シアトルアイショット (CanI_01)
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ホライゾン統合分析部よりのレポート

TO:ミカエル・ジェファーソン

From:ランダール・ベルネッツ

日付:2074年11月7日

タイトル:ダニー・ウエストについて

 

メッセージ:

はい、ミック。

先日統合解析部に依頼をしていたジャーナリストの報告を送る。

詳細をドーキンズグループに調査させたデータに基づいて解析している。

取り扱いには注意してくれ。

 

略歴は後述するが人権派のジャーナリストとしての評判を確立させている若手だ。

報道番組に使うなら注意をした方がよい。

テクノマンサーとして発現しており、情報操作に活用しようとすれば足元をすくわれる可能性がある。

 

なによりも厄介なのは広範なコネでも、知名度でもなく、彼女の”真実”への生き方だ。

メガコーポや権力者に都合が悪いからだとか、自分の命が危険だからといった良識的な理由では情報の公開をためらわない真実への愚直なまでの探求心を持っている。

若いころは、この生き方のせいで何度も死にかけているが運よく生き延びている。

最近は広範な支援者を手に入れたことで明確な命の危険に遭遇することはは減っているようだ。

もちろん、彼女は支援者であっても真実の追及の手を緩めたりはしないのだろうが。

 

目的のためなら手段を選ばない人物で必要であれば不法侵入や脅迫もためらわず実行する。

ちょっとしたチンピラに比べれば銃の腕も度胸もある。

 

そんな彼女だが決して無能ではなく、足跡を残さない賢明さがある。

資料として彼女の関係していると推測される事件のニュースフィードを添付しておく。

安易に操れる、不要になれば消せばよいといった安易な気持ちでは拘わらないことを推奨する。

良い番組ができることを楽しみにしている。

 

また何か必要な情報があれば連絡してくれ。

 

-ランダール・ベルネッツ

ホライゾン統合解析部

 

ダニー・ウエスト

(女性、ヒューマン、24 歳)

 

瞳:青 髪:金髪、ロング 肌:白 身長:160cm 体重:60kg

 

ダニーはレントンの中産階級に産まれ幸せな幼少時代を過ごしました。

ところが大学時代のルームメイトがオークであるというだけで酷い暴行を受けました。このことから全てに疑問を持ちジャーナリストとして活動を始め、第六世界をよくするための

活動を始めました。

当然命が狙われることになりました。

これを生き延びたダニーはストリートで生きるコツと共にテクノマンサーの力を発現しました。

これにより数年を生き延びたダニーは共振力と足を生かして調査できるジャーナリストとしての評判を獲得し信頼できる支援者も手に入れています。

 

特徴的スキル

コンピューター、虚言、クラッキング、交渉、脅迫、知覚、ピストル




用語解説

ホライゾン
企業スローガン:わかります、あなたの心
企業順位:10 位
本社:プエブロ企業評議会、ロサンゼルス
社長/CEO:ゲイリー・クライン
・最も新しくビッグ10 に加わったメディア企業。Google とアマゾンに医療技術を与えたような存在。
・カジュアルな服装、開放的なオフィスとアメリカ西海岸スタイルの企業。
・AI に対する非人道的な研究やメタ差別など強い負の側面も持つ。

ドーキンズグループ
ホライズンの誇る諜報情報操作組織。
高位のフェイスアデプトで構成されており、様々な事件の背後で暗躍していると言われている。

ダニー・ウエスト/DANNI WEST
出典は『Seattle Sprawl Digital Box』のCharacter Cardsより。
ヒューマン、女性。
イラストでは眼鏡をかけているがデータ上はコンタクトなので小説上も眼鏡女子ではない設定。


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ロード・オブ・ヴァルハラ/レドモンド編-1
邂逅


ことの起こり、いや、あたしが事件を知ったのはシアトルのダウンタウンのコンビニ、スタッファー・シャックに足を運んだ時だ。

細かい場所は忘れてしまったがビジネス街であったレンラク主催の人権保護シンポジウムの帰りだ。

 

シアトルのダウンタウンは覚醒前にシアトルと呼ばれていた街だ。

豊かな自然に、誇るべき文化を持つ大学、そして北米の経済を統べる大企業達。

恵まれたエメラルドシティ。

ビジネス街は無数のオフィスが建ち並びさらりーまんが行き交う北米経済の中心地だ。

そこは高級スーツが幅を利かせており、カジュアルなあたしの格好だと少し浮いてしまう。

 

レンラクの厚顔無恥な人権の話への怒りからか小腹が空いた、あたしは糖分を求めて近場のスタッファー・シャックを目指した。

 

スタッファー・シャックに入ると、どこかアステカ調の入店音と共にARがポップアップする。

 

「いらっしゃいませ、ダニー・ウエスト様。

いつもお買上頂くソイバーにドングリフレーバーが新発売です。」

 

大きく表示される宣伝と小さく表示される法域に関する注意事項。

 

「当店舗内ではアズテクノロジー社内法が適用されます。

詳細はこちら。」

 

メガコーポの治外法権は至る所にある。

武器を買いに行けばアレスの、コムリンクならネオネットだ。

棘のような違和感を無視してあたしは軽食の棚を目指す。

レンラク主催の人権保護シンポジウムは本当にひどいものだった。

そんな苛立ちを感じながら、ソイバーのドングリフレーバーを手に取る。

今回のフレーバーが当たりなら良いなと思っていると入店のメロディーが鳴り響く。

 

入って来たのはチェインメイルに身を包んだ薄汚れたオークだ。

ギャングか、ジャンキーか、間違いないのはストリートの住人であり、このメガコーポの領域にいることに違和感がある。

その違和感を証明するように店の警備システムが警告を告げる。

 

「お客様、大変申し訳ありませんが、コムリンクからID認証ができません。

お手数ですが、お近くの端末での認証か、コムリンクの再起動後再認証手続きを実施ください」

 

男は突然懐からアレスプレデターを抜き放ち端末に銃弾を浴びせ始める。

 

「は! 俺のライセンスはこれだ、好きなだけ認証しな。巨人の手先め!」

 

あたしは唖然として男を見る。

今の時代のコンビニ強盗程割に合わない商売はない。

オンライン決済により現金は店になく、ここのような完全自動化店舗だと人質にできる店員もいない。

ましてや、ここはスタッファー・シャック。

最も血に飢えたビッグ10であるアズテクノロジーの企業封土だ。

仮にアズテクが動かなくてもダウンタウンの高治安地区だ。ナイトエラントの到着が5分以上かかることもありえない。

何かの撮影だと言われた方がまだリアリティがある。

 

とは言え、銃を振り回す男は幻影ではなく、次にあたしが撃たれても何らおかしくはない。

逃げるのは論外として、隠れる場所もない。

男の末路が決まっていても、それが現実になるまでの時間はまだ訪れていない。

 

あたしの思考は子供の泣き叫ぶ声に破られた。

 

「ゴブリンのガキか!」

 

案の定男は子供に対して銃を向ける。

荒事は趣味ではないし、得意でもない。

ただ、子供を見捨てるのはもっと性に合わない。

あたしは懐からカバリエセーフガードを抜き放ちダーツを叩き込む。

そしてダーツと繋がったワイヤーが電撃を浴びせる。

すると男はあっけなく意識を手放した。

私の覚悟を返して欲しいものだ。

何はともあれナイトエラントが来るまでの時間はこれで確保できただろうと一息つく。

すると、私のお腹は非難するように小さく音を立てた。




用語解説

スタッファー・シャック
シアトルで最も普及している24時間営業のコンビニ。

レンラク・コンピュータ・システム
企業スローガン:今日の問題を今日解決
企業順位:5 位
本社:日本帝国、千葉
・サイバーウェアと通信技術、データストレージに強みを持つ企業。
・かつてAI 開発に邁進しながらもAI の反乱により倒産寸前まで追い込まれたためにAI に対して強い憎しみを抱いている。
・最強の代名詞と呼ばれるセキュリティーチーム、レッドサムライを有する。彼らは軍事用パワードスーツを赤塗りの武者鎧型にカスタマイズして装備している。

覚醒
世界に魔法や超常生物が現れ始めた現象。
2011年12月24日に起きたと言われる。

シアトル
アメリカがネイティブアメリカンに北米の西半分を奪われた中で経済の影響を抑えるために行われた条約によりアメリカの領土して残された特別区。

メガコーポ
治外法権を持つ大企業のこと。

ソイバー
大豆たんぱく質を加工した栄養食品。
安くて栄養価が高い。

アズテクノロジー
企業スローガン:より良い明日への道
企業順位:4 位
本社:テノチトラン(旧メキシコシティ)、アズトラン
社長/CEO:フラビア・デ・ラ・ロ-ザ
・世界最大の食糧供給企業であり、最大のコンビニグループ「スタッファージャック」を所有する企業。
・古代アステカ文明の後継者を自認しアステカ由来の血なまぐさい儀式を実践していると言われている。
・本気で世界征服を目指している。

アレス重工
企業順位:7 位
企業スローガン:世界をより安全な場所に!
本社:デトロイト、UCAS
社長/CEO:ダミアン・ナイト
・世界最大の兵器メーカー。武器、傭兵、警察などの鋼と硝煙の匂いがする場所には必ず存在する。
・母体にNASA を持ち宇宙産業に強く軌道上や月に秘密研究所を持つ。
・子会社のナイトエラントはエリート警備会社であり世界中でアレスの技術力をアピールする宣伝部隊でもある。

ネオネット
企業スローガン:明日を動かすネオネット
企業順位:2 位
本社:UCAS、ボストン
CEO:リチャード・ヴェイラー
・ワイヤレスネットワークの基幹技術を構築した企業でありネットワーク、ネットワーク機器に絶大な強みを持つ。
・通信会社、コンピューター会社、サイバーウェア会社の合併で生まれた会社であり内部の一本化はされていない。
・開発責任部長であるセレディはグレートドラゴンであり、自身の欲望に忠実な彼の挙動に経営陣はいつも頭を悩ませている。

チェインメイル
鎖を編んで作った鎧。
違法ではないがコスプレ感のある外観から相手によってはかなり奇異な目で見られる。

アレスプレデター
世界で最も売れているヘビーピストル。

ビッグ10
世界で最も影響力のあるメガコーポ10社の呼び名。

ナイトエラント
ビッグ10の一角であるアレスの子会社である警備会社。
常に最新鋭のアレス製装備に身を包んだ精鋭である。
シアトルでは警察業務の委託も受けている。

カバリエセーフガード
カバリエ社の販売しているテーザーガン。
ピストル的な外観でダーツが多く装填できることが人気。
また、電気ショックを与える武器であることから合法的に持ち歩くことができる。


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イニシエイション

俺は気がつくと一面に緑広がる平原にたたずんでいた。

遥か遠方の山の山頂にはうっすらと雪が積もっている。

大昔のシアトルはここのように美しい自然を持っていたようだが、現代には残されていない。

間違いなく、ここはシアトルではない。

俺が呆然としていると頭上から声が響いてきた。

 

「ようこそ、ヴァルハラへ」

 

それは背中に純白の翼を背負った甲冑姿の女性だ。

その容貌は北欧系の整った顔立ちをしている。

ガキの頃に牧師の話で聞いた天使のようだ。

 

「ヴァルハラだと?」

 

「そうです。我らが主神たるオーディン様しろしめす地ヴァルハラ。

その外縁部にある試練の地と呼ばれる場所です」

 

意味がわからない。俺はカルトにでも拉致されたのか?

 

「混乱させてしまい申し訳ありません。

現世であなたは亡くなられました。」

 

「死んだ? 俺が?」

 

「ええ。最後の詳細は伺っておりませんが、この試練の地に来られていることを考えると勇士としてふさわしい戦いの中で亡くなられたものと思われます。」

 

ろくな生き方はしてないが死んだと言われると、もう少しと考えてしまうのは未練だろうか。

 

「で、俺はこれから地獄行きとか言われるわけか?」

 

正直天国にいけるようなご立派な生き方はしていない。

地獄行と言われた方がしっくりくるのが事実だ。

 

「とんでもありません。あなたには選択肢があります。

これからヴァルハラに入るための試練を受けるか、受けないかです」

 

輝くような笑顔で天使はとうとうと説明を続ける。

 

「ヴァルハラってのは何だ?」

 

「ヴァルハラは来るべきラグナロクにおいて巨人族と闘うためにオーディン様が勇士を集めている世界です。

ヴァルハラでは日々英気を養うために終わり無き宴が繰り広げられています。

そこではお酒も食事も、女性も思いのままです。

もちろん、勇士たるもの戦いを求めることもあるでしょう。

その時には悪辣な巨人どもの先兵を打ち払い、その実力を磨くこともできます」

 

ゴクリと喉が鳴る。

うますぎる話だが死後の世界だ、現実感がないのも当然だろう。

 

「あんたのような美人がいるのか?」

 

すると天使は鈴を転がしたようにコロコロと笑う。

 

「天上の美姫に比べれば私など醜女のようなものです。」

 

この天使でもこれまで出会った中で群を抜いて美人なのにもっと美人がいるだと?

それで俺の心は決まった。

 

「試練てのは何をすればよいんだ?」

 

俺の問いかけに天使は微笑み、俺に試練の内容を伝えた。

 

「試練とは勇士であることを証明するために巨人たちへと挑むことです」

 

「任せろ! さあ、俺はどこにいけばいい!」

 



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マトリックスサルページ

ギャング風の男が気絶したのを確認して、あたしは一息ついた。

 

さて、本業に取りかかろう。

 

あたしはワイヤレスシグナルの流れに意識を集中する。

無数に飛び交うシグナルのうち男に関係しているものをより分けていく。

男の持っているデータから事件の背景情報を集めていこう。

 

恐らくナイトエラントかアズテクの警備部隊が到着するまで数分しかない。

男が銃を振り回していた時には無限にも感じられた警察到着までの時間だが、今のあたしにはあまりにも短い。

彼らが証拠を根こそぎにする前に情報を集めておきたい。

結果、単なるジャンキーの暴走なら運がなかったという話しだ。

 

あたしの視界に男に繋がる4つのワイヤレスシグナルがポップアップする。

シグナルの発信源を1つづつ確認し、男のPANを明らかにしていく。

男のPANはアレスプレデター、ソニーエンペラー、サイバーアイの3つで構成されている。

4つ目は独立したシムセンスチップだ。間違いなくBTLだろう。

 

まず狙うはコムリンクであるソニーエンペラーだ。

いくつかのソフトを走らせながら脆弱性を探りマークを刻み込む。

だいたいは何となく綻びを感じる場所を調べていくと脆弱性が見つかる。

所詮はチンピラの扱うコムリンクだ。あたしにとってセキュリティーなど無いに等しい。

 

そして、忠実な電子の妖精データスプライトを呼び出す。

あたしの視界に手足の生えたスキャナーの形をしたデータスプライトが映りこむ。

この子に必要な情報をかき集めるように命じるとコムリンクをスプライトは調べ始める。

解析は後で構わない。

 

サイバーアイの画像、通信記録、走っているプログラムリスト、最近の物品購入履歴など時間の許す限り全てだ。

 

スプライトに情報回収を任せ一瞬逡巡する。

シムセンスチップも調べるべきか。だが、BTLならセキュリティーも高いだろうし、データを失うリスクもある。警察に任せるのが無難だろう。

あたしはおもむろに銃を向けられた少年とその母親に近づき安否を確認する。

 

「レポーターのダニー・ウエストさんですか?」

 

どうやら、あたしのことを知っているらしい。

とびっきりの営業スマイルを浮かべる。

 

「そうです。お互いに災難でしたね。お怪我はありませんか?」

 

少年はキラキラした目であたしを見上げる。

 

「ウエストさんのおかげで助かりました。いつも番組見てます。」

 

純粋な応援をうけて、ふと気がゆるむ。

 

「ありがとう。今日のこれも番組になったら見て頂戴ね。」

 

そんな中遠くからサイレンの音が近づいてきた。

騎兵隊が到着したようだ。

顔見知りがいれば良いのだけど。

あたしは信じてもいない神に祈りを捧げた。

 



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シアトル警察24時

シアトル ダウンタウン ナイトエラント中央署

 

ナイトエラントがシアトルの警察業務をローンスターから奪い取り施設類は概ね流用することになった。

この理由として施設があくまでシアトル行政府からの貸与物であるからと言うのが表向きで実際には費用面がより大きな理由だ。

その中でこの中央署は大きく手を入れられている。

 

昔から中央署はこの場所にあり警察政治の中心地でした。

しかし、ナイトエラントはここを指揮中枢に作り替えたのだ。

アレスの、最新鋭ドローンを活用したドローンネットワーク、パトロール中の警官を有機的に管理運用する管理システム、厳重なセキュリティーと情報指揮のためのスパイダー達、有事には即座に出現可能なSWAT、FRT、虎の子であるファイアウオッチ部隊、その全てを兼ね備えるのが中央署なのである。

 

とは言え、パトロールや犯罪捜査、事件の現場検証などの日常的な任務につく警官達が圧倒的な多数派だ。

彼らが日々仕事をこなしているからこそ中央署が機能していると言っても過言ではない。

 

そんな通常部隊の隊長席で1人の女性が事務処理をしている。

短く刈り込んだ金髪、猛禽のような瞳、メリハリのついた肉体ながら鍛え上げた結果メリハリがついたと言わんばかりの体躯、セクシーさよりも獰猛さを感じる、そんな飢えたライオンの風情のある女性だ。

彼女は黙々と不服そうに事務処理をしている。

 

そんな彼女の視界に通信管理を司るエージェントプログラムからの連絡がポップアップする。

 

「カティ・ガンダーソン巡査部長、アズテクノロジーのレイナルド・マチルス様から通信が入っています」

 

カティは迷わず承諾を告げ通信を繋ぐ。

その顔は事務処理からの解放に晴れ晴れとしている。

 

「お久しぶりです、ガンダーソン巡査部長」

 

アズテク訛りの英語を話すのは褐色の肌にくすんだ金髪の柔和な笑みを浮かべた男だ。

その引き締まった肉体はカティに引けを取らない。

 

「アズテクのエリート部隊の隊長様があたしみたいな下々の警官に何の用だい?」

 

事務処理よりは好きだが、あんたも嫌いだよ。と言わんばかりに話すカティ。

 

「我々は単なる看板部隊ですから、実戦をくぐり抜けてこられた軍曹に敬意を忘れたことはございませんよ」

 

心外だ、あなたが大好きなのにとラテンの勢いでアピールするレイナルド。

 

「御託は良い。本題はなんだ」

 

「おお、これは失礼しました。あなたとの会話がうれしく、つい脱線してしまいました。

我々の封土で起きました強盗事件についてのご連絡です」

 

カティの視界に事件の場所と向かっている警官の名前、到着予定時刻、アズテクノロジーに対して犯人引き渡し要請をしている事実が表示される。

 

「我々は市民の義務として犯人の引き渡しをさせていただきます。」

 

「そいつはありがたいが生贄にしなくて良いのかい」

 

レイナルドはまるで本当に悲しんでいるような顔をして告げる。

 

「あなたのような方にまで、誤解されているとはショックですね。」

 

「はっ!繊細なことだな。まあい。早く本題を話しな」

 

「テノチトランの分析なのですが、ここ3ヶ月間のシアトルでの事件発生率が平均を大幅に上回ったようです。」

 

「算数の授業の礼に教えてやるが、あんた達を狙ってるわけじゃない。

シアトル全体で有意に犯罪発生率が増えている。ワード所長もおかんむりさ。」

 

笑顔を微動だにさせないレイナルド。

 

「それは良いことを伺いました。

とは言え、弊社が被害を受けているのは事実でして、テノチトランからは我々レオパルドガードの出撃許可が下りています。」

 

「脅す気かい?」

 

剣呑な笑みを浮かべるカティ。

 

「まさか、まさか。我々はUCASの法律にも慣れていませんし、ご迷惑をかけるつもりはありませんよ。

とは言え、許可が命令に変われば動かなければならないのが辛いところです。」

 

変わらず微笑みを浮かべるレイナルド。

 

「御社のファイアウオッチが害虫駆除に忙しいようであれば、我々が動くのはやぶさかではありません」

 

「余計なお世話さ。今月中にはあたし達が蹴りをつけてやる。テノチトランに伝えておきな」

 

「それは良いことを伺えました。それでは、名残は尽きませんがこれで。」

 

その言葉と共に回線は切れレイナルドの胡散臭い笑みが消える。

現場からの報告書に目を通し、一瞬考えた後にカティは立ち上がり部下に告げる。

 

「案件M8468435494の捜査にあたしも加わる。

現場に向かうから参考人のダニー・ウエストを聴取後引き止めておくように伝えておけ」

 

そして、カティ・ガンダーソンは現場に向けて歩き出す。

事務処理を放置して。




ローンスター
ナイトエラントの前にシアトルの警察を委託されていた民間企業。
男尊女卑、ヒューマン至上主義なアメリカ南部への偏見を形にしたような企業。

SWAT
重大な事件の際に狙撃などの特殊能力を駆使して事件を制圧するチーム。
FRTとは仲が悪い。

FRT
ファーストレスポンスチームの略。
重大な事件の際に最初に突入を行うヘビーサイバー部隊。
SWATと仲が悪い。

テノチトラン
アズトランの首都で今のメキシコシティ。
アズトランはアズテクノロジーの運営している国家で今のメキシコ+α。

ファイアウオッチ
ナイトエラントの誇る精鋭部隊。
シカゴを昆虫精霊から解放するための戦いで一躍有名になる。

レオパルドガード
アズテクノロジーの誇る精鋭部隊。
主にアズトラン外の重要拠点の警護を担い必要に応じて要撃任務に就く。
その装備は古代アステカの戦士の外観に習い最新鋭のサイバー装備となる。
どんなのかご興味があれば「アステカ 戦士 装束」などで検索してみてください。
今回のレイナルドはアズテクノロジー北西支部であるアズテクシアトルの警備責任者。

UCAS
いろんなあって領地の西半分を失いカナダと合併したアメリカ。

"軍曹"カティ・ガンダーソン/SGT. KATHY GUNDERSON
出典は『Seattle Sprawl Digital Box』のCharacter Cardsより。
ヒューマン女性。階級は巡査部長。

レイナルド・マルチネス/Reynaldo Martinez
出典は『Seattle 2072』のAztechnologyの項目より。
恐らく獣っぽい軍事用アーマーに儀礼用(に見える)黒曜石の剣で武装した指揮官。


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ミードと冒険と現実

目の前には豚の丸焼き、様々なサラダ、パンにオートミールが所狭しと並んでいる。

酒は今まで飲んだことも無いような甘くて口当たりが良いミードだ。

俺達は巨人に仕える黒ドワーフの住処から見事に財宝を奪い返してきた。

今はその祝勝会と言うわけだ。

 

「黒ドワーフの殲滅に乾杯!」

 

「乾杯!」

 

お互いのジョッキを打ち鳴らす。

特に今回は仲間の被害もなかったから皆ご機嫌だ。

 

せっかく手に入れた財宝を手放すのは惜しいが日々ご馳走が振る舞われ、美女がいつもサービスをしてくれる環境を考えれば安いものだろう。

 

更に功績を積めばオーディンとやらがもっと良い待遇を与えてくれるらしい。

 

「おい、そっちの肉を取ってくれ。」

 

「これは俺のだぞ」

 

「おいおい、足りなければまた頼めば良いだろう」

 

そんな軽い言い争いをしていると侍女が静かに追加の食事を持ってくる。

彼女たちは愛想が無いが文句も言わず食事のサーブをしてくれている。

 

様々なサービスをする役割分担が細かく決まっているようで決まり以外の事を求めるとやんわりと拒否される。

俺達が勇士としてオーディンに招かれているように彼女たちも役割があり、それを破れないらしい。

 

そんな生活も何日かすると冒険に出たくなる。

 

「何か俺達の力が必要な事件はあるかい?」

 

ゲームのクエストのようだが専任で調査する連中がいて、俺達は戦うのが仕事と言うわけだ。

 

「今大規模なトラブルはありませんね。」

 

残念だが、世の中平和なのは良いことだ。

 

「ですが、少し離れた場所の村人から近くに数体のゴブリンが住み着いて困っていると言われていますね。」

 

ゴブリンぐらいなら俺1人でやれるだろう。

ヴァルハラのゴブリンは弱い。第六世界のゴブリンとは全く別物だ。

 

「わかった。俺が殲滅しよう。場所を教えてくれ。」

 

提示された地図を見るとかなり遠いが仕方あるまい。

俺は地図を頼りに助けを求めてきた村を目指し翌朝ゴブリンの巣穴を目指した。

 

洞窟に飛び込んだ俺にゴブリンごときが俺に資格を問う。

 

「は! 俺のライセンスはこれだ、好きなだけ認証しな。巨人の手先め!」

 

銃弾を叩きこまれ弾け飛ぶゴブリン。俺の敵ではないようだ。

 

奥では子供のゴブリンとメスのゴブリンが俺に恐れをなし泣きわめいている。

だが、ゴブリンに情けは禁物だ。

 

「ゴブリンのガキか!」

 

俺が銃の引き金に指をかけた時岩の影からメスゴブリンが飛び出しクロスボーを撃ち込んできた。

 

身を翻すが間に合わずその矢が腹に突き刺さる。

その衝撃はまるでスタンガンのようで俺の視界が闇に染まっていく。

 

ここまでか。

追加の人生と考えれば悪い物じゃなかった。

今一度オーディンの加護があればやり直せるのだろうか。

 

そして、再び目が覚める。

だが、そこは美しいヴァルハラの野ではなく、小汚いシアトルの警察のような場所だ。

何だこれは。

俺は生まれ変わったんじゃないのか。

 

目の前にいる女は間違い無くナイトエラントの徽章をつけている。

 

「目が覚めたようだね。」

 

女が口を開く。

だが、俺は耐えきれず叫んだ。

 

「嘘だ! 俺は生まれ変わったんだ! 頼む、返してくれ、ヴァルハラに! せめて殺してくれ!」



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WIN-WINな関係

残念ながらナイトエラントの警官はあたしの知り合いではなかった。

このため、通り一辺の質問をしてくるだけで何も教えてはくれなかった。

さっさと帰って拾ったデータ解析をする算段をしていたら警官の声色が変わった。

 

「ウエストさん、すいません。規定の確認事項は以上なのですが、もう少しお待ちいただけませんか?」

 

ひどく申し訳なさそうにしている。

あたしがデータを抜いたことに気づいての脅迫や尋問ではなさそうだ。

 

「もちろん構いませんよ。何か不明点がありましたか?」

 

にこやかに問い返すと警官は目に見えて安心したように見える。

出世できない良いお巡りさんタイプね。

 

「いえ、上官があなたにいくつか確認事項があるためお待ちいただくようにと指示がありまして」

 

「上官・・・カティ・ガンダーソン巡査部長でしょうか?」

 

あたしがガンダーソン軍曹を知っていることに警官は少し驚いた顔をする。

 

「そうです。お知り合いでしたか」

 

軍曹とあたしは共犯関係のようなものだ。

互いの目的の為に少しルールを曲げて協力し合う。

ただ、決して仲間ではない。互いの目的は違うのだから。

 

「ええ、以前麻薬とメタヒューマン差別について取材をうけていただきまして」

 

意外そうな顔の警官。

あの軍曹が取材を受けたのが意外なのだろう。

この取材はあたしが依頼したからではなくナイトエラントとして受けざるを得なかったと言うのが実際だ。

 

「それは良かったです。あなたのような方が巡査部長に尋問されたらと・・・すいません、失言でした」

 

この人悪い女に騙されそうよね。

 

「うふふ、ご心配ありがとうございます。ガンダーソンさんには言いませんのでご安心ください」

 

「助かります。」

 

そして、話を適当に切り上げソイバーをかじりながら軍曹を待つ。

彼女がわざわざ出てくるならこの事件は単なるコンビニ強盗ではないようだ。

 

しかし、ドングリフレーバーはえぐみのある甘すぎる栗のような味になっている。

擬人化された猪のイラストはオークにしか見えないし、何らかの悪意の産物なのが、偶然の重なりなのか難しいところだ。

 

そんなことを考えながらメーカーサイトに感想を書き込んでいると、厳つい装甲車が目の前で停車する。

アレススタリオン。ナイトエラントに制式配備されている装甲車だ。さすがに天井のウェイポンマウントの武装は解除されているが日常的に街中を走っている車ではない。

 

案の定そこから露出の高い筋肉が降りてくる。

タンクトップの上にナイトエラントのジャケットを羽織った姿はセクシーと言うよりも行儀の悪いチンピラのようだ。

 

「待たせて悪かったな」

 

警官は少し顔を赤らめて敬礼している。

こういう子がいるから、あんな格好をしているのだろうか。

 

「大丈夫ですよ。何かお問い合わせ内容があるとか?」

 

軍曹はニヤリと虎のように笑う。

 

「殊勝な心がけだね。その態度に免じて昼飯奢ってやるよ。乗りな。」

 

そういうと軍曹はアレススタリオンに飛び乗る。

あたしも乗るのか、これに。

とは言え、断れる雰囲気でもない。

自分でも判るほど引きつった笑みを浮かべてスタリオンに乗り込む。

その瞬間急激な加速と共に車が発進する。

自動運転が緊急車両モードになってるのか、マニュアル運転なのか。

 

しばらくシェイクに耐えていると車は停車したようだ。軍曹に促されて揺れる視界に耐えながら車を降りる。

目の前には20世紀中旬のカントリーハウス風の建物がある。

アメリカ人の本能に刻み込まれた肉とポテトへの愛情を形にしたと言う広告で有名なレストラン、ダミアンズだ。

広告が示すとおり肉とポテトが好きならたまらない店だろう。

軍曹好みの店だ。

ダミアンズに来るとわかっていればソイバーなど食べなかったのに。

アメリカンスタイルと言うだけあり、ここは量も多い。

 

「行くよ」

 

軍曹はあんた好みの店を選んでやったよと言わんばかりの風情で店に向かう。

確かにあたしも本物の牛肉のステーキを食べるのは吝かではない。

もちろん、ソイバーを食べていなければだが。

 

時刻は15時前だ。店内も閑散としている。

店員は慣れた雰囲気であたし達を個室に通す。

軍曹がオーダーし店員が退室した時点であたしは口を開く。

 

「今日の招待は個人的な理由の方?」

 

「いや、仕事だよ。あんたが勝手に絡んできてた、ちょうどいいと思ってね」

 

軍曹はとある人物を探している。その相手が絡まない限りナイトエラントの忠実な士官だ。

今回あたしを巻き込んで来ると言うことは大分面倒な話なのだろう。

 

「ただのジャンキーではない訳ですか。」

 

「いや、調査結果は恐らくただのジャンキーの暴挙さ」

 

意味が判らない。

 

「どういうことですか?」

 

「いかれたジャンキーが事件を起こしていると言うのが状況からの見解だ。

ただ、2点腑に落ちない点がある。

1つはBTLジャンキーによる事件が半年前に比べて3割増えている。その多くは今日のコンビニ強盗のような馬鹿げた事件を起こして逮捕されている。

1つは主にBTLを扱っているギャング同士の抗争が増えている。そして互いに相手が自分達のシマを荒らしたと主張している。」

 

少し思考を整理すると嫌な考えに行き当たる。

 

「新しい勢力が催奇性の強いBTLをばらまいているということ?」

 

「あたし達はそう考えている。

そして、アジーもな。」

 

アズテクノロジーは元々麻薬カルテルが起こしたメガコーポだ。

いまだに合法非合法問わず麻薬を扱っている。

あいつらが新しい勢力だと考えているなら間違いなさそうだ。

 

「第二のテンポになりかねない訳ね。」

 

「あたし達が思いつくんだ。間違いなく考えてるだろうね。

本当は奴らも大々的に部隊を動かしたいが、余裕がないと言うところさ。」

 

数年前にあった覚醒麻薬テンポによる騒動は記憶に新しい。

中南米の麻薬シンジゲートゴーストカルテルが新種の麻薬を大々的に展開。

これにより犯罪組織同士の抗争が激化。

結果治安の悪化など様々な影響をシアトルにもたらした。

犯罪組織がどうなろうとあたしには関係ないが治安の悪化や抗争は弱者に影響する。

見逃すわけにはいかない。

 

「なかなかに大事ね。」

 

話の一段落するのを待っていたかのようにウエイターがワゴンを押して入ってくる。

ワゴンには巨大な鉄板が二つ載っており鉄板の上では牛肉が存在を主張するように香ばしい香りを放っている。

その奥にはこんもりと山のようなフライドポテト、そして、言い訳するように少量のサラダがワゴンに載っている。

ウエイターは料理をあたし達の前に置きソースを振りかける。

鉄板に触れたソースは加熱され食欲をそそる香りが立ちこめる。

 

この視覚、聴覚、嗅覚の暴威によりソイバーによって鎮められていたお腹が小さく鳴る。

 

「それではごゆっくりお召し上がりください」

 

そう言うとウエイターは立ち去って行った。

ナイフて鉄板の触れる音がする中あたしは口を開く。

 

「犯人の目星はついてるの?」

 

「全くだ。表面的には良くあるジャンキーの死亡事故だからね。

ただ、あたし達の捜査網にこれだけかからないのは異常だ。」

 

やはり天然肉は美味しい。

 

「メガコーポが徹底的な隠蔽工作をしているか、表に出にくいストリートの奥で事件が起きてるかというところね。」

 

軍曹の皿から魔法のようにポテトが消えていく。

 

「メガコーポではないね。メガコーポ絡みでうちとアジーの双方が気づかないなどまずない。」

 

あたしも負けじとポテトを減らす。

 

「だから、あたしを巻き込んだ、と。」

 

サラダをペロリ。

 

「そう言うことさね。

後これを渡しておこう。」

 

あっという間に肉を平らげた軍曹はあたしに一枚のシムセンスチップを差し出す。

まだ肉と格闘しているあたしは目でこれが何か問いかける。

 

「さっきの犯人が持っていたチップさ。調べたいだろ?

署内的には外注での調査にしてるから報告書は出して頂戴。規定の報酬は出す。」

 

満腹、満腹。

いや少し食べ過ぎたかもしれない。

 

「任せて頂戴。真実を白日のもとに曝してみせるわ」

 

かくして、あたしのおやつは想定外の量になってしまった。




ダミアンズ/Damian’s
『Seattle 2072』のダウンタウンの著名な場所が出典。
住所はBell Street & Second Ave


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コードブレイカー

ダウンタウンの学生区にある我が家に帰り手に入れたデータに向き合う。

サイバーアイの画像はなかなかに長い。

BTLの売人でも写ってないか期待しながら解析ソフトを走らせる。

とりあえず、物のやり取りをしている画像の抽出で良いだろうか。

仮に犯罪の証拠がなくても日常的な行動範囲は見えてくるだろう。

 

彼がサイバーアイを入れたのは1ヶ月程前。

ストリートの荒事屋がスマートリンクの為にサイバーアイを入れることは珍しくはない。

ただ、あたしがログを見る限り、このサイバーアイには何のオプションも組み込まれていない。

一体何の為にサイバー化したのだろうか。

 

疑問に感じながら解析データを見ていくと彼はずいぶん古びた寄宿学校のような場所で生活をしている。

そして、一週間に一度程度のペースで徒党を組み強盗などのケチな犯罪に手を染めている。

奇妙なことに食事は全てオキアミ合成食で普通なら3日で吐き気がしてきても仕方ない代物だ。

しかし、こいつは強盗先で食料を見かけても見向きもしない。普通では考えられない行動だ。

 

そして出入金記録は完全に止まっている。

つまり、こいつは金も貰わずにタダ同然のオキアミ合成食を食べながら強盗を繰り返し逮捕された訳だ。

カルティストのような行動だが自己犠牲的な献身も感じない。

 

何かちぐはぐだ。

 

全てがマトリックスで完結すると考える程若くはないが、今回に限って言えばまだ何かあるとレゾナンスの囁きを感じる。

 

コムリンクのGPS情報と画像情報を照合して犯人の拠点を洗い出す。

場所はレドモントバーレーンにあるシェルブラント寄宿学校。

シェルブラントはカリフォルニア自由州に本拠地を置くマトリックスセキュリティー企業だ。ストリートの孤児を集めマトリックスセキュリティーの教育を施す慈善団体でもある。

ただ、最近の活動が見当たらないことから名義は生きている廃墟を犯人達が不法占拠しているのだろう。

 

走っているソフトを調べると大半はバックグラウンドで走る環境アプリだが例外もある。

ロードオブヴァルハラと言う聞き慣れないアプリだ。

ネットで調べても明確な情報は無く唯一の情報はとあるゲーム会社が開発していたが発売前に企業が倒産した幻のアプリと言うものだ。

当時のプレスリリースによると北欧神話の神オーディンに仕える勇士となり英雄を目指すARゲームらしい。

BTLジャンキーがゲームと現実の区別を失ったのだろうか。

 

ふと違和感を感じる。

ARゲームはスタンドアローンではプレイできない。ARデータを配信しているホストがあるはずだ。

当然やり取りの相手はアプリが知っているだろう。

 

あたしはアプリを解体するために気合いを入れることにした。

ただ、この気合いは良い方に裏切られる。

アプリは特段暗号化もされていなかった。まるで開発中のアプリをデモ用にコンパイルしただけのようだ。

 

ARデータをやり取りしている相手はレドモントバーレーンにあるホストのようだ。所在的にシェルブラントのホストだろう。

ただ、ARデータを読み込み視界と同期させるプログラムに見慣れないコードが含まれている。

何か他の機器に指示を出すようなコードではあるがこれだけでは意味が理解できなさそうだ。

 

ついでに軽くシナリオを洗う。

シナリオにはチュートリアル的なシナリオが10本程度あるだけでさながら体験版だ。

チュートリアルシナリオでは黒ドワーフの財宝を奪ったり、ゴブリンの巣穴を襲撃したりするらしい。

 

そこまで調べた時点で時計は深夜を回っている。

これだけ確定な情報があればナイトエラントが始末をつけるだろう。

 

明日にでも軍曹と連絡を取り報道するタイミングを相談しよう。踏み込みのタイミングで同行できれば良いのだけど。

 

あたしはそんなことを考えながら、まだ重いお腹を抱えシャワーを浴びるのだった。




シェルブラント寄宿学校/Shelbramat Boarding School
運営母体の詳細は『Threats』が出典。


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不思議なミスマッチ

「ない?」

 

あたしは間抜けな声をあげた。

 

「ああ、あんたが言うようなサイバーアイの画像やGPS情報、ARゲームはなかったよ」

 

軍曹に連絡したあたしは驚きの情報がもたらされた。

ナイトエラントの押収したコムリンクには事件の核心に迫る情報が何も残されていなかったのだ。

 

「ハッキングで改ざんされた可能性は?」

 

恐る恐る尋ねる。

案の定軍曹は不愉快そうな声で返答する。

 

「データ解析はクローン化したコムリンクのデータを使用して、オリジナルはファラデー箱の内で電源を切ってる。

一応コムリンクを再確認させたがデータはなかった」

 

あたしがデータを抜いてから警察に持ち帰られる前にデータを修正したのだろうか。

不可能ではないけど、移送にもファラデー箱を使用している以上タイミングは限られてくる。

 

「となると、あたしのこのデータは証拠にならない?」

 

何か方法があるはずだ。

ソフトウェアでデータの自己改変するように仕込んでおくことは可能だが、改変した痕跡は残るはず。

 

「ならないね。ましてや、出元は説明できず、仮に説明しても公式にはそんなデータは存在しないときたもんだ。

たれ込みのデータとして提出するなら捜査資料としては活用させてもらうが一気に踏み込むには弱いね。」

 

痕跡の無い改ざんと考えて、何かが引っかかる。

最近似たような話しを聞かなかったか。

 

CFD。

そうCFDだ。

 

CFDはナノマシンによる物理的な介入である可能性についてストリートドクから聞いた記憶がある。

なら、コムリンクの改ざんもできるのではないだろうか。

 

「コムリンクからナノマシンが検出されたりはしてない?」

 

戸惑う軍曹。なかなかに珍しい。

 

「いや、調べてないはずだね。確認させるわ。」

 

当たりであれば道筋も見えてくる。

更にあの忙しいストリートドクを巻き込めるかもしれない。

 

「ちなみにだけど、施設を不法占拠しているギャングが今回のBTLジャンキー絡みである確証があればレドモントでも部隊は動かせる?」

 

軍曹は不敵に笑う。

 

「あたし達はシアトルの治安を護る為にいるからね。

どこでも行くさ。仮に普段パトロールしていない場所でもね」

 

ライブ報道は難しいかもしれないけどドキュメンタリーは行けそうだ。

 

「じゃあ、また連絡するわ」

 

「ああ。おっとナノマシンの件だが検出されたようだ。

それなりの量が採取できたからサンプルは送っておく。」

 

「助かるわ。朗報を待っていて頂戴」

 

「ああ、期待してるよ。」

 

通話を切ったあたしは、ストリートドクであるブッチに知識を借りたい旨のメールを打つ。

すぐに返答が来れば良いなと思いながら、あたしは朝食の準備をする。




ファラデー箱
マトリックス通信を完全に遮断する箱。
導体により形成された箱で外部からの通信が内部に侵入できない。
このようにして部屋を作ってオフラインの部屋を構築したりもする。

ブッチ/Butch
ジャックポインター。
詳細は『The Complete Trog』のTROG RUNNERSが出典。


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プロの見解

レドモントにあるブッチ医院は裏社会や貧困層など普通の病院に掛かれない人間に取っては最後の拠り所だ。

種族差別をしないことからオークやトロールにも大変慕われている。

あたしが彼女と知り合ったのもシアトルアンダーグラウンドの権利向上運動に対する取材をしていた時だ。

 

ブッチ先生は明晰な頭脳と広範な知識から医療業界でも定評があり、オークでも構わないと様々な医療機関やメガコーポから勧誘を受けている。

しかし、“オークでも”などと言われて彼女が頷く訳もなく、今のところ彼女は自分のプライドを売り渡すつもりは無いようだ。

 

そんな状態である彼女は常に忙しい。

緊急のオペに診察、最近はCFDと呼ばれる奇病についても研究しているらしい。

 

このため彼女にすぐ会えるとはあまり期待していなかった。

しかし、意外にも返信がすぐにあり昼過ぎであれば会えるとの連絡があった。

そこであたしはブッチ 医院にすっ飛んで来た訳だ。

もちろん、ナイトエラントから受け取ったナノマシンのサンプルをもってだ。

 

ブッチ医院につくと野戦病院のように様々な怪我人や病人でごった返していた。

そんな中受付にいるトロールの女性にアポがあると告げ応接室に通される。

診察をうまく切り上げたのか少し待つとブッチ先生がやってきた。

 

「待たせたね。悪いんだけど余り時間がなくてね、簡単に状況補足を貰えるかい。」

 

概要はすでにメールで連絡済みだ。

ARゲームのデータも送っている。

 

「ご意見を戴きたいのは二点です。」

 

あたしは今回の事件で起きている事がナノマシン由来でCFDと似ているのではないかと言う推測を資料を交えて説明した。

そもそも、CFDについてあたしに教えてくれたのが彼女だ。

 

「それについてはナノマシンを解析しないと何も言えないね。

ただ、そうなるとCFDは人為的に引き起こされている可能性が出てくるわけか。」

 

ブッチ先生は少し疲れたような声だ。

もう一点はARゲームの謎のコードだ。

 

「これは簡単さ。シムセンス信号を出させるコマンドだね。」

 

「ARゲームでシムセンス信号ですか? 効果があるのですか?」

 

ブッチ先生は嫌なものに触れるように話す。

 

「普通のシムセンス信号なら現実との齟齬から違和感を感じる現実的な刺激は与えられないね。

でもBTLグレードなら別さ。

現実の刺激を塗り替えて違和感を押しつぶせる。

ただ、こんなことをすれば対象はあっという間に廃人だ。」

 

嫌なことに気がつく。

すぐに人を廃人にするARゲーム。

麻薬が裏社会でビジネスになるのは中毒者から長く金を搾り取れるからだ。

それを廃人にしていては仕方ない。

 

「と、なるとこれは何かの実験でしょうか。」

 

「だろうね。あたしはこのARゲームのシムセンスのコードと似たコードを見たことがあるよ。

ウインターナイトが使っていた洗脳用BTLアセンションとよく似ているね。」

 

ウインターナイトはクラッシュ2.0の原因となった終末カルトだ。

C5の捜査により組織は壊滅し生き残りも指名手配されている。

その残党の仕業なのだろうか。

 

「これを使って実働要員を確保して何か仕掛けようとしているのですかね。」

 

ブッチ先生は肩をすくめる。

 

「そこまでは判らないが、この方法で人を集めても実働させられる期間は限られているよ。

すぐに仕掛ける何かの為に人を集めているか、予備実験だろうね。」

 

どちらにしても平和な話にはならないだろう。

あたしは先生に礼を伝え病院を後にした。

サンプルの解析結果は今日中には貰えるらしい。

情報が揃った時点で動くための準備を進めよう。

どうやら、時間はあまりないようだ。




CFD
資料が多すぎるので詳細は下記サイト参照。

概要
http://shadowrun.html.xdomain.jp/SR5/srhis.htm

詳細資料
http://shadowrun.html.xdomain.jp/SR5/CFD.htm

ウインターナイト/
組織内容は『Threats』より出典。
クラッシュ2.0にまつわる事件は『System Failure』より。


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能ある鷹は爪を貸す

病院から出たあたしは大きく伸びをする。

好意的な相手とは言え大物を相手にすると肩が凝る。

 

首を回しがてら空を見上げるとレーニア山からの粉塵も少なく快晴と言って良い空が広がっている。

病院の周りは比較的治安も保たれており、ここがバーレーンとは思えない穏やかさだ。

 

バーレーンは政治から見捨てられた土地だ。ブッチ先生のような篤志家、ギャングや犯罪組織などの活動がなければ経済活動すらも回らない地域だ

 

レドモントがバーレーンとなったのも神に呪われているかのような偶然の連なりによるものだ。

2000年前後がこの都市の絶世期だった。

マイクロソフトや任天堂、ハネウエルなど著名企業が軒を並べ時代の最先端を走っていた。

ところが2013年に起きた原子力発電所のメルトダウン、2029年のクラッシュ1.0と立て続けに起きた天災によりバーレーンと化した。

住民や企業の多くは手を引き、残るのはバーレーンであることに魅力を感じる後ろぐらい連中ばかりだ。

一時はシアワセが原子力発電所を誘致していたが、それも撤退して久しい。

 

メルトダウンの跡地はうっすら大地が発光しているし、そうでなくてもドラゴンがギャングやカルトを支配している場所に住みたくないのは当然だろう。

 

だが、このような地区だから好んで住む者もいる。

これから会うのは、そんな影の住人であるランナーだ。

 

待ち合わせ場所はバンシーと言うバーだ。

カラオケ用の個室もあり密談には最適な店であたしは良く打ち合わせに使う。

バンシーはうらぶれたバーであり、外には大音量のカラオケの音がいつも少し漏れている。

店に入ると馴染みの店員が声をかけてくる。

 

「待ち合わせ相手は来てるぞ。」

 

あたしは片手をあげて返事を返す。

 

「ありがとう。じゃあ部屋借りるわね。」

 

押さえている部屋からは荒々しいオークロックが響き渡っている。待ち時間の暇つぶしに歌を歌っているようだ。

部屋にはマイクを掴み熱唱するトロール男性と、落ち着いた顔でドリンクを飲んでいるエルフ女性がいた。

この二人が待ち合わせ相手だ。

 

トロール男性がトロキチだ。元はカンパニーマンをしていたがダーティーワークに嫌気が差しランナーになった人物だ。

今は荒事屋として活動しておりクローム剥き出しの真新しいサイバーアームは威圧感に満ちている。

 

エルフ女性はフェイスメイジのエル。金髪の長髪にほっそりした肢体、指輪物語に出てくるエルフそのものの姿だ。

彼女が何故ランナーをしているか、何故トロキチと組んでいるのかは知らない。

猪突猛進であるトロキチをうまくいなしながらランをこなす人物だ。

 

あたしは一曲終わるのを待って部屋に入る。

 

「お二人ともお待たせしました。」

 

トロキチが少し名残惜しそうにマイクを眺め口を開く。

 

「いいってことよ。お陰でゆっくり歌えたしな。」

 

続いてエルがおっとりと口を開く。

 

「今日は特に用事もありませんでしたしね。良い暇つぶしです。」

 

「であれば良かったです。」

 

トロキチがマイクでがなる。

 

「で、俺は何をぶっ飛ばせば良いんだ?」

 

あたしは説明を考える。

 

「うまく行けば数人のギャングを制圧してもらう予定です。

場合によっては10人前後のギャングとやり合うことになるかもしれません。

後同行中のあたしの護衛ですね。」

 

お茶を飲み干したエルが口を開く。

 

「期間と報酬は?」

 

「期間は最長で二日。報酬は一人当たり予定通りなら6000、拠点制圧するなら9000でどうかしら。」

 

ランチの誘いに応えるように返答するエル。

 

「まあ、相場通りね。良いわ、引き受けましょう。」

 

トロキチに確認すらしないエルと当然のような顔をしているトロキチ。

 

「ありがとうございます。」

 

トロキチが勢い良く立ち上がる。

マイクはまだ握ったままだ。

 

「よし、どこに行けば良いんだ?」

 

あたしは手でトロキチを押さえる。

 

「申し訳ないのですが少し待機して貰えますか。

万が一ここが襲撃された場合あたしの肉体を担いで脱出してください。少し潜ります。

仮に出番がなくても6000はお支払いいたします。」

 

「もちろん構いませんよ。」

 

「おう任せとけ!」

 

トロキチはこれ幸いと新しい歌の登録を始める。

 

そんな話をしているとブッチ先生からメールが届いた。

あたしが持ち込んだナノマシンはCFDとは異なるが、同じことを目的に造られたものだろうと書かれている。

CFDの研究をしている誰かの闇実験の可能性が高いとある。

また、コムリンクの書き換えはこのナノマシンの仕業でハンターナナイトの使用で抑制できるようだ。

 

情報は揃った。答え合わせの時間だ。

 

あたしは目を閉じ電子の世界に没入する。

さあホスト攻略と洒落込みますか。




能ある鷹は爪を貸す
誤植にあらず。
『グラン・ローヴァ物語』(著:紫堂恭子)より。
優秀な者は必要なものはレンタルで済ますという故事(勘違い)。

バンシー/Banshee
『Seattle 2072』が出典。
住所は1267 163rd Ave NE

トロキチとエル
非公式キャラクター。
太郎丸さんのよいこのシャドウランえほん。『トロきちトロール』と『サイバーアームをかいに』が出典。


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ヴァルハラ攻略戦

あたしは肉の枷から解き放たれ電子の海に飛び込む。

事件の解決だけを目指すなら必要のない行動だ。

ただ、あたしは真実を知り伝えるためにここにいるのだ。

 

対象のホストはシアトルのグリッドであるエメラルドシティグリッドにあり簡単に見つかった。

その外見は一切手を入れていないデフォルト設定の無骨なホストだ。予算の乏しい企業ではよくある。

正直ギャングのホストに過ぎないと軽い気持ちでここまで来たが、ホストを精査してその気持ちは吹き飛んだ。下手な企業よりも強力なホストがそこに鎮座していた。

あたしはハックアンドスラッシュからスニーキングミッションに心のスイッチを切り替えた。

 

レジスターしたクラックスプライトを呼び出して打ち合わせをしながら脆弱性を探る。

紙一重の隙間に刃をねじ込むようにしてマークをつけることに成功したあたし達はホスト内部への侵入を果たした。

 

「本当にどっかの秘密実験めいてきたわね。」

 

そんなことをぼやきながらあたし達は探索を進める。

 

「きゅきゅ?」

 

スプライトが相づちを打ってくれるのに少し和む。

 

あたし達はパトロールICに見つからないように探索を進める。

 

「なかなかに厄介ね。

ARゲームの管理システムを操作するにはマークが足りないし、ナノマシンのデータはないし。」

 

横ではクラックスプライトが槌を素振りしてるのが愛らしい。

 

試しに管理データのプロテクト解除を試みるが弾かれる。

あたしの腕では全てを手に入れることはできないようだ。

 

まず確実に手に入るデータを優先するために再びスプライトの支援を受け全力でプロテクトに挑む。

が、あたしの気合いも虚しくプロテクトを打ち破れない。

もう一度だ。あたしはスプライトと今一度アクセスを試みる。

すると今までの堅牢さが嘘のようにアクセスができた。

 

データのコピーをしてからARゲームの現状を確認する。

幸先良くジャンキー達は襲撃ミッションを受けて移動中らしい。

 

対象はクラッシュ495だ。

クラッシュ495はオークのオーナーが経営するレストランでレドモンドのメタヒューマンコミュニティーの中核だ。

これまでヒューマニスやマフィア達の襲撃により何度も店舗を焼かれながらも再建を果たしてきた。

しかし、店が壊滅した場合景気が底冷えしている今のシアトルでうまく資金が集まるかは保証もない。

 

あたしは確認できた襲撃者の顔と位置情報をトロキチとエルに送信する。

ここに残り情報をアップデートをすべきか迷ったが焦げた脳みその脳裏をよぎり慌ててジャックアウトをする。

 

目を開くと視界が揺れている。

どうやらトロキチに担いで運ばれているようだ。

 

「え?」

 

トロキチが呑気に声を返す。

 

「いや、行くなら担いだ方が早いからさ」

 

背後でエルが笑っている。

 

「とりあえず、起きたから下ろしてよ。」

 

気を取り直して手早く打ち合わせをする。

 

「現地に向かいましょう。クラッシュ495のオーナーは知り合いだから襲撃について連絡して共同戦線を張るわ。

あなた達に絶対して欲しいのが、このハンターナナイトを詰めたガスグレネードを叩き込むことよ。」

 

するとトロキチが胸を張る。

 

「任せな、ベースボールは得意だ。殺人投手と呼ばれたのが懐かしいぜ。」

 

不安になるり、あたしはエルに視線を向けると力強く頷かれた。本当に大丈夫なのかしら。

 

「まあ、そんな感じで任せたわ。

あたしのアメリカーはあんた達の後追わせるから移動はお願いね。

あたしは移動中に連絡を各所にいれるから。」

 

そして,各自の車両に散る。

向こうはエルが運転するらしい。

あたしは意識を切り替えクラッシュ495にコムコールを入れる。

 

クラッシュ495のオーナーとの打ち合わせは拍子抜けするほどスムーズに行った。

襲撃に慣れたオーナーは助力に感謝し共闘をあっさり承諾した。

そして,あたしがオーナーに代わりに警察へ襲撃事件について通報することも了承してくれた。

 

打ち合わせが終わり次第続いて軍曹に連絡する。

 

「軍曹大変よ。レドモンドのクラッシュ495が襲撃を受けそうなの。」

 

レドモンドはバーレーンだ。普通はナイトエラントは動かない。仮に動いても後始末だけで助けてはくれない。

しかし、今回は違う。

彼女は法を執行する警察にはあまりにも似つかわしくない悪い笑みを浮かべ快諾を返す。

 

「何だって、市民の危機とあらば駆けつけねばなりませんね。

直ちに現場に向かいます。

あんた達総員出撃するよ。」

 

正直これ以降は事後処理の部類だろう。

ジャンキーにガスグレネードを叩き込んだトロキチは殺人投手の異名通り直撃弾でジャンキーを沈黙させ、謎のナノマシンを無力化。

そのまま襲撃部隊を殲滅しナイトエラントへの引き渡しを実行。

“偶然にも”マトリックスを警戒していたナイトエラントのコンバットデッカーが不審な通信を傍受しアジトを制圧する。

制圧時にはジャンキーは確保できたものの、ホストを管理していたスパイダーはすでに逃走しておりホストも消滅していたようだ。

 

これで表向きはこの事件は終わった。

あたしが手に入れたデータには事件の真相に繋がる情報はほとんどなかった。

唯一分かったのが、このARゲームを洗脳ツールに変えた人物のプログラミングの腕前が神がかっていること。

そして、それがパックスと呼ばれる人物であることだ。

 

そうクラッシュ2.0を引き起こし指名手配を受けながらようとして行方の掴めない悪のカリスマ、天才テクノマンサーであるパックスだ。

 

あたしは彼女の意図を知るために、この事件の真相を追い続けていくことになる。

 

これはその備忘録だ。




ハンターナナイト
他のナノマシンを排除することに特化したナノマシン。


パックス/PAX
この人も色々なところに絡んでくるので出典が難しい。
今回は『Lockdown』を参考に記載。


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ヴァルハラ攻略戦リプレイ

ヴァルハラ攻略戦はルール確認がてらTRPGシャドウラン5版使用のリプレイを書いています。
ご興味なければ読み飛ばしてください。


ヴァルハラホスト:R6

データ処理:9 スリーズ:8 ファイヤーウォール:7 アタック:6

 

ICE

常時:パトロール

2:ブラスター

3:ブラスター

4:プローブ

5:トラック

 

セキュリティースパイダー:エクスパーシーズテクノマンサー

 

意志:2 論理:5 直感:6 魅力:4

 

ダニー:「これでトロキチ達がジャンキー制圧したら後はナイトエラントに任せてお仕舞いね。」

 

GM:「いや、君は名誉の誓いで真実の探求を行うがあるよね。」

 

ダニー「あー。真実。ジャンキーの暴走じゃないよね、絶対。」

 

GM「ええ」

 

ダニー「じゃあヴァルハラホストの攻略をしましょうか。絶対厄ネタなんだけどなぁ。」

 

GM「諦めてください。さて、ヴァルハラホストですがシアトルのローカルグリッドであるエメラルドシティグリッドにあります。」

 

ダニー「なら、あたしは中流のライフスタイルだからグリッドは問題無いわね。サクッと見に行くわ。」

 

GM「では、知覚できる範囲に到着しました。見かけ上はデフォルト設定を何もいじってないホストで、無骨な立方体に見えます。」

 

ダニー「とりあえず、マトリックス知覚でホストのレーティング調べようかしら。ゴロゴロ。3ヒットね。」

 

GM「ホストレーティングは6ですね。」

 

ダニー「鬼GMがいる。何でBTLギャングのホストが6なのよ。

即興ハッキングをするには能力と技能で10、ホットシムで+2、分析的精神で+2で14個かぁ。

仕方ないからレジスターしてるクラックスプライトとチームワークテストで即興ハッキングを仕掛けます。」

 

GM「慎重ですね。どうぞ。」

 

ダニー「まずはスプライトがダイス10個ゴロゴロひどいダイス目だ、1ヒットだ。ではダイス15個でふります。ゴロゴロよし7ヒット。リミット適用で5ヒットです。」

 

GM「対抗テスト9個ですね。ゴロゴロ4ヒットか、惜しい。(OS:4)

では、ダニーはマークを1つつけることができました。」

 

ダニー「期待値が仕事してないわね。

とりあえず、マークついたならホストに入るわ。」

 

GM「ホストの中も外同様に見かけには手を入れていませんね。

パトロールICが巡回をしています。

一応言っておきますがパトロールICは毎ラウンドマトリックス知覚するとは限りません。頻度はランダムですが。ゴロゴロ(今回はD6+2で行こう。6ラウンド後か、これは逃がしたな。)」

 

ダニー「パトロールICにマークつけるかどうかねぇ。

藪蛇になりそうだし必要な情報抜いて早く逃げちゃいましょう。

とりあえず、あたしもスプライトもサイレントモードに切り替えるわ。

知りたいのは誰が何のためにどうやってなのかよね。

とりあえず、データスプライトにはBTLジャンキー達との通信データを探して貰いましょうか。」

 

GM「では、マトリックスを検索するのテストをどうぞ。今回は検索テスト一回が1戦闘ラウンドかかるとします。さっきのサイレントモードへの変更はサービスしておきます。テスト難易度は4ですね。」

 

ダニー「ゴロゴロ3ヒットか、今回は継続させようかな。

あたしはARゲームの元データを探すわ。テストは同じで難易度6ね。ゴロゴロ5ヒットか。基本的に1足りないわね。」

 

GM「良くある話です。こちらですがパトロールICはあなた達のいるエリアを素通りしていきます。」

 

ダニー「隠れてるから大丈夫かとは思うけど早く終わらせないと。

続いてスプライトはさっきの続きね。ゴロゴロ1ヒットなので見つけたわね。

あたしのもテストしてしまうわ。こっちも難易度クリアーね。」

 

GM「はい、それでは2ラウンド目終了時にとりあえず情報は見つけました。

スプライトの見つけた情報は個別のジャンキーと通信をしているようです。基本的にソーシャルARゲームのプラットフォームを使用しているので管理者が介入しなくてもゲームは展開するようです。もちろん管理者メニューからの介入は可能ですけどね。」

 

ダニー「もしかしてナノマシンのコントロールもここからしてるのかしら。」

 

GM「可能性はあるけど確かな事は言えないね。

後基本的にナノマシンはオフラインだからオンライン制御できるナノマシンはそれだけで奪い合いになる技術ですね。

君自身が見つけたデータはARゲームのサーバー側データだね。」

 

ダニー「データは両方ともプロテクトかかってるわよね。」

 

GM「ゲームデータはプロテクトがかかってますね。

通信データに関してはホストの機能になります。マーク1つだと閲覧しかできませんね。」

 

ダニー「現状でもタイミング合わせてトロキチに襲撃させることは可能な訳ね。

ただ、操作できればまとめてナイトエラントに自首させることもできると。

オッケー。まずはゲームデータのコピーしてからマークを追加で付けましょうか。」

 

GM「もちろん結構ですよ。では3ラウンド目ですね。では、真面目にイニシアティブ振りましょうか。」

 

ダニー「ゴロゴロ19。ダイス目が最悪過ぎる。あたしを主体にスプライトとチームワークテストするわ」

 

GM「ではテストお願いします。」

 

ダニー「スプライトがゴロゴロ2ヒット、これを足して12ダイスねゴロゴロ2ヒット。これはエッジで振り直そう。ゴロゴロ3ヒット。」

 

GM「ついてないね。こちらは12個でゴロゴロおや、2ヒットか、残念。(OS:6)」

 

ダニー「セーフ!で、9の行動でファイルをコピーしましょうか。ゴロゴロ2ヒット。」

 

GM「ゴロゴロ7ヒットだね。(OS:13)

では、3ラウンド目が終了ですね。」

 

ダニー「想像以上にレーティング6ホスト硬いわね。

先にナノマシンの製造関係の資料探してしまうわ。」

 

GM「4ラウンド目はそれで終了ですね。」

 

ダニー「ゴロゴロ5ヒット。」

 

GM「では、そのような情報は表層にはないと確信が持てます。」

 

ダニー「さすがにそろそろ逃げないとまずい気がする。

全力でデータコピーして、マーク1つで確認できる限りして逃げるしかないかしら。」

 

GM「真実の探求はお済みですか?」

 

ダニー「今回手に入れたデータを元に足で調べた方が真実に近づけるわ。」

 

GM「まあ、良いでしょう。じゃあ、データコピーですね。」

 

ダニー「とりあえず、スプライトからの支援ゴロゴロ1個か。これを足して更にエッジを入れます。ゴロゴロよし、6ヒット!」

 

GM「ゴロゴロおや7ヒットだね。(OS:20)」

 

ダニー「そのダイスおかしくない? 最後の助力とエッジを使ってリトライします。

まずはスプライトがゴロゴロ2ヒット。あたしがゴロゴロ7ヒット。」

 

GM「ゴロゴロおや2ヒットだ。データはコピーできましたよ。(OS:22)

これで5ラウンド目が終了。」

 

ダニー「長かった。ではシステムを見てみるけど、動いてる人いるかしら?」

 

GM「じゃあエッジの元値の2倍でテストしてください。」

 

ダニー「エッジは3点なのよねゴロゴロお、4ヒット。世界が期待値を整えようとしている。

今なら追加マーク取れるかしら。」

 

GM「やるならどうぞ。」

 

ダニー「やりません。読み取り専用で狙えそうな相手見つかりますか。」

 

GM「4ヒットなので居ますよ。

レドモンドのレストラン、クラッシュ495の襲撃をするようですね。」

 

ダニー「そこってオークのオーナーがやってるメタヒューマンフレンドリーな店では?」

 

GM「そうですね。襲撃者は不思議なことにみんなヒューマンですね。」

 

ダニー「ヒューマニスとの対立をさせようとしてるのかしら。何か今更感あるわよね。

とは言え、放置する訳にも行かないし、トロキチ達に喧嘩しかけさして制圧してもらいましょう。

ジャックアウトします。」

 

GM「はい、お疲れ様です。」



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エピローグ

プライベートマトリックスチャットルーム。

 

マトリックス上に築かれた密談場所。

そんなチャットルームで2人の女性、いや女性のペルソナが気楽に情報交換をしている。

 

片方は肉感的な美女で美しい黒髪を短く刈り込んでいる。

瞳は射抜くように強くやもすれば酷薄な印象を与えかねないところ、短髪とうまくマッチし精悍なマニッシュな魅力を醸し出している。

ペルソナにはフリージアとハンドルが表示されている。

 

フリージアという名前は影の世界では著名な一人である。

史上最悪の破滅カルトにしてテロリストグループ、ウインターナイトの現存するメンバーの一人だ。

彼女は未だに勢力を拡大しており目的を決してあきらめていない。

 

もう一人は薄い唇に、挑戦的で誇りに満ちた瞳、鴉の濡れ羽色の髪、スマートな体型の女性だ。

ペルソナにはパックスとハンドルが表示されている。

 

フリージアがつまらなさそうにパックスに話しかける。

 

「意外と店仕舞いが早かったじゃない。」

 

それに対してパックスは1日遊んだから満足した後のような楽しげな声だ。

 

「どうもテクノマンサーを事件に巻き込んだみたいでね。そこから辿られたみたい。

まあ、欲しいデータはある程度集まったから良いかなって。

ちなみにコントローラーの使い勝手はどうだった?」

 

少し考え込むフリージア。

 

「具体的に動かせるのは良いけど長持ちしないのが難点かしら。

後仕上がるまでの時間が短いから手早く数揃えるには良いわね。」

 

我が意を得たりと大きく頷くパックス。

 

「そうなのよ。洗脳ツールとしてのアセンションはほぼ完成してたけど仕込みの時間と仕込み手の実力への依存度が高かったからそこの改善を目指したわけ。」

 

どうでも良さそうなフリージア。

 

「そういう意味では良いと思うわよ。

あたしは小銭稼がせてもらったけど、運用コストとしてはホストの維持費も賄えないでしょ、あれじゃ。」

 

人懐っこい笑みのパックス。

 

「研究はお金がかかるのよ。今は仕方ないわ。

単純な運用なら今回ほど大掛かりな仕掛けはいらないわけだし。」

 

「あ、そうなの?

なら、誰か1人現地に送り込んで浸食するのにいいも。

まあ、パッケージ化したら教えて頂戴。うちのメンバーにも紹介するわ。

あら、来客だわ。じゃあ、またね。」

 

そう言うとフリージアのペルソナは姿を消す。

 

一人残ったパックスは人好きのする笑みを消しチャットルームのテクスチャーの一点を凝視する。

まるでそこに情報が書かれているかのような鬼気迫る眼差しだ。

 

「しっかしCFDって何なのかしら。

今ひとつ原理が見えてこないのよね。

やっぱりプロジェクトイマーゴに関与しないとダメかしらね。」

 

そして、彼女の姿もチャットルームが消え失せた。




フリージア/Fylgia
『Ten Terrorists』が出典。
外見の記載はないのでイメージで創作。


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閑話:突撃メガコーポ~フェデリットボーイング~

こちらのテキストは日本で無名のシャドウランの有名企業を紹介することをコンセプトにしています。
とは言え、書きたい企業はあるものの他の企業を書く予定はありませんが。
ご要望あればどうぞ。


2075年 UCAS シアトル ダウンタウン

フェデリットボーイング社メインオフィス。

 

ダウンタウンを俯瞰する視界の映像。

その視点は70階建てのビルに合う。

そのビルには燦然と輝くフェデリットボーイングの文字がある。

 

視野が代わり会議室。

長い金髪を頭の上でまとめたパンツスーツの女性とタイトなスカートとラフにブラウスを羽織った赤髪のロングヘアーの女性が向かい合っている。

 

ダニー「ダニーの突撃メガコーポです。

本日はシアトルが生んだメガコーポの星フェデリットボーイング社にお邪魔させていただいています。

お話を伺うのはフェデリットボーイング社のCEOであるジェシカ・シリアンニさんです。」

 

ジェシカ「(艶やかな笑みを浮かべ)フェデリットボーイング社のCEOを務めるジェシカ・シリアンニです。皆様に弊社を良く知っていただけるようにお話させていただこうと考えています。」

 

ダニー「さて、早速ですがフェデリットボーイング社について教えていただけますでしょうか。」

 

ジェシカ「弊社は1937年の創業以来航空機産業を牽引してきたと自負しています。」

 

ダニー「確か航空郵便を最初に始められたのは御社でしたね。」

 

ジェシカ「そうです。当時は航空郵便のメリットを誰も気づきませんでしたが、今この世界にはなくてはならないものです。

この物流網を保持し、時代の求める航空機を生み出し、供給することこそ弊社の社是なのです。

そのために素材やエンジンなどの開発をコア技術として開発を続けています。

この我々にしかできない開発が評価され航空機業界で世界三位の立場にあると考えています。」

 

ダニー「御社の上位で言えばゼーダークルップとアレスですから独立系の企業として見ると素晴らしい順位ですね。」

 

ジェシカ「かつてはアメリカの航空機業界は様々な企業がしのぎを削っていましたが一社また一社と吸収され、今では独立系は弊社とエアバスさんぐらいでしょうか。」

 

ダニー「シアトルの子供と呼ばれシアトルっ子の誇りと言われるだけのことはありますね。

特にシアトルは企業本拠地であるだけとは思えない程地元還元に力を入れていらっしゃるように感じています。」

 

ジェシカ「我々はアーコロジーを持たずシアトル各地に研究、開発、製造、試験などの施設を構えています。

社内では昔から統合による効率化を計るべきではないかとの声がありますね。

反面分散させることでシアトルに雇用を生み出していることも事実です。

そして、私たちはこのシアトル自体が我々のホームであると考え弊社の潤滑な運営の為にシアトルに投資することは必要なコストであると考えています。」

 

ダニー「確かに御社はシアトル最大の雇用主ですから御社が人員整理を行えばシアトルへの影響は甚大ですね。」

 

ジェシカ「ええ、我々はシアトルの経済を支えていると自負しているわ。」

 

ダニー「ボーイングの日もその一環とお考えですか。」

 

※テロップ:ボーイングの日は5月の第二日曜にオーバーン地区で行われるボーイング主催のお祭りです。

ボーイング社が食事や飲み物を振る舞い、オーバーン工場をまるで博物館のように一般解放します。

 

ジェシカ「そうですね。企業活動と地域の方の生活は切っても切れない関係ですからね。皆様が私達の活動に親しみを持っていただければ業務も円滑に進むようになりますからね。」

 

ダニー「なるほど。多くのメガコーポではメタタイプ毎の雇用比率が人口比に対して比率が合わないことが多々ありますが、御社では自然な数値なのもその辺りの考え方の影響ですね。」

 

ジェシカ「そうね。あまりメタタイプや出自は採用に影響させないようにしているわ。もちろん、偏見を完全に排除できないからある程度は出てしまうけど。」

 

ダニー「その考え方はシリアンニさんの出自も影響しているのでしょうか。

シリアンニさんがストリートチルドレンとして育ちながらも今の地位まで上り詰めたと噂があるようなのですが。」

 

ジェシカ「そうね別に隠してる訳ではない事実よ。かつてオーバーンの路上で暮らしていた頃はメタタイプなど関係なく助けてくれる人もいたし、酷いことをしてくる人もいたわ。この経験は人は良くも悪くも人だと教えてくれたわね。」

 

ダニー「そんな環境で拾った教材を元に独学し、コミュニティースクールに入学。その後奨学金でワシントン大学を卒業されたわけですが、そこまで努力された理由がありますか?」

 

ジェシカ「あたしは空を飛ぶ飛行機に憧れたの。いえ、恋い焦がれていたの。フェデリットボーイングのオーバーン工場から飛び立つ航空機を見ていれば最初は満足だったわ。でも、それは乗ってみたいもっと関わりたいに変わったわ。恋する女が全力を尽くすのに理由はいらないでしょ?」

 

ダニー「その通りですね。」

 

ジェシカ「だから仕事と結婚した女と言われても誉め言葉だと思っているわ。ここはあたしの家みたいなものだから守るためにも全力を尽くすわ。これは弊社の利益になるなら誰とでも組むし、誰とでも敵対するということでもあるわね。」

 

ダニー「確かに御社では五行公使の主導する環太平洋共栄会に参加されたり、アレスやアズテクに御社主導で技術提供したりと様々な企業と組んで動かれていますね。」

 

ジェシカ「航空機産業は絶対的な安全が求められるわ。そのためには技術力と物理的な資源が必要になるの。どのような技術力があっても粗悪な素材では安全な物は造れないし逆も一緒。だからうちはこの二本の柱を守るためにリソースの大半を投入しているわ。」

 

ダニー「ゆえに外部に対しては強気の交渉ができるわけですね。」

 

ジェシカ「その通りよ。最近だとイーボの深宇宙探査船の開発プロジェクトにも技術供与をしているわね。」

 

ダニー「専門分野を持ち守ることでシナジー効果を生むこともあると言うことでしょうか。」

 

ジェシカ「少なくともあたしはそう考え、結果を出してきたと考えています。」

 

ダニー「実績の伴う素晴らしい言葉ですね。本日はお時間をいただきありがとうございました。」

 

ジェシカ「こちらこそありがとう。」

 

>リガーX

シリアンニは今の地位を得るために本当に何でもしてきた。このために彼女のストリート育ちと言う経歴が役にたっている。

彼女は今でも自分の立場と会社を守るためなら合法非合法問わず手段を選ばないだろう。




フェデリットボーイング社/Federated-Boeing
フェデリットボーイングの施設リストは『Seattle 2072』
ジェシカさんの経歴に関しては『Blood in the Boardroom』
を参照しています。
なお、過去の話は現実のボーイング社を参考にしております。
完全オリジナルですがボーイング社が分割されていない未来という前提で話を書いています。

リガーX/Rigger X
ジャックポインター。
特に参照していませんが『Street Legends』に詳細があります。


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白と黒の狭間/タコマ編
祭りの朝


空はまるで万華鏡のように様々な色の光が乱舞している。

よく見るとその光はそれぞれが0と1の文字である。

その空を覆い尽くすような巨大な水晶の樹がそびえ立ち存在感を放っている。

突然水晶の樹は砕け散り乱舞する光に紛れ込んでゆく。

そのうち大きな欠片が空を舞うみつ首の竜に当たり竜までもが砕け散る。

そして、欠片は混ざり合い溶け合い視界すべてが万色に支配されていく。

その色彩は混ざり合い整い天高く飛ぶ戦乙女達の姿に集積していく。

耳には勇壮なるワルキューレの騎行が響き渡る。

 

ワーグナーのワルキューレの騎行。あたしが目覚ましとして設定している音楽だ。

そこで目が覚めた。

 

「おはようございます。ミスダニー。ただいまの時刻は2075年2月7日。7時です。」

 

あたしの目覚めに同期して立ち上がった生体ペルソナの指示で室内システムが挨拶を述べる。

何か変な夢を見た気がする。

 

「天気は晴れ。昨日の雪の影響で足元が悪い可能性がございますので、お召し物にご注意ください。」

 

そう言えば昨日は珍しく雪がふった。

温暖なシアトルでは珍しいことだが皆無ではない。

それに積もらずやんでしまった。

せっかく雪が降ったのだから積もれば良かったのだけど。

 

「本日は9時からタコマ区長ウイリアム・ダッフィー様にリメンバーデイについてのインタビューです」

 

リメンバーデイは激怒の夜を忘れないようにと昨年ウイリアムの就任と共に設定されたタコマ地区の祝日だ。

元々ウイリアムはメタヒューマン人権活動家であり、あたしも様々な活動で一緒に仕事をしたことがある。

良く言えば真面目な活動家であり、悪く言えば融通の効かない理想主義者だ。

彼は親メタヒューマン組織とシアトルのメガコーポであるフェデリットボーイングの支援により、現在の地位を得た人物だ。

この為親メタヒューマン政策を期待され期待通りの対応をしている。

あたしとしては明るい未来に乾杯と行きたいところだけど、厄介なのがシアトル市長ブラックヘイブンだ。

ヒューマニストポリクラブの幹部である彼は親メタヒューマン政策が面白い訳もなく前任のタコマ区長の頃に行政府として投下した資金の引き上げや優遇政策の撤廃を行いタコマ経済に寒風を吹き込ませている。

 

人は自分が飢えていても構わないから皆の幸せをとはなかなか言えない生き物だ。

すると必然的に効率的な重商主義となり現状ではブラックヘイブンへの迎合となりかねない。

特に前職が経済政策には成功し人口の増大を起こした結果、住人間のトラブルが増え重商主義に嫌気が指していた面も否定できない。すべての問題が片付く魔法のスイッチが本当に欲しくなる。

 

「12時よりご友人のミーシャ・ケリー様とお食事の予定です。」

 

あたしはインガソル&バークレーのシアトル工場で生産された新鮮な合成ハムエッグとパンの温めをクッキングマシーンに指示しシャワーを浴びる。

ジェレミーとは旧知の仲とは言え礼儀は守らねばならない。

 

今年の最新モデルのヴァッションアイランドブランドのエーシズ・オブ・コインだ。

ブラチナの糸で黒のジャガーノートを現し、ゴールドをアクセントに入れている。

可愛すぎず渋すぎない良いバランスだ。

 

あたしは鏡に映した自分の姿に満足しちょうど出来上がった朝食に向かった。

ジューシーなベーコンにふわとろの卵焼き、サクッと焼けたトーストができている。

これがオキアミタンパク質から作られてるとはとても面白い。

天然素材にこだわる人はいるが個人的に栄養価と味が変わらなければ、簡単に手に入る方が良いのではとつい考えてしまう。

 

そんなことを考えながら食事をすまし愛車フォードアメリカーを一路タコマ地区へと走らせた。




ウイリアム・ダッフィー/William Duffy
『Seattle Sprawl Digital Box』より。
『Seattle 2072』ではフランチェスカ・シップル(Francesca Sipple)が区長を務めていたため、作中のような設定をでっちあげました。
サプリにも詳細はありません。

ミーシャ・ケリー
オリジナルキャラ。

インガソル&バークレー/Inersoll Andより。 Berkley
『Seattle 2072』より。
世界的な大豆生産企業。

ヴァッションアイランドブランド/VASHON ISLAND
『アーセナル』『ラン&ガン』より。
シアトル発祥のファッションブランドで現在はシアワセの傘下にある。
ちなみにシアワセの北米本社はシアトルのタコマ地区にある辺りが色々なシガラミ。

ジャガーノート/JUGGERNAUT
『Howling_Shadows』より。
体長16.5mの巨大なアルマジロ。
衛星から追跡して人里に近寄らないようにしているとか。




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デイリーインタビュー

フォードアメリカーの運転をグリッドコントロールに委ねると風景を眺めながらARディスプレーにメールボックスを展開する。

VRの方が作業効率は良いのだが、周囲の風景を見ながら作業するのがあたしは好きだ。

静かに5号線を南下していく。遥か遠方では雪化粧のレーニア山が噴煙をあげ幻想的な雰囲気を醸し出している。近くに目を向ければ視界の隅をアズテクピラミッドやエイク、シータック空港が流れていく。

そして、ビルの谷間を抜けていくと急激に周囲の建物の高さが低くなる。

ダウンタウンを抜けてタコマに入ったのだ。

 

タコマは元々周辺の潤沢な木材を伐採し加工する事に端を発する都市だ。それだけに加工業の街としての色合いが強かった。加工業にとって今の世の中は逆風ばかり吹き荒れている。ナノテクによるホームファシリティや安い海外製品など理由を上げれば際限ない。必然的にタコマの景気は落ち込む一方だった。そんな街が変化をしたのはここ10年ほどのことだ。

ウイリアムの前の区長であるフランチェスカ・シッブル女史は加工業に頼るタコマからの脱却を計った。

撤退した工場の跡地を住宅地として再開発を行い人口増を進めたのだ。確かにダウンタウンと隣接する立地であり潜在的なニーズはかなりのものだった。

また、ショッピングセンターの誘致や大気汚染などの公害対策やヤクザ対策にも力を入れ住みやすく訪問しやすい都市を目指し精力的に活動した。

その効果はそれなりにあったものの急増した住民と元からの住人の軋轢や犯罪率抑制の圧力によりタコマのナイトエラントへの隠蔽体質の強化など歪みが現れ前回の選挙で現職に敗北した。

ところが現職の親メタヒューマンスタンスがシアトル市長ブラックヘイブンと対立し経済状態は悪化。

半端な犯罪者対策とナイトエラントの隠蔽体質により見かけ上の治安の良さと実際の急激な治安悪化の影響は市民生活に様々な影響が現れている。

 

頭の中で状況を整理してみたが今日のウイリアムへのインタビューはあまり楽しいものにはならないだろう。

できれば、リメンバーデイの話を中心にきな臭い政治の話は少なめにと行きたいところだ。

 

そんなことを考えているとフォードアメリカーは目的地のタコマ区庁舎に到着する。

区庁舎は昔ながらのレンガ風の建造物で落ち着いた雰囲気を纏っている。

近くのパーキングに車を入れ徒歩で区庁舎へ向かう。

快適な温度の車から降りると身を切る寒さが堪える。春はまだ遠い。

受付で名乗れば慣れた物ですんなり会議室に通される。

 

会議室はタコマ産の木材で作られたデスクを中心に落ち着いた設えになっている。

 

「待たせたね、ダニー」

 

壮年のヒューマン男性が穏やかな微笑みを浮かべながら入ってきた。

この微笑みにやられた女性有権も多いらしい。

ウイリアムだ。

彼も今日はヴァッションブランドのスーツに見を包んでいる。

昔はモーティマーオブロンドンを好んでいたが政治家となると色々なシガラミがあるのだろう。

 

「あたしが早く着すぎただけよ。昔からお祭りの前の日は寝付けないのに朝は早く目が覚めちゃうのよね。」

 

ウイリアムは苦笑いを浮かべる。今日に限らずイベント事の度にあたしが早く来ていた事を思い出したのかもしれない。

そして、ウイリアムに続いてオークの女性が入ってくる。

カスリーン・シャードだ。

オークアンダーグラウンドを公的に認めさせる為の活動のなか亡くなった女性ヘレン・シャードの娘で今はシアトルアンダーグラウンドの区長を務めている。彼女もウイリアム同様様々な活動を通して面識がある相手だ。

カスリーンことキャシーは日本帝国の新鋭デザイナー中村のロックブラッドラインのスーツを身に着けている。

オークの身体特徴を活かすを売り文句にしたブランドであり、彼女が身につけるとマニッシュな魅力が際立たせる。

 

「あたしも参加させてもらって良いかしら?」

 

あたしは微笑みを浮かべる。

駄目な理由などどこにも無い。

 

「もちろんよ、キャシー。リメンバーデイの来賓として来てるの?」

 

「ええ、そうよ。区長で参加するのはあたしだけみたいね。」

 

三人で顔を見合わせ苦笑。

政治の世界で親メタヒューマン主義はまだまだマイノリティだ。

 

「ま、無いものネダリしても仕方ないし、インタビューさせてもらっても良いかしら。基本的にはリメンバーデイの話をして、少しだけ政策の話もさせて頂戴。」

 

少し困ったような顔のウイリアムと心配そうなキャシー。二人共現状は良くわかっているらしい。

そして、三脚に載せたカメラをセットする。もちろん、コンタクトレンズを使ってあたしの視界も録画中だ。

 

「皆さんおはようございます。ダニー・ウエストです。本日はシアトルのタコマ地区で行われますリメンバーデイに合わせて放送させていただきます。

まずはリメンバーデイの発案者でもあるタコマ区長ウイリアム・ダッフィーさんと、同じく実現に向けて協力されていたシアトルアンダーグラウンド区長カスリン・シャードさんです。

よろしくお願いいたします。」

 

二人共素敵な微笑みを浮かべうなずき返してくる。

もちろん、あたしの微笑みも20%増量だ。

 

「まずはリメンバーデイについて教えていただけますか?」

 

ウイリアムが頷き口を開く。

 

「実はリメンバーデイに類似した激怒の夜の慰霊祭はマザーオブメタヒューマンで昔から実施されていました。

私もシャード区長もそれらの活動には昔から関わってきていました。

ところが慰霊祭と言うイベントの性質上反省であり過去の事件への追悼の色合いが強くなってしまいます。

ですが、タコマ地区では、この狂乱の夜に襲われている人々を助けるために立ち上がった人々が無数にいたのです。

そこで、過去の反省でけではなく、偉大な先人の業績を忘れないためにリメンバーデイと言う名称のイベントと祝日を提唱させていただきました。

また、激怒の夜からすでに40年近く経ち実際に体験された世代の方にも亡くなられていく方も増えています。今この経験を継承し記憶しなければならないと強く考えているのです。」

 

誇りと反省の両立は難しい。特に政治が絡むと特にだ。その難しい舵取りにあえて挑むスタイルはいつも感心している。

 

「素晴らしい理念の行事であるも感心いたしました。シャード区長もこの件には深く携わっているとお伺いしておりますが、どのような経緯なのでしょうか。」

 

「ダッフィー区長のおっしゃる通り私も様々な活動を共に行ってまいりました。

最近とみに感じるのはアンダーグラウンドが行政権を獲得し書類上の平等こそ獲得しましたが心理的な平等はまだまだ先の話です。

それはメタタイプ差別と言うシンプルな話ではなくアンダーグラウンドの住人が地上と地下と二分法的な考え方をしていることも一つの原因と言えます。

このため従来の被害者と加害者の関係に根ざすのではなく共に生きる仲間としての関係を構築できるイベントは大歓迎なのです。

将来的にはアンダーグラウンドも足並みを合わせてイベントに参加させていただきたいところです。」

 

足並みを合わせてと言えば今回参加してる人もいたような。

 

「共にシアトルで生きる仲間としての意識が育っていけば良いですね。

そう言えば、今回のパレードの警備にはアンダーグラウンドの警察機構を担われているスクラーチャーの面々が参加されていると伺いましたが。」

 

苦笑を浮かべたウイリアムが口を開く。

 

「おっしゃる通りタコマ地区が警備スタッフとして雇わせていただきました。

今回に限らずですがメタヘイト組織の妨害を想定しなければならない状況の為、思想的な選別が必要となりました。そこで信頼がおけるスクラーチャーのメンバーをシャード区長に紹介いただいたのです。」

 

「確かに偏った行動をせず的確に動けるスタッフは貴重ですから調整の大変さは想像できますね。」

 

少しいたずらっぽい笑みを浮かべたキャシーが続ける。

 

「今回の警備にはスクラーチャーのメンバーだけめはなく取りまとめ役としてマトリックスセキュリティコンサルタントも入っていただき運用の効率化も計っているのですよ。」

 

普通に聞けば単なる万全のセキュリティのPRだが、コンサルタントはあたしがかつて大変お世話になったデッカーの彼だろう。

後で何か理由をつけて会いに行こう。

キャシーよ、そのニヤニヤ笑いはやめろ。

 

「セキュリティデッカーの存在は運用効率が大きく変わるところなのでシャード区長の調整には頭が下がります。」

 

「せっかく様々な人の協力で実現したパレードだからね。できれば楽しんで欲しいものさ。」

 

そうそうパレードの紹介をしないといけない。

 

「パレード自体は11時からチャールズローヤー駅を出発しクライングウオールモニュメントを目指す予定ですね。」

 

「そう。おおよそ一時間僕が先頭に立ってタコマの学生たちと共に行進させてもらうよ。」

 

例年このパレードはヒューマニストに狙われる傾向にある。事故にならなければ良いのだけど。

 

「マーチングバンドを仕立てた賑やかなものですね。楽しみです。

とは言え、現状の経済が冷え込んでいる状態ですと人気取りのパフォーマンスと、呼ばれるのも否定することはできないのが実情です。

その辺りはどのようにお考えでしようか。」

 

その言葉にウイリアムは自身に満ちた笑みを浮かべる。

 

「簡単な問題ですと申し上げる事ができれば良いのですが、そう言えないのが実情です。今はできることを一つづつ行うしかないと考えています。

経済対策として雇用対策を進めています。昨年をゼロとしてそこからの従業員数の増加に対する補助金の配布を進めています。これのポイントは前年比ではなく昨年がゼロ値であるので継続的な補助金の支出により人件費負担の軽減化行えると考えています。」

 

「これで経済的にも人権的に恵まれたタコマになれば素晴らしいですね。

それでは、本日はインタビューのお時間ありがとうございました。

では、視聴者の皆様もまたリメンバーデイでお会いできると幸いです。」

 

そこであたしは録画を停止する。

そして、二人に声をかける。

 

「二人共ありがとう。なかなかに好意的に受け止めてくれてるようよ。」

 

目に見えて安心する二人。

 

「それは良かった。ダニーもパレードに参加するのかい?」

 

あたしは首を横に振る。

 

「あたしはパレードは見る側に回らせてもらうわ。来てる人たちにインタビューもしたいし。」

 

「そう、じゃああなたも楽しんでね。」

 

「ええ、ありがとう。」

 

そして、あたしは再び寒空の下祭りの賑わいを見せ始める街へと繰り出していくのであった。




レイニー山
下記の写真のイメージですが、道路からは見えないような予感もしますよね。
https://twitter.com/sigmas/status/1359323983678562304

フランチェスカ・シッブル/Francesca Sipple
『seattle2072』より。
前任の区長で重商主義を展開した。
また、マフィアと組んで対ヤクザ戦線を展開していた。

カスリーン・シャード/Kathleen Shaard
『Seattle Sprawl Digital Box』より。

ロックブラッドライン/ROCKBLOOD
『The_Complete_Trog』より。
原宿で流行しているオークトロールファッションのブランド。

マザーオブメタヒューマン/MOTHERS OF METAHUMANS
いわゆるメタヒューマン事件団体。
当然ダニーも関係している。

激怒の夜
2039 年2 月7 日に発生した世界規模のメタヒューマンに対する暴動、あるいは殺戮です。
メタヒューマンが2011 年に始めて世界に現れてからヒューマンとメタヒューマンの間には分かちがたい溝がありました。
そして2021 年にオークやトロールが現れ様々な国家はメタヒューマンの隔離政策へと進みました。
この差別政策が緩和される2023 年にはヒューマニスポリクラフが成立します。彼らは曲がりにも政治結社ですが2036 年にはテロ組織アラモス20000 が犯行声明を出し1000 人以上のメタヒューマンを殺害します。
この流れが最高潮に達したのが激怒の夜なのです。
荒れ狂うヒューマンの暴徒、暴徒から護るために警察に保護され一カ所に集められるメタヒューマン、そして避難所に火を放つテロリストと見殺しにする警察。
そんな地獄絵図が世界中で展開されました。

スクラーチャー
元はアンダーグラウンドのギャングだが現在は警察機能を担っている。


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仕事する二人

区庁舎を出ると既に人出は増えておりお祭りの様相を呈していた。

車に乗るかはすこし迷ったが、時間もあるし歩くことにした。天気も良いし歩けば身体も暖まるだろう。

区庁舎からパレードの開始点であるチャールズローヤー駅まではだいたい15分程度だ。

取材をしながら歩くには良い時間帯だ。

それにマトリックスセキュリティコンサルタントとして来てる彼の事だ恐らく現場で指揮を取っているだろう。

見つけたら少し話す時間ぐらいは取れると信じよう。

 

あたしもシアトルではそれなりに顔が売れていることもあり、インタビューは順調に進んでいく。

中には声をかけてくれる人もいて嬉しくなってくる。

さすがに早い時間から参加している人達だけあり比較的リメンバーデイに好意的な人が多い。

後はパレードの撮影をするために鬼気迫る雰囲気でカメラのセッティングをしている人たちが多数。

ドローンの飛行にはどうしても制限を課されるために撮影するのは昔ながらのカメラが主流となっている。

プロ顔負けのカメラを用意している人も多々いる。

パレードの参加者が今回は近隣の学校の学生であるためカメラマンは父兄が多いが、父兄だけではないのが人の業は深い。

 

そんなことを思いながら歩いているとお目当ての人物を見つけ出せた。

老年のオーク男性で年代物のデッキを背負っている。

スーツの上からトレンチコートを羽織りさながらトリッドの中の私立探偵のような居住まいだ。

短く刈り上げた灰色が混ざり始めた髪とARグラス、鋭い牙と言う外見はなかなかに迫力がある。

とは言え、あたしは彼が紳士的で理知的な人物であると知っているし、何度も命を救われている。

思想的な部分や正義と言う言葉の光と影、そしてハッキングなど様々なものを彼から教わった。

心から尊敬するあたしの師匠、ウイリアム・マカリスターさんだ。仲間内ではその恵まれた体格と目的を達成するまで止まらない力強さからブルと呼ばれているらしい。

 

「マカリスターさん!」

 

しかめっ面をしながらマトリックスと物理世界を監視するマカリスターさんに声をかける。

彼はミラーシェード型のARグラスを軽くずらしあたしの方にジロリと視線を向ける。

気の弱い人物ならとりあえず謝って逃げるレベルの迫力だ。

 

「おう、ダニー嬢ちゃん。仕事か?」

 

朗らかな、見る人に寄っては凶悪な、笑みを浮かべマカリスターさんは話しかけてくる。

 

「半々ですかね。メインのインタビューが今終わったところです。」

 

納得顔のマカリスターさん。

 

「ああ、キャシーのインタビュー相手は嬢ちゃんだったのか。それで変な顔してインタビューに行ったのか、あいつは。」

 

肩をすくめる。

 

「そういう訳です。後はパレードを取材半分遊び半分に眺めてお友達に合流ってとこですかね。」

 

「良いバランスだな。何事ものめり込み過ぎると良くないからな。」

 

マカリスターさんは先日のアンダーグラウンド関係のゴタゴタで娘さんを亡くしている。身内としては政治的に負けても生き延びて欲しかっただろう。

ましてや、あんなに魅力的な女性だったのだから。

 

「ありがとうございます。マカリスターさんは一日中立ちんぼですか?」

 

「スクラーチャーズの連中は老いぼれオークを休ませるつもりはないらしくてな。

まあ、うまく行けば夕方には終わるさ。」

 

夕方に終わるなら夕飯を誘えるのでは。

それとも打ち上げでもあるのかな?

 

「じゃあ・・・」

 

その時だ。猛スピードでトヨタゴファーが歩行者天国になっている道路に突っ込んでくる。

ナイトエラントも、今来るとは考えていなかったのか完全に突破されている。

マカリスターさんがマークを付けて制圧する時間はない。

ならば時間を作り出す!

 

あたしは意思の力を総動員し共振力を通しゴファーに命じる。

 

全力でブレーキを踏め、と。

 

あたしの共振力に糸に従い凄まじいブレーキ音を立てながらゴファーは停車する。

だが、即座に再加速をしようとする。

この、加減速が明暗を分けた。

魔術師的な手際でゴファーの支配権を掌握したマカリスターさんのおかけで車は止まり、先程突破されたナイトエラントが汚名返上とばかりに車に駆け寄っていく。

こちらはもう問題はないだろう。

 

「助かったぜ、嬢ちゃん。」

 

あたしは強い倦怠感に耐えながら笑みを浮かべる。

 

「間に合って良かったです。それにマカリスターさんの腕があってのものですよ。」

 

苦笑するマカリスターさん。

 

「ありがとよ。この借りはいずれ返す。じゃあな。」

 

そしてマカリスターさんは車に向かう。

あたしはその背中を見送り疲れた身を休める為にお店を探すのだった。




チャールズローヤー駅
現在のタコマドーム駅。
リフォームしてヘリポートやVTOLが離陸できるようにしたときに駅名を1980年代のシアトル市長の名前にであるチャールズ・ローヤーに改名された(らしい)。

"ブル"ウイリアム・マカリスター
今代最高のデッカーの一人。ジャックポインター3人の管理人一人
『スプロールワイルド』より。

トヨタゴファー
日本が誇る自動車会社トヨタの軽トラック。
第六世界ではトヨタはクライスラーニッサンの傘下に入っている。

ダニーの行動
共振力能力でパペッティアを使用しています。


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パレード

あたしはとりあえずその辺のコーヒーショップに腰を落ち着けることにした。

人通りが増えているとは言え、この時間だ、比較的空いた店内は静かにコーヒーの香りが漂っている。

シアトル系のコーヒーショップも時代の変化と無縁ではいられない。

 

誰でもコーヒーを楽しめるるようにソイカフェで本物の味を目指すショップと昔以上に高級になったコーヒーを出すかだ。

あたしが入ったのはソイカフェに舵を切りながらも本物も扱う店だ。

少し迷ってからソイカフェを頼み休憩がてらレポートをまとめる。

 

一時間程度コーヒーを楽しみのんびりレポートを作る。

その間にマカリスターさんから連絡があるかと思ったが、それもなくあたしは諦めて当初の目的地であるチャールズローヤ駅を目指して歩くことにした。

 

人通りも増えており、チャールズローヤ駅に近づけばその人々は更に増えていく。パレードの出発点である以上当然だろう。

 

チャールズローヤ駅はかつてタコマ駅と呼ばれていた場所だ。

タコマ駅はタコマ地区のハブ駅として機能こそしていたものの特筆すべきことはさほど無い駅だった。

ところがデンバー条約に伴うシアトル特別区編成に伴いこの駅を大幅改築したのがチャールズローヤ駅の始まりだ。

元から南北に走る弾丸特急の停車駅でもあり、これにヘリポートやVTOL機の離着陸ポートを増設。

更に近隣にあるシアトルの玄関口たるシータック空港との関係強化。

これらの改革によりタコマの玄関口からシアトルの、いや、北米の玄関口として生まれ変わったのだ。

合わせて駅名も地区名であるタコマから1980年代のシアトル市長の名前であるチャールズローヤに変わった経緯がある。

建物は1930年代の駅舎を模して作られており重厚な石造り風の外観に内部は大理石の床、アーチ状の天井もシアトルの玄関口としての存在感を主張している。

 

と、言う辺りが観光雑誌の受け売りだ。

確かに印象的な建物だけど、他に力を入れることはあったのではないたろうか。

 

すでに駅の前の広場にはパレードの参加者かすでに集まり隊列を整え最後の確認を行っている。

その中には当然ウイリアムとキャシーの姿もある。

その近辺には他の地区の代理人が参加者として手持ち無沙汰にしている。

 

屋台を冷やかしながら雰囲気を楽しむ。

楽しそうに屋台で買い物をしている家族もいれば、少し迷惑そうに群衆を避けるビジネスマンもいる。

皆に喜ばれるようなイベントは難しいが、概ね楽しそうにしている。

参加者の中にはあたしを知っている人もいて声をかけてくれる。

もちろん、あたしの番組のリスナーはこのイベントにも好意的だ。

軽くそんな相手にインタビューをしているとパレード開始の時間になった。

 

ウイリアムが簡単にスピーチをしてパレードは動き出す。

タコマ地区各所の学校のマーチングバンドが音を高らかに鳴り響かせ観衆、その多くは参加者の家族だろう、は拍手やカンセイデそれに応じる。

ここからおおよそ一時間に渡るパレードの始まりだ。チャールズローヤ駅から出発し、区庁舎の前を抜け南のクライングウォールまでを賑やかに練り歩くのだ。

マーチング曲は有名な曲が中心だが今日の趣旨も踏まえてオークロックやレクイエムなどあまりマーチングでは耳にしない曲も演奏されている。

演奏している学生達は練習が大変だったことだろう。

 

このまま何事もなく終われば素敵な一日だったと締めくくれるのだけど、恐らくそうはならないだろう。

複数のヒューマニスト系政治結社からの犯行声明が出ている。

もちろん、そこまで踏まえてのナイトエラントとスクラーチャーの合同警備だ。

取りまとめ役にマカリスターさんがいることもあり大きなトラブルも出るとは考えにくい。

 

だけと、世の中はそこまで甘く無いらしい。ちょうど区庁舎を過ぎた辺りで違和感を感じる。

今までパレード全体を囲むように安心感のある通信の行き来があったが急にそれが遠のいた。

電子戦を仕掛けられているといった印象もない。

何かの段取りミスだろうか。

 

同刻 タコマ区庁舎前

 

「ナイトエラントの配置がおかしいな。」

 

区庁舎前でマトリックス防御と総合指揮を取っているブルがボソリと呟く。

 

「こちらナイトリーダー。ナイト3よりパレードのルートがおかしいと報告があった至急確認対応されたし。」

 

ブルは忌々しげに舌打ちをすると静かに恫喝するように回答する。

 

「こちらブル。パレードは予定のルートを進行している。ルートと合わないならおかしいのはそちらの配置データだ。

正式データを送る。至急配置の確認及び対策を頼む。

こっちも動かせる人員を動かす。」

 

マイクの向こうでは慌ただしくナイトエラントが動く音がする。

初動の出遅れをリカバーすることはできまい。

 

「お散歩騎士団め。配備情報を書き換えられたな。

舐めて仕事してるからハッキングされるんだ。

わざわざ、パレードのこのポイントの警備を剥いできた以上何かの仕掛けがあるのか。」

 

お散歩騎士団ことナイトエラントは定期間隔で屋上に配置し上空のカバーと広域の不審者対応に当てていた。

地上にはスクラーチャー含めて相応の人員がおり今の所問題には対処できている。

 

「なら上からか。

こちらブル。かぎ裂き遊撃隊はポイント7に急行。

周辺警備と共に上空に警戒。現在ポイント7の頭上警備は存在しない。」

 

スピーカーからは勇ましい了承の掛け声。

どうやら、騒動が起きなくて退屈していたようだ。

 

電子戦に備え現場に向かうべきか。

陽動であればさらなる警備の穴になる。

一瞬の逡巡。

ブルは即座に先程出逢ったパワフルなレポーターにコールした。

 




チャールズローヤ駅
『Seattle2072』
内装などの詳細は創作。


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鴨撃ち大会

同刻、ダニー・ウエスト

 

あたしの視界にコムコールを表すアイコンが瞬く。

相手はマカリスターさんだ。

この不安定な通信は何かのトラブルなのだろうか。

コールを受諾する。

 

「もしもし、ブルだ。ダニー嬢ちゃん少し手を貸してくれないか?」

 

マカリスターさんが? あたしに? 何か起きたのかしら。

 

「それは構いませんがトラブルですか? あたしにできることは限られていますが。」

 

そう話しながらあたしは周りの人達の邪魔にならないように道の端に寄る。

 

「今の所具体的なトラブルは起きていない。

だが、ナイトエラントの警備配置がハッキングにより改ざんされた。

この結果これからパレードの通るエリアの頭上の警備ががら空きになっている。」

 

マカリスターさんの声に少し迷いを感じる。

迷ってるのはあたしを巻き込むこと? それとも今の判断?

 

「すると狙撃かドローンによる空中からの攻撃でしょうか。」

 

確かにそれなら多少は役に立てるかもしれない。

先祖返りしたスナイパーライフルやドローンを使うとは考え難い。

マトリックスからのサーチである程度の対応は可能だ。

 

「そうなんだが、悪い話が色々あってな。まず、フレイミングソードかシアトルに入っている。このリーダーはテロリストとした、国際指名手配をされている。」

 

フレイミングソードはヒューマニスポリクラブのセクトの1つだ。

ポリクラブで最も過激なセクトでポリクラブ内部の傭兵のように立ち回っている。

必然的にこいつらが動いた場合にはポリクラブの活動と言うよりは明確なテロになる可能性が高い。

 

「リーダーはミカエルと名乗っている爆破テロの専門家だ。

そして悪いことにシアトルではここ数ヶ月爆発物の需要が増えている。」

 

このパレードに合わせて準備をしてきた訳か。確かにシアトル政界でのメタ差別撤廃派の二人が揃っているから狙い目と言えるかもしれない。

 

「最近ヒューマニストはブラックヘイブンに活動自粛を求められて、だいぶ苛立っているようだ。この為にブラックヘイブンへの意趣返しの意味もあるだろう。」

 

ブラックヘイブンは北米のヒューマニスポリクラブの指導者だがシアトル市長でもある。

特に最近は政治的な失策で足元が悪くなっている時に自分の支援団体に問題を起こされたくはないだろう。

だからこそ、仮に失敗してももみ消せない状態で事件を起こしてブラックヘイブンに活動を促すと言うところかしら。

まさに狂気の沙汰だ。

 

「控えめに言って最悪ですね。でも、あたしに何を? 爆弾がオンラインであれば見つけることもできますが。」

 

迷ってたのはあたしにこの話をすることね。状況はあまりにも悪い。

 

「残念だが、まだ最悪じゃないんだ。ナイトエラントの人員と哨戒ドローンの数が増えているんだ。

もちろん、気を利かせたワード姐さんが春の贈り物にサプライズ増員をしたなんて言う夢のある話でもない。」

 

明確な警備の穴が出来ていると言うことね。

データの洗い直しを手伝えば良いのかしら?

 

「今回一番警戒したのは沿線での爆破テロ、次が自爆テロだ。この対策の為にスクラーチャーの中にランナーも混ぜて確実に掃除は進んでいる。

反面頭上の警備はナイトエラントに任せていた。

あの漂泊社畜団の顔を立ててやったのが裏目に出た。給料分の仕事もできてやしない。」

 

マカリスターさんは影の世界が長いせいかナイトエラントがあまり好きではないらしい。

彼らも頑張ってるのだから、そんなに言わなくてもと言う気がする。

 

「で、嬢ちゃんにお願いしたいのがドローンの選定だ。

全てのドローンを引き上げると警備に支障がでる。

そこで爆弾を積んでる可能性のあるドローンを洗い出して欲しい。」

 

無意識に自分の顔が引き攣るのがわかる。

 

「わかりました。しかし、どうやってですか? 爆弾付きですよとタグがついてる訳ではないですよね。」

 

苦笑するマカリスターさん。

 

「もちろんだ。だからドローンのペイロードを覗く。マスター機器からペイロードデータをドローンに要求したら全て同じ重量を報告してきている。普通は多少のばらつきが出るがそれがない。ドローンのマスター機器への報告プログラムがいじられているとしか思えん。」

 

「それなら、機器自体を見に行っても同じではないのですか?」

 

「飛行型ドローンは自身のペイロードをモニタリングして飛行している。ペイロードを改ざんしたら明らかに挙動がおかしくなり、満足に飛行できなくなる。」

 

やりたいことが理解できた。

 

「つまり、ハッキングして制御系の参照しているペイロードデータを確認して許容誤差から外れてるのを制圧していく訳ですね。」

 

だいぶ面倒な話だ。単独ではないのがせめてもの救いだけど。

マカリスターさんからドローンのリストが届く。中身はナンバリングされたドローンの一覧表だ。

あたしの視界にあるものは白、ないものはグレーアウト、そしてマカリスターさんがチェックしたものは緑になっている。

数十台のドローンのチェックとは骨の折れる話だ。

とは言え、みすみすテロを許すわけにもいかない。

データと視界を同期させることで視界にARでナンバリングを施す。

 

「そうだ。一応スクラーチャーのメンバーにネットガンは用意させているから最悪の場合にはそれで対応する。鴨撃ち気分で気楽にやってくれ。」

 

その言い様に苦笑を1つ。

 

「そうも行きませんが、競争ですね。」

 

楽しそうに笑うマカリスターさん。

 

「いいな。俺に勝てたら飯ぐらい奢ってやるよ。」

 

おっと、これは負けられない理由だ。

全力で行こう。

 

「約束ですよ。」

 

あたしは近くのパーキングに停めてある愛車に向かって疾走する。

面倒な物理的な制約を切り捨てマトリックスに専念しよう。

鈍重な物理世界に囚われている必要は無い。

車に飛び乗ったあたしは(物理的にだ)肉の軛から解き放たれ仮想現実に飛び込んだ。

 

あたしのペルソナ、いや魂は緑の空を持つエメラルドシティグリッドに解き放たれる。

遠くに見えるパレードは楽器のペルソナが並び音楽と合わせてシグナルを放ち、その周囲の人々のコムリンクも喜び喝采を上げるように通信を交わす。

そして、空に目を向ければナンバリングされ、羽の生えた犬のペルソナが舞い踊る。

天頂に光り輝くネオネットのロゴが静かに下界を睥睨する。

さて、あの犬達の体重を測っていこう。

太り過ぎの子は精密検査だ。

ゴッドの目に捕まるギリギリを攻めて行かないと。

 

正式な権限を獲得する時間がない以上順番にハッキングを仕掛けていくしかない。

1つ、また1つ。

複雑な単純作業というのは精神を摩耗させる。

 

そしてついに見つけた。おかしなペイロードのドローンだ。

ホストに指示すればスレイブ化されたドローンだ。簡単に無力化されるだろう。

 

あたしはマカリスターさんに連絡を取ろうとして思いとどまる。

本当にそうなのだろうか?

ひどく嫌な予感がする。

ここまで手間をかけてそんなに簡単に無力化できるのだろうか。

爆弾を積んでいるなら起爆はどうする?

手動? リモート? もちろん可能だろうがそれだけだろうか。あまりにも不確実過ぎる。

内部に起爆条件を仕込むのが確実ではないだろうか。

ここまで派手に動いているのだ。ナイトエラントがテロリストの存在を把握していないとは犯人も考えてはいないだろう。

自分が逮捕される可能性も想定しているはずだ。

ドローンが受けている命令にに何かを仕込んでるという辺りかしら。

 

あたしは今受けている命令を読み取る。

巡回ルートの指定、ケムスキャナーによる爆発物の優先走査、スキャナーに爆発物反応があったり、不審な動きの存在を見つけた場合はレポートを行なう、と。

特に不審な点は無いような気がするけど。

 

そう言えばレポートプログラムが改ざんされてるのだっけ?

念の為そのプログラムを開いて見る。

 

これが当たりだ。

現在位置のレポートをホスト以外への送信しているし、スキャナーに反応があった場合ドローン内部の何かを起動するようになってる。

多分これってルートから外れるかケムスキャナーへの反応があったら内部の爆弾を爆発させる気よね。近くで爆発があればスキャナーは反応するから連鎖的に爆発を起こすようにしているのだろう。

 

あたしはマカリスターさんに通話を行う。

 

「どうした、嬢ちゃん。」

 

マカリスターさんも酷く疲れた声をしている。警備全体を見ながらのハッキングだ、楽なはずはないだろう。

 

「見つけました。ですが、トラップが仕掛けられています。」

 

あたしは状況を説明していく。

 

「25秒後に小規模な爆発なら影響の少ない場所にドローンが出ますのでそのタイミングに合わせて起爆装置の破壊を仕掛けてみようと考えています。問題ないですか?」

 

合わせてマカリスターさんのARに爆発の被害予測を表示する。重量と市場で奇妙な動きをした爆弾の性能からの試算だ。精度はそれなりにあるだろう。

マカリスターさんが一瞬の黙考。

 

「頼む。それしかなさそうだ。念の為近場のぽんこつ騎士共をカバー位置に動かす。」

 

そう言うと互いに通信を切る。

レポートプログラムの通信経路を辿り起爆システムを割り出す。

念の為レジストしているクラックスプライトと共同して攻撃を叩き込む。

その構造体はあっさりとブリッキングした。

 

これで終わりと気を抜いた時に違和感に気づいた。マトリックス構造体が増えた?

起爆装置を破壊すると起動するユニットを仕込んでいると言うのだろうか?

だが、今のあたしなら立ち上がったばかりのシステムよりも素早い。

ちらりと監視指数やばいなーと思いながら全力でデータスパイクを叩き込む。

幸いこれで謎のマトリックス構造体は沈黙しそれ以上の反応はないらしい。

 

気持ちの中で大きく息を吐き今のクラックの資料をマカリスターさんに送信するとあたしの生体ペルソナを再起動した。

さて、ルーチンワークをもう少しこなさないと。

 

あれ? 今回の競争の勝利条件決めてたかしら?




先祖返り
無線接続機能を持たい機器のこと。

ワード姐さん
ナイトエラントのシアトル支社長であるエレン・ワード。
野心家の女性で両性愛者でもある。
ランナーにとっては天敵のような人物ながらその手腕を評価して意外とランナーの評判は良い。
『Seattle 2072』より

ゴッドの目に捕まるギリギリ
今回はダニーは管理者権限を付与されているわけではないため普通にハッキングを仕掛けている。
必然的に監視指数が蓄積していき溜まりすぎればゴッドの制裁を受けることになりえる。


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パレードの終わり

幸いドローンにまつわる事故やトラブルは何も起きなかった。

後でドローンを解析したところしっかり爆弾が搭載されており、場合によっては死者が出るレベルの代物だったのだが水際で食い止めたというわけだ。

後から知らされたところ、あたしが爆弾を見つけた時点で実行犯のミカエルはマカリスターさんが雇ったランナーチームにより捕獲されていたらしい。

もし、彼らの対応が無ければ爆弾ドローンを1つ発見した時点でリモートで爆破されていたことだろう。

自分の勇み足が皆を危険に晒したと言う事実が爆弾発見に沸き立っていた気持ちに冷水を浴びせ、恐怖すら湧き上がる。

 

とは言え、この時のあたしはまだその事実を知らず揚がったテンションに乗って次々にドローンを無力化していた。

恐らくミカエルの確保が無ければマカリスターさんから何かしらの警告があったのだと思う。

 

何はともあれ無事ドローンを除去し飼い主に褒めて貰おうとする犬のようにマカリスターさんのところに云って冷水をぶちまけられた気分になったわけだ。

もちろん、マカリスターさんも悪意があって言っているのではないのはわかるのだが。

 

「責めてる訳じゃないんだ。どのリスクを取るかの話だったからな。

良くやってくれたし、迂闊な指示を出せば連鎖爆発もあった。それを阻止したセンスは最高だ。

ただ、覚えていて欲しいんだ。」

 

あたしは泣きそうになる心を押し殺し笑顔を浮かべる。

 

「ありがとうございます。とりあえず今日は結果オーライと言うことですね。」

 

そんなあたしの心情を見透かす様に、マカリスターさんは微笑む。

 

「そのとおりだな。賭けも嬢ちゃんの勝ちだ。俺が破産しない程度に行く店選んで誘ってくれ。」

 

あたしは大きく頷く。

 

「わかりました。では、あたしはパレード追いますね。また、連絡します。」

 

そして、あたしは駆け出した。

悔し涙が流れ出す前に。

 

とは言え、パレードから随分遅れているのも事実でのんびり歩いていてはパレードの終着に間に合わない。

片手落ちとは言え、あたしも守ることに貢献したパレードだ。せっかくならフィナーレは見届けたい。

祭りを楽しむ人達をかき分けパレードの終着点であるクライングウォールを目指す。

 

クライングウォールはビクソンビルディングの地下に描かれた壁画だ。

2039年に起きた激怒の夜の風景をその惨劇を生き延びたオークやドワーフの画家によって描かれた陰鬱で闇を塗り固めたような作品だ。

幅12m高さ6mの長大な壁画で見るものにまざまざと激怒の夜の凄惨さを痛感させる。

この地下は観光地であり、教育施設である。

恐らく今日のパレードに参加している学生たちもエレメンタリースクール時代に遠足で訪問していることだろう。

それなりに広い施設ではあるがパレードのメンバーと聴衆を全て収納できる規模はない。

だから、今日はパレードの終着はこのビルの前でこの壁画をAR投影した状態でウイリアムが締めの話をして終わりだろう。

 

そんなことを取り留めなく考えながら進んでいるとパレードの音楽が聞こえ、姿も見えてきた。

どうやら間に合ったらしい。

 

テロなど知らず楽しそうに必死で楽器を演奏する子供たちを見ると不覚にも涙がこぼれる。

少なくとも、あたしはこの子達の笑顔を守る役には立ったのだ。

 

そして、パレードは終わりウイリアムの言葉が聞こえる。

 

「風化させない。忘れない。生かしていく。そのように意識して特別に何かするのではなく、皆が共に良き隣人と感じることができれば素晴らしいと思います。今日という日がその足がかりになると私は信じています。」

 

本当に一歩づつ進んでいかないと。

 

さて、仕事は終わりにしてお昼にしよう。

ミーシャの店もそろそろ暇になっていることだろう。

 

あたしは軽い空腹を感じながらお目当ての旧友の店を目指して祭りの喧騒に背を向けるのだった。

 




クライングウォール
『Seattle2072』より。


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昼食に向けてのドライブ

あたしは愛車ものアメリカーを埠頭に沿って北上させる。

タコマは元々林業とそれを行き来させる為の港湾都市とし成長してきた経緯がある。

この為埠頭を中心に街が構成されている。

埠頭を右手に車を走らせていると正面に大きくシアワセタワーが周囲を睥睨するようにそそり立っている。

シアワセタワーは全面がガラス張りのツインタワーでどこからでも良く見える。

内部にはシアワセの歴史がわかる博物館と展望フロアがあり一般開放されている。

タコマには日系人が多いこともあり、いつも良く賑わっている。

 

大学時代の学友であるミーシャはシアワセタワーの近くにあるビジネス街で飲食店をやっている。

伝統のオーク料理を第六世界風にアレンジと謳い文句の店だ。

オークか地球に帰還したのは2023年。

たかだか50年程度で伝統とはなんだと思われがちだが、そうではない。

オークは第4世界にも存在し独自の文化を築いていたのだ。

その根拠とされるのがグレートドラゴンのダンケルザーンによりもたらされたオーク文化について書かれたオァゼット写本なわけだ。

未だにオァゼット写本の正当性の議論はあるが面と向かってドラゴンに文句も言えず、そういう物として扱われている。

 

とは言え、文化と歴史は密接に関係しており自分のルーツとなる文化と言えども好むかどうかは違う話だ。

ましてや、そのルーツすらなければなおさらだ。

 

大学の時にオァゼット写本の通りにミーシャが再現したオーク料理は未だにあたしの中にトラウマとして刻み込まれている。

野趣味あふれると言う言葉も生ぬるい蛇の串焼きやひたすらに辛い焼き肉、煮込んだ豆料理、油の浮いたアルコール。

あたしは食べたあとお腹の調子が悪くなったのに、彼女はケロリとしていた。

本当にメタタイプの違いを感じた最初の瞬間がこれだったかもしれない。

そう、彼女はオークなのだ。

 

彼女が大学時代ヒューマニストに乱暴されたことが、あたし達の人生の転機になった。

あたしは人権活動に興味を持ちジャーナリストを志した。

彼女はオーク文化に興味を持ちオーク料理やオーク格闘術に手を出し始めた。

格闘技道場であるヴィジラントアイアンスクーリングハウスで今の旦那と知り合い、めでたく2年前にオーク料理専門店を出したわけだ。

 

店では"伝統的な"オーク料理も出せるが主に注文されるのはアレンジ品ばかりだ。

これはタコマに東洋人街がある事を踏まえ四川料理を下敷きにエスニック風にアレンジしていることが大きいだろう。

アルコールに至ってはフレーバーカクテルと割り切り様々な甘めのカクテルを揃えている。

 

そんなことを考えていると車は遊牧民のテントをモチーフにした建物に到着した。

ここが、あたしの親友の店クラシス・グロンと言うわけだ。

 

あたしは車を停めると店内に向かった。




シアワセタワー
シアワセの北米本社
『seattle2072』より

オーク料理
シャドウランでは言及を見つけられずアースドーンのサプリ『The Ork Nation Of Cara Fahd』を参照しています。

オーク格闘術
アースドーンの歴史サプリでキャセイ(中国)から来たグレートドラゴンが格闘家を連れてきていたので、その格闘術をカラファッド風にアレンジしたもの。
非公式設定。

ヴィジラントアイアンスクーリングハウス
元はオークのジェンキズが起こした護身術を教える道場。
その中核はアデプトのイニシエーショングループとして機能している。
互助意識の強い組織でもるある。
『Street_Grimoire』より

クラシス・グロン
アースドーンに出てくるオークの英雄の名前。
一度滅んだオーク王国を再興した女王。


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昼食

内装もモンゴルや中東の遊牧民のテントをモチーフにしたエスニックスタイルになっている。

別にオークか中東やモンゴルに関係している訳ではない。

ただ、騎馬(馬だけではないらしいが)による遊牧と傭兵や馬賊として生活を行っていたらしく、近い文化的な背景を参考に内装をデザインした訳だ。

 

昼時を過ぎたとは言え店は8割程席が埋まっており繁盛しているようだ。

ただ、オーダーの品は出揃っているのかウエィトレスをしているミーシャは暇そうだ。

あたしに気がつくと手を振りながら声をかけてくる。

 

「いらっしゃい。リメンバーデイは無事終わった?」

 

苦笑。

確かに見かけ上は無事に終わっている。

 

「そうね。大成功ではないにせよ、中成功ぐらいはしてたと思うわよ。」

 

ミーシャは楽しげに笑う。

 

「なら良かったわね。本当は屋台出したかったんだけど抽選に落ちたのよね。」

 

「まあ、そう言う年もあるわよ。一緒にお昼はできそう?」

 

ぐるりと店内を見回しミーシャが口を開く。

 

「多分ね。ランチセットで良いかしら?」

 

その言葉に警戒心が呼び覚まされる。

 

「ランチは何? 蛇棒じゃないでしょうね。」

 

ミーシャは笑いながら壁面のARを指差す。

 

本日のランチ

騎兵の食べ物 山羊肉で。

クゥアールズ

赤レンズ豆のスープ

カスピ海ヨーグルトのフルーツ添

 

騎兵の食べ物は肉料理全般を指す名前だ。

つまりは山羊肉を焼いた物と言うことになる。

クゥアールズは香辛料で煮込んだ豆料理だ。

スープとデザートはそれらしいものが無かったので雰囲気でつけているはずだ。

味はヒューマンでも食べれるようにさせたから問題はなさそうだ。

 

「大丈夫そうね。じゃあ、ランチでお願いするわ。

あと、甘めのカクテルをお願い。」

 

「ハールグよ、ハールグ。」

 

ハールグは古代オークのアルコール飲料でカクテルに発酵させた油を入れていたらしい。

再現したものはミーシャですら飲めなかった。

 

「嫌よ、本物が出てきたらか弱いヒューマンは死んでしまうわ。」

 

笑いながらミーシャは厨房に下がり二人分のランチを持ってくる。

食欲をそそる匂いだ。

 

近況報告をしながらノンビリランチを食べる。

支払いはコムリンクによる自動処理だからミーシャの視界にポップアップするARウインドウで承認するだけだからほとんど手間もかからない。

 

近況から今日のリメンバーデイの話に、そして治安の話になるのは自然な流れと言えるだろう。

 

「やっぱり治安悪化してるの? 体感としてはよくわからないのだけど。」

 

こうやってたまに足を運ぶ身としては治安の悪化は体感できない。

少し言葉に詰まるミーシャ。

 

「そうね、悪くなってるような気はするけど。多分ダニーの考えてる理由とは違うと思うわよ。」

 

「へ?」

 

あたしから間抜けな声がでる。

くすりと笑いミーシャが続ける。

 

「景気の悪化に連動した治安の悪化が、とか考えてない?」

 

まさにそう考えていた。

それが違う?

 

「考えてたけど関係ないの?」

 

嬉しそうに笑うミーシャ。

あたしはよほど変な顔をしていたらしい。

 

「無関係ではないけど、最大の原因じゃないって感じかな?」

 

よくわからない。

 

「そもそも最近ほタコマの治安状況がわからないのよね。」

 

ミーシャが首をかしげる。

 

「わからないって何が?」

 

あたしはいつもの癖でARに資料を展開する。

 

「こっちの表が観光客や住民の治安アンケートね。

これを見てもらうと何らかの犯罪もしくは不利益を受けてる人の数が増えているのね。

もちろん具体的に何かあったか聞いてる訳じゃないから実際は判らないけど有意に件数は増えてるわ。」

 

今度はタコマ区で出してる犯罪白書を展開する。

 

「反面白書でもナイトエラントのレポートでも検挙数及び通報数は変化なしになってるのよのね。」

 

もちろんナイトエラントの管轄外である貧民街でこそ、最初に治安は悪くなる。

しかし、タコマでは明確な低治安地区は存在しないため、このデータはそれなりに信頼ができるはずだ。

 

「さすが、ダニー。よく見てるわね。色々ややこしいのだけど聞きたい?」

 

あたしは前のめりに返事を返す。

 

「詳しく聞きたいわね。後ミルクティーが欲しいかな。」

 

「そうね、あたしもコーヒーが欲しいわ。ちょっと待ってね。」

 

そして、ミーシャが飲み物を取りに行く事で一旦話は途切れる。

まだまだ話は終わらなさそうだ。



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正論とそれぞれの事情

ソイカフェとソイティーの良い香りが広がる。もちろん合成フレーバーだが、あたしには自然に感じられる良い香りだ。

 

「で、なんで複雑なの?」

 

ソイカフェで軽く唇を湿らせるミーシャ。

 

「そもそも治安が悪いと感じる原因はどこにあるの?」

 

治安とは何か。

 

「一番大きいのは自分が事件に巻き込まれたり目撃することよね。後はメディアの情報で事件が頻発してるとかよね。」

 

チクリとした違和感を感じる。

何かが違うような。

 

「そう、大きいのは事件の頻度。例えば誰かが大怪我している、殺されている。

それを目撃したり、巻き込まれたり、聞いたりする。

そういった共有するイメージなのよね。

もちろん、イメージを想起させる原因はあるから普通はある程度連動してくるわけだけど。」

 

確かに当然そうなるはずだ。

でも具体的な数字に現れないのはなぜだ?

 

「つまり事件は起きてるけど、事件として処理されてないと言うこと?」

 

にやりと悪い笑みを浮かべるミーシャ。

 

「そう。タコマのナイトエラントは通報から48時間以内に事件の分類を行わない事で有名なの。

彼らは解決できるかどうか、解決する意味があるかを考えてから、それが事故なのか事件なのか割り振るわけ。」

 

唖然。

普段は比較的犯罪に対して厳格な軍曹と関わっている性で、どうしてもナイトエラントに腐敗のイメージを持てないでいる。

 

「それは確かに治安イメージと統計データがずれるはずよね。」

 

その言葉にミーシャはしてやったりと牙を剥いて笑う。

 

「てのが、わかりやすい理由ね。」

 

すでに結構込み入ってないのかしら?

 

「これに犯罪組織の抗争が絡んでくるのよ。」

 

犯罪組織に関しては今までほとんど絡んで来ていないため本当に苦手だ。

 

「元々タコマは日本人を含めて東洋人の多い街なのは知ってるわよね?」

 

軽く頷く。

タコマにはシアワセの北米本社もあるし昔から日本人が多い。

また、チャイナタウンもあることからもわかる通り中国人も多い。

 

「と、なるとエスニックシンジケートとしてヤクザが幅を効かせるようになるわよね?」

 

確かに海外で同郷の者に会うと安心する気持ちはわかる。

とは言え犯罪者と取引するのには、どうも、抵抗がある。

 

「理屈はね。でも、犯罪者と取引するものなの?」

 

ミーシャが疲れた笑みを浮かべる。

 

「必要があればね。この必要さに犯罪者の抗争が絡んでくるわけよ。」

 

頭の中には最近リメイクされた禁酒法時代のマフィアトリデオが浮かぶ。

 

「でも、結局それで支払ったお金が犯罪組織の活動資金になるわけでしょ?」

 

嫌そうな顔をするミーシャ。

 

「それはその通りだけど、払わないと仕事にならないなら仕方ないじゃないの。」

 

あたしは今ひとつ状況を理解できないままに問い続ける。

 

「でも、明確に犯罪行為なら流石にナイトエラントも無視はできない訳でしょ?」

 

「明確ならね。安いメニューで長時間居座る客や態度の悪い客、そんなのが増えたり近所での喧嘩とかが増えたりする訳よ。食品配達ドローンが何故か到着しないとかもあるわね。」

 

確かに少しの支払いで嫌がらせが無くなるなら安いものだが、何かすっきりしない。

ミーシャもあたしの葛藤が理解できるのか少し寂しそうな顔をしている。

 

「まあ、立場が違うから理解してくれとは言わないけど、ダニーからそんな目は、向けられたくないわね。」

 

あたしはどんな顔をしているのだろうか。

友人を犯罪者として糾弾するかのような顔をしてるのだろうか。

 

「ごめんね。ちょっと頭整理してから、また連絡するわ。ご馳走様。」

 

あたしは悄然と立ち上がる。

 

「気持ちはわかるけど、わかってほしくて、ごめんね。」

 

あたし達は顔を見合わせくすりと笑う。

 

「大学時代にもよくあったわね。」

 

ミーシャも懐かしそうな表情を浮かべる。

 

「そうね。あなたは昔から頑固だから。」

 

「ふふ。また、連絡するわね。」

 

そして、オンラインで支払いを済ませあたしは店を出る。

考えをまとめないといけない。

 




エスニックシンジケート
今回の話では民族的な結束による犯罪組織のこと。
シャドウラン世界ではオークなどの種族で固まっている犯罪組織やギャングもエスニック系と呼ばれるので注意が必要。


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ラビットホールへの誘い

店を出るとすでに16時を回っており、夕闇の気配が強くなっていた。

今日は晴れていたから日中は暖かかったが、この時間になると本当に冷えてくる。

春の到来が待ち遠しい。

あたしは首をすくめ、小走りに車に向かい飛び乗る。

 

さて、どうしたものだろうか。

このまま家に帰るつもりはない。

マカリスターさんを誘うのは却下だ。絶対に酷い愚痴を言うことになる。

幸いミーシャと一緒に結構な量を食べたからお腹は空いていない。

夜は軽くても構わないだろう。

バーでぼーっとしながらグラスを傾けるのも良いかもしれない。

今回の齟齬の原因は知識と言うよりも価値観に起因する部分が大きい気がする。

自分を見つめ直すのにのんびり飲むのも良いだろう。

 

あたしは近場にある目を付けていたバーを目指すようアメリカーのオートドライブに指示をする。

 

向かうのはバー、シューティングスター。

氷に拘ったバーで、バーテンダーのトロールが精密に削り出したロックアイスを使用して作るカクテルは絶品らしい。

また、空いた時間にアイスを削る手捌きは芸術的でトロールバーテンダーは芸術系のアデプトではないのかとも言われているらしい。

 

そんなシューティングスターは小さなこじんまりとした店だ。

店に入ると左手に手前から奥に向かってバーカウンターがある。

バーカウンターは5人も座るといっぱいになる程度の規模だ。

右手にはテーブル席が二席。

これがシューティングスターの全てだ。

 

店内はシックな木目調に統一し、壁には額装された様々なアルコールのラベルがディスプレイされている。

また、そのラベルの中に真紅のドラゴンが流星の様に舞い降りる様が描かれた絵が飾られている。何かのアルコールのラベルだろうか。

そんな中、耳障りにならない程度の音量でジャズが流れている。

 

早い時間にも関わらずテーブル席はスーツの5人組の男性が少し緊張した面持ちで酒を飲んでいる。

反省会か何かだろうか。

 

「いらっしゃい」

 

バーテンダーから声がかかる。

ピシリとスーツを着こなしたトロールだ。彼が例のバーテンダーダロウ。

あたしは楽に空いたカウンター席に向かう。

噂のピッキング捌きも見ることができるかもしれない。

 

「こんばんは。良い店ね。マティーニ貰えるかしら。」

 

あたしはショートカクテルが好きだ。

バーテンダーの腕が詰まったアルコールと、バー以外では見かけない特別感のあるグラスが好きなのかもしれない。

環境の悪化による天然素材の減少で一番影響を受けたのはバーテンダーではないだろうか。

本物のアルコールは失われ、合成アルコールにフレーバーの酌み交わせ。

伝統的なカクテルを伝統に反して伝統的な味に仕上げる。無数のトライアンドエラーがあったらしい。

だから、あたしは最初にマティーニを頼む。

見極めるなんて偉そうな気持ちではなく、その努力に敬意を払って。

 

様々なアルコールとフレーバーを加えステアする。

優雅な動きを見ながら金属の当たるその音を聞くのが好きだ。

 

そして、目の前に現れるマティーニ。

口に含むと柑橘の爽やかな香りとベルモットの独特の癖のある味が広がる。

 

バーテンダーはチラチラと男性に目を向けている。

 

「まだ早いのに混んでるのね。」

 

バーテンダーは苦笑する。

 

「あの人達はお客さんではありませんよ。」

 

仕事で着てるのか。ならあの緊張した雰囲気も良くわかる。

 

「取引先みたいなものかしら。」

 

「まあ、そんな感じですかね。」

 

どこか諦めたような雰囲気でバーテンダーが口にしたとき奇妙な歌が聞こえてきた。

 

「ボーパルバニーに気をつけろ

聖杯探索の騎士様たちもコイツ一匹に壊滅だ」

 

最初は店内に流れる音楽か変わったのかと思った。

だが、店内のジャズは変わらず静かに軽快に流れ続けている。

 

「跳んで跳ねて転がって

剣を振っても銃を撃っても当たりゃしない

斬られて刈られて刎ね落とされて

哀れ頭と胴が泣き別れ」

 

どこかではない。

店の外。

それも扉の前からだ。

あたしが、そう気づいたタイミングで黒服達が立ち上がる。

 

「ドラゴンには手を出すな

ボーパルバニーに気をつけろ

ソイツに会ったらサヨウナラ」

 

その歌声の抑揚は完璧でストリートで歌っても十分人を呼べる腕前を感じさせる。

ただ、その声は人を不安にさせる。

まるで錆びついた蝶番の軋むような音を耳にすると眉をしかめてしまう。そんな不愉快さがある。

そして、入り口の扉が静かに開く。

その声に当てられていたのだろう。

扉が軋まないことに違和感すら感じる。

 

入ってきたのは違和感の塊のような存在だった。

その体型を表現する言葉としては優雅だろうか。

均整の取れた体型、トレーニングしてよく鍛えられていると思しき引き締まった肉体。

その背丈は男女どちらでもありそうだ。

女性的な柔らかさを感じるが、男性的なしなやかさにも見える。

胸の大きさはアーマージャッケットとそれを補強する追加装甲により視認できず余計に性別を不詳にしている。

手足を覆うのはメタリックな装甲材であり、トリッドに出てくる戦闘ロボットか、ナイトエラントの緊急対策チームのようだ。

そして、顔全体を覆う無骨な防弾ヘルメットによりその顔を伺うことはできない。

テロリストと言うのが最初の印象だ。

強盗にしては装備が良すぎる。

 

もしかして、空気汚染対策をしたセレブだろうか。

PANのプロフィールを見ると名前はヴォーパルバニー、可愛らしいウサギのペルソナ、かわいいフォントで草刈り仕事募集中と書いてある。

女性なのだろうか。

 

あたしが、そんな益体もないことを考えていると黒服たちはアレスプレデターVを抜き放ち、銃弾を撃ち放つ。

無数の銃弾が彼女に殺到し血風が舞う。

 

少なくともあたしはそう幻視した。

 

だが、実際には何故か彼女は黒服の後ろに立ち素手の腕を振り下ろしている。

その腕の線に沿って男は分断されている。

彼女は噂に聞くニンジャなのだろうか。

 

そんなことを考えながらも、あたしはバーカウンターの後ろに飛び込みVRモードに移行する。

この鈍重な肉体に縛られていたら何もできない内に全てに決着がついてしまう。

正直プロの撃ち合いに首を突っ込むのはあたしのスタイルではない。

ただ、今日のミーシャとの会話が頭によぎった。

あたしは犯罪組織に迎合した彼女を非難した。

動ける時に動かないで綺麗事を話す。あたしはそんな連中が許せないからこそ、ここにいるのだ。

黒服が仮に犯罪組織だとしても辻斬りを見逃す理由にはならない。

これがあたしの自己満足だとしても、だ。

 

肉の軛から開放された時あたしの速度は彼女に匹敵する。

彼女のコムリンクであるウサギのペルソナに複数のサイバーウェアがスレイブ化されている。

叩くべきは圧倒的な速度だ。

あたしの存在に、気づかれる前に一気に蹴りをつける必要がある。

あたしはレジストしているクラックスプライトに彼女の強化反射神経を破壊するように命じる。

あたしの存在にはまだ気づかれていないはずだ。

 

続いて彼女は飛び上がると、天井にぶら下がる照明を掴み反動を利用して別の黒服の背後に飛び降りる。

再び腕が振るわれる。

今回は理解した。

彼女の指にはモノフィラメントウイップが仕込まれているのだ。

とは言え、一撃で殺戮するとは驚異的な腕前だ。

今回も黒服は地面に倒れる。

 

仲間の仇とばかりに黒服が彼女に銃弾を浴びせるが、彼女はまるで銃弾と舞を踊るようにことごとく避けていく。

あたしはトリッドの世界に迷い込んだのだろうか。

 

あたしは共振力を一本の槍のように纏め上げ撃ち込む。同時にクラックスプライトが強化反射神経にサージ電流を発生させ叩き込む。

良いコムリンクを使っている。まだ、彼女のコムリンクはブリッキングしない。

恐らく彼女のコムリンクはマトリックス攻撃に対して警告を放っていることだろう。

対策をされる前にブリッキングさせなけれら、あたしは間違いなくナマスにされるだろう。

出し惜しみ無く全力での攻撃を再度流し込む。

すると目に見えて彼女の動きが鈍くなる。

強化反射神経を破壊したようだ。

 

その瞬間確かに彼女はあたしの方を見た。

 

黒服はそのスキを逃さず銃を向ける。だが、突然彼女のアーマージャッケットが閃光を放つ。

それに、視界を焼かれたのか銃弾は壁に穴を穿つ。

 

「やはりドラゴンの加護ある場所はツキがないね。」

 

それは相変わらず錆びた蝶番のような声。

 

「今宵の草刈りは諦めよう。でも、確かに覚えたよ。」

 

彼女はそう言うと天井近くにある明り取り用の高さ30cm程度の窓をぶち破り店から飛び出す。

黒服は慌てて後を追うがしばらくすると戻ってきた。

成果はなかったようだ。

 

「お嬢さん、すまなかったね。」

 

我に返ったバーテンダーから謝罪を受ける。

彼からはあたしが恐怖に竦んでいたように見えたのだろう。

酷く申し訳無さそうにしている。

 

「お代は構わないので行ってください。ここにいたら警察の尋問を受けることになる。貴重な時間を浪費することはない。」

 

少し迷ったが、あたしはお言葉に甘えて姿をくらます事にした。

 

「ありがとうございます。マティーニ美味しかったので、また寄らせて貰いますね。」

 

あたしは彼女が覚えたのがなんなのか、少し気にかかっていた。

 




シューティングスター
オリジナル。他意はありません。

カクテルにまつわる話
創作です。

ヴォーパルバニーさん
こちらは以前シャドウラン翻訳者の朱鷺田さんが個人的に実施していた、サプリメント発売記念キャラクターコンテストに令和ライカさんが投稿されましたボーパルバニーを使用させていただいております。
使用許可いただきましてありがとうございます。
とりあえず、この話での登場はこれだけです。

データ
http://suzakugames.cocolog-nifty.com/4th_/2021/04/post-18fbfb.html


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夕食は軽くアルコールで

あたしは店を出て車に向かう。

ひとまずここから離れるため車を動かし適当にその辺りを周るように指示をする。

 

流石に家に帰る気はない。

飲み足りないし、さっきの彼女については調べておいた方が良いだろう。

早速マカリスターさんから借りを返してもらうとしましょう。

 

マカリスターさんにコムコールをするとすぐに出た。

 

「どうした、ダニー嬢ちゃん。」

 

何か忙しそうにしているようだ。

 

「ちょっと厄介事に巻き込まれましてお知恵お借りできませんか?」

 

少し迷う素振りのマカリスターさん。

 

「今日の昼の事件の後始末で手が離せなくてな。急ぎならビリーを行かせるが。」

 

ビリーはマカリスターさんの息子でハッカーだ。

シアトルアンダーグラウンドの絡みで良く知っている。

彼は生粋のハッカーであるランナーだ。

ハッキングもできるジャーナリストのあたしとは人生観が違う。

それだけに同じ話を聞いても違う結論を出してくる。

これが思いのほか話していて楽しい。

たまに酷く腹が立つことは否定しないが。

 

「ありがとうございます。では、ビリーに相談に乗ってもらえると助かります。」

 

近くにビリーがいるのかコールの外のやり取り。

 

「じゃあ、バジルスフォールティーバーで待ちあわせてくれ。あそこなら内輪の話もしやすい。支払いは俺が持つからついでに楽しんできてくれ。」

 

借りはマカリスターさんに返して欲しかったが仕方ない。

この話は下手したら命に関わる。

 

「わかりました。では、バーに向かいますね。先に着いたら飲んでますので。」

 

「ああ、良い夜を。」

 

コムコールを切りバーを目指す。

バジルスフォールティーバーはタコマのビジネス街の西の端にある。

今いるシューティングスターからはすぐだ。気候のいい時期ならぶらりと歩くのも楽しいが今日の気温だと歩く気はしない。

特に治安が悪いとなると、なおさらだ。

アメリカーに移動を任せる。

その間にさっき出会ったヴォーパルバニーについてマトリックスの情報を当たる。

曰く、ゼータークルップのCEOロフヴィルが趣味で造ったコーポレートアサシンである。

曰く、金持ちのお嬢様か殺人衝動に駆られサイバーサイコになってしまった。

曰く、ミツハマの新型サイボーグのフィールドテストである。

曰く、シティグースの戯れ歌を真面目に受けたストリートサムライが歌の通り行動している。

曰く、ウェットワーク専門のシャドウランナーである。

 

情報は全て噂話レベルでヴォーパルバニーの存在を示唆するものの真実に見合う情報は見当たらない。

少なくともヴォーパルバニーはフリーランスないし、フリーランスに近い立場の暗殺者のようだ。

虎の子のサイバーウェアを破壊したハッカーとして覚えられた以上狙われる可能性がある。

自衛のためにも彼女の動きについて調べたほうが良いだろう。

ビリーが何か知っていると良いのだけど。

 

バジルスフォールティーバーに着いたのだが、実はあたしはこの店に入ったことがない。

タコマの老舗のバーでバーテンダーの腕も良く変な客も少ないバーらしい。

にも関わらず、あたしが来たことが無いのは、ランナーなどの影の住人達の好む店だと聞いているからだ。

仕事柄ランナーに護衛等を頼むこともあるが、あたしは影の世界で生きている訳ではないし、生きていけるとも考えていない。

ただ、外から見れば影の世界に半端な興味を持ったジャーナリストが取材に来たように見えてしまう。往々にして過ぎた好奇心は身を滅ぼす。あたしも他人の勘違いで死地に踏み込むのはまっぴらなので、来店を避けてきた訳だ。

今回はワナビーではなくプロのランナーであるビリーのお誘いなので喜んでやってきた訳だ。

 

店の外観は黒を基調としており、扉は漆塗りの木製であり、窓には竹のような格子がはまっている。オーナーの趣味なのか扉は手動だ。

最近オーナーが変わり、外観なども合わせてリフォームしたようだ。

老舗らしからぬ真新しい外観をしている。

中に入ると左手にカウンターがあり、中央にテーブル席、右手にはボックス席が並んでいる。奥には個室もあるのか奥への扉がある。

内装は黒を基調としており、漆を塗った木材をベースに所々に螺鈿装飾を施しシックに仕上げている。これが合成素材ではない本物なら内装だけで馬鹿みたいな費用が掛かっているはずだ。

本格的な料亭ならともかく普通のバーで、ここまでする意味がわからない。もちろん、あたしの審美眼などしれたものだ。イミテーションなのかもしれないが。

店内にはホワイトノイズジェネレーターが仕掛けられているのか独特のノイズと造られた静寂が広がっている。

バーカウンターには東洋系の顔立ちをした男性がグラスを磨いている。まだ、早い時間の為か客は少ない。

それにも関わらず店内の客は物理的に重そうな人物ばかりだ。あたしは気にせずカウンターに腰掛ける。

バーテンダーはあたしの方に歩み寄り声をかけてくる。

 

「いらっしゃい。オーダーどうされますか。」

 

流石にあからさまに探ってはこない。

特にPANのプロフィールを隠しているわけではないから、身元はわかっているはずだ。

 

「マティーニ貰えるかしら。」

 

バーテンダーが小さく頷く。

 

「合成品でよろしいですか?」

 

その質問に驚いてARのメニューを確認する。この店は天然物のマティーニも置いているのか。

そして、値段も相応のものだ。

あたしは少し微笑んで応える。

 

「合成品でお願いするわ。彼氏が来てから天然物お願いするかもしれないけど。」

 

これで待ちあわせだとわかるだろう。

余計な腹の探り合いしながら呑むとアルコールの味がわからなくなる。

せっかくのカクテルだ、楽しまないと。

心地よいステアの音を聞きながらビリーを待つ。さほどお腹は空いていないがドライフルーツとピーナッツを頼む。

マティーニを一口口に含む。あたしには本物としか思えない独特の風味が広がる。少し甘みを足して飲みやすくしているようだ。

マティーニは早いお嬢さんと思われるのだろうか。

 

「これで合成なんですね。美味しいです。」

 

バーテンダーさんがくすりと笑う。

 

「合成品の方が味がバラつきませんからね。レシピが決まれば天然物にも負けませんよ。飲み比べされますか?」

 

どうやら、一応酒飲みとしては認めて貰えたようだ。確かに味がどうなるのかは気になるけど。

 

「ふふ、これで満足してしまいましたので、大丈夫です。」

 

ぼーっとカウンター並ぶ酒瓶を眺めながらチビリチビリとマティーニを傾ける。

バーテンダーは特段話しかけてもこず、変な客も絡んで来ない。至福の時間だ。

 

「バーテンダーされて長いのですか?」

 

つい、尋ねてしまった。

何となく今なら答えてくれそうな気がした。

 

「いえ。本業にしたのは最近ですね。それまでは真似事してましたが。様になってますか?」

 

いたずらっぽく尋ね返される。

 

「ええ。自然体に見えますね。長年バーテンダーをされてるのかと思いました。」

 

バーテンダーは楽しそうに上品に笑う。

 

「前も待つ時間の長い仕事をしていましたからね、似ている性かもしれませんね。」

 

一体何をしていたのだろうか。

 

「何かを極めれば他にも通じると言いますからね。」

 

そんなのんびりした時間を過ごしながら、2杯目に頼むものを選んでいるとガラリと新たな人物が店に入ってきた。

意思の強そうな口元にミラーシェードを掛けたオークで、その顔はマカリスターさんを若くしたようだ。

あたしの待ち人ビリーが来た。

 

ビリーは迷わずあたしの方に向かい声をかけてくる。

 

「悪いな、待たせて。」

 

あたしが言葉を返す前にバーテンダーが言葉を返す。

 

「こんなか弱いお嬢さん1人で待たせるなんて、どんな奴が彼氏かと思ったがお前か、ビリー。」

 

予想通りビリーはここの常連のようだ。

 

「俺がタコマで知ってる最も安全な店だから、ここで待ちあわせしたんですよ、カイリンさん。」

 

バーテンダー、カイリンさんも満更でもないのか苦笑している。

 

「相変わらず調子の良いやつだな。支払いはお前に付け替えておくぞ。」

 

肩をすくめるビリー。

 

「今日は親父のお使いなんでね、断れやしない。」

 

二人のやり取りに苦笑するあたし。

 

「悪いわね、忙しいところ。」

 

少し慌てて否定するビリー。

 

「何いってんだよ、ダニーが呼んでくれたらいつでも来るぜ? ましてや、今日は親父に良いように使われてたから助かった。」

 

彼はいつも調子の良い事ばかり言う。カイリンさんにもそうなのだろう。

 

「なら良かったけど。」

 

彼はカイリンさんにラスティネイルの合成品を頼んで話を振ってくる。

あたしは見慣れない日本酒ベースのカクテルである春の雪を頼む。和風テイストの店だ。きっと拘りがあるのだろう。

 

「で、相談て? 内密の話なら個室かブース借りるけど。」

 

あたしは横に首を振りヴォーパルバニーの話をひとまず話し始める。

 

「ヴォーパルバニーねぇ。最近噂はよく耳にするけど。しかし、何でまた介入したんだ。ダニーのスタイルじゃないだろ?」

 

必然的にミーシャとの話もすることになる。

影で生きてきている彼からしたら、こんな干渉は笑い話にしかならないだろう。

 

「難しい話だよなー。俺もたまに仕事してて疑問に思うことあるもんなぁ。」

 

どうやら、あたしだけが悩んでいるわけではないらしい。

 

「でも、仕事は仕事でしょ?」

 

困ったように笑うビリー。

 

「だな。依頼は完遂するのがランナーさ。ただ、言われたことを言われたままにやるだけならシャチクやってるさ。賢い悪魔のように相手のオーダーに応えた上で相手の鼻を明かし世界をより良くして行くってのがランナーだって俺は親父から習ってるからなぁ。」

 

どうやら迷いながら生きているのは、あたしだけではないようだ。当然の事であっても気が軽くなる。

 

「あたしはトリックて苦手なのよね。」

 

屈託なくビリーが笑う。

 

「突撃レポーター、ダニーちゃんは健在な訳だ。」

 

「あたしはもっとスマートにやりたいのだけどね。」

 

顔を見合わせ二人で笑う。

 

「で、ヴォーパルバニーについてだけど、多分心配しなくても良いと思うぞ。」

 

あたしは最大の懸念事項をあっさり否定され、あたしは唖然とした顔をする。

 

「ヴォーパルバニーは生粋の暗殺者だ。そう言う連中は普通対象以外は狙わない。」

 

ビリーがちらりとカイリンさんに視線を向ける。

応えるようにカイリンさんが口を開く。

 

「同感だな。そして、往々にして暗殺者が任務に失敗した時に細かい説明はしないものだ。お嬢さんが狙われる可能性は低いだろうな。」

 

カイリンさんも元ランナーなのだろうか。

少なくともビリーが信用して意見を求めたのだ、信頼はできるはずだ。

 

「と、なると、あたしの直近の問題は解決な訳かしらね。」

 

「絶対じゃないがな。念の為1週間程度護衛つけるか、アンダーグラウンドに身を隠した方が良いとは思うけどな。」

 

少し迷う。死んでしまっては何もできなくなる。とは言え、ヴォーパルバニーに本気で狙われたら助かる方法はあるのだろうか。

無駄に犠牲を増やすのも本意ではない。

 

「とりあえず、活動は減らさないけどアンダーグラウンドには寄らせて貰うわ。」

 

ビリーが安心した顔をする。心配してくれているようだ。

 

「じゃあ、次の話よ。シンジケートをどうするかね。」

 

鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするビリー。

 

「どうするかって、どうするんだよ?」

 

カイリンさんも微笑ましいものを見るような顔をしている。

 

「わかってるわよ。ただ、そう言う世界だからって見て見ぬ振りをするなら、ジャーナリストなんかやってないわ。世界を変えるためにあたしはここにいるのよ。」

 

悩み顔のビリー。

 

「とりあえず、タコマの状況説明するから、そこからどうするか考えていこうぜ。どこまで理解している?」

 

「タコマでは東洋系の住人が多いからヤクザや三合会の影響力が強いと言うくらいしかしらないわ。」

 

天を仰ぐビリー。

 

「2050年代のイメージだな。まあ、間違っちゃいない。」

 

ビリーの話によるとヤクザとマフィアの抗争が長年続いてきたが、最近はそこにテンポで力を付けたコムンゴリングと言う朝鮮系の犯罪組織が暴れているらしい。

これに加えて戦争じみた手段を取るロシアンマフィア、ヴォリーフザコーネの介入もあり治安は悪くなっているらしい。

ウイリアムの前の区長であるフランチェスカ・シッブル女史はこの治安問題にも心を砕いており、マフィアに肩入れすることにより勢力間のバランスを取り治安の安定化を狙っていたらしい。しかし、彼女が退任し現職のウイリアムは治安問題に介入する意志はない。結果、中途半端に勢力を付けたマフィアと、その市場を狙う他の犯罪組織と言う構図が出来上がる。

また、表向きの看板の強さを痛感したヤクザは警備会社ナイトランナー警備保障を設立し、犯罪組織から市民を守ると主張して契約の拡大を進めているらしい。ナイトランナー警備保障はシアワセとも契約しており、同じ金額を犯罪組織に払うならと契約を切り替えるユーザーも増えている。ただ、これも実質的にはヤクザのマネーロンダリングである以上、根の深い問題だ。

また、ヴォリーフザコーネにはイーボが、三合会には五行が、ヤクザはミツハマやシアワセがととメガコーポも絡んでいる。

面白いことに、この抗争でナイトエラントが賄賂などで見逃している訳ではないらしい。もちろん、賄賂を取っている者は零ではないだろうが、大規模ではない。

純粋に手が回っていないらしい。

この辺りにこそ突破口があるのではないだろうか。

 

「厄介な状況なのは良くわかったわ。とりあえず、犯罪組織の殲滅とかを目指すつもりはないから、やりようはあるわよね。」

 

ビリーが少し呆れた顔をしている。

この程度で引き下がるなら、あたしはジャーナリストにはなっていない。

 

「ナイトランナー警備保障の内部データでも抜くか?」

 

「表に出せない情報を使うのは危険だわ。万が一出ても良いように対策はしてるだろうし。」

 

怪訝な顔をするビリー。

影の世界にいるから出来ることもあれば、表にいるからこそ出来ることもある。

 

「現状の周知と共にないに圧力を掛けて対策をするように動くわ。あたしは政治寄りのジャーナリストなのだから。」

 

肩をすくめるビリー。

 

「うまくいくかね?」

 

あたしは少し楽しくなってきた。酔ってきたのかもしれない。

 

「わからないわ。でも、動くしかない以上動くわよ。」

 

「世界を良くするために?」

 

「そうよ。」

 

「なら、できる事があったら言ってくれ。格安で手伝ってやるよ。」

 

あたしはいたずらっぽく微笑む。

 

「じゃあ、とりあえず色々な事を教えてちょうだい。まだ、夜は長いんだから。」

 

「俺の協力する意志を今日の酒代だけで飛ばさないでくれよ。」

 

そんな話をカイリンさんがにこやかな顔で聞いている。

夢物語かもしれないが、動かなければ世界は変わらない。

 

それから、あたしはインタビューを集め、資料を整理していった。

ミーシャを含め匿名ながらも様々なインタビューの協力を受けることができた。

誰もが現状を良しとはしていないが、日々の生活を犠牲にしてまで変える余力がないのだ。

 

最も意外だったのはナイトエラントだ。

彼らはタコマの問題を把握すらしていなかった。

数年前のCEO交代による社内体制の変更が想像以上に組織運営を圧迫しているらしく、軌道に乗り始めたばかりのシアトルのナイトエラントでは管理体制に機能不全を引き起こしてたようだ。

この件に関してはアンダーグラウンド関係で伝手のあったシアトルの地区判事であるダナ·オークスや軍曹経由で相談を行った。

結果的にナイトエラントの機能不全のニュースと合わせてシアトル支社長であるエレン・ワードのインタビューまで行なうことになった。

ワード女史は噂通り出世欲旺盛な人物だ。必ず状況改善が進むことだろう。

 

とは言え、犯罪組織の問題は本当に根が深い。マネーロンダリングや違法品の販売など治安悪化の大きな要因だが、犯罪に手を染めなければ生きていけない貧困層の問題とも密接に関わってくる。

いつでも、しわ寄せを受けるのは力なき弱者だ。

 

今日はリサーチのお礼がてらビリーにランチを奢っている。

ビリーには犯罪組織の現場で荒事に駆り出されたり、麻薬の密売に手を出してるような人物からのインタビューに協力してもらった。

 

あたしは他愛ない話をしながら、これで第六世界が少しでも暮らしやすくなればと望みながら、報道を続けていく。

 

自分の信念に従って。




ゼーダークルップ
ドイツのメガコーポ。社長はグレートドラゴン

詳細は下記参照。
http://shadowrun.html.xdomain.jp/SR5/AAA.html#sk

ウェットワーク
いわゆる暗殺のこと。
血に濡れる仕事だからと思われる。エロい話ではない。

バジルスフォールティースバー
ランナーご用達のバー。
オーナーは元ランナーのカイリン。
外観に関しては創作。
『Seattle Sprawl Digital Box』および『Seattle 2072』より。


ワナビー
もどき。ランナーに憧れる素人やランナー気取りのチンピラをさす。

物理的に重そうな人物
いわゆる重度のサイバー化をしている人物。

カイリン/Kai-lin Panubras
(Shadows of Asia,P86)
スモーキークラブの元メンバーであるスナイパー。
現在はシアトルのタコマにあるフォールティーズバーのオーナーをしている。
ネイティブアメリカンのハイダ族の母親とミツハマの日本人との間にミツハマのツィムシアンアーコロジーで生まれた。
幼少時代に父親から日本文化を学び、日本の合気道の創始者植芝盛平の思想に強い影響を受けている。
カイリンは植芝の影響として行動規範を持っています。これは勇気、知性、愛、友情を大切にするというもので、アデプトの戦士の道に通じるものです。
スモーキークラブは暗殺専門のランナーチーム。

ナイトエラントのCEO交代
スー国の出身のナイトエラントのCEOであったソアーリング・オウルが突然ナイトエラントを退社します。
この後任として着任するのがローンスターの創設者であるクレイトン・ウイルソンが就任します。
企業文化が異なる中ウイルソンはローンスター流のかじ取りを行っていくため、ナイトエラントが苛烈な組織に変わっていきます。
当然この過程で様々な現場レベルの混乱があるだろうという推測から書いています。
そんな混乱はオフィシャルでは明記されていません。


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ウサギの巣穴にて

ダウンタウン中央にあるホテルニッコウ。

日系の高級ホテルで日系ビジネスマンが定宿としていることで有名なホテルだ。最高級ホテルではないが、高級ホテルであることには間違いがない。

そんなホテルの上層にあるワンフロアぶち抜きで借り上げる事のできるコンドミニアムがある。いわゆる上流階級御用達のコンドミニアムで家臣団を引き連れて旅をするような人達が使うような部屋だ。

もちろん、そんな部屋が常に埋まるなどそうそうないことなのだが、ここしばらくは滞在し続けている人物がいる。

予約名簿にはマリア·ロマノフと記載されている。彼女はロマノフ王朝の末裔たるブルーブラッドであり、現在はゼーダークルップでの貴族外交を行っていることになっている人物だ。

黄金を溶かし込んだような金髪に、澄み渡る空の様な蒼い瞳、その肌は新雪のように白い。

その身には世界のセレブが羨望の目を向けるファッションブランド、アーマンテの最新モデルのドレスを安物の夜着のように無造作に着こなしている。

今彼女はマトリックスミーティングが可能なダイニングの椅子にゆったりと腰掛けメイドに髪を梳かせている。

ホテルニッコウの窓から眼下に見えるシアトルの夜景は感嘆に値する代物だが、彼女はただ捧げられて当然の宝石を眺めるように穏やかな笑みを浮かべながらも無感動に見下ろしている。

 

そこに穏やかな笑みを浮かべ、夜にも関わらずスーツをピシリと着込んだ年配の男性が入室し彼女に声をかける。

 

「先程ブラックハウス様より返信があり、モーニングミーティングの後にお打ち合わせをお願いしたいとのことでした。」

 

今時計の針は20時を指している。

 

「エッセンで10時頃となると、まだ5時間ほどありますね。少し体を動かします。アデーレ、悪いのだけど組手に付き合って貰えるかしら?」

 

背後で髪を梳かしていた女性は手を止め応える。

 

「喜んでお相手させていただきます。では、お召し替えされますか?」

 

女主人たるマリアは優雅に頷くと立ち上がる。

 

「そうね。実戦に合わせた形が望ましいでしょう。」

 

彼女達はコンドミニアムのクローゼットに向かい衣服を変える。

それはコンドミニアムを借りるような深窓の令嬢とお付きのメイドが着込むにはあまりにも奇妙な服装だった。

アーマージャケットに体の随所にPPPアーマー、そして無骨な防弾マスク。

ダニーが今日出会ったヴォーパルバニーそのものの姿が2つ、高級ホテルのコンドミニアムに現れた。

彼女達は壁を駆け上がり、蹴り飛び、互いの背後を奪うためにトレーニングルーム狭しと猿のように飛び回る。そして、背後に降り立つと無造作に指先に隠されたモノフィラメントウイップを振り下ろす。それすらも互いの身体には当たらない。

さながら、奇妙な舞踏のような組み手。

そんな組み手を行うこと数時間。

この奇妙な舞踏は日付の変わるまで続く。

定期的な休養を入れながらとはいえ激しい動きにより全身からは汗が滴り落ち、先程綺麗に梳いたマリアの髪も顔に張り付いている。

日々命懸けの武人が行うような過酷なトレーニングをこなすと、彼女達は汗を流しにバスルームに消える。

ミーティングまでに身だしなみを整えなければならないのだ。

 

シアトル時間で午前一時、エッセン時間の午前10時にマトリックスミーティング開始の合図が入る。

マリアはトレーニング前に腰掛けていた椅子に優雅に座り、アーマンテのドレスに身を包んでいる。

その姿から先程のトレーニングで壁や天井を無関係に床として飛び回っていた姿を想像することは困難だ。

それまで誰も座っていなかった正面の豪奢な椅子に突然男性の姿が現れる。エッセンの彼の姿をリアルタイムでAR上に投影しているのだろう。ブラックハウスの視界にも同様の姿は投影されているはずだ。

その姿は30代の男性で、ゲルマン系の特徴である彫りの深い顔立ち、一目で身体を鍛えていることがわかる分厚い体躯、短く刈り込んだ金髪、全てを見抜くような鋭い灰色の瞳の持ち主だ。

 

「おはようございます。ヘル ブラックハウス。」

 

優雅に挨拶するマリア。

 

「おはようございます。フラウ ロマノフ。深夜に申し訳ありませんね。」

 

小さく左右に首をマリア。

 

「そもそもは私の失敗ですのでお気になさらないでください。」

 

鷹揚に頷くブラックハウス。

 

「そう言っていただけると助かります。さて、本題に入りましょう。

今回の失敗に関しては特に問題視していません。この案件自体があなたのフィールドテストの意味合いが強いものでしたのでお気になさらないでください。」

 

マリアの浮かべている穏やかな笑みが僅かに深くなる。。

 

「ありがとうございます。サイバーウェアの修理を進めていただけますか? 費用はいつもの通りでお願いいたします。」

 

深く頷くブラックハウス。

 

「すでに修理部材の手配は進めています。パーツが揃い次第うちの関係クリニックで修理を受けてください。」

 

「わかりました。身体が鈍らないようにトレーニングを行っておきます。

そう言えば今回のハッカーについて何かわかりましたか?」

 

「頂いた視界の画像からシューティングスターに同席していた女性が犯人かと思われます。それなりに名前の売れたジャーナリストのテクノマンサーです。名前はダニー·ウエスト。今回の事件で利益関係にはありませんので、義侠心からの介入でしょうね。」

 

その言葉を受けマリアは華が綻ぶように艷やかに微笑む。

 

「では、対処は必要ありませんね。」

 

「特段の問題はありませんね。

確認事項は以上でよろしいですか?」

 

「以上です。お時間ありがとうございます。」

 

そして、ミーティングは終了する。

映像が消えマリアが立ち上がる。

その際に彼女はぽそりと呟いた。

 

「面白い人もいるのね。お友達になれないかしら?」

 

 




ホテルニッコウ
ホテル内のレストランは和食が充実している。
『seattle2072』より

マリア·ロマノフ
オリジナルキャラ。
ゼーダークルップの腹心の中にロマノフ家の人間がいるので、そこからの発想です。

エッセン
ゼーダークルッププライムの本社ビルの所在。

ブラックハウス
ハンス・ブラックハウスのこと。
ゼーダークルップで最も名の売れたジョンソン。
SIN上のデータでは70台のはずだがその姿を現すときの外見はだいたい20-30代で、様々なメタタイプで現れる。
変装の達人であるとも、無数のブラックハウスがいるとも、騙りがいるとも、ドラゴンが変身しているとも、ロフビルのカバーネームであるともうわさが多々ある。
ちなみにシャドウランリターンズでも登場する。
『Street_Legends』より。


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閑話:突撃メガコーポ ナイトエラント

2075年2月20日

UCAS シアトル レントン地区 ナイトエラントシアトル トレーニングアカデミー

 

シアトル上空の俯瞰風景。

周辺に比べて明確に緑の多いエリア、レントン地区に視界は近寄っていく。

レントンを南北に走る国道405号線とシーダー川の交わる場所にある広大なグランドといくつかの施設、さながら大学のような施設。

中央にそびえる一際大きな建物の壁面に飾られる騎士の盾に刻まれるKEの文字。ナイトエラントの社章だ。

 

視界はナイトエラントの社章にパンされる。

 

視界は切り替わり執務室に移る。

執務室には二人の女性の姿がある。

 

一方は長い金髪を頭の上でまとめたパンツスーツの女性。。

一方は腰まである赤髪に全身これ筋肉と言った引き締まった肉体、その身はナイトエラントの制服を一部の隙きも無く着こなす、軍人のような女性。

 

ダニー「こんにちは、ダニーの突撃メガコーポです。今日はナイトエラントのシアトルトレーニングアカデミーにお邪魔しています。

ご対応いただくのはナイトエラント警察契約部門バイスプレジデント、エレン·ワードさんです。」

 

エレン「ご紹介に預かりましたエレン·ワードです。現在ナイトエラントにて警察契約部門の責任者を行っております。」

 

ダニー「本日はお時間をいただきまして誠にありがとうございます。

まずはナイトエラントの設立についてからお話をお伺い出来ますでしょうか?」

 

エレン「弊社は2035年にアレスのCEOダミアン·ナイトの発案で設立しました。

当初はアレス内部に対して活動するエリート警備部隊として活動を開始しています。続いて社内で形成した警備ノウハウを各国や他社、警察へのノウハウ提供を行うコンサルティング業務を開始しました。そうなると実際の部隊の出動要請を受けるのは必然であり精鋭警備部隊として外部との契約を開始しました。我々は傭兵ではなく警備のエキスパートであると自負しております。」

 

ダニー「確かに他社と比較しても高い練度に加え潤沢な装備を持つと言われていますね。」

 

エレン「その通りです。装備に関してはアレスの全面的なバックアップあってのことですが、練度を高めることは一朝一夕にはなりません。そこで、トレーニングアカデミーが設立されたわけです。

このトレーニングアカデミーには3つの目的があります。

1つはナイトエラントの士官候補生の訓練、続いてユーザーへの軍事訓練、そしてグループの社内訓練です。

アレスにはナイトエラントを含めて3種類の軍事組織があります。

1つはアレスの企業軍です。これはアレスの誇る虎の子である精鋭軍事部隊です。彼らは基本的にアレスのためにしか軍事力を行使しません。

次は傭兵部隊と一般の警備会社です。中にエグゼグティブ・プロテクション・サービスのように要人警護に特化した特殊な組織もありますが、平均的な能力の企業軍です。

そして、我々ナイトエラントがその中間にあると言えます。ただ、我々は警備会社ですので戦争を行うに足る準備は行っていません。ですが、前述の傭兵部隊、例えばウルブズラインを指揮下に入れることで戦争に参戦し、指揮を執ることはあります。

我々はアレスグループの軍事的なバックアップと教導部隊的な立ち位置にあると言えます。

この立場を支えるのがこのトレーニングアカデミーなのです。」

 

ダニー「な、なるほど。さすがは軍需産業の雄アレスの虎の子であるナイトエラントですね。実際コンプライアンス教育の徹底と市民をユーザーとして扱う教育により汚職や市民への態度がローンスター時代に比べ、10%以上評価が良くなっていますね。」

 

エレン「我々も民間企業ですのでユーザー満足度には注意を払っておりますので、喜ばしい結果です。」

 

ダニー「このような結果があっただけに、今回のタコマの状況は腐敗の前兆ではないのかという不安があります。私が調査したところ通常の殺人事件の解決率が97%、レイプなど性犯罪でも84%程度となっていますが、組織犯罪の解決率は34%と突然低迷します。更にこの解決率に関しても実際に街での聞き取り調査などを行った場合、大きく異なるという結果が出てきています。解決困難な事件を事故として処理して解決率の水増しをしているというお話も耳にしております。」

 

エレン「今回のご指摘を受け状況の精査を進めたところご指摘の事実は確かにありました。我々が警官のモチベーションを高めるために検挙率によってインセンティブを支払っていたことがネガティブに作用した結果であると認識しています。」

 

ダニー「簡単に報酬を手に入れるとなると誘惑に負けてしまうのが人の性だというのは理解しております。とはいえ、タコマ地区で特異的に発生していることに理由があるのでしょうか。」

 

エレン「タコマの治安が急速に悪化したため想定していたインセンティブが手に入らなくなることを避けようとした結果のようです。この為検挙率を維持するというタテマエの元行われてしまったようです。本来は弊社のシステムとしてこのような事態を行らないようにする必要があったのですが、うまく機能していなかったのです。今後私のタスクフォースとしての現状把握と対応策の設定を進めていきます。」

 

ダニー「ナイトエラントの状況は社会生活に直結する問題ですので、早急な対応をお願いしたいところです。ただ、人の性質からなかなかに難しいとは思うのですが、どのような対応を検討されているのでしょうか。」

 

エレン「監査部隊の強化を行い報告の精査を行うことで報告の信頼性を高めていき、不正行為の実施を抑えたいと考えております。」

 

ダニー「確かに、不正を行えない環境を整えることしか方法はありませんね。」

 

エレン「そうですね。その為の信賞必罰の徹底と適材適所へのスタッフ配置を進めていきます。」

 

ダニー「スタッフの配置と言えばオークやトロールの配置についてお伺いできますか。人口比率に対しての偏りは感じないのですが、戦闘部門でのトロールやオークの比率が高いように感じられます。」

 

エレン「これこそまさに適材適所ではないでしょうか。警備要員となるとトロールのほうが物理的にも抑止力的にも有効です。これにより本人の希望によほど反しない限り警備部門へ配属されることが多くなっています。」

 

ダニー「確かに戦死率もヒューマンのほうが高いぐらいですので、効率的な配置と言えそうです。本日はお時間をいただきまして誠にありがとうございました。」

 

エレン「こちらこそありがとうございました。」

 

画面がフェイドアウトする。

 

ダニー「ありがとうございました。」

 

エレン「今回のお詫びに食事でもどうかしら。このインタビューを設定させたガンダーソンも連れて」

 

ダニー「ぜひ、オフレコのお話でも聞かせてください」

 

エレン「(くすり)ゆっくりとお話ししましょうね」

 

 

 



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善意の隣人たちに祝福を/レントン編
桜の朝


その日あたしはいらいらとする気持ちを静めるためにシダー河川公園をぶらぶらと歩いていた。

朝の6時にも関わらずランニングをする人々、あたしのように桜を眺めながらそぞろ歩きをする人々で意外なほど人通りが多い。

4月に入り身を切るような寒さが落ち着いたことも要因の1つだろう。

満開の桜の花弁が風に流れ人々の間を吹き抜けていく。

自身の悩みが馬鹿らしくなるような幻想的な光景だ。

昔からこの風景は好きだ。

ワシントン湖に繋がるシダー川の傍らに造られた公園。

何度も開発の波により消えそうになりながらも地元の強い要望により維持されている。

この桜たちもそうした地元のボランティアにより維持をされているのだ。

ここを見ると人の価値観、善悪など本当に総体的なものにすぎないと強く感じる。

 

あたしの生まれそだったレントンの街はシアトルの中でも裕福な部類に入る街だ。覚醒前の豊かな田園風景と呼ばれることからも判る通り食料も潤沢で自然も豊富、そして近所づきあいも密接であることで治安も決して悪くはない。

しかし、故にこそ覚醒前の悪癖が根強く残っている街である。かつては白人が黒人を強烈に差別を行っていたという悪習が形を変えて根強く残っているのだ。

そう強烈なまでのヒューマン至上主義だ。

あたしがヒューマンだからこそのんびり桜を眺めていることができるが、オークやトロールであったらそうは行かないだろう。さすがに直接的な暴力に晒されることはないにしてもナイトエラントからの職務質問は避けることができないだろう。

最悪任意同行という名の連行までされることになる。

ここはそんな街だ。

 

あたしが朝からイライラしていたのも同様の理由だ。

うちの両親はレントンにおいては良識派と言えるだろう。ヒューマン以外にも人権があることを理解しているのだ。そんな考え方ですら良識派なのだ。

そんな人物からするとメタヒューマン人権活動をしているジャーナリストなどは仕事ではなく子供のお遊びに過ぎない。

それなりに知名度を得て、十分な生活をできるようになれば考え方も変わるかと思っていたが、全くそんなことはなかった。

お遊びはやめて、早く結婚して孫の顔を見せて欲しい。

昨晩結婚と仕事の話で大喧嘩をした結果、顔も見たくなくて早朝から実家を飛び出してきたわけだ。

だいたい実家に帰ると喧嘩して帰ることになるが、何かのついでの度には帰宅するようにはしている。

今回実家に帰ったのは彼らに用事があったわけではない。

チャーチ・イン・レントンでチャリティバザーが行われるのだ。このバザーにマザー・オブ・メタヒューマンが協賛しており、あたしも手伝いをすることになったのだ。

せっかく実家の近くなのでと前日に実家に入ったところいつも通りの結末になったわけだ。

 

河川公園を1時間程度ぶらぶらしてるとさすがに空腹感が強くなってくる。

この時間に営業をしている店となると限られてくる。

もちろんコンビニで軽く済ませてもかまわないのだが。

 

先日ナイトエラントのワード署長と食事をした際に教えてもらった店がナイトエラントトレーニングセンターの近くにあったはずだ。

元々はアレスの関連会社で軍用レーションを販売していた企業が味が悪いという現場のクレームに業を煮やし本当は美味しい軍用レーションの店として出店したらしい。

企業の意図としては金額や保存期間、耐久性などの制約がなければ美味しくできるというPR目的で出店したらしい。

ところが開店してみると普段からレーションを食べている軍人は非番の時にまでレーションは見たくもなく評判向上には繋がっていないらしい。

反面、物珍しさから一般市民の来客は多くなかなかに評判が良いらしい。

この店ビューティフルレーションは本来のターゲット顧客が多くいるナイトエラントトレーニングセンターの前に出店したのは必然と言えるだろう。

また、夜間などの食事時以外の需要もあると見込まれ24時間営業である。

急ぎであれば入口の自販機で缶詰担ったものも購入できるし、時間があれば調理されたものも食べることができる。

 

ナイトエラントトレーニングセンターは河川公園の目と鼻の先だ。

恐らくトレーニングセンターにあるワード署長の執務室から見るこの辺りはさぞかし美しいことだろう。

そんなことを考えながら車を河川公園からビューティフルレーションに回す。

 

時間がたっぷりあることから店内に入りハンバーグセットを頼む。

店内ではアレスグローバルエンターテイメントのヒット曲の月間ランキングが流れている。

ウジャトレコードのオクサーヌの新曲がランクインしていた。とりあえず、買っておこう。

オクサーヌは元々は人権活動家であることから知り、興味を持って聞き始めた結果ドはまりしたアーティストだ。

またワールドツアーをしているようだがシアトルには回ってこないだろうか。

そんなことを考えながら黙々とハンバーグを食べていると意外と客が多い。

こんな時間であることもあり勤務明けの軍人風がほとんどで、仕事明けの一杯を楽しんでいる人間も相当数いる。

色々な人の仕事の愚痴に聞き耳を立てているとなかなかに面白い話も聞こえてくる。

アレス内部で最近配置転換が増えているようだ。何か大規模な作戦でも計画しているのだろうか。

 

食事も済みのんびりコーヒーも飲んだところでチャーチ・イン・レントンを目指すことにする。

集合時間の9時までは1時間以上あるが大体は教会の方は早めに準備を進めている。

まだであれば書類仕事でも片づけておけば良いだろう。

 

シダー河川公園から西に少し車を走らせチャーチ・イン・レントンに入る。

案の定教会ではすでに準備が始まっていた。

マザーオブメタヒューマンのメンバーはまだ到着していないようだが、見知った顔のシスターがチラホラ。

こういったボランティア活動をしているとお手伝いでの行き来や常連がいる。そう言ったコミュニティが形成されており、何かをする時にこのネットワークは馬鹿にできなかったりする。

ひとまず知人に挨拶をして手伝いを申し出ようとしている所で場違いな女性に目が行く。

新雪で形成されたような白い肌に、蜂蜜を溶かし込んだような金髪、深い海のように深い蒼い瞳。

動きやすそうなカットソーにスキニーパンツ。恐らくオーダメイドだ。色は目の色に合わせたディーブブルー。

レントンには富裕層が多い。当然ボランティアに参加するご婦人方も多いためオーダー品を身にまとう女性が珍しい訳ではない。

予定の一時間以上前に現場に入り机の移動などの力仕事を厭わずに手伝っているのが珍しいのだ。

視線に気づいたのか彼女がこちらに目を向ける。

それまでは落ち着いた笑みを浮かべながら作業していた彼女だが、あたしの顔を見ると華が綻ぶように艷やかに微笑む。

こんな美女と会った記憶はないのだが視聴者だろうか?

ひとまず顔見知りにシスターに挨拶をする。

 

「ご無沙汰していますシスター。今日もよろしくお願いしますね。」

 

「あら、ダニー。今日もよろしくお願いね。とりあえず設営の準備をお願いできるかしら。」

 

全体を取りまとめている老齢のシスターはテキパキと仕事を割り振っていく。

必然的に若いあたしは先程の美女同様に机の設営準備を任される。

自分の外見にコンプレックスはないが彼女と並ぶと少し腰が引ける。

特にあたしも彼女と同じような服装をしている上に金額的には一桁違う。

ましてや、相手は視聴者かもしれない。

 

「本日一緒に作業させていただきますダニー・ウエストです。よろしくお願いします。」

 

彼女は何が嬉しいのかニコニコしながら挨拶を返す。

 

「こちらこそよろしくお願いします。私はマリア・ロマノフと申します。いつもウエストさんの番組を見ていて、お会いできて嬉しいです。」

 

結果的にあたし達は1日セットで動くことになる。フットワークが軽い二人をまとめておいた方が仕事も頼みやすいのだろう。

そして、レントン社交界にはびこるヒューマニスト婦人会から蛇蝎のごとく嫌われているあたしを婦人会連中と鉢合わせにしないようにしてくれたのだろう。

1日世間話をしながらマリアと動いた結果あたし達はファーストネームで呼び合う仲になり、連絡先も交換することになった。

 

あのロマノフ王朝の末裔と友人になるとは何が起きるかわからないものだ。

話の中で朝食を取ったビューティフルレーションに興味を持った彼女とそこで食事を取りあたし達は別れることになった。

 




シダー河川公園/Cedar River Park
実在の公園。
この公園及び川沿いには桜が植わっており春には美しいらしい。

ビューティフルレーション
オリジナル設定。
本当は公式のアレス系飲食メーカーにしたかったのですが見つからないのですよね。

オクサーヌ
オークの女性アーティスト。
元々はリガーをしていたがある日一念発起してアーティストになった。
アンチメガコーポの歌を歌った結果メガコーポから無視されたため自主レーベルを成立して活動している。
アレス系へのランクインするぐらいには対立は緩んでいる設定でいますが、非公式です。

チャーチ・イン・レントン
実在の教会。
立地だけで選んだのでどういう教会かは存じ上げません。

マリア・ロマノフ
オリジナルキャラ。
前回の白と黒の狭間に出てきたランナー。


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深夜の遭遇

マリアとの食事会をすまし、再びシダー河川公園に向かう。

別にマリアを送っていこうかと聞いたのを断られたからではない。

迎えがすぐに来ると言ったら、本当にすぐ来た時にはブルーブラッドの恐ろしさを感じたものだが。

 

あまり褒められたことではないが夜桜を見てから帰りたかったのだ。

 

明暗のはっきりした照明の中幻想的に浮かび上がる桜を眺めながら歩く。

 

「・・・やめ・・・」

 

少し離れた場所から何か襲われているような声が聞こえる。

あたしは暗がりに身を隠しながら声のほうへと向かう。

被害を抑えることができれば良いのだけど。

あたしでは物理的な制圧は期待できない。

 

声のほうに向かうと1人のドワーフを3人のヒューマンが囲んでいるようだ。

ヒューマンは荒事には慣れていそうだが、チンピラと呼ぶには身なりが良い。

男たちの手にしているのはスタンバトンだ。

ドワーフを殺すつもりはなさそうだ。それならマークをつけ追跡をした後に警察を呼んだほうが賢明だろうか。

念のため即座に警察に通報を行う。最速でも5分程度は到着まではかかることは間違いないだろう。

 

ここで華麗に暴漢を打倒せれば良いが、あたしにその実力はないし、性分でもない。

暴漢がドワーフに暴行を加えている間に生体ペルソナを立ち上げマークを付ける。

どうやらセキュリティに手を入れていないようだ。

マーク3個付ければ比較的簡単に警察に追い込めそうだけど。

AR状態とはいえ、あたしはマトリックスに意識を向けすぎていたようだ。

背後から忍び寄る人物に全く気が付かなかったのだから。

背後から振り下ろされる何かがあたしに直撃し全身が跳ねる。

 

「うっ」

 

かろうじて振り向いたあたしが見上げたのはナイトエラントの制服を着たヒューマン男性だった。

どうやら、あたしは最悪の手を打ったらしい。

ヒューマニス思想に汚染されているレントンだ。ナイトエラントの中にも協力者は一定数いて当然だ。

彼らが事件を起こす際に協力者が配置されているのは当然だろう。

最近は良識的な軍曹たちとの付き合いの性で勘が鈍っていたようだ。

カバリエセーフガードを引き抜く間も無く、再度スタンバトンが降り注ぐ。

せめて、この情報を信頼できる相手に送らなければ。

緊急時の連絡先に今回の情報を飛ばす。

助かるかは五分五分だろうが、せめて事件の解決に役立ててほしい。

 

視界に映るのは下卑た笑みを浮かべるナイトエラント。

彼が振り下ろすスタンバトン。

自分の愚かさへの後悔と願いを込めながら、あたしの意識は途切れた。

何故か最後に浮かんだのは昨晩喧嘩をしたばかりの両親が心配そうな泣きそうな顔をしているイメージだった。



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それぞれの夜

ピコン。その夜いくつかのコムリンクが同時に音を立てる。

 

プヤラップバーレーンではトロールランナーのトロキチが合成酒を傾けているタイミングであった。

 

「あ?」

 

メールをチェックするトロキチ。

 

「おい、エル。ダニーからデッドマンスイッチ来てるぞ。やるか?」

 

同様にメールをチェックしているエルは淡々と返す。

 

「デッドマンスイッチだったら死んでるじゃない。まだ、生きている可能性あるじゃない。」

 

バリバリと角の付け根を掻きビールの缶を傾ける。

 

「ああ、そうなんのか。死んでたら間違いじゃないのか。」

 

苦笑するエル。

 

「まあ、どっちにしろ報酬はもらえるみたいだし、やってもいいんじゃないの。」

 

「だな。レントンのくそヒューマニストが相手のようだしな。」

 

「ええ。とりあえず、この支払人のカティ・ガンダーソンとやらに連絡を取ってみましょう。」

 

同刻、ダウンタウン、ナイトエラント中央署

 

カティは自分のデスクでコムリンクに届いたメールに目を通していた。

 

「面倒なメール送ってきやがったな、あいつ。」

 

カティは個人情報を流し読みしてから、ダニーの撮影したナイトエラントの男の顔写真を見ている。

 

「こういうクズは早めに潰したいところだが。現行犯でないと難しいか。」

 

レントンと言う土地柄住民とうまくやろうとすると必然的にヒューマニスト傾向のある人物となる。

とは言え偏りがですぎれは不祥事の温床となる。今回のような。

署長であるワードに個人的な報告ラインを用いて今回の事件の状況とレントンのナイトエラントが関与している可能性について報告を行った。

一息ついているとカティのコムリンクが鳴る。

知らないコムコードだ。

 

「あいよー。」

 

コンリンクから響くのは硬質な女性の声。

 

「ダニー・ウエスト氏から捜索依頼を受けている者です。信託を受けているカティ・アンダーソン様でよろしいでしょうか?」

 

「ああ、金を預かってるよ。彼女が無事に生還するか死亡が確定した場合犯人の始末もしくは逮捕された時点で支払いをするように依頼されている。」

 

「結構です。報酬は3万ニューエンで相違ありませんね?」

 

「ああ、その通りだ。絶対では無いが名前だけ教えてもらえるかい?」

 

苦笑する気配。

 

「エルと呼ばれております。何か御用があればこちらのコムナンバーにご連絡を。」

 

プツリと通話が切れる。

 

「エルねぇ。ダニーが良く依頼してるランナーチームか。あっちは任せても問題なさそうさね。」

 

カティはコムリンクをポケットに叩き込むと査察部のオフィスへと向かった。

 

翌朝、ダウンタウン、ニッコーホテル、最上階コンドミニアム

 

「お嬢様、お嬢様」

 

白のナイトガウンを身に着けた金髪の女性がベッドでは眠りについている。

その女性に声をかけるのはメイドのお仕着せを来た女性だ。

 

「お休み中申し訳ございません。ヘル ブラックハウスより緊急の連絡がございました。」

 

ゆったりと身を起こし長い髪を指で梳くマリア。

 

「わかりました。音声通信でよろしければお受けする、と。あたしもすぐに応接に向かいます。」

 

「承りました。」

 

足早に部屋を退出するメイド。その後をゆったりとした足取りで追うマリア。

 

そして応接の椅子に腰をかける。

白いナイトガウンがマリアの体の起伏をはっきりと浮かび上がらせる。

 

「お待たせいたしました、ヘル ブラックハウス。」

 

応接の椅子にはブラックハウスの姿がARで投影されている。

ブラックハウスの視界には仮想設定されたマリアのAR画像が投影をされているはずだ。

 

「早朝から申し訳ありません、フラウ ロマノフ。少々緊急を要する案件がございまして。」

 

ゆったりと椅子に腰を掛け微笑みながらマリアは言葉を返す。

 

「お気になさらないでください、ヘル。我々は互恵関係にあります。可能な限りお手伝いさせていただきますわ。」

 

口の端を歪めるように笑みを浮かべブラックハウスは続ける。

 

「ありがとうございます。昨晩シアトルのレントンでゼーダークルップのシニアマネージャーが消息を絶っています。詳細な個人プロフィールは追って送付しますが、状況的に事件に巻き込まれているのではないかと思われます。」

 

あごに指をあてるマリア。

 

「ふむ。その人物の救出が目的ですかね。」

 

「可能であれば。最悪の場合でも彼のコムリンクを回収してもらいたい。報酬はお約束の通りでお願いします。」

 

「わかりました。お引き受けしますので資料の送付をお願いいたします。」

 

メイドのコムリンクがメールの受信音を鳴らす。

内容を確認しマリアに頷きを返す。

 

「確かにデータはいただきました。吉報をお待ちください。」

 

「期待していますよ。」

 

そしてブラックハウスのARは消えた。

マリアのARに投影される被害者の情報。

 

ベンジャミン・スミス

ドワーフ、男性

メッサーシュミッツカワサキの北米シニアセールスマネージャー。

昨日はシアトル、レントンのカーディーラーへの訪問後行方不明となる。

最終のコムリンクシグナルはシダー河川公園で途絶えている。

勤務態度は良好。エリアマネージャーへの昇進が内定。

詳細な業務レポートはこちら

 

並行してマップをAR上に展開する。

やはり昨晩食事をとったビューティフルレーションの近くだ。

一瞬ダニーの顔が浮かぶが頭を切り替える。

 

横ではメイドが朝食の準備を整えている。

 

「アデーレ、食事が済み次第シダー河川公園に向かいます。準備をお願いします。」

 

「かしこまりました、お嬢様。わたしは念のため警察に関連情報の照会を行っておきます。」

 

「ええ、よろしくお願いします。」

 

同刻、レントン某所

 

あたしが目を覚ますと、そこは人一人がかろうじて横たわれるようなコフィンのような空間だった。

入口は鉄格子になっており物理的な脱出は難しそうだ。

コムリンクと武器は取り上げられているがアーマージャケットは脱がされていない。

意外と紳士的な犯罪者たちだ。

とは言え、こんなところに閉じ込める以上人身売買か、臓器売買あたりが目的だろうか。

ヒューマニスとの衝動的な犯罪よりもオーガンレッガーが絡んでくれたほうがナイトエラントも動きやすいだろう。

とりあえず、電源を切ることができなかった生体ペルソナにマークがないかチェックしてから再起動だ。

幸い電波はある。

 

緊急連絡をしたみんなに無事であることを伝えるとして、さてどうするか。

 




プヤラップバーレーン/トロキチ/エル/カティ・ガンダーソン
1話目ロードオブヴァルハラ参照。

デッドマンスイッチ
いわゆる「俺が死んだらこの情報は公開されるようになっている。」式のデータ。
今回はダニーは死んでいないし、自分でメールしているので何から何までデッドマンスイッチではない。

メッサーシュミッツカワサキ
ゼーダークルップの子会社。
メッサーシュミットと川崎重工の合弁会社と思われる。
ビジネス分野は航空機、ヴィークル、重工業。

オーガンレッガー
臓器密売人。
主にグールやドラゴンが絡んでいると考えられており下種な犯罪者とみなされる。

コフィン
いわゆるカプセルホテル。


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業務連絡

 

--------------------------------------------------

08:44

To:トロキチ;エル

From:ダニー

タイトル:無事朝日を拝めました(比喩表現)

 

おはよう、ダニーです。

昨日のメールは驚かせてごめんなさい。

あたしは元気です。

無事目は覚めたけど監禁中の為救出依頼は継続でお願いね。

できたらあたした冷たくなる前に何とかしてほしいかな。

 

とりあえず、現在地のGPS情報を送るので捜査よろしく。

 

--------------------------------------------------

 

同様のメールを軍曹にも送っておこう。

と、早速返信が来た。

 

--------------------------------------------------

 

08:50

To:ダニー

From:トロキチ;エル

タイトル:Re:無事朝日を拝めました(比喩表現)

 

おはよう、エルです。

良い朝を迎えれたようで幸いです。

 

昨日いただいたリサーチ対象について確認をしていますが、所在分かったので無駄になりました。

確認済みとは思いますがいらっしゃる場所がレントン内の互助サークル所有の建物です。

セキュリティ次第ですが明日の朝日は実物を見ていただけるように調整中です。

 

ご武運をお祈りしています。

 

--------------------------------------------------

 

ひとまず、入口を塞いでいる鉄格子を見てみるとマグロックのようだ。

少なくとも結構な予算がありそうな組織だ。このコフィンも決して居心地は悪くない。

これは人身売買組織あたりが妥当かもしれない。

丸ごと売るつもりなら品質管理のために環境を良くする理由になるだろう。

 

そして鉄格子から外を覗くと別のコフィンに監禁されているドワーフの男性と目が合った。

昨晩公園見かけた男性だ。どうやら彼も生きていたらしい。一安心だ。

 

「おはようございます。体調大丈夫ですかか?」

 

ひとまず声をかける。

彼は苦笑をしながらも言葉を返してくる。

 

「人生で初めてという程殴られましたが驚くほど快適ですよ。もちろん体の節々は痛みますが。」

 

生きていれば誤差よね。

 

「それは良かった。昨日捕まる前に警察には通報しましたので遠からず助けは来ると思いますよ。」

 

警察も誘拐側とは言わないでおく。絶望は毒だ。

 

「私も昨日の定時報告ができておりませんので社が何かしら動いてくくれる程度には評価があると思っていますよ。」

 

彼のスーツについている社章が目に付く。ゼーダークルップか。

トロキチ達にもゼーダークルップの社員がいることも連絡しておこう。何かの役に立つこともあるだろう。

しかし、この誘拐にはちぐはぐさを感じる。計画性と無計画性があまりに混在している。

この状況も妙だ。

いくつかのコフィンには人の気配がするにかかわらず、この会話に入ってこようとしない。意識を奪っているのなら、あたしたちが起きているのは異常だし。

その目的はどこにあるのだろうか。

 

トロキチ達からの連絡があるまで少し待とう。

素手で脱走できると思う程あたしは自分に自信は持っていない。



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それぞれの事情

同刻、ダウンタウン ナイトエラント中央署

 

黙々と事務処理をしているカティ。

コムリンクから呼び出し音が響く。

連絡相手はカレン・ワード。ナイトエラントのシアトル署長だ。

カティと署長の間には通常の指揮系統であればかなりの人数がいる。直接連絡があるとは普通の対応ではない。

 

「はいガンダーソンですが。」

 

落ち着いたような、少しいらだったようなワード署長の声。

 

「ガンダーソン巡査部長。あなたの報告書確認しました。コリン・ディビスについては現在潜入捜査中です。捜査を阻害しないようにしてください。」

 

コリン・デイビスはダニーから送られてきた顔写真のナイトエラントだ。

 

「誘拐組織のですか?」

 

「機密事項に該当するので詳細は話せません。本来は彼が潜入捜査していることも話せないのですが、あなたはこれを伝えないと捜査しかねないので特例として伝えています。」

 

違和感が残る。ワードが直接連絡するような話だろうか。

 

「わかりました。小官はこの件について関与いたしません。」

 

受諾の返事にも関わらずいらだちが増したようなワードの声。

 

「大変結構です。引き続き励んでください。」

 

ぷつりと切れる通信。

 

「あの馬鹿め変なやまに首突っ込んだな。」

 

昼休みまで普段通り仕事をこなし、ランチに。

今日は出動も、なさそうだ。恐らく1日書類仕事だろう。

 

同刻、プヤラップバーレーン サニーサルボス

 

閑散としたゲームセンター。設置されているゲームの多くは昔ながらのレトロゲームで、一部ARゲームも並んでいる。

早朝と言う事もあり客はほとんどいない。

 

その閑散とした店の奥でアーケードゲームで対戦しながら会話を交わす二人の男性。

 

「と、言うわけで人探しをしているんですよっと。エンゾの兄貴もお好きでしたよね、ダニー・ウエスト。」

 

話しかけているのは、そして軽く技を決めたのは、ランナーのトロキチだ。

相手の男もヒューマンながらトロキチに負けない筋肉を持つ男だ。

 

「そりゃあ、俺だってダニーちゃんの手助けはしてやりたいけどな、立場があるからなー。」

 

チラリと手元にある冷めきったピザに目を向ける。

 

「何もファミリーを動かして欲しいとは言ってませんよ。ちょっとした情報だけでもお願いできませんかねっと!」

 

エンゾのガードが間に合わずクリーンヒットしKO。

 

「ちっ。ラグリやがった。」

 

勝敗に拘りもないのかもしゃりとピザをかじる。

 

「まあ、判る範囲だけだぞ。資料よこせ。」

 

データを送るトロキチ。

 

「確定ではありませんが、ダニーを誘拐した3人はカタギのようなのですが、共通して登録されていた連絡先がそこのコミュニティセンターだったんですよ。

で、さっきダニーから届いた現在地も場所が一致するので確定なんですが、ここについてご存知ですか。」

 

エンゾはコーラをぐびり。

 

「地下に監禁施設持ってるコミュニティセンターとか嫌だねぇ。そう言う仕事はプロに任せれば良いのにな。」

 

どうでも良い事を呟きながらデータを調べていく。

 

「フィニガンに保護料は支払ってるようだが、えらく払いが良いな。ナイトエラントのパトロール中の休憩場所として契約しているとあるな。」

 

嫌な顔をするトロキチ。

 

「つまり、ナイトエラントがいる可能性があると?」

 

エンゾが首を横に振る。

 

「常駐していると思った方が良いだろうな。」

 

肩をすくめるトロキチ。

 

「ヒューマニストのクズをぶちのめすだけの簡単なお仕事とは行きそうにないですね。」

 

「フィニガンはここに絶対に近づかないように言われてるようだな。だから、俺たちが襲いかかることはないから安心しな。」

 

「せめてもの安心ネタですね。」

 

トロキチは残りのピザをまとめて口に押し込み席を立った。

 

「じゃあ頑張って来ますので、マフィアの神様にでも祈っといてくださいな。」

 

「おう、父なる神の加護があらんことをーってな。」

 

同刻 レントン シダー河川公園

 

今日も人通りの多いシダー河川公園。

白のマーメイドラインのワンピースを着たマリアは桜を見ている風情でそぞろ歩く。

背後のアデーレとの会話はサブボーカルマイクだ。

 

「フィクサーからの情報ですか?」

 

小さく頷くアデーレ。

 

「はい。ランナーからの情報らしいのですがレントンのコミュニティセンターの地下にゼーダークルップの社員が囚われている、と。」

 

視界にオーバレイされるコフィンのような所に囚われているスミス氏の画像。

タイムスタンプはつい先程だ。

 

「撮影者の位置的に見て、撮影者も囚われているわね。スミス氏の救出作戦に便乗したいと言うところでしょうか。」

 

「恐らくは便乗できれば程度の意図と小銭目的ではないかと。」

 

地面に目を走らせる2人。

マリアのイヤリングが静かに落ちる。

流れるようにイヤリングを拾う動作で地面を調べる。

わずかな血痕。

 

「ここで襲撃されて連れ去られたと言う感じですかね。」

 

「恐らくは。」

 

周囲を見回す。

 

「ここから連れ去るなら車ですか。駐車場に入れても入れなくても目立ちそうなのですが、ナイトエラントからは何の情報もありませんか?」

 

「ございません。確かにシダー河川公園で暴行事件があるとナイトエラントへの通報があったようですが、巡回警官が駆けつけた時には通報者も被害者も姿はなかったようです。」

 

首をかしげるマリア。

 

「ナイトエラントにしては妙に手際が悪いと言うか、やる気が無いというか。不思議な感じですね。」

 

「念の為ジョセフがコミュニティセンターについては調べています。」

 

まるでタイミングを合わせたかのようにマリアの視界にジョセフからのメールがオーバレイする。

ナイトエラントの小隊が常駐していること、セキュリティホストを持っていること。

つまり、大変面倒であること。

 

「致し方ありません。今日の夜にでも侵入しましょう。FRTが到着するまでに脱出すれば問題はないでしょう。潜入ルートが見つかれば連絡ください。」

 

昼頃 プヤラップバーレーン トロキチ達の住居

 

「つまり、ナイトエラントの小隊が駐留していて、地下の1室がマジカルロッジになっている。マトリックスホストも多分あるからダニーの支援もあてにならない、と。」

 

エルとトロキチは一旦家に戻り打ち合わせ中。

目の前の机にはコンビニで買ったソイカツレツが並ぶ。

 

「ナイトエラントかアレスの秘密研究所じゃないの、ここ。」

 

カツをモグモグ。

 

「そうなるとダニーは非人道的な実験の被験者だな。」

 

ムシャムシャり

 

「どこの映画の設定なのかしらーって感じよね。ダニーは下手に動かないで鍵だけ開けてもらうのが良いかもねー。」

 

そんな情報交換の中トロキチのコムリンクが鳴る。

相手はカティだ。

 

「へい。MIBのトロキチです。」

 

一瞬の沈黙。気を取り直して話し始めるカティ。

 

「警告だ。お前たちの絡んでる件はナイトエラントのプロジェクトだ。手を引いた方が良い。現地には正規スタッフも常駐しているぞ。」

 

肩をすくめるトロキチ。

 

「あいさー。参考にさせてもらいまーす。」

 

プツリと切れるコムリンク。

 

「嫌だねぇ、本当に。」

 

「本当に嫌ね。とりあえず優秀なデッカーの協力は得られそうなのがせめてもの救いかしらね。」

 

「ダニーにご執心の奴が多いから今回は味方が多いな。」

 

「そうね。まあ、その分失敗されたら恨みをだいぶ買いそうだけど。」

 

彼らはそのまま食事を済まし情報とアイテムの調達のために再び街に繰り出していく。

 




エンゾ
プヤラップ地区のマフィアを取り仕切っているカポであるエンゾ・ギアネリー。
ダニーとの関係はオリジナル。
Seattle Sprawl Digital Box のキャラクターカードより。

フィニガン
レントン地区を縄張りにしているマフィアファミリーであるフィニガンファミリーのこと。

サブボーカルマイク
のどに取り付けるマイク。
慣れると外に声を出さずに会話ができる。

マジカルロッジ
その術者の様式の結界として機能する。

MIB
メン・イン・ブラックの略。
ただの悪乗りのジョークで意味はない。


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必要な準備

ジリジリと時間だけが過ぎていく。

トロキチ達は今晩には仕掛けると言っている以上あたしにできるのは待つことだけだ。

ホストを制圧して悠々自適に脱出すると言う夢想にはまりかけるが、夢を見るべきではないだろう。

昼頃に妙にドロリとした水が差し入れられた。

睡眠薬入なのか、あるいは栄養成分いりなのか。

奇妙なのは、この水があたしとSKのドワーフにしか与えられていない。

すでに半日以上何も口にしていないことを考えると今晩の襲撃時に脱水症状を起こすかは微妙なところだろうか。

少しづつ飲んで行くのが無難だろう。わざわざ閉じ込めておきながら毒殺するとは考えられない。

水はぬるく生臭い。劣化した環境フィルターを通した水なのだろうか。少なくとも目に見える悪影響は出ないようだ。

襲撃は20時。今から仕掛けてしまうと最悪GODに目を付けられてしまう。1時間程度で2つの扉にマークをつけなければならないだろう。

 

15時

 

「清掃会社の許可証取れたぜ。」

 

「これでランナーを廃業して掃除屋ができるな。」

 

「まあスイーパーなんて呼ばれてた時代もあるしね。」

 

16時

 

「お嬢様。今回のターゲットである地下に繋がる通気孔がありました。増設工事の際の図面ですので信頼性は高そうです。」

 

「ありがとうございます。とは言えスミスさんが通気孔を抜けることができるとは思えませんので帰りは階段ですね。」

 

17時

 

「地下へのルートは階段、エレベーター、通気孔の3通りだ。」

 

「通気孔は通れないし、帰りはエレベーターが使えない可能性がある、と」

 

「確保の努力はするが降り口に警備員がズラリは嫌だろう?」

 

「まあな。そこまで行くとブタバコ入は避けられないだろうよ。」

 

18時

 

「さすが住宅街。良いコースが通ってますよ。」

 

「では、先にお食事のご用意をしてしまいますね。」

 

「お願いします。私は日没に合わせて動きます。」

 

「本日の日没は19時44分ですね。」

 

19時

 

「コリントクリーニングですよっと。」

 

カチリとロックが解除される。

 

「地元の互助関係は麗しいねー。」

 

掃除用具と共に館内に入り込むエルとトロキチ。

コリントクリーニングと長年の付き合いがあるせいか夜従業員不在の状態での入館作業が許されているのだ。

 

「とりあえず、掃除しながら状況確認していきましょ。」

 

「だな。」

 

同刻 レントンの屋根の上

 

レントンの街角で停車したセダンからするりと1つの影が滑り出る。

全身を覆うアーマージャケットにヘルメット、マスク。

その奇怪な人影は建物の配管に飛び上がり、懸垂の要領で体を引き上げる。

そして静かに飛び上がり屋根の上に飛び乗る。

まるで大地を走るようにレントンの屋根の上を駆け抜ける。

対象の建物に到着すると流れるような動作でぶら下がり通気口の入り口を開く。

そして、静かに通気口の中にするりと潜り込む。



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B級映画と第六世界の現実

エレベーターが静かに薄暗い地下に到着する。

中から片腕がむき出しのサイバーアームのトロールと街遊びに来たかのような軽装のエルフが降りてくる。

トロキチとエルだ。

正面には扉がありマグロックがかかっている。

左手はすぐに壁になっており、右手には幅2m、奥行き10m程通路が続いており一番奥には登り階段が見える。

エレベーターの入口と階段の入口辺りに監視カメラ。

見取り図によると地下はこの廊下、真ん中の部屋、奥の部屋の3つに区切られている。

ここから先は力仕事になるのは間違いないだろう。

 

無意識にトロキチがにやりと笑う。

トロールの時間だ。

 

隣の部屋がバタバタし始めた。トロキチ達への対応をしているのだろう。

もう、猶予はない。

トロキチは扉を開き部屋に躍り込む。

その手にはデッキブラシに偽装して持ち込んだポールアックスが握り込まれている。

トロールの膂力をサイバーアームで強化してポールアックスを叩きつける。

その結果は消し飛ぶだ。

それは精鋭のナイトエラントであろうと、街のチンピラであろうと異ならない。

単なる物理法則だ。

 

「かってぇな、おい。噂に聞くサイボーグか?」

 

確かにポールアックスを背後から叩き込まれたナイトエラントは即死だ。

しかし、普段であれば両断する勢いの刃は肉体の半ばに留まっている。

 

「違う方の都市伝説みたいよ?」

 

エルが呟く。視線の先には顔が蟻のような異形と化したナイトエラント隊員がいる。

部屋の中に12名の人型の存在がいる。全てナイトエラントの制服を身に着けている。

4名は貧弱な肉体から魔法使いであろう。4名は異形の昆虫のような外見でありぎこちない動きで腰のアレスプレデターを引き抜く。残りのヒューマンのように見えるナイトエラントは迷わず壁に立て掛けられているアレスアルファを取りに駆け出す。

部屋の左右はダニーが囚われていた部屋同様にコフィンが並んでいる。昆虫精霊と相まってまるで巨大な虫の巣に迷い込んだような違和感を受ける。

 

「昆虫精霊? なんでナイトエラントと昆虫精霊が仲良くしてるんだよ!」

 

その叫びと共にポールアックスを横の異形のナイトエラント隊員に叩き込む。

再び両断するものの状況は良いとは言い難い。

トロールの肉体がいくら頑強だとは言えアレスアルファで撃たれ続ければ助かる目は無い。

 

銃口の多くがトロキチに向いた瞬間、部屋の中央でカラリと音がする。

場違いな軽い金属音。

金網が床に落ちたのだ。

それはなんの変哲も無い通気孔口を塞ぐ金網。

 

何故金網が落ちてきたのか?

 

その理由がすぐに後を追い姿を現す。そこから落ちてきたのは黒い小柄な人影であった。

落下に合わせて右手を振ると銀線が迸り、ごとりと人間型のナイトエラント隊員の首が落ちる。

そして、誰もがこの黒い存在を理解する前に更に一閃。

まるで糸の切れた人形のように新たなナイトエラント隊員が倒れ伏す。

場は混乱に包まれた。この混乱はランナーにもナイトエラントにも等しく訪れていた。

ただ、それをもたらした存在であるマリア以外にではあるが。

 

最初に混乱から立ち直ったのは人型のナイトエラント隊員だ。

プロの手付きでアレスアルファを構えると予定通りフルオートでトロキチに鉛弾を叩き込む。トロールを始末すれば人数により制圧できる。そう考えたのだろう。

ホースで水をぶちまけるような射撃。

その考えに間違いはない。唯一の誤算はアレスアルファの直撃を2回受けたトロールが未だに健在であることだろうか。

 

後方にいた異形のナイトエラント隊員は反射的に目の前に落ちてきたマリアに向けて引き金を引く。

マリアは大きく跳躍し弾丸の射線より飛び退る。そして壁のコフィンを足場にし更に高く飛び上がりトロールに弾丸を垂れ流すナイトエラント隊員に肉薄し白銀一閃。

また、1人死体が増えた。

 

魔法の装甲に護られた昆虫精霊をさながら紙のように切り裂いていくのは驚異的な技量とその単分子鞭の切れ味を持ってしてこそ初めて可能となる。

その動きに触発されたわけでは無いだろうがトロキチは猛然と部屋の奥に突撃し魔法使いにポールアックスを叩き込む。

昆虫精霊ですらない魔法使いには耐えうる術はなくあっさりと事切れる。

 

身の危険を感じた人型のナイトエラント隊員はマリアにフルオート射撃を行う。

マリアは大きくバク宙を行いコフィンに取り付き斉射を受け流す。

そこに追い打ちをかけるように他の2人からの射撃が行われるが、マリアはコフィンから天井に向けて飛び上がり、天井を蹴り上げ鋭角に地上に着地する。

そのような挙動を追うことはできず弾丸は無為に天井を切り裂いていく。

そしてちょうどナイトエラントとランナー達の間に間隙が空いた瞬間エルの手から雷撃が迸る。その猛然たる雷撃により最後の人型は感電し大地に崩れ落ちる。

その代償であろうエルの白く美しかった腕はいたる所で内出血を起こしたのか鬱血し、口元からも血が滴っている。

すでに大勢は決した。

そう考えたのは魔法使い達で、考えなかったのは異形の存在達だ。

 

しかし、すでに結果を覆る状況ではなくなっいた。

程なく制圧され奥の部屋からダニーとスミスが姿を現す。

部屋の惨状に青ざめるスミス。

 

「本当に助かったわ、みんな?」

 

ダニーの視線はトロキチとエル、そしてマリアに止まり警戒心が露になる。

それに対してマリアは無機質な声で返す。

 

「同業だ。そちらのドワーフの脱出依頼で動いている。それ以外に興味はない。」

 

チラリとトロキチとダニーが視線を交わす。

 

「何にせよ、助かったわ。」

 

そして一行はレントン闇の中に姿を消していくのであった。




昆虫精霊
異世界から侵略した精神存在。
人間の体に侵食しなければこの世界で肉体を維持できない。
ナイトエラントはこの昆虫精霊と対立することで平和の体現者を現している。



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正義とその結末

あたし達4人はダウンタウンのストリップバー、チックラーズに来ている。

丸一日何も食べてないあたしとスミスさんの食事と今回の顛末について話しておきたかったらだ。

一応言い訳しておくと店の選択はあたしの趣味ではない。

密談に向いていて多少薄汚れていても入れて美味しい食事の店が良いと言ったところトロキチが薦めてきたのだ。

彼の伸び切った鼻を見る限り単に彼が来たかっただけなのかもしれない。

 

ちなみにポーパルバニーとは建物を出たところで別れた。

と、言うか声を掛けようとしたらすでにいなかった。

トロキチ曰く忍者みたいに壁を登って屋根の上に消えて行ったらしい。

 

「今回は迅速に対応してもらって助かったわ。危うく人を辞めるところだったわ。」

 

スミスさんと視線を交わす。

助かったからこそ冗談めかしていられるが他のコフィンを覗いた時には正直生きた気はしなかった。

 

「本当にありがとうございました。皆さんは命の恩人です。」

 

照れ隠しなのか、純粋な興味なのかトロキチはステージをガン見しており返事をするつもりはなさそうだ。

少し億劫そうにエルが口を開く。

 

「お気になさらないでください。これが我々の仕事ですので。もし、気になるようであれば何かのおりにご助力いただけると助かります。」

 

ステージでは半裸のヒューマン女性が踊っている。

ダンスのセットリストを見ると性別やメタタイプを問わない様々なダンスが予定されている。

もちろん一番多いのはヒューマン女性だ。

 

「お礼も兼ねてあたしが支払うから楽しんでちょうだい。スミスさんも慰労会と言うことでどうぞ。」

 

思い思いに、スミスさんは申し訳無さそうに、オーダーをする一同。

 

「今回の件のあたしなりの着地の話だけさせてもらって良いかしら。」

 

「美人記者は見た!警察にはびこる昆虫精霊の闇。って感じか?」

 

ウェイターから飲み物を受け取りながらトロキチが口を開く。

あたしがアルコールを我慢しているのに迷わずアルコールをオーダーしでやがる。

まあ、それは良い。

 

「どうしても、そう言ったB級感溢れる雰囲気になるでしょうね、正直に言えば。」

 

あたしはソイカフを一口飲む。カフェインが染みる。

その言葉にエルがフライトポテトを振りながら応える。

 

「アレスも全力でもみ消そうとするでしょうしね。」

 

「でしょうね。なので、今の所昆虫精霊については触れなくても良いかなと思ってるの。」

 

不思議そうな顔のトロキチ。

 

「せっかくのデカいネタなのにか?」

 

「今回の件で昆虫精霊について口外しないことを条件にレントンのヒューマニストが拉致監禁と人身売買に手を染めていて、それに協力していたナイトエラント隊員が良心の呵責に耐えかねて組織に自白したと言うカバーストーリーにできないかなと思って。」

 

不愉快そうに眉をしかめるエル。

 

「ダニーも強いものには巻かれるのね。」

 

あたしは肩をすくめる。

 

「今はね。現状の情報で暴露してもすり潰されるだけだもの。もちろん、ゼーダークルップが全力で支援してくれるのなら別だけど。」

 

慌てて首を横に振るスミス。

 

「私の権限ではシャドウウォーを起こすことはできませんよ。」

 

あたしも偶然出会った相手にそのまでを求めるつもりはない。

 

「もちろんです。ですので、今回は引こうかと。ただ、いくつか今回の件の資料を差し上げますのでご報告に使用してください。」

 

連絡先の交換を行いながら言葉を続ける。

 

「とは言え、少し資料を集めて何をしているのかは調べようとは思っています。」

 

人の悪い笑みを浮かべるトロキチ。

 

「その際には、また仕事頼むぜ。」

 

「頼りにしてるわ。」

 

かくして、事故から端を発したこの騒動は原理主義的なヒューマニストの暴走事件として処理されることになる。

とは言えアレスが何を目指しているのか、それに対してどのような答えを出すべきなのか私は探って行くことにした。

 

ただ、コフィンで見た人が徐々に異形へと変わっていく光景。

あれが人の正常なあり方であるとは思えない。

 

少し気になるのは今回手を借りたデッカーであるビリーからアレスが昆虫精霊に汚染されていると言う類の話が最近は特に増えているらしい。

何とも符号が取れているのが気持ちの悪いところだ。

 




チックラーズ
シアトル2072より。
マフィア参加のストリップバー。


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真紅の女王と赤錆の騎士/レドモンド編-2
嵐のスーブキッチン


ちなみにスープキッチンは海外の炊き出しのこと。


段々と春の陽射しが厳しくなってきた週末の昼間に、あたしはマザーオブメタヒューマンズの炊き出しに参加していた。

レドモンドバーレーンで定期的に行われている炊き出しだ。

場所はヴェルビューにほど違いサマミッシュ湖の東側、かつてのニューポートビジネスエリアだ。

2029年まではビジネスユースの人々が行き交い様々な取引が行われていた夢の跡。

今ではかつてのビル跡を利用したスクワッターが住まうバーレーンだ。

とは言え、この地区はヴェルビューに近いこともありバーレーンにしては決して治安は悪くはない。

もちろん、あたしが1人で入り込めば無事に出られないぐらいには治安が悪いだろうが。

スーブを大量に造り、シアトルの食材製造企業のインガソル&バークレーから寄付を受けたパンを軽く温めて提供する。

そして持ち帰り用としてネイチャーテイストの食料を手渡す。

 

「ダニー! パンが足りないから持ってきて。」

 

一緒にボランティア参加しているマリアに呼ばれる。

彼女は美貌と人当たりの良さが買われ来訪者対応をしている。

あたしは顔が売れてる関係で流れの悪くなる原因となるので裏方に回されている。

人当たりだけなら負けてないはずだ。

外見では勝負にもならないが。

 

食料配給のボランティアは食事時に集中して人が集まる。必然的に戦場のような大変さになる。

とは言えブラックヘイブンの経済政策の成功やアズトランアマゾニア戦争の影響も落ち着いてきておりシアトル経済は落ち着きを見せており数年前に比べて配給への参加者数は減ってきている。

とは言え集まってきた人達を捌くのに2時間以上かかってしまった。

時間で区切らなければ行列は途絶えなかったのだろう。

 

早朝の食料の準備を含めて昼前には現場での作業は終了した。

あたし達は鍋など片付けてから打ち上げがてら昼食に向かった。

向かったのはパインレイクエールハウスはサマミッシュ湖の東側にあるダイニングバーで今回の炊き出しのポイントから少し北に上がった辺りにある。

トロージャンサトソップ原子力発電所のメルトダウン以前から経営を続けている老舗で、この店が経営を維持することで周辺の治安も維持されている。今回の炊き出しの為に調理スペースを貸してくれたのもこの店だ。

この為まず店に到着したあたし達は店の裏側に周り調理器具を降ろす。そして厨房側から入り洗い場を借りる。

 

洗い場ではマリアが可愛らしく小首を傾げている。

 

「ダニー、この洗い場には洗浄スイッチが無いけどAR操作かしら?」

 

さすがお嬢様は手で食器を洗ったりはしないらしい。

 

「この量とサイズだから手で洗うのよ、マリア。このスポンジに洗剤を付けて。」

 

クスクスと横から笑い声が聞こえる。今回の炊き出しの責任者のアンジェラだ。

 

「ダニーも人に教えられるぐらい慣れたと思うと感慨深いわ。」

 

あたしも最初手で洗うと言う発想がでなくて、かなり真剣にマトリックス知覚をしたのは良い思い出だ。

 

「ダニーも最初は分からなかったのね。」

 

軽く肩をすくめる。

 

「そもそも食事を手作りすると言う発想もなかったしね、あたしは。」

 

大きく皆に笑われる。

昨今は調理の意味が大きく変わってきている。

うちは両親含めてオートクッカーに任せれば良いと言う考え方だった為に手料理は趣味と言ったイメージで育ってきた。

恐らく横で笑ってるマリアは誰かに手作りさせる環境で育ってきたのだろう。

 

そんな風に笑い合いながら調理器具を洗っていく。

洗い終わってから、そのままの流れで店の方へと回る。

いつの間にか時計の針は13時を回っている。

 

パインレイクエールハウスはその名前の通り円形の店内に半周程バーカウンターが 張り巡らされその奥には所狭しと様々な酒が並んでいる。

あたし達は店の中央にいくつか並ぶ円形のテーブルに陣取る。

取り分け用にフライドポテトとハンバーガーをオーダーし世間話半分、情報収集半分と言った感じで食事は進む。

 

食事の中アンジェラがふと思い出したように口を開く。

 

「そう言えば今日はグロウシティ方面の人が少なかったような気がしませんか?」

 

レドモンドがバーレーンとなった最初のキッカケの置き土産であるグロウシティ。

放射能に汚染されて仄かに光を発すると言われる土地だ。バーレーンの中でも他で暮らせない人達が集う最悪のスラム地帯だ。

必然的にグロウシティに近い場所で炊き出しをすれば、そこに住まう人々が集まることになる。

それを見越して近接領域で炊き出しを行っていたと言う面もある。

その参加者が減っているのだ。

 

「確かに。本当にぎりぎりの生活している人は少なかったような気がしますね。」

 

生活が良くなったおかげで参加者が減ったのであれば良いのだが、そうでなければ原因を探りたくはある。

その言葉に首を傾げるのはトマス·レクター。

ヒューマン男性で普段はバーレーンで生活している協力者だ。

雰囲気からあたしはランナーではないかと思っている。

 

「確かにグロウシティの近くでイーボの研究所ができて仕事が増えたと言う話は聞きましたね。」

 

「イーボがグロウシティに研究所なんて対放射線実験でもしてるのかしら?」

 

マリアも同じように首を傾げる。

 

「ベンチャーならまだしもイーボクラスなら試験施設を整えた方が最終的なコストは下がるはずなのでグロウシティを使うとは思えませんね。」

 

原因が確かなら理由はともかくとして問題ないのだろうか。

 

「理由までは知りませんがね。とは言え、そんな大規模な雇用ではありませんよ。体感レベルで影響を与えるとは思えないですね。」

 

アンジェラが眉を顰める。

 

「過去にも急にスラムからの参加者が減ったことあるんだけど、その際にはヒューマニストがメタヒューマン狩りをしていたらしくて。」

 

誰にも知られず被害を受けているとなると見過ごしたくはない。

低く唸り声がでる。

 

「取材できるならしますか?」

 

レクターがいたずらっぽい顔をしてあたしに尋ねてくる。

 

「興味はあるけどバーレーンで取材する為のコネも自衛能力も足りないのよね。」

 

情けないが事実だ。

自分の身の程を弁えないジャーナリストは往々にして闇に消える。

あたしも身を持って学んだ一人だ。

 

「定期的にレドモンドバーレーン奥地で配給をしている組織ともコネがありましてね。その団体の責任者がダニーさんを紹介してほしいと前から言われてたんですよ。」

 

レドモンドで定期的に配給をしている組織など1つしかあたしは知らない。

 

「アナーキストブラッククロス?」

 

レクターはニヤリと笑う。

 

「正直詳細は申し上げられないので信用していただくしかない訳ですが。」

 

あたしは少し迷ってから大きく頷いた。

 

「是非紹介して貰えるかしら。」

 

少なくともレクターは信頼ができる。

アンジェラもさほど不安には感じていないようだ。

この機会を逃せば取材は不可能だ。

多少のリスクは目を瞑るしかないだろう。

 




マザーオブメタヒューマンズ
メタヒューマン人権団体。

インガソル&バークレー
シアトルにある合成食材メーカー。

ネイチャーテイスト
アズテク系の食料品会社。

ブラックヘイブン
シアトルの市長。ヒューマニストであるためダニーは大嫌い。

パインレイクエールハウス
2021年現在に実在しているダイニングバー。

tripadvisor.jp/Restaurant_Review-g1101608-d1026085-Reviews-Pine_Lake_Ale_House-Sammamish_Washington.html

トロージャンサトソップ原子力発電所
昔レドモンドにあった原子力発電所。
これがメルトダウンしたせいでレドモンドはバーレーン化した。

アンジェラ
オリジナルキャラ。

トマス·レクター。
オリジナルキャラ。

アナーキストブラッククロス
ロシア発祥の実在の組織。
現実では政治犯として収監された人々の支援をしている団体。
第六世界ではこの活動を一歩進めて偽造SINやセーフハウスの用意、ストリートドク。リガーの手配などでも協力してくれる。
もちろん、メガコーポや企業に敵対しているのであればですが。


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爆走のブラックマンデイ

翌週の月曜日。5月の第三月曜日だ。

あたしは漆黒の軍用トラックに揺られていた。

レドモンドでブラックマンデイと呼ばれる月曜日だ。第三月曜日にはブラッククロスが食料品や医療品の支給を行う。これがブラックマンデイと呼ばれている。

何故なのかは知らないが、護衛付でレドモンドバーレーンの奥地に踏み込む事ができる良いチャンスだ。彼ら、いや、彼女達の意図には目を瞑ろう。

 

「車酔いかしら、ダニー? 酔ってても地獄の一丁目まではノンストップで走り抜けるわよ。」

 

声を掛けてきたのはチームの指揮官であるアーリー·ブラックウイング。

彼女は若いチェンジリングのエルフ女性だ。タンクトップに黒のレザージャケットを羽織り、ブラックレザーのホットパンツ、足には羽毛のタイツ、首元にはファーを、頭にその厳つい服装とはミスマッチな清楚な感じの白い羽帽子を被っている。

いや、首元や頭、脚には羽毛が生えている。

さながら半人半鳥と言った風情だ。

レザージャケットの胸元には赤錆びたレイピアが描かれている。

 

「大丈夫よ、アニー。車と酒には酔ったことないから。」

 

彼女とはつい先程レクターに紹介されたばかりだ。

とは言えアーリーが堅苦しい関係を嫌ったのと、あたしを知っていた関係で今の距離感になっている。

 

「ふふ、ダニーが酔うのはいかしたオークだけだったわね。」

 

少し顔が赤らむ。

一体そんな情報どこから手に入れて来ているのだろうか。

 

「何の話だかわからないわね。しかし、バーレーンでこんなに飛ばしても大丈夫なのね。」

 

露骨に話を逸したがアーリーは乗ってくれた。

 

「ここには法律が無いからね。慈悲深き我らが主は迷える子羊に1ナノ秒でも早く物資を届けるためにアクセルをベタぶみしろと言ってるさ。主の慈悲を妨げるものを吹き飛ばしてね。」

 

もちろんバーレーンでゆっくり走るのは狙われるリスクを上げることになると言うのもあるのだろうが。

 

「あたしの活動も主の御心に適ってるなら良かったわ。」

 

肩をすくめるアーリー。

 

「主の御心は判らないけどね。虐げられてる人々を助けるために動くのは御心に適ってると、あたしは思ってるよ。」

 

彼女に、そう言われると少し安心する自分がいる。自身の行動に対して迷いは無いつもりだが、それでも誰かに認められると言うのは安心感をもたらす。

とは言え、この安心感が麻薬であることま知っている。

 

「ありがとう。これからの段取りだけど、あたしは手伝わなくても良いのね?」

 

アーリーは大きく頷く。頭部から胸元に掛けての羽毛がフワリと動く。

 

「ああ。十分な人員を連れてるからね。部外者は必要ない。ダニーにはあたし達の活動とグロウシティ近傍の報道をしてくれるかしら。」

 

それはそれで何とも申し訳ない。

 

「一応護衛を紹介するから好きに取材して頂戴。別にあたし達に義理立てする必要もない。あたし達は主にご覧になられて困ることはしてないからね。」

 

「判った。あたしは事実を報道する。その事実がアーリー達の活動に役に立つと考えておくわ。」

 

「それで良いさ。主も隣人とパンを分け合え、足りない分は何とか調達しろと言ってるしね。」

 

それは石ころをパンに変えたあの逸話の解釈なのだろうか。

 

「オーケー。良いパンを焼けるように全力を尽くすわ。」

 

そんな事を話している間に目的地に到着したようだ。

グロウシティ近傍のスラム地区だ。

そこで黒い発煙筒を大きく打ち上げる。

ブラックマンデイの実施の合図である。

ブラックマンデイは毎回違う場所で行う。

だからこそ、こういった原始的な方法が効果的なのだ。

 

アーリーは周囲に指示を飛ばしてから、あたしを手招きする。

 

「ダニー、彼がアクセルホーン。とりあえず水先案内人兼護衛ってとこさね。」

 

紹介されたのは巨漢のトロール、なのか、ズーヌークアなのか解らないよう人物だ。

本来は頭部にのみ角として形成されているケラチン質による、角が全身から生えている。

その角を阻害せぬためだろうが、体の角に当たらぬようにアレンジした赤茶けた色のチェインメイルを身に着け、上からアーリーと同じように黒のレザージャケットを身に着けている。さながらジャケットは古代のサーコートの風情すらある。

その背中にはチェインメイルと同様に染色された赤茶けたポールアックスをその背中に下げている。

町中なら職務質問待った無しだ。

とは言え、バーレーンにおいては、これ程信頼のできる抑止力は存在しない。

もちろん、彼があたしに悪意を持っていなければだが。

 

「ダニーさんですね! うわ、本物のダニーさんじゃないですか。VRとかじゃないですよね!」

 

その圧倒的なテンションに押されながら言葉を返そうとして、ふと、思い当たる。

アクセルホーンって毎回配信したらコメントくれる人じゃないかしら?

 

「はじめまして、ダニー·ウエストです。アクセルホーンさんって、いつもコメント戴いているアクセルホーンさんですか?」

 

握手できるように手を差し出しながら声をかける。

アクセルホーンは両手であたしの手を掴み投技でも掛けてくるのかという勢いで握手をされる。

 

「ダニーさんに名前を覚えて貰えてるなんて本当にかんげきです!」

 

う、うでかもげる。

 

「アクセルホーン、お前が普段相手にしてるミュータントクリッターじゃないんだ、ダニーの腕が外れるぞ。」

 

苦笑しながら止めに入ってくれたのはアリー。

その言葉に慌てて手を離すアクセルホーン。

悪い人ではないのだろう。

腕がもげるかと思ったけど。

 

「助かったわ、アリー。」

 

すでに息も絶え絶えなあたしに対してアリーは笑みを隠しもしない。

 

「あなたに、コンタクト取りたかった理由が取材して欲しかったのも事実何だけど、アクセルホーンが熱狂的なファンだったのも一因なのよね。」

 

少なくとも危地に飛び込む以上信頼できる護衛を手に入れたと考えるようにしよう。

 

「何はともあれ、よろしくね、アクセルホーン。頼りにしてるわ。」

 

それに爆音の声でアクセルホーンが応える。

 

「命に替えてもダニーさんの安全は守るっす!」

 

とりあえず生暖かいアニーの微笑みは無視して段取りを詰めていこう。

時間は限られているのだ。

 

 




アーリー·ブラックウイング
非公式キャラ。初出は第六世界の歩き方。
https://booth.pm/ja/items/1873141

チェンジリング
妖精の取替子ではなく、SURGEにより特殊な外見や能力が発現した人物の総称。
アーリーのように体毛が羽毛になったり、手足が増えたり、ケロロ軍曹になったりと症状は様々。
後天的には突発的に発生するので質が悪い。

アクセルホーン
オリジナルキャラ。
この人は単なるミュータント。

ズーヌーカ
いわゆるトロールヴァンパイア。
変身した際の骨や角がいびつな形になる傾向がある。


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仄光る街の現実

「ところで、心当たりはあるんですか?」

 

アクセルホーンに問われる。

あたしの意図が判らなければ案内もできないと言うことだろう。

 

「無くは無いんだけどね。昔ネオネットがやってたコムリンクを配ることで貧困を無くそうって言う社会実験があって、その対象の1つがグロウシティだったの。」

 

心当たりがあるのかアクセルホーンが嫌そうな顔をする。

 

「ありましたね。あの5分使うと15分広告見ないと使えないメタリンク。」

 

流石にそれは言い過ぎだが概ね間違ってはいない。

 

「まあ、そんな感じの話だけど、そのプロジェクトで窓口してくれた人がいて、コムコードの交換もしてるのよね。」

 

眉を顰めるアクセルホーン。

 

「数年前の顔役っすか。生きていれば良いっすね。とりあえずコンタクト取れるなら場所聞いてください。案内しますよ。」

 

あたしは頷くとコムコールをかける。

バーレーンの朝は早いから大丈夫かな。

数コールで相手が出るが無言。

警戒されているのだろう。

 

「ご無沙汰しております。ダニー·ウエストです。以前コムリンクの配布プロジェクトでお世話になりました。覚えていらっしゃいますか?」

 

更に沈黙が続く。覚えてないのか、あるいはすでに売却済みか。

躊躇ったら負けだ。

 

「今日はいくつかインタビューをさせていただきたくご連絡させていただきました。もちろん報酬もお支払いいたします。」

 

そこでコムリンクの向こう側から躊躇いがちに言葉を返してくる。

 

「ダニーさん?」

 

子供の声だ。確かに窓口のミックには息子がいた。

名前は確か。

 

「ええ。あなたはケイン君よね。ミックさんはいるかしら?」

 

コムリンクの向こうから少し安心した雰囲気が伝わってくる。

これは日常的な警戒心ではない。

何かあったのか?

 

「父ちゃん達はいません。ここ数日帰ってきてない。」

 

バーレーンではよくある話かもしれない。

偽善と呼ばれようとあたしは可能な限りの人を救いたい。

 

「役に立つか判らないけど事情を聞きに家に行っても良いかな。」

 

再度の逡巡。踏み込みすぎたか。

 

「良いけど場所がわからない。」

 

「大丈夫。こっちで確認するから。通話切らないでね。」

 

あたしは最悪の通信環境の中でケインと繋がるコムコールの糸を手繰り寄せる。

そして通信先の場所を確認する。

 

「じゃあ、今からそっちに行くから、待ってて。」

 

あたしはコムコールを切り、アクセルホーンに所在地を指示する。

昔の住所だが無いよりは良いだろう。

 

「案内しますけど、無茶はやめてくださいよ。ダニーさんに何かあったら俺の生きる楽しみが失われるんで。」

 

大袈裟な表現に苦笑いする。

ここまで熱烈なのはストーカー等以外では始めてだ。

 

「ありがとう。でも、自己保身優先のダニーなんて誰も着いてきてくれないわよ。」

 

その言葉にアクセルホーンは複雑そうな嬉しそうな独特の表情を浮かべてケインの住処へと案内してくれる。

 

移動していると、そこはスラムと言うよりも廃墟のようだった。

近場のブラックマンデイの為にみな出払っているのだろうか。

怪訝そうなあたしの雰囲気に気づいたのかアクセルホーンが口を開く。

 

「なんか人少ないっすね。本当になんかあったかもしれないっすね。」

 

「気のせいじゃないのね。とにかく話を聞い見ましょう。」

 

ケインの住処はグロウシティの中だ。

当然グロウシティの中心に近づくほど人気はない。だからこそ両親が戻らないような状態でも子供が家を維持できているのであろう。

そこはかつてのワンルームマンションだったであろう建物だ。

薄汚れた表札を見るとシアワセ系の社宅であったらしい。

グロウシティの中心にには数年前までシアワセの核融合発電所があったのだ。社宅も当然用意されていたのだろう。

 

そこからコムコールをかけて家を確認し訪問する。

 

家は質素ながらもキレイに整理されている。とりあえず?ケイン君に手土産代わりのソイバーを手渡す。春の新商品であった桜フレーバーよりも普通のフレーバーの方が美味しいらしい。

ついでに物欲しそうなのでアクセルホーンにも一本渡す。

そして落ち着いたところで事情聴取だ。

 

「しばらく前から父ちゃん達は近くにできた研究所に働きに行ってる。」

 

いきなり当たりを引くとはあたしも運が良い。あるいはそれだけ事態が深刻化しているのだろうか。

 

「最初は父ちゃん達もお給料も良いし、仕事も楽だしと喜んでた。ただ、最近は何か悩んでる感じで仕事してた。」

 

良い仕事を手に入れたことによる軋轢だろうか。

 

「ところが3日前から帰ってきてなくて、何の連絡もない。」

 

だからコムコールへの反応が早かったのだろうか。

 

「昨日いつも仕事紹介してくれるおっさんにも聞いたけど、おっさんは連れて行く所までが仕事で帰ってくるかどうかは知らないって言われた。」

 

何かの被験者なのか、特定の対象でも探しているのか。

 

「ねえ、他にも同じ仕事してる知り合いいる?」

 

その後報酬の交渉を行った後ケインに知り合いを紹介して貰い、そこから更に芋づる式に知り合いを辿っていく。

それと並行してグロウシティの生活状況にまつわるドキュメンタリーの作成も進めていく。

 

「これ、何かをスクリーニングしてるわね。」

 

聞き込みの結果仕事の参加者のうち大体10%が行方不明になっている。

バーレーンにおいては損耗率1割の仕事と言うのは安全な領分のようだ。

行方不明になったり参加を断られるようになるのは大体3ヶ月程度で、仕事も薬剤投与を受けたり何かのテストを受けたりと言うことなのでスクリーニングをしているのは間違いなさそうだ。

 

「帰ってこない人が幸せなら良いんすけどね。」

 

世の中そんなにうまくはでしていないものだ。

さて、どうしたものかと思っているとアクセルホーンがポールアームを身構える。

視線の先には柄の悪い、いや、妙に統制の取れた五人組がいる。

 

「早くない?」

 

「他人の動きを気にしてれば、気づかれる頃合いっすね。即座に繰り出せばこんなもんすかね。」

 

あたしはブローニングウルトラパワーを引き抜きながら言葉を返す。

 

「意外と警戒されてるみたいね。」

 

重心を下げ距離感を測るアクセルホーン。

 

「普通のジャーナリストはこんなバーレーンの奥地で聞き込みしないっすからね。ランナーを想定して兵力出してきてるんじゃないっすかね。」

 

その言葉を切っ掛けにアクセルホーンが打ち出される。

実際には彼が駆け出しただけなのだろうが、まるでカタパルトで打ち出したかのように驚異的な脚力で五人組に接敵し長大なポールアームを叩き込む。

叩き込まれたヒューマンはまるでオモチャのように弾き飛ばされ動きを止める。

更にポールアームを振り戻し別の1人を吹き飛ばす。

彼がアクセルホーンと呼ばれる一端を見たように思える。

 

そして、残り3人の射撃はほとんど意味をなさなかった。アクセルホーンはその驚異的な機動力により2人の銃弾を避け、1人の銃弾をその肉体で弾き返した。

彼らはハンドガンで猛獣に挑みかかる愚を悟りながら命を失ったことだろう。

あたしの銃? 相手に当たって痛撃は与えたけど結果には影響しなかったとだけ書いておくわ。

 

「圧倒的ね。銃の当たった所は大丈夫? 応急処置ぐらいはできるけど。」

 

首を傾げるアクセルホーン。

 

「そっすね。増援来てもあれなんで、尋問してからお願いしてもいいっすか?」

 

そう、彼らを指揮していた男、恐らく口入れ屋があたしの銃弾を受けて倒れている。

 

「さてと、せっかくだから色々教えてもらえるかしら?」

 

住民とはまた違う切り口の話をしてくれることだろう。



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ギャングとしての流儀

逃げ出せばアクセルホーンに切られるとわかっているのだろう、口入れ屋は動けない程の傷でも無いにも関わらず地面にへたり込んでいる。

 

「お、お前ら判っているのか。こいつらはイーボの正規兵だぞ。」

 

イーボなのか。確かにイーボからの金の流れはあるようだけど。

本当に何をやっているのだろうか。

 

「わっかんないなー。悪いけど詳しく教えてくれるかしら?」

 

あたしはブローニングウルトラパワーを彼に向ける。

蒼い顔をしながらも口入屋は大きく頭を横に振る。

 

「ここで何やってるの?」

 

その間にアクセルホーンは口入れ屋を拘束しコムリンクなどを取り上げる。

 

「ラスティスティレット的には、こいつどうするの?」

 

ダンマリな口入れ屋を無視してアクセルホーンに問いかける。

 

「そっすね。詫び入れてくれば放免。駄目なら見せしめに処刑っすかね。タマナスとの取引は面倒なんで基本的にしないっすね。」

 

大きく頷き、口入れ屋に目を向ける。

 

「知ってる事は話す、いや、話します。自分の身代金も払う。お願いだから助けてくれ。」

 

彼は元からこの辺で仕事をしていた口入れ屋で研究所ができた時に人を集めるように依頼を受けたらしい。

付き合いの中で研究所がイーボの金で造られており、この場所である必要があったこと、もし研究所の事を調べる人間がいたら教えて欲しいなどと依頼を受けていたらしい。

報告したら普段研究所の警備をする人間を貸し出されて襲撃することになったようだ。

 

話を聞きながらコムリンクをハッキングするが身分に嘘はなさそうだ。

警備員も自分のコムリンクを持ってきている。

ハッキングすれば彼らの身元はすぐに割れた。

ロシアのPMCであるホテルウラジオストクだ。

その内実はヴォリーフザコーネのウォーモンガーを集めた傭兵組織で自前の傭兵組織を持たないイーボがしばしば外部での兵力として動かす組織だ。

彼らの緩みきった雰囲気からして訓練兵を実地訓練がてらに貸し出していると言う感じだろうか?

 

「やっちまいますか?」

 

アクセルホーンが問う。

 

「お互い仕事だし。見逃してもいいんじゃないの?」

 

そう言いながら、あたしは口入れ屋から巻き上げた支払い保証済みクレッドスティックをアクセルホーンに渡す。

 

「ごっつあんです。」

 

あたしは腕を組んで口入れ屋を眺める。

 

「彼に指示してる人間が知りたいなぁ。」

 

口入れ屋が大きく頭を横にふる。

 

「知ってる訳ないか。やりたくないけどホストに仕掛けるしか無いわね。」

 

妙に楽しそうなアクセルホーン。

 

「どうしたの?」

 

「いや、こうやってダニーさんの番組が作られてるのかと思うと感激だな、と噛み締めてたっす。」

 

喜んで貰えるのはありがたいけど、あたしが世話になり過ぎてる気もするのよね。




タマナス
いわゆる臓器密売組織。
最近ではシンレスを浚って臓器密売したり、クローン培養して臓器売買していたりとビジネスを広げている。

ホテルウラジオストク
オリジナル。
いやイーボ系の傭兵会社が見つからなくて。


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電子の古城の冒険

ホストの攻略が終わるまでは口入れ屋さんにはお待ちいただくとして、攻め込むことにする。

イーボのホストを攻める事になるとは強い不安を感じる。

正直あたしの能力的にも実力的にもメガコーポのホストを制圧できるとは思えない。

 

ひとまずホストを観察すると強い違和感を感じる。

イメージとしては通信ラグでテクスチャーの剥げた素材とでも言うのだろうか。解像度の低いような違和感を感じる。

外見はドット絵の和風の城と言うところだろうか。

システムの質としては並程度か。勝算はあるはずだ。

 

小手調べにイーボの研究員に偽装してアクセスを試みる。

まるで手応えがない。観察した時の印象の通りさほど厳重ではない。

しかし、どうも思うようにペルソナが動かない。何故だろうか。

だが、これなら管理者権限の奪取すらも容易そうだ。

 

マークをつけホストの中にするりと入る。ウイザードのような気持ちになるが、罠のようで気持ち悪くすらある。

 

内部も和風の城と言った感じで木製のエントランスから廊下が続いている。

 

テクスチャの剥げた古城のホストに入ったところで強い嫌悪感を感じる。家の中で虫を見つけたような、ヒューマニストによる犯罪を見たような怒りにも似た嫌悪感。破壊衝動と言っても良いのかもしれない。

共振力領域が汚染される事があるとは、聞くがこれがそうなのだろうか。

あたしは目についたファイルを意味もなく破壊したい衝動に耐えながらデータを探していく。

 

そして見つけ出したファイルにはこう書かれていた。

 

『ペネロペ·アン·ザビアー博士による反共振力による身体強化について』

 

どうやらザビアー博士は三浜の研究員で反共振力やテクノマンサー能力、AIなどについての研究を行っている人物らしい。

この人物が今イーボとのジョイントプロジェクトに伴いイーボ側に出向、その際に技術供与された情報に反共振力による影響があったらしい。

こちらの追試研究の為に、この研究所は設立したようだ。

妙に金を惜しんでるように見える理由はこれだろうか。

高濃度の反共振力に触れることにより身体能力の増大、再生能力などを獲得することになる。

また、テクノマンサー能力の発現や電子的な人格転写を引き落としやすくなる、と。

 

電子的な人格の転写って人格のバックアップを取れるってことなのかしら?

 

つい、資料を読み込んでしまっていたあたしはパトロールICへの対応が遅れてしまった。

とりあえず、セキュリティデータと思しきデータと研究データをバッサリとコピーして鎧武者の姿をしたICの群れに囚われる前に慌ててホストから脱出することになった。

 

ひとまず、離脱したあたし達はブラックマンデイに合流し、その模様の取材をさせてもらう。

潤沢な衣料品の供給や保存性の良い食料提供など、これは貧者救済によって偽装したセーフハウスへ匿っている人に対する物資供給なのでは無いだろうか。

とは言え、これで救われる人はいる。成さぬ善より、成す偽善とは良く言ったものだ。

 

そんなことを思いながら歩いているアーリーがライブをしている。

その歌は大昔のロックアーティストの歌でみんなで狂おうと呼びかける熱烈な信仰の歌だ。

魔力のこもったその歌声は絶望した人々の目に強い光を呼び起こす。

人はパンのみに生きるに非ずとは、娯楽の必要性を説いた言葉ではないが、娯楽も信仰も同じものなのかもしれない。

アーリーのこの歌から神への愛を感じている人間はどの程度いるかは判らないが、聴衆が熱狂していることには間違いない。

 

軍用トラックの中であたしは引っこ抜いてきた資料に目を通していく。

どうやら潜入したホストはクラッシュ2.0の際に稼働していたシアワセのホストをスレイブ化して運用するためのもののようだ。クラッシュ2.0の際に世界を席巻したヨルムンガンドウイルスと共にマトリックスを打倒した反共振力。

その当時の反共振力を集めるために、この場所、あのホストである必要があったようだ。

 

反共振力への、感受性を高める薬剤やテストはVR状態で反共振力に触れさせるのが目的であり、結果的に適応率の高い相手を監禁しているようだ。

 

何とか開放をできないものかと考えながらデータを開いていく。

そして、人格の転写とは物理的な死であると理解した時点で無力さを痛感する。社会的な圧力では‘今’囚われている人を救う力にはならない。

 

アーリーの歌声が響いてくる。

 

「人はすぐに諦める。

あんたの拳はもう動かないのか!

その一撃が世界を変えると信じられないのか!

さあ、拳を打ち下ろせ!」

 

諦めるのは全ての手を尽くしてからだ。

あたしは素材の編集を進めた。

まずは合法的な取材部分を組み立てるしかない。

 




テクスチャーの剥げた素材
反共振力プールにより視界に靄がかかっているイメージ。

破壊衝動
反共振力に触れると例外なく破壊衝動を感じるらしい。

ペネロペ·アン·ザビアー
ミツハマの研究員。17歳の息子がいる。
現在はMIT&Mの研究所でネオネット、イーボ、アズテクのジョイントプロジェクトに参加している。
パックスの偽名。

アーリーの歌
Prince & The Revolution - Let's Go Crazy
https://www.youtube.com/watch?v=aXJhDltzYVQ

最後の歌詞があるほうは創作。


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黒い天使の誘い

あたしが突貫でレポートを仕上げアップロードを行う。

内容はグロウシティの虐げられた人々、メガコーポの研究所による生活の改善、しかしその研究所は人を搾取しているのではないか?

苦しむ人に寄り添う複数の組織と言った体裁だ。

ハッキングで手に入れたデータは後で内部告発により手に入れた体裁が必要だろう。

あたしは間に合うのだろうか。

 

そんな事をぼんやりと考えているとトラックの外から駆け抜ける爆音。

 

「アップロードお疲れ様っす! 俺の活躍を最高にかっこよく撮影して貰ったうえ、放送に使って貰えるなんて感激です! 一生自慢できるっすよ。」

 

感極まった声で告げるのはアクセルホーンだ。

喜んで貰えるのはありがたいけど。

 

「内容的には思うところはないの?」

 

あたしは人の不幸で作品を作っていると罵倒されても仕方ないと思っている。

例えその作品の公開に意味があるとしても。

 

「良く見てくれてる嬉しいっすね。ダニーさんの視点はいつも優しいですよね。」

 

意外だ。

 

「でも、今捕まってる人には何の役にもたたないのよ?」

 

不思議そうにこちらを見るアクセルホーン。

 

「俺達みたいに弱くて存在してない者がヒドい目に合うのは当然っすよ。力がないんすから。それを変えようとしてくれるのがダニーさんっすよね。」

 

そうだ、そんなものが当然あると言う真実が許せないからあたしは動いているんだ。

 

「そうね。そうだったわ。たまに忘れてしまうのよね。」

 

ニコニコとアクセルホーンが笑っている。

 

「見てる人間は忘れないんすけどね。」

 

そんな所に入ってくるのは全身の羽毛から汗を滴らせたアーリー。

 

「悩みぐらいなら聞くわよ。迷える子羊を導くのもあたしの使命だからね。」

 

報告がてら話をする。

 

「あの研究所ってラスティスティレットにみかじめ料払ってないから痛い目を見せたくはあるんだけど。」

 

アクセルホーンが肩をすくめる。

 

「小競り合いならともかくとして戦争するにはさすがに手が足りないっすよ。」

 

白旗を降るように手をふるアーリー。

 

「もちろんさ。自身を愛すように汝の隣人を愛せって言うからね。ここに愛すべき相手がいると教えに行くってのもありじゃないかね。」

 

そして、あたしに強い視線を向ける。

 

「正直勝算はあまり高くない。でも、この件に決着をつける公算は高い。あんたが自分の信念に従って魂を売らずに貫き通す可能性はある。」

 

あたしは肩をすくめる。

 

「今から魂を売り飛ばせるようなら、こんな難儀な商売してないわよ。」

 

そして、あたし達は大きく笑い声をあげた。




自身を愛すように汝の隣人を愛せ
新約聖書―マタイ伝・二二 より。


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ファンハウス

あたし達は車を乗換えて州道202号を北に走る。

グロウシティ近傍ではポストホロコーストのSFシムに出てきそうな荒廃した都市であるのが、レドモンドセンターに近づくに連れて少し新しく普通の都市へと変化していく。

レドモンドセンターはレドモンド地区で唯一治安の維持されている地区でベルビューに住む富裕層が落とす金で維持されている‘観光地’だ。

気楽に安全なバーレーンを体験する為に金持ちがここを訪問するのだ。

もちろん、この外縁にあるパインレイクエールハウスのように治安を維持し、安全な範囲を広げるために努力している人はいるし、観光客によって治安が維持され生活できている者がいるのだ。悪しざまに言うべきではないだろう。

 

それでもグロウシティの現状を見て何も出来なかった身としては忸怩たる思いがある。

特に自分自身が恵まれた生活をしているというのも、この気持ちを後押ししているのだろう。

 

ちなみに今いるのはあたしとアーリーの2人だ。

アクセルホーンはレドモンドセンターでは目立ち過ぎると自ら同行を断った。

 

「何で世界は不完全なのか?って顔してるわね。」

 

突然アーリーがそんな話をし始める。

 

「そうね。神様がいるならもっと平和な世界にして欲しかったわね。」

 

とはいっても、あたしは特別信心深い質でもない。

 

「与えられた完全な世界なんて、すぐに飽きてぶち壊してしまうのが人ではないかしらね。」

 

詭弁とも言える。

だが、確かに人の欲望が際限ないのも事実だ。

 

「確かにね。満足すべきなのかもしれないわね。」

 

「違うわ。主はあたし達に歌と前に進む意思を与えたのさ。」

 

「歌?」

 

「そう歌。前に進む意思は一人で発揮しても世界は変わらない。だから歌うのさ。」

 

確かにさっき彼女の歌には背中を押された。

 

「そして共に歌えば仲間だとわかると?」

 

アーリーは楽しそうに笑う。

 

「そういこった。」

 

先程まで自分で運転していたアーリーが運転をグリッドリンクに任せている。

そう言えば跡切れ跡切れの通信も改善している。

通信環境が悪いと無意識に気持ちが沈む。さっきまでの沈んだ気持ちは通信環境の影響もあったのかもしれない。

 

車は州道を抜け北上していく。

その先には少し古びたマンション群が見えてくる。

そこが今回の目的地であるファンハウスだ。

 

ファンハウスと呼ばれている6棟からなるマンション群はサーリッシュシーに住んでいたドラゴンであるウルビアが2057年にレドモンドに移り住み買い上げた廃ビル群だ。

彼女はその廃ビル郡に私財を投じてリノベーションし、住居兼アミューズメント施設として運用しているのだ。

 

「ウルビアについて、どのぐらい知ってる?」

 

あたしの物思いをアーリーが断ち切る。

 

「メタヒューマンフレンドリーな女性のドラゴンでレドモンドの裏社会に絶大な影響力がある。」

 

頷きを返すアーリー。

 

「マザーオブメタヒューマンズにも資金援助をしているはずよ。」

 

アーリーが人の悪い笑みを浮かべる。

 

「そして、ダニー·ウエストの大ファン。クリムゾンクイーンってハンドル覚えがない?」

 

ある。ものすごくある。

 

「マジで?」

 

「ええ。あたし達みたいな人間は普通お堅い人権系の放送なんて見ないわよ。」

 

宣伝までしてくれてるらしい。

 

「それは気が楽ね。」

 

そんな事を話してる間に車はファンハウスの敷地内へと入っていく。

 

ファンハウスと呼ばれるビル群は三角形の形に建物が配置されている。

中心に建つのが16階建ての中央棟。ここの最上階にウルビアは住んでおり、低層はアミューズメント施設となっている。

この中央棟の北、南西、南東に同じデザインの建物があり三角形を構成している。

元の設計者が風水的な配置を気にしたとか、しないとか。

この三角形の頂点にある棟は低所得社用の住居として貸し出されている。

これらの4棟の居住棟には地下3階層の駐車場を持っている。

中央棟と南西棟の間には高校と呼ばれている教育コミュニティ施設がある。

中央棟と南東棟の間には倉庫と呼ばれているメンテナンス施設が置かれている。

 

居住棟の1階は店舗になっておりバーレーンとは思えない程活気に満ちている。

 

元はある程度完結して生活できる高所得者層向けのビルディングだったことを思わせるビル群だ。

 

「ま、北棟の駐車場は水没してて使えないけどね。」

 

レドモンドセンターの傍らにはサマミッシュ川が流れている。

その向こうはベルビューだ。

平均収入が倍近く異なる地区の公共事業費が同じになる事などあり得ない。

結果的にレドモンドでは頻繁に水害に見舞われベルビューは稀にしか襲われないと言う結果に繋がるのだ。

レドモンドとベルビューの間に横たわるフェロクリートの壁を見た時と同じように苦い気分になる。

 

車はそのまま中央棟の地下駐車場に入っていく。

手慣れた運転だ。

 

「よく来るの?」

 

意外そうな顔のアーリー。

 

「あたしはここで定期的に歌歌ってるののよ。神への愛の歌をね。」

 

クリスチャンロックと言う奴だろう。

確かに弱者にこそ神の愛は与えられるべきだろう。

 

「さっき聞かせて貰ったけどクールなのに熱い感じだったわね。」

 

「神の愛で前に進む意思を奮い立たせる歌だからね。」

 

あたし達は駐車場から1階へ。

そこはアミューズメント施設のエントランスと言った感じで大画面のトリッドが映し出され多くの人が時間つぶしにトリッドを眺めている。

明らかに違う組織のギャングメンバーがいるにも関わらず暴力事件が起きていないのはウルビアの影響力だろうか。

奥には個室が並んでいる。個別ミーティングルームだろう。

エントランス中央奥にホテルのフロントのような場所がありお仕着せを着たトロールが優雅に佇んでいる。

 

アーリーは迷わずにフロントに向かう。

 

「はーい。ダニー連れてきたわよ。」

 

話を通しているのは当然として、いつ話を通したのだろうか?

今回のグロウシティ訪問は誰の意思で用意されたのだろうか。

 

フロントマンは頷く。

すると奥から同じくお仕着せを着たエルフの女性が出てくる。

 

「じゃあ、ダニー。あたしはここまでさ。女王陛下への拝謁頑張りなよ。」

 

あたしはアーリーと拳を打ち合わせエルフと共に奥のエレベーターへと足を進めた。




ファンハウス
The_Clutch_of_Dragonsより。

ウルビア
同じくThe_Clutch_of_Dragonsより。
ダニーとの関係は小説のオリジナル。

サマミッシュ川の氾濫
現実のハザードマップだとベルビュー含めて均等にハザードエリアになっている。
このあたりの洪水の設定は小説オリジナル。

フェロクリートの壁
Runner Havensより。
フェロクリートの壁で天国と地獄が区分けされており、天国であるベルビューでは装甲ドローンやローンスターが警備し、地獄であるレドモンドでは餓えた瞳が壁の上の鉄条網を見上げているとある。

クリスチャンロック
悪魔のものと言われるロックを通して神への信仰を歌う音楽のジャンル。
日本ではほとんど知られていない調べてみると意外と有名な曲があって面白い。
アーリーの主張に関してはオリジナル。


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真紅の女王への拝謁

あたし達はエレベーターは11階まで上がる。

エレベーターの正面には豪華な扉が聳える。

 

「ウルビア様は扉の奥におります。」

 

そう言うとエルフの女性は深々と頭を下げる。

ここまで来た以上進むしか無いだろう。

 

扉を開くとそこには一面の庭園があった。

木々が生い茂り草花が咲き誇り、頭上には夕暮れの空が赤色の光を投げかける。

屋上庭園となっているのだ。

 

あたしが覚醒者ならきっと精霊の姿を見ることもできるのだろう。

そんな庭園に赤い小山が見える。

あれがウルビアなのだろう。

 

あたしは赤い小山を目指す。

その長閑な様子からここがバーレーンであることや、ビルの屋上であることを忘れそうだ。

 

近寄ると赤い小山は首をもたげ、その巨大な頭をあたしに向ける。

その全身は鮮やかな真紅の鱗で覆われ、杭のように尖った尻尾を持った巨大なドラゴンだ。

 

「よく来たな、ダニー。」

 

あたしの頭の中に涼やかな女性の声が響く。

ドラゴンは人の言葉を話せないため、このような念話を行うと聞いているが体験するのは始めてだ。

 

「始めまして。ミズウルビア。」

 

頭の中に笑いの波動が響く。

 

「ウルビアと呼ぶが良い。」

 

「わかりました。今日はお時間ありがとうございます。」

 

ウルビアは楽しそうな雰囲気を保っている。

助力を容易く得られると良いのだが。

 

「うむ。何か我に願いがあるとアーリーより聞いておる。」

 

さて、ここからが本番だ。

 

「はい。虐げられる者達を救うための助力を願うためにお伺いさせていただいております。」

 

ウルビアは大きく頷き、その真紅の瞳で射抜くようにあたしを見る。

 

「ふむ。先程公開された研究所の件か。」

 

放送を見てもらえているのであれば話は早い。

 

「見ていただいているのですね、光栄です。」

 

カラカラとウルビアが笑う。

ひどく機嫌が良い。それとも彼女はいつもこのように朗らかなのだろうか。

 

「うむ。ダニーの放送がアップされると最優先で見ておる。」

 

確かにいつもすぐにコメントをくれてるメンバーの一人だ。

 

「ありがとうございます。では話が早いですね。お願いしたいのは研究所を壊滅させるための人員です。」

 

怪訝そうな雰囲気が伝わる。

 

「壊滅? 被験者の救出ではなくか? 研究所の存在そのものはグロウシティの益となるのではないのか?」

 

「搾取する体制は最終的な破綻にしか繋がりません。断固叩くべきです。」

 

あたしも迷ったが今妥協するべきではない。

 

「今は働き手が残っていますがこのまま人が減っていけば生活を維持できない者が増えます。

ストリートチルドレンの増大は生存者自体を減らします。」

 

もちろん、あたしには有形力はない。

故に彼女を説得せねばならない。

 

「確かに一理はあるの。しかし、我らに利益はあるのか。」

 

利益。誰も益なき行為は行わない。当然だ。

更に我”ら”か。

 

「あたしはイーボの研究所の行為は将来的に近隣のギャングを支える人々を刈り取る焼畑農業だと見ています。

ギャングに保護料を支払うのは今犠牲になっている彼らではないでしょうか。」

 

「今の保護料に伴う義務の行使と未来の保護料の担保な。悪くはない。」

 

ウルビアの鼻から一筋の煙があがる。

苛立ちだろうか?

とは言え、リスクに見合った報酬とは言えないだろう。

 

「これに加えて保護料を支払わない相手に対するケジメをつけることによる面子の確保。」

 

ウルビアが目を細める。

機嫌の良い猫のようだ。

 

「あたしは、この後先程の放送に対しての内部からの告発があったと続報を流します。これをアップするタイミングをウルビアと打ち合わせしてから行います。」

 

「それになんの意味がある?」

 

怪訝そうなウルビア。

 

「あたしにより告発を受けた企業の株価に対する影響の平均的データもお付けします。」

 

ウルビアが瞬きをする。

 

「ふむ。株価が落ちるタイミングをコントロールできると。」

 

あたしは大きく頷く。

 

「もちろん今回の相手はビッグ10ですので、あたしの与える影響など微々たるものです。だけど、ゼロではないのです。」

 

恐らくあたしの出せる明確な利益はこれだ。

これで願いを入れてくれるとありがたいのだが。

 

「どれだけの利ざやを出せるかは我次第と言うことよな。」

 

ウルビアは再度瞬きをする。

何かの合図だろうか。

 

「いかがでしょうか?」

 

ウルビアが大きく喉を鳴らす。

あたしはその不意打ちに無様にもビクリと反応してしまった。

 

「失敬、失敬。驚かすつもりはなかったのだけど、考え事する時の癖なの。

正直ギャング達を動かすには、我の利益をある程度分配せねばならぬだろうな。」

 

ふむ。するとウルビアとしての利益が薄れるのか。

 

「あたしとしてはご提示できるのは2つです。

ウルビアが今の親メタヒューマンスタンスである限りあたしはあなたを信任します。」

 

その言葉に反応するように頭の中に爆音のような笑い声が響き渡り頭が割れるように痛む。

 

「面白い噂を聞いたようだ。ふむ。だにーが支援してくれるのなら真面目に政界進出を考えても良い品とは何だ?」

 

あたしはクラクラする頭をおさえながら続ける。

 

「こちらはつまらないものです。あたしも襲撃に同行し研究所のデータを根こそぎ奪ってきます。こちらはお渡しします。お役に立つのではないですかね。

ついでに突入時に映像を撮影します。この映像はギャングのラスティスティレットからの投稿画像として公開しようかと考えています。」

 

ウルビアがその大きな頭を傾げる。

駄目なのだろうか。

他に打てる手はないだろうか?

 

「良いわ。手を貸しましょう。放送は木曜日の夜にしなさい。襲撃は金曜日に行いましょう。当日の朝にここに来なさい。ラスティスティレットに迎えを出すように指示しておきます。」

 

何故首をかしげたのか?

違和感は残るが進む以外の道はあたしにはない。

 

「ありがとうございます。最高の放送を仕上げます。」

 

ウルビアが傍らから何かを取り出し、あたしに向けて差し出す。

 

「あと、これにサインを貰えないか。我宛てとファンハウス宛の2枚を貰えるとありがたい。」

 

あたしは喜んでサインを書くことにした。

さて、世界を動かしに行こう。




朗らかなウルビア
ドラゴンなので決してそんなことはない。
この時期のウルビアは赤竜動乱のどさくさ紛れにシードラゴンからドラゴンの卵を奪いご満悦な時期なのです。

鼻から一筋の煙があがる。
ドラゴンのいら立ちの表現。人間でいう眉をしかめるに近い感じ。
アースドーンサプリ、『Prelude To War』より。

瞬き
ドラゴンが興味ある時にする仕草。
アースドーンサプリ、『Prelude To War』より。

のどを鳴らす
特別意味はない。人が迷う時にいう「うーん」ぐらいの意味合い。
アースドーンサプリ、『Prelude To War』より。

ウルビアの政界進出
ブラックハイブン麾下の政策分析官がウルビアが配下のSIN持ちのギャングを票田として政界進出をすることを警戒していたことから。
実際ブラックヘイブン失脚時のシアトル市長選挙には出馬しておらず、単なる噂の可能性もある。
『The_Clutch_of_Dragons』より。

頭をかしげる。
同意を現す動き。
アースドーンサプリ、『Prelude To War』より。


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紅の女王と混沌の使者達

金曜日の朝、あたしは再びファンハウスを訪れた。

前回同様に中央棟に向かえば良いかと思っていると南西棟の駐車場に向かうように指示を受ける。

駐車場で車を停めるとお仕着せを着たオークが近寄ってくる。

 

「ダニーさんですね。お待ちしておりました。こちらへ。」

 

エレベーターに乗ると操作することなくエレベーターは11階へと向かう。

コムリンクにより操作してるのだろう。

ファンハウス自体はかなり高度なセキュリティのホストで運用をしているようだ。

 

エレベーターを降りると前回と同様に巨大な扉。

今回は前回と異なりオークが先に立ち案内をしてくれる。

扉の向こうは屋上庭園だ。

中央棟が落ち着いた長閑な庭園とするなら、こちらは人の目を楽しませる庭園と、言えるだろう。

小川が流れ、花が咲き誇る。そしてアクセントに樹木が生えている。

 

少し先にウルビアが鎮座し、その正面には重厚な石のガーデンテーブルが置かれている。

そこにはすでに、6人の先客が腰を下ろしている。

3人のエルフ、オーク、ヒューマンが1人づつ、メタタイプの判らない人物1人が座っている。

皆に共通しているのは触れば怪我をしそうなピリピリとした雰囲気をまとっていることだ。

皆ギャングなのだろうか。

 

「よう参ったな、ダニー。お主ら自己紹介をせよ。我らだけがダニーを知っておるのも不公平よ。チームのアルファベット順だ。」

 

誰から名乗るのかも面子があるのだろうか。

 

「では。」

 

緑のライダースーツに背中に丸で囲んだAと書いた人物が口を開く。

しかし、割り込むように真紅のライダースーツを身に着け随所にオレンジの縫い取りのある人物が割って入る。

 

「おっと、うちは405ヘルハウンドなんでね。俺から挨拶させてもらうぜ。」

 

緑のエルフは苦々しい顔をしているものの異存はないようで勝手にしろとばかりに手を振っている。

 

「俺は405ヘルハウンドの頭を務めてるレッドファングだ。今回は楽しそうなチキンレースに誘って貰ってありがとな。楽しみにしてるぜ。」

 

405ヘルハウンドはベルビューやレドモンド辺りを縄張りにしているゴーギャング、いやスリラーギャングだ。

普通のゴーギャングと研究所の襲撃の相性は良くない。

にも関わらず参加しようとしてるのがスリラーギャングであることの由縁だろ。

続いて先程割り込みを受けた緑のエルフが口を開く。

 

「私はエンシェンツのホークアイ。レドモンド地区の指揮官だ。」

 

エンシェンツは世界中に影響のある強大なエルフのゴーギャングだ。

地区指揮官クラスでも他のギャングと同等の動員力を持つのだろう。

 

続いて口を開くのはオーク。赤い皮のジャケットとパンツを身に着けている。

 

「俺はクリムゾンクラッシュのガンツ。本来はうちが首を突っ込む話じゃないが、ダニーさんのお声がけだったからな。人暴れさせてもらおう。」

 

ガンツはその日に焼けた浅黒い顔を赤らめて話す。

少し照れくさいような、誇らしいような気持ちにさせられる。

 

次に口を開くのはネイティブアメリカンのシャーマン風の装いをしたエルフだ。

他のメンバーはギラツキはあり粗暴さから恐怖感はあるものの嫌な感じはしない。

ただ、彼だけは粘着質な嫌な感じがする。

 

「ファーストネイションのブラッドオブバッファローだ。見ての通りシャーマンだ。今回私は役にもたたんが、うちの精鋭部隊がワイルドキャット仕込の用兵を披露しよう。」

 

詐欺師特有の胡散臭い雰囲気を感じる。

これに続くのはメタタイプのよく分からない黒のレザーパンツとジャケットにオレンジのジャックオーランタンの仮面を被っている。

彼がサビの浮いた金属が軋むような声を出す。

 

「ハロウィーナーズのファントムだ。全てを業火のもとに。」

 

ファントムからは禍々しい印象が強い。本当に人なのだろうか。

最後に口を開くのはエルフの女性。

よく知っている人物だ。

 

「ラスティスティレットのアーリーブラックウイングよ。うちの実働部隊は戦争準備で動けないから、あたしが今回は寄らせて貰ったわ。」

 

もっとアウェイな立場で会合に参加したこともあるが、親しみを持っている同性の友人がいると、少しホッとするのは事実だ。

 

「このメンバーを中心に今回の作戦は執り行う。ダニー、目的などを説明せよ。」

 

あたしは立ち上がり皆にデータを転送する。

 

「改めましてダニーウエストです。今回の目的は以下の3点を想定しています。

1.研究所の壊滅。

2.被験者の救出。

3.データの奪取。

今回の場所に研究所があるのはデータ保管されているホストがあるためです。

このため1に関してはホストを破壊すれば達成できるはずです。

2に関してはお願いしますとしか、申したげれられません。囚われている場所に関しては提供した地図に記載しています。

3に関しては何とかします。」

 

皆が頷く。ガンツが口を開く。

 

「セキュリティも任せられるのか?」

 

「制圧します。ただ、この研究所はホストへの依存度が低いのでカメラの無力化、ロックの解除程度しかできません。幸い施設としてのドローンや銃座などのオートウエイポンは設置されていません。」

 

レッドファングは鼻を鳴らす。

 

「上等だ。俺達でホテルウラジオストクの拠点を強襲する。その代わり奴等の武器は俺たちがいただく。」

 

肩をすくめるホークアイ。

 

「うちは穏やかな人間が揃ってるから荒事は任せるさ。同胞も捕まってる以上捨て置けん。被験者の救出はうちが請け負う。」

 

顎髭を擦りながらガンツが話す。

 

「では、うちは補給物資をいただこう。派手に暴れながら進めば邪魔にはなるまい。」

 

ブラッドオブバッファローはどこか胡散臭い笑みを浮かべる。

 

「順次制圧して行けば良かろう。うちはウルビアの報酬だけで充分だ。」

 

アーリーが大きく頷く。

 

「あたし達はダニーの護衛をしながらホストを物理的に粉砕する。」

 

ファントムが軋むような笑い声をあげる。

 

「我らは全て焼き払うのみよ。燃料代は負担してもらうぞ。」

 

アーリーが答える。

 

「それはあたしらが出す。景気よくやってくれ。」

 

ウルビアが首を傾げる。

 

「話はまとまったな。我らが領域を荒らす者を一掃してくるが良かろう。」

 

その後あたし達は詳細を詰め今晩の襲撃に備えて拠点へと引き上げる事にした。

 

 




405ヘルハウンド
オレンジと赤がイメージカラー。スリルギャング。
リーダーのレッドファングはオリジナルキャラ。

エンシェンツ
緑がイメージカラー。丸の中にAの字のトレードマークを好む。
エルフのゴーギャング
ホークアイはオリジナルキャラ。
エルフ王国のティルタンジェルとも繋がりがあり、ウルビアも繋がりがある。
今回はその辺の付き合いから巻き込まれた。

クリムゾンクラッシュ
赤色がイメージカラー、オークのみで構成されている。
レドモンドセントラルの治安を維持している暴力的な古参ギャング。
リーダーのガンツはオリジナルキャラ。

ファーストネーション
青色がイメージカラー。
NAN出身メンバーのみのギャング。
元軍人が多く戦闘力は高い。
リーダーはサーリッシュエルフのブラッドオブバッファロー。シャーマン。
ダニーが嫌っているのはオリジナル小説独自の設定。

ブラッドオブバッファローが役に立たない理由
グロウシティは汚染されているので魔法使いはペナルティを受けるのです。

ワイルドキャット
スー国の特殊部隊。
ファーストネイションがNAN系であることから大風呂敷の一環。

ハロウィーナーズ
オレンジと黒がイメージカラー。メイン領域はダウンタウン。
リーダーはファントム。
破壊的で混沌とした存在。

ラスティっドスティーラーズ
黒と赤錆色がイメージカラー。主にオーク、トロールで構成されているミュータントギャング。
領域はグロウシティ。


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グロウシティの花火大会

今回はギャング回なので三人称視点です。


昨日と同じ今日。今日と変わらない明日。世界は繰り返し時を刻み、変わらないかのように見えた。そう考えるのは人として当然のことだ。

それは戦乱を飯の種とし、硝煙の風呂に入っているような傭兵であっても変わらない。

とは言え、バーレーンの中でも特に治安の悪いグロウシティで資産価値のあるメガコーポの警備を請け負ったにも関わらず、それを日常とし慣れてしまったホテルウラジオストクはプロとして落第点だろう。

 

最初の異常に気がついたのが誰かすら判らない。

ただ等しく混沌の海に叩き込まれ仕事ではなく生存の為の闘争を余儀なくされたのだ。

 

ある者は偶然施設内のロックが解除される音を耳にした。

ある者は施設外から重低音の排気音が無数に鳴り響くことに気がついた。

ある者は施設外に無数の人物が行進するような音を聞いた。

 

何かあればシステムアラームが鳴るだろうと誰もが考え確認を怠った。

人々は最後の安寧を貪った。

 

そして決定的なトラブルが持ち上がる。

 

搬入時にトラックなどを入れるための正面ゲートの隔壁が静かに開放される。

 

「あれ? 今日搬入予定はないんじゃないか?」

 

この期に及んで重要度に気づかぬ傭兵達。

降り注ぐ銃弾により状況を理解する前にその肉体が切り裂かれる。

入口の警備、いや無様に立ち尽くしていた傭兵達は銃の猛射により物言わぬ死体へと変わる。

そのまま銃弾の雨をばら撒きながら赤とオレンジのライダースーツに身を包んだ一団がバイクにより突入してくる。

これこそまさに現代の騎馬突撃。

またたく間に正門前に詰めていた傭兵は打ち払われる。

405ヘルハウンドは奇声を上げながら目標の武器庫を目指す。

室内をバイクで走るなど当然と言わんばかりに。

その後に続くのは緑のライダースーツのバイカー。

彼らは野外の掃討こそ機乗で行うものの突入時にはバイクから降りる。

自分たちは愚かではないのだ。そんな顔をしながら。

 

裏の搬入口から突入するオークやトロールを中心とした軍団。

その先頭を颶風のように駆け抜けるのは赤錆色のチェインメイルを身に着けたアクセルホーン。

傭兵が体制を立て直す前に、脅威を理解する前に、アクセルホーンがポールアームで薙ぎ払う。

傭兵達が遠距離から射撃により制圧を狙えば、アクセルホーンの背後からラスティッドスティレットが制圧射撃により傭兵の頭を抑える。

そして傭兵達が気がついた時には目の前に死の颶風が迫り赤い血煙へと変えられていく。

その背後から青ざめた顔をしながら必死で走り抜けるか細いヒューマン女性。

対ホストの戦闘に意識の大半を持っているからだろうか。その足取りからして危なっかしい。

決して荒事に向いていないダニーだ。

 

途中でトロール達は二手に別れる。

ホストの物理拠点を目指す赤錆と黒の集団と物資庫を目指す赤の集団。

 

赤錆と黒の集団はダニーを庇いながら傭兵達を蹂躙し、赤の集団は物資庫を目指し肉の波濤と化し進撃する。

 

その後ろから落ち着いた足取りの黒とオレンジの集団が続く。

彼らはトリック・オア・トリートの掛け声と共に腰に下げた火炎瓶を周囲にバラマキ、何が楽しいのかケタケタと笑っている。

そして生存者を見つければ火炎放射器で焼き払う。

たまに火炎放射器に傭兵の銃弾が命中し火炎放射器の燃料に引火し爆発する。

しかしハロウィーナーズはその爆発すら予定通りの余興であるかのように爆笑しながら突き進む。

 

イーボが手を入れたとは言え建物は数十前の建築物であり、自動消火システムも停止している。この建物が燃え始めるまでさほど時間はかからない。

火が回れば傭兵達が徹底抗戦など行うわけもなく、皆が逃げ惑う。

逃げる研究員を背後から撃ちコムリンクを奪うのはファーストネイションだ。

被害を抑えるには確かに効率的な方法であろう。

それがワイルドキャット直伝の軍隊戦闘術と呼ぶかは疑問は残る。

どちらかと言う野盗の所業だ。

 

そんな狂乱と炎に明け暮れる研究所のサーバー室に到着したのはダニーとラスティッドスティレットの面々。

 

「いくつかの研究員のコムリンク踏み台にしてホストのアーカイブ調べてみたんだけど、元になってる研究資料が見つからないのよね。」

 

首を傾げるダニー。

普通はそこの研究の大本になるデータだ、もう少し簡単にアクセスできるようにしているはずなのだが、そこにアクセスできないのだ。

 

「本社のホストに保管されていて、こっちにはコピーされてないのでは?」

 

ポールアームを素振りするアクセルホーン。ホストを粉砕したくて仕方のないようだ。

 

「そんな感じでも無いのよね。ただ、アクセスできる人を凄く制限してるのよね。」

 

迷いを振り切るように頭を振るダニー。

 

「やっぱりファウンデーションに潜るしかないかな。じゃあ、アクセルホーン、この古いホスト叩き壊してもらっていいかしら?」

 

ケロリとした顔で決断するダニー。

 

アクセルホーンは嬉しそうにホストに突撃し粉々に粉砕をする。

 

ファウンデーションに潜るリスクとメガコーポの機密資料を手に入れる可能性を比較してで機密情報の誘惑が勝利したようだ。

ダニーはアクセルホーンに肉体が意識を失う旨を伝え危なくなった逃げるタイミングを任せると告げ、VRモードへと切り替える。

 

がくりとダニーの体から力が抜ける。

慌てて支えるアクセルホーン。

炎と混乱の夕べはまだまだ続きそうだ。

 




ファーストネイション
嫌な組織という設定は私の個人的な感想。
世界的なNANギャングに育て上げたという野望を持って誰とでも組み、誰でも裏切るスタイルからの印象です。

ファウンデーション
この辺の説明は次回にまとめて行います。


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ディープダイブ

ホストがアーカイブ化して保管したデータにアクセスするには通常は事前にマークをつけておく必要がある。

この為コアになる資料であれば作業効率からアーカイブ化はしないものだ。

とは言え、参照頻度こそ低いものの消せないデータはあり、その辺りはアーカイブ化される。

これらの消せないデータは取り出せなくなると問題があるため複数の研究員がマークを付けており、そのコムリンクに成りすますことでデータ閲覧は可能になる。

ところが今回はそのデータへのマークが見つからないのだ。

まともなファイヤーウォールを持つホストであればリスクと比較してここで仕事はおしまいだ。

ただ、今回は幸いにもホストのファイヤーウォールが脆い。

この為にアーカイブ空間であり管理者空間であるホストの基底部たるファンデーションに潜ることに現実性が出てきたのだ。

 

無数の凄腕がフラットラインしているのがファンデーションだ。

まともに潜るのはあたしも初めてだ。

とは言え、何事にも初めてはある。

 

まず、ファンデーションへと繋がる門の役割を果たすゲートウェイを目指す。

ここまでは慣れたものだ。ファンデーションに潜る可能性からホストを操りながらゲートウェイの場所を探していたのだ。

このホストのゲートウェイは床下収納の入り口の形をしている。

これを潜ればファンデーションから脱出するまで現実は一切知覚ができなくなる。

現実の対応はアクセルホーンに任せるしかないだろう。

 

床下収納領域、いやファンデーションにログインすると一瞬全ての感覚が途絶する。

再び感覚が戻ってくるとあたしは砂漠に立ち尽くしていた。焼き尽くされるような酷暑だ。

現実と見間違うような空間が周囲へと広がっている。

この酷暑がさほど苦にならないのは正面に見えるエジプト風の神殿から涼風が吹き出しており、あたしの毛皮をそよがせているからだろうか。

そう、毛皮だ。あたしはシャム猫の姿になっていた。特に体感として違和感がないのはここが電脳世界だからだろうか。

 

周りを見回すと他にも様々な猫達が歩いており神殿を目指しているようだ。

猫達は人の言葉で和やかに話している。

どうやら、今回のファンデーションは猫の世界らしい。

昆虫人の世界などよりあたしの精神に優しい世界で良かった。

 

あたしは猫たちに近寄ろうと歩みを進めた瞬間世界が凍りついたような違和感を感じた。

 

「変わった猫だにゃ。」

 

「旅猫かにゃ?」

 

ファンデーションには従うべきパラダイムがある。どうやら、あたしは今のでその禁則事項に抵触したようだ。

ただ、歩いただけで抵触するとは。

そこであたしは気がつく。猫たちは四本脚で歩いているのに、あたしは二本脚で歩いていた。

恐らくこれだ。あたしは四本脚で移動すると先程のような違和感は発生しなかった。

 

「こんにちは。ちょっと良いかしら。」

 

そう言った瞬間再び世界が凍る。

怪訝な顔をする猫達。

 

「変わった方言だにゃ。」

 

「随分遠くから来たのかニャ?」

 

まただ。この世界では語尾ににゃと付けないといけないのか。

 

「そうなのにゃ。まだ、こっちの言葉には慣れてないにゃ。」

 

今度は世界は凍らない。当たったようだ。

 

「それは大変だにゃ。それで、何か用かにゃ?」

 

「素晴らしい神殿だけど旅の猫がお参りしてもいいのかにゃ?」

 

声を掛けたぶちねこは大きく頷く。

 

「もちろんだにゃ。バステト様は遍く猫を愛していて、猫に閉ざす門はないにゃ。」

 

どうやら御神体はバステトと言う神のようだ。

 

「ありがとにゃ。じゃあまずはバステト様に挨拶させてもらうにゃ。」

 

「良いと思うにゃ。人の流れに付いていけばバステト様の所にたどり着けるニャ。」

 

あたしはぶちねこに礼を告げると猫の流れに従って移動をすることにした。

神殿の内部には無数の猫がいるが、不快感はない。

丁寧に空調が効いている。魔法的な何かだろうか。

確かに猫の大きな流れができており、それは1つの部屋に向かっている。

ファンデーションは7つのノードを持ち、それが何かを見つけ出すことが最初の関門となる。

 

何かと言うのは文字通り何かだ。

聞いた話ではアイスクリームがノードになっており、舐める事でノードにアクセスしたファンデーションもあったらしい。

このようにノードにアクセスする動作がパラダイムにより規定されているが、その行動を行うと何か音がなったりするわけではない。

この為ノードだと判断したものにノードを操作しようとして操作しなければならない。

もちろん、間違えるとパラダイムから排除されることになる。

これを見つけ出すためにノード同士がやり取りしているデータの流れから推測していくことになる。

当然データの流れもなにかになっている訳だ。

 

まだ、なにもヒントはない状態ながら、この猫たちがデータの流れではないかと疑っている。

せわしなく行ききをしている猫たちが何をしているかはわからないがデータのように見える。

そして、何よりかわいい。

あたしはもふもふと動き回る猫たちを愛でながら回廊の奥のバステトの間を目指し歩みを進めていく。

 

神像の飾られた礼拝堂を想像しながら部屋に足を踏み入れたあたしは大きく裏切られた。

奥に君臨するのはファラオのような衣装に見を包んだ大きな黒猫が玉座の上で丸くなっているではないか。

その艷やかな毛並みはまさに女神と呼ばれるのに相応しい存在だ。

この部屋を目指していた猫たちは部屋に着いた順に並び、行儀よくバステトへと拝謁していく。

その多くは本当に挨拶をし、祈りを捧げていくだけだが、バステトが話すことを要求しのんびりと話している猫もいる。

挨拶と祈りを間違えるのはパラダイム違反かなーと思いながらあたしは必死で挨拶と祈りの言葉を覚えていく。

そんなことをしているとあっという間に順番が回ってきた。

 

「バステト様。旅する猫のダニーと申しますにゃ。拝謁の機会誠にありがとうございますにゃ。祈りを捧げてもよろしいですかにゃ。」

 

「もちろんだにゃ。そして、良ければ旅の話を聞かせて欲しいニャ。面白い話なら願いを叶えてやるにゃ。」

 

猫がデータの流れならバステトがノードなのだろうか。大きな流れの集約する場所だしコントロールノードだろうか。

 

「光栄ですにゃ。慈悲深きバステト様の加護にて我ら猫たちの陽だまりの安寧は保たれております。」

 

そこで耳の後ろを撫で頭を下げる。

さて、何の話をしようかしら。




ファウンデーション
ホストの管理者区域であり野生のマトリックス空間のこと。
実際に何かは不明らしい。

フラットライン
脳死になった状態を現すスラング。


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電子の猫たちは電気猫の夢を見るか?

あたしはコホンと一声入れ話し始める。

 

「旅の中で出会ったとある騎士の武勲詩でございますにゃ。

かの者は赤錆の騎士と呼ばれる勇敢なる騎士にゃ。

自らの鎧よりも人民を愛する慈愛の騎士にゃ。

その身を顧みず人々の盾となる鉄壁の騎士にゃ。

戦場に立てば一騎当千、破城の騎士にゃり。」

 

今あたしの肉体を守っていてくれているだろうアクセルホーンの顔を思いうべながら語り始める。

 

「かの赤錆の騎士は旅の中、イタズラに村人を殺しもて遊ぶ怪物の噂を耳にするにゃ。

村人は貧困に喘ぎ明日の生命を考え絶望するにゃ。

赤錆の騎士は村人を憐れみ、かの怪物を打ち倒すと約束するのにゃ。

かの騎士の力がいかに優れたりとも怪物と出会えなければ打ち倒せぬにゃ。

そこで騎士は一計を案じるにゃ。

近隣の旅する猫に触れ回らせたにゃ。

かの騎士は万夫無双の騎士ながら月の加護を受けており、新月の夜には力を失うと。ゆえに騎士は新月の夜には身を隠す、とにゃ。

怪物はその言葉に騙され新月の夜に赤錆の騎士に襲いかかるにゃ。

赤錆の騎士は仲間を集め迎え撃つにゃ。

そして激闘の末怪物を打倒したのにゃ。」

 

ファンデーションがどれほど現実感があっても、ホスト内部の情報のやり取りを脳が処理して現実だと誤認させているに過ぎない。

本来あたしには物語を語る能力などない。

だけど、ファンデーションならソフトウェアの構文を思い浮かべれば物語となる。

不思議な気分だ。

 

「なかなか波乱に満ちた旅をしておるにゃ。面白い話であったにゃ。褒美を取らすにゃ。願いを言うが良いにゃ。」

 

バステトがコントロールノードなら、これはまたとないチャンスだ。

まだデータトレイルの追跡は不十分だけど仕掛けてみよう。

 

「この神殿の案内をお願いしたく存じますにゃ。」

 

その言葉と同時にあたしはファンデーションのマップを要求するコマンドを送る。

コマンドを送った瞬間世界が凍りついた。

メモリーの過負荷による一時的なフリーズ、応答不能状態。それに類似した状態だとあたしは直感した。

彼女はコントロールノード、いや、ノードですらないようだ。

永遠とも一瞬とも言える須臾の間。

再び世界の処理が進む。まるで何もトラブルなど起きていないかのように。

 

「良かろう。侍従を1人つける故に聞きたいことを聞くが良いニャ。」

 

冷や汗をかきながら、薫風香る謁見の間を侍従と共に後にする。

侍従は丸々とした三毛猫で機嫌良くニコニコとしている。

 

「では、どこを案内しますかにゃ。」

 

「一通りの部屋を見てみたいにゃ。」

 

「お安い御用にゃ。」

 

神殿は中央に大回廊とも呼ぶべき大きな通路が中央に走っている。

最初あたしが歩いてきた場所だ。

涼し気な空気が循環し混み合っているにも関わらず不愉快さを感じさせない。

これもバステトの加護なのだろうか。

 

最初に案内されたのは無数の貫頭衣が吊るされ、試着室のようなブースのある部屋だ。

この部屋は回廊と比べると少し暖かい。

 

「ここは休憩室でくつろげる服に着替える部屋だにゃ。休憩するかにゃ?」

 

「元気だから平気だにゃ。」

 

その返事に頷くと侍従は次の部屋へと案内する。

隣はまるで部屋全体が陽だまりのようにポカポカとした部屋で貫頭衣を着た無数の猫たちが思い思いの姿勢で惰眠を貪っている。

この猫溜まりに飛び込みたい誘惑を振り切り、あたしは次の部屋への案内を頼む。

そして、皆の食事を作っており食欲の湧く匂いに満ちた台所やバステト様の素晴らしさを説く説法室、神殿の守護を担う騎士団、猫のミイラが並ぶ墓所。

猫たちは各部屋を行き来してるもののそれ以外には各部屋を行き来する存在がピンとこない。

 

猫がデータトレイルかとも思ったが猫たちの動きとファンデーションのノードのデータトレイルは一致しないようだ。

本当に意地悪なファンデーションだとこれ見よがしにある施設とは関係ない場所がノードであることもあるらしい。

あの酷暑の砂漠の探索をするなどと考えただけでげんなりとする。

 

酷暑? 何でこの神殿の温度はこんなに快適なんだろう?

 

「ねえ、何でこの神殿ってこんなに過ごしやいのかにゃ?」

 

三毛猫は良くぞ聞いたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべる。

 

「バステト様のご加護だにゃ。アメン神の力を借りた宝具、風喚びの角笛が各部屋にあるのにゃ。この角笛は誰も吹かなくても常に風を出して快適な部屋にしてくれるにゃ。」

 

確かに言われてみれば各部屋にあった気がする。

 

「角笛をもう一回見てもいいかにゃ?」

 

角笛を確認し風の流れを確認していく。

するとピタリとノードのデータトレイルが一致した。

ならアーカイブノードは墓所だ!

 

「でも、墓所には角笛無いのにゃ。」

 

アーカイブはデータを受けるだけだし、風も流れこむだけだ。

角笛がある方がおかしい。

 

「ここは猫があまりこないからにゃ。代わりに死者の安寧を保つために鎮めのアンクがあるにゃ。これのおかげで死者は冥府で幸せにしてるのにゃ。」

 

アンク!

そうだ、このファンデーションのノードは角笛なんじゃない。バステトの宝具なんだ。

この推論が正しければアンクがノードに当たるのだろう。

 

「あたしも死者の安寧に祈りを捧げる為にアンクに触っても良いかにゃ?」

 

「もちろん。死後の安寧に興味のない猫はいないにゃ。」

 

そして、あたしはアンクを掴み祈りを捧げながらデータ検索を仕掛ける。

また、世界の凍りつく雰囲気を感じたが、ここまでくれば関係ない。

あたしは力押しで必要なデータを探す。

そして、イーボがミツハマから提供を受けたマスターデータとザビアー博士の書いた反共振力を集積するためのプログラムを確かに見つけた。

これさえ見つけてしまえばファンデーションに用はない。

あたしはそのまま猫たちのフィッティングルームを抜け、陽だまりの中で無数の猫がすやすやと気持ち良さそうに眠る部屋の角笛に触れファンデーションからの脱出を強く願う。

その瞬間あたしの視界はブラックアウトし、再び現実感が戻ってくる。

もう、あたしの体は毛皮には覆われていない。

目の前には心配そうな顔をしたアクセルホーンがいる。

まだイーボの施設内にいるようだ。

 

「戻ったか、ダニー!」

 

「ええ、心配かけたにゃね。すぐに逃げるにゃ。」

 

アクセルホーンは今の緊迫した状況も忘れて爆笑する。

 

「にゃって。新しいキャラ立てか?」

 

そこであたしが無意識に語尾ににゃと付けていたことに気づく。

ちょっと、いや、かなり、恥ずかしい。

 

「色々あるのよ! 逃げるわよ!」

 

そして、あたしは照れ隠しに走り始める。

アクセルホーンは収まらない笑いのまま、あたしをあっさりと追い抜き露払いと言わんばかりに加速する。

 




ファウンデーション関係は次回リプレイ載せるので、ゲーム的な部分に関してはそちらをどうぞ。


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ディープダイブリプレイ

『ディープダイブ』と『電子の猫たちは電気猫の夢を見るか?』の小説をルール確認代わりにリプレイにしたものです。
ルール確認がてらにどうぞ。

ファウンデーションのルールに関してはマトリックスコアルールデータトレイル/Data Trails(コア)に掲載されております。


GM「では、アクセルホーンが古いホストを破壊するとディゾナンスプールは消滅します。」

 

ダニー「ダイスペナルティがなくなるのはありがたい。じゃあ、ファンデーションのゲートウェイになってる床の潜戸にマークをつけて、ファンデーションに突入するわね。」

 

GM「わかりました。では、あなたの意識は一瞬ブラックアウトし意識が戻った時には砂漠の中に建つ神殿の前に立っています。周囲は茹だるよう酷暑ですが、神殿からは涼風が吹いています。

で、神殿を服を着た猫達が出入りしてますね。」

 

ダニー「猫達の世界なのかしら? ちなみに神殿の文化とかわかる?」

 

GM「適当な知識技能もないですし、マトリックス行動もできないのでわかりませんね。ただ、古代エジプトなのかなーと言う気はします。」

 

ダニー「まあ、関係ないよね。とりあえず猫に声をかけてみようかしら。」

 

GM「そうやってあなたが猫に声をかけようと近寄っていくと猫達が奇妙なものを見る目で見てきますね。小不破が発生しました。(ゴロゴロ)ヒットなしですか、残念。」

 

ダニー「え? 何もやってないのに。歩いたから? でも猫も歩いてるし。猫? 猫ってもしかして四足で歩いてる?」

 

GM「はい。猫は四足で歩いていますね。」

 

ダニー「二足歩行が禁則事項なのね。じゃあ、四足で移動して声かけるわ。ひどい絵面ね。」

 

GM「何か用かにゃ?」

 

ダニー「あたしは旅人のダニー。素晴らしい神殿が見えたのでお参りさせてもらえるかしら。」

 

GM「猫たちは変な言葉だにゃと言いながら不審な目を向けてきます。再び小不和が発生します。(コロコロ)ダイス目が悪いな。ヒットなし。」

 

ダニー「語尾ににゃってつけないと駄目なのね。そう言えば、あたしの外見ってどうなってるの?」

 

GM「ルールには明記されてないけど、その世界の住人の姿だと思うよ。ただ、物理法則は現実と同じように動ける感じかなと今日は判断します。」

 

ダニー「ふーん。とりあえず猫に話を聞くわ。参拝しても大丈夫かにゃ?」

 

GM「問題ないにゃ。今日はバステト様がいらっしゃるから挨拶すると良いにゃ。」

 

ダニー「ありがとにゃー。じゃあバステト様探そうかにゃー。」

 

GM「はい。神殿は多数の猫が行き交っています。中央回廊では無数の猫がいますが涼風が吹いており快適な気温に保たれています。

回廊の中で一番大きな流れに従うと豪華なエジプトのファラオのような衣装を着た猫の女性が玉座に座っています。玉座の後ろからは薫風が爽やかに吹き込み神聖な雰囲気を作り出しています。」

 

ダニー「バステト様いいよねー。とりあえず拝謁の順番待つわよ。」

 

GM「じゃあ順番は進んていってバステトの前に出ます。」

 

GM「旅のものよ。よう参った。旅の話を聞かせるが良いにゃ。素晴らしい内容であれば願いを叶えてやるにゃ。」

 

ダニー「うーん。猫っぽくアレンジして冒険物語を話せるかな。」

 

GM「パフォーマンス技能なのでソフト技能のテストになりますね。」

 

ダニー「これに成功してホストの場所教えて下さいって言えば教えてくれるの?」

 

GM「違います。ファンデーションにはゲーム的には意味のない表現部分とゲームシステム的なホスト部分があります。今であれば表層が猫の神殿ですね。

この為表層の存在はホストの存在を理解していません。ただ表層でも唯一データの痕跡があるのでそこからホストを推測してアプローチすることになります。あとホストは表層ではお互いに同じ属性を持ちます。例えば今回のホストが砂だったらホストは全て砂になります。」

 

ダニー「この表はそう言う意味なのね。てことは、この女王がホストだとホストは全て猫になると。」

 

この表

http://shadowrun.html.xdomain.jp/SR5/supry/FDL.pdf

 

GM「そうなりますね。そしてファンデーション内部でノード当たる存在にアプローチして、それが当たっていればファンデーションアクションが行えると言う感じですね。」

 

ダニー「違ったら?」

 

GM「大不和が起きます。」

 

ダニー「厳しくない?」

 

GM「優しくはないですね。まあ。今回は練習用に世界は敵に回りにくいので気楽にどうぞ。敵に回った場合殺意はマシマシですが。」

 

ダニー「やっぱり厳しい。でも、せっかくだからパフォーマンスをして女王様にお願いしてみよう。女王様だからマスターかな? じゃあ地図をお願いしよう。」

 

GM「お試しにどうぞ。」

 

ダニー「(ゴロゴロ)ふふふ、4ヒットよ。」

 

GM「では、バステトはあなたの物語をいたく気に入り願いを聞いてくれる。」

 

ダニー「じゃあ、光栄だにゃ。良ければこの神殿の説明をして欲しいニャ。と、告げてファンデーションアクションのアプローチをします。」

 

GM「残念ながらバステトはノードではありません。今まで穏やかにやり取りをしていた猫たちの表情が凍りつく。それはまるでフリーズを起こしたロボットのようだ。(ゴロゴロ)惜しい3ヒットか。では、まるでそんな何事もなかったかのように世界は動き出します。バステトはあなたに神殿を案内する為にマンチカンの従者を貸してくれます。あと、あなたは世界が動き出す直前何かと目があった気がします。」

 

ダニー「4ヒットでたら戦闘モードだよね。やはり大不和は危ない。でも、猫ではないのか。残念。」

 

GM「どこまで言うかはマスター判断ですが猫ではありませんね。」

 

ダニー「とりあえずマンチカンさんに案内してもらおうかな。」

 

マスターの説明

 

ダニー「何か部屋に行く度に風の話するのが気になるな。この風って自然の風なのかニャ?」

 

GM「これはバステト様が創り出した風を生み出す神器だにゃ。これのおかげで神殿内部ではのんびり暮らせるのニャ。」

 

ダニー「当たりでは? ほら部屋の風の動きとデータ痕跡の動き一致するし。」

 

GM「じゃあどうしますか?」

 

ダニー「目的地は墓所だね。墓所で神器を探すにゃ。」

 

GM「はいな。では、墓所ですね。ここは湿度が籠もった感じで一見送風機はありませんよ。」

 

ダニー「あれ? 外れかな? いや、神器がノードなら良いのか。ねえねえ、このミイラを保管したりするための神器とかあるのかにゃ?」

 

GM「あるのにゃ。奥に付けられてるアンクが死者の安寧とミイラの保全をするための神器なのにゃ。」

 

ダニー「死者の冥福を祈るために触らせて貰って祈っても良いかニャ?」

 

GM「良いですよ。交渉でテストしてください。」

 

ダニー「(ゴロゴロ)6ヒット!」

 

GM「それは振るまでもないね。マンチカンは喜んで許可してくれますよ。神器の操作はパーミングです。」

 

ダニー「(ゴロゴロ)3ヒット! 大丈夫? じゃあファイル検索行きます。(ゴロゴロ)いちひっと。」

 

GM「(ゴロゴロ)うふふ。1ヒットですね。小不和ですね。ヒットしませんね。」

 

ダニー「リトライ!エッジも入れるわ。(ゴロゴロ)6ヒットよ!どうよ?」

 

GM「(ゴロゴロ)2ヒットですので、ではミツハマがネオネットから提供された研究データとプログラムサンプルを見つけました。」

 

ダニー「コピーするにゃ!(ゴロゴロ)ふふふ見きったわ(ゴロゴロ)6ヒットよ。」

 

GM「(ゴロゴロ)1ヒットか。では、コピーできましたよ。」

 

ダニー「じゃあ帰りまーす。ポータルノードはさっきの猫溜まりよね。」

 

GM「ですね。では最後の難関ファンデーション脱出をどうぞ。」

 

ダニー「行けラストエッジ!(ゴロゴロ)5ヒット!」

 

GM「(ゴロゴロ)惜しいな、4ヒットしかないや。では、あなたは猫の神殿を抜け出しAR状態に戻ります。お疲れ様でした。」

 




シナリオデータ

アーカイブノード
データが保管されている。

マスターコントロールノード
ファンデーション自体の操作やホスト能力の操作を行うホスト

ヌルノード
謎のノード

ポータルノード
出入り口

スキャフォールディングコントロールノード
ホストの表層の操作などを行うノード

セキュリティコントロールノード
ICなどの管理をしているノード。

スレイブコントロールノード
スレイブデバイスを操作するノード

ホスト能力値
レーティング3
アタック4 スリーズ5 データ処理6 ファイヤーウォール3

因果律
猫の女王に逆らってはならない
四足歩行しなければならない
会話にはにゃあと付けなければならない
猫の安息を妨げてはならない

ノード宝具
宝具の操作はパーミング「3」

ファンデーションの住人は猫。

女王の間 ヌルノード
猫の女王バステトの玉座。
最初に挨拶しなければならない。
女王の玉座の後ろからは薫風が流れ出している。
女王は出会うと願いを尋ね、旅の面白い話を求めてくる。

宝具の風喚びの角笛は玉座の後ろにある。

台所 スレイブコントロール
複数の猫達が忙しく調理をしている。
配達猫は出来上がった料理を慌ただしく運んでいく。
差配をしているのは肝っ玉母ちゃん感のある猫。
換気扇のように内部の熱が籠もらないように風を外に流しており近くに来ると美味しそうな匂いの暴威におそわれる。
宝具の風喚びの角笛はかまどの上。
宝具に料理を邪魔せず触るには立つか運動(3)。

廊下 マスターコントロール
無数の猫たちの行き交う回廊。
空気の籠もらないように天井に宝具風喚びの角笛を取り付けており爽やかな風を送っている。

休憩所 ポータル
無数の猫たちが思い思いの場所で昼寝をしている。
奥から陽だまりにいるような暖かな風がゆったりと吹いている。
猫たちを踏まないように奥に行くには運動テスト(3)が必要。

墓所 アーカイブ
地下にある猫たちのミイラを安置くださいする部屋。
排気がしっかりしていないのか、少し空気が籠もっている。
宝具は死者の安寧を保つアンク。
アンクを触るには管理人を説得しなければならない、交渉(3)

騎士団 セキュリティコントロール
騎士猫達が鍛錬や決闘などと思い思いの生活をしている。
油断をすると、絡まれる。

みな体を動かして暑いのか強めに風が吹いている。

神官室 スレイブコントロール
神官長がいかにバステト様のお役に立つかを説いている。
香を焚いているのか落ち着いた香りが説法段の後ろから流れてくる。

ドレスルーム スキャフォールディング
お昼寝用の貫頭衣に着替える部屋。
休憩所と同じような陽だまりの穏やかな空気が循環している。



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大きなお世話と小さな違和感

ギャング達はそれぞれよ目的を達成した時点で思い思いに現場を離脱しており、その姿は現場にはない。

その後あたしはアーリーにファンハウスまで送って貰い別れた。

ウルビアへはデータ送信したところ、その礼のメールが届いた。

忙しいから気を付けて帰るようにと書いていた。

御前へ顔を出す必要はないのだろう。

 

この衝撃的な襲撃映像と助け出された人達のインタビューがマトリックスを流れることにより、イーボからは正式な謝罪会見が開かれた。

今回の事件は研究委託先のベンチャーの暴走として処理され、研究資金の引き上げ、賠償請求、研究委託した部署の担当取締役の更迭となった。

あたしの報道が暴力事件の引金を引いたとの非難も寄せられたが、簡単なコメントだけは返しておいた。

コメントは法律や行政の力だけでは無法に囚われた人々を助けることができなくてザンネンだと言う内容のため納得はしてもらえなかったらしい。

全ての人と共感できるなら、この世界はもっと平和になっているだろう。

 

そう言えばウルビアからは予定より稼いだ旨の連絡も来た。ドラゴンにとって株式投資は遊びのようなものなのだろうか。

 

今回の報道をきっかけにグロウシティの住環境改善の活動の申し入れもあった。

これが実を結ぶのかは判らないが何であれ一歩づつ進めていく行くしかないのだろう。

 

忙しく今回の事件の後始末をしていると無視のできない筋からのお誘いが届いた。

軍曹からランチのお誘いだ。

アレスとしても状況は確認しておきたいと言ったところだろうか。

どこまで話しても良いのかウルビアやアーリーとのすり合わせはせねばならないだろう。

 

そんな直接的な対応の合間に手に入れたプログラムの解析を進めていた。

 

並行してペネロペ·アン·ザビアー博士についても調査をしていく。

彼女は現在40歳。

今のポストはミツハマの主任研究員だ。

詳細な経歴はクラッシュ2.0で失われているが、フリーランスのプログラマーとして活動してきた経歴を抜擢されミツハマに就職し、あっという間に現在に地位を手に入れた才媛だ。

通常外部から入ってきた者には社内の嫉妬が強くなるものだが、うまく部下をまとめており、部下からも慕われているらしい。

現在はネオネットが主体となりミツハマ、アズテクノロジー、イーボによるジョイントプロジェクトの現場責任者の一人としてマサチューセッツ魔法工科大学に出向して研究を行っている。

未婚ながら息子が1人。12歳のフランシス·ロナルド·ザビアーがいる、と。

自立して仕事をする女性の理想のような人物だ。

 

彼女が反共振のテクノマンサーだから感情的な反発を感じているのだろうか。

この自分の心理は確かに否定はできないところだ。

 

そんなことを考えながら彼女の書いたコードを読む。あたしには到底真似のできない美しいコードだ。

純粋な能力の差への嫉妬なのだろうか。

 

ふとデジャヴュを感じる。このコードの癖に見覚えがある気がするのだ。

一体どこで。

 

ちらりとザビアー博士が書類に記載したイニシャルのサインが目につく。

 

P·A·X

 

偶然なのか?

天才的なテクノマンサー、悪のカリスマ。

あたしはかつて関わったARゲームを用いた洗脳事件の時に手に入れたプログラムを開く。

間違いなく同じ人間の手によるプログラムだ。

 

あのパックスがミツハマで何をしているのだろうか。

あたしは言い知れぬ不安を感じる。

これが大きな事件の引金とならなければ良いのだが。

 

謎は解けたにも関わらず、あたしはすっきりしない気持ちのまま様々な作業を、こなしていくことになる。




フランシス·ロナルド·ザビアー/Francis Ronald Xavier
SIN上のザビアー博士の息子。
実はエルフで整形によりザビアーの息子のふりをしているという噂もある。
第六世界タロットの剣の7はこの親子らしい。
Shadowrun_Book_of_the_Lost_(A_Shadowrun_Campaign_Book)より。


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MPフィーバー/フォートルイス編
サニーデイ、ハッピーデイ


ARにはかどらない連載記事の原稿を映したままぼーっと窓の外のまばらな雲たちを眺める。

6月に入りシアトルの街は春を謳歌し、ゆっくりと夏に向かって季節を進めていく。

ついこの間まで空を厚い雲が覆う日が多かったが、最近は晴れ間が増えてきた気がする。

暖かくなり晴れ間も増えてくるとぶらりと遊びに行きたくなるのが人情だ。

海に行くには早いが、ハイキングなどには最適な時期だ。

最近仲良くなったマリアでも誘ってハイキングに行くのも良いかもしれない。

 

もちろん現実逃避だ。

記事が進まない原因は判っている。

マカリスターさんから受け取ったブラックヘイブンの計画した犯罪プロジェクト、デイブレイクの内容が頭から離れないからだ。

ブラックヘイブンがテロリストであることは判っていたのだが、それでも何故アンダーグラウンドに対してそこまで憎むのかが理解できない。

そして、その妄想によって犠牲になった友人達の事を思うと自身の無力さを痛感する。

そんな世界を変えるために動いているにも関わらず筆は進まない。

困ったものだ。

本当にハイキングにでも行って気分転換した方が良いのだろうか。

 

そんな益体もないことを考えているとコムリンクが着信を告げる。

 

視界にARでオーバーレイされる名前はビリー・マカリスター。

現役のシャドウランナーで腕利きのデッカーだ。

そしてブラックヘイブンの妄想の犠牲になった友人レベッカ・マカリスターの弟でもある。

夜型の彼からこんな昼間にコムコールがあるとは珍しい。

コールを取るとビリーのいたずらっ子のような楽しそうな声が響く。

 

「おはよう。ちょっと時間あるか?」

 

「もう、おはようって時間でもないけどね。何?」

 

書きかけの原稿を保存しビリーへと意識を向ける。

デイブレイクの情報を手に入れたのは彼なのだ。気分転換のネタも提供してもらおう。

 

「最近夏も近づいて過ごしやすくなってきただろ?」

 

「そうね。晴れ間も増えたし。良い時期よね。」

 

「だから、動物園いかないか?」

 

「は?」

 

動物虐待は専門外だし、動物園がメタヘイトの舞台になるとも考えにくい。

もしかして、動物飼育の為に酷い労働形態がまかり通っているのだろうか。

あたしの思考を読んだかのようにビリーが慌てて説明を付け加える。

 

「いや良い時期だしハイキングがてらフォートルイスの動物園でもどうかなと思ってさ。」

 

フォートルイス動物園はシアトルに派遣されているUCAS陸軍が覚醒クリッターの生体研究を目的として運営している動物園だ。このため覚醒クリッターが本来の生育環境に近い状態で飼育されており、その状態を見ることができる。

シアトルでは比較的メジャーな観光スポットで子供の頃に家族と行った記憶がある。

ビリーが突然動物に興味を持ったとは思えない。ランの関係で警備クリッターの生態でも知りたいのだろう。

片手が剥き出しのサイバーアームのオークが1人で動物園の散策をしていたら警戒されるから付き合って欲しいのだろうか。

 

「良いわね。あたしは子供の時に行ったきりで懐かしいわ。でもビリーが動物園なんて似合わないわね。」

 

「いや、俺は育ったのがシカゴだから行ったことないんだよ。でも、キャシーと話していて姉貴と行って楽しかったなんて話をされたから、せっかくだから行こうかと思って、さ。」

 

そう言えば昔レベッカがキャシーと動物園に行った話をしていた気がする。

あたしは仕事の都合で行けなかったのだが、今思うと無理をしてでも行っておけばよかった。

どうも今日のあたしは感傷的でいけない。

 

「そっか。あたしもレベッカが出掛けた話には聞いたけど一緒には行ってないのよね。ハイキングがてら行きましょう。」

 

あたしの声に反応するようにビリーの声が明るくなる。

どうやら彼も今日は感傷的な気分のようだ。

あたし達はその後翌週の水曜日、6月12日に動物園に行くことを約束する。

こんな時には自由業の有り難みを実感する。

 

「じゃあ、朝迎えに行くから一緒に行こうぜ。」

 

あたしは頷きかけてふと考えを改める。

 

「もしかして、あんたのハーレーに二人乗りとか考えてる?」

 

暖かくなってきたとは言えまだまだ寒い。

それに二人乗りはさすが少し恥ずかしい。

 

「おう。この初夏の空気を感じるには最高だろ?」

 

「嫌よ、寒いし。あたしんちにハーレー置いて、あたしのアメリカーで行きましょうよ。」

 

ビリーはハーレーで駆け抜ける素晴らしさについて、しばらく力説をしていたが、あたしのにべもない態度に心が折れたのか車で行くことを了承してくれた。

 

さて、気晴らしの予定もできたし原稿を仕上げてしまわなければなるまい。

そしてお出かけの準備だ。




プロジェクトデイブレイク
シアトル市長ブラックヘイブンが仕掛けたオークアンダーグラウンドの正式街区化を妨害するためのテロ活動の計画書。
スプロールワイルド掲載のシナリオ『アッシュ』などでPCで巻き込まれる事件もこの計画の一環。
詳細はシナリオ集『Splintered State』に掲載されています。

ビリー・マカリスター
ジャックポインターのブルの息子のコンバットデッカー。
ハンドルはタウレン/TAUREN。
シナリオ集『Splintered State』の詳細データあります。

フォートルイス動物園
フォートルイスにあるサファリパーク。
色々な場所に出てきますがシナリオ集『Splintered State』には園内マップが載っています。
同人誌『第六世界の歩き方』にも簡単な説明があります。

https://booth.pm/ja/items/1873141

レベッカ
ビリーの姉。
オークアンダーグラウンドの正式街区化に向けて活動していたが陰謀に巻き込まれて死亡しています。
主にシャドウランミッションのシーズン4およびプロット集『Dirty Tricks』にて語られています。


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森の中の動物園

動物園に行く日の朝6時にあたしは目を覚ます。

ビリーと出かける為の準備には時間がかかるのだ、等という乙女的な理由ではなく純粋に動物公園に行くのが楽しみで早く目が覚めた。

思った以上にあたしは今日のハイキングを楽しみにしているようだ。

仕事抜きでの外出自体がとても久しぶりだ。

とりあえず、新鮮な合成食品を温めながらニュースを確認する。

来年のオリンピックの記事が大きく取り扱われている。

 

外に目を向けると曇りがちなシアトルにしては珍しく快晴で雲一つない。

 

ビリーと話した日に園内のレストランについて調べたけど、あまり美味しくはないらしい。

規模に対して小さく昼時は大変混んでいて、外に出るにも近くにあまり店はないらしい。

なので、通り道にあるオーク料理店クラシスグロンでお弁当を頼んでみた。

ビリーにオーク料理が好き化聞いたことはないが、レベッカも好きだったし問題はないだろう。

 

本日の服装は若草色のワンピースにデニム風のアーマージャケット、足元は歩くことを考えて鹿革風の合成レザーのブーツだ。

一応胸元にはキャバリエセーフガードも仕込んでいる。

 

そんなことをしていると外からハーレーの爆音が響いてくる。ビリーが到着したようだ。あたしはコムリンクに戸締まりを指示すると駐車場に向かう。

 

ビリーの服装は安定のライダースーツにコンバットブーツ。

右手のクローム剥き出しのサイバーアームが厳つさを増している。

彼と行って動物公園に入れるのだろうか。

 

出かける前にビリーがまたハーレーの素晴らしさについて語りだしたが無視してアメリカーに乗り込んだら諦めて付いてきた。そこまで拘るものなのだろうか。

 

フォートルイスの動物公園まではだいたい1時間程度かかる。

タコマのクラシス・グロンまではオーク料理の話やオーク文化の話になった。

ビリー自体はオーク文化に拘りは無いらしいが何でも美味しく食べれるらしい。

とはいえ、姉のレベッカの影響でオーク語であるオァゼットは習わされたらしい。

あたしは習いたいなと思いながら、また教えて欲しいと話をしているうちにクラシス・グロンへ。

親友のミーシャから結婚の素晴らしさについて力説されるが、生返事を返してランチをゲット。

今日はいろいろなものを聞き流す日なのだろうか。

 

そしてビリーがプレイしてるオンラインゲーム、メイジデュエル1のプレイ画面を共有しながらゲームの話を聞きつつ車を一路南に走らせる。

 

タコマの市街を抜けると徐々に樹木が目立ち始め原生林の中の道路といった風情となる。

フォートルイスは他の街区とは違う特色がある。

基本的にシアトルが特別区となった際に周辺地区が組み込まれた形で成立している。

その行政単位は基本的に過去と変わらない。

しかし、このフォートルイスは元々はタコマの一部であった。何故ここが分割されたのかと言うとバーレーンとなったプヤラップの影響でタコマまで治安崩壊を起こすことを防ぐ為であると言われている。

そもそもだが、フォートルイスは元々はアメリカ陸軍の基地の名前だったのだ。

1916年地元のビジネスマンによって軍事基地の建設を要望され、それに応えた形で成立したのがフォートルイスであり、米軍の訓練基地として米軍の練度を支えてきた。

そして近くに成立していたマコード空軍基地と統合していった歴史がある。

この流れから必然的に陸軍や空軍の影響力が強かった地区であったのだ。

シアトル特別区のフォートルイス地区となったことで元から多かった軍関係者の住民が増えメトロプレックスガードや企業軍の誘致が行われることになる。

結果治安維持のために警察権を軍警察が担う軍事地区が出来上がったというわけだ。

伝統的に区長を軍関係者が努めたりと独特の土地柄である。

また、様々な技術を投入して公害対策を行うことで近隣からの工業汚染を阻止し、清浄な空気と潤沢な自然、そして軍による安全と第6世界では貴重な資産の揃った地区となっている。

確かにこれだけ自然が豊富な場所であればバイクで走るのも気持ち良かったかもしれない。

もちろん、そんなことは口に出してやらないが。

 

そんなことを考えながら車を走らせていると駐車場が見えてくる。

その向こうにはまるで国境の検問のように厳つい動物公園の入口であるセキュリティゲートが見えてきた。

 

さて、素直に入れると良いのだけど。

 



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動物の園の門番達

動物公園の駐車場は平日である性か比較的空いており簡単に車を停めることができた。

とは言え周囲を見渡すと学生のカップルや大きめのカメラを担いだ人が多い。遠足に来たのか騒がしい小学生達の集団もいる。少数ながら、あたし達同様に社会人のカップルも見受けられる。

まあ、あたし達はカップルではないが。

 

「これからが今日最大の難関ね?」

 

あたしは冗談めかしてビリーの声をかける。

 

「たしかにな。ダニー期待してるぜ。」

 

ビリーが意外と真面目な顔で返事をしてくる。もしかして本当に大変なのかしら。

エントランスに入ると注意事項がAR上にポップアップしてくる。

 

「当動物公園はUCAS陸軍施設であり当施設内では陸軍法が準拠されます。」

 

陸軍法の詳細についてのリンクがあるけど変な法律はないだろう。

 

「当施設内において武器の持ち込みは許可されておりません。お持ちの場合は武器ロッカーをご使用ください。」

 

とりあえず、武器は車に置いて来ようかしら。

ちらりとビリーに目を向ける。

 

「武器は構わないがデッキは手放さないぞ。」

 

「まあ、そうでしょうね。」

 

「サイバーウェアを使用しての犯罪行為は陸軍法に準じて処理されます。サイバーウェアをインストールされている場合ゲートを通らずに最寄りの職員にお声がけください。」

 

「どうせサイバーウェアで許可取らないとダメだし一緒よね。」

 

その他にも細々とした注意事項が流れていくが関係がありそうなのはそれぐらいだろうか。

いや、アルコール類の持ち込みおよび園内での飲酒は禁止らしい。

 

そして一通り注意事項が流れた後に入場料30ニューエンの表示と全てに同意するの文字。

 

あたし達は一旦車内に武器やアルコール類を置きに戻り係員に声をかける。

もちろん同意をタップした後にだ。

係員は穏やかな笑みこそ浮かべているものの、その眼光は鋭く独特の凄みがある。

後でビリーに聞いたところによると恐らく軍警察の人間だろうということだ。

私は気づかなかったが他にも4-5人は軍警察の人間がエントランスにいたらしい。

 

「はい、そのサイバーウェアですね。免許の提示をお願いできますか。」

 

ビリーが頷く。彼のARに提示許可依頼を示すアイコンが現れてるのだろう。

 

「はい、免許の確認できましたので大丈夫です。機能停止ソフトウェアの受入れをしてもらえますか。」

 

ビリーが嫌そうな顔をする。

あたしが肘で脇腹をつつくと再び頷く。

苦笑する係員。

そしてしばしの沈黙。ビリーはARでソフトウェアインストールの承認をしているのだろう。

 

「あとはこちらが園内での位置確認用のRFIDタグが入った腕輪となります。こちらを園内では外されないようにしてください。これでデッキの位置も確認しております。」

 

つまりハッキングして位置情報がバレたとききこのタグとの位置が一致すれば現行犯の証拠として扱えると言うことか。

まあ、今日は普通に遊びに来ただけだから問題ないはずだけど。

ちなみにあたしの腕輪はゲートを超えてから渡されるらしい。

 

「おう、わかった。手間かけたな。」

 

再び肘で脇腹をつつく。

よくあることなのか苦笑する係員。

 

「それではゲートを通って貰えますか。エラーが出れば処理をしますので。良い休日を。」

 

あたし達は店舗の入口の盗難防止のセキュリティゲートのようなピラーの立ち並ぶエリアを通り抜ける。

事前の申請と一致しているためか特にエラーアラームも鳴らずにあたし達は園内に入り腕輪が手渡される。

ゲートを超えるとARツアーの紹介がポップアップする。

ツアー毎に推奨ルートが園内マップと合わせて表示されている。

園内の全てを回るには急ぎ足で回っても閉園時間ギリギリになりそうだ。

正直あたしはノンビリクリッターを見てランチを食べることができれば良いのだが。

 

「何か見たいとこあるの?」

 

とりあえずAR画面の共有を行う。

お互い思考トリガーでポインティング可能だから情報共有はこれが早い。

 

園内は沼地、熱帯平原、温帯平原、熱帯雨林、温帯林、砂漠、山地のエリアにわかれている。

それぞれのエリアには、その環境を好むクリッターが生活をしている。

この領域の境界は音波フェンスで区切られており、危害を加えられることなくクリッターの観察を行うことができるようになっている。

人気のあるのは温帯林のバジリスクや夫婦のフェニックス、世界最大のカマキリウルズマンティス、山岳地帯のグリフォンやサンダーバード、温帯平原のユニコーン、沼沢地の巨大なワニなどらしい。

バジリスクをガラス越しに観察できるバジリスクトンネルは事故でガラスが破れており修理中らしい

もちろん、それぞれの場所には普通の動物達もいる。

 

「温帯林のウルズマンティスと山岳地帯のグリフォンかな。」

 

地図を見ると熱帯平原は入ってすぐで、その先に休憩用の広場がある。

熱帯平原をぶらっと回って、温帯平原でユニコーンを見て、お弁当を食べて温帯林でフェニックス見てから山岳地帯、お茶して撤退ってとこかしら。

 

「そう言えばユニコーンって見たことないのよね。じゃあ行きましょ。」

 

そしてあたし達はのんびり歩き始めた。



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ワイルドライフ:角と翼

エントランスを出て右に進めば熱帯平原エリア、左に進めば温帯平原エリアだ。

あたしのお目当てのユニコーンは温帯平原エリアにいるらしい。

 

うららかな日差しの元あたし達はのんびり歩を進める。

その横を騒々しく小学生の集団が駆け抜けていく。

 

「とりあえずユニコーンが近いのかね。」

 

「そうだけど熱帯平原で普通の動物も見てみない? 別に急ぐわけでもないし。急がないわよね?」

 

ビリーが頬を掻く。

 

「タイムアタックしに来てるわけじゃないしな。のんびり回るか。」

 

そんな話をしながら園内のAR表示に従って進む。

 

各環境領域の境界は動物の嫌う音波を流すことで基本的に切り分けている。

これに加えてARタグの埋め込みによる指定領域外に出ようとした場合にはセンサーが反応するようになっている。このセンサーと連動して電撃を放射することができるようになっている。

危険性の高い動物にはガラスケージだったり電撃フェンスだったりとより強固に隔離をしているらしい。

そして、各エリア内でも食性によって分けていて、動物同士の事故が起きるのを防いでいるようだ。

 

熱帯平原は主にアフリカ系の生き物がいるエリアだ。

草食動物だと大きく目立つのは象やキリンなどだ。

歩いていて視界に動物が映るとAR上に生物名や個体名、簡単な説明が表示される。そして興味があればより詳細な解説を読むこともできる。

草食動物のエリアでは象やインパラがのんびりと草を食んだり散歩したりしている。動物を閉じ込めるのは動物愛護の精神に反するとも言われているが、捕食者に襲われず、のんびりと生活している彼らは幸せそうだ。

そして肉食獣としてエキエレベンレがいる。

体長6m.体重150kgを超える獰猛な毒蛇だ。基本的には樹上で生活しているがたまに日向ぼっこをするために地上に降りている。ドワーフ程度のサイズなら丸呑みにできる上にその毒を喰らえば数秒で死に至る。

サバンナの死神の1人だ。

とは言え、あたし達がエキエレベンレの檻に付いたときにはのんびり日向ぼっこをしており、そんな恐ろしさは感じなかった。

 

熱帯平原を抜けて温帯平原へと向かう。

温帯平原は草食動物しか生息していないエリアになっている。

このため訪問者がいなければ動物達はこのエリア内全体を好きに行き来ができる。

訪問者がいるときには、訪問者周辺エリアの音波フェンスがアクティブになることで危険な距離まで近づかせない形態を取るようだ。

これらのシステムがダウンした場合酷い混乱が起きそうでぞっとするのはハッカーとして普段からネットワークシステムに触れているせいだろうか。

外壁は高さ3mのフェンスで覆われているため、そうそう敷地から出ることはないだろうが。

 

そんな事を考えながら温帯平原に分け入って行くとまるで自然の平原で獣道を歩いているような気分になってくる。

 

「あたし、こんなに自然しかない環境って初めてかもしれないわね。」

 

「確かに街中のハイキングコースとかの方が都会の中のイメージあるよな。」

 

ARガイドは生息エリアは教えてくれるのだが、どこにいるのかまでは教えてくれない。

考えて探すことが生態学の基礎であると考えた超常生物飼育プログラムのディレクターがいたらしい。

そのためにあたしたちは平原をユニコーンを求めて歩くことになっているわけだ。

 

「いないわね、ユニコーン。」

 

「まあ、昼飯にするには早いんだ。のんびり探そう。」

 

「そうね。空でも飛んでくれてると見つけやすいのにね。」

 

その言葉に反応した訳ではないだろうが、視界の端に空飛ぶ生き物が映る。

鳥にしては大きい。

そしてARマーカーがハイライトしていることから見て飼育動物だ。

 

そのマーカーの解説を見るとベガサスと表示されていた。

ユニコーンが角の生えた馬であるのなら、ベガサスは翼の生えた馬だ。

通常の物理法則で考えると飛行できないはずのベガサスが飛行できるのは魔法によるものだ。陸上で走るのと同じ速さで天を駆ける。

通常の覚醒種は元になった生物と同じ性質を持つ傾向にあり場合によっては通常種のリーダーに収まっていることすらある。ペガサスは馬の覚醒種で、馬は群れで活動する生き物なのにペガサスは孤高を好む。

草食性のため群れに加わることができるにも関わらずだ。

飛行能力の有無が問題なら野生のペガサスは群れるはずなのだが、その傾向もない。

超常生物学者の間でも謎とされているらしい。

 

そんな理屈はともかく馬が羽ばたき天を駆けるCGのような風景にあたし達は圧倒され呆然と天を見上げていた。

 

「近くで見たくない?」

 

「見たいな、行こう。」

 

そしてペガサスを目指して歩くが案の定追いつく前に視界から消えてしまった。

仕方なくおおよその検討をつけて歩くが見つからない。

代わりに見つかったのは馬の群れだ。

そして、その群れのリーダーがユニコーンだった。

彼らはのんびりと草を食んでいる。あたし達が視界には入っているはずだが無害な生き物認定なのか特に警戒しているようには見えない。

心無しかユニコーンの方が他の馬よりも少しほっそりとした印象を受ける。

しかし、その角と生得の装甲から戦闘力はユニコーンが高くリーダーとならなくても群れの護衛のような立場になることもあるようだ。

 

「清らかな乙女が……」

 

あたしは鹿革風ブーツで思い切りビリーの足を踏みつける。残念ながらビリーのコンバットブーツに対しては効果的な攻撃とはならないが。

 

「メタヒューマンの女性が好きってのは迷信みたいよ? 汚染物質には弱いみたいだから清純な乙女が好きなのは間違いではないのでしょうけど。」

 

肩をすくめるビリー。

 

「環境汚染されてないメタヒューマンが好きなわけだ。」

 

そんな馬鹿な話をしながらあたし達はしばらくユニコーン達を眺め食事もできる建物を目指すことにした。

 

もちろん再度のペガサスとの遭遇を期待したが、その願いは叶わなかった。




動物園内のマップ
シナリオ集『Splintered_State』より。
ただ、詳細な説明はないので元々は違うシナリオのマップと思われます。

エキエレベンレ/Ekyelebenle
Running_Wild参照。
毒が凶悪なだけでランナーの敵としてはそこまで怖くない。

ペガサス/Pegasus
ユニコーン/Unicorn

Howling_Shadows参照。
コアルールなのでいずれ日本語化されるはず。


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ランチタイムエンカウント

温帯平原の北側にあるレストエリアは屋根のついたオープンスペースだ。

遠足に来た小学生がお弁当を広げるための空間なのだが、別に小学生以外が広げては行けないわけではない。

園内はこのレストスペースとレストラン以外では原則的には食事が禁止されているのだ。そこまで厳密に取り締まるつもりは無いらしくちょっとしたお菓子を摘んでいる人は、ここまで来る中でも見かけた。理由は動物をいたずらに興奮させないためだ。

 

あたし達は昼前に着いた為だろうレストスペースに小学生達もまだ到着していない。

ひとまず温帯平原が見える位置に腰を下ろす。また、ペガサスが見えると良いのだけど。

そんなことを考えながらお弁当を出していく。

ミーシャにはハイキングのお弁当としてお願いしたのでオカズは好きに取れるように大きく盛られ、パンと蛇棒が付いている。

 

ビリーが少し驚いた顔をしている。

その視線は蛇の串焼きである蛇棒に注がれている。

 

「蛇か?」

 

「蛇棒よ。あれ? 知らない?」

 

オークなのだからオーク料理に詳しいと言うのは勘違いかもしれない。

彼はオーク料理よりもマックフュージの油過多のバーガーの方が馴染んでいるような気はする。

 

「これが、そうなのか。確かにレベッカから聞いたことがあったような。実物を目にするとは。」

 

異世界の珍味を見せられたような反応はやめてもらいたい。

もちろん、あたしも蛇棒は得意ではない。味ではなく見た目がだが。

 

「クラシス・グロンはオーク料理専門店なのよ。その中のネタ料理として残ってるのが、この蛇棒。」

 

今のウクライナにあったオーク王国カラファッドは典型的な遊牧民の国家だったらしい。

旅の中でのタンパク質の補給として重宝されたのが旅の最中では手の混んだ料理はできず丸焼きになったという伝統食らしい。

 

「いや、わかるが、そんな野戦料理みたいなの食べなくても良いだろ。」

 

「ところがミーシャはその辺りの文化をベースに日本の蛇用のタレを研究して美味しい蛇棒を創り出したわけ。」

 

「確かに日本人なら蛇用のタレぐらい持ってるかもしれないな。」

 

そしてビリーが恐る恐るといった風情でかじりつく。

 

「淡白な味にこの甘辛いタレか良く合うな。だけと、これはタレが美味いのであって蛇美味い訳ではないよな。」

 

「まーねー。」

 

そんなことを言いながらあたしも蛇を齧る。

正直味としては、これよりも、ミンチにして肉団子にした方が美味しい。

そのへんは文化への敬意としてこだわりとして蛇棒を残しているとも言える。

 

その他にも激辛煮込み豆クゥアールズやイラク料理風にザクロと玉ねぎ、羊肉、ニンニク、コリアンダーを煮込んだ料理ショルバット・ルマン、騎兵の食べ物牛肉で、ピスタッチオとレンズ豆のビール煮であるキシャーヌなどが並んでいる。

また、あたしの好みでもある四川風麻婆豆腐も含まれている。

 

限られたオーク料理のレシピと香辛料を多用するとの記述からエスニック料理や四川風料理を加え古代ウクライナと共通文化を持つバビロニア料理を参考にしているため無国籍料理にも見える。

あたしはレシピ作りから関わっているので味を知っているので美味しく食べているのだが、初見のビリーは思った味と違ったり、意外と辛いものが苦手だったりとなかなかに楽しそうだ。

 

「オークでも辛いもの苦手な人いるのね。」

 

しかめっ面のビリー。

 

「そいつは偏見じゃないか? 趣味嗜好はメタタイプの影響は受けないと思うぜ。耐えることができる肉体ではあるとは思うけどな。」

 

あたしは肩をすくめる。

 

「それもそうね。ちゃんとランチ相談して決めれば良かったわね。」

 

「いや、なかなか食べる機会が、なかったから良かったよ。辛いものは苦手だけど嫌いな訳でもないしな。」

 

確かに百面相をしながらちゃんと食べてくれている。

用意していた甘めのカクテルが飲めないのが残念だが。

 

そんな話をしながら食べ物が片付く頃には周囲も混み合っていく。

ふと、レストエリアの外に目を向けると一組のカップルが歩いている。

あたしがカップルに目を留めたのは片方が知り合いであったからだ。

彼女はマリア・ロマノフ。最近仲良くなったセレブだ。お相手は軍人だろうか。とても姿勢が良い。

あたしの視線に気がついたのかビリーがそのカップルに目を向ける。

 

「軍人同士のカップルとは、厄介な知り合いだな。」

 

あたしは少し首をかしげる。

 

「女性の方は友達だけど軍人じゃないわよ。ぜーダークルップの外交官やってるはずよ。」

 

「じゃあ、俺の目が悪いのか、格闘技でもやってるんだろう。足の運びが二人共良く鍛えられてるんだ。」

 

「ふーん。」

 

確かにマリアは同性から見てもよく引き締まった素敵な体型をしている。

フィットネスにも時間をかけているのだろう。

 

さて、午後の散策に繰り出そう。

 




オーク料理は創作です。
一応バビロニア料理を参考にしてみたりしています。
理由としてはウクライナはもともとスキタイの国、スキタイはイラン系、イラン系といえばバビロニアという連想ゲームみたいな力業です。
このために『古代メソポタミア飯』読み直していますが、ウルク王国の成立は紀元前5000年ごろなんですね。
まさにアースドーンの時代ですよ!


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ワイルドライフ:火と斧

レストエリアを北に抜けるとすぐに温帯林エリアがある。

ウルズマンティスは第一種の危険クリッターであるためちゃんと檻の中にいる。

つまりAR表示に従えば見ることができるわけだ。

 

「そう言えば、何でウルズマンティスを見たいの?? シカゴに長いんだからデカイカマキリなんて見慣れてるでしょ?」

 

シカゴは昆虫精霊のパンデミックにより街区封鎖をされた街だ。もちろん、すでに清浄化されており街中に昆虫精霊が溢れていないことは知っているのだが。

 

「シカゴのランナーでバグハンターやってなければモグリみたいなものだからな。見慣れてはいるんだが。」

 

冗談のつもりが冗談で済まずあたしへ絶句する。

 

「だからこそ、昆虫精霊と覚醒カマキリが見分けがつくのか気になってさ。お前男の子は昆虫好きよね?とか、思ってただろ。」

 

「少しだけね。あたしは昆虫精霊も見たことないのよね。」

 

ビリーは心底嫌そうに首を振る。

 

「あんなもの関わらないで済むならそれに越したことはないさ。」

 

そんな話をしながら園内のAR表示に従って進む。

 

ウルズマンティスは世界最大のカマキリでメスの体長は1.7mを超える。

その鎧のような体表は緑に輝き下腹部のみが黄色い。

その巨大な鎌だけでも脅威であるにも関わらず感化のパワーまで使うと言うのでたまらない。

本来の生息地であるヨーロッパで賞金を掛けられているのも良くわかる凶悪さだ。

ちなみに交尾の際にオスを食べてしまうことも普通のカマキリと同様だ。

 

「昔は実体化したカマキリの昆虫精霊じゃないかって話もあったみたいね。見分けつきそう?」

 

「そうだな。昆虫めいた姿の昆虫精霊も元の形はメタヒューマンなんだ。メタヒューマンの戯画みたいなんだ。当然手足は二本づつになるわな。」

 

「言われてみれば確かにそうよね。」

 

目の前のウルズマンティスの足は六本だ。

 

「気がつくと当たり前なんだがな。」

 

ビリーは何かすっきりとした顔をしている。彼の中の何らかのこだわりに決着がついたのだろう。

 

そのままフェニックスの展示を目指して歩いていると奇妙な檻が目についた。

 

見ると動物にARマーカーが表示されずエリアに説明だけが表示される。

動物の名前はケルベロスハウンド。

ギリシャ神話で有名なケルベロスに因んで名付けられた覚醒種だ。

潜伏能力に富み隠蔽のパワーまで行使する存在だ。

探してみろと言うことだろう。

2人で先にどちらか見つけれるかを競争したのは言うまでもない。

 

「あたしの勝ちね。」

 

「いや、わからないだろ、あれは。」

 

動物園だから所在が見えたが普通に歩いていて気がつける気はしない。それに次は見つけることができる気がしない。

解説によるとケルベロスハウンドと後ろに猟犬が、ついているのは類稀な追跡能力に由来するらしい。

普通の猟犬同様の追跡力と捜索のパワーの併用は並の手段では逃げ切れるものではないようだ。

3つ首の1mの猟犬が迫りくる圧迫感は並の恐怖感ではないだろう。

 

「セキュリティクリッターと言えば獰猛なドーベルマンで警備している施設にランを仕掛けた事がある。そこの施設のドーベルマンは生体ドローン化されていて非常に高度な連携ができる特殊部隊だと言う触れ込みだったんだ。」

 

「動物愛護団体が、憤死しそうな話ね。」

 

「まあな。ドローン化されてるなら俺達みたいなネットジョッキーなら操れない理由はない。そこでハッキングによる制圧と同時にお邪魔することにしたわけだ。ところが犬たちが、全く俺の言うことを聞かない。なんでかわかるか?」

 

「あんたが、マークつけそこねたんじゃないの?」

 

「いや、間違いなくマーク2.こ付いてたし命令受諾のシグナルも、帰ってきていたぜ。」

 

「もしかして生体ドローンの話自体が罠だったってこと?」

 

ビリーが苦笑する。

 

「いや、オーナーは本気で信じていたさ。そいつを売りに来た奴が詐欺師だったのさ。腕の良いドッグハンドラーをドローンのメンテナンスエキスパートとして10倍以上の報酬をふんだくっていたわけだ。」

 

「呆れた。普通に犬を訓練して操っていたのね。」

 

「そう言うこった。頭にレシーバーを入れただけほ犬は俺みたいなウイザードでも操れないさ。」

 

「そうね、どっちかと言うとメイジの領分よね。」

 

本当にビリーは良く死なないものだ。

そんな話をしているとフェニックスの生息地に到着する。

フェニックスも肉食のため生存環境はある程度固定されている。

フェニックスは森の中の開けた岩壁などの側面に巣穴を造る。このため少し離れた位置からでも大変みやすい。

フェニックスは春から秋に掛けて繁殖期であり、夫婦で揃って巣穴を築き生活している。

その外見は頭部が金色であり羽の付け根に掛けて徐々に赤へと変わっていく。

そして尾羽根にかけて深い蒼へと変化する。

翼長が4mある巨鳥だが今は巣穴から出て地面を歩いている。

何かに襲われたりするとその全身は炎に覆われ敵を焼き払うと言う。

たまに炎を見せるイベントもやっているらしいが今日はやっていないらしい。

少し残念だ。

とは言え、のんびりと綺麗な鳥が歩いている風景は和むのは事実である。

 

猛禽とは言えこうして見ると凶悪さが見えないから不思議な気持ちになる。

 




バグハンター
昆虫精霊をを対象にする賞金稼ぎ

ウルズマンティス/Wyrd Mantis
Running_Wildより。

ケルベロスハウンズ/CERBERUS HOUND
Howling_Shadowsより。
この犬はとても凶悪なのでセッションに使いたいですね。

フェニックス/Phoenix
Running_Wildより。


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ワイルドライフ 猫の女神

「しかし、フェニックスが燃えるところ見たかったよな。」

 

「見たかったけど、鳥を驚かせるのも可愛そうなのよね。」

 

あたし達は益体もない話をしながら山岳地帯を目指す。

山岳地帯の手前には休憩エリアが用意されており、山岳地帯の風景を眺めながら一休みできるようになっている。

 

ソイカフとソイバーを自販機で買い、一休みする。自販機はソイバーのバリエーションが少ないから楽しくないのよね。

 

商品を取り上げ、振り向いた瞬間ガタリと自販機が商品を吐き出す音がする。

 

誤作動だろうか? 習慣的にマトリックスを見回すとかすかに残る電紋。

テクノマンサーが食料調達に行ったのかもしれないが、何故この場所なのだろうか。

小銭を惜しむにしても、あまりにもリスクが高い。

あたしは追加で落ちてきた商品を気づかないフリをしつつ、商品取出口に意識を集中する。

愉快犯でなければ取りに来るはずだ。

ビリーが何か言ってるが後回し。

 

並行してあたしはARにアイコンをオーバレイさせる。

 

そんな中周囲の草むらでなにかの動く小さな物音がする。

猫か野鳥だろうか? 今は関係がない。

草むらの中に隠蔽されたアイコンがちらりと見える。

かなり巧妙な隠蔽であり、あたしも最初の物音がなければ気が付かなっただろう。

最近の猫の首輪はGPSがついている。

そこでふと違和感を感じる。

 

どうして身元を明らかにするための首輪が隠蔽されているのだろうか?

 

「どうした?」

 

「あのアイコンよ。何かなと思って。」

 

あたしの言葉にビリーはアイコンを探すが見つけられないようで、首を傾げている。

 

「どこだ。」

 

「ほら、そこよ。」

 

もしかすると可動式のセキュリティカメラかセキュリティドローンかもしれないと考え足を向ける。

 

ガサリ。

 

その瞬間何かは突然動き出す。

奇妙なことにまるで光学迷彩を身に着けているかのように周囲に溶け込んでいる。

あたしは過去に聞いたネットロアを思い出す。

テクノマンサー能力を発現した動物テクノクリッターの物語。

そして、あたし達ではサブマージョンしても身に着けることのできないような特別な能力。

その1つにARのホログラムを纏い、その姿を隠すというものや人の記憶を改竄してペットとして人の家に住むなどの話があったはずだ。

 

あたしが慌ててARを消すと草むらから悠然と姿を現し自販機を目指す黒猫の姿が見える。

猫は慣れた動作で自販機からソイバーを取り出すと、ソイバーを咥えて歩き去る。

 

「ね、ねこ。」

 

あたしが我に返った時には、その姿はどこにもない。

 

「そう言えば野良猫が動物園に紛れ込んで飼育されている動物の餌を狙うなんて話もあるな。」

 

ビリーは野良猫に気がついてすらないようだ。

 

「そうみたいね、野良猫ってどこでもいるのよね。」

 

あたしは心の平穏のためにさっきの猫がこの動物園のセキュリティを破らないことを切に願うのだった。

 




テクノマンサーの猫
4版のクリッターサプリ『Running_Wild』や5版のコアクリッターハンドブック『Howling_Shadows』掲載のバステト/BASTETです。
人間以外がテクノマンサーに発現しない理由は何もないとのこと。
ちなみにイラストは4版のほうが可愛い。


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ワイルドライフ 鷲と獅子

どうでも良い話をしながら足は山岳地帯へと向かう。

山岳地帯は傾斜が急で足場は岩場であるためなかなかに大変だ。

特に急峻な山岳地帯に住むクリッターも多く近場へのハイキングと比べても、かなりきつい。

動物園でのデートにヒールで来て苦労している女性が目の前にちらほらいる。

あたしはブーツで来てるので足元は大丈夫だか時刻は15時を回っている。

少し足が疲れてきた感はある。

軽くお茶でもしに行きたいところだけど、動物園を、出たら飲みに行く自信がある。

ゆえにもう一踏ん張り回ってしまおうと思う。

少なくともそう言う話になった。

 

「しかし、グリフィンって、俺の考えた最強生物感あるよな。」

 

「猛禽と獅子だもんねー。」

 

そんな事を言いながらグリフィンの飼育領域に到達する。

そこは高山を模したエリアでグリフィンの巣穴が造られる場所に似せて作られている。

本来のグリフィンは高山に住み、近郊の平野に狩りに向かうがさすが動物園での再現は難しい。

岸壁に造られた巣穴からグリフィンが目の前に舞い降りる。

どうやら夜の食事に間に合ったようだ。

 

「これは襲われたら死ぬわね。」

 

「死ぬな。アサルトライフルでも持ってれば勝てなくもないかもしれないが。」

 

体長3mの獅子に翼長7mの猛禽の羽を備えた美しい猛獣。

獅子の体は金色の体毛を持ち、頭の鷹の部分は純白の羽毛に覆われている。

そして、飼育員の用意した餌に空中から猛然と降下し、そのたくましい獅子の鉤爪を叩きつける。

 

「そう言えば、4本の足と2枚の翼があるから鳥類でも哺乳類でもないらしいわね、グリフィン。」

 

「らしいな。すごい存在感だな。」

 

「トロ吉が昔グリフィンと格闘したことあるって言ってた気がするのよね。」

 

唖然とした顔のビリー。

 

「勝ったのかね。」

 

「トロ吉生きてるから何とかしたんじゃないの?」

 

そんな知性の抜け落ちた会話をしているとグリフィンは夕飯に攻撃するのに満足したのか肉の塊を抱えて巣穴へと飛び立って行った。

 

「あたし達も晩ごはん行く?」

 

「そうだな、肉が食いたくなってきた。」

 

あたしは事前に調べていたフォートルイスグルメの資料を出す。

調べていて行きたい店があったのだ。

 

「ザ肉っていう店じゃなくて、悪いんだけど恥ずかしがり屋の巨人亭って店なんだけど。」

 

ピンときた顔をするビリー。

どうやら知っているらしい。

 

「ああ、マッコード空軍基地の近くだな。帰り道だし、ちょうど良い。それに、あそこのバッファローのステーキは絶品だぞ。」

 

あたしは肩をすくめる。

 

「舌の肥えた男ね。有名な店は大体言ってるじゃないの。」

 

苦笑いをするビリー。

 

「ランナーってのはいろいろな経験が必要なのさ。」

 

あたし達は車を目指して動物園を後にするのだった。




トロ吉
トロールのランナー。
『よいこのシャドウランえほん 1 とろきちとろーる』より。

恥ずかしがり屋の巨人亭/The Shy Giant
カリフォルニア料理とスー族料理が看板のレストラン。
トロールのオーナーシェフが経営しておりその腕は確かでスー国出身の客が多い。
『Seattle 2072』より。


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不運なめぐりあわせ

食事をする場所も決まり、駐車場を歩いているとエルフ女性が1人あたし達の方へと駆け寄ってくる。

いつでも銃を抜けるように構えるビリー。

その鬼気迫る様子が単なるファンなどではなく、犯罪の被害から逃げているような危うさを感じる。

 

「ウエストさん! ジャーナリストのダニー・ウエストさんでしょうか。お願いします、助けてください。」

 

シアトルで治安が保たれ、更に軍直轄の動物園の駐車場で民間人に助けを求める。

彼女自体が叩けば埃の出る体なのだろうか。

食事をして軽く飲みに行くと言う訳には行かなさそうだ。

 

彼女は袖のない革のワンピースを身に着けている。ワンピースは鮮やかな新緑色で随所にサーリッシュ族のシャーマンを現す文様が刻まれている。

そのむき出しの白い腕には同じくシャーマンを現す入れ墨が彫られている。

エルフであることを考えると彼女は血筋としてのネイティブアメリカンではなく覚醒初期にネイティブアメリカンに加わった人物だろうか。

 

「とりあえず話ぐらいは聞くわ。食事でもしながらでどうかしら?」

 

何かを躊躇うような女性。

着の身着のままで逃げてきたDV被害者に通じる雰囲気だ。

 

「支払いなら気にしなくて良いわよ。あたしの方で持つし。」

 

彼女は恥ずかしそうにうつむく。

 

「すいません、何から何まで。では、よろしくおねがいします。」

 

そして、あたし達3人は恥ずかしがり屋の巨人亭を目指すことにした。

車で15分程度だ、簡単な自己紹介をする時間ぐらいはあるだろう。

 

「あたしのことは知ってくれてるみたいだけど改めて。あたしはダニー・ウエスト。ジャーナリストよ。彼は友人のビリーよ。」

 

ビリーは無言で会釈する。

多分マトリックスで彼女の情報を洗っているのだろう。

 

そんな思考に合わせるようにARに情報がポップアップする。

行方不明者などの公開情報に該当者なし。

 

ふむ。

 

「あたしは鷲の爪部族のアイヤナです。」

 

すぐに部族の情報が視界に浮かぶ。

ビリーはいつもこんなことをしてるのだろうか。

鷲の爪部族はサーリッシュシーに所属する極度のテクノロジー否定派の部族なのね。

 

「サーリッシュシーの、それもテクノロジー否定派の人がどうしてシアトルに?」

 

少し疲れた顔をするアイヤナ。

 

「半月程前に部族の村が襲撃を受けました。その際に攫われて来たのです。村がその後どうなっているかはわかりません。」

 

サーリッシュシー議会は何をしているのだろうか。

 

「村から救難要請もでなければ議会は襲撃にすら気が付かないってことかしら?」

 

アイヤナが力なく頭を横に振る。

 

「それ以前の話です。村はシンの受け入れすら拒否していました。議会内には部族としての登録はありますが、義務も権利も最低限という感じでして。」

 

マトリックスからビリーが見つけた小さな記事。

サーリッシュシー内部で小規模部族である鷲の爪が壊滅したという内容だ。

食後に伝えた方が良いだろうか。

 

「何ともやるせない話ね。でも、あなたはテクノロジーにそこまで拒否感ないように見えるけど。」

 

「あたしは村のシャーマンとして外部の折衝もしていましたので、そこまで抵抗感は無いですね。でも、都会よりは荒野の方が落ち着くのは事実なのですが。」

 

「シャーマンってことは覚醒者なのよね。」

 

「そうですね。大したことはできませんが、父祖の精霊に願いを託し力を借りるのは得意ですね。」

 

優秀な精霊使いならビリーの伝手を辿れば生きていくことはできるだろう。

だが、自然と共に平和に生きることができるかと言われると何とも言えない気がする。

 

「誇れる能力があるなら、道は必ず開けるはずよ。ひとまずは食事をして、それからシアトルに来てからの話を聞かせてちょうだい。」

 

そんな話をしなからも車は進み恥ずかしがりやの巨人亭に到着する。

巨人亭はカントリー風の店構えの落ち着いたレストランだ。

17時を回ったところで店が開店したばかりということもあり駐車場に他の車はない。

普段はNANから仕事で訪問してきた人達で賑わっているらしい。

オーナーシェフはトロールで穏やかな語り口だが恥ずかしがりやで、あまり表には出てこないとか。

場所柄と人柄の影響もあってか、ヒューマニストの嫌がらせも少ないらしい。

 

そんな店にあたし達は入ることにした。




鷲の爪部族
オリジナル設定。
サーリッシュシー部族にはテクノロジー否定派の部族があるのは公式設定。


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穏やかな夕べ、不穏な話

恥ずかしがりやの巨人亭は内部も落ち着いた雰囲気で落ち着いた店内が好感を持てる。

客席の多くはテーブル席で四人がけの席が10席程、バーカウンターもある。

アルコールの種類は多いが今はバーカウンターには誰も立っていない。

夜になるとバーテンダーが来るのかシェフが兼任しているのかはわからない。

特に店内の照明を担うランタンスタイルの灯りが落ち着いた夕食に最適だ。

店内に入ると資料整理のためか、座って作業をしていたドワーフの女性が立ち上がりあたし達に声をかけてくる。

 

「いらっしゃい。3人ですか?」

 

「ええ、そうよ。」

 

「では、こちらに。」

 

あたし達は落ち着いた奥の4人席に通される。

メニュー自体はイタリアンがベースのようで海鮮類を多用した料理とサラダの種類が豊富なことが目につく。

もちろん、スー族料理をうたっていることもあり、肉料理はバッファローをモチーフに果物や野菜と合わせた物も種類が多い。

特に種類が豊富なのはペミカンだ。

元々のペミカン自体は砕いた果実と挽き肉を混ぜ、油で固めた保存食だ。

食べるときにお湯で溶けば簡単にスープが出来上がる。

この店ではスープとしてのペミカンもあるが、様々な果実と混ぜたフルーツハンバーグとしても提供している。

今ペミカンハンバーグに使用しているフルーツはイチゴらしい。

 

とりあえず、取り分けサイズで夏野菜のサラダ、エイブラムスロブスターのクリームパスタ、マルゲリータピザ、そして人数分のペミカンハンバーグとペミカンスープをオーダーする。

 

「とりあえず、お腹いっぱいにしてから、話しましょ?」

 

そんな訳で、とりあえず食事を進めることになった。

と、いうかした。

 

サラダはトマトやトウモロコシ、キュウリにアボカドを、刻んだ品だ。遺伝子改造されているのかほんのりとした甘みもあり、シンプルにオリーブオイルをかけただけにも関わらず、青臭さも感じずに食べることができる。

 

「こいつは甘くて食いやすいな。」

 

エイブラムスロブスターのパスタは世界一美味しい危険生物と呼ばれるエイブラムスロブスターのほぐし身をふんだんに使ったクリームパスタだ。

エイブラムスロブスターは群体で活動し、甲殻は銃弾を弾き、精神攻撃を仕掛けてくる危険生物だ。

それでも、この味を味わうと危険を冒してしまう人の気持ちはわかる。

このロブスターのほぐし身を濃厚なクリームソースと合せ、タリアテッレに絡めながら食べることの至福。

クリームソースはカルボナーラ風なのか卵の風味も感じる。

 

美味しいロブスターを食べると人は無言になるというが、まさにその通りになった。

 

マルゲリータピザは先程の遺伝子改造トマトをふんだんに使ったピザだ。

ビザ生地にはミルクの旨味を濃縮したようなバッファローのモッツァレラチーズに甘みの強いトマトがのり、カリッと香ばしく焼かれたビザ生地に乗っている。

トマトはこのピサの為に作られたかのように酸味と甘みのバランスがよく何枚でも食べることができそうだ。

 

ペミカンハンバーグに使用しているイチゴは酸味の強い物を選んでいるのかバッファロー肉の臭みをうまく消している。

そしてミンチにすることでバッファロー肉の硬さを緩和しその旨味だけを味わうように配慮されているようだ。

 

そんなことを考えながら食べているとあっという間に食事はなくなった。

肉を食べたがっていたビリーも満足そうな顔をしている。

 

デザートにガトーショコラとホットコーヒーが来たあたりで、そろそろ話でもという段取りになった。

 

「でも、どうやって誘拐先から脱出してきたの?」

 

アイヤナはガトーショコラの端を切りながら応える。

 

「よくわからないのです。突然監禁先が騒がしくなって静かになったんです。」

 

襲撃でも受けたのだろうか。

 

「恐る恐る騒ぎのあった方を見るとみんな殺されていて。とりあえず逃げるなら今しかないと思って逃げ出してきました。」

 

ニュースにはなってないわね。

さて。

 

「まあ、不幸中の幸いってとこかしらね。一応さっきニュースを確認した限りだと元の村は壊滅してるみたいなの。だから、あなたがサーリッシュシーに戻るのに協力するというのはあまり現実的ではなさそうだわ。」

 

アイヤナは少しショックを受けた顔をしているが思ったよりは落ち着いている。

覚悟はしていたのだろう。

 

「そうですか。覚悟はしていました。村がなくなったら何をするか、考えたこともありませんでしたね。」

 

ショックを受けていないというよりは呆然としているというのが事実だろうか。

 

「シャーマンなら仕事を選ばなければ、何かしらの仕事はあるとは思うけど。」

 

ちらりとビリーに目を向ける。

 

「荒事が得意だったり、命の危険があっても報酬を優先させるならシャーマンを探してる知り合いはいるな。」

 

アイヤナは濡れた子犬のようにブルブルと頭を左右に振る。

 

「そんなことができれば攫われたりはしませんよ!」

 

彼女の雰囲気からしてそんな気はしていた。

 

「なら平和的な仕事ね。そう言えばレディゼルダが人を探してなかったかしら?」

 

「仮に探してなくても彼女に相談して悪いことはないだろう。」

 

「私は判断がつきませんので、お二人にお任せします。」

 

あたし達はデザートを片付けレディゼルダの店があるダウタウンへと車を進めることにした。




エイブラムスロブスター/ABRAMS LOBSTER
『Running_Wild』や『Howling_Shadows』より。
美味しくて硬化装甲を持ち、恐怖のパワーをふるうエビ。


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レディゼルダの驚異の店

あたし達はレディゼルダに相談があるために訪問したい旨をコムコールし彼女の店を目指すことにする。

店はダウタウンの中央近く、スペースニードルの近くにある。

ここからは一時間程度。大体20時には到着するだろう。

 

道すがら、あたしはアイヤナにレディゼルダについて説明を行う。

 

「レディゼルダはダウタウンでタリスモンガーやってるメイジの女性でビックリするぐらい面倒見が良いの。」

 

「メイジの方はシャーマンを嫌うと聞きますが、大丈夫でしょうか。」

 

ビリーがクスクスと笑う。

 

「あの婆さんなら心配ないさ。店には様々な様式のリージェントが並んでいて、本人も自分のことをユダヤの老いぼれ魔女だなんて名乗ってるぐらいだしな。」

 

「確かに他の様式に偏見があると、なかなか商売とは言え他様式のリージェントは取り扱いませんよね。」

 

何か以前に嫌なことがあったのだろうか。

目に見えてアイヤナの肩から力が抜ける。

 

「昔はタリスレッガーやってたらしくて、その頃のお弟子さんとか友達が現役で仕事してるのが大きいみたいだけどね。」

 

その言葉を聞いてアイヤナが何かを考え込む。

 

「レディゼルダ……ゼルダ・コグワースさんでしょうか? 彼女なら面識があります。」

 

意外な繋がりに面白みを感じる。

魔法使いの繋がりは様々なところに張り巡らされているのだろうか。

 

「タリスレッガーの方はマナーの悪い方が多くて村とよくもめていたのですが、コグワース夫妻は丁寧な挨拶をした上で採取をされて、環境への影響にもご配慮いただいておりましたので、印象に残っています。」

 

「良い関係なら良かったわ。当時はご夫妻で活動してたのね。」

 

あたしは1人で店にいるレディゼルダしか知らないから少し意外だ。

 

「旦那様はまだタリスレッガーをされてるのですか?」

 

あたしは左右に首をふる。

 

「5年ほど前に亡くなられたそうよ。あたしが彼女と知り合ったのは亡くなられた後だから詳しくは知らないけど。」

 

「そうですか、仲の良いご夫婦だったのですが。」

 

そんな四方山話をしつつ車はダウンタウンに到着する。

車をパーキングに入れて歩いてレディゼルダの店へと向かう。

 

ダウンタウンの中心地近くに店を構えるレディゼルダの驚異の店。

扉には魔法陣が描かれていて、神秘的な雰囲気を醸し出している。

しかし、年中無休24時間営業の記載や収束具半額!、第6世界の品物を、第5世界の価格で!の文字により、良く言えば入りやすい、悪く言えば観光客目当てのチープな魔法屋の雰囲気となっている。

 

店に入る瞬間アイヤナが、顔をしかめた気がするが覚醒者にだけわかる何かがあるのだろうか。

 

店内はカウンターキッチンのあるダイニングというのが一番近い雰囲気だ。

入口の正面にはいつもレディゼルダが腰掛け本を読んでいるバーカウンターがある。

その後ろにはポットやハーブティーなど客に振る舞うための飲み物が常備された食器棚が置かれている。

入口からバーカウンターまでにはいくつかのディスプレイ用の机が置かれている。

ディスプレイされている製品は限られており、主に置かれているのは特売品の収束具、様々な様式のリージェントなどだ。

収束具も様々な文化に根ざした物が並んでいる。

よくわからないが、これが様式の違いということなのだろうか。

レディゼルダが休憩してる間は同盟精霊が店番をしているとか。

 

あたし達が店内に入るとレディゼルダはそれまで読んでいた紙の本から目をあげ穏やかな微笑みを浮かべる。

 

「いらっしゃい、ダニー。」

 

「遅くにすいません、レディゼルダ。」

 

「ふふふ、構わないわ。そちらの女性がこのユダヤの年寄キッチンウイッチに相談をすることになった原因かしら?」

 

そんなことを言いながらレディゼルダはいそいそとハーブティーの準備を始める。

 

「とりあえず、お掛けなさいな。話はお茶を飲みながらゆっくり聞かせて貰いますよ。」

 

皆がおずおずとバースツールに腰掛ける。

いつもは傍若無人なビリーが妙にかしこまっているのが面白い。

 

「あら。鷲の爪部族のアイヤナ様じゃないですか。その節はお世話になりました。」

 

レディゼルダの煎れるハーブティーの穏やかな香りが店内に広がる。

 

「いえ、こちらこそ、あの時は過分な報酬をいただきまして、ありがとうございます。」

 

「あの環境を維持していただいていたおかげで良いリージェントが採れましたので、適正なお値段でしたよ。」

 

穏やかに微笑む2人。

その後お茶をいただきながら現状について相談をする。

 

「アイヤナ様の経験であれば仕事を紹介させていただくのは問題ないのですが。」

 

珍しくレディゼルダが歯切れの悪い言い方をする。

 

「彼女を攫った組織の対応だよな。」

 

「ええ。作戦の規模からしてそれなりの規模の組織が動いてるはずです。紹介先にご迷惑をおかけするのは避けたいのです。」

 

「わかりました。状況を調べてみます。」

 

何故か慌てるビリー。

 

「おいおい、話聞いてなかったのかよ。見ず知らずの他人のために虎の尾を踏む可能性があるんだぞ?」

 

「そうです。幸い私はシンがないので、表にでなければ追手もかからないはずです。」

 

あたしはクスリと笑う。

 

「虎の尾踏むのが怖くてジャーナリストなんてやってられないわよ。それに陰謀により襲われた技術否定派ネイティブアメリカンってのは人権派ジャーナリストの戦場だと思わない?」

 

バリバリと頭を掻くビリーに、唖然とした顔のアイヤナ。

そしていつも以上に楽しそうなレディゼルダ。

 

「本当に噂通りの生き方ね。それなら、とりあえず一週間アイヤナ様はうたのお手伝いをお願いできませんか。」

 

「でも、ご迷惑をおかけするわけには。」

 

「あたしも年ですのでお手伝いいただきたいのは本音ですよ。それに問題はダニーが解決してくれますよ。」

 

「もちろんです。じゃあ、彼女はよろしくお願いしますね。」

 

そしてあたしは夜のシアトルへと足を踏み出した。




レディゼルダ/LADY ZELDA
ダウンタウンでマジカルショップを営む元タリスレッガーの女性。
カバラ様式の魔法使い。60代の女性であり最近は視力の衰えを感じている。
『Seattle Sprawl Digital Box』のCharacter Cardsより。

ちなみに彼女の店の外観は『Seattle Sprawl Digital Box』のEmerald Shadows 15ページにイラストがある。

ちなみにイラストは60代には見えない。


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見えざる糸を辿って

あたしが店を出るとビリーが着いてきた。

そう言えば彼のバイクはあたしの家のガレージだ。

 

「とりあえず家に帰るわ。」

 

何とも言えない顔のビリー。

 

「乗り掛かった船だ。俺も手を貸そう。影の世界の伝手は少ないだろう?」

 

少し意外だ。金にならない厄介な話に首を突っ込んでくるとは思わなかった。

 

「ありがたいけど、大した報酬出せないわよ。必要経費ぐらいは面倒見れると思うけど。」

 

「ランナーが金の為だけに動いてると思うなよ。俺は誰かが食い物にされるのは大嫌いなんだ。」

 

「なら喜んで手を貸してもらうわね。」

 

「あと、こんな事件でお前に死なれたら後悔してもしきれないからな。」

 

ボソリとビリーがつぶやく。

 

「そんなにヤバイってこと。」

 

あたしは、この事件自体は部族同士の対立か何かだと考えているのだけど。

 

「確かなことは言えないが、事件の見えている部分がアンバランスに感じるんだ。」

 

「アンバランスねぇ。とりあえず、情報を集めてから判断しない?」

 

「もちろん。俺は影の情報を洗う。ダニーは表に出てる情報を洗ってくれ。」

 

「そして、一番利益の得てる人間を絞り込む訳ね。」

 

「それしかないだろうな。」

 

そんな話だけして、ビリーはハーレーで爆音を立てながら帰っていった。

 

さて、啖呵を切って引き受けた訳だが、正直サーリッシュシーについてあまり詳しくは知らない。

私怨よりは国家政治経済その辺りの思惑が動いているはずだ。少し俯瞰的に状況を洗い直そう。

 

サーリッシュシーはデンバー条約により成立したネイティブアメリカン国家ではあるが比較的穏健な国として存在している。

メタヒューマンが発生した当初も最初に受け入れを表明したのはこの国なのだ。

この善意に対して最悪に近い形で裏切ってティルタンジェルが成立した訳だが、それでもこの国はエルフを迫害するわけではなく、穏やかな関係を維持している。

この穏やかさは白人にも適用されておりネイティブアメリカンの価値観を受け入れることができるのであれば、白人でも比較的簡単に受け入れている。

この背景にはこの国が78部族による合議制国家として運営されており過激な方向に舵を切りにくい良く言えば穏健な、悪く言えば決断力に欠ける国家となっている。

これは元々のサーリッシュ部族が同じサーリッシュ語を話す部族の緩かな連合体として存在していた歴史的な背景によるものた。

今でも国家としての法律と部族法が並列し、部族の領域においては部族法が優越すると言えば、各部族の影響力がどれだけ強いかわかるだろうか。

 

鷹の爪部族はカウリッツ族の支族に当たる部族らしい。

カウリッツ族は名の通りカウリッツ郡を本拠地にしており、ティルタンジェルと国境を接する地域だ。国としてはエルフに対して穏健であってもカウリッツ族としてはエルフに対して思うところもあるのではないだろうか。

 

時計を見るとすでに22時を過ぎている。

人に電話をできる時間ではない。

あたしはカウリッツ族とエルフの確認をするためにマザーオブメタヒューマンのメンバーであるアンジェラに問い合わせのメールを送った。

早ければ翌日には連絡が来るだろう。

 

続いて、あたしはメガコーポの動向を調べることにする。

襲撃してから半年だ。何かしら表に出てきている情報があってもおかしくはないだろう。

 

「五行公司、北米支社移転を発表

本日五行公司は現在シアトルにある北米支社をサーリッシュシー議会国家のバンクーバーに移転すると発表。

これまでメガコーポ進出に消極的であったサーリッシュシー議会国家であるが、ツイムシアンの環境復旧への五行公司の長年の貢献が認められた結果となる。

この経済効果は……」

 

シアトルへの営業が大きいビッグニュースだが今は関係なさそうだ。

景気が悪くならなければ良いのだけど。

景気の悪化は弱者の環境に直結してしまう。

 

「ミツハマコンピューターテクノロジー(MCT)、サーリッシュシーに援助

MCTがサーリッシュシー議会国家のカウリッツ族への資金援助を行うと発表を行った。

カウリッツ族は2074年12月に部族の近代化を望むファーストネーションの流れを組む組織による襲撃が行われ、この村落は壊滅したまま復興の手が入っていません。

MCTは同社の社員でありカウリッツ族の出身者であるミゲル・ブラックホーン氏の郷土愛に心を動かされ今回の援助を決断したようです。

現在でもツイムシアンの環境破壊の原因がMCTにあると考えるとサーリッシュシー議会国家では反発の動きもありますが、カウリッツ族はこれは部族法の適応範囲内であるとして資金援助を受け入れる意向を表明しています。」

 

ミツハマが裏で糸を引いているのだろうか。

限定的に資金援助することで影響力を増加しても、そんな大きな利益がでるとは思えないのだが。

それとも、このミゲルという人物がやり手なのだろうか。

 

あたしはネオアナーキストブラッククロスのメンバーであるアーリー・ブラックウィングに連絡を取ることにした。

彼女ならメガコーポの内情にも詳しいだろう。

彼女に問い合わせのメールを打った時点で時計は23時を回っている。

 

リサーチは一息入れて軽く1杯飲んでから眠ることにしよう。

部屋に常備してるビール、ブロークンオートパイロットでも良いのだが、少し気分ではない。

近所にある馴染みのバーシルバームーンにでも行くことにしよう。

馴染みのバーテンダーのニコニコとした顔を思い浮かべ、あたしは家を出た。




サーリッシュシー議会国庫(SSC)/SALISH-SHIDHE COUNCIL
『SixthWorldAlmanac』を参考に記載しています。

サーリッシュ族については以下のwiki参照しています。
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Coast_Salish

カウリッツ族
立地で適当に選びました。
第六世界の設定は見つけることができていませんので、オフィシャルだとティルタンジェルの領域かもしれません。
このため、この部族に関する設定は小説オリジナルです。

アンジェラ
真紅の女王と赤錆の騎士に登場したマザーオブメタヒューマンのメンバー。

五行公司、北米支社移転を発表
『Seattle Sprawl Digital Box』より。
正確な時期は不明ですが、これぐらいにアナウンスぐらい出てるよねということで。

ファーストエイション
ネイティブアメリカンギャング。

ツイムシアン/TSIMSHIAN PROTECTORATE
『SixthWorldAlmanac』より。
ツイムシアンはデンバー条約によりNANとして成立。
しかし、スー国からの干渉に耐えかねて2035 年にNANから脱退。
そこにすり寄ってきたミツハマに食い物にされ資源を根こそぎ奪われた上汚染と思想偏見だけ残された状態でクラッシュ2.0の影響を受けたミツハマが撤退。
国内は混乱し内乱に突入し、最終的に勝利したソルベリン部族がサーリッシュシーに保護を要請し、現在はサーリッシュシーに保護を受けている状態です。
このツイムシアンの環境復興はNAN全体の課題となっており、五行とシアワセが積極的に復興支援をしています。

アーリー・ブラックウィング
真紅の女王と赤錆の騎士に登場したクリスチャンロッカー。

ブロークンオートパイロット
シアトルの地ビール。
第六世界ではマイクロマシンを用いた醸造所が増えており地ビールが一番安くなっている様子。
デンバーの地ビールにはダンケルザーンズファミリア-なんてものもある。
『Parabotany』より。


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神々の織り上げしタペストリー

あたしがシルバームーン目指して歩いているとコムリンクが鳴る。

視界に映る相手の名前はアーリーだ。

早速連絡をくれたのか。

 

「ようダニー。相変わらず神の愛に溢れてるみたいだね。」

 

いつもに比べて少しテンションが高い。

ライブ開けだろうか?

 

「ありがとう。ライブ上がり?」

 

「ああ、わかるかい? さっきまでファンハウスでライブをしていたのさ。で、楽屋に行ってみたら面白いメールがきてたんでね、電話したわけ。」

 

「悪いわね。疲れてるところ。何か知ってることあるかしら?」

 

「推測ぐらいだがね。メガコーポはどこもかしこもNANにご執心なのは知ってるだろ?」

 

「ええ、何となくだけどね。」

 

「ミツハマも同じようにラブコールしてる訳だが、ツイムシアンにDV夫みたいなことしちまったからね。まあ、誰も仲良くしたいとは考えないさね。」

 

「それなら、今回の援助も無駄な投資なんじゃないの?」

 

「ただ、追い込まれてるなら仮に暴力を振るう庇護者でも死ぬよりマシだって考えてもおかしくはないかい?」

 

「それがカウリッツ族だと?」

 

「カウリッツ族としては自分達がティルの防波堤として仕事をしているのに援助が足りないと考えてるのさ。何せ戦争は金がかかる。」

 

今回の援助は平和的な物ではないのだろうか。

 

「ツイムシアンを見てるからね、流石に資源開発は受け入れることは出来ないが兵器の試用ぐらいなら受け入れることはできそうにないか?」

 

「そして、試用は購入になり、軍事コンサルや傭兵契約に繋がると?」

 

「ミツハマの誇るゼロゾーンを応用した防御陣地なんて攻める意思の無い国に取っては魅惑的だと思わないかい?」

 

「あたしなら欲しいわね。ミツハマ主体で仕掛けてる可能性があるわね。でも、村を襲撃する必要はないんじゃ。」

 

「エルフへのヘイトなのか、人望ある科学否定派のシャーマンが邪魔なのか、他の私怨なのかはわからないけどね。」

 

「ありがとう。」

 

「なーに、気にしなくて良いさ。この間はあたし達も稼がせて貰ったからね。」

 

「また、ライブに寄らせてもらうわ。」

 

「ふふ、待ってるよ。じゃあ、うまく悪魔のケツを蹴り飛ばせることを祈ってる。」

 

そう言って、アーリーとの通話は終了した。

 

ミツハマに関連した話をアイヤナに確認した方が良さそうだ。

 

そんな話をしているうちにバー、シルバームーンへと到着する。

 

シルバームーンはビジネスビルの一階にテナントとして入ってるバーだ。

オーナーバーテンダーのケイ・タキガワはいつも柔和な笑みを浮かべたヒューマン女性だ。

タコマにあるオーク主体の格闘道場であるヴィジラントアイアンスクーリングハウスとも関わりがある。

この人間関係と元ランナーであるという経歴からメタヒューマン関係のトラブル対応を請け負って動いてくれることもあり、私も何かとお世話になっている。

あたしにとっては頼れるお姉さんだ。

 

店内に入るとウエジェトレコーズの新譜が流れている。オクサーヌがプロデュースした作品らしい。また、買わなければならない。

店内はカウンターが10席にテーブル席が8席程度の小さな店だ。

奥には打ち合わせなどに使えるVIPルームも用意されている。

カウンターにはタキガワさんと一緒に20歳ぐらいの若い東洋人の女性が立っている。

新しいバーテンダーを雇ったのだろうか。

タキガワさんは普段の落ち着いた雰囲気に比べて学生のような楽しそうな雰囲気で何かを話しているようだ。

若い人と話すと釣られてしまうのかもしれない。

 

「いらっしゃい、ダニー。」

 

あたしに気づいて、彼女はいつもの柔和な笑みを浮かべる。

 

「なんか飲みたくなって来ちゃいました。ファンタスティックレマン貰えるかしら。」

 

それに応えるように若いバーテンダーが応える。

 

「良いわね、お客さん。良いお酒持ってきたから、振る舞っちゃうわよ。」

 

「では、お願いしますね。」

 

タキガワさんも楽しそうにしている。

若いバーテンダーはその若さに見合わず慣れたシェーカー捌きでカクテルを作り上げる。期待ができそうだ。

 

「お客さん、お酒強そうだから、少し強めに作りますね。このお酒の飲み口が甘いから飲みやすくはなってますが、気をつけてね。」

 

そして、目の前にコリングラスが静かに置かれる。下に沈んだブルーキュラソーの蒼が美しい。

まず香りを楽しむ。レモンの爽やかな香りに桃のような甘い果物の香りを感じる。

特にフルーツリキュールなどは使っていないはずなのだが。

 

「良い香りでしょ? このお酒日本のマイクロブリューワリーが最近再現できたお酒なのよ。元のお酒は桃から取った酵母と甘みの強い酒適米で作られたお酒で桃のような香りがするの。」

 

さすが日本。食へのこだわりがすごい。

 

「そんなアルコールがあるのですね。楽しみですよ。」

 

一口カクテルを口に含む。しっかりとしたアルコールの重さとそれをまろやかにする甘さを感じる。

しかし、その甘さはシロップを用いたときのような強い甘みではなくほんのりとした甘みだ。

そんなあるかないかわからないような甘みだがカクテルの口当たりを恐ろしく良くしている。

この人ものすごく腕が良いのではないだろうか。

 

「美味しい。」

 

若いバーテンダーが満足そうに笑う。

 

「わかってもらえて良かった、良かった。」

 

「新しく入られたのですか?」

 

若いバーテンダーは自分を指差す。

あたしが頷く。

 

「いや、しゃ、じゃなくてケイの友達でね。久しぶりにシアトルに来たからバーテンしながら世間話してたのよ。」

 

「マオちゃんは友達というか先輩というかって感じなんだけどね。」

 

へー、と聞き流していたが少し引っかかる。

 

「……先輩?」

 

マオと呼ばれた女性がクスクス笑う。

 

「まあ、あたしは永遠の20歳だからケイよりも年下だけどね。」

 

「失礼しました。素敵なカクテルありがとうございます。」

 

その後カクテルを傾けながら世間話をしているとコムコールが鳴る。

ビリーだ。

 

「まだ、起きてるみたいだなって、外か?」

 

あたしは肩をすくめる。

 

「調べ物が一息ついたからシルバームーンで休憩中。」

 

ビリーが疲れた声を返す。

 

「まあ、何よりだ。話せるか?」

 

シルバームーンには、あたし以外の客の姿はない。タキガワさんの口の固さはよく知っている。

 

「大丈夫よ。」

 

「とりあえず、アイヤナの捕まっていた女衒屋と奴隷扱いされたネイティブ風の人物の情報を集めてみた。するとヤクザ系の店や口入れ屋に妙な程人が流れてる。」

 

ヤクザとミツハマの繋がりは有名な話だ。

あたしはビリーにミツハマによるサーリッシュシーへの投資の話をする。

 

「なら、仕掛け人は間違いなくミツハマだな。そして、ミツハマとしては権益が取れたなら元の村人は重要ではないだろうな。仮に異議申し立てしてとSINもないわけだし。」

 

「大きく取り上げるには少し弱いわね。」

 

ビリーが頷く。

 

「表に出る資料はないだろうな。あと、面白い情報としてアイヤナがいた女衒屋はヤクザからも絶縁状食らっているらしいから、彼女が騒がなければ追われることはないだろう。」

 

これで目的は達成したが、何か腑に落ちない。

 

「そうね。明日話をしに行ってみるわ。ビリーも来る?」

 

「そうだな。せっかくだし一緒に行くよ。」

 

あたし達は翌日10時の待ちあわせを約束してコムコールを切った。

すっきりしない気分でグラスを傾ける。

何かできることはないのだろうか。

 

するとマオが猫のような笑みを浮かべて声をかけてくる。

 

「さっきのカウリッツ族の話?」

 

今の状況なら隠すこともないだろう。

あたしは頷く。

 

「今あそこにはミツハマ研究13課が行ってるわよ。」

 

「え?」

 

「美味しそうにカクテル飲んでくれた、お・れ・い。」

 

「あ、ありがとうございます? でも、なぜ?」

 

「ふふふ、いい女には謎がつきものだからね。」

 

タキガワさんは横で笑っている。

そういうことを聞いているのではないのだが。

 

「マオちゃんは嘘あんまり言わないから信用しても良いと思うよ。」

 

「ミツハマ研究13課が主でビジネスがついでだったりする可能性がある?」

 

あたしはボソリと呟く。

マオさんはその言葉を拾う。

 

「あたしも何の為かは知らないのよね。でも、13課の目的のために傭兵動かすくらいはあると思うわよ。さて、雑談はここまでにして次何飲む?」

 

呆然とするあたしに彼女は楽しげに笑う。

なんと言うか猫のように気ままな人だ。




ケイ・タキガワ
オリジナルキャラ、初出は同人誌『第六世界の歩き方』より。
SNEのシャドウランリプレイオマージュで出してみました。
https://booth.pm/ja/items/1873141

リプレイ動画ハックザホスピタルにも登場している。

https://www.nicovideo.jp/watch/sm33898303

ウエジェトレコーズ/Wejoto Records
オークのロック歌手、オクサーヌの起こした音楽会社。
ウエジェトはオーク語でオークの権利のための活動家を意味する。

ファンタスティックレマン
日本酒ベースのカクテル。

マイクロブリューワリー/microbreweries
化学合成により実際のアルコール飲料の味を再現した製品の総称。
元のアルコールに対してライセンス料を支払うとか。
『Parabotany』より。

マオ
オリジナルキャラ。
SNEのシャドウランリプレイオマージュで出してみました。

ミツハマ研究13課/MITSUHAMA RESEARCH UNIT 13
熱狂的な忠誠心を持った精鋭部隊であり魔法の専門家にしてトラブルシューターです。
そのメンバーは一騎当千であり、仲間を助けるために自身の身の危険すら厭わない。
『Street_Grimoire』より。


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継承したものの重さ

翌朝あたしは8時半にのっそりと目覚めた。

結局あの後あたしは三杯飲んでしまった。

ベッドに入った時間は思い出したくもない。

途中からマオさんも飲み始めてまるでガールズバーのような雰囲気になっていた。

タキガワさんも止めてなかったから本当に友達が遊びに来てただけなのだろう。

酔ったマオさんはタキガワさんに酷く甘えていた。どっちが年上かわからないというか、長年の友達だと一目でわかる中の良さだっな。

 

そんなことを考えながら準備をしているとマザーオブメタヒューマンのアンジェラからコムコールが掛かってきた。

 

「おはよう、ダニー。メールの件で連絡させてもらったけど、今大丈夫?」

 

アンジェラは良く眠れた声をしている。

あたしは寝起きのがさついた声で返事をする。

 

「早速悪いわね。このあと打ち合わせがあるから、今話を聞かせてもらえると助かるわ。」

 

アンジェラが少し笑っている。睡眠不足なのがばれたのだろうか。

 

「結論から言うとエルフへの反発はそれ程主流ではないみたい。メールにも書いていた鷹の爪部族のシャーマンがエルフで、カウリッツ族内部ではかなり慕われていたみたいね。もちろん、アンチ派もいるし、ティルタンジェルとの前線を担う武闘派に多いから危ない感じはあるわね。こんな話で良いかしら。」

 

アイヤナは慕われていたのね。確かに彼女からは人の良さが滲み出ていた。

 

「ありがとう。欲しかった情報だわ。また、仕事手伝わせて貰うわね。」

 

「ふふ、情報分の働き期待してるわね。」

 

彼女はそう言って、コムコールを切った。

 

あたしはアンジェラと話をしながらオートクッカーに濃い目のソイカフを入れさせる。いつまでも眠たい声をしているわけにはいかない。

そして、何とか予定の10時には、しっかりと目を覚ましレディゼルダの所に到着した。

昨晩に訪問する旨のメールは送信しており、朝のうちに承諾の返事も帰ってきているので、アポイントもバッチリだ。

 

ビリーとあたしが店内に入るとすでに2人は店内におり、レディゼルダがサイフォンを使ってコーヒーを入れている。

レディゼルダは飲み物に手間を惜しまない。

以前理由を聞いたら美味しい方が幸せな気分になれるでしょ?と当然のように言われ敵わないなと痛感したものだ。

今日のコーヒーも朝だからだろう。

 

「おはようございます。良い香りですね。」

 

レディゼルダがおっとりと微笑む。

 

「ふふふ、良い豆が手に入ったからお裾分けね。」

 

ソイカフではない天然のコーヒーとは。

 

「良い物をすいません。」

 

そして、あたし達はアイヤナの現状についての報告を行った。

一通り話し終わったが彼女は何かを考え込みながら、あたし達に礼の言葉を述べる。

少なくとも安心している訳ではなさそうだ。

 

「レディゼルダの意見を伺いたいのですが、あたし達の部族の土地がカウリッツ族の聖地だと言う話を聞いたことはありますか?」

 

レディゼルダは即答する。

 

「噂ぐらいかしら。もちろん、タリスレッキングでお邪魔したことがあるから普通の場所ではないと思っていたけど。」

 

何かを考え込むアイヤナ。

 

「北米西海岸に流れる竜脈の大きな物がフッド山、レイニア山、セントヘレナ山の溶岩ネットワークを中心に広がり、スー国のイエロースプリングの温泉のネットワークと連結しています。」

 

レディゼルダはそうねといった顔をしている。魔法使いにとっては常識なのだろうか。

 

「グレートゴーストダンスでは、この竜脈に干渉して大災害を引き起こしました。」

 

確かに今あがった山々はグレートゴーストダンスで噴火をしている。

 

「あたし達の領域はこの竜脈の結節点に当たるのです。なので、うちの部族は科学技術を遠ざけ、我々の私怨の為に荒らした竜脈を慰撫するため生きてきたのです。」

 

あたしにとって天変地異とは人の預かり知らぬ領域だと思っていたが、彼女にとっては違うのだろう。

 

「今の私は誰でもないアイヤナとして自由に生きることができると教えていただきました。反面、先代から引き継いだものを見捨てても良いのかという迷いもあります。」

 

レディゼルダが静かに微笑む。

 

「竜脈の管理者にお会いしたのは私も初めですね。正直なところ、あなたが後悔しなくても良いようにするべきだと思いますよ。少なくともあたしは、そう生きてきました。駆け落ちした時も、旦那の敵を討った時も。」

 

駆け落ちに敵とは、また不穏な話だ。

この人も波乱の中に生きてきたのだろう。

 

「決断することは御自身にしか出来ませんからね。この年寄りはその決断を手伝わせて貰いますよ。」

 

アイヤナはまだ迷っている、いや、考え込んでいるようだ。

あたしも素直な気持ちを告げるべきだろうか。

 

「あたしは社会のルールを変えたいと思ってる。これはルールを作る側と対立することで無力感に襲われることも多々あります。死にかけたことも1回や2回ではありません。」

 

アイヤナは真摯にあたしの言葉に耳を傾けている。

 

「だから、自分の身を第一に考えても良いと思います。」

 

「でも、ダニーさんは、それでも戦い続けていますよね。」

 

あたしは大きく頷く。

 

「許せないからです。他人を踏みにじって当然だと考える世の中が。だから、この身を賭けて挑んでいます。我ながら酔狂な話ですよ。」

 

苦笑いをする。

助けようとした相手から罵られたこともあるし、誰も助けることができずに死にかけたこともある。

それでも、引くことができないのは愚かと言われても否定はできないだろう。

 

「だからこそ、アイヤナの決断を尊重しますよ。そして、そのためのお手伝いもね。」

 

「北米が壊滅してから後悔するぐらいなら、ミツハマに喧嘩を売る方が楽かもしれませんね。」

 

グレートゴーストダンスの竜脈を守るためと言う言葉を旗印に、あたし達はミツハマと対立することを決定した。

あたしにできることなど、たかがしれている。

それでも、彼女の願いを叶え、弱者が踏みつけにされることに否と強く言える世界とするためにできることをしていこう。

 

とりあえず、ウルピアを巻き込むことにしよう。




龍脈/TYPE D: DRAGON LINES
『Parageology』より。
龍脈を描いた地図が載っていて面白いです。
5版のデータは『Street_Grimoire』参照です。

ちなみにグレートゴーストダンスとの関係や結節点に関する設定はオリジナルです。


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竜と竜の確執

あたし達はその後簡単な根回しだけを行い鷲の爪部族に関する放送を行った。

ミツハマが関与している証拠も手に入っておらず、あくまでも環境保護の側面からの主張をすることしかできない拙速な物だ。

とは言え投資が進み既得権を主張される前に動く必要があったため仕方のないことだった。

 

この放送が世間に与えた影響はほぼ皆無、もしかくはネガティブなものとなってしまった。

あたしもそうだがグレートゴーストダンスや竜脈の話がピンと来ず、アクショントリデオの設定だと認識されたり、酷い話では妄想扱いされたり、と散々たる状態だ。

あたしの視聴者の多くはメタヒューマンの人権に興味があるが環境にはそごまで興味がないのだろう。

今回の襲撃とミツハマの関与を関連付ける証拠があれば、少数派を殺戮し資源の独占を狙うというわかりやすい話になるのだが、その証拠が見つからないのだ。

ビリーやトロ吉の協力で状況証拠は揃うのだが決定的な証拠が足りない。

 

あたし達が手を出しあぐねているとマトリックスから意外な情報が飛び込んできた。

 

「ゼーダークルップ(SK)社がサーリッシュシーへの援助を表明。

本日SKはサーリッシュシーへの大規模な援助を表明しました。戦略統括部のブリオー部長によると、これまで北米の竜脈の安定化に貢献したサーリッシュシーの苦境を知り援助を決定したとのです。

この援助は半年前に壊滅した鷹の爪部族の復興支援を目的とし、最近存命が確認された同部族のシャーマン名義の復興支援財団として委託するものです。

同社CEOからは以下のようなコメントが出されています。これまでの我々の行動は他人の耕した畑のものを食べながら、その農地の管理者に敬意を払わないような不躾なものであった。我々はその反省から資金援助を行う物である。

その詳細については……」

 

あたし達は唖然とした顔でそのニュースを眺めていた。

 

「部族のシャーマンってあなた以外にもいるの?」

 

ふるふると子犬のように頭をふるアイヤナ。

 

「いませんし、初耳ですよ。ど、どういうことでしょうか。」

 

「偽物なのか、何らかの陰謀なのか。」

 

一体どういうことなのだろうか。

その時あたしのコムリンクが鳴る。

相手のコムコードは知らないものだ。

 

「はい?」

 

ARにはドワーフの男性が映る。

彼は髭を蓄えた40代のドワーフで、柔和な笑みを浮かべ仕立ての良いスーツに身を包んでいる企業の関係者だろう。

 

「突然の連絡失礼いたします。私はゼーダークルップのハンス・ブラックハウスと申します。」

 

あたしは慌てて通話を仲間たちのコムリンクと共有する。

彼は名乗ると同時に認証コードを送信してくる。

偽造されたものでなければ、彼がゼータークルップの社員であることは間違いなさそうだ。

ビリーが何かに驚いている。

知り合いなのだろうか。

 

「始めまして、ブラックハウスさん。どうやって私の番号を?」

 

ブラックハウスは申し訳なさそうな顔で言葉を返す。

 

「これは失礼しました。弊社のCEOがシアトルにいらっしゃる友人のウルビア様より伺いました。女性への突然のご連絡配慮が足りず申し訳ございません。」

 

あたしの視界にビリーからのメッセージが届く。

 

「ハンス・ブラックハウスはゼーダークルップのジョンソンが好んで使う名前だ。噂ではロフビルが好んで使う偽名でもあるらしい。」

 

シュレディンガーのロフビルとか、笑えない冗談だ。

とりあえず、ウルピアに連絡先を教えたか確認のメールを打とう。

 

「いえいえ、ウルピアが連絡していてくれれば良かったのですが。ところで、どのようなご要件でしょうか?」

 

アイヤナ絡みなのだろうと思いながら問いかける。

 

「実は弊社のCEOがサーリッシュシー関係のウエスト様の放送を拝見して大変感銘を受けております。つきましては何かお手伝いできることはないかとご連絡差し上げた次第でございます。」

 

何の意図があるのだろうか。あたしもかのゴールドドラゴンから評価されていると自惚れる程おめでたい性格ではない。

狙いはアイヤナだろうか。

アイヤナが手元に文字を書く。

 

「先程の報道の件を確認してください。あたしのことは気にしなくて大丈夫です。」

 

ふむ。

 

「天下のゼーダークルップからお話をいただけるとは光栄です。もしかすると御社から出されたプレスリリースに関係のある動きなのでしょうか。私と協調しているシャーマンのアイヤナは聞いていないとののとなのですが。」

 

ブラックハウスは大仰に頷く。

 

「おお、すでにご存知でしたか。本来はアイヤナ様の了承をいただいてから公表するつもりでしたが、広報部がCEOの指示を受けて勇み足を踏んでしまいまして。」

 

そう言うことになっているのだろう。

 

「大企業ですと仕方のないことですね。それで私にはアイヤナを紹介して欲しいと?」

 

「そうですね、ご紹介いただけるようであれば、弊社からの支援をお約束いたします。確実なところでは資金援助やサーリッシュシーとの交渉への協力、場合によってはミツハマを企業法廷へ提訴することまで視野に入れて調整しております。」

 

アイヤナが大きく頷く。

 

「ちょうど横にアイヤナもおりますので、通話に加わって貰いますね。」

 

「アイヤナと申します。過分なお話ですが、私には何も返せる物がございませんが。」

 

「プレスリリースでも申し上げた通り我々は滞納していた賃料をお支払いしたいだけですので、何かを要求するつもりはございませんよ。また、村の方が不当な人身売買の犠牲に合っていると聞いておりますので、その救出もお手伝いいたしましょう。」

 

アイヤナは確かに覚悟を決めたようだ。

 

「わかりました。そのお話お受けさせていただきます。」

 

「それは良かったです。我社のCEOに失敗を報告するのは命がけなものでしてね。詳細は改めてお打ち合わせさせてください。」

 

「承りました。」

 

そして、ブラックハウスは朗らかに笑う。

 

「さて、ウエストさん。今回の件でお役に立ちそうな情報がございましたので共有させていただきますね。こちらの資料はナイトエラントにも提供しておりますので活用するのであれば鮮度の良いうちにどうぞ。」

 

彼はそう告げるとデータと今後の連絡用のアドレスを伝え通話を切った。

資料はあたし達がどうしても見つけることのできなかった今回の襲撃犯とミツハマを繋ぐ金の流れを示す資料だった。

この資料とあたし達の集めた状況証拠があればミツハマに疑義を挟むことぐらいは可能だろう。

あたしはそのあとナイトエランとの軍曹に話を聞くと同じ資料がゼーダークルップより提供されており、ナイトエラントはこの資料を事実として捜査に乗り出すようだ。

一応あたし達が握っている資料も提供しておいた。

 

あたし達は緊急放送を行うことになった。

ゼーダークルップの支持表明もあり、また人身売買にメガコーポが関係している疑いもあり、なかなかの波紋を投げかけることができた。

これを受けてミツハマの支援は一旦ペンディングとなった。

これからが長い戦いの本番となるだろう。

ゼーダークルップの意図に踊らされているのは不満ではあるが、理想だけでは生きていくことはできない。

 

少なくともアイヤナは部族のシャーマンとしてサーリッシュシーに帰っていくことになった。

簡単に決着は付かないだろうが、少なくとも彼女は晴れ晴れとした顔で旅立っていった。

 

あたしはあたしの戦いを進めるために気合を入れ直すのであった。

 



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閑話:うさぎとニンジャの血煙の日々
2075年6月11日 UCAS シアトル ダウンタウン ザエッジ


こちらは閑話となりますので、三人称視点で話を展開させていただきます。


シアトルダウンタウンの北部、エルフ地区。

エルフ地区は激怒の夜の後、エルフやドワーフ達が自然に集まり形成された地区だ。現在でもエルフが多く住み家々にはエルフ風の彫刻が散見される。

北部にユニオン湖などの自然を多く持つサウスレイクユニオンを持ち、東にはダウンタウン屈指の高級住宅街にして、セレブご用達の店が並ぶキャピタルヒルを持つ。

このような立地であることもあり、エルフ地区には落ち着いた雰囲気のエルフ向けの店舗が並んでいる。

 

そんなエルフ地区にある高級レストラン、ザエッジは山間の別荘のような落ち着いた雰囲気のレストランだ。

背の高い樹木に覆われた敷地は外部から見ると鬱蒼と見えるが、中に入ると木々が外部の騒音を遮断し閑静な雰囲気を醸成している。また、随所でプランターに植えられた季節の花々が目を楽しませる。

今日のように晴れた日は穏やかな日差しを浴びながら食事かできるパティオも人気があり、落ち着いた服装に身を包んだエルフ女性がランチを楽しんでいる。

そんな店舗をエルフのウェイター達が忙しげに、されど優雅に動き回っている。

 

そこに入店してくるのはヒューマンの女性だ。雪花石膏から削り出したような白い肌に、今日のシアトルの空を映したような蒼い瞳、サラサラと陽の光を反射する金の髪。1つの芸術品のように美しい女性だ。

美形が多いエルフを見慣れている他のマダム達も、その顔には嫉妬ではなく感嘆の感情が浮かんでいる。

彼女はウェイターに声をかける。

 

「ロマノフと申します。ブラックハウスさんの名前で予約をしているはずなのですが。」

 

「ロマノフ様お待ちしておりました。ブラックハウス様はすでにお付きです。こちらにどうぞ。」

 

手慣れた雰囲気でロマノフを席に案内する。

案内された席には40代のドワーフで、髭を蓄え柔和な笑みを浮かべた男が座っている。身に着けるスーツはセーダークルップのオリジナルブランドのオーダースーツだ。

 

「遅くなり申し訳ございません、ブラックハウス様。」

 

ブラックハウスは鷹揚に頷く。

 

「何、私がルドミラの流儀に合わせただけよ、気にするな。」

 

しかし、その目全く笑っていない。

まるで爬虫類のような冷たい瞳を見て、マリア・ロマノフは今目の前にいるのが顔馴染みのジョンソンではないことに気づき、わずかに体をこわばらせる。

 

「ご無沙汰しているにも関わらず大変な失礼を。」

 

ブラックハウスは大きく手をふる。

 

「くどい。」

 

ブラックハウスはマリアに机の上に置かれた紙のメニューを手渡す。

 

「メニューを選ぶのだ。どれを見ても今ひとつ食欲をそそらんのでな。」

 

「承りました。」

 

マリアはメニューを受け取るとウェイターを呼ぶために鈴を鳴らしオーダーを行う。

ザエッジはアジア料理とネイティブアメリカン料理をベースにしたベジタリアンメニューしかおいていない店だ。

肉好きでは、あまり食指は動かないことだろう。

それを踏まえたうえでマリアが今は亡き恩人であるルドミラが彼のためにオーダーしそうなメニューを選択していく。

 

何故、彼がこの店でマリアとの会合を望んだのかをやっと理解したの。

 

オーダーに従い食前酒としてティルタンジェル産のワインがすぐに出される。

これもルドミラの好んで飲んでいた銘柄だ。

 

「あの者ぐらいだ私に野菜を食べろなどと言ってきたのは。何が本当に美味しい野菜をご案内しますだ。」

 

「彼女はこの店が本当に好きでしたからね。」

 

「野菜が美味しいかどうかで何か賭けをする予定だったが。まったく愚弟のせいで予定は狂いっぱなしだ。」

 

マリアはルドミラの最後の作品として今日呼ばれたのだろう。

ブラックハウス、いや、ロフビルが暗殺された自分の腹心を悼むために。

 

「なかなかに儘ならぬものです。」

 

ロフビルがその鋭い目をマリアに向ける。

 

「アストラルのバランスも安定しているようだな、問題はないか。」

 

「はい、特段の問題はございません。」

 

「ならば、仕事を頼みたい。」

 

一人の日本人の画像データと経歴資料がロフビルからマリアに送られる。

日本のヤクザ渡田連合に所属するヤクザだ。

ミツハマの要請に従い現在はシアトルにいるらしい。

 

「この男を?」

 

ロフビルは鷹揚に頷く。

 

「うむ。報酬はいつも通り支払う。護衛に日本から鬼道衆の忍者を連れている。」

 

それまで穏やかな笑みを浮かべていたマリアが艶やかに笑う。

 

「私に相応しい仕事感謝いたします。」

 

マリアがそう口にした時に前菜のサラダがテーブルに供される。

ロフビルは雑用が済んだ、さて本題に入ろうか、そんな風情で言葉を放った。

 

「さて、では肉よりも美味なる野菜とやらを食そうではないか。」

 

その言葉に応えるマリアは再び穏やかな笑みを浮かべている。

まるで、先程の艶やかさなど幻影であったかのように。




ザエッジ/The Edge
『Seattle 2072』より。

ハンス・ブラックハウス/Hans Brackhaus
『Street_Legends』より。
この名前自体はゼーダークルップのジョンソンが好んで使う偽名。
今回の話ではゼーダークルップのCEOであるロフビルが化身している。

ルドミラ・レンカ/Ludmilla Reanka
シナリオ集『Jet_Set』および『Storm Front』より。
ティルタンジェルのポートランドを拠点に北米の全業務を統括していたエルフ女性。
身体改造中毒でその外見は常に19歳であった。
ロフビルの弟であるアラメイズが雇ったランナーにより暗殺される。

鬼道衆/ONI-DO
Shadows of Asiaより。


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2075年6月12日 UCAS シアトル フォートルイス フォートルイス動物園

良く晴れた夏の動物園。

平日ということもあり人が少なく、どこかのんびりとした雰囲気がある。

マリアはそんな動物園を1人歩いている。

その装いは胸本にレースをあしらったノースリーブの淡い青のブラウス、しじら織のゆったりとした翠のパンツ、パフスリーブになった白のオーガンジーのワンピースを羽織り、足元はゼーダークルップ製のウォーキングシューズと言った具合だ。

蜂蜜色の髪はポニーテールにまとめ、さながら黄金の噴水のようだ。あらわになった耳元ではデフォルメされたゴールド製ドラゴンのイヤリングがその尖った耳に揺れている。

動物園で歩くけどオシャレしてきました。そんな風情だ。

 

彼女がここに訪れたのは今回のターゲットであるヤクザ、綾小路是清に関する情報提供者と会うためだ。

綾小路は性風俗の人材斡旋をしているらしい。客の要望にあった男女を合法非合法問わずかき集め斡旋する。

そんな人物が体力の有り余る軍人に目をつけたのは必然であり、彼はこのフォートルイスで隠然たる力を持ちつつあった。

ところが綾小路は非合法に人を集める際の調査を怠った。

その結果スリルを求めてバーレーンで遊んでいたゼーダークルップの研究者を誘拐し性風俗での仕事を強要したのだ。

この暴挙に怒りを見せたのがロフビルである。

件の研究者はすでにゼーダークルップのアサルトチームにより救出されているが、そのまま許される訳もなく、ロフビルは綾小路の組織の壊滅と綾小路殺害のためにランナーを動かしたのだ。

研究者救出にゼーダークルップが動いた時点で状況に気がついた渡田組は綾小路の暴走であるとし彼を破門。

更に組としてゼーダークルップへの協力を約束した。渡田組の全面降伏である。

面子を通して対立を深めたところでミツハマの支援は期待できず、富士の御大はロフビルと対立する意思はない。

かくして、トカゲの尻尾をドラゴンが飲み込むことになったのだ。

 

マリアが怪しまれない程度に動物を見ながらそぞろ歩く。

待ちあわせ場所は山地エリア近傍の休憩スペースだ。

約束の時間は昼の12時であり、少し早めに到着できそうな状況である。

 

「やあ、ミスジョンソン。」

 

背後から彼女に声をかける憲兵が1人。

声をかけてきたのはUCAS陸軍の憲兵の制服を着た優男だ。

緩やかにウェーブした黒髪に、優しげな微笑を浮かべた彫りの深い顔立ちの男性だ。

その動きは俊敏で見る者が見れば良くトレーニングされた軍人であるとわかるだろう。

 

「あなたがアセットね。よろしくね。」

 

「アセットと言うよりは共犯者かね。別に内部資料流出させるわけでもないしな。」

 

肩をすくめる男性。

 

「どちらでも良いわ、ミスタージョンソン。我々はどこに行けば良いのかしら?」

 

スルリと男性と腕を組んで歩き始めるマリア。

 

「だな。この動物園の裏にある軍の倉庫が根城として使われてる。本当は正面から踏み込みたいところなんだがな。」

 

「あなた方の事情はどうでも良いわ。セキュリティは解除できるの?」

 

苦々しく男性が言葉を返す。

 

「正規のネットワークからは切り離されている。見かけ上のセキュリティは存在するが実際のセキュリティは独立している。まあ、逆にセキュリティを踏んでも正規軍が動くことはない。」

 

マリアは軽く頷く。

 

「朗報ね。何か他にある?」

 

男からマリアにアドレスが届く。

 

「報酬は支払う。奴がうちの上と繋がってる資料を抜いてもらえないか?」

 

軽く手をふるマリア。

 

「それはあたしの仕事じゃないわね。私の飼い主と相談してもらえるかしら? あたしは単なるジョンソンですから。」

 

どうせセキュリティは制圧する必要があるのだ。データを抜くぐらい問題はないはずだ。

しかし、マリアは自身を暗殺者であると位置付け、それ以外は些事として割り切っている。

故に普通のランナーであれば美味しい小遣い稼ぎを歯牙にもかけない。

その後、男とは襲撃時間の軍の警備に穴を空ける約束などを交わし別れることにした。

 

別れてすぐにハンス・ブラックハウスから情報回収の依頼が来た。今回のブラックハウスはドワーフのブラックハウスのようだ。

どうやら先程の憲兵は内部の掃除をするためにゼーダークルップのアセットになる決心を固めたのだろう。

 

マリアはこれからの襲撃の為に近くに待機している仲間達へと連絡を取る。

 

かくして、殺戮ウサギの草刈りの時間が到来する。

 




アセット/asset
スパイや情報提供者のこと。
英語の資産からきていると思われる。


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2075年6月12日 UCAS シアトル フォートルイス ジョイントタスクフォース雑品倉庫

そこは動物園から少し離れた場所にあるジョイントタスクフォースの倉庫だ。

このフォートルイスに陸軍基地ができたのは古く南北戦争にまで遡る。

そして時代に合わせて解散や再結成などを繰り返した結果施設としては存在しているが使用されていない、管理されていない施設が無数に生まれることになる。

当然、そのような施設に目を付けるのは犯罪組織や小銭欲しさに不正を行う軍人だ。

かくして倉庫はヤクザの経営する非合法な娼館になり果てた訳である。

外観は年季の入った赤煉瓦の建物でちょっとした野球場程度の大きさはある。

元は軍需倉庫であるため天井は高く普通の家屋なら3階建て程度の高さはあるだろうか。

 

その周辺15m程度の範囲は舗装された道路が通っている。元は軍用車両がすれ違えるように設計をされたのだろう。

その周りには鬱蒼とした森が鎮座している。

 

その建物に近づく奇妙な人影が1つ。

一見すると、テロリストか銀行強盗か。

可愛らしいフリルのついたアーマージャケットを身に纏い、足には黒いマット素材の脚絆とゼーダークルップ製のランニングシューズ。顔に目を向ければ無骨な防弾マスクに完全に覆われている。

アーマージャケットの袖口から覗く手には無骨なゲッコーテープグローブをはめている。

マリアだ。この姿であればボーパルバニーとストリートネームで呼ぶ方が通りが良いだろうか。

黄金竜子飼いの殺戮ウサギとしてストリートで噂されるランナーだ。

 

倉庫の周りには監視カメラが仕掛けられているがスタンドアローンのシステムだ。ボーパルバニーの仲間のデッカーにかかれば制圧するのは児戯に等しい。故に彼女は気にもとめない。

ボーパルバニーは森林からトップスピードで建物に向かい地面を蹴り上げる。

その身はまるで体重がないかのように倉庫の一階の軒先の上に着地する。

そして、スルスルと壁面を登り屋上に出る。

しばらく屋上を歩きお目当ての排気口の上部で足を止める。

 

ベルトにマイクロワイヤーをとりつけ適当な構造物にワイヤーを巻きつけると屋上から眼下に身を吊り下げ排気口の入口を指に仕込んだモノフィラメントウイップでこじ開ける。

 

するりと排気口より倉庫内に入ると年季の入った梁と、その下に新しく作られたと覚しき屋上がある。

どうやら、綾小路は倉庫をリフォームするのではなく内部にユニット型の建物を建てたのだろう。

建物自体は簡易的な野戦陣地構築用のユニットだ。これも軍の横流し品だろう。

元々消耗品として設計されているものだ。大して頑丈な代物ではない。

とは言え、簡単に壊れては陣地としては使えない。彼女はその細身からは信じられないような膂力でサバイバルナイフを屋根に突き立て、まるで紙を剥がすように屋根をこじ開けていく。そして十分な隙間かできるとスルリと音もなく室内へと滑り込む。

室内は綺麗に整えられたビジネスホテルといった風情だ。いくつかあるスタンドアローンのセキュリティカメラはすでに無効化されている。

ボーパルバニーはまるで音も立てず滑るように歩を進める。

ターゲットはこのフロアの奥にいる。

警備のために確保されている鬼道会の忍者は3人。中忍1人と下忍が2人であると聞いている。

 

廊下に響く音は部屋からの男女の嬌声のみ。

その中を歩くボーパルバニーは無音。

さぬがら、悪夢の産物のようだ。

 

もう、綾小路の部屋は目の前だ。

にも、関わらず鬼道衆は姿を現さない。

綾小路の護衛として配置されているのだろう。

その事実に気づきボーパルバニーはうっすはと微笑む。

 

そして、これまでの隠密行動を無にするかのように息を吸い唄う。

マリアの柔らかく人を安心させるような声が声紋変調器を通ると、まるで錆びた蝶番のような不愉快な不吉な声へと変える。

その声に合わせ、彼女はその身を加速する。

 

「ボーパルバニーに気をつけろ聖杯探索の騎士様たちもコイツ一匹に壊滅だ」

 

室内の嬌声には変化はない。

皆自分のお楽しみに夢中なのだろう。

 

「跳んで跳ねて転がって剣を振っても銃を撃っても当たりゃしない斬られて刈られて刎ね落とされて哀れ頭と胴が泣き別れ」

 

綾小路の部屋の雰囲気が変わる。

不審な歌声に気がついたのだろうか。

 

「ドラゴンには手を出すな

ボーパルバニーに気をつけろ

ソイツに会ったらサヨウナラ」

 

歌いだしに合わせて走り始めたその肉体は加速し扉に到達するときにはトップスピードに達する。

その勢いのまま彼女は綾小路の部屋の扉を叩き開ける。

この扉だけはコムリンクにスレイブ化されている。コムリンク含めて制圧済みであり、扉のロックは解除済みだ。

データは今回収中だろう。

 

室内は4m四方のこじんまりとした執務室だ。

扉の正面には合成マホガニーの机が置かれ、その奥には日本人のヒューマンである綾小路が座っている。

ボーパルバニーと綾小路の間にはSCKモデル100を構え、ブラックジャンプスーツにゴーグルのトロール男性が2人。その胸元には墨蹟鮮やかに書かれた鬼の文字。

鬼道衆の忍者で間違いないだろう。

扉の右横に書類が積まれ、湯気を上げるソイカフェのカップが置かれた無人の机が置かれている。

ボーパルバニーは室内を一瞥すると一切速度を落とさず綾小路に対して疾駆する。

2人の忍者は決して気を緩めていた訳ではない。しかし、ボーパルバニーの動きはあまりにも早く忍者達が腰に下げた刀を抜き放つ暇すら与えない。

そして2人の前に到達したボーパルバニーはまるで本物のウサギのように宙を駆け、空中でその身を回転させ綾小路の背後へと降り立つ。

 

完全に虚を突かれた忍者達はウサギの姿を完全に見失い対応することすらできない。

 

いや、1人だけ、その動きを追えた者がいる。

入り口脇の机の横に忽然と1人のヒューマンが姿を現す。

なんという卓越した隠形術であろうか。

恐らくボーパルバニーの歌声を耳にした時点でその身を隠したのだろう。

 

そのヒューマンはその肉感的な体と暴威のような筋肉をタイトなパンツスーツに押し込んだ美女だ。

いや、そのような破壊的な筋肉がヒューマンに身につけられようはずはない。ヒューマン風の外見に整形したオークであろうか。

 

彼女はその豊満な胸元から手裏剣を取り出す。

手裏剣の真ん中には鬼の文字が!

彼女こそ鬼道衆の中忍のクノイチなのだ。

 

クノイチは暴威なる筋肉と魔力によりその手裏剣を投擲する。

その手裏剣はスナイパーライフルに匹敵する加速と精密さでボーパルバニーを襲いかかる。

 

ボーパルバニーが彼女に気がついたのは幸運によるものに過ぎない。

宙を舞う中で偶然その姿が目に入ったのだ。

しかし、幸運は続かない。その手裏剣は気づいたからと言って避けることのできるような代物ではなかった。

ボーパルバニーはかろうじてバックステップを掛けることで衝撃を逃し、半身をひねることで装甲の分厚い場所を当てる。

それだけの対応をしてとなお、その運動量は破壊的であり、ボーパルバニーの肉を切り裂き、その動きを鈍らせる。

 

その隙きを逃すまじとサイバー化された2人の下忍は手に持ったサブマシンガンを咆哮させる。

しかし彼らは鍛錬が足りない。

バーストファイアによりばら撒かれる弾薬をボーパルバニーはあえて装甲の分厚い部分に当てることで弾く。弾丸の雨をかいくぐり無人の野を行くかのように。

 

この暴力はボーパルバニーを押し留めるには力が足りない。

彼女は先程下がった距離を踏み込む。同時に指先に隠されたモノフィラメントウイップが横薙ぎに綾小路に襲いかかる。

綾小路は命を繋ぐためだけに全力でその白閃を避けようとするが、酒と女で濁ったその肉体は必死の思いに応えず両断される。

 

モノフィラメントウイップに絡まる血煙は周囲が赤く煙らせる。

 

護衛対象の死亡は互いにそれ以上の戦闘行為の意味を喪失させる。

されど、彼らは鬼道衆。

メタヒューマンを隔離する為の火山島たる黄泉島での生存を目的として創設された攻性の流派。

故に任務失敗の原因を始末せずに引くことは許されず、万が一見逃せば良くて切腹である。

 

彼女達に撤退の選択肢はない。戦って生き延びるか、戦わずして死ぬかである。

 

「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」

 

掛け声一閃、クノイチの手裏剣がボーパルバニーに放たれる。

決死の一撃として放たれた手裏剣は渾身の勢いでボーパルバニーに襲いかかる。

しかし、再度幸運を味方にしたのはボーパルバニーだ。

絨毯の長い毛足により、ほんのわずかにクノイチの踏み込みがずれる。

達人同士のやり取りにおいて、このわずかな差が生死を分ける。

ボーパルバニーは相対した手裏剣を交わすために身を翻し前へと踏み込む。

轟音を轟かせながら襲いかかった手裏剣はボーパルバニーの袖だけを切り裂き背後の壁を吹き飛ばす。

 

そのままボーパルバニーはクノイチへの距離を詰めモノフィラメントウイップを一閃。

その一撃はクノイチを斬り裂くものの命を刈り取るには到らない。

更に一閃。

クノイチが動く前にさらなる白閃が彼女を切り裂く。

この連撃に耐えうる力は流石に無く、クノイチは物言わぬ躯となり倒れ伏す。

 

下忍達はサブマシンガンを捨てると忍者刀を抜き斬りかかる。

自身の連携に掛けた判断なのだろうが、相手が悪かった。

刀の間合いはボーパルバニーの間合いだ。

数秒後には下忍達も倒れ伏していた。

 

ボーパルバニーは自らの切り捨てた死体には一瞥もせず綾小路の死体へと近づく。

無造作に彼のコムリンクを拾い上げると無造作にタグイレーサーをかけ掃除をする。

 

そして、振り返りもせず出口に向かい駆ける。

館内には銃声を聞いて慌てて飛び出しボーパルバニーに襲いかかるもの、怯えの気配を漂わせ室内に籠もるもの、我関せず嬌声を響かせ続けるもの、混沌とした領域となっている。

彼女は邪魔するものは切り捨て、他は無関心に出口に向かう。

その過程で最近知り合いになったお人好しのジャーナリストの顔が浮かぶ。

彼女は普段のマリアとして振る舞う時のように柔らかく微笑み自らのデッカー、いや執事に通信を開く。

 

「パーカー。この建物に放送設備はあるかしら?」

 

「元々の設備としてのスピーカーは備え付けの物がございます。」

 

マリアが頷く。

 

「では、綾小路が死に、今囚われている者は自由だと呼びかけをお願いします。」

 

虚をつかれたような一瞬の間を挟みパーカーは言葉を返す。

 

「承りました。」

 

その言葉を聞くとマリアは通信を切り背後を一瞥することもなく走り抜ける。

 




臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前
九字切が公式の掛け声というわけではありません。


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2075年6月12日 UCAS シアトル フォートルイス サウナ&ホリスティックレストセンター

マッコード空軍基地にほど近い場所にある高級スパ、フォートルイス・サウナ&ホリスティックレストセンター。

杉の木で作られたサウナや岩盤浴、そして全身マッサージやヘアトリートメントを含むフルセットのスパメニューで人気のあるスパだ。

 

ジョイントタスクフォースの倉庫をでたマリアは侍女のアデーレと合流し、ここに来ていた。

戦闘で得た傷の手当はすみ、その傷はすでにほとんの治っている。

彼女たちはここの常連であり、エステメニューが彼女達の美しい肌や髪の毛を支えているのだろうか。

 

今は2人ともシャワーを浴びて汗を流し、素肌の上に天然素材のバスローブを羽織っている。

楽しげに話しながら歩く様子は仲の良い姉妹か友人のようだ。

 

「アデーレは心配のしすぎですよ。」

 

アデーレが大きくかぶりをふる。

 

「何を言うのですかお嬢様。うまく衝撃はいなせていましたが普通なら即死するような打撃です。後でウェアに不具合が出たら致命的なトラブルになります。」

 

マリアはクノイチから放たれた手裏剣を思い出し身震いする。

 

「確かに今思い出しても恐ろしい一撃でした。完全に不意をつかれていたら助からなかったでしょうね。」

 

「だからこそ、メンテナンスを怠ってはなりません。仮に気がついても不調があれば後れを取ることになりかねません。」

 

マリアは渋々と言った風情で頷く。

 

「わかりました。とりあえず今日は検査だけをして、食事にしましょう。」

 

アデーレは我が意を得たりと頷く。

 

「もちろんです。レストルームに食事を用意するように手配しております。しっかりとした物が食べたいかと思いましてNAN料理を手配しました。」

 

マリアが微笑む。

 

「良いですね。バッファローのステーキを食べたい気分です。」

 

アデーレは綺麗に頭を下げる。

 

「それはようございました。では、私は準備をしております。」

 

「ふふふ、お願いね。次のお肌のメンテナンスは一緒に受けるわよ。」

 

「かしこまりました。」

 

マリアは1人エステルームへと入る。

ここのスパには1つ大きな秘密がある。

本当に資産を持つVIPに対してのみ提供されるサービス。

それは身体改造クリニックが地下に隠されているのだ。

もちろん非合法のクリニックだ。

しかし、ターゲットが富裕層である、ここのクリニックはうらぶれたストリートのクリニックとは違う。

施設は大病院と高級ホテルを足し合わせたような豪勢なものだ。

その入り口がエステルームの奥に隠されている。エステとして身体改造の時間と秘密を確保するのだ。

 

マリアは慣れたものでありエステルームの奥でエステシャンとして登録されているストリートドクの案内で地下へと進む。

エステシャンは怜悧な美貌のエルフ女性だ。ドクターとしてもエステシャンとしても腕の良い人物だ。

 

「ドクターすいません、急なお願いをしてしまいまして。」

 

ドクターは楽しげに笑う。

 

「構わないわよ。トラブルは早めに見えたほうが対処は楽だからね。」

 

マリアがドクターの顔を見て、少し懐かしそうな顔をする。

 

「どうしたの?」

 

「いえ、レアンカにも昔同じことを言われまして。」

 

ドクターが苦笑する。

 

「いとこだから、似るのかしらね。さあ、ベットに寝て状態を見せてちょうだい。」

 

ドクターは怪しく微笑みマリアをベットへと誘う。

マリアはバスローブを脱ぎ一糸まとわぬ姿でベットへと横たわる。

ベットに周りに設置された様々なセンサーがマリアの状態をスキャンし、並行してオンライン状態のサイバーウェアがレポートを提出する。

そのような状態が10分程度続いただろうか。

ドクターが口を開く。

 

「データは取れたわ。ざっと見た限りだと緊急性の高いトラブルはないわね。でも、ゴリラと格闘戦でもしたの? 骨格補綴の疲労度が跳ね上がってるわ。」

 

マリアは楽しげに笑う。

 

「メタ差別で訴えられるわよ、ドクター。あたしがやりあったのはオークのお嬢さんよ。」

 

「あたしとしたことが失言をしたわ。こんの打撃を何回も受けたら内部破損もあり得るわ。ナノマシンでの補修プログラムが最近開発されたけど、試してみない?」

 

マリアは肩をすくめる。

 

「リスクがなければ。」

 

「リスクのないものなんか存在しないわよ。でも、リスクはオペと同程度っていうポメリャ公国で開発されたばかりの技術よ。」

 

「では、また時間のある時にお願いしても良いかしら。今はナノマシンよりも食事が欲しいのよね。」

 

ドクターは楽しそうに笑う。

 

「カロリーを取らないと治るものも治らないわね。またメールするわ。」

 

そう話すと2人は再び地上へと上がり別れた。

簡単なエステを受けた客とそのエステシャンのようにして。

 




フォートルイス・サウナ&ホリスティックレストセンター/Fort Lewis Sauna/Holistic Center
Seattle 2072より。
ちなみにアメリカでは日本のスーパー銭湯は韓国風スパと呼ばれる模様。

ポメリャ公国/Duchy of Pomorya
ドイツ連邦共和国(AGS)内部の公国。
バルト海沿岸にありエルフの公爵家3つにより支配されている。
ちょこちょこ出てきているルドミラ・レアンカの所属していたレアンカ家は、この3家の1つ。
バイオテクノロジーなどで有名。


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2075年6月13日 AGS エッセン ゼーダークルッププライム

世界一の売上を誇るメがコーポ、ゼーダークルップ。

その本社であるゼーダークルッププライム。

世界中の支社で意思決定は無数に行われているが、重要な決済やロフビルが特別に興味のある案件については、この場所から指示が送られる。

しかし、いくらロフビルが天才的な頭脳と長期的な視野を持つとは言え世界中のゼーダークルップの活動を事細かくに指示することはできない。

このため、ロフビルが決裁するまでもない些事を処理する部署が必要となる。戦略策定部、ここはそう呼ばれている。

ゼーダークルッププライムを取り回すロフビルの両翼が所属する部署だ。

 

ロフビルの片翼たる戦略策定部部長、ジャン・クロード・ブリオーはいつものように苦虫を噛み潰したような顔で世界中から集まってきたデータを分類している。

ブリオーはヨーロピアンフォーマルスタイルに灰色の髪を整え、スリーピースのスーツをダンディに着こなしている。

ブリオーはカリスマ的でもなく、皆に好かれている訳でもない。されど、企業法廷の判事長を長年務め、その影響力はヨーロッパに置いて未だに根強いものである。

国際政治や企業間政治の場では、その影響力は無視できない存在だ。

 

その執務室に無遠慮に入ってくる男が1人。ロフビルのもう1枚の片翼、ドミトリー・バイチクだ。

バイチクはスキンヘッドに豊かな口髭、丸眼鏡をかけた長身のロシア系男性だ。しかし、長身を丸めた姿勢と、「人生はくそげー!」と日本語で書いたTシャツ、オーバサイズのデニムパンツにより驚くほど威圧感を与えない人物だ。

ゼーダークルップの服務規程に衣服に関する項目はない。成立当初旧クルップ工業やBMW出身者が衣服の条項を求めたが、ロフビルの一言で流れた。

つまり、「私も普段から衣服の着用が必要ということかね?」の一言だ。

ロフビルにとって結果こそ全てであり、衣服の管理などの無駄な煩わしさを望まなかったのであろう。ロフビルのこの考え方はゼーダークルップ全社に敷衍されており、世界一メタ差別の少ないメがコーポがゼーダークルップであることは、その現れの1つだろう。

ブリオーかゼーダークルッププライムの表の顔であるとすれば、バイチクは裏の顔だ。マトリックスリサーチに始まり、諜報防諜、ランナーを用いた突貫と抽出までを取りまとめる。

 

「爺さん、爺さん。」

 

バイチクが気楽にブリオーに声をかける。

ブリオーは元から刻まれている眉間の皺を更に深くしバイチクに視線を向ける。

 

「何度も申し上げますが、私はあなたの祖父ではありません。ヘル ブリオーと呼びなさい。」

 

まるで謹厳な祖父と奔放な孫のような会話を交わす2人。

 

「ああ、気をつける。そんなことよりも、こいつの件だ。」

 

バイチクは1つのニュースフィードのアドレスを送信する。

ブリオーが開くと、それは北米の人権派メディアレポーターの番組だ。高速再生をしながら、ブリオーはバイチクに視線で続きを促す。

 

「ミツハマの連中が北米の竜脈への干渉をしようと動いているようだ。放置すればビッグボスのランチメニューになりかねん。」

 

「ふむ。サーリッシュシーには援助を、ミツハマには抗議声明はすぐに出せますが、アサルトチームを派遣するには大義名分が足りませんね。」

 

バイチクが小刻みに頷く。

 

「当たり前だ。今はコーポレートウォーを楽しくドンパチできる時代じゃない。」

 

当たり前のことを口にさせるな、そんな苛立ちすら交じるバイチク。

 

「なので、このジャーナリストを使う。どうやら、ミツハマは土地を手に入れるためにヤクザのアサルトチームを動かしたらしい。この、ジャーナリストはそこに元から住んでいたシャーマンを保護しているようだ。」

 

報道を最後まで確認したブリオーが口を開く。

 

「確かに訴求力はありそうなレポーターですね。しかし、今回の件このレポーターは証拠が揃っていないのではないですか。証拠があれば、このようなミツハマの影を匂わせる報道ではなく断言をすると思うのですが。」

 

「ふふふ、そう言うと思ったぜ。この天才テクノマンサーたるバイチク君の手元には何故かヤクザを動かす際にミツハマから流れた支払いの証拠があるのさ。」

 

僅かながら驚きを現すようにブリオーの眉があがる。

 

「あなたは、そんな些事に動ける程暇ではないでしょう。何かのデータに資料が紛れていたのですね。」

 

つまらなそうな顔のバイチク。

 

「ちっ、面白くない。その通りだよ。うちのお嬢さん攫ったヤクザ潰した時に偶然出てきた情報だ。」

 

「それなら表向きの発表については、私の方で行いましょう。」

 

「頼む。俺は北米のエージェントを動かして対応させる。」

 

ポソリとブリオーが呟く。

 

「フラウ レンカがいれば私達が北米案件を対応する必要もなかったのですけどね。」

 

「と言うか、手を出したらクレームだろう。あたしのシマに手を出すなって。」

 

「人格に難はありましたが、優秀な人でしたね。」

 

「全くだ。じゃあ、爺さん表向きの対応は任せた。俺はすぐにエージェントに指示をする。」

 

2人は頷きあうと、バイチクが足早に部屋を出る。

彼らにとっては日常的に飛び交う少し優先度の高い案件だ。

ゲーム盤を整えサイを投げる。

ダイス目次第では再び関与することもあるだろう。

その程度の日常の問題なのである。




ジャン・クロード・ブリオー/Jean-Claude Priault
『Market_Panic』や小説『Technobabel』より。

ドミトリー・バイチク/Dmitri Baichik
『Market_Panic』や『Power_Plays』より。
外見に関しては創作。
IQ150オーバーのテクノマンサーでナードらしい。

フラウ レンカ
暗殺された北米責任者であるルドミラ・レンカのこと。


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外伝 麗しき姉妹愛は世界を救う
2075年7月5日 UCAS ボストン ナイトクラブアヴァロン


と、いうわけで外伝です。
いろんな人たちにカメラをパンしながらでかい事件を扱う感じの展開を予定です。
ちなみに、この話ではボストンロックダウンは起きませんのでご安心ください。


ボストンで最も暑くなる7月。

夕方から振り始めた雨はかなりの勢いで振り続けている。

比較的湿度も低いボストンでは、この雨も気持ちの良い雨だと歓迎している雰囲気すらある。

ボストンのミュージックシーンを支えるランドーンストリートであっても、その歓迎ムードに変わりはない。

彼らの場合は、これから踊ればどうせ濡れるのだと言う感覚なのかもしれない。

 

そのようなランドーンストリートの、いや、ボストンの女神と称されるナイトクラブ、アヴァロンは今日も熱狂的なライブを繰り広げている。

かつては小規模なナイトクラブであったアヴァロンだが、2005年の震災によりランドーンストリートか壊滅した際に大規模なエンターテインメントとビジネスを兼ね備えた大規模なナイトクラブへと改修された。これを機にメジャーアーティストからインディーズまで幅広くカバーしながら、踊り、食事ができ、アルコールが飲めるナイトクラブとしてアップデートしボストンに君臨し続けてきた。

 

そんなアヴァロンのメインステージを狂乱の渦に巻き込んでいるのジョニー・バンガー。

現代のブリティッシュロックを牽引するインディーズアーティストだ。

彼の看板曲である『I do what I want/自身の望むままに』は曲名であると同時に彼の生き方そのものである。

そんなロッカーがメジャーとなることは難しくジョニーは自身のレーベルを立ち上げるために金を集めているという訳だ。

バックバンドを固めるのはジョニーのコンポーズや楽曲提供により世界のトップシーンに躍り上がったアーティストから、ジョニーのアパートに転がりんこんでいるアマチュアまで種種雑多なメンバーながら、ジョニーにとってのベストメンバーで構成されている。

普段は海外ライブなどしないジョニーがボストンでライブを行う。これにより北米のファンは発狂しチケットは即完。

このプラチナムチケットを手にしたファンが詰め込まれたメインホールはまさに狂乱の坩堝と化している。

 

隣りのダンスフロアーでは、地元のインディーズバンドが曲を演奏し様々な欲にまみれた群衆が踊り狂う。

 

そんな欲望渦巻くアヴァロンのオーナー室では反面重苦しい空気に包まれていた。

オーナー室は5メートル四方程度の部屋であり、奥には濃い色をした木製のデスクが置かれアロハシャツを着た巨漢のトロールが腰掛けている。

部屋の天井近くには、これまでアヴァロンでライブをした有名アーティストである、Jガイルズバンド、エアロスミス、マリア・マーキュリアルなどのフォトプリントが飾られている。

 

部屋の中央にはローテーブルとそれを囲むようにソファーが置かれており、そこには3人の男女が腰掛けている。

1人はヒューマンの20代の男性。Tシャツにジーンズといったラフな格好をしている。

その横には艷やかな黒髪をポニーテールにまとめたヒューマン女性が目を閉じている。首のデータジャックと手元のデッキが繋がっているのとからVRでマトリックスに潜っているのだろう。

3人目はオークの男性で全身これ筋肉と言わんばかりのサムライだ。彼はローテーブルの周りをウロウロと歩きまわっている女性を心配そうに眺めている。

唯一歩きまわっている女性は短く借り揃えた黒髪と猫のような瞳、そしてデータジャックが印象的な人物だ。

 

ラフな格好をしたヒューマン男性が歩き回る女性に声をかける。

 

「ヴァル、少し落ち着きなよ。」

 

歩き回っている女性がただでさえ猫のようで吊り目がちな目を更にあげ

言い返す。

 

「もう、連絡が途絶えて2日になるのよ? 犯罪被害の生存率を考えたら」

 

「だからこそ、アリアドネの姉妹団に助力を求めたんだろ? そろそろ、こっちに集中してくれ。」

 

奥のトロールが大きく手を打ち鳴らす。

 

「タロンもヴァルも言いたいことはわかるが落ち着け。どうぜ、ジョニーのライブが終わるでは俺たちも動けないんだ。姉妹団は信頼できるんだろ?」

 

ヴァルが軽く頷く。

 

「少なくともシアトルに根を張ってる魔女団だから、あたしが行くよりは伝手はあるはず。」

 

「なら、信頼して任せて、こちらの仕事を集中して片付けた方が現実的だ。だろ?」

 

「そうね、ネオネット絡みのランだものね。片手間にはならないわね。」

 

タロンが頷く。

 

「そうだな。じゃあ、ジョニーのライブも終わりそうだ。ブリーフィングの準備と行こうじゃないか。」




ランドーンストリート
実際にあるストリート。
第六世界ではネオネット本社などが並ぶボストンの経済地区のすぐ近くにある高治安地区。

ナイトクラブ、アヴァロン/Nightclub Avalon
かつて現実に実在したナイトクラブ。現実では2007年に閉鎖されている。
第六世界では2005のアメリカ西海岸を襲った震災で壊滅し、大保なナイトクラブへと改築されている。
それをダンケルザーンがいつのまにか買収し、彼の遺言でブームに継承されたらしい。

ジョニー・バンガー/Johnny Banger
ブリティッシュロックアーティストにしてランナー。
今回の小説ではタロンたちと何らかのランを行うついでにボストンでライブした設定。
『No Future』より。

タロンと仲間たち。
小説『Crossroads』『Ragnarock』『The Burning Time』より。
一応『Lockdown』を見てアヴァロンが健在なのは確認済み。


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2075年7月6日 UCAS シアトル スノホミッシュ サークルファーム

スノホミッシュはシアトルの食料庫であり、未だに多くの農場が経営されている。

今が旬の夏野菜がたわわに実り、それを取り入れるドローン達が無数に飛び回っている。

そんな、スノホミッシュの北部、スノホミッシュ川に沿うようにあるバラ園、サークルファームだ。

色とりどりのバラが咲き誇りバラの迷宮を構成している。

バラの生け垣で仕切られたその敷地は、門すらもバラで構成されている。

7月はまさにバラの最盛期であり、敷地では溢れんばかりのバラが咲き誇り、その甘い香りは周囲を圧倒する。

しかし、このバラ園は天然育成にこだわってバラを育てており、一般の見学はできず、関係者以外は周囲からその素晴らしさを眺めることしかできない。

もちろん、外から見える生け垣だけでも、どれほどの手間暇をかけて育成されているかは素人が見ても一目瞭然であり、素晴らしさに感嘆の声は絶えない。

花泥棒は頻発するものの精霊を中心としたセキュリティは強固であり、被害は最小限におさえられている。

バラ園自体はとある天然派農業企業の所有になっており、何らかの研究所なのではないかと見られている節がある。

 

そのバラ園の入り口の門をくぐるのは1人のエルフ女性。

その肌は抜けるように白く、銀色の髪と緑の瞳はまるで指輪物語の世界から抜け出してきたようなエルフの姿だ。

しかし、その衣服はグリーンの短めのタンクトップにデニムのパンツとラフに着こなしており、美しいファンタジー種族感を台無しにしている。

 

彼女は迷いなくバラの迷宮を進み中央にある居館に到達する。

居館はアール・ヌーヴォー風の建物であり数十人程度は住むことができそうなホテルのような建物だ。

そして居館に取り付けられたドアノッカーを鳴らす。

 

待つことしばし。

 

すると、中から40代程のヒューマンの女性が扉を開く。

女性は三分袖のパフスリーブのついた黒のAラインのワンピースを身に着けている。

裾の部分はレース地になっており、意匠化された女神と月が編まれている。

 

「ただいま戻りましたお姉さま。」

 

エルフの女性が優雅に、そして儀礼的に頭を下げる。

同様にヒューマン女性も同じ仕草で頭を下げる。

何らかの儀式であろうか。

 

「暑い中ご苦労だったね、エル。とりあえず、お上がりよ。」

 

館内は風の通りが良くなるように設計されているのか、自然ながら快適な室温が保たれている。

 

「ありがとうございます。バラは今が見頃ですね。本当にいつ見ても美しい。」

 

ヒューマン女性が嬉しそうに頷く。

 

「本当に今年も綺麗に咲いてくれて良かったわ。姉妹団の収入の大半を支えてくれてるからね。」

 

エルの笑顔が僅かに引き攣る。

 

「今日あたしが呼ばれたのは、薔薇の摘み取りですか?」

 

「それは、またお願いするけど、今日は違うのよ。」

 

そんなことを話しながら応接間に通される。

応接間の窓は開け放たれ、よく手入れされたバラ園の眺望が広がる。

川沿いにあるという立地によるものか、大きく開け放たれた窓からは夏のさなかとは思えないような薔薇香る涼風が吹き込む。

 

この1級のリゾートのような部屋には先客が1人。

夜の闇を塗り固めたような黒髪を腰辺りまで伸ばし、淡い緑のワンピースを身に着けたオークの女性だ。ワンピースのウエストにはケルト紋様が編み込まれたベルトで細く絞られ、ワンピースの裾には月と薔薇の刺繍が施されている。彼女は部屋の中央のソファーに腰掛けティーカップを傾けている。

 

「ミカ姉さま! いつシアトルへ? ボストンで何かトラブルですか?」

 

ミカと呼ばれたオーク女性は苦笑いをしながら言葉を返す。

 

「ボストンリニージはうまく行ってるわよ。最初一悶着あったセイラムの魔女団とも和解できたし。」

 

ミカの隣りに腰を降ろすエルとお茶を入れてくれるヒューマンの女性。

 

「ありがとうございます、ケイト姉さま。姉妹団のローズヒップティーは本当に美味しいから好きだわ。」

 

「それは良かったわ。いつでも、戻ってきても良いのよ。」

 

エルが静かに首をふる。

 

「姉妹の恩義を忘れてはいませんが、姉妹団を第一義に生きることはできません。」

 

ケイトは穏やかに笑う。

 

「本当に頑固ね。あたし達は助けたいから女性を助けてるし、自然を守りたいから守っているわ。恩義なんて感じなくても良いのよ。」

 

エルは静かに頭を下げる。

 

「だから、仕事としてお願いをしたいのよ、エル。ミカ、説明をしてちょうだい。」

 

「はい、姉さま。さっきも言った通りボストンリニージはうまく行ってるけど、色々な人の助力を受けた上でやっと軌道に乗ってきたというのが正直なところなの。」

 

新しい都市で魔術結社が根を下ろすのは簡単なことではない。様々な既得権益との戦いになり、結果を出すのは並大抵の苦労ではない。

それは彼女達アリアドネの姉妹団と言えども例外ではない。彼女達はシアトルでこそ古参の魔女団として勢力を築いているが、他の都市で同様に展開をできるわけではない。ましてや、フェミニスト団体や環境保護団体としてのセーフネットとして機能しながら魔女団として活動する。地元企業の援助を受けるにしても、環境や女性の扱いに一家言ある組織は扱いにくい。

必然的に単純な利害よりも思想的共感や社会貢献活動としての関係を求めることになり一筋縄では行かない。

そんな中、ボストンリニージ単体で運営ができるところまで育てたならミカの手腕はかなりのものだろう。

 

「ボストンの顔役で、色々骨を折ってくれたランナーチームがいるんだけど、そこのメイジがドイツの魔女団シー出身なのよ。彼女は同じ魔女の同胞としてボストンの地場がためを助けてくれた経緯があるの。」

 

現代の魔女団と歴史で語られる魔女の間には大きな隔たりがある。

土着の医療師としてキリスト教により迫害された存在としての魔女の系譜は現代では、ほとんど途絶えている。

現代の魔女団はフェミニズム運動により生まれた女性が女性らしく生きる権利とキリスト教により滅ぼされた女神の復権としてのネオペイガニズムが融合して生まれたキリスト教の亜種として信仰を土台としている。

それでも120年近い歴史を持てば伝統や派閥が生まれるのは必然であろう。

 

彼女達アリアドネの姉妹団は、その中でも良き魔女を目指す組織であり、困っている女性は無償で助け、目に余る環境破壊には毅然と対抗し、善良なる隣人達への助力は対価こそ受けるものの惜しまない、そんな魔女団だ。

反面シーはその名の表す通り女性権利を優先した組織であり、影の世界などで搾取される女性の救済を目指しまず女性のために活動する影よりの組織だ。

 

「彼女の姉妹がドイツ博物館のキュレーターとして、ベルビュー美術館を訪れていたらしいの。」

 

魔女団が孤児を育てるのも珍しいことではない。しかし、そこから表の世界で大成するのは並々ならぬ努力が必要であったことだろう。

 

「妹ちゃんはシアトルで仕事が終わった後、ボストンの姉を訪ねる予定だった。」

 

エルがコクリと頷く。

 

「しかし、彼女は現れなかった、と。」

 

「悲しいことにね。キュレーターとしての仕事が終わっていることは確認できてるのだけど、シアトルを出た形跡がないらしいわ。少なくとも公式にはね。」

 

「依頼人が、自分で動かないのに理由は?」

 

「大きめのランが絡んでいて自分達が動けないみたい。で、貸しがあってシアトルに伝手のあるあたしに相談が来たわけ。」

 

エルが強く頷く。

 

「わかった、最善をつくすわ。」

 

ケイトが小首を傾げる。

 

「この話は嫌な感じがするの、気をつけてちょうだい。」

 

「それは啓示術ですか?」

 

「を含んだ予感ってところかしら。」

 

エルは肩をすくめる。

 

「わかりました。気をつけます。では、ことは一刻を争いそうですので、近況報告はまた改めて。」

 

3人は伝手を伝い1人のキュレーターを探すことになる。

影を走るエキスパートとしてではなく、友人の家族を助けたいと人としての気持ちに従って。

 




サークルファーム/Circle Farm
『Seattle 2072』より。

リニージ
魔女団の名称で分派を意味する単語。

セイラムの魔女団
クトゥルフで有名なセイラムの街では、魔女の結社が影響力を持っている。
ボストンで猟奇殺人が起きると魔女団が無関係であると声明を出す程度には影響力がある様子。

アリアドネの姉妹団/Sisterhood of ariadne
シアトルでは単に姉妹団と呼ばれている様子。
『Street Grimoire』『Seattle 2072』より。

魔女団シー/SIE
『Ragnarock』より。

ネオペイガニズムと魔女
『魔女の世界史』を参考にさせていただきました。


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2075年7月6日 UCAS シアトル ベルビュー ベルビュー美術館

ダウンタウンからマーサ島を経由してベルビューを繋ぐ高速道路I90。

ワシントン湖の湖上を走るハイウェイからはシアトルの宝石と称されるベルビューの美しい街並みが眼下に広がる。

その美しい風景とは裏腹にハイウェイは大渋滞を起こしており低速道路と化している。I90の日常的な風景である。

イライラする者もいれば、これ幸いと風景を楽しむ者、そもそもオートパイロット任せで渋滞に気がついていない者。十人十色な個性の発露の場にも見える。

 

そんな渋滞に巻き込まれた中の1台に鮮やかな蒼のフォードアメリカーがある。

ドライバーは若い女性でARで作業をしているのだろうが意識の配分として風景2作業8といったところか。

怜悧な青い瞳は硬質な冷たさを帯びているが丸みのあるメガネにより柔和で知的な印象を他者に与えている。

頭の上にまとめた鮮やかな金髪とキャミソールベースのキャロットスカートのワンピースと半袖のブラウスからは活動的な印象を人に与える。

彼女はジャーナリストのダニー・ウエストだ。

 

ダニーはエルの依頼でベルビュー美術館を目指している。

計画的な犯行であればあるほど痕跡が残る。その痕跡に最初に気がつくのは近くで活動していた者であろう。

美術館のスタッフへの聞き込みであれば取材名目のジャーナリストが怪しまれにくい。

 

ドイツ博物館のキュレーター、アンゲリーカ・バルト。

ドイツ連邦共和国、デュッセルドルフ出身の孤児でシーに保護され成長。

子供の頃から美術品に興味があり、奨学金を取ることで学位を取り、ドイツ博物館のキュレーターとして就職。

メタタイプはヒューマン、女性。

 

ダニーは、その経歴をぼんやりと眺めながらアンゲリーカがメタヒューマンだったなら、このポストは手に入らなかったのだろうなと考えていた。

そんな偏見を頭から振り払い彼女が担当している今回の展示について確認をする。

 

『民間信仰とネオペイガニズム』という展示名で様々な美術品からキリスト教以外の信仰の歴史とキリスト教の影響の両面からアプローチする美術展らしい。

魔女の系譜を持つキュレーターなど、それ自体が話題性がありそうな話だが、表立って話題には登ってはいないようだ。

純粋にアンゲリーカの能力が評価されたのだろうか。

 

ダニーがそんな益体もない思考に囚われている間に車は渋滞を抜けベルビュー市街へと入る。ベルビュー市街を北に抜け、ベルビュー老舗のショッピングセンター、ベルビュースクエアを超えた北側に建つのがベルビュー美術館だ。

ベルビュー美術館は2001年に当時のアメリカ最高の建築家と呼ばれたスティーブン・ホールによって建てられた3階建ての前衛的なデザインの美術館だ。

この美術館はベルビュー市民に愛されながらも、何度も閉鎖の危機に曝され、企業や市民の寄付により存続してきた歴史がある。

現在もマイクロデックを中心としたベルビューの様々な企業が多額の寄付をしている。

ダニーは裏手の駐車場にアメリカーを停車させる。

そして、ちらりとARで現在時刻を確認する。約束の時間の1時間前だ。

一瞬の逡巡のあとダニーは美術館の受付に向かう。どうやら、館内を見てからインタビューをすることにしたらしい。

ダニーは特段アートに興味があるわけではない。だがARタグによる説明を参考にしながら、まるで悪夢の中の生物のような造形物や幾何学的な不思議な風景、宝冠にルビーを嵌めた菩薩像など、時には首を傾げ、時にはじっくりと眺めていく。

友人が横にいて、話しながら見た方が楽しそうなどと考えている節もある。

 

そして、美術館を堪能してから、ゆったりと事務室に向かう。

部屋の入り口に存在するARの呼び出しボタンを押してしばし待つ。

奥から出てきたのは年配の上品そうなドイツ系エルフ女性だ。

 

「こんにちは。ダニー・ウエストと申します。特設展の取材でキュレーターのアマンダ・クラインバーガー様にお約束いただいています。」

 

エルフ女性はひとつ頷き穏やかな笑みを浮かべる。

 

「いらっしゃい、ウエストさん。お待ちしていました。あたしがキュレーターのクラインバーガーです。どうぞ、こちらに。」

 

アマンダはダニーを応接間に案内する。

 

「お忙しい中、お時間ありがとうございます。ベルビュー美術館の展示を支え続けてきた名物キュレーターのクラインバーガーさんにインタビューさせていただけるとは光栄です。」

 

アマンダがむずかゆそうにクスクスと笑う。

 

「大げさですよ、ウエストさん。幸い年を取りにくいから、色々な展示に口を挟ませんでいる年寄りですよ。名物といえばウエストさんの方が。シアトルを代表する人権派レポーターではないですか。」

 

苦笑するダニー。

 

「隣りの芝生はいつも青いという話かもしれませんね。」

 

「ふふふ。それで特設展についての取材ということですが、芸術的な話が聞きたい訳ではないのよね?」

 

ダニーは身を乗り出し口を開く。

 

「そうですね。キリスト教と異教という切口の展示と聞いておりますが、必然的に弾圧された思想とキリスト教の中でいかに、その宗教が取り込まれてきたか、そして、ネオペイガニズムとしていかに復興されたのかと言った展示形式になるのかと考えておりますが、認識としては間違っていませんでしょうか。」

 

アマンダは柔和な笑みを浮かべながら頷く。

 

「あたしは、この弾圧と同化のプロセスが現在のベルビューのメタヒューマンバイアスと大変似ていると考えておりまして歴史的な同化の話と現在のベルビューの状況を絡めたインタビューとさせていただきたいと考えています。」

 

「ウエストさんからの取材申込みの時点で想像しておりました。方向性については、そちらで結構です。ですが、当館も様々な方の寄付で運営されておりますので、内容の確認は放映前にさせていただけますか。」

 

「もちろんです。ベルビューの本質的な問題は無意識の同化差別にあると考えています。この意識を変えるには穏やかな気づきこそ必要ではないでしょうか。このため反発を招くような報道は望んでいません。」

 

ダニーの本題はアンゲリーカについてのインタビューだ。ある程度の妥協は可能だろう。

反面ベルビューのメタ差別問題に切り込みたいと考えているのも事実である。

ゲーテッドコミュニティとして完成しているベルビューのメタ差別は治安維持の名目として行われている。

簡易アーコロジーとして存在するゲーテッドコミュニティは維持管理するスタッフが必要になる。この労働力を支えてきたのがオークを中心としたメタヒューマン達だった。

しかし、覚醒麻薬テンポの販売を大体的に行ったギャング団レイクアシッドがオーク主体のゴーギャングであったことからテンポ撲滅の動きからメタ差別を助長することとなった。

結果的に住民の意識としてはメタ差別はしていない危険なギャング対策をしているとなることになる。

これは無意識の差別となり、最近のオーク人口の減少とも無関係ではない。

 

その後インタビューに進む。

アマンダは長年キュレーターを務めていることもあり、話もうまくスムーズなインタビューを行えた。

そして、ダニーにとってのついでのインタビューながら、有意義なインタビューとなり、互いにファーストネームで呼び合う程度には意気投合している。

キュレーターもジャーナリストも男性社会であり、そんな中で頭角を現した者同士通じるものがあったのだろう。

 

そして、メインインタビューも終わり、ついでのようにダニーはアンゲリーカの話題を出す。

 

「そう言えば今回ドイツ博物館から派遣されたキュレーターの方は魔女コミュニティ出身と聞きましたが、今回の展示にも魔女コミュニティが関係してるのですか?」

 

これまで柔和な笑みを崩さなかったアメリアが僅かに眉をひそめる。

 

「そちらは表に出ていない情報なのですが、どちらから?」

 

肩をすくめるダニー。

 

「それは申し上げられませんが、フェミニズム系のコミュニティともチャンネルはございますので。」

 

じっとダニーを見つめるアメリア。

 

「まあ、構わないでしょう。確かにドイツ博物館から来たキュレーターは魔女コミュニティ出身で、今回の企画も彼女が立てたものです。ただ、企画の売り込みをしてきた訳ではないのです。」

 

「どういうことですか?」

 

「アトランティス財団がうちの大口の支援者なのだけど財団が彼女を指定して企画依頼をしてきたのよ。彼女は財団とは繋がりはないのだけど、過去の展示を評価しての抜擢らしいわ。」

 

ダニーがぽかんとした顔をする。

普段ジャーナリストとして自らを律している彼女の素の表情が出るのは珍しい。

 

「シンデレラストーリーじゃないですか。もっと広報塔として活用しても良いのでは?」

 

アメリアは首をふる。

 

「本人と財団の希望で大々的には扱わないことになってるの。」

 

「そうですか。アトランティス財団らしくありませんね。」

 

「そうですね。今回は企画展ということで普段とは違う窓口でしたので、財団側でも何かの思惑があるのかもしれませんね。」

 

「もし、よろしけれ財団の窓口の方のお名前を伺ってもよろしいですか? インタビューをしたり、アメリアから聞いたと話したりはしませんので。」

 

「構わないわ。財団の窓口はエルドリッチ、マイケル・エルドリッチよ。」

 

その後アンゲリーカについての話を聞くも目新しい情報はなく、特別なトラブルの話もなく、アンゲリーカはボストンの姉妹のもとを訪ねてからドイツに帰ると伝えていたようだ。




ベルビュースクエア/Bellevue Square
ベルビュー美術館/Bellevue Art Museum
両方とも現実に存在する美術館やショッピングモール。
本文の解説は現実とサプリの両方を見ながら創作しています。
『Seattle 2072』より。

アマンダ・クラインバーガー/Amanda Klineburger
メタタイプ含めて名前以外は全て創作。そもそも2075年に現職にある資料もない状態。
『Seattle Sourcebook』より。

マイケル・エルドリッチ
オリジナルキャラ。


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2075年7月6日 UCAS シアトル ダウンタウン

ダニーがベルビューを目指してドライブをしている同じ頃、エルはダウンタウンのストリートを歩いていた。

背後に護衛のトロ吉を従えた美女と野獣スタイルだ。

 

向かう先はトップ・ポット・ドーナッツのシアトル警察署前店。

覚醒以前から北米ナンバーワンと言われているチェーンのドーナツ店だ。

二人はオーダーを通すと閑散とした昼下りのドーナツ店の奥の席に腰掛ける。

待ち合わせ相手はまだ来ていない。

 

「あいつ、あんまり好きじゃないんだよな。」

 

ボソリと呟くトロ吉。

 

「そうかい? あたしはわかりやすいから好きだけどね。とりあえず金があるうちは裏切らないしね。」

 

そんな話をしながらドーナツを齧っていると店内に入ってくるのはスーツに身を包んだ巨漢のトロールだ。

威圧的な牡牛のような角に、犯罪者めいた三白眼、そして上に飛び出す八重歯。

全く堅気には見えない男だ。

そんなトロールが陽気に笑いながらドーナツをオーダーしエルを指差す。

するとエルのARに支払い承諾を求めるアイコンがポップアップする。

トロールはエルに支払いを押し付けてきたらしい。

肩をすくめて承認するエル。

何が楽しいのかトロールは店員とガハガハと笑っている。

そして、大量のドーナツとソイカフを持ってエル達の席へと近づいてくる。

気が弱ければ逃げ出すこと一択だろう。

だが、残念なことに待ち人はこのトロールだ。

 

「相変わらずだね、トッシュ。」

 

悪びれもせずトッシュはにこやかに、人を食い殺しそうに、微笑む。

 

「老後の蓄えが不安でね。いつも悪いな。で、何かこのロートルに手伝えることがあるのかな?」

 

エルも馴れたもの。落ち着いて銀砂で描いたような極上の笑みを浮かべる。

 

「連絡した通りレンタコップの肩書貰えないかしら?」

 

トッシュの口に魔法のようにドーナツが消えていく。

 

「申請はしているが何でだ? 俺もナイトエラントに被害を出すとまずい。」

 

「アンゲリーカ・バルトって女性知ってる? 誘拐事件の被害者として捜索願いが出てるのだけど。」

 

「そいつは俺の仕事じゃないな。」

 

「知ってる。あたしの仕事で探してるのよ。どうもダウンタウンで誘拐されたみたいで聞き込みのために警官の肩書が欲しいのよね。」

 

トッシュは大きく頭を振る。

 

「嫌になるぐらいまともな話だな。いつも通りレンタコップの報酬をこっちに回すなら構わないが。」

 

「いいわ、すぐに出るかしら?」

 

「捜査協力なら俺の権限でいけるんでな。」

 

エルから視線を外すトッシュ。

AR上で事務手続をしているのだろう。

 

「よし、登録された。これでナイトエラントにお前さんについての照会が来たら捜査員だと回答が出る。いい仕事期待してるぜ。」

 

「あたしの仕事とあんたの報酬は関係ないでしょ?」

 

呆れ声のエル。

 

「おいおい、俺も社会正義を愛してるから警官になったんだ。被害者は少ない方が望ましいさ。」

 

鼻で笑うトロ吉。

 

「それは悪かったわね。じゃあ、あたし達行くわね。」

 

トッシュはドーナツをコーヒーで流し込みながら手をふる。

 

そして、2人が店を出てしばらくしてから、トッシュのコムリンクが呼び出し音を鳴らす。

 

「あいよ。」

 

コールを掛けてきたのは申請処理を行うオペレーターだ。

 

「トッシュ、さっきの申請却下されたわよ。」

 

小首を傾げるトッシュ。

 

「俺の承認権限範囲内のはずだが、なんでだ?」

 

「権限的には問題ないのだけど事件の問題ね。この事件は覚醒対応局預かりになってて、一般捜査員の関与が禁じられてるわね。」

 

しばし、熟考するトッシュ。

 

「オーケー、オーケー。なら仕方ない。申請取り消しといてくれ。手間かけて悪かったな。」

 

そして、オペレーターとの通信を切る。

 

「ふむ。覚醒対応局が動いてるならアレス側からの介入かね。面倒な。」

 

トッシュは自分が抱える別の案件名義でエルのレンタコップ申請を通す。

 

「まあ、がんばんな。」

 

店を出たエルの元にダニーからアンゲリーカのトレースマップが届く。

 

高度情報化社会に置いて情報を知っているかよりも、誰が知っているかの方が価値があるケースがある。

なぜなら、必要な情報が必要な時に手に入るからだ。

ダウンタウンにおいて人の移動を追うのであれば監視カメラを追いかけるのが手ばやい。

各店舗は無数のカメラを持っているし、何ならストリートカメラだってある。

公開情報を洗うのならハッカーに任せるべきだろう。

顔認識とデータ検索の合わせ技で人類に不可能な速度で足跡のマッピングが出来上がる。

つまり、先程のデータはダウンタウンからベルビューに向かう道すがらデータ検索を仕掛けたダニーがまとめた資料という訳だ。

 

「ついてる。アンゲリーカはレンタカーを借りたのね。」

 

ダニーの資料には画像から特定したレンタカー会社の連絡先も含まれている。

アンゲリーカが借りたのはホンダスピリット。街乗り用に小さな車を借りたようだ。

早速コールをするエル。

 

「ナイトエラントより委託を受けて捜査をしているものですが、少しお時間よろしいですか?」

 

鈴を転がすような声で愛想を振りまくエル。

レンタカー屋の店員も愛想よく対応をしてくれる。

 

「その車の件なら連絡も取れないからナイトエラントに報告してるはずなんだけど。」

 

可愛く首を傾げるエル。

 

「あら? 内部の情報共有不備かもしれませんね。ちなみに現在地は把握されていますか?」

 

「まあ、組織なんて、そんなものさ。場所はわかるよ。シアトル美術館の駐車場だね。」

 

ダニーが調べた足跡とも一致する。

 

「ありがとうございます。参考になりました。」

 

コールを切るとトロ吉が車を回してきている。

 

「ありがと。じゃあシアトル美術館に向かうかね。」

 

シアトル美術館はダウンタウンに覚醒以前からある美術館だ。スペースニードルにほど近いダウンタウンの繁華街の真ん中にあるビルの中にある。ビルの壁面にはハンマーを打ち下ろす男を象ったハマリングマンが目印だ。

 

駐車場で該当ナンバーのスピリットを探すと確かに停車している。

サクサクとシアトル美術館のスタッフと話をつけ監視カメラの映像を確認する。

該当時間帯を見るとギャングがアンゲリーカを車に連れ込んでいる。

ギロリと睨みを聞かせるトロ吉。

 

「熱中症で倒れた人を友人が連れて行ったと思ったんですよ。全部に声掛けなんてできませんよ。」

 

ギャングは揃いの袖なしのグレイの革ジャンを身に着け腕には白の髑髏の入墨をいれている。

 

「ディッサセンブラーだな。」

 

「ええ、最悪の部類ね。」

 

ディッサセンブラーはオーガンレッガーのフロントギャングだ。

すでにアンゲリーカすでに解体されている可能性すら出てきている。

 

更に急ぐ理由が増えてることとなってしまった。

 




トップ・ポット・ドーナッツ/Top Pot Doughnuts
実在のドーナツ屋さん。
第六世界に存在するかは不明。

"トッシュ"セオドア・アサック/THEODORE‘TOSH’ ATHACK
シナリオ集『スプロール・ワイルド』より。
ブラックヘイブンとシアトルの地区判事ダナ・オークスが激しくやりあってる頃、彼女の護衛についていた人物だったりします。

レンタコップ
いわゆる臨時雇いの非正規雇用の警官のこと。

覚醒対応局/Awakened Control Center
ナイトエラントの特殊部隊。
『Corporate Download』より。

シアトル美術館/Seattle Art Museum Pavilion
『Seattle 2072』より。
実際に存在する美術館。茶室もあったりする。

ディッサセンブラー/Disassemblers
『Seattle 2072』より。
何故か六版だと、この人たちいないのだけど滅んだのかしら?


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2075年7月7日 AGS エッセン ゼーダークルッププライム

日付の変わったばかりの時間帯。

さすがのゼーダークルッププライムも多くの部署は沈黙している。

そんなゼーダークルッププライムの奥深く、ロフヴィルの巣穴。

ブライベートジェットの保管庫にできそうな広さの石室。

床は良質なマーブル模様の石畳。

石の壁は天井に向けて細くなりドーム型を形成している。

古代のドラゴンの巣穴にあった財宝や英雄達の骨はどこにも見当たらず、僅かに焦げ臭い匂いが立ち込めている。

壁面には無数のディスプレイが多数並び膨大な情報が流れている。

 

部屋の中央には一体のゴールデンドラゴンが眠る猫のようにとぐろを巻いており、薄っすらと目が閉じられている。一見すれば眠っているようにしか見えないが、流れ行く膨大な情報を確認し、咀嚼し、解釈をしている。

人類には想像すらできないような膨大な情報を着実に処理をしていく。

ロフヴィルにとって、この情報解析も人が寝る前に軽く読書をするのと同じような作業に過ぎない。

 

そんな微睡みに似た時間を破るようにロフヴィルの直通番号にコムコールが鳴り響く。

彼の腹心しか知らない番号である。

しかし、発信者は匿名。

 

鼻から煙を少しあげコムコールを取る。

 

ディスプレイに表示されたのは1人のエルフ女性。ピシリとプレスの効いたエグゼクティブスーツに身を包み、金髪を頭の後ろで短くまとめている。その容貌はまるでダイヤモンドのような硬質な美貌であり、彫像のように無表情だ。

 

(ヘカテか。こやつにこのナンバーを知られたとはな。ナンバーの変え時やもしれぬな。)

 

ロフヴィルとは旧知の相手らしく、その思考に直通ナンバーを知られた不快感こそあるものの、驚きはない。

ロフヴィルはその巨大な竜の姿より、短く髪を刈り上げた強面のドイツ人ヒューマンの姿に変化する。

しばしば、ハンス・ブラックハウスの名前で世界中に姿を現す人物の姿である。

 

ヘカテは古式のエルフの作法に則った礼をし口を開く。

 

「大変ご無沙汰しております、閣下。」

 

その礼に対してロフヴィルは鷹揚に頷く。

 

「久しいな、ヘカテ。三ツ辻の女王からの連絡とは、どうせろくな事ではあるまい。」

 

ヘカテはニコリともしない。

 

「耳寄りなお話をお届けにあがっただけですのに、冷たいことですね。」

 

ロフヴィルがため息ひとつ。

 

「本題は何だ?」

 

「うちの中でチョロチョロとゴキブリが這い回っておりまして。調べたところ大掛かりな召喚儀式を企んでおりました。」

 

「あいも変わらず無駄な向上心に溢れておるな。」

 

「彼らが召喚しようとしているのは、かつて竜を狩るものと呼ばれたアレですわ。」

 

「今の魔力潮位でアレを呼んだところで、大した存在としては招来できまい。」

 

冷ややかにヘカテが微笑む。

 

「普通であれば。ですが、自然の流れに身を任せるあなた方とは違い、我々は長年いかに力を蓄え行使するかを学んで来ましたわ。この努力が魔力周期に影響を与えたのはご存知では?」

 

ピクリと眉を上げるロフヴィル。

 

「場所はどこだ?」

 

「詳細は不明ですが、シアトルなのは間違いないかと。」

 

眉をしかめるロフヴィル。

 

「例の龍脈か。確かに貴重な話だ。代償に何を求める。」

 

ヘカテの氷の無表情に変化はない。

 

「おやおや、過分なお話ですね。では、後程詳細ご連絡しますので、害虫の駆除をお願いできませんか。」

 

「ふむ。ミスティッククルセイダーズとの不仲は解消できておらぬようだな。」

 

「そんなことはありませんよ。ブラックロッジは資金源としては重宝しておりましてね。うちの仕業とは思われたくはないのですよ。」

 

「我が指示であれば、ドラゴンとブラックロッジの因縁として処理ができるか。まあ、良かろう。畜産物につく害虫駆除は牧夫の仕事よ。」

 

ヘカテはただ無表情に言葉を返す。

 

「では、詳細はまた送付します。古代の轍を踏まぬことを祈っておりますわ。」

 

「ふむ。その言葉は貴様に返そう。世界を支配して手元に残ったものはどの程度かね?」

 

竜とダイヤモンドのエルフは非好意的な笑みを互いに投げ合い通信が切られた。

 

直ちにロフヴィルは腹心でありブラックオプの管理者バイチクにコールをする。

深夜であることを考えると非常識この上ない。

 

「おや、ボス。こんばんは。」

 

当然のようにコールをとるバイチクの非常識さよ。

 

「先日報告にあったミツハマによる北米の龍脈への干渉の件だ。」

 

「へいへい。今政治的に追い込みかけてますよ。」

 

「時がない。ポートランドのアサルトチームを投入せよ。最優先だ。ASAP(最速)で龍脈を開放せよ。」

 

一瞬硬直するゼンチク。

 

「イエス、ボス。打てる限りの手を打ち迅速に制圧開放します。ミツハマの精鋭を相手にすることを考えると1週間ください。」

 

白刃のようなロフヴィルの沈黙。

 

「致し方あるまい。善処せよ。」

 

「イエス、ボス。」

 

その言葉とともにゼンチクとの通信は切れる。

他国に完全武装のアサルトチームを送り込み国際問題にしない。

これからブラックオプチームと北米の関係各所は死ぬ気で仕事をすることになるだろう。

ゼーダークルップの所有者たるドラゴンがASAPと言えば、文字通り最速の実施が求められる。

そこには個々人の都合などは忖度されない。

 

ロフヴィルは通信が切れると再びドラゴンの姿に戻り、猫のような微睡みに身を任せる。

その天才的な頭脳が何を見ているのかは他者に窺い知ることはできない。




ヘカテ/Hecate
『Threats』および『Loose Alliances』より。
外見に関しては『Stranger Souls』より。
シエラ・ブラヴェスカ/Sheila Blatavska のこと。
セラ帝国出身のイモータルエルフと思われます。」

竜を狩るもの
アースドーンにおいてヴァージゴームと言う名前の最強のホラー(精霊)

ミスティッククルセイダーズ/Mystic Crusaders
『Street_Grimoire』より。
アトランティス財団の実働部隊ですが、世界の魔法秩序の為に活動しているという自負心を持つ組織です。
昨今財団利益を優先する財団とは意見の相違から対立が進んでいる。

ブラックロッジ/Black Lodge
『Dark_Terrors』より。
第4世界より連綿と続く魔術結社。様々な組織に影響力を持つ。

ドミトリー・バイチク/Dmitri Baichik
『Market_Panic』や『Power_Plays』より。
外見に関しては創作。
IQ150オーバーのテクノマンサーでナードらしい。

ポートランド
ティルタンジェルの首都。
ゼーダークルップの北米本社があり、北米の軍事力を保持する部署でもある。


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2075年7月6日 UCAS シアトル ダウンタウン ワシントン大学

今回少し残虐な表現がありますのでご注意ください。


ロフヴィルとヘカテが心温まる会話をしている頃、エル達は対応に迷っていた。

ランナーチームで小規模とは言え長年シアトルで生き延びてきたギャング団であるディッサセンブラーと正面から決戦する力はない。

更に言えば彼らの背後にいるタマナスの存在が厄介さを増加させる。

 

タマナス、いやオーガンレッガーとは善悪の定まらぬ第6世界においてすら、混沌とした組織である。

そもそも、オーガンレッガーこと人の臓器の密売はヤクザなどの大手犯罪組織の稼ぎ頭だった。

しかし、この状況はクローン臓器の製造技術により激変する。

誘拐や殺人を含んだ重罪をおかした上で更に適合性という壁まである天然臓器はクローン臓器よりも劣った商品となり、旨味のない商売となった。

ところがこのリスクとリターンのバランスを変えた存在が生まれた。グールやウェディンゴと呼ばれる人肉を喰らう感染者達だ。

彼らにとって人を喰らうことは生きるために必須であり、その過程で現金収入まである理想的な商売だ。

このように書くと文字通り人の血肉をすする悪魔の所業のように見える。

ところが、クローンを用意できない者達や慈善的な料金で患者を見るストリートドクの資金の足しにするために死体の買い取りなども行っており、彼らに救われている存在があるのも事実である。

 

このタマナスは世界的な組織であることもあり、潤沢な資金と低い遵法意識から表立ってできないような先進的な研究に手を出すことがある。

そのための被験者を集めるために配下のギャングを使うことがあるのだ。

この為タマナスが絡んでくるとギャングと話し合いを行い身代金を払って解決とはいかなくなるケースが多い。

 

「とりあえず、話聞きに行くしかないか。」

 

「そうさね。この辺りはあんたの方が得意かね?」

 

肩をすくめるトロ吉。

 

「得意じゃないが。エンゾの兄貴に聞いてみるかな。」

 

ギアネリーファミリーのプヤラップを取りまとめるカポ、エンゾ・ギアネリー。

ダウンタウンの詳細は知らなくても根城の資料ぐらいは持っている可能性が高い。

 

「でるかねーっと。…あ、兄貴ですか、トロ吉です。」

 

コムリンクの向こうからは不機嫌そうなエンゾの声がする。

 

「おう、どうした。今書類仕事で苛ついててよ、面白い話じゃなければ、頭かち割るぞ。」

 

「まあ普通の話ですがね。兄貴はギャングのディッサセンブラーの根城知りませんか?」

 

急にテンションのあがった声でエンゾは返事をする。

 

「お、カチコミか! いいじゃねーか。俺も下っ端なら一緒にカチコンダところなんだがねー。」

 

「いや、カチコミでは。」

 

「ああ、俺の愛用のコンバットアックス貸して欲しいって話だったか?」

 

「いえ、根城の場所を。」

 

「確かに場所がわからんとカチコミできんわな。すぐ送ってやるから、面白い話楽しみにしてるぜ。」

 

そう言うとエンゾは一方的に通話を切った。

そして、唖然とするトロ吉にエンゾからのメールが届く音。

 

「兄貴かなりストレスなんだろうな。」

 

「荒事屋が偉くなっちゃうと大変さね。で、場所は?」

 

「大学地区だな。」

 

「程々の都会が姿を隠すのに最適ってわけね。」

 

大学地区はアメリカ西海岸最古の大学ワシントン大学の本部があることで命名された地区だ。

ワシントン大学はこの地区が切株しかない時代に移転し、周囲は大学と共に発展してきた。

そもそも、大学のサイズが200万平方フィートと東京ディズニーリゾート2個分という規格外の代物だ。

この巨大な大学が生まれ、その周りに大学を目当てに都市が拡張し、大学生目当ての廉価な施設を目当てに中低所得者が集まってくるという流れで発展してきた地区だ。

 

シアトル美術館からワシントン大学までは州間高速道路5号線で10分程度だ。

5号線を北上しポーテージ湾を超え、すぐに高速を降りる。

すでに通勤時間帯が終わっていることもあり、快適に大学地区に到着する。

 

ディッサセンブラーの根城はカジュアルな雰囲気のダイニングバー、グラトニーだ。よくあるギャングの根城のように、これみよがしにギャングメンバーが歩いているわけでもなく、ギャングの根城と知らなければ、ここが根城とは気が付かないであろう。

客の中にギャング構成員は無数におり、剣呑な雰囲気を隠して飲み食いしている。

 

料金も良心的で学生の人気が高そうだ。

奥の席では学生の集団が飲み会をしているのか盛り上がっている。

ワシントン大学の学生数は4万5千人。学生を直接狙わないにしても学生向けの飲食店は情報を集めるには向いているのだろう。

2人は食事を頼み、どうでも良い話をしながら誘拐したメンバーが現れないかを待つ。現れなければ別のメンバーから話を聞くべきだろうが、本人であるにこしたことはあるまい。

 

店内をのんびりと、隣りのビールを羨ましそうにしながら、眺めているトロ吉はスタッフも全てギャングメンバーであることに気がつく。

地下に解体施設ぐらい隠されているのだろう。

 

2人がのんびりと食事を終え、デザートを選んでいる頃合いになって、お目当ての2人組が店内へと入ってくる。

ギャングの2人は少し不機嫌そうに見える。

 

エルとトロ吉はデザートと食事のコーヒー(もちろん合成品)まで、のんびりと楽しみ、お目当ての2人組が店を出るタイミングを合わせてエル達も店を出る。

 

「やっちまうか?」

 

エルは無情にも首を横にふる。

 

「ここでの荒事は巻き込まれたならともかく仕掛けるのはまずい。出てきた所を精神探査で探るわ。あんたはあたしが酔っ払ってる感じで肩貸しなさい。」

 

その言葉を受けてトロ吉はエルを軽々と背に乗せる。

 

「じゃあ、2個とも貸しとくぜ。」

 

エルは少し驚いたような顔をしたものの、問題ないと割り切り呪文に集中する。

周囲のマナを一本の糸のように撚り合わせ対象のギャングに対して延ばす。

その糸がギャングに辿り着くと同時にエルの頭に様々な映像が流れ込む。

同時にギャングは頭を振り周囲を見回している。

 

「食った、食った。」

 

浮かぶのはグラトニーの食事だ。

 

「あー、腹減った。」

 

浮かぶのは無惨に殺害された女性。

幸いにもその死体はアンゲリーカではないが、四肢を失い大きく腹部を損傷している。

 

「食いたかったなぁ。」

 

浮かぶアンゲリーカの顔。

エルはこみ上げてくる吐き気を抑え込みながら更にアンゲリーカに連なる精神を探査する。

 

浮かび上がるのは優越感。

シアトル美術館の駐車場でショックグローブで意識を奪われるアンゲリーカの姿。

 

浮かび上がるのは渇望。

美女に対する肉欲ではなく、食料に対する食欲。

 

そして、憤怒。

見知らぬスーツの男。

左襟に輝くアレスの社章。

 

「彼女は我々が必要だからこそ確保を依頼したはずだが?。」

 

苛立ち。

袖無しのグレイの革ジャンに髑髏の入墨の年配の男。

 

「仕事だから諦めろ。解体するよりも金になる。」

 

怒り、渇望、人を人と思わない精神。

ちらりとエルに向けられたギャングの瞳。

その時のギャングの意識はステーキ肉を見るものであることがわかってしまう。

 

「ごめん、トロ吉。吐きそう。車までお願いしてもいい?」

 

エルも修羅場をくぐり抜けてきた歴戦のランナーだ。無惨な死体ぐらいでは取り乱したりはしない。

しかし、異質な価値観に自身が浸食されていくような違和感。

突然自分をおぶってくれているトロ吉に対して食欲を感じるかもしれない恐怖感。

 

それらの奇妙な感覚があまりにもエルの精神を混乱させる。

 

少なくともアンゲリーカはオーガンレッガーにより解体されていないという事実による安心とアレス絡みという新たな心配事も吐き気の原因であろう。

 

ひとまず緊急度が下がり、休息を取れそうだとエル達は帰宅することになる。

頭を悩ませるのは一休みしてからでも悪くはないことだろう。

 




タマナス/Tamanous
『Loose Alliances』より。
ただ、昔デンバーのミッションズで出てきたタマナスのイメージで書いております。
間違ってたらすいません。

ギアネリーファミリー
いわゆるマフィア。
エンゾは『Seattle Sprawl Digital Box』のキャラクターカードより。

ワシントン大学/University of Washington
『Seattle 2072』より。
実在の大学で、シャドウランのサプリよりもwikiの方が面白いという稀有な存在。

グラトニー
この小説での創作。

精神探査の影響
小説のオリジナル設定。
ゴア表現が頭に直接投影されたら気持ち悪くなりそうだな、と。


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2075年7月7日 UCAS シアトル スノホミッシュ サークルファーム

日の出直後のシアトル。すでに周囲は夏の日差しが広がっている。

深夜に降った雨のおかげで涼し気な空気が漂い、薔薇達も今が盛りと咲き誇る。

そんな早朝、サークルファームの応接間に1人腰掛けているのはアリアドネ姉妹団のハイプリーステスたるケイトだ。

 

「さて、マデリンは連絡をくれるかしらね。」

 

まるで、その言葉を待っていたかのようにケイトのコムリンクが着信を告げる。

相手の名前はマデリン・シュミット。

合わせて画像転送の承認を求めるウインドウがポップアップする。

ケイトが承認すると1人の女性の姿が正面のソファーに現れる。

その姿はクールビューティーと呼ぶのが相応しい20代後半に見える美女だ。長いブルネットの髪を頭の上でシニヨンに結い上げ、大振りな丸形のスマートグラス、そして最新のデザインのビジネススーツに身を包む。

丸形の眼鏡を持ってしても緩和できない射抜くような鋭い眼差しが、ケイトと目があった瞬間に雪のように溶け去る。

そしてマデリンが口を開く。

その喋り方は怒っているというよりは甘えているかのような、甘やかな響きがある。

 

「今をときめくSVTのジュニアパートナーである私をメール一本で呼び出すなんて、あなたぐらいよ、ケイト。」

 

くすくすと笑いながらケイトも言葉を返す。

 

「あたしは薔薇が見頃だから朝のうちに見に来たらって誘っただけのつもりなのだけど。忙しすぎるんじゃないの?」

 

マデリンは大げさな仕草で両手を頭上に上げる。クールなスーツスタイルに似合わないこと甚だしい。

 

「そうよ、私があなたの顔を見たかったのよ。あなたこそ、私の都合に合わせてもらって悪いわね。」

 

ケイトは可愛らしく小首を傾げる。

 

「あら薔薇の世話をする生活してると、これぐらいの時間はもう活動時間よ。昔からあなたは始業30分は予定入れないようにしてたから、この時間に来てくれるかと思って待ってただけよ。」

 

何かを懐かしむように2人は微笑み合う。

 

「そう。確かにケイトが面倒見てるだけあって見事な薔薇ね。生身で訪問したかったわ。」

 

「今をときめくジュニアパートナー様にはシアトルの片田舎に来る時間はなかなか取れないでしょうね。」

 

その言葉に含まれる少しすねたような響きを受けてマデリンは少し嬉しそうな顔をする。

 

「本当に。評価されるのは嬉しいけど、追い求めるのと、追われるのはまた違うわね。ケイトに手伝って貰って追いかけていた頃が懐かしいわ。」

 

少し寂しそうに微笑むケイト。

 

「それで本題は? 薔薇を見せてくれようとしただけでも構わないのだけど。」

 

「姉妹が危険にさらされて対応してるのだけど、あなたの領分に踏み込んでいる気がしたの。」

 

「政治的なリスクを伴うと?」

 

STV、スターク、テイシン アンド ヴァンデマー、それは世界的に見ても特殊な法律事務所である。

2030年という覚醒してから間もなく覚醒関係を専門に取り扱う法律事務所として成立し、着々と勢力を伸ばした結果現代では個人の法律事務所としては世界最大規模であり数千人の弁護士を世界中で雇用している。

 

この事務所は通常の事件への弁護やアドバイス、リスクアセスメントも行うが攻性リスク管理とも言うべきサービスを行っている。政治的にリスクとなり得る覚醒事件に事前に対応しリスク回避を行うのだ。

もちろんUCAS政府とも強い繋がりを持っている。

これにより今マデリンのいるワシントンではSTVはシェディムや昆虫精霊などと暗闘を繰り広げている。

マデリンはダーティワーク管理部署である特殊顧客対応部の北米の責任者である。

 

ケイトはアンゲリーカの誘拐事件が北米全体のリスクになり得る可能性があると言っているのだ。

 

ケイトは順を追ってマデリンに状況を伝えていく。

 

「偶然が2つ重なることはよくあるわ。でも、3つ重なるなら誰かの意思を想定した方が良いとは思わない?」

 

マデリンはケイトと会ったときの緩んだ瞳を引っ込め、全てを射抜くような瞳に戻っている。

 

「確かにそうね。人1人拐う仕掛けとしてはあまりにも大掛かりすぎるわね。でも、金持ちの好事家に狙われたなら、これぐらいの仕立てはあり得るわよ?」

 

ケイトは静かに首を左右にふる。

 

「シアトル全体、特にエヴァレットで魔力偏位が起きている感覚があるの。前のハレー彗星みたいな自然現象かとは思うのだけど星の巡りで魔力変動するなら、この変動を見越して動いている人がいてもおかしくないかと思って。」

 

「シアトル全体の魔力変動なんてあれば報告があるはずなのに何もないわ。」

 

ケイトが得意気に笑う。

 

「仮にもあたしはアリアドネの姉妹団のハイプリーステスよ。その辺りの木っ端魔術師と同じに考えてもらっては困るわ。恐らくイニシエイトなら2日、普通の魔法使いでも1週間もすれば気がつくのではないかしら。」

 

「大魔女様の強大さは建材で安心したわ。話はそれだけ?」

 

「伝えたいのはそんなところね。そう言えば、知っていたら教えて欲しいのだけど、アトランティス財団のマイケル・エルドリッチという人物知ってるかしら。誘拐された女性をシアトルに呼んだ人物なんだけど。」

 

エルドリッチの名前を聞いた瞬間マデリンの顔が険しくなる。

甘い果物だと思って食べたら苦かった、そんな顔だ。

 

「知ってる。高慢な時代錯誤の厨二病野郎よ。」

 

困惑顔のケイト。

 

「ほら、人の趣味はそれぞれだし。」

 

「一番最悪なのはこいつブラックロッジの中堅メンバーよ。真面目に魔術師で世界を動かしてると信じてるパラノイア組織。こいつらの性で仕事が増えてる節もあるわ。」

 

神妙な顔になるケイト。

 

「つまり、大規模な地霊術によりシアトルの魔力を底上げしている可能性もあるのかしら?」

 

「否定できなくなってきたわ。それにこいつらは第5世界で魔術を実践してきた実績があるわ。魔術的に意味のある星辰正しき時を把握している可能性もあるわね。」

 

2人は顔を見合わせため息をつく。

 

「ブラックロッジは噂は聞くけど直接関わるのは初めてなのよね。」

 

珍しい料理を出された。そんな風情のケイト。

心底嫌そうなマデリン。

 

「秘密主義の陰謀論者実践派よ。関わらない方が人生幸せよ。」

 

「あなたは関わったことあるみたいね。」

 

「ノーコメント。もしかして、これ関係あるかも。アレスのファイアウオッチが半月程前からシアトルに常駐してエヴァレットで昆虫精霊の掃討をしているわね。そのバックアップとして覚醒対応局まで出張ってる。異常ね。」

 

ケイトのコムリンクに地図情報が届く。

ファイアウオッチの掃討した場所についてだろう。

 

「ブラックロッジは世界中の国家やメがコーポに影響力があるって聞いてるけど本当なの。」

 

マデリンは何も応えず疲れた笑みを浮かべる。

つられてケイトもため息1つ。

 

「じゃあ、情報は逐一共有させてもらうようにするわね。」

 

柔らかにマデリンが微笑む。

 

「バーチャルとは言え顔を見れて良かったわ。じゃあ、またね。」

 

ケイトが何かを言おうと口を開きかける。

小首を傾げるマデリン。

 

「いえ、あなたは相変わらず若く見えるわね。同じ年とは思えないわ。」

 

「ふふ、あたしはきっとゴブリン化前のエルフなのよ。もうじきエルフになる兆候ね。」

 

「また、馬鹿なこといって。うん、じゃあ、またね。」

 

「ええ。」

 

そして、マデリンの姿が応接室から消える。

ケイトはマデリンの好んでいた香水の香りを嗅いだような錯覚を覚え頭を振る。

その場所には、ただ薔薇の柔らかな香りが立ち込めている。

ケイトは毅然とした顔つきになりまマデリンから提供された情報をエルに共有するためにコムリンクの操作をし始める。

まだ、日は昇ったばなりだから、エルは寝ているのだろうなと考えながら。




マデリン・シュミット/Madeline Schmidt
シナリオ集『Toxic_Alleys』および『Collapsing_Now』より。
ケイトとの関係性についてはオリジナルです。
ちなみにブラックロッジへの意識も創作です。

スターク、テイシン アンド ヴァンデマー/STARK,THEISSEN, AND VAN DER MAR
シナリオ集『Toxic_Alleys』および『Collapsing_Now』より。

エルフのゴブリン化
発生しないのでマデリンのジョーク。


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2075年7月7日 UCAS シアトル エバレット ストリート

エバレットはしばしば沈没した豪華客船タイタニック号に例えられる都市だ。

かつてハイテク企業を中心に栄えた地区だが、クラッシュ2.0という氷山に衝突し地区の登記情報を失った。

この結果市民や企業は移転を進めていき、現在はバーレーンという海底を目指して沈みゆく途中であるという例えだ。

 

もちろん、沈没を阻止しようとする勢力も存在する。ブラックヘイブン市長の再開発プロジェクトやフェデレットボーイングやUCAS海軍基地の雇用、そして周辺地区の低所得者の住宅地需要などだ。

とは言え、この活動は艦底に穴の空いた状態で水を掻き出しているにすぎず抜本的な解決とはなっていない。

 

そんな沈みゆく豪華客船を4人の男女がのんびりと歩いている。

エルにトロ吉、ダニー。

そして護衛として依頼をかけたトロールのエンフォーサー、マラキだ。

マラキもマフィアに親しい立場のランナーであり、トロ吉とはしばしば共に仕事をする関係だ。

 

「エバレットでアレスといえばR&D拠点を持ってたはずだけど、そこかしら?」

 

ダニーはのんびりと仲間達に問う。

 

「どうかしら。研究施設はセキュアだから避けたいんだけど。でも、ディッサンセンブラーの記憶だとわざわざ社章つけてたからブラックオブチームではなさそうなのよね。デイッサセンブラーはアレスのジョンソンの身元知らなかったのよね?」

 

エルはここに来る前にディッサンセンブラーのリーダーのコムリンクをハッキングしているダニーに尋ねる。

 

「把握してなさそう。連絡先の名前ははアレスのジョンソンで、番号も転送サービス。ギャングを何度も前払いで雇って信頼を勝ち取ってきたみたい。」

 

というのも、デイッサセンブラーのリーダーのコムリンクの作戦予定日と報酬の入金日をを見比べると入金日が先に来ていたのだ。

 

「そうなると、あたしの描いたイラスト頼りかぁ。」

 

大声で笑い声を上げるトロ吉。

 

「いや、あの絵は無理だろう。」

 

「わかってるわよ。早く頭の中のイメージを電子化できるようにならないかしら。」

 

「思考の画像化はまだ難しそうね。」

 

「最近噂で聞くeゴーストになればいけんのかね?」

 

「なったことないから知らないけど、その時点で死んでない?」

 

「違いねぇ。」

 

危機感も少なくのんびりと歩く4人。

治安が悪く美女が2人がいるとはいえ、トロールを2人連れた彼女達に手を出してくる馬鹿はいない。

4人が目指しているのはアレスが昆虫精霊から開放したという触れ込みのビルだ。

誘拐した相手を確保するためにビルを制圧するとは考えにくい。

だが、ケイトが伝えてきた奇妙な魔力潮位の偏位の中核がエバレットである以上、このビルに何かある可能性はある。

とは言え、エルはエバレットに入っても何も感じていない為ビルを見ても何か判るとは限らないのだが。

 

ファイアウオッチが“開放”したビルは7棟。

場所はエバレット全域に散らばっている。

全てが持ち主の登記情報が失われ放棄されたものだ。

このため、アレスは廃ビルを買収してからファイアウオッチを展開している。

結果ビル内で何が起ころうとアレスは治外法権に守られることになり問題とはならない。

つまり、ビル内に本当に住民がいたのか、いたのならそれが昆虫精霊だったのかは問題とされないのだ。

 

そんなビルの周りの聞き込みを進める一行。

ビルには確かに住民がおり貧しいながらも周囲の困窮者に救いの手を差し伸べる慈善団体であったらしい。

まず唸り声をあげるのはダニーだ。

 

「うーん。これ本当は人権問題じゃないの? 再開発したいアレスとブラックヘイブンが組んで慈善団体潰してるとしか見えないのだけど。」

 

苦笑するのはより深い影を走る3人だ。

 

「世界友愛協会の例があるから、あたし達は慈善団体と言われると疑ってしまうけど、どうなのかしら。」

 

ボソリとマラキが口を開く。

 

「まあわからねぇけどな。以前絡んだランでは慈善団体と立ち退きを求める抗議団体の両方が昆虫精霊に汚染されててってケースもあったな。とは言え、昆虫精霊が汚染するのに時間かかるからな、住み込みだの合宿だの言ってる団体はヤバいイメージがある。」

 

何か嫌な事を思い出したように顔を顰めるダニー。

 

「なるほどね。確かに住み込みボランティアがドンドン昆虫精霊に置き換わっても誰も気がつかなわけか。」

 

「魔法使いが見てもなかなか昆虫精霊の招待は見抜けないしね。」

 

「とは言え、利権とかち合った慈善団体に昆虫精霊の汚名を着せて弾圧するとかはありそうなのよね。」

 

大きくあくびをするトロ吉。

 

「まあ、今日の行き先は掃除済みだ。気楽に回ろうぜ。」

 

「アレスの敷地だ。何か絡んでるならトラップぐらいはありそうだがな。」

 

ここに来て納得顔のダニー。

 

「それであたしは呼ばれた訳ね。マトリックスの警戒は任せて。」

 

ビルの敷地は高さ2m程度の硬化樹脂のフェンスで覆われており、敷地内を見ることはできない。

フェンスの上にはワイヤーが張り巡らされ疎らに監視カメラも設置されている。

 

ぐるりと見回しマラキが口を開く。

 

「ワイヤーがオフラインなら、あの監視カメラさえ潰して貰えれば簡単に入れそうだな。」

 

「ワイヤーはオフラインだから切ったり触ったりしても大丈夫だと思うわ。カメラは細工するわね。」

 

しばしの沈黙。

ダニーはさくりとカメラにマークをつけ画像編集を行う。

 

「これでループ映像流れてるはずよ。」

 

自信有りげに請け負うダニー。

それを聞いておもむろにじゃんけんを始めるトロ吉とマラキ。

負けたトロ吉がマラキを肩車する。

4メートルを超えるタワー。なかなかに圧巻である。

手慣れた動作でワイヤー切ると軽々と塀を超えマラキが中に飛び込む。

コムリンクに問題なしの連絡。

トロ吉が順番にエルとダニーをリフトしマラキに引き渡していく。

最後にトロ吉は懸垂の要領で塀の上にに体を引き上げ、塀を超える。

 

トロ吉が塀を超えた時、目にしたのはうずくまるエルとダニー。

そして、困惑顔のマラキだ。

 

「おい、どうした? マラキにセクハラでもされたか?」

 

「何言ってやがる、俺はガラス食器みたいに丁寧に地面に降ろしただけだ。」

 

そんな言い合いを抑えるためにか、よろよろとエルとダニーが立ち上がる。

その顔色はかなり悪い。

辛そうにしながらもダニーが口を開く。

 

「マラキさんのせいじゃないわよ。この敷地内がかなり強いディゾナンスウェルになってるみたい。そこから漏れる反共振力に当てられたのよ。」

 

「じゃあ、エルはセクハラか?」

 

「なんでそうなるのよ。ダニーと同じよ。あたしが反応してるのは汚染されたドメインだけど。」

 

そんなことを言い合いながらも落ち着きを取り戻していく2人。

 

「少なくとも何かあるのは確定ね。」

 

ビルは5階建ての雑居ビルだ。

30m四方程度のビルとは言え、捜索するのはなかなかに大変である。

ビル内には生々しい銃撃戦の後が残されており、ファイアウオッチが戦闘をしたことは間違いないようだ。

 

そんな中ダニーが呟く。

 

「……下から不快感は来てる気がするわね。」

 

エルもその言葉に頷く。

 

「同じく。地下室におりてみましょう。」

 

4人は警戒しながら地下への階段を降りる。

地下には倉庫スペースにでも使用されていたのか小さな部屋になっていた。

そのスペースには雑多に箱が積み上がっている。

目敏く異常に気がつくのはダニーだ。

 

「ここの箱動かした跡があるわ。ミスディレクションでなければ、この後ろに何かあるんじゃない?」

 

ちらりとトロ吉を見るダニー。

 

「へいよっと。」

 

トロ吉とマラキが移動させた跡のある箱を移動させる。

だが、そこには何もない。

拍子抜けしたような顔のダニー。

 

「何もないわね。」

 

無言で何も無い空間を睨みつけるエル。

 

「完全透明化で何かを隠しているのかしら。」

 

そしてエルはベルトポーチに手を入れダニーの方へと何かを振りかける。

周囲に広がるミントの香り。

怪訝な顔のダニー。

 

「これは?」

 

ミントの香りは魔を退ける。

古典的な魔女による魔除けだ。

 

「おまじないよ。もう一度そのあたりをよく見てもらっても良いかしら?」

 

何もないものは無いのだが。

そんな顔をしながらもダニーは目を凝らす。

すると先程迄気がつかなかった2枚のカードが目につく。

2枚のカードにはイラストが描かれている。

1枚は獅子を抑え込む美女のイラスト、1枚は足から逆さ吊りにされた男性のイラストだ。

よく見れば美女のイラストは男性のイラストに突き刺さっている。

 

「2枚のカードがあるわね。」

 

拾おうと手を伸ばすダニーをエルが慌てて止める。

 

「待って、カードには触らないでちょうだい。それ呪文で隠されていた儀式呪文の魔術基盤だと思うわ。」

 

全くわかっていない顔の3人。

とりあえず、ダニーは気持ち悪いものを見るような目でカードを見つめる。

 

「よくわからないけど、このカードはあたしにしか見えないの?」

 

「ええ。とりあえず絵柄などを教えてくれないかしら。」

 

カードの画像を共有するダニー。

真剣な顔で画像を見るエルと、我関せずと周囲を警戒するトロール2人。

 

「タロットカードの力と吊るされた男だとは思うけど。タロットカードを他のタロットカードに刺すと言う儀式は聞いたことないわね。」

 

「カード持って帰る?」

 

気楽なダニーの質問にエルが悩み込む。

 

「そうね。侵入したのがバレるのは時間の問題だし本気で警戒をされたら再度侵入するのは骨だしね。」

 

ダニーを制しエルがタロットに触れた瞬間タロットカードが大爆発を起こす。

カードに触れていたエル、興味津々で覗き込んでいたダニー。

2人とも、いや4人ともカードの爆発など想定はしていなかった。

しかし、4人とも爆発の瞬間かろうじて反応が間に合う。

女子2人は無意識に爆発から逃れる方向へと飛び退る。

反対にトロール2人は爆発へとあえて踏み込み女子2人を抱え込む。

トロール2人にとっては可愛らしい火傷でも、女子2人にとっては命に関わる火傷になりかねない。

とは言え爆発の規模もわからないタイミングで迷わず爆発に飛び込むプロの動きの潔さよ。

エルとダニーが我に返った時にはトロール達の腕の中にいた。

慌ててエルが叫ぶ。

 

「逃げるわよ。今の火球撃てるクラスの術者の喚んだ精霊が来たら全滅もあり得るわよ。トロ吉はあたしの体担いで走ってちょうだい。アストラル投射して時間を稼ぐから。」

 

一目散に駆け出す3人。

肉体からはエルのアストラル体がアストラル界へと解き放たれる。

普段は地球の蒼いオーラに照らされ幻想的な月夜のようなアストラル界。

そこが黒い汚泥のような影に汚染されアストラル体となったエルへと纏まりついてくる。

この汚泥のような穢れたドメインはタロットが破壊されても未だに留まり続けている。

そして皆が1階に到達する前に1体の精霊が姿を現す。

その姿は悪魔と呼ぶのが相応しいような外見だ。

山羊の頭に女性の体、背中には大きな蝙蝠の翼、股間には男性の象徴。

全体的な印象からエルは相手が大地の精霊であると看破する。仮にこいつが階段で実体化し防御に専念された場合突破は現実的ではないだろう。

精霊としても目の前に敵対者がいる状態で実体化するほど無謀ではなくエルに対し、そのアストラルの四肢を振りおろす。

明確に格上の精霊からの攻撃だ。直撃すればただでは済まない。

故にエルは最初から撃破を狙わず、自らの生存を最優先する。

精霊の召喚者が精霊に対して指示をするなら敷地に関係して命令を下しているだろう。

そうであれば、この敷地から脱出すれば追撃も緩むはずだ。

もちろん可能性の問題だが脱出してしまえば選択肢は様々にある。

いくらアレスがメがコーポであっても市街地で精霊を実体化させた場合罪に問われる。

そこまで悪手を打つこともあるまい。

 

この可能性を信じてエルは必死で攻撃を捌く。

今回は汚染されたドメインで敵の精霊が弱体化していたこともエルには有利に働いた。

そして無限に続くような数分間を生き延び敷地外に出た瞬間、悪魔は消え失せた。

どうやら賭けには勝ったようだ。

 

この時仲間達はたまに周囲で奇妙な光が迸るな程度の認識していない。

 

敷地を出てから少しして突然エルが意識を取り戻す。

 

「もう大丈夫みたい。精霊は敷地内のメタヒューマンを相手にするように命じられてたみたいで追いかけて来てないわ。」

 

ほっと一息付き足を止める3人。

 

「とりあえず車に戻ってから治療で良いかしら。」

 

「ああ、俺達は大した怪我はしていないから大丈夫だ。そりよりもお前の体調次第では引き上げる事もありだと思うが。」

 

確かにエルの顔には疲労の色が濃い。

わずかに沈黙した後エルが口を開く。

 

「警戒レベルを上げられる前にもう一箇所ぐらい調べてしまいたいわな。さっきの精霊を警備に回されると、かなりキツイわ。」

 

かくして、エル達はもう一箇所の調査を行った。

結果セキュリティは変わらず同様に地下室にタロットカードがあり、女帝が愚者のカードに刺さっているのであった。

 




マラキ
オリジナルキャラ。

ディゾナンスウェル
反共振力井戸。ここに入ると普通のテクノマンサーは能力が制限される。

汚染されたドメイン
魔力が汚染されており普通の魔法使いはこの中に入ると能力が制限される。

ミントの香り
単なる呪文抵抗の演出。


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2075年7月7日 UCAS シアトル ベルビュー 高級住宅街

ベルビューとは完成されたゲーテッドコミュニティである。

ここに住むためには資産がなければならない。

資産家はリスクを嫌う。必然的に治安が向上する。

そして、エリア単位で簡易アーコロジーとなっており入るためには身分の照会、要件の確認、出入りの予定、そして人数の確認が行われる。

アーコロジーであるために侵入経路は限られ正規のルートは厳重なセキュリティによって守られている。

更にシアトルと契約し警察業を請け負っているナイトエラント、ベルビュー地区と契約し警察業を請け負っているローンスター、ベルビュー地区最大の警備会社であり善意の出撃も辞さないセンチュリオン警備保障の3社が市街地では手ぐすねを引いて待ち構えている。

このため市街地では夜でも安心して暮らせる地区となっている。

とは言え、完全なアーコロジーではない以上外部との空気などをやり取りする通気口や天井の偏光パネルをメンテナンスするためのハッチなど入口はいくらでもある。

日の落ちた時間帯、そんなメンテナンス用のハッチに人影が2つ取り付いている。

マリアとアデーレの主従である。

ゼーダークルップよりマイケル・エルドリッチの暗殺依頼を請け、2人はここに来ている。

ハッチをマグロックパスキーでこじ開け、するりと2人はアーコロジー内部に滑り込む。本来であれば警備室への警報がなるような行為だ。しかし、今日はメンテナンス会社から上部階層のメンテナンスの申請が出されており、メンテナンスの際に頻繁になる警報を嫌った警備員が警報を切っている。

もちろん、このメンテナンス予定も彼女たちの仕込みに依るものである。

 

メンテナンス用のキャットウォークを文字通り猫のように駆け抜ける2人。まるで実体がないのかのように音がしない。

そしてGPS情報を元に目的の作業用ハッチへと到達する。

このハッチの下には、この街区の中央に立つ樹木の上にある。

このハッチは樹木メンテナンス用として作られたハッチであり、警備会社からはセキュリティ上取り除くように希望されていたハッチだ。

 

「では、ご武運を。」

 

そう告げるとアデーレがハッチを開き、マリアは軽やかにハッチに飛び込む。

マリアの肉体は重力に引かれ落下し樹木に到達する。そのまま猿のようにするすると樹木の半ばまで降りると再び跳躍する。

そして目標の屋根に5点接地で着地し、ごろりと転がり勢いのままに跳ね起きる。

そのまま加速し隣家の屋根へと飛び移る。

誰かが空を見上げれば、家と家の間を飛ぶ、その黒い影を見ることもできたであろうが街路に人の姿はない。

完璧に統御された光当たるゲーテッドコミュニティ。

その空の闇を首刈りウサギの駆け抜けることのなんたる皮肉か。

しばし、飛び、跳ね、転がり、よじ登り、目的のマイケル・エルドリッチの家へとたどり着く。

 

マリアはふとエルドリッチの素性を思い出す。

 

マイケル・エルドリッチ。

ブラックロッジの第3位の位階であるマーリンの階級にある魔術師だ。

性格は偏執的で誰も信用しない人物。

表向き所属しているアトランティス財団では外面は取り繕い、シアトル支部を任されていた。

シアトルにおいて何らかの召喚儀式を執り行おうとしている。

ゼーダークルップからの依頼は彼の死と召喚儀式の詳細資料の入手だ。

 

幸いにもエルドリッチは誰も信用していないことから家族はいない。

街区のセキュリティホストに家をスレイブ化するサービスもあるが使用していない。

このため家のセキュリティは制圧済みだ。

 

マリアは2階の窓を開け、するりと室内へと滑り込む。

しばらく前までドラゴン達はブラックロッジと熾烈な争いを繰り広げていた。

これに伴いマリアはかなりの数のブラックロッジメンバーを手にかけている。

とは言え、この戦いはブラックロッジの敗北という形で決着がついており、最近はブラックロッジがターゲットになることも少ない。

ブラックロッジの幹部は皆高位のイニシエイトである。

これは彼らが戦闘要員であることを意味しない。

ブラックロッジの本質は組織の背後に潜み思うままに操ることだ。

故に彼らが前線指揮官となることは想定していない。

だからこそ一介の首刈りウサギが、その首を刈り取り得るのだ。

 

鎧の呪文?

それはトロールの肉体よりも硬いのか?

 

反射増強の呪文?

それは首刈りウサギを凌ぐ速さなのか?

 

火球の呪文?

それはグレネードランチャーよりも凶悪か?

 

凶悪な精霊?

術者が死ぬ前に動けるのか?

 

故に首刈りウサギは恐れない。

ただ、そこを己の草刈り場と割り切り踏み込む。

とは言え、高位のイニシエイトが脅威であることには変わりない。

故に歌わず、形ある影のように静かに駆け抜ける。

不意を打ち、何かを理解する暇も与えず、ただ首を落とす。

 

エルドリッチが居間で酒を飲んでいるのは室内の空調システムのセンサーから把握している。

マリアにとっての誤算は電子センサーは生物以外に反応しないことだ。

エルドリッチは他者を信用しない。

だからこそ、自らの支配下にある束縛した精霊を信頼する。

否、寂しさを埋めるために用いる。

エルドリッチは助力を費やして精霊を実体化させ酒の相手をさせていたのだ。

 

マリアが部屋に踏み込んだ時室内には3つの存在がいた。

エルドリッチ、女悪魔、そして犬。

 

マリアにとってエルドリッチ以外はノイズに過ぎない。

突然侵入してきたマリアに反応できたのは犬だけだった。

犬は果敢にも侵入者に対して噛みつこうと襲いかかる。

しかし、鎧袖一触、マリアの指から煌めく銀閃により両断される。

この一瞬を利用しエルドリッチは悪魔へマリアの排除を命じようとする。

 

しかし、アルコールに頭と肉体を濁らせた魔法使いは単なる首狩り機と化したマリアの反応速度に敵うはずもなく目の前には死の銀閃が迫る。

発声もできずかろうじて地面に転がることでエルドリッチは間近な死を回避し自身の束縛した精霊に救いを求める視線を向ける。

しかし彼女は美味そうにウイスキーのグラスを傾けるだけだ。

 

何故だ!

自らは誰も信じず力だけを求めた魔法使いはこれまで自身が酷使してきた精霊が何故自分を救わないのか疑問に思いながら冥府へと旅立った。

 

エルドリッチを始末したマリアは視線を女悪魔へと向ける。

彼女は立ち上がると優雅に一礼しアストラルの彼方へと消え失せた。

 

マリアはコムリンクを拾いタグイレーサーでタグを焼いた後強力なジャマーをコムリンクに貼り付けると来た道を引き返す。

 

彼女の頭の中にあるのは侵入時のタイム。

そして、帰り道ではタイムをどの程度短縮できるだろうかというストイックなアスリートの思考だけであった。

 




ブラックロッジ/THE BLACK LODGE
本編でブラックロッジの解説をできそうにないので、ここで簡単に書いておきます。
ブラックロッジは第四世界でイモータルエルフによって組織された魔術結社です。
しかし、第五世界においてイモータルエルフとヒューマンの結社員が対立し、反エルフ魔術結社となります。
また、ドラゴンの魔術素材を積極的に扱っていたことからドラゴンの逆鱗に触れドラゴンとも対立関係にあります。

その最大の力は様々な組織に潜り込ませた構成員であり、彼らがブラックロッジの目的を達成するために組織に働きかけ操るのです。

組織構成は以下の通り。

秘密の主/Penultimate Master
組織の首領、1名のみ。
正体は謎に包まれている。

黒の議会/Black Council
6名で構成されるブラックロッジの最高意思決定機関。
6枚それぞれがマーリンのセルを1つづつ操っている。

マーリン/Merlin,
6名のセルが6個で構成されている。
主にAAAクラスのメガコーポに影響力をふるえるメンバー。

この下に、モルガナ/Morgana、モードレッド/Mordred,、ラスプーチン/Rasputin、ノストラダムス/Nostradamusと下部ネットワークを持つ。
構成は全て同様で上位のセルと繋がる1名と下位のセルに繋がる5名と言う構成となる。

『Dark_Terror』より。


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2075年7月7日 UCAS シアトル タコマ 道教寺院

タコマ西部、ピュージェット湾に面した地区にリトルアジアと呼ばれるチャイナタウンがある。

タコマの中央から車で15分程度、そんな中心地を外れた場所にリトルアジアは存在する。

職を失った労働者たちが寄り集まり自衛を行う。

そこに犯罪組織が保護を申し出る。

そのようにして生まれた東洋人系スラム、それがリトルアジアだ。

 

昼間はもちろんだが夜間に東洋人以外が歩くことはなかなかに命知らずな行為である。

覚醒前にもタコマにはチャイナタウンがあった。そこは白人と東洋人の衝突により焼き討ちを受け、すでに存在しない。

だからこそ、スラムの形をとってしまったことは仕方のないことなのだろう。

 

夜8時を回り飲食店もそろそろ店仕舞いを考える時間帯、エルとトロ吉は2人でリトルアジアを歩いている。

周囲から向けられる非好意的な視線など意に介さず気楽なそぞろ歩きの風情だ。

場所はリトルアジア中心部であり、辺りには中華風の装飾の目立つ家屋が目立つ。

圧倒的な存在感を放つ無骨なサイバーアームのトロールと美しいエルフ。

トロ吉の存在感に加え、この2人組の奇妙な取り合わせがチンピラ達が粗相をするのを控えた節もある。

 

2人の目的地はリトルアジアの真ん中にあり精神的な支柱でもある道教寺院だ。

そして、ここはチャイニーズマフィア三合会の1つ、黃蓮会の本拠地でもある。

リトルアジアの狭い街路を歩いていと突然視界が開け赤い煉瓦の壁に行き当たる。

その壁の向こうからは多数の人々が一糸乱れぬ動きで地面を踏み鳴らす音が響いてくる。

正面の門の上には訪問者を睥睨する龍と虎の像がそびえ立つ。

門は大きく開け放たれ、その正面にはサブマシンガンで武装した東洋系の顔立ちのオークとヒューマンが門番をしている。

良く訓練をされているらしく自然に銃をトロ吉に向けている。

エルは銃など目に入らぬとばかりに穏やかな微笑みを浮かべ口を開く。

 

「夜分に失礼いたします。エルと申します。こちらの香主であるチェン様にお約束を頂いておりますのでお取次ぎいただけますか?」

 

オークが頷く。

 

「ああ、話は聞いている。香主は今メンバー達と太極拳を舞っていらっしゃる。応接まで案内させるから、そこで待っていてもらえるか。」

 

太極拳を舞うとはと少し疑問に感じながらもエルはおくびにも出さずにこやかに微笑む。

トロ吉は盛大に首を傾げている。

 

「ありがとうございます。」

 

敷地内に踏み込むと空気が変わる。

少なくとも覚醒者にとって異なる領域に踏み込んだのだ。

地脈の操作に長けた三合会だ。自分たちの本拠地を五行様式に偏位させていても何らおかしくはないだろう。

とは言え、エバレットの廃ビルの様な不快感はない。

 

エルが魔法使いとして周囲を分析している中、トロ吉は無数のメタヒューマンが一糸乱れぬ動きで舞う群舞を眺めていた。

流れる様に円を描き流れる水のように留まらず舞い続ける。

一見、その動きは優雅ながら実戦を想定した獰猛さをも含んでいる。

舞は儀式でもある。これも魔力偏位を起こすための仕掛けの1つなのだろう。

 

その先頭で一際優雅に動く男性が1人。

上質な黒絹の道袍を身に着けている。

 

しばらく眺めていると舞が終わり道袍の男が2人に近づく。

まずエルが頭を下げる。

 

「チェン香主、本日はお時間いただき誠にありがとうございます。」

 

近くで見るとチェンは今まで動き続けていたとは思えないほど青白い顔をしており、その瞳は黄色く輝いている。

その青白い顔に笑みを浮かべチェンは言葉を返す。

 

「ケイトから、姉妹の危機に付き、で始まる依頼を断ると面倒ですからね。ついてきなさい、話を聞きましょう。」

 

チェンは2人を先導し歩き始める。

その動きは静かでまるで音がしない。

黒の道袍には図像化された四神が朱色で刺繍されている。

そして長く伸びた爪、立派な髭と、邪悪な仙人そのものと言った服装だ。

 

寺院自体は中華風であり所狭しと様々な文様が彫り込まれ、厚く香が焚かれている。

チェンが2人を招き入れたのは中華文様のシルクの絨毯が敷かれ、壁には仙女の絵が掛けられている。

一介のランナーを招き入れる部屋ではない。チャンは2人を賓客としてもてなすつもりのようだ。

中央には木製のテーブルと両サイドにソファー。

 

「まあ、掛けなさい。」

 

チャンは穏やかに声をかける。

 

「ありがとうございます。」

 

優雅に腰掛けるエルと、迷いながらもエルに引っ張られ腰掛けるトロ吉。

3人が腰掛けると緑地に金の刺繍のチャイナドレスを身に着けた女性がお茶と月餅を持ってくる。

お茶からはほんのりとハーブの香りが立ち上る。

 

「さて、私の知恵を借りたいとのことですが?」

 

エルは1つ頷くと今回の事件の経緯と状況、エバレットで見つけたタロットについて隠さずに説明する。

 

「経緯はわかりました。何故私に相談を?」

 

「今回エバレットで出会った精霊に違和感を感じたためです。

精霊は通常は術者と同じパラダイムに属します。今回汚染領域を作成しているはずの術者の喚んだ精霊が汚染領域により力を奪われていました。

このため今回の術者は自身が扱えない汚染領域を増やしていることになります。

この理由がわかりません。

そうケイトに相談したところ、あなたのお知恵をお借りするべきだと。」

 

チャンは薄っすらと笑う。

その口元からはひどく尖った黄色い八重歯が見える。

 

「なるほど。我々は魔力を正邪ではなく全てを太極とし陰陽、五行と意味を見出す故に、今回の仕掛けも意味を見いだせるだろう、と。」

 

エルは頷きを返す。

 

「7つのビルの仕掛けがこちらになります。残念ながら7つのうち2つからはタロットを見つけることはできていません。」

 

エル達はケイトの伝手により報酬を確保しランナーを雇いエバレットのビルを探索して貰ったのだ。

その結果がビルの探索結果だ。

 

星が戦車に刺さり、月が太陽に刺さり、力が吊るされた男に刺さり、女教皇が悪魔に刺さり、女帝が愚者に刺さる。

 

「なるほど。仕掛け人はブラックロッジですか。なかなかに面白いことを考えますね。」

 

わずかにエルの微笑みが強ばる。

 

「教えていただけますでしょうか?」

 

チャンの紳士的な笑みにわずかに嗜虐的な色が混じる。

 

「もちろんです。報酬についてケイトから聞いていますか?」

 

エルが硬い動きで頷く。

 

「五行様式用に調整されたバラのリージェント1000ドラム、それと…」

 

「あなたの生き血、ですね。覚悟は良いのですね?」

 

慌てて立ち上がろうとするトロ吉を片手で抑えエルは頷く。

 

「魔力と生命に影響がでなければいかようにでも。」

 

「これによりバンパイア、いえ、バンシーになるかもしれまんよ?」

 

ひどく楽しそうにチャンは笑う。

 

「覚悟の上です。首筋から吸うのが流儀でしょうか?」

 

エルはそう言いながらジャケットの胸元を大きく開き美しいデコルテラインをあらわにする。

 

「勇ましい話ですがトリデオの見過ぎでは? 手首に口づけをさせていただければ結構です。」

 

エルの差し出した手首に優しくチャンが口付けをする。

苦痛を覚悟したエルだが、その体に流れるのは味わったことの無いような快楽。

覚悟した感覚と真逆の感覚を与えられ困惑と共に襲いかかる恍惚感に魂が蕩かされそつな恐怖感すら感じる。

 

その奔流のような快楽はチャンが口付けを解くと同時に急速に引き、物足りなさすら感じる。

さらなる口付けを求めそうになる気持ちを抑え込みエルは口を開く。

 

「ご満足いただけたかしら?」

 

「まさにまさに。意思の強さもケイトに似ていますね。良いでしょう、私の推測を話しましょう。」

 

心配顔のトロ吉に手首の治療を任せながらエルはチャンの言葉に集中する。

 

「恐らく反魂術を用いようとしています。」

 

「反魂?」

 

「死者蘇生ですね。死者の蘇生の儀式を伝統的に保持する文化は多くはありません。

このため我々の反魂術を黒魔術により実施するために、どちらの様式とも親和性の高いタロットカードで陰陽五行に見立てて儀式を行ったのでしょう。」

 

言っている意味はわかるが理解できない、そんな顔のエル。

 

「我々の五行思想では五行相克という考え方があります。土は水を堰き止め、水は火を消し止め、火は金属を溶ろかす。金属は樹木を打ち倒し、樹木は大地を割る本来のものが在るがままに戻るという思想です。」

 

トロ吉は考えることを放棄して月餅をかじっている。控えめの甘さが大変口にあったようだ。

 

「では、在るがままになるのでなければどうなるでしょうか?」

 

「起こり得ないこと、つまり死者蘇生を成し遂げることができる、と」

 

チャンはにこりと笑う。

 

「思想的にはそうです。今回はタロットを五行に見立てて五行相克を逆回しにする五行相侮を起こしているのです。ですが、我々も死者の蘇生は行えませんよ。この身のようなバンパイアを含めなければですがね。」

 

更に困惑を深めるエル。

 

「では、意味がない?」

 

「これも見立てではないですかね。 過去の時代に顕現しながらも一度断絶した精霊の再召喚でも企てているのではないでしょうか? 過去の呪文式か何かを遺骸に見立てた反魂術としての召喚。それは恐らくシャドウスピリットの類でしょう。」

 

エルの月餅に手を出すか迷い顔のトロ吉。

それに気がついた給仕の女性がもう1つ月餅を持ってくる。

 

「今回魔力を汚染するために陰陽において陰を現す女性のカードにより、陽を現す男性のカードを破壊しています。これも力に陰陽の概念を持っ五行思想が都合が良かったのでしょう。」

 

少し乾いた声でエルが口を開く。

 

「だから、あの精霊は自身の用意したドメインで能力が制限されていた、と。あの空間、いえ、エバレットは反魂のために整えられたドメインと化している、ということですか?」

 

理解の良い生徒を褒めるようにチャンは微笑む。

 

「恐らくは。そして、この膨大な魔力は北米の地脈に干渉して集約されています。かなり大掛かりな地霊術が行使されていますね。」

 

エルの頭に先日ダニーの依頼で調査したサーリッシュシーの事件が頭によぎる。

 

「…ミツハマ。」

 

「内部で暗躍して者がいるのでしょう。うまくシアトルに流れ込んだ魔力を北米全土に還流してやらねばグレートゴーストダンスの再来に成りかねません。」

 

「つまり、召喚を阻止してなおかつ還流をしなければ、ですか?」

 

「その通りです。我々は地脈を整える為に準備を始めています。あなたもケイトと北米の結節点を護るシャーマンに今の話を伝えなさい。そして召喚阻止をするのです。」

 

ゴクリと息を飲むエル。

ずずと茶を飲むトロ吉。

 

「わかりました、善処いたします。」

 

エルはトロ吉が美味そうに食べていた月餅に少し羨ましそうな目を向け立ち上がろうとする。

 

「急いては事を仕損じるといいます。お茶ぐらい飲んで行きなさい。まだ、時間はあるはずです。そして、今後何か困ったことがあれば相談に来なさい。」

 

エルは無作法にならない程度に急いでお茶を飲み慌てて道教寺院を後にした。

姉妹の危機は都市の危機へと繋がっていく。




リトルアジア/Little Asia
所在地が不明でしたので、リトルアジアに強い影響力のある三合会、八卦会(Octagon)の影響力の強いレストランピースカブルキングダム/Peaceable Kingdom周辺と設定しました。

道教寺院/Taoist Temple
『Emerald_City』、小説『Crimson』より。


黃蓮会/The Yellow Lotus
シアトル最大手の三合会。
『Seattle 2072 』『Mob War!』より。

香主/Incense Master
三合会のNo2で儀礼を司る役職。
第六世界では魔法使いやテクノマンサーであることが多い。

チェン/Su Chen
黃蓮会の香主であるバンパイア。
『Seattle 2072 』、『Mob War!』、小説『Crimson』より。
太極拳の話は『Emerald_City』より。

シャドウスピリット/SHADOW SPIRITS
人に苦痛を与える類の邪悪な精霊。
ホラーとも呼ばれる存在。
『Street_Grimoire』や『ストリートマジック』より。

タロットと五行様式
大枠としては調べていますが本質的にはオリジナル設定です。
嘘オカルト設定楽しいですね。


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2075年7月8日 日本帝国 京都 ミツハマ本社

料亭のような純日本家屋。

十畳程の和室。中央には10は周りを囲めそうな木製の座卓が置かれている。

部屋は庭に面しており綺麗に整えられた日本庭園が広がっている。

時々響く鹿威しの音が風情を引き立てる。

 

ミツハマ本社ホストに設けらたVIP用VR会議室だ。

鉄壁のホストにあるうえアクセス手順自体が大変面倒であり限られた人員しか使用することができない。

まず、アクセス許可を受けるのは各部門長、子会社社長などの社内組織の長のみだ。

更に彼らが1か所アクセスできる物理的な場所を登録し、そこからでないとログインできない。

もちろんオブザーバーとして招待を受けることは可能だが、それも場所の制限は変わらないため、よほど信頼されなければ参加は許されない。

 

そんな仮想の和室に座るのはスーツの男性2人。上座に座るのは40代後半であり、下座に座るのは30代前半の男性だ。

その頭上には三浜魔法研究社と所属が書かれており、上座には社長若松樹、下座には主任研究員宮本大和、と記載されている。

2人はひどく緊張した表情だ。

 

「玉津様、来られますかね?」

 

宮本が若松に話しかける。

 

「来るだろう。アポを承認したんだ。だが、交渉の余地があるかは、なあ。」

 

突然身内を亡くした親族のような顔の2人。

そんな中アナウンスがポップアップする。

 

「玉津桜様が入室されました。」

 

入室してきたのは老婆だ。

桜花紋が散りばめられた薄蒼の着物を身に着けている。帯は白地に金の刺繍。

上品さと貫禄を兼ね備えた着物。

その頭上には北米部門長玉津桜の文字がある。

噂では、その背中には桜吹雪の入れ墨が入っているらしい。

日本企業とは言え着物で会議する人物は珍しく、玉津はその数少ない1人だ。

 

「待たせたようだね。」

 

ミツハマ社内マナーとして下位役職者は上役の5分前に会議室に入らなければ失礼に当たるとある。

このため下位の2人が待っているのは規定事項である。

 

ミツハマはビッグ10の中でも特異的な支配体制を保持している。

取締役会はミツハマ躍進のきっかけを作った4人のヤクザ親分が掌握しCEO三浜敏郎に対して信任をしている。これにより取締役会を割るような険悪な社内閥が発生していない。

そして敏郎麾下に6つの地区部門と6つの産業部門が並列的に存在している。

各部門毎に建前上優劣は存在せず部門を超えての案件は根回しと話し合いにより解決され、合意を得られなければ敏郎の決済を仰ぐ形となる。

しかし部門間の話し合いを敏郎に委ねるのは恥と考えられ、多くの議題はよりミツハマの利益に繋がる方策を優先するという結論を持つことになる。

 

この地域部門の一角である北米部門を30年以上にわたり執り回し北米におけるミツハマの利益を守り続けてきた女傑が玉津なのだ。

現在のミツハマのヤクザ系株主である三枝の企業舎弟であり、経済ヤクザとしての手腕を買われ抜擢。

その後結果を出し続けてきた人物。

シアトルを統べるヤクザ組長、外隅半蔵とは同世代であり組織の垣根を超え日本帝国とミツハマの地歩を固め続けてきた。

そんなミツハマ内部の生きる伝説と向かい合い交渉せねばならない若松の心労はいかほどのものか。

 

「いえいえ、ご足労いただきありがとうございます。」

 

若松と宮本が頭を下げる。

その正面に玉津が楚楚とした仕草で正座する。

 

「さて、お互いに忙しい身だ。前置きは無しにして本題を聞こうじゃないか。」

 

ちらりと宮本と若松が目配せを行い若松が口を開く。

 

「サーリッシュシーの龍脈干渉についてご再考のお願いができないかと。」

 

玉津はふむと一声だし茶をすする。

 

「その件については三浜魔法サービス部門長と話をして納得して貰っているはずだが?」

 

「もちろんです。ですが、うちのメタプレーン探索チームが3名メタプレーンクエストに出ております。龍脈を放棄した場合、彼らの帰還可能性が大幅に下がります。」

 

室内に鳴り響く鹿威しの音。

 

「把握した上での話だ。ゼーダークルップが利益度外視でアサルトチームを動かす準備をしている。今のうちに撤退しなければ我々の行った非合法活動の証拠が全て抑えられてしまう。今撤退すれば採算分岐点はうちに傾く。」

 

VRで汗をかかないにも関わらず頻繁に汗を拭く若松。

一方宮本は悲壮な顔をしている。

 

「せめてあと2日いただければメタプレーンよりも帰還可能性が大きく向上するのですが。」

 

「確かに今回はうちのが半端者使ったのが原因だからね、調整したいところだけど…」

 

期待に目を輝かせる若松。

 

「本来は日本時間で8日付けの撤収完了予定だったが、シアトル時間で処理しよう。ゼーダークルップの目的は分からないが金を湯水のようにばらまいて最短で準備してきている。これ以上の妥協は不可能だ。」

 

宮本が恐る恐る問いかける。

 

「帰還が間に合わなければ?」

 

「間に合うように八百万の神々に祈るんだね。」

 

更に話をしようとする宮本を若松が制する。

 

「わかりました。それまでの撤退を進めます。」

 

「ああ。今回正規軍を動かせないからね。ランナーを動かし証拠を消させる。仮に、そのタイミングでうちとの関与の判る連中が残っていた場合処分対象だ。それが、どれ程貴重な人材でも違いはない。」

 

そう告げると玉津はするりと立ち上がり部屋から退室する。

そして、オンライン会議を終了させ、宮本と若松もジャックアウトする。

 

ここは京都の山科にある三浜魔法研究社の本社研究所だ。

若松の居室である社長室だ。

 

肩をぐるぐると回す若松。

口を開くのは宮本だ。

 

「撤回して貰えませんでしたね。」

 

少し肩をすくめる若松。

 

「まあ、半日譲歩して貰っただけ御の字だろう。あいつらも無事戻って来てくれたら良いのだけどな。」

 

悄然とした風情の宮本。

 

「では、失礼しますね。」

 

「ああ、この件は君の失点にはならないように調整しておくから安心してくれ。良い計画だったのだけどねぇ、君のプラン。ゼーダークルップが介入さえしなければなぁ。」

 

宮本はそれ以上何も言わず退室していく。

そして、裏の休憩スペースに向かい缶コーヒーを買い腰をおろす。

すでに夕方とは言え7月の空はまだまだ明るく全てを焼き焦がすような灼熱の太陽が宮本を照らす。

購入した缶コーヒーを開けもせず地面に視線を向けている。その姿は自分のプロジェクトが不本意な形で頓挫し仲間の命に思いを馳せる研究者にしか見えない。

 

しかし、彼はサブボーカルマイクを使いボソボソと会話をしている。

 

「大和です。2日以内に結節点に掃除部隊が送り込まれます。」

 

宮本のコムコールの相手であろうか。

コムリンクから男性の声がかえる。

その声はディッサンセンブラーに指示をしていたアレスのジョンソンと同じ声だ。

 

「依代の準備はかろうじて終わりそうだが魔力の充足が間に合うかの判断がつかないな。マーリンに確認を取ろう。」

 

「すいません、リアム。俺がもう少しうまくやれば。」

 

リアムは気遣わしげに口を開く。

 

「忌々しいドラゴンだ。君のせいではないよ、大和。私の儀式の完遂を祈っていてくれ。」

 

「わかりました。お気をつけて。」

 

2人の通話はそこで切れる。

宮本はそこでのろのろと先程購入した缶コーヒーを開き口を付ける。

 

リアムは召喚タイミングを相談するためにマーリンこと、マイケル・エルドリッチに連絡を取るがもちろん連絡は取れない。

シアトルは現在7月8日9時過ぎ、エルドリッチはすでに冥府へと旅立っている。

かくして、リアムは上司が連絡が取れないことに苛立ちながら儀式の遂行をしていくことになる。

その結果がどうなるかも知らずに。

 




VIP用VR会議室
オリジナル設定です。

三浜魔法研究社/Mitsuhama Thaumaturgical Research
『Market_Panic』などの企業系サプリより。
ミツハマの魔法に関する基礎研究やメタプレーン探索などを行っている子会社。
多分ミツハマ研究13課/Mitsuhama research unit 13とは別物っぽい。

若松樹および宮本大和
オリジナルキャラ。

玉津桜/Tamatsu Sakura
オリジナルキャラというか、捏造キャラ。
『Corporate_Shadowfiles』ではheと呼ばれている為公式は男性。
本来は桜保さんか何かだと思われる。
細かい設定についてもオリジナル。
ヤクザと繋がりがある、入れ墨があるは公式設定。

社内マナー
オリジナル。

4人のヤクザ親分/THE FOUR OYABUN
『Vice』より。
イラストもある。

三浜敏郎/Toshiro Mitsuhama
『Market_Panic』などの企業系サプリより。
ちなみに支配体制は5版後半以降で少し変わります。

リアム
オリジナルキャラ。


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2075年7月8日 UCAS シアトル ダウンタウン フェデレットボーイング社メインオフィス。

70階建てのメインオフィスの69階、西向きの見晴らしの良い部屋。

奥には重厚な木製のデスクが置かれ、そこに腰を下ろしているのは赤髪の美女。

赤髪の女性はブラウスにタイトなスカートという装いにも関わらず足を組みながら仕事をしている。

人に見せられないと取るか、見せるためにしていると取るかはその人次第だろう。

シアトルの誇るAAメガコーポ、フェデレットボーイングのCEOジェシカ・シリアンニその人だ。

朝の10時、彼女が最も事務仕事に集中できる時間帯だ。昼前になると様々な話し合いの時間となる。

 

そんなゴールデンタイムに入口脇の秘書のコムリンクが鳴る。

シリニアンニの連絡は基本的に秘書が取次を行うために、コムリンクがなること自体は珍しくもない。

ただし、これが社内からの内線であればだが。

外部からCEOへの直通コムコールの番号を知っている者は限られている。

それにも関わらず今回の連絡は外線であり、相手はジャーナリストのダニー・ウエストである。

 

シリニアンニは数ヶ月まえにダニーのインタビューを受けた。内容自体はフェデレットボーイングに対して好意的であり、かなり満足していた。

しかし、それはあくまでもビジネスの付き合いであり直通のコムコールナンバーを交換するような関係でもない。

とは言え、相手は著名なジャーナリストだ。無視するわけにもいかない。

 

「はい、フェデレットボーイングCEO室です。」

 

「ご無沙汰しております。ジャーナリストのダニー・ウエストです。ぶしつけながシリアンニCEOに喫緊のご相談がありご連絡させていただきました。」

 

秘書がため息1つ。

こういった売り込みは多く断るのも彼女の仕事だ。

 

「残念ですがシリアンニは席を外しておりましてご対応させていただくことができません。」

 

「では、お話だけでもお伝えいただけますか。私は今SVTの案件対応をしている魔法使いに協力して動いております。」

 

傍らで仕事をしながら会話を聞いていたシリアンニの眉がピクリと動く。

SVTの名前は無視をするには少し重すぎる。

 

「彼女の話では北米全土良くてもシアトル全域に影響を及ぼすテロが進行しています。これを阻止する為にCEOのお力をお借りしたいのです。」

 

シリアンニはため息を1つついて秘書へと指示をする。

 

「上のラウンジで会うわ。手配してちょうだい。どうせ社の前にでもいるのでしょ?」

 

そう告げるとシリアンニは70階のラウンジに向かう。

レセプションパーティーにも、打ち合わせにも使える多目的ラウンジだ。

眼下にはビュージェットサウンドの海が広がっている。

ラウンジは300人程度は入れる規模であり普段は社員が食事や簡単な打ち合わせに使えるように開放され机だけが並んでいる。

朝一の打ち合わせをしている社員も何組かおり遮光スクリーンを展開して簡易的な会議室を形成している。

そして机に設置されたホワイトノイズジェネレータにより奇妙なほど外部に音は漏れないようになっている。

 

シリアンニがそんなラウンジを見回しているとエレベーターが上がり中からヒューマンとエルフの2人組の女性が姿を現す。

ダニーとエルである。

シリアンニが気安い感じに手を振る。

それに応えるように深々と頭を下げる2人。

 

「急なお願い申し訳ありませんでした、シリアンニさん。」

 

「話の内容次第ね。彼女は?」

 

「彼女はエル。お電話で申し上げましたSVTの依頼で動いております魔法使いです。」

 

シリアンニは軽く頷くと机に向かう。

 

「オーケー。腰を据えて話を聞かせて貰うわ。」

 

対面に2人が座る。

シリアンニが卓上のボタンを押すとホワイトノイズジェネレータが起動し、合わせて周囲に遮光スクリーンが展開される。

トリッドの三次元投影技術を利用した物理的には存在しないスクリーンだ。

 

「改めてあたしがフェデレットボーイングのCEOジェシカ・シリアンニよ。先に聞いておくけど本当にSVTに雇われてるの?」

 

その言葉に応えるようにダニーからシリアンニに証明書が送付される。

 

「正式なSVTからの依頼書と今回のレポートになります。」

 

何もダニーはブラフで会談を取り付けた訳ではない。

エバレットの探索後、敵魔法使いからの襲撃を警戒しダニーとマラキはサークルファームにて匿われていた。

ダニーは本館に、マラキは作業夫用の別館ではあるか。

その後チェンと話をしてから合流したエルとトロ吉を含めて相談をしたところ、いかにアレスへの干渉を行うのかとの話になった。

ダニーがフェデレットボーイングのCEOかナイトエラントのシアトル署長ワードのどちらかなら伝手があると話題に出した。

彼女達を説得するための資料がないと話をしたところケイトがあっさりと告げたのだ。

今回の行動はSVTの依頼にしてしまおう、と。

唖然とする一同にケイトはSVTとは話をつけており報酬含めて協力を取り付けていると説明した。

代わりに、今回の事件の解決にSVTが主導的に動いたことにすることを条件にだ。

とは言え、そんな話をしたのが深夜、今が朝の10時にも関わらず正式な依頼と中間レポートができている辺りマデリンがなかなかに無茶をしていること想像に難くない。

 

シリアンニは正式な書類であることだけを確認しエルに向き直る。

 

「時間は限られているわ、状況を簡潔に説明してちょうだい。」

 

概略をダニーが魔法的な部分についてはエルがかいつまんで説明する。

 

「確かに由々しき事態ね。でも、私にできることが見えてこないわ。」

 

ダニーが頷きAR上に中間報告の15ページ目を展開する。

そこには先日エルがディッサンセンブラーのメンバーの記憶で見たアレス社員の顔写真と経歴が記されている。

エルが動いている間ダニーも遊んでいたわけではない。エバレットの様々なシステムに探りを入れ該当しそうな人物の画像を掻き集めていたのだ。

そして正解を引き当てたのはエルがチェンと話をしている頃だ。

エルが帰宅した後本人と確定した後は早かった。

SVTの持つデータベースからまたたく間に素性が特定されたのだ。

 

リアム・テイラー

男性、43歳。

ナイトエラントの特殊部隊である覚醒対応局所属。

黒魔術様式の魔法使い。

知識、魔力共に申し分なくアレス本体の開発部への栄転も噂されている。

 

「彼がエバレットにあるアレスR&Dの地下にある魔法実験施設で何らかの実験をしていることまでは確認が取れています。」

 

彼女達の訪問が、この時間になったのはリアムの所在を特定するのに手間取ったためだ。

そのためにダニーの友人のデッカーがアレスにハッキングを仕掛けたのだ。

ダニーの能力ではアレスのホストに挑むには実力が足りず悔しそうな顔をしながら依頼をかけていた。

 

「このことから召喚儀式がアレスR&Dで行われることは間違いありません。」

 

シリアンニは艶やかに微笑む。

しかし、その目は笑ってはおらずさながら肉食獣の微笑み。

 

「我々にアレスへ企業戦争を仕掛けろと?」

 

「そんな意図はありません。我々の依頼主の希望は何もなかったことにすることです。御社とアレスが相対するなど異なるセキュリティリスクに成りかねません。」

 

「なるほどね。アレス本体とリアムを切り離せば、後は何もなかったことにする、と。」

 

穏やかにエルが頷く。

 

「そうです。この資料とCEOの立場があれば穏便な解決の道が残されているかと。余所者にあなた方の街を荒らされるのはお気に召さないかと愚考する次第です。」

 

呵々大笑。

これまで穏やかな仮面を被っていたシリアンニが突然笑い出す。

そして、好戦的なギラついた笑みを浮かべる。

 

「いいわ、気に入ったわ。話を付けてあげる。その代わり失敗したら分かっているわね。」

 

「その時には私は生きてはいないことでしょう。」

 

シリアンニは大きく頷きコムコールをかける。

数回のコールの後画面に映るのは長年の軍隊生活を経験してしたような厳めしい顔立ちの年配の黒髪の女性だ。彼女の背後にはアレスのロゴが輝いている。

 

「ジェシカ、急にどうした? 今はあまり時間は取れないぞ。」

 

彼女こそアレスシアトルの責任者、カレン・キング、その人だ。

 

「悪いわね、カレン。エバレットでそちらが行っている召喚儀式の件で連絡させてもらったわ。」

 

苦笑するカレン。

 

「藪から棒にどうした。うちの社内のことに口出しするようなら私も容赦はできんぞ?」

 

「社内で完結する話ならこんな連絡はしないわ。我々の街への被害を懸念しているから連絡させてもらったのよ。」

 

カレンの顔から微笑みが消える。

 

「我々は同盟関係にあるとは言え、挑発的な発言は控えてもらおうか?」

 

反対にジェシカは艶やかに微笑む。

 

「穏当な表現をしているつもりだったのよ? グレートゴーストダンス並の被害を出すような実験は看過できませんと言ったほうが良かったかしら?」

 

カレンの顔に酷薄な笑みが浮かぶ。

 

「どうした、ジェシカ? 自殺願望を持つのは結構だが死にたいなら自宅で首を括り給え。」

 

「確かに弊社と御社では戦争にもなりませんわ。でも、アレスシアトルと弊社なら良いゲームになると思わないかしら? あたしはこの席とそれに連なるこの街を護るためなら手段は選びませんよ?」

 

カレンはゾワリと背筋に嫌な感覚を得る。

軍隊経験や長年の経済戦争を生き延びてきた歴戦の勘が危機感を告げる。

この女は本気だ、と。

一方的なフェデレットボーイングの暴走により戦争になるのなら致し方ない。しかし、彼女の言うとおりアレスに非がある状態でフェデレットボーイングとの戦争になった場合アレスは生き残ることができるだろうか。

ただでさえ今はエクスカリバーコンバットライフルのトラブルにより企業順位を大幅に下げているのだ。

一度引くべきだ。

この勘によりメガコーポ同士の全面戦争は回避され、カレンは妥協姿勢を見せる。

 

「少し落ち着き給え。確かに召喚実験は行っているが単なる大精霊の召喚実験だ。グレートゴーストダンスを起こすようなリソースは費やされていない。」

 

内情を明かし理解を得る、そんな腹積もりだ。

 

「あたしが懇意にしているSVTのエージェントからシアトルで御社によるハザードリスクが高まっていると報告を受けています。これによると足りないリソースは龍脈の操作と生贄によって賄っていると書かれていますね。」

 

カレンの表情がわずかにひきつる。

 

「馬鹿な。そんなことをして我々に何のメリットがある?」

 

「あなた方には利益はないでしょうね。研究を主導されているテイラーさんがブラックロッジのメンバーらしいからロッジの為に動いているのではないかしら?」

 

「ブラックロッジだと?」

 

「後の言い訳はミツハマによる龍脈操作により魔力が満ち溢れていたことによる災害でありミツハマに責任をなすりつけるプランでは?」

 

カレンの視線が泳ぐ。

何らかの資料を参照しているのだろう。

 

「確かに魔力の乱れに関しては報告は上がってきている、が。そのレポートを見せてもらうことはできるか?」

 

エルが頷く。

 

「構いませんわ。今送りました。今の話題になってる話は20ページ辺りにありますよ。」

 

データに目を通すカレン。

ただ、静かに時が流れる。

そして静かにカレンが降参をするように両手をあげる。

 

「どうやら君の話を突っぱねるより聞いた方がリスクは低そうだ。」

 

ジェシカが軽く頷く。

 

「あなたの権限でこの研究を停止できるとありがたいけど?」

 

カレンは静かに首を左右にふる。

 

「残念ながら、こいつは取締役会直結のプロジェクトだ。私の権限では足りない。仮に中止命令が出たところで引き下がるとは思えんしな。」

 

カレンわずかに沈黙する。

 

「ジェシカ、このレポートの資料を集めたランナーを貸せ。儀式が失敗に終わるなら多少の損害には目をつぶる。どうだ?」

 

横にランナーがいるのだろ? そんな口振りでカレンは話す。

その言葉に対してエルが頷く。

ジェシカは肩をすくめ口を開く。

 

「あなたの勘は鋭すぎないかしら? 彼女がこの件のフロントパーソンのエルよ。」

 

コムリンクにエルとダニーの姿が映り込む。

 

「ランナーのエルと申します。SVTの依頼で本件の穏便な解決のために動いております。」

 

カレンは一つ頷く。

 

「よろしく頼む。今日中に地下研究施設に繋がるエレベーターが1台故障する。その修理スタッフとして潜入し事態を片付けろ。報酬は10万ニューエン用意しよう。不足はあるまい。」

 

エルはかろうじて頷きを返す。

 

「お引き受けいたします。」

 

「ジェシカ、関連資料を送る。エルに回してやってくれ。」

 

「構いませんわ。」

 

「助かる。これは借りにしておく。ではな。」

 

そして、カレンは通信を切る。

唖然とするエルとダニー。

 

「嵐のような人ですね。」

 

くすくすとジェシカが笑う。

 

「まあ、あなた方の目論見通りに行って良かったわ。じゃあ、この街よろしくね。」

 

ジェシカはデータを転送する。

そしてやっと立ち直ったエルが言葉を返す。

 

「可及的速やかな解決を目指します。」

 

その言葉を受けてジェシカが立ち上がる。

 

「あたしの時間もなくなったわ。じゃあ、よろしくね。」

 

その言葉と共にジェシカは自室に戻り2人は退去する。

エル達はこれから今回の騒動をなかったことにするために奔走することとなる。




フェデレットボーイングメインオフィス
基本的に創作。階数については『Seattle 2072』より。

ジェシカ・シリアンニ/Jessica Sirianni
『Blood in the Boardroom』より。

リアム・テイラー
オリジナルキャラ。

カレン・キング/Karen King
『Splintered_State』より。


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2075年7月8日 サーリッシュシー カウリッツ部族居留地 鷹の爪部族領内

領域の外れ。4台のローバーモデル2072が停車している。

時は13時過ぎ。ローバーのエンジンはまだ熱を持っており長旅を抜けてたどり着いたところといった感じだ。

ローバーの傍らには10人近い男女が打ち合わせをしている。

その出で立ちは使い込んだアーマージャケットに身を包み腰にはハンドガン、そして車内にはライフルもあると推測ができるような武装集団だ。

そんな荒んでいそうな集団にも関わらず思いの外に荒んだ感じがない。

恐らく中央にいる日系のエルフ女性の爽やかさが組織に清涼感をもたらしているのだろう。

年の頃は10代後半ながら周囲の荒くれ者は彼女をリーダーとして慕っているのが一目でわかる。

 

「みんなお疲れ様。ラン自体は日付が変わり次第仕掛けることになるわ。この後、ブリーフィングが終わり次第休憩にするからよろしくね。」

 

一同が静かに頷く。

統制の取れた良い集団である。

 

「今回の目的はミツハマのスタッフのうち命令に反して滞留しているスタッフの強制退去になります。相手が武力行使を行ってきた場合は殲滅の許可も得ています。早急にミツハマ関係者がこの領域からいなくなれば構わないと言うのが依頼主の意向です。」

 

皆が軽く頷く。

 

「あとメタプレーンクエストに赴いている魔法使いの肉体の確保は必ず行うように依頼されています。ターゲットリストに関してはP-TACにより共有されてリアルタイムで更新されますので注意してください。」

 

その時指揮官のコムリンクが呼び出し音を奏でる。

ARにポップアップした相手の名前は玉津桜。

ミツハマ北米部門長その人である。

慌てて通話を繋ぐとARに穏やかな微笑みを浮かべた玉津の顔が現れる。

 

「天音さん、状況は?」

 

天音は敬礼でもする勢いで背筋を伸ばし言葉を返す。

 

「は! 現在我々は鷹の爪部族の居留地に到着。装備の点検後休息を取ります。」

 

玉津は軽く頷く。

 

「悪いけど予定が変わったわ。突入準備が完了次第突入を実施しなさい。」

 

「承りました。それでは1時間後に突入を実施します。」

 

玉津は満足そうに頷く。

 

「あと降伏勧告は1度のみ。従わなければ殲滅なさい。」

 

わずかに困惑をにじませる天音。

 

「当初のお話ですと同朋故に可能な限りの生還を依頼されたかと存じますが、よろしいのですか?」

 

玉津は穏やかに頷く。

 

「どうやら我々はコケにされていたようでね。テロの片棒を担がされるところだったようなのよ。この我々がね。」

 

変わらず玉津は菩薩のように穏やかな微笑みを浮かべているが、それが逆に鬼気迫る迫力を与えている。

 

「なので、我々になめたことをしてくれた以上、きっちりケジメつけとかないとね。」

 

「承りました。リストいただきましたら対応します。」

 

「あと、今回の元々の計画としてメタプレーンクエストを行えるに足るだけの魔力潮位獲得のために龍脈操作を行っている。強制的に操作を中止した場合龍脈の揺り返しが起こることがあるらしい。こいつを抑えるのに元々ここの龍脈を管理していたシャーマンにもコンタクトを取っておけ。では、任せたよ。」

 

そう言うと玉津は一方的に通信を切る。

ぐったりとする天音。

それを見て隣にいたオークの男性が話しかける。

 

「まるで上官に命令される下士官になってたぜ、スノウ。」

 

苦笑いをする天音ことスノウ。

 

「あの婆さんは化物よ。あんたもサシで話せばわかるわよ。今でもあの人の前に出ると学生の気分になるわ。」

 

反対側にいるヒョロリとしたドワーフ女性が苦笑いをする。

 

「あんたを小娘扱いできる人って限られてるもんねー。」

 

肩をすくめるスノウ。

 

「悪いわね、みんな。聞いての通り状況は変わったわ。思ったより血なまぐさい話になってしまった。」

 

「ま、ドラゴニックで有名なミツハマと付き合ってる以上仕方ありませんよ。」

 

「ドラゴンがいないのに、ドラゴン以上にドラゴニックだからたまりませんよね。」

 

苦笑いのスノウ。

そんな話をしている間にターゲットリストが更新される。

 

リストを見て唸り声をあげるオーク。

 

「この人数の殲滅となると手数が足りませんね。」

 

「とは言え目的は皆殺しじゃない。ターゲットグループ毎に連絡を取って反応を見るしかないだろう。」

 

「奇襲できなくなりますよ?」

 

「せっかくランナーになったんだ、柔軟な解釈をしても良いと思わない?」

 

苦笑するオーク。

 

「美女はわがままぐらいが良いと思うよ。」

 

「ありがと。じゃあ、個別にコンタクトを取って説得して行きましょう。何をしたかは知りませんが、このケジメ対象メンバーは動かないでしょうけどね。では、説得はお任せします。あたしはシャーマンにコンタクト取ってきますね。」

 

密やかに残留メンバーにコンタクトを取っていくスノウの仲間達。

 

連絡を取る彼らを尻目にスノウは1人ヤマハグロウラーに跨り元の鷹の爪部族メンバーが居留しているキャンプ地を目指す。

移動しながらシャーマンのアイヤナについての情報を集める。

アイヤナはゼーダークルップの援助を受けて失地回復を狙っているようだ。

これは今ゼーダークルップのアサルトチームが、ここを目指しているという話とも合致する。

スノウは1つ頷くとキャンプ地の近くでバイクを止めキャンプ地を徒歩で目指す。

警備に立っているのは2人の男性ヒューマン。

近づけば当然かかる誰何の声。

 

「私はゼーダークルップの先行部隊として動いている傭兵部隊の者です。アイヤナ様にお会いできますか?」

 

「そのような報告は聞いていないが。」

 

スノウは軽く頷く。

 

「ええ。ゼーダークルップはまだサーリッシュシーへと入る正式な許可をいただけておりませんので。」

 

警備の2人に理解の色が浮かぶ。

 

「伝言だけお願いできますか。我々先遣部隊は1時間後に威力偵察を実施します。今見えている敵戦力であれば、これで決着がつく可能性もあります。この際龍脈の揺り返しが発生する可能性があります。揺り返しの対応をお願いしますとご伝言ください。」

 

警備員の一方がアイヤナに連絡を取る。

 

「本件はアイヤナも了解いたしました。我々も準備出来次第鷹の爪部族居留地に向かいます。」

 

スノウは軽く頭を下げる。

 

「よろしくお願いいたしますね。」

 

スノウが根回しを終え仲間達の元に戻るとおおよそ連絡は取り終わっていた。

個別に話を聞くと残留メンバーも今日中の退去予定で準備を進めていたようだ。

このためメンバーの大半は問題なく退去させることができた。

反面、始末するべき対象の魔法使い2名と要人警護部隊10名は逃がすわけにいかない。幸い一箇所に固まっているため、そのまま襲撃をさせてもらうことになる。奪還すべきメタプレーンクエスト中の魔法使いも同じ施設だ。

並行して展開しているフライスパイの視界により対象にタグ付を実施、事前に得ている対象のコムリンクのGPS情報の信頼性を確認する。

現状敵は自分達が狙われているとに気がついていないようだ。

慌ただしく移動していくスタッフも予定を前倒している、そんな印象なのだろう。

少し気が抜けているようだ。

 

「まあ、ここまでやれたら上出来ね。彼らには悪いけど殲滅しましょう。幸いタグはすでについてるからあたしは最初から指揮に専念するわ。デッカー対策は任せたわよ、ミカエラ。」

 

ヒョロリとしたドワーフ女性が頷く。

 

「あたしがコマンドデッカーの通信を制圧したタイミングと合わせて襲撃で良いかしら?」

 

「ええ。私が正面からアプローチして気を引き付けるわ。タイミングを合わせてデビルラット放してください。」

 

何人かメンバーは背中にガスタンクを担いだデビルラットを持っている。

スノウが昔世話になっていたギャング団の切り札である飼い慣らしたデビルラットに催涙ガスを担がせたものだ。

毒の効かないデビルラットが突入し催涙ガスをばら撒くという生物兵器だ。

スノウは正面からのんびりとターゲットに近づく。

警護部隊がスノウに気が付き銃を向けるとスノウはフレンドリーに手を振る。

相手が違和感を感じた瞬間にゴーサインが出す。

正面から近づく不審者への報告が出た直後、指揮官の通信は途絶し左右からデビルラットが襲来し催涙ガスをばら撒く。浮足立ったところに丁寧な集中砲火でまたたく間に警護部隊は掃討される。

そして流れるようにダイナミックエントリーを仕掛ける。壁面を爆薬で抜き

突入。何らかの儀式を執り行っていた魔法使いを制圧する。

 

その瞬間大地が軽く身震いをする。

スノウが仲間達に指示を飛ばす。

 

「目標は達成した。速やかに撤退してください。私はシャーマンに状況を伝えてから合流します。」

 

スノウの一行はまるで雪が溶け消えるように姿をくらます。

残されたのは血溜まりだけだ。

この場所でのミツハマの作戦行動など存在しなかったのだ。

 




天音orスノウ
オリジナルキャラ。元々は神音さんの使用していたPC兼NPC.
使用させていただきありがとうございます。

初出は下記のセッション『エンジェル・フォーリング』。
http://shadowrun.html.xdomain.jp/SR5/angel.html

ミカエル
オリジナルキャラ。

ローバーモデル2072/Rover Model 2072
大型で乗り心地の良いバンをオフロード仕様に改造したもの。
『シャドウラン5版基本ルールブック』より。

ヤマハグロウラー/Yamaha Growler
モトクロなどでも使用される大型のオフロードバイク。
『シャドウラン5版基本ルールブック』より。

タグ付け/TAG
『Kill_Code』で追加されたマトリックスアクション。
タグをつけた相手への視界へのペナルティが減るとともに追加で狙えるようになる。

デビルラットwith催涙弾
神音さんのシナリオで天音さんが使用していた技。


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2075年7月8日 UCASシアトル スノホミッシュ サークルファーム

相変わらずサークルファームに滞在中の4人。

情報操作を担うダニーが1番忙しいかと言うとそうでもない。

偽装した制服や装備の調達に走り回るマラキとトロ吉。

そのための交渉で連絡をしまくるエルとみなが忙しそうにしている。

そんな中1通のメールがダニーに届く。

差出人はドラゴンのウルビアだ。

彼女からダニー直接連絡が来るのは珍しい。

内容も不可解なものだ。

 

「今龍脈絡みのランに絡んでいると聞いているが、相違ないか?」

 

質問の意図が見えずエルに相談するダニー。

 

「何とも言えないけど、後で嘘だとばれた方が面倒だから正直返事しても良いわよ。」

 

そんなものかとダニーはウルビアに肯定の返事を返す。

 

「ならば助力を送るゆえ、どこにおるのだ?」

 

龍脈と言うぐらいだからドラゴンも関係があるのだろう、そんな軽い気持ちで謝意と所在を告げるダニー。

そして家主のケイトにウルビアから使者が来るかもしれない旨を告げる。

ケイトも軽く了承する。

その後作業をしているとダニー宛の来客があり、応接へと通しているとケイトが告げる。わずかにその表情が引き攣っている。

彼女の微笑の仮面が崩れるのは大変珍しい。

 

それを受けダニーとエルが応対に向かう。

 

薔薇香る応接間には1人のエルフ男性が窓から庭を眺めている。

その男は赤のレザージャケットに、黒のデニム、そして黒のブーツを身につけている。ダニーの目から見ると良く使い込まれた天然素材の衣服だ。

これだけ見ると富裕な紳士と言えるのだが減点ポイントもある。

腰には古風なレイピアを差し、髪の毛は鮮烈な朱に染め上げた上無作為に編んだとしか思えないようにいくつもの三編みが様々な方向に飛び出している。

 

変な男がいる。

それがダニーの第一印象だ。

この出で立ちからケイトの顔が引き攣るのも仕方がないとダニーは理解を深める。

一方エルは違う理由で顔を引き攣らせている。

男の身に付ける衣服全てに魔法が掛けられているのだ。アストラルで見るまでもなく感じられる圧倒的な存在感。それは魔法使いの本能と言っても良いのかもしれない。

エルは相手がドラゴンである可能性すら視野にいれて対応しようと心の中で決意する。

ダニーは違和感を押し殺し挨拶をする。

 

「お待たせいたしました。」

 

部屋に入り声を掛けると男性が優雅な仕草で振り向く。

その顔は道化師のように白塗りに目の周りに赤でダイヤが描かれた状態であった。

 

ダニーの中で、彼はウルビアが使いに使ったハロウィーナースのメンバーと言うことで評価が確定した。

反面エルは道化師のメイクをしたエルフについての都市伝説を耳にしたことがあり背筋に冷たいものが流れる。

 

その都市伝説はこんな荒唐無稽なものだ。

 

古代より生き続けるエルフ。

グレートドラゴン、ダンケルザーンの友人にして、遺産によりエクスカリバーと獅子心王の鎧を贈られた騎士。

異世界からの侵略者より地球を護り続ける守護者。

DMIR総裁エーラーンと同格の魔法の達人。

ドラコ財団の実働部隊アセットインクのCEOライアン・マーキュリーの師匠。

 

「いや、良い薔薇を堪能させてもらっていた。故郷を思い出しますよ。失礼。私はハーレクイン。光を帯びし者であり、嘆きの尖塔の最後の騎士、そしてろくでなし共を葬り去る者。」

 

こいつ頭おかしいんじゃないの?という思考を完全に覆い隠し朗らかな笑みを浮かべるダニー。

反面都市伝説の目前への顕現に冷や汗が止まらないエル。

 

「改めて、あたしはダニー・ウエスト。彼女はエル。ウルビアからは、あたし達の手助けをしてもらえると聞いていますが、ハロウィーナース全体としてご助力いただけると言うことですか?」

 

眉を顰めるエル。

そして爆笑するハーレクイン。

 

「いやはや、あんなカボチャ頭共と同類と見做されるとは! 確かにフェイスペイントは似ているな。」

 

「申し訳ありません。ハロウィーナースとは無関係でしたか。」

 

「ああ。俺個人として助力をさせてもらう。ウルビアも仲介を頼んだだけで無関係だ。」

 

良くわからない顔のダニー。

ダニーが問いかける前にエルが口を開く。

 

「高名な騎士にして、優秀な魔法使いであるハーレクイン様ですね?」

 

苦笑するハーレクイン。

 

「高名だとか優秀ってのは解釈にもよるが、かなり自信はあるね。」

 

「ご助力感謝いたします。」

 

本当にこいつがと言う内心を押し隠すダニー。

 

「ただ、今回手を貸すのは限定的な形だ。」

 

疑問顔の2人の女性。

 

「と、言いますと?」

 

「今回ブラックロッジにドラゴンが1人協力している。そのドラゴンは俺が抑える。」

 

ドラゴン、恐らく地球上最強の生物だ。

このエルフはそれを単身で抑えると言っている。

正気を疑うのが正常な反応だ。

 

「ドラゴンを何とかできると?」

 

肩をすくめるハーレクイン。

 

「ま、抑えるぐらいはな。倒せるとは保証できないがね。」

 

十分に誇大妄想を疑うレベルの発言だ。

 

ハーレクインの都市伝説が半分でも真実でもあれば信頼しても良いのだろう。

仮にこの道化師がただの騙りでもリスクは変わらない。

そんな思考がエルの頭の中で踊る。

ダニーは思考停止をしてただ微笑んでいる。

 

「十分です。ミスターハーレクイン。ご助力感謝いたします。」

 

ハーレクインは好戦的な笑みを浮かべ連絡先を2人に送る。

 

「準備ができたら連絡をくれ。俺の方は俺の方で準備を進めておく。」

 

「承りました。よろしくお願いいたします。」

 

そう言うとハーレクインは2人にキチリとティルタンジェル風の礼を取り立ち去っていった。

残された2人の女性。

やっと我に帰ったダニーはエルに問う。

 

「ランナーしてると、ああいった人もよくいるの?」

 

エルは肩をすくめる。

 

「まあ、珍しくはないわね。ただ彼は有名人なのよ、影の世界で。」

 

ダニーはその言葉に小首を傾げる。

 

「まあ、よくわかんないけど、影の世界では日常なら良いわ。」

 

エルは再び肩をすくめるとダニーと連れ立ってやりかけの仕事をしに部屋を出ていった。

何であれ、やらねばならぬことは変わらないのだ。

 




ハーレクイン/HARLEQUIN
『Street_Legends_Supplemental』より。
自己紹介の口上は『Shadowrun Return』を参照させてもらいました。
ちなみにダニーのハーレクインへの反応は上記ゲームの動画配信をされていたしろこり様の反応を参考にさせていただきました。

しろこり様の『Shadowrun Return』動画
https://www.youtube.com/playlist?list=PLHYPNQG_eSYezVQVir3Iu5qKYU2qyzmXV

ダンケルザーン魔法研究所(DMIR)/Dunkelzahn institute of magical research
『Street_Grimoire』より。
ダンケルザーンの遺産により設立された魔法研究所。

エーラーン/Ehran
『Street_Grimoire』より。
元のティルタンジェルのプリンスの1人。

ハーレクインとエーラーンについては以下の翻訳短編に出てきます。
https://syosetu.org/novel/241428/

ダンケルザーン/Dunkelzahn
『Portrait of the Great Dragon ~ダンケルザーンの生涯~』より。
https://syosetu.org/novel/278749/

ライアン・マーキュリー
『Portrait of the Great Dragon ~ダンケルザーンの生涯~』より。
https://syosetu.org/novel/278749/4.html

光を帯びし者/LIGHTBEARER
アースドーンというゲームでホラー討伐を目的とした秘密結社。

嘆きの尖塔の最後の騎士/the Last Knight of the Crying Spire
小説『Beyond of the Pale』より。
ハーレクインの二つ名。


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2075年7月4日 フランス 地中海沿岸 イフ城

ハーレクインがエルと合流する4日前。

 

フランス南部のマルセイユから海上を4km程進んだ場所にあるイフ島。

アレクサンドル・デュマ・ペールの『モンテ・クリスト伯』の舞台にもなった古代の城塞であり、監獄にも使用された場所だ。

第5世界では国有の観光地となっていたが、ある頃から1人のエルフにより所有されている。

このエルフが所有してから衛星から、この島を観察しようとすると奇妙な散乱光によりうまく撮影することができないと言われている。

島は周囲を断崖絶壁に覆われ海から入ることのできるのは海面にある小さな洞窟にある桟橋のみだ。

島の上にはかつての監獄がそのままに残され、これとは別に新たにヘリパッドと近代的なガラス建築の建物がある。

その近代建築の中、応接間で1人のエルフが椅子に腰掛け、背もたれにもたれかかっている。

部屋の奥にある暖炉も火の気配は絶え物悲しい。

その手にはロックグラスに並々と注がれたウイスキーがあるが、グラスについた水滴からしばらく前から手に持ったままであることが見て取れる。

そのエルフは酷く疲れ果てているようにも、何かを熟慮しているようにも見える。

しかし、そのエルフの鍛えたげられた肉体を見れば決して自堕落な生活をしてきたわけではない事がよくわかる。

彼こそエルに助力を申し出た魔法剣士ハーレクインその人だ。

だが、椅子に深く身を沈め、うなだれる姿からはシアトルに現れた自信に満ち溢れたエルフと同一人物には見えない。

 

彼は昨年末かつての恋人であるアイナの命を奪ったグレートドラゴン、ゴーストウォーカーに挑むためデンバー全域に混乱を巻き起こした。

しかし、ハーレクインはゴーストウォーカーに敗北し古き宿敵と弟子に命を助けられるはめに陥った。

更にアイナが命を失う原因がゴーストウォーカーになかったこともあり、ただただ失意に沈んでいる。

敗北よりも無辜の市民にまで被害を出した自分のやり口に嫌悪をしているというのが正解だろうか。

当初は心配していた弟子のフロスティも最近は呆れの感情を隠さず、ドラコ財団の依頼で旅に出ている。

突然ハーレクインが何かに気が付いたように弾かれた様に顔を上げる。

そして虚空を見上げぼそりと呟く。

 

「ダンケルザーン?」

 

イフ城全域に張り巡らされた結界、そこに接触した巨大な二元生物。

その気配をハーレクインは知っている。しかし、あり得ない存在だ。

彼の竜は世界を護るために自らを生贄に捧げたのだ。

 

グラスをデスクに置きハーレクインはのっそりと建物の外に出る。

そこには蒼銀の鱗を熱い夏の日差しに照らされたダンケルザーンの姿が美しく整えられた庭に鎮座していた。

彼の竜は庭を乱さぬようにその尻尾を天高く上げている。

幻影であることすら疑いながらもハーレクインは自失から我に返り声をかける。

 

「久しいな、レテ。」

 

その言葉に応えるようにドラゴンの姿はヒューマン男性の姿となる。

顔立ちはネイティブアメリカン、衣服はアステカ風、体格はオークのような巨漢のヒューマン。

彼は穏やかな笑みを浮かべている。

 

「ああ、久しぶり、ハーレクイン!」

 

その顔に浮かぶ穏やかな笑みはかつて共に世界の境界を護るために戦ったレテの物だ。

 

「お前が訪ねてくるのは珍しいな。チャイラを見つけたのか?」

 

レテは静かに首を横にふる。

 

「いや今日は別件。地球のマナスパイクを潰しているの知ってるとは思うけど、新しいマナスパイクが生まれていてね。」

 

マナスパイク。それは強い感情や魔力により一時的に発生する領域の魔力が増大する現象。

このマナスパイクを利用し異世界よりホラーと呼ばれる邪悪な精霊がメタプレーンの彼方より侵略を起こしたのだ。

 

「さほど珍しくはないだろう。まあ、お前の仕事はなくならないだろうがな。」

 

「マナスパイクだけなら対応すれは良いだけの話だけど、今回マナスパイクを利用して竜を狩る者の召喚を企てている輩がいてさ。」

 

明確に嫌な顔をするハーレクイン。

 

「誰がそんな馬鹿なことを? 偉大なる狩人の教団か?」

 

「いや、ブラックロッジさ。」

 

「あいつの遺産か。自分の蒔いた種ぐらい何とかしてから高みに登って欲しかったな。」

 

「更にブラックロッジにヴァストグリーンがついた。」

 

「は?」

 

「彼の御人は何が何でも竜を狩る者と戦いたいらしい。」

 

「わざわざ召喚させて自分で倒す、と。計り知れない馬鹿だな。」

 

肩をすくめるレテ。

 

「こうなってくると若輩種に任せるのは少し酷かなと思ってね。」

 

「つまりヴァストグリーンを抑えろ、と。」

 

逡巡を表わすハーレクイン。

頭に浮かぶのはゴーストウォーカーに完敗した自身の姿。

 

「夜明け前は常に次の暗闇に勝る。ハーレクインは未来の世代を束縛するやみの前に光を投げかけることに生涯をかけることを違う。」

 

それは光を帯びし者の宣誓の言葉。

力を得る代わりに世界を守護する誓い。

 

「お前どこでってのは愚問か。」

 

「そう僕は自由精霊のレテであり、バーンアウトシャーマンのビリーであり、グレートドラゴンのダンケルザーンでもある。誰かの知識は全て僕の知識さ。」

 

ハーレクインはそれでもまた気弱な笑みを浮かべる。

 

「だが。」

 

「完全な竜を狩る者の顕現を許せば大災厄を待たずに人類は滅びかねないよ? わかってるよね?」

 

ハーレクインが肩をすくめる。

 

「未だにこの身を縛る光を帯びし者の誓いは健在か・・・やるしかあるまい。」

 

レテはうんうんと頷く。

 

「そうこなくちゃ。場所はシアトル。僕も詳細を調べることはできていないんだ。ウルビアにでも話を聞いてみて。その頃には若輩種も異常に気がついて動いてるでしょ。」

 

結果的にレテの読みは当たったとも外れたとも言える。

エル達がこの2日後に事件解決に向けて動き出すことになるが、竜を狩る者の召喚に気がついて動き出した訳ではないのだ。

 

マリアが仏心を出さなければ。

ダニーがアイヤナを救うために全力を尽くさなければ。

ヴァルがアンゲリーカを救うためにエルを雇わなければ。

この時に対象に動き出すことはなく、年若き短命なる者達が事実に気づいた時には全ては

手遅れであった可能性すらあったのだ。

 

しかし、この時イモータルの2人は知る由もなかった。




イフ城/Chateau D'IF
外観描写については『Beyond the Pale』より。
現実では観光地の為詳細な地図がネットに上がっていたりする。

ハーレクインがゴーストウォーカーに敗北した話
『Storm Front』より。

レテ/Lethe
ダンケルザーンの魂に命名して生み出された自由精霊。
ドラゴンハートと呼ばれるマナスパイクを破壊するアーティファクトを使用しマナスパイクの解体に尽力している。
『Stranger_Souls』より。

チャイラ/Thayla
歌によりホラーを退けることができる古代のエルフ女王。
境界を巡る戦いの中メタプレーンの境界へと姿を消している。

ヴァストグリーン/Vast Green
アースドーンサプリ『Book of Dragons』より。
グレートドラゴン、ウースンのこと。

彼を主人公に前日譚も書いていたりします。
『深緑閣下は強い奴に会いに行く』
https://syosetu.org/novel/262379/

光を帯びし者の宣誓の言葉
『Barsaive in Chaos』より。


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2075年7月8日 UCAS シアトル エバレット アレスR&D

エバレット路上に停まるアレスファシリティのサービス車。GMCブルドッグを改造したものだ。

車内には5人の男女。皆サービスマンの服装に身を包んでいる。

運転席にはダニーが腰掛けている。

助手席にはマラキ、後部にはトロ吉とエル、そしてハーレクイン。

かなり大型のブルドッグだが、トロールが2人乗ると、まるで軽自動車のようだ。

 

ハーレクインの道化師のメイクは健在だ。

メイクを見た際ダニーは何かを言いたそうな顔をし、トロ吉は爆笑し、マラキは正気を疑った。

それもエルが魔法使いとして制限なんでしょの一言で解決している。

その代わり帽子を深く被り、猫背気味で顔を他人に見せないように厳命されている。

かなりきつめに言われているが苦笑いしながら受け入れている辺り、ハーレクインは穏やかな人物なのだろうと一同は少し気を緩めている。

実力のある気難しい人物とのランなど考えただけで気が滅入る。

 

そして建物の前でふとハーレクインが思い出したように口を開く。

 

「これを渡しておくのを忘れていた。」

 

ハーレクインが取り出したのは小さな黒い石のついたアンクレットだ。

 

「恐らく儀式場のアストラル空間は酷く汚染されているはずだ。これを付けておけば、こいつがフィルターとして機能して通常通りに魔法を行使できるようにしてくれる。」

 

トロ吉が訝しげな目を向ける。

 

「なんか副作用もあるんじゃないのか? 使いすぎると体が破裂するとか。」

 

ハーレクインは肩をすくめる。

 

「そんな大した副作用はないさ。着用者の血を吸って結びつくんでな、ちょっとした切り傷程度の血を失うぐらいさ。」

 

エルは軽く頷く。

 

「なら、使わせてもらうわ。儀式を潰すには魔法が使えないと話にならないわ。」

 

じっとアンクレットを見つめるダニー。

 

「テクノマンサーにも有効かは知らんが付けるか?」

 

「反共振力が強いとあたしも役にたたなくなるから可能性があるなら助かります。」

 

2人が足にアンクレットをつけるとまるで血を吸ったかのように石が赤く染まる。

 

「そのアンクレットの中に魔力を通す感覚で魔法を使ってみると良い。」

 

狐につままれたような顔の二人。

 

「ドメインによる頭痛も緩和されました。」

 

「あたしもです。」

 

「今回は時間が限られているから貸し出したが安易に力に手を出すと身を滅ぼす。召喚を阻止したら返してもらえるか。」

 

「わかりました。」

 

そんな5人が正面から堂々とアレスR&Dへと入っていく。苦労して用意した本物のIDに本物のトラブル。怪しまれることなくスムーズに現場のエレベーターへと案内してもらえる。

もちろん、気さくに会話するエルのコミュニケーション能力に助けられた部分も大きい。

最大の懸念事項だったハーレクインもトロール2人に挟まれて背を丸めて歩いていると肉体作業員に萎縮するもやしエルフにしか見えないから人の認知は面白い。

 

地下におり巨大なエレベーターホールに降りる一行。

さて目的地はと考えていると声を掛けてくるものがいる。

声をかけてきたのはトロール男性。彼を見て最初に感じるのはデカイというものだろう。極限まで筋肉を鍛えたトロール。そのような形容こそ相応しい。

そんな筋肉を包むのはイーボのエグゼクティブスーツ。トロールであっても活動に不自由さを感じさせないというのが売り文句の一品だ。

そして全てを射抜くような緑の瞳に天に向かって真っ直ぐ伸びる角。

警備責任者のようにも見えるが見える範囲にいるのは彼だけだ。

 

「ここは立入禁止だ。責務を果たして退出するのが良かろう。」

 

ハーレクインが彼に向き直り言葉を返す。

 

「そう云う訳にもいかなくてね。ヴァストグリーンだな?」

 

トロールの瞳が愉快そうに歪む。

 

「ほう。我の名を知っておるのであれば迷子などではなさそうだな?」

 

その言葉に呼応するようにハーレクインは剣を抜き放ち4人に声をかける。

 

「この御人が俺のデート相手だ。行け。そしてASAPで解決してくれ。」

 

「雛鳥が囀るわ。」

 

その言葉と共に放たれるのは火球。

当たればトロール以外は耐えられないだろう。

しかし、気合一閃。ハーレクインの振るった剣はその火球を打ち返しヴァストグリーンへと直撃する。

しかし、骨まで焦がすような火球を受けながらもヴァストグリーンはケロリとした顔をしている。

 

「ほう、囀るだけのことはあるようだの。我らが天敵の前の準備運動がてらに遊んでくれようぞ。」

 

一瞬ダニーが迷いを見せるがエルに腕を引かれ走り出す。

他の3人は理解をしているのだ、ここにいてもできることはないと。

 

同刻、実験室内ではアレスの、いや、ブラックロッジの魔術師リアムが苛立たしげにコムリンクの通話を切る。

そんな彼に声を掛けてくるのは部下の1人だ。

 

「魔力の流入も減ってきました。このまま時をおけば使用できる魔力が減りかねません。どうしましょうか?」

 

沈黙するリアム。

今回のグランドプランをたてた魔術師であるマーリンとは相変わらず連絡が取れない。

仮に指示通り動いても召喚に失敗すれば組織内での地位は失われるだろう。

 

「君の言うとおりだ。儀式を執り行おう。配置についてくれ。」

 

その言葉に従い9人の魔術師が儀式の為に配置につく。

 

その頃エル達4人はダニーのナビに従い足を進ている。ドラゴンとは地球上最強の生物なのだ。正面から渡り合えるものではないのだ。

だからこそ、その結果がどうあれ彼女達にはハーレクインが稼いだ時間を活かす義務があるのだ。

 

ハーレクインとヴァストグリーンの戦いの音が背後から響き渡るが警報の鳴る気配はない。本来のこのエリアが何を研究しようとしていたのか疑問すら感じる。

そんな中一行は目的の研究室に到達する。

入口のマグロックはスタンドアローンでありダニーがあっさりと破る。

室内へと突入すると、そこには異質な空間が広がっていた。

エルの感覚では外部から膨大な魔力が実験室へと流れ込んでいる。

にも関わらず室内に入ると魔力、いや生命力そのものが失われたような領域となっている。

アストラルで見れば虚無のような漆黒の闇が広がっている。

この汚染はアストラルだけに留まらず共振領域にまで広がっている。ダニーは室内へと踏み込んだ瞬間地面がなくなったかのように錯覚した。それほどまでに強力な反共振力井戸が口を開けているのだ。

この衝撃は覚醒者達だけには留まらない。

マラキやトロ吉ですら強い倦怠感、意味もない恐怖、そんな強い感情に襲われている。気を抜けばへたり込んでしまい、そのまま生命すら失いかねない。

虚無の領域と呼ばれる現象に告示している異質な魔力の領域、それがこの実験室だ。

 

室内の中央には生贄の祭壇がもうけられ、全身にラテン語で何かを描かれた全裸のアンゲリーカが寝かされている。その周囲には黒い竜巻が荒れ狂っている。

その竜巻を囲むように刻まれるのは20m程度の大きさの浄化の魔法円。この虚無の領域で召喚儀式を遂行し喚び出した存在を縛るためのものであろうか。

更に魔法円を囲むように描かれた別の魔法円の上に10人の魔法使いが立ち儀式を執り行っている。この虚無の領域を維持したまま魔法を使うにはマジカルロッジを用いることができず、原質により一時的なマジカルロッジを構築したのだろう。

まるでサタニストによる悪魔召喚の儀式のようだ。

術者達は儀式に集中しており侵入者に気がついていない。

代わりに侵入者対策に動き出すのはドローン達だ。

クアッドロータードローン、アレスハーピー。GODエージェントの支援用ドローンとして開発されながらもミツハマのマラキムに破れたドローンだ。

不採用の理由は隠密用支援ドローンであるにも関わらず標準装備にアレスアルファを導入したことだ。

反面このような警備ユニットとして大変優秀なドローンとなっている。

そんな殺意の高いドローンがエル達に向かって接近をしてきている。

 

儀式呪文行使を阻止するには比較的簡単である。

術者をマジカルロッジより連れ出すか、儀式のリーダーを行動不能にするか、焦点になっている物を移動させるかだ。

通常儀式を行っている場所にまで潜入できてしまえば実施は決して難しくはない。

しかし、アンゲリーカの救出をするには儀式を失敗させるだけでは足りない。

ハーレクインが言うには、ブラックロッジはこの汚染された魔力をアンゲリーカに流し込むことにより邪悪な精霊の卵を構築しようとしている。

この魔力を除去してから儀式を終わらせなければ荒れ狂う魔力の影響によりアンゲリーカの命はないだろう。

このためにエルがアンゲリーカより汚染された魔力を浄化し、アンゲリーカを汚染している術者達を無力化していく必要がある。

 

まず動いたのはドローン達だ。

流れ弾を警戒しているのかバーストファイアにより弾丸を降らせる。

しかし、パイロットプラグラムはデフォルトのままなのであろう。その射撃は決して正確なものではない。

マラキは回避し、トロ吉はサイバーアームで弾き、ダニーは悲鳴をあげながらもかろうじて回避した。

続いてマラキはコンバットアックスをハーピーに全力で叩きつける。

ラージドローンとは言え所詮はドローン。遠心力の乗ったトロールの膂力に耐えることはできず電子部品を撒き散らす。

トロ吉はエルを抱えてトルネードを突破する。その身が切り刻まれながらもエルを無事にアンゲリーカの元に送り届ける。

そして、エルはアンゲリーカに溜まる汚染された魔力を排出していく。

龍脈を正常化し、エバレットに流れ込む魔力は減り、更に魔力を汚染するタロットも破棄した。本来実施されるべき星辰の正しき日取りを狂わせた。

それでも圧縮された暴威とも呼べるような魔力がアンゲリーカの肉体にはすでに蓄積されている。

 

そしてダニーはハーピーの武装であるアレスアルファに目をつける。リローダーを持たないドローンだ。弾丸を排出すれば撃てなくなるのではないだろうか、と。先程の射撃精度からして大したパイロットは積んでいないだろう。

なばマークの足りない状態でも無理矢理ハッキングを仕掛けることはできるのではなかろうか。

その判断に従いセキュリティ機構を迂回しかろうじて操作権を奪い弾丸を排出する。

そして唯一残ったハーピーは最優先対象となったエルに照準を絞る。魔力に集中しているエルは避けることができず、その身をトロ吉が庇う。

いくらトロールとは言えアレスアルファの直撃だ無傷と言うわけにはいかない。

とは言え、一撃で倒れる程トロ吉もやわではない。

黙々とマラキはハーピーを破壊し、トロ吉の銃弾は魔術師の1人を撃ち倒す。

ダニーは今のうち弾丸補給に向かうハーピーにマークを付ける。

そして、ドローンハッチより追加展開されるハーピー3台。

ハーピーの優先目標がエルである以上通すわけにはいかない。

そんな、危機感からマラキがハーピーに肉薄し粉砕する。

同じくダニーは再度無理矢理ハッキングを仕掛け弾丸を取り除く。

時間を掛ければやられる、その危機感がエルを加速したのか、エルが全力で魔力を絞りだす。

最後のハーピーがエルに射撃をするがまたトロ吉に阻まれる。トロ吉も満身創痍だ、これ以上エルを庇うことはできまい。

エルは再度魔力を取り除くがまだ終わらない。うまく行けばあと一度、しかし無情にもハーピーの射撃がエルを襲う。

回避こそできないものの、エルもランナーだ一撃で死ぬことはない。

再びエルが魔力を取り除く。

そしてついに魔力を開放しきった。

 

「トロ吉、行って!」

 

その言葉に応えるようにトロ吉はアンゲリーカとエルを担ぎあげ一気に走り抜ける。

儀式の焦点であるアンゲリーカが連れ去られた事で儀式は崩壊する。

儀式により圧縮されていた膨大な魔力が膨張し、まずは術者達に襲いかかる。

その魔力の奔流は本来のドレインダメージとは比較にならず内側から彼らの肉体が爆ぜる。

そして、マラキはダニーを担ぎトロ吉と並んで走る。

覚醒者でなくても闇色の竜巻が突然巨大化したかのように視覚化されている。

 

しかし人の足で竜巻に叶うわけがない。

4人が竜巻に巻き込まれる。

トロ吉とマラキはせめて飛ばされまいと女性達を抱え込み大地に伏せる。

ところが、その竜巻は突然何もなかったように消え失せる。

 

彼らは知る由もないがサークルファームではケイト率いるアリアドネの姉妹団が、タコマでは黄連会のチェンや八卦会のクウェンチィか、そしてシアトルにあるメガコーポの魔術師達が魔力を還元するための儀式を執り行っていた。

これにより荒れ狂う魔力は驚くほど短時間で消え失せた。

 

満身創痍の4人がホールに戻ると同じく満身創痍のハーレクインが全身血塗れで立っていた。

 

「おつかれさん。やったようだな。」

 

エルが疲れた笑みを浮かべて返事をする。

 

「お陰様で。ドラゴンは?」

 

「儀式が崩れた瞬間に帰っていったよ。死ぬかと思ったよ。」

 

「お互い様だな。」

 

そして5人はお互いに苦笑いを浮べアレスを後にした。

こうして龍脈を用いた大規模な召喚儀式などはなかったことになった。




GMCブルドッグ
ゼネラルモーターズ のロングセラー装甲バン。

ハーレクインの道化師のメイク
エルは魔法使いの宣誓に関係すると思っているが実際はハーレクインの単なる趣味。

黒い石のついたアンクレット
アースドーンの鮮血の護符を改良したもの。

アレスハーピー
オリジナル。
『Rigger_50』のMITSUHAMA MALAKIMのバリアント扱い。

ダニーの無理矢理ハッキング
『Kill_Code』掲載のRECKLESS HACKINGを使用。
マークが足りなくてもマトリックス動作ができる。


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2075年7月8日 UCAS シアトル エバレット アレスR&D

時はわずかに遡る。

ヴァストグリーンが自らの放った火球の爆炎の中より姿を現す。

 

「ほう、囀るだけのことはあるようだの。我らが天敵の前の準備運動がてらに遊んでくれようぞ。」

 

歓喜の笑みを浮かべるヴァストグリーンと苦笑するハーレクイン。

 

「本意ではないが、世界に闇をもたらすというのなら、阻止させてもらおう。」

 

その言葉に呼応するようにヴァストグリーンは大きく踏み込み渾身の蹴りを打ち放つ。

ハーレクインはその爆撃のような蹴りを剣で受け流しヴァストグリーンの右肩を切り裂く。

 

「ふむ。この姿で相手をするのは失礼に当たるな。感謝するが良い若輩種よ。」

 

その言葉に応えるようにその体が突然大きく膨れ上がる。

 

その頭頂に生えた捻れた角はそのまま大きくなり、哺乳類の特徴を有していた顔はまるでトカゲの様に変異しながら巨大化していく。

 

その身からいつの間にかエグゼクティブスーツは消え去り身体を覆うのは深緑の鱗。腹の部分だけはまるで若葉のような新緑。

 

その四肢を支える筋肉量はトロールの時と比率は変わらずはち切れる程の筋肉に覆

われている。

 

グレートドラゴン。神話の時代より最強の存在で在り続ける生物。

並の存在なら畏怖により動くことすらできなくなるだろう。

しかし、ハーレクインは不敵に笑う。

 

「汚名を返上するには活動するしかないからな。胸を貸してもらうぞ!」

 

ハーレクインの剣が光を帯びる。

 

「その光、お主光を帯びし者か。ホラー相手でなければ燃費も悪かろう。」

 

「あんたらの鱗を切り裂く方法を他に知らないものでね!」

 

ハーレクインは自らに強化魔法を掛けていく。

ハーレクインにはヴァストグリーンを倒すつもりはない。しかし、防戦一方となればヴァストグリーンは無理矢理ハーレクインを突破しエル達に向かうだろう。

そうなれば意味はない。

故にハーレクインは攻めねばならない。

 

そんなハーレクインに大木のような剛腕が叩きつけられる。

ハーレクインはその一撃も確実に受け流し爪の根元を斬りつける。わずかな出血を強いることはできるもののかすり傷にすぎない。

 

「その肉体はでかいだけで大振りだな。もう少し器用さを身に着けた方が良いのではないのか?」

 

「抜かせ、小童が。我が身を傷つけることで実力を示して見よ。」

 

ニヤリと笑うとハーレクインが大きく踏み込み流れるように連続で切り込む。

その一撃は軽くとも繰り返しの攻撃によりヴァストグリーンの鱗を砕く。

そして鱗を失った場所に的確なハーレクインの斬撃が降り注ぐ。

 

「なかなかにやるではないか。しかし、それだけ魔力を消費しいつまで動けるか見ものよな。」

 

ヴァストグリーンは大きく背後に飛び上がり宙で身を留めると大きくブレスを吹き掛ける。

その業火を受けてもハーレクインは横一文字の一閃により炎を切り払う。

されどドラゴンのブレスを全て切り払うことは難しく身体の随所に火傷を負っている。

 

「エンリルよ、この場に顕現し助力を!」

 

その言葉に呼応するようにハーレクインの正面に顕現する頭部に無数の角を持つ巨人。

 

「ほう。なかなかに良い精霊よな。だが我に精霊で挑むとは面白い。フェニックスよ、焼き払うが良い。」

 

その言葉に呼応し炎の鳥が顕現し巨人へと襲いかかる。

大きさこそ巨人が勝るが、その存在感はフェニックスの方が遥かに大きい。

巨人はかろうじてフェニックスの攻撃を防ぐが防戦一方でありハーレクインの支援を行う余裕はなさそうだ。

 

楽しげに急降下からのヒットアンドアウェイを繰り返すヴァストグリーン。

その打撃をいなしてこそいるもののハーレクインの全身はすでに傷だらけである。

防御姿勢を取るハーレクイン。

 

「時間稼ぎとは小賢しい。」

 

そんなやり取りを繰り返す中突然ハーレクインが練り上げた魔力を解き放つ。

周囲の魔力の働きを阻害する古代の魔法。

ドラゴンはいかにして飛行するのかと問われれば魔法だ。

ゆえに魔力が力を失えば大地に落ちる。

ましてや、ヒットアンドアウェイを繰り返すドラゴンには体勢を維持するすべもなく見事に大地に激突する。

しかし、所詮は室内だ。致命的な打撃を与えるには至らない。

 

「見事よな、若輩種よ。名を聞いておこうか。」

 

ハーレクインは皮肉げに笑う。

 

「俺はカイエンビュール・ハーレアクイン。嘆きの尖塔都市の最後の騎士。そして、光を帯びしもの、さ。」

 

ヴァストグリーンが高らかに笑う。

 

「セレアサの生き残りか。つまり我らの血脈であると。まさに愉快な存在よな。」

 

その言葉にハーレクインは剣を構えることで応える。

一触即発の決定的な一撃を双方が狙う。

その瞬間魔力が弾ける。

 

まずヴァストグリーンが力を抜き言葉を放つ。

 

「終わったようだの。」

 

ハーレクインは肩をすくめる。

 

「ですね。この場は俺に譲っていただいてよろしいですかね?」

 

「うむ我の敗北よ。ヴァージゴームと合間見れなんだのは残念だが、致し方あるまい。」

 

その言葉を告げるとヴァストグリーンはトロールの姿に戻り悠悠と立ち去っていく。

ヴァストグリーンが立ち去るとハーレクインは気が抜けたように地面にへたり込む。

 

「何とか凌いだか。」

 

その力尽きた姿もエル達の気配を感じると立ち上がり余裕の笑和浮かべる。

常に他者に優雅に見せること。

それこそ彼のディシプリンの生き様であり力の根源なのである。

 

「おつかれさん。やったようだな。」

 

そしてハーレクインはエルに手をあげる。



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2075年7月9日 UCASシアトル スノホミッシュ サークルファーム

昨晩ケイトやシリアンニ、キング、チェンなどに任務達成の報告をしたエルとダニーはサークルファームに滞在していた。

トロ吉とマラキは女の園での滞在が落ち着かず2人をサークルファームに送り届けた後帰宅している。

疲れ果て惰眠を貪るエルとダニーはにこやかな笑みを浮かべるケイトに叩き起こされる。

現在時刻は朝の5時。

まだ外は真っ暗だ。

 

「おはよう。朝ですよ。」

 

寝ぼけ眼の2人。

 

「おはようございますぅ。」

 

とりあえず義務的に挨拶を返すダニー。

 

「姉様もう少し寝かせてくださいよぉ。」

 

布団に潜り込もうとするエル。

 

「何を言っているのかしら、エル。薔薇の摘み取り手伝ってくれるのでしょ?」

 

エルは自分の軽口を後悔した。

確かに流れでそんな約束をしている。

 

「手伝いますけどぉ、明日では駄目ですか?」

 

ケイトが怪しく笑う。

 

「駄目よ。今大地には昨日の魔力が満ちているわ。この大地から摘み取った薔薇は良質な原質になるわ。加工も手伝って貰うわよ。」

 

エルは諦観の笑みを浮かべる。

 

「承りました。お手伝いさせていただきますよー。」

 

「これはあなた達のためでもあるのよ。汚染された魔力に侵された魂を浄化するには清浄な魔力に触れるのが手早いのよ。」

 

それまで他人事として、ニコニコしながら話を聞いていたダニーの顔がひきつる。

 

「“達”? あたしもですか?」

 

「もちろんよ。あなたも汚染領域に突入したのよね、謎のアーティファクトを身に着けて。」

 

2人はここで気がつく。

ケイトはかなり怒っている。

自分の妹が謎のアイテムのリスクを考えずに使用したことに。

故にこそ最も過酷で効率的な浄化の儀式に参加させようとしているのだろう。

 

それに気がついた時点でダニーに断る選択肢はなく、疲れた笑みを浮かべる。

 

「わかりました。よろしくお願いします。」

 

「ありがとう。一緒に摘み取り作業したなら、あなたも姉妹よ。」

 

この提案はダニーにとっての悪い話ではない。

スノホミッシュはヒューマニストの街だ。

それも身内意識が強く、その差別はなかなかに外部からは見えない。

そんなコミュニティに深く根付いた姉妹団に身内として受け入れてもらえる。

今後の活動におけるメリットは計り知れない。

反面、来年以降の摘み取りも呼ばれるのだろうなというほのかな予感も感じる。

 

「よろしくお願いします。薔薇の摘み取りは初めてなので色々教えてください。」

 

頭を切り替え初体験が少し楽しみになっているダニーとすでに経験済みでげんなりしているエル。

 

「もちろんよ。さあ朝食でも食べながら姉妹団の皆を紹介するわ。」

 

そして3人は連れ立って食堂に向かう。

シアトルの平穏が守られたことを体感しながら。

 



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2075年7月9日 日本帝国 京都 ミツハマ本社

VIP専用のバーチャル会議室。

丁寧に整えられた日本庭園に静かに鹿威しの音が鳴り響く。

そんな日本庭園の中に設えられた野点の席。

大きな朱の和傘が立ち上がり、その下には茶釜で湯が沸きこぽこぽと音をたてている。

そんな茶釜の横に背筋を伸ばし張り詰めた表情で正座をする老女が1人。

その姿は玉津桜その人だ。

以前のミーティングで身に着けた華麗な桜花紋の着物ではなく白装束に身を包んでいる。

処罰を待つ姿そのものだ。

 

そこにログインしてくるのは三浜敏郎。

ミツハマのCEOであり、玉津の唯一の上司だ。

敏郎は30代後半の外見をし、ミツハマブランドの高級スーツに見を包んでいる。

特徴的なのは明らかに機械化していることのわかるサイバーアイとクローム剥き出しの右腕のサイバーアームだ。

常にミツハマの最新鋭のサイバーウェアを身に着けており、広告塔としても機能している。

その姿を認めると玉津が頭を地面にペタリとつける。

 

「三浜様、お待ちしておりました。」

 

敏郎は鷹揚に頷き、ドサリと腰を下ろす。

 

「ああ、頭をあげろ。今回の件は玉津さんの責任を問うつもりはない。」

 

玉津は伏せていた上半身をあげ口を開く。

 

「誠にありがとうございます。」

 

「結果的に損益分岐点は超えてないしな。それに今回正規の手続きを通して社内決済を通した案件だ。これでお前さんの責任を問うならあっという間にミツハマ上層部はスカスカになっちまう。」

 

その言葉に玉津の険しい表情が幾分和らぐ。

 

「あと、その辛気くさい服もいつものにしちまいな。」

 

玉津は軽く頷くと白装束を桜花紋の美しい着物へと切り替える。

 

「で、本題はなんだ?」

 

そう元々今回のミーティングは玉津が敏郎に依頼してセッティングしている。

 

「三浜様と我々部門長の間に立ちグランドプランをたてる部署の設立を具申したく存じます。」

 

敏郎は軽く頷き続きを促す。

 

「今回のように技術部門主導で筋を通されますと、我々のような地区部門でのコントロールは困難です。そこで地域部門のヤンエグを中核とした部署を用意いただけないかと考えた次第です。」

 

「確かにな。本社のマーケティング部門の試算では数年のうちにゼーダークルップの順位が下がる。金ピカ竜は道楽に享じ過ぎたのさ。」

 

「そのためでしょうか、最近かの企業は以前よりも北米の利権に牙を突き立てようとしてきております。」

 

「うむ。だからな今後中央統制を強める必要はあるとは思っていた。」

 

「では。」

 

「ああ。数年以内には形にする予定だ。名前は世界一を目指すってことで、壱にする予定だ。」

 

「ありがとうございます。」

 

「また、お前さんたちには無理を言うがよろしく頼むぜ。」

 

「お任せください。」

 

その言葉を受けて敏郎は立ち上がる。

玉津は再び頭を下げる。

 

「そうそう、今回うちの看板に泥を塗ったバカ共の掃討は13課に命じておいた。近々社内清掃は終わるだろう。変わらず励んでくれ。」

 

「はっ。」

 

そして、敏郎はログアウトする。

本社で現実に戻った敏郎は軽く息を吐く。

社内体制の刷新となると父親である“猛虎”三浜大河を納得させねばなるまい。

その為の行動を考えるとわずかに気が重くなる。

とは言え前に進むためには致し方ない作業であろう。




三浜敏郎/Toshiro Mitsuhama
『Corporate Download』より。

壱/Ichi
internal councilの略らしい。
『Power_Plays』より。


“猛虎”三浜大河/Taiga “Tiger” Mitsuhama
『Corporate Download』より。
ミツハマの中興の祖。


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30日うちの子語りチャレンジ ~ダニー・ウエスト~

ツイッターみかけました#30日うちの子語りチャレンジを実施しました。
せっかくなのでこちらにもまとめておきます。


本編のダニーを想定してたけど、シャドウランのオフィシャルキャラなのよね。

勝手に設定付け足しているから気持ち的にはうちの子なのです

まあアイショット内のダニーさんと言うことで。

書けるところまで行ってみましょうか

 

Day1:紹介

シアトルアイショットの主人公、ダニー・ウエスト。

2075年のシアトルで人権活動に誠実に取り組むジャーナリスト。

テクノマンサーと呼ばれる能力者でありテクノマンサーもまた差別を受けている。

 

day2誕生秘話

昔のシャドウランで東京を紹介する小説トーキョーアイショットなる本がございました。

それのシアトル版書くなら適当な公式キャラのジャーナリストを使用しようと言う安易な発想でした。

ダニーは人権派ジャーナリストなので気楽に事件に飛び込まず、シナリオプロットに苦労しました

 

day3作品内での位置づけ

物語の目的が元々シャドウランのシアトルを紹介する目的だった為、色々な事件や場所に首を突っ込んで説明する事が目的の人物でした。

途中からは清濁合わせ飲まないと生き延びれない第六世界らしさを現せる純粋ながら強かな存在になったかなと思っています。

 

day4出身地と家族

2045年UCAS、シアトル、レントン出身。

両親はレントンの富裕家庭でヒューマン至上主義、一人っ子。

ダニーの人権活動も子供の遊びと見られており家に帰っても確執が広がるばかり。

このためダウンタウンで一人暮らしをしている。

 

day5子供の頃の夢

レントンは古き良きアメリカの2075年版戯画なわけです。 

ここからダニーは保守的な家での良い子として育っています。

そうなると母親のようなお嫁さんみたいな夢を持っていたのではないかと思います。

 

day6好きな季節、食べ物、場所

季節には季節毎の楽しさがあると考えるタイプ。

アルコールが好きで、それに合うツマミが好き。オーク料理が特にお気に入り。

海や山が一望できる場所や人の生き方が見える場所が好き。

 

day7嫌いな季節、食べ物、場所

反対に嫌いな季節はヒューマニストののさばる季節。

嫌いな場所はブラックヘイブンインベイストメント。

嫌いな食べ物は弱者を食い物にする連中。

いや、いわゆる普通の嫌いな設定はないなーと思いまして。

 

day8許せないこと、怒りの沸点

人を種族などの外面的な事で差別されることが許せません。そして差別と貧困問題など相互関連のある問題に目を向けない事に怒りを感じています。

とは言え一度は世の中に絶望し、がむしゃらに活動した結果殺されかけた経験から激発するようなことはなく穏やかな人物です。

 

day9いちばん大切に思ってるもの

自由意志において他者を公平に扱うこと。

その根本はいわれなき差別と暴力に苦しんだ友人への思いがある。

 

day10信仰について

クリスチャンですが決して熱心な信徒ではありません。

彼女が困難に遭遇した時に頼るのは神ではなく友人達なのです。

ただ、貧困対策では宗教団体は頼れる仲間であり他者の信仰へ敬意を払うことはできる女性です。

 

day11作中での成長スピード

劇的な成長はしません。

彼女はすでに一線で活躍する人物なので。

とは言え、心理的な葛藤やその克服など良き精神的な(データ的ではない)成長はしています。

シャドウランはなかなか成長しませんからねー。

 

day12最も尊敬している人

シアトルの地区判事ダナ・オークス

メがコーポへの忖度をせず自身の正義に従いメタヒューマンの人権を求めブラックヘイブンと対立する女傑。

ダニーには未だ足りないバランス感覚と影響力を持つ人物として尊敬している。

ブルの娘レベッカとも迷いましたが彼女は親友枠なので。

 

day13ウィークポイント

彼女の最大の弱点は正義感。

使命感と言い換えても良いかもしれない。

自身の安全と真実の追求、そして正義の行使を天秤に掛けられた場合自身の安全を犠牲にしかねないのです。

後はアルコール。アルコールは何でも飲みます。

 

day14初期と設定の変わったこと

設定は変わってないです。

ただ、私がジャーナリストのイメージとして色々な騒動に自主的に首を突っ込んでいくスタイルと考えていましたが、ダニーさんはまず人権活動を行うためランナー的なシナリオに投入しにくかったです。

 

dayj15他のキャラクターとの関係

フリーランスのジャーナリストを支えるのは人脈と考えています。

人脈は相互利益がなければ続かないと考えておりいかに相互利益を生み出せるか考えています。

その上で友人や仲間と呼べる関係になれれば理想的だと信じています。

 

day16恋愛観

互いに尊敬しあえ相手の興味を尊重できるのが大前提でワガママを言い合える関係と考えている。

重要度的には恋愛や結婚よりも仕事に重きをおいている。

 

day17自身への本人の認識と周囲の認識のギャップ

本人はリスクを考えた上で安全マージンを確保して動いてるつもりですが、周囲からはリスト度外視で目的の為にリスクに踏み込む火の玉ジャーナリストと見なされている。

そして主に外部視点が正しい。

 

day18サプライズされたときの反応

はめられたと気がついた時点で相手の意図の推察とリカバリーできる道があるのか模索を始める。

自分はヒーローではないと理解した上での生存を優先し可能な限り足掻く。

死んでしまって何もできないのだか。

 

サプライズの解釈はこれで良いのだろうか。

 

day19人生の目標

メタヒューマン、メタサピエンス含めて人類すべてが謂れのない差別に苦しまず平穏な社会をもたらすこと。

 

day20動かしやすさ

自由気ままに動いてくれるので書きやすい人でした。

反面どのような事件を用意するかに頭を悩ませました。

つまりは、気に入った事件でないと動かないのか。

 

day21恐れていること

恐れていることは命や報酬などの何らかの代償によって自分が世の中の差別を助長する立場に回る事。

そして自分が善意でよりよくなると信じて行動することが世間の不平等を助長すること。

そして恐れにより動くことすらできなくなること。

バタフライ効果もあるので難しいですよね

 

day22笑い方泣き方怒り方

友人の前ではわかりやすく感情を出すしめっちゃ口に出す。

反面放送中や駆け引きの中では基本的には穏やかな微笑みを絶やさない。

仮に怒り心頭な報道でも冷静に報道を行い感情的な煽りは行わない。

 

day23わからない事があった時の行動

まずはマトリックス検索、それからコネ。

最後に足で探すですかね。

 

day24死生観

人はいつ死ぬのかわからない。

特にメがコーポの意に沿わないような個人は。

だからこそ目的の為に死を恐れず踏み込みながらも、その中でいかに消されないように立ち回るかに腐心している。

最悪は情報の抱え落ちだと考えている。

 

day25服装や持物を選ぶ基準

まずは動きやすさを考える。

続いて訪問先の場所や相手を考えて社交ペナルティを受けないように可能ならボーナスを得られるように考えて選ぶ。

武器や装甲はそこまで重視はしていない。

 

day26心を開いたサイン

仕事とは関係なく連絡をしたり、遊びに行ったりするようになる、とかかね。

人当たりも良く仕事柄色々な人と付き合いがあるから友達がたくさんいるように見えるけど、みたいな感じかしら。

 

day27臨時収入の使い道

天然物のワインを買う

寄付の額を増やす

普段世話になってるコンタクトにお礼をする

あたりかな~。

 

day28恋愛経験

学生時代には恋人もいたと思われるが大して重要視していない。

今はシアトルアンダーグラウンドのセキュリティコンサルタントにしてジャックポインターのブルに憧れに近い恋心を抱いている。

 

day29裏設定を3つ

元々はボストンロックダウンをクライマックスに考えていたのでカリスマテクノマンサー、パックスとの対比存在として書こうとしていました。

未だにアンダーグラウンドが少し怖い

仕事の関係が前面に出る関係で友達は少ない

 

day30 2076年4月2日の日記

ボストンにいるザビアー博士にアポイントが取れた。

彼女はテクノマンサーの人権活動にも力を入れており、あたしのことも知っていたようだ。

あたしは彼女がパックスではないかと疑っているが、仮に彼女がパックスであるなら私はどうするべきなのだろうか。

 



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