奇獣装者《キジュウソウシャ》 ~宇宙からの友と襲来者たち~ (ごぼう大臣)
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奇跡の星
宇宙。
その広大な空間がどこまで続いているのか、知る者はどこにもいない。
星の海などと呼ばれるように、きらめく大小の星々がひしめいているかと思えば、ぞっとするほど暗く深い、吸い込まれそうな闇が広がっていることもある。
その宇宙を、一つの物体が漂っていた。周囲の広大さに埋もれて消えてしまいそうな、小惑星とも比較にならない、小さな小さな球体。
白く半透明なそれは、タマゴのように何かを内包していた。白く硬質な細かいパーツが組合わさった、ガイコツのようなもの。骨組みの姿だけで正体は断定できないが、それは翼と長い首、鋭い爪を持った手足と、ヘビのような尻尾があったであろうことが骨格からうかがえる。
それはちょうど、有名な幻獣ドラゴンを思わせた。
ただし、それが地球で――幻獣という名の概念が存在するこの星で――造られたものではないのは確実である。
宇宙を漂流しているというだけではない。"彼"には骸骨の見た目にも関わらず、れっきとした意志があるのだから。
(またこんな景色か……。このカプセルに乗って宇宙に出て、どれ程の時がたっただろう)
そのドラゴンのような何かは、身動きできない状況でふと考える。うっすらと開く、眼孔の部分にはめ込まれた金色の目の奥には、心なしか諦めの色が見える。
(我が
彼の頭にぼんやりと、過去の記憶らしきものが浮かぶ。半壊した建物、おびただしい数の死骸、燃え盛る炎……。
(……再び自由を得る日は、来るのだろうか……)
思い返すうちに、彼は瞳をますます曇らせた。しかし、ふと顔を上げると、その目にわずかな光が差す。
(……あれは……!)
その視界の向こうには、ある星が小さく映っていた。青々と輝き、陸地の緑とそれを取り巻く白い雲に彩られた、宝石のような星。
そう、偶然にも豊かな生命を宿した、彼にとっては二つ目の奇跡の星……。
地球が見えたのだ。
――
それから、何ヵ月かして……
――
「あーもう、自由になりたいっ!」
ところ変わってこちらは日本のとある地方都市。学校の校門前で、一人の少女が上を向いて叫んでいた。
140センチ半ばほどの背丈で、セーラー服が凹凸のない体を包んでいる。後ろで縛った赤みがかった色のポニーテールの先が、見上げた姿勢に合わせて背中をすべった。細長い眉が垂れ、茶色い大きな目が不満げに細められる。まだ幼さの残る顔を、茜色の夕日が照らしていた。
「
隣にいた同じ制服の少女が、クスクス笑いながら言う。メガネと黒のストレートヘアが真面目そうな印象を放っていた。
対して、ホムラと呼ばれた少女はわざとらしく眉をつり上げると、メガネの少女に一枚の紙を勢いよく突きつけた。
「言いたくもなるってもんよ。チエと比べてみてよコレ!」
「……う、うん」
メガネを通して目をこらす少女、チエ。眼前にあるのはテストの答案だった。"
「あちゃー、こりゃひどいね」
「毎回やんなっちゃうよー。もう解放されたいわ。異世界にでも行きたいって感じ」
ホムラはぶつくさ言いながら答案を小脇のカバンに押し込むと、トボトボと歩き出した。チエもその後をついていく。
「まったく人間ってのはかくも地上に、社会に縛られて窮屈なものか……!」
「なに中二病みたいなこと言ってんの。って私たち中二か」
「お母さんにどう言い訳しよう。せめてもっと勉強してたらなぁ」
ホムラは額を押さえ、困り果てたようにかぶりを振る。そんな彼女に、チエが並んで言った。
「また少年マンガでも読んでた? アンタ昔から好きだもんね」
「いーじゃん面白いんだから。マンガには夢があるのよ、夢が」
ホムラはキッと鋭い目で振り向いたかと思うと、何を思ったか空をまっすぐに指さし、尊大な佇まいで口を開く。
「悩み多きこの人生、非日常に憧れたくもなるわ。海賊、悪魔、魔法使いに、忍者の性転換etc……」
(……性転換?)
「チエもちょっとは分かるでしょ。頭に夢を詰め込んだら、何が起きても気分はヘッチャラよ!」
「でも頭はカラッポなんでしょ?」
「あはは! いや実際そうなんだよねーどうしようアハハハ……ハァ……」
冷静に水を差され、ホムラは大げさに声をあげて笑った。ひとしきり笑って、深く深くため息をつく。
「世の中ってなんつーか、せせこましいわホント。もっとこう、のびのびとした人生送れないかな……」
「…………」
ホムラはなおも気分が晴れない様子だった。それを見かねてか、チエがいさめるような口調で言う。
「でも、アンタの好きなマンガの世界も、そんなに気楽じゃないんじゃない?」
「……それは……」
「アンタの気持ちも分かるけどさ……上手くいくばっかりの場所なんてないんだから、少しは骨のある人にならないと」
「……やっぱり真面目だね。チエ」
ホムラは眉をよせて苦い顔をしながらも、観念したようにつぶやいた。それを見て、チエはまたクスクスと笑いをこぼす。
そうこうしているうちに、二人は分かれ道にさしかかる。チエはそこでホムラから離れ、振り返って手をふった。
「じゃ、また明日ね」
「……うん」
「ちゃんと普段から勉強しときなよー」
「分かってるって」
手を振り返して友人と別れ、ホムラは一人で歩いていく。そのうち彼女の足は住宅街へと入っていった。
ふと周りを見れば、窓にカーテンをかける主婦や、庭先で遊ぶ子供の姿が目に入る。どこかの家の夕飯の匂いが、ふんわりと鼻にとどく。何気ない日常の風景。
「……分かってんのよ。バカげたこと言ってんのは」
ホムラは、誰にでもなくつぶやいた。口調には不満とやりきれなさと、自嘲の色がありありと見てとれた。
……日々に物足りなさを感じ、自分の知らない場所や世界にあこがれる。現実の自分がやけにちっぽけに見えてくる。そんな時期が誰しもあるだろう。彼女も方向性はどうあれ、そんな年頃であった。
世の人々はそれでも、紆余曲折を経て普通に成長していく。ホムラもその例にもれないはずであった。
しかし、その日は少しだけ、奇妙なことがあった。
「……ん?」
ホムラが何気なく目をやった道脇、回収日前に捨てられたゴミの袋が積み重なった場所の、ほんの一点。
ゴミに埋もれるようにして、白い石のようなものがのぞいている。半透明で、タマゴのような形。
(……なんだこれ、宝石……?)
眉をひそめながら、彼女はそれを拾い上げる。透き通った石の中には、トカゲとコウモリを組み合わせた……ドラゴンの骸骨のミニチュアとでもいうべきものが入っていた。
「どこかのお土産とかかなー……。まぁいいや、どうせ捨てられてたんだし」
ちょうど退屈な気分だった彼女は、その珍しい石をポケットにねじこむと、そのまま帰路についたのだった。
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未知との遭遇と、ついてきた災厄
それから五分ほどして、ホムラはある一軒家に帰りついた。白塗りの壁に赤い屋根の、小さな家の扉を開けると、短い廊下の続く家内に夕飯の匂いが充満していた。
「ただいまー」
片足をあげて靴を脱ぎ、ホムラが声をあげる。すると、スタスタと足音をたてて、廊下の先の部屋から30代後半くらいの女性が顔を出した。
ホムラによく似た赤みがかった髪を一本締めにまとめ、糸目をさらに細めて柔和な笑みを浮かべている。
「あらホムラ、おかえりなさい」
「や、やっほーお母さん」
「コラ、ちゃんと靴はそろえなさい」
「は、はいっ」
微笑んでくる母親に、ホムラはぎこちない笑みを返す。そして例の45点の答案が入ったカバンを守るようにしながら、彼女は手前の階段へ音もなく足を滑らせていく。
「もうすぐご飯できるからね。……それと、そういえばこの前のテストがそろそろ……」
「あー! ごめんごめん。私ちょっとやる事あってさー、時間になったら呼んでよ!」
母親がテストのことを口に出した瞬間、ホムラは大きな声をはりあげてドタバタと階段を上がっていった。母親はそれをポケーッと見上げながら、一人首をかしげる。
「……騒々しい子ねぇ」
そうつぶやいた直後。母親の出てきた方角から、シューッと湯が沸き立つような音と、ガタガタとうるさい金属音が同時に鳴り出した。
「いっけない、お鍋の火をかけっぱなしだったわ!」
顔を青くした母親は、とっさにその音の元へと駆け出す。
かくして、ホムラは母親の詮索から事なきを得たのであった。
……その頃、二階の階段わきの、今どき珍しいふすまの向こうの自室に、ホムラはいた。
タタミがしかれた六畳間。机の向かいの窓から射し込んだ夕暮れの光が、開けっぱなしのクローゼットの鏡に反射している。部屋の隅におかれた本棚には、マンガの雑誌や単行本がいっぱいにつめられている。
その部屋の真ん中で、彼女は制服もそのままに、拾った白い石をしげしげと観察していた。
「んー、これ中身が出せたりしないのかな。見るだけの物ならちょっと不透明すぎるし……」
中途半端に透き通ったそれを、ホムラは光にすかしたりなどしてみたが、特に変化は起こらない。ならばと今度は継ぎ目でも無いのかと、あちこちを指でいじくり回しはじめた。
「こういうのマンガや映画とかだったらなー、未知の生命体みたいのが出てきて『我を呼び覚ましたのは貴様か……』とか言いそうだけど」
一人で冗談を言いながら、彼女は石をひっくり返し、タマゴ型の尖った部分をこすりだした。
しかし、その指がちょうど頂点へと触れた時。
「うわっ!?」
突然、殻が溶けるようにして石の部分が消え失せたかと思うと、中身のドラゴンがむき出しになる。ホムラは手のひらにポトリと落ちたそれを、あっけに取られながら見つめていた。
「……え、なに? 壊れた?」
顔をひきつらせながら辺りを見回すホムラ。ところがドラゴンを包んでいたはずの石は、どこを見ても欠片も落ちていない。物理的にあり得ない事態に彼女が戸惑っていると、さらに驚くべきことが起こる。
ドラゴンがおもむろにホムラの手に首を突っ込んだかと思うと、みるみる腕の中にもぐり込みはじめたのだ。
「うひゃっ!? なっ、たった、おわっ?!」
ホムラが叫ぶ間にも、ドラゴンはすでに尻尾を残して体内に沈んでいる。不思議と血は出ず、痛みもない。普段は非日常を求めている彼女も仰天し、必死に腕を振り回しはじめた。
「で、出てけコンニャロ! 誰か! 助けてっ!!」
立ちあがり、足を踏み鳴らして全身で異物を追い出そうとするホムラ。しかしその甲斐もなく、ドラゴンはとうとう完全に体内へと入っていってしまった。
数秒、何事もなかったような時間が続く。手を見ても傷あと一つない。夢でも見ているのだろうかと彼女は一瞬考え出す。
しかし、その直後。
「……っぐぅ……!……!?」
突然、ホムラの頭に割れるような痛みが走る。耳までしびれるようなその頭痛に、彼女は思わずその場に崩れ落ち、歯を食い縛る。
(くうっ……なんだっての……もう!)
声も出せず、耳を押さえてうずくまるホムラ。ガンガンと音が鳴るような気さえする脳内には、果たして幻聴か、エコーがかった奇怪な音声が流れはじめた。
【ωΩ%◎℃@∧⊆◯ゑゐ♯ゐ∞……♂ω♀π】
【☆#◎∧〓∩♯ÅПοБβθπЖЁ―+~~………♂ω♀π】
【使用言語の同期……完了】
【パートナー情報の更新……完了】
【システム最終チェック……完了】
【間もなく再起動します……】
訳の分からないその声は、確かに頭の中から聞こえてくる。だいいち部屋にはホムラ以外いないのだ。彼女は混乱しながらも、思うように動かない体を引きずり、手近にあった開け放しのクローゼットの扉をつかもうとした。
すると、クローゼットの扉についた鏡……そこに映った自分の姿を見て、彼女は息をのんだ。
(髪が……白い?)
赤みがかった黒色をしていたはずの彼女の髪の毛は、なぜか一本残らず先まで白く染まっていた。それについて考えをめぐらす暇もなく、ホムラはどさりと畳に体を横たえ……。
そのまま意識を失ってしまった。
――
「……ん」
それからどれほど経っただろうか。ホムラは倒れた時と同じ畳の上で目を覚ました。がばりと体を起こして鏡を見ると、髪の色は元にもどり、窓の外は夕暮れの直後らしい薄闇が広がっている。
「やっぱし夢でも見たのかな……?」
「いいや、現実だ。異星人の娘よ」
「でも……髪が元に戻ってるし」
「一分ほど貴様に強く干渉させてもらった。
「そっかぁ……ん?」
見知らぬいかつい声に、彼女は呆けた声で答える。しかしすぐに我に帰ると、あわててその声の主をキョロキョロと探しだす。
「は、え? 誰? 誰かいるの?」
「ここだ。ここにいる」
「ここってどこよ?」
「よく見ろ。貴様の右肩だ」
ホムラはうろたえつつも声にしたがい、自分の肩を見る。すると思わず叫び声をあげた。
「ひゃあっ!?」
なんと、その肩口には例の骸骨ドラゴンが、半分体を沈めた状態でホムラをジッと見ていたのだ。
間近で目が合ったホムラは顔をしかめ、同じようにドラゴンを見返す。
「我を呼び覚ましたのは貴様か……」
「うお、しゃべった!」
「融合したおりに、貴様の知識もろもろを吸収させてもらった。おかげでこうして会話ができる」
ドラゴンはホムラの肩から体内に音もなく潜り込むと、反対側の肩から顔を出して言った。理解が追いつかない彼女に、そのドラゴンは続ける。
「我が名は"ルゥー・ヘグズニー"。
「あ、えと、私は竜乃 炎。とりあえず……よろしく? ルゥ」
「ふむ。よろしく頼む。……しかしその名前、やはり我が母星とは何の関係もないようだな。奇しくも生態系などは似ているようだが……」
戸惑いながらも自己紹介するホムラをよそに、ルゥは首をもたげてキョロキョロ辺りを見回す。それを見て、ホムラは食いつくように言葉をあびせる。
「ちょい待ってよ! ワケわかんない! さっきから融合とか母星とか、何の話してんの?」
のんきな風情のルゥに対して、口調にいら立ちが混じりだす。それを察したのか、ルゥはうつむいて一つ唸る。
「むぅ……どこから説明したものか」
「なんていうか、宇宙人みたいな変な雰囲気あるけど……」
「宇宙人……そうだな。それに近いといえばその通りだ」
「……分かった! こうやって人に寄生して侵略するタイプだ! 昔マンガで見たわ!」
ホムラは自らの体に埋まっているルゥを見ながら、さも得意気に言い放った。しかしルゥは一拍おいて、からかうようにため息をつく。
「侵略、か……そんな事をできるような星があれば、先に亡命していただろうな」
「はえ?」
「残念ながらそんな主体性のある存在ではない。我はいわば、ただの
兵器、唐突に出てきたその言葉に、ホムラは眉をひそめる。その直後に、彼女の腕から突然、ジャキン! という音とともに曲刀のような刃が飛び出した。大きさこそ異なるが、その材質はルゥの体の骨に似ているように見えた。
「いっ!?」
「驚いてばかりだな……。見たか? 我らはこのようにして人体と融合し、"融合者"なる兵器に作り変える。母星の主要国の最新技術だ……。戦争のための、な」
目を丸くしているホムラの前で、また刃が何事もなかったように戻る。その跡を不思議そうにさすりながら、ホムラは問いかけた。
「"融合者"……な、なんか現実離れしすぎてるわね。いざ聞くと異世界の話みたい」
「無理もない。地球からはろくに観測できない遠距離だ。我も休眠と覚醒を繰り返しながら何百……いや何千年と漂っていたか知れぬ」
「何千……年?」
「光の早さで百年かかる距離でも、貴様らは観測できているではないか。不思議はあるまい?」
「そりゃそうだけど……」
「気にすることではない。どうせすでに滅んだ星だ」
「え……!?」
ルゥは虚無感のある口ぶりでつぶやき、窓の外へ目をやる。窓からはわずかだが、遠くにそびえる山がぼんやり見えていた。
「はるか昔は、我が母星も
「…………」
「死ぬまで融合がとけぬ我らを、兵士たちは抵抗なく受け入れ、何人も散っていった。……ちょうど貴様が好きなフィクションで見かける、ディストピアに近かっただろうな」
ひとしきりしゃべり終えると、ルゥは口を挟めずにいるホムラへ向き直り、ぺこりと頭を下げた。
「謝らなければならんな……。実は、貴様との融合は手違いなのだ。体の構造が母星の人類と似ていたせいで、勘違いしてしまった」
「へ? あー……そういう訳」
「この星での誠意にはまだ詳しくないが……そうだな」
ルゥはしばししおらしく頭を垂れ、スッと顔を上げて言った。
「腹を切ってお詫びしたい……という感情だ」
「アンタの腹ガリガリじゃん。どこ切るのよ」
「……むぅ……この星の言語は難しいな」
呆れた顔のホムラに、当てが外れたという様子のルゥは自身のむき出しの肋骨をながめていた。ホムラは一つため息をつくと、あきらめの混じった声で言った。
「そんなに謝ることないよ……。何千年も一人でいたんでしょ?」
「しかし……」
「それにさ……私、異能力を隠して生きるみたいなの好きだから……ホラ、気にしないでいいよ」
ホムラはつとめて明るく笑ってみせる。しかし、ルゥは依然として沈んだ顔色で話す。
「いや、問題はそれだけではないのだ……」
「? それって、どういう……」
ホムラが眉をひそめ、聞き返そうとした。その時。
不意に、耳が割れるような爆発音と、巨大地震を思わせる揺れが二人をおそった。家が丸ごと左右に揺れ、窓がきしみ、本棚がひっくり返った。
「あーっ! 私のマンガが!!」
「そんな場合ではないぞ。窓の外を見てみろ」
「ま、窓?」
「奴ら……もう来おったか」
ルゥは歯噛みしてつぶやいた。話の見えないホムラはいぶかしみながらも、机に飛びついて窓を開け放つ。
そして、またもや現実離れしたものを目撃した。
「これは……!?」
暗くなった夜空に、白い飛行物体がいくつも、オレンジ色の光を放ちながら浮かんでいる。何十もの数のそれらはいつの間に現れたのか、ホムラの住む街全体を覆うように一面に広がっていた。
間近まで来た一機をおそるおそる見上げ、ホムラは目をこらす。平たく延ばした丸い、円盤型。その底面には機械のような複雑さが見える。まるで映画で見たUFOのような……。いや、映画ではここまでの迫力は味わえなかった。姿と音だけで押し潰されそうだ。
その頭上のUFOから、どこかへ向けてピッと一筋の光が走る。それを見てホムラは反射的に耳をふさいだ。
直後、また地鳴りのような爆発音が響く。光が届いた街の一角から雷のような閃光がまたたき、火の手があがった。
「今度は何よ!? アレも兵器!?」
「そうだ……。一定レベルの文明を自動的に破壊する、パイロットを必要としない自律機動型。滅んだ母星から放逐された、負の遺産だ」
のさばるUFOと赤々と燃える火を眺めながら、ルゥは淡々と説明した。その動じない口調には、自嘲の響きがふくまれていた。
ホムラはそんなルゥにいたたまれなさを感じていたが、次の瞬間、別のものに目を奪われる。
「あぁっ……!?」
思わず机に飛び乗り、窓から身を乗り出す。眼下に広がっていたのは、悲鳴をあげて逃げまどう街の人々の姿だった。
UFOを見て半狂乱になる者、親とはぐれて泣きわめく子供、子供を探し求める親、人の波に揉まれてまともに動けないお年寄り……。信じられない非日常の光景に、もれなく恐怖している。
ふと、ホムラの頭にチエの言葉がよみがえった。
『上手くいくばっかりの場所なんてないんだから、少しは骨のある人にならないと』
今までただ、逃げ出したかっただけなのかもしれない。いざこんな状況が迫ると、冷や汗が吹き出し、体が震える。
勉強だ、テストだ、学校だとさんざん不満を言っておいて、非日常に直面すると動けなくなる。それが彼女の、まぎれもない現実の姿であった。
「っ……!」
言葉にならない声をあげて唇をかむ。情けない。恥ずかしい。苦々しい感覚だけがみるみる胸に広がっていく。
しかしその時、ホムラははっと何かに気づいたように我にかえった。そして、肩口に乗って街を見つめているルゥへと振り向く。
「我らが融合したのをかぎつけた可能性もあるな……。やはり兵器など厄介事しか生まぬか」
ルゥはいまだ己をあざけり、うずくまっている。しかしホムラは彼を見て、必死に考えをめぐらせていた。
(兵器……そうだ。私は今、ルゥと融合してるんじゃないか。恥じてる場合じゃない。今できることは……!)
そして彼女は決心したように叫んだ。
「ルゥッ!!」
「! な、なんだ……?」
ルゥは驚いた様子で振り向いた。これからやろうとしている事が読めないのかと、もどかしさを抑えながらホムラは言った。
「アンタ……兵器なんだよね。今から私と一緒に戦うことって……できる?」
「なぬ……?」
ルゥは意外そうに目を見開いた。まっすぐ見つめてくるホムラに向けて、彼は歯切れ悪く問いかける。
「本気か……? 貴様は巻き込まれただけなのだぞ。我の勘違いがなければ、襲来の時期も遅く……」
「ンなこと言ってる場合じゃない! 今まさに街がメチャクチャになってんのよ!!」
ホムラが腕を振るって街の方を示す。すでに火は方々に広がり、消防車やパトカーのサイレンがけたたましく鳴っている。
ルゥはしばし悩ましげに唸り、遠慮がちに確認した。
「命がけだぞ。良いのだな?」
「今さらよ!」
堂々と答え、ホムラは窓から一階の屋根へと飛び降りる。そして、あちこちで猛威をふるっているUFOどもを改めてにらんだ。
ルゥが肩に首を突っ込みつつ、早口に伝える。
「我は今から貴様の体内深くに侵入する。そうしたら専用のコードを叫べ」
「コード?」
「おあつらえ向きに翻訳は済ませてある。"
「やってみて『間違えてました~』とか言わないでよ。メッチャ恥ずかしいから」
「案ずるな。そう何度も勘違いせぬよ」
少しだけおどけて、ルゥは体を沈める。ホムラは、自身の心臓のあたりにルゥが潜ってくるのを、感覚で察した。
一つ深呼吸し、目の前をまっすぐに見つめる。
(不自由なんて、どこにでもたくさんある……。けど、選択肢だってあるんだ。だから、私は戦う!)
大きく息を吸い、コードを叫ぶ。
「"
その瞬間、体内から骨のような物質が飛びだし、鎧のような形に変化して手足を包む。腕鎧と足鎧には、鋭い爪のようなものがついていた。
右腕はいっそう武骨な竜の骸骨が手首を覆ったかと思うと、開いた骸骨の口から筒型の物体が作られ、突き出ていく。細長い筒を、輪で何本も円形に束ねたような外観の武器……装着型のガトリングに。
そして背中から服を突き破って、コウモリの翼を思わせる白い骨組みが飛び出す。上向きに張り出す太い部分から、赤い血潮のようなエネルギーが吹き出し、翼を形づくった。
ルゥとの結びつきが強くなったのか、ホムラの髪はまた白く染まっていく。
最後に、ルゥにそっくりな骸骨の眼孔の部分が、半分だけの面のようにホムラの顔面左側を覆っていく。彼女の目に合わせて大きく空いた穴には、映像のようなものが浮かび上がった。光の点がいくつも記され、動き回っている。
「ねえ、この左目に映ってるの何?」
『それはレーダーだ。目を離すなよ』
完全に同化したらしいルゥが、テレパスさながらに頭の中に響く声で答えた。
「なるほど、こんだけの敵を倒すのね……」
ホムラは生唾を呑み、自身の姿をしげしげと見つめる。頼もしさと緊張が半々……といった表情だ。そんな彼女の背中を押すかのように、ルゥが語りかける。
『動きは感覚で出来る。準備はいいな?』
「……オッケー!」
雑念を振り払うようにホムラが答え、足元の屋根を強く蹴る。何万年もの時を経て、その兵器は赤い翼を羽ばたかせ、異星人の少女とともに空へと舞い上がった。
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初陣
「うおりゃぁーーッ!」
ホムラは雄叫びをあげながら、間近に来ていたUFOに向けて飛んでいく。
そして、目と鼻の先まで全速力で迫ったところで、自分が飛び立った先のことを全く考えていなかったのを思い出した。
『馬鹿者! 止まれ――』
ルゥが叫んだが遅かった。ホムラは弾丸のようにUFOの底面に激突し、派手に爆煙をあげる。
……そして、変わらぬ速さで反対側を突き破り、黒いススをつけながらどうにか止まると、あわてて下を振り返った。
「あっぶな、死んだかと思った……」
『……せめて前くらいちゃんと見ろ。いくら我の力があっても、いつかガタがくるぞ』
「いやぁ、加速が予想以上だった……」
呆れた声のルゥに、ホムラはてへへと言いながら頭をかく。ちなみにケガは一つもない。
しかし、のんきに笑っていたホムラは、次の瞬間とんでもない事に気づいた。
「あっ!!」
『……ぬ、まずい!!』
先ほど貫通したUFOが、重い音をたてながら傾き、落下していく。その直下には、ちょうど丸々UFOの下敷きになりそうな大きさの一軒家……ホムラの家があった。
「ああぁ私の家が! おかあさーーんッ!!」
ホムラは叫びながら全速力で取って返し、UFOの下に回り込んでそれを受け止める。無我夢中だったが、ここまでパワーが増すのかと内心驚いた。
だがその余韻にひたる間もなく、ルゥが緊迫した声で言った。
『そこから動くな! 危ないぞ!』
「へ?」
ホムラがあわてて前へと向き直ると、受け止めていたUFOの残骸越しでも分かるほど、まばゆい光が辺りにほとばしる。そして直後に、ホムラの目の前で、残骸が音をあげて爆裂した。
「のわぁっ!?」
肌を焼くような熱に、ホムラはとっさに飛びのいた。視界いっぱいにオレンジ一色の景色が広がる。
くらみそうになる目をつむり、かぶりを振ってまた顔をあげる。そこには、先ほどの残骸が燃えてバラバラに散り、それを他のUFO群が向きをそろえ、無機質に見つめている光景があった。
『危なかったな。あの残骸がなければ、ビームを一斉に食らっていた……』
「あ、そーいうこと……」
ルゥのつぶやきに、彼女は一拍遅れて理解する。あわてて受け止めていたあの残骸が、偶然ほかのUFO群からの攻撃の盾になってくれたのだ。思わぬ幸運にホッと息をつくホムラ。
しかしそれもつかの間。ふと気がつくと、UFO群が一斉にホムラに向けて小さな光をチカチカとまたたかせている。まるで攻撃の予兆のようだ。
「逃げた方がいいよね。コレ」
『確かにな。一つ破壊したおかげで、敵と認識されたらしい』
ルゥが言い終わらないうちに、ホムラは背を向けて飛び出した。直後に、彼女の数メートル横を光の筋がつらぬいてゆく。続けざまに二本、三本。たちまちビームが背後から雨あられと飛んでくる。左目のレーダーから警告音がひっきりなしに鳴り響く。
「だぁーもう、今度はみんなで私を狙い出すし! 単細胞な兵器ね!!」
『ひとまず街から引き離せ! 奴らは必ず我らを追う!』
「……分かった! なるべく頑張る!」
なげやりな返事をし、ホムラは速度を上げ、ついでに高度を上げた。おかげでUFOたちの攻撃は完全に街から外れ、雲をかすめるホムラのみに向いてゆく。
全身を寒気がおそうが、気にしてはいられない。少しでも
右に左にとせわしく動いて攻撃を避け、彼女の目には、街を端から見下ろすようにそびえる山が見えてきた。その山頂の真上まできて、ようやくホムラは敵へと振り向く。
目の前には、燃えている街に照らされた何十機ものUFOが。彼女の左目のレーダーもいそがしく光っている。
ホムラは、右腕についたガトリングをちらりと見て、言った。
「さて……コレ、どうやって撃つの?」
『心で念じるだけでいい。体を融合させた我らにこそなせる業だ』
「話が早いわ! 食らえェーーッ!!」
聞くが早いか、ホムラはガトリングをまっすぐUFOに向かって構える。すると銃身が轟音をたてて回転し、青い光弾が長い軌跡をつくって飛んでいく。刹那に正面のUFOから巨大な火柱があがった。
「おぉ、すごい威力!!」
『驚くのは後だ。止まっていては的になるぞ』
「どのみちすぐに終わらせるわよ! うなれ、ボーン・ガトリング!!」
勝手にそのまんまな名前をつけ、ホムラはガトリングを炸裂させながらUFOを横目に大きく旋回する。たちまち彼女の隣を並走するかのようにオレンジ色の炎があふれて長い帯をつくり、こげくさい黒煙の尾を残していった。
何十発と束になって飛んでくるビームも、風を切る金属のような高音も屁でもないと言わんばかりに何百発も弾を撃ち込み、そのたびに異星の技術であるはずのUFO群があっけなく爆裂してゆく。
その光景はまるで夜に太陽が降りてきたかのようだった。
しかし、そんな暴威をふるっていたガトリングの動きが、突如にぶい音をたてて止まる。風を切って飛んでいたホムラが、急ブレーキをかけた。
「あれ、どったの? 故障?」
『ふむ……ガトリング用のエネルギーが切れたようだな』
「えぇーっ!?」
快進撃に水をさされたせいか、ホムラは往生際わるくガトリングをガシャガシャと鳴らし続ける。そんな彼女にむけて、またUFOたちがビームを放ってきた。
「うわっと!」
『案ずるな娘よ。他にも武装は用意してある』
「いや私そんなの聞いてないし。念じろっつっても無理よ……」
『そうか、教習はうけて無いんだものな。仕方ない』
ルゥがはたと気づいたようにつぶやくと、突然ホムラの右手のガトリングが勝手に部品ごとに動き出し、みるみる細かく組み変わっていく。彼女が数度まばたきする間に、右手のドラゴンの口からはガトリングとは対照的な、穴が一つだけの白い砲身のようなものがのびていた。
姿を変えた右手をしげしげと眺めていると、ルゥが話しだす。
『そいつは一発ずつ撃つタイプだ。隙は大きくなるが威力はあるぞ』
「うーん……ものは試しね。うりゃ!」
ホムラが近くのUFOに向けてそれを撃つと、ドンッという重い音とともに砲口から青い光線が放たれ、彼女の腕がはね上がる。反動で後ろへ吹っ飛ぶのをこらえつつ前を見ると、射線上に並んでいたUFO三機を光が一瞬にしてつらぬき……機体に穴を空け、一気に爆発させた。
「貫通した!?」
『初発で三つか……なかなかだな』
威力に目を見張るホムラに、ルゥは満足げにうなる。彼女はまた負ける気がしないとばかりに、何度もUFOに攻撃を放っていった。二機、三機とコンスタントに串刺しにされたUFO群が落ちてゆく。
そして見晴らしのよくなってきた彼女の視界に、ふと一回り巨大な存在感のあるUFOが目に入った。
「ようやく減ってきたわね……。食らえ、ボーン・ランチャー!!」
敵の半数以上を撃墜したころに目に入った大型の機体を、彼女はいわゆる"ボスキャラ"のようなものだと直感し、ためらう事なく光線を放つ。今まで優勢だったのもあって、簡単に落ちるだろうと思っていた。
ところが、放たれた光線はUFOに届いたかと思うと、甲高い金属音をたてて弾かれてしまった。
「あれ?」
初めて攻撃がきかず、ポカンと間抜けな顔をするホムラ。そんな彼女にむけて、UFOからキラリと光がまたたくのが見えた。
『まずい、避けろ!』
「わーたった!」
ルゥの声で我にかえり、彼女はあわてて横へ回避する。一瞬のちに、大型UFOから例のごとくビームが発射される。
しかし、今回の攻撃は他のUFOの比ではなかった。人間が十人ほど並んで呑み込まれそうな、他の数倍もの幅を持つトンネル大の光線。ホムラはギリギリで避けたが、かなりの高度を保っていたにも関わらず、かすっただけの山の頂の形が変わっていた。
「何なのよアイツ、他と全然違う!」
『むむ……特殊機体も流れ着いていたか』
あわてるホムラに、ルゥがいまいましげにつぶやいた。そして、眉をひそめるホムラにこう説明する。
『今まで見ての通り、数をそろえるだけでは限界がある……。それで母星の連中は部隊ごとに一機、特殊なタイプを混ぜていたのだ』
「面倒くさいなぁ、それ……!」
『面倒だからこそだ。あれは単純に攻撃力と防御力を追及したタイプだな』
ルゥの解説をよそに、また巨大なビームが放たれる。それを再び避けたホムラは、ルゥに早口で相談する。
「どーすんのよ、攻撃が効かないんじゃ……」
『あわてるな。"チャージショット"という手がある』
「……チャージショット?」
「いわゆる溜め撃ちだ。時間はかかるが、賭けるしかなかろう」
その響きに聞きなれたものを感じ、ホムラは巨大UFOにくるりと向き直る。それを見計らってルゥがまた口を開いた。
『方法は簡単だ。撃ちたい方向にむけて、手先にエネルギーを集めるつもりで五秒ほど待ってみろ。我が補助する』
「そんなにかかって大丈夫なの?」
『心配ない。あれだけの威力なら、敵の方もタイムラグがあるはずだ』
「……分かった! じゃあ早速……」
ルゥの言葉に安心し、ホムラは砲身を大型UFOへと向ける。するとみるみるうちに砲身の先に光が集まり、球状のエネルギー体を作り出す。
「……よくこんなん作るわね。本当マンガみたい……!」
『感動するのは後だ。そろそろ撃てるぞ』
「オッケー! か~○~は~め~……!」
某マンガの真似をしながら、いざ必殺の光線を撃とうとするホムラ。しかしそんな矢先に、左目のレーダーがけたたましく鳴り出した。
「っ!?」
『まずい、後ろだ!』
ルゥの声におされ、ホムラは攻撃を中断してとっさにその場を飛びのく。その直後に、何本ものビームが彼女のいた場所を通りすぎた。
背後を振り向くと、まだ落ちていなかったらしいUFOが四機ほど、ホムラへ近づいてきている。
『まだ残っていたのか……』
「これからって時に~……邪魔しないでよ!」
横やりを入れられた二人はそろっていら立ちをつのらせる。そこでまたレーダーが警告を発した。とっさに横に飛ぶと、また巨大な光線が目と鼻の先をよぎっていく。
「ああもう、今度はこっちが撃ってくるし!」
『むぅ……数が違うと少々不利か……』
「どうしよう……!? チャージする時間が取れなきゃ、こっちはジリ貧じゃない……」
ルゥが歯がゆそうに唸るのをよそに、ホムラは大小それぞれのビームを懸命に避け続ける。
大型ビームのタイムラグを利用しようにも、他のUFOが容赦なく狙ってくる。その通常のビームにかまけていると、今度は即死しそうな大型ビームが飛んでくる。空中で一人、かた時も油断できずに彼女は神経をすり減らし続けた。
心なしか、息があがり、体が重くなりだす。額に汗が浮かび、上空の空気がますます冷たく当たる。
そんな時に、ルゥはまたもや穏やかでない声を発した。
『まずいな……』
「え、今度は何!?」
『体への負担が大きくなってきている。このままでは
「んなっ!?」
突拍子もないその言葉に、ホムラは顔を引きつらせる。そして死にものぐるいにビームを避けつつまくし立てた。
「何よそれ! どういうことよ!?」
『もともと我らは、地球人用に造られていない。体の構造はさいわい似ていたようだが……それでも戦闘形態は十分ほどが限度だ』
「なんでそういうこと早く言わないの!?」
『今まで少しでも長く適応しようとしたのだが……今回はもう三分しか残っていない』
「いやそんなの頑張らなくていいから! きちんとホーレンソーしてよ! てか、え!? あと三分!??」
『……ほうれん草? なぜ野菜が』
「ああもう、うるさいっ」
突然の事実にパニックになりそうなのを抑えつつ、ホムラは必死に回避を続ける。とにかくダメージを受けてはいけない。破れかぶれになればそれこそ勝機はないと思った。
しかし、時間はなすすべなく過ぎていく。どうにかしてまとめて敵を倒せたりできないか……彼女は頭のすみで必死に考えをめぐらせた。
その時、不意に自信ありげなルゥの声が頭に響く。
『……耳を貸せ。我にいい考えがある』
「え?」
『早く!』
眉をひそめるホムラに向けて、ルゥはある作戦を伝える。しばらくして彼女がちらりと後ろを見ると、またあの大型UFOから、ビームが放たれる予兆が見えた。
「……一か八か、ね」
『これでも今までのデータを参考にした作戦だ。他に手はあるまい』
「分かった、やるしかないわ。もう一人でぶつぶつ喋るの疲れちゃったし」
最後に小さくため息をつくと、ホムラは何を思ったか生き残りのUFOたちに向かって全速力で突っ込んでいった。背後では大型UFOがまさに巨大ビームを放とうとし、目前のUFOたちも一斉に彼女を狙って攻撃を放つ。
それでも、ホムラはビームをかいくぐってUFOたちに肉薄する。威圧感のある機体がまた視界をふさぎ、触れられそうなほどに近づいたところで、ついに大型UFOが光線を撃ち出した。
例によって範囲の広い、宙をえぐるような光。それはホムラのいた場所を中心に、周りにいたUFOたちも巻き込んだ。
複数機がまとめて爆発し、ひときわ大きな爆炎があがる。それは辺りの夜空が一瞬明るくなるほどで、爆発の範囲から逃れるのは絶望的と言ってよかった。
轟音がしだいに収まり、煙が少しずつ散っていく。大型UFOは自動的に次の攻撃の準備に入るが、静かに残骸が落ちてくすぶるその光景は、いかにも決着がついたかのような無情さを漂わせていた。
しかし、そんな時。
薄らいでいた煙の向こうで、キラリとかすかに青い光がきらめいた。次の瞬間、辺り一帯に届くほど力のこもった、少女の叫び声が響く。
「はあああああぁぁーーーーッ!!!」
その瞬間、煙が一気に吹き散らされ、先ほどまでの巨大ビームと同等の大きさを持つ青い光線が、大型UFOに向けて一直線に飛んでいく。
空気を振動させているかと思うほどのその"チャージショット"を放っているのは、ところどころ焦げあとを作りながらも五体満足で飛んでいる、他でもないホムラだった。
少し遅れて、大型UFOもビームを放って迎撃する。二つの光線がぶつかり合い、重い音とまぶしくはぜる光が雷のように周囲に広がる。
ビームを継続して放っていたホムラは、苦しげに背を丸め、武装のついた右腕をがっしりとつかんで支える。最大火力のビームは発射された部分だけでも砲口の太さをゆうに越えていた。
「ぬ……くうぅっ……」
『こらえろ、あと一息だ!』
歯を食いしばるホムラを、ルゥの声が応援する。砲身や鎧の一部は、よく見ると細かく破損していた。ほとばしるエネルギー量のせいか、砲身のつながる右腕が熱くなるのが感じられた。
だが、彼女はいつまでも踏んばり続けた。ここで押し負けたらやられてしまう。そうなればまた街が破壊されてしまう。家族が危機に瀕してしまう。そうさせる訳にはいかなかった。
ホムラがきつく前方を見すえ、全身に気合いを入れ直す。直後に彼女のビームの勢いがさらに増し、ついに敵のビームを押し返しはじめる。
右腕から弾けるような音がし、煙が吹き出す。それもかまわずに、ホムラはもう一度、さらに鬼気迫る表情で叫んだ。
「ふっ……とべえええぇぇーーーーッ!!!」
その瞬間、ついに彼女のビームが敵のビームを穿つように進み、食らいつく竜のごとく大型UFOにぶつかる。
そして巨大な質量をものともせず、それは勢いを増しながらUFOを貫き、夜空の月がぽっかりと見えるほどの大穴を空けた。
焼け焦げた内部がしばし火花を飛ばす。そして間もなく巨大UFOはいたる部分から火を吹き……ついに、爆発四散した。
今夜最後の大爆発は、それまでのどの規模よりも大きかった。苦戦をしいた兵器はあっという間に火の玉と化し、隕石のような音を発して半径五十メートルほどにも広がった。
爆風にホムラが顔を覆い、爆音に耳をふさぐ。何秒もすぎてようやくそれがおさまると、あとには燃えた残骸を残して、静かな風景が広がっていた。
『よくやったな。敵は全滅だ』
「……ふぅー……」
ルゥの一声に、ホムラはようやく我に返って息をつく。そしてフラフラと下降していき、山のふもとに降り立ち、へたり込んだところで、ちょうどよく戦闘形態が解け、姿が元に戻る。
「はぁ……疲れた……」
「他のUFOの陰に隠れ、巨大ビームの巻き添えかつ盾にし、煙とタイムラグを利用して反撃……急な我の作戦を、よくぞ完遂した」
「あ、ありがとルゥ……おかげで無事に終わってよかったよ」
ホムラの体から出てきたルゥが、肩口に乗って話しかける。ホムラはそれに驚く気力もないのか、気のない返事を返した。
戦いはじめた最初に、ホムラの家に落下しかけたUFOを受け止め、偶然にもそれが盾になったあの経験。ルゥはそれを思い出し、とっさに大型UFOの攻略に応用したのだった。
それから彼女は戦いが終わったのを再確認するかのように、かぶりを振って辺りを見回す。山頂から遠く離れたふもとの一角にも、UFOの大きな残骸がくすぶったまま落ちている。
「……でもこれ見つかったら大騒ぎだよね……。宇宙のロマンぶっ壊して悪いことしたかな」
何の気なしに冗談を言うホムラ。しかし、ルゥはそれに真面目な声でこう返した。
「ああ、それなら気にすることは無い」
「え?」
「見てみろ、あの残骸を」
ルゥに言われて、ホムラはすぐそばにあった残骸の一つに目を移す。すると、木に引っかかって煙をあげていたそれは、スゥッと透けだしたかと思うと、景色に溶けるように消え失せてしまった。
「……は、なっ? えぇ?」
ポカンと口を開け、目をこすり、その場所を何度も確認するホムラ。対して、ルゥは何もなくなったその場所を見ながら、事もなげに言った。
「過半数が撃墜され、かつ特殊機体を失った部隊は敗北と見なされ、痕跡が消えるようにプログラムされている。相手に技術がバレないようにな」
「それじゃ……みんな消えちゃうの?」
「兵器の宿命というヤツだ。利用されるだけ利用され、最後には捨てられる。……もっとも、奴らはもはや利用すらされてないのだがな」
「…………」
うつむき、言い捨てるような口調で話すルゥ。その表情には自嘲の色が多分に含まれていた。
おそらく、同じく"兵器"である自分とUFOたちを重ねているのだろう。自分のしてきた事も、破壊の本質も変わらない……。そんな意識が、そばにいるホムラにも手に取るように分かった。
彼女はしばし目を伏せ、数多のUFOが落ちていった山の方へ振り返る。そして静かに、両手の平を合わせた。
「……何をしている? そのしぐさは、確か祈りの……」
ルゥが怪訝な声でたずねると、ホムラは笑顔をつくって振り向く。
「ん……あのUFOの冥福を祈ってね」
「奴らは機械だぞ。壊れるのを含めて、使命をまっとうしたに過ぎん」
「そうかもしれないけどさ。目の前で消えるの見たら、ちょっとね……。マンガのキャラでもそういう時あるのよ。人の情ってやつ?」
少し冗談めかして言って、彼女は肩口のルゥの頭をそっと指先でなでる。戸惑うルゥにクスリと笑いかけ、こう続けた。
「ルゥにだって情は分かるでしょ? なんだかんだ言って、一緒に戦ってくれたじゃない」
「しかし……所詮は兵器だ。我は今まで……」
「兵器でも関係ないって。だいたい利用したヤツが悪いのよ。戦争が悪いんだ、絶対に」
ホムラは笑顔で、しかしハッキリとした口調で言った。顔をあげたルゥと目が合い、一転さらりと告げる。
「今日会ったばかりだけど、私は好きよ。ルゥのこと」
「……………………」
ホムラの言葉に、ルゥは長く沈黙する。言われた意味を頭では理解できても、親しみというものをすぐには実感できなかった。
それでも少しでも応えたくなり、「ありがとう」と言いかける。その矢先。
"ぐううぅ~~"
不意に、ホムラのお腹から間抜けな音が鳴る。ルゥが無言でいると、彼女は頬を赤らめ、わしゃわしゃと頭をかく。
「あ、あはは。なんかお腹すいちゃった……」
「……戦闘形態の反動だな。食事をとればエネルギーも回復する」
「……そんな仕組みなん? ずいぶん安上がりね……」
「……そうだな。安上がりだ」
ルゥはそうつぶやき、なにやら街の方へ振り返る。ホムラもそれにならうと、彼は感慨深く言った。
「これだけのものを守れた代償としては、な」
「! ……うん」
視界に映ったものを見て、ホムラは心から共感してうなずく。
そこには、まだ騒動が残りながらも、確かに人々のともす灯りが残る、街の姿があった。
「……帰ろうか」
「ああ」
――
……我が家の無事を確かめた後、ホムラはすぐさま携帯で電話をかけていた。
「よかったー、じゃあチエの家も無事だったんだ」
『ええ、こっちは大丈夫。ホムラにずっと繋がらないからヒヤヒヤしたんだけど……』
「あー……ごめん。こっちはちょっと戦ってて……じゃないや。その、バタバタしててさ」
『まあアンタなら無理ないわね。あ、それと。学校も大して壊れてないみたいよ』
「げ、ってことは明日も普通に授業かぁ……」
『そうぼやかないの。どうせ休んだらどっかで埋め合わせするんだから。じゃ、また明日ね』
「うん、またねー」
『気をつけなよ、あんな事あったんだから』
「はーい」
挨拶をかわして携帯を切ると、ホムラはホッとした様子で息をつく。そんな彼女に、台所に立っていた母親がソワソワした様子でたずねる。
「……どう? チエちゃん大丈夫だった?」
「うん平気。ケガもないって」
「そう……よかったわ」
母親も胸をなでおろす。そしてテーブルについたホムラへ、みそ汁の入ったお椀を手渡した。
中にはお椀に半分も満たない汁と、申し訳ていどのネギと豆腐が。
「ごめんねぇ少なくて。お母さん鍋ごとひっくり返っちゃって、目がさめても何がなんだか……」
「ああ、いいよいいよ気にしないで。無事でよかったわ」
やれやれと笑って眉尻を下げる母親に、ホムラはあわてて手を振った。まかり間違えば家ごとぺしゃんこになっていたと思えば、みそ汁が減っただのどうでもいい事だった。
同時に、自身が気絶していたのをさらりと話せる母のことを、尊敬半分、呆れ半分でながめていた。
「……これが地球での食卓か」
「わっ」
突然、ホムラの膝上に乗ったルゥがテーブルの下から話しかける。驚いてうつむくホムラに、彼はキョロキョロと視線をめぐらせ、こう言った。
「変わった空気だな、緊張感がまるでない……。それにわざわざ顔をつき合わせて食事をとるなど……」
「そんなに不思議?」
「……ああ、いつも食事はこうなのか?」
「うん、夜はいつもお母さんいるし、時々お父さんも」
「……そうなのか」
小声で首をかしげているホムラに、ルゥが沈んだ声で言った。
「母星では、食事は厳格に管理されていた。私語もなく、だいいち料理による栄養摂取などとうに廃れていた」
「味気なさそうね……」
「これが"家族"の食事というものなのだろうか。我にはいまだ馴染めぬ……」
ルゥはやや居心地悪そうにうなだれる。しかし、意識してかしないでか、その声色には寂しさのようなものがにじみ出ていた。
気楽にみんなで食卓を囲むというのも、経験がないのだろうか。そう思い、ホムラは胸がちくりと痛むのを感じた。
「ホムラ? どうかした?」
「えっ、ああいや。何でもないよ!」
首をかしげる母親に生返事を返し、ホムラは目の前のシャケに箸をつきたてる。母親が眉をひそめながらも食事に戻ると、彼女はルゥへと視線をもどす。
そしてふと、はぎ取ったシャケの皮をこっそり差し出した。
「……ぬ?」
「コレ分けたげる。食べなよ」
「…………」
ルゥはポカンとしながらも、箸から垂れる皮に食いつく。食感というものに慣れないのか、しばらく沈んだ目つきで咀嚼していたが、ふとその目がパッと輝きだす。
「……なんだ、この感覚は……美味い、というものか」
「実際に味わうの初めてでしょ。食べ物」
ルゥのこぼした感想に、ホムラはニカッと歯を見せて笑う。そして、明るい口調でこう続けた。
「これから、初めてのものにいっぱい出会うことになるよ。だからそんな、しょげてばっかりいないでよ」
そう言われたルゥは、意外そうに目を見開いた。目の前で笑顔でいる少女の気持ちが分からないというように。間をおいて、彼はたずねた。
「……あっけらかんとしたものだな。またいつUFOどもが来るか知れぬのだぞ」
「そりゃ何が起こるか分からないけどさ。冷たくする理由なんかないよ。友達だもの」
「……友……」
ルゥは言われた言葉を、まるで知らない言葉のように繰り返した。その時彼の頭に、かすかな記憶がよみがえる。
母星がいよいよ滅びるかという頃。今では顔も思い出せない、しかし身近にいたある研究者が、ルゥ自身を含む兵器たちに語りかけた言葉。
――
『……生きろ。お前たちは今まで造られてきた兵器とは違う、"心"を持つ発明品だ。この星と心中する事はない』
『……でも……』
『いつ、どんな星にたどり着くかは保障できないが……きっといつか、お前たちを兵器としてだけではなく……"友"として見てくれる者が現れてくれるだろう』
――
「…………」
「ルゥ?」
黙りこんでしまった相手に、ホムラが声をかける。ルゥは顔をあげると、少しだけ柔らかい声で言った。
「……ああ、これからよろしく頼む。"ホムラ"」
「……うん、こちらこそ!」
ホムラが満面の笑みを返す。奇妙な兵器が何千年もの時を経て巡りあった地球の少女が、これから二人でどうなっていくのか……。
それはまだ、誰にも分からない。
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二度目の襲来
「ん……」
まぶたにまぶしい光を感じ、布団の上の少女は身をよじる。
赤みがかった黒髪の、背の低い少女。
「うー、もう朝かぁ」
ホムラはかったるそうに言って低い天井を気にしながらぐっと伸びをし、Tシャツと短パンのシワをのばしたりなどしていると、急に肩のあたりから声がする。
「ようやく目覚めたか」
「わっ!?」
ホムラは驚き、畳の上でステップをふむ。目をしばたかせて声のした場所を見ると、ドラゴンの骨格のミニチュア……という風な姿の生き物が肩の上でじーっと彼女を見ていた。
「……ルゥ、アンタいつからいたのよ」
「ついさっき出てきた。すでに融合している身ゆえ、貴様の内部か身辺にしかいられぬ」
「内部とか言わないでよ、ちょっと気味悪いから……」
ホムラは、ルゥと呼んだそのドラゴンをじっと見返す。目があってぱちくりと動くルゥの金色の瞳は、明らかに生き物のそれだった。
このルゥと呼ばれている奇怪な生物……――本名、ルゥー・ヘグズニー――は、見ての通り地球で生まれたものではなかった。本人いわく、何千年も休眠と目覚めを繰り返して地球に漂流したのだという。そこで偶然出会ったのがホムラだったのだ。
「やはり地球はのんびりしているな。わが母星は戦争と貧困で、寝坊などもっての他だったというのに……」
「のんびりって……遠回しにバカにしてない? 私だって普段はちゃんとしてるし!」
「嘘をつくな。貴様の脳内は学習ずみだ……。もっぱら夜の0時を回るまでマンガを読みふけって……」
「やっ……アンタ、少しはデリカシー考えてよ……!」
ホムラが観念したように肩を落とすと、ルゥはやれやれといった様子で首元を翼でかいていた。
ルゥはただ単に遠くの星で暮らしていたわけではない。人間と体を融合して知識を読み取り、一心同体の兵器となって戦争で活躍していたらしい。聞いただけでは信じられないような話だが、事実、昨日にホムラは融合した身となり、街に襲来したルゥの星のUFOを撃退したのだった。
枕もとの窓のカーテンのすき間を開け、ホムラは二階から街の景色を見下ろす。昨日のUFOのせいで一部が焼け焦げた家なども見えるが、おおむねいつもと変わらない、晴れた日の風景が広がっていた。
「……ま、面倒くさいけど、学校に行けるぶん平和ってことよね」
「早くした方が良いのではないか? 時間がなくなるぞ」
「分かってる分かってる」
ホムラは適当に相づちを打ち、着替えようと服に手をかける。そこで、はたと気づいたようにルゥの方を見た。
「……どうした?」
「見ないでよ、着替えるんだからさ」
「……む、すまぬ」
ルゥはぺこりと頭を下げ、首の後ろあたりにもぐり込むとスルリと体内に入っていった。
ホムラはその部分を二、三度さすり、これで果たして見えなくなるのかといぶかしみながら、あらためて着替えに取りかかった。
――
「あっ、ホムラ! 遅かったわねぇ、早くご飯食べちゃいなさい」
「んー」
一階に降りると、台所で片付けをしていた母親が呆れた顔をして出迎える。テーブルの上にはホムラの分のトーストと目玉焼き、そして牛乳がぽつんと置かれている。
席について「いただきます」と手を合わせ、ホムラは素早くトーストに手をつける。
「ふむ……昨日の主食とは違うな。これがパンか」
「ん……っ。うん、これも見るの初めてでしょ?」
膝上に乗って珍しげにつぶやくルゥに、ホムラは口元のパンくずを取りながら小声で答える。そしてパンの耳を一
「今日の給食もパンだったっけかなぁ……まぁいいや。被るけど」
目玉焼きの黄身を一番につぶしながら、何の気なしに彼女はつぶやく。すると、それを聞いたルゥが、なにやら少し暗い声で言った。
「……我が言うのもなんだが、呑気なものだな」
「へ? なによ急に」
唐突に声色が変わったルゥに、ホムラは眉をひそめる。続けてルゥは、いかにも重たい口調で言った。
「貴様が行こうとしている"学校"……現実、フィクション問わず多数の人間が集まる場所だろう。そんな場所に我と融合したまま行ってもよいものか……」
悩ましげに言葉を切り、目を伏せるルゥ。迷惑をかけていると思ったのだろう。昨日のUFOもホムラと共に撃退したとはいえ、二人が融合したのを察知されて襲来が早まったという事実がある。彼が気に病むのも無理はなかった。
ところが、それを聞いたホムラはあっさりと答えた。
「気にすることないって。そりゃもし見つかったら騒ぎになるだろうけど……どうせ死ぬまで離れられないんでしょ?」
「……しかし……」
「それに、確かアイツら文明を探して壊すって言ってたじゃん。私がどこにいても、どこかしら襲われるわよ」
そう言ってのけ、残りのトーストをほおばるホムラ。その様子は、すでに戦う覚悟はできているという風だった。
その肝の据わりようにルゥが目を見張っていると、ホムラは最後にほほえみ、こう付け加えた。
「それにさ、正体隠して戦うって、いかにもヒーローみたいじゃない。しょげるより明るく考えようよ。ね」
「…………」
そう言って、ホムラは食事にもどる。今さら取り返しはつかないのは、ルゥ自身が嫌というほど分かっていた。だからこそ、ホムラが無理をして自分を責めないでいるのではないか……そんな疑いが、どうにも拭えなかった。
その時、ふいに玄関口からインターホンの音が響く。ルゥの体がはね、母親とホムラがそろって振り向いた。
「あら、チエちゃん迎えに来たんじゃない?」
「うっそ、もう!? お母さん、行ってきます!」
残っていた牛乳を飲み干し、ホムラは一目散に駆け出す。その制服の裏にくっつきながら、ルゥはじっと黙りこんでいた。
――
「……それでさ、私の家の花壇がちょっと燃えちゃってて……」
「あちゃー、やっぱり無傷とはいかないか」
それから後、ホムラは親友のチエと共に広い通学路を歩んでいた。学校に近づくにつれて同じ制服の生徒の姿も増えてきている。
耳をすませると、やはり昨日のUFO襲来のためか、驚きまじりの話し声がちらほらと聞こえてくる。
「俺んちの隣メチャクチャ燃えててさ、少しズレたら危なかったなー」
「あれ何だったんだろな。俺も夢だと思ったけど……」
「どっかの国の新兵器とか? それくらいしか思い浮かばねー」
口々にUFOのことを口にする生徒たち。その声がホムラたちにも聞こえたのだろう。チエがやや遠慮がちにたずねた。
「そういえばホムラ、電話では大丈夫って言ってたけど……本当になんともないの?」
「ん? ああ大丈夫大丈夫。みそ汁が減ったぐらいと……あと屋根がちょっと割れた」
ホムラは手をひらひらさせながら笑って答える。ちなみに屋根が割れたのは、彼女が戦闘形態になったさいに思い切り踏みしめて飛び立ったせいであった。
それを聞いて、安心が半分、能天気さに呆れるのが半分といった様子でチエは息をつく。ホムラは続けて肩をすくめ、さも気楽そうに話す。
「それにさ、あのUFOすぐにブッ飛ばされて消えちゃったじゃん。きっと次来ても……えっと、あのよく分かんないのが追い返してくれるって」
「……!」
首元に隠れていたルゥは、その声にぴくりと顔を動かす。正体こそ明かしていないが、自分たち……UFOを破壊した存在について他の人間が果たしてどう思うのか。そんな不安で胸がざわついた。
「あー、あれね……。でもあんな怪現象だらけなのに、アテにしていいのかな……」
「心配ないって! いかにもスーパーヒーローみたいなカンジじゃなかった? ねぇ!」
「いや私よく見てないし……。妹なんか、魔法使いだとか言ってたわよ」
「えぇ~、ないない。あんな重火器振り回す魔法少女がいるわけ……」
身を固くするルゥをよそに、ホムラはむしろウキウキした様子で話を転がしていく。それはチエを元気づけようという意図もあっただろう。
ところが、聞いていたチエはふと、眉根をよせ、ホムラをじっと見つめる。その視線に気づき、ホムラはきょとんと口の動きを止めた。
「どうかした?」
「ねぇホムラ、私さっき魔法"少女"なんて一言も言ってないんだけど……」
「えっ!? あ、あぁ~いやその、マンガの影響かな? つい……」
とっさに目をそらしてごまかそうとするホムラ。ルゥも見えない角度へ逃げるように隠れた。正体がばれたのかもしれない、という焦りで汗が頬を伝う。
しかし、チエは勢いこんでホムラの肩をつかんだかと思うと、揺さぶりながらこう問いつめてきた。
「アンタまさか、近くまで見に行ったんじゃないでしょうね!?」
「いや違うって! ほら、そんなんしたらケガの一つくらいするじゃん? 考えすぎだって」
「けど……普段のアンタだとなんか興味本意でヤジウマしそうな感じが……」
「信用ないのね私……」
チエは釈然としない様子でうなり、ホムラは苦笑いしながら目をそらし続けていた。
やがて、チエはようやく手を離す。そして、ホムラに人さし指を突きつけ、きっぱりと言い放った。
「でも、本当に気をつけなさいよ。私らはマンガの主人公とかじゃなくて、ただの一般人なんだから」
「……うん、分かってる」
(一般人、か……)
二人の会話を聞きながら、ルゥは心の中でつぶやいた。今まで、こうして親友と連れ歩くことは何度もあったのだろう。その"一般人"としてのホムラの人生を、奪ってしまうのではないか――ルゥはますます、自己嫌悪をつのらせていった。
そんな彼の内心を知るよしもなく、ホムラはごまかすように笑って「早く行こう」と足を踏み出す。
すると、さっきまで通学路にたくさんいた生徒たちが一人もいない。二人は一瞬キョトンとして、そろって「あ」と声をあげる。
「やばい、まさか遅刻!?」
「まずいわ、急ぎましょう!」
「あーもうなんでこうなるかなぁー!」
二人は弾かれたように道路をかけだした。曲がり角でホムラが飛び出そうとするのをチエが止め、左右を確認して走るのを二、三度くりかえし、間もなくしてコンクリート造りの校舎と校門が見えてくる。そこでは、今まさに教師が格子造りの門を閉めようとしているところだった。
「ごめん先生! 少しだけ待って!!」
「おいおい早くしろー? お前たちで最後だぞ」
教師は呆れ顔で、徒競走のデッドヒートのごとく全速力で並んで走る彼女らをながめていた。
僅差で先にチエが門をくぐる。一瞬おくれて、ホムラがポニーテールをなびかせながら校庭に飛び込んだ。
……かに思われたが、門のレールによるほんのわずかな段差に、ホムラのつま先がぶつかる。続けて彼女の体が大きく前のめりに傾いた。
「のわぁっ!?」
すっとんきょうな声をあげ、ホムラは校庭に思い切りヘッドスライディングを決めてしまう。ズシャア、とアスファルトをすべる痛々しい音がし、カバンが慣性で前方に吹っ飛んだ。
「ホムラ!?」
「おい、大丈夫か!?」
チエと教師が息を呑み、あわてて駆け寄ってくる。ホムラは少しうめいて、どうにか上体を起こして腰を落とした。
「うー……いってて……」
痛みをごまかすようにかぶりを振り、ひどく擦りむいたであろう膝を見る。しかし、目に入ったものに彼女はふと、目をしばたかせた。
「……? あれ、血が……」
そこにあった光景は不思議なものだった。皮膚がさけて真っ赤になっていた傷口が、まるで巻き戻し映像のようにふさがり、もどっていくのだ。思わず顔を近づけ凝視したが、それは明らかに現実のものだった。
「……何コレ……?」
「我の力の一部だ」
「うおっ」
目を丸くするホムラの肩から、唐突にルゥが顔を出す。驚くホムラをよそに、彼は小声で言った。
「……融合時に、肉体再生用のナノマシンが身体中に埋め込まれていたのだ。治癒力を高め、ケガの治りが何倍も早くなる」
「へ、へぇ……実際に見てみるとすごいわね……」
SFじみた説明を聞きながら、ホムラはすっかり元にもどった膝をまじまじと見つめていた。目の当たりにすると信じるしかない。
「ちょっとホムラ! 返事してよ!」
すると、背後からたまりかねた様子のチエが声をかけてくる。我にかえったホムラはあわててルゥを両手でにぎって隠し、立ち上がって振り返る。
「ご、ごめん。何?」
「何じゃないわよ。どうしたのずっと黙って」
「大丈夫、短パンはいてるからパンチラはまぬがれた」
「いや、そんなんは聞いてないけど……」
とんちんかんな返事をするホムラに、チエは眉をよせてため息をつく。さいわい傷がふさがったのには気づいていないようだが、ホムラはどうにか取り繕おうと頭がこんがらがっていた。
教師が校門を閉め、とうとう始業のチャイムが鳴る。その音にチエがあっと声をあげた。そんな矢先……。
上空から突如、風のうなるような重苦しい音が近づいてきた。ただし、風ではなく音だけが、何重にも重なって。
ホムラはじめその場にいた全員が、ハッとなって空を見上げる。その音には覚えがあったのだ。つい昨日、街に災難をもたらした正体不明の飛行物体たち……。
「あれは……!」
ホムラの表情が一転して険しくなる。上空を埋め尽くすように、あの巨大なUFOが何十機も近づいてきたのだ。
すぐさま戦闘形態になろうとするが、ぐっと唇をかんで思いとどまる。すぐそばを見れば、チエと教師があっけに取られながら空を見つめているのだ。今目の前で飛び立てば、彼女について騒ぎになるのは目に見えている。
(…………)
体内に潜みながら、ルゥは苦い思いにとらわれていた。自分がいる限り、ホムラは人々の日常を守ろうと戦うたびに、自分の日常を壊すリスクを背負うことになるのだ。
結果的に戦う力を与えられたとしても、それで良いのだろうか……。敵が迫る状況にあって、迷いがいつまでも心に引っかかる。
「ホムラ、こっち!」
「あ、ちょっ……!」
ルゥが悩んでいるのをよそに、ホムラは学校へ避難しようとするチエに引っ張られる。融合のことを知らないチエには、ホムラが何故かぼさっと立っているようにしか見えなかったのだ。
「待って、ストップ!」
「何よ、早くしないと……!」
避難するとますます人目につきやすくなる。どうにかしてそれは避けたいホムラだったが、なかなか上手い言い訳が思いつかない。そうしている間にも、UFOどもは街のそこかしこに攻撃をはじめる。
「あのUFOが見えないの!? すぐ逃げないと、本当に死ぬのよ!」
「いやそれは、だけど……!」
「いい加減にして! ここはマンガじゃなくて現実なのよ! それとも夢だとでもいう気!?」
いら立ちのためか、チエの口調が荒くなる。そばで足がすくんでいる教師をよそに、二人はあれこれともみ合いをしはじめる。
その時、ホムラの正面、チエの背後にあたる上空で、一機のUFOから閃光がはしった。
ホムラはそれを見たことがある。攻撃の前兆だ。
「危ないっ!!」
反射的に、ホムラはチエを抱きかかえ、UFOに背をむけてかばった。その直後、彼女らに向けて光線が発せられ、ホムラの背中に直撃した。
「きゃあぁッ!!」
「!!」
「っホムラ!」
「竜乃!」
衝撃を受け、ホムラは校庭をごろごろと転がる。汚れた彼女の背中は、焼けついた制服の下にやけどの痕が生々しくついていた。
チエと教師が駆け寄ってくると、彼女はとっさにあお向けに体を転がす。背中がナノマシンで治るさまを見られるのを防ぐためだった。
「ごめん私のせいで……! 立てる? しっかりして!」
「あー平気平気……いてて」
ホムラは笑みをつくって返事をする。治ると分かっている彼女は平気なものだったが、かばわれた上に大ケガをされたと思っている友人はひどく焦燥していた。
ああ、心配かけちゃったな……などと頭のすみで考えながら、ホムラは教師を見て言った。
「先生……悪いけど、チエ連れて先に避難してくんない……? 私ちょっと動けなくて……」
「は、はぁ!? 何言ってるのよ!?」
「お願い……ヤバい状況なの、分かるでしょ……?」
眉を跳ねあげて抗弁するチエ。ホムラも胸が痛んだが、今はどうにかして一人にならねばならなかった。
その時、また近くにビームが当たったのか、大きな爆発音が辺りに響き渡る。その音にそろって耳をふさぐ三人。中でも教師は、このまま居てはまずいと青ざめはじめた。
そしてだしぬけに、教師がチエの腕をつかむ。
「な、先生!?」
「逃げるぞ、早く!」
「ホムラを置いてく気ですか!? それでも……」
「彼女は後で俺が連れていく! このままじゃ死ぬに決まってるだろ!!」
緊迫した声で言い争いをはじめるチエと教師。そんな彼らのそばにまたビームが突き刺さり、石が壊れるような音と、光がほとばしる。
「きゃっ!?」
チエが甲高い悲鳴をあげる。間近に火の手があがり、チリが撒き散らされもうもうと黒煙が広がった。その煙の陰で、校門と塀の一部がくずれているのが見えた。
「……ホムラ? ホムラっ!!」
我にかえったチエが必死に名前を叫ぶ。燃えている場所のすぐ近く、目の前で倒れていたはずのホムラが、何故かこつぜんといなくなっていたのだ。
うろたえて辺りをふらつき、そして目前で燃え上がる炎を見て、彼女はどさりと膝をついた。
そんな呆然自失のチエを、教師は半ばむりやり学校の中へと引きずっていった。
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離れていた友
「良かったのか、何も言わないで」
「しゃーないわ、緊急事態よ」
チエが呆然自失となっている頃、ホムラは学校の塀づたいにその場を離れ、身体中についた煤を払っていた。
実は、ホムラは大して傷ついてはいなかった。爆発に巻き込まれはしたがナノマシンでダメージは抑えられ、ついでに塀が壊れていたので煙にまぎれてそこから脱出し、チエたちの目を逃れたのだった。
ホムラは改めて上空で暴れまわるUFOたちをにらみ、体内のルゥにこう呼びかける。
「行くわよ、準備いい?」
「……よかろう」
「あいつらが悪いわけじゃないけど……友達やみんなを危険にさらす訳にはいかない!」
キッと空をみすえ、彼女はこう唱える。
「
瞬間、彼女の髪の毛が白く染まり、骨格を思わせる翼、尻尾、手足を包み鎧が形づくられる。右腕にドラゴンの頭蓋骨と、口から飛び出したガトリングがあらわれる。
ホムラはまっすぐ上向きに飛び立つと、手始めにUFOの周りにバラバラと、わざと外すようにガトリング弾をばらまいた。
「ほら、来なさい! 獲物はこっち!」
彼女はUFOの群れているど真ん中にあえて飛び込み、挑発するように叫ぶ。先ほどの攻撃もあってか、UFOはまたたくまにホムラに照準をむけ、次々とビームを放つ。
それを避けて、ある方角へと全速力で飛ぶホムラ。それを追いかけてくるUFOをちらりと振り返り、彼女はしめしめと笑った。
「よしよし作戦通り……。あとは昨日みたいに山まで連れていって、そこでケリつければ万事オーケーね」
余裕ありげにつぶやくホムラ。しかし、それとは裏腹にルゥは内心でこうつぶやく。
『いや、油断はしない方がいい……。昨日と違うタイプの機体も混じっているはずだ』
「な、なによ……脅かさないでよ」
『…………』
ルゥの忠告にしばし動揺するホムラ。心なしかビームを食らった背中が痛んだが、すぐに気を取り直す。
ほどなくして、昨夜に戦った街外れの山が見えてきた。その真上でホムラはまたUFOへと振り向き、ガトリングをかまえた。
「よっしゃ食らえ、最大火力!!」
彼女のかけ声とともに、数百発の青い弾丸が大粒の
ビームが当たった音の何倍も大きい、上空で鳴り響いてなお地上にひときわ降り注ぐ轟音。逆襲を告げる音にはもってこいだった。
「まだまだぁ!!」
ホムラは昨日と同じようにUFOたちのそばを大きく旋回し、ガトリングを炸裂させまくる。部隊ごとに一機あるという特殊機体をのぞいて、相手は代わり映えしない量産型なのだ。昼間なので視界もよく、敵はみるみる減っていく。
「簡単に潰れてくわね。このまま押しきっちゃおう!」
『……ああ』
威勢よく呼びかけるホムラであったが、なぜかルゥの返事は歯切れが悪かった。
すると、ホムラが眉をひそめた矢先に、ガトリングの回転が急停止する。
「あ、あれ?」
『……ぬぅ、エネルギー切れか?』
「えー!? 使いはじめたばっかなのに!」
ホムラはぶつくさ言いながら武装をランチャーに切り替える。そしていまだ半分ほど残っているUFOに向けて放った。
しかし、撃った直後、砲口から"ばしゅっ……"と締まりのない音がし、ホムラの体がふわりと後ろに流されるように飛んでいく。
「……ん?」
ホムラは一瞬眉をひそめる。昨日は確かに砲声はもうすこし重たく、反動も腕が跳ね上がるほどだったのだ。
いぶかしんで前を見ると、ちょうどランチャーの当たった真正面のUFOが火を噴いた。しかし、墜落していくそのUFOの真後ろには、別の機体が傷一つなく浮かんでいた。
「えぇ? 貫通してない!」
『おかしい……まさか』
ホムラが焦りのまじった声をあげる。昨日は直線上にあった機体を三つまとめて破壊できたはずなのだが、今は威力が明らかに落ちていた。
「ちょっとルゥ! 何が起きてるか分かる!?」
『少し待っていろ! 今調べる!』
「……ああ、もう!」
戦闘中のトラブルとあって、二人の口調が荒くなる。ホムラはいら立ちをぶつけるかのようにUFOを撃ちまくった。元から知性を持たない相手なので苦戦はしなかったが、なにしろ数が多い相手を一つずつ潰さねばならないので、忙しなさばかり味わわされる。
そして何より、あからさまに貧弱になった威力に、嫌な予感がつのっていた。
そしてUFOがあらかた片付いてきた頃には、ランチャーが三回に一回は不発になるほどに動作が不安定になってきたのだ。
「ええい、動けこのポンコツ! 動けってのよ!」
左手でランチャーをぺしぺしと叩いて八つ当たりするホムラ。すると、左目に装着されていたレーダーがふいに警告音をあげた。
「っ!?」
とっさに横へ飛びのくホムラ。刹那に彼女の横腹を光の筋がかすめた。
皮膚に焦熱を感じつつ、ホムラは反射的に光の飛んできた方角をにらんだ。
が、視界のすみに何かが映ったかと思うと、それは残像を残してどこかへ飛びさってしまった。
「へ、あれ?」
ホムラはあわてて周囲を見回す。左右へ忙しなく首を回してようやく他よりやや小型なUFOを見つけたが、狙う間もなくまたビームが飛んでくる。
「うわっ!」
どうにか間一髪でよけるホムラ。そしてまた飛び去っていく小型UFOに向けてランチャーを放ったが、目で追いきれない速さの敵にはまるで当たらず、おまけにまた数回の不発が起きる。
「くぅっ……何あの小さいの! 全然当たんない!」
『今度はスピードを追及したタイプか……』
腹立たしげに叫ぶホムラに続いて、ルゥが久しぶりに口を出す。そしてルゥは、険しい口調でこう話しだした。
『……こんな時になんだが、まずいぞ』
「え、どうしたの急に」
『エネルギーが急速に低下している。このままでは時間に関係なく戦闘形態が解けてしまうだろう』
「は、うそぉ!?」
突然の知らせに、ホムラはすっとんきょうな声をあげる。そしてUFOの攻撃をかわしながら、ルゥに必死に問い詰めた。
「ま、待って! どうしてそういう事になるの!?」
『ナノマシンがまだ体に馴染みきってなかったらしい。ケガの治癒が追いつかない内に戦ったのがまずかった』
「……っあの時……!」
ルゥが苦い口調で言う。ホムラがチエをかばって受けた背中の傷。それが予想以上に深かったのだ。
ホムラは唇をかみ、相変わらず高速で動き回る小型UFOをやたらめったらに撃ち続けた。しかし、威力はもとより焦りで狙いの精度まで落ちてしまっては、相手に届くはずもない。
『って、言ったそばからムダ撃ちをするな!』
「しょーがないじゃない、動くモノを動きながら狙うって難しいのよ……のわっ!!」
嘲笑うように動き回る小型UFOを半ばそっちのけに、口喧嘩をはじめる二人。それに気をとられ、はたから飛んできたビームをホムラはギリギリでよける。
続けて、よけた弾みにランチャーをまた放ってしまった。体をのけぞらせていたホムラは、内心でまたムダ撃ちをしてしまったと後悔する。
……が、しかし。てんで狙わずに撃ったそれが、はじめて小型UFOの表面をかすめた。
「へ?」
ホムラはそこで、ふと気づいたように眉をくねらせる。相変わらず相手はすぐに視界から消えたが、今度はデタラメに撃つような真似はしなかった。
かわりに、頭を必死に回転させ、先ほど自身が言った言葉を思い出す。
"動くモノを動きながら狙うって難しいのよ!"
「…………」
『……どうした?』
急に黙りこんだホムラをいぶかしむルゥ。すると彼女は一転すんだ目つきになって眉をあげ、こう問いかけた。
「ルゥ! なにか他に武器はない? できたら小回りの利くようなヤツ!」
『策があるのか?』
「そうよ! つーかコレが駄目ならお手上げ! 早くっ!!」
今までとは違う、確信のある口調。それを信じる気になったのか、ルゥも頼もしい口調で答える。
『分かった。これが最後の武装だ……!』
そう言った瞬間、右腕のランチャーがガシャガシャと分解され、骸骨の中へ引っ込む。そして入れ替わりに、白銀にかがやく、長さ一メートル以上の大剣の両刃が飛び出した。幅は10センチほどもあり、融合して腕力が増していなければ相当重いだろうと思わせた。
『本来は補助的な近接武器なのだがな……』
「いや、十分よ。エネルギーが足りなけりゃ、物理的に叩き斬る!」
ホムラは剣をかかげ、敵へと向き直る。そしてかすかに見える小型UFOを目で追いながら、ルゥに向けてかこう話し出した。
「……今まであれのスピードばかりに目がいってたけど……考えてみれば動きながら狙うのが難しいのは、向こうも同じなのよ。だから……」
しゃべっているうちに、小型UFOが彼女の視界の端で静止する。そして攻撃の予兆をしめす光の点滅が見えた瞬間、ホムラは相手に向けて一直線に突っ込んでいく。
「攻撃の瞬間だけは止まる! 思った通りよ!!」
急接近するホムラに向けて、小型UFOがビームを放つ。彼女はそれを熱が感じられるほどの紙一重でよけると、剣を振り上げてビームを放っている敵本体へさらにスピードを上げて突進した。
そして、間近まで来て剣を体ごとぶつかるようにして突きだす。
「届けえぇーーっ!!」
岩を殴るような音とともに、刃がUFOの機体に突き立てられる。ホムラの体に重さと硬さがはね返り、全身にきしむような痛みと反動がはしる。
しかし、彼女は歯を食いしばり、前進して力ずくで刃を押し進めた。やっと捕まえた獲物を、逃がすものかという風に。
そうしているうちに、目の前でまた光が点滅しだす。剣が刺さっているのもかまわず、目の前の敵にビームを浴びせようというのだ。
「……っ!」
さしものホムラも、わずかに青ざめる。しかし、彼女の頭の中ですかさず激が飛んだ。
『ひるむな! 前に出ろ!!』
その声に押され、ホムラはUFOの下に滑り込むようにして、上向きに剣を刺したまま前進していった。そして剣を振り抜き、切れ目が入って停止している機体の真上へと飛び上がる。
高く昇った陽の光を背に受け、彼女は最後に落下するよりも速くUFOに突っ込み、真上から剣を振り下ろした。
雷のような轟音が空気をふるわせ、UFOが切れ目からぱっくりと割れる。ホムラが下向きに突き抜けたところで、機体は真っ二つになった。
直後に、機体の割れ目から火が吹き出し、とうとう音をたてて爆発する。髪が焼けるような熱さを頭上に感じつつ、ホムラは山のふもとに降り立つ。
そして、そのままその場にくずれ落ちた。
「ふぅー…………」
髪の色がもどり、体から装甲や尻尾が解けていく。完全に普段の姿にもどったホムラは、長い息をつくとしばらくその場にうずくまっていた。
「おい、大丈夫か!?」
体内から飛び出したルゥが、あわてて問いかける。ホムラは弱々しく笑い、
「ん……平気」
そして倒れそうになる体をどうにか起こすと、UFOたちに向けてか軽く手を合わせる。そして街に向かってフラフラと歩き出した。途中で、空を見上げて冗談めかして言う。
「まずは……ええとそうだ、家帰ろ。いや先にお母さんとかに電話しとこうかな……。あー疲れて頭が回んない……」
あはは、と力なく笑いながら、酔ってもいないのに千鳥足になるホムラ。ルゥは肩に捕まって揺さぶられながら、よくもこんな時、真っ先に他の人間の心配ができるものだと驚いていた。
そんな彼をよそに、ホムラは携帯で電話をかけ、いくぶん明るい調子で話し出す。
「…………あ、もしもしお母さん? うん無事無事ー。……へ? いや違うって。逃げてるうちに皆とはぐれちゃっただけよ。……んもう、そんな大声ださないでよ、聞こえてるって」
どうやら電話口のむこうでは相当心配されていたようで、甲高い声がルゥの耳にまで漏れ聞こえてくる。
聞き苦しそうに携帯を耳から遠ざけていたホムラだったが、ふと電話であることを聞くと顔色をふっと変えた。
「……えぇ? チエがそっちにいる? なんで?」
「……?」
「……んーと今ね、○○山公園の近く。……うん、待ってる」
なにやら色々話した後、ホムラは通話を切る。「何かあったのか?」とルゥが尋ねると、ホムラは弱ったような、照れ臭いような表情を浮かべた。
「あーいや、あのね。お母さんが、私を探しに学校まで来てたんだって。そんでなんか、チエから"死んだ"って聞かされて……今までパニックだったんだってさ」
心配をかけたからか、バツが悪そうに空をあおぐホムラ。気まずそうにルゥが見つめていると、彼女はルゥにちらりと目を向け、歯を見せてほほえんだ。
「でもありがとね、ルゥ。今回も助かったわ」
屈託なく目を細めるホムラ。ルゥは意外そうに目を見開いた後、気まずい様子で顔をそむけた。
「我に礼など言うな。騒動に巻き込まれて大変だろうに……」
「ルゥがいたからこの程度ですんだんじゃない」
「しかし、我の融合をかぎつけた事でUFOどもの襲来が早まり……」
「そんなん気にしなくていいって。遅かれ早かれ来たってことじゃない」
ルゥの沈んだ声とは対照的に、けらけらと笑うホムラ。そして、指先でルゥの頭をなでながら、少ししんみりした調子で言った。
「結果的に私も、お母さんもチエも死なずにすんだし、細かい事はいいじゃない。会ったデメリットより、メリットの方を考えようよ」
「……メリット……」
「そ、おかげで明日も学校に行ける。それにルゥとこうやって話せるだけでも、良かったと思うわよ」
疲れた顔ながらも前向きに話すホムラを、ルゥはジッと見つめていた。不思議そうと言ってもよかったかもしれない。
兵器として生き、その上何千年も独りで宇宙を漂っていた彼にとって、対等な友好関係というものはどうにも慣れなかった。
彼が戸惑っていた、その時。
「ホムラーーっ!」
遠くから、叫び声とバタバタと人が駆けてくる音がした。ホムラが振り向くと、母親とチエが息せき切らして走ってくるのが見えた。
「お母さん、チエ!」
「はぁ、はぁっ……やっと見つけたわ」
「アンタどこ行ってたのよ、ホントにもう!」
二人は額に汗をかいて血相を変えながらも、ぶつかるような勢いでホムラを抱きしめた。ホムラは思わず倒れそうになりながら、気まずそうに笑った。
「あ、あはは。いやホントにごめんって。あのままいたら邪魔になるかと思って」
「それにしたって、逃げる時に何か言ってよ! 心配したじゃない!」
軽い調子で謝るホムラの肩をゆさぶり、チエは怒りの混じった声でさけんだ。その目にはうっすらと涙がにじんでいる。
「……ケガはない? なんだか、背中を大火傷したって聞いたけど」
「あー、大丈夫だって。なんか意外とすぐ治っちゃった!」
ホムラはくるりと背を向け、ビームを食らった跡を見せた。制服には大穴があいていたが、体自体はナノマシンのおかげで傷がふさがっている。
「まぁそうなの! よかったわ~」などと言って母親は納得してくれたが、チエはいぶかしげに跡を見つめている。
「と、とにかくさ! みんな生きててよかったじゃない! 正直ほっとしたわ」
「……そりゃこっちのセリフよ」
「もう帰ろう! せっかく授業なくなったんだし!」
「はぁ……アンタねぇ」
「ふふ、そうね。帰りましょうか」
ホムラがあわてて話をそらすと、チエはぐっと涙をぬぐう。そして母親が気楽に同調したのも手伝い、三人はそのまま帰路につく。
最後尾になったホムラは、先ほどまでの戦いとの空気の落差を感じながらも、胸を撫で下ろしてついていった。
すると、ルゥが小声で話しかけてくる。
「……友とは不思議なものだな。利害関係の気配がまるで感じられぬ」
「でも、いいもんでしょ?」
「……そうやも知れぬな」
ホムラが問い返すと、ルゥは少しだけ前向きな返事を返す。そして、独り言のように、こうつぶやいた。
「……似ているな。我が
その寂しげなつぶやきは、ホムラに聞こえていなかった。
――
……それと同じ頃、ホムラたちのいる場所から少し離れた、海辺の一角。
海をのぞめる場所に立ち並ぶ住宅地やビルの中に、10階ほどの小綺麗なマンションがそびえていた。
そのマンションの屋上に、一人ぽつんとたたずむ一人の少女がいた。黒いマントを羽織り、二つ結びの金髪という浮世離れした格好の、中学生くらいの少女。
彼女は片目に黒の眼帯をつけ、片目をこらしてある方角をじっと見つめている。視線の先には、煙があがって騒がしく消防車などのサイレンが鳴っている市街と、それを仕切るようにそびえる山があった。
ホムラが戦っていた場所である。
その方角をにらんだまま、金髪の少女はにやりと笑うと、愉快そうに言った。
「くく……ついに見つけたぞ。
少女がルゥの名を口にした瞬間、彼女の近くで、黒い鳥が羽ばたくのが、かすかに見えた……。
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新たなる融合者
「……起きよ」
「ん……」
「起きよ、ホムラ」
「ん~、なに~?」
UFOに学校を襲撃されてから一週間後。しばし普段通りの日常に浸っていたホムラは、夜中に唐突にルゥに起こされた。
寝ぼけなまこで起き上がり携帯を見ると、時刻は深夜二時頃。窓の外を見るとUFOは一機も見当たらず、街は寝静まっている。
「……何よ、何もいないじゃない」
「ここじゃない、右だ! 海沿いの方だ!」
「? ……右?」
ルゥが急かす通りに右へ振り向くと、ホムラの目に赤々と燃える火が映った。遠く離れた海辺の街が、あのUFOの群れに襲われているのだ。
ホムラは、眠気が一気にさめた顔で叫んだ。
「やばい、襲われてる!!」
「機械じかけの奴らには、時間など関係ない。行くぞ!」
「わ、分かった!」
ルゥにうながされ、着替えもせずに彼女は窓から屋根へ飛び降りた。そしてルゥが体内にもぐっていくのを感じてから即座にこう唱える。
「
翼が生えると同時に、彼女は空に飛び出した。深夜の冷えた空気に、徐々に潮の香りが混じりだし、鼻をつく。
その時、ルゥがふと不穏な口ぶりで話しだした。
『……しかし、妙だな』
「ん?」
『奴ら、最初の時しかり我らが融合したのを察知しているはず……。ならば優先的に我らのいる場所を狙うはずなのだが……』
「……なんだろ、ちょっと場所がずれたとか?」
『かも知れぬな。とにかく気を引きしめて……』
歯切れの悪さを見せつつも、ルゥは気を入れ直すようにつぶやく。そして、しだいにUFOが目視で確認できるまで近づいてきたところで……。
不意に、目の前にあったUFOが、音をたてて真っ二つに割れた。
「うわっ!?」
ホムラは思わず手で顔をかばう。おそるおそる手をどかして前方に目をこらすと、上空一帯にいるUFOの群れが、次々に
「……な、何これ……」
『……! この戦い方は……』
ホムラが呆然とその場に浮かんでいる一方で、ルゥが何かに気づいたように緊迫した声を出す。その声色は何かを恐れているようだった。
そうこうしている内にUFOはすっかり姿を消し、やがて一つ残らず撃墜されたのか、海上に浮かぶ残骸が消滅していく。火事の残る海辺の街が、不気味な静けさに包まれた。
「……味方がいるんじゃない? 行こう!」
UFOを潰してくれた事から、自分の同類がいるのではないかと思ったホムラは、急いで戦闘のあった場所へと飛び込もうとする。
しかし、ルゥがそれを勢い込んで制止した。
『待て、よせっ!』
「なんでよ? もしかしたらルゥの仲間かもしれないじゃん」
『いや、確かに母星の生き残りかも知れぬが……もともと敵同士だった者の可能性がある。うかつに接触するのは危険だ』
「んー……でも、もう会えないかもしれないし……」
『そう離れていないこの場所に襲撃があったのだ。そいつの所在もこの辺りだろう。とにかく戦闘形態で会うのはまずい』
「……分かったわ。私も眠いし」
ルゥの言葉にとりあえず納得し、ホムラはあくびを一つして帰路につこうとする。その時、左目のレーダーからふと甲高い音がした。
ハッとなってさっきまでの場所を振り向くと、街から上がる炎に照らされ、ぼんやりと何者かの姿が浮かび上がった。
人の姿に似ているが、遠目でもカラスのような大きく黒い翼が目立つ。手にはこれまた黒一色の、巨大な刃物のような武器がにぎられていた。
自分と同じような、兵器と融合した存在だろうか。レーダーを見ると、今まで見たことのない色の光点が表示されていた。初めて見る存在なのは間違いない。
『……分かったろう、我らの同類だ。時間があれば探りを入れてみよう』
「あ……う、うん。そうね」
ルゥの静かな声にうながされ、ホムラは改めて家へ向かう。体内にいるのでルゥの表情は分からないが、心なしか面倒そうな響きが混じっていた。
――
「ふあぁ……」
「ホムラ、またあくび? 今日五回目よ」
翌日。夜中に起こされたホムラは結局あれから寝つけず、学校に来てからも眠気に悩まされていた。
昼前の時間帯になってもいまだにボンヤリしている彼女に、となりの席のチエは呆れ顔である。
「シャキッとしなさいよ。また夜中にマンガでも読んでたの?」
「ん~……いやぁ、ちょっと海にね……」
「は? 何それ散歩?」
「うんにゃ、地球防衛に出かけたんだけど、ライバルヒーローがいたみたいで……」
「……はぁ?」
意味不明な説明に眉をしかめるチエをよそに、ホムラは薄く開いた目で疲れた笑みを浮かべながら、左手の窓の景色をながめていた。
そのホムラの視界に、チエが手のひらを割り込ませたりなどしていると。
「ねー、これって
「なんかすごい見た目変わっちゃってるけど……」
「でもなんか、シルエットはそのまんまだよ~?」
教室の一角で、一部の女子グループが騒ぐ声が聞こえる。ホムラとチエがつられて視線を向けると、四、五人が誰かの携帯の画面を見て話しているようだった。
漏れ聞こえてきたセリフに、ふとホムラは首をかしげる。
「ねぇチエ?
「
チエの答えに、ホムラはきょろきょろと教室内を見回す。しかし、言われたようなツインテールの女子など、どこにも見当たらない。
するとチエが補足してくれた。
「最近はなんだかずっと休んでるけどね。一週間くらい」
「えっ、そんなに長く?」
「アンタね……クラスメイトくらい覚えときなさいよ。確かにいつも本読んでて大人しかったけどさぁ」
やれやれといった調子でため息をつくチエ。ホムラは少々すねたように顔をそむけ、女子グループの方を見る。そして何気なく、会話に耳を傾けていた。
「でも変なカッコしてんねー。黒マントだよねコレ」
「髪まで金髪にしてるし。ハロウィンかっての」
「もしかしたら別人じゃないの? こんな派手なカッコする子じゃなかったよね」
「見かけによらない趣味ってやつじゃない? 肩にまで何か乗っけてるし」
「これ……鳥、カラス?」
「どうせ作り物でしょー。そんなん生きてるの連れ歩いたりしないって」
女子グループはよほど物珍しいのかいつまでもきゃいきゃいと騒いでいる。チエはそんな彼女らをうるさそうな目つきで眺めていたが、ホムラは内心、かすかに引っかかる事があった。
会話の中で、髪が黒から金に変わったらしい事。
そして、肩に生き物を乗せているらしい事。
これらは彼女自身も覚えがあった。融合したルゥいわく、戦闘形態および脳に強く干渉した際、髪色が変わると教えられた。
そして、肩は視界に入りやすく声も聞こえるので、ルゥがよく乗っている場所だった。
加えて、昨晩にはUFOが海辺に襲来した事から、近距離にもう一人融合した人間がいる可能性があると言っていた。もしや、その黒羽 美烏なる人物がそうなのでは……と、ホムラは思い当たる。
「……ホムラ」
ほぼ同時に、机の下でルゥが顔を出す。彼も同じ推測をしたのだろう。そう察したホムラは、目が覚めたような勢いで椅子から立ち上がった。
「ね、ねぇ! ちょっと!」
「……はぁ? 何ようっさいわね」
急に声をかけてきたホムラに、女子グループは鬱陶しげな目を向ける。一瞬言葉につまるホムラだったが、どうにか笑みをつくり、こう頼んだ。
「あ、いや……それ、私も見ていいかな?」
「何? 見たいの?」
「うん、ちょっと気になって。ダメ?」
「うーん、別にいいけど」
しばし白けた空気が流れたが、穏便に頼んだおかげか、女子たちは簡単に携帯の画面を見せてくれた。そこには、一枚の写真があった。
雰囲気からして昼間の繁華街を撮ったらしいそれには、道を行き交うたくさんの人々が写っていたが、中でも中央付近に写る、前方遠くを一人で歩いている少女は異彩を放っていた。
日中の人ごみだというのに、足首まで覆うほどの黒いマントを羽織り、ツインテールの髪は話の通り光って見えるほどの金色。そして足には長く武骨な黒いブーツを履いている。
そのキテレツないでたちは、マンガ好きを公言しているホムラでさえ一瞬言葉を失ったほどであった。
「ウケるっしょ? 駅前の本屋で撮ったんだ。さらにこの辺を拡大すると~?」
ホムラの反応が面白かったのか、グループの一人が少女の上半身あたりをタッチして大きく見せる。
すると、横向きに歩いている少女の、顔の向こう側にある方の肩。そこには、横顔の陰になってはいるが、確かに黒い鳥のようなシルエットがあった。
そして、手前側を見てみると、目のあたりに黒い丸のようなものがくっついている。それに目をこらして、ホムラはいぶかしげに言った。
「これ……眼帯?」
「やっぱそうだよね~? なんかのコスプレかな……。竜乃マンガで見たことない? こんなヤツ」
「……いや~、私はちょっと……」
奇抜なファッションにゲラゲラ笑っている女子グループ。ホムラも、写真の美烏なる人物に少々あやしさを感じないではなかった。
ただ、服の中にかくれながら、ルゥが周りに聞こえないようにうなっているのに気づくと、別の可能性にも思い当たる。
……もしかすると、ルゥが知っている"兵器"が、この常識はずれの服装や行動に関係しているのでは、という点だ。なにしろまだまだ、未知の部分など無い方が不自然なのだから。
美烏が登校してきたらからかってやろう、などと女子グループが話している横で、ホムラがじっと思考にふけっていると。
「アンタたち、やめなさいよ隠し撮りなんて」
正義感のにじみ出る声でそう言ったのは、チエだった。彼女はホムラの腕を引っ張ると、たしなめるように耳打ちする。
「ホムラも、あんなので盛り上がったりしないの。黒羽さんに失礼でしょうが」
「あ……ごめん」
ホムラは返す言葉もなくしょげ返る。周囲には少々気まずい空気が流れたが、直後に授業開始のチャイムがなり、彼女らは事なきを得た。
それから下校まで、ホムラだけがあの奇抜な格好のこと、そして昨晩に見た黒い翼の"同類"のこと、そして何より"黒羽 美烏"という名前の少女のことが、頭から離れないのだった。
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裏人格? カラスと共にいる少女
「本当にここで合ってるのか?」
「うん。写真からすると多分このへん」
時刻は日が沈みだす17時頃。ホムラとルゥは地元の駅前の、繁華街の一角に立っていた。
ことの起こりは、同級生の女子が撮った写真からだった。ここ一週間ほど学校を休んでいたクラスメイトを、ここで目撃したというのだ。
しかも、格好が奇妙で、黒いマントにブーツ。髪は金髪になっており、片目に眼帯。加えて肩にはカラスのような鳥を乗せていたというのだ。それで思わず隠し撮りしたのだという。
それだけなら変わった話の範ちゅうなのだが、ホムラにとって"髪の色が変わる"、"奇妙な生物を肩などに乗せている"などの特徴は、彼女と兵器ルゥのように、融合した人間のそれと同様に思えた。
その可能性を確かめるため、彼らは件の少女、
「ルゥは見覚えないの? あのカラスみたいなタイプ」
「…………」
ホムラは行き交う人々に目をこらしつつ尋ねる。どこを見ても目に入るのはスーツや普段着の一般人たち。あの嫌がおうにも注目を集める格好は見当たらない。
ルゥは無言で目をそらし、やがて言いにくそうに口を開いた。
「……実を言うと面識はある。同じ国の軍隊にいたからな。写真に写っていたのも、昨晩のもふくめて、間違いなかろう」
「えー、それを早く言ってよ。つーかそんなら、昨日だって話しかけてよかったじゃない」
何故か警戒したルゥによって接触の機会をのがした事に、ホムラは不満をもらす。しかし、ルゥは暗く、それでいて強い口調で言った。
「……味方同士だからと言って、仲が良好とは限らぬ。なまじ交流をもてる分、さまざまな
「何よ……ケンカでもしたの?」
「ふ……その程度ですめば良かったがな。会えば分かる」
ルゥは含みのある口ぶりでそう言って、それきり口を閉ざしてしまった。裏切りか何か、こみ入った事情でもあるのだろうか。肩口ですねたように翼をたたむ彼を横目に、ホムラはため息をつく。
その時、彼女の隣から、不意に見知らぬ声が聞こえた。
「すまぬ、少し良いかの」
「! あ、はいっ!」
艶のある女性の声に、周りを見ていなかったホムラはあわててルゥを手で覆い隠し、あたふたしながら振り向いた。
しかし「何かご用ですか」と問いかけようとして、その表情はかたく引きつった。
眼前にいたのは黒いマントに白いパフスリーブ。コルセットとミニスカートに黒のブーツ。そして金髪をツインテールにし、とどめは左目に眼帯、肩にとまったカラス……。そう、まさに探していた少女の姿であった。
前もって写真で見ていたとはいえ、目の当たりにするとホムラは街中で見るそのインパクトに圧倒された。通行人も、慣れたそぶりの者もいるとはいえ、何人かがチラチラと視線を送っている。
「…………」
何も言えずに呆然としているホムラ。それを気にするそぶりもなく、目の前の少女(おそらく? 黒羽 美烏)はずいと顔を近づけ、ホムラの表情をじっくりと見つめる。
そしてささやくように言った。
「ふむ……やはりお主、普通の体ではないな」
「は、はい?」
「とぼけるな。その身に竜を飼っておるじゃろう」
ホムラを壁に追いつめ、少女は見透かすように言った。ホムラの瞳が緊張で揺れる。
竜を飼っている、その言葉はやや抽象的ではあったが、思い当たることはあった。ルゥのことだ。今は隠れているのか姿をあらわさないが、少女の目は確信するように光っている。
しかし、何故ホムラに真っ先に目をつけたのだろうか。まさか昨夜の戦いを見て帰った時に、姿を見られていたのだろうか?
「出てこい。何千年ぶりかの再会ではないか」
ホムラがぐるぐると頭の中で考えていると、少女がその頬をそっと撫でた。
反射的に顔をそむけると、今度は頬から首筋へと指先を這わせる。手の動きに合わせて視線が上下するのを見ると、おそらくルゥを探しているのだろう。
ただ、その手つきが妙にあやしい。いちいち感触がこそばゆく、目は瞳孔が縮んだかと思うほどに見開かれている。
その表情やしぐさは、単に同胞を探しているのとは違った、執着のようなものが感ぜられた。
ホムラはその気迫ただよう表情から目をそらす。雰囲気がなんとなく危うさを帯びている。生き生きと話す少女の大人びた声も、よく聞けば外見からかけ離れていた。
「う~むまどろっこしいの。お主からも何か言ってくれぬか」
「ひあっ?」
少女がますます顔を近づけてくる。もはやキスでもしそうな勢いだ。出会った時から感じていたホムラの警戒心が、瞬間的に頂点へ達する。
「あ、おい!」
とうとうホムラは少女を振り払い、その場を逃げ出す。人々の視線に耐えるのも限界だった。
(ったく、なんでルゥはこんな時に黙ってるかなぁ!)
走りながら内心でこぼしていると、背後から少女の駆ける足音と声が聞こえてくる。
「待たぬかぁ~っ! まだ何も話を聞いとらんぞ! それがようやく会えた戦友への仕打ちかぁ~っ!?」
人ごみの中を駆け抜けながら、周りで困惑しているであろう人々のことを思い、ホムラはどこかに消えてしまいたい気分だった。
彼女の足は自然と人通りの少ない場所へ向き、ビルの隙間をくぐり抜け、いつしか誰もいない裏通りへとたどり着いた。
「……あれ、撒けたかな」
息を切らしながら、辺りをキョロキョロと伺うホムラ。生ゴミが入った業務用のゴミ箱や黄ばんだ新聞紙が散らばるその場には誰もいない。
「……相変わらずな奴だ。だから会いたくなかったのだが」
「のわっ!?」
突然、彼女の肩にひょっこりとルゥが顔を出す。薄目を開け、やれやれといった表情でため息をつく。
「いや相変わらずじゃないわよ! 会ったことあるんだったら、顔ぐらい出してくんない?」
「気が進まんな。我の姿を見れば騒ぎ出すのは目に見えている」
ルゥはぷいっと目をそらし、ため息をつく。そのそっけない態度にホムラはついつい口を開く。
「……とにかく、あの態度で今度こそ仲間なのはハッキリしたんでしょ? 誰なのよあの子」
「鳥を模した融合型兵器、"フニム・ギーン"……。なんだか知らぬが、やたらと我と距離を詰めてくる。同胞の中でも異彩を放っていた」
「ふーん……」
ホムラは話を聞きながら、さっきまでのフニムとやらの態度を思い出していた。身体的な距離を詰め、色々言いながら追いかけてはきたが、少なくとも憎んでいるようには見えなかった。
どちらかと言えばやっと知り合いに会って喜んでいるようにも……。
「……あれ?」
考えてみて、ホムラはふと引っかかることがあった。確かに、少女の振る舞いはなるほどルゥに執着していた。だがそれはルゥいわく、あくまで"フニム・ギーン"の人格のはずだ。
あの奇抜な格好をした、融合したはずの少女の人格はどうなっているのだろう。口を動かしてしゃべっていたのは確かに少女の方だったのだが……。
あれこれと考え込んでいると、不意に頭上でばさりと大きな音がした。ハッと空を見上げると、背中に大きなカラスの翼を生やしたあの少女が、ビルを飛び越してホムラのもとに降りてきた。
足元にはこれまたカラスのような爪がついた足鎧があり、どこから出したのか手には絵画の死神が持つような真っ黒な大鎌がにぎられている。
「わ、かっ、鎌……?」
「逃げても無駄じゃぞ。お主は知らぬようじゃが、我らは同胞にしか分からぬ特殊な電波が出ておるのじゃ。レーダーもキャッチしていたじゃろ」
「な、聞いてないよそんなの!」
「……言ってなかった。なにせ他にも同胞と会うとは思わなかったからな」
文句を言われたルゥは振り向かず、目の前の少女をにらみ、言った。
「……フニム、他人にやたらと干渉するのは控えたらどうなのだ。
「はっ、
ルゥの忠告めいた言葉を、少女……もといフニムは大鎌をふるって一蹴する。身を包めそうな大きな翼がゆれた。
ここで、ホムラはまた首をかしげた。翼が生えているのを見るに、今のフニムは戦闘形態だろう。肩のカラスもいなくなっている。にも関わらず少女の髪の毛は金髪のままだった。
髪色が変わる条件はルゥから聞いている。戦闘形態、あるいは融合の時のように"パートナーに強く干渉した時"だ。
その理屈でいくと、普段でも戦闘形態でも金髪でいる少女は、常時フニムに強い干渉を受けていることになる。
まさか洗脳か? とホムラの頭の中ゾッと警戒心が増す。そんな時に、ルゥがささやいた。
「やむを得ん。戦闘形態を使うぞ」
「え、まさか戦うの!?」
「違う。どうにかして逃げるのだ。このままでは話がややこしくなる」
「た、確かに……」
ルゥの言葉に、ホムラはしぶしぶといった様子でうなずく。そしてジリジリと後ろに下がると、異を決してこう唱える。
「
瞬間、ホムラの背中に翼が生える。その瞬間彼女はくるりと背をむけて空へと飛び立った。戦闘形態のくせに戦う気ゼロである。
「あっ!! また逃げる気かぁ! 臆病者が~~!!」
叫びながらフニムが飛んで追いかけてくる。その声はあっという間に背後に追いつき、ホムラの背中を影が覆った。バサッという音でホムラが振り向く。
(ウソ、もう追いつかれた!?)
ホムラはあわてて方向を少しそらし、カーブをつけて逃走する。しかしまたたく間にフニムはその背後につく。全速力でビルの上を飛び回るホムラに、フニムは楽勝だと言わんばかりにつきまとい続けた。
「くぅっ……どうすんのよコレ!」
『……スピードではやはり敵わぬか。ホムラ、少し攻撃できぬか?』
「なっ、できるワケないじゃん! よく分かんないけど、体は美烏って子のものよ!」
『……やはりな。しかしそうすると……』
ルゥが悩ましげにつぶやく。すると、ホムラの背後でまた翼と風が鳴る。鬱陶しげに振り向いたホムラだったが、今度は目を丸くした。
フニムは大鎌を高々とかかげ、遠慮なくホムラに振り下ろしたのだ。
「うひゃあっ!!」
とっさに足をたたんで避け、ホムラは空中でクロールをしてその場を逃れる。それを見ながら、フニムはからかうように言った。
「なんじゃいビクビクして。ナノマシンで多少のケガはすぐ治るじゃろうがい」
「この……好き勝手言っちゃって!」
はっはっは、と遠慮なく笑うフニムを見てホムラは目をつり上げたが、グッとこらえてまた逃走する。それをフニムが猛スピードで追いかけ、また苦もなく追いついた。
「本気を見せろ、ルゥ・ヘグズニー!!」
そう叫んで鎌を振り上げるフニム。しかしその時、逃げてばかりだったホムラが、不意に背後にいる相手にむけて尻尾を勢いよく振るった。
「ぬわっ!?」
驚いたフニムは鎌を振り上げた姿勢のまま、のけぞって尻尾を回避する。ホムラはその隙に振り返ると、フニムの懐に飛び込んで鎌の柄をがっしと掴んだ。
フニムはキッと表情を変え、片手でホムラの右腕についたガトリングを掴む。互いに武器を掴まれた状態で、二人は膠着状態になる。
「……バカめ、ここまで近づいてはかえって何もできまい」
「それはアンタだって同じでしょ。こんな大鎌、この距離じゃ振れない」
「言うてくれるじゃないか小娘……。後で覚えておれよ……」
「アンタが武器を収めてくれれば解決なんだけどなぁ」
空中で見つめ合いながら、二人は形ばかりの笑顔で軽口をたたく。身体には満身の力を込め、敵に武器を使わせまいと気を張り続ける。
そんな彼女らが、頭の片隅で考えることは同じ。
(……まずい……)
(……動けぬ……)
白けた顔をしながら、この時間がいつまで続くかと互いに思っていたところ。
突然、フニムが体を震わせ、表情をゆがめた。
「ぐぅっ……!!」
「……!?」
「やめろ、お主は出てくるな……! が……あ……っ!」
かたく掴んでいたホムラの手を振り払い、フニムは頭を押さえてガタガタと苦しみだす。ホムラが戸惑っていると、なんと、フニムの金髪が少しずつ黒にもどっていく。同時に背中の翼や足の鎧が体内に引っ込み、あるいは消えていった。
「うわっと!」
取り落とした大鎌と、力なく落下する黒髪の少女をキャッチするホムラ。腕の中でもたれた彼女は、青ざめた顔で小さくうめく。
「ちょっと、しっかりしてよ!」
『気絶しているのか……?』
あわてて呼びかけるホムラと、緊迫した声をもらす。すると、腕の中の少女が、うっすらと目を開けた。
「あっ……」
ホムラは安堵して表情を和らげる。対して少女はおびえたように縮こまると、目をおよがせ、か細い声で言った。
「ごめん……なさい」
その言葉に、ホムラはふと眉をひそめる。確かに今までフニムに追いかけ回され襲われたのだが、打って変わって謝りだすのを見ると、まるっきり別人のようだった。
色々と聞きたいことが出てくるのをこらえ、ホムラは一つだけ、目の前の少女に確認する。
「アンタ……黒羽 美烏って子よね?」
その問いに、少女はまた目をおよがせる。気弱そうなしぐさに左目の眼帯があまりに似合っていない。
しばらく無言で見守っていると、少女は黒髪のツインテールを揺らしてようやく向き合い、うなずいた。
「はい……はじめまして……」
小さな返事に、ホムラはにかっと微笑んだ。ホムラ、ルゥ、そして黒羽 美烏の三人は、こうしてようやくまともなコミュニケーションが取れたのだった。
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黒羽 美烏
「ほれここじゃ! ここが美烏の家じゃ!」
フニムとの対面、こぜり合いを経て、ホムラとルゥはある建物の前に案内されていた。
昨夜にUFOが襲ってきたあたりの海辺、その一角に建つ、10階ほどの縦に細長いマンション。
青灰色の外観に小ぢんまりとした駐車場。落書きやゴミなどは無く、小綺麗なありふれたマンションだった。
「何しとるんじゃ。遠慮はいらん、早うせい」
「ちょ、ちょっと待って。家に電話するから」
すでに外が暗くなっている時分。家に連絡しようと携帯を取るホムラの腕をひっぱるのは、黒マントに金髪の少女……もといその肩口にとまったカラスのような姿をした兵器、フニム・ギーンの人格だった。
フニムが融合している体の持ち主、"黒羽 美烏"は一度は意識を取り戻したものの、何故かすぐに意識を失い、目が覚めた時にはまたフニムに入れ替わっていた。
そしてホムラたちが困惑しているうちに、何故か「家に来い」と言い出したのである。
「完全に我がもの顔だな。貴様の家では無かろうに」
「まぁカタいことを言うでない。"お主らにお詫びしたい"と当の美烏が言うとったんじゃハハハ」
オートロックを悠々とくぐる背中に、嫌みを言うルゥ。対してフニムは気にも留めず、エレベーターのボタンを楽しそうに押す。
するとチーン、と音がしてエレベーターが到着した。
「ほれ、早うせいって。置いていくぞ」
「……はぁい」
"開"のボタンを押しながら手招きするフニム。ホムラはしぶしぶ乗り込んで、扉が閉まる音にまぎれてため息をついた。
エレベーターが上昇する間、ホムラは伏し目がちになって気づかれないように隣を見た。視界のすみで、ルゥが同じように視線を向けている。
金髪、黒いマントにブーツ、白いブラウスにコルセット、そして顔の片側にぽっかり穴が開いたかのような眼帯。
街中で見た時もそうだったが、隣り合わせで見てもなかなかのインパクトだった。
フニムは自分に注がれている視線などどこ吹く風で、鼻歌など歌っている。彼女はいつもこんな格好をしているのか、本来の人格である美烏はどう思っているのか、そもそも無事なのか。ホムラは気になって仕方なかった。
そのうちに、目当ての階についたのかエレベーターが止まる。扉が開くと、ちょうど乗り込もうとしていた若い女性と目が合った。
フニムの格好にももう慣れているのか、女性は驚きもしなかった。ただ、すれ違った後に「あの子、友達いたんだ……」などと、無遠慮なつぶやきがホムラの耳に聞こえた。
――
「さて、と……そう堅くなるな。両親もめったに帰って来ぬらしいからの」
「…………」
マンションに入るなりフニムはそう言って、奥の自室(美烏の)らしき場所へと入っていった。
リビングに通されたホムラとルゥは、する事もなく、座らされた周りをキョロキョロとながめていた。
フローリングに絨毯がしかれ、部屋の真ん中に小さなテーブル。角には三段ほどの本棚の上でぬいぐるみが座っている。
脇を見れば三畳ほどの広さのキッチンがあり、綺麗……というよりあまり汚された形跡のないシンクが目に入る。水切りカゴの中には、皿やコップが一人ぶんだけ、チョコンと置かれていた。
「いや~すまんすまん。待たせたのう」
しばらくして、パーカーとスカートという普段着に着替えたフニムがもどってきた。あのコスプレみたいな服はやめたのかとホムラは思ったが、肩のカラスと眼帯だけはそのままであった。
フニムはテーブルをはさんだ向かいに腰をおろすと、頬杖をついて身を乗りだし、心なしか見下ろすようにして言った。
「で、何が聞きたい? なんでも答えてやるぞ二人とも」
そののんきな口調にホムラはムッと眉をひそめる。出会った時の態度モロモロはともかく、彼女からすれば一瞬目を覚まして気絶した美烏が心配なのだ。嫌な想像だが、人格の一部が崩壊していたりしても不思議はない。
まずはその辺をはっきりさせなければ、とホムラがいざ口を開きかけた時。
「……では、まず聞くぞ。その体の持ち主、黒羽 美烏は無事なのか?」
先んじて、ルゥが静かに言った。だが声色は低く、真剣さがにじんでいる。フニムも一瞬たじろいだほどだった。
しかし、すぐに彼女は元のように口角を上げ、肩をすくめて言った。
「なんじゃ、その事か。相変わらず細かいヤツじゃな」
「……む、ちょっと! ごまかさないで答えてよ!」
「そう怒るでない。美烏は単に"あわせる顔がない"と言って、今んとこ奥に引っ込んどるんじゃ」
「はぁ? 奥って……」
フニムは意味ありげに自身のこめかみを人差し指でつついた。そのしぐさを見てホムラは眉をしかめたが、ルゥが横から解説してくれる。
「……融合時や戦闘時を見れば分かるように、我らはパートナーの脳に干渉できる。訓練していない人間なら、体の主導権を奪うのも可能だ。ちょうど二重人格のようにな」
「そうそう、そういうことじゃ。心配いらんて」
「え、何それ怖っ!」
冷静に話すルゥと、けたけた笑うフニムをよそに、ホムラは我が身を抱いてドン引きする。気まずそうに、ルゥが口を開いた。
「すまぬ。隠し事をするつもりはなかったのだが、元からするつもりもなかったのでな……」
「……いや、別にいいけどさぁ。ルゥって肝心なことを肝心な時まで言わないよね……」
ルゥはしゅんと頭を垂れると、フニムへと向き直る。
「……全く、脳に負担がかかるから止めろと言われていたろう。忘れたのか?」
「なぁに、どうせ戦闘形態の時ほどではあるまい。事実、今もうまくやっておるよ」
「……っ!」
なおも笑みを崩さずのんきに話すフニム。その態度に、ホムラはテーブルを叩いて身を乗りだし、強い口調で言った。
「じゃあ! この場で美烏を出して証明してよ! アンタだけいくら大丈夫って言っても、信用できないわ!」
「な、なんじゃとぉ? 儂が拾ってくれた恩人をむげにすると思うてか!?」
「だーからそれを証明してみせてって! 直接話させて!」
「嫌じゃ! 大して親しくもないお主らに、美烏を簡単に会わせられるか!!」
テーブルごしにギャーギャーと言い争いを続け、二人は終いに目と鼻の先でギリギリとにらみ合う。
その様子を見かねてか、ルゥが口をはさんだ。
「……フニム。今はとりあえず彼女の希望通りにしてくれ。ケンカをしても仕方あるまい」
「うー……じゃが、せっかく久しぶりに会えたんじゃぞ。もう少し儂と……」
「話ならこの先いくらでも出来るだろう。ここは互いのパートナーを尊重するべきだ」
「……まぁ、お主がそう言うなら……」
ルゥに説得されたフニムは、何故かモジモジしながらうなずいた。そして額をおさえて目を閉じると、何やらおごそかな声色でこうつぶやく。
「出でよ我が半身よ……呼び声に応えよ……」
「そのくだり要るの?」
ホムラが口をはさんだ直後に、フニム、もとい少女の髪色が頭頂からじょじょに黒く変わっていく。完全に黒髪になった後、肩にいるカラスが意思を持ったかのようにプルプルッと震えた。美烏への人格交代が完了したのだ。
「う……ん」
「大丈夫!?」
顔をしかめてまばたきする美烏に、ホムラが詰め寄って声をかける。美烏はおずおずと顔をあげると、突如、テーブルに額をつけんばかりに頭を下げた。
「ごめんなさいっ!」
「へ?」
「お詫びをすると言っておきながら、どうしても面と向かう決心がつかなくて……この度はとんでもない失礼を……」
「や、いいのよ。ケガしたわけじゃないし、顔あげて」
「こら、急にゆらすな。落ちるじゃろう!」
とつぜん低姿勢になった美烏に戸惑いながらも、ホムラは普通に話すようにうながす。美烏の肩でフニムが小さく文句を言った。
「で、でも……本当なら私が止めなきゃいけないのに」
「そんなにおかしな事はしとらんじゃろ。好きな仮装をして街を歩いただけじゃ」
「それだけで十分変だよ! もーあんな小説貸さなきゃよかった!」
のんきに首をかしげるフニムに、美烏はかっと顔をあげて頬をふくらませる。今日会ったホムラたちよりかは、フニムと多少気安いようだ。
「美烏……だったな。少し聞きたいことがあるのだが、良いか?」
「! は、はいっ」
不意にルゥが真面目な口調で話し出すと、美烏はあわてて向き直る。ようやく話せる雰囲気になってきたところで、彼は一つずつ質問していった。
「まず、貴様の記憶ははっきりしているのか? どこか抜け落ちているなどは……」
「な、無いです! フニムちゃんと融合する前から、ずっと普通です!」
「だから言ったじゃろ」
「なら良かった……。ならば、いつからフニムと一緒に?」
「一週間と少し前から……」
「ふむ……我々より少し後だな。戦った回数は? 体調に変化などあれば教えてくれ」
「戦ったのは、この近くにUFOが来た一度だけ……。体はまぁ、その時は少し疲れた……かもしれないです」
「なるほど……その眼帯は?」
「あっこれは……フニムちゃんが、格好いいからって」
「……そうか」
まるで問診する医者のように受け答えするルゥ。そのやりとりにじれったさを感じてか、ホムラが割り込むように言った。
「ねぇ、本当に変わった事ってないの? 一週間くらい、学校も休んでたって聞いたけど」
その言葉に、美烏がぴくんと肩を跳ねさせた。フニムも迷惑そうにジロリと視線を送る。
しまった、マズイこと聞いたかな、とホムラが言葉をつまらせる。するとルゥがすかさずこうフォローした。
「何か込み入った事情があるのかもしれぬが……我らはそれぞれ似たような立場だ。味方でいると約束しよう」
ルゥの言葉に、ホムラも強くうなずく。一方、迷った様子でうつむいている美烏に、フニムが心配そうに声をかけた。
「……美烏……」
「いいの、フニムちゃん。あんまり隠し事はしたくないし、この際みんな話しちゃおう」
美烏はそう言って微笑みかけると、意を決したように向き直り、「話すと長くなるのですが」と前置きしてこう述べた。
「……フニムちゃんと会ったのは学校からの帰り道でした。最初はただの大きな黒い石かと思ったら、カラスが出てきて……最初は驚きました」
「正確にはカラスとやらに似ているだけじゃがな。母星とは色んなところがよう似とる」
「で、驚いた後に"探している仲間がいる"と融合に誘われて……。仲間ってあなたの事だったんですね」
美烏はルゥの方を改めてしげしげと見つめた。その横でフニムは少し恥ずかしそうに目をおよがせていたが、そこにいた者たちは気づかなかった。
「それからしばらく、学校を休んでたんですけど……」
「う、うん。そこが聞きたい」
「それは、ほとんど私本人のせいなんです」
「え?」
話が見えてこず、眉をひそめるホムラ。美烏はテーブルに目を落とし、心なしか重たい雰囲気で話しだした。
「実は私、昔から学校が嫌いだったんです。小学校でいじめられて、中学では隣街の今の学校に通って……友達もできなくて、本ばかり読んでいました」
「……あー」
彼女の名前を覚えていなかったホムラは、ばつが悪そうに頬をかく。
幸いそれには気づかず、美烏はフニムの方をちらりと見た。
「そんな時に、フニムちゃんが外に連れ出してくれたんです。あの二重人格みたいな状態で、でしたけど……初めて友達ができたみたいでした」
「ふん……"らのべ"が買いたかっただけじゃい」
フニムは照れ隠しなのか翼をせわしく震わせた。ホムラとルゥは一瞬ほほえましそうに目を細めたが、すぐに美烏の表情は曇りだす。
「でも……内心では正直不安で……。あのUFOはいつまで来るんだろう。この融合した体で、この先変な目で見られたりしないだろうか、って考えてしまうんです」
「…………」
「フニムちゃんが悪いわけじゃないのに……自分で承諾しておいて、後から怖くなって。終いには学校にも行くのが辛くなって……」
美烏の言葉はだんだん絞り出すようなものに変わり、ついには途切れてしまった。前髪を垂らしてうなだれる彼女を、三人はかける言葉もなく見つめていた。
ホムラは美烏の姿を見ながら、ルゥと出会った日のことを思い出していた。
日常が退屈で、文句ばかり言っていた頃。偶然ルゥと会い、戦うことになった。UFOに逃げまどう人々を見て、放っておけなかったから。ヒーローという存在に、内心で憧れていたから。
ならば、こうして境遇におびえている美烏は、臆病者となるのだろうか。
断じて違う。とホムラは思う。パニックになっていた街の人々や、襲撃の中にあって顔面蒼白になっていた母親や友人の姿を、彼女はよく覚えている。不安になるのが当たり前の感覚だ。ホムラは単に、踏ん切りがついたから戦えているだけなのだ。
「……美烏……」
どんな言葉をかければ良いのか、ホムラには分からなかった。美烏を励ますには、寄り添ってきた時間がまるでない。
以前のような日常にもどるのか、それとも戦う道を選ぶのか……。ホムラにそれを選ばせる権利はない。それを選ぶのは……。
彼女が目の前の少女を見ながら、ぐるぐると考えをめぐらせていると……。
不意に、雷と地響きが同時に起きたような音が鳴り、マンションの一室がグラグラと揺れる。
その感覚と音には覚えがあった。部屋の全員がベランダに面した窓を見る。一番にホムラがカーテンを乱暴に開け、窓の外を見た全員が、予感が的中したという風に唇をかむ。
そこには、あのUFOの群れが、また空一面を覆うように飛んでいた。
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後悔しないために
「これって……」
「奴ら、また来おったか……!」
美烏とフニムが空を見上げて声をあげる。片方はおびえるように。もう片方はいまいましげに。
ホムラは後ろにいる美烏を振り返り、緊迫した声で言った。
「美烏、さっきの話は後にしよう! 今は一緒に……」
しかし、目が合った美烏はハッと目を伏せ、その場に立ちすくんでしまった。
ルゥが苦い顔をして視線を移すと、それに気づいたフニムが弁解するように言う。
「……こやつはまだマトモに戦えていない。そうすぐには……」
「前回はどうしていたのだ? 仮にも一人でUFOをしりぞけただろう」
「……あの時は、儂が手を貸したんじゃ。やむを得ず体を操ってな」
美烏の横顔を見ながら言いにくそうに話すフニム。すると、ホムラが驚きの混じった声で言った。
「ま、待って! 戦いながら体を操ったって……そんな事したらすごく負担がかかるんじゃ……」
ホムラのそれは、根拠のない想像ではなかった。フニムと話していた時、確かに「体の主導権を奪うだけなら、戦闘形態ほどの負担はかからない」という意味のことを言っていたはずだ。
ならば、戦闘形態にくわえて体を操ったとなれば、負担はずっと大きくなるのではないか。
そんな不安をホムラの表情から読み取ってか、フニムは弱ったように声を張り上げた。
「し、仕方ないじゃろが! 怖がっておる美烏に自分で戦えというのも酷じゃし、放っておいたら街は壊れるしで、他にどうすれば良かったんじゃ!」
」
フニムの反論に、ホムラは押し黙った。確かに、誰もがすぐに未知の存在に立ち向かえる訳はない。やむを得なかったというのも事実なのだろう。
やりきれない気持ちにさいなまれ、彼女は悔しそうに美烏とフニムから目を逸らす。
その次の瞬間、遠くの建物から火の手があがる。同時にあちこちから恐怖のにじんだ悲鳴が。
このまま迷っていても仕方ない。そう思ったホムラは美烏の肩をつかんで言った。
「とにかく今は安全な場所に! あいつらは私がなんとかするから!」
「で、でも……」
「早く!」
ためらう美烏に念押しし、ホムラは上空のUFOたちをにらむ。そして早口にこう唱えた。
「
いつものようにルゥの力を借り、ホムラはUFOひしめく空へと突っ込んでいく。美烏はいまだおびえた表情のまま、飛び立っていったホムラを見上げていた。
ホムラは街への被害をさけてか、敵の周りに
「…………」
遠くへ去っていくホムラとUFOたちの姿を見ながら、美烏はジッとその場に立ち尽くしていた。
間もなくして、沖の上空でパッと大きな火の玉がいくつも明滅する。続いてこだまする巨大な爆発音。
美烏は、自分と同じ立場の人間が、完全に自分の意思で戦う姿を初めて目の当たりにした。
マンションの階下や、街のあちこちから、悲鳴と雪崩のような足音が聞こえてくる。人々が逃げ惑っているのだ。戦う力はなく、ただ未知の飛行物体にいまだに怯えている人々。
それに紛れて去ってしまうのは、美烏には簡単だった。だって彼女の力を知る人間は一人しかいないのだ。その一人も、安全な場所に逃げろと言った。
だのに、美烏はその場を動けなかった。ベランダに立ち尽くし、ホムラが戦っている夜空をずっと見つめていた。
何故だろう。その理由は、美烏にはハッキリと分からなかった。ただ、目を離すまいと感じさせる何かがある。
しばらくして、肩にとまっていたフニムが口を開いた。
「……どうした。逃げぬのか」
「……それは……」
フニムの問いに、美烏はハッと顔を上げかけたが、すぐに目を伏せた。踏ん切りがつかない、勇気が出ないといった表情。
フニムはしばしベランダに目を落とし、物憂げに目を細めたが、互いの無言の時間が少し続くと、ポツリと言った。
「……儂と会った時の事、覚えとるか」
「へ?」
唐突に問いかけてきたフニムに、美烏は目をしばたかせて小さく声をもらす。フニムはどこか懐かしそうに、下を向いたまま話しだした。
「あのカプセルから出てきたいかにも怪しい儂を、『探している仲間がいる』という言葉を信じて体を貸してくれたんじゃったな」
「……うん、そうだったね」
美烏も懐かしむように小さく笑みを浮かべる。一種の現実逃避だったのかもしれない。
いまだに上空で爆発が続く中で、フニムは続ける。
「おかげで仲間はすぐに見つかった……。お主のおかげじゃ」
「私は別に何も……」
「いいや、お主がいたから戦えたし、街も歩けたんじゃ。バカ正直な奴じゃとも思ったが、やはり感謝しとる」
フニムは迷いのない口調でそう言い切った。美烏は一瞬てれくさそうに顔をほころばせたが、すぐに表情は曇りだす。
いくら誉められようと、美烏はげんに街が壊される光景を前にして動き出せない事に、負い目を感じて仕方なかった。ホムラが戦っているのを見ていればなおさらである。
本当なら、負担など気にせずにフニムに体を乗っ取らせてしまうべきなのでは、そんな無茶な自責の念まで芽生えはじめた。
「儂の頼みは済んだ。今度はお主の頼みを聞く番じゃ」
「……え?」
そんな時に、フニムは不意に美烏へ水を向ける。キョトンとする美烏に、こう続けた。
「地球人のお主に拾われたおかげで望みが叶ったんじゃ。ならば、儂だから出来る頼みを引き受けるのが筋じゃろう」
「いや……あの」
「短い付き合いで言うのもなんじゃが、お主はどうも思い切りが悪いからの……。ここでハッキリと聞いておくぞ」
静かに語りだしたフニム。美烏は戸惑った表情で聞いていたが、フニムは振り向き、強い口調で言った。
「お主はどうしたい?」
「……それ、は……」
「ルゥたちに謝りたいと言った時……お主はなかなか面と向かう決意がつかなかった。あの時も今も、お主は迷っておる」
「…………」
「じゃが、あのまま最後まで謝れずにいたら、きっと後悔したじゃろう。今も同じじゃ。"後悔しない"ために……お主はどうしたい?」
言い淀む美烏に向けて、重ね重ね確認するフニム。けれども強要はせず、黒目の多いカラスと似た眼で、肩を縮める美烏を黙って見つめている。
やがて、美烏は胸を押さえて何度か深呼吸をし、最後に長く息を吸って、キッと顔を上げた。そしてフニムに向けて口を開く。
「フニムちゃん、私……戦いたい。今度は自分の意思で、みんなと一緒に!」
その声は、今までで一番力のこもった、迷いのないものだった。フニムを映す丸い瞳は澄み、嘘を感じさせない光が宿っている。
その目を見つめ返し、フニムは最後に低い声で問う。
「いいんじゃな? 後戻りはきかんぞ」
「……大丈夫。それこそ後悔しない為でしょ?」
美烏は若干声を震わせながらも、勝ち気に微笑んでみせる。その表情をめずらしがるようにフニムは喉を鳴らした。
そして、羽根をすぼめて美烏の中へともぐっていき、内部からもう一つ問いかけた。
『コードは覚えておるな?』
「分かってる……
美烏が空を見上げてそう唱えると、瞬間、彼女の背中からバサリと黒い翼が姿をあらわす。その気になればマントにもなりそうな、大きく柔らかい、カラスのような翼。
続けて足を黒色の足鎧が包んでいく。炎に照らされて硬く黒光りするそれは、靴裏の部分に鳥のケヅメのような、鋭く太いトゲが四本のびていた。
ツインテールの黒髪はきらめく金髪に変わっていく。さらにどこから飛び出したのか細長い黒い棒が宙を回転して美烏の手におさまり、湾曲した刃が突きだして巨大な鎌へと変化した。まるで地球で伝えられる死神のそれのように。
重たそうな大鎌を、融合して腕力が増した美烏は片手で持ちながらしげしげと見つめていた。
そんな彼女に、フニムは思い出したように言った。
『……そうじゃ、美烏。眼帯を取ってみろ』
「これ?」
『そうじゃ。儂が体を操るならともかく……お主にはそちらの目が必要になるじゃろう』
「……?」
美烏は首をかしげながらも、今まで片目をふさいでいた眼帯を取る。するとその目からピーッと高い音をたてて緑色の光が放射され、彼女の眼前の空中に小さな画面のようなものがあらわれる。宙に映し出されたその画面上では、何かを示すような二色の光点が動き回っていた。
「わ、わっ!?」
『その目はレーダーになっておる。慣れるまではそれを頼りに戦え』
「うん……分かった!」
美烏はレーダーとなった片目が灰色に変色し、顔に奇妙な模様がはしっていた。
にも関わらず、彼女はそれには気づかず、
美烏は改めてUFOの群れがうごめいている上空をにらむと、フニムへ言った。
「フニムちゃん、行くよ!」
『応!!』
その声とともに、黒い翼を大きくはためかせ、二人は敵へと向かって一直線に舞い上がっていった。
街と、人々と、出会えたばかりの仲間を助けるために。
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