拝啓、最古の魔法使いはじめました。 (ヤムライハさんの胸の貝殻になりたい)
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遠き路、運命の邂逅

勢いで描いた。反省はするが後悔はない。


 太陽が照り付ける。風が遊ぶ。鳥が歌う。

 人が営み、日を歩み、この神代の世で原初の人々はその生を謳歌する。

 天の突き抜ける程に蒼い空は、未だ神の領域。

 そこには畏れがあり、敬意があり、そして絶対があった。

 そんな天空を眺める影が一つ。

 ウルクの中心に聳え、地に営む人々を見下ろす堆い神殿ジグラット。

 その最上より、少年王ギルガメッシュは明朗な頬笑みを浮かべていた。

 幼いながらにこのウルクを治め、そこにある繰り返される人々の営みを慈しむ善王。

 神によって楔の役割を与えられ生まれた、人と神の子。

 それがギルガメッシュであった。

 

「──あれは?」

 

 彼の紅玉の双眸が、一つの風を捉えた。

 ふふと笑い、腰掛けていた窓辺から立ち上がる。

 招かれざる客の来訪に、何だか今日は愉快な日になりそうだと、心が弾んでいた。

 運命の魔法使いと、人の歴史に名を刻む幼き原初の王。二人の邂逅がそこに迫っていた。

 

 

 1

 

 

 人は極限状態になると、危機感よりも先に諦観が込み上げてくるのだな、とぼんやりとした意識で青空を見上げる。

 青白い貫頭衣に布が巻かれたような不思議な格好の優男は、ウルクの入口付近の裏路地で行き倒れていた。

 路地の入口からは子供達が奇異の目を向けている。

 

「……ぅ……う」

 

 まるでゾンビの呻き声のようだ。自分の声なのに遠くに感じる。

 もういつから食事を摂っていなかったっけ、五月蝿く泣きわめく腹の虫から半ば現実逃避するように、男は乾いた笑みで蒼天を見上げながら記憶を手繰った。

 

 ことの始まりは、そう。確か人と神との間に人類の王が誕生したと、風の噂で耳にした時だった。

 王の名はギルガメッシュ。神と人の世とを繋ぎ止める神々が産んだ楔の子。

 それを耳にした時、これまで生きる上で消えることの無かった疑問を解消する時が来たのだと思った。

 

 思い立ったが吉日。それまでは宛のない旅……という名の放浪から、()()()()()()()()()()()()()()()()()を目指す旅へと、指針が決まったのだ。

 ……長い時を生きた。数えるのも馬鹿らしくなるほどの、呆れた長い時を。

 時間にすれば優に数千は超えるか。確かそうだ。

()()()()が現れて、文明の悉くを崩壊させた一つの終わりから、約一万年近く。

 

 我ながら良く生きられたものだと、自然と口角が上がった。

 持てる限りの全てで抵抗した。

 人類を庇護する神々とともに、自分は魔法という神秘を使って、人々と共に抗ったのだ。

 地表が燃えた。文明らしきものは全て踏みつぶされた。

 世界が燃えた。知性あるものは隷属さえ許されなかった。

 

 早すぎる、と予言者はおののいた。

 戦うのだ、と支配者はふるいたった。

 手遅れだ、と学者たちはあきらめた。

 でも、魔法使いたる自分は屈さなかった。

 自分だけではない、共に居た人々も。

 

 もしかしたら、自分はあの時の為に、人類を存続させる為だけに、運命を選定する魔法使いとして生まれ直したのかもしれない。

 今となっては、憶測や予感の域を出ない最早唯の妄想にしかならないだろうが。

 そこから巨人を退けて数千と余年。当時を知るものとして生きている者は、今では自分だけになった。

 何を考え、何を思ってここまで生きていたのかは……正直自分にも分からない。

 気が付いたら、長い年月が経っていた。

 けれど、だからといって生きる目的がなかった訳では無い。

 

 数千年前の巨神襲来より、自分はいつか訪れるであろう日の為にここまで来たのだ。

 それは人類最古の英雄王と会うこと。

 もしその王が自分の識る姿の王だったのならば。もしそうだったのなら……。

 確信を持ってこの世界が、嘗て前世で読んでいた、見ていた世界なのだと断言できるから。

 果てにはその確信が、新たな自分の生きる意味になるかもしれないから。

 そう思って旅を続けて、数年をかけてようやくこのウルクに辿り着いた。食事はおそらく、ウルクに着く二週間前からしていなかった。

 

 ──よし。と、感傷を終え四肢に踏ん張って力を入れる。

 こてんと転がる杖を支えに、子鹿のようにプルプルと震える足で立ち上がろうとした。

 世界がガタつく。栄養失調により視界が安定しないのだ。

 一歩……二歩……三歩、歩みを進めるのに一々体力を振り絞らないといけない。

 もし人が男の顔を見れば、まるで枯れ木のようだと思うだろう。

 水分自体は魔法で何とか補給出来ているが、体力を作る肝心な食料はろくに口にしていないのだから、それも当然であった。

 錬金魔法で食料を作って食べる方法もあるにはあるのだが、どんな見た目をしても味は同じで飽きる上に、腹は満たされるが厳密には本当の食料では無いので栄養を摂取することが出来ないのだ。

 

「ひ、ひもじい……」

 

 ちゅぱちゅぱと、何を思ったかついに自分の親指をしゃぶり始めた。

 いよいよ持って限界が来たのか、バタンと倒れ込んだ。

 

「死んだのか!?」

「死んじゃった!?」

 

 か細い息が聞こえないのだろう。

 遠巻きに見ていた子供達がびっくりして、近付いて木の棒やら指らやらで突っついたり髪の毛を引っ張ったりしてきた。

 平時ならば共に戯れもしようが、今は息をすることすら億劫なのだ。

 やめなさい、と声を出す気力などある訳がなかった。

 ふと、啄く感覚が消えた。

 

「──大丈夫ですかお兄さん?」

 

 ──(ルフ)が羽ばたいた。

 そこには、黄金律を体現した紅顔の美少年が立っていた。

 

 

「あはは、いい食べっぷりでしたね。こちらまでお腹が満たされてしまいそうな勢いでした」

 

 天蓋に覆われた日陰の下、見慣れぬ風貌をした優男が笑顔を浮かべる。

 彼の眼前には空になった食器類が並んでおり、先程まで食事をしていたのがわかる。

 路面に倒れ枯れ木のように萎れていた男は、僅かばかりの間にすっかり元気を取り戻していた。

 

「いやぁ、余りにも美味しくてね。助けてくれてありがとう。……こんな食事を摂ったのはいつぶりかな」

 

 恥ずかしそうに後頭部を掻きながらはにかむと、話を聞いていたのか家の奥から中年の女性が嬉しそうに笑った。

 男に食事を提供した女性だ。

 何でもこのウルクでも腕がいいと専らの噂で、それを知っていたこの少年王が周りの民に言ってここまで運んでくれたのだ。

 突然のことに嫌な顔をせず食事を作ってくれた女性には頭が上がらない。

 言い換えれば、優男の命の恩人とも言える人物であった。

 

「それで、お兄さんはあんな所で何をしていたんですか?」

 

 一拍置いて、好奇心に顔を覗かせる美少年は、さながら一枚の絵画のように美しい。

 この時代に並ぶ者無きその双眸を見つめ返しながら、男はふっと笑う。

 

「そうだね、一目見に──君に会いに来たのさ、ギルガメッシュ」

 

 その笑みはまるで捉えどころの無い風めいていて、しかしどこか年輪を重ねた大樹のような静謐さを持ち合わせていた。

 この時の顔をギルガメッシュは永劫に忘れることは無い。

 陽光のようにこちらへ向けられたその顔を大きくなったギルガメッシュは、後にこう言葉を残した。

 

 ──「後にも先にも、上から見下ろされたのはあの時だけだ」

 

 と。

 いずれは傲慢になるであろう少年は、しかし今この時はまだその顔の意味を余り理解出来ないでいた。

 全てを見通す眼を持っていながら、それを知り得ることが出来なかったのは、一重に積み重なった時間の桁が外れていたから。

 男は単身で、これから人が歩むべき時間の蓄積を既に持っていたから。

 故に今はまだ幼き少年王は、その深淵を見通すことが出来なかった。

 これが後の英雄王であったのなら、話は変わったのかもしれない。

 友を亡くした艱難辛苦の果てに至った賢王だったならば、また見えた度合いが違ったのかもしれない。

 後の世において全てを見た人と称されることになるであろう王には、この男が見せた、この時の顔の真意を知る事は終ぞ訪れることはない。

 

「あはは、それはそれは。また面白いことを言いますね」

 

 一瞬だけ目を見開く。

 そして次には思慮深く目を細め、その言葉の意味を探ろうとしていた。

 

「知っていますかお兄さん。この世には一人、今よりも遥か古い時代から生きている人間が居るらしいです。巫女達は確か、始まりの魔法使いと呼んでいましたね」

 

 それは僅か数ヶ月前、このメソポタミアにあってウルクの庇護がギリギリ届く辺境の村で聞いた御伽噺。

 その村で古くから伝わる、一風変わった昔話であった。

 聞けばこの話の起源は、村の近くで地中より発見された一枚の羊皮紙らしい。

 言語を記す媒体として粘土板が当たり前なこの時代において、羊皮紙は大変珍しかった。否、珍しい所の話ではない。羊皮紙が出来るのは、今よりも後の時代なのだから。

 またそこに記された文字がこの時代のものでは無いと分かった日には、それを発見した村の長共々、巫女達は嬉々として解読したという。

 もしやこれは、神からの天啓なのでは? と。

 しかしそこにあったのは、一人の人物について語られていた、言わば叙事詩であった。

 

 曰く、其は始まり。

 曰く、理から外れし放浪者。

 曰く、凶星を退けし者。

 

 ──曰く、時代の王を選定する魔法使い。

 

 書物によれば、その者は古き時代に訪れた()()を退けたらしい。

 神々と肩を並べ、その時代の王を選び、人々と共に滅びに抗った魔法使い。

 ここまでならばただの昔話。聴いて心躍る一つの英雄譚だ。

 しかしさらに興味深いのはここから。

 記された文字の中に、こうあったのだ。

 曰く、その者は不死者である。故に、今もまだ生きているであろう、と。

 

「その時代の王を選定する魔法使い。もし本当にいるのなら見てみたいものです。ところで、珍しい事にお兄さんの格好は余り見慣れないものですね。……()()()()()()()()()のようだ」

 

 思慮深さを感じる紅の双眸からは、幼さよりも王としての資質が姿を覗かせている。

 それに応じて、彼の周りを飛ぶ光の鳥──ルフが騒めく。

 それは世界に愛されている証。嘗て七海の覇王と呼ばれた男がそうだったように、運命を……世界の舵を取る器の証左。

 紛れもなく、目の前の少年は人類の転換期の中心となる英雄王なのだと、男は改めて痛感する。

 激しく鳴動するルフを視界に収めて嬉しそうに顔を緩めた。

 

「……世界の節目に()()は現れる」

「……?」

「うん。……僕の名前はユナン。旅人さ」

 

 ルフがその邂逅を祝福するように、二人の周囲を飛び回っていた。



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魔法使いはじめました。

 あ……ありのまま、今、起こった事を話すぜ。

 目が覚めたら全裸でベッドの上だった……! 

 な、なにを言っているのかわからねーと思うが、俺も何をされたのかわからなかった……。

 というか、理解出来るわけがなかろーて。

 

 会社の帰り久々の残業をこなし疲労困憊の中、ギリギリで間に合った終電に揺られながら家路に着く。

 その最中乗り過ごすまいと重くなる瞼と格闘をしていると、夢現の境に大きな音と衝撃を感じてみれば、その直後に視界は暗転し目が覚めるとあら不思議。なんとそこには見知らぬ天井があったとさ。

 混乱に陥る頭で手足を動かすと、視界に移るのは愛らしいまるっとしたお手手じゃありませんか。

 上体を起こそうにも頭が異様に重く、体は言うことを聞きません。

 こうなりゃ最終手段だ! とばかりに助けを呼んだが、口から出てくる言葉は「あうぅ」だの、「あいういやー」だのまるで異星の言葉です。

 少しの沈黙の末、そこまで出来の良くない我が頭脳はある一つの答えを導き出しました。

 

 ──あれ、これ……転生じゃね? 

 

 そう考えると辻褄は会うのだ。

 まともに喋れない口、丸々とした人形の様な手、全裸の体に異様に重い頭。

 これはもう赤ん坊の特徴だろう。

 自分の全身像を見る事は叶わないが、きっと鏡が目の前にあったのなら愛らしい赤子が死んだ目で映るに違いない。

 もし仮に生まれ変わったとして、死因は恐らく乗っていた電車の脱線事故とかだろう。

 あの時感じた大きな揺れと轟音は、普通に走っていれば聞こえてこないものだ。

 もしかしたら睡魔に負けて夢を見ている可能性もあるが、そうだった場合はいつか夢から覚めるので問題ない。

 今考えるべきは、これが夢や幻じゃなかった時の場合だ。

 転生したとして、ここはどこで知っている時代なのか。それとも違うのか。正解はどれだろうか。

 小説や漫画では異世界などに転生しているのが、腐るほどに見たテンプレというやつなのだが……。

 

「────」

 

 奥から誰かが来たようだ。

 黒い髪を束ねた一人の女性だった。

 何かを話しているみたいだが、何語か分からない。まるでスペイン語とフランス語の中間のような言語だ。

 あ、いや、スペイン語とフランス語を喋れるわけでもなく知っている訳でも無い。何となくそういう雰囲気だと思っただけである。

 と言うよりも、服装が簡素だ。

 トルコの民族衣装カフタンに近しい、布一枚を上から被っただけの格好をしていた。

 女性の方を見ていると、そっと首に手を添えられながら持ち上げられた。

 この体はまだ首が据わっていないのだろう。

 持ち上げられた際に女性の全体像を見る事が出来たが、その女性は裸足だった。床は天井と同じく石造りで、現代の石材加工技術を知っている身からすれば、ただの岩と変わらない程度の粗さだと言うのに。

 だと言うのにその女性は裸足だった。

 痛くないのだろうか、と思いつつ段々この世界の時代感が掴めてきた。

 

「────」

 

 また女性が何かを呟いた。

 そして次には服をはだけさせて、その黒髪の女性は胸を露出させる。

 

 マジか……。

 

 ああ、どうやら自分は生きる為に数年は女性の胸を吸い続けるという羞恥ぷれいに耐えなければならないらしい。

 見るものが見れば「ご褒美だろうがぁ!」と叫ぶかもしれないが、性欲も何も無い赤ん坊の状態で、しかもシラフな精神状態でそれをしなければいけないのはただの罰ゲームと変わりないと思う。

 いや、赤子の自分の為にしてくれている母親にその言い方は悪かった……。反省である。

 けど、恥ずかしいものは恥ずかしいなぁ、と思わずには居られなかった。

 まあ、結局吸ったんですけどね。え、お腹いっぱい吸いましたが何か? 

 

 

 1

 

 

 天を向く黄金の穂波が揺れる。ゆらり、ゆらりと舞のように。

 麦は風に煽られて踊り、大地の匂いを内包した気流は緩やかに世界を駆ける。

 頂点へ至った太陽が万象を照らし、汗水を流して人は時の中を生きる。

 時代の名は「──」。

 有史以前、まだ神々が存在し、真に人の時代が訪れていない遥か古代。

 先史神話文明とも呼ばれるその時代の渦中、麦の海の中に一人の少年が生きていた。

 

 少年の名はユナン。

 別世界の遥か未来、その時代の記憶を保持した幼き少年だ。

 ユナンの背には、こと切れた小さな獣が背負われていた。

 如何に小さいと言えども獣には変わりなく、子供が背負うには少々苦労する。

 だが、そんな事に文句をたれることも無く、黙々と麦の波を掻き分けて家へ進む。

 少しすると、小高い外壁に包まれた一つの村が見えてきた。

 あれがユナンの住む村。神々の庇護下にありながら、その辺境さ故に神の加護が薄い人の住む場所だ。

 

「今日は随分と大きいな」

 

 村に入ると、出迎えてくれたのは嗄れた一人の老人。

 ユナンの背負う一匹の獣を見ながらそういう。

 仕掛けた罠が上手くいったんだ、とだけ言うと最低限の挨拶だけしてその場をあとにする。

 村の奥に進むに連れて、見知った顔の住人達が次々と声を掛けてきた。

 一人一人に雑に応えながら歩みを止めず、重い背中の食料を背負いながら母と暮らしていた家を目指す。

 ユナンの住む家は、村の入口から東の方にあるのであと少し歩けば着く頃合いだ。

 あと少しで着くという所で、一人の女性を見つけた。

 

「ご苦労さま、あんたも大変だね。どうだい、良かったら今晩は家で食べていかないかい?」

 

 何処か心配そうに声をかけてきたその女性は、ユナンの母と仲が良かった近所に住む女性だった。

 数年前に流行病で母が他界してからは、忘れ形見のユナンを目に見えてわかるぐらいに気に掛けてくれている心優しい知り合いだ。

 女性の家族も子供一人で暮らすユナンを案じて、日に何度か様子を見に来てくれる。

 父のことは知らない。文字通り生まれたその時から顔を見たことがないのだ。

 だからといって困ることはないので、気になったことも無い。

 

 女性の言葉に、首を横に振って応える。

 女性は答えが分かっていたのだろう、「そうかい」と苦笑いを浮かべた。

 残念そうな彼女の顔に申し訳ないなと思いつつも、礼だけを述べて再び歩みを進める。

 ユナンが女性の誘いを断ったのには理由があった。

 もちろん迷惑を掛けたくないということもあったが、それよりもユナンには誰にも言えない秘密があったのだ。

 実は他の人と食事をする約束をしていただとか、実は最近断食を始めたのだとかでは無い。

 ただ人には言えない、少しばかり難しい秘密。

 

「着いた」

 

 石造りの階段をのぼり辿り着いたのは、二階建てのこじんまりした一つの家。

 ここがユナンの住処だ。家の中はサッパリしていて、ある物は最低限。

 二人分の食器類と壁に立て掛けられた干物、夜の寒さを凌ぐ薪と農耕具。

 娯楽らしい娯楽もないこの時代では、ユナンの家の中は一般的と言えるだろう。

 仕舞ってあった大きな毛皮を床に敷き、その上に血抜きの終えた獣を置く。

 これから解体作業に入るためだ。

 今日の食事分を切り分け、食える部分を保存し、保存し切れない余った部分は近所に分け与える。

 そうすることで今度は近所の住民がそのお返しに、次回は別のものをくれたりするからだ。

 ある時は作物、ある時は道具、ある時は同じように獣の肉を。

 さていよいよ作業に入るぞ、と立てかけてあったナイフを手にした時。

 

 ──ヒラヒラ。

 

 光る小さな鳥が周囲を飛んだ。

 またか、と小さな溜め息が漏れる。

 邪魔にならないようにその鳥を手で優しく祓いながら、解体作業を再開する。

 しかし直ぐにナイフで獣を切る事はなかった。

 

共鳴刃(ハディーカ・ハデーカ)

 

 呪文を唱える。

 直後、リィィンという甲高い音と共にナイフの刃が高速で振動を開始した。

 スっと、強靭無比な獣の皮がまるで豆腐のように刃を通す。

 その切れ味はまさに魔剣のそれであり、何処の家にもあるようなナイフが持っていていい鋭さではなかった。

 ともすれば大きな岩をも一息の間に両断出来るだろう。例え素人が握ろうと、齎す結果は変わらないに違いない。

 凶悪なまでの殺傷能力を秘めたナイフ──否、魔法。

 杖を全てを粉砕する槌に、錆びたナイフを必殺の魔剣に、全ての道具に殺傷の力を与える攻撃的な魔法。

 それを獣の解体作業を楽にするために、ユナンはナイフへ付与したのだ。

 気が付けば獣はその原型を留めず、食料に早変わりしていた。

 

 ふぅ、と額の汗を拭う。

 一息ついて休んでいると、漂っていた光る小さな鳥がユナンの指に留まった。

 キラキラと輝きを放つ、光の流動体。

 それは生きとし生けるもの、全ての魂の故郷。魔力という概念物質を生み出し、この世のありとあらゆる自然現象を発生させている大いなる小さな存在。

 その名を──ルフ。

 人の目には、蝶の形をした光の流動体として認識されているが、魔法使いの才をもった者たち以外は、特別な道具を使用したり何らかの条件で高密度にルフが集合しない限りは、その姿を目視することはできない。

 また生まれつき彼らと語らい、その力を使うことが出来るのはさらにひと握りだ。

 

 ……ここでは無い別の世界に、“マギ”と呼ばれる存在がいる。

 マギとは魔法使いの最上級であり、自分以外のルフからも体力の続く限り魔力を集めて使う事が出来る特性を持っている。

 通常魔術師、ないし魔導師は自身の保有する魔力のみを対価として、神秘の使用を可能とする。要は車における燃料が、魔術師の魔力という概念だ。

 しかしマギはその法則から外れた存在。魔力を生み出すルフから、自身の限界が来るまで常に魔力を供給することが出来る。

 すなわち理論上は際限ない魔力を有する、魔法使いの頂点と言っていいだろう。

 また時代の節目に現れてその時代の王を選定する魔法使いでもある。

 端的に言って規格外の存在なのだ。

 さて、ここまでマギやルフについて語っていたが、それらすべては創作された作品の中に出てくる設定の話だ。

 その作品の名は“マギ”。かつてユナンが現代で生きていた頃に読んでいた、書物に登場する存在たちのことであった。

 

 しかし何故、想像上の概念でしか無かったルフが存在し、こうして実際に力を貸してくれるのか。

 生きてきたこの十年、既にここが夢の中などではないと理解している。

 ならばユナンが転生したのはマギの世界の中なのだろうか? 

 その答えはまだ分からない。

 なぜなら、村の誰に聞いても“アルマトラン”や“ソロモン”について知る人物は誰もいなかった。

 マギの世界に住んでいるなら誰でも知っているであろう、“ダンジョン”や“シンドバッド”の事もだ。

 ソロモンはこれから生まれるのだろうか、それともここは似通っただけの別の世界なのだろうか。

 ユナンがその判断を下すのは、まだまだ先のことになりそうだと、心の中で零した。

 

 やがて指から飛び去ったルフに「ありがとう」と礼を言いながら、ユナンはお裾分け用の肉を持って外へ出た。

 その日の夜、結局近所の女性の家族に捕まる形で、無理やり食事を一緒にすることになるのだった。

 

 

 



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日記

すみません、色々と整理をしていたら誤って消してしまいました。
なので再投稿です。


○月✕日

 

 今日から日記を付けることにした。

 日記、と言っても日本にあったような上等なものでは無い。

 自家製の粗い羊皮紙や粘土板を使って、獣の血をインク代わりに木の枝で字を書いているだけの粗悪品だ。

 それでも読めて書けるなら、日記と呼称してもなんら問題は無いだろう。

 それはそうと、今日でルフが見えるようになって四年目だ。

 以前は何も見えていなかったのに、母が亡くなってその直後にルフが見えるようになったのは何か意味があるのだろうか。

 

 そんなことをここ数年はずっと考えている。

 勿論、答えが出ることは無い。

 それでも思考を止めずにいられないのは、娯楽がないからだ。

 な○う系よろしく、オセロや将棋でも作った方がいいのだろうか? 

 うぅむ、まあいざとなったら作ってみることにしようか。

 

 

 

 ○月✕日

 

 魔法の練習……と言うよりか魔力を感じる練習を最近している。

 マギ風にいうなら魔力(マゴイ)だ。やり方はルフが何となく教えてくれる。

 目を瞑って体の奥底に意識を集中すると、血管のような、神経のような管を何かが巡っているのがわかる。

 これが俗に言う魔力とやらで、個人的な保有量はそれなりにあるのではないかと思っている。

 しかし比べる対象がいないので、あくまで個人的な思い込みかつ自称に過ぎないのだが。

 

 だがまあ、魔力面における心配はあまりしていない。

 というのも、俺がマギだからだ。

 マギはルフからの魔力の供給を受けることが出来る。だから理論上は魔力は無限で、俺の体力次第でその総量が決まる。

 最近は体力作りに村の外れの森を走り続けている。

 これが意外と疲れるのだ。

 でもめげる訳には行かない。マギでマイヤーズ教官が言っていた、「健全な魔力は健全な身体に宿る」を信じて今はひたすら鍛える。

 初期ティトスのように、魔法のみを過信し、傲慢に杖に縋り、己の手で道も切り開けぬような軟弱者にはなりたくない。

 それにいつの日かユナンよろしく、「雷光剣(バララーク・サイカ)」を使ってみたい。

 ところで、名前がユナンだった。これもうあれだな。うん。あれだ。

 

 

 名前が同じならロールプレイするしかねぇよな!

 

 

 ○月✕日

 

 僕、僕、僕。今日一日はそれを呟いていた。

 うーん、慣れない……。使ってて違和感を感じる。

 数少ない友人にも笑われてしまった。けれど、こちらの方が見た目のイメージにはあっているらしい。

 前に一度、森の奥にある泉に反射した自分の顔を見たことあるが、母さんに似ていた。

 まあ父親の顔を見た事がないので、もしかしたら父親にも似ているのかもしれないが。

 

 それはそれとして、前世で飼っていた猫のタマゴローは元気にしているだろうか。

 誰かに引き取られているといいのだが。

 タマゴローで思い出したのだが、孤児院のちびっ子達は元気だろうか。

 どうせ死ぬと分かっていたら、孤児院宛ての仕送りに貯金の全てを送っておけば良かった。

 卒院した先輩として申し訳ない。一体何のために貯めていた金だと言うのか。

 

 

 

 ○月✕日

 

 前回からかなり間隔が空いてしまった。

 というのも……最近変な夢を見るのだ。

 そのせいで日記を書く気力がわかなかった。

 その夢というのは空白の広い空間に、全身を靄に覆われた人物が一人出てきて魔法を撃ってくるのだ。

 初日はリアルな痛みと共に飛び起きて、体をぺちぺちと触ってみたが、当然ながら傷は見当たらなかった。

 だが夢というには、余りにも痛みがリアル過ぎて怖かったのだ。

 

 初めの一週間は手も足も出なかったが、一ヶ月近くたった今では応戦して何とか戦えるようになった。

 それに比例するかのように、現実でもメキメキと魔法の腕が上がってきている。

 こないだは数秒だけ重力魔法を使うのに成功した。

 ただ夢なのに起きた時に異様に疲れているし、精神力が摩耗しているしで余り好き好んで見たい夢ではないのは確かだ。

 

 

 

 ○月✕日

 

 あの夢を見続けて早一年。

 何とかようやく勝ちました。

 と言っても「あの人」が本領を発揮せずに、手を抜きに抜いて、その上でまぐれで勝ったようなものだけど……。

 というか、そりゃ勝てるわけないわな。

 

 全力も全力、もう死にたくなかった僕は、限界を超えた死力を尽くして魔法の雨をふらせ。

 さらにその中に幾重もの細やかな術式を組んで、搦手を使って何とかどでかいのを一発叩き込むことに成功した。

 そうして我が特大の魔法で靄が吹き飛んで現れた人物はなんと、かのソロモン王じゃありませんか。

 

 疲労と混乱でろくに回らない頭を使って、必死に言葉を紡ごうとしたが、ソロモン王は「お前ならやれる」と笑ってどっかに消えていきましたよ。

 何が? どういうこと? そんな事を一日中考えていたせいで、狩りに集中出来ない一日だった。

 ほんと、何がなにやら。

 



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其は輝ける星の光

思った以上に誤字脱字があった。気になっちゃった人はごめんなさい!
これからはなるべく無くします。

追記

勢いで描いた小説が日間ランキング1位になりました。ありがとうございます!



 ──君はこのままでいいのかい? 

 

 いい訳がない。

 彼の白き竜の化身は、戦乱にあるブリテンに蛮族を招き入れ、さらなる困難に民草を陥れた。

 

 ──それで? 

 

 無論、そのまま見過ごす訳にはいかない。

 近い将来、必ずや打ち倒して内戦を終わらせ、この国に安寧を齎さなければいけない。

 それが私の生まれた意味で、抱いた願いだから。

 けれど、本当に偶に。ちょっぴりだけ不安になる。

 今の私はまだ弱くて、運命を背負うにはあまりにも小さすぎて、成すべき事と見据えている理想の距離とが離れすぎているから。

 だから……本当に、いいのだろうかと思う。……いや、それをするだけの努力も苦行も厭わないつもりですが。

 けれどやっぱり、不安な夜もあるのです。

 

 ──……できる。君なら、できる……。

 

 その言葉に私は少しふっと笑いをこぼしてしまいました。

 だって初めて会ったばかりの初対面同士なのに、真っ直ぐに、根拠もない癖に本気の顔をしていたから。

 でも可笑しなのは私も同じでした。

 何故、会ったばかりの人にこんな話をしているのだろう。言い終わってから、そう思ってしまった。

 

 ──君は、ただ誰かが傷付くのを見ているだけなのかい? 

 

 首を振る。違うと。

()()を尊いと思ったから。守りたいと願ってしまったから……。

 

 ──そう。だから、君が王になるんだ。

 

 …………はい。私が王になります。

 でも、やはり不安なのです。

 

 ──……そうだね。王になるには、君には力が足りない。世界を変える王の力が。

 

 世界を変える王の力……? 

 鸚鵡返しに聞き返すと、大きなトンガリ帽子を僅かに上げて彼は微笑んだ。

 全てを見据えているような、突き抜けた青い瞳だった。

 

 ──うん。でも、それはいずれ手に入るよ。でもね、それを手にしてしまったが最後、君は真っ直ぐな道を歩めなくなる……。

 

 言いたい事の意味がわからなくて、小首を傾げた。

 

 ──いや、違うのかな。むしろ真っ直ぐな道だけしか、君は進めなくなる。王様っていう名の、難しい真っ直ぐな道を。

 

 それは……悪いことなのですか? 

 私の言葉に、彼は困り気味に笑った。そして空を見上げ、記憶の誰かを思い出している。

 

 ──きっと、辛いこともあるよ。耐えられないほどに辛いことが……。

 

 ──果てに辿り着いた結末が望んだものではないかもしれない。

 

 ──けれど、それでもきっと君の行く道は、思いは間違いじゃないよ。

 

 ──それを理解してくれる人達が、いつか現れるから。

 

 ────きっと君は、いい王様になれるよ。

 

 ……何故、そこまで断言出来るのですか? 

 私は会ったばかりのその人に、純粋に投げ掛けた。

 けれど、その答えも要領を得ないものだった。

 

 ──前へと生きる命をルフは導くんだ。君は愛されているんだよ。

 

 嬉しそうに細められた彼の目には、何が映っていたのだろう。

 まるで眩しいものでも見ているように、でもそれが嫌ではなく、むしろ祝福すべきものを見ているような、そんな視線だった。

 

 ──……僕はもう行かなきゃ。ご飯を分けてくれてありがとう。お陰で餓死せずにすんだよ。

 

 待ってくださいと、声をかけていた。せめて名前でも教えて欲しいと。

 

 ──僕はユナン。旅人さ。

 

 ふと、後ろから自分を呼ぶ声がした。

 振り返ると、遠くに義兄のケイが青筋を浮かべながら近付いて来ているのが見えた。

 傍らには珍しく普段の飄々とした表情を消したマーリンが、辺りを観察するように立っている。

 どうしたのかと聞くと、おかしな質問をされた。

「アルトリア、君は選ばれたのかい?」、その質問の意味が分からず聞き返したが、結局誤魔化されてしまった。

 そしてあっと思い出して振り返ってみれば、そこにはもう誰も居なかった。

 ユナン。深い森で出会った、不思議な旅人。

 私が彼と再会することになるのは、長い長い夢の果ての結末でだった。

 

 

 *

 

 

 陽射しが差し込む木陰に、血に濡れた騎士王は寝ていた。

 トリスタンの離反。サクソン人とピクト人との戦争。臣下ランスロットとギネヴィアの不貞。──そして、モードレッドの叛逆。

 カムランの丘。謀反を犯した元臣下も、最後まで自分に付き従った臣下も、その悉くが命を落とし散った場所。 守ると誓った筈の自らの国を自ら滅ぼした最後の戦場。

 その戦いの果てに理想を見た騎士王は、微睡みと共に横たわって居た。

 そんな彼女に、一つの影が歩み寄る。

 

「……久しぶりですね」

 

 影が何かを言うよりも先に、アルトリアの口は開いていた。

 開いた口から出た声が、あまりにも穏やかで、しかしそこには諦観ではなく納得の色が含まれていることに、影は──ユナンは少し驚いた。

 

「うん。あの時以来だね」

「ええ……」

 

 今にも事切れそうになりながら、それでも確とした口調で彼女は瞼をあげる。

 

「……そうなんだね。君は出会えたんだね、君の軌跡を認めてくれる人達に」

 

 ユナンの言葉は捉えどころがない。

 しかし、ユナンのその一言をアルトリアは深く理解出来ていた。

 

「……夢を見ていました。私は私の行いを認められなかった。この結末を認めることが出来ないでいた。だから願った。祖国の救済を」

 

 ここから語られるのは、一人の少女の独白だった。

 朝焼け時の露にも似た儚く、気付けば消えてしまいそうな願い。穢れを知らなき、純真なまでに白い理想。

 尊いと思ったから。守りたいと願ったから。そして生まれたから。

 だから結末が認められない。

 

「今になってようやく思い出したのです。あの時、貴方に言われた事を」

 

 ──果てに辿り着いた結末が望んだものではないかもしれない。

 

 結末を見て、その意味を理解した。

 

「……」

 

 悲しむようなユナンの目に、アルトリアは微笑む。

 

「けれど、貴方はその後に、こうも言ってくれた。理解してくれる人達が現れると。……だから私は会えた。シロウに。リンに。タイガに……」

 

 それは在りし日の記憶。遠い時間の、尊い輝き。

 世界に希って、駆けた戦争の記憶。英雄達の夜。運命の夜。そして、過ごした穏やかな日々。

 まさか縋っていた筈の願望器を、自らの手で壊す事になるとは思わなかったけれど。

 でも、その結末には悔いはない。

 

「一つ、教えて欲しい。始まりの魔法使い(マギ)よ。貴方はこの結末を知っていたのですか?」

 

 マーリンから聞いた。あの時会った男は、マギと呼ばれる大層な存在だったらしい。

 アルトリアの言葉にこくりと、ユナンが首を上下させた。

 

「僕を恨んでいるかい?」

 

 その言葉に、アルトリアはゆっくりと首を横に振る。

 

「いいえ。いいえ。その逆です。私は貴方に感謝をしている」

 

 えっ、と声を漏らしたのは目を見開いたユナンであった。

 

「あの日、森で行き倒れていた貴方に会っていなければ、今の私は居なかった」

 

 脳裏に浮かんだのは、森で偶然出会った一人の男との記憶だった。

 

「王というものに忙殺され忘れていましたが、ここに来て思い出したのです」

 

 ──けれど、それでもきっと君の行く道は、思いは間違いじゃないよ。

 

「この言葉で、私は結末を受け入れることができる。……腑に落ちて、少し救われたのです」

 

 あの時の出会いが、この結末にほんの少し、雀の涙程度の救いを与えている。

 

「振り返れば、確かに人の心がないと言われるのも納得な気がします。でも、私なりに、頑固な頭なりに人々の笑顔は守れたのではないかと……そう思うのです」

 

 ズキッ! とアルトリアの体に痛みが走った。

 ……もう時間は残されていない。

 ここまで話してこれたのは、竜の心臓が僅かばかり機能していたからで、それももう停止しかけている。

 

「僕に世界を変える力はないんだ。僕に……マギに出来るのは、王様を選ぶだけ。けれど、僕はその役割を放棄した。その中で会ったのが、君だったんだよアルトリア(アーサー)

 

 あの日助けてくれた少女の周りには、宴を開いているかのように沢山のルフが羽ばたいていた。

 それは彼女が運命に愛されている証左であり、同時にまた常人とは掛け離れた道を辿ることを意味していた。

 でもユナンにそれを教える勇気も、変える力もなかった。

 魔法使いだなんだと言われながら、出来たのはただその抱いた理想を肯定する言葉だけ。

 けれどアルトリアはそんな言葉に救われたと、そう言ってくれている。

 本来なら何故教えてくれなかったのだと、何故助けてくれなかったのだと、そう憤っても仕方の無いはずなのに。

 

「ごめんね。僕は無力だ」

「謝らないでください。私は貴方と会えて、幸運だったと思っているのですから」

 

 その微笑みは、王様(アーサー)のものではなく、あの時の少女の優しい笑みだった。

 

「……ありがとう。君の辿った道程は、間違いなんかじゃない。他でもない僕が、永遠に忘れないよ。君という王様がいた事を。その理想を。その在り方を」

「……あ、ぁ……それはとても、うれし……ですね」

 

 一つ、二つ。瞼が動き始めた。

 

「──おやすみ、アルトリア」

 

 ユナンは永き眠りについた少女に、魔法を掛けた。

 全ての傷を癒し、何人もこの少女の体に危害を加えられぬ魔法を。

 光が包む。そこには、血も穢れも無くなった美しい人が横たわって居た。

 そしてアルトリアは、一切の汚れを持たぬまま眠るように息を引き取った。




結末は変わらないけど、そこにほんの少し救いがあってもいいよね。

次回は戦闘を挟みたい……。



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影は風に踊る。

遅くなってすみません。
書いてて楽しいけど、戦闘回まじむずい。

それとあと幾つか英霊達との生前での話を描きたかったのですが、燃え尽きてエタりそうなので、次回からは原作行きます。
気が向いたら、生前の話は閑話という形で描きたいと思います。

誤字脱字の報告をしてくださる読者様方へ、いつもありがとうございます。


 ────こんな力がある人間が生まれるなんて、千年に一度、あるかないかの……まさに、奇跡。

 

 

 

 

 *

 

 

 修羅神仏、討ちて幾星霜。人の理外れて時の果て。

 この身朽ちず、死非(しな)ず、さりとて生非(いきるにあら)ず。

 

 ──ああ。いつだ。いつ顕れるのだ。私の好敵は。

 

 ──どこだ。どこが、私の終着点なのだ。

 

 ──否。否。否。あるはずも無い。いるはずも無い。

 

 勇士は死した。愛弟子も既にこの世からは後腐れもなく終わりを迎えた。

 時代のうねりも今や終わりを迎えようとしている。神代はその姿を消すだろう。

 しかし己だけは隔絶している。孤高に生きている。外れてしまっている。

 

 不満がある訳では無い。満足もない。後悔がある訳では無い。希望も無いだろう。

 高望みはしない。だから一度でいい。全力を。死力を。己を出し切れるだけの刹那を──。

 

 ────全霊の境地を。

 

 

 

 ────それが君の願いなんだね

 

 

 風に乗って淡い声が聞こえた。

 今にも溶けてしまいそうな、優しく雪のような声が聞こえた気がした。

 ひらひらと鳥の羽ばたくような音と、一つの気配が空間に生まれた。

 

 ……トクンッ。

 

 鼓動が体を伝う。外れている。目の前にいる男も。

 つまるところは同類だと、自身の本能が告げていた。

 気が付けば口角が釣り上がっている。

 

 何者か。──どうでもいい。

 

 どうやってここへ来た。──どうでもいい。

 

 お前は私と同じなのか。────至極どうでもいいッッ!! 

 

「く、くくく。あっははははは!!!」

 

 気が付けば哄笑が響いていた。

 それは他ならぬ自分のものなのだと気が付くのに数秒を要する。

 自分を見る男の顔は酷く痛ましく、そして儚げだった。

 何故そんな顔をする。笑え。私は今酷く愉快なのだ。まさかもまさか。あのような自身の世迷言が届いたのだ。

 それは星か、天か、神か。はたまたまだまだ知り得ぬ未知のものによるものなのか。

 だがそんなものはどうだっていい。……ようやく、ようやく全霊の境地を出せる者が顕れたのだから! 

 

「──ごめんね」

 

 何に対する謝罪なのか分からない。しかし、そんなものは不要だった。

 だから否定した。

 

「それは違うな。謝意の言葉などではない。そんなものは要らぬ。いや、もはや言葉などは不要であろうよ」

 

 影の国の女王は嗤う。初めて出逢えた己の同類に。

 噂には聞いたことがあった。その手の叙事詩も読んだ。だが期待などしていなかった。……初めて見るまでは。

 

「感じたぞ。そして理解した。始まりの魔法使い(マギ)よ。お前は私と同じだ。……いや。私がお前と同じになったと言うべきか」

 

 理を外れたもの同士の邂逅。星すら及びもつかない埒外の超越者同士。

 いつの間にかスカサハの両の手には真紅の魔槍が二振り握られていた。

 相手にとって不足などあるはずも無く。ともすればこの身の終着点こそが、この男なのだ。

 

「君が望むのなら」

 

 魔法使い(マギ)は儚くも確とした声音で応じた。

 ならば、最早合図など不要。

 

 ──真紅の雷が天へ駆けた。

 

 いとも容易く神仏さえ屠る無双の穂先。

 如何なるものであろうと逃れ得ぬ絶対不可避の一閃は、しかしユナンを囲む防壁魔法(ボルグ)によって阻まれる。

 堅牢なる護り。己が一撃を持ってして罅すら付けられぬ魔法。

 ならばと、空中に無数の紅槍を展開させたスカサハは嵐を巻き起こす。

 苛烈なる風の如き猛攻と、止むことのない槍の雨。げに恐ろしきは、一定の膂力を寸分違わず同じ箇所に叩き込む正確さであろう。

 無謬にして怒涛。

 

 ただ闇雲に連撃を重ねるだけではこれは破れぬと瞬時に判断し、対処法を即座に弾き出し、そして実行する。

 言葉にすれば僅かこれだけのことだが、それを思いつく思考の速さと判断力、なによもコンマ1センチのズレも無く同じ箇所を攻撃し続けるという、そのような馬鹿げた作戦を実際に行える卓越した技術をもって、スカサハが如何に外れた存在なのか理解できよう。

 

 そして事実として、その作戦は間違っておらず。

 時間にして僅か数秒の内に、ユナンの防壁(ボルグ)は大きな亀裂を走らせた。

 

「──熱魔法(ハルハール)

 

 清澄な声が綴る。

 刹那──鉄をも蒸発させる炎がスカサハを包んだ。炎が発する熱ですら只人には耐えられない極度の光。

 ただ炎を発生させるそれだけではあるが、マギが生み出す物は例えただの炎であれどその規模は計り知れない。

 熱だけでも、炎の手で肌を撫でられているのと何ら変わらないだろう。

 

「──っ!」

 

 ルーン文字を起動させ、自身の周囲に薄い膜を張ってスカサハは瞬時に離脱する。

 あのままだったら間違いなく致命傷クラスの火傷を負わされていた。

 額を冷たい汗が流れる。

 空中に投げ出された身を翻し、体勢を整える。

 さて、どう切り込むかと思考を巡らせ──。

 

炎熱の双頭蛇(ハルハール・アンフィエナ)

 

 着地を狙って双頭の蛇が肉薄した。

 口を縦に開き小さな影を捕食せんと迫る炎の双頭蛇。

 これを回避は不可能と断じたスカサハは、身を捻り体をしならせて槍を振るう。

 不安定な体勢から放たれた一撃は蛇を倒すには至らなかったが、その勢いを別方向へ逸らすことに成功する。

 蛇の追撃が来る前に、スカサハはそのまま槍を地面に突き刺しそれを足場とし、蛇が振り返るよりも早く槍の反動を利用し跳躍した。

 

「──ハッ!」

 

 そしてそのまま己の脚に硬化のルーンを纏わせ、踵を振り下ろす。

 

 ──轟轟轟ッッッッ!! 

 

 大地を震わせる爆音が空間を伝う。

 舞い上げられた砂塵は、炎の双頭蛇諸共生み出された衝撃によって吹き飛び、地面には特大のクレーターが刻まれていた。

 

「……ふむ。それが原初の時代の魔法か」

 

 不敵な笑みを浮かべながら、スカサハは興味深そうに呟いた。

 

「うん。熱魔法……今の時代では熱魔術になるのかな」

「はは、確かに炎を生み出す・熱を操るという点では魔術だが、規模が規模なだけに魔法と呼んでも差し支えんだろう」

 

 時代が進み、人の手は段々と神秘を打ち消しつつある。

 人の進化とはすなわち科学技術の進歩であり、科学技術の進歩とは神秘の衰退に他ならない。

 元来魔法であったはずの神秘は、科学によって魔術に貶められた。

 その代表的なものが火であろう。人は様々な道具を持ってして火を生み出し、操り、それを利用する術を手に入れた。

 だからこそ火の魔術はありふれたものであり、さして珍しくもない。

 

 だが、ユナン(マギ)の生み出すそれらは例外だ。

 例え人が火を手に入れようと、ユナンが操るそれとは明確に格が違う。

 無限に等しき魔力を有するが故に。

 ユナンの炎は魔術の域で収まるものから、太陽のそれとなんら変わらないものまで自在なのだ。

 それだけでは無い。死を覚悟すれば太陽そのものを生み出すことさえ可能にする。

 それをした際にどう言った事が起こるか分からないため、未来永劫やる事は無いだろうが。

 つまるところただの魔術師の火と、魔法使いの火とでは埋めようのない隔絶した差があるのだ。

 魔術師が水鉄砲で、魔法使い(マギ)は消防車だと考えればその差がいかなるものかある程度は理解できるであろう。

 

「……いつぶりか。いや、よもや初めてと言えるかもしれんな」

 

 得物の魔槍と同じ色の瞳を動かす。

 深き知性と戦士としての力強さを秘めたその双眸には、微かに震えている己の手が映った。

 ──武者震い。

 スカサハという一人の戦士が。一つの頂きが。己と比肩しうる存在と相対し、全身が歓喜に震えている。

 かつてこれ程高揚したことがあっただろうか。

 僅かな時間に生を振り返るが、今ほどに昂っていることなどありはしなかった。

 

「ははは! よいぞ。ああよい。お前と言う男と会えて良かった。今宵は遠慮なく、躊躇なく、加減なく────全霊だ」

 

 刹那──空間を跳躍して、女傑は凶槍を奔らせた。

 

 バリンッ!! ユナンを覆う光の膜(ボルグ)は先程と違い、耐える間もなく砕け散る。

 真名解放──『貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)』。

 理外の膂力から繰り出される紅槍は、もはや受け止められる領域ではない。

 あらゆる物質も、魔法も、きっと神の持つ権能でさえこの槍を防ぐ手立ては存在しないのだ。

 だからこそ、ユナンは回避行動を強要される。

 ヒュッと、頬の薄皮を割いて槍が横を通り過ぎた。

 

雷魔法(ラムズ)ッ!」

 

 追撃はさせないと、ユナンは指を振るう。

 鼓膜をつんざく轟音と共に、雷がはなたれた。

 しかし無意味だ。幾ら魔術を使おうが、たかが雷速。

 その程度の速度の攻撃など、今のスカサハには止まっているも同然であった。

 掠っただけでも致命であろう雷の矢を、スカサハは最小限の動きだけで躱す。

 

 躱す。躱す。躱す。そして時に打ち砕く。

 

 幾千、幾万という攻防が秒を刻んで繰り広げられる。

 星の数程の攻撃。星の光の如き魔法の輝き。

 それは数分、数十分と続き、二人の戦いは更に苛烈さを増していく。

 一種、舞踏のようにも感じられる二人だけの時間は、今この世界の何よりも美しく、唯一無二で、お互いにこの相手でなければ得られないものであった。

 

 理を踏み外して尚、影の国の女王は成長を続ける。

 果てなき闘争心が、孤高なる精神性が、そして歓喜に震える心が後押しして、老いる事の無い肉体を進化とも呼べる速度で高みへ押し上げている。

 

水魔法(シャラール)熱魔法(ハルハール)力魔法(ゾルフ)────大閃光(デストロクシオン)

 

 動いたのは、ユナンだった。

 それぞれ違う属性の魔法を複合させ、数百を越す命令式を組み上げることによって天災を強制的に引き起こす魔法。

 超律魔法と呼ばれる大閃光(それ)は、本来180の命令式で起動するはずの術式だ。

 しかし、スカサハという強者を相手にユナンは更に複雑に編み合わせた。

 その数、凡そ──2358。

 臨界点ギリギリまで水蒸気を圧縮させた超級の爆弾。

 富士クラスの火山が噴火するのと同等のエネルギーを秘めた黒い弾丸は、下手な宝具よりも強力で、破壊力という点で凶悪にすぎる魔法だった。

 

「……っ!!」

 

 超越的な本能が危険を嗅ぎ取った。

 瞬時に弾丸の数と同じ数の槍が空中に展開する。

 それだけでは無い。

 幾重ものルーンが、淡い光を放ちながら幾何学模様を形成する。

 加護、硬化、癒し、疾走、加速、相乗、そして火や水等の各種属性のルーンが秒を掛けずしてスカサハを起点に現れた。

 そして槍と弾丸がぶつかる。

 

 一瞬の光。視界は色を奪われ、白一色に飲み込まれる。

 

 ユナンが色を取り戻すのに僅か二秒弱。

 だが視界が元に戻った時には、スカサハは眼前から消えていた。

 直後、背後に僅かな気配を感じるが、振り向く時間など今のスカサハを前にあるはずも無い。

 風を切る音が聞こえた時には、ユナンは空から地面へ叩き付けられていた。

 

「ごほごほッ……くっ」

 

 木々を薙ぎ倒して吹き飛ばされたユナンは、幸いにも深い傷は負っていなかった。

 槍が届く寸前、脇腹に防壁魔法を集中させる事で何とか防ぐ事に成功したのだ。

 が、しかしだ、それでもこの威力。もし直撃していたら、ひ弱なユナンの体では間違いなく再起不能になっていた。

 すぐさま立ち上がっ……

 

 

刺し穿つ────。

 

 

 ……ろうとして、またも衝撃がユナンを空へ打ち上げた。

 

 

突き穿つ────。

 

 

 深紅の輝きが影の国を照らす。

 必殺の凶星。呪いの光。

 

 

 ──────貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)ッ!! 

 

 

 紅の魔槍が、ユナンの因果を捕えた。

 死が迫る。空間を飛翔して、その心臓(むね)を掴まんと。

 あと数秒をすればこの槍はユナンの心臓を貫くであろう。

 因果の逆転とは、つまるところそういうもので。おおよそ防ぐ手立てなどない。

 今も尚進み続ける槍は、運命を捻じ曲げようと止まることはないのだ。

 

 世界が速度を落としていく。

 ゆっくりと、まるでスローモーションのように。

 鈍くなっていく世界の中で、ユナンの瞳はスカサハを映した。

 

(……来るのが遅くなってごめんね)

 

 いつの日かの、死を前にした騎士王の時と同じく謝罪を胸の内で零す。

 

(怖かったんだ。僕が関わることで物語が変わってしまうことが……)

 

 悩み続けた。この数百年……下手をすれば数千年もの間。

 この悩みは騎士王(アルトリア)と会った時にも抱えていたもので、その時は結局恐怖に勝てなかった。

 だから、ブリテンが滅び行く未来を教えられなかった。そして、手を伸ばすこともしなかった。

 自身が関わることで、この世界の結末に影響を与えてしまうことが、言いようのない不安と恐怖で、それに苛まれて眠れない日もあった。

 

 何故生まれたのか。何故ユナン(あの人)の姿なのか。何故魔法使い(マギ)なのか。

 自分の存在意義を探しては諦め、けれどやっぱり諦めきれないから探し続けて、だけど未だに答えは見つかっていない。

 

(でも……迷うのは辞めることにしたんだ)

 

 勇気をくれたのは、可憐な騎士王だった。

 

 ──『私は貴方と会えて、幸運だった』

 

 とても美しい顔だった。

 見たこともないような、この世のどんなものよりも綺麗で安らかな顔だった。

 だから泣きそうになった。

 なんで僕なんかにお礼を言うんだろう、と。そんな資格はないのに、と。

 

(これが正解なのか、間違いなのか、分からないけど。……でも、決めたんだ。逃げないって。勝手だけど、約束し(誓っ)たんだ)

 

 世界から……運命から目を背けて、差し伸べられた筈の手を指し伸ばさないで、ただ見ているだけなど。

 それではいつかきっと自分が自分ではなくなってしまう。壊れてしまうかもしれない。

 ……もしかしたら、ある神の狂信者であった元マギのように、世界を壊してしまうかもしれない。

 それ程までに感じていた恐怖は大きかった。

 ……でも、アルトリアのお陰で立ち向かう勇気を抱いた。

 アルトリアは救われたと言っていた。だがあの時、アルトリア以上にユナンは救われたのだ。

 

(もっと早く君に会いに行けたのに、ごめんね)

 

 スカサハの孤独感はどれほどだったのだろうか。

 かつての弟子や友人に先立たれ、一人残された時の喪失感はきっと推し量れるものでは無い。

 今ではそういった感情すらも摩耗して薄くなっている。

 胸の内にあるのは自身を殺してくれるものとの出会い、その切望だけ。

 けれどそんなものは不可能に近いと理解しているから、自分の言葉に呆れた笑いを零す。

 だから、願いを、心を満たそう。それがユナンに出来る最大限の謝罪だから。

 

 故に、全霊だ。

 

 

「────力魔法(ゾルフ)

 

 

 槍は、直前で停滞した。

 

「なんだと……?」

 

 その不自然な現象に、スカサハは眉を顰める。

 因果の逆転を成した槍は、何があっても止まることはない。例えそれが使用者の死であっても、一度投擲されたのならひとりでに動き敵の心臓を貫く。

 だからこそ、まるで槍の時間だけが停止したかのようにピタリと動きが止まり困惑した。

 

力場停止(ゾルフ・メドゥン)。……彼の王や、アラジン程ではないけれど、僕もそれなりに使えるんだ」

 

 ユナンは指を振るう。

 

砂の巨人(ゾルフ・ウルラトゥーゴ)

 

 サァァと、地面の砂が宙に浮き上がる。

 5秒もしないうちにそれは形を取り、砂で出来た巨人へ変わった。

 重力を操ることによって様々な物体を作り出す魔法。どんな形を造るかは術者の意思次第で、巨人から建物、動物まで様々。

 そして今回作り出したこの巨人は、あるマギの少年とその友人に尊敬の念を込めて名を付けた。

 間違っても本家のように、気安くウーゴくんなどとは名付けたりしない。

 

 クイ。ユナンが指を折り曲げると、砂の巨人は勢いよく拳を下から突き上げた。

 巨人の拳によって空へ弾き飛ばされた槍は、速度を落とすことなく何処までも登り続ける。

 推力固定衝(ゾルフ・アッシャーラ)、それがユナンの使った魔法の名だ。

 一定方向に加えられた推力は絶対に消えることなく、永久に続く魔法であり。

 仮に術者であるユナンが死のうと、かけられた者が死のうとも効果は続く。

 それは物であっても同じだ。術の対象となれば、永遠とどこかに吹き飛び続ける。

 これで因果を逆転させようとも、永久に槍がユナンに届く事は無くなった。

 

「──っ」

 

 ほっと一息を着くと、スカサハと目が合った。

 ニッと、ユナンは得意気な笑みを見せる。

 

「……く、くく。はは、あはははははぁ!!!」

 

 たまらずスカサハは声を大にして哄笑を上げた。

 

「自惚れるつもりはないが、よもや魔槍(アレ)がその身に触れることすらかなわぬとはな。やはり魔法使い、その祖の名は伊達ではないということか」

「それ程でもないよ。でも、ありがとう。やっぱり、君は強いね」

「はは、かのマギに言われれば箔が付くというものだ」

 

 軽い会話。激しき攻防のなかで生まれる、たった一時の掛け合い。

 力ではなく言葉を交えて互いを理解し合うというのは、なかなかどうして、存外悪くないものだと、スカサハは思った。

 

「そろそろ、終わりも近いだろう」

「……そうだね」

 

 互いに分かっている。

 これ以上戦いが長引いたところで、いいことなど何もない。

 むしろ体力をすり減らしながら互いに消耗戦に持ち越せば、今以上の耽美な時間など感じられないだろう。

 高揚(ボルテージ)最高潮(マックス)。互いの集中力も、パフォーマンスもここがピークだ。

 今を置いて、全てを出し切るタイミングなど皆無。

 故に、次の行動こそがこの戦いの末を決定付けるものとなる。

 二人の考えることはたった一つ。たった一つの同じこと。

 

 己の全てを次にぶつける! 

 

 ──((否。全力以上をッ!!))

 

 ユナンは魔法を解き、砂の巨人を崩した。

 次に細胞の一つ一つに感覚を研ぎ澄ませ、深く呼吸をする。

 感じる、強大な魔力の渦を。ルフが周囲を飛びまわり、この瞬間も絶えず応えてくれていた。

 まるで頑張れと応援してくれているかのように。

 

 それはスカサハも同様であった。

 周囲を紫紺色のルフが羽ばたき、祝福している。

 スカサハの魔力に反応するようにその数は段々と増えていき、遂には視界を覆い尽くさんばかりのルフの奔流が溢れ出た。

 

雷魔法(ラムズ)……」

 

 まばゆい青い(いかづち)を、ユナンは纏う。

 

「刺し穿つ、突き穿つ……」

 

 呼応して、真紅の魔力が渦を巻いた。

 数瞬の静寂。音が消えて、静謐を迎えた世界のなんと美しきことか。

 

 そして、世界は再び動き出す。

 

 

「────雷光剣(バララーク・サイカ)ッ!! 

 

「──── 貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)ッ!! 

 

 

 極光。山岳を消し飛ばし、大陸の地形すらも変えうる極大の雷。

 かつて、七海の覇王と呼ばれた男が振るっていた最強の剣。

 それに抗いしは、最凶の魔槍。

 星の光にも等しき御柱を、その身を貫かんと紅い彗星が天へ遡る。

 

「────ッ!!」

「────ッ!!」

 

 二つの叫び声は、星の音を殺し尽くす轟音によって掻き消される。

 穿つ、と女王は挑戦的に嗤う。

 迎え撃つ、と始まりの魔法使いは笑う。

 宇宙(ソラ)の理すら揺るがす超越者同士の聖戦は、全てを呑む光に包まれて、その決着を迎えた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「……んっ……っ?」

 

 スカサハは目を覚ます。瞳には、夜の帳が映る。

 

「おはよう。よく眠れたかい?」

 

 聞こえてきた声に顔を横に向けると、釣竿の形状をした杖を横に置いたユナンが居た。

 もう既に治療を終えたのだろう、傷らしい傷は何一つ見受けられない。

 そしてそれはスカサハも同じだった。

 

「……そうか。お前ほどの男をしても、私は殺せなんだか……」

 

 絶望も諦観もない。その言葉には、ただ淡々と事実だけがあった。

 あれほどの攻撃を受けて死ねなかった。その事実をスカサハは吟味する。

 しかし未だに生きているというのに、どうしてだろうか。

 晴れ晴れとした清々しさと、胸の奥底がじんわりと熱くなって満たされている感じがした。

 多幸感にも似た感情が、確かに存在している。

 その事に何だか可笑しくなって、小さい笑いが零れた。

 

「来るのが遅くなってごめんね」

 

 小さく呟かれた。

 視線を動かすと、ユナンが隣に膝を抱えて腰を下ろしていた。

 

「本当は、もっと早くこれたんだ。でも、君に会うことに迷ってた」

「……」

 

 スカサハは黙って聞いていた。

 

「でも、言われたんだ。僕に会えてよかったって、そう言ってくれた子が」

 

 星を見上げる。

 

「誰かを不幸にするだけじゃない。より良い未来を歩めるように、この星を見守るって、それがマギだと思うから」

 

 その双眸の裏には、かつてアルマトランを収めていた偉大なる王の姿が浮かんでいた。

 目を背けない。やれることはやる。全てを知った上で何もせず逃げ出すなんて、本当の魔法使い(ユナン)ならしないだろうから。

 それに夢の中とはいえ、この力を教えてくれたアルマトランの王(あの人)にも申し訳が立たない。

 

「その謝罪ではないけど。スカサハ、君の不死性は取り除いてあげたよ」

「……なに?」

 

 ユナンの言葉に、訝しげに返した。

 

「有り得んな。まさかそんなことが……」

「普通ならね。でも、ルフ達に協力してもらって少し無茶をしたんだ」

 

 こほっ。ユナンが軽く咳をした。

 口元を押さえていた掌を見ると、赤黒い血がベッタリと張り付いている。

 

錬金魔法(アルキミア・アルカディーマ)。本来の使い方とは違うのだけど、なんとかなって良かった」

 

 錬金魔法によって不死性を取り除く方法を思い付いたのは、この世界にはいないマギ、アラジンのお陰だった。

 かつて体を乗っ取られていた少女に、アラジンが錬金魔法を使うことでその体を再構築して遺伝子レベルで別のものと置き換えていた。

 ならばと今回の方法はそこから着想を得て、気絶していたスカサハの体に錬金魔法を使用して、魂の部分に根差していた不死性を取り除いたのだ。

 取り扱っているのが魂というだけに、相当にデリケートで緻密、かつ酷い魔力(マゴイ)の消費を強いられたが、10分の格闘の末何とかなった。

 お陰でユナンの内面はズタズタである。補助魔法(魔術)や治癒魔法(魔術)などで外面は取り繕っているが、本当は喋るのも億劫なのだ。

 

「だけど、確かに君の不死性は消したけど、それは呪いが完全に消えた訳では無いんだ。君が人を外れてしまった事までは消せない。つまり……」

 

スカサハは、続く言葉を察した。

 

「殺されなければ死なない、であろう?」

「……うん」

 

 不死では無くなった。だが不老ではある。

 スカサハの根幹にこびりついた呪いは、あまりにも強力で、あまりにも長く張り付いていたから、半ば魂に癒着している状態だった。

 きっと魂ごと破壊すれば、スカサハを完全に殺せただろう。

 しかしそれをする訳には行かなかった。彼女を死なせてはならない、大きな理由が、ユナンにはあるのだ。

 

「僕なら寝ている君にトドメを刺せた。けれど、ごめんね」

「……出来ない理由があるようだな?」

「うん」

「ならば、よい。忌まわしき我が不死性が消えたというだけでも、大きな収穫であろうよ。そして何よりも、お前と戦えた。それだけでも、この邂逅には意味があった」

 

 胸が踊った。幾年ぶりかに。

 先の戦いを思い出して、また体が身震いをする。そしてほのかに熱を上げた。

 あぁきっと、これ以上の愉悦は存在しないのだろうと、どこかで思う。

 弟子を師事している時や、修羅神仏と戦っている時にも感じたことの無い昂りは、きっと他には存在しない。

 

「そう言ってくれてよかった。それでなんだけど、僕がここに来たのは君にお願いがあってなんだ」

「お主ほどの男からの頼み、か。これは聞かない訳にはいかんな」

「ふふ、ありがとう」

 

 笑って、ユナンは隣に腰かけたスカサハを見返す。

 ここからが本題で、ユナンが影の国に来た本当の目的だ。

 

「今よりも、ほんの少しだけ先のことなんだけど。もしかしたら、この星の歴史を揺るがすことが起こるかもしれないんだ」

「……ほう」

「その時に、一人の少女、あるいは少年がきっと立ち上がる。その子は英雄でもなければ、王としての器がある訳でもない、ただの人の子なんだけど。すこし複雑な運命を背負って産まれてくる」

 

 いつかきっと訪れるであろう未来。

 確定ではない。だがしかし、ユナンにはこの世界がそうなのだという確信にも似た直感があった。

 

「辛いことがいっぱいあって、挫けるような出来事もある。きっと一人では耐えられないようなことが、数えるのも馬鹿らしくなってしまう程に降りかかるから。だからその子が頑張れるように、負けないように、時が来たら君にその子の手助けをしてあげて欲しい」

「それが頼みか?」

「うん。出来れば君が、その子の良い教師になってあげてよ」

「儂が、のう」

 

 英雄でもなければ、王の器ですらない。そのユナンの言葉に、スカサハは疑問に思う。

 はたして、自身が教導したところでそのような者に耐えられるだろうか、と。

 自分で言うのもなんだが、すこし、ほんの少々だけ、本当に雀の涙程度にだが自分は厳しいという自覚はある。

 魔法使いの祖を疑う訳では無いが、やはり疑問は感じずには居られない。

 

「大丈夫。きっとその子に会えば、君も気に入るはずだよ」

「……そうか、他ならぬ主の言葉だ。その時が来るのを期待して待っていよう」

「うん! ありがとう。それじゃあ僕は帰るね」

 

 よっ、と声を上げ杖を支えに立ち上がる。

 ハラハラと、尻に着いた土を払った。

 

魔法使い(ユナン)よ、また逢えるのであろう?」

 

 思わず口を突いて出た自分の言葉に、スカサハは少し驚いた。

 よもや、まさかこの身が別れを惜しむとは。

 キョトンとした顔のユナンは、次にはふっと笑って──。

 

「きっとね」

 

 ──ヒラヒラ。

 

 ルフがざわめき、空へ羽ばたく。

 気付けばそこに魔法使いの姿は無くなっていた。

 

「ふむ、まるで乙女だな。はは、我ながらどうして」

 

 静かに笑う影の女王は、空を見上げる。

 きっと、いつか会える。それは先の話かもしれないが、次に会う時は戦いではない別の何かで。

 似つかわしくないと自覚しながらも、そんな事を思いながら夜を眺めた。

 そこには、宝石を詰め込んだような綺麗な星々がキラキラと輝いているのだった。




:補足
・この時代にはまだ核と言った兵器がないからいくつかの魔術はまだ魔法。
・影の国にはスカサハが認めたものしか入れないが、スカサハが願ってユナンが侵入した為影の国に弾き出されなかった。
・おや、おっぱいタイツ師匠の様子が……?

やめて! ゲイボルクオルタナティブの特殊能力で、ボルグを焼き払われたら、闇のゲーム(一方的)で小動物なユナンの精神まで食らい付くされちゃう!(性的)
お願い、死なないでユナン!
あんたが今ここで倒れたら、アルトリアやあの人との約束はどうなっちゃうの?
ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、師匠に捕食(性的)されずにすむんだから!

次回、ユナン死す! デュエルスタンバイ! (大嘘)



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