ込んで佇み、冷徹な視線を向けながら告げる。

 

「わざわざ準備したのに、無駄になっちまったな。……さて、テメェには特別に手加減してやった。そのままだと、じわじわ苦しみながら死ぬ事になる。そこで、だ。知ってる事を全部話してもらおうか。そうすりゃ苦しまないようにすぐ殺してやる」

 

「……くっ、我々の正義を、微塵も理解できない害獣に従うつもりは無い……!」

 

「またそれかよ、飽きねぇ連中だ」

 

うんざりした様子で吐き捨てるように呟く。

そして興味が失せたように歩き始め、建物の内部へ進む。

 

「……ま、そうだろうと思ったから、勝手にあちこち隅々まで物色させてもらうわ。あばよ、三下」

 

そう言った頃には、DA隊員の男は動かなくなっていた。

能力の重圧が増した事で易々と殺された。

彼は施設の内部へ入り込み、通路を進むと案の定新手が出てきた。

今度は武装局員の格好をしたDA隊員達だった。

 

「おーいたいた。今回は案外当たりみたいだな」

 

「ッ!来たぞ、対象の能力者だ!!こっちに同志達を集結させろ!!」

 

「徹底抗戦ってか?それとも……いよいよ逃げる事も情報を操作する事もままならねぇか?」

 

「悪が調子に乗るな……!残存兵力を全て投入して、ここで我々の正義を成す!!」

 

ズラリと十数人の武装局員DAが展開し、垣根帝督を狙う。

 

「散っていった同志達の仇を討たせてもらう!!正義は我等にあり!!」

 

「救いようのねえ連中だ」

 

垣根は興醒めしたように言うと、正面の障害物を排除すべく超能力(レベル5)を振りかざす。

 

「……いい加減、失せろ!!」

 

一瞬で、禍々しい白い正体不明の翼が振るわれ、文字通り叩き伏せられる。

追撃が来ない事を確認すると、彼は歩き出して更に奥へ進む。

 

「増援が出てこなくなったか。はん、どうやら雑魚共の悪足掻きは打ち止めらしいな。それじゃ奥へ漁りに行くかな。……どんなクソみてえなもんが出てくるか楽しみだが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから遅れる事、十数分。

高町なのは等の時空管理局捜査隊が、件の資源再生処理施設に到着した。

直近まで武装局員DAと交戦し消耗し切っていたクロノ・ハラオウン、ユーノ・スクライア、魅神聖達のCチームはアースラに帰還し、有視界通信の回路を開いてモニタリングしながらバックアップに回る事となった。

結界を展開しながら状況を確認する。

既に何者かによる侵入と攻撃を受けた後らしく、正面の門は破られ外側はまさに死屍累々といった具合で警備員(アンチスキル)DA達の死体が転がっている。

侵入口から覗いてみると、大破した駆動鎧(パワードスーツ)や武装局員DA隊員達が倒れていた。

ご丁寧に彼等は気絶だけで済まされている。

 

「これって……」

 

「先を越されたみたいやね」

 

なのはとはやてが呟いた。

侵入者が何者なのか、誰なのかは、今更確認するまでもなかった。

砲射撃型の高町なのは、後方支援型のシャマル、広域型の八神はやてとリインフォースⅡ、そして彼女達の直衛としてザフィーラが、施設の包囲を行いながら上空待機。

そして、彼女達とデバイスを通じて有視界通信回線を開いたまま、シグナムを先頭にヴィータ、フェイト・T・ハラオウンが内部へ侵入を開始した。

 

「内部の警備は……反応は、無いが……強力なAMFが展開されているな」

 

「やっぱな……」

 

「……っ」

 

シグナムとヴィータが呟き、フェイトもバルディッシュを魔力刃にノイズが入るハーケンフォームからアサルトフォームに切り替えた。

しばらく歩き進むと、薄暗い通路から出て、広いオープンスペースに辿り着いた。

実験か何かを行う為の部屋なのだろうか、無機質な空間が広がり、片隅には記録や検査等を行う為のパネルやコンソールが設置されている。

そして、そこには予想通りの先客がいた。

 

「何だ、もうお前等も来ちまったのか」

 

あっさり言ったのは、垣根帝督。

前回出会った時と同じように、崩した着こなしの学ラン姿で佇んでいた。

シグナムが確認するように尋ねる。

 

「ここまでのDA達は、お前が?」

 

「ああ。そっち側の連中は気絶で済ましといてやったぞ」

 

どうでも良さそうな態度で答えた。

そこでヴィータが気付く。

 

「……あれ、お前は今何してんだ?てっきり奥まで能力使って扉だろーが隔壁だろーが突き破って進んでるのかと思ったけど」

 

そう。

今までの垣根なら、隔壁やバリケードで行く手を阻まれても、能力を行使して強引に無理矢理にでも突破していくはずだったのだが、

 

「ああ、俺もそうしたい所なんだが根城らしく、流石にここじゃ能力者対策もされてるみたいでな」

 

面倒臭そうな顔で言いながら、彼はコンソールを弄って扉の解錠を試みている。

 

「対能力者用にAIMジャマーが区画内を網羅している。本来は凶悪能力者を収容するような、学園都市の少年院向けの設備なんだがな」

 

「……じゃあ、能力は使えないの?」

 

フェイトが尋ねるが、垣根は緩やかに首を横に振った。

 

「いや、完全に使えなくなる訳じゃねえ。集中力を散らせる感じかな。ただし無理をすると能力が暴走する可能性がある。並の能力者なら怪我ぐらいで済むだろうが、俺みてえな高レベル能力者になると危険になるな。……特殊な電磁波でAIM拡散力場を反射させていやがる」

 

AIM拡散力場を乱反射させて能力に干渉させる事で、能力行使を妨害する装置。

ミラーボール型やワイヤー型、遠隔狙撃用の超音波兵器型等の様々なタイプがあり、範囲内で能力を使った場合、完全に抑え込める訳ではないが制御ができなくなり自爆の危険性が高くなる。

垣根は銃を持っていない。

自分の能力にそれだけ自信があるのだろう。

だが、万が一にもその能力が暴走すれば、真っ先に巻き込まれるのは垣根本人だ。

 

『ほう。予想はしていたが、存外早く現れたね。第二位』

 

『それにプロジェクトFの産物に守護騎士プログラムとは』

 

「っ?」

 

「あん?」

 

「何……?」

 

聞き覚えのある中性的な声。

と、知らない中年男性の声。

フェイト、ヴィータ、シグナムが眉をひそめる。

全員が目を辺りに走らせるが、音源が掴めない。

 

「はん、このタイミングで出てくるっつー事は、テメェ等が親玉だと思って良いのか?」

 

薄く笑う垣根に、中年男性の声が答える。

 

『まぁ、その認識で間違いはありませんよ』

 

「そうかよ。じゃあ、ぶち殺すけど文句は無いな」

 

『ふっ、AIMジャマーで自慢の超能力(レベル5)が自由に振るえないでしょう?だからこそ、その前に少し話をしようじゃありませんか』

 

「今更話だ?まさか命乞いじゃないよな?」

 

『いいや、私達がするのは提案だよ』

 

今度は中性的な声が答えた。

 

『第二位、我々の計画に君の身を貸してはくれないか?』

 

「……、命乞いより性質(たち)が悪いな。カスが腐った言葉吐くんじゃねえよ。俺が首を縦に振るとでも思ってるのか。隠れてナメた真似してくれた時点で、願い下げだボケ」

 

呆れきった顔で、吐き捨てる。

 

『困りましたね~。君の傍若無人な振る舞いで捨てゴマだったとはいえ、DAもワイルドハントも全滅。息子のシュラまで捕まってしまいましたよ。このままでは協力を申し出ていたスポンサーも離れてしまいますよ』

 

しかし、その声色に落胆の様子は無い。

むしろ侮るような笑いさえ感じ取れる。

それがまた、垣根は気に食わない。

 

「ハッ。あの三下、テメェの息子かよ」

 

『ふむ、家族の類いを知らない君に嗤われましてもね』

 

「ふん」

 

「え……?」

 

垣根の表情が変わらなかったのと対象的に、フェイトが怪訝な声を発して彼を見つめる。

彼女につられるように、シグナムとヴィータも事も無げに佇む垣根の方を見る。

有視界通信回線を通して、外からなのは達も垣根の方へ視線が向く。

中年男性の声は、わざとらしい口調で懇切丁寧に説明するように言い始めた。

 

『おおそうか。彼女達は知らなかったのですな。第二位の超能力者(レベル5)、垣根帝督の素性を』

 

「俺の素性?そいつはもうバレちまってるよ。俺が暗部に身を置いてる事もな」

 

退屈そうな垣根に、相変わらず不愉快な声色で告げる。

心底愉しそうに。

 

『いやいや。そこじゃありませんよ、分かるでしょう?私は魔法側の人間ですが、私と学園都市側を結び付けたネゴシエーターによって、「最暗部」の片鱗や書庫(バンク)に秘匿された、第二位。君自身の生い立ちを』

 

「へえ……、」

 

『第二位、君の生い立ちはそこにいる彼女達に負けず劣らず悲惨で壮絶ですねえ。君は置き去り(チャイルドエラー)の孤児で天涯孤独。しかもどういう訳か学園都市に来る前の、能力開発を受ける前の君の記録は不思議と残っていない。その上、君自身は苛烈で危険を顧みない開発実験の後遺症なのか、5歳……つまり学園都市入りする前の記憶を喪失していますねぇ。不思議ですねえ~。そして能力開発実験の末8歳頃の時に、超能力(レベル5)の「未元物質(ダークマター)」を発現。学園都市第二位の順位付けと統括理事長の進めるプランの一つ、「第二候補(スペアプラン)」となる。君はそれを振るって今までの意趣返しの如く暴走し研究施設の破壊活動をし研究者達を虐殺した、と。そしてこれを切っ掛けに本格的に闇に堕ちて統括理事会直下の暗部組織「スクール」に所属。そして今に至ると』

 

説明、とでも言うべきか垣根帝督の隠された過去の暴露話とでも言うべきか、その中年男性の声から発せられる話を、フェイト達は固唾を呑んで聞いていた。

視線の端の垣根へ目を自然に向けながら。

当の本人、垣根帝督は黙って佇んだままだった。

そこへ、中性的な声が少し弾ませた声で告げる。

 

置き去り(チャイルドエラー)な上に、記憶も記録も同時期より前が綺麗さっぱり残っていない。不可解だと思わないかい?』

 

「何が言いたい?」

 

『分かるだろう?君には本当に両親がいたのか、そもそも普通の子供として生まれたのか、だよ。疑問が残る以上、そういう仮説も成立する』

 

言葉で抉る。

毟り取る。

 

「……っ」

 

その一言に反応したのは垣根ではなく、フェイトの方だった。

 

『例えば、あらかじめ超能力者(レベル5)を……「未元物質(ダークマター)」を発現する能力者を生み出す為に大量生産されたデザインベビーの1体だった……とか、あるいは垣根帝督という人間が元々別にいて、今の第二位である君はクローンか何かかも、てね。いやあ可能性は広がるねえ』

 

一言一句が馬鹿にしているようにしか聞こえなかった。

思わず、フェイトのバルディッシュを握る手に力が入り、表情も険しくなる。

いや、彼女達全員が不快感に表情を歪めていた。

フェイト・T・ハラオウンも、八神はやても、その家族である守護騎士達も、皆それぞれ壮絶な過去や罪を背負い、それでも立ち上がって前を向いて今を生きている。

困難や絶望の縁に立たされた時、傍らに寄り添ってくれた人がいて、手を差し伸べてくれた人がいて、差し伸べられた手に気付けて、それを掴む事ができていたからこそ、今正しい道を歩めていると言える。

だが、この少年には、無かった。

肉親はおろか味方もいないまま、暗闇に放り込まれ、文字通り実験動物として使い潰されるつもりで研究に酷使され、周りの同類達が倒れる中、自分一人だけ死に損ない、救いの手が差し伸べられる事は無く、そういう人物も現れる事は無かった。

あったのは、終わりの見えない闇と絶望の果て。

おそらく垣根帝督も、その絶望的な環境と悲劇に触れ続け、壊れたのだろう。

それが、今の彼を作り出したのだろう。

 

しかし、

 

「それで?」

 

今まで黙っていた男が、当事者であるはずの彼が、一番興味の薄そうに退屈な顔で言う。

他人事のように。

心底くだらなさそうに。

フェイトもシグナムもヴィータも、外から見ていたなのはもはやてもリインフォースⅡもザフィーラもシャマルも、少なからず驚いた。

僅かに目を剥いて、垣根帝督の顔を見る。

 

「満足したか?こっちは退屈だったよ。テメェ等の能書きがあまりにも長いもんだから、飽き飽きしてたよ。あくびが出るぜ」

 

垣根帝督は揺るがない。

ほんの僅かでも、心が揺れたり狼狽えたりもしない。

全く堪えた様子の無い彼に、中年男性の声が怪訝そうに尋ねてくる。

 

『おや?一応君の話なのだけどねぇ』

 

意外そうな声を出す。

だが、その彼は動揺した様子はやはり皆無だった。

 

「別にわざわざ他人に言いふらす必要の無い事を、ペラペラと講釈垂れやがった事にゃ多少ムカついたが、それだけだな」

 

人生の裏道を歩き続けた者にしか宿らない暗い眼光に、相変わらず自信に満ち溢れたような口元の薄い笑み。

そしてその両手はズボンのポケットに突っ込んだまま。

名実ともに学園都市という街で作られた怪物のトップランカーの片割れは、ゆっくりと口を開く。

 

「単純だよ。単純なんだ。学園都市の暗部に沈んでりゃ、嫌でも分かる。悲劇なんてのは星の数ほどその辺にゴロゴロ転がっているってな。確かに世間一般の人間からすりゃあ俺の体験も、それなりに悲劇なんだろうが、俺はわざわざ他人にそれを語って聞かせるようなタチじゃないんでな」

 

垣根帝督はそれより何よりと、

カメラとモニター越しに自分達を見ているであろう相手へ、冷徹な視線を向けながら言う。

口元に、薄い薄い笑みを張り付けながら。

 

「それがどうした」

 

揺さぶりを仕掛けた相手を、逆に鼻で嗤う。

仕掛けられた言葉の檻を一蹴する。

心の底から馬鹿にした口調で。

嘲笑うように宣言する。

 

「俺が置き去り(チャイルドエラー)の孤児で、学園都市入りする前の記録も記憶も無い。それは確かに事実だが、それだけだろ? だから何? 可能性として俺が人造的に生み出された人間かもしれない? 元々は別に垣根帝督という人間が存在して、この俺はそのクローンか何かかもしれない? 仮にそれが本当にそうだったとして、だったら何なんだ?」

 

彼は簡単に言う。

明確な、確信を持って。

 

「テメェ等のくだらん仮説のどれかが当たっていたとしても、俺が俺である事に変わりはない。今この場に存在している、『未元物質(ダークマター)』を操る学園都市第二位の超能力者(レベル5)、垣根帝督は俺だ。俺のものだ。『未元物質(ダークマター)』は俺の脳から、『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』から生じているんだ」

 

彼は、垣根帝督という人格の芯にあるものは、心の柱としているものは、アイデンティティーは、被検体として強いられた苦痛と屈辱的な忌まわしい体験等ではないと自覚している。

彼が求めているものは、家族でも、恋人でも、表の世界での平穏な生活でもない。

もっとずっと、シンプルなものだ。

 

垣根帝督が垣根帝督である事。

 

未元物質(ダークマター)』。

 

学園都市第二位の超能力者(レベル5)である事。

 

それだけだ。

それだけで良い。

その意思の強さが。

良くも悪くも、第二位まで上り詰めた要因の一つだったのか。

 

『へえ』

 

ようやく。

傍聴していた相手が、中性的な声の主が口を開いた。

 

『そうかそうか。君にとって天涯孤独な事や実験動物(モルモット)扱いされ続けた事も、暗部に堕ちて暗闇の中で生きている事自体も、君の心を折る事や乱す事までにはならなかった訳か』

 

「まあ腐りはしたけどな」

 

そうくだらなさそうに答えると、姿の見えない、分からない相手が再び煽る口調で告げる。

 

『……でも、直接的な理由は、第二位、君が言ったようにもっと単純な事だったんじゃないかな?』

 

「あ?」

 

『君が壊れた原因は、もっとありきたりな悲劇の一つに触れた事なんじゃないのかい』

 

相手はまだ、何か知っている。

何か含みを持たせた雰囲気が伝わる。

 

「……?」

 

眉をひそめる垣根帝督に、心当たりは無かった。

この声の主達に聞き覚えは無い。

だが相手は言う。

 

『思い出せない? おやおや本当に覚えてないのかい? なかなかに薄情な男だねえ。……それとも、思い出したくもないほどのトラウマで、記憶に鍵をかけて脳内の奥底に封印しているのかな』

 

「テメェの言ってる意味が分からねえな」

 

『本当にかい? 第二位の事は、能力開発の始まりからより深く調べたよ。どうしても思い出せないかなぁ? 君には1人いたじゃないか、施設でかなり仲良しだった娘が。オ・ト・モ・ダ・チの事』

 

学園都市にはいくつかの『闇』があって、その『闇』にも種類や深さのようなものが存在した。

全体としてはジグソーパズルに近く、各々の真っ黒なピースが組み合わさって、学園都市の『闇』としての巨大な絵柄を完成させている。

動物の腐った死骸にびっしりとこびりついた羽虫の群れでも想像してもらえば分かりやすいだろうか。

そんな中でも、特に学園都市の運営能力を担う、いわゆる統括理事会に近い位置の『闇』。

 

「……、」

 

返事は無かった。

だが僅かに、彼の眉間にシワが寄っている事に気付いたシグナムが、口を挟んだ。

 

「どういう事だ」

 

中性的な声の主は、簡単に言う。

 

『昔ね、非人道的で苛烈な能力開発の過程で、第二位のオトモダチが死んじゃったのさ。彼の目の前で』

 

「何……?」

 

「あ……ッ」

 

「え……!?」

 

何か。

小さな棘のようなものが、垣根帝督の精神へ確かに刺激を与えた。

だがもう遅い。

流石に勘づいたようだったが、垣根は黙っているままだった。

声の主は愉しげな口調で説明する。

 

『ここまで言えばいい加減、嫌でも思い出しただろう? 何なら当事者である君から、何があったのか教えてくれないかい?』

 

「……、」

 

彼は答えない。

不快感を漂わせた、ジロリとした眼光だけがカメラへ向いていた。

 

『沈黙は肯定と捉えるよ。やはり図星だったのだね。女の子で唯一の仲良しだったようだし、もしかして実は好きだった? 何て言ったっけ? あの娘。私もいちいち名前まで覚えていないけどね』

 

「おい」

 

『まあ待ちなって』

 

今度はヴィータが不愉快そうな声で口を挟むが、止められた。

 

『君達だって気になるだろう? 第二位が今まで隙も見せずに忘れたつもりになってまで、隠し続けていたほどの心の闇や傷だ。もっと傷口を抉ってやれば見られるかもしれないよ』

 

クスクスという笑い声まで聞こえてくる。

 

『……しかし長年暗部に身を置いている第二位が、過去の事等で揺さぶりを仕掛けた程度では中々ブレない彼にしては、意外だよね。第二位はオトモダチの事が最大のトラウマになったみたいだが、子供が消費されて潰されるなんて、学園都市にとっては普通の事だろう?』

 

「貴様……ッ」

 

「テメェ……!」

 

「何て事を……ッ!!」

 

呻く。

呟く。

今はそれくらいしかできない事に歯痒さを覚えつつ、心優しい彼女達は明確な怒りを感じた。

シグナムとヴィータとフェイトが、声の主へ届けるようにカメラを睨み付ける。

垣根は一言も発さず、相変わらず無表情で正面のカメラを睥睨している。

 

『"ありふれた悲劇のひとつ"でこんなになるなんてね__』

 

「あの学園都市(まち)での常識……か」

 

今の今まで黙っていた垣根帝督が、まるでタイミングを見計らったように、静かに呟いた。

 

そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドゴッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!! と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

建物全体が、構造の基部さえ破壊しかねないほどに揺さぶられた。

垣根帝督達が足止めされている地下の広いオープンスペースの隔壁が突如炸裂し、弾け飛ぶ。

その後も絶え間無くドカッ!! ゴガン!! ドゴン!! と正体不明の破壊が連続し、爆発音と同時に無数の粉塵がもうもうと舞い上がる。

彼の背中には、6枚の翼。

 

『な、何事です!?何故急に暴れているのですか!?』

 

狼狽える中年男性の声が聞こえた。

そこへ、垣根の蛮行を押さえ付けるように、もと来た通路側を含めた全ての隔壁がガコンガコンと閉め切られる。

その直後、響き渡っていた炸裂音が鳴り止んだ。

 

『……おかしいな。AIMジャマーは問題無く効いているはずなのだけれどね。だが、それでもこの施設は対能力者用に作られている。そう簡単には__ッ!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴッッッッッ!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

資源再生処理施設の建物が、まるでロケットを発射するかのように下から強引に一瞬で吹き飛ばされた。

 

ゴシャッ!! バキバキベキ!! ドゴォ!!

 

吹き飛ばされた建物は、その原形を維持したまま垂直に落下し崩壊。

瓦礫の山を築いた。

 

「な、何!?中で一体何が_!?」

 

「シグナム!!ヴィータ!!」

 

「フェイトちゃん!!垣根くん!!」

 

ビルの解体より強烈な大爆発と粉塵に驚き、シャマルとはやてとなのはが内部にいるはずの人物の安否を探る。

しかし存外早く、粉塵を突き破ってシグナムとヴィータとフェイトが上空へ飛び出してきた。

 

「私達は大丈夫だ」

 

「建物は垣根(あいつ)のせいで粉々になっちゃったけどな」

 

「垣根くんが?」

 

「何をどうやってかは分からないけど、彼しか考えられないから……」

 

と、なのはにフェイトが答えた。

 

「な、何で……、ここは地下なのに……月が……っ」

 

「は、はは、はははは。凄いね。これが……」

 

そして遂に、声の主達の正体が(あらわ)になった。

声色から想像通りの、高級ブランド服を纏った丸々太った中年男性と、白衣を着たショートヘアの中性的な風貌の女。

 

「本気でこの俺を、こんなもんで止められるとでも思ったのか?」

 

瓦礫の山の頂点に、月明かりを背に君臨するように立っているのは、6枚の白い翼を広げた垣根帝督。

 

「AIMジャマーの力場はジョセフソンコンピュータが発するテラヘルツ波のように電磁波で減衰できる。慎重にサーチすれば、対応は難しくない」

 

(途中黙っていたのは、こちらの話のせいではなくこの為に__!!)

 

「テメェが学園都市の枠組みをどう捉えようが、この世界の中でどう生きようが知った事じゃないが、超能力者(レベル5)を甘く見るんじゃねえ」

 

「対能力者用の施設のはずでしたよね!?ありえない……こんな……っ」

 

中年男が怯えて呻く。

垣根帝督はそれを無視して、女の方を向く。

 

「やられたよ。で、どうするんだい? 私達を殺すかい?」

 

「その前に、テメェの顔は資料の一端で見たぜ。行方不明の研究者としてな。まさかこの一件の首謀者側だったとは。俺に目を付けて調べたみたいだが、俺もテメェの事は重要参考人としてそれなりに頭に入ってたよ。まだ研究途上のもんを外野からあれこれ欠点ばかり指摘されてムカついたって所か? 学園都市から離反した主な理由は」

 

「ふっ……さてね……」

 

冷笑を向け合う2人。

垣根が再び口を開く。

 

強度(レベル)ってのは純粋な戦闘力や出力だけの評価じゃない。技術的な伸び代、他分野への応用等、様々な発展性を鑑みて決定される。ただし……、戦闘力と違って発展性ってのは一見評価しにくい。研究途上のものの、更に未来を見据えて決めなくっちゃなんねえからな」

 

「何が言いたいのかな?」

 

「お前、本当に超能力者(レベル5)の、『未元物質(ダークマター)』の価値が見えてんのか?」

 

「ッ!!」

 

初めて、飄々としていた彼女の表情が歪んだ。

 

「お前は『未元物質(ダークマター)』を自分が理解できる分だけ飲み込んで理解した気になっただけじゃないのかっつってんだ」

 

「……っ」

 

魔法サイド出身の男の方を確保したなのは達を一瞥する。

そして彼は小さく得意気な笑みを浮かべて、白衣の女となのは達の双方に向かって告げる。

自分の能力、超能力(レベル5)の『「未元物質(ダークマター)』を披露するように。

 

「折角だ、デモンストレーションとして見せてやるよ。お前達の常識は、俺の『未元物質(ダークマター)』について来られるか?」

 

ザァ!!

 

風向きが変わる。

奇妙な方向へ空気が流れ、パァッ!! と不意に垣根の正体不明の白い翼が発光する。

 

「!?」

 

注目が自身に集まる中、彼は言う。

 

「俺の能力で発現する『未元物質(ダークマター)』はその名の通り『この世に存在しない物質』だ。自然界には__いや、この空間に限っても、無数の物質が存在しそれぞれの法則に従って、現象が起きている」

 

いつの間にか全員が、神秘的な光をたたえ、しかし同時に機械のような無機質さを秘めた6枚の翼に魅せられていた。

操る第二位が能力を振るって見せるように右腕を広げる。

 

「だがそこに『未元物質(ダークマター)』という新たな物質が加われば……」

 

「!!」

 

ぐにぃ と白衣の女の視界が一瞬歪んだ。

見ると、ヂ、ヂ、と無数の火花が散り、火の気も無い地面が発火し炎が出た。

突如地面から無数の泡が発生し、手枷を付けられた中年男性の足元に広がり腰を抜かした。

更に着地したなのは達の周りの地面は結晶が発生し地面を覆い尽くす勢いで広がっていく。

 

「わっ!わっ!何!?何が起きてるの!?」

 

「これも、彼の……『未元物質(ダークマター)』が引き起こしてるの……っ?」

 

「……無茶苦茶なチカラやとは思っとったけど、ホンマに常識はずれやなぁ……」

 

しかし不思議と彼女達の足元には干渉してこない。

意図的に、切り抜くように結晶体や泡の水溜まりが止まっていた。

 

「はわわ……凄いですぅ……。……かっこ…いい……羽も、きれい…で……」

 

未元物質(ダークマター)』という異物、新たな物質が加わる事によりひとつひとつの現象において、通常とは全く違った結果が生じるようになる。

故に常人には何が起きるか理解できない空間と化す。

 

「ただし」

 

未元物質(ダークマター)』の使用者たる垣根帝督だけは、この空間で何が起きるかを演算して展開している。

つまり、今発生している事は学園都市第二位が司る可能性の提示だ。

 

「テメェが本当に『未元物質(ダークマター)』を理解できるのなら、」

 

ビッ、と垣根は白衣の女へ指を差した。

 

「この可能性を飲み込んでみせろ」

 

彼女を取り囲むように空気の渦が生まれる。

だが、それは竜巻とも台風とも当てはまらない奇妙な超常現象だった。

空気の渦の中から無数の火花や小爆発が発生する。

それらに目を爛々と輝かせ、魅入っていく。

 

「……凄い、凄い。凄い!!これ程の事象を同時に展開できるなんて……!!分かる、分かるさ!!これが『未元物質(ダークマター)』の、君の世界!!数千もの事象が……まだ、まだまだ可能性が広がっていく……!!」

 

段々と、頭がクラクラしてきた。

ゆっくりと、呑み込まれていく、この世界に。

 

(ああそして……このあたりが、自分の……限界か__ッ!?)

 

ふらつき、膝をつく。

 

「……テメェには過ぎた世界だったみたいだな」

 

「なっ、ま待て! 何をする気だい!?」

 

「ハッ、決まってるだろ。思い知らせてやるんだよ」

 

悪意と殺意が、不意に翼という毒牙を伴って放たれる。

 

「俺の『未元物質(ダークマター)』に、テメェの常識は通用しねえ!」

 

「ッ!? や、やめっ、待__てぇああああああああッ!!」

 

ザンッ!! と、女の体を翼が鋭い刃のように貫いた。

ズザァ!!

一瞬で影響を受けた人体が砂に変換し、悲鳴をあげ終わる間も無く風化し、消滅した。

それを確認すると、垣根は能力の展開をやめて翼を消失させた。

その瞬間から、周囲に展開された超常現象が、奇妙な風の渦も結晶も泡の水溜まりも、欠片も残さず空気に溶けていくように消えていく。

これで少なくとも、学園都市サイドの事件はとりあえず終息したと言えるが、垣根帝督の表情は浮かない。

彼は自身の手で破壊し用の無くなった資源再生処理施設の敷地から出ようと、歩き出す。

魔法サイドの首謀者も彼女達は無事に逮捕したようだし、これで忌々しいほど鬱陶しい、善人共と関わる事も絡まれる事も、何かしらのきっかけも金輪際無くなるはずだ。

 

(件のこの女の上に今回の張本人がいるとすれば……そいつをも引きずり出す。そしてどこまで知ってるのか、同じようなヤツは何人いるのかまで知る必要があるな。それにしても……)

 

もちろん、引き出した情報は独占する。

魔法サイドの関連情報を、アレイスターを含めた統括理事会に漏らす気はない。

 

(……、今回の事で気付いた。俺はアレイスター所か、その下の連中にまで見くびられてるらしい)

 

「ねえねえ」

 

ならば、そうはさせない為にどうすれば良いか?

いや、だからこそ、

 

(…やる事は何も変わらねえ。有象無象にナメられないようにアレイスターとの直接交渉材料を手に入れる。だが、今までのやり方じゃダメだな。またナメた連中が湧いてくるかもしれない。だから、もっと深い所に行く。ヤツのプランを揺るがせるような材料を見付ける為にな)

 

「ねえって」

 

歩きながら思案する。

両手をズボンのポケットに突っ込む。

そして、口元に野心を秘めた薄い笑みを浮かべて、

 

(アレイスター。今のうちに精々好き勝手しとくんだな。無関係なヤツ等まで巻き込むつもりはねえが、邪魔なモノは全て壊してでも、必ずお前の元に辿り着く。俺が想定を上回った時、お前がどんな顔をするか楽しみだ)

 

「ねえってば! 聞いてよ!!」

 

至近距離から発せられた高町なのはの大声が、垣根の思考を中断させた。

彼は立ち止まり、鬱陶しそうに顔をしかめて振り向く。

振り向いた先には予想通り、若干しかめっ面の高町なのは。

そして、その傍らにはフェイト・T・ハラオウンと八神はやてとリインフォースⅡ、守護騎士達が揃っていた。

 

「……んだよ、うっせえな」

 

「さっきから呼んでるのに無視するからだよ? それより、また聴取とか含めて用事があるからアースラまで任意同行して欲しいって、クロノくんが」

 

「はあ? お前等側の首謀者は捕まえたんだろ? 俺もこっち側のカス始末したし、もう終わりだろ。俺とお前達が関わり合う理由はもう無いはずだ。それとも何だ? また文句でも言いたいのか?」

 

露骨に面倒臭そうな表情を浮かべ、突き離すように吐き捨てるように答えた。

だが、それで引き下がるほど高町なのはという少女は柔な相手ではない。

 

「正直、帝督く「馴れ馴れしい」_むぅ、垣根くんには言いたい事や個人的な不平不満もあるけど、上官の命令でもあるからね。簡単には引き下がれないよ」

 

「そうかい、ならお前達で上手く言っといてくれ。俺は学園都市に帰る」

 

「もう帰るん? 事件が事実上終わったんやし、そんなに急がんでもええんちゃうの?」

 

はやてが口を挟むが、垣根は取り合う気は無い。

 

「終わったからだよ。用事が無くなった以上、学園都市の外にいつまでもいる必要もねえ。あばよ、今度こそもう会う事は無いだろうがな」

 

そう言って再び歩き出そうとした瞬間、

 

「そうはいかない」

 

転移魔法が発動し、垣根帝督の前にクロノ・ハラオウンが、立ち塞がるように現れた。

 

「お前直々にか……」

 

眉をひそめる垣根に、クロノは図ったように小さく笑いかけた。

そして、何かを確認するかのように告げる。

 

「_君は、学園都市のある暗部組織に所属しているんだよな」

 

「ああ。今更確認が必要か?」

 

クロノはそれには答えず、再び尋ねる。

 

「ふむ。所でその組織は『スクール』という名前で間違いないな?」

 

「ああそうだよ。テスタロッサとかから聞いたか?」

 

「あ、わたし、今はクロノの義妹になってて、フェイト・T・ハラオウンって言うの。苗字がクロノと同じになったから『フェイト』って呼んで良いよ」

 

今度はフェイトが話に割り込んだ。

しかし彼は気にも留めない。

 

「ふうん。で、テスタロッサ(、、、、、、)からはどこまで聞いた?」

 

「あう……」

 

名前呼びの頼みをサラリと一蹴され、フェイトは軽く肩を落とした。

同情したなのはとはやてが、ポンと彼女の肩に手を置く。

クロノは少しだけ苦笑いすると、再び口を開く。

 

「……それで、だ。君の所属する『スクール』の構成員で連絡が取れない者はいないか?」

 

「!」

 

ピクッと僅かに、一瞬だけ表情が固まった。

それを見逃さなかったクロノは、

 

「図星だな」

 

「まさか……、お前……」

 

「そのまさかだ。これまでのDAとの交戦等で遭遇し、乱戦になった末、公務執行妨害として数名を拘束している。学園都市と所属組織名以外を黙秘しているんだが、アースラまで同行して確認してくれるな? もちろん、聴取等が済めば釈放できる。交戦したのは先走った魅神だけだし」

 

「なるほど……」

 

これ以上の進展が無い状況で、彼はタイミング良く現れた。

連絡が取れない正規要員を回収するには、同行する以外に方法は無さそうだが、それを理由に協力関係ないし制御下へ置くように仕向けてくるかもしれない。

 

(……相手が以前の知り合いであっても、__罠なら突破すれば良い。障害になるなら……敵になるなら、潰せば良い)

 

「分かった。乗ってやるよ」

 

「そうか、良かった」

 

クロノだけでなく、なのは達の表情も綻んだ。

 

(件の魔法サイドのクソ野郎共とくそったれ研究者と、警備員(アンチスキル)のコスプレ野郎共を結び付けた、情報の経路を弄っていたであろう張本人のヤツの正体。それを掴める可能性があるんなら__)

 

そう思いながら、垣根は小さくニヤリと笑って告げる。

 

「昔馴染みのお誘いだもんなあ。しっかりもてなせよ?」




垣根帝督の過去等については、原作を参考に想像したものなので当然ながら公式とは無関係です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

事情聴取

次元航行艦船『アースラ』の会議室。

 

議長席に座る、時空管理局提督・艦船アースラ艦長のクロノ・ハラオウン。

傍らには時空管理局管制指令のエイミィ・リミエッタ、そして一席空けて管理局データベース『無限書庫』司書長のユーノ・スクライア、時空管理局武装隊・戦技教導官の高町なのは。

時空管理局執務官のフェイト・T・ハラオウン、時空管理局特別捜査官の八神はやて、そして守護騎士のヴィータ、シャマル、シグナムの順番で席に付き、獣形態のザフィーラが少し離れた壁際に佇む。

当然ながら全員バリアジャケットは解除し、なのはとはやて、リインフォースⅡは青基調の本局制服、ヴィータ達は陸士部隊制服を纏っていた。

更に彼女達と向かい側の席に付き、腕を組んで露骨に不機嫌そうな顔をしている、時空管理局が誇る若き問題児エースの魅神聖。

そんな彼の不満そうな視線の先、議長席のクロノと向かい合う位置に座る学ランを纏ったガラの悪そうな少年。

任意同行に応じて来た学園都市第二位の超能力者(レベル5)、垣根帝督。

会議室の中央に映し出された、各種戦闘記録等の今回の事件に関する事について、クロノ達管理局側と垣根達学園都市側の情報の擦り合わせが行われていた。

クロノが画面を眺めながら、静かに告げる。

 

「……ふむ、つまり事の経緯やここまでの流れを総括すると、僕達と君と立場の違いはあれど、集めていた情報の程度はほぼ同じようなものか」

 

「残念ながらな」

 

退屈そうに垣根が答えた。

そこへフェイトが口を開く。

 

「先ほど逮捕したオネスト容疑者は、取り調べによると、管理局元中将で今回の局員・武装隊DAのスポンサーもやっていて、そういう意味ではワイルドハントとの事含めて首魁だったと言えるけど……」

 

「肝心の、学園都市サイドのDAとの繋がりを作った訳やないし、その人物についても知らへんらしいんや」

 

と、はやてが補足説明をした。

つまり、その人物とはお互いに素性を隠して取引を行っていた訳だ。

もしかしたら、そのネゴシエーターは今頃、雲隠れしてしまっているかもしれない。

 

「わたし達も垣根くんも、一番知りたい事が分からないままだね」

 

なのはが呟く。

垣根が殺した科学者の方も、その謎の人物については知らない口振りだったので、仮に生け捕りにして『スクール』で尋問しても結果は変わらなかっただろう。

 

「チッ、ここで手詰まりかよ」

 

忌々しそうに魅神聖が吐き捨てるように言った。

そして彼は、垣根帝督を指差して語気を強める。

 

「つーか、いつまで部外者のヤツをアースラ(ここ)に置いとくんだよ? 聴取が終わったらさっさと追い出せよ!」

 

「さっきも言っただろう?彼には君が先走って戦った、拘束中の仲間の接見があるんだ。彼を帰すのはその後だ」

 

クロノが溜め息混じりに答えると、

 

「つーか、平気で殺人やらかす裏社会の悪党が、なのは達と親しげなのが気に入らねえ」

 

そう、そういう事にやや潔癖性な魅神聖からすれば、善人の見本のようななのは達と、見た目通りの外道で悪人の垣根帝督が知り合いってだけでも気に食わない。

何なら八神はやてとフェイト・T・ハラオウンは垣根に対して、今でもそれなりに親しげに声をかけていた。

それがまた、彼は不愉快だった。

 

「そっちが本音か。ジュエルシード事件と夜天の書の件についての記録は見せただろ?」

 

ユーノが溜め息を吐く。

当時は暗部である事を隠し、管理局の事件捜査を妨害する事も無く、現地民間協力者の1人として一定の成果も出していた為、今回も管理局側の捜査の邪魔まではしていない。

何なら結果的にはだが、重犯罪テロ組織のDAはその1/4ほど、広域指名手配していたワイルドハントに至っては垣根帝督から仕掛けた訳ではない事もあり正当防衛が認められ、正規要員の全員を殺害または重傷を負わせて返り討ちにし、再起不能に追い込んだ事で事実上たった1人で管理局側が手を焼いていた次元犯罪テロ集団を壊滅させた。

垣根帝督にとっては、単独で軍隊と戦えるとされている超能力者(レベル5)の面目躍如と言えるが。

 

「別に親しくはねえよ。昔に一枚噛んだ事件絡みで少し知り合いになっただけだ」

 

くだらなさそうに垣根が言うが、魅神はまだ納得が行かないらしく、疑いの目を向ける。

 

「ホントか?そんな事言って、なのは達を狙ってんじゃねーのか?」

 

その一言に呆れた表情になった垣根は、つまらなさそうに答える。

 

「そんな訳ねえだろ。もしそうなら、もっと積極的に連絡取り合ったりするだろ。今の今まで音信不通になったり疎遠になってたりしねえよ」

 

本当に興味の無さそうな態度の垣根。

それを聞いて、誰も気付かないが無意識に、はやてとフェイトの表情が僅かに寂しそうに変化する。

魅神聖はパッと柔和な笑みに表情を変え、なのは達の方へ向き直る。

 

「そうか……、なら良いや。とりあえず事件も一段落はしたし、報告書も一通り上げたし、今から一緒にディナーに行こーぜ」

 

美しい見た目の少年に夕食のお誘いを受けたが、なのは達は首を横に振り異口同音に告げる。

 

「いや、わたし達まだ用事があるから」

 

「わたしも」

 

「わたし達もや」

 

「以下同文だ」

 

と最後は守護騎士達代表してシグナムが。

更にクロノが口を挟む。

 

「その前に、君は今回の先走り行為の始末書は上がったが、別件の始末書がまだだろ。君は最低でもそれらを片付けてからだ」

 

「えー、んなの後で良いじゃん。オレ疲れてんだよ」

 

「DA逮捕に尽力してくれたのは確かだが、そういうのもキッチリこなしてくれないと困る。同僚兼同級生を堂々と夕食に誘うくらい元気なら平気だろ?上官命令だ」

 

「ちぇっ、分かったよ。……じゃ、なのは、フェイト、はやて、後でな!」

 

と口を僅かに尖らせて、渋々歩き出し、なのは達ににっこりと笑いかけてから退室した魅神聖。

問題行動や軽率さが目立つが検挙率は比較的高く、基本的に上官の指示には従う。

彼が退室した後、なのはが垣根に少し遠慮がちな口調で尋ねる。

 

「……あ、垣根くん、あの……資源再生施設での話って……」

 

垣根帝督はふんぞり返るような姿勢で、どうでも良さそうに答えた。

 

「あのクソ共のひけらかしたくだらねえ能書きの事か?まあ仮説以外は概ね事実だよ。俺のそこら辺の情報は学園都市でも知ってるヤツは少ないはずなんだがな。それこそ俺の能力開発に関わってねえと知る機会は殆ど無いはずだが」

 

涼しい表情の当事者とは対照的に、なのはとフェイトとはやてが特に表情を曇らせた。

それに気付いた垣根は、むしろ鬱陶しさを覚えた。

これまでもこの先も、殆ど関わりが無いであろう他人の悲劇に自分達が心を痛めてどうするんだ? と。

 

「なら、モロに関わってた人か、そこから聞いたり情報を引き出したって事?」

 

「……かもな。ま、いずれにせよ、そいつを見付け出して捕まえねえと分からねえな」

 

シャマルが尋ね、垣根は面倒臭そうに眉をひそめた。

クロノが彼に確認するように言う。

 

「その、いまだに何も分からない人物についてだが、最大の張本人と言えるし当然管理局としては逮捕・取り調べの対象とするが、君はどうするつもりだ?」

 

「俺が何者か分かってんなら訊くまでもないだろ」

 

垣根は口許に薄い笑みを張り付け、当然のように告げる。

 

「知ってる事全て吐かせて、ぶっ殺す。何人いるか、何者なのかもまだ分からねえが関係ねえ。この俺を振り回したツケは払ってもらう。……ああ、引き出した情報ならお前達に分けてやっても良いぞ」

 

「そうか……分かった。なら、実質的にこちらと君の競争になるか」

 

「そうなるな。その代わり、お前達が先に捕まえたら、お前達の好きにして良い。情報さえくれれば最低限構わない」

 

若干、不承不承といった調子で頷いたクロノに、当然ながらなのはが口を出した。

 

「良いの!?」

 

「現状、彼を止める権利までは無い。言いたい事は分かるが……」

 

フェイトが気になっていた事を聞いてみる。

 

「君の過去の事も気になるけど、あの人達が言ってたメインプランとかスペアプランって一体何なの? どういう_」

 

「お前達にゃ関係無い事だ」

 

フェイトのセリフを遮るように言ってきた。

 

「で、でも……_ッ」

 

「お前達には関係無いって、今言ったよな?」

 

声色が僅かに低く変わり、静かにだが不快そうな顔で鋭く睨み付けてきた。

それで思わず押し黙ってしまう。

しかしはやても気にはなっていたらしく、同じように尋ねる。

 

「せやかて、あんな風に話聞いてしもて、ここでシャットアウトはちょっと嫌やで? 話せる範囲でええから、話してくれへん?わたし達もこっちの事、話すから……」

 

懇願するように、はやてがわざわざ垣根の座る席の隣に移ってきた。

彼女の左肩に腰掛けているリインフォースⅡも、彼を見つめていた。

ふと見回すと、なのはとフェイトまで似た表情で垣根を見つめている。

むず痒さと鬱陶しさを覚えつつ、彼は小さく舌打ちすると仕方の無さそうに溜め息を吐いた。

 

「……っつっても、殆ど話せないようなもんだぞ?」

 

第一候補(メインプラン)』や『第二候補(スペアプラン)』については、その呼称さえも学園都市の一般的な学生や教師さえ知らない、最暗部に関わる事だ。

長年暗部に沈み、その事を探っている垣根帝督でさえ知らない事は少なくない。

 

「良いよ」

 

即答だった。

なのはがそう答え、それがこの場にいる皆の総意だと目で語りかけた。

 

「言える事だけで良い。わたしは……わたし達は垣根の事を、少しでももっと知りたいって思ってるから」

 

「そうやで」

 

そうフェイトとはやてが言い、後ろの方でエイミィが柔和に微笑んで頷いていた。

 

「……、何でそこまで、俺に関して知りたがるんだか……」

 

正直、なのはもフェイトもはやても、それを尋ねられたら上手く説明できる自信はあまり無かった。

率直に気になる、知りたい、とは思っているが、その根幹の部分。

何故そこまで(、、、、、)垣根帝督の事を(、、、、、、、)知りたがっているのか(、、、、、、、、、、)は自分でもはっきりは理解していない……というよりは、敢えてはっきりさせたくないような気持ちがあった。

モヤモヤしている事に自覚はあったが、どこか、認めたくない感情があった。

高町なのはは特に。

だが、幸い垣根はそこには追及して来ず、ようやく口を開いてくれた。

 

「本当に少しだからな?……連中が言ってたプランってのは、学園都市のトップが秘密裏に複数同時平行で進めてる計画の事だ。何が目的で何を示しているのかも、計画の数も主な内容も、俺でさえまだ殆ど知らないし、仮に知っても話せねえだろうな。それで『第一候補(メインプラン)』ってのが最優先事項らしく、その本命の核が学園都市第一位の超能力者(レベル5)だ。そして俺、学園都市第二位の超能力者(レベル5)・『未元物質(ダークマター)』が位置付けられてる『第二候補(スペアプラン)』ってのは文字通りそれの代わりって訳だ」

 

説明しながら、段々少しだけ垣根帝督が機嫌の悪そうな表情に変わる。

 

「あ……」

 

はやては、あの時揶揄するように敵が言っていた事を思い出した。

理由は分からないし多分訊いても教えてくれないだろうが、彼はそれが、その扱いが気に食わないのだろう。

第一位と第二位という関係性を含めて、彼にとっては何かコンプレックスに思っているのかもしれないと、なのはとはやてとフェイトは推測した。

彼女達からすれば超能力者(レベル5)というだけでも、その内の第二位で『未元物質(ダークマター)』という、常識はずれで強力なスキルを有しているというだけでも凄いと思うのだが。

 

「……最後に一つ、訊いても良いか?」

 

「何だ?」

 

そこまで理解した上で、クロノは敢えて疑問をぶつける。

 

「……単純な興味と疑問なんだが、第一位の超能力(レベル5)は一体何なんだ?」

 

「ああそれか、第一位の能力名は『一方通行(アクセラレータ)』。主な能力は運動量・熱量・光量・電気量等、効果範囲に触れたあらゆる力の『向き(ベクトル)』そのものを操作する能力だ。ちなみに能力者自体がどんなヤツかは俺も知らん。会った事は無いし、俺も今は資料を見ただけだしな」

 

意外と簡単に教えてくれた。

だが、その能力は『未元物質(ダークマター)』の時と同様に、想像を絶するものだ。

 

「……ベクトルそのものを、か?」

 

クロノは目を剥き、シグナムが思わず言った。

垣根はつまらなさそうに告げる。

 

「ああ、文字通りな。しかもデフォルトで常日頃から『反射』に設定したインチキ臭せえ防御フィルタを張ってるから、核だろうが何だろうが物理攻撃とかは一切効かねえな。仮にアルカンシェル撃っても平気なんじゃねえか? だから学園都市最強の能力とも呼ばれてるらしい」

 

「む、無茶苦茶な能力だな……」

 

ヴィータが唖然としながら呟いた。

いや、その場の全員が唖然としている。

 

「……まあそれでも俺からすりゃ、チンケな能力だと思ってんだがな……」

 

「え?」

 

聞こえるか聞こえないかギリギリの声量の垣根の小さな呟きに、シャマルが反応して聞き返してみたが、何でもねえよと誤魔化された。

 

「学園都市の超能力者(レベル5)って、そういう凄いのばかりなの?」

 

「いいや」

 

なのはの問いに垣根は軽く首を振った。

 

「今年から、超能力者(レベル5)は俺を含めて7人になったが第三位以下は発電系やら電子操作系やら心理系やらの、結構類似能力の多いポピュラーな能力の最高峰って感じだな。不明なのもあるがな」

 

それを聞いてある意味ホッとした。

もし第一位と第二位以外の、残りの超能力者(レベル5)達も同様にチートじみた強さの能力だったら、今回の垣根帝督のようにもしも対峙しかけるような事にでもなれば、苦戦を強いられる、等というレベルでは済まされないからだ。

もっとも、その可能性自体が極めて低いが。

 

「さて、俺が話せるのはここまでだ。ついでにそっちも話してもらおうか。さっき、というか今回やたらと俺に突っ掛かってきた見慣れないヤツについて」

 

「ああ、魅神の事だな」

 

とクロノが小さく苦笑いして答えた。

見ると、傍らのエイミィも苦笑している。

いや、2人だけではない。

なのは達も、疲れたかのように、表情に陰りが見えてきた。

そして簡潔に説明し始める。

全員が若干ゲンナリとした雰囲気で。

 

「……へえ、そりゃまた。ご苦労なこったな」

 

机に頬杖を突いて話を聞いていた垣根は、皮肉混じりにハッと鼻で笑った。

 

「笑い事じゃないよ。お仕事中でも一緒になると、任務片手間に用も無いのに絡んでくるし」

 

「胸ばかり見てきて下心が露骨過ぎて、視線がイヤらしいし」

 

となのはとフェイトが不機嫌そうに愚痴るが、聞いている垣根は面白そうにヘラヘラしている。

 

「ははっ。健全な思春期の中学生男子の、悲しい性だと思って諦めるんだな」

 

「帝督くんも中学生男子やん。しかも、中学からフェイトちゃんみたいな形で転入してきてもうて、それからわたし達とすずかちゃん達も纏めて自分の女扱いしてくるんや。わたし達は何べんも嫌や言うてるんに勝手に都合の良い解釈して、マトモに聞く耳持たへんし……。毎日大変なんやで?」

 

と愚痴りながら、はやてが疲れた顔でテーブルにベターッとへたりこむ。

どうやら魅神聖という男は端正な容貌のイケメン男子だが、やや好色家な所が強く、そういう面のせいかお世辞にも彼女達には好感を持たれていないようだ。

しかも、その様子からして、シグナムとシャマルとヴィータまで魅神聖の被害者らしい。

それを予想した上で垣根は鼻で笑う。

 

「学校でもここでも絡まれてんのか。そりゃ御愁傷様だな。同情するぜ、可哀想にな」

 

「いや、笑ってるよね?」

 

「もう、他人事だと思って……」

 

拗ねたような表情で、なのはとフェイトがツッコんだ。

しかし垣根は相変わらず皮肉混じりに薄く笑っている。

 

「実際、他人事だしな。それに言うだろ?他人の不幸は蜜の味ってな」

 

(最低だよ……)

 

(最低だ……)

 

(最低や……)

 

贔屓目に見ても、基本的に優しい人間とは言えない垣根帝督。

予想通りとはいえ、他人の苦労話を面白そうに笑いながらあんまりな物言いに、なのはとフェイトとはやての思考が偶然合致した。

ユーノとクロノもやや疲れた表情で、

 

「僕もなのはと昔馴染みだからか、変に目の敵にされてね……。フォローする訳じゃないけど、悪人じゃないのが救いかな」

 

「そうだな。魔導師としても武装局員としてもかなり優秀ではある。スキャンダルや軽率さも目立つが……」

 

「お前等も苦労してんのな。……さて、それじゃそろそろ良いか?」

 

「……あ、ああ。そうだな」

 

垣根は笑うのをやめてジロリとクロノに視線を向け、話題を変えるつもりで告げた。

クロノもそれに気付く。

 

「ん? どういう事?」

 

ユーノが首を傾げると、垣根は補足するように言う。

 

「お前は知らないのか? 俺は何も、事情聴取に協力する為だけだったり、お前達の苦労話を聞いたりくだらねえ雑談をする為に、学園都市側に黙ってアースラまで同行したんじゃねえ」

 

ようやく、本来の目的に入る事ができる。

そう思いながら垣根帝督は静かに告げる。

 

「返してもらおうか。お前達が拘留してるっつー『俺の部下』をな」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

行間

話の流れとしてはそのまま続きに当たりますが、正直な所、ここのくだりは個人的に書きたくて書いただけの軽い回でもあるので、読み飛ばしても特に問題はないように思ってもいます。


場所は変わらずの、アースラの会議室。

 

クロノ・ハラオウンは垣根帝督の左隣の席に座り、情報端末を取り出して画像を展開して見せる。

 

「それで、これがそうなんだが……」

 

内容は、アースラの留置室の監視カメラからの中継映像だった。

そしてクロノは垣根に映像を見せながら何故か、段々と表情が引き吊ったようになり、正直信じられない……というよりはある意味あまり信じたくないような感じに変化していた。

有り体に言うと、凄く微妙な顔をしていた。

 

「……、その、何だ。一応、念の為に訊くが、間違い無いんだな?」

 

「ああ、間違い無いな」

 

映像を確認した垣根は頷く。

しかしクロノの表情は相変わらず浮かない。

事情を多少知っている、エイミィ・リミエッタとユーノ・スクライアが苦笑する。

その様子に、逆に事情を知らない上、2人が見ている映像が見えていないなのは達は怪訝な顔をする。

垣根もそれを理解し、クロノに同情するような視線を向けて小さく笑った。

 

「ま、目を疑う気持ちは分かるぜ。パッと見じゃ信じられねえよな」

 

「そ、そうか……」

 

「??? どういう事なの?垣根くんの所属している組織の人の話だよね??」

 

クロノと垣根のやり取りを見て、訳が分からずなのはが垣根に尋ねた。

垣根は、くだらなさそうに頷いて答える。

 

「ああ、そうだよ。……ったく、暗部の癖に『表』の警察組織に捕まりやがって。ホント使えねーヤツ等だ」

 

吐き捨てるように言うと、

 

「お前達も、見たけりゃこっち来て見ても良いぞ」

 

「良いの?」

 

「もう一回捕まってこうして拘留されてりゃ、秘密も何もないしな」

 

と、フェイトに彼は簡単に頷いた。

という訳で、なのはとフェイトとはやて、シグナムとシャマルとヴィータが席から立ち上がり、ぞろぞろと垣根とクロノの後ろから端末の映像を覗き見る。

彼女達の目に写ったのは、拘留室の中で佇む1人の男だった。

…………が、そのビジュアルが予想外過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_ブーメランパンツ1枚のみを穿いた、ドレッドヘアのサングラスをかけた髭面の、黒人マッチョマン。

これだけでも十分過ぎるほど奇抜な見た目なのだが、

…………何故か右腕がサイコガンになっている。

垣根帝督は表情一つ変えず、首をコキコキと鳴らして自然に言う。

 

「こいつは正規要員の1人の古参で、実質ナンバー2の金丸君だ。お前達で例えたら、高町のポジションに近いかもな」

 

「いや誰やコレぇぇッッ!!コレのどこが金丸くん!?思いっ切り黒人やないか!!」

 

思わず八神はやてが叫んでツッコミを入れた。

 

「てゆうか、わたしのポジションに近いって、垣根くんわたしの事何だと思ってるの!?」

 

と、なのはも続いて渾身のツッコミ。

何故裸? 何故右腕がサイコガン?

等とツッコミ要素満載の金丸の姿に、今までの空気が完膚なくぶち壊しになり、他の面々も同意見で絶句していた。

クロノとエイミィが微妙な表情をしていたのも、頷ける。

しかし垣根は相変わらず自然な調子で言う。

 

「射撃型って意味で高町ポジションだろ?」

 

「そこだけ!?」

 

なのはが目を見開くが、彼は無視して続ける。

 

「それにしても相変わらずダメなヤツだな。右手サイコガンだけど、全然使えねえヤツなんだよな」

 

「いや使えるやろ!!どう見ても強そうやん!!金丸くん!!」

 

と、はやてが再びツッコミ。

 

「いや、確かに直接的な戦闘能力はあるよ?確かに暗黒街では『黒龍(ブラックドラゴン)』と異名を取るほど恐れられていたよ」

 

「メチャクチャ設定凝ってるやん!!」

 

「つーか暗黒街ってどこだよ!?」

 

「て言うか暗黒街って何!?」

 

はやてに続き、今度はヴィータとなのはまでツッコミを入れた。

しかし垣根の表情は変わらない。

彼はツッコミを無視してクロノに尋ねる。

 

「お前達に捕まってるのはこいつだけか?」

 

「……いや、あと2人だ」

 

「何だよ、4人しかいない『スクール』の正規要員全員かよ。揃いも揃って使えねえな」

 

溜め息を吐く垣根に、複雑な表情のままのクロノとエイミィを見て、なのは達は他の面子もとんでもないビジュアルなんじゃないかと予想する。

逆に何故、垣根帝督が平気そうにしているのか不思議でしかなかった。

端末の映像が切り替わり、別の拘留室の様子が見えた。

 

佇んでいるのは、ブーメランパンツ1枚のみを穿いた、アフロヘアのサングラスをかけた髭面の、黒人マッチョマン。

…………何故か右腕がサイコガンになっている。

 

「あーいたいた。こいつだこいつ。ユーノ的ポジションの古橋さん」

 

「殆ど金丸(さっき)と同じやないか!!」

 

「髪型以外、全部同じだよね!?」

 

当然のようにはやてとなのはが大声でツッコミを入れた。

と言うか、全員そう思った。

 

「つーか何で頑なにサイコガン装備してんだ!?」

 

「これのどこがユーノくんポジションなの!?」

 

ヴィータとなのはも再び口を挟む。

 

「古橋さんは『スクール』のマスコット的存在なんだよ」

 

「こんなマスコット嫌やろ!!金丸くんでも何ら変わりないわ!!」

 

「それ以前に闇組織にマスコット要るの!?」

 

はやてに続く形で、ついにフェイトまでツッコミに参加した。

しかし垣根はまたも無視して端末の画面をスクロールし、次の映像に切り替えた。

 

「そしてこいつは紅一点の池沢さん。まあヴィータ的ポジションかな」

 

今度は、ガタイの良いサングラスをかけた黒人女性。

何故か日本酒の一升瓶を抱えている。

ぶっちゃけ、ビジュアルは金丸と変わらない。

 

「だーかーらー!!おんなじだろーがぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 

ヴィータがさっきのはやてのシャウトに倍する、渾身のツッコミシャウトを炸裂させる。

しかも自分と同じポジションだと言われただけに、怒り心頭だった。

 

「サイコガンが酒瓶に変わっただけだろーが!!つーか何で酒瓶抱えてんだよこいつ!!いー加減にしろよテメェ!!これのどこがあたしのポジションなんだぁ!!」

 

ぶちギレたヴィータに胸ぐらを捕まれた垣根の表情は、何故か涼しそうなままだった。

それがまた気に食わず、彼女はムカついていた。

 

「落ち着けよ。池沢さんは見ての通り、一升瓶を武器にして敵を撲殺するのが得意なんだ。お前もハンマー振り回して戦うだろ?同じ打撃戦型って訳だ」

 

「落ち着けるか!!お前あたしを何だと思ってんだ!!一緒にすんな!!」

 

「ってか、どんな暗部組織だよコレ!!金丸だらけじゃないか!!」

 

我慢できず、ユーノ・スクライアもツッコミに参加。

 

「絶対仕事来んやろ!!悪目立ちし過ぎるやろ!!」

 

と、はやてを中心にツッコミが矢継ぎ早に放たれるが、垣根は全く気にしていない。

ただ単に慣れてしまっているのか、或いは……、

 

「……本当に、彼等が正規要員なのか?」

 

「本物なの……?」

 

サイコガン装備の黒人男性2人、一升瓶を抱えている黒人女性1人、そして超能力者(レベル5)のリーダー。

あまりに露骨で奇抜な面子に、シグナムとシャマルが疑いの視線を向けるが、彼はハンッ、と鼻で笑った。

 

「そう思うのも無理はねえが、残念ながら事実だ。カモフラージュとかじゃねえよ」

 

「そうか……」

 

嘘を吐いている様子は、無い。

だが、正直、これだけは嘘であって欲しかったとさえ思った。

色々な意味で空気がぶち壊しだ。

垣根帝督が率いる学園都市暗部組織の構成員が、垣根帝督以外ベクトルの違う意味でマトモじゃない。

フェイトが目を疑い、物凄く複雑そうな表情で、確認するように垣根に問う。

 

「にわかに信じられないんだけど……」

 

「まあ奇抜な集団と化している自覚はある。だが、『そうだった』としても、お前等にゃどうでも良いだろ?」

 

ふざけているとしか思えないが、追及して仮にそうだったとしても、ある意味どうしようもない。

しかも、一応腕利きの魔導師である魅神聖と、交戦できていた。

そういう意味では、満更嘘っぱちとも言い切れない。

 

「さて、それじゃそろそろ、この使えない能無しな俺の部下共を解放してくれるか?一応俺がリーダーとして確認したし、協力もしてやったんだから」

 

「あ、ああ……。分かった……」

 

終始微妙な表情のままだったクロノは、仕方なくといった感じで応じた。

 

「良いの!?信じるの!?」

 

なのはがクロノに言うが、クロノも渋い顔で答える。

 

「仕方あるまい……。いや、僕達も信じられないが、虚偽の裏付けも無い以上はな……」

 

「ええ……?」

 

特別、魔法サイドでの犯罪を犯した訳でもなかった為、これにより、アースラに拘束されていた『スクール』の自称正規要員達は解放され、垣根帝督の待機命令に従う事となった。

誰も納得はしていないが。




行間なので短いです。
あと、殆どパロディネタなので読み飛ばしても問題ありません。
ただ個人的書きたかっただけなので。

いずれ、原作版の『スクール』のメンバーで、同じくだりを書きたいなとは思っています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

取引

事実上はまだ未解決状態ではあるものの、実働組織のDAとワイルドハントの壊滅、直接的支援者兼指示者の逮捕等により、今回の事件は一定の終息を見たと言えた。

地球での特設捜査チームは解散、土日がかりで月曜日の早朝に朝帰りとなってしまったが、ようやく各自帰宅となった。

そして現場指揮官のクロノ・ハラオウンと義妹フェイト・T・ハラオウンが、自宅マンションの玄関前に転送されたのだが、

 

「もう話す事は無いって言ったよな?」

 

あからさまに面倒臭そうな表情で、両手をズボンのポケットに突っ込んでかったるそうに露骨に不機嫌そうな声を発した、学ランを纏った茶色い髪の少年。

学園都市へ戻ろうと思っていた垣根帝督。

クロノとフェイト、エイミィによって半ば強引に連れて来られたのだ。

 

「まあそう言うな」

 

「急用がある訳でもないんでしょ?リンディ母さんも会いたがってたから、顔だけでも見せてって」

 

ゆったりと微笑んで言った二人に、垣根は鬱陶しそうにチッ、と小さく舌打ちの音を立てた。

 

「……、分からねえな。何でまた俺に……?」

 

彼の怪訝そうな顔を見て、フェイトはクスッと小さく笑う。

 

「月曜日だけど、今はゴールデンウィークの最中で学校はわたし達もお休みだし、お茶ぐらい出すからゆっくりしていってね」

 

「先客もいるしな」

 

「先客?」

 

垣根の疑問には答えず、ガチャリとドアを開け、クロノを先頭に入っていく。

 

「「ただいま」」

 

腑に落ちない気持ちを抱えつつ、今更是が非でも拒否する理由も無いので、二人の後に付いて行き、上がり込む事にした。

 

「……お邪魔、しますよっ……と」

 

広いリビングに入ると、五年前と見た目がほぼ変わらないリンディ・ハラオウンが、柔和な笑みを浮かべて立っている。

 

「いらっしゃい。五年振りね、随分大きくなったわね」

 

そして件の『先客』も、リビングのソファーに座って寛ぎながら待っていた。

高町なのはを始め、八神はやてとその家族の守護騎士ヴォルケンリッター全員とリインフォースⅡ、ユーノ・スクライア、エイミィ・リミエッタ、そしてアリサ・バニングスと月村すずかまでいた。

どうやら全員、大まかな事情は頭に入れているらしい。

垣根はそれを見て、露骨に表情を歪める。

 

「……、」

 

「そう露骨に嫌そうな顔をしないで。クロノとなのはさん達からはもう話を聞いているわ。まあ、立ったままも何だし、適当にかけてね?」

 

「……、はあ」

 

短く溜め息を吐き、渋々従う事にした。

リンディとフェイトがキッチンの方へ向かい、クロノは端で佇んでいるユーノとザフィーラの方へ歩いていき、何か話し始める。

 

「帝督くん、こっちこっち」

 

八神はやてが手招きして、空いている自分の右隣へ座るように促す。

 

「……馴れ馴れしいっての」

 

しかも空いている所の反対隣には高町なのはが座っている。

何だか包囲されに自ら行くようで、何とも居心地が悪そうだった。

そんな彼の表情と心情を察してか、なのはとはやては小さく微笑んでいた。

再び、チッと小さく舌打ちの音を立てた垣根帝督は、意外と素直に応じて腰を下ろす。

 

「で、何でお前等までいる訳?」

 

彼はジロリとはやての顔を見た。

 

「中々、腰を落ち着けへんかったからなぁ。積もる話もあるし、そのままやと帝督くんすぐに学園都市に帰ってまうと思ったんや」

 

「この一件の為だけに出てきたんだから、それは当たり前なんだがな」

 

「それに、紹介したくてもしそびれてもうた子もおるし」

 

はやては言って、自身の左肩に腰掛けていた身長約三十センチほどの小さな少女に目配せをする。

小さな少女は、フワリと浮遊して垣根の目の前で静止した。

 

「こいつは……」

 

「初めまして……って、話してないのに何回か会ってるので、そう言うのもちょっと変な感じですね?」

 

小さな少女は屈託の無い笑顔で、そう告げた。

その幼い容姿にはやはり、今はこの世にいない『彼女』の面影が確かにあった。

 

「私は人格型ユニゾンデバイスのリインフォース(ツヴァイ)って言います~。垣根帝督さん、マイスターはやてから聞いてます。どうぞよろしくお願いしますぅ~」

 

容姿に先代のリインフォースの面影を感じ、その名を継承したリインフォース(ツヴァイ)と名乗った小さな少女は、少し間延びした声色で言ってにっこり笑いながらペコリとお辞儀をした。

 

((ツヴァイ)、か……)

 

垣根帝督は、数秒間黙って彼女を見て、ようやく口を開いて答えた。

 

「……、ああ。俺の名前は知っての通り垣根帝督だ。垣根で良い」

 

「はい♪私は気軽にリインって呼んでください。皆にもそう呼ばれてますので~」

 

「そうかい」

 

「マイスターはやて……あ、普段ははやてちゃんって呼んでますけど、色々お話は聞いてます~」

 

「は?……八神お前、余計な事を吹き込んでないよな?」

 

垣根はジロリと、再びはやてを見る。

はやてはニコニコと笑って、楽しそうに言う。

 

「失礼やなあ、そんな事せえへんよ。五年前にわたし達を助けに、なのはちゃんとフェイトちゃん達と一緒に力を貸してくれた英雄(ヒーロー)なんやで、って♪」

 

「早速嘘吐いてんじゃねえよ。何言ってんだお前。俺みたいな悪党を高町達と並べて英雄(ヒーロー)呼ばわりなんざ、頭沸いてんのか?」

 

垣根は英雄(ヒーロー)というセリフに反応し、ウンザリしたように顔をしかめ、即座に全面否定する。

しかしはやては訂正する気は無いらしく、柔和な笑みを浮かべたまま、彼に告げる。

 

わたし達にとっては(、、、、、、、、、)事実やもん。『あの子』も帝督くんを、そう呼んだやろ?」

 

「……今わの際で、あいつなりに気を使っただけだろ。真に受けてんじゃねえよ」

 

その件について、今でも思う所があるのか、僅かに複雑そうな表情に変わっていた。

そこへリインが口を挟む。

 

「あと、能力の事もはやてちゃんとヴィータちゃんから聞いてますぅ~。天使みたいな羽も、カッコ良くて綺麗でした~♪」

 

リインは、見た目通りの子供らしく目をキラキラと輝かせて、垣根にズイと顔を近付けて言ってくる。

どうも興味津々らしい。

彼女の意外な態度に若干鼻白み、彼は小さく、お、おう、と少し引き気味に答えた。

 

「似合わねえ翼を生やす、ガラの悪いメルヘン野郎だっつったら、リインは逆に興味湧いちゃったらしくてさ」

 

と、ヴィータがニヤニヤとふざけた調子で言った。

すると直後に、なのはとフェイト、クロノとユーノ、エイミィとアリサが同時にプッ!! と吹き出して口許を押さえた。

すずかもクスッとしている。

 

「……おいテメェ等、今、笑ったか?」

 

と、垣根は眉間にシワを寄せてメンチを切るが、全員に目を逸らされた。

はやてが話を続ける。

 

「リインはな、リインフォースが残したオリジナルの夜天の書の欠片と、わたしから分けたリンカーコアで三年くらい前に生まれたんや。でもその時は何でか、帝督くんと連絡取れんようになってもうて今まで紹介できなかったんよ?」

 

「あ!そーだよ!何で突然、音信不通になったの!?わたしもフェイトちゃんも凄く気にしてたんだよ?」

 

なのはが語気を強めて口を挟んだ。

彼女は垣根帝督のこの手の事になると、昔からやたらとうるさかった。

しかし指摘された垣根は、どうでも良さそうに答える。

 

「ああ、その頃、お前達と連絡先交換した私用の携帯、水没してさ。それ以来、買い直したりしてねえんだ」

 

「え、じゃあ今使ってるのは?……って、何でそのままにしたの!?」

 

やはり食い下がるなのは。

 

「公私両用にしたやつだよ。その時から、前からあんまり使わなかったし、お前達ともそれほどやり取りもしねえし、無くても困らなかったしな。それに、『潮時』だとも思ったしな」

 

「潮時って……」

 

彼の言葉の意味を悟るも、一抹の寂しさを感じたフェイトは視線を向ける。

垣根は彼女の視線に気付くも、態度も表情も変わらなかった。

 

「アンタ、ホント社交性無いのね」

 

「無くても困らねえしな」

 

アリサ・バニングスがジト目で言うが、やはり彼は動じない。

 

「お待たせ。さ、どうぞ」

 

そこへ、リンディ・ハラオウンがお盆を持って歩み寄り、ティーカップに注いだ温かい紅茶を配り始めた、のだが……、

 

「はい、帝督くんの分」

 

リンディ(アンタ)もさりげなく名前呼びすんなよ。垣根で良いっての……?」

 

彼にだけ差し出されたのは、ティーカップではなく、寿司屋に置いてあるような湯呑み。

そして湯呑みに注がれた、紅茶ではない、どこか見覚えのある薄いグリーンの飲み物。

ご丁寧に、テーブルの端にはシュガーポッドとミルクピッチャーが置いてある。

 

「おい……、これって……」

 

「さ、どうぞ♪」

 

ニコニコと柔和な笑みを浮かべて、リンディは自身が普段、愛飲しているお手製抹茶ラテを薦める。

 

(……こんなやり取り、前にもしたような。つーか……)

 

既視感を覚えつつも、垣根はリンディにジロリと視線を向けて言う。

 

「……いや、アンタ、俺がコレを気に入ってるとか勘違いしてないか?」

 

「……違うの?」

 

キョトンとするリンディに、垣根は小さく溜め息を吐き、くだらなさそうに告げる。

 

「別に嫌って訳でもねえが、好きって訳でもねえよ。あの時も、出されたから飲んだだけだ。別に不味くはなかったしな」

 

「あら、そうだったの?これ、普段は私しか飲まないから、同志ができた気がして嬉しかったんだけどねぇ……」

 

(なった覚えもねえよ)

 

リンディは少し残念そうな顔で、湯呑みを下げようとするが、垣根はそれを止めた。

 

「別に下げなくて良い。飲めない訳じゃねえし」

 

「あら、良いのよ?気を使わなくても。無理に飲ませたくもないし」

 

「気なんか使ってない。飲めるし嫌いじゃないから良いっつってんだ」

 

「そうなの?ありがとう」

 

彼女は再び柔和に微笑むと、お盆を片付けに立ち去る。

湯呑みを手に取り口を付けていると、横からなのはがクスッと微笑んで、茶化すように言う。

 

「ふふっ、変な所で優しいね?」

 

「ああ?そんなんじゃねえよ。出されたもん突っ返しても、寝覚め悪いと思っただけだ」

 

彼は相変わらずくだらなさそうに答えた。

それからしばらく、雑談を交えながらリンディとアリサとすずかを交える形で、件の事について意見交換等が行われた。

 

「……やっぱり、すずかちゃんの首を絞めたの、垣根くんだったんだね?」

 

ジト目でなのはが言うが、やはり垣根は悪びれない。

 

「はいはい悪かったよ。でもな、不用意に近寄ってきた月村にも、落ち度が無い訳じゃあねえだろ」

 

言いながら彼はすずかの方へ目をやった。

すずかも気付いて、あはは、と都合の悪そうに苦笑いする。

クロノが短く咳払いをして、尋ねる。

 

「……改めて、大体の流れや全貌は分かった。それで、君は今後はどうするつもりだ?」

 

「ああ。ま、とりあえずはだが、騒ぎは沈静化したし、今ここでやる事もねえし、学園都市に帰るだけだな」

 

「え、帰っちゃうの?」

 

なのはが口を挟む。

 

「当然だろ。この街に留まる理由も見当たらねえし、ターゲットの逃亡先も何も目星は着いてねえんだから。普通帰るだろ」

 

「え~、帰っちゃうですかー?私、まだ帝督さんとお話したいですぅ~」

 

リインが垣根の傍らに浮遊しながら近寄り、分かりやすく残念がる。

 

「八神に似て馴れ馴れしいヤツだな。垣根で良いっての」

 

「えー、お名前で呼ばれるの嫌ですかー?でも、はやてちゃんだけお名前で呼んでますよね?」

 

「そーだよ。わたしもそれ不公平だと思うな」

 

リインの当然な疑問に、なのはが便乗してきた。

垣根は面倒臭そうに表情を歪めて、吐き捨てるように言う。

 

「俺は一度もそれを許した覚えはねえよ。あと高町、便乗してくんな。うぜえ」

 

言って彼は立ち上がり、リンディ製抹茶ラテを飲み干して湯呑みを置くと、携帯電話を取り出して廊下に向かった。

 

「どこ行くの?」

 

「定時連絡ついでに、事後報告だ。帰る手筈をする」

 

「あ、ちょっと_、」

 

フェイトのセリフを無視して廊下に出ると、『スクール』の制御役に連絡を入れる。

すぐに繋がり、一連の出来事を魔法サイド抜きで、上手く粉飾して報告する。

 

「_ひとまずは片が付いた。他の正規要員を含めて引き上げの手配を進めてくれ」

 

『あー、その事なんだがな。悪いが、もうしばらくその街で待機していてくれないか?』

 

「はあ!?どういう事だよ……ッ?」

 

思わず耳を疑う。

 

『それが今しがた、統括理事会からのお達しでな。暗部関係者の離反に情報漏洩未遂のこの一件で、十分注意していても現状では今後も同じ事が起こり得ないとも言えないって訳で、当分は様子見も兼ねて「外」に出張している「スクール」に有事対応の為に待機させろ、って指示だ。もちろんその間の時間割り(カリキュラム)の代わりに現地の学校に通学するなりしてもらう事になる』

 

 

「おい……、それって、まさか……」

 

嫌な予感がする。

顔を青ざめる垣根帝督に、制御役はあっさりと、告げる。

 

『そのまさかだな。一時転入先は「私立聖祥大附属中学校」だ。しかも現状では期間は未定』

 

「……ッ」

 

嫌な予感が的中する。

それを察してか、

 

『心中お察しするが、決定事項らしいから仕方ないだろう?代わりといっては何だが、滞在先は海鳴市内の高級マンションを押さえてあるから』

 

「チッ、暗部組織のエージェントは、構成員の居住環境まで面倒を見るのか?ご苦労なこったな」

 

『まあそう言うなよ』

 

「つーか、他の暗部はどうしてるんだよ?」

 

『もちろん、警戒は強化している。だが、今回の事も全くの想定外だったからな。次回もまた想定外の出来事が起きないとも限らない。だから「外」での実績のある暗部がいつでも遊撃できる状態にしておくと、色々と都合が良いんだ』

 

「ああ?」

 

『そういきり立つなよ。逆に言えば、何も事が起きずに基本的に時間割り(カリキュラム)に影響が無ければ、自由に過ごして良いんだ。それに再び今回のような連中が出てきても、叩き潰せればそれで良いから、やり方等は完全に現地に任せて良いらしい。ま、いらぬ問題にならない限り勝手にやれって事だな』

 

「クソッ、いざとなれば放任かよ」

 

苛立ち、彼は携帯電話を握り締める。

対照的に制御役は飄々とした様子で、

 

『ま、授業とかは昔みたいにリモートでも良いんだから、気楽にすれば良い。必要な機材の用意や手続きはこっちで済ませるから、後は頼んだ』

 

(ふざけやがって……。俺はこんな所でのんびりしてる気なんざねえってのに……ッ!)

 

通話が切れ、腹を立て、怒りに表情を歪めた垣根は右手に握り締めた二つ折りの携帯電話を耳から離すと、鋭く舌打ちの音を立てた。

 

「チッ!面倒臭せえ事になったな。……ん?」

 

ふと、視線を感じ、横へ目を走らせる。

リビングのドアから半分だけ顔を出して、廊下の壁際に佇む垣根帝督を覗き込んでいる、高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやての三人娘。

 

「……、」

 

揃いも揃って半笑いで、ニマニマとした悪戯っぽい笑顔なのがムカついた。

 

「何見てんだテメェ等」

 

ギロリとメンチを切る彼に、なのは達が順に告げる。

 

「会話の内容までは聞いてないけど、大体は察したよ?」

 

「これから宜しくね。帝と_「垣根な」…あう……」

 

「ていとくん♪これから宜しゅうね♪」

 

「誰がだコラ。殴られたいのかお前は」

 

垣根がこめかみに青筋を浮かべて彼女達を睨み付けていると、不意に彼の目の前にリインフォースⅡがフワリと現れた。

 

「帝督さん、まだ海鳴市にいられるですか~?」

 

「垣根な。……まあ、不本意だが、そういう事になった」

 

退屈そうな口調で答えると、リインは心底嬉しそうに、満面の笑みで大喜びしだした。

 

「わぁーい!!嬉しいですー!!」

 

何がそんなに嬉しいのか、彼が頭に疑問符を浮かべていると、

 

「またあの綺麗な羽を見せてくださいです~♪」

 

「は?……はん、そういう訳か」

 

若干呆れ気味に納得した。

それに応じる気は無いが。

垣根は携帯電話をポケットに仕舞うと、リビングには戻らず玄関の方を向いて、言う。

 

「それじゃあ、そろそろお暇するわ。じゃあな」

 

「あら、もう行くの?もっとゆっくりして良いのよ?」

 

リンディがリビングから顔を出して言うが、彼は意に介さない、

 

「いや、もう十分。それに……」

 

そして垣根帝督は、彼女達にわざとらしく冷めた視線を向けて、敢えて、こう告げる。

 

「これ以上、お前達と馴れ合う気もねえしな」

 

「ちょっと!それどういう事?」

 

当然のようになのはが真っ先に反応して彼に駆け寄り、左手を伸ばして右手首を掴んで、引き留めた。

 

「そのままの意味だよ」

 

垣根は鬱陶しそうになのはの手を振りほどくと、ギロリとした射すような鋭い目付きで、突き放すように言い続ける。

 

「用事はもう済んでるし、この街に当分居る事になったとはいえ、俺とお前達がわざわざこれ以上、積極的に関わる必要は無いはずだ。そもそも、俺とお前達は立場も住む世界も違うっつってんだろ」

 

そうしていると、はやてとフェイトが歩み寄ってきた。

 

「でも、同じ存在を追跡捜査しているんだし、これからもある程度は協力した方がお互いに都合が良いんじゃないかな?」

 

「せやで?それにさっき、宜しゅうねって言うたやん」

 

しかしやはり、応じるつもりは全く無いらしい。

 

「知るかよ。それに目的が違うんだから、どのみち協力関係にゃなれねえよ」

 

「ほな『お仕事』に関しては、とりあえずお互い知らんぷりでええよ?そこで揉めてもお互いに損やし、わたし達も帝督くんと戦いたくはないしなぁ。だから(、、、)普通にわたし達と友達になろ?」

 

「だからって仲良しこよしする必要も意味ねえし、訳分からねえよ」

 

呆れながらも苛立ちを感じて、垣根ははやてを睨む。

しかし、はやてを含めてなのはもフェイトもリンディも、その威嚇は全く効いていない。

敵意の中に殺意までは無い事を見透かしているのか、垣根帝督の悪人面を見慣れてきたのか。

リインだけは、話の内容をよく分かっていないらしく、キョトンとしている。

 

「『垣根は暗部としてはなのは達を関知しない、表向き現地民間協力者として魔法サイドに有益な情報なら協力する』、『なのは達も局員としては垣根を関知しない、表向き現地の友達として接して、科学サイド向けの情報があれば学園都市のただの能力者の垣根帝督(、、、、、、、、、、、、、、、、)に教える』、という形なら無難じゃないかな」

 

ユーノ・スクライアがリビングから出てきて、折衷案を提案する。

垣根はジロリと彼を見る。

 

「この俺と、取引しようってのか?」

 

更にクロノが口を挟む。

 

「普通ならアウトか、限りなく黒に近いグレーな司法取引だが、幸いここは管理外世界だ。局員側やその家族、友人、民間協力者等に被害が発生しなければ、管理局の法は適応外だ」

 

「……、」

 

「……それに、応じてくれるなら、私は垣根くんに首絞められた事を、このまま水に流して良いよ?」

 

いつの間にか傍らに月村すずかとアリサ・バニングスが佇み、彼の顔を覗き込んでいるように見つめて、柔和に笑っていた。

確かに、よくよく考えてみれば、管理局の民間協力者である月村すずかに、垣根帝督は確かに暴力という実害を被らせていた。

彼女の出方次第では、時空管理局が正式に介入する事は、満更難しい話ではなさそうだった。

 

「俺を脅迫する気か?」

 

「脅迫だなんて人聞き悪いわね」

 

フフン、とアリサが悪戯っぽい笑顔で告げる。

 

「だから言ってるでしょ、取引だって。別にアンタにデメリットも無いんだし」

 

「お前等みてえな鬱陶しいしつこい女達と、お友達ゴッコに付き合わされて絡まれる時点で、デメリットだらけだよ」

 

酷い言い様だった。

 

「「酷い!!」」

 

垣根帝督が何の気なしに放った、あんまりな暴言になのはとフェイトが同時にツッコミ。

宥めるように、小さく苦笑いしながらクロノとユーノが言う。

 

「そう言うな。実際、シビアな君の損得勘定で見ても、不満点以上に利益はあると思うだろ?」

 

「無理矢理に仲良くしろとまでは言わないけど、逆に無理矢理に手を切ってまで対立関係を堅持するよりは良いよ。立場を気にするのも分かるけど、垣根が先に持ちかけたように、基本的には相互不干渉って話なんだしさ」

 

「……、」

 

彼は答えない。

だが、僅かだが揺れているようにも見えた八神はやては、それを見逃さなかった。

 

「どっちの選択肢が比較的得で、どっちの選択肢が比較的損か、学園都市第二位の超能力者(レベル5)の頭脳なら、すぐ分かるやろ?」

 

「呑んでくれたら、わたしも特別に、すずかちゃんの事も許してあげるよ?」

 

「そうだね。わたしも『特別に』許してあげる」

 

はやてとなのはとフェイトの三人の、若干得意気で、それでいて邪気の無い優しさすら内包した笑顔に、分かりやすく茶化されて腹が立つ。

 

「ホントにムカつくなテメェ等。大したムカつき振りだ。流石はスーパーエース様に執務官様に特別捜査官様だ。やっぱテメェ等は一発殴らないとダメみてえだ」

 

「ふーん、そんな事を本当にしたら、武装隊員として逮捕しちゃうからね?」

 

「暴力はダメだよ。わたし、友達を逮捕したくないからね?」

 

「恩人にド突かれるのも嫌やし、その恩人をしょっぴくのはもっと嫌やなあ」

 

メンチを切りながら拳を握っていると、これまたわざとらしい仕草でふざけてきた。

いや、実際に殴りでもしたら、そうする権利を相手に与えてしまう訳だが。

 

「チッ……、つーか、友達になったつもりも、なる気もねえっつってんだろ」

 

忌々しそうに、そう言った直後に思い出す。

取引の内容には『友達として接して』と言われたではないか、と。

アリサがニヤニヤと笑いながら、告げる。

 

「往生際が悪いわよ。それに、こうなるとなのはは死ぬほどしつこいんだから、諦めて折れた方が得よ?」

 

「そうそう」

 

「だな」

 

フェイトと後から出てきたヴィータが相槌を打つ。

 

「経験者は語るってか」

 

垣根は僅かに目を細め、フーッと、呆れ顔で深い溜め息を吐いた。

そして、

 

「はぁー分かった分かった。高町達(おまえら)に目を付けられたのが運のツキだと思って、仕方なくのってやるよ、その取引」

 

なのはからすると、いくらか失礼というか、納得のいかないセリフを言われたが、とにかく、彼が応じてくれるなら良しとした。

 

「……ただし、あくまで表向きの関係は文字通り上っ面だけの関係だ。俺は基本的にお前達の事は苗字で呼ぶし、お前達……特に八神の俺の呼び方も認めるつもりはさらさらねえからな。友達だからって名前で呼び合わなくっちゃならない道理もねえし、それを忘れるなよ」

 

「「えー」」

 

「んー……、ま、とりあえずはオッケーとしよか。それに、『これからもっと』仲良くなればええんやし♪」

 

不満の声を出したなのはとフェイトだが、はやての言葉に同調した。

垣根帝督は彼女達を通して情報源として当てにしているのに対し、彼女達は垣根帝督との友好関係を求めている。

なのは達の方が、本来の主旨と目的がズレているが、問題にはならないだろうと判断し、クロノもリンディもユーノも、リビングから聞き耳立てていたシグナムとシャマルとエイミィも、敢えてそこにはツッコまなかった。

何故か一番、大喜びしているリイン。

この少女は垣根帝督、というか、彼が能力で出現させる六枚の白い翼に興味津々のようだが。

 

「あ、帝督さん。ちょっと良いですかぁ~?」

 

「ん?ってか、垣根で良いってのに」

 

直後、浮遊している眼下のリインフォースⅡが、クルリと右回転する。

 

「ッ!?」

 

身長約三十センチ程度だった、彼女の小さな体躯が回転と同時に一変、背格好が八、九歳程度の少女の姿になったのだ。

 

「お前……、デカくなれるのか」

 

予想外の現象に、垣根は僅かに目を剥いた。

リインは見た目通りの、子供らしい嬉しそうな笑顔で答える。

 

「はい!普段はお出かけする時とかだけですけど、ちゃんとおっきくなれるですよ♪」

 

「その分、燃費も悪うなるから、今の所は人目に付きやすい時だけやけどねー」

 

と、はやてが補足した。

 

「へえ、そういう事もできるのか。スゲェな」

 

「えへ~。あ、では改めまして、帝督さん。これから宜しくお願いします~♪」

 

にっこりと笑いながら、リインは右手を差し出して、垣根に握手をねだる。

 

「……ああ、宜しく」

 

「はい!」

 

彼は一瞬だけ戸惑いを覚えつつも、ゆっくりとズボンのポケットに突っ込んでいた右手を出して、リインの小さな手を慣れない手つきで、遠慮がちに握る。

リインはそんな垣根帝督の右手を優しくもしっかりと握り返し、両手で包むようにして嬉しそうに、元気にブンブンと振った。

 

(つーか、こいつさっきから一向に俺を『垣根』とは呼ばねえな。八神に似て頑固なのか、人の話を聞いてなかったのか……)

 

五年前の冬に主達と垣根帝督の目前で笑顔で雪の降る冬の空へ消えていった、夜天の書の融合騎(ユニゾンデバイス)

その彼女の最後の願いを受け、最後の夜天の主・八神はやてによって生み出された、同じ名前の新しい風が確かに受け取り、幼いながらも面影を感じさせる容姿をした新たな祝福の風。

同じ名前ではあるが、明確に別人として八神家に迎えられている事を、垣根は悟った。

 

「……、もう良いか?」

 

「あ、はいです」

 

中々手を放そうしないリインに尋ねる形で、ようやく彼の右手は解放された。

ヴィータがニヤつきながら、垣根を肘で軽く突っつく。

 

「気に入られたみてーだな。良かったな?悪人面のチンピラ野郎でも、メルヘンな翼生やすお陰で♪」

 

「ばーか死ね」

 

垣根は軽い口調で吐き捨てるように毒吐くと、ハラオウン家を跡にした。

見送りついでにフェイトが声をかける。

 

「これからどこに?」

 

「指示された寝床の確認とか転入手続きの確認諸々だな。後はまあ、基本的にゃ待機って指示だが、自由気ままにするつもりだ」

 

「大丈夫なの?上の人達に変に目を付けられたりしない?」

 

なのはが続いて少し心配気味に訊くと、垣根は彼女達を一瞥して、野心と悪意を内包したような薄い笑みを浮かべながら告げる。

 

「もしそうなったらむしろ上等だな」

 

垣根帝督は両手をズボンのポケットに突っ込み、薄く小さく笑いながら歩き出して呟いた。

 

「学園都市の思惑なんざ知った事か。俺は俺で好き勝手させてもらう」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

不本意

大変遅くなりました。

ほぼコメディパートなので、所謂、"垣根帝督らしさ"は殆ど感じられないかもしれません。

悪しからず。


ボタンを留めずに崩した着こなしで黒い学ランを纏った、超能力者(レベル5)の垣根帝督は海鳴市内に位置する、とある高級マンションへ向かっていた。

学園都市に戻るはずが、こんな事になってしまった理由は前述の通りである。

それだけでも不本意で不機嫌になっていた彼だが、今は別の理由で不機嫌さが向上していた。

 

「……、」

 

両手をズボンのポケットに突っ込み、道をほっつき歩く垣根の右横と背後に、付いてくように歩いている少女が三人。

垣根の傍らを歩くのは、スニーカーに黒いショートパンツと白い襟付きポロシャツを纏った茶色いボブヘアーの少女、八神はやて。

すぐ後ろを歩くのは青いセミロングスカートにピンク色のパーカーを纏った、栗色のサイドポニーの少女、高町なのは。

彼女の隣を歩く黒いスカートに黒いシャツを纏った、長い金髪の少女、フェイト・T・ハラオウン。

何故か三人とも、嬉しそうにニコニコと笑っている。

それがまた垣根は気に食わなかった。

 

「……お前等、どこまで付いてくる訳?スゲェ鬱陶しいんだけど」

 

足を止め、うんざりした顔で振り向く。

それにフェイトが答える。

 

「局員として、住居の確認をして欲しいってクロノに頼まれたから」

 

「まだ、参考人みたいなものだから、一応ね」

 

と、なのはも言う。

 

「うぜー。公僕の癖にストーキングしてくんじゃねえよ」

 

「まあまあ、そう嫌な顔せんと、取って食う訳やないんやし。それに……」

 

はやてはそう言って、携帯電話を取り出す。

なのはとフェイトも、それに続くように携帯電話を取り出した。

 

「連絡先、まだ交換してへんから」

 

「ほら、垣根くんも携帯出して?」

 

「一応、友達になったんだから、もうおかしくないよね」

 

垣根は眉をひそめる。

本当はそっちが目的なんじゃないか?とさえ思えてきた。

 

「チッ」

 

彼は仕方なく、ポケットから携帯電話を取り出した。

ここでゴネても仕方ない。

観念したように素直に、彼女達三人とメールアドレスと電話番号を交換する。

 

「よし、今後は電話もメールもわざと無視したりしないでね?」

 

「着信拒否とかもダメだからね?」

 

「はいはい分かった分かった」

 

口説いほど念押ししてくるなのはとフェイトに、垣根は溜め息混じりに投げやりな調子で答えた。

 

「何なら……」

 

傍らのはやてが、脇を肘で軽く続いてニンマリと笑いながら言う。

垣根はそんな彼女の顔を見て、目を僅かに細めた。

 

「わたしが毎日ラブコールしたろか?」

 

「お前だけ着拒するわ」

 

「何でや!」

 

「鬱陶しいから」

 

そんなくだらないやり取りをしながらも、再び歩き出して目的地の高級マンションに辿り着いた。

 

「はあー、ホンマに新築の高級マンションやん」

 

はやてが見上げながら、ポツリと呟く。

垣根は彼女達の方へ振り向いて、くだらなさそうに言う。

 

「さ、場所も分かった事だし、部屋番含めて住所も確認した。もう良いだろ。帰れよ」

 

「あ、うん……」

 

フェイトがそう静かに答えた所で、なのはが彼の顔を覗き込むように見てきた。

 

「ねえ」

 

「ん?」

 

「垣根くんは、休み明けからわたし達と同じ学校に通う事になったんだよね?」

 

「ああ、そういう事になった」

 

確認するように尋ねたなのはに、垣根は相変わらず退屈そうに答える。

彼女は再び質問する。

 

「ちなみに、クラスはもう分かってるの?」

 

「確か……二年六組だったか」

 

聖祥中学校は全学年、各六クラスに分かれている。

何気ないつもりで彼がそう言うと、何故か三人の表情が、みるみる明るくなった。

が、対照的に垣根帝督の表情は、何かを察して歪み始める。

 

「本当?それわたし達と同じクラスだよ」

 

「凄い偶然!それじゃあ、これからはクラスメイトだね。宜しくね」

 

「あ、ああ……」

 

声を弾ませるなのはとフェイト。

垣根は生返事しながら、面倒臭そうに目を細める。

 

(同じ学校でクラスまで同じかよ。嫌な偶然だ。面倒臭いな。だが……)

 

顔をしかめる一方で、彼は内心、ほくそ笑んでいた。

そう、何も実際に登校して通学する必要は無いのだ。

制御役も言っていたように、リモートで授業出席すれば良い。

その為の機材も、調達されるはずなのだから。

事実、五年前もそうやって対応した訳だし。

 

「……とでも思っているんだろうけど」

 

「ッ!!」

 

なのはにそう言われ、垣根はハッとして、咄嗟に彼女達へ目を走らせた。

なのはもフェイトもはやても、揃いも揃ってゆったりと笑っている。

そして、彼の退路を塞ぐべく、確実にハッキリと告げる。

 

「前みたいにリモートはダメだからね?」

 

「ちゃんと登校して来てね。何なら朝、迎えに来ようか?」

 

「あ、それ名案や!ほな、もしまたガン無視してもうたら……」

 

悪戯っぽくニヤつくはやてに、垣根は思わず青ざめた。

ただでさえ面倒臭い状況に持っていかれている上、ここで下手な悪足掻きをしたら、更に面倒臭い真似をされかねなかった。

故に、これ以上の悪化を避ける為に、彼はやむなく先手を打つ事にする。

 

「あーもう分かった、分かったから。リモートはしないし普通に出てくるから、頼むから出迎えとかはしないでくれ」

 

かったるそうに頭を軽く掻いて、降参するように言った。

どうもこの手の事になると、茶化され気味に調子を狂わされ、相手側のペースに引き込まれてしまう。

 

「うん。約束だよ」

 

「ドタキャンしてバックレたら承知せえへんからね?」

 

念押ししてくるなのはとはやてに、チッと小さく舌打ちしていると、今度はフェイトが垣根の顔を覗き込むように見てきて、再び言う。

 

「……、やっぱり初日だけは迎えに来ようか?」

 

「頼むから勘弁してくれ」

 

彼は溜め息混じりに答えた。

暫く似たようなやり取りの後、ようやくなのは達は帰宅した。

はやてを先頭に上がり込もうとしてきたが、流石に止めた。

全力で。

 

(ったく、暗部経由で借り入れた部屋に、易々と他人を上げられるかよ)

 

荷ほどきも済んでいない、テーブルと椅子、パソコン類以外はダンボールだらけのリビングでふんぞり返りながら、垣根帝督はようやく一息つく事ができた。

暫く寛ぎ、立ち上がる。

聖祥中学校の位置の確認と、制服の確認だ。

小学校の時の制服は、似合わな過ぎる理由で拒否していたが、開封してみると薄い茶色のブレザータイプの上着に焦げ茶色のスラックスという組み合わせの制服で、今着ている学ランとは違うがとりあえず、死ぬほど似合わないデザインではなさそうで、一安心した。

色合いや基本デザインは男女同様で、大きな違いは胸元が細いリボンネクタイか通常のネクタイかだった。

 

「……これなら、まあ大丈夫かな。良かった……」

 

かくして垣根帝督は、学園都市の外での望まぬ形で、想定外のスクールライフを送る事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ゴールデンウィーク明けの私立聖祥大附属中学校、二年六組の教室。

特に風変わりな所は無い。

教室の前後に引き戸があって、教卓があり、生徒の机と椅子があるという、ごくごく普通のありきたりなもの。

よくある学園モノのドラマやアニメ等を想像していただければ、概ね間違いはない。

午前八時四十五分。

五分前まで、大半の生徒が自分の席を離れ、ワイワイと談笑したり騒いでいたが、朝のホームルームが始まろうという時間になり、皆それぞれの席に着き始めている。

アリサ・バニングスは縦横五列の内の前から二番目の窓際に位置する、自分の席で頬杖を突き、前をぼんやりと見ていた。

ついさっきまでクラスメイトで親友の高町なのは、月村すずか、フェイト・T・ハラオウン、八神はやての四人が彼女の机を囲むように集まって、雑談に興じていたが、時間になって足早に自分達の席へ戻っていった。

アリサを含め、彼女達五人は朝から若干そわそわしていた。

というのも、今日はいつもと違う出来事がある事を、なのは達を通して知っているからだ。

予鈴が鳴った直後に、廊下からペッタペッタと安物のサンダルによるアンニュイな足音が近付いてきた。

教室の引き戸がガラリと開けられ、担任教師が入ってくる。

 

「うーし、揃ってんなー?」

 

気の抜けた低い声で告げたその男。

身に付けている眼鏡も白衣もネクタイも、全てをだらしなく纏った、二十代の若いはずで生粋の日本人なのに白髪で天然パーマの男。

しかも咥え煙草。

普通に考えれば非常識極まりない、何ともアンチテーゼに満ちた雰囲気と風貌。

教室だろうがどこだろうが、平気で好き勝手に咥え煙草で、更には教育者とは到底思えない、死んだ魚のような瞳。

名前は坂田銀八。

どこぞの熱血教師に似た名前だが、それとは対極と言える反面教師そのものと言える男だが、何故か不思議な求心力のようなものも備えており、事実、生徒達からは一目置かれている。

坂田銀八は出席簿をポンッと教卓に放り投げ、いつものように気だるげな声色で言う。

 

「んじゃ、朝のホームルーム始めんぞー。日直、号令」

 

「あ、はい。起立、気を付け、礼_」

 

言われた今日の日直担当の、女子生徒の一人が即座に対応した。

号令が済むと、坂田銀八は咥え煙草の煙に目を細めながら告げる。

 

「えー、ではぁ、今朝のホームルームだが、今日は議題は無しだ。今日は急遽このクラスに転入が決まった転校生を紹介する」

 

「先生、男子ですか?女子ですか?」

 

「おう、野郎共、残念だったな。男子だ。しかも長身でかなりイケメンのな。喜べ女子共」

 

そのセリフを聞いて、男子の何人かがガッカリしたような声を上げ、逆に女子の何人かは色めき出した。

それらのリアクションを無視して、坂田は声を若干上げて廊下の方へ向かって言った。

 

「うーし、良いぞ。入ってこーい」

 

ガラリと緩やかに開けられた引き戸。

女子生徒用と同じ色合いの、ブレザータイプの男子制服に学校指定の上履きを纏った、同年代にしてはやや長身で痩身の、茶色い髪の端整な容貌の少年が入室する。

首元とネクタイを若干緩めているが、それ以外は至って普通に制服を着ている。

端整な顔立ちだが鋭い双眸の、ビジュアル的に高ポイントな容姿に再び女子の何人かが声を弾ませ、男子の何人かは露骨に残念がっていた。

転校生の少年は引き戸を閉めると、癖なのかすぐに両手をズボンのポケットに突っ込んで、ゆっくりとした足取りで教卓の横に立つ。

担任、坂田銀八は煙草の灰をこぼしながら黒板の方を向き、チョークを手にする。

ゴンゴンと音を立てながら、微妙に力の抜けた文字を書き始めた。

そして、アンニュイな文字で記されたのは、彼の名前。

 

垣根帝督

 

と書いて、坂田銀八は生徒達に向き直った。

 

「えーっと、東京の……どこからだったかな。まあ良いや。今日からこのクラスに入る転校生だ」

 

そう言って、名乗れ、と目配せをして、それに気付いた少年は、至極単純明快で短く、自己紹介をする。

 

「垣根帝督。宜しく」

 

「皆仲良くするよーに」

 

担任による適当でいい加減過ぎる説明に、本人からも本名(フルネーム)を名乗られただけの簡潔過ぎる自己紹介に、クラスの殆どがキョトンとしてしまった。

事情をあらかじめ知っていた四人の少女達、アリサは呆れ顔になり、なのはとフェイト、はやてとすずかは思わず苦笑いした。

坂田銀八はやはりそんなリアクションを無視して、話を進める。

 

「じゃ、紹介も済んだ事だし、空いてる席に……つっても、一番後ろの窓側から二番目だけだな。そこ行ってくれ」

 

「はい……」

 

と返事してその席へ歩き始めた直後、一瞬だがピタリと動きが止まり、垣根帝督の体が固まった。

周囲にはバレないように抑えているものの、ゲッ、という分かりやすく嫌そうな顔をしている。

というのも、件の空席の両隣と前にいるのが、垣根帝督も見知った顔だった。

できる事ならあまり合わせたくなかった顔。

窓際の隣は八神はやて。

ニコニコしながら小さく手招きまでしている。

反対隣には高町なのは、フェイト・T・ハラオウン。

この二人もニコニコして垣根帝督を見ている。

そして、前の席には月村すずか。

幸か不幸か、彼女だけは含みの無い微笑みを浮かべて、彼を見つめていた。

少しだけ離れているが、見える所にアリサ・バニングスの顔も見えた。

彼女はあからさまにニヤニヤしている。

このクラス内でも屈指の美少女達に囲まれるような位置で、正直、他の男子の何人かが羨ましそうな視線や、嫉妬混じりの視線を垣根に向けている。

が、今の垣根帝督にとっては一番避けたい席順だった。

まるで、虫取網に自ら飛び込みに行く所か、虫籠にダイレクトに自分から入りに行く昆虫にでもなった気分だ。

 

(偶然にしちゃでき過ぎてないか?あらかじめ仕組まれてたと言われた方がまだ納得できるぞ)

 

渋々席に着く垣根に、はやてとなのはが小声で声をかける。

 

「(……これから宜しゅうね。帝督くん♪)」

 

「(……仲良くしようね。帝督くん(、、、、)♪)」

 

平然と学校でも名前呼びするはやてに便乗してくるなのはに、垣根はイラッと眉を動かして一瞥した。

そして背負っていたカバンを下ろして筆記用具等を出しながら、ポツリと呟く。

 

「……呪われてんのかね。俺って」

 

ピキッと笑顔を凍らせ、直後に表情を固めたまま机を寄せてきたなのは。

そして、肘で垣根の脇腹を小突きながら小声で尋ねる。

 

「(……どういう意味かな?それ、どういうつもりで言ったのかな?説明して欲しいなあ~。呪いって、最先端科学の街の、学園都市出身の帝督くんらしく「(……馴れ馴れしい)」_もう、遮らないでよ……!)」

 

授業が始まる中、小声の押し問答がひっそりと繰り広げられた。

その様子を視界の端で眺めていたはやてとフェイトは、何だか微笑ましさすら感じ、クスリと小さく笑った。

この小競り合いは長続きはせず、途中で垣根帝督がガン無視を決め込んだ為、そこで流石になのはも折れ、変に悪目立ちしないように大人しくする事にしたのだった。

 

そして昼休み時間になり、弁当持参組が机を合わせたり、学食や購買等と思い思いに生徒が散っていったりする中、学食か購買で昼食を済ませようと思っていた垣根帝督は、例の五人に呼び止められていた。

 

「今回はちゃんと登校してきたのね」

 

「しかも、また同じクラスになるなんて、凄い偶然だね」

 

と言ってきたのはアリサとすずか。

垣根はくだらなさそうに口を開く。

 

「ああ、高町達(こいつら)のせいでな。俺は以前同様にリモートで済ましたかったが。……つーか、本当に偶然か?席まで無駄に近いし、何か全てがお膳立てされた気がしているんだけどな」

 

「流石に編入クラスとかをどうにかしたりはしないし、できないよ。わたし達も少し意外には思ったけどね」

 

と、事も無げに告げるフェイト。

 

「俺から事情を知ってるお前達はともかく、月村達まで一緒とはな。お前等揃いも揃ってニヤつきやがって」

 

「今朝、なのは達からこっそり聞いたのよ。だから楽しみだったの。色んな意味でね」

 

腹の立つ笑顔で言われ、垣根はアリサに薄く青筋を浮かべて睨むが、飄々と流されてしまった。

そんな彼女達と彼のやり取りを見ていた、周りのクラスメイトの何人かが不思議に思い、ヒソヒソと話し出す。

 

「(……おい、あの転校生、高町さん達と知り合いだったのか?)」

 

「(……いや分からないけど。確かに、妙に親しげだよね?絶対初対面じゃないよ)」

 

「(……えー、あのイケメン転校生、月村さん達の内の誰かと付き合ってんのかな?)」

 

「(……まさか……ただの友達って事もあるだろ。でも、可愛いのに他に浮いた話聞かないし、魅神とは全員が全面否定してたしなぁ……)」

 

話している内容までは分からなかったが、既に悪目立ちし始めていると察した垣根帝督は、なのは達とは距離を取ろうとする。

彼女達は、容姿端麗さと人柄の良さも手伝って、良くも悪くも目立ちやすい。

今回は学園都市の能力者である事も隠している為、尚更、余計な注目は極力浴びたくなかった。

が、八神はやてが立ち上がった垣根をいち早く呼び止めた。

 

「あ、帝督くん、どこ行くん?」

 

「ああ?昼食だよ。学食か購買があるらしいから行くんだよ。……つか、学校でまで名前呼びやめろ。馴れ馴れしいし、高町まで悪乗りしてウゼーし」

 

「ウザイって酷いよ?」

 

「ほな、親しみ込めて、ていとくんて呼ぼか?」

 

なのはが僅かに頬を膨らませ、はやてがおちゃらける。

 

「わたし達の事も名前で呼んで良いんだよ?」

 

フェイトも口を挟むが、彼は面倒臭そうに、そういう問題じゃねえ、と首を横に振った。

 

「……前とは事情も違うし、俺は目立ちたくねえんだよ。その点、お前達は良くも悪くも目立ちやすいからな。しかも転校したての俺がお前達と親しげだと、嫌でも注目されるだろうが。だから、学校じゃ会っても絡んでくるなって、メールで昨日言ったよな?」

 

吐き捨てるように言いながら、ジロリとした視線を向けるが、彼女達はあっけらかんとした態度で悪びれもしない。

 

「形は何にしても、折角友達になったんだから、寧ろ不必要によそよそしくするのも不自然に見えるかもと思うし」

 

「そや。それに帝督くん、ここにいつまでおるんか決まってないんやろ?ほんならボロが出えへんようにいつも気を付けるより、初めの内から自然な感じで、ある程度定着させた方が確実やと思わへん?」

 

「うん。たとえ上っ面だけの関係って事でも、わざわざ他人の振りを無理にする事ないと思うかな」

 

「確かにあたし達の集まりって男女比極端だけど、だからといって男子が皆無って訳でもないんだし、寧ろ堂々としてれば大丈夫よ」

 

「何より、珍しく垣根くんからメールしてくれたと思ったら、学校での知らない他人の振りをして、一方的な関係シャットアウトの要求なんだもん。そんなの嫌だもん」

 

「……いや、お前達が俺に絡まなきゃ、それで済む話のはずなんだがな。つーか、高町のは完全に私情じゃねえか」

 

そこへ、教室に一人の男が入ってきた。

銀髪碧眼の日系人。

タレントかアイドルのように整っている顔立ち。

その少年は爽やかそうな笑みを浮かべて少女達に歩み寄った。

そして口を開いて告げる。

 

「よお皆、一緒にランチしようぜ」

 

二年一組の魅神聖である。

 

「あ、魅神君……」

 

「魅神……」

 

「忘れてたわ……」

 

「……魅神君、何か用かな?」

 

「何でこのタイミングで来るんや……」

 

なのは、フェイト、アリサ、すずか、はやての順で反応する。

全員、喜んでいないのは確かだ。

端から見れば、自他共に認めるイケメン同級生にランチのお誘いを受けているのだから、普通は嬉しいものかもしれないが、彼女達は魅神聖の普段の言動や好色振りを知っている為、人としても男としても好感度は低く、苦手、アリサに至っては露骨に嫌っている。

だが幸か不幸か、本人はそう思われている事に全く気付いていない。

 

「どうしたんだい、皆。……ん?」

 

と、魅神の目に映ったのは、なのはの傍らに立つ、見覚えのある、だがこの教室にいるとは思いもしなかった、何だかガラの悪そうな少年。

魅神聖もイケメンだが、その少年も端整な容貌である。

ただし、目付きが悪く『イケメン』というより『悪人面』と言った方が正しい。

魅神聖はこの少年を知っている。

 

「お前は……、垣根帝督……っ!何故ここに!?」

 

魅神聖も事件対応局員の一人として、管理局経由で情報は得ていたが、まさかなのは達と同じクラスになっていたとは知らなかったし夢にも思わなかった。

ただでさえ自分の好きな女子達に、他の男子が近付く事さえ気に食わない上、垣根帝督という男に至っては、自他共に認める極悪非道で最低最悪の悪人だ。

やや潔癖性なレベルで、曲がりなりにも強く正義感を重んじる魅神聖には、そんな正義と善意の象徴としても見ているなのは達が、裏で悪行に手を染めている悪党と仲良しこよしする事など、許せる訳がなかった。

彼は垣根をジロリと睨み付けながら言う。

 

「転校してくるのは知ってたが、まさかこのクラスだったとは。裏で一体何をした?どんな汚い手を使ったんだ?言うんだ!」

 

「俺は何もしてねえよ。寧ろ、実際にゃ通学せずにリモートで済ましたかったぐらいなんだがな」

 

魅神聖のズレた推理と詰問に、垣根は呆れ顔でくだらなさそうに、どうでも良さそうに、右手をヒラヒラと振って否定した。

 

「そんな訳ないだろ。お前の本性は分かってんだぞ外道め!しかも早速なのは達に付きまといやがって。どういうつもりだ!!早く離れるんだ!!」

 

魅神聖は怒鳴りながら垣根帝督の左腕を掴んでなのは達から引き離そうと引っ張り出そうとしてくる。

 

「触るんじゃねえよ三下が。つーか、寧ろ俺がこいつ等に絡まれてんだよ。文句なら俺よりこいつ等にでも言えよクソボケ」

 

それに対して垣根は、鬱陶しそうに腕を振りほどいて、あっさりと一蹴してきた。

罵倒のオマケ付きで。

一蹴された事に悔し混じりの笑みを浮かべ、魅神が声のトーンを抑えつつもピシャリと言い放つ。

 

「……ハッキリ言わなきゃ分からないようだな。仕方ない。良いか、敢えて言ってやるぞ悪党め。なのは達に近付くなクソボケが」

 

「……、聞いてたか?人の話」

 

垣根帝督は、思わず目が半開きになった。

嫉妬と憎悪に満ちた眼光と表情で、彼は再び言う。

 

「オイ、クラスメイトになったからって図に乗るなよハナクソ。身の程をわきまえろ表凡人の腐れ外道が」

 

垣根帝督に対して魅神聖は、努めて冷静さを装いながらも、暴言のマシンガンを放つ。

 

「なのは達は貴様みたいなクソ野郎なんかが話しかける所か、半径五キロ圏内に入る事すらおこがましいんだよ。この不良モドキが」

 

「メチャクチャボロクソ言ってくるのな。まあ敢えて否定しねえけど」

 

垣根は呆れて目を細めながら呟いた。

だが嫉妬に駆られた魅神聖の一方的な暴言は止まらない。

 

「このクソに群がるハエが!」

 

「その理屈だとこいつ等が『クソ』になるがな」

 

その指摘を無視して彼は続ける。

 

「お前さぁ、ワンチャンあるとか思ってる?お前みてえなヤツが、普通に生きてたらまず関わる事の無い美少女達。だがクラスメイトだ。お前みたいな容姿と腕っぷししか取り柄の無いチンピラでも、もしかしたら……とか思ってるだろ?」

 

「思ってねえよ」

 

「そんで毎日会うから挨拶程度ならできるようになって『アレ?もしかしたらイケる?』みたいな、学生からの長い交際期間を経て見事ゴールインとか思ってるだろ?」

 

「毛ほども思ってねえって」

 

「夢見てんじゃねぇよ。死ね」

 

「思ってねえっつってんだろクソボケ。テメェが死ね」

 

全く会話のキャッチボールにならない魅神に、垣根はいい加減ムカついてきた。

 

「まぁ無理もない。あんな美少女達だ。死肉に群がるハイエナのように引き寄せられるのは仕方無い」

 

「その理屈だと高町達は『死肉』って事になるけどな」

 

「いや美少女なんてもんじゃない。宇宙一可愛い。まさに天使……!神が作り出した最高傑作の芸術!」

 

「言い過ぎだろ」

 

ベタ誉めの枠を超えて崇拝レベルの文言に、やり過ぎと気恥ずかしさのあまり、なのは達は逆に引いてしまっていた。

垣根帝督は魅神聖とマトモに対面するのは初めてだが、高町なのは達五人の少女達に対する一方的な強い執着心と愛情に、ある意味驚いていた。

魅神聖の言葉はまだ続く。

 

「そんな天使達にお前みたいなカスが釣り合うか?いや釣り合わない。なのは達に釣り合うのは、このオレだけだ……!」

 

彼から発せられたセリフに、垣根は眉をひそめる。

僅かに違和感を感じた。

すぐに分かった。

 

「……何を言ってんだテメェは。しかも今『達』っつったよな?」

 

「考えてみろ。見た目チンピラのお前と、学校でも数々の賞を総ナメにして将来の期待も呼び声高いこのオレ。どっちがなのは達に似合う?」

 

そして決定的な事を彼は言った。

 

「彼女達は……この世の天使達はオレのもの。なのは達と結婚するのはこのオレだ!!」

 

「なるほど、変態か。しかも見境無いのな」

 

つい納得してしまった。

魅神聖は更に好き勝手を言う。

 

「これだけ警告したんだ。いい加減、諦めがついたか?ついたよな?なら、金輪際なのは達に近付くな。見る事も許さない。同じ空気も吸うな」

 

「早い話死ねってか」

 

元々怒りの沸点が低い垣根帝督だが、今回だけは怒りよりも呆れの感情が強かった。

よくもまあこんな事を次々と言えるものだな、と奇妙な感心をしてしまうほどだった。

だがしかし、当然ながら彼は魅神聖の要求を呑むつもりは更々無い。

そんな義理は無い。

 

「それじゃ、今からオレの言う通りにしろ。未来永劫な」

 

「嫌だね。元々、そもそもが不本意な状況ではあるが、テメェに指図される筋合いもねえな」

 

当然の答えだ。

 

「なっ!?……貴様、口で言って分からないなら、やむ得ず力ずくで分からせるぞ?」

 

「それ以前に、俺とテメェでまともな会話が成立してたか?」

 

見るに見かねたなのはが口を挟む。

 

「もう!さっきから好き勝手な事言ってるのは魅神君の方でしょ?そもそも、わたし達から垣根くんに声をかけてるだけなんだから、変な割り込みして思い込みで勝手な事言わないでよ」

 

アリサとフェイトが続いた。

 

「そうよ。ていうか何べんも言ってるけど、いつからあたし達はアンタの所有物になったのよ。勝手言ってんじゃないわよ。不愉快だから自分のクラスに戻りなさい」

 

「それと、いくら何でも、勝手な想像で帝と「垣根な」あう……。か、垣根の事を罵倒するのは止めて。そもそも、君は可愛い女の子なら誰彼構わず口説いたりしてるよね?なら、その仲良くなった子達とランチに行った方が楽しいんじゃないかな」

 

しかし、今まで殆どフラれた事すら無かった魅神聖は、その言葉を勘違いする。

 

「何だ、フェイト。ヤキモチか?可愛いなぁ♪」

 

「違うから」

 

この一言を発した時だけフェイト・T・ハラオウンは、垣根帝督に劣らないほどの、冷めた視線を向け、恐ろしく平淡な口調の即答で全否定した。

鈍感な魅神聖はイケメンスマイルを彼女達に向けた後、垣根帝督に向き直ると、再びキッと鋭い眼光をぶつけて告げる。

 

「……とにかく!知り合いとはいえ、お前みたいなヤツがなのは達と学校でまで関わる事は、このオレが許さない!」

 

「いや、だから何でキミの許可がいんねん」

 

「いや、だから。そんなに気に食わねえなら、俺じゃなく高町達に言って説得しろっつってんだろ。俺からは一度も絡んでねえんだから」

 

と、はやてと垣根がウンザリした顔で、心底くだらなさそうにツッコんだ。

 

「この野郎、往生際の悪いヤツだな。まさか本当に弱味か何か握って無理矢理にでも侍らそうとでも言うのか……?やはりお前は、なのは達には有害だ。オレが必ず守り切り、貴様という悪党は実力行使してでも_」

 

それでも引き下がるつもりは毛頭無いらしい。

食い下がり、再び曲解から妄想まで混じったセリフを口走り始めたその時、

 

「オイ」

 

魅神聖のセリフを遮り、垣根帝督が、彼に言った。

さっきまでの気だるげで退屈そうな態度が変わり、強い苛立ちを示す。

ドスの効いた、低くも良く響き渡る声色。

思わず、魅神だけでなくなのは達も、周りの野次馬達も、突然の感じた事の無い威圧感と悪寒に、ビクッと肩を震わせて顔を青ざめた。

禍々しさすら感じさせる暗い眼光。

感情に呼応するように、能力が漏洩してしまっているのか、よく見ると彼の肩口からパキ、パキ、という音が聞こえ、うっすらと何か物体が発生しているのが見えた。

 

垣根帝督は構わず魅神聖に告げる。

 

「後何秒テメェに時間割けば良いんだ?」

 

「ぐ……!」

 

咄嗟に怯んでしまったが、魅神聖にとって、何がなんでも悪人の威圧に屈するのはプライドが許さない。

だが……、と。

思った所で昼休み終了の予鈴が鳴った。

 

「くっ……、時間か。仕方ない、今は見逃してやる。だが、次は承知しないからな!」

 

自信家は、逃げる時もいちいち理由がいる。

ともあれ、魅神聖というゲリラ豪雨がようやく去ってくれた訳だが、ここで一つ重要な事に気付く。

 

「……って、昼休み終わっちゃったよ」

 

なのはが思い出したように言った。

垣根帝督は、小さく舌打ちの音を立てて、吐き捨てるように告げる。

 

「チッ。結局、昼飯食いっぱぐれちまったじゃねえか」

 

結局、この一悶着が原因で、クラスから学年中に、そこから散発的に全校へ『不良やチンピラよりおっかない、人殺しみたいな目をしたやベーヤツが転入した』という噂がたちまち拡がってしまい、転校初日からきっちり悪目立ちしてしまった垣根帝督であった。




章の中では、ものの数日間の出来事だったはずが、ここまで数ヶ月も費やしてしまった……。

ちなみに、坂田銀八等の銀魂等のジャンプキャラは、書き直し前と同様に日常生活編にのみコンスタントに、なるべく邪魔にならないようになる程度に出す予定です。
ちなみに、男子制服のデザイン等についてですが、原作公式でも不明なので、あくまで作者の想像による、この作中のみでの設定です。










……本音を正直に言いますと、「後何秒テメェに時間割けば良いんだ?」のくだりをやりたかったが為の回でもあります(汗)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

とある日のエース達と超能力者(レベル5)

遅くなりました。

今回は書き直し前の『模擬戦』話をリメイクした内容でもあり、閑話同然なので、サラッと流し読みしていただきたく思います。


人の噂も七十五日という諺があるが、私立聖祥大附属中学校に、表向き東京方面からの転校生として転入し初日から悪目立ちしてしまった学園都市第二位の超能力者(レベル5)・垣根帝督と、その周りの人間関係についての風評や噂等の騒ぎは存外長続きはせず、ものの半月ほどで徐々に終息していった。

 

不本意ながら中心人物となった垣根帝督が、全く動じず飄々と日々を過ごしていたり、高町なのはを始めとする五人の少女達もあまり気にした様子を見せず、何か訊かれる事がある度に簡潔に誤解を正していた事、そして何より、原因の一端が女性関係でややだらしなくホラ吹きとされている魅神聖だった事が風評被害が拡大しない主な理由だった。

 

実際に端から見て大きな変化が有ったとすると、今までは高町なのは、月村すずか、アリサ・バニングス、フェイト・T・ハラオウン、八神はやての五人グループには、良きにしろ悪きにしろ彼女達だけの絆の輪のような雰囲気があり、彼女達以外で彼女達並に仲の良さそうな人間は見られず、気がある人間もあまり積極的には関わってこれていない。

それなりに関わりが長くなりつつある魅神聖とも、基本的には一方通行な関係だった。

 

そこへ、誰もが想像していなかった楔が打たれる事になった。

それが突如先日、転校してきた垣根帝督という少年。

意外なのは、垣根が高町なのは等とは小学生の頃からの知り合いだったようなのだが、小学生時代からの彼女達を知る同級生によると、学校ではそういう男友達らしい人物を見かけた事はほぼ無いらしい。

元々地元の他校の生徒だったのか、それかフェイト・T・ハラオウンのように学校外で何かをきっかけに知り合う機会があったのか、そういう噂話が細々と二年六組の生徒達の間で交わされている。

奇妙なのは、垣根帝督から五人に声をかける事は皆無に等しく、必ず五人の内の誰かが、先に声をかける等してやり取りが始まる。

他のクラスメイトから見て、垣根帝督は何だかガラの悪そうな風貌だが意外と、声をかけられたら普通に応対するので案外、普通の少年なのではないかと思われてきていた。

高町なのは等に絡まれている時は若干、面倒臭そうにもしている。

 

ただ、互いに気心はそれなりに知れているのか、気を許しているのか、なのはとアリサは、垣根に対してだけは、いつも友人以上に砕けた態度で接して明け透け物を言っている。

 

フェイトも毎日、雑談の合間に隙を見ては彼の下の名前を呼ぼうとトライしては、セリフを遮って阻止され、小さく肩を落とすというのがいつものやり取りになりつつあった。

逆に、垣根が普段呼んでいたフェイトのファミリーネームの『テスタロッサ』を一度「てしゅ……」と噛みかけた時はなのはとはやてとアリサに散々ツッコまれ、しかも彼は何故か頑なに噛んだ事を認めず、終いには「あーちょっとトイレ行ってくる」と逃げ出し、それ以降からは基本的に『ハラオウン』と呼ぶようになった。

フェイトは「普通に名前で、フェイトって呼んで良いよ」と言っているが彼は何が嫌なのか、絶対にそれに応じない。

 

やたらと彼と距離感の近い接し方をするはやては、よく肩を叩いたり手を掴んできたりと、直接触れるようなやり取りが多く、「馴れ馴れしい、垣根で良い」と垣根が言っても頑なに「帝督くん」と呼び、ふざけた時は「ていとくん」呼ばわりまでしている。

垣根帝督はそれらの呼び方を一切、容認していないが、怒ったり本気で嫌がって忌避している仕草もしていないので、何だかんだで気を許しているのか何故か暗黙の了解になっているようだった。

時々、すずかもはやてに便乗して垣根からツッコまれている。

 

そして、五人に気があり独占したい、それら少女達と垣根の関係性が気に入らない魅神聖が別クラスから絡みに行き、割って入るが話が噛み合わず、最終的に本気で苛立ちだした垣根帝督のおっかない一睨みに怯み、予鈴が鳴って撤退する。

 

この魅神聖と、高町なのは達五人グループと、垣根帝督の奇妙極まりない三角関係(?)とその一連のやり取りが、二年六組の新たな日常になりつつあるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そしてある日の放課後、時空管理局所属の次元航行艦船『アースラ』側から制御され展開する、訓練用施設で競技ドーム並にだだっ広い模擬戦向けの、上空まで伸ばした二重結界に戦闘訓練用のレイアー建造物。

見た目や雰囲気は、かつて高町なのはとフェイト・テスタロッサが雌雄を決する為に使用した空間と酷似した、地面が水没した市街地を模した戦闘空間。

 

執務官フェイト・T・ハラオウンと特別捜査官補佐シグナムが、バリアジャケットと騎士服を纏い互いにデバイスを構えて対峙していた。

 

「レヴァンティンも改修でまた中身はだいぶ最新式になった。怪我をさせないよう気を付けるからな、テスタロッサ」

 

『ja』

 

「お構い無く。バルディッシュも元気いっぱいですから」

 

『Yes sir』

 

互いに闘志を燃やして視線を交わす。

デバイスの調整後慣らしのはずが、何だかんだでまた模擬戦をする流れになったらしく、その様子をはやて達となのはも見守っていた。

今日は、例の事件の追加聴取に呼ばれて付き合わされた垣根帝督も、なのはとはやてに手を引かれて来て半ば強引に、とばっちりで見物している。

余談だが、なのはとはやてもヴィータもシャマルも、いつも纏っている局員制服だが、局員でも何でもない垣根は学校制服を自分好みに崩した着こなしにして、乗艦の許可証を首から下げていた。

 

「ウチのリーダーもフェイトも、まったく呆れたバトルマニアだ」

 

ヴィータが溜め息混じりに呟く。

 

「フェイトちゃんもまた嫌いじゃないから……」

 

シャマルも微笑みながら言った。

はやてが、レイジングハートの定期メンテナンスを終えて途中からなのはと、一緒に見に来ていたユーノ・スクライアとフェイトの使い魔で、久しぶりに顔を会わせて垣根帝督と軽く談笑しているアルフの方を向いた。

 

「なのはちゃんもエクセリオン戻ってきてんねんやろ?参加するかー?」

 

「ええっ!?」

 

「そうだね。なのはとヴィータも一緒にどう?」

 

はやての提案にギョッとするなのはだが、フェイトは結構乗り気でヴィータをも誘ってきた。

 

「わ、わたしは今日は遠慮を……」

 

「あたしもパス。無駄な戦いは腹が減るだけだしな」

 

しかし二人にその気は無いらしく、なのはは苦笑いで遠慮がちに、ヴィータは全く興味の無さそうな調子で断る。

それを聞いてシグナムは残念そうに、眉をひそめる。

 

「何だつまらん。このレベルの団体戦ができる機会は今や貴重なんだがな。今日は魅神の水入りも無いというのに」

 

「あはは。それは勤務訓練の時にでもー……」

 

と、相変わらず苦笑いのなのは。

ユーノがなのはに言う。

 

「なのはって、シグナムさんとやるの苦手なんだよね」

 

「やりづらいタイプってのもあるけど、シグナムさんのは訓練じゃなくて殆ど真剣勝負だから……」

 

一方のフェイトもヴィータに、ニッコリと笑っておいでおいでと手招きをする。

 

「ヴィータも混ざらない?」

 

「口説いぞ。あたしははやての為以外で無駄に戦う気はねー。お前等みたいなバトルマニアと一緒にすんな」

 

「あーひどーい」

 

そこへシグナムが口を挟む。

 

「と言って、主の前で敗北するのが、嫌なだけだったりはしないか?」

 

分かりやすい、ベタな挑発だ。

だが、偶々いつもより虫の居所が悪いのか、ヴィータはブチッと切れて怒り出し、食い付いた。

 

「何だとテメェッ!!」

 

「わたしにッ!?」

 

なのはに。

 

「良いぞこのヤロー!!やったろうじゃねえか!!準備しろなのはッ!!」

 

「ええええッ!?」

 

これにより、なのはもとばっちり確定となった。

そうしている間に、はやてとシャマルも、

 

「わたし達もやろかー♪」

 

「やりましょーか♪」

 

そんなこんなで、モニター越しで監視していたクロノ・ハラオウン艦長やザフィーラ、参加する気の無かったユーノも巻き込まれ、ベルカ式騎士vsミッド式魔導師の集団戦エキシビションマッチになりそうになった。

手の空いていた他の局員達のギャラリーまで出てきた。

 

しかし、そこで盤面が狂う事になる。

我関せずといった態度で見物を決め込んでいた垣根帝督を、八神はやてが視界に捉えた。

そしてニヤリと笑って告げる。

 

「……あ、そやそや、帝督くん」

 

「あん?ってかお前、いい加減垣根って呼べっての」

 

「まあまあ。それよか超能力者(レベル5)って、確か単独で軍隊と戦えるんよね?」

 

「あ?まあな。学園都市の基準では、そういう事になっているな」

 

事も無げに答えた垣根に、自然とシグナムを始め、やる気満々の面子が視線を向ける。

 

「……所で帝と_「垣根な」あう……。魔法をサーチ済みの今の『未元物質(ダークマター)』なら、魔法の非殺傷設定を模倣する事って、できる?」

 

フェイトが尋ねてみると、彼は意図を掴み、若干嫌そうに眉間に眉を寄せて答える。

 

「……まあ、完全に再現は無理だが……満更できなくはない……、かな」

 

「じゃあ、設定次第では単純な力比べみたいな感じで、魔法との模擬戦はできるんだね?」

 

「まあ、多少はな」

 

それを聞いてシグナムとフェイトが特に色めき立つ。

 

「よし、ほな帝督くんも参戦しよ!「おい、ちょ……待_」あ、どっちかのチームに入れるとパワーバランス崩れてまうし、折角やから超能力者(レベル5)の実力、試してみたいんやけど。ええかな?」

 

「_待てっての。チーム分け云々以前に、参加する気ゼロなんだがな。お前等は興味本位だろうが、俺にメリットがねえ」

 

全く応じるつもりの無い垣根帝督に、シグナムとヴィータが挑発を仕掛ける。

 

「と言いつつ、もしも負けでもしたら超能力者(レベル5)としてのプライドが傷付くのが嫌なだけじゃないか?」

 

「しかもお前は第二位だもんなー?」

 

が、そう言われた程度では、彼は簡単には動じない。

 

「悪いが、そんな安い挑発にゃ乗らねえよ。ヴィータと一緒にするな」

 

「んだとコラァ!!」

 

あしらわれた挙げ句、貶されていきり立つヴィータ。

そこへはやてが、新たに交渉のカードを出す。

 

「……ほな、こういうのはどうや?エキシビションマッチやという前提はそのままとして、今回は公式試合用のタグでライフポイント制で行う。もし帝督くんがわたし達に勝ったら、わたしはこれから『帝督くん』呼びをやめたるよ?」

 

「そもそも一度もそれを許してねえ」

 

「んで、わたし達が時間内で帝督くんにトータルで見てか、一人でも優勢以上でおれたら、わたし達と正式に名前呼び決定っていう、交換条件や♪」

 

「……、」

 

この条件が提示された瞬間、分かりやすくなのはとフェイトが俄然やる気を出してきた。

 

「垣根くん!!」

 

「垣根!!」

 

対照的に、より嫌そうな顔をする垣根帝督だが、クロノとユーノが遠目で「もう諦めろ。こうなると梃子でも動かん」と無言で告げてきた。

押し切られて流されるのは癪だが、流石にここで引き下がるのも、学園都市第二位の名が廃る気もする。

小さく溜め息を吐いて、彼は言った。

 

「……はあ、分かったよ。だが、その条件は忘れるなよ?」

 

「「「やった♪」」」」

 

そして、ベルカ式騎士とミッド式魔導師の混合チームvs学園都市第二位の超能力者(レベル5)という異色のエキシビションマッチが開催された。

ルールは局の戦闘訓練準拠で、攻撃の非殺傷設定は言うに及ばず。

武器持ちは今回、いわば生きた質量兵器の垣根帝督が相手という事で、バリアジャケットを抜かない等の威力調整は特別必要無いので、無し。

垣根の方は単純なパワー戦闘対応に、魔法の無力化等のやり方は今回は無しに設定。

つまり、『未元物質(ダークマター)』の強味の一つである『物理法則を捻じ曲げる』等の特殊な芸当に関しては、今回は封印という訳だ。

更に魔法の非殺傷設定を模倣し、ライフポイント制に則る形で翼等で被弾させても外傷を与えにくいように調整するというハンディキャップが付いた。

早い話、貫いたりして即死レベルのダメージを与えた事になっても、ライフポイントがゼロになるだけのほぼ形だけという事になる。

だが、烈風や衝撃波等の物理効果は魔法側同様に、ほぼそのまま。

当然、白兵戦は通常通り対応できる事とした。

ミッド式はクロノ、ベルカ式ははやてがリーダーを務める。

 

「わたし達はヴィータとザフィーラが前衛、シグナムは遊撃、シャマルはわたしの後ろや。リインはわたしと即ユニゾンな」

 

「フェイトとアルフで前衛と基本は前衛と遊撃を行って撹乱しつつ、なのははユーノを上手く壁にして火力支援を頼む」

 

「「うん!」」

 

そして、模擬戦というある意味安全な条件で、ある種の未知の存在との戦いに、皆モチベーションが上がっていく。

 

「相手の力は未知数だが、管理局指揮官四名とその使い魔三名!騎士三名!高度な連携戦を見せるぞ」

 

「よっしゃ、魔導師と騎士の戦闘を見せたろ!!」

 

一方、彼女達と対峙する位置の、ビルの屋上に佇む垣根帝督も、

 

「……、ま、言い方は悪いが、あいつ等にも押し負けるようじゃ、野望所か第二位の名も廃るよな。……しかし、始めから殺し合いじゃない戦いって、何気に初めてかもな」

 

両者とも、全員ライフポイント三〇〇〇に設定し、奇妙なエキシビションマッチが開始された。

 

作戦通り、レヴァンティンを構えて突進するシグナム。

そのすぐ後ろに続くヴィータとアルフとフェイト。

それ以外は、一斉に誘導式のシューターを放って援護と撹乱を図る。

 

一方、垣根帝督は、轟!! という風の唸りと同時に背中から六枚の翼を生やして、羽ばたいてゆったりと上昇した。

 

〈わー!!やっぱりあの白い翼、綺麗ですぅー〉

 

「まー綺麗やけど、あの六枚の白い翼が、おっかない凶器なんよね~」

 

ユニゾン中のはやての中で声を弾ませるリインフォースⅡに、はやてがチャージを開始しながらのんびり答える。

垣根からしたら、露払いのシグナムとヴィータとフェイトとアルフを即座に駆逐し、司令塔のクロノや、なのはとはやての遠距離大火力砲撃を撃たれる等のアウトレンジ攻撃をされる前に、さっさと潰しに行きたい所。

全員が歴戦の手練れでも、指揮官の有無の違いだけで大分形成は有利にする事ができる。

しかし、当然ながらそう簡単にはいかない。

万全の後衛を得た、シグナムによる得意の白兵戦による足止め、フェイトの中距離砲撃とアルフの援護と牽制、シグナムとの連携白兵戦の同時攻撃による翻弄、ヴィータとザフィーラによる一撃離脱、そして入れ替え早めのマッチアップ。

数十メートルもの長さに伸ばした白い翼を振り回しながら、衝撃波同然の烈風や建物破砕、切断による破片や散らして硬質変化させた羽のシャワーを浴びせて、少しずつも確実にライフポイントを削るも、ダメ押しの如く放たれるクロノのバスターに早くも膠着状態に持ち込まれた。

 

(チッ。能力の特性上、ハンデ有りとはいえ、流石に簡単にゃいかねえか!!)

 

フェイトのプラズマスマッシャーの雷撃を紙一重でかわし、アルフとヴィータとザフィーラの打撃を受け流し、シグナムの紫電一閃の炎を変質させた烈風を伴って吹き消すも、そのシグナムの炎となのはとクロノの射撃が垣根の白い翼をもぎ取り、撃ち漏らしたシューターが体に当たってライフポイントを少しずつ確実に削り取っていく。

 

性質も特性も何もかも違うチカラのぶつかり合いの余波を受けて、周囲の構造物がギシギシと頼りなく揺れる頃には、既に全員そこから消えている。

平行するように移動しながら互いに能力と魔法を激突させる彼と彼女達は、時に街灯に飛び移り、時にビルの一角を蹴って空中に移動しながら、恐ろしい速度で街並みを駆け抜けていく。

 

白兵戦と中距離射撃の連携で一瞬、垣根が空中で動きを止めた。

そこへなのはが正確な照準でディバインバスターを放つ。

しかし撃たれた事に気付いた垣根も、白い翼にありったけの力を込めて砲撃を撒き散らした。

両者の中間で波と波が激突し、余波による空気の津波がビルの窓ガラスを粉砕し、周囲の街灯や電柱、信号機等をもぎ取っていく。

空気が爆発し、数秒遅れて、ズバァ!! という爆音が鳴り響く。

相手の巧みな連携で足止めを繰り返しされつつも、垣根帝督は少しずつなのはとはやての方へ距離を詰めつつあった。

彼女達を自分の有効射程に捉えたと判断した垣根は、ブォ!! と六枚の翼が一気に力を蓄えた。

長さを変え、質量を変え、巨大な剣か鈍器と化した白い翼が広がった。

まるで引き絞られた弓のようにしなり、その照準がなのはとはやて、クロノの急所へ正確に定められる。

心臓部か頭部に命中すれば、ライフポイントは即にゼロにされる。

しかし、

 

『Stand by ready charge set』

 

「フィールド形成、発動準備完了!!お待たせ皆!!帝督くん、おっきいのいくよ!!」

 

「ッ!!」

 

今までの足止めはチャージの時間稼ぎ。

それは容易に予想できていたが、それを防ぎ切れなかった。

いつの間にかなのはの元にフェイトが合流し、コンビネーションを実行する。

 

「N&F中距離コンビネーション!空間攻撃ブラストカラミティ!!」

 

「……なら、撃つ前に纏めて叩いてやる……!!」

 

しかしそれと同時に、はやてもチャージが完了して垣根帝督に照準を合わせる。

 

「どっこい。こっちも詠唱完了や!!広域攻撃Sランクの意地がある!!」

 

八神はやての足元にはミッドチルダ式の円形魔方陣が展開され、彼女の前方にはベルカ式の正三角形魔方陣が展開され、頂点から三連砲撃が行われる。

二つの魔法技術が使用されている、はやての最強攻撃魔法、ラグナロク。

それと同時に、

 

「全力全開!!」

 

「疾風迅雷!!」

 

「「ブラスト・シュートッッ!!」」

 

ミッドチルダ式連携魔法とベルカ式広域砲撃魔法と、対する超能力(レベル5)の『未元物質(ダークマター)』、その塊であり象徴である巨大な六枚の白い翼。

 

異なるエネルギー同士が真正面から激突した。

 

ドバンッッ!!!! という爆音が炸裂する。

 

直後、大きな爆煙と無数の白い羽が舞い散り、空間中に降り注いだ。

 

ギャラリーが固唾を呑んで見守る中、煙が晴れ、羽が消滅して姿が見えてきた。

高町なのはとフェイト・T・ハラオウンと八神はやての三人と、至近距離にいたシャマルとクロノ・ハラオウンが仲良く纏めて瓦礫の一角に墜落し、バリアジャケットもボロボロになって尻餅をついていた。

当然、ライフポイントはゼロ。

相対する垣根帝督は、彼も相対するような位置で瓦礫の山に立っていた。

纏っている制服や、顔が薄汚れているが、何ともないような様子でしかめっ面で佇んでいる。

彼の背には、六枚の翼。

こちらも直撃を受けてしまい、ライフポイントはゼロに。

これで、シグナムかヴィータかザフィーラかユーノかアルフ。

誰か一人でもライフポイントが残っていたら、魔法サイドの勝ちになる、……のだが。

 

「うげ~……、あたし達まで吹っ飛ばされたぞ……」

 

「く……。我等の中で、ライフポイントが残っている者はいないか?」

 

「……ダメだ。あたしもゼロ」

 

「僕も……」

 

「私もだ。先ほどの余波……というよりは、垣根の仕業か……?」

 

これがある意味、最大の戦略の一つだったのだが、第二位はそれを見逃すほど甘くはなかった。

が、彼も彼で、引き分けではなく打ち勝つつもりだったのだが、正直、彼女達の実力を多少甘く見ていた。

そんな訳で、今回の異種格闘技的なエキシビションマッチは引き分けで幕を閉じた。

 

「……よし、では休憩後にテスタロッサ。改めて一対一(サシ)でやるぞ」

 

「はい!」

 

そんな事を言っていたシグナムとフェイトに、垣根は髪をかき上げてパンパンと袖の汚れを叩いて払いながら、半ば呆れた顔になる。

 

「……、お前等、ムダに元気だよな。バトルマニアって言われても仕方ないな」

 

シグナムはフッと小さく笑うと、誘うように言う。

 

「何ならお前も、私やテスタロッサとそれぞれ一回ずつ、一対一(サシ)でどうだ?今度は非殺傷設定以外のハンデは無しでだ。お前もこの結果には納得いってはいないのだろう?」

 

「バッカじゃねえの。意図が見え見えなんだよ。お前がただ単にやりてえだけだろうが。これ以上付き合ってやる義理はねえな」

 

「えー」

 

彼がくだらなさそうな調子で吐き捨てるように言うと、フェイトが残念そうな声を発した。

 

「えー、じゃねえよ。これ以上、とばっちりで悪目立ちもしたくもねえしな」

 

結局、シグナムとフェイトだけで第二ラウンドが開催され、ギャラリーの注目を集めた。

 

「あーあ、折角わたし達の名前を、帝督くんに呼ばせるチャンスやったのになー」

 

「ホントだよね。もう友達同士になったんだし、帝督くん(、、、、)にもいい加減、なのはって呼んで欲しいのに」

 

「そうだよね。変に距離を保つような事をする必要は無いのに。わたしもいい加減フェイトって呼んで欲しいし。帝督(、、)の方が逆に、拘り過ぎだと思うよ」

 

「……おい、つーか最近八神に加えて、高町とハラオウンまで無断で下の名前呼びの頻度高いよな? 何となくこのまま自分達だけは、下の名前呼びに移行しようっていう作戦?」

 

目を細めてジトーッとした視線で、はやてとなのはとフェイトを睨む垣根帝督。

しかし確信犯の三人娘は、気付かないフリをして飄々とするのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

行間二

昼休み。

高町なのは達五人と一人だけの、校舎の屋上。

彼女達はいつものようにランチにしていた。

寝ようとした垣根を捕まえて。

余談だが、魅神聖は管理局の仕事で、今日は登校していない。

垣根は購買で買ったパンをかじりながら、ふと何かを思い出したように、なのはとフェイトとはやてに尋ねた。

 

「なぁ高町、ハラオウン、八神。管理局の指名手配犯か何かで、魔導師とかで、サンタクロースみてえな恰好してて、気持ち悪いトナカイの使い魔とか知らないか?」

 

彼女達には、一瞬彼が何を言っているのか理解できなかった。

 

「「「……、……え???」」」

 

「……何よ、ソレ?」

 

「サンタと、トナカイ……?」

 

思わずアリサとすずかも呟く。

 

「ああ。実はな、もう去年の十二月頃の話になるんだが……」

 

話し始めた垣根は、そこで一度言葉を切ると、

 

「つーか説明すんの面倒臭いし、かったりーから、回想シーンに纏めるわ。だから『※』の後を読んでくれ」

 

「イヤ、小説何だと思ってるの!!」

 

垣根のトンデモ発言に思い切りツッコむなのは。

 

「なのはも"小説"って言っちゃダメだよ……」

 

フェイトはそんななのはに静かにツッコんだ。

なのはの叫びとフェイトの言葉も虚しく、回想シーンへ続く。

 

 

 

 

 

 

去年の十二月二十四日。

クリスマスムード一色の、夜の学園都市。

とある学区に建つマンション。

そこの一室には、垣根帝督が居た。

何もやる事も無く、そしてやる気も無い彼はソファーに寝そべりながらテレビを眺めていた。

垣根は暗部の仕事が無ければ、基本的に結構暇である。

だが彼の性格上、クリスマスを楽しもうという発想は無い。

彼にとってはクリスマスなどどうでも良い。

グダグダとだらけながら過ごそうと思っていると、

 

ピーンポーン

 

不意にインターホンが鳴った。

 

(……誰だ?こんな時間に。しかも……)

 

垣根は面倒臭そうに起き上がりながら、玄関のモニターに向かう。

垣根帝督の家に来る者は限られる。

暗部関係か、郵便や宅配ぐらいである。

だが、この日来た者の容姿は、彼の予想の斜め上をいった。

モニターに映っているのは二人の男。

丸々太った体型で白く長い髭に長い白髪。

上下共に赤い服装で帽子まで赤く、黒いブーツを履いている。

何が入っているのかやたらとデカい白い袋を担いでいた。

要するに、絵に描いたようなサンタクロースである。

妙に少し目つきが悪そうなのが気になる。

だが垣根が注目したのはもう一人の方だった。

 

鍛えられたようなゴツい肉体。

髭を剃った跡なのか青い顎で濃い顔。

なぜか鼻っ柱が赤く、側頭部にはトナカイのような立派な角が生えている。

そして全身を鹿のような茶色い(胸部と腹部のみ白い)着ぐるみを着ているように見える。

鹿と人間を融合して失敗したらちょうどこんな感じになるんだろうな、と垣根は思った。

サンタのような男が言う。

 

『宅配便です』

 

「ハロウィンは過ぎたぞ。あと、キモい仮装オヤジなんざデリバリーした覚えはねえ」

 

垣根は即答してモニターを消した。

 

ピーンポーンピーンポーン

 

『ホントに宅配便ですって!開けて!マジで!!』

 

(必死だな。何なんだ一体)

 

垣根は舌打ちしながら玄関に向かい、扉を開ける。

 

「メリークリスマス!!」

 

ドグシャッ!

 

反射的にサンタをぶん殴った。

 

「ぐぶふっ!!な、いきなり何すんだ!?」

 

「何かムカついたから」

 

「初対面の人間殴るとかありえねえだろ!!」

 

垣根はサンタの文句を無視して、鹿のような仮装男に目を向ける。

 

「俺としても色々テメェ等にはツッコミ入れてえけど、一番気になるとこから言うわ。このキモい鹿人間は何だ?」

 

鹿人間は青筋を浮かべて怒鳴る。

 

「誰がキモい鹿人間だ!!俺はトナカイだ!!」

 

「いやいや。鹿にしろトナカイにしろ二足歩行しないだろ。人面顔だし、濃いし、キモいし、死ねば良いのに」

 

「お前後半ただの暴言じゃねーか!!」

 

「どっかの闇研究所で、悪ふざけで鹿と人間の融合実験とかやらされて、失敗したか?可哀相に」

 

半笑いで言う垣根は毛ほども同情などしていない。

 

「トナカイだっつってんだろ!!あと、俺が人形になれるのは使い魔だからだ!!」

 

「わ!馬鹿!ベン!!何言ってんだ!!」

 

どうやらこのトナカイ、サンタの使い魔でベンというらしい。

 

「あ、やべっ!!」

 

ベンは口を滑らせたと思い焦る。

 

「へえ、じゃあジジイ、魔導師だったりすんの?」

 

「「え?」」

 

これがきっかけで互いに確信を持ち、垣根帝督は魔導師や魔法に関する事情を知っている事、サンタは魔導師で、"副業"でフリーの魔導師をやっている事を互いに話した。

 

「まさか、学園都市に魔法を知っているヤツがいるとはな。まあとにかく、今日は聖なる夜だ。ドブみたいな目をしたお前も一応子供だ。プレゼントやるから感謝しろクソガキ」

 

「恩着せがましい上口悪いな」

 

垣根の呟きを無視して、サンタはおもむろに袋から何かを取り出し、彼に手渡した。

 

「メリークリスマス♪」

 

渡されたのけん玉だった。

 

「いらねーよ、こんなモン」

 

垣根はサンタを呆れたように見つめる。

 

「つーか、今時小学生でも喜ばねえぞ。けん玉じゃ」

 

「はあ?けん玉嘗めンじゃねーぞ!!クリスマスっつったらけん玉だろ!!サンタっつったらけん玉以外ねーだろーが!!」

 

チンピラみたいな剣幕で垣根帝督に叫ぶサンタ。

出で立ち以外はもはやサンタクロースらしさは無い。

ただのガラの悪いジジイだ。

 

「聞いた事ねえよ。どこの情報だよそれ。大体、サンタの発祥地は日本じゃねえだろ」

 

ちなみにサンタクロースの本場はフィンランドだ。

 

「だーから言ったじゃねえか。今時のガキにウケる訳無いって」

 

ベンが口を挟んだ。

 

「ホラ、人類科学の悲劇で生まれた鹿人間もそう言ってんじゃねえか」

 

「何が人類科学の悲劇だ!!つーか、トナカイだっつってんだろ!!」

 

サラっと毒を吐いた垣根に突っ込むベン。

 

「まさかとは思うがテメェが担いでる袋の中、全部けん玉か?」

 

(ギクッ!!)

 

サンタのジジイは、ジト目で言う垣根に分かりやすく驚く。

試しにサンタから袋を取り上げて中身を確認する。

 

「……、マジかよ」

 

袋の中は大量のけん玉だった。

 

「〜ッッ!!チクショー!!どーしてくれんだよ!もう俺、仕事する気失せちゃったよ!!」

 

「あげくの果てに逆ギレかよ、サンタクロース辞めちまえよ。つーかもう帰れ」

 

ウンザリしたように彼は手をシッシッと振る。

 

「ふざけんな!!慰謝料とけん玉代と代わりのおもちゃ代寄越せや!!」

 

「帰れ」

 

ブォッ!!

 

未元物質(ダークマター)』で巻き起こした烈風でサンタとベンを吹き飛ばす。

 

「「ぎゃああああああッッ!!」」

 

 

 

 

 

 

「……て事があったんだよ」

 

「「「「「…………、」」」」」

 

顔を引き攣らせて、色々な意味で絶句する五人。

 

「で、心当たりあるか?」

 

「……あいにく、そんな、奇抜な人は知らない、かな……」

 

代表してフェイトが答えた。

 

「ふうん」

 

尋ねた張本人の垣根が、一番興味のなさそうに呟いたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六月四日

間に合わなかった…


同日昼休みの最中。

気を取り直したはやてが、

 

「あ、そうや。話は変わるけど、帝督くんには言い忘れとったし他の皆には、もうメールや電話で話したから大丈夫なんやけど……」

 

はやてはニッコリ笑うと、わざわざ垣根の隣に座り込んできた。

 

「今日、六月四日は何の日でしょーか?ハイ、ていとくん!」

 

突然のクイズ。

何となく察したが、垣根はくだらなさそうに答える。

 

「知るか。つーかていとくん言うな」

 

若干不機嫌そうな顔をする彼に、はやては楽しそうに続ける。

 

「ヒント、誰かの誕生日です♪」

 

「聞けよ。……何かあからさまなのが鼻につくが、もしかして、八神(オマエ)か?」

 

「ピンポン!ていとくん大正解!!」

 

「ウゼーな、そのハイテンション。誕生日だからって浮かれ過ぎだろ。あとていとくん言うなっての」

 

パチパチと拍手してはしゃぐはやてに、垣根は少し引き気味になって呆れ顔になっていく。

否定するつもりは毛頭無いが、その辺りに関する感性が乏しく、経験上、理解ができない垣根帝督にはよく分からない感覚だった。

 

「で、何だ?知らなかったし急な話だし、プレゼントなんか出せねーぞ」

 

「ああ、それは分かってるから別にええよ」

 

「現金なら出せるけど。いくら欲しい?」

 

「いや、お金とかええよ。生々しいし。お友達にせびってるみたいで嫌やし……って、お財布出さんでええって!わたしお金に困ってへんし!いやホンマに万札何枚も出すのやめて!誕生日にかこつけてカツアゲしてるみたいやん!!」

 

「冗談だよ」

 

本気で慌て出したはやてを見て、垣根はフッと小さく笑って、財布を仕舞った。

 

「もー、冗談キツいで」

 

「それで。結局の所、俺にどうして欲しいんだ?おめでとうっつうだけで良いのか?」

 

二人の掛け合いのようなやり取りを見て、クスクスと笑っていたすずかが口を開く。

 

「それでね、今日の放課後、私の家ではやてちゃんの誕生会をやろうって事になってるの」

 

「要するに、アンタも良かったら来ない?って話よ」

 

アリサが補足する。

 

「垣根くん、例の仕事が無ければどうせ暇でしょ?」

 

垣根が相手の時だけ、ぞんざいな言い方をしてくるなのはにチラリと視線を向ける。

 

「来てくれたら、はやてもわたし達も嬉しいんだけど……」

 

とフェイトも微笑んで言う。

 

「今日の放課後、か。……あ、ダメだな。放課後に俺『身体検査(システムスキャン)』の為に、学園都市に一時帰還する予定があるから」

 

垣根が携帯電話を取り出し、スケジュールをチェックしてから、思い出したように言った。

 

「えー!帝督くん来てくれないん!?」

 

断られると思っていなかったはやては、分かりやすくびっくりして残念そうな声をあげる。

 

「お前の誕生日だの何だのって知らなかったしな」

 

「知ってたら予定ずらせてた?」

 

フェイトが試しに尋ねてみた。

 

「さあな。その時聞いてみなけりゃ分からねえだろうが、そりゃ学園都市次第だな」

 

彼はつまらなさそうに答えると、立ち上がって告げる。

 

「ま、別に良いじゃねえか。俺が参加しないってだけだろ?いつも通りに家族やら親友やらに囲まれて、自分の誕生日を祝ってもらえるんだし、それで満足だろ」

 

「それは……まあ、そうなんやけど……」

 

「俺は仮に参加した所で、何もできないしな。ま、折角の誘いを断った埋め合わせは、今度してやるよ」

 

垣根帝督からすれば、八神はやてが何故そこまで落胆した様子なのかが理解できなかった。

ただ単に、誘われた自分が用事で行けないってだけで、お祝いそのものが行われない訳でもない。

家族や友人達が出られない訳でもない。

 

「……でも、わたしはただ、帝督くんにも来てほしかっただけなんやけどなぁ……」

 

ポツリと呟いた彼女の寂しそうな一言は、彼の耳には届かなかった。

 

 

 

 

そして、放課後。

垣根帝督は手配されていた車で学園都市へ向かい、高町なのは達は予定通り一度、それぞれ帰宅し、月村家に集合。

レクリエーションルームに並べられたケータリングに、なのはが翠屋から持参したホールケーキを囲み、ロウソクを立ててバースデーソングを皆で歌ったり、はやてが親友からそれぞれ、思い思いの誕生日プレゼントを受け取る。

その後、ケータリングに舌鼓を打ちながら雑談に興じたり、食後にはレクリエーションにゲームをしたりと、小学四年生からは毎年の事で月並みな内容ではあったが、賑やかでとても楽しく、穏やかな一時を過ごせた。

 

バースデーパーティの終盤、管理局の用事で朝からいなかった銀髪碧眼の美少年同級生兼同僚の、魅神聖が尋ねてきた。

はやてに誕生日プレゼントを渡す為に、任務を超特急で完遂してきたのだ。

 

「今日ははやてのバースデーを祝いに行けなくてごめんな。はい、プレゼントだ!埋め合わせに今度、オレとデートに行こうぜ♪」

 

「あ、あはは……。ありがとうな。でも、デートはええよ。そういう関係やないんやし……」

 

やんわりと断るはやて。

気持ちはありがたいのだが、一方通行な好意を向け、人の話を聞かなかったり曲解したり、垣根帝督を邪険に(これはある意味仕方ないのだが)扱おうとする所が原因で、はやては彼を同級生兼同僚以上には見られなかった。

 

「デートって言うのは照れ臭いかい?気にするなよ。今時デートなんて小学生でも普通だよ。デートスポットは調べておくから、都合の良い日を後で教えてくれ。それじゃ、本当はゆっくり君達と過ごしたいけど、私用があるんで失礼するよ。ハッピーバースデーはやて♪」

 

と、軽くウインクしてキザに立ち去った。

無駄にスタイリッシュだった。

 

「あ、うん……。ありがと……」

 

終始、表情を引きつらせていたはやて。

その後、なのは達の前で高級そうな箱を開けてみる事に。

紙袋からしてジュエリーショップらしいのだが。

 

「あんまり高そうなんは、ちょっと悪い気もするんやけど……」

 

「気に入らなかったら、リサイクルショップにでも売っちゃえば?」

 

「アリサ、流石にそれは……」

 

身も蓋もない事を宣うアリサ・バニングスに、フェイト・T・ハラオウンがツッコミ。

丁寧に箱を開封してみると、中身は、

 

「……ペンダント?」

 

「あ、しかもこれ、ロケットペンダントだね」

 

と、高町なのはと月村すずかが言った。

ロケットペンダントという事は、チャームが開閉式になっていて中に写真や薬などを入れられるようになっている。

余談だが、バレンタインデーの時の贈り物として、または洗礼や結婚の場で配られる事が多い。

 

「って事は、中に写真か何かが……_ッ!?」

 

はやてが言いながらチャームを開いてみると、その瞬間、彼女はピキッと固まり、絶句する。

 

「「「「……???」」」」

 

凍り付くはやてに、怪訝な顔をする四人。

不思議に思ったなのは達は、はやての手の中のペンダントに埋め込まれた写真を覗き見る。

 

「……げっ!重っ!」

 

「……、ええ~……?」

 

「……な、何で……?」

 

「……というか、いつ撮ったの?これ……」

 

「分からへん……。身に覚え無いんやけど……」

 

ロケットペンダントのチャームを開いた中身、それは、

 

八神はやてと魅神聖のツーショット写真だった。

 

いつ、どこで、どのタイミングで撮られたのか、全く分からないし心当たりも無かった。

が、そんな事よりも、件のロケットペンダントである。

贈り物故に、流石においそれと手放したり蔑ろにするのは人としてどうかと思うが、いかんせん扱いに困る代物だ。

好きとまでは言えない異性から贈られた、自身とのツーショット写真入りのロケットペンダントだ。

端的に言って、愛情が重い。

身に付ける訳にもいかず、とりあえずは箱に戻して、自分の机の引き出しに仕舞っておく事にする。

……多分、もう二度と取り出す事も無いだろうけど。

 

微妙な空気が漂う中、日が暮れてきて、バースデーパーティはお開きとなった。

 

と、去年からコンスタントにこういうイベント事の度にこんな珍事が巻き起こっており、今年の八神はやての誕生日にも、キチンとこんな消化不良なオチがついたのだった。

 

 

その日の夜の八神家。

 

入浴直後のはやて。

パジャマに着替えてタオルで髪を拭いていると、不意に携帯電話に着信が入った。

 

「あれ、誰やろ?」

 

スライド式の携帯電話の画面には、登録された発信者名が表示されている。

 

『ていとくん』

 

おそらく、本人が知ったら間違いなく怒るであろう登録者名。

垣根帝督。

 

「わ!て、帝督くん!?」

 

彼から電話をする事は初めてだ。

もちろんメールもだが。

予想外の相手に若干慌てながらも、本体をスライドして電話に出た。

 

「_はい、もしもしっ?」

 

「よお。遅くに悪いな、八神」

 

「そんな事ないよ。でも、どないしたん?帝督くんから電話やなんて珍しい」

 

「まあな。それより今、時間あるか?」

 

「うん、大丈夫や」

 

「そりゃ良かった。実は用事が済んで今、お前ん家の近くまで来ているんだが、寄っても良いか?」

 

「え!?」

 

驚きながら、二階の自室の窓から外を見ると、そこには携帯電話を片手に歩いている、学園都市(むこう)の学校に行ってきていたのか、再会した時と同じような学ランを纏った、見慣れた背の高い茶色い髪の端整な容貌の少年が目に映った。

 

「あ、ちょっと、玄関で待ってて!」

 

はやてはそう言うと、窓から顔を引っ込めて階段を駆け下りる。

外から眺める垣根帝督からは、パタパタとはやての足音が聞こえる。

一分足らずで玄関のドアがガチャリと開き、はやてがひょっこりと顔を出す。

 

「お待たせ帝督くん」

 

「そんなに慌てなくても良いぞ。すぐ済むし」

 

言って彼は、携帯電話を仕舞いながら左手に持っていた紙袋を差し出す。

 

「これを渡しに来ただけだから」

 

「え?」

 

スイーツ系ブランドの紙袋の中身は、複数の小分けされたチョコレート菓子だった。

 

「件の誕生会不参加の、ちょっとした詫びだ。学園都市のデパートで売ってたそこそこ良いヤツなんだが、正直、他人に何か贈った事なんざねえし、お前の趣味嗜好も知らねえから、何あげて良いのか分からなかったし、それで下手に残るモノなのも何だと思ってな。無難にお菓子系にしてみた。ついでだけど、人数分もあるから皆で適当にオヤツにでもしといてくれ」

 

「わあ、ホンマ?ありがとう♪」

 

パアッと心底嬉しそうに、はやては満面の笑みを浮かべる。

 

「じゃ、確かに渡したからな」

 

「あ、もう帰るん?折角やから、あがってってや。お茶くらい出すで」

 

「いや、もう遅い時間だしな。それにお前、もう寝る前じゃねえの?」

 

垣根は、風呂上がりの湿った髪にパジャマという姿のはやてを見て言うと、彼女は少しだけ悪戯っぽく微笑んできた。

 

「ほな、いっその事、今夜は泊まってく?明日土曜日やし、学校お休みやからちょうどええよ♪」

 

「泊まんねーよ。主旨変わってるじゃねえか」

 

いつものおふざけモードはやてに鋭くツッコミを入れていると、会話を聞き付けたリインフォースⅡが、アウトフレームになって顔を出した。

 

「あ!帝督さん、こんばんはですぅ~」

 

「よお。じゃ、俺はもう帰るから。他の連中によろしくな」

 

「えーもう帰っちゃうですかー?……あ!はやてちゃん、帝督さんお泊まりさせちゃダメですかー」

 

「泊まんねえっての。お前、自分のマスターと同じような事言ってんじゃねえよ」

 

「わたしはええよ♪」

 

「お前も乗るな」

 

二人の悪乗り(半分本気)に、くだらなさそうな顔でツッコむ垣根。

彼はドアから一歩離れると、今度こそと告げる。

 

「とにかく、用事は済んだんだから、俺は帰る」

 

「「えー」」

 

「えー、じゃねえよ。帰るからな?じゃあな」

 

しかし、パシッと彼の左手首をはやては掴んだ。

まだ簡単には帰してくれないらしい。

 

「帝督くん」

 

「……んだよ」

 

「わたし、今日は誕生日やねん」

 

「だから?」

 

「とりあえず、おめでとうくらい言うてくれてもええんちゃう?帝督くんだけやで、友達でまだ言うてくれてへんの」

 

「……はあ、分かったよ。……八神、誕生日おめでとう」

 

「そこはバースデーサービスって事で『はやて』って呼んでや♪」

 

「贅沢言うな。じゃあな」

 

今度こそ帰ろうとする垣根は、ったく、と小さい呟きながら手首を掴んだはやての右手を外し(意外と優しく)、彼女達に背を向けて歩き出した。

はやてとリインはそんな彼に、手を振って見送りながら、弾んだ声で言う。

 

「ほな、またね。ありがとう帝督くん。今度は『埋め合わせ』楽しみにしてるで♪」

 

「また来てくださいね~♪」

 

返事は無く、一度ズボンのポケットに突っ込んだ左手を出して上げ、ヒラヒラと軽く振っただけだった。

それを見て、はやては仕方のなさそうにクスッと小さく笑う。

 

リビングに戻り、早速貰ったチョコレート菓子の中身を見てみる。

 

「わー、高そうなお菓子だなー」

 

「美味しそうですぅ~」

 

「今日はもう遅いから、明日のオヤツか食後のデザートにしよな」

 

目をキラキラと輝かせながら眺めているヴィータとリインに、はやてが言いながらお菓子を冷蔵庫に仕舞っていく。

 

「私達の分まで……、垣根なりに気を使ってくれたのか……?」

 

「そうね。今度、お礼を言わなくちゃね」

 

シグナムが意外そうな顔をし、シャマルが小さく微笑んで告げた。

守護獣形態で佇んでいるザフィーラも、何も言わないが内心、自分の分まである事を意外に思っていた。

そうしていると、

 

「あ!はやて、袋にまだ何か入ってる!」

 

紙袋に手を入れてゴソゴソしていたヴィータが、何か見付けたらしい。

 

「え、そうなん?何やろ……」

 

紙袋に入っていたのは、簡易包装されたいくつかの小さな箱。

中身はキーホルダーや携帯ストラップだった。

どうやら、このお菓子に同梱された、購入特典の粗品の類いらしい。

 

「へえー、結構お洒落やね」

 

タヌキやアライグマ、犬や猫等のデフォルメされた動物のものや、食品サンプルのようなチョコレート形等、色々ある中で、はやては一つ目に留まったものがあった。

 

「んー……。あ、ほな、わたしはこのストラップにしよかな。残りは、皆で欲しいの持ってってええよ」

 

「わぁー、じゃあ、私はこのチョコの形にします~♪」

 

「あ、それあたしも欲しい……」

 

 

 

そしてその数十分後。

寝る時間になり、自室に戻った八神はやては机に向かっていた。

しかし勉強や宿題をしている訳ではない。

先ほど選んだストラップを、早速自分の携帯電話に付けてみていた。

 

「ふふっ」

 

嬉しそうに声が漏れる。

彼女が選んだストラップには、このスイーツブランドのロゴマークなのか、黒い翼と白い翼の小さなフィギュアが一個ずつ付いていた。

はやてがどういう意図でこれを選んだのか、彼女をよく知る者なら、何となく察しがつく。

 

「ふふふっ。帝督くんにはちょぉ悪いけど、ある意味お菓子よりこっちの方が、嬉しいかもしれへんわぁ」

 

このストラップを見た時の”彼”の顔が目に浮かぶようで、クスクスと面白そうに口元を押さえながら、はやては一人朗らかに笑うのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔導師でも夜の学校は怖い

感想やここすき、ありがとうございます。
非常に励みになります。

当初はpixivでひっそりとリメイクするのみで、ハーメルンでの投稿は文字通り試しに、といった感じで、A's編までにするつもりでした。
予想以上に多くのお気に入り登録等、嬉しく思います。
今後とも宜しくお願い致します。


六月某日。

聖祥大附属中学校。

 

そこの二年六組の教室。

名門の私立校ではあるが、特に風変わりな所は無い。

教室の前と後ろに引き戸があって、教卓があって、生徒の机と椅子があって、というありきたりなもの。

その二年六組の教室の、廊下側の窓際の列、前から二番目に志村新八の席はあった。

午前八時三十分。

後十分ほどで、朝のホームルームが始まろうという時間。

志村は自分の席で頬杖を突き、クラスメイトの様子を眺めていた。

大半の生徒は自分の席を離れ、ワイワイと談笑している。

教師のいない教室は生徒のもの。

だから騒がしいのは当然ではある。

志村のいる席から後方左の席では、高町なのはとフェイト・T・ハラオウン、八神はやて、アリサ・バニングス、月村すずかの五人が談笑している。

ちなみに彼女達は聖祥中が誇る『美少女五人集』だとかと言われているらしい。

更にその左隣の前の方では、風紀委員の土方十四朗(ひじかたとうしろう)と転入生の垣根帝督が何やら話している。

垣根は、聖祥中の制服のボタンを全て外して着崩し、黒色のインナーを露出させた不良学生のような格好。

染めていない天然の茶色の髪を肩にギリギリかからない程度に伸ばしている。

顔はイケメン並だが、悪い目付きとガラの悪さで台無しになっている。

対する土方は無造作な黒髪短髪ヘアに鋭い双眸。

制服は垣根とは違い、ちゃんと着ている。

この二人、ビジュアル的にはかなり高ポイントなのだが、彼等二人とも性格や趣味嗜好に多少の難がある。

従って会話もこんな具合。

 

「なあ、垣根」

 

と呼ぶ土方はクールに腕を組んで、低い声音。

 

「何だよ土方」

 

と返す垣根は通路に足を投げ出して、携帯電話を弄っている。

声も軽い。

土方が言う。

 

「垣根、お前、マヨネご飯って知ってるよな?」

 

「ご飯にマヨネーズかけた不埒な食いモンだろ?」

 

「うるせえ、何が不埒だ。ていうか、俺はそれを食わねえ日はねえ」

 

「知ってる。で、そのマヨネご飯がどうしたよ?」

 

言いながら、垣根はケータイいじりをやめない。

土方は、フッと口元を歪めて続けた。

 

「実はな、夕べそのマヨネご飯の改良に、俺は成功したんだ」

 

「誰も頼んじゃいねえがな、そんな事」

 

垣根はつれない。

 

「いいから聞け。マヨネご飯にな、あるものを加えると、とてつもなく美味になったんだ。それが何か、お前、知りてーだろ?」

 

「お、返信来た。おー、スゲェ知りたい」

 

「全然知りたそーに見えねえぞコラ。ま、良いだろう、教えてやる」

 

それはな、と言って、彼は一度言葉を切った。

勿体振るような間を取ったあと、続ける。

 

「……………ツナ缶の、油だ」

 

聞くと話しに聞いていた志村は、思わず半眼になる。

心底どうでも良い。

ツナ缶の油……。

 

「ツナ缶のツナそのものじゃねーぞ。ツナ缶の、油だ。それをマヨネご飯にかける」

 

だからその、『ツナ缶の』と『油だ』のタメは何なのか、タメは。

 

「どうでも良さそうな顔だな、垣根」

 

土方は垣根に不満そうに目を細める。

 

「そんな事ねえよ。今度、魔が差したらやってみるわ」

 

「最低の社交辞令だな」

 

土方十四朗は舌打ちした後、垣根帝督の手元に視線を移した。

 

「ところでお前、さっきから誰とメールしてるんだ?」

 

「ああ、これか?出会い系サイトだよ。ま、こんなもんやるヤツは馬鹿か不細工って相場は決まってんだろーが、暇潰しにと思ってな」

 

「なるほどな。ただ、一つ気になるんだが、それ、俺のケータイじゃねえか?」

 

「そうだぜ。だって出会い系サイトだぜ?こんなもんに自分のケータイ使いたくねーだろ」

 

「なるほど、そりゃ道理だな。………………………………って殺したろかあァァァ!!」

 

土方は激怒して机に乗り出す。

垣根の首に手を伸ばすがかわされ、笑いながら逃げる垣根と鬼の形相で追う土方。

不毛だなぁ………。と、二人のやり取りを眺めながら志村は思う。

何て不毛な争いなんだ、と。

と、その時、教室の後ろの引き戸がガラリと勢いよく開けられた。

 

「アリサさーん!!」

 

と、朝から馬鹿でかい声を出したこの馬鹿は、近藤勲(こんどういさお)だ。

 

『精悍な顔をしたゴリラ』という形容がぴったりの、繊細さとは無縁の風貌。

中二とは思えない老け顔。

何の人徳があってか、土方十四朗等を従える、風紀委員長の座についている男でもある。

この場で詳しい説明は省くが、一度アリサに優しくされて以来、彼女への強烈な恋心からストーカーと化している。

教室に入った近藤はまっすぐ談笑しているアリサ・バニングスのもとに駆け寄っていった。

 

「いやいや、アリサさん。今朝も一段とお美しい。茶系の制服が純金のドレスのように見えますよ。だっはっは!!」

 

本人的には百点満点の口説き文句を披露するが、当のアリサどころか近くのなのは達も顔を引き攣らせている。

彼のテンションに引いているのだ。

アリサはウンザリとした様子で冷ややかにこう返す。

 

「朝から迷惑なテンションね、大声で来るのやめてくれる?ウザいのはあのバカだけでたくさんだってのに」

 

いやーすみませんね。だっはっは!! 等と話していると、噂をすれば影。

魅神聖が現れる。

 

「おはよう、って、てめーは誰だ!何オレのなのは達にちょっかいだしてんだ!!」

 

「む、オメーは俺のアリサさんに毒牙を向ける気か!」

 

「誰がアンタ達のよ!!」

 

馬鹿とゴリラの言葉に怒るアリサ。

とばっちりを受ける善人美少女達は、嫌々ながらも止めようとする。

あ、はやてだけこっそり逃げた。

しかしまあ、志村もいちいち同情はしない。

魅神聖と近藤勲のこのバカバトル。

最近毎朝似たような事が行われているのだ。

代わりと言っちゃなんだが、その分、魅神の矛先が垣根帝督に向かなくなっている。

 

「いいから、あたしの席から離れなさいよッ!!」

 

アリサの怒号と共に彼女の裏拳が近藤と魅神の顔にヒットする。

 

「今日のあたしは、月からの使者で機嫌悪いのよおっ!!」

 

彼女は殺人兵器と化した拳を伴い、彼等を思い切りぶん殴る。

 

「ちょっ!!痛っ!?アリサさん!?女の子が裏拳はマズッ!!ぐああッ!!」

 

「あ、アリサ!?落ち着いて……ぐふぁっ!?」

 

哀れ、近藤勲と魅神聖は登校後、数分で血祭りに上げられた。

 

「てめっ、今度は自殺系サイトにアクセスしてんじゃねえかあ!!」

 

「あれ、お前、前に『一度でいいから本物の彼岸花を見てみたい』って……」

 

「言うか!!そんな事!どんな望みだ、それは!!」

 

今だに逃げ回る垣根帝督を追う土方十四朗。

不意に教室の前の引き戸がガラリと開けられた。

現れたのは二年六組の担任教師、坂田だ。

眼鏡も背広もネクタイも、全てだらしなく身につけた、くわえ煙草の天然パーマの男。

 

「朝からうるせーぞ。中二共。あと別クラスのヤツは戻れ」

 

アンチテーゼに満ちた教師。

何処でも平気でくわえ煙草。

更には教育者とは到底思えない、死んだ魚のような瞳。

坂田は出席簿をポンと教卓に放り出すと、いつものように気だるげな声で言った。

 

「んじゃ、ホームルーム始めんぞー。日直、号令」

 

言われて、志村は号令をかける。

 

「あ、はい。起立、礼、着席」

 

「えー、ではぁ、今朝のホームルームの議題に入る」

 

坂田はくるりと振り返ってチョークを手に取り、ゴンゴンと音を立てながら、アンニュイな文字を黒板に書いていく。

こんな感じで、今日も一日が始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒュオオ、と風が吹き、学校指定のジャージ姿の高町なのはの前髪が揺れた。

 

午後十時頃。

私立聖祥大附属中学校の正門の前。

 

(分かってても、何だか不気味だよねえ)

 

となのはは思う。

夜の学校って、本当に不気味で怖いなぁ、と。

勿論、学校に限らず、神社や寺等でも夜に行けばどこだろうと恐いような雰囲気はあるが、『夜の学校』というのは小学生の頃から独特の薄気味悪さを感じる。

怪談が絶えないのも納得だな、と彼女は考えていた。

閉められたスライド式の鉄の校門の向こう側には、鉄筋コンクリートの校舎が建っている。

その校舎の頭上の夜空には満月が浮かんでいて、余計にいかにもな雰囲気を醸し出していた。

 

だが、それでも、彼女は入らねばならない。

夜の学校に。

忘れ物を取りに行く為に。

怖いが、明日の朝までは待てない。

そういうものを教室の机の中に忘れてきてしまったからだ。

帰宅後、夕食とお風呂を済ませた後になって、その事に気付いた。

だから今取りに来た訳だ。

なのははガシッと校門に手をかける。

高さは彼女の顎の下あたりか。

楽々ではないが、乗り越えられない高さでもない。

触れた校門の冷たさや、錆のざらついた手触りや、金属の軋む音やらが、なのはの心を揺らす。

 

(だ、大丈夫。ただ夜なだけ、ただ暗いだけ、怖い事なんか……。そりゃちょっとは不気味だけど、中学生にもなってお化けが出そうで怖いからとかそんな理由で断念できない……)

 

管理局のエース級魔導師を張っている癖に、たかだか夜の学校が怖くて入れない、だなんて言えなかった。

それより何より、

 

(こんな事、垣根くんにでも知られたら、絶対笑われる。物笑いの種にされる。それだけは……)

 

邪悪な笑みを浮かべる、同級生の顔が目に浮かぶ。

背が高くてガラの悪い、何だかんだで打ち解けているのか、ある意味友人以上に砕けた関係になっている、数少ない男友達。

だが、時々真性のドSなんじゃないかと思うほど、好き勝手にからかわれる事があった。

故に、そういう弱味は見せたくない。

自分にそう言い聞かせた。

校門を掴む両手に力を入れ、グッと体を持ち上げる。

そして右足を校門の上にかけたその時、

 

「なのは、何やってるの?」

 

「ふぇッ!?」

 

突如背後から声をかけられた。

ビクゥッ!! と肩が震え、バランスを崩したなのはは落下してしまい、ドシャッと尻餅をついた。

痛みと恐怖でパニックになりかけるも、彼女は四つん這いでお尻を擦りながら、ハッと顔を上げる。

 

「な、なのは、大丈夫?」

 

立っていたのは、金髪美少女の留学生にして高町なのはの大親友、フェイト・T・ハラオウンだった。

ちなみに、彼女もジャージを纏っている。

 

「フェイトちゃん!?」

 

なのはは混乱したまま立ち上がって抗議する。

 

「もう、脅かさないでよ!びっくりしてわたしの鼓動が早鐘のようだよ!」

 

「え?ご、ごめんね。そんなつもりは……って、なのはこそ、何してたの?」

 

「あ、うん。ちょっと忘れ物を取りに来ただけなんだけどね……」

 

「忘れ物?」

 

そこでフェイトは少し照れ臭そうに、小さく笑った。

 

「だったら、わたしと同じだね」

 

「え、フェイトちゃんも?」

 

僅かに目を剥くなのは。

 

「うん、わたしも忘れ物取りに来たの」

 

「そうなんだ……」

 

ちょっと意外、と頷いた後になのはは思い付き、フェイトに言う。

 

「じゃあフェイトちゃん、一緒に忘れ物取りに行こうよ。ほら、恥ずかしいけど、夜の学校って何かと不気味で……」

 

「あー、確かにね。わざわざ別々に行く事もないし、そうしよっか」

 

フェイトは快諾し、二人して校門に手をかける。

 

「よいしょ。……それにしても、会ったのがフェイトちゃんで良かったよ。垣根くんだったら何言われてたか……」

 

「せーの。……あはは、そうだね。彼はなのはにちょっと意地悪い時があるし……」

 

等となのはとフェイトが喋りながら、グイっと体を持ち上げたその時だった。

 

「学校はラブホじゃねえぞコラ」

 

突然鋭い声が背後から浴びせられた。

ドササッ と、地面に落下し揃って尻餅をついたなのはとフェイト。

 

(また!?今度は誰!?)

 

と思いながら四つん這いになるなのは。

キッと顔を上げると、そこには、

 

自分達と同じジャージ姿で、両手をズボンのポケットに突っ込んで立っている、見覚えのある茶色い髪の少年。

垣根帝督。

何故か傍らには、同じくジャージ姿の八神はやてまで立っていた。

 

「おいおい高町、夜の学校で金髪美少女の親友と、親友の枠を超えて不純異性交遊かよ。……いや、同性だからこの際、不純同性交遊とでも言うべきか?親が泣くぞ」

 

「しないよそんな事!!ていうかびっくりさせないでよ!!」

 

「そうだよ!!というか、垣根はわたし達をどういう目で見てるの!?」

 

「お前等って仲良すぎるほど仲良しじゃん。え、デキてるんじゃねえの?」

 

「「違うよ!!」」

 

なのはとフェイトの同時ツッコミを、涼しい顔でガン無視している垣根に代わって、はやてが言う。

 

「所で、二人ともどないしたん?こんな時間に学校で」

 

「何って、忘れ物を取りに来たんだよ。わたしもフェイトちゃんも」

 

それを聞いて垣根帝督が目を細めた。

 

「忘れ物?何だよ、だったら俺達と同じじゃねえか」

 

「え、垣根くんとはやてちゃんもなの?」

 

なのはが問うと垣根は、そうだよ、と気だるげに答える。

 

「ったく、この俺とした事が、昼間に購買部で買った『ジャンプ』を教室の机の中に置いてきちまって。帰ってゆっくり読もうと思ってたのに、予定狂っちまったよ」

 

「『ジャンプ』って……」

 

「垣根、普通の週刊マンガとか読むんだ?」

 

意外そうな顔をするなのはとフェイト。

垣根は何て事無さそうにしている。

 

「いやいや。俺も一応、表向き普通の男子中学生だぜ。趣味嗜好は年相応だよ?」

 

「普段はそんな素振り全然見せへんけどね」

 

と、はやてが口を挟んだ。

そこでフェイトが言ってみる。

 

「でも『ジャンプ』ならコンビニで買えば良いんじゃない?何でわざわざ……」

 

垣根は首の関節をコキコキと鳴らして言う。

 

「馬鹿、同じ『ジャンプ』二冊も買ってられるかよ。それより、お前等は何を取りに来たんだ?」

 

「えっと、わたしは宿題に使うノートを忘れてね」

 

「あ、わたしもそうだよ」

 

なのはとフェイトが答えた。

 

「教室の机に置いてきちゃったみたいでね」

 

「ふうん。じゃ、お前は?」

 

と、興味の無さそうに小さく頷き、視線をはやてに向ける。

 

「あれ?はやてと帝_「垣根な」あう……。二人は一緒に来た訳じゃないの?」

 

フェイトが怪訝そうに尋ねる。

はやてが言う。

 

「ちゃうよ。すぐそこで偶々会うたんや。あ、ちなみにわたしの忘れ物もノートなんよ」

 

「ふーん。忘れ物までお揃いとは、仲がよろしい事で」

 

垣根がそう言うと、はやてが言葉を継ぐように、

 

「こうして折角、同じ目的で四人顔を合わせたんやし、一緒に忘れ物回収ツアーと行こか!」

 

「所で八神」

 

「うん?」

 

垣根は思い出したような口調で、はやてを呼び止めた。

 

「お前とバニングスが、月村を巡って三角関係になってるっつー噂を小耳に挟んだ事があるんだが、それはマジか?」

 

「ちゃうよ!!根も葉もないデマや!!っていうか、どこ情報なん!?それ!!」

 

とにもかくにも、四人は校門に手をかけ、魔法少女達と超能力者(レベル5)による、忘れ物回収ツアーがスタートするのだった。

 

 

 

 

そして夜の校舎内。

人気の無い廊下を歩くのは、高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやて、そして垣根帝督の忘れ物カルテット。

 

蛍光灯の消えた廊下の行く手を照らすのは、非常灯と窓から差し込む月明かりだけ。

キュッキュッ、と四人の上履きの音だけが鳴り響く。

四人は今、職員室を通過しようと歩いていた。

 

「分かってても、やっぱりちょっと不気味だね。こうして歩いてみると……」

 

「夜の学校って、何か独特の雰囲気があるからなぁー」

 

薄暗い廊下を歩みながら、なのはとはやてが呟いた。

やがて一行は職員室の手前に差し掛かる。

廊下の十メートルほど先に『職員室』と記されたプレートが壁から突き出ているのが見えた。

そのプレートを見た瞬間、なのはがふと、ある事を思い出した。

背筋がヒヤリとし、思わず立ち止まってしまった。

 

「なのは、どうしたの?」

 

フェイトが訊いてくる。

なのはは、唾を飲み込んでから、言う。

 

「う、うん……。ちょっと、嫌な事思い出しちゃってね……」

 

そこへ垣根帝督が口を挟む。

 

「一年生の時に授業参観でウ●コ漏らした事か?」

 

「うん、わたしの今までの学校生活にも人生にも、そんな過去無いから!勝手に捏造しないよーに!っていうか、冗談にしても女子に言う事じゃないよね?デリカシーって言葉知ってる?もしくは学園都市に置いてきた?」

 

「冗談だよ」

 

「当たり前でしょ!本気だったら、わたし本当に怒るからね!?」

 

最低最悪の低俗な冗談をぶっ込んできた垣根に、なのははキレ気味にツッコんでから、彼女は続けた。

 

「もう……。思い出したっていうのは、あの事だよ。フェイトちゃんとはやてちゃんも、一度は聞いた事あるでしょ?例の『学校七不思議』みたいなの」

 

「学校七不思議?」

 

首を傾げて、垣根は怪訝な声を発した。

実は……、となのはは話し始める。

無意識に、つい抑えた声色になって。

 

「実は、この学校にもあるんだよね。トイレの花子さんとか、恐怖の十三階段とか、要するにそういう怪談が」

 

「はー」

 

垣根は恐れた様子はやはり皆無で、興味の無さそうな返事をした。

なのはは続ける。

 

「まあ、ウチの学校では最近になってから噂されだしたみたいだけど、要するにこの学校のあちこちで、怪奇現象が目撃されてるんだって。垣根くんも学園都市でそういうの、聞いた事あるでしょ?」

 

「まあ、七不思議っつーよりは、都市伝説ならな。まあ大概は与太話に過ぎねえが。怪奇現象、ねえ……」

 

ここでは割愛するが、綺麗に整備された学園都市にも、色んな怖い噂はある。

 

「それで、その怪奇現象の数も七つらしくて、だから七不思議。で、その中の一つが職員室の話もあって_」

 

_内容はこうだ。

 

深夜、誰もいないはずの職員室から誰かの咽び泣きの声がする。

十年前、同僚のイジメが原因で自殺した教師が、怨めしい、怨めしい、と泣いている……。

 

怪奇、職員室の咽び泣き……。

 

「_っていう、話なんだけど」

 

と、なのははフェイト達に顔を向けると、

 

「はん。くだらねえ」

 

垣根が退屈そうに吐き捨てた。

 

「大体よお、その咽び泣きを聞いたヤツはいるのかよ?」

 

「……その十年前の同僚のイジメとか、自殺とかも、本当にあったのかな?」

 

「ホンマなら、怪奇現象よりそっちの方が知られてると思うんやけど…… 」

 

彼に続く形で、フェイトとはやても言った。

 

「あー、それは……」

 

真っ当な反論になのはも口ごもる。

この手の話は、直接の体験者が誰だか不明というのが通例で、噂の出所は常に判然としない。

 

「どうせいねえよ。んなもん聞いたヤツなんざ。つまり咽び泣きも嘘っぱち、デマって訳だ」

 

「んー、でも、ひょっとしたら似たような事とか_」

 

と言いかけたはやてを遮り、垣根は強引に話を打ち切る。

 

「ねえっての。くだらねえ事言ってねえで、さっさと教室に行こうぜ」

 

その時だった。

 

うう……、うう……。

 

不意に聞こえた。

咽び泣きの声が。

サーッと顔を青ざめた高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやて。

忘れ物カルテットの垣根帝督以外は、一気に顔面蒼白になった。

 

うう、うう……。

 

声は、間違いなく職員室から聞こえてくる。

 

「か、垣根くん……、今のって?」

 

震える声で、なのはが言う。

反射的になのは達三人は、唯一動じていない垣根にすがり付くように寄って集っていた。

垣根は僅かに眉をひそめる。

 

「……、何か聞こえたのは確かだな」

 

「な、何かの間違いじゃ……」

 

「でもさっき……」

 

とフェイトとはやてが呟いた直後、

 

うう……、うう……。

 

「……、職員室に誰かいるのは、間違いなさそうだな」

 

なのはは後悔した。

言うんじゃなかった。

話すんじゃなかった。

七不思議なんて。

 

(ほ、本当に咽び泣きが聞こえてくるなんて……)

 

が、垣根帝督は職員室の扉に向かって歩き出した。

彼は何故か小さく笑っている。

 

「ちょっ、帝督くん!?何で職員室のドアに向かうん!?」

 

はやてが彼の左腕にすがり付いたまま尋ねる。

 

「折角だ。その咽び泣きの正体を暴こうじゃねえか」

 

「で、でも、本当に自殺した教師とかだったら……?」

 

と、フェイトが垣根の右腕を掴んでしり込みする。

しかし彼は鼻で笑った。

 

「ハッ。ばーか、実際の死人が口聞くかよ。あそこにいるのは生きた人だよ。そうでなきゃ、噂を本物にみせたい誰かが仕掛けたスピーカーか何かだな。いずれにせよ、幽霊の類いなんかじゃねえよ」

 

「でも……」

 

「大体、怪奇現象やらのオカルトを、学園都市第二位のこの俺が恐れて堪るかってんだ」

 

背中にすがり付くなのはの制止を振り切るように、自信に満ちた垣根帝督の言葉をきっかけにして、四人は職員室に向かって足を踏み出す。

じわりじわりと職員室に近付くにつれ、咽び泣きの声は大きくなっていく。

そして、引き戸の前に到着した三人。

垣根が引き戸に手をかけて、いまだに鬱陶しくへばり付いているなのはとフェイト、はやてに告げる。

 

「じゃ、開けるぞ」

 

引っ付き虫と化した三人は同時に頷いた。

一呼吸置いて、垣根帝督はスパァン! と引き戸を勢いよく開け放つ。

 

「あ、悪霊退散!!」

 

「南無阿弥陀仏!!」

 

「じ、ジュゲムジュゲムゴコーノスリキレ!!」

 

と、なのはとはやてとフェイトは垣根を押し出すように盾にして、三人はてんでバラバラに叫びながら、職員室へ踊り込んだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

噂の真相

「は」

 

四人は、見た。

咽び泣きの主を。

 

「「「キャアアアッッ!!!!!?!?」」」

 

悲鳴を上げ、両手で顔を隠す、なのはとフェイトとはやての三人。

 

「は、」

 

続いて、垣根帝督は目を見開き、我が目を疑うような顔で視線を向けると、呻くように言った。

 

「服部……先生、だよな……?」

 

咽び泣きの主は、聖祥中学校の日本史教師、服部全蔵先生だった。

 

服部先生はキャスター椅子の上で膝立ちになり、オマケに下半身を剥き出しにして尻をこちら側に向けていた。

なのは達が悲鳴を上げた理由はそれだった。

しかも彼は、目に涙を浮かべ、手に座薬を摘まんでいる。

 

「や、何……やってんだ?」

 

垣根は、思い付いたありとあらゆるツッコミを抑え込み、とりあえず、一番訊きたい事を訊いてみた。

 

「いや、済まん。実は座薬を入れようと思ってな。もう痛くて痛くてタマんねーのよ、イボ痔が」

 

腹が立つほど呑気な声で服部は言った。

 

「そんなもん家で入れりゃ良いでしょうがよ」

 

垣根は語気を強めて当然の指摘をする。

 

「ま、そうなんだけどさ、実は俺、家の人には内緒にしてんだよね、自分がイボ痔だって事。だから座薬も職員室のデスクに入れてあんのよ」

 

「それで? 夜の職員室で、人知れず泣きながら座薬挿入ってか?」

 

と、後を垣根が引き取った。

 

「いやいや、垣根に高町達も、驚かせて済まんかったな」

 

ケツを出したまま詫びる服部に、ゴスッ!! と垣根は思い切り蹴りを入れた。

 

「別の意味で驚いたわ!!」

 

「どわぁ!?」

 

剥き出しのケツを蹴られた服部先生はキャスター椅子に乗っかったまま壁にドガシャア!! と激突。

床に倒れたイボ痔野郎に、垣根帝督はストンピングの嵐を降らせる。

 

「何が咽び泣きだクソボケ!!興味持って損したわ!!」

 

「わ!ちょ、馬鹿!ケツを何度も蹴るな!!イボ痔が_、ぐあああ!!」

 

……という訳で、七不思議の一つは、こうしてその正体を暴かれたのだった。

 

 

 

 

 

「……何が七不思議だよ。蓋開けりゃ、ただのイボ痔教師だったじゃねえか」

 

階段を上りながら、垣根帝督は吐き捨てるように言う。

 

「でも、まだ後六つあるからね。今のは偶々だったのかも」

 

となのはが言った。

四人は目的地の二年六組の教室へ向かっている。

 

「他には、どんな七不思議があるの?」

 

とフェイトが訊いてみると、なのはは記憶を辿りながら、

 

「他?えーっと……、そうそう。こんなのもあるよ」

 

 

_深夜、誰もいないはずの教室から、ラップ音が聞こえてくる……。

ポルターガイストか、天変地異の前触れか、怪奇、教室のラップ音……。

 

「て、いうの」

 

それを聞いたフェイトは、

 

「ラップ音って、チェケラッチョ、みたいなやつの事?」

 

「ベタ過ぎて逆に美しいなあ~」

 

はやてが間延びした口調で言うと、なのはが説明を続ける。

 

「ラップ音っていうのは、誰もいない部屋からガタガタと物音が聞こえてくる、一種の心霊現象の事だよ」

 

そこで垣根がくだらなさそうに口を出す。

 

「はん。ラップ音だろうが何だろうが、どうせまた正体は大した事ねえよ」

 

「でも、むしろ咽び泣きより、こういうものの方が、怖くない?」

 

となのはが垣根の顔を覗き見て告げた、その時、

 

ガタガタ……。

 

音がした。

廊下を進んでいた四人の足がピタリと止まる。

 

ガタッ、ガタガタ……。

 

間違いなく、聞こえるラップ音。

しかも、音源は六組の教室からだ。

 

「垣根、くん……」

 

「垣根……」

 

「帝督くん……」

 

気が付くと、なのはとフェイトとはやては再び、垣根帝督の背後に回ってへばり付いている。

 

「……、お前等さあ、腕利き魔導師の局員の癖に、いちいち怖がるなよ。あと俺を盾にするな」

 

「こ、怖がってなんか……ない、よ」

 

「そそうだよ。怖い訳じゃ……」

 

「……ただ、万一の時は、帝督くんが鉄壁になるかなーって」

 

「結局、盾扱いなんじゃねえか」

 

鬱陶しそうな顔で言いつつ、教室の前に到着した垣根を先頭にした四人。

引き戸に手をかけると、なのは達は大きく深呼吸し、そして、垣根が一気に開け放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、いた。

 

ラップ音の正体が。

 

「……、」

 

絶句する垣根帝督。

 

「こ、これは……」

 

呻くように声を発したフェイト・T・ハラオウン。

 

「え、ええ……?」

 

目を疑う高町なのは。

 

「な、……何、してん……の?」

 

垣根にへばり付いたまま、呟いた八神はやて。

 

 

 

忘れ物カルテットが見たものは、とある一人の男子生徒。

そいつは床に膝を付き、とある女子生徒の椅子に頬擦りをしている。

 

「アリサさーん、んふっ、んふっ」

 

アリサ・バニングスの椅子に頬擦りしているのは、言うまでもなく、近藤勲だ。

彼が椅子を抱き抱えるようにして頬擦りをし、その時に椅子の足と床が擦れてガタガタと音が鳴っている。

 

つまり、これがラップ音の正体だった。

 

「……、テメェ何やってんだよ」

 

垣根帝督が、眉をひそめて軽蔑の声を発した。

近藤はそこでようやく、忘れ物カルテットの存在に気付く。

 

「か、垣根!?た高町さん達まで、どうして!!」

 

「どうして、じゃねえよ。こっちのセリフだコラ」

 

「夜の教室で、女子の椅子に頬擦りって……」

 

はやての一言を継ぐように、垣根が言う。

 

「お前の青春、それで良いのか?」

 

近藤は必死になって、垣根達に弁解し始めた。

 

「ち、違うんだよ!!実は俺、将来椅子を作る職人になりたくて、その……材質チェックをしてて……」

 

説得力ゼロの言い訳。

なのはとフェイトが言う。

 

「……材質チェック?」

 

「ほっぺで?」

 

「あ、ああ、ほっぺで。ほっぺが一番木目の風合いを感じやすくてな」

 

「いやいや。近藤、材質チェックすんなら、ほっぺじゃなくて頭だよ」

 

垣根は言って、手近な椅子を一つ持ち上げる。

 

「は?頭って……?」

 

狼狽える近藤勲の頭に、

 

「こんな風にな!」

 

と、垣根は椅子を振り下ろす。

ガツン!! という音と共にギャン!? と悲鳴を上げ、床に引っくり返った近藤。

ぶちギレた垣根帝督は、そんな彼に対して椅子と蹴りのストンピングの嵐を浴びせる。

 

「ふざけんな!死ねボケ!何がラップ音だ変態野郎が!!」

 

「ちょ!?やめ!!マジで!!ごあっ!!ぐ、ぐあああッッ!!」

 

……と、こうしてまた一つ、不思議が解明されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、何が七不思議だ。どれもこれも変態オチじゃねえか」

 

と、キレ気味に言っているのは、やはり垣根。

 

「この学校、本当に名門私立か?実は馬鹿田大学附属中学って言われた方が、まだ納得できるぞ」

 

「あはは……」

 

苦笑いするなのは。

実際、二回連続で酷いオチだったのだから仕方ない。

四人は教室でノートと『ジャンプ』を回収した後、帰るべく歩を進めていた。

 

「まあ、とにかくこれで四人とも目的は果たしたし、早く帰ろう」

 

「うん、そうだね」

 

フェイトに同意したなのは。

何も起こらずとも、夜の学校は不気味なのだ。

長居は無用。

 

「ちょい待ち」

 

だが、そこへはやてが口を挟んだ。

 

「は?」

 

「「え?」」

 

と、立ち止まる垣根となのはとフェイトに、はやては続けた。

 

「まだ七不思議は五つ残っとるで。こうなったら残り全部も解明してみいひん?」

 

「は、はやてちゃん。それ本気で言ってるの?」

 

「本気や。『本気』と書いて『マジ』や」

 

「やりたきゃお前だけ行け。んなかったるい事できっかよ」

 

垣根が却下する。

 

「でも、残り五つの中には、本物の怪奇現象か何かあるかもしれへんで?ハッキリさせてみよ?」

 

と、はやては食い下がるが、垣根はにべもない。

 

「ねーよ。本物なんか」

 

「分からへんやん」

 

「だからねえって。賭けても良いぜ」

 

彼は言って、せせら笑う。

 

「残り五つもどうせ、ロクなオチじゃねえよ。クソみてえなのに決まってる」

 

「ほな賭けよか。もし残り五つの中にホンマもんがあったら……」

 

「あったら? 何だよ」

 

垣根は挑発的に言う。

そんな彼に、はやてはビシッと告げる。

 

「今日から『ていとくん』て正式に呼ばせてもらうで!」

 

「それだけ?」

 

と、フェイトが呟いた。

対する垣根はニヤリと薄く笑って、

 

「上等だコラ。じゃ、逆に全部クソつまんねえオチだったら……」

 

「何なん?」

 

「来週の『ジャンプ』を奢れよ」

 

「それだけ?」

 

と、今度はなのは。

 

「ええで!」

 

「よっし、言ったな」

 

等とチャチな賭けに盛り上がり始めた二人に、フェイトは少し慌てて口を出す。

 

「ち、ちょっと待って。二人とも本気なの?本気で今から七不思議を調べに行くつもり?」

 

「勿論だ」

 

「勿論や」

 

「で、でも_」

 

なのはの声を遮り、垣根は言う。

 

「やるからには、きっちりこの俺が正体を暴いてやる。そうすりゃもう、こんなくだらねえデマも根絶できるぜ」

 

「いやいや。この世の中には、まだまだ不思議な事があるんやで?」

 

ある意味当事者である。

もしかしたら、魔法絡みの珍事かもしれない、と思っているらしい。

もしそうだったとしても、一応怪奇現象と言えるだろう、というのがはやての考え。

だけど、となのはは主張する。

 

「どっちにしてもね、何もわたし達が調べなくても良いんじゃないの? もう、わたしとフェイトちゃんは付き合わないからね?行くなら二人でどうぞ」

 

しかし、そうは問屋が卸さない。

 

「馬鹿。お前等も付き合え。大体、お前等はこの、聖祥大附属中学校七不思議を解明する為に、この世に生を受けたんだろうが」

 

「「そんな訳無いでしょ!!」」

 

「まーまー二人とも。乗りかかった船や。旅は道連れ世は情けやで♪」

 

「屁理屈だよ!」

 

「今は関係無いよ!」

 

拒むなのはとフェイトだが、相手が垣根帝督と八神はやてだと分が悪い。

結局、宥められ、空かされ、小突かれて、ついでにからかわれて、その他諸々、色々された挙げ句、

 

「「もー……、分かったよ。付き合います。付き合えば良いんでしょ」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_が、

 

最初のが座薬挿入教師で、次が変態椅子男だった事から、この忘れ物カルテットの七不思議解明ツアーは、次々とお馬鹿な真相を明らかにする事になった訳だ。

 

例えば不思議の一つ、『深夜の音楽室から聞こえるピアノ音』というのは、魅神聖が何故か夜中にピアノ演奏していたのが真相で、

 

「いや何やってんの!?しかも、それは何の為の練習!?」

 

「おお、なのは達!!奇遇だな。……と、何故垣根がいる!?」

 

「いや、こっちのセリフだからね?」

 

と、眉をひそめるフェイト。

 

「いやはや、実は夜にピアノの演奏がオレの一日のルーティーンなんだが、家の飼い猫がピアノに粗相してね。直るまでここを利用させてもらっているんだ。勿論、学校の許可はもらってる」

 

「猫がピアノに小便でも引っかけたか?」

 

「いや、ウ●コだ」

 

「ウ●コかよ!ピアノより先に猫の躾を何とかしろよ」

 

「まだ子猫だから仕方なかろうが!あ、それよりなのは達、良かったらオレと連弾してみないか?何、優しく教えるからさ♪」

 

「「「結構です」」」

 

と、音楽室に踏み込んだ三人娘のトリプルツッコミ。

 

 

 

次の『家庭科室の黒魔術師』。

家庭科室に夜な夜な毒薬を調合する黒魔術師が出現する、というのだが、土方十四郎が新しいマヨネーズを作る為に研究をしていた、というオチで、

 

「家でやれよ」

 

と、垣根の冷めたツッコミ。

 

 

『体育館に潜む殺人鬼』。

深夜の体育館で殺人鬼が包丁を振り回している、等という話だが、結局は、

 

「ふんっ!ふんっ!!」

 

と、バドミントンのラケットを素振りしているクラスメイトの山崎退の事だった。

 

「家でやれっての」

 

「何で皆、いちいち夜に学校でやってるの」

 

垣根となのはの投げ遣り気味なツッコミ。

 

 

そして『飼育小屋に現れる巨大生物』なんていうのは、夜な夜な小屋の周りを溜まり場に集まった野良猫が、月明かりで大きくなった影だったり光る猫の眼だったり、というのが実際らしく、

 

「不思議でも何でもないね」

 

フェイトもやっつけ感満載の一言を発した。

 

 

ともあれ、七不思議の内の六つはこんな具合で解明されたのだった。

 

 

「さて、これでいよいよ最後の一つだ」

 

と、階段を上りながら、垣根は告げる。

一行が今向かっているのは、校舎の屋上。

 

『深夜の屋上に現れる男子生徒の亡霊』という、受験勉強を苦にして自殺した生徒という設定らしいが、これを解明したら、ようやくこのツアーもお開きとなる。

不思議の正体を求めて学校中を歩き回った挙げ句、どれもこれも馬鹿馬鹿しい真相で、流石に四人とも疲れてきた。

 

「だが」

 

と、垣根はにやつく。

 

「どうやら賭けは俺の勝ちだな。全部、怪奇現象でも何でもないんだから」

 

「むー、でもまだ、ラスト一個があるんやで?」

 

と、はやては返すが、なのはもフェイトももう賭けは垣根の勝ちだと確信している。

というか、逆に本当だったら嫌だ、という気持ちなのだが。

スチール製のドアノブを掴み、垣根は緊張感の無い声で、

 

「じゃ、行くぞ。どうせ大した事ねえだろうがな」

 

そうぼやいてドアを押し開けた。

そして、開いた直後に四人にヒュゥ、と風が吹き付け、見えた。

 

正面、十数メートル先。

屋上の端っこ。

そこには、一人の人影が。

 

「出たっ!?」

 

「え!?」

 

「嘘!?」

 

「……、」

 

月明かりが人影を照らし、その正体が露になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブーメランパンツ一丁の、ドレッドヘアでサングラスの黒人マッチョマン。

何故か右手がサイコガンになっている。

そう、彼は、学園都市暗部組織『スクール』の正規要員の一人_、

 

「何してんだ金丸テメェッッ!!」

 

怒声と同時に、垣根帝督は小脇に抱えていた『ジャンプ』を思い切り投げ付ける。

ゴスッ!! と金丸の顔に命中した『ジャンプ』。

 

「「「えええ……ッ?」」」

 

別の意味で驚愕する三人。

 

……垣根に耳打ちで事情を話した金丸曰くは、どうやら垣根のサポートとして学校の警備員に紛れていたらしい……のだが、

 

「警備する側の方が怪しいよね!?」

 

「な、何で、潜り込めたんだろう……」

 

「ていとくん……知らなかったん?」

 

「知らなかった……、って、ていとくん言うな。つー訳で、賭けは俺の勝ちだからな。八神」

 

「えー、ある意味怪奇だったやん」

 

「ダメだ。ありゃ亡霊じゃなくて生きてるんだから」

 

そこで、なのはが垣根に言う。

 

「でもこれ、原因の一端は垣根くんにあるんじゃ……」

 

「知るか。文句は金丸の馬鹿に言え」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の学校を出て、忘れ物カルテットは並んで歩いていた。

 

「……あ、金丸のヤツにぶん投げた『ジャンプ』忘れて来ちまった」

 

街灯の明かりが落ちる歩道で、フェイトがふと、垣根帝督に問う。

 

「垣根、これからどうするの?」

 

「帰って寝るに決まってるだろ」

 

と言って言葉を切り、垣根は思い出したように言う。

 

「……いや、コンビニ寄って『ジャンプ』買わねえとな」

 

それを聞いて、フェイトはクスッと小さく笑う。

 

「結局、同じのもう一冊買う事になったね」

 

「うるせえ馬鹿。あ、そうだ八神、賭け勝ったんだから、『ジャンプ』奢れよ」

 

「嫌や。奢るんは来週のやろ?」

 

「じゃあ高町、奢れ」

 

「何で!?わたし関係無いよね!?」

 

「散々夜の学校にビビってた癖に」

 

「び、ビビってなんか……ないよ!」

 

こうして道中、腹いせの如く垣根にからかわれ、弄られた高町なのはだった。




次話からは、pixiv既出のものをベースに、基本的には辻褄を合わせる為の多少の修正等に留めたお話になる予定です。

変な所は可能な限り手を加えるつもりですが、ベースがベースなので、内容的には退屈かもしれません。

悪しからず。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エースと第二位の意地

一学期期末試験、三日前の放課後。

 

SHR(ショートホームルーム)が終わってもいまだに机に突っ伏して熟睡している男、垣根帝督。

彼は学校で授業をまともに受けた事は殆ど無い。

授業中は寝るか聞き流すかだ。

だが垣根は、表立っては秘密にしているものの、学園都市が誇る第二位の超能力者(レベル5)

定期試験では常に満点を維持している。

故に一部の生徒からは陰で『頭の良い不良』と呼ばれているらしい。

そんな垣根に、高町なのはが彼を起こそうと体を揺する。

 

「もう放課後だよ、垣根くん起きて」

 

「……んあ? ああ、終わったのか」

 

起きた垣根は大きなあくびをしながら背筋を伸ばし、背骨をコキリと鳴らす。

 

「ぐっすり眠っとったなあ」

 

彼の隣りの席の、八神はやてが微笑む。

 

「午後は眠いんだよ」

 

「でも朝も寝てたよね?」

 

と今度はフェイト・T・ハラオウン。

 

「朝も眠いんだよ」

 

と、垣根。

 

「アンタ、学校に寝に来てるの?」

 

アリサ・バニングスが呆れたような表情で言う。

 

「半分はな」

 

「残り半分は?」

 

と、月村すずかが尋ねる。

 

「仕方なしに」

 

「いや、学校に来る意味無いよね」

 

垣根の言葉に突っ込むなのは。

 

「ああ、だからもう登校しなくても良いよな?」

 

「「「「「それはダメ」」」」」

 

「チッ」

 

ここでなのはが思い出したように言う。

 

「あ、所でちょっとお願いが_「断る」」

 

垣根は言い終わる前に却下する。

 

「聞いてよっ!」

 

「嫌だ」

 

「垣根くん!イタッ!?」

 

アリサがなのはの頭に軽くチョップする。

 

「いつまで漫才してるのよ。早く用件言いなさい」

 

「私悪くないのに……」

 

フェイトが代わりに説明する。

 

「要するに、わたし達の勉強を見て欲しいの」

 

「ああ?嫌に決まってんだろ。面倒臭い」

 

垣根はあからさまに嫌そうな顔をする。

 

「そう言わずにお願いや。わたしとなのはちゃんとフェイトちゃんは、管理局の仕事があるからここんとこ中々勉強する時間が無かったんよ……」

 

「私からもお願い。今までは私とアリサちゃんで勉強教えてたんだけど、最近は私達二人だけじゃいっぱいいっぱいになっちゃって……」

 

はやてに続いてすずかも頼み込む。

元々、三人とも地頭は良いのだが、管理局の任務が嵩んでいた影響で、授業に出られない日もかなりあった為、勉強が遅れ気味になっていた。

 

「断る。俺にメリットがねえ。何が悲しくて『ババロアブレーンズ』の馬鹿なお勉強会の面倒見なきゃならねえんだよ」

 

「「「それってわたし達の事!?」」」

 

垣根の暴言にツッコむ三人娘。

 

「とにかく断る」

 

「このままだと、あたし達二人は自分の勉強ができそうに無いのよ。アンタどうせ勉強しなくても満点取れるでしょ?『友達として』付き合ってよ」

 

アリサに嫌な所を突かれ、垣根も無下にはできなくなった。

彼はため息を吐きながら渋々了承する。

 

「……チッ、分かったよ。んで、どこでやるんだ?その勉強会。図書館か?」

 

「ううん、テスト前の図書館は人が多いから……」

 

垣根の質問にすずかが答える。

定期試験前の勉強に図書館を利用しようと考える人は多いだろう。

効率よく勉強するには、人の多い場所は避けた方がいいと彼女達は思った。

 

「じゃあ、この中の誰かの家でやるのか」

 

「うん。だから垣根く_「俺の家は駄目だ」えー!?」

 

なのはの台詞を遮るように却下した。

 

「お前達の内の誰かの家で良いだろ」

 

しかし、なのはの家は最近、翠屋が忙しく、アリサ、すずかの家は別件の諸事情で却下。

八神家は……騒がしそうだ。

結果、消去法でハラオウン家で行う事になった。

 

「ま、妥当だわな。リンディ艦長も今は自宅警備員と化して暇なんだろーし」

 

「人の親をニートみたいに言わないでよ」

 

垣根の軽口にフェイトが小さくツッコむ。

 

「それじゃ、集合とかの詳しい時間帯は後でメールするから今日は解散!」

 

アリサの合図と共に五人の少女達が動く。

アリサを先頭にすずか、はやてがバラバラに教室を出る。

 

(は?)

 

続いてなのはとフェイトがそれぞれ垣根帝督の片腕を掴んで教室を走り出る。

そして五人(+一人)は一気に校舎から脱出した。

そしてその数分後、

 

「やあ、みんな……って、いないのか」

 

魅神聖が教室に入ってきた。

おそらく彼はなのは達をテスト勉強に誘いに来たのだろう。

彼女達はそれをあらかじめ想定して足早に下校したのだ。

ご丁寧になのはとフェイトは垣根帝督を回収して。

 

 

そんなこんなで、自宅にて。

垣根の携帯電話がメールを受信して震える。

彼はケータイを開く。

送信主はアリサで、明日の集合時間等が記してあった。

 

「……朝九時か、少し早過ぎねえか?………いや、あいつ等の成績の偏り具合からすれば当然か……?」

 

ここにはいない三人娘をさりげなく毒を吐きながら呟いた。

 

 

 

そして翌日、土曜日。

垣根は白いTシャツにグレーのズボンというラフな服装でハラオウン家のマンションに向かっていた。

 

(眠いしホントはバックレたいんだけどな)

 

もちろんそんな事をすれば、後々文句の電話の嵐が来るに決まっている。

そしてハラオウン家の前に到着し、インターホンを押す。

 

『はーい!』

 

応対したのはフェイト。

 

「帰って良いか?」

 

インターホン越しに、開口一番にふざけた事を宣った垣根。

 

『もしかして垣根!?来たばかりなのにダメだよ、帰っちゃ!今開けるから待ってて!」

 

バタバタと慌てたような足音が聞こえ、玄関の扉が開く。

 

「はあ、おはよう」

 

「よお」

 

しばらく沈黙。

 

「…あ、と、とりあえず上がって」

 

「おう」

 

リビングにはフェイトの義兄、クロノ・ハラオウンがいた。

 

「まだなのは達は来てないから、ここで待ってて」

 

フェイトはそう言って台所へ歩いて行った。

垣根はソファーに座ると、向かい側のクロノが話し掛けてきた。

 

「しばらくぶりだな」

 

「そうだな。つーかお前、今日は仕事休みなの?」

 

垣根の問いにクロノは首を横に振る。

 

「いいや、もう少ししたら出るんだ。それより、最近はどうなんだ?」

 

暗に尋ねてきた。

 

「ああ、『相変わらず』だよ」

 

「そうか。……それじゃ、僕はもう行くよ」

 

「おう、いってらっさい」

 

垣根はヒラヒラと軽く手を振り、クロノはさっさと出て行く。

更にしばらくすると、フェイトがアイスコーヒーを盆に載せて持ってきた。

 

「はい、これどうぞ。所で、クロノと何の話してたの?」

 

「ただの世間話だよ」

 

「そう?」

 

その時、ピーンポーン とインターホンが鳴り響く。

 

「あ、多分なのは達だ」

 

フェイトは足早に玄関に向かった。

垣根はそれを尻目に、コーヒーを啜る。

 

 

とにもかくにも、勉強会は予定通り開始。

席割は以下の通りである。

 

フェイトを垣根が、

なのはをアリサが、

はやてをすずかが、

……といった感じで分担することになった。

 

「なのは、ここ違うわよ。ここは……」

 

「そうそう、はやてちゃん飲み込み早いね」

 

「せやろ〜♪」

 

「ここはどうするの?」

 

「そこは、応用で…………だ」

 

と、一見順調そうだが、実は約一時間おきにはやて、なのは、フェイトの順に集中力を切らしていた。

その度にアリサが発破をかけ、垣根が手遊び感覚で折った折り紙のハリセンで三人をシバくという、地味に理不尽な叱責を受け、何とか持続させていた。

最初は真面目に受けていたフェイトだったが、無意識に、何となく、視線が教科書とノートから、垣根帝督の横顔に移っていく。

 

「……、」

 

「……おい」

 

「……、」

 

「おい。おいって」

 

「……え、あ! 何!?」

 

垣根に声をかけられてフェイトは我に帰る。

 

「何?じゃねえよ。手が止まってるし、聞いてんのか、人の話」

 

「え!?あ……ゴメン」

 

フェイトはすまなさそうな表情で、素直に謝る。

そんな彼女をジロリと見詰めながら、垣根は面倒臭そうに言う。

 

「さっきからジロジロと見てたが俺の顔に何か付いてんのか?」

 

「え、あ!な、何でもない!!続けて」

 

垣根は怪訝に思いながらも、大して興味も沸かなかったので、これ以上は訊かない事にした。

 

 

そして昼食を挟んで数時間後。

集中力を切らしてへばっている少女達と、意外と平気そうな垣根。

垣根は各々の進み具合と理解度を確認した上で呟く。

 

「ダメだな。八神は一応文学能力があるから飲み込みが良い。この調子なら何とかなるが、高町とハラオウンがまだまだだ」

 

二人は理解度も進み具合も、お世辞にも順調とは言えない。

 

「ハラオウンはまだしも高町、日本人の癖に国語壊滅的ってのはどうなんだ?」

 

「そんな事言っても〜……」

 

ここで垣根はなのはを挑発する。

 

「こりゃ赤点かもな」

 

「なっ!そこまで悪くないもん!その気になれば八十点ぐらいは採れるよ!!」

 

「ほぉ、賭けるか?」

 

垣根は意地の悪そうにニヤリと笑う。

なのはは頬を僅かに膨らませて言う。

 

「良いよ!」

 

「な、なのは……?」

 

フェイトがなのはを宥めようとしたが遅かった。

 

「もしわたしが国語で八十点以上採れたら、……………『わたし達』と名前で呼び合って!!」

 

「それだけ?」

 

と、アリサ。

そして垣根は、

 

「おー良いぜ。なら八十点未満だったら…………来月のジャンプSQ(スクエア)代、半分奢れや」

 

「それだけ?」

 

と、今度はすずかが呟いた。

 

「ジャンプSQ半分ってことは大体三百円くらいだよね?……っていうか、こんなやり取り、ついこの間にもしたような気がするんだけど」

 

フェイトがはやてに聞いた。

 

「そうやね。それにしても、スケールの低い賭けやな」

 

はやては若干苦笑しながら答えた。

確かに賭ける内容は小さい。

学園都市第二位の超能力者(レベル5)と、後の管理局のエースオブエースの賭けにしてはあまりにもスケールが低く、ショボい賭けだった。

当人達以外はそう思った。

 

一学期期末試験まで、後二日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、期末試験が翌日に迫った日曜日。

今日も高町なのは達五人の少女と垣根帝督は、ハラオウン家の、フェイトの部屋にいた。

テーブルにかじりつき、必死になって国語の問題を解いているのは他でもない、なのはだった。

その様子を意地の悪そうな笑みを浮かべながら、垣根は眺めている。

 

「Xデーまで後一日、せーぜー足掻けよ。期待してやるからよぉ」

 

「むぅ〜ッ!!絶対採って見せるから!!」

 

垣根の挑発にいちいち反応しながらも、ペンを走らせるなのは。

 

「必死だね、なのは」

 

「まあ、それでなのはちゃんが勝って、帝督くんがわたし達を名前で呼ぶ事になったらラッキーやけどな」

 

自分の勉強を続けつつフェイトとはやてが呟く。

 

「あんなチャチな賭けで勉強に熱が入るなんてね。ま、なのはの勉強が捗るならなんでも良いけど」

 

「本人達からすれば重要なんだろうけどね」

 

呆れ気味のアリサ・バニングスと苦笑する月村すずか。

彼女達二人は、フェイトとはやての勉強が軌道に乗った事と、焚き付けられたとはいえ、曲がりなりにもなのはがやる気を出して勉強に集中している為、自分達の勉強をしている。

もうあまりフェイトの勉強を見る必要がないと思った垣根は、暇を持て余し、持ち込んでいた漫画の単行本を読んでいた。

 

「……、」

 

何となく、なのはの視線が垣根帝督と、その手にしている漫画の単行本に行った。

 

(……そういえば『ジャンプ』とか読んでるらしいけど、今度は何を……って、『で●ぢゃら●じー●ん』!?)

 

思わず眼を剥いた。

まさかの小学生向けの不条理ギャグ漫画。

 

(垣根くんの、趣味が時々分からない……)

 

「よそ見してて良いのか?手が止まってるぜ?」

 

「……え、あ!」

 

垣根に言われて気づき、慌てて勉強を再開する。

 

「よそ見するたぁヨユーだねぇ。馬の尻尾」

 

「それわたしの事!?ポニーテールって言いたいの!?って、わたしのはサイドテールだからね!もう!わたしが勝ったら絶対『なのは』って呼ばせるからね!!」

 

「おう。オマエが負けたら『ジャンプSQ代半分』もらうからな」

 

垣根を睨みながら勉強に勤しむなのは。

垣根帝督は不敵に笑っていた。

スケールの低い賭けにここまで本気になるのは世界広しといえど、この二人ぐらいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして期末試験当日。

聖祥中学校の二年六組の教室にいる、いつもより余裕そうに落ち着いている五人の少女達と、相変わらずけだるそうな垣根帝督。

もっとも、聖祥はかなりの名門校なのでテスト前や当日に慌てる生徒は少ない。

フェイトが垣根に言う。

 

「垣根、昨日と一昨日はありがとう。おかげで国語も世界史もなんとかなりそうだよ」

 

「おう」

 

垣根はフェイトに右手を差し出し、

 

「三万円な」

 

「「「「「えええええッ!?」」」」」

 

アリサとすずかも驚く。

 

「お金取るの!?」

 

「しかも高いよ!!」

 

「聞いてないで!!」

 

まくし立てるフェイトとなのはとはやて。

だが垣根はふざけたような表情を変えなかった。

 

「じゃあ特別サービスで六千円で良いよ」

 

「安っ!!いや、安かないけど」

 

「ダメよ。お金取るなんて」

 

「痛てっ、冗談だよ」

 

アリサが垣根にチョップして止めた。

 

「ま、とにかく国語が楽しみだな」

 

「そうだね。覚悟しててよね!」

 

垣根となのはが得意げに笑い合う。

そして運命の期末試験(とき)が来た。

各科目、着々とクリアしていき、なのはとフェイトにとって鬼門だった文系も、いつもより自信がありそうに受けていた。

三日間に渡る期末試験が終了し、後は答案返却を待つだけだ。

 

「ふふ、結果が楽しみだね〜垣根くん。ううん、帝督くんって言った方が良いかな♪」

 

「ハッ。粋がんなよ。勉強頑張ったっつっても所詮付け焼き刃だ。狙い通りにいくとは限らねえぞ」

 

なのはと垣根は再び挑発し合っていた。

その様を見て苦笑いするフェイトとすずか。

アリサとはやてはヤレヤレと首を振っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…そしてテスト週間の翌週の月曜日。

 

ついに答案が返却される。

 

国語の答案用紙が返されていく。

アリサ、すずか、垣根、はやての四人は満点。

フェイトも八十点と皆結構な高得点をたたき出す。

最後になのはの答案が返された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その得点は……………………………七十九点だった。

 

「にゃああああああああああああああああああッッッ!!!?」

 

なのはは、自身の髪の毛が逆立つんじゃないかと思われるぐらい絶叫した。

クラス一体がビクリと驚き、なのはを見る。

 

「うるせえぞ高町!さっさと席に戻れ!」

 

国語担当兼担任の坂田が耳に手を当てながらどやす。

なのははトボトボと自分の席に戻ると、彼女が普段纏っている白いバリアジャケットよりもさらに白く燃え尽きた。

それはまるで某有名ボクシング漫画の主人公の最期のようだった。

 

「どうやら、賭けは俺の勝ちみたいだな」

 

その様子を見てうっすらと笑う垣根帝督。

フェイトが慌ててフォローする。

 

「だ、大丈夫だよ!今回は惜しかったけど、この調子で頑張っていけば次は絶対八十点以上取れるよ!!」

 

「うう、フェイトちゃーん!!」

 

フェイトに思わず泣きつくなのは。

少し遠くで“萌え萌えキュン☆”とかいう声が聞こえた気がしたが、気の性だろう。

 

「でもまぁ、付け焼き刃の割によくやったんじゃねえの、お前。いつもは六十点代の常連だったっつー話なんだから。頑張ったな」

 

垣根は半笑いでなのはを称賛した。

皮肉にしか聞こえないが。

 

「半笑いで言われても嬉しくないよ」

 

彼女はふて腐れたような表情で言う。

 

「そりゃ悪かった。よーしよし、お前はよく頑張ったよく頑張った♪」

 

垣根はそう言いながらなのはの頭に手を載せると、力強くくしゃくしゃとやや雑に撫でる。

 

「わわっ、ちょっと!やめてよ。髪が〜」

 

なのはは恥ずかしそうに抵抗する。

 

「逃げんなよ、褒めてやってんだから」

 

「そんな、私は小さい子供じゃないんだよ!!」

 

だが、意外と口で言うほど嫌そうではない。

満更でもないようだった。

垣根帝督は不意に左手の平をなのはに差し出した。

 

「それじゃ、俺が賭けに勝ったからジャンプSQ代半分な」

 

「あ」

 

妙にフワフワした空気が、この一言で台無しになった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一学期の終わり

七月下旬。

 

期末試験が終わり、一学期教科が終わり、清掃作業が終わり、そして今。

終業式の真っ最中だ。

この手の全校集会の定番といえば、教頭や校長の長ったらしい話である。

校長の話は長い。

その癖内容は薄かったりする。

校長自身の頭髪も薄かったりする。

既に一時間近く話は続いており、全校生徒の一割はウトウトしていたり寝ていたりしていた。

八神はやてもその一人だった。

クラス毎に横一列ずつに並んで席に座っている。

はやては目を擦りながら眠るのを我慢していた。

 

(この校長の話って、内容濃くも無いのにいつも長ったらしいんよねぇ。眠ぅなってまうわ…)

 

ふと、彼女は右側に目を向けた。

右端近くではアリサが眠そうにあくびを噛み殺していた。

なのは、すずか、フェイトは真面目に聞いているようだが、やはり眠そうだった。

そんな様子を見ていると余計に眠くなってくる。

はやては眠気を必死に我慢しながら左側を向く。

はやての左隣りには垣根帝督が座っているはずだった。

なぜ名簿順に並んでいるのに垣根ははやての左隣り、つまり一番最後の位置に居るかというと、彼が転入生だからというのが理由だ。

その為、垣根の名前は出席簿にも最後に後付けされている。

 

話が逸れた。

 

はやての左隣りに座る垣根帝督は背筋を伸ばして、顎を引き、姿勢良く真面目に校長の話を……聞いている訳が無かった。

彼は姿勢の良い座り方をして両目をつぶり、静かに熟睡していた。

器用な寝方をする男である。

 

(…ええ〜……)

 

それを見たはやては、驚き半分呆れ半分といった表情になる。

とにかく終業式は無事に(?)終わり、各教室では通知表が配布されている。

ちなみに成績は昔ながらの五段階評価で以下のとおりである。

 

垣根帝督

数学4

英語4

現国4

理科4

社会4

技術・家庭4

保健体育4

 

アリサ・バニングス

数学5

英語5

現国5

理科5

社会5

技術・家庭5

保健体育5

 

月村すずか

数学4

英語5

現国5

理科5

社会4

技術・家庭5

保健体育5

 

……と、ここまでは問題無い。

問題は魔導師組三人娘だ。

 

高町なのは

数学5

英語4

現国3

理科4

社会3

技術・家庭3

保健体育3

 

フェイト・T・ハラオウン

数学5

英語5

現国2

理科4

社会2

技術・家庭4

保健体育5

 

八神はやて

数学4

英語3

現国4

理科3

社会2

技術・家庭5

保健体育3

 

……と、理数系と文系の差が激しい。

 

この時間には何処の学校でも通知表や成績の見せ合いをするのが定番である。

垣根は乗り気じゃ無かったが、アリサから通知表を引ったくられた。

はやては垣根の通知表を見て意外そうな顔をする。

 

「あれ?意外やね。帝督くんはオール5やと思っとったんに」

 

「授業態度が悪かったからな」

 

「あら、自覚あったの?」

 

アリサが垣根に言う。

 

「一応な。サボったりもしたし」

 

「それでも5が一つも無いのは意外だね」

 

「そうだね。超能力者(レベル5)なのにね」

 

フェイトに同意しながら軽くボケてみたなのは。

 

「うまくねえぞ、それ」

 

「あう」

 

あっさり垣根にツッコまれた。

と、そこへ、二人の男子生徒が垣根帝督に近づいてきた。

 

「よー、垣根。成績どーだった?」

 

と、垣根に馴れ馴れしく話しかけたのは聖祥中の制服を適度に着崩し、不良に憧れてカッコつけてみたような今風な出で立ちの少年。

名前は古市貴之(ふるいちたかゆき)

 

「ゴメン、古市君がどうしても垣根君の成績見たいって聞かなくて」

 

もう一人は、制服を正しく着こなして眼鏡をかけ、特に特徴がなさそうな少年。

某漫画の駄メガネそっくりな容姿。

名前は志村新八(しむらしんぱち)

性格も某ツッコミメガネに酷似している。

彼らは最近、垣根帝督と話すようになった悪友のような立ち位置にいる。

 

「うわー、やっぱ垣根って頭いいんだなぁー!……それに引き替え俺達は…」

 

古市貴之

数学2

英語1

現国2

理科2

社会3

技術・家庭1

保健体育3

 

志村新八

数学3

英語3

現国3

理科3

社会3

技術・家庭3

保健体育3

 

垣根は二人の通知表を見てつまらなさそうに言った。

 

「お前の成績悪いのは単なる怠慢だろうが。自業自得だ。……志村は可も無く不可も無くだな」

 

「ま、そんな事より。これから俺達とどっか行こうぜ。せっかくの夏休みなんだし」

 

「聞けよ」

 

「でも古市君、成績不良者で今日は補習だよ?」

 

「あー!!そうだった!!」

 

古市はガックリとうなだれた。

 

(帰るか)

 

垣根はそんな古市貴志をどうでも良さそうに無視して鞄を持って教室を去ろうとした。

 

「待って垣根くん。わたし達と一緒に帰ろ?」

 

なのはが彼を呼び止めた。

 

「お前等は補習とか無いの?」

 

「うん、何とかね。でも国語の宿題普通より多くだされちゃって…」

 

彼女はそう言いながら苦笑いを浮かべる。

どうやらフェイトとはやても同じような状態らしい。

垣根はふうんと、興味なさそうに呟き、

 

「それはともかく、帰るんだったらさっさと行こうぜ」

 

「あ、僕も一緒に良い?」

 

「うん、良いよ。皆で一緒に帰ろう」

 

志村の問いにフェイトが了承する。

そこへ、魅神聖が教室に入ってきた。

 

「やあ皆。一緒に帰ろう」

 

ニコッと、笑いながらなのは達に近づく。

 

「うわ」

 

「出たよ、ウザイケメン野郎」

 

志村と古市は表情をこわばらす。

アリサとはやては疲れたようなウンザリしたような表情になる。

他の三人は困ったような苦笑を浮かべる。

そんな事には気づかない魅神は、垣根がなのはのすぐ近くに立っていることに気づく。

 

「あ!てめー垣根!!忠告してやったのに性懲りもなくなのは達に付き纏いやがって!!」

 

魅神はまくし立てるが垣根は面倒臭そうに聞き流した。

 

(付き纏ってるのはあんただよ)

 

と、志村は思ったがとばっちりを受けそうなので突っ込まなかった。

 

「おい!聞いてるのか!?クソッ、言葉で効かないなら体で教えてやる!!」

 

魅神聖は鞄から二本の木刀を取り出して、一本を垣根に投げ渡した。

というか、何で木刀を二本も携帯しているのか。

 

「屋上に来い、勝負だ。言っとくが能力は使うなよ」

 

それだけ言うと彼は立ち去った。

 

「俺、剣術なんてかじってもないし、チャンバラもやった事無いんだけど。つーか、何であいつ、木刀なんて携帯しているんだ?」

 

「相手にしなくて良いわよ、垣根」

 

「そうや、ほっといたらええ」

 

アリサとはやてが諭す。

 

「そうだな、こんなんに付き合ってやる義理なんざねえし」

 

ただ、と続ける。

 

「木刀は返すか」

 

しかし魅神は人の話を聞かず、古市が囃し立てた事もあって、結局勝負する羽目になった垣根帝督。

 

 

屋上で相対する垣根帝督と魅神聖。

後ろではなのは達が心配そうに見ている。

 

「オレが勝ったらもう二度とオレのなのは達に近づくなよ」

 

「じゃあ俺が「では行くぞ!!」聞けよ」

 

話を最後まで聞かずに魅神は切り掛かる。

だが彼の斬撃は垣根にヒョイヒョイとかわされる。

魅神聖の剣術はそれなりに高いが今は感情になり、一振り一振りがやや大振りになっている。

はっきり言って隙だらけだ。

勝敗は一撃で決まった。

 

垣根が放った棒蹴りが直撃したのだ。

 

 

魅神聖の股間に。

 

金!! という効果音でもなりそうだった。

 

「…─ッッ!!?〜〜ッッッ!!」

 

言葉にならない悲鳴があがる。

女性陣は思わず顔を背けたり、手で顔を隠したりした。

男二人は顔を青ざめた。

垣根はサディスティックな笑顔で悶絶している魅神に回し蹴りを腹にお見舞いし、ノックダウン。

 

「き、汚いぞ!」

 

「別に無理に白兵戦する必要はねえ。それに『手足を使うな』っつールールも無いから反則じゃねえ」

 

魅神は言い返す前に気絶した。

 

「終わった。じゃ、帰るか♪」

 

(((((((…ええ〜)))))))

 

垣根帝督以外の心の声が一致した瞬間だった。

 

 

 

 

 

その後。

垣根達五人の少年少女は、チンピラ共五人に絡まれていた。

 

「はいどーも」

 

「恵まれない僕達に愛の募金をよろしく」

 

「さっさと出せオラ」

 

「それが嫌なら連れてる女三人置いてけ。可愛がってやるからよぉ♪ヒヒッ」

 

垣根は首をキョロキョロとする。

 

「おめーだ!おめーっ!!」

 

オッス、俺の名前は垣根帝督。

 

「何勝手にモノローグ始めてんだコラっ!!」

 

「自己紹介はいーんだよボケッ!!」

 

ひょんな事から聖祥大附属中学校に通う事になった、どこにでもいる普通の超能力者(レベル5)の中学生だ。

 

「どこにでもいねーよ!!」

 

垣根のボケ倒しにチンピラ共がキレる。

 

「てめーすっとぼけてんじゃねーぞ!!ああっ!?」

 

「女と遊ぶ金ぐらい持ってんだろ!!」

 

「有り金全部出せオラッ!」

 

終業式が終わり、下校していた八人の少年少女達。

古市は教師に無理を言って補習を明日に延期させてもらった。

志村と古市達は、高町なのは達と初めて一緒に帰る事になったが、問題無く打ち解けた。

そして寄り道、というか商店街を少しブラブラしようとする垣根、古市達とそのまま帰るアリサ・バニングス、月村すずか、志村達は別れた。

 

高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやての三人は垣根達に付き合う事にした。

そして、それから二十分後。

つまり今に至るのである。

 

(まだいたんだ、垣根にカラむよーな奴ら…)

 

古市は呆れて苦笑しながら携帯電話を弄っていた。

なのはとフェイトとはやても苦笑しているが緊迫感は無い。

 

「参ったなー、最近(ATMから)おろすの忘れてたからな〜」

 

彼はそう言いながらポケットをゴソゴソと漁る。

そして垣根帝督の右手には───五十円玉が一枚、一円玉が二枚。

 

「……五十二円」

 

垣根が呟く。

チンピラ共三人が垣根の後ろから覗き見て同情の目で、

 

「うわぁ」

 

「気の毒」

 

「……」

 

垣根は右手に五十二円を握りしめて拳を握ってチンピラ共に振り向くとニヤリと笑い、

 

「五十二円パーンチ」

 

ゴボォッ!!

 

「ぼきんっ!!」

 

とりあえずぶん殴った。

 

その後チンピラ五人は垣根に漫画のようにタコ殴りにされ、路地裏のゴミ捨て場に無造作に放り捨てられた。

ちなみに垣根帝督は自分の手足の表面を『未元物質(ダークマター)』でコーティングして自身へのダメージをゼロにしていた。

 

「腹減ったなー」

 

「あ、終わった?」

 

時間はちょうどお昼時。

垣根のボヤきに古市が言う。

 

「そこの肉屋でミニメンチカツ(四十円)買ってこうぜ」

 

「そうだな」

 

「お、ええなぁ。あそこのメンチカツ美味しいねん♪」

 

はやてもそれに賛成する。

 

「あ、それ私も食べた事あるよ」

 

「わたしも」

 

なのはとフェイトも賛成のようだ。

……そして五人は無事メンチカツを手に入れ食し、再びブラブラ。

この間に垣根は金を卸しておいた。

卸さなければ彼の手持ち金は十二円なのだから。

 

余談だが、古市が『手持ち十二円って!幼稚園児でももう少し持ってるぞw』とからかってきたので垣根から

 

「十二円パーンチ」

 

「そげぶっ!?」

 

案の定ぶん殴られた。

この後、フェイトは急に電話で呼び出され(管理局関係)、はやては夕飯の食材の買い出し、残ったのは垣根と古市となのは。

 

「俺等も帰るか」

 

「そうだね」

 

「ああ」

 

垣根の提案に同意する二人。

古市は家の方角が違うためすぐに別れた。

 

垣根となのはが並んで歩いている。

不意になのはが彼に話しかけた。

 

「夏休み、楽しみだね」

 

「ん?ああ、そーだな」

 

「垣根くんは学園都市で夏休みはどうしてたの?」

 

垣根はつまらなそうに答える。

 

「クソ暑いから仕事が有るとき以外は自宅で食っちゃ寝だな」

 

そもそも彼は性格的に、自発的に行事や休暇を楽しもうとはしない。

気まぐれで街をふらついたり買い出しぐらいでしか外出もしない。

 

「そうだったんだ。じゃあ、今年の夏休みは皆で一緒に楽しもうね!」

 

なのはは満面の笑みで垣根に向き直る。

 

「……気が向いたらな」

 

垣根は一瞬返事するのを躊躇った。

 

この夏、垣根帝督は五人の少女達(特に三人)と二人の少年達に日々振り回される事になる。

 

 

 

…………その日の夜。

垣根の携帯電話に一通のメールが受信された。

 

内容は、

 

From:アリサ・バニングス

 

『三日後みんなで海に行くから明日そのための買い出しに行くわよ。

ちなみに拒否権は無いから♪

明日の午前10時に近くのショッピングセンターに集合。

P.S.時間厳守!! 』

 

 

「…………、嫌な予感がする」

 

垣根は自分の第六感がそう告げていたが、敢えて深くは考えずにそのまま寝る事にした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お買い物やらとばっちりやら

夏休み初日の朝、海鳴市で最も大きなショッピングセンターに五人の少女達がいる。

順に詳しく紹介していこう。

 

まずこの世界観、原作での主人公。

 

高町なのは。

服装はオレンジ色の半袖シャツにブラウンのミニスカート。

 

フェイト・T・ハラオウン。

薄手の黒い半袖にブルーのパンツ。

 

八神はやて。

白いブラウスに黒いミニスカート。

 

アリサ・バニングス。

赤いタンクトップに青いホットパンツ。

 

月村すずか

紺色の半袖ワンピース。

 

皆夏らしい恰好だ。

 

と、そこにアンニュイな足取りで垣根帝督が歩いてきた。

彼の服装は白いシャツにグリーンの長ズボンだ。

 

「あ、帝督くん。こっちやで〜♪」

 

垣根に気付いたはやてが、彼にむけて笑顔で手を振る。

続いてなのはとフェイトも垣根に向かって笑顔で手を振る。

到着した垣根にアリサが不満そうに言う。

 

「遅かったわね、もう皆揃ってるわよ?」

 

「定刻通りだろーが、お前等が早いんだよ」

 

時刻はちょうど午前十時。

待ち合わせ時間ピッタリだった。

 

「さ、とにかく全員揃ったし買い物に行くわよ!」

 

「「「「おー♪」」」」

 

垣根以外が呼応する。

 

(テンション高いな、こいつ等)

 

ショッピングセンター内を歩きながら垣根はなのはに尋ねた。

 

「買い物買い物っつってるけどよ、何買うんだよ?」

 

「水着だよ♪」

 

「ああ?」

 

なのはは爽やかな笑顔で答えた。

それを聞いた瞬間、垣根帝督の目が点になった。

 

「……、悪いがもう一度言ってくれるか?」

 

「水着を買いに行くんだよ♪」

 

「え?何だって?」

 

「だ、だから水着を買いに……ね?」

 

「済まねえが、もう一度言ってくれるか」

 

片眉を上げながら、静かに尋ねる垣根。

 

「え、えっと……、み水着を……」

 

言いながら、そろそろなのはも垣根の爆発を予期して、青ざめ始めている。

そこへはやてが、空気を読まずに彼の左手を握ってきた。

 

「だから水着やって言うとるやん♪」

 

はやての行為に少し驚くが、垣根は呆れきった顔をして彼女の手を振りほどくと、回れ右をしてスタスタと歩きだす。

 

「帰る」

 

「え!?ち、ちょっと?垣根!?」

 

フェイトが驚きながら垣根を呼ぶが、彼は立ち止まらない。

すずかが垣根の肩を掴んで引き止めた。

 

「待ってよ垣根くん!急にどうしたの!?」

 

「決まってんだろ、帰んだよ。何で俺がテメェ等の水着選びの為だけに付き合わなきゃならねえんだよ」

 

アリサがニヤニヤしながら垣根に言う。

 

「どうせアンタ水着なんて持ってないんでしょ?だからアンタも買う必要があるから、どの道付き合ってもらうわよ」

 

確かに娯楽等とは希薄な人生を送ってきた垣根帝督は、少なくとも今は海パン一枚持っていない。

必要が無かったからだ。

しかし今回はどうだろうか。

海に行くのだから必然的に海水浴をするのだろう。

となれば水着は必需品だ。

だが、

 

「何で俺が、お前達と海水浴に行く前提になってんだよ」

 

「え、でも『友達』と夏休みにどこかへ遊びに行くのは普通だよね?」

 

フェイトが微笑みながら口を挟んできた。

 

「お前『友達』ってワードを使えば、俺が折れるとでも思っているのか?大体、殆ど女だけの集まりに加わるなんざ、アウェー感しかねえし嫌なんだが」

 

当然のようにゴネる垣根。

このまま断ろうとするが、そう簡単に逃す気はない。

 

「ああ、それなら大丈夫だよ」

 

と、なのは。

彼女は続ける。

 

「今回、志村君と古市君も行く事になって、都合が合えばユーノくんとクロノくんも行ける事になったから♪」

 

偶然なのか予防策なのかは分からないが、これでいよいよ断る理由が、ただ面倒臭いから行きたくないぐらいしか残らなかった。

確かなのは、垣根帝督が誘いを素直に受ける訳がないのを、五人とも予想していた事だ。

垣根は溜め息を吐き、

 

「……はあ、もう分かったよ、自分のを買うついでに付き合ってやる」

 

最近、彼女達のペースに呑み込まれがちなのが何だか癪だったが、これ以上は無駄だと思い、思考を一度打ち切る。

 

「そうこなくっちゃね♪」

 

アリサは満足そうに言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして数十分が経過。

 

垣根帝督は適当にありきたりな黒色のズボンタイプの海パンと上に着る柄シャツを購入。

だが、ここからが長い。

女子達による水着プチファッションショーがスタートしたからだ。

垣根は当然退場しようとしたが、なのは達に捕まり女性用水着売場に連行された。

 

「……いや、お前達同士で見せ合えば良いだろ?こんなとこに男の俺が居るのは居心地悪いんだが。変に悪目立ちとかしたくねえんだけど」

 

「大丈夫よ。アンタ顔は良いんだから、意外と違和感無いわよ」

 

「うんうん♪」

 

アリサの言葉にすずかも同意する。

 

「それじゃわたし達、色々なの試着してみるから、垣根くんも……意見ちょうだいね」

 

「俺の意見が必要か?」

 

「異性の……友達の意見も聞きたいの」

 

羞恥心で若干照れながらそう告げるなのはに、垣根は眉をひそめて言う。

 

「……自分で言って恥ずかしいなら言うなよ。異性の友達ならユーノとかで良いだろ」

 

「ユーノくんはまだ忙しいし、クロノくんは照れちゃって、エイミィさんだけで手一杯だから。それに、垣根くんは基本暇でしょ?」

 

「シバくぞお前」

 

 

 

そして更に数十分後。

薄々分かってはいたが、垣根帝督は全く役に立たなかった。

誰がどんな水着を着て見せても、

 

「良いんじゃねえの」や「似合ってる」ぐらいしか言わないからだ。

 

これは彼が無頓着だからということもあるが、決して不感症だったり鈍感だったりという訳ではない。こういうひねくれた性格なのだ。

故に自発的に『かわいい』という単語が出てこないのだ。

 

「ちゃんと意見しぃや、ていとくん!」

 

はやてが不満そうに僅かに頬を膨らます。

はやてに限らず皆不満そうだ。

垣根はくだらなさそうに言う。

 

「ていとくん言うな。……一応ちゃんと見て言ってるっつーの。大体、お前等全員ルックス良いんだから、よほど奇抜なものじゃない限り、何着ても似合うんじゃねえか?後は個人の好み次第だろ」

 

「身も蓋もない事を……」

 

「仕方ないわね。それなら、当日にアンタもグッと来るようなの選んでやるわ」

 

「ほな、当日楽しみにしててな。帝督くん」

 

「そうだね、フェイトちゃん一緒に選ぼ!」

(垣根くんをびっくりさせるんだから!!)

 

「うん」

(水着姿見せるの結構恥ずかしかった……)

 

垣根の提案により、結局それぞれ好みの水着を買ったそうな。

彼が何気なく彼女達の容姿を褒めた事には誰も気付いていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

ミッドチルダの首都、クラナガン。

そこに位置する巨大なショッピングモールの一角の、コスメ系ショップには中学生ぐらいの少女が三人と、本来はこの世界に存在しないはずの少年がいた。

 

「_んー、これ良い匂い。一つ買おかな?シャマルとシグナムの分もついでに……」

 

「……おい」

 

「このリップグロスは……、ちょっと派手かな。わたしには似合わないかも」

 

「あ、じゃあ、わたし試してみても良い?」

 

「……おいって」

 

無視されてムカつき、段々語気が強くなるが、三人娘はどこ吹く風といった調子だった。

 

それから更に数十分……数時間とモール内を転々とし、ショッピングを楽しむ三人と、その傍らか後ろに佇んでいる、不機嫌な一人。

 

「ふう……、後必要なものって何があったっけ?」

 

「靴とかはこの前買ったしね」

 

「あ、季節もののお洋服も見よか。次は服のコーナーに行くで」

 

と、なのはとフェイト、はやてが話していた所で、付き合わされている少年、垣根帝督が彼女達を制止するように怒った声で口を挟む。

 

「……おいっ!ちょっと待て!」

 

「んーどないしたん?もしかして、欲しい物でもあるん?」

 

はやてがニッコリと柔和に笑って垣根に訊いてきた。

だが、今の彼はその笑顔にすらムカついていた。

垣根は露骨に苛立った顔と口調で言う。

 

「ねえよ、欲しい物なんて。それより、いつまで買い物してんだ」

 

三人の両手や手首に目をやり、うんざりした様子で、吐き捨てるように続ける。

 

「もう結構買っただろ。まだ続ける気か?」

 

そう。

三人とも大きくはないが、両手に五つぐらいの紙袋をぶら下げている。

数時間も買い物をしていたのだから無理もない。

しかし、なのはが告げる。

 

「こんなのまだ序の口だよ。こうやって三人揃ってお休みにクラナガン(ここ)でお買い物したり遊びに行くのも久し振りだし、今日は垣根くんも付き合ってくれるんだしね♪」

 

「そうそう♪」

 

フェイトが相槌を打ち、はやてが続ける。

 

「それに、女の子には色々必要なんやで。折角やから、ていとくんもこの機会に勉強しよな♪」

 

「ていとくん言うな」

 

「特に、お仕事では交渉とか会議とかで人とよう会うわたしやフェイトちゃんもな~。あ、この香水、ええ香りでキツくないのもええね。一つ買おかな」

 

ツッコミを無視して、気に入った香水の小瓶を手に取るはやて。

垣根は呆れたように表情を緩め、溜め息を吐いた。

 

「はあ……。女の買い物が長いっつーのは本当の話だったのか」

 

と言った所で、改めてという感じで尋ねる。

 

「だが、一つ腑に落ちねえ事がある。この買い物に俺がいる意味があるのか?」

 

「えー、この前のわたしのお誕生日会の『埋め合わせ』してくれるって言うたやん♪」

 

「ちょっとくらい付き合ってくれても良いでしょう?」

 

「……それとも、はやてと二人きりが、良かったとか……?」

 

フェイトの一言に、えー! えー! 囃し立てるように好き勝手にハシャぎ始めるなのはとはやて。

 

「えー! ていとくん、わたしと二人きりでデートしたかったん?もー、それなら言うてくれたらええのに~。ほな、それはまた今度絶対しよな?」

 

「元々、はやてちゃんのお誕生日会の『埋め合わせ』だもんね。じゃあ、わたしとフェイトちゃんも、今年の誕生日は過ぎちゃってるから、今度わたし達にも付き合ってね♪」

 

「はやて、プレゼントのストラップ気に入ってたもんね。なのは、わたし達も楽しみだね♪」

 

と、これまた勝手に話を進められ、垣根帝督は苛立ちと呆れを織り混ぜたような表情を浮かべ、眉間にシワを寄せる。

彼はイラッと眉を動かして、相変わらず面倒臭そうな調子で言った。

 

「勝手に話進めんな。付き合うどうこうじゃねえよ。意味があるかどうかって聞いてんだ」

 

くだらなさそうに垣根は言い続ける。

 

「確かにこの前の『埋め合わせ』に、付き添うとは言ったが、それだけだ。言っておくがお前達の荷物なんて持つ気はねえ。俺が欲しい物もここには無い。いる意味が無いんだよ」

 

「え、あるよ。垣根くんがここにいる意味」

 

「はあ?」

 

なのはが即答し、垣根は訳が分からなさそうにする。

フェイトが続けた。

 

「ほら、わたし達って基本的に女所帯でしょ。だからたまにお買い物していると、男の子の意見も欲しい時があるの」

 

そしてなのはが再び告げる。

 

「それを聞く為にも、垣根くんには居てもらわなくちゃ困るんだよねえ」

 

「俺はお前達の買い物に意見する気もねえよ」

 

「そっか。所で、この青と薄いピンクの服なんだけど、どっちの方がわたしに似合うと思う?」

 

と言いながら、なのはが両手に持った二着の洋服を体に当てて尋ねてきた。

勿論、垣根は興味の無さそうな調子で答えた。

 

「知るかよ。自分で考えろ」

 

しかし、彼女は視線の僅かな機微を見逃さなかった。

 

「……ピンク色の方を見てたね。こっちの方が好みなんだ? うーん……そうだね、わたしもこっちの方が良いと思うし、これに決定っと♪」

 

「……チッ、何度か聞いてくるからおかしいとは思ったが、そういう事か」

 

してやられた感じがして、小さく舌打ちの音を立てた。

 

「人の事を勝手に判別機にするな。大体、男の意見っていうなら俺でなくても良い。つーか、それこそこういうのはクロノやらユーノやらに付いていってもらえよ。何なら魅神ってヤツに。そいつの方がよっぽど、協力的に買い物に付き合うだろうぜ」

 

「それはダメ。クロノもユーノも相変わらず忙しいし、迷惑はかけられないよ」

 

「魅神君も連れて行けないよ」

 

と、フェイトとなのはは即座に却下してきた。

 

「あん?どういう事だ?」

 

垣根は怪訝な声を発するが、はやてはヤレヤレといった調子で言う。

 

「魅神君とは今まであくまで同僚兼同級生やったのに、お買い物に連れてもうたら、その関係が崩れてまうやろ。一度崩れたら、もっと行けるかもって思われるかもしれへんし」

 

再びフェイトとなのはがそれに続く。

 

「うん。だから変に気を持たせたくないから、あの人は連れて行けないの」

 

「そうなると家族以外で、一番暇にしていて迷惑かけても良い男子の友達(、、、、、、、、、、、、、)は、垣根くんだけになるかな」

 

「はあん。そんなもんか。……つーか高町、一番暇にしているは余計だし、迷惑かけても良いってどういう事だコラ」

 

一応、事情には納得しつつも一言余計ななのはにツッコんだ。

 

「……それに、こういう大事なお買い物は、信頼できる相手と一緒じゃないとできないよ」

 

「わたし達が言うてる事、分かる?帝督くん……」

 

穏やかで柔らかな声色で告げたなのはとはやては、柔和な笑顔で垣根を見つめていた。

包み込むように大人びた優しさと年相応の可愛さを内包した少女達は、見る者の目を離させないほどとても魅力的に見えた。

 

「信頼できる相手か。お前等_」

 

垣根帝督は、柔和に微笑む同級生の美少女達に、ゆっくりたっぷりと間を置いて、答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何言ってんだ。俺みたいな悪党が信頼できる相手に見えるのか?」

 

彼は呆れ果てたような顔で、そう言ってきた。

 

「いよいよ買い物のし過ぎで、頭でもバグったのかよ」

 

「……もー、ちょっとくらいビックリしたり、ときめいたりせえへんの?」

 

「……いっそ清々しいくらいに、全く戸惑ったりもしないね」

 

はやては不満そうに、僅かに頬を膨らます。

なのはも、流石に動じないばかりか、毒吐かれて言い返されるとは思わなかったらしく、苦笑いを浮かべる。

そこで、同じく苦笑していたフェイトが垣根に言う。

 

「あはは……。でも、簡単にこういう事を言う相手には気を付けてね。垣根には必要無さそうだけど」

 

「当たり前だ。この程度で動じる俺じゃねえ」

 

垣根は何処と無く自慢気に答えると、それより、となのは達に、

 

「で、まだ買い物は続けるのか?いい加減飽きてきたんだが……」

 

「勿論♪」

 

「まだまだこれからだよ♪」

 

「最後まで付き合ってもらうで、ていとくん♪」

 

「ていとくん言うなっての」

 

なのはとフェイトとはやては、今度こそ含み笑い無しで悪戯っぽく笑いかけてきた。

 

「仮にも『埋め合わせ』を言い出しっぺなんやから、それはまっとうしてな~♪」

 

「そうそう♪」

 

「無理に荷物持ちとかまではさせないから、後ろに着いてくるぐらいはしてね♪」

 

「……、分かったよ。早めに済ませろよな」

 

垣根は深く溜め息を吐くと、諦めたような声で答えた。

それを聞いた三人はニッコリ笑って、再び軽い足取りで歩を進め始める。

 

「善処するわ。ほな、次のとこに行こか」

 

結局この後も、じっくりこってり連れ回され、夕食まで付き合う羽目になったのだった。

 

 

 

「……、善処するっつってなかったか?結局一日がかりだったじゃねえか」

 

「だって、はやてちゃんもわたし達も、確約はしてないもん」

 

「これでも本当は、セーブして行きたかった所いくつか断念したんだよ?」

 

「せやで、感謝しいや」

 

ショッピングモールの最上階のファミレスで、ディナーを囲みながら口々に言ってくる三人のセリフに、疲れ切って椅子にもたれ掛かっていた垣根帝督は、耳を疑い思わず目を剥いた。

 

「マジかよ……。正気か、お前等……」

 

うげぇ、と表情を歪め、心底うんざりした声を発する垣根に、カルボナーラをつつきながらなのはが笑いかける。

 

「垣根くんも、折角ミッドチルダに来たんだから、もっと楽しもうとすれば良かったのに」

 

「……そもそも、行き先がミッド (ここ )だって初めから分かってたら行かなかったよ。お前等魔法サイドの世界に、不用意に関わるつもりはねえんだから」

 

なのはの言葉に垣根は面倒臭そうに答えると、ピラフを食べているはやてが言う。

 

「そないなカタイ事言いっこなしやで?あくまで『お友達同士』で遊びに来とるだけなんやから」

 

「お前等、三人ともこの世界の公僕だって事、忘れてねえか?」

 

「大丈夫。滞在しているだけだし、逆に管理外世界にわたし達の家族も住んでたりもするんだし、それこそ違法行為でも働かない限り、基本的には平気なはずだよ」

 

ナポリタンを口にしながら発せられたフェイトの言葉を聞き、彼は深い溜め息を吐いた。

現役の捜査官二人と執務官が太鼓判を押すのだから、もはや何も言うまい、と。

垣根は余計な事を考えるのを止め、注文していたハンバーグステーキに手を付けるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

海水浴

そして当日。

 

なのは、はやて、フェイト、アリサ、すずか、垣根、古市、志村、+α、は某所の大きな海水浴場に来ていた。

近くにバニングス家所有の別荘があり、彼等はそこで寝泊まりする予定である。

ちなみに+αとはとクロノ、エイミィ、ヴォルケンリッター達だ。

他の人々も休暇を取って来ている。

 

(随分と大所帯になったな)

 

と垣根は右腕にパラソル、左腕にブルーシートを持って思った。

冷静に考えれば、かなりの大きさと重量のあるパラソルを片腕で持っているのはおかしい。

しかも垣根は片手でパラソルを開くと、思い切りそれを投げ落として砂浜の地面に射し込んだ。

彼は普段からある程度体を鍛えてはいるが、能力で補助しているからできる芸当だ。

そしてブルーシートを引くと寝転がる。

垣根は上はアロハシャツ、下は海パンになっているが泳ぐ気ゼロである。

ちゃっかり能力で紫外線を遮断して日焼け防止もしている。

 

活字だと説明しないと分からない為、ここでまず五人の少女達の水着を紹介しておこう。

 

なのは。

淡いピンク色のビキニ。

彼女らしい可愛らしいデザイン。

 

フェイト。

黒いビキニ。本人は無意識だがセクシーな感じのデザインだ。

 

はやて。

肩が露出した白いビキニ。

本人曰く『これで帝督くんを悩殺や♪』とおちゃらけなのか本気なのかは分からない。

 

アリサ。

赤いビキニ。

腰にパレオを付けている。

 

すずか。

ブルーのワンピースタイプの水着。

本人曰く『胸囲の都合でこれしか無かった』との事。

 

夏休みシーズンという事もあって海水浴場はかなりの人々で賑わっているが、砂浜が広大な為好きな場所取りができる程度の余裕はある。

多過ぎず少な過ぎずといった感じだ。

既にアリサ、すずか、古市、志村、ユーノ、エイミィの六人は海に入ってはしゃいでいる。

 

「隣、良いかな?」

 

不意に声が聞こえた。

垣根は眠そうに目を開けるとそこにはなのはがいた。

 

「んあ?ああ、好きにしな」

 

「うん♪」

 

彼女は垣根の側に座った。

すると垣根は寝転んだまま、なのはの身体をジロリと見つめる。

というか、腹の辺りを中心にガン見している。

 

「……?な、何……?」

 

凝視されて思わず、羞恥心で顔が赤くになるなのは。

そんな彼女をよそに、垣根は呟いた。

 

「……傷痕は残ってないようだが、やっぱ後遺症はあるのか?」

 

「え?」

 

そう言われて彼女は急に冷静さを取り戻した。

 

「この前聞いた。お前、三年ぐらい前に撃墜されたんだってな。しかも過労が原因で」

 

「あ、うん。日頃の無茶が祟ってね……。一時はもう二度と飛べないだろうって言われたりもしたんだけど……」

 

なのはは、どこか済まなさそうに語る。

 

「必死にリハビリして復活。今に至るってか」

 

垣根が言う。

 

「まだ、空を飛ぶのも魔導師を続けるのも、諦めたくなかったから」

 

「ふうん。まあそれで、また潰れたら元も子も無いがな。自業自得だが一回痛い目にあって学習はしたんだろ?」

 

「うん。わたし、今教導官を目指してるんだ。自分と同じ失敗を他の人がしないように、ね」

 

彼女は垣根の顔を覗き込むように見て、ニッコリと笑う。

 

「はー。まあ頑張れよ」

 

垣根は再び寝そべりながら、完璧に興味無さそうに答えると、なのはが彼の方を向いて不満を言う。

 

「あ、ひどーい。少しは興味持ってくれても良いのに」

 

「知るか。お前の人生だろ」

 

「もー、話振ってきたの君でしょ。帝督くん」

 

「馴れ馴れしいっての」

 

そんな他愛のない話をしていると、横から不意に声をかけられた。

 

「オイ、いつまでイチャイチャしてんだよ」

 

「あ?」

 

「えっ?」

 

古市の声。

二人が視線を上に向けると、遊んでいたはずの六人、いや、エイミィはクロノの所に行って、はやてとフェイトが加わっている為七人だ。

 

「「イチャイチャなんかしてねーよ(ないよ!)」」

 

ハモった。

古市が調子に乗って更に挑発する。

 

「お!ハモった。息ピッタリですな〜お二人さん♪」

 

「へ!?そ、そそんなんじゃないって!!」

 

赤面しながら分かりやすく動揺するなのは。

対照的に、垣根は鼻で笑いながら、

 

「ウゼェなキモ市。あ、八神、コイツ最近ロリコンの疑いが掛かってるからヴィータとリインには近づかせんなよ?」

 

口からデマカセを吐き、爆弾を投下した。

さっきまで面白くなさそうに見ていたフェイトとはやてを含め、女子が一斉に古市貴之から距離を取った。

 

「ちょっと!?なんで皆で俺から後退りしたの!嘘だからね?アイツが言ってるのは。俺ロリコンじゃねーし!!」

 

「でもオマエこの前公園で遊んでる幼女見てニヤけてたじゃねえか」

 

「真顔で嘘つくんじゃねーよ!!そして信じるな!!」

 

はやて達は既に古市から二メートル距離を取っている。

 

「近づかないでくれる、キモ市。いや、ロリ市」

 

ゴミを見るような視線でアリサが言い放ったその一言が止めとなった。

心が折れ、両手両膝をついた。

と、そこへ志村とユーノが彼の肩にポンと手を置く。

その表情は慈愛に満ちていた。

 

「大丈夫だよ、き……古市君」

 

「僕達は古市を信じてるから」

 

「お、お前達……!」

 

古市は最後の希望に出会ったと涙を浮かべる。

だがしかし、

 

「「だから自首してくれ」」

 

結果、悪乗りに悪乗りで返され、コテンパンにされた。

折れた古市の心は粉々に砕けたとさ。

その様子を、垣根帝督は邪悪にほくそ笑んで眺めていた。

 

 

 

 

 

垣根帝督は今だにパラソルの日陰で寝そべっている。

なのはもさっきまでは彼の隣に座っていたが、古市貴之が茶化した事がきっかけで、羞恥心に負けて離れ、今はアリサやフェイト達と遊んでいる。

 

「帝督さーん、私と一緒に遊びましょ〜」

 

という声が聞こえると同時に、俯せに寝そべる垣根の身体がユサユサと揺すられる。

彼が声のする方へ目を向けると、そこには垣根のすぐ側で彼の身体を揺すっている、薄紫色のフリルのついたワンピースタイプの水着を着たリインフォース(ツヴァイ)がいた。

その近くには赤いスポーティーな水着姿のヴィータが両手を腰につけて立っていた。

 

「……だってよヴィータ。遊んでやれ」

 

「イヤ、どう考えてもお前に言ったんだろ」

 

ヴィータは逃れようとした垣根にツッコむ。

 

「遊びてえんならあそこで愉快にハシャいでる八神達に混ぜてもらえよ」

 

「私は帝督さんと遊びたいんですぅ〜!」

 

リインは駄々っ子のように言いながら、うつ伏せの垣根に馬乗りになる。

 

「頼むよ垣根、リインの相手してやってくれ。リインの奴、今日お前に会うの楽しみにしてたんだよ」

 

(何でこいつ、俺にこうも絡みたがる?)

 

変に懐かれている気がするが、彼には心当たりが無かった。

 

「んじゃ、シャマルかシグナムに……」

 

「私達は荷物番だ」

 

と、もう一本差してあるパラソルの下には白いビキニ姿のシャマルと、なぜか競泳用水着を身につけたシグナムが座っていた。

垣根は茶化すようにうっすらと笑いながら、

 

「荷物番は俺がするから遊んできたらどうだ?スタイル抜群なお二人さん♪」

 

「な!?いきなり何を言いだすんだ!!」

 

「あら、ありがとう♪でも遠慮しておくわ」

 

シグナムは言われ慣れてないためか垣根の言葉に動揺したが、シャマルはおっとりした性格のせいかあっさりと返した。

結果として垣根帝督は退路を絶たれ、露骨に舌打ちをする。

 

「ぶぅ〜、遊んでくださいぃ〜!」

 

リインは馬乗りになったままぶーたれる。

そして、そのまま後ろから垣根の耳を引っ張った。

 

「_って、痛だだだだだだッッ!!?オイッ!やめろ!!耳引っ張んな!!分かった!!分かったよ!!分かったから!!一緒に遊ぶから放してくれ!!」

 

そう彼が叫んだ瞬間、リインはパッと手を離して喜ぶ。

 

「ワーイですぅ〜♪」

 

学園都市第二位の超能力者(レベル5)が、見た目年端もいかない少女に敗北した瞬間だった。

垣根は耳を押さえながら渋々立ち上がる。

 

「ゴネるからそんな目に遭うんだよ」

 

ヴィータは心底面白そうにニヤニヤと笑いながら垣根に言った。

 

「うるせえよ万年クソガキ」

 

「な!誰が万年クソガキだ!!」

 

たちまちメンチを切り合って言い合いになる二人。

が、リインが無視して笑顔で、

 

「早く遊ぶですぅ〜」

 

と垣根とヴィータの手を引っ張って行った。

その様子を微笑ましそうにシャマルとシグナムは眺めていた。

 

「ふふ、何だかまるで兄妹みたいね」

 

シャマル微笑みながらが呟く。

 

「面倒臭がりの兄と活発な妹達といった所……か。ヴィータが聞いたらきっと怒るぞ?」

 

シグナムも穏やかに言う。

 

「でも満更でもないかもね、ヴィータちゃんも」

 

ヴィータ本人も無意識だが、何だかんだ言って垣根帝督と打ち解けつつある。

垣根達は砂城作りやら水遊びやらに興じた。

大分不本意な上、死ぬほど自分には似合わない絵面だったので、終始ゲンナリした表情だったが。

途中、足をヤドカリに挟まれた垣根が怒ってヤドカリを大空へスパーキングするというハプニングもあったが、リインもヴィータも楽しく遊んだ。

その後、垣根はリタイアして再び寝そべり、リインはヴィータと遊んでいる。

 

寝そべっている垣根帝督の前に、数人の影が。

 

「ふーん、わたし達とは遊ばんかった癖にリイン達とは遊ぶんやなぁ」

 

「わたし達よりヴィータちゃん達と遊ぶ方が良いのかなぁ」

 

「わたし達が誘ったときは散々面倒臭がったのに」

 

「少しお灸を据えた方がいいかしら」

 

はやて、なのは、フェイト、アリサの四人は特に怒っていた。

もちろん誤解なのだが彼女達は知る由も無い。

 

「……うるせえな。そんなんじゃねえよ。ほら、こうして荷物番してやってんだろうが」

 

と言って指を差すが、わざわざ見張る必要があるほどの貴重品は持ち込んでいない。

殆どをバニングス家の別荘に置いてきたからだ。

 

「それより、どうよ?」

 

「あ?」

 

アリサがわざとらしくポーズを取りながら尋ねてくる。

垣根が怪訝な顔をしていると、すずかとはやてが、

 

「この前のお買い物の時言ったでしょ?折角だから、感想聞かせてよ」

 

「どや?ぐっときたやろ」

 

これまたわざとらしくポーズを取りながら尋ねてきた。

 

「あ、えっと……」

 

「どう……かな?」

 

なのはとフェイトは羞恥心が勝ったのか、恥ずかしがりながら照れ臭そうに尋ねている。

 

(恥ずかしいならノるなよ)

 

垣根は僅かに呆れて目を細め、仕方無さそうに彼女達の水着姿を見る。

確かに、端整でスタイルの良い容姿に合ったデザインの水着を纏っていて、この五人の少女達は周囲の目を引くほど魅力的だった。

単純に可愛い、綺麗、という評価以上の魅力だったのだが、垣根はそんな事は死んでも言いたくなかった。

 

「……ああ、まあ似合ってんじゃねえの」

 

「……それだけ?」

 

不満そうな声を漏らすアリサに、垣根は僅かに眉をひそめると、今度はあからさまに投げ遣りな調子で感想を言う。

 

「チッ。あーはいはい、可愛い可愛い。世界一カワイーよ」

 

「投げ遣り過ぎひん!?」

 

「正直期待はしてなかったけど、流石にテキトー過ぎないかな!?」

 

「あはは。やっぱり素直には言ってくれないか……」

 

「もー何よ、相っ変わらず朴念仁ね」

 

「素直じゃないよねえ」

 

口々に不平不満を垣根にぶつけるが、彼は飄々と受け流す。

 

「一応感想は感想だろ。それとも」

 

彼はジロリと見つめながら、ニヤリと笑って告げる。

 

「セクシーでそそるだとか、出るとこ出ててエロいだとか言って欲しかったか?」

 

「「「「「それはただのセクハラ!」」」」」

 

「んだよ。あー言えばこー言う」

 

「アンタに言われたくないわよ」

 

「つーか、そういうのはよ」

 

言って、垣根は視線を彼女達の少し後ろに逸らす。

 

「お前等の後ろでカメラ小僧やってる古市の馬鹿にでも頼んだらどうだ?あいつなら、喜んで誉めちぎってくれるだろうよ」

 

一斉に振り向くと、いつの間にか、古市がデジカメを構えて何枚もなのは達の水着姿を撮影していた。

おそらく、後で売り捌くつもりなのだろう。

 

「はあ!?って、コラ!!何勝手に写真撮ってんのよ!!そのカメラ渡しなさい!!」

 

怒ったアリサが古市に向かって走り出し、古市も全力疾走で逃げ回る。

その隙に、垣根は立ち上がって別荘の方へ退散するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一行は今、バニングス家が所有する別荘に居る。

 

夕食は少女五人特製の夏野菜カレーだった。

 

カレーは大好評で、特に古市と志村は『女子の料理』を食べられたという事だけでも非常に喜んでいた。

そして食後、何故か垣根にだけ味見して欲しいものがあるらしい。

 

「……で、味見して欲しいのってのは?」

 

「私がつくったスクランブルエッグなんだけど…」

 

シャマルが遠慮がちに皿を持って現れる。

 

「羨ましいな〜垣根!こんな美人の料理が食えるなんて!」

 

古市は心底羨ましそうに言う。

志村も少し羨ましそうに垣根を見ていた。

だが、彼は少し前にシャマルの料理を目の当たりにした事があった。

怪訝そうに眉をひそめる。

彼女の料理は浮き沈みがあるが残念な事に、何故か不思議と絶対に“美味しく”はならない。

微妙な味付けならばまだ良いほうで、酷く失敗したときは殺人的なマズさを発揮する。

故に彼はこう言った。

 

「……大丈夫か?『暗黒物質(ダークマター)』じゃねえだろうな?」

 

「もう……そこまで酷くは無いわ」

 

シャマルの笑顔が引き攣る。

 

「最初の間は何だ?スゲェ嫌な予感がするんだけど」

 

その言葉には答えず、シャマルは皿を垣根の前に置いた。

 

「えっと……さあ、どうぞ」

 

テーブルに置かれた皿。

垣根の両脇から古市と志村が覗き込むが、その瞬間に目を見開いた。

 

「最初は玉子焼きを作ろうとしたんだけど、崩れて失敗しちゃったからスクランブルエッグにしてみたの」

 

しかし、皿の上に乗っているのは真っ黒い物体だった。

 

「……どっちも失敗してんじゃねーか。これは玉子焼きじゃねえよ、焼けた玉子だよ」

 

垣根帝督は露骨に嫌そうに顔をしかめる。

さらに彼は続ける。

 

「大体召し上がれって、何を召し上がれってんだよ?結局、暗黒物質(ダークマター)じゃねーか」

 

「で、でも、垣根くんなら、色々な意味で大丈夫かなーって……」

 

未元物質(ダークマター)』と『暗黒物質(ダークマター)』を掛けてるつもりらしいが、額に青筋を浮かべて睨みつける垣根帝督に、冷汗をダラダラとかくシャマル。

 

「失敗した自覚あるんじゃねえか。ふざけてんのかテメェは。ああ?」

 

そろそろマズイと思ったはやてが垣根を止める。

 

「帝督くん落ち着いてえな。これは冗談や、ホンマに食べるんはちゃんとわたしが教えて作らせたモノや」

 

その言葉を聞いてクールダウンしたが、まだ疑いの目を向ける垣根は、

 

「まともなヤツなんだろうな?消し炭とか殺人兵器とかじゃねえよな?」

 

「もう!ちゃんとできました!」

 

「じゃあ何で一度、失敗作の消し炭挟んだんだよ?」

 

シャマルは憤慨しながら暗黒物質の乗った皿を退けて、新しい皿を置いた。

 

皿の上には、

 

普通の外見をしたスクランブルエッグがあった。

 

「普通だと……?」

 

「いいから食べて!!」

 

静かに驚愕する垣根に怒るシャマル。

とりあえず彼は、若干恐る恐る、一口食べた。

 

「問題はここからだな」

 

「そうだな」

 

隅でヴィータとシグナムが呟く。

垣根は数回咀嚼した後で感想を漏らす。

 

「……不味くは無い……が、お世辞にも美味くも無い。微妙だな……」

 

表情も微妙そうになっていく。

今回も彼女の料理に進歩はなかった。

 

「ええ!?」

 

シャマルが驚く一方でやっぱりと頷く八神家の面々。

彼女の本日の料理実験は、幕を閉じた。

 

 

 

それから一時間後、男女交代で入浴する事になった。

先に女性陣が入浴する。

 

「覗くんじゃないわよ?」

 

アリサが言う。

 

「覗かねーよ」

 

垣根はアリサ達には見向きもせず、テレビを見ながらくだらなさそうに答える。

続いてはやてが悪戯っぽく笑いながら垣根に、

 

「覗いたらあかんで?帝督くん♪」

 

「覗かねーよ」

 

「ホンマに覗かへんよね?」

 

「覗かねーつってんだろ」

 

「ホンマにホンマに覗かへんの…?」

 

「ぜってー覗かねーよ」

 

「少しは覗けや!」

 

「はあ?」

 

無関心、無反応の垣根に腹が立ったのか若干変に怒りだすはやて。

 

「あ、いや、何でもないねん。それじゃ入ってくるわ……」

 

咄嗟に適当に取り繕って、はやてはそそくさと皆と風呂場へ行った。

 

 

 

それから数分が経つと、今まで垣根と志村と一緒にテレビを見ていた古市が立ち上がる。

彼等の方に向き直ると、

 

「覗きに、行こうぜ」

 

「何を言っているんだ君は」

 

「そうだよ、なのは達に失礼だろ」

 

クロノとユーノが呆れ顔で言う。

 

「止めときなよ、古市君。バレたらどうなるか分からないよ。それに八神さんの家族には子供もいるのに、その手前でそんな事……」

 

志村ももちろん反対する。

垣根帝督に至っては聞く耳すら持たずに無視している。

 

「つれねえな。クロノさんやユーノだってエイミィさんや高町さんの裸見たくないんですか?」

 

「な、何を……っ」

 

不意を突かれてうっかり慌てるクロノ。

ユーノは比較的冷静に、

 

「あいにく、僕となのははそんな関係じゃないよ。言ってみればクロノとフェイトみたいな感じかな」

(それに、なのはの好きな人は、もしかしたら……)

 

彼はチラリと、この話題を無視している彼を見る。

実際の所、なのはの本心も、彼の内心も誰にも分からないが。

 

「ちぇー、つまんねえな。垣根は行くよな?八神さんにあれだけ前フリ言われたんだから」

 

垣根は持参して途中から読んでいた漫画の単行本から、古市の方に首を向けると、

 

「ばーか死ね」

 

バッサリと切り捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、女性陣はというと。

他愛のない雑談を交わしながら、思い思いに体を洗ったり湯舟に浸かったりしていた。

 

「うわ〜やっぱりしみるわね」

 

「日焼けしたからね〜」

 

アリサとすずかが体を震わせながらぼやく。

はやて、フェイト、なのはの三人は、何となく自然と、さっきの垣根帝督について愚痴っていた。

 

「帝督くんは、もう少しわたし達を女子として意識するべきやない?」

 

「……そうだよね。別に厭らしい目で見て欲しいって訳じゃないけど、異性としてもさっきも全く興味なさそうにしてたから、ちょっと流石に複雑だよね」

 

「逆に失礼だよね~」

 

若干むくれて不満を言うはやてに、苦笑しながら相槌をうつフェイトとなのは。

なのはは、話している二人や周りの女性の、主に胸部を何気なく見比べていた。

シグナムとシャマルは言うまでもないが、同い年のはずのすずかとフェイトは特にスタイルが良い。

アリサとはやても客観的に見ても良いスタイルをしている。

同性から見ても魅力的だ。

確かに高町なのはは彼女達に比べると胸が少し控え目かもしれないが、客観的に見ても彼女も十分にスタイルは良いのだが。

 

「男の子って、胸は大きい方が好きなのかな?……、垣根くんも……」

 

無意識に、そんなセリフを漏らす。

 

「あら、そんな事は無いと思うわ」

 

そう言いながらシャマルがなのはに近付いてきた。

 

「そうだな、あいつは人を外見だけで良し悪しを決めるような軽薄な輩でもない」

 

「ああ、ただ単にストイックな性格なんじゃねーのか?」

 

シグナムとヴィータも近寄って口を挟む。

 

「そ、そうですよね。……っていうか、何でわたしがそんな事気にしなくっちゃならないんだろ?あはは」

 

話が変な方向へ向いていると感じ、咄嗟に誤魔化す。

しかし、そこへエイミィが口を挟む。

 

「何何?やけに垣根くんの肩持つけど、意外と好きになってたりする?」

 

「なな、何言ってんだ!!」

 

「そそんなんじゃないよっ?」

 

「人としてはそれなりに、曲がりなりにも好感は持っていますが、邪な感情は抱いておりません」

 

ヴィータとなのはは赤面しながら分かりやすく慌てたが、シグナムはあっさりと答えた。

シャマルもシグナムに同意するように頷く。

 

「その反応からしてやっぱり意外と……?」

 

そこへはやてが話に加わる。

 

「二人とも最近、帝督くんと仲エエようにも見えるんけど、やっぱり……?」

 

「いや!ちがっ……!」

 

「ホントにそんなんじゃ……!」

 

ジトーッとからかうように見つめるエイミィとはやてに、狼狽えるヴィータとなのは。

そこでシャマルが助け舟を出す。

 

「ふふ、ヴィータちゃんも別に、垣根くんの事は嫌いじゃないものね。案外馬が合うんじゃないかしら」

 

「シャマル!」

 

「そういう好きか……」

 

ホッとした声色で、何故かフェイトが小さく呟いた。

 

実は最近、垣根帝督はヴィータとリインフォースⅡとアイスクリームを買いに行くのに付き合わされた事がある。

その時移動販売のアイス屋に兄妹かと間違われ、ヴィータは赤くなりながら否定した。

しかし彼女は内心は満更不快でもなかったらしい。

 

ちなみにリインは『ワーイ!お兄ちゃんですぅ〜』と、ノって喜びながら垣根に抱き着いていた。

実際は、ヴィータは垣根よりも遥かに年上になる訳だが、彼女やその同類達には年齢は有って無いようなものなので、言及しないほうが良いだろう。

 

「そういえば、リインはどうしたん?」

 

「先にあがったぞ」

 

そして皆もあがる事にした。

リビングに戻ると、リインは垣根の側に座って、彼が読んでいる漫画を横から見ていた。

 

「ようやくあがったか。それじゃ俺らも入りに行くか」

 

「そうだな」

 

垣根の言葉にクロノが同意し、他の男達も立ち上がり風呂場へ向かった。

 

そして風呂場にて、

え、野郎共の入浴シーンなんざどうでも良いって?

まあそう言わずに。

 

「あーあ、何か大して動いてもねえのにやたらと疲れた気がするな」

 

大きな湯舟に身を沈め、首の関節や背骨をコキコキと鳴らす垣根。

 

「オヤジ臭いよ、垣根君」

 

志村がツッコむ。

 

「ほっとけ。そもそも俺は別に来たくて来た訳でもねえんだ。お前等のとばっちりでしかない」

 

「まあそう言うな」

 

クロノが苦笑しながら湯に浸かる。

 

「……な、なあ」

 

古市が呻くように呟く。

 

「ん?どうしたの」

 

ユーノが古市にに聞く。

 

「この湯はさ、高町さんや月村さん、八神さん、バニングスさん達が入ったお湯なんだよな……?」

 

「当然だろう。先に入ったんだから」

 

彼の疑問にクロノが当たり前だと答える。

 

「……なんかエロくね?」

 

「「……」」

 

思わず絶句した垣根とクロノが、冷え切った目で古市を見る。

 

「な!?何言ってんだ!!」

 

「そうだよ!!古市君!!」

 

思春期な二人は取り乱した。

さっきは冷静にかわせたユーノも、流石にこれは生々しく思えてしまったらしい。

 

「いや、だってさ!!女子が入った風呂だぞ!?何か変な気分になるだろ!?」

 

「発情期かお前は。そんな発想だから引かれるんだよ。つーか万一に思ったとしても口に出すなよ」

 

垣根は口撃で古市を沈め、さっさとあがる事にした。

 

 

………就寝に備えて部屋割の話になる。

 

「普通に男女別で良いんじゃねえの」

 

垣根帝督が事もなげに言う。

クロノとユーノと志村もそれで良いと思っているし、当然他のほぼ全員も同意見だ。

しかし、反対する者も。

 

「私は帝督さんと一緒が良いですぅ〜♪」

 

彼女は垣根の腕を掴む。

はやても流石にリインを説得しようとするが、珍しくゴネて聞いてくれない。

結局、部屋割を決める為にくじ引きをする事に。

 

結果は以下の通りになった。

 

高町なのは

フェイト・T・ハラオウン

八神はやて

アルフ(子犬フォーム)

アリサ・バニングス

月村すずか

 

シャマル

シグナム

ヴィータ

ザフィーラ(犬形態)

リインフォースⅡ

垣根帝督

 

クロノ・ハラオウン

エイミィ・リミエッタ

ユーノ・スクライア

古市貴之

志村新八

 

 

「いや、おかしいだろ!!何で垣根だけ!?」

 

古市がツッコむ。

 

「くじ引きの結果よ。仕方ないでしょ」

 

「男女別じゃなかったのかよ!?」

 

「端数出ちゃうからね。そうなったら垣根なら別に良いってはやても言ってたし。要するにアンタよりは信頼されてるって事よ」

 

アリサにバッサリと言われ、心折れる古市。

とにかく、彼等はそれぞれに決められた寝室に入りっていく。

 

 

垣根は早速横になって寝ようとしていた。

 

「何だ、もう寝てしまうのか。少し話したい事もあったのだが」

 

シグナムがつまらなさそうに呟く。

 

「後にしろ。ただでさえとばっちりで参加させられたってのに、今日は振り回されたり何だりで疲れてんだ。眠い」

 

それだけ言うと、彼は目を閉じて寝入ってしまった。

一見無防備で、静かに寝息をたてる垣根帝督。

しばらくして、シャマルが垣根の顔を見て微笑む。

 

「ふふ、垣根くんの寝顔、なんだか可愛いわね」

 

「ホントだ、普段の悪人面からは想像できないな」

 

ヴィータも半笑いで彼の寝顔を覗き込む。

 

「フッ。ああ、同感だ」

 

シグナムも小さく笑い、頷いた。

いつの間にか、リインは垣根の隣で既に寝ている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バニングス家所有の別荘の寝室。

 

朝日に顔を照らされ、垣根帝督は目を覚ました。

ふと、自分の左半身に正体不明の重みを感じる。

 

(……何だ?)

 

左腕に妙に柔らかいような感覚がある。

人肌程度に温かい。

彼は自分の掛け布団を左から捲る。

 

そこには、リインフォースⅡが寝ていた。

 

(……、何でだよ)

 

垣根はリインの腕を振りほどこうとしたが、彼女はガッチリと彼の左腕をホールドしており、ご丁寧に足まで絡めている。

彼は完全に左半身の自由を失っていた。

周りに目を走らせると、同室のシャマルとシグナムも、ザフィーラもいない。

ヴィータは熟睡しているようで、すぐには起きそうにない。

 

(チッ、起こすか)

 

そう思うと、垣根はリインの耳元に顔を近づけ、小声で話し掛ける。

 

「……おい、起きろ。お前の布団は隣だろ。寝たきゃ戻って寝ろ」

 

反応無し。

それ所か気持ち良さそうに、すうすうと寝息をたてている。

彼は再び警告する。

 

「起きろ。自分の所に戻れ」

 

熟睡している。

イラッと眉を動かすと、今度はやや口汚く警告してみる。

 

「このクソガキ、お前いつまで寝てんだ。さっさと起きろコラ」

 

効果無し。

今度は軽くなリインの肩を掴んで揺すりながら声をかける。

 

「いい加減起きやがれ、いつまで人の布団に潜り込んでんだ……って、おい」

 

「うーん……」

 

彼女は身体を揺すられて嫌そうに眉をひそめると、自分の方に身体を向けている垣根に抱き着いた。

抱き枕か何かに間違えているようだった。

 

「起きろっつってんだろ」

 

「う〜ん……後五分」

 

まだ寝ぼけている。

 

「誰がそんなベタな寝言を言えっつった」

 

垣根は苛立ってきた。

男としてはこの状況はある意味役得かもしれないが、こんな所を誰かに見られたらどんな誤解を招くかは明白だ。

古市にでも見られれば一ヶ月はネタにされるだろう。

 

「起きろって」

 

彼は言いながら、彼女の体をユサユサと揺らす。

 

「……ん」

 

(効果ありか?)

「リイン、起きろ」

 

「……むにゃむにゃ…」

 

少しずつだが彼女は覚醒し始めている。

 

「朝だぞ。起きろ。つーかせめて自分んとこに戻れ」

 

「んー……。もう少しだけ……」

 

「バカ言ってねえで離れろ。こんなとこ誰かに見られたら_」

 

ガチャリと、寝室の扉が開かれた。

 

「おはようさん。そろそろ起きてやー」

 

「朝食の準備できてきたから、皆起きて。……って、え?」

 

「シグナムさんとシャマルさん達もう起きてるよ。ヴィータちゃん達もいい加減起きて……って_」

 

はやてとフェイトとなのはに見られた。

更に、

 

「まだあいつ寝てるの_?」

 

「垣根くん起きた_?」

 

アリサとすずかにも見られた。

 

「へー、ふーん。これは、お邪魔だったかしら?」

 

アリサがわざとらしくにやつく。

 

「イヤ、誤解だからな。知らねえうちにリインが勝手に潜り込んでただけだから。まかり間違ってもお前等が考えてるような事態にはなってねえからな?」

 

はやてとすずかは柔和な笑顔を浮かべる。

 

「何か微笑ましいわぁ~」

 

「ねえねえ、写真撮って良い?」

 

と言いながら、二人は携帯電話を取り出す。

 

「良い訳ねえだろ。見せ物じゃねえぞ」

 

「クスッ。何かアンバランスで面白~い」

 

「笑ってんじゃねえよ高町。こいつ引っぺがすの手伝え」

 

そんな、学校の時と似たようなくだらないやり取りをしていると、

 

「うるせーなー。何だよ、朝から」

 

「……ん、どうしたんですかぁ〜?」

 

ヴィータとリインもようやく目を覚ました。

 

「ようやく起きたか。リイン、おいコラ二度寝するな。せめて自分の布団に戻れって」

 

「ふにゃ~」

 

「起きろって……おいお前等、揃いも揃って笑ってんじゃねえぞ。このガキ退かすの手伝えっつってんだろ」

 

誰一人として垣根帝督に協力する者は現れなかった。

この微笑ましくも奇妙な光景を堪能する少女達のせいで、リインが満足するまで結局更に時間を費やした。

 

 

 

 

そして、所変わって別荘のリビング。

皆で朝食を摂っている。

垣根帝督はパンをかじりながら不機嫌そうに言う。

 

「で、何で俺の所に潜り込んでた訳?」

 

「帝督さんと一緒に寝たかったからですぅ〜。嫌でした?」

 

リインの純真な目と上目遣いに、垣根の残りカス程度しかない良心が僅かに痛む。

 

「……はあ、もうどうでも良い」

 

「えへー♪」

 

垣根がそう告げると、リインは何故か嬉しそうに笑った。

 

 

今日は昼頃まで海水浴を楽しみ、昼に帰宅という予定だ。

垣根帝督は案の定またパラソルを片手で地面に突き刺してシートを敷いて寝るつもりだった。

が、それを予想していたなのは、フェイト、はやての三人に海まで連行される垣根だった。

 

(……、俺は遊ぶ為に学園都市の外にいるんじゃねえはずなんだがな)

 

ぼんやりとそんな事を考えつつも、仕方なしに周りに合わせる形で、しばらくユーノや古市達を交えてで水上バレー等を楽しんでいたが、不意に高波が垣根、なのは、フェイト、はやてを襲う。

 

「大丈夫?皆!」

 

少し離れた位置でアリサが問うが、

 

「ああ、平気だ」

 

垣根が何でもなさそうに答える。

フェイトはもちろん、はやてもそこそこ運動神経はあるため問題無く顔を出す。

なのはは垣根に引っ張りあげられた。

 

「それじゃ戻「待って!!」…あん?」

 

岸に戻ろうとした垣根をなのはが制止する。

彼は怪訝そうになのはの方を向こうとしたが、

 

「ダメ!!見ないで!!」

 

彼女は自身の胸部を両腕で隠す。

 

「まさか、お前……」

 

「いっ、言わないで…!」

 

上の水着が流された。

察した彼は呆れる。

 

「マジかよ。まあ、まだそこらへんに沈んでるかもしれねえし、潜って取れば「アカン!!」_はあ?」

 

今度ははやてが垣根を止めた。

 

「わたしも流されたんや……「何言ってんだ、お前はちゃんと_」ちゃうんよ。わたしはその……水着の……、下の方が……」

 

そう言いながらはやては真っ赤になりながら俯く。

さっきから内股になっているのはそれが原因だろう。

垣根は目を剥いた。

 

「何でだよ。高町はまだ分かるが、何で波で下が脱げるんだよ?ブカブカのでもはいてたのか?」

 

「ち、ちゃうって、わたしのは腰の部分を紐で結ぶタイプなんや。だからさっきの波で紐が解けて……」

 

「あーもー、分かった分かった。テスタロッサ!」

 

「うん!!」

 

垣根の声に対応してフェイトが潜って探す。

しかし、

 

「あったか?」

 

浮上してきたフェイトは首を横に振る。

 

「ううん、やっぱり少し流されたみたい」

 

「ええええッッ!!わたし達どないしたらええの(どうしたらいいの)!!」

 

垣根に詰め寄るはやてとなのは。

 

「近い近い」

 

「「はうッ!!」」

 

羞恥心にかられて縮こまる二人。

垣根は少し考え、なのはとはやてに言う。

 

「高町と八神はここにいろ。そして念話で、シグナム達にでも予備の水着か何かをここまで持ってくるように頼め。俺達は流された水着を回収してくる。行くぞ、てし……ハラオウン」

 

「分かった!」

 

そして垣根とフェイトは泳いで行った。

しばらく泳ぐと海面に漂う二つの布切れ。

間違いなくなのは達のものだ。

 

「あ…!波が……ッ!」

 

フェイトは手を伸ばすが波に邪魔をされて掴めない。

それどころかだんだん距離が離れてしまう。

 

「まずい、このままじゃ見失っちゃう!」

 

「待て、テスタロッサ」

 

焦るフェイトを垣根が止める。

 

「これ以上沖に出るのは危険だ。疲弊して事故ったら元も子も無い」

 

「ッ!!……、そ……そうだね。それも……そうだ……」

 

(いやに素直だな)

「あいつらにゃ悪いが、浜辺に戻るぞ」

 

彼はUターンしようとしたが、

 

「無理」

 

「あ?」

 

「流れた水着はなのは達のだけじゃなくて……わたしも…………」

 

フェイトは胸を腕で隠しながら途方にくれたような表情で振り向く。

 

ザバーン、と波の音が虚しく二人の耳に響く。

 

「……ミイラ取りがミイラのなりやがった」

 

馬鹿だ、と胸中で毒吐く。

 

「じゃあ俺が、一旦戻ってタオルか何かを_ッ?」

 

「待って!!」

 

フェイトが叫びながら垣根に後ろから羽交い締めにするように引き止めた。

 

「こんな所に一人で置いて行かないで!!」

 

「じゃあ手で隠してあがるか?」

 

「無理だよ!!……だって、流れたの“下も”なんだよ……ッ!!」

 

(は?じゃあ今、こいつ……全裸なのか?)

 

垣根は妙な脱力感を覚え、吐き捨てるように告げる。

 

「……一番バカな状態じゃねーか。ならますます何か取って来る必要あるだろ」

 

「お願い!!」

 

フェイトは垣根帝督の背中に抱き着く。

 

「無理だよ。だってここ足つかないんだもの。こんなとこに一人でいられない!!」

 

いつもの気丈な姿はどこへやら。

ついには彼女は涙目になってしまう。

鬱陶しそうな表情で、垣根は顔を向ける。

 

「ああ?お前泳げるだろ」

 

「それとこれとは別っ!」

 

「なら浅いとこまで移動し_」

 

「嫌!そんなとこ行ったら見られる!!」

 

完全に詰んだ。

フェイトは見られる羞恥心と恐怖心、寒さにかられて垣根に更に密着する。

 

(端から見りゃ、無駄にエロい展開になってるが、正直焦りの感覚の方が強いな)

 

脳をクールダウンさせる為に、敢えて状況を客観視して分析してみた。

垣根帝督とて腐っても中学生の思春期男子。

気持ち的には圧倒的に馬鹿馬鹿しさが強いが、長時間こんな卑猥でお馬鹿な状況に陥っていたら、無反応でもいられない。

とりあえず、へばりつかれた状態でそのままだと一緒に沈んでしまうので、能力を応用して自分の周辺の物理法則に影響を与え、立った姿勢のままでも頭が水上に出る程度の浮力とバランス維持を行う。

 

「……おい、何かにすがりたい気持ちは分からんでもないが、流石にくっつき過ぎだ。それよか念話か何かで高町達にこの状況を伝えろ」

 

「ええ!?でも……ッ」

 

「ゴネてる場合じゃねえだろ。伝えてスペアの水着持ってきてもらえ」

 

「あ……うん!」

 

そして、待つ事十数分。

シグナムが泳いで救援に現れた。

 

「二人とも待たせた。テスタロッサ、これを」

 

「はい!」

 

シグナムは右手に握っていた競泳形の水着を差し出し、フェイト・T・ハラオウンは垣根帝督の背中にへばりついたままひょっこり顔を出し、右腕を伸ばして受け取った。

しかし、

 

「……、」

 

「……?」

 

何故かフェイトは、垣根にすがり付いたまま動かない。

 

「テスタロッサ?」

 

「おい、どうした?早くそれ着ろよ」

 

怪訝な声を発したシグナムと垣根に、フェイト目を潤ませてパニック寸前の涙声で言う。

 

「……垣根から手を放したら、沈んじゃう。着ようとしている間に溺れちゃうよお……」

 

それを聞いたシグナムは思わずため息を吐き、垣根は心底呆れた顔になった。

そして彼はくだらなさそうな口調で言う。

 

「水中でバレないように魔法使って、それを応用して溺れないようにしてから着れば良いんじゃねえのかよ。つーかまず落ち着け」

 

「……あ」

 

「いくら素っ裸だからって慌て過ぎだろ」

 

「い、言わないで!!」

 

そうしている間に瞬時に水着を身に付けた。

この後、三人は素早く泳いで浜に上がり、流石に遊ぶ気にはなれなかったので、このまま別荘に足を進めた。

思い返してみると、羞恥心と焦りのあまりパニックになりかけ、友人の背中とはいえ異性に全裸で抱き付いていた事にフェイトは顔を真っ赤にしてうつ向き、露骨に垣根帝督を視界に入れまいとしている。

一方の垣根も気まずさを感じ取り、顔を引き吊らせてそっぽ向いている。

 

「……、」

 

そんな二人を一歩後ろから見ているシグナムは、思わず同情し複雑そうな表情になりつつも、普段はそれぞれ方向性の違う形で、実年齢以上に大人びている二人の年相応な様子に微笑ましさを覚えた。

 

別荘に到着すると、おそらく同じような理由で先に戻っていたなのはとはやてがいた。

 

「あ、なのはとはやても戻ってたんだ……」

 

「……、」

 

垣根が二人に目を向けると、どうも様子がおかしい。

なのはは垣根をあからさまなジト目で見つめ、はやてはいつものおふざけが混じった笑顔で見つめている。

 

「何だその目は。何見てんだテメェ等?」

 

何かを察した垣根は、鬱陶しそうにメンチを切る。

 

「……裸のフェイトちゃんと抱き合って……。垣根くんのエッチ、スケベ」

 

「抱き合ってはいねえよ。勘違いすんな」

 

自分にとって事実無根な言い掛かりを付けられ、彼は語気を強く反論した。

すると、次ははやてが、

 

「ほー、でも抱き付かれたんは否定しないんやね。……所で、どうやった?」

 

「何が?」

 

「決まってるやん。素っ裸のフェイトちゃんの柔肌の感触♪」

 

「はやて!?」

 

サァッと真っ赤になったフェイトが慌てて口を挟む。

 

「ていとくん、ご感想は?」

 

「はやてッ!!」

 

「ていとくん言うな。んなもんいちいち覚えてねえよ。たとえ覚えてても言う訳ないだろ」

 

「ほほーう、珍しく流石のていとくんも動揺したんやねえ~」

 

「ていとくんのエッチ、スケベ、ヘンタイ、メルヘン」

 

「面白そうにしてんじゃねえよ八神。高町もしかめっ面で便乗するな」

 

(メルヘンはスルーなんだ……)

 

と、フェイト茹でダコ状態になりつつも心の中で呟く。

シグナムはこの場の馬鹿馬鹿しい空気に、再び小さくため息を吐く。

 

 

今年の海水浴は、このようなオチがついて幕を閉じるのだった。

 

 

「もう二度と行かねえ」

 

帰り際に垣根帝督はウンザリした顔で吐き捨てるように言い、心に固く誓った。

 

「ほな、今度はわたしかなのはちゃんの柔肌の感触を味わわせたろか♪」

 

「する訳ないでしょッッ!!はやてちゃん何言ってるの!?」

 

「はやてッ!!」

 

「主旨変わってんじゃねえかクソボケ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

縁日

海水浴から数日。

海鳴市内の高級マンションの一室を潜伏先としている垣根帝督。

冷房の効いたリビングで一人、寛いでいた彼の手元にある携帯電話に着信が入った。

手に取って確認してみると、発信者表示には『八神はやて』。

彼は目を僅かに細めると、携帯をソファーに放り投げて無視する事にした。

数十秒後、不在着信に切り替わる。

数分後、再び携帯電話に着信が入った。

 

(今度は何だ?)

 

と、ソファーに放ったままの携帯を拾って発信者表示を見てみると、『フェイト・T・ハラオウン』。

彼は再び携帯電話を放り捨てて無視を決め込んだ。

数十秒後、不在着信に切り替わる。

更に数分後、着信が入った。

 

「……、」

 

面倒臭そうに発信者表示を確認してみると、『月村すずか』の表示が。

勿論無視した。

数十秒後、不在着信に切り替わる。

またまた数分後、着信が入った。

 

「チッ……」

 

眉をひそめる。

鬱陶しそうな仕草で発信者表示を見ると、『アリサ・バニングス』。

無視決定。

ついでに着信音が耳障りに感じてきたので、マナーモードに切り替えた。

数十秒後、やはり不在着信に切り替わる。

 

「うぜー、あいつ等俺に何の用だよ。暇かよ」

 

そして数分後、着信が入りブルブルと携帯電話が震える。

 

「……つーか、仕事用のを用意した方が良さそうだな」

 

言いながら発信者表示を見ると、『高町なのは』。

 

携帯電話の電源を切った。

 

煩わしさから解放され、どこかスッキリした顔で寛ぐ事にしたその時、インターホンが鳴った。

 

「……、」

 

彼は怪訝な顔をする。

嫌な予感がした。

訪ねてきた者が誰なのか、すぐに察した。

玄関ホールの中継映像を確認してみると、予想通りの見知った顔が三つ。

服装からして、遊びの誘いなのは明白だった。

が、その誘いに乗る気は無い。

 

「……居留守使_〈ていとくん、居るのは分かってるんやで〉ッ!!」

 

念話で八神はやての声が聞こえた。

魔法が使えない能力者の垣根帝督だが、念話を受信する等の受けるだけなら問題は無い。

返事はできないが。

それを分かった上で、散々連絡をシャットアウトしてきた垣根帝督に、三人は念話で告げる。

 

〈電話ガン無視するから悪いんやで?〉

 

〈流石に毎度々無視はちょっと傷付くよ?〉

 

〈って言うか、何でわたしの時だけ電源切ったの?そこら辺も問い質したいんだけどなー〉

 

「……、」

 

シャットアウトも返事もできず、歯痒さを覚えて舌打ちをする。

 

〈じゃ、早く出て来てね。でないとこのまま念話でガールズトーク始めるで〉

 

〈何なら今日から四六時中、念話してあげるよ〉

 

〈なのは、もしかして怒ってる?わたしは良いけど〉

 

トドメの一言を三者三様にほざいてきやがった為、ついに観念した。

というか、興味の無いガールズトークを無理矢理聞かされ続けるなど、どんな罰ゲームだ、と。

渋々彼は軽く身支度を整えて外出、玄関ホールに降りてきた。

 

夏用のGジャン風スラックスタイプのパンツにグレーのシャツ、その上に半袖シャツをラフに纏った格好で出てきた垣根。

何気に高級ブランドで揃えていたりしている。

三人の少女達は待ってましたと謂わんばかりに口を開く。

 

「待ってたでー、ていとくん」

 

「ていとくん言うな」

 

「もう、居るなら返事ぐらいしてよね」

 

「電話出ない時点で察しろよ」

 

「その前に何でわたしだけ無視所か電源まで切ったの?わたし凄ーく傷付いたんだけど?」

 

「嘘つけ。そんなんで傷付くようなタマじゃねえだろ、お前」

 

ムスッと分かりやすく不機嫌でわざとらしいなのはに、垣根は鼻で笑って続ける。

 

「流石に五人目だったからな。いい加減鬱陶しかったし、高町だし」

 

「いやわたしだからって何!?納得いかない!!」

 

「うるせえ馬鹿」

 

「酷い!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

縁日の夏祭り。

 

それは夏の風物詩の一つだ。

食べ物の屋台や賭け遊びの屋台、様々な出店と人々で賑わう。

海鳴市のとある公園。

ここは農業公園並の広さを誇る。

既にかなりの人々が訪れており、混雑している。

そこの一角に三人の少年と五人の少女がいた。

垣根帝督。

普通の半袖半ズボンの志村新八。

半袖長ズボンの古市貴之。

女性陣はそれぞれのトレードマークともいえる色の浴衣に身を包んでいる。

 

「……何でお前等、そんなに気合い入ってんだ?」

 

垣根が怪訝そうに言うと、

 

「こういう日しか着る機会無いし」

 

「たまには、ね」

 

となのはとフェイト。

古市は嬉しそうに、おおっ、と声を上げる。

 

「良いじゃねえか。同級生の美少女達の浴衣姿を見られるなんて機会滅多にねえんだし」

 

それを聞いて垣根は彼女達の方を向くと、小さく鼻で笑った。

 

「美少女ねえ。……ま、黙ってりゃそうだな」

 

「それどーいう意味よ?」

 

「どういう意味かなそれ?」

 

「ていとくん?」

 

予想通りアリサ、なのは、はやての順で「黙ってりゃ」の余計な一言に噛み付いた。

しかし彼は彼女達の不平不満を聞き流したり、なのはをおちょくる等して飄々とかわしたのだった。

 

 

彼等は二、三人に分かれて思い思いの目的地の場所に行き、後で合流する事になった。

 

「羨ましいなー垣根。両手に花じゃんか」

 

と古市は羨望の眼差しを向けるが、当の垣根は鬱陶しそうに答える。

 

「何で俺はこいつ等と同行する前提なんだよ。そう見えるか?俺的にゃ両手に核弾頭_」

 

「だから、どういう意味かなそれ?」

 

「てーいとくん?」

 

「いや、わたし達の事何だと思ってるの?」

 

左右から肩を掴んで突っかかるなのはとはやて、そしてフェイト。

そこへすずかとアリサが口を挟む。

 

「行きたい所の都合で、私達には古市君と志村君がいるから、垣根くんはなのはちゃん達に付き添って?」

 

「どうせ別に行きたい所無いんでしょ?ナンパ避けかボディーガードとして役に立ちなさい」

 

「面倒臭せえ。……って、おい」

 

しかし右手をはやてに、左手をなのはに、そして後ろから背中をフェイトに押され、着実に連行され始める垣根帝督。

 

「散々わたし達をからかったり暴言吐いた罰!!」

 

「帝「垣根な」_あう……。垣根は背が高くて目付き鋭いし」

 

「ガラ悪そうでおっかない見た目やから、ナンパ避けにはうってつけやねん。ちゃんと付き合うてや~」

 

「何で俺がお前達の為に……おい、引っ張るな。押すな。ってか、お前等結構力が……よくよく考えたらお前等、本当は強いんだからナンパ避けとは必要無いだろ?おい_っ!?」

 

 

そんな訳で。

なのはとフェイトとはやて、彼女達のとばっちりの垣根、彼等四人はまずは無難に、主に食べ物の出店を回った。

垣根はアメリカンドッグ、はやてはタコ焼き、なのははかき氷をそれぞれ手に持って闊歩する。

フェイトだけは何も食べていない。

 

「フェイトちゃんは何も食べへんの?」

 

「食欲ないの?」

 

はやてとなのはが怪訝そうに訪ねる。

 

「うん。ダイエットしようかなと思って」

 

フェイトは少し恥ずかしそうに言う。

 

「ダイエット?必要か?お前に」

 

垣根は首を傾げながら何気無くフェイトの腹部を見た。

 

「最近、少し太ってきちゃったみたいで……。今も胸が少し苦しいし……」

 

よく見ると、彼女の胸部は浴衣では隠しきれない所か、腹に巻いている帯でウエストを締められている分かえって際立っていた。

道行く人々は、特に男は彼女の胸部を二度見していた。

 

「「「……」」」

 

それは絶対に太った訳じゃない。

と、フェイト以外は思った。

 

「フェイトちゃん、大丈夫だよ。少しも太ってるようには見えないよ」

 

「この世のデブを全員敵に回すような一言だな、お前。太ったって、何を根拠に言ってんだ?」

 

となのはと垣根が言うが、フェイトは若干自信無さげに答える。

 

「……でも、一学期の時の健康診断で、わたしだけ二人より少し体重上だったし……、体脂肪率も……」

 

言いかけて、フェイトは言葉を切った。

目の前に異性がいる事を思い出し、恥ずかしさで押し黙ってしまったが、ここではやてが茶々を入れる。

 

「安心しぃやフェイトちゃん。フェイトちゃんの場合、その体脂肪率の殆どがオッパイやから♪何の心配もあらへんで♪」

 

「ちょ、はやてちゃん!?」

 

「はやて!!」

 

はやてはサムズアップしながらデリカシーゼロのセクハラ発言を、いっそ清々しいほど爽やかに発した。

当然言われたフェイトはもちろん、傍らにいたなのはも顔を赤くしてあたふたしだす。

とはいっても、こういうやり取りはいつもの女子五人の時はいつものお約束的なノリなのであまり嫌な感じはしていない。

だが、今日は珍しく異性の連れがいる訳で、フェイトは頬を赤く染め反射的に自身の胸を抱えた状態のまま、チラリと垣根帝督の立っている方を見た。

すると、そこには、

 

食べていたアメリカンドッグの串を近くのくずかごに放り捨て、心の底からクソどーでも良さそーな顔で退屈そうに佇む、ガラの悪そうな同級生男子の姿があった。

 

(……、えぇ……?)

 

別にどこぞの古市みたく興味津々でガン見されたい訳でもなかったが、そこまで無関心を貫かれると、それはそれで何とも複雑な気持ちだった。

そこへ当然の如くはやてが絡みに来る。

 

「なあなあていとくん♪」

 

「ていとくん言うな。馬鹿話は終わったか?」

 

「まだやで♪それより、帝督くんはどう思うん?」

 

「何が?」

 

「フェイトちゃんの事や」

 

「別に太っちゃいないだろ」

 

「そうやなくて、フェイトちゃんのオッパイや」

 

「はやてちゃん!!」

 

「はやて!!」

 

制止するようになのはとフェイトがシャウトするが、垣根は無視して眼球を動かし、視線をフェイトに向けた。

 

「ッ!!」

 

見られて文字通り顔を真っ赤にするフェイト。

彼は視線を外すと、

 

「正直、お前達の体格やら健康事情やらはどうでも良いしよく分からんけど、高町と八神よりはデカいんじゃねえの?」

 

「ちょっ垣根くん!!」

 

「垣根!!」

 

下心の有無以前に、本当にどうでも良さそうな調子で言われたとはいえ、いやある意味だからこそ正確そうに聞こえ、更にとばっちりで比較されて色々な意味で爆発しそうになるフェイトとなのは。

 

「ほほう、帝督くんから見てもそうなんや。ちなみに帝督くんは大きい方が好き?」

 

「「ちょっと!!!?」」

 

おちゃらけた様子ではやては言っているが、彼女もとばっちりで比較されたせいか、頬が少し赤くなっている。

しかし垣根はそれには答えず、

 

「そんな事より」

 

「「そんな事!?」」

 

粗末な物言いをされ、なのはとフェイトが口を挟むがやはり無視された。

 

「お前等、行きたい所があるんじゃねえのかよ?」

 

そこでようやくハッとする三人娘。

 

「あ、そうだった!わたし達神社に用事があるんだった!!早く行こっ!!」

 

なのはが垣根の手を引っ張っていく。

 

「あ、待ってなのはちゃん!フェイトちゃんも行くで!」

 

「あ、うん!」

 

その後を追うはやてと正気に戻ったフェイトだった。

 

「おい無理矢理引っ張んな。痛てえんだよ!おい、聞いてんのか?」

 

垣根の文句はあっさりと無視された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、公園に隣接する神社の境内にやってきた四人。

 

そこでは、この祭りの夜にだけ販売される『縁結びの御守り』があるらしい。

 

噂によるとその効果は絶大。

持っているだけでとてつもない恋愛成就力を発揮するという。

販売直後にすぐさま完売するほどの人気らしい。

実は彼女達三人がこの縁日の祭りにきた最大の理由でもあったりする。

 

「スゲェ人だかりだな」

 

垣根が呟く。

 

「さあ、ここからが本番やで」

 

はやてが浴衣の袖をまくる。

 

「「うん!!」」

 

はやてに続き、気合い十分のなのはとフェイト。

 

(縁結びねえ……)

 

そんな彼女達を意外そうに見ている垣根帝督。

 

「お前等もそういうの欲しがるんだな」

 

「そりゃもちろん。わたし達も年頃の乙女や。別に不思議やないやろ?」

 

はやてが言うと、なのはとフェイトも事も無げに頷いた。

だがやはり、親友や兄弟からも浮いた話を聞かない彼女達にしては意外だったらしく、垣根は目を丸くする。

 

「いや、やっぱり意外だな。……だが、お前達に縁結びの御守りが必要か?」

 

「???」

 

「どういう意味??」

 

なのはとフェイトが首を傾げる。

はやても言っている意味が分からず、怪訝な顔をする。

垣根帝督は涼しい顔で告げる。

 

「お前等すでに両思いじゃねえか。高町とテスタロッサ。八神と月村」

 

「だから!!」

 

「違うって!!」

 

「言うてるやろ!!」

 

トリオツッコミが炸裂。

 

「……え、違うの?」

 

ガチのトーンで言っているのがかえってわざとらしかった。

ふざけてるのが見え見えだったが、ツッコまずにはいられない。

 

「前にも違うって言ったよね!?親友であってそんな関係じゃないって!!」

 

「君はわたし達をどうしたいの!?」

 

「真顔で何言うてんの!?何でびっくりしたん?こっちがびっくりするわ!!」

 

「冗談だよ。半分は」

 

「「「半分は!?」」」

 

 

何はともあれ、三人の恋に恋する乙女達は人混みに勇敢にも潜り込み、そして、

 

 

 

 

「「「買えなかった……」」」

 

 

負けた。

 

 

物凄い人混みに押し戻されてしまい、前進できなかったのだ。

それ所か人混みに飲み込まれてしまい、四人は散り散りにはぐれてしまった。

 

「チッ、どこ行きやがったんだアイツ等」

 

垣根は舌打ちをしながらキョロキョロと周りを見渡す。

 

「……ん?あれは……」

 

神社の敷地内に、特設の売店があった。

しかも、売っているものが……、

 

「……、」

 

 

 

数十分後。

ふと近くを見ると、ヒラヒラと白い手を伸ばしているのが見えた。

 

(そこか)

 

垣根帝督は手を伸ばし、その手を掴み自分の元に引き込む。

 

「ったく、余計な世話かけんじゃねーよ」

 

「ひゃッ!?」

 

手の主は、なのはだった。

 

「高町か。他の二人はどうした?」

 

「あ、それが、フェイトちゃんとはやてちゃんともはぐれちゃって」

 

「はあ、仕方ねえ。さっさと捜すぞ」

 

「え?うん!」

 

手を掴まれたままの状況になのはは照れながら答えた。

 

 

 

 

……しかし、

 

 

 

アチコチ捜し回るが見つからず、携帯電話も電波の調子が悪いのか通じなかった。

 

(人混みの中ではぐれない為で、垣根くんの事だから他意は無いんだろうけど……、手を繋ぎっぱなしはちょっと……いや、かなり恥ずかしいというか、照れ臭いというか……。いや確かにフェイトちゃんやはやてちゃん達とは今でも手ぐらい繋ぐ事はあるし、小学生の頃はユーノくんと手を繋ぐ事もあったけど……、いや流石に今は恥ずかしいぐらいだし…………)

 

なのはは歩き回りながらそんな事を思っているが、当の垣根本人は全く気にしていないらしく、相変わらずの面倒臭そうな表情でキョロキョロと首を回していた。

 

(…………、わたしが垣根くんを異性だと思って意識し過ぎなのかな?いや、それにしてもだよ?変に意識して欲しい訳じゃないけど、友達だし。でもね、流石にそこまで無意識で無反応で無関心なのは、ちょっと無神経過ぎるというか朴念仁過ぎるというか、何というか、異性として見てなさ過ぎるのもどうかというか。何だったら垣根くんの方こそソッチの気でもあるのかなって思っても良いよね?)

 

何だか理不尽な不満と怒りを垣根に向け始めるなのは。

彼女は要するにこう思っている訳だ。

 

(わたしだけ一方的に意識してるのが馬鹿馬鹿しく思えてきて、何か納得できない……。まるでわたしがこの人に片思いしてるみたいじゃない。そんな訳無いのに。……絶対、絶対に……ッ!)

 

余計な事を考えたせいで更に恥ずかしくなってきた。

別の事を考えて雑念を振り切って気分を紛らわそうと、彼に雑に扱われたりからかわれた時の事を思い出そうとしていると、 ブチッ! と不意に何かが千切れる音が聞こえた。

二人が足元を見る。

なのはの右足の草履の鼻緒が切れていた。

 

「ええ?草履の鼻緒が……」

 

「切れちまってるな」

 

これでは彼女は歩けない。

 

「……、」

 

「……、」

 

垣根帝督と高町なのはは無言で互いに見つめ合った。

 

「……近くのベンチまでなら、肩ぐらいなら貸してやるが?」

 

「えっと……ありがたいんだけど、それだとケンケンしながらじゃないと、進めないから……。その……できれば…………」

 

「できれば?」

 

恥ずかしそうに頬を赤く染めて顔をそっぽ向かせるなのはに、垣根は怪訝そうな声を発した。

彼女はおずおずと遠慮がちに口を開き、途切れ々に告げる。

 

「……で、できれば……その……、お、おん……ぶ……というか、その、背負って……くれる……と、ありがたい……というか、その、お願いしたいと……言いますか……」

 

言いながらみるみる顔が真っ赤に染まっていく。

 

「……、」

 

垣根はしばし無言だったが小さく溜め息を吐くと、仕方の無さそうな仕草でしゃがみ込み、なのはに背中を向けた。

 

「貸し一つだからな」

 

「あ、……はい。あ、ありがと……」

 

「乗るなら早くしろ」

 

「あ、うん……。よよろしく……お願いします……」

 

結局、垣根がなのはをおんぶして移動する事になった。

 

(うう……せっかく雑念振り払おうとしたのに、より一層照れ臭くて恥ずかしい展開になっちゃったよお!!神様は意地悪だよ!!酷いよ!!垣根くんの馬鹿!!)

 

羞恥心に駆られて混乱し、理不尽な事を考えてとりあえず矛先を垣根帝督に向けていると、

 

「足は平気か?」

 

不意に声をかけられ、ビクッと震えてしまう。

 

「ふえっ!?う、うん。だ大丈夫だよ。ごっ……ごめんね!重いよね?」

 

「まあ普通だな。人一人背負ってんだから、重いと言えば重いが、別に大した事も無いな」

 

「……仮にも女子相手にハッキリ言い過ぎじゃないかな?わたしだってちょっとは気にするんだよ?」

 

「お前、俺がお前に気を遣ったりお世辞を言うようなヤツに見えるのか?」

 

「見え、ない……けど……。でも、少しはそういう事も言えるようになった方が良いよ。わたし、じゃなくても……女の子が相手の時は……」

 

「はいはい分かったよ。そうだな、お前も『一応』は女の子だもんな」

 

「一応は余計だし、強調し過ぎじゃないかな?」

 

いつもの調子のやり取りになり、なのはは羞恥心が薄れて語気が強くなる。

しかし今は、彼のこのブレない距離感や態度が心地よく思えてきた。

そんな彼女の心情はつゆ知らず、垣根は歩き続ける。

そして人気の無いベンチを見つけ、そこに腰掛けさせた。

 

「一応八神達や月村達と連絡取れたから、ここで待つか」

 

「うん」

 

そこで彼女はベンチの脇の木製の立て看板が目に入った。

それは、縁結びのお守りについて書いてあった。

 

 

効能

一、良縁に恵まれます

二、片想いが実ります

三、古来より男性が女性に渡すと求婚を意味します

 

 

(へえー、そんな意味もあるんだ。知らなかったなあ)

 

「ああそうだ。お前、例の御守り買えたのか?」

 

「ううん。結局売り切れで買えなかったよ」

 

垣根の問いになのはは残念そうに答えた。

 

「ふーん。あっちで見た売店には気付かなかったのか」

 

「え?」

 

「しっかし、やっぱり意外だよな。高町がこういうの欲しがるのは」

 

「そ、そうかな?」

 

「何でもかんでもイベントやら何やらに乗っかるなんざ、お前も大概、クソおめでたいヤツだな」

 

「ちょっと!いきなり何なの!?」

 

突然の毒吐きになのはが憤慨する。

しかし彼は無視してポケットから何か取り出した。

 

「あの人気っぷりだったからな。どうせ売り切れで買えなかったっつーオチが目に見えてた。正直興味無かったが、別の特設の売店でも売ってるのを偶然見付けてな。だからまあ、ついでに確保しといてやろうかと思ったんだ」

 

「え?」

 

「ま、テスタロッサと八神にゃ悪いが、一個しか無いから早い者勝ちでって事と、クロノ辺りからこの前聞いたが、例の事件絡みでお前も俺に関してかなり口添えしてくれたんだってな」

 

「え、あ、いや……あれは、仕事でもあったし……」

 

「感謝なんてわざわざ伝えるガラじゃねえが……」

 

垣根は言って、手に持っていたものを彼女に放り渡した。

 

「ほらよ、プレゼントだ。光栄に思え」

 

「わっわっ!?こ、これって……。わたしに……?」

 

「あいにく一人一個らしいんでな」

 

垣根が渡したのは例の縁結びの御守りだった。

 

「……あ、ありが_ハッ!?」

 

彼女はお礼を言おうとしたが、効能の一つを思い出す。

 

『古来より男性が女性に渡すと求婚を意味します』

 

垣根帝督は高町なのはにお守りを渡した。

つまり、

 

(求婚ってプロポーズって意味だよね……………………え、えええええええええええええええええええッッッ!!!?あ、あのかかっ垣根くんが、わわた、わたしにプロポーズ!?嘘ぉぉぉ!!!!!?!?)

 

彼女は茹蛸のように顔を真っ赤にしながらパニックになる。

落ち着き無くワタワタと右往左往する。

 

「何やってんだお前」

 

「えええええと、その、垣根くん。本気なの!?その、本当に御守りくれるの!?わたしに、垣根くんが!?!?」

 

「嘘吐いてどうすんだよ。本気に決まってんだろ」

 

「ええっ!?本当に本当に本気なの!?」

 

垣根はお守りの効能については何も知らない。

興味も無い。

仮に知っていたら買う事もこうしてなのはに渡す事も無い。

絶対に。

 

(本気ってつまり……!!じゃあわたしの事……嘘ぉッ!?)

 

(あんなに驚いて……そんなに欲しかったのか?)

 

すでに両者の間で認識が致命的にズレている。

 

(ふえええ!!今までそんな素振り全然なかったのに!!!!)

 

その時突然、ズルリと浴衣が徐々に着崩れはじめる。

そこで状況はまた一変した。

 

「ん?どうした?」

 

「あ……着付けが甘かったみたい。帯が緩んで脱げそうになってきた……」

 

なのはは段々慌て始め、あたふたとしてしまい更に着崩れる。

 

「落ち着けよ」

 

そう言いながら垣根はなのはに近付き、後ろから落ちそうな帯を掴む。

 

「ふえ!?な、何!?」

 

「詳しい着付け方は知らねえが、帯ぐらいは持っててやる。その間に直せ」

 

「う、うん!!」

 

彼女は羞恥心を必死に我慢してきなおそうとするが、着付けてもらうのと自分でやるのとでは勝手が違う。

なおかつ焦っているため思うように上手くいかない。

その時、垣根はお守りの効能について記している立て看板が目に入る。

 

「……ん?……、……ああ、なるほどな!」

 

「え!?」

 

彼は気付いた。

互いに勘違いしていた事を。

だが思わずはずみで手を放してしまった。

垣根は少し申し訳なさそうな顔で言う。

 

「いやー何か悪ぃな高町。どうりでそんなに驚いてた訳だ。変な勘違いさせちまって済まねえな。別にそんなんじゃねえんだ。ただ単に…あ゛」

 

「おっ帯が……っ!!!?!?!!」

 

帯が落ちてしまい、浴衣が完全に解けてしまう。

袖は通しているが、肩からずり落ちほとんど服の意味を成していない。

しかもこの時、なのはは上半身の下着を付けていなかった。

要するにほぼ半裸だ。

 

「ッッッ!!!?キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」

 

彼女の大音量の悲鳴がこだます。

彼女の悲鳴を聞いて、大急ぎで駆け付けた六人には『垣根がなのはを襲っている』というあらぬ誤解をされ、アリサと古市と志村にグーで殴られ、そうになったが全て避けた。

 

勘違いを含めた一連の出来事が原因で、高町なのはは羞恥心で、垣根帝督は気不味さで、しばらく目を合わせられなくなり、居心地の悪い雰囲気が漂った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

行間三

ミッドチルダ北部、ベルカ自治領。

そこに位置する聖王教会本部。

 

聖王教会とは管理局と同じく、危険なロストロギアの調査と保守を使命としている宗教団体。

宗教自体を指す時は「聖王教」と呼ばれる。

本部のベルカ自治領内は、周辺の景観が良い事から観光地としても有名で、若者の結婚式場としても人気である。

次元世界で最大規模の宗教組織で、各方面への影響力も大きい。

信徒が多く、その理由は他宗教に比べ禁忌や制約が少なく、緩い事が影響している。

独自に「教会騎士団」と呼ばれる戦力を持っている。

何故今回はこの聖王教会の説明になっているかというと、

 

『この前と五年前の事件きっかけなんやけど、わたしの友達が帝督くんに会ってみたいって言うてるんや。せやから一緒にミッドに行こ?』

 

と、電話で垣根帝督をお誘い中の八神はやて。

しかし、というか、いつもの事ながら当の学園都市第二位はつれない。

 

「行かねえよ馬鹿」

 

『えー、リインも一緒なんやでー』

 

「だから何だよ。それで気が変わるとでも?」

 

『リイン縁日の時は任務関係で来れへんかったから、帝督くんにも会えなくて残念がってたんよ』

 

「だから知るかっての。主はお前だろ」

 

鬱陶しそうに言う彼は、そもそも、と続ける。

 

「何でお前のダチが俺に会いたいんだよ?どこの誰だよ、そいつ」

 

『あー、聖王教会って言うとこにおって、管理局の理事官でもあるんや。帝督くんの戦闘記録を見て興味が沸いたみたいやねん』

 

「却下」

 

『ちょっと_』

 

返事を待たずに通話を切った。

ただでさえここ最近は彼女達に振り回され気味で、ギャグ漫画みたいな展開やオチに見舞われる事があったのだ。

また下手に押し切られて応じたら、しかもリインまで付いていくのであれば、どんな未来が訪れるか想像に難くない。

 

「ったく、あいつは……いやあいつ等は、この俺を何だと思ってやがんだ。俺が何者なのか忘れてねえか」

 

吐き捨てるように言って、直近の出来事を何となく思い出していく。

 

「……、」

 

どこぞのガキとお散歩に付き合わされたり、馬乗りになって後ろから思い切り両耳を引っ張られて駄々をこねられたり、寝てる間に布団に潜り込まれたり。

はたまた海水浴に付き合わされた最中には金髪美少女のお馬鹿な海中ストリップを目の当たりにしたり。

縁日には己の無知と気まぐれが災いして、どこぞの栗色髪のサイドテール女をムダに慌てさせた挙げ句、ほぼ半裸を拝む羽目になった。

 

「……、」

 

記憶を辿りながら垣根帝督は、彼にしては極めて珍しい事に、音もなく顔を青ざめさせた。

『闇』やら『悪党』やらといった人種には、ある共通点がある。

そのクールな雰囲気をぶち壊され、台無しにされたら全てが終了してしまうという点だ。

例えどれほどの悪人であっても、雰囲気皆無の空間に放り込まれ、エプロンを渡されて幼子を押し付けられたら、もう子守りをするしかないのだ。

普通なら、その手の雰囲気を台無しにする輩はさっさと暴力で排除する事で『自分の世界』を保ったりするのだが、できなかった時の事を想像するのも恐ろしい。

そして今の自分は台所事情を理由に、その暴力による排除ができずに何度か失敗した結果を経験していた。

 

失敗すればあんな目に遭う。

 

この受難はいつまで続くのか、この試練はどれだけあるというのか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、海鳴市外の某所。

そこの裏通りに一台のステーションワゴンが停まっている。

そこに垣根帝督が乗り込んだ。

学園都市に潜む暗部組織の一つ『スクール』としての、久しぶりの用事だった。

 

車内には開かれたパソコンがあり、要件と情報が入力されているはずだった。

垣根がキーボードを叩いて暗号通信を最適化していく。

 

『某組織に拉致された少女をできるだけ無傷で奪還』

 

内容をかい摘まむとそういう事だった。

 

「……何だこりゃ。警察にやらせろよ。単なる誘拐事件じゃねえか」

 

垣根がくだらなさそうに言った。

そこでパソコンの画面が切り替わり、『SOUND ONLY』の表示になる。

 

『それがそうもいかないらしい。ターゲットサイドが、この前の一件に一枚噛んでいたらしくてな』

 

「何……?」

 

『あまり詳しくはこっちも知らないが、以前、学園都市外に出たDAとの取引記録が僅かだが見付かったとの事だ。つまり内容は何であれ、手掛かりになるかもしれない連中が再び動き出した訳だ。可能性は未知数だが、何か掴めるかもしれない』

 

「まあ、実際今まではすっかり滞っていた訳だしな」

 

更に情報を洗っていくと、次の事が分かった。

 

二つの財閥が競争し合っていた。

喜久井グループとハーヴェイグループ。

それぞれのCEOには娘がいる。

 

今回、事件を起こしたのはハーヴェイグループサイドらしい。

喜久井グループの令嬢の“友人”を拉致監禁し、人質にしているのだ。

しかも“警察に通報したら人質の少女を殺害”すると脅している。

ハーヴェイは以前、バニングス家系列や月村家系列に裏でちょっかいを出した事もあり、この場では垣根帝督しか知り得ないが、以前のアリサ・バニングスと月村すずかの拉致事案の遠因になっていたかもしれない。

 

喜久井CEOとしては、娘の友人を何とか救いたい。

しかし、相手は学園都市の暗部関係と手を結んでいた。

故に警察に通報できずに手を拱いていた。

そこで、学園都市暗部に所属していながら敵勢力を、正確には取引相手だったDAを叩き潰し、都合良く現在外に出払っているとある闇組織に注目した。

どうやってコンタクトを取れたのかは不明だが、その組織の実績を知る。

そういった経緯もあり、苦肉の策として暗部組織『スクール』に白羽の矢が立ったのだ。

敵の敵は味方、という考え方なのだろう。

案外、情報漏洩のリスクを嫌がった統括理事会側からコンタクトを図ったのかもしれない。

 

「それで、回収対象は?」

 

赤城咲耶(あかぎさくや)。喜久井令嬢の友人の妹で聖祥大附属中学の一年生』

 

(何かと因縁があるな)

 

垣根帝督はそう思いながら下部組織に連絡し、情報隠蔽等の出撃の準備を整える。

 

「よし、他の連中は?」

 

『衛星マップ上の位置や郵便配達の記録等を元に、各自捜索に入ってる』

 

垣根は赤城咲耶の写真を眺めながら、思案する。

 

(ここにきて……いや、今更とでも言うべきか。元とはいえ関係勢力が動くとはな。流石に魔法サイドの事は知らんだろうが、今は万が一……億が一の可能性も(さら)っていかないきゃならないほど手詰まりな状況だしな。しかし、敵は手段が拙速過ぎるようにも……DAという取引相手兼物理的後ろ楯を失っているにもかかわらずにだ。つまり単独で私兵みてえなのを使って行動を起こしている。思惑は一体……目的は何だ_?)

 

『_あ、一応言っておく』

 

そこへエージェントが口を挟み、垣根の思考を遮断した。

 

「……何だよ」

 

『対象の女の子、可愛いけど、傷物にはするなよ』

 

「ばーか死ね」

 

軽口を叩きながら彼はステーションワゴンから降りて指定したポイントへ向かう。

 

 

 

 

 

 

とあるホテルのスイートルーム。

そこに一人の少女が監禁されていた。

黒髪のショートボブ、中学一年生にしてはかなり大きく月村すずか、フェイト・T・ハラオウン並の胸。

両手を後ろに組んだ状態で縛られ、口を布で押さえられて悲鳴もあげられない。

彼女の周りには目出し帽を被った男やフルフェイスのヘルメットを着けた男達がいる。

 

「ったく、手間かけさせやがって」

 

「ガキの癖に化学者みてえに知識があるらしいぜ」

 

「催涙スプレー携帯してんだからよ」

 

「まあ顔隠しちまえば関係ないがな」

 

「おい、そろそろずらかるぞ。追っ手が来る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ファッキュー!」

 

そう叫びながら金丸がホテルの一室のドアを蹴破る。

しかし一足遅かったのか肝心の部屋はもぬけの殻。

逃げられてしまったらしい。

不意に携帯電話が鳴る。

 

「あ、リーダーか。ソッチはどうですか?」

 

ゴリゴリの黒人が流暢な関西訛りで話す。

 

『ダメだな。こっちも空振りだ。どうやら気付かれたみたいだぜ』

 

「気付かれたって事は……」

 

『まあ、とは言っても追っ手がいるって事に気付いてるぐらいだろうけどな。今は人質連れて車で逃走中らしいから俺等も向かうぞ』

 

「了解」

 

電話を切ると、足早にホテルから去った。

別ポイントの高級マンションの一室に突入した垣根帝督だったが、ダミー情報だったらしく、実際はヤクザの詰め所 だった。

 

「殺すつもりは無かったんだかな。テメェらが悪いんだぜ?話も聞かずに勝手にキレて銃弾浴びせてきやがるんだからよ」

 

彼の周りには血だまりと肉片。

能力を使って人間を爆砕したのだ。

垣根は下部組織に後始末を命じて高級マンションを出る。

そこで携帯電話に着信が入った。

 

『この件の関係者というか、知っている者の一人の居場所が分かった』

 

「マジか、で、誰なんだ?」

 

『CEOの令嬢。詳細を知ってはいるが、どう関わってどう動いているかは不明だ』

 

「ふうん。じゃ、居場所を教えろ。俺が聞き出してやる」

 

『分かった。場所は─』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その少女は自身の取り巻きと共に、とある高級なオープンカフェで優雅にティーブレイクをしている。

彼女は名門私立の女学院に所属し、自分を中心にした一つの派閥をつくっていた。

欲しいものは何でも手に入る何の不自由の無い生活。

最近になって父が何やら怪しげな取引をしている事を知り、好奇心で側近等を使って情報収集をしてみた。

すると身内に対する秘匿が甘かったのか、思った以上に詳細を知る事ができた。

正直、人の道を外した行為の内容だったが、止めようとまでは思わなかった。

自分はただいつものように日常を楽しんでいれば良い。

父達が勝手にやっている事なのだし、それに父のやる事は巡りめぐって正しい結果になると信じているのだから。

 

「失礼、お嬢さん」

 

談笑していると、不意に声をかけられた。

少女は紅茶の入ったティーカップをもつ手を止め顔を上げる。

そこには、何だかガラの悪そうな少年が立っていた。

少年は風貌に似合わないような柔和な笑みを浮かべていた。

 

「はぁ、どちら様でしょうか」

 

「垣根帝督。人を探しているんだけど」

 

垣根と名乗った少年はポケットから一枚の写真を取り出して見せた。

 

「こういう子が何処へ行ったか知らないかな。赤城咲耶っていう名前なんだけど」

 

彼女は目を剥いて内心動揺した。

周りの取り巻きは、何なのこの人等とヒソヒソと話している。

少女は咄嗟に動揺を隠し、冷静を装いながら答える。

 

「いいえ、あいにく知りませんわ」

 

「そうか」

 

「人探しでしたら、探偵に行くとか、警察に届け出ては?」

 

「それもそうだね。ならこれで失礼するよ。ありがとう」

 

垣根は小さく微笑みながら去った。

ホッと胸を撫で下ろす。

そして紅茶を飲もうとティーカップに手を伸ばしたその時、

 

「ああそうだ、お嬢さん。一つ言い忘れた事があるけど」

 

「え?」

 

顔を上げる前に次の言葉が来た。

 

「テメェがこいつを知ってるのは分かってんだよ、クソボケ」

 

ゴン!! と、こめかみに衝撃が走り抜けた。

 

殴られた、と気づく前に椅子から転げ落ちていた。

乱暴に振り回された少女の足が、椅子やテーブルを倒してしまう。

紅茶や茶菓子が周囲にバラまかれる。

周囲から、通行人や彼女の取り巻きの悲鳴が響く。

何が起きたか判断しきれないまま、とにかく少女は起き上がろうとした。

しかし仰向けに倒れた彼女の右肩へ、垣根は靴底を思い切り踏み付け、地面へ縫い止めた。

 

「だから俺はこう尋ねたんだぜ。『こういう子を知りませんか』じゃなくて、『こういう子が何処へ行ったか分かりませんか』ってな」

 

ミキミキィ!

 

「!!」

 

垣根は足に体重を掛ける。

グゴギッ!! という鈍い感触と共に、骨と骨を擦り合わせるような激痛が走り抜けた。

 

「うああああああッ!!」

 

関節が外れたのだ。あまりの痛みにのたうち回りたくなるが、垣根の足は鉄柱みたいに動かない。

悲鳴というより絶叫が響いたが、垣根の表情は少しも変わらなかった。

 

「テメェが俺の動きに気付いて行動していた訳じゃねえのは予想できる。俺は外道のクソ野郎だが、それでも極力一般人を巻き込むつもりはねえんだ。だから協力さえしてくれりゃ、暴力を振るおうとは思わない」

 

オープンカフェは表通りに面していて、周囲にはかなりの人々が往来していたが、彼等は一斉に現場から距離を取っただけで、少女の所へ駆け付けてくれる人は一人もいなかった。

孤立無援の中、さらに垣根の靴底が関節の外れた肩に食い込んでくる。

 

「……ただな、俺は自分の敵には容赦をしない。何も知らずしていたのならともかく、テメェの意志で親父達を庇うって言うなら話は別だ。頼むぜーお嬢さん。この俺にお前を殺させるんじゃねえ」

 

グギギガリガリ!! と、外れた骨が無理に動かされ、強烈な痛みが連続する。

瞳から涙が溢れる。

何故こうなったのか分からない。

そして状況を打破できない悔しさ。

負の感情の全てがグチャグチャに混ざり合い、巨大な重圧となって彼女の人格を内側から圧迫していく。

そして、その中で意図的に提示された、一つの逃げ道。

 

「赤城咲耶はどこだ」

 

激痛に明滅する意識の中、垣根帝督の声だけが響く。

 

「知っているはずだろ?それだけを教えれば良い。それでテメェを解放してやる」

 

どこを見回しても出口の無い迷路に、たった一点だけ設けられたゴール。

暴力という暗闇に押し込まれた少女は、その存在を意識せずにはいられなかった。

ハーヴェイ家の令嬢としての矜持、人格、それら全てが『痛みから解放される』という言葉に塗り潰されていく。

少女の唇がゆっくりと動く。

 

 

「……、なに……?」

 

 

垣根帝督の眉が、理解できないようにひそめられた。

彼女は、もう一度震える唇を動かして、言う。

 

「貴方のような下郎には見付けられない場所にいる、って言ったのですよ。嘘を言った覚えは……無いわ」

 

プライドと矜持だけは捨てられなかった。

見下したような目で人を馬鹿にしたように言った。

垣根帝督はしばし無言だった。

 

「……良いだろう」

 

言って、確かに彼は少女の肩から足をどけた。

ただしその足は地面に下ろさず、今度は少女の頭を狙ってピタリと止まる。

 

「誇りと死を天秤にかけたか。感傷的だが、現実的じゃねえな。俺は一般人にゃ手を出さないが、自分の敵には容赦をしないって言ったはずだぜ。それを理解した上で、まだ協力を拒むって判断したのなら、それはもう仕方がねえ」

 

垣根帝督は振り上げた足に力を込めた。

まるで空き缶でも潰すような気軽さで足を動かし、

 

「だからここでお別れだ」

 

ブォ!! という風圧に少女は思わず涙を溜めた目を瞑った。

今の彼女には、それぐらいの事しかできなかった。

しかし、垣根の足が少女の頭部を踏み潰す事はなかった。

 

 

ズバァッ!!

 

 

空気を切る音と共に小振りの木刀が飛んできた。

 

それは物凄い速度で垣根帝督に激突する。

その一撃を喰らった事で、バランスを崩す垣根。

顔を潰す予定だった足は、彼女のわずか数センチ横の地面に激突するに留まる。

 

「……何をしている」

 

黒髪の端整な容貌の青年が、垣根帝督を睨んでいた。

高町恭也。

 

「痛ってえな」

 

垣根帝督は高町恭也に視線を向けると、静かに言った。

 

「そしてムカついた。誰だテメェ?」

 

恭也のすぐ後ろには月村忍がいた。

彼女も垣根を鋭い視線で見つめている。

垣根帝督と高町恭也には面識は無い。

だが彼は、高町なのはの家族構成は以前の情報で知ってはいたが、忍がすずかの姉という事までは知らない。

もちろん、高町恭也は垣根帝督を知らない。

妹から話を聞いた事はあったが、その姿を実際に見聞きまではしていない。

 

「質問に答えろ。お前は今何をしている」

 

「テメェにゃ関係無い事だよ」

 

「こんな暴力沙汰を見過ごせと?」

 

「テメェにゃ関係無いって今言ったよな?」

 

「何……?」

 

殺気と悪意を感じ取り、警戒を強める恭也を見て、垣根は小さく笑う。

 

「ついでに言うと、邪魔されてムカついてる訳なんだが。ここでテメェを叩き潰すのも一興かねえ」

 

恭也はそれに答えず身構える。

しかし垣根は、携帯電話を開いてディスプレイをチラリと見ると、

 

「と、言いたいとこだが、そんな暇はなさそうだ。このままじゃターゲットが殺されちまう。つーわけでズラからせてもらうぜ。ああそうだ、コイツはもうどうでもいいから見逃してやるよ。ホラッ」

 

「ガフッ!?」

 

垣根は足元で痛みに苦しむ少女をまるでボールのように恭也の方へ蹴飛ばした。

 

「なっ!?」

 

その行動に驚く恭也だが、その直後に、

 

 

バォ!!

 

という爆音が鳴り響いた。

衝撃波が彼に向かって炸裂し恭也は一瞬目を閉じた。

余波で人々が薙ぎ倒される。

高町恭也が目を開けた時には前方にいたはずの垣根帝督の姿は無く、代わりに足元に激痛のあまり気絶した少女が転がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国際空港へ繋がる建設未完の大きな高速道路。

そこを猛スピードで疾走する四台のミニバン。

このうち一台にだけ赤城咲耶が手足を拘束された状態で乗せられている。残り三台はダミーだ。

いつの間にか、この高速道路を走っているのはこのミニバン四台だけになっていた。

 

疾走するミニバンの前方に一人の人影が見えた。

 

黒いブーメランパンツ一枚の黒人マッチョマン。

右腕がなぜかサイコガンになっている男。

金丸。

 

素早くサイコガンを構えて発砲。

その途端、ミニバンの内の一台が叩き潰された。

爆発炎上したミニバンを見ながら、二台目に銃口を向ける。

ミニバンのドライバーと四つのタイヤを正確に狙い撃つ。

コントロールとバランスを失ったミニバンはスピンし始め、横転。

 

そしてトドメと言わんばかりに金丸が、

 

「ファッキュー!」

 

と叫びながらサイコガンを発射し横転したミニバンを爆破する。

 

「ファッキュー!」

 

金丸がサイコガンぶっ放して残り二台の内一台に炸裂し爆散する。一台残った本丸に金丸は何の躊躇もなくサイコガンを発射。

ミニバンは爆発炎上した。

 

普通に考えたら、アレじゃターゲットまで木っ端微塵になってしまうが……。

 

ターゲットの少女、赤城咲耶は上空にいた。

いや、正確には誰かに抱き抱えられていた。

天使のような六枚の白い翼を羽ばたかせて赤城咲耶をお姫様抱っこの要領で抱えている少年。

垣根帝督。

 

垣根はゆっくりと地面に着地した。

そこへ『スクール』のステーションワゴンが到着する。

金丸が言う。

 

「お姫様抱っこで助け出すとは、中々ロマンチックやな」

 

「ちげーよ。背負うと翼と干渉しちまうし、小脇に抱えても良かったんだが、腹に負担が掛かるし、衝撃で後でゲロゲロ吐かれたら堪んねえからな。消去法でこれが一番効率的だったんだよ」

 

「………ん……?」

 

今の今まで気を失っていた赤城咲耶が目を覚まし、垣根帝督の顔を見た。

 

「やべっ、起きちまった」

 

垣根は彼女を慌ててステーションワゴンの後部座席に放り込んだ。

 

「キャッ!?」

 

「金丸、そいつを下部組織を介してクライアントの喜久井家に引き渡せ」

 

「了解や」

 

金丸もステーションワゴンに乗り込む。

 

「……、あの、貴方が私を……?」

 

垣根帝督は赤城咲耶の言葉を無視して言う。

 

「今日の出来事については一切忘れろ。一生口にするな。良いな?他人に少しでも喋って騒ぎになったら今度はテメェを殺す」

 

それだけを言うと後部ドアを閉める。

その途端にステーションワゴンが猛スピードで発車する。

それを見送ると、携帯電話でエージェントに連絡を入れた。

 

「仕事は終わった。で、何か分かったか?」

 

『残念だが進展は無いな』

 

「チッ、実質収穫無しかよ」

 

『だが最低ノルマは達成した。後は上に任せよう』

 

結局、主犯格も新たな情報は持っていなかった。

垣根は苛立つが、今は仕方ない。

元々、可能性自体は低かったのだから。




聖王教会関連は、八神一家以外はStrikerS以前まで関係があまり無いようなので、二次創作でオリ主とかがはやて達経由で関わったり、そこで一悶着起きるような描写はわりとよくある事ですが、流石に高町なのは達より外野の立場の垣根帝督を先行して会わせるのも何だと思い、ボツにしました。

『スクール』としての仕事関連は、pixiv既出の辻褄を合わせる程度の修正です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アリサのバースデー

アリサ・バニングスの誕生日は原作公式設定には無いので、あくまでもこの二次創作内での設定です。


八月二十三日。

 

その日はツンデレ金髪美少女、アリサ・バニングスの誕生日である。

一応誕生日会に呼ばれた為、用意したプレゼントを持って行く垣根帝督。

もっとも、彼は他人に贈り物をした事がほぼ無かった為、プレゼント選びには地味に苦労したとかしなかったとか。

 

そしてなんやかんやでバニングス邸に到着した。

 

「デケェな」

 

垣根がありきたりな台詞を漏らしていると、門が開き一人の執事服に身を包んだ男性が出て来た。

 

「垣根帝督様ですね。アリサお嬢様のお誕生日会にお越しいただきありがとうございます」

 

「はあ」

 

執事服の男性、鮫島に案内される。

そこは庭にテラスが建てられ、庭には無数ともいえる犬が走り回っていた。

既に垣根帝督以外のメンバーは揃っているようだ。

 

「遅いわよ!垣根!」

 

「定刻通りだろ」

 

「よー、垣根」

 

「帝督さーん♪」

 

ヴィータとリインが垣根に手を振る。

 

「「「「おはよう垣根(帝督)(くん)!」」」」

 

「テンションたけえなお前等。主賓よりハシャいでどーする」

 

垣根はそのハイテンションぶりに若干呆れる。

 

「だってだって、今日はアリサちゃんの誕生日なんだよ。一杯お祝いしてあげなくっちゃね♪」

 

高町なのはが言った。

 

「分かったから。近いから」

 

「あ、ゴメンね」

 

「ちょっと、主役差し置いていちゃついてんじゃないやわよ」

 

アリサがジト目で見る。

 

「べっ別にいちゃついてなんか無いよ!!」

 

「ふぁーあ」

 

顔を赤くしながら弁解しようとするなのはを尻目に、興味のなさそうに欠伸する垣根。

 

「垣根くんが一番気にしてないね……」

 

「そうやね……」

 

呟く月村すずかと八神はやて。

 

「志村達も来られればよかったのにね」

 

フェイト・T・ハラオウンが言う。

 

「古市はサッカー部、志村は剣道部に入ってるからな」

 

垣根が答えた。

 

そしてテラスのテーブルにケータリングやバースデーケーキが運ばれた。

なのは達が手拍子しながらよくあるバースデーソングを歌う。

垣根は手拍子だけした。

 

それが終わると、みんなでプレゼントを渡す。

垣根だけはラッピングしていないゲームソフトを取り出した。

 

タイトルは『信長のゲボェ』

 

某漫画を読んでいる方はもうご存知だろう。

 

「……何これ?」

 

目が点になったアリサは率直に質問した。

垣根帝督は淡々と説明する。

 

「これはな、言わずと知れた戦国時代に活躍した大名、織田信長……が吐き出すモザイクがかかったゲボェを横一列に揃えて消していくというゲームだ」

 

「それって要するに最低なテト●スじゃないの!!何てものくれんのよ!!嫌がらせ!?」

 

怒涛の如くツッコむアリサだったが、垣根は涼しそうな表情のままだ。

はやては笑うのを我慢しながら『信長のゲボェ』のパッケージを見ていた。

垣根のボケがツボにハマったらしい。

 

「冗談だよ。これはボケだ。ラッピングはしてなくて悪いがな」

 

彼は直方体の箱をアリサに手渡す。

一部が透明のフィルムになっている為、中身が分かる。

 

「腕時計?」

 

「そう」

 

白いベルトにシンプルなデザインの時計盤。

赤い秒針は先端が飛行機マークの形になっている。

時計盤の外装パーツのフチは四角いクリスタルストーンが敷き詰められていた。

 

「わあ、結構オシャレだね」

 

すずかが呟く。

 

「人に何かあげるのは慣れてなくて、それなりに苦労したがな。要らなきゃ捨てても良いぜ」

 

「そんな事しないわよ。ありがと」

 

意外とアリサは嬉しそうだった。

ケータリングを食した後はしばらく談笑したり、最近出てこない魅神聖に対する愚痴や不満を肴に話していた。

その後はゲームに興じる事になった。

 

プレイするのはもちろん(?)『信長のゲボェ』である。

 

なのはとフェイトで対戦する事になった。

ちなみにこれをやる理由は怖いもの見たさのようなものだ。

何はともあれ、ゲームスタート。

テ●リスかぷ●ぷ●と同じような要領でやれば良いのだが、モザイクでブロック状の外見になっているとはいえ気持ち悪かった。

しかも、吐き出す度に『オヴェエエ』だの『オボロロロ』だのと信長が呻く。

 

「ああああああッ!何でわたしだけ量が多いの!?」

 

「わたしはちょっとずつしか出てこないのに……」

 

確かになのはの方だけ吐き出されるゲボェの量が異常に多い。

フェイトは地道に一列ずつ揃えて消していってるが、なのははパニックになってしまい、ゲボェが溜まりまくっている。

そこへ、オヤツのクッキーを片手に垣根がのんびりと解説する。

 

「あー、こりゃ本能寺だな。天下統一の野望を目前で潰えてヤケ酒かっくらったんだ」

 

「ええー!?何それえぇぇ!!」

 

悲鳴をあげるなのは。

 

「じゃあ、フェイトちゃんの方は?」

 

すずかが尋ねる。

なのはの方の信長は鼻水を垂らし、泣きながら嘔吐しているがフェイトの方の信長は比較的普通の表情だ。

 

「桶狭間だな。奇跡の勝利を収めて気持ち良く飲んだんだな」

 

垣根はコーヒーを飲みながら答えた。

 

「どっちにしても吐くまで飲んどるんやないか」

 

はやてが小さくツッコんだ。

そうこうしているうちに決着がついた。

予想通りなのはの惨敗だった。

画面の右半分がゲボェで埋まっていた。

 

「改めて見てもキモいわね」

 

顔を引き攣らしてアリサが呟いた。

その後、アリサ、はやてもプレイしたが、

 

「何でや!!」

 

「何でまた本能寺なのよ!!」

 

桶狭間、本能寺、長篠、延暦寺、等のモードがランダムに設定されるのだが、この二人のときだけ本能寺になるのだ。

負けず嫌いのアリサは意地になり、結局日が暮れるまでこのクソゲーをやった。

 

すずかは語る。

 

「酷いゲームで意外と盛り上がっちゃった……」

 

フェイトも語る。

 

「吐瀉物じゃ無かったらもっと楽しめたのに……」

 

垣根も語る。

 

「ゲボェだから面白いんだろ」




pixiv既出の微修正とはいえ、かなり短いし拙いですが、ご容赦下さいm(._.)m


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

予期せぬ再会、困惑

八月三十日。

 

とある高級マンションの一室で垣根帝督は惰眠を貪っていた。

ちなみに宿題は既に済ませている。

彼としては面倒臭いのだが、忘れて無駄に目立つ事になるともっと面倒な事になりかねないからだ。

彼はベッドで気持ち良く眠っている。

だが、彼の至福の時は長くは続かなかった。

 

不意に携帯電話に着信が入る。

垣根は寝ぼけ眼で携帯電話を手に取る。

 

表示は『八神はやて』。

 

彼は舌打ちしながら応答する。

 

『あ!おはよう帝督くん!』

 

「宿題から見せねえし手伝わねえぞ」

 

『ええっ!分かってたん!?そんな事言わんで助けてーな!!』

 

「嫌だ。どーせ高町とテスタロッサもセットなんだろ?」

 

『うっ、よくぞご存知で……』

 

電話越しにはやてがバツの悪そうに答える。

垣根はウンザリしながら言う。

 

「ったく、勘弁してくれよ。何で夏休み後半にまで、お前等ワーカホリックのババロアブレーンズの相手しなくちゃならねえんだよ」

 

『誰がババロアや!!』

 

「ワーカホリックは否定しねえんだな。テメェ等以外に誰がいんだよ」

 

『と、とにかくお願いや!!わたし達の宿題見たって!!』

 

「却下。自力で何とかしろ」

 

そう言って垣根は一方的に電話を切った。

彼は携帯電話を放り投げて、再びベッドに潜り込んだ。

 

数十分後。

 

ピーンポーン

 

呼び鈴が押され、音が室内に響く。

垣根はもぞりと布団から顔を出す。

 

(……、)

 

彼は居留守を決め込む。

 

ピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーン

 

何度も押される。

 

(うるせえな。出る気が無いってのが分からねえのか)

 

垣根はだんだん苛立ってきた。

連続で二十回以上連打されたところで彼の低い沸点の限界を超えた。

ドタドタと足音を立てながら勢いよく応対用マイクのスイッチを押す。

 

「うるせえッッ!!出る気が無いってのが分からねえか!!」

 

見ると、そこにはアウトフレームモードのリインフォースⅡとヴィータがいた。

 

「……あ?何でお前等がいる訳?」

 

リインは人懐っこい笑顔で、

 

「帝督さーん、お家に入ってもいーですかぁ?」

 

垣根はため息をつきながら、

 

「ダメに決まってんだろ」

 

「「えー!?」」

 

声をハモらせる二人。

 

「えー、じゃねえよ」

 

ヴィータが文句を言う。

 

「ちょっとぐらい良いだろ。はやてのおつかいで暑い中ここまで歩いて来たんだぞ?」

 

「知るか。ンな事そっちの都合だろうが。大体─」

 

言い終わる前に声が聞こえる。

 

「「「おはようー!!」」」

 

「_遅かったか」

 

垣根は諦めたように呟く。

 

「はあ、とりあえずあがれ」

 

所変わってリビング。

 

「ヴィータ、リイン、お前等は空き部屋でゲームでもしてろ」

 

「はーい!」

 

「おー」

 

二人はリビングからでていった。

そしてスエット姿で佇む垣根帝督は、少し申し訳なさそうにしているフェイトと、ニコニコしているなのはとはやて、つまり、ワーカホリックのババロアブレーンズの方を向く。

彼は絶対零度の視線で睨みつける。

それに気付いた彼女達は思わずビクリと震える。

 

「ちょっとそこに座れよ」

 

「え?!」

 

「えと、帝督くん?」

 

「あわわ……」

 

なのは、はやて、フェイトの三人は冷や汗をダラダラと流す。

 

「いーから座れよ」

 

垣根は今何も触れていない。

しかし次の瞬間、パカンッ!! という音とともにテーブルがバラバラに切り崩れた。

 

「「「はっはいぃぃぃぃ!!」」」

 

三人は反射的に正座する。

垣根は首の関節をゴキゴキと鳴らしながら椅子に座る。

 

「テメェ等、アレか?夏期休業の課題ってのは他人に頼って終わらすもんなのか?」

 

「い、いえ、その……思ったより……」

 

「仕事が忙しくなっちゃって……一応、頑張ったんだけど……」

 

「苦手教科だけ終わらなくてなぁ……」

 

しどろもどろに答えた。

殺気等に人一倍敏感なフェイトに到っては鳥肌を立てている。

 

「ほう、つまり苦手教科以外は終わってんだな?」

 

彼はジロリとはやてを見る。

 

「ごめんなさい。わたしは数学以外全部です!!」

 

涙目で彼女は土下座した。

 

「ったく、古市の馬鹿ですらもう終わってるってのに。だからワーカホリックのババロアブレーンズって言われんだよ」

 

「それ言うてるの帝督くんだけやからね!?」

 

「垣根以外には言われた事無いよ!!」

 

「それ以前に垣根くんわたし達をそう思ってたの!?」

 

文句を垂れるババロアブレーンズ。

 

「ああん?」

 

それを叩き伏せるように垣根は睨みつける。

 

「「「ごっごめんなさい……」」」

 

垣根はこめかみに青筋を浮かべながら言う。

 

「何より、俺は今日一日寝過ごす予定だったんだよ。それを邪魔されてムカついてんだ」

 

(((結局ソコ!?)))

 

三人はそう思ったが恐くてツッコめなかった。

垣根は構わず続ける。

 

「つー訳で、優しい優しいこの俺が、特別にお情け見てやる代わりに、テメェ等は今日中に課題を達成しろ」

 

「そんな無茶な!!明日までじゃダメなん!?」

 

「いくらなんでも無理だよ!!」

 

「そうだよ垣根!!」

 

ババロアブレーンズは口々に弱音を吐く。

だが彼は再び彼女達をギロリと睨みつける。

 

「テメェ等に拒否権はねえ。そもそもこんな状況になったのは自業自得だ。こうなる事も予想できなかった金魚鉢程にも役に立たない頭蓋骨に入ったババロアブレーンを持つテメェ等自身のせいだろ」

 

酷い言われようだが彼女達はまったく言い返せない。

 

「とっとと始めろコラ」

 

「「「はい!!」」」

 

どすの効いた声でどやされて顔を青ざめて宿題に取り掛かる。

 

 

……そして。

 

 

「お、終わった……つ、疲れた……」

 

「ふええ……デスクワークより過酷だったかも……」

 

「お願いした手前、贅沢言えへんけど……ていとくんスパルタ過ぎ……」

 

死屍累々の状態を尻目にふんぞり返っている垣根帝督は、ふんッと退屈そうに鼻を鳴らす。

 

「タダで第二位の超能力者(レベル5)に家庭教師の真似事してもらっただけでも光栄に思いながらありがたく心底感謝しやがれ」

 

いつもより割り増しで尊大な態度で見下ろされるが、何も言い返す気力も無かった。

ふと、そこで垣根が思い出したように尋ねる。

 

「つーか、こういうのは普通、バニングスと月村に頼めよ。何で俺の所に?」

 

「あー、それは……」

 

と呟くように言ったはやての言葉を、なのはとフェイトが継ぐ。

 

「ここ数年、毎年のように二人に助けてもらうのも……」

 

「悪い気がして、ちょっと気が引けちゃって……」

 

「今年はていとくんおるから、お願いしてみよかって三人で思ったんや……」

 

それを聞いた瞬間、垣根の頭が色々な意味で沸騰しかけた。

 

「知り合いの女を生まれて初めてぶん殴りたくなったわ。一人一発殴って良いか?」

 

「「「ごめんなさい。でも勘弁してください」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

九月一日、二学期始業式の当日である。

 

「眠いよ〜」

 

「うーん……」

 

「ふあ……」

 

寝ぼけ眼で歩いているのは、高町なのはとフェイト・T・ハラオウン、八神はやて。

 

「顔色酷いな。丸一日インターバルあっただろ」

 

偶々登校中に合流した垣根帝督が、怪訝そうに言う。

 

「それが、昨日の朝、急に任務で呼ばれて……」

 

「わたし達それぞれ夜まで駆り出されて……」

 

「宿題疲れが抜けへんまま、一日仕事漬けになってもうた……」

 

へばっている三人を見て少しだけ同情し、垣根は哀れみの視線を向けた。

はやてがヒョコヒョコと彼に近付くと、左肩に手を置いて告げる。

 

「ていとくん」

 

「ていとくん言うな」

 

「眠いししんどいねん。肩貸して。何なら学校までおぶって~」

 

「清々しいほどに図々しい頼みだな。お前達の事情にゃ多少同情するが、半分自業自得だし暑苦しいから嫌だ」

 

「え~そんなカタい事言わんといてよ~」

 

と言いながら垣根の背中にへばり着こうとするはやて。

彼も鬱陶しそうに彼女を振り払おうと体を揺する。

 

「嫌だっての暑苦しい。ベタベタすんな」

 

「ええやん。おんぶしてくれたら、背中で学校までわたしのおっぱいの感触楽しみ放題やで?」

 

「提案が卑猥な上にオヤジ臭せえんだよ」

 

「はやてちゃん、それ逆セクハラ……」

 

「しかも何か生々しいよ……」

 

と、垣根に続く形でなのはとフェイトが弱々しくツッコミ。

 

「何なら、今だけノーブラになってあげよか?」

 

「そんな冗談を言える元気があるなら大丈夫だろ。キリキリ歩け」

 

さっきから散々ボディタッチを仕掛けているのに、案の定動じない垣根帝督に、八神はやては別の意味で不機嫌になってきた。

 

「ぶぅー、そこまで無反応で邪険にされると、女としてのプライド傷付くんやけど?」

 

「知るか。つーか歩きながらひっつこうとするな。鬱陶しいんだよ」

 

意地になってはやてが垣根の背中に掴みかかるが、彼も振りほどこうと体を左右に揺すっている。

そんなやり取りをしていると、月村すずかとアリサ・バニングスと合流した。

 

「おはよう……って、え?」

 

「おはよう……って、何してんのよ」

 

「見ての通りだ」

 

垣根は迷惑そうな顔で、面倒臭そうに言った。

 

「おはようみんな」

 

「おはよーって、垣根、相変わらずのモテッぷりだな」

 

志村と古市が合流する。

 

「ばーか死ね」

 

「ひでえ!!」

 

暴言を吐きつつ、垣根ははやてを引き剥がしながら登校する。

校門に着いたあたりでようやくはやても諦めた。

 

「もう何か、普通に歩くより疲れてもうたわ」

 

「こっちのセリフだ馬鹿。自業自得だろ」

 

「ていとくん強情やから」

 

「それもこっちのセリフだっつーの」

 

ブーブーと文句を垂れるはやてに対して、垣根も吐き捨てるように答えた。

端から見ると新学期早々じゃれあっているバカップルにも見えなくもない。

垣根ははやての悪ふざけの意図を薄々感じ取るも、今は敢えてスルーした。

 

 

その様子を遠くで見ている者がいた。

 

「あの人は…」

 

教室の付近に到着すると、魅神聖がいた。

 

「おはよう。久しぶりだな。夏休み中会えなくて寂しかったぜ?」

 

ニコッと笑う彼に垣根以外はウンザリとする。

魅神は女性を恋愛対象か守られる存在としか見ていない。

ただし彼は別段悪党ではないため、まともに突っぱねることができるのはアリサ・バニングスぐらいなのだ。

 

「アンタのクラスは隣でしょ」

 

「そうつれない事言うなよ。始業式の時間まで話に来たんじゃないか」

 

「別に話題無いでしょ。自分のクラスに戻って!」

 

「あはは、相変わらずツンデレだなぁ〜」

 

そんなやり取りを無視して、垣根帝督と古市貴之と志村新八は教室に入ろうと歩きだす。

魅神聖の目的は高町なのはを始めとする五人の少女達だ。

男の自分達には関係ない。

障らぬ魅神聖に面倒事無しだ。

 

しかし、

 

「待て!そこの野郎共!!」

 

魅神聖の声にビクリと肩を竦めて止まる古市と志村。

垣根だけは構わずに教室に入った。

 

((逃げやがったー!!))

 

二人は垣根を睨むが、彼は気持ち良い程無視して自分の席についた。

そして魅神聖の嫉妬にかられた尋問が始まる。

 

「何故てめーらがなのは達と一緒にいた!?」

 

「垣根君と一緒に登校しているところにたまたま合流したんだよ」

 

志村が正直に言った。

だがその一言は垣根帝督を巻き込むことになった。

 

「何?垣根だと?貴様、また性懲りもなくなのは達に付き纏いやがって」

 

魅神は垣根の席に向かい、

 

「おい垣根。相変わらずなのは達が優しいのに付け込んで付き纏いやがって。彼女達に迷惑が掛かってるのがわかんねーのか」

 

寝ていた垣根はムクリと顔を上げる。

 

(志村の野郎、後でタコ殴りにしてやる)

「うるせえな。そりゃテメェだろ」

 

彼の言葉に思わず魅神聖以外のこの場にいる生徒のほとんどが頷く。

 

「そんな訳あるか。てめーが元凶に決まってる!」

 

ここで垣根帝督の低い沸点を超えた。

彼は左手を伸ばすと、魅神聖の頭をガシリと掴む。

 

「な!?」

 

彼は自分がどういう状態に晒されているか理解できずに鼻白む。

垣根はイライラとした調子で言う。

 

「朝っぱらからスカしたうざってえ顔面晒したあげく、根も葉も無い屁理屈垂れてんじゃねえよ三下。もう一度金玉蹴り潰すぞコラ」

 

(なっ何だ!?この殺気は!!チッ、まあコイツのプライドを折って本性を晒すのは、また次の機会にすればいい)

 

自信家は逃げるのにも、いちいち理由がいる。

 

「……ッ!フン、今日のところは見逃してやる。覚えてろ」

 

そう言って魅神聖は去っていった。

 

「流石やなあ帝督くんは」

 

はやてが感心しながら彼の左横に座った。

 

「目障りな馬鹿はさっさと退かすに限る」

 

 

 

そして始業式。

体育館にクラスずつ横一列ずつに並ぶ。

 

「あれ、垣根は?」

 

フェイトは周りを見渡しながら近くの女子生徒に尋ねた。

 

「『面倒臭いからフケる』ってさ」

 

さらに古市が続ける。

 

「サボって罰食らっても痛くも痒くも無いんだと。こういうとき、成績優秀の素行不良ってのは羨ましいぜ」

 

血色の悪い顔、クリクリのくせ毛が禿げ頭のふもと付近に生えている。眉毛はお公家さんのような丸型。

柿の種のような形の目は、愛される要素ゼロ。

そんな出で立ちの校長が自分自身の頭髪のように薄い内容の話を長々としていた。

 

本日は始業式のみで授業は無く、午前中で終了。

 

 

「もう、ダメだよ垣根。始業式サボっちゃ」

 

フェイトが垣根に言う。

 

「良いんだよ。ハゲの寝言聞くぐらいなら屋上で昼寝してた方がマシだ」

 

「言い過ぎだよ。垣根くん」

 

 

「それにしても酷い言われようだね。校長先生も」

 

なのはとすずかが苦笑いで言った。

 

「ねえねえ、このあとみんなでお昼ご飯食べない?」

 

「お、ええなぁ。帝督くんも一緒に─」

 

アリサの提案に乗ったはやてが垣根に声をかけたが、言い終わる前に別の声が教室の出入口から聞こえた。

 

「失礼します。ここに垣根帝督君はいらっしゃいますか」

 

物腰の柔らかそうな女性の声。

垣根を含めた六人が、声のする方へ向いた。

天然茶髪で少しウェーブのかかったロングヘアーの女子生徒。

中学生にしてはやや大きいバスト。

要するにボンキュボンだ。

文武両道にして容姿端麗な完璧人間。

名前は喜久井遥(きくいはるか)

三年生で聖祥大附属中学校の生徒会長だ。

 

「垣根は俺だけど、何か?」

 

垣根は立ち上がり、喜久井遥のもとに近づいた。

彼は喜久井遥を知っていた。

だがそれは生徒会長としてではなかった。

 

「少し屋上までよろしい?」

 

「ああ?」

 

彼女はニッコリと微笑む。

だが彼には何かを含んだ笑みに見えた。

 

 

 

所変わって屋上にて。

誰もいないそこには二人の生徒が相対する。

 

「それで、何のようですか?生徒会長さん」

 

垣根はうっすらと笑いながら尋ねる。

 

「ふふ、そう警戒しなくても良いわ。二年生君。いいえ、学園都市第二位の超能力者(レベル5)にして暗部組織『スクール』のリーダーさん♪」

 

喜久井遥も微笑みながら言う。

その言葉を聞いた瞬間、垣根帝督の目つきが変わった。

学生としての目から暗部の人間としての目で喜久井遥をジロリと見据える。

 

「……クライアント側のテメェが、依頼が終わった後に会うのは契約違反じゃねえのか」

 

「そう怖い顔しないで。今日はお仕事の依頼を頼みに呼び出した訳じゃないの」

 

どこか掴み所の無い笑みを浮かべながら彼女は言う。

屋上にもう一人、女子生徒が現れた。

学年は遥と同じ三年生で黒髪のストレートロングヘアー。

少し緊張しているのか若干オドオドしている。

 

「は、初めまして。私は赤城さくらと申します。この前は妹の咲耶を助けてくれて、ありがとうございました!」

 

たどたどしく頭を下げた。

 

「……、」

 

垣根は疑念を滲ませた顔のまま、しばらく無言だった。

 

「それと、さくらの妹の咲耶ちゃんも貴方に言いたい事があるそうよ。それじゃ、私達はお先に失礼するわ。邪魔しちゃ悪いしね☆」

 

喜久井遥は軽くウィンクをして赤城さくらと共に去った。

だが垣根帝督の顔には不快しかない。

と、そこへ貯水タンクの影から一人の女子生徒が出て来た。

 

黒髪のショートボブ。

中学一年生にしてはやや大きいバスト。

姉同様に緊張しているのか顔を赤らめ少し俯いて、手を後ろにしてモジモジといる。

 

赤城咲耶。

 

以前、垣根帝督が『スクール』が任務で彼女を犯罪組織から救出(奪還)した。

仕事が終わった以上、もう関わる事は無いと思っていた。

同じ学校に通う以上見かける事はあっても一生言葉を交わす事も無いと思っていた。

普通に表の世界の人間として生き、裏社会で生きる垣根帝督とは金輪際関わることは無いと思っていた。

そう思っていたのに、彼の目の前に赤城咲耶は確かにいた。

夢でも幻覚でも無い現実に。

 

「……何の用だ」

 

垣根は無愛想に言った。

 

「あっあの、咲耶は、そ、その……」

 

赤城咲耶は恥ずかしそうにモジモジとしている。

 

「んだよ。言いてえ事があるならハッキリ言え」

 

垣根はイラッと眉を動かす。

急かされて咲耶は慌てて答える。

 

「えと、あの!この前は助けてくださって……ありがとうございました!!垣根先輩が同じ聖祥に通っている事を、お姉ちゃんとお姉ちゃんのお友達から聞いて、……改めてお礼が言いたくて……」

 

「ふーん、そりゃどう致しまして。だがな、俺は別に礼を言われるような覚えはねえし、恩義に感じてるんなら、そっとしといて欲しかったもんだがな。ただ依頼通りに仕事をこなしただけだし」

 

彼は興味のなさそうな調子で素っ気なく答えるが、

 

「そ、それでも!咲耶にとって先輩は命の恩人ですそれに、あの時、咲耶を抱き抱えてくれた先輩の腕は温かくて、優しい感じがしました……」

 

(優しい感じ……?何言ってんだこいつ)

 

垣根帝督は理解できないといった調子で首を僅かに傾げる。

そして赤城咲耶は意を決して言う。

 

「あれ以来、先輩の事が気になって…………いました。そ、それで…………その、垣根先輩が、好き、に……なりました!!だから、そのっ!、咲耶とお付き合いしてくださいっ!!」

 

執着心で顔を真っ赤にしながらも、彼女は告白した。

垣根帝督に。

これは予想外だったらしく、垣根も少し驚いたように僅かに目を剥く。

しかしすぐにいつもの目つきの悪い悪人面に戻る。

そして彼は簡単に答える。

 

「断る」

 

「っ!?」

 

赤城咲耶は驚き目を見開く。目尻には僅かに涙が浮かんでいた。

 

「うっ………………な、なん、で……ですか?せっせめて理由を教えて下さい。咲耶じゃダメなんですか?」

 

泣くのを必死に堪えながら彼女は垣根に問う。

 

「俺はテメェになんざ興味はねえ。俺は仮にテメェじゃなくても、誰かと色恋沙汰に興じるつもりもねえんだよ。彼氏が欲しけりゃ他当たれ」

 

突き放すような言葉。

咲耶の目からボロボロと涙がこぼれる。

垣根帝督は彼女の表情を気にも留めずに続ける。

 

「そもそもテメェは一体誰にそんな世迷い言をほざいてると思ってんだ?」

 

「え?」

 

「俺は悪党、簡単に言えば人殺しだぜ?」

 

次の瞬間、この場の空気が凍るような錯覚が起きる。

 

「テメェも一応姉貴の友人から聞いたはずだぜ。それに暗部ってモンに所属する人間はどんな事してるか想像つくだろ」

 

「そっそれは!」

 

「俺も一応、自分が外道だっつー自覚はあるんだよ。テメェはそんな相手に告白してんのが分からねえ程のバカなのか?」

 

垣根は咲耶を見下すように言う。

これで自分に幻滅して立ち去るだろう。

これで彼女はもう自分に関わらないだろう。

これで良い。

彼は確信を持っていた。

 

「そんな事ありません!!」

 

「はあ?」

 

さっきまでの彼女からは想像もつかない程の叫び声だった。

 

「咲耶にだって、お姉ちゃんや遥さんほどじゃないけど、自分に向けられる悪意というものは分かります!でも貴方は、先輩は、咲耶に全然悪意を向けてないじゃないですか。それに感覚的にだけど、分かるんです。先輩は他人に向けられる悪意に怒る事ができる。本当は優しい所もある人だって!!」

 

その言葉に思わず垣根は舌打ちをする。

『優しい』

一番自分に向けてほしくない言葉だ。

善人であろうと、盾突くようなら容赦なく殺してきた。

故に彼は、垣根帝督は頑なに赤城咲耶を拒む。

 

「分かったような口聞いてんじゃねえよ。テメェごときが俺の何を理解できる?安易にそういう事宣うヤツの方が、俺はムカつくし嫌いなんだよ」

 

苛立ちに呼応するように、彼の肩口からパキパキ、ピキ、という音と共に正体不明の何かが発生しているのが見える。

感情に引っ張られるかのように、能力が漏れ出していた。

威嚇ではなく、本気で腹を立てている。

 

「分かったら大人しく失せろガキ。二度と俺の前に現れるな」

 

そう言った所で彼は気付く。

この様子を見られていると。

 

「嫌です!!まだ咲耶は─っ!?」

 

不意に垣根は右手の平を彼女の目の前に出して待て、と指示する。

そして彼は屋上の出入口付近の影を見る。

 

ブォ!! という音ともに影から外に向かって不意に烈風が吹き荒れる。

 

「「「「「キャアッ!?」」」」」

 

垣根が能力を使ってあぶり出されたのは、やっぱりなのは達だった。

 

「覗きとは悪趣味だな」

 

垣根が目を細めながら呆れたように言う。

赤城咲耶はポカンとしている。

 

「ご、ごめんね垣根くん!覗くつもりは……」

 

「あっただろ。後つけてる時点で」

 

なのはの言葉を遮るように彼は言った。

なのは達はバツの悪そうに、すまなさそうに首を竦めた。

 

「テメェ等もだよ。三年生二人」

 

すると屋上の出入口のドアが開き、喜久井遥と赤城さくらが出て来た。

 

「あらあら、やっぱり気づかれちゃったわね」

 

「お、お姉ちゃん達!?うう、見てたの?」

 

さくらは申し訳なさそうにしているが、遥に反省の色は無い。

むしろ面白がっているようだ。

赤城咲耶は告白したところを大勢の人々に見られていた事に気付くと顔を真っ赤にして俯く。

垣根帝督は興ざめしたように呟く。

 

「何だこりゃ。ドッキリか?」

 

「ち、違います!!」

 

それに咲耶が憤慨したように否定する。

自分の告白をドッキリ扱いされるのが気に入らなかったのだろう。

 

「どっちにしろくだらねえ。興醒めだ。俺はもう帰るぜ」

 

「え!?あの_」

 

垣根は周りの声を無視して下校していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤城咲耶は昇降口にいた。

下駄箱から靴を出してこれから下校するところだ。

だがその足取りは重い。

恩人であり想いを寄せる人物の垣根帝督に告白を頑なに断られ、その直後に覗き騒ぎが発生して結局うやむやになってもしまったからだ。

 

「あれ、あなたは確か、赤城咲耶ちゃんだっけ」

 

後ろから声をかけられ、振り返るとそこには二年生の女子生徒が立っていた。

 

「えっと、貴女は屋上にいた……」

 

「初めまして。月村すずかです。さっきは覗きみたいなことしてごめんね」

 

すずかは自己紹介しながら柔和に微笑んだ。

 

「あ、えと、よろしくお願いします。月村先輩」

 

「すずかで良いよ、咲耶ちゃん♪」

 

「あっありがとうございます。すずか先輩」

 

ようやく咲耶は笑顔になった。

 

「それで、垣根くんとはどうやって知り合ったの?」

 

「はい、えっと、本当はあまり話しちゃいけないんですけど_」

 

 

「_へえー、そんな事があったんだ。大変だったね。恐かったでしょ?」

 

「はい、でもその時垣根先輩が助けてくれたから、今咲耶は生きていられるんです」

 

赤城咲耶は頬を赤くしながら嬉しそうに言う。

 

「ふふ、でも、垣根くん朴念仁だし、恋愛事は他人事で冷めてるし、そのくせ一部の女子には人気だから大変だと思うよ?」

 

「よく知ってますね。うらやましいです!もしかして、すずか先輩も?」

 

「ううん、わたしは垣根くんをそういう目で見てないから…」

 

「よ、よかった〜。先輩がライバルだったら咲耶、勝ち目無いです……」

 

ホッとする咲耶を見て、すずかは笑いながら、

 

「そんなこと無いよ。咲耶ちゃんは十分かわいいよ♪」

 

「あ、ありがとうございます。えへへ、何か照れます」

 

そんな感じで談笑しながら歩いていると、

 

「お!君達かわいーねェ。今帰り?」

 

「お嬢さん達、暇なら俺らと遊ばなーい?」

 

化石レベルの典型的な台詞の不良高校生に絡まれた。

二人とも色黒で痩せて縦長の顔で金髪。

小太りで横長の顔で茶髪。

団栗と栗みたいな顔面だ。

 

「わたし達、用事がありますから失礼します」

 

脅える赤城咲耶の手を掴んですずかは立ち去ろうとした。

しかし栗みたいな顔の……もう栗で良いや。

栗が彼女達の行く手を阻み、団栗みたいな……もう団栗で良いか。

団栗がすずかの肩を掴む。

 

「そうつれねーこと言うなよ。な、絶対楽しいからさ」

 

「そーそー、つかきみ中学生の割にイイ体してるね〜」

 

そうほざきながら栗が咲耶に手を伸ばす。

 

「ッ!近づかないでください!!」

 

彼女は反射的にカバンに手を突っ込むと、催涙スプレーを取り出した。

そして迷う事なく栗と団栗目掛けて噴射する。

 

「「ぎゃああああああああッッ!?」」

 

彼等は催涙スプレーをまともに浴び、絶叫する。

 

「咲耶ちゃんそんなもの携帯してるの!?」

 

すずかは驚きながらも彼女に尋ねる。

 

「あ、はい。咲耶、小さい頃から男の人苦手で……」

 

しかし、ゴキブリ色の肌を持つ不良二人はゴキブリ並にしぶとかった。

 

「てめぇ!!何しやがる!?」

 

「目ぇいてえじゃねーか!!」

 

すずかと咲耶がつかみ掛かられそうになったとき、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「おースゲェな。クリとドングリが服着て歩いてる」

 

缶コーヒーを片手にそう言ってほっつき歩いているのは、垣根帝督だった。

 

「なんだとてめぇ!!」

 

「ぶっ殺されてーのか!!」

 

「誰もテメェ等だとは言ってねえんだけどな。あ、自覚あるって事か」

 

ドSモード全開でおちょくる垣根。

 

「「ぶっ殺す!!」」

 

垣根に殴り掛かる栗と団栗。

しかし予想通り彼は小さく笑いながらアッサリと沈めた。

栗と団栗は垣根によって生ゴミ置き場に叩き込まれた。

 

「ありがとう垣根くん。助かったよ」

 

すずかが礼を言う。

 

「ありがとうございます。先輩」

 

咲耶も続いて言う。

 

「別に(どうでも)良いけどよ、何でお前は催涙スプレーなんか持ってたんだ?」

 

垣根の問いに赤城咲耶はゆっくりと答える。

 

「咲耶は男性恐怖症で、小さい頃から男の人苦手だったんです」

 

「あん?じゃあ何で俺の時は何ともない訳?」

 

 

「そ、それは多分、咲耶が先輩のことが……好き、だから……?」

 

「あーそー」

 

垣根は完璧に興味なさそうに返事する。

 

「きっ聞き流さないでくださいよ!!」

 

彼は答えずに帰ろうとする。

 

「垣根先輩!!」

 

「……んだよ」

 

垣根は面倒臭そうに振り向く。

 

「あんな断られ方じゃ納得できません!!だから少なくとも、咲耶が納得できるまでは先輩を諦めませんから!!」

 

赤城咲耶は言い切った。

それに対して垣根帝督は一瞬だが絶句し、心底うんざりしたような顔になる。

正直、食い下がられるとは夢にも思っていなかった。

 

「……正気かお前」

 

「正気です!!本気です!!」

 

「……、」

 

目を疑う表情で再び絶句している垣根帝督に、月村すずかがニッコリと微笑んで口を挟む。

 

「気持ちや意気込みだけでも汲んであげたらどうかな?成就するしないは別として、誰が誰を好きになるかは、その人の自由でしょ?」

 

「……事情知ってる癖にお前も加勢するなよ」

 

調子が狂い、頭痛を覚える。

何なんだこいつ等と呟きながら、ジロリと赤城咲耶を見ると、もはや無駄と分かってても敢えて告げる。

 

「もう勝手にしろ。時間の無駄だがな」

 

「はいっ!!」

 

いっそ清々しいほど澄んだ返事に、垣根は思わず額に手を当てた。

面白そうにクスクスと笑うすずか。

 

「笑ってんじゃねえよテメェ。面白がるな」

 

「だって、ふふっ。ギャップが凄くて本当に面白いんだもん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次元航行艦アースラ。

 

その食堂の一角に、休憩中のエースと執務官と捜査官がいた。

高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやてだ。

はやては如何にもな重々しい雰囲気を醸し出し、腕を組み、ゆっくりと口を開いた。

 

「……色んな意味で、びっくりしたなあ……」

 

「本当にね……」

 

彼女にフェイトが相槌をうつ。

 

「まさか、『あの』垣根くんがね……」

 

なのはも同意するように呟いた。

話題は言わずもがな、件の垣根帝督の事であった。

 

「せや。あの朴念仁で」

 

「人一倍冷めてて」

 

「その上、色恋沙汰とかは他人事で愛想悪くてガラの悪いあの人が……」

 

なのはだけ一言も二言も余計な事を言っていたが、とにかく、少なからず驚いていた事には変わりなかった。

 

赤城咲耶。

始業式の日の放課後、つまり本日。

垣根帝督にまさかの愛の告白をした少女だ。

 

「まさか、あの帝督くんに春が訪れようとは思わんかったわ……」

 

はやてはしみじみと、しかし複雑な面持ちで呻くように言った。

 

「あ、でっでも垣根くん、咲耶ちゃんを振っちゃったよね?」

 

なのはが反論するが、はやては言う。

 

「いやーあの様子やと、それぐらいで諦めるとも思えへん。むしろこれから積極的なアタックを仕掛けてくるかもしれへんで」

 

しかも、と彼女はさらに続ける。

 

「今回の一件で、気付いたっていうか……前から薄々思ってた事があんねん」

 

「「え……?」」

 

二人は思わず息を呑んだ。

 

「帝督くんは……意外と、押しに弱いんちゃう……?」

 

そういえば、となのはとフェイトは思い出す。

何かと理由を付けては夏休み中に垣根を半ば強引に呼び出しては、あちこち連れ回してきた事を。

そして、曲がりなりにも彼はそれに最終的には応じていた事を。

 

「……そうだ。垣根くんって、何だかんだ言いながら、はやてやちゃんとリインからの名前呼びを許してるよね?」

 

「あ、そうだよね。わたし達は絶対に言わせないのに……」

 

なのはとフェイトが思い出したように言いながら、段々別の意味で不機嫌になってきた。

そんな二人を見て、はやては苦笑いを浮かべて告げる。

 

「まあ帝督くん本人は、一ミリも認めた気はないんやけどね」

 

「でも何だかはやてちゃん達だけズルいよー」

 

「そうだよー。はやてとリインだけズルい」

 

「ええ……? って、何で矛先わたしとリインになってんねん。話変わってもうてるやん」

 

「「だってー」」

 

「いやいや。今はていとくんと咲耶ちゃんの話だったはずやろー?」

 

そこへ、そんな彼女達の雑談を遠目に眺めていたヴォルケンリッターの一人、シグナムがはやてに尋ねる。

 

「あの……主はやて。少し、よろしいですか?」

 

「んー何やー?」

 

「率直に思ったのですが、垣根の色恋沙汰が何故そこまで気になりますか?」

 

「「「へ?」」」

 

「私のような者が言えた事でもないですが、あの男の性格とスタンスを鑑みる限り、少なくとも今は恋愛事に興じるつもりは無いと思われますから、この先も何か進展するようには……。なので、何もそこまで気にする事も無いのでは」

 

シグナムとしては何気無いつもりで、至極真っ当な疑問をていしただけだったのだが、数秒ほど三人はフリーズし再稼働したと思ったら、

 

「え、えーっと……、そりゃあ『友達』の恋愛事なんやから、気にはなるし興味も沸くのは、ふ普通やろー……?」

 

「そそーそー!『友達』の、しかも無愛想で意地悪な垣根くんの事だから意外過ぎて!」

 

「う、うんうん!『友達』の!しかもそれが垣根だったから珍しくてつい、ねっ?」

 

何故だか目が泳ぎ始めてあからさまにしどろもどろした答えだった。

しかも妙に「友達」というワードを、こじつけるように強調している。

 

「はあ……。まあ、確かに垣根にしては珍しくて意外なのは同意だが……」

 

「せやろ!だからなーんもおかしい事はないねんで?」

 

「そーそー普通普通っ」

 

「うんうん!」

 

うっすら冷や汗を流しつつも、そこはかとなくこれ以上の疑問は無用と謂わんばかり雰囲気を醸し出す三人に、シグナムは怪訝な顔をしつつもこれ以上訊くのはやめる事にした。

 

「青春ね~♪」

 

その様子を微笑ましそうに眺めているシャマル。

 

「……、」

 

我関せずといった調子で隅に佇むザフィーラ。

 

「……、」

 

何とも微妙な表情で静観するヴィータ。

 

結局、貴重な休憩時間を無駄に潰した面々であった。

 

翌日。

垣根帝督は自宅マンションで身支度を整えて出ようとしていた。

 

ピーンポーン

 

不意にインターホンが鳴る。

垣根は僅かに眉をひそめる。

 

(誰だ?朝から)

 

彼がモニターを覗いて応対してみると、そこには赤城咲耶が立っていた。

 

「お、おはようございます。先輩……」

 

少し照れながらの挨拶。

普通は可愛いと思うだろう、垣根帝督以外なら。

 

「……何でテメェが俺ん家知ってんだよ」

 

「えっと……すずか先輩から、教えてもらいました」

 

「あん?月村はここは知らねえはずだが」

 

「すずか先輩は、はやて先輩から教えてもらったそうです」

 

「あのおしゃべりが……」

 

垣根は今ここにはいない、はやてに毒吐く。

 

「あの、一緒に、登校しませんか?」

 

咲耶が控え目に言う。

 

「そのために来たのかよ。……まあ良いけど」

 

垣根は若干呆れるが、ここで門前払いするのも面倒臭いと思い、しぶしぶ承諾する。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

満面の笑みで喜ぶ咲耶に、エントランスまで出てきた垣根はため息をつきながら、行くぞと促す。

彼女もそれに、はい! と頷きついていく。

 

しばらく歩いていると、アリサ・バニングスと月村すずかの二人と遭遇する。

 

「「おはよー」」

 

「おう」

 

「あ、おはようございます」

 

垣根は簡単に返事をし、赤城咲耶はペコリとお辞儀をして返事した。

 

「あら、早くも登校デート?朝から見せ付けてくれるわねー♪」

 

「しかも振った後輩の女の子とね」

 

わざとらしいニヤニヤとした顔とセリフの二人に、赤城咲耶と垣根帝督は対照的な反応をする。

 

「あうう……」

 

「テメェ等、分かってて言ってるだろ」

 

照れて恥ずかしそうにモジモジする咲耶と、露骨にムカついてアリサとすずかにメンチを切る垣根。

そこへ後ろから声が聞こえる。

 

「「「おはよう!」」」

 

垣根と咲耶が振り向くと、そこには高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやての三人がいた。

 

はやては早速、垣根に絡む。

 

「おはよーさん、ていとくん。振った後輩の女の子と登校デートするなんて、ていとくんもワルやね♪」

 

「ていとくん言うなコラ。お前も分かってて言ってるだろ」

 

垣根は嫌そうにイラッと眉を動かすが、

 

「あ、赤城咲耶ちゃんやったよね。改めて自己紹介や。わたしは八神はやてっていうんや。よろしゅうな?」

 

「あ、赤城咲耶です。こちらこそよろしくお願いします」

 

「どんなタイミングで自己紹介してんだよ」

 

垣根のツッコミを無視してさらになのはとフェイトも自己紹介する。

 

「高町なのはです。よろしくね?咲耶ちゃん」

 

「フェイト・T・ハラオウンです。よろしく♪」

 

「よろしくお願いします。先輩」

 

互いに自己紹介と挨拶を済ますと、再び皆で学校に向かって歩き始めた。

 

「つーか八神テメェ、何月村に俺ん家の住所リークしてんだよ。赤城が朝から俺ん家来たのは月村と八神のせいだからな?」

 

「えー、でも別に秘密って訳でもないやろ?カタい事言わんで。わたしと帝督くんの仲やん♪」

 

馴れ馴れしくはやてが垣根の肩に手を置くが、彼は鬱陶しそうに睨む。

 

「何がだよ。あくまで上っ面だけの関係だったはずだが?」

 

「つれないな~」

 

「自覚はある」

 

いつの間にかそっちのけで話すはやてと垣根の事を見て、咲耶がそっと手を伸ばし、彼の制服の端を指先で掴んだ。

本当は手でも繋ぎたかったのだろうが、あいにく垣根帝督の両手はズボンのポケットに突っ込まれている。

 

「……何だ?」

 

垣根が怪訝な声を発する。

咲耶はおずおずと口を開くが、

 

「えっと、……その、手……を」

 

「手なら繋がねーぞ」

 

「あう……」

 

そんな関係じゃないはずだしな、と言い、結局要求を先読みされて、ピシャリと却下された。

若干凹んだ様子だったが、それでも制服の端をはしっかりと摘まんだままだった。

なのはとフェイトはそんな垣根をジト目で見ている。

 

「いくら何でも冷た過ぎないかな」

 

「手ぐらい繋いでも良いんじゃない?」

 

「そんな義理はねえな」

 

その様を相変わらずだといった調子でヤレヤレとため息をつくアリサと苦笑いのすずかだった。

 

 

学校に着くと、古市が茶化してきたのでグーで殴って沈めた。

続いて魅神聖が絡んできた。

赤城咲耶を見るなり、

 

「お前、この子とどんな関係だ?」

 

「え!?」

 

咲耶は顔を赤らめるが、

 

「後輩」

 

垣根は淡泊に答えた。

 

「本当か……?君、そんな不良といてもつまらないだろう?どうだ、今日オレ達と一緒に昼食でも」

 

達、とは高町なのは達の事である。

が、もともと男性恐怖症の彼女は怯えて垣根の後ろに隠れた。

 

「オイ垣根、貴様その子とはやてから離れろ。邪魔だ」

 

(面倒臭ぇ)

 

魅神の見当違いな文句を無視して咲耶に自分の教室へ行くように告げる。

 

「あ!待ってよ!」

 

魅神が去ろうとした咲耶の肩を掴む。

 

「ヒッ!!」

 

彼女が脅えているが魅神は気づかない。

照れていると思っている。

 

「ちょっと!咲耶が嫌がってんでしょ!放しなさいよ!!」

 

アリサが彼に向かって怒鳴るが魅神聖自身はやはり、まるで聞いていない。

 

「フッ、アリサ、嫉妬しなくて良いよ。オレはお前達が一番だからさ♪」

 

(会話が成り立たない!!)

 

顔を引き攣らすアリサ。

 

「キャアアアアッッ!!」

 

赤城咲耶が悲鳴を上げて鞄から催涙スプレーを魅神聖に向かって噴射した。

 

「ぐわっうわああああっ!?」

 

「せっ先輩方、失礼します!!」

 

そして彼女は間髪入れずにダッシュで去った。

 

「痛つつ……。はは、まったく、彼女は照れ屋だな〜」

 

(タフな野郎だな)

 

垣根はそう思いながらも魅神を無視して教室に入った。

 

 

授業中、垣根は例に漏れず居眠りやサボりを平気で行い、その度にはやてやなのは、フェイトに起こされたり昼寝場所の屋上から連行されたり……ある意味で垣根帝督に安息の時は無かった。

 

昼休みも散々だった。

 

いつもの五人+四人だった。

赤城咲耶が可愛らしい弁当箱を持って、

 

「先輩、お昼咲耶達と一緒に食べてくれませんか?」

 

と言ってきた。

彼女の後ろには生徒会長の喜久井遥と咲耶の姉の赤城さくら、遥の妹の喜久井マリがいた。

マリはアリサ・バニングスとやたら声質が似ているツンデレロングヘアーで垣根帝督とは反りが合わないようだ。

 

「そやつが咲耶の恩人で思い人か。わらわは気に入らんな、言動や服装からしてまるでチンピラか不良ではないか。騙されてるのではないか?」

 

「あ?何だこのチビ。初対面でナメた口きいてんじゃねえよ。ツンデレツッコミキャラはバニングスだけで間に合ってんだよ」

 

「誰がツンデレツッコミキャラよ!!」

 

アリサのツッコミを無視してメンチを切り合う垣根とマリ。

オロオロする赤城姉妹。

面白そうに眺める喜久井遥。

 

「いつも以上に賑やかやな~」

 

「まさか、垣根くんきっかけで人の輪が広がる事があるなんてね」

 

「うん。本当に珍しいよね……」

 

敢えてやり取りには参加せず、垣根帝督のある意味らしくない光景を眺めるはやてとなのはとフェイトだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

玉をアレしたり棒をナニしたり、体育祭って、なんかエッチ。

私立聖祥大附属中学校。

二年六組の教室。

何処でも平気でくわえ煙草。

さらには、教育者とは到底思えない、死んだ魚のような瞳。

野放図というか、破格というか、PTAの信頼度ゼロというか、とにかく教師の典型から大きく逸脱している。

坂田は出席簿をポンと教卓に放り出すと、いつものようにけだるげな声で言った。

 

「んじゃ、ホームルーム始めんぞー。日直、号令」

 

言われて、志村は号令をかける。

 

「あ、はい。起立、礼、着席」

 

「えー、ではぁ、今朝のホームルームの議題に入る」

 

坂田はくるりと振り返ってチョークを手に取り、ゴンゴンと音を立てながら、アンニュイな文字を黒板に書いていく。

 

『体育祭出場種目決め』

 

と書いて坂田は生徒たちに向き直った。

 

「三日後から本格的に練習が始まるから、クラスで出るやつはともかく個人出場の競技、出るヤツ決めとけよ。以上」

 

そう言うと、彼はそのまま教室を出て行った。

徒競走、障害物走、借り物競争、棒倒し、綱引き、等と、クラス全員が出る競技もあれば、対抗リレーや騎馬戦等の、選手を決めて出場するものもある。

 

競技が書かれている黒板をぼんやりと見ながら八神はやては隣の垣根帝督の方を向く。

クラスの学級委員のアリサ・バニングスが希望者を募っているが、垣根は、

 

「体育祭かー。学園編やってる以上、必ず一回は通る道だよなー」

 

机に頬杖をつき、ジャンプを読んでいる。

 

「確かにな」

 

と、応じるのは、土方十四朗だった。

土方はマガジンを読みながら言う。

 

「体育祭のあとは、文化祭とか、修学旅行ってとこだろうな。メインになりそうな学校行事って」

 

「いや、そこ」

 

はやては苦笑いで、

 

「そないな、学園物あるあるは言わんでええから」

 

そこへアリサの声が聞こえた。

 

「あ、垣根、アンタはリレーのアンカー確定だから」

 

「……冗談だろ?」

 

「本気よ。アンタ何気に運動神経良いの知ってるんだから」

 

どうやら確定事項らしい。

垣根は舌打ちしてると、土方が彼の肩にポンと手を置く。

そして嫌味な笑みを浮かべながら、

 

「ドンマイ。頑張れよ」

 

「うるせえよ。大串君」

 

「誰だよ大串君て!!」

 

「テメェだよ。マヨ方フォロ四朗」

 

メンチを切り合う二人。

それを止めようとする月村すずかとフェイト・T・ハラオウン。

そんな中、テンションが若干ブルーな雰囲気を醸し出しているのは、他でもない高町なのはだった。

彼女は五年前ほどではないが、未だに運動が得意ではない。

いや、克服はしつつあるのだが、三年前の負傷が主な理由でブランクがあった事もあり、むしろ苦手だ。

体育祭の本格的な練習が始まるのは三日後。

つまり来週の月曜日からだ。

 

「はあ……」

 

ため息をつくなのはを垣根はチラリと見た。

憂鬱なのだろう。

自分が運動音痴だという事を自覚しているからこそこんな調子なのだろう。

彼女も鍛えればそれなりに良くなるはずだ。

ある程度運動すれば、そしてできるようになれば苦手意識も無くなるはずだ。

 

 

 

土曜日の朝。

良く晴れている。

海鳴臨海公園に十七人の男女がいた。

毎度お馴染み五人の少女達とヴォルケンリッターの五人(リインを含む)、赤城咲耶。

 

垣根帝督、古市貴之、志村新八、近藤勲、フォロ方…じゃなくて土方十四朗、そして栗色サラサラヘアにつぶらな瞳、爽やかで甘いマスクの一年生、沖田総悟。

彼もまた、風紀委員である。

垣根は眠そうに、そして不機嫌そうに呟いた。

 

「イヤ、確かに提案したのは俺だけど、俺が参加する義務はねえだろうがよ」

 

「まあそう言うなよ。ついでだと思ってさ」

 

古市が言う。

 

「つーか何でお前等もいる訳?」

 

彼はシグナム達の方を向く。

 

「私達ははやてちゃんの付き添いよ。ついでに最近運動不足だから」

 

バスケットを持ったシャマルが答える。

ザフィーラは荷物番らしい。

 

「ちょっと待て。シャマル、そのバスケットよこせ」

 

「えっ!?」

 

垣根は有無を言わさずにシャマルからバスケットを取り上げる。

中身はサンドイッチだった。

彼はそれをつまみ食いして、微妙な表情になる。

 

「……ダメだな。微妙な味付け。お前これ出すなよ?」

 

「ええ!?」

 

アリサは近藤がいる事に怒っている。

彼を呼んだのは、無理矢理呼び出された垣根の仕返しだった。

ま、何はともあれ体力づくりの特訓が始まった。

なのははすずかとフェイトの手ほどきで何とか走っている。

走り込みは体力づくりの基本だ。

古市と志村もジョギングしている。

アリサは近藤勲から逃げ回っている。

結果的に運動になっているから良いだろう。

垣根帝督は、はやてと咲耶といる。

 

「お前も運動苦手だっけ?」

 

「はい、……走るとき、胸が揺れて……」

 

「確かに、小柄やから重いんやね」

 

はやてが相槌をうつ。

 

「じゃあスポーツ用の下着用意するとか、サラシでも巻いて苦しくならない程度に固定すれば良いんじゃねえの?」

 

「あ、名案やね。わたしもやろ。フェイトちゃんにも奨めたらな!」

 

そう言うと、はやてはフェイト達のもとに走って行った。

 

「つーかよ」

 

垣根はそこでギロリと土方達を睨む。

 

「なんでテメェ等までいんだよ。ストーカーゴリラは俺が呼んだけど、マヨラーとドSはお呼びじゃねーんだよ」

 

「別に俺ぁ是が非でも来たかったわけじゃねーよ」

 

土方十四朗は腕を組み、クールにそう返した。

 

「ただ、近藤委員長のストッパー役として仕方なく来たんだよ」

 

「別に俺ぁ」

 

と、沖田総悟も言う。

 

「是が非でも来たかったわけじゃねーよ。ただ、土方さんにはホント死んでもらいたいなーと思って」

 

「前半のセリフ関係ねえじゃねーか」

 

沖田にメンチを切る土方。

実は近藤、土方、沖田の三人は幼なじみである。

垣根帝督は彼等を無視して走りはじめた。

ジョギング、縄跳び、腕立て伏せ、腹筋、等など、様々なトレーニングを行った。

 

「……あとは、これを毎日継続していけば、少しずつ体力も上がると思うから」

 

フェイトが言う。

 

「うん、みんなありがとう」

 

汗だくのなのはがお礼を言った。

 

「お礼なら垣根くんに言った方が良いかもね。これを思い付いたの、垣根くんだから」

 

すずかは笑顔で垣根の方を見る。

当の垣根帝督は皆と同じ学校指定のジャージを着ている。

彼は若干、不機嫌そうにしていた。

少し離れた場所では近藤勲がアリサ・バニングスに、

 

「汗に濡れたアリサさんも素敵です!!何かこう、エロい感じで──」

 

だが、最後まで言えず、アリサのアイアンクローがメキリと近藤の頭蓋骨を軋ませる。

なのはは歩いて垣根のもとに近づき、

 

「垣根くん、ありがとう。わたしのためにみんなでトレーニングするの提案してくれて」

 

にっこりと満面の笑みを浮かべるなのはに垣根はこう答えた。

 

「別に良いけどよ、俺が参加する義務も必要も無くね?」

 

だが、体育祭が始まるまでの一週間。

欠かさず彼がトレーニングに(強制的に)参加させられたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

待ちに待った体育祭当日。

 

快晴であった。

 

聖祥大附属中学校のグラウンドには白線が引かれ、保護者用のテントも設置されている。

 

早朝。

まだ午前七時にもなっていないが、体操服姿の生徒たちが細かい準備をしており、早く来た保護者達も場所取りをしている。

 

「朝からクソ暑いし眠い。何より面倒臭せえな」

 

やる気ゼロのセリフを吐いたのは、似合ってない体操服姿の垣根帝督だった。

 

「アンタ、開口一番にソレ?」

 

「色んな意味でブレないね。垣根くんは」

 

呆れたように言ったのはアリサ・バニングス。

続いて苦笑しながら言ったのは月村すずかだ。

 

「良いだろーがよ。別に」

 

垣根は怠そうに首の関節をコキコキと鳴らす。

 

「まあまあ、一緒に頑張ろうや」

 

同じく体操服姿の八神はやてが彼に声をかける。

はやての後ろにはフェイト・T・ハラオウンと一年生の赤城咲耶がいた。

 

全校生徒が体操服姿でグラウンドに整列し、まずは開会式が行われた。

普段はスーツ姿の教師達も、今日はジャージ姿である。

それがいかにも体育祭の日っぽいなと、志村は思った。

朝礼台の横、教師達の中に坂田も混じっている。

青いジャージを着て、かったるそうに頭をかいていた。

 

教職員と生徒、全員で準備体操をしたあと、校長が挨拶のために朝礼台に上がった。

ピチピチのジャージに身を包んだ校長が、スタンドマイクに向かって話し出す。

今日は天候に恵まれて良かったですね、怪我をせずに楽しく競技しましょうね、そういうお決まりの内容を話した。

垣根帝督は早くおわんねーかな、と思いながらはやてと小声で話していた。

校長が朝礼台から下りると、今度はサングラスを少しずらした教師が上がった。

 

「どーも。体育祭における注意事項を私長谷川泰三が説明します」

 

彼は通称マダオ(マるでダメなオッサン)先生。

奥さんに逃げられ、借金まみれのダメ教師である。

何で教師できてるんだろ。

 

「えー、競技中には色んな落とし穴があるから注意してくれ。酒やギャンブルで身を持ち崩し、仕事を失い、更には痴漢の冤罪に巻き込まれる事もある」

 

「それはあんたの体験だろ」

 

思わず、古市がツッコむが、マダオは続ける。

 

「やがて路上生活で体調を崩し、人生の先行きが見えなくなる。そう、世の中は暗黒に満ちているんだ。格差社会、勝ち組と負け組、孤独死、ワーキングプア、就職超氷河期、増税、不況、風邪、打ち身、捻挫、巻き爪、下痢、仕事場に散らばるちぢれ毛……」

 

「いや、もう聞きたくねーよ!!」

 

志村が耳をふさいで怒鳴る。

続いてはやても叫ぶ。

 

「何なんあの先生!ネガティブな事しか言わへんやん!!注意事項やなくて呪詛やん!!」

 

「最後に生徒諸君、君達にこの言葉を贈ろう。─『全テ灰ニナレ』」

 

「もう引っ込め」

 

イラついた垣根が、拾った石をマダオ先生に投げ付け、顔にクリティカルヒットした。

長谷川先生は撃墜され、その後何気に保健室に運ばれたが、誰も気にしなかった。

アリサもげんなりとした様子で言った。

 

「何なのよ今の教師。のっけから負のオーラ全開じゃないの」

 

と、出だしは最悪だったが、とにかく競技が開始される事になった。

 

最初は徒競走である。

定番の種目だが、やはり盛り上がるものなのである。

走る方も、ついムキになってしまうし、見る方もテンションが上がり、興奮する。

ゴールへのラストスパート、その少し手前のカーブ近くにある保護者席は、一際歓声が大きくなる場所だ。

どの親も我が子の走る姿をカメラにおさめようと、必死でベストポジションを取るべく、前に出ようとする。その押し合いへし合いで、ちょっとしたいさかいが起きるほどだ。

グラウンドでは、今、女子の徒競走が行われているところだった。

スタートラインについた選手が、ピストルの音で走り出す。

歓声の中、ゴールに飛び込んでいく。

 

一年生のレースが終わり、続いて二年生のレースが始まる頃、赤城咲耶が応援席付近に立っている垣根帝督のもとにトコトコと歩いてきた。

 

「先輩、咲耶が走ってるところ見てくれましたか?」

 

「おう。スゲェじゃねえか、二位なんてよ」

 

「えへへ、先週から先輩達のトレーニングに付き合わせてくれたおかげです!」

 

彼女の言葉に垣根は首を振る。

 

「そりゃ、お前は元々ポテンシャルが良かったんだろ。それと努力の賜物だ。よく頑張ったじゃねえの」

 

珍しく彼は素直に褒めた。

咲耶は嬉しそうにニッコリと笑う。

 

「はっはい!!ありがとうございます!!」

 

さてさて、二年生レース。二年六組の女子達の登場である。

垣根、志村、古市、咲耶の四人は応援のために保護者席のテント付近に来た。

 

レースは一組五、六人で行われる。

その最初の組がスタートラインについた。

そこには高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、アリサ・バニングスもいる。

 

(大丈夫。あれだけ練習したんだし、垣根くんも『これだけやれば人並みには走れるだろ』って言ってたし……)

 

なのははそう思いながら位置につく。

スターターの土方十四朗がピストルを鳴らし、選手達が走り出す。

直後、保護者席の最前列からオッサンのでかい声が上がった。

 

「なのはァ!頑張れぇぇ!!」

 

カメラを構えた高町士郎だった。

娘のなのはが走っているから前に出てきたのだ。

少し違うポイントで若い男性の声も聞こえた。

 

「フェイト、頑張れよー」

 

クロノ・ハラオウンがカメラを構えて叫んでいた。

 

「いや、アンタも来てたのかよ?」

 

思わずツッコんだ垣根を、クロノはキッと睨む。

 

「別に構わんだろう。仕事は休みなんだから」

 

「よく休み取れたな」

 

ちなみにアリサ・バニングスの家族は諸事情でまだ来ていない。

と、そこへ、近藤勲がなぜか、ドラえ●んの、の●太のパパのようなコスプレで保護者席に乗り込み、最前列にドッカと腰を下ろした。

 

そして言う。

 

「アリサさん!!今日の俺は、貴女の父上の代理です!さあ、存分にそのおみ足を私のカメラの方に─」

 

「ちょっとォォ!なに勝手に父親代理名乗ってんですかアンタ!!」

 

志村のツッコミと同時に、カーブに走り込んできたアリサが近藤の顔面を蹴りとばした。

「ブベラッ」と飛ぶ、ニセおやじ。

 

「頑張ってー!!」

 

リンディ・ハラオウンがの●太のパパのようなコスプレでカメラを構えて保護者席に現れた。

 

「アンタもかよ!!別に母親で良いだろーが、つーかそんなにボケてえのか!?」

 

垣根がツッコんでるうちにレースが終わった。

 

ちなみになのはは見事、第三位にランクインした。

続いての走者の中には、月村すずかと八神はやてがいた。

彼女達に熱を上げる男子はいないだろうから、このレースは誰もボケないはず、と垣根と志村は思ったがそうでもなかった。

 

シャマルを筆頭に恥ずかしそうにしてるシグナム、耳と尻尾を隠したザフィーラ、ヴィータ、というヴォルケンリッターが全員の●太パパのコスプレで保護者席に集まったのだ。

 

「イヤ、父親の数多いだろ!!ザフィーラだけで良くね!?シグナムは恥ずかしいんならやるなよ!!ヴィータは無理があるだろ!!」

 

ツッコむ垣根の前で、ヴォルケンリッター共は各々カメラを構え始めた。

 

ザフィーラパパは手作りのピンホールカメラを構えた。

 

「イヤ、カメラのチョイス!!つーかそれで走ってる人撮るの無理だろ!!」

 

シャマルパパは、ふっくらと焼き上がったパンにカメラを挟んでいた。

 

「意味分かんねーよ!なんでパンでカモフラした!?」

 

そんな中、魅神聖がカメラを構えていた。

構えているカメラはごく普通のものだったが、レンズを向けている先が、保護者席にいるローティーンの女の子達だった。

 

「何でテメェがいるんだよ!!」

 

「オイィィ!!やめろォォ!!ある意味お前が一番罪深いから!!」

 

ツッコむ垣根帝督と志村新八。

とまあ、こんな具合で二年生女子の徒競走が終わった。

男子の徒競走は省略する。

 

 

借り物競走も定番の種目といえる。

コースの途中に置かれているたくさんのメモの中から一枚を選び、メモに書かれた物を会場内で借りて、それを持ってゴールする。

これが基本的なルールだ。

 

午前のプログラムの終盤あたりに垣根達、男子達が出場した。

志村は足にあまり自信が無いが、借り物競走は、指示された品物を早く見つけだすかで勝敗が決まってくる。

俊足でなくても一着が狙える。

彼は張り切っていた。

スタートラインには男女結構な人数が並んでいる。

徒競走に比べて、一組の人数が多い。

 

ピストルが鳴り、選手は一斉に走り出した。

 

二十メートル程走ったところに長机が置かれ、その上に大量の封筒が置かれている。

志村は少し遅れてたどり着いた。

ここまでは足の速い方が有利だ。

 

だが、大事なのは何をひくかだ。

彼はたくさんの封筒をざっと見て、

 

(これだ!)

 

一通に手を伸ばした。中のメモを見ると、それにはこう書かれていた。

 

『千年パズル』

 

「いや、ぜってー無理だろ!!」

 

早速志村はツッコむ。

 

「僕、名も無きファラオじゃねーし!!デュエリストでもないし!!あと、千年パズルがこの学校にあるわけねーし!!」

 

メモを手にツッコミまくってから、彼は周囲を見回した。他の選手も変なものを探すように指示されてるのだろうか。

他の選手はみんなウロウロと何かを探し回っている。

少なくとも、立ち止まってメモにツッコんでいるような者は──、

 

「ふざけんなよ!!」

 

いた。

 

垣根帝督だった。

つい気になって、志村は垣根に聞いてみた。

 

「垣根君、何を探すの?」

 

彼は苛立ったようすで、

 

「これだよ」

 

とメモを見せてくれた。

それには、『幼女二人とポニーテールとショートカットの女性(生徒以外)』

 

「多っ!!」

 

「だろ?だが目星はついてる。じゃあな」

 

そう言って垣根は走って行った。

垣根帝督は保護者席にいるヴォルケンリッター達のもとに走ってきた。

 

「ヴィータ、リイン、シグナム、シャマル、ちょっと借りられてくれ」

 

「え?どういう事?」

 

シャマルが尋ねると、彼は彼女達にビシッとメモの内容を見せた。

 

「すぐに思い当たったのはお前等だ。つー訳で行くぞ」

 

ヴィータの「あたしはガキじゃねえ!!」というセリフは無視して、

 

「速く済ますために協力してくれ」

 

と言いつつ垣根は問答無用で、背中にリイン(アウトフレームモード)、自身の胴体にヴィータをしがみつかませ、シャマルとシグナムをそれぞれ左右の小脇に抱えた。

 

「あの〜……」

 

「これはかなり……」

 

「恥ずかしいんだけど……」

 

シャマル、シグナム、ヴィータの順に文句を言うが、

 

「うるせえ、我慢しろ」

 

垣根は無視して走り出した。

リインだけ楽しそうだった。

ちなみに結果は二着である。

 

ややグダグダになって終わった。

 

続いて女子借り物競走が始まる。

一年生女子のレースが終わり、続いて二年生女子のレースが始まった。

走者の中になのは、フェイト、はやて、すずか、が混ざっていた。

垣根は人間四人を抱えながら走ったため、若干疲れていた。

彼はボーッと女子借り物競走を見ていると、メモを持った女子四人が、というか例の四人がこちらに走ってきた。

 

「垣根くん!私と一緒に来て!!」

 

「垣根、わたしと!!」

 

「帝督くん!!お願いや、わたしと…!!」

 

「待ってみんな!わたしも!!」

 

「いや、待て待て、何で俺に集中してんだよ。メモ見せろ」

 

垣根に言われて彼女達は順番にメモを見せた。

 

すずかは『垣根帝督』

 

フェイトは『学園都市第二位』

 

はやては『『未元物質(ダークマター)』』

 

 

なのはは『友達の超能力者(レベル5)

 

だった。

 

「いや、これ書いたの生徒会長だろ!!」

 

垣根は声を上げてツッコんだ。

 

「これ全部俺しか当てはまんねーだろッ!!月村に至っては名指しだし!!」

 

『それで、誰と行くの!?』

 

一斉に言われて彼は鼻白むが、

 

「そんなもんジャンケンでもして決めろ」

 

と、言ったのでジャンケンで決めた。

勝者は高町なのはだった。

彼女は垣根帝督の手を握ってゴールを目指す。

そして、無事に一着でゴールした。

 

そこへ、MCのようにマイクを持った、事の元凶。生徒会長の喜久井遥がやってきた。

 

「一着おめでとう!それで、お題は何でしたか?もしかして、好きな人とか!?」

 

「ち、違います!!友達です!!ホラッ!!」

 

なのはは顔を真っ赤にしながら、メモをMCもどきに見せる。

 

(絶対わざとだな)

 

そう思いながら、垣根は忌ま忌ましそうに遥を睨む。

 

「あらあら失礼。お連れの男の子が怖いので、もう戻って良いですよ〜♪」

 

そう言うと、喜久井遥は去っていった。

 

「からかってんのか。アイツ」

 

「あはは……行こうか?」

 

「そうだな」

 

二人はとりあえず退場した。

その後、ジャンケンで勝った順に使いまわされるという、思わぬ災難に遭った垣根帝督だった。

 

そして午前のプログラムも終わり、昼食タイムとなった。

 

高町家、ハラオウン家、八神家、月村家、合同で昼食をとる。徒競走では珍しく好成績だったなのはが誉められたり、無茶苦茶な運び方をした垣根がシグナムとヴィータに文句を言われたりと、色々な話題が飛び交った。

 

 

 

その後、まだ昼休みの時間。

 

校舎裏に二人の男が立っていた。

垣根帝督と高町恭也。

二人はお互いを鋭く見据えた。

先に口を開いたのは恭也だった。

 

「"あの時"以来だな」

 

「そうだな」

 

垣根はつまらなさそうに答える。

 

「あの時の事について、もう一度聞きたい。あれが君のやり方か?」

 

「そうだ。誰だろうと敵には容赦しねえ」

 

「敵が、場合によっては……なのは達になってもか?」

 

「基本的に誰だろうが敵なら容赦する気はねえな」

 

即答だった。

 

「いつか君とは手合わせをして、決着を着けたい」

 

「そりゃ無理だろ」

 

「なぜだ?」

 

「どうやってもフェアにならねえからだよ。俺とアンタじゃ」

 

垣根はくだらなさそうに続ける。

 

「純粋な体術じゃ俺はアンタに勝てない。だが、能力を使えばアンタは俺に絶対勝てねえ。工夫次第でどうにかなるレベルを超えちまう」

 

「……例えどんな理由があっても、なのは達に危害を加えるような事があったら、俺は容赦しない」

 

「そうならない事を祈る」

 

それだけ言うと、彼等は元の、保護者席付近の場所に戻った。

 

なのはに、

 

「何を話してたの?」

 

と、聞かれたが、垣根は何でもねえよ、大した事じゃない。

と言ってごまかした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼食の時間が終わり、午後のプログラムも順次消化されていく。

 

グラウンドでは、いよいよメインの種目が始まろうとしている。

 

『棒倒し』である。

 

「棒倒しとは、─」

 

と、保健体育の女教師が説明を始める。

 

「そそり立つ硬くて太い棒に大勢の人が群がり、その棒を攻めて攻めて攻めまくり、押し倒してフィニッシュする競技です」

 

「いや、その説明、何か卑猥ですけど!?」

 

志村がツッコむが、朝礼台に立って説明する教師の口調は全く変わらない。

 

「選手の役割は主に二つです。棒の根本を押さえる人と、棒を攻める人、この二つですね。相手の棒を攻めるときは先端を攻めるのが効果的と言われています」

 

「もうわざと言ってませんか?それ」

 

志村はため息をついた。

が、しかしその説明もあながち間違いではない。

グランドには、棒倒しの準備が整っていた。

赤組と白組、それぞれのチームの棒が立っている。

長さは五メートルほどだ。

棒は全体がそれぞれのチームの色に塗装されている。

各チームの人数は五十人ずつで、メンバーをどう使うかは自由にされていた。

守りを重視しても良いし、攻撃要員を多くしても良い。

人の使い方や作戦は自由なので、とにかく敵チームの棒を先に地面に倒した方が勝ち、これが基本ルールだ。

参加しているのは、全員男子生徒だ。

女子はいない。

殴る蹴る等の暴力行為は禁止されているが、それでも試合中に押したり突いたりぐらいはある。

やや荒っぽい競技なので女子は応援という訳だ。

 

白組の五十人の中に、垣根帝督、志村新八、古市貴之、近藤勲、土方十四朗、他、二年六組の男子が数人いる。

中心になるのは、近藤、土方、一年生の沖田総悟等の風紀委員のメンバーだ。

 

「いよいよだな、体育祭の華、棒倒し。……何か興奮して鼻血が出そうだぜ」

 

近藤が鼻息を荒くすると、土方が冷静な声で言う。

 

「鼻血の前に、アンタ鼻糞ターザンになってるぜ」

 

「え、マジで?」

 

近藤は慌てて鼻糞をちり紙で拭う。

緊張感があるんだか無いんだか分からない白組陣営だった。

垣根は少しも緊張していなかったが、志村と古市は思い切り緊張していた。

棒倒しは、やはり激しい種目だからボケッとしていると、大怪我をしかねない。

ちなみに白組の人員の割り振りは、三十人で棒の守備、残り二十人で敵チームの棒の攻撃をする事になった。

防御側が踏ん張る隙に、攻撃側の土方達が敵チームの棒に襲い掛かって速攻で倒すという算段だ。

志村、古市、は守備の一員だった。

 

「それでは両チーム、位置について」

 

朝礼台からメガホンで教師が指示する。

赤組と白組の攻防それぞれのメンバーが分かれて位置についた。

陣形が整い、そしてスタートが告げられた。

 

「これより棒倒しを行います。……始め!」

 

合図と同時に、両チームから叫び声が上がる。

両軍の攻撃要員がそれぞれ棒に群がる。

赤組と白組のそれぞれの攻撃側と防御側がぶつかり、激しい攻防戦が繰り広げられる。

敵の何人かは、防御陣の背中や頭を踏み付けて、棒にたどり着き、よじ登ろうとしているのだ。

近藤勲が登ってきた敵を突き飛ばしたり蹴落としている。

 

(こえぇぇぇ!!そして痛えええ!!……土方君達、頑張ってくれてんのかな……。ずっとこの調子だと、あんまり持たないような……)

 

必死で棒を押さえながら、志村は攻撃陣の速攻を期待するのだった。

 

その土方十四朗達は、流石はという働きを見せていた。

攻撃陣二十人の先頭に立ち、

 

「うぉらあァァァ!!」

 

敵の防御陣に突っ込み、組み付いて来る相手をかわし、あるいは押しのける。

赤組も棒の先端に守りを配していたが、登ってきたのは沖田総悟だったため分が悪かった。

彼を蹴り落とそうと足を突き出すが、剣道部一の身軽さを誇る沖田は棒にしがみついたまま、巧みに体をねじったり、頭を屈めたりして、敵の足をヒョイヒョイとかわしていく。

魅神聖は苛立っていた。

理由は午前のプログラムの借り物競走についてだった。

 

「くそっ。あのエセMCの生徒会長め、何が『好きな人』だ。垣根のクソ野郎がそんなわけねーだろうが。なのはの思い人はオレだぞ……!」

 

すずか達も垣根帝督のもとに行ったのはきっとお題が『不良』とか『チンピラ』とかだったのだろうと彼は思いながら、赤組の棒倒しの攻撃陣に参加していた。

まあ垣根の風体からすれば、そのイメージも間違ってはいないのだが。

 

垣根帝督は“一応”白組の攻撃陣として参加していた。

しかし、彼のモチベーションは低い。

もともとノリの悪い人間の垣根。

だが、それは『怒り』によって火をつけられることになる。

土方十四朗はこう考えていた。

垣根帝督はやる気さえ出せば戦力として機能する。

やる気が出てないなら、出させれば良い。

不意に垣根帝督の側頭部に衝撃が走る。

彼は不意打ちを受け、地面に転がり込む。

 

乱闘の中、誰かの肘が当たったのだ。

 

というか、一度棒から落とされた沖田が垣根をたきつけるために土方の策略に従ってやったのだ。

 

「痛ってえな」

 

彼は側頭部を左手で押さえて立ち上がった。

 

「そしてムカついた。……殴ったの誰だァァァ!!」

 

垣根は赤組の防御陣の相手を投げ飛ばす。

 

ルール無視で暴れ回る垣根帝督。

 

魅神聖は好機と言わんばかりに彼につかみ掛かろうとしたが、逆上して能力を漏らしながら無差別に暴れているに垣根から右ストレートを喰らい、沈められた。

 

テメーコノヤロー!!

 

シャーコノヤロー!!

 

たちまち棒倒しは垣根帝督一人のせいで地獄絵図と化した。

 

「な、何これ……?」

 

高町なのはが呟く。

 

「なぜか垣根がキレたんだね……」

 

フェイト・T・ハラオウンも引き気味に言った。

 

「無茶苦茶やな。帝督くん……」

 

八神はやては冷や汗をダラダラとかいて見ている。

 

「台なしじゃない」

 

「あはは……」

 

アリサ・バニングスと月村すずかも顔をひきつらす。

垣根がぶん投げた生徒数人が赤組の棒にぶち当たって棒が倒れ、フィニッシュになったが、

もちろん結果は白組の反則負けとなり、沖田総悟は垣根帝督に屠られた。

 

 

 

 

 

現在、校長による説教中である。

校長の前には垣根帝督、土方十四朗、ボコボコの沖田総悟が立たされている。

 

「全く、乱闘騒ぎを起こした挙げ句、競技を台なしにするとは!反省せい!!」

 

「口うるせーハゲだな。すいません」

 

「いや、今の『口が滑った』とかそういうレベル超えてたから」

 

反省の色の無い垣根達に対し、額に青筋を浮かべる校長であった。

 

 

さて、次は最後の種目、学年別選抜対抗リレーだ。

 

アリサによって垣根はアンカーにされている。

赤組、白組両方とも前半の走者はほとんどが女子だった。

すずかやフェイトのような例外を除き、リレーの後半に戦力を重視しているらしい。

そしてあっという間にアンカーとなった。

 

白組のアンカーは垣根帝督。

 

赤組のアンカーは魅神聖。

 

彼等はほぼ同時にバトンを受け取り、走り出す。

 

垣根は珍しく本気で走る。

棒倒しを台なしにしてしまったのを彼なりに悪かったと思い、責任を取ろうと思ったのだ。

 

魅神も本気で走る。

彼の原動力はただ一つ。

ここ最近、なのは達の前で良いカッコができていない。

主に垣根帝督のせいで。

今こそ垣根を負かして、高町なのは達の前で良いカッコがしたい。

ただそれだけだ。

純粋なスタミナでは、それなりに拮抗している二人。

 

(くっ!!このオレが負けるわけねえんだ!!)

 

徐々に魅神が前に出そうになるが、今日の彼は運が悪かった。

 

「うおっ!?」

 

「ん?」

 

魅神聖が石に躓いてコケた。

垣根帝督はそんな魅神を尻目に、若干彼を哀れみつつ悠々とゴールした。

 

そして見事、白組が優勝をおさめた。

 

 

 

体育祭は無事に終わり、後片付けが始まる。

早速サボって帰ろうとした垣根はすずかとフェイトに捕まり、連行された。

 

「サボっちゃダメやで、一つの競技潰した分、働いてもらわんと」

 

「んだよ。それはリレーで払っただろうが」

 

はやての言葉に垣根は面倒臭そうに顔をしかめる。

 

「それじゃ足りないの。後片付けもキッチリとしてもらわないと割に合わないわ」

 

アリサが告げる。

 

「チッ、強欲なお嬢様なこった」

 

「誰が強欲よ!!」

 

またまたメンチを切り合う二人。

なのはとすずかが何とか両者を宥め、後片付けに取り掛かった。

 

魅神聖が絡んできたり、近藤勲がアリサに近づこうとして赤城咲耶にぶつかって、彼女から催涙スプレーが噴射されてその場にいた人全員が地獄を見た………というところ以外ははかどり、すぐに片付いた。

 

 

 

帰路。

 

「いやー、非常に面倒臭かった。もうやりたくない」

 

「もう、身も蓋も無い事言わないでよ」

 

垣根帝督のアンニュイ発言に眉をひそめて苦笑する月村すずか。

 

「そうよ、そんな事言ってんのアンタぐらいよ」

 

アリサ・バニングスも呆れながら言う。

 

「それにしても、高町さんと赤城さん、よく頑張ってたよね。徒競走とリレー、去年より速かったし」

 

志村が思い出したように言った。

 

「速かったよなー。高町さん。ホントに運動音痴だったのか?」

 

古市も同意する。

 

「うん、今までよりも体が軽く感じたし、頑張って練習したかいがあったよ!今までで一番楽しい体育祭だったよ♪」

 

「さ、咲耶も、去年まではあんなに速く走れませんでした。先輩達と練習させていただいたお陰です!」

 

嬉しそうに答える高町なのはと赤城咲耶。

 

「すずかちゃんとフェイトちゃんは毎年大活躍やったな〜」

 

のんびり言う八神はやて。

 

「そんな事無いよ。垣根はリレーで活躍したね?」

 

「そんなんじゃねえよ。一応アンカーにされたからな。あと棒倒しを目茶苦茶にした詫びだ」

 

フェイト・T・ハラオウンのセリフに垣根はけだるそうに答えた。

 

「そーねえ、あの大乱闘騒ぎが無かったら、今年の体育祭は言う事無いんだけど」

 

アリサは垣根をからかうように笑う。

 

「仕方ねえだろ、殴られてムカついたんだから。つーかどこが言う事無しなんだよ。徒競走のときの保護者勢といい、借り物競走のお題といい、ツッコミ所満載だろうが」

 

ちなみにヴォルケンリッター達のボケははやての入れ知恵が原因であり、リンディ・ハラオウンはただの悪ノリである。

 

近藤(ゴリラ)は、言うまでもない。

 

「今、思い出しましたけど、学園都市には『大覇星祭』っていう体育祭みたいなものがあるんですよね?」

 

咲耶が垣根に聞いた。

 

「ああ。まああれは、能力の使用OKだし、運動会っつうより曲芸大会みたいかもな。一般公開してるのは学園都市の宣伝効果を狙ってんだろーけどな」

 

垣根はつまらなさそうに答えた。

 

「ちょっと見てみたいなあ」

 

なのはが興味津々に言った。

 

「あんなもん見る価値ねえよ。所詮は努力やら希望やらをまだ信じてるガキ共の遊びだ」

 

「えー……?」

 

垣根帝督がくだらなさそうに吐き捨てると、彼女は残念そうに声を上げた。

彼はそれを無視してさっさと歩いて行ったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

すずかのバースデー

九月三十日は、月村すずかの誕生日。

 

当日は、あいにく平日の為、前日の土日に誕生日会を行う。

 

月村家の前に立っているのは、垣根帝督、赤城咲耶、志村新八、古市貴之の四人だ。

 

「大きいですね」

 

「やっぱ、デケェな」

 

ベタなセリフを漏らす垣根と咲耶。

 

「あ、お迎えが来たみたいだよ」

 

志村が言う。

二人のメイドが現れた。

ノエル・K・エーアリヒカイトとファリン・K・エーアリヒカイトだ。

 

「いらっしゃいませ〜♪」

 

「いらっしゃいませ」

 

陽気な声とクールな声が聞こえた。

 

「うわっ、すげ、本物のメイドだ!」

 

古市が驚く。

 

「バニングスさんにしろ、月村さんにしろ、お金持ちは凄いよね」

 

志村が呟いた。

ファリンは、垣根をジロジロと見はじめる。

 

「へぇー、君がすずかちゃんが言ってた垣根君かぁー」

 

「あん?」

 

垣根は怪訝に思いながら、彼女をジロリと見返した。

 

「この前すずかちゃんがね、君の事を─」

 

「ファリン!!」

 

言い終わる前に別の声が聞こえた。

月村すずかが走って出て来てファリンの口を塞いだ。

 

「もう!!余計なこと言わないで!」

 

「月村さん、こんにちは」

 

「よー月村さん」

 

「よお」

 

志村、古市、垣根の順にすずかへ挨拶した。

 

「あはは、皆いらっしゃい」

 

彼女は恥ずかしそうに答えた。

 

 

……メイド二人とすずかに案内され、彼等はテラスに着いた。

そこにはすでに面子が揃っていた。

ヴォルケンリッターも全員いる。

 

「早いなお前等」

 

「アンタ達が遅いのよ」

 

垣根のセリフにアリサが答えた。

 

「今日はお兄ちゃんも来てるんだよ」

 

なのはが言う。

高町恭也も忍の姿もある。

 

そして、お決まりのバースデーソングを歌った。

垣根は手拍子だけした。

 

志村のあまりの音痴っぷりにムカついた垣根帝督が、彼を殴り飛ばすというハプニングもあったが、順調に進み、ケーキ、ケータリングが運ばれる。

しばらくすると、恭也と忍はいなくなった。

 

「……そのまま部屋でしけこむ訳か」

 

「いかがわしい言い方をするな」

 

垣根の言葉にシグナムがツッコんだ。

さて、プレゼントを渡すときになった。

皆、ラッピングしたプレゼントを渡した。

問題は垣根帝督のプレゼントだ。

 

「あたしのときみたいに『信長のゲボェ』じゃないでしょうね?」

 

アリサ・バニングスがジト目で言う。

 

「大丈夫だ。それじゃない。『赤いもの』だ」

 

赤いバック、赤いタオル、そういうものを皆が想像した。

彼は懐からラッピングされていない何かを取り出した。

 

「……これ、何?」

 

すずかが尋ねる。

 

「知らねえのか?『エキサイトバイク』だ」

 

「イヤ、なぜそれ!?」

 

志村がツッコむ。

 

「赤いものなんてもっと他に無かったの!?」

 

フェイトもツッコんだ。

 

「他っつーと、赤いものだったら『燃えろ!!プロ野球』か『キン肉マン マッスルタッグマッチ』ぐらいしかねえぞ」

 

「なんで全部ファミコンのカセットなんや!!」

 

ボケまくる垣根に八神はやてもツッコミを入れる。

次は赤城咲耶のプレゼントだ。

 

「あ、あの、咲耶は、『弱い物』です」

 

彼女は申し訳なさそうに何かを取り出した。

 

『スペランカー』のカセットだった。

 

「え!?咲耶ちゃんもファミコンのカセット!?」

 

すずかが驚いて声を上げる。

彼女がボケるとは思っていなかったため、全員が驚いた。

 

「イヤ確かに!」

 

古市は大声で同意してしまう。

 

「確かにスペランカーの主人公弱かったけど!命がいくつあっても足りなかったけど!!でも、だからって『スペランカー』のカセットをチョイスしたんだ!?」

 

「ごっごめんなさい……。垣根先輩が、『絶対ウケるからやってみろ』って言われたので」

 

ツッコミまくる古市に咲耶は控え目に答えた。

 

「「お前の差し金かよ!!」」

 

志村と古市のツッコミがハモった。

 

「あ、赤いものまだあった」

 

垣根が呟く。

 

「一応聞くけど、何だよ?」

 

ヴィータが眉をひそめながら尋ねる。

 

「『ロックマン2』だ」

 

「若い読者ごめんなさいィィィ!!」

 

志村がシャウトする。

 

「「「だからなんでファミコンのカセットオンリー(なの)(なんや)(なのよ)!!」」」

 

今度は、なのは、はやて、アリサの三人のツッコミがハモった。

 

「……さて、冗談はこれぐらいにして」

 

(よ、よかった。やっぱり冗談だったんだ…)

 

垣根の言葉に内心ホッとするすずか。

さすがに今のが本気のプレゼントだったら、彼女もへこむ。

 

「まあ、今回もラッピングしてなくて悪いが」

 

彼は、直方体の箱をすずかに手渡した。

 

「……開けても良い?」

 

「おう」

 

開封すると、中に入っていたのは紫色のフレームの作業用の眼鏡だった。

 

「わあ、綺麗……」

 

彼女は思わず感想を漏らす。

 

「お前機械いじりが好きだって聞いてな。気に入ってくれたようで何よりだ。いらなくなったら売り飛ばすなり捨てるなりして良いから」

 

「ううん、絶対ずっと大事にするよ。ありがとう」

 

すずかは嬉しそうに頬を赤くして、満面の笑みで言った。

 

その後、しばらく皆で談笑をした。

途中で月村家で飼われている大量の猫が開放された。

一部の猫達は垣根帝督に群がり、毛を逆立てて威嚇したり、飛び付いて引っ掻いたりしていた。

だが、彼には傷一つついていない。表情も変えなかった。

 

「だ、大丈夫!?」

 

「大丈夫ですか!?」

 

「痛くないの!?」

 

「怪我は無いん!?」

 

「何とも無い!?」

 

すずかと咲耶、フェイト、なのは、はやてが心配そうに声をかける。

シグナム、シャマル、ヴィータもその様子を見て顔を引き攣らせていた。

 

「全然。全身能力のフィルタでコーティングしてるし、猫共にも害はねえから安心しろ」

 

「でも、何でこんなに嫌われてるのかな……?」

 

「野生の勘じゃねえの?」

 

この間に、近藤勲というストーカーゴリラが(アリサ・バニングス目当てで)侵入してきて、当の彼女に跳び蹴りを喰らって敷地外まで吹っ飛ばされた事はどうでもいいだろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

文化祭

聖祥大附属中学校。

 

二年六組の教室では、ロングホームルームが開かれていた。

議題は来週の土日に行われる文化祭で、クラスで行う『出し物』についてだ。

ちなみに担任の坂田銀八は教室にはいない。

 

『製作課題?んなもんチンタラ作ってられっかよ。つーか、そういうの作ってる間に、誰かと誰かが付き合いだしたらムカつくしよ、だからオメーら、今年の文化祭は各自で好きなことやれや』

 

と言って、くわえ煙草で教室から去ってしまった。

 

──シンプルかつ身勝手極まる方針だ。

 

今回、二年六組は何をやるかで意見が二つに分かれ、揉めていた。

 

アリサ・バニングスを筆頭とした『メイド&執事喫茶』

と、

土方十四朗を筆頭とした『製作課題』だった。

 

アリサ曰く、「このクラスは男女共に逸材が揃ってるんだから、これを有効活用しない手は無いわ」との事だった。

 

土方曰く、「俺達は風紀委員の仕事があるんだ。製作課題をさっさとやって終わらせて、終いにしてえんだよ」との事だった。

 

八神はやて等のほとんどの女性陣もアリサ方に固まったが、男性陣のほとんどとフェイト・T・ハラオウンのような『メイドコスプレになるのが恥ずかしい』という女子達は土方の方に固まった。

 

そして、一応この物語の主人公、垣根帝督は……

 

「……、」

 

会議に参加せずに机に突っ伏して寝ていた。

 

「もうアンタいつまで寝てるのよ!」

 

アリサが寝ている垣根を揺する。

 

「垣根くん、起きて」

 

高町なのはも彼の肩を掴んで揺する。

 

「……んあ?製作課題と喫茶店だっけ?」

 

垣根は眠そうな顔で起き上がる。

何気に話を聞いていた。

 

「えーっと、バニングスは『冥土喫茶』だっけ?」

 

「いや、『冥土喫茶』って何!?」

 

フェイトがツッコむ。

垣根は続ける。

 

「死神とかみてえなコスプレする喫茶とか?」

 

「それ、おもてなしするのか脅かすのか分からないよ……」

 

月村すずかが苦笑いで言う。

フェイトが少し焦ったような調子で言う。

 

「垣根は製作課題派だよね!?(メイドコスプレなんて恥ずかしい!!)」

 

「ダメよ。垣根は重要な執事要員なんだから(外見的にはホストっぽいけど)」

 

アリサが口を挟む。

 

「羊?」

 

「執事よ!!し・つ・じ!」

 

軽くボケた後、垣根帝督は面倒臭そうに眉をしかめる。

 

「俺が執事役?面倒臭えよ。接客とかガラじゃねえし。俺は製作課題に一票な」

 

「投票式じゃないけど、ありがとう垣根!!」

 

『メイド&執事喫茶』反対派のフェイトは感謝しながら彼の手を掴んだ。

 

「ちょ、ちょっと!垣根!?」

 

アリサが狼狽する。

しかしここで志村から意外な助け舟が出る。

 

「ていうか、文化祭は二日あるんだから、一日目は製作課題展示で二日目は喫茶店じゃダメなの?先生は好きにやれって言ってたし」

 

「バニングスさんも土方も折れる気なさそーだし、もうそれで良いんじゃね?」

 

「そうだな、半々って事で(俺は接客なんざやらねーけどな)」

 

志村の提案に古市と垣根も同意した。

その後しばらく討論が続いたが、結局志村の案の方法に決定した。

ちなみに製作課題については垣根帝督が指揮を執ることになった。

メイド&執事喫茶については引き続きアリサ・バニングスが監督する事になる。

そしてそれぞれに準備が行われていった。

 

晴天だった。

 

ひっくり返して『天晴』と書いたら、『あっぱれ』って読むんだぜ、知ってた?

あ、そう。

知ってたんだ。

てな具合に、抜けるような青空が広がっている。

透明な青のキャンパスに、ブラシで所々はいたようなちぎれ雲。

過ごしやすい季節の、良い日和であった。

さて、そんな空の下、本日は聖祥大附属中学校の文化祭当日である。

正門のわきには、『聖祥大附属中学校文化祭』という気持ちの良いほど事実のみを伝える立て看板が設置されている。

ちり紙で作った手作りのバラが立て看板の縁を飾っている。

普段は教職員と生徒しかくぐらない校門を、今日は父兄達が続々とくぐり抜けている。

来場者と、それを迎え入れる生徒や教師達のざわめきがスッポリと学校全体を包み込み、何と言うか、お手本のような文化祭当日の光景だった。

 

と、その光景の中の一点に、怪しげな男の姿があった。

年齢は二十代後半ぐらいだろうか。

濃紺のキャップを目深にかぶり、ブルーのジャンパーを着ている。

 

その服装自体に、特に奇抜な点は無かったが、怪しむべきは男の目付きだった。

半眼になり、鈍い光をたたえた男の目。

男は正門のわきで立ち止まり、ジッと立て看板に視線を向けている。

 

「聖祥大附属中学校、文化祭か、……」

 

男は呟くと、ニヤリと薄い唇を歪ませた。

 

「……ぶっ潰してやるぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廊下を歩いているのは、聖祥大附属中学校の校長。

 

その横を並んで歩くのは、なぜかいつも不機嫌そうな顔付きの教頭だ。

この教頭、校長が馬鹿なせいもあり、かなりの苦労人である。

ワイワイと談笑しながら廊下を行き交う生徒たちを横目に、『ヤングジャンプ』を小脇に抱えた教頭が言う。

 

「しかし、文化祭当日ともなると、生徒たちも浮足立っておりますな」

 

 

「ま、何といっても一大イベントじゃからの。あと、今日も週刊少年じゃない『ジャンプ』持ってんのね。今度貸そうか?WJ」

 

そう返す校長の横を、今また男子生徒数人が走りながら通り過ぎた。

 

「これこれ、走るんじゃないよ」

 

と、微笑みながら生徒たちを注意する校長。

その様子を見た教頭が「あら?」と意外そうな顔をする。

 

「今日はお優しいんですな、校長。いつもなら烈火の如く怒ってるとこじゃないですか」

 

「いやいや、廊下を走ったぐらいじゃわしは怒らんよ。というかまあ、……」

 

と、校長はここで僅かに声を落とす。

 

「ぶっちゃけて言うと、こういう文化祭みたいな日こそ、わしの好感度アップさせる絶好の日じゃからの。今日ぐらいは優しくしておいて損は無かろう」

 

「なるほど。相変わらず姑息な、あ、いや、姑息な考えですね」

 

「おい、変わってねーよ。『あ、いや』って言った割に『姑息』ってワードが生き残っちゃってるよ」

 

「すいません。ま、しかし、それもまた一計ですな」

 

「じゃろうが。だからこそ、こうしてわざわざ校長室を出て、校内を見回っとるわけだ」

 

そんなやり取りを交わしながら廊下を進む校長と教頭。

二人は二年生の教室が並ぶ廊下へと差し掛かった。

 

「さてさて、では二年生のクラス展示でも見て行こうかの」

 

と、校長が言う。

 

「そうしますか」

 

 

二人は端の教室から順に覗いて行った。

まずは二年一組。

このクラスは切手の一枚一枚をドットに見立てて、巨大なモナリザの肖像画を作っている。

感心しながら見学する保護者達に混じり、校長が呟く。

 

「ありきたりじゃのー、これと同じやつ、どっかで見た事あるぞ」

 

「あの、校長。割と声デカいんで、気をつけてください」

 

教頭が横から窘める。

一組を出た二人は次に二組へと入った。

二組では、『海鳴市のあゆみ』と題されたレポートが、壁一面に張り出されている。

市史に並べて、その当時聖祥で起こった出来事等も書き込まれている。

なかなかの労作だ。

 

「地味じゃのー。てか、こういうの市役所とかに行けば置いてあんじゃね?」

 

「校長、ホント父兄が周りにいるんで、空気読んでください」

 

三組は教室を喫茶店として開放していた。

模擬店というやつだ。

校長は廊下から中を覗いて、

 

「ママゴトじゃのー、つーか食中毒とかマジ勘弁してほしいよな」

 

「あの、好感度上げる気ある?ねえ?」

 

そして今度は、四組に入った。

 

これは力作。

割り箸で東京タワーが組み立てられている。

高さは教室の天井まで届きそうだ。

校長は父兄に混ざってタワーを見上げながら、

 

「バラせばゴミじゃしのー、てか、すっげー燃やしたい」

 

と、校長の毒舌がもれた時が、教頭の限界だった。

 

「褒め方知らねーのか!!あんたは!!」

 

教頭は怒りに任せて東京タワーを蹴り倒した。

 

「中学生のガキの展示なんだから、このレベルで上等だろーが!!ああ!?」

 

「いや、お前一番酷いじゃん。てか、東京タワーがもうゴミになっちゃってるし」

 

「関係ねーんだよ!!んなこたぁ!!」

 

と、老体に血を巡らせて教頭は、ヤンキーのような首の曲げっぷりで凄む。

 

「とにかく!!基本褒めるスタンスで行ってくださいよ!!新人作家を伸ばすみたく、基本褒める!!」

 

「分かった、分かった、気をつける」

 

説教する教頭と、うるさそうに頷く校長は、割り箸をかき集めながら泣きじゃくる生徒たちを捨て置いて、さっさと教室をあとにした。

 

 

「しかしのー」

 

と、校長は言う。

 

「これを褒めろと言われてもなー」

 

校長と教頭は、ガランとした。

正確には自分達しかいない教室で一つの展示品を見つめていた。

 

場所は二年六組の教室。

二人が立っているのは、教卓の前。

教卓の上に展示されているその作品というのが…………一本の空き缶であった。

わきに作品タイトルを記した小さなプレートも立てられている。

 

作品タイトルは─『丸ビル』

 

「これ作品じゃないよね。てか、すでにゴミだよね、これ」

 

と、校長。

 

「ま、確かに、ゴミ箱に入れる代わりにここに置いたって感じですな」

 

と、教頭も眼鏡をズイと押し上げ、静かな怒りを燃やす。

 

「しかも、これ『丸ビル』って、怒られるよ。丸ビルに」

 

「見学者がゼロというのも、当然ですな」

 

「一応確認するけど、ここ、なに組?」

 

「二年六組です」

 

「一応確認しとくけど、担任って誰だっけ?」

 

「坂田銀八です」

 

「製作課題の筆頭生徒は?」

 

「垣根帝督です」

 

「シメちゃう?」

 

「シメときましょうか」

 

教頭が言ったあと、校長はメキリと空き缶を握り潰した。

 

 

聖祥には映画研究会というクラブがある。

このクラブ、文化祭の日は視聴覚室を借り切って、自主制作したフィルムを上映している。

無論フィルムといっても内容は至って真面目なものだ。

各方面で活躍している聖祥学園のOB・OGにインタビューしたドキュメントや、ドラマといっても演劇部の生徒が俳優をつとめる三十分程度のもの。

だが過激な表現は禁止。

そういった真面目なフィルムを、時間帯を決めて常時上映している。

 

そして今、上映されているのはサッカー部を舞台にした青春ドラマ。

今日だけは映画館と化した視聴覚室に、父兄、生徒合わせて客は十人ほどだろうか。

 

その中に、

 

「つまんねえな、これ」

 

と、直球の感想を呟く男がいた。

制服を着崩した、ガラの悪そうな少年。

垣根帝督。

 

「つまんねーな、これ」

 

続いて同じ感想を呟く男。

今日もだらし無い背広、今日もくわえ煙草。

坂田銀八。

しかもこの男達、席は最後列。

数人の父兄が時折振り返って非難の目を向けてくるのもお構い無しに不満を垂れ流す。

 

「ストーリーは単純だしよー、構成も、何つーの、ありきたりだしよー」

 

「あの、先生、できればもう少し静かに観てもらえると……」

 

坂田銀八にやんわり抗議するのは、映画研究会のニキビ面で小太りの生徒は、遠慮がちに言う。

 

「あと、一応ここは禁煙なんですけど」

 

「違う映画ねえの?」

 

「あの、会話する気あります?」

 

「だからよー、こういう素人丸出しの映画じゃなくてよ、あんじゃん、面白いやつ。ほら、去年公開されてた『となりのペドロ』シリーズ。ああいうの流せよ」

 

「そういうのは、レンタルビデオ屋で探していただけたらと……。あと、ホント煙草はやめてもらいたいんですけど…」

 

「じゃ、極道もんは?」

 

「あの、ホント会話する気あります?ていうか、先生がすでに極道チックな振る舞いじゃないですか」

 

「なきゃポルノだな」

 

「いや、あんたホントに教師?」

 

てな二人の会話を横に、垣根は缶コーヒーを啜っていた。

その時、視聴覚室の後ろのドアが開き、校長と教頭が入ってきた。

 

「やっぱりここだったか」

 

校長が言った。

 

「確か去年もここで暇潰ししていたな、君は。垣根君まで……」

 

「何か用すか」

 

そう返す坂田は二人の方を見向きもしない。

垣根も無視していたが……、

 

「何かじゃないだろう。なんなんだね、君んとこのクラス展示は。筆頭は垣根君だったな?」

 

と言う校長に、垣根はこう返す。

 

「渾身の力作でしょ?」

 

「ごめん、聞き間違えたかも、もっかい言ってくれる?」

 

「渾身の力作でしょ?」

 

「あ、やっぱりそう言ってたんだ。ていうか本気で言ってんの?それ」

 

校長は額に青筋を浮かべる。

教頭も口を開いた。

 

「悪いが、あんなものはね、ゴミだよ、ゴミ。ゴミだから、我々の手で捨てておいた」

 

「あ、捨てといてくれたんすか、すいません」

 

垣根は軽い調子で答える。

 

「いえいえ。って、やっぱりゴミ気分じゃん!!自分でもゴミの自覚あんじゃん!!」

 

「あの、もう少し静かに……─」

 

と、映画研究会の生徒が言ったのだが、

 

「っせーよ!!今大事な話してんだよ!!」

 

と教頭ははねつける。

校長が言う。

 

「そもそもね、坂田先生。君は文化祭を何だと思ってるんだね?」

 

「休みにしてほしいすね」

 

「気持ちが良いほどストレートなリクエストだな。てか無理だし」

 

「つーか、俺、文化祭って嫌いなんすよね。遅くまで学校残ってなんか作るのって楽しいよね、みたいにはしゃぐ奴とかムカつくし、あと、ホラ、文化祭きっかけに親しくなって、おい気がついたらあの二人付き合ってるよ、みたいな展開も腹立つし、要するに休みになりませんかね、校長」

 

「結局そこじゃん。休み欲しいって事じゃん」

 

校長は言って、大きな溜め息をついた。

 

「とにかく、あんなゴミを展示しただけでは、文化祭に参加したとは言えんぞ。教師たるもの、クラスをまとめあげて行事に取り組ませるということも、これ、重要な評価の基準になるわけじゃからな。って、今わし、良いこと言ったよな?」

 

「アンタにしてはな」

 

と、教頭。

 

「つーか、最近タメ口の頻度高いよね?何となくこのままタメ口に移行する作戦?」

 

教頭を睨む校長へ、垣根が舌打ち混じりに言った。

 

「言っときますけどね、船長」

 

「いや校長ね。わし船は持ってないから」

 

「別に、明日はバニングス主導で冥土……じゃねーや。メイド喫茶やるんだから、それで良いじゃないっすか」

 

そう言ったところで、勢いよく視聴覚室のドアが開いた。

 

アリサ・バニングスを始めとする二年六組の女子五人だ。

今日は文化祭の来校者として八神家の連中も来ていており、今ここにはヴィータとリインがいる。

 

「いたいた、いたわねアンタ!!」

 

彼女は凄い剣幕で垣根に詰め寄る。

 

「アンタ、あのクラス展示は何なのよ!?空き缶一本置いて『丸ビル』って、ただゴミ置いてるだけじゃないの!!」

 

「空き缶は丸いだろ。だから丸ビルの模型って訳だ。四組でも東京タワー作ってただろ」

 

「アンタのはただのゴミでしょーが!!」

 

「そうだよ、わたし達は垣根くんがやる気があって製作課題の指揮やってると思ってたのに!!坂田先生もやる気なさ過ぎです!!」

 

高町なのはも怒り心頭といった感じだ。

垣根はくだらなさそうに答える。

 

「俺としてもよ、文化祭なんざ面倒臭いから、休みにしてほしいんだよな。普段不真面目な癖に、こういうイベントの時だけ仕切ってハシャぐヤツとか見ててムカつくし」

 

「そーそー」

 

坂田も同意する。

 

「だいたい、担任の先生がそんなんだからこの、無気力チンピラがあんな好き勝手するのよ!!」

 

アリサの矛先が坂田銀八に変わる。

と、アリサ達や校長達が坂田銀八にワーワーと説教をしている隙に、いつの間にか彼と一緒にいたはずの垣根帝督の姿が消えていた。

それに気づいた八神はやてが呟く。

 

「あれ、帝督くんどこ行ったん?」

 

すると、横にいたヴィータが彼女に言った。

 

「あーなんか『ウンコが出たい』とか頭の悪そうな事言って、どっか行ったぞ」

 

そして坂田も説教を適当に聞き流してどこかに行ってしまった。

校長は力のない声で言う。

 

「何かもう、いちいち説教すんのが面倒になっちゃったね……」

 

「確かにな。あ、いや、確かにな」

 

教頭がタメ口で同意する。

 

 

文化祭─祭と付くからには、老若男女浮かれるのも無理はない。

だがしかし、こういう時だからこそ校内の風紀を引き締める必要があると、聖祥大附属中学校風紀委員会、副委員長の土方十四郎は思っている。

彼は現在、校内を巡回中で横には一年生の沖田総悟がいる。

二人に付き従うように数人の風紀委員も同行する。

今年は例年より人出が多い。父兄に混ざって私服の若者の客、他校の生徒も多い。

だが、そういう若者達が全て文化祭目当てで来ているとも思えない。

ナンパ、カツアゲ等の、不心得な輩が混ざっている可能性はある。

そういう不逞の輩を発見し、退去させる。場合によってはうんと痛い目を見てもらう。

これが風紀委員会が本日任務である。

 

「いいか、総悟」

 

と、廊下を歩きながら土方は言う。

 

「ちょっとでもおかしな真似してる奴がいたら、ソッコーで囲むからな」

 

「分かってまさぁ。どんな些細な悪事も見逃しゃしませんぜ」

 

と言いながら、沖田総悟はPSPに夢中だ。

 

「おめーはその液晶画面にどんな悪事を見つけるつもりなんだ?」

 

土方は静かにキレると、

 

「仕舞っとけ」

 

へーい、と間延びした返事を返して沖田は素直にPSPをポケットに仕舞う。

 

「気ぃ抜いてる場合じゃねーぞ、総悟。今年は去年より客が多いんだ。て事は、そん中に潜んでるナンパカツアゲ野郎の数も多いはずだ。忙しくなるぞ、これから」

 

沖田は頭の後ろで両手を組み、緊張感のない声で言った。

 

「分かっちゃいますがね。こうやってブラブラ歩くだけっつーのも、退屈でさぁ。ちょっとぐらいは文化祭に参加してる気分も味わえないもんですかね」

 

土方は険しい表情を崩さない。

 

「甘えた考えは捨てろ。俺達風紀委員会は文化祭を楽しむなんてこた、毛ほども考えちゃいけねーんだ。校内の安寧秩序のために、敢えて我が身の楽しみは捨てる。それこそが風紀委員魂ってもんよ。って今俺、良いこと言ってるぜ」

 

「楽しみは捨てる、ですか」

 

沖田はやれやれと溜め息をついた。

 

「どーだ、トシ、校内の様子は?」

 

と、現れたのは風紀委員長の近藤勲。

彼は右手に焼きトウモロコシ、左手にタコ焼きを一船持ち、ブレザーのサイドポケットから『文化祭のしおり』をはみ出させていた。

 

「いや、楽しそうだなアンタはァァ!!」

 

喉を振り絞って土方はツッコむ。

 

「つーか委員長自らモロコシかじっててどーすんだよ。あんたは風紀委員の手本になんなきゃいけねえ人だろうが」

 

「分かってるよトシ、そうガミガミ言うな」

 

近藤は鷹揚に頷きながら言う。

 

「俺だって何も、一日中浮かれてるつもりはねえ。このモロコシとタコ焼きで俺の文化祭は終わりだ。後は真面目に締まってかかるさ」

 

「頼むぜ、ホント」

 

そこへ、廊下の先からバタバタと足音が聞こえてきた。

数人の風紀委員達が小走りに駆け付けたのだ。

 

「委員長!事件です。本校の女子生徒が一人、被害に」

 

土方は目を細めた。

 

「女子が?ナンパか?」

 

「いえ」

 

と小さく首を振り、その風紀委員は自分の背後に目をやった。

別の風紀委員に連れられて、一人の女子生徒が前に進み出た。

その女子生徒は、土方十四郎達の前で、恥ずかしそうに背中を向けた。

制服の背中に赤いインクがベッタリとかけられている。

 

「こいつはひでえや……」

 

沖田総悟が呟く。

 

「どこでやられた?」

 

土方が聞くと、講堂で彼氏とフリーマーケットをひやかしていて、気がついたらこうなっていた………と、女子生徒は説明する。

土方はしばし考えたあと、女子生徒を連れてきた風紀委員達に言った。

 

「おい、他にもこういう被害に遭った奴がいないか、調べて来い。いたらそいつからも事情を聞きたい」

 

わかりました。と返事をして、風紀委員達は即座に行動していった。

近藤勲が顎に手をやり、しかめつらしく言う。

 

「しかしこいつぁ悪質だぜ。ナンパやカツアゲとはまた、タイプの違う悪さだな。しかし安心してください、お嬢さん。貴女をこんな目に逢わせた奴は必ず俺達が引っ捕らえてみせます」

 

と、女子生徒の肩に手を置く近藤の背中には、赤いインクがベッタリと付いていた。

 

「イヤ、アンタにもついてるよ!!被害者の刻印がベッタリと背中に!!」

 

「え、マジかよ!インク?ケチャップとかじゃなくて!?ねえ、バカとか書いてない!?」

 

必死で自分の背中を見ようとするバカ委員長を無視して、土方は舌打ちをする。

 

気温も緩やかに上昇し、文化祭に訪れる人々の数は増えていく。

模擬店の屋台が生む熱、人々のざわめきや呼気から生まれる熱、文化祭ムードはいよいよ高まっている。

が、そんな文化祭の熱の中に、ただ一人、暗い情念に衝き動かされている男もいた。

キャップを目深にかぶり、薄い唇の男は、校舎の一角にある男子トイレの中にいた。

トイレは今、無人だ。

が、いつ使用者が現れてもおかしくない。

男は『清掃中』と書かれたプレートを掃除用具入れの中から取り出し、トイレの入口に置いた。

そして持ち込んでいたペンキの缶を手に取ると、一番端のから中身のペンキをぶちまけた。

白い便器が一瞬で粘度のある赤に染められていく。もちろん、自分自身にペンキの飛沫がかからないように注意した。

トイレの個室全てにペンキをぶちまけたあと、男は片付けを済ませてそそくさと廊下に出た。

一連の行動は素早く行われ、通行人の流れに自分の身を紛れ込ませる男の呼吸も、人の目を引かない自然なものだった。

歩きながら男は心の中で呟く。

 

まだまだだ……。

 

まだまだ、こんなもんじゃ足りねえ………。

 

男の薄い唇がニヤリと歪んだ。

 

 

 

志村と古市はブラブラと校内を歩いていた。

ふと、背後から聞こえた会話が耳に入る。

 

「どっかに落としたんじゃないの?よく探してみろよ」

 

「ううん、確かにポケットに入れといたもん」

 

見ると、カップルだろうか、男子生徒と女子生徒が浮かない顔で話している。

どうやら女子生徒が財布か何かを落としてしまったらしい。

自分達も気をつけなきゃな……。

と志村は思いながら、ズボンのヒップポケットを押さえた。

そして気づいた。自分の財布もポケットから消えている事に。

 

「マジで………?」

 

他のところでも、二人の女子生徒がこんな会話をしていた。

 

「ちょっと、大丈夫?ケガしてない?」

 

「ケガは無いけど……」

 

答える女子生徒のスカートの裾には、数センチの切り込みが入れられていた。

カッターかハサミなのかはわからないが、鋭利な刃物でやられたのだろうと想像がつく。

 

「いつやられたのかな?」

 

「わかんない……」

 

二人は表情を曇らせる。

 

 

 

 

 

校長が言う。

 

「あのさ……、一応確認しとくけど、ここ校長室だよね?」

 

「校長室でしたな。つい一時間前までは……」

 

と、教頭は返す。

 

「えれー事になってない?これ」

 

校内の見回りから戻ってきた校長と教頭は、室内の惨状に立ち尽くしていた。

 

校長室は、床、壁問わず、部屋中に赤いスプレーで、

 

─文化祭なんかやめちまえ!

 

─文化祭なんかクソだ!

 

─ウンコチンチン!

 

─祝映画化!

 

─文化祭全廃!!

 

……等と落書きされている。

殴り書きの文字には、怨念すら感じられる。

 

「……何なの、この落書き。一部お祝いの言葉もあるけどさ………」

 

呆然と呟く校長の横で、教頭がテーブルから『ジャンプスクエア』を取り上げる。

 

「でもよかったよ、これだけは無事で」

 

「だから貸すって、WJ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の破壊活動が確実に校内の雰囲気を変えている、という手応えを感じていた。

 

「くくく……」

 

静かに笑う男は今、暗いトイレの中にいる。

個室の便器にまたがり、現在排便中だ。

 

まだまだだ……と男は思う。

 

男は用を足し、便器から腰を上げた。

そして流さずにトイレを出た。

男は廊下を進み、理科準備室のある校舎に向かっていった。

 

 

 

 

 

「やっぱりおかしいぜ、今年の文化祭は……」

 

土方十四郎は呟いた。

場所は生徒会室。

現在、生徒会と風紀委員会の合同で捜査している。

生徒会室を臨時の集会所として使っているのだ。

校内各所に飛ばしていた風紀委員達が、続々と戻って来る。

 

報告によると──

 

校内のトイレにて、赤いペンキが散布されるという被害が五件。

 

雑踏の中、制服にインクをかけられるという被害が七件。

 

同様に制服が鋭利な刃物によって切り裂かれるという被害が四件。

 

財布などの所持品が盗まれるという被害が八件。

 

そして今また、一人の風紀委員が生徒会室に駆け込み、緊迫した声で告げる。

 

「事件です!ここの一階のトイレで流されないまま放置されているウンコが──!!」

 

「なんだとぉ!!」

 

沖田総悟が机を叩いて立ち上がる。

 

「で、大きさは?」

 

「詳しく聞くな!!」

 

土方は沖田に怒鳴ると、「流しとけ!」と風紀委員に命じる。

 

「でも、現場保存は……」

 

「しなくていい!!」

 

と、沖田の言葉に、土方がさらに怒声を膨らませていると、生徒会長の喜久井遥と会談していた近藤勲が、おもむろに口を開く。

 

「それにしても、酷すぎるんじゃねーか?この被害件数は」

 

言いながら、近藤の制服にはインクに加えて、無数の鋭い切れ込みが入っている。

 

「ま、アンタ一人で二件分なんだけどな、被害件数のうち」

 

土方は軽い頭痛を覚えながら言った。

しかし、この件数は確かに異常だ。

最初の被害報告のあと、風紀委員会は校内の巡回体制を強化した。

だが、被害は止まる処か件数を増やしていったのだ。

それも短時間のうちに。

沖田が呟く。

 

「敵も複数なんすかねぇ?」

 

「そりゃそうだろ。こんだけの件数だぞ」

 

沖田にそう返すと、土方は近藤の方を向く。

 

「とにかく委員長、ここは人員を増強したほうが良いぜ」

 

「増強たってお前、今だってもういっぱいいっぱいじゃねえか」

 

「そりゃ分かってるけどよ、今は非常事態だし……」

 

そこで沖田が思い付いたように言った。

 

「委員長、こうなったら、あの人に頼みますか?」

 

「あの人?」

 

「この学校で、頭が良くて腕のたつ、しかも文化祭の日に一番ヒマしてるのって、あの人ぐらいでしょう?」

 

さして期待していないような口調で沖田は続けた。

 

「ま、猫の手よりゃ役に立つんじゃないすかね」

 

二年六組の教室。

 

垣根帝督が適当にでっちあげたクラスの製作課題『丸ビル』が捨て去られた今、ここはただの教室だ。

当然、見学者は皆無だ。

 

今ここは明日行う『メイド&執事喫茶』の準備をしている。

垣根帝督は機材や備品の搬入をさせられていた。

が、すぐにサボり始め、椅子に腰掛けて机の上に足を投げ出している。

アリサやなのはの文句を無視していたら、数人の生徒たちが集まってきた。

 

「とにかく、今年の文化祭は変なんだよ!!妙な奴が学校中で悪さしてんだ!!」

 

「そーなんだよ!僕の財布も盗まれちゃったみたいだし」

 

近藤の訴えに志村も続く。

垣根は興味なさそうに言った。

 

「あのな、財布だのペンキだのウンコだの言われてもよぉ、俺関係ねえだろうが。何で俺に言う訳?」

 

突き放したような口調に皆、一瞬口ごもる。

 

「でも、垣根くん。少しは犯人探しに協力しても良いんじゃないかな?」

 

なのはが言う。

 

「嫌だ」

 

「即答!?」

 

彼女は思わずたじろぐ。

近藤が食い下がる。

 

「でもよぉ、実際六組の生徒も被害に遭ってんだぜ」

 

「特にテメェが先頭きってな」

 

と、冷静に返す垣根。

 

「守るほどのもんかよ?文化祭なんざ」

 

彼は一片の温かみの無い声で言い放つ。さらに続ける。

 

「面倒臭いっつってんだ」

 

「面倒かどうかはこの際関係ないでしょ!!」

 

フェイト・T・ハラオウンが声を荒げる。

 

「この学校で、今つらい目にあってる人がいるんだよ!?悪党が紛れ込んでるんだよ、それを何とも思わないの!?」

 

だが、垣根の心は動かない。

 

「知ったこっちゃねーよ。それに、文化祭なんかやるから、文化祭なんかに来るから、そういう目に遭うっつー見方もできるぜ。違うか?」

 

垣根は片眉を上げて屁理屈を言う。

 

「つ、冷たいよ……」

 

高町なのははかぶりを振る。

 

「何なの、その冷たさは……」

 

「何と言われようが、知ったこっちゃねえっつってんだよ」

 

「そこまで文化祭が嫌いかね?」

 

校長と教頭がやってきた。

教頭は今度は『最強ジャンプ』を小脇に抱えている。

 

「またアンタ等ですか」

 

垣根は冷えた声で言う。

 

「垣根君、ここに来る途中に風紀委員の生徒から聞いたんだが、文化祭を妨害しようとしとる輩がおるらしいね」

 

「だから?」

 

「君が関係ないとも言い切れんのじゃないか?」

 

校長は細い目を光らせた。

 

「どういう意味すか?」

 

「今しがた、校長室に賊が入った」

 

賊ぅ!? と生徒たちが驚くが、垣根帝督は無反応だった。

 

「校長室の壁にスプレーで、─文化祭なんかやめちまえ、てな落書きがされていてな。どうやら犯人は極度の文化祭嫌いらしい。ちなみに坂田先生ではなかった……」

 

そう言って、校長は意味深に言葉を切った。

 

「何が言いたい?」

 

垣根はジロリと校長を身ながら、声のトーンを変えずに言った。

 

「だから、お前が落書きしたんじゃねーのかって事」

 

教頭が『最強ジャンプ』を読みながらサラリと言った。

 

「イヤ、包めよ、オブラートに!!わしが遠回しに言った意味ないじゃん!!だいたいおめー、ジジイが児童向けのジャンプ読んでんじゃねーよ!!」

 

「だったらジジイ向けのジャンプも作ってくださいよ!!」

 

「どういう逆ギレ!?てか、ねーだろ、ジジイ向けのジャンプなんて!!」

 

校長がツッコんだところで垣根が口を挟む。

 

「『週刊少年ジャンプ』じゃなくて『納棺昇天ジャンプ』とか?」

 

「こえーよ!!読んだら死ねってこと!?」

 

校長がツッコんだあと、

 

「とにかくよ、犯人は文化祭嫌いなんだろ?だったら文化祭が終わりゃ騒動も終わるんじゃねえの?」

 

垣根から発せられたその言葉は最後通牒のように一同に響いた。

 

「……もうええ、最初から帝督くんに普通に頼み込むんが間違いだったんや」

 

はやてが静かに言う。そして、

 

「なのはちゃん、フェイトちゃん、アリサちゃん、すずかちゃん、手伝うてや」

 

「「「「うん」」」」

 

次の瞬間、垣根帝督の右肩をなのはが、左肩をフェイトが、まるで犯罪者を連行するように抱える。

 

「……え?何してんのお前等」

 

垣根の問いには答えず、アリサとすずかが彼の足を担ぎ上げて連行する。

はやてが言う。

 

「せやから、強制的に犯人探しに協力してもらうで♪」

 

「はあ!?おい、コラ!放せテメェ等!!」

 

こうして垣根帝督は文化祭デストロイヤー駆逐のために、駆り出されたのであった。

 

 

 

 

 

 

校内の廊下を不機嫌そうな顔で歩く少年、垣根帝督。

彼の後ろには高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやて、アリサ・バニングス、月村すずか、生徒会長の喜久井遥が歩いている。

赤城咲耶も垣根に同行したがったが、危険だと判断したため生徒会室で待機となった。

 

「チッ、何でこの俺が文化祭荒らしの駆逐をしなきゃならねえんだよ」

 

彼は舌打ち混じりに呟く。

それに対してアリサが溜め息をつきながら答えた。

 

「アンタ前半ふざけ倒すわ、クラス展示に空き缶置くわ、今回は不真面目過ぎよ。少しは働きなさい。明日の『メイド・執事喫茶』も手伝ってもらうからね」

 

「マジかよ……」

 

垣根はうんざりしたように言いながら廊下を進んでいく。

一行が廊下から校舎の外に出て、捜査を続ける。

途中で風紀委員会の土方十四郎と近藤勲の二人と合流する。

そして体育館の裏側に差し掛かったところで、怪しい影が見えた。

そこには、一人の男の姿があった。キャップを目深にかぶり、ジャンパーを着て、リュックを背負ったその男は、手に消火器を持っている。

 

「あの、すみません。そこで何をしているんですか?あと何で消火器なんか_?」

 

不審に思ったなのはが、男に声をかけながら近づいていく。

だが彼女が言い終わる前に、男は一行に向かってノズルを向け、一気に消火剤を噴射した。

 

「「「「「きゃあ!?」」」」

 

「「「なっ!?」」」

 

全員が一瞬怯んだ隙に、男は消火剤を床に叩き捨ててなのはに詰めよった。

その動きは機敏で容赦がなかった。

 

「なのは!?」

 

ようやくの事でフェイトが叫んだ時には、もう遅かった。

男の腕になのはの体は絡めとられていた。

 

「な、何を!?」

 

となのはが叫ぶ。

 

「うるせーっ!!」

 

と、ここで初めて男が声を出した。

何かに対する怒りと憎しみで、男の声はひび割れていた。

男はその一喝でなのはの悲鳴を封じると、垣根帝督ら一行に向かって叫んだ。

 

「理事長か生徒会長を呼べ!!」

 

そこへ風紀委員の二人がズイと前に出た。

そして土方十四郎が男に向かって怒鳴る。

 

「おい、なにモンだてめーは!!」

 

「うるせーっ!!ただの生徒にゃ用はねーんだっ!!理事長か生徒会長を呼べっつってんだよ!!」

 

「理事長や生徒会長じゃなくて委員長ではどうか!?」

 

と、近藤勲が一歩前に出る。

 

「いらねーっつってんだろ!!別に『長』がついてるヤツだったら誰でもいいとかそんなんじゃねーんだ!!」

 

男は怒りに満ちた声で丁寧にツッコんだ。

さて、どうしたものかと。

垣根帝督は思考する。

そこへ風紀委員の二人の前に生徒会長の喜久井遥が前に進み出た。

そして怯む事なく言う。

 

「私が生徒会長です。貴方、何が目的ですか?」

 

キャップの庇の下で目を光らせ、男は言った。

 

「俺の目的は一つだ。文化祭を廃止にするんだ。来年以降、未来永劫な。それを、あんたが理事長とかけあって決定しろ。今の生徒会長が大きな発言力を持ってんのは解ってんだ」

 

その瞬間、この場にいる今回の騒動を知る全ての人間が悟った。

こいつだ。

今日、校内に悪意をばらまいていたのはこの男だったのだ。

トイレにペンキをぶちまけ、生徒の制服を汚し、切り裂き、スリ行為を働いていたこの男は、自分の破壊活動の仕上げとして、大通りで暴れるはすだったのだ。

しかしその前に垣根達に見付かってしまった訳だが。

 

「文化祭を廃止って、何でそんな事しなければならないのですか?」

 

喜久井遥生徒会長は男を鋭く見据えて言い返した。

 

「つまんねーからだよ、文化祭が」

 

低く言った男の声は、先ほど聞いた垣根帝督の声のトーンに近いものがあった。

本当に嫌いなんだ。

この男、文化祭が……。と、フェイトはその事を思い知る。

 

「廃止だ!!とにかく文化祭廃止!!それを確定事項として理事長に掛け合え!!」

 

言って男は、生徒会長に指を突きつけた。

しかし彼女は臆せずに、

 

「お断りします!そのようなこと、貴方のような賊に命令されてする訳がありません!」

 

生徒会長の声は鋭かった。

その声の効果は、周りのアリサ・バニングス達にも波及し、彼女達も口々に声が起きた。

その声に男が忌々しそうに反応する。

 

「うるせーんだよ!!愚民どもが!!」

 

「誰がグミだコノヤロー!!」

 

と、近藤がズレた事を言い、

 

「グミじゃねえ、愚民だ。あんたに果汁はねえ」

 

土方が訂正するという不毛なやりとりのあと、男は続けた。

 

「そうやって、てめーらがテンション高くすんのがうぜーんだよ。何が文化祭だ。いいからさっさと廃止しろや」

 

「お断りします!!」

 

生徒会長の返事は変わらない。

すると、男は口元が醜く歪んだ。

 

「いいや、お前は断れない」

 

言うと、男はリュックのサイドポケットから、何か液体の入ったビンを取り出した。

そのビンをなのはの顔のそばに持っていきながら、男は勝ち誇ったように続けた。

 

「塩酸だ。さっき理科準備室から盗んでおいた」

 

ザワリ!と、場の空気に緊張が走った。

 

「生徒会長、おまえが文化祭廃止をさせないなら、俺はこの塩酸をこの女にかけるぜ」

 

「……汚い人ですね」

 

彼女は言って、忌々しそうに下唇を噛んだ。

 

「……で、要するにテメェは文化祭を廃止させたい訳だな?」

 

垣根帝督はここにきてようやく口を開いた。

 

「そうだ。こんなクソみてーなイベント、もう二度とさせねーようにな」

 

垣根は薄く笑う。

 

「ほう、俺やウチの担任と話が合いそうだな」

 

そう言うと、彼はそばにいる生徒会長に顔を向けた。

 

「て事で廃止にならんかね?生徒会長」

 

「どっちの味方なんですか!?貴方は!!」

 

生徒会長がブチ切れる。

垣根は、ま、そりゃそうか、と小さく呟いて男に向き直る。

 

「つーか、俺としては文化祭だかボンカレーだか、そんなもんがどうなろうが、知ったこっちゃねえんだ」

 

「帝督くん、その二つ結構遠いで」

 

と、はやてのツッコミ。

垣根は続ける。

 

「でも、高町は離してもらうぜ。ソイツは一応俺のダチなんでな。ソイツが可哀想な目に遭うと、俺も寝覚め悪いんだよ」

 

「だったら、てめーからも生徒会長に言って、文化祭を廃止させろ」

 

男は言いながら垣根の隣にいる生徒会長へ顎をしゃくる。

とにかくその一点は譲れない、という気迫と覚悟が男には満ちていた。

 

「文化祭なんてモンはな、続けたってなんも良いことなんかありゃしねーんだ」

 

男は吐き捨てるように言った。

 

「遅くまで残って何か作るのって楽しいよね、みたいにはしゃぐヤツとかムカつくしよ、それを微笑ましく見つめる教師にも腹が立つしよ、文化祭みてーなイベント、存在してること自体が害悪じゃねーか」

 

「はん、どっかのアンニュイ教師みてえなこと言ってるぜ」

 

垣根は小さく笑うと、再び生徒会長に顔を向ける。

 

「てな訳で生徒会長、廃―」

 

「だからどちらの味方なんですか!!」

 

と、当然のように生徒会長は繰り返す。

そこへ月村すずかが口をはさんだ。

 

「貴方が文化祭が嫌いなのは分かりました。でも、理由は何ですか?」

 

「理由?」

 

男の目がキュッと細くなる。

 

「貴方がここまで文化祭を憎む理由ですよ」

 

すずかの問いは、男の気持ちのどこかを刺激したらしい。

 

「じゃー聞かせてやる……」

 

男は低い声音で話始めた。

 

「俺はもともと文化祭が嫌いでもなかった。いや、どっちかっつーと好きだったんだ。十五年前、俺が中学二年のときだ。俺のクラスは文化祭でトーテムポールを作ることになった。今思えばガラクタみてーな展示品よ。だが、そんな事はどーでもよかった。皆で放課後残って、何か作るってのが楽しかったんだ。そのときはまだ俺もそういう事が楽しめる男だった」

 

男は遠い目をしていた。

が、高町なのはに回した腕には油断なく力が込められている。

 

「……その課題を作る課程で、俺はクラスメイトの女子に恋をした。分かるだろ?文化祭の準備をしながら、普段あんま口聞かねー女子と話す機会が増えて、あれ?よく見たらこいつ結構可愛いじゃん、てか、妙に優しくね?みたいな気持ちになる事が。………俺もそれだったんだよ。それで一人の女子に惚れちまった」

 

皆は黙って聞いている。

 

「けどな、そこが大きな落とし穴だったんだ!!」

 

男の目がクワッと見開かれた。

 

「俺は文化祭の翌日、その女に告白した!けど、あっさりフラれた!ごめんね、貴方の事はクラスメイトの一人としか思ってないの……ってふざけんなコルァ!!じゃ、どーして俺に笑顔を向けた?どーして俺に優しくした?その気もねーのに優しくすんじゃねーよ!!告白した俺がバカみてーじゃん!!てか、俺だって文化祭の準備でテンション高くなかったら、テメーみてーな女に引っ掛かることもなかったじゃん!!俺のバカ!!文化祭のバカ!!」

 

そこまで一気に捲し立てると、呼吸を静めてから男は続けた。

 

「……そういう事が中三や高校でもあったんだよ」

 

と、オチがつき、男の独白が終わった。

その場の空気が、何とも言えないものに変わっていた。

うまくは言えないが、………ミステリーかと思ったらホラーでした、みたいな、いや違うか、つまり、その、暑い語り口のわりに、言ってることは馬鹿馬鹿しいじゃんみたいな、そういうドッチラケ感が、周囲に漂い始めている。

結局のところ、文化祭でフラれ続けた男の八つ当たり………といったところなのだろう。

 

すずかがさらに問いかける。

 

「もう一つ聞かせてください。何で聖祥なんですか?文化祭なんて、どこの学校でもやってます。なんでこの学校に目をつけたんですか?」

 

「決まってんだろ!俺がここのOBだからだよ!!」

 

はやてが男に言う。

 

「まあ、アンタの事情は分かったで。そやかて、何も今になって御礼参りに来んでもええやん」

 

男は少しだけうつむいた。

 

「………我慢してたんだ。卒業後の数年間、俺は悲しい思い出に耐え続けた。毎年文化祭の時期には、腸が煮えくり返る思いだった。今年も俺みてーに文化祭の熱に浮かされて、悲しい思いをするヤツがいるんじゃねーか……逆に、カップル成立して喜んでるドクサレ野郎もいるんじゃねーか………って、この数年間、俺の心は荒れ狂ってたんだよ」

 

そのストレスが、今日この日に爆発した、という事なのだろう。

しかし、誰一人この男に同情などできなかった。

関係無いのだ。

男が文化祭の日にフラれた事と、今年文化祭をやっている彼等とは。

 

「関係無いじゃない!!」

 

と、アリサの気持ちは声となって飛び出した。

 

「アンタの過去と、あたし達は関係無いじゃないの!!」

 

それに対して男は唾を飛ばしてわめく。

 

「うるせーっ!!文化祭は悪だ!!廃止するのが一番なんだよ!!さっさと廃止しろや!!さもねーとこの女の顔に―!!」

 

男は言いながら、塩酸をなのはの顔のそばに持っていく。

なのはの口から短い悲鳴がもれる。

この場にいる者達に、改めて動揺が走る。

不意に垣根帝督が足で地面を蹴り、それと同時に能力を利用して自分自身の背中に衝撃波を当てて、ロケットのように前進した。

一気に男との距離をつめたと思う前に、

 

ゴンッ!!

 

と、彼は右腕で男の顔を殴り付けた。

 

「ぐ!?」

 

男が衝撃と痛覚に怯んだ隙に、垣根はビンを手から蹴り飛ばし、更になのはを引ったくる。

そして今度は左腕で男の鳩尾を思い切り殴る。

間髪いれずに脇腹を蹴りあげ、男は激痛に耐えられず地面に仰向けに倒れた。

垣根は小脇に抱えていたなのはを下ろすと、容赦も躊躇もなく起き上がろうとした男の胸部を思い切り踏みつけ、地面に縫い止めた。

 

「俺は別に、テメェが文化祭嫌いだろうが、騒動起こそうが、どんな事情や理由があろうが、そんなもん心の底からどうでも良いんだよ。文化祭もテメェも知ったこっちゃねえ」

 

「な、だったら邪魔すんじゃねーよ!!」

 

「肝心なのは、テメェみてえな三下のクソ野郎がこんな騒動起こしたせいで、この俺が駆り出されて余計な体力使わせやがった事だ」

 

彼は、自分の右足に体重をかけながら不機嫌そうに、くだらなさそうに続ける。

 

「ただでさえ文化祭なんざ面倒臭せえと思ってんのに、余計に面倒臭い思いさせられてスゲェムカついてんだ」

 

垣根は腰をおろして男に向かって拳を振りかぶる。

 

「だから憂さ晴らしに殴らせろや」

 

「ふざけんな!!そんな自分勝手な理由でーッ!?」

 

「テメェだって自分勝手な理由で騒ぎ起こしただろうが。文句言える立場だと思ってんのかクソボケ」

 

言うと、返事を待たずに拳を振り下ろした。

 

 

ぎゃあああああああああーーッ!!!

 

 

男の悲鳴と打撃音が響いた。

青アザ、タンコブ、脱臼等の重軽傷を負った文化祭デストロイヤーは警察につき出され、そのまま病院送りとなった。

ちなみにケガを負わせた垣根帝督については正当防衛をごり押しして、無理矢理押し通した。

 

騒ぎそのものは表面化する事なく、体育館裏でのみの騒ぎとなった。

 

そして翌日、二年六組では『メイド&執事喫茶』が開かれていた。

クラスの女子生徒はメイドに、男子生徒は執事に、それぞれ扮している。

その中には垣根帝督の姿もあった。

営業スマイルが若干ひきつっているのは、怒りを我慢しているせいだろう。

難癖や営業妨害のクレーマーが出たら、垣根が彼等の首根っこを摘まんで引きずっていき、地獄という事務所に連れていかれた。

 

 

ちなみに当番が終わったのちは、なのは達と校内を回ったり、来場していたヴォルケンズの案内をはやてとやらされたり、リインの子守を押し付けられたりと色々あった。

申し訳ないが詳細はご想像にお任せする。

ちなみに面倒臭い、疲れた、という理由で後夜祭はサボった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

衝突

十二月二十二日。

 

私立聖祥大附属中学校、二年六組の教室。

 

「え?クスリマスパンティー??」

 

と、頭の悪そうな事を言ったのは、学園都市第二位の超能力者(レベル5)・垣根帝督。

 

「どんな聞き間違いよ」

 

とツッコんだのはアリサ・バニングス。

手を横に降りながら八神はやてが言う。

 

「ちゃうちゃう、クリスマスパーティーや。明後日はクリスマスイブやろ?そやから今日の終業式が終わったら、みんなでその日程を相談しよ思ってんねん」

 

「場所は翠屋かはやてちゃんの家か検討中だけどね」

 

と、さらに高町なのはが付け加える。

 

「ふうん。月村かバニングスの家じゃやらねえの?」

 

垣根の問いに月村すずかが答える。

 

「この季節は色々と来客が多かったりするからね」

 

彼は成る程なと相槌を打った。

 

終業式は丁重に行われ、いつも通り校長のありきたりな長い話があったり、表彰式があったりなど、本当にありきたりな終業式だった。

 

垣根帝督はやはりサボった。

 

 

 

 

 

終業式が終わり、帰路につく六人。

先程の話し合いで開催場所は八神家となった。

 

「それじゃまた後でね」

 

「私は咲耶ちゃん誘ってみるね」

 

そう言ってアリサとすずかは別れていった。

志村と古市も参加したがっていたが、あいにく二人とも部活で不参加となった。

道を進む四人。

 

十二月中旬という事もあり、気温は低く、風も冷たい。

 

「う~、やっぱり寒いねぇ」

 

「うん、今年は秋らしい涼しさはあまり無かったしね」

 

「夏から一気に冬になった気分やなぁ」

 

そんな話をしてなのはがふと、垣根の方を見て尋ねた。

 

「垣根くんは寒くないの?いつもと同じ格好だけど」

 

「ああ、俺は常に皮膚や服の上から能力でフィルタを張ってるから余分な冷気や不純物を遮断してるんだ。だから平気だ」

 

彼は簡単に答える。

はやてが羨ましそうに言う。

 

「ええなぁ帝督くんの能力。わたしにもそのフィルタ付けてくれへん?」

 

「嫌だ」

 

「何でや!」

 

愉快な雑談をしつつ歩き進む四人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって、次元航行艦『アースラ』。

 

艦内の訓練室にはフェイト・T・ハラオウンと八神はやてがいる。

ついでにクロノ・ハラオウン提督に呼ばれる形で、垣根帝督もいた。

この時、なのはとヴォルケンズが任務中で出払っており、クリスマスパーティの段取りの話をするために待つ事にした。

待ちぼうけを食らっている間に、フェイトが暇だから模擬戦をしないかと垣根に持ちかけた。

しかし彼は当然、面倒臭いと断る。

が、別に全力でぶつかり合いをする訳ではなく、ただの肩慣らしついでに相手をしてほしいと、彼女はあまりにもしつこく懇願してきたため、最終的には渋々了承し、軽く模擬戦をする事になった。

 

で、その模擬戦の後の場面な訳である。

はやてが差し入れに冷えたスポーツドリンクを二人に渡した。

 

「二人ともお疲れさん。ブリッジから見てたで」

 

「ありがとうはやて。それにしても相変わらず垣根は凄いね。能力でAMFみたいな空間にしたり、魔力刃を薄い翼で受け止めたり、どんな魔法も『未元物質(ダークマター)』で防ぎ切っちゃうから……」

 

「俺にとっては別に何て事はねえよ。何にしても応用次第って訳だ。言っちゃ何だが、いちいち苦戦するようなら第二位の名が廃るしな。そういうお前も、また速くなったんじゃねえか?それに比例して露出度も高くなったけど」

 

「う、でもその分軽くなるから……」

 

垣根はニヤッと笑いながら冗談混じりに言う。

 

「そのうち全裸になるんじゃねえだろうな?」

 

「な!?そこまでしないよ!」

 

「もしそうなってもうたら、フェイトちゃん捕まってまうな」

 

悪乗りするはやて。

 

「もう!!はやてまで!」

 

二人の冗談に顔を真っ赤にするフェイト。

そこへ、招かれざる客が現れた。

 

「お、フェイトにはやてじゃないか」

 

呼ばれた二人が振り向くと、そこには銀髪のイケメン少年、問題児エースこと魅神聖が歩いてきていた。

 

「あれ、魅神。今日はミッドに行ってたんじゃ?」

 

フェイトが怪訝そうに尋ねる。

 

「ああ、思ったより早く任務が済んだんだよ。そんでついでに頼んでたデバイスの改修も済んでたから、受け取りに戻ってきたって訳」

 

「デバイスの改修?」

 

首を傾げるはやてに、魅神聖は得意げに答える。

 

「ようやくカートリッジシステムを実装できたんだ。マリーには感謝感激だよ。これでなのはやフェイト、シグナム達にも引けはとらないぜ」

 

そう言った所でようやく彼は、彼女達二人の傍らで我関せずといった調子で佇む場違いな男、垣根帝督に気付く。

魅神は目の色を変えてズカズカと近づく。

 

「垣根、何でまたアースラにいる?まさか半年前の事件にかこつけて、はやて達に付き纏ってんのか?」

 

言って彼は垣根の胸ぐらを掴む。

 

「何言ってんだお前。つーか放せよ」

 

そう言って彼は魅神聖を突き飛ばす。

 

「なっ?貴様……っ」

 

「テメェが俺を毛嫌いしようが目の敵にしようが別に構わねえし、興味もねえよ。ただし事情も確認せずに言い掛かりやら因縁を付けてくるのはやめてもらおうか?テメェも一応、公僕なんだからよ」

 

吐き捨てるように言ってきた垣根に、魅神は忌々しそうに舌打ちの音を立てた。

はやてとフェイトが仲裁しようと口を挟む。

 

「もうやめーや。顔合わせる度に喧嘩腰なんやから」

 

「二人ともやめなさい。無理に仲良くしようとは思わないけど、魅神も、学校でもここでも毎回一方的に突っかかるのはやめてね?今日はクロノに呼ばれて垣根も来てただけなんだし」

 

理屈では理解できるが、感情的には納得できなかった。

 

「……けどよ、はやてもフェイトも、あとなのは達も、こいつが何者か分かってるはずだろ?気を許し過ぎじゃねえか?」

 

それは……、と言いかけて僅かに言葉を詰まらせた。

黙って聞いている垣根も、内心そこに関しては同感だった。

 

「オレは君達のそういう分け隔てのない優しい所は好きだけど、クロノ達もいくら昔からの仲だからって甘過ぎだ。何より……」

 

そこで言葉を切って、魅神聖は再びキッと垣根帝督を睨み付ける。

 

「貴様みたいな悪党が、なのは達のそういう無償の優しさに甘えてるのが、堪らなく気に入らないんだよ」

 

「はあ?」

 

垣根は意味が分からなさそうに眉をひそめるが、魅神は構わず言い続ける。

 

「貴様の事は、件の事だけでなく五年前の調書や戦闘記録等も見てより一層調べたぜ。……確かに、お前にはお前なりの悲劇や苦悩があったんだろう。それは認めてやる。だが、お前は自分で分かってるはずだ。過去に酷い目に遭ってきたからって、同じ道を歩まなければならない道理は無いとな」

 

「……、」

 

「だが実際のお前は、自分の意思で悪の道を選んだ。それ以外の道を選ぶチャンスが皆無ではなかったはずなのにだ。そうだろ?」

 

「ハッ、説得力に欠ける説教だな。俺を理解したつもりか?」

 

垣根は鼻で笑う。

彼は続ける。

 

「まあ確かに、テメェの言い分は一理あると思うぜ。俺は確かに自分が外道だっつー自覚はあるし、分かった上で、今こうしている。テメェが俺としても不本意ながら、高町達とオトモダチゴッコしてるのも気に食わねえのも理解はできる。だが、それこそそいつらに言えって言ってるだろうが。俺に突っ掛かってきた所で、本質的にはしょうがねえっつってんだろうが」

 

「いいや!お前にも問題や責任はある!無自覚になってるかもしれないが」

 

「随分と、知った様な口をききやがるな」

 

垣根はくだらなさそうな声で答えるが、魅神はビッと指を垣根に向かって指して実際に、と告げる。

 

「お前は何だかんだ、なのは達の厚意や優しさの類いを拒絶も受け流す事もし切れてないだろ。何なら理由や言い訳を自分にして、受け入れてさえいるんじゃないか」

 

「あ?」

 

ピクッと眉間にシワが寄る。

それを見て魅神は小さく笑う。

 

「ふっ。案外、自分では意外と気付けなかったみたいだが、図星だったようだな」

 

「ち、ちょっと!」

 

「待って魅神!」

 

そこではやてとフェイトが再び口を挟んだ。

 

「その事に関しては帝督くんが悪いとかはないはずやで?」

 

「そうだよ、わたし達が好きで色々誘ったり連れ回したりしただけで……」

 

「いいや!」

 

普段は彼女達に露骨な口答え等はしない魅神聖だが、今回だけは譲れないらしく即答してきた。

 

「本気で徹底的に拒絶しようと思えば、不可能じゃなかったはずだ!垣根、お前とはやて達の今の関係は一見良く見えるが、フェイト達側からの厚意や善意が絶たれればすぐに崩れて消えるような、とても脆いものだ」

 

「……、」

 

そこは否定しない。

故に彼は答えない。

反論を敢えてしなかった。

 

「今のこの関係に慣れ始めてるだろ?そこにお前の『甘え』があるって言ってるんだよ。垣根帝督、貴様は自他共に認める悪党だ。腐った人間だ。オレは何も別に貴様がただ単に腐った悪党だからってだけで、安直になのは達から遠ざけたいって訳じゃあない」

 

「え、そうやったん?」

 

「違ったの……?」

 

意外そうな顔でキョトンとしてしまう、はやてとフェイト。

 

「おいおい、単に悪事を働いたり犯罪を犯したからってオレが考え無しに否定はしねえよ。それ言ったら、昔のフェイトや守護騎士達もそれに当てはまるが、彼女達はちゃんと贖罪し正しい道を歩んでいる。だが!」

 

魅神聖は憎悪と敵意を込めて、垣根帝督を睨んで言う。

 

「垣根、貴様は違う。今現在も悪党であり続けながら、優しいこの()達に甘えてすがっていやがる!過去の悪事に対して何の償いもしてないしする気も無いばかりか、この先も正しい道を歩もうともしない!」

 

すらすらと言葉は出た。

 

「だからオレは、そんな貴様がヌケヌケと善意と優しさの象徴のようななのは達と懇意にする事も、貴様みたいな救いの無い様な腐った外道の存在そのものが許せないんだ!!」

 

「……君の言いたい事は分かったけど、でも、それだって、君のエゴだよ……」

 

魅神聖の言葉に、フェイトは思わず反論するように、再び口を挟む。

こき下ろされた垣根帝督はしかし、小さくうっすらと笑っていた。

 

「……そうだな。まあテメェの言い分は一理ある。で、ならば、どうするよ?」

 

魅神は辺りを見回した。

ここは訓練室。

そして自分はついさっきにデバイスを全面改修・改良したばかりだった。

テストもしたいところだった。

魅神聖は、垣根の方に向き直る。

 

「ちょうどいい、いい加減白黒つけたかった所だしな。垣根、オレと勝負しろ」

 

「あ?」

 

垣根は首を気だるそうに首を傾げる。

 

「ああ、ルールは簡単。どっちかが気絶するか降参するか、戦えなくなったらだ。そしてオレが勝ったらもう二度と彼女達に金輪際関わるな!!」

 

垣根は最初、面倒臭いから断ろうと思った。

 

「散々偉そうに能書き垂れておきながら、結局それかよ。現状、管理局の法じゃ俺を裁けないから、それで決着つけようってか。バッカじゃねえの?テメェの都合で勝負に乗った所で、俺にメリットがねえな」

 

「はっ。何だ、まさか負けるのが怖いのか?超能力者(レベル5)の癖に」

 

「そんな安い挑発に乗るとでも?」

 

意地でも模擬戦に誘うべく、敢えて更に露骨に挑発する。

 

「貴様の事は事情聴取の資料を調べたと言ったはずだ、学園都市第二位。一見単純に学園都市で二番目に強い存在で凄そうだが……」

 

「あん?」

 

「本質は違う。所詮は『第二候補 (スペアプラン)』。お前の存在意義は、第一位の代わりでしかないシロモノなんだろ?」

 

ドッ!! と。

 

不意に正体不明の不快感が周囲を包む。

思わず肩をビクリと震わせたはやてとフェイト。

対照的に、魅神は武者震いをしつつ、ニヤリとした。

 

「ははっ。ムカついた (、、、、、 )かよ、チンピラの悪党風情が」

 

「テメェ……」

 

怒りに呼応するように超能力(レベル5)の『未元物質(ダークマター)』が漏洩し、周囲に影響を与えていく。

 

「ふん、短気なヤツだ。ヤル気になったか?スペア野郎」

 

「上等だよ三下。この俺に喧嘩を吹っ掛けた事、後悔させてやる」

 

魅神聖はフェイトとはやてをチラリと見てウインクをした。

微妙な表情になる二人。

 

何はともあれ、悪党と正義漢による、意地とプライドを賭けた闘いが始まった。

 

「……えーっと、これはどんな状況なの?」

 

アースラのブリッジのスクリーンに映る二人の少年達を見て、任務から帰艦した高町なのはが呟いた。

他にもヴォルケンズも帰艦し、スクリーンを見つめている。

訓練室には、両手をポケットに突っ込んで立っている垣根帝督と、彼を睨み付けて対峙する魅神聖。

自他共に認める、水と油。

 

「なぜヤツが垣根と……?」

 

「それはな、シグナム_」

 

はやてとフェイトが、これまでの一連の流れを説明した。

 

「_という訳や」

 

「相変わらずな子ね……」

 

シャマルが呟く。

 

「でも、垣根ならあいつ相手でも負けねえだろ」

 

ヴィータが言う。

シグナムも頷き、シャマルも同意する。

 

「そうだな、垣根は並の魔導師どころか私達でも勝つのは難しいほどの実力者だ。魅神も実力者だが、何も心配は要らないのでは?」

 

「そうよね」

 

「そうですぅ!帝督さんが負けるわけないですぅ~!!」

 

「うん、でもちょお落ち着こうな。リイン」

 

興奮気味のリインフォースⅡに小さくはやてがツッコんだ。

 

 

その頃、相対する二人の少年。

垣根帝督と魅神聖。

時空管理局所属の次元航行艦船『アースラ』側から制御され展開する、訓練用施設で競技ドーム並にだだっ広い模擬戦向けの、上空まで伸ばした二重結界に戦闘訓練用のレイアー建造物。

ライフ制で魔法は非殺傷設定なのはもちろんだが、『未元物質(ダークマター)』の防御フィルタを突破したとシステムが判断した場合は自動でダメージ計算され、ライフポイントが削られる事になる。

対して非殺傷設定を模倣した『 未元物質(ダークマター)』も、魔法防御を突破ないしすり抜け等をした場合、想定される物理的ダメージを計算し同じようにライフポイントが削られる事になっていた。

 

「セットアップ!!」

 

デバイスを起動させて朱色のバリアジャケットに身を包み、右手には赤い大剣を握る。

 

「行くぞ!!時空管理局のスーパーエースの実力にひれ伏せ悪党!!」

 

「ハッ!見せてやるよ。俺の『未元物質(ダークマター)』に、常識は通用しねえ」

 

ドン!! と、ありったけの魔力を纏った魅神聖と『未元物質(ダークマター)』を纏った垣根帝督が真正面から衝突した。

ゴパッ!!!! と轟音と共に衝撃波が周囲一体に炸裂し、莫大な粉塵を撒き散らす。

激突の結果は明らかだった。

垣根帝督の一撃を喰らった魅神聖が後方へ弾き飛ばされる。

 

「……チッ、流石は物理法則を捻じ曲げるだけのデタラメなスキルだ。ただ真正面からぶつかるだけじゃダメか」

 

しかし、莫大な魔力にモノをいわせた防御フィールドを応用して身を守り、衝撃を吸収しダメージを大幅に軽減してみせた。

 

「だが、白兵戦ならどうだ!!」

 

魅神は垣根に斬りかかる。

無駄の無い剣術だが、何処か機械的な動きにも見える。

垣根はフットワークやバックステップで斬撃をかわす。

 

(強いっちゃ強いが……)

 

(くそっ当たらねえ!ならば!!)

「一気に決めてやる、食らえ!!」

 

魅神聖は一度垣根から距離を取る。

そして彼の周りから魔力が込められた無数の剣や槍などが出現し、垣根に向かって勢い良く飛び込んでいく。

しかし、

ゴァ!! と、垣根を中心に正体不明の爆発が巻き起こる。

それは飛んできた大量の武器を粉々に破壊し、さらには魅神聖の体も薙ぎ払った。

彼の体が十メートル以上ノーバウンドで吹き飛ばされ、壁に激突した。

それを眺めがら垣根はくだらなさそうに呟く。

 

「何だ、もう終わりか?大した事ねえな」

 

「抜かせ!!」

 

しかしまだ、魅神聖は倒れていない。

彼は立ち上がると、スターライトブレイカー並の極太の砲撃魔法を放つ。

その時、轟!! と空気を唸らせて垣根帝督の背中から、天使のような六枚の白い翼が生える。

垣根は翼を弓のようにしならせて一気に放つ。

変質した烈風が砲撃魔法を撒き散らした。

 

「チッ!!行け!ファング!!」

 

空中に大型のサンヨウチュウのような形をしたファングが十四基出現した。

それらはさらに各一基が小型ファングを十基ずつ射出していき、合計百五十四基からなるファングの群れは、さながら星の海のようだった。

ファングが垣根帝督に光線を発射しながら襲いかかる。

だが彼は動じない。

 

「ハッ、上等!」

 

ズァ!! バゥ!! バォ!! と激しい風切り音が一帯に何度も炸裂した。 

彼は六枚の翼を振り回し、一枚はファングを叩き落とし、一枚は切断力を有した衝撃波を放ち、一枚は無数の羽を散らして散った羽がファングに突き刺さっていき、破壊していく。

振り回し巨大な刃物となった翼は、周辺の建物を次々に切り裂き、粉砕し無数の瓦礫と粉塵を撒き散らした。

残りの翼を魅神聖に叩き付ける。

魅神は咄嗟に全周式のプロテクションで防御する。

 

「チッ!!」

 

垣根と魅神は互いの能力と魔法を激突させながら空中へ躍り出た。

そしてぶつかり合いながら高速で街中を駆け抜けていく。

 

「おらどうした?俺という悪をぶっ潰すんじゃなかったのかよ」

 

垣根は数十メートルにも伸びた白い翼を振り回しながら言う。

 

「うるさい!!言ってろこのメルヘンクソ野郎が!!」

 

一度距離を取り、即座に集束魔力の槍を放つ。

垣根は翼でガードし、反撃するように六枚の翼を槍のようにランダムに突き出していく。

魅神聖は翼から逃れようと横に飛ぶ。

 

「いくら魔法のサーチができて防御をすり抜けたりAMFの真似事ができても、細かく何度も組み立てを変更すれば_」

 

「馬鹿か?無駄だ。それをすぐに再サーチすれば済むだけだ」

 

「ッ!!」

 

つまりこのままでは堂々巡り。

攻防を繰り返す間に魅神聖だけダメージが蓄積していく事になり、ライフポイントも確実に削られる。

 

「クソッ!!」

 

「これで逆算も終わり。テメェの魔法は解析済みだ。もうテメェに勝機はねえ」

 

「ほざけ!!」

 

中距離、遠距離、近距離と、様々な攻防戦を繰り広げていくが、フェイト・T・ハラオウンに似たミッドチルダ式近接格闘型デバイスを操るとはいえ、元々マルチロールタイプで俊敏さはフェイトに劣り、火力や集束能力では高町なのはに一歩劣り、純粋な技量はシグナムやクロノ・ハラオウンに劣った。

砲射撃も実質的に無力化され、防御魔法も無視されてしまい、遂に手も足も出ないような状況に陥られてしまった。

垣根帝督は六枚の翼を構え、冷徹に告げる。

 

「ここは俺の世界だ。テメェの知る場所じゃねえんだよ」

 

剣のように降り下ろされた翼は地面に、猛獣の鋭い爪で引っ掻いたような痕を作った。

 

「くっ!!まだまだぁ!!」

 

魅神聖は今度は、大きなスフィアを形成し、発射する。

それらは分裂していき、全部で二五六基になり、垣根帝督の近くで一気に爆発した。

爆発で粉塵が立ち込める。

 

「は、ははは!!どうだ!!何が勝てないだ!!勝てないのは貴様だ!!……なにっっ!!!?!?」

 

突然、魅神聖は地面に押し倒された。

まるで体が一気に重くなったかのように。

彼に触れた素粒子(ダークマター)によって体感重力が変貌したのだ。

さらに粉塵が晴れていくと、そこには六枚の翼で身体を包んで完全防御した垣根が立っていた。

彼は翼を羽ばたかせて空気を叩き、ゆっくりと上昇する。

魅神聖の喉が干上がる。

 

「でもまぁ、強いっちゃ強かったし、結構頑張ったんじゃねえの。エース自称するだけはあるかもな。このまま順当に成長すりゃ高町達より強くなれるかもしれねーぞ」

 

「貴様……ッ!!」

 

称賛の一つ一つが人を馬鹿にしているとしか思えなかった。

そんな彼に対して無情に躊躇なく、白い翼が構えられた。

 

「正義の味方なのに悪党を倒せなくて残念だったな。悪いがこれで終わりだ」

 

降り下ろされた六枚の翼が衝撃波を巻き起こし、魅神聖を無理矢理吹き飛ばして、壁に叩き付けた。

 

この瞬間、改めて勝敗は決した。

垣根帝督の勝利によって。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クリスマス

『メリークリスマス(ですぅ)!!』

 

高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやて、アリサ・バニングス、月村すずか、リインフォースⅡ、ヴィータ、シャマル、赤城咲耶の九人が一斉に歓声をあげる。

 

「……、」

 

それを傍観するのは垣根帝督。

 

十二月二十四日クリスマスイブ。

場所は八神家。

既にテーブルには大量の料理とクリスマスケーキが並べられている。

皆で食事しながら談笑している。

もっさもっさと咀嚼している垣根に、はやてがスプーンを差し出してきた。

 

「帝督くん、はい、あーん♪」

 

「はあ?」

 

「「「ッ!!」」」

 

垣根は眉をひそめ、なのは、フェイト、咲耶の三人が一斉に彼らの方を見る。

ヴィータとリインは興味津々といった調子で見つめていた。

しかし、

 

「いらねえよ、リインかヴィータにでもやっとけ」

 

「ぶぅー、そないな簡単にあしらわんでもええやん」

 

はやてはアッサリとあしらわれて不満そうに頬を膨らます。

何となくホッとした。

無視して料理を食い続ける垣根。

 

(相変わらずのいたちごっこね)

 

その様を見たアリサは溜め息をつきながら思ったのだった。

翠屋製のクリスマスケーキを食した後に、みんなでリビングに集まり、"こんな"ゲームをする事になった。

 

「王様ゲームやー!!」

 

すっとんきょうな声を出すはやて。

 

「いや、どこの宴会?もしくはキャバクラか?」

 

静かにツッコんだのは垣根帝督。

 

「ほなみんな、わたしが握っとる割り箸を取ってな☆」

 

「いや、聞けよ」

 

垣根以外はみんな若干躊躇したものの、割り箸を手に取った。

 

「王様王様だーれや?」

 

「はーい!!」

 

シャマルだった。

垣根は思わず目を剥いた。

なぜか嫌な予感がしたのだ。

が、そんな垣根の想像をよそに、シャマル愉しそうに命令を行う。

 

「えーっと、じゃあ、一番の人と……」

 

「ふぇっ!?」

 

どうやら一番はなのはだったらしい。

シャマルは続ける。

 

「二番の人が!!」

 

垣根帝督は不意にチラリと自分が持っている割り箸を見た。

彼の握る割り箸の番号は『2』!

垣根はシャマルに悟られぬように平静を装う。

それを知ってか知らずかシャマルはためらいなく言う。

 

「じゃあ、一番の人を二番の人が抱っこしてください♪」

 

「ええええッッ!?」

 

顔を真っ赤にして叫ぶなのは。

対する垣根は舌打ちをする。

 

「チッ。高町、サッサと終わらすぞ」

 

「ふええ!?」

 

彼はさぞ面倒臭そうになのはを抱き上げた。

 

「ったく。シャマル、これで良いか?」

 

「ええ、良いわ(ちょっと拍子抜け……残念☆)」

 

そして再び割り箸を引く。

 

今度の王様は……、

 

 

 

 

 

 

 

「あ!また私です!」

 

シャマルだった。

残りの面子は一斉にシャマルの方を向く。

 

「今度は二番の人に」

 

「また俺かよ……」

 

垣根がうんざりしたように呟く。

 

「三番の人が」

 

「え!わたし!?」

 

今度はフェイトが反応する。

 

「演技で良いので『好きです』って言ってください☆」

 

「えっ…………………………えええええッッッ!!!!!?!?」

 

動揺して混乱して困惑する。

しかしまわりに散々促され、とりあえずフェイトは立ち上がり、垣根帝督に向かう。

彼女は羞恥心で顔が真っ赤になり、俯いている。

垣根はくだらなさそうに舌打ちをしながら、フェイトに助け船を出す。

 

「別にマジでやんなくて良いんだよ。ゲームなんだからよ」

 

「え……あ、うん、そそそうだよね…………」

 

彼女は無理矢理納得し、垣根に向かって途切れ途切れに言い始めたが……、

 

「え、えっと……垣根、わたし……君の事がそのっ……だから……っ、…………好_ッ!!」

 

ボンッ!! という効果音が聞こえてきそうなほど、一気に茹で蛸のように赤面してテーブルに突っ伏してダウンした。

 

「あらら、ちょっと恥ずかしかったかな☆」

 

「いや、恥ずかしすぎてダウンしてるんだけど」

 

シャマルにツッコむヴィータ。

フェイトがダウンしてしまったが、ゲームは続行する事になった。

 

「あ、また私が王様!」

 

またしてもシャマルだった。

シグナムが怪訝そうな表情で言う。

 

「シャマル、まさか確信犯ではないのか?」

 

「えー、違うわよ」

 

特に動揺した様子はない。

嘘はついていないようだ。

構わずシャマルは命令を出す。

 

「えーっと、二番の人!」

 

「おい」

 

垣根がこめかみに青筋を浮かべて、シャマルにメンチを切る。

 

「なんで連続三回で俺が二番なんだよ。明らかにおかしいだろ」

 

「え、でもわたし三番だよ」

 

「あたしは五番だったけど、今度は一番だぞ」

 

なのはとヴィータが答える。

つまり、まさかの偶然という訳だ。

垣根の抗議は不発に終わり、シャマル王の命令が続行された。

 

「二番の人が六番の人をお姫様抱っこしてください♪」

 

「はあ?」

 

再び垣根がイラッと眉を動かす。

そして直後に予想外の人物から声が上がった。

 

「何だと!?」

 

声の主は、シグナムだった。

 

「いや、待てシャマル!!いくら遊びとはいえこれは……ッ」

 

シグナムは冷や汗をかきながらシャマルに詰め寄る。

垣根も不服そうに彼女を睨む。

 

「ダメよシグナム。これはゲームなんだから。さっきそう言ったのは垣根くんなんだから♪」

 

最終的にはやての後押しもあり、シグナムは深い溜め息をつく。

垣根も不機嫌さを隠さずに舌打ちをする。

二人は同時に思った。

 

(性に合わない……)

 

(ガラじゃねえ……)

 

プライドがズタズタの二人には、ゲームというより、罰ゲームを執行される気分だった。

彼は仕方なく、右腕で彼女の背中を、左腕で膝裏を抱き上げた。

シグナムとしても、この体制はさすがに恥ずかしいのか、頬が少し赤く染まっている。

 

「垣根、そのだな、重くないか……?」

 

「そりゃ人一人抱えてんだから重いに決まってんだろ」

 

抱き抱えるシグナムを見下ろしながら、垣根はしかめっ面で答える。

剣の騎士、シグナムをお姫様抱っこする学園都市第二位の超能力者(レベル5)、垣根帝督。

性格的に、この二人の世界一似合わないツーショットが出来上がった。

垣根帝督はいつも通りの悪人面だったが、シグナムはいつになく恥ずかしそうに顔を赤らめていた。

そしてはやてが、その様子を笑いながらデジタルカメラに収めようとする。

 

「おいコラ八神、何写真撮ろうとしてんだよ」

 

「このアンバランスさがおもろいやん♪」

 

「デジカメぶっ壊されたくなかったら片付けろ」

 

「嫌や☆」

 

カメラを向けたまま逃げ回るはやてを、顔に青筋を浮かべながら垣根が追いかける。

シグナムを抱えたまま。

 

「お、おい垣根!!せめてせめて降ろしてくれ!!」

 

「うるせえ黙ってろ!!」

 

シグナムの言葉を無視して彼は走り回る。

本当に人を抱えてるのか怪しいほど軽快な動きで。

最終的には、抱えていたシグナムをはやてに向かってぶん投げるという暴挙に出る。

ぶん投げられたシグナムは怒り、垣根とつかみ合いになる。

 

「垣根、貴様……ッ!!」

 

「うるせえ……ッ!!」

 

グググと手を押し合う二人は押し相撲でもしているようにも見えた。

 

「納得できねえのは分かるが落ち着け!!」

 

「落ち着いてシグナム!!」

 

「垣根も頭冷やして!!」

 

「逆ギレしないで!!」

 

シグナムをヴィータとシャマルが、垣根をフェイトとすずかが羽交い締めにして止め、何とか事態を終息させた。

その後も何故か、垣根帝督は二番の割り箸を引き当て、シャマルは王を引き当てる。

リインやヴィータを垣根の膝に座らせたり、

彼をはやての膝枕に寝かせたり、

シャマルは王様ゲームを堪能した。

赤城咲耶をお姫様抱っこするという命令になった時は、彼女がフェイト同様に爆発してダウンした。

ただし、『胸を触れ』や『キスをしろ』等といったセクハラ紛いな命令は、双方から拒否されたため無しとなった。

レクリエーションのはずが、何だか気疲れした『王様ゲーム』となった。

 

シャマル以外は。

 

そしてクリスマスパーティはお開きとなった。

 

 

 

 

垣根帝督以外の四人は、迎えに来たバニングス家の車に便乗する形で、それぞれ帰宅していった。

彼もいい加減帰ろうかと腰を上げると、

 

「あ、帝督くん。ちょっとええかな」

 

「何だ?」

 

はやてに呼び止められた。

彼女の家族は皆、私室にいるので今ダイニングには八神はやてと垣根帝督の二人だけだった。

彼女はどこか儚さを覚えるような小さな微笑みを浮かべ、遠慮がちに告げる。

 

「帝督くんさえ良かったら……なんやけど、帰る前にちょっとだけ、お話せえへん?わたしの部屋で……」

 

いつもなら、名前呼びやめろとかいい加減垣根って呼べ、とツッコミの一つぐらいするのだが、いつものおふざけとは違う雰囲気を感じ取り、垣根も敢えて野暮な事は言わなかった。

 

「分かった」

 

 

 

そして所変わって、はやての私室。

 

机にはリインフォースⅡのドールハウスが置いてあり、リインは中で既に眠っている。

軽くシャワーを浴びてきたはやては、サラサラと肩までかかるかかからないか位の焦げ茶色の髪を軽く解かしながら、ウール地の丈の短いワンピースにカーディガンを纏って出てきた。

紅茶を注いだマグカップを両手に持ち、ベッドに腰掛ける。

一方、垣根は来た時と変わらず、崩した着こなしの学校制服姿のまま。

はやてにシャワーを勧められたが流石に断った。

彼女から受け取っていたマグカップに口を付けながら床に座り込んでいた。

 

「で、話って何だ?」

 

「あ、うん……」

 

何から話そう。

言う前には色々と思い浮かんではいたのだが、いざその時になると、中々上手く口に出てこない。

それを知ってか知らずか、垣根は再び尋ねてきたりも急かしたりもせず、ただ黙って窓から見える夜空を眺めていた。

 

「えっと……何から話そかな……」

 

「……、」

 

彼は答えない。

はやてが話せるようになるのを待っている。

彼なりに珍しく気を使ってくれたのか。

何故気を使ってくれているのか、それを察したはやてはそこはかとなく胸の内から温かみを覚え、ゆったりと微笑む。

 

「……ありがとうな」

 

自然と、そんな言葉が出てきた。

 

「……は?何が?」

 

訳が分からず、垣根帝督の口から怪訝な声が漏れた。

その反応を見て、はやてはまたクスリと笑う。

 

「何となく、そう言いたくなったんや」

 

「……???」

 

「帝督くん的には、こういうの言われ慣れてへんやろうし、好かんのやろうけど……」

 

垣根は訳の分からなさそうな顔をしていたが、はやては続ける。

 

「ちょうど五年前かな?その時はなのはちゃん達と一緒に『わたし達』を助けてくれてありがとう。……今年は、わたしの家族の危ない所を助けてくれて、守ってくれて、ありがとう。ほんで、わたし達と友達になってくれて、ありがとうね」

 

「……、全部成り行きだし、今年の事に関しても結果的にそうなっただけだ。助けるつもりとかは無かったよ」

 

暫し黙って聞いていた垣根はつまらなさそうな声で、ほんの僅かにばつの悪そうにも見える顔で答えた。

 

「そもそも俺は、今までの人生で誰か助けた覚えも、誰も守れた覚えもねえんだよ。だからお前にも誰にも礼を言われる覚えもねえんだがな」

 

吐き捨てるように言う。

これは垣根帝督にとっては間違いなく本心なのだろう。

 

「でも、わたしが……わたし達が好きでそう思うんは自由やろ?わたし嬉しかったんよ?半年前のあの時、帝督くんが……リインフォースの事、忘れずに覚えててくれてたの」

 

「別に、すぐに忘れるほど些細な事でもなかったしな」

 

素っ気ない言葉だった。

だが、彼の声色の僅かな機微で、はやては気付いた。

良きにしろ悪きにしろ『彼女』が、彼の心の中に確かに残っていた事を。

そんな彼に、

 

「覚えてくれてただけでも、わたし達的にはありがとうなんやで。きっとあの子も……」

 

「それはどうかな。死人が口をきくかよ」

 

死者は喜びも怒りも哀しみも、感謝もしない。

だが、

 

「情緒無いなぁ。あの子の想いを想像して、それに対して自分の気持ちにどう向き合ってくか考えて、あの子の為を思って自分の意思で行動できるんは、今生きてるわたし達だけやで?」

 

「……、」

 

返事は無かった。

黙認とも黙殺とも取れるほど、無反応な態度だった。

はやては構わず、そんな彼に囁くように優しく告げた。

 

「せや。帝督くんの目の届く時だけでええから、またいつか、わたしが……わたし達が困ってる時は、助けてな?」

 

「……助けて、なあ」

 

垣根帝督は八神はやての言葉を反芻すると、頬杖を突いて小さく、どこか自嘲した笑みを浮かべてこう言った。

 

「そういうのは高町みたいな、正義の味方(ヒーロー)に頼むもんだぜ?」

 

しかしはやても笑顔のまま、

 

「もしかして、自分は悪党やから、人助けとかでけへんし、資格が無いとか思ってるん?」

 

「……、」

 

図星だった。

 

「ええやん。悪い人がたまにはエエ事しても、バチは当たらんと思うよ?」

 

「……そもそも、お前達は強いんだから俺の助けなんざ必要ねえだろ」

 

「せやから、わたし達だけではどうにもならなくなった時や。その時はお願いね♪」

 

「……『その時』があれば、な」

 

「約束やで?言質取ったで?」

 

「この先そんな事態が、万に一つでもあれば、その時になったら前向きに検討してやるよ」

 

「もー素直やないなあ」

 

「心配するな。自覚はある」

 

そう言った所で、彼は立ち上がる。

 

「そろそろお(いとま)するわ」

 

「あ……泊まっていかへんの?」

 

「何でだよ。つーか仮に泊まるとして、俺はどこで寝るんだよ?」

 

「んー、もちろんわたしの部屋?」

 

「アホか」

 

「あ、何何?恥ずかしいん?照れ臭いん?意外とわたしの事、女の子として意識してくれてるん?」

 

「ばーか死ね」

 

唐突に変なスイッチが入ったはやての質問攻めを、垣根は暴言でピシャリと封じた。

仕方なくはやても続いて立ち上がり、玄関までついていく。

 

「ほな、今日はお話に付き合うてくれてありがとうね」

 

「別に何て事ねえよ。じゃあな」

 

「うん。バイバイ」

 

垣根はさっさと立ち去る。

その後ろ姿を、見えなくなるまではやては見送った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

年越しと初詣

十二月三十一日、大晦日の夜。

 

場所は同じく八神家。

で、そこの座敷に炬燵を置き、そこですき焼きパーティーが行われた。

ちなみに「なんでいちいちパーティーを冠するんだ?」というツッコミは無視された。

垣根とヴィータとはやての三人による熾烈な(笑)肉の取り合いがあった。

銀魂を知っている方はそれでのシーンを想像してくれればありがたい。

 

話がそれた。

 

そして、しょーもない争いが終息した後。

炬燵に入り、年末特番を見ている。

 

「今年ももう終わりやな~」

 

ミカンを剥きながらはやてが呟く。

 

「思えば、今年は色々な事があったね」

 

なのはが、左隣にいる垣根の方を見る。

 

「そうだね、垣根と再会したり、色々知ったり……」

 

「バカに付きまとわれたりゴリラにストーキングされたり……」

 

フェイトに続いて青筋を浮かべながらアリサが呟いた。

そんな彼女を見て乾いた苦笑をするすずか。

 

「ホントにスゲェ年だったな。仕事先でお前等に再会したり、その後、強制的に友人にされたり、行きたくもない学校に通ったり、模擬戦に付き合わされたり、夏は……まあ、色々なモン見せられたり」

 

「「………、」」

 

垣根帝督のボヤきに、思わず例の事を思い出して顔を赤くする少女が二人。

 

「後は、生まれて初めて他人の誕生日祝ったり、体育祭があったり、文化祭じゃ面倒臭い目に遭ったり……散々だったな」

 

「結局、散々って事?」

 

すずかが訪ねる。

 

「まあな」

 

垣根はくだらなさそうに答えた。

 

「でも、私は帝督さんに逢えて良かったですよ~?」

 

言ってリインは、定位置のように垣根の膝に座り、温まる。

年越しそばを食べながら、

観る年末特番が『紅白●合戦』と『絶対に●ってはいけない●●●●24時』と揉めたため、ジャンケンとなった。

 

ジャンケンの最中に……、

 

「アリサさーん!!年越しは是非とも俺と―ッ!!」

 

ストーカーゴリラもとい近藤勲が乱入した。

 

「ちょっ、何人ん家に入ってんねん!!」

 

狼狽するはやて。

 

「なんだこのゴリラ!?」

 

ヴィータもマジで驚いた。

が、

 

「失せなさいこのストーカーゴリラァァァァァ!!」

 

「ぶべらっ!!」

 

アリサのグーパンチによってゴリラの退治納めされた。

ちなみに垣根が出したのは……パー。

しまったー!! と、ガックリと床に手をつくアリサ。

垣根はそんな彼女を尻目にテレビを見ながら愉快に笑うのだった。

そして、なんやかんやで時計はついに、時刻午前〇時三十分を指した頃、

 

「……ん?」

 

回りの状況に気づいた垣根帝督が、辺りを見回す。

 

「……、」

 

垣根帝督を除くこの場にいる者全員が眠ってしまっていた。

 

「帰るか」

 

彼はそう呟くと、炬燵から立ち上がって玄関に向かって歩き始めた。

しかし、

 

「うごっ!?」

 

垣根は間抜けな声を出して、つまずいたようにうつ伏せに倒れた。

彼は自分の足下を見直すと、右足をリインに、左足をヴィータにしがみつかれていた。

 

「何なんだ、これ……?」

 

無理矢理起き上がろうとしたところで、垣根の背中に別の重圧がかかる。

 

「なっ!?」

 

「……何や~、こっそり帰ろとして。あかんで~、帰さへんからなぁ~……」

 

寝ぼけ眼で彼の背中に取り付いたのは八神はやてだ。

しかもそのまま再び寝てしまった。

床に突っ伏して両足と背中に、何だか柔らかい感触を感じながら、垣根は一人呟いた。

 

「何……だ、こりゃあ……」

 

「……明け……まして……おめで、とう……」

 

なのはが寝言で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一月一日、元日。

結局大晦日から元旦まで寝過ごした五人は一度解散し、それぞれの自宅で着替えて海鳴市内の神社で再集合することになった。

 

元旦ということもあり、神社は非常に混雑していた。

 

そしてその神社来た面々なのだが、神社の一角ではこんな光景が展開されていた。

 

鹿の着ぐるみでも着ているかのような顔の濃い男がいた。

 

「何でテメェがこんなとこにいんだよ?」

 

鹿人間にメンチを切っているのは垣根帝督だった。

そしてメンチを切られている鹿は、鹿ではなくトナカイの使い魔、ベンであった。

 

「ここは人間が御詣りする神社なんだよ。トナカイなんざお呼びじゃねえんだ、失せろ」

 

「うるせーな。こっちは仕事で来てんだよ。クリスマス以外も働かねーと食えねーの」

 

不貞腐れた顔でそう返すベンは、『初詣の作法ガイド』とか書かれているアンチョコらしきものを手にしている。

 

「要らねえだろ、初詣のガイドとか。それ以前にその外見で不審者として通報されねえか?」

 

「うっせーな、もうどっか行ってくれよ!仕事の邪魔なんだよ!!」

 

鹿人間……じゃなかった、トナカイの使い魔ベンの叫び声を無視して、垣根が別の方向へ目をやると、近くの屋台に立つ見覚えのありそうなジジイが目に写る。

赤い服を着ていないからそれとなく分かりにくいが、このじーさん、サンタのじーさんである。

垣根が何を売っているのかと近づくと、けん玉が山のように積み上げられていた。

 

「イヤ、売ってるモンおかしいだろ」

 

彼は思わずツッコむ。

 

「げげっ、オメーは学園都市の暴力学生!!」

 

そう言いながらじーさんが驚きながらのけ反る。

 

そこへ、振袖を着たフェイト・T・ハラオウンと八神はやて、リインフォースⅡ他、シグナム達は普段着だった。

 

「あれ、高町達は?」

 

「後で合流するって」

 

垣根の問いにフェイトが答えた。

 

「どや、わたし達の振袖姿」

 

笑顔ではやてが訪ねた。

 

「おう、よく似合ってると思うぜ」

 

簡単にだが、珍しく素直に彼は褒めた。

リインが、おのぼりさんよろしく周りをキョロキョロしながら言う。

 

「人がいっぱいですぅ~」

 

「ま、元日だからな。初詣の参拝客で賑わうのも無理ないだろ」

 

「あ、そこのお嬢ちゃん達けん玉買わない?」

 

と、サンタのじーさんがリインに話しかける。

 

「売り付けんな。つーか、どう考えても去年の余りモンだろそれ」

 

「別にいいだろーが、腐るモンでもねーんだしよ」

 

サンタのじーさんは悪びれた様子もなく言う。

 

「それによ、こういう在庫品ってのは持ってるだけで税金かかっちゃうんだよ。だからさっさと売って現金に換えといた方がいーの」

 

「いや、テメェ、子供に夢を与える気ゼロかよ?聖夜に夢を配る白髭のじいさんが税金対策?」

 

垣根のセリフを聞いて、はやてとフェイトはこのじーさんが何者か気付く。

サンタのじーさんは構わず続ける。

 

「夢配るにも先立つモンが必要なんだよ。あ、そこのお兄さん!けん玉買わない?一個五百円、二個だとなんと千円だよ!!」

 

「ビタ一文負けねえんだ。そういう点でも夢ねえのな」

 

呆れる垣根達。

ちなみにけん玉を売り付けられていたのは古市達だった。

そこへ手をふりながら、振袖姿の高町なのは、アリサ・バニングス、月村すずかが合流する。

 

「遅れてごめんね」

 

「ううん、わたし達も今来たところだから」

 

話しているなのはとフェイトに、サンタのじーさんが割り込む。

 

「お嬢さん、けん玉買わな_」

 

「買わねーよ」

 

言い終わる前に、垣根帝督がジジイにかかと落としを決める。

垣根はこれ以上彼等に関わりたくないため、なのはとフェイトの手を掴んで歩き出す。

 

「えと、良いの?ほっといて」

 

「一応……サンタクロース、なんだよね?」

 

フェイトとなのはが戸惑いながら訪ねる。

 

「良いんだよ。ありゃ、けん玉を売ってるただのジジイと、融合実験に失敗して生まれたただの鹿人間だ」

 

「いや、後半のは『ただの』やないやろ」

 

というはやてのツッコミを無視して、彼はズンズンと強引に鳥居を抜けて参拝の列に並んだ。

 

 

 

 

 

 

「サッサと参拝済ませてサッサと帰るぞ」

 

不機嫌そうに彼は言った。

 

「何だか、新年早々に変なもの見ちゃったわね」

 

「そ、そうだね」

 

サンタショックが大きかったのか、表情を引きつらすアリサとすずか。

 

「あ、先輩!」

 

振袖姿の赤城咲耶が合流した。

 

「明けましておめでとうございます。あの、垣根先輩、ど、どうですか?咲耶の格好……」

 

「ああ。よく似合ってるけど」

 

「わ、わたし達は?」

 

なのはも感想を求める。

 

「似合ってる」

 

「も~、他に感想無いの」

 

あまりにも淡白な反応になのは達は不機嫌そうな表情をする。

 

「別に良いじゃねえか、実際に似合ってるんだし。そんな事より、サッサと御詣りすっぞ」

 

とにかく、皆で鈴を鳴らして二礼二拍手を行った。

 

 

 

願い事は、なのは、フェイト、アリサ、すずか、はやて、リイン、咲耶、垣根の順で以下の通りである。

 

(んー……。あ、やだ。余計な事浮かんじゃった。えっと、違う違う!わたしそんなアレじゃないし、まだ恋愛とかよく分からな_ッ!!あーもう!雑念退散!!)

 

(えっと……。…………………………、……………!!……か、家内安全と無病息災で)

 

(ストーカーゴリラが消えますように)

 

(皆の家内安全と無病息災を♪)

 

(うーん。想うだけタダやし、折角やから好き勝手に願ったろ。えっと……_)

 

(みんなともっと、帝督さんが仲良くなれますように♪)

 

(垣根先輩に、いつか……)

 

(土方即死)

 

二名ほどおかしな願い事だったが、皆それぞれの願いのために頑張る事だろう。

余談だが、土方十四朗の死を願ったのは他にもいた。

さて、お次はこれまた初詣の定番とも言えるおみくじである。

 

「さ、引いたらみんな、一度に見るわよ!!」

 

特に深い意味はないが、その場のノリでアリサが決めた。

 

なのは、フェイト、はやて、すずか、リイン、咲耶は、(大吉)

 

「やったぁ!!」

 

「嬉しい♪」

 

「ええ年になりそうやなぁ♪」

 

「ふふっ♪」

 

「わーいですぅ~♪」

 

「う、嬉しいなぁ~」

 

それぞれ歓喜の声を上げる。

 

アリサは(凶)だった。

しかも、『ゴリ面の同級生に悩まされるでしょう』とまで書かれていた。

 

「って、『ゴリ面』って何よ!?ゴリラ面って事?大体想像つくわ!!」

 

激怒しておみくじをビリビリに引き裂いた。

 

シグナムは(中吉)。

特に変わった事は書いていなかった。

 

シャマルは(末吉)。

 

『料理の腕が微妙に上がったり上がらなかったりするでしょう』と書いてあった。

 

「どっち!?しかも微妙なの!?」

 

思わずツッコむシャマル。

 

ヴィータは(微凶)。

 

『素直じゃない性格が禍して微妙に不幸でしょう(笑)』と書かれていた。

 

「あたしに対する当て付けか!!(笑)もムカつく!!」

 

おみくじを地面に叩き付けた。

 

そして、垣根帝督は、

 

(大凶)

しかも、『近いうちに一度死ぬでしょう(笑)』とまで書かれていた。

 

(ムカつくな)

 

胸中で毒づきながらおみくじを握り潰してゴミ箱に放り捨てた。

 

「ねえねえ」

 

なのはが彼に声をかけた。

 

「垣根くんは何だった?」

 

「大凶だった」

 

「ええ!?」

 

不意に、垣根の携帯電話が着信音を鳴らした。

彼は彼女達に「悪い」と一言。

そして少し離れた位置で通話した。

通話が終わると、垣根帝督は少し済まなさそうに彼女達の方へ戻ると、

 

「あー楽しんでる所悪いが、ここで今さっき決まって、言わなきゃいけない事がある」

 

「どうしたんや、帝督くん?」

 

はやてが問いかける。

次の瞬間、彼女達が予想もしなかったセリフが彼の口から飛び出した。

 

「俺、学園都市に戻る事になった」

 

『……、えええええーッッッッ!!!?』

 

垣根帝督の発言に、シグナム以外の全員が一斉に大声をあげて驚く。

まー驚くよな、といった感じで垣根は頭をかいた。

 

「ついさっき戻れっつー指示が入ってな。元々、学園都市の外で用事があったから海鳴市に来てた訳だから、これでも長い出張になるんだが」

 

のんびりと話す垣根に、フェイトが慌てたような調子で言う。

 

「それで、帰るのはいつになるの!?」

 

「明日」

 

『はやっ!!』

 

またセリフがハモる。

 

「まあ、とにかくそーいう訳だから。悪いな、突然」

 

「嫌ですぅ~!!私はもっと帝督さんと一緒にいたいですぅ~!!」

 

リインが垣根の服を掴む。

彼女の目には僅かに涙が浮かんでいた。

 

「リイン、ワガママ言うなよ。垣根だって好き好んで言ってる訳じゃねーんだから」

 

ヴィータがリインを宥める。

垣根は一瞬だけ無意識に優しく微笑み、リインの頭を撫でる。

「悪いな」 と、小さく呟きながら。

 

その後、八神はやてとアリサ・バニングスに詰め寄られたり質問攻めにあったりなど、一悶着あった。

そのあとは皆で屋台を回って飲み食いをした。

なぜか全て垣根帝督の奢りで。

 

「何でだよ」

 

「ええやん♪」

 

「新年早々に爆弾発言するからよ。当然の罰よ♪」

 

と、たこ焼きを片手にいってるのははやてとアリサ。

なのはとフェイトはお汁粉、すずかと赤城咲耶はお雑煮を食べている。

リインは林檎飴。

垣根は「正月関係ねーじゃん」とツッコんだが無視され、結局買わされた。

 

「帝督さん、私の林檎飴ちょっと食べても良いですよ~」

 

「いや、遠慮しとく。お前が全部食いな」

 

寝坊したため初日の出には拝めなかったが、垣根帝督にとっても彼女達にとっても、良い思い出となっただろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

離別

下部組織に命じて荷造りとマンションの引き払いに取りかかっていると、高町なのはから電話がかかってきた。

 

『急な話だったから、簡単にだけど送別会するから、はやてちゃんの家に来れない?』

 

「別に、そんな気を回さなくても良いぞ」

 

わたし達が(、、、、、)したいの。今日帰るんでしょ?ほら、来れるんなら早く来てね』

 

「……分かったよ。今から行くから、そう急かすな」

 

垣根は若干仕方のなさそうな声で了承する。

 

『うん、待ってるからね』

 

なのはは少し声を弾ませると、そのまま電話を切った。

通話の切れた携帯電話を眺め、彼はポツリと呟く。

 

「別れ際に、文句の一つや二つ言いたくなったか?」

 

確かに急な話ではあった。

『スクール』のエージェント曰く、学園都市統括理事会は追跡対象の尻尾が掴めないばかりか、そもそもその対象の存在そのものが疑わしく思え、いつまでも直下の実行暗部組織を『外』に野放しのままにするのもあまり都合が良くないという訳で、先日帰還命令を下す事になったらしい。

もっとも、垣根帝督にとってはそもそも『外』で半年以上も滞在する事になっていた方が、大分イレギュラーな事態だった訳だが。

 

垣根は身に纏っていた学園都市での所属校の学ラン制服の上にコートを羽織り、外に出た。

 

 

そしていざ行ってみると八神一家となのは、フェイト、アリサ、すずか、といういつもの面子と赤城咲耶、ユーノ・スクライアに子供形態のアルフ、クロノ・ハラオウンとリンディ・ハラオウン、エイミィ・リミエッタまで来ていた。

 

「お前等、よく来れたな」

 

垣根の一言に、クロノ達はフッと小さく笑った。

 

「事実上、海鳴市(ここ)を実家にしている訳だし、流石に正月休みぐらいは取るさ」

 

「ねー♪」

 

「僕とアルフも普段はコキ使われてる訳だし、たまにはね」

 

言いながらユーノは横目でクロノを見るが、案の定クロノは知らん振り。

 

「良いのか?その貴重な休暇を、こんな事に使っちまって」

 

「アンタはそんなガラでもない事気にしなくて良いんだよ。アタシ達が好きでやってんだから。中々会ったり話したりする機会も無いんだしさ」

 

そうアルフに言われ、流石にあまり気にするのはやめる事にした。

 

 

 

その後。

 

ソファーの上で跳び跳ねながらヌンチャク状のワイヤレスコントローラを振り回している、アウトフレームモードのユニゾンデバイスの少女、リインフォースⅡ。

 

「ふおおおおおお!!白雪姫は渡さないですよーっ!!」

 

「王子様に渡せば幸せになれる保証なんて実はどこにもなかったのだー、的な感じか?」

 

とゲームに付き合ってるのはヴィータ。

ギャラリーは皆、微妙な表情で観戦している。

メルヘンな画風や可愛らしい星やハートのエフェクトに惑わされがちになるが、よくよく見てみれば七人の小人が斧や鍬などの農機具系で白馬の王子様をフルボッコしているようにも見えるのだ。

このゲーム、農民の反乱でもモチーフにしているのだろうか?

観戦含めて付き合わされている、学ラン姿の少年。

学園都市では第二位の座に君臨する超能力者(レベル5)、垣根帝督だが、せめてお別れの前に存分に遊んであげて欲しいとマスターの八神はやてに頼まれ、これが最後だと思い、了承した。

 

「はいっっっ!!!!!!」

 

「おりゃあッ!!」

 

白馬の王子様を七人がかりで袋叩きにし、王冠やマントなんかを分捕って一息つく。

 

「……なあ、八神」

 

「んー?」

 

垣根は傍らで友人達とティーブレイクしているはやてに言った。

 

「何でこんな変なゲーム買ったんだ?」

 

「帝督くんに似てるやろ?メルヘンチックな見た目で、その実暴力的な所とか♪」

 

「ふふっ」

 

「クスッ……」

 

彼女の答えに思わず吹き出してしまったのは、なのはとフェイト。

 

「おい」

 

垣根は二人にメンチを切るが、やっぱり目を逸らされた。

視線をリインとヴィータに戻すと、

 

「チッ。……で、満足したか?」

 

「まだ嫌ですぅ!!もっともっと遊んでください!!」

 

「次いつ会えるかなんて分からねーんだろ?なら、リインの気が済むまでは付き合ってやってくれよ」

 

という訳で、結局この日は日中の殆どを遊びやら他愛の無い雑談に費やす形になった。

 

 

 

 

 

「流石にそろそろ行くぜ。迎えも待たせてるしな」

 

リインが遊び疲れて眠ってしまったタイミングで、そう言って垣根は腰を上げる。

 

「あ……」

 

誰かが声を漏らした。

これで最後。

軽い足取りの彼にリンディが声をかける

 

「あ、なら見送りを_」

 

「よしてくれ、辛気臭い」

 

うっすら苦笑いを浮かべ、それを断ろうとする。

しかし、案の定ぞろぞろと玄関の外までついてきた。

 

「ったく」

 

溜め息を吐く垣根に、クロノが思い出したように告げる。

 

「ああそうだ。魅神から君に伝言があったんだった」

 

「は?あの野郎からか?」

 

怪訝な顔をしていると、エイミィが言葉を継ぐ。

 

「『勝ち逃げなんて許さねえ。いずれ必ずリベンジしてやるから、必ずもう一度勝負しろ』ってさ。ふふっ、目を付けられちゃったね?」

 

「面倒臭せえな。じゃあヤツにゃこう言っといてくれ。それならせいぜい腕を磨いとけ、何度やろうが結果は同じだろうがなってな」

 

「そうか。じゃあユーノ、伝言は頼んだ」

 

「何で僕!?面倒事を押し付けるなよ!……はあ。垣根、そっちに戻っても時々で良いから、僕達の愚痴に付き合ってくれないかい?」

 

「ま、暇な時にな」

 

またもや貧乏くじを引かされ、萎れ気味のユーノ・スクライアを垣根はうっすら笑いながら承諾した。

 

「元気でね、垣根くん。たまには連絡してね」

 

「無視したら承知しないわよ?」

 

すずかとアリサに続いて、なのはとフェイトとはやても言う。

 

「アリサちゃんも言ったけど、連絡はわざと無視しないでね。電源切ったら今度こそ怒るからね?」

 

「そうだよ。本当はもっと、ミッドで垣根を連れてきたい所があったし、時間がある時だけで良いから、呼んでも無視はしないでよね?」

 

「せやで。わたしの携帯で時々リイン達も電話やメールもするやろうから、無視せんでね~?ていとくん」

 

「お前等、根に持ち過ぎだろ。あとていとくん言うな」

 

いつものやり取りに似ていて、彼女達は思わずクスッとした。

この会話ももう最後だと思うと、一抹の寂しさを感じるのだった。

 

と、そこへ、意外な人物が現れた。

土方十四朗と沖田総吾だ。

 

「……まさかテメェ等が来るとはな」

 

「垣根パイセンが転校するって聞きやしてね。まあ俺達ァただの付き添いと『回収』ですけどね」

 

垣根の言葉に沖田が答え、いつ訪れていたのか分からない、既にアリサに倒された近藤勲を担いで去っていった。

土方は垣根の前に立つと、静かに口を開いた。

 

「垣根、テメーがこれからはどういう生き方をするか、どういう道を進むのか、それを決めるのはテメー自身だ」

 

「何だいきなり」

 

真面目そうに語っているため、ひとまず垣根は一応聞いている。

土方は続ける。

 

「ただ決めるといっても、そう簡単にはいかない事もあるだろう。自分では判断のつかない場合もあるはずだ。が、そんな時は遠慮せずに俺の所に相談に来い。道に迷ったら、迷わず俺の真横に来い。真夜中でも良いから真横に来るんだ。まあ、よく考えたら、真横というのも難しいかもしれない。でも、なるべく真横に来い。そして一緒に岡本真夜の歌を……」

 

「いや、マヨマヨうるせーんだよ!!」

 

垣根は耳を塞いで怒鳴る。

 

「何しに来たんだよテメェは!!訳の分からねえマヨのサブリミナル仕掛けてきやがって!つーか、それやって何の意味があんだよ!?」

 

ツッコむ垣根に、土方はマイペースに続けた。

 

「それから、これは俺個人からの餞別だ」

 

彼はマヨネーズのフタを差し出した。そして言う。

 

「魔除け代わりだ」

 

「いるかボケェ!!」

 

垣根はマヨネーズのフタを地面に叩き付けながらシャウトする。

結局別れ際の時までもグダグダだった。

土方が退散した後、今度こそ帰るからなと垣根は歩き出す。

 

「ったく、最後まで調子狂わされた。何だったんだあいつ等」

 

そう呟いた所で横からこう言われた。

 

「まあまあ。しんみりした空気も一緒に吹き飛んで、ある意味良かったんじゃないかな」

 

「ね。垣根もその方が良かったんでしょ?」

 

「なー♪」

 

「……、何シレッと付いて来てんだよ。帰れ」

 

声のした方を向けば、予想通り当たり前のようになのはとフェイトとはやての三人が。

 

「「「えー」」」

 

「合流ポイントにいるのは『裏』の連中なんだから着いてこられちゃマズいんだっつの」

 

イラッと眉を動かしつつ、シッシッと手を振る。

 

「四の五の言うな。高町なんとか、ハりゃ_フェイト、八神」

 

「なのはだから!!」

 

「って、え!?垣根……ううん、帝督!もう一度、もう一度呼んでくれない!?」

 

「あーズルいでフェイトちゃんだけ。わたしも『はやて』って読んでや!ていとくん!」

 

「呼ぶか馬鹿。ていとくん言うな。じゃあな」

 

三人を振り切るように、足早に去っていく垣根帝督。

彼女達は立ち止まり、そんな彼の後ろ姿を見つめながらこれがひとまずは最後だと思い、言った。

 

「じゃあね。またね!帝督くん(、、、、)!!」

 

「またね、帝督(、、)!!」

 

「ていとくん、またね~!」

 

「……、」

 

彼は答えない。

代わりにチラリと振り向いて鬱陶しそうな表情の顔を見せると、ズボンのポケットに突っ込んでいた右手を出して、軽く左右にヒラヒラと振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

合流ポイントに待機していた黒塗りのミニバンに乗り込む。

ミニバンはすぐに発車し学園都市に向かって走行する。

 

「……、」

 

 

 

思い出すと、色々な事があった。

 

 

 

そもそもの始まりが学園都市の外に逃げ出したDAという警備員(アンチスキル)のコスプレ野郎共と、そのグルになっている連中を叩き潰しに駆り出された所からのスタートだった。

追跡している内に五年ぶりに『魔法』が関わっている事を知り、首を突っ込んだ。

魔法サイド科学サイド問わず、刃向かってくる存在は片っ端から蹴散らした。

偶然か必然か、五年ぶりに魔導師の少女達やその仲間と再会した。

勝手に『未元物質(ダークマター)』の研究までされて利用しようとしている事を知り、ムカついた。

邪魔だったついでに、時空管理局側が追っていた犯罪テロ組織ワイルドハントを潰した。

色々交渉やら事情聴取やら話し合いの末、何故か取引するように半ば強引に友達にされた。

一時転入先で同じクラスになって悪目立ちする羽目になった。

何故か魔法サイド側と、単対多の模擬戦をした。

初めて他人の誕生日に、ガラにもなくプレゼントを渡した。

忘れ物を取りに夜の学校に忍び込み、成り行きで学校七不思議を暴き、お馬鹿な真相を目の当たりにした。

試験勉強を見てやるついでになのは相手にくだらない賭けをし、勝った。

一日がかりで買い物に、それも魔法サイドの総本山の都市でショッピングに付き合わされた。

海水浴にも行かされた。

リインに耳を引っ張られた後は、謎の敗北感を覚えた。

シャマルの料理は相変わらず食べられない消し炭か、良くても微妙な味付けだった。

フェイト・T・ハラオウンのハプニングストリップという余計なもの見て気不味くなった。

縁日でも似たような目に遭った。

久しぶりにらしい仕事があったが、トータル的には空振り同然の結果になった。

アリサ・バニングスの誕生日パーティーに生まれて初めて参加した。

ちょっとふざけた。

想定外の再会の末、まさかの告白をされた。

酷い振り方をしたのに何故か食い下がられた。

体育祭でも散々周りに振り回された。

月村すずかの誕生日パーティーに参加した。

またちょっとボケてみた。

文化祭はふざけてフケようとしていたら、文化祭デストロイヤーをデストロイする羽目になった。

偶然に偶然が重なり、初めて魅神聖と立場と思想の違いから、真正面で対立し、文字通りぶつかり合った。

クリスマスパーティーでは何の脈絡も無くゲームで振り回されたと思うと、八神はやてと五年前の事をきっかけに腹を割って話し込んだ。

初めて年越しと正月を大人数で過ごした。

八神はやての作ったすき焼きは美味かった。

生まれて初めて初詣に行った。

そして今。

長かった、と思う。

この半年余りの経験は、大半は一般人や『表』に住む、高町なのは達にとっては普通のありふれた出来事なのだろう。

だが、物心付いた頃からずっと長い事、学園都市の『闇』に呑み込まれ沈み続けていた、年相応という言葉とは無縁な事が多かった人生の、垣根帝督にとっては良くも悪くも初めての体験が多かった。

ここに来る間の出来事は、不本意で決して楽しい事ばかりではなかった。

だけど。

しかし。

 

「……、ふっ」

 

楽しい事、面白い事、確かにあった。

不本意ながら、振り回されつつも日常生活面では、かなり充実できたんじゃないだろうか。

元々はあまり能動的でもなかったから、尚更。

 

「ふっ……」

 

垣根帝督は小さく笑った。

一瞬だけだが、年相応の子供のような笑みだった。

 

絶対にあの少女達には一生言うつもりは無いし、死んでも言いたくないが。

 

 

 

こうして魔導師と能力者との、科学と魔法の交差が、再びそれぞれの道を、目指す先を求めて分かれていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この時は、誰も思わなかった。

 

夢にも思わなかった。

 

流石に予想はしていなかった。

 

 

 

『彼女達』も『彼』も。

 

 

 

これが今生の別れになる事とは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

約三年後の十月九日。

 

学園都市の独立記念日。

 

その内部に限り祝日となるこの日。

 

 

 

 

未元物質(ダークマター)』を操る学園都市第二位の超能力者(レベル5)・垣根帝督。

 

彼は、一度目の『死』を迎える事となる。

 

 

 

 

 

もちろん『外』には、誰にも知られる事もなく。




これで終わりとなります。

pixiv既出の書き直し前のでは、この後原作同様に学園都市暗部編を経て、その先も続きがありますが、このリメイクではこの先はあくまでIF物語として解釈していただければと思います。

要するに、


この先は原作通り垣根帝督サイドは『とある科学の未元物質(ダークマター)』、『とある魔術の禁書目録(インデックス)十五巻』、『新約とある魔術の禁書目録(インデックス)六巻』等々‥と続き、
なのはサイドも『StrikerS』等々‥と物語が続き、
互いに再会は果たす事無く締めくくる……という流れを基本軸として、一応、新規でpixiv既出の『学園都市暗部編』以後の流れをリメイクないし多少修正して投稿し、StrikerS編までやってみようかと考えています。

いわゆる『幻想収束(イマジナリーフェスト)』という後付け設定と解釈です……。

ハーメルンでは『学園都市暗部編』はやりません。
大筋は原作とそんなに変わらないので。
なので、私のpixiv既出の方か『原作をそのまま経て』から『以後編』に流れていくかは、読者の皆様それぞれの脳内解釈にお任せ致します。

無印編から書き直しを始めて一年間、最後まで拙作を読んでいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

とある科学の未元物質(ダークマター) 幻想収束(イマジナリーフェスト)
大覇星祭の裏側


学園都市。

東京西部の未開拓地を切り開いて作られた街。

面積は東京都の三分の一ほどで、外周は高い壁で覆われている。

人口はおよそ二三〇万人、その八割は学生である。

ありとあらゆる科学技術を研究し、学問の最高峰とされるこの街には、もう一つの顔がある。

人工的かつ科学的なプロセスを経て組み上げられた、超能力者養成機関である。

学生を対象に『開発』されるこの能力は各人によって様々な種類に分かれるが、その価値や強さ、応用性などによって、無能力(レベル0)低能力(レベル1)異能力(レベル2)強能力(レベル3)大能力(レベル4)超能力(レベル5)と六段階で分類される。

能力者の中でも最上位の超能力者(レベル5)は七人しかいない。

また、超能力者(レベル5)は第一位から第七位までのランクがつけられ、以下の通りとなっている。

 

第一位『一方通行(アクセラレータ)

能力者名:unknown

 

第二位『未元物質(ダークマター)

能力者名:垣根帝督(かきねていとく)

 

第三位『超電磁砲(レールガン)

能力者名:御坂美琴(みさかみこと)

 

第四位『原始崩し(メルトダウナー)

能力者名:麦野沈利(むぎのしずり)

 

第五位『心理掌握(メンタルアウト)

能力者名:食蜂操祈(しょくほうみさき)

 

第六位『unknown』

能力者名:藍花悦(あいはなえつ)

 

第七位『unknown(原石)』

能力者名:削板軍覇(そぎいたぐんは)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

九月頃になると、当然学生の街である学園都市でも"そういう"催しは行われる。

 

『大覇星祭』

 

学園都市で毎年七日間に渡って開催される行事で、いわゆる大規模な運動会である。

一般的な運動会とは異なり、大覇星祭は学園都市の全生徒が学校単位で参加。

その様子はテレビ局によって全世界に配信され、生徒の父兄には、学園都市の内部が一部開放される。

そして何よりの違いは、全ての種目が能力者達によって競われる事にある。

 

そして上層部の意向により、今年の大覇星祭の選手宣誓のデモンストレーションを、超能力者(レベル5)にやらせるという方針となった。

これにより、学園都市の運営委員会が、各超能力者(レベル5)達にネゴシエーター等を通して交渉し始めたのだが……。

 

交渉は運営委員会が予想した通りにうまくいかなかった。

第一位の交渉に向かったネゴシエーターはなぜか瀕死の重傷で発見され、第三位は本人が通う常磐台中学校側から辞退され、暗部に所属している第四位にも、もちろん断られた。

第六位は八方手を尽くしたが、影も形も掴めず。

そして、第二位の場合は_、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園都市には『闇』が存在している。

第二位は現在、とある暗部組織のリーダーを務めている。

彼以外にも、第四位の超能力者(レベル5)が別に存在する暗部組織に所属している。

第一位も幼少の頃から暗部に関わり、研究所に放り込まれ、たらい回しにされていたという。

おそらく第七位以外の超能力者(レベル5)は多かれ少なかれ学園都市の『闇』に関わった事があるだろう。

 

 

 

第五学区某所。

とある高層ビルに、一人の少年が入っていった。

このビルは一見、高級ホテルの内装になっているが大半はデコイであり、学園都市に潜む暗部組織のアジトなのだ。

そしてこの少年は、その組織の正規要員。

 

名前は誉望万化(よぼうばんか )

学園都市の暗部組織『スクール』のメンバーで、無数のケーブルを生やした特殊ゴーグルがトレードマーク。

念動能力(サイコキネシス )を操る大能力者(レベル4)だが、本人は格付けに不満を持っており納得していない。

実力の自認は超能力者(レベル5)相当であると思っている。

ゴーグルは情報の分析・抜き取り・転写等をこなす一方、能力のスイッチの役目も果たす。

これにより彼は念動能力(サイコキネシス)を応用した発火・無音化・透明化・電子操作等の多彩な力を包括的に扱う事ができる。

かつて超能力者(レベル5)の座を目指し、汎用性でキャラが被る第二位の垣根帝督に下剋上を挑んだが返り討ちに遭っている。

その際に何らかの懐柔工作を受け『スクール』入りした。

 

彼はいつものようにアジトに入る。

 

「ちースッ、遅れまし……」

 

次の瞬間、少年は目を疑った。

 

「ええっ!?何スかコレ!!敵襲っスか!?」

 

広いホテルの豪華な内装の部屋だったはずが、床はひび割れ、窓ガラスは吹き飛んで吹きさらしに、粉々に砕けたガラスや観葉植物、家具の破片や残骸が散乱している。

少し破れたソファーには、派手なドレスを着た十四歳ぐらいの少女が座ってネイルエナメルを塗っていた。

部屋(廃墟?)の少し奥には、脚の折れた椅子に機嫌の悪そうに腰掛けている垣根帝督の姿が見えた。

ドレスを着た少女がため息混じり垣根の方に目をやりながら言う。

 

「違う違う、彼が暴れたの。危うく私まで巻き込まれるところだったわ」

 

「?垣根さんが?」

 

 

少女の名前は獄彩海美 (ごくさいかいび )

彼女もまた『スクール』に所属する一人で、今の所、垣根帝督の次に古参でもある。

見た目や服装通りにお小遣い稼ぎと称してホテルで男と会う等とキャバ嬢紛いな仕事もしているが、身体は売らずに話し相手になるだけらしい。

銃火器の扱いに慣れていて小型拳銃や小型のグレネード砲をスカートで隠された足のホルスターに携行し、また重機の操作もできる。

大能力(レベル4 )*1心理定規(メジャーハート)』という能力を有し、対象が「他人に対して置いている心理的な距離」を識別し、応用でそれを参考に相手と自分との心理的距離を自在に調整できる。

曰く「本物の感情を偽りで塗り潰す」という、哀しく、恐ろしい能力である。

対象と「親密」になって敵意を奪ったり尋問する事に役立つのだが、中には「かわいさ余って憎さ百倍」という人間もいる為、逆効果になる事もあり得る。

 

獄彩海美が溜め息混じりに経緯を説明し始めた。

誉望万化が土星の輪のような頭全体を覆うような金属製のヘッドギアのようなゴーグルを着けながら、話を聞いている。

 

「はぁ……大覇星祭の……」

 

「どうコンタクトをとったのかは知らないけど、いつものエージェントが仲介に入って……」

 

彼女が続ける。

 

「まあ当然一蹴したんだけど、向こうもなかなかしつこくてね。イライラがつのって_」

 

※回想※

 

画面に『SAUNDOONLY』の表示が出ているノートパソコン。

それを通して『スクール』はエージェントとコンタクトをとる。

垣根帝督がイラついた様子で、

 

「いい加減にしろっ!大覇星祭(あんなの)は努力やら希望やらをまだ信じてるガキ共の遊びだろーがっ!!」

 

※回想終了※

 

「そしたら『………そーいうお子様にウケるビジュアルの能力じゃないかw』って」

 

不意に誉望の脳裏に、童話やおとぎ話に出てきそうな天使に混ざって背中から六枚の白い翼を広げてフワフワと飛ぶ垣根のイメージが湧く。

 

「ぶはッ」

 

思わず吹き出した。

すると、今まで壊れた椅子に腰掛けていた垣根帝督がガタッと音をたてて立ち上がる。

そして誉望万化の方を向いて、

 

「お前、今笑ったか?」

 

誉望は顔を青ざめ、手をあげて必死に首を横に振る。

 

最終的には第五位と第七位が引き受けたが、結果的には選手宣誓で失敗したらしい。

*1
公式では現状『心理定規(メジャーハート)』の強度(レベル)が明かされてない為、あくまで私の推測です



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。