コックの戦い (外清内ダク)
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01-笑うアンチボディ

 

 イモの皮むきは、遅々として進まなかった。

 機動戦艦ナデシコの厨房で、テンカワ・アキトは溜息を吐いた。ジャガイモの皮は、素早く剥かなきゃいけない。空気に晒すと、色が変わって風味も落ちる……そんなことは分かっているのに、右手の包丁は、ちっとも働いてくれなかった。

「人間だったんだよな、ギガノスって……」

 誰にも聞こえない声で言いながら、溜息を吐く。

 アキトはコックだ。しかし、成り行きでエステバリス――ロボット兵器の一種――に乗り込んでからというもの、戦闘時にはパイロットとして駆り出されるハメになってしまった。最初はよかった。子供の頃見ていた「ゲキガンガー3」のような気分だった。悪を倒すヒーローの気分。

 でもアキトは知ってしまったのだった。

 敵だって、自分と同じ人間であるということを。

 アキトにとって、ギガノス帝国は、初めて触れる「人間の」敵だった。機動戦艦ナデシコが火星へ向かっている間は、木星蜥蜴の無人兵器以外に敵はいなかったのだ。

 地球に戻ってきたばかりのアキトの目の前で繰り広げられた、ギガノス帝国の争乱……ドルチェノフの所業、マイヨ・プラートの覚悟、そして危うく命を落としかけたリリーナ・ドーリアンと、ケーンの母……欲望の醜さ、人間の生き様、命の危うさは、アキトにとって刺激が強すぎた。

 いつか自分も死ぬかもしれない。火星で出会った少女のように。

 それは覚悟していた。だが……敵が同じ事を考えていることにまでは、考えが及ばなかったのだ。

「あっ!」

 誰かの声がした。

 アキトは驚いて振り返った。厨房の入口あたりに、きまりの悪そうな顔をした女の子が立っている。体を半分以上も、冷蔵庫の影に隠しながら。もっとも、いくら細身だからといって、人間一人が隠れきれるわけもないのだが。

「比瑪ちゃん?」

 アキトが呼ぶと、女の子――比瑪は、照れ隠しの笑みを浮かべた。

「道に迷っちゃったかなあ? アムロさんにくっついて来たけど、ナデシコって大きいんですね!」

「……つまみ食い?」

「育ち盛りなら、小腹が空くっていうのは、あるよね?」

「そりゃ、あるさ」

 笑いながら、アキトは冷蔵庫の中身を探り始めた。残り物なら、いくらか食べる物もある。もちろん厳密なことを言うなら、勝手にクルーに食料を与えてはいけない。戦艦の食料には限りがあるのだ。が、艦長のユリカは、そんな細かい事で文句は言わないだろう。

 と。

 いつの間にかすぐ側まで近づいていた比瑪が、突然横からアキトの顔をのぞき込んだ。アキトはぎょっとして、思わず半歩後ずさる。比瑪はじぃっと、真っ正面からアキトの瞳を見つめ、

「どうかしました?」

「えっ!?」

 アキトは視線を逸らした。

「どうも……しないよ」

 そう答えることしか、今のアキトにはできなかった。

 

 

「ナナフシ……か。恐ろしい物を送り込まれたな」

 サウス・バニング大尉は、モニタを睨みながら低く声を挙げた。

 ナデシコのブリーフィング・ルームには、ナデシコ、アルビオン両艦の首脳クラスが集まっていた。ナデシコ艦長のミスマル・ユリカ。技術指南役のイネス・フレサンジュ。そしてアルビオン側からは、艦長代理としてのバニング大尉と、アムロ・レイ大尉である。

 モニタに映ったのは、異形の兵器……全長数百メートルもあろうかという砲身を抱えた、移動砲台である。木星蜥蜴と呼ばれる謎の敵勢力が送り込んできた、恐るべき無人兵器だ。当然名前などは分からないので、こちらで勝手につけさせて貰った。

 その名も、「ナナフシ」。なるほど、その長い砲は昆虫のナナフシによく似ている。言い得て妙だ。

 このナナフシを破壊すること。それが、アルビオンとナデシコに課せられた任務だった。

「説明しましょう! こいつはいわば、重力場レールガンね」

 イネスは腕組みしながら、淡々と、いつもの解説をのたまう。

「内部に生成した圧縮重力場を加速して撃ち出すというものだけど、発射時にはボソン粒子が電子雲の存在率に影響するために、実用化は難しいと言われていたのよ。そもそもシュレディンガーによれば、ボソン粒子の」

「あーっとぉ! じゃあ一体どーしましょうか!」

 いつものように長くなりそうだったので、ユリカは慌てて話を遮った。この人に好きなように話させていては、100年たってもブリーフィングが終わらない。

 短い沈黙の後、アムロ・レイが重い口を開いた。

「二段構えだな」

「というと?」

 バニングに問われると、アムロは一歩進み、モニタに映る周辺地図を指さした。アルビオンとナデシコの現在地を彼の指が押さえ、そこからゆっくりと、弧を描くようにナナフシへと動いていく。

「アルビオンは山岳の中を、高度を落として突っ切る。海に出たら、艦と護衛部隊で敵を引きつけ、同時に高火力の機体がナナフシに接近、これを破壊する」

「もう一段は?」

「ナデシコがこの場に留まり、フルチャージのグラビティ・ブラストで、ここからナナフシを狙い撃つ。敵も当然それを想定して、戦力を分けざるを得ない」

「兵力を分散できるというわけか……」

「ああ」

 さすがに、一年戦争の英雄と名高いアムロ・レイだった。戦い慣れた彼の活躍は、単なるエースパイロットの域をはるかに超えていた。戦闘能力に加えて、その統率力、的確な作戦立案。どれをとっても、今のアルビオン隊の要といえる存在だった。

 アムロの頼もしさに、さっきまでの不安げな表情が消し飛び、ユリカはびしっと右手を挙げた。

「はーい! ナデシコ側は、ぜーんぜん文句ないです! でも一個だけ、対ナナフシ用の高火力機って、何にします?」

「バスター砲が使えればな?」

 バニングがためらいがちに言った。

 バスター砲――最近部隊に入ったばかりの、ダバ・マイロードが持ってきた超兵器だ。火力で言えば申し分ないが……アムロは首を横に振った。

「あれは、ノーマルのバスターランチャーを半分にぶった切った物だから、精度が悪い。オマケにものすごい反動がある……エネルギーのリバースだってあるかもしれない。あの不安定なアモンデュール・スタックに、そんなものをおいそれと使わせられないだろう」

「となると、ウイングガンダム・ゼロか」

「決まりだな」

 アムロの一言に、その場の全員が静かに頷いた。

 

 

「なんか、ヘンなんだなあ? アキトくんがさ?」

 アルビオンに戻って来るなり、比瑪は格納庫に駆け込んだ。彼に相談したかったのだ。彼……伊佐美勇。比瑪と同じ、半生物の機動兵器「ブレンパワード」のパイロット。ナナフシ撃退作戦で、ナデシコ組に選ばれた彼である。当然今ごろ、格納庫で自分のブレンを磨いてやっているだろうと思ったのだ。

 果たして勇は、モップ片手にブレンの表皮を擦っていた。だが……

「そうなのか」

 ブレンを磨くのに夢中で、この調子。

 こうやって磨いてやると、ブレンパワードは喜ぶ。ブレンパワードは機械ではなく、意志を持った生物である。ブレンパワードを喜ばせ、モチベーションを上げてやるのも、パイロットの重要な仕事なのだ。それは百も承知しているが、比瑪としては面白くない。

「もう! 勇って上の空じゃない!」

 勇は鼻息を吹くと、やっとブレンを磨く手を止めた。手にしたモップを、コン、と床に突く。

「あんまりちょっかいだすと、ナデシコの艦長が焼き餅焼くぞ」

「素直じゃないんだ! 自分がだ、って言えばいいでしょうに!」

「これから出撃なんだぞ、そんなこと……あ、おい!」

 手を伸ばして呼びかけても、もう遅い。すっかりへそを曲げた比瑪は、ぷくーっと頬を膨らませて、自分のブレンの方へ去っていった。その背中を見送りながら勇は頭を掻く。そう膨れられても困る。アキトが心配なのは分かったが、こっちの心配だってして欲しいじゃないか。これから戦闘なんだから。

 ずー。

 頭の上で、重い物の擦れるような音が響いた。ブレンが時々放つ「鳴き声」だ。

 勇はブレンの顔を見上げ、思わずモップを振り上げた。

「お前、笑ったな! ……笑っただって?」

 

 

 森の上を、二機の巨人型兵器が飛んでいた。

 どちらも、機械じみた印象をほとんど持たない、奇怪な兵器だった。片方は大きな翼を持つ、緑色の、虫を彷彿とさせる機体。もう片方は濃いベージュ色で、両腕の先に鋭いブレードを生やしている。

 異形の二機が一直線に目指すのは、機動戦艦ナデシコ。切り札のナナフシを破壊しようとする敵の、片割れである。これを叩くのが、彼らの役目だった。

『ママ……この任務が終わったら会いに行くぜ。待っててくれよ』

 緑の虫――ライネックのパイロット、トッドがそう囁いた。当然その声は、もう片方――グランチャーの方にも伝わってくる。

「さっきから黙って聞いてりゃァ、ママ、ママ、ママと」

 グランチャーを駆るジョナサン・グレーンは不機嫌だった。これから、因縁浅からぬ伊佐美勇を倒しに行ける。それなら上機嫌になろうというものだが、余計なオマケが横についていた。トッド・ギネス。ドレイク軍とかいう訳の分からない勢力が送り込んできた、癇に障る男だ。

 今もまた、こうして戦場に似つかわしくない言葉を連発する。ジョナサンとの相性は最悪と言えた。

「他に言うことは無いのかよ!」

 声を荒げるジョナサンに、しかしトッドは悪びれるふうもない。

『じゃあ、お前はママに会いたくなることが、ないってのか?』

「あんな身勝手な女、知るもんか」

『素直じゃねえなあ』

「なにい……」

 ぐー。

 険悪になりかけた雰囲気を、低い唸り声が掻き消した。ジョナサンのグランチャーが挙げた声だ。何が言いたいのかとジョナサンが訝るうちに、トッドのカラカラという笑い声が聞こえてくる。

『はっははは! お前のグランチャーも笑っているじゃないか!』

「ジョナサン・グランチャーが笑うか!」

『見えるぞ? ……ナデシコだ!』

 言うが早いか、トッドのライネックは一気に加速し、打ち合わせ通りのフォーメーションに展開した。ジョナサンは、文句の一つも言ってやりたいくらいだったが、確かにナデシコの艦影は目視できるほど鮮明になっている。作戦を開始しなければならない時間だ。

「ち……! バロンのご命令でなければ、誰が貴様なんぞと!」

 一人悪態を垂れながら、ジョナサンはグランチャーに命令を飛ばした。

 

 

(つづく)



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02-かんちょー。敵です

 

 

「あ、かんちょー。敵です」

 元気も抑揚も緊張感も、あったものではない淡々とした声。弱冠11歳のホシノ・ルリは、いつものごとくユリカに報告した。ナデシコ・ブリッジのメインモニタに、外の映像が映し出される。そこに捉えられたのは、言うまでもなく迫り来るライネックとジョナサン・グランチャーの姿である。

 ユリカは力強く頷くと、よく響く高い声で命令を飛ばした。

「それじゃあ、エステバリス隊、ブレンパワードのみなさんとビルバインは発進しちゃってくださぁい! グラビティ・ブラストのチャージ完了まで、ナデシコの護衛をお願いしまっす! はりきっていきましょー!」

 

 

 カタパルト・デッキは急に慌ただしくなった。

『よっしゃあー! ヒカル、イズミ、行っくぜぇー!?』

『はいはーい♪ お仕事お仕事っとぉ』

『おしごと……おし、いこー……ク……ククク……』

 威勢のいいかけ声一つ、真紅のエステバリスが開いたハッチから飛び出していく。先陣を切ったのは、エステバリス隊のエース、リョーコ。続いて、オレンジのヒカル機。水色のイズミ機。エステバリス独特の、甲高いギアの駆動音。立ちこめるマシン・オイルの臭い。そして、ブレンパワードやオーラバトラーが放つ、形容しがたい独特の緊張感……オーラ。音や臭いや第六感的な何かが、複雑に混ざり合ってカタパルト・デッキの空気を染めていく。

『あれはライネック……トッドじゃないのか!』

 ハッチの外を覗き見ながら、ビルバインのパイロット、ショウ・ザマが叫んだ。ビルバインの、オレンジ色をした曲面装甲が、わなわなと震えているようにさえ見える。トッド・ギネスは、ショウにとって仇敵であり、強敵であり、好敵手である男。いてもたってもいられず、ビルバインは力強く床を蹴りつけ、外へ飛び出した。

 次はこちらの番だ。

 勇は、ブレンパワードの中で、大きく深呼吸した。ブレンの見ている映像が、コックピットに表示されている。ハッチの外を睨み、ユウブレンは緊張していた。外では、ある機体が、バイタルジャンプ――いわばワープ移動――を繰り返し、ヒカルのエステバリスを翻弄しているのである。

「……ジョナサンも来ているのか」

 緊張しているのは、ブレンだけではない。

 しかし、勇はふと気付いて、優しくコックピットの内壁を……ブレンパワードの肌を撫でてやった。

「俺が一緒にいてやるから、怖がるなっ」

 ずー。

 主人の優しい一言で、緊張も恐れもほぐれたのだろうか。

 低く唸りながら、ユウブレンは駆け出した。戦場へと向かって。

 

 

 比瑪がカタパルトデッキに駆けつけたとき、ちょうどユウブレンが飛び出していくところだった。比瑪はヒメブレンに向かって走りながら、体をもぞもぞと動かしてフリュイド・スーツ――ブレンパワード専用のパイロット・スーツ――を体になじませる。

「タイミング、悪かったなぁ。いきなり攻撃だもんなぁ。おトイレの時くらい、待ってくれたってよさそうなもんじゃない?」

 ぶつぶつ言いつつ、ヒメブレンの足下に駆けつける。ブレンへの挨拶もそこそこに、早速乗り込もうと、ブレンの股間にあるコックピット・ハッチに手をかけ……

「おーいっ! 比瑪ちゃーん!」

 その比瑪を、頭上から男の声が呼び止めた。

 比瑪は目をぱちぱちさせながら、頭をぐるりと巡らせる。見れば……ポツンと取り残されたエステバリスの頭にしがみつき、男が一人、声を張り上げていた。油に汚れた作業服。細長い、骨張った顔つき。見間違えるはずもない、ナデシコの整備責任者、ウリバタケである。

「ウリバタケさーん! これから出撃なんですぅー!」

「がんばれよーっ! ところで、アキト見なかったかぁー!?」

「アキトくん?」

 思わず比瑪は、叫ぶことすら忘れて呟いた。

「アキトくんがどーしたんですかーっ?」

「来てねーんだよ! あのバカ、どこで油……」

 と、その時だった。居住区へ通じるドアが開いたかと思うと、パイロットスーツ姿のアキトが飛び出してきたのである。彼は脇目もふらず自分のエステバリスに駆けより、コックピット・ハッチを開く。ウリバタケは思わず顔をしかめ、

「何やってたんだ! 遅いじゃねーか」

「すんません。動けますか?」

「あったぼうよ! 壊すなよっ」

 しばらく二人のやりとりを見ていた比瑪だったが、いつまでも、ぼうっと見ているわけにもいかない。待ちかねたヒメブレンに乗り込み、すぐさま通信をエステバリスに繋ぐ。

「アキトくーんっ! どうしたのーっ!?」

『うおわ!? 比瑪ちゃん、大声だしてどうしたの?』

「あ、そか」

 思わずさっきまでの調子で喋ってしまった。

『……どうも……しないよ』

 アキトの返事は、不自然なほど鬱々とした口調だった。勘の鋭い比瑪はおろか、鈍感で通っている勇でさえ、これを聞けば気付くだろう。彼はこう言っているのだ。どうもしないことない、と。そう言いたいのに、隠そうとするから、口調が不自然になる。

 比瑪が二の矢を継ごうとすると、アキトは腹の奥から叫びを迸らせた。まるで比瑪の言葉をねじ伏せようとしているかのように。

『どうもしないんだ! エステバリス、行きます!』

 そして、ギア音を響かせ、アキトのエステバリスは出撃した。取り残された比瑪は腕組みして唸り、

「しょーがないなあ。行こう、ヒメブレン! みんなを護らなきゃ!」

 

 

 重力場が空間を歪め、ヒカルのエステバリスが宙を蹴る。亜熱帯の森の上、オレンジの光がラインとなって、蛇行しながら駆けめぐる。敵の姿は見えないが、どこから来るか分からない。珍しくヒカルは焦っていた。彼女だって、文句なしの凄腕パイロットである。なのに……

 ヴヴン!

 ――来たっ!

 エステバリスが弾かれたようにその場を飛び退く。一瞬遅れて「出現」したジョナサン・グランチャーが、両腕のブレードをヒカル・エステバリスめがけて振り下ろした。危うく刃がエステバリスの肩をかすめ、

「うひゃーっ!」

 ヒカルは呑気な悲鳴を挙げながら、背中を向けて逃げまどう。

『ハッハッハ! こんな所にノコノコ出てくるからさあ! 力のない者がぁー!』

 ――う、うるしぇー!

 心の中で叫び返して見ても、状況は変わらない。やっかいなのは、あのバイタル・ジャンプというワープ移動。短距離のバイタル・ジャンプを連発し、機影を明滅させながら、着実にこちらを追いつめに来る。消えている間は攻撃も素通りしてしまうし、現れたと思ったらすぐ消える。狙いを定めるヒマさえない。

 思わずヒカルは叫んだ。

「いやーん! 誰かおたすけー!」

 と。

 ヴヴン!

 羽虫のような音を立て、ジョナサン・グランチャーが正面に現れる!

『ハイ。これで終わりだ』

「そうなのっ!?」

 左右から迫る、ジョナサンの刃。

 ヒカルは死を覚悟して目を閉じた。

『ジョナサン・グレーンッ!』

 その時、横手から飛来した青い影が、ジョナサン・グランチャーを思いっきり蹴りつけた。ジョナサンは悲鳴を挙げながら、森に向かって墜落していく。が、地面激突直前で体勢を立て直し、バイタル・ジャンプで間合いを離した。

『勇! いいことしてる時に、貴様は!』

 恐る恐る目を開いたヒカルの前に、青いブレンパワードが浮遊していた。

 ユウブレンである。

「勇く~ん!」

『あいつは俺がやる。援護!』

「了解りょうか~い!」

 見たこともないほどの気迫を込めて、ユウブレンはジョナサン・グランチャーを睨みつけていた。と、その機影が揺らぎ、バイタル・ネットの中に消えていく。かと思えば、次の瞬間にはジョナサン・グランチャーの側面に出現し、手にした剣、ブレンバーでジョナサンと切り結ぶ。

 激しい剣戟の響き。ジョナサンは舌打ち一つ、バイタル・ジャンプで大きく上へ飛び上がる。ユウブレンがそれを追って、羽虫の音を響かせる。

「な、なーんかキュンキュンきちゃうなぁ~!」

 ヒカルはメガネの奥で、キラキラと目を輝かせ、勇を援護すべくIFSに意識を注ぎ込んだ。

 

 

(つづく)



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03-殺し合い

 

 

 一方、森の上を逃げ回る、緑の影があった。トッドのライネックである。

 木々に触れそうなほどの低空を、全速力で飛び抜けていく。時折、思い出したように後ろを振り返り、オーラバルカンを掃射するが、リョーコとイズミのエステバリスには、かすりさえしない。

『ちょこまかと逃げ回りやがって! 待ちゃあがれっ!』

 オーラバルカンの弾道を軽くくぐり抜け、リョーコは一気に加速した。エステバリスから噴射された強烈な重力場が、空間を激しく揺らめかせる。ライネックの背中はみるみる近づき、リョーコ・エステバリスがフィールドランサーを両手に構えた。

『こーんちくしょーっ!』

「当たるかよ!」

 裂帛の気合いと共に繰り出された槍の一撃に、ライネックは素早く身を捻る。

 ……が、回避運動も空しく、フィールドランサーの刃先がライネックのふくらはぎを深々と貫いた。

「くそっ、当たっちまった」

 トッドは悪態を吐きながら、真後ろに向かってオーラバルカンを乱射した。しかし崩れた体勢のまま、狙いもせず放たれた銃弾である。リョーコは慌てることなく急上昇し、難なくそれを回避。次の瞬間、リョーコの後ろから迫っていたイズミが、射線の通るタイミングを見計らい、正確無比な一掃射を叩き込む。

「うおおっ!?」

 リョーコ機の陰に隠れていたイズミ機から、いきなりの掃射である。一瞬トッドは何が起きたのかすら把握できず、まともに銃弾をその身に浴びた。衝撃の中で我に返り、慌ててその場から飛び退く。エステバリス2機が隊列を整えている間に、トッドはなんとか体勢を立て直した。

「この俺が押されているだとっ」

 ライネックの手が、突き刺さったままのフィールドランサーを引き抜き、森の中に投げ捨てる。

 危ないところだった。オーラバリアの守りが無ければ、とうに落とされていた所である。こんな所で死んでなるものか、とトッドは自分に言い聞かせる。何のために、今まで戦ってきたのだ。ショウ・ザマ。奴に勝つまでは、死んでも死にきれるものではない!

 とにかく今は、目の前の2機を何とかしなくては。しかしエステバリス隊の2機は、コンビネーションも絶妙……

 と、再加速をかけたエステバリスたちが、複雑な機動を描きつつ、ライネックの背後に迫る。

『おっしゃあ! トドメ行くぜ、イズミ!』

『了解……』

 互いに重力場の航跡を絡まり合わせ、2機のエステバリスが突撃してくる。ディストーション・フィールドを纏ってのタックル。あんなものを喰らえば、オーラバリア越しとはいえ、どうなるか分かった物ではない。

 が、こちらにも策はある。

 トッドのライネックは、その場に急停止、反転して剣を抜きはなった。2機のエステバリスを真正面から受け止める体勢。リョーコとイズミはすぐさま速度を調整し、必殺のタイミングでタックルを繰り出す。

 しかしその直後。

 ヴヴン!

 羽虫の音。

 リョーコとイズミの目前に、それぞれ2機のグランチャーが出現する。

『うわったぁー!?』

『……っ』

 二人して悲鳴を挙げながら、慌てて急停止する。タックルのタイミングを完全にずらされ、体勢を崩したエステバリスに、グランチャーはすぐさま斬り掛かった。エステバリスたちは空気を蹴りつけるようにして上昇し、危うく難を逃れる。が、グランチャー部隊はバイタル・ジャンプで後を追い、容赦なくチャクラ光を浴びせかける。

『グランチャーだぁー!? てんめー、ずっこいじゃねーかっ!』

「はっははは! 当然の戦術っていうもんだろう!」

 トッドが逃げ回っていたのは、グランチャー部隊が隠れている地点にエステバリスをおびき出すためだったのである。もちろん、半分以上は演技ではなかったが、それはこの際問題ではない。

 トッドはにやりと笑みを浮かべ、グランチャーに追い回されるエステバリス目がけ、自らも上空に飛び上がる。

「さあ、1機ずつ落とさせてもらうぜ!」

 ライネックの緑の外骨格が、ぬらりと輝く。狙いは、リョーコ機。奴はエステバリス隊のリーダーと見た。ならば、頭を叩くに限る。

 グランチャー2機に挟まれて、回避で手一杯のリョーコ機に、トッドは猛然と迫った。が、後一歩というところで、トッドの視界をオレンジの影が塞ぐ。一瞬でトッドは全てを悟り、機体を捻ってその場を飛び退く。

 一瞬遅れて、オーラカノンの砲弾が、ライネックのそばをかすめて過ぎた。

「ショウ・ザマ! ようやくおでましかっ!」

 ライネックの行く手を阻んだオレンジのオーラバトラー……ショウのビルバインである。

『リョーコさん! ここは俺が引き受けた、ナデシコに戻ってくれ! 伏兵のビアレスが現れてる!』

『わかったっ、まかしとけっ!』

 グランチャーに牽制の掃射を浴びせつつ、リョーコとイズミは急速反転、ナデシコへ向けて矢のように飛んでいく。トッドの中で、無念さと躍動感が同時に渦巻いた。エステバリスは落とし損ねた……しかし、今目の前にはビルバインがいる。

「ショウ……今日こそ決着をつけてやるぜ」

『ドレイクの欲望に付き合わされるいわれはない。奴はオルファンまで、結局は掌中に収める算段なんだろう』

「それも、あるかもしれんがね。俺はステイツと組むよう言っただけだ。オルファン州は、たまたまついてきたに過ぎない!」

『オルファン州? 州と言ったのか?』

「言ったがどうした! さあ、ケリをつけるぜ、ショウッ!」

 

 

 右……いや、左!

 オーラバトラー・ビアレスが、素早い切り返しでアキトを翻弄する。青黒い異形のオーラバトラー、ビアレス。ショッキングピンクに彩られたアキトのエステバリスと対峙し、その周辺を機敏に飛び回りながら、確実にアキトの隙を狙ってくる。

 ……来た!

 アキトはIFSスフィアを握りしめ、弾かれたように真上へ上昇した。鋭い踏み込みと共にビアレスが放った刃は、間一髪のところで空を切る。アキトはそのまま重力場を放ち、空中で機体に制動をかけると、再び真下へ向かって急下降した。

「てやぁーっ!」

 エステバリスの手に握られた槍、フィールドランサー。狙うは真下に入り込んできたビアレス。必殺のタイミングで振り下ろされた刃は、

「うっ!?」

 しかし、ビアレスの軽やかな身のこなしに、あっさりとかわされる。

 まずい!

 アキトの顔が青ざめた。フィールドランサーは重い武器だ。振り下ろせば僅かなりとも隙が生まれる。対してビアレスの得物は、軽く切断力に優れたショーテル。間合いを詰められれば避ける術がない。

 案の定ビアレスは、フィールドランサーの柄を蹴りつけながら、エステバリスの懐に飛び込んだ。重い槍に蹴りまで食らい、エステバリスのマニピュレータが僅かに痺れる。その一瞬の停滞を衝き、ビアレスの刃がエステバリスの脇腹を襲った。

 やられる!?

 と思った次の瞬間。

 ヴヴン!

 気味の悪い音を立て、アキトの目の前、ほとんど密着するような位置に、白い機体が出現した。

「ブレンパワード!?」

『ウツミヤヒメブレン! てやぁー!』

 威勢のいい比瑪の声が響き渡り、ヒメブレンが両腕を広げる。ビアレスのショーテルと、エステバリスとの間に無理矢理割り込んだヒメブレンは、その場でチャクラ・シールドを展開したのである。あと僅かでヒメブレンを抉るというところで、ショーテルはチャクラの光に弾かれる。その反動で怯んだ隙に、ヒメブレンが蹴りを叩き込む。

 ビアレスは体勢を崩しながら吹き飛ばされ、制御を取り戻そうと空中でもがく。と、そこを狙ったラピッドライフルの掃射が、ビアレスのボディを横から貫いた。

『くぉーらァテンカワーっ! ブレンには換えパーツってもんがねーんだぞ!』

 いつもの怒鳴り声が、アキトの脳みそを揺らす。重力場の揺らぎを引き連れて、2機のエステバリスが流星のように飛来した。リョーコとイズミ。二人はナデシコのそばに戻るなり、ナデシコの周囲を取り囲むグランチャーとビアレスの部隊に突っ込んでいく。

 ナデシコの周りで、戦闘の花が開いた。戦ってる。俺も行かなきゃ。アキトは足と腕に力を込めた。エステバリスがふらつきながら、ヒメブレンから僅かに離れた。しかし体が動かない。エステバリスが反応しない。

 それもそのはずだった。アキトの視線と意識は、落ちていくビアレスに、釘付けになっていた。

 ラピッドライフルの容赦ない銃弾に、腕をもぎ取られたビアレス。脇腹にまで銃弾は食い込み、外骨格の奥の無惨な傷口をさらけ出す。もはやぴくりとも動かず、重力に任せて落ちることしかできなくなった、青黒い塊。あれが、ついさっきまで、アキトの命を脅かしていた、軽々と宙を舞う、あのオーラバトラーだったというのか?

 生きていたって?

『アキトくん!?』

 ふと気がつけば、アキトのエステバリスは、ヒメブレンの両手にがっしりと捕まれていた。ヒメブレンのハッチが開き、比瑪がオレンジ色の髪を振り乱しながら顔を出す。その心配そうな、しかし剣のように鋭い瞳。アキトは思わず、コックピットハッチの展開をコマンドしてしまった。

 支える物もない空中に、エステバリスとヒメブレンが、アキトと比瑪が向かい合う。

「どうしたのよー! しっかりしないと!」

 アキトは奥歯を噛みしめた。

「しっかりするって……しっかり戦うのか」

「アキトくん?」

 戦場の風に吹き飛ばされそうな、アキトの声。

 

 

『殺し合いなんだよな? どこまでいっても、これって結局殺し合いなんだよな!』

 ナデシコのブリッジに、悲痛な叫びが響き渡る。それがアキトの声であることは、誰の耳にも明らかだった。

 ブリッジ・クルーが騒然となる中、ユリカは艦長と女の狭間を行き来しながら、僅かに上擦った声をルリに向ける。

「ルリちゃんっ! 状況は?」

「けっこーヤバめです。

 勇さんはジョナさんに、ショウさんはトッドさんに苦戦中。ナデシコも……」

 ルリの言葉を、下から突き上げるような振動が掻き消した。ブリッジにどよめきと悲鳴が渦巻く。ユリカはたたらを踏みながら、辛うじて踏みとどまり、一瞬顔を伏した。そして次に顔を上げたとき、彼女の顔は艦長のそれに変わっていた。

『なんでこんなことになっちゃったんだよ! 俺がやりたいことは、もっと……』

「アキトぉーっ!!」

 ユリカが、吠えた。

 衝撃波のように広がる叫び。ブリッジの中がビリビリと震える。

『なっ……なんだよっ!』

「アキトは、いったん艦に戻って!」

『な、何だって!』

「艦長命令ですっ!

 エステバリス隊、陣形を密に! アキトの抜けた穴を埋めてくださいっ! 二機に挟まれたらおしまいですよ!」

『よっしゃあ、まかしとけ!』

『この店のウリは……味かい……? 値段かい……? 了解……? ク、クク……』

『ちょっと待てよユリカ、何言って……』

「それからルリちゃん、カタパルトデッキに……」

「もう繋いでます」

「ありがと! こちら艦長、マーベルさんいますかーっ?」

 

 カタパルトデッキの壁際で、ウリバタケから差し出された受話器を、マーベルは耳に当てた。

「ご命令?」

『はいっ! アキトの代わりにダンバインで出撃、お願いします!』

 一瞬、マーベルは躊躇った。

 ユリカはこの調子である。艦長として優秀だと、話に聞いてはいても、どうしても不安になる。何も状況を把握せず、適当なことを言っているだけではないか、と。

「私のダンバインが修理中だとは、知っていて?」

『はいっ!』

 歯切れ良く、ユリカは返事した。

 ……全て承知の上で、か。

 なら、艦長命令に従わない理由はない。マーベルは迷いを断ち切り、

「了解。すぐに出るわ」

 その言葉を聞くなり、ウリバタケがクルーに怒鳴りつけた。

「ハッチ開けーっ!」

 

 

(つづく)



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04-勝手に発進します

 

 

 ユリカは、次から次へと矢継ぎ早に、各部署に指示を飛ばし続けた。ナデシコという船全体が、そこに所属するクルーの全てが、一つの生物のように動き出す。小さな細胞たちを動かす脳……いや、脳すらも細胞に過ぎないとすれば、それらを纏める魂のようなもの……それこそが、艦長というものなのだった。

 だから艦長は時として、自分でなくならねばならない。

 王より飛車を可愛がるヘボ将棋、とはよく言ったものだ、裏を返せば、艦長は部下を人間と見てはならない時がある。飽くまでも細胞は細胞、と割り切らねばならない瞬間が、必ずあるのだ。

 今がまさに、その瞬間だった。

「かんちょー」

 一通り指示を出し終え、モニタに移る戦況を睨んだユリカに、ルリが棒読みで言った。

「いーんですか?」

「いいって?」

「テンカワさんのことです」

 相変わらず、ルリは容赦ない。

 心の深くにいる「私らしい私」を抉られて、ユリカは思わず、苦しげな笑みを浮かべた。

「あのままじゃ、アキトもみんなも、やられちゃいます!

 まっ、今日のアキトは定休日っていうことで!」

「明日、営業日だといーですね」

 淡々といいながら、ルリはそっぽを向いた。

 ……心配してるんだ。ルリちゃんも、アキトを。

 ユリカは顔をくしゃくしゃにして、威勢良く頷いた。

「うんっ!」

 

 

「やめろジョナサン! なんでドレイクなんかと手を結んだりするんだ!」

 虚空に消えたユウブレンの残像を、ジョナサン・グランチャーのソード・エクステンションが両断する。

『そうすると、オルファンが元気になるから、さ!』

 かと思えば、ジョナサンの背後にユウブレンの姿が浮かび上がり、至近距離からショーターを叩き込む。ご丁寧にも、苦しみ悶えるふりをしながら、グランチャーはバイタル・ジャンプ。ユウブレンの真下から、チャクラの光を浴びせかける。

「くっ」

 勇はたまらず、長距離バイタル・ジャンプで間合いを離した。お互い、絶対回避のバイタル・ジャンプを使う身。ちょっとやそっとで、その攻撃は当たらない。

 長引く戦闘に喘ぎながら、勇はジョナサン・グランチャーをじっと見据えた。奴は緩やかな動きで高度を合わせ、こちらの隙を虎視眈々と疑ってはいる……しかし、仕掛けてはこない。ジョナサンも疲れているのだ。

「……聞け、ジョナサン! さっき、このブレンが笑ったんだ。アルビオンにいて、そういうことが分かった……お前だって姉さんだって、そんなことも見えなくなっているということがあれば、見境が無くなって、ドレイクなんかに操られたりするんだよ!」

『この私のグランチャーとて、高ぶっている!』

「それはお前の目だ!」

 叫びながらも、ジョナサンの説得は無理だということは、勇自身が一番よく分かっていた。早くなんとかしなければ、ナデシコだって危ないというのに。

 勇は、ジョナサンに気取られないことを祈りながら、ナデシコの方へ視線をそらした。テンカワ機がナデシコへ収容され、代わりに傷ついたダンバインが飛び出してくる。

「艦長は男が可愛いのか! 女らしいけど!」

 そんなにアキトを護りたいのか、艦長は? 傷ついたマーベルを出撃させてまで?

 ユリカの決断は、部隊全体の危険を回避するためのものある。だが、傍目には勇の言うように見えてしまうことも否めない。誰もが感じはするものの、口に出すのははばかられることを、臆面無く言ってのけるのが伊佐美勇だった。

『そういう勘ぐり、可愛くないよ!』

 ヴヴン!

 高くかすれた声を挙げながら、勇の隣に比瑪がジャンプ・アウトした。その一言で強か傷ついたにもかかわらず、勇は思わず虚勢を張った。

「かわいこぶりっこしているつもりはない!」

『たまには、やんなさいっ』

「そうか……そうなんだな?」

 二人のやりとりを隙と見たか、ジョナサン・グランチャーの姿が突如かき消えた。

『男と女が、ひっつきあって何してる!』

 グランチャーは、二人の頭上にジャンプ・アウト。上から容赦なくチャクラ光を降り注がせる。ブレンたちは左右に分かれてこれを避け、バイタルジャンプで逆にグランチャーを挟み込む。

 が、ブレンたちがジャンプ・アウトしたその時。

 挟み込まれる前にバイタル・ジャンプしていたグランチャーが、ユウブレンの背後に出現する。

 ――出現位置を読まれていた!?

 ジョナサンの刃がユウブレンに迫る。あまりに早すぎる攻撃、バイタル・ジャンプはまだ使えない。やむなく勇は身をよじり、辛うじてソード・エクステンションを回避する。だが、その鋭い刃がユウブレンの表皮を容赦なく抉る。

「うわああああっ!」

『伊佐美勇! 死ねよやーっ!』

 繰り出される二撃目。

『そうはさせないっ!』

 と、横手から飛び込んできたヒメブレンが、ジョナサン・グランチャーを蹴り飛ばした。ジョナサンは呻きながら吹き飛ばされ、地面に激突する寸前で機体を制御。バイタル・ジャンプで間合いを離す。

 ヒメブレンはユウブレンを引っ張り、崩れた体勢を素早く立て直してやる。

『勇、しっかり!』

「ああ、ありがとう……比瑪」

『アキトくんは、考えてるのよ! 勇、あなた、考えてる?』

「考えてるさ! 俺だって、人を撃つのが気持ちいいなんて思いたくない……思ったが最後なんだ」

 

 

 戦場の音が、遠い。

 ふらつきながら艦内に戻ったエステバリスは、糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。無様に四つんばいになり、低い唸り声を最後に、沈黙する。背後で閉じていくハッチが、アキトを戦場から切り離す。ナデシコという殻の中へ、アキトの心を閉じこめる。

 俺のしてきたことは、正しくなかったかもしれない。

 その思いが、アキトを逃げに走らせた。戦闘中に比瑪に甘えてしまったのも逃げなら、文句を言いながらもユリカの命令に従ったのも逃げ。正義を、熱血を、ゲキガンガーを信じられなくなってしまったアキトは、今や自分自身すら見失っていた。

 俺が本当にやりたいことって、なんだった?

 ゲキガンガー3に憧れていたっけ?

 あんな幼稚なものに?

 バカだな。

 ほんと、バカだよな。

 俺。

「ふっ……あは……はははははっ……」

 もはやアキトには、笑うしかなかった。思う存分アキトは自分を嘲笑した。それだけがアキトの崩れかけた心を救ってくれる。いや、痛みを忘れ、怠惰の中でグズグズと崩れ落ちていける。

 アキトがそう思ったその時、勇の声が聞こえた。

『俺だって、人を撃つのが気持ちいいなんて思いたくない……思ったが最後なんだ』

 心臓が脈打った。

 お前は俺なのか? アキトは弾かれたように顔を上げる。どうしてお前が、俺と同じ事を考えてるんだろう?

『でも、あなた、言ったわよね! ブレンが笑ったって!』

『そう言った……そうさ! 全てが絶望的って訳じゃない!』

 爆発音が、勇の言葉を掻き消す。

「勇!」

 思わずアキトは身を乗り出した。その拍子に、腕がIFSスフィアに触れた。スタンバイ状態にあったエステバリスが、一瞬、呻くような唸り声を上げる。

『大丈夫だ、俺は生きてるよ、アキト』

 アキトはシートにへたり込んだ。急激に緊張した心を、安堵がほぐしていく。

『正しいことはなくても、正しいと思うことはある。俺にとっては、ブレンの笑顔がそうだった……だったら、やるしかないだろう!』

『そうよ! エステバリスは空を飛べるんだもの!』

『ああ、きっとそうだ!』

『そうに決まってる!』

『そうなんだ!』

『貴様らという奴らはーっ!』

 ジョナサンの声、そして、二人の悲鳴。

 アキトは今度こそ青ざめ、叫んだ。

「勇! 比瑪ちゃんっ!」

 

 

 ジョナサンの一撃をまともに浴びて、墜落していくユウブレン。ジョナサン・グランチャーは容赦なく、追い打ちをかけるべくそれに迫り、ヒメブレンは勇を庇おうと、二人の間に割ってはいる。

 が、ジョナサンは速度を緩めることすらせず、真っ向からヒメブレンに突撃した。

『弱者はすっこんでろ!』

 刃の交わる音すらしない。

 一瞬の後、脇腹を切り裂かれたヒメブレンが、悲鳴を挙げながら墜落していった。

 もはや、ジョナサンの進路を塞ぐものは何もない。

『そーれそれぇー!』

 大きく刃を振り上げて、ジョナサン・グランチャーが迫る。

 無防備に落下を続ける、ユウブレンへと。

 

 

「勇さん!」

 ブリッジの真ん中で、ユリカが悲痛な悲鳴を挙げる。すぐさまユリカはオペレータの一人に向かい、

「だんまくーっ! 勇さんを援護してください!」

「もうやってます! グランチャーが素早すぎて当たりません!」

「そこをなんとか!」

「なんとかって……」

 と、困った顔して途方に暮れるオペレータの声を遮り、ルリが唐突に呟いた。

「あ。テンカワさん、勝手に発進します」

「へ?」

 予想外の報告に、ユリカは間抜けな声を出す。彼女の目の前にあるモニタの中を、アキトのエステバリスが流星のように横切り、突き抜けていった。

 

 

(つづく)



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05-正拳

 

 

 ハッチをこじ開け、エステバリスを宙に舞わせ、目指すは一直線に、戦場。殺し合いの場所。人を殺さなければならない場所……でも、それは勇や比瑪が殺されようとする場所でもあるはずだ。

『アキトぉー!? 大丈夫なの!?』

「分かんないよ、そんなこと!」

 ユリカの声に、アキトは泣き叫ぶように応えた。

「でも、勇に死んで欲しくなかった……分かってくれて嬉しかった。その気持ちの通りに動くことが、俺らしくやるってことなのか?

 ……俺にできること……俺にしかできないこと……本当にあるのか!?」

 覚悟は決まった。

「うわああああああああっ!」

 絶叫しながら、エステバリスは空を駆け抜ける。

 グランチャーの姿がみるみる大きくなっていく。ジョナサンの瞳がエステバリスを睨め付ける。体の震えを押しとどめ、アキトはペダルを蹴りつけた。ディストーションフィールドを纏っての突撃を、ジョナサン・グランチャーは軽々と避け、

『邪魔をするんじゃあない!』

 お返しとばかりに、チャクラ光を放つ。一撃必殺の弾道を、フィールドの力でねじ曲げながら、エステバリスは急速旋回。再びグランチャーを正面に捉え、ラピッドライフルの掃射を叩き込む。

 Dフィールド、チャクラシールドという絶対防御を纏っての撃ち合い。二機は円舞曲を舞うように、空中に美しい弧を描く。全ての銃弾があらぬ方向に逸れ、あるいはチャクラに弾かれ、空しく虚空に溶け消える。

 お互い無意味な攻撃。ジョナサンの性格なら……

『……面白くもない』

 グランチャーの姿が掻き消える。

 来た!

 と思った瞬間、無意識にアキトの体が動いた。拳にディストーションフィールドを纏い、目前の、何もない空へ向かって思いっきり突き出す。次の瞬間、拳の先にジョナサン・グランチャーが出現し、その胸板をエステバリスの正拳突きが捉えた。

『な!』

「当たった!?」

 

 

「くっそ!」

 悪態を吐き、ジョナサンはエステバリスを睨む。衝撃で吹き飛ばされたグランチャーを必死で励まし、バイタル・ジャンプで距離を取らせる。今受けたダメージは、決して軽くはない。恐らくグランチャーは、内臓にあたる部分に衝撃を浴びている。

 だが、それ以上に、手玉に取られたという屈辱感がジョナサンを叩きのめしていた。

 やられたのだ。無意味な撃ち合いにしびれを切らし、バイタル・ジャンプで懐に飛び込むと見越されていた。屈辱感は一気に膨らみ、ジョナサンに猛烈な怒りをもたらす。だがジョナサンは賢い男だった。

 ――怒り狂って勝てる勝負はない。

 冷徹に不利を認識しながら、部隊の様子を確認する。ナデシコを取り囲んだグランチャー部隊は、徐々に優勢をひっくり返され、なかなかナデシコに近づかせて貰えなくなっている。トッドはと言えば……ビルバイン一機に、物の見事に足止めされ、翻弄されるばかり。

「口先だけか、お前は! 撤退するぞ!」

『何言ってる! あと一押しでビルバインにも勝てるんだ!』

「状況を見てみろよっ」

 言いながら、ジョナサンは仲間たちに撤退の合図を送り、自分も身を翻して、一目散に退いた。トッドはまだ未練がましく、ビルバインと対峙していたが、やがて状況を悟ったか、ジョナサンの後を追い始めた。

『ショウ! 次こそは倒す!』

 

 

 退いた……か。

 アキトはホッと溜息を吐きながら、森に向かって降下した。森の木々を薙ぎ倒す、青い巨体が見えてくる。エステバリスよりは二回りほど大きい、ユウブレン。倒れた木の上に、仰向けに寝そべる彼の側へ、アキトはそっと着地した。

「勇!」

 ハッチを開けて顔を出し、アキトは裏返った声で叫んだ。と、ブレンの股のあたりから、ひょっこりと青いフリュイド・スーツが覗く。勇は疲れた顔をして、しかしアキトの方に笑って見せた。

「大丈夫だ……ブレン! お礼を言った方がいいと思う」

 ずー。

 倒れたまま、頭だけこちらに向けて、ユウブレンは低く唸った。なんて言ってるのか、アキトには全然分からない。でも、分かる気もする。勇に言われた通り、お礼を言ってくれてるのかな、と。

 そう感じる。

「お前こそ、大丈夫なのか?」

 勇に問われて、アキトは、はっとする。さっきユリカに聞かれた時は、答えることができなかった。でも、今なら?

「……分からない」

 でも。

「でも……感じることは、あるんだ」

「そうなのか」

「俺、まだ、戦うことが正しいのかどうか、分からないけど……自分が戦いたいのかどうかも、分からないけど……

 みんなが死んでしまうのは嫌だったし、ブレンにお礼を言われたのは嬉しかった。それが、俺にしかできないこと、っていうことなのかな?」

 勇は困り顔で腰に手を当て、

「俺に言われたって、分からないよ」

「そ、そっか……」

 まだ結論は出ていない。

 でも、今感じることの上に立って、一歩前へ進むことは、できるかもしれない。

「おおーい! 勇ー! アキトくーん!」

 アキトは青い空を見上げ、大きく胸に息を吸い込む。爽やかな風。耳に慣れた、不思議なチャクラの音。白いヒメブレンが、ゆっくりとこちらへ降りてくる。その丸っこい姿を見つめ――

 アキトは思いっきり手を振った。

 

 

THE END.



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