幻想郷で生活してたら職業柄まずいことになった (和菓子甘味)
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プロローグ「日常は素晴らしい」

今日も朝早くから人間の里と呼ばれる集落を歩き回る。

いつも通り、霧雨道具店で日用品を購入し、次に八百屋、寺子屋を経由する。

いつもと変わらない日常。これが続く事は素晴らしいと思う。

大通りを歩いていると目の前に見知った人物がいた。

 

「あら、久しぶりね」

「久しぶりアリス。今日は早いな」

 

人間の里では珍しい金髪に青いノースリーブとロングスカートにロングブーツという洋風な装いの女性、アリス・マーガトロイド。俺がこの土地で最初に出会い、親しくなった人物だ。

度々人里にやって来るとはいえ、普段は昼から夕方にかけてなのだが、まだ朝早くにここにいるのは珍しい。

 

「ええ、丁度注文していた布が入荷したらしいから受け取りに来たのよ」

「なるほどな」

 

理由を聞けば納得だ。彼女は人形を作っているし、特別な布なんかもいるのだろう。

 

「そういえば今日は人形劇をするのか?」

「いいえ、今日は人形製作やお茶会の準備があるから」

「お茶会...魔理沙とパチュリーが来るやつか?」

「そうそう。そういえば久しぶりに2人っきりでお茶会なんてどうかしら?最近は魔理沙とか霊夢が一緒にいる事が多かったし」

「そうだな。今度失礼させてもらうよ」

 

なんかアリスがガッツポーズをしたように見えたが気の所為だろう。そう願いたい。

話が一段落して腕時計を確認すれば、案外話し込んだせいで予定より10分も遅れてしまっていた。

申し訳ないが、アリスとの話を切り上げて先を急ぐことにする。

アリスと短い別れの言葉を交わして、俺は先を急ぐ。

日用品は売切れやすいので急がねば。

 

「ごめんなさいね...今日はもう売り切れちゃって...」

 

ガーンだな出鼻をくじかれた。

とまあ、どこかのサラリーマンの台詞を出したところで事態は変わるまい。

霧雨道具店の店主が不在という事で奥さんが店番をしていたのだが、目的の物は売切れてしまっていた。

まあ仕方ない。という訳でそれ以外の物を購入し、店内を見て回る。

 

「そういえば、最近魔理沙はどうですか?」

「いつも通り周りを巻き込んで大騒ぎしてますよ。この前も実験中に家の天井を1部吹き飛ばしたらしいです」

「そうですか。元気なのは嬉しいですが...」

 

俺が霧雨道具店に来る理由の1つがこれだ。

霧雨家は人里でも力のある方の家な為、俺が魔理沙と知人であるという事を何処からか聞いた霧雨の奥さん、つまり魔理沙の母親がこっそり娘の日々を知りたいと申し出てきたのだ。

俺としても困ることも無いので承諾。

魔理沙にも、霧雨の店主にもこの事は内密にしている。

 

「今後も娘とよろしくお願いいたします」

「いえいえ、こちらも良くして頂いておりますので」

 

特段深い意味は無い。ないったらないのだ。

実際、魔理沙には美味いキノコや山菜を頂いている。

偶に毒や怪しい草も混じっていて、永遠亭送りにされている事は勘弁願いたいものだが。

霧雨の奥さんに礼をしてから店を出る。

八百屋はここから少し離れた場所にある為、少し歩かなければならない。

さて、荷物は鞄に入れたし...。

 

「おっと、ちょっとお時間いいですか?」

 

鴉が喧しいな。どうやら今日は不調の日だ。八百屋は急ぎじゃないし、寺子屋を尋ねて帰るとしよう。

それがいいと回れ右をして立ち去ろうとするが、肩を思いっきり掴まれた。

 

「あややや、女性の頼みを断るなんて男としてどうなんですか?」

「それ以前にアポ無し取材する己の神経を考えな」

 

目の前の紅葉色のジャケットにキャスケット帽という変装をしている妖怪。新聞記者という名の面倒くさい知り合い鴉天狗1号「射命丸文」に俺は言い返す。

だが言われ慣れているのか、射命丸は相変わらずニヤニヤしながら俺の方を見据えている。

 

「それは懐にいつも何かを隠している貴方に言われたくないですねぇ?」

 

全く、今日はいつも通りことが進むと思ったのに...このうるさい烏め。

こいつが何処まで知っているかでどういう対処をするか決めねばならん。

さて、どうするかな?

 

「何が望みなんだ?」

「最近噂のまだら模様の人の話ですよ。」

「あれか、火縄銃を持ったまだら模様の服を着た人が夜な夜な彷徨いているとかいう」

「そうそれですよ!外来人の貴方なら何か知ってるんじゃないですか?例えば外で似た人がいたとか!」

 

生憎、噂については聞いているが、俺は当の本人?を見たことは無いからな...。

それを外来人だから知っているとは決めつけすぎじゃないか?

 

「悪いが、俺は噂については聞いているが、それ以外は見た事も無いな。悪いが力にはなれない。他を当たってくれ」

「嘘を言ってる訳ではなさそうですね...仕方ありません。今日はこれで失礼しますね」

 

おっと、帰る前にこれは聞かねばなるまい。

一応取材には応じた訳だから報酬を頂いても罰は当たるまい。

 

「待ってくれ。俺の懐になにか隠しているなんて思った?」

「あややや、それは企業秘密と言うやつですよ」

「言わないなら文々。新聞の記者は取材に応じた人間に報酬を払わないという噂を流布するだけさ」

「ぐぬぬ...」

「さーて教えてもらいましょうかな?」

 

流石に新聞で上位を狙っている以上、購読者が減るような理由は勘弁願いたいってとこか。

 

「どういったからくりだ?」

「...私の知人に似た動きをするものがいましてね。その知人はいつも武具を持っているので懐に何かあるのではと」

 

なるほどな...恐らく知人は犬走椛かその辺の白狼天狗の事だろう。

流石の観察眼だと褒めてやりたいところだ。

 

「残念だが、懐にあるのはただのナイフだよ。昨日の夜に作業で使って忘れてたんだ」

「...そういう事でしたか。それでは私はこれで」

 

射命丸は納得いく顔をしていなかったな。

それもそうだろう。俺が言ったのは事実であり、真実では無いからな。

とりあえず、あのブン屋が帰ってくれたものの気分は宜しくない。

というわけで和菓子屋に寄ってから寺子屋を訪ねて終わろうそうしよう。

 

 

 

 

「おや、おはよう弘樹。あれからどうだ?」

「おかげさまで健康そのものですよ慧音さん。今日は先日のお礼にこちらをお持ちしました」

 

偶々寺子屋の前で掃除をしていた寺子屋の教師。変わった帽子に青が入った銀髪という珍しい容姿の上白沢慧音さんだ。しっかり挨拶をし、先日助けて貰ったお礼にいいお値段がする和菓子を手渡した。

先日助けてもったというのは、俺が魔理沙から貰った毒キノコをうっかり食して死の淵を彷徨っている所を助けてもらった事だ。

流石に俺でも死を覚悟した案件だった。

魔理沙も泣きながら謝ってくれたし、一応は丸く収まっている。

 

「そんな、別にいいんだぞ?こっちはお前にも度々授業をしてもらってる身だ」

「いえいえ、受け取って下さい。慧音さんのお陰で、自分は今ここにいるんですから」

「そこまで言われて受け取らないのは失礼だな。有難く頂こう」

「それでは、自分はこれで」

「そうだ、待ってくれ」

 

呼び止められて慧音さんの方を振り返る。

慧音さんはいつもと打って変わって真剣な表情をしている。

この表情を見るのは前に説教を受けた時以来だ。俺なにかしたっけ?

 

「最近噂のまだら模様の人間についてなんだが、どうやら里の中で見たという話が出ているらしくてな。自警団も警戒をしているが、もし出会したら逃げた方がいいぞ」

「そうなんですか。では、今後は気を付けることにしましょう。ありがとうございます」

 

慧音さんから思わぬ情報を得た。

そういうことならば、これからは夜は注意することにしよう。

慧音さんに別れの挨拶を告げて、俺は帰路に着く。

いやはや、今日は思わぬ収穫ができた。

これは今後の生活にきっと役立つだろう。




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斑人異変編
第壱巡「仕事がてらに博麗神社」


さて、今日も今日とて平和な一日が始まる。

とはいえ、毎日仕事をしない訳にはいかないのが人の世の定めというやつだ。

というわけで俺の仕事なのだが、外の世界で就いていた仕事は少々特殊である為、幻想郷では難しい。

更に幻想郷での本業ではあまり稼げないので大体は日雇いである。

日雇いといって侮るなかれ。以外と稼げるのだ、これが。

例えば紅魔館への配達や博麗神社への伝令及び護符などの仕入れ等、所謂命の危険が伴う仕事には相応の対価が支払われる...のが通例なのだが。

 

「ほいよ、あんがとな」

「え?これだけですか?」

「あのなぁ、こっちはお前に仕事やってんだ。文句あるか?」

「いえ、ありがとうございました」

 

最近目に見えて対価が少なくなっている。

まあ、価値のない人間なんざそんな扱いなんだろうと思う。

幻想郷の文明は大体明治18年頃からあまり進んでいないというのを聞いた覚えがある。

そう考えるならば、古い考えが残っていても仕方ないのかもしれない。

そして外来人は大体は特殊な知識である現代の知識を有している。それ故に重宝されるのだが、俺はそんなに使える知識がない。

つまり頭がおバカなのである。

正直な所、高卒程度の俺では対して周りの外来人と変わらないのである。

だから、下に見られた上に賃金を減らされるのである。QED。

 

「うーん、このまま下がったら納める物も納められねえな」

 

正直最近俺の身分は下がり始めている。お陰で納税の義務が重くなった。

理由としては先に述べた知識は無いという事と、余所者であるからだろう。

例え余所者でも馴染めばそれで終いだ。

俺にはそれが出来ない理由があった。それさえなければ馴染めたかもしれないんだが。

霧雨家や稗田家、本居家に慧音さんは関わらねばならなかったのだが、他の人々からすればあまり関わらない余所者ほど鬱陶しい者はいないだろう。

そういう訳もあってそろそろ引越しを考えていたりする。

それでも、里から離れれば妖怪の食卓に差し出されることになるので、結局は里の外れに住むことになり、税を納めるしかない。仕方ないね。

昔の身分が低い人のような生活になっていくのだろうか?

まあ、役立たずには仕方ないのかもしれない。

外でも似たようなものだったし、今更である。

いつもはほぼ感謝されず、寧ろ文句を言われる。そんなのは今更だ。

 

「さてさて、里の外れに家でも建てるかな...」

 

そうと決まれば現地調査を明日始めよう。

今日はまだ博麗神社から護符やらなんやらを受け取る仕事をしなければならない。

いつも通りの自転車と火縄銃を用意して、いざ博麗神社。

 

「死ぬかと思った...」

 

本気で死を覚悟した。まさか狼の妖怪と出くわすとは...。

火縄銃を持っていたから何とかなったが、命の代わりに真っ二つである。

これじゃ発砲もできないし、最早これまで。

博麗神社にたどり着いたとはいえ、武器は懐にあるナイフしかない。

まあ、後のことを今考えても仕方ない。とりあえず荷物を受け取ろう。

 

「おーい霊夢。いつもので来たぞー!」

 

境内に上がって見てみるが、霊夢の姿が見当たらない。

ならば先に恒例行事を行うとしよう。

霊夢曰く素敵なお賽銭箱というものに小銭を入れ、2礼2拍手1礼をする。

博麗神社の神様はどんな方か存じ上げないですが、私の生存といい伴侶が見つかる事を祈る。

 

「さあ、お茶が入ったからいらっしゃいな」

「相変わらず現金だなお前は...」

 

いつの間にか隣で満面の笑みを浮かべる美少女腋巫女こと博麗霊夢。

この神社の主であるのだが、いかんせん金に忠実である。

別に止めはしないけど、もう少しお淑やかにすれば里のいい男と結婚できそうだけどな。

そんな事を考えてたら霊夢のボディーブローが飛んできた。

シンプルに痛いんですが。

 

「どうせあんたの事だし、失礼なこと考えてたんでしょうが」

「お得意の勘か...少しは手加減してくれ」

 

おじさん泣いちゃうぞ!この鬼腋巫女!守銭奴!グータラ巫女!どうせ最近太ったんだろ!

 

「前が見えねぇ...」

「自業自得よ」

 

何処かの幼稚園児のような顔面にされた俺は縁側で霊夢の治療を受けている。

どうやら最後の言葉は漏れていたらしく、夢想封印・拳を受ける羽目になった。

流石あの博麗の巫女の娘だ。腕っ節が強い。

ゴリ...。

 

「次は指をやるわよ」

「ウッス」

 

触らぬ神に祟りなし。くわばらくわばら。

 

「荷物はいつも通りそこにあるわよ」

「了解。後10分したら帰るよ」

 

流石に仕事があるからな。普段なら長居するんだが、早めに切り上げて帰らねばならない。

 

「そういえば、里の噂を聞いたの?」

「まだら模様の人ってやつか?どうせどっかの誰かさんが流した作り話だろうさ」

「いえ、流石に紫から調べろって言われてね。昨日の夜に見つけたのよ」

 

なんとそれは好都合。俺も仕事上気になるもんだし、聞いておいて損は無いはずだ。

 

「噂通りまだら模様の服を着ていたわ。頭には同じまだら模様の兜を被ってたし、手には火縄銃もあったわ。ただ、おかしいのが火縄銃よ。あんな形初めて見たわ」

 

なるほど。まだら模様を身に纏い、妙な形の火縄銃を持っていたと。

せめて形さえ解れば外の物か判別できると思い、形を聞いてみると、火縄銃にしては木製の握りが大きかったのと、した方向にも棒が付いていたという。更にはその棒の前に大きな箱の様なものが着いていたという。

気を利かせた霊夢が地面に絵を描いたが、ナントナントの難破船。

外の世界で一般的に見られる自動小銃の形だった。

霊夢は目がいいほうだし、夜間だということを加味しても間違いないだろう。

これは早めに仕事を終わらせなければならない。

外の世界の軍人がいるなんざ解れば幻想郷はドッタンバッタン大騒ぎというレベルじゃなくなるだろう。

ならば動きは早い方がいい。俺は霊夢にお茶のお礼を言って荷物片手に神社を出ようとした。

 

「一応言っておくけど、これは異変かもしれないから私が調査するわ。人間のあんたは首を突っ込まない事ね」

「わかってるさ」

 

鋭い霊夢の声。暗に「部外者は関わるな」と釘を刺していた。

振り返らずに答えた俺だが、内心は全く逆である。

悪いが今回の件に関しては首を突っ込ませてもらう。

妖怪の賢者?博麗の巫女?そんなもの怖くない。

俺には俺のやるべき事がある。それを無視なんてできるわけが無い。

今までは事の顛末を知っていたから異変介入は控えていた。だが今回は違う。

すまない霊夢。これは、俺が関わらなければならないことなんだ。




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第弍巡「瀕死でいざ寺子屋」

ここは寺子屋、私は葉乃弘樹。

はい、寺子屋にお邪魔しております。

ついでに慧音さんに説教されております。

近くでは藤原妹紅なる方が私のタバコを吸っております。

あ、慧音さんに頭突きかまされた。痛いんだよなぁあれ。

というか妹紅さんもここじゃなくて隠れて吸えばいいのに。そりゃ慧音さんも怒るわな。

 

「聞いているのか弘樹!」

「はい、聞いております故、何卒頭突きは勘弁願います」

「流石の私でも満身創痍の怪我人にそんな事はしない」

 

そう、実は俺は妖怪に襲われて満身創痍なのである。

あの時、魔理沙が来てくれなければどうなっていたことか。

理由は単純明快。普通に夜中に里の外を出歩いていたのである。

普通の感性を持つ人間なら「バカジャネーノ」とか「自殺志望者かな?」とか思うだろう。俺だってそう思う。

妖怪は何とか撃退したが、俺はズタボロにされていたので、自力で帰ることは不可能。

あっこれ詰んだわと内心諦めかけた時、偶然魔理沙が飛んできて俺を回収してくれた。

俺の家じゃ人がいないからと運んできたのが寺子屋であり、その後文字通り飛んできた月の頭脳こと八意永琳の治療を受け、絶対安静を命ぜられた。

おのれ...俺の作戦には狂いなどなかったはず...!いや、ガバしかない作戦だったわ。

にしても生きてるって素晴らしいわ。

生を祝うのだ!人の子達よ!

 

「どうやら余程頭突きがされたいらしいな」

「すみません許してくださアッー!」

 

無慈悲に振り下ろされる慧音の頭。

脳に素早く届く鈍痛に、俺の意識はかき消されたのだった。

 

「キラキラ光る〜親父のハゲ頭〜」

「正常だな」

「その哀れみを含んだ目を止めてくだち」

 

意識が回復した頃にはお天道様が既に就寝していて、月が我が物顔で輝いていた。

妹紅さんはというと、未だに部屋の外の縁側でタバコを吸ってる。

俺の嗜好品がぁ...。

 

「タバコありがとう。2本しか吸ってないからここ置いとくわ」

「2本しか吸ってないんですか?」

「健康に良くないだろ?」

 

不老不死の貴方が言いますかそれ...。

タバコを置いた妹紅さんは何を話すでもなく、元いた縁側に座り込む。

大方、慧音さんに俺の監視役でも頼まれたんだろう。

 

「なあ弘樹。お前、外で何やってたんだ?」

「ちょっと昆虫採取に行こうとして...」

「そっちじゃない、幻想郷の外でだ。お前さんはあまり人と関わらない。その癖、中の良い奴とはとことん付き合う。私や慧音がいい例だろ。挙句、外での事はあまり話さない。魔理沙や慧音が聞いても濁すじゃないか」

 

珍しいな。妹紅さんがこんな俺に踏み込んだ話をするなんて。

いや、元々彼女は親切で気がよく、面倒見がいい性格のはずだ。ただ単にコミュ障なだけで。

永夜抄での出来事以来は内面的に成長しているらしいが、それなのか?

まあ、慧音さんが聞き出せと言ったのかもしれんが。

 

「黙りか」

「それを聞いてなんになるんですか?別に面白い話でもないですし」

「狩猟経験がないやつがあんなに銃を扱える訳が無い」

 

...年の功か。そこを突かれると致命傷なんだが。

 

「バレた!実は外で狩猟の経験があってですね!」

「嘘を言うな。バレバレなんだよ」

 

流石にそろそろ不味いか。妹紅さんの表情からイラついているのが見受けられる。

鬼でもないのに嘘を見抜くとはやりおる。

 

「外で僕は人殺しの練習をしていました」

「は...?人殺しって...」

「言っても人を殺した経験はないです。あくまで練習だけ。それを他の人に言えると思いますか?もし知られれば余計に避けられるのは目に見える事です。それに秘密結社とかいう物騒な奴らも里にいる。そいつらに戦い方の情報を与えでもしたら、幻想郷は大騒ぎでしょう」

「じゃあ、そこまで考えて今まで誰にも言わずやってきたってのか?」

「そうです。だからこれ以上は...」

 

俺が話を終わらせようとしたら、妹紅さんが胸倉を掴んで俺を起こした。

顔にはあからさまに怒りが塗れている。

 

「ふざけんなよ!お前の独りよがりであいつらは苦悩してんだぞ!それをお前...!」

「貴方にはその経験がないって言いきれるのですか?」

「なにを...」

「貴方だって慧音さんに心配させたり、苦悩させてるんじゃないのか?」

 

実際、彼女は不摂生どころか、自傷的な行動をすることがあるらしい。

不老不死故なのだろうが、慧音さんも心配していた。

それを妹紅も分かっているんだろう。

俺を睨みつけながら唸っている。

 

「妹紅さん。経験のあるあなたに言うのもおかしいですが、何をしでかすか分からない集団に知識を与えることは危険なのです。外の世界では、それで何人もの犠牲者がでているんです」

 

有名どころでは平成初期の首都圏での化学テロ等があるだろう。

別に宗教が悪いとか言う訳ではない。

要は頭のおかしい奴に刃物を持たせないのが1番という事だ。

里にいる秘密結社とやらは幻想郷を人間の手にとか言っている。

もし俺の知恵がそいつらに流れれば、妖怪の賢者が黙っちゃいないだろう。

人間と妖怪の全面戦争に発展する可能性も無きにしも非ずだ。

俺一人の所為でそうなるくらいなら、事前に対処出来る事をするのが1番だ。

 

「そういう訳です。分かったら誰にも言わないでください。そうすれば平穏が崩れることは無いんです」

「いいや、慧音に言う」

「だから、事態はそんなに簡単な事じゃ」

「大丈夫だ、高々烏合の衆だろ。そんなの私や慧音に任せておけ!軽く捻ってやれば黙るさ!」

 

...いや、よく考えればもう目をつけられているのかもしれない。

あのスキマ妖怪のことだ。恐らく俺をマークしているだろう。

それに最近の「まだら模様の人」の噂。

近々、胡散臭い妖怪が俺の家を訪ねてくるかもしれんな。

 

「わかりました。但し、これだけは約束してください。いつか自分の口で話すことにするので、それまでは慧音さん以外には内密にして欲しいのです」

「わかったけど...どうして慧音だけ?」

「妹紅さんの事ですから、慧音さんに言われて僕に探りを入れたんじゃないんですか?」

「うぐっ...そういう所は頭回るんだな...」

 

伊達に貴方たちと関わっていないので。

そういえばなんだか身体に痛みが...。

 

「ゴフッ!」

「ぎゃー!弘樹が吐血したぁー!!」

 

お、おのれ...俺は病弱スキルは持っていないぞ...あ、傷口が開いただけか...。

その後、再び呼ばれた八意先生に妹紅さん共々鉄拳を食らって説教を受けたのは言うまでもない。

因みに慧音さんだが、血塗れの妹紅さんを見てお化けと勘違いして殴り倒したそうだ。

なんというか、踏んだり蹴ったりだな妹紅さん...。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「藍、あの男の素性は分かった?」

「大まかには分かりました。服装や持ち物から間違いないかと」

「そう、ならばそろそろ彼に会いに行きましょうか」

「大丈夫なのですか?あの男はこちらの事を色々と知っているようですが...」

「1度話しただけだけどそこまで力がある訳でもないし、なにか企むような気概も無いわよ」

 

そう言い残すと、妖怪は目の前に開いた空間に姿を消した。

従者はため息をつきながらも、与えられた仕事をこなすべく屋敷を後にした。




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第参巡「迷った迷った永遠亭」

3話目まで書けたので初投稿です


うーん、こういう時に限ってナイフを置いてくるなんてな...。

今現在、俺はあほ面を晒しながら因幡のクソウサギが仕掛けた罠にかかっていた。

よくある足に縄がかかって宙吊りにするタイプのせいで、今の普段着である和服ではパンツ丸出しなのである。

全く、この歳になって恥ずかしいもんだぜ!

 

「なーにやってんだお前...」

 

丁度いい、顔見知りが来てくれた。

下ろしてもこたん!

 

「こんにちわ妹紅さん。今日はいい天気ですね」

「それは結構だが...その...隠してくれないか?」

「キャー妹紅さんのエッチ〜」

 

あっやめて!ただの出来心だったんです!許してください何でもしますから!

だから燃やさないで!とりあえず説明聞いて!

 

「大体は理解した。下ろしてやるから待ってろ」

 

さっすが妹紅さん!話せばわかる!

...待って、縄を燃やして切ろうとしてる?

いや、間違いじゃないんだけどそのまま地面に落ちない?多分2mはあるんですが、頭から落ちて死ぬ可能性があるんですがああああああああぁぁぁ!!

落ちるぅ!万有引力に従っちゃうぅぅぅぅ!

 

「よっと、大の男がそんなに騒ぐな」

 

あっヤダ、イケメン...。

妹紅さん結婚してください。

 

「ふん!」

「あべしっ!」

「寝てないでさっさと行くぞ!どうせ目的は永遠亭だろ」

 

いってぇ...声に出てたとはいえ、何も投げ捨てることないじゃないですか...。

とりあえず荷物拾って着いていこう。

流石に竹林の真ん中に置いていかれるのは勘弁願いたい。

 

 

 

 

 

 

 

という訳で参りました永遠亭。

いつも通り妹紅さんに感謝の言葉を告げようと思ったら目の前に見覚えのある方がいらっしゃる。

 

「あら妹紅。今日は珍しく男を連れているのね...と思えば、弘樹じゃない」

「お久しぶりです輝夜さん」

 

蓬莱山輝夜。月の姫様にして、かの有名な竹取物語に登場するかぐや姫その人である。

本来なら俺なんかが謁見出来る筈も無いのだが、永夜異変解決後の宴会で絡まれて以降、ちょくちょく会う仲になっている。

とはいえ、そんな男子諸君が夢見るような展開は無いのだ。

因みに妹紅さんとは犬猿の仲である為、既に妹紅さんは睨みを効かせていた。おーこわ。

 

「今日は定期検診とこの前のお礼に来ました」

「そうなのね。永琳なら奥にいるわよ」

「分かりました。それでは失礼します。妹紅さんもありがとうございました」

「ああ...」

 

なんかやけに歯切れが悪そうだけど触らぬ神に祟りなし。あなおそろしや。

当然その後、玄関で爆発音がして鈴仙さんが嫌そうな顔をしながら駆けていった。

ご愁傷さまです。

 

 

 

 

 

さて、いよいよ目的の部屋までやってきました。

 

「失礼します」

「来たわね。具合はどうかしら?」

「開いた傷もふさがって健康体そのものですよ」

 

主治医である八意先生に具合を答え、腕を回してみせる。

絶対安静解除から2週間が経過して、大分体は元気になったと思う。

 

「なるほど、回復力は変わらず...特に違和感もないのよね?」

「はい、特にありません」

 

八意先生はサラサラとカルテに何やら記入していく。

外にいた時もそうだけど、医者のカルテって呪文みたいに見えるんだよな。

 

「わかったわ。今日の診察はこれでおしまい。帰りは鈴仙を同行させるわ」

「ありがとうございます。こちら以前のお詫びにどうぞ」

「ありがたく頂いておくわ。そういえば問診以外で貴方にひとつ聞きたいことが」

「はい、なんでしょう?」

 

八意先生が質問なんて珍しい。

でもこんな凡人になんだろうか?

 

「貴方、従軍経験は?」

「いえ、軍隊には所属したことはありません」

 

どうだ?間を入れずに答えることで怪しまれずに済む技!成功率は2割かな。大体は妖精相手になんだがな!

 

「...そう、ならいいわ。ごめんなさいね」

「いえいえ、では失礼します」

 

どうやら乗り切った様だ。

というか永遠亭には鈴仙さんという元軍人がいるでしょう。

まさか輝夜さんが暇つぶしで俺と鈴仙さんに『ドキッ!軍人による血まみれの格闘勝負ポロリ(R18)もあるよ!』でもさせる気だったのか...?

俺とか瞬でやられる気がするんだが...。

何はともあれ、行商人の服装をした鈴仙さんと合流して、道中何事もなく迷いの竹林の出口まで送って貰った。

 

 

 

 

 

 

 

あったかホームが待っている。そう思って意気揚々と戸を開ける。

 

「ただいまぁお」

 

家に帰って戸を開ければビックリ仰天。

目の前におっそろしい顔した楽園のゴリ...素敵な巫女と普通の魔法使いと慧音さんという三大強者が仁王立ちしています。

俺が何をしたんだと思えば、中央にいる霊夢の後ろに外にいた頃に使っていて、幻想郷では隠していたもの達を見つけた。オーマイガッ!

 

「これはどういうことか説明してもらおうかしら?弘樹...いえ、´´まだら模様の人´´?」

 

霊夢が言い終わると同時に針や札を構える。

同時に魔理沙や慧音さんも八卦炉を取り出したり、スペルカードを取り出したりと戦闘準備万端である。ここまで来ちゃ仕方ない。

霊夢に89式小銃や、戦闘服が見つかった以上は免れまい。

 

「ならまず武器を下ろせ、話はそれからだ」

 

俺も9mm拳銃を懐から取り出して霊夢の額へと照準を定めた。

どうしてこうも面倒事になったかな...。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し前の永遠亭にて、突如現れた隙間から八雲紫が慌てて出てくる。

必死に辺りを見渡して、何かを探す。

 

「嘘!?今は永遠亭にいるはずなのに!?」

「紫じゃない。そんなに慌ててどうしたのかしら?」

 

丁度通りがかった永琳がため息を吐いて声をかける。

それに気づくや否や、紫は永琳の肩を掴んで詰め寄った。

永琳も見た事ない紫の形相に面食らう。

 

「弘樹を探してるんだけど来てないの!?今日は定期検診でしょ!?」

「か、彼なら帰ったわよ?」

「うっそでしょ!?今帰られるとまずいのに!」

「因みに帰ってから既に1時間は経ってるわよ」

「ごめん永琳!失礼するわ!」

 

そう言い残して、紫は再び隙間を開いて消えた。

後の永遠亭には、何が何だか分からないまま放置された永琳が残された。

 

「ええ?」

 

そして流石の月の頭脳も呆然とすることしかできなかったのだった。




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第肆巡「まだら模様の人」

一体どれだけの時間が経ったんだろう。

数秒か数時間か、それが分からないほど俺は緊張していた。

既に心臓は今までに無いほど忙しなく働いている。

妖怪に襲われたことは多けれど、ここまで心臓が爆発しそうなことにはなったことは無い。

霊夢たちはずっと武器を構えたままだ。

一応は霊夢に照準を合わせているが、厄介なのは慧音さんの『歴史を隠す程度の能力』だ。

仮に俺が発砲したとしても、能力で無かったことにされれば、それで終いとなる。

とはいえ、慧音さんも初めて9mm拳銃を見るせいか、動こうとはしないな。

魔理沙は八卦炉を持っているが、マスタースパークは撃たないだろう。

仮にも里の住宅街の中だ。撃てば大惨事は免れないだろう。そんなことを慧音さんや霊夢が容認するわけが無い。

さてどうしたものか...完璧な詰み状態じゃねえか。

 

「ストーップブェ!」

 

なんかいきなり目の前にスキマ妖怪が出てきて、自分のスキマに足をひっかけてすっ転んだ。

何がしたいんだこの胡散臭い妖怪は...。

改めて視線を霊夢に戻せばあらびっくり。

 

目の前に鬼巫女が迫っていた。

 

ふっざけんな!1秒しか目を離さなかったのにこんなに接近するとか人間やめてるだろ!

即座に地面をけって後ろに逃げるが、ダメだった。

後ろの引き戸にぶつかって下がれない。

「あっ終わった」と思うと同時に、巫女の蹴りが俺の意識を刈り取った。

 

 

 

 

 

 

 

「だから彼は無関係なのよ!」

「じゃあこれはどう説明するのよ?どうみたってまだら模様の人が持ってるものと似てるじゃない。聞いたけど、外の世界のこいつの仲間は似たような物を沢山持ってるそうじゃない。じゃあ別のものもあるわけでしょ?」

「そりゃそうでしょ!いわば妖怪の山の白狼天狗みたいな組織なんだから統制されて当然だし、更新もされてるわよ!」

 

いってえ...まだ頭がグワングワンしてる...目の前がチカチカしてる...。

というか誰だよ俺の家で喚いてるのは...近所迷惑で肩身狭くなるのは俺なんだぞ?

...思い出した。俺霊夢にハイキックを頭にかまされて気絶したんだった。

チックショウ...あっ拳銃落としてた。

弾は抜かれてないみたいだからよかった。

というか誰が叫んでいるかと思ったら八雲さんと霊夢が口論していたのか。

 

「八雲さん、そこ居間なんで土足は勘弁してください」

「貴方は貴方で、起きて早々何言ってるのよ!」

「そんなに叫んでると喉痛めますよ?さあ落ち着いて落ちついて」

「誰が叫ばせてると思ってるのよ!」

「そんなの自分達に決まってるじゃないですか。大丈夫ですか?」

「私がおかしいみたいな言い方やめなさいよ!」

 

とりあえず八雲さんを弄るのはここまでかな。

これ以上を見たいけど、そうなると拗ねるからなぁ。

 

「まあ、そんなどうでもいいことは置いといて」

「どうでも良くないわよ!?」

「...それで何の用ですか?」

「無視...クククッ」

「魔理沙、貴方後で覚えておきなさい」

 

魔理沙の死刑が確定したところで本題に入って貰うとしようか。

魔理沙が苦い顔をしてるが知らん。

 

「お茶でも用意してくるので、座って待っててください」

 

そう言って俺は居間を出て厨房へ移動する。

お茶を用意して戻ってくれば、全員ちゃぶ台に座っていた。

89式とか戦闘服はそのまま放置されてた。ちくしょう。

八雲さんにお茶を出して89式と戦闘服を片付ける。

壊れては無さそうだけど1度分解しないと分からないな。

片付けて席に着くと霊夢たち3人はじっと俺を見る。なるほどそういう事か。

 

「お茶ならないぞ。住居不法侵入に窃盗未遂してる人に出すわけないし」

 

霊夢が「あ?」とあからさまに不機嫌な顔をする。

だから楽園のヤクザ巫女と言われるんだ。

そんなことを思っていたら針が俺の顔を掠めた。

針はやめろ針は。俺は1度ピチュればそれで終わりなんだよ。コンテニュー出来ないんだぞ?

 

「霊夢も事実なんだからやめなさいな。貴方たちが知りたいのは彼がまだら模様の人かどうかでしょうに」

「そういえば、アンタは否定してたけど何か知ってるっていうの?紫」

「ええ、彼の事はなんでも知ってるわよ。下の毛の本数から起き上がった時のサイズまで!」

「全部シモ関連じゃねえかクソ妖怪が!」

 

霊夢が切れるのも当然だわな。

誰だよこの変態妖怪を賢者とか言い出したの。

見ろよ。慧音さんと魔理沙が顔面真っ赤じゃねえか!

 

「これぞスキマ妖怪の場の和まし方よ」

「僕が生弾を拳銃に入れてること忘れない方がいいですよ?」

「もう、冗談なのに」

 

おい全然話進まねえぞ。どうしてくれる。

 

「まあ、結論からいえば彼は『まだら模様の人』では無いわ。私が調べた情報じゃ、例の人物がうろついてる時も彼は家にいたか、何かしらの用事で迷彩服を着ていないし、そもそもとして彼と装備が違いすぎるわ」

「ちょっと待てよ。装備が違うってことなんかあるのかよ。まだら野郎も妙ちくりんな火縄銃を使うんだろ?」

「ええ、ただ彼の物より1世代前のもの。64式小銃と呼ばれるものを使うわ。ついでに言えば、例の人物は戦車と呼ばれる物も持っているわ」

 

ちょっと待て、今なんて言った?

戦車って言ったよな?

 

「ちょっと待ってください、戦車なんて初耳なんですが?」

「だって今言ったもの」

「嘘でしょう?!ハチヨンやLAMみたいな対戦車兵器なんて僕持ってないですよ!」

「大丈夫よ。燃料タンクを私が意図的に壊しておいたし、動かなくなって随分経つわ。仮に動いたとしても、移動はできない固定砲台よ」

「そう言う事じゃないんだよなぁ」

 

まず第一に、戦車と生身でやり合うなんて伝説の傭兵位しかできないだろう。

俺も機甲科の戦車乗員だからわかるが、戦車対戦車でも怖いのに生身対戦車なんてチビる自信がある。

しかも対戦車兵器無し。いくら幻想郷の住人が強いとはいえ、近代兵器相手に只で済むはずが無い。

当然、幻想郷に存在しないから疑問なのだろう。

慧音さんが手を挙げた。

 

「センシャってなんなんだ?」

「機動力と装甲力及び火力を有した戦闘車両です。ものにもよるでしょうが、皆さんの弾幕や、自分の銃撃を受けても平気で、こちらに爆発性の弾や貫通力の高い弾を撃ってきます。まず生身の人間なら、生き残る確率は低いですね」

「そんな化け物がいるのか!?」

「あら今更ね魔理沙。既に貴方は近いものを見てるはずよ?永夜異変以降短期間だけ確認された『 鉄の猪』をね」

「あれもセンシャって奴なのか!?」

「厳密には違うけどね?」

 

めっちゃ八雲さんが俺の方を見てくる...。

まあ、『鉄の猪』に関しては俺が犯人だから何も言えんのだが。

あれは少し前の永夜異変まで遡る。

流石にお天道様が現れないのはやばいよな。ということで、俺がLAVで周囲を探索していた事から出来た噂だ。

流石に夜中に里の外を出歩く奴はいないだろうと思っていた俺が甘かった。

何人か里を出てる馬鹿はいたし、偶然竹林に迷い込んだ時に魔理沙とアリスの2人に出くわした。

そのせいか『鉄の猪』の噂は急速に広まった訳だ。

最近は『まだら模様の人』に圧倒されて余り聞かなくなったが。

ともあれ、それ以降はLAVの運行は目を引くということと、結社が現れたという事でB整備位しかやってないんだがな。

 

「まあ、『鉄の猪』に関しては俺が犯人だが」

「じゃあやっぱりこいつが!」

「待ちなさいな霊夢。さっきも言ったけど装備が違うのよ。弘樹は現在の装備だけど、『まだら模様の人』は35年以上前の装備よ」

 

まあ、未だに武器庫に64式あるんでなんとも言えないんですが...。ともかく35年以上前か。

となるとまだら模様って事だから相手が着てるのは熊笹迷彩の迷彩作業服か。

ならテッパチの66式の可能性が高いな。

それで64式で戦車乗員...装填手の士長から2士のいずれかって事か。そうなると俺の階級が通用はするが...。

 

「そこまで疑うなら装備を着た俺を見れば済む話じゃないか?」

「それがいいかもね」

 

おい、この賢者絶対今の今まで考えついてなかっただろ。

とりあえず、俺は装備を持って影になる厨房で全部着替えることにした。

おおよそ1年近く着ていなかった戦闘服装甲用に袖を通し、半長靴3型を履く。

防弾チョッキ2型改を着用し、その上から弾納やらが付いたサスペンダーと弾帯を装備し、防護マスクを背負う。

88式鉄帽を被って、拳銃をホルスターに入れ、最後に折曲銃床の89式をもって装備完了だ。

 

「出来たぞ。これが俺の装備だ」

「なんか、普段の弘樹と違って強そうだな」

「失礼だな魔理沙。で、どうだ霊夢?」

「...違うわね。私が見たやつはそんな鎧みたいな物を着てなかったわ。その服のまだら模様も違う色のものはないわよね?」

「官給品は全部この柄だ。霊夢が見たって言う迷彩はだいぶ前に交付されなくなってる」

「...なら癪だけど違うわね」

 

どうやら疑いは晴れたご様子。とりあえず暑いので装具は全部脱ぎます。

 

「で、八雲さん。僕の疑いは晴れたわけですが、それが目的ですか?」

「いいえ、この問題を解決するために貴方に助力を願うわ」

「何言ってんのよ紫!たかだか外来人相手に私が負ける訳...」

「今回の異変は今まで通り倒して終わりとは行かないわ。相手は1人かつ未経験とはいえ、武装組織の一員として訓練を受けた戦闘員。最悪貴方が死ぬ可能性が高い。

なら、その確率を少しでも減らすために、自衛隊というものをよく知る彼に協力を頼むのが1番よ」

「ぐぐっ...」

「霊夢。紫の言う通りだ。ここは弘樹の力を借りようぜ?」

「...分かったわ」

 

何とか霊夢が折れてくれたようだ。よかったよかった。

まあ、霊夢も理解はすれど納得はしていないんだろうな。

そもそもなんで霊夢達は家に来たんだ?

それを尋ねると答えは簡単だった。

魔理沙が俺の家で89式や戦闘服を見つけた事から『まだら模様の人』の仲間だと思って霊夢を呼んだそうだ。慧音さんは偶然俺の家を訪問していたそうだ。

つまり魔理沙は空き巣の主犯だったってことか。

 

「待ってくれ!これには深ーいわけがだな!」

「知らん!天誅!」

 

人間の里に魔理沙の悲鳴が響き渡るが、人々は気にもとめず日々を過ごしていた。




感想お待ちしております
正直今作は面白いですかね?

用語解説
ハチヨン:84mm無反動砲(84RR)の略称

LAM:110mm個人携帯対戦車弾(LAM=Light-weight Anti-tank Munition)の略称。

LAV:軽装甲機動車(LAV=Light Armoured Vehicle)の略称。

B整備:月一で行う整備。オイル交換などの面倒な物を行うことが多い


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第伍巡「異変解決の代償」

深夜の人間の里は暗闇に包まれ、人々は夢の中である。

 

そんな中、俺は自宅で行灯の灯りを頼りに準備を進めている。防弾チョッキに装具をつけて脱落防止を行い、銃にもビニールテープやねじりっこで脱落防止を行う。全ての装備に異常がないことを確認すれば、それらを装着していく。

 

その最中、昼に霊夢に言われたことが頭をよぎった。

 

『博麗の巫女として、異変を起こした黒幕は罰するわ。例えアンタの仲間であっても、もしも時は...』

 

せめて...強行策を取らせたくない。

 

装着が終わり、最後に銃点検を実施して外に停めてあるLAVへと向かう。シートを被せた上に、近くにあったガラクタを置いていた為、里の人間や外来人にもバレなかった。

 

手早くガラクタとシートを退けて乗り込む。

 

「管制灯火よし。エンジン始動っと」

 

ロータリースイッチを夜間演習場を走る用に使う管制灯火に入れて、エンジンをかけ、そこからすぐにギアを入れてその場を後にする。エンジン音は意外と響く為、さっさと移動しないとバレちゃうんだよな...。特にあの外来人がいるから見つかると面倒だ。

 

また『鉄の猪』の噂広まりそうだなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

集合地点である魔法の森の端には30分前に着いたので、LAVを林の茂っている所に停めて、車両偽装と俺自身の偽装を済ませ、轍も消しておく。

 

そして30分後、穴を掘って隠れていたら早速誰か来た。よく見れば霊夢と魔理沙に紫だったが、様子を伺う。

 

「なあ、もう弘樹のやつは来てるのか?」

「ええ、その筈だけど」

 

魔理沙が偶然にも近くの切り株に腰を掛けたので、ちょいと脅かすことにする。音を立てないように後ろに回り込み、霊夢と紫が目を離した瞬間に一気に魔理沙の口を抑えて長くしっかりした茎を首に当てる。

 

「動くな。騒げば首を掻っ切る。わかったか?」

 

さっきまでもがいていた魔理沙はピタリと動きを止めると、必死にうなづいた。

流石にここら辺にしておくか。

 

「なんてな。よく引っかかってくれたな魔理沙」

「ぷはっ。ひ、弘樹!?お前だったのかよ!ビビったじゃねえかクソ!」

「女の子がクソとか言っちゃいけませひでぶ!」

 

見事な右フックが俺の顎を捉えた。滅茶苦茶綺麗に決まったせいかすごく痛いですはい。

 

「全く...あんた何やってんのよ」

「すまんすまん...だが、相手はこれぐらいやってくる可能性があるってことは認識した方がいいぞ?最悪殺されるかもな。戦車乗りとはいえ、元普通科や元偵察なんてことがあるから」

 

俺の言葉に先程やられた魔理沙は顔を青く染める。魔理沙みたいに不用心にフラフラしてれば、やられても仕方ない。それだけ不用心だったのだ。とはいえ、今まで正々堂々と勝負していたのに比べれば酷な話か。

 

「ジエイタイってのはそう言う卑怯な真似をするってことね」

「おい霊夢」

 

魔理沙が小突いて注意したが、霊夢は表情を変えなかった。

 

「確かに卑怯かもしれないな。だが戦争に正々堂々も卑怯も無い。生きるか死ぬかだ。俺なら泥だらけで卑怯でも生き残りたいね」

 

これは本心だ。どっかのゲームで戦場で死ぬ事は誉れだの言うキャラクターがいたが、戦争でそれを言い出せば勝てる物も勝てない。俺は戦争をしたことは無いが、FTCで模擬戦争は経験している。人員が死ねばそれだけ成功率が下がるし、作戦も練り直さなければならない。そうすれば必然的に相手に利を取られるだけである。

 

小部隊の指揮官としての経験は浅いが、俺の戦い方が、正面切っての戦いが主である彼女たちにとって卑怯であることは百も承知だ。だから今回の作戦を思いついた。これなら卑怯ではないし、彼女たちも理解してくれるだろう。

 

 

「とりあえず作戦を確認しよう。まず、八雲さんが偵察員としてスキマを用いて偵察を行い、目標を確認後報告。その情報を頼りに自分と霊夢、魔理沙の班でLAVを使って目標に接近。その後は自分たちと目標の距離が3m程になったところで自分が下車して声をかけるので、霊夢と魔理沙はLAVの陰で警戒していてくれ。以上、なにか質問は?」

「ないわ」

「ないぜ」

「1つだけあるわ。相手が射撃してきた場合は?」

「霊夢と魔理沙は撤退。自分は応戦して危害射撃を行うので、八雲さんは2人の回収をお願いします」

「わかったわ」

「それじゃあ各人示後の行動に移ってください」

 

俺の言葉を皮切りに八雲さんはスキマへと消えていった。俺は車両に戻って装備の点検と準備を行う。その後ろで霊夢と魔理沙はLAVを興味深そうに見ていた。この異変が解決したら装備品展示でも開いてみたいが、難しいだろうな...。

 

「弘樹、見つかったわよ」

「了解。場所は?」

「戦車の位置にいるわ。ここから大体1kmかしら」

「了解。霊夢、魔理沙!出発だ!」

 

スキマから顔を覗かせた紫の報告を受け、俺はLAVに乗り込む。2人が後部座席に乗り込んだことを確認して、テッパチの顎紐を締めて気合いを入れてエンジンを始動し、ブレーキを解除してアクセルを踏む。1kmはすぐの距離だが、安全を確保する為にLAVで行くことは間違いではないはずだ。なんせ前面は12.7mm弾に耐えられる。戦車砲弾じゃなければ大丈夫だろう。

 

問題点は先にも述べた騒音がでかい事だが、遠巻きに林の影で停まれば発見は遅れるだろう。

夜間なので低速運行かつ偽装も豊富ということで発見が遅れてくれれば御の字だ。

 

V3が無いので肉眼で星空に照らされた道を運転していく。演習場よりは地盤状況がいいとはいえ、流石未舗装の道なだけあり、度々大きい石を踏んで車体が揺れる。そろそろ1km経つぐらいかと思った時、左前方の木陰によく見たシルエットを確認した。同時にLAVを左に寄せて停車させた後に霊夢と魔理沙に到着した旨を告げて下車する。

 

「それじゃあ作戦通り頼むぞ」

 

2人は頷いてLAVの後方へ姿を隠す。俺は深呼吸して気持ちを落ち着け、懐から私物暗視眼鏡を取り出して状況を確認する。官品V8があまり使えないので60万出してわざわざ購入した同型品である。見てみれば上手く偽装された戦車が木々と草むらに身を潜めている。砲身は反対側を向いているようで、此方には気づいていないようだ。

 

「砲塔のケツしか見えないが...恐らく61式かM41だな。どちらにせよ、とんでもない骨董品が来たもんだ」

 

とりあえず、先制機銃掃射をされる可能性は低いので近づいて声をかけようとすると、草むらから声が聞こえた。

 

「動くな!」

 

声に従って動きを止める。

 

「誰か!?」

「陸上自衛隊3等陸曹、葉乃弘樹」

「銃と銃剣を道の右端におけ!」

 

言われるがままに小銃と拳銃、銃剣を置いて元の場所に戻る。

 

すると草むらから一人の男がでてくる。

星灯だけの中でもしっかり確認できた。

まだ幼さが残る顔立ちでありながら一等陸士の階級章を身につけ、昭和時代の装備をぶら下げた自衛官だった。手に64式小銃を持ち、此方に銃口を指向している。

 

「所属は!?」

 

聞かれるが、俺は答えずに生年月日と氏名、階級章、認識番号のみを伝える。俺の身分証を確認しようとした為、胸ポケットから取り出して提示する。だが今度は身分証が違うと言い始める。そりゃ3、40年違うんだからそうなるわな。

 

これ以上は霊夢達が痺れを切らしそうなので本題を切り出すことにする。

 

「よく聞いてくれ、俺は君を助けに来た。今すぐ銃を下ろせ。そうすれば丸く収まる」

「下ろさなければどうなると?」

「この地の治安維持を担う博麗の巫女がお前を消しに来る。早くした方がいいぞ」

「脅しだ。騙されないぞ」

 

俺がなんとかなだめようとした時、1士が急に悲鳴を上げながら倒れた。何事かと思えば、退魔の札が彼の腕に貼られていた。もしやと思い振り返ると、LAVの傍に霊夢が立っていた。

 

〘妖怪を退治する時の博麗霊夢〙が。

 

俺は1士が落とした64式を拾い上げ、槓桿を引いて霊夢に照準を合わせる。距離は約3m。2度目となると霊夢も俺が撃てないと思ったのだろう。容赦なく近づいてきた。

 

しかし、乾いた炸裂音が響き渡り、霊夢の足を止めた。

 

「何をしているのかしら」

「それ以上近づくな霊夢。次は当てるぞ」

「そこの幽霊は既に悪霊化寸前まで進んでいるわ。ここで始末をつけないと厄介なことになる」

「だから有無を言わさず殺すことが正しいのか!?」

「アンタは違うと?」

「何を...」

「紅魔館での発砲の事、紫から聞いたわよ」

 

霊夢に言われ、俺は言葉に詰まった。俺が幻想郷で犯した罪を知られていたのだ。

 

「アンタ、秘密結社の奴らを皆殺しにしたそうじゃない。レミリアは感謝してたみたいだけど」

「あの時とは状況が違う。彼はまだ話が出来る」

「そう、身内には甘いのね」

 

確かに霊夢の言い分は正しい。寧ろ正論すぎて何も言えない。

 

だがそうであっても。

 

「俺は自衛官だ。助けが必要な人を助ける。そこに人も妖怪もない。あの時俺はテロリスト集団からレミリアさん達の命と財産を守る為に武器を使用したに過ぎない」

 

詭弁だと言われたらそうなのだろう。正直俺だって自衛隊法第95条にある「武器などの防護のための武器の使用」と正当防衛を無理矢理適応しただけなので、突っ込まれればボロしかない。寧ろ有罪を言われる危険もあるだろう。だがそれでも俺はあの時の行動は間違っていないと思う。

 

「3分くれ。それを過ぎたら好きにしてくれ」

 

俺の提案を聞き入れたのか、霊夢は武器を収め、LAVに寄りかかった。即座に1士に向き直って札を剥がす。苦しそうに息をあげる1士に対して俺は焦る心を抑えて話しかける。

 

「さっき、彼女が幽霊と言っていたが?」

「...自分は1度死んでいるんです。妖怪に襲われて。それは分かっていたし認められた。けど目の前で迷い込んで殺されそうな国民を見捨てることができなかったんです...」

 

彼も自衛官として職務を遂行しようとしていたということか。ならば、俺が引き継ごう。

 

「...分かった、以降は俺が可能な限り国民を保護しよう」

「本当ですか?...ありがとうございます」

「気にするな。そういえば君の名前は?」

「工藤和樹です」

「そうか。工藤1士、勤務ご苦労だった。後は任せてくれ」

「ありがとうございます葉乃3曹。武器は好きに使って下さい。これで...自分も...」

 

工藤1士は何かから開放された笑みを浮かべながら消えていった。

俺は足元に残された64式と俺の装備を回収してLAVに戻った。

 

「終わったのね。じゃあ帰るわ」

「霊夢、少しは言い方をだな!」

「いいんだ魔理沙。人殺し相手に言葉がきつくなるのは仕方ないだろう」

 

霊夢は飛んでいってしまい、魔理沙はその場に残された。八雲さんはというといつの間にか消えていた。

 

「俺はあの戦車の処理をして帰るつもりだが、魔理沙はどうする?」

「手伝うぜ。というかこんな魔法の森の端にお前を放置したら寝覚めが悪くなりそうだよ」

「ハハッ違いないな!明日には骨も残って無さそうだ」

 

LAVに89式と64式を片付けてから、俺達は戦車へと向かった。近くで見ればどの戦車かは1目でわかった。

 

M41軽戦車。かつて61式と同時期に導入され、自衛隊初期の機甲科部隊を支えたアメリカの戦車だった。内部はまだ使えそうだったが、俺は生憎74式以降の戦車しか扱い方を知らない。おまけにこいつの砲弾はもう車内に残っていない。という訳で、車載機関銃であるM2やM1919にM3短機関銃と信号拳銃を持っていくことにする。

流石に魔理沙にキャリバーはキツイので小火器を手渡して運んでもらった。

 

予備弾薬を搬出して車内が空になったことを確認し、俺は車内に残っていた手榴弾を戦車砲の閉鎖機に投げ込んで退避。当然中で爆発が起きて閉鎖機は破壊されて使用不可になった。念の為にエンジンにも手榴弾を投げ込んで破壊する。これでこの戦車は完全に使用不可能となった。

LAVの助手席で待機していた魔理沙と合流して帰る旨を告げる。

俺が運転して朝日が差し込み始めた魔法の森を進む中、魔理沙が声をかけてきた。

 

「なあ、霊夢の事だけどさ」

「気にはしてないさ。外でも憎まれ口を言われたもんだよ」

「...悪いな」

「別に魔理沙が謝ることでもないだろ」

「霊夢とは幼い頃から一生だった。だからあいつが妖怪退治する時にあんなに非常になるのも分かる。けど、身を守る為に戦った弘樹にあんな言い方は酷いぜ!」

「まあ、俺も滅茶苦茶な事言ってたしな。とりあえずこの話は置いておこう。掘り返したって誰の利益にもならんさ」

 

普段とは打って変わってしょぼくれた魔理沙に気の利いた言葉をかけれない自分が情けない。そんなことを思っているうちに魔理沙の家へとたどり着いた。

 

「手伝いありがとう魔理沙。またな」

「ああ、またな」

 

魔理沙がドアを閉めて家に入るところまで見届けた俺は人間の里へ向けてLAVを転がす。早めに帰って寝たいのもあるが、このLAVをどこかに隠さねばならない。後1時間もすれば、住民が起きてくるだろう。

 

「急がないと...ん?あれは...」

 

何やら人間の里の門前に人だかりが出来ていた。その最前列の人が持っている横断幕に気づいた俺はブレーキを踏み込んで停車した。自衛隊生活で見たくない横断幕をまさかここに来てまで見るとは思わなかった。

 

「争いをもたらす自衛隊は来るな!」

 

「戦争をする自衛隊反対」と書かれた横断幕の真ん中にいる人間が叫ぶと同時に、俺は面倒事になったと確信した。




感想お待ちしております

霊夢「なんか私、キャラ違わない?」
作者「許してくれ、進行上複数キャラには非常になって貰わねばならんのだ」

用語解説

脱落防止:読んで字のごとく物品の脱落を防止する事。
下手すると脱落防止の紐だらけになる。

銃点検:ある一定の区切りごとに銃の部品が脱落したり故障していないか点検する事。
点検動作は教範である程度定められている。

管制灯火:自衛隊では夜間において、敵に位置情報などを暴露する事を避けるために、車両の灯火(ライト点灯)を最小限に抑える事を指す。

V3:某仮面ライダー...ではなく微光暗視眼鏡「JGVS-V3」の事。
第2世代に分類され、第三世代のV8が採用されてからも、単眼式ではないために距離感が必要な車両運行などに使用される他、V8を無くしたくない部隊では歩哨用に使用される。

V8:個人用暗視装置「JGVS-V8」の事。
紛失すると色々面倒であるため、普通科や偵察等必要でない部隊では倉庫で死蔵されているらしい。
一応市販されているが、最安価格モデルでも55万円、一番いいモデルで約80万円もする。

61式:61式戦車の事。1961年に制式採用され、M41軽戦車等と共に初期の自衛隊機甲科部隊を支えた。
2000年に全車退役。現役期間の39年間、冷戦を経ても1度も戦闘に参加しなかった戦車。
なお、蒸気機関車と同じく機嫌にとっては手のかかる機械だったらしく、手を焼いた人間も多いとか。

M41軽戦車:1946年にゼネラルモーターズ社によって開発されたアメリカの軽戦車。
1960年に陸上自衛隊に有償供与されてからは1983年に退役するまで主力戦車として使用された。

64式小銃:1964年に採用され、今なお現役でこき使われる小銃。
部品が多い上に脱落しやすいが、当時の銃としては世界水準レベルであるとされる場合もある。

74式:74式戦車の事。1974年に採用されてから半世紀目前でもこき使われるおじいちゃん戦車。
各車両ごとに癖が強いため、把握しないと上官から愛ある指導を受ける羽目になるらしい。

M2:12.7mm重機関銃M2の事。自衛隊内ではキャリバーやHMG、MGと呼ぶ場合もある。
アメリカで80年以上前に開発されたが、今現在も世界各国の軍隊で使用される名銃。

M1919:ブローニングM1919機関銃の事。
本作に登場するのは自衛隊では装甲車搭載用として使用され続けたA4

M3短機関銃:11.4mm短機関銃M3A1の事。グリースガンとも呼ばれる。
米軍からの供与品であるが、驚くべきことに2011年まで現役装備であった。
現在は予備兵器として保管されているらしい。

信号拳銃:21.5mm信号けん銃の事。53式信号拳銃とも呼ばれる。
国産信号拳銃。以上。


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逃避行編
第陸巡「とことんツイてないのに玄武の沢へ」


「朝か...」

 

俺が里を追い出されて2日が経った。今ではLAVで車中泊をしながら細々と暮らしている。

幸いにも戦闘糧食があるおかげで食事には困っていないが、問題は弾薬と燃料だった。

 

度々妖怪から襲撃を受ける為、こちらも64式小銃等で応戦するか、LAVで逃げるかしているが、如何せん頻度が多い。

既に64式は60発あった内の30発を撃った。

LAVの残燃料も残り2/3といった所だ。

それも予備の燃料缶を補充した上での数値なので、このままでは弾薬が尽きる前に燃料が尽きてしまう。

 

「そろそろ香霖堂を訪ねるか」

 

LAVのエンジンをかけて目指すは香霖堂。目当てのものがあればいいんだが。

 

 

 

結論から言うと無駄足に終わった。

LAVの燃料は軽油なのだが、一応軽油自体は幻想入りしていた。

 

しかし、幻想入りしている軽油はどれも劣化していて使い物にはならないものばかりだった。そんな物を入れたんじゃ確実に故障は確定だ。

後は無縁塚に流れ着いた廃車から拝借ぐらいだが、これも同じく劣化しているか、大抵はガソリン車だろう。

それを考えれば、端の方まで移動するリスクの方が大き過ぎる。

 

「このままじゃ餓死するか妖怪に襲われるかだなこりゃ」

 

一応知人を頼るということも出来るが、人間の里の面々は当然ながらアウト。

霊夢は先日の事があるが故に行きずらい。

魔理沙とアリスは人間の里に行くため、射命丸の新聞に書かれれば1発で迫害の対象となる。

妹紅も同様にダメ。紅魔館組も難しいだろう。

 

「...積んでないか俺?」

 

気づいてあらびっくり。とんだ積みゲーである。

何が悲しくてルナティックモードで行かねばならないのか。

 

いや、考えても仕方ない。現状を受け入れて別の事を考えよう。

 

「そういえば、この機関銃どうしようか」

 

ふと思い出したのは最後部の荷物置き場に置かれた車載機関銃達だった。残念ながらこのLAVには銃架が無い為に積載したままだが、これを有効活用しないといけない訳だ。

 

「そういえば射命丸が知人の河童が工作が得意だとか言っていたな」

 

多分河城にとりの事だろうが...場所は玄武の沢だっけか。

ここから距離も近いし、ダメ元で行ってみよう。

 

 

 

で、到着した訳ですが。

 

「誰もいないな...」

 

まあ、河童だし水中にいるんだろう。とりあえず喉が渇いたしここの川の水を頂くことにする。懐から取り出したるは携帯浄水器。これ一つで1回に700ml以上を浄水可能で、1つのフィルターで250Lまで浄水可能。

しかも重量500g未満という優れものである。ただ人力なので、多少の力技は必要である。

密林で1万円ちょっとだが、買っておいて損はないだろう。

 

「よいしょっと。これで良し」

 

早速出来た水を頂く。風情ある景色のおかげか冷たい水が非常に美味く感じる。

ついでに煙草も1本頂こうと火をつける為に煙草を加えて正面を向いたらなんかいた。

 

「どわぁあ!」

「ひゅい!?」

 

びっくりした。マジで心臓飛び出るかと思ったわ!

どうやら俺が年甲斐もなくびびったことに驚いたのか目の前の女の子...容姿からして恐らく河城にとりが腰を抜かしている。

そういえばにとりは人見知りだっけか。

 

「大丈夫かい?」

「は、はひ」

 

とりあえず腰の抜けたにとりを起こして話を聞いてみる。

どうやら俺が乗ってきたLAVが気になって仕方ないところに俺が携帯浄水器を取り出した所で好奇心が爆発してあそこまで近づいたそうだ。

人見知りとはいえ、エンジニアの性という訳か。

 

「そ、その...もし迷惑じゃなかったら見せて欲しいなと...」

「うーん本当はダメなんだけど、こちらの依頼をこなしてくれたら見せてもいいよ」

「依頼?」

 

俺はにとりに要望を伝えた。

まず、LAV上部にHMGとM1919が共有して載せられ、銃身を振ることが出来る銃架と荷物置きラックを設置してもらう事。

次に劣化していない軽油がないかという事と、他の燃料を使えるように改造できないかを鑑定して欲しいということだ。

勿論資料として俺のスマホに残っている画像や、知識を分け与える。

にとりは「その程度でいいのなら」と早速機関銃のサイズを測ると作業に移ってくれた。作業自体もそんなに時間がかかることもなく3時間ほどで終わった。

 

「どうだい!即席とはいえ、剛性に関しては自信があるよ!」

「じゃあ試しに載せてみるか」

 

俺はHMGも担いでハッチから銃架に積載する。

装填時もぶれることは無く、左右に振ってもぐらつくことは無かった。荷物置き場も海外派遣仕様と同様のスペースに十分なほどの剛性を有していた。

 

「要望通りだよ。もうひとつの方は?」

「軽く見ただけだけど、改造となると難しいかな。魔力や妖力で動かすって手も考えたけど、それでも大量に消費することになるんだよね。ケイユってのはこの前拾ったのがうちの倉庫にあったよ。色も茶色くないし、これだけあれば足りるかな?」

「完璧だ。LAVを好きに見ても構わないけど、防弾板の厚さとかはダメだよ」

「なんで?」

「機密情報でね。流石に幻想郷とはいえ、君も巻き込まれるよ」

 

俺の意図を汲んだにとりは「りょーかい」と答えてLAVの中を観察し始めた。

俺は終わるまでの間に、煙草に火をつけて一服を始める。

吸い込む辛い煙と吐き出した後の染み渡る感覚に浸りながら、青い空を見上げて再び煙草を咥える。

 

「相変わらず不味いな」

 

そんな独り言に返しが一言。

 

「全く、まだ吸ってるのね」

 

声がした方を向けば立っているのはアリスと魔理沙だった。

アリスは呆れ顔だが、魔理沙は血相を変えている。

 

「どうした。人間の里の依頼で、俺をとっ捕まえにでも来たか?」

「当たらずも遠からずって所だぜ」

 

魔理沙が突き出してきたのは文々。新聞。

その一面には「衝撃!葉乃弘樹の正体!」という見出しと共に俺のLAVに乗っている姿が1面を飾っていた。

 

「俺も有名になったもんだな!」

「言ってる場合か!?お前が紅魔館での発砲事件で人間側を撃ち殺した犯人だって言われてるんだぞ!?」

「落ち着けよ魔理沙。それは事実だし今更どうしようもねえ」

「は...?お前、事実って」

「アリスから聞いてないのか?」

「言うわけないでしょ...精神的に参ってた貴方の醜態を言うほどひねくれてる様に見えるかしら?」

「どちらかと言うとドS...いででで!装甲靴の柔らかい所を責めるな!

 

アリスが装甲靴の柔らかい所を絶妙にブーツの踵で踏みつけてくる。

しかもグリグリしてくるせいで凄い痛いです。

 

「...で、どうするのよ?」

「何をだ?」

 

アリスは俺に問い掛ける。しかし、一体何をどうするのか分からない。

 

「既に人間の里では自衛隊討伐隊が編成されようとしてるわ。主に秘密結社の関係者や紅魔館事件の遺族が主だけど」

「慧音や阿求が止めているが、時間の問題だろうな。このままじゃお前、どうなるかわかんねえぞ?」

 

魔理沙達の言葉を聴きながら俺は煙草の煙を吸い込み、煙が掛からないように吹き出す。

 

「今更だろうな。人間の里であの外来人を見つけた時から遅かれ早かれ排除されるのは問題だった。それが討伐に格上げされただけだ」

「だけどあいつらは武装してるんだぜ?」

「アイツら...こっちは武装組織の1戦闘員だって事忘れてない?」

「それだけ慢心しているとやられるわよ?」

「それじゃあいい案でもあるのか?」

「私の家に来い!私が紫や霊夢に掛け合って事態を収める!」

「無理だな魔理沙。既に少数とはいえ、民衆が扇動されちまっている以上、俺の首が晒されるまでは止まらないだろう。下手すれば博麗の巫女出動案件だろ」

 

うん、やっぱり積みクソゲーだわこれ。

 

しかし急にことが進んだもんだ。

俺が幻想郷に来たのが紅魔郷直後位で、今は風神録前だったはず。

それだけの期間の間バレなかったのに今更何故?

 

怪しいといえば八意先生の質問だったが、あくまで従軍経験の有無だ。

そんなもの、医者なら気付く点はいくらでもある。

 

となれば、誰かが俺の情報を射命丸や外来人にリークしている?

誰が何の為に?

俺がいないことで利益があるのか?

 

あくまで俺は自衛官と言うだけで、幻想郷じゃ場合によるがチルノにも劣る力だ。

そんな人間、殺そうがとっ捕まえようが意味は無いはず。

 

何故俺を?

俺より霊夢や魔理沙、八雲一家に妹紅さんや慧音さん等の実力者を消すか無力化する方が直接的に泊が着くはずだ。

 

いや、既に主目的(実力者達を無力化する術)を抑えているからこそ障害となる可能性を排除(自衛官である俺を消す)する事に移行した?

ならば相手は幻想郷で大事を起こそうとしているのか?

 

だが、そんなもの八雲さんが許す訳ないだろうし、霊夢も動くはずだ。

 

霊夢たちが動かないのは何故だ?

 

「....ーぃ」

「あっづ!!」

「だーから煙草燃え尽きるって呼んでんのに...」

 

魔理沙がやれやれというポーズをとる。癪だが、考え込んだ俺が悪い。

アリスが持っていたバックから道具を取り出して手当をしてくれる。

 

「別に火傷ぐらい大丈夫だって」

「いいから手当されなさい。全く子供なんだから」

「わーいママー」

「フン!!」

あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!

 

本日2杯目の踵入りましたぁ!!

乗っただけじゃん!なんで踵ォ!

 

「ホント...なんでこんなのに...」

「気持ちはわかるぞアリス」

 

くそう!なんだこの魔法使いコンビ!

俺の事を朴念仁主人公を見るような目で見やがって!

 

 

 

...なんか変な音するな。

 

 

 

「アリス、魔理沙。そこの河童と一緒にLAVに隠れてろ」

 

俺が89式を手に取った姿を見て2人はLAVの後ろで援護体制をとる。

小銃をローレディで構えて、相手が森から出てくるのを待つ。

森から現れたのは音の通り、甲冑を着た人物だった。

だがその甲冑は日本のではなく中世ヨーロッパのそれである。

青いドレスのような服に甲冑を着たブロンド髪に碧眼を輝かせる少女に俺は固唾を飲んだ。

彼女が美しいということではなく────

 

「サーヴァントセイバー。貴様の力量を測りに来た」

 

セイバークラスのサーヴァント(アルトリア・ペンドラゴン)が出す威圧感に大してだ。

 

どうやら『何か』(抑止力か別のクソ野郎)は俺を消しに来たらしい。




感想お待ちしております。

用語解説
戦闘糧食:戦闘糧食二型の事。別名レーション。自衛隊のレーションは美味しいという話が多いが、実際は外れが多く不味いらしい。

携帯浄水器:グレイルのピュリファイヤーという物。買っておいて損は無い逸品。

銃架:その名の通り、銃を置く架台。戦争映画では銃架を使う隊員がほぼ死亡する死亡エリア。

海外派遣仕様:LAVの改修型。海外派遣仕様は荷物置き場の他に予備の燃料携行缶架台、予備タイヤ、上部機関銃手用防弾板、ワイヤーカッター等が追加されている。

ローレディ:待機状態の構えの1つ。床尾を肩に置いたまま銃口を下に下げた体勢。即座に射撃姿勢に移れる上、誤射防止も取れる万能体勢。


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第漆巡「英霊相手に勝てるわけないだろ!」

「グハッ!」

 

 かれこれ何度目か分からないぐらい風王鉄槌(ストライク・エア)で吹き飛ばされた。

 肺の中の空気が押し出されて呼吸が困難になるが、無理矢理にでも立ち上がる。流石最優のクラスと呼ばれるだけはあるな。

 そもそもとして、たかが自衛官があのアーサー王相手に勝てるなんざ微塵もないんだが。

 

「どうやら、貴様はそこまで強くもないようだ」

「そりゃ、あのアーサー王相手に戦って渡り合えるわけないですよ」

 

 一瞬だが、セイバーが顔を顰める。どうやら真名を言われた事に動揺した様だ。

 とはいえ、魔術師でもない俺には銃と格闘ぐらいしか出来ないが。

︎︎ㅤそれもサーヴァントの前では無意味だ。

現に今まで発砲した銃弾は、全て風王結界(インビジブル・エア)で弾かれた。

 

「...マスターが帰還命令を出した。ここまでだ」

 

 正直、吹き飛ばされすぎて立つのも一苦労なので有難いといえば有難いが、同時に自身の限界が情けなく感じた。

 

「マスターってのは衛宮士郎か?それとも遠坂凛か?大穴で衛宮切嗣か?」

「...どこでその名を知った?」

「知りたきゃ、俺に吐かせてみるんだな」

「...またいずれ聞こう」

 

 カマをかけたが、セイバーは引っかからずに撤退していった。

 とりあえず命はある様だ...。

 

「弘樹!大丈夫!?」

「大丈夫だ...。正直、立つのが精一杯だが」

「アイツは何者なんだ!?」

 

 魔理沙よ。満身創痍の人間にかける言葉がそれかい。

 でもまあ、あんな化け物じみた強さの人間がいたら気になるか。

 

「アーサー王伝説は知ってるか?」

「ああ、パチュリーの図書館で読んだが?」

「彼女はそのアーサー王本人だ。恐らく武器はエクスカリバーで間違いないっ!ってて」

 

 戦ってる最中はアドレナリンのせいか痛みはあまり無かったが、急に鈍痛が体を襲った。

 クッソ痛え...。

 

「あまり動かないで!すぐに永遠亭へ...」

「ダメだ。永遠亭に人間の里の人がいれば大事になる」

「でも...」

「幸い骨は折れてないみたいだ。打撲程度なら安静にしていれば治る」

「なら私の家へ運ぶぞ!今回ばかりは異論は聞かないからな!」

 

 そして、あれよあれよと魔理沙宅へ運ばれることが決まった。

 LAVはにとりが届けてくれる事になり、鍵を閉めて護身用の9mm拳銃とM3機関銃だけを持って魔理沙とアリスに運ばれた。

 そういえば、にとりの存在をすっかり忘れてた。

 

 

 

 

「ほらよ、氷嚢だぜ」

「ありがとう。いてて...」

 

 魔理沙宅で服を脱いで確認すれば、あちこちに痣と打撲の後ができていた。

 風王鉄槌(ストライク・エア)で吹き飛ばされた事によるものだろうが、あの暴風はチートや。

 俺の体重と装備合わせて75kgを易々と放り投げるとかチーターや!

 

 しかし、真面目に考えれば幻想郷にサーヴァントが訪れるなんざどういう事態だ?

 

 そもそもとして彼女は創作物の人物だ。

 いや、それはここもそうだった。

 

 ならばこちらの外の世界には冬木市や聖杯戦争があるというのか?

 

 だが、サーヴァントはこの幻想郷のパワーバランスをひっくり返しかねない。

 クーフーリンなんて相手になったら、八雲さんでも手こずるだろう。

 

 それにセイバーのマスターも気になる。

 そいつの目的が分からなさすぎるのだ。

 何故魔術師でもない人間相手にサーヴァントを差し向けた?

 それにどうやってサーヴァントを召喚したと言うんだ?

 

「しかし面倒な事になったな」

「何がかしら?」

「あのアーサー王...サーヴァントの事だよ」

「サーヴァントって何なんだ?」

「いわば使い魔だな。聖杯戦争って言う物に使われるんだが、幻想郷で聖杯戦争なんて大層な物が起きたら、八雲さんや霊夢が黙っちゃいないはずだ」

「じゃあ、その聖杯戦争って物ではないと?」

「第一、聖杯戦争って何なんだぜ?」

「聖杯を奪う殺し合いの事でな。聖杯とは──あらゆる願いを叶える願望機だ。過去の英雄をサーヴァントとして召喚し、最後の一騎になるまで争う。そしてその勝者は、すべての願望を叶える権利が与えられる。あらゆる時代、あらゆる国の英雄が現代に蘇り、覇を競い合う殺し合い。それが聖杯戦争だ」

 

 アリスと魔理沙黙っちゃったよ。

 無理もないか。こんな壮大な話を聞いちまえばな。

 

「仮に聖杯戦争だったとしても俺を狙う理由が分からん。魔術師でもなければ、聖遺物...サーヴァント召喚に必要な物を持ってるわけでも無い」

「確かに。そうだとすれば襲う理由がないわね」

 

 聖杯戦争だとして、無駄に暴露する理由がいるはずだ。

 つまり聖杯戦争ではなく、俺個人を襲うためにサーヴァントを召喚したという事になる。

 誰がそんな大層な事をし始めたと言うんだ?

 

 まず、原作のマスター達について考えよう。

 衛宮士郎の場合は、そもそも人を襲う事を命令しないはずだ。

 遠坂凛の場合は、魔術師でもない人間にサーヴァントを仕向けるはずがない。

 衛宮切嗣の場合は...無いとは言い切れんな。

 ただ、その場合にセイバーが言う事を聞くのかと言われれば難しいだろう。

 そもそも切嗣本人が手を下せば済む話でもある。

 

 となるとやはり原作に関与しない者の存在が疑われる。

 マスターが衛宮切嗣という線が消えた訳では無いが、サーヴァントの特性を考えるとこちらも無いと言えない。

 

「考えても分からねえ...」

「とりあえず情報を集める所からかしら」

 

 アリスの案に魔理沙も「じゃあ、早速里で調べて来るぜ!」と箒に乗り、飛んで行った。

 善は急げとは言うが、アグレッシブ過ぎませんかね?

 一方で、アリスはというと「貴方の世話なら慣れてるわ」と言って俺を看病する事にしたようだ。

 

 

 

 あの日から三日が経過したが、ともかく暇だ。

 セイバーの足取りは全く掴めず、イタズラに時間が流れて行く。

 一応、魔理沙とアリス経由で紅魔館組の方にも情報提供を頼んだが、結果はボウズである。

 

 俺は指名手配犯同然の立場故、魔理沙宅で匿われてる状況だ。

 流石に何もしない訳には行かないので、怪我に影響がない範囲で、部屋の掃除や朝の支度に、余り食べない魔理沙に飯を作ってやったりと、家政婦というか主夫的な感じになっている。

 

 そのせいか、最近魔理沙の肉付きが良くなった気がする。

 別に太った訳ではなく、年相応の体つきになったという事だ。

 魔理沙自身、なにかに熱中すると食事等を蔑ろにする傾向にある。

 努力家で勤勉なのは結構だが、体に負担をかけすぎては元も子もない。

 

 という訳で俺が料理を作ることにした。俺の事で飛び回っているのにサポートすらしないのは人として宜しくない。

 

「帰ったぜ〜」

「おかえり魔理沙。飯はもうすぐ出来るから先に風呂に入ってくれ」

「分かった〜」

 

 今日も幻想郷中を回った魔理沙はヘトヘトなのだろう。

 帽子と箒をそこら辺に投げ捨てて、脱衣所へと気だるげな足取りで向かった。

 

「やれやれ、魔理沙も女の子なのだからもっと慎みを持ってもらいたいものだな」

 

 箒を玄関の傍に立てかけ、帽子は埃や汚れを落として帽子掛けにかけてやる。

 同じ要領で俺が整頓を続けた霧雨邸は見違える程に綺麗になっていた。以前のゴミ屋敷が嘘の様である。

 自衛隊で整理整頓を極めた俺に隙はなかった。

 おっと、そろそろメインのステーキがいい塩梅になった頃だ。

 

 今セイバー関連で思い出したんだが、今の俺の状況って赤い外套の弓兵そっくりな気がする。

 もし出会うなら色々と話題が出来そうだ。

 最も、先に剣を交えることになるかもしれんが。

 

 

 

 夕食での会話でも、今日は成果がなかったと伝えられた。

 魔理沙達に負担をかけているのに何も出来ない自分が不甲斐ない。

 

「悪いな魔理沙。お前たちに迷惑かけて」

「別にいいって!それに私の勘だが、こいつは異変の臭いがする。そうなら私の方が霊夢に差をつけれるしな!」

「そ、そうか」

 

 相変わらず魔理沙は魔理沙だな。

 俺もここまで出来る人間だったらなと思う。

 なんの目的もなく、やりたい仕事も無いからズルズルと自衛隊に居続け、いつの間にか3曹になってしまった。

だからこそだろう。目の前にいる霧雨魔理沙(主人公)の輝きを羨ましく思う反面、近寄り難さを感じる。

 多分俺は、これからもこの感情と付き合い続けなければならないんだろう。

 それが俺という人間(葉乃弘樹)だから。




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