ロクでなし魔術講師の弟弟子のお話 (tianyin)
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1話

今日からグレンにぃが来るらしい。

 

師匠の考えもわかるけど、正直グレンにぃの傷はまだ癒えてないし。

来させていいのかなってちょっと思う。

 

「ア……ース……シャルル・ユーストリア!!!」

 

「おわあぁっ!?な、なんでしょうフィーベルさん!」

 

「なんでしょうじゃないわよ!いつもいつもぼーっとして!臨時講師が遅れているからといって、今は講義時間中なのよ!?自習でもしなさい!」

 

「はぁ…またその話ですかぁ…。フィーベルさんには関係ないですし、放っといてくれていいんですが…。」

 

説教女神こと、システィーナ・フィーベル。胸は慎ましいものの、なめらかな銀髪の美少女だけど、魔術を愛しすぎて真面目すぎるのと気が強く…よくいえばツンデレ?である。

 

「なっっ、ユーストリアは魔術の偉大さがわかっていないからそんなことをいうのよ!いい!?魔術っていうのは…」

 

ああ、こりゃまた長くなる…そう思った僕はシャットアウトすることにした。

 

「って、聞いてるの!?ねえ!」

 

ばしんっと肩を叩かれて顔を向ける。

 

「聞いてなかったでしょう!?せっかく私が魔術の崇高さを教えていたのに…!」

 

「フィーベルさん…君の魔術に対する信仰心はいいと思いますし、どうぞご自由に、ではあるのですが、できれば押し付けないでいただきたいですね。人は一人ひとり価値観が違うのですから…ふぁぁ…。」

 

あくびしながら返すと、言い返せなくなったらしく、ぷいっとそっぽを向いて勉強を始めた。億に座ってるフィーベルさんの親友、大天使ことルミア・ティンジェルはこちらを見て苦笑いをしている。

 

そこからしばらくすると、やっとグレンが入ってきた。

何故かフィーベルさんたちと面識があったようで、ただあまり良くない出会いだったのか全然うまくない演技でごまかしていたが…、その後僕を見つけるとものすんごい勢いで声を上げた。

 

「おっ!!シャル!お前からもなんか言ってくれ!てかお前このクラスだったんだなー」

 

「グレンにぃ…僕から言う事とかないんですが…そもそも何があったかも知らないですし。」

 

「おお、それもそうか。まあいい。眠いから自習なー。シャルも寝ていいぞー」

 

「おおっ、それはありがたいです!グレンにぃ大好きですっ!」

 

「おー俺もシャルは大好きだーーっ」

 

と、茶番のような抱擁をし、二人でそれぞれ眠りについたのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはおよそ一週間続いた。そして、看過できなくなったらしいフィーベルさんがグレンにぃに決闘を申し込んだ。普段なら僕がそんなこと許すわけないのだが、今回は止めなかった。

 

…フィーベルさんは、セラさんに似ているから…。

彼女なら、グレンにぃにきっかけを与えてくれるんじゃないかってちょっと期待した。

 

決闘の結果は言うまでもなくフィーベルさんの圧勝。まあ、グレンにぃは三節詠唱しかできないし、ショックボルトしばりってところから、グレンにぃにまともに決闘する気がないのは見え見えだ。

 

でも、決闘のあともグレンにぃは授業態度を変えなかった。そして今、こうして口論に至っている。

 

「魔術ってどこが偉大で崇高なんだよ?教えてくれ。」

 

フィーベルさんは息を吸って覚悟すると、偉大さと崇高さを説き始めた。

 

「魔術はこの世界の真理を追究する学問です。世界の起源、構造、支配する法則を解き明かし、自分と世界が何の為に存在するのかという永遠の疑問に答えを導き出すことで、人よりも高次元の存在へ至る道を探す手段です!!」

 

と、会心の答え?。

 

「それ、なんの役に立つんだよ?」

 

でも、グレンにぃは折れない。大人げないっちゃ大人げないけど、今のグレンにぃの心理状態だとしょうがないところもある。

 

「な、役に立つとかの問題じゃなくてっ、」

 

「ああー、悪かった悪かった。魔術は役に立つさ。」

 

やばい。これは言うつもりだ。ああ、でも間に合わない。

まあ、これが機転になれば…。祈っておこう。

 

「人殺しにな。」

 

クラス中の人が息を呑んだのがわかる。

 

「実際、魔術ほど人殺しに優れた術は他にないんだぜ? 剣術が人を一人殺してる間に魔術は何十人も殺せる。戦術で統率された一個師団を魔導士の一個小隊は戦術ごと焼き尽くすし?」

 

「ふ、ふざけないで…っ!」

 

フィーベルさんの声を無視してグレンにぃは続ける。

 

「まったく俺はお前らの気が知れねーよ。こんな人殺し以外、何の役にも立たん術にせこせこと勉強するなんてな。こんな下らないことに人生費やすなら他にもっとマシな、」

 

パシッ

 

フィーベルさんがグレンにぃに平手打ちしようとした。流石にそれは許せない。

 

「…すみませんが、これでも僕の兄ですので、それは許せません。手をおろしていただけるなら、離します。」

 

「〜〜っ……!」

 

フィーベルさんは僕の手を振りほどくと、教室を飛び出した。

 

「ちっ…シャル、悪いな。」

 

「いえ。このくらいは。」

 

「あーやる気失せたわ。じしゅーしてな、お前ら。」

 

グレンにぃはそういうと、教室から出ていった。

それから数分立つと、クラスメイトがざわつき始めた。大半、グレンにぃに対する批判だ。ここにいる子達は、フィーベルさんほどではないけど、それでも魔術を学びに来ている子たちだ。それを片っ端からバカにされてはいい気分ではないのは当たり前だ。それも、生徒との決闘に負けるようなやつに。

 

「ユーストリアさん!あなた、あの人と親しいようですね!あなたもそのように考えるのですか?」

 

ナーブレスさんが聞いてきた。

 

「…半々、といったところでしょうか。」

 

「え…?どういうことですの!?」

 

「正直に言わせていただくと、フィーベルさんもグレンにぃも考えが極端すぎます。フィーベルさんの考えはもちろん正しいですが、グレンにぃがいったことも事実ではあります。」

 

「そ、そんなわけっ…」

 

レイディさん。

 

「では、例え話をしましょうか。レイディさん、今あなたの目の前にテロリストが現れたとしましょう。周りには他に誰もいません。相手はナーブレスさんを人質にとっています。ナーブレスさんを助けるにはテロリストを殺すしかありません。さあ、どうやって殺しますか?」

 

「え…と……。!!」

 

他のみんなもわかったらしい。

 

「おわかりいただけましたね?もちろん、こういう状況は非日常的ではありますが、ないとは言い切れません。最近は世の中物騒ですからね。そして、自分しか戦える人がいなくて、武器もない場合、みなさんが使えるのは魔術だけです。僕たち魔術師からすれば魔術が使えることの何がいけないのか、という感じですが、一般人からすると魔術師は目に見えない銃を常に所持しているようなものなのです。それに、僕たちは今、魔術を学んでいますが、力の使い方を間違えると簡単に人を殺せてしまう。魔術とは、そういうものです。グレンにぃは極端すぎましたが…。」

 

クラスのみんなは納得しきれないものの、たしかに…という感じだった。それを見たあと、僕は教室の外に出た。

 

「よう、シャル。」

 

そこには師匠こと、セリカ・アルフォネアがいた。

 

「師匠…。聞いてたんですよね。」

 

「まあ、な。普段のお前なら止めそうだが、なんで止めなかった?」

 

「いいきっかけになればって…思っただけですよ。おかげでクラス中の説得に回らなきゃいけなくなったのは見落としてましたけど。」

 

「ははっ、たしかにな。…お前は、」

 

「無駄な期待は捨ててください。今回は、グレンにぃのために動いただけです。僕があんなふうに考えるわけ無いでしょう。グレンにぃには変わってほしいからそうしただけです。フィーベルさんはセラさんに似てますから。」

 

少し顔を暗くした師匠のいいそうなことはわかった。だから遮った。

 

「そう…か…」

 

「…この話は終わりです。それより、師匠。そろそろなくなりそうなので、あれをください。」

 

「…。どういうことだ。なくなる速度が速くなってる。」

 

「……」

 

「言う気はないってか…。まあいい、後でやる。」

 

「…すみません。ありがとうございます。それでは僕はこれで。」

 

僕は師匠に礼を言ってその場をあとにした。

 

 

 

 

 

「お前が変わるには…どうしたらいいんだろうな…?」

 

セリカの泣きそうな声は、シャルルには届かなかった。



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2

放課後、シャルルはルミアに付き合って実験を見守っていた。

水銀が…と、魔法陣に足りない部分を発見し言おうとしたところで、扉が開いた。

 

「にぃ…?」「グレン先生!」

 

「生徒が勝手に魔術実験室使っちゃいけないんだが…?」

 

「す、すみません。すぐ片付けます!」

 

「あーいいよ、そこまでやったんなら続けろ…、水銀、足りてなくね?」

 

「え?あ、ほんとだ…」

 

グレンが膝をついて魔法陣に手を加えていく光景をシャルルは机の上に座って見ていた。

 

(ルミアも、グレンにぃを変えてくれるかもしれない…。)

 

「っつーか、俺が来なくてもシャルが教えたんじゃねえの?」

 

「まあ、でもせっかく教師が来たんだし、お任せしましょーってことで。」

 

「ふっ、お前らしいな。」

 

魔法陣を完成させ、実験が成功したところで、僕は一言断って先に教室を出た。

向かう先は屋上。

 

 

「お?シャルか。一緒に帰らなかったのか?」

 

「師匠が上にいるってわかったので…。あの、このままだとにぃは利用されて終わりますよ。師匠もわかってるでしょ?」

 

「ああ…。ルミアの話か。」

 

「そう。僕の知り得るところでは、1週間後この学校にも被害が及ぶ。」

 

「っ…やはり、あの日を狙ったか…。グレンは知ってるのか…?」

 

シャルの情報に一切の疑いも見せないのは、シャルがそれだけの実力者で信頼されているからだ。

 

「まさか。知るわけないですよ。学校の設備いくつか吹き飛ばすかもしれないけど、これもにぃにはいい機会ですから。今回は僕は最低限の手助けしかしないつもりなので。大半はにぃに任せます。」

 

「そうか…人命に関わらないなら、それでもいいだろう。私もグレンにはもっと世界を見てほしい。」

 

「この短期間でにぃはだいぶ丸くなりましたよ。目に少しだけ光が戻ってる。もっと、もっと…にぃは強く輝けます。」

 

「…ああ、そうだな。全くだ…見ろ、だめ兄貴としっかり妹って感じだな。」

 

夕焼けの中を歩くルミアとグレンの姿はそう見えた。何を言ってるのかわからないが、ずっこけているグレンとくすくす笑うルミア…。

 

「じゃあ、僕もそろそろ仕事に行きますね」

 

「そうか、気をつけてな。」

 

「はい。」

 

眩しい。

 

そう呟いた声は誰も拾うことはなかった。

________________________

 

カラン…コロン……コンコン…コン…カラン…

 

「いらっしゃい…入ってきなさい…」

 

二重ドアの外側についている鈴を「カラン…コロン…」。

間を開けて二回のノック。間を開けてもう一度ノック。

最後に鈴を「カラン…」。

 

この店に入るための合図だ。中から中性的な声が聞こえてきたら合格である。

 

「何を頼みますの…?」

 

居心地のいい暗い照明の影…カウンターの奥に佇む人物が問いかけてくる。認識阻害なのか、顔は見えない。背姿もよくわからない。妙なお嬢様口調を使うが、己を偽るために何でもする人は多いから、一概に女とは言えない。

 

「酒」

 

「ふーん…あなた、ここは初めてかしら…?」

 

「ああ。」

 

「そう。ならまず誓約書を記入して頂戴。ランプは必要かしら?」

 

「頼もう。」

 

「これを使いなさい。」

 

誓約書

 

1.貴殿が依頼したことが達成されなかった場合、責任を押し付けることを禁止とする。ただし、前払い頂いていた場合は返金することを約束する。

 

2.ここで話したことに対する口外・漏洩を禁止する。口外した場合は貴殿と教えた相手を消させていただくことをご了承いただきたい。

 

3.貴殿がここを気に入り他の者に紹介したい場合、一度マスターに断りを入れること。

 

4.支払いは金または、マスターの願いを叶えることとする。願いはMENUに記されているうちから選ぶこととする。支払いがなされなかった場合は消させていただく。

 

5.以上のことを守れるものの依頼のみを聞くこととする。

 

なお、この誓約書は一度記すと消えないものとなる。

サインは偽名でも構わないが、貴殿の血をたらすこと。偽証が判明した場合には誓約書は無効とする。

 

サイン

 

 

 

 

 

 

男は躊躇うことなくサインした。

 

「本当にいいのね…?」

 

「ああ。」

 

「…確認したわ。ようこそ、宵闇へ…。酒の提供は最短1日、最長2週間よ。どの酒かを選んで、製造される日を教えて頂戴。それから前払いか後払いかも選んでくださいまし?私の願いを叶える場合は、物品や知恵の場合はどちらでも構わないけれど、そうでない場合は後払いとさせていただくわ。」

 

「酒は……。」

 

「受理したわ。では3日後いらして頂戴。」

 

男は出ていった。

 

 

 

「ふぁぁ…。こんな生活してるから昼間寝ちゃうんだよなぁ。」

 

宵闇のマスターは、シャルル・ユースティアだ。



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