迷える狼/New Front line (筋肉バカ)
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プロローグ:奇妙な時間で

自分の知っている日常ともし、ほんの少し違っていたら。
例えばアメリカがアマリカとか、首相の名前が少し違うとか、ささいでもそれってなんか怖くない?ってとこから思いつきました。



静かな時間が流れる教室。時計の針が時の流れだけを刻んでいく。

 

奇妙な空間、奇妙な時間…

 

静かな時間、静かな空間。

 

目の前にいる青年が口を開く。

 

「良い学校です。施設も、部活動も何もが充実している。生徒達も楽しそうだ。この学校に入れたことはこの上ない幸運…とでも言いましょうか。この巨大な学校という組織を1人で動かし、導くというのは大変なことでしょう?」

 

何が言いたいのか?私は彼を信用していない。学校の取り組みで初の男子生徒を、テストで1人選ばれたこの男。疑念しか湧いてこない。あまりにも急で、あまりにも奇妙だ。ここは女子高で、男子など入れるはずがない。何よりこの国の男性の数はそこまで多くない。

 

私達の学校、虹ケ咲学園が大きな学校だからなのか、何か学校のお偉いさんの思惑があるのか。疑問だけが浮かぶ。

 

口では説明できないが、まるで何か変な…そう、変な"何か"に自分が巻き込まれているような気分。

 

「…この学校初の男子生徒、というわけですが、今の心情などお聞かせ頂けますか?」

 

なにがともあれ、私がこの学校と生徒達を守らなければならない。このイレギュラーから…

 

勿論、信用できなければの話だ。本来ならば生徒は平等、この学校の生徒として信頼し、共に学び、仲良くしていくべきだ。だが、男という慣れない存在からか、彼女は少し警戒し、身構えていた。真面目故か、女性としての本能か、人間としてこの男は"変だ"と感じてしまったからか…

 

「心情…ん〜、緊張と不安、そして幸運。なんとも言い難いですね。ただ、楽しみにはしてますよ。男1人というのは心細いですが。」

 

 

 

 

再び沈黙。彼から何を聞けば良いのか?

 

彼女は生徒会長として彼という新しい存在を、ある程度知り、把握する義務がある。ここは無難に

 

「ご趣味とかは?」

 

「…散歩ですかね。」

 

日が傾き、生徒会室が夕焼けに照らされている。もうすぐ日が落ちる。そのせいか、彼がいる方は薄暗い影になっている。そろそろ電気をつけた方が良いだろう。そう思い椅子から立ち上がる。

 

「面接、もう終わりましたか?」

 

そう問いかけられる。もう少し知るべきだろうが、時間が時間だ。

 

「そうですね。明日から共に頑張りましょう。」

 

表向きそう答える。

 

「では、失礼しますね。生徒会長。」

 

彼が席を立ち、帰る支度をする。

 

「その前に、最後に1つ質問しても良いですか?」

 

彼女の呼び止めに彼は止まり、振り返る。

 

「貴方の"好き"なものは何ですか?」

 

「………。」

 

彼女にとって"好き"はかけがえのないものだ。それを聞かなければ気がすまない。

 

青年は少し考え、まるで探すような表情をほんの少し見せると、やがて決まったかのように彼女の瞳を見て答えた。

 

「ありますが、教えられませんね。"ここ"には無いものなので。」

 

そう言うと、彼は部屋の扉に手をかけ

 

「また明日会いましょう、生徒会長、中川菜々さん。」

 

と残して出ていった。

 

「…何でしょう。」

 

不気味ともとれる奇妙な生徒だった。

 

「山上 陸さん、ですか。」

 

菜々はなにか面倒なことに巻き込まれた気がしてならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月✕日

目が覚めると、俺のいた場所とは違う場所にいた。最初は夢かと思ったがどうやら違うらしい。まず服装が変わっていた。ほんの少し若くもなっていた。意味がわからない。とにかく、元いた場所に帰らないと。

 

○月□日

俺はどうやら高校生になっているらしい。何だそれは?奇妙な小説を読んでいる気分だ、夢なら早く覚めて欲しい。ネットで調べても俺の知っているものがほぼ無い。似ているが少し違う、或いは同じだが何かが違う。気持ちが悪い。まるで高熱で寝込んでいる気分だ。早く帰らないと。

 

 

 

○月△日

何処にも無い。俺の知っているものが。俺の愛していたものが。俺の居場所が…最低だ。どうやら俺は明日から虹ケ咲学園という学校で再び高校生活を送るらしい。学生証と教科書や道具が一式置いてあった。いつからあったかはわからない。部屋は完璧に施錠したんだが。

 

○月○日

虹ケ咲学園はとんでもないデカい学校だった。しかも女子高とは最悪だ。今日は夕方から学園長、生徒会長との面接だった。両方ともどうやら俺を信用していないらしい。まあ、当然だろう。俺も逆の立場なら信用しない。帰ってきたら机の上に手紙があった。一体何が起きてる?何に巻き込まれてる?わからない、早く帰りたい。元に戻してくれ。

 

 

 

 

 

 

拝啓

馴染めたかい?】ー歯車を回す時だー

 

 

 

 

 

 

 

 

「…何なんだ。」

 

俺は手紙を机の棚に仕舞うと、夕飯を支度をしに台所へ行くのだった。  

 

 

机の上にはかつて彼という存在を証明していたであろう物が整頓されて置かれていた。

 

 

 

 

大いに楽しみ、大いに戦い、抗いたまえ、この運命から。

 

迷える狼よ。




山上 陸(やまうえ りく)
この世界に迷い込んだ男。 突然のことに戸惑っているようだ。何者かに動かされている感じが気味悪く思っている。

ここに来る前何をしていたかは不明。


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Say good bye my world

月明かりが闇夜を照らす。風の音だけが聞こえ、他は何も聞こえない。

 

「静かだな。」

 

時刻は午前1時をまわっていた。仮眠でもとろうか。仕事も交代し、今はゆっくり休むべきだろう。ここで無理をすれば後悔する。

 

外からは土と草の匂いがする。仮眠用の少し固く、寝心地のよくないベッドへと横になり目を瞑る。

 

 

 

 

どのくらい経っただろうか?

 

「…洗剤の香り?」

 

勤務していた場所とは違った香りに目を覚ます。

 

「…太陽?朝?マズい!」

 

寝過ごしたか?2時間程度の仮眠をとるはずだったが。携帯のアラームも2時間きっかりにセットしていたはず…

 

胸ポケットに入れていたはずのスマホを探す。

 

「無い!落としたのか!?」

 

そもそもこんなに寝心地が良かっただろうか?このベッドから起きると大抵身体が痛くて仕方がないのだが。

 

「夢…?を見てるのか?」

 

ベッドはフカフカ、太陽と洗剤の香り、腕時計を見ると6時を示していた。夢だ。有り得ない状況に脳を一気に覚醒させる。服装もいつの間にか仕事着からラフなパジャマに変わっていた。

 

「何なんだ?」

 

何が起きてる?

 

突然アラームの音が部屋に響く。驚いて少し辺りを見回すとベッドの上には目覚まし時計があり、音はそこから出ているようだ。

 

まずベッドから立ち上がり、部屋を確認する。

 

「机、本棚、クローゼット…俺の作業着は何処だ?」

 

クローゼットを探すが

 

「制服?何だこの制服、見たことないぞ。」

 

見慣れない制服がクローゼットに入っている。衣装ダンスもあったので確認をするがそこには私服や下着がいくつか入っているだけだった。

 

靴も無い。

 

「近くに置いていたんだが。」

 

夢にしてはリアルだ。自分の頬を軽くつねるが、痛みの感覚がある。軽く身体を動かしてみる、

 

「思うように動くな。」

 

つまり夢ではないのだろうなか?

 

机の上を再び確認し、自分の携帯をみつける。

 

「とにかく連絡しないと。」

 

職場に連絡し、状況を知らせる。冷静になれ、まだ夢を見てるだけかもしれない。とにかく何が起きているのか理解しなければ。

 

携帯から履歴を探り、職場や上司の番号、親の番号を見つけ出す…が、

 

「………無い?…………無い!?」

 

番号が無い。そんな馬鹿な話があってたまるか。何かの拍子に消えたのか?

 

携帯で自分の職場を検索し、そこから電話番号を探ることにする…

 

「無い!!!有り得ない!?どうなってる!!!」

 

存在するはずの場所が出てこない。つまり、存在しないということだ。

 

頭が真っ白になる。すると目線の端にある物を捉えた。

 

「テレビ…?」

 

何故テレビがあるのか?そんなことはどうでも良かった。この状況だ。

 

「テレビ!確認だ!情報を集めなければ!」

 

テレビの電源をつけ、とにかく何でもいいから情報を得たかった。

 

チャンネルをまわし、確認する。ニュース、バラエティ、スポーツ、とにかく全てを確認する。

 

「……何だ?」

 

違和感だ。何処か違う。似ているが何かが決定的に違うのだ。

 

「何だ…この違和感。」

 

ニュースを見ても、バラエティを見ても何か大切なパーツが抜けている、何かが欠けている気がする。大事な何かだ。

 

「…俺の知っている内容と、違う?」

 

そう、何か変だ。確証は無いが番組が奇妙なのだ。何だ、この、違和感は?何がかはわからない。ただ、決定的に違う。"何か"が違うのだ。そして

 

「すくーる…アイドル?学校のアイドルってことか?」

 

そんな内容が多く見られた。

 

学校にアイドルなんてあっただろうか?しかも、テレビでやる程にまで。確かに最近テレビはあまり見ていないが、チェックしてないわけではない。流行に少し乗り遅れることはあるが、少なくともスクールアイドルなるものは聞いたことが無かった。

 

携帯が鳴る。

 

すぐに通話をする。番号は見たことが無く、悪戯ならばすぐに切ってやれば良い。

 

「はい。」

 

相手は落ち着いた声の女性だった。

 

「おはようございます。虹ケ咲学園、学園長の西島です。」

 

「…はあ?」

 

学園?虹ケ咲?西島?聞いたことのないワードの連続に困惑する。

 

「山上さんの電話番号で合っていますよね?」

 

山上?誰だそいつは?間違い電話か?そう思い電話を切ろうとするが、机にいつの間にか置いてあった身分証に目がいく。

 

それを確認するとそこには

 

『虹ケ咲学園1学年 普通科 山上 陸』

 

と書かれているのを確認する。

 

「山上君?」

 

何を考えたか俺は

 

「はい。」と答えたのだった。

 

「3日後に君の面接があります。虹ケ咲学園初の男子生徒ということもあり、緊張すると思いますが落ち着いて来てくださいね。それから、腕章と生徒手帳を忘れないように。忘れると警備の方たちに止められて入れませんからね。」

 

机を確認すると『虹ケ咲学園 テスト生』

 

と書かれた腕章が"いつの間にか"置かれていた。

 

「…わかりました。お願いします。」

 

「はい。お待ちしております。」

 

通話が終わり、状況を整理する。

 

「ここは…何処だ?」

 

それが俺の最初に出した回答だった。

 

 

何か大きな力に動かされている、ほんの一瞬だがそんな気がした。奇妙な、気味の悪い感覚だ。とにかく今は、これが夢であると祈るしかない。随分長い夢だが。もしこれが現実なら、元の場所へ急いで帰らないと。やるべきこと、やりたいことがまだ沢山ある。家族や仲間、同僚、先輩とも離れてしまった。俺の頼れる場所、居場所、帰る場所が無いというのは、こんなにも心細いとは。今この瞬間、この現象が実際に起きていることならば、1人の闘いとなる。だが俺は屈しない、なんとしてでも俺は帰る。絶対にだ。

 

覚悟を決め、大きく息を吸う。俺は見慣れぬ制服をクローゼットから取り、袖を通してみた。

 

ああ、着心地が悪いな。そう感じながら。

 

「虹ケ咲学園、一体どんな学校なんだ?」

 

2度目の学校生活が始まる。

 

 

拝啓】ーようこそー

 

ヒラりと手紙が一枚机の上に落ちた。



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未知なる世界で

カタカタとパソコンの音が生徒会室に響く。時刻はもう放課後、生徒会の部屋に立っている青年に生徒会メンバー全員の目が向く。当然彼女、中川菜々自身も。

 

「…何か?」

 

青年、山上 陸は「問題でも?」と言いたげに菜々を真っ直ぐ見据え、他のメンバーを横目で見る。

 

「いえ、山上さんは風紀委員に入ることを希望するということでよろしいですか?」

 

「ええ。」と陸は短い返事をする。

 

「風紀委員に入る理由を聞かせて頂いても?」

 

そう問うと、彼は再び菜々を見ながら答えた。

 

「規律と秩序の維持はいかなる組織にも不可欠です。私を始め、いずれ他の男子生徒も入る可能性があります。ならば、今のうちに男子が入った際の規律…ルールや扱い、その他諸々変わっていく部分を決めた方が楽でしょう?男子にしかわからないこともありますし。」

 

一理ある。真当な理由だ。確かに新しい受け入れが始まっている。現に山上陸という存在がそれを証明している。

 

虹ケ咲学園に大きな変化をもたらしていることに違いはないだろう、だが…

 

「もう少し考えさせて下さい。」

 

突然の異物を歯車の一部に入れてしまっても良いのだろうか?そんな思いが菜々にはあった。スクールアイドル『優木せつ菜』を辞めるという重い決断をし、憂鬱な日々が続き、また少し問題が起きる。最近は疲れることが多い。特に彼という存在の扱いに。

 

「構いませんが、返答はお早めにお願いしますね。生徒会長。」

 

笑いながらそう答える彼。正直言ってしまえば不気味だ。男性とは父親と『せつ菜』であるときに学校やステージに来たファンくらいしか関わったことがない。この男は奇妙だ。それが彼女の印象。彼には申し訳ないし、失礼だということも承知している。だが何だろうか?この違和感は。まるで雲を掴んでいるような、何か得体の知れない塊に話しかけているような…違和感だ。父親とも、ファンとも、この学校の生徒達とも違う違和感が彼にはあった。

 

「ところで。」

 

そんなことを考えているうちに、彼は再び話しかける。

 

「何でしょう?」

 

「生徒会、それだけで足りてるんですか?」

 

メンバーと私自身を見ながらそう問う。

 

「ええ、問題ありませんが。」

 

確かに学校の規模に比べ、生徒会の人数は少ない気がする。だが特に困っているとも思っていない。

 

「そうですか…。私は少ないと思いますが。」

 

そう言い、彼は続ける。

 

「生徒の人数、学科、クラブ活動や委員会の多さ。それを取りまとめるには少ない気がしますね。まあ、そこは会長にお任せしますが。」

 

何が言いたいのか、何となく察した気がする。

 

「貴方、本当は風紀委員ではなく生徒会に入りたいのでは?」

 

ズバリ。とでも言いたげに彼は軽く頷く。

 

「いきなり転校生、しかも初の男子生徒が生徒会という学校を仕切る組織に突然入りたい。と宣言するのは難しいとおもいまして。ならば生徒会に近い風紀委員である程度信頼を勝ち取り、そこからアプローチしようかとおもったのですが…」

 

彼は「バレましたか。」と軽く頭を掻く。

 

そうだ。この違和感、まるで少し年上と話しているような、先生と話しているような感覚だ。そう、何とも言いにくいが、彼は年下なのに少し"上"なのだ。まるで自分達よりも多くのことを経験している、そんな感じがする。

 

「生徒会の話は難しいですね。申し訳ありませんが、急に男子生徒を入れるには対応がまだ…」

 

できれば、生徒の意思を尊重したい。それが菜々として、せつ菜としての本来の意思。だが彼は何か別な気がした。気味の悪い何かが彼にはある。そう本能が警告している気がした。彼の狙いは何だろうか?何か思惑があるのではないか?疑念は尽きない。

 

「でしょうね。風紀委員の話は前向きに考えて頂けると幸いです。生徒会は…まあ、無理ならば諦めますよ。」

 

そう答え、彼は生徒会室から出て行った。

 

「やはり、彼はどうも気味が悪いですね。」

 

彼女にしては珍しく、人を悪い印象で見ていた…いや、見てしまっていた。校内放送が鳴り、自分とせつ菜が呼ばれたのは、ちょうどそれから少し経った頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

校内を歩いていると、やたらと視線が気になる。当然か。自分はたった1人の男子生徒なのだから。良い噂、悪い噂。どちらがたっているのか?少なくとも良い目では見られていなさそうだ。特にあの生徒会長からは…

 

「あの生徒会長、ずっと俺を疑っているな。とにかく、元の場所に戻るヒントが必要だ。手紙には『歯車を回す時だ』と書いていた。学校の大きな歯車と言えば生徒会か教師や学園長…そして俺は生徒の1人…。」

 

手紙と自身の経験、知識、勘を総動員させ、鍵となる何かを探す。候補は2つ。

 

「生徒会か、学園長か…。」

 

学園長を攻めるにはまだ早い。まず、この学校をある程度知り、中枢に潜り込まなければ。

 

「生徒という役職から、国全体や国家は相手ではないはずだ。巨大な学校だが、国相手に喧嘩などするわけがない。」

 

ここ数日ずっとヒントや情報を探し続けていた。疲労も溜まり、うっかり気を抜けば寝てしまいそうだ。まあ、仕事の性質上2、3日まともに眠れないことがあるので、そう考えると「たまにあることか。」程度で済む話だ。

 

鍵はこの学校にある。それは確信を持って言えるだろう。何故なら自分は、国会議員でも、公務員でもなく、ただの虹ケ咲学園の生徒なのだから。

 

急がなければならない。そう思い、焦りが積もっていく。精神的にも肉体的にも疲ていた。最近は疲れることが多い。そう考えながら校内を歩く。校内放送で生徒会長と誰かもう1人が呼び出されている。せつ菜なる生徒はまだしも…

 

「生徒会長直々にお呼び出しがかかるとは、なんというか威厳と立場が無いな。」

 

そう思いながら外に出る。あいにくの曇り空だ。

 

「天気も気分も最低だな。」

 

しばらくぼんやりと空を眺めて立つ。すると、何やら付近が騒がしくなっていることに気づいた。

 

「…何だ?」

 

歓声が聞こえ、歌声が聴こえる。

 

「…そういえば、この学校にもいるのか、スクールアイドルが?」

 

まあアイドルなどどうでもいいことだ。とにかく元の場所に帰る。それ以外はどうでもいい。

 

歓声が上がり、歌声の方をちらりと見る。どうでもいいが、やはり騒がしいと気になってしまうものだ。

 

「…ん?なんだ?」

 

目を2~3度擦る。確かにステージが校舎から見えている。

 

「あんな場所、この学校にあったか?」

 

おかしい。あんな場所この学校には無かった気がするのだが。水や炎が噴き出す特殊ステージ。金持ち学校は違うな。などというレベルではない。

 

すると右腕に違和感を少し感じ、ちらりと見る

 

「…………!?」

 

いつの間にか制服の右腕部分が見慣れた仕事着に、ほんの一瞬だが見えた気がした。いつもの見慣れた、誇りと勇気、頼もしさを思わせる力強さを示したその服へ。一度驚き、瞬きをすると、それは白い普通の学生服へと変わっていた。

 

視線を歓声の上がっている方へ再び向けると、そこにはステージなど何も無く。ただ校舎の屋上で制服姿の少女が拳を強く突き上げ、歌っているだけだった。妙だな、制服で踊っていただろうか?赤っぽい衣装を着ていた気がしたんだが。

 

 

「………疲れてるのか?」

 

軽く目を揉み、彼は家へと帰る。

 

 

家へと戻り椅子にどっかりと腰を鎮める。

 

「ふぅ〜。」

 

今日もまた疲れる1日だった。そんなことを思いながら。

 

目を閉じ、今日起きたことを反芻する。

 

「何なんだ…?」

 

もう一度制服を見るが、何も変化はない。

 

やはり疲れか?それにしては妙に肌触りがリアルだった。それに

 

「あのステージ、実際には無かった。だが確かに見えた気がしたんだが。」

 

これが

 

「この世界の…鍵………なのか?」

 

 

ヒラりと手紙が机に落ちた。もう慣れたことだ。

 

開くとそこには

 

拝啓】ー居場所は見つけたかなー

 

とだけ書かれていた。

 

「居場所?ここには無いだろ。俺の大切な物も、愛した物も、好きな物も、ここには何一つ無い。」

 

手紙を丸めゴミ箱に捨てると、彼は暫く眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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遥か遠く

この場所に来てからどれほど経っただろうか?元の場所に戻るヒントの1つも見つけられず、焦りと不安だけが山上陸という男を襲い、蝕んでいく。仕事でもこういったことはあった。だが乗り越えてきた、しかし乗り越えてこれたのは仲間や信頼できる部下、上司がいたからこそである。1人で挑む。それも自分の知らない場所で。いつ精神が変になってもおかしくはないだろう。それでも自分を保っていられるのは、やはり彼の仕事で鍛え上げられた肉体と精神のおかげである。

 

「今の職場でなければ、とっくに自殺ものだな。」

 

軽く鼻で笑いながら今日も学園内を探る。

 

 

 

(今の状況を整理すると、恐らく俺は別世界にいる可能性が高い。)

 

なんとなくだが、そう考えなくては辻褄が合わない部分が多すぎる。金のかかったドッキリだとか、ニセ番組に突然参戦させられただとか、この場所に来る以前の状況からは考えにくい。なによりも見慣れたコンビニやスーパーなどの名前が少し違う。似ているが違う。そういった部分が多くみられる。つまりここは俺のいた世界とはまた違う世界。そう考えると納得がいく。

 

「別世界といえば、もっとファンタジックな場所だと思っていたが、案外普通だな。」

 

正直、自分のいた世界で別世界、異世界といえば、中世風な街にエルフやら幻獣やらがひしめいていて…というイメージがあったが、ここは学校も街並みも普通だ。自分の世界とほとんど変わりはない。変わっていることがあるとすれば…

 

「人の髪色…か。」

 

思えば黒や茶髪の中にやたらと奇抜な髪色をした生徒をちょこちょこと見かける。最初こそ金持ち校の割にヤンチャな生徒が多いくらいにしか思っていなかったが、それにしてはあまりに数が多く、一度見かけた大人しそうな小さな少女もピンク色の髪色だったため、もしや自毛なのか?と考えたのだった。

 

「そこは異世界らしいな。」

 

だがそれくらいだ。

 

 

「ふぁ〜。」

 

思わず欠伸がでる。ここ数日また寝ていない。

 

キョロキョロと辺りを見渡すと、授業終わりということもあってか、部活に向かう者、帰ろうとする者、待ち合わせをしている者とすこし騒がしい雰囲気がある。

 

そろそろあの堅物生徒会長から、風紀委員か生徒会どちらに入れてもらえるかの返事が欲しい所だ。

 

山上は生徒会室へと足を運ぶことにした。

 

生徒会室へと行き、ノックをする。

 

「どうぞ。」

 

あの少女の声が聞こえる。

 

「失礼します、生徒会長。」

 

扉を開け、会長に軽く会釈する。

 

「委員会のお話…ですよね?」

 

「ええ。」

 

夕日が菜々の背中を照らし、その影響か陸の立っている部分が僅かに影がかかり暗くみえる。

 

「お返事の方ですが。」

 

陸がそう問いかける。

 

「ふぅ。」

 

菜々は小さく息を吐くと。決意したかのように陸を見据える。これは賭けだ。山上陸という男を見定めるための。

 

「山上陸さん。貴方には、風紀委員としてこれからこの学園の力になってもらいます。これが私達生徒会の出した答えです。受けて頂けますか?」

 

陸はニヤリと笑うと

 

「勿論です。虹ケ先学園の風紀、規律、秩序を維持するため、尽力いたします。」

 

 

菜々は風紀委員の腕章を渡すと、ジっと陸の瞳を見た。真っ黒な彼の瞳は一体何を見ているのか。何かが起こるのか、このまま変わらないのか…いや、確かに今変わった。山上陸という奇妙な存在が、この学園の歯車の一部として組み込まれたのだ。

 

 

「ところで、」

 

腕章を渡し終え、席に戻る菜々に対し陸が話す。

 

「何か良いことでも?」

 

なんとなく軽い問い。

 

「へ?」

 

そんな軽い問いに、菜々は思わず呆けた声を出す。

 

「いえ、なんとなく。以前より雰囲気が明るくなったような気がしたので。」

 

気のせいですかね?と彼は菜々の瞳を見ながら問いかける。

 

「いえ、特に変わったことはありませんが。」

 

そう答える。嘘だ。実際には最近スクールアイドル『優木せつ菜』として再びスクールアイドル同好会のメンバーとして戻ってきた。メンバーも増え、以前よりも良い方向へと進んでいる。そんな毎日が楽しくて仕方がないのだ。そんな雰囲気が思わず溢れてしまっていたのだろうか?

 

「そうですか。変な質問をして申し訳ありません。」

 

「いえ。」

 

彼は軽く頭を下げ、部屋から出ようとすると、フと思い出したように彼女に

 

「そういえば、以前屋上でパフォーマンスを行っていた生徒、名前を知りたいのですが、知っていますか?」

 

フとしたそんな質問に少しドキリとする。

 

「何故ですか?」

 

「特には、ただ良いパフォーマンスだったので。」

 

そう軽く答える。

 

菜々は少し考えながら、答える。

 

「優木せつ菜さんですね。スクールアイドル同好会の。」

 

 

「スクール、アイドル。いるんですね。この学校にも。」

 

なんとなくフムフムと首を動かす。

 

「興味が?」

 

そう菜々が問いかける。彼は少し考えてから

 

「あまり。」と答えると、部屋から出て行った。

 

 

 

(スクールアイドル。あまりにこの単語が多い。)

 

だが元の世界に帰るために必要な鍵がとくに何でもない、普遍的なアイドルという存在が持っているとは考えにくい。

 

校舎の外へ出て、だだっ広い庭へと歩く。少し眠いと思いながら。歩いていくと、少女が1人庭で寝息を立て気持ち良さそうに眠っている。ブレザーに、栗色のような髪色が綺麗な少女だ。

 

「呑気なものだ。」

 

彼女を羨ましいと思いながら、夕陽の照らす校舎を眺め、再びあるき出そうとする

 

すると後ろから何やらモゾモゾと動く音が聞こえた。どうやらあの寝ていた少女が起きたようだ。

 

「ふぁ〜。いけな〜い。寝すぎたかも。」

 

緊張感の無いそんな声が聞こえる。

 

「ねえ君〜。」

 

「ん?」

 

まさか後ろから自分が話しかけられるとは思うまい。

 

「君だよ君。」

 

後ろを向くと、彼女も自分の方を向いていた。どうやら本当に自分が話しかけられているようだ。

 

「新しく入った子でしょ〜?噂になってるよ。彼方ちゃんの耳にもちゃんとはいってる。」

 

そんなことをゆっくりと話す。

 

(この娘、遅いな。何か色々と。)

 

独特のゆったり感に多少戸惑いつつも、冷静を装う。

 

「何かご用ですか?」

 

「いや〜。ただ、今何時かな〜って。」

 

腕時計をチラりと確認し、時刻を伝える。チラりとリボンを見ると3年の上級生であることがわかる。

 

「ヤバ〜い。彼方ちゃん遅刻してしまう。」

 

やはり緊張感の欠片も無い声で焦りだす。部活か約束か、どちらにせよ寝過ぎたらしい。

 

「では、急いで目的地まで向かうことをお勧めします。あと、寝る時はアラームでもかけたらどうです?」

 

「ムムム。確かにあり…かも。バイバイ新入生君。歓迎するよ〜。」

 

そんなことを言いながらゆっくり走っていく少女を見送るのだった。

 

「…歓迎か。俺はされてないと思うがな。」

 

そうボソりと自嘲気味に呟くと、再び歩き出し、拠点へと戻るのだった。

 

今日はしっかりと眠ろう。そう決意をして。

 

 

机の上にヒラりと手紙が落ちる。

 

拝啓】ー歯車は動き出す、居場所を見つけよー

 



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モノクロな心

「新しく、風紀委員として任命された山上陸です。この虹ケ先学園の風紀、秩序、規律を維持、守り通し皆様が安心、安全、そして健全なる学園生活を送れるよう尽力致します。私の求める学園生活とは、生徒1人1人が正しい権利を持ち、楽しむこと。勿論決められたルールの中で…ですが。また、メリハリをつけること。以上です。これからこの学園がどう変わっていくかはわかりませんが、1つ、私という男子生徒が入ったということが大きな変化と言えるでしょう。まだ未熟ではありますが、皆様と共に学び、進んでいきたいと思います。ご清聴ありがとうございました。」

 

 

(随分長い挨拶だ。) 

 

そう内心思いながらも、山上陸は自身の紹介を全校生徒の前で行った。確かに、今更とはいえ紹介らしい紹介もしていなかった。さらには風紀委員に任命されたこともあり、せっかくなら全校生徒の前で挨拶を、という菜々の話であった。

 

体育館からは拍手とざわめきが起こり、良い噂、悪い噂の両方が流れる。

 

(出だしは好調…とまではいかないが、鍵を見つけるには多少目立つことも必要か。)

 

正直、目立つことは避けたい。物事やこちらの企図は隠しておきたいものだ。目立てば嫌でも邪魔が入る可能性がある。生徒会に入らなかった2つ目の理由はここにある。生徒会に入れば確かに学園の内部事情がわかりやすい…が、あの堅物生徒会長の前で何処まで自由がきくかはわからない。何より他の生徒と関わる機会も多くなる。それはそれで面倒、というのが陸の最終的に出したこの学園での鍵探しの答えであった。風紀委員ならば、生徒会と関わる機会が多く、かつ下っ端ならば他の生徒と関わる機会もそう多くない。そういう予想である。

 

 

挨拶が終わり、壇上から下りる。

 

「まったく、こんなに堂々と挨拶するとは思いませんでした。」

 

幕に隠れ、見守っていた菜々に話しかける。何事もコミュニケーションが大切だ。ある程度の話はしておかなければ、黙っていても怪しまれ、喋りすぎれば目立つ。良い塩梅のコミュニケーションスキルが求められる。

 

「良い演説でした。では、改めてよろしくお願いします。風紀委員、山上陸さん。」

 

そう言い、握手を求めてくるので、軽く握り返す。

 

「ええ。」とちょっとした返事とともに。

 

「今週は藤黄学園との合同演劇祭がありますから、生徒会、風紀委員はそこに参加します。虹ケ先学園の応援と生徒が騒ぎすぎないよう注意の呼びかけをお願いしますね。」

 

演劇祭…演劇など触れたことも見たことも無い。演技といえば、今の俺も十分演技をしているが、本物はどんな感じなのだろうか?まあ、どうでもいいことだが。

 

内心そう思いつつ

 

「それは楽しみですね。」

 

と答える。ご機嫌取りも大切だ。情報を聞き出し、この世界から戻る鍵を見つけ出す。そのためにも自分を偽る。自分は真面目で立派で物静かな生徒だと、そう相手に信用させる。

 

「今回の主演は1年生の桜坂しずくさんです。彼女の演技は演劇部でも、学園でも評判なんですよ。」

 

そう嬉しそうに語る菜々をみて、「なるほど。」と適当に返事をする。

 

それを聞いた菜々は、キョトンとした顔をしながら

 

「演劇、興味無いんですか?」と問う。

 

陸は(少し適当すぎたな。)と内心後悔をしながら

 

「興味が無い…というより、そういった芸術系の類は今まで触れたことが無かったので。」

 

そう答えた。

 

「そうなんですか。では、今回の演劇祭、楽しんで下さいね。」

 

楽しむ?初めてのものを?だが、それはなんだか悪い気はしない。誰しも初めてはある。合うか合わないかはその人次第というやつだ。

 

「ええ、期待してますよ。」

 

そういえば、本当に初めてだったろうか…演劇を見るのは。

 

以前いた世界の記憶を辿ってみる。やはりそういった物には触れたことが無いようだ。あるのは博物館に子供の頃行ったくらい。

 

(あったな、そんなことも。)

 

何十年前の話だ。父親と母親、3人で出かけたんだった。

 

「さん?…陸さん?」

 

「…はい?」

 

ぼんやりと昔のことを思いだしていると、生徒会長が俺のことを呼んでいた。

 

「いえ、どうかしましたか?ボーっとしていたので。」

 

油断した。ここにきて。小さな油断はやがて大きな事故へと変化する。以前いた職場での教えを改めて思い出す。

 

「あ〜、少し疲れてるようで。」

 

軽く笑いながら答えると、菜々は少し心配そうに

 

「確かに、生徒は全員女性ですから、気を遣いますよね?」

 

と話しかける。

 

「まあ、そういうこともありますよ。」

 

気を遣うことなど、山ほどあった。それに、気を遣っているというのは大きな勘違いだ。ただ、この世界が嫌い…いや、気に食わないだけだ。俺は帰りたい。ただそれだけ。

 

「今日は早くあがらせて貰います。」

 

そう菜々に言い、陸は体育館のステージから去っていった。

 

 

「……貴方は、何を見ていたんですか?」

 

陸の去っていった後を見ながら、菜々はそう呟くのだった。

 

得体の知れない彼の背中が、一瞬、ほんの一瞬だが小さくなった気がした。ちょうど彼がボーっと考えごとか何かをしている時だ。まるで自分達には見えていない何かを見ていた、探していた気がした。

 

彼と話していて気がついたことがある。最初こそ得体の知れない、気味が悪いと感じた彼の態度、だが最近は疲れているのか、彼と他の生徒より多く関わっているからか、少し変わったような、違うような感じがしていた。彼は得体が知れないというよりも、大人というよりも

 

「心を感じない…。」

 

彼から感情らしい感情を感じなかった。今までもそうだ。まるで心ここにあらず、常に別の場所にあるような、そんな感じ。

 

菜々はそんな山上陸という男が、ほんの少し心配になった。そして、生徒会長として力になりたい、そう思うようになっていた。

 

そういえば以前こんな会話をした。

 

『ところで生徒会長、ジョハリの窓…というのをご存知ですか?』

 

『ジョハリの窓…?』

 

『ええ、人間には4つの自己が存在する。自分が知り、他人が知る自己。自分が知り、他人は知らない自己。他人が知り、自分は知らない自己。自分も他人も知らない自己。人は自分自身のことさえ、全てわかっていない

 

 

 ………本当の自分とは、一体何なのでしょうか?』

 

そんな哲学めいた、小難しい話だった。彼は何を伝えたかったのか、何を考えてそんな話をしたのか、私には全く理解できなかった。彼という存在が、私にはまるでわからない。

 

 

 

 

 

 

 

演劇祭当日。陸は座席に座り、桜坂しずくなる人物が主演の演劇を見た。

 

途中で音楽が入る。どうやらミュージカルのようだ。

 

「……雨?」

 

思わず瞬きをする。会場に雨、そういった舞台の装置だろうか?

 

ズシりと肩に無機質な重さを感じ、思わず自分の身体をみる

 

(……また…か。)

 

みると見慣れた仕事道具を自分は持っていた。ゆっくりと道具を撫で、慣れた手つきで扱おうとするが、フと肩から無機質な重さが無くなり、仕事道具も無くなっていた。舞台に目を戻すと、舞台には雨どころか、濡れたあとすら無かった。

 

(あの時と同じだな。)

 

そう、優木せつ菜なる人物が屋上でパフォーマンスをしていた時と同じ。また"戻って"いる。

 

 

『主演の人、虹ケ先学園のスクールアイドルをやっているらしいよ』

 

フとそんな会話を思いだした。

 

(…スクール、アイドル……)

 

接触してみるか?たかがガキのアイドルだぞ、馬鹿らしい。そう思っていたが…

 

「価値はあるな。」

 

ボソリとそう呟く。

 

演劇が終わり、会場が拍手に包まれる。赤い瞳の小柄な少女がやたらと強く拍手しているのが目に入る。少し注意が必要かと思ったが舞台も終わっているので問題は無いだろう。

 

 

両方の学園の演劇が終わり、辺りはすっかり夕暮れとなっていた。主演の桜坂しずくは新聞部のインタビューに答えている。

 

明日、生徒会長に聞いてみるか。スクールアイドルについて。

 

嬉しそうにインタビューを受ける彼女の様子を軽く見ながら、彼は今日も拠点へと戻るのだった。

 

「スクールアイドル…か。面倒なことに巻き込まれなければ良いが。」

 

彼は軽く頭を掻きながらゆっくりと歩く…と。

 

「あ、風紀委員の山上陸さんじゃないですか!?」

 

振り返ると、黒に緑色のアッシュが入った少女がこちらを見ていたのだった。

 

「…何か要件ですか?」

 

面倒くさそうに、彼は少女 高咲侑へと目をやる。

 

 

彼にジっと見られると、どうも緊張してしまうのか、ピクっと身体が震える。特に深い理由もなく呼び止めた。そういえば、新しく入った転校生と話をしていなかったな。そんな単純な理由だった。『女子高に初の男子生徒!』これだけでも十分トキメキ、というよりも興味が湧いた。演説の印象といえば、真面目そうな人だ。そんな感想だった。彼の瞳がこちらを捉える。

 

「あ〜…いえ、今回の演劇、良かったですよね〜!って。どうでした?男子生徒としては?」

 

「ええ、素晴らしいものでした。自分をさらけ出す難しさ、恐怖、そして自分を受け入れる強さ…良い内容でした。最後のパフォーマンスも素晴らしい。」

 

そんな当たり障りの無いであろう感想を言う。

 

「ですよね!?やっぱりしずくちゃんはスゴいな〜!陸さんもそう思いませんか?」

 

やたらとグイグイ感想を求めてくる少女に鬱陶しいと思いながらも「そうですね。」と適当に答える。

 

そんなやりとりをしていると、彼女は思い出したかのように

 

「すいません。突然話しかけちゃったりして。」

 

と詫びを入れてきた。別に問題は無い。こちらの邪魔さえしなければ。邪魔をすれば、勿論それなりの対応をさせてもらう。ただそれだけ。だから

 

「いえ、興奮を抑えられず感想を求めてしまう…わかりますよ。何となく。」

 

リボンを見れば彼女が2年の上級生であることがわかる。彼女の方が上級生であるはずなのに、侑は思わず山上陸という男に敬語を使っていた。何となく、彼女の真面目さ故か、それとも……

 

「ですよね!」

 

「侑ちゃ〜ん!」

 

彼女の後ろからまた声が聞こえる。

 

「あ、歩夢が呼んでる!じゃあ、私はこれで!」

 

と軽いお辞儀をして去っていった。彼女の行った方向には少し変わった髪色をした少女が待っていた。ほんの少しこちらを警戒しているように伺っている。まあ慣れたことだ。

 

「さて、戻るか。」

 

元気そうな少女と別れた陸は、再び歩きだすのだった。

 

 

拝啓】ー始まりの一歩。鍵はすぐそこだ。

 

手紙が落ちる。



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仲間はいない

世界に物語があるとしたら、その物語とは例えるなら精密な機械だ。パーツが1つでも無くなれば、物語は止まる。狂えば世界も狂う。パーツが増えれば、それは世界を、物語をより円滑に進めるか、或いは…。

 

 

 

 

 

 

「侑ちゃん、昨日あの転校生と何を話してたの!?」

 

高咲侑は、今少し困った状況にあった。幼馴染である上原歩夢に詰め寄られていたのだ。まあ、原因は分かっている。先日、思わず山上陸なる転校生と喋ったのだ。喋ったといってもほんの数分、なんでもない、当たり障りのない会話だ。しかし、彼女はそれを異常なまでに心配してくる。昔から歩夢は何かと心配性なところがある。まあ、そこがK・A・W・A・I・Iのだが。

 

「そんなに心配しなくても大丈夫だって、別にそんな大した内容も話してないし。ただ、しずくちゃんの演劇凄かったですね〜って話しただけだよ。」

 

「心配するよ〜っ!だって、何かあったらどうするの!?」

 

どうやら歩夢は彼のことをよく思ってないようだ。彼女だけではない、この学園の大半は彼に良い印象を持っていないようだ。彼はなんだか"不気味"だと。

 

確かに少し変な感じはしたが、私としてはそこまで悪い印象は持っていない。礼儀正しく、真面目そうな生徒だった。

 

スクールアイドル同好会の部屋でそんなやりとりをしているうちに、他のメンバーもやって来たようだ。

 

「ヤッホ〜!お、愛さん一番乗りと思ったら、もう先客が!」

 

奇抜な印象のある宮下愛を先頭に、続々とメンバー達が顔を揃える。これで、8人。あと2人で全員が揃う。

 

「あれ?せっつーと果林は?」

 

「せつ菜先輩と果林先輩ですか?さあ。」

 

愛の問いかけにかすみが答える。

 

「せつ菜先輩は、少し生徒会の仕事があるって…言ってた。」

 

璃奈の返答に、全員が『忙しいね。』と答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ライブ…ですか?」

 

「ええ。東雲学院、藤黄学園とDIVER FESにと、思いまして。通して頂けますか?風紀委員さん。」

 

軽く目の前の少女2人、近江遥、綾小路姫乃を見る。

陸は、生徒会室へと要件があって向かうところ、虹ケ咲と違う制服の少女2人を見かけ、呼び止めたのだ。

 

「すみません。生徒会長にお会いになるのでしたら、私が案内しますが。」

 

陸は、遥よりも姫乃という生徒の方を注視していた。正直言って、彼の性格、性質上あまり好きではない態度だ。何か隠しているような、試して来ているような雰囲気。あまり好印象ではない。

 

「いえ、私共は生徒会ではなく、スクールアイドル同好会の皆様に要件がありますので。」

 

「では、お手数ですが、生徒会長から許可の申請等正式な手続きを行ってから同好会の方へと向かって下さい。」

 

どんな理由があるにせよ、申請と許可はとる必要がある。それが組織としてのルールである。

 

「わかりました。では、案内をお願いします。山上陸さん。」

 

陸はほんの少し警戒しながら2人を生徒会室に連れていくのだった。

 

「どうですか?虹ケ咲学園の雰囲気は?」

 

姫乃がそう話しかける。

 

「良い雰囲気ですよ。設備も整っていますし。学食もまあまあ美味しい。」

 

そんな陸にとってどうでもいい会話をしてくる。

 

「では…スクールアイドル同好会については、どうですか?」

 

不意にそんな質問がやってきた。元の世界に戻るために自分が接触を試みようとしていた場所だ。少しバカバカしいが、あまりにもこの世界は『スクールアイドル』という単語が多く、強く存在していた。たかだか子供のやるアイドル。この世界に留まり過ぎて、頭がおかしくなってしまったのかもしれない。だが、あらゆる可能性を探るべきだ。

 

正直陸にとって、藁にも縋る思いだった。それほどまでに彼は追い詰められていた。孤独な戦い。共に戦ってくれる仲間もいない。まさに孤軍奮闘の状態である。彼は独りぼっちだ。

 

「さあ。私もこの学園に入ったばかりなので、よくわかりませんが。よく噂になっていますよ。」

 

「興味が無い…と?」

 

「いえ、少しありますよ。」

 

鍵としてならば。

 

「綾小路さんは、何をお考えで?」

 

虹ケ咲学園のスクールアイドル同好会を大規模なフェスにご招待。少なくとも悪い話ではない。むしろプラス。単純に考えればの話だが。恐らく彼女は違う考えだろう。

 

「特に深い理由はありません。」

 

にこやかにそう答える姫乃に対し、更に嫌な印象が強まる。腹の底に何かを隠しているのか。それとも好意か。

 

 

「何にせよ、我々虹ケ咲学園を試すのであれば……

 

 

 

 

 

もう少し言葉と、態度に出して頂ければ幸いです。」

 

 

 

 

 

 

 

彼の瞳が姫乃を見据えた時、姫乃はほんの少しゾッとした。

 

「まあ、私も人のことをあまり言えた立場ではまりませんがね。」

 

彼は少し笑いながらそう付け加えた。

 

彼の隠していた何かをうっかり覗いてしまったような、そんな不気味な感覚を覚えたのだった。

 

 

隣にいた遥は気がついていたのだろうか?彼の制服が、いつの間にか違う服装に変わっていた、そんな気がした。まるで、映画でしか見たことのないような、高圧的な印象を持つ服装へと…ほんの一瞬だが。夢だろうか?疲れているのだろうか?

 

確かに今から、自分の憧れである朝香果林に会えるということで、大きく舞い上がってしまっている自分がいるかもしれない。昨日は少し興奮と緊張で、よく寝付けなかったものだ。寝不足だろう。そう自分に言い聞かせ、山上陸という奇妙な存在の後ろをついていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同好会には、仕事を終えたせつ菜と果林が部屋に加わり10人となっていた。

 

「山上君ってさ〜。」

 

宮下愛が口を開く。

 

「何ていうか…変、だよね?」

 

明るく、積極的で、人の良い所しか見ていなさそうな彼女から出る珍しい感想。

 

「いや〜、愛さんも男子生徒ってことで最初話しかけようかな〜って思ったんだけどさ〜。なんか話しかけにくいっていうか〜…。ねぇ?」

 

 

「う〜ん。悪い人には見えないんだけど。」

 

彼女に同調するように、エマ・ヴェルデが困り顔でそう答える。

 

「やっぱり、なんか違和感があるんだよ。何だろう…

 

 

 

 

何ていうか言葉にしにくいんだけど、私達とは何か違うっていうか

 

 

特別っていうか、別って感じ。」

 

 

 

 

そんな侑の言葉にせつ菜を除く全員が頷くのだった。

 

 

「せつ菜は彼とたまに話してるみたいだけど、どうなの?」

 

果林の問いかけに、せつ菜は少し考えながら、

 

 

「そうですね。何でしよう。皆さんの言ってる通り少し不気味な印象があったのですが、最近は何となく陸さんの不気味さの正体のようなものを掴んだ気がします。」

 

彼から感じる得体の知れない何か。

 

 

「陸さんって、なんだか全部の物事に関して関心が無い…と言いますか。そう、心を感じないんですよ。」

 

 

心が無いとはまた違う。まるで心だけ何処か別の場所に置いてきてしまったののではないかと感じる、少し寂しそうな雰囲気。無機質な笑顔がせつ菜の頭に浮かぶ。

 

綾小路姫乃と近江遥、この2人がやってきたのはちょうどそんな話を終え、これから先のスクールアイドル同好会について話し合い始めた時だった。

 

 

 

 

 

 

「スクールアイドル同好会の皆さんに、お客さんのようです。」

 

話題に上がっていた人物と共に。

 

果たして彼はこの学園をどう変えていくのか、どう入り込んでくるのか

 

彼はこの世界に歓迎されているのか、それとも…招かれざる客なのか。それは彼女達も、彼自身すらも解らないことだ。

 

彼女達は彼を良く思っていない。当然だろう。何故なら彼自身もまた、この世界を良く思っていないのだから。

 

願わくば、そろそろ決着をつけ終わりにしたい。そう思いながらも、彼は10人の少女達を瞳に映すのだった。

 

 

拝啓】ー狼よ。孤独な狼。君はたった1人のイレギュラー。

 

 

 

 

君がいくら精強なる戦士でも、独りの傷は埋められない



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マリオネット

夕暮れが来る。風紀委員会室での作業は酷く退屈なものだ。委員長、副委員長、他のメンバーを横目で見ながらパソコンに向き合う。あまりデスクワークは好きじゃないが、仕方ない。問題ある生徒はブラックリストに、優秀な生徒にはある程度の自由を。大切なことはルールを守ることだ。自由とはルールの中にある。逆を言えば、ルールを守り、秩序、規律を乱さなければ、迷惑さえかけなければそれなりの自由が保証される。民主主義万歳だ。即ち、その自由を奪うことは何人たりとも許されず…そんな権利も無いわけだ。

 

「会長、鍵は私が閉めておくので、先に上がられては?」

 

ショートカットに切れ目、少し鋭い雰囲気を醸し出す委員長。彼女はチラリとこちらを見ると、ため息をつき、軽く背伸びをしながら

 

「山上君こそ先に帰ったら?なんだか凄い疲れてるようにみえるけど?」

 

と返してくる。

 

実際最近また眠れない日が続いている。顔にも出ているということは、そろそろしっかり睡眠をとりなおす必要があるだろう。正直言って、寝る時間さえ惜しいのだが、回復せずに未知の何かに挑むというのもまた無謀であり、非効率的だ。だからある程度きたら休む。3日程度ならば、3時間の睡眠でそれなりにまかなえる。だが、キツいものはキツいようだ。

 

「では、本日は全員で早上がり…でどうでしょう?」

 

「賛成ですね。」

 

委員長の一声により、今日の委員会は解散となった。

 

委員会もまあ、最初よりも馴染めているようだ。初めは誰もが疑いの目を向けてきたが、大人しくしているお陰で目につかなくなってきたようだ。とはいえ、まだ自分に疑念を持たない人間は多い。信用を勝ち取り続けなければ、こちらも自由に動けない。忍耐が必要だ。

 

この世界に来てどれ程経っただろうか?疲労と焦りだけが募っている。だが、手紙を見る限り少しずつではあるが何かが進んでいることは確かだろう。

 

 

俺をこんなクソに巻き込んだ奴は後で後悔することになるだろう。その為にも牙は研ぎ続けている。

 

 

初めてこの学校のスクールアイドルを見た。何人か見たことのある人物がいたが、全員が俺を奇妙な目をして見ていた。いや、1人は顔を隠していたな。男子生徒ということで、好奇心があるのか、それとも疑念か。まあどうでもいいことだ。

 

 

 

誰も居なくなった委員会室の鍵をかけ、少し廊下を歩く。日が落ち、辺りは薄暗く、空には月と星が浮かんでいた。

 

「空は何処も一緒…か。」

 

 

空は変わらなかった。俺のいたあの世界と何ら変わりない。普遍的な空。

 

 

父親が言っていた。「面倒には関わるな。」と。だが、こうも言っていた。仮にその面倒が、自分にとって大きな価値を持つとしたら

 

 

 

「関われ、そして巻き込まれろ。嫌と言う程に…」

 

 

頭の痛い話だ。

 

 

少し眠い。空いていた休憩スペースに腰を据えると、連日の疲労が残っているのか、意識が遠のいていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何時間経っただろうか。生徒の声も何も聞こえなくなり、虫の音が僅かに聞こえる。

 

「寝すぎたか。」

 

焦りはしない。別に今は寝過そうが上司に酷く怒られることは無いのだから。

 

ゆっくりと腰を起こし、拠点へと戻るとしよう。椅子に座って眠っていたせいか、身体が痛い。

 

「あ~、久しぶりに寝心地の悪い最低な目覚めだ。」

 

そういえば、この世界に来て季節も変わった。俺の世界は夏だったが、この世界は春だった。始まりの季節。やはり、何かに動かされている。そんな奇妙な実感がある。つまり俺はこの世界における人形。神の創り上げた、便利で使い勝手の良い操り人形なのだろうか?だとしたら笑い話にもならない。腹立つ野郎だ。

 

荷物を持ち、ゆっくりと廊下を歩く。すると音楽室から何やら曲が流れていることに気がついた。

 

「…何だ?」

 

学校の怪談にでも巻き込まれたか?幽霊やら怪奇やらをぶちのめして終わりなら、それで終わりにしてやろう。だが、そんな単純な話ではないだろう。

 

「この世界は。」

 

悪ガキを探すとしよう。

 

廊下を先程より早足で歩き、音楽室を覗く。見れば、演劇祭の時に話しかけてきた少女 高咲侑がピアノを使っていた。

 

注意をしようと部屋の扉に手を掛け、開けようとする…が、目の前から別の生徒が走ってこちらに向って来るのが見えた。

 

「全く…」

 

面倒な。

 

まず、目の前に来た生徒を

 

「何をしてらっしゃるんですか?」

 

止めた。長い黒髪、黒い瞳…この顔に見覚えがある。この世界にきて、学校に通い始めたばかりの頃だ。名前は

 

 

「確か…せつ菜。そう、優木せつ菜さん…ですよね?」

 

目の前の少女はピクりと身体を震わせ、俺に目を合わせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

まさか、侑さんを探していたら彼に会うとは思いませんでした。

 

せつ菜は内心少し焦りながら、目の前の男 山上陸を見る。

 

真っ直ぐ私を見る彼の瞳は何処か濁っている。辺りの暗さ、奇妙な雰囲気と相まって今の彼はとても不気味で…そして何だか哀しい空気を纏っていた。

 

 

「風紀委員の…山上さん。ですよね?」

 

あくまでも初対面であると振る舞う。

 

「ええ。何をしているんですか?学校はとうに閉まってますが。…まあ、私も人のことは言えないので、ここはお互い見なかった、とでもしましょうか?」

 

そんな提案をしてきた。

 

「あ~。私達は生徒会長から、正式な許可を取っているので、その…」

 

と答える。まあ、生徒会長とは自分自身のことなのだから、どうもでも言える。

 

すると彼は「おや。それは失礼しました。」と答え、少しバツが悪そうに頭を掻く。

 

「彼女、探してたんですか?」

 

音楽室にいる侑を指さす。

 

「ええ。」

 

「音楽室の使用許可も、まさか取っている…とは思えませんね。」

 

反撃とばかりに少し意地悪そうに彼がそう問いかける。さすがに侑が音楽室を勝手に使うとは思っていなかった。

 

「…はい。申し訳ありません。」

 

頭を下げ、彼に謝る。

 

「別に、お互い貸し1つで、チャラにでもしましょう。今日のことは、会長にも黙っておきますよ。」

 

「良いんですか?」

 

彼の思わぬ反応に驚きながら返してしまう。

 

彼も仮眠をしていたらこんな時間になり、下校時刻を過ぎてしまったため、見なかったことにして欲しいそうだ。

 

 

「ギブアンドテイク…とは言い難いですがね。」

 

ほんの少しの苦笑い。

 

「では、また明日。次はお互い、上手くやりましょう。」

 

彼は荷物を持ち直し、廊下を歩き去ろうとする。

 

「あの!」

 

思わず呼び止める。

 

彼は少し面倒臭そうに振り返る。

 

「あ…えっと…な、何かあれば言って下さい!」

 

「…?」

 

彼は「何を言ってるんだ?」と言わんばかりに困惑した表情になる。

 

「あ…そ、その!やっぱり忘れて下さい。すいません、変なこと言って。」

 

すると彼は

 

「何もありませんよ。何も。」

 

と軽く答える。「気持ちだけ頂きます。」という台詞とともに。

 

そういえば

 

「あ、良ければ食べますか?」

 

合宿の時にこっそりと作ったが、結局出すタイミングを失ってしまったクッキーを出す。

 

彼はそれを見て、また複雑そうな表情を浮かべながら、「どうも。」と答えてクッキーの入った袋を手に取る。

 

「えっと…また、また明日会いましょう!」

 

咄嗟にそう彼に伝えると。

 

「ええ。お互い見なかったことにしましょう、優木せつ菜さん。」

 

と答えるのだった。「色々とお互い苦労がありますね。」そんなちょっとした労いのような言葉も添えて去っていった。

 

彼の背中は相変わらず、少し小さくみえるのだった。

 

「さて、侑さんを呼び戻しますか。」

 

私は音楽室の扉に手をかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘が下手だな、あの会長。」

 

なんて酷い偽装だろうか。よく今の今まで生徒に正体がバレなかったな。中川菜々が優木せつ菜…か。

 

「まさか、生徒会長直々にスクールアイドルとは。」

 

そう考えると、やはりスクールアイドルという奇妙な存在が鍵となるのだろうか?

 

「それにしても…」

 

チラリとポケットに入れたクッキーの袋を見る。

 

紫色と黒の気色の悪い色をしたクッキーが何枚か入っている。

 

「これもまた、異世界…?」

 

こんな異世界感は味わいたくないものだ。どうみても毒か激物だ。

 

「捨てるか。…」

 

ジっとクッキーを見る。好奇心か、それとも

 

袋を開け、1枚口に入れる。

 

「マッズ…。」

 

不味い。酷い味だ。

 

「クソ。食えたもんじゃないな、やはり。」

 

そう良いながら、2枚目を口に入れる。

 

「不味ぃ。…不味い。…クソ不味い。」

 

3枚目

 

「あの娘、どんな舌してるんだ?味覚音痴か?味覚障害か?」

 

4枚目

 

「腹壊すわ。…クソ不味い。焦げてるし。」

 

5枚目

 

「なんでだクソ。不味過ぎて泣けてくるわ。」

 

6枚目。頬に温かいものが伝う。

 

誰かから何かを貰うのは数カ月振りだ。だが、精神的にはもう何年も経った気がするほどに疲れきっていた。ずっと独りだ。仲間も家族も、誰もいない。彼を知っている者はこの世界に"誰一人"いないのだ。この世界には、山上陸という存在があるだけだ。

 

酷い味だった。恐らく明日は腹を壊すかもしれない。だが何故かすべて食べきっていた。不味かった。だが何だろうか、そのクッキーは味の割には温かいのだった。

 

頬を伝っていたものを拭うと、彼は再び正面を見据え、たった1人の戦いへと挑もうとするのだった。

 

 

 

拝啓】ー 君はどう戦い抜く?

 

 

 

 

 

拠点の椅子に座り、手紙を見る。

 

「…戦い…?」

 

何か起きるのだろうか?学校の秩序でも脅かすような悪ガキでもヤンキーでもやって来るのか?となれば久しぶりに血が滾る。この世界は呑気で気楽すぎて退屈していたところだ。

 

喧嘩なんてガキの頃以来だ。職業の関係上、暴力関係は起こしてはならない。まあ当然のことだが、俺達はより一層厳しい目で見られることになる。

 

「しかし、この世界にねじ伏せるような圧倒的な力を使用したりされたりすることがあるのか?」

 

こんな平和ボケをそのまま形にしたような世界に。

 

力ではない、何か別の戦い方、それも視野に入れるべきだろう。

 

外で花火の音がする。懐かしい火薬の音、火花。

 

「夏…か。」

 

向こうはもう秋か冬に入っている頃だろう。

 

年末までには終わりにしたい。

 

「必ず帰るよ。」

 

携帯に唯一残る自分のいた世界での写真だ。仲間、家族の写真。それを見つめ、寝室へと向かうのだった。明日からまた忙しい毎日が始まる。

 

布団に入り、目を瞑る。身体の感覚が無くなり、ゆっくりとどこかへと落ちていく。いや、堕ちていく?

 

もう終わりにしたいものだ。時々思う。あの時と同じように、目覚めたら元の世界に戻っているのではないか?と。淡い期待を込めて眠るが変わらない。

 

山上陸とは誰だ。答えは1つ。この世界で動く駒だ。元の世界に戻るための手段。必要な人形。必要な名前。必要な身分。

 

「俺は山上陸。虹ケ咲学園1年、普通科…風紀委員。他の誰でもない。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『○起きなさい。』

 

よせ、違う。今の俺は○ではない。

私は陸だ。

 

『○起きろ!』

 

『○!』『○?』『○。』『○!?』『○、』

 

 

 

 

 

 

「やめろおぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

 

夜明けはまだ遠そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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夢はまだ覚めず

「スクールアイドルフェスティバル…ですか。」

 

陸は資料をジッと見つめ、難しそうな声を出す。

 

「ええ。」

 

風紀委員会のメンバーと生徒会のメンバーが集まり、これから催される学園のイベントについて考える。

 

彼女達は嬉しそうに。彼は何処か難しそうに。

 

「誰もが楽しめる催し物だと、我々生徒会は考えました。しかしこれ程規模の大きいイベントとなると…」

 

彼の心配は治安の維持だ。

 

つまり、学内の治安を維持するためにも風紀委員会の力だけでは手が足りない。人数が必要な訳だ。

 

虹ケ咲学園は大きく、広い。それに加えてライブ会場も1ヶ所ではなく複数でゲリラ的ときた。ましてやアイドル。多くのファンが、保護者が一同にやってくるだろう。それも他校のスクールアイドルと合わせて。

 

「正直言えば厳しいですね。」

 

難色を示す陸の言葉に彼女達はポカンとする。

 

「良いじゃない山上君。私達も彼女達を支えましょう?」

 

何もわかっていない。

 

「学園の治安の維持、ファン、他校生徒、保護者、これら全てを誘導し、案内を行う。これだけでもかなりの人員を費やします。生徒会、風紀委員会だけでは手に余るでしょう。」

 

つまりは

 

「純粋に人手不足です。」

 

戦力が足りない。生徒会だけで4人、風紀委員会は10人。

 

「それに加えて過激ファンの取り締まり、不審人物への警戒、暴動が起きたさいの対処要領も決まっていない。不測の事態への対処はこの人数では難しいという話です。」

 

不測の事態。そんなことがあるのだろうか?

 

「スクールアイドルが好きな人達が、そんな悪いことをするとは思えませんが。」

 

山上陸はこう言っているに等しい。「信用できない。」と。

 

菜々にとってもスクールアイドルにとってもファンは大切な存在だ。彼ら彼女らに自分達は支えられてきた。勇気を貰ってきた。喜びを、好きを分かち合えてきた。しかし陸はそんなファンの中に良からぬ事を考えている人物がいるかもしれない。暴れるかもしれないと考えているのだ。彼女にとって、そんなことは考えたくないもの、考えられないものだ。

 

故に彼女は言う。「そんな人はいない。」と。これは誰もが楽しむ夢の時間なのだ。誰もが「好き」なことを「好き」と言える自由の時間。

 

 

「甘いですね。まあ良いでしょう。この学園の大半が彼女達スクールアイドル同好会の皆様を求めていることも事実ですし、やるなとは私も言っていませんし。ただ、念には念を入れるべきだと私は言っているだけです。」

 

 

この世界はあまりにも甘く、優しすぎる。故に彼女達もまた純粋すぎる。彼の知っている世界はもっと残酷で汚いものが多い。故に彼の考えは理解されない。何故ファンや観客を見張るのか、何故暴力的な事態が起きると考えているのか。

 

そんな考えを持つ彼は不気味だった。彼には暴力的な願望があるのではないか?と。彼は何を考えている?何を恐れている?

 

 

「…こうしましょう。各運動系の同好会、部活から風紀委員会への支援を何人か。また、文化系活動の皆様からは生徒会への支援を。それと、生徒会を主とした本部を作りましょう。」

 

彼はそう言うと、学園の地図を持ってくる。

 

「また、各ライブ会場に名前をつけます。例えば、エマ·ヴェルデさんの行うライブ会場をA区、というようにです。各区域に3名1チームを送り、会場を見張らせます。本部には風紀委員長、副委員長、生徒会書記1名が不測事態への対処要領を考えます。それから…」

 

 

いつの間にか彼が全てを指揮していた。提案ではない、彼が私達にどうするか、どう動くかを指示していたのだ。とても手慣れていた。まるで今までやっていたかのように。

 

菜々が彼をフと見ると、彼の制服が違うものに変わって見えた。

 

「?」

 

目を擦り見直すとやはり彼は見慣れた制服を着ていて、疲れていたのかと軽く頬を叩く。

 

 

「こういった要領で対処と指揮をお願いします。よろしいでしょうか?」

 

菜々を見て答えを聞く。

 

「へ?あ!はい!良いと思います。」

 

急に振られ、返答に遅れたためか、「ちゃんと聞いてましたか?」と彼に心配される。

 

「この計画の要は風紀委員長です。共に頑張りましょう。」

 

「何だか物々しいわね。」などと言いながら「わかったわ。」と軽く返答する。

 

「練習しますか?対処要領の。」

 

彼の提案に全員が顔を見合せ、苦笑いをする。初めてだ、彼がこんなにも積極的に活動するなんて。

 

「陸さんも楽しみなんですね?」

 

彼にもこんな一面があるとは思わなかった。彼がスクールアイドルを好きかはわからない。ただ、学園の催し物に対し、熱心に学園の事を考え、アイディアをだし、活動している所を見て菜々は、彼を風紀委員に任命して良かったと感じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケリをつけよう。恐らくこのデカいイベントで全てが分かる。辻褄合わせ、答え合わせの時間だ。

 

スクールアイドルという存在が、俺を元の世界へと戻す鍵なのか。

 

 

「陸さんも楽しみなんですね?」

 

そんなことを聞かれた。

 

楽しみ?違うな。

 

「まあ、祭りは昔から好きなんですよ。」

 

よく家族と祭りに行った。屋台に花火、山車に太鼓。子ども達の笑い声、恋人達の暖かい雰囲気。何十年も前だ。

 

 

 

 

 

 

菜々を見て、陸はこう言う。

 

「成功すると良いですね。スクールアイドルフェスティバル。」

 

 

「はい!必ず成功します!」

 

おいおい、そんなんじゃ、すぐにせつ菜の正体がバレてしまうぞ。

 

内心そんなことを思う。嘘が下手な子だ、もう少し俺を見習ったらどうだ?なんて、

 

 

ここで立ち止まるわけにはいかないのだ。俺は帰る、元の世界へと必ず。

 

彼の決意は固く、何者にも負けないだろう。

 

 

目的は違えど、目標は同じだ。

 

「「スクールアイドルフェスティバル。」」

 

 

私達はここから/俺はここで

 

新しく始まる/終わりにする

 

合同会議は終わり、辺りはほんの少し暗くなっている。

 

「では、私はこれで失礼します。」

 

陸が挨拶をする。

 

「はい。お疲れ様でした、陸さん。」

 

そんな彼に菜々が挨拶を返す。

 

 

陸はそのまま、菜々の後ろを歩いていくのだった。

 

「あ、陸さん!」

 

スクールアイドルフェスティバルについての資料を渡そうと陸を呼び止め、振り返るがそこに彼はいなかった。

 

 

「はあ、明日渡しますか。」

 

彼女は溜め息をつきながらそう言うのだった。

 

彼は不気味だ。それでいて寂しげだ。まるで目を離したらいつの間にか居なくなってしまうような、そんな感覚。たまに思う。ある時フといなくなってしまうのではないか、それも最初から山上陸という存在自体が無かったかのように消えてしまう。そんな不気味な印象が、寂しげな印象が、彼にはあるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっさと帰りたいな。」

 

軽く首を回しながら、彼は夜空を見上げて拠点へと戻るのだった。

 

「ん?」

 

ほんの一瞬、夜空にピンクの衣装を着た少女が飛んでいた気がしたとおもえば、手に違和感を覚え自分の手を見る。

 

「何なんだ。」

 

いつのまにか手には仕事で使う手袋がはめられていた。だがやはりそれも一瞬だ。もうこれにも慣れた。

 

「戦いの時…。」

 

ある程度の手筈は整えた。できる限りの説明も、最低限度だが行った。学園の守衛にもいざという時は応援の要請も可能にした。最悪自分で全てを対処すれば良い。

 

やはりあの手紙が気になる。

 

拠点に戻るとまた手紙が1枚机の上に置いてあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

拝啓】ー

 

夢はまだ覚めぬ。時は流れ、運命も進む。逃れることは叶わない。現実と虚構の狭間で君は何を成し遂げる。何故流されない?何故受け入れない?

 

 

 

「俺はしぶといんだ。」

 

手紙をゴミ箱に捨て、シャワーを浴びる。食事を摂り、歯を磨き、寝る準備を整える。時刻は22時、寝るには少し早いが眠れるうちに眠っておいた方が良い。いつ何が起きるかなどわかったものではないのだから。

 

ゆっくりと布団に潜ろうとすると、携帯が鳴る。

 

「誰だ?」

 

少しイラつきながら携帯を見ると、中川菜々と表記されていた。

 

「ッ。」

 

軽く舌打ちをしながら電話に出る。

 

「夜分遅くに申し訳ありません。陸さんに一応お伝えしたいことがあって。」

 

対処要領のことだろうか?確かに、説明をしている時は上の空だったことを思い出す。

 

「不測事態の対処については、生徒会長ではなく風紀委員長が対応します。何も貴女が心配することはありませんよ。」

 

どのみち君はせつ菜としてライブに出ることは目に見えている。本部の運営にライブと両立は厳しいだろう。それに、どちらかに意識が寄ってしまい、仕事に支障が出るくらいならば片方を存分に頑張ってもらうほうがありがたいというものだ。

 

 

「いえ、その件については問題ありません。生徒会として風紀委員会を全力で支援するつもりです。」

 

「では何です?」

 

早く眠りたいんだが。

 

「スクールアイドルフェスティバルについての資料をまだ渡していなかったので、明日生徒会室に取りに来て貰えませんか?詳しい概要なども載っていますので。」

 

そういえば、大まかな説明しか聞いていなかった。資料も軽く目を通した程度だ。把握したのは会場の場所くらい、他の催し物、出し物などは完全に把握しきれていなかった。

 

わかりました。ありがたく、明日頂きに行きます。」

 

「では、明日の午後に。」

 

要件も終わり、電話を切ろうかと思うと

 

「そういえば、陸さんには夢とかあるんですか?」

 

不意にそんな奇妙な質問がきだ。

 

「何故です?」

 

「いえ、最初に面接したとき、最後の質問を覚えていますか?」

 

 

最後の質問?

 

 

ああ、"好きな物"か。

 

「ええ。」

 

「貴方は好きな物が"無い"と答えていたので、何となく夢とかあるのかなぁ?と思いまして。」

 

 

「夢…。」

 

 

夢か。別の意味で夢を見ているような日常を送っている。長い覚めぬ夢。

 

 

この世界での夢

 

「時に、当たり前の生活を送るというのは大切でいて難しい。案外上手くいかなくなるものです。」

 

「当たり前の生活…ですか?」

 

「ええ。ご飯を食べ、家族や仲間と話し、何気ない日常を送る。ただそれだけ。それが重要で、大切なんです。きっとね。でもそれは非常に難しく、時に脆い物です。」

 

「はあ。」

 

質問に対する答えとは検討違いなことを言っている奇妙な返答が続く。

 

「凄く当たり前なことなんですよ。その当たり前が大切だといつか気付く時が来ますよ。貴女に分かりやすく言うならば、

 

 

 

好きなことを、好きな物を"好き"だと言える、とても簡単なことです。でも、貴女にとってそれはとても大切なことでしょう?好きを伝え、広げていく。良い話です。」

 

何を言っているのか菜々にはまるで理解ができないでいた。当然だ、彼は菜々の質問に答える気などない…いや、答えられないのだから。答えても理解することはできないだろう。

 

 

元の世界に戻りたい。など、誰が理解してくれるだろうか?精神がおかしい人間だと思われるだけだ。夢というよりは目標だが。

 

「私の夢…当たり前の日常を過ごすこと、ですかね。」

 

「おっしゃっている意味が、よくわからないのですが。」

 

やはり山上陸という男は奇妙だ。

 

「理解する必要はありませんよ。そういうものですから。では、明日また会いましょう、中川菜々会長。それとも、スクールアイドルフェスティバルも近いですし、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優木せつ菜さん、の方が良いですか?」

 

 

「え?」

 

 

「あれでよくバレませんでしたね。」

 

電話ごしに馬鹿にするような声が聞こえる。

 

「いつから知ってたんですか?」

 

緊張しながら菜々は答える。

 

「以前、夜に学園で会ったときです。まあ、心配する必要はありませんよ。脅しやら何やらそんなつまらないことはしないので。」

 

そんな答えに菜々は少しムっとする。

 

「陸さんはそんな方ではないと知っています。」

 

奇妙で不気味、だが悪い人間ではない。それだけはわかる。

 

「それは嬉しい反応ですね。」

 

てっきり、「何が目的ですか!?」などと言ってくると思っていたが、彼が思っているよりも彼女は山上陸という存在を信頼しているようだ。

 

 

「スクールアイドルフェスティバル、頑張って下さいね。期待してますよ。」

 

色々と。

 

「はい!絶対に成功させて、最高のステージにしてみせます!だから、もし良ければ陸さんも、私達のステージを見に来て下さい!」

 

 

そんな元気な声がする。菜々の時とは少し違う、元気いっぱいの女の子。

 

 

「ええ。考えておきます。」

 

「約束ですよ!」

 

そんな事を言って電話を切る。

 

最後の賭けになるだろうか?少なくとも、スクールアイドルなる存在が、元の世界に戻る鍵となるかどうかはわかる。もし違えば…

 

「また振り出しか。」

 

思わず溜め息がでる。もう寝よう。

 

 

陸は再び布団に潜るのだった。

 

いつかまた、戻れると信じながら。



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Lonely Wolf Adventure

生徒会長、中川菜々から貰ったスクールアイドルフェスティバルについての資料を見つめ、その時に備える。

 

『1分前です。』

 

生徒会副会長からの無線が入る。

 

「各班に無線のチェックを行います。」

 

自分のチームに伝え、無線のスイッチを入れ、始まりに備える。

 

『Bチーム、Bチーム、こちらAチーム。無線を確認。良ければCチームへ。』

 

『Aチーム、こちらBチーム。無線異常ありません。Cチームに繋げます。』

 

 

時間が迫る。制限時間は7時間。12時から19時の間。充分すぎるな。

 

『こちら本部です。陸さん。Lチームまでの無線確認が終わりました。』

 

全部で12チーム。虹ケ咲学園のスクールアイドル9人に加え、藤黄学園、東雲学院のスクールアイドルに1チームずつ。総勢36人態勢で警戒を行う。そこに加え本部に10人、予備に24人、来賓対応に30人。これだけよく揃ったものだ。これも、彼女達の日頃の頑張り、努力というやつだろう。

 

時間は刻々と迫っている。

 

「楽しみですね!」

 

風紀委員の1人がそう、話しかけてきた。あまり委員会では話すことは無かったが、スクールアイドルフェスティバルに向けてよく一緒に仕事をするようになってから、緊張が解けたようだ。ここではチームワークが重要となる。緊張はできる限りさせない。協力しなければ、大規模イベントを行うなど不可能に近い。1人の力では難しい。故に協力し、力を合わせなければならない。全ては成功させるため。今、この学園は1つの目標に向かい進んでいる。目的は違えど…だが。

 

 

「ええ。後はスクールアイドルに託しましょう。」

 

メインは彼女達だ。我々はあくまで裏方、支援だ。彼女達が全力を出せるよう、力を貸すだけ。ただそれだけ、だがそれが重要だ。

 

時計を確認する。

 

「10秒前。」

 

無線でカウントダウンを行う。

 

『3』

 

それぞれの思いを。

 

『2』

 

願いを

 

『1』

 

思惑を胸に秘めながら。

 

 

『スクールアイドルフェスティバル、開催します。』

 

さあ、新しい始まりに/全ての終わりに

 

 

思いは違えど、願いは1つ

 

『了解、成功を祈りましょう。』

 

 

 

誰もが好きを好きといえる。夢を語れる楽しいの祭典。誰もが夢を持つ。時に現実とのギャップに苦悩することもあるだろう。時に理想と違い傷つくこともあるだろう。それでも謳うのだ、夢を見ることは美しいと、自分の好きを大切にしろと。

 

どれだけ苦しくとも時は進む。決して戻ることのない日々。

 

『こちらBチーム、近江彼方さんがライブ中に眠りだしてしまって…』

 

『起こしてあげて下さい。』

 

 

『こちらDチーム、朝香果林さん、エマ·ヴェルデさんとステージを交代します。』

 

『了解、次のステージに案内を。』

 

 

『こちらIチーム、天王寺璃奈さん、観客の皆さんとゲーム大会やってまして、移動に時間が!』

 

『藤黄学園をしばらく同じステージに、今対戦してる方が終わったら移動の声かけをお願いします。』

 

『わかりました!』

 

やはり小さくとも様々な問題が起きるようだ。

 

「思った通り、忙しいな。」

 

そんな陸の表情を見る風紀委員の1人は、何となく彼が楽しんでいるような気がしてならないのだった。

 

「私の顔、そんなに可笑しいですか?」

 

思わず微笑んでしまうくらいに。

 

「いいえ♪」

 

思わず微笑んでしまうくらいには。

 

初めての男子生徒、最初は皆、彼を恐れ、怖がっていた。だが、少なくとも今の自分は違う。不思議な親しみやすさがあった。これも、一緒に仕事をして、このイベントを成功させようという共通の目的があるからだろう。何となくだが。

 

優木せつ菜が用意されていた舞台に近づいてくる。

 

生徒会室で資料を受け取ったとき、是非ともと言われたのだ。良い関係を、信頼を得たい陸にとって、この話は断るに断れなかった。本来ならば、自分は本部で各チームからの連絡を中継、及び不測事態への対応を考え連絡するつもりだったのだが。まあ、そこは臨機応変にということだ。

 

 

「ぬっはっはっはっは!盛り上がってますね!」

 

そんな奇妙な声が会場に響きわたる。見れば、巨大なキャラクターの上に1人の少女がこれまた奇抜な衣装で腕組みをして立っている。

 

「なんじゃありゃ?」

 

素でそんな声がでてしまう。

 

「あ~、中須かすみさんですね。」

 

困り顔でそう言うチームメンバー。

 

陸もまた苦笑いをしてしまう。

 

「ですが!今日一番輝くのはかすみんとかすみんのファンなのです!」

 

そう叫ぶや否や緑のガスが会場に充満する。

 

「ぐお!あのクソガキ。」

 

思わず陸もそう言い、ハンカチで鼻と口を覆う。

 

「こんなの聞いてないぞ。」

 

頭が痛くなってきた。

 

会場にいる客や優木せつ菜も思わず咳き込む。有害なガスでないことは確かだ。そんなもの、子供が用意できるわけがない。とはいえ、少々お痛がすぎるようだ。

 

「そこまでです!」

 

そんなことを考えていると、その近くからまた声が響く。

 

「今度は何なんだ?」

 

見れば仮面を被ったヒーローのようなアイドルが仁王立ちで立っていた。

 

「桜坂さんですよ。」

 

「ああ、演劇部の。」

 

どうやら彼女は桜坂しずくらしい。何やらヒーローショーじみたことをやり、会場を盛り上げ、最後は優木せつ菜が締めを飾っていた。

 

 

 

 

 

 

だが

 

 

 

「…妙だ。ライブは行われている。」

 

戻らない。服装が戻らない。

 

そんなはずはない。いつもならば、ほんの僅かな時間だが服装が元に戻る。だがそれがない。

 

 

「やはり、違うのか。」

 

 

確かに意味のわからない話だ。アイドルが歌って踊るだけで元の世界へと戻れる。そんな都合のいい御伽話があるだろうか?やはり日頃の疲れが溜まっていただけで、そういった幻想を見ていただけなのではないか?

 

『こちらFチーム、陸さん!宮下愛さんのステージで機材トラブルが!今天王寺さんが見てるんですが…』

 

もしかすれば、もう元の世界に戻る方法など無いのかもしれない。勿論諦めたわけではない。選択肢が1つ消えた、それだけだ。消えたならば次の選択肢を考え、出せば良い。可能性は1つずつ潰していく。それで良い。別に期待してたわけではないじゃないか。

 

自分にそう言い聞かせていると

 

『陸さん!?』

 

無線からの声に引き戻される。

 

『あ、すいません。少し考え事を。機材トラブルですか。では、すぐに本部からパソコン同好会のメンバーを送ります。その間、時間稼ぎを。』

 

『わかりました!』

 

すぐに本部に繋ぎ、援軍を送るよう指示を出す。

 

雲行きが怪しく、雨が降りそうだ。そう考えていると、ポツポツと雨が降りだす。

 

『全チーム、一度態勢を立て直しましょう。雨が止むまで待機を。』

 

そう指示を出し、自分もまた本部の方へと戻るのだった。

 

「良い感じだったのに。」副会長がそう呟く。

 

本部の全員が残念そうだった。それはそうだ。皆で協力し、ここまで作り上げてきた。皆が楽しめるスクールアイドルの祭典。夢の時間。それを現実に潰される。

 

この雨は長く続くだろう。運が悪ければ夜まで。

 

「ふぅ。」

 

椅子にゆっくりと腰かける。もはや今の陸にとっめスクールアイドルフェスティバルもどうでもいいものとなった。陸にとって必要のない、価値の無い物だ。当然そんなことは口に出さないが。自分にとって価値が無かろうと、それはあくまで山上陸としての価値観でしかないのだから当然だ。彼もそこまで人でなしではない。ただ自分がそう思うだけ、彼女達と自分の価値観が違うだけだ。共用するものでもない。

 

周りがどうにか打開策を考えようとしているならば、手を貸す。ここで投げ出し、ここまで積み上げた信用などを失うほうがよほど非合理的だ。故に手伝い、考える。

 

「いくつかのライブは諦めて、最後に残っている大きなステージだけは行えるようにしたいですね。」

 

せめて、最後のステージだけでも。それは全員同じ思いだろう。ここまで彼女達も努力してきた、努力を台無しにされる悔しさは、彼も知っている。

 

陸は久しぶりに、自分の目的以外のために頭を使っている気がした。彼の根幹には、元の世界に戻るという目的がある。スクールアイドルフェスティバルがその鍵だと、そう考えたからこそ彼はこの一大イベントに手を貸した。しかし、結果は違った。いつもならば戻るはずの服装が戻らなかった。つまり鍵はスクールアイドルでは無いということだ。ならば、彼がもう彼女達に手を貸す必要はない。貸したとしても最小限度で良い。貸してるふりをすれば良い。その筈だ。だが、何故か彼は本気で考えていた。どうすれば最後のステージくらいは可能にできるか。

 

 

理由などわからない。ただ、彼の中にも誇りがある。自分以外の誰かのために、自分の力を奮うという誇りが。例え自分に得が無いとわかっていても、それが山上陸の。

 

 

俺の誇りだ。

 

 

「私にも、譲れないものがあるんですよ。」

 

会場の地図、腕時計とにらめっこをしながら考える。別の会場はどうか?屋内ステージは使用可能か?時間はどれだけ余っている?雨はいつ止む?

 

 

「延長は?」

 

生徒会副会長からそんな提案がでた。

 

「無理ですね。19時まで、そういう約束です。」

 

だが、恐らく厳しいだろう。ルールの中に自由がある。時間の延長などという措置を行えばそれこそ、他のクラブや同好会に不公平となる。スクールアイドルは特別扱いか?そんなことが許されるわけもないだろう。彼女達だけ特別扱いなどあり得ない。あってはならない。自由とは平等の中にもある。

 

「でも。」

 

「駄目です。時間は守る。その中でできることを考えるべきです。彼女達だけ特別扱いするおつもりですか?生徒会とは、生徒を平等に扱わなければならない、少なくとも私はそう考えますが。」

 

 

確かに彼女達だけ、スクールアイドルだけが特別扱いというのもおかしな話だ。誰もがそう感じた。

 

雨は上がったが、時間が迫り、時計が19時を示す。

 

「時間切れですね。残念ですが。」

 

淡々と語る陸に、本部や周りにいた支援の生徒達は少し腹が立った。何故そこまで淡々と言えるのか?何も感じないのか?所詮彼にとってはどうでもいいことだったのか?と

 

時間を、決められたルールを破ることはできない。そんな権利など我々には無い、陸はそう感じていた。ただ、これでは彼女達が少々不憫で、あんまりだろうとも感じていた。

 

「副会長、見てください!」

 

1人の生徒が会場の動画を見せる。もう時間はすぎているというのに、何故会場の動画が撮られているのだろうか?そんな疑問を思いつつ、動画をみる。

 

「ファンの人達がまだ!」

 

待っていた。大勢のファンが会場を満たしている。

 

思わず笑ってしまう。アイドルのファンというのは馬鹿だ。もう終わりだと言っているというのに、決まっているというのに、前の世界でも同じような様子をみた気がする。

 

「ファンの人達の期待を、裏切れませんよね?」

 

副会長が陸を見てそういう。陸は溜め息をつきながら、「そもそも」と始める。

 

「この計画のメインは風紀委員長です。私ではなく、最終決定権は委員長にあります。先ほどまでの意見は私の個人的な意見ですし…」

 

何故私が最終決定権を持っていると思ったんですか?とちょっと小馬鹿にするような返答。

 

そんな返答に全員が確かにと頷く。何故かわからないが、彼が最終決定権を持っているような、この計画を全て指揮しているような、そんな感覚があった。とても不思議だ。

 

「委員長、私はあまりよろしいとは思えませんが、貴女はどう思いますか?」

 

風紀委員長を見据え、そう聞く。

 

答えは決まっている。

 

「学園長や先生に掛け合って、延長して貰うよう聞いてみます。」

 

携帯ですぐに連絡をとる。

 

後は願うしかないだろう。

 

「あと1曲、良いそうよ!」

 

天幕が歓声に包まれ、すぐさまアイドル達に連絡が届く。連絡が届けば、彼女達はすぐに向かっていくだろう。

 

「ツイてますね。」

 

委員長は「そうね♪」と嬉しそうに答える。

 

「せっかくだし、皆で見に行かない?最後のステージ?」

 

不意に委員長からそんな提案があった。副会長が一瞬で「良いですね!賛成です!」とその提案に乗ると、全員が「観たい!」と賛成するのだった。

 

「山上君は?」

 

今の陸にとって価値の無い物だ。とはいえ、ノリが悪いのもまた問題だ。お付き合い、とでも思っておこう。

 

「まあ、せっかくですしね。」

 

「決まりね!」

 

天幕から出ると、空には星が浮いていた。星と月の明かりが、陸を優しく照らす。

 

 

全員が走っていくなか、陸は歩きながら会場へと向かっていく。

 

会場から歓声があがり、誰もが楽しそうに笑いあっている。会場がまるで輝いて見えた。スポットライトが眩しいのもあるだろうが、少なくとも彼女達一人一人が明るく光っていた。

 

風が陸を包む。森の香り、土の匂い。懐かしい。

 

月の光に優しく明るい音楽。不思議な感覚だ。奇妙な安らぎに目を瞑る。

 

身体に違和感がある。ズシリと身体全体に重量を感じる。ほんの少しゴワついた肌触り、硬い靴。

 

陸の全身をODカラーの迷彩服が身を包む。肩から黒く塗装された銃を下げ、上半身は分厚い防弾チョッキが身を守っている

ズシリと重量感のあるヘルメットが頭を覆う。迷彩柄の手袋が、真っ黒く光るブーツが、様々な慣れ親しんだ道具が陸の全身に戻ってくる。

 

目を開け、身体を見回すと懐かしい格好に目を細める。

 

ああ、やはり鍵は彼女達なんだと実感する。

 

違うと思ったが、やはり何か条件があるのだろう。

 

歌が続き、服装も制服へと変わらない。いつもなら一瞬なのだが、今日はなんだか長い。

 

それでも不思議とまだ元の世界へと帰れる気はしなかった。何故かはわからない。ただ、何となく勘だ。

 

その勘は当たったのか、曲が終わると少しずつ陸の服装は制服へと変わっていく。

 

 

「あと一歩。」

 

確実に前進している。それは確かだ。

 

会場の片付けを行うため、陸はそのまま会場に入り、指示をしながら手伝っていく。

 

会場の片付けが終わる頃には観客も生徒も誰もいなくなり、本部のメンバーや支援の生徒達だけが学校に残っていた。

 

「それでは皆様お疲れ様でした。気をつけて帰ってください。」

 

副会長からそう指示され、全員が自宅へと向かう。陸もまた、風紀委員会室の荷物を取り、鍵を閉め拠点へと戻ろうとした。

 

 

 

「陸さん?」

 

不意に後ろからそんな声がかけられる。

 

「中川会長。何かご用でも?」

 

彼は私の正体を知っている。しかしそれを口外しない。恐らくそれはこれからもだろう。彼にはそんな信頼があった。

 

「まだ残っていたんですか?」

 

「それはお互い様です。」

 

菜々を見ながらそう答える。

 

「ライブ、どうでした?」

 

少し緊張するが、やはり気になる。彼はどう感じただろうか?

 

「良かったですよ。」

 

淡々とそう答える陸に、さっきまでのちょっとした緊張感を返してほしいと思いながら彼を見つめる。

 

「何か?」

 

「あ、いえ!何もありませんよ!何も!」

 

ワタワタと手をふりながら何も意図がないことを示す。

 

そんな様子を少し可笑しそうに見ながら

 

「早く帰りましょう。今日は許可をとっていないでしょう?」

 

と少し馬鹿にするように言う。

 

「あ!そうでした!早く帰りましょう!」

 

陸は少し溜め息をつきながら彼女の後ろをついていく。

 

「陸さんの夢、私にはわかりません。」

 

そんな話が始まる。

 

「わかる必要はありません、と答えたはずですが?」

 

「そうですね。でも、いつかわかるようになりたいです。」

 

菜々からそんな意外な言葉が出てきたため、陸は少し驚く。

 

「何故です?貴女には関係ないじゃないですか?」

 

その質問に菜々は少しムっとしながら答える。

 

「陸さんこそ、関係無いなんて言わないで下さい。友達じゃないですか。」

 

友達?俺と君が?何を馬鹿なことを言っている。俺と君は違う。馴れ合う必要もない。この関係だって、俺はただ君を利用してるだけだ。

 

「友達?私と?」

 

「ええ!例え貴方がそう考えていなくても、私はガンガンいきますからね!」

 

そう言い拳を突き出す。

 

「…」

 

なんだこの娘は?奇妙な子だ。気味が悪いくらいに寄ってくる。

 

だが、

 

「友達…悪くありませんね。」

 

そう悪い気はしない。異世界の友か。

 

悪くないという陸の返答に、菜々は満足そうに笑顔で迎える。新しい自分の繋がりを。

 

「だから、何かあったら言ってください!協力します!」

 

彼女の理想を聞いた。

 

「世界を大好きで溢れさせることが、私の大きな野望!夢です!」

 

綺麗事だ。

 

「嫌いじゃないですよ、貴女の夢。」

 

そう微笑む。なんだか久しぶりに笑った気がした。

 

ならば

 

陸は菜々の前に立ち、真っ直ぐに彼女を見ると

 

「いつか君にもわかるよ。そして君に教えよう、俺のことも。」

 

 

「へ?」

 

急な言葉遣いの変化に菜々は呆ける。

 

「また学校で会いましょう、中川会長。」

 

呆けていると、彼はそう言いながら拠点へと戻るのだった。

 

 

 

 

拝啓】ー

 

運命の輪からは逃れられない。

 

拠点へと戻り、かつて使っていた身分証を見つめる。その近くには金色に装飾されたバッチのようなものが置かれている。

 

「はぁ。繋がりを作るつもりはなかったんだが。」

 

これもまた、孤独故か。やはり人との関係が恋しくなってしまうのだろうか?

 

いつか自分は帰る。心残りを残さないためにこの世界の人間とは関わりを避け、必要最小限にしてきた。だがここにきて。

 

「クソガキ。」

 

ボソリとそう呟く。最近まで鬱陶しいと感じていた彼女のお節介が、今日の出来事が満更でもない自分にも腹が立つ。

 

「一体どうすれば。」

 

 

深い闇夜、男は考える。果たして自分はこれで良かったのだろうか?

 

最近は中川菜々に会う頻度が多かった。良い塩梅としてのコミュニケーションなども裏目に出たのだろうか?

 

「まずいな。」

 

 

 

 

 

 

 

菜々は下校の時のことを反芻する。唐突すぎただろうか?とも思った。急に友達と宣言してしまった。

 

 

「はぁ、どうすれば良かったんでしょう?」

 

携帯を眺めながらそうぼやく。

 

何故彼にこれほど興味が湧いたのか?

 

彼は不気味だった。だがそれも最初だけだ。最近一緒に話したり、仕事をしているなかで、彼は寂しい雰囲気をしていると感じた。心を別の場所に置いてきてしまったようだとも。

 

そして、今日のスクールアイドルフェスティバルで彼の優しさに僅かに触れた気がした。彼が何を隠しているのか?好奇心だろうか?

それとも…

 

 

菜々はほんの少し頬が熱くなるのを感じた。

 

これが恋というものなのだろうか?彼を知りたい。もっと沢山。彼にもっと近づいても良いのだろうか?彼は許してくれるだろうか?

 

 

これからどうするべきか、何が正解か、それは誰にもわからない。いずれにせよ、正しい判断をすべきだろう。そんなものは存在しないかもしれないが。

 

 

 

 

 

 

 

身分証をじっくりと眺める。さらに決意を固めるために。迷わないために。迷ったとしても俺は帰る。ただ逃げ惑い、諦めるだけの子羊ではない。俺は必ず困難でさえも食い殺す。俺は狼だ。迷える狼。そうとも。その通りだ。

 

 

 

 

私は山上陸/俺は陸山衛

 

虹ヶ咲学園1年 普通科 風紀委員の生徒

 

陸上自衛隊 第1普通科連隊 2等陸曹

 

 

 

さっさと部隊に帰してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 




陸山衛(りくやま まもる)43歳

陸上自衛隊 第1普通科連隊所属 
階級 2等陸曹

演習中に仮眠をとり、目を覚ましたらこの世界にいたらしい。

現在帰還方法を模索中。



アニメも終わって一段落ということで、陸の正体を。これから先の展開は考え中です。一応終わりは考えてるんですが、そこにいくまでが難しい!

敢えて半長靴とか鉄帽とか89式小銃とか名前は使わないようにしようかと思ってます。


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異物

普通科、陸上自衛隊最大規模の人員を誇る戦闘の骨格部隊。恐れ知らずの普通科連隊。

 

「皮肉だな。」

 

学校にも普通科はある。どこに隠れても追いかけてくる思い出、記憶。

 

山上陸、否、陸山衛は風紀委員室内でゆっくりと椅子に腰を下ろし溜め息をつく。思えば最近あったスクールアイドルフェスティバルは大盛況だった。中川菜々、優木せつ菜との関係は少し考え直した方が良いだろう。何故なら

 

「俺は、山上陸でも虹ヶ咲学園の生徒でもない…」

 

その通りだ。元の世界にいずれ帰る。帰る場所があるのだ。俺はこの世界の異物だろう。この世界に武力は存在しない。そんな中に現れた物理的な"力"を持ったイレギュラー、それが陸山衛、山上陸という存在だ。

 

「俺が戻る時、この世界はどうなるんだ?」

 

ふとした疑問。山上陸という存在はどうなるのだろうか?この世界から無くなるのか、それとも山上陸は元々この世界に存在していて、その山上陸の人格が再びこの肉体を支配するのか。

 

止めよう、頭がおかしくなりそうだ。

 

 

「山上君、まだいたの?」

 

そんな事をボンヤリと考えていると、風紀委員長が部屋に入ってくる。

 

「ああ、少し考え事をしてまして。」

 

軽く頬を掻きながら答える。

 

「仕事を頑張るのは良いけど、無理は禁物よ?身体を壊したら元も子もないわ。」

 

確かに、と軽く笑いながら席を立つ。

 

「では、私はこれで。」

 

「ええ、気をつけてね。」

 

机に置いていたバックを取ると、肩にかけて部屋を出る。

 

月夜に照らされながら街を歩く。東京の風景はあまり変わらず、店やコンビニやらも見た目はそこまで変わらない。ただ名前がほんの少し違ったり、道を行き交う人々の髪や瞳の色がやたら奇抜な者がいたり。違いはそれくらいだ。

 

見慣れた見た目のコンビニに寄ってみる。

 

お菓子コーナーを回ると、見慣れぬキャラクターの食玩やらちょっとしたお菓子グッズが置かれている。当然だ。自分のいた世界と違うなら、番組も変わってくるだろう。思えばニュースを観ても首相やら有名人の名前も聞いたことのない見たこともない人物だった。まあこれも当たり前のことだ。

 

彼女達が俺を知らないように、俺もこの世界を知らない。

 

ただ面白いと思ったのは、軍や自衛隊の存在を感じられなくとも、アニメやらなんやらの登場人物達は武器を持っていたことだ。以前も登校途中にアニメショップ前を通った時、そのキャラクターは剣を持っていた。他にも銃を持っていたキャラを見た気がした。とても不思議だ。

 

武力を持つ巨大な組織が無くとも、考えることはどの世界も同じということか。カッコいいとか、力でしか解らぬ者には力で教えてやればいいとか、まあそこまで深く考えてはいないかもしれないが。

 

雑誌コーナーを見ても、やはり見慣れない雑誌ばかりだった。ふと一冊の雑誌に目が留まる。

 

「スクールアイドル特集…か。」

 

藤黄や東雲以外にもスクールアイドルがあるらしい。今や学生の間で絶大な人気を誇っているようだ。

 

コンビニを一周し、出口からでる。大体5分くらいか、それなりに長居をしてしまった。

 

再び外灯と月に照らされた道を歩いていく。

 

「ん?」

 

道端に落ちている物に目がいく。それは

 

「タバコ。」

 

そういえば最近吸っていない。当然といえば当然だ。自分はこの世界では学生なのだから。中身は40を過ぎたオッサンだというのに。

 

タバコの箱を拾い上げ、中身を確認すると、そこには数本だけ使われていないタバコが入っていた。

 

疲れていた。

 

そのタバコを箱から出し、制服の胸ポケットにしまう。

 

「火はどうするか。」

 

ライターを買うか?制服でライター、妙な噂はご免だ。

 

考えた結果、コンビニに戻りライターと蝋燭を買った。これならばライターを買う正当な理由になる。言い訳はこうだ、仏壇に供える。両親は死んでないが、この世界にはいないのでここではそういうことにしてもらおう。

 

再びコンビニから出て拠点へと向かう。その途中で

 

「おや、陸さん?」

 

と知っている声がする。忌々しい声だ。振り替えると彼女、中川菜々はそこにいた。

 

「おや、中川会長も今お帰りですか?」

 

タバコがバレなければ良い。

 

「下校中にコンビニとは、何を買ったんですか?買い食いは基本的に禁止ですよ?」

 

そういえば、そんな面倒な規則があったなと思いながら

 

「蝋燭とライターですよ。」

 

と答える。

 

それを聞いて菜々はキョトンとした顔になる。まずいな、明らかに妙だ。蝋燭とライターなんて、どんなセンスだろうか?絶対に買った理由を聞かれ、あの言い訳をすれば彼女のことだ、より心配してグイグイと近寄ってくる可能性がある。

 

陸は後悔した。

 

「何故、蝋燭とライターを?」

 

やはり。

 

「…なんとなくですよ。」

 

これ以上君と深く関わるつもりはない。君は良い人だ。俺と仲良くすべきじゃない。俺とは違う、真っ直ぐで純粋な瞳。

 

陸の答えに不服なのか、菜々はほんの少しムッとした表情を見せる。

 

「言ったじゃないですか、私はガンガン行きますよ!って!」

 

貴方が私を突き放そうとしても、そうはいきませんからね!そんな強い意志を感じる。

 

そうとも、君はそういう子だ。

 

「友でも、触れて欲しくないものはあります。貴方が優木せつ菜を隠しているようにね。」

 

そう諭すように伝えると、彼女は納得したように、しかし不満げに

 

「わかりました。でもいつか、いつか教えて下さいね。約束ですよ。」

 

と優しく言ってくる。その優しさがほんの少し疲れた心に染み入って来る。

 

俺は君が苦手だ。その優しさが嫌いで憎い。しかし心地良い。娘がいたら君と同じくらいの年齢になっているのだろうか?それとももう少し若いか。結婚などしていないから解らないが。

 

「陸さんが良ければ、いつか貴方のことを知りたいです。それがいつになるか分かりませんが。」

 

そんな事を彼女が呟く。

 

「そうですね、いつか話せたら良いですね。」

 

教えるつもりは毛頭無いが。それは彼女もどこかで理解しているかもしれない。俺は君に何も教えないつもりでいることを。

 

 

「明日また会いましょう、生徒会長。」

 

軽く会釈をして拠点へと戻る。

 

 

 

いずれ終わりが来る。俺はそう信じている。

 

 

拝見】ー

 

時は来る。

 

 

 

「時?」

 

手紙を見つめながら、不可解な文章を睨み付ける。終わるのか?どういう終わりにするつもりなのか。

 

ゆっくりとベランダへと向かう。窓を開け、ベランダに出ると、制服からタバコを取り出し火をつける。

 

久しぶりにタバコを吸う、大きく吸い込み、肺に煙が入るのを感じる。

 

「ゴホッ!ウッグ!」

 

大きくむせ、咳き込む。何度かゴホゴホと咳き込み、タバコを口から出し、新鮮な空気を吸い込みなおす。

 

「はあ、禁煙しろってことか。」

 

どうやらタバコが吸えなくなってしまったらしい。これもまた世界の影響か、学生で吸うなという警告か。大人しく吸いかけのタバコの火を足で踏み消し、水に濡らしてから手紙にくるんでゴミ箱に捨てる。

 

「最高だ。」

 

自嘲気味に呟くと、制服を着替えて食事を摂る。駐屯地と違い自分で作るのだからやはり面倒だ。そのお陰か、料理はある程度作れるようになったが。

 

これを期に禁煙と禁酒にしようか。なんて

 

野菜炒めと味噌汁、そして白米をかきこみ、風呂にゆっくりと浸かり布団に潜る。明日はどうなるだろうか?時は来たとは何か?何か嫌な予感がする。とても面倒だ。

 

そう考えながらゆっくりと目を瞑るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚める。時刻は午前6時。制服に袖を通し、朝食の準備をする。昨日残った味噌汁を温め、白米を盛り、目玉焼きを作る。朝食が終わると身なりを整え、7時30分学園へと足を運ぶ。今日は生憎の曇り空のようだ。ツイてない。学園に着くと風紀委員会室の鍵を借り、開けてから荷物を置く。

 

 

「ふう。今日も始まるな。」

 

ポットの湯を沸かし、ティーカップに粉末コーヒーを入れて湯を注ぐ。朝の一杯というやつだ。正直、この時間が一番心が落ち着く。しばらくすると委員長、副委員長が室内に入ってくるので挨拶をする。

 

そろそろ授業が始まる。生まれて二回目の学校の授業。不思議な気分だ。

 

教室へと向かい、席につき授業を受ける。2度目の授業は案外退屈かと思っていたが、楽しいものだ。子供の頃解らなかった所などがほんの少し理解できているような気がする。意外と勉強とは楽しいものだと感じる。あの頃は何を言っているのか解らなかった、それが解るようになった。それだけでも充分面白いと言える。

 

授業が終われば部活、同好会に向かう者、委員会に行く者、帰る者と大きく分かれ、学園内がより賑やかになる。

 

俺もまた、風紀委員会へと向かうとしよう。腕章を付け、部屋へと向かう。そんな時だった。

 

「ん?」

 

生徒会室からショートカットの少女が溜め息をつきながら出ていくのが見えたのは。

 

「どうかなさいましたか?」

 

生徒はこちらを見ると、赤い瞳がキッとこちらを強く睨み付けてくる。

 

「いえ、特には。」

 

「おや、そうでしたか。生徒会長に要件が?」

 

「ええ、ですが不在でした。」

 

おそらく今日は同好会の方にでも行っているのだろう。

 

「そうですか。要件は伝えましたか?」

 

そう聞くと彼女は首をふる。

 

「では、伝えておきましょうか?」

 

そう提案するが結構ですとツッパネられる。困ったものだ。

 

「では、私はこれで。」

 

その少女はそう言い、そそくさと歩いていくのだった。

 

「無愛想なガキだ。まあ、俺の言えたことでもないが。」

 

リボンは一年の物だった、それに…

 

何だか面倒臭そうなことになりそうだ。そう陸の勘が告げるのだった。

 

 

 

 

 

拝見】ー

 

新たなステージへようこそ、狼よ。

 

 

 

 

 



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Perfect

国には憲法がある。憲法こそが人々の、国民の自由を保証する。基本的人権の尊重というやつだ。憲法の下に法律があり、その法律の元、国民は自由な生活と権利を持ち生活している。まあ、国によるだろうが。我々は国の自由と権利を守るために日々訓練し、あらゆる脅威に睨みを利かせているわけだ。

 

自由とは人々に与えられた平等な権利だ。「あれをしたい。」「これをしたい。」法律の上で、公衆道徳に沿った上で迷惑でなければ、問題無ければ咎めるものはいない。好きにすれば良い。

 

学校においても同じこと。決められた校則があり、その校則にさえ則っていれば、或いは他の生徒、学校に多大な悪影響がなければ自由が保証される。ここは会社でも軍隊でも無い。学校のために結果を出すことも重要ではあるが、生徒の考えを尊重する必要もある。即ち、生徒の自由こそ学校には必要なのだ。私…、俺はそう考える。何事にも多様さは必要だ。社会や兵器と同じだ。日々進化し、多様化していく。

 

 

何が言いたいのかと言えば、今俺は面倒な奴を相手にしているということだ。

 

 

 

 

彼の目の前には、いつぞや見た赤いつり目の少女が立っていた。事の発端は数分前、放課後となり風紀委員会室内に入り一息つこうとした時、彼女は入って来た。どうやら彼女は山上陸に要件があるらしい。

 

彼女をジっと見つめ、要件を聞く。

 

「それで、私に要件とは?」

 

私の目の前で、彼は少し面倒臭そに溜め息をつく。初めて彼と直接対面した。

 

虹ヶ咲学園初の男子生徒。そして風紀委員会への就任。私は彼が信用できない。あまりにも怪しい。他の生徒に危害を加えていないだろうか?という疑問が浮かぶ。この学園で悪い噂が多く。一時期は彼を追い出そうなんていう生徒達の行き過ぎた考えを起こしている者達もいた。だが、日を追うごとに、そしてスクールアイドルフェスティバルとかいうお遊びじみた催し物が終わってからというもの、ほとんどそんな悪い噂は聞かなくなった。なんでも、彼が手伝っていたとか。彼の制作したという不足事態への対処マニュアルに目を通したが、その出来は見事なものだった。

 

彼は風紀委員会で収まる器ではない。

 

「山上陸さん。貴方の制作したというマニュアルを拝見しました。」

 

「それで?」

 

何か?といわんばかりに、私の瞳を見る彼の瞳は、真っ黒で濁っているように見えた。まるで心ここにあらず。そんな印象が持てる。

 

「貴方は風紀委員会で満足なのですか?」

 

彼は「ほう。」と少し興味深そうに呟く。

 

「つまり何が言いたいのか、是非ハッキリと伺いたいものですね。三船栞子さん。」

 

ゆっくりと椅子から身体を起こし、こちらを面白い物を見るように伺ってくる。

 

「私は、今の生徒会長ではこの学園の生徒達はより良く成長できない、そう感じています。今の虹ヶ咲学園をより良くするため、私が生徒会長になった暁には、是非とも貴方を生徒会としてスカウトしたい、そう考えています。」

 

 

 

目の前で三船栞子はそうハッキリと伝えてきた。まさか、生徒会長になりたい、そしてなった暁には俺をスカウトしたい。そんな突拍子もない話だとは。まあ、答えは決まっているが。

 

「有難いお話です。まさかそんな素晴らしい計画を聞けるとは。」

 

 

「冗談ではありませんよ。」

 

彼女がそう答える。知っているとも。君の目は本物だ。本気で中川菜々から生徒会長の座を奪おうとしている。

 

「でしょうね。貴女が何をしようとも、それは貴女の自由ですよ。ですが、私を巻き込むのは勘弁して頂きたい。」

 

 

「貴方は今の学園に不満が無いのですか?」

 

陸はそんな質問に首を傾げる。何故なら、彼はこの世界そのものに不満があるのだから。それでも耐え抜いている。彼女は完璧を求めるだろう。だが、それには限界がある。真っ直ぐな瞳が羨ましい。中川菜々とはまた違う魅力が彼女にはある。2人とも、陸にとって羨ましい存在だ。自分に軸があり、理想を掲げている。まあ、彼女は少々合理主義な所がある、そこが少し面倒な所だろうが。

 

「特にはありませんね。生徒達も自由に伸び伸びと学園生活を楽しんでいますし。」

 

と言うと

 

「そこが問題です。」

 

と強い口調で栞子は陸に話しかける。

 

「学生生活とは、学生一人一人が成長し、生徒自身に特性の合った能力を高める場所だと思います。自分の得意分野でもないものを「好き」という理由だけでやるのでは、非効率的ではありませんか?」

 

 

正論だ。効率的ではない。

 

「確かに、貴女の言っていることは正しいですね。」

 

「貴方なら分かるはずです。」

 

そうとも。我々は効率的に動かなければならない。1分1秒のズレが人の命に、自分の命に関わってしまうかもしれないから。だが

 

「わかりますよ。ですが、貴女の言っていることはあまりにもツマらないものです。」

 

「へ?」

 

栞子はつい呆けた声を出してしまう。

 

 

悪い意味で俺は君と同じだ。

 

「貴女が生徒会長の座を奪うのは自由ですよ。ですが、私は少なくとも貴女の下に就くつもりも、隣に立つつもりもありません。話は以上です。」

 

「…何故ですか?」

 

「理解できない。」と言わんばかりに此方を睨み付けてくる。

 

「このマニュアルを作り、人を動かすだけの才能があるのならば、生徒会に入り、より生徒達の為に使うべきです。」

 

「私は私のやりたいようにやるだけです。私は貴女のスカウトを断った。これ以上の討論は、非効率的では?三船栞子さん。」

 

そう言うと、彼女はほんの少し悔しそうに唇を噛み、手を震わせながら

 

「失礼しました。」

 

と言い、ドアに手をかけようとすると

 

「あ、言い忘れてましたが。」

 

と陸が引き留める。

 

「何か?」

 

栞子は少し苛立たし気に陸を見る。

 

「先ほども言った通り、貴女が生徒会長になるのは自由です。ただし、あまり効率を重視し、生徒達の自由と権利、意見を蔑ろにするのであれば。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

季節は夏だというのに、背中にピリピリとした感覚とほんの少しの悪寒を覚える。陸の瞳を真っ直ぐ見ようとすると、何故か身体が硬直し、上手く手足が動かせない、まるで金縛りにあったような感覚を覚える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が相手になりますので、お忘れなく。」

 

 

 

陸の瞳が栞子を貫く。ゾクリと栞子の身体が少し震え上がる。

 

 

まるでなんだろうか?強大な何か…"力"だ。力に圧迫されているような感覚。

 

 

栞子は見た。ほんの一瞬だが、何だか物々しい服装をした山上陸を。

 

 

ハッとすると、陸の服装は緑色の不可思議な模様をした服装から、普通の制服へと戻っており、栞子は全身の力がグッと抜けるのを感じ、倒れそうになるがなんとか堪える。

 

額の汗を軽く拭い、「失礼しました。」と伝え、今度こそ風紀委員会室を後にするのだった。

 

 

(今のは一体?)

 

バクバクと今だに心臓が鳴り止まない。初めて感じた恐怖だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

栞子がいなくなり、1人になった陸は

 

「厄介なのと関わったな。」

 

と頭を掻くのだった。

 

 

 

 



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導き

静かな生徒会室に、ペンを走らせ、印鑑の押される音が響く。

 

「はぁ。」

 

人生とは奇妙なものだ。今俺は自衛官から高校生に、それも女子高に入学している。日々勉学に励み、時間に追われることも滅多にない。平和な時間だ。部下に指示を出すこともなく、訓練で身体を痛めることもなく、演習に出て二夜三日睡眠も満足に摂らず陣地に張り付くこともない。

 

「そちらの資料、こちらに回してくれませんか?」

 

「ええ。」

 

資料を1枚彼女、中川菜々に渡す。机の上には資料の山。

 

各同好会、部活動の活動記録、予定、大会出場の申請許可、予算案、学園設備の問題、改善点諸々、これはこれで頭が痛くなってくる。

 

 

何故俺が生徒会室で中川菜々を手伝っているのか?元々は風紀委員長が手を貸すはずだったんだが、残念ながら委員長、副委員長共に予定があるらしい。

 

 

(他の連中に頼めば良いものを。)

 

今思い返せば奇妙な話だ。俺以外にも風紀委員はいる。彼女達に頼めば良い。何故転校生かつ男である俺を選んだのか疑問だ。

 

(ッ、気味の悪い。)

 

変な何かに翻弄されてる気分だ。

 

委員会が俺を選んだ理由はこうだ。

 

『スクールアイドルフェスティバルでの働きが良かったし、指示も的確、それにマニュアルも良くできてたし、山上君にそろそろ生徒会の仕事を手伝わせても良いと思ったのよ。』

 

だそうだ。呆れるな、一度仕事ができたくらいで、そんな簡単に組織中枢の仕事を任せて良いものなのだろうか?俺というイレギュラーに。それに…

 

チラりと中川菜々をみる。できれば彼女とはこれ以上強く関わりたくないものだ。あまり関係を深くしすぎても、俺の今後の活動に支障が出かねない。

 

「どうかなさりましたか?」

 

彼女がキョトンと首をかしげ、こちらを見る。

 

「いえ。」

 

 

「わざわざ休日なのに、お手伝いしてくれてありがとうございます。」

 

「まあ、それも生徒会のバックアップも、我々の仕事ですから。気にする必要はありませんよ。」

 

「フフ♪そうですか。」

 

少し嬉しそうに彼女が微笑む。

 

土曜日の昼下がり、柔らかな日射しが生徒会室を照らす。

 

 

ペラリと紙を捲り、資料にサインを走らせ、印鑑を押す。問題があれば、改善点があれば、付箋を張り、軽くメモをする。単純な作業に欠伸がでそうだ。

 

 

「そういえば陸さんは、私達のライブってどれくらい観たんですか?」

 

資料を見ながらそんな質問が来る。部屋には俺と彼女しかいない。だからこそ気楽にこんな会話ができるのだろう。

 

「…スクールアイドルフェスティバルと、貴女の最初のライブで全部ですよ。」

 

「私の最初のライブ…ですか?陸さんの入学って今年でしたよね?」

 

 

「ええ、今年ですよ?」

 

どうやら何か食い違いがあるようで、彼女は不思議そうに俺の顔を見る。

 

「校舎の屋上でやった、確かスクールアイドルフェスティバルでも同じ曲を、『DIVE!』でしたっけ?が最初です。」

 

すると彼女は「ああ、そういうことですか。」と納得したように頷き、少し可笑しそうに笑う。

 

「何か可笑しいことでも?」

 

「ウフフ。いえ、DIVE!は私の最初のライブではありませんよ。」

 

「ほう。」

 

どうやら違うらしい。

 

「ですが、最初に優木せつ菜を見たのはあの時が初めてでした。」

 

彼女は「あ~。」と少し気まずそうに頬を掻きながら

 

「実は訳あって優木せつ菜は一時期活動を停止させてまして。」

 

と答える。

 

 

「以外ですね。」

 

スクールアイドルにかなりの情熱があるようにみえた彼女が活動を一時期辞めていたとは、まあ色々あるのだろう。

 

そのまま俺は資料へと向かう。

 

「…何も、聞かないんですね?」

 

彼女はペンを動かしながら俺にそう聞いてくる。俺は溜め息をつき、ポン!と資料に申請許可の印を押し

 

「別に、誰にだって迷う時期はありますよ。理由をわざわざ聞く必要もありませんし、解決したのならそれで良いでしょう。まあ、聞いて欲しいというなら聞きますが。」

 

 

と答えた。

 

 

 

 

彼はとても無関心だ。私の出会ったファンの皆さんはあの時、何で辞めたのか?と疑問をぶつけてきた。でも彼は何も聞かなかった。「誰にでも迷う時期はある。」ただそう答えただけだった。もし周りに人がいて彼がそう答えていたら、彼は薄情な人間だ、他人に感心の無い人だと思われるかもしれない。でも私は、少なくともこれが彼なりの優しさなのではないかと思った。以前の帰り道、たまたま出会った彼の言葉を今でも覚えている。『友にでも、触れられたくないものはあります。』私にも触れてほしくない部分がある。それはきっと彼も同じだろう。だから敢えて聞かないのだ。そう思う。

 

 

 

 

 

「…優木せつ菜は大きな失敗をしたんです。」

 

 

私は淡々と喋りだした。ついつい熱くなり、自分の大好きを大切な仲間に押し付けてしまったこと、そのせいで同好会に亀裂が入ってしまったこと、優木せつ菜を辞め、同好会を活動停止にしたこと。同好会が再び活動を開始し始めても、上手く行っても実は戻るつもりは無かったことも。

 

 

彼は何も言わず資料にサインと印鑑を押し、たまに付箋紙を張ってはメモをし、黙って聞いていた。

 

「随分長い独り言でしたね。」

 

彼は再び淡々と答えた。何となくその答えが心地良い。理由を問いただすこともせず、ただ目の前の作業に黙々と挑んでいる。

 

 

「私も独り言ですが」

 

不意に彼も喋りだす。

 

「私も大きな失敗をしたことがあります。実はとても大事な"もの"を無くしてしまって。探しても探しても出てこなくて。今もまだ無くしたままなんです。いつか、見つかると良いんですが。」

 

「どんな物なんですか?」

 

そんな質問をすると、彼は何処か哀しそうな目をしながら

 

「そうですね、とても汚いものですよ。それでいてとても愛おしい、なんて表現すれば良いか。すいません、上手く表せませんね。でも、大事なものです。」

 

 

ひどく曖昧な答えだ。まるではぐらかされているような気分になる。

 

「見つかったら教えてくれますか?」

 

すると彼は少し考え

 

「そうですね。」

 

と言った。

 

「もし。」

 

彼は再び静かに語りだした。時刻は午後4時、辺りは少し暗くなっていく。資料の棚のせいで元々影になっていた彼の場所がより暗くなる。

 

「これから先、貴女に困難が待ち受けていたとして、アドバイスしておきましょう。」

 

「はあ。」

 

奇妙な彼の言葉が耳に残る。とても大切な言葉な気がした。

 

「貴女の人生は貴女だけのものですよ。例え他の誰かを傷つけることがあっても、貴女がその時正しいと思っていれば、それは正しいものです。」

 

「もし、後で間違いだと気づいたら、どうするんですか?」

 

「その時はその時ですよ。もう一度貴女が正しいと思うことをすれば良い。大切なのは今日です。列車に乗る時、大切なのは乗ることではなく「乗ろう」と思う勇気、自分の思いに正直になった方が、人生案外楽しいものですよ。」

 

「もしかして、励ましてくれてるんですか?」

 

私がそう聞くと、彼は少し笑い

 

「どうとでも。」と言い終えると、最後に印鑑を押し

 

「資料、終わりました。また月曜日に、生徒会長。」

 

と答え、バックを持って出ていくのだった。

 

 

不思議な沈黙が部屋に残り、何処か心地の良い余韻が菜々の心を包んでいた。

 

「相変わらず、変な人ですね。」

 

本当に、彼は何者なのだろうか?やはり他の生徒、いや他の人とは何かが、違うように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星明かりと街灯に照らされた道を歩く。

 

「全く、俺もあまちゃんだな。」

 

思わず少し熱くなってしまった。少々喋りすぎた。

 

こんなことでは先が思いやられる。この世界は甘い、そう思っていた自分も、その甘さに乗せられた気がする。気を引き締め直さなければ。

 

「ふぅ。」

 

溜め息がこぼれる。

 

悩みは人それぞれだ。大なり小なり人は悩む。俺も迷ってばかりだ。彼女の真っ直ぐな心は俺には眩しすぎる。

 

 

拠点に戻ると机の上には相変わらず手紙が置かれていた。

 

拝見】ー 抗う術は無いはずだ。君はあまりにも奇妙だ。何故この世界を受け入れない。

 

 

「…?」

 

また少し攻撃的な文章だった。

 

「俺に何をさせたい。目的は何だ?」

 

ただ疑問だけが募る。この世界の謎は、奥が深そうだ。



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OVER LOAD※神の遊戯

「今日も疲れた。」

 

ゆっくりと拠点の椅子に腰を据え、身体を休める。思えばここ数日は忙しいわけではないが、変に疲れが溜まっていた。それもそうだ、別世界での学校生活、元の世界に戻る方法も考えながら過ごす日々だ。常に気を張っているのだから休んでいるつもりでも、完璧には休めていないのだろう。

 

「ここまでの情報を整理するとしよう。」

 

紙にこれまで得た情報を書き、整理する。

 

 

:ここは日本である。

 

:パラレルワールド?の可能性有り

 

:自衛隊、防衛省、その他国を防衛する機関無し

 

:戦争の歴史不明

 

:他国の軍事組織の存在不明

 

:警察組織の存在は有り

 

:自分は山上陸という存在である。

 

虹ヶ咲学園1年、風紀委員会に所属

 

:他国の存在有り(国際交流学科の存在より)

 

:帰還方法不明(スクールアイドルが帰還の鍵ではないか)

 

:※ライブ時に服装が戻る(条件有りの可能性)

 

 

ざっと並べるとこんなものか。

 

「なぜ彼女達がライブを行うと、周囲の状況が変化し、俺の服装が戻るのか…。それも常にではない。」

 

最初は優木せつ菜のライブ、次に桜坂しずく、ピンクの少女、そしてスクールアイドルフェスティバルの最終ライブ。偶然とは思えない頻度だ。それに

 

「スクールアイドルフェスティバルの時は戻る時間が長かった。」

 

この法則を理解しなければ元の世界には戻れない。

 

「はぁ。」

 

頭が痛い。時刻は午前0時をまわっていた。

 

「そろそろ寝るか。」

 

ゆっくりと椅子から立ち上がり、シャワーを浴びるために浴室へ向かおうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…誰だ。」

 

ふと奇妙な気配を感じた。

 

何故だかは分からない。ただ誰か、いや"何か"がいる。長年の勘がそう告げる。身体に力が入り、拳を強く固め、素早く後ろを振り返る。

 

 

 

「?」

 

だがそこには誰も、何も無い。

 

「何なんだ。」

 

気味の悪い。疲れてるのか?いや、確かに何かがいた。

 

目を揉みながら再び浴室へと向かおうとする。

 

チカチカと部屋の電気が点滅する。

 

「電灯を代えないとか、面倒な。」

 

そうボヤきながら足を進める。が、

 

「やはり。」

 

変だ。何がとは分からない。ただ変だ。雰囲気が、空気が気色悪い。

 

「ッ。」

 

軽く舌打ちをしながら部屋を見回す。

 

だがやはり何も無い。空気だけがいつもと違う。

 

季節は夏、クーラーをつけていても少し汗ばむくらいには暑いはずだ。だがそのわりには部屋は冷えた空気が充満しているように感じた。

 

鳥肌がたつほどに。

 

「…」

 

嫌な感じだ。今までにない不気味な感じ。嫌悪感を感じる。

 

「目的は何だ。」

 

不意にそんな台詞が出た。何に話しかけているかは分からない。ただ、そう質問すべきだと感じた。

 

返答は無い。当然だ、部屋には俺しかいない。鍵も施錠してある。拠点に戻ってきて確認したのだから問題無い。部屋の窓の鍵も触っていない。外部から開けるには、窓を叩き割るかマンションのオーナーから合鍵を借りるかしかない。だが、オーナーからそんな話も、窓が割れた様子も無い。

 

携帯を掴み、念のため警察に連絡する手段を確保する。

 

まあ、敵がおり素人だとしたら叩きのめして警察につき出せば良い。それに、民間人に簡単にやられるつもりもない。正当防衛は可能だ。

 

ゆっくりと足音を消しながら各部屋を確認する。

 

腕時計を確認すると時刻は午前0時をまわっていた?

 

「0時?」

 

おかしい、浴室に向かおうと考えていた時、すでに時刻は午後0時だった。1分も針が進んでいない。

 

そこでさらに奇妙なことに気づく。

 

 

腕時計の秒針すらピッタリと動きを止めているのだ。おかしい、壊れたか?

 

ゆっくりとリビングの時計を確認しても、0時ピッタリに止まっている。両方時計が壊れたのか、はたまたリビングは電池切れか。それとも、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『気分は?』

 

不意に背後から声が聞こえる。男とも女ともとれない声色に気味の悪さをより感じる。

 

素早く後ろを振り返り、その声がする方向を睨み付ける。

 

そこには月明かりに照らされ、真っ白なスーツを着た男?が1人立っていた。

 

『怖いねぇ。そんなに睨まなくても。陸山衛さん。』

 

真っ白な紙に金色の瞳がこちらを捉えている。月明かりもあってか、その姿は何処か幻想的だった。

 

「何故俺の名前を?」

 

再び睨みをきかせると、その存在は両手を上げ、やれやれと首をふりながらこう答える。

 

『何故?ふむ。"選んだ"から、ですかね?』

 

「…選んだ?」

 

『そう、選んだ。私が君を選んだ。』

 

意味の分からないことを、と思う。だが、自分がこの世界に迷い込んだ真実が、目の前にあると感じる。

 

「泥棒ならやめておけ、怪我する前にな。」

 

『でしょうね。』

 

ニコニコと気味の悪い笑顔を向けてくる。

 

『本当は勘づいてるんでしょう?』

 

まるで心を見透かしているような瞳に腹が立つ。

 

『腹が立ってますね?でも残念、私も君に腹が立っている。』

 

「お前、何者だ?俺はお前みたいな奴は知らない。」

 

『君が知らなくても、私は知ってる。』

 

顔は笑っている、だが目は笑っていない。こいつは危険だ。

 

「ふざけてないでさっさと出ていけ。俺は忙しい。」

 

そう睨みながら言い放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『元の世界に戻るのが、そんなに大事か?』

 

 

「…は?」

 

俺は言葉を失う。

 

『君は選ばれた。』

 

やはり

 

『この私が選んだ。』

 

こいつが

 

『それなのに君は。』

 

こいつが

 

『元の世界のことばかり。』

 

この現象の

 

『君みたいなやつは初めてだ。』

 

 

 

 

気づけば、俺は目の前の存在に拳を握りしめて向かっていた。頭は完全に血が上り、考えなどない。ただ、目の前の相手を潰す。その意思だけはしっかりとある。戦う技術も、殺す技術も学んだ。

 

拳が相手の顔面に届く

 

が、

 

 

「んがっ!」

 

解らない。ただ身体が後ろにぶっ飛んでいき、壁に背中を強打する。

 

肺の空気が一気に抜け、背中に鈍い痛みが残る。ゲホゲホと咳き込み、肺に空気を必死に送り込み素早く立ち上がり、再び戦闘態勢をとる。

 

身体にゴワついた感覚が戻る。構えていた腕を見ると、戦闘服に服装が戻っていることに気づく。だが今はそれどころではない。今は、こいつをぶちのめし、元の世界に戻ることが最優先だ。こいつを倒せば、きっと戻れる。何故かそんな確信があった。

 

肩にズシリと重い感覚がある。見ると肩からはいつの間にか小銃がかかっていた。俺は迷うことなく小銃の銃口をそいつに向ける。

 

人になど向けたことが無い。だが、こいつには小銃を使った方が良いと、本能的に判断した。何故かは分からない。だが、こいつは

 

"人間ではない。"そう感じとったから。

 

スライドを引き、弾を装填し、安全装置を解き、レバーを単発である【タ】に切り替え、指を引き金にかけ、ゆっくりと引く。狙うは相手の身体の中央。

 

 

バギンッ!!!という炸裂音と火薬の香りが部屋に充満し、肩に反動の衝撃が残る。隣近所がこの音を聞いていたらなんと言い訳するか、そんな下らないことなど今は頭にない。目の前のクソを倒す、否殺す!

 

 

だが

 

 

『まだ"戻れる"のか。驚きですね。』

 

そいつは無傷だった。

 

「は?」

 

小銃だぞ?相手は血を流し、痛みに顔を歪ませているはずだ。だが目の前の相手は不愉快そうに顔をしかめているだけだった。

 

そいつはしげしげと放たれた銃弾を眺めていた。

 

そいつは銃弾を掴んでいたのだ。理解のできないことが起きている。

 

瞬間、俺の身体に強い衝撃が走る。

 

「がぁッ!」

 

どうやら腹を殴られていたらしい。鈍い痛みが全身を走り、嗚咽する。鼻から必死に空気を吸い、胃のなかの物を吐き出しそうになるのを必死に堪える。

 

「なん…だ、て…めぇ。」

 

必死に呼吸しながら問いかける。それが精一杯だった。

 

『いつまでもいつまでも、元の世界にこだわって。受け入れようとしない。それどころか、"持ち込める"なんて。君には困る。』

 

意味の分からないことを喋るそいつは、やはり俺に不愉快そうな顔をみせる。

 

『諦めないのかい?』

 

「あたり…まえだ!」

 

俺は再び立ち上がり、弾帯に着いている銃剣を抜く。

 

そいつはやれやれと再び首をふり、俺に指をさす。

 

『君が私を気奇妙だと思うように、私にとっても君は奇妙な存在だ。基本的に誰もがこういった状況を楽しみ、暮らそうとする。だが君は戻ろうとする。何故だ?良いことなど無いだろ?泥にまみれ、上司には怒鳴られ、いざとなれば人々の盾となり、それでいて感謝などほとんどされない。だが、この世界は違う。大きな争いも無ければ、命を脅かされるような巨大な災害も無い。誰もが優しく、甘く柔らかな世界。何が不満なんだ?」

 

「確かにクソみたいなこともあるが、案外それも楽しくてね。別にこの世界に生まれてたなら、最高だって、そう思うこともある。だが、俺はあの世界で生まれ、育った。この世界を嫌う理由は、俺がこの世界の人間じゃない。帰るべき場所がある。ただそれだけだ。それで充分だ。」

 

 

『成る程。』

 

興味深そうにこちらを見つめる。

 

『だが、君は私には勝てない。君は次にその銃剣を私に投げ、それに反応した私に小銃を撃ち込むだろう。』

 

「…当たりだ。」

 

『諦めろ。』

 

「嫌だと言ったら?」

 

重い空気が部屋を支配する。

 

『陸山衛を消す。』

 

残るのは山上陸という存在だ。そう答える。

 

つまり、元の世界の俺、陸上自衛官である陸山衛は死ぬということだ。

 

『また来る。その時は違う答えを期待しているよ。まあ、無意味だろうけど。』

 

フワリと陽炎のように俺の前から姿を消す。腕時計が再び時を刻み直していた。

 

 

机の引き出しにしまっていたタバコを取り、ベランダに出る。

 

タバコに火をつけ、ゆっくりと煙りを吸い込む。

 

「ゲホッ!クソがッ!」

 

相変わらずタバコを吸うと肺が痛み、咳き込む。

 

ゲホゲホと何度か咳をし、新鮮な空気を吸い直す。

 

「嘗めるな。」

 

俺はそう呟くと、タバコの火を消し浴室へと向かった。次に会う時、奴はおれを確実に仕留めるつもりだろう。俺が諦めないことを奴は知っている。

 

「前途多難だな。」

 

自嘲気味にそう呟きながら、シャワーを浴び、布団にくるまるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、学校に行くと何やらざわついている。何か紙が張り出されているのを見つけ、それを眺めると

 

「生徒会長、再選挙?」

 

どうやら面倒ごとが押し寄せてきているようだ。

 

 



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戦士の覚悟

「生徒会長再選挙?」

 

校舎に張られていた張り紙に目を向け、やれやれと首をふる。昨日の今日でまた面倒ごと。

 

それにしてもあの人間擬きにはしてやられたものだ。この借りはきっちりと返してもらうことにしよう。やつは俺の考えが読めていた。そして人間を越えた反射神経も、どうやって奴を叩くか。それが今後の課題だ。人間を越えた力には、人間を越えた力が必要だ。

 

「…力か。」

 

自分の制服を見つめる。スクールアイドルがライブを行う時、俺の服装は戻った。そして奴を倒すと強く考えた時も。あれは人間の理解を越えた力?現象だ。奴は「まだ"戻れる"のか。」と言っていた。つまり、この現象は奴にとっても予想外だったと考えられる。なら、この謎を解けば奴に勝てるかもしれない。

 

 

「はあ。」

 

張り紙を取り、しばらく眺める。堅苦しい文字だ。

 

三船栞子…だったか。ここで確実に生徒会長中川菜々を潰す気だろう。一手遅れたな、中川菜々。

 

「陸さん?」

 

そんなことを考えていると、後ろから不意に声をかけられる。聞きなれた声だ。

 

「中川会長。どうやら、一波乱起きそうですね。」

 

振り返り、彼女にそう声をかけると、いつになく彼女の顔は不安の色が濃くみえた。そうだろう。彼女も予想外だったようだ。つまるところ不意打ちに近い形。まあ、予想はできていただろうが、こんなにも早く仕掛けてくるとは思わなかっただろう。

 

「ええ。」

 

ポツリとそう呟く。

 

「あの、少しお話しませんか?」

 

そんな誘いを受ける。

 

「何故?」

 

「あ、いえ。特に意味は…。ただ、なんとなく。あ、嫌なら別に構いませんよ?」

 

奇妙な空気が流れる。何だか不思議な空気だ。言葉では言い表せない。なんとなく懐かしいような、久しぶりに感じるような、初めてなような。

 

「かまいませんよ。打倒三船栞子の作戦でも練りますか?」

 

「へ?」

 

彼女はポカンとした表情をこちらに向ける。

 

「どうかしました?」

 

「い、いえ。もしかして…私を応援してくれるんですか?」

 

「まあ、何だかんだ長い付き合いですからね。」

 

それに、三船栞子は確かスクールアイドルをよく見ていなかった。この学園のスクールアイドルに面倒な規制などをすれば、俺が困る。俺の元の世界へ戻る可能性を失う、または規制されるわけにはいかない。俺の計画のためにも、中川菜々には勝って貰わなければ困る。或いは三船栞子に直接学生のある程度の自由は保証されるよう、敢えて奴の誘いに乗って生徒会の役員になるか。

 

「えへへ。なんだか嬉しいです。」

 

彼女は嬉しそうに、そして少し恥ずかしそうに笑う。

 

「まあそれに、私にも、私の考えがありますから。」

 

そんな会話をしていると、彼女の後ろから緑のアッシュが入った少女が「せ…中川さん!」と呼ぶ声が聞こえる。

 

「侑さん!あ、すいません。では放課後、仕事が終わったらですが、よければ生徒会室に来てください。では。」

 

と言い、侑と呼ばれた少女の方へと走っていった。

 

「あの娘、たしか演劇祭の時の。」

 

そういえば少し前に話した気がする。まあ、どうでもいいことだが。

 

この世界に来てから随分時間が経った。向こうはどうなっているだろうか?部隊はどうなっているのか。俺はどんな扱いになっているか。下手すれば行方不明のまま捜索が続いているか。やあ、俺はここにいる。遠くまで来てしまったよ。ずっと遠く、遥か彼方に。

 

「山上君…だっけ?」

 

目の前からいかにも年上、といった感じの少女が喋りかけてくる。誰だったか。見たことはある。名前が確か

 

「初めまして…ではないわよね。」

 

「ええ。」

 

疑いの眼が面倒だと思いながら、彼女の名前を思い出す。

 

「朝香果林さん。」

 

そう、そんな名前だ。

 

「随分生徒会長と仲が良いのね。」

 

何を考えている?そう言いたげな声と雰囲気。

 

「まあ、それなりですがね。」

 

「彼女とはどんなお話をしてたのかしら?」

 

「他人のプライベートが気になるなら、お互いもう少し打ち解けてからにしませんか?」

 

面倒な奴だ。

 

「言ってくれるわね。」

 

「貴女が私を疑い、怪しむのは勝手ですが、それ相応の対応はさせて頂きますよ。」

 

「なら警告しておくわ。もし彼女を裏切ったり悲しませまり、妙な真似をしようとしたら、覚悟をすることね。」

 

面白い。血が昂る。いけないとはわかっているが抑えきれない闘いの衝動。挑発するそっちが悪いんだぜ。

 

「ええ。上等。」

 

ピリピリと肌がざわめく感覚がする。視界がよりクリアに見え、相手の顔を見据える。

 

「ッ!…そう。」

 

果林は思わず一歩下がり、ゆっくりと後ろを向き、歩いて行った。

 

「まあまあだな。」

 

一歩下がった時点で、彼女の負けは決まった。これ以上畳み掛ける必要は無いだろう。鍵として彼女は重要だが、学園生活ではほんの少し邪魔な存在だと感じた。

 

「教室に向かうか。」

 

陸はそのまま教室へと向かって行くことにした。そういえば今日は委員会室でコーヒーを飲めなかったな。と思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

授業も終わり放課後。風紀委員会室での作業も終わる。辺りはすっかり日が暮れ、空には月が浮かんでいた。

 

「さて、帰りましょうか?」

 

委員長の声がかかり、バックを掴んで部屋から出る。

 

「私は少し用件があるので、部屋の鍵は私が閉めてときますから、先に帰っていて下さい。」

 

「わかったわ。でも、あまり遅くまで残ったら駄目よ。」

 

そんな会話を交わし、委員会のメンバーが帰っていく。

 

1人学園に残る。ただ1人だ。やはり校舎が大きいというだけあって、より孤独を感じる。

 

「まあ、どちらにせよ独りであることに変わりは無いが。」

 

そうとも、俺はこの世界でただ独りだ。たった1人の自衛官。全国24万人が今や1人だ。

 

そんなことを考えながら生徒会室へと向かう。ノックをして部屋に入ると、そこには中川菜々が1人椅子に座っていた。

 

「同じですね、初めて会ったときと。」

 

目の前に生徒会長が1人、面接の時の話だ。

 

お互い向き合う。

 

「いいえ、時間が違いますね。あの時は夕方でした。」

 

そんなことを言うと、中川菜々は少し不満げに「そこは、「そうですね。」とかそんな風に答えて下さいよ!」と抗議する。

 

「せっかく少し漫画っぽいシチュエーションにしたのに。」

 

とブツブツと文句を言っている。

 

「漫画?」

 

「へ?あ、何でもありませんよ!何でも!」

 

どうやら彼女は漫画が好きらしい。

 

「私も昔読んでましたよ、漫画。」

 

「え?な、なんて作品ですか!?」

 

そんなことを言うと、彼女は食い気味に聞いてきた。かなり漫画が好きなのか、それとも俺が読んでいたということに驚いたのか。

 

「忘れました。」

 

「え~。内容とかも覚えてないんですか?」

 

いつもとはまた違ってテンションの上がった彼女に驚く。

 

「残念ながら。しかし、お好きなんですか、漫画?」

 

そう聞くと彼女は少し恥ずかしそうに、コクりと頷く。聞けば、アニメやラノベ?とかゆう物も好きだとか。しかし、両親は厳しく、アニメや漫画も禁止されているため隠れながらこっそり追っているらしい。当然スクールアイドルも。

 

「いつか理解してくれると良いですね。貴女のこと。」

 

「はい!」

 

そう元気よく答える少女の笑顔は眩しくて。

 

「お勧めは?」

 

「私が今はまっている内容は、異世界ものです!」

 

「…異世界もの?」

 

なんだか身近な単語に思わず聞き返す。

 

「はい!え~っとですね、説明すると。ある世界の軍人が仕事中にうっかり眠ってしまいます。そして目を覚ますとそこは自分の知っている世界とは違う世界!異世界に飛ばされてしまうんです!その軍人はその世界の学校に通うことになってしまうことになります!そして、その世界からどうやって元の世界に戻るのか!?その世界でその軍人に与えられた使命は何なのか!?その世界に飛ばされた運命と神に孤独に抗う主人公の姿は感動です!!!」

 

その後も彼女のマシンガントークは暫く止まらなかった。どうやら興味のある内容はとことん熱くなってしまうらしい。それは誰も変わらない。しかし、どこかで聞いたことあるような身近な話で笑いそうになる。

 

「それで!は!す、すいません!!!つい。」

 

途中で素に戻ったのか、彼女が謝る。

 

「いえ、とても楽しそうですね?」

 

「はい!漫画やアニメの主人公達の姿を見ていると、凄く勇気が湧いてくるんです!」

 

彼女の楽しそうな姿に思わずこちらも楽しい気分になってしまう。これも奴に乗せられているのか。いや、きっとこれは。

 

 

「さっき説明したラノベ?でしたっけ。なんて題名なんですか?」

 

「おや!興味を持ってくれたんですか!?このラノベのタイトルはですね『狼は迷わない』です!よければ全巻お貸ししますよ!」

 

「狼は迷わない…ですか。」

 

「はい!」

 

「ところで陸さん、今気づいたんですが、大丈夫ですか?」

 

「なにがです?」

 

「いえ、口元が少し傷ついているので。」

 

思わず自分の口元を触ると、ほんの少し鈍い痛みがあった。どうやら昨日切れていたらしい。全く気づかなかった。

 

「ああ、昨日少し転んでしまって、その時傷ついたみたいですね。」

 

そんな他愛の無い話をする。

 

「来てくれてありがとうございます。陸さんとお話できて、少しホっとしました。」

 

そんな言葉を洩らす。

 

「不安ですか?」

 

「ええ。三船さんは、私よりもずっと優秀ですし、生徒のことをきちんと考えています。」

 

確かに彼女は生徒自身の能力を見極め、その能力が最大限活かせる場を用意させることができるだろう。彼女は優秀だ。人を見る目がある。見極めることができる。彼女は強い。

 

「確かに。しかし、彼女には遊び心が無い。」

 

「え?」

 

そう、彼女は固すぎる。固すぎる物は脆い。いつか壊れてしまう。ある程度は柔軟性が必要だ。

 

風紀委員会室にいる時、彼女を応援するプレゼンやアピールを見た。そして、

 

 

 

中川菜々は敗けるだろう。俺の予想が正しければ。俺の計画が狂ってしまう可能性があるが、勝敗が目に見えてしまった今、別の計画を立てる必要がある。まあ、どちらにせよ三船栞子の生徒会長生活も長く続くとは思えないが。

 

 

「貴女の作った学風、結構気に入ってるんで、頑張って下さいね。」

 

そう労う。

 

 

彼女は少し呆けるが、そのご力一杯の笑顔で

 

「はい!やるからには敗けるわけにはいきません!絶対に勝ちます!」

 

と答えた。

 

「私も探し物が見つかりそうなので、お互い頑張りましょう。」

 

「本当ですか!?良かったですね!」

 

「ええ。まだ見つけ出すには、ほんの少し苦戦しそうですが、必ず見つけ、取り戻してみせますよ。」

 

お互いに顔を見据え、力強く頷いた。

 

部屋から出る時こんなことを言われた

 

「陸さん!もし私が勝ったら、陸さんの探し物私も一緒に探させて下さいね!」

 

「…ええ。良いですよ。」

 

君は敗けるから。

 

 

 



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OVER LOAD※ナイトメア

「明日か。」

 

生徒会長再選挙、ここで中川菜々は敗北する。その時俺はどうあるべきか。慰める?励ます?裏切る?どれもありきたりだ。ならばいっそ大胆に三船栞子に啖呵を切り、宣戦布告でもするか?いや、それも目立つ。風紀委員として、1人の生徒に肩入れしすぎるのも問題だろう。

 

「ッ。三船栞子も面倒な奴だ。」

 

全く、酷い頭痛がしてきた。

 

あの人間擬きもいつ仕掛けてくるかわからない。警戒が必要だ。肉体、精神をより鍛え上げ、来るべき戦いに備える。例え世界が平和ボケしていようと、牙を研ぎ続ける。己自身の錬度をより向上させ、必ず勝つ。

 

「少し眠るか。」

 

シャワーを浴び、布団へと横になる。

 

願わくば、次に目覚めたとき元の世界に戻っているように。そんな淡い期待を込める。

 

別にこの世界が嫌いなわけじゃない。むしろ俺のいた世界よりもずっとマシかもしれない。なんというか、世界全体が安定している。特に酷い争いも無ければ、血が流れることもない。世界が緩くまわっている。気を張っているこっちがバカらしくなるくらいに。最高だ。何に怯えることもない。

 

ただ

 

「気にくわないのさ。」

 

この世界に俺がいるということが。

 

「ふぅ。」

 

溜め息をひとつ吐くと、俺はゆっくりと瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽の光が射し込み、俺はゆっくりと目を覚ます。

 

洗剤の香り、柔らかいベッド、見慣れないタンス。

 

「だろうな。」

 

やはり元の世界には戻れない。だが焦る必要は無い。鍵なら見つけてある。そうとも、その通り。いずれこの悪夢を終わらせられる。なんだかそんな気がする。あのクソ野郎を殺し、ツケを払わせてやる。そしたら演習を終わらせ、仲間達と1杯やろう。

 

そう考えながらハンガーにかかっている虹ヶ咲の制服に身を通す。相変わらず着心地の悪い制服だ。

 

「陸く~ん。朝ごはんもうすぐできるよ~!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…何だ?

 

 

今確かに声がした。

 

何処から?リビングからか。…奴か?

 

奴が来たのか。腕時計を確認すると、時は正確に刻まれている。

 

「妙だ。」

 

気配を殺しながらリビングを偵察しようとする、が

 

「陸君?も~、また昨日遅くまでスクールアイドルの勉強でもしてたのかな?」

 

 

スクールアイドル?勉強?何言ってる?

 

パタパタとスリッパ?を履いているような足音がする。

 

こっちに来ているのか?

 

俺は素早くタンスの近くに身を隠す。

 

ドアノブがゆっくりと動き、扉が開かれる。

 

そこにいたのは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう。しょうがないな♪」

 

 

 

…誰だ?

 

「あれ?いない。どこかな?」

 

ピンクっぽい髪色をした少女だった。

 

「ん~、トイレ?」

 

パタパタとまたその少女はリビングへと向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰だあいつ?」

 

いや、見たことはある。だが名前が出てこない。そう、確か奴はスクールアイドル同好会の人間だ。

 

何が起きてる?また何か変わったのか?別の世界に飛ばされたのか?

 

机の上のボールペンを握り、いつでも戦闘可能な態勢を整え、リビングへと向かう。

 

酷い頭痛がする。

 

ゆっくりとリビングに近づき、そいつを見る。

 

「あいつ、確か高咲侑とかいう娘の隣にいたやつだな。」

 

なんでそんなやつが家にいる?しかもやたらと親しげだった。

 

その少女は鼻歌を歌いながらキッチンで料理を作っている。

 

味噌汁の香り。それに何かを焼いている。あれは、卵焼きか?野郎、人の冷蔵庫の中身を勝手に。

 

大きく深呼吸をし、身体に力を込め、脱力する。

 

「化けの皮を剥いでやる、クソ野郎。」

 

そう呟き、素早くリビングに突入する。

 

「誰だ。」

 

そいつはビクッと身体を震わせると、こっちを恐る恐る振り替える。やがてこちらの姿を捉えると、何故かホッとしたような表情になり

 

「陸君!どこにいたの?」

 

と親しげに話しかけてくる。

 

「…誰だお前。」と言いかけようとしたその時、酷い頭痛が襲いかかる。

 

「イッッッ!!!んだこれッッ!!!」

 

「陸君!!?」

 

思わず膝をつく。

 

「大丈夫だよ、"歩夢ちゃん"。」

 

!!?何言ってるんだ俺は!?

 

「本当に?でも辛そうだよ?休んだ方が良いんじゃない?」

 

「本当に大丈夫だって。昨日もスクールアイドルについて調べたら夜更かししちゃって。」

 

ほんの少し苦笑いをしながらそう答える。

 

 

なんだ?なんの会話してるんだ?スクールアイドルの勉強?そんなものしてないぞ?会話の流れが頭に無理矢理入り込んでくる。

 

だが何だ?記憶が。頭が割れそうだ。無いものを無理矢理頭に叩き込まれているような、そんな気持ちの悪い感覚。

 

「そっか。もう!無理しちゃダメ。ちゃんと休まなきゃ駄目だよ!」

 

そう彼女に指をさされる。

 

「えへへ。ゴメンゴメン。」

 

奇妙が悪い。なんだこれ?吐き気がする。

 

「ちょっとベランダに行ってくるね。脳を活性化させないと!」

 

そう言い、ベランダへと向かう。

 

「ハァ、ハァ、ハァ。なんだ今の会話!?」

 

ベランダで再び膝をつく。頭痛が収まらない。むしろ酷くなっていく。まるで何かに支配されているような、そして

 

"俺が俺でなくなるような"そんな気持ちの悪い感覚。上書きされているような。

 

「あれ?俺?"僕"?何でベランダなんかに?」

 

クソクソクソクソ!何だ?何だこの感覚は!?

 

「…俺って、何だっけ?」

 

違う違う違う!落ち着け!深呼吸、身体に力を込める、脱力する。繰り返しだ。

 

思い出せ!思い出せ!思い出せ!俺を見失うな!俺は!

 

 

「陸上自衛隊!第1普通科連隊!陸山衛!そうだ!それが俺だ!」

 

制服が戦闘服へと戻り、小銃が肩から下げられる。

 

迷うことなく小銃を握り、リビングへと戻り、そいつ、上原歩夢へと銃口を向ける。

 

「…だ、誰?陸…君?」

 

怯えるような表情でこちらを見る。惑わされるな、こいつはあの人間擬きに違いない。奴が俺をこの世界に取り込もうとしているための幻影だ。なんとなくだがそう感じる。確証はない。勘だ。

 

「残念だなクソ野郎。言ったはずだ、俺はシブといってな。」

 

安全装置を解き、単発へと切り替え引き金を引く。身体の中心ではない、足を狙う。

 

バギンッ!という炸裂音が部屋に響き、奴は「ヒッ!」驚き飛び上がる。まるで自分が殺されるのではないか?という恐怖の表情を浮かべながら。そんな表情に違和感を抱くが、すぐに銃口を今度は確実に仕留めるべく身体の中心へと向ける。油断はしない。あの表情も、こちらをおちょくっているに決まっている。奴が単発の弾を受け止めたのは知っている、今のは牽制射撃だ。

 

次にセレクターを3へと持っていく。銃だけで仕留められるとは考えていない。ここから更に3連射で隙ができるか見計らう。仮に隙ができたなら次は連発を叩き込みあわよくばダメージを狙う。

 

「3点射だ。止めきれるか?」

 

バギギギンッッッ!!!という連続した炸裂音が部屋に響きわたる。火薬の匂い、そしてグジュッ!グシュッ!グジュッ!という肉を貫通した音。

 

…グジュ?

 

 

 

 

 

 

 

「ゲボッッ!!り、く…く、ん!?」

 

 

 

 

 

 

「………は?」

 

鉄の焼けたような不快な香りが部屋に立ち込める。

 

ドサリッ!と重たい塊が倒れる鈍い音がする。

 

「ゴボッ!」

 

ヒュー、ヒューッ。という苦しげな息づかい

 

「なん…だ?」

 

意味がわからない。倒れている少女もまるで信じられないと言いたげな表情で、目尻に涙を浮かべながらこちらを見てくる。

 

家の床が赤黒く染まっている。その染みは俺の足元までゆっくりと進んできていた。

 

頭がクラクラする。目の前の少女は、奴じゃない?じゃあ、あの娘は誰だ?

 

「あ、上原歩夢か。」

 

思い出した。そういえば高咲侑が「歩夢」と呼んでいた。苗字は奇妙な記憶の混同があったときに知った。

 

「何だ、これ。」

 

理解が追い付けない。

 

『君はもう、戻れない。』

 

「あ?」

 

振り替えると白髪のあの奇妙な存在が立っていた。

 

『君は人殺しだ。この世界の存在を君が殺した。君はもはや自衛官でも何でもない。ただの自分のエゴと思い込みで人を殺した犯罪者だ。そうだろ?』

 

 

確かに。その通りだ。

 

 

「で?」

 

『は?』

 

「だから何だって?安い挑発だな。」

 

素早く振り返り引き抜いた銃剣で切り込む。

 

スパンッという子気味の良い音がし、そいつは俺を興味深気に見つめてくる。

 

『ほお。』

 

「やはり、簡単にはいかないか。」

 

俺は銃剣を構え直し、そいつを睨み付ける。確信した。このクソみたいな現象は奴が原因だと。

 

『それはこちらの台詞だ。』

 

「さっさと俺を元の世界に返して貰おうか?もうこの世界は飽き飽きだ。」

 

『お前、本当に人間か?』

 

「ああ、シブとい人間だ。」

 

互いに沈黙。なにを考えているのか、奴にはわかっているのか?

 

『お前に興味が湧いた、陸山衛。殺すのは次にしてやろう。』

 

「そりゃ良い。ご慈悲に感謝だな。」

 

俺はそいつの服が僅かだが切れているのを見逃さなかった。あの銃剣を振るった瞬間、初めて手応えを感じたのだ。だが、今はまだ奴には勝てない。奴が引くなら、それにこしたことはないだろう。

 

『もう一度聞く、何故この世界に染まらない?それに、あの娘を殺しておいてその冷静さ、興味深い。』

 

「簡単だ、俺はこの世界の人間じゃない。それに、この世界には刺激も少ないしな。あのガキには悪いことをしたが、どうせお前の差し金か何かだろ?それとも、俺の動揺でも誘うつもりだったのか。…まあ、何が目的かは知らないが、この程度で俺は折れるつもりは無い。」

 

『理解できないな。君は。』

 

「する必要も、されるつもりもない。とにかく、俺の求めるものはこの世界には無い。なら、いる必要も無い。」

 

『優木せつ菜は、ずいぶん気に入ってるみたいだが?』

 

「ま、あれはこの世界のお気に入りだ。あんな熱血タイプ、俺の世界でもそうそう見ない。おっさんは熱い若者に弱いのさ。だが、あのガキがお前の手先として動いたなら…」

 

俺はほんの少し殺気を込める。

 

「殺す。」

 

『ふむ。…次は決着を。』

 

「ああ、そのつもりだ。」

 

ゆっくりと意識が遠のいていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目覚まし時計の音が部屋に鳴り響く。

 

「…夢?」

 

最悪な夢だ。

 

俺はボーっとする頭を切り替えるため、シャワーを浴び、顔を洗う。夢だというのにやけにリアルだった。あの焼けた肉と血の臭いがまだ鼻に残っている気がする。ほんの少し洗面所で嗚咽する。今日は朝飯が食べられそうにないな。

 

「さてと。」

 

今日は生徒会長再選挙の日だ。

 

「さっさとこのクソゲーを終わらせてやる。」

 

あのまま、俺とは違う俺を受け入れてしまったら、俺は敗れていただろう。

 

だが、俺は勝った。人を殺してでも。覚悟の差というやつか。それとも、俺の頭のネジが外れてしまったのか、どちらにせよイカれてなければできないことだろう。

 

奴に言われた『本当に人間か?』と。人間だとも、俺はイカれた人間だ。

 

だからこそここまでやってきた。必ずお前を殺し、元の世界に帰る。それだけのためにここまでやってきた。決着をつける。

 

ヒラリと手紙が落ちる。やはりあの夢は奴が見せたものなのだろう。

 

拝見ー

 

決着を。

 

 

 

 

 

俺はクシャリと手紙を握り潰しゴミ箱に捨てると、着心地の悪い制服に身を通した。

 

「上等。」

 

最後の戦いだ。何を犠牲にしたとしても、俺は必ず勝つ。俺は自衛官だ、だがそれ以前に1人のイカれた人間だ。もし仮に、この世界の人間と元の世界の人間、天秤にかけられたなら、俺は迷わず後者を選ぶ。理由は聞くまでも無いだろ?

 

 

俺は世界を救う勇者でも、世界平和をもたらす神の使いでも、正義のヒーローでもなんでもない。俺の世界の日本を護る存在。1人のエゴイストなのだから。

 

「俺は俺の正しいと思うことをやるだけだ。そして、元の世界に戻る。これがこの世界でやるべき正しいことだ。」

 

それ以外はオマケか邪魔なだけだ。俺の任務はただ一つ、帰還せよ。ただそれだけだ。スクールアイドルも、優木せつ菜も、そのための駒にすぎない。




人間擬き/???

衛をこの世界に送り込んだ存在。本人曰く神の使いらしい。衛が選ばれた理由については、宝くじで当たったようなもの、つまりただの偶然である。しかしこの世界に馴染まず、元の世界へ戻ろうと抗う強靭な精神力を持つ衛に対し興味深く思っている。

陸山衛を消し、山上陸としてこの世界の存在の1つにさせようと目論んでいる。


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閑話: The only easy day was yesterday

The only easy day was yesterday (楽できたのは昨日まで)

U.S.NAVY SEALs


スタスタと廊下を生徒達が行き交う音がする。間もなく生徒達の登校時刻、騒がしい時間がやってきた。

 

陸は風紀委員会室の椅子にゆっくりと腰を据え、コーヒーを啜りながらスクールアイドル同好会メンバーの資料とにらめっこする。

 

「高咲侑、音楽科に学科変更か。」

 

上原歩夢の隣にいた少女。この娘も確かスクールアイドル同好会に所属していたはずだ。しかし、彼女のライブはまだ1回も観たことは無いが。

 

というより、彼女がライブに参加したところを観たことが無い。スクールアイドルフェスティバルの時でさえ。

 

「マネージャー、とも書いてないしな。」

 

そもそもスクールアイドルにマネージャーがいるのか、必要なのかすら不明だが。まあ、仮にもアイドルということで、マネージャーやらプロデューサーやらの1人か2人はいそうな気もする。しかしそういう存在は見ていないし聞いてもいない。フェスティバルの時は学校全体で支援していた。

 

彼女、高咲侑とは一度しか面識が無い。

 

「さて。」

 

こいつは何なのかな?

 

昨日の夢は最悪だった。思い返すだけでも腹が立つ。

 

何故上原歩夢を使ってきた?

 

仮に上原歩夢が鍵として大きな存在だとしよう。いや、考えすぎか?

 

おそらく上原歩夢は違う。勘だが。

 

「高咲侑。彼女について少し調べるか。」

 

今日は午後から再選挙がある。会場の設営やその他支援を考えるとあまり時間は無いだろう。

 

「忙しくなりそうだ。」

 

特に今日は。

 

予鈴が鳴る。腕時計を確認すると、どうやらもうすぐ朝礼が始まる時間が近づいていた。陸は飲みかけのコーヒーを一気に流し込むと、席を立ち、バッグを掴んで部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

授業は退屈しない。数学は苦手だが、前の世界で学生だった時ほどではない。同じことを2回、いやそれ以上聞ける、何よりも前知識があるなら尚更だ。とはいえ、やはり完全に理解できるかといえば

 

「…数字は苦手だ。」

 

そういうわけではない。

 

「じゃあ、この問題を山上君に解いてもらおうかな?」

 

最悪だ。

 

「あ~、…解りません。」

 

「じゃあ、次の人!」

 

誰しも完璧ではない。得意不得意がある。俺は数学が苦手だ。それに変わりはない。英語もそこまで。歴史は好きだ。とくに戦術や兵器の発展していった世界大戦辺りが。かつての先人達がどう戦い、どんな武器を使ったか、どう勝利したか。それを考え、学ぶことは楽しいものだ。実戦は死んでも御免だが。

 

午前の授業も終わり、昼休みへと移る。皆楽しそうにお喋りをしながらそれぞれ食事を楽しんでいる。やはり、食事というのはどの世界でも心の休まる時間らしい。俺も食事は楽しみだった。特に演習で携行食しか食べられなかった後に食べる駐屯地の飯は最高だ。温かい味噌汁を飲むだけでも涙が出そうになる。

 

食事も個性が出るものだ。美しく彩りされた弁当を食べる者もいれば、購買で買ったパンを食べる者、それで足りるのか?と思えるようなヨーグルトとサラダしか食べない者もいる。ちなみに俺は学食をよく使う。学校のデカさも相まって、あそこの飯はかなり旨いのだ。大盛りも無料だ。

 

学食へと移動すると、相変わらず混んでいる。今日はカツカレーにでもしようか。そう考え食券を買い、列に並ぶ。すると

 

「あれ?山上さん?」

 

とどこかで聞いたことのある声がする。

 

振り返ればそこには、ツインテール、緑アッシュの少女 高咲侑が並んでいた。

 

都合が良いな。ここで少しこいつのことを知っておくか。

 

「おや、高咲侑さん。音楽科への転科、おめでとうございます。」

 

と祝いの言葉を投げ掛ける。すると彼女は子供のような(実際子供なのだが。)笑顔で

 

「知ってくれてたんですか!?ありがとうございます!!!」

 

と元気良く返してきた。

 

「まあ、転科したならば我々にも情報は回ってきますからね。」

 

まずは他愛のない話でコミュニケーションをとる。そこから徐々に掘り下げていけば良い。

 

「ところで高咲さんはスクールアイドル同好会に所属しているとか?」

 

「はい!皆凄く頑張ってて!見てるこっちも元気になる!っていうか、ときめいちゃうんですよ!陸さんは気になってるスクールアイドルの娘とかいるんですか!?」

 

想像以上の食い付きと積極さに思わず内心たじろぐが、表情は至って冷静さを保つ。

 

「いえ、あまり。ただ、以前スクールアイドルフェスティバルで貴女の姿をライブで見かけなかったので。」

 

違和感なく繋げていく。

 

「あ~、私はどちらかというと裏方ですから。」

 

ただのマネージャーということか。まあ、だろうな。この娘が鍵の重要なポイントというわけでは無さそうだ。聞けば、俺や他の委員会とは別行動でフェスティバルを支援していたらしい。主に会場というよりは、スクールアイドル達の方を。会場の裏側やステージ設営の支援をしていた俺とは関わらなかったのは当然だな。俺は完全な裏側だが、彼女は裏方だが、どちらかといえば正面に近い支援をしていたのだ。

 

「成る程、貴女はアイドルではないんですね。」

 

そう聞くと、彼女は自信たっぷりに

 

「はい!」

 

と答えるのだった。

 

自分のできること、することに自信を持っている。良いことだ。

 

「では、私はこれで。」

 

彼女と話をしているうちに、自分の番が回ってきたため、軽く会釈をして食券を差し出し、しばらくしてからカレーを受け取る。

 

 

すると後ろから高咲侑は再び近づいてきた。

 

「何か?」

 

そう聞くと彼女は恐る恐るこちらを伺いながら、

 

「ご一緒しても?」と聞いてくる。

 

陸は溜め息混じりに「どうぞ。」と空いた席へと座り、隣へと高咲侑を促す。

 

彼女はゆっくりと席に着く。

 

「それで、他にご用件が?」

 

カレーを食べながら彼女にそう聞くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼はカレーを食べながら「用件は?」と聞いてくる。特に用件があったわけじゃない。ただ、何となくこの学園初の男子生徒がどんな人か興味があった。誰もが彼を不気味がる。

 

男であるということか、風紀委員会だからか、それとも何か別の…そう、言葉では言い表せないが、"何か"が彼にはあるからか。

 

彼の雰囲気はどこか、何かが変なのだ。あの初めて彼と話した、合同演劇祭の時もそうだ。彼は何処かズレている気がする。何よりもそう

 

 

 

私達と、"この世界"と噛み合ってないような、そんな奇妙な雰囲気がするのだ。これは好奇心だ。彼が何者なのか、私は知りたい。

 

そんな事を考えていると、彼の皿から大盛りのカレーがいつの間にか無くなっていた。

 

「え?早っ!?」

 

と思わず驚くと、彼は少し苦笑いをしながら

 

「早く食べるのが癖なんですよ。」

 

と答えた。苦笑いしながらもその表情はどこか寂しげで

 

 

「陸さんは、せつ…生徒会長と仲が良いんですよね?」

 

そう、彼はせつ菜ちゃんと仲が良い。本人はどう思っているかはわからないが、他の生徒よりも生徒会長 中川菜々とはよく話をしている所をみたことがある。まあ、生徒会と風紀委員会という立場のせいでもあるだろうが。

 

それでも陸さんの話をする時のせつ菜ちゃんはどこか楽しげで、嬉しそうだった。思えば同好会で陸さんをあまり悪い印象で見ていなかったのは、彼女くらいだった。

 

果林さんや歩夢は凄く疑っていたけれど、その話題になる度に

 

『陸さんは確かに不気味ですが、悪い方ではありません。絶対にです!』

 

と強く抗議していた。彼はどう思っているのだろうか、せつ菜ちゃんのことを。

 

「まあ、委員会の都合上生徒会長とはよく関わりますからね。」

 

想像していたよりもあっさりとした、淡白な答えだった。

 

「友達、なんですよね?」

 

「さあ?どうでしょう。」

 

我関せず、そんな冷たい印象のある、極めて事務的な返答に私は少しムッとする。

 

「陸さんは解らないかもしれませんが、せつ、生徒会長「優木せつ菜。呼びやすいならそちらの名前でも構いませんよ。彼女の正体なら私も知ってますし。」

 

「へ?」

 

予想外の言葉に一瞬詰まる。

 

「…知ってるんですか?生徒会長がせつ菜ちゃんだってこと?」

 

と聞くと、彼は不思議そうな顔をして、少し馬鹿にしたように

 

「あれで隠せてると思う方が不思議ですが。」

 

と言う。

 

「…なら、えっと。せつ菜ちゃんは、貴方のことを信頼してるんですよ。」

 

「知ってます。」

 

あっさりとそう言い放つ。なら何故、そんな冷たい言葉を使うのか。彼はせつ菜ちゃんを信頼していないのか?それとも、彼女の優しさを利用しているのか。

 

「そんなにピリピリしても私の彼女に対する印象は変わりませんよ。彼女は仕事仲間です。まあ、貴女がもう少し納得した答えが欲しいなら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女はまあ、仕事仲間であり、この学園で最も信頼のおける生徒、といったところですかね。」

 

彼は静かに私にそう告げた。

 

「今日は再選挙です。彼女の勝利を願いましょう。」

 

彼の言葉で私は確信した。彼が不気味だということに変わりはない。しかし、その不気味さは以前よりもずっと少ないように感じた。何よりも

 

「陸さんは、優しいんですね?」

 

そんな言葉が思わず出た。凄く奇妙な人だ。矛盾している。不気味だが、優しい。不思議な頼もしさと優しさが彼にはあった。

 

そんな私の言葉に彼は「理解できない。」というような顔をする。

 

「優しい?私が?」

 

「はい!」

 

すると彼は「なら、それは貴女の勘違いですよ。」と否定した。

 

それでも貴方は良い人です。何となく、勘ですけど。だからこそ私は彼にお願いすることにした。

 

「今回の選挙、せつ菜ちゃんのこと、お願いしますね。」

 

予想外のお願いなのか、彼は一瞬キョトンとした顔をする。

 

「風紀委員会として、選挙は平等に見ますよ。まあ、応援なり、投票なり、慰めの言葉なり、祝いの言葉なりを彼女に伝えるのは、貴女の役割だと思いますが?」

 

「それは勿論です!でも、もしせつ菜ちゃんが勝ったらお祝いしてあげて下さい!」

 

私は彼にそう強く訴えた。だって彼女は

 

 

 

せつ菜ちゃんはきっと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

貴方のことが好きだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「当然、お祝いしましょう。」

 

相変わらずドライな言葉だった。

 

 

「さて、もうすぐ昼休憩も終わりますので、私はこれで。」

 

彼は席を立ち上がり、食堂を後にするのだった。

 

いよいよ生徒会長再選挙が始まる。せつ菜ちゃんの運命も、私達スクールアイドル同好会の運命も、この選挙で決まる。私は強く拳を握りしめ、食堂を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

それにしても

 

 

「結局、陸さんのこと、何もわからなかったな。」

 

彼について知れたことはほとんど無かった。わかったのはせつ菜ちゃんをきちんと信頼してくれていたこと。

 

「まあ、それが知れればいっか!」

 

私は足取り軽く教室へと向かっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廊下を歩きながら頭を掻く。

 

全く面倒な事を言い出すものだ。

 

「高咲侑め。」

 

軽く舌打ちをしながら早歩きで教室にむかう。なにが「優しいですね。」だ嘗めたガキめ。何を根拠にしてるんだか。

 

「安いラブコメでもやってるのか。この世界の人間は全員脳ミソがお花畑なのか?」

 

お粗末な「優しいですね。」だ。本当の優しさなんて…

 

まるで自分を認めるような、そんな言葉に腹が立つ。俺はお前達を助けるのも、支援するのも、あくまで俺が元の世界に戻るために利用しているにすぎない。その行動を、俺の言葉を、「優しい」という言葉に纏められたことに、その純粋さに、その優しさに、その甘さに心底苛立ち、嫌な気分が募る。気持ち悪い感覚だ。

 

「甘いな。どいつもこいつも甘ちゃんだ。」

 

吐き捨てるようにそう呟く。だが、それは俺も同じことか。この世界の甘さに絡め取られていくような、それを心地良いと思う自分がいる。悪態をつかれている方がまだこちらもやり易いというのに。

 

 

『せつ菜ちゃんを、お願いします!』

 

 

「…ッ。」

 

彼女の最後の言葉が嫌でも脳内で反芻される。

 

「俺も焼きが回ったか。」

 

溜め息をつきながら俺は教室へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 



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I believe my self

生徒会再選挙の時間が迫る。会場は慌ただしく準備に追われ、私もそれを支援する。

 

「照明の位置をもう少し下げましょう。これでは候補が目立ちません。」

 

「わかりました!」

 

「選挙での討論の場は中央を基準に、左右にお互いの顔が良く見えるよう設置して下さい。」

 

「了解しました!」

 

バタバタと会場のセッティングを終え、後は…

 

 

「三船栞子、君の勝利は固そうだ。」

 

中川菜々、優木せつ菜の敗北を見届けるだけだ。

 

会場の設営も終わり、あとは選挙が始まる時間を待つだけとなった。

 

 

「さて、彼女の勝利が吉と出るか、凶と出るか。まあ、俺の計画に支障をきたすようなら潰せばいいだけの話か。」

 

さっさとこの茶番劇を終わらせ、この世界とも別れを告げたいところだ。あの人間擬きからも宣戦布告され、決着の時は近い。

 

「優木せつ菜。君の決着はもう間もなくだ。」

 

俺はその後に。しかし、それなりに仲良くしてきた存在の敗北を知るというのは、何だかわからないが悔しいような、そんな気分が湧く。不思議なものだ、どうでもいいはずなのに。

 

『せつ菜ちゃんのこと、お願いします!』

 

「ッ。」

 

昼間、高咲侑に言われた言葉を思い出す。

 

「あいつ、何故あんなことを俺に。」

 

奇妙な話だ。

 

そんなことを思っていると、件の少女の声が聞こえてくる。

 

「陸さん!」

 

「おや、高咲さん。あと数十分もすれば始まりますよ。」

 

 

なぜこんな裏側に?そんな何気ない会話をする。

 

「ちょっとせつ菜ちゃんに応援でもと。」

 

「わざわざ裏側に回らなくても。まあ、良いでしょう。彼女は控え場所にいますから、良ければ案内しますよ。」

 

そう投げ掛けると、彼女は少し首をふり。

 

「実は直接会って応援しようと思ったんですけど。電話で『大丈夫です。お気持ちだけ頂きます。』って。言われて。」

 

「では、何故ここに?」

 

「いや、陸さんなら直接会えるかなって。私だけじゃなくて、同好会の皆も応援してるってことを、陸さんから伝えて貰えませんか?」

 

なんだそりゃ?

 

「彼女は直接貴女達に会わないんですか?」

 

変だな。こういう時こそ、仲間に熱いメッセージでも伝えて頼もしい姿を見せるタイプだと思っていたのだが。まあ、優木せつ菜も三船栞子が強敵だとわかっているのだろう。つまり、彼女は勝利の自信が無い。気持ちで負けているということか。なら、尚更三船栞子には勝てないな。

 

「はい。…せつ菜ちゃん、この選挙のために同好会を退部したので。」

 

 

……意外な決断だな。もう少し芯があると思ったんだが。

 

「そうですか。」

 

「私達が安心してスクールアイドルができるように、そこを守りたいって…。それで」

 

「いえ、もう結構です。そろそろ時間も近づいてますし、会場に戻って下さい。」

 

「え?」

 

高咲侑は呆けた声を出す。

 

「聞こえませんでしたか?会場に戻って下さい。」

 

「……」

 

「……」

 

互いに沈黙。怒っているのか、呆れているのか、高咲侑はただこちらを睨んでくる。

 

 

「…それだけ、ですか?」

 

「?」

 

目元がよくみえない。

 

「たったそれだけなんですかッ!!!」

 

彼女の激昂した声が会場裏に響き、その声に驚いたスタッフ達が思わずこちらに視線を送る。

 

「…」

 

「もう良いです!陸さんは、自分で言った通り、優しくもなんとも無い!なんで!なんでですか!?彼女はあんなに、貴方を信頼してるのに。あんなに、貴方と喋る時間を大切そうにしてるのに!なんで貴方は!」

 

彼女は徐々にヒートアップし、こちらに圧力をかけてくる。

 

「心配とか、しないんですか?」

 

「時間が近づいてますので。」

 

あくまでも淡々と返す。

 

「理由とかも、何も気にならないんですか?」

 

ほんの少し悲痛そうに問いかけてくる。

 

「別に知ったところで選挙に関わりはないでしょう?」

 

そう答えると、彼女はガックリと肩を下ろし、とぼとぼと会場裏を後にしていった。その途中で「さっきの話、やっぱり伝えなくて結構です。」とだけ言ってきたのでこちらも変わらず「わかりました。」とだけ伝えておいた。

 

 

時計を確認する。

 

「まだ時間はある…か。」

 

俺はスタッフに少し裏を離れることを伝えると、中川菜々の控え場所へと足を運んだ。

 

ノックを行い、中に入る。

 

「陸さん…。」

 

彼女は少し不安そうにこちらを見ていた。当然といえば当然か。自分から仲間の助けを手放したのだから、自業自得といえばそれまでだが。

 

「聞きましたよ、同好会。退部したんですね。」

 

ゆっくりと控え場所にあった椅子を彼女の近くに並べ、腰を下ろす。

 

「ええ。」

 

「意外な決断ですね。貴女のことだから、両立していくのかと思ってました。」

 

彼女はゆっくりと口を開く。

 

「私は、スクールアイドルが好きです。そして、それを頑張ろうとしてる人も好きなんです。大好きなことを頑張る人が好きです。…三船さんに、私の言葉は力が無いと言われました。私が、生徒会の活動を好きという気持ちでやっていないと、見透かされてしまいました。」

 

力無く笑う彼女はどこか痛々しい。

 

「スクールアイドルという私の大好きを守るために、私は生徒会長として頑張ってきました。勿論、生徒会の活動が嫌いというわけではありませんよ。生徒の皆さんの好きを尊重して、予算や活動を見守ることも、私は好きですから。」

 

「何かを守ることは難しいものです。」

 

そうとも。矛盾が生じるのだ。

 

「ラテン語にこんな句があります。『汝平和を欲せば、戦への備えをせよ。』と。」

 

「はあ。」

 

「平和を望むはずなのに、その平和を手にするには時に力が必要です。強さを通じた平和。非常に矛盾していると思いませんか?」

 

そんな言葉にポカンと首を傾げる。

 

「貴女が生徒会長でいる理由は、貴女の語る理想と大きく矛盾しています。そうでしょ?でも、それは仕方ないことです。完成された正しさなど無い。「世界を大好きで溢れさせたい。大好きなことを大好きと叫びたい。」貴女は言いました。しかし、貴女はこうも言った。「両親は厳しくて、スクールアイドルも禁止されている。」と。貴女は貴女自信の好きを全く叫べていない。優木せつ菜という仮面を被り、逃げているだけです。」

 

「…」

 

泣いているのか、悔しがっているのか、彼女は顔を伏せたままだ。

 

「それの何が悪いんでしょうか?」

 

「え?」

 

「別に、逃げても良いでしょう。時には逃げも必要です。戦う上で勝つことも大切ですが、引き際、逃げ場を見極めるのはより重要です。一旦逃げ、また戦えば良い。ここで敗けても、最後に勝つのは貴女かもしれませんよ、中川会長。中川菜々として、いつか勝てるよう応援してますよ。」

 

「それって、どういう」

 

中川菜々が全て言いきる前に、俺は会長裏へと戻った。

 

結果として、中川菜々はおれの予想通りに負けた。彼女の「好き」に対する矛盾を突かれて。

 

別段問題は無い。俺の言葉が彼女の中でどう理解されたのかはわからないが、いつか解るときが来れば良い。

 

「それにしても、俺も甘いな。」

 

だが、これで良い。ここで彼女が折れ、スクールアイドル活動を完全に停止してしまう可能性があるのならばここである程度励ました方が賢明だ。でなければ、今後俺が元の世界に戻る上で支障をきたす恐れがある。

 

選挙も終わり、会場の撤収を終わらせると、俺は荷物を持って拠点へと戻ろうとする。だが。

 

「山上君。」

 

振り返るとそこには、俺にとって重要な9つの顔な揃っていた。

 

朝香果林がこちらを睨み付けながら近づいてくる。朝香果林だけではない。高咲侑、上原歩夢、宮下愛、中須かすみ、桜坂しずく、天王寺璃奈、近江彼方、エマ·ヴェルデ、これまた大集合だな。今日は早く戻れそうにない。

 

「ちょっといいかしら?」

 

全員が俺に疑いの眼を向ける。高咲侑がチクったのか、余計な手間を。

 

「生憎、時間がありませんので。」

 

俺は足早に会場から出ようとする、が

 

「お~っと、付き合い悪いな~。愛さんたちも時間は取らないからさ。」

 

宮下愛に先回りされる。

 

「はぁ。」

 

思わず溜め息が溢れる。

 

「あまり邪魔しないで頂きたいのですが。」

 

できる限り穏便に済ませようと、軽く笑いながら俺は警告した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めて彼の正面に立った。不思議な雰囲気が彼からは溢れている。それと同時に奇妙な不気味さも。

 

彼が笑った瞬間、何故かはわからないが鳥肌が立った。愛さんだけじゃないと思う。嫌な汗が垂れる。でも、ゆうゆうやせっつーを悲しませてるとしたら、ここで退くわけにはいかない。

 

 

「それで?ご用件は?」

 

なんとなくだが言葉の一つ一つが高圧的に感じられる。まるで「早くしろ。こっちは時間が無いんだ。」とでも言わんばかりの雰囲気が伝わってくる。

 

「侑から聞いたわ。貴方、せつ菜のこと何も感じてないのね?」

 

果林が切り込む。

 

「仕事仲間ですし、深入りするつもりもないので。」

 

「その割には信用してるとか言ってたみたいじゃない?」

 

「仕事での話です。日常では特段何も考えていませんよ。」

 

淡白な返答が続く。

 

「とりあえず、私達からは一つよ。」

 

「何です?」

 

全員で息を合わせる。

 

『せつ菜(ちゃん)(せっつー)にはこれ以上関わらないで(ちょうだい)(下さい)。』

 

「別に困らないでしょう?貴方にとってせつ菜はどうでもいいんだから?」

 

「…」

 

「侑の話から、せつ菜と貴方をこれ以上関わらせたくないわ。…あの娘がどんな思いで、貴方を信頼して話をしていたか、貴方には絶対にわかりっこないわ。」

 

「ええ。わかりません。」

 

「なッ!!!貴方、本当に。」

 

果林は思わず拳に力を込める。このまま叩いてやろうか?そんな気持ちが溢れてくる。せつ菜の純粋な心を無関心に放置した彼を許せなかった。

 

思わず手が出そうになるがグッと堪える。

 

「あんた、本当に最悪。」

 

愛も呆れた声を出す。

 

「話は終わりですか?」

 

飄々とそう切り出す彼の神経が理解できない。

 

「ええ。」

 

「…ふむ。わかりました。彼女とは距離を置きましょう。まあ、彼女が選挙に敗けた時点で距離は置くことにしてましたから、大して問題ありません。」

 

瞬間、ビュンッと風を切る音が聞こえる。

 

「侑っ!!!」

 

高咲侑は初めて人を叩きたいと思った。

 

 

「手癖が悪いですね。」

 

それはあっさりと躱される。

 

「叩かれてもよかったですが、私はそこまで安い人間ではないので。落選、残念でしたね。」

 

「心にもないことを!」

 

二発目も避けられる。

 

「おっと。心外な。私も応援してましたよ。生徒会長の中川菜々を。」

 

「クッ…貴方は、おかしいよ!何なの貴方は!何なの!!?まるで、感情が無いみたいに!何が貴方をそうさせてるの!!?ねえ!せつ菜ちゃんは、結局貴方にとって道具みたいなものだったの!!!ねえ!答えてよ!!!!!」

 

 

そんな高咲侑の悲痛な叫び声が響く。

 

俺はそれを無視するように拠点へと戻るため、学園から出るのだった。冷たい雫が肌を濡らす。

 

「…雨、か。」

 

最低だ。

 

 

 

 



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敗北の先に

生徒会再選挙の方も終わり、一波乱終えた陸は雨に降られながら拠点へと足を運んでいた。

 

『せつ菜ちゃんは、結局貴方にとって道具みたいなものだったの!!!』

 

 

 

「…道具、か。」

 

雨に濡れた自分の手をゆっくりと眺める。制服は何も変わらず、白いままだ。半袖であるためか、夏場だというのにほんの少し肌寒い。

 

「道具。」

 

道具という言葉を反芻する。その通り、優木せつ菜は道具だ。彼が元の世界に戻るために利用する道具の一つ。だが、その一つは今日壊れた。最も、生徒会長という一部だけだが。替えのパーツはもうある。新生徒会長の三船栞子だ。彼女は中川菜々よりも扱いにくそうだが、生徒会長というパーツとして重要だ。粘り強くやっていこう。どのみち、彼女の方針はいずれあの学園に綻びを生むだろう。適正を見抜き、その個人にあった活動を勧め、行わせる。思春期という不安定な感情を持った彼女達は、明確な答え、方針を与える三船栞子という存在をありがたく思うだろう。精神的に不安定な時こそ、人は答えを欲しがるものだ。

 

そして、いずれ自由が欲しくなる。遊び心もまたしかり。彼女の天下も最初だけだろう。最も彼女が変われば話は違うかもしれないが。

 

「まったく。スクールアイドル同好会、厄介な奴らだ。」

 

優木せつ菜は純粋だった。勿論、高咲侑も。だが、高咲侑の反感を買った以上、これから先のステージへと向かうには一苦労しそうだ。

 

「もう少し丁寧に帰すべきだったかな。」

 

舞台裏での会話を思い出す。今思えばもう少し自分にも言い方があっただろう。だが、これ以上下らない関係を増やすつもりがなかったのもまた事実だ。それに後悔しても時間は戻らない。次の一手を打たなければ。自分に残された時間もそう長くない。陸は直感的にそう感じていた。

 

「秘密を解き明かさなければ。」

 

自分の姿が戻る秘密を。

 

バシャバシャと後ろから何かが付けてくる音がする。誰だろうか?と後ろを振り返れば、傘もささずに中川菜々がこちらへと走りながら向かってきていた。まあ、傘が無いのはお互い様だが。

 

彼女は陸の前で足を止め、潤んだ瞳をこちらに向けてくる。泣いているのか、それとも雨のせいかはわからない。

 

「…陸、さん。」

 

「風邪ひきますよ。」

 

最初の一言はそれだった。何故ここに来たのか?とか、自分を追っていたのか?とか、そんな疑問も浮かぶが、わざわざそんなことを聞く必要も意味も無いだろう。

 

「…それは貴方もです。」

 

ザーザーと雨の音が静寂を包む。

 

「敗けました。」

 

「ええ。残念ながら。」

 

淡々と答える。

 

「…私は「時には。」…?」

 

何かを言おうと菜々が口を開こうとするが、陸の言葉によって阻まれる。

 

「時には、雨も悪くありませんね。」

 

「はぁ?」

 

そんな意味不明な言葉が彼から発せられる。

 

「夏の暑さがほんの少し和らぐ。まあ、風邪をひかないよう注意も必要ですが。」

 

「雨、好きなんですか?」

 

そう聞くと彼は首をふり「いえ、どちらかといえば嫌いです。」と答える。

 

「たまには悪くない。それだけです。基本は御免ですがね。色々と面倒なんですよ。雨が降ると。」

 

そう話す彼の顔は、時々見せる寂しげな表情へと変わっている。

 

「雨に良い思いでなんてほとんどありません。ただ、数える程度ですが、良い思い出もあります。」

 

また、何を言いたいのかよくわからないことを言い出す目の前の男に、菜々はなんだか不思議な気分になる。なんとなくだが、彼は励ましてくれてるのではないか?そんな気がする。長い付き合い、といっても数ヶ月だが、そんな彼女だからこそなんとなくそんな雰囲気だと察していた。

 

「人生、良い出来事の方が案外少ない。むしろ悪い、嫌な出来事の方が多いものです。まあ、だからこそ良い出来事が起きたとき、心から喜べるのでしょうが。」

 

「そう思いませんか?」なんて聞いてくる。菜々はただ頷くだけだった。

 

瞳から雨とは違う暖かいものが流れ、頬を伝う。

 

「泣いているんですか?」

 

「雨ですよ。」

 

ほんの少し声が涙ぐんでしまうが、強がってそう答える。それに対して彼は「結構強いですし、仕方ありませんね。」と答える。彼は恐らく気づいているだろうが、敢えてそれ以上言及はしなかった。そんな距離感が心地良い。

 

「戻らないんですか?」

 

戻る?

 

「ちゃんと帰りますよ、家に。」

 

そう答えると、彼から意外な言葉が返ってくる。

 

「スクールアイドル同好会の方には?」

 

守ると約束した、でも守れなかった。彼女は約束を破ったのだ。そんな場所に

 

「戻る価値はありませんか、貴女には。」

 

「!!?」

 

まるで自分の心を見透かしているかのように彼は淡々と言葉を続ける。

 

「まあ、それは貴女の自由ですし、好きにすれば良いでしょう。」

 

そう。彼ならそう答えると信じていた。ならば私は潔く同好会から身をひこう。そう考える。

 

「しかし。」

 

「へ?」

 

さらに言葉が続く。

 

「貴女がどう思うにせよ、それは貴女の個人的な意見です。戻る価値があるかどうか、それは貴女が決めることでは無い。価値があるか、それは自分個人だけで判断するものではありませんよ。」

 

「どういう、意味でしょう?」

 

「貴女に戻る価値があるかどうか、それは貴女の仲間が判断することです。とだけは言っておきますよ。」

 

 

「…皆さんは、私をきっと軽蔑しています。勝手に同好会を辞めて、守ると約束しておきながら守れなくて…そんな自分勝手な私を、誰が認めてくれるんでしょうか?」

 

 

「さあ。」

 

解りっこない。そんな風に彼は答える。

 

「それは、ご自身で確かめてみては。」

 

「しかし、「逃げることも重要ですが、時には勇猛に立ち向かうことも必要ですよ。」…立ち向かう?」

 

「ええ。貴女はそう簡単に逃げる人にはみえませんが、どうでしょう、優木せつ菜さん?」

 

そう言われ、なんとなくだが心の底から僅かに力が湧いてくる気がした。

 

「世界を大好きで溢れさせる。そんな大きな野望を持ったスクールアイドルが、こんなところで敗けるとは思えませんがね。」

 

 

最後の一押し。

 

菜々の瞳が力強く光ったように感じた。そして

 

「当然です!私はまだ敗けていませんよ!例え生徒会長でなくても、私はスクールアイドル、優木せつ菜の心は失っていません!」

 

ほんの僅かだが、彼女の制服が赤い衣装へと変わった気がした。DIVE!の時とは違う、まるで炎が巻き起こるような力強い衣装、その変化に少し目を擦る。すると彼女は強く拳を握って仁王立ちをして、こちらを見ており、制服のままであったことにほんの少し驚く。

 

「陸さん!ありがとうございます!」

 

何故か彼女から礼を言われ、困惑する。

 

「あ!さては何故自分がお礼を言われてるか解っていませんね!?」

 

と、ほんの少し悪戯っぽい笑みを浮かべながら「陸さんらしいです!」と言われ、ほんの少し煽られているような言葉にムッとするが、まあこんなことも悪くないかと思い直し、陸もこの世界で初めて、彼女の強さに少し優しく笑みを浮かべてしまった。まるで、成長した子供を見るかのように。勿論、優木せつ菜に気づかれないようにだが。

 

せつ菜は、ほんの一瞬だが山上陸から柔らかい雰囲気を感じた。彼の顔はいつもと変わらず無表情なままだったが。そんな不思議な感覚に少し戸惑いながらも、陸の方を真っ直ぐと見つめ直す。

 

「私は以前三船栞子から、生徒会へのスカウトを受けていたので、そちらの方を考えていますが、優木さんはどうなさるんですか?」

 

なんだかんだで、初めてせつ菜の方の名前で呼ばれた気がした。いつもは、中川会長、生徒会長としか呼ばれていなかった気がする。そう考えると何だかむず痒い感覚になる。

 

「そういえば、陸さんは最初生徒会に入りたがっていましたね。」

 

思い返せば懐かしい。そう、彼は最初風紀委員会ではなく生徒会に入ることを望んでいた。しかし、彼女が彼を不審に思い、苦し紛れに風紀委員会へと推薦したのだ。

 

「忘れていました。」

 

「でしょうね。少し入るのに時間がかかりました。」

 

「計画通りですか?」

 

せつ菜が少しわざとらしくそう問うと

 

「いえ、計画とは少し違いますが、まあ及第点といったところでしょう。」

 

そんな返答がくる。

 

「必要な仕事がいくつかありますからね。」

 

そう、三船栞子の行動には注意しなければならない。スクールアイドル同好会。元の世界へと戻るための鍵をここで失うわけにはいかないのだ。

 

意味深にそう呟く陸をせつ菜は不思議そうに見ながら、これから先の行動を考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

計画はどうあれ、彼女、優木せつ菜のやる気が戻って良かった。あのまま意気消沈し、本当に活動停止などされたらたまったものではない。せっかくここまで来たのだ、こんな"下らないこと"で潰れてもらっては困る。彼女には最後まで利用されて貰うのだ。彼女を使い、同好会との親交をほんの僅かに回復させるのもありかもしれない。まあ、できれば無駄な関り合いを避けたいため、このままライブだけ利用させて貰うのも良いかもしれないが。まあ、少なくとも同好会からの信頼は非常に薄いため、そちらの方が手っ取り早い。

 

君たちはただ、黙ってライブをして楽しんでいれば良いのだ。その活動に障害が出るならば、"今"は俺が取り除こう。

 

 

 

陸はせつ菜と別れた後拠点へと戻り、シャワーを浴びて体を暖め、ゆっくりと椅子に腰を据える。

 

「さてどう出る、三船栞子?」

 

邪魔はさせない。何者であろうと、何であろうと。

 

「もう終わりにしたい。」

 

そう願いながら瞼を閉じるのだった。



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Front line

1915年8月、英国陸軍ノーフォーク連隊300名がトルコ サン·ベイ丘を目指し進軍中、謎の霧に入り行方不明。オスマン帝国が拉致をしたと英国は考えたが、オスマン帝国はそのような部隊との交戦記録は無いと否定している。

 

「行方不明、か。」

 

スマホの電源を切り、ゆっくりと眼を揉みながら椅子によしかかる。

 

世界にはいくつもの奇妙な都市伝説が存在する。特にこの神隠しというやつは興味深い。俺も元の世界ではそんな扱いを受けているのだろうか?題名はこうだ

 

『自衛官、演習中に行方不明!!』

 

…ふむ。いまいちパンチが足りないか。

 

山上陸はそんな下らないことを考えながら生徒会室で眼を閉じる。

 

すると、ガチャリと扉が開かれる音がする。誰か来たか。まあ、想像はつくが。

 

「早いですね、三船栞子新生徒会長。」

 

チラリと彼女の方に目をやる。それに対し、彼女は少し不機嫌そうにこちらを見ながら、口を開く。

 

「山上陸さん。ここで何を?」

 

「いえ、風紀委員として、新生徒会長にご挨拶でもと思いまして。」

 

飄々とした態度でこちらに話しかけてくるこの男は何を考えているのかわからない。だからこそ警戒する必要がある。

 

「なら、早く戻って貴方のやるべき仕事をしてはいかがですか?私も暇では無いので。」

 

それは勿論、とばかりに彼は軽く会釈しながら立ち上がり、生徒会室の扉に手を掛けようとする。

 

「ところで。」

 

出ていくかと思われた彼の足は扉の前で止まり、こちらに顔を向けてくる。その顔はどこか不気味で

 

「以前、貴女が私をスカウトしたこと、覚えていますか?」

 

覚えている。忘れるわけがない、あの恐ろしい感覚は今でも覚えている。だからこそ、彼の瞳は未だに直視できない。

 

「ええ、生徒会へのお誘いですよね。」

 

「あの時、貴女はただの生徒の1人でした。しかし、今は違う。貴女は権力を持ち、ある程度の融通はこの学園で通るようになる。」

 

彼の一言一言から、言いたいことが伝わってくる。だが敢えてこちらから口にしたりはしない。何故かはわからない。ただ、彼を入れてしまったら何かが狂う。そんな気がする。

 

「私を使ってみませんか?三船会長。」

 

「…」

 

こちらを見る彼の瞳は黒く淀んで見える。

 

「まあ、あれから時間も経ちましたし、ゆっくり考えて頂いて構いませんよ。私も、暇ではありませんから。」

 

そう言い残し、彼は生徒会室から出ていくのだった。

 

「…山上陸、貴方は何者なのですか?」

 

嫌な汗が背中を伝う。彼についてはもう少し知る必要があるかもしれない。この学園を守るためにも、あのような異物をどう対処すべきか。生徒会長としての仕事は、少し忙しくなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

掴みが悪い。これは生徒会に入れると考えない方が良いだろう。まあ、風紀委員として活動することも悪くはないだろう。上手く三船栞子を扱えればの話だが。

 

「中川菜々は、扱い易かったんだがな。」

 

溜め息を溢しながら生徒会室の前から立ち去り、風紀委員会室に戻って残りの仕事でも片付けようかと考える。だが、それは叶わないようで

 

 

「山上陸!」

 

中須かすみが目の前には立っていた。

 

 

 

 

山上陸、あの男はよくわからない。ただ、侑先輩やせつ菜先輩に嫌な思いをさせたことはわかっている。だからこそ、一発ビシッと言ってやらないと気がすまない。

 

目の前に立つ男は自分をつまらない物でも見るような瞳で見てくる。見下しているような、それとは違う、そうまさに物だ。何か物が目の前で喚いている、そんな目。

 

「何かご用ですか、中須かすみさん。」

 

「…ッ。」

 

彼の一言に圧がある。思い切りこちらの全力をぶつけてやろうかと意気込んでいた彼女の心は、彼の前に立った瞬間、急に抜けてしまった。なんとなくだが

 

(怖い?)

 

彼は笑顔だ、だがその笑顔が不自然で。まるで

 

(しず子の演技で魅せる笑顔とは、まるで違う。)

 

友人である桜坂しずくは演劇部に入っている。そんな彼女の演技は、時に見抜けないようなリアリティを持っていることがある。だが、そんな彼女の魅せる演技とはまた違う何かがある。そう、しずくの演技に似ているが、何かが決定的に違う。しずくの傍にいる彼女だからこそか、直感的にそう感じた。

 

張り付いたその笑顔はとても不気味で、思わず息を呑む。

 

「用件が無いのであれば、私はこれで。」

 

そう言い、彼はかすみの前を立ち去ろうとする、が

 

「ま!待って…下、さい。」

 

思わず敬語になる。同い年であるはずなのに、ガツンと言ってやろう!そう思っていたはずなのに。

 

「…、私も暇ではありません。」

 

「ッ。や、山上陸!な、なんでせつ菜先輩や、侑先輩に、あんな事を言ったんですか!!!」

 

ああ、と納得したかのようにかすみの顔を見る。ほんの少しその瞳は潤んでいて。

 

「怖いですか、私が?」

 

「へ?」

 

想定外の質問に呆ける。

 

「虹ヶ咲学園、初の男子生徒と会話した最初の感情は、やはり恐怖でしょうか?それともまた別の感情か。」

 

どうです?と聞くかのように手の平を上にして答えを聞いてくる。

 

「え…と、怖い、です。」

 

すると彼は少し可笑しそうにクスクスと笑う。その笑いかたは先ほどとは違い、自然な笑みのように感じた。

 

「でしょうね。そして憎しみも。」

 

すると笑みが消え、いつもの無表情な顔に戻る。

 

「貴方は、私が憎いですか?」

 

その問いは答えにくかった。怒りこそあれ、憎いか?と聞かれればそれは分からない。

 

「わかりません。」

 

「結構。」

 

彼は納得するかのように首を軽く縦にふる。

 

「時に。」

 

彼から再度質問が来る。その質問はひどく奇妙な質問だった。

 

「例えば、貴女が道を歩いているとしましょう。」

 

「はあ?」

 

「いつも見知っている道。しかし、突然その道は無くなり、辺りには見慣れぬ風景が広がっている。もし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   貴女なら、そんな状況に置かれた時、元の道に戻ろうと抗うことができますか?」

 

 

「えっと?質問の意味が、わかりません。」

 

そう答える

 

「ええ、そうでしょうとも。そして、それが私と貴女の、いえ、貴女達との違いですよ。」

 

 

「………?」

 

「では、私はこれで。」

 

 

奇妙な余韻がかすみを包み込む。彼が何を言いたかったのか、それは理解できない。優木せつ菜ならば理解できたかもしれないが。いや、彼女でも無理だっただろう。答えは彼にしかわからない。

 

 

「私達との、違い…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「覚悟の差だよ、小娘。君は俺に怒りをぶつけるつもりだったのだろうが、君は屈した。その差は埋められない。恐怖を前に足を進める勇気、君はまだ不完全だ。」

 

それに比べ、朝香果林はなかなか強い。彼女は俺に二度も挑んできた。三船栞子もまた同等かそれ以上だろう。

 

「まあ、頑張って貰おうか。」

 

陸はゆっくりと背伸びをしながら、風紀委員会室へと向かって行くのだった。

 



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仮面の下で

昨日は中須田かすみが啖呵をきった。果たして今日は誰が来るだろうか?それとも、昨日で終わりか。

 

陸はゆっくりと風紀委員会室の椅子によしかかり、ぼんやりとそんなことを考える。キイキイと椅子の小気味の良い軋む音が部屋に響く。

 

終わりは近い、そのはずだ。次は負けられない。その為には、彼女達の力が必要不可欠。信頼関係は必要無い、欲しいのはライブで踊る彼女達だけだ。それ以外の余計な物は要らない。

 

コンコンと部屋をノックする音が聞こえる。さて、今日は誰だろうか?朝香果林辺りが妥当だろうか、それとも高咲侑か。いや、高咲侑はもう来ないだろう。あれだけ嫌味に言ってやったのだ、俺ならばもう会いには来ない。

 

「どうぞ。」

 

ガチャりとドアが開かれる。キイィとドアがゆっくりと開き、正面に今日の客が来る。客は困った生徒か、それとも

 

「あの~、ここは風紀委員会で、よろしいでしょうか?」

 

「ええ。」

 

正面の娘はただの生徒だった。

 

特に特別でも無い。ただの客だ。

 

「何かご用件でも?生憎、会長は現在不在でして、用件があるならば私に。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風紀委員会に入るのは初めてだ。正直言えばあまり入りたくない。そう、山上陸の存在だ。虹ヶ咲学園初の男子生徒、それだけで正直関わりたいとは思えなかった。友達の何人かはキャアキャアと黄色い悲鳴を上げて喜んでいたが、正直私は嫌だった。

 

今まで女子だけで楽しくやってきたのだ、それを男という新しい歯車に狂わされたくは無かった。男が入るということは、当然恋愛だの何だのが関わってくるかもしれない(まあ、女子同士での恋愛もこの学園ではよくあることだが)、何だか私達の関係が、世界が壊される、そんな奇妙な恐怖があった。

 

風紀委員会に所属した彼の挨拶を聞いた。真面目そうで、しっかりした人だと感じた。だがそれ以上に私は不快だった。男、ただそれだけで不快になったのか、それとも生理的に彼を受け付けられなかったのか、それとも本能か。とにかく私は、彼、山上陸が不快で仕方がない。

 

 

「何か?」

 

じっと私の瞳を見つめてくる。その彼の瞳は濁った黒色をしていて、まるで物を見るかのような、品定めをするようなそんな視線に不快感が高まる。

 

それでも今、風紀委員会には彼しかいない。出直すか?いや、早くに言うべきだ。でなければ、この学園は、他の友達もおかしくなる。

 

あの三船栞子という生徒が生徒会長になってから、この学園は変わってしまった。好きなことが、できなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前の少女はじっとこちらを見たまま佇んでいる。緊張しているのか、手には先ほどから力が入っている。スカートの裾を握り、皺ができているのがその証拠だ。足も僅かに震えている。やはり、俺は初見そんなに怖いのかと呆れてしまう。これでも穏やかな気持ちを心掛けているのだが。

 

「用件が無いのであれば、私には仕事がありますので。」

 

 

そう言っておく。私に何か言いたいのならば、出直すべきだ。彼女はよく知らないが、恐らく中須かすみ、中川菜々、朝香果林、高咲侑のうち誰かかの友人だろう。私が関わったのはその4人くらいだ。それとも、風の噂か何かで、私が同好会全員に喧嘩を売ってしまったとでも思われたか。だとしたら厄介なことだ。

 

彼女は唇をキュッと結ぶと、意を決したかのように大きく息を吸い込み、こちらをキッと睨み付けるかのように見る。

 

全く、面倒なお説教だろうか?そんな風に考えていた陸だったが、彼女の話は陸の予想とはまるで違った。

 

 

「三船生徒会長について、相談があるんです。」

 

 

どうやら、綻びが早くも生まれているらしい。

 

「と、言いますと?」

 

「私、この学園の吹奏楽部に入りたくて。」

 

聞くと、吹奏楽部は基本的に音楽科の人間が所属しているらしい。審査もやけに厳しいとか。対して彼女は情報処理学科、それを三船栞子に伝えると。

 

「非合理的です。貴女は情報処理学科、音楽についての活動よりも、電子系の活動をすべきです。とかで、聞く耳を持ってくれなくて。私は、どうしても吹奏楽に挑戦してみたくて、落ちても良いんです。ただ、やってみたいんです。」

 

 

「…成程。貴女は三船生徒会長に直談判をし、結局貴女のやりたいことに対して否定的な意見を持ったと。」

 

「ええまあ。とにかく貴女の為にならないとか、合理的でないとか、無駄な事とか。そんな話ばかりで。」

 

無駄、か。

 

「わかりました。会長に伝えておきます。少々、新生徒会長の性格はお堅いようなので。」

 

 

「はい。お願いします。」

 

「まあ、仕事ですから。」

 

そう、校内の秩序を保ち、生徒の安全と自由を守るのが我々の仕事だ。国が学園に変わっただけ。そう考えるとやはり、風紀委員会のままでも良いのではないかと思えてくる。このまま学園の秩序を守りつつ、元の世界に戻る手筈を整えていく。そうしよう。

 

三船栞子は完璧であることを求める。彼女は組織の長として完璧だろう。結果を残し、いかに合理的にこの学園を発展させるか、生徒がどうすれば良い結果を残せるか、まさに生徒の、学園のために行動できる人間だ。だからこそ、遊び心が足りないのが玉に瑕だ。勿体ない。

 

 

彼女は一礼すると、風紀委員会室から出て行くのだった。

 

 

「ふぅ。三船栞子、惜しいな。君の天下は早くも揺らいできている。」

 

 

コンコンと再びノックの男がする。今日はやけに忙しい。

 

「どうぞ。」

 

入るよう再び促す。

 

「山上陸さん、いらっしゃいますか?」

 

物静かな綺麗な声が聞こえる。

 

「ええ。」

 

ガチャリとドアが開く。ポニーテールに水色の瞳が印象的な

 

「初めまして、ではありませんが。こんにちは。国際交流学科の桜坂しずくといいます。」

 

「お噂は兼ねがね。」

 

「では、私の言いたいことも、ここに来た理由も解りますよね?」

 

そんな挑戦的なことを言ってくる。

 

「さあ。生憎私は「忙しい、ですか?お得意の。」

 

「…」

 

「かすみさん、中須かすみさんです。昨日同好会に来た時震えてたんですよ。」

 

「寒かったのでは?この学園はクーラーがよく効きます。」

 

時計の秒針を刻む音がやけにはっきりと聞こえる。

 

「貴方と話をしたみたいで。」

 

「ええ。少しですが、私に言いたいことがあるとかで。」

 

「かすみさんに、何を言ったんですか?」

 

しずくの睨み付ける瞳が陸を捉える。だがまるで我関せずといった具合につまらなさそうにしずくの瞳を見返す。

 

「別に、特別嫌味やら何やらは言ってません。ただ、質問をしただけです。」

 

「質問?」

 

「ええ。貴女がいつもの見知った道を歩いているとしましょう。しかし突然、その道は無くなり、辺りの見知った風景も無くなる。まるで自分が、"別の世界"に飛ばされたのではないか?そう思えるような出来事が起こったとしましょう。」

 

 

「…何が、言いたいんですか?」

 

「もしそんな時、貴女は最後まで元の道に戻ろうと、抗うことができますか?」

 

 

質問の意味が解らない。いや、彼という存在そのものが、解らないのだ。故に答えは

 

「…解りません。」

 

「でしょうね。中須かすみさんも同じでした。」

 

陸は可笑しそうに目を細める。その可笑しそうな顔がどこか不気味で。

 

「いつまでも、その仮面が続く。そう思っているのだったら、私には無駄ですよ。」

 

「…」

 

彼の笑顔は演技だ。そう確信している。たまに演技でないような部分も見えるが、そこには感情と呼べるものはまるでない。彼は、山上陸は  

 

「山上さん、貴方は…」

 

それ以上はいけないのではないか?そう本能が警告する。言ってはいけないような、覗いてはならないものを覗いてしまうかもしれないような、そんな感覚を覚え、出かかった言葉を呑み込もうとする。しかし、好奇心がその警告を無視するかのように出かかった言葉を後押ししようとする。

 

これ以上はいけない。踏み込んではならない。そう脳が叫ぶ。

だが、言葉と好奇心は止まらない。

 

「山上さん、貴方は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        "誰"?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山上陸の瞳が大きく見開かれ、自分の身体が強張るのを感じる。気付けば彼女は壁に身体を預けていた。ブワッと全身から嫌な汗が吹き出し、毛が逆立つ感覚に襲われる。

 

 

「貴様、何を知ってる?」

 

 

「…ぇ…?ぁ、ぇ。」

 

山上陸の瞳だけが、桜坂しずくを鋭く睨み付けている。その瞳は、まるで人を殺すかのようだった。声が出ない。下半身から生暖かい物が出てきてしまうような、そんな感覚を覚えるが何とか堪える。

 

「お前、奴の知り合いか?」

 

奴?奴って何だ?分からない。ただ恐怖だけが今のしずくを支配している。ガチガチと歯がうまく噛み合わない。自分は今どんな顔をしているかも想像がつかない。胃の中がひっくり返りそうな感覚がする。気を抜けば全部吐き出してしまうのではないだろうか?ビリビリと肌が痛み、鳥肌が立つ。

 

終わりだ。何となくだがその感情がストンと腑に落ちる。私はここで終わるのだと。しかし、そんな苦しい感覚が不意に無くなり、そこには普段通り、無表情な彼が椅子に座っていた。先ほどまで心臓を鷲掴みされていたような感覚は嘘のように消えた。

 

「…どうです、完璧でしょう、私の演技は?」

 

 

「ふぇ?」

 

思わず気の抜けた声が出る。

 

「私は私ですよ。しかし、演劇部の桜坂しずくさんを怯えさせる。自分で言うのも何ですが、なかなかでは?とはいえ、そこまで怯えなくても。」

 

ズルズルと壁から身体が滑り落ち、思わずその場に力なくへたりこんでしまう。

 

彼の瞳は相変わらず濁っており、張り付いたような笑顔で手を差し出す。私はその手を力なく握り、立とうとするが腰が抜けてうまく立てずよろめいてしまう。そんな私に彼は椅子を用意して「暫く休んでいっても構いませんよ。」と言うが、私は結構ですと、壁を伝いながら部屋を出ていった。

 

「何、今の。」

 

あの顔は、あの瞳は本物だった。私を

 

 

 

 

 

      "殺す気"だった。

 

私は感じた、あれが。あれこそが、彼の隠している仮面の下、内側だったのではないかと。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ。」

 

しくじった。まるで俺の正体を知っているかのような問いかけに反応してしまった。

 

しかし、桜坂しずくの反応ですぐにあの問いが特別意味が無いことがわかった。あれは単なる好奇心だろう。

 

それにしても驚いた。うまく隠しているつもりだが、案外隠しきれていないものか。或いは、彼女の勘が良いのか、演劇部で鍛えられた賜物か。

 

「俺も、もう少し演技?の訓練をした方が良いか?」

 

怪しまれているのは事実だ。これ以上ミスは犯せない。衛は自分にそう強く言いきかせた。

 

これ以上余計な関係も増やしたくないと思ったとはいえ、少々怯えさせ過ぎた。これはこれでまた面倒に巻き込まれる。

 

陸は内心後悔をしながらインスタントコーヒーをカップに入れ、ポットからお湯を注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しずく、どうしたの?」

 

朝香果林は顔色の悪いしずくを見て心配した。少し演劇部の方を見てくると言って出ていき、同好会に戻ってきたらこれだ。

 

だが、なんとなく察した。

 

「山上陸に、会ったのね。」

 

「…はい。」

 

果林は勢いよく立ち上がる。恐らく彼の元へ行くつもりだろう。だが、そうはさせまいとしずくは腕を掴む。

 

「ど、どうしたのよ!?」

 

フルフルと首を横に振る。行ってはならない。そういう意味だ。

 

「ダメ、です。彼のことは、放っておくべきです。」

 

「何言ってるのよ?せつ菜、侑、かすみだけでなく貴女まで怯えさせて、黙ってろって言うの?」

 

「とにかく、抑えて下さい。それから、同好会の皆にも、彼には金輪際会わないようにと、伝えて下さい。」

 

しずくの縋るような顔と声に、果林は大人しく座り直す。

 

「はぁ。わかったわ。」

 

どこか納得できないといった表情で、果林は今後について考える。彼は目に余る。同好会全員で立ち向かうべきだ。しかし、そうなればせつ菜が心配だ。彼女は賛同するだろうか?いや、しないだろう。せつ菜は彼が好きだ、おそらくだが。いつもの好きではなく、1人の男性として。彼女の観る目のなさに同じ女性として心配になるが、好きになってしまったものは仕方無いだろう。彼女は今とても不安定だ。選挙で負け、スクールアイドルの活動が両親にバレ、喧嘩をしている。それだけならまだしも、家出まで。まあ、そこは侑に任せておけば大丈夫だろう。彼女は常に私達を良い方向へと導いてくれる。私は、いや私達は私達のできることをするだけだ。

 

同好会も今後どうなるか分からない。三船栞子から廃部の提案が出ていることも知っている。まだ、直接に話に来ていないが、いずれ来るだろう。

 

それでも

 

「私が守ってみせる。」

 

朝香果林はそう強く決意した。

 

「果林さん?」

 

どうやら思わず声に出してしまったみたいだ。

 

「何でも無いわ。大丈夫、心配無いわ。この先、何があっても、皆で頑張って戦いましょ?」

 

そう強くしずくに言い聞かせると、しずくはほんの少しホッとした顔で頷くのだった。そう、皆がいれば怖くなんて無い。これまでもこの10人で乗り越えてきたのだ。私達スクールアイドル同好会は無敵だ。自分にそう言い聞かせるように、果林はカップに紅茶を注ごうとする。

 

「…ッ。」

 

そこで、ほんの少し手が震えていることに気付く。今でも思い出す、あの男の不気味な気配を。果林はゆっくりと呼吸を整え、微笑みながら自分としずくの分も紅茶を淹れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、そろそろ終わりにしたい。」

 

陸は面倒臭そうに、風紀委員会室でコーヒーを啜るのだった。

 

邪魔はさせない、誰であろうと。張り付いた笑顔は消え、その瞳で見えない敵を睨み付けている。

 

 



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Not a hero

カリカリとペンを紙に走らせる音が部屋に響く。学園の新情報や、新ルール、新しい活動、問題行為等々、風紀委員会がある程度まとめ、生徒に情報を伝達を行ったり、学内に掲示したり、時には生徒に警告したりと仕事は山積みである。特に文字をまとめるのは面倒なのだ。流れるような迷いの無いその単純な作業を見るのはもう慣れた。その音も、しかし、その単純に見える作業が地味に手間がかかり、苦労することも知っている。デスクワークは俺の職場では基本幹部か何かしら係の就いた陸曹の作業であり、俺も経験があったためか、すぐに仕事に馴染め、今では風紀委員会の全員と同レベルか、自分で言うのもなんだが、少し上だろう。まあ、何が言いたいのかと言えば…

 

(慣れてきている。)そして(馴染んできている)

 

これは非常に危険な事態だ。まるで、自分がこの世界の住人の1人(いや、実際今はそうなってしまっているのだが。)みたいだ。よくもまあ、この世界の人間はこうも俺という異物を受け入れようとするものだ。相変わらず甘い。まあ、疑われ、俺の計画に支障や障害が出るよりはずっとマシなわけだが。

 

「ん?」

 

そこで奇妙なビラに目が行く。

 

「どうしたの、山上君?」

 

ジッとそのビラを見つめる。そこには

 

『生徒会より スクールアイドル同好会 停止について検討中のお知らせ』

 

と書いてあった。

 

「山上君?」

 

「…いえ、何でも。下らないクレームですよ。」

 

俺はその紙を取り

 

「少し用事ができました。」と言い、風紀委員会室を出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スクールアイドルなど、この虹ヶ咲学園には不要である。以前、彼女たちの開催するスクールアイドルフェスティバルなる催し物を観た。確かにお客さんも、他校の生徒も、保護者の方々も楽しんでいた。だが、それ以上に多くの生徒が我慢しなければならなかったことも事実。たかが同好会1つの為にあれだけの人員を費やし、他校の生徒も招き入れ、他の同好会や部活動の活動時間を奪った。たった1日、されど1日だ。なにがあろうと時間は決して戻ることはない。彼女たちは、自分たちの我が儘の為に他の生徒達の貴重な1日を奪ったのだ。

 

三船栞子はそれがとても気に入らなかった。いや、それ以前に彼女は、スクールアイドルそのもの自体、あまり良い目で見ていなかった。

 

楽しんでいた者達はいた、それは認めよう。だが、それはあくまでも自己満足だ。彼女たちは、『皆の夢を叶える場所』と謳いスクールアイドルフェスティバルを行った。だが、それで本当に皆の夢は叶えられただろうか、または叶えられる気になっただろうか?答えは否だろう。本当に夢を叶えると謳いちいのならば、わざわざ学校を貸し切り、他の生徒の活動を停止させたりはしない、そんなことをするよりも、個人個人の練習時間をしっかりと与え、部活動や勉学に専念させる方がずっと合理的だ。彼女たちのライブは無駄な時間なのだ。要は自己満足、自分たちに酔いしれているだけだ。そうとしか思えない。

 

 

「はぁ。」

 

溜め息が溢れる。これで何度目だろうか。今日、同好会には直接話をしに行った。警告もした。しかし何だろうか、何か忘れている気がする。同好会以上に気を付けなければならない何か。杞憂で終われば良いが。同好会からは良い顔をされなかった。まあ、当然だろう。職権乱用だとか、横暴だとか。しかし、こちらにも言い分はある。スクールアイドルフェスティバルについては、私の意見の方がずっと正しい。

 

「スクールアイドルなど、この学園には不要です。」

 

 

最近、自分の噂を聞くようになった。それもあまり良い噂ではない。何故?私はこんなにも皆の為を思って活動しているのに

「中川会長の方が良かった。」とか「つまらなくなった。」とか、最近そんな噂を耳にするのだ。頭が痛い。彼女たちはわかっていないのだ、これから社会に出る上で彼女たちが最も効率良く成果や結果を出せるよう考えていることを。

 

コンコンと部屋がノックされる。

 

「はい。」

 

誰だろうか?

 

「失礼します。三船会長。」

 

ガチャりとドアが開き、その声を聞いた。ゾッとする。妙な汗が背中から垂れる感覚を覚える。そして気付いた。この男だと。忘れていた、山上陸という異物を。

 

「どうかなさいましたか?」

 

彼は一枚の紙を私に見せる。各委員会に同好会の活動を停止させると伝えた紙だ。

 

「それが何か。」

 

彼は私の眼をジッと見つめながら

 

「何か問題が?」

 

と聞く。これには少し驚いた。あの何事にも無関心であろう山上陸が、同好会の活動停止に疑問を持っていることに。勿論、他の委員会からも数人だが抗議にはきた。だが、彼が来るのは予想外だった。

 

「以前のスクールアイドルフェスティバル開催、これに少し思うところがあったので。」

 

と言うと、彼は「ああ、なるほど。」とどこか納得したように首を縦にふった。随分簡単に納得するな、と思っていると

 

「しかし、少々横暴では?」

 

「意外ですね。」

 

「何がです?」

 

相変わらず無表情のまま、彼は私を見ている。

 

「貴方が彼女達の味方をするとは。」

 

「心外ですね。」

 

彼はやれやれと首を横にふりながら「私は味方ではありませんよ。」と答える。

 

「私はただ、生徒の権利と自由、秩序を維持する風紀委員会として、貴女に警告をしにきただけです。」

 

「スクールアイドルフェスティバルは良かったのですか?」

 

「あれは生徒も教員も同意の上です。」

 

「全員ですか?全校生徒、この虹ヶ咲学園全員が賛同したのですか?」

 

そう、全員が全員賛同したわけではないはずだ。少なくとも私は反対だった。すると彼は少し可笑しそうに

 

「民主主義万歳ですね。」

 

と答える。要は多数決で決まったのだから仕方ないと言いたいのだろう。

 

「…」

 

これには悔しいが言い返せない。世の中時には数がものを言うのだ。

 

「とはいえ、確かにあのスクールアイドルフェスティバルという催し物が面白く無いと思う方々もいたでしょう。貴女の言いたいことが分からない訳ではありません。」

 

「はあ。」

 

「ですから、ここで1つ提案があります。」

 

突然彼からそう持ちかけられる。

 

「何ですか?」

 

「アンケートですよ。スクールアイドル同好会が活動を停止すべきか、今後も続けて良いか。委員会だけでなく、文字通りこの学園全員を対象に。どうです?」

 

「…」

 

「悪くない提案だと思うのですが。勿論、公正に。結果は不正の無いよう、生徒会長ご自身と、貴女の信頼できる方々で調べて構いません、貴女は不正ができるようなズルい人間では無いでしょう?」

 

確かに公正だ。声の力は強い。これで活動停止について反対が大多数であれば、私も彼女達に対して扱いをもう少し変える必要があるかもしれない。

 

「8割が続けて欲しいと言えば、認めましょう。」

 

彼は両手を挙げ「これは手厳しい。」と少しおどけながら「では失礼します、寛大な生徒会長。」と挨拶をして帰るのだった。

 

 

「相変わらず、不気味な方ですね。」

 

栞子はドアの向こうを悔しそうに睨むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒会室のドアを開ける。

 

うまくいったな。非常に単純だが実に効果的だ。あのスクールアイドルフェスティバル以来、彼女達の人気はうなぎ登り、ファンクラブまでできているのも知っている。8割はかたいだろう。欲を言えば7割で勘弁して欲しかったが、まあ、上手くやるだろう。

 

そんなことを考えながら風紀委員会室に戻ろうとすると、目の前から瑠璃色の髪色が特徴的なあの少女がやってくる。

 

 

ちょうど良い、か。

 

「あら、奇遇ね。山上陸君。」

 

彼女、朝香果林はこちらを睨みながら挨拶してきた。

 

 

彼女もまた、三船栞子に抗議をしようと生徒会室に向かっていた。こんなことが許されて良いはずがない。これは職権乱用だ。彼女の言い分はわかるが、それ以上に彼女自身の私念を強く感じていた。だからこそ抗議し、考え直して貰わなければならない。自分たちの大切な場所を奪わせはしない。

 

そう考え、生徒会室に向かう途中で彼に出会った。だが、今は彼に構っている暇はない。彼とは後でゆっくりと話をする。しずくには止められていたが、やはりこのまま黙っているわけにはいかない。三船栞子と話し合った後で、彼とはじっくりと話し合う。

 

「おや、朝香果林さん。スクールアイドル同好会についての抗議ですか?」

 

そう話す彼にイライラしつつも、

 

「今は君と話し合ってる暇は無いの、後でゆっくりとしずくを怯えさせたことについて色々聞かせて貰うわ。」

 

「そうですか。」

 

彼はどこか可笑しそうに果林を見つめる。眼を細めた笑顔の奥の瞳は相変わらず真っ黒く濁ってみえる。それが不気味でそそくさと生徒会室に入っていった。

 

「せっかちな女だ。」

 

そう呟くと、陸は風紀委員会室へと再び足を運ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒会室から戻ると、時刻は午後5時30分をまわっていた。 夕日が傾き出している。再び机に向き合い、単純作業の繰り返し。紙に纏め、それをパソコンに打ち直す。面倒だ。

そんなことを考えていると、コンコンとノックの音が響き、委員長が出る。そして、

 

「山上君、お客さんよ。」

 

と声をかけられた。誰だかは大方予想できる。

 

ゆっくりと腰を上げ、部屋の外に出る。そこにはやはり、朝香果林が立っていた。

 

 

「随分早かったですね。」

 

そう喋りかける。あくまでも温厚に。

 

「どういうこと?」

 

「なにがです?」

 

突如そんなことを言われる。

 

「三船栞子にした提案よ。」

 

そこで合点がいった。彼女はどうやら俺がスクールアイドル同好会に手を貸したことに驚いたらしい。

 

「ああ。良い提案でしょう?悪くないはずですが。問題でも?」

 

 

「貴方、何を考えているの?」

 

「…ここは目立ちますし、場所を変えましょう。」

 

俺はゆっくりと、朝香果林を校舎の裏に誘導するのだった。

 

朝香果林は勘が良い。非常に厄介な存在だ。できれば関り合いたくない人物だが、その根性の強さは認めてやろう。そうこなければ面白く無い。それでこそやり合いがあるというものだ。

 

 

「さて。ここまで連れてきて、私をどうするつもり?」

 

「心外ですね。私が貴女に何かするとでも?」

 

彼女は「どうだか?」と怪しみながらこちらを睨んでいる。

 

「さて、先ほどの質問ですが。私としては風紀委員会として仕事をしたにすぎません。それだけです。」

 

「そう。別にそれは問題じゃないわ。まあ、貴方が何を企んでいるのか知らないけど。これで侑やにしたことや、せつ菜に対する発言がチャラになるとは思わないことね。」

 

「別に。」

 

「だから?」と言わんばかりの反応に手が出そうになるのをグッと堪える。

 

「ふぅ~。なら、しずくについては?」

 

深呼吸をし、怒りを抑える。

 

「挑発をしてきたので、少々こちらもと、お返しを。」

 

「挑発?」

 

「ええ。」

 

しずくが?あの子がそんなことをするとは思えないが。

 

「本当に?」

 

「本人に自覚があるかはわかりませんがね。」

 

つまり、彼の癇に障るようなことを言ったのだろう。普段から無表情、たまにイライラしているような雰囲気は出すものの、比較的何も感じ無さそうな彼にも、逆鱗となるポイントがあるのだろうか。

 

「貴方は何を考えているの?」

 

「さあ、何でしょう?」

 

やはり目の前の男は不気味だ。何を考えているのかが全く読めない。理解ができないのだ。そんな私の心を見透かすように彼は「別に理解する必要はありませんよ。」と呟く。

 

 

なんとなくだが、その瞳はほんの少しだが寂しさを持っているような気がして

 

「貴方は何者なの?」

 

「ただの生徒ですが?」

 

その答えに釈然としない。いや、わかっているのだが、なんだか生徒というには雰囲気が変なのだ。そう

 

 

まるで、彼と私達では住む"世界が違う"ような。そんな不思議な感じ。

 

「せっかくですから、貴女に1つ質問しましょう。」

 

「何かしら?」

 

奇妙な質問だった。

 

「貴女は悪夢を見る。いつもと変わらぬ風景、いつもと変わらぬ景色。しかし、貴女の知っている物は何一つ無い。学校も、番組も、友人も家族も誰もいない。貴女はそんな場所で、いつまで独りで抗えますか?」

 

 

「へ?」

 

「では、私は仕事が残っていますので。」

 

奇妙で寂しい余韻が果林を包み、陸はそのまま風紀委員会室へと戻っていこうとする。

 

「どういう、意味?」

 

すると彼はピタリと足を止め、ゆっくりと果林の方に向き直る。その姿は、普段の制服とは何処か違った服装で、迷彩色のどこか物々しい雰囲気を醸し出した男が立っているように見えた。

 

「大した意味はありませんよ。失礼。」

 

彼は会釈をすると再び歩き出すのだった。その姿はやはり、制服姿のいつもと変わらぬ山上陸という男そのものだった。

 

 

「…今の、何?」

 

果林は眼を擦るが、やはり迷彩色の服など彼は着ていない。まるで狐に摘ままれた気分だ。

 

果林は疲れているのだと自分に言い聞かせ、同好会へと戻るのだった。が

 

「あら?同好会って、どっちに行けば良かったのかしら?」

 

 

彼女が同好会に無事戻れたのは、それからしばらくしてのことだったとか。

 

 

 



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戦士の時間

心臓が高鳴る。バクバクと今にも破裂しそうだ。この緊張感、恐怖と興奮、ある種の高揚感が同時に押し寄せてくるような不思議な気持ち。戦いの感覚。この気持ち、君たちには理解できるだろうか?君たちで例えるなら、ライブを行う時はこんな感覚なのかもしれない。まあ、あくまでも俺の予想だが。それなりの恐怖も苦しみも乗り越えてきた。だが、やはり戦いの前というのは少し緊張するものだ。例え相手が何であれ。

 

「借りは返す主義だ。」

 

今俺は、自分でも理解し難いことをしている。何故こんなことをしているのか、どうでもいいことだ。これは俺の誇りなんだ。この行動に対する理由も論理もどうでもいい、今の俺は

 

「いや、私は…。」

 

陸山衛ではない。

 

「虹ヶ咲学園風紀委員 山上陸だ。」

 

それが私の今この場に立つ理由だ。ただそれだけのことだ。

 

 

 

 

 

 

 

~数時間前

 

 

三船栞子の説得から数週間経った。スクールアイドル同好会は無事活動を継続できるらしい。全くヒヤヒヤしたものだ。しかし、今日も天気が悪い。どんよりとした曇り空が気分をより暗くする。ただでさえ気分は落ち込んでいるというのに。

 

この世界にきて何ヵ月だ?もうどのくらい時間が経ったのかさえわからなくなってきた。相変わらず風紀委員での仕事は面倒で、パソコンと資料に睨めっこの日々。退屈なほど平和な世界。災害も無ければ戦争も無い(まあ、あっても困るが)。

 

あの人間擬きはいつになったら仕掛けてくるのだろうか?戦う準備は充分とは言えないが、殺るつもりならいつでも殺ってやろう。まあ、ここまで惨敗なのでそんな強気な気持ちでも説得力は無いだろうが。ただ

 

「せめて気持ちだけでも、お前には勝つ。」

 

そう自分に言い聞かせる。気持ちで負ければそれは完全な敗北を意味する。せめて、気持ちだけでも。一矢報いる?悪足掻き?どちらでも良い。例えこの戦いで山上陸の肉体が滅んだとしても、陸山衛としての誇りだけは守り続けていきたい。奴に見せつけてやる、陸山衛は決して敗北せず、この世界に屈することはないと。

 

「ふぅ。」

 

資料を読み終え、次の仕事へと移る。ふと新しい留学生がやってくるという手紙を見つけた。

 

「香港からか。ご苦労なことだ。」

 

香港ということは、中国の存在もあるのだろう。まあ、スイス人の留学生もいることだし、世界各国は存在しているだろう。軍事面はどうなっているか、存在しているのかはわからないが。

 

ゆっくりと身体を伸ばし、軽くストレッチをする。

 

「ずっと椅子に座りっぱなしというのも、なかなかに疲れるな。」

 

思えばたしかに仕事で椅子に座り、パソコンに向かう日もあったが、どちらかというと山に行き、身体を動かす方が多かった。慣れないことは疲れる。これも新しい教訓、学習だ。

 

「少し、外の空気でも吸うか。」

 

風紀委員会室の扉を開け、学園内を見渡す。ザワザワとした空気に今は少し滅入ってしまう。今日は1人で静かに、ゆっくりと外の空気に当たりたいのだ。これで外が晴れていれば最高なのだが、やはり現実そう上手くはいかないようで、窓から見える空は相変わらず曇っている。腕時計を確認し、まだ17時になって30分も経っていないことに気づく。

 

「まだ時間はあるな。」

 

完全下校の時刻は19時までだ。

 

焦る必要はない。今日、風紀委員は休みなのだ。個人的に仕事を早めに終わらせ、この世界の歴史について調べるために残っているのだ。まさに今日、風紀委員は恐らく俺1人。調べものをするには好都合だ。

 

残り1時間30分強。残りの仕事量を考えれば約20分で終わる。最低30分は図書館で調べものをしたい。風紀委員会室から正門までは約5分。そうなると…

 

20~30分か

 

「屋上にでも行くか。」

 

まあ、屋上の鍵が開いていればの話だ。

 

 

階段を上がり、屋上を目指す。コツコツと階段から鳴る足音が小気味良い。

 

屋上なんて普通は鍵がかかっていて、教員以外は出入りが自由にできないようになっている。しかしそれは俺の世界での話だ。自殺やら安全性やら、詳しくは学校関係の人間ではないのでよくわからないが、そういった理由で屋上の鍵は基本管理されている。だが、

 

「この世界は、どうだろうか?」

 

なんとなく甘いこの世界ならば、屋上は案外開放されているかもしれない、なんて…ちょっとした好奇心もある。屋上に出る扉に手を掛ける。

 

ガチャリ。とそのドアは拍子抜けするほど素直に開いた。

 

思わず「フ。」と鼻で笑ってしまう。

 

「甘いな、相変わらず。」

 

俺の世界とは少し違うな、なんて。もしかしたら俺の世界でも、屋上が開放されている学校があるかもしれないため、一概に甘いとも言いきれないかもしれないが。

 

扉を開けると、曇りのためか少し冷えた空気が身体を包み込む。肌寒いその感覚がどこか心地良い。

 

「はぁ。」

 

溜め息かが溢れる。ホッと一息か、これから先のことを考えた不安からか。

 

目を軽く揉み、深呼吸をしながら固まった身体を伸ばしてほぐす。

 

思えば何故自衛官なんかになったのだろうか。辛くて辞めたいとかそう思ったことは何度かある。演習もただ疲れる、何か有事があれば休暇や休みは台無しになる。良いことなんか数える程度だ。国民からもあまり良い目では見られない(まあ、最近は変わってきたが)。

 

正直な話、なんとなく入った。やりたいことも特に無く、なんとなくだ。別に愛国心が全く無いと言えば嘘になるが、そこまで強いわけでもなく。武器が好きとか、銃を撃ちたいとか、そんなことを思ったわけでもない。入ったらいつの間にかずっと働いていた。恐らく性に合っていたのだろう。向いていたのかはわからないが。

 

制服のポケットを探ると、入隊したときから使っていた迷彩色のハンカチが手に触れる。これとも長い付き合いだ。

 

「ここでタバコでも吸えれば、最高なんだかな。」

 

そう自嘲気味に呟く。そんなこと、できるわけないだろうと。ただなんとなく習慣が出てしまっただけだ。あまりにも雰囲気が出ていたので、タバコを探ってしまった、ただそれだけだ。

 

「そう、それだけだ。。」

 

寂しいな。

 

そんなことを思っていると

 

「陸さん!?」

 

ああ、君は全く。タイミングが悪いな。

 

優木せつ菜。見慣れた少女がそこにいた。

 

「何をしているんです?」

 

「それはこっちの台詞ですよ。」

 

そんな質問から、ちょっとした会話が始まる。別に彼女との会話が嫌いなわけじゃない。寧ろ楽しい。しかしそれではいけないのだ。彼女と会話をする。ただそれだけで、この世界の甘さに引きずり込まれ、溺れてしまうような、そんな気がするのだ。だから会話は必要最低限にしたい。

 

「息抜きですよ。貴女は?」

 

だがそれでも、やはり心の何処かで寂しさを埋めたい、孤独を紛らわせたい自分がいる。俺は弱い。恐らく自分で思っているよりもずっと弱いのだ。教育も、レンジャーも、仲間がいたから乗り越えられた。1人では不可能なことも、仲間や中隊がいるからやってこれた。だがこの世界はどうだ?頼りになる仲間どころか、自衛官1人いないではないか。孤独だ。彼女と会話をするたびに己の弱さが涌き出てくるようで

 

「私は~、え~っと…い、息抜きです!」

 

そう元気よく答える彼女は、何処か吹っ切れたような笑顔だった。

 

「何か良いことでも?」

 

俺がそう問うと

 

「ええ、そうですね!」

 

力強い返事に、その真っ直ぐな瞳が羨ましい。俺は君みたいに綺麗にはなれない。

 

「そうですか。それは何よりですね。」

 

そう微笑みかける。

 

「それにしても、久しぶりに会いましたね。」

 

彼女は嬉しそうにそう言ってくる。

 

「ええ。最近は忙しかったので。」

 

そう答えると

 

「三船さんに、私達の活動について抗議して下さったと果林さんから聞きました。」

 

朝香果林め、俺のことを喋ったな。

 

「ありがとうございます!」

 

彼女が頭を下げる。

 

「仕事ですから。」

 

そうとも、君たちに活動停止されては困る。

 

「やはり、私は果林さん達の言っていることは間違っていると思います。」

 

彼女はボソッとそう呟く。

 

「陸さんは悪い人ではありません。なのに何故皆さんは陸さんのことを信用してくれないのでしょうか?」

 

彼女はそう悔しそうに問いかけてくる。自問自答なのか、俺に聞いているのか。まあ、自問自答だろう。そんなことを俺に聞かれても困るだけだ。しかし

 

「それは、私が悪い人間だからですよ。」

 

これだけは言えるだろう。

 

その返答に彼女は顔をポカンとさせ、すぐにキッと睨みつけてくる。

 

「何故そんなことを言うんですか!確かに、しずくさんを脅したり、侑さんに心無い言葉をかけたと聞いた時は驚きました。でも!陸さんは生徒会長選挙の時、私を応援してくれました!私の後悔を黙って聞いてくれました!スクールアイドルフェスティバルも、一生懸命計画を遅くまで練ってくれていたのも知っています!他の皆さんが見ていなくても、陸さんが助けてくれたことを私は見ているんです!他の誰よりも、誰よりも私が知っているんです!」

 

 

「…。」

 

彼女の力強い言葉が続けられる。

 

「陸さんの言葉も、教えてくれたことも、私の心に残っています。だから、そんな哀しいこと言わないで下さい。」

 

「…私が何者かもわからないのに、何故そこまで信頼するのです?」

 

意地の悪い質問だ。

 

「確かに、私は貴女のことを知りません。何を隠しているのかも、何を考えているのかも。それでも、貴方は…少なくとも、私を助けてくれました。貴方にその自覚が無くても、私は貴方に助けて貰ってるんです。」

 

ニコリと優しく微笑みかける彼女の顔はとても慈愛に満ちていて、なんとなくだが心が穏やかな気分になる。俺は君を助けた覚えも、自覚も無い。ただ利用しているだけだというのに。どこまでも純粋な彼女の言葉に思わず笑ってしまいそうになる。

 

「そうですか。」

 

「はい!」

 

不思議だな、君は。

 

「陸さん!」

 

彼女に再度名前を呼ばれる。

 

「なんですか?」

 

彼女は目一杯の笑顔でハッキリとこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大好きです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…。」

 

そう言った彼女の頬は若干赤みがかっていて。その意味がただのlikeではないことを理解する。いや、知っていたかもしれない、君の気持ちを。何処でかはわからないが、気付いていた。無意識にだが。

 

 

 

だからこそ無理だ。俺には応えられない。俺はいないんだよ。山上陸はこの世界に存在しないんだ。言っても信じられないだろうが。

 

 

 

「あ!えっと、そ、その!あのですね!今のはその!言葉の綾というか!そ、その!わ、忘れて下さい!!!」

 

彼女は顔をみるみる真っ赤にしてそう訂正してきた。

 

「今日は少し暑いですからね。」

 

「うぅぅ~///」

 

茹でダコのようになる彼女に年相応だなと感じる。これが青春というやつか。なんて冷静に分析する自分は、やはり人の心が無いのだろうか?

 

「ところで。」

 

「は!ひゃいっ!」

 

噛んだ。まるで漫画のようだ。典型的でベタな噛みかたが微笑ましい。

 

「良いこととは?」

 

だいぶ時間が経ったが、興味が少し湧いた。ちょっとした告白を受けたからか、何故かはわからないが。もしかしたら彼女に興味が湧いたのかもしれない。

 

 

「ほぇ?へ?あ、え~っですね。」

 

 

彼女は話してくれた。両親にスクールアイドル活動を否定されたこと、辞めるよう言われ、喧嘩になったこと。家出をしてまだ帰っていないこと。

 

「でも、侑さんに言われて気付いたんです。論理的にだけでなく、私の気持ちも正直にぶつけた方が良いと!」

 

「成る程、それは良いアイディアです。」

 

今彼女の両親は、娘が家出したことに驚いているだろう。つまり僅かだが動揺し、心に隙ができている状態、そこで自分の気持ちを伝えれば確実に落ちるだろう。

 

とはいえ、この世界にもそんな親がいるとは驚きだな。てっきり、寛大な人間が多いと思っていたが。そういえば、以前彼女は両親が厳しいと言っていたが、ここまで面倒だったとは。

 

 

時計を確認すると、既に時刻は18時30分を示していた。しくじったな。残りの仕事は明日に回そう。

 

「ご両親には、いつ気持ちを伝えるのです?」

 

「明日、電話で。そして!私達のライブに来て貰います!」

 

「ライブに?」

 

「はい!勿論、三船さんには許可を取りましたよ!そこで、私の『大好き』を2人にぶつけたいと思います!」

 

意外だな、三船栞子が許可を出すとは。以前のアンケートと同じ戦法でも使ったのだろうか?数の力とは偉大だな。それとも、彼女自身に何か思う所でもあったのだろうか?まあ、どうでもいいことか。

 

「そうですか、では頑張って下さい。貴女の気持ちが無事伝わるよう祈っています。」

 

俺はそう言い、屋上から立ち去った。

 

「はい!陸さんも!是非観に来て下さいね!待ってますから!」

 

彼女のそんな言葉を背に聞きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ。」

 

『大好きです!』

 

告白なんで、もう何十年もされていない。まあ、応えるつもりは無いが、このまま放置というのも、知らんぷりというのも。

 

「後味が悪いな。」

 

 

正直悪い気はしない。彼女との会話は楽しい。ただ俺はこの世界の人間では無いし、なんなら彼女を元の世界に戻るための道具として利用しているだけだ。つまり、彼女を『好きか?』と聞かれれば『さあ。』という感想しか出てこない。面倒な置き土産を残してくれたものだ。

 

 

それにしても、彼女は無事両親を説得できるだろうか?もし仮に説得できないとしたら非常に面倒だ。そうなる前に予め彼女の両親には流されやすくなって貰おうか。

 

それに

 

「借りは返す主義だ。」

 

元の世界に戻るためには彼女達が必要だ。俺の予想ではだが。利用するだけ利用してあとは用なしというほど俺も人でなしではない。その分の協力は惜しまない。自分のために。それに

 

「娘の自由に耳を傾けず、自分の意見を押し付けるというのは、気に入らない。」

 

そうとも、彼女の両親は正しいのだろう、娘を愛しているのだろう。それは分かる。勉強ができるようになって欲しい、真面目に頑張って欲しい。良いところに就職して欲しい。大いに結構だ。だが、やり方が気に食わない。大人が子供の自由を奪って良いことなどない。例えそれが親だとしても。彼女にも権利がある。その権利を、自由を奪うことは誰にもできないのだ。

 

 

つまり

 

 

「生徒の自由と権利を守るのは、私の仕事だ。」

 

ここからは大人の、戦士の時間だ。

 

彼女の家は大まか予想できる。俺は学校を出ると、拠点とは違う方向へと足を進めた。



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OVER LOAD※俺/私/僕

何処だ、ここは?

 

長く歩いていた気がする。それも、俺の拠点とは正反対の場所に。"頭が痛い"。酷い頭痛がする。この感覚、なんとなく覚えている気がする。中川菜々と学園の屋上で話したところまではなんとなく覚えている。だが、そこからが朧気なのだ。曖昧な感覚。まるで雲の上に浮かんでいるような、見えない霧に視界を遮られたような、そんな奇妙な感覚ぎする。

 

「俺は、"何を"している?」

 

自問自答だ。周りからみれば俺は気味が悪いだろう。大きなマンションの前に立ち、頭を抱えながら止まっている。目的は何だ?何をしようとしていた?

 

やけに冷えた風が俺の身体を包み込む。ああ、あいつか。ようやくお出ましというわけか。

 

「…ここで決着、というわけか?」

 

そいつは俺の前に蜃気楼のように姿を現す。

 

『…』

 

「黙りか。神様ってのは、随分コミュニケーションが難しいらしい。」

 

煽るようにそいつに話しかける。だが、そいつは微動だにしない。なんとなくだがイライラとしてくる。

 

「何なんだ?」

 

苛立たしさを隠さず、俺はつっかかる。どうせこいつが姿を現している時、周りの時間は止まっている。原理などわからないが、これまでの経験上確かな情報だ。

 

奴はニヤリと嫌な笑みを浮かべ、ようやく口を開く。

 

 

『1人は孤独か?』

 

意味のわからない質問に、思わず首を傾げる。何を言っているんだ、こいつは?

 

「どういう意味だ?」

 

そいつは『ククク』と可笑しそうに笑いながら言う。

 

『意味も何も、自分でわかっているのでは?』

 

目を細めながら『この場所にきたのだから。』と不愉快な笑い声とともに。

 

「ここは何処だ?」

 

『わかっているだろう?彼女、中川菜々のマンションだ。部屋の番号も教えようか?』

 

 

 

中川菜々の家?何故そんな場所に?そう考えていると、ズキズキと再び頭痛に襲われる。

 

「っ痛ぇ!何なんだッ!」

 

まるでこの感覚は。そう、以前見た夢で感じた感覚と同じだ。あの痛みに似ている。まるで自分が自分で無くなるような、書き換えられるような、頭に無理矢理無いものを叩き込まれるような不快な痛み。

 

『うむ、まだ不完全か、山上陸。』

 

そいつはニヤケた顔から一転、俺の反応を見て不愉快そうに顔を歪める。

 

『優木せつ菜、中川菜々に告白を受けた。だが君はそれに対し何の反応もしていない。まあ、そこは計算の内だ。しかし、ここまで来て未だに抵抗するとは、これは予想外だな。』

 

「…ッ!…何言ってるッ!?」

 

痛みに耐えながらそいつを睨み付ける。計算外?なんの話だ?

 

『君の仕事は、生徒の自由と権利を守ることだ。違うかね?』

 

「…ッ…それは、風紀委員会としての仕事だっ!今の俺には関係無いだろッ!」

 

 

『完成は近いはずだったのに、惜しいな。』

 

「は?だからさっきから、意味が、わからないなッ!」

 

バギギンッッッ!という炸裂音がマンションの前で響く。

 

手に手慣れた小銃が握られていた。

 

『ッ!往生際が悪いなッ!』

 

火薬の匂いと軽い耳鳴りがする。そいつは更に不愉快そうに顔を歪め、弾丸を防いでいた。

 

やはりダメか。

 

「チッ。」と軽くお互いに舌打ちをする。

 

だが奇妙だ。銃はあるが、服装が虹ヶ咲の制服の"まま"なのだ。

 

「どうなってる?」

 

俺は身体を見回すが、戦闘服や自衛隊らしい物品など小銃意外に見当たらない。奇妙な変化に少しばかり焦る。

 

今までは、彼女達のライブが行われている時か、こいつとやり合う時には元の姿に戻れていた。しかし、今は違う。何故か"戻らない"。

 

『まあでも、馴染んできてはいるのか。』

 

俺の様子を見てか、そいつの不快そうな顔が僅かに和らぐ。どこか満足しかけている、といったところか。

 

「何が起きてる?」

 

『自分でも気づいていないのか?そうだな、簡単に言えば、君がこの世界に馴染んできている、とでも言おうかな。』

 

俺が?この世界に?馬鹿馬鹿しい。俺は元の世界に帰る。こんなクソみたいな世界とは『本当にそうか?』

 

 

「…何が言いたい?」

 

『本当は楽しいんじゃないか?この世界にもう少しいたい、ここで暮らしても良いんじゃないか、そう思いはじめてるんじゃないか?』

 

 

「…」

 

『中川菜々に告白されて、本当は満更でも無いのだろう?君がここに無意識に来たのは、君が彼女を助けたい…いや、正確に言えば、手を貸してより良く見られたい。彼女をより早く手に入れたい、そう思ったからなのでは?』

 

ニヤニヤとさも可笑しそうに笑いながらそう問いかける。

 

『欲しいんだろう?中川菜々が。彼女の愛が、彼女の笑顔が、彼女の身体が、全てが。欲しくなったんだろう、山上陸?』

 

 

 

『だから君は、陸山衛を一時的に捨てたんだ。でなければ、彼女の家など来れるはずがない。彼にはそんな設定など存在しないのだから。だが、山上陸ならば来れる。彼はこの世界で彼女達にモテモテだからな。』

 

設定?俺に来れなくて、山上陸なら来れる?意味のわからない言葉が羅列され、脳の処理が追い付かない。

 

俺はただ、質問をするか、黙って聞くことしかできない。

 

「意味が、わからない。」

 

『そうだろうとも。君は無意識だ。無意識に、陸山衛から、山上陸になろうとしている。まあ、性格は私が創造したものよりかなり違うが。本当に驚いたよ。初めて君をこの世界に呼んだ時から、君は予想外の連続だ。上原歩夢との関係も無くなるし、中川菜々との本格的な交流は彼女がスクールアイドル同好会に加入後という遅さ。他のメンバーからの印象が悪い。なんだったら同好会に入部どころか、交流すらほぼゼロ!まったく無茶苦茶なんだよ、君はさぁ!』

 

そいつは徐々に口調を荒くしはじめる。まるで子供の駄々のように、以前までの威厳が少し薄れるように。

 

『大体さぁ!こういう展開なら分かるだろ!皆喜んでさ?欲望のままに可愛いアイドル達を手篭めにしたり、ハーレム作ったり、全員可愛いんだけど、その中で1人選んで純愛とか恋愛展開にしてみたりさぁ!皆そういうのを求めてるんだよ!それを何だ君は!?ボディタッチも、ラッキースケベも無し!話しかけられれば数文字しか喋らないし!励ましの言葉のセンスも悪い!女の子との関わり方もセンス無し!まるで機械みたいに!全然そういう展開にならないじゃないか!』

 

ハァハァと息を荒げ、コホンと一度咳き込みをして冷静さを取り戻している。

 

『君はこの世界に向いていない、そう思った。人選ミスだと。だから、陸山衛を殺し、山上陸として造り直そうかと思ったが、優木せつ菜に対する君の対応を見て気が変わった。君は優木せつ菜に惹かれていった。わかっているんだろう、自分でも。』

 

 

「確かに、その通りかもな。だが、それはそれだ。」

 

 

『そういうのが、本当にムカつくんだよ。君はさぁ!』

 

再びそいつは声を荒げた。なんだか不思議とこいつから威厳は感じられなくなっていた。なんだ、ただの我が儘なガキじゃないか。なんだ設定って?なんだ、そういうのって?なんだ、純愛とか恋愛とかって?

 

「どうでもいいんだよ。そういうの。」

 

そう答えると、俺の服装はいつの間にか戦闘服へと戻っていた。

 

『…ッ。ホントムカつくよね。君みたいな"転生者"?っていうんだっけ?いや、死んでないから違うか。まあいいや、とりあえず、君みたいな奴はみたことないよ。ほとんど皆こういう展開を受け入れて、楽しんで欲望の赴くままに過ごしているというのに。』

 

ヤレヤレと首を横にふる姿に腹が立つ。

 

「他の連中など知ったことか。俺は俺のやるべきことをする。帰るべき場所に帰る。居るべき場所に戻る。ただそれだけだ。それが、他の連中やお前に理解されなくともな。」

 

 

『ふ~。あと一押しだったのに。まあでも、ここで中川菜々の両親への説得を手伝うシナリオが実行されたとしても、君はまた抗うよね、この運命に。この世界に。』

 

「当然だ。おれは陸上自衛隊第1普通科連隊所属 陸山衛2等陸曹。それが俺の立ち、戦い続ける理由だ。…いや、そんな理由は後付けだ。俺は陸山衛だ、山上陸じゃない。それだけだ。」

 

 

『まあ、良いよ。君は負ける。私には勝てないよ。』

 

「わからんぞ。お前からして、俺は予想外だらけ。例外中の例外らしいからな。」 

 

ニヤリと不敵な笑みをみせつける。こうすれば、相手は更に逆上して冷静さを欠くかもしれない。そうなれば僅かに勝算が上がるかもしれない。

 

しかし、いざやり合おうと覚悟を決めたところで、奴から放たれたのは想定外の言葉だった。

 

『じゃあ、良いよ。今回は特別に私ではない相手と戦ってもらおうかな。1回限定の特別マッチ、この世界の君であるはずの存在、山上陸と。』

 

「どういう意味だ?」

 

『そのままだよ。一対一のデスマッチなんて、どうだい?この世界に存在できるのはただ1人。陸山衛か、山上陸か。さあ、君はどうする?』

 

奴のそんな言葉を聞くと同時に更に頭痛が激しくなる。やがて俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつからだろう?"僕"が僕で無くなったような気がしたのは。そこは何だかわからない世界だった。

 

 

ある日僕は自然に目が覚めた。おかしいな、昨日は夜遅くまでスクールアイドルについて調べものをしてけっこう夜更かししたはずなのに。まるで今まで規則正しい生活をしていたように、染み付いているように朝6時に起きた。

 

 

何だろう?まるで知らない"世界"だ。変だな。周りには迷彩柄の服を着た怖そうな人達がいっぱいいて、沢山危ない物を持ってる。

 

意識がゆっくりと落ちていく不思議な感覚がする。

 

気がつくと次は暗い森の中にいた。寝心地の悪い小さな折り畳みっぽいベッド?で寝てる。凄い身体が痛い。起き上がって見るとテントみたいな所で寝ていたみたいだ。キャンプでもしてたのかな?なんだか物凄く怖い感じがする。

 

遠くでパンパンッ!と何かが弾ける音がすると、僕は冷静に近くにあった銃を取ってテントの外に出た。何でだろ?玩具の銃なんて触ったこと無いのに。でも、玩具の銃ってこんなに重いんだ。とても怖いはずなのに、凄い冷静になっている。僕、どうしちゃったんだろ?

 

土が掘られてる穴の中に僕は身体を入れて外を見ている。何をしてるんだろ?まるで、何かから隠れて見張ってるみたいに、顔をちょっとだけ出して外を見てる。なんでか身体は自然に動いている。僕、どうなっちゃってるの?「おい。」僕、今夢を見てるのかな?「おい。」ここ、何処?「おい!」ん?誰かに呼ばれてる?「おい、起きろ!」

 

僕は誰かに身体を揺すられ、飛び起きる。

 

「ヒャッ!」

 

目が覚めると真っ白な空間に、さっき夢でみた迷彩柄の服を着たおじさんが立っていた。本当に夢でみたまんまの姿に驚いてしまう。

 

「お前が山上陸?」

 

おじさんが僕の名前を呼ぶ。

 

「は、はい。そうです。」

 

怖そうな顔が更に怖くなる。

 

「お前に恨みは無いが、俺のために死んでくれ。」

 

おじさんはそう言いながら銃を僕に向ける。

 

「ちょっと!おじさん!危ないよ!痛いって聞くもん!」

 

僕はそう抗議する。BB弾?だっけ。当たると凄い痛いってどこかで聞いたらことがある。

 

そう抗議すると、おじさんは顔をちょっと難しそうに歪めながら首を傾げた。

 

「痛い?まあ、確かに痛いだろうが、痛いなんてもんじゃないと思うぞ?」

 

おじさんは困惑したように言うと、少し溜め息をついて考え事をしていた。しかし、何か大切なことを忘れている気がする。そう凄く大事なこと。おじさんの顔もどこかで見覚えがある。そう、まるでしばらく一緒だったような。

 

「あの~、おじさん。僕のこと…いや、とこかで会いましたっけ?」

 

するとおじさんは少し考え

 

「ああ、多分な。」

 

と答えてきた。

 

なんだろう。不思議な人だ。まるで"他人"とは思えないような。一緒にどこかで過ごしていたような。そんな感覚。

 

「ゥッ!」

 

ズキズキと頭が痛む。

 

「おい、大丈夫か?」

 

おじさんが心配して近寄ってくる。

 

なんだか忘れていたことを思い出しそうな気がする。頭痛と共に今までの記憶が濁流のように押し寄せてくるような感覚に気持ちが悪くなってくる。

 

「おぇッ!」

 

思わずむせてしまう。その背中をおじさんは優しく慣れた手つきでさすってくれる。その手は大きくて、なんだか温もりを感じた。

 

グルグルと頭の中で記憶が回っているような感覚がする。ズキズキと頭痛が激しく、吐き気もより強く込み上げてくる。

 

「ゥグゥッ!…うッ。うぅっ!せ、せつ菜…ちゃん?」

 

僕がその名前を発した瞬間、おじさんのさする手が止まる。

 

と、同時に今までしてきたことを思い出し、ハッとする。そうだ、僕にはまだやるべきことがあるんだった!

 

僕はおじさんから素早く身体を転がしながら距離を取る。

 

そうだ、このおじさんはスクールアイドル同好会?という人達に酷いことを言ったんだ。同好会の人だけじゃない。優木せつ菜ちゃんにも酷いことをしてる。道具みたいに見てるんだ!

 

「おじさん、僕にはやることがあるんだ。」

 

「知ってる。」

 

おじさんは淡々と答える。

 

「優木せつ菜、もとい中川菜々の両親に説得だろ?彼女のスクールアイドル活動を続けさせるように、と。」

 

僕は力強く頷く。

 

「まあ、君が何をしようが自由、と言いたいところだが、状況が状況でね。諦めてくれないか?」

 

「嫌だ!」

 

せつ菜ちゃんの邪魔はさせない。例え相手が誰であっても。そう、それが例え両親であっても。せつ菜ちゃんの「大好き」を奪う権利は無いんだ。

 

「君の気持ちには賛成だ。例え両親であろうと、子供の自由を自分勝手な理由で奪う道理は無い。まあその思いが同調してしまい、中川菜々宅まで足を無意識に運んだんだろうが。」

 

おじさんは再び淡々と今の状況を整理しているように見えた。

 

「だが、ガキだな。」

 

「へ?」

 

「考えがガキだ。他人の家庭事情に他者が介入、つまり首を突っ込む道理も無い。こういうのは、本人が解決すべき問題だ。君の問題じゃない。」

 

「で、でも!そのせいでせつ菜ちゃんがスクールアイドルできなくなったら?」

 

するとおじさんは「確かにそれも困るな。だが、そうなったらそうなったらで、別の策を立てるはずだ。俺達が手を貸す義理はない。」と続けた。でも

 

 

「しかしまあ、借りは返すべきだろうがな。そういう考えも、同調したんだろう。」

 

「彼女達には色々と借りがあるからな。まあ、だからあの時、無意識に手を貸そうと考えたのかもな。」としみじみとおじさんは語る。

 

「今日が勝負の日でなければ、手を貸してやったんだがな。」

 

今日はおじさんにとって大切な日になってしまったらしい。そうだ、おじさんがじえいたい?とかいう場所に帰れるかもしれないのかな?

 

「じゃあ放っといてよ。」

 

「そういうわけにはいかない。」

 

「早くじえいたい?に帰れば良いじゃん?」

 

するとおじさんは可笑しそうに笑いながら。「流石にあの神擬きとのやりとりは記憶に無いのか。」と言うと

 

「俺が自衛隊に帰れる条件は、君と戦うことだ。まあ、戦って勝っても、2回戦があるだろうがな。」

 

「つまり」

 

おじさんは再び顔を怖くする。

 

「おじさんが帰るには、君に物凄く痛い目に遭ってもらわなきゃならないのさ。」

 

そう喋るおじさんの目は、なんだか哀しそうだった。

 

だったら僕は

 

「何してる?」

 

僕は両手を上に挙げた。

 

「早く痛くして。それで帰れるかもしれないんでしょ?」

 

おじさんはその行動に驚いたのか、目を丸くしていたが、やがて口を開いてこう言った。

 

「死ぬぞ?」

 

死ぬ?

 

「まさか君は?そうか、そうだった。この世界に銃はあっても人が殺せるとはわからないか。」

 

おじさんは再び哀しそうな顔をしながら銃を僕の方に向けるのをやめた。

 

「やめた。」

 

おじさんはそういう。

 

「でも、帰れなくなっちゃうよ?」

 

僕は心配でそういう。でもおじさんはヘラヘラと笑いながら

 

「さあ?方法が他にもあるかもしれないぞ?」

 

と言う。まるで自分は大丈夫だと言わんばかりの自信。

 

「なんでやめたの?」

 

「嫌になった。こんなことして元の世界に戻っても、誇れないなって思ったのさ。今までは必死で、そういうことは考えられなかったが、冷静に見て最悪だ。例え世界が違えど、国民を犠牲に戻るなんて…。」

 

「おじさん。そんなことないよ。おじさんは、僕が苦しんでるとき、背中を優しくさすってくれたよ!」

 

「でも、君に銃を向けた。殺そうとした。それに、夢の中とはいえ、俺は一度人を殺してる。俺は悪人さ。自分のために、人を殺した。自衛官失格だな。」

 

自嘲気味にそう呟くおじさんから、さっきまでの力強さと自信は感じられなくなってしまった。

 

「だから思ったんだ、もし仮に元の世界に帰れなかったとしても、おじさんはおじさんとして生きていこうって。でも、今こうして…いや、なんでもない。君が気にするこじゃない。これは俺の問題だ。」

 

その背中は凄い寂しそうだった。

 

「ねえおじさん?」

 

「ん?」

 

「じゃあもう一度やり直そうよ。一緒に。」

 

「やり直す?」

 

「うん。夢の中では人を殺めちゃったけど、その人は本当は生きてるんでしょ?」

 

「ああ。」

 

「じゃあ、その人の為に何かしてあげたら?悪いなって思いは消えないかもしれないけど、ちょっとは楽になるかも?」

 

「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不思議なガキだ。俺とは違う、この世界の山上陸という青年。弱々しく、覇気のない奴だ。だが、不思議と嫌な気分にはならない、どこか癒されるようなそんな優しい雰囲気を纏っている。俺のしてきたことは、こいつの記憶としてそのまま流れ込んだようだ。突然こいつが、嘔吐した時には驚いたが、優木せつ菜の名前が出た瞬間に察しがついた。まあ、全部が全部こいつの記憶として入ったわけではなさそうだが。つまり同調している部分とそうでない部分があるようだ。同好会に手を貸している時の記憶は、こいつと同調しているらしいが、例えば同好会と敵対している時などは、俺がどうやら勝手にやっていことになっている(まあ、実際そうなのだが。)。つまり、俺と山上陸、2つの存在があるということ、二重人格?というやつなのか?いや、それともまた違うのか。少なくとも、この世界に山上陸という存在は確かにあったということだ(まあ実際、俺、陸山衛の性質の方が強かったようだが。)。しかし、俺とは別の記憶もあるようだ。例えば、何故かこいつは中川菜々の家を知っている。まあこれは、神擬きの言っていた設定というやつなのだろう。よくわからないが。欠損したり付いていたり、共用できていたり、随分とザルだ。

 

 

しかし、こいつと喋っていると、ほんの少し気が狂う。優木せつ菜とはまた違う意味でやりにくい。思わず俺の後悔を話してしまった。

 

 

夢の中とはいえ、俺は上原歩夢を殺した。その感覚は今でも脳に残っている。全ては元の世界に戻るため。夢とはいえ、俺は罪のない命にてをかけたのだ。別の世界だからと、元の世界に戻るためだと言い訳をして。誇れることではないとわかっているのに。

 

だから罰が当たり戻れなかったとしても、俺は俺として生きていこうとも考えた。甘えた考えを。甘えた言い訳をしようとした。本当は怖いのだ。もしあの神擬きに負け、元の世界に戻れなかったとしたら。考えただけでも怖い。だから言い訳が欲しかった。その言い訳に使おうとしたのだ。民間人を殺した。もはや自衛官ではない。戻る価値がなかったのだと。罰があたったのだと。戻っても誇れなかっただろうと。

 

そいつは言った

 

「じゃあもう一度やり直そうよ。一緒に。」

 

優しくそう微笑みかけた。銃を向けた相手に、殺そうとした相手に。

 

なんで

 

「やり直す?」

 

思わずそう聞き直した。

 

「うん。夢の中では人を殺めちゃったけど、その人は本当は生きてるんでしょ?」

 

確かに最もだ。

 

「ああ。」

 

「じゃあ、その人の為に何かしてあげたら?悪いなって思いは消えないかもしれないけど、ちょっとは楽になるかも?」

 

そいつとの関係は最悪だぞ?

 

「…」

 

 

 

「ねえ、どうかな?」

 

そうだな…

 

どうせ元の世界に戻るなら

 

「胸を張って帰りたいなぁ。」

 

「おじさん?」

 

陸が俺を不思議そうに見上げる。

 

「…良いアイデアだ。そうだな、やはり借りは返さないとな。」

 

「…?」

 

「陸、中川菜々の部屋はわかるか?」

 

「うん!」

 

陸は嬉しそうに、それでいて力強く頷いた。上等だ。なら、その思いには応えてやらないとな。

 

「なら行くか。面倒だがな。」

 

そう答えると、再び俺の意識は暗転していった。そうだ、何を弱気になっていたのだろうか?俺は帰る。何があろうともこの世界から抜け出してみせる。運命?設定?クソ喰らえだ。俺は陸山衛。ただの自衛官だ。欠けていた何か大事なパーツが一つ埋まったような、そんな感覚がする。意識が闇に落ちていく。だが不思議と恐怖は無い。

 

「今の俺は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          独りじゃない。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『目覚めはどうかな?』

 

ビュンッ!と風を切る音がする。見ればそいつの頬が僅かに切られていることに気がついた。

 

目の前の男は銃剣を握り構えている。

 

 

『…決まったようだね。』

 

「まあな。」

 

『じゃあ、殺ろうか?』

 

衛は少し考え、口を開いた。

 

「まあ焦るなよ。明日、決着ってのはどうだ?」

 

『どういうことだい?』

 

「少しこの世界で用事があってな、そいつを最後に済ませておこうと思ってな。」

 

『君…どっちだ?』

 

不愉快そうに顔をしかめる。

 

「お前に関係無いだろ?」

 

衛は煽るように言う。

 

『…まあ良い。お望み通り、明日君 陸山衛を殺してやるよ。』

 

「…ああ。首を洗って待ってるさ。」

 

フワリとそいつは目の前から消える。

 

 

「さあ始めよう。ここからは"私"の最後の仕事の時間だ。」

 

山上陸/陸山衛は最後の仕事へと向かった。

 

 

そうとも、借りは返す主義なんだ。

 

 

 

 

 

 

 




僕/山上陸

俺/陸山衛

私/山上陸であり、陸山衛でもある。(若干 陸山衛が強め)。


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Rangers lead the way

Rangers lead the way (レンジャーが道を拓く)

U.S.Army 75th Ranger Regiment (アメリカ陸軍第75レンジャー連隊)


彼は突然現れた。娘である菜々が家出をし、気がきでなく、不安でいっぱいなところにまた違う不安の種が姿を現す。

 

思えば、何故菜々は家出をしたのだろうか?彼女はスクールアイドル?とかいうものに熱心に取り組んでいるのだと語っていた。何故スクールアイドルは素晴らしいのかと。私が「そんなことよりももっと将来の為にやるべきことがあるはずでしょ?」と反論した時、彼女は初めて私に声を荒げて反発してきた。菜々があそこまで反抗的な態度を取ったことは初めてで、戸惑いながらもアイドルとかいう全く将来性の無い物に情熱を注ぎ込んでいることがバカらしく、またそのせいで生徒会長という約束された立派な立場を降ろされたと考えると無性に腹が立った。たかがそれだけのために。自分の趣味のために。将来を考えず、目先の楽しいことしか考えていなかったようにしか思えない。それがショックで、腹立たしく、ほんの少し憎らしかった。でも、彼女があそこまで熱心に打ち込んでいるのなら、何もそこまで全否定する必要があったのか?という思いも混在しているわけで。そんな私の態度が、彼女を家出へと駆り立ててしまったのではないか?という反省した自分もいる。あの時、お互いに熱くなりすぎたな。と、今更ながらの小さな後悔。でも、彼女のスクールアイドルという行為を容認するか?と言われれば、それはまた違う話だ。

 

そんなことをモンモンと考え、菜々が出ていった日から何日が経っただろうか?彼女は帰ってくるのだろうか?電話も繋がらず、ジッと待つだけの自分にも腹が立つ。しかし居場所はわからない。事件や事故に巻き込まれてなければ良いけれど。何がどうあれ、彼女が無事なら私はそれで良い。悩み、考えながら毎日を過ごす。味気ない1日が過ぎていく。仕事にもうまく身が入らない。心配で、不安で押し潰されそうな、どこか気がおかしくなりそうな、そんな錯覚さえ覚える。我が子が突然家から居なくなる。いずれあり得ることだ。そんなことはわかっている。菜々はいずれ自分で自分の道を決め、この家から居なくなる。或いは結婚して私達のように新しい家庭を持っていなくなる。そう、いずれ彼女はこの家から居なくなる。わかっている。まだ家出しただけだとわかってはいるが、やはり寂しい。どれだけ彼女の存在が自分を支えてきたかが身に染みてわかる。気持ちがどんどんとナイーブになっていく。

 

「はあ、いけないわね。私がこんな調子じゃ。」

 

自分を奮い立たせるために、ピシャッと頬を叩く。今は、何故あの子が出ていったのか、何故あんなにも怒ったのかを理解しなくては。私はただ、あの子の未来が明るければそれで良い、不安ができるだけ無くなれば良い、よりあの子が輝いて社会で活躍できれば良い、立派な子に育って欲しい、そう願いながら育ててきたつもりだ。でも彼女は家出をした。

 

「やっぱり、子育てって難しいわね。」

 

自分では上手くやっているつもりなのに、きちんと育ているつもりなのに。現実はそう上手くいかないものだ。自嘲気味にそう呟いてしまう。

 

 

ココンと軽いノックの音がする。旦那が帰って来るには早すぎる。だとしたら菜々だろうか?いや、菜々ならば家出をしている。戻るとしても連絡をくれるはずだろう。玄関に近づき、ドアを開ける。そこには、学校の制服に身を包んだ大人しそうな青年が立っていた。右手には『虹ケ咲学園テスト生』の文字が刻まれた腕章をし、左には同じく、『風紀委員会』の腕章がつけられていた。取り敢えず

 

「どちら様でしょうか?」

 

と質問をする。

 

「遅くに申し訳ありません、虹ケ咲学園、風紀委員会の者ですが、今お時間よろしいですか?」

 

大人しく、柔らかい口調でそう告げられる。身長は菜々より少し高いくらいだろうか?顔は、まあ当たり障りのない好青年といったところか、しかしどこか不思議な雰囲気を彼はまとっていた。なんというか、何処か"変"な感じがする。その真っ黒な瞳が私の顔を写す。

 

「お宅の娘さんの件でお話があるのですが。」

 

その言葉にドキリとする。家の子がなにかしてしまったのだろうか?だとしたら何故教員ではなくこんな子供を寄越してくるのか?疑問は尽きないが、菜々のことならば取り敢えず話を聞いた方が良いだろう。私はそう思い、彼を招いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の部屋の前に着き、ドアをノックする。

 

「はぁい。」

 

と優しい口調の返事が聞こえ、部屋からはどこか中川菜々と雰囲気の似た女性が出てくる。やはり親子だな、なんて考える。

 

「どちら様でしょうか?」

 

そう質問されたので

 

「遅くに申し訳ありません、虹ケ咲学園、風紀委員会の者ですが、今お時間よろしいですか?」

 

当たり障りなくそう返す。そんな短いやり取りをすると、彼女はほんの少し警戒をしながらも、俺を家に上げた。

 

ユルユルな安全管理に笑いそうになる。まだ名前を名乗ってもいないのに、こうも簡単に男を家に上げるだろうか?まず、確認もせずドアを全開で開くのも可笑しな話だ。

 

(アマアマだな。)

 

そう思いながらも、部屋のなかへと進む。優しく甘い女性特有の香りが全身を包み込むような錯覚を覚える。思えば、女性の家なんて小学生以来上がったことがない。久しぶりの感覚にほんの少しドキドキとする。また、中川菜々の母親が醸し出す子供とは違った大人の色気が、そのドキドキに拍車をかける。やはり、女性に対する免疫はあまりないようだ。

 

「どうぞお掛けになってお待ち下さい。何か飲み物でも?」

 

「いえ、お構い無く。」

 

彼女からの提案をそうやんわりと断る。しかし

 

「折角ですから、お客様に何もお出ししないわけにはいきませんし。」

 

そう困った表情で聞いてくるので

 

「では、お言葉に甘えてコーヒーを一杯。」

 

と注文をする。

 

彼女は再びニコリと微笑みながら「わかりました。」と答え、コーヒーを淹れる準備をするのだった。

 

コーヒーの匂いが部屋を満たし、この家特有の優しく、甘い香りがほんの少し睡眠欲を掻き立てる。思えば最近もまた、眠れない日々が続いていたことを思い出す。いや、この世界に迷い混んでからずっと、心が安らぐ瞬間などほとんど無かった。だが今は、何故か安らぎを感じる。目を閉じれば眠ってしまいそうなほどに。だが、今の俺の任務は安らぎ、休むことではない。山上陸の想いを、願いを叶えるのだ。これが終われば、山上陸は消えるだろう。なんとなく、勘だが。この世界に存在するはずだった男、その存在を無駄にはしない。俺は陸山衛であり、山上陸なのだ。

 

「どうぞ。」

 

コーヒーが差し出され、俺はティーカップを持ち、ゆっくりと味わう。

 

「ふぅ。」

 

思わずホッと一息。

 

「コーヒー、お好きなんですか?」

 

そんな他愛のない質問を投げ掛けてくる。その優しさに普段は気味が悪いと感じるはずだが、今は不思議と不快感が無い。

 

「まあまあですね。」

 

コトリとカップを皿の上に置き、ゆっくりと彼女の瞳を捉える。彼女に似た黒く光る瞳が美しい。

 

「それで、菜々が何か?」

 

こちらが本題を切り出そうと思っていたが、その必要は無かったようで、会話は向こうから始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前の青年は、私の淹れたコーヒーを一口飲むと「ふぅ。」と一息ついたかのように溜め息を溢した。

 

「コーヒー、お好きなんですか?」

 

我ながら何を聞いているのだろうか?自分でもわからないが、何故かこんな下らない質問をしてしまった。

 

「まあまあですね。」

 

そんな他愛のない答えが返ってくる。砂糖とか気を利かせて持ってくるべきだっただろうか?コーヒーを飲む彼の姿は大人びていて、そして何処かとても疲れているようにみえた。

 

彼はコーヒーをゆっくりと皿の上に置くと、私をその濁った黒い瞳に写す。その瞳はとても哀しげで、寂しそうにもみえ、それでいて何故か力強い意志も感じられた。矛盾したように思えるが、彼は寂しそうでありながら力強く、頼もしいのだ。不思議な青年だ。まるで私よりも、いや私達よりも多くの物を見てきたような、そんな独特な雰囲気を彼は持っている。

 

さっそく、本題へと切り出そうと。

 

「それで、菜々が何か?」

 

彼は

 

「ああ。家出をしたとかで。」

 

と簡単そうに答える。まるで、「大変でしょう。」なんて少し煽っているかのような口調で。

 

「ええ。」

 

「何故家出を?」

 

「わかりません。」

 

そんな単純な質問のやりとり、そしてほんの少しの沈黙。

 

「…。」

 

彼は再びカップに口をつけ、ゆっくりとコーヒーの啜り、しばらく間を空けると、彼は口を開いた。

 

「娘さん、中川さんは大変素晴らしい生徒会長でした。」

 

「はぁ。」

 

不意に娘への称賛に、思わず呆けた返事をしてしまう。

 

「まあ、三船栞子にその座を奪われてはしまいましたが、彼女は彼女なりに善戦していましたよ。」

 

まるで菜々をフォローしているかのような台詞が続いていく。

 

「また、スクールアイドルという活動にも活発で、彼女の活躍は我が校にも素晴らしい活気を与えてくれました。」

 

スクールアイドルという単語に思わずピクっと反応する。

 

「貴方は、スクールアイドルに対しどんな考えを?」

 

思わずそう質問した。

 

彼はその質問に対し、我関せずといった具合で

 

「まあ、彼女達自信が楽しめているというのであれば、特別問題もありませんし、認めてあげても良いのでは?」

 

まるで、こちらの考えを見通したかのような台詞にイラっとくる。私は菜々の母親なのだ。彼女のことは誰よりも私が一番考えてあげられているのだ。

 

「アイドルなんて、菜々の将来には何の関係もないじゃないですか。」

 

思わず少し口調が強くなる。こんな菜々と同い年?くらいの子供に、何を少しイライラしているのだろうか?

 

「ええ。関係ありません。スクールアイドルなんて所詮学生時代の一瞬の楽しみ。それで将来が約束されるわけでも、お金が稼げるわけでも、良い仕事に就けるわけでもありません。ただ楽しむ。学生という限られた時間を。それは果たして罪なことでしょうか?」

 

「別に、悪いとは…。ただ、何の役に立つかもわかりません。そうでしょ?」

 

「そうですね。でも、彼女は今まで貴女の期待に応え、結果を出してきました。違いますか?」

 

「それは。」

 

確かにそうだ。菜々はいつだって、私の、私達の期待の応えてくれた。結果を出してくれた。一度だって、裏切られたことも、裏切るようなことも、したことはない。

 

「無い…です。」

 

彼はコーヒーを口に含み、飲み込みながら質問を投げ掛けてくる。

 

「なら、一度くらい今度は彼女の我が儘を聞いてみては?初めてなんでしょ?彼女のこんな我が儘。」

 

我が儘。その言葉を聞いたときなんとなく、そう抜けていた大事なピースが埋まったような気がした。そうか、これは我が儘なんだ。私の娘の、大切な娘の初めての我が儘。可愛い我が儘。「ねぇお母さん、お願い。」そう、どの家庭にもある小さな、それでいて愛おしい子供のお願い。大切な、大事なお願い。

 

「…そうね。」

 

私がそう言うと、彼は優しく微笑んだ。その大人びた微笑みに少しドキリとする。夫がいるというのに、その彼の微笑みはどこか魅力的で、大人びていた。

 

「子供を育て、正しく導くことは難しいものです。時にはこんな風に反抗されてしまう。親の心子知らずなんて、よくいうものです。しかし、その逆もまた然りとも言えるでしょう。」

 

 

彼の言葉は暖かくて。

 

「彼女のスクールアイドルは、確かに将来役に立つとは言いきれません。しかし、彼女は今この時間を大切にしているはずです。彼女の『好き』を。私は、大切な時間を奪われた人をみたことがあります。そして、奪ってしまい、後悔した人も。手遅れになってから気付くのです。貴女にも、彼女にも、そんな思いはして欲しくありません。今この時間を、彼女の『大好き』を、大切にしてあげて下さい。」

 

彼はゆっくりと頭を下げる。そんな彼の背中は寂しげで、小さく見えた。

 

彼の服装は、紺色の制服が濃緑色の変わった色をした制服に見え、少し目を擦る。すると彼はやはり、何も変わらない紺色の制服を着ていた。

 

「そうね。わかりました。」

 

そう答えると、不意にポケットの中の携帯が鳴る。見るとそこには『菜々』と表示がしてあった。久しぶりの娘からの着信に、ほんの少し緊張する。彼の方を見ると、彼は軽く頷くだけだった。

 

(そうね。)私はそう思いながら、彼の心に応えるように電話に出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女が電話に出るのを見届けると、俺はゆっくりと腰を上げ、席を立った。

 

海外派遣に行った時、多くの子供達を見た。栄養失調で弱っている子供、満足いく医療を受けられず、死を待つだけの子供。そして乾いた死体も。多くの母親が泣いていた。夫が殺され、残る家族は我が子だけ、そんな母親が大半だった。彼女達は皆後悔しているかのように泣いていた。

 

 

「ふぅ。」

 

嫌なものを思い出した。頭を軽く振る。その思い出を振り払うかのように。だが離れない。頭の奥に、脳の深い所に焼き付いている忌まわしい思い出だ。

 

席を立ち、中川菜々の母親を見ると、嬉しそうにほんの少し瞳を潤ませながら電話ごしに喋っていて、そんな彼女はとても暖かい雰囲気がした。俺は邪魔にならないよう、ゆっくりと部屋から出るのだった。

 

部屋から出ると、なんとなく心のわだかまりのような物が取れた気がした。

 

「満足か?」

 

返事は無い。まるで、初めから1人だったように。だが確かにあの時、俺は独りでは無かった。俺はそのまま拠点へと足を運んだ。その足は、普段より僅かに軽い気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

菜々との通話が終わり、部屋を見ると彼はいつの間にか居なくなっていた。机の上を見ると、飲み終えたティーカップが一つ寂しげに置かれていただけだった。まるで、元々そこには"居なかった"ように。お礼をまだ言っていなかったし、何よりも

 

 

「お名前、聞きそびれちゃった。」

 

彼の名前を聞いていなかった。それに、彼は結局何者だったのだろうか?菜々の友達?いや、男子の友達など聞いたことも無い。もしかしたら、隠していたのか?だとしたら何故?そう考えていると、ある1つの可能性が思い付く。女の勘というやつだ。

 

「あの子も角に置けないわね。まあ、今日菜々に聞けば良いわ♪︎」

 

彼女は軽やかに、楽しげに台所へと向かうのだった。「今日は夕食を3人分用意しないと。」そう幸せそうに考えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

拠点に戻り、制服を着替え、簡素な夕食を摂り、簡単に調べものをする。今日は海外の情勢でも調べようか。ニュースやネットの簡単な新聞記事の切り抜き、ラジオなどで調べるが特に不穏な話もなく、スポーツやバラエティ、ちょっとした政治について、そしてスクールアイドルについての内容が流れていく。少し眠くなったところで、シャワーを浴び、寝る準備を整える。今日は早く寝ようか、なんて考える。彼女の家の雰囲気のせいか、今日はゆっくりと眠れそうだ。そう思い、布団に潜る。

 

「いよいよか。」

 

そう、明日はあのクソとやり合うのだ。覚悟を決める。明日で決着をつけてやる。

 

そう考えていると、携帯の着信が鳴る。なんだろうか?

 

電話に出ると、彼女の声が聞こえた。相変わらず君は間が悪い。

 

「どうしました、中川さん?」

 

『陸さん、今日家にきたんですか!?』

 

元気かつ驚きの声で耳が痛い。

 

「ええ。あと少し声が大きいです。」

 

『へ!?あ!す、すいません。』

 

「それで、何かご用件でも?」

 

簡単なやり取りで終わらせたい。

 

『ええっと、その。ありがとう、ございます。お母さんに色々お話してくれたみたいで。』

 

「まあ、仕事ですから。」

 

『その、以前も「仕事ですから。」と言ってましたが、陸さんのお仕事って風紀委員会のお仕事ですよね?』

 

「ええ。校内の秩序と治安を守り、生徒の自由と権利を守る。それが我々の仕事です。」

 

そう答えると、彼女は少し嬉しそうに笑いながら。

 

『フフフ♪︎やはり陸さんを風紀委員にしたのは正解でしたね。』

 

と返ってくる。

 

『それで、陸さんにお礼と言ってはなんですが。いえ、お礼というか我が儘というか…』

 

「なんです?」

 

『そ、そのですね!明後日ライブをするんですけど!』

 

明後日か。なら、その時俺は

 

「明後日は予定がありますので。」

 

『あ、いえ!その明後日のライブに来られないのは残念ですが、その、あ、明日!明日の夕方ってお時間ありますか?』

 

 

明日の、夕方。

 

 

『その、り、陸さんに見て欲しいんです!私の、私のライブ!私の気持ちを!ど、どうですか!?あ、いえ、駄目なら良いんです!と、取り敢えず明日!夕方!来なくても構わないので!あの、優木せつ菜が「CHASE!」を披露した場所でにいるので!では!』

 

そう言い、勢いよく切られたのだった。

 

「何なんだ。まったく。」

 

明日は忙しい。

 

「考えてやるか。」

 

そう言い、俺は再び布団に潜ると、ゆっくりと瞼を閉じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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曇り空の先へ

目が覚めると、そこにはなにもない。知っている物も信じていた物も、全てが目の前から消えている。

 

絶望か、試練か。どちらでもない、数奇な運命に翻弄された哀れな男だ。だが、それももうすぐ終わる。全てにケリがつく。この世界は魅力的だ。それは認めよう。だが、この俺には似合わない。俺にはもっと泥臭いほうがお似合いだ。この世界は俺にはぬる過ぎる。

 

「ふぅ。」

 

息を吐き、呼吸を整える。この先何があろうと、どのような結末が待っていようと恐れはしない。何故なら答えも結末も決まっている。

 

「この勝負、俺が勝つ。」

 

確信があるか?と聞かれれば、それは正直わからない。ただ、俺は勝ちたい。純粋な願いだ。

 

恐怖を感じるな、誇りを思い出せ。あるのは「勝利」の二文字のみ、敗北は無い。敗北は死だ。この世界での敗北とは、恐らく肉体だけの死ではない。俺の心も、魂も、誇りも、何もかもを奪われることを意味するだろう。

 

ゆっくりと椅子から立ち上がり、カーテンを開ける。

 

「曇りか。」

 

空は生憎の曇り空。だからなんだ。関係ない。昨日、優木せつ菜から電話があった。彼女のライブを行った場所に来てくれと。

 

「…。」

 

彼女とは付き合いが長い。それに…

 

「正直言って、君は最高だ。」

 

彼女は最高だ。彼女の強さは本物、だからこそ惹かれたのだろう。まあ、なんだかんだ一番多く関係を持っていたのは、風紀委員会以外に彼女くらいのものだったから、それもあるのだろうが。それに、彼女は俺を元の世界に戻すための鍵の一つである可能性が高い。

 

最初はただ利用するだけのつもりだったが、彼女の強さと純粋さは、いつの間にか俺の心をほんの少しだけ癒してくれていたような気がする。まあだからと言って、彼女の好意に応えるつもりは無いが。彼女も勿論そんなことは承知の上だろう。彼女も、俺のことをほんの少しは理解しているはずだ。

 

 

制服に身を通し、カバンを持つ。

 

「さあ、最終ラウンドだ。」

 

ガチャリとドアを開け、最後であろう学園への登校を行う。

 

スタスタと道を歩く。見知らぬ道を。勿論、何度も通っている道だ、学園までのルートは理解している。見覚えの無いコンビニも、ガソリンスタンドも、まるで今流行りのVRというものを使っているようだ。

 

虹ヶ咲学園に通っているであろう生徒達がガヤガヤと同じ道を通っていく。時折、何人かが俺に向かい会釈をするので同じく会釈をして返す。何人かは怯えた目でこちらを警戒しながら避けるように通っていく。何人かはキッと睨み付けるような瞳で横を通る。

 

ここに通って約半年くらいだろうか?どのくらいこの世界にいたのか、もはや数えていない。しかし、未だに俺は信用されないんだと少し笑いたくなる。そこまで俺は関わりずらいだろうか?まあ、女子高に男子1人となるとそんなものだろうか。何故なら彼女達にとって、いやこの世界にとって俺は異物に他ならない。拒絶こそ、この世界の人々の正しい反応なのかもしれない。そうなると、俺に会釈したり、話しかけたりする者達は、この世界でほんの少し特別な存在なのかもしれない。まあ、俺の対応が悪いだけなのかもしれないが。

 

学園に着くと、相変わらずの大きさに圧倒される。一体何処からこれほどの予算が出ているのか、財源はどこなのかと思わず考えてしまう。下手をすれば師団指令部のある駐屯地並みに大きいのではないだろうか?いや、さすがにそこまではないか。しかし、下手な田舎の駐屯地よりは大きく、立派だろう。

 

学園内も広く、迷ってしまいそうになる。何か、簡易的な地図や案内があれば良いのだが。まあ、無いことはないのだろうが、もう少し分かりやすい場所などに置いて欲しいものだ。

 

決まったルートに沿い、決まった教室に入り、決まった授業を受ける。なんて楽なんだろうか?学生の頃は授業など面倒で、退屈だと思っていたが、今の仕事よりも断然楽だ。ただ、決められたことをやり、決められた物を提出すれば良い。困っても答えがある。それもある程度決められた答えが。

 

授業が終われば食堂に行き、飯を食べる。ここでお金を使わなければならないのが、少し面倒だ。それは、自衛官との違いだろう。我々は、食べることも仕事だ。何事も身体が資本ということだ。食事を済ませ、少しの昼休憩。腕時計を確認し、残りの休憩時間を確認する。

 

今日は生憎の曇りだが、雨は降っていないだろう。ほんの少し屋上で外の空気でも吸おう。運良く誰もいなければ、タバコで一服…いや、それはやめよう。バレたら面倒だ。

 

ゆっくりと屋上へと、足を向ける。長い階段を上り、やや新しい金属の扉を開ける。

 

風が頬を撫で、新鮮な外の空気が肺に入り込む。僅かに雨の香りがする。これから降るのだろうか?だとしたら、優木せつ菜との約束は無しになるだろうか?

 

まあ、無いなら無いで構わないが。

 

屋上を見渡し、少し開けた場所へと足を進めると、そこには緑のアッシュがかかった特徴的な髪色をした少女が立っていた。

 

彼女は、ハッとこちらに気づくと、少し気まずそうに目を伏せるが、やがてキッとこちらの瞳を強く見ると、段々とこちらに向かってきた。

 

また何かギャーギャーと喚かれると思うと心底ハズレな選択をしてしまったと後悔する。しかし、時既に遅く、彼女はこちらの目の前で止まる。耳栓でも持ってくるべきだったなと嘲笑気味に心の中で呟く。

 

「何かご用でも?」

 

覚悟を決め、彼女 高咲侑に質問をする。

 

「…。」

 

何も喋らず、ただこちらをジッと見つめてくる。両腕の拳はキュッと軽く握られているため、ほんの少し警戒をする。正直、殴られ叩かれは勘弁してほしい。

 

「あ、あの!」

 

彼女は意を決したのか、口を開く。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

思わずポカンとなる。出たのは罵倒でも否定の言葉でもなく、謝罪の言葉だった。

 

「何故謝るのです?」

 

「その、私誤解してて!せつ菜ちゃんから聞いたんです、あの選挙の日、陸さんがせつ菜ちゃんを励ましてくれたって。それに、栞子さんに同好会の活動を禁止されそうになったときも、色々動いてくれてたって。」

 

誤解ではない。俺は間違いなく君たちを利用していた。

 

「あの、選挙の時、私陸さんのこと全然わからなくて、話も全然聞かなくて、勝手に逆上しちゃって!」

 

いや。君は正しい反応をした。

 

「その!せつ菜ちゃんを利用してるとか!酷いこと言ってごめんなさい!」

 

彼女はハァハァと肩で息を切らせながら吐き出すように、本当に申し訳ないというように俺に謝罪の言葉を口に出した。

 

「本当に、それに私、貴方のこと、叩こうともして…本当に最低なのは…すいませんでした。」

 

 

絞り出すように謝罪する彼女の姿は弱々しい。

 

「別に、私に謝る必要はありませんよ。」

 

「へ?」

 

彼女は呆けたような声を出す。

 

「だって私、貴方に酷いことを。」

 

「貴女は悪くありませんよ。確かに、誤解はありましたが、それは言葉足らずな私に原因があります。あの時、貴女は誰よりも優木せつ菜のためを思い、私を怒った…違いますか?」

 

 

「…はい。」

 

「なら、それで良いでしょう。仲間の為に怒る、仲間の為に戦う。それほど誇り高いものはない。貴女みたいな仲間がいて、彼女は幸せ者です。謝罪の必要はありませんよ。貴女の強さと、誇りに敬意を表しますよ。」

 

「で、でも。」

 

「私の貴女への敬意を無下にするつもりですか?こういう時は、素直に受け取る方が吉ですよ。」

 

「…はあ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同好会のことも、せつ菜ちゃんの家族のことも、ようやく一段落しかけていた。久しぶりに屋上に1人で行って外の空気を吸った。いつもなら、歩夢とかを連れてくるのだけど、今日はなんだか1人で来たくなった。

 

今でもたまに思い出す、彼 山上陸のことを。あの選挙での彼との会話を。

 

『心配とか、しないんですか?』

 

 

 

『時間が近づいてますので。』

 

 

 

『理由とかも、何も気にならないんですか?』

 

 

 

 

『別に知ったところで選挙に関わりはないでしょう?』

 

 

『私も応援してましたよ、生徒会長の中川菜々を』

 

あの無機質な彼の答え、言葉、全てに腹が立ち、気がついたら手を出していた。勿論、あっさり避けられてしまったが。

 

あの後、せつ菜ちゃんと話し、二度と山上陸と関わらないほうが良いと同好会の皆で説得しようとした。彼女の気持ちを利用しているような、彼の口ぶりが許せなかった。でも、せつ菜ちゃんは嫌がった。いや、嫌がったというより、陸さんに対する私達の言葉に怒っていた。

 

『皆さんは陸さんのことを誤解しています!』と

 

 

選挙の時、始まる前に彼に励ましの言葉を貰ったと、その時に聞いた。そして、今度は同好会が危なくなったときに、果林さんから彼が何故か同好会の為に裏で栞子さんと交渉していたことも。

 

もしかしたら、私達は彼を大きく誤解していたのかもしれない。そんな時、彼が屋上にやってきた。まるで、奇妙な運命に導かれているかのように。彼が私に目をやったとき、ほんの少し不快そうな顔をした。当然だろう。あんなにも心無い言葉を浴びせられて、良い気持ちになるはずが無い。でも、私は彼に謝らなければならない。直感的にそう感じた。

 

 

もしかしたら、彼に「ふざけるな」と怒鳴られるかもしれない。彼のことはよくわからないが、何を今更と呆れられるかもしれない。とりあえず、良い結果は期待できない。そんなことはわかってる。向こうからすれば、同好会を助けてようやく謝罪、私はそんな都合の良い人間だと思われるだろう。それでも、私は彼に一言でもいいから謝りたかった。

 

でも

 

彼の放った言葉は、罵倒でも、呆れた言葉でもなんでも無かった。

 

 

 

『貴女は悪くありませんよ。確かに、誤解はありましたが、それは言葉足らずな私に原因があります。あの時、貴女は誰よりも優木せつ菜のためを思い、私を怒った…違いますか?』

 

『仲間の為に怒る、仲間の為に戦う。それほど誇り高いものはない。貴女みたいな仲間がいて、彼女は幸せ者です。謝罪の必要はありませんよ。貴女の強さと、誇りに敬意を表しますよ。』

 

 

彼の言葉は、私の行為を肯定し、評価するものだった。そんな彼の姿は、とても大きく、頼もしく思えた。それでいて、彼はやはりどこか寂しげた。

 

 

「…はあ。」

 

「他に何か?」

 

彼が再び口を開く。

 

「い、いえ。特には。」

 

「では、私はそろそろ教室に戻ります。」

 

彼はくるりと後ろを向き、屋上から出ようとする。

 

 

「あ、あの!待って下さい!」

 

思わず呼び止めてしまった。何故かはわからないが、彼に凄く奇妙な質問をしたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方は、何者?…なんですか?」

 

 

 

彼は再びこちらを振り返り、ため息をつく。

 

我ながらどんな質問だろうか?山上陸が何者かなんて、ひどく奇妙な質問だ。彼は彼じゃないか。

 

 

「私が何者か?」

 

彼は興味深そうにこちらを見つめる。

 

「い、いや、ごめんなさい!なに言ってるんでしょう、私。すいません、変な質問して。」

 

タハハと少し愛想笑いをしながら誤魔化そうとする。

 

すると、彼は少しずつこちらに近付いてきた。さすがに失礼すぎたかと後悔する。せっかく、彼に謝ったというのに。

 

彼は私の瞳をジッと見つめる。

 

「あ、あの。気を悪くして、しまいました?」

 

「いいえ。ただ、よく聞かれるので、私が何者か。」

 

「は、はあ。」

 

彼は少し考えるように黙り込む。

 

「り、陸…さん?」

 

「もし仮に。」

 

彼の言葉はとても奇妙だった。

 

「もし仮に、この学園とよく似た場所があったら、貴女はどう思いますか?」

 

「…へ?」

 

「この学園によく似た施設があって、よく似た街が広がっていて、しかしそれらは似ているがまるで違う。まるで、自分1人が世界で迷子になってしまったように。いえ、どこか別の世界に迷い込んでしまったかのように。」

 

 

「どう思いますか?」彼はそう私に質問する。

 

「不気味に思うのか、恐怖するのか、拒絶するのか、壊れるのか、それとも、戻してくれと懇願するのか、何を犠牲にしてでも戻ってやろうと強く決意するのか。世界は美しく、残酷だ。」

 

 

「仰る意味が…わからないのですが。」

 

 

「わかる必要も、知る必要もありませんよ。すいません、妙な質問をしてきたので、私も少しお返しをと。」

 

彼は少しバカにするように笑みを浮かべる。その笑みと、その濁った瞳がやけに不気味で、思わずゾっとする。

 

 

なにか計り知れない者と喋っているような。そう、私達とは違う"何か"と喋っているような、そんな不気味な感覚がした。そんな彼の姿は、迷彩色の不思議でどこか物々しい雰囲気をした格好をして立っていて、思わず目を擦る。しかし、もう一度見直すと彼は見慣れた制服姿のままだった。

 

 

「…あれ?」

 

「どうかしましたか?」

 

「い、いえ!何も!じゃあ、私はこれで!」

 

私は逃げるように屋上から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ潮時だな。」

 

腕時計をチラリと見て、俺はそのまま屋上から教室へと戻る。

 

「CHACE!の場所…か。」

 

彼女との約束を思い出しながら。

 

空を見ると、曇り空の隙間から、僅かに太陽の光が射していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Choice and CHASE!

「『CHASE!』の場所、…あの広場か。」

 

陸は以前見た優木せつ菜の動画を思い出しながら、場所に見当をつけ、屋上からそこに向かおうとする。

 

高咲侑が逃げるように去った屋上はひどく寂しい雰囲気で、思わずため息をつく。

 

思えば、きちんと接することのできた人物は数える程度だ。風紀委員長に、生徒会数名、そして

 

「中川菜々だけか、おそらく。」

 

思い当たるのはそのくらい、あとは空気が悪くなるような絡みをした人物だろう。

 

「朝香果林、綾小路姫乃、高咲侑、桜坂しずく、中須かすみ、三船栞子…思えば、色々な存在に出会った。」

 

そう、思えば色々と出会い、見てきた。今まで経験したことの無いような不思議な思い出たちだ。まあ、あまり良いものではないが。終わればきっと笑い話になるだろうか?そもそも、笑い話になるような終わりを迎えられるだろうか?否、してみせる。ここでの物語が、夢のようであったと、夢であったと、そう笑えるような、そんな終わりにしてみせる。誰もがハッピーエンドを望んでいる。「身寄りの無い可哀想な悲劇のヒロインは、素敵な王子様と結婚し、幸せに暮らしましたとさ。」そんな綺麗な終わりを迎えられる確証は無い。だが、少なくともそんな素敵な終わりを迎えられるよう、努力する価値はある。

 

優木せつ菜/中川菜々、君との出会いは良いものだっただろうか?少なくとも俺は、良かったとは思っていない。君との出会いは最悪だ。必要最低限にするつもりだった。この世界の存在との関わりは。だが君とは必要以上に関わり、話しすぎてしまった、そんな気がする。君がどう思っているか、それはわからないが。少なくとも俺は君と関わりすぎた。出会うべきでは無かったのかもしれない。君との出会いは最悪だよ。だが、後悔しているかと聞かれれば

 

「後悔は、無いかもな。」

 

君のおかげで元の世界に戻れるであろうヒントを得られた。その点についてはとても感謝している。だから、後悔はしていない。ただ、少し喋りすぎただけだ。屈辱的だが、後悔はしていない。

 

「君ともう少し話してみたい。そう思えてしまうことが、最悪だ。」

 

 

俺はこの世界に存在しない。居つけるとしてもそんな気はない。俺は帰る、元いた世界に。1人の自衛官として、陸山衛として、俺には成すべきことがある。

 

 

ゆっくりと足を彼女の指定するであろう、広場へと動かした。

広場は閑散としており、あまり人通りが無い。どうやら早く来すぎたようで、近くに腰を下ろして彼女を待つことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれくらい経っただろうか、赤い衣装を着た彼女がいた。力強くて、綺麗な衣装だ。不思議な感覚で、思わずその姿をじっと見てしまう。

 

「お待たせしました。」

 

彼女はゆっくりと俺に向かい頭を下げる。

 

「たいして待っていませんよ。」

 

放課後は過ぎ、辺りがほんの少し暗くなっているというのに、彼女の周りはどこか明るい、そんな感じがした。

 

「えへへ。なんだか少し恥ずかしいです。スクールアイドル、優木せつ菜として、貴方の前に立つのは初めてですから。」

 

彼女はほんの少し頬を赤らめながらそう言う。

 

「スクールアイドルも、緊張するんですね。」

 

まあ、当然か。

 

「当たり前ですよ!でも、陸さんの前は、もう少し違う緊張というか…、と、とにかく!ここに来て貰えて良かったです!」

 

「それで、私に何か要件ですか?中川菜々…いえ、優木せつ菜さん、の方が今は良いですかね?」

 

「はい!…いえ、菜々もせつ菜も、両方大事な私です!好きな方で呼んでも構いませんよ!」

 

彼女はそう元気よく発言する。

 

「いいんですか?それでは隠してる意味が無いのでは?」

 

「いいんです!陸さんなら、ですけどね!」

 

なんだかよくわからないが、彼女は俺に好きな方で呼んでほしいらしい。ならば

 

「では、せつ菜さん、と呼ばせて頂きましょう。」

 

すると彼女は満足げに頷き、「わかりました!」と応えるのであった。

 

 

「それで、ご用件は、せつ菜さん?」

 

「ふっふっふ!ここまで来たなら、そしてこの衣装を着ているということは!察しの良い貴方なら解るはずですよ!陸さん!」

 

 

いや、わかっている。わざとだ。ここまできたなら彼女のやることは1つしかないだとろう。俺がわからないのは

 

「なぜ、私1人しかいないのですか?このライブに。」

 

そう、なぜ俺しか呼ばれていないのか。彼女のことだから

同好会の連中も呼んでいる可能性がある、もしくは臨時のライブ講演かと思ったのだが、辺りを見れば放課後ももうすぐ終わりということもあり、誰1人として観客がいないのだ。

 

 

「ふっふっふ!」

 

彼女は少しイタズラっぽく、わざとらしく再び笑う。

 

「なぜなら、これは陸さんのための!陸さんだけの特別ゲリラライブだからです!」

 

 

彼女は両腕を大きく広げ、そう力強く宣言する。

 

「はあ。」

 

「おや!なぜ陸さんのためにやっているか、理解していませんね!相変わらずです!」

 

彼女は笑顔でそう言ってくる。なんだかわからないが、また煽られているようだ。

 

「では、教えて下さい。大人気スクールアイドル、優木せつ菜さんになぜ私が1人呼ばれたのか?」

 

負けじと俺も少し煽るように質問をする。すると彼女は、元気いっぱいの笑顔から、どこか優しげな表情へと変え

 

「陸さんには、色々助けてもらいました。それだけではありません、貴方からは本当に沢山のモノを貰っているんですよ?」

 

俺から?

 

「今回の両親のことも、同好会のことも、そして私自身のことも、沢山、本当に沢山陸さんには助けて貰いました。」

 

「私は助けたつもりでは「知ってますよ。」はい?」

 

「陸さんが何を考えて、なぜ私や、同好会を手助けしてくれたのか、理由はわかりません。ただ、貴方に何か考えがあったのかだけはわかっているつもりです。」

 

「…」

 

「貴方がもし、もし仮に、果林さん達が言うように私や私達のことを利用していただけだとしても、だとしても、陸さんが私達を助けてくれたのは…事実じゃないですか。貴方にそのつもりがなくても、私は「助けてくれた!」って、そう思ってるんです。」

 

 

「それは、思い上がりですよ。私は貴女の想像しているような存在ではありません。高咲侑さんにも言いましたが、私は悪人ですよ。貴女達が思うよりもずっと。ですから、感謝など必要ありません。」

 

「では、なぜここに来たのですか?私は別に「必ず来て下さい!」なんて言ってませんよ。」

 

「それは…」

 

確かに言われてみればその通りだ。別にスクールアイドルが鍵の可能性があるというだけで、あの人間擬きに勝つために必ずスクールアイドルのライブを観なければならないという法則は無い。なのに、なぜ短い貴重な時間をたかが1人のアイドルに費やさなければならないのだろうか?

 

「陸さん、貴方はきっと、自分で思っているほど悪い人なんかじゃないんですよ、きっと!だって、私との約束を守ってここに来てくれたんじゃありませんか。」

 

「…」

 

ああ。俺は、何をしているんだ?わからないな。俺は

 

「さあ、どうでしょう?」

 

「照れてます?」

 

「わかりません。」

 

彼女の明るい笑顔が広場を照らす。そんな彼女の笑顔に、なんとなく励まされている気がする自分により嫌気がさす。彼女の強さに、自分がよりちっぽけに見えてしまう気がして。陸曹でも、レンジャーでもないたった1人の女の子に、なんだか照らされているような、そんな奇妙な感覚。だが不思議と気味が悪いとは思わない。とても心地よく、暖かい。

 

 

「どうでした?」

 

だから1つ質問してみよう。

 

「なにがです?」

 

彼女は首を傾げる。

 

「私と出会って。」

 

そんな変な質問をした。なんとなくだが、答えが知りたいと思った。良かったか、悪かったか。どちらでも構わない、ただ答えが知りたい。

 

彼女は少し考えると

 

「良かったです!」と答えた。

 

「そうですか。」

 

「理由、聞かないんですか?」

 

彼女はイタズラっぽく聞いてくる。

 

「必要ありません。答えがわかればそれで構いません。」

 

「やっぱり、陸さんは不思議な方ですね。」

 

たびたび聞く感想だ。

 

「私、そんなに不思議ですか?」

 

「はい!なんというか、変というか…あ、別に悪い意味ではなくて、その、えっと~、魅力的というか///あ!違います違います!今のは言葉のあやというか!と、とにかく!私達とは別?というんでしょうか、そんな感じで。」

 

「別?」

 

「は、はい。」

 

別?どういうことだろうか?やはり、別世界ということで、何かしら違和感があったのだろう。隠しても隠しきれないモノが山ほどあるようだ。

 

 

 

「さて!」

 

コホンッ!と気を取り直すように彼女が咳払いをする。

 

「思えば、色々ありましたね。」

 

思い出すように彼女はどこか遠くを見つめる。

 

「ええ、本当に。」

 

まったく、本当に色々あった。嫌なことばかりだが。

 

「陸さんはどうでしたか?虹ヶ咲に来て、その、わ、私と出会って///。」

 

彼女はどこか不安なような、期待をしているような、そんな表情でこちらを伺いながら見てくる。

 

「…」

 

「ええ、そうですね。後悔はありません、貴女と出会ったこと後悔はしてませんよ。」

 

 

「本当ですか!」

 

パァァァッ!という表現が似合う程彼女は嬉しそうに顔を輝かせながらそう答えた。

 

もう終わりだ。だからこそ俺の心の内全てを話しても良いが、それでは後味の悪い終わりになるだろう。だからこそ、最後まで隠し通そう。嘘はついていないから、問題は無い。

 

 

「しかし、こんなにも一緒にお喋りをするとは思いませんでした。出会った頃の陸さんは、その…。」

 

「不気味でしたか?」

 

彼女は申し訳なさそうにコクリと小さく頷いた。

 

「別に構いませんよ。人との出会いは第一印象が肝心です。私はそれに失敗した、ただそれだけのことです。」

 

「いえ、これは元生徒会長として恥ずかしいことです。人を最初の印象で決めつけてしまうなんて。すいませんでした。」

 

「過ぎたことです。それよりも、そろそろ。」

 

 

日が落ち、辺りがさらに暗くなっていく。あの糞との決着の時刻も迫ってきている。ここらで良い別れをしたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつて彼女が初まり、終えた場所。俺はそこで終わりへと向かう。全てに決着を。始まりは唐突だった。まだ夢をみているのではないかと錯覚する時がある。夢ならばどれだけ良いことだろう。だが、どれだけ足掻こうと今はこの世界が現実だ。

 

 

「そうですね!」

 

彼女は再び力強くニコっ!と笑ってみせる。

 

 

「楽しみですよ、貴女の(ライブ)。」

 

俺もそう笑ってみせる。

 

そうとも、笑ってやる。あのクソッタレにみせてやる。俺の強さを。

 

 

彼女は広場の階段を上り、開けたステージのような場所に立つ。

 

ああ、いよいよか。これがこの世界で俺、陸山衛として山上陸として見る最後の光景だろう。そうであることを祈って。

 

 

彼女は力強く『CHASE!』を踊りだした。

 

 

 

 

不思議だ。その歌声も、踊りも、ああ、わかる。

 

"戻っていく"。

 

制服はいつの間にか少しゴワついたODカラーの迷彩柄をした戦闘服へと変わっていた。頭にはいつもだったら鉄帽なのだが、今回はなぜか戦闘帽に変わってる。肩にズシリと無機質な重さが伝わり、小銃を触る。ゴツゴツした半長靴が、腹部には弾帯が、弾帯の左側には銃剣が、右足に違和感があり、見てみるとレッグホルスターに拳銃が仕舞われていた。拳銃にはあまり触れたことは無いのだが。戦闘スタイルとしては非常に奇妙な格好だが、これもまた、この世界の力なのだろうか?

 

 

気づけば彼女はライブを終えており、肩で息をしていた。そして、こちらを見るとどこか驚いた表情をみせる。どうやら、彼女も俺の変化が視認できるらしい。

 

「り、りく?さん?あの、へ?」

 

俺はほんの少しクスっと笑う。しかし、彼女が喋った瞬間に元の制服へと変わってしまった。

 

 

「えっと?今、なんか凄い格好をしてた気がしたのですが。い、今のはなんですか!!?」

 

「さあ、ライブで疲れて何か幻覚でも見てしまったのでは?」

 

彼女は何度か目を擦りながら、疑いの眼でこちらを見て

 

「あ、あれ?おかしいです!さっきまで陸さんのところに不思議な格好をしたおじさんがいたんです!!!」

 

おじさんか。まあ、俺も43だし良い年か。

 

「今日はもう帰ってゆっくり休んで下さい、優木せつ菜さん。」

 

 

「ええぇ~。」

 

彼女はどこか不満気に辺りを目を擦りながら探っている。一瞬とはいえ、この世界の人間にも俺が戻ったことに気づけた。これは、幸先が良いと捉えるべきだろうか?

 

 

「はぁ。陸さんの言うとおり疲れているのでしょうか?」

 

彼女はため息をつきながら階段を下りてくる。そして

 

「ところで、良かったですか?私のライブは?」

 

と聞いてきたので「ええ、素晴らしかったですよ。」と答えた。すると彼女は、やはり満足そうに「良かったです!!!」と笑顔になるのだった。

 

 

「さて、もう遅いですし、あがりましょう。」

 

「そうですね。」

 

優木せつ菜が、中川菜々に戻るのを待ち、2人で学園の門から出る。もう学園には残っている生徒はほとんどいない。

 

「では、また明日。」

 

中川菜々がそう言う。

 

明日、か。

 

「ええ。また。」

 

何気なくそう答える。お互い別の方向へと歩きだす。以前であれば俺は拠点へ、彼女は家へ。だが、今日は違う。今日はお互い、帰るべき場所へと足を運ぶのだ。明日、俺はもういないだろう。まあ、なんだかんだ悪くない終わりだ。この学園と別れるのに相応しいパフォーマンスだったと思う。なんとなく、あのパフォーマンスに良い礼をした方が良いだろう。これで最後なのだ。

 

 

「中川菜々さん。」

 

そう呼び止める。

 

「はい?」

 

彼女は不思議そうに振り替える。

 

何か無いだろうか?そう思い制服のポケットを探ると、いつも持ち歩いていた迷彩柄のハンカチが胸ポケットに入っていることを思い出す。だが、それでは味気ない。なにかもう少し良い物が、コツっと何か固い金属が触れる。ポケットから出すと、そこには金色に輝く普通科の徽章が1つだけあった。こんな物持ってきてただろうか?しかも中途半端に1つだけ。だが、まあこれが最も相応しいだろう。そんな気がした。それを彼女に投げ渡す。

 

「ひゃっ!」

 

彼女はそれを両手で上手くキャッチする。

 

彼女はその徽章を興味深そうに見つめ、少し目を輝かせている。

 

「綺麗…あ、あの、これ!」

 

「差し上げますよ、それ。ライブの料金です。生憎、現金は今日持ち合わせていないので。」

 

「そ、そんなお礼なんて!それにこれ、凄い立派そうなバッチですし、見たこと無いですし!貰えませんよ!」

 

「構いませんよ。それ、買おうと思えば買えるので。」

 

「え!」

 

「餞別ですよ。貴女が私にお礼としてライブをして頂けたよえに、私も貴女のライブに敬意として、それを贈ります。大切にお願いしますね。それ、一応私の誇りなんで。」

 

「誇り…。わかりました!なら、こんな素敵な物を貰ったなら、ライブだけでは足りませんね。いつか、また凄いお礼をします!だから、楽しみにしてて下さいね!」

 

彼女はニカっ!と笑い拳を突きだしてくる。

 

「ええ、楽しみにしてますよ。」

 

そうだ、彼女に1つ伝えておこう。

 

「中川菜々さん。これから先、どんな未来が待っているのかわかりません。ここから先は貴女が進む道です。貴女の未来、貴女の世界、存分に楽しんで下さいね。」

 

 

「あの?それってどういう、意味ですか?」

 

彼女は不思議そうにそう聞いてくる。

 

「理解する必要はありませんよ。」

 

「はあ?」

 

納得していない、そんな表情が伝わる。まあ、無理もないか。

 

あ、そうそう忘れるところだった。

 

「そういえば、以前言っていた探し物なのですが。見つかりましたよ。」

 

「え!!?ホントですか!!?」

 

そう彼女は嬉しそうに笑う。まるで自分のことのように。

 

「ええ。なのでもう心配はいりません。では、また明日。」

 

そう言うと、彼女は「はい!」と頷くのだった。

 

そこから、またお互いに別の方向へと歩いていく。後悔は無い、これで終わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく歩いているとあの奇妙な感覚がする。

 

「出てこいよ。始めようぜ。」

 

ボンヤリと蜃気楼のようにそいつは姿を現す。そいつはニヤリと憎たらしい笑みを浮かべフワリと煙のように俺を包む。

 

「ここは?」

 

目を開けると、いつの間にか学園の屋上へと戻っていた。

 

『良い場所だろ?君の最後に相応しい。』

 

「ああ、お前の墓場にするには勿体ないくらいの絶景だ。」

 

『相変わらずの減らず口だ。』

 

「そっくりそのまま返してやるよ。」

 

制服が戦闘服へと戻る。

 

『後悔するぞ。ここで負ければ、君 陸山衛は消える。仮に万が一、君が僕に勝てたとしたら、この世界には永遠に戻ることはできない。まあ、勝てないだろうけどね。』

 

『良い世界じゃないか。陸山衛として、この世界に居つくのは、悪くないだろ?可愛い彼女達、スクールアイドルに囲まれて、争いも無ければ大きな災害も無い。向こうに戻って泥にまみれ、山の中を必死こいて走り回ったり這いずり回ったりしなくて良いんだぞ?素晴らしいじゃないか。』

 

「関係無い。この世界がどれだけ魅力的だろうと、最悪だろうと、俺は俺の居るべき場所に戻るだけだ。俺はこの道を選ぶ。

俺はもう道を選んだ、後はお前を叩き潰して走るだけだ。かかってこい!」

 

 

 

さあ、やろうか。

 

虹ヶ咲の屋上で、俺とそいつは向かい合い、俺はそいつに向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 



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The game is over※ 狼は迷わない

「あ"あ"あ"ーーーッ!!!」

 

気合いと根性、全てを懸けて走り出す。一撃だ、一撃でも叩き込めればそれで良い!

 

『珍しいな、感情のまま殴りかかるなど、君らしくもない。』

 

「ッせえッ!」

 

バカな真似をしていることはわかる。だが、今の俺は誰にも止められない。長い道のりだった。この世界に迷い混んだあの日から、俺の人生は絶望しかなかった。高咲侑にほんの僅かな時だが「優しいんですね。」と信頼されていた時も、あの眠りこけていた少女に「歓迎するよ。」と穏やかな口調で言われていた時も、全てが絶望だった。この世界は灰色だ。朝香果林、桜坂しずく、中須かすみと睨み合った日々も、綾小路姫乃、三船栞子とやりあった日も、全てが灰色。いや、どす黒い汚泥に浸かっていた気分だった。一部の者がライブを行う時、服装が一瞬戻る。その瞬間だけが唯一の生き甲斐だった。それだけで、可能性を感じたから。お前のせいだ、お前のせいで俺はこんなクソみたいな目に遭っている。お前のふざけた興味本位で、俺の人生は最悪だ。これまで順調、とまではいかないが良い日常だった。当たり前の日常。たった一瞬でそれが崩壊した。お前のせいだ。この怒りの全てをお前にぶつけてやる。そうでなければこちらの気が済まない!

 

 

思い切り拳を振りかぶり、殴りかかるがそれは予想通りあっさりと避けられる。

 

「グァッッ!!!」

 

腹部に鈍痛が走る。奴の拳がこちらのボディを捉えたらしい。相変わらず素早い奴だ。

 

よろめき、膝をつきそうになるがグッ!と堪える。そのまま間髪入れずに右の膝蹴りを繰り出そうとするが、それもまた避けられる。

 

奴の蹴りが来る。俺は素早く両手で体をガードする。ゴッ!!という鈍い音と痛みが両腕に伝わる。ビリビリと腕の痺れる感覚がほんの少し焦りを覚えさせる。

 

「クソが…。」

 

軽く肩で息をしながら様子を探る。

 

 

『良い動きだ。でも、わかるだろ?…いや、わかっているんじゃないか?君では僕には勝てないと。』

 

「ハッ。勝負は最後まで気を抜かないことだな。」

 

そう余裕をみせるが、内心余裕などない。強がりだ。奴もそれをわかっている、きっと。

 

勝てる保証のない戦い。だが、この1戦に全てが懸かっている。敗けるわけにはいかない。いや、俺は敗けたくない。そうだ、敗けたくないのだ。こんな奴に。ただ暇を潰すかのように俺をこの世界に送り込み、訳のわからんことに巻き込み、誰だか知らないような奴らと絡ませほくそ笑んでいる、そんな奴に俺は敗けたくない。こいつは俺の手で倒す、否殺す。それだけだ。

 

「死ねっ!クソッタレ!」

 

小銃の照準を定め、3点射を繰り出す。これはあの上原歩夢の幻影を見せてきた時に使った。

 

バギギンッ!という炸裂音と火花が虹ヶ咲学園の屋上に散り、響き渡る。本来であれば聞くことも、見ることも無い、存在などあり得ない実銃の音、光り。それが聞こえる、見えるだけで、この屋上だけがこの世界とは違う、別の世界が広がっている、俺の世界に一瞬だが戻ったと錯覚してしまう。だが違う。ここはまだ、優木せつ菜達のいる世界なのだ。まだここは敵の陣地、戦場の真っ只中なのだ。

 

 

銃弾はあっさりとかわされ、奴はこちらに突っ込んで来る。

 

俺はそのままレバーを『レ』へと切り替え、連発を奴の正面から浴びせるように射撃をする。

 

バギギギ!!!!!

 

という連続した射撃だが、まるで奴は弾道を読んでいるかの如く、スイスイと避けていく。だが、ここまでも想定内だ。奴が銃弾なんかで大人しく殺られてくれるとは思っていない。

 

さあ、来いよ!俺に向かって来い!

 

奴は俺との間合いに入り、俺の小銃を掴む。

 

メギッ!という音を小銃がたてた。そいつの掴んでいた所を見ると、小銃の銃口がグニャリと曲がっていた。

 

「なっ!!?あり得ねぇだろ!!?ウゲッッ!!!」

 

そう言うと同時に奴の裏拳が俺の顔面を捉えていたらしい。ゴンッ!という音と鈍く重たい感覚がする。頭がグラグラと揺れ、俺はそのまま後ろに吹き飛ばされた。鼻の中が熱い。恐らく鼻血が出ている。口の中にも鉄の味が広がる。だからなんだ。腕が痺れている、関係無い。足に力が入らない?なら顔1つで奴の喉笛に噛みついてやればいい。さあ、立て!立つんだ陸山衛!

 

「グッ、ウっ…。」

 

ズルズルと情けなく身体を引きずらせ、なんとか立ち上がる。奴からすれば酷く滑稽な姿だろう。だが、関係無い。痛いのは慣れている。例えこの両腕が無くなろうと、脚が無くなろうと、顔だけになろうと、この身体が砕け散ろうと、奴を倒す。魂だけとなったとしても屈するつもりはない。

 

ギッ!と奴を睨み付ける。そいつはやはり余裕満々で、まるで『なぜ立つ?』と言わんばかりにこちらを不思議そうにみてくる。ああそうとも、お前にはわからないだろう?俺はお前とも、お前がこれまで見てきた奴らとも違う。

 

「不思議、そうだな?」

 

『理解できない。陸山衛、何故立つ?何故戦う?何故抗う?』

 

何故?わかりきったこと。

 

「俺が…自衛官だからだ。」

 

堂々とそう宣言する。この世界に自衛隊は無い。なら、俺が居る意味も、必要も無い。

 

『意味がわからない。それは解答になっていない気がするが?』

 

「お前が…理解する必要は無い。されるつもりも無い。」

 

頭がガンガンと痛む。気を抜けば意識を持っていかれそうだ。

 

『君は本当に理解に苦しむ。何度も言うが、君みたいな奴はみたことが無い。その諦めの悪さはどこから来る?』

 

「諦めが悪い?人聞きが悪いな。まあ、だが…そうかもな。自衛官は諦めが悪いんだ。それに、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は迷わない。俺は迷える子羊ちゃんじゃない。迷ったとしても、その困難でさえ食い殺す迷える狼、そしてその狼は迷ったとしても決して屈しない。必ず帰り道を見つけ、そこに帰る。だから、そうだな、優木せつ菜が好きな小説に例えると

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            俺は…狼は迷わない!!!」

 

 

 

 

 

『ふむ、狼は迷わない…か。成る程。面白い。』

 

 

「そりゃどうも。」

 

身体が痛い。全身が軋む、そんな感じがする。

 

「ふぅ。」と呼吸を整えるように軽く深呼吸をする。

 

「なあ。」

 

『なんだ?』

 

どうせ、これで終わりならば。

 

「一本…一本やらせてくれよ。」

 

俺は戦闘服の胸ポケットから一本だけタバコを取り出し、ライターを点けた。

 

『…良いだろう。最期のタバコ、よく味わって吸えば良い。』

 

「御慈悲に感謝するよ。」

 

俺は久しぶりにタバコを咥え、火を点ける。今なら吸える。なんだかそんな気がする。

 

「っ、ふ~、。」

 

煙が肺にゆっくりと送り込まれていく感覚がする。不快感は無い。この世界は灰色だ。俺にとってはだが。彼女達からすれば、この世界はとても光り輝いて見えるのだろう。当然か、自分達の世界だ。輝いて見えないわけがない。こんな世界なら尚更。美しい世界だ。矛盾しているが、そう思える。確かに、俺にとっては灰色だらけの世界だった。どこの誰とも知らない少女達と話して、時に協力して、まあ、あまり良い関係とは言い難いような絡みだったが。この世界の多くが、きっと俺に対し怒っていただろう。

 

 

優木せつ菜/中川菜々、君は少し例外だったようだが。君と話している時、たまにだが世界がほんの少し色付いて見えた気がする。なんとなくだが。気のせいだ、そう考えるようにしていたが、俺はどうやら少し君に大切なモノを貰っているらしい。そんな気がする。

 

「あ~、クソだな。この世界はやはり。」

 

ほんの少し、こんな平和でゆっくりとした時間が続く方が良いのかもしれない。そう思ってしまった、そう感じてしまった瞬間があったかもしれないから。

 

 

だからクソだ。

 

 

 

「ふぅ~。」

 

タバコを吸い終え、地面に捨てて残り火を足で揉み消す。

 

「走り出した思いは、強くする…らしい。」

 

『は?』

 

思わず彼女の曲のフレーズを口ずさんだ。

 

「なんでもない。ちょっとした独り言だ。」

 

俺は腰から銃剣を引き抜く。

 

『最終ラウンドだ。』

 

「奇遇だな、俺も同じことを思っていた。」

 

奴が拳を振りかざし前に突っ込んで来る。どうやらこれでケリをつけるつもりらしい。俺も負けじと走り出す。奴に遅れを取らぬように、奴を倒すために。そして

 

(忘れ物、見つかったよ。)そう堂々と彼女に伝えるように。

 

 

俺とそいつはぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボタボタと嫌な音が地面に伝わる。この世界には似合わない赤黒い液体が、地面をゆっくりと染めていく。

 

「ゲボッ!!!」

 

胃の中から生暖かいものが込み上げてくる。俺は思わずそれを吐き出した。それもまた真っ赤な嫌な色をしていた。生臭い鉄の匂いが綺麗な校舎の屋上に広がる。

 

『見事だ。』

 

奴の拳は俺の腹を貫き、内臓を握り潰していた。

 

 

俺の銃剣は奴の首下数センチのところで止まっている。力が入らない。

 

カランッ。という乾いた金属音が地面に響く。

 

『相討ち覚悟とは、恐れ入った。そんなにこの世界から出たいか?』

 

「ゴボッ。…グァ…。」

 

言葉が出てこない。ヒューッ。ヒューッと、喉の鳴る音がする。

 

『君の敗けだ。』

 

「グ…だ…まだ、敗けてない…。」

 

そいつは少し驚いた顔をする。まるで『まだ、喋れるのか?』と言わんばかりの顔だ。

 

まだ敗けてない。俺はまだ、死んでない。

 

「出たい…。この世界から、俺は…出たい!」

 

血を吐きながら俺はそう言い張る。

 

「俺は、帰る…帰らなければならない!」

 

そう叫びながら、ギリギリと奴の腕を掴み、気合いで押さえつける。

 

 

『なっ!!?』

 

そいつは初めて驚いた表情に変わる。恐いか?この俺が。俺は恐い、元の世界に戻れないことが、陸山衛として、ここで死ぬことが。

 

「俺はッ!恐いぞォォォッ!!!!!」

 

俺はそのまま思い切り拳を振りかぶり、奴の顔面を殴り抜いた。

 

 

『グァッ!!!?』

 

重い手応えを感じ、そいつは仰向けに倒れる。そして、奴はゆっくりと顔を持ち上げると、殴られた場所を手で抑えながらこちらを見てくる。とても驚いているような、どこか呆けたような顔をしながら。

 

 

俺はそいつの顔を睨み付けると、俺はゆっくりと後ろに下がり、間合いを取ろうとするが、いつの間にか俺の視点は奴ではなく白み始めた空を見上げており、そのまま意識が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真っ暗だ。何も見えない。俺は、敗けたのか?奴をぶん殴ったとこまでは覚えている。そこから俺は倒れた。つまり、やはり敗けたのか?悔しいが、そういうことなのか?だが、そうなれば俺は魂ごと消える、確か奴がそんなことを言っていた気がした。だが、不思議なことに意識がある。痛みが無いのが恐ろしいが。

 

 

『起きなさい。』

 

不意にあの憎たらしい声が聞こえた。だが、何だろうか?どことなくいつもと口調というか、雰囲気が優しい感じがする。そう、ほんの少し慈愛を感じるような、そんな声。

 

目を開けると、奴が俺をまじまじと見つめていた。

 

「何か用か?」

 

そう聞くと

 

『まさか、一発貰うとはな。』

 

と、俺が殴ったであろう場所を擦る。

 

「…殺さないのか?」

 

俺がそう聞くと、そいつは不思議そうな顔をして

 

『殺す?君を?」

 

と聞いてくる。

 

何だ?何が起きてる?

 

「俺が敗ければ、俺はもう無くなるはずじゃないのか?」

 

そう言うと、そいつはほんの少し考え、やがて口を開いた。

 

『ああ、そうだとも。だが、君は見事僕に一撃を加えた。』

 

「だから?」

 

『こんなこと、これまでで初めてだ。わかるかい?君は絶対に抗えないであろう相手に唯一抵抗できたんだよ。』

 

奴は少し興奮気味にそうしゃべりかけてくる。

 

『惜しい。君という存在を無くすのは、あまりにも惜しい。』

 

「それで?一緒に仕事でもってか?残念ながらお断りだ。誰が好き好んでお前と仕事なんてするか。」

 

『それは無理だ。我々と君とでは住む世界が違う。』

 

なら、

 

「どうするんだ?俺はこの世界には『わかっているよ。』…。」

 

 

『君の一撃、君の思い、諦めの悪さ、良いとも、認めよう。君は強い。』

 

思ってもみない言葉だ。奴が俺を認めた。それどころじゃない。奴は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おめでとう、陸山衛。僕が認めよう。君はこの世界に必要無い。君ほどの力と、精神を持ち合わせている存在が、この世界に存在してはいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陸山衛、お前は、この世界に存在してはならない!』

 

 

 

 

 

「!!?」

 

 

『君を元の世界へ戻そう。』

 

思ってもいない、予想外な言葉だった。

 

「い、良いのか!?」

 

俺は思わずそう聞くと、そいつは静かに頷き『ああ。』と答えた。

 

「そう…か。」

 

長かった。本当に、気が狂うほどに。ただ、奴があまりにもあっさりと肯定するので、ほんの少し呆けてしまう。また今更だが、奴に貫かれた腹も綺麗さっぱりと治っていることに気づき、その安堵も加わったのか、とても気の抜けた声が出てしまった。

 

『どうした?もう少し居たいか?この世界に。』

 

そいつはわざとらしく俺にそう問いかける。

 

俺は首を横に振り「いや。」と答えた。

 

それにしても、意外とあっけない最後だった。そう考えていると、そいつはある提案をしてきた。

 

『君の強さに敬意を表そう。1つ、何か1つ君の願いを聞こう。無論、元の世界には必ず返す。約束は破らない。それ意外で何か1つ、君の願いを聞こう。何でも構わない。』

 

 

何でも、か。

 

 

 

「本当に、何でも良いのか?」

 

『まあ、あまりにも理不尽なものでなければね。』

 

なら。

 

「1つ、ある。」

 

そう、考えてみればまだこの世界で、いくつかやり残したことがあった。そのうち、これだけはする必要があるだろう。最も重要な、1つが。

 

『なんだい?』

 

 

「俺は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

景色が暗転し、少し焦る。だが、やがて大きな歓声が聞こえ、その焦りは必要ないと心を落ち着かせる。

 

目を開くと、そこには色とりどりのカラフルな衣装を着た少女達がいた。

 

 

奴が横に現れる。

 

『意外だな、君がこんなことを願うなんて。』

 

違うな。『彼女達の、最高のライブを1つ見せて欲しい。』それを願ったのは

 

「俺ではない。私、いや僕だ。」

 

そう自分の、山上陸の胸に手を当てる。

 

奴は『ほう。』と面白そうな声を出し、『では、楽しんでくれ。』と言う。

 

しかし妙だ。この場所は確かに虹ヶ咲学園だが、何かが、そう何かだ。何かが違う。それを察したのか

 

『ここは、可能性の世界だ。君の居た世界とは、また少し違うだろう、あり得たであろう世界の未来だ。』

 

「成る程。あの世界とも、俺の世界とも違うということか。」

 

と納得する。つまりパラレルワールドというやつだ。世界は無数に存在する。なら、あそこにいるスクールアイドルの面々も、俺と出会った者と少し違うということか。優木せつ菜も、きっと。

 

『さて、また後で向かえに来るとしよう。』

 

そう言うと、そいつはフワリと蜃気楼のようにいなくなる。

 

 

後ろからピアノの伴奏が聞こえる。

 

曲が始まり、彼女達のライブが始まる。

 

虹色に輝くそのステージはとても綺麗で。

 

「これが、君たちの言うトキメキ…というやつか。」

 

戦闘服が虹ヶ咲の制服へと変わっていくのがわかる。紺色のズボンに、白いYシャツ、紺のネクタイ。右には風紀委員会の腕章、左には虹ヶ咲テスト生と書かれた腕章がついている。柔らかく、暖かい光が陸を、衛を包み込む。

 

ゆっくりと深呼吸をしながら目を閉じる。身体から力がいや、別の何かが抜けていくような、別れていくような奇妙な感覚を覚え、再び目を開ける。俺の目の前には彼がいた。

 

「衛、さん?」

 

「ああ。」

 

俺は軽く頷く。

 

「これ、彼女達のライブ、ですか?」

 

「そうだ。」と肯定する。

 

「凄い!!?」

 

まるで子供の様に目を輝かせている彼、山上陸を見て、俺もほんの少し微笑む。

 

「TOKIMEKI Runners…という曲らしい。」

 

奴がそんなことを言っていたような、いや、わからないが何故か曲名だけ知っている。

 

「へぇ。でも、なんで、ここに?」

 

「君に見せようかと思ってね。好きなんだろ?スクールアイドル。」

 

彼は少し恥ずかしそうにコクりと頷いた。

 

「借りは返す主義なんだ。今まで、山上陸として戦っていたのだから。」

 

「いや、ほとんど衛さんじゃないですか?」

 

彼はクスクスと可笑しそうに笑う。

 

「だが、この身体は君だ。」

 

彼女達のライブを見ながら、そんな会話をする。

 

「これは、夢…ですかね?こんな凄い綺麗なステージ、初めてだから。」

 

 

そんな彼の問いに

 

「ああ。きっと夢だ。とても長い夢さ。」

 

と答えた。

 

「俺の夢はもう醒める。君はどうする?」

 

山上陸にそう問いかける。そもそも、彼の存在自体あるのか定かではないが。もし仮に、これが彼の最期だとしたら?陸山衛がこの世界から消える瞬間、山上陸はどうなるのだろうか?

 

そんな心配が顔に出ていたのか

 

「大丈夫ですよ!僕、こんなにワクワクするライブが観れて凄い良かったです!だから衛さん、心配しないで下さい!いえ、むしろ ありがとうございます!」

 

そう笑顔で応えるのであった。俺はその笑顔を見て、少し安心する。

 

「そうか。…それにしても、長かったな。」

 

彼女達のライブを再び見ながら、そう口にする。本当に、ここまでよく来れたものだ。まさか、最後にあのクソを一発ぶん殴っただけで帰れるとは。いや、あいつに一発入れられるかだけでも怪しかった。俺はツイていた、それだけだ。運も実力の内ということか。

 

「ええ、長い間…お疲れ様でした。」

 

彼はそう優しく微笑みかけてくる。

 

「ああ。本当に。」

 

彼の労いの言葉を受けとると、彼はいつの間にか居なくなっていた。やはり、彼自信も、この世界に存在しなかったようだ。

 

彼 山上陸が先ほどまでいた場所には何も無く、そこには静かな余韻だけが残っていた。ただそこをボンヤリと眺めていると、再び奴が煙のように現れる。

 

 

『どうだった?』

 

決まってる。

 

「当然、最低だ。」

 

『相変わらず素直ではない。』と奴に苦笑いをされる。素直ではない?それは少し違う。彼女達の凄さも、可能性も認めている。俺はただ、この世界が気に食わないだけだ。だからこそ、この世界の全てが最低なのさ。

 

『では、約束通り…帰そう、君の居るべき場所へ。』

 

「ああ。」

 

これ程待ち望んだ瞬間は無い。

俺はそのまま、黙って奴についていく。最後にフとステージを振り返ると、彼女達が観客に向かって一礼をしていた。

 

 

「「「「「「「「「ありがとうございました!!!」」」」」」」」」

 

 

そんな最後のお礼の挨拶が聞こえてきた。

 

 

俺は再び振り返り奴についていく。その途中で

 

「     」

 

なんとなくそう口にした。声に出ていたかはわからないが、初めてこの世界でそう言った。伝わってはいないだろうが、これがせめてもの、最後の礼儀だろう。さらば、クソッタレた世界。さらば、虹ヶ咲学園。さらば、スクールアイドル。さらば、優木せつ菜/中川菜々。これから先、この世界の未来に、俺は必要ない。山上陸、陸山衛の物語はここで終わりだ。君たちの未来を、君たちだけで繋いでいくと良い。

 

これは、君たちの、君たちだけの物語。未来も、トキメキとやらも、全て君たちのモノだ。大切にすると良い。

 

俺の意識は、そのまま深い闇へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へ?」

 

 

 

ステージの終わり際、ふと知っているような誰かの声が聞こえ、優木せつ菜は顔を上げてファン達の方を再び見た。何も変わらない、自分達のことを一生懸命応援し、支えてくれるファン達。だが、何故かはわからないが、ファンとは違う、何か別の、そう別の誰かの声が聞こえた気がした。だが、その声をどこか知っているような気がして。それは男性の声だった。彼女が喋ったことのある男性など父親くらいしかいない。しかし、その声はなぜか安心感と懐かしさを生み出した。そして、その声と言葉はとても、それはとても嬉しい気持ちにさせてくれるものだった。同好会の仲間はどうやら気づいていないようだ。いや、むしろ自分にしか聞こえていないのではないかと思った。何処からかはわからない、ずっと、このステージよりも、いや、それよりもずっと遠い場所からその声が発せられていた気がする。だからこそ彼女は、再びめいっぱいの笑顔をファン達に向けるのだった。ファンにも、何処からか、誰なのかもわからない声の主にも届くように。

 

そう、それはきっと気のせいなんかではない。彼女には確かに聞こえたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たった一言、「ありがとう。」と。

 




衛の最後の願いは、これまで、自分の身体として共に戦ってくれた山上陸への報酬です。

昨日の演出、めちゃ良かったんで、急遽内容にプラスで加えようかなと。
さて、山上陸 陸山衛の戦いはこれで終わりです。ここまで応援して下さった皆様、本当にありがとうございます。最後の終わりかたは、衛が無事元の世界に戻れる。という結末にしていたのですが、正直二期始まってしまってから、この最後までたどり着けるかわかりませんでしたw 栞子ちゃんとかめっちゃ良い子だしw



エピローグもあるので、あと少し楽しんで頂ければ幸いです。


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閑話:道の途中で

あ、赤くなってる!?
ありがとうございます!あとエピローグだけで終わろうかなとも思ったのですが、せっかくなのでその前に1つだけお話をと。今回は短めです。


『君は実に興味深い。まさか、僕自身もこんな判断をするとは思わなかった。』

 

気がつけば、俺の格好はいつの間にか制服から着なれた戦闘服へと戻っていた。

 

「なんだ、最後の最後に、『やはりやめだ。』なんて言わないよな?」

 

奴の言葉に、俺は少し疑念を抱きそう問いかける。

 

暗い道だ。本当に真っ暗な道。後ろからはほんの僅かだが、虹色に近い輝きが溢れ出ており、俺達の背中を照らしている。

 

「本当にこっちで合ってるのか?」

 

目の前は真っ暗、後ろは虹色。普通こういう時って逆じゃないのか?なんとなくそう思う。

 

『ああ。怖じ気づいたか?』

 

そう煽ってくるので、こちらで合っているのだろう。

 

結局、スクールアイドルとはなんだったのだろうか?いまいちよくわかっていない。彼女達がライブを行う時、俺の服装は戻った。あれは何だったのか。スクールアイドルとやらが本当に関わっていたのだろうか?今になって不思議に思う。

 

『時に。』

 

そいつがフと口を開く。

 

『願い、想いの強さは偉大だ。』

 

「…想い?」

 

『そう思わないかい?』

 

奴はそう問いかけてくる。

 

想い…。

 

奴の金色の瞳が、俺を捉えてくる。相変わらず不気味な奴だ。

 

想いの強さ、か。なんとなく、理解できるような、できないような。そんな奇妙な感覚がする。

 

『まあ、君には理解する必要の無いことか。』

 

フンと鼻で笑われ、なんとなくだが腹が立つ。

 

『君は強い。その強さはこの僕が認めている。あの世界の存在よりもずっとね。』

 

いや、俺は弱かった。だから、優木せつ菜/中川菜々との会話にほんの少し癒されたような気がしてしまった。俺が本当に強ければ、彼女とも必要最低限の会話で済んでいただろうし、もう少し早く元の世界に帰れた、この結末を迎えられたかもしれない。

 

そいつは俺の顔をじっと見つめると

 

『ここまで来れて、自分が弱いと?』と言う。

 

「ああ、まだまだ俺は未熟だ。そう思う。」

 

『だが、結果的に君は帰れる。それは君の帰りたいという想い、願いが強かったからだ。違うかい?』

 

確かに、言われてみればそうだな。俺は頑固で、貪欲なんだ。きっとその貪欲さは、あの世界の誰よりも薄汚く、そして強かったのかもしれない。

 

 

そうか、別にスクールアイドルが鍵だったわけではない。大切なのは想いの強さだったということか。

 

彼女達がライブを行い、そのステージや衣装が変化したように見えた時、強い想いを感じた。自分を伝えたいと。自分の大好きを世界に広めたいと。自分をさらけ出したいと。自分を支えてくれた者に自分達の気持ちを伝えたいと。そうだ、今思えば彼女達のライブにはそんな強い想いが込められていた気がする。それと俺の「元の世界へと戻りたい。」という想いが同調でもしていたのだろうか?あの、山上陸の時と同じように。つくづく不思議な世界だ。だとすれば、もしかしたら彼女達も、俺の姿が戻った瞬間をどこかで見ていたかもしれない。まあ、真実がどうかなど、今はもうわからないが。

 

『お別れだ。』

 

その先には闇しか広がっていない。まるで真夜中の森のようだ。

 

『君の強さは、あの世界には勿体無い。なによりも、君は完成されすぎていた。君は自分をどう思っているかはわからない。だが、僕はそう思う。』

 

もう背後に虹色の輝きは感じない。ここから先は、俺の未来、俺の物語だ。陸山衛の物語は、この闇を超えた先から、また始まる。俺が死ぬ、その瞬間まで。

 

黒が濃くなる。不思議な感覚だ。だが、確かに前に進む度に目の前の闇が深く、深くなっていく気がする。

 

『陸山衛。』

 

奴が俺を呼ぶ。

 

俺は足を止め、奴の方に一度振り返る。

 

「なんだ?」

 

奴は最後に質問してきた。

 

『どうだった、彼女達の世界は?』

 

決まったことを。

 

「今更何を聞くかと思えば、勿論『最低か?』…。」

 

 

俺はほんの少し深く息を吸い込み、吐き出す。呆れるように、馬鹿にするように。

 

「ああ。俺の存在意義が無いからな。」

 

肯定するようにそう伝える。

 

『そうか。』

 

奴は満足そうに目を細めて頷く。そして『やはり、素直ではない。』と小さくこぼす。

 

それはお前の勘違いだ。

 

『では、つまらなかったかい?君の…迷える孤独な狼の冒険は?』

 

つまらない…か。

 

「…さあな。」

 

それは、わからない。楽しかったとも思わない。だが、

 

「つまらなくは…無かったかもな。」

 

とても刺激的だった。この感情は言葉にできない。つまらないとか、面白いとか、そういう概念には当てはめられない。そう思える。あえて表現できる部分があるとすれば、それは最低で最悪な冒険だったということだけだ。それだけは伝えられる。

 

『わかった。さあ、ここから先は君だけで行くのだ。最早この先、君にしか歩けない道だ。』

 

「わかっている。」

 

俺は再び闇に振り返ると、そのままゆっくりと前に進むのだった。その先からは、懐かしい独特な、森と土の香りがする。久しぶりに、実に久しぶりに俺はその言葉を口にしようと思った。ようやくこの言葉を口に出せる。そう思うだけで、年甲斐もなくワクワクしてしまう。これが、俺のトキメキというやつなのかもしれない。彼女達のに比べれば、ひどく泥臭く、汚れているように見えるかもしれないが、少なくともこの自衛隊という場所が、俺の生きる意味であり、戦う理由なんだと思う。これから先、どんな未来が待っているのかなどわかったものではない。予期せぬ最低最悪の未来がこの世界に訪れるかもしれない。だがそれは、今日ではない。それだけは、自信を持って言える。だから、希望を持ってこう思いたい。この世界、この先の未来は、まだまだ面白いことが、楽しいことが沢山待っていると。苦しみも、楽しみも、分かち合える仲間達がいれば…きっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま、俺のトキメク場所(陸上自衛隊)。」そう言葉にして、俺は闇を潜り抜けた。

 




これを書き始める前、ラブライブと同時に異世界モノにはまってたのですが、よくよく考えると転生って怖くね?しかも、それが自分の知ってる常識や物ととても似てるんだけど少し違ったり、なんかズレてたり、自分の知ってる大事な場所が突然無くなってたりしたら最高に怖いし気味が悪いだろうな。と思って書き始めました。
そんな当人にとって気味の悪い世界、どんな主人公だったら最後まで戦えるかな?とか、ラブライブめちゃ平和な世界だし、そんな世界とは真逆かつズレていて、そして誰よりも頼もしく強い奴が良いなと思い、主人公はおじさんで自衛官 しかもレンジャー持ちということにしました。
あと1話で終わりを迎えるわけですが、まさか最後に評価が赤くなるとは思いませんでした!応援ありがとうございます!
感想などあればよろしくお願いします!


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エピローグ:それぞれの場所で

キャラ設定

山上陸(16歳)

虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会に所属。スクールアイドルに興味を持ち、日夜彼女達を追い、応援している。上原歩夢と高咲侑とは幼馴染みであり、小さい頃から仲良く遊んでいた。高校は別々になるはずだったが、親の都合により急遽虹ヶ咲学園に転入することとなった。ピアノを習っおり、時には自分で編曲を行ったりもする。


という設定であったが、陸山衛の帰還に対する想いの強さ、そして彼の異常な精神力によって、当初の設定は消え去り、山上陸という器だけが残った。山上陸とは器であり、陸山衛を元の世界へと返す方法を探るための道具である。


静かな時間が流れる教室。時計の針が時の流れだけを刻んでいく。

 

奇妙な空間、奇妙な時間…

 

静かな時間、静かな空間。

 

目の前にいる青年が口を開く。 

 

「良い学校です。施設も、部活動も何もが充実している。生徒達も楽しそうだ。この学校に入れたことはこの上ない幸運…とでも言いましょうか。この巨大な学校という組織を1人で動かし、導くというのは大変なことでしょう?」

 

「ええ。私もそう思います。」

 

 

これは…夢?それとも現実?私は彼を、目の前の青年を知っている。何故かはわからないが、そんな実感がある。

 

顔はよく見えないが、彼の濁った黒い瞳が私の顔を写す。その瞳はとても寂しげで。何故かその寂しげな瞳を知っている気がして。男性となんて、私の父親以外関わったことなんて無いのに。

 

「この学校初の男子生徒、というわけですが、今の心情などお聞かせ頂けますか?」

 

 

「心情…ん〜、緊張と不安、そして幸運。なんとも言い難いですね。ただ、楽しみにはしてますよ。男1人というのは心細いですが。」

 

この会話、どこかでしたような…。とても不気味だと思うはずなのに、何故か私は彼をすんなりと受け入れようと感じた。おかしい、虹ヶ咲学園に男子生徒なんて、どう考えてもおかしなことなのに。

 

もう日が暮れる。生徒会室の窓から外を覗くと、夕焼けも傾き、空には星が浮かび始めている。

 

「面接、もう終わりましたか?」

 

無機質な彼の声にハッとする。一体どれ程彼をこの場に拘束していたのだろうか?そろそろ彼を家に帰さないと。

 

「ええ。では、明日からよろしくお願いしますね。」

 

あれ?おかしい、名前?そう、彼の名前は何だろうか?変だ。この空間も、この現象も、何かがおかしい。何よりも、彼の名前が出てこない。知っているはずなのに。

 

「では、失礼しますね。生徒会長。」

 

彼はゆっくりと椅子から腰を上げ、そのままスタスタと部屋のドアに手を掛ける。

 

(あ、えっと!?)

 

何だ?声が出ない!?いや、出せない!!?彼を呼び止めようと思うが、まるで金縛りのように体が動かないのだ。彼が出ていく。生徒会室の扉を開け、外へと出ていく。

 

何故だかそれが、とても寂しい未来な気がして、取り返しのつかない未来をみている気がしてならない。

 

(待って!行かないで!!!)

 

何故かそんなことを思う。見ず知らずの青年に。彼は振り返らない。まるで機械のように前へと進んでいき、そのまま部屋から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「待って下さい!!!◯さん!!!!!」そう手を伸ばした瞬間

 

ジリリリッ!!!!!っとその空間に喧しい目覚ましの音が響き渡る。

 

「あ。」

 

私はそこで目が覚めた。何故か私は自分の部屋の天井に手を伸ばしている。眠たい目を擦ると、涙が溢れてきて、ほんの少し泣いていたことに気づいた。

 

「あれ?私、なんで?」

 

「菜々~、朝ごはんよ~!」

 

お母さんの呼ぶ声が聞こえる。行かないと。寝すぎたのか?何故か頭がクラクラする。おかしい、夜更かしなんてしてないはずだ。でも、なんだか長い夢を見ていた気がする。

 

制服に着替え、リビングに行くと、暖かい味噌汁やご飯の香りが部屋に広がっていた。

 

「おはよう。」

 

「おはよう。」

 

そんな簡単な挨拶をする。

 

「珍しいわね、私が菜々を呼ぶなんて。昨日、夜遅くまで何かしてたの?」

 

「ううん。なんでもないよ。」

 

私は席に座り、味噌汁に手をつける。暖かい。

 

「あらそう。なら良いんだけど。あんまり無理しちゃダメよ?」

 

そう優しく微笑みかけてくれるお母さんに、私は「うん。」と頷き返す。

 

「生徒会はどうなの?今年の文化祭の催し物とかで忙しいんじゃない?」

 

「うーん、ちょっとね。」

 

そう、今年は忙しい。何故なら今年の文化祭はスクールアイドルフェスティバルとの合同開催だからだ。果たして、この大規模イベントの実行委員に誰を選ぶべきだろうか?この人選は責任重大だ。個人的には、今年入ってきた1年生の三船栞子さんに頼みたいと思っている。彼女はとても真面目で、優秀だ。何よりも、生徒一人一人の為に行動できる人だと思う。無論、生徒会や協力してくれる生徒達の同意の上でだが。

 

「上の空で考え事?」

 

そんな事を考えていたら、朝食の手が止まっていたらしい。私はハッとしてご飯を食べ直した。

 

そういえば

 

「ねえ、お母さん?」

 

「な~に?」

 

今朝のことを話そうと思った。しかし、何を話そうと思ったのか思い出せない。何とか辛うじて、夢の話だったことは覚えてる。

 

「今日、変な夢を見たの。」

 

「変な夢って…どんな?」

 

どんな?それがわからない。ただ、ひどく変な夢だった。

 

「うーん、それがあんまり覚えてなくて。でも、凄く不思議な夢だったような?学校の夢だったかな~?」

 

ううーん。と頭を悩ます。何故ただの夢なのにこんなに必死に思いだそうとしてるのかわからない。ただ、何か大切なモノを忘れているような、そんな気がする。

 

例えるなら、漫画を買ったとして、それに付録が付いてくる。有っても無くてもどちらでもでもいいような付録。でも、有ったら嬉しい。それがたまたま付いてこなかった。そんなちょっとした物足りなさがあるのだ。

 

「菜々、学校大丈夫?」

 

「え?」

 

気がつくと、もう登校しなければならない時刻が迫っていた。

 

「いけない!!?」

 

 

私は大慌てで部屋からカバンを取ると、私は学校へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静かな時間が流れる教室。時計の針が時の流れだけを刻んでいく。

 

何処だ、ここは?いや、俺はこの場所を知っている?

 

「初めまして、陸山衛さん。」

 

目の前には、黒く巻かれたツインテール?のような髪の毛が特徴的な、眼鏡をかけた少女が高そうな椅子に座っていた。よく見ると、彼女は腕に腕章をしており、そこには「生徒会」と書かれていた。

 

(ここは何処だ?お前は何者だ?)そう言おうと思ったが

 

(声が出ない!!?どうなってる!?)

 

意味がわからない。とてつもないほど不気味だ。だがなんだ?俺は目の前の女を知っている…?これは夢?…か、それとも現実か?

 

眼鏡の奥に光る、黒曜石のような瞳がひどく不愉快だ。まるで、人生が輝いているような。みるからに「さあ!貴方も人生を楽しみましょう!」とでも言いたげな。そんな自信満々の瞳がえらく不気味で、不愉快だ。

 

「この学園、貴方はどう思いますか?」

 

「良い学校です。施設も、部活動も何もが充実している。生徒達も楽しそうだ。この学校に入れたことはこの上ない幸運…とでも言いましょうか。この巨大な学校という組織を1人で動かし、導くというのは大変なことでしょう?」

 

何故だかそんな言葉がスラスラと出てきた。まるで、最初からそう言うよう"決められていた"かのように。

 

「この学校初の男子生徒、というわけですが、今の心情などお聞かせ頂けますか?」

 

 

心情?そんなものあるわけない。さっさと俺をここから出せ!

そうか、これは夢だ。現実じゃない。今の俺は演習場にいる。頼れる部下や上官、仲間達と共に。

 

さあ、目覚めろ俺!

 

「心情…ん〜、緊張と不安、そして幸運。なんとも言い難いですね。ただ、楽しみにはしてますよ。男1人というのは心細いですが。」

 

なんなんだ?何が起きてる?お前は誰だ?いや、知っている気がする。だが名前が出てこない。

 

「面接、もう終わりましたか?」

 

「そうですね。明日から、共に頑張りましょう。」

 

彼女が手を差し出す。だが、俺はその手を取ることはない。失礼なことは承知しているが、何故かここで彼女の手を取るのは得策ではないと感じた。そう、取り返しのつかないことになると、直感的にそう思った。

 

(あんた、誰だ?)

 

そう再度問おうとするが、

 

(…やはり、俺が自分の意思で喋ることはできないのか。)

 

「では、また明日◯◯会長。」

 

やはり、目の前の女の名前が出てこない。しかし、会長と呼んでいるということは、彼女は生徒会長なのだろう。

 

俺はそのまま部屋の扉へと振り向き、そこへ進むことにした。彼女は黙って笑顔?で手を差し出している。その姿は滑稽に見えるが、不気味だ。

 

俺は扉に手を掛けると、そのままその部屋から出た。

 

すると今度は廊下だ。どこかの施設か?誰もが制服を着ているため、何処かの学校だろう。だがなんだ?この違和感は。見る限り女子女子女子。女子高か?何故だ?俺は女子高なんてこれまでの人生で一度も行ったことがない。そして、誰もが笑顔なのだ。あちらを見れば笑顔、こちらも笑顔?笑顔笑顔笑顔真顔?笑顔。なんなんだ?確かに学校生活は楽しいことが多い、笑顔で溢れ返っているだろう。だが、それにしては

 

(奇妙だ。)

 

それに加え、髪の色や目の色も。カラーコンタクトをしているとか、髪を染めているとか、そんなレベルでは、次元ではない。ひどく不自然に見えて自然なのだ。頭が痛い。

 

「おや、こんなところにいたんですか?衛さん!」

 

誰?いや、あの会長か?

 

目の前には、髪をとき、眼鏡を外した生徒会長がいた。見た目は変わったが、声の質感がどこか似ている気がした。

 

「同好会の皆さんが待ってますよ!」

 

同好会?何のだ?

 

「さあ!今日も最高のスクールアイドルを目指して、練習頑張りますよ!」

 

すくーる、あいどる?なんだそれは?聞いたことがない。

 

 

 

「なんなんだ、それは?」

 

そうボヤいた瞬間、ブルブルと胸ポケットに入れていたスマホの振動で目を覚ます。

 

時刻は午前3時。1時に仮眠を摂り、ちょうど2時間経過したようだ。

 

「行くか。」

 

俺は寝心地の悪い野外ベッドから体を起こし、近くに置いた小銃を手に取ると、天幕から外に出た。草木も眠る丑三つ時、周りはとても静かだ。外には星が浮かんでいる。歩哨の交代に行かなければ。しかし、頭がやけにクラクラする。なんだかとても長い夢を見ていた気がする。

 

俺はそのまま歩き、バディの陸士の元へと向かう。

 

「陸山2曹、お疲れ様です。」

 

少し眠そうな目をした陸士が俺に軽く敬礼をする。

 

「おう。じゃあ、交代に行くか。」

 

「はい。」

 

彼と共に俺は陣地の指定された場所へと向かい、見回っていたバディと交代をする。

 

「じゃ、お願いします。」

 

「失礼します。」

 

彼らは、俺に申し受けを行い、敬礼をするとそのまま天幕の方へと向かって行った。俺達はそのまま指定された場所をゆっくりと歩く。

 

「眠たいか?」

 

俺はそう問いかけると、彼は目を少し擦りながら「平気です。」と答えた。

 

「少し休むか。」

 

俺は辺りを少し見渡せる場所を探し、そこに向かうと、ちょうど良い木の根を見つけたので、そこに彼を誘導した。

 

「座ってて良いよ。」

 

「いえ、しかし!?」

 

彼は首を横に振るが、俺は「良いから。」と宥めて座らせた。2時間は長い。

 

「今日は多分、斥候も入ってこないさ。」

 

長年の経験と勘でそう判断する。ただし、完全に気を抜くわけじゃない。きちんと、周囲を警戒しながら、俺はさっきのことを彼に話そうと思った。時間はまだまだあるからと。

 

しかし、肝心なことにその内容をよく覚えていないのだ。ただ何か、そう、夢だ。多分夢の話だと思う。

 

「実はさっき変な夢見たんだよ。」

 

「夢…ですか?」

 

彼は少し緊張気味に、しかしどこか興味深そうに聞いてくる。この2時間は、この話題で潰すか。

 

「ああ。」

 

「どんな夢だったんです?」

 

そう、それが問題だ。なんの夢だったか。やはり、この話題で2時間は無理そうだな。

 

「それが、あんまり覚えてないんだ。ごめんな。」

 

「いえ。そんなことは…。」

 

俺が謝ると、彼が少し申し訳なさそうな顔をする。

 

「ただ、ひどく不気味だったのは覚えてる。あれはそう…悪夢だな。」

 

「悪夢…ですか?」

 

「そう。ひどく不気味で、不愉快な悪夢だった気がする。」

 

そんな話を彼としていると、自分がやけにホッとしていることに気づく。そんなに恐ろしい夢だったのだろうか?だとしたら、もう少し覚えていても良い気もするが。とにかく、覚えていないが、何故か夢で良かったと思っている。変な話だ。

 

「夢で良かったですね。」

 

「そうだな。」

 

心の底からそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園に着き、授業を受ける。当たり前の日常のはずだが、何か、何かが足りない?いや、減っている?ような気がする。自分でもおかしなことを思っている自覚はある。だが、何か抜けているような、抜け出してしまったような気がするのだ。

 

授業が終わり、生徒会室へと向かう。今日は、文化祭、スクールアイドルフェスティバルの合同開催をするための実行委員として、三船さんを推薦する予定だ。

 

生徒会室に副会長や生徒会のメンバー達が集まり、その事について話すと満場一致で彼女が実行委員として相応しいと決まった。あとは、これを本人に伝えるだけだろう。いよいよ、この学園の一大イベントが始まる。新しく留学してきた、香港のスクールアイドル 鐘 嵐珠のパフォーマンスもあり、今や虹ヶ咲学園は以前にも増してスクールアイドルの人気が高まりつつある。これは私にとっても非常に嬉しいことだ。

 

なのに。

 

「はあ。」

 

「会長?」

 

副会長が少し不安そうにこちらを見てくる。

 

「どうかしましたか?」

 

「あ、いえ。何でもありません。ただ…今日少し変な夢を見てしまって。」

 

「変な夢…ですか?」

 

彼女が少し興味がありそうに顔を寄せてくる。

 

「それって、どんな夢だったんですか?」

 

来ると思ってました。ですよね~。なんて少し自嘲気味に心の中で言ってみる。

 

「いや~、それが、あんまり覚えてなくてですね。」

 

タハハ。と少し苦笑い。

 

生徒会全員が私を不思議そうに見てくる。

 

「と、とにかく、今の話は忘れて下さい!合同文化祭、成功に向けて頑張りましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鉄帽に付けた暗視装置を覗き、周囲の様子を伺う。時より野生動物がカサカサと動く音がするが、それ以外は静かなものだ。

 

 

「何もないな。」

 

「そうですね。」

 

何だろうか、こうもこの演習の空間がホッとするなんて。風呂も入れない、睡眠だってまともに摂れない。なのに、こうも安心している。今までにない不思議な感覚だ。

 

「何の夢だったんだ?」

 

ボソりとそう呟く声が聞こえたのか、彼が「はい?どうかしました?」と聞いてくる。

 

「いや、やっぱり夢が気になってな。」

 

「はあ。」

 

彼は不思議そうに俺を見てくる。

 

勘弁してくれ、俺をそんな不思議ちゃんみたいな目で見ないでくれよ。なんて。

 

突然ポツポツと空から静かに雨が降ってくる。

 

「はあ。マジか。」

 

「最悪ですね。雨衣、忘れちゃいました。」

 

雨を防ぐ物は天幕にある。俺達は近くの木々が密集してる場所に行き、雨を防ぐことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒会の会議も終わり、待ちに待った練習の時間だ。私は

中川菜々から優木せつ菜へと変身し、同好会の仲間に挨拶をする。

 

「皆さん!お待たせしました!会議が長引いてしまって!」

 

「お、せっつーお疲れ!」

 

「せつ菜ちゃんお疲れ様!」

 

愛さんや、侑さん達が明るくそう迎えてくれる。やはり、私の居場所は、生徒会とここにあるのだと強く実感する。

 

「会議、大変そうだね~。」

 

「そうね、この時期に生徒会とスクールアイドルの掛け持ちなんて、なかなかできることじゃないわ。」

 

果林さんやエマさんがそう労りの言葉をかけてくれる。

 

「いえ!皆さんの文化祭とスクールアイドルフェスティバルを合同で開催したいという強い想いを感じれば、大変でも何でもありません!」

 

「流石ですね、せつ菜先輩。」

 

「うん、やっぱり凄いな、せつ菜ちゃんは。」

 

歩夢さん、しずくさんの柔らかな微笑みが私の心を暖かく照らす。

 

「PVはもう少しで完成すると思う。璃奈ちゃんボード『あと一息!』」

 

「流石です、璃奈さん!さあ、今日も張り切って、練習行きますよ!」

 

そう宣言すると、

 

「せつ菜ちゃん、残念なお知らせなんだけど~。」

 

と歩夢さんが苦笑いでそう言う。何か問題があったのだろうか?

 

「どうかしましたか?」

 

「雨がね~。」

 

彼方さんが部室の窓から外を指す。

 

「そ、そんなぁ~!」

 

外は生憎の雨だった。決して練習が全くできないというほど強いわけではないのだが。それでも雨の中で練習をすれば身体を冷やして風邪をひいたり、滑って転んで怪我をするなんてこともあるだろう。

 

「じゃあ、今日は大人しく部室で柔軟でもしよっか。」

 

侑さんの一声に賛成し、今日は柔軟をすることになった。

 

 

「いち、に、さん、し、…ん?」

 

柔軟をしていると、練習着のポケットに何かが入っていることに気づいた。ポケットから出してみると。

 

「何ですかそれ?凄く高そうな…アクセサリー?に見えますけど?」

 

とかすみさんが聞いてくる。

 

何だろうか?

 

かすみさんの声を聞いて、皆が集まってくる。

 

「な~に?それ?」

 

「綺麗~!」

 

「なんか、カッコ良いですね。」

 

「そう?なんかそのアクセサリー、ちょっと怖いかな~。」

 

たどと様々な感想が飛び交う。

 

はて、こんなもの私は持っていただろうか?それは、金色で塗装されており、漫画やアニメでしかみたことがない、銃が交差している、その周りを何やら植物が囲っていて、その植物の中央には桜?がついている、とても不思議なアクセサリー?だった。

 

ただ、それは何だかとても大切で、貴重な物の気がして。

 

「せつ菜先輩、そのカッコ良いアクセサリー、次の衣装にでも付けるんですか?」

 

そんなかすみさんの問いが聞こえてくる。それに対して私は

 

「いいえ。」と首を振った。

 

「え!?付けないのせつ菜ちゃん?凄くカッコ良いと思うんだけど。」

 

侑さんもそう言うが

 

「そうですね。でも、なんだか勿体ない気がして。」

 

そう、このアクセサリーは、スクールアイドルの衣装には勿体ない、いや、相応しくないと思った。理由はわからない。でもこれは、私の部屋で大切に飾っておこうと思う。

 

そんなことを話していると。

 

「あ!雨!それに、侑ちゃん、皆来て!」

 

と歩夢さんが私達を呼ぶ。

 

「わーっ!雨が上がったからかな!」

 

侑さんが窓を開けて外を覗く。それは、とても不思議な光景だった。窓は夕日に照らされ、外にはうっすらと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は午前5時近くなっていた。もう間もなく交代だ。雨の勢いは弱まっており、徐々に空が白んでくる。もうすぐ夜明けだ。

 

 

しかし、今日はどうもおかしい。今思い返せば、目覚めもおかしかった。確かに長い夢を見ていた気はしたが、それにしても僅か2時間しか仮眠を摂っていないにも関わらず、まるで何日も、いや、何ヵ月も眠っていたような感覚がした。別に目覚めがスッキリしていたわけではない。ただ、何と表現すればいいか。そう、まるで何ヵ月も眠っていたのではなく、どこか遠い場所に意識だけ出掛けていたような…そんな奇妙な感覚がした。

 

そんなことを考えていると

 

「陸山2曹、陸山2曹。」

 

と呼ぶ声が聞こえる。

 

「どうした?」

 

「雨、上がりましたよ。」

 

気づけば雨は上がっていた。小雨だけで済んでラッキーだ。

 

「それに、雨が上がったからですかね?ほら。」

 

彼の指をさす方向に目を向ける。それは明け方の空にうっすらと浮かんでおり、ひどく奇妙で、不思議な光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「虹か(ですね)。」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

「へ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「陸山2曹?」

 

「せつ菜ちゃん?」

 

 

彼/侑さんがそう問いかけてくる。

 

 

 

「いや、今なにか奇妙な感覚が…。」

 

「いえ、今なんだか不思議な感覚が…。」

 

 

 

 

 

 

そう、なんだか懐かしいような感覚がした。そして、なんとなく今日の夢?の感覚を思い出す。やっぱりあの感覚。

 

「やはり、今日の夢は。」

 

「やはり、今朝の夢は。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「不思議な感じ/気味が悪かったな(でしたね)。」」

 

 

空にうっすらと浮かぶ虹を見ながら、私/俺はそう呟くのだった。

 

 

                          END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけで、遂に終わりました!ラストはお互いにお互いのことを忘れてエンドです!また、衛の世界の時間は止まっていましたが、せつ菜ちゃんの世界は若干時間が進んでいるという設定にしました(山上陸関連のことは全て無かったことになっていますが。)。これまで、応援ありがとうございました!ここまでこれたのも皆さんのおかげです。ありがとうございました!感想とうあれば、よろしくお願いいたします!


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迷える狼/New Front line
プロローグ 懐かしい夢/理想の世界


新たな戦場へようこそ、認められし戦士よ。
哀れな一匹の狼よ。君は選ばれた神の牙だ。


狩り殺せ、迷える狼よ。

ただひたすらに血に飢え、戦いに飢え、自身の運命を呪った哀れな牙よ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

酷い頭痛がする。夢を見た。この世界と似ているが、どこか違うひどく不愉快で、気味の悪い世界だった。

そこは誰もが笑顔で…いや、なんだか甘くて蝕まれそうな世界だった。よく覚えてはいない。ただ不愉快で、気分が悪くて仕方なかった。クソだ。

 

 

「すくーる、あいどる。」

 

ふとそんな単語がポツリと出てきた。

 

 

「どうかしました?」

 

部下の若い3曹が俺にそう問いかけてくる。

 

いかんな、警戒に集中しなければ。

今俺は、演習場にいる。模擬的な戦場に。狩るか狩られるか、今あるのはそれだけだ。それだけで充分。俺は戦うことでしか生きられない。そう思い込んでいる。なんとなくだが。

 

 

「いや、なんでもない。」

 

「また変な夢見たんですか、陸山2曹?」

 

去年まで陸士長だった彼も、今や立派な陸曹だ。なんだか彼らの成長していく姿をみるのは随分楽しいものだ。感慨深いというか、なんというか。以前も彼にそんな心配をかけた気がする。あの時は、少しおどおどしていて、頼りなかったが、今はなんだか頼もしい。

 

「なんでもないって言ってるだろ。集中しろ。今日は斥候が入ってくるかもしれない。MMで運幹が演習場入ってからすぐ状況開始だって言われたろ?」

 

「確かにそうっすね。あと1時間の辛抱ですか~。」

 

彼はため息をつきながら小銃を敵方に向け、ゆっくり辺りを見回す。

 

「別に銃は構えてなくて良いよ。近くに置いとけ。勿論、すぐ取れるようにしとけよ。」

 

「了解。」

 

彼が銃を近くに置くのを見て、俺も身体から負い紐を外して銃を自分の近くに置く。

 

「タバコ良いっすか?」なんて彼は冗談交じりに言ってくる

 

「ダメだ。」

 

「え~、IQOSですし、煙は空き缶で隠しますよ?」

 

そう言って彼はブラックテープでぐるぐる巻きにされたコーヒー缶を懐から取り出す。

 

「匂いでバレる。」

 

「ま、確かにそうかもしれないっすね。」

 

彼は残念そうに缶と電子タバコをしまう。

 

「にしても、静かだな~。」

 

深夜の森、暗視装置を覗きすぎて痛めた目を労るため、少し目から外す。

 

辺りは真っ暗で、まるで闇に飲み込まれそうになる。不気味だが、俺の性にあってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗い。僕には何も無い。いや、失くしてしまったのかも。

 

真っ暗な部屋で天井から揺れるロープを見ながらそう思う。やけに孤独だった。昔からってわけじゃない。どこから、いつから変わってしまったのかなんてわからない。いや、変わったんじゃなくて気づいただけかも。

 

誰も僕を理解してくれない…いや、できないんだ。だからこうなっちゃうのは仕方のないことだ。

 

「なんか疲れちゃったよ。」

 

パソコンの机の上に飾ってあるお気に入りのフィギュアにボソッとそう呟く。

 

「あ~ぁ、アニケ咲も終わっちゃったしな~。」

 

お気に入りのアニメも終わってしまった。まあ、ゲームは続おてるけど、なんかちょっと物足りない。

 

なんだか嫌なことが多くて疲れた。虹ガクのアニメがやってた時は、そのために頑張れたけど、それも終わって尚更嫌気がさした。別に今の人生が苦痛なわけじゃない。いや、もしかしたら苦痛かも。だってこれから先不安しかないもの。進路もあるし、就職活動だってあるし。勉強は苦手だし。なんだかこの世界は自分が生きるのにちょっと苦しいかも。だから天井からロープを垂らしてみた。別に死にたいわけじゃない。死ぬ勇気なんてたぶん無いし。だからただ垂らしただけ、たぶん首をかけても自分の体重なんて支えられないだろう。だってロープの先端なんてガムテープで天井に固定してるだけだし。ただの気分だよ。だって怖いもの。でも、この世界にこのままいるのもなんだか怖くて、壊れそうで、嫌になる。なんで皆あんな普通な顔して暮らせてるんだろう?なんで父さんと母さんは働けてるんだろ?だって、自分の人生の半分以上を仕事ってやつに費やしてるんだよ?

確かに金がないとどうにもならないけど。好きなアニメのグッズも買えないし、ご飯だって食べられない。

 

「はぁ、マジ人生とかクソゲーだよ。」

 

軽く舌打ちしながら歩夢ちゃんのフィギュアをみつめる。

 

「あ~あ、あの世界だったら、きっと毎日楽しいんだほうな~。」

 

望むのはあの世界。アニメ ラブライブの世界。さらに欲をかくなら推しである歩夢ちゃんのいる虹ケ咲の世界に行ってみたい。

 

「な~んて、あり得ないでしょ。」

 

 

 

自嘲気味にそう言いながら僕は布団にくるまった。

 

明日なんて、来なければ良いのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「交代です。」

 

夜間、自分たちの陣地から警戒の2人が歩いてきた。

 

「頼むよ。」

 

彼らに異常無しの報告をして、天幕へと戻る。

 

タイマーを2時間後に設定し、ゆっくりと寝袋に入る。

 

「じゃ、2時間後に。」

 

「了解」

 

「寝坊するなよ。」なんて少し煽る。

 

「そんな、自分もう陸士のペーペーじゃないんですよ。」

 

彼は少し笑いながらそう答える。

 

俺も彼にあわせて少し笑うと、ゆっくり瞼を閉じた。

さて、次も頑張るかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チュンチュンと小鳥のさえずりが聞こえ、僕は目を覚ます。

ふわっとした味噌汁の香りが自分の部屋に入りこむ。母さんの作る味噌汁とは少し違う、なんだかよくわからないが、いつもと違う香り。

 

 

パタパタと階段を上る音が聞こえる。

 

 

階段?僕の家、階段なんてあったっけ?

 

ガバッと起き、辺りを見回す。

 

「無い?無い!?」

 

パソコンが無い?それだけじゃない!

机の上を確認すると、歩夢ちゃんのお気に入りのフィギュアが消えていた。

 

え?あれ?どうなってる?捨てられた?

 

思考が停止しようとしている。頭の中が真っ白になる。すると

 

「駆く~ん?起きてる?」

 

聞き慣れた声がする。でも変だ。この声?

 

ガチャっと部屋の扉が開けられる。

 

「へ?」

 

そこにいたのは、

 

「歩夢…ちゃん?」

 

これは夢?まだ僕は寝てるのかな?

 

軽くほっぺをつねってみる。

 

「痛っ!」

 

痛い。普通に痛い。

 

「ちょっとなにしてるの?自分のほっぺたなんかつねって。痛いに決まってるよ~。」

 

彼女は僕の近くに寄ると、つねったほっぺたを軽く擦ってくれる。

あ!めっちゃ良い匂い。なんていうか、癒される。天に召されてしまう!まさに天使!大天使歩夢様だ~!!!

 

「あ、えと、その!」

 

僕があたふたしていると、彼女は「ん?どーしたの?」とニコニコと問いかけてくる。

 

あ~、もう、死んでも良い!

 

「さ、急いで朝ごはん食べないと、学校遅刻しちゃうよ?侑ちゃんも待ってるし。」

 

彼女はそう言い僕の手を引っ張る。

 

ちょっと待って!全然脳ミソがついていかないんですけど!これは何!?夢!?あ~もう!夢なら覚めないで欲しい!歩夢ちゃん手めっちゃ暖かい!もう!この天然湯タンポちゃん!

 

 

 

僕は、歩夢ちゃんに手を引かれ、下に降りて朝ごはんを食べに行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽の香り?

 

ゆっくりと瞼を開けると、眩しい太陽光が目に入り、無理矢理脳を覚醒させてくる。

 

「夢か?」

 

おかしい。俺は今演習場にいる。それに仮眠もさっき入ったばかり。寝過ごしていたとすれば、バディの3曹が起こしてバカにしてくるはず。そもそもアラームは?

 

俺は戦闘服の胸ポケットに仕舞っているスマホを探るが。

 

「ん?」

 

無い?いや、それどころか戦闘服が無い。

 

ズキズキと頭が痛む。なんだか、前にも同じことがあったような気がする。

 

「ッ。」

 

軽く舌打ちをする。

 

不愉快だ。そして不気味だ。クソみたいだ。

 

 

俺は

 

「なんのつもりだ?」

 

何もない空間にそう鋭く質問した。まるで、敵に対峙するように、まるで憎い相手を威嚇するように。

 

そうだ。俺は知ってるぞ、この感覚を。

 

 

 

 

お前を。

 

 

 

 

 

『久しいな。』

 

金色の瞳が不気味なアイツが出てくる。憎いやつだ。ムカつくやつだ。

 

「殺してやるぞ。」

 

手にはいつの間にか小銃が握られていた。

 

『相変わらず、凄まじい精神力だ。』

 

感心感心と手を叩く。

 

「もう終いだったはずだろ。なんだ、今更契約破棄か?」

 

そうだ。俺はかつてこの世界から出た。こいつを倒して。いや、運良くなんとかなった。

 

背中に冷や汗が伝う。こいつに同じ手が通用するとは思わない。だが、ここからまた戻るにはこいつを再び。

 

そう考えていると。

 

『別に今回は君に危害を加えるつもりも、人生を邪魔するつもりも全く無い。』

 

そう答える。

 

「なら、何の用だ?」

 

ソイツは少し目を細め、考えるように呟く。

 

『僕としても非常に不本意だが、君の力を借りたい。』

 

「断る。」

 

ふざけてるのか?また異世界に飛ばしやがって、何が面白い?散々な目に遭ったのはお前のせいだぞ。どの面下げて力を貸して欲しいとかほざいてやがる。

 

「てめぇのケツはてめぇで持ちな。それに、俺よりあんたの方がよっぽど力があるだろ?」

 

『僕はあくまでも観測する方だ。巻き込みはすれど、直接の介入などほとんどできない。』

 

 

「それで、何が目的だ?」

 

『先程も言ったが、力を借りたい。この世界、少しばかり不愉快なことになってね。まあ、僕の同業だろうけど。そいつが送り出した者が少しやり過ぎで、目に余るようでね。』

 

話がみえない。

 

「待て、俺はお前達の事情など知らないし、ましてや意味がわからない。つまり、俺に何をさせたいんだ?」

 

そいつは目を開き、少しため息をつくと。

 

『君に、ある人物を元の世界へと送り返して欲しい。』

 

そんな訳のわからない依頼をしてきた。

 

「勿論タダとは言わない。元の世界に戻すのは勿論、また一つ君の願いを叶えよう。』

 

おそらく、断ってもこの世界からは出れない。

 

「敵の情報は?」

 

『話が早くて助かる。君と同じ男だ。』

 

「それだけか?」

 

男なんてごまんといるぞ。…いや、もしこの世界が前と同じなら

 

『それだけで充分のはずだ。』

 

なるほどな。

 

中川菜々、再び彼女と合間みえるというのか。不愉快だな。

 

 

『それと、彼には気を付けろ。君と違い、彼は少し特別だ。』

 

ソイツはそんな引っ掛かることを言ってくる。

 

「特別?どういう意味だ?」

 

ソイツは少し鋭い目つきになると

 

『いずれ解る。不愉快だがな。』

 

そう言い、蜃気楼のように消えた。

 

 

とにもかくにも、またあの学園に潜り込むのか。実にクソだな。

 

俺は布団から起き上がると、洗面をして再びあの忌々しい制服に袖を通すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

狼よ。精強なる狩人よ。さあ、存分に狩りを楽しみたまえ。

 

 

 

 

 

 

 

 



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Task ZERO/不穏なある日

「はぁ。」

 

「どうしたの、菜々ちゃん?」

 

珍しく菜々ちゃんが生徒会室でため息をついていて、心配になり声をかける。なんだか思い詰めたような、心配事があるような、そんな感じ。

以前、スクールアイドル活動を辞めた時ほど暗い感じはしないけれど。

 

この世界に来て、夢尾 駆(ゆめお かける)という新しい名前をもらってここまできた。アニメ1期も終わり、いよいよ2期に突入!嵐珠ちゃんやミアちゃん、栞子ちゃんという新しい仲間もこれから増え、スクールアイドル同好会はもっと賑やかになる!まあ、その前に色々揉め事とか、問題とかもあるけど、そこは僕のアニメ知識と、皆の力を合わせてなんとか乗り越えていきたいと思う! まあ、きっと大丈夫でしょ!ここまで来れたし、これからも皆とならうまくやっていける気がする!

 

アニメには無いようなこともあったけど、その通りだ!だって彼女達は間違いなくこの世界で生きている!そして、僕はそんな世界に存在できてる!これほど最高なことはない!あぁ!もう死んでもいい!…って、まあもしかしたら死んでるかもしれないけど笑! でも別になんてことはない!歩夢ちゃんもいるしね! っと、ちょっと色々思い出とかこの先のことを考えて長くなっちゃった笑 可愛い女の子を放っておくのはよくないねテヘペロ!

 

 

 

「駆さん、聞いて下さいよ。あまり生徒会以外の方には言ってはいけないのですが、いつも同好会と生徒会を手伝ってくれてる貴方を信用して言いますね。」

 

 

そう言い、菜々ちゃんは一枚の資料を見つめながら僕に話をしてきた。

 

「実は今日新しい生徒が入ってくるんです。」

 

嵐珠ちゃんのことかな?でも、彼女が入ってくることで心配事とかあるのかな?まだゲリラライブとかもしてないし。まあ、新しい生徒が入ってくるのは生徒会長として色々不安なこととかあるのかも。

 

「どんな人なの?」

 

彼女が放つ言葉に、僕は少し何も考えられなくなった。

いや、正確には、頭が追いつかなかった。

 

 

 

「ええ、まあ駆さんには朗報なのかもしれませんが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう1人、男子生徒がくるんですよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…え?」

 

 

おかしい。

 

 

「駆…さん?」

 

 

何で?何が?変だよね?

 

 

 

「駆さん!?」

 

 

彼女のちょっと大きな声でハッとする。

 

「わ!び、ビックリした!!!」

 

 

「ビックリって、どうしたんですか?なんだか急に考え込んだ様子で、少し心配しましたよ?」

 

彼女が心配そうに喋りかけてくる。

 

「ご、ゴメンゴメン!なんでもないよ!」

 

「ホントですか?」

 

「うんうん!」

 

それで、気になるのは

 

「えっと、何の話だっけ?」

 

「ですから、新しく男子生徒が入ってくるんですよ。それで、今日生徒会長として、一応面接を学園長にお願いされて。」

 

面接か~…って違う違う!

 

「いつあるの?」

 

「今日の放課後なんですが、やっぱり不安で。まあ、駆さんとは歩夢さんと侑さんの幼馴染みですし、同好会のこともありますからお話しやすいのですが、今度の方はなんというか、全く知らないですし…」

 

「でも、僕と初めて会った時は、菜々ちゃん僕のこと全く知らなかったよね?」

 

「まあ、確かに言われてみればそうですが…でも、近くには侑さんや歩夢さんがいたのでもう少しお話しやすかったじゃないですか?」

 

なるほどね、確かに女の子が男一対一で喋るのは緊張するし不安になるよね。…そうだ!

 

「なら、僕も一緒にいてあげるよ!」

 

そう提案すると、菜々ちゃんは

 

「ホントですか!!!」

 

と、パァァ!っと明るい笑顔で応えてくれた。めっちゃ可愛い!もうね!よしよししたくなっちゃう!めっちゃ頭撫でてあげたい!

 

ナデナデ

 

「あ///ちょっともう!急になにするんですか!!!///」

 

照れながら怒る菜々ちゃんも可愛いね~!せつ菜ちゃんモードも可愛いけど、ちょっと落ち着きのある菜々ちゃんも捨てがたい可愛さ!

 

「と、とにかく今日の放課後、本当に来てくれます?」

 

「勿論!」

 

僕は胸を叩いてそう力強く言った。それに、新しい男子生徒。同じ転生者なのかな?だとしたら、同好会の皆に手を出してきたりするかも。それだけはさせない。彼女達を汚れさせはしない!絶対に僕が守ってみせる。

 

でも、もう1人にも僕と同じ"特典"を持ってたら…いや、諦めるな!きっと大丈夫!それに、僕には同好会の皆がついてる。この絆は絶対に、簡単には切れない!ようやく見つけた僕の居場所なんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさか、振り出しとはな。

 

正直驚いた。てっきり以前の続きでもさせられるのかと思っていたが、奴の言っていたパラレルワールドとかいうやつだろうか?にしても、新学期ではなく2学期からとは、えらく中途半端な期間に飛ばされたものだ。

 

「ふむ。やり易いのやら、やりにくいのやら。」

 

人間関係がゼロというのが少し困った。また、敵情を観察するためにどうにかして学園の中枢付近に潜り込みたいところだが。まあ、優木せつ菜/中川菜々との関係が完全に断ち切れているのはある意味プラスと捉えても良いだろう。彼女と喋ると、いささかこちらのペースも乱される。

 

「気味の悪い。」

 

相変わらず不気味な程明るい。なんというか、世界の雰囲気が妙なのだ。いつもの日常、空気、気配がほんの少し違う。違和感が酷いのだ。

 

面接は夕方から。おそらく最初に出会うのは彼女だろう。

 

次はどうしたものか。敵、というか目標は同じ男だろう、ヤツも彼と言っていた。そこまでは検討がついている。なら、別に中枢に潜らなくても構わないかもしれない。女子高に男1人は目立つ。それに、噂もあるだろう。まあ、敵の学園内での評価にもよるが良くも悪くも噂は必ずある。

 

「さっさと見つけて、首根っこ掴んで消えるか。」

 

面接は面倒だが、まずは出向いて敵の動向を探ろう。上手くいけば教師の部屋にでも入り、敵のこの世界での拠点を調べ、そこに潜伏して情報を得ることができればベストだ。

 

必成は目標の確認。望成は敵の拠点の解明だな。

 

 

今朝のヤツとの会話を思い出しながら、俺は扉にゆっくり手を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『手段は問わない。彼をこの世界から連れ出すのだ。』

 

「相手の許可なくか?」

 

『それは君に任せる。力で訴えるも、説得して説き伏せるも自由にしたまえ。』

 

おいおい、随分なげやりだな。というか、

 

「他人任せだな。」

 

ヤツは珍しくため息を吐きながら、やれやれとばかりに首を横にふる。

 

『仕方ないのだ。先ほども言った通り、我々はそう簡単には世界に手出しできない。君は一度僕を破った実績がある。だから選ばせてもらった。』

 

つまり

 

「相手はあんたらレベルに人間離れしてるってことか?」

 

だとしたら厄介だ。なんでそんな奴をおいそれと入れたんだか。

 

『彼には君とは違いギフトが送られている。内容はわからないが、特別な何かだ。人間離れしている可能性はあるが、我々ほどではないだろう。』

 

ギフト?

 

「なら、俺にも以前ギフトってやつがあったのか?」

 

すると奴は首を横にふる。

 

『無い。君という存在が、無意識に拒絶していたのだろう。一応予定では、ピアノの天才、だったか…』

 

やつは『ううむ。』と少し考え込んでいるが、ここでまた疑問が浮かぶ。

 

「俺の姿が元に戻ったり、戻らなかったり、武器が戻ったり、あれはギフトってやつとは違うのか?」

 

『あれはこの世界の特性に近いものだ。我々の力ではないだろう。まあ、少しは関わっている可能性もあるだろうが。あれは君自身の本来の力だろ?』

 

確かに言われてみればそうだ。別に俺から漫画みたいに炎が出るわけでも、瞬間移動できるわけでもない。人間を超越した力なんてわけでもない。ただ、自衛官としての俺の持てる全力があれだ。

 

 

『最悪、彼の命を絶っても構わない。』

 

は?

 

「おいおい、人殺しはゴメンだ。俺はあくまで自衛官だ。自国民を殺めろなんて命令なら、他をあたってくれ。」

 

『最悪だ。それに、この世界で命を絶ったとしても彼は死ぬわけではない。この世界での存在が失われ、元の世界へと戻る。単純だろ?』

 

どこがだ。やってることは人殺しと変わらないだろ。

 

「倫理ってやつが欠如してるのか?」

 

『僕や僕の見せた存在には迷いなく銃口を向けただろ?』

 

「お前や、あの幻覚は人間じゃないってわかってたからな。だがそれでも…それでも…あの幻覚を撃った時は最悪の気分だったがな。」

 

今思い出しただけでも気分が悪くなる。

 

 

『とにかく、期待してるぞ。簡単だ、彼を見つけ、彼をこの世界からいなくなるよう導けば良いのだ。勿論、手段は自由。君の自由だ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふざけた野郎だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の目の前には再びあの忌々しい光景が広がっている。相変わらずバカみたいにデカイ校舎だ。もはや校舎というよりは会社、いや組織だな。予算の出どころがやはり気になるが、そんなことは今気にするものではない。さあ、戦場に行こうか。またゼロからな。

 

 

俺は階段を登り、生徒会室と書かれたプレートの部屋の前に立つ。

 

息を吸い、息を吐く。繰り返しだ。全ては闘いの繰り返し。

俺は正義ではない。俺は悪でもない。ただの兵士だ。

 

 

ゆっくりとドアノブを回すと、ギィィっと扉の軋む鈍い音がする。

 

正面にはやはり彼女が座って待っている。さて、やはりな。最初に出会うのは、立ち塞がるのは君か、中川菜々。

 

 

「座っ下さい。」

 

少し重い雰囲気が流れる。あの時と同じだな。初めて来たときもそうだった。なら、また最初にこう言おう。

 

俺はゆっくり席に座り

 

「良い学校です。施設も、部活動も何もが充実している。生徒達も楽しそうだ。この学校に入れたことはこの上ない幸運…とでも言いましょうか。この巨大な学校という組織を1人で動かし、導くというのは大変なことでしょう?」

 

あの時、始まりを告げた言葉を発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんだろうか、この違和感は?

 

中川菜々は戸惑っていた。彼は何がとはいわないが不気味だ。けど、それだけではないような気がする。そう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(私、知ってる?)

 

 

そう。なんだか少し懐かしいような気がする。出会ったことのない男性を前にして、彼女はとても戸惑っていた。この感覚に、感情に、違和感に。デジャブとでもいおうか。彼はどこか懐かしい。前にも会った気がする。それだけではない、こんなやり取りが以前にもあった…そう思うのだ。

 

「…この学校の男子生徒、というわけですが、今の心情などお聞かせ頂けますか?」

 

(あれ?なんで私こんな言葉?)

 

「心情? 心情…ん〜、緊張と不安、そして幸運。なんとも言い難いですね。ただ、楽しみにはしてますよ。男1人というのは心細いですが。」

 

 

あぁ、そうだそうだ。彼は不安らしいが、今一つの不安が取り除けるだろう。

 

「ご心配なく。男子生徒は貴方1人ではありませんよ。」

 

すると彼の瞳が、ほんの少し鋭くなったような気がした。いや、気のせいか?なんだか一瞬、ほんの一瞬だけ。

 

「と、いいますと?」

 

彼は少し興味があるように質問する。

 

「はい。この学園にはちょっとした事情でもう1人男子生徒が通っいるんです。なので、1人よりは心細くないと思いますよ。」

 

「それは心強い。是非お会いして、自己紹介したいですね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

好調な出だしだ。まさか、こうも早く目標候補をみつけられるとは。さっさと終わらせて部隊に戻れる日は案外近いかもな。

あとは説得か、実力行使か。できれば穏便に済ませたい。変な奴でなければ良いが。まあ、女子高に1人で通い、中川菜々が俺に紹介してくるということは、この学園でもそこそこ信用があるといえる。紹介する時、彼女の顔から嫌な雰囲気は出ていなかった。まあ、今のところは…だが。もしかすれば話せば解ってくれるやつかもしれない。まあ、自分の世界とは違う世界に飛ばされたのだ、奴も早く戻りたいはずだ。

あの神擬きが『少しやり過ぎ』とか言っていたから警戒しておくにこしたことはないが。

 

そんなことを思っていると、俺の想像以上に話は良い方向に流れていた。

 

「ええ。せっかくなので今日来てもらいました。紹介します。夢尾駆さんです。」

 

 

ガチャっと扉が開き、後ろから足音が聞こえる。どうやら扉の前で待機していたらしい。何故かはわからないが。

 

スタスタと俺の横を通りすぎ、中川菜々の隣に立ち、彼女から俺の資料だろうか?なにか紙を受けとる。

 

「初めまして、夢尾駆です。よろしくお願いしますね!えっと…「山上陸です。」 え?」

 

「普通科1年、山上陸です。よろしくお願いします。」

 

「あ、うん!1年生か。よろしくね、山上君!」

 

どうやら彼は俺より上の学年らしい。なるほど、黒い髪、少し茶色い瞳。顔はまあ普通か?背は約175cm…平均より少し高いか。身体は、制服で解りづらいが細身で少し筋肉質だな。体重は70?いや、もう少し細いな65kgか? 足の方が腕より長いのか…。立ち方は安定している。少し右過重か?紙を受けとる時右から取ったということは利き手は右手だな。筋肉質のように見えるが、少し鍛えてるのか?運動、格闘技経験は…まだ解らんな。

 

「ええ、よろしくお願いします、夢尾駆さん。」

 

「そんな固く呼ばなくても、駆さんとか、先輩とか、なんだったら呼び捨てでもいいよ!」

 

彼はおちゃらけた雰囲気でそう言う。

 

少し無理をしているような、違和感のある明るさだな。なにかトラウマでもあるのか? まあ良い今のところそれ以外特に違和感は無い。

 

「いえいえ、先輩ですからそのように呼ぶことは私にはまだできません。畏れおおくて。」

 

「真面目だな~!ま、とにかくよろしく!困ったら僕を頼ってよ!同じ男子生徒、仲良くしよう!」

 

彼が俺の前で手を伸ばす。

 

マメや拳だこは無し…か。

 

俺はその手を軽く握り握手を交わし、会釈をし、「明日からよろしくお願いします。」と部屋から出た。

 

 

「まあ、好感触かな。」

 

出だしは好調、あとは彼をいかに言いくるめるか、あるいは狩るか。

 

さあ、任務開始だ。

 

 

 



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奪われた者/得られた者

時刻は夕方、薄暗い雰囲気が生徒会室内を包み、彼を夕日の淡い光が照らす。

 

いや~ん!もうちょっと怖い~! どんな生徒かな~って思って菜々ちゃんの許可取って、生徒会室から離れた所に隠れて彼が入った後にサプライズで登場って感じで入ったけど、めっちゃ怖いんですけど~!!!

 

え!?何!? すげぇ淡々と菜々ちゃん相手に喋るし、なんか「巨大な組織を動かすのは大変では?」みたいなカッコいい感じの発言とかしてるし、何!? どう考えても転生者でしょ!いや!あんな風格ある高校生いないよ!? だって菜々ちゃんみたいな美少女前にまったく動じてないもん!なんか落ち着いてるもん!大人の貫禄みたいな! いや!隠す気ある?

普通この世界っていうか、ちょっと世界に馴染もうとする感出すでしょ! もしかして、ラブライブラ知らない系男子!?

 

うわ!こっちめっちゃチラ見してる!なんか目だ!目が怖ぇ!なんか狩人みたいだもん! 

は!そうか! 今は落ち着いた雰囲気出してるけど、ホントは内心めっちゃはしゃいでるんだ! そりゃそうだよ、あんな可愛い娘前に落ち着けるわけないもの! あの黒曜石みたいな綺麗な瞳、さらさらのおさげ、そしてなによりも…あの豊満なおっぱい! ロリ巨乳だよ!最高!

きっと僕が入ってきて、菜々ちゃんの隣に立ったから嫉妬したのかな? まあ、僕の方が先にこの世界にたぶん入ってきたからね!でも大丈夫!僕の推しは歩夢ちゃん一択だから!他の娘も可愛いけど、やっぱ歩夢ちゃんが一番だよ! それに今は半分同棲みたいな感じだしね!グヘヘ/// 毎朝料理作ってくれたり、朝起こしてくれたり、一緒に学校行ったり…これはもう実質結婚では!?

 

おっと、脱線脱線! 真面目にやらないとね、テヘッ!

 

「初めまして、夢尾駆です。よろしくお願いしますね!えっと…「山上陸です。」 え?」

 

 

 

「普通科1年、山上陸です。よろしくお願いします。」

 

 

 

「あ、うん!1年生か。よろしくね、山上君!」

 

資料を見ながら彼を再び見る。 1年生感全然無ぇ~笑

うわ!またガン見してきた!ちょ!その眼やめろその眼!その渇いた瞳でこっちみんな!なんか眼ぇ死んでるんですけど~!

 

「ええ、よろしくお願いします、夢尾駆さん。」

 

 

 

「そんな固く呼ばなくても、駆さんとか、先輩とか、なんだったら呼び捨てでもいいよ!」

 

そして礼儀正しい!さすが!

 

僕より年上なのかな? もしや!普通に老衰で亡くなられて、転生したとか!? だとしたら人生の大先輩でしょ!まあでも!ここでは僕の方が先輩だから、タメ口でいかせてもらうけどね! でも良かった~、なんか礼儀正しい人で。

これで性格もひねくれてたらど~しよ~とか思ってたけど、なんか落ち着いてるし、大丈夫そうかな~。 眼は怖いけど。

 

「いえいえ、先輩ですからそのように呼ぶことは私にはまだできません。畏れおおくて。」

 

 

 

「真面目だな~!ま、とにかくよろしく!困ったら僕を頼ってよ!同じ男子生徒、仲良くしよう!」

 

ん~、しかも真面目。なんかめっちゃ堅物な感じ。仲良くなれるかな~? ま、ここからゆっくり知っていけばいっか!

 

僕は彼に握手を求めると、彼は快くそれに応じてくれた。

彼の手はどこか力強くて、なんだか頼もしい感じがする。

 

 

「さて!自己紹介も大体済んだし、どうする? 学園の案内は広くて今からだと周りきれないしな~…」

 

さて、これからどうしようかな?学園全体は大きいし~、と考えていると。

 

「ええ、驚きましたよ。こんなにも大きいと、明日から大変そうですし。」

 

なんて心配そうな答えがくる。 まあそうだよな~

 

やっぱり、心配な後輩を助けてあげるのが先輩の務め! ここはやっぱり僕が人肌脱ぎますか!

 

「良ければ、明日僕と一緒に登校しないかい?」

 

すると菜々ちゃんもどこか嬉しそうに

 

「良いですね!同じ男子生徒同士の方が、山上さんの気も楽でしょうし、学園の案内も駆さんにお願いしても良いですか?」

 

なんて提案してきた。「さすが駆さんです!」なんて目をキラキラさせる菜々ちゃん。う~ん可愛い! お~い、ちょっとせつ菜ちゃんモードが出てるよ~。

 

 

肝心の山上君は~… 腕を組ながらめちゃくちゃ考えこんでいた。 もしかして、菜々ちゃんに案内して欲しかった? ゴメンね山上君! これでも同好会の信頼とか厚いからな~。

 

まあでも!君が求めるなら僕は恋のキューピットになってみせるよ!だから安心して、今は僕に任せるんだ!

 

 

「確かに、お手洗い等も考えると、夢尾駆さんにお願いした方が良さそうですね。 お願いします。」

 

おお!めっちゃ的確な判断。 なんかやっぱ大人びてるな~。 なんか威厳?風格?があるよな~。

 

てゆーか

 

 

なんか"変"だな~。 

 

 

転生者なのはなんとなくわかったけど、なんかそれ以上の"何か"を持ってるってゆーか、見てるってゆーか。 なんか不気味だな~。 "特典"なんなんだろ? それが一番今気になるな~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうやら学園の案内は彼が行ってくれるらしい。 ここまでトントン拍子だ。期待以上の成果だな。

あとは、これで彼が異世界から来たのかが解ればそれでいい。 説明して連れ帰ろう。 今回の演習は連隊の検閲だから、できれば妙な感覚に悩まされたくない。 心置きなく仕事に打ち込みたいのだ。さて、どこで探りを入れるか。 ここには中川菜々がいる。できれば異世界の住民を巻き込みたくはない。巻き込めばそれこそ面倒になりそうだ。彼のここまで築いてきた地位は彼女の反応から概ね推測できる。そんな彼をここでいきなり「こいつは違う世界から来た人間だから連れ帰る。」などと言えば俺は変人扱いだ。まあ、すぐ連れ帰れれば良いが、もし…もし仮に彼が拒否した場合、彼が俗に言う転生者ではなかった場合。よりこの世界での作業がやりにくくなる。 やはり、彼と2人きりのタイミングがベストだろう。 

 

さっさと帰ろうぜ、転生者よ。この世界には何も無い。俺たちの存在する理由も、価値も。お前がどれだけこの世界で高い地位を築こうと、俺たちの居場所はここには無い。戻るべき時が来たのだ。

 

少しつついてみるか。 まずは核心が欲しい。彼がこの世界の人間ではないという証拠を探さなくては。

 

しかし、そもそも彼が異世界の人間だとして、俺と同じ世界の人間なのか? そこも怪しい。 やはり、もう少しヤツに質問すべきだったな。 情報が足りない。 ここで少しでもハッキリさせたい所だが、中川菜々が邪魔だ。少しボヤかした質問でもするか。 確か、この世界には

 

「スクールアイドル?でしたっけ?…は、ここの学園にもいるんですか?」

 

まあ、この世界特有の存在から話を始めよう。これが凶とでるか吉と出るか。 あとは運命に任せてみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え!スクールアイドルを山上さんも応援してるんですか!?」

 

 

 

…違うのが引っかかったか。 まあ、ここまでは想定内だ。彼女も優木せつ菜としてスクールアイドル活動を行っていることは知っている。なら、必然的に他のスクールアイドルもマークしているか応援している可能性もあるだろう。 彼女と僅かに会話しつつ、的は夢尾駆に絞る。果たして上手くいくだろうか? 彼がこの世界で歯車として巻き込まれているならば…

 

「そうなの!? 僕、今スクールアイドルのマネージャーやってるんだよ!」

 

 

やはりそうだったか! 俺の予測は当たった。この世界に巻き込まれた人間は、必然的に彼女達の事情に関わるか、巻き込まれてしまう。 俺がかつてそうだったように。

 

「マネージャーですか、素晴らしい。やはり何事も裏方というのが一番見えないようで大変ですからね。」

 

「そうでもないよ! 確かに大変なことも多いけど、彼女達の頑張りとか無駄にしたくないし、僕には僕のできることをしているだけだよ。」

 

 

なるほど、彼女達のため…ときたか。

 

後ろで中川菜々が「駆さん…」とボソッと呟いてるのを見ると、彼女もしくは彼女達との関係はそれなりに深いのだろう。勿論、信用、信頼も。 まあ、君達がどれほど強い絆で結ばれていようと、信頼関係を築いていようと関係ない。俺は…俺達は居るべき場所に帰る、それだけだ。まあ、まだ彼であると断定はできていないが。

 

「実はもうすぐ第2回目のスクールアイドルフェスティバルがあるんです! 山上さんも是非見にきて下さい!」

 

おいおい、優木せつ菜がバレるぞ? まあ、彼の前ではもうバラしていそうだが。 

 

同じことを彼女も気づいたのか、彼女はハッとなり両手で口を覆い、コホンッと軽く咳払いをすると「失礼しました。」と静かなトーンで呟いた。

 

 

「生徒会長がそこまで仰っているということは、とても素晴らしいイベントなのでしょう。是非、私も見させて頂きます。」

 

今回そんなものに構っている暇はないが。というか、今回はスクールアイドルなど関係ない…はずだ。 "戻り方"のコツもある程度掴めている。

 

「僕は裏方だけど、細ったこととか、見たいライブとかあったら相談してよ!案内するからさ!」

 

「それは心強い。楽しみが一つ増えました。」

 

さて

 

「ところで、それだけ大々的なイベントならば警備などはどうなるのです?」

 

すると中川菜々はポカン?とした顔を、夢尾駆は少しハッとした表情となる。

 

「警備?ですか? 何故です?」

 

「暴動や、迷惑なファンの取り締まりなど、専門の方々を雇わなければ生徒独自の警備では穴だらけかと。」

 

すると更に中川菜々の顔は困惑した表情となるが、彼の顔は少しひきつる。

 

「そんな暴動なんて起きるわけないじゃないですか?」

 

この世界は不気味だな、相変わらず。そうだろ?

 

「そ、そうだよ!そんな危ないこと、ここではあり得ない!

スクールアイドルは、皆の夢を叶える場所、トキメく場所なんだよ!」

 

この世界に飲み込まれたか? わかってるぞ、お前の顔がほんの少しひきつったのを、不信感を持ったのを。

 

「なるほど。…まあ、そうかもしれませんね、この場所は。」

 

「「…」」

 

2人は顔を見合わせる。1人は訳がわからないと言いたげに。もう1人は僅かな不信感、不安を振り払うように。

 

お前、俺が別世界の人間だと気づいていたな? まあ、あれだけ分かりやすく雰囲気を作れば気づくか。

 

お前もわかったはずだ、この世界の不気味さに。 俺たちの考えとのギャップに。それは大きな苦しみになるはずだ。

 

「あの~、山上…さん?」

 

中川菜々が不審そうに俺に話かける。 君との会話はもうする必要は…

 

と彼女の机の上の物がふと目に入る。それは金色に光っていて、えらく見覚えのある物だった。 なんとなく自分の胸ポケットに手を入れると、やはり何故かコツりと机の上の物と同じ物が手に触れる。

 

(普通科徽章…完全なるパラレルワールド、というわけでは無いのか。)

 

「なんです、中川生徒会長。」

 

「あ、えっと…警備?のお話ですが…やはり見直した方が良いのでしょうか? その場合、どこにお話すれば?」

 

「あ~、教員の方にご相談すれば良いのでは?」

 

「あ!そうですね!」

 

まあ、教員もそこまで深く考えているか定かではないが。そもそも、教員らしい教員の存在を俺はほとんど覚えていない。それがまた不気味なのだ。 この世界ですれ違った存在も、風紀委員会で話をした存在も、あらゆる存在が、彼女達スクールアイドルという存在と、一部の存在以外があまりにも不鮮明なのだ。まるで霧がかっている森で見る人間のように。ただボンヤリと"いた"という事実しかない。

 

気味が悪い。さっさと出よう。なんだか寒気がしてきた。

 

「ッ。」

 

 

思わず軽く舌打ちが出る。まあ、今回は2人だ。任務を完遂すれば出れる。幾分か気楽だ。前は独りだったからな…

 

「山上君?」

 

「はい?」

 

夢尾駆が俺に話かける。

 

「ちょっと2人で話さないかい?」

 

ちょうど良い

 

「私も、同じことを思っていましたよ。」

 

彼は中川菜々の方を向き

 

「菜々ちゃん、ちょっと席外してくれる?」 というと彼女は快く承諾し、部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の発言は、この世界では考えたこともないものだった。

警備!? た、確かに全然考えてなかった! だってアニメでそんなこと考えてるシーンとか見当たらないもん! 確かに誘導とかそんな話もちょっとしてたけど、でも暴動とか迷惑かけるファンとかそんな話題は全然なかった。

 

かぁ~!確かに盲点でした! でも、ここラブライブだよ!考えてみ!絶対そんなことないって! でも、これで彼は転生者だってほぼ確定みたいなものだよ! せっかくだから彼の考えとか、この世界でやりたいことを聞いてみよ~!

人生の先輩かもしれないけど、この世界では僕の方が先輩だからね~! まあ、大船に乗ったつもりでいなよ!

 

と、ゆーわけで、菜々ちゃんには一回退場してもらおっかな!男同士の秘密の会話ってことで!

 

 

彼女が出るのを見て、僕は彼へと向きなおる。

 

「さて、何から話しましょうか?お互い、思うこともあるでしょうし。」

 

彼は腕を組ながら聞いてくる。 じゃ!ブチコんじゃいますか! 核心へ!間違ってたら上手くゴマかそ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君は…「異世界の存在を信じますか?」え?」

 

え!?なに!?そんなカッコよく始める感じ!!?

 

「いえ、ちょっとした戯れ言です。」

 

どうやら山上君は、僕がまだ転生者だって確信してるわけじゃないらしい。 どうしよっかな~…でも心細いかもしれないし、良いよね。

 

「…信じるよ。」

 

すると彼はフと軽く笑う。なんだ?バカにしてるのか~!

 

「ここ、この場所、どう思います?」

 

ここ? あ~、この世界ってことを濁しながら言ってるのかな?

 

「良いとこだよ! 彼女もいるしね!」

 

「彼女?中川生徒会長のことですか?」

 

すごい少しずつ詰めてきてる感じがする。なんか、刑事に尋問されてるみたい!なにこの人マジで!何者!?

 

「もそうだし、今仲良い幼馴染みもいるんだ。」

 

「つまり、お付き合いしてる…という認識で良いですか?」

 

「ま~、うん、そう…かな~///」

 

なんかそんな真っ直ぐ言われると恥ずかしい/// 照れるな~。

 

彼は更に難しい顔をして考えこむ。 何考えてるんだろ?なんかわかんないな~。

 

「君はどう思う?」

 

聞いてみよう。

 

「私は…気に入りませんね。ここの考え方も、価値観も。」

 

え!?うっそ~!? なんで転生してきたの!?

 

「君、転生者でしょ。」

 

「ええ。貴方もですよね?」

 

彼は探るようにそう質問してくる。

 

「うん、そうだよ!」

 

僕はハッキリとそう答えた。 すると、彼は思いもしない提案をしてきた。

 

 

「なら、話が早くて助かる。」

 

先ほどまでの敬語や、下手の姿勢は崩れ、どこか緊張感のある雰囲気になる。 

 

「えっと、山上君?「違う。俺の名は陸山衛。それが元の世界での名前だ。」…衛…さんは、なぜ転生を?」

 

なぜか僕の方が敬語になる。

 

「転生?ってのはわからないが、君を探していた。」

 

「僕を?」

 

彼はコクりと小さく頷く。そして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夢尾駆、帰るぞ。」

 

 

へ?家に?じゃあ話はこれで終わりってこと? ただ僕が転生者だってことを確認したかっただけなのかな?

 

「えっと…」

 

嫌な汗が背中を伝う。なんだか、彼の「帰る」が普通の帰るじゃないような気がして。

 

「ここに俺達の居場所は無い。この世界の女と付き合ってるのかなんなのか知らないが、ロクなことにならんぞ。」

 

 

それって

 

「さっさと出ようぜ、ここの世界にいると頭がおかしくなりそうだ。」

 

出る? この世界から出るってこと?

 

「なにボーっとしてるんだ?まあ、確かに俺も以前この世界に迷い込まされて、急に帰れるってなったときは同じ感じになったが。まあいい、もう帰れるぞ。」

 

彼は嬉しそうに、優しく僕に笑いかけながらそう語る。

てゆーか、以前ってどういうこと? この世界は2回目?ってこと?

 

「以前って?」

 

なんだかそんな質問しか出てこない。いや、聞きたいこととか、言いたいこととか色々混ざってなんだか頭の中がぐちゃぐちゃになる。

 

「前にここと同じ世界にぶちこまれた。まあ、元凶をぶん殴って戻してもらったが、今回は君を探してくれって頼まれてな。あの野郎、適当すぎるだろ。」

 

彼はほんの少しイライラしたように語る。

 

「さ、さっさとズラかろうぜ。幸い、元の世界に戻ればこの世界の住民は俺達のことを忘れる。俺の経験上だが。この世界で彼女ができて、それを手放すのは残念かもしれないが、元の世界でまた見つければ良い。まあ、そんな単純じゃないかもしれないが、こればっかりはな~。」

 

彼は申し訳なさそうに頭をかく。

 

戻る?あのつまらない場所に? 何もないあの世界に?

そんなの…

 

イヤだ

 

 

「イヤだ。」

 

「ん?」

 

「イヤだ!」

 

「おいおい!確かに彼女は申し訳ないが、だが住む世界が違う。それに、ここは何か妙だ。それに、ここに居続けたところで俺達はこの世界の住人じゃない。異物だ。わかってるだろ?居場所は無い。家族も、仲間も、何も無いんだぞ?」

 

違う

 

「ある!ここが僕の居場所だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何を言ってるんだ、こいつは?

 

この世界の影響か?…いや もしやこいつ

 

 

「絶ったのか?」

 

「え?」

 

転生とか言っていた。迷ったとかではなく。転生…輪廻転生

 

「自分から命を絶ったのか?」

 

だとしたら、なぜ連れ帰る必要がある? まだ死んでない…ということか? だが、ここで戻してもまた同じことを繰り返す可能性もある。

 

すると彼は首を横にふる。

 

その様子をみて少し安心する。どうやら、自殺未遂はしていないらしい。

 

「なら、何故この世界にこだわる?」

 

「楽しいし、僕の好きな人がいるから。」

 

「…世界が違う。住んでいる世界が。」

 

「今は同じだ。」

 

確かにその通りだ。元の世界に、彼の愛する存在はいない…いや存在するかもわからない。それに、楽しい…か。

 

 

「どうしても戻らないか?」

 

彼は力強く頷く。 説得に応じる眼はしていない。

 

「元の世界は、嫌いか?」

 

「だってつまらないし、不安しかないも。将来とか、大学とか。就職しろとか、良い大学に入れとか、下らないよ。僕はもっと楽しく自由に生きたいんだ! 貴方が何者かは知らない。でも、僕はこの世界で生きる。生きたいんだ!」

 

まあ、若いからこその悩みってわけか。だが

 

「いつまでも楽しいことが続くとは思わない方が良い。いずれ終わりがくる。それに、不安から逃げるのもいいが、いつか立ち向かわなければならない時がくるんだぞ?この世界で生きるとして、君はどう生きる? どう生きたい? この世界で、君という人間が最後まで、命を終えるまでどう生きる? 結局、逃げても君の不安は追いかけてくる。どんな世界であろうとね。スクールアイドルだって一瞬だ。わかってるだろ?この時間が永遠に続くことがないと。」

 

 

「それでも、僕はここで生きる。ここには居場所があって、皆が僕を認めてくれる、必要としてくれてる。彼女達には今僕が必要なんだ!」

 

「そんなのはこの世界のまやかしだ。騙されるな、飲まれるな、この世界の甘さに。君は拐かされてるだけだ。」

 

「そんなことない!」

 

「なら、ここの連中は君のために何をしてくれたんだ? 君のどこを認めてくれた? 君の優しさか?そんなの、君でなくてもこの世界に迷いこんだ者全員に、この世界の住民は同じ対応をするぞ。きっとな。この世界はそんな世界なんだ。別に君を認めたわけでも、君が特別なわけでもない。この世界の特性だ。ここの連中は、皆そういう奴らなんだよ。」

 

 

「一回来て、この世界の感想がそれ?」

 

「…そうだ。」

 

「じゃあ、貴方は特別?」

 

「いや、俺は…悪人さ。この世界唯一の悪。きっとな。」

 

「そ、もう貴方と話すことなんてないよ。僕は同好会の手伝いをしなきゃいけないから。」

 

「交渉決裂…でいいか?」

 

「好きに捉えなよ。」

 

彼は俺の横を通り、ドアを開けて生徒会室を出ていった。

部屋を静寂が包みこむ。空はほんの少し星が浮かび、藍色に染まっている。

 

「…貧乏くじを引いたか。」

 

俺はため息をつきながら、ドアノブに手を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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存在すべき世界/望んだ居場所

夢見の悪くなりそうなひと悶着にただ頭が痛くなる。 陸山衛は頭を抑えながら、難しそうにため息をつく。

 

自分がこれから行うことが、本当に正しいことだろうか?彼 夢尾駆はこの世界に居ることを、残ることを望んでいる。元の世界の居場所などないと…そうとれるような言動が目立っていた。彼は自分の世界を拒絶しているのだ。

 

「俺とは真逆だな。」

 

思わずフンと鼻で嗤う。別に彼を馬鹿にしたからではない。ただ、あの場で正しい判断を、どんな言葉を投げ掛ければいいか解らなかった自分を嘲笑いたくなる。 誰もが満たされた人生を送るわけではない。そんなことは自分自身も痛いほどわかっている。完璧などない。絶対もない。ただ生きている。そして誰もが闘っている。当然逃げる人間もいるだろう。

 

自分はどんな脅威にも立ち向かえると信じている。勿論、逃げ出したくなるようなことも沢山あった。だが、それを乗り越えてきた。全て自分や仲間、部下や上官達の力を借りて。

 

かつて、この世界に飛ばされた時、クソみたいな現実から何度逃げ出したくなっただろうか。そう、彼は兵士だ。ただの兵士、戦士の1人。何ら特別なわけではない。彼は超人でも無ければ無敵でもない。完璧なんてない。他の人よりも少し、ほんの数秒間勇敢になれる、我慢ができる方法を身につけただけだ。ただ、酷いモノに、場所に、環境に、民間人より慣れてしまっただけだ。 だが、その慣れのおかげで戦えた。待ってくれてる存在を、世界を感じただけで立ち向かえた。あとは全力で自分の力を振るっただけ。それだけ。 そこに幸運も加わっただろう。 そして

 

「優木せつ菜。」

 

彼女の存在もほんの僅かに力に加わっていた可能性がある。彼女は強かった。もし、自分が彼女と年齢が近ければ、もしかしたら惚れていたかもしれない。恋愛とか性行為がしたいとか、そういう感情だけではない、なんというか、少し憧れてしまっていたのかもしれない。羨ましかったのかもしれない。敬意を感じたのかもしれない。 だから、彼女と喋りすぎるとペースが乱れる。今考えれば、それが彼女に抱く自分の素直な感情なのかもしれない。 あんな風に

 

「もっと…強くなりてぇな。」 なんて

 

 

まだまだ未熟だなと思う。彼女と喋ると、自分が少し小さく感じてしまった。だから乱される。だから関わりたくない、できるだけ。 自分の弱さが見えてしまうのが、小ささを感じてしまうのが腹立たしいから。

 

 

さて、明日からどうしたものだろうか?なんて考えながら拠点へと戻る。夕暮れ時で部屋が薄暗いので電気を点けると、机の上にブラックニッカの瓶が置かれているのが目にはいる。 今回の演習で、終わったら宴会で呑もうと思い近所のスーパーで買ったやつだ。

 

「なんでこんなとこに?」

 

ニッカの瓶を取り、しげしげと見つめる。琥珀色の酒が少しトプンと音を立て、瓶の中に酒が入っていることを確認する。こんな芸当ができるのは、他にいるまい。

 

「祝勝会なら、少し早いぞ?」

 

何もない空間にそう呼びかけると、やはりリビングの机の近くにヤツが蜃気楼のように現れる。

 

『餞別だ。』

 

「未成年だぞ?」

 

俺がそう言うと、ヤツは心外かのように少しおどけて両手をわざとらしく挙げ

 

『君がそんな律儀なことを言うとは。』と煽るように言ってくる。 なんだかそんな様子に腹が立つ。

 

「で、良いのか?」

 

そう聞くと、ヤツは懐からグラスを1つ出し、更にグラスの中に綺麗にカットされた氷が1つ入る。 カランッと小気味の良い音が静かな部屋に響く。

 

「…ロックで。」

 

ヤツは何も言わず、酒を注ぐ。

 

俺は酒の入ったグラスを受けとると、一気に飲み干しグラスをヤツの前に置く。

 

ウィスキーで喉が少し熱くなる。俺が飲み終わったのを確認すると、ヤツは再び酒をグラスに注いだ。

 

「あんまり注ぐな、元の世界で無くなってたら宴会が味気無くなる。」

 

俺は二杯目を口につけ、今度は一口ずつ味わうように飲む。まあ、別に味わうほどの酒でもないが。

 

『考え事か?』

 

ヤツからそんな言葉がでてくる。

 

「心を覗けるんなら、俺が何考えてるかわかるだろ?」

 

『それはしない。』

 

思ってもみない言葉だ。

 

「なんだ?気味悪いな。前みたいにクソみたいな監視やら俺の心を見るやら好きにしないのか?」

 

『君はそれを望まないだろ? これは僕から君に対しての敬意だ。好きにさせて貰おう。』

 

ヤツもヤツなりに考えていることがあるらしい。

 

「酒くれるってのは、随分羽振りが良い。嬉しくて色々疑いたくなるな。」

 

なにか裏があるのか?と俺は疑う。当然だ。ヤツがこんなことを無償でするわけがない。

 

『君が考えているようなことはない。今回は君頼りなんだ、これくらいの報償は当たり前だ。』

 

なるほど。ゴマすりってことか。

 

「ところで、聞きたいことがある。」

 

『なんだね?』

 

そう。色々気になることは多いが、どうしても聞いておきたいことがある。

 

「俺がこの世界で、万が一夢尾駆を元の世界に戻せなかったら…敗けたら俺は、この世界はどうなる?」

 

『フム…』

 

ヤツは少し難しそうに目を細め、顎に手を当てて考えている。そんなに複雑なことになるのだろうか?

 

『わからない。』

 

なんだそりゃ?

 

『わからないが、少なくとも君という存在は消えてしまう可能性がある。運が良ければ、元の世界に戻れるかもしれないが、わからない。この世界もまた、どんな結末を迎えるやら…』

 

「なら、わからないなら別にあの男を放っておいても良いだろ。ただ俺にリスクがあるだけじゃないか。」

 

『それはできない。今はまだ安定しているが、いずれ歪みができる。だからカウンターとして君を置いているのだ。』

 

カウンター?今は?

 

「つまり、まだ夢尾駆は脅威じゃない…ってことか?」

 

『まだ…な。』

 

どういうことだ? これからあいつを中心に何か起きるってことか? 

 

「これからどうなる?」

 

『それは僕の口からは言えない。言えば、世界のバランスが乱れる。』

 

ま、そう簡単には教えてくれないか。

 

「とりあえず、結論から言えば説得は無理だった。交渉は決裂、この世界の数少ない男仲間とはクソみたいなお別れをしてしまったよ。」

 

『なら、強硬手段になるな?』

 

「…今はだ。俺が判断する。彼が間違いを犯すのであれば、俺は止める。」

 

『つまり、彼が世界を乱すまで黙って見守る…と?』

 

「…。」

 

そう。彼がいつ行動?いや、何かを起こすのだろうか?まるでわからない。今日?明日?1週間、1ヶ月、1年?下手すればこの世界で俺がくたばるまでずっと? 確かに、いつまでもこの世界にいるわけにはいかない。俺には存在すべき世界がある。待ってい者達がいる。それを蔑ろにするわけにはいかない。だが、だからといって彼をこの世界から無理矢理消すことも果たして正しいことなのだろうか? 彼はこの世界が自分の居るべき場所だと言っていた。居場所がある。待ってくれている人がいる、愛する者がいると。 彼を元の世界に戻して、彼に何が残るだろうか? 彼は失った穴を埋めることができるのか? もし、埋められなければ、今度こそ自ら命を絶とうとしかねない。それではこの世界から彼を連れ戻した意味がない。

彼を連れ戻した、俺は元の居場所へ戻る。あとは彼自身に任せて勝手にしてくれ。そんな無責任な終わりで良いのだろうか?

彼を叩きのめし、戻したとして、それで何になる? 確かに俺が元の世界に戻るには彼を元の居場所に戻す必要があるのだろう。だが、そんなことは俺のエゴだ。ただの自分勝手。そんな終わりが誇れるのだろうか?戦士として、兵士としてそれが最適な解なのだろうか?

 

『あまり妙なことは考えない方が良い。身体と心に悪いぞ。』

 

「誰のせいだと?」

 

ヤツはひとつため息をつくと

 

『とにかく、回収は早めに頼む。』と言い残し消えていった。

 

俺は残った酒を再び一気に飲み干して、グラスを机に戻した。

 

「ッ。郵便物じゃねぇんだぞ。」

 

俺はそう悪態をつきながら寝室へと入った。なんだか妙に身体が重い。久しぶりに酒を入れたせいか、布団に入って瞼を閉じると、意識がすぐに沈んでいった。まるで深い森の中に潜っていくように。そう、そこは静かで、月や星の光すらも通さない。深い深い森の中。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深い暗闇?いや、なんだかほんの少し緑っぽい。まるで森?みたいなとこを歩いているみたい。

 

誰も知らない。誰も目なんてくれない。孤独。真っ暗な世界。目の前に誰かが立っている。 顔はよく見えないが、自分なんかよりもずっと歳上な気がした。 頭が丸い?いや、ヘルメットを被っている。 なんだか物々しい雰囲気で僕に手を伸ばそうとしている。だから思わず僕も手を伸ばす。 ゴツゴツした迷彩色の手袋が僕の手をとると、力強く引き寄せられていく感覚を覚える。深い暗闇のもっと深いところに連れていかれそうになる。なんだかそれがとても怖くて、嫌で、不愉快なことに思えて僕は思い切り踏ん張ってその場に留まろうとする。 でも、男の人は僕を強引に、もっと力強く闇の方へと引っ張ろうとする。 僕は嫌だ嫌だと首を後ろに向けながら反対に向かおうと抵抗する。 すると僕の首を向けた方向から綺麗な虹色が溢れてくる。 それを見て僕は身体に力が漲っていくのを感じる。凄い強くなった気がして、もう一度男の人の手を振り払おうと虹色に輝く方へ身体を向ける。 男の人が「止せ!戻るぞ!」 と怒鳴り声をあげるけど無視をする。別に戻れなくたって良い。ここが僕の居場所だもん。ここが僕の世界。僕の存在する世界なんだ。

 

 

 

 

「…くん? 駆君!?」

 

布団を揺すられて目を開けると、眩しい朝日の光と共に、そこには僕の愛しい人がいた。

 

「歩夢…ちゃん? おはよ?」

 

目を擦りながらそう言うと、歩夢ちゃんは僕に急に抱きついてきた。 

 

うお!てゆーか温か!? いやいや!? そんなことよりも2つの柔らかな禁断の果実が僕の身体を圧迫してるぅぅぅ!!!

 

あ~、もうこのままいたい。この柔らかな果実で圧死させられてもいい。幸せすぎる!!!って違う違う!

 

「ど、どーしたの?」

 

僕がそう声をかけると、歩夢ちゃんは目を少し潤ませながら

 

「良かった~! なんか駆君、少しうなされてたから起こそうと思って。怖い夢とか見ちゃった?」

 

心配そうに小動物みたいに目を潤ませる歩夢ちゃん! そんな優しくて健気な君は相変わらず可愛いYO! そんな可愛い子には心配ひかけさせられませんな~笑

 

「ん~、まあちょっと?悪夢ってゆーか、ホラーってゆーか?

そんな夢見ちゃって! ほら!昨日寝る前にうっかりホラー映画見ちゃってさ~!」

 

そう言うと、歩夢ちゃんはゆっくり僕の頭を撫でてくれた。

かぁ~!最&高! 我が人生に食いなし!

 

「よしよし、もう怖くないよ。」

 

あ~癒し。母性! いや聖母!マリア様のような優しさ~!

 

「大丈夫?」

 

「うん! ありがとう!」

 

僕がそう答えると、歩夢ちゃんは嬉しそうに微笑みながら

「朝ご飯できてるから、一緒に食べよ!」と言ってくれた。

 

 

食卓につくと、椅子が3つ用意されていて、朝食も3つ用意されていた。

 

「あれ?誰かいるの?」

 

と聞くと、ピアノのある部屋から「お邪魔してま~す!」という声が聞こえる。

 

「侑ちゃん? なんでうちに?」

 

歩夢ちゃんと僕の幼馴染みの侑ちゃんが来ていた。

 

「いや~! 久しぶりに歩夢の手料理が恋しくなっちゃって~! テヘへ///」

 

と照れくさそうに舌を出し頭をかきながら笑う侑ちゃんに、僕も歩夢ちゃんも思わず吹き出す。

 

「「ブフッ!」」

 

「あ!ちょっと!何で笑うの!? 私なんかそんな面白いことした!!?」

 

侑ちゃんが不本意そうに少し頬を膨らませながら抗議してくる。そんな様子が尚更可笑しくて、声をあげて笑ってしまう。

 

「「アッハッハッハッハ!!!」」

 

「も~!酷い!」

 

フンっとなんだか拗ねたような感じで席につく彼女。それを見て僕達も席につく。

 

温かい味噌汁の匂いに、甘い卵焼きの香り。 堪らないね~!

 

「久しぶりだね、こうやって3人で食べるの。」

 

侑ちゃんが懐かしそうにそう呟く。 そういえば、歩夢ちゃんは僕と付き合ってから、あんまりこうやって3人でご飯を食べる機会が少なくなったような気がした。

 

「うん、そうだね。」

 

歩夢ちゃんも、同じ感じで侑ちゃんを見ながら微笑んでいる。

 

「じゃ!皆で食べよっか!」

 

僕が音頭をとって手を合わせると、2人は顔を見合せ、頷きながら一緒に手を合わせる。

 

「「「頂きます!!!」」」

 

 

こんな幸せが毎日続けば良いのに。つい、昨日のことを思い出す。

 

 

『帰るぞ、夢尾駆。』

 

『この世界に俺達の居場所はない。』

 

『騙されるな、この世界に。』

 

 

「…ッ。」

 

「どうしたの、駆?」

 

侑ちゃんが少し心配そうにこっちをみてくる。

あ!いけないいけない! ついつい嫌なことを思い出しちゃった! 可愛い女の子達の前で難しいこと、嫌なこと考えるのはやめましょう!!! 

 

 

「ん~ん! ちょっと今朝の嫌な夢思い出しちゃって!」

 

「も~、駆君は怖がりなんだから。これから夜寝る前にホラー映画見るの禁止だよ!」

 

歩夢ちゃんが、メッと僕に注意する。

 

「え?駆もしかして、寝る前にホラー映画見て、怖い夢見ちゃったの~!?」

 

ちょっと嬉しそうに侑ちゃんが笑ってくる

 

「も~!歩夢ちゃん! 同好会の皆には内緒にしてよ!」

 

「「え~!! どうしよっかな~?」」

 

なんて2人してジト目で見つめてくる。 あ~ん!どうしよ~!? こらから同好会内でビビリってバレちゃう~泣

 

 

 

 

『俺は…悪人さ。この世界唯一の悪。きっとな。』

 

 

フと彼の言葉が浮かんだ。

 

「…」

 

2人は目の前でどうしよっか~? とかバラしちゃおっかな~?とか笑っている。 そんな楽しい空間から急に切り離された気がした。たった一瞬だけ彼の言葉を思い出しただけで。たった一瞬、彼の寂しそうな瞳が見えた気がした、ほんの少し、彼の体格が小さく見えた気がした。とても、哀しそうな雰囲気を醸し出していたのを思い出してしまった。

 

 

何で彼は、自分のことを悪人なんて言ったのだろう? この世界唯一の悪って、どういう意味があったんだろう? 彼の唐突な「帰るぞ」には腹が立ったけれど、別に彼に悪意があったわけでもないし、彼が悪い人間だとは思えない。

 

 

「あ!歩夢! そろそろ行かないと!」

 

突然侑ちゃんが立ち上がり時計を指差す。

 

僕も腕時計を確認すると、そろそろ学校に行かないといけない時間が迫っていた。

 

「ヤバ! 歩夢ちゃん、行こ!」

 

「うん!」

 

僕達は急いで虹ヶ咲学園へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日は香港からの転校生がゲリラライブとやらを行い学園をザワつかせていた。 その転校生の名前は

 

「鐘嵐珠、以前書類で見たな。」

 

彼女のパフォーマンスが初まると、辺りが再び奇妙な空間へと変化する。 やけに派手だな。 これが彼女の思いの力?というやつか?

 

俺の制服が再び戦闘服に一瞬戻る。

 

「やはり、影響を受けるんだな。」

 

服装が制服に変わると、ほんの少し不快な気持ちになるのを抑えつつ、俺は学園内を歩いて夢尾駆に関する情報を探ることにした。

 



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Distortion※ 力を持つ者(Violence/Power)


大抵の人間は困難に耐えることができる

   だが、もしその人の人格を試したければ

         力を与えよ

               エイブラハム·リンカーン


鐘嵐珠のパフォーマンスも終わり、校内が少しづつ大人しくなっていく。 彼女の見せた心は、彼女のライブで見せたあの空間のように激しく燃えているのだろう。彼女は突然現れ、一瞬で消え去った。まるで炎のように。そんな少し儚く、寂しいような、孤高の雰囲気もまた、彼女からは感じた。

 

少しづつ閑散としていく校内のホールで、「第2回 スクールアイドルフェスティバル」 と書かれたポスターに目がいく。

そういえば、1回目は自分も少し手を貸したな、と懐かしく思いながら山上陸は目を細める。 今、この世界がどのように回っているのであれ、彼女達と関わることなどほとんど無いだろうし、手を貸す理由もないだろう。 なにより、今の自分にはそんな権利も権力もない。ただの一般生徒の1人にすぎないのだ。数少ない男という存在である以外は。

 

パタパタと何かが近寄ってくる音がする。 随分と懐かしく感覚だ。この走り方、音、息遣い。 この世界の歯車は、どうしても俺にまだ噛み合うよう強制したいらしい。

 

 

近寄ってくる足音の人物が、俺に話しかける前に、俺はその人物の方向に振り向く。

 

「あ。」

 

彼女はどこか呆けたような少しポカンとした表情でこちらを見てくる。

 

 

「面接以来ですね、生徒会長。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嵐珠さんのパフォーマンスは、私達同好会にも引けをとらないくらい、いや、それ以上の実力を持っていた。 力強く、情熱的、それでいてどこか儚さも感じるように、激しい。

 

その圧巻のライブでたちまち校内の多くの生徒達を虜にしただろう。

 

PVの失敗で一時はどうなるかと思っていたが、嵐珠さんのライブでなんとかなった。ほんの少し、同じスクールアイドルとして悔しいという思いもあるが、彼女に助けられたのも事実だ。これを機に彼女も同好会に誘ってみよう。彼女が加われば、虹ヶ咲学園のスクールアイドル活動をより盛り上げることができる。きっと皆さんの大好きをもっと広く伝えることができるだろう。

 

中川菜々/優木せつ菜はそんなことを考えながら落ち着きを取り戻していく校内を歩いている。すると、フェスティバルに向けて作ったポスターの前で彼が立ち止まっているのが見えた。

駆さんとはまた違う雰囲気の男性。駆さんからは優しさが溢れているように見えるが、彼からはなんだろうか? どことなく不気味なような、それでいて頼もしいような、それだけではないような…そう。何故かわからないがどこか懐かしく思えるのだ。そんな自分の心情からか、それとも虹ヶ咲で2人目となる男子生徒という興味からか、好奇心か。とにかく、以前これから行われるフェスティバルについて、警備といった奇妙な部分を気にした彼がどうしても気になり、菜々は彼に喋りかけようと近寄っていく。

 

しかし、彼女の気配を察したのか、自分が話しかけるよりも先に彼は自分の方に振り向き、口を開いてきた。

 

 

彼の濁った真っ黒な瞳は、恐ろしくも哀しさがみてとれる。なんて哀しい瞳をしているのだろうか? 自分はこの瞳を知っている。

 

彼女は緊張しながら口を開く。ドキドキと心臓が高鳴る。恋?とはまた違う。恐怖?畏怖?緊張?警告?なんだかわからない。頭がモヤモヤとする。とりあえず

 

「ええ。」

 

とだけ短く答える。

 

彼は私を見据えながら、何か考え事をしているように腕を組む

 

「何かお急ぎの用事があったのでは?」

 

やがて少し経って彼からそんな質問がくる。

 

私が小走りで彼の方向に向かっていたのに気づいていたのだろう。でなければ、私が声をかける前に振り向いたりしない。

 

「あ、えっと…。」 言葉が上手く出てこない。そもそも、何を喋ればいいのやら。

 

やがて彼は「では、私はこれで。」と去ろうとする。

 

確かに学園で会おう、話しかけようと思えばその時間はいつだってある。タイミングだって別にいつでも、そう思うのだが、何故かこのタイミングでなければならないというおかしな使命感が彼女にはあった。 そう、何故かわからないが、今、この時しかないのだと。これを逃せば次は、ずっと先。それどころかもう無いと、そう思った。

 

「あ、山上さん!」

 

去ろうとする彼に声をかける。すると彼はどこか面倒くさそうにこちらを振り向いてくる。 なんだか以前にも彼と似たようなことがあった気がする。デジャブ?というやつだろうか?それにしてはどこか鮮明に知っている気がする。

 

「何か?」

 

彼の瞳が再び菜々を捉える。

 

「えっと、その以前警備の話、しましたよね?」

 

すると彼は少し顔を上げて考え、「ああ、そういえばしましたね、そんな話。」なんて興味なさそうに答えてくる。

 

「それが何か?」

 

なんて下らないことだ。といわんばかりの彼の雰囲気がまたどこか懐かしい。

 

「えっと…その…それで、先生方ともお話したりしたんですが、その、どこに配置したりすれば良いかわからなくて…。」

 

何故そんな話を彼にしたのか、菜々自身にもさっぱり理解できないでいた。 彼はただの一般生徒だ。生徒会ではないし、ましてや学園の先生でもない。

 

「それ、私に聞きますか?」

 

案の定そんな返答がかえってくる。その通りだ。でも、何故か彼に聞くのが最適だと思った。根拠はない。でも、彼ならできる。そんな奇妙な頼もしさが彼にはあった。

 

彼は面倒くさそうにため息をつくと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「警備の人員の配置の仕方を聞きたい。」ざっくり要約するにそんな内容の質問が中川菜々からとんできた。

 

やはり不気味だ。そんなこと、ただの一般生徒である俺に突然する話ではないだろう。だから嫌いなんだ、この世界は。まるで、俺もこの世界の一部であるかのように絡ませてくるこの世界の甘さが気に食わない。誰もが平等なんかじゃない。そうだろ?君達スクールアイドルはおそらくこの世界では特殊な存在だ。存在がはっきりしている。それ以外の生徒や学園の教師達、それどころか街を行き交う存在も、どれもが曖昧なのだ。ただいるという事実がある。それだけなのだ。以前来た時もそうだった。いる、というよりは"ある"に近いかもしれない。得体の知れないこの世界の他の存在。勿論、スクールアイドル以外でも、一部存在がはっきりと感じられる者はいた。だが、それらも数える程度だ。そんな不気味なこの世界の世の中が、嫌悪感に拍車をかけてくる。だが、それでも立ち向かわなければならない。以前のように。

 

 

それに、少し気がかりなこともある。中川菜々とはできれば関わりたくなかったが、彼女に対して1つ確かめなければならないことがあった。 彼女の机に置かれていた普通科徽章。あれが気になる。確かに以前彼女にライブの餞別として1つ手渡したのは覚えている。だが、それはきっと俺が消えると共に失くなる物だと思い込んでいた…が、何故ある? 俺が再び飛ばされたから戻ったのか?それにしてはやけに前からあったように違和感なく置かれていた。 俺は胸ポケットに仕舞ってあるもう1つの普通科徽章に軽く触れる。 徽章は2つで1組。これにも何か意味があるのだろうか?

 

「山上さん?」

 

彼女からの不安そうな声で意識が目の前に戻される。そうだった、今は質問を受けたいる最中。あまり変に止まっていても悪目立ちするだろう。 徽章のことも気になる、ここは彼女の拠点となる生徒会室に行くのが最適な選択肢だろう。

 

「…学園の地図と、ライブを行う敷地の場所を教えて頂けますか?」

 

そういうと彼女は、嬉しそうにほんの少し目を輝せながら

 

「はい!!!」と答えるのだった。

 

その嬉しそうな笑顔をみると、やはり彼女は優木せつ菜でもあるんだと再認識させられる。 勿論、これは黙っておくが。まあ、彼女が俺に正体を明かすことなど二度と無いだろう。 それでいい。この世界に俺という力は必要ないのだから。

夢尾駆がこの世界でどんな存在なのかはわからない。だが、少なくとも俺はこの世界で唯一の力だろう。力とは即ち暴力そのもの。どれだけ美しい言葉で飾ろうと、どれだけ高潔な精神を持っていようと、力を振るえばそれは暴力だ。人を傷つけ、誰かを悲しませ、痛い思いをさせる、させられるだけのものにすぎない。俺の世界では、そんな力を振るわなければならない時が、貧乏くじをひかなければならない時がくる可能性があった。だからこそ、暴力を抑えるための暴力が必要なのだ。守るために闘う。守るために他人を傷つける。矛盾しているが、これが俺達の世界には当たり前にある。そんなクソみたいな現実が薄汚く蔓延っている。だが、この世界に力は、暴力は必要ない。この世界で唯一暴力を持っている俺は、この世界唯一の悪だ。夢尾駆の居場所を俺は、きっとこれから奪うことになるだろう。彼は酷く傷つくだろう。彼を愛した者も、彼という存在が消えた時、彼という存在は忘れるが、抜けた穴も消えるだろうか? わからない。何が正しくて、何が間違っているのか。いや、答えなどない。正しさなんてものもない。そんなことは俺が一番よくわかっているじゃないか。そこにあるのはエゴだ。俺の元の世界に戻りたいという強い欲望。それを叶えるために、俺は人であることをやめられるだろうか?ただ、自分自身のために、兵士として、ただの暴力装置として、兵器として戦わなければならないのだろうか?それが誇りなのだろうか?

 

 

 

そんなことを考えているうちに、俺達は生徒会室前まで来ていた。

 

「そういえば、駆さんから学園の案内はしてもらいましたか?」

 

「…あ~。」

 

そういえば、彼はそんな約束をしていたな。だが、あんな別れの後で彼に案内してくれなど頼めないだろう。 それに、彼も俺とは顔も合わせたくないはずだ。

 

しかし、ここでされてないと言って彼の信頼が彼女から失われるのもなんだか良い気がしない。まあ、彼の信頼を同好会から奪い、彼のこの世界での居心地を悪くし、嫌になって共に出ていって貰うのも1つの手ではあるが、それはなんだか違う気がする。 今の彼には、自分の意思で出ていって欲しい。それがささやかな今の俺の求める方法だ。 まあきっと、そうはならないだろうが。つくづく俺も甘ちゃんだ。やはり、この世界に来るとどうにも妙な甘さがでる。

 

ここは無難に

 

「まあ、途中まで案内して頂こうとは思ったのですが、彼も忙しいでしょうし、学園の地図を見るだけでも充分かと思い、私から断っておきました。」

 

と答えておくことにした。

 

「なるほど。まあ山上さんが良いのならそれで構いませんが、もし学園内で困ったことがあれば、私や駆さんに聞いて下さい。」

 

 

「ええ、そうさせて頂きます。」

 

そう言いながら、中川菜々が生徒会室の扉を開けるのを待つ。

そこには生徒会副会長他生徒会役員2人、そしてなぜか

 

「すいません。会長に質問があって、先に部屋で待たせてもらいました。…おや、貴方は確か学園2人目の男性生徒…ですよね?」

 

 

翡翠色っぽい髪に、不気味なほど美しい赤い瞳。 この声。 

何故彼女が生徒会室に? いや待て、だとしたらおかしい。この状況は辻褄が合わない。 そう、彼女は

 

「初めまして、スクールアイドルフェスティバルの実行委員をやらせてもらっています。三船栞子です。」

 

彼女、三船栞子は俺の目の前で丁寧にお辞儀をする。

 

意味がわからない。何故彼女がスクールアイドルフェスティバルの実行委員を?いや、それ以前になぜ彼女がスクールアイドルを支援している?スクールアイドルを目の敵にしていたような彼女がなぜ? なにか心境の変化でもあったのだろうか?

いや、それよりもなぜ彼女がここにいるのに、中川菜々が"生徒会長のまま"なんだ? 俺の知っている状況と違う。なら、ここはパラレルワールドか?だとしたら尚更中川菜々はなぜ俺の手渡した普通科徽章を持っている? 意味がわからない。頭が割れそうなくらい痛い。

 

「山上陸さん、ですよね?」

 

「ええ。初めまして。」

 

フラフラしそうになるのを堪え、彼女に挨拶をする。俺の会った三船栞子よりもずっと雰囲気が柔らかく、どこか垢抜けている感じがする。 これが、この世界の彼女。 これはこれで気味が悪い。パラレルワールドの存在のように、悪態をついてくる感じもしない。お淑やかな雰囲気に少し面喰らう。

 

「それで会長、スクールアイドルフェスティバルのライブ会場の設営に対する予算等の質問なのですが…」

 

 

 

中川菜々と三船栞子がまさか協力しているとは。世界が変わればこんなこともあり得るわけか。だが、個人的に気味は悪いが、全体を考えれば悪くない。寧ろこちらとしても好都合だ。敵やこちらを探ってくるような奴は少ない方が良い。 何より、これから夢尾駆がなにを起こすのかが気になる。他に目をかける余裕は無いといって良いだろう。まあ、今回はスクールアイドルフェスティバルや同好会がどうなろうと知ったことではないが。 例え同好会が潰れようが、フェスティバルが台無しになろうが今の俺には関係ない。それは彼女達の、この世界の問題、彼女達が立ち向かい、解決し乗り越えなければならない問題だ。前は例外として、今回は尚更介入する理由などない。

 

 

「すいません会長。お時間をとらせてしまって。」

 

「いえいえ、何かまた不明な点や困ったことがあれば、私や駆君に相談して下さい。」

 

「夢尾さんにですか?」

 

「はい!彼にはたまに生徒会の仕事を手伝って頂いてるので、三船さんの力になってくれると思いますよ。」

 

「わかりました。」

 

と夢尾駆の名前が上がったところで

 

「さて。」

 

コホンと軽い咳払いをして三船栞子は俺に顔を向ける。

 

「山上さんも申し訳ありません。少し時間がかかってしまって。生徒会長とお話があるんですよね?」

 

と尋ねてくる。

 

「ええ。そんな大した話ではありませんが。」

 

「スクールアイドルフェスティバルについての話ですか?」

 

「そんなところです。」

 

「でしたら、私も少し加えさせてもらっても良いでしょうか?」

 

そんな積極的な彼女に変なむず痒さを覚えつつ、ここで断って妙な軋轢を生むのも得策ではないと考えた俺は、俺の警備計画を三船栞子にも伝達することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「正門に警備員4名、それから会場を各スクールアイドルごとにわけて区切り名前をつけます。そこにそれぞれ警備の人員や連絡員の配置を。位置関係は常にライブを行う者とファン両方が見えるように配置を行うものとします。 それからドローン等があれば上空から学園全体を監視して…」

 

 

 

なんだか彼の話はとても物々しく、やたらと細かなことまで決めたり、警戒したりしていた。中川菜々は、やはり彼に聞いてみて良かったと感じた。 勿論、スクールアイドルや、彼女達を応援してくれるファンがそんな酷いことを起こすなんてあり得ないと思っている。けれど、なぜか。なんだか良くない胸騒ぎがしている自分がいる。そう、何か妙な感覚。今まで生きてきて、これまで感じたことのないなんとも言えない不気味な不安。これはなんだろうか?ただ、この胸騒ぎだけで終わって欲しい。そう願う自分がいる。 大丈夫。いつも通り成功する。前のスクールアイドルフェスティバルだって成功したんだ。第2回も間違いなく成功する。そう、以前のように、彼とまた協力すれば…? ん? 彼と? また? 以前のように?

 

 

「あれ?」

 

「生徒会長?」

 

山上さんがふと私の方をみてくる。 

 

「山上…さん?」

 

彼は何か?と言いたげな感じで首を少し傾げる。三船さんもどうかしたのか?みたいな不思議そうな顔をする。

 

「山上さん、第1回目のスクールアイドルフェスティバル…知ってます?」

 

そんな質問に、彼はほんの少し驚いたような顔をした気がするが、やはり無表情に

 

「生徒会長、私最近入学したばかりですよ?」

 

と少し煽るような口調で答える。

 

そうですよね。なんて口に出して納得させようとするが、何か引っ掛かる。なんだか辻褄が合わない。 この胸騒ぎも、この奇妙な感覚も。なんだか頭の中がおかしくなりそうな気がした。

 

 

「では、以上で私の警備計画は以上となります。質問は?」

 

「ありません。」

 

全員がそれでいこうと決定した。 全員が部屋から出ていき、生徒会室には最後に私と山上さんが残っていた。

 

「では、また明日。生徒会長。」

 

彼がそう言い、生徒会室の扉にてをかける時。私は思わず聞いてしまった。

 

「山上さん?」

 

彼は扉を開けるながらこちらを振り返る。

 

「まだ何か?」

 

彼は不思議そうに私を見つめる。

 

「貴方は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何者…なんですか?」

 

 

 

 

すると彼は「フゥ。」とため息を1つ吐くとこちらをその濁った黒い瞳で見据えてくる。

 

ドキドキと心臓が強く鼓動する。彼が警備の計画を話していた時と同じような不安を感じる緊張感。やがて彼がゆっくり口を開く。

 

 

「例えば。」

 

「はい。」

 

「貴女は道を歩く。よく知っている道を。しかしそこには何も無い。貴女の知っているモノも、貴女を知っている者も。そんな場所に迷ってしまったら、貴女ならどうしますか?中川生徒会長。」

 

 

そんなよくわからない質問に思わず呆けてしまう。

 

「えっと…仰いたいことが…わからないのですが。」

 

「別に理解する必要はありません。貴女の質問があまりにも変だったので、私もお返しをしようかと。」

 

彼は少し可笑しそうに笑っているようにみえるが、なぜか笑っている気がしなかった。

 

「私はただの生徒ですよ。虹ヶ咲学園の数少ない男子生徒。それだけです。では。」

 

彼はそのまま生徒会室を出ていき、彼のいた空間はシンと静かだった。 まるで、彼 山上陸という存在が初めから居なかったかのように。 なんだか前にもこんな不思議な余韻を感じた気がする。 

 

「…貴方は、本当に誰?」

 

思わずそう口からそんな疑問が溢れる。

 

菜々はモヤモヤとした気持ちのまま、自宅へと帰ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝か。 なんだか今朝は妙な胸騒ぎがする。気のせいだと思いたいが。

 

そんな奇妙な感覚に苛まれながらも、彼は着心地の悪い制服に袖を通す。扉を開け、鍵をかけ、学園へと歩いて向かう。簡単な話。

 

この世界で見慣れた景色を歩く。結局昨日は、夢尾駆について大して探るのとも、普通科徽章について聞くこともしなかったな。などと思いながら歩く。今日もまた、何もないこの世界でいうとこの平凡な1日が始まるのだろうと考えていた。しかしその途中で何やら騒いでいる声が聞こえる。

 

「珍しいな。この世界でこんなに騒がしいのは。」

 

興味本位か、その騒がしい場所へと向かうと

 

 

ビュンッ!!!という音と共に何かが陸の目の前で吹き飛んでいく。

 

その物体はゴンッ!という鈍い音をたててドサリと落ちた。

 

嫌な感じだ。

 

陸は、音のした方向を見ると、その物体はモゾモゾと動いていて「ゥゥ。」と苦痛に呻く音を発していた。つまりは

 

人だ。

 

さらにその人間が飛んできた方向を見ると、そこには少し細めの路地があり、そこに7人くらいの人間が何やらまだ騒いでいた。陸は近くの建物の壁に隠れながらその様子を伺う。

 

声からして全員男。いや、女も紛れている。

 

時たま「てめぇ!」とか「ふざけんな!」とかそんな怒号の中に「キャァ!」と小さな悲鳴が聴こえる。

 

よく見ると、それはとても見知った面々だった。

 

ピンクの髪に特徴的な団子のような髪型 あれは、確か上原歩夢。そして、黒いツインテール?に緑のアッシュが入った彼女は 

 

「高咲侑? あの2人、なにしてるんだ?」

 

見れば彼女達2人の前に1人の男が立ち塞がっている。

 

「夢尾駆…どういうことだ?」

 

男達はどうも愛想が良い者達とは思えない。というよりもこれは

 

 

 

「喧嘩…だと?」

 

この世界で?男が喧嘩? 夢尾駆にどれほどの戦闘能力があるかわからない。しかし、彼はヤツいわくギフトとやらを持っていると聞いた。だが、7人相手に1人は流石に分が悪い。ここは加勢するか?

 

だが、山上陸/陸山衛の考えとは裏腹に、彼の長年の勘が、戦士としての経験が待ったをかける。 そう、気になったのはさっき吹き飛ばされた男。大の男をどうやって、何が吹き飛ばしたのか。考えられるのはこの場で1人だけ。

 

少し悪いが、見させてもらおう。

 

 

山上陸は今後を考え、様子見を決定した。無論、彼らに危害が及びそうなら加勢するが。それまでは、夢尾駆の持っているであろう力を見ると決めた。

 

 

男の1人が雄叫びを上げながら夢尾駆に殴りかかるが、彼はそれを軽く躱し腹に一撃殴る。すると男は浮かびあがりながら先ほどの男と同じように後ろへと飛んでいく。

 

2人目が後ろに周り鉄パイプを叩きつけようとするが、それを左手で防御し、そのまま鉄を掴んで相手を引き寄せ、顔面に一撃を加える。

 

驚くのは

 

「鉄パイプが曲がりやがった!?」

 

陸は思わずそう小さく呟いた。 やはり、彼がギフトとやらを貰っており、人間離れしているのは間違いないだろう。男を拳1つで吹き飛ばすパワー。鉄パイプを素手で受けても壊れない頑丈さ。 それはもはや彼がただの人間ではないことを物語っている。

 

3人の男が焦って彼を取り囲み、金属バットや素手やらで殴りかかるが、それを全て見切ったかのように軽々と避けていく。

 

反射神経も異常なほど鋭く、早い。

 

囲んでいた3人の男達も呆気なく殴り飛ばされていく。

 

残り2人は恐怖したのか、そのまま尻尾を巻いて逃げていく。

 

彼は得意気に上原歩夢と高咲侑に話しかけ、そのまま路地から出て登校していく。彼女達からは彼に対して怯えた様子はなく。寧ろ眼を輝かせてあれに憧れているかのごとく彼の両脇にくっついていく。まるで、彼を白馬の王子様であるかのように。

 

異常だ。おかしい。あんな化け物じみた力を見せつけ、それを認めるように。いや、憧れるように眼を光らせていた彼女達が。夢尾駆の力も異常だが、それはギフトという物として理解はできる。理解できないのは彼女達の方だ。普通は、あんな漫画やアニメでしか見ることのないような力を身近な人間が持っているとして、まともでいられるか? いや、彼をその力も含めて受け入れているのならわかる。だが、あれは受け入れているとかいないとかそんな次元ではなかった。

 

それに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや~! ビツクリビツクリ!! まさか不良に絡まれるなんて! それも8人も。まあ!でも!僕には!特典があるんで!絶対負けないんですけど~笑笑笑

 

オッス! オラ夢尾駆!!! 絶賛両手に花!いや、両手にダイヤモンドを持って登校中だ!

 

絡んできた不良をサクっとやっつけちゃったら、侑ちゃんも歩夢ちゃんもすげぇ嬉しそうな笑顔でくっついてくるんだもん!

ああ!両サイドから可愛い女の子特有のフレグランスが~!そして、柔らかな2種類のたわわが!侑ちゃんって歩夢ちゃんよりも無さそうにみえるけど意外としっかりあるのね~!

 

「凄かったよ駆! あんなに強いなんて私驚いちゃった!」

 

「うん!どうなっちゃうかと思ったけど、駆君がいて良かった~。助けてくれてありがと!」

 

「心配しないで! 2人のことは何があっても絶対守るよ!だって2人とも、僕の大切な人だから!」

 

そんな彼の笑顔に2人の顔は思わず赤くなる。

 

「えへへ、駆君にそう言ってもらえると嬉しいな///」

 

「も、もう駆///! そういうの、私と歩夢以外に言ったらダメ!てゆーか、この人タラシ!///」

 

バシンと思い切り侑ちゃんに背中を叩かれる。イテテ!なんで!?

 

僕の貰った特典 常人離れした筋力、運動能力、体力、反射神経、学力あとは料理とか音楽の才能とか、結構色々貰っちゃったけど!この特典のお蔭で毎日が充実している!

 

可愛い女の子に囲まれて!大好きな子と半ば同棲みたいな生活をして! スクールアイドル同好会の皆とかからも必要にされて! ここが僕のいるべき世界なんだとより強く実感する。

 

 

だから、陸山衛/山上陸の「帰る」には絶対に乗らない。彼が悪い人間でなかったとしても、彼に事情があったとしても。僕はこの世界から出るつもりはない。 だってここは、この世界の全ては、僕を認めてくれるから。

 

僕の夢を、僕の大好きを受け入れてくれる。僕の存在を必要とし、認めてくれるこの世界を。僕はここで暮らす。

 

 

そう。僕には力もある。今日の喧嘩で更にそれを実感した。山上君が、彼がどんな特典を持っているかはわからないけど、この世界は。僕の居場所は僕が絶対に守る。だってここは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボクノイルベキセカイダカラ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

男達が呻いているところを見ていると、とてつもない寒気に襲われた。それだけではない。まるでそう、この世界全体が震えたかのような嫌な寒気が一瞬この空間を通った気がした。

 

「今の感覚…気味悪いな。」

 

かなり気になるところだが、こちらの倒れていた男達も気になる。彼がどれほどの力で殴ったのか、どんな戦いをしたのか。その場に立ち、より強く感じ、調べる。

 

「ゥ。お前…も、あいつの、仲間…か?」

 

1人どうやら気がついたようで、こちらに話しかけてくる。ほんの少し怯えながら。

 

しかし、やはり彼らもまた、他の存在と同じように空っぽだ。まるで取って付けたかのように急に現れた彼ら。

 

「いや。少し違う。」

 

「あいつは、化け物…みたいに…強かった。」

 

 

「みたいだな。」

 

倒れてピクリとも動けず、ただ呻くだけの男が倒れている近くにいくと、彼が叩きつけられたであろう後ろの建物のコンクリートが、ほんの少し抉れているのを見て内心ギョッとする。

 

こんな一撃をまともに喰らえば、俺もただて済むかどうか…

 

プランとして力ずくというのがあったが、これを見た限りなるべくならお断りしたい。 常人離れした力、頑丈さ、反射神経、あんな怪物とやりあうのに命がいくつあっても足りない。 まあ、どうしてもやらなければならないなら

 

「やるしか…ないかぁ。」

 

ため息が出る。だが、いずれその時はやってくるだろう。覚悟は決めておかねばならない。

 

それに気がかりなのが彼の戦い方。 少なくとも格闘技や戦闘を心得ている戦い方ではなかった。まるで、ストリートファイトのような、簡単にいってしまえば喧嘩スタイル。型などない。なんでもあり。問題は彼の戦術ではない。

 

彼はまるで、ほんの少しだが戦いを楽しんでいたような…いや違う。そうではない。あれは戦闘を楽しんでいるわけでもない。あれはまるで

 

「自分の力を、楽しんでいる。」

 

まるで力を誇示するような、見せつけるような。ただの暴力。

 

 

これが、ヤツの言っていた歪みというやつならば。

 

「俺の手を汚す時が来た…というわけか。」

 

確証はないが。なんとなく妙な胸騒ぎを感じる。しかし、これ程の力を持った存在に俺は勝てるだろうか?いや、勝たなければならないのだ。しかし、どう戦うべきか。

 

まあ、まだ歪みが始まっていると決まったわけてまはない。だが、備えるべき時が来たとは感じだ。

 

なんとなくこんな結果が目に見えていた気がする。結局最後は、力を振るう運命。これが戦士としてこの世界に飛ばされた俺という存在の性か。

 

 

山上陸は、再びため息をつくと、元の通学路へと戻り歩き出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ガラス/水晶

明日は虹ヶ咲学園とY.G.国際学園との合同ライブがあるらしく、やけに校内が騒がしい。誰もがキャッキャキャッキャと誰を推すだの誰を応援するだのと楽しげに話し合い、笑いあい、そして…

 

 

「賑やかだな。」

 

俺はまったくそんな気はしないが。

 

「お互いそうだろ?」

 

目の前に立つ彼を見ながら。

 

二人の間に流れる空気は冷たく重たい。まるでこの楽しげな世界から切り離されたように。

 

「何の用です?」

 

「そうピリつくな、お互い数少ない男子生徒だ、道案内でもしてくれよ。」

 

「あんたに教えることなんてないよ。」

 

彼は苛立たしげに後頭部を掻きながら後ろを向き、歩きだそうとする。

 

「中川菜々。」

 

俺がその名を言うと、彼は身体をピクリと震わせながらこちらを向く。

 

「菜々ちゃんがどうしたの?」

 

不服そうな声で再び彼はこちらを振り向く。

 

「別に。ただ、昨日少し話したんだ。君が俺に学園を案内したか?…と。そう聞かれた。」

 

「…なんて、答えを?」

 

彼はどこか不安そうに聞いてくる。

 

「忙しそうだから断った。」

 

「正直に話さなかったんですか?」

 

周りのざわめきが少し収まってくる。今は放課後だ。そろそろ皆部活やら同好会やらに集まり始めるだろう。ここに男子2人は少し目立つか。

 

「気になるか?」

 

少し挑発気味に

 

「何がです?」

 

「俺の話さ。」

 

そろそろ周りが俺達に目を向けてくるかもしれない。ここらが潮時か? 上手く釣れるか?

 

 

今朝の妙な寒気、彼の力、こちらとしてもヤツからしても黙って見過ごせる状況が終わりつつある。このまま野放しは、やはり得策ではない。少し同情するが、彼にはここらで退場を願うか、それとも彼の善意を信じ再び説得をするか…どちらにしてもここから離脱はすべきだろうが。

 

 

彼は難しそうに顔をしかめる。やがて軽く頷くと

 

「山上君、昨日は忙しくて申し訳ないね。 案内してあげるよ、この学園を。」

 

話しの解るやつは嫌いじゃない。

 

「ええ。是非とも。昨日は道に迷って困りました。助かりますよ。」

 

 

お互いの思惑を秘めながら、2人は目を見合わせる。周りに解りやすく、しかしその心は明かさず。

 

 

2人はゆっくりと学園内を周りはじめた。人目の少ないところへ足を向けて。

 

「で、なんで菜々ちゃんと?」

 

「警備の案が欲しいとかなんとか。俺にする話ではないが、何故かな。」

 

「信用されてるんじゃ?」

 

不満そうに彼は聞く。

 

「前も言ったが、それがこの世界の特性だろう。この世界に迷い込んだ者達を、甘く、魅力的な罠にかける。」

 

「ラブライブはそんな世界じゃないですよ。」

 

「らぶらいぶ?がなんだか知らないが、とにかくこの世界から出るぞ。」

 

「前にも言いましたよね。嫌ですって。」

 

彼の目は強い意思を持っている。テコでも動かないつもりだろうか?

 

「今朝の喧嘩を見た。」

 

そう言うと、彼は驚いたように目を見開く。

 

「…見てたんですか?」

 

「ああ。君の"ギフト"とやらが気になってな。凄い力だ。並の格闘家やスポーツ選手ができるような動きや反応ではない。それに、君の人間離れした肉体の頑強さも。」

 

「貴方にもありますよね?」

 

「俺か?」

 

まるでずっと気になっていたかのように、知りたいというよえな目だ。情報が欲しいのだろう、この俺の力の。 ここで教えるべきか、それとも まあ教えようが教えまいが、いずれ彼は俺に襲いかかる可能性が高い。ならば、早めにケリをつけるのも悪くない…か。

 

「俺は無い…らしい。」

 

「へ?」

 

目を丸くする彼に、少し笑いそうになる。

 

「俺には"ギフト"ってやつはない。近いものはあるらしいが、君みたいに人間離れした力は持っていない。」

 

「じゃ、じゃあ貴方は僕みたいに貰って無いってこと?」

 

「あったらしいが、俺の魂が拒絶したとかなんとか。まあ、紛い物の力があったところで何も意味は無い。」

 

そう言うと、彼はほんの少し下を向いてしまう。

 

そうとも、その力は偽物だ。それは夢尾駆の力ではない。それを振り回し、さも自分の力きのように自慢気にすることに、なんの意味もない。生きている限り、結局最後には自分の力で、自分の心で乗り越えていかなければならないことが山ほどある。 才能なんてその辺に落ちている石ころとなんら変わらない。そこら中に落ちている。その石ころの中で水晶を見つけるのは、どれだけ時間を費やしても見つかるものではない。希に見つけられる者がいる。それは選ばれた人間だ。

君もそうだろう。君はこの世界に選ばれた才能ある人間だ。だが、それはこちらも同じこと。違いは、君は紛い物の力を我が物顔で振るっているケツの青いガキだということ。俺は、力を振るうことしか能のない獣。力は力同士、打ち消しあって消えようぜ。その方が、この世界では都合が良い。そうだろ、神擬き?ガラスじゃ水晶にはなれない。

 

 

「僕は、確かにこの力は貰ったものだよ。でも、ようやく僕はこの力で誰かの役に立てたんだ。」

 

「そんなものなくても、ここの連中は受け入れるはずだ。甘いからな。」

 

そうとも、何も力を貰う必要はない。なんだったら才能すらもいらないかもしれない。無理矢理力を入れて世界が狂うならば、それを失くせば良いのではないか? そうだ。その可能性もある。ヤツは「まだ」と言っていた。いや…無理か。彼の力は今や彼そのもの。そんな都合の良いことはできないか。ヤツも「深く介入はできない。」とかなんとか言っていたし、やはりどこかで彼を連れて行かなければならないだろう。

 

 

「ただの男子じゃダメなんだ!」

 

そんなことを考えていると、彼のそんな悲しげな声が聞こえた。

 

「何故だ?」

 

「それじゃ普通じゃないか。」

 

普通…か。

 

「そうだな…味気ない人生かもな。この世界でも。」

 

「僕は、この力で、この世界に必要とされているんだ。」

 

なんだか雲行きが怪しい。彼の何かがおかしい。

 

妙だ、以前と何か違う。なんだこのイヤな感じは?何か少し不味い。

 

「それは違うはずだ。少なくとも、彼女達は夢尾駆を仲間だと思ってるんじゃないのか?」

 

ここは彼を落ち着かせるのが先決だ。今暴れられれば、俺だけではない、この学園に被害が出かねない。

 

俺達はこの世界の存在ではない。ならば、この世界への被害も最低限度にするのもまた勤めだろう。迷惑はかけない。ここは彼女達の世界なのだから。自分達の世界ではないからと、なんでもかんでもしていい訳はない。関わることは必要最小限に、被害は最低限に。

 

「君の愛する者は、君を愛する者は、君の力だけを見ているのか?」

 

俺がそう問いかけると、彼からほんの少しイヤな空気が抜けていくような感じがする。

 

「歩夢ちゃん…わからない。」

 

歩夢?上原歩夢か?

 

「…上原歩夢…それが君の恋人なのか?」

 

彼は少し嬉しそうに、恥ずかしそうにコクりと小さく頷く。

 

 

なんてことを。 そんな都合の良いことが…。なんて。

だからあの時、一緒に登校していたのか。てっきり、同好会に関わっているからだけかと…。

 

「確かに、歩夢ちゃんはそんな風にはみてないかも。陸山さん、なんだか変な人だね?」

 

「そう…か?」

 

彼は先ほどとはうってかわり、どこか嬉しそうな感じで俺に話かける。

 

「うん。だって「連れ帰る!」って言ってたわりには、全然無理矢理とかしてこないし。なんだったらちょっと勇気づけてくれるし、変だよ?」

 

 

彼の置かれている状況に頭を整理しつつ彼の質問に答える。なんてマルチタスクなんだ。クソ、ふざけた状況にしやがって。おそらく彼は、戻りたいなんて言えないだろう。

この世界でも強力な存在に、スクールアイドルに愛を受けているのだ。そう簡単に引き剥がせるものではないだろう。

尚更、力ずくでいかなければならない。 俺はこの世界が嫌いだ。このふざけた甘さが。この甘さがこのクソみたいな状況を生んだと言って過言ではない。

 

 

「俺は…なんだろうな。 とにかく、お前を連れて帰ることは変わらない。それは確定事項だ。覚悟は決めておけ。」

 

「…やっぱり、貴方はわかんないよ。なんで…そんな哀しそうに、でも目は冷たい。無理矢理感情を殺してるみたいに。」

 

「…同情するなら、一緒に来て貰えると助かるんだがな。俺にも、待ってる奴らがいる。」

 

「そう。僕に関係ないよ。でも、それは貴方も同じのはずだよね。僕がどうなろうと、この学園が、虹学の皆がどうなろうと知ったことじゃない、そんな冷たい目だ。」

 

先ほどの暖かい雰囲気から一転し、再び空気が重く、冷たくなる。

 

「そろそろ案内も終わりで良いかな、山上君?僕はそろそろ、Y.G.学園との合同ライブの手伝いと準備で忙しいんだ。」

 

「…それは結構。成功を祈ってますよ。まあ、絶対に失敗などないんでしょうが。」

 

 

「どういう意味かな?」

 

「ここは、そういう場所…ですからね。言ったはずです。ここは、よく知ってるんですよ。」

 

静寂が2人の男を包み込む。

 

「僕は出ていかないよ。」

 

彼は後ろを向き、廊下を進んでいく。

 

「あ!駆先輩!どこ行ってたんですか? 璃奈さんやかすみさんが探してましたよ!」

 

茶色いポニーテールの女子生徒が彼に近づいてそう叫びながら腕を引いていく。

 

「桜坂しずく…か。」

 

彼女は俺に目を一瞬合わせると、少し会釈する。

 

「すいません、もしかして学園案内の途中とか…でしたか?」

 

ばつが悪そうにそう聞いてくるので

 

「いえ、ちょうど終わったところです。明日のライブ、頑張って下さいね。」

 

と声をかけておく。

 

「あ、私は別に明日はでなくて。あ!でも今まではソロだったんですが、今回は4人でユニットを組んでライブを行うので、また新しい楽しさがあると思いますよ! 良ければ明日、見に来ませんか?」

 

まさか、あれだけ警戒していた彼女からお誘いが来るとは。

 

「申し訳ありません。少し諸事情があるので、また今度の機会に是非。」

 

「そうですか~。 わかりました!さ!行きますよ、駆先輩!」

 

 

「わ!ちょ!しずくちゃん!そんなに引っ張ったら腕取れちゃうよ~!!!」

 

「先輩が悪いんですよ! まったく、ライブの準備のこと忘れて新しい男子生徒さんに道案内なんて!」

 

「いやゴメンって!忘れてなかったんだってば~!!!」

 

 

 

明日、Y.G.国際学園とやらに行くのか。国際交流は確かに興味深いが、スクールアイドルはどうでもいい。

 

引きずられていく夢尾駆を眺めながら、陸山衛は大きくため息をつき、今後の方針に頭を巡らせる。

 

 

「前途多難…すぎだな。これは、ウィスキー1本では足りないぞ、クソ野郎。」

 

俺は誰もいない空に向かい中指を立て、彼の引きずられた後を歩き拠点へと戻ることにした。



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