リューさぁぁん!俺だーーっ!結婚してくれぇぇ━━っ! (リューさんってなんであんな綺麗なんだ?)
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少年と英雄の卵
リューさん登場までしばらく空くってマジ?(いつもの)
転生、という言葉を知っているだろうか。今時になってはすでに多くの作品が「転生モノ」という題目で売り出され、ライトノベルをはじめとして市場に多く流通している。言葉通り、現代社会を生きる若者がなんらかの事故で即死し神の手によって生まれ変わる。あるいは突如として異世界に転移。原因こそ作品によってまちまちだが、多くに共通しているのはRPGを基調とした異世界で「チート」を持って無双する———そんなものだ。
さて。話を本題に持っていこう。俺の今世は幼児だった。気がつけば汚らしい小屋に芳しい匂いが漂う藁のベッドの上。異世界への転生特典、はたまた俺という存在がこの世界に根ざしたモーニングサービスとばかりに目の前で馬が俺の手に糞を垂れた。後にも先にもあんな最悪な目覚めはないだろう。
前世は日本人、それ以外の記憶は一切持ち合わせていない。正確には、自分が住んでいた街や、日本の一般的な倫理観や常識。それらは保持しているが、記憶の中から『俺』という個人がすっぱりと抜け落ちてしまっている。例えば歴史について。知識はあるが、自分がどのような過程を経てそれを獲得するに至ったかまでは覚えていない。獲得した知識、結果だけが頭の中に残っている。
自分で自分がわからない、というのはどうにも気持ちの悪い感覚だったが、既に慣れたものであるし今はそれを語る機会ではないので割愛しようと思う。
事態が飲み込めていない内に、俺とそう歳の変わらないか少し上くらいの少年がやってきた。名前をカストルといい、目の死に具合がお世辞にも可愛いとは言えない金髪の少年だ。カストルは馬のフンを片手に目をぱちくりする俺を見るや否や、手に持ったバケツの水を俺に浴びせやがった。その挙句、「余所者は出て行け」と怒鳴りつける始末。この頃の俺の年が6つくらいだから、カストルは離れていても大体8歳くらいだったはずだ。
脳の処理が追いつかず、降り積もる理不尽に段々とムカっ腹が立っていた俺は「好きでこんなところにいるんじゃねえ」と叫び、カストルに馬のフンを投げつけた。そこからはしばらく低年齢児ご愛嬌の殴り合いの大喧嘩である。しばらくすると騒ぎを聞きつけたのかカストルの両親がやってきた。掻い摘んで身の上を話すと、二人は深く同情してしばらくうちで面倒を見るとまで言ってくれた。そのあとはズルズルと半ば強引にこの家族に引き取られる形になり、現在に至る。
来る日も来る日も馬の世話をし、畑を耕す。同じような日々の繰り返しの中でこの世界について少しずつ理解を深めていく。驚くべきことにこの世界には神が存在するらしい。神の寵愛を受け、神血を宿すとおよそ常人では考えられぬ力を振るうことが出来るようになるとか。俺は眉唾だとタカを括っていたが、カストルがこの話をしてくれるときは決まって年相応の無邪気な少年の顔をしていたのを覚えている。
いつだったか、ベッドの上で英雄譚を読みながらカストルは俺に語った。
「いつかこの貧相な村を出て、オラリオに出るんだ。そこで俺は冒険者になって、死ぬまで家族と贅沢に暮らしてやるのさ。不作で腹が減ることもなければ、馬が死んで貴族の野郎にしょっぴかれることもない、最高の生活だろ?」
夢のある少年の眼だった。まだ見ぬ明日に希望を抱き、栄光へと羽ばたこうとする英雄の卵の姿を、俺は大空のような青い瞳の中に見た。それがあんまり眩しいものだから、返事は上の空になってしまった。
「その時はお前も一緒だ。余所者だけど、顔を突き合わせて飯を一緒に囲むようになれば家族だからな。偉大な英雄の弟としてせいぜい兄を褒め称えるといいさ」
カストルは得意げに鼻を鳴らすと、もう遅い時間だからとランプの明かりを消した。すぐに隣で寝息が聞こえてきたが、俺はしばらく眠ることができなかった。この家族には恩義がある。俺を受け入れてくれた村の人にもだ。その人たちの助けにならねばと仕事に懸命に励んできたが、それが正しいことなのかわからなくなってしまった。
この世界に生まれて、俺は未だ自分を見失ったままだ。やりたいこともなく、カストルのように希望を持つこともない。
ひとつだけ、やりたいことがあるとするなら。この少年の行先を見てみたいと、そう願う。少年の夢の果てに何があるのか、こいつのために何が出来るのか。この小さな英雄が完成するところを、間近で見ていたいと。
◇◇◇
カストルは強かった。12歳の頃には既に村の誰よりも力が強かったし、親に隠れて仕事の合間にやったチャンバラでは俺は一度も勝てたことがない。一太刀を腕で受け損ねた俺が全治三ヶ月の大怪我を負うこともあった。カストルなりに責任を感じたのか、それからはすっかりチャンバラに誘われることは無くなった。一人で隠れて剣を振るより、二人で実践をした方が経験になるというのに。
物影に隠れてこそこそ見ているとすぐに気付かれて邪魔だから向こうに行け、と追い払われた。それがあいつなりの不器用な優しさだと知っているから、素直に言うことを聞いてやる。本当はもっと練習に付き合ってやりたかったし、何度骨を折られてもそれであいつが強くなるなら別に構わなかった。
「肉はそのまま力になる。鹿を狩ってきたから食え。みんなには内緒な———あ? 俺の分はいいんだよ。いつか英雄サマに養ってもらうんだからよ。先行投資ってやつ?」
「馬の世話と畑、あと伐採は俺が一人でやっておくから。お前は剣でも振ってろ。どうせ俺が寝る頃に振り出して見せてくれないんだからさ。しっかり寝ないと体に毒だぞ?」
小さなことだが、あいつの夢を叶えるためならなんだってしてやれた。二人分の仕事をやるのは夜までかかって骨が折れたが、別段苦ではなかった
この頃から、俺とカストルはなんとなく喋ることが少なくなったように思う。俺は何も変わっちゃいないが、カストルと俺の距離は次第に離れていった。
それでも、あいつを支えてやれているつもりだった。あいつが俺から離れて行くのは当たり前で、俺は本当に小さな手助けができればそれでよかったんだ。だってカストルは英雄になるべき人間で、俺はただの村人なんだから。少しだけ寂しいとは思うけれど、あいつの夢は俺の夢でもある。むしろ喜ばしいことじゃないか。
俺とカストルとの距離が離れれば離れるほど、あいつは英雄に近づいていくんだ。なら、あの英雄のファン一号としては応援してやらないわけにはいかないだろう。
本の編纂は俺がしよう。あいつの功績、人柄。全ての人に称えられるような大英雄の軌跡を、余す所なくこの手で書き記そう。まだ見ぬ強敵を打ち倒すところ。顔も知らぬ姫君を助け出すところ。主神と仲間のため、命を懸けて奮戦するところ。———ああ、考えただけでも心が躍る。
ハッハー!性癖のごった煮が今日から俺の夕食だーッ!
ご無沙汰しております。前作の流れを踏襲しながら新しい設定なども組み込んで行けたらなと思います。前作みたいにギャグをあんな詰め込めませんや。これが衰えか。せめてもの老いへの抵抗に主人公に転生初日にうんこ握らせることしかできねえよ……
リューさん成分が足りてないやん!どうしてくれんの?
オリ主くんは早くオラリオまで行ってホラホラホラ
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星に願いを
太陽の光が直上にある。夏場の空気は出かけるには少し暑く、容赦なく体に照りつける光が気だるさに拍車をかけている。
この村では、裕福ではないが皆が助け合って暮らしている。穏やかな朝を迎え、緩やかな昼を過ごし、静かな夜に眠る。そこには確かに人の営みと笑顔があった。似たような日々の繰り返しこそが、一番の幸せなのだ、と大人たちは言っていた。
———が、しかし。
精神は肉体に引っ張られるのか。はたまた元々俺の精神が子供であったのか。考えても仕方のないことなので今は無視するが、有り体に言うと、俺はこの生活に飽きていた。
まだまだ年齢的には俺は子供で遊びたい盛りの時期だ。多少の我儘を言うくらいは許されてもいいのではないだろうか。などとどうしようもない苛立ちを抱えながら、畑に種を蒔く。狭すぎても広すぎてもいけない、一定の間隔を空けながら、一つずつ慎重に植えていく。どうにも、俺はこういう細々とした仕事が苦手だった。
「ガアァァァ!!やってられるかクソがッッッッッ!!!
毎日毎日畑と家畜と爺さん婆さんの世話!世話!世話!
狩りにでも行って体を動かさねえと頭がおかしくなっちまいそうだ。すっぽかしてどっか行っちまわねえか、カストル」
「駄目だうるさい黙れ。行くにしてもせめて今日の分の仕事は終わらせろ。俺はもうじき終わるぞ」
カストルが手に待つ籠を俺に見せつけてくる。籠の中には種が入っており、これが今日の仕事だ。首を伸ばして覗くと朝には同じ分量だったはずの量はずいぶん差がついていた。
癇癪が穏やかな村に響き、そこで違和感を覚える。俺がこうしてカストルに不平不満をぶちまけると、決まって村のみんなの暖かな視線が俺に突き刺さってくるのだ。こそばゆい感覚を予感して視線を下げるが、いつまで経っても子供を微笑ましい笑顔で見つめる大人はいない。
周りを注視してみれば、村はいつもの平穏に包まれている。静かで、柔らかい、だけれどそこに活気がないわけではない。しかし、どうにも今日は静かすぎる。喧騒が耳に入らぬくらい仕事に没頭しているというわけでもない。見て取れるのは怯懦の色。まるで、知らずに良いことを知って、一心不乱にそれを認識しないようにいつもの仕事に従事しているようだった。
「カストル、ちょっといいかね」
壮年の男が数人駆けてきてカストルに縋るように詰め寄った。瞳に涙を溜める者、歯を食いしばって拳を強く握る者。その表情から吉報ではないことだけは確かだった。
「昨日の夜、若い衆が3人怪物に殺された。村の中でだ!
顔も潰されて、とにかく酷い有様だ」
「……一人はウチの娘だ。先月買ってやったペンダントが首にかかっていたからな」
村の人間が怪物に殺される。由々しき事態ではあるが、前例がなかったわけでもない。村の南にある森林にはゴブリンやコボルトが群れをなして生活しているし、東の平原にはオーガまで確認されている。恩恵も持たない人間が少人数で行動すればどうなるかなど、想像に難くなかった。
「———待て。村の中でだと? 防人はどうした」
「爺は耄碌して行方をくらましやがったんだよ!
クソッ、だから俺は日頃から言ってたじゃないか、新しい番兵を雇うべきだって!」
「ラキアから来た人間だぞ、邪険にすればなにをされるかわかったものではないだろう!」
「もしもの話だろう、今は実際に死人が出てる!」
「今がよくても先に未来がないなら意味がないだろうが戯けが!
昔から考えなしの無能は口を挟むな!」
「クソ野郎、てめえのは問題を先送りにしているだけだろうが!」
———ずくん。
「ぐ、あ……?」
目の前に火花が走った。頭の奥に、不気味なモノが流れ込んでくる。治癒したはずの古い傷口を、再び切り裂かれるような痛み。突然に襲われた瞬きのような激痛に、俺は対応する余裕もなく体制を崩した。それとなくカストルが肩に手を回したお陰でなんとかその場に倒れるようなことはない。
「そこまでだ。少なくとも今は身内で争っている場合ではなかろうに。
俺と弟が怪物退治を引き受けるよ、そのためにここまで来たのだろ」
「やってくれるか、カストルよ。それでこそだ」
英雄の宿業を背負う男は、そう在るのが正しく、常で在るように。いとも簡単にその願いに応じた。星の煌めきに、いつだって人は手を伸ばして、想いを託すものだから。
痛みの後、朦朧とした頭で考える。星に願いを馳せるのが許される。人の願いは、無責任に託せば叶えられる。だというなら、星の願いは一体、どこへ託されるというのだ?
「痛むか、キル」
「———大丈夫だ。いちいちお節介だよ、兄貴」
心配した表情で此方の顔を伺う顔は、紛れもなく家族の顔だった。あたたかな横顔は、確かにすぐ横にある。それを確認して、安堵する。目を離せばすぐに消えてしまいそうな星は、まだ俺と共にある。
服の裾を摘んで、聞こえないように呟いた。
「いきなり遠くに行ったりしたら、恨むからな」
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