殺戮のダンジョンマスター籠城記 ~ヒッキー美少女、ダンジョンマスターになってしまったので、引きこもり道を極める~ (カゲムチャ(虎馬チキン))
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1 プロローグ

万が一の時の為に、こっちにも投稿しておく事にしました。


 引きこもって何が悪い?

 

 全世界の引きこもりを非難する常識人達に対して、私『本城(ほんじょう)(まもり)』はそう問いかけたい。

 引きこもりの何が悪いのか?

 親の脛にかじりついて、無収入のまま寄生虫の如き生活をしている事か?

 それなら、自分の部屋から一切出ないけど、株取引やクラウドワークスをやっていて収入がある私を非難する事はできない筈だ。

 

 それなのに、引きこもりに理解のない両親は、事ある毎に私を外へ連れ出そうとする。

 相談員的な人が定期的に我が家を訪れる。

 私にとっては拷問以外の何物でもない。

 私は、人間という存在を視界に入れるだけで、人の視線を感じるだけで、生理的な嫌悪感を覚えるし、どうしようもない恐怖に襲われる。

 

 それは、もはや病気だ。

 心の病だ。

 人間恐怖症という立派な病気だ。

 さすがに、両親も私が精神を病んだ理由は知っているし、そこに関してだけは理解があるので、無理矢理外出させようとはしない。

 とりあえず、寝てる間に簀巻きにされて家から叩き出されるような事はないと思う。

 だからこそ、この家は私にとって、唯一安心して過ごせる聖域なのだ。

 その聖域に押し入って来る相談員は、正直、死んでほしい。

 絶滅してほしい。

 死んでくれよ、マジで。

 心の底からそう思う。

 

 両親の困ったところは、そんな感じで、私の病を()()()()()()()()()()

 

 私は、そんな辛い闘病生活を送るつもりはない。

 病と共存して生きていく……というか、病を治す事はとっくの昔に諦めている。

 一生家から出ないで、引きこもりとして生きていきたい。

 だからもう、ほっといてほしい。

 

 私が心を病んだ理由は、とっても簡単。

 とっても簡単で、だからこそ、どうしようもない事。

 

 生まれ持った容姿。

 

 これが全ての元凶。

 私は、自分で言うのもアレだけど、絶世の美少女だった。

 街を歩けば、十人中十人が振り返るレベルの美少女。

 それが私。

 まだ普通に外を歩けてた頃は、芸能関係のスカウトが羽虫のように寄ってきてウザかったわ。

 

 けど、それだけなら、まだよかった。

 普通に許容できる範囲内だった。

 最悪なのは、私と関わった人間が、多かれ少なかれ、私に対して特別な感情を抱くという事。

 男には惚れられ、女には嫉妬される事が圧倒的に多かった。

 

 特に、学校という狭い空間に閉じ込められた時が、一番酷かった。

 男子は、私のストーカーになる奴が大量発生。

 女子からは陰湿なイジメを受けた。

 レイプされかけた事まである。

 そいつらは例外なく退学になったけど、退学した後もストーカーを続けて少年院にぶち込まれた筋金入りの変態もいた。

 死ね。

 

 一応は庇ってくれる奴もいたんだけど、大体は私の好感度を上げようとする男子だったし、そんなのはストーカーと大差ない。

 だって、どっちも性的な目で私を見てくるのだから。

 気色悪い事この上ない。

 死ね。

 

 その内、学校に行くのが本格的に辛くなり、精神も限界に達して、私はヒッキーとなった。

 それから数ヶ月。

 私は誰にも文句を言われないように、家にいるままでもできる仕事をやり、収入を手に入れ、立派な引きこもり社会人として生計を立てている。

 たまに両親が企画する『脱☆引きこもり計画! ~守ちゃんを更生させようプロジェクト~』を阻止するのが大変だけど、

 それを差し引けば、一応は平穏と言えるだけの生活を手に入れた、と思う。

 

 ━━だから、思ってもみなかった。

 

 そんな細やかな幸せが、何の前触れもなく崩れ去ってしまうなんて。

 

「……なん……お前……!?」

「……うる……死ね……!」

「……まも……逃げ……!」

 

 突然、一階の方で大きな音が聞こえてきた。

 争うような音。

 怒鳴り声のような音。

 私の部屋は二階で、しかも今は深夜アニメを見てたから、気づくのが少し遅れた。

 慌ててテレビのボリュームを下げた時には、ダンッ、ダンッと、凄い勢いで誰がが階段を上ってくる足音しか聞こえなくなっていた。

 

 そして、そこから数秒としない内に、私の部屋のドアが抉じ開けられる。

 鍵はかけてたのに、関係ないとばかりに蹴り破られた。

 

 壊されたドアの前には、眼鏡をかけた痩せぎすの男が一人。

 

「ハァ……ハァ……! 会いたかったよ、マモリィィィン!」

 

 そいつは興奮したように荒い呼吸をして、血走った目で私を見ながら、学生時代につけられた忌むべきアダ名で私の事を呼んだ。

 その男の全てが私の神経を逆撫でする。

 血の気が引き、鳥肌が立ち、冷や汗が出て、涙が出た。

 歯の根が合わずにガチガチと震え、恐怖で動けなくなる。

 

 でも、そんな中で、私の視線は男の右手に釘付けになっていた。

 正確には、男の右手に握られた物に。

 

 真っ赤な液体をポタポタと垂らす包丁が、男の手には握られていた。

 

「……ぇ」

 

 掠れた声が口から漏れる。

 混乱した頭に、グチャグチャの思考が浮かんでは消える。

 

 血? 包丁? 誰の血? そもそもこいつ誰? 強盗? じゃあ、あれ、パパとママの……

 

「やっと会えたねぇ! 迎えに来たよ、僕のエンジェル!

 君も寂しかっただろう!? まったく、皆酷いよね! 僕達は運命の赤い糸で結ばれた恋人同士なのに、無理矢理引き離すなんて!

 そんな事する奴ら死んで当然だよ! 学校も、警察も、君を縛りつける両親も!

 でも安心して! ちゃんと殺したから!

 学校とか警察は無理だったけど、とりあえず、あの老害どもはちゃんと殺してトドメも刺したんだ!

 これでやっと君を解放できた! さあ! 僕と愛の逃避行(ランデブー)を始めよう!」

 

 狂ったように叫ぶ男。

 その言葉の中に、無視できない事があった。

 

 殺した?

 誰を?

 老害?

 それって、パパとママの事?

 

 その残酷な事実を脳が正しく認識した瞬間、私の心を絶望が襲った。

 パパとママは、この世界で唯一の私の味方だった。

 私を外に出そうとするのは嫌だったし、引きこもりに理解がない態度にイラつく事もあったけど、

 それでもパパとママは、この世界で唯一、私が拒絶せずに一緒にいられる人間だった。

 その二人が死……

 

「ああ! でも、その前に! やっと再会できたんだ! 存分に愛し合おう! 僕はもう我慢できないよ!」

 

 私が絶望に打ちひしがれている間に、男はトチ狂った事を言いながら私に近づいて来た。

 恐怖と絶望と、単純な腕力の差で、ろくに抵抗もできずに手首を掴まれて押し倒された。

 

「嫌! 嫌ぁ!」

「まずは誓いのキスをしようか!」

 

 必死に首を振って、手足をバタつかせて抵抗する。

 お腹の辺りに当たった硬い感触が特に気持ち悪い。

 

「もう! 素直じゃないなぁ!」

「あぐっ!?」

 

 そうしていたら、包丁を持っていない方の手で思いっきりビンタされた。

 片手の拘束は外れたけど、痛みで一時的に体の動きが止まってしまう。

 

「ああ!? ごめんよ! 傷つける気はなかったんだ!

 そうだよね! 君は僕と目も合わせられない恥ずかしがり屋さんだったもんね!

 いきなりキスは早すぎた! 反省するよ!」

 

 男が慌てた様子で言葉を連ねた。

 しかし、直後に恐ろしい事を言い出す。

 

「でもね! こっち(・・・)の昂りはもう抑えられそうにないんだ!」

 

 私のお腹の上にある硬い物が、一際大きくなっていく。

 その意味を悟った私は、それまで以上に激しく暴れた。

 

「ごめんね! 本当はもっとロマンチックな雰囲気で初体験を迎えたかったんだけど! でも、魅力的過ぎる君が悪いんだ!

 大丈夫! 優しくするから……」

 

 そう言いながら男が腰を上げ、足の自由が戻った。

 

 その瞬間、私は渾身の膝蹴りを男の股間にぶち当てる。

 

 ぶにゅりとした気色悪い感触と共に、柔らかいナニカを潰したような感触が膝から伝わってきた。

 

「~~~~~~!?」

 

 男が股関に手を当てて悶絶した。

 手首の拘束も外れている。

 そして、私の手の近くには、男が咄嗟に手放した血に濡れた包丁があった。

 

 私はそれを、思いっきり男の首筋に突き刺した。

 

 何度も、何度も。

 無我夢中で突き刺した。

 男の体から吹き出た血が私にかかる。

 私の聖域が、真っ赤な塗料で汚されていく。

 それでも、私は男の傷口がグチャグチャのミンチみたいになるまで、ひたすらに包丁を突き刺し続けた。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 腕が疲れて動かなくなった頃、ようやく私は手を止めて、動かなくなった男の体を押し退け、押し倒された状態から脱出した。

 男は多分、いや、間違いなく死んでると思う。

 そして、苦悶に満ちた男の死に顔を見て、ようやく思い出した。

 

「こいつ……あの時のストーカー……!」

 

 一年生の頃に私をつけ回して退学になり、退学になってからもストーカー行為をやめずに少年院にぶち込まれた変態。

 いや、こいつの正体なんて今はどうでもいい。

 

「うっ……」

 

 叩かれて痛む頬を押さえながら、私は部屋を出て階段を降りた。

 そして、一階に向かう。

 この嫌な予感が外れてくれる事を祈りながら。

 

 しかし、現実は無情だった。

 

「……ぁ」

 

 一階の廊下にそれ(・・)はあった。

 あってほしくないと願ったものが。

 

「パパ……ママ……」

 

 そこには、折り重なるようにして倒れた、両親の死体があった。

 血がいっぱい出て、二人の周りに血溜まりを作っている。

 どう考えても致死量に達するレベルの出血だ。

 

 震える手で二人の首筋に触れた。

 脈は、なかった。

 

 

 そこから先の事はよく覚えていない。

 パパとママが死んだ事も、私が人を殺した事も、いきなり過ぎて感情が追い付かない。

 警察に通報するとか、そんな考えすらも浮かばすに、ただひたすら呆然としてたような気がする。

 

 その内、朝日が昇ってきて。

 でも、そんな事を気にする気力もなくて。

 私は、いつしか意識を失っていた。

 

 でも、意識を失う寸前。

 

「?」

 

 床一面に、光り輝く魔法陣みたいなものが浮かんだような気がした。

 疲れきった心と頭では、そんな不思議現象に驚く事もできず。

 

 私は、そのまま意識を手放した。



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2 ダンジョンコア

 目が覚めた時、最初に感じたのは床の固さだった。

 固い。

 凄まじく固い。

 廊下とかそういうレベルじゃなくて、まるで岩壁に直接寝そべっているかのようだ。

 圧倒的な寝心地の悪さ。

 私が普段使ってる低反発ベッドを少しは見習え。

 

「うぅん……」

 

 そんな寝心地最悪の場所でいつまでも寝られる筈もなく、私は起き上がった。

 寝ぼけ目を擦りながら辺りを見る。

 なんか、洞窟みたいな背景が見えた。

 

「は?」

 

 状況が理解できずに、数秒間フリーズ。

 その後、目を閉じて、もう一度開く。

 洞窟みたいな背景が見えた。

 目を思いっきり擦る。

 痛い。

 でも、おかげで少しは眠気が飛んだ。

 その状態で、もう一度、目を開く。

 洞窟みたいな背景が見えた。

 OK。

 どうやら、私はまだ寝ぼけているようだ。

 

 とりあえず、思いっきり頬っぺたをつねってみた。

 

「いひゃい!?」

 

 手加減抜きでやったのがマズかった。

 頬っぺたが千切れるんじゃないかと思う程の激痛を感じ、慌てて手を離す。

 でも、おかげで眠気は完全に飛んだ。

 改めて周囲を見回す。

 洞窟みたいな背景が見えた。

 OK。

 どうやら、これは現実のようだ。

 

「???」

 

 理解不能の光景に脳が混乱する。

 この状態は……もしかして、寝ている間にこの洞窟に捨てられたのだろうか?

 両親による『脱☆引きこもり計画! ~守ちゃんを更生させようプロジェクト~』の一環なのだろうか?

 ハッハッハ。

 パパとママも、随分思いきった事をやってくれたな。

 アレだろうか?

 人混みの中がダメなら、大自然の中に慣れろ的なアレだろうか?

 それ、虐待じゃない?

 訴えるよ?

 

 そこまで考えて、私はふと昨日の事を思い出した。

 思い出してしまった。

 

「そうだった……パパとママはもう……」

 

 死んだんだ。

 昨日の出来事は覚えている。

 あまりにも突然の出来事で頭が追い付かなかったけど、パパとママがあのストーカーに殺されたのも、私がそいつを殺したのも、全て現実だ。

 だって……

 

「汚い……」

 

 私の体には、あのストーカーの血がべったりと付いているのだから。

 血液は、もう完全に乾いてカピカピになっている。

 気持ち悪い。

 脱ぎたいし、体洗いたい。

 お風呂入りたい。

 でも、ここは洞窟の中だ。

 

 訳がわからない。

 頭は混乱の極致だ。

 パパとママが死んだ事を悲しむ余裕すらない。

 ストーカーが家に侵入して両親を殺害し、そのストーカーを正当防衛で私が殺害するという異常事態が発生したのに、それ以上の異常事態が現在進行形で発生してるせいで、感情が追い付かない。

 いや、それは逆に良かったのかもしれないけど。

 この異常事態のおかげで、あの殺戮の夜の事を深く考えなくて済むという意味で。

 

 とりあえず、状況を整理しよう。

 

 私は昨日、両親をストーカーに殺されて、そのストーカーを殺して、そして疲れ果てて眠った。

 で、気がついたらここにいた。

 何がどうなったらこうなるの?

 

 誘拐?

 いや、多分それはない。

 だって、私を誘拐したのなら、犯人はとりあえず◯◯◯(ピー)する筈だもの。

 私は超絶美少女だし。

 そして、それだったら、着替えさせられるか、裸に剥かれてる筈。

 いくら超絶美少女でも、さすがに血塗れの女の子を◯◯◯(ピー)したいという特殊性癖持ちは少ないだろう。

 もし、そんな特殊性癖持ちに誘拐されたのだとしたら……頑張ってもう一回殺すしかない。

 

 で、誘拐以外の可能性となると……思い付かない。

 とりあえず、武器になる物を探した方がいいのかな?

 

 そうして、この洞窟の中を改めて見回す。

 テレビで見るような、自然の中にあるとしか思えない洞窟。

 天井までの高さは5メートルくらいで、直径50メートルくらいの円形になってる。

 結構広い。

 入り口は、人が3、4人横に並んで入れるくらいのサイズ。

 外からは太陽の光が見える。

 

 でも、洞窟の中は太陽の光ではなく、ぼんやりと青い(・・)光で照らされていた。

 

「……うん。やっぱり、これが一番のツッコミ要素だよね」

 

 私は後ろを振り向き、この青い光を放つ光源を見た。

 

 それは、ぼんやりと青く発光する、巨大な水晶みたいな謎物質。

 地面から生えるようにして存在するその水晶は、まるで人工物のように綺麗な六角柱の形をしていた。

 天然物なのか人工物なのか。

 そもそも、水晶って発光する物だったっけ?

 多分、違うと思う。

 

「ホント、なんなんだろう、これ」

 

 そう呟きながら私は、なんとなく、そう、本当になんとなく水晶に触った。

 

 その途端、頭の中に膨大な情報が流れ込んできた。

 

「え!?」

 

 またしても発生した異常事態に混乱している間にも、情報の奔流は容赦なく頭の中に入ってきた。

 水晶から手を離す事もできない。

 何故か、溶接されたかのように、手が水晶に張り付いて離れない。

 

 そうしている内に、情報の奔流は止まった。

 そして私は、この水晶が何なのかを知る事となる。

 

 この水晶は『ダンジョンコア』。

 ダンジョンの心臓部であり、地脈や侵入者から魔力を吸い取って、己の体であるダンジョンを大きく成長させていく存在。

 それがダンジョンコアの本能であり、つまり、ダンジョンコアは一種の生命体と言えるのかもしれない。

 

 そして、そのダンジョンコアに選ばれた私は、今この瞬間から『ダンジョンマスター』となった。

 

 ダンジョンマスターとは、その名の通り、ダンジョンの支配者であり管理人。

 ダンジョンコアが己の成長を補助させる為に、強制的に契約を結んで取り込んだ番人。

 この契約を解除する方法はない。

 コアとマスターは一蓮托生。

 コアが砕ければマスターも死ぬ。

 つまり、私は死にたくなければ、このダンジョンコアの成長を助け、ここを立派なダンジョンにして防衛しなければならない訳だ。

 

「ゲームか!」

 

 私は思わずツッコンでしまった。

 これ、もしかしなくてもアレだろうか?

 ネットで流行中の異世界転生というやつだろうか?

 いや、この場合は異世界転移か。

 どっちにしろ、ここが地球じゃない事は間違いないと思う。

 地球にダンジョンコアなんて代物は存在しない。

 案外、私が知らないだけで、国とかが必死で隠してるSFパターンかもしれないけど、それならまだ異世界と言われた方が納得できる。

 

 まあ、それはいいや。

 とりあえず、私は異世界転移(仮)をしたと思っておこう。

 

 で、私がこの異世界(仮)で生きていく為には、ここに鉄壁のダンジョンを作り上げなければいけない訳だけど。

 前途多難だ。

 なにせ、このダンジョンコアは生まれたてホヤホヤ。

 このダンジョンは、迷路もない、モンスターもいない、ダンジョンを強化する為の魔力(DP(ダンジョンポイント)というらしい)もない。

 あるのは洞窟の一部屋と、ダンジョンマスターが一人だけという、ないない尽くしの極貧状態。

 

 しかも、それらの問題より遥かにヤバイ、最大の問題が一つある。

 

「別に生きてく必要ないよなぁ……」

 

 そう。

 私に生きる気力がないという事だ。

 唯一の身内を失い、友人の一人もいない私は、正直、この世への未練がないに等しい。

 このまま野垂れ死んじゃっても別にいいやとしか思わない。

 私をマスターとして取り込んだこのダンジョンコアは、選択を間違えたとしか言いようがないだろう。

 

「はぁ……寝ようか」

 

 私は、なんかもう全てがどうでもよくなり、ダンジョンコアに背を預けて寝る事にした。

 寝心地は最悪だけど、無駄に起きてる気にはなれなかったから。

 

 でも、私が眠りにつく事はなかった。

 

「え?」

 

 ダンジョンマスターになった事で新たに発現した感覚が、警鐘を鳴らしている。

 この感覚は……侵入者だ。

 入り口の方を見れば、そこには三匹のモンスターがいた。

 人間の子供くらいの大きさをした、醜い小鬼のようなモンスター。

 

「ゴブリン……?」

 

 思わず口から出てしまった声で、ゴブリン達は私を見つけたのだろう。

 私の姿を見てゴブリン達は……ニチャリと、嫌悪感を催す醜悪な顔で嗤った。



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3 初戦闘

「ひっ……!」

 

 私の口から、反射的に悲鳴が出た。

 似ていたのだ。

 ゴブリン達が私に向ける視線が。

 両親を殺した、あのストーカーと。

 

 つまり、あいつらは、性的な目で私を見ている。

 

 聞いた事がある。

 ゴブリンは、邪悪で、ずる賢くて、そして人間の女を◯◯◯(ピー)して繁殖する。

 某ゴブリンをスレイする漫画は私も読んでた。

 私の感じる悪寒と恐怖が本物なら、このゴブリンどもは、あの漫画に出てくるゴブリンと大差ないだろう。

 

「ギィ!」

「ギギ!」

「ギィギィ!」

 

 三匹のゴブリンが、戦闘力を持たない哀れな生け贄(わたし)に近づいて来る。

 怖い。

 怖い。

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 

 さっきまでは野垂れ死んでもいいと思ってたのに。

 今はどこまでも死ぬのが怖い。

 いや、死ぬ事よりも、その前に味わうだろう苦しみを想像すると、どうしようもない程、怖くて嫌だ。

 嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ。

 こんな、こんな死に方は望んでない。

 

「ぃ……ゃ……」

 

 その小さな声を合図にしたかのように、三匹のゴブリンが私に向かって走り出す。

 きっと、ゴブリンどもは、あの手に持った粗末な棍棒で私を殴って、あの腰布の中にある粗末な棍棒(比喩表現)で、私をズッコンバッコンと◯◯◯(ピー)するのだろう。

 

 そんな絶望の未来を回避する為に、体は私の予想に反して冷静に動いた。

 

 もしかしたら、あのストーカーを撃退した事で、精神的な耐性でも出来たのかもしれない。

 体の震えは止まらないし、溢れ出る涙も止まらない。

 それでも、体は動いた。

 

「メニュー!」

 

 私の体は、咄嗟に最善と思った行動を取っていた。

 剥き出しのダンジョンコアに触れながらそう叫ぶと、私の前に透明なディスプレイが現れる。

 そこに表示されているのは、ダンジョンコアの能力で召喚可能なモンスターの一覧。

 でも、それを行う為の魔力、DPは、現在僅か12DP。

 これじゃ、スライム一匹(10DP)くらいしか喚べない。

 私のラノベを参考にした想像が間違っていなければ、スライムはゴブリンよりも格下だと思う。

 壁になるかも怪しい。

 

 でも、私は諦めない。

 DPがないなら増やせばいい。

 ダンジョンコアの情報を頭の中にインプットされた私は知っている。

 DPを増やす方法はいくつかある。

 地脈から魔力を吸収する自動回復。

 侵入者を殺す事。

 侵入者がダンジョンエリア内にいる状況を維持する事。

 アイテムをDPに還元する事。

 

 そして、━━ダンジョンマスターからの直接注入。

 

「行っけぇええええええええ!」

 

 ダンジョンマスターが自分の魔力を注入する事によって、ダンジョンコアはそれをDPに変換できる。

 私に魔力なんてものがあるのかはわからない。

 私は生まれてこの方、魔力なんてものを感じた事はないし、そんなものはフィクションの中にしかないと思ってきた。

 でも、ここは異世界(多分)だ。

 ダンジョンコアがあって、ゴブリンがいて、なら、私に魔力くらいあっても不思議じゃない!

 お願いだから、助けて私の魔力!

 

 そんな私の祈りは、届いた。

 

「「「ギィ!?」」」

 

 ダンジョンコアが一際激しく発光する。

 それに驚いたのか、ゴブリンどもが足を止めた。

 メニューを見れば、凄い勢いでDPが増えている。

 これは、ご都合主義きたかもしれない!

 

「召喚!」

 

 そして私は、一気に増えたDPでモンスターを召喚した。

 選んでいる暇はなかったから、心の中で「今あるDPで喚べる、一番強いやつ!」と念じながら。

 このメニューは、別にタッチパネル式じゃないから、それだけで召喚は成立する。

 

 そして、私の目の前に光り輝く魔法陣が展開され、その中心から一体のモンスターが現れた。

 

 西洋の全身甲冑、フルプレートメイルみたいな、鉄色の鎧。

 どこまでもシンプルな形状で、どこまでもシンプルな色合い。

 剣も盾も持っておらず、武装の一つもしていない。

 

 でも、感じる力はゴブリンよりも遥か格上。

 

 それを見て私は思った。

 助かったかもしんないと。

 

「命令! 侵入者を駆逐せよ!」

 

 咄嗟に口から出た命令に従って、鎧が動き始めた。

 見た目に反して、かなり俊敏な動きで。

 そのまま、鎧はゴブリンの一匹に、その拳を叩きつけた。

 

「グギャッ!?」

 

 武装がないとはいえ、鎧の拳は文字通りの鉄拳。

 その破壊力にゴブリンは耐えられず、頭蓋骨をひしゃげながら崩れ落ちた。

 ダンジョンマスターとしての感覚が、新しくDPが入ってきた事を告げる。

 つまり、あのゴブリンは死んだのだ。

 

「ギィッ!」

「ギギィッ!」

 

 残る二匹のゴブリンが、細い木の幹をそのまんま使ったような、粗末な棍棒を鎧に叩きつける。

 だが、効かない。

 鎧は体を守る為の防具。

 その防御力は伊達じゃないらしい。

 

 攻撃が効かない事に動揺したゴブリンは、一匹が鎧に蹴り飛ばされて、洞窟の壁に叩きつけられ、

 もう一匹は、振り向きざまの右ストレートを食らって沈んだ。

 どっちのゴブリンからも、DPが入ってきた感覚がある。

 死んだのだ。

 全滅したのだ。

 

 つまり、私は生き残った。

 

「か、勝った……助かった……」

 

 私は、未だに恐怖でドクドクと脈打つ心臓の鼓動を感じながら、フラフラと、その場に崩れ落ちた。

 お尻と膝が岩壁に打ち付けられて痛い。

 でも、そんな事が気にならないくらい、私はホッとした気持ちでいっぱいだった。



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4 ステータス

 さて、いつまでも座り込んでいる訳にもいかない。

 何故かクラクラとする頭を抑えながら立ち上が……ろうとしたけど、めんどくさかったので座ったまま状況を確認する。

 

「鑑定」

 

 まずは、ダンジョンマスターの能力の一つ、鑑定を発動させる。

 様々なラノベでお馴染みのこの能力は、大体様々なラノベで出てくるのと同じ効果がある。

 すなわち、対象のステータス(・・・・・)を見る事ができるのだ。

 まあ、ダンジョンエリア内限定だけど。

 

 それを使って、まずは鎧を鑑定する。

 

ーーー

 

 リビングアーマー Lvーー

 

 HP 499/500

 MP 0/0

 

 攻撃 300

 防御 450

 魔法 0

 魔耐 450

 速度 150

 

 スキル

 

 なし

 

ーーー

 

 ああ。

 この鎧、リビングアーマーだったんだ。

 割りと色んな作品に出てくる、結構メジャーなモンスターだ。

 動く鎧。

 一応、メニューに載ってるリビングアーマーの情報を閲覧。

 

ーーー

 

 リビングアーマー

 

 動く鎧。

 意思を持たない無生物系モンスター。

 与えられた命令を忠実に遂行する。

 

 お値段 4000DP

 

ーーー

 

 おお!

 意思を持たない!

 素晴らしい!

 人間不信の私にはぴったりのモンスターだ!

 お値段って言い方がちょっと気になるけど、そんな事は些細な問題!

 

 とりあえず、リビングアーマーの詳細な情報を鑑定してみたら、無生物系のモンスターにはLvがないから成長しないし、HPも自動では回復しない事がわかった。

 めっちゃ慌てたけど、すぐに、そこはDPで解決できるとわかって一安心。

 

 早速、残ってた30DP(多分、ゴブリン一匹10DP、やっす)を使って、リビングアーマーを修復した。

 ダメージが少なかったからか1DPで直ったけど、残り29DPって半端だから、もうリビングアーマーの強化に使っちゃう事に。

 防御が20上がった。

 ……上昇の仕方が今一よくわからない。

 

 しかし、リビングアーマー、お値段4000DP?

 ウチにそんな蓄えはなかった筈だけど。

 

 リビングアーマー……いや、ここは命の恩人ならぬ恩鎧に敬意を込めて、リビングアーマー先輩と呼ばせてもらおう。

 リビングアーマー先輩の召喚前にあったのが、多分、自然回復で手に入ったと思わしき12DP。

 今ある(あった)30DPは、ゴブリンを殺して手に入った分だから除外するとして、

 つまり、12DP+私が注入した魔力をDPに変換した分。

 その全てを使いきってリビングアーマー先輩を召喚したんだろうけど、それだと私が3988DP分の魔力を一気に注入した事になる。

 だとしたら、私の魔力量、ちょっと化け物過ぎじゃない?

 

 とりあえず、私のステータスも鑑定してみる。

 これに関しては鑑定機能を使うまでもなく、「ステータス」と唱えるだけで見れた。

 

ーーー

 

 ダンジョンマスター Lv2 

 名前 ホンジョウ・マモリ

 

 状態異常 疲労

 

 HP 18/22

 MP 12/4400

 

 攻撃 6

 防御 5

 魔力 1050

 魔耐 11

 速度 8

 

 ユニークスキル

 

 『大魔導』

 

 スキル

 

 なし

 

 称号

 

 『勇者』『異世界人』『誤転移』

 

ーーー

 

 待て。

 色々、待て。

 ツッコミどころが多すぎる。

 

 まず、Lvがいきなり2になってる。

 でも、まあ、これは然したる問題じゃない。

 多分、さっきゴブリンどもをリビングアーマー先輩が屠殺した影響だろう。

 リビングアーマー先輩と、パーティー的な何かを組んでた的な扱いになったとか、そんな感じじゃない?

 知らんけど。

 

 状態異常の疲労は……うん、心当たりしかない。

 納得と言わざるを得ない。

 

 HPの量は普通、なんだろうか?

 比較対象がいないからわかんないけど、まあ、Lv2のステータスと言われれば納得できる数値ではある。

 それは他のステータスも同様。

 

 ただし、MPと魔力。

 テメーらはダメだ!

 

 特にMP!

 何、4400って!?

 HPの200倍なんですけど!

 おかしい。

 これは絶対おかしい。

 いや、ある分には構わないし、むしろウェルカムなんだけど、異常な事っていうのは、それだけで精神を疲弊させるのだよ。

 あ……心なしか、状態異常の疲労が濃くなった気がする。

 

 そ、それはともかく。

 こうしてMPがごっそり減ってるって事は、多分、いや、間違いなく、ダンジョンコアに注ぎ込んだ魔力ってMPの事だと思う。

 試しに、残ってたMPを全部注いでみたら、DPが12ポイント増えた。

 どうやら、1MP=1DPらしい。

 予想はできた事だけど。

 

 で、次に、ユニークスキル『大魔導』とかいうやつ。

 ……字面からして、多すぎるMPと魔力はこのスキルが原因な気がしてならない。

 とりあえず、詳細を表示!

 

ーーー

 

 大魔導

 

 MP、魔力のステータスを大幅に上昇。

 魔力関連スキルの獲得熟練度を大幅に上昇。

 

ーーー

 

 ユニークスキル

 

 選ばれた者のみが獲得できる特殊なスキル。

 生まれついてのものが殆どであり、後天性のユニークスキルはほぼ存在しない。

 

ーーー

 

 やっぱり、犯人は大魔導だった。

 だが、グッジョブ。

 なんでこんなもんを私が持ってるのかわからないし、得体の知れないものは、なんか嫌だけど、

 それでも、このスキルのおかげでリビングアーマー先輩を召喚できたと言っても過言ではない。

 敬意を込めて、大魔導先輩と呼ばせていただこう。

 

 そして、ユニークスキル。

 選ばれた者のみが獲得できるって、何、その中二設定。

 中二心が疼くわ。

 私だってヒッキーの端くれ。

 暇な時間でネット小説は読み漁った。

 中二病くらい、標準搭載してるわ!

 

 まあ、私が天才かもしれないという素晴らしい事実は置いといて、次に行こう。

 次は称号。

 『勇者』と『異世界人』と『誤転移』。

 多分、これが一番のツッコミどころにして、全ての元凶だと思う。

 

ーーー

 

 称号

 

 その人物に付与される特殊ステータス。

 持っている者は非常に少ない。

 

ーーー

 

 勇者

 

 神の選別によって異世界から召喚され、人類の為に魔王と戦う事を宿命づけられた者達に与えられる称号。

 この称号の持ち主に、ユニークスキルを付与する。

 この称号の持ち主に、成長補正を付与する。

 

ーーー

 

 異世界人

 

 異なる世界から訪れし者達に与えられる称号。

 この称号の持ち主に、この世界の文字、言語を理解する能力を付与する。

 

ーーー

 

 誤転移

 

 本来の召喚場所へと召喚されず、勇者としての使命を受ける事ができなかった、はぐれ勇者に贈られる称号。

 この称号を持つ者は、勇者として扱われない。

 

ーーー

 

 うん。

 案の定、ツッコミどころの山だ。

 

 まず、勇者の称号。

 魔王と戦う事を宿命づけられるって何やねん?

 それ、ただの道具か兵器じゃないの?

 というか、私がユニークスキル持ってるのは、この称号のおかげかい。

 私が天才だった訳じゃないのね。

 凄まじくガックリきた。

 というか、魔王って何?

 神って誰?

 

 異世界人の称号については……まあ、妥当。

 あえて言うなら、この称号のせいで、ここが異世界だという事が確定したくらいか。

 

 で、最後に誤転移。

 これに関しては……正直、助かったと言った方がいいのかもしれない。

 勇者の称号の説明文を見るに、もし誤転移せずに普通の勇者として召喚されていた場合、私は大大大っ嫌いな人類を守る為に、無理矢理命懸けで戦わされてた可能性が高い。

 そう考えれば、この状況はまだ良かったと思える。

 私は自由だ。

 

「はぁ……なんか疲れた」

 

 いろんな情報を一度に詰め込もうとしたら凄い疲れた。

 一度疲れたと思うと、今までの疲れも一気に襲ってくる感じがして、余計辛い。

 起きてからそんなに経ってないけど、無性に寝たいわ。

 この眠気は、疲労のせいかもしれないし、もしかしたらMPが尽きてる影響もあるのかもしれない。

 

 とにかく、こんな疲労状態じゃ、まともに今後の事を考える事すらできないだろうし、リビングアーマー先輩に警備を任せて、一旦寝よう。

 ……寝心地悪いなぁ。

 何せ、岩壁の上に直だもん。

 せめて、布団ないかなぁ。

 

 とか思ってたら、召喚可能なアイテムの中に布団と、ついでにパジャマがあった。

 二つ合わせて、30DP。

 足りない。

 さっきのDP、リビングアーマー先輩の強化に使うんじゃなかったかもしれない。

 

 なんとかならないかと考えて、ふとゴブリンの死体が目に入った。

 ……そういえば、あれってアイテム扱いになるのかな?

 だとすれば、還元してDPにできるかもしれない。

 

 結論から言うと、できた。

 ゴブリンの死体三つと、持ってた棍棒や腰布を全部還元したら、ぴったり30DPになった。

 

 なので、早速、血塗れの服を脱いで、ついでに汚れてない部分で体にかかった血を拭いてから(カピカピで中々落ちなかった)、パジャマに着替えて布団に入り、ようやく少しだけ落ち着いて眠れた。

 

 お休みなさい。



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5 将来設計

 寝て起きたら、大分、気分が落ち着いて、気力が回復してきた。

 やっぱり、人間一回寝ると落ち着くっていうのは本当だ。

 今の私が人間と言えるかどうかは微妙なところだけど。

 ステータスの種族覧っぽい所に、ダンジョンマスターって出たし。

 

「ステータス」

 

 とりあえず、状態異常の疲労が取れてるのか確認する為に、ステータスを開いた。

 ダンジョンのメニューと似たような透明なディスプレイが目の前に現れ、そこに私のステータスが表示される。

 しかし、そこにはちょっと予想外の表示がされていた。

 

ーーー

 

 ダンジョンマスター Lv3

 名前 ホンジョウ・マモリ

 

 HP 24/24

 MP 5000/5000

 

ーーー

 

 Lvが一つ上がっていた。

 というか、MPの上昇率凄いな。

 

 何故かと思って洞窟の中、いや、ダンジョンの中を見渡せば、ゴブリンの死体が五つくらい転がってた。

 そして、返り血にまみれて佇むリビングアーマー先輩の姿が。

 倒してくれたらしい。

 メニューを確認すれば、ちょっとだけDPが増えてる。

 早速、ゴブリンどもの死体を還元し、そのDPを使ってリビングアーマー先輩の損傷を直した。

 大したダメージはなかったから、3DPくらいで完治したけど。

 リビングアーマー先輩、強い。

 ……でも、襲撃されたのに寝こけてたっていうのはマズイな。

 今度から、何か対策しよう。

 

「さて」

 

 最低限の確認を終えてから、私は考え始めた。

 これからどうするのか。

 私はどうしたいのか。

 そういう事を。

 

 最初は、ここで適当に野垂れ死んでもいいと思ってた。

 パパもママも死んじゃったし、こんな所に異世界転移した以上、もう私の自宅(聖域)には帰れない。

 戻れたとしても、あそこは凄惨な殺人事件が起こった現場だ。

 今までのように、ひっそりと引きこもりを続ける事はできないだろう。

 あそこは、私の世界の全てだった。

 つまり、私は世界の全てを失ったのだ。

 

 もう、私に生きる気力はない。

 生きてる意味もない。

 でも、さっきゴブリンどもに襲われて気づいた。

 私には生きる気力がなくて、でも、死ぬ勇気もなかったんだと。

 

 ゴブリンどもに襲われた時、死ぬのが、殺されるのが、乱暴されるのが凄く怖かった。

 いや、ゴブリンの時だけじゃない。

 ストーカーの時も同じだ。

 だから私は、必死であいつを刺し殺した。

 

 今だってそうだ。

 舌を噛みきるなり、岩壁に頭ぶつけるなり、リビングアーマー先輩にダンジョンコアを破壊してもらうなりすれば、死ぬ事はできる。

 なのに、私にはそれを実行する勇気がない。

 結局、私は自分から死ぬ事なんてできないのだ。

 辛い事から逃げて、引きこもりの道を選んだ私には。

 

 だったら、どうするのか。

 答えは最初から決まってたのかもしれない。

 だから、ステータスなんて確認した。

 生きる為の手段を模索した。

 結局、ダンジョンコアの思惑通りという訳だ。

 

「私は……ダンジョンマスターになる」

 

 ダンジョンマスターになって、難攻不落の大迷宮を造って、そこを新しい聖域にしよう。

 何人たりとも攻略できない。

 ストーカーだろうと、ゴブリンだろうと、勇者だろうと、魔王だろうと、私の元までは辿り着けない、辿り着かせない、鉄壁の大迷宮を造ろう。

 そして私は、そんな大迷宮の奥底に引きこもる。

 もう二度と、あんな怖い思いをしなくて済むように。

 

 私は、引きこもり道を極めてやる。

 

「よし! そうと決まれば、早速、ダンジョンを造ろう!」

 

 そうして私は、再びメニューを開いてダンジョンの強化を始めた。

 全ては、私の安寧なヒッキー生活の為に。

 私の安寧を脅かす者は、誰であろうと……

 

「━━皆殺しにしてやる」

 

 その時、私は嗤っていた。

 狂ったような笑顔を浮かべながら、私はダンジョンを造っていく。

 私の為の。

 私の為だけの楽園を。



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とある勇者達の異世界召喚

「今日も本城さんはお休みですか……」

 

 月曜日のホームルーム。

 出欠を取った担任の教師である『空野(そらの)(あかね)』先生、通称ソラちゃん先生が沈痛な表情でそう呟いた。

 この先生は良い人だ。

 普通に生徒達に親身で優しいし、

 それに、教師としての責任問題とか、本城さんへの個人的な感情とかじゃなくて、一人の人間として、本心から引きこもりになった本城さんを心配している。

 人間観察のプロを自称する俺にはよくわかる。

 ついでに、どう見ても俺達より年下にしか見えない合法ロリってところも、俺的にポイント高い。

 

 

 このクラスの、否、学校中のアイドルだった『本城(ほんじょう)(まもり)』さんが引きこもりになってから、早数ヶ月。

 最近になって、ようやくその大事件による衝撃も落ち着いてきた。

 

 それくらい、本城さんが他者に与える影響は凄まじかったのだ。

 アイドルなんて目じゃない凄まじい美貌!

 守ってあげたくなるような、儚い雰囲気!

 艶々の黒髪に、ボンキュッボンのナイスバディ!

 思わず、遠くからの人間観察を至上とするこの俺が、血迷ってラブレターを書きそうになるくらいに魅力的な人だった。

 

 そして、そんな感じで彼女に魅了されたのは俺だけじゃない。

 男子の大半は本城さんに惚れていた。

 あわよくばという思いを抱かなかった奴などいないだろう。

 逆に、女子は本城さんを蛇蝎の如く嫌ってたね。

 男の嫉妬は見苦しいってよく言うけど、女の嫉妬はもう怖いとしか言えないわ。

 それくらい、本城さんへの陰湿なイジメは、目を覆いたくなるレベルだった。

 男子が肉壁になったから、本城さんへの物理的ダメージはそれ程でもなかったけど、精神的ダメージまでは防げない。

 しかも、男子が庇うせいで、余計に女子の反感を買ってイジメが終わらないという。

 俺には、本城さんの目がどんどん濁っていくのが手に取るようにわかった。

 なんとかしようにも、無力なボッチでしかない俺には何もできなかったけど。

 

 その内、ストーカーとかも出現して、一年の頃には少年院にぶち込まれる筋金入りの変態まで現れるという世紀末っぷり。

 そりゃ、引きこもりになっても仕方ないわ。

 むしろ、そんな状況でも、二年の頭くらいまでは学校に来てた本城さんのメンタル凄ぇというレベル。

 

「守……心配だな」

 

 ふと、そんな呟きが聞こえた。

 一番後ろの席という、人間観察に最適なベストポジションを手にした俺には、今の声の主が誰なのか、手に取るようにわかる。

 ボソリとそう呟いたのは、クラス1のイケメンボーイ『神道(しんどう)悠真(ゆうま)』だ。

 イケメンな上に、成績優秀、スポーツ万能、おまけに人当たりも良くて正義感が強いという、完璧を絵に描いたような奴。

 その正義感の強さで、よく本城さんを庇ってたわ。

 

 まあ、こいつも他の男子の例に漏れず、本城さんに惚れてたんだけどな。

 

 最初の方はそうでもなかったみたいだけど、イジメられてる美少女をイケメンの自分が助けるという、まるで少女漫画みたいなシチュエーションが続いた結果、神道もまた本城さんに魅了された。

 それでも、恋心よりも正義感優先で本城さんを助けてたのは凄いと思ったけど。

 本城さんには通じてなかったけどな!

 しかも、イケメンで女子にモテる神道が積極的に本城さんを庇ってたせいで、女子の嫉妬に拍車をかけていたという……。

 報われねぇ。

 

「そうね」

「だな」

 

 そして、神道の呟きに同意したのは、眼鏡をかけた文系の美少女と、体育会系のスポーツイケメン。

 『魔木(まぎ)彩香(あやか)』と『(つるぎ)恭四郎(きょうしろう)』だ。

 二人とも神道の幼馴染で仲良し三人組……に見えるが、実際は結構ドロドロの三角関係を形成していらっしゃる。

 魔木は神道の事が好きで、剣は魔木の事が好きなのだ。

 で、渦中の神道は二人の気持ちに気づかずに、あろう事か本城さんに惚れていたと。

 三角関係っていうか、本城さんも入れたら四角関係か。

 昼ドラもビックリのドロドロっぷりですよね。

 勝手に巻き込まれた本城さんは気の毒としか言えない。

 

 最悪なのは、魔木もまた嫉妬に狂って、陰で本城さんをイジめてた事だよ。

 しかも、剣はそれを知ってて見て見ぬ振りをした。

 つまり、今の神道に同意した心配の言葉は、薄っぺらい嘘という事だ。

 ちなみに、神道は何も気づいていない。

 ……彼は案外、馬鹿なのかもしれない。

 

 と、そんな感じで人間観察をしていた時、唐突にそれ(・・)は起こった。

 

 教室の床が、突然発光したのだ。

 眩し!?

 

「きゃあ!?」

「な、なんだ!?」

 

 眩しさを我慢して目を開けてみると、教室の床には、光で出来た魔法陣みたいな模様が描かれていた。

 クラスメイト達が驚愕の声を上げる中、魔法陣がドンドンと輝きを増していく。

 

「落ち着いて! 皆、落ち着いてください!」

 

 ソラちゃん先生が必死に声を張り上げるけど、どう見ても本人が一番混乱してる。

 でも、他人が混乱してるの見ると、案外落ち着くって本当らしいな。

 俺はちょっとだけ冷静になったよ。

 そして、そんな、ちょっとだけ冷静になった頭で考えてみる。

 この展開は……どう考えても……

 

「異世界召喚……なのか?」

 

 俺がそんな呟きを漏らした瞬間、魔法陣が一際強く発光し、視界が真っ白に染まった。

 もう目を開けていられない。

 

 そうして俺は、俺達は、魔法陣の光に呑み込まれた。



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6 本格始動

 さて、ダンジョンを造るに当たってまずやるべき事は何か。

 階層を造る事に決まってんだろ。

 改めて考えるまでもない。

 むしろ、これがわからない奴がいたら、そいつの頭を疑う。

 

 何せ、私の新たなる聖域こと、ダンジョンは未だにちょっと広めの洞窟くらいのスペースしかないのだから。

 これをダンジョンとは呼べない。

 ただの洞窟だ。

 ダンジョンコアと美少女とリビングアーマーがいるだけの洞窟だ。

 よって、私の最初の仕事は新しい階層を造る事……と思ったんだけど、いきなり問題にぶち当たった。

 

 DPが足りない。

 

 まさかの資金不足。

 階層の追加に必要なDPは5000。

 私の全MPをDPに変換すれば、ギリギリ足りなくはない。

 ただし、それをやってしまうと、他の強化が一切できなくなる。

 階層の追加は、本当に階層を追加するだけだ。

 だだっ広い空間を造るだけ。

 迷路もない、トラップもない、モンスターもいない、ただ広いだけの空間を造る事しかできない。

 これで、どう防衛しろと?

 

 という訳で、階層の追加は諦めた。

 というか後日に回した。

 ただの洞窟がダンジョンに進化する日は、まだ遠い。

 DPを貯めてから出直すのだ。

 

 代わりに、このダンジョン唯一のモンスターであるリビングアーマー先輩と、このダンジョン唯一の階層であるこの部屋の強化をする事にした。

 

 まずは、私の全MPをダンジョンコアに注ぎ込んで5000DPを確保。

 それから、この部屋の後ろに小部屋を造り(お値段500DP)、そこにダンジョンコアを移動させた。

 ダンジョンコアの移動は、割りと簡単にできるのだ。

 ただし、侵入者が近くのフロアまで来ていない時に限る。

 ついでに、私も奥の小部屋に引っ込んだ。

 ダンジョンマスターと言うだけあって、ダンジョン内の様子はどこにいても確認できるから、困る事はない。

 

 そして、入り口の部屋に『ボス部屋』という特殊な設定を施した(お値段1000DP)高い。

 しかし、このボス部屋というシステムには、1000DPを支払うだけの価値がある。

 

 ボス部屋とは、その名の通り部屋のボスを設定し、そのボスが倒されない限り、ネズミ一匹たりとも先のフロアへと進ませないようにするシステムなのだ!

 つまり、リビングアーマー先輩がやられない限り、私の生存は確約される訳だ。

 素晴らしい。

 

 しかも、それだけでなく、ボスとして選択したモンスターのステータスを大幅に上昇させてくれる。

 具体的には、全ステータス3倍だ。

 凄まじい。

 もう、1000DPでもお釣りがくるわ。

 

 あと、戦闘が始まったら入り口が閉じて、侵入者を逃がさないようにもなっている。

 大魔王からは逃げられない的なアレだ。

 これはこれで、ありがたい。

 侵入者を生かして帰したら、ダンジョンの場所が知れ渡っちゃいそうだし。

 それは困る。

 普通のダンジョンならともかく、ウチに関して言えば、侵入者なんて来ないに越した事はないんだから。

 

 さて。

 何はともあれ、これにて残りは約3500DP。

 そこから更に1000DPを使って、ボス部屋の中にトラップを敷き詰めた。

 落とし穴、吊り天井、伸びる床、剣山、壁から矢、ギロチン。

 一先ずはこれだけ。

 これだけでも、リビングアーマー先輩と連携させれば、かなりの殺傷力を誇る筈だ。

 手数は強さ。

 

 そして、次はリビングアーマー先輩の武器だ。

 さすがに、素手のままよりは剣の一本でも持たせた方が強いだろう。

 騎士風の鎧だし。

 剣とか盾とか持ってた方が自然だ。

 

 という訳で、200DPを使って『鋼の剣』を、800DPを使って『黒鉄の盾』を出して、リビングアーマー先輩に装備させた。

 盾の方に多くのDPを割いたのは、リビングアーマー先輩のHPが自然回復しないからだ。

 なるべくダメージを抑えてほしいとの願いから、かなり良質な盾を出した。

 

 これで、残り1500DP。

 できれば、このDPでリビングアーマー先輩を更に強化したい。

 ステータスも強化したいし、欲を言えば、リビングアーマー先輩の材質自体をもっと良質な金属にしたい。

 

 今のリビングアーマー先輩は、リビングアーマー(鉄)だ。

 これを剣と同じ鋼にするだけでもステータスは大きく向上するし、盾と同じ黒鉄にすれば、もっと飛躍的に強くなると思う。

 詳細に鑑定してみた結果、リビングアーマーというモンスターは、材質が強さに直結するらしいから。

 

 しかし、ここは……涙を飲んで、残りのDPを貯金に回す。

 鋼にしても黒鉄にしても、全身鎧を構築するだけの量を出そうと思ったら、相当高くつく。

 鋼でもギリギリだ。

 黒鉄のボディなんて6000DPもする。

 階層追加より高いとか……。

 黒鉄の盾は800DPなのに。

 なんだろう。

 加工費が高いんだろうか?

 なんにしても、これは手が出ない。

 

 という事で、この1500DPは貯金だ。

 MPは寝れば全快するみたいだから、明日の分と合わせて階層の追加と改造に使う。

 リビングアーマー先輩の強化は……残念だけど、また今度だ。

 仕方ない。

 私だって、お風呂とか造りたいのを我慢してるんだし、リビングアーマー先輩にも我慢してもらおう。

 

 それでも、今までの強化で、リビングアーマー先輩のステータスはこんな感じになった。

 

ーーー

 

 リビングアーマー Lvーー

 

 HP 1500/1500

 MP 0/0

 

 攻撃 900 

 防御 1410

 魔法 0

 魔耐 1350 

 速度 450

 

 スキル

 

 なし

 

ーーー

 

 『鋼の剣』 耐久値500

 

 効果 攻撃+20

 

 鋼で出来た剣。

 とても頑丈に作られている。

 

ーーー

 

 『黒鉄の盾』 耐久値1000

 

 効果 防御+300 魔耐+300

 

 黒鉄で出来た盾。

 凄まじく頑丈に作られている。

 

ーーー

 

 比較対象が私くらいしかいないから今一よくわからないけど、それでも防御力4桁は間違いなく強いとは思う。

 これなら、ゴブリンくらい無傷で倒してくれそうだ。

 実に頼もしい。

 心強い。

 

 そして、リビングアーマー先輩は、ダンジョン入り口の横に配置した。

 どうせリビングアーマー先輩が倒されない限り、この先に侵入される事はないんだから、少しでも侵入者を不意討ちできそうな場所に居てもらった方がいいと思って。

 

 で、私はと言うと、起きていてもやる事がないので、MPを回復させる為に、さっさと寝る事にした。

 念の為に、メニューを弄って、侵入者が来たら警報が鳴るように設定して。

 

 では、お休みなさい。



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7 駆け出し冒険者

「アデル、この辺りか?」

「そうじゃないですかね。依頼にあった通り、ゴブリンが結構出てくるようになりましたし」

「はぁ……ゴブリン退治とか、マジ萎えるわ。早くドラゴン退治とか、魔王討伐とかしてみたい」

「文句言わないでください、キース。

 そんな調子じゃ、ゴブリン相手にすら殺されますよ」

「いや、アデルは女だし、殺されはしないんじゃないか? まあ、死ぬより酷い目に遭うかもしれないけど」

「縁起でもない事言わないでください、ドイル!」

「あはは、悪い悪い」

 

 マーヤ村でゴブリン退治の依頼を受けた俺達は、そんな軽口を叩きながら、目的地を探して森の中を歩いていた。

 今回の依頼は、この近くにあると思われる、ゴブリンの巣穴の駆逐だ。

 キースの言う通り、もっと吟遊詩人に語られる冒険者みたいに派手な依頼を受けたいという気持ちもあるが、俺達は駆け出しなんだから仕方ない。

 ドラゴン退治も魔王討伐も、いつか強くなってからやればいい。

 今は積み重ねの時期なんだ。

 

 大丈夫!

 俺達なら、きっといつかは英雄になれるさ!

 俺とキースは、故郷の村じゃ大人にも負けなしの剣士だったし、アデルは村で唯一魔法を使える天才だ。

 のし上がれるだけの才能は持ってる。

 なら、焦る事はない。

 最近じゃ、結構Lvも上がってきたしな。

 ギルドでも将来有望って言われてるし、もうすぐ駆け出しも卒業できるだろう。

 

 でも、そんな俺達がゴブリンなんて雑魚魔物を相手にするのは、やっぱり張り合いがないってのも事実だよなぁ。

 たまに村を襲ってきたゴブリンとか、凄ぇ弱かったし。

 子供の頃でも勝てたんだから、今の俺達が負ける訳ない。

 さっさと終わらせて帰ろう。

 

 そんな感じで森の中を進んでいると、ふとゴブリンが巣穴にするのに丁度よさそうな、洞窟の入り口を見つけた。

 これは、早く帰れるかもしれない。

 

「行くぞ、二人とも」

「ああ」

「わかりました」

 

 そうして俺達は、洞窟の中へと足を踏み入れた。

 

「……暗いですね。《ライトボール》」

 

 その洞窟の中は、光源の一つもない上に、太陽の光も届きにくい森の中という事もあって、凄い暗かった。

 まあ、洞窟なんだから当たり前だな。

 アデルが光の魔法を使って中を照らしてくれた。

 こういう時、パーティーに一人魔法使いがいると、松明を使わなくていいから便利だよな。

 

 アデルが浮かべた光の弾が、洞窟の中を照らした。

 でも、洞窟の中は予想外に狭かった。

 冒険者ギルドの訓練場と同じくらいの広さだ。

 ゴブリンが巣穴にするだけのスペースもない。

 

 こりゃ、外れだな。

 そう思って落胆した時、━━突如、入り口の上の岩が崩れて、入り口が塞がった。

 

「アデル! 危ない!」

「え?」

 

 続いて、キースの大声がした。

 どうした!? と思って二人の方に振り向けば、全身鎧を着込んだ奴が、アデルに向かって剣を振り下ろしていた。

 咄嗟にキースがアデルを突き飛ばす。

 それでアデルは助かったが、その代わりにキースが……

 

「キース……? 嘘だろ……?」

 

 キースは、その一瞬で鎧に首を飛ばされていた。

 何が起きたのかは見てた。

 まず、アデルを突き飛ばしたキースの腕を、鎧が切断する。

 キースはその痛みに呻いた隙に、一太刀で首を斬り飛ばされた。

 退屈な故郷の村から一緒に出て来て、一緒に成り上がろうと誓った仲間が、こんな、あっさり……

 

「こ、この! 《ファイアーボール》!」

 

 俺が、目の前で突然起こった出来事が信じられなくて放心している間に、アデルは火の魔法を鎧に向けて放っていた。

 鎧はそれを、左手に持った盾で冷静に受け止める。

 そのまま、アデルに向かって、凄いスピードで走って行った。

 

「アデル!」

 

 もう一人の仲間のピンチを見て、俺はようやく我にかえって、アデルを助ける為に走り出す。

 だが、

 

「うわっ!?」

 

 踏み出した俺の足は、地面を捉えられずに空を切った。

 見れば、突然地面が凹んでいた。

 落とし穴!?

 なんで、こんな所に!?

 

 そして、俺が落とし穴に落ちている間に、アデルがやられた。

 あいつは魔法使い。

 後衛職だ。

 前衛がいない状態で接近されたら、勝ち目はない。

 

 キースと同じく、斬り飛ばされたアデルの首が俺の目の前に転がってくる。

 同時に、アデルの使っていた光の魔法の効果が切れて、洞窟の中が暗闇に包まれた。

 

 そんな中でも、まるで見えているかのように(・・・・・・・・・・)、迷いなく俺に向かって一直線に走って来る鎧の足音だけが、俺の耳に聞こえていた。

 それが俺には、まるで、逃れられない死の足音に聞こえた。

 

 そんな中にあって、俺の頭にはキースとアデルの、仲間の死に様だけが浮かんでくる。

 三人でのし上がってやろうと約束した。

 いつか、吟遊詩人に語られるような冒険者になって、その内、魔王とかもぶっ倒して英雄になってやろうって約束した。

 なのに、こんな、こんな、ゴブリン退治の依頼なんかで。

 しかも、ゴブリンなんかとは全く関係ない、こんな訳わかんない所で。

 二人とも死んじまった。

 そして、俺も死ぬんだろう。

 なんで、なんで、

 

「なんで、こんな事に……!」

 

 そんな嘆きの言葉を最後に、俺の意識はこの洞窟の中と同じく、闇に閉ざされた。



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8 (異世界では)初めての人殺し

「ふぅ……終わった」

 

 私が寝てる間に入って来た侵入者三人が死んだのを確認してから、私は安堵の息を吐いた。

 初めてだ。

 初めて、危なげなく侵入者を殺せた。

 祝!

 圧勝!

 完全勝利!

 ありがとう、リビングアーマー先輩! 

 

「ハァ~」

 

 そうして私は、今回の戦いを振り返る。

 あんまり快適とは言えない眠りについてたら、事前に設定した通りアラームが鳴ったから飛び起きた。

 そうして、急いで迎撃に移ったのが今回の顛末だ。

 幸いと言っていいのか、眠りが浅かったおかげで、すぐに動けた。

 まあ、私がやった事と言えば、落とし穴を作動させた事くらいだけど。

 でも、それで撃退できたんだよなぁ。

 

 ちなみに、あの三人のステータスは、こんな感じだった。

 

ーーー

 

 人族 Lv16

 名前 ドイル

 

 HP 120/120

 MP 50/50

 

 攻撃 70

 防御 68

 魔力 10

 魔耐 41

 速度 71

 

 スキル

 

 『剣術:Lv2』

 

ーーー

 

 人族 Lv16

 名前 キース

 

 HP 110/110

 MP 40/40

 

 攻撃 86

 防御 39

 魔力 11

 魔耐 24

 速度 88

 

 スキル

 

 『剣術:Lv2』

 

ーーー

 

 人族 Lv16

 名前 アデル

 

 HP 80/80

 MP 160/160

 

 攻撃 11

 防御 18

 魔力 90

 魔耐 74

 速度 20

 

 スキル

 

 『火魔法:Lv2』『光魔法:Lv1』『回復魔法:Lv1』

 

ーーー

 

 漫画とかによく出てくる冒険者みたいな格好した三人組だった。

 そして、全員Lv16。

 これがどのくらいの強さなのかはわからないけど、ステータス的には初期のリビングアーマー先輩より遥か格下だ。

 そう考えれば、そこまでの強敵って訳じゃなかった、のかな?

 それでも、ゴブリンよりは遥かに強かったけど。

 ……もしかしたら、リビングアーマー先輩の強化を怠ってたら勝てなかったかもしれない。

 何せ、三対一だし。

 強化しといて良かった。

 

 でも、今回の一番の勝因は、最初の不意討ちで一人殺せた事だと思う。

 それだけで、残り二人の内の一人は呆然として動きが止まったし、魔法使いはリビングアーマー先輩が接近すれば簡単に殺せたし。

 正直、まさか、あんな簡単にいくとは思わなかった。

 ゴブリンどもは、仲間が死んでもお構い無しだったから、こうなったのは目から鱗だ。

 今度から、仲間の死体を盾にする的な事をやってみるのもいいかもしれない。

 

 ボス部屋の中に設置したトラップも上手くハマった。

 と言っても、落とし穴以外は出番がなかったけど。

 逆に言えば、落とし穴以外を使う必要がないくらいの圧勝だったって事だ。

 素晴らしい。

 

 あと、魔法使いを殺した時点で明かりが消えて、最後の一人が何もできなくなったのは、こっちにとって嬉しい誤算。 

 考えてみれば当たり前の事だった。

 そりゃ、普通の人間は、真っ暗闇の中じゃろくに動けないわな。

 ダンジョンマスターにとって、ダンジョンは自分の手足みたいなものだから、暗闇の中でもメニューのモニターで普通に見れたし、

 リビングアーマー先輩も肉眼で物を見てる訳じゃない無生物系モンスターだから、暗闇なんて関係ない。

 そして、ダンジョン内は私が意図して光源を設置しない限り、ずっと暗いままだ。

 これは良い。

 ウチのダンジョンは、これからも暗闇ダンジョンとしてやっていこう。

 

 さて、戦闘を振り返るのはここまでとして、戦果の確認といこう。

 

 あの三人を殺して手に入ったDPは、624DP。

 一人当たり、約200DPってところ。

 大魔導先輩が叩き出す収益に比べたらゴミみたいな数字だけど、それでもゴブリン殺した時とは比べ物にならない。

 

 そして、死体と装備を還元したら、追加で200DPが手に入った。

 これも、ゴブリンの死体とは比べ物にならない。

 ただ、剣とか、魔法使いの持ってた杖とか、ウエストポーチみたいな物の中に入ってたアイテムは還元しないで残しておいた。

 剣は、リビングアーマー先輩の予備武器として使えるし、杖も、もしかしたら使うかもしれないから。

 アイテムに関しては、後で検分しよう。

 

 でも、今回のリターンで一番大きいのは、アイテムでもDPでもない。

 経験値だ。

 ゴブリンとは比べ物にならない強さの侵入者三人を殺して、私のLvは一気に3から7に上がった。

 やっぱり、この世界でも、格上を倒すと多くの経験値を貰えるらしい。

 ゲームとかと同じだ。

 

 そして、このレベルアップによって、私のMPは一気に8500にまで急上昇した。

 大魔導先輩パネェっす。

 でも、睡眠時間が足りなかったせいか、MPが全快はしていない。

 今は大体4000くらいだ。

 その代わり、なんか『MP自動回復:Lv1』とかいうスキルが手に入った。

 普通のスキルを手に入れたのは、地味に初めてである。

 

 どういう条件で獲得できたのかはわからないけど、多分、熟練度的なシステムだと思う。

 私は何回か、寝る事によってMPを回復させてたから、それで熟練度が上がってたとしてもおかしくない。

 アデルとかいう魔法使いの侵入者は持ってなかったスキルだけど、大魔導先輩の効果の一つに『魔法関連スキルの獲得熟練度を大幅に上昇』ってあったし、その効果が初めて仕事したという事なんだろう。

 大魔導先輩パネェっす。

 

 ただ……このスキルは、現状あんまり使えない。

 スキルLvが1だからだと思うんだけど、自動回復って言っても、本当に微々たる量しか回復しないのだ。

 一分で1回復するかどうかってところ。

 ……うん。

 今後に期待。

 

 まあ、新スキルの事は置いといて。

 

「さて……やるか」

 

 再び、私の全MPをダンジョンコアに注ぎ込む。

 前回貯金した分を合わせて、6080DP。

 これで、階層の追加と改造ができる。

 ようやく、ただの洞窟からダンジョンに進化する時だ。

 私は、なんとなく感慨深い気持ちになりながら、メニューを操作した。



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9 広くなった洞窟

 メニューを操作し、階層の追加を実行する。

 5000DPを消費し、ダンジョンが鳴動した。

 そして、ボス部屋とコア部屋(ダンジョンコアがある部屋をそう呼ぶ事にした)の後ろに広い階層が出来上がる。

 

 メニューのダンジョンマップで確認したところ、その広さはボス部屋の4倍くらい。

 すなわち、直径200メートルくらいの円形。

 広い。

 よし。

 早速、残りのDPを使って改造を……

 

「……いや、待てよ」

 

 そこで私は、ふと気づいた。

 果たして、本当に改造しちゃってもいいのだろうかという事に。

 

 迷路とかを作って、トラップとかモンスターを設置すれば、ここは完全にダンジョンになる。

 いや、今でもダンジョンなんだけど、一目でダンジョンとわかるダンジョンになるって意味で。

 そうすると当然、侵入者もダンジョンだと気づいて警戒する訳だ。

 

 今回の侵入者三人をあっさり殺せた要因の一つに、もしかしたら、ここをただの洞窟だと思って油断したから、っていうのもあったのかもしれない。

 特に落とし穴に落ちた奴は、まるで落とし穴の存在なんて想定してなかったかのように、綺麗に落下した。

 もしダンジョンだと気づいてたのなら、トラップの一つくらい警戒する筈なのに、それはもう綺麗に落とし穴にハマった。

 

 それって、やっぱり、ここがダンジョンだと最後の最後まで気づかなかったから、じゃないだろうか?

 だって、ここは本当に一見ただの洞窟だし、リビングアーマー先輩も、パッと見はモンスターに見えない。

 全身甲冑着た人間に見える。

 特に、ウチのダンジョンの暗がりの中だと、人間との細かい違いなんてわからないだろうし。

 

 一目でダンジョンとわからず、警戒されないダンジョン。

 これは一つの強みだ。

 でも、改造しないとなると防衛力が……

 

「うーん……」

 

 そうしてウンウンと悩んだ結果、大規模な改造はしない事にした。

 迷路(1000DP)だけ設置して、後は弄らない。

 この迷路も、よくRPGとかに出てくるいかにもな迷路じゃなくて、パッと見では普通の入り組んだ洞窟みたいに見える、迷路(洞窟)タイプを選択。

 そして、ダンジョンコアを移動させた時と同じ要領で、ボス部屋とコア部屋を、新しく造ったフロアの下へと移動させた。

 

 こうして、このダンジョンは、ボス部屋に辿り着くまで、ただの洞窟と変わらない、洞窟に擬態したダンジョンとなったのだった。

 ただし、ボス部屋の入り口は何故か扉になっちゃったから、ボス部屋の前まで進まれると、とりあえず人の手が入っている事には気づかれる。

 少しでも違和感をなくす為に、扉は古ぼけた感じのデザインにしておいたけど(変更代10DP)、これでどこまで誤魔化せるか。

 ……あと、洞窟からダンジョンに進化する時が来たとか言っといてなんだけど、結局、進化できなかったわ。

 うん。

 ダンジョンに進化するのは、またの機会にしよう。

 

 そうして出来上がったこの設計は、防衛力の凄まじい低下を招いたけど、その分、メリットも大きい。

 

 まず、侵入者が油断してくれるという事。

 そして、もう一つ。

 こっちが本命なんだけど、侵入者がちょっと探索した時点で「うむ、ここはただの洞窟だな」と判断して帰ってくれないかという思惑がある。

 

 だって、トラップもない、モンスターもいない、お宝もない。

 こんな張り合いなんて欠片もないような場所で、直径200メートルの迷路を隅々まで探索してやろうなんて思う奴は、どう考えても少ないだろう。

 ただの洞窟を調査するくらいなら、他のダンジョンを調べた方が百倍有意義だ。

 他所のダンジョンなら、トラップもある、モンスターもいる、そして何よりお宝がある。

 普通の感性を持った奴なら、絶対にそっちを探索するわ。

 

 他のダンジョンがそんな感じの仕様になってるだろうというのは、ダンジョンコアから与えられた情報から推測した。

 ダンジョンコアの本能は、概ねそんな感じにダンジョンを発展させる事を望んでいるのだ。

 お宝で人を呼び寄せ、トラップやモンスターで殺してDPを得る。

 そうして発展していくと。

 でも、普通のダンジョンはともかくとして、ウチのダンジョンは侵入者お断りの姿勢を崩すつもりはない。

 収入は大魔導先輩の凄まじい働きっぷりで間に合ってる。

 故に、引きこもり優先。

 侵入者なんて来なくていい。

 もし来たら殺す。

 ただし、洞窟をちょっと探索する程度なら許してやらんでもない。

 本当は凄く嫌だけど、ここがダンジョンだとバレて、大々的に知れ渡るよりは百倍マシだ。

 

 という事で、今回の強化はここまで。

 残りの資産は70DP。

 これじゃ、どの道大した事はできない。

 

 なので、初めての快勝祝いという事で、自分へのご褒美をあげる事にした。

 

 まずは小さな桶(5DP)を用意。

 それから、侵入者のウエストポーチの中にあったアイテム、小さな杖を二本取り出す。

 鑑定した結果、この二本の杖はそれぞれ『火の魔道具』と『水の魔道具』だという事がわかっている。

 MPを注ぎ込むと、それぞれ火と水の簡単な魔法を発動する仕掛けらしい。

 

 そうして、ダンジョンの改造をしてる間にMP自動回復で回復したMPを使って、水を出して桶に注ぎ、火を使って水をお湯にした。

 その後、タオル(3DP)を出してお湯に浸ける。

 そして、服を脱ぎ、お湯に濡れたタオルで体を拭いた。

 

「はぁ~」

 

 凄い。

 凄く気持ち良い。

 お湯で体を拭ける事がこんなに幸せだったなんて。

 お風呂が当たり前のようにあった日本では、絶対に感じられない幸福だ。

 

 存分に堪能した後、汚れてしまったお湯を還元して(1DPにもならなかった)桶とタオルを片付ける。

 タオルは乾かしてまた使うつもりだ。

 

 続いて本番。

 残りの62DPで出せる中で、一番高級そうなご飯を出す。

 カツ丼が出てきた。

 お値段60DP。

 そこまで好きな料理じゃないけど、快勝祝いと考えれば、これ以上ないチョイスだと思う。

 早速、箸(1DP)を使って食べる。

 

「……美味しい」

 

 美味しい。

 本当に美味しい。

 勝利の味だ。

 

 それに、考えてみれば、これが異世界に来てから初めての食事だ。

 今までは何か食べようって気にならなかったから気づかなかったけど、結構お腹空いてたらしい。

 私は食が細い方だけど、今回ばかりは勝利の美酒ならぬ勝利の美食と合わせて、箸が進む進む。

 時々、コップ(1DP)に魔道具で注いだ水を飲みながら、カツ丼を全て食べきった。

 

 そうして、食べ終わってからも勝利の高揚が抜けずにテンションの上がった私は、なんとなくコップを高く掲げて、大きな声で叫んだ。

 

「新しい聖域の門出に、乾杯!」

 

 そう叫んでから、コップの中に残っていた水を一気飲みした。

 ただの水なのにやたら美味しく感じて、なんか幸せな気分になった。

 

 

 しかし、この時の私は思いもよらなかった。

 ただの洞窟を偽装する為に行った改造が、まさか、あんな事態を呼び込んでしまうだなんて。



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とある勇者達の異世界生活

 あの謎の魔法陣に呑み込まれてから数日。

 俺達は今、中世ヨーロッパみたいな雰囲気のお城の訓練場にいた。

 

「よし! かかって来い、ユウマ、キョウシロウ!」

「行きます!」

「おう!」

 

 俺の視線の先では、訓練用の木剣を構えた神道と剣が、金髪碧眼の綺麗な女の人にしごかれている。

 おっと、卑猥な言い方になったな。

 けど、ヤってる、もとい、やってる事は至極健全な訓練だ。

 あの金髪美女さんの名前は、ウルフェウス王国騎士団長のアイヴィ・ブルーローズさん。

 実に、ファンタジーっぽい役職とお名前。

 

 そこから少し離れた所では、魔木をはじめとしたグループが、魔法使いっぽいローブを着たおじいちゃんに魔法を教わっている。

 あのおじいちゃんは、宮廷魔導師筆頭の、ランドルフ・フォックスターさん。

 実に、ファンタジーっぽい役職とお名前。

 

 そして、俺のいるグループを教えているのは、筋肉だ。

 比喩でもなんでもなく、筋肉だ。

 

「ケンジィ! よそ見をするなぁ!」

「サー! イエッサー!」

「よし! 良い返事だ!

 いいか!? お前達は強力なユニークスキルには恵まれなかった!

 だが、決して自分を落ちこぼれと思うな! 普通の奴はな! ユニークスキルなんて持ってないのだ!

 むしろ、そんなものを持っているだけ幸せだと思え!

 何事もポジティブシンキング! 上の奴らとの差は気合いで埋めろ!

 わかったか!?」

『サー! イエッサー!』

「よろしい!」

 

 この筋肉ムキムキの暑苦しい人は、騎士団所属のカルパッチョ・ボンバーニさん。

 実に、ファンタジーっぽい役職とお名前……でもないか。

 他の人と比べると、この人だけ妙に色物っぽいんだよな。

 でも、良い人ではある。

 それは間違いない。

 熱血すぎて訓練は厳しいけど……。

 

 さて、何故、俺達がこんな場所で訓練なんかに励んでいるのか。

 その原因は数日前、俺達があの魔法陣に呑み込まれた直後にまで遡る。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

「やりました! 成功です!」

「おお」

「彼らが、人類の希望……!」

 

 魔法陣に呑み込まれた俺達が最初に聞いたのは、そんな喜色に満ちた人達の声だった。

 魔法陣の光が眩しくて閉じていた目を開けると、そこには魔法使いみたいなローブを纏った集団の姿が。

 そして、足下にはさっきの魔法陣と同じ模様が刻まれた光る台座があり、その光が徐々に薄れていく。

 

 俺は、そんなファンタジーな光景を目にして、呆気に取られていた。

 

 そりゃ、そうだ。

 むしろ、こんな突然のSF展開の中で、冷静に行動できる奴がいたら見てみたいわ。

 

「これは驚いた……で、あなた達は何者なんですか?」

 

 いたよ。

 冷静に行動できてる奴。

 超イケメン優等生こと、神道が困惑しながらも魔法使い(仮)の集団に向かって話しかけた。

 大人のソラちゃん先生ですらまだ混乱してるのに(というか、先生が一番混乱してるのに)凄いな神道。

 これが本当のイケメンの力か!

 

「はじめまして勇者様方。

 我らはウルフェウス王国宮廷魔導師。

 以後、お見知りおきを」

 

 そんな神道の質問に答えたのは、魔法使い(仮)集団の1人だった。

 宮廷魔導師とか、いかにもファンタジー。

 国の名前も聞いた事ないし、勇者様方とか呼ばれてるし、これはマジで異世界なんじゃなかろうか?

 始まっちゃうのか?

 剣と魔法の世界での大冒険が!

 

「さっきも言ってましたが、その勇者とは?」

「あなた方の事です。我らが神、世界の守護神たる女神様によって選ばれ、異なる世界から招かれし英雄達。それが勇者様です。

 詳しくは国王陛下よりご説明があります。

 どうぞ、こちらへ」

 

 そう言う魔法使い達の案内に従い、俺達は神道を先頭として王様とやらの所へと向かった。

 何人かは、素直に付いて行っていいのかと不安そうな顔をしてたけど、神道が迷いない足取りで進むのを見て、この場に残る選択をした奴はいなかった。

 まあ、ここでゴネても埒が明かないだろうし、神道の判断は正しいと思うよ。

 発言力のないボッチは、せいぜい素直に追従しておこう。

 

 

 そうして訪れた玉座の間っぽい場所で、偉そうにふんぞり返っているおじさんがいた。

 渋めのナイスミドル。

 多分、いや、ほぼ間違いなくあの人が王様だと思う。

 何せ、オーラが違うもの。

 オーラが。

 

「余がウルフェウス王国国王、アレクサンダー・ウルフェウスである。

 勇者達よ、まずはこちらの都合で汝らを呼び出した事、深く詫びよう。

 すまなかった」

 

 そう言って、王様は頭を下げた。

 俺はよくわからんけど、仮にも一国の王様が頭を下げるって相当な事態なんじゃなかろうか?

 それだけ、勇者が重要な立場って事かね?

 

「その上で頼みたい。この世界は今、悪しき魔王の手によって滅びへと向かっている。

 それを退ける為に、勇者達の力が必要なのだ。

 どうか、我らに力を貸してほしい」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 俺が魔王というワードに興奮していると、ここまで混乱しまくって黙っていたソラちゃん先生が、王様相手に口を挟んだ。

 取り巻きの貴族っぽい人達が顔をしかめ、その雰囲気を感じ取ったソラちゃん先生が怯える。

 それでも、ソラちゃん先生は退かなかった。

 怯えながらも、毅然とした態度で(腰が引けてるけど)ソラちゃん先生は言葉を続けた。

 

「そ、それは、生徒達に戦えという意味ですよね?

 私は教師として、彼らに危険な事をさせる訳にはいきません!

 お願いします!

 どうか、彼らだけでも元の場所に帰していただけないでしょうか!」

 

 凄い。

 ソラちゃん先生凄い。

 明らかに怯えてるのに、あのオーラが凄い王様相手に要望を言い切った。

 その姿に心打たれたのか、クラスメイトの一部が慈愛の目で先生を見つめている。

 でも、あいつら、合法ロリを合法的に愛でてるグループだ。

 すなわち、yesロリータ、noタッチの紳士淑女達。

 あいつらの好感度上げてもな……。

 既に上限突破してるようなもんだし。

 

 他の連中の反応としては、先生に同意する連中、余計な事を言うな的な目で先生を睨む連中、そんな発言をしてしまっていいのかと不安になる連中の三つに別れた。

 

 同意してるのは神道や魔木、剣なんかの比較的常識的な連中だ。

 異世界へのワクワクドキドキよりも、現実的な事を第一に考えてそうな奴ら。

 

 先生を睨んでるのは、俺みたいに異世界にワクワクドキドキしてると思われる連中だな。

 俺は睨んでないけど。

 筆頭は、イジメッ子代表、現代のジャ◯アンみたいな男『郷田(ごうだ)大地(だいち)』率いる不良グループ。

 現実社会に不満持ってそうな奴らだからな。

 異世界でヒャッハーな展開を期待してるんだろう。

 こんな奴らと一緒にされたくはない。

 

 最後の不安に思ってそうなグループは……まあ、一番普通の反応なのかもしれない。

 完全なる一般人達が、そこにはいた。

 

「……悪いが、汝らを元の世界に帰す事はできない。

 汝らを呼び出した召喚魔法は、女神教が神からの神託を受けて作成した秘術。

 そして、この秘術は我らの理解の及ばぬところにある。

 故に、秘術を使って呼び出す事はできても、秘術を解析して送り返す魔法を開発する事はできぬのだ。

 すまぬ」

「そ、そんな……!?」

 

 おっと、俺が人間観察に精を出してる間に話が進んでた。

 それにしても帰れないとな?

 友達もいなくて、家族との関係も冷えきってた俺は日本に未練とかないから別にいいけど、そうじゃない奴らは凄い困るんじゃないか?

 とか思ったら、案の定、クラスメイトの一部が顔面を蒼白にしていた。

 

「だが、安心せよ。確かに我らでは(・・・・)汝らを送り返す事はできぬ。

 しかし、方法がない訳ではない」

「そ、それは何ですか!?」

「魔王を倒す事だ。

 魔王を倒し、この世界を守る事ができたのならば、勇者の使命は終わる。

 その暁には、女神様のお力により元の世界へと戻れるであろう。

 当然、戻りたくない者は戻らずともよい。

 魔王討伐の後、この世界に留まりたいと言うのであれば、我が王国に永住を許可した上で、望む褒美を取らせよう」

 

 王様の言葉により、モチベーションを上げる奴が増えた。

 でも、そうじゃない奴も多いし、何より先生は未だに顔面を蒼白にしてる。

 

「で、ですが、私達は争いとは無縁の場所にいました!

 とても、魔王なんて恐ろしい存在と戦えるとは思えません!」

「それに関しては問題ない。

 勇者達は、この世界の者達とは比べ物にならぬ潜在能力や成長速度を有し、更には一人一つの『ユニークスキル』を持っている筈だ。

 それだけの力を持った者が、これだけいるのだ。

 そして、我が国を含め、世界中の国が汝らを全力で支援する。

 それだけの力が集えば、必ずや魔王を打ち倒せるであろう」

「うっ……でも、その、ええっと……」

 

 先生が言葉に詰まった。

 オロオロしてるソラちゃん先生可愛い。

 それはそれとして、やっぱりあるのか勇者のチート能力!

 まあ、そういうのがなければ勇者召喚なんてやらないだろうしな。

 お約束万歳!

 俺のチートってどんなんだろうか?

 ステータス!

 とか叫んだら見れるのかな?

 

「先生。僕達は大丈夫です」

 

 俺がまだ見ぬチートに思いを馳せていた時、今まで黙って王様の話を聞いていた神道が、安心させるように先生の頭を撫でながら、会話に割り込んだ。

 ナデポ!?

 このイケメン、教師を相手にナデポを使いおった!?

 

「国王様、そういう事であれば僕達は戦います。

 ただし、僕達の中にも戦いを望まない人や、どうしても戦う事ができない人はいます。

 だからせめて、嫌がる人に戦いを強制したりはしないでください」

「うむ。わかった。それは約束しよう」

「ありがとうございます」

 

 そうして、神道がサラッとやってのけたファインプレーによって、戦いたくない奴は戦わなくていいという事になった。

 これは、ありがたい。

 もし万が一、俺のチートが戦闘向きじゃなかった場合、これを口実に逃げさせてもらおう。

 俺の人間観察能力で見た感じ、少なくとも王様は割と良い人っぽいから、やっぱり気が変わって戦場にぶち込まれるとかはないと思うし。

 

 こうして、俺達の異世界生活が始まったのだった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 その後、『鑑定石』とかいうアイテムで、全員が自分のステータスを開示した。

 自分で自分のステータスを見るだけなら、俺が妄想したみたいに「ステータス!」って叫べば見れるらしいけど、他人に見せるには鑑定石がいるとの事だ。

 

 そうして表示された俺のステータスは、こんな感じだった。

 

ーーー

 

 異世界人 Lv1

 名前 メラ・ケンジ

 

 HP 30/30

 MP 25/25

 

 攻撃 7

 防御 8

 魔力 9

 魔耐 6

 速度 11

 

 ユニークスキル

 

 『鑑定』

 

 スキル

 

 なし

 

 称号

 

 『勇者』『異世界人』

 

ーーー

 

 鑑定!

 チートの代名詞キタコレ!

 とテンション上げていたのも束の間、周囲で勇者のステータス開示を見守っていた、この世界の人達の反応は良くなかった。

 

 後で聞いた話だと、確かに敵のステータスを見れるというのは強いが、いかんせん基礎ステータスが低すぎて話にならないとの事だ。

 言われてみれば、その通り。

 俺の知ってるラノベの主人公とかでも、鑑定を強い武器にしてる奴は多いが、鑑定だけ(・・)を武器に戦ってる奴なんていねぇ。

 

 俺に求められてる役割は、他の勇者達にくっついて行って敵のステータスを教える事らしいよ。

 解説役だね。

 違う!

 俺の求めてたチートはこれじゃない!

 

 それに引き替え、神道とか魔木とか剣とかのトップカーストどもは、マジもんのチートスキルを持ってる。

 

 神道のユニークスキルは『勇者』。

 称号の勇者とは別の扱いらしい。

 効果は、全ステータスの大幅な上昇とか、専用スキルの獲得とかいう、もう清々しいまでに王道のチート。

 理不尽!

 

 で、魔木のユニークスキルが魔法チートの『大賢者』。

 剣のユニークスキルは剣術チートの『剣聖』。

 他にも、ソラちゃん先生の『空間魔法』とか、郷田の『破壊王』とか、凄いスキルが多い。

 不公平!

 

 それで、俺達は自分の能力に合わせた教官に教わる事になった訳だ。

 

 神道とか剣とかの物理系は、騎士団の皆さんに。

 魔木とかの魔法使い系は宮廷魔導師の皆さんに。

 そして、俺みたいな戦闘に向かない連中は、カルパッチョ教官に鍛えられている。

 この顔ぶれの中で、カルパッチョ教官の異色っぶりときたら……。

 

 ちなみに、この訓練は全員参加だ。

 俺と同じで戦闘に向かないタイプや、『農業』とか『錬金術』とかの、もう完全に後方支援タイプの奴らまで参加してる。

 勇者である以上、鍛えれば強くなる筈だから、とりあえず護身ができるだけの能力は身に付けといた方が良いとクラス会議で決まった結果だ。

 まあ、それについて異論はない。

 それに、俺はまだ、チート無双を諦めないからなぁ!

 

「ケンジィ! もっと声出せ!」

「サー! イエッサー!」

 

 でも、訓練がキツイので、今は休みたいです。

 

 

 その後、俺はカルパッチョ教官に気絶寸前までしごかれ、住んでいいよと言われたお城の一室に戻ってから泥のように眠った。

 俺達の冒険は、まだ始まったばかりだ!



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10 新たなる侵入者達

 ダンジョンの改造を行ったその日の内に、奴らはやって来た。

 私がカツ丼を平らげた後、MP回復の為に寝ようかと思っていた時、ダンジョンマスターとしての感覚が、新しい侵入者の出現を告げたのだ。

 こうして起きてる時なら、アラームに頼らなくても侵入者の存在は感知できる。

 こんな感知能力は人間にはない筈だから、私はもう人間じゃないんだと思う。

 種族欄もダンジョンマスターに変わってるし。

 

 それはともかく侵入者だ。

 今回の侵入者は五人、というか5匹。

 緑色の肌で醜悪な顔付きをした、人間の子供くらいのサイズのモンスター。

 私がこの世界で一番嫌いなモンスター、ゴブリンだ。

 性懲りもなく、また来やがった。

 

『ギィ?』

『ギギ』

『ギィ』

 

 ゴブリンどもが、鳴き声でなんか会話してる。

 その隙に、とりあえず鑑定しておこう。

 前回や前々回は、鑑定する暇がなかったし。

 

ーーー

 

 ゴブリン Lv2

 

 HP 10/10

 MP 2/2

 

 攻撃 5

 防御 3

 魔力 1

 魔耐 2

 速度 8

 

 スキル

 

 なし

 

ーーー

 

 弱っ!?

 なんか、予想以上に弱かった。

 物理系ステータスですら、私以下じゃん。

 こいつら、こんな貧弱ステータスで生きていけるんだろうか?

 ああ、いや、死んでたわ。

 私が今まで見たゴブリンどもは、例外なくリビングアーマー先輩に殺されて死んでたわ。

 じゃあ、今回の奴らも同様に始末しよう。

 

 そう思ってたんだけど、ハタと気づく。

 始末って、どうやってするの?

 ウチの戦力はリビングアーマー先輩一体だし、そのリビングアーマー先輩はボス部屋の守護者だから動かせない。

 新しいモンスターを作って迎撃しようにも、今はDPが枯渇してるから無理。

 そもそも、第一階層にモンスターを放ったら、ただの洞窟偽装作戦が頓挫するから、あんまりやりたくない。

 

 一応、侵入者のいないフロア同士なら、モンスターの瞬間移動と言うか、輸送ができるから、

 リビングアーマー先輩を突撃させてゴブリンどもを速やかに殲滅し、輸送機能でボス部屋に戻すという手もある。

 でも、その間はボス部屋が無防備になるし、そもそもリビングアーマー先輩はボス部屋から出すと弱体化するから、やっぱりこれもやりたくない。

 

 そうなると、こっちからは手を出せないな。

 その事を歯痒く思いながら、ゴブリンどもの動向を監視する。

 ゴブリンどもは夜目でも利くのか、ダンジョンの暗闇をものともせずに洞窟の中を歩き回った。

 しかし、しばらく洞窟の中を彷徨いた時点で迷子になったらしく、慌てた末になんか責任を押し付け合って仲間割れが発生し、1匹が死んだ。

 それによって、10DPが入ってくる。

 何やってんだろう、あいつら……。

 

 その後、4匹に減ったゴブリンどもは、ボス部屋を発見する事なく出口、というか入り口にまで戻り、そのまま去って行った。

 なんだったんだろう。

 でも、とりあえず死んだゴブリンの死体は還元しておこう。

 

 そうして、とりあえず脅威は去ったという事で、私は寝た。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 翌日。

 バッチリ寝たおかげでMPが全快。

 早速、いつものように全MPをダンジョンコアに注ぎ込み、残り8611DP。

 これには、地脈からの自然回復分も入っている。

 

 そして、このDPで何をするかを考えた。

 まず思いつくのは、更なる階層の追加。

 突破困難な第二階層を造れば、防衛力が大幅に上昇し、リビングアーマー先輩の出番までの時間が延びる。

 そうすれば、昨日みたく第一階層に侵入者が入った程度でビクビクする必要はなくなる訳だ。

 

 次に考えついたのは、モンスターの作成。

 リビングアーマー先輩以外のモンスターがいれば、昨日みたいな事態が発生した時にも対応できる。

 ただし、やっぱり第一階層はただの洞窟に偽装しておきたいから、新しいモンスターを徘徊させるとしたら第二階層以降。

 そうなると、今回は見送りの方針かな。

 

 最後に思いついたのは、全額リビングアーマー先輩に貢いでしまおうかという事。

 今なら、前に考えたリビングアーマー先輩の材質チェンジもできるし、このDP全てを注ぎ込んでステータスとかも上げれば、スーパーな自宅警備員が誕生する気がしてならない。

 ただ……このステータス強化って、やっぱりゲームみたいに、上げれば上げる程、上がりにくくなるというか、強化する為に多大なDPを注ぎ込む必要が出てくるみたいで、

 ガチの強化をしようとすると、今あるDPでも全然足りないんだよなぁ。

 課金システムの恐怖というか、今、全額注ぎ込んで強化しても、中途半端な強さにしかならない。

 それでも相当強くはなるだろうけど、それやるくらいなら階層追加をやった方が堅実だとも思うし……。

 

 そうして悩んだ結果、今回は階層の追加を行う事にした。

 5000DPを使って、コア部屋の後ろに新しいフロアを造り、更に1000DPを使って第一階層と同じ迷路にする。

 これだけだと第一階層と変わらないので、更に1000DPを使って、各地にトラップを設置した。

 今回設置したトラップは、動く壁だ。

 結構な速さで動くので、上手くいけば侵入者を壁と壁の間に挟んでサンドイッチ、いや、ミンチにしてくれる。

 それだけじゃなく、壁が動けば道も変わって、マッピングが役に立たなくなるという優れもの。

 しかも、タイミングによっては、侵入者を分断までしてくれるという、迷路に仕掛けるならこれ以上ないようなトラップだ。

 有能。

 

 でも、これだけだと侵入者を困らせるだけで殺傷力と防衛力に欠けるので、この階層はまだ使わない事にした。

 つまり、この第二階層は現在、ボス部屋とコア部屋の後ろにある。

 侵入者がいるフロアの改造はできないというルールがあるから、やむなくこうした。

 お披露目は、もっと仕掛けを増やして完成してからだ。

 まあ、お披露目する相手なんていない方が良いんだけど。

 

 さて。

 これにて、残りは約1600DP。

 これは貯金だ。

 今使ってもどうしようもないし、それにDPを貯めておけばリビングアーマー先輩を戦闘中に修復するなんて裏技も使えるから、貯金はあるに越した事はない。

 言ってみれば、貯金額はリビングアーマー先輩の残機でもあるのだ。

 一撃で死んだら意味ないけど。

 ……そんな事ができる化け物が来ない事を祈ろう。

 

 こうして、今回の強化は終了した。

 またDPが貯まるまでは、前までと同じ戦力で防衛しないといけないけど、まあ、何とかなるでしょう。

 とりあえず、今日一日凌げば、また大魔導先輩が稼いでくれるんだから。

 

 そうして、MPが自動回復するのを待ちつつ、トラップを動かす練習とかをしていたら、またしても侵入者がやって来た。

 ……なんか、毎日侵入者が来てる気がする。

 おかしいな。

 ウチは侵入者お断りのダンジョンなのに。

 

 釈然としない感じになりながらも、侵入者の姿をモニターで確認。

 侵入者はゴブリンだった。

 またか。

 と思ったけど、今回は一味違った。

 ゴブリンはゴブリンなんだけど、なんか一匹変なのが交ざってる。

 

ーーー

 

 ホブゴブリン Lv20

 

 HP 200/200

 MP 15/15

 

 攻撃 159

 防御 138

 魔力 14

 魔耐 80

 速度 40

 

 スキル

 

 『棍棒術:Lv1』

 

ーーー

 

 鑑定してみたら、こんな結果が出た。

 強い。

 リビングアーマー先輩よりは弱いけど、前の侵入者三人組よりも強い。

 もはや、ゴブリンとは別種と言ってもいい強さだ。

 見た目も、普通のゴブリンと違って2メートルくらいの巨漢だし、横にも太い。

 力士とプロレスラーを足して二で割った感じだ。

 

 そして、そんなホブゴブリンの取り巻きっぽい普通のゴブリンが10匹。

 それが、今回の侵入者だった。

 これは、少し気を引き締める必要があるかも。

 

 とか思ってたんだけど、ゴブリンどもはボス部屋にまでは踏み込んで来なかった。

 洞窟の中間地点くらいまで進んだと思ったら、あろう事かそこに居座ったのだ。

 なんという事を!?

 帰れ!

 私の聖域から出ていけ!

 というか、お前らがいたんじゃ、何の為に第一階層にモンスターを放たなかったのか、わからないだろうが!

 

 もう今からでも、残りのDP使ってモンスター呼んで駆除してやろうか。

 そんな事を思っていた時、私の感覚が、また新たな侵入者の存在を感知した。

 またゴブリンだろうか?

 うんざりした気持ちでモニターを覗くと、そこには冒険者風の格好をした中年の男の姿が。

 

ーーー

 

 人族 Lv48

 名前 ゲイル 

 

 HP 820/820

 MP 297/297

 

 攻撃 701

 防御 710

 魔力 322

 魔耐 556

 速度 589

 

 スキル

 

 『剣術:Lv8』『盾術:Lv8』『隠密:Lv3』

 

ーーー

 

 強っ!?

 え、何こいつ?

 滅茶苦茶強いんだけど。

 装備も良い物で統一してるし、いかにも一流の冒険者って感じで、見てて背筋が凍る。

 

「これは……ヤバイかも」

 

 私は凄まじく嫌な予感を覚えながら、とりあえず、ゴブリンだけ殺して帰ってくれますようにと祈っておいた。



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11 熟練冒険者

 ボルドーの街で長く冒険者をやっている俺は、目をかけていた新人のパーティーが近くにあるマーヤ村へゴブリン退治に行ったきり帰って来ないという話を聞き、なんとなく嫌な予感がして、急いで現地へとやって来た。

 こういう時、身軽に動けるのがソロの冒険者の良いところだな。

 

 マーヤ村は、俺が長年拠点にしているボルドーの街から、歩いて半日もしない場所にある。

 だからこそ、ゴブリン退治程度なら日帰りで済ませられる筈なのだ。

 とはいえ、あいつらが街を出てから一日半程度。

 何かあったと決めつけるのは早計だろう。

 あいつらの性格を考えれば、ゴブリン退治くらい早く終わらせようと、ろくな準備も索敵もせずに挑みそうなものだが、

 案外、アデル辺りの忠告を受け入れて慎重にやっているのかもしれない。

 ……いや、あまり想像できない光景だが。

 特に、キース辺りは我慢ができなそうだ。

 

 だが、そうでなかった場合。

 俺の嫌な予感が当たっていた場合……あいつらは、既に死んでいる可能性すらある。

 冒険者というのはそういうものだ。

 いつなんどき死んでもおかしくはない。

 

 あいつらは新人にしては骨があった。

 ゴブリン相手に負けるとは考えにくいが、それも状況による。

 ゴブリンの中に上位種でもいれば、普通に敗北もあり得るだろう。

 一匹くらいならどうにかなるかもしれないが、複数の上位種に囲まれればひとたまりもない。

 もしくは、依頼中にゴブリン以外の強敵と遭遇したのかもしれない。

 

 まあ、全ては仮定の話だ。

 この予感が外れてくれる事を祈ろう。

 もし当たっていれば……遺品くらいは回収してやる。

 

 俺は、そんな思いでマーヤ村を訪れ、あいつらの足取りを聞いた。

 そうしたら案の定、あいつらは依頼の確認を行った後、直で森に入って行ったらしい。

 つまり、既に丸一日以上、森から出てきていないという事だ。

 嫌な予感が現実味を帯びてくる。

 

 その後、俺もまた森に入り、あいつらの足取りを探す。

 そうしている内に、人の足跡を見つけた。

 丁度三人分だ。

 ほぼ間違いなく、あいつらのものだろう。

 

 足跡を辿って行くと、洞窟の入り口らしき場所に着いた。

 足跡は、この洞窟の中へと続いている。

 しかも、ここにはゴブリンのものと思われる小さな足跡も残されていた。

 一際大きい足跡は、おそらく上位種のホブゴブリンのものだろう。

 あいつらだと、一対一では荷が重い相手だ。

 もし、この洞窟の中でゴブリンにやられたのだとすれば、あいつらはもう……。

 唯一生きている可能性があるのは女であるアデルだけだが、その場合は死ぬよりも辛い目に遭っているだろうな。

 ゴブリンが人間の女にする事と言えば、悲惨の一言に尽きる。

 もしそうなっているのなら、一刻も早く助けなければ。

 

 腰の道具袋から松明を取り出し、火を付ける。

 それを盾を装備したままの左手に持ちながら、洞窟の中を探索した。

 この道具袋は収納の魔法が籠められた魔道具だ。

 その中には、見た目以上の物を入れておける。

 高位の冒険者でなければ手が出ないくらいには高価だが、これに助けられた事は多い。

 

 そうして、アデルの生存を信じながら洞窟の中をしばらく進んだ時、遂にそいつらと遭遇した。

 

「やはり、ゴブリンか!」

『ギィ!』

 

 不快な声を上げながら突撃してくるゴブリンども。

 数は普通のゴブリンが十匹。

 ホブゴブリンが一匹。

 なるほど、確かにこの数なら、あいつらが負けてもおかしくはない。

 普通のゴブリンを肉壁にしてホブゴブリンが暴れれば、駆け出しの新人にはキツイだろう。

 

「ハァ!」

「ギッ!?」

 

 だが、俺にとっては脅威でもなんでもない。

 腰に差した黒鉄の剣を抜き放ち、ゴブリンを一匹ずつ叩き斬っていく。

 

「ギィイイイイイイイイ!」

 

 続いて、ホブゴブリンが巨体に見合ったデカイ棍棒を振り回してくるが、左手に装備した黒鉄の盾で受け流す。

 松明を持ったままなのがハンデになっているが、そんな事は関係ない程に、俺とこのゴブリンどもの間には実力差がある。

 ホブゴブリンも、パワーだけは大したもんだが、技術がまるで伴っていない。

 まあ、ゴブリンに技術なんて言っても仕方ないが、そんな力任せの攻撃にやられる俺ではない。

 

「《スラッシュ》!」

「ギィッ!?」

 

 ホブゴブリンが棍棒を振りきったところを狙って、俺は剣術のスキルLvを上げる事で習得する事ができる技、アーツを使ってホブゴブリンの腕を切断する。

 そして、ホブゴブリンが痛みに呻いた隙を突き、その胴を薙いだ。

 上半身と下半身が分離し、その断面から大量の血が溢れ出す。

 

 そうしてホブゴブリンは死に、他のゴブリンどももすぐに片付けて後を追わせた。

 だが、ここにアデルはいなかった。

 ドイルとキースの死体もない。

 

「……他の一団がいるのか?」

 

 いささか釈然としない気持ちになりながらも、俺は洞窟の探索を続けた。



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12 熟練冒険者の脅威

 ……ヤバイ。

 この侵入者、予想以上に強い。

 私がこれまで鑑定してきた敵の中で、最強のステータスを持つホブゴブリンが為す術もなく瞬殺された。

 そのおかげで少しDPが入ってきたけど、喜ぶ気にはなれないわ。

 

 この侵入者、ステータスもそうなんだけど、それ以上に技術が凄い。

 剣の扱いにも、盾の扱いにも、まるで武術の達人みたいなキレがある。

 さすが、武器スキルのLvが高いだけの事はあるわ。

 

 武器スキルは、スキルLvが高い程、対応する武器を自在に扱えるようになる。

 そして、この侵入者はこの前の三人と違って、中年の戦士だ。

 すなわち、年季の入った戦いの経験を持ってる。

 

 それに対して、リビングアーマー先輩は生まれたてホヤホヤ。

 当然、武器スキルも持ってない。

 というか、無生物系モンスターは成長しないから、これからもスキルは取得できないと思うけど。

 ついでに、トラップを使ってサポートする私も、戦いの経験なんて殆どないド素人。

 ……これは、もしかしたら、リビングアーマー先輩とのステータス差すらひっくり返されるかもしれない。

 しまった。

 こんな事なら、リビングアーマー先輩の強化にDPを使っておくんだった。

 というか、あんな強い奴が、どうしてただの洞窟に来るの!?

 しかも、こんな絶妙なタイミングで!

 おかしいでしょ!?

 

 でも、文句を言ったところで、侵入者が歩みを止める事はない。

 どんどんボス部屋に近づいて来る。

 ゴブリンだけ殺して去ってくれという祈りは届かなかった。

 現実は無情だ。

 

 でも、ここまで来たら、やるしかない。

 覚悟を決めよう。

 

「ふぅー……」 

 

 私は緊張ごと吐き出すような気持ちで息を整え、迎撃に向けて気を引き締めた。

 そして、前と同じように、リビングアーマー先輩を不意討ち可能なポイントに配置した。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

「扉?」

 

 マッピングをしながら洞窟の中を探索していると、妙な物を発見してしまった。

 古びた扉だ。

 洞窟の中に人工物とは、少々怪しい。

 ゴブリンどもが作ったという事はないだろう。

 奴らに、こんな物を作る技術はない。

 だとすると、

 

「まさか……ダンジョンか?」

 

 そう口には出してみたが、その可能性は低いと思い直す。

 俺は他のダンジョンに潜った事があるが、こことはまるで雰囲気が違う。

 ダンジョンというものには必ず、モンスター、トラップ、宝の三つがあるものだ。

 この洞窟にはモンスターしかいないし、ここをダンジョンとする根拠はこの扉一つだけ。

 これをダンジョンとは呼ばないだろうし、こんな実入りの欠片もないダンジョンには、余程の物好きしか入らないだろう。

 この扉だって、昔ここに誰かが手を加えたと考えた方が、まだ自然だ。

 

「……だが、警戒はしておくか」

 

 ここに来るまで、あいつらの痕跡はなかった。

 死体すら出てこない。

 となると、考えられる可能性としては、この扉の先に足を踏み入れたか、もしくは洞窟の外に出たのか。

 後者であってほしいが、前者の可能性の方が高い。

 ならば、踏み込むしかないだろうな。

 

 俺は周囲を警戒しながら、そっと扉に手をかけた。

 両開きの扉の片側に手をかけ、そこに張り付きながら慎重に開く。

 扉は、その古ぼけた外見通りギギギと鈍い音を立てながら、ゆっくりと開いていった。

 

 俺は、扉の開いた部分から中を覗いた。

 そこそこ広い空間が広がっている。

 だが、逆に言えばそれだけだ。

 少し拍子抜けしながらも、まあ、こんなもんかという気持ちで、俺は扉の中に足を踏み入れる。

 

 ━━その瞬間、バンッ! と大きな音を立てて扉が閉まった。

 

 そして、扉の陰から、鉛色の刃が俺に向かって振り下ろされた。

 

「ッ!?」

 

 咄嗟に盾を使って攻撃を受け止める。

 重い!

 この襲撃者、力は俺以上か!

 

 たまらず距離を取って態勢を立て直そうとして、大きく後ろへと飛び退く。

 だが、

 

「なっ!?」

 

 急に足下が崩れた。

 落とし穴だと!?

 そこに落ちる前に、何とか体を捻って転がり落下は回避したが、今度はどこからか飛来した矢が俺に襲いかかる。

 咄嗟に盾で受け止めた。

 そうしたら、今度は音もなく天井からギロチンが降ってくる。

 

「《シールドウォール》!」

 

 盾のアーツを使って、それを防ぐ。

 だが、次はさっきの襲撃者が再び襲ってきた。

 真っ直ぐに振るわれた剣を、この崩れた体勢では防ぎきれず、直撃を避けるのが精一杯。

 剣で何とか軌道を逸らした結果、相手の剣は俺の足を深く斬り裂いた。

 

「ぐっ……!」

 

 痛みを堪えながら、残った片足に力を籠めて襲撃者を蹴り飛ばし、その反動で距離を取った。

 そして、何とか立ち上がる。

 

「お前! 何が目的だ!?」

 

 時間を稼ぐつもりで、襲撃者へと語りかけた。

 相手は、全身鎧を身に纏った男。

 そして、強い。

 確実に俺以上のステータスを持っている手練れだ。

 俺だって、戦場で華々しく魔王の軍勢と戦う奴らには到底及ばないが、長年冒険者を続けてLvを上げてきたんだ。

 俺は決して天才ではないし、真装も使えないが、冒険者としては一流だと自負している。

 

 そんな俺を超える奴が、何故かこんな洞窟の奥にいて、しかもトラップまで使って殺しにきている。

 訳がわからん。

 そして……

 

「チッ! 聞く耳持たずか!」

 

 鎧の男は、問答無用とばかりに再び襲いかかってきた。

 右手に剣を、左手に盾を持つという、奇しくも俺と同じスタイル。

 鎧の男は、右手に持った剣を真っ直ぐに引き、正確な突きを放ってきた。

 

「むん!」

 

 だが、正確すぎて狙いが丸わかりだ。

 盾を上手く使って、突きを受け流す。

 こいつ、ステータスは凄いが、技術はそうでもない。

 ならば!

 

「《シールドバッシュ》!」

 

 盾による打撃のアーツを、鎧の男の胸にぶち当て、体勢を崩す。

 攻撃の直後じゃ、せっかくの盾も使えないだろう!

 そして!

 

「《ストライクソード》!」

 

 お返しとばかりに、俺はアーツの突き技を鎧の男にぶちかましてやった。

 鎧の男が、その衝撃によって吹き飛び、壁に叩きつけられる。

 ソロの冒険者を続けて30年。

 それでも通用するようにと磨き上げた戦闘技術だ。

 これだけは誰にも負けん!

 だが……!

 

「か、硬い……!?」

 

 俺の渾身の攻撃は、奴の鎧に僅かに皹を入れる事しかできなかった。

 なんという強度の鎧だ。

 見た目はただの鉄にしか見えないというのに。

 もしやあの鎧、真装か?

 いや、というよりも、むしろ……

 

「まさか……魔物か?」

 

 鎧の男の正体について考えついた瞬間、またしても、どこからともなく矢が飛来した。

 だが、今度は余裕を持って盾で防ぐ。

 片足がやられて避けられないのが辛いが、戦えなくはない。

 

 そして、再び鎧の男が突撃してくる。

 今度は、盾を全面に構えた体当たり。

 俺は、無事な足を軸に回転し、その力を受け流した。

 

 そして、剣での打ち合いになる。

 鎧の男の動きは、どこか不自然だった。

 動きはやたらと正確なのに、そこに戦士特有の読み合いも駆け引きもなく、ただ決められた通りに動いているかのような、そんな印象を受ける。

 それ故に、ステータスで劣り、片足を負傷した状態の俺でも何とか戦えている。

 

 やはりだ。

 奴の動きからは、人間らしさを感じない。

 まるでゴーレムでも相手にしているかのようだ。

 

 ならば、こいつの正体は……もしやリビングアーマーか?

 

 俺は遭遇した事がないが、ダンジョン(・・・・・)で稀に現れるという、動く鎧の魔物。

 こいつがリビングアーマーで、ここがダンジョンだとすれば、さっきから飛んで来る矢も、天井から降ってきたギロチンも、突然閉まった扉も、落とし穴も、全てに説明がつく。

 

 それに、ダンジョンの中に死体は残らない。

 これで、あいつらの死体が出てこない事にも説明がついてしまう。

 つまり、あいつらは、このダンジョンに殺された可能性が高い。

 

「……仇は取ってやる」

 

 俺は決意を固めた。

 その確固たる意志が、俺を強くする。

 リビングアーマーの攻撃を見切り、確実にカウンターを当てていく。

 それによって与えられるダメージは、微々たるものだ。

 だが、この微々たるダメージを積み重ねて倒す以外、俺に勝機はない。

 いつもの俺であれば、自分が死んでも誰も悲しまないと思っているソロ冒険者としての俺ならば、既に心が折れていたかもしれない。

 だが、後輩の仇を何としても討ってやると決めた、先輩冒険者としての俺の心は、決して折れなかった。

 

 リビングアーマーの剣を受け流す。

 盾を封じる。

 カウンターを当てる。

 矢を防ぐ。

 

 そうして、どれだけ戦い続けたのだろうか。

 集中していた時間は長く感じたが、実際には数分しか経っていなかったのかもしれない。

 

 そのタイミングで、突如リビングアーマーの動きが止まった。

 

 俺との距離を空けたままに停止する。

 追撃をかけたいが、この足ではそうもいかない。

 そうして、俺が訝しげにリビングアーマーを見ながら警戒していると、━━突然、今までとは比べ物にならない量の矢が飛来した。

 

「ッ!?」

 

 それを何とか盾で防ぎ、剣で叩き落とすが、雨あられと降り注ぐ矢を全てどうにかする事はできなかった。

 何本かは確実に体に突き刺さり、俺を弱らせていく。

 

 リビングアーマーは動かない。

 全ての攻撃を矢に任せたかのように、静観に徹している。

 これでは、どうにもならん!

 

 苦肉の策で残った片足を使い、リビングアーマーに突撃を敢行すれば、リビングアーマーはそれに合わせて逃げていく。

 今までと違い、明確な知性を感じさせる動き。

 何が、どうなって……

 

 それでも必死にリビングアーマーを追いかけていると、天井からギロチンが降り、床から剣山が生え、吊り天井が俺を潰そうとする。

 それを何とか避ける度に傷付き、矢に当たり、出血によって意識がボヤけていく。

 

 そして最後に、床が音もなく伸び上がった。

 

 傷付いた体では、その場から飛び退く事もできず、俺の体は凄まじい勢いで天井へと向かっていく。

 

 俺は自分の死を悟った。

 あと一秒もすれば、俺は天井との間に挟まれて、潰れたトマトのように死ぬのだろう。

 今際の際に頭に浮かんできたのは、英雄になるのだと息巻いていた後輩達の顔。

 こんな俺を素直に尊敬してくれた奴らの顔だった。

 

「……すまん」

 

 お前らの仇を討てなかった。

 その事を後悔しながら、俺はダンジョンの天井に叩きつけられ、血の染みとなって、この世を去った。



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13 苦戦の後で

「勝ったー……」

 

 侵入者がサンドイッチになってDPが入ってきた事を確認してから、私はようやく緊張を解いて布団に倒れ込んだ。

 今回は危なかった。

 だって、リビングアーマー先輩の攻撃がことごとく通用しなかったんだもの。

 中年の意地を見せつけられた気分だ。

 最初の不意討ちで足をやってなかったら、本当に危なかったと思う。

 まあ、最初の不意討ちの後に、侵入者が運良く足下に落とし穴も剣山も伸びる床もなく、上にギロチンも吊り天井もない、ボス部屋の盲点とも言える場所に辿り着かなかったら、そこで終わってたような気もするけど。

 

 今回、私がやった事は簡単だ。

 途中でリビングアーマー先輩への命令を攻撃から防御に、つまり『ガンガンいこうぜ』から『いのちだいじに』に変えて、その後はひたすらトラップを使いまくった。

 これだけ。 

 

 いやー、途中で気づいたんだよね。

 相手は足を怪我してるんだから、無理に攻める必要なくね? って。

 ボス部屋はリビングアーマー先輩がやられない限り破られないんだから、攻撃はトラップに任せて、リビングアーマー先輩はひたすらやられないように逃げ回っとけば、とりあえず負けはしないんじゃないかと思ったのが発端。

 その作戦が、これ以上ないくらい上手くハマった訳だ。

 

「さて」

 

 私は寝ながらメニューを操作する。

 今回の戦果確認といこう。

 

 まず、手に入ったDPは1490DP。

 あの中年侵入者が1000DPで、その前に死んだホブゴブリンが400DP、

 それとプチッと潰されてた普通のゴブリンが9匹で90DP。

 ゴブリンは10匹いたんだけど、一匹は逃げた。

 ……というか、 あの中年侵入者1000DPて。

 どんだけ強かったんだ。

 本当に、勝ててよかった。

 

 で、DPとは別に手に入ったアイテムもある。

 戦利品だね。

 

 まず、中年侵入者の持ってた装備。

 奴のステータスが高かったのが幸いしたのか、伸び上がる床で天井とサンドイッチしても完全には潰れずに、持ってたアイテムを回収できたのだ。

 ……でもそれって逆に言えば、アレよりも強い奴だとサンドイッチにしても死なないって事だから、ちょっとゾッとするけど。

 

 ま、まあ、それはともかく戦利品だ。

 一つは、腰にぶら下がってた道具入れみたいなやつ。

 鑑定したら『収納の魔道具』って出た。

 中が異空間になってて、見た目以上の物を入れられるらしい。

 アイテムボックスか。

 アイテムボックスだな。

 中には色んなアイテムが入ってて、それも手に入った。

 

 これ、還元したらかなりのDPになる気がするけど、勿体ないから取っておく。

 だってこれ、どう考えても希少品だもの。

 いつか使う日が来るかもしれないという事で。

 

 次に、中年が装備してた武器。

 『黒鉄の剣』『黒鉄の盾』『鋼の胸鎧』『亜竜の籠手』『亜竜のレザーブーツ』、それと、その下に着てた服。

 どれも高級な匂いがする。

 まあ、どれもこれもサンドイッチにしちゃった影響で破損してるから、もし使う場合はDPで修復しないといけないだろうけど。

 

 でも、破損してても問題なく使えるやつがある。

 それは金属だ!

 そう!

 これさえあれば、リビングアーマー先輩を強化できる!

 

 無生物系モンスターの材質変更。

 DPでやろうとすると、黒鉄なら6000DP、鋼でも1500DPはかかる。

 しかし!

 現物があるのなら話は別だ!

 50DPもあれば換装できる!

 これはやるしかないでしょう!

 

 という訳で、『黒鉄の剣』と『黒鉄の盾』、『鋼の胸鎧』を潰して、リビングアーマー先輩の素材とした。

 その結果、リビングアーマー先輩の胴体が黒鉄になり、兜が鋼になった。

 ……なんか、継ぎ接ぎみたいなデザインでカッコ悪かったから、1DPを使ってカラーリングを変更。

 全身ブラックにした。

 これなら、ダンジョン内の暗さと合わせて、さぞ見えにくかろう。

 それに、やっぱり単色のカッコよさってあると思うんだ。

 あと、いらなくなった鉄の胴体と兜は還元しておいた。

 

 ついでに、ちょっと思い至って20DPを使い、リビングアーマー先輩のデザインを変更した。

 今までの男性用鎧から、ちょっと小柄な女性用鎧へと変更。

 なんでこんな事をしたのかというと、まあ、いざという時の為だ。

 もしも、リビングアーマー先輩を含めたダンジョンの全機能を使っても倒せないような化け物が現れた時の為。

 その時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、少しは勝率が上がるだろう。

 

 何せ、私は勇者だ。

 大魔導先輩のおかげで魔法系ステータスだけは凄まじいし、リビングアーマー先輩に防御を任せて魔法に専念すれば、かなりの戦力になるんじゃないかと考えた。

 リビングアーマー先輩は魔法能力が0だから、お互いの欠点を上手く補えるんじゃないかと。

 

 まあ、あくまでも最終手段だし、使う日が来ない事を祈るけどね。

 それに、そもそも、私まだ魔法とか使えないし。

 どうすれば覚えられるのかも知らないし。

 現時点では机上の空論だよ。

 

 そして、DPと戦利品の次は経験値だ。

 

 今回の戦いによって、私のLvは7から15に上がった。

 やっぱり強い敵を倒すと、その分、経験値も凄まじい。

 ちなみに、ステータスはこんな感じになった。

 

ーーー

 

 ダンジョンマスター Lv15

 名前 ホンジョウ・マモリ

 

 HP 38/38

 MP 86/11500

 

 攻撃 31

 防御 29

 魔力 6600

 魔耐 51

 速度 37

 

 ユニークスキル

 

 『大魔導』

 

 スキル

 

 『MP自動回復:Lv4』

 

ーーー

 

 MPが、遂に一万の大台超え。

 大魔導先輩、マジパネェっす。

 MP自動回復も地味に成長してるし、順調と言えよう。

 

 他のステータスも、魔力以外はカスみたいな数字だけど、一応は上昇してる。

 そりゃ、Lv的には前の侵入者三人組と同じくらいなんだから、強くもなるか。

 ……でも、ほぼ同じLvなのに、魔力以外のステータスは、あの三人より遥かに低い。

 私、勇者なのに。

 やっぱり、鍛えてる奴とそうじゃない奴の違いって事だろうか?

 ステータスって、Lvだけじゃ計れないのね。

 でも、この調子でLvを上げていけば、いつかはリビングアーマー先輩を着こなせるくらいには強くなれそうだ。

 

 ちなみに、強化を果たしたリビングアーマー先輩のステータスはこんな感じ。

 

ーーー

 

 リビングアーマー Lvーー

 

 HP 3000/3000

 MP 0/0

 

 攻撃 2100

 防御 4530

 魔力 0

 魔耐 4350

 速度 900

 

 スキル

 

 なし

 

ーーー

 

 強い。

 めっちゃ強い。

 これなら、今回の中年侵入者くらいなら、ステータスによるゴリ押しだけで勝てそう。

 材質の変更でここまで強くなるなら、もっと早く強化するべきだった。

 明日MPが回復したら、更に強化してあげよう。

 インフレの始まりじゃー!

 

 そして、これが最後のリザルトだ。

 

 私はモニターで、ダンジョンの回収機能を使って身ぐるみ剥がされた中年侵入者の死体を見る。

 最初はとっとと還元しちゃおうと思ったんだけど、ここに来て少し思い直した。

 

 それと言うのも、今回追い詰められた最大の要因は、リビングアーマー先輩と私の戦闘技術の未熟さだと思ったからだ。

 私がもっと上手くトラップを使えていれば、リビングアーマー先輩が過度なダメージを受ける事もなかっただろうし、

 リビングアーマー先輩がもっと上手く動けていれば、ステータス的に考えて、もっと普通に勝てていただろう。

 

 その弱点を解消するにはどうしたらいいのか。

 練習を重ねるしかないと思う。

 そして、それには練習相手がいた方が良いと思うのだ。

 一人でやる練習には、必ず限界があるものだから。

 ずっとお一人様だった私が言うんだから間違いない。

 

 で、その話が侵入者の死体とどう繋がるのかというと、簡単だ。

 こいつに練習相手、もといサンドバッグになってもらおうと思ってる。

 何を言ってるんだと思われるかもしれないが、ダンジョンには死体をそういう目的で使える機能があるのだよ。

 

 その機能とは、モンスターの作成。

 今回は、この侵入者の死体を素材(・・)にして、あるモンスターを造り出そうと思う。

 

 そのモンスターの名は『ハイゾンビ』。

 言わずと知れた動く死体『ゾンビ』の上位モンスターだ。

 

 メニューの召喚可能モンスターの一覧でハイゾンビの説明を見ると、ハイゾンビとは普通のゾンビと違って、ある程度、生前の力を残したハイスペックなゾンビなのだ。

 それに、普通のゾンビと違って、時間経過で腐らない。

 怨念的なものが残る心配もない。

 完璧である。

 ……まあ、それはあくまでも理論上の話であって、心情的にはあんまりやりたくないけども。

 死体とは言え、一度敵対した相手を自分の聖域の中に置いておきたくはない。

 

「でも、背に腹は代えられないか……」

 

 幸い、飲み込めない程の不快感じゃない。

 所詮は死体だ。

 ただの道具と割り切ろう。

 

 という事で、1500DPを使ってハイゾンビを作成。

 中年侵入者の死体を中心に、リビングアーマー先輩を召喚した時と似た魔法陣が広がり、それが消えた時には、血塗れで人間としての原型を留めていない死体が、ムクリと起き上がった。

 早速、鑑定を使ってみる。

 

ーーー

 

 ハイゾンビ Lv48(lock)

 名前 ゲイル

 

 HP 1/738

 MP 140/268

 

 攻撃 631

 防御 639

 魔力 290

 魔耐 500

 速度 530

 

 スキル

 

 『剣術:Lv8』『盾術:Lv8』『隠密:Lv3』

 

ーーー

 

 うん。

 まあ、全体的に弱体化してる。

 全ステータス一割減ってところかな。

 でも、思った程の低下じゃない。

 ちなみに、Lvのところに書いてある(lock)の表示は、死体だから、これ以上成長しないって意味。

 HPが1しかないのは、生前のダメージを引き摺ってるんだと思われる。

 

 とりあえず、DPを使ってゾンビを修復した。

 リビングアーマー先輩と同じで、ゾンビも自然回復しないから、一々DPで回復させなきゃならない。

 コスパは悪いけど、まあ、仕方ないよね。

 

「これからよろしく。中年ゾンビ」

 

 こうして、私の仲間に中年ゾンビが加わったのだった。



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14 特訓中なう

 中年ゾンビを仲間に加えた後、早速、木剣(10DP)と木の盾(10DP)を二組出し、中年ゾンビとリビングアーマー先輩に装備させた。

 特訓用の装備だ。

 これなら、少しは安心して打ち合えるだろう。

 それでも、リビングアーマー先輩のステータスなら木剣でも致命傷を与えそうなので、特訓中は力をセーブするように命令しておいた。

 

 そして、いざ尋常に特訓開始!

 

 力をセーブしたリビングアーマー先輩が中年ゾンビに襲いかかり、中年ゾンビがそれを軽く受け流す。

 ……なんか、中年ゾンビ、生前より強くなってない?

 いくらリビングアーマー先輩が力をセーブしてるとは言え、軽く受け流すとか。

 あ、もしかして視覚の問題かな。

 ゾンビになった事で闇の中でも見えるようになった筈だし、そうなれば松明の明かりだけで戦ってた時よりも強いのかも。

 

「……って、のんびり見てる場合じゃなかった」

 

 のんびり見てたら意味ないって事で、私もトラップを作動させて特訓に参加する。

 リビングアーマー先輩を巻き込まないように矢とかを放つも、中年ゾンビには通用しない。

 リビングアーマー先輩に張り付くような位置取りをするから、中々上手くトラップが使えないのだ。

 ぐぬぬ。

 

 ならばと、リビングアーマー先輩を防御モードにチェンジさせる。

 中年ゾンビから距離を取らせ、トラップのみで攻撃してみる。

 だが、これでも中年ゾンビは捉えられない。

 ヒラリヒラリとトラップをかわしていく。

 こいつ、負傷してなかったら、こんなに強いのか……。

 ゾンビになってこれとか、本当によく勝てたな。

 

 その後も同じように特訓を続けるけど、上手くいかない。

 どうも、このやり方だと限界があるような気がする。

 なんていうか、こう、トラップとリビングアーマー先輩が上手く連携できてないみたいな。

 お互いのポテンシャルを上手く引き出せてないというか。

 息の合ってないダブルスみたいな感じがする。

 

 これじゃマズイって事で、一旦特訓を中断して考える。

 

 どうすれば、もっと上手くいくのか?

 普通に考えれば、私がリビングアーマー先輩のサポートを完璧にこなせるようになる事なんだけど、それでもダメな気がしてならない。

 何故なら、リビングアーマー先輩の戦闘技術は、決して高くないから。

 だって、トラップによるサポートなしだと、負傷した生前の中年ゾンビにすら勝てないんだもん。

 

 それに、今見てて気づいたけど、リビングアーマー先輩の動きは単純なんだ。

 まるでゲームのAIみたいな感じ。

 それだと達人ゲーマー……じゃなかった、中年ゾンビみたいな達人戦士には通用しない。

 そして、無生物系モンスターは強化はできても成長はしないから、リビングアーマー先輩の動きがこれ以上良くなる事はない。

 

 それはマズイ。

 達人ゲーマーだって、モ◯ハンとかのボスモンスターの動きをパターン化して、ノーダメージで狩るなんて芸当ができるんだ。

 というか、そのくらい私にもできた。

 なら、この世界の達人戦士達が同じ事をできない筈がない。

 中年ゾンビ以上のステータスと技術を持った手練れが現れれば、リビングアーマー先輩は簡単にやられてしまうかもしれないという事になる。

 それはダメだ。

 絶対にダメだ。

 何としても対抗策を捻り出さなくては。

 

「うーん……」

 

 私は考えた。

 頭を抱えながら布団の上を転がり、糖分を求めてミルクティー(20DP)を飲み干し、気分転換に一回寝て、起きて、そして遂に思いついた。

 会心の策を。

 

「そうだ。私が戦えば良いんだ」

 

 何を血迷った事を言ってるんだと思うかもしれない。

 だが、もちろんこれは、私がリビングアーマー先輩を着込んで戦うという意味ではないのだ。

 それは、あくまでも最終手段。

 

 私が考えついたのは、無生物系モンスターの動かし方の話だ。

 最初に詳細鑑定した時、チラッとその方法は二種類あると書いてあったのを思い出した。

 一つ目は、今までも使ってた自動操作。

 二つ目は、術者が直接操る手動操作。

 この二つ目って多分、ダンジョンの外で造られた無生物系モンスターに対応してるんだと思う。

 こんなファンタジー世界なら、ゴーレムとかを造る魔法くらい普通にあそうだし。

 土魔法のスキル持ちが「クリエイトゴーレム!」とか叫んでも、私は驚かないよ。

 

 要するに何が言いたいかというと、この手動操作を使って私がリビングアーマー先輩を動かせば良いんじゃないかって事。

 リビングアーマー先輩の技術は成長しないけど、私の技術なら成長する。

 それに、私がリビングアーマー先輩の動きを完全に掌握すれば、トラップとの完璧な連携も可能なんじゃないかと思うんだ。

 だって、どっちも私が動かしてるんだから。

 右手と左手で連携を取るみたいな感じになるんじゃないかと。

 

 という事で、早速やってみた。

 

「おお! 動く! 動くぞ!」

 

 リビングアーマー先輩は、私の操縦通りに動いた。

 感覚としては、ゲームのキャラを動かしてる感じ。

 ただし、ゲームではないのでコントローラーはない。

 メニューをポチポチやってる訳でもない。

 念じれば、その通りに動く。

 これって、ある意味、魔法なんじゃなかろうか?

 いや、それを言ったらトラップも似たようなもんか。

 トラップも念じただけで動くもんね。

 

 とにもかくにも、リビングアーマー先輩を手動操作に切り替え、ボス部屋の全てを手動にした上で、改めて中年ゾンビと戦ってみた。

 しかし……

 

「えい! あ!? この! 逃げるな!」

 

 当たり前の事だけど、最初から上手くはいきませんでした。

 リビングアーマー先輩を動かしながらトラップも動かす。

 これは思った以上に難易度が高かった。

 ゲームやりながら本を読むみたいな。

 二つ以上の事を同時にやるというのは、本当に難しい。

 

 それに、リビングアーマー先輩の操縦一つ取っても、私は戦闘の素人。

 いきなり、中年ゾンビと戦えるレベルの操縦なんてできる訳がない。

 正直、今の段階だと自動操縦の方が強いまである。

 まあ、当たり前なんだけど。

 世の中、そう上手い話はないって事だ。

 

 こればっかりは、時間をかけて鍛えるしかない。

 でも、鍛えれば確実に強くなる筈だ。

 根気強く行こう。

 

 そうして私は、とりあえず中年ゾンビの動きを見て真似る事にした。

 中年ゾンビもリビングアーマー先輩と同じ、剣と盾のスタイルだし、お手本にするには丁度良い。

 師匠とでも呼ぶべきだろうか?

 ……いや、やめておこう。

 死体とはいえ、元は私の聖域を踏み荒らしやがった侵入者だ。

 敬意を払う必要などない!

 

 でも、その技術は大いに役に立ってるから、このダンジョンに住む事くらいは許してやろう。

 ありがたく思え!

 

 そんな感じで、私は特訓を続けた。



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15 第二階層

 中年ゾンビとの特訓を始めた翌日。

 私は例によって全快したMPをダンジョンコアにぶち込み、これを使って造りかけの第二階層を完成させる事にした。

 特訓も大事だけど、そもそもボス部屋まで辿り着かれない方が良いに決まっているのだから、ダンジョンの強化は特訓よりも優先度が高い。

 最優先事項だ。

 

 さて。

 現在のDPは約12000DP。

 凄い数字だ。

 これが日給だと言うのだから、本当に大魔導先輩の働きっぷりは凄まじい。

 ステータス画面を拝みながら、三度礼拝しなければならないレベルだよ。

 

 そして、今回は潤沢な資金があるという事で、ダンジョンの改造も思いきって贅沢に行く。

 

 まずは、1000DPを使い、第二階層の規模を拡大する。

 直径200メートルの迷宮から、一気に直径500メートルの大迷宮になった。

 どうも、階層の拡張は、階層の追加よりも安く済むらしい。

 ただし、これ以上広げようとすると、相応のDPを持っていかれるみたいだけど。

 

 そこから、更に1500DPを使って、前回仕掛けた動く壁を拡張した部分にも仕掛ける。

 これで、残り10500DP。

 まだまだ金はある!

 ドンドン行こう!

 

 次はもっと大胆だ。

 なんと、一気に8000DPを使って、フロア全体の環境を変える。

 第二階層のコンセプトは『猛毒フロア』だ。

 これによって、第二階層はフロア全体に猛毒が発生している死の迷宮となった。

 毒霧、毒液、毒の塗り込まれたトラップ。

 毒の効かないモンスター以外は、解毒薬とかを大量に持ち込みでもしない限り、探索しただけで確実に息絶えるだろう。

 

 第二階層をこんな仕様にした理由は、このダンジョンに来る侵入者が、今のところ人間とゴブリンだけだからだ。

 奴らになら、確実に毒が効く。

 しかも、第一階層には毒のどの字もないから、ネタバレでもしない限り、解毒薬を大量に持ち込むなんて発想は出てこない筈だ。

 

 しかも、この第二階層。

 初めの内は毒が薄いというのがミソだ。

 

 第一階層から繋がる道(ボス部屋が移動したので、扉ではなく下り坂になった)から入った時点では毒に気づかず、少し進んだ時点で、ようやく毒の存在と体の異常に気づく。

 その時には、もう手遅れだ。

 帰りの道は動く壁によって塞がれ、侵入者はダンジョンの情報を外に持ち出す事なく死ぬのだ。

 完璧である。

 

 つまり!

 これにて、ほぼ攻略不能な迷宮が完成した訳だよ!

 それこそ毒の効かない化け物でも現れない限り、私はようやく枕を高くして眠れる!

 

 このフロアの弱点としては、味方のモンスターにまで毒の影響が出る事だけど、

 私は今のところ、毒の効かない無生物系やアンデット系のモンスターしか使うつもりはないから無問題。

 だって、意思のあるモンスターとか、裏切りそうで何か嫌じゃん。

 警備員はロボットに任せるに限る。

 私的には、アンデットだってギリギリだ。

 ギリギリアウトだ。

 利益の為に、それを我慢して使ってるに過ぎない。

 

 まあ、それはともかく。

 最後に猛毒の第二階層をボス部屋の前に持ってきて、これで一応完成。

 本当はこのフロアを徘徊させるモンスターが欲しいところだけど、残り2500DPしかないから、今日は諦める。

 潤沢な資金とはなんだったのか……。

 やっぱり、本格的なダンジョン造ろうと思うと、凄い勢いで資産が飛んでいく。

 大魔導先輩がいるウチですらこれなんだから、普通のダンジョンは、いったいどうやって発展してるんだろう?

 もしかしたら、凄い長い時間をかけて、地道に成長してるのかもしれない。

 まあ、他のダンジョンなんて見た事ないし、今後も引きこもりを続けるつもりだから、外の事なんてどうでもいいけどね。

 

 さて、今日の分の改造も終わった事だし、特訓に戻るか。

 

 前よりも遥かに到達困難になったボス部屋にて、リビングアーマー先輩と中年ゾンビが戦う音が響いた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 そんな感じで猛毒フロアを造った翌日。

 MPも回復した事だし、今日はモンスターでも造るかー、と思っていた時、私は侵入者の存在に気づいた。

 

 ちなみに、猛毒フロアが完成したので、前まで設定してたアラームは解除した。

 正確には、第一階層に入った時点ではなく、第二階層に入った時点で鳴るようにしてる。

 そうじゃないと、睡眠に支障が出そうだし。

 

 そういう事情につき、私は寝てる隙に入って来た侵入者に気づかなかった訳だ。

 まあ、前にも決めたように、第一階層を彷徨く程度なら許してやらん事もない。

 そのまま立ち去るのなら、見逃してやるよ。

 

 そんな気持ちでモニターを出し、侵入者の姿を確認する。

 ゴブリンだった。

 またか!

 このダンジョン、ゴブリン来すぎじゃない?

 近くに大きな巣穴でもあるんだろうか?

 なら、どうにかして潰すべきかな?

 ……いや、現状無理でしょ。

 私が動かせる戦力なんて、リビングアーマー先輩と中年ゾンビしかいないし。

 リビングアーマー先輩はともかく、中年ゾンビはゴブリン退治の為に使い捨ててもいいかなと思わなくもないけど、

 まだまだ中年ゾンビには教わる事が残ってる。

 今はまだ手放す訳にはいかない。

 使い捨てにできる戦力が増えてから考えよう。

 

 それはともかく、今回のゴブリンどもは、また数が多い。

 普通のゴブリンが20匹くらい。

 前回見たホブゴブリンが3匹。

 あと、よくわからない新種のゴブリンが2種類。

 とりあえず鑑定だ。

 

ーーー

 

 ゴブリンシャーマン Lv25

 

 HP 150/150

 MP 250/250

 

 攻撃 50

 防御 62

 魔力 201

 魔耐 105

 速度 44

 

 スキル

 

 『火魔法:Lv3』『統率:Lv1』

 

ーーー

 

 ゴブリンチャンピオン Lv40

 

 HP 1540/1540

 MP 300/300

 

 攻撃 1321

 防御 950

 魔力 140

 魔耐 557

 速度 603

 

 スキル

 

 『棍棒術:Lv2』『統率:Lv2』

 

ーーー

 

 強っ!?

 ゴブリンのくせに強っ!?

 シャーマンも大概だけど、チャンピオンが別格でヤバイ。

 これ生前の中年ゾンビ超えてるじゃん!

 もうゴブリンじゃねぇだろ、こいつ!

 体格もホブゴブリンより一回り大きいし、筋肉の塊だし、中年ゾンビよりLv低いのにステータス上だし。

 もう、種族的な格で人間超えてるんじゃない?

 

 そんなゴブリンどもは、第一階層の中を探索し出した。

 そして、数時間かけて第一階層を探索し終えると、第二階層への入り口まで見つけ、数匹のゴブリンとホブゴブリン一匹が、チャンピオンの命令で第二階層へと足を踏み入れる。

 そいつらは、そのまま20分くらい第二階層をさ迷った末に、猛毒の餌食になって死んだ。

 ……意外と粘ったな。

 もっとも20分持ったのはホブゴブリンだけで、残りは数分で死んでたけど。

 

 で、探索隊が帰って来ない事を確認したチャンピオンは、前の奴らと同じように第一階層に住み着いた。

 だから帰れ!

 

 でも、チャンピオンが第二階層に入って来ないだけでも一安心と言うべきか。

 こいつのHPの多さなら、猛毒フロアすらゴリ押しで踏破できるかもしれないし。

 まあ、その時には相当弱ってるだろうから、リビングアーマー先輩で普通に殺せると思うけど。

 

 そして、奴らが好き勝手やってる間、私が何もしなかった訳ではない。

 MPをDPに変換し、今度こそモンスターを造った。

 リビングアーマー先輩みたいなボスじゃなくて、量産型の使い捨てモンスターを。

 

 今回のモンスターに求めるのは、猛毒の第二階層で活動できる事と、使い捨てにしても痛まない事。

 つまり、ローコストで生産できる事だね。

 

 その結果、私は量産型自宅警備員として、ゴーレムを選択した。

 ゴーレム。

 言わずと知れた、あのゴーレムだ。

 土とか岩とかで出来てる巨人。

 無生物系モンスター。

 100DPで召喚できる弱いモンスターなんだけど、今回は普通に喚び出すんじゃなくて、『ゴーレムメーカー』という謎の装置を造って、それでゴーレムを造った。

 

 このゴーレムメーカー、ダンジョンの生産可能なトラップ一覧の中にしれっと紛れ込んでたんだけど、その性能は破格だ。

 なんと、素材をゴーレムメーカーの中に入れると、その素材を使ってタダでゴーレムを造り出してくれるのだ!

 これにより、実質ノーコストで量産型自宅警備員を造る事ができるようになった。

 ……まあ、ゴーレムメーカーのお値段は10000DPとかしたから、どっちかって言うと料金先払いなんだけど。

 でも、100体造れば元が取れるし、頑張って生産していこう!

 

 という訳で、私は今日は特訓をやめて、中年ゾンビを第二階層に派遣し、つるはし(10DP)を持たせてダンジョンの壁をひたすら掘らせた。

 本来なら、ダンジョンの内装は破壊不能なんだけど、ダンジョンマスターの意思によっては『破壊可能オブジェクト』として壊す事ができるようになる。

 そうして壊した壁、もとい岩壁の欠片をアイテム回収機能で回収し、ゴーレムメーカーに突っ込む。

 

 そして、生まれてきたゴーレムの性能が、こちら。

 

ーーー

 

 ロックゴーレム Lvーー

 

 HP 200/200

 MP 0/0

 

 攻撃 100

 防御 100

 魔力 0

 魔耐 50

 速度 50

 

 スキル

 

 なし

 

ーーー

 

 うん。

 まあ、量産型と見ればそれなりに高性能ではある、かな。

 一対一だとホブゴブリンにも勝てなそうだけど、そこは数の暴力と第二階層の猛毒を使って何とかしよう。

 

 こうして、ダンジョンを徘徊する量産型モンスターも生まれ、このダンジョンは、やっと洞窟から真のダンジョンへと進化したのだった。

 ここまで長かったよ……。



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16 リフォーム

 ゴーレムメーカーは、万が一破壊されたら大変という事で、ボス部屋の奥に設置した。

 そしたら、コア部屋、兼、私の居住スペースである空間が手狭になったので、思いきってこっちもリフォーム。

 

 まず、ゴーレムメーカーを置く部屋(200DP)を増設。

 この部屋にはベルトコンベア(50DP)を設置し、岩の回収からゴーレムの生産、そのゴーレムを輸送機能で第二階層に送るところまで全自動にした。

 第二階層に収まらない程にゴーレムが増えてきたら、新たに格納庫的な物を造る予定だ。

 ちなみに、ゴーレムが何体が出来た段階で、採掘係は中年ゾンビからゴーレム達になった。

 

 あと、ゴーレムの素材となる岩石は第二階層の猛毒におかされているので、この部屋には入り口を作らずに密閉空間にした。

 いわゆる、壁の中にいる状態だ。

 そうじゃないと、居住スペースにまで毒が回ってきそうだったから。

 どうせ、この部屋の運営はダンジョンの機能だけでできるし、入り口がなくても問題はない。

 

 そして、ダンジョンへの進化記念という事で、自分へのご褒美を進呈。

 

 水源(500DP)と、火の魔石(200DP)を使って大浴場を建設した。

 部屋の代金とか改装費とかを込みで、合計1500DP。

 贅沢をしてしまった。

 

 更に、寝室も豪華に改造し、今までの布団を還元して立派なベッド(250DP)を出した。

 早速、ベッドにダイブ!

 

「ふぁああ」

 

 気持ち良い。

 このまま寝たい。

 と思ったけど、グッと堪えて、今度はリビングを作った。

 リビングはリビングでも、リビングアーマー先輩にあらず。

 そこは間違えないように。

 

 そのリビングなんだけど、ソファー(100DP)とテーブル(50DP)を出しただけでリビングっぽくなる不思議。

 あとはカーペット(30DP)を敷き、ゴーレム生産部屋以外の内装をフローリングに変え(400DP)、全ての部屋にLEDの如き明るい電気(全部で900DP)を付ける。

 そして、最後にリビングにダンジョンコアを置いて、これで完成。

 素敵空間の出来上がりだ!

 早速、お風呂にでも入って来よう。

 

 調子に乗って造った脱衣場で服を脱ぎ、シャワーで体を洗ってからお風呂に浸かる。

 

「あー……」

 

 気持ち良い……。

 溶ける……。

 今までの疲れが溶け出していくー……。

 

「幸せぇ」

 

 これだよ。

 これこそが、私の求めた引きこもり道の極みだよ。

 この生活を守る為に、これからも頑張ろう!

 改めてそう思えた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 そして、リフォームをした日は休日扱いとし、その翌日。

 私はリビングのソファーに座りながら、リビングアーマー先輩とボス部屋のトラップを操作し、中年ゾンビとの特訓を再開していた。

 ゴーレムの生産は自動化したし、ゴブリンどもはたまに外に出て食料を取って来るくらいで大した動きを見せないし、

 一応は急場でやる事もなくなったので、また特訓に戻ったという訳だ。

 

 ちなみに、ゴーレムのお値段100DPだけど、あれって素材から造る場合のお値段らしい。

 0から造ろうとすると、倍の200DPかかる。

 それは他の無生物系モンスターにも言える事で、リビングアーマー先輩も、鉄とかの素材から造れば2000DP。

 最初から鎧が用意できていれば1000DPで造れたみたい。

 勿体ない事しちゃったような気がするけど、リビングアーマー先輩を召喚した時は、そんな事を考える余裕も素材もなかったし、あんまり気にしない方がいいよね。

 

 あと、ゴーレムメーカーみたいな◯◯メーカーの類いは他にもあって、無生物系モンスターなら、大抵はメーカーで造れるっぽい。

 ただし、メーカーのお値段は、造るモンスターの素材ありきのお値段の100倍。

 ゴーレムメーカーなら、100DPの100倍で10000DP。

 リビングアーマーメーカーなら、1000DPの100倍で100000DPだ。

 こんなに高いんじゃ、さすがに、今のところゴーレムメーカー以外を購入する気にはならない。

 ゴーレムメーカーだって、岩じゃなくて鉄とか黒鉄とかのもっと良い素材を使えば、もっと強いゴーレムが造れるんだし、

 DP使うなら、そっち方面に使いたい。

 でも、魔法を使うゴーレムこと、ガーゴイルのメーカーくらいは近い内に造ってもいいかと思ってる。

 

 あと、DPに余裕ができたので、遂にリビングアーマー先輩の全身を黒鉄にした。

 元々、全身ブラックのカラーリングをしてたから見た目はあんまり変わらないけど、ステータスは大幅に上がったから万事オッケーだ。

 今後は更に高位の金属、ミスリルとかオリハルコンの入手を頑張ってみようと思う。

 それまでは、DP使って地道に強化だな。

 

 これからは、貯金に回す分以外のDPはリビングアーマー先輩の強化に使おうと思ってる。

 しばらくは第二階層のおかげで安泰だろうからね。

 その第二階層も、現在進行形でゴーレム達が採掘の為に広げてるし。

 手作業で広げると、階層拡張の為にDPを使わなくていいから、一石二鳥だ。

 まあ、迷路とかトラップとかを追加する時はDPがいるけど。

 

 で、全身黒鉄製になり、更にDPで強化されたリビングアーマー先輩の今の強さが、こちら。

 

ーーー

 

 リビングアーマー Lvーー

 

 HP 7500/7500

 MP 0/0

 

 攻撃 4200

 防御 10050

 魔力 0

 魔耐 10050

 速度 1800

 

 スキル

 

 なし

 

ーーー

 

 強い!

 強すぎる!

 圧倒的な強さ!

 これ、ゴブリンチャンピオンですらワンパンで倒せるんじゃない?

 しかも、防御と魔耐とか遂に一万の大台超えだし。

 私のMP並みじゃん。

 凄まじいわぁ。

 

 この鉄壁の守護神がいる限り、ウチのダンジョンは安泰だと思える。

 でも、これからも油断せずに強化を繰り返していこう。

 さしあたっては、やっぱり戦闘技術の向上が第一かな。

 よし!

 特訓、頑張ろう!

 おー!



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17 真装使い

 ダンジョンも良い感じに仕上がり、特訓の成果もようやく少し出てきた今日この頃。

 ダンジョンの方は未だにゴブリンが住み着いててウザイし、しかも何か外から数匹新しいゴブリンが増えて心底不快だけど、問題という程じゃない。

 むしろ、ゴブリンどもが居座ってる事で、一応は私にもメリットがある。

 

 それは、DPの入手だ。

 今までは侵入者が全員すぐに死んでたから関係なかったけど、一応、侵入者がダンジョン内に居る状態を維持する事でもDPは入ってくる。

 ゴブリン全員合わせて、大体一日1000DPくらいが入ってくるようになった。

 これは無視できない数字だ。

 まるで家賃でも払われているような気持ちになる。

 これならまあ、第二階層に進出してくる様子もないし、第一階層に居座るくらいなら別に許してやろうかな、とか思ってしまっている自分がいるのが怖い。

 それに、そもそもボス部屋から動かせないリビングアーマー先輩以外だと、ウチの戦力でゴブリンチャンピオンを倒せる奴はいないから、どの道、放置するしかないんだけども。

 

 だからもう、ゴブリンの事はいいや。

 ほっとこう。

 

 それより、特訓の話だ。

 成果が出たというのは、リビングアーマー先輩とトラップを上手く動かせるようになったっていうのもそうだけど、

 それ以上に、私が新しいスキルをゲットした事が大きい。

 その名も『並列思考:Lv1』と『演算能力:Lv1』。

 どっちも頭の働きを補助してくれるスキルだ。

 並列思考のおかげで、リビングアーマー先輩とトラップを同時に動す時、楽になったし、

 演算能力のおかげで、常に位置取りやトラップの発動箇所を計算しながら動かせるようになった。

 

 おかげで、遂にステータスによるゴリ押しを使わずに、中年ゾンビを倒す事ができたのだ!

 これは大いなる進歩である。

 このまま特訓を続け、スキルLvが上がっていけば、更なる戦闘力の向上が見込めるだろう。

 やっぱり、私がリビングアーマー先輩を操作するという作戦は間違ってなかったんだ!

 これからも頑張ろう!

 

 そう思いながら特訓を続けていた時、私の感覚がまた侵入者の存在を感知した。

 またゴブリンか?

 そんなうんざりとした気持ちでモニターを確認すると、なんと侵入者は人間だった。

 別に驚く事じゃないんだけど、ここ数日ゴブリンしか見てなかったから、なんとなく新鮮だ。

 こんな事を考えられる辺り、私も余裕が出てきたな。

 

 で、今回の侵入者は、槍を持った男1人と、女が3人。

 最初の侵入者3人や生前の中年ゾンビみたいに、全員冒険者みたいな格好してる。

 やっぱり、冒険者なのだろうか?

 冒険者という名称の職業についてる連中なのだろうか?

 うん。

 冒険者と呼んでおこう。

 

 冒険者どもは、女の1人が手に持ったカンテラで洞窟の中を照らしながら、内部を探索していく。

 このままだと、ゴブリンどもとぶつかりそうだ。

 私としては共倒れが一番嬉しい。

 という事で、この冒険者どもがゴブリンどもに勝てるのかどうか調べるべく、鑑定を使った。

 

 そしたら、予想外の結果が出た。

 

ーーー

 

 人族 Lv40

 名前 ケビン

 

 HP 760/760

 MP 600/600

 

 攻撃 513

 防御 534

 魔力 490

 魔耐 509

 速度 511

 

 ユニークスキル

 

 『真装』

 

 スキル

 

 『MP自動回復:Lv2』『槍術:Lv6』『火魔法:Lv4』『氷魔法:Lv4』『隠密:Lv6』

 

ーーー

 

 鑑定して見た冒険者の男のステータスが、これだ。

 単純なステータスなら中年ゾンビと同程度。

 つまり、生前の中年ゾンビよりは弱い。

 その代わりに魔法スキルを持ってるけど。

 

 でも、そんな事は些事だ。

 こいつには、私と同じ『ユニークスキル』がある。

 

 初めて、自分以外のユニークスキル持ちに会った。

 ……これ、ヤバイんじゃないか?

 私の大魔導先輩のチートっぷりを考えると、こいつのユニークスキル『真装』とやらが大魔導先輩と同程度の性能を持っていた場合、とてもゴブリンどもじゃ太刀打ちできない筈。

 相性によっては猛毒フロアも越えられかねない。

 もっと言えば、リビングアーマー先輩までやられる可能性すらある。

 ヤバイ!

 

 お、落ち着け!

 まずは深呼吸だ!

 

「ヒッ、ヒッ、フー!」

 

 よし落ち着いた!

 次は、とりあえず、真装とやらの詳細を鑑定!

 

ーーー

 

 真装

 

 この世で唯一、後天的に習得できるユニークスキル。

 己の真なる武装を顕現させる。

 

ーーー

 

 んん?

 よくわからないぞ。

 とりあえず、この真装とやらが後天的に獲得できるユニークスキルだって事はわかったけど、肝心の効果説明が意味不明だ。

 何?

 己の真なる武装を顕現させるって?

 中二心が疼くワードだけど、今欲しいのは中二的で難解な言い回しじゃなくて、具体的な効果説明なんだよ。

 効果がわからなきゃ、対策が立てられないじゃん!

 

 ……でも、まあ、わからないものは仕方ない。

 奴のステータス的に考えて、ゴブリンチャンピオンとぶつかれば真装を使わざるを得ないだろうし、分析はその時にするしかないか。

 そう考えると、ゴブリンどもも少しは役に立つな。

 災い転じて福と成すとはこの事だ。

 

 それはそれとして、今度は仲間の女どもを鑑定しておこう。

 これで全員がユニークスキル持ちとかだったら目も当てられないな……。

 どうか、違いますように。

 

ーーー

 

 人族 Lv10

 名前 ハンナ

 

 状態異常 奴隷

 

 HP 70/70

 MP 40/40

 

 攻撃 42

 防御 44

 魔力 28

 魔耐 41

 速度 55

 

 スキル

 

 『剣術:Lv1』

 

ーーー

 

 人族 Lv8

 名前 アナ

 

 状態異常 奴隷

 

 HP 51/51

 MP 55/55

 

 攻撃 15

 防御 17

 魔力 43

 魔耐 32

 速度 40

 

 スキル

 

 『回復魔法:Lv1』

 

ーーー

 

 人族 Lv6

 名前 クララ

 

 状態異常 奴隷

 

 HP 33/33

 MP 26/26

 

 攻撃 10

 防御 11

 魔力 12

 魔耐 18

 速度 14

 

 スキル

 

 なし

 

ーーー

 

 これは……違う意味で予想外。

 まず、ユニークスキル持ちどころか、思いっきり弱かったのは嬉しい誤算だ。

 それどころか、戦闘員として通用するのは、ハンナとかいう女だけだと思う。

 

 ただ、表示された状態異常は予想外だった。

 奴隷だったのね、あの3人。

 というか、奴隷って状態異常扱いなんだ……。

 一応、奴隷の項目を詳細鑑定しておこう。

 

ーーー

 

 奴隷

 

 奴隷紋という特殊な刻印を刻まれ、主に逆らう事ができなくなった状態。

 

ーーー

 

 うん。

 奴隷紋とか、ちょっとファンタジーな単語が出てきたけど、概ね予想通り。

 となると、この3人は肉壁だろうか?

 いや、ゴブリン程度になら通用すると思って連れて来られたのかもしれない。

 実際、剣術のスキル持ってるハンナとかいう女なら、ゴブリンくらい倒せるだろう。

 アナとかいうのは回復要員として、スキル持ってないクララとかいうのは……荷物持ち?

 

 あるいは、性奴隷という可能性もあるか。

 あの3人、私程じゃないけど結構な美少女だ。

 ハンナとアナが私と同い年か少し上くらい。

 クララって奴は中学生くらい。

 あの男の性欲処理に使われててもおかしくはない。

 まあ、その場合は、なんで性奴隷を洞窟に連れて来てんだって話になるけど。

 

 なんにせよ、警戒に値するのはケビンとかいう男のみ。

 ただし、こいつだけはユニークスキル持ちで、強敵の予感しかしない。

 死ぬ気で防衛せねば。

 

 私は、第一階層を進む侵入者達の姿を、モニター越しに睨み付けた。



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とある勇者達の真装講座

「全員注目!」

 

 異世界に召喚されてから、早数週間。

 今日も今日とて訓練に励む俺達は、騎士団長のアイヴィさんの号令によって、一時訓練を中断して集められた。

 正直、カルパッチョ教官の熱血指導はキツかったから助かった……。

 そして、アイヴィさんは俺達が見てる前で話し始めた。

 

「まず、これだけは言っておこう。

 君達の成長ぶりは著しい。

 特にユウマをはじめとした何人かは、Lvさえ上げればすぐにでも戦場で活躍できるだろう。

 そこまで強くなったのは、勇者としての力ではなく、君達自身の努力の成果だ。

 それは素直に誇って良い」

 

 そう言われて、クラスメイトの大半が顔を緩める。

 そりゃ、自分の努力を褒められるのは嬉しいだろう。

 俺だって嬉しい。

 まあ、カルパッチョ教官曰く、今の俺がLvを上げても、精々一般兵と同じくらいのステータスにしかならないらしいけどな!

 でも、たった数週間のトレーニングで、プロの兵隊さんと互角になるって考えたら凄いわ。

 そう、ポジティブに考えよう。

 ……大分、カルパッチョ教官の思想に染まってきた気がする。

 

「世界の希望として、国民達に君達の事をお披露目する日もそう遠くないだろう。

 という訳で、今日からは皆お待ちかね!

 真装の習得に向けた訓練を開始する!」

『よし!』

 

 アイヴィさんのその一言で、皆のテンションが一気に上がった。

 当然、俺もその1人だ。

 やっぱり、男として、あんなカッコ良すぎる技には憧れるだろ!

 中二心が疼くわ!

 逆に、女子達のテンションはそこまででもない。

 どうやら、この中二心に理解のある女は少ないらしい。

 

「では、改めて真装の簡単な説明をしておこう。

 真装とは、唯一後天的に獲得できるユニークスキルであり、同時に万人が習得できる可能性のあるスキルだ。

 その性質は千差万別。

 同じ真装のスキル持ちでも、個々人によって形状も効果もまるで違う。

 ……まあ、万人が習得できる可能性があると言っても、実際に真装を習得できる者は極一部。

 だが、君達には勇者としての力がある。

 やってやれなくはないだろう」

 

 そう言った後、アイヴィさんは「では、今一度、私が手本を見せよう」と言って、片手を前に突き出して構えた。

 この台詞の通り、前にもアイヴィさんは真装を見せてくれた事があるのだ。

 それによって、男子陣の訓練に対するモチベーションが急激に上昇した。

 

「我らに勝利を━━『ティルファング』!」

『ウォオオオオオオ!』

 

 アイヴィさんの手の中に出現した、この人の真装である黄金の騎士剣を見て、男子陣が歓声を上げた。

 あの神道ですら目が輝いている。

 やっぱり、カッコいいよね、真装!

 

「まあ、前にも見せたが、これが私の真装『ティルファング』だ。

 効果は、全ての真装に共通するステータスの爆発的な増強に加えて、

 固有能力である、味方全員のステータスを大幅に上昇させる専用効果『勝者の加護(ティルファング)』。

 自分で言うのもなんだが、かなり強力な真装であると自負している!」

 

 アイヴィさんのドヤ顔いただきました!

 いやー、美人て、どんな顔でも美人なのね。

 鼻がニョキニョキと伸びてるアイヴィさんは、なんか残念な人みたいで親しみを感じるわ。

 

「このように、君達も真装を習得する事ができれば、大幅なパワーアップを遂げる事ができる。

 何せ、真装とは己の真の力。

 終世の相棒に等しい。

 そして、それは魔王との戦いにおいて、大きな力となってくれるだろう。

 では早速、特訓開始だ!

 ビシバシ行くから、覚悟しておけ!」

『はい!』

 

 そうして、俺達の真装習得講座が始まったのだった。

 楽しみだなー!

 俺の、俺だけの真装!

 

 俺は、いや、俺達は、まだ見ぬ自分の相棒(真装)の事を楽しく妄想しながら、特訓を開始した。



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18 真装使い観察日記

 私がモニターで監視する中、侵入者の一団は洞窟内を徘徊するゴブリンを斬り捨てながら先に進み、遂にゴブリンチャンピオン率いる本隊と接触した。

 とりあえず、無事激突してくれたようで何より。

 あいつらは第一階層に住んでるんだから、侵入者達が歩を進めればぶつかる可能性が高いと踏んではいたけど、

 かなり低い確率ながら、ゴブリンどもと遭遇せずに第二階層への入り口を見つける可能性もあるにはあったから、本当に一安心だ。

 精々、盛大に潰し合ってくれ。

 

 吼えるゴブリンチャンピオンを見て、侵入者どもは一瞬、呆然とした感じで動きを止めた。

 真装使いの男でさえもだ。

 どうやら、よっぽど予想外だったらしい。

 しかし、戦場で呆然とするなんて、案外こいつは強くないのだろうか?

 

 私がそんな淡い期待を抱いている内に、開戦。

 先陣を切るように、ゴブリンチャンピオンが鉄の棍棒を振り回しながら、真装使いの男に突撃していく。

 それを見て我に返ったのか、真装使いの男は、咄嗟に手にした槍を盾にして棍棒を防ぐ。

 しかし、ステータスの差によって、思いっきり吹き飛ばされて岩壁に叩きつけられた。

 まあ、ゴブリンチャンピオンの攻撃力は、約1300。

 対して、真装使いの男の攻撃力は、約500。

 正面からぶつかれば、こうなるのは当然だ。

 

 ちなみに、真装は武装って話だから、最初は今ゴブリンチャンピオンの攻撃を防いだ槍が真装なんじゃないかと疑ったんだけど、

 鑑定した結果、全然違った。

 あの槍は『ミスリルスピア』って名前で、その名の通り穂先がファンタジー金属であるミスリルで出来てる高性能な槍だったけど、逆に言えばそれだけ。

 特別な効果はなかった。

 でも、今の一撃で折れない辺り、柄の部分もかなり上等な素材使ってそう。

 まあ、長すぎて洞窟の中では使いにくそうだとも思うけど。

 

『ゴハッ!?』

 

 あ。

 岩壁に叩きつけられた真装使いの男が、思いっきり吐血した。

 鑑定してみれば、HPが半分くらいに減ってる。

 意外と弱い。

 そして、ゴブリンチャンピオンが強い。

 でも、ここまでの実力差があるなら、そろそろ真装を使ってくるだろう。

 そうなれば、勝負はまだわからない。

 それどころか、この戦力差がひっくり返る可能性すら、大いにある。

 

 そして、私の予想は当たった。

 

 真装使いの男が、ミスリルスピアを手放して虚空に手を翳す。

 

『立ち上がれ━━『アキレウス』!』

 

 男がそんな言葉を口にした瞬間、━━その手の中にシンプルな形状の槍が現れた。

 何それ!?

 斬◯刀か!

 卍◯でもするのか!?

 

 そんな冗談はともかくとして。

 あの槍からは、凄い力強さを感じる。

 間違いない。

 あれが真装だ。

 そんな確信じみた事を考えながら、私はその槍を鑑定した。

 

ーーー

 

 真装『アキレウス』 耐久値10000

 

 効果 全ステータス×2 

 専用効果『不死身の英雄(アキレウス)

 

 真装のスキルによって顕現した力。

 本来の持ち主以外が使う事はできない。

 

ーーー

 

 不死身の英雄(アキレウス)

 

 持ち主のHPを急速に回復させ続ける。

 

ーーー

 

 その鑑定結果に戦慄しながら、改めて真装使いの男のステータスを鑑定し直すと、説明通り全てのステータスが二倍になり、

 しかも、半分にまで減った筈のHPが一瞬にして全快していた。

 

 チートだ。

 まごう事なきチートだ。

 ヤバイ。

 真装の性能が予想以上だった。

 不死身の化け物とか、どうやって倒せと?

 

 なんにしても、これで勝負は決した。

 真装によるステータス倍加により、男の攻撃力はゴブリンチャンピオンと渡り合えるレベルにまで上昇している。

 しかも、攻撃力以外のステータスでは軒並み上回った。

 おまけに、今のあの男は不死身だ。

 ゴブリンチャンピオンに勝ち目はない。

 どれだけ頑張っても、いたずらに勝負を長引かせるだけ。

 だが、その時間を無駄にはしない。

 今の内に、不死身対策を考えなくては!

 

 ……とか思ってたんだけど、事態は予想外の方向に転がり出した。

 

 まず、ゴブリンチャンピオンが予想以上に善戦する。

 ゴブリンシャーマンの援護を受け、ホブゴブリンと普通のゴブリンを肉壁にして、予想外に粘る。

 まあ、それはいい。

 むしろ、時間を稼いでくれればくれるだけいい。

 だが、ゴブリンチャンピオンの奮戦は、時間稼ぎで終わらなかったのだ。

 

 戦いが長引く程に、真装使いの男は焦っていった。

 確かに、洞窟の中で槍を満足に使えてない影響もあり、真装使いの男は、ゴブリンチャンピオンの攻撃を何度も受けている。

 だが、奴は不死身。

 その程度、気にする程の事ではない筈。

 なのに、時間が経てば経つ程、男は尋常じゃなく焦っていった。

 

 最初は訳がわからなくて頭上に?マークを浮かべていた私だけど、その内、ある事に気づく。

 減っていたのだ。

 男の、あるステータスが。

 そこで私はようやく『不死身の英雄(アキレウス)』の欠点を理解した。

 

 減っていたのは、MPのステータス。

 HPが回復する度に減り、何もしなくても減る。

 そう。

 あの男は、決して不死身なんかじゃなかった。

 回復にはMPがいる。

 そして、MPが切れた時、回復する力を失った不死身の英雄は死ぬのだ。

 

 何もしなくてもMPが減ってるのは多分、真装の仕様なんじゃないと思う。

 おそらく、真装のスキルは、発動してるだけでMPを消費するんだ。

 だから奴は、最初から真装を使わなかった。

 デメリットなしで使えるなら、それこそ常に出しとけばいい。

 そうすれば不意討ちとかで死ぬ事もない筈。

 それをしなかったという事実が、真装の欠点を証明している。

 

 これは、勝負がわからなくなってきたぞ。

 男のMPはまだまだ残ってるけど、ゴブリンチャンピオンのHPにもまだ余裕がある。

 肉壁こと他のゴブリン達もまだ残ってるし、数の暴力は偉大だ。

 

 対する真装使いの男の仲間の女達は、大して役に立ってない。

 ハンナとかいう剣士の女が普通のゴブリンを倒してるけど、残りの二人は怯えて震えるだけだ。

 その剣士の女にしたって、普通のゴブリンは倒せてもホブゴブリン以上には歯が立たない。

 本当に、なんで連れて来たんだろうか?

 

 そうしている内に、真装使いの男が遂に()を上げた。

 

『くそ! 撤退だ! ハンナ、囮になれ!』

『はあ!? 絶対に嫌よ!』

『命令だ!』

『ぐぅ……!?』

 

 ん?

 剣士の女が急に苦しみ出した。

 これが奴隷紋の効果だろうか?

 なるほど。

 便利そうだ。

 見てて反吐が出るけど。

 

『そら!』

 

 そうして剣士の女が無理矢理ゴブリンチャンピオン達の前に立たされた瞬間、男が腰のウエストポーチから何かを取り出し、床に叩きつけた。

 その何かが弾けて、周囲が霧に包まれる。

 煙玉か。

 あんなのもあるんだ。

 ボス部屋で使われても厄介だし、強風のトラップを追加しておこう。

 

『今だ! 逃げるぞ!』

『待てぇ! このクソ野郎ぉおお!』

 

 剣士の女が怨嗟の声を上げ、その隙に男と残りの女2人が撤退する。

 すぐに、モニターが煙幕の効果範囲外に出た3人の姿を捉える。

 男は青ざめた顔で真装を解除し、女は1人が死んだ魚みたいな目をして、もう1人はグスグスと泣いていた。

 

『嫌ぁああああああああああああああああ!』

 

 そして、1人取り残された剣士の女は、煙幕が晴れた直後にゴブリンチャンピオンによって取り押さえられ、この世の地獄へと堕ちて行ったのだった。



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19 第二階層の脅威

『うっ……! あっ……!』

 

 剣士の女がゴブリンどもに服を剥ぎ取られ、くぐもった悲鳴を上げながら、ズッコンバッコンと◯◯◯(ピー)されていた。

 侵入者との戦いで数を減らしたとはいえ、それでも残りのゴブリンは10匹くらいいる。

 チャンピオンが一匹と、シャーマンが一匹、あとは普通のゴブリンが八匹だ。

 ホブはさっきの戦闘で、チャンピオンの盾にされて全滅した。

 

 そして、今は群れの中で一番偉いと思われるチャンピオンがお楽しみ中だ。

 チャンピオンが満足したら、次はシャーマン、その次は普通のゴブリンの順で、剣士の女はまわされるのだろう。

 モニター越しに見てるだけで吐き気がしてきた。

 

「うえ……」

 

 吐き気を堪えながらモニターを切る。

 ……もしリビングアーマー先輩がいなければ、いや、このダンジョンマスター生活で一歩でも間違っていれば。

 あそこにいるのは私だったかもしれない。

 そう思うと、トラウマが疼いて冷や汗が出てきた。

 水でも飲んで落ち着こう。

 コップに魔道具で水を入れ、それを一気に飲み干す。

 

「ふぅ」

 

 落ち着いた。

 落ち着いたところで、もう一度モニターを開く。

 監視先はゴブリンのお楽しみ会場ではなく、逃げた3人の所だ。

 どうやら、3人はあの後第一階層の迷路を走破してしまったらしく、今まさに第二階層の入り口へと入って行くところだった。

 なんで進むの?

 戻ればいいのに。

 馬鹿なの?

 死ぬの?

 

 そして、前に設定した通り、第二階層への侵入者が現れた事で、メニューのアラームが鳴り響く。

 それを解除しながら、私は随分増えてきたゴーレム部隊に命令を下した。

 

 さあ、仕事の時間だよ。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 なんなんだ。

 何がどうしてこうなった?

 僕がいったい何をしたというんだ?

 

「うっ……ケホッ! コホッ!」

 

 体を蝕む毒に耐えきれず、クララが血の混じった咳をする。

 そんなクララに、アナが回復魔法をかけようとした。

 何をやっているんだ、この馬鹿が!

 

「やめろ!」

「……はい」

 

 奴隷紋による命令により、アナは発動しようとしていた魔法を止めた。

 まったく。

 この状況で、大して役にも立たないクララを助ける為に貴重なMPを使ってどうする。

 そのMPは、僕を助ける為に温存するべきだろうが!

 

「くそ!」

 

 苛立ち紛れに、僕は岩壁を殴りつけた。

 岩壁が多少砕けるだけで、なんの解決にもならなかったが。

 いつの間にか、洞窟の中全体に漂っていた毒の霧。

 これのせいで、すこぶる体調が悪く、頭がクラクラとして上手く回らない。

 

 そんな正常に働かない頭で、僕はここに至るまでの顛末を思い出す。

 何故、こんな事になってしまったのかを。

 

 

 

 

 

 最初は、ただの冒険者ギルドからの依頼だった。

 ボルドーの街最強の冒険者にして、唯一の真装使いである僕に、ギルドから特別依頼があったのだ。

 曰く、熟練の冒険者としてそれなりに活躍していた男が、マーヤ村へと戻って来ない新人のパーティーを探しに行ったきり消息を絶ったとの事。

 おそらくは、死んだのではないかと言われていた。

 僕としては興味のない話だったが、依頼となれば受けてやらなくもない。

 行方不明になった冒険者は、ギルドでもその腕をかなり評価されていたらしく、そいつを殺しうる何者かがいた場合、真装使いの僕にしか対処できないとも言われたしな。

 

 丁度いいから、僕の事を魔王との戦いから逃げ出した臆病者と馬鹿にする馬鹿どもを黙らせてやる機会だと思って、僕はこの依頼を受けた。

 

 依頼内容は、行方不明の冒険者の捜索、及び、その原因となったものの調査、あるいは排除だ。

 少し長丁場になりそうだったから、性奴隷として購入した奴隷達も連れて来た。

 村に置いておいて、下郎に手を出されるのも嫌だったから、調査にも連れて来たがな。

 幸い、ハンナは落ちぶれて借金をこさえた元駆け出し冒険者。

 顔だけ見て買ったが、戦闘でも役に立たない事はないだろう。

 アナは、どこかで魔導書を読んだ事があるのか、買う前から簡単な回復魔法を使えた。

 回復ポーションの代わりにはなる。

 クララは……まあ、荷物持ちだな。

 

 そうして3人を引き連れ、マーヤ村近くの森を探索している時、この洞窟の入り口を見つけた訳だ。

 調査の一環として、僕は特に気負いもせずに中へと足を踏み入れた。

 それが地獄の入り口とも知らずに。

 

 洞窟の中にはゴブリンがいた。

 それくらい、僕どころか駆け出し冒険者であっても容易く倒せる相手だ。

 歯牙にもかけずに殺しながら進んで行くと……そこには一際大きいゴブリンを中心とした、ゴブリンの群れがいた。

 

 群れのボスと思われるゴブリンは、凄まじい強さだった。

 この僕でも、真装を使わなければ太刀打ちできないと思わされる程に。

 なるほど、行方不明の冒険者を殺したのはこいつだったのかと納得した程だ。

 

 だが、それでも、その時の僕には余裕があった。

 真装を使えば負けはしない。

 僕の真装『アキレウス』は無敵だ。

 そう思っていた。

 

 しかし、そのゴブリンは予想以上にしぶとく、周りのゴブリンどもも邪魔で、これ以上続ければMPが切れて敗北もあり得るという状況にまで、僕は追い詰められた。

 あそこで逃走を選んだのが、間違った判断だとは思っていない。

 冒険者は、命あっての物種だ。

 

 結果として、お気に入りの奴隷であるハンナを囮として使い潰すという事態になってしまったが、僕は生き残った。

 あの反抗的な娘を屈服させる快感をもう味わえないのは残念だが、性奴隷くらい代わりはいくらでもいる。

 また似たような奴隷を買えばいい。

 今はギルドへと生きて帰り、あのゴブリンの情報を伝えて依頼を達成させるのが先だ。

 

 そう思い、出口を目指して洞窟の中を進んでいたのだが、いつの間にか毒の霧が漂ってくるようになった。

 もしかしたら、あの下り坂を進んだのが間違いだったのかもしれない。

 あのゴブリン達ともう一度遭遇しないようにとの判断だったが、失敗だっただろうか?

 戻ろうにも、ゴブリン達から逃げる時に走り回ったせいで、マッピングは狂ってしまっている。

 進むしかない。

 

 その内、毒の霧だけでなく、毒液が上から降ってきたり、毒の塗り込まれていそうなトラップが現れるようになった。

 しかも、ゴーレムまで襲ってくる始末。

 そこでようやく気づいた。

 この洞窟が、洞窟に偽装したダンジョンだったという事に。

 

 だが、気づいた時にはもう遅い。

 まず最初に、ゴーレムに襲われてクララが死んだ。

 助ける余力がなかったからと、僕が見捨てた結果だ。

 その決断に後悔はない。

 

 そして次に、アナが死んだ。

 自分の回復よりも僕の回復を優先させていたから、これも当然の結果か。

 荷物持ちがいなくなり、僕は真っ暗な洞窟の中を、自分の手で持ったカンテラで照らしながら進む事を余儀なくされた。

 

 そうしている内に、今度は解毒ポーションがなくなった。

 こんな事態になるとは想定しておらず、元々少ししか持ち合わせがなかったんだ。

 仕方がない。

 

 毒で減っていくHPを何とかする為に、『アキレウス』を常に顕現させる事にした。

 これなら、HPの自動回復で十分にダメージを相殺できる。

 だが、毒による体調の悪化までは防ぎきれない。

 もうずっと頭痛と吐き気に襲われている。

 おかしくなりそうだ。

 

 そして遂に、MPポーションまで尽きた。

 これでは『アキレウス』の消費MPを補う事ができない。

 MP自動回復のスキルは持っているが、それでは回復量がまるで足りないのだ。

 

「死ぬ……のか……?」

 

 僕は、ここで死ぬのか?

 真装使いで、天才と呼ばれたこの僕が。

 こんな所で。

 何もできずに。

 誰にも知られずに。

 絶望が心を襲う。

 

 だが、まだ神は、女神様は僕を見捨てていなかったらしい。

 

 残りのMPが半分を切った頃、それが僕の目の前に現れた。

 

「扉……?」

 

 弱りきった僕の目の前に現れたのは、古めかしい大きな扉。

 僕は、藁にもすがる思いで、その扉を開けた。

 

 そこには、漆黒の鎧に身を包んだ、1人の女剣士がいた。



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20 VS真装使い

 驚いた。

 まさか、あれだけ弱りきった状態で、真装使いの男がボス部屋にまで辿り着いてしまうとは思わなかった。

 やっぱり、このダンジョンはまだまだ磐石には程遠いって事だろう。

 より一層の精進が必要だ。

 

 それはともかくとして、今は防衛だ。

 真装使いの男が開けたボス部屋の扉が、いつものように勢いよく閉じる。

 これで、お互いに逃走はできない。

 さあ、リビングアーマー先輩手動操縦モード。

 堂々のお披露目といこうか!

 

「一斉掃射!」

 

 まずは挨拶代わり。

 壁から一斉に矢を発射し、真装使いの男を狙う。

 だが、真装使いの男はこれを避けた。

 毒で弱りきってるくせに、意外と機敏な動きで上空にジャンプして避ける。

 でも、それは悪手でしょ。

 やっぱり、毒で頭をやられてるのか、正常な判断ができないらしい。

 

 上空に回避した真装使いの男を、発射方向を調節した大量の矢が襲う。

 

 壁にあるからって、別に水平方向にしか矢を放てない訳じゃないのよ。

 発射口の角度くらい、いくらでも調整できる。

 あと、この矢にも毒が塗ってあるから、掠りでもしたら症状が悪化します。

 ついでに、ボス部屋にも猛毒の霧が充満してる。

 猛毒フロアを抜けたからと言って、毒の脅威から解放されるなんて甘い話はないのだ。

 

 放った矢のいくつかが、上空で身動き取れない真装使いの男に命中する。

 槍を回転させて殆どの矢を打ち落としたのは凄いと思うけど、防ぎきれはしなかったようだ。

 

 そして、丁度真装使いの男の上に、天井に仕掛けたギロチンがあったので起動。

 矢に紛れて落ちてきたギロチンに直前まで気づかなかったのか、対応が致命的に遅れて、真装使いの男の片腕が切断される。

 

 しかし、そこはさすがの『不死身の英雄(アキレウス)』。

 切断した次の瞬間にはHPが回復し、腕が一瞬にして再生した。

 まあ、MPと引き換えの超回復だから、今の攻撃も決して無駄じゃない。

 

 更に、まだ真装使いの男が上空にいる内に、しこたま矢を射っておく。

 それを何とかしながら地面に着地したら、今度は新しい床トラップである地雷が炸裂。

 ダメージを与えつつ、爆風で真装使いの男を吹き飛ばす。

 吹き飛んだ先の床には剣山。

 前回、中年ゾンビの時の反省を活かして、今のボス部屋の床には、ほぼ隙間なくミッチリとトラップが仕掛けられているのだ。

 最後の砦という事で、この部屋の強化にはDPを惜しまなかった。

 

 ……というか、今のところトラップだけで圧倒できてるな。

 リビングアーマー先輩は、開始地点から一歩も動いてない。

 一応、この戦いはリビングアーマー先輩手動操縦モードのお披露目だというのに。

 まあ、圧勝できるに越した事はないし、文句はないけれども。

 

 そして、体に突き刺さった剣山から無理矢理脱出した真装使いの男は、その隣の床にあった落とし穴にハマった。

 あとは、このまま動けないところを矢の一斉掃射で終わりかな?

 そう思った時……

 

『《フリーズ》!』

 

 真装使いの男が、強力な冷気の魔法を発動させ、床一面を凍りつかせた。

 しまった!?

 そういえば、こいつ氷魔法のスキル持ってたんだった!

 これで、床トラップを封じられてしまった。

 地雷や剣山なら、氷の壁を突き破って使えるかもしれないけど、落とし穴は完全無効化だ。

 こんな事なら、火炎トラップでも造っておくんだった。

 

『《ファイアーボール》!』

 

 とか思っていたら、真装使いの男がセルフで火の魔法を使ってきた。

 大きな火の球が、ボス部屋の中心に太陽の如く浮かぶ。

 これは多分、視界の確保の為だと思う。

 最初の攻撃だけで、真装使いの男が手に持ってたカンテラは破壊してたから。

 

『ハァアアアア!』

 

 そして、床トラップを無効化し、視界を確保した真装使いの男が、最後の力を振り絞るとばかりに、リビングアーマー先輩に突撃してきた。

 そう、最後。

 これが最後の力だ。

 

 真装使いの男のMPは、猛毒フロアでの消耗に加えて、ボス部屋での戦闘で致命傷を何度も治し、更に今2つの魔法を使ってしまった事で、完全に尽きかけていた。

 故に、これが最後の特攻。

 リビングアーマー先輩は、私の操縦により、それを真っ向から迎え撃つ。

 

『《ソニックランス》!』

 

 なけなしのMPを全て注ぎ込んだ技。

 槍のアーツがリビングアーマー先輩に迫る。

 リビングアーマー先輩はそれを、

 

 盾を使って、軽やかに受け流した(・・・・・)

 

『なっ!?』

 

 まるで中年ゾンビのような、流麗な技。

 そう。

 私は、中年ゾンビとの特訓の中で、その技を確実に吸収しているのだ!

 まあ、さすがに今の私の腕前だと、テレフォンパンチを受け流すのが精一杯だけども。

 

 だが、真装使いの男の渾身の一撃を、ノーダメージで受け流したという事実は変わらない。

 

『そ、そんな……』

 

 真装使いの男が、絶望の表情で崩れ落ちた。

 MPが完全に尽き、真装が解除される。

 もう、こいつを守るものは何もない。

 

 私は、壁にある矢の発射口を、全て真装使いの男に向けた。

 

 さっきの火の球がまだ残ってるせいで、真装使いの男はその事を理解できてしまったのだろう。

 一気に顔が青ざめた。

 

『ひっ!? ま、待ってくれ! 助けて! 死にたくない!』

 

 待たない。

 グズグズしてたら、MP自動回復でまた真装を出されるかもしれないから。

 だから、さっさと終わらせる。

 

 私はリビングアーマー先輩を操作し、剣を天井に向かって上げさせた。

 そして、それを振り下ろす動作をさせる。

 まるで指揮者の持つタクトのように、リビングアーマー先輩の剣が振り下ろされた瞬間にトラップを起動。

 無数の矢が、真装使いの男の全身を貫いて絶命させる。

 きっと、リビングアーマー先輩の剣が振り上げられてから、振り下ろされるまでの瞬間は、

 死刑執行を待つ罪人のような気持ちになって、さぞや怖かった事だろう。

 仲間を囮にするようなクズには、お似合いの最期だと思う。

 ……まあ、私も人の事をクズとか言える人間じゃないけど。

 そもそも、私もう人間じゃないし。

 ダンジョンマスターだし。

 

 さて、それはともかく。

 真装使いの男を殺した事で、結構なDPが入ってきた。

 これで今回の侵入者は、ゴブリン達のおもちゃにされてる1人を除いて全滅したという事になる。

 今回も無事に生き残った。

 それに、ボス部屋の新体制を実戦で試せたのは良かったと思う。

 けど、やっぱり命懸けの戦いは疲れるわ……。

 戦果の確認を済ませて、早く休もう。

 

 そうして私は、ふかふかのソファーに座りながら、戦果の確認に移った。

 ふっ。

 私も偉くなったもんだぜ。



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21 結構な戦果

 今回手に入ったのは、まずDPが3258DP。

 内3000DP近くが、真装使いの男を殺して得た分である。

 やっぱり、ユニークスキル持ちは格が違うという事だろうか?

 

 次に、アイテムの数々。

 一番大きいのは、真装使いの男が、ゴブリンチャンピオンとの戦いでさらっと手放してた『ミスリルスピア』。

 真装使いの男があの場から逃げて所有権を放棄し、ゴブリンとかが拾う前に、何とか回収機能で回収できた。

 ダンジョンの回収機能で回収できるのは、持ち主不在、もしくは私が持ち主のアイテムだけだからね。

 いやー、タイミングが良かった。

 

 この槍の使い道だけど、とりあえず穂先のミスリルを潰してリビングアーマー先輩の素材にした。

 そしたら、リビングアーマー先輩は胸の中心だけがミスリルになりました。

 丁度、ウル◯ラマンの3分で光るアレみたいな感じだ。

 それだけでも、かなりのステータスアップになった。

 さすが、ミスリル。

 黒鉄より上位の金属なだけある。

 まあ、更に上位にオリハルコンとかあるみたいだけど。

 

 他のアイテムで特筆すべき物と言えば、真装使いの男が腰に着けてたウエストポーチ。

 案の定というか、中年ゾンビが着けてたのと同じ『収納の魔道具』だった。

 まあ、中からカンテラとか出した時点で気づいてたけど。

 希少品(多分)という事で、これは保存。

 中年ゾンビが持ってたのと合わせて2つあるけど、いつの日か2つとも役に立ってくれると信じよう。

 いざという時は、迷わず還元だ。

 

 それと、これは特に希少でもないんだけど、保存しておく事にした装備が1つ。

 猛毒フロアで死んだ、アナとかいう女が身につけてた装備一式だ。

 それというのも、アナとかいう女は、私と体型やスタイルが似てたから。

 要するに、いつか私が身につけるかもしれないから保存するという事。

 引きこもりを辞めるつもりはないけど、いつか何かの都合で人前に出ないといけない事があるかもしれないし。

 その時の為。

 まあ、そんな時は来てほしくないってのが本音だけどね。

 

 ちなみに、この装備は思いっきり毒で汚れていたので、急遽、居住フロアの中に、ゴーレム生産部屋と同じ入り口のない隔離された部屋を造って、そこにゴーレムを一体配置。

 そのゴーレムに、ウエストポーチと一緒に、ゴシゴシと洗ってもらう事にした。

 洗い終わったらアイテム回収機能で回収し、また新しく造った倉庫的な部屋に、今までに集めたアイテムと一緒にぶち込んでおく。

 出番があるまでは死蔵である。

 

 で、次に経験値。

 これも、ユニークスキル持ちを倒したせいか、凄まじい事になった。

 私のLvが15から25にレベルアップ。

 MPが20000超えた。

 凄い。

 

 それと経験値で一つ発見があったんだけど。

 実は猛毒のトラップで女が一人死んだ時点で、私のLvが一つ上がったのだ。

 という事は、モンスターで倒すだけじゃなくて、トラップとかで殺しても、ダンジョンマスターには経験値が入るという事。

 これは地味に大きな発見だと思う。

 ただ、私と関係なくダンジョンで死んだ者、例えば今回の戦いで侵入者達に殺されたゴブリンとかの分の経験値まで取り込めてるのかは不明。

 ダンジョンマスターなんだから、ダンジョン内で死んだ奴全ての経験値を吸収できても不思議じゃないと思うけど、これは今後検証できる機会がある事に期待。

 

 で、最後のリザルトだけど。

 前回と同じく死体だ。

 とりあえず、役に立たなそうなゴブリンとか、女2人とかの死体はさっさと還元しておいた。

 女の死体はトラップとして使えたかもしれないけど、ハイゾンビは地味に高いので、費用対効果を考えてボツにした。

 強い女の死体とかが手に入ったら、その時、改めて考える。

 

 で、残ったのは真装使いの男の死体が一つ。

 さっきまでは全身に刺さった矢で針ネズミになってたけど、ダンジョントラップの矢は、不思議な事に一定時間が経つと消えるから、今はただの血塗れ死体だ。

 トラップの矢は弾数も無限だし、本当に謎い。

 

 それはともかく。

 果たして、この死体でハイゾンビを造った場合、ユニークスキルを使えるゾンビが誕生するのかどうか。

 可能性としては五分五分だと思ってる。

 ゾンビ化してもスキルは残るし、なら、ユニークスキルが残っていても不思議ではない。

 

 という事で、賭けてみる価値ありと判断して、真装使いの男の死体でハイゾンビを作成。

 ん?

 中年ゾンビの時より消費DPが多いな。

 これ、ハイゾンビの作成には、生前の強さとかに比例したDPが追加でかかるって事だろうか?

 ……まあ、仕方ない。

 勿体ないけど必要経費だ。

 

 そうしてDPを支払い、改めてハイゾンビを作成。

 中年ゾンビの時と同じく、死体を中心に魔法陣が浮かび、真装使いの男の死体がムクリと起き上がる。

 

 鑑定!

 

ーーー

 

 ハイゾンビ Lv40(lock)

 名前 ケビン

 

 HP 1/684

 MP 0/540

 

 攻撃 462

 防御 481

 魔力 441

 魔耐 458

 速度 460

 

 ユニークスキル

 

 『真装』

 

 スキル

 

 『MP自動回復:Lv2』『槍術:Lv6』『火魔法:Lv4』『氷魔法:Lv4』『隠密:Lv6』

 

ーーー

 

「やった!」

 

 思わず声が出てしまった。

 出来上がったハイゾンビは、しっかりとユニークスキル『真装』を持ってる。

 強い道具が手に入ったのは良い事だ。

 

 出来上がった真装使いゾンビは、とりあえず回復を待ってから第二階層に放っておいた。

 このゾンビは『不死身の英雄(アキレウス)』の効果によってHPが回復するから、普通のゾンビと違ってDPで修復しなくて済む。

 安上がりで良いや。

 これからは、存分に使い潰させてもらおう。

 

 ちなみに、ゾンビはHPこそ自動回復しないけど、何故かMPは普通に回復する。

 MP自動回復持ってない中年ゾンビも、アーツで使ったMPが一晩経てば回復しているのだ。

 実に不思議。

 トラップの神秘と合わせて、あと五つくらいあれば、ダンジョン七不思議が作れそう。

 

 なんにせよ、これで今回の戦いは完全に終わりだ。

 疲れたー。

 お風呂入って寝よう。



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22 ゴブリンの王

 真装使い襲撃事件から数日。

 ここ数日、有り余るDPに任せて結構大規模な改造をやってみた。

 

 まず、第二階層を3倍くらいの面積に拡張した。

 しかも、単純に拡張したんじゃなくて、階層追加によって新しい階層を2つ造り、その2つともを前までの第二階層と同じくらいの面積にまで拡張した上で、3つのフロアを繋げたのだ。

 その結果、今の第二階層は至る所に上り坂と下り坂がある、立体的な大迷宮となったのである!

 

 もう、坂が多すぎて、一度迷い込むと第一階層への上り坂を完全に見失うと思う。

 今のところあんまり出番がないけど、第二階層に地味に設置されてる動く壁のせいでマッピングも狂うだろうし。

 死にたくなければ、第一階層のゴブリンだけ退治して帰る事だ。

 

 そして、第二階層を拡張した後は、拡張した階層を守るモンスターを補充した。

 最初はガーゴイルメーカーでも造ろうかと思ってたんだけど、ちょっと思う事があって取り止め、別の事をやる。

 

 その思う事とは、ゴーレムの弱さだ。

 前回、ゴーレム達は弱りきった真装使いの男にすら蹂躙されてしまった。

 一応、奴隷の女を1人殺すくらいの仕事はしてくれたけど、逆に言えばそれだけ。

 真装使いの男を効果的に消耗させられたかと言うと微妙だ。

 正直、いないよりはマシ程度だったと思う。

 

 これじゃイカンという事で、ガーゴイル造りより先にゴーレムの強化を優先。

 贅沢に30000DPくらい使って黒鉄を大量生産し、それをゴーレムメーカーに突っ込んで、十体の黒鉄ゴーレムを造った。

 ゴーレムは、リビングアーマー先輩と同じで、材質が性能に直結するモンスターなので、材質を黒鉄にしただけで、かなり強いゴーレムになるのだ。

 ちなみに、ステータスはこんな感じ。

 

ーーー

 

 黒鉄ゴーレム Lvーー

 

 HP 1500/1500

 MP 0/0

 

 攻撃 1000

 防御 1000

 魔力 0

 魔耐 1000

 速度 500

 

 スキル

 

 なし

 

ーーー

 

 なんと!

 岩製のロックゴーレムの約10倍の強さ!

 これなら、ゴブリンチャンピオンとも戦える。

 そんなのが十体。

 しかも、たとえ破壊されたとしても素材は残るから、侵入者にお持ち帰りでもされない限り、何度でもゴーレムメーカーに突っ込んで復活するという。

 凄い。

 不死身だ。

 ある意味『不死身の英雄(アキレウス)』以上の不死身だ。

 

 この十体の黒鉄ゴーレム達は、今後、第二階層の主力になる予定。

 前回、他のゴブリンを盾にして奮闘したゴブリンチャンピオンみたいに、

 他のゴーレムを盾にして黒鉄ゴーレムが戦えば、格上相手でも勝てるかもしれない。

 これで、第二階層も毒だけに頼ったフロアではなくなった訳だ。

 今なら、生前の真装使いゾンビくらい、ボス部屋到達前に潰せると思う。

 頼もしい限りだ。

 より枕を高くして眠れるぜ!

 

 あとは、リビングアーマー先輩をDPで強化したり、前回の反省を活かしてボス部屋に新しい種類のトラップを追加したりした。

 ダンジョンの強化はそんな感じ。

 残ったDPは大事に貯金して、リビングアーマー先輩の残機もバッチリだ!

 

 

 で、私がそんな感じでダンジョンを強化してる間に、ゴブリンどもがいる第一階層でも動きがあった。

 まず、剣士の女がママになってた。

 この意味を深く考えてはいけない。

 絶対に気分が悪くなるから。

 

 しかも、それだけじゃなくて。

 なんか最近、外からゴブリンどもが入って来る事が増えてるのだ。

 それも尋常じゃなく。

 一旦はチャンピオンとシャーマン含めて10匹にまで減ったくせに、今では50匹くらいのゴブリンが第一階層にたむろしてやがる。

 まるで、この前の戦闘で減った戦力を補填する為に、どこかから派遣されてるみたいだと思った。

 

 まあ、どれだけ数が増えようとも、第二階層は数の暴力で越えられる場所じゃない。

 だから、そこまで心配する必要はないんだけど、それでも不安は拭えなかった。

 嫌な予感がする。

 もうゴーレム軍団とゾンビ二体を使って駆除しちゃおうか?

 そうは思ったけど、万が一、黒鉄をゴブリンが気に入って拾っちゃったらと思うと、踏ん切りがつかなかった。

 ゾンビ二体も重要な戦力だし、できれば私に有利な第二階層で運用したい。

 

 そうして、ゴブリンの事は考えないようにしてダンジョンの強化を進めてたんだけど。

 今回の改造が全部終わってから少しした辺りで、嫌な予感が現実になった。

 

 一匹のゴブリンが、大量のゴブリンを引き連れて、第一階層に入って来たのだ。

 

 黒くて豪奢なマントを羽織り、その下に立派な鎧を着て、頭に王冠を被ったゴブリン。

 大きさは人間の男と同じくらいで、ホブやチャンピオンみたいな巨体ではない。

 でも、奴らとは比べ物にならないオーラを纏っていた。

 

 洞窟の中にたむろしていたゴブリンどもが、そのゴブリンに対して頭を下げる。

 シャーマンや、あのチャンピオンですら頭を下げた。

 剣士の女でお楽しみ中だったのに、それを取り止めてまで。

 

 もう嫌な予感しかしない。

 そう思いつつも、私はこのゴブリンを鑑定した。

 

ーーー

 

 ゴブリンロード Lv88

 名前 ギラン

 

 HP 9950/9950

 MP 8470/8470

 

 攻撃 5521

 防御 5060

 魔力 5100

 魔耐 4998

 速度 5000

 

 ユニークスキル

 

 『真装』

 

 スキル

 

 『HP自動回復:Lv6』『MP自動回復:Lv8』『斧術:Lv9』『火魔法:Lv10』『回復魔法:Lv11』『統率:Lv10』『隠密:Lv10』

 

ーーー

 

 化け物だ。

 強いだろうとは思ってたけど、予想を遥かに超える強さだった。

 ナニコレ、私の知ってるゴブリンと違う。

 というか、名前持ちのモンスターなんて初めて見た。

 

 ちょっと待って。

 これは本気でヤバイ。

 この化け物なら、強化された第二階層を容易く踏破しかねないぞ!

 何せ、ステータスは元より、真装まで持ってるんだから。

 第二階層の戦力で勝てる気がしない。

 全ての戦力を惜しみ無く投入して、毒と合わせて可能な限り消耗させ、

 その後、ボス部屋で全てのDPを使い切る覚悟で、リビングアーマー先輩を修復させ続けながら戦うしかない。

 それで、何とか勝ち目があるかどうかってレベルだ。

 奴の真装の性能によっては、この予想ですら甘いかもしれない。

 

 私がモニター越しに息を飲む中、ゴブリンロードはゆっくりと動き出した。

 チャンピオンに案内されて、第一階層の真ん中くらいにある広間みたいな場所まで行って……そこにあるゴブリンどもが作った玉座に座った。

 ……ん?

 

 そして、そのまま、ゴブリンロードは寝てしまった。

 ステータスに『状態異常 睡眠』って表示されたから間違いない。

 ……え?

 攻めて来ないの?

 ひょっとして、新しい家に引っ越して来ただけ?

 

『ギィ……ギィ……』

 

 呑気にイビキをかきながら眠るゴブリンロードを見て、私はとりあえず肩の力を抜いた。

 これは、もしかしたら命拾いしたかもしれない。



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23 最悪の居候

 ゴブリンロードが第一階層に住み着いてから数日が経った。

 今のところ、奴らに動きはない。

 前の住み処から連れて来たっぽい大量の女を◯◯◯(ピー)して楽しんでるだけだ。

 そして、数日に一度は新しいゴブリンが生まれる。

 生まれたゴブリンは先輩ゴブリンに連れられて外に行き、Lvを上げると共に、食料を取って来るのだ。

 

 もはや、完全に生態系を築いてやがる。

 私の聖域を繁殖場に使いやがって……!

 堪えがたい怒りを感じるものの、ゴブリンロードが強すぎて手が出せない。

 ちょっかいかける事すら、怖くてできない始末だ。

 

 その代わり、私は急いでダンジョンを強化した。

 ゴブリンロードに勝ち目があるとすれば、ボス部屋とリビングアーマー先輩だけなので、一日の収入の半分を強化に費やし、もう半分を貯金して残機を増やしまくってる。

 

 不幸中の幸いと言うか、ゴブリンロード率いるゴブリンの群れが第一階層に居座ってるおかげで、収入は増えた。

 今では、一日30000DPくらいが手に入る。

 内訳(うちわけ)は、大魔導先輩の収入が20000DP、ゴブリンどもからの家賃が10000DPだ。

 強化は捗ってます。

 

 ちなみに、ゴブリンの群れの内訳は、ロード1、チャンピオン3、シャーマン10、ホブ25、普通のゴブリン100以上だ。

 もう村くらい作れそうな大所帯。

 誰か駆除してくれないかな。

 いや、ロードを倒せるような奴が来たら、それはそれで怖いか。

 

 

 そこから更に数日が経つと。

 今度は、外に出たゴブリンどもが女を連れ帰るようになってきた。

 その女達のステータスを鑑定してみたけど、普通のゴブリンにすら負けそうな程に弱い。

 ホブ以上と戦ったら絶対に勝てないだろう。

 多分、非戦闘員なんだと思う。

 村人とか。

 皆、服がボロボロでわかりづらいけど、言われてみれば村娘っぽい格好をしてるような気がする。

 

 そんな女達は、勿論ゴブリン達のおもちゃにされて、大抵はすぐに死ぬ。

 微量のDPが入ってくるから、モニターを見なくても死んだのがわかる。

 どうやら、ステータスが低いから、ゴブリン達の狼藉に体が耐えられないみたいだ。

 逆に、最初からいた剣士の女とかの、ある程度ステータスが高い奴は、中々死ねなくて苦しんでる。

 

 あの剣士の女なんて、もう10匹くらい産んだんじゃなかろうか?

 奴隷にされて、囮にされて、ゴブリンの苗床にされるなんて、哀れ過ぎて、さすがに少し同情する。

 助ける気はないけど。

 だって私、人間嫌いだし。

 それこそ、ゴブリンと同じくらいに。

 

 

 そこから更に数日が経った時、遂にゴブリン以外の侵入者が現れた。

 冒険者風の格好をした男女が2人。

 ここがゴブリンに制圧されてる事を知らないで入った愚か者か、それとも少数精鋭の討伐隊か。

 後者だとしたら、私も警戒しないといけない。

 

 とりあえず、鑑定。

 

ーーー

 

 人族 Lv35

 名前 エミーリア・ウルフェウス

 

 HP 588/588

 MP 504/504

 

 攻撃 681

 防御 263

 魔力 692

 魔耐 254

 速度 601

 

 ユニークスキル

 

 『真装』

 

 スキル

 

 『MP自動回復:Lv1』『剣術:Lv5』『光魔法:Lv5』『回復魔法:Lv5』

 

ーーー

 

 人族 Lv60

 名前 デニス・クーガー

 

 HP 2750/2750

 MP 2000/2000

 

 攻撃 1007

 防御 1043

 魔力 1000

 魔耐 1051

 速度 2650

 

 ユニークスキル

 

 『真装』

 

 スキル

 

 『MP自動回復:Lv5』『剣術:Lv10』『火魔法:Lv8』『回復魔法:Lv5』

 

ーーー

 

 うわ、強い。

 おまけに、2人とも真装使いとか。

 ゴブリンロード見てなかったら驚愕してたと思う。

 あと、名字持ってる奴、この世界で初めて見た。

 

 エミーリアとかいう女の方は、まあ、そうでもない。

 強い事は強いし、真装の能力によっては多少苦戦するかもしれないけど、多分、今のリビングアーマー先輩なら余裕で勝てる。

 というか、せいぜい生前の真装使いゾンビとどっこいどっこいな時点で、ゴブリンチャンピオンにすら勝てるかどうか怪しいだろう。

 

 一方、デニスとかいう男の方はガチで強い。

 今まで見てきた人間の中じゃ間違いなく最強だ。

 全ステータス四桁って時点で化け物なのは確定。

 おまけに真装使いだし。

 

 それでも、ゴブリンロードを相手にしたら勝ち目ないと思う。

 あれは化け物より更に上の規格外だ。

 必死に強化しまくった今のリビングアーマー先輩ですら、確実に勝てる保証なんて欠片もないってレベルだもの。

 この男が真装を使えば良い勝負にはなるかもしれないけど、それに対抗して、ゴブリンロードが真装を使った時点で詰むと思う。

 

 ……あれ?

 これもう、ゴブリンロードに防衛任せておけば、ウチのダンジョンって安泰じゃない?

 まあ、いつ敵に回るかわからない警備員なんてゴメンだけど。

 

 そんな事を考えている間に、侵入者達は第一階層の奥へと進んで行った。

 さて、どうなる事やら。 



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24 姫と従者

「わかりました! その事件! このエミリーが解決してみせます!」

 

 ああ。

 またエミーリア様が妙な事に首を突っ込んでしまわれた。

 もう少し、ご自分のお立場を自覚していただきたいものだ。

 切実に。

 

「行くわよ、デニス!」

「はい、エミーリ……エミリー様」

 

 うっかり本名で呼びそうになってしまったのを慌てて訂正し、意気揚々と民家を飛び出すエミーリア様を憂鬱な気持ちで追いかける。

 また胃を痛める事態になりそうだ。

 そんな嫌な予感を感じながら。

 

 

 

 

 

 私の主、エミーリア・ウルフェウス様は、お名前からもわかる通り、このウルフェウス王国の王族だ。

 ウルフェウス王家の第三王女に当たる。

 そして、私はそんなエミーリア様の従者であり護衛。

 このお転婆な姫様を、幼い頃よりお守りしてきた。

 

 そのまま何事もなく成長されていれば、今頃エミーリア様は結婚相手でも探されていたのだろう。

 しかし、そうはならなかった。

 二つの大きな事件により、エミーリア様の人生は普通の王族としてのレールから完全に外れてしまった。

 

 まず一つ目の事件は、エミーリア様が『真装』を発現してしまわれた事。

 真装を使える者は、人類の中でも極一部。

 そして、真装の力は強大だ。

 故に、真装使いというものは、重要な戦力として扱われる。

 

 何故、エミーリア様が真装を使えるようになったのかはわからない。

 真装は、習得に必要な修行法こそ確立されているが、誰がその力を発現するかはわからないのだ。

 己の中にある真なる力と向き合い、引き出す。

 その修行を行っても習得できない者が大半だし、逆に修行をせずとも真装を習得する天才というのも、極稀に存在する。

 エミーリア様は、その極稀に存在する天才だったのだろう。

 

 まあ、これだけならばまだよかった。

 むしろ、真装が使えるというのは、王族にとってもそれなりに価値のあるステータスだろう。

 才能によって、将来の選択肢が増えた。

 それくらいに思っておけばいいとは、当時のエミーリア様のお言葉だ。

 

 だが、二つ目の事件によって、そんな事は言っていられなくなった。

 その事件とは、今より10年前に起こった、世界を揺るがす大事件。

 

 魔王の誕生だ。

 

 魔物の王である魔王は、数百年に一度現れ、奴らにとっての敵である我々人類を滅ぼす為に暴れ回ると伝えられている。

 その度に、人類は女神様の使徒である勇者様の力を借り、多大なる犠牲を出しながらも魔王を退けてきたという。

 

 そして、それは此度も同じ事。

 女神様からの神託を受けた女神教によって、新たなる魔王の誕生が世界に伝えられた後。

 世界各国は、神託と同時に伝えられたという勇者召喚の魔法を使い、勇者様の召喚を試みた。

 結果、10年もの時間がかかり、いくつもの国が魔王の軍勢に滅ぼされたが、遂に我が国において、勇者召喚は成功したのだ。

 

 それはいい。

 勇者様の召喚は喜ぶべき事だ。

 しかし問題は、勇者様が召喚されたからと言って、すぐに魔王との戦争が終わる訳ではないという事。

 人類は勇者様を支え、勇者様が魔王を倒してくださるまで戦い続けなくてはならない。

 

 その為には、強い戦力が必要だ。

 当然、真装使いなんて貴重な戦力を遊ばせておく訳にはいかない。

 ……そう。

 エミーリア様は、守られるべき王族であるにもかかわらず、いずれ戦場に出る事を、父君である国王陛下より命じられてしまわれたのだ。

 

 とはいえ、国王陛下も鬼ではない。

 むしろ、あの方は情に厚いお方だ。

 娘を戦場に送るというのも、周りから指摘され続けた末に、それを見ていられなくなったエミーリア様ご自身から申し出た事。

 それを正式に命じたのも、陛下にとっては苦渋の決断だったのだろう。

 私に何度も「娘を頼む」と言われていた。

 陛下に言われるまでもない。

 エミーリア様は、この命に代えてもお守りする。

 

 とはいえ、さすがに、すぐ戦場に赴くという訳ではない。

 まずは訓練を積み、次に実戦経験を積んでLvを上げてからだ。

 今は、その実戦経験を積んでいる段階。

 そして、経験値の分散を防ぐ為に、護衛の中で最も強い私との二人旅となった訳だ。

 

 しかし、エミーリア様の提案により、レベル上げのついでに困っている国民達を救済する事になってしまった。 

 いや、それ自体は良い事なのだが、毎回、危険を顧みずに飛び出して行くエミーリア様の姿は、見ていて冷や汗しか出ない。

 胃が痛い。

 もう少しご自身のお立場を自覚して、命を大切にしていただきたいものだ。

 切実に。

 

 

 

 

 

「むむ! デニス! 私はあの洞窟が怪しいと思うわ! 入るわよ!」

「エミーリア様、くれぐれもお気をつけてください」

「今はエミリー! そんな事、言われなくてもわかっているわ!」

 

 見つけた洞窟に向かって一直線に駆けていくエミーリア様を追いかけながら、私は気を引き締めた。

 今回立ち寄った村、マーヤ村で引き受けた仕事。

 それは、最近この村を頻繁に襲い、家畜や女性を奪っていくゴブリンの討伐。

 一見、ゴブリンなんて雑魚を相手にする簡単な仕事に思えるが、実際にはとんだ地雷案件だ。

 私達の前にこの依頼を受けた冒険者達がいたそうだが、誰一人として帰らないらしい。

 行方不明の冒険者の中には、私達と同じ真装使いもいたとか。

 

 危険な仕事だ。

 だが、魔王との戦いはもっと危険なものとなるだろう。

 ならば、こんな所で怖じ気づいてはいられない。

 

 私は改めて気を引き締めた。

 何があっても、どんな事があっても、この親愛なる主をお守りできるように。



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25 姫と従者のゴブリン退治

「やぁ!」

「ギギィ!?」

 

 エミーリア様のレイピアが、ゴブリンの喉を串刺しにする。

 すぐに引き抜いて振るわれた二撃目、三撃目で、他のゴブリンも危なげなく仕留めていく。

 最後に残った大物。

 巨体のホブゴブリンさえも、エミーリア様は危なげなく倒してしまわれた。

 

「ふふん。このくらい余裕ね!」

「油断しないでください。それに、雑魚を倒して良い気になっていては、お里が知れますよ」

「……それは、あなたなりの冗談なのかしら?」

 

 本気で言っています。

 しかし、エミーリア様のお里はこの国であり、もっと言えば国の中心部である王都。

 この表現は、適切ではなかったかもしれませんね。

 

 しかし、油断するなというのは、至極適切な助言でしょう。

 どんな強者でも、油断すれば死にます。

 エミーリア様に死んでほしくはない。

 いつも言っている事ですが、今回はより口を酸っぱくして言うべきでしょうか。

 

 そう考えていたのですが、その暇はなさそうです。

 

「……来ましたね」

 

 無数の足音が聞こえ、それからすぐにゴブリンの大群が現れました。

 ホブゴブリン以上の巨体を持つゴブリンの上位種、ゴブリンチャンピオンに率いられて。

 ゴブリンチャンピオンは、ゴブリンでありながら、魔王と戦う精鋭達に匹敵する力を持った強力な魔物。

 おそらく、これが今までの冒険者達を葬ってきた魔物達なのでしょう。

 これは、エミーリア様一人では荷が重いかもしれませんね。

 

「エミーリ……エミリー様、ここは二人で……」

「手出し無用よ! 私一人で十分だわ!」

「あ!?」

 

 言うが早いか、エミーリア様はお一人で突っ込んで行ってしまわれた。

 私の胃がキュッと引き絞られる。

 ああなってしまったら、エミーリア様は聞かない。

 助けてしまえば、凄まじく不機嫌になられる。

 

 幸い、荷が重いというだけで、決して勝ち目が薄い訳ではない。

 仕方ありません。

 ここは静観し、いざとなったら助けましょう。

 それまで私の胃が保てばいいのですが……。

 

「踊りなさい━━『フランチェスカ』!」

 

 エミーリア様が今まで振るっていたレイピアを鞘に戻し、ご自身の真装を展開させました。

 その形状は、鞘に戻した物と同じレイピア。

 ただし、華美な装飾が施された美しい真装です。

 

「《クイック》!」

 

 エミーリア様が、真装の専用効果『踊る姫君(フランチェスカ)』によって発動できる特殊なアーツを使い、加速します。

 そして、一直線に群れの中の一体、ゴブリンシャーマンを狙ってレイピアで突き殺しました。

 まずは遠距離攻撃を潰しましたか。

 正しい判断です。

 

「《ブレードスピン》!」

 

 続いて、回転しながらレイピアを振り回すアーツが発動。

 そこから発生したいくつもの斬撃が飛び、ゴブリン達を減らしていきます。

 しかし、さすがにチャンピオンは倒せず、ホブゴブリンも耐えました。

 

「グォオオオオオ!」

 

 チャンピオンが咆哮を上げながら棍棒を振り上げ、エミーリア様に襲いかかる。

 エミーリア様の防御力でまともに食らえば、一撃死もありえる程の攻撃。

 しかし、エミーリア様は回転しながら、流れるような動きでチャンピオンの棍棒にレイピアを添え、華麗に攻撃を受け流しました。

 

「《ツイストスティング》!」

「グォオオオ!?」

「《ツイストスティング・クインテッド》!」

「ギャオオオ!?」

 

 そのまま、反撃の連続突き。

 手首に回転を加え、それがアーツによって強化された突きは、チャンピオンの体にいくつもの風穴を空けていきます。

 

「グォオオオオオ!」

 

 しかし、さすがの生命力と言うべきでしょうか。

 チャンピオンはダメージを物ともせずに棍棒を振り回します。

 しかし、エミーリア様は冷静な判断で距離を取り、次の攻撃手段に魔法を選択。

 

「《ホーリーアロー》!」

 

 いくつもの光の矢がチャンピオンに突き刺さり、ついでに、いくつかはホブを貫いて絶命させました。

 チャンピオンにも、確実にダメージを刻んでいます。

 そして、エミーリア様は弱ったチャンピオンに駆け寄って行きました。

 走りながらジャンプし、レイピアを構え、その姿勢から次なるアーツを放ちます。

 

「《レインテンポ》!」

 

 刺突の雨がチャンピオンの体を穿ち、貫き、斬り裂き。

 そうして、ゴブリンチャンピオンは血塗れになって倒れました。

 エミーリア様は私の方を振り向き、満面の笑みでピースしています。

 ……可愛い。

 

「どうよ!」

 

 可愛い。

 ではなく、素晴らしい戦いでした。

 荷が重いと思っていましたが、結果はこの通り。

 エミーリア様は、凄まじい速度で成長しているという事でしょう。

 Lvも、技も。

 心は……ノーコメントで。

 

 しかし。

 

「まだ甘いですよ、エミーリア様」

「へ?」

「グォオオオオオ!」

 

 血塗れの体で起き上がったゴブリンチャンピオンが、エミーリア様に向けて拳を振り下ろしました。

 勝利の瞬間こそ、最も油断し、最も死にやすい。

 

 しかし、私の目の前で、むざむざと主をやらせはしません。

 

「ハッ!」

 

 私は踏み込みながら腰の剣を引き抜き、チャンピオンの首に向けて一閃します。

 チャンピオンの首が切断され、その断面から噴水のように血が噴き出しました。

 確実に絶命しているでしょう。

 

「エミーリア様、ゴブリンの生命力は凄まじいのです。これは他の魔物にも言える事ですが、しっかりとトドメを刺すまで安心してはいけませんよ」

「むぅ……」

 

 ああ。

 結局助けてしまったせいか、不機嫌になってしまわれた。

 頬を膨らませていらっしゃる。

 精神がこんなに未熟では、まだまだ戦場には出せませんね。

 

「先に進みましょうか。拐われた女性達を助け出すのでしょう?」

「わかってるわよ!」

 

 

 そうして、拗ねたエミーリア様と共に洞窟を探索する事、少し。

 私達は、目的の場所に到達する事ができました。

 しかし……

 

「うっ……!?」

「これは、酷いですね」

 

 エミーリア様の光魔法で照らされた場所にいたのは、裸に剥かれた上に傷だらけの女性達と、その女性達を弄ぶ大量のゴブリン達。

 あまりにおぞましい光景に、エミーリア様が顔を青くされた。

 

 ゴブリン達が私達に気づき、襲いかかってくる。

 このような悲劇、一刻も早く終わらせねばならない。

 そんな思いで、私達は剣を振るい、その場のゴブリン達を皆殺しにした。

 

 

 そうしてゴブリン達を殲滅し終え、傷ついた女性達に回復魔法をかけようとした、その時。

 

「何やら騒がしいと思えば。どうやら俺様の住み処に小虫が入り込んだようだな」

 

 そんな声が聞こえて来た。

 人のものとは思えない、暗く淀んだ声。

 途轍もない威圧感に満ちた、聞いているだけで冷や汗が出てくるような、異形の声。

 

 その声の方へ目を向ければ、そこには一匹のゴブリンがいた。

 

 ゴブリンとは思えない、強者のオーラを纏った一匹の魔物。

 それなりに修羅場をくぐり、鍛えられた戦士としての感覚が、全力で警鐘を鳴らす。

 あれには、勝てないと。

 

「俺様は魔王軍幹部、ゴブリンロードのギランだ。歓迎してやるぞ、小虫ども」

 

 そんな絶望的な事を告げる、ゴブリンロード。

 そして、その背後から、大量のゴブリン達が現れた。



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26 舞台裏

「ふぁ!?」

 

 モニターで侵入者達の動向を見ていた私は、ゴブリンロードが言い放った台詞に驚愕した。

 いや、ゴブリンロードが人間の言葉を話した時点で驚いたんだけど、この衝撃は、そんなもんとは比べ物にならない。

 

 このゴブリン、今なんて言った?

 魔王軍幹部?

 誰が?

 ゴブリンロードが?

 嘘ついてんじゃねぇぞ、ハゲ。

 いや、ホント、誰か嘘だと言ってほしい。

 現実を受け入れられないよ。

 

 いや、確かに魔王軍幹部なんて大層な肩書きがあってもおかしくない化け物だけどさ!

 なんで、そんな大物が、よりにもよって私の聖域に来てんの!?

 魔王軍なら、勇者の所に行けよ!

 ああ!?

 そういえば、私も勇者だった!?

 

 OK。

 とりあえず落ち着こう。

 まずは深呼吸だ。

 

「す~~~~~は~~~~~~」

 

 よし、落ち着いた。

 落ち着いたところで、改めて考えよう。

 まず、魔王軍幹部が、なんでここにいるのかという事。

 これは、とりあえず、私を倒す為とかじゃないと思う。

 

 根拠はある。

 ゴブリンロードは、ウチのダンジョンに住み着いてから、一度もダンジョンを攻略しようとはしてないんだ。

 多分、前にチャンピオンが部下を第二階層以降に送ったら、帰って来なかったって報告が行ってるんだと思う。

 第一階層にいる限り、下から何かが来る事はないって話もセットで。

 

 というより、ゴブリンロードはここがダンジョンだって事にすら気づいてないんじゃないかと思う。

 だって、ウチのダンジョンって、第一階層だけ見れば本当にただの洞窟だし。

 それに、今のところ、ゴブリンロードの前でダンジョンらしい事は何一つやってない。

 だから、このまま静かにしてれば見逃してくれる可能性は高い、と思いたい。

 

 じゃあ、なんで魔王軍幹部のゴブリンロードがこんな所に来たんだって話に戻るけど、これは考えても無駄だから考えない事にする。

 そもそも、私は魔王がどういう存在なのかも知らないし。 

 知らない奴の目的なんてわかりようがない。

 インディアンが嘘つかない理由を考えるようなもんだ。

 そもそも、インディアン自体をよく知らない私が、インディアンの思考を理解できる訳がない。

 考えるだけ無駄だ。

 

 だから、インディアン……じゃなくて、ゴブリンロードの目的は考えない。

 考えるのは、奴がここに居座り続ける事によるリスクだ。

 

 まず一つ確実に思いつくのは、討伐隊が来るという事。

 私は魔王が何なのかは知らないけど、勇者の称号の説明にチラッと出てきた情報から考えて、とりあえず人類や勇者と敵対してんだろうなって事だけはわかる。

 なら、魔王軍幹部なんて奴がいる場所には、どう考えても来るだろう。

 あの化け物を倒せるレベルの人間達が。

 もしかしたら、私以外の勇者とかが来るかもしれない。

 うわぁ。

 嫌だ。

 

 まあ、その討伐隊がゴブリンロードだけ退治して帰ってくれるならいいんだけども。

 むしろ、あの害獣が駆除されるのならウェルカムだけれども。

 それだけのリターンがあるなら、害獣の駆除業者として、私の聖域に立ち入る許可を与えてやってもいい。

 

 だが、しかし。

 万が一、万が一、ゴブリンロードが第二階層以降に逃げ込んだりして、ここがダンジョンだと討伐隊にバレた場合。

 ……私、死ぬんじゃないかな。

 この世界でダンジョンがどういう扱いされてるのかはわからないけど、とりあえず放置はしてくれないと思う。

 そして、討伐隊がその情報を他の人間に伝えちゃうと、このダンジョンの存在が不特定多数に知れ渡る事に……。

 それは嫌だぁ!

 私の平穏なる引きこもりライフが失われる!

 

 でも、なんとかする方法は思いつかない。

 そもそも、ゴブリンロードにすら対処できないから、こんな状況になってる訳で。

 私にできる事は、どうか事態が丸く収まりますようにと祈る事と、いざという時に備えて、ひたすらダンジョンを強化しまくる事だけだ。

 

 そして、その為にも今回の侵入者に生きて帰られると困る。

 何故なら、ゴブリンロードが自分の事を魔王軍幹部だと宣言してしまった以上、あの二人が生きて帰れば、すぐにでもその情報が伝わって、速攻で討伐隊が来る可能性が高いからだ。

 討伐隊は、遅かれ早かれ必ず来るような気がするけど、その時期はできるだけ遅い方が良いに決まってる。

 何せ、時間があればある程、このダンジョンはDPを溜め込んで強くなれるのだから。

 

「頼むから死んで……!」

 

 私は居住スペースでゴブリンロードと侵入者の戦いを見守りながら、ひたすらに侵入者が死んでくれる事を祈った。



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27 絶望との戦い

「エミーリア様! お逃げください!」

 

 私は反射的にそう叫び、少しでもエミーリア様が逃げる時間を稼ぐべく、己の真装を顕現させてゴブリンロードに飛びかかりました。

 

「駆けろ━━『ヘルメス』!」

 

 私の真装。

 脚鎧型の真装であるヘルメスが現れ、私の脚に装着されます。

 その専用効果『伝令神の俊足(ヘルメス)』によって、私は凄まじい速度での走行が可能となり、その速度のままゴブリンロードに斬りかかりました。

 

「《スピードスラッシュ》!」

 

 速度に特化した斬撃のアーツを放ちます。

 躊躇なく首筋を狙った一撃。

 ゴブリンロードは、それを……

 

「ほう。人族にしては相当速いな。褒めてやろう」

 

 あっさりと。

 それはもうあっさりと。

 私の剣を、素手で受け止めていました。

 化け物め……!

 

「お返しだ。《ファイアーボール》」

「くっ!?」

 

 凄まじい速度で生成された火の玉を、なんとか避けます。

 しかし、私が避けた事によって、火の玉は倒れていた女性の一人に当たってしまいました。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアア!?」

 

 火の玉の当たった女性が、凄まじい断末魔の声を上げながら、骨も残らずに焼死します。

 申し訳ない……!

 

「おっと、しまった。俺様とした事が大事な苗床を燃やしてしまった。

 おい。女どもを片付けておけ」

『ギィ!』

 

 ゴブリンロードの命令を受けたゴブリン達が、女性達を引き摺って洞窟の奥へと連れて行きました。

 普段なら見過ごせない行為ですし、今も助けられなかった事を心から悔やむ気持ちがありますが、それでも、今だけはその行為がありがたい。

 足手まといがいなくなり、この場にいるゴブリンの数も少しではありますが減りました。

 これで、エミーリア様が逃げきれる可能性が、少しは上がったという事です。

 

「エミーリア様! 早くお逃げください!」

「でも! 彼女達やデニスを置いて行くなんて……」

「それでもです! 逃げて、この事を陛下にお伝えし、討伐隊を組織してください!

 それが、あなた様に今できる最善の選択なのです!」

 

 私は、必死の思いでエミーリア様を説得します。

 その間にも、ゴブリンロードへの攻撃の手は緩めません。

 ゴブリンロードは余裕の表情で私の攻撃を防ぎ、できるものならやってみろとばかりに醜く嗤っています。

 油断しているのならば好都合。

 この命に代えてでも、エミーリア様だけは逃がしてみせます!

 

「デニス……」

「早く!」

 

 私が口調を荒げて促せば、エミーリア様は覚悟をお決めになったかのような顔つきになりました。

 それで良いのです。

 どうか、どうか、お達者で。

 

「踊りなさい━━『フランチェスカ』!」

 

 エミーリア様が真装を顕現させ、走り出しました。

 真装を使ったエミーリア様の速度ならば、ゴブリンチャンピオンの足でも追いつけません。

 あとは、私が命懸けでゴブリンロードを足止めさえすれば……

 

「くくく。滑稽な足掻きだな。実に愉快だ」

 

 私が覚悟を決めた瞬間、それを嘲笑うかのように、ゴブリンロードが動きました。

 

「俺様はな、その儚い希望を粉々に粉砕し、獲物が絶望に染まった顔を見るのが大好きなのだ。

 見せてやろう。

 感じさせてやろう。

 本当の絶望というものを!」

 

 そして、ゴブリンロードは、何もない虚空に手をかざしました。

 これは、まさか。

 まさか、まさか、まさか!?

 

「踏みにじれ━━『バーバリアン』!」

 

 ゴブリンロードの手の中に、黒と金の色合いをした、禍々しい巨大な斧が現れました。

 それと同時に、ゴブリンロードから感じる威圧感が膨れ上がります。

 ああ。

 これは、間違いなく……

 

「真……装……」

 

 私がゴブリンロードの宣言通り絶望にうちひしがれる中、奴はニタリと嗤って、エミーリア様に目を向けました。

 マズイ!

 

「グォオオオオオ!」

「エミーリア様!」

「え!?」

 

 ゴブリンロードが咆哮を上げながら斧を振りかぶり、エミーリア様を狙う。

 私は『伝令神の俊足(ヘルメス)』の力を使って高速移動し、咄嗟にエミーリア様を突き飛ばす事で難を逃れました。

 ダメージはありません。

 エミーリア様には。

 

「デニス!? あなた……!?」

「お気に……なさらず」

 

 代わりに、エミーリア様を突き飛ばした私の左腕が消し飛びましたが、些細な事です。

 

「《ヒール》」

 

 すぐに簡単な回復魔法を使い、最低限の止血をします。

 どうせ、ここで散る命。

 腕の一本や二本、惜しくはありません。

 

「エミーリア様、早くお逃げに」

 

 幸いと言っていいのかわかりませんが、ゴブリンロードは私達をいたぶってから殺したいのか、すぐに襲いかかってくる様子はありません。

 今の内に、なんとかして逃げてください。

 

「エミーリア様、早く……」

「いいえ、それはできないわ。代わりにデニス、あなたが逃げて」

「……は?」

 

 一瞬、何を言われているのかわかりませんでした。

 しかし、これでも出来が良い方だと自負している頭は、すぐにその言葉の意味を理解しました。

 理解して、しまいました。

 

「あなたが足止めに残っても、この化け物相手に大した時間は稼げないわ。

 その間に逃げても、私の足では追いつかれるだけよ。

 でも、あなたなら逃げ切れる。

 王国一と謳われる俊足のあなたなら」

 

 その通りだと理性が叫ぶ。

 それが最善手なのだと。

 同時に、それはならないと感情が叫ぶ。

 敬愛する主君を見捨てて逃げる事などあってはならないと、私の心が叫んでいる。

 

「エミーリア様……」

「デニス、あなたとの二人旅、本当に楽しかったわ」

 

 私の言葉を遮って、エミーリア様は行かれてしまった。

 無謀にも、ゴブリンロードに突撃をかける。

 いつものように。

 私の心配をよそに、危険など顧みずに飛び出して行ってしまう。

 エミーリア様は、こんな時でもエミーリア様だった。

 

「ハハハ! 来るか小娘! 哀れだな弱き者よ!」

「《フラッシュ》!」

「ぬっ!?」

 

 エミーリア様は強烈な光を放つ魔法で目潰しをしかけた。

 ステータスでは勝ち目のない化け物であろうと、ダメージを狙わないこの技ならば通用する。

 良い判断です。

 機転を利かせましたねと、褒めて差し上げたい。

 

 ですが、そんな時間はないのです。

 

「ぐっ……!」

 

 溢れる涙を拭う事もせず、私は走り出しました。

 エミーリア様の決死の覚悟を無駄にする訳にはいかないと。

 その一心で。

 

「必ず……必ず、助けを連れて戻ります!」

 

 その事を絶対の誓いとして胸に刻み、私は一心不乱に洞窟の出口を、そして、その先にある王都を目指して走りました。

 必ずや陛下にこの事をお伝えし、一刻も早く、エミーリア様をお救いできる援軍を連れて戻る為に。

 

 私は走りました。

 決して後ろを振り返らず。

 ただ、ひたすらに走り続けました。



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28 あのバカ野郎……!

「なんてこった……」

 

 モニターで戦いの顛末を見守っていた私は、その戦いが終わった直後、魂が抜けたような気持ちでそう呟き、深くソファーに沈み込んだ。

 

 とんでもない事になってしまった。

 侵入者の一人が、凄いスピードでゴブリンロードから逃げ、ダンジョンを逆走して、見事に出口まで辿り着いて帰ってしまったのだ。

 逃げられた。

 呼ばれる。

 絶対に討伐隊を呼ばれる。

 もうダメだ、おしまいだぁ。

 いや、諦める気は毛頭ないけども。

 

 それもこれも、全部あのバカ野郎のゴブリンロードのせいだ。

 あいつが油断しまくって侵入者を逃がすからこんな事に。

 新しく捕まえた女で遊んでる場合じゃないぞ。

 何、くっ殺プレイやってんだ。

 ぶっ殺すぞ、あのバカ野郎……!

 

 しかし、本当にとんでもない事になった。

 これで、近日中に討伐隊が来る事はほぼ確定。

 あの逃げた男が、援軍を呼びに行く途中で事故死でもしてくれたら話は別なんだけど、それは希望的観測に過ぎるだろう。

 討伐隊は来る。

 そう考えて備えておかないと。

 

 で、討伐隊が来た後の事は、半分くらい運を天に任せるしかない。

 討伐隊がゴブリンロードだけ倒して帰ってくれるなら万々歳。

 ゴブリンロードが討伐隊を蹴散らす展開でも、まあ、大丈夫。

 

 問題は、何らかの理由で討伐隊が第二階層以降に降りて来てしまった場合だ。

 ゴブリンロードが逃げて、討伐隊がそれを追いかけて来るとか。

 魔王軍幹部が住み処にしてた所だから、とりあえず隅々まで調べてみっか、みたいなノリで調査されるとか。

 可能性はいくつか思いつく。

 その場合は、全力で防衛。

 ここがダンジョンだと知られた時点で、全員生きては帰さない。

 皆殺しだ。

 まあ、勝てそうにないくらい討伐隊が強かったら考え直すけど。

 

 それで現在、ダンジョンの強化はそれなり以上に進んでいる。

 それこそ、ゴブリンロードが相手なら何とか勝てるだろうってくらいには。

 今回の戦いで、ゴブリンロードの真装の能力を鑑定できたのも大きい。

 確かに超強力な能力だったけど、幸い、ウチのダンジョンとは相性が悪い能力だった。

 これなら、十分に勝ち目がある。

 

 ちなみに、鑑定したゴブリンロードの真装の能力が、これだ。

 

ーーー

 

 真装『バーバリアン』 耐久値25000

 

 効果 攻撃×3 攻撃以外のステータス×2

 専用効果『蛮族の狂宴(バーバリアン)

 

 真装のスキルによって顕現した力。

 本来の持ち主以外が使う事はできない。

 

ーーー

 

 蛮族の狂宴(バーバリアン)

 

 自身の率いる同族のステータスを大幅に上昇させる。

 

ーーー

 

 うん。

 強い。

 何が強いって、ステータスの強化もそうだけど、一番強いのは味方の能力上げる効果だ。

 ゴブリンロードがいる限り、奴が率いるゴブリンの群れは化け物軍団になる。

 戦闘中に他のゴブリンを鑑定した結果、全ステータス+1000になっていた。

 普通のゴブリンですら、黒鉄ゴーレム並みに強くなるとか……。

 ヤバ過ぎる能力と言っていいだろう。

 

 でも、ウチのダンジョンとは相性が悪い。

 第二階層は侵入者を分断する仕掛けになってるから、どれだけの大群を引き連れて来ても、途中で必ずバラける。

 そして、ゴブリンロードから離れれば真装の効果も及ばない筈だ。

 弱体化したゴブリンどもは、猛毒とゴーレムで十分に処理できる。

 残ったゴブリンロードも、タイマンならリビングアーマー先輩で潰せるだろう。

 取り巻きにチャンピオンが何匹か残ってたらわからないけど、そのチャンピオンも今回の戦いで一匹減って、残りは二匹しかいないから問題ない。

 まあ、それでも激戦必至だとは思うけどね。

 

 なんにしても、これでゴブリンロードを過剰に警戒する必要はなくなった訳だ。

 怖いのは討伐隊の方。

 今回逃げた男と同等の奴が10人くらい来たら、普通にゴブリンロードは死ぬんじゃないかな。

 ちなみに、あの男の真装の能力が、これだ。

 

ーーー

 

 真装『ヘルメス』 耐久値10000

 

 効果 速度×3 

 専用効果『伝令神の俊足(ヘルメス)

 

 真装によって顕現した力。

 本来の持ち主以外が使う事はできない。

 

ーーー

 

 伝令神の俊足(ヘルメス)

 

 発動中、使用者の速度を大幅に上昇させる。

 

ーーー

 

 凄かった。

 何せ『伝令神の俊足(ヘルメス)』発動中は、速度のステータスが15000超えてたんだもの。

 どんだけ速いのかと。

 攻撃力不足だったせいでゴブリンロードには勝てなかったけど、あれと方向性が違う、それこそ攻撃力特化の奴とバランスの良い奴が合わせて10人くらいいたら、ゴブリンロードは死ぬと思う。

 取り巻きのゴブリンどもを超強化しても、相討ちがせいぜいじゃないかな。

 というか、それだけの戦力が来たら、私も死ぬわ!

 死なない為に、少しでもダンジョンを強化しなくては。

 

 そして一応、今回の戦いにおいて、私には鑑定結果以外にも得るものがあった。

 私のLvが25から26に上がっていたのだ。

 今回の戦いで、このダンジョンは欠片たりとも戦っていないし、誰も殺していない。

 ただ、勝手に侵入者が入って来て、勝手にゴブリンどもを殺してただけだ。

 

 つまり、ダンジョンが手を下さずとも、ダンジョン内で誰かが死ねば、その分の経験値が(ダンジョンマスター)に入るという事が実証された。

 これなら、討伐隊がゴブリンロードを殺してくれた時や、ゴブリンロードが討伐隊を殺してくれた時に、かなりのレベルアップが期待できるだろう。

 それで上昇するMPをDPに変換して強化すれば、討伐隊を返り討ちにする事もできるかもしれない。

 希望が見えてきた。

 

「よし!」

 

 私は気合いを入れてソファーから起き上がった。

 こうなったらもう、なるようにしかならない。

 だったら、少しでも生き残る可能性を上げる為に、努力あるのみだ!

 頑張る!

 

 そうして私は、今日もダンジョンを強化するのだった。



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とある勇者達と不吉の予兆

 異世界に来てからしばらく。

 真装の修行も大分進んで、クラスメイトの一部が遂に真装を会得した。

 ちなみに、その一部とは神道とか、魔木とか、剣とかの色んな意味でトップな連中と、その他数名だ。

 俺?

 真装のしの字も出ないよ!

 チクショー!

 

 それでも諦めずに、今日も今日とて真装修行の一環である瞑想を行う。

 真装は自分の真なる力を引き出すとかいう、中二全開のロマン武器なので、会得するには、こうやって集中して己自身と向き合う事が重要なんだってさ。

 でも、既に真装使いになった連中がノリノリで訓練する様子とか見てると、あまりの嫉妬で集中が途切れる。

 しかも、イジメっ子代表の郷田とか、あいつを筆頭にした不良グループとかが、全力で煽ってくるんだもん!

 集中なんてできるか!

 でも、集中しないと、その度に、カルパッチョ教官による容赦のない「喝っ!」が入るのだ。

 修行は辛いよ。

 

 ていうか、なんで不良ですら真装が使えるのに、俺は使えないんだろか?

 しかも、あいつら、チートスキルに加えて真装にまで目覚めたせいで選民意識を持ったらしく、チートじゃない俺達をイジメるようになってきたのよね。

 郷田にしょっちゅう絡まれて本城さんは、こんな気持ちだったんだろうか。

 まあ、幸い、クラス最強の神道が弱い者の味方だし、アイヴィさんやカルパッチョ教官、ソラちゃん先生も全力で守ってくれるから、そこまで深刻なイジメは発生してないけども。

 それも時間の問題かもしんない。

 その内、調子に乗りまくった不良グループが暴動を起こすような気がしてならんよ俺は。

 

 そんな感じで、ちょっとした(いや、ちょっとじゃないけど)不安要素を抱えながら修行に励んでいた時。

 突然、お城の中が、なんか騒がしくなった。

 騎士の皆さんが、てんやわんやしてる。

 

「敵襲だ! 滅茶苦茶素早い賊が侵入したぞ!」

「え!?」

「いや、ちょっと待て! あれは敵じゃない味方だ!」

「どっち!?」

 

 そんな感じの、不穏なのかそうじゃないのかよくわからない声が城中に響き渡り、非戦闘員のクラスメイト達が不安そうな顔をする。

 俺もビビった。

 もし敵が攻めてきたんだったら、未だに雑魚でしかない俺とか普通に死ぬと思うから。

 レベル上げもまだだしね。

 でも、この訓練場にはカルパッチョ教官がいるし、この人ならきっと俺達を守ってくれる筈!

 先生、お願いします!

 

 でも、俺の不安は杞憂だったみたいで、城内のざわめきは次第に収まっていった。

 でも、その代わり、

 

「アイヴィ様、ランドルフ様、陛下がお呼びです。至急、謁見の間へとお越しください」

「ふむ。先程の騒動と関係ありそうじゃのう」

「すまん。そういう事なので席を外す。カルパッチョ、勇者達を頼んだ」

「ハッ! お任せください!」

 

 伝令に来たらしい騎士の人に連れられて、アイヴィさんと、魔法担当の教師である、筆頭宮廷魔導師のランドルフ爺様が王様の所に行ってしまった。

 残された俺達は、カルパッチョ教官に教育されるのだ。

 まあ、いつも通りだな。

 俺にとっては。

 って言っても、普段あの3人が主導で教えてるってだけであって、他にも教官は何人かいるけどね。

 

 

 その後、調子に乗った郷田がカルパッチョ教官に勝負を挑み、素手でけちょんけちょんにされたのを見て心が洗われるというイベントがあったりしたけど、

 それ以外はいつも通りに訓練が行われ、今日も俺の真装ちゃんは出てくれなくて落ち込み、そんな感じで訓練終了の時間になった時。

 なんか深刻そうな顔したアイヴィさんとランドルフ爺様が帰って来た。

 まあ、俺達への配慮なのか、深刻そうな顔は隠してるけどね。

 だが、人間観察のプロたるこの俺の目までは欺けんよ。

 でも、そんな顔してるって事は、なんかヤバイ事でも起こったんだろうか?

 

 俺が人知れず嫌な予感に苛まれていると、ランドルフ爺様が努めて気楽そうな声で話し出した。

 

「全員注目! ちょいと遠くの辺りの村で厄介な魔物が出たらしくてのう。

 儂が軍を率いて、それを討伐する事になった。

 それと、その討伐隊にはカルパッチョも入れる予定じゃ。

 よって、儂らはしばらくお主らの指導ができなくなる。

 寂しいじゃろうが、我慢してくれ」

 

 そんな事を言うランドルフ爺様。

 でも、あの深刻そうな顔を見るに、その魔物って、もしかしなくても、かなりの大物?

 しかし、せっかくランドルフ爺様が俺達に心配かけないようにしてくれてるんだ。

 ここで俺が不安を煽るような事言っても何にもならない。

 黙ってよう。

 

「儂らがいないからといって気を抜くなよ。

 特にアヤカ。

 彼氏とイチャつくのは構わんが、イチャつきすぎて堕落せんようにな」

「そんな事しません!」

 

 おっと、魔木が弄られておる。

 でも、この二人の間には、盛大な認識違いがあるんだよなー。

 魔木は神道が好きな訳だけど、ランドルフ爺様は、何かにつけて魔木の事を気にかけてる剣が魔木の彼氏だと思ってる。

 その勘違いが正されないまま、今日に至るという訳だ。

 まあ、魔木に惚れてる剣からしたら、その勘違いが本当になってほしいんだろうけど。

 

「という訳で、儂らは早速出撃の準備に入るから、お主らとはここでお別れじゃ。

 アイヴィの嬢ちゃん、こやつらを任せたぞ」

「……はい。お任せください」

 

 一瞬、アイヴィさんの顔が心配そうに歪んだ。

 あ、やっぱりこれ、ガチのやつかもしれない。

 

 

 その翌日、ランドルフ爺様とカルパッチョ教官をはじめとした討伐隊の人達が、静かに城から出撃して行ったらしい。

 ……カルパッチョ教官、大丈夫かな。

 俺は一番付き合いが深い教官である熱血筋肉色物の顔を思い浮かべ、とりあえず彼が無事に帰ってくる事を祈っておいた。



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29 討伐隊襲来

 ゴブリンロードがくっ殺プレイにハマってから10日くらいが経過し、遂に恐れていた事態が発生した。

 

 ダンジョンマスターとしての感覚が侵入者の出現を告げ、モニターで確認すれば、そこには立派な装備に身を包んだ人間達の姿が。

 その装備も、今までの連中みたいな冒険者風の格好じゃなくて、ある程度統一された騎士っほいデザインの装備だ。

 国の兵士と言われれば納得できる。

 多分、こいつらが討伐隊だろう。

 前回逃げた奴が、シレッとその中に紛れ込んでるから間違いない。

 お前、冒険者じゃなかったんかとも思ったけど。

 

 討伐隊の人数は、全部で10人。

 その中で、真装使いは3人。

 思ったよりは少ない戦力だけど、それでも脅威だ。

 真装使いの3人は言うに及ばず、残りの7人も平均ステータス2000弱の大物。

 特に、隊列の真ん中にいる爺がヤバイ。

 

ーーー

 

 人族 Lv91

 名前 ランドルフ・フォックスター

 

 HP 1055/1055

 MP 10080/10080

 

 攻撃 541

 防御 487

 魔力 8900

 魔耐 2174

 速度 409

 

 ユニークスキル

 

 『真装』

 

 スキル

 

 『MP自動回復:Lv30』『氷魔法Lv:70』『火魔法:Lv10』『回復魔法:Lv30』

 

ーーー

 

 化け物やん。

 私以外でMP万超えの奴、初めて見た。

 MP、魔力、スキルLvだけなら、こいつ一人でゴブリンロードより強いし。

 

 しかも、真装使いはもう二人いる。

 一人は、前回逃げた速度特化の男。

 そして、もう一人は、

 

ーーー

 

 人族 Lv79

 名前 カルパッチョ・ボンバーニ

 

 HP 5555/5555

 MP 3922/3922

 

 攻撃 3050

 防御 3000

 魔力 2888

 魔耐 2755

 速度 2998

 

 ユニークスキル

 

 『真装』

 

 スキル

 

 『HP自動回復:Lv21』『格闘術:Lv35』

 

ーーー

 

 強い。

 色物っぽい名前のくせに、平均ステータス3000弱て。

 しかも、真装使わずにこれでしょ?

 インフレが激しすぎて、ちょっとやってられないわ。

 

 なんにしても、こいつらならゴブリンロードを殺せると思う。

 できれば、そのまま帰ってほしいけど、もし侵攻して来るのなら返り討ちにしてくれる。

 こっちだって、できうる限りの準備は整えてきたんだ。

 くっ殺プレイで遊んでたゴブリンロードとは違う。

 

「来るなら、来い」

 

 私は強気な姿勢で、討伐隊の動向を監視した。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

「見えました。あの洞窟です」

 

 魔王軍幹部を名乗る魔物が国内に現れたという情報。

 そして、我が国の第三王女が、その魔物に捕らえられたという情報が入ってから10日。

 儂らは、その事件の現場となった洞窟へと赴いた。

 その魔物を討伐し、あのお転婆王女を救出する為に。

 この情報をもたらした男、お転婆王女の護衛であったデニスの坊主の案内でのう。

 

 人によっては、こやつの事を、主を見捨てて逃げ出した不忠者と罵るかもしれんが、儂はそうとは思わん。

 むしろ、見上げた忠義者であろうよ。

 主の危機を知らせる為に不休で走り続け、本来なら馬で10日かかる距離を、僅か一日で走破してみせたのだから。

 どれだけ真装を酷使し、命を削ったのかわからぬ程の強行軍。

 真に主の事を思っていなければできぬ所業じゃ。

 まあ、こやつがお転婆王女に抱く感情は、敬愛のみではないと思っとるがな。

 本人が、その感情を自覚しておるのかは知らんが。

 

 だからこそ、今回の一件は尚更惨い。

 魔王軍幹部を名乗った魔物は、ゴブリンロードであったと言う。

 ゴブリンの王。

 そんな輩に女が捕らわれれば、待っているのは死よりも辛い地獄じゃろう。

 本人の苦痛も然る事ながら、そんな地獄に主を置いてきてしまったデニスの坊主が抱く自責の念もまた、目を覆いたくなる有り様じゃ。

 眠る事すらできとらんかったので、仕方なくカルパッチョの腹パンで気絶させ、寝ている間に腕を治しておいた。

 そのおかげで、今は少しは落ち着いておる。

 こやつに死なれては、お転婆王女を助けても泣かれてしまう。

 そうならない為にも、老骨に鞭打って働くしかないのう。

 

 

 ちょっとした策を講じてから洞窟の中へと入り、騎士の一人が光の魔法を使って照らした道を進んで行く。

 今回の作戦を任された兵は、儂を含めて僅か10人。

 いずれも精鋭揃いとは言え、魔王の幹部を相手取るには不安な戦力じゃ。

 

 だが、それも致し方なし。

 我が国、ウルフェウス王国は魔王の本軍とぶつかる最前線の一角。

 主要な戦力は、大半が戦場に赴いてしまっておる。

 儂とアイヴィの嬢ちゃんは王都防衛の要じゃが、その片割れを動かさねばならぬ程、戦力には困窮しておるのじゃ。

 せめて、勇者達がもう少し成長しておれば話が違ったんじゃがのう。

 だが、ないものねだりをしても致し方なし。

 いくら戦力が足りなかろうが、ここまで来たらやるしかないのじゃから。

 

 そうして洞窟を進み、出くわすゴブリンどもを仕留めていく内に、そやつが現れた。

 一目で強敵とわかる威圧感を放つ、一匹のゴブリン。

 ……なるほど。

 こやつがゴブリンロードか。

 

「また小虫が入り込んだかと思えば、前に見た顔がいるではないか。

 どうやら、あの小娘を助けに来たようだな」

 

 そう言って、ゴブリンロードはニタリと嗤った。

 

「ならば! 斬り飛ばした貴様らの首の前でグチャグチャに犯してやれば、あの小娘はさぞやいい声で鳴くのだろうな!」

 

 そうして、ゴブリンロードは不快極まりない事を言いながら戦闘態勢を取りおった。

 下衆めが。

 今、改めて覚悟が決まったわい。

 こやつだけは、なんとしても仕留める。

 お転婆王女の事を抜きにしても、これだけ危険な魔物を国内にのさばらせてはおけん。

 ここで引導を渡してくれる。

 

 見れば、ゴブリンロードが構えを取るのに呼応したかのように、洞窟のどこそこから大量のゴブリンがウジャウジャと湧いて来おった。

 それに対抗すべく、こちらも本気の構えを取る。

 

「駆けろ━━『ヘルメス』!」

「燃え滾れ━━『ヒートナックル』!」

 

 デニスの坊主とカルパッチョが真装を出す。

 そして、儂も……

 

「凍りつけ━━『ヴァナルガンド』!」

 

 生涯の相棒である、真装の杖を顕現させた。



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30 ゴブリンロードの戦い

ーーー

 

 真装『ヒートナックル』 耐久値18000

 

 効果 全ステータス×2

 専用効果『熱き青春の拳(ヒートナックル)

 

 真装のスキルによって顕現した力。

 本来の持ち主以外に使う事はできない。

 

ーーー

 

 熱き青春の拳(ヒートナックル)

 

 自身の拳に火属性攻撃を付与。

 火属性攻撃の威力を大幅に上昇。

 

ーーー

 

 真装『ヴァナルガンド』 耐久値10000

 

 効果 MP×3 魔力×3

 専用効果『氷獄の魔杖(ヴァナルガンド)

 

 真装のスキルによって顕現した力。

 本来の持ち主以外に使う事はできない。

 

ーーー

 

 氷獄の魔杖(ヴァナルガンド)

 

 氷属性魔法の威力を大幅に上昇。

 

ーーー

 

 これが、鑑定に成功した、あの二人の真装の能力だ。

 説明文だけだと、アキレウスやバーバリアンに見劣りするように感じるけど、そんな事はない。

 シンプル・イズ・ベストという言葉がある。

 この二人の能力はまさにそんな感じで、単純だけど純粋な火力が高いのだ。

 

 ヒートナックルの方は、使い手の色物が「熱血パンチ!」とか叫んで繰り出した拳を、ゴブリンロードが余裕ぶっこいて素手で受け止めたところ、その受け止めた手が焼けるを通り越して溶解する程の攻撃力だし。

 ヴァナルガンドに至っては、専用効果なしでも、単純なステータスの増強だけで、使い手の爺の魔力が25000を超える。

 その状態で放たれる強化された氷魔法は、もはや災害だ。

 今のリビングアーマー先輩でも、まともに食らったら死にかねない。

 怖い。

 

 そんな化け物連中相手に、ゴブリンロードは大苦戦していた。

 既に真装は使ってるけど、それでも尚だ。

 

 多分、ゴブリンロードの勝ち筋としては、とりあえず討伐隊の最大戦力である爺に接近して、真っ先に殺す事なんだろうけど。

 熱血色物がステータス差を技術と根性で埋めて、立派に壁役の務めを果たしちゃってるから、上手く接近できてない。

 そこへ爺の援護射撃が炸裂し、ゴブリンロードの魔耐をぶち抜いてダメージを与えると。

 今のゴブリンロードの魔耐は、真装によるステータス強化で10000を超えてるのに、それを当たり前のように上から捩じ伏せてる爺は、ちょっと訳がわからない。

 あの爺、もしかして人類最強か何かだろうか?

 

 そして、『蛮族の狂宴(バーバリアン)』で強化された取り巻きゴブリンどもも、もう一人の真装使いである俊足野郎が翻弄し、残りの討伐隊によって順次狩られていく。

 当然、討伐隊だって無傷じゃない。

 質を兼ね備えた数の暴力によって、何回も死ぬ直前までダメージを負ってる。

 その度に誰かの回復魔法かポーションで回復し、無理矢理戦線を支えてるだけだ。

 

 特に、ゴブリンロードと真っ向から戦ってる熱血色物の消耗が一番激しい。

 それを随時回復してる爺のMPも、それなりに減ってきた。

 他の連中も疲れてる。

 爺の広範囲攻撃魔法で取り巻きを一気に氷漬けにできれば楽になるんだろうけど、一回それやってゴブリンロードの火魔法で解凍されたり、氷漬けにした以上に次々と増援が来てるから無理。

 地道に削っていくしかない。

 でも、このままだと、ゴブリンロードの方が先に限界迎えそうだ。

 

 なんにしても、決着の時はそう遠くない。

 私はその時に備え、最悪の事態を想定した作戦の準備を整えた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

「《熱血ラッシュ》!」

「《アイスランサー》!」

「グッ……!?」

 

 炎使いの拳と、魔法使いの氷魔法が俺様を襲う。

 どちらもバーバリアンを盾にして防いだが、その上からでも自分がダメージを刻まれているのがわかった。

 忌々しい人間どもめ!

 この俺様に傷を付けて、楽に死ねると思うなよ!

 生きたまま四肢をもぎ取り、身動き取れない中で、あの小娘を犯し殺す様を見せつけてやる!

 

「《パワードアックス》!」

「気合い回避ぃ!」

 

 そんな思いで殺意を籠めて振るった斧を、炎使いはアーツでも何でもない動きで避けた。

 行動の度に一々、無駄に暑苦しい叫びを上げているのが、何ともイラつく。

 耳障りだ!

 

「《熱血パンチ》ィ!」

「グハッ!?」

 

 そして、反撃の拳が俺様の腹に突き刺さった。

 炎を纏った拳が俺様の鎧を溶かし、その内側にまで火傷を負わせる。

 咄嗟に後退して、最初に受けた左手の傷のように回復魔法で治したが、後ろに下がってしまった隙を狙われ、今度は魔法で攻撃された。

 

「《フロストガイア》!」

「ぬっ!?」

 

 その魔法は、俺様を直接狙わずに、足下の地面を凍りつかせた。

 当然、俺様の脚は凍りついて地面に固定されてしまっている。

 引き剥がす事は容易いが、確実に一瞬は動きを止められた。

 

 そして、この人間どもは、その一瞬を見逃すような奴らではなかった。

 

「カルパッチョ! 今じゃ!」

「うぉおおおお! 《超熱血ラッシュ》!」

「グォオオオオオ!?」

 

 盾に使ったバーバリアンが砕け散った。

 炎拳の連打が直接俺様に突き刺さり、吹き飛ばされる。

 マズイ!

 真装は砕かれても再展開できるが、それには時間がかかる。

 その間、真装なしでこの人間どもの相手をするなど不可能だ。

 しかも、

 

「! 急に弱くなったぞ!」

 

 部下達が『蛮族の狂宴(バーバリアン)』の力を失い、弱体化する。

 そうなれば所詮は雑魚の群れ。

 女どもや、あの小娘に産ませたばかりのLv1まで交ざっているのだ。

 奴らに勝てる道理はない。

 

「おのれ!」

 

 ならばと、俺様は奴らへの怒りを呑み込み、背を向けて逃走を開始した。

 生きてさえいれば何とかなる。

 今までもそうだった。

 人間どもに生まれた巣穴を滅ぼされた時も。

 魔王に惨敗し、不様に命乞いをして配下に加わった時も。

 俺様は必ず生き延びてきた。

 

 生きてさえいれば、いずれ復讐のチャンスはある。

 奴らにも、魔王にも、俺様を幹部最弱と呼んで見下してくる他の幹部どもにも。

 

 ああ、そうだ、逃げる時にあの小娘を連れて行ってやる!

 奴らへの怒りをあの小娘にぶつけ、群れを立て直せるだけの子を産ませてからなぶり殺してやれば、少しはこの怒りも収まるだろう。

 

「逃がさん! 《アブソリュートゼロ》!」

「ッ!? 《ファイアーウォール》!」

 

 背後から放たれた冷気の塊を、炎の壁で防ぐ。

 それでも完全には防ぎきれず、魔法を使う為に突き出した左腕が凍りつく。

 その時、チラリと部下どもの姿が目に入ったが、全員氷漬けにされていた。

 チッ!

 壁にもならんとは、あの役立たずどもめ!

 

「《スピードスラッシュ》!」

「グッ!?」

 

 その瞬間、高速で接近してきた人間が、凍りついた俺様の左腕を剣で砕いた。

 貴様!?

 この前は俺様から尻尾を巻いて逃げ出した雑魚のくせに、よくも!

 

「邪魔だぁ!」

「うっ……!」

 

 反撃に残った右腕で殴りつけてやれば、そいつは血反吐を撒き散らしながら吹き飛んで行った。

 普段であれば、あの小娘の前に引き摺って行って、小娘が子を産む様を見せつけてやるくらいするのだが、今はそんな暇もない。

 

 俺様は全力で逃げた。

 だが、回り込まれてしまった。

 奴らを避ける為に大きく迂回して洞窟の出口へと迎えば、その道は氷の壁で塞がっているのだ。

 炎で溶かしてやろうにも、背後からは奴らが追って来る音が聞こえ続けている。

 そんな暇はない。

 

 やむなく、洞窟の外へと逃げるのを諦め、下の階層へと降りる事にした。

 下の階層には、探索に行った部下を殺す何かがある事がわかっているから賭けではある。

 だが、上手くいけば、その何かと奴らをぶつけて足止めできるかもしれん。

 それに、氷壁のない場所であれば、普通に奴らを撒ける筈。

 俺様には、まだ弱かった時代に逃げ続けて得た隠密のスキルがある。

 その試みは、十分に可能だろう。

 

 そうすれば、その間に自動回復と回復魔法で傷を治し、減ったMPと失った真装を取り戻す事ができる。

 時間さえあれば、氷の壁を砕いて外へと逃げる事もできるだろう。

 もっとも、砕けてしまった左腕に関しては、数日は治らんだろうが。

 

 そうと決め、すぐに洞窟の下層へと向かう。

 下り坂を降り、しばらく走り続けると、俺様を追う奴らの足音が聞こえなくなった。

 どうやら、無事に撒けたようだな。

 あとは、回復するのを見計らって上層に戻……

 

「ガッ……ゴホッ!」

 

 そう考えた瞬間、急に体の内から痛みを感じた。

 ゴホゴホと咳き込み、吐血する。

 この感覚は……毒?

 見れば、俺様の今いる場所には、薄い紫色の霧が漂っていた。

 毒の霧か。

 逃げる事に必死で気づかなかった。

 なるほど。

 部下達を殺したのは、この毒か。

 だが、この程度の毒で死ぬ俺様ではない。

 

 そう思った瞬間、━━突如、俺様目掛けて矢が飛来した。

 

「ッ!?」

 

 咄嗟に叩き落とすと、今度は足音が聞こえてくる。

 奴らが追いついて来たのか!?

 一瞬そう考えたが、よく聞いて見れば足音の質が違う。

 これは、人間の足音ではない。

 もっと大きく、重い者の足音だ。

 

 他の魔物か?

 チッ。

 こんな事ならば、めんどくさがらずに洞窟の中を調べておけばよかったかもしれん。

 

 とりあえず、その場から離れるも、足音は別の方向からも聞こえてきた。

 そう間を置かない内に全ての方向から足音が聞こえ、俺様は囲まれた事に気づいた。

 だが、俺様に焦りはない。

 いくら弱っているとはいえ。

 いくら毒におかされているとはいえ。

 そんじょそこらの魔物に負ける程、俺様は弱くはない。

 

 そしてすぐに、足音の主が俺様の前に現れる。

 その正体は、黒いゴーレム達だった。

 それが10体ほど。

 それだけならば驚く事ではない。

 ゴーレムなど、所詮は雑魚だ。

 

 しかし、そのゴーレム達を率いるように先頭に立つ三人の人間。

 その内の一人の顔を見た俺様は、驚愕した。

 

「なっ!? 貴様は!?」

「立チ上ガレ━━『アキレウス』」

「踊リナサイ━━『フランチェスカ』」

 

 だが、俺様の驚愕を無視して、三人の人間の内二人が真装を展開する。

 そして、それを合図としたかのように、ゴーレム達が一斉に俺様へと襲いかかって来た。



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31 従者の想い

「ぐっ……うぅ……!」

「無理をするでない」

 

 奴を追いかけながら、ランドルフ様が深手を負った私の事を気遣ってくださいます。

 ありがたい事ですが、その気遣いは無用です。

 私などを心配されるよりも、早く奴を仕留め、エミーリア様をお救いしなくては。

 

「私は大丈夫ですから、早くエミーリア様を……!」

「しかしな……」

「ランドルフ様! 大丈夫ですよ! 彼の目は熱く燃えている! その気合いがあれば何でもできます!」

「カルパッチョ、お主は黙っておれ」

 

 カルパッチョ殿が、城内では有名な根性論を熱く語りますが、今だけは素直に同意できます。

 この思いがあれば何でもできる。

 いえ、この思いが立ち止まる事を許さない。

 痛みなど、今は感じません。

 

「ランドルフ様、私は本当に大丈夫ですから」

「……わかった。もう何も言わん。だが、一つだけ言うておく。━━死ぬなよ」

「……はい」

 

 ランドルフ様の言葉に、少しだけ躊躇いながら答えました。

 エミーリア様の為ならば、この命などどうなっても構わない。

 そう思っていたからです。

 しかし、ランドルフ様にこう答えてしまった以上、少なくともエミーリア様をお助けするまでは死ねなくなりました。

 

 

 そうして、私達が弱りきったゴブリンロードを追っていると、奴は急に向かう方向を変え、洞窟の中にあった下り坂へと降りて行きました。

 外へ逃げる事を諦めたのでしょう。

 事前に仕掛けた策が実を結んだようで何よりです。

 

「やはり、先に洞窟中を回って道を塞いだのは正解だったようじゃのう。

 これも、洞窟の道筋を完璧に覚えておったお主のおかげじゃ」

「恐れ入ります」

 

 前にエミーリア様と探索した時、マッピングは粗方終えていました。

 その時に判明した通路に加え、考えうる限りの道を、ゴブリンロードと接触する前に、ランドルフ様の氷魔法で塞いだのです。

 万が一にでも、奴がエミーリア様を連れて逃げるなんて事態にならないように。

 

「では、行くぞ」

 

 そして、私達もまた、ゴブリンロードを追って洞窟の地下へと入って行きました。

 

 

 しかし、私達は入って早々にゴブリンロードの姿を見失いました。

 おかしい。

 いくらなんでも、こんなに簡単に見失う筈がない。

 まるで壁の奥にでも消えたかのような、そんな感覚を覚えます。

 これでは……エミーリア様が……!

 

「落ち着け、デニスの坊主。

 ここに入る前、地上にあるかもしれん入り口は探し尽くしたじゃろうが。

 そして、そんなものはなかった。

 すなわち、奴がここから逃げる事はない。

 探し出し、確実に仕留めてからお転婆王女を助ければよい。

 違うか?」

「……その通りです」

 

 ランドルフ様の冷静な指摘により、私は何とか落ち着きを取り戻しました。

 そうだ。

 焦ってはいけない。

 奴はもう十分に弱っている。

 エミーリア様救出において最大の壁であったゴブリンロードの撃破は、既に半分達成されているのだ。

 ならば、焦らず、確実に事を進めれば、必ずやエミーリア様をお助けできる。

 だから落ち着け、私。

 

 

 そう自分に言い聞かせ、私達は確実にマッピングをしながら先に進んで行く。

 しかし、今度は別の障害が私達の前に立ち塞がった。

 

「ぐっ……これは……!?」

「ゴホッ、毒じゃな」

 

 進めば進む程、洞窟内は濃い毒の霧に覆われていきました。

 その毒を回復魔法や解毒ポーションによって中和しながら、それでも先に進む。

 それでも体調の悪さまでは誤魔化しきれず、痛んで弱った頭は、弱気な事ばかりを考えてしまいます。

 この毒の霧の中では、エミーリア様はもう……。

 そんな考えを、頭を振って振り払います。

 

 別に、エミーリア様がこのフロアにいるとは限らないのです。

 別のフロアに捕らわれているかもしれない。

 ゴブリンロードを倒してから探せばいい。

 そう自分に言い聞かせ、何とか正気を保ちました。

 

 そんな時に、

 

「……ぁ」

 

 私は、洞窟の地面にうつ伏せで倒れている人の姿を見つけました。

 見間違える筈がない。

 痛まれてはいるが、シルクのように滑らかだった黄金の髪。

 服をなくし、傷だらけにされてはいるが、女性的な魅力に溢れたお体。

 間違いない……!

 

「エミーリア様!」

 

 私は、倒れ伏すエミーリア様に駆け寄り、ゆっくりと抱き起こしました。

 お体が冷たい。

 ああ、早く温めてさしあげなくては。

 いや、その前に傷の手当てを。

 それから、それから……

 

 

「踊リナサイ━━『フランチェスカ』」

 

 

「……え?」

 

 気づいた時、私はエミーリア様の手に握られたレイピアで。

 エミーリア様の真装であるフランチェスカで。

 心臓を、貫かれていました。

 ああ、これは致命傷だなと。

 もう助からないなと、頭の冷静な部分が言います。

 しかし、何が起きたのかはわかりません。

 

「デニス殿!」

「デニスの坊主!」

 

 カルパッチョ殿とランドルフ様の声も耳に入らない。

 ……ああ、そうだ。

 まずは、エミーリア様の傷を治してさしあげなくては。

 

「《シャインヒール》」

 

 私の使える最高の回復魔法を、腕の中のエミーリア様にかけます。

 しかし、エミーリア様の体は回復するどころか、所々塵になってしまわれました。

 

「え?」

「ぬぅ!?」

「なんじゃ、こやつらは!?」

 

 視界の端に、こちらへと走り寄ってくる黒いゴーレム達の姿が映りましたが、そんな事を考える余裕はありませんでした。

 エミーリア様には、回復魔法が効かなかった。

 それどころか、逆にダメージを負われていた。

 これでも出来が良い方だと自負している頭は、この現象の意味を理解してしまいました。

 

 回復魔法を受け付けないのは、アンデット系の魔物の特徴。

 人をアンデットへと変える手段は存在します。

 禁忌の魔法として。

 つまり、ゴブリンロードがその魔法の使い手だったという事でしょうか?

 いえ、そんな事はどうでもいい。

 

「ああ……」

 

 私の心を絶望が襲います。

 アンデットになってしまったという事は、エミーリア様は既に死んでしまわれたという事。

 私は、私は、エミーリア様を救えなかった。

 

 ならば、ならば、せめて。

 

「……《フレイムピラー》」

 

 私は、火の魔法を使いました。

 燃え盛る炎の柱が、私とエミーリア様を中心に立ち上がり、私達を燃やしていきます。

 エミーリア様を、燃やして弔っていきます。

 せめて、あなたに人としての最期を。

 大丈夫です。

 私も、お供しますから。

 

「デニスの坊主!」

 

 ランドルフ様の声が聞こえました。

 申し訳ありません。

 死ぬなと言われたのに、それに「はい」と答えたのに。

 約束を守れなくて。

 

 しかし、何故でしょうか。

 

 エミーリア様。

 あなたをこの腕の中に抱いて死ねる事で、ほんの少しだけ救われたような気がするのは。

 

 意識が途切れる直前、人生最期の瞬間。

 私は不敬にも、エミーリア様の唇を奪っていました。

 まるで、ずっと昔からこうしたかったかのような、不思議な気持ちに背中を押されて。

 

 その時、ほんの少しだけあなたが微笑んだような気がしたのは、きっと私の気のせいだったのでしょう。



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32 ここからが本番だ

「あー……」

 

 燃えていく、くっ殺ゾンビと俊足野郎を見て、私はこうなったかと若干頭を抱えた。

 あれだけ派手に燃えたんじゃ死体も残らないだろうし、これは失敗したかもしれない。

 

 

 こうなる少し前。

 恐れていた事態が発生し、ゴブリンロードが第二階層に逃げ込んでしまった時点で、私は準備していた作戦を開始した。

 というか、討伐隊が氷魔法で道を塞ぐというガチの姿勢を見せた時点で、こうなる事は半ば確信してたんだけど。

 

 まず、ゴブリンロードが迎撃に出たせいで放置された、くっ殺女の死体を回収。

 まず一つ言っておくと、このくっ殺女を殺したのは私じゃない。

 ゴブリンロードに死ぬ一歩手前までお楽しみされた後に放置され、

 そこに現れた普通のゴブリンどもが、おこぼれだヒャッハー! みたいなノリで◯◯◯(ピー)して殺してしまったのだ。

 死ぬ一歩手前まで弱っていた為に、普通のゴブリンにお楽しみされただけで死んだ。

 全ては、統率なんてスキルを持ちながら、部下に命令するのを忘れたゴブリンロードのせいだな。

 ちなみに、下手人のゴブリンどもは、ゴブリンロードの応援に行って俊足野郎に殺されている。

 

 それはいいとして、私はその回収したくっ殺女の死体で、いつもの如くハイゾンビを造った。

 くっ殺ゾンビだ。

 ネーミングに反論は受け付けない。

 

 でも、本当なら、くっ殺ゾンビなんて造るつもりはなかった。

 確かに、真装使いの戦力は喉から手が出る程欲しいけど、討伐隊の会話の中に「お転婆王女」なんて単語が出てきた時点で、ゾンビにするつもりはなくなったと言っていい。

 こいつ王女だったんか!? と驚愕しつつ、私は回収機能を使おうとして弄ってたモニターから、慌てて手を離した。

 

 だって、たとえ討伐隊がゴブリンロードを第一階層で仕留めたとしても、王女が見つからないと帰らないと思ったから。

 逆に、ゴブリンロードを第一階層で倒して、死体でも何でも王女を発見すれば、討伐隊は洞窟の奥になんて進まずに帰ってくれる可能性が高かったと言える。

 だからこそ、くっ殺王女の死体は回収しなかった。

 

 しかし、ゴブリンロードが逃げてしまえば、その気遣いも無駄だ。

 討伐隊は第二階層に進出するだろうし、ここがダンジョンだと気づくだろう。

 少なくとも、普通の洞窟じゃない事くらいは気づくだろう。

 そうしたら、今回は帰っても、また別の調査団とかが来るかもしれない。

 それは駄目だ。

 だから殺す。

 皆殺しにする。

 

 その為には、少しでも多くの戦力がいるって事で、王女の死体を回収して、くっ殺ゾンビを造った。

 そして、第二階層に侵入して来たゴブリンロードを、動く壁トラップで討伐隊と引き離し、黒鉄ゴーレム部隊と三体のゾンビを派遣。

 弱りきったところを袋叩きにして仕留めた。

 

 この時、地味にくっ殺ゾンビが良い仕事した。

 くっ殺ゾンビの真装の専用効果『踊る姫君(フランチェスカ)』は、なんとなくダンスっぽい動きのアーツをいくつも使えるようになるって効果なんだけど、

 そのアーツの攻撃力が、明らかにステータス以上の破壊力を持ってたのだ。

 それこそ、ゴブリンロードに致命傷をガンガン与えられるくらいに。

 

 思い返せば、最初に侵入して来た時もそうだったわ。

 生前のくっ殺ゾンビは、真装を使ってもせいぜい互角くらいの筈のゴブリンチャンピオンを、アーツの連打で一方的にボコボコにしてたのだ。

 これは良い拾い物したかもと、私は内心喜んでた。

 

 でも、その良い拾い物が、次の瞬間にはお釈迦になっちゃったけどな!

 

 討伐隊への罠として、あえて負傷を治さなかった裸のくっ殺ゾンビ(ちなみに、最初から服は着せてないから、ゴブリンロードと戦ってる時も全裸だった)を地面に寝かせ、見事に俊足野郎を釣り上げて、真装で心臓を一突きにしたところまでは良かった。

 しかし、まさか俊足野郎が、くっ殺ゾンビもろとも焼身自殺を図るとは。

 混乱の中で死んでくれると思ってたのに。

 

 でも、まあ、くっ殺ゾンビ一体の犠牲で、敵の重要な戦力を一人潰せたと思えば、そう悪くもないかな。

 それに、くっ殺ゾンビがいなくなっても、私はそれ以上の良い拾い物をしたし。

 それが、こいつだ!

 

ーーー

 

 ハイゾンビ Lv88(lock)

 名前 ギラン

 

 HP 8955/8955

 MP 7623/7623

 

 攻撃 4649

 防御 4554

 魔力 4590

 魔耐 4498

 速度 4500

 

 ユニークスキル

 

 『真装』

 

 スキル

 

 『HP自動回復:Lv6』『MP自動回復:Lv8』『斧術:Lv9』『火魔法:Lv10』『回復魔法:Lv11』『統率:Lv10』『隠密:Lv10』

 

ーーー

 

 そう!

 ゴブリンロードのハイゾンビ、ゴブリンゾンビだ!

 なんで、わざわざゴブリンロードを討伐隊から引き離して討伐したかって言ったら、この為だよ。

 今は私のダンジョンの一員として、黒鉄ゴーレムと他二体のゾンビと共に、残りの討伐隊を元気に相手してる。

 

 あと、嬉しい誤算だったんだけど。

 ゴブリンゾンビの真装の専用効果『蛮族の狂宴(バーバリアン)』による同族強化が、他のゾンビ二体に対して有効だったのだ。

 種族がゴブリンからゾンビに変わったせいだと思う。

 

 おかげで、インフレに置いていかれてた中年ゾンビと真装使いゾンビ(真装使いのゾンビが増えてきたから、これからは不死身ゾンビと呼ぶ事にする)が、最前線で討伐隊と張り合えてる。

 あ、討伐隊一人死んだ。

 でも、こっちの黒鉄ゴーレムも大分減ってる。

 戦闘に夢中で残骸を拾う奴がいないのを良い事に、回収機能で回収してゴーレム生産部屋に突っ込んで復活させてるけど、戦線復帰までは時間がかかりそう。

 何せ、モンスターの転送機能だと、侵入者のいるフロアへは送れないから。

 だから、第二階層の別の所に転送して、そこから走りで戦線に戻さなきゃいけない訳だ。

 それは時間がかかる。

 

 このままだと、替えの利かない戦力であるゾンビどもがやられそうだったので、今まで弱すぎて出番がなかったロックゴーレム部隊を戦線に投入。

 ロックゴーレム達を壁にして、主戦力を撤退させた。

 この後はゾンビをDPで修復して、ヒットアンドアウェイで討伐隊を弱らせてもらおう。

 その前に、動く壁使って分断させてもらうけど。

 さっきまでは、くっ殺ゾンビのトラップを上手く使う為に、ダンジョンのトラップは使ってなかったからね。

 

「さて、ここからが本番だ」

 

 私は、居住スペースでいちごミルクを飲みながら気を引き締めた。

 甘くて美味しい。

 糖分によって頭が冴えるぜ。



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33 悪意の迷宮

「ハァ……ハァ……これは、キッツイのう……」

 

 毒と疲労で体力を削られた儂は、思わず弱音を溢してしもうた。

 だが、それも仕方あるまい。

 この洞窟は、いや、このダンジョンはそれ程に容赦がないのじゃから。

 しかも、魔王軍幹部と戦った後にこれじゃ。

 まったく、勘弁してほしいのう。

 

「ランドルフ様! ここはポジティブに行きましょう! 前向きな気合いがあれば何でもできる!」

「喧しいわ、カルパッチョ」

 

 カルパッチョは、こんな時でもカルパッチョであった。

 なんという暑苦しさ。

 じゃが、こんな暑苦しい奴でも、いないよりは遥かにマシじゃ。

 戦力的な意味でも、精神的な意味でもな。

 

 何せ、この場におるのは、もはや儂とこやつの二人だけなのじゃから。

 

 初めは良かった。

 ゴブリンロードとの戦いは死闘じゃったが、それでも儂らは犠牲者なしで奇跡的な大勝利を収め、奴を退け、取り巻きを全滅させた。

 このまま、逃げたゴブリンロードを追い詰めて討伐し、その後でじっくりとお転婆王女を探せばいい。

 そう思っておった。

 

 しかし、儂らはどうやら、魔王軍を侮り過ぎておったらしい。

 

 まさか、ゴブリンロードの逃げた先がダンジョンになっておるとは思わんかったわ。

 しかし、考えてみればあり得ん話ではない。

 魔物同様、ダンジョンもまた魔に属するモノ。

 極々稀に、意思を持ったダンジョンが発生するとも言われておるし、それが魔王の配下に加わっておったとしても不思議ではないわな。

 儂らはこのダンジョンをただの洞窟と勘違いし、弱った状態で突撃して、まんまと罠にハメられた訳じゃ。

 

 おそらく、ゴブリンロードが敗北する事すら折り込み済みだったのじゃろう。

 取り巻きを切り捨て、逃げるふりをして油断を誘い、ダンジョンと協力して確実に儂らを仕留めにくるとは。

 ゴブリンロードめ。

 魔物とは思えぬ知恵者よ。

 

 そうして、儂らはゾンビにされたお転婆王女という罠に釣られ、デニスの坊主を失った。

 その直後に襲撃してきたゴーレムの部隊とゾンビが二体、そして、そやつらと共謀したゴブリンロード。

 そこで更に仲間を一人殺され、奴らは撤退、こちらは疲れ果てた。

 しかも、周りは毒地獄。

 これでは最早どうにもならんと、苦渋の選択で撤退を決意すれば、今度はマッピングが狂って戻る事も叶わんという始末。

 

 だが、撤退が無理ならば進むしかない。

 その途中で出口を見つけられれば望外の幸運。

 そんな思いで毒の中を進んでおると、今度はいきなり通路を塞ぐように壁が動いた。

 中々の速さで動いた壁に潰される者こそおらんかったが、部隊は分断された。

 それが何度も続き、今では儂とカルパッチョの二人きりという訳じゃ。

 

 悪辣。

 このダンジョンの感想を述べるのであれば、その一言に尽きるわ。

 

 味方である筈のゴブリンどもを捨て駒に使い。

 こちらの救出対象であるお転婆王女を、ゾンビとして弄び。

 獲物が深く潜り込むまではただの洞窟のふりをして、戻れなくなってから毒と魔物で追い詰め。

 そして、動く壁によって道を変え、儂らを分断し、各個撃破を狙ってくる。

 さっきから何度も襲来するゴーレムどもがウザイわ。

 

 まさに悪辣。

 まるで気づかぬ内に盛られ、気づいた時には全てが手遅れとなる猛毒のようじゃ。

 今この場に漂う毒の霧ですら、悪意という名の猛毒の前では可愛く見える。

 

 その内、襲撃して来るゴーレムの中に、仲間のゾンビが交ざるようになった。

 どこまで人を愚弄すれば気が済むのじゃ……!

 貴様の思い通りにはならんぞ!

 

「今、成仏させてやる!」

 

 儂はヴァナルガンドを惜しみなく使い、元仲間達を氷漬けにして砕き、氷葬していく。

 真装を温存して戦えば、苦戦して逆に消耗が増すと考えたからじゃ。

 それはカルパッチョも同じなのか、「許さんぞぉおおおお!」と怒りに燃えながら、灼熱の拳を繰り出しておる。

 ……いや、あやつは何も考えておらんような気もするな。

 

「立チ上ガレ━━『アキレウス』」

 

 その時、この場で儂ら以外の声が聞こえてきた。

 その方向を見れば、忌々しきゴブリンロードと、最初にいた二体のゾンビの姿が。

 ゾンビ一体とゴブリンロードは真装を顕現させ、儂らに襲いかかってくる。

 

「《熱血パンチ》!」

 

 カルパッチョが真装使いのゾンビの腹を殴りつけ、灼熱の拳で焼き払う。

 普通に考えれば致命傷なんじゃが、このゾンビには効かん。

 このゾンビの真装の力はさっきの戦いで判明しておる。

 その能力は、不死。

 

「《ファランクス》」

「ぬっ!?」

 

 真装使いのゾンビが、残った上半身のみで真装の槍を使い、カルパッチョを攻撃する。

 しかも、攻撃している間にも、急速に下半身が再生していく。

 こんな奴とまともに戦っておれんわ!

 

「《アイスコフィン》!」

 

 儂は、氷の棺を作る魔法によって、真装使いのゾンビを氷像として封印した。

 じゃが、その隙にゴブリンロードともう一体のゾンビが儂に接近してきおった。

 

「《パワードアックス》」

「《ストライクソード》」

「くっ!?」

 

 儂は魔法にこそ自信があるが、近距離戦闘はからっきしじゃ。

 これは、避けられん。

 

「ランドルフ様! おおおお! 気合いガード!」

「カルパッチョ!?」

 

 そんな儂を、カルパッチョが身を呈して救いおった。

 ゴブリンロードの斧を白刃取りで止め、ゾンビの突き技を甘んじて受け、腹に風穴を空けながらも立っておった。

 

「《ブリザードストーム》!」

 

 カルパッチョの献身を無駄にはできん。

 儂はカルパッチョを巻き込まぬよう、横から吹く冷気の嵐を起こした。

 それによって、ゾンビが凍りついてから砕け、ゴブリンロードも半身を凍りつかせておる。

 

 ゴブリンロードは不利を悟ったのか、撤退の姿勢に入った。

 逃がさん!

 

「《アイスランサー》!」

 

 魔法によって作り出された、氷の槍がゴブリンロードを襲う。

 しかし、魔法とゴブリンロードの間に黒いゴーレムが割り込み、氷の槍はゴーレムを破壊するも、軌道を変えられてゴブリンロードに当たる事はなかった。

 その隙に、ゴブリンロードは撤退を完了させてしもうた。

 逃がしたか……。

 いや、今はそれよりもカルパッチョじゃ!

 

「《シャインヒール》!」

「復っ活!」

「そんなすぐに治るか戯け! 三秒は待て!」

 

 そして、三秒後。

 カルパッチョは何とか戦闘可能というくらいには回復した。

 これで一安心かのう。

 

「いや、助かりました!」

「ならば、周囲を警戒せよ。まだまだ悪夢は終わっとらんぞ」

「承知! こんな所では死ねませんからな! 城で教え子達が待っているのです!」

「……ふっ。そうじゃな」

 

 そうして、儂らは気力と体力を振り絞りながら、何とか先へと進んで行った。

 なんとしてでも、このダンジョンに一矢報い、生きて帰ってやると、そう固く誓いながら。



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34 ボス戦

「強い……」

 

 わかってはいたけど、最後に残ったこの二人、予想以上に強い。

 戦闘力はもちろん、精神力も。

 仲間のゾンビを躊躇なく破壊するって、どんだけよ?

 

 不死身ゾンビも氷漬けにされちゃったし、中年ゾンビはさらっと破壊されちゃったし、ゴブリンゾンビも致命傷受けてる。

 これ以上、ゾンビを修復しながら戦うのは効率悪いな。

 修復するなら、リビングアーマー先輩を修復し続けて戦った方が勝率高そう。

 

 という訳で、ゴブリンゾンビは撤退させて放置。

 今回はもう戦わなくていい。

 嫌がらせはゴーレム達に任せよう。

 ついでに、あんまり出番のないロックゴーレム達を第一階層に派遣し、生き残りのゴブリンと苗床の女どもを皆殺しにしておいた。

 ロードもいない、チャンピオンもいない、シャーマンもいない、ホブもいない。

 そんなゴブリンどもなんて敵じゃないし、女どもは全員もれなく弱りきってるから、簡単に殺せた。

 討伐隊が道塞いだせいで、誰一人として逃がさずに殺せたから良かった。

 

 これによって、私は経験値とDPを手に入れた、リビングアーマー先輩の残機が増えた。

 ちなみに、強化を繰り返したリビングアーマー先輩の今のステータスが、こちら。

 

ーーー

 

 リビングアーマー Lvーー

 

 HP 30600/30600

 MP 0/0

 

 攻撃 15000

 防御 30000

 魔力 0

 魔耐 30000

 速度 12000

 

 スキル

 

 なし

 

ーーー

 

 控えめに言って化け物だと思う。

 とりあえず、全身オリハルコンにしてみたら、こうなった。

 でも、オリハルコンは最高峰の金属の一つらしいので、材質の変更による強化は多分、これで頭打ちだと思う。

 あとは地道にDPで強化していくしかない。

 それでも、現時点でも凄まじい性能には違いないから、弱りきった討伐隊のラスト二人くらい、何とかなると思う。

 

 真装使った魔法使いの爺の魔力が25000超えって事考えると、普通にダメージ通りそうで少し不安だけど、それでも大丈夫だ。

 何せ、リビングアーマー先輩は今、総オリハルコン製。

 それは鎧だけじゃない。

 盾もだ。

 

ーーー

 

 『オリハルコンの盾』 耐久値10000

 

 効果 防御+10000 魔耐 +10000

 

 オリハルコンで出来た盾。

 この世の物とは思えない程、頑丈に作られている。

 

ーーー

 

 これってつまり、実質リビングアーマー先輩の防御系ステータスは4万という事なのだ。

 凄まじいとしか言えない。

 まあ、武器で上がるステータスが有効なのは、真装とかの例外を除いて武器の部分だけ。

 要するに、防御力4万っていうのは盾で受けた場合だけだから、油断してクリティカルヒット食らうと、普通に大ダメージ受ける事になる。

 ……十分に注意しよう。

 

 ちなみに、総オリハルコン製とか言ったけど、剣は黒鉄製である。

 ごめんなさい。

 ちょっと調子に乗って嘘つきました。

 剣までオリハルコンにする余裕はなかったんだ……。

 でも、どうせ主要な攻撃手段はトラップだから、あんまり関係ない。

 だから問題ない。

 そういう事にしておこう。

 

 そうしている内に、討伐隊の二人がゴーレムの嫌がらせを乗り越えてボス部屋の前に辿り着いた。

 そして、真装を展開し、警戒しながらも堂々とボス部屋の扉を開けた。

 

「さあ、開戦だ!」

 

 奴らがボス部屋に踏み込んだ瞬間に扉が閉まり、私は挨拶代わりに矢の雨を放つ。

 

『《アイスウォール》!』

 

 案の定、それは氷の壁で防がれたけど、本命はこの次だ。

 食らえ!

 大量のDPに物を言わせて購入した新トラップ!

 

「レーザービーム!」

 

 ボス部屋後方の壁に埋め込まれた装置から、極太の光線が放たれる。

 それは氷の壁を容易く粉砕し、二人を消し飛ばした。

 ……と思ったら、ギリギリで避けてたらしく、熱血色物の肩が抉られたくらいしかダメージがない。

 チッ!

 初見殺しで確殺してやろうと思ったのに!

 このトラップ、10000DPもしたんだぞ!

 

 そんな嘆きを呑み込み、私は波状攻撃を仕掛けるべく、連中の足下の落とし穴を作動させた。

 

『!? 《フロストガイア》!』

 

 しかし、速攻で氷の魔法を使われ、落とし穴どころか、ボス部屋の至る所が凍らされた。

 しかも、前に生前の不死身ゾンビがやった時より遥かに分厚い氷が、床だけじゃなく壁や天井まで覆っている。

 でも、甘い!

 私だって、一度やられた事の対策くらいしてるのだ!

 

「火炎トラップ起動!」

 

 今度は、ボス部屋の天井の四隅に設置されていた火炎放射のトラップが起動。

 分厚い氷を物ともせずに溶かし、ボス部屋全体を火の海にする。

 しかし、氷は溶けたけど、それでダメージを負った奴は一人もいない。

 リビングアーマー先輩は圧倒的な防御力で耐え抜き、向こうの二人は冷気で炎を相殺してた。

 でも、これでトラップが復活したんだ。

 ガンガン行く。

 

 私は伸び上がる床を起動。

 奴らの足下ではなく、奴らを挟むように二つの柱がそびえ立つ。

 その柱の側面には、ありったけの爆発トラップが仕掛けてある。

 

『イカン!』

「起爆!」

 

 ドドドドドドドドド、と連続して爆発音が響き、レーザービームにも勝る破壊力が至近距離から二人を襲う。

 おまけに、爆発を目眩ましにして、再びレーザービームを発射。

 薙ぎ払え!

 

『《熱血低空飛行》!』

「なっ!?」

 

 しかし、二人はこれすらも避けた。

 熱血色物の拳から激しく炎が吹き出し、それを推進力にして、某家庭教師ヒットマンの教え子のように空を飛んで回避した。

 爺は、熱血色物の肩に担がれている。

 ありなの、それ!?

 

『《アブソリュートゼロ》!』

 

 そして、肩に担がれた爺が、リビングアーマー先輩に向けて絶対零度の冷気を放ってきた。

 火炎トラップで可能な限り威力を削ってから、オリハルコンの盾で受ける。

 それでも、リビングアーマー先輩の表面が凍りついた。

 

『うぉおおおお! 《超熱血パンチ》!』

 

 そして、熱血色物の渾身の一撃がオリハルコンの盾に叩きつけられた。

 盾の耐久値が、一気に300くらいゴッソリと減る。

 この耐久値が0になると、武器は壊れるのだ。

 それは真装も例外じゃないし、オリハルコンも例外じゃない。

 

 というか、凄い威力。

 まあ、急激に熱した後、急激に冷やすとかの温度差攻撃は、あらゆる作品に出てきた武器破壊のメジャー技だ。

 そう何発も食らうつもりはない。

 

 私は拳を振り抜いた姿勢の熱血色物の足下で、剣山のトラップを発動させた。

 

『むぅ!?』

 

 剣山がダメージを与えたのを確認する前に引っ込め、今度はリビングアーマー先輩の剣で突く。

 動きのモデルは、中年ゾンビの使っていた《ストライクソード》。

 お前らが壊したゾンビから受け継いだ力!

 食らうがいい!

 

『熱血! 気合い白刃取り!』

「掴んだ!?」

 

 熱血色物は、突き出された剣を両手で挟んで止めた。

 まさに真剣白刃取り。

 しかも、なんか凄い勢いで黒鉄の剣が熔けていく!?

 どんだけの高温!?

 

 その状況を打開すべく、というより、剣を突き出すのもほぼ同時に、熱血色物に向けて矢を連射する。

 この位置だとリビングアーマー先輩も巻き込まれるけど問題ない。

 今のリビングアーマー先輩なら、矢くらいノーダメージで受けきる。

 

『痛っ!?』

 

 だが、矢が刺さった熱血色物は、大したダメージを受けていなかった。

 やっぱり、真装込みで防御6000超えてると、矢は大したダメージソースにならないか。

 でも、その矢には毒が塗ってあるし、決して効かない訳じゃない筈。

 

 そして!

 

「シールドバッシュだ!」

『ぬぉお!?』

 

 リビングアーマー先輩の怪力に任せて盾を叩きつけ、熱血色物を弾き飛ばす。

 そして、吹き飛んでいる最中に伸び上がる床を起動し、天井とサンドイッチにして熱血色物をミンチに……できてない。

 硬いわ!

 

『カルパッチョ! 無事か!?』

『まだまだ行けます! 私の心はまだまだ燃え滾っている!』

 

 暑苦しい!

 体育会系教師は嫌いだ!

 女に興味ないふりして信用を集め、その信用を盾に体育館倉庫で押し倒してくるんだ!

 中学の時の実体験だから、よくわかる!

 幸い、その時は他の奴が近くにいて未遂で終わったけど。

 それ以来、私はどんなに聖人に見える奴でも信じない事に決めた。

 

「……って、今はそんな事どうでもいい!」

 

 今はこいつらを殺す事が先決!

 防御力の低い爺を狙って矢を乱射する。

 それは全て魔法で叩き落とされたけど、目眩ましにはなってるし、消耗もさせられてるから、これでいい。

 おまけに、床トラップと天井トラップを発動し、チャージが終わる度にレーザービームを放って、反撃の暇を与えない。

 

 熱血色物の方は、このまま伸び上がる床でプレスするのは無理だと判断して、自力で脱出される前に床を元に戻し、代わりに天井のギロチンを横方向に射出して殺しに行った。

 でも、それは例のボンゴレ飛行術で回避される。

 厄介!

 

 しかし!

 

『くっ……!』

『ぬぬぬ!』

 

 これを続ける事で、二人は確実に弱ってきた。

 理由は二つ。

 一つは、言わずもがな毒。

 ここまではポーションと回復魔法で中和してたみたいだけど、ボス部屋での戦闘中にそんな暇は与えてない。

 戦いが長引く程に、二人の動きは精彩を欠いていく。

 

 そして、もう一つは体力切れ。

 考えてみれば当然の話で、この二人はゴブリンロードとの死闘の直後に、第二階層で戦いまくった末に、ここにいる。

 つまり、今までの戦いの疲労が蓄積してるんだ。

 

 これがウチのダンジョンの醍醐味。

 ゲームと違って、ボス戦前に完全回復の泉なんてない。

 ボス部屋の前に辿り着いた者には、疲労困憊の状態でボスモンスターに挑むか、休んで毒とゴーレムとゾンビに襲われるかの二択しか選択肢を与えない。

 どこまでも無慈悲なシステム。

 

 そして、この二人は体力よりも先にMPが尽きる。

 

 あれだけ膨大だった爺のMPですら、もう残り1000もない。

 熱血色物に至っては、残り100程度だ。

 このままのペースだと、残り一分もしない内にMPが切れ、不死身ゾンビの時みたいに真装も使えなくなる。

 そうなれば、私の勝ちだ。

 

『すまない、お前達! 私はどうやら、ここまでのようだ!』

 

 その時、熱血色物がそんな事を口走った。

 さっき言ってた、教え子達とやらに向けた言葉だろうか?

 でも、そんな言葉とは裏腹に、熱血色物の目には諦めなんて欠片も浮かんでいなかった。

 

『だが! 必ずやこいつを打ち倒し! ランドルフ様だけは意地でも帰そう!

 ランドルフ様! あいつらをよろしくお願いします!』

『カルパッチョ!? 何をする気じゃ!?』

 

 熱血色物は、トラップに身を削られる事すら厭わず、力を溜めるような仕草をした。

 何か来る。

 私は、リビングアーマー先輩に、油断なく盾を構えさせた。

 

『魔物よ! 知っているか!?

 蝋燭の炎というのはな! 消える寸前が最も強く! 最も激しく! 最も美しく燃え滾るのだ!

 そして、それは私もまた同じ事!』

 

 熱血色物の右の拳から、今までとは比較にならない業火が立ち上った。

 そして、その炎が青く染まる。

 これは!?

 

『食らうがいい! これが! 我が生涯最後の一撃! 《オーバーヒート》ォオオオ!』

「ッ!?」

 

 熱血色物が、凄まじい速度で突貫してくる。

 足りないMPの代わりとでも言うように、HPを急速に減らしながら。

 しかも、今の熱血色物は、ボンゴレ加速術によって、明らかにステータス以上のスピードを出している。

 これは、避けられない!?

 防ぐしかない!

 

『おおおおおおおおおお!』

「耐えて!」

 

 オリハルコンの盾の耐久値が急速に減少し、それどころかリビングアーマー先輩のHPすら削れていく。

 そして……オリハルコンの盾が、砕けた。

 

『燃え……尽きたぞ……』

 

 しかし、盾を砕いたところで限界を迎えたのか、熱血色物が倒れる。

 そのHPは0になっていた。

 た、助かった……。

 

『カルパッチョ! お主の犠牲を無駄にはせん!』

「うっ!?」

 

 そして今度は爺が、トラップを無視して魔法の発射準備みたいな事を始めた。

 普通のトラップじゃ殺しきれない。

 大火力のレーザービームは、たった今使っちゃったから、数秒はチャージ時間がいる。

 止められない!

 

『《アイシクルノヴァ》!』

 

 爺の全MPが籠められた魔法が放たれる。

 まるでウチのレーザービームを彷彿とさせる、それでいて確実にこっちを上回る威力を宿した冷凍ビームが、リビングアーマー先輩に直撃した。

 

 そして、リビングアーマー先輩が、砕け散った。



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35 決着

 砕け散ったリビングアーマー先輩が、ボス部屋の床に散らばる。

 私は冷や汗をかきながらそれを見つめ……そして、安堵していた。

 

『……これでも、ダメじゃったか』

 

 ダメじゃない。

 大ダメージだ。

 確かに、爺の最後の魔法は、リビングアーマー先輩を破壊した。

 体の前でクロスして盾にした、リビングアーマー先輩の両腕(・・)を粉々に粉砕した。

 しかも、胴体にも大量の罅が入ってるし。

 でも、逆に言えばそれだけで済んだ。

 完全破壊は免れた。

 

 実は、あの魔法を食らう直前、もっと言えば熱血色物の最後の一撃を受けた時から、私は貯金していたDPを大放出し、リビングアーマー先輩の修復に充てていたのだ。

 初めて残機が仕事したよ。

 それでも回復速度よりもダメージが上回り、結果はこの有り様だけど。

 

 ちなみに、今のリビングアーマー先輩は、こんな状態だ。

 

ーーー

 

 リビングアーマー Lvーー

 

 HP 1451/30600

 

ーーー

 

 HPが、全快時の20分の1以下。

 本当に危なかった。

 すぐにDPを使って、更なる修復を開始する。

 胴体の罅がみるみる直っていった。

 

『回復までするのか。悪夢のようじゃな』

 

 胴体は直ったけど、腕は完全に砕けちゃったから、今すぐ修復しきるのは無理か。

 盾と合わせて、最後の侵入者を片付けてから、ゆっくり直そう。

 その最後の侵入者である爺は、全てのMPを出しきり、もはや真装すら維持できずに立ち尽くしていた。

 

『お主の勝ちじゃ。殺せ』 

 

 言われずとも。

 私はトラップを作動させる。

 

『……すまんのう。帰れなくなった』

 

 正確に放たれた一本の矢が、最後に何か言っていた爺の額を打ち抜いた。

 爺のHPが0になって倒れ、DPと経験値が入ってくる。

 

「終わったー……」

 

 いつにない激戦だった。

 ダンジョンの全てを駆使し、ボス部屋ではスキルLvの上がってきた並列思考と演算能力のスキルをフルで使って、いくつものトラップを同時に操り、最後はリビングアーマー先輩を破損寸前まで酷使して、やっと勝てた。

 危なかった。

 そして、頭使いすぎたせいで、めっちゃ疲れた。

 

 疲れた私は、諸々の処理を後に回し、とりあえずソファーに沈み込んだのだった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ソファーに寝転びながらメニューを操作し、とりあえずリビングアーマー先輩を完全回復させる。

 もちろん、新しいオリハルコンの盾も作っておいた。

 剣は……後でいいや。

 

 それが終わったら少し休み、体力が回復してから今回の戦果確認。

 

 まず、今回最大の戦果は、なんと言ってもゴブリンロードが討伐され、それによってダンジョン内に侵入者が一人もいなくなった事だと思う。

 これは快挙だ。

 やっと、寝首をかかれる心配をせずに眠れる。

 やったー!

 

 まあ、ゴブリンどもがいなくなったせいで、奴らからの家賃は回収できなくなるけど、そんな事は些細な問題である。

 収入に関しては、下がるどころか逆に上がってるしね。

 

 何せ、今回の戦いにおいて、私はLv的に格上の相手を、これでもかと殺しまくった。

 直接手を下したのは、モンスター達と討伐隊だけど。

 なんにしても、それで凄まじい経験値が入ってきた訳だ。

 

 私のLvは、一気に26から52に上がった。

 二倍だよ!

 二倍!

 凄い!

 そして、それによって、私のMPが5万を突破。

 もう化け物とか、そんなレベルじゃないわ。

 神じゃん。

 

 で、ステータスの詳細は、こんな感じ。

 

ーーー

 

 ダンジョンマスター Lv52

 名前 ホンジョウ・マモリ

 

 HP 460/460

 MP 500/50400

 

 攻撃 301

 防御 300

 魔力 12000

 魔耐 466

 速度 313

 

 ユニークスキル

 

 『大魔導』

 

 スキル

 

 『MP自動回復:Lv35』『並列思考:Lv15』『演算能力:Lv15』『統率:Lv5』

 

 称号

 

 『勇者』『異世界人』『誤転移』

 

ーーー

 

 MP程じゃないけど、魔力も凄い。

 そろそろ、本格的に魔法の習得法探した方がいいと思える数値だ。

 何せ、今回一番の強敵だった爺を超えてるんだもの。

 まあ、あくまでも真装抜きでの話だけどね。

 ちなみに、MPが500しか残ってないのは、例によって全額ダンジョンコアにぶち込んだからです。

 あと、統率のスキルはいつの間にか習得してた。

 最近は結構な数のモンスターに指示して動かしてたから、それで熟練度が溜まったんだと思う。

 

 そして、手に入ったDPも凄い。

 使えない死体とか装備とかを還元した分も入れて、なんと約30万DPだ。

 リビングアーマー先輩の修理代とか、ゾンビの経費とかを差し引いてこれだよ?

 やっぱり、侵入者皆殺しの効率は凄まじかった。

 貯めて、貯めて、貯めて、一気に下ろした貯金みたいだ。

 まあ、侵入者を貯めるなんて危ない事は二度としたくないけど。

 平穏が一番。

 それに、30万DPって言っても、これからの収入六日分でしかないし。

 ……そう考えると、改めて大魔導先輩が凄まじい。

 今さらだけどね。

 

 で、次に手に入ったのが、侵入者の装備だ。

 殆どは爺と熱血色物にゾンビとしてぶつけた時に破壊されちゃったけど、壊れなかった物もある。

 あの俊足野郎が持ってた『ミスリルソード』ってやつだ。

 不死身ゾンビが持ってた『ミスリルスピア』の剣バージョン。

 俊足野郎が死んだ後に他の侵入者によって回収され、その侵入者は分断した後にゴブリンゾンビとかで潰したから、結果として私が入手する事になった。

 そのまま侵入者ゾンビに持たせて爺に氷漬けにされたんだけど、さすがミスリルと言うべきか、普通に無事だった。

 これは、熱血色物に熔かされた剣の代わりとして使おう。

 

 そして、戦力的には最大の収穫となったのが、例によって死体。

 特に、ゴブリンロード、熱血色物、爺の死体は破格の価値がある。

 早速、DPを使って熱血色物と爺をゾンビ化。

 これだけで、かなりの戦力になるだろう。

 侵入者の死体を使う不快感には、もう慣れた。

 

 とりあえず、これにて戦果確認は終了。

 

 あと、やる事と言えば、氷漬けにされた不死身ゾンビの救出とか、減ったゴーレムの補充とか、道を塞いでる氷の撤去とかだけど。

 不死身ゾンビ救出はロックゴーレム達がやってるし、ゴーレムの補充は、今回壊されたゴーレムの残骸を素材として使うように、全自動システムの設定を少し変更するだけでいい。

 氷は……後でいいや。

 ダンジョンのルールで、自分からは絶対に塞げないダンジョンの入り口を塞いでくれたんだし、しばらくはこのままに……いや、ダメだわ。

 やっぱり討伐隊の痕跡は跡形もなく消しとこう。

 

 とりあえず、ゴブリンゾンビを派遣して、火魔法で氷を溶かしてもらった。

 これでよし。

 討伐隊なんて私は知りません。

 ここでは何もありませんでした。

 そういう事にしておく。

 

 さて、これでもうやる事はない。

 細々とした考えなきゃいけない事はあるけど、今すぐにやらないといけない事はもうない。

 という訳で、疲れたから寝る!

 お風呂入ってから寝る!

 お休みなさい。



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とある勇者の不安

「ケンジ! こいつのステータスは!?」

「オーガLv20! 平均ステ1000くらいで魔法はなし! 特殊なスキルもないです!」

「よし、上出来だ! ユウマ、キョウシロウ、ダイチを中心に近接戦闘!

 後衛組はアヤカに合わせて遠距離攻撃!

 アカネは、いざという時の為に《テレポート》の準備だ!

 できるな!」

『はい!』

 

 現在、俺達はレベル上げの為に、アイヴィさん率いる騎士団の皆さんに引率されて、お城のある王都から日帰りできる狩り場に来ていた。

 そして、この辺りで一番の大物と言われる、デカイ鬼の魔物オーガを袋叩きにしているのだ。

 まあ、俺は鑑定以外、殆ど戦力外なんだけどな!

 

「グォオオオオオオオオオオオオ!」

 

 クラスメイト達にボコボコにされてるオーガが、咆哮を上げながら棍棒を振り回して暴れる。

 しかし、その攻撃は郷田の大剣に防がれ、剣の斬撃で腕を落とされ、魔木の魔法で吹っ飛ばされて、最後には神道にあっさりとトドメを刺されて死んだ。

 経験値が入ってきて、俺のLvが上がる。

 って言っても、まだLv10にもなってないんだけどな。

 

「うむ。素晴らしいな。まだまだ駆け出しの冒険者にすら劣る程度のLvだと言うのに、もうオーガを倒せるようになるとは。

 さすが、勇者達だ」

 

 オーガっていうのは、普通、駆け出し冒険者どころか、熟練の冒険者がパーティーを組んで対処するレベルの魔物らしい。

 それを低レベルで危なげなく狩れるんだから、勇者のチートっぷりがよくわかるってもんよ。

 

 そんな勇者であるクラスメイト達は、美人なアイヴィさんに褒められて、大半の男子が鼻の下伸ばしながらデレデレしてた。

 女子はそうでもないけど、やっぱり褒められて悪い気はしないみたいで、笑顔の奴が殆どだ。

 そんなに喜んでないのは、俺とソラちゃん先生の二人だけ。

 

 俺は言わずもがな、自分と他の奴らとの戦闘力差がおもしろくないから。

 逆にソラちゃん先生は、生徒が戦いなんて危ない事やってるのが心臓に悪いんだと思う。

 戦闘中も、いつでも皆を逃がせるように気を張ってたし。

 

 ちなみに、ここに来ているクラスメイトは、俺を含めて10人しかいない。

 ウチのクラスは本城さんを抜いて20人だから、ちょうど半分だな。

 残りの半分は死んだ……とかじゃなくて、ユニークスキルが非戦闘系だったり、魔物の臓物とかのハードグロに耐えられなかったり、生き物を殺す感覚がダメだったりと。

 色んな理由で戦闘を辞退し、お城に残ったのだ。

 

 まあ、非戦闘組もLv上げ自体はやるらしいけどね。

 でも、こっちの戦闘組と違って、オーガみたいな大物狙いとかはしないらしい。

 細々と雑魚狩りをして、最低限の護身ができる程度のLvになったらやめるとの事だ。

 騎士団の人達とパーティー組んでレベル上げすれば、自分で殺さなくても経験値は入るし。

 

 で、俺も一応は戦闘組の一員として働けてはいる。

 戦闘力は低いけど、やっぱり鑑定は役に立つってさ。

 くそう!

 俺の鑑定だけが目当てなのね!

 いつか必ず、俺も無双してやるからなー!

 

 ていうか、俺の才能のなさって筋金入りな気がする。

 戦闘組は、俺以外全員漏れなく真装を会得したのに、俺だけ使えないし。

 一応、ソラちゃん先生も使えないけど、ほら、あの人はいざという時の命綱みたいなお方であって、戦闘員じゃないし。

 いや、それ言ったら、俺も戦闘員じゃないんだけど……。

 ああ!

 やめやめ!

 この考えはやめだ!

 

 ここは、カルパッチョ教官直伝、ポジティブシンキングでいこう!

 俺もその内、真装を使えるようになるし、チートで無双する!

 魔王軍をけちょんけちょんにしてやるんだ!

 よし!

 自己暗示完了!

 

 

 そんな調子で俺達はレベル上げを続けた。

 アイヴィさん曰く、「この調子なら、本当に近い内にお披露目ができそうだ」との事。

 それまでに、少しでも鍛えて強くなるんじゃあ!

 カルパッチョ教官!

 見ていてください!

 

 ……でも、そのカルパッチョ教官は帰って来ない。

 音沙汰もないし、本当に大丈夫なんだろうか。

 ちょっと心配だし不安だ。

 俺は本当に強くなれるのかって不安と合わせて、どうにもネガティブな方向に思考が行っちゃう気がする。

 それに比べて、他の連中は気楽そうでいいよなー。

 あーあー、チート勇者様は羨ましいねー。

 

 

 

 

 

 そんな事を考えていた、この時の俺はわかっていなかった。

 この世界は、俺達がチート無双をする為にある訳では断じてないという、あまりにも当たり前の事に。

 

 そして、この時の俺は知らなかった。

 異世界に来て浮かれていた俺達勇者の前に、残酷で厳しい現実という名の怪物が立ち塞がる運命の時が、すぐそこにまで迫っていたという事に。



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36 外の世界に目を向けよう(貴様、正気か!?)

「外の世界の事が知りたい」

 

 そんな、トチ狂った事を口走ってしまった私は、至って正気である。

 トチ狂ってるのに正気とはこれ如何に?

 まあ、いいや。

 

 そう考えたのも、いい加減、このままじゃ情報不足もいいところだと思ったからだ。

 

 私はこのダンジョンにおいて、最低でも二人の重要人物を殺害してしまっている。

 くっ殺ゾンビと、ゴブリンゾンビ。

 もとい、くっ殺王女と、魔王軍幹部だ。

 王女の方は私が殺した訳じゃないけど、そんな事言っても誰も信じてくれないだろうし、そもそも私に人前で話す度胸なんてない。

 

 まあ、私の人間恐怖症の話はさておき。

 問題は、こんな重要人物を殺してしまった以上、もしかしなくても私ってば、人間の国と魔王軍を二つとも敵に回してしまったんじゃないかと、そんな恐ろしい可能性に思い当たってしまったのだよ。

 まあ、それは、あくまで最悪の可能性の話だけどね。

 

 討伐隊やゴブリンロードも含めて、ここがダンジョンだという事を知った奴らは、例外なく殺してある。

 最初の3人組も、中年ゾンビも、不死身ゾンビの一味も、ゴブリン軍団も全部だ。

 皆殺しである。

 これなら、情報が外に漏れる事はない。

 唯一、一回だけあの俊足野郎を逃がしちゃった事があるけど、

 あれはゴブリンロードにやられて逃げ帰っただけだから、あの時の事を誰かに報告してたとしても、ダンジョンの情報までは漏れてない筈。

 

 でも、魔王軍の方はちょっと事情が違う。

 ゴブリンロードの部下だったゴブリンどもは、頻繁にダンジョンの外へと出ていた。

 まあ、それは狩りに行ってたんだけど。

 だけど、その中の一匹でも、狩りのついでに魔王軍の他の部隊に報告に行ってないとは限らない。

 ゴブリンどもは、ゴブリンロード以外、人の言葉を話さなかったけど、案外モンスター同士なら鳴き声で意思疎通できるのかもしれないし。

 

 で、ゴブリンどもは人間どもと違って、ここがダンジョンだとは知らないまでも、ここがただの洞窟じゃない事は知ってた。

 第二階層以降に踏み込んだ奴を殺す何かがあるとは知ってた。

 なら、魔王軍の調査部隊的なものが来てもおかしくはない。

 

 それに、人間どもの方だって、討伐隊も王女も不帰となれば、また調査部隊の一つでも送って来るだろう。

 いや、その場合、ゴブリンロード討伐に失敗したと判断して、新しい討伐隊が送られて来る可能性の方が高いか。

 

 ……ヤバイな。

 こうして考えてみると、全然脅威は去ってないじゃないか。

 ま、まあ、でも、ゴブリンどもがいなくなった今、このダンジョンもようやく当初の予定通り、無害なただの洞窟を装う事ができてる訳だし。

 他の奴がいた痕跡を消せば、こんなただの洞窟を調査される事はないだろう。

 きっとそうだ。

 そうに違いない。

 そうだと言ってくれ。

 

 もしダメだった時は、もう一度ジェノサイドパーティーを開催する事を決意し、話を本題に戻す。

 

 すなわち、外の世界云々の事だ。

 こんな状況になってしまった以上、やっぱり外の世界で、ここがどんな風に扱われてるのかとかは最低限知っておきたい。

 というか、知らないといけないと思う。

 あとは、魔王って結局何なのかとか、魔法の使い方とか、真装の習得方法とか、知りたい事は山程ある。

 魔王軍の動向も調べねば。

 

「……って言っても、私が外に出るつもりはないけどね」

 

 そんなつもりは毛頭ない。

 私がその情報を知りたいと思ったのは、この聖域を守る為だ。

 そして、聖域を守る理由は、私が心置きなく引きこもる為だ。

 引きこもりを続ける為に外に出るなんて、本末転倒もいいところである。

 

 という訳で、お使い用のモンスターを造る事にした。

 

「調査用ドローンとかないかなー」

 

 そんな事を思いながら、メニューのモンスター一覧を見ていく。

 ドローンとか都合の良いやつがなかったら、人間に紛れて情報収集ができる人型のモンスターを造るつもり。

 意思のあるモンスターは裏切りそうで怖いから、できるだけ造りたくないんだけど、背に腹は変えられない。

 

 と思ってたんだけど、事態は私の想像よりも深刻だった。

 

「人型のモンスターがいない……だと……!?」

 

 そう、人型のモンスターがいなかったのだ。

 正確には、完全に人型で、人間に紛れても違和感のないモンスターがいない。

 近いところで、半人半蜘蛛のアラクネとか、下半身が蛇のラミアとかがせいぜい。

 

 ヴァンパイアとか、高位のアンデットモンスターはいけるんじゃないかと思ったけど、

 メニューで画像を見たら、牙が予想以上に長くて人外にしか見えなかったり、肌が青白い通り越して完全なる青だったりしたからアウト。

 リッチはミイラだし。

 キョンシーは惜しかったけど、ゾンビと同じで知性がないし。

 グールは腐ってるし。

 ハイゾンビが一番マシってどういう事だ?

 そのハイゾンビだって知性がないし。

 知性がなければ、諜報活動なんてできない。

 

 この方向じゃダメだ。

 という事で、次は人型じゃなくて、人に化けられるモンスターを探してみた。

 結果はダメ。

 一番可能性を感じた九尾の狐は惜しかったんだけど、フワフワの尻尾がどうしても残るから却下。

 この世界に猫耳の獣人とかがいればセーフかもしれないけど、今のところそういうのは見てないから、私にはセーフなのかアウトなのかの判断が下せない。

 そして、もしアウトだったら、私は役立たずの同居人を抱える事になる。

 それは嫌だ。

 どうしても他にいなかったら、再検討しよう。

 

 その後も「そうじゃないんだ!」とか「ここまで期待させておいて!?」とか「え!? 高っ!?」とか叫びながらモンスター一覧を見続ける事一時間。

 私は、当初考えていたのとは違う、でも凄まじく可能性を感じるモンスターを見つけていた。

 

 機械人形、オートマタという無生物系モンスターを。



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37 オートマタ

 オートマタ。

 見た目は人間そのものだけど、内部が金属の骨格とかで出来てる無生物系モンスター。

 要するに、ター◯ネーターである。

 ただし、ターミ◯ーターと違って人工知能とかは搭載してないらしい。

 知能がないなら、これはハイゾンビと同じ理由でボツ……にはならないのだ、これが。

 

 大事な事なので、もう一度言おう。

 オートマタは、無生物系モンスターである。

 つまり、分類的にはリビングアーマー先輩と一緒という事だ。

 そして、リビングアーマー先輩と言えば、一つ忘れていないか?

 そう!

 手動操縦モードだ!

 

 つまり、オートマタを手動操縦で遠隔操作すれば、私はダンジョンにいながらにして諜報活動をできるのではないかと考えた訳だ。

 ちょっと違うけど、最初に考えた調査用ドローンと似たような事ができるかもしれない。

 しかも、ドローンと違って人間の中に紛れ込める上に、モンスターを使った情報収集よりも、私自身が直接(オートマタ越しだけど)見聞きする事で情報の精度も上がる。

 素晴らしい。

 

 という訳で、早速オートマタを造る……前に、とある実験をしておこう。

 それは、ダンジョン領域外での無生物系モンスターの操作だ。

 よくよく考えてみると、ダンジョン外という私の知覚領域の外でモンスターを動かせるのかは不明だ。

 これが無理だった場合、私は意気揚々と木偶人形を造るはめになる。

 それは嫌だ。

 期待が大きい分、絶望も大きそうで。

 そんな事になったら、私はいじけてやる気をなくすかもしれない。

 

 という事で、外の世界にロックゴーレムを一体送り出してみた。

 ゴーレムも無生物系モンスターだから、その気になればリビングアーマー先輩と同じように手動操縦ができるのだ。

 普段はめんどくさいからやらないけど。

 

 そうして、ロックゴーレムがダンジョンの外に消えて行き、私の知覚可能なエリアからいなくなった。

 その瞬間、手動操縦モードが切れる。

 なんか、イメージとしては携帯が圏外になった感じ。

 

「マジかー……」

 

 いきなり計画が頓挫してしまった。

 ちなみに、外に出したロックゴーレムは自力で帰還してきた。

 どうも、手動操縦が切れた瞬間に自動操縦に戻ったらしく、特に命令を下してなかったからダンジョンに帰って来たみたいだ。

 それって逆に言えば、何か命令を下した状態で外に出せば、その分の仕事はしてくれるって事だと思う。

 まあ、それでオートマタに諜報活動をやらせようと思っても、人工知能がないんだから、そこまで複雑な事はできないと思う。

 これは、オートマタもボツかな……。

 

 でも、諦めきれずにダメ元でオートマタの詳細情報を見ていると、なんかオプションで色々なスキルを付けられる事がわかった。

 ああ、だから強さの割にやたらと値段が高かったのか。

 オートマタは、デフォルトの状態だと、平均ステータス200なのに1万DPもする。

 ぼったくりかと思ったら、そういう事か。

 

 で、その中に興味深い、現状を打破できそうなオプションを見つけた。

 

ーーー

 

 取得情報送信

 

 モニターに、視覚情報、音などの、オートマタが取得した情報を送信する。

 

ーーー

 

 擬似ダンジョン領域作成

 

 オートマタの半径10メートル以内を、擬似的なダンジョン領域として扱う事ができる。

 

ーーー

 

「これだ!」

 

 これを見て、なんかもう全てが解決したような気がした。

 特に、擬似ダンジョン領域作成。

 これさえあれば圏外も怖くないし、ダンジョン領域として扱えるって事は、鑑定も使えるし、アイテムも回収できるし、モンスターの転送もできるって事だよ!

 なんという、チート能力!

 まあ、その代わり凄まじい量のDP持っていかれるけど……。

 あ、更に追加料金を払えば、効果範囲を広げる事もできるらしい。

 けど、今は半径10メートルで十分だな。

 これ以上は、DPがもったいない。

 

 という事で、この二つのオプションを付け、オートマタを作成。

 お値段は10万DP。

 ちょっと訳がわからないレベルでお高すぎるけど、仕方ないか。

 このDPに見合う働きを期待してる。

 

 でも、ここでちょっと予想外の事が起こった。

 

「これ、私じゃん」

 

 いつもの魔法陣から現れたオートマタは、私と同じ姿をしていた。

 つまり、超絶美少女。

 しかも、今は裸で色気が凄い。

 これ、どういう事?

 ダンジョンマスターの情報が、モンスターの作成に影響したとか、そんな感じ?

 

 原因はわからないけど、今更デザインを変更する事はできない。

 同じ無生物系モンスターでも、ボディチェンジで強化する事を前提としてたリビングアーマー先輩とは違うのだ。

 デザインを変えたければ、もう一体新しいのを作るしかない。

 でも、それはダメだ。

 これ以上のDP出費は許容できない。

 最悪、これから魔王軍と人間どもを同時に相手取る可能性がある以上、戦闘に関係ないところに過剰なDPは掛けられない。

 DPの貯金額はリビングアーマー先輩の残機であり、私の命綱なんだから。

 

 代わりに、約2万DPをかけて、どうせ使わないだろうMPと魔力以外のステータスを1500にまで上げた。

 ここまでやったんだから、簡単に壊されてほしくないって意味での強化だ。

 これは無駄使いではなく、必要な出費である。

 自分の格好した人形がやられるって、やっぱり気分悪いし。

 

 ちなみに、このステータスは生前の中年ゾンビの約二倍だから、一部の規格外を除いて、そうそうの相手には負けないと思う。

 まあ、ウチのダンジョンに来た連中は規格外ばっかりだったけど……。

 そんなのばっかり来るとか、私の運勢どうなってるんだろう。

 

 で、最後に保管しておいた冒険者風の服を着せて、量産品っぽい皮の鎧を付けて、腰に剣とウエストポーチを装着。

 左手には、侵入者の一人が持ってた小さな盾を装備して、完成。

 ちなみに、服と鎧は不死身ゾンビの連れの女が身に付けてたやつで、剣はリビングアーマー先輩に最初に持たせて、いつからか使われなくなってた鋼の剣。

 ウエストポーチは中年ゾンビが使ってた収納の魔道具。

 盾は、最後の大粛清の時まで地味に生き残ってた、不死身ゾンビが囮に使った剣士の女の物を使った。

 

 これで、見た目はこの世界の冒険者と言われても違和感がないと思う。

 多分。

 あと、この装備の中だと収納の魔道具だけが高級品っぽくて浮くけど、見た目は普通の異世界風ウエストポーチだから大丈夫。

 

 これにて準備完了。

 さあ、行くのだオートマタよ!

 そうして、オートマタはダンジョンの外へと旅立って行った。



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38 商人の少年

 居住スペースからオートマタを操作し、ダンジョン近くの森の中を歩かせる。

 ちなみに、その作業をやりながらでも、私はダンジョンの強化を行う事ができるのだ。

 並列思考と演算能力様々。

 

 そうして森を歩いている内に、モンスターを見つけた。

 ゴブリンだった。

 ホブゴブリンに率いられた数匹の群れだ。

 まだ残ってたのか。

 よし殺そう。

 

 最初はオートマタの性能テストの為にも、オートマタ自身に戦わせてみようかと思ったけど、ちょっと考え直して、ある実験をしてみる。

 まず、モンスター転送機能で黒鉄ゴーレムを召喚。

 ゴブリン殺せという命令を与えて突撃させる。

 私は、オートマタに擬似ダンジョン領域を解除させた上で、それを見守っていた。

 

『ギギィイイイイイ!?』

 

 そして、10秒とかからずに黒鉄ゴーレムがゴブリンどもを屠殺。

 結果、DPは入ってこなかった。

 やっぱりか。

 ダンジョンモンスターが手を下しても、ダンジョン領域内じゃなければDPは入ってこないと。

 この分だと、経験値も入ってなさそう。

 今度から、殺す時はなるべく領域内で殺ろう。

 

 擬似ダンジョン領域を復活させ、黒鉄ゴーレムを送還する。

 というか、やっぱり黒鉄ゴーレム強いな。

 もうちょっと増やしておこう。

 

 ついでに、ゴブリンどもの死体を還元。

 少しはDPの足しになった。

 実験も終わったし、先に進むとしよう。

 

 

 そうして先へと進んでいる内に、今度は別のモンスターを発見した。

 デカイ狼だ。

 体長3メートルくらいある。

 それと、地味にダンジョン産のモンスター以外で、ゴブリン以外のモンスターを初めて見た。

 鑑定っと。

 

ーーー

 

 キラーウルフ Lv18

 

 HP 200/200

 MP 20/20

 

 攻撃 154

 防御 81

 魔力 10

 魔耐 33

 速度 189

 

 スキル

 

 なし

 

ーーー

 

 大体、ホブゴブリンと同じくらいか。

 今の私にとっては雑魚だし、オートマタにとっても雑魚だ。

 でも、キラーウルフはこっちに興味がないみたいだった。

 というより、他の事で忙しい。

 

 このキラーウルフ、現在進行形で人間を襲っているのだ。

 

「助けてぇえええええ!」

 

 情けなく悲鳴を上げてるのは、商人みたいな格好した一人の男。

 年齢的には私と同い年くらいに見えるから、少年と言うべきか。

 その背中に、やたらと大きいリュックサックみたいな物を背負ってた。

 鑑定っと。

 

ーーー

 

 人族 Lv8

 名前 リック

 

 HP 50/50

 MP 7/7

 

 攻撃 21

 防御 25

 魔力 1

 魔耐 8

 速度 50

 

 スキル

 

 なし

 

ーーー

 

 弱い。

 キラーウルフよりも尚弱い。

 上にのし掛かって噛みつこうとするキラーウルフの牙を、護身用と思われるナイフで防いで何とか生き残ってるみたいだけど、このままなら、あと数秒で死ぬと思う。

 

「助けてぇえええええ!」

 

 さて、どうするか。

 人間なんて助ける価値もない生き物だし、見殺しにしても何ら問題はない。

 ……でも、実は奴を助ける事によるメリットもあるんだよなぁ。

 何せ、今の私(オートマタ)は人里がどこにあるのか知らない、いわば遭難状態。

 奴を助けて道案内でもさせれば、人里に辿り着ける可能性は高いだろう。

 

 はぁ……仕方ない。

 助けるか。

 役に立たなかったら、DPの足しにしてやればいいし。

 

 そういう訳で、私はオートマタをキラーウルフに向けて突撃させた。

 人前でダンジョンに関わる能力は使いたくないから、モンスター召喚とかは使わない。

 代わりに剣を抜き、盾を構える。

 

「ガァアアア!」

 

 接近するオートマタに気づいたのか、キラーウルフがリックとやらを放置して、こちらを振り向き吠えた。

 

 その首を、一切の抵抗を許さずに剣で斬り飛ばす。

 

 キラーウルフのステータスは、高いものでもせいぜい150程度。

 対して、オートマタの物理ステータスは1500。

 勝負になどならない。

 

 キラーウルフが死んだ事で、微量のDPが入ってきた。

 オートマタは、私の操作で剣の血糊を払い、鞘に納める。

 リックとやらは呆然としながらそれを眺めていた。

 

 私は、オートマタをリックとやらに近づける。

 

「大丈……」

「うぉおおお! 助かった! あんた強いな! 助けてくれて、ありがとう!」

 

 オートマタの言葉を遮ってリックとやらが叫び、手を握って上下にブンブンと振り回した。

 貴重なオートマタの第一声を遮るとか……殺しちゃおっかな。

 ボディタッチとかも、本体にやられてたら死刑確定の重罪だし。

 

「あ……」

 

 私が処刑方法を考えはじめた次の瞬間、(オートマタ)の顔を間近で見たリックとやらの顔が赤くなり、慌てて手を離した。

 ……ああ、異世界でもそうなのか。

 世界が違えば美的感覚も違うかもと少し期待してたのに。

 どうやら、この世界でも私の顔は美少女らしい。

 げんなりとした。

 

「ご、ゴホン! 改めて、助けてくれてありがとう。

 俺は旅商人のリックって言うんだ。あんたの名前を聞いていいか?」

 

 名前……名前か。

 別に隠す必要もないかな。

 偽名とか考えるのも面倒だし。

 

「マモリ」

「そっか、マモリか。不思議な感じの名前だな」

 

 不思議なのか。

 いや、考えてみれば、いかにも外国人風の名前が多い中で、日本人の名前は普通に目立つか。

 まあ、不思議って程度で違和感を抱く程じゃないみたいだし、気にしなくてもいいかもしれないけど。

 

「マモリは何でここに……って聞くまでもなかったな。

 その格好に、その腕前。どう考えても冒険者だし、大方、近頃物騒な魔物が出るっていうマーヤ村で依頼を受けたってところか」

 

 なんか、勝手に勘違いし始めた。

 そして今、私が求めていた情報がさらっと出たな。

 マーヤ村とかいうのが近くにあるらしい。

 というか、物騒な魔物が出るんだ。

 ……もしかしなくても、ゴブリンどもが誘拐してた女って、その村の住人かな?

 だとしたら元凶はもう死んでる。

 死んで、私の手駒になってる。

 

 あと、前々から思ってたけど、この世界ではモンスターの事を魔物って呼ぶんだね。

 うっかり、人前でモンスターって言わないようにしよう。

 

 それはそれとして。

 とりあえずリックとやらの勘違いは正さないと、村に連れて行ってもらえないかもしれない。

 という事で、私はオートマタの首を横に振り、口を開いた。

 

「違う」

 

 オートマタの声は、無生物らしく感情が欠片も籠ってない平坦なもの。

 それでも、クール系と言えばギリギリ通るくらいには人間っぽい。

 その言葉を聞いて、リックとやらはキョトンとしていた。

 

「道に迷っただけ。村の場所がわからない」

 

 そう言うと、リックとやらはポカンとした後、

 

「ぷ、あはははははは!」

 

 爆笑し出した。

 殺すぞ、こら。

 

「あんた、あんなに強いのに方向音痴なのかよ! 冒険者として致命的じゃねぇか! 笑える!

 まあ、うっかりキラーウルフに襲われた俺が言えた事じゃねぇけど」

 

 なら、そのツボにハマったとばかりの大爆笑をやめろ。

 殺すぞ。

 

「わかった! 命の恩に報いる為にも、あんたの事は俺が責任持って村まで送り届けてやる!」

 

 ……チッ。

 最初からそうしろ。

 余計な口叩きやがって。

 

 そうして、私は何とか人間の村へ行く算段をつけた。



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39 マーヤ村

「さあ、着いたぜ! ここがマーヤ村だ!」

 

 リックとやらに案内されて歩く事、僅か10分くらい。

 オートマタはこの世界で初めて見る人間の集落、マーヤ村とやらに到着した。

 ……こんなに近かったのか。

 ウチのダンジョンから殆ど離れてないぞ。

 どうりで、ポンポン侵入者が来ると思った。

 この村から森に入れば、ほぼ確実に見つけられる位置にあるもの、ウチのダンジョン。

 

 ここはさしずめ、ご近所さんだ。

 あの、噂話で引きこもりのメンタルを破壊する危険生物どもだ。

 よし、潰そう。

 決行は夜だ。

 

「ちなみに、方向音痴のあんたの為に言っとくと、ここから北の方角に半日も歩けば、そこそこデカイ、ボルドーって街があるぜ。

 参考にしてくれよ」

「なるほど」

 

 良い事を聞いた。

 村を潰した後は、その街に向かえばいいのか。

 

「さて! 村に着いたし、早速、商売開始といくか!

 お、そうだ、あんたも見ていくか? 助けてくれた礼に、なんかプレゼントするぜ」

「……なら、見る」

 

 異世界の商品には興味がある。

 まあ、多分、不死身ゾンビのウエストポーチ(収納の魔道具)に入ってたような物が殆どだと思うけど。

 あいつ、色んな物を自分で保管してないと落ち着かなかったのか、色々と魔道具の中に詰め込んでたんだよね。

 もちろん、お金とかも。

 

 そして、リックとやらは適当に、そこそこ人通りのある場所にやって来て、リュックサックの上に乗ってたシートを広げた。

 

「よっしゃ! 開店準備だ!」

 

 その上に、やたらと大きいリュックサックから取り出された商品が並んでいく。

 剣、薬、地図、剣、ポーション、剣、変な石ころ、剣、剣、ナイフ……

 

「武器が多い」

「そりゃな。この村は物騒って話だから武器を売りに来たんだ。需要と供給ってやつだぜ」

 

 ……意外と考えてた。

 いや、考えない商人なんていないか。

 いたとすれば、それはとてつもない馬鹿だ。

 

 そして、商品を片っ端から鑑定してた時、ふと変な石ころの鑑定結果が気になった。

 このアイテムは……マズイかも。

 

ーーー

 

 鑑定石

 

 使用者のステータスを開示する事ができる。

 

ーーー

 

「お! お客さん、お目が高いね! そいつは鑑定石! 本来は冒険者ギルドとかにしかない貴重品だよ!」

 

 オートマタの視線を追ったのか、リックとやらが饒舌に解説し出した。

 この体はオートマタであり、鑑定されれば当然『オートマタ Lvーー』と表示される。

 つまり、私にとってステータスを覗かれるというのは致命的なのだ。

 まあ、この鑑定石は使用者のステータスを開示するって効果だから、自分から使わなければバレないとは思う。

 でも、これとは違う種類の、人のステータスを強制的に開示させるアイテムもあるかもしれない。

 注意しておこう。

 

 それと、冒険者ギルドにはこれがあるらしいので、冒険者になるのはやめよう。

 冒険者っぽい奴らがいたんだし、冒険者ギルド的な物もあるんだろうなーと思ってたから、ファンタジーのテンプレにあやかって、冒険者になるのもアリかなと思ってる私もいたからね。

 公的な身分証明があれば動きやすくなりそうだし。

 

 でも、こんなアイテムが冒険者ギルドに置いてあるなら、この案は却下。

 冒険者登録の時にステータスを見せろと言われた時点で詰みだもの。

 君子、危うきに近寄らず。

 冒険者ギルドはガン無視の方向でいこう。

 

「あー、その、気に入ったんだったら悪いんだけど、それは偶然手に入れただけの本当に貴重な品だから、いくら恩人でも、さすがにタダでプレゼントって訳にはいかねぇんだわ……。

 できれば別の物にしてくれると助かる」

 

 と、私がオートマタの視線を鑑定石に固定させたまま熟考してたら、何を勘違いしたのか、リックとやらがそんな事を言い出した。

 とりあえず、勘違いは訂正しておくか。

 

「別にいらないからいい」

「そっか。なら、何にする?」

 

 言われて、改めて並べられた商品を見る。

 大体は今持ってる物と同じ、あるいはその下位互換の物しかない。

 侵入者どもは、意外と高級な装備を落として逝ったらしい。

 ここで欲しいと思える物は特に……いや、これは良いかも。

 

 私はオートマタの指で、その商品を指差した。

 

「これは?」

「ん? ああ、それは見ての通り仮面だな。冒険者ってのは荒事だから、たまに人には見せられない傷を顔に負う奴もいる訳だ。

 で、こいつは、そういう奴らの為の装備だな」

 

 ほう。

 つまり、街中で仮面をつけた冒険者がいても、そこまで不審には思われないのか。

 良い事を聞いた。

 

「じゃあ、これちょうだい」

「え? そんなんが欲しいのか……って、ああ。あんた美人だもんな。

 悪い虫避けには、ちょうど良いのか」

 

 わかってるじゃないか、悪い虫(リックとやら)

 という事で、リックとやらから一つの仮面を貰った。

 シンプルなデザインの白い仮面だ。

 中二病的には、もうちょっと凝ったデザインのが欲しいところだけど、これはこれでカッコいいからよし。

 

 早速、装備してみる。

 さっきから通行人の男の視線が鬱陶しかったしね。

 そして、モニターで映す場所をオートマタの正面に移動させ、鏡の代わりとして使う。

 うん。

 カッコいい。

 

「毎度あり! なあ、何なら店が終わった頃に一緒に飯でも……」

「もう行く」

「あ……そっか。それじゃあ、またな!

 命を助けてくれた恩は絶対に忘れないぜ! またどこかで会おう!」

 

 そうして、私はリックとやらと別れ、とりあえず村の中を歩き回って地形を把握した後、宿屋っぽい所で夜までオートマタを待機させた。

 

 同時進行で、ダンジョンの準備を進めながら。



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40 ご近所さん死すべし、慈悲はない

 私は、オートマタかダンジョンに何かあったらアラームが鳴るように設定して仮眠を取った。

 そして、現在の時刻は夜。

 パーティーの時間だ。

 頭にジェノサイドって付くパーティーの。

 

「よし。やろう」

 

 私は宿屋のベッドの上に寝かせておいたオートマタを起動し、窓からコッソリと外に出して、村の外にまで走らせる。

 そこで、転送機能によって、ダンジョンのモンスターを召喚した。

 

「穢◯転生の術!」

 

 言ってみたかっただけである。

 ちなみに、口に出したのは引きこもりの本体なので、私の痛い言動は誰にも見られていないとだけ言っておこう。

 

 そうして、オートマタの隣に召喚されたのは、爺ゾンビ。

 リビングアーマー先輩を除けば、ウチのダンジョンの最高戦力である。

 更に追加で、余ってたロックゴーレムを50体くらい召喚。

 ぶっちゃけ過剰戦力としか思えないけど、まあ、念の為。

 

「作戦開始」

 

 私の操作によって、オートマタの口からその言葉が発せられる。

 このモンスターの群れは擬似ダンジョン領域からはみ出してるので、ダンジョン内と違って、こうして直接言葉にしないと命令が伝わらないのだ。

 

 そうして、まずは爺ゾンビが動く。

 

「《アイスウォール》」

 

 ゾンビになって弱体化したとはいえ、それでも8000を超える爺ゾンビの魔力のステータスによって、真装を使うまでもなく、村全体を包み込む氷のドームが出来上がった。

 昼間にやったら大騒ぎ間違いなしだろうけど、今は夜なので、見張り番が騒いでる以外は静かなもんだ。

 すぐに大騒ぎになるだろうけど、その騒ぎはドームの外にまでは漏れない。

 

 そして、これで村人達は逃げられない。

 騒ぎも漏れず、目撃者もいなければ、とても穏便にこの村を潰せるだろう。

 

「散開」

 

 オートマタの無機質な命令の声によって、ゴーレム達が動き出す。

 私もまたオートマタを動かし、ゴーレム達よりも早く村へと突撃。

 まずは、騒いでいた見張り番を剣で斬り殺した。

 

「ひ、ひぃいいいいい!?」

 

 それを見て腰を抜かした、もう一人の見張り番も斬る。

 鑑定したところ、この二人はせいぜい平均ステータス50くらいしかない。

 そんなんじゃ、ロックゴーレムにすら勝てないわ。

 

 見張り番の死体を還元して証拠を隠滅する。

 続いて村の中を疾走し、民家に侵入しては住人を斬り殺していく。

 全員殺した。

 男も、女も、老人も、子供も、親子も、夫婦も、恋人も。

 等しく皆殺しにする。

 

「お願いします! この子だけは! この子だけは助け……」

「ママ!」

 

 子供を庇う母親を斬り殺し、すぐに子供にも後を追わせる。

 よし。

 次だ。

 

「あ、あんたは!?」

 

 次は、今日オートマタに泊まらせた宿屋。

 驚愕の表情でオートマタを見つめる気の良い女将の首をはね、何かを言う暇も与えず殺害。

 次。

 

 そうしている内に、ゴーレム達も到着して、村を包囲するように展開しながら、家を破壊して村人達を村の中心へと追い立てて行く。

 この時点では、できる限り殺さない。

 殺すなら、オートマタの半径10メートル以内、擬似ダンジョン領域の中で殺さないともったいないから。

 

 そのまま虐殺を続け、30分もしない内に全ての村人は村の中心部に集まった。

 その中には、ボロボロになってる戦闘職っぽい奴らも、ちょっと混ざってた。

 冒険者かな?

 ゴーレムごときにやられた事を考えると、せいぜい最初の3人組くらいの力しかなさそうだけど。

 

 そして、生き残った全ての村人達に向かって、(オートマタ)は歩みを進めた。

 命令によって、ゴーレム達が道を開ける。

 

「なっ!? お前、マモリ!? なんでお前が!?」

 

 そう叫んだのは、この村に案内してくれたリックとやらだ。

 ある意味、今回の事件の元凶と言えなくもない。

 

「答えろ! これはお前がやったのか!? 何の為にこんな事をする!?」

 

 決まってる。

 私の平穏の為だ。

 この村は、ダンジョン攻略時の拠点になり得るから危険だ。

 そして、この村があって、ここに人がいる限り、ウチのダンジョンには侵入者がずっと来るだろう。

 この村がある限り、私に平穏は訪れない。

 

 だから、潰す。

 村がなくなれば調査隊が来るかもしれないけど、そのリスクを負ってでも潰す。

 というか、調査隊に関しては、討伐隊を皆殺しにしちゃった時点で手遅れだろうし。

 

 でも、そんな事をこいつに説明してやる義理はない。

 

 私はオートマタを動かし、掴みかかろうとしたリックとやらの腹を剣で貫いた。

 

「がっ……!?」

 

 剣を抜けば、リックとやらは土手っ腹を押さえて崩れ落ちた。

 そこに容赦なく剣を振ってトドメを刺す。

 DPが入ってきた。

 

 そして私は、恐怖でガクガクと震える村人達に向かって、オートマタを近づかせた。



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41 レッツ尋問

「村長さんを出してください」

 

 私は、オートマタを操作して無機質にそう告げた。

 すると、村人達がおずおずとある人物の方を見る。

 そして、その人物は堂々とした足取りでオートマタの前に進み出た。

 

「あなたが、この村の村長さんですか?」

「そうだ」

 

 そいつは、筋骨隆々の初老の男だった。

 鑑定してみたら、攻撃が250もある。

 そこそこ強いな。

 でも、ボコボコにされた跡があるのを見るに、ゴーレム達に寄ってたかって袋叩きにされたと見た。

 

「ご家族はいますか?」

「……それを聞いて何になる」

「質問は受け付けません。そして答えなければ、後ろの村人達を全員殺します」

 

 そう告げると、村人達は大いに怯えて、一部の奴らが村長の家族と思われる三人を突き出した。

 醜い。

 さすが人間。

 醜い。

 

「お前ら……!」

「す、すまねぇ村長! 許してくれ!」

 

 村長が怒りの視線で睨み付けると、三人を突き出した村人達は震え上がった。

 これ、私が殺さなくても村長に殺されそう。

 まあ、そんな事はどうでもいいか。

 

 突き出された三人は、若い男女が二人と、10歳以下に見える男の子が一人。

 息子夫婦と孫ってところかな?

 

 私は、オートマタを三人の方に近づかせた。

 

「お孫さんですか?」

「…………」

「答えてください」

「……そうだ」

 

 血を吐くように村長は答えた。

 よし。

 これは効きそうだ。

 私は早速、オートマタに村長の孫を掴み上げさせた。

 

「ひっ!?」

「おい!」

「黙ってください」

「くっ……!」

 

 そして、孫を抱えたまま村長の前に戻り、やる事をやる。

 

「これから、いくつかの質問をします。正直に答えてください。嘘を吐いたり、反抗的な態度を取ったりしたら、この子を痛めつけます」

「貴様ぁ!」

「反抗的的な態度ですね。では、まずは……」

 

 私はオートマタの手で、村長の孫の右手の小指をへし折った。

 

「あぁあああああああ!」

「ロイ!」

「あなたのせいですよ村長さん。この子の為を思うなら、おとなしく質問に答えてください」

 

 村長は、砕けそうな程に歯を食いしばり、血が出る程に強く拳を握りしめたものの、激情を堪えるかのように黙った。

 それでいい。

 

「では、最初の質問です。

 この村では最近、魔物による被害が多発していますよね。

 その対策に何をしたのか、どこに助けを求めたのか、教えてください」

「……最初は冒険者ギルドに依頼を出した」

「それで?」

「依頼を受けた冒険者が戻らず、それを追いかけて来たという冒険者も戻らない。

 その事を冒険者ギルドに報告して、もっと強い冒険者を派遣してくれるように、なけなしの金で依頼を出した」

 

 ふむ。

 最初に依頼を受けた冒険者っていうのは、多分、最初に来た三人組の事だと思う。

 それを追いかけて来た冒険者っていうのは、生前の中年ゾンビかな?

 あいつ、あの三人を追って来てたのか。

 

「その後は?」

「ボルドーの街で最強と呼ばれる冒険者が来てくれたが、その冒険者も戻らず、冒険者ギルドには匙を投げられた」

 

 街で最強の冒険者……不死身ゾンビかな?

 確かに真装使いだったし、田舎の街とかなら最強を名乗れるかもしれない。

 しかし、冒険者ギルドが匙を投げた?

 その後も侵入者は来たぞ。

 

 オートマタに、村長の孫の右手薬指を折らせた。

 

「いたいぃいいいいいいいいい!」

「な!? 俺は正直に話したぞ!」

「嘘ですね。冒険者ギルドが匙を投げたというのは。

 あるいは、他の所に助けを求めたでしょう?」

 

 これは鎌かけみたいなものだ。

 不死身ゾンビの後に来たのは、くっ殺王女と俊足野郎の二人。

 でも、ウチのダンジョン入って来たのは、村からの依頼を受けた訳じゃなく、ただのお姫様の道楽だったのだとしても不思議ではない。

 その場合、村長は他の所には助けを求めていない、あるいは、助けを求めたけど見捨てられたって事になるけど。

 そこんとこ、どうなの?

 

「答えてください。他の所に助けを求めましたね」

「……助けを求めてはいない。本当だ。

 ただ、おかしな冒険者に村の現状を話したら、自分達に任せろと言って飛び出して行った事はあった。

 それくらいだ」

 

 おかしな冒険者……。

 

「それは、若い少女と男の二人組でしたか?」

「ああ、そうだ」

 

 確定。

 それ、くっ殺王女と俊足野郎だ。

 

「では、次の質問です。

 その冒険者の後に、国の兵士達が来たでしょう?

 彼らが帰って来ないという話を、誰かに話しましたか?」

「は? 国の兵士? 何の話だ?」

 

 とぼけるか。

 孫の右腕をねじり折る。

 

「ギャアアアアアアアアアアア!」

「待て! 本当に知らないんだ! 女神様に誓う! そんな奴らは、この村に来ていない!」

 

 女神様なんて知らない。

 でも、これは嘘を吐いてる感じじゃないな。

 もしかして、討伐隊はこの村を経由せずに、近くにあるらしい街から直接来たとか?

 くっ殺王女救出の為に急いでただろうし、歩いて半日の距離なら、できなくはないかも。

 

 そうなると、村長は討伐隊の存在自体知らないのか。

 連中の直前の動向が知れれば、少しは国の出方もわかるかなと思ったけど、知らないんじゃ意味ない。

 

 なら、もういいや。

 この村で、私がダンジョンマスターになってからの一連の事件が、どんな扱いされてたのか知れただけでもよしとしよう。

 

「では、最後の質問です。あなたはダンジョンをどう思いますか?」

「ダンジョン? ……危険な場所だと思ってる」

「そうですか」

 

 それを聞いた直後、村長の孫の首を握り潰した。

 ゴキンと嫌な音が鳴って、村長の孫は動かなくなる。

 

「ぁ……」

「質問は以上です。もう死んでいいですよ」

「貴様ぁあああああ!」

 

 怒りに身を任せて突進して来る村長を、剣を抜くまでもないと拳で迎撃する。

 オートマタの拳が村長の頭を打ち抜き、トマトみたいに破裂させた。

 弱い。

 

 さて、残りも殺すか。

 

 私は夜が明けない内に全てを片づけるべく、ゴーレム達に指示を出した。



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42 お掃除完了

 ゴーレムに残りの村人を押さえつけてもらい、オートマタが近づいた時点でくびり殺した。

 村長一家を差し出した奴らとかは「話が違う!」とか叫んでたけど、別に私は村長一家を差し出したら助けてやるとは一言も言ってない。

 そもそも、こんな奴らとの約束を守る必要もないし。

 

 という訳で、村人は皆殺しにした。

 雑魚ばっかりだったけど、数が数だけに、そこそこのDPが手に入ったよ。

 それでも、オートマタの元を取るまでは、まだまだかかりそうだけど。

 

 そうして村人達を処理した後は、その死体を還元して、爺ゾンビの火魔法で村を焼き払った。

 氷のドームの内部全域を焼き払ったから、たとえ生き残りがいたとしても、今の炎で死んだと思う。

 

 で、その後は、村中を歩き回って民家とかの残骸を還元して証拠隠滅。

 最後に氷のドームを火魔法で溶かして解除すれば、あら不思議。

 一晩にして、村が跡形もなく消えているではありませんか!

 劇的ビ◯ォーアフター!

 これで少しはダンジョンが見つかりにくくなる……といいな!

 

 でも多分、原因究明の調査隊とか来るんだろうなぁ。

 討伐隊の足取り調査もかねて。

 まあ、それは当初の策である、ただの洞窟偽装作戦で乗り切れる事に期待しよう。

 それに、今なら全部魔王軍の仕業だと思ってくれるかもしれないし。

 それで誤魔化せなかったら、またジェノサイドパーティーだ。

 

 なんにせよ、この村での仕事は、これにて一件落着!

 お掃除完了!

 夜が明ける前に終わって良かったー。

 お疲れ、私!

 

 という事で、仕事を終えたゴーレム達と爺ゾンビを送還する。

 ゴーレムは何体か壊されたみたいだけど、ロックゴーレムの代わりくらい、いくらでもいるから気にしない。

 でも、ゴーレムだけじゃ魔法が使えないのが難点だなー。

 魔法が必要になる度に爺ゾンビを召喚するのも面倒っていうか、危ないし。

 爺ゾンビは耐久力が低い上に、ゴーレムと違って替えが利かないんだから、出撃中にうっかり壊れたら大損害だ。

 よし。

 気軽に使い捨てられる魔法担当として、ガーゴイルメーカー造っとくか。

 

 そして私は、ガーゴイルメーカーを造って、ゴーレム自動生産のシステムに組み込みながら、同時にオートマタを歩かせて、ここから半日くらいの距離にあるというボルドーの街とやらを目指す。

 こういう時、並列思考のスキルって便利。

 いくつもの事を同時にやっても、頭がこんがらがらないから。

 

 で、今はまだ真夜中だ。

 普通に考えれば真夜中の強行軍なんて危険極まりないけど、ダンジョン内の暗闇でさえ物ともしなかった私には関係ない。

 擬似ダンジョン領域である半径10メートル以内は完璧にモニターに映るし、オートマタの視界も赤外線搭載してんのかって思うくらいに鮮明だし。

 

 ちなみに、私はオートマタ視点の映像と、モニターで見る俯瞰視点の映像の二つを常に表示してる。

 リビングアーマー先輩は、ずっと俯瞰視点で動かしてきたから、こうしないと落ち着かないのだ。

 二つの画面を同時に見ても頭が混乱しないなんて、本当に並列思考のスキルは便利。

 しかも、演算能力のスキルが更に補強してくれるから磐石。

 

 なんで、こんな有用なスキルなのに、誰も習得してないんだろう?

 もしかしなくても、スキルの習得って相当難しいんじゃないかな。

 そうじゃないと、明らかに歴戦の猛者だった爺のスキルがあれだけしかなかった事に説明がつかないし。

 私は、そこんところを勇者の成長補正でゴリ押ししたと考えれば辻褄は合う。

 

 それに、このスキル二つを習得したのは、リビングアーマー先輩とトラップを同時に操ろうとして努力しまくった時だ。

 当初は頭の処理能力が追い付かなくてヒーヒー言ってたから、その努力が凄まじい熟練度になったのかもしれない。

 うん。

 辻褄が合うな。

 

 そんな事を考えてる間にも、オートマタの足は止まらない。

 この分なら、明日のお昼前には街に着きそう。

 ついでに、その後のプランも考えておこう。

 

 こうして、マーヤ村壊滅事件の夜は過ぎていったのだった。



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43 ボルドーの街

 ダンジョンを弄りながらオートマタを歩かせる事、数時間。

 意外な事に、まだ朝と言えるくらいの時間には街に辿り着いてしまった。

 歩いて半日っていうのは、一般人の足で歩いて半日って意味なのかもしれない。

 まあ、なんにせよ早く着けて良かった。

 私の生活リズムは乱れきってるし、昨日は夜に一仕事したから、お昼を過ぎると眠くなりそうだし。

 

 早速、街に入るべく、門の前に出来てる列に並んだ。

 さすがに、この街は街と言うだけあって、立派な城壁に守られている。

 そして、当然だけど、街に入るには門から入らないといけない。

 他の連中は、何か軽い手続きをしてから街中に入ってる。

 ……万が一、この手続きで鑑定石使われたら詰むかも。

 じっくり観察して、もしヤバかったらさりげなく逃げよう。

 急用を思い出した的な感じで。

 そして、夜中にこっそり城壁を登って侵入だ。

 

 そんな感じで身構えてたんだけど、列が進んだところで手続きの場所が擬似ダンジョン領域に入り、そこをモニターで映してみたところ、鑑定石は使われてないみたいだった。

 代わりに、通行税みたいなものを払ってる。

 それなら一安心だ。

 お金なら、侵入者が持ち込んだ分と、村から略奪してきた分がある。

 

 そうこうしている内に、前に並んでいた商人っぽい奴が通過し、私の番になった。

 

「冒険者か。じゃあ、冒険者カードを提示してくれ」

 

 門番にいきなり勘違いされた。

 冒険者にはならないと決めたし、これからは少し服装を変えるべきだろうか?

 いや、それだと戦闘になった時が面倒だな。

 このままでいいや。

 

 それはともかく。

 とりあえず、首を横に振って勘違いを訂正する。

 

「違います。冒険者じゃないです」

「ん? ああ、なるほど。なら冒険者志望って事か。

 そういう事なら、通行料銀貨1枚だ」

 

 言われた通りに銀貨1枚を支払う。

 銀貨は、鑑定して『銀貨』と表示されたやつを使ってるから、これで間違いない筈。

 ちなみに、他には金貨と銅貨がある。

 多分、銅貨→銀貨→金貨の順で価値が上がっていくんだろうけど、銅貨何枚で銀貨になるのかは知らないし、銀貨1枚がどのくらいの価値なのかも知らない。

 常識を覚えるのは急務だ。

 

「はいよ、確かに。それと、悪いんだが、仮面を取って顔を見せてくれ。

 お尋ね者とかを街に入れる訳にはいかないんでな」

 

 ……気乗りしない。

 でも、仕方ないか。

 仮面を外して、素顔を見せる。

 門番が息を飲んだ。

 お前もか。

 

「もういいですか?」

「あ、ああ。入っていいぜ。ようこそボルドーの街へ」

 

 仮面をつけ直し、若干挙動不審になった門番を無視して街中に入る。

 あー、気分悪い。

 この街も滅ぼしてやろうか。

 ダンジョンからの距離を考えると、潰した方がいい事は確かなんだけど。

 でも、さすがに街一つ滅ぼせるだけの戦力をダンジョンから出したくはない。

 防衛力がゴッソリと減る。

 しばらくは我慢かな。

 

 あと、やっぱり私の顔って目立つよね。

 絶世の美少女の顔は、どうしても目立ってしまう。

 いっそ、今からでもオートマタのデザインを変えようか?

 ……いや、これ以上オートマタにDPはかけたくない。

 それやるくらいなら、リビングアーマー先輩に貢ぐ。

 でも、そうなってくると、マーヤ村で目撃者を皆殺しにしたのは大正解だったなー。

 バレなきゃ犯罪じゃないとは、よく言ったもんだ。

 

 

 そんなこんなで街への侵入を果たした(オートマタ)は、とりあえず街の中を彷徨いて、ある程度の地理を把握してから、適当な奴に声をかけた。

 

「あの、すみません」

「ん? なんだい?」

 

 声をかけたのは、若い男。

 男は女よりも嫌いだけど、私の目的の場所は男の方が詳しく知ってそうだから、仕方なくそうした。

 リックとやらの時もそうだったけど、オートマタ越しじゃなければできない暴挙だ。

 

 そんな嫌な気分を味わいながらも、目的地の事を男に聞いた。

 

「奴隷を売ってるお店は、どこにありますか?」



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44 奴隷購入

「こちらでございます、お客様」

「はい」

 

 通りすがりの男に場所を教えてもらった場所、奴隷の買える奴隷商館とやらに足を運んだ(オートマタ)は、待合室みたいな場所で待たされた後、個室に案内された。

 

 今回、私が奴隷を買おうと思った理由は簡単だ。

 前に、生前の不死身ゾンビが奴隷を連れてたのを見たから知ってるけど、この世界には奴隷紋という不思議なシステムがあり、奴隷は主に逆らえない。

 もしかしたら、私が知らないだけで奴隷紋を強制的に解除する方法もあるのかもしれないけど、それでも基本的には逆らえない。

 それは、ゴブリンに対する囮になれという、実質死ねと言われているに等しい命令に逆らえなかった、剣士の女の存在が証明している。

 

 つまり、奴隷は口封じがとても簡単なのだ。

 普通に命令するだけで口をつぐむだろうし、いざとなったら自殺でも命じれば、物理的に口が塞がる。

 死人に口なし。

 数多の連中を殺して口封じしてきた私が言うんだから間違いない。

 たとえゾンビになろうとも、死人は情報を喋らないのだ。

 

 そして、そんな奴隷相手になら、いくら怪しまれても問題はないという事。

 例えば、この世界の人間なら知っていなければおかしい常識とかを聞いても問題ない。

 でも、これを他の奴に聞いたらどうなる?

 日本で言うなら「この星の名前って何でしたっけ?」と聞くようなものだ。

 こいつ頭おかしいんじゃないかとは確実に思われるだろう。

 よって、私には奴隷が必要なのだ。

 

 懸念は、オートマタと四六時中一緒にいる人間の存在に、私の精神が耐えられるかだけど。

 大丈夫。

 奴隷は人間じゃないからセーフ。

 奴隷は人間じゃないからセーフ。

 よし。

 自己暗示完了。

 

 そうして、私が自己暗示を完了させた時、個室の扉がコンコンとノックされて、そこから小太りの男が現れた。

 背後には護衛を連れている。

 一応、鑑定。

 

ーーー

 

 人族 Lv1

 名前 ジョルジュ

 

ーーー

 

 ステータスは弱すぎたので省略。

 ただし、演算能力のスキルを持ってたから、無能ではないと思われる。

 やっぱり、このスキルは戦闘系のスキルではないのかもしれない。

 ちなみに、護衛の方も鑑定したら、平均ステータス600くらいで、そこそこ強かった。

 生前の中年ゾンビよりちょい下くらいと考えると、その強さがよくわかる。

 まあ、その程度じゃ、黒鉄ゴーレムにすら勝てないんだけど。

 

「お待たせいたしました。この度はアビントン商会へようこそ。本日はどのような奴隷をお望みですかな?」

 

 ジョルジュとかいう奴隷商人が、ニコリと笑ってそう言った。

 うぇえ……ガマガエルみたいで気持ち悪い。

 客商売してるなら、もう少しどうにかならなかったんだろうか?

 

「魔法を使える奴隷をお願いします」

 

 しかし、そんな事は一切顔に出さず(そもそも、オートマタの上に仮面つけてるから、顔に出る訳がない)私は要望を口にした。

 どうせなら、これを機に魔法の覚え方まで奴隷に聞いてしまおうという魂胆だ。

 

「ほほう、なるほど、なるほど。

 お見かけしたところ、お客様は冒険者様のようですし、戦闘のできる後衛をお探しですかな?」

「まあ、そんなところです」

 

 今回の勘違いは正さなくていいや。

 商人相手に細かい事情を話す必要はない。

 

「ご予算の方は?」

「そこそこで」

「なるほど。では、他にご要望などはありますかな?」

「では、なるべく色んな事を知っている奴隷を」

「かしこまりました。では、候補を連れて参りますので、少しお待ちください」

 

 そうして、奴隷商人は部屋から出て行った。

 部屋の中には、オートマタと、この個室に案内した男だけが残される。

 こいつも鑑定してみたけど、平均ステータス25くらいだった。

 リックとやらと大して変わらない雑魚。

 オートマタの敵ではない。

 

 そんな雑魚を一応警戒しつつ、暇潰しにボス部屋で戦闘訓練をして時間を潰す。

 相手は不死身ゾンビだ。

 こいつは他のゾンビと違って即座に自動回復するから、サンドバッグにちょうどいい。

 

 そうして遊んでる内に、奴隷商人がボロい服を着た何人かの人間を連れて戻ってきた。

 インテリっぽい男。

 目付きの悪い女。

 色々いる。

 でも、その中に一際目を引く存在がいた。

 

ーーー

 

 ハーフエルフ Lv14

 名前 リーフ

 

 HP 65/65

 MP 220/220

 

 状態異常 奴隷

 

 攻撃 8

 防御 16

 魔力 180

 魔耐 30

 速度 24

 

 スキル

 

 『風魔法:Lv5』『回復魔法:Lv4』

 

ーーー

 

「エルフ?」

「はい。エルフの少年です。まあ、混血ですがね。

 それでも、人族国家のこの国では珍しいでしょう?」

 

 そこにいたのは、小学校高学年くらいの見た目をした、中性的なハーフエルフ。

 気になって説明を求めてみれば、そんな答えが返ってきた。

 というか、普通の人族以外の人間いたのね、この世界。

 今まで見なかったのは、奴隷商人の言う通り、この国が人族国家とやらだからだろう。

 詳しい事情はわからないけど、想像くらいはできる。

 

 その直後、奴隷商人がハーフエルフに変な石ころ、鑑定石を握らせ、ステータスを開示させた。

 自前の鑑定機能がある私には必要ないけど、普通の奴が奴隷を購入するなら必要な手順か。

 

「ご覧の通り、魔法に秀でたエルフの血が入っている為、魔力系のステータスは、Lvの割にかなり高めとなっております。

 加えて、長寿な事で知られるエルフですから、見た目以上には生きており、その分、見識もそこそこ広いと言えるでしょう。

 かつては、冒険者であった父親と様々な国を渡り歩いていたそうですしね」

「ほう」

 

 奴隷商人の説明に相槌を打っておく。

 戦闘に使う気はないから、ステータスはどうでもいい。

 ただ、色んな国を渡り歩いた、つまり色んな国を知ってるってところには魅力を感じる。

 悪くないかも。

 

「戦闘にも使えますし、この見た目ですから愛玩用に使ってもいい。

 ただ、既にそういう目的で使われた後、再び売りに出された奴隷ですので、いわゆる中古品です。

 それを差し引いても、おすすめの商品ですよ」

「なるほど」

 

 確かに、このハーフエルフ、かなりの美形だからな。

 ◯◯◯(ピー)に使われてもおかしくない。

 でも、美少年というより美少女に近い見た目だから、女じゃなくて男の性処理に使われた可能性も高い。

 つまり掘られたと。

 ……いや、そんな事は凄まじくどうでもいいな。

 なんで私は、こんなどうでもいい事を考えてるんだ。

 思考がゴブリンに侵食されたのか?

 うわ、嫌な想像しちゃった。

 

「それでは、他の商品の説明に移らせていただきます」

 

 

 その後、他の奴隷の説明も受けたけど、目ぼしい奴はおらず、最終的にはこのハーフエルフを購入する事となった。

 見た目的に、視界に入れた時の不快感が一番マシだったっていうのが最大の理由だ。

 私は人間を視界に入れるだけで不快感を覚えるから、オートマタの体とはいえ、ずっと一緒にいる相手の外見は大事である。

 精神衛生上の問題で。

  

 まあ、それはともかく。

 こうして、私は奴隷という道具を手に入れたのだった。



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45 教えて、ハーフエルフ先生!

「うぅ……!」

 

 料金である金貨80枚(これが高いのか安いのかはわからない)を支払った後、

 奴隷紋の主登録に必要という事で、購入したハーフエルフの奴隷、リーフの胸に刻まれた変な模様(これが奴隷紋らしい)にオートマタの魔力を流し込んで、契約を完了させる。

 どうやら、この時に結構な痛みが走るみたいで、リーフは痛そうな顔してた。

 

 そして、今さら気づいたけど、ファンタジーの定番である、契約には血が必要ですってパターンだったら終わってたんじゃないかな?

 だって、オートマタには血も涙もないし。

 ……ま、まあ、こうして無事に契約完了したんだから、今回はセーフという事で。

 これからは、もう少し慎重になろう。

 

「ありがとうございました。またの来店をお待ちしております」

 

 で、最後に奴隷商人達がお辞儀で見送り、(オートマタ)はリーフを連れて店の外へ。

 おっかなビックリ付いてくるリーフをモニターで確認しながら、防音のしっかりしてそうな宿屋に直行。

 お楽しみの時間だ。

 

「さて」

 

 二人部屋に入った後、あえてオートマタの口からその呟きを発し、これから何かを始める事をリーフに悟らせる。

 ビクリと震えた。

 ショタコンかロリコンの奴なら、こういう仕草にキュンとくるのかもしれない。

 私には関係ないけど。

 

 そして私はとりあえず、オートマタの仮面を外した。

 

 仮面を被った不気味な奴より、絶世の美少女相手の方がやる気が出るんじゃないかと思ったからだ。

 案の定、リーフはポカンとした後、真っ赤になった。

 小さくても、やはり男か。

 

「そこ、座って」

 

 オートマタの指でベッドを指差す。

 

「は、はい……」

 

 何故か緊張しながらベッドに座るリーフ。

 さて、始めようか。

 

「じゃあ、これから……」

 

 その言葉を聞いたらリーフが、真っ赤っ赤になりながら目を閉じた。

 ……これ、何か勘違いしてないか?

 襲われる前の乙女の反応だぞ、これ。

 お前、男じゃないのか?

 とりあえず、その勘違いは訂正しないと。

 

「色々質問するから、正直に答えて」

「……へ?」

 

 要望を口にしたら、リーフはポカンとした顔になった。

 やはり勘違いされていたらしい。

 エロい事でもすると思ったのか?

 それは、私がこの世で一番嫌いな行為だぞ。

 

「色々質問するから、正直に答えて」

「あ、はい」

 

 大事な事なので二回言えば、ようやくリーフは私の意図を読み取ったようで、おとなしくなった。

 襲われる前の乙女の雰囲気は、もうない。

 うん。

 それでいい。

 

 さて、まずは何から尋ねようか?

 聞きたい事が多過ぎて、ちょっと悩む。

 そうだなー……まずは、簡単そうなやつからいくか。

 

「魔法って、どうすれば覚えられるの?」

「え?」

「教えて」

 

 リーフは未だにポカンとしてる。

 ……この反応を見るに、魔法の覚え方って誰でも知ってる常識なんだろうか?

 だとしたら、下手に誰かに聞かなくてよかった。

 でも、奴隷ならいくら怪しまれても大丈夫。

 さあ、仕事しろ情報源。

 

「えっと、魔法は『魔導書』っていう本を読むと覚えられます」

 

 ほほう。

 

「もっと詳しく」

「わ、わかりました。

 魔導書には色んな魔法の効果の説明と、魔法を使う為の『詠唱』が書いてあって、それを読み上げると魔法が発動するんです。

 それで、その方法で何度も何度も魔法を発動させていると、魔法のスキルが覚えられます。

 そこまで行くと、詠唱なしでスキルLvに見合った魔法が使えるようになるんです」

「……なるほど」

 

 要するに、魔法の習得には、魔導書っていうアイテムが必要なのか。

 盲点だった。

 てっきり、なんかこう、修行みたいな事して覚えるもんだと思ってた。

 そっかー。

 アイテムかー。

 

 早速、DPで出せるアイテムの一覧を探す。

 ……あったよ魔導書。

 『初級火魔法の書』とか『初級水魔法の書』とかに分類されてる。

 もっと早く気づきたかった。

 

「あ、でも、魔法スキルを覚えるのはとっても難しくて、才能のある人でも、一つの魔法スキルを覚えるのに数年かかるのが普通です」

 

 とりあえず、いくつかの魔導書を購入しようとしてた手が止まった。

 そっか。

 習得には時間がかかるのか。

 いや、考えてみれば当たり前の話だった。

 そんな簡単に覚えられるなら、侵入者の中にもっと魔法スキル持ちがいただろうし。

 

 ん?

 そういえば、ゴブリンどもはどうやって魔法を覚えたんだろう?

 村とかを襲った時に、戦利品として魔導書を手に入れて読んだとか?

 普通にあり得そう。

 だとすると、魔導書ってゴブリンの手の届く所にあるくらいには沢山あるんだろうか?

 

「その魔導書って希少?」

「はい。まあ、それなりには。でも、殆どの集落に一冊はあるレベルだと思います」

 

 マジか。

 もしかして、私が燃やしたマーヤ村にもあったんだろうか。

 もう少し真剣に家探しすればよかったかも。 

 でも、まあ、なんにせよ、こうして魔法習得の手段はわかったんだから、別にいいや。

 あの時は、あんまり時間もかけたくなかったし。

 

 とりあえず、魔法に関する質問はここまででいいか。

 また、わからなくなったら、こいつに聞こう。

 

「じゃあ、次の質問」

 

 続いて、私は次の質問に移った。

 もうお昼だし、昨日の夜から起きてて眠いし、どうしても知りたい事だけ聞いて、早く寝たいと思いながら。



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46 教えて、ハーフエルフ先生! 2

「じゃあ、次の質問。魔王って何?」

 

 この質問に、またもリーフはポカンとした。

 何言ってんだこいつ? と言わんばかりの表情だ。

 

「えっと……さっきから、なんで、そんな常識ばっかり聞くんですか?」

 

 とうとう口に出しやがった。

 口答えするな、奴隷!

 いいから早く答えろ!

 

「質問を質問で返さない。早く答えて」

「え、えぇ……」

「早くしないと◯◯◯(ピー)を潰すよ」

「うぇ!?」

 

 脅しが効いたのか、リーフ困惑しながらも普通に話し始めた。

 どうやら、奴隷紋で命令する必要も、◯◯◯(ピー)を潰す必要もなさそうだ。

 

「ま、魔王は、数百年に一度現れる、魔物の王と言われています。

 ある日突然現れて、魔物の大群を率いて人を襲うんです。

 今の魔王は10年くらい前に現れて、今も色んな国の人達と戦ってる筈です」

 

 なるほど。

 魔物の王。

 故に魔王か。

 まあ、これは予想通りだ。

 ゴブリンロードが幹部だった時点で、魔物関連の何かだとは思ってた。

 

「続けて」

「続きって……ボクは魔王の何を語ればいいんでしょう?」

「目的とか知らないの?」

「目的……魔王の目的……?」

 

 リーフは考え込んでしまった。

 ……さすがに、一般人に魔王の詳しい事情を答えろっていうのは無理だったか。

 案外、常識として知られてないかなって思ったけど、そんな事はなかったみたいだ。

 

 しかし、私が諦めて次の質問に移ろうかとした時、リーフがハッとしたように顔を上げて「あ!」という声を上げた。

 何か思い出したのか!?

 

「そういえば、お母さんが教えてくれたエルフのおとぎ話に、そんな感じの話がありました」

「詳しく」

「ええっと、ええっと、確か……魔王は『魔神』という魔物にとっての神を蘇らせる為に戦っている、という感じだったと思います。

 聞いたのが昔すぎて、あんまり自信ないですけど……」

 

 リーフは自信なさそうに、そう言った。

 魔神?

 また新しい単語が増えたぞ。

 そろそろ寝たいのに、聞きたい事が増えたよ。

 

「その魔神って何?」

「わかりません。他のおとぎ話にも出てこないので、もしかしたら作り話かもしれないとしか言えないです……」

 

 ぬぅ……。

 ここにきて謎が謎のまま終わるのは気持ち悪い。

 でも、知らないものは仕方ないか。

 無い袖は振れないし、無い知恵は出せない。

 

 とりあえず、魔王は魔物の王で、人間達と絶賛戦争中って事が知れただけでも良しとしよう。

 これは、かなり重要な情報だし。

 何せ、魔王も人間も戦争で忙しいなら、私にまで構ってられないという可能性も高いのだから。

 運が良ければ、魔王軍も調査隊も来ないかもしれない。

 まあ、もちろん備えはしておくけど、敵なんて、来ないなら来ない方がいいに決まってるのだ。

 

「じゃあ、次の質問。勇者って何?」

「また常識問題……」

「文句ある?」

「ないです! だから潰さないでください!」

 

 オートマタに手をニギニギさせるジェスチャーをさせると、リーフは内股になって股の間を両手で隠し、ガクガクと震えながらも話を再開した。

 やっぱり、◯◯◯(ピー)を潰すのって、そんなに痛いんだろうか?

 痛いんだろうな。

 私が最初に殺したストーカーも、相当痛がってたし。

 

「勇者様は、魔王を倒す為に女神様が遣わされた救世主と言われています」

 

 女神様?

 そういえば、マーヤ村の村長も女神様とか言ってたような。

 それに、勇者が女神の遣いか。

 私には心当たりが一つある。

 勇者の称号にあった説明の一文だ。

 

ーーー

 

 勇者

 

 神の選別によって異なる世界から召喚され、人類の為に魔王と戦う事を宿命づけられた者達に与えられる称号。

 

ーーー

 

 この説明に出てくる神が、女神様とやらと同一の存在なら、辻褄は合う。

 まあ、同時に『誤転移』の称号を持つ私にはあんまり関係ないけど。

 でも、者()って言うからには、私以外の勇者もいるんだと思う。

 その情報くらいは知っておきたい。

 主に敵対した時の為に。

 

「勇者って、今どのくらいいるの?」

「いえ、今はいない筈です。少なくとも、ボクが奴隷になった2年前まではいませんでした」

 

 ふむ?

 どういう事だ?

 魔王と戦うのが勇者の使命なら、魔王が現れた段階で勇者も現れなきゃおかしいと思うけど。

 召喚の儀式的なものが難易度高いとか、そんな感じかな?

 実際、私を呼び寄せたんだろう召喚も、こうして失敗に終わってる訳だし。

 

 というか、勇者の召喚って、具体的にどうやるんだろう?

 私が誤転移って事は、本来なら決められた場所に召喚されるんだろうし。

 リーフに聞いてみよう。

 奴隷に聞くだけならタダだ。

 

「勇者って、どうやって現れるの?」

「わからないですけど、女神様の神託を受けた女神教の人達が何かやってるんじゃないかとは言われてます」

 

 女神教?

 また知らない単語が増えた。

 

「女神教って何?」

「女神様を信仰する人達です。女神様の神託を受けて、世界の為に奔走してるって言われてます。

 魔王との戦いでも、一番頑張ってるらしいです」

 

 つまり、あのゴブリンロードを従えるような魔王(バケモノ)と、正面から戦える集団って事か。

 何それ怖い。

 敵に回したくないなぁ。

 きっと、真装使いとかウジャウジャいるに違いない。

 想像しただけで嫌だ。

 どうか、魔王と共倒れになってくれますように。

 

 それはそれとして。

 これで、とりあえず最低限聞きたい事は聞けたかな。

 まだ、お金の話とか聞きたいけど、それは一刻も早く知らなきゃならない事じゃないし、また今度でいいや。

 

 よし。

 寝よう。

 

「質問は終わり。じゃあ、私は寝る」

「え!? まだ、お昼ですよ!?」

「関係ない。それと、私との会話内容は他人に話さないように。これは命令」

「あ、はい」

「それじゃあ、お休み。何かあったら起こして。

 ちなみに、変な事したら◯◯◯(ピー)を握り潰すから」

「やりませんよ!」

 

 なら、いい。

 最後に、ダンジョンとオートマタに何かあったらアラームが鳴るように設定して、私はベッドに潜り込んだ。

 寝室の電気を消し、モニターも消して布団を被る。

 それじゃあ改めて、お休みなさい。



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47 ハーフエルフの過去

「なんなんだろう、この人は……」

 

 ボクは、変な質問をするだけして、寝息も立てずに寝てしまった新しいご主人様の寝顔を見ながら、なんとも言えない気持ちになっていた。

 

 その無防備な姿を見ても、何かしようという気は起きない。

 何かしたらあれを潰すって言われたし。

 あれを潰されるのは凄く痛いんだ。

 前のご主人様がクソ野郎……変態で、「こうすればよく締まるな!」とか「もっと泣け!」とか言いながら何度も潰してきたから、よく知ってる。

 その度に回復魔法で時間をかけて治してたけど、治しても、治しても、また潰されるあの恐怖は、もうトラウマだ。

 

 でも、そのおかげと言っていいのか、こんな美人さんが近くで寝てても、ボクは興奮するどころか縮み上がってる。

 決してボクが不能になった訳じゃない……と思いたいけど、何度も男の象徴を潰された身としては、その可能性を否定できないのが怖い。

 もしそうだったら、そんな体にしてくれた変態野郎は絶対に許さない。

 ……まあ、許さないって言っても、無力なボクじゃ何もできないんだけど。

 そういえば、あの変態、今頃どうしてるんだろう?

 どこかで野垂れ死んでるといいな。

 あんなのでも、この街で最強の冒険者って呼ばれてたから、無理か……。

 

「…………」

 

 ボクは改めて、今のご主人様を見る。

 凄い美人さんだと思う。

 でも、変な人だとも思う。

 最初は襲われるかと思ったのに、何故か誰でも知ってるような常識ばっかり聞いてきて、その後はマイペースに寝ちゃった人。

 寝てる時も起きてる時も、表情がピクリともしなくて怖い。

 声も無機質で、何考えてるのかわからなくて怖い。

 それでも、あの変態よりはマシ……だと思いたい。

 これから何されるかわかんないけど。

 ボクの人生、これまで不幸だらけだったんだから、そろそろ報われてほしい。

 

「はぁ……」

 

 ボクは昔を思い出してしまって、小さくため息を吐いた。

 一番昔、子供の頃はまだよかった。

 お父さんとお母さんがいた。

 家は貧乏で、お母さんは体が弱かったけど、それでも幸せと言えるくらいの暮らしはできてたし、実際、ボクは幸せだったんだ。

 

 でも、ボクがまだ3歳か4歳くらいの頃に、お母さんは病気で死んじゃって、そこからは不幸が続いた。

 冒険者だったお父さんは、ある時、依頼に失敗して片手と片足を失った。

 その頃に、お父さんはなけなしのお金を使って魔導書を買って、ボクに魔法を覚えさせたんだ。

 今思えば、それは自分が死んだ後に、ボクが一人でも生きていけるようにって事だったんだと思う。

 

 その後は、突然魔王が現れたとかで、魔物の大群に住んでた村を滅ぼされた。

 元々そんなに仲の良い人はいなかったから、故郷が滅んだ事はそこまでショックじゃない。

 でも、そのせいでボク達は家を失い、魔王から逃げるように、危険から遠ざかるように、お父さんと二人で旅をした。

 

 でも、魔王から逃げても、他にも危険はいっぱいある。

 ボクのLv上げをかねて、お父さんの仕事に付いて行った時、盗賊に襲われて、お父さんは殺された。

 そして、ボクは盗賊に拐われて、奴隷として売られたんだ。

 ボクは恨みと怒りと恐怖で狂いそうだった。

 

 そうして奴隷として売られれば、変態に買われてグチャグチャにされた。

 盗賊と同じくらい恨んだけど、奴隷紋のせいで逆らえなかったし、そもそも力の差も大きすぎたしで、抗う事もできずに、ただ痛みと不快感に耐える日々。

 変態が「飽きた」と言って再び売りに出されるまで、本当に地獄だった。

 

 そして、再び奴隷として売られたボクを買ったのが、今のご主人様だ。

 

 変な人だとは思う。

 不気味な人だとも思う。

 でも、それだけなら今までよりも遥かにマシだ。

 どうか、このご主人様に付いて行った先が、今まで以上の地獄じゃない事を女神様に祈る。

 まあ、祈っても一度も助けてくれなかった女神様だし、お祈りの効果は期待できないけど。

 

 そんな事を考えてる内に、ウトウトと眠くなってきた。

 今までの疲労に加えて、新しいご主人様に何をされるんだろうとビクビクして緊張してたせいか、まだお昼だというのにボクも眠い。

 何かあったら起こせって言われたから起きてないといけないんだけど、座ってた場所がベッドだった事もあって、気づいたらボクの意識はなくなっていた。

 

 

 

 

 

 そして、起きた時。

 目の前には、ボクの肩を揺するご主人様がいた。

 宿に入る前につけてた仮面を被ってる。

 

「行くよ」

 

 ご主人様は無機質な声でそう言って、━━次の瞬間、ボクの視界は闇に覆われた。



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48 襲来!

 私が気持ちよく惰眠を貪っていた時、設定していたアラームがなった。

 目覚まし感覚でそれを止め、あと5分と言いたくなる心を叱責してモニターを開いた。

 

 どうやら、異常があったのはダンジョンの方らしい。

 侵入者が第一階層に入って来てる。

 ああ、そういえば、調査隊対策で、アラームが鳴る条件を侵入者全般に変更してたんだった。

 

 で、その侵入者だけど。

 数は一人。

 見た目は私より少し年下の女の子に見える。

 リーフよりは年上って感じだ。

 中学生くらいかな。

 

 でも、人族ではない。

 モニターで見たところ、肌は青いし、角が生えてるし、悪魔みたいな翼はあるし、目は赤いし、白目は黒い。

 でも、全体的なシルエットは人間。

 そんな感じの外見だ。

 ちなみに、幼い外見のくせに、やたらと扇情的な服を着てる。

 

 サキュバス、あるいは魔族という言葉が私の脳裏を過った。

 という事は、魔王軍の関係者だろうか?

 いや、魔王は魔物の王って話だから、魔族と関係があるのかはわからないけど。

 そもそも、この世界に魔族と呼ばれる種族がいるのかさえ知らないけど。

 

 まあ、とりあえず鑑定だ。

 

ーーー

 

 ダンジョンマスター Lv140

 名前 カオス

 

 HP 135600/135600

 MP 150000/150000

 

 攻撃 100000

 防御 99250

 魔力 110455

 魔耐 98820

 速度 110000

 

 ユニークスキル

 

 『魔王』『真装』

 

 スキル

 

 『HP自動回復:Lv90』『MP自動回復:Lv150』『暗黒闘気:Lv110』『剣術:Lv120』『暗黒魔法:Lv105』『火魔法:Lv90』『雷魔法:Lv90』『回復魔法:Lv85』『統率:Lv45』『並列思考:Lv50』『演算能力:Lv50』『隠密:Lv30』『疑似ダンジョン領域作成:Lv30』

 

 称号

 

 『魔王』

 

ーーー

 

「……ホワッツ?」

 

 おかしいな。

 鑑定結果がバグって見える。

 鑑定機能が壊れたか。

 それとも私が寝惚けてるのか。

 両方だな。

 両方に違いない。

 

 とりあえず、鑑定結果を閉じて、もう一度開く。

 表示は変わらない。

 思いっきり頬を引っ張ってみる。

 超痛い。

 表示は変わらない。

 

 あ、現実だ、これ。

 

「はぁああああああああああああああ!?」

 

 私は絶叫した。

 な、なんじゃこりゃああああああ!?

 こんな、こんな化け物という言葉すら生易しい超生物が、この世に存在していいのか!?

 平均ステータス10万って何だ!?

 ゴ◯ラより強いだろ、これ!

 しかも、ダンジョンマスターで魔王!?

 もう訳がわからん!

 

「落ち着け……落ち着け、私……!」

 

 焦って対応を間違ったら死ぬぞ!

 その一心で深呼吸を繰り返し、並列思考と演算能力を駆使して、解決策を模索する。

 

 まず、この脅威を排除できるか、つまり戦って勝てるかどうか。

 無理。

 勝ち目は万に一つもない。

 例え、ダンジョンの仕掛けがことごとく上手くハマった上に、魔法を速攻で習得した私が、リビングアーマー先輩を着込んで戦ったとしても、絶対に勝てない。

 勝てる訳がない。

 こんな超生物に勝てるか、ボケ!

 

 じゃあ、プランB。

 静観、つまり洞窟巡りだけして帰ってください作戦。

 魔王なんて存在がこんな所にいるのは、どう考えても魔王軍幹部だったゴブリンロードが関わってるとしか思えない。

 でも、この洞窟がゴブリンロード殺しの現場だという証拠はない、筈!

 なら、このまま帰ってくれる可能性は0じゃない!

 

『ほほう。トラップもなくモンスターもいないとは、中々に斬新なダンジョンじゃな!』

 

 そんな淡い希望は、モニター越しに聞こえてきた魔王の声で、木っ端微塵に打ち砕かれた。

 そうか、魔王にはここがダンジョンだとわかってるのか。

 バレた原因は、どう考えても鑑定機能のせいだろう。

 疑似ダンジョン領域作成持ってるんだし、オートマタと同じ事が、この魔王にできない筈がない。

 ダンジョンだってバレてるなら、最下層まで降りて来る可能性高いよ!

 チクショウ!

 

 なら、プランCだ!

 というか、ぶっちゃけ最初からこれしかないと思ってた。

 私は、宿の一室で横にしていたオートマタを再起動させる。

 

 プランCの内容は簡単。

 戦っても勝てない、逃げる事もできないのなら、交渉して見逃してもらうしかない。

 つまり、私はこれから、このオートマタを使って魔王と交渉する。

 この作戦が失敗した時が、私が死ぬ時だ。

 今だけは、侵入者死すべし例外はない、とか言ってる場合じゃないよ。

 せっかく最高の聖域が出来てきたのに、死んでたまるか!

 私は何としてでも生きて、平穏なる引きこもりライフを満喫してやる!

 

 オートマタに仮面をつけさせながら、同時に『魔王』のユニークスキルと称号を鑑定した。

 交渉するには、少しでも相手の情報が必要なのだ。

 

ーーー

 

 魔王

 

 全ステータスを大幅に上昇。

 専用スキル『暗黒闘気』『暗黒魔法』を習得。

 

ーーー

 

 まずはユニークスキルの魔王から。

 これは、私の大魔導先輩みたいな強化スキルだった。

 でも多分、スキルとしての格は大魔導先輩よりも上だと思う。

 何せ、ステータス増強だけじゃなく、チートスキルが二つもおまけで付いてくるんだから。

 

ーーー

 

 暗黒闘気

 

 魔王専用スキル。

 発動中、全ステータスを大幅に上昇させ、自身の体に闇属性攻撃を付与する。

 

ーーー

 

 暗黒魔法

 

 魔王専用スキル。

 闇魔法の上位魔法。

 

ーーー

 

 どっちもヤバイ。

 暗黒闘気の効果は、バフ+属性攻撃。

 分類としては、熱血ゾンビの『熱き青春の拳(ヒートナックル)』に近いと思う。

 というか、魔王の高すぎるステータスが更に上がるってだけで、もうダメだろ、これ。

 

 そして、暗黒魔法は説明があんまりない。

 ただ、上位魔法ってからには、普通の魔法よりも遥かに強いんだろう。

 少し違うけど、これは爺ゾンビの『氷獄の魔杖(ヴァナルガンド)』みたいなものかな。

 ヤバイ魔法が飛んでくるって意味で。

 

 そして、本命。

 『魔王』の称号だ。

 

ーーー

 

 魔王

 

 魔神に選ばれ、魔王城の主となった者に与えられる称号。

 この称号の持ち主に、ユニークスキル『魔王』を付与する。

 この称号の持ち主に成長補正を付与する。

 

ーーー

 

 効果としては、勇者の称号とあんまり変わらない。

 ただ、『魔神』という単語が出てきた事で、リーフの言ってた話が、俄然真実味を帯びてきた。

 

 そして、魔王城。

 魔王の種族がダンジョンマスターな事を考えると、その魔王城が魔王のダンジョンなのだろうか?

 大いに、あり得る。

 

 実は、ダンジョンマスターになる条件は意外に複雑で、偶発的にダンジョンマスターが誕生する確率はかなり低いのだ。

 これは、余裕ができた時に、ダンジョンコアから与えられた情報を整理してわかった事だから間違いない。

 

 でも、『魔王』の称号の説明文を見る限りに、魔王は魔神に選ばれて魔王城の主、つまりダンジョンマスターになった可能性が高い。

 なんで、魔神に選ばれるとダンジョンマスターになるのかはわからないけど、自然にこんな超生物が生まれたと言われるより、よっぽど説得力がある。

 

 とりあえず、今集められる情報はこれだけだ。

 あとは、この情報と、今までに知った情報を合わせて、何とか交渉を乗り切るしかない!

 

 その覚悟を決めて、オートマタを転送機能で回収しようとした時、その視界にもう一つのベッドで眠るリーフの姿が映った。

 そういえば、こいつがいたな。

 私よりも色んな事を知ってる奴だし、少しは交渉の役に立つかもしれない。

 成功率は0.1%でも高い方が良いから、できれば連れて行きたい。

 それに、街に置いてきぼりにしたら回収がめんどくさそうだし。

 何とかして、転送機能で送れないものか。

 

 とか思ってたら、割りと普通にできる事が判明。

 奴隷はダンジョンの配下、もしくはアイテム扱いらしい。

 多分、奴隷契約の時、奴隷紋にオートマタ(ダンジョン)の魔力を流したのが原因だと思う。

 

 という事で、リーフの肩を揺すって叩き起こす。

 そして一言。

 

「行くよ」

 

 とだけ言って、問答無用で転送機能を発動。

 さて、魔王が第二階層に入る前に、歓迎の準備を整えなくては。



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49 交渉準備

「え? え?」

 

 リーフは、いきなりの転送に驚いたのか、ダンジョンの暗闇に驚いたのか、挙動不審になった。

 とりあえず無視して抱き抱える。

 

「ふぇ!?」

 

 オートマタとリーフを転送したのは、第二階層の入り口である下り坂の下だ。

 微量ながら毒が漂ってる場所なので、交渉の場には向かない。

 リーフを抱えたまま、オートマタに坂を上らせて第一階層に出る。

 そして、その天井に、居住スペースで使ってるのと同じ電気というか、光の魔石を設置した。

 これは後で回収しておこう。

 その時に、私が生きていれば。

 

「眩しい!?」

 

 オートマタの腕の中で悲鳴を上げるリーフを床に下ろし、今度はテーブルを一つと、椅子を二つを設置する。

 これも後で回収しておこう。

 その時に、私が生きていれば。

 

 これで、とりあえず場所の準備は完了。

 次は、道具に状況説明だ。

 

「これから、ここに人が来る。絶対にその人の機嫌を損ねないように」

「えっと……」

「命令」

「はい」

 

 こういう時、奴隷って便利。

 命令一つで何でもするとか、まさに道具。

 

「そして、あなたは私の後ろに控えて、私がわからない事があったら説明する事。

 これも命令。やらないと潰す」

「やります! やりますから、その脅しやめてください!」

 

 やめない。

 これは、やる気を出させる為の気付けみたいなもんだ。

 お仕置きが怖ければ、必死にやるだろう。

 

 あ。

 今気づいたけど、リーフの格好は買った時のまま、いかにも奴隷が着るようなボロ着のままじゃん。

 魔王の前に出すには、見苦しいな。

 

「とりあえず脱いで」

「何ですか、いきなり!?」

「いいから脱げ。命令」

「は、はい……」

 

 リーフは恥ずかしそうに服を脱いだ。

 ……わかってたけど、本当に男なんだな。

 胸がなくて◯◯◯(ピー)がある。

 あんまり見たくない物見た。

 

「これ着て」

 

 続いて、DPで適当な服を出して着るように命じる。

 こんな事なら、侵入者とか村人の服を、もう少し取っておけばよかった。

 まあ、この程度は些細な出費だから仕方ない。

 ついでに、ボロ着は還元しておいた。

 

「え……今どこから服が出て……? それに服が消えて……?」

「早く着て。潰されたいの?」

「ごめんなさい!」

 

 まったく。

 驚きで一々動きを止めるなんて、使えない奴隷だな。

 後で教育しよう。

 その時に、私が生きていれば。

 

 さて、これで準備は完了だ。

 そして、魔王もすぐ近くまで来ている。

 

「命令。必要な時以外は静かにしててね」

「わかりました!」

 

 よろしい。

 これで、ビックリ仰天して奇声を上げ、魔王の機嫌を損ねるなんて事もないだろう。

 多分、奇声を上げる前に奴隷紋が発動する。

 

 そうして遂に……

 

「ようこそ、おいでくださいました。魔王様」

 

 オートマタの目で目視できる距離に、照明の光で照らされる位置に、魔王が現れた。

 オートマタに静かに頭を下げさせる。

 リーフは、魔王という言葉を聞いて、その内容を理解した瞬間、悲鳴を上げそうになったけど、奴隷紋の効果で黙った。

 よし。

 

「ほう。まさか、わざわざ出迎えに来るとは。お主は中々に賢き者のようじゃな」

 

 魔王は、何故か嬉しそうにウンウンと頷いていた。

 もてなされるのが嬉しいのだろうか?

 

「リーフ、椅子をお引きして」

「は、はい!」

「どうぞ、お座りください」

「うむ。良きに計らえ」

 

 そうして、魔王が椅子についたのを確認してから、オートマタも、もう一つの椅子に座る。

 リーフは命令通り、立ったままオートマタの後ろに控えた。

 

 さあ、命懸けの交渉の始まりだ。



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50 ミッション! 魔王と交渉せよ!

「リーフ、お茶をお出しして」

「……あの、お茶ってどこにあるんでしょうか?」

 

 ………。

 私は無言でDPを使い、ミルクティーを二つ出して、オートマタと魔王の前に置いた。

 

「どうぞ」

「おお! 気が利くのう!」

 

 魔王は毒とかを欠片も警戒せずにミルクティーを飲み干し、「美味い!」と言った。

 お気に召したようで何よりだ。

 それに倣って、オートマタも仮面をズラしてミルクティーを飲む。

 当然、オートマタに消化機能は付いていないので、口の中に入った時点でミルクティーを還元だ。

 もったいないけど、相手にだけ飲ませるのは失礼だろう。

 多分。

 

「しかし、このダンジョンも愉快じゃったが、その主も中々に愉快な奴じゃなぁ。

 ここは、ただの洞窟にしか見えんが、どういうつもりでこうしておるのじゃ?」

「侵入者避けです。収入は間に合っているので」

「ほほう。それはそれは」

 

 魔王の目がギラリと光った、ような気がした。

 侵入者に頼らなくても収入に困らないという事は、余程立地がよくて地脈からの吸収量が多いか、ダンジョンマスターがそれ相応のMPを持っているかの二択だ。

 魔王は後者と捉えたらしい。

 正解だけど。

 ……これ、受け答えを失敗したかな?

 魔王は、強い奴と戦うのが生き甲斐の戦闘民族という可能性もある。

 ヤバイ。

 全身から冷や汗が流れる。

 もちろん、オートマタは微動だにしないけど。

 

 ちなみに、ダンジョンという言葉でリーフが驚愕してたけど、奴隷紋で静かになったので無視。

 

「で、そこのハーフエルフは手駒の一つかの?」

「一応は。弱すぎるので、戦闘で使う予定はありませんが」

「ふむ。じゃが、人間を手駒として使う発想はおもしろい。(ワレ)も今度、真似してみるとしよう」

 

 魔王は、人間を手駒にした事がなかったのか。

 誰でも思いつきそうな有効な手だと思うけど、もしかして脳筋なのだろうか?

 

「さて、気になっていた事は聞けたし、本題に入ろうかのう。

 話は二つじゃ。

 本当は一つだったんじゃが、今この瞬間、二つに増えた」

 

 魔王が指を二本立てて、ピースのように前に突き出しながら、そう言う。

 その二つの話が、私の生死に直結してない事を祈るばかりだ。

 というか、今この瞬間て。

 ……まさか、内心で脳筋と思った事がバレた訳じゃないよな?

 

「まずは本来の目的の方。

 一つ聞くのじゃが、ここにギランという名のゴブリンが来なかったか?

 人間の国を横から攻めるとか言って出て行ったから、我は様子を見に来たんじゃが」

 

 ギラン。

 ゴブリンロードの名前だ。

 ……言えない。

 そいつ、私がぶっ殺しましたとか、死んでも言えない、

 

「つい先日までここにいましたが、討伐隊が来て殺されてしまいました」

「あー……そうなったか。あの馬鹿、あれ程、準備が整うまでは目立つなと言っておいたというのに」

 

 魔王は、呆れたようにそう言って頭を抱えた。

 ……うん。

 私が言ったのは嘘ではない。

 確かにトドメを刺したのは私だけど、簡単にトドメ刺せるくらいまで弱らせたのは討伐隊だし。

 私は悪くない。

 討伐隊が全部悪い。

 

 それに、魔王はそこまで悲しんでるようにも、怒ってるようにも見えなかった。

 どっちかと言うと、不出来な部下を嘆いてる感じ。

 案外、魔王は仲間意識が薄いんだろうか?

 だとしたら助かるんだけど。

 

「まあ、あやつの事はもうよい。死んでしまったものは仕方ない。

 それに、あやつは、我を性的な目で見る下郎じゃったしな。

 そこまで悲しくもないわ」

 

 ……これ、仲間意識が薄いとかじゃなくて、ゴブリンロードが疎まれてた感じか。

 私もあいつ大嫌いだったから、気持ちはよくわかる。

 まあ、ゴブリンロードが嫌いだったというより、ゴブリン全体が嫌いなんだけど。

「その話はもういいとして、二つ目の話じゃ。

 率直に言おう。

 お主、魔王軍に入らぬか?

 今ならギランの穴埋めという事で、幹部として迎えてやるぞ」

 

 ……そう来たか。

 断りたい。

 激しく断りたい。

 私が欲しいのは平穏なる引きこもりライフであって、血みどろの殺戮ライフではないのだ。

 でも、断って魔王の機嫌を損ねるのもダメだ。

 

「失礼ながら、私では力不足だと思いますが」

 

 とりあえず、謙遜して遠回りに断りたいと言ってみた。

 

「そんな事あるまい。その体(・・・)を無理なく造れるだけの力があるのじゃから、お主の本体(・・)は相当に強いと見た。

 加えて、お主は他の連中と違って頭が良い。

 他の連中は、どいつもこいつも、食う、寝る、暴れるしか頭にない脳筋ばっかりじゃからな。

 我は、お主のような人材を求めていたのじゃよ」

 

 ダメだぁ。

 断れなかった。

 

「我を見るなり襲いかかってきた他の奴らとは違い、お主は彼我の戦力差を理解して、話し合いを選べる賢き者じゃ。

 故に、他の奴らを配下にした時のような、無駄な事はしたくない。

 この意味がわかるな?」

 

 わかるよ!

 脅しでしょ!?

 断ったら、力尽くでボコボコにして屈服させるって意味でしょ!?

 詰んだ!

 肉体言語を持ち出された時点で、もう私には打つ手がない!

 

「……慎んで、お受けさせていただきます」

「よろしい!」

 

 魔王は、とっても満足とばかりの輝かしい笑顔を浮かべて、そう言った。

 逆に、私の気分は底なし沼のように際限なく沈んでいく。

 

 これから、私は魔王の機嫌を損ねないようにビクビクしつつ、こんな超生物と真っ向から戦えるような奴らを相手にしなけらばならないのだ。

 もう憂鬱なんてレベルじゃない。

 軽く絶望だ。

 でも、この場で殺されなかっただけ、まだよかった。

 それを唯一の慰めとしよう。

 

「それでは、我の新しき同胞よ。お主の名を聞いておこう」

「名前、ですか?」

「左様。我は幹部に加わった者には名を付ける事にしておるのじゃ。

 ギランとかは我が名付けた。

 しかし、元々名を持っているのであれば話は別という事よ」

 

 よくわからないけど、魔王のこだわりみたいなものか。

 ペットには名前を付けるみたいな。

 まあ、別に名前くらいなら教えても構わない。

 

「私は、マモリと申します」

「ふむ。では、これからよろしく頼むぞ。

 魔王軍幹部、ダンジョンマスターのマモリよ!」

 

 魔王が快活に笑って、そう言う。

 こうして、甚だ不本意ながらも、私は魔王軍に入隊したのだった。



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51 上司の話は心して聞け!

「さて、本来なら新しい幹部の誕生を祝して乾杯といきたいところなんじゃが、その前に、お主には我の目的を話しておこうと思う」

「目的、ですか?」

「そう。魔王に選ばれた者の目的じゃ。他の奴らは自分の欲望にしか興味なくて真面目に聞いてくれんからのう。

 じゃから、お主は真面目に聞いてくれると嬉しい」

 

 そうして魔王は語り出した。

 まるで誰かに話したくて堪らなかったかのように、結構ノリノリで喋った。

 

「我の目的は、太古の昔に女神によって封印された『魔神』様の復活!

 そして、魔神様の加護によって人間どもを駆逐し、魔物によって世界を支配する事じゃ!」

 

 魔神の復活。

 女神によって封印されたっていうのは初耳だけど、概ねリーフの言ってた、おとぎ話の通りか。

 そして魔王の目的が世界征服とは、これまた何ともテンプレートな。

 動機は……聞かなくていいや。

 興味もないし。

 

「魔神様は全ての魔物の生みの親であり、封印された今でも、神託によって代々の魔王を指名し、力を与えておる。

 そして、魔神様の最高傑作である魔王城を託し、その力によって封印を破る事を期待されているのじゃ!」

 

 ん?

 今、聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ。

 魔王城が魔神の最高傑作?

 私の予想だと、魔王城はダンジョンだ。

 それが魔神の最高傑作。

 つまりダンジョンを、もっと言えばダンジョンコアを造ったのも魔神って事か。

 ……攻略法知ってそうで怖いな。

 魔王と同じく、敵に回したくない。

 

「魔神様の封印場所は、忌々しき女神教の総本山、エールフリート神聖国の首都!

 そこにある魔神様の封印に向かって、外から魔王の力を、内から魔神様の力をぶつける事によって、封印は解ける!

 そうすれば、魔神様の圧倒的なお力によって、抵抗を続ける人間どもは踏み潰され、魔物による混沌に支配された世界が始まるのだ!」

 

 熱く語る魔王。

 というか、魔神様の圧倒的な力て。

 もしかしなくても、魔神って、この魔王よりも遥かに強いんか?

 下手したら、ステータス100万とかいってるかも。

 うわぁ……本気で敵に回したくない。

 

「と、まあ、我の目的はこんな感じじゃな。

 要するに、魔神様を復活させ、そのお力で魔物の為の新世界を築くのが我の夢なのじゃ。

 抵抗する人間どもをねじ伏せ、エールフリート神聖国の首都を落とせば我の勝ち。

 そこまで進軍する前に我を討ち取れば人間どもの勝ち。

 わかりやすいじゃろう?」

 

 まあ、確かに。

 

「さて、我の目的というか、野望の話はこれで終いじゃ。

 何か質問はあるか?」

「では」

 

 私は、オートマタの手を挙げて質問した。

 凄まじく疑問に思ってる事を。

 

「魔王様が単騎で目的の国に突撃する事はできないのですか?」

 

 それで落とせるのなら、私が協力する必要もなくなって万々歳なんだけど。

 

「無理じゃな。如何に我と言えども、一人で女神教の総本山を落とす事はできん」

「ダンジョンの転送機能を使って、後から魔物の軍勢を呼べばいいのでは?」

「それも無理じゃ。女神教には女神の加護を受けた『十二使徒』という怪物どもがおってのう。

 その半数は戦場に出ておるが、残りの半数は首都の防衛に就いておる。

 転送機能でチマチマと送った軍勢くらいでは、十二使徒率いる聖騎士団と首都の防壁にあっさりと蹴散らされて終わりじゃ。

 実際にやったから間違いない。

 やるならば、全軍を以って首都を取り囲まねばならんのじゃ」

 

 何、その化け物軍団。

 私、そんな奴らと敵対しなきゃいけないの?

 ああ……胃が痛い。

 

「奴らは本当に面倒でのう。

 何人かは戦場で殺してやったんじゃが、そうすると、すぐに女神の加護が別の誰かに移り、そやつが次の十二使徒になりおるんじゃ。

 潰しても、潰しても、際限なく湧いてきよる。

 やってられんわ」

 

 化け物な上にスペアが大量にいるとか。

 何、その悪夢。

 というか、そんなの相手によく魔王軍は戦えてるな。

 ああ、魔王軍も化け物揃いって事か。

 納得。

 

「他に質問はあるかの?」

「では、私は具体的に何をすればいいのでしょうか?」

「そうじゃのう……基本的に、魔王軍は連携とか考えず、個々が好き勝手に暴れておる。

 故に、お主も好きにやってよいぞ。

 強いて言えば、適当に国の一つでも落としてくれると助かる」

「わかりました」

 

 国って、適当にやって落とせるものなんだろうかと思ったけど、口には出さない。

 せっかく自由行動を許可されたんだ。

 余計な口は挟むまい。

 

「他には何かあるか?」

「いえ、特には」

「そうか。ならば、我はそろそろ魔王城に戻るとするかのう。

 あまり戦場を離れすぎると、他の連中が十二使徒に全滅させられかねん」

 

 どんだけですか、十二使徒。

 戦慄する私の前で、魔王はピョンと跳ねて椅子から立ち上がり、メニューを出した。

 転送機能を使うつもりなんだろう。

 でも、その途中で何か思い出したように手が止まった。

 早く帰ってほしい。

 

「ああ、そうじゃ。我に何か伝えたい事があったら、これを使うがよい。

 お主を参考にして、今思いついた事じゃ」

 

 そう言う魔王の前で、テーブルの上に魔法陣が広がり、その中からある物が出てきた。

 二頭身くらいの、魔王をデフォルメしたようなデザインをした人形だ。

 鑑定してみたら、オートマタって出た。

 マジかい。

 

「これを置いて行くから、何かあったらこの人形に話しかけよ。

 ついでに、我が何か伝えたい時にも使うから、丁重に保管するように」

 

 その声は、魔王ではなくオートマタの口から聞こえてきた。

 もう使いこなしていらっしゃる。

 

「ふっふっふ。名付けて、喋るカオスちゃん人形と言ったところかのう。

 中々に会心の出来よ。

 では、さらばじゃ、マモリよ!」

 

 そうして、魔王はバッとマントを翻し、唐突その場から消えた。

 後に残されたのは、カオスちゃん人形とやらだけ。

 ……とりあえず、嵐のようにやって来た第一次魔王旋風が、一先ずは過ぎ去った。

 

「はぁー……怖かったー……」

 

 そして、居住スペースで一人、私は大きく息を吐き出したのだった。



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52 これからどうしよう?

「あの……ご主人様?」

 

 魔王旋風の強烈な威力にやられて、しばらくベッドで放心していた私は、そんな声を聞いて、面倒な気持ちでモニターを見た。

 オートマタの近くを映したモニターには、私以上に困惑しているリーフの姿が。

 ああ、そういえば居たね。

 結局、何の役にも立たなかった奴隷が。

 

 どうやら、私が放心してたせいで、オートマタもしばらく止まってたから、我慢できずに声をかけたらしい。

 正直、助かった。

 このままだと、カオスちゃん人形を放置したまま寝ちゃいそうだったから。

 

 私は、オートマタを再起動させる。

 

「あの、さっきの人って、本当の本当に魔王、様だったんですか?」

「質問は受け付けない」

 

 とりあえず、そう言ってリーフを黙らせ、第一階層の隅に小部屋を一つ造った。

 その部屋の内装を弄りながら、オートマタにカオスちゃん人形を持たせて新しい部屋まで歩かせる。

 カオスちゃん人形は侵入者扱いだから、転送機能で送れないのだ。

 そんなオートマタの後を、リーフが慌てて追いかけて来た。

 しかし、暗闇で何も見えず、思いっきり迷った末に、仕方なく明かりのあるさっきまで居た場所に戻って行った。

 何してんだろ?

 

 そんなリーフは放置して、新しい部屋にオートマタを入れる。

 歩きながら内装を整えたおかげで、その部屋は黒を基調とした豪華な部屋になっている。

 デザインは、なんとなく玉座の間みたいにした。

 魔王の化身を置くんだから、こんな感じでいいだろう。

 

 そして、部屋の奥の方にある、人形のサイズに合わせて造った小さな玉座にカオスちゃん人形を乗せた。

 

「ほほう! 中々に趣味の良い部屋ではないか!」

「光栄です」

 

 カオスちゃん人形が急に喋り出したけど、気にしない事にする。

 魔王旋風は去ったのだ。

 誰が何と言おうと去ったのだ。

 

 そして、この部屋にカオスちゃん人形だけを放置するのは、なんかアレだったので、さっきの魔王を参考にして、私も新たなるオートマタを作成。

 二頭身でデフォルメされたデザインの、喋るマモリちゃん人形だ。

 これなら、魔王が何か急に連絡を送ってきても、ノータイムで返信できる。

 不興を買わない為には、こういうところにも気を使うべきだろう。

 ちなみに、マモリちゃん人形のお値段は、性能を極限まで削ったせいか200DPで済んだ。

 

 その後、この部屋に繋がる道を動く壁で塞ぎ、侵入不可能な壁の中の部屋にした。

 この部屋には万が一にも侵入者に発見される訳にはいかないんだから、当然の措置だ。

 第二階層以降にこの部屋を造らなかった理由は簡単。

 人形とはいえ、侵入者を聖域の奥には入れたくない。

 ちなみに、破壊不能の壁で侵入者を閉じ込めるとか、完全に攻略不能になる事はダンジョンの機能的にできないので、この壁は内側からなら破壊できるようになってしまっている。

 ……この壁が破壊されるような事態にはなってほしくないなぁ。

 それすなわち、魔王との戦争開始のゴングなのだから。

 

 来るかもしれない未来に恐怖しつつ、魔王との通信部屋にマモリちゃん人形だけを残して、オートマタはリーフの所に転送。

 

「わ!?」

 

 驚くリーフを無視して、今回使った机や椅子、照明なんかを回収して、倉庫にぶち込んでおく。

 もちろん、ちゃんと鑑定して、呪いとかが仕掛けられてない事は確認済みだ。

 

「真っ暗に!?」

 

 あと残ってるのは、何かと煩いリーフだけか。

 もちろん、こいつを居住スペースに入れる気はないから、第一階層で寝てもらう。

 まあ、風邪でもひかれて使えなくなっても困るし、布団くらいは出してやるけど。

 

 早速、DPで布団を出し、暗闇でオロオロするリーフの手を掴んで布団に押し倒した。

 そして、命令。

 

「今日はそこで寝て」

「ええ!?」

「命令。布団を出してあげただけ、ありがたいと思って」

「は、はい」

 

 そして、私ももう寝る。

 起きてからあんまり時間は経ってないけど、魔王の対応で疲れ果てたせいで、滅茶苦茶眠い。

 というか、元々寝てる最中に叩き起こされたようなもんだから、尚の事眠い。

 では、お休みなさい。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 明けて翌日。

 疲れを吹き飛ばすようにガッツリと寝た私は、お風呂に入って、顔を洗って、ご飯を食べて。

 日課を一通り済ませて眠気が飛んだところで、魔王との通信部屋をモニターで見た。

 そこには、沈黙するカオスちゃん人形とマモリちゃん人形の姿が。

 ああ……やっぱり昨日のあれは夢じゃなかったのか。

 正直、夢であってほしかった。

 

「はぁ……」

 

 憂鬱全開のため息が出るけど、いつまでも現実逃避してる訳にはいかない。

 魔王の不興を買ったら殺されるかもしれないんだ。

 それを避ける為には、とりあえず仕事して媚びを売るしかない。

 直接話してみた感じ、あの魔王は使える部下を簡単に切り捨てたりはしないタイプだと感じた。

 魔王を性的な意味で狙っていたというゴブリンロードが生かされてた時点で、その可能性は高い。

 というか、そう思わないとやってられない。

 

 それを踏まえた上で、これからどうしよう?

 

 まず、ダンジョンの更なる強化は必須。

 魔王が敵に回っても大丈夫なくらいに強くしないと、とても安心して眠れないよ。

 無理ゲーとしか思えないけど、やるしかないでしょ。

 

 次に、魔王から任された仕事もしないと。

 これは嫌だけど、やるしかない。

 仕事してるアピールは必須だ。

 殺されたくないです。

 まあ、私の好きにしていいっていうのが、唯一の救いかな。

 魔王軍が自由な職場でよかった。

 

 それに、考えてみれば元の世界で引きこもってた時も、パソコン越しに仕事はしてたしね。

 引きこもりでも仕事はしなくちゃいけないって事だ。

 今回の仕事もオートマタ越しだし、パソコン越しの仕事と大して変わらない。

 私自身が危険に晒される可能性は低い。

 そう思っておこう。

 私の精神安定の為に。

 

 さて、その仕事だけど。

 とりあえずは、この国の首都を偵察してみるか。

 魔王には国を落とせ的な事言われたし、敵の力を知るのは必要な事だろう。

 敵を知り、己を知らば、百戦危うからず。

 まあ、どれだけ敵と己を知っても、魔王みたいな超生物には勝てる気がしないけど。

 そんな魔王と戦える十二使徒なる連中とかが、この国にいない事を祈ろう。

 もしいたら、魔王に報告だけ入れて、チマチマと街とか村とかを潰せばいいや。

 そんな事でも、続けてれば国が傾くだろう。

 多分。

 

「うーん……」

 

 と、私が考えを纏めて行動に移そうとした時、起動したオートマタのモニターから、そんな呻き声が聞こえてきた。

 このダンジョンで、私以外に声を上げる奴なんて一人しかいない。

 リーフだ。

 なんか、苦しそうな表情でうなされてる。

 悪夢でも見てるんだろうか?

 

「痛い……ご主人様……潰さないで……」

 

 ……なんという夢を見てんだ、こいつは。

 夢にまで見るとは、ちょっと脅しすぎたかな。

 

「痛い……潰れる……お尻、痛い……助けて……」

 

 ん?

 お尻?

 なんか、おかしな寝言が混ざり出した。

 私は、潰す気はあっても掘る気はないんだが。

 掘る物もないし、そんな趣味もないし。

 

 まあ、そんな事はどうでもいいとして。

 叩き起こすか。

 オートマタを使って、リーフの肩を揺する。

 

「起きて」

「……ん」

 

 そうして、リーフはぼんやりと目を開けた。

 でも、目の焦点が合わない。

 壊れ……ああ、いや、ダンジョン内は真っ暗だから、こいつには見えないんだったか。

 倉庫からカンテラを転送し、オートマタに持たせて明かりをつけた。

 

「あ……ご主人様」

「起きた?」

「あ、はい」

「なら、行くよ」

 

 リーフの使ってた布団を倉庫に回収し、オートマタを出口に向かって歩かせる。

 リーフは、慌てて後を追いかけてきた。

 

「あの、ご主人様……」

「昨日の事は質問禁止。誰かに喋る事も禁止。もちろん、私の正体をバラすのも禁止。

 あなたは黙って私の言う事を聞いていればいい。

 そうすれば、潰さないでおいてあげる」

「……はい!」

 

 そう言うと、リーフはちょっと嬉しそうな顔になった。

 こんな事で喜ぶとは、こいつはもうダメかもわからんね。

 まあ、ダメでも大事な道具だし、これからも使っていくけども。

 

 そうして、リーフとオートマタは、ダンジョンから去って行った。



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53 ハーフエルフの決意

 ボクは、カンテラを持って迷いなく洞窟、いや、ダンジョンの中を歩くご主人様の後を追いかけて行く。

 昨日は色んな事があった。

 色んな事っていうか、衝撃的すぎる事って言った方が正しいかも。

 衝撃的すぎて、一晩経った今でも理解できない事の方が多い。

 ご主人様と魔王の会話なんて、半分も理解できなかった。

 

 でも、わかった事もいくつかある。

 多分だけど、ご主人様は人間じゃないという事。

 だって、魔王が人間をスカウトする訳がないから。

 ダンジョンがどうとか言ってたのを考えると、ご主人様はおとぎ話として語られる、ダンジョンの主なのかもしれない。

 

 そして、そのご主人様は魔王の配下になった。

 つまり、人類の敵になった。

 ボクは昨日、とんでもない人に買われたものだと思って、この先どんな扱いを受けるのかと、布団の中でビクビクしながら寝た。

 

 そうしたら、夢を見た。

 

 夢の内容は、盗賊に拐われた時の記憶。

 お父さんを殺して笑ってた、恨んでも恨みきれない奴らの顔が浮かんできた。

 

 次に、夢の内容は、前のご主人様の所にいた時の場面に変わった。

 酷い事されて、痛くて、辛くて、苦しくて、でも誰も助けてくれなかった時の記憶。

 

 この二つの夢を見る事はよくある。

 忘れたいのに、ずっと、ずっと、夢の中から消えてくれない。

 夢を見てる間も、夢から覚めた時も、ボクは怖くて、苦しくて、震えが止まらなくなる。

 

 でも、今回は違った。

 

『起きて』

 

 そう言って優しく……ではなかったけど、ボクの肩を揺すって、悪夢から起こしてくれたご主人様の顔を見て、悪夢の恐怖は消えていった。

 もしかしたら、もっと強い恐怖で上書きされたのかもしれない。

 でも、その時は、ご主人様をそんなに怖いとは思わなかったんだ。

 

 魔王とか、人類の敵とか、スケールが大きすぎて、今一ピンときてないんだと思う。

 ボクがご主人様に抱く恐怖は、そんな漠然とした不安みたいなものだ。

 具体的に、何をどうしたらどんな怖い目に合わせられるのか。

 それはわからない。

 命令を破ったらあれを潰すとは言われてるけど、逆に言えば、命令を破らなければ何もされないって事だ。

 少なくとも、今の時点では。

 

 そこまで考えて、ボクは思ったんだ。

 ご主人様は人間じゃなくて、魔王の配下で、人類の敵だけど。

 それでも盗賊や前のご主人様よりは、ずっとずっとマシな主なんじゃないかって。

 だって、ボクはまだ、ご主人様に何も酷い事はされてない。

 目の前で着替えさせられたりとか、恥ずかしい事はさせられたけど、酷い事はされてないんだ。

 

 なら、そこまで怯える必要はないんじゃないかなと思う。

 ご主人様は、酷い人かもしれない。

 悪い人かもしれない。

 これから、いっぱい人を殺すのかもしれない。

 

 でも、それでも、ボクはこの人に付いて行こうと思う。

 どうせ奴隷のボクに選択肢なんてないし。

 いつか、ご主人様がボクを使い潰す時まで、この人の奴隷として生きようと思った。

 

 ボクを悪夢から救ってくれた、この人の。



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54 王都への道中と、魔法の習得

 オートマタはリーフを連れて半日歩き(途中でリーフが疲れたり、お腹が鳴ったりしたので、休憩と食事を挟みつつ)、再びボルドーの街を訪れた。

 道中でリーフに聞いた話だと、ボルドーの街から馬車を乗り継げば、10日くらいでこの国の王都に行けるらしい。

 奴隷のくせに物知りな奴。

 やっぱり、良い買い物だった。

 ちなみに、この情報は前の主人に連れ回された時に知ったんだって。

 その話をした時のリーフの目が濁りきってたのが印象的だったわ。

 前の主人に、何か恨みでもあるようだ。

 まあ、どうでもいいけど。

 

 それはともかく。

 オートマタはリーフに案内されて、馬車の出るバス停みたいな場所にやって来た。

 その中から王都行き(正確には、中継地点の街行き)の馬車に乗り込み、御者に代金を支払う。

 この手続きは、全部リーフがやってくれた。

 私はこの世界の常識に疎いので、正直助かる。

 

 そして多分、リーフもそれをわかってやってんだろうなと思う。

 私が異世界人とまではわからなくても、昨日の魔王との会話で、私が普通の人間じゃない事くらいは気づいただろうし。

 私がリーフにこの世界の常識を聞いたのも、人外だから人間の事情を知らなかったとか、そんな感じで自己解釈しているものと思われる。

 まあ、それはいい。

 便利だし。

 そう思わせておこう。

 

 そんな事を考えている内に、馬車には定員と思われる人数が乗り込み、出発した。

 満員電車並みとまでは言わないけど、中々の混みっぷりだ。

 本体だったら、絶対に行きたくない。

 セクハラされるのが目に見えてる。

 

 私がモニター越しにうんざりしている間にも、馬車はガタゴトと進む。

 さすがに、典型的なファンタジー世界であり、中世ヨーロッパくらいの文明レベルである、この世界の馬車は揺れる。

 だって、日本と違って、道がコンクリートで舗装されてる訳ないんだから。

 一応、街道は舗装っぽい事がされてはいるけど、それでも完璧には程遠いから、揺れる揺れる。

 オートマタ視点のモニター見てたら、こっちまで酔いそう。

 

「何かあったら起こして」

「え? あ、ちょ!? ご主人様!?」

 

 それは嫌だったので、隣に座らせたリーフにそう言ってから、オートマタをまるで眠ってるかのような体勢にして、オートマタ視点のモニターを切る。

 俯瞰視点のモニターは残してあるから、大きな問題はないだろう。

 念の為に、異常が起きたらアラームが鳴るようにセットしておこう。

 

 で、この馬車が中継地点の街に着くまでにも数日かかる。

 その間、オートマタはひたすら馬車に揺られてるだけだろうし、私が操作する必要がある時間はぐっと減る。

 

 せっかくだから、この空いた時間を利用して魔法を覚える事にした。

 

 DPで入手可能なアイテムの一覧を開き、そこにある色んな魔導書の表示を見つめながら考える。

 とりあえず、最初に読む魔導書は『初級魔法の魔導書』にしよう。

 何事も基本が大事。

 これは、どんなものでも、どこの世界でも変わらない筈だから。

 

 それはいいとして、問題はどの属性の魔法を覚えるかだ。

 今まで見た魔法使い(というか侵入者)は、殆どが二種類くらいの魔法しか覚えていなかった。

 爺ゾンビですら三種類、魔王ですら四種類だ。

 これはつまり、あんまり多くの魔法を覚えるより、自分の得意な魔法だけを集中して鍛えた方が強くなれるという事。

 考えてみれば当たり前の話で、スキルLv10の魔法が十種類あるより、スキルLv100の魔法が一つあった方が強い。

 魔法スキルは、Lvを上げれば上げる程、強力な魔法を使えるのだから。

 

 そして、スキルを鍛えてスキルLvを上げるのには時間がかかる。

 一つの魔法を徹底的に鍛えれば、必然的に他の魔法を鍛える時間はなくなる訳だ。

 だからこそ、魔法スキルの習得は一つか二つか、多くても三つくらいまでに留めて、その魔法を徹底的に鍛え上げるのが魔法使いの常識。

 そんな話を、ボルドーの街まで歩く道中でリーフに聞いた。

 ついでに、真装の会得方法も聞き出したんだけど、これについては後でいいだろう。

 どう考えても、一朝一夕で身に付くものじゃないし。

 まずは、大魔導先輩のおかげで、簡単に覚えられそうな魔法からだ。

 

 改めて、どの属性の魔法が良いか考える。

 とりあえず回復魔法は必須かな。

 私が魔法を使って戦う時は、まず間違いなくリビングアーマー先輩を着込んでいるだろう。

 そして、リビングアーマー先輩にはDPを使った回復手段がある。

 なのに、中身の私に回復手段がなかったら、せっかくのリビングアーマー先輩という最強の鎧を有効活用できない。

 

 という事で、DPで『初級回復魔法の魔導書』を購入。

 早速、読んでみる。

 最初のページに書かれていたのは、最も初歩的な回復魔法と思われる《ヒール》の効果説明と詠唱。

 まあ、とりあえずやってみようではないか。

 

「彼の者を癒したまえ━━《ヒール》!」

 

 その詠唱を唱えた瞬間、淡い光が私を包み込んで消えた。

 今のが《ヒール》の効果、癒しの光だ。

 あれに包み込まれた対象を回復させるのが《ヒール》の魔法。

 というか、魔導書を読む限り、回復魔法は大体がこんな感じみたいだけど。

 

 で、私は無傷で回復する必要がないから、魔法は効果を発揮せずに消えたと。

 でも、効果はなくとも発動はしたし、MPもほんのちょっと減ってる。

 成功だ。

 リーフの話だと、この魔法習得の第一歩で躓く奴も多いらしいから、非常に順調なスタートと言える。

 

 あとは、これを繰り返す内に魔法スキルが獲得できる筈だ。

 時間はあるんだし、今日は回復魔法の習得に費やしちゃおっかな。

 そう思ってたんだけど……10分後、私の予想は裏切られた。

 良い意味で。

 

「嘘……もう習得できた?」

 

 まさかのスピード展開。

 私は、僅か10分で回復魔法のスキルを習得した。

 ステータスに『回復魔法:Lv1』が追加されてたから間違いない。

 私、天才すぎである。

 

「まあ、大魔導先輩のおかげって事はわかってるけど」

 

 大魔導先輩には、MPと魔力のステータスを爆上げする以外に、魔力関連スキルの獲得熟練度を大幅に上昇させる効果がある。

 あと、勇者の称号の成長補正も仕事したんだろう。

 改めて、勇者ってチートすぎる。

 さすが、あの超生物(魔王)への対抗戦力。

 確かに、最大強化された勇者が10人くらいいれば、魔王を倒せるかもしれないと思えるわ。

 もちろん死闘になるのは間違いないだろうし、私はそんな危ない橋渡りたくないから、できるだけ魔王とは敵対しないようにするけどね。

 

 それはともかくとして。

 思いのほか速く回復魔法を習得できた訳だけど、次はどうしようか?

 このチート成長速度があっても、魔法は二種類くらいしか習得しないという前提を崩す気はないから、覚えられる魔法は、あと一種類。

 とりあえず、攻撃魔法を覚える事は確定。

 私のバカ高い魔力のステータスを攻撃に使わないなんて、あり得ないから。

 

 問題は、どの属性の魔法を覚えるかだ。

 対魔王を想定するなら光魔法とかよく効きそうだけど、それはボス部屋のレーザービームで間に合ってるんだよなー。

 あのトラップなら、今のままでも少しは魔王にダメージ与えられそうだし、莫大なDPを使えば強化ができる。

 せっかく魔法を覚えるんだから、今ある攻撃手段とは被らないようにした方がいいような気がするんだ。

 なんとなくだけど。

 

 同じ理由で、火と風と氷も却下。

 火と風のトラップは、あんまり使わないけどボス部屋に仕掛けてあるし、氷は爺ゾンビと被る。

 あと、闇は魔王に通用するイメージがどうしてもわかなかったから却下。

 

 残るは、水と土と雷。

 この三つの中だと、雷かな。

 水は攻撃力低そうだし、土は地面を動かせないダンジョンの中だと弱体化しそうだ。

 幸い、と言っていいのかはわからないけど、雷のトラップはDP的に高くて、リビングアーマー先輩の強化とレーザービームを優先して手を出してなかったから、被る事もない。

 それに、敵が雷で痺れて一瞬でも動きが止まれば、ボス部屋のトラップ地獄の餌食にできるし、ボス部屋との相性も悪くない気がする。

 

 よし、決めた。

 雷魔法を覚えよう。

 

 早速、『初級雷魔法の魔導書』をDPで購入する。

 でも、回復魔法と違って居住スペースの中で発動させるのも怖いから、新しく広めの訓練場みたいな部屋を造って、そこで練習を始めた。

 まずは、《ヒール》と同じく最も初歩的な雷魔法《サンダーボール》から。

 

「我が敵を穿て━━《サンダーボール》! わ!?」

 

 その瞬間、凄まじく巨大な雷の玉が現れて、目にも留まらぬスピードで訓練場の壁に叩きつけられた。

 破壊不能なダンジョンの壁じゃなければ、消し炭にしてたと思う。

 初歩的な魔法でこれとか、さすが大魔導先輩のチート魔力……。

 居住スペースで使わなくてよかった。

 

「……でも、これは期待できる」

 

 私はニヤリと笑った。

 今でこれなら、Lvを上げて、努力で鍛えて、真装を会得すれば、私の魔法は十分魔王に通用するだけのポテンシャルを秘めている。

 希望が出てきた。

 よっしゃ!

 頑張ろう!

 

『あの……ご主人様……そろそろ起きてください……』

 

 そんな意気込みで魔法を練習しまくり、スキルLvが5くらいに上がった時、モニターから消え入りそうなリーフの声が聞こえた。

 どうしたと思ってモニターを見るも、異常は見受けられない。

 あれ?

 でも、この映像、なんか違和感が。

 

 そう思ってモニターの視点を変えてみると、なんとオートマタがリーフに寄りかかっていた。

 ああ。

 馬車の振動で体勢が変わっちゃったのか。

 オートマタはセクハラ対策で角の席に座らせておいたし、防波堤として、その隣にリーフを座らせた。

 そうなると、体勢が崩れれば必然的にリーフに寄りかかる姿勢になると。

 で、リーフは女体との接触で赤面してる訳か。

 

 んー。

 まあ、放置でいいや。

 他の人間ならともかく、リーフなら変な事はできないだろうし。

 したら去勢するだけだし。

 実害もないから、魔法の練習を優先しよう。

 

 そうして、私は魔法を撃ち続け、リーフは煩悩に耐え続けるのだった。



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55 王都到着

 魔法を鍛えている間に馬車の旅は終了し、この国、ウルフェウス王国の王都へと辿り着いた。

 今回は、乗り合い馬車に払った代金の中に通行料も含まれてるので、門の前で「お前、冒険者じゃないんかい」問答もなかった。

 あれ、めんどくさいから、回避できてよかった。

 

 そうして辿り着いた王都は、なんというか騒がしい。

 まるでお祭りでもあるかのように、住人達が浮わついてるような気がする。

 

 まあ、それはともかく。

 これから落とす国の首都に着いた訳だし、最初にやるのは情報収集だな。

 敵戦力の把握は急務だ。

 

「リーフは、王都に来た事があるんだよね?」

「はい。何度か」

「じゃあ、この国で一番強い人が誰か知ってる?」

 

 王国最強とかなら、有名人になってそうだし、リーフでも知ってるかもしれない。

 

「それなら、騎士団長のアイヴィ様と、宮廷魔導師のランドルフ様が有名です。

 どちらも、魔王軍幹部に引けを取らない、王国の守護者だと言われています」

 

 ん?

 アイヴィはともかく、ランドルフ?

 はて、どこかで聞いたような……ああ、爺ゾンビの名前だ。

 あいつ、この国の最高戦力だったのか!?

 いや、確かに魔法系ステータスならゴブリンロード超えてたし、それくらいの有名人でも不思議はないのか。

 

 そんな奴に攻められて、よく生きてたな私……。

 あの時は、ゴブリンロードと討伐隊が上手くぶつかって弱体化してくれたからよかったものの、万全の状態で戦う事になってたらと思うとゾッとする。

 そこは運が良かった。

 そこだけは運が良かった。

 

 さて、そうなってくると、私は既にこの国の最高戦力の一角を落としている事になるのか。

 なら、割と簡単に国を滅ぼせる……なんて甘い話はないだろう。

 まだ生前の爺ゾンビに匹敵する奴が一人残ってるし、そもそも私が爺を殺せたのは、ダンジョンという私のホームグラウンドで戦って、しかも運良く爺が弱体化してたからだ。

 地の利もなく、状況的有利もなく、リビングアーマー先輩もいない状態で、あれに匹敵する化け物を倒せる気はしない。

 

 おまけに、一般兵士とか、討伐隊にいたような精鋭とかもまだ残ってるんだろうし。

 まともに正面から戦っても勝ち目ないな。

 街中でテロでも起こして一撃離脱とか、そういう搦め手を使えば、それなりにダメージは与えられそうだけど。

 幸い、こっちには爺ゾンビをはじめとした、ダンジョン外でも動かせる戦力がそれなりにいるし。

 

 クゥ~

 

 と、そこまで考えた時、オートマタの隣からそんな音が聞こえた。

 発生源はリーフだ。

 どうやら、お腹が空いたらしい。

 

「食堂にでも入る?」

「す、すみません!」

「謝る必要はない」

 

 お腹が空くのは生理現象だ。

 それに、私は奴隷を虐待する趣味はない。

 空腹で足手まといになっても困るし、ご飯くらい、ちゃんとあげるわ。

 ある意味、ペットみたいなものだしね。

 

「どこか知ってる食堂はある? できれば宿屋もかねてる所」

「は、はい! こっちです」

 

 リーフはトテトテと走って行った。

 オートマタに、早足でそれを追いかけさせる。

 そうして辿り着いたのは、まあ、どこにでもありそうな一軒の食堂。

 この世界の食堂のデフォルトは知らないけど、この店にはあんまり特徴がないって事はわかる。

 

「前のご主人様に連れられて来た事があって。あのクソ野郎……変態……あの人といた中で、唯一良かったと思えたのが、このお店の料理の味なんです!」

 

 リーフの言葉に、そこはかとない闇を感じる。

 やっぱり、前の飼い主に恵まれてなかったらしい。

 まあ、飼い主に恵まれてないのは今も同じだけど。

 それでも、私は変態プレイをしないだけマシだと思う。

 

 あと、私が真面目に仕事したら、多分、この店も更地になると思うんだけど、リーフはそこら辺わかってるんだろうか?

 

「いらっしゃいませ~。お好きな席にどうぞ~」

 

 そんな微妙な気分で店に入ると、看板娘っぽいのがチェーン店みたいな台詞を言ってきた。

 どこの世界でも似たようなものはあるんだなー。

 そんな気持ちで適当に席に座る。

 リーフがそわそわした様子でメニューに目を通した。

 どうやら、この世界の食堂は、壁に料理の名前が書かれた札が垂れ下がってるらしい。

 ラーメン屋か!

 そして、なんかリーフが待てをされた犬みたいな目で私を見てくるんだけど。

 どうした?

 

「別に、好きな物頼んでいいよ」

「え!? いいんですか!?」

 

 そんなに驚く事か?

 まあ、奴隷の扱いと考えたら、かなり良心的な方か。

 ここら辺、現代日本との感覚の違いを感じる。

 

 で、私によしと言われたリーフは、なんかお子様ランチみたいな料理を頼んだ。

 私も何か頼まないと不自然なので、適当に小物を注文。

 どうせ、オートマタの口に入ったら還元するんだから、どんな料理でも変わらない。

 料金は先払いだったので、ついでに宿屋もかねてるここに宿泊する分の代金も支払っておいた。

 とりあえず、10日分だ。

 

 そして料理が運ばれてきた。

 リーフは何とも嬉しそうな顔で、エルフの長耳をピョコピョコとさせながら、お子様ランチを食べ始める。

 ……なんか、前に家で飼ってた猫のクロスケを思い出すなぁ。

 大好物のかつお節を貪る時のクロスケが、ちょうどこんな感じだった。

 あいつは私が心を許せる貴重な奴で、寿命で死んだ時は大泣きしたっけ。

 

「美味しい?」

「はい!」

 

 そんなクロスケを思い出したからだろう。

 私はリーフにそんな言葉をかけていた。

 人間なんて大嫌いなのに、リーフはそうでもないな。

 やっぱり、ペット枠という事だろうか?

 

 そんな事を考えながら、仮面をズラしてオートマタの口へと料理を運ぶ作業をしていた時、ふと近くの客が話している声が聞こえた。

 聞いてしまった。

 

「とうとう明日か、勇者様のお披露目式は」

「これで、これでやっと戦争が終わる……!」

「ああ、お前の息子、戦場に行っちまったからな」

「早く勇者様が魔王を倒して、帰ってくるといいな」

「ああ!」

 

 そんな、聞き捨てならない会話を。



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56 勇者の存在

 勇者のお披露目式、だと?

 とんでもない事を聞いてしまった。

 食べてるのがオートマタじゃなければ、間違いなく吹き出していただろう。

 危なかった。

 

 それより、勇者の事だ。

 勇者と言えば、あの勇者でしょ?

 私と同じ異世界人。

 つまり、私と同じチート能力を持った連中。

 それに、歴代の魔王は勇者に殺されてきたって言うし、下手したら魔王よりも恐ろしい存在。

 

 そんなもんが、この国にいるだと?

 冗談だろ?

 冗談だと言ってくれ。

 そうなったら国を滅ぼすどころか、生き残る事すら大変だぞ。

 

 と、とりあえず落ち着け、私。

 クールになれ。

 まずは情報収集だ。

 

 私はオートマタを立ち上がらせ、さっきの話をしていた集団に近づかせる。

 

「ご主人様?」

 

 リーフが驚いたような顔をしてるけど、構っている余裕はない。

 すぐに連中に近づき、話しかける。

 

「その話、詳しく聞かせてくれませんか?」

「ん? なんだ嬢ちゃん? 聞きたいって何を?」

「勇者様のお披露目式という話です。この街に来たばかりなので、知らなくて」

 

 オートマタの声は無機質だから、声の震えとかを気にする必要がなくて助かる。

 本体だったら、多大な精神力を使って取り繕う必要があっただろう。

 

「ああ、なるほど。あんた、旅の冒険者か。なら、知らないのも無理ねぇよな」

「もしかして、あんたも魔王に恨みでもあるのか?」

「まあ、そんなところです」

 

 そういう事にしておく。

 実際、魔王に恨みがない訳ではないし。

 聖域を無断で踏み荒らされたのは嫌だった。

 力の差が絶望的すぎて、文句言う事すらできなかったけど。

 

「よっしゃ! だったら教えてやろう!

 4日前にな、国王様が王都全域に向けてお触れを出したのよ。

 遂に我が国は伝説の勇者様達の召喚に成功した。これで魔王との戦争に勝てる、ってな」

「で、5日後の正午、つまり明日の昼に、女神教の教会で勇者様達のお披露目式を行うって訳よ」

「盛大な祭りになるぜ! 何せ、王都の各地でその準備が進んでんだからな!」

 

 こいつらは酔っぱらっているのか、かなり饒舌にペラペラと喋ってくれた。

 そういえば、王都はかなり騒がしかったな。

 なるほど。

 あれは、勇者祭りの準備だったのか。

 

「教えてくれて、ありがとうございます」

「何、礼を言われるような事じゃねぇさ」

「そうそう。あんたの恨みも、きっと勇者様が晴らしてくれるぜ!」

「……そうですね。それでは」

 

 そうして、オートマタを酔っぱらいどもから離れて、リーフのいる席に戻す。

 私が話してる間に、リーフはお子様ランチを食べ終えてたみたいなので、そのまま二階の宿屋部分へ。

 今回も二人部屋を一つだ。

 

「少し静かにしててね」

 

 片方のベッドに腰掛け、リーフにそう告げる。

 そして私は、オートマタから意識を外し、ダンジョン内にあるもう一つのオートマタ、マモリちゃん人形の操作を始めた。

 

「魔王様、ご報告があります」

 

 マモリちゃん人形の口から、向こうのオートマタと全く同じ、限りなく私に似た声が放たれる。

 それを聞いて、マモリちゃん人形の対面に安置されたオートマタ、カオスちゃん人形が反応する。

 

「なんじゃ、マモリ? 我はお昼寝の最中であったのじゃが」

 

 余裕あるな、この魔王。

 

「重要な情報を掴んだので、ご報告いたします。

 ウルフェウス王国において、勇者のお披露目式が行われるとの事です」

「……ほほう。遂に勇者が出たか。でかしたぞ、マモリ。詳しく話せ」

「はい」

 

 そうして私は、今判明している限りの勇者の情報をカオスちゃん人形に話した。

 と言っても、そこまで多くの情報はないんだけど。

 明日の正午、ウルフェウス王国の首都にある女神教の教会でお披露目式が開かれるってだけだ。

 ついでに、私の予想も話しておく。

 

「それと、おそらくですが、勇者はまだ大して強くなってはいないと思います」

「む? 何故、そう思う?」

「簡単です。勇者が強大な戦力と呼べる程に強いのならば、ゴブリンロード討伐に来ない理由がありませんから」

 

 あの爺率いる討伐隊に、私と同格の勇者まで交ざってたら、確実に詰んでたと思う。

 いや、その場合はゴブリンロードを第二階層に逃がす事はなかっただろうから、そのまま帰ってくれる可能性もあったか。

 でも、そんな事態にはならなかった。

 魔王軍幹部が国内にいるなんて非常事態が発生してるのに勇者が来ない。

 つまり、勇者はまだLvが低くて弱いんじゃないか?

 そういう推測ができるのだ。

 

 それに、実は討伐が来てから、まだ2週間も経ってない。

 いくら勇者の成長速度がチートとは言え、そんな短い期間で魔王と戦えるLvにはなっていない筈だ。

 

「なるほどのう。であれば弱い内に潰してしまうのが吉か。

 よし! 我自らが行こう!

 近場にいる幹部も連れて行く。

 勇者を血祭りに上げてくれるわ!」

 

 お、これは予想外の展開。

 勇者終わったな。

 でも、できれば私の予想が外れてて、魔王と共倒れになってくれたら嬉しい。

 まあ、無理だと思うけど。

 

「マモリよ、我はこれから準備を整え、カオスちゃん人形の機能を使ってお主のダンジョンに飛ぶ。

 故に、王都とやらへの道案内の準備をしておけ」

「わかりました」

「それと、本当に勇者がまだ弱いのであれば、十二使徒が何人か護衛に付いているかもしれん。

 戦う事になったら注意せよ」

「はい」

 

 そうか。

 十二使徒が勇者の護衛に付いてる可能性高いのか。

 盲点だった。

 気をつけよう。

 

 さて、それじゃあ準備に移ろうか。

 私は、降って湧いた勇者VS魔王の戦いのお膳立てをするべく、動き始めた。



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57 戦いの準備

 とりあえず、魔王の道案内はリーフでいいか。

 今のところ、オートマタ以外で唯一、ダンジョン外でまともに動かせる駒だし。

 道案内に戦闘力はいらないから、リーフでも務まるだろう。

 

 という事で、私はオートマタを再起動させ、リーフに指示を出した。

 

「リーフ」

「は、はい!」

「これから、魔王様が幹部を連れて私のダンジョンに来る。

 地図を渡しておくから、王都まで案内して」

「ええ!?」

 

 まあ、驚くよね。

 それでも、やってもらう。

 

「命令ね」

「……はい。わかりました」

「それと、決して失礼な態度を取らない事。もし魔王様の前でそんな事やらかしたら……」

 

 そう言いながら、オートマタをリーフの目の前にまで近づけた。

 そして、リーフの股の間にソッと手を置き、軽く力を籠めた。

 

「ひゃ!?」

「潰すだけじゃ済まないから」

「は、はい!」

 

 リーフは涙目で真っ青になりながらも、いい返事をしてくれた。

 それでいい。

 それに、もしも失礼を働いたら、私じゃなくて、その場で魔王か幹部に殺られると思うので、気を引き締めてもらわないと困る。

 

 でも、まあ、鞭だけだと上手く動いてくれないかもしれないし、飴も用意しておくか。

 

「その代わり、ちゃんと上手くやれたらご褒美をあげる」

「え」

「だから、頑張って」

 

 最後にそれだけ告げて、リーフを第一階層に転送。

 目の前にある魔王との通信部屋の壁を動かして開け、マモリちゃん人形に「入って」と言わせて、中に入れた。

 これからダンジョンを出るまでは、マモリちゃん人形の指示に従ってもらう。

 ダンジョン外に出てからは、リーフの仕事だ。

 健闘を祈る。

 

 そして、リーフと別れたオートマタは単独行動だ。

 少しでも敵の情報を、地理とかでもいいから得る為に、王都の中を歩き回る。

 あわよくば、勇者か十二使徒の顔でも拝めれば儲けもの。

 こっちの正体を見破る手段を持った奴と出会ったらアウト。

 そんな感じかな。

 

 とりあえず、決戦の地になりそうな女神教の教会とやらには行ってみた。

 うん。

 デカイ。

 遠目に見える城程じゃないけど、かなりデカイ建物。

 外見は真っ白で、まさに神聖な場所って感じだ。

 

 リーフの話によると、女神教は世界中に支部を持つ巨大組織との事なので、この国でも相当の力を持ってるんだろう。

 最低でも、こんなにデカイ教会を建てられるくらいの力は。

 

 その教会の周辺をグルっと回るように歩いていると、裏口っぽい場所の敷地からコッソリと出ていく集団を見つけた。

 数は、四人か。

 全員、そこら辺の住人と変わらないような服を着ている。

 でも、教会からコッソリと出てきたって事は、只者ではないだろう。

 

 これは当たりを引いたかもしれない。

 そんな思いで、物陰からその四人の顔を確認した時、━━私は驚愕した。

 

 まず、そいつらは全員が黒髪黒目だった。

 それ自体は、別にそこまで珍しくない。

 この世界の人間は、髪の色も瞳の色もカラフルだけど、黒髪黒目がいない訳じゃない。

 

 でも、そいつらの顔に、私は見覚えがあった。

 

 この世界に来る前。 

 そして、私が引きこもりになる前に見た顔。

 四人の内三人は印象が薄いけど、最後の一人の顔はしっかりと覚えている。

 

 私は、オートマタを奴らから10メートル以内の距離、擬似ダンジョン領域に捉えられる距離にまで忍び寄らせ、そのステータスを鑑定した。

 

ーーー

 

 異世界人 Lv20

 名前 ソラノ・アカネ

 

 HP 100/100

 MP 800/800

 

 攻撃 42

 防御 31

 魔力 711

 魔耐 201

 速度 29

 

 ユニークスキル

 

 『空間魔法』

 

 スキル

 

 『MP自動回復:Lv30』『火魔法:Lv15』

 

 称号

 

 『勇者』『異世界人』

 

ーーー

 

 ソラノ・アカネ。

 そらのあかね。

 空野茜。

 それは、私が引きこもる直前の担任教師の名前だ。

 本当はどうか知らないけど、少なくとも表面上は良い人だったと思う。

 私へのイジメを止めようともしてたし、引きこもった私を訪ねて家に来る事も多かった。

 後者に関しては、割と怒ってるけど。

 

 そんな教師が、なんでこの世界に?

 そこまで考えた瞬間、私の脳裏にある推測が浮かんできた。

 

 私のステータスに表示されている称号『誤転移』。

 今まで、この称号の意味は、女神とやらが私を(・・)召喚しようとして失敗したんだと思ってた。

 でも、そうじゃなかったとしたら?

 私を召喚しようとしたのではなく、クラス全員(・・・・・)を召喚しようとした結果、学校にいなかった私だけ座標がズレてダンジョンコアの所に転移させられた。

 そう考えると、一応の辻褄が合ってるような気がする。

 

 という事は、さんざん気にしてきた私以外の勇者って、クラスメイトの連中なのか?

 私をイジメて、私を傷付けて、私を引きこもりにした連中が今、敵としてこの世界にいるのか?

 

「……ハッ」

 

 私は居住スペースの中で、嘲るように嗤った。

 ああ、そうか、そうだったのか。

 勇者はあいつらだったのか。

 あいつらは私を引きこもりに追いやっただけじゃ飽き足らず、今度は私の聖域(引きこもり場所)まで奪おうとしてるのか。

 このまま私が魔王軍幹部として戦えば、奴らと敵対する可能性は非常に高い。

 そして、そんな状態で私の本体の居場所がバレたら、確実に攻めて来るだろう。

 押し入って来るだろう。

 ユニークスキルという凶器を引っ提げて、まるであの時のストーカーのように、私の聖域に土足で踏み入ってくるだろう。

 

「そうはさせない」

 

 そうなる前に殺す。

 私と召喚時期が同じなら、まだそんなに強くなってはいない筈だ。

 だから殺す。

 強くなる前に殺す。

 私は今度こそ、奴らの暴力から身を守りきってみせる。

 

「まずは、あいつらからだ」

 

 そうして私は、害虫駆除を開始したのだった。



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58 教師の走馬灯

 どうして。

 どうして、こうなったのでしょうか。

 どうして、こうなってしまったのでしょうか。

 

「かふっ……」

 

 私の口から、血の塊が零れ落ちます。

 心臓を剣で貫かれて、肺にも傷がついたのでしょう。

 肺から気管を通った血液が、口から溢れているようです。

 多分、私はもう助かりません。

 

「…………」

 

 私は、最後の力を振り絞って、無言のまま、欠片も表情を変えないままに、私を剣で貫いた子の顔を見ます。

 本城守さん。

 教師として、私が救えなかった生徒。

 そして、最後には殺人犯にまでしてしまった生徒。

 

「……………さ……い」

 

 ごめんなさい。

 そう言ったつもりの言葉も、気管に詰まった血のせいで、声になってくれませんでした。

 そして、出血のせいか、どんどん意識が遠くなっていきます。

 死ぬ直前の頭に、私の大して長くもない教師生活の記憶が浮かんできました。

 これが、走馬灯というやつでしょうか?

 

 

 

 

 私は、まだ教師生活一年目の新米でした。

 新任教師として初めて任されたクラス。

 当時の私は、やる気と熱意に満ちていました。

 必ずや、この子達を立派に導いてみせると。

 

 ところが、そんな理想は一瞬にして消し飛びました。

 

 生徒の一人、本城守さん。

 同性である私から見ても凄く綺麗な子だと思ったその生徒が、壮絶なイジメを受けていたのです。

 何度も相談に乗ろうとしましたが、彼女の目は濁りきっていて、私の言葉なんかには耳を貸してくれませんでした。

 

 そして、私がクラス担任となってから一ヶ月もしない内に、本城さんは不登校になりました。

 何度も自宅に伺い、ご両親とも相談しましたが、一向に本城さんが家から出て来る様子はなく、

 そうこうしている内に時間だけが過ぎ、そして、━━あの事件が起こりました。

 

 ある日のホームルーム中、教室の床に突然浮かび上がった不思議な光。

 それに呑み込まれたと思ったら、異世界とかいう訳のわからない場所に、勇者なんて訳のわからない存在として、私と生徒達は来てしまったのです。

 

 そして、世界を救う為に、魔王という恐ろしい存在と戦ってほしいと言われる始末。

 そんな危険な事に、生徒達を巻き込む訳にはいきません。

 私には、守れなかった本城さんの分まで他の生徒達を守り、そしていつか、本城さんと仲直りさせる義務があるんです。

 

 なのに、当の生徒達が戦いに乗り気という状況。

 わかりません。

 若者の考えはわかりません。

 命懸けの戦いの何が楽しいのでしょうか?

 

 それでも何とか交渉して、結局は神道くんの力を借りてしまいましたが、最低限、戦いを望まない生徒に無理強いする事だけはしないと約束してもらえました。

 ですが、私にできたのはそこまでです。

 他にできた事といえば、戦いに出た生徒達が死なないように、私のユニークスキル『空間魔法』を鍛え続け、いつでも連れて逃げられるように、戦いの場に付いて行く事だけ。

 

 そして、戦いというものは怖いものでした。

 魔物という化け物とはいえ、命が失われる瞬間を見るのは本当に怖かったし、嬉々として魔物の命を奪う生徒達を見るのも怖かったですが、私だけが逃げる訳にはいきません。

 私の仕事は、誰一人欠ける事なく日本に戻って、本城さんの件を反省させて、皆でまともな学校生活に戻る事。

 そう自分に言い聞かせながら頑張ってきました。

 

 その結果、私はこうして死にかけています。

 それも、私が救わなければいけない教え子の手によって。

 ああ、本当に、私は何一つ仕事を果たせないダメ教師ですね。

 

 こうなった直接の原因は、不審な動きをしていた生徒、作間(さくま)さん、葉隠(はがくれ)さん、石盾(いしたて)くんの三人に声をかけた事でした。

 この子達は仲の良い三人組で、非戦闘組です。

 明日のお披露目式が終わった後は、他の非戦闘組の子達と一緒に、世界一安全と言われるエールフリート神聖国という国に避難する事が決まっています。

 

 そのお迎えに女神教の人達が来た時の私は……嫌なようなホッとしたような、微妙な気持ちでした。

 この世界で生徒達がバラバラになるのは嫌でしたが、安全面を考えれば最善の選択でしたから。

 

 でも、その三人は、この国を離れる前に、一度でいいから自由に街の中を歩いてみたいと言い出したのです。

 お城の中でずっと缶詰になって、外に出られるのはLv上げの時だけという生活に嫌気がさしたと言って。

 

 私は、彼らもストレスが溜まっているんだと思って、私も一緒に行く事を条件に許可を出しました。

 どんな危険な目に遭っても、私がいれば空間魔法の《テレポート》ですぐに逃げられるので。

 ですが、この判断もよくよく考えたらマズイですよね。

 大事な式典の前日に勝手な行動をするなんて。

 私もまた、疲労とストレスで思考力が低下していたのかもしれません。

 

 そうして、葉隠さんのユニークスキル『神隠し』の効果で隠れつつ、明日の為に泊まり込んでいた教会を抜け出しました。

 Lv不足によってMPの足りない葉隠さんは、消耗の激しい発動系のユニークスキルを長く使う事ができず、裏口を出た所でスキルの発動を切っていましたが、

 それでも裏口に見張りはいないので、結構簡単に外へと出られてしまいました。

 

 そうして、一応はお忍びという事でコッソリと裏路地を移動していた時、彼女が現れたんです。

 

「お久しぶりです、先生」

 

 ここにいる筈がない子の声。

 私が救おうとして救えなかった、会おうとしても会えなかった生徒の姿。

 彼女は、まるで仮面のような無表情で、私を見ていました。

 

「本……城……さん……」

 

 突然の再会にフリーズする私と違って、本城さんはゆっくりと私に歩み寄ってきました。

 そして、凄く自然な動作で腰に差した剣を抜いて、━━私の胸を貫きました。

 

「え?」

 

 理解が追い付きませんでした。

 でも、胸の痛みは本物で。

 この子が私を刺したというのは現実で。

 自分が死ぬって事も、なんとなくわかって。

 走馬灯が流れて。

 最後に、ああ、私は恨まれていたんだなぁ、という思いが胸に去来しました。

 

「……………さ……い」 

 

 ごめんなさい。

 そう伝えたかった言葉は声にならずに消えていき、私の意識も闇の中に消えていきます。

 ああ。

 最後の最後まで何もできないなんて。

 やっぱり、私はダメな先生です。

 こんなダメな先生で……本当に……ごめんなさい……本……城……さん……



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59 同郷殺し

 オートマタが剣で刺し貫いた先生が息絶えて、膨大なDPと経験値が入ってきて、私のLvが上がった。

 あの低Lvで、この収入って。

 勇者凄いな。

 

「「「先生!?」」」

 

 血糊を払うように先生の死体を振り払えば、後に残るのは突然の事態に混乱する元クラスメイトが三人だけ。

 どういう事情かは知らないけど、この三人は先生に比べても尚、Lvが低い。

 せいぜい、Lv10ってところだ。

 しかも、三人の中の二人は、ユニークスキルが戦闘に向かないやつだし。

 いくら勇者とはいえ、こんな弱いならオートマタでも余裕だ。

 

 私はオートマタを操り、硬直する三人に向かって突撃させる。

 

「ッ!? 二人に手出しはさせない!」

 

 その中でいち早く正気に戻った石盾が、残り二人の盾になるように動いた。

 こいつだけ『鉄壁』っていう戦闘系のユニークスキル持ってて、Lv13のくせに防御と魔耐が2500もある。

 オートマタの攻撃よりも上だ。

 こいつの相手に手間取ってたら、残り二人に逃げられそうだし、とりあえず石盾を無視して後ろの二人を狙う。

 

「ヒッ!?」

「ッ!? 『神隠し』!」

 

 残りの二人は女子。

 その片方が、ユニークスキル『神隠し』を発動した。

 鑑定したところによると、このスキルは隠密の超上位互換みたいなもので、発動中は気配その他もろもろを消して、他者に探知されなくなるらしい。

 しかも、自分だけでなく味方にかける事までできる。

 普通にチートだ。

 

 ただし、私とは相性が悪い。

 私はダンジョンマスター。

 どれだけ気配を消そうとも、ダンジョン領域内のものを見失うなんて事はない。

 オートマタの半径10メートル以内、擬似ダンジョン領域の中に捉えてさえいれば、神隠しの効果を貫いて感知できる。

 

 オートマタの剣が、神隠しを発動した葉隠を貫いた。

 

「な……ん……で……!?」

 

 念の為に、驚愕する葉隠の首をはねてトドメ。

 そして次は、葉隠の首から溢れた血のシャワーを浴びて失禁してる作間に狙いをつける。

 

「やめろぉ!」

 

 後ろから石盾が殴りかかってきたけど、俯瞰視点モニターを持つ私に通じる筈もなく、あっさり避けて蹴り飛ばした。

 防御の高さでダメージは大してないけど、裏路地の壁にめり込んでるから、出てくるまでに少しは時間がかかるだろう。

 

「本城さん! ごめんなさい! ごめんなさい! 学校での事は謝るから! だから、許して! 命だけは!」

 

 そうして作間に再度向き合えば、作間は失禁しながら顔を涙と鼻水と血液で汚しまくった酷い姿で土下座してきた。

 気持ち悪い。

 でも、なんかちょっとスッとする。

 

 こんな事を言うって事は、こいつも私のイジメに参加してたんだろう。

 私をイジメてた奴は大勢いたから、こいつに関しては大して印象に残ってない。

 多分、他の奴がやってるから自分も、みたいな事を考えてた小物だと思う。

 それでも、私を傷付けてくれた奴をこうして、

 

「死ね☆」

 

 足蹴にするのは凄く楽しい。

 それがたとえ、オートマタ越しだとしても。

 

 オートマタの足で土下座する作間の頭を踏みつけ、そのまま踏み潰した。

 血と脳みそが汚い花を咲かせる。

 うわ、ばっちい。

 

(しのぶ)……!? 理科(りか)……!? そんな!?」

 

 そして、最後に残った石盾が、絶望の表情で膝をついた。

 そこに駆け寄り、その顔を地面に叩きつけて、上から押さえつける。

 

「ーーーー!? ーーーー!?」

 

 石盾は鉄壁のユニークスキルのせいで防御が高いから、オートマタの攻撃力だと、まともな攻撃は通らない。

 ただし、私の大魔導先輩を見てもわかる通り、いくらユニークスキルとはいえ、強化してくれる項目以外はLv相応の力にしかならないものだ。

 

 つまり、石盾は防御力こそ高いけど、それ以外のステータスは、普通の低Lvの奴らと大差ない。

 純魔法使いのリーフよりは、まだマシって程度。

 こうして押さえつけたオートマタの手を振り払う力はない。

 HPも低いから、こうして口と鼻を塞いで窒息させてしまえば、普通に死ぬ。

 

「ーーー! ーーーー…………」

 

 石盾を押さえつけながら、殺した三人の死体をアイテム回収機能で回収し、ダンジョン内でゾンビ化する。

 そうしている内、ジタバタとのたうち回っていた体が動かなくなり、石盾は失禁とか脱糞とかしながら気絶した。

 うわ、ばっちい。

 でも、死んではいない。

 HPはまだ残ってる。

 確か、窒息って1分もあれば気絶するけど、死ぬまでは数分かかるんだっけ?

 

 オートマタ越しとはいえ、さすがにこんな汚い物体を数分間も触っていたくなかったので、別の手段を使う。

 まず、気絶した石盾から離れ、擬似ダンジョン領域を半径1メートルのサイズにまで縮小して、内部に侵入者がいない状態にする。

 そして、転送機能によって、造りたてホヤホヤのハイゾンビを一体転送してきた。

 

 転送したのは、先生の死体を使って造った先生ゾンビ。

 先生ゾンビのユニークスキル『空間魔法』の試し撃ちと行こう。

 

 このスキルは、文字通り空間を操る魔法スキル。

 まあ、イメージ通り、空間を飛び越えてテレポートとかができるのだ。

 テレポートで行けるのは、自分が一度でも行った事のある場所。

 そして、テレポートで飛ばせる対象は、敵味方を問わない。

 

 私は先生ゾンビに指示し、石盾を対象にしてこの魔法を発動させた。

 

「《テレポート》」

 

 それによって、石盾の体は先生ゾンビが訪れた事のある場所、私のダンジョンの第二階層に転送された。

 そう。

 猛毒の蔓延する死のフロアに。

 

 念の為にゴーレムと、新しく造ったガーゴイル達に見張らせて、石盾を放置する事、30秒。

 予想以上に早く死んだ。

 窒息でHPが減ってたのが原因だと思う。

 

 なんにせよ、これにて全員殺害完了だ。

 

「ふぅ」

 

 私は居住スペースで軽く息を吐き、清々しい達成感を感じたのだった。



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60 復讐?

 クラスメイト殺しを終えた後、念の為に待機させておいた不死身ゾンビと熱血ゾンビを先生ゾンビと一緒に回収し、ついでにオートマタも回収しておいた。

 返り血で汚れまくってたからね。

 このままの状態で王都を歩いたら、しょっぴかれる予感しかしない。

 先生ゾンビが手に入った今、王都に戻すのは簡単だし、ダンジョン内で洗っておこう。

 

 そうしてオートマタをガーゴイルの水魔法で洗い、新しい服を用意している間に考えた。

 

 今回の行動は、私にとって復讐だったのかどうか?

 そうとも言えるし、違うとも言える。

 確かに、クラスメイトには恨みがある。

 でも、奴らを殺した一番の理由は、成長されたら私にとって危険な存在になると思ったからだ。

 

 だからこそ、先生も殺した。

 真っ先に殺した。

 オートマタの仮面を外して、素顔を見せて動揺させ、空間魔法で逃げるという思考を奪って確実に殺した。

 むしろ、先生を殺すのが本命で、残りの三人はおまけだったとすら言える。

 最悪、先生だけ殺せれば、残り三人が逃げたり、目撃者が出て騒ぎになっても仕方ないとまで思ってた。

 

 だって、空間魔法とか、どう考えてもダンジョンの天敵だもの。

 もし一度でも先生にボス部屋にまで辿り着かれでもしたら、それ以降は、ダンジョンのあらゆる仕掛けを無視して、強敵がいきなりボス部屋に送られて来るようになるかもしれない。

 しかも、いつ襲ってくるかわからない恐怖に苛まれるという。

 考えただけで恐ろしい。

 

 そんな悪夢のスキルを持ってた先生を、あんな突発的なエンカウントで殺せて、しかもゾンビとして味方にできたのは凄まじく運が良かった。

 イジメられた事といい、両親が殺された事といい、ダンジョンに次から次へと強敵が来た事といい、挙げ句の果てには魔王に魅入られた事といい。

 私の運って絶望的なまでに低いと思ってたけど、存外捨てたもんじゃないみたいだ。

 

 それはそれとして、今回の戦果確認といこう。

 今回はたった四人しか殺してないけど、それでも確認が必要になるくらいの戦果を手に入れたと言える。

 

 まずは、何と言っても先生ゾンビの入手。

 これで移動が楽になっただけじゃなく、石盾に使ったみたいに、外からダンジョンに強制テレポートさせるトラップが使えるようになった。

 自分から侵入者を招き入れるのは嫌だけど、効果は凄まじく高いから、使うべき時には出し惜しみせずに使おう。

 

 続いて、クラスメイト三人の死体。

 つまり、勇者三人の死体だ。

 Lv10程度の雑魚とはいえ、それでもユニークスキル持ちのゾンビは凄い戦力になる。

 

 葉隠の死体を使った隠密ゾンビは、ユニークスキル『神隠し』を持つ。

 この効果によって、私はあらゆる場所に侵入可能になったと言えよう。

 ただし、効果時間は短いみたいだから注意が必要。

 使いどころは限られそうだけど、それでも便利だ。

 

 次に、作間の死体を使って造った、創造ゾンビ。

 こいつは、ユニークスキル『創造』という、いかにもチート臭いスキルを持っていた。

 このスキルはどうやら、一度触った事のある物質なら、MPを使っていくらでも創造できるというスキルらしい。

 生物は無理みたいだけど、それ以外なら何でも、そう何でもだ。

 ミスリルやオリハルコンの量産までできる。

 

 ただし、グレードの高い物程、造るのに多大なMPを使うらしいので、オリハルコンの大量生産は無理っぽい。

 それでも、ミスリルなら一日にゴーレム一体分くらいの量は造れそうなので、早速、ゴーレム生産ラインに創造ゾンビを組み込んでおいた。

 量産型ミスリルゴーレムの完成を楽しみにしている。

 

 最後に石盾の死体だけど……これは、防御力以外のステータスが低すぎて、せいぜい盾としてしか使えないって事で、廃棄に決定した。

 もっとLvが上がってれば戦力として使えたんだけどね。

 でも、そのおかげで楽に仕留められたと考えれば、まあ、いいか。

 ちなみに、石盾の死体は2万DPという高値で還元された。

 やっぱり、勇者凄い。

 

 で、死体以外の戦利品はない。

 お忍びルックだったから、目ぼしい装備も付けてなかったしね。

 

 その代わりに、私は多大な経験値を手に入れた。

 なんと、私のLvが52から60へと一気に上がったのだ!

 勇者の経験値しゅごい。

 できれば勇者全員、私の手で殺したいと思えるレベルだ。

 そうすれば、魔王にすら対抗できるんじゃなかろうか?

 まあ、他の勇者には十二使徒とかが護衛に付いてるんだろうし、難易度高そうだから欲はかかないけどさ。

 

 そうして、私が戦果確認を完了させた時だった。

 

「待たせたな、マモリよ!」

 

 魔王との通信部屋に、魔王が部下っぽいモンスターを一体連れて転送されてきた。

 部屋の中にいるリーフが、勢いよく頭を下げる。

 マモリちゃん人形も頭を下げた。

 

「ほう。お前が新しい幹部か?」

「はい。マモリと申します」

「随分と小さいな」

「これは仮の姿ですので」

「そうか」

 

 魔王の部下っぽいモンスターが声をかけてきたので、マモリちゃん人形に受け答えさせた。

 そのモンスターは、黒いリザードマンだった。

 二足歩行のトカゲというか、二足歩行で人型のドラゴンって感じだ。

 そして、筋肉ムキムキである。

 熱血ゾンビより凄い。

 

 でも、多分これ、人化したドラゴンだと思う。

 ドラゴンとか、高位のモンスターが人化できるって事は知ってる。

 オートマタを造る理由になった、諜報活動できるモンスターを探した時に知った。

 そして、その人化がどう見ても人には見えない微妙なものでしかないという事も。

 

 とりあえず、鑑定。

 

ーーー

 

 ブラックドラゴン Lv108

 名前 ドラグライト

 

 HP 25300/25300

 MP 23000/23000

 

 攻撃 20300

 防御 20015

 魔力 18840

 魔耐 17550

 速度 19991

 

 ユニークスキル

 

 『真装』

 

 スキル

 

 『ドラゴン:Lv108』『HP自動回復:Lv84』『MP自動回復:Lv71』

 

ーーー

 

 化け物や。

 平均ステータス約2万とか。

 素の力でリビングアーマー先輩並みに強い。

 これで真装使われたら、ダンジョンをフルに使っても勝率5割くらいじゃないか?

 こんな化け物がポンと出てくるとか、魔王軍ヤバイ。

 

「俺は魔王軍幹部、ブラックドラゴンのドラグライトだ。

 新たなる幹部よ。俺はお前を歓迎しよう。だが、一つだけお前に言っておかねばならん事がある」

 

 そう言って、ドラゴンはマモリちゃん人形を鋭い爪の付いた指で指差した。

 私はごくりと息を呑む。

 もちろん、マモリちゃん人形は無反応だけど。

 

「ふんっ!」

 

 そして、ドラゴンは……いきなりマッスルポーズを決めた。

 筋肉が膨れ上がる。

 しかも、ドラゴンはその姿勢のまま、熱い眼差しをマモリちゃん人形に向けてくる。

 ……これはどういう事だろう?

 助けを求めるように魔王を見れば、魔王はやれやれとばかりに肩をすくめていた。

 何か言ってくれ。

 

「人化して尚損なわれぬ俺の肉体美……惚れてもいいんだぞ?」

 

 …………。

 

「リーフ、この方達を王都までご案内して差し上げて」

「は、はい!」

 

 なんか、全てがバカらしくなった私は、とりあえず無視してリーフに丸投げしておいた。

 リーフは困惑しながらも、「こちらへどうぞ」と言ってマモリちゃん人形を抱き上げ、私のガイドに従ってダンジョンの出口へと歩き出した。

 ちゃんと仕事をしてくれて、私は嬉しい。

 やはり、リーフは良い買い物だった。

 

「くっくっく。また振られたなドラグライト」

「ふっ。俺の肉体美に照れているのだな。可愛い後輩だ」

「お主はポジティブじゃのう」

 

 さて、魔王が来たという事は、これにて前哨戦は終わり。

 いよいよ、本格的に開戦のようだ。

 気を引き締めた私は、とりあえず、ガーゴイルの火魔法と風魔法で服を乾かしたオートマタを、先生ゾンビのテレポートで王都に送り返しておいた。



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とある勇者達と最悪のお披露目式

「勇者様方、お時間でございます」

 

 遂に、お披露目式の時間。

 俺達は教会の人に声をかけられて、待機してた部屋からテラスみたいな場所へと移動する。

 そこから、国民の人達に向かって手を振るだけの簡単なお仕事だ。

 ちなみに、式典という事で、現在、テラスでは王様が演説を行い、アイヴィさんがその護衛に付いてる。

 

 でも……そんな日になったのに、カルパッチョ教官達は帰って来なかった。

 

 あれから半月くらい経ったのに、全くの音沙汰なしだ。

 さすがに何かあったんじゃないかと思う。

 でも、鑑定以外無力な俺にできる事はない。

 それに、鑑定を持つ俺だからこそ、カルパッチョ教官やランドルフお爺様の化け物じみた強さも知ってる。

 今はあの人達を信じるしかない。

 

 でも、それとは別件で心配な事ができた。

 なんと、このお披露目式に、ソラちゃん先生の姿がないのだ。

 生徒のいる所、常にソラちゃん先生ありってくらいだったのに、今日に限っていない。

 教会の人達が探しまくってるみたいだけど、見つからないらしい。

 

 不安だ。

 前から感じていた不安が、より大きくなったような気がする。

 けど、やっぱり俺にできる事はない。

 俺にできる事と言えば、せいぜい勇者の一人として堂々と手を振る事くらいだ。

 かー、情けない!

 早く俺も力が欲しい!

 

 そんな悶々とした気持ちを抱えながら、俺は他のクラスメイト達と一緒にテラスに向かう。

 ちなみに、ここにいるのは戦闘組の10人だけだ。

 非戦闘組は国民の皆さんにお披露目せずに、女神教の総本山とかいう国で保護されるらしいよ。

 この前、その為の護衛の人達が来たけど、その内の三人が、ちょっと目を疑うレベルで強かったね。

 

 身長5メートルくらいある巨人族のお爺さんである、ウォーロックさん。

 目付きが鋭くて怖い、狼の獣人族の、ガルーダさん。

 とても目に優しい人族の美少女、エマちゃん。

 

 何でも、女神教の最高戦力『十二使徒』とかいう中二病全開な異名で呼ばれてる人達の中の三人らしい。

 三人とも、カルパッチョ教官とは比べ物にならないくらい強かった。

 世の中には、こんな超人がいるんだなぁって、インフレの容赦のなさを感じたよ。

 しかも、超人三人組の皆さん曰く、「勇者様であれば、我々などすぐに超えられる事でしょう」との事。

 実際、神道とかはもうちょっとLv上げれば、普通にあの三人より強くなりそうで怖い。

 ああ、俺の無双ルートが遠ざかっていく……。

 一応は同じ勇者の筈なのに、なんでこんなに差が……。

 

 そうして、俺が異世界の不条理に憤慨してる内に、テラスに到着。

 そして、

 

『ワァアアアアアアアアアアアアアアア!』

 

 俺は、眼下に見える人の群れに圧倒された。

 もはや絶叫に聞こえる大歓声を受けて、俺は固まる。

 それは俺だけじゃなくて、大体全員が固まってた。

 だが、しかし。

 我らがイケメン筆頭勇者の神道が、まるで気負いしてない感じで、堂々と手を振り、

 それを見て落ち着いたのか、他の面子も正気に戻って手を振った。

 もちろん俺も。

 クッ!

 俺のモブっぷりが酷い!

 思わず、遠い目になってしまう。

 

「ん?」

 

 遠い目になりながら、ふと遠くを見つめた時、俺は違和感を覚えた。

 遠くの空に黒点が見える。

 まるで飛行機みたいだ。

 でも、この世界に飛行機はない。

 空を飛ぶ魔物はいるけど、王都の近辺で見かけるなんて話は聞かない。

 そういう危険な魔物は、騎士団の人達が徹底的に駆除してるって聞いた事がある。

 

 俺が不思議に思ってると、その黒点はドンドン大きくなっていった。

 つまり、飛行機もどきが近づいて来てるって事だ。

 もう少しで、そのシルエットが明らかになりそう。

 そんな距離まで飛行機もどきが近づいた瞬間。

 

 ━━飛行機もどきから、黒いレーザービームが放たれた。

 

「は?」

 

 黒いレーザービームが、街の城壁を吹き飛ばし、眼下で歓声を上げていた人達を消し飛ばして、俺達に迫る。

 何が、起きたんだ……?

 突然の終末の光景に思考が完全に停止した。

 俺には、その光景を、ただボーと見ている事しかできなかった。

 

「立ち塞がれ━━『タイタン』!」

 

 そして、黒いレーザービームが俺達まで呑み込もうとした時、呆然とする事しかできない俺と違って、両腕に巨大な真装の盾を出現させたウォーロックさんが飛び出し、黒いレーザービームを真っ向から止めた。

 

「ぬぅううん! 《フルガード》!」

 

 ウォーロックさんのアホみたいな防御力によって、黒いレーザービームの軌道は逸れて、教会の天井を消し飛ばしながら空へ向かって飛んで行った。

 た、助かった。

 けど、助かった事を喜ぶ余裕なんて俺にはなかった。

 未だに、俺には何が起こったのか理解できなかったのだから。

 

 そんな俺を無視して、事態は止まる事なく動く。

 

 さっきの飛行機もどきが、もうすぐそばにまで近づいていた。

 それは、巨大な黒いドラゴンだった。

 本当に飛行機くらい大きい、巨大なドラゴン。

 今まで見てきた魔物とは格が違う力強さに、俺は咄嗟に鑑定を使っていた。

 

ーーー

 

 ブラックドラゴン Lv108

 名前 ドラグライト

 

 HP 25300/25300

 MP 22000/23000

 

 攻撃 20300

 防御 20015

 魔力 18840

 魔耐 17550

 速度 19991

 

 ユニークスキル

 

 『真装』

 

 スキル

 

 『ドラゴン:Lv108』『HP自動回復:Lv84』『MP自動回復:Lv71』 

 

ーーー

 

 化け物だ。

 俺なんて、軽く体当たりされただけで余裕で死ねる。

 でも、俺には逆立ちしても倒せないけど、十二使徒の三人やアイヴィさん、神道達が力を合わせれば、多分、勝てる。

 

 でも、そんな儚い希望は一瞬にして打ち砕かれた。

 

「ほう! 誰かと思えば、ウォーロックの爺ではないか! 最近、戦場で見ないと思えば、こんな所にいたんじゃな!」

 

 ドラゴンの上から、そんな声が聞こえた。

 女の子の声だ。

 そして、声の主がドラゴンの背中から飛び降りて来た。

 やたらとエロい服を着た、魔族っぽい見た目の人外美少女。

 その子に対しても、俺は咄嗟に鑑定を使った。

 

ーーー

 

 ダンジョンマスター Lv140

 名前 カオス

 

 HP 135600/135600

 MP 150000/150000

 

 攻撃 100000

 防御 99250

 魔力 110455

 魔耐 98820

 速度 110000

 

 ユニークスキル

 

 『魔王』『真装』

 

 スキル

 

 『HP自動回復:Lv90』『MP自動回復:Lv100』『暗黒闘気:Lv110』『剣術:Lv120』『暗黒魔法:Lv105』『火魔法:Lv90』『雷魔法:Lv90』『回復魔法:Lv85』『統率:Lv45』『並列思考:Lv50』『演算能力:Lv50』『隠密:Lv30』『疑似ダンジョン領域作成:Lv30』 

 

 称号

 

 『魔王』

 

ーーー

 

 訳がわからない。

 ダンジョンマスター?

 ステータス10万?

 スキル多過ぎじゃね?

 勝てる訳ねぇだろ。

 死ぬわ。

 

 そんな色々な考えが頭に浮かび、混乱の極地に達した俺は、

 

「魔王……?」

 

 咄嗟に、唯一理解できた言葉を口にしていた。

 

 俺の言葉を聞いた他の皆が、ぎょっとした顔で魔王を見る。

 そして、クラスメイト達は警戒した顔や、好戦的な顔に。

 王様やアイヴィさんは、敵意剥き出しの顔に。

 十二使徒の三人は、苦々しい顔になった。

 

「そして、お主らが勇者じゃな。

 はじめまして。我の名はカオス。魔王カオスじゃ。

 お主らを殺しに来たぞ」

 

 魔王は、可愛い顔でニッコリと笑いながら、俺達に死刑を宣告した。

 同時に、王都の中へと大量の魔物が雪崩れ込み、街を守る兵士達とぶつかった。



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とある勇者達と魔王軍の戦い

「これは、とんでもない事になりましたねぇ……」

 

 ウォーロックさんが、普段は温厚な声を苦々しく歪めて、真装を出したまま魔王と対峙する。

 それと同時に、騎士団の何人かが王様を連れて教会の中に逃げて行った。

 俺も逃げたい。

 でも、恐怖なのか何なのか足が動かない!

 

「引き裂け━━『ワイルドクロー』!」

「羽ばたきなさい━━『エンジェルウィング』!」

 

 俺がブルッてる間に、ウォーロックさんに続いて、ガルーダさんとエマちゃんも真装を発動した。

 ガルーダさんの手に、本物と見分けがつかない獣の爪が。

 エマちゃんの背中に、神々しい天使の翼が現れる。

 

「我らに勝利を━━『ティルファング』!」

 

 更に、アイヴィさんも真装を出した。

 そして、味方強化の専用効果『勝者の加護(ティルファング)』によって、この場の全員のステータスが大幅に上がった。

 強化された騎士団が魔王に対して剣を向ける。

 

 でも、彼らは動かない。

 動けない。

 多分、彼らは魔王との力の差を理解してるんだ。

 無闇に攻めたら一瞬で死ぬってわかってる。

 

 だが、そんな事が理解できないバカもいた。

 

「おいおい。やらねぇなら、俺がやらせてもらうぜ」

 

 クラスの不良筆頭、郷田がそんなバカな事を口走りながら前に出る。

 

「魔王だか何だか知らねぇが、敵の総大将がこんな所まで出て来るとかバカじゃねぇか。

 俺が仕留めてやるよ!」

「ダイチ!? やめろ!」

 

 アイヴィさんの静止も聞かず、郷田は魔王に向かって突っ込んで行った。

 不良グループが即座に後を追う。

 

「ぶっ壊せ━━『バスターソード』!」

 

 郷田が真装の大剣を出して、魔王に斬りかかる。

 郷田のユニークスキル『破壊王』によってバカみたいに高くなったステータスと、真装のコラボレーション。

 今の郷田の攻撃をまともに食らったら、カルパッチョ教官でも一撃で死にかねないと思う。

 魔王はそんな攻撃を……

 

 あっさりと片手で止めた。

 

「なっ!?」

「ハッハッハッ! 痒いわ!」

 

 そして、反撃のパンチが郷田を襲う。

 それは、本当に軽い一撃に見えた。

 腰も入ってない。

 力も籠ってない。

 カルパッチョ教官が見せてくれたパンチとは比べ物にならない、軽いパンチ。

 女の子が繰り出したって事も相まって、当たっても全然痛くなさそうな錯覚を覚える。

 

 なのに、そのパンチは、咄嗟に防御に回した郷田の真装をあっさりと砕いて、郷田の土手っ腹に風穴を空けた。

 

「あ……あああああああああああ!?」

 

 郷田が、魂でも削られてるんじゃないかと思えるような絶叫を上げた。

 その悲鳴を聞いて、意気揚々と突撃しようとしてた不良グループの足が止まる。

 あいつらは調子に乗っていた。

 自分が負ける訳ないとか思ってたのかもしれない。

 だから、目の前の光景が信じられずに硬直してるんだ。

 

「うっわ、よっわいのう。ステータス以上に弱く感じるわ。あやつの予想は正解じゃったな」

 

 そんな事を言いながら、魔王が倒れた郷田にトドメを刺すべく、地面で腹を抱えて踞る郷田に、蹴りを繰り出した。

 

「『天使の補助翼(エンジェルウィング)』発動!」

「らぁああああ! 《スラッシュクロー》!」

 

 そんな魔王を阻止するように、ガルーダさんが凄いスピードで魔王に突貫した。

 その背中には、エマちゃんと同じ天使みたいな翼が生えてる。

 似合わない!

 でも、強い!

 速い!

 

 そして、ガルーダさんに続いて、ウォーロックさんも突撃した。

 やっぱり翼を生やしてる。

 似合わない!

 でも、強い!

 速い!

 

「我らが魔王を押さえまする! 勇者様達は、早くお逃げを!」

「させると思うか? ドラグライト! 我が遊んでおる間に勇者どもを殺せ!」

「承知した!」

 

 ウォーロックさん達が魔王と戦えてると思って、ちょっと希望が出てきたと思った。

 それを打ち砕く魔王の声。

 その命令を受けたのは、あの巨大なドラゴンだ。

 上空から、ドラゴンでお馴染み、ブレスの発射態勢に入ってる。

 ドラゴンの口に、黒い光が収束していった。

 これって!?

 さっきの黒いレーザービーム!?

 

「させるか! これ以上、我が国での狼藉は許さん! 《フレイムソード》!」

 

 ドラゴンのブレスが発射され、アイヴィさんが剣に纏わせた炎を射出して迎え撃った。

 他の騎士団の人達も魔法でサポートする。

 でも、あまりにもドラゴンが強い。

 強すぎる!

 

「皆! 僕達も加勢しよう! 光れ━━『エクスカリバー』!」

「お、おう! 叩き斬れ━━『カラドボルグ』!」

「わかったわ! 綴れ━━『グリモワール』!」

 

 神道達が真装を出して、それぞれの遠距離攻撃でアイヴィさん達に加勢した。

 他のクラスメイト達も正気に戻って、同じく加勢する。

 俺も、微力ながら魔法を使って援護した。

 本当に微力だけどな!

 

『うぉおおおおおおお!』

「ぬぉお!?」

 

 全員の力を合わせた合体魔法によって、何とかドラゴンのブレスを相殺した。

 それどころか、ブレスを突き破って、ドラゴンの巨体を吹っ飛ばす事にまで成功した。

 やった!

 

 あの化け物相手に反撃に成功した!

 希望が出てきた!

 勝てる!

 俺がそんな希望を抱いた瞬間……

 

「追撃だ! 即座にあのドラゴンを倒し、十二使徒に加勢する……グハッ!?」

『団長!?』

 

 目の前に突然現れた青い炎(・・・)をまとった拳が、騎士団に指示を飛ばしていたアイヴィさんの顔面を殴り飛ばした。

 

 直前まで気配も何もなかった攻撃に、さしものアイヴィさんと言えども防御ができず、吹き飛んで教会の壁にめり込んだ。

 俺は、それをやった下手人を見て、頭が真っ白になった。

 だって、それは俺がよく知る顔だったんだから。

 

「カルパッチョ教官……?」

 

 アイヴィさんを殴った体勢のまま停止するカルパッチョ教官は、いつもの暑苦しさなんて欠片もなく、不気味な程に静かで。

 俺にはそれが、カルパッチョ教官の姿をしたナニカにしか見えなかった。

 

 更なる衝撃の展開に俺が混乱している間にも、事態は動く。

 今度は、どこからともなく飛来した氷のビームが、魔木を狙って飛来する。

 

「え? キャアアアアア!?」

「彩佳!?」

 

 その攻撃を咄嗟に剣が庇って、二人とも怪我をした。

 そして、ビームが飛んできた場所を見れば、これまた知った顔がある。

 

「ランドルフさん……!?」

 

 ランドルフお爺様と仲が良かった魔木が、傷を押さえながら驚愕の声を上げる。

 何が起きているのかわからない。

 超展開すぎて頭が付いていかない。

 

 だが、まだ終わらない。

 この悪夢は、異世界無双のぬるい夢に浸かっていた俺達を、容赦なく潰しにきた。

 

「ギャアアアアアアア!?」

 

 今度は、倒れていた筈の郷田の悲鳴が聞こえた。

 見れば、仮面を付けた女が、倒れる郷田にザクザクと剣を突き刺していた。

 何度も、何度も。

 郷田がミンチみたいになって、動かなくなるまで。

 

「え……死んだ……?」

 

 クラスメイトの誰かが、ポツリとそう呟いた。

 死んだ。

 郷田が死んだ。

 クラスメイトが死んだ。

 

 それを理解した瞬間、俺はドッと冷や汗をかき、凄まじい悪寒と恐怖に襲われた。

 

 確かに、郷田はいけ好かない奴だった。

 不良で、自分勝手で、真装を使えない俺をバカにしてきて。

 でも、同じ境遇のクラスメイトだったんだ。

 つまり、そんな郷田が死んだのなら、次は俺の番かもしれない。

 

 超展開すぎて付いていけなかった頭が、一つだけ明確な事実を理解する。

 

 ここは戦争中の世界で、戦えば当然、人は死ぬ。

 勇者だって死ぬ。

 何が異世界無双だ。

 甘かった。

 甘すぎた。

 そこら中の砂糖を残らずぶち込んだミルクティーのように、俺達の考えは、胸焼けがしてゲロを吐くレベルで甘すぎたんだ。

 

「《聖闘気》!」

 

 そして、ミンチになった郷田の死体を見てゲロを吐く奴が大量発生し、俺もまたゲロと過呼吸で何もできなくなる中、

 神道がユニークスキル『勇者』によって習得できる専用のスキルを発動して、真っ先に女へと斬りかかった。

 でも、振りかぶった神道の剣は止まる。

 女が防いだ訳じゃない。

 神道が自分で止めたのだ。

 

 何故なら、神道が動いた瞬間、女が仮面を外したから。

 

 あの顔を見て、神道が戦える訳がない。

 だって、それは神道が好きだった人の顔なんだから。

 

「え?」

 

 悪い事は重なる。

 理解できない超展開も重なる。

 現実というやつは、俺達の頭が追い付くのを待ってはくれない。

 俺はまるで現実逃避のように、そんな事を思った。

 

「守……?」

 

 神道が、彼女の名前を口にする。

 学校中のアイドルで。

 不登校になってからしばらく経つのに、誰一人としてその顔を忘れないような、絶世の美少女。

 そんな彼女はたった今、元クラスメイトを殺したというのに、欠片も動揺した様子がなくて。

 

 本城(ほんじょう)(まもり)さんは、まるで人形のような無表情で俺達を見つめていた。

 そして、目を見開いて動揺する神道に向かって、本城さんは剣を振るった。



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61 勇者狩り

 お披露目式が行われる時間。

 私、というかオートマタは、裏路地の中から式典の会場である教会のテラスを見つめていた。

 現在は、国王っぽい偉そうな中年が、テラスで演説を行っている。

 多分、それが終わったら勇者どもが出て来るんだと思う。

 

 オートマタをここに配置した理由は、二つ。

 一つは確認の為。

 勇者どもの正体が、本当にクラスメイトどもなのかの確認。

 もしそうなら、オートマタ()の顔で多少は精神的な揺さぶりがかけられるかもしれないから、できればクラスメイトどもであってほしい。

 まあ、先生一行がいた以上、十中八九間違いないだろうと思ってるけど。

 

 で、もう一つの理由は、何とか魔王を出し抜いて、私の方で勇者を殺せないかなと思ってるから。

 復讐したいという気持ちも多少は影響してるけど、本命は勇者を殺す事による莫大な経験値と、ユニークスキル持ちのゾンビを手に入れる事。

 まあ、ゾンビに関しては、先生のLvを鑑みるに、対魔王用の戦力としては当てにならないと思う。

 でも、先生ゾンビみたいな掘り出し物があるかもしれないし、普通の戦力として考えれば悪くはないだろうから、積極的に殺っていきたい。

 

 そんな事を考えてる内に、教会のテラスに勇者どもが現れた。

 ……うん。

 クラスメイトどもだ。

 不愉快な顔がいくつもある。

 この距離だと鑑定ができないけど、そんな事しなくてもわかる。

 でも、私が殺した分を差し引いても数が少ないな。

 これは、どういう事だろうか?

 

 ちょっと首を傾げてたんだけど、それを気にしてる時間はなかった。

 突如、モニターから轟音が聞こえてくる。

 多分、魔王が到着して何かやったんだろうと思えば、案の定、黒いレーザービームみたいなのが王都を破壊する光景が目に飛び込んできた。

 

 慌てて転送機能を使い、オートマタを回収。

 あのままだと、大枚はたいたオートマタが、フレンドリーファイアに巻き込まれて消滅するところだった。

 おのれ魔王。

 私の事、一切考えずにぶちかましやがって。

 いや、オートマタが消滅しても私は死なないとわかってるからやったんだろうけど。

 それでも、いつか殺してやりたい。

 まあ、怖いから下剋上なんて起こす気はないけどさ。

 

 そんな事を考えつつ、そろそろレーザービームの嵐が過ぎ去ったかなー、と思った辺りで、先生ゾンビのテレポートを使ってオートマタを王都に戻した。

 オートマタを王都に。

 略して王都マタ……いや、何でもない。

 

 下らない事を考えながら王都に戻れば、目の前に城みたいに大きな黒いドラゴンの姿があった。

 あれが、ウチに来た魔王軍幹部の真の姿か。

 ずっとあの状態なら、サイズ的にダンジョンには入って来れないから安心できるのに。

 

 それに、王都の色んな所から戦闘音が聞こえてくる。

 魔王本人が戦ってるのか、それとも他のモンスターを召喚したのか。

 まあ、なんにせよ本格的に戦争が始まったっぽい。

 

 私が状況把握に努めていると、教会の裏口から飛び出してくる集団を見つけた。

 多分、というか間違いなく、戦場となった王都から逃げる為だと思う。

 でも、そいつらを見て私は思った。

 なんとも運が良いと。

 

 教会から飛び出して来たのは、黒髪黒目の見覚えがある奴らが7人くらいと、鎧姿の護衛っぽいのが数人。

 何故か、お披露目式に参加しなかった残りの勇者で間違いない。

 それにしても、昨日の先生達といいい、こうも都合のいいタイミングで遭遇できるなんて、なんたる幸運。

 今までの不幸の反動が来てるのか、それとも運命が私に復讐を果たせと言っているのか。

 まあ、どっちでもいいや。

 私のやる事は変わらない。

 

 私はオートマタの近くに、戦力として熱血ゾンビと爺ゾンビを召喚し、熱血ゾンビを壁にしてオートマタを突撃させた。

 

「燃エ滾レ━━『ヒートナックル』」

「え?」

 

 真装の力によって5000を超えた熱血ゾンビのスピードに対応できず、護衛の一人が間の抜けた声を上げた瞬間、熱血ゾンビのパンチによって上半身を爆発四散させた。

 

「キャアアアアア!?」

 

 クラスメイトの一人が、身を切るような絶叫を上げた。

 他のクラスメイトも相当動揺してる。

 でも、護衛の兵士達は意外と落ち着いたもので、仲間が一人死んだのに、そこまで動揺していない。

 剣を構えて、熱血ゾンビとオートマタに対峙している。

 

 手練れか。

 そう思って鑑定してみれば、どいつもこいつも、平均ステータス2000超えの大物揃いだった。

 オートマタより強い。

 そんなのが10人。

 なるほど、勇者の護衛を任される訳だ。

 

 でも、その程度の戦力じゃ私は止められない。

 

「凍リツケ━━『ヴァナルガンド』」

「な!?」

「《アイシクルノヴァ》」

 

 真装を解放した爺ゾンビの援護射撃が飛来する。

 狙いはクラスメイトども。

 護衛なら、護衛対象を守る為に、身を盾にするしかないよね。

 

「ぐっ!?」

 

 真装を解放した爺ゾンビの魔力は、2万を超える。

 そんな攻撃に、高々2000ぽっちのステータスしか持たない護衛達が耐えられる訳もない。

 速攻で凍りついて砕けた。

 ギリギリ生き残った奴らも、熱血ゾンビの追撃によって呆気なく死ぬ。

 

 そして、クラスメイトどもは丸裸になった。

 そいつらを、オートマタを使って流れ作業で殺していく。

 

「ひっ!? や、やめて!」

「助けてください! 助けてください!」

「い、嫌だ! 死にたくないぃいいい!」

「いだい!? 死ぬぅううう!?」

 

 醜い悲鳴には聞く耳持たぬ。

 オートマタの持つ剣、創造ゾンビに造らせておいた『ミスリルソード』の切れ味を確かめるように、撫で斬りにしていく。

 もたもたしてたら、さっきの黒いレーザービームとかで経験値を横取りされそうだから。

 それでも、できるだけ痛くて苦しむような斬り方したのはご愛敬だ。

 

 そうして、私はこっちにいた勇者を全滅させた。

 それが終わった瞬間、ドラゴンが教会目掛けて黒いレーザービーム、ブレスを放つ。

 ああ、あれ魔王じゃなくて、このドラゴンの仕業だったのか。

 って、呑気に観察してる場合じゃない!?

 

 急いで勇者の死体を回収し、ゾンビ二体とオートマタも回収しようと思ったけど、なんだか様子がおかしい。

 教会から放たれた魔法が、ドラゴンのブレスと拮抗しているのだ。

 それどころか、ちょっと押し返してる。

 

 これは、もしかしたらもしかするかもしれないと思った私は、とりあえず死体だけ回収して、代わりに隠密ゾンビを王都に送り、

 オートマタとゾンビ三体の気配を『神隠し』で消して、既に天井がなくなっている教会のテラスへと向かわせた。



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62 勇者狩り 2

 オートマタ達がテラスに到着した時、そこにいる敵はほぼ全員がドラゴンのブレスを相殺する為の魔法を放っていた。

 それに全神経を集中してるのか、神隠しの効果も相まって、こっちに気づいてる奴は一人もいない。

 

 あと、遠目に一際派手な戦闘が見える。

 世界観が違うんじゃないかって程、広大な王都を盛大にぶっ壊しながらの戦いが見えた。

 多分、あそこで戦ってるのは魔王だろうな。

 相手は、護衛にいるかもしれないって言ってた十二使徒とやらの可能性が高そう。

 

 というか、マジで魔王とまともに戦える人間が存在するんだね……。

 恐ろしい事この上ないけど、今はチャンスだ。

 今なら、魔王を出し抜いて勇者狩りができそう。

 

 並列思考のスキルを使い、そんな考察と同時にこの場にいる戦力の鑑定を行う。

 鑑定が有効な半径10メートル以内に近づいても、誰も気づかないとか。

 神隠しがヤバイ。

 成長される前に潰せて、本当に良かった。

 

 それはともかく。

 鑑定した結果、この場で一番厄介そうなのは、こいつだった。

 

ーーー

 

 人族 Lv90 

 名前 アイヴィ・ブルーローズ

 

 状態 真装発動中

 

 HP 12400/12400(6200)

 MP 8421/10080(5040)

 

 攻撃 10510(5255)

 防御 9986(4993)

 魔力 9800(4900)

 魔耐 10002(5001)

 速度 11442(5721)

 

 ユニークスキル

 

 『真装』

 

 スキル

 

 『HP自動回復:Lv35』『MP自動回復:Lv31』『剣術:Lv50』『火魔法:Lv40』『統率:Lv25』

 

ーーー

 

 強い。

 平均ステータス約5000で、真装込みなら1万。

 しかも、一番厄介なのはステータスではなく、真装の能力だ。

 

ーーー

 

 真装『ティルファング』 耐久値30000

 

 効果 全ステータス×2

 専用効果 『勝者の加護(ティルファング)

 

 真装のスキルによって顕現した力。

 本来の持ち主以外が使う事はできない。

 

ーーー

 

 勝者の加護(ティルファング)

 

 味方全員のステータスを大幅に向上させる。

 

ーーー

 

 ふざけてるのは、『勝者の加護(ティルファング)』による強化の倍率だ。

 なんと、全ての味方のステータス1.5倍!

 ちょっと、チートとしか言えない。

 ゴブリンゾンビの『蛮族の狂宴(バーバリアン)』とは比べ物にならないよ。

 まあ、あっちは一律でステータス+1000だったから、雑魚の群れを率いる場合は、ゴブリンゾンビの方が強いんだろうけど。

 唯一の救いというか、弱点は、この強化が自分にまでは及ばないってところか。

 

 そして、次点でヤバイのが勇者。

 どいつもこいつも真装を会得してて、ユニークスキルを二つ持ってるって時点で相当ヤバイ。

 けど、やっぱりLvが低すぎるから、そこまでの脅威って程じゃない。

 

 でも、勇者の中にも別格が三人くらいいて、そいつらは現時点でも相当の脅威だ。

 特に、こいつ。

 

ーーー

 

 異世界人 Lv28

 名前 シンドウ・ユウマ

 

 状態 真装発動中 強化中

 

 HP 33750/33750(7500)

 MP 28831/33750(7500)

 

 攻撃 31500(7000)

 防御 31275(6950)

 魔力 32175(7150)

 魔耐 30978(6884)

 速度 32508(7224)

 

 ユニークスキル

 

 『勇者』『真装』

 

 スキル

 

 『HP自動回復:Lv14』『MP自動回復:Lv30』『聖闘気:Lv21』『神聖魔法:Lv20』『剣術:Lv19』

 

 称号

 

 『勇者』『異世界人』

 

ーーー

 

 勇者

 

 全ステータスを大幅に上昇。

 専用スキル『聖闘気』『神聖魔法』を習得。

 

ーーー

 

 真装『エクスカリバー』 耐久値100000

 

 効果 全ステータス×3

 専用効果 『勇者の聖剣(エクスカリバー)

 

 真装によって顕現した力。

 本来の持ち主以外が使う事はできない。

 

ーーー

 

 勇者の聖剣(エクスカリバー)

 

 魔を斬り払う勇者の力。

 魔に属する者に対して特化ダメージを与える。

 

ーーー

 

 

 ふざけるな。

 なんだ、平均ステータス3万て。

 いくら、真装と『勝者の加護(ティルファング)』で強化されてるからって、これはない。

 その真装だって、今まで見てきた中で最強の性能だし。

 それを抜きにしても、Lv28で平均ステータス7000。

 スキルだって、どことなく魔王と被るチートスキルがいくつかあるし。

 『勇者の聖剣(エクスカリバー)』の効果だって、私にとっては相性最悪だ。

 

 これ、成長したら本気で魔王に届くかもしれないよ。

 確信した。

 勇者を召喚した女神とやらの本命はこいつだ。

 私に色欲全開の目を向けてきた変態のくせに、こんなに強いとは。

 腹立つ。

 

 残りの別格二人、魔木と剣も強いけど、こいつには到底及ばない。

 できれば、こいつだけはここで確実に仕留めたいけど、今動かせる戦力だと倒せる気がしない。

 リビングアーマー先輩IN私なら勝てるかもしれないけど、あれは最終手段だから論外。

 誠に遺憾だけど、こいつを倒したいなら、魔王が戻って来るのを待つしかなさそう。

 なら、私はそれまでに他の戦力を削っておこうか。

 

『うぉおおおおおおおお!』

「ぬぉお!?」

 

 あ、私が戦力分析してる間に、合体魔法がドラゴン吹っ飛ばした。

 ドラゴンが、結構なダメージ食らって王都の中に墜落する。

 でも、死んではいなさそう。

 死んでたらゾンビにしてたのに。

 いや、魔王が近くにいたら謀反と捉えられかねないから無理か。

 

 まあ、とにかく。

 今、敵の目はドラゴンに釘付け。

 ドラゴンのブレスでオートマタが消し飛ぶ恐れもなくなった。

 よし。

 私もそろそろ動こう。

 

 まずは、神隠しの効果が持続した熱血ゾンビに、一番厄介なアイヴィとかいう女を襲わせる。

 こいつがいるだけで、この場の敵全員が超人になってしまう。

 最初に脱落させるべき奴だ。

 

 という事で、熱血ゾンビに指示。

 前にリビングアーマー先輩に向けて放った、あの捨て身の全力攻撃をぶちかまして来いと。

 

「《オーバーヒート》」

 

 そのアーツの発動と同時に、熱血ゾンビのHPが急速に減り始める。

 代わりに、熱血ゾンビの拳が、とてつもない破壊力を持った青い炎に包まれた。

 その状態で、アイヴィとかいう女の顔面に全力パンチ。

 神隠しの効果で、こっちから仕掛ける直前まで察知されなかった攻撃は、相手がノーガードという事もあり、ステータス差を覆して、アイヴィとかいう女に大ダメージを与えた。

 

『団長!?』

 

 敵の雑兵が驚愕する中、アイヴィとかいう女の真装が解除され『勝者の加護(ティルファング)』の効果が切れる。

 熱血ゾンビに追撃を指示しつつ、相手が動揺している内に次の一手を打つ。

 これまた、神隠しの効果で隠させた爺ゾンビに、魔木と剣を狙わせる。

 

「《アイシクルノヴァ》」

「え? キャアアア!?」

「彩佳!?」

 

 狙い通り、冷凍ビームが二人に命中する。

 殺せなかったのは残念だけど、それでも半身が凍りついて砕けるくらいのダメージは与えた。

 これなら、もう一手で確実に退場させられる。

 

 続いて、オートマタも動かす。

 何故か、既に虫の息になってる勇者が一人いたので、そいつの経験値を回収するべく、トドメを刺す。

 

「ギャアアアアア!?」

 

 おっと、一撃じゃ死ななかったか。

 これは予想外。

 悲鳴を上げる暇もなく殺そうと思ったのに。

 さすが勇者。

 無駄にしぶとい。

 

 仕方ないので、ミスリルソードで死ぬまで刺した。

 頭部がグッチャグチャのミンチになって絶命するまで刺した。

 よく見たら、こいつは私に度々絡んできて「俺の女になれよ」とか血迷った事を言いまくってたクソゴミカスだったので、恨みを籠めて念入りに刺した。

 

 その作業が終わるまで、数秒もかからない。

 復讐としては物足りないけど、また莫大なDPと経験値が入ってきたから良しとする。

 クソゴミカスも、最期くらいは私の役に立った。

 

 さて、他のが動揺して止まってる間に、さっさと次の奴を……

 

「《聖闘気》!」

 

 とか思ってたら、色欲勇者こと神道が例のチートスキルを発動させながら、オートマタに向かって突撃してきた。

 まだスキルLvが低いせいか、ステータスの上昇率はそれ程でもないけど、オートマタにとっては十分すぎる脅威だ。

 まともに食らったら、一撃で壊されると思う。

 

 だからこそ、私はオートマタの仮面を外した。

 

 敵の更なる動揺を誘う為に。

 敵がオートマタに攻撃するのを躊躇うように。

 心の隙を作って、その隙を容赦なく突く為に。

 私は、オートマタの仮面を外した。

 

「守……?」

 

 すると予想通り、日本の平和ボケが抜けきっていないと思われる勇者様は、殺し合いの最中だというのに動きを止めた。

 (本体)は、そのバカっぷりにほくそ笑みながら、ひたすらに無表情なオートマタを使って、隙だらけの神道を突き刺した。



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63 勇者狩り 3

「ぐっ……!?」

 

 正確無比に振るわれたオートマタの剣は、人体急所の一つである神道の眼球を貫くも、やっぱりステータス差が大きすぎるせいか、眼球の奥にある脳にまでは届かなかった。

 左目一つ潰しただけで、おしまい。

 残念だけど、私じゃこいつを倒せないっていうのは、半ば確信してた事だ。

 だから、落胆はない。

 それよりも、次の一手を放つ方が優先。

 

「悠真!?」

 

 神道のピンチに狼狽した魔木と、その魔木を庇っている剣の背後に、神隠しで気配を消した先生ゾンビを忍び寄らせる。

 そして、

 

「《テレポート》」

「え!?」

「何っ!?」

 

 二人をテレポートで、この場から消し去る。

 送り先は、ウチのダンジョンの第二階層に新しく造った、中ボス部屋。

 その名の通り、ボスモンスターを倒さない限り脱出不能のボス部屋として設定してある。

 この部屋のボスは、創造ゾンビによって造られたミスリルで出来たゴーレム。

 ゴーレムのサイズに合わせた巨大な盾と剣で武装し、しかもボス部屋の効果でステータスが3倍になったゴーレム。

 それに加えて、大量のトラップと取り巻きモンスターが侵入者を叩き潰す。

 その中には、不死身ゾンビとゴブリンゾンビも交ざってる始末だ。

 おまけに、第二階層なので、もちろん毒霧がデフォルトで漂っております。

 

 これぞ、私の造った対お客様用トラップ!

 テレポートで、モンスターハウスにボッシュートである!

 

 凶悪な致死率を誇る最凶トラップだけど、自分から聖域に侵入者を招き入れる行為だから、あんまりやりたくはない。

 けど、必要とあらばやる。

 使える手は使う。

 それが私のやり方だ!

 

 ついでに、そろそろMPが限界に達してきた隠密ゾンビと先生ゾンビも、テレポートでダンジョンに戻しておいた。

 貴重な戦力だから、ここで戦いに巻き込んで破壊するのも嫌だしね。

 

「彩佳! 恭四郎!」

 

 突然消えた二人に動揺して、神道がそっちを振り向く。

 よそ見してる場合じゃないと思うけど、隙が出来るのは大いに結構だから何も言わない。

 無言で、爺ゾンビの冷凍ビームが、追撃として神道を襲う。

 

「うっ!?」

 

 爺ゾンビの魔法攻撃力なら神道にも通じる。

 それで殺せるかと言ったら微妙なところだけど、足止めくらいにはなると思う。

 その間に、私は他のクラスメイトどもを殺そう。

 ただ、爺ゾンビは神道の足止め。

 熱血ゾンビは、敵の雑兵と戦ってて手が離せない。

 オートマタだと、ステータス的に勇者の相手をさせるのは、ちょっと不安だ。

 それに、オートマタは失った時のコストが痛い。

 

 なので、新しい手駒を造る事にした。

 ちょうどよく新鮮な勇者の死体があったので、DPを使って、それをゾンビ化する。

 死体を中心に、いつもの魔法陣が現れ、頭部をグチャグチャミンチにされた上に、何故か土手っ腹に風穴が空いてる死体が起き上がる。

 クソゴミカスゾンビの出来上がりだ。

 いや、それだとわかりにくいから、ユニークスキルの『破壊王』にちなんで破壊ゾンビと呼んでおこう。

 ちなみに、ステータスはこんな感じ。

 

ーーー

 

 ハイゾンビ Lv27(lock)

 名前 ゴウダ・ダイチ

 

 HP 1/904

 MP 290/300

 

 攻撃 6321

 防御 770

 魔力 101

 魔耐 741

 速度 450

 

 ユニークスキル

 

 『破壊王』『真装』

 

 スキル

 

 『HP自動回復:Lv8』『剣術:Lv3』

 

 称号

 

 『勇者』『異世界人』

 

ーーー

 

 破壊王

 

 攻撃のステータスを大幅に上昇。

 

ーーー

 

 まあ、強いっちゃ強い。

 凄まじくバランス悪いけど、攻撃だけはやたらと高いし。

 真装の能力次第では、普通に使えると思う。

 けど、肝心の真装が何故か出ない。

 破壊でもされたんだろうか?

 まあ、それでも、死の恐怖とホラー現象のせいで完全に戦意喪失してる勇者相手なら、普通に勝てるんじゃないかな。

 

 という訳で、DPで破壊ゾンビのHPを多少は回復させてから、勇者に向けて突撃させる。

 ついでに、黒鉄ゴーレムも何体か召喚しておいた。

 破壊ゾンビは足が遅いけど、黒鉄ゴーレムとオートマタのサポートもあり、加えて勇者どもが腰を抜かしてるのもあって、普通に戦えた。

 

「い、嫌ぁああああ!?」

「死ぬ! 死ぬぅ!」

「ああ、なんで……夢の異世界生活だった筈なのに……」

 

 そんな断末魔の声を上げながら、勇者どもは死んでいった。

 狂乱しながら放たれた反撃で破壊ゾンビがズタボロにされたけど、気にする事はない。

 どうせ、勇者どもの戦意を挫く為に使っただけの使い捨てだ。

 こんなバランスの悪いステータスじゃ、今後もろくな活躍は見込めないだろうし、HPが0になった時点で、さっさと還元しておいた。

 

 さて、この調子で、残りの勇者もさっさと殺そう。

 

「やめろぉおおお!」

 

 と思ったら、ここで神道が爺ゾンビの魔法を掻い潜って、こっちに向かって来た。

 黒鉄ゴーレムを破壊しながら、残りの勇者どもを守るような位置に立つ。

 だったら、爺ゾンビの魔法で集中砲火してやろう。

 そう思ったんだけど、それは無理みたいだ。

 

「さっきはよくもやってくれたな! 俺の完璧な肉体に傷をつけおって! 今度は油断せんぞ! 

 雄叫べ━━『ドラゴンオーラ』!」

 

 このタイミングで、吹っ飛んでたドラゴンが戻ってきたのだ。

 しかも、真装を発動している。

 なんか、オーラっぽい何かがドラゴンを包み込んだ。

 

「我が肉体美から放たれる、本気の一撃を受けて塵と化すがいい! 《ドラゴンクロー》!」

 

 思いっきり大きく振りかぶったドラゴンの腕が、戦場となっていた教会を叩き潰すように振るわれる。

 ヤバイと思った私は、全ての戦闘を放棄して、爺ゾンビと熱血ゾンビにオートマタの近くへ来るように指示し、転送機能でダンジョンへと緊急待避させた。

 そして、すぐに多少はMPが回復した先生ゾンビのテレポートを使って、教会から少し離れた場所へオートマタを転送。

 オートマタ視点のモニターに映ったのは、ドラゴンの一撃が教会を木っ端微塵に粉砕するところだった。

 

「これは、終わったかな?」

 

 多分、神道は死んでないと思うけど、残りは全滅してる気がする。

 仮に生きてたとしても、私がトドメを刺す事はできない。

 ドラゴンが暴れる現場に突撃しても、バラバラにされるのがオチだろうから。

 

 勇者の経験値を取られてしまった……。

 まあ、でも半分以上の勇者は私が殺れたんだし、及第点と思っておこうか。

 とりあえず、もう出番がなさそうな熱血ゾンビと爺ゾンビは、未だに中ボス部屋で抵抗を続ける魔木と剣の討伐に向かわせておいた。

 

「《フォトンブレード》!」

「グォオオオ!?」

 

 と、その時、瓦礫の山となった教会から飛び出した神道が、いかにもな光り輝く斬撃で、ドラゴンの翼を斬り落とした。

 マジかい。

 ちょっと、予想以上に強いな神道。

 あんなのと正面から戦ったら勝ち目薄いわ。

 オートマタのデザインを弄らなくてよかった。

 

 そんな事を思いつつ、神道とドラゴンがぶつかり合うのを見物しようとしてた時、━━突如、上空から降ってきた何かが、両者の間に落ちてクレーターを作った。

 

 クレーターの中身を見る為に、無事だった建物の上にオートマタを登らせる。

 そうして、土煙が晴れた後に目を凝らせば、クレーターの中心にいたのは、ボロボロになった一人の人間だった。

 ただし、犬っぽい耳が頭から生えてる。

 獣人か。

 リーフにこの世界の人種の事は聞いたから、獣人がいるのは知ってたけど、実物は初めて見た。

 

 続いて、その獣人を追いかけるように翼の生えた女が飛来し、同じく翼が生えた巨人が飛来した。

 ……翼が生えてる人種なんていたっけ?

 この距離だと、鑑定使えないのが痛いな。

 

「ほう! 我が遊んでおる間に、随分と片付いたようじゃな!」

 

 そして最後に、黒い大剣を手に持った魔王が現れた。

 飛んで来た三人と神道が、魔王と正面から対峙する。

 という事は、あの三人が十二使徒かな?

 なんにせよ、残りの役者が揃った。

 いよいよ最終局面だね。

 

 さて、魔王とドラゴンが戻って来た以上、あそこに参戦しても、巻き込まれて無駄に戦力を失うだけだろうな。

 なので、私は狩り残した勇者を確実に仕留めるべく、オートマタをダンジョンへと帰還させる事にした。



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とある勇者の心が折れる音

 痛い。

 怖い。

 辛い。

 異世界生活を舐め腐ってたバチが当たったのか、俺は今、激痛の中で苦しんでいた。

 この痛みは体の痛みだけじゃない。

 心も痛い。

 心身共に悲鳴を上げてる。

 

 体の痛みは、さっきのドラゴンの一撃で教会がぶっ壊れた時に、瓦礫の下敷きになったから。

 それでも俺は運が良い方だ。

 他の奴らは瓦礫じゃなくて、ドラゴンの爪か掌に押し潰されてミンチになったんだから。

 ドラゴンの爪が鼻先を通過して行った時の恐怖は、多分、一生忘れられない。

 あと一歩立ち位置がズレてたら、俺も他の連中と同じ道を辿ってた。

 

 そして、心の痛みは恐怖と罪悪感だ。

 恐怖は言わずもがな。

 今だって、近くにいるドラゴンや魔王、本城さんの姿をした魔物の事が、怖くて怖くて堪らない。

 

 でも、あんな化け物達を相手に、俺にはできる事があった。

 無力な俺が、唯一皆の役に立てる事。

 鑑定。

 魔王やドラゴンのステータスを正しく伝えていれば。

 何より、本城さんの姿をした魔物、オートマタや、カルパッチョ教官、ランドルフお爺様の鑑定結果を神道に伝えられていれば。

 こんな事にはならなかったかもしれないのに。

 

 なのに、俺は何もしなかった。

 怖くて、何もできなかった。

 

 何が他の奴らみたいに無双したいだ。

 戦う覚悟すらなかった、最低クソカスゴミクズ野郎が、よくもそんな事を言えたな。

 ちょっと前までの俺をぶん殴ってやりたい。

 目を覚ませって言ってやりたい。

 妄想に浸ってないで現実を見ろって言ってやりたい。

 そうしたら、もう少し何かが変わったかもしれないのに。

 

 それに引き換え、神道は凄いよ。

 好きな子の姿した敵に片目を潰されて、目の前でクラスメイト皆殺しとか見せられてるのに、それでも戦意喪失してない。

 今も、仇を討つと言わんばかりに、ドラゴンに挑みかかって行った。

 あれが本物の勇者か。

 俺みたいな、なんちゃって勇者とは大違いだ。

 

「う、ぐぅ……!」

 

 そんな勇者様の戦いに巻き込まれたくない一心で、瓦礫の下から這い出す。

 クソ雑魚ナメクジな俺とはいえ、鍛えといてよかった。

 

 そして、そんな俺以外にも、瓦礫の下から這い出してくる人影があった。

 

「い、いったい、何がどうなって……」

「アイヴィさん!?」

 

 瓦礫の下から出てきたのは、鎧姿の金髪の美人。

 騎士団長のアイヴィさんだった。

 でも、その美貌は見る影もない。

 カルパッチョ教官……いや、カルパッチョ教官のゾンビに殴られた時の傷が痛々しく残っているのだ。

 顔は焼き爛れて、両目はともに潰れている。

 HP自動回復で多少は治ってるけど、まだ目は見えないだろう。

 

「大丈夫ですか?」

 

 俺は痛む体を引き摺ってアイヴィさんの所まで行き、回復魔法をかけた。

 といっても、俺のステータスとスキルLvじゃ、気休め程度の回復しか見込めない。

 本当に、自分が無力すぎて泣きたくなってくる。

 

「その声……ケンジか? すまないが、何が起きているのか教えてくれ。

 何故か、戦いの途中から記憶がないんだ」

 

 俺が回復魔法を使い始めると、アイヴィさんはそんな事を言った。

 ああ、そうか。

 アイヴィさんは多分、カルパッチョ教官の一撃で気絶しちゃったんだ。

 思いっきり顔を殴られたって事は、思いっきり頭を打ったようなもんだし、無理もない。

 

 俺は、とりあえずアイヴィさんに、現状を簡潔に伝えた。

 勇者も騎士もほぼほぼ全滅して、残りは神道だけっていう絶望的な現状を。

 

 そして、説明が終わった瞬間、向かい合う神道とドラゴンの間に、猛スピードで何かが落ちてきた。

 それが飛んできた方を見て……俺は更なる絶望の底に落とされた。

 

「ケンジ、今の音は……?」

「……アイヴィさん、どうやら俺達は詰んだみたいです」

 

 俺が諦めに支配された心境でそう語ると同時に、戻って来た最悪の敵もまた、口を開いていた。

 

「ほう! 我が遊んでおる間に、随分と片付いたようじゃな!」

 

 吹き飛ばされてきたガルーダさん。

 そんなガルーダさんと同じくらいボロボロの、ウォーロックさんとエマちゃん。

 対して、快活に笑う魔王は無傷。

 絶望だ。

 絶望の光景としか言えない。

 もう抗う気力すら失せるわ。

 

「魔王……!」

 

 だが、俺の心がバッキバキに折れても、神道の心はまだ折れてないみたいで、敵意に満ちた顔で魔王を睨み付けていた。

 神道は、チラリと心配そうな視線で三人を見た後、とりあえず命に別状はないと判断したのか、視線を魔王に戻して問いかけた。

 

「魔王。お前に一つだけ聞きたい事がある。お前は、守に何をした?」

「む? お主はマモリの知り合いなのか?」

「ああ、そうだ」

 

 神道……盛り上がってるとこ悪いけど、多分あれ本城さんじゃないよ。

 いや、あのオートマタ動かしてるのは本城さんなんだろうけど。

 鑑定結果の中に『製作者 ホンジョウ・マモリ』ってあったし。

 

「ほー。あやつに知り合いがいたとは意外じゃのう。

 じゃが、我はあやつに何もしておらんぞ。強そうな奴じゃったから、魔王軍に入ってみんかと誘っただけじゃ。

 まあ、軽く脅しはしたがの」

「やっぱり……! お前のせいで守はあんな事を……!」

 

 神道……多分それも違う。

 本城さんには、俺達を恨む理由があるんだから。

 

「それだけじゃない! お前はこの街を壊し、何の罪もない人達を殺した! 決して許される事じゃない!

 魔王! 俺はお前を倒す!

 お前を倒して、死んでいった人達の仇を討ち、そして守を解放してみせる!」

「ハッハッハ! いいじゃろう! かかって来るがいい! 勇者よ!」

 

 そうして、俺の見ている前で、最後の希望をかけた戦いが始まった。

 凄まじく勝ち目の薄い、笑いたくなる程、絶望的な戦いが。



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とある勇者の心が折れる音 2

「シンドウ様! お待ちください!」

「《フォトンブレード》!」

 

 ウォーロックさんの制止を無視して、神道の真装、エクスカリバーが光を纏って魔王に牙を剥いた。

 あれは、ユニークスキル『勇者』の効果によって習得できるスキル『神聖魔法』による光。

 普通の魔法とは威力が桁違いだ。

 それが、魔物殺しの専用効果『勇者の聖剣(エクスカリバー)』と合わさって炸裂する。

 いくら魔王と言えども、まともに食らえばダメージくらい入るだろう。

 

 そう、まともに食らえば。

 

「よっ」

「ッ!?」

 

 魔王は、まるで郷田の攻撃を止めた時みたいに、片手であっさりと神道の攻撃を止めた。

 今回はその手に剣を握ってるけど、やられる方にしてみれば関係ないだろう。

 どっち道、魔王との間に、絶望的なまで力の差があるって事に変わりはないんだから。

 

 魔王が神道とつばぜり合う腕に力を籠め、軽く薙いだ。

 それだけで、神道が冗談みたいに吹き飛ぶ。

 どんなチートだよ。

 本当に勘弁してほしい。

 

「魔王よ。助太刀はいるか?」

「いらぬ。お主は十二使徒の相手でもしておれ。弱りきったあやつらなら、お主でも殺れるじゃろう」

「あいわかった!」

 

 魔王とドラゴンの間で、そんな会話が交わされ、神道の援護に回ろうとしていたウォーロックさん達が、ドラゴンに襲われる。

 これで協力プレイも封じられた。

 まるで詰め将棋のように、逃れられない終末に向かって、着々と進んでいるような感じがする。

 

「くっ……! 《シャイニングレイ》!」

「ハッ! か弱いのう」

 

 神道の放った神聖魔法。

 正統派のレーザービームを、魔王は軽く剣を振って斬り裂く。

 

「そうら、お返しじゃ! 《ダークネスレイ》!」

「ぐっ……!?」

 

 今度は、魔王が黒いレーザービームを放った。

 神道の魔法どころか、明らかにドラゴンのブレスよりも強力な一撃が神道を呑み込む。

 ああ、終わった……。

 

「ぐぅ……!」

「ほう。まだ生きておるのか。やはり他の勇者とは一味違うようじゃな」

 

 と思ったら、ボロボロになりながらも、神道はまだ生きてた。

 でも、それで状況が好転する訳じゃない。

 マンガとかだったら、ここから奇跡の大逆転勝利があるのかもしれないけど、ここは理不尽で残酷な現実だ。

 圧倒的な力の差は、どう足掻いても埋められない。

 ネズミは、猫に勝てない。

 

「しかし、まあ、お主が成長しておれば厄介だったじゃろうな。

 弱い内に潰せて万々歳じゃよ。

 では、さらばじゃ。未熟な勇者よ」

 

 魔王が、ボロボロの神道に向かって、黒い剣を振り上げた。

 そして、それが高速で振り下ろされ、既に避ける力も残っていない神道を、今度こそ殺して……

 

「うぉおおおおおおおお!」

「ぬ!?」

 

 その直前、ドラゴンを振り切ったらしい血塗れのウォーロックさんが、神道と魔王の間に割って入って、黒い剣の一撃を真装の大盾で防いだ。

 代わりに、盾には凄いヒビが入ったけど、ウォーロックさんは気にも留めずに叫ぶ。

 

「エマ! シンドウ様だけでも連れて逃げなさい! あなたの『天使の補助翼(エンジェルウィング)』ならば逃げ切れる!」

「し、しかし……」

「十二使徒としての使命を果たしなさい! 人類の希望を絶やしてはなりません!」

「……了解しました」

 

 ウォーロックさんの叱責を受けて、エマちゃんが覚悟を決めたような雰囲気になる。

 そんなエマちゃんの視線が一瞬こっちに向いて、俺と目が合った。

 驚愕された。

 でも、エマちゃんは速攻で驚愕を振り払って、神道に右手を、俺とアイヴィさんに左手を向けながら、そのスキルを発動させる。

 エマちゃんの真装の専用効果を。

 

「『天使の補助翼(エンジェルウィング)』発動!」

「な、なんだ!?」

 

 俺達三人の背中から、エマちゃん達と同じ天使のような翼が生え、俺達の意思に関係なく、体がフワリと宙に浮かぶ。

 目の見えていないアイヴィさんがびっくりしてしまった。

 これが『天使の補助翼(エンジェルウィング)』の効果。

 対象に魔力で出来た翼を生やし、飛行能力を与えると共に、まるでバーニアのように対象者の動きをサポートする。

 そして、今みたいに、その翼の動きをエマちゃん自身が操る事もできるらしい。

 だからこそ、既に動けない二人や、逃げる気力すら失った俺の体を勝手に動かして、全力逃走する事ができる。

 

「逃がすか!」 

「行かせませんよ! 命に懸けて貴様を止めます!」

「オラァアアアアア!」

「ええい! 鬱陶しい! というか、ドラグライト! もっとしっかり仕事せい! マモリを見習え!」

「すまん! こいつら、予想以上に強かったのだ!」

 

 そんな会話が、凄い勢いで遠ざかって行く。

 ああ、これは、もしかしたら助かったのかもしれない。

 

 でも、生き残ったところで、俺にできる事はないだろう。

 

 もうダメだ。

 心が折れてしまった。

 ごめんなさい、カルパッチョ教官。

 俺にはもう、ポジティブシンキングなんて無理です。

 俺にはもう、戦いの場に赴く勇気すら残ってないんです。

 

 俺はもう、勇者なんかじゃない。

 圧倒的な恐怖に心をへし折られた、ただの負け犬だ。

 

 飛行する俺の背後から、凄まじい轟音が聞こえた。

 ウォーロックさんとガルーダさんが、命を捨てて恐怖の化身と戦ってる音だ。

 そんな二人に守られて、そして、エマちゃんに助けられて。

 生きる気力すら失った(負け犬)は、勇者のおまけとして、何の価値もない命を拾ったのだった。



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64 勇者狩り 4

 私は、オートマタをダンジョンに戻した後、即座に第二階層、中ボス部屋へと向かわせた。

 そこでは、テレポートで拉致った魔木と剣が、未だに抵抗を続けているのだ。

 と言っても、それも悪足掻きでしかないんだけど。

 

 あの二人は、初手の爺ゾンビによる不意討ちで、かなりのダメージを負った。

 それに関しては、魔木の回復魔法である程度は治したみたいだけど、中ボス部屋のモンスターハウスを前に完全回復する暇なんてある筈もない。

 むしろ、回復中を狙って袋叩きにしたから、当初よりもダメージは蓄積してるくらいだ。

 

 ちなみに、こいつらのステータスは、こんな感じ。

 

ーーー

 

 異世界人 Lv27

 名前 マギ・アヤカ

 

 状態 真装発動中

 状態異常 毒 疲労

 

 HP 41/150

 MP 991/21000(7000)

 

 攻撃 56

 防御 48

 魔力 21600(7200)

 魔耐 109

 速度 66

 

 ユニークスキル

 

 『大賢者』『真装』

 

 スキル

 

 『MP自動回復:Lv15』『光魔法:Lv20』『闇魔法Lv:20』『火魔法:Lv20』『水魔法:Lv20』『風魔法:Lv20』『土魔法:Lv20』『氷魔法:Lv20』『雷魔法:Lv20』『回復魔法:Lv20』

 

 称号

 

 『勇者』『異世界人』

 

ーーー

 

 大賢者

 

 MP、魔力のステータスを大幅に上昇。

 魔力関連スキルの獲得熟練度を大幅に上昇。

 

ーーー

 

 真装『グリモワール』 耐久値10000

 

 効果 MP×3 魔力×3

 専用効果 『叡智の魔導書(グリモワール)

 

 真装のスキルによって顕現した力。

 本来の持ち主以外が使う事はできない。

 

ーーー

 

 叡智の魔導書(グリモワール)

 

 一度手にした魔導書を読み取り、そこに書かれた全ての魔法を無条件に使用可能となる。

 魔法スキルの効果を大幅に上昇させる。

 

ーーー

 

 まずは、魔木。

 私の大魔導先輩に酷似したスキル『大賢者』の効果で、爺ゾンビにすら迫る魔力を持ち、

 更に『叡智の魔導書(グリモワール)』を有効活用する為なのか、魔法スキルが全属性揃ってる。

 引き出しの数が多いというのは普通に脅威だ。

 

 ただし、やっぱり経験が不足してるのか、爺ゾンビに比べて動きがぎこちない。

 まるで、リビングアーマー先輩とトラップの同時操作に慣れてなかった頃の私みたいに、自分の能力を十全には発揮できない感じがする。

 まあ、ピンチでテンパってるっていうのもあるんだろうけど、それを差し引いても未熟だ。

 

 そして、剣の方は、こんな感じ。

 

ーーー

 

 異世界人 Lv27 

 名前 ツルギ・キョウシロウ

 

 状態 真装発動中

 状態異常 毒 疲労

 

 HP 333/2400(1200)

 MP 21/1100(550)

 

 攻撃 15700(7850)

 防御 2464(1232)

 魔力 402(201)

 魔耐 2336(1168)

 速度 15328(7664)

 

 ユニークスキル

 

 『剣聖』『真装』

 

 スキル

 

 『HP自動回復:Lv18』『MP自動回復:Lv14』『剣術:Lv38』

 

 称号

 

 『勇者』『異世界人』

 

ーーー

 

 剣聖

 

 攻撃、速度のステータスを大幅に上昇。

 剣術スキルの獲得熟練度を大幅に上昇。

 

ーーー

 

 真装『カラドボルグ』 耐久値30000

 

 効果 全ステータス×2

 専用効果 『達人剣士の愛剣(カラドボルグ)

 

 真装のスキルによって顕現した力。

 本来の持ち主以外が使う事はできない。

 

ーーー

 

 達人剣士の愛剣(カラドボルグ)

 

 斬撃による攻撃力を大幅に強化する。

 

ーーー

 

 うん。

 強い。

 魔木とは反対に、とことん物理に特化したステータス。

 おまけに、魔木とは違って動きが良い。

 素人に毛が生えたレベルの剣技ではなく、ちゃんとした武道家っぽい動きだ。

 多分、元々、この世界に来る前から武術の嗜みがあったんだと思う。

 

 そんな剣がモンスター軍団を相手に無双し、魔木が光魔法で光源を確保したり、トラップやガーゴイルによる遠距離攻撃を魔法で防いだりして、なんとかサポートする。

 それによって、こいつらはギリギリ生き残ってきた。

 

 でも、それもここまでだ。

 

 二人ともHP、MPは残り僅か。

 特に、魔木を庇い続けてきた剣は、もう限界。

 今も、ほら。

 壁から矢を射出して魔木を狙えば、剣がそれを庇って隙を晒し、不死身ゾンビの槍に脇腹を貫かれた。

 風前の灯火に過ぎないHPが更に減る。

 

「恭四郎!?」

「大丈夫だ! それより集中しろ彩佳!」

 

 そう叫んで、剣は不死身ゾンビの頭蓋を叩き割った。

 でも、その程度の損傷は『不死身の英雄(アキレウス)』によって即座に回復する。

 逆に、攻撃の隙を突いてゴブリンゾンビが動き、魔木に向かって斧を振りかぶった。

 真装を解放したゴブリンゾンビの動きに、魔木は反応できていない。

 

「キャアアア!?」

 

 結果、魔法の発動も間に合わず、ただ涙声で悲鳴を上げて、反射的に目を閉じてしまう。

 そして、そうなった魔木を放っておける剣ではない。

 この戦いをずっと見ていれば、そのくらいの事は予測できる。

 

「彩佳!」

 

 ほら。

 剣は、自分の身を顧みずに魔木を救い、代わりにゴブリンゾンビの一撃を受けて壁まで吹き飛んだ。

 そこへ容赦なくゼロ距離から矢を放ち、剣の両肩を貫く。

 よろめいて前に出たところで、今度は足下の剣山を起動。

 腕に続いて、脚を破壊した。

 

「ぐっ!?」

「恭四郎!?」

「ッ!? 彩佳! 避け……」

 

 剣が警告を発しようとしたけど、もう遅い。

 魔法の発動すら忘れて呆然としていた魔木を、近くにいたロックゴーレムが殴り飛ばし、剣の近くへと吹っ飛ばした。

 魔木のステータスだと、ロックゴーレムの一撃ですら致命傷だ。

 

「あぐっ!?」

「彩佳!」

 

 痛みに耐えかねたのか、まだMPは残ってるというのに、魔木の真装である本が消滅。

 同時に剣のMPも切れ、真装の剣も消滅。

 これにて、チェックメイトだ。

 私は、こいつらに相応しいトドメを刺すべく、オートマタを中ボス部屋の中へと入れた。

 死にかけの二人の視線が、開かれた扉の方へと向き、オートマタと目が合う。

 

「久しぶり。魔木さん、剣くん」

「あ、あぁ……」

「本城ぉ!」

 

 魔木は顔を真っ青にして、逆に剣は顔を真っ赤にしてオートマタを見た。

 魔木は恐怖で、剣は怒りかな?

 なんにしても、そういう反応をしてくれると、わざわざオートマタを出して殺す甲斐がある。

 他の奴らを効率優先でサクッと殺しちゃった分、こいつらは復讐優先で殺してやろうと思ってたから。

 

 生き地獄を味わわせてやる。

 楽に死ねると思うなよ。

 

「さあ、死ぬ準備はいい?」

 

 私は、ただ怖がらせる為だけにそう言って、オートマタを二人に向かって歩み寄らせた。



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65 勇者狩り 5

 オートマタを歩かせ、まずは魔木に近づかせる。

 近づくごとに魔木の顔が青くなり、小刻みに震え、ボロボロの体を引き摺って逃げようとした。

 

 なので、とりあえず両腕両脚をオートマタの足で踏みつけ、へし折っておいた。

 

「ギャアアアアアアア!?」

「彩佳ぁ!」

 

 魔木が悲鳴を上げる。

 それにしても、ギャアアア、って。

 女らしくない声だなぁ。

 ゴブリンに犯されてた連中でも、もう少しマシだったよ?

 

 まあ、それはともかく。

 続いて、痛みに悶える魔木の服をズタズタに引き裂く。

 そして、抱き起こして股を開かせ、一糸纏わぬ姿と恥部を男子()の前に晒してやった。

  男子からの嫌らしい視線という、私が味わった地獄を少しでも味わえという粋な計らいだ。

 

「やめろ本城っ!」

「い、痛いよぉ……」

 

 ……まあ、剣は劣情よりも心配と怒りが先にきてるみたいだし、魔木は痛みでそれどころじゃなさそうだから、効果は今一つだったけど。

 まあ、気を取り直して次に行く。

 私は、オートマタに腰の収納の魔道具の中から、小さな杖を取り出させた。

 

「これ、なんだかわかる?」

 

 返事はない。

 剣は怒りに満ちた視線でオートマタを睨むだけだし、魔木は痛みにうめいて泣くだけ。

 答えないなら仕方ない。

 教えてあげよう。

 

「これは水の魔道具。MPを籠めると水の魔法が発動するの。

 まあ、攻撃に使える程の威力じゃないから、飲み水の確保とかに使うんだけどね」

 

 そう。

 それは、今も私がお世話になってる水の魔道具の杖だ。

 どうも旅の必需品扱いだったみたいで、侵入者の殆どが持ってたんだよね。

 だから、在庫は結構ある。

 ここで一本ダメにしちゃっても惜しくはない。

 

 (オートマタ)はそれを、魔木のある部分(・・・・)に押し当てた。

 ところで、苦悩の梨という物をご存知だろうか?

 中世ヨーロッパで開発されたとされる拷問器具なんだけど、この杖はその代わりみたいなものだ。

 使い方次第で、それと似たような事ができる。

 まあ、こっちの方がエグいかもしれないけど。

 

「お、お前……! まさか!?」

「そのまさか」

「……え?」

 

 驚愕する剣と、困惑する魔木を無視して、私は無慈悲に告げる。

 

「じゃあ、いくよ」

「やめろ! やめろぉ!」

 

 そうして、あんまり時間を掛けず、しかし、私の思いつく限りでは凄まじく残酷な処刑が幕を開けた。

 

 

 

 

 

「たす……けて……悠真……」

 

 処刑が進み、末期の状態になった時。

 最後の最後に、魔木が掠れきった小さな声で、そう呟いた。

 ユウマ。

 たしか、神道の下の名前だったっけ?

 この状況で口にするなんて、よっぽど信頼してたのか、それとも好きだったのか。

 なら、魔木への最後の言葉は決まりかな。

 

「安心して」

 

 私は魔木の耳元に話しかけた。

 オートマタの無機質な声で。

 どこまでも無慈悲に。

 心をへし折る言葉を。

 

「神道くんもその内、あなたの後を追わせてあげるから。

 その時は、あなたの死体が役に立つでしょうね。

 私は、死体を使ってゾンビを造る事ができるから。

 大切な友達が突然襲ってきたら、神道くんはきっと、ろくに戦えもせずに死んでくれると思うし」

「あ、ああ……」

 

 もっとも、その神道も今頃、魔王に殺されてると思うけどね。

 そこまでは言わなかったけど、魔木は私の言葉を聞いて、心から絶望したみたいな表情を浮かべた。

 

 そして、その直後、━━遂に魔木は、見るも無惨な姿となって息絶えたのだった。

 

「彩佳ぁあああ!」

 

 剣が悲しみの絶叫を上げる。

 魔木のHPは0になった。

 もう死んだのだ。

 剣がどれだけ泣き叫ぼうとも、生き返る事はない。

 

「本城ぉおおおお! 許さねぇ! 絶対に許さねぇ! 殺してやる! 殺してやるぅううう!」

 

 剣が、滂沱の涙を流しながら、ズタズタになった手足を必死で動かして、オートマタの方へ這いずって来る。

 まるでホラー映画のようだ。

 怖いから、さっさと殺してしまおう。

 

 さて、こいつはさっきから彩佳彩佳と連呼して煩いし、死んだらこんなに怒り悲しんでいるし、よっぽど魔木が大切だったんだろう。

 なら、その大切な人の手で、ズタズタに引き裂かれてもらおうか。

 

 私は、魔木の死体を使い、例によってハイゾンビを作成。

 死体を中心に魔法陣が浮かび上がり、無惨な姿のまま魔木の死体がムクリと起き上がる。

 

「彩佳!?」

 

 剣が困惑と驚愕、そしてほんの僅かに期待が籠ってるような声を上げた。

 生き返ったとか、死んでなかったとか、そんな奇跡を信じたくなる気持ちはわかるけど、それはない。

 そして、僅かでも希望を抱くと、絶望はより深くなるものだ。

 

 私はダンジョンマスターとしての力を使い、無言で魔木ゾンビに命令した。

 ダンジョンのモンスターとして、魔木ゾンビは命令に忠実に従い、魔法を発動させる。

 

「《ストーンブラスト》」

 

 出来上がったのは岩の弾丸。

 それが剣の頭上に浮かぶ。

 魔木ゾンビは、その魔法を躊躇なく発動させ、勢いよく射出された岩の弾丸が、剣の下半身を撃ち抜いた。

 腰の骨とかと一緒に、剣の男の象徴がグチャッと潰れた。

 

「~~~~~~~~~~~!?」

 

 剣が声にならない叫びを上げる。

 それを無視して、魔木ゾンビに更なる命令を下す。

 今度は、オートマタの声も使って。

 

「殺れ」

 

 その一言が発せられた瞬間、魔木ゾンビが新しい魔法を発動させる。

 

「《アイスランサー》」

 

 今度の魔法は、爺ゾンビも使っていた氷の槍。

 ただし、爺ゾンビの物よりもかなり細い。

 これは、できるだけ死体を傷つけないようにする為だ。

 ゾンビにするには、死体は綺麗な方がいい。

 

 そして、細い氷の槍が、悶絶する剣の心臓を刺し貫く。

 

 これによって、剣もまたHPを0にして死亡した。

 DPと経験値が入ってくる。

 これにて、侵入者のお掃除完了。

 勇者狩りも終了だ。

 残りの勇者は魔王が狩ってるから、私には手が出せないしね。

 

「ふー、終わったー」

 

 そして、一応の復讐を成し遂げた私は、どこかスッとした気分で勝利の味を噛み締めた。

 

「さて」

 

 それじゃあ、こっちは終わった事だし、魔王の首尾の確認とリーフの回収を兼ねて、オートマタをもう一回王都に送りますか。

 戦果確認は、その後だね。

 そうして、私は最後に一仕事をこなすべく、先生ゾンビのテレポートで、仮面を付け直したオートマタを、王都へ向けて転送した。



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66 勇者狩り終了

 オートマタを王都に送った時、そこはもはや街としての原型を留めていなかった。

 瓦礫の山を通り越して、更地一歩手前だよ。

 ゴ◯ラが暴れるよりも酷い。

 恐るべし超生物。

 でも、遮蔽物がないせいで、簡単に魔王を見つけられたのはよかった。

 見つけた魔王の下へと、オートマタを向かわせる。

 

「おお、マモリか! 今回はようやってくれたのう! 褒めてつかわす!」

「ありがとうございます」

 

 そして魔王もこっちに気づいたみたいで、笑顔でサムズアップしながら、そう言ってきた。

 その足下では、巨人族っぽい爺が虫の息になってる。

 血みどろな上に、両腕を失った状態で、魔王に頭を踏みつけられていた。

 ……身長5メートルくらいある巨体が、中学生くらいの魔王に踏みつけられてるとか、絵面的に凄いシュール。

 

 とりあえず、この巨人を鑑定してみた。

 

ーーー

 

 巨人族 Lv92

 名前 ウォーロック

 

 状態異常 瀕死

 

 HP 6/19054

 MP 0/17744

 

 攻撃 12450

 防御 18000

 魔力 11000

 魔耐 17999

 速度 11550

 

 ユニークスキル

 

 『神の加護』『真装』

 

 スキル

 

 『HP自動回復:Lv51』『MP自動回復:Lv44』『盾術:Lv71』

 

ーーー

 

 神の加護

 

 神によって貸し与えられた力。

 全ステータス+10000

 

ーーー

 

 うわ、強い。

 未熟な勇者より余裕で強いじゃん。

 これが十二使徒か。

 恐ろしい。

 そして、こんな化け物をほぼ無傷で制圧してる魔王は、もっと恐ろしい。

 

 ……しかし、ユニークスキル『神の加護』か。

 全ステータス+10000というチート効果に加えて、魔王の話通りなら、こいつを殺しても、このスキルは次の誰かに移るんだよね。

 貸し与えられた力ってからには、こいつを生かしたまま監禁しても、スキルを引っこ抜く事くらいできそうだし。

 うわぁ、やってられない。

 

「邪悪なる魔王よ……貴様に、女神様の天罰が下らん事を……」

 

 本体の私が思いっきり顔をしかめていた時、死にかけの巨人がそんな事を言い出した。

 その言葉を聞いた瞬間、魔王の顔から笑顔が消える。

 心底不快そうな目で、足下の巨人を睨み付けた。

 モニター越しでもわかるくらい殺気がだだ漏れだ。

 怖い。

 

「黙れ。耳障りじゃ。女神に尻尾を振る事しか脳のない駄犬めが」

 

 そして、魔王は足に力を籠め、巨人の頭を踏み潰した。

 魔王の超ステータスによる踏みつけは、なんかもう爆発音がした。

 効果音が、グチャリじゃなくて、ドカンだよ。

 巨人の頭部が跡形もなく消し飛んでる。

 ……魔王の機嫌を損ねたら、私もこうなるのかな。

 怖いわぁ。

 早く抗えるだけの力を付けなくては。

 

「さて、ここでの戦いはこれにて終わりじゃ。よくやったのう、マモリよ」

「はい」

「おい、魔王よ。俺への労いはないのか?」

「喧しいわ、ドラグライト。お主は今回、殆ど役に立っておらんかったじゃろうが。

 罰として、街の外に降ろしてきたリーフを回収して来い」

「ぐぬぬ」

 

 不満そうに唸りながらも、ドラゴンは魔王の指示通りに飛び立った。

 しかも、リーフを迎えに行ってくれるらしい。

 意外と社員への気配りができた職場だな魔王軍。

 最悪、リーフは道案内が終わった時点で、用済みじゃ死ね! ってなっても仕方ないと思ってたんだけど、無事ならそれに越した事はない。

 

「あ、そういえばマモリよ。シンドウとかいう勇者がお主の事を知り合いとか言っとったんじゃが、どういう関係じゃ?」

「クズです」

「ふぁ?」

 

 おっと、反射的に答えてしまった。

 もう少し、ちゃんと説明しておこう。

 私が勇者の仲間と思われたら堪らないし。

 

「私の事を性的な目で見てきた下郎です。死んでくれて精々しています」

「あ、あー……つまりギランのような奴という事かの?」

「その通りです」

 

 あんな奴、ゴブリンと大差ない。

 というか、世の中の男どもは皆ゴブリンと大差ない。

 大っ嫌いだ。

 

「あー、その、それは悪い事をしたのう……」

 

 ん?

 なんか、魔王が心底申し訳なさそうな顔でオートマタを見てきた。

 何故に、今の流れでそんな顔になるのか?

 

「すまぬ。シンドウとやらを含めて、何人か取り逃がしてしもうたんじゃ。

 いや、こやつらが、予想外にしぶとくてのう」

 

 魔王が、首のなくなった巨人の死体を軽く蹴りつけながら、そう言った。

 ……は?

 逃がした?

 神道を?

 

「おおう、マジか……」

 

 私は思わず嘆きの声を上げ、オートマタはフリーズした。

 あんな、成長したら魔王に匹敵するかもしれない化け物が野放しとか、ダメでしょ、それ。

 こうなったら、魔木に語った作戦を大真面目に検討するしかないかも。

 正直、魔王と共倒れになってくれるのがベストなんだけど、それは運任せになるから却下で。

 運に頼らなくても殺せる手段は持っておきたい。

 

 しかし、これで勇者も敵で、魔王も潜在的な敵か。

 憂鬱だ。

 カムバック平穏。

 ……いや、ちょっと待って。

 私、この世界に来てから平穏なんて一度も味わってないような。

 ダンジョンにはひっきりなしに侵入者が来てたし。

 お、恐ろしい事実に気づいてしまった。

 

「マモリ? おーい」

 

 魔王がフリーズしたオートマタの前で手を振ってるけど、戦慄する私は反応できない。

 そして結局、ドラゴンがリーフを連れて来るまで、オートマタはフリーズし続けたのだった。



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67 ご褒美

「大分疲れてるようじゃのう、マモリよ。もう帰ってゆっくり休め」

 

 そんな魔王の言葉に甘え、私はオートマタとリーフを、転送機能でダンジョンに帰還させた。

 これからの作戦とかは、カオスちゃん人形を通して追って知らせるとの事。

 まあ、作戦って言っても、獣の群れでしかない魔王軍らしい大雑把なものになるって言われたけど。

 

 それはさておき。

 戦いを終えてダンジョンに戻って来たんだから、気分転換がてら、とりあえず約束を果たそう。

 私はオートマタを操作し、リーフの頭を撫でた。

 

「わ!? ご主人様?」

「お疲れ。よく頑張った」

 

 (オートマタ)は仮面を外しながら、どことなく暗い顔をしていたリーフの頭を、できるだけ優しく撫でた。

 奴隷(ペット)の躾には褒める事も重要。

 クロスケの時に学んだ。

 その甲斐あって、あいつは決められた場所でトイレをするようになったし、この躾方に間違いはない筈だ。

 その証拠に、リーフの顔が若干穏やかになった。

 

「あなたは、私の言った仕事をきちんとこなした。

 だから、約束通りご褒美をあげる。少し目を閉じてて」

「は、はい」

 

 リーフが目を閉じている間に、魔王との交渉の時に使った椅子とテーブルを倉庫から転送して、この場に置く。

 続いて、DPを使ってある物(・・・)を購入。

 それをテーブルの上に置き、目を瞑ったままのリーフを椅子に座らせた。

 

「目を開けていいよ」

「はい。わぁ……!」

 

 目を開けたリーフが感嘆の声を上げた。

 テーブルの上に置いてあるのは、お子様ランチだ。

 ただし、DPで出した日本の(・・・)お子様ランチ。

 前にカツ丼を出した時もそうだったけど、ダンジョンコアはダンジョンマスター()の情報を読み取ってるから、こうして私の記憶の中にある日本の料理を出す事ができる。

 そして、王都とかの食堂で出てきた料理を見る限り、食文化はこの世界より日本の方が上だ。

 つまり、このお子様ランチは、この世界の住人にとってはご馳走になると思う。

 

「食べてよし」

「は、はい! いただきます!」

 

 そうして、リーフは美味しそうにお子様ランチを食べ始めた。

 お腹空いてたんだろう。

 せいぜい、よく噛んで食べるといい。

 私はそんなリーフを、なんとなくオートマタ越しに見続けていた。

 

 

 そして、お子様ランチを食べ終えた後、リーフはウトウトとし出して、すぐに寝てしまった。

 疲れたんだろう。

 魔王とドラゴンがここを出発してから王都に着くまで結構時間があったし、その間、あの二人と一緒に居続けたら、そりゃ疲れる筈だ。

 私が本体で同じ事をしたら、反動で10年は引きこもると思う。

 

 そんなお疲れペットを布団に寝かし、私も疲れたので居住スペースのベッドで休む。

 こうして、長い長い一日がやっと終わったのだった。



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68 勇者狩り、戦果

 翌日。

 ぐっすり寝たけど、勇者と魔王という悩みの種のせいで快眠はできず、まだ昨日の疲れが残ってる感じで目覚めた。

 私が心の底から安心して眠れるのは、あの二人を殺して、大きな脅威を排除しきった時だろう。

 安眠までの道は遠い。

 

 そんな憂鬱な気持ちでベッドから這い出し、顔を洗った。

 ご飯は……まだいいや。

 まだ寝てるリーフの餌やりの時に、一緒に食べよう。

 

 さて、目は覚めたし、この朝の時間は昨日の戦果確認に使うとしようか。

 昨日は疲れてたから、確認作業やる前に寝ちゃったしね。

 

 で、昨日の勇者狩りで手に入った物だけど。

 まず最初はDPから行こう。

 昨日一日を通して入手できたDPは、150万DP。

 過去最高の収入だ。

 やっぱり、勇者狩りはしゅごい。

 

 次に、ゾンビにする為の死体。

 こっちに関しては、期待してた程じゃないかな。

 お披露目式に出てた連中の死体は、回収する暇も還元する暇もなかったし。

 回収できてたとしても、Lvが低すぎて大した戦力にはなってなかったと思う。

 大きな戦力になりそうなのは、魔木と剣のゾンビだけだ。

 

 でも、お披露目式に出てなかった勇者。

 教会から出てきたところを仕留めた連中に関しては、予想外の収穫だった。

 ほぼ全員が非戦闘系のユニークスキル持ちで、お披露目式に出てた連中よりLvが低かったから、直接的な戦力としては使えないけど、

 その代わりに、隠密ゾンビや創造ゾンビみたいに、痒い所に手が届くようなゾンビが何体か手に入ったのだ。

 

 まず、ユニークスキル『錬金術』を持った、錬金ゾンビ。

 このスキルは色んな事ができるみたいだけど、中でも一番注目したのは、合成という能力。

 物と物を合成、つまり二つの物を一つにして、その性能を大幅に向上させるっていう能力だ。

 これを使えば、リビングアーマー先輩の素材になってるオリハルコンを強化して、更なる戦力向上が見込める。

 素材による強化は頭打ちだと思ってたけど、まさかこんな裏技があったとは。

 

 早速、創造ゾンビにミスリルの量産をやめさせ、代わりにオリハルコンに匹敵する上位金属、ヒヒイロカネとかアダマンタイトとかの創造を始めさせた。

 これだけ上位の金属となると、一日に造れる量が少なくて、完全体リビングアーマー先輩になるのはしばらく先だろうけど、それは仕方ない。

 時間を掛ければ大幅な強化が見込めるってだけでも、破格の効果だと思わないと。

 

 ちなみに、これに伴って量産型ミスリルゴーレム計画は白紙になったけど、それも仕方ない。

 魔王みたいな絶対強者に対抗するには、そこそこ強いモンスターを大量に造っても意味ない。

 滅茶苦茶強いモンスターじゃないと勝負にすらならないんだから。

 

 それはともかく。

 次は、ユニークスキル『調教』を持った、調教ゾンビ。

 このスキルは、一定以上HPが減った相手を調教というか、テイムして味方にするスキルだ。

 某ポケットなモンスターに搭載されてる、モ◯スターボールみたいなスキルだと思えばいい。

 そして、まだ試してないからわからないんだけど、このスキル、もしかしたら人間(・・)にも有効かもしれない。

 どう考えても対モンスターを想定してるスキルだけど、鑑定結果には、人間に効かないとは書かれてないのだ。

 もしそうなら、これからの作戦の幅が大きく広がりそう。

 まあ、できればの話だけどね。

 それがダメでも、使い道はいくらでもあるスキルだから問題なし。

 

 思わぬ拾い物は、この二体のゾンビだけかな。

 残りは、石盾や破壊ゾンビみたいに中途半端なステータスしかない奴、もしくは『農業』とかのダンジョンでは使い道が思いつかないユニークスキル持ちだったりしたので、さっさと還元した。

 150万DPっていうのは、そういう還元分も含めての数字である。

 

 アイテムに関しては、ほぼ収穫なし。

 今回はアイテム回収してる暇がなかったからね。

 更地になった王都から色々と火事場泥棒してくる事もできそうだけど、それはやらない。

 既に魔王が回収してそうだし、何より他に当てがあるから。

 

 で、次が最後の戦果。

 大本命である経験値だ。

 これは本当に凄い。

 なんと!

 私のLvは、一気に85にまで上がったのだ!

 ステータスは、こんな感じ。

 

ーーー

 

 ダンジョンマスター Lv85 

 名前 ホンジョウ・マモリ

 

 HP 920/920

 MP 100080/100080

 

 攻撃 451

 防御 449

 魔力 55800

 魔耐 680

 速度 497

 

 ユニークスキル

 

 『大魔導』

 

 スキル

 

 『MP自動回復:Lv61』『雷魔法:Lv19』『回復魔法:Lv19』『並列思考:Lv30』『演算能力:Lv30』『統率:Lv15』

 

 称号

 

 『勇者』『異世界人』『誤転移』

 

ーーー

 

 MPが驚異の10万超え!

 魔力も5万超えてる!

 魔力に関しては、Lvアップだけじゃなくて、魔法の練習を始めてからめっちゃ伸びた。

 やっぱり、ステータスっていうのはLvだけでは推し量れないらしい。

 努力って大事。

 

 それに、このステータスなら、あとは私が真装を会得して、リビングアーマー先輩を着込んだ上での戦い方をマスターすれば、魔王にもギリギリ対抗できるかもしれない。

 現状、魔王との敵対はイコールで死だ。

 でも、勝ち目が少しでも出てくると、精神的にかなり楽になると思う。

 勝率0%と0.1%じゃ全く違うんだ。

 もしかしたら何とかなるかもしれない。

 その思いは人を強くしてくれる。

 

 よし!

 これからも頑張ろう!

 魔王と勇者がなんぼのもんじゃー!

 私は必ず奴らを超えて、最強の引きこもりになってやるぞー!

 そして、絶対に夢の平穏な引きこもりライフを手に入れてみせる!

 憂鬱なんて吹き飛ばせ!

 

「おー!」

 

 私は一人、居住スペースにおいて拳を天に突き上げ、気合いを入れたのだった。



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69 そうだ、街を潰そう

 気合いを入れたその日の内に、私は次の行動を開始した。

 リーフが起き出してきたので、とりあえず一緒に朝食を取り、

 その後、リーフに色々と質問してから「ちょっと出掛けてくる」と言って、オートマタを目的地へと派遣。

 

 今回の目的地は、リーフを購入したボルドーの街だ。

 隠密ゾンビを同行させて、神隠しのスキルで門を素通りする。

 この時、先生ゾンビも一緒に連れて行くのがミソだ。

 先生ゾンビのテレポートは、一度行った場所にしか転移できないから。

 

 隠密ゾンビをダンジョンに戻し、オートマタはそのまま先生ゾンビと共にボルドーの街を歩かせる。

 行き先は、街の四方に設置された他の門だ。

 ボルドーの街は(というより、この世界の殆どの街は)魔物対策の城壁に囲まれている。

 そして、この街の城壁には、東西南北に一つずつの門が設置されてるらしい。

 リーフからそう聞いた。

 

 実に都合がいい。

 この街を滅ぼすのに。

 

 そう。

 私は今日、この街を滅ぼすつもりなのだ。

 前にも考えたけど、ダンジョンとの距離的に、この街は滅ぼした方がいい。

 街を滅ぼすだけの戦力を外に出すのは若干不安だけど、前よりもダンジョンの防衛力は上がってるから大丈夫だろう。

 

 それに、今はこの国の王都が滅んだ状態だ。

 多分、ここでどんなに暴れても援軍は来ない。

 それどころか、私が何もしなくても、数日中には元王都から雪崩れ込むだろう魔王軍によって、国内は蹂躙されると思う。

 だったら、私が潰しちゃっても問題ない筈だ。

 

 なんで私がわざわざそんな事するのかと言ったら、ひとえに経験値の為としか言えない。

 勇者狩りで大幅にLvを上げた私だけど、まだまだ魔王の足下にも及ばない。

 だったら、少しでも力の差を埋める為に、少しでも多くの経験値がいる。

 滅び行く国の街や村なんて、無防備で狩りやすい絶好の鴨を見逃す理由がないのだ。

 この街を潰した後は、手を伸ばせる範囲にある人間の集落を片っ端から潰す予定なんだから。

 

 でも、経験値とDPを得る為には、ただ殺すだけじゃダメ。

 ちゃんと、ダンジョン領域内で殺さないと。

 これには当然、前に村を滅ぼした時みたいにオートマタの疑似ダンジョン領域を使う訳だけど、

 疑似ダンジョン領域の範囲である、半径10メートル以内で街の全ての住人を殺すなんて、とてつもない作業だ。

 時間もかかるし、下手したら取りこぼしも出る。

 だからこそ、準備はしっかりと。

 住人全てを袋のネズミにして、確実に殺せるように。

 

 という訳で、先生ゾンビを連れて、四方の門全てにテレポート可能な状態にした。

 そしたら、すぐに計画実行。

 今回は別に目立っても援軍は来ないって事で、昼間から盛大に殺る事にした。

 

 まずは四方の門へと、それぞれゾンビ軍団とゴーレム&ガーゴイル軍団を派遣し、門を爺ゾンビや魔木ゾンビの氷魔法と、ガーゴイルの土魔法で塞ぐ。

 そして、門を守れるだけの戦力を残し、他は村を潰した時と同じように、端から追い詰めるように散開。

 城壁付近の家に火をつけ、住人が火から逃げて中心に集まるようにした。

 

 この時、予想外の活躍をしたのが調教ゾンビ。

 思った通り『調教』のスキルが人間にも有効だったのもあるけど、予想外だったのは、その効果でかなりの大人数を操れた事だ。

 調教ゾンビはLvが低い。

 その分、スキルを発動させる為のMPも低い。

 だから、調教のスキルも乱発はできないと思ってた。

 

 だが、しかし。

 どうも調教のスキルは、成功率はともかくとして、発動には大したMPを使わないらしい。

 ゴーレムとかが弱らせて、調教ゾンビがモン◯スターボールを投げる。

 これによって、実に数百人を同時に操る事ができた。

 物は試しって事で投入したけど、まさかここまでの成果を上げるとは。

 

 操った連中は、手駒として使った後に、オートマタが近づいた時点で自害させた。

 使ってみた感覚としては、奴隷紋を刻まれた奴隷に近いかな。

 ゾンビと違って意識も自我もしっかり残ってるけど、命令には絶対服従みたいな。

 でも、リーフみたいに長期的な駒にしようとは思わない。

 泣きながら隣人を襲い、オートマタを睨みながら絶命していく連中を見てたら、そんな気は失せる。

 怒りと悲しみと憎しみのオンパレードだもの。

 そんなのを手駒にして、何かの拍子に支配が解けたら怖いじゃん。

 残らず皆殺しにしましたとも。

 

 そうして、実に効率よくボルドーの街は滅んだ。

 抵抗する兵士や冒険者もいたけど、ここは生前の不死身ゾンビごときが最強と呼ばれていた街。

 それよりも遥かに強いステータス万超えのゾンビに加えて、量産型のゴーレム&ガーゴイル軍団という、質を備えた数の暴力に勝てる筈もなく、半日もかからずに壊滅した。

 村の時と違って、面倒だったから証拠隠滅に建物を一軒一軒還元するような真似はしなかったけど、しっかり街全域に火は放ったから、生き残りはいないと思う。

 生き残ってる住人は、意図的に残した奴らだけだ。

 

 そして今、オートマタはその生き残りの目の前にいる。

 この街での最後の仕事をする為に。

 現在地は冒険者ギルド。

 目の前には、半殺しにした上に調教のスキルで操ったギルド職員が多数。

 

 さあ、今こそ異世界物のテンプレ、冒険者登録の時間だ。



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70 冒険者登録(殺)

 やっぱり、これからも人間社会に潜入して情報収集するなら、身分証はあった方がいい。

 そこで目を付けたのが冒険者。

 今までの旅で、冒険者の資格があったらなー、って思った事は一度や二度じゃないもの。

 

 という訳で、私が冒険者になる為の質問タイムである。

 もちろん、質問と書いて尋問と読むやつだ。

 もしくは拷問。

 

「さて、一応聞きますが、あなたがギルドマスターでいいんですよね?」

「…………」

「質問に答えなさい」

「ぐっ……!? ああ、そうだ」

 

 私は、ギルド職員の中で一番偉そうな服を着ていた中年男性に話しかけた。

 黙秘されたので、調教のスキルの効果で命令(・・)し、まるで奴隷紋のように痛みを与えて、言う事を聞かせる。

 貴様に黙秘権などない。

 ちなみに、術者である調教ゾンビでなくとも命令は下せるのだ。

 調教ゾンビに「この人()の言う事に従え」と命令させればいいんだから。

 

「では、これからいくつか質問をしますので、正直に答えるように」

「クソッタレがぁ……!」

「とりあえず暴言禁止です。お仕置きですね」

「あがっ!?」

 

 調教の支配下にあってなお反抗するギルドマスターを黙らせるべく、私はオートマタの蹴りをギルドマスターの股間に叩き込んだ。

 リーフもこれで素直になったし、調教にはこれが一番な気がする。

 そして、私は股間を押さえて悶絶するギルドマスターに、最初の質問をした。

 

「まずは確認です。冒険者登録の方法ですが、鑑定石を使ってステータスをチェックし、最低限の基準に達していれば、最下級のF級冒険者として登録して、冒険者カードを発行する。

 それで間違いはありませんね?」

「お、おぉぉ……!?」

「痛がってないで答えなさい」

「うぐっ!? そ、そうだ」

 

 ギルドマスターはそう言ったけど、なんか痛みで話を聞いてない感じがして不安だったので、念の為に一緒に捕まえておいた受付嬢っぽい女にも質問。

 答えは同じだった。

 ふむ。

 なら、本当か。

 今朝、リーフから聞き出した通りだ。

 

「そして、普段は冒険者カードの機能を使って身分を証明する為、鑑定石を使うのは登録の時と昇級の時くらいしかない。

 これも本当ですか?」

「ほ、本当だ!」

「その理由は?」

「ス、ステータスは重要な個人情報だ。手の内が割れる事は、自分の生死に直結する。

 それを常に把握される事をよく思わない奴は多い。だからだ」

「なるほど。つまり不満によって冒険者が離れないようにする為、ですか?」

「そうだ!」

 

 うん。

 なんとなく納得はできるね。

 

「次の質問です。冒険者カードの機能を全て答えなさい。特に、カードに記載される情報を優先的に」

「わ、わかった」

 

 この質問の結果、冒険者カードの機能は大きく分けて二つしかない事がわかった。

 一つは、偽造防止の機能。

 冒険者登録の時に、奴隷紋の時みたいな魔力の登録を同時にするらしく、他人が使ったり、偽物のカードを作ったりすると、即行でバレるらしい。

 

 で、二つ目が、登録者の簡単なステータスを記録する事。

 まあ、記録するのは名前と種族くらいだそうだけど。

 でも、その情報は、ギルドが持ってる冒険者カードを読み込む魔道具によって確認されるみたいで、やっぱり偽る事ができないらしい。

 なるほど。

 

「なら、冒険者カード作成時に、記録内容をギルド側で(・・・・・)改竄する事はできますか?」

「そ、それは……」

「答えなさい」

「うぐぅ!? で、できる! できる筈だ!」

 

 更に詳しく聞き出したところ、冒険者カードへの記録は職員の手作業でやるらしいので、そこで間違った情報を入力する事は可能なのだそうだ。

 偽造はできなくても、製作者側が手を加える事はできる。

 つまりは、そういう事だ。

 

「では、そこの方。私の冒険者登録をお願いします。内容は私が指示したように記録してください。

 そして、他のギルドで使われた場合でも不具合がないように、不自然がないように、普通の冒険者と同じように登録してくださいね」

「は、はい!」

 

 私はギルドマスターから目を離し、受付嬢と思われる女にオートマタの剣を向けて脅しながら、そう言った。

 まあ、そんな事しなくても調教による支配からは逃れられないと思うけど、念の為だ。

 これなら多分、変な事しようとも思わないだろう。

 更に念の為に、冒険者カードとそれを作る機材を鑑定しておいた。

 結果、問題なし。

 隠された機能とかもないみたい。

 

 そうして、私の冒険者カードの作成が完了した。

 種族は人族で、名前はラビ。

 この偽名はラビリンス(迷宮)から取った。

 安直だけど、まあ、大丈夫だろう。

 

 今回に限って偽名を使った理由は簡単。

 私の名前が、逃げた神道を通して人間側にバレてる可能性が非常に高いからだ。

 そうなると、今までのように本名で活動すると、身バレして討伐されかねない。

 それは避けたい。

 

 それに伴って、オートマタの外見もちょっと変えるつもりだ。

 具体的には、黒髪を金髪にする。

 顔の変更は無理なのでやらない。

 それに、顔を変えなければ、神道の戦意を多少は衰えさせられるかもしれないしね。

 

 で、最後に冒険者ランクだけど。

 これはC級とS級の二つのカードを作る。

 

 リーフに聞いた話だと、この世界における冒険者は、最下級のF級とE級が駆け出し。

 D級になってやっと一人前で、C級は中堅。

 B級がエリートで、A級が超人。

 最上級のS級は人外。

 そんな感じの格付けがされてるらしい。

 ちなみに、奴隷になる前のリーフがE級で、リーフの父親がC級。

 リーフの前の主人はA級って話だった。

 

 つまり、普通に冒険者として溶け込みたい時にはC級。

 国とかに大きく影響を与えたい時はS級のカードを使うという訳だよ。

 ケースバイケースというやつである。

 

「と、登録完了です」

「ありがとう」

 

 そして、二枚の冒険者カードが完成した。

 受付嬢が、震えながらそれを差し出してくる。

 

 さて、それじゃあ、もう用済みだ。

 

「ご苦労様」

 

 オートマタの剣で、受付嬢の首を斬り飛ばす。

 続いて、ギルドマスターと他の職員もまた、命令して自害させておいた。

 もちろん、疑似ダンジョン領域内で。

 ついでに、死体も還元しておく。

 そうして、手元に残ったのは二枚の冒険者カードのみ。

 これが少しは、この先の仕事の役に立つ事を祈ろう。

 

 最後に、冒険者ギルド内の目ぼしい物を物色してから、建物に火を放っておいた。

 他の建物と同じように、冒険者ギルドも燃えて崩壊する。

 

 こうして、私は冒険者になったのだった。



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71 装備新調

「ただいま」

「あ、お帰りなさい、ご主人様!」

 

 冒険者ギルドを燃やした後、街に放った戦力を全部回収してから、オートマタもダンジョンに帰還させた。

 そのオートマタを、リーフが凄い笑顔で出迎える。

 ストックホルム症候群という言葉が、私の脳裏を過った。

 もしくは、一日中家の中に閉じ込められた後で、帰宅した飼い主にすり寄る(クロスケ)を思い出した。

 

 ……なんか、計らずも調教してるような気がする。

 いや、いいんだけどね。

 私に敵愾心持ってない奴隷とか貴重な人材だし。

 

 まあ、それはともかくとして。

 街を潰すのに丸一日かかったから、今日はもう遅いし疲れた。

 リーフにご飯(えさ)をやりながら自分も食べて、お風呂に入りながら、リーフにはお湯とタオルを出して体を拭くように命令。

 それが終わったら、疲れを取るべく、さっさと寝た。

 お休みなさい。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 そして、その翌日からの数日間。

 私は、徹底的に近所の街や村を滅ぼし続けた。

 できるだけDPと経験値を回収できるように。

 できるだけ目撃者が出ないように。

 等しく皆殺しにした。

 

 その結果、一週間もしない内に、半径数十キロ以内の村や街はなくなり、私のLvも1上昇。

 というか、これだけやって1Lvって……。

 やっぱり、私自身が高Lvになったせいで、Lvが上がりにくくなってるみたい。

 魔王を超えられる日は遠い。

 

 まあ、それは仕方ない。

 地道に行くしかないんだから。

 それはそれとして、まずはできる事からやっていこう。

 

 とりあえず、前に考えたように、オートマタの髪を金髪にして微妙にデザインを変更した。

 そして、この際だからオートマタの装備も一新する事にする。

 服も武器も防具も、ボルドーの街から略奪してきたやつがあるから、DPを使う必要もないし。

 

 とりあえず、剣と盾は勇者狩りの時にも使ってた『ミスリルソード』と『ミスリルシールド』のままでいいや。

 ミスリルは、オリハルコンにこそ届かないけど、かなり高位の金属。

 侵入者から奪った分や、街から略奪した分を含めても、手に入ったミスリル製の武器防具はかなり少数だった。

 むしろ、一介の冒険者という設定のオートマタが持つには過剰かもしれない。

 とりあえず、1DPを使ったカラーリングチェンジで鋼っぽい色合いにしてあるから、怪しまれる事はないと思うけど。

 

 続いて、服。

 前までは侵入者の一人が着てた服を着せてたけど、服屋から大量に略奪してきた服があるので、そっちに変更。

 オートマタには肌触りとか関係ないから、見た目と性能で選んだ。

 特に、この見た目がくせ者で、まるでゲームのキャラメイキングみたいに拘ったせいで、時間がかかってしまった。

 

 同じく、鎧も見た目と性能で選ぶ。

 言わずもがな、時間がかかった。

 しかも、自分でも納得のカッコ可愛い装備ができたと思ったら、明らかに街中では目立つ格好になって「しまった!」と叫ぶワンシーンもありました。

 

 そして、最後に仮面。

 神道に前の仮面を見られた以上、これも変えるべきだろう。

 幸い、仮面も武器屋から大量に奪ってきたので、これからは身バレする度に違う仮面にすればいい。

 

 こうして、実に数時間をかけてオートマタの新しいコーデが完成した。

 

「わー! ご主人様、凄くカッコいいです!」

「そうでしょう」

 

 審査員(リーフ)の評価も上々。

 美少女は何を着ても似合う。

 私の美しさに罪はない。

 罪深いのは、私の美貌に発情したり嫉妬したりする連中の方だ。

 死ねばいいのに。

 というか殺す。

 

 まあ、それはさておき。

 

「じゃあ、次はリーフの番ね」

「え? ボクもですか?」

「そう」

 

 という事で、リーフを着せ替え人形にして遊……装備を整えた。

 せっかく冒険者登録したんだし、これからは冒険者として活動する事もあるかもしれない。

 その時に、今までみたいな普段着じゃ不自然だ。

 数時間に渡って、リーフの装備は吟味した。

 

「あの、ご主人様……もういいんじゃ……」

「口答えしない」

「はい……」

 

 そうして完成したコーデは、ノースリーブのシャツとショートパンツの上から、魔法使い風のローブを着せる無難な物に落ち着きました。

 武器は、指揮棒みたいなサイズの小さな杖。

 普段は腰に差してるので、携帯に便利だ。

 ただ、リーフの外見年齢的に、魔法使いごっこをしてる子供にしか見えないけど……まあ、それは仕方ない。

 無理に大人っぽくしても似合わないだけだろうし。

 

 と、リーフのコーディネートを完成させた、その時だった。

 

「マモリよ。起きておるか?」

 

 魔王との通信部屋に安置されているカオスちゃん人形が喋り出した。

 つまり、魔王からの通信が入ったのだ。

 そろそろ、次の仕事の時間だろうか?

 忙しくなりそう。

 

 そうして私は、魔王に返事をするべく、マモリちゃん人形を起動させた。



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72 状況説明

「はい。起きています、魔王様」

「ふむ。そろそろ落ち着いたかの?」

「はい」

 

 神道逃走ショックからは、とうに立ち直ってる。

 というか、それに配慮して今まで連絡してこなかったんだろうか?

 ……魔王が意外と良い上司だ。

 絶対に殺せると確信するまで、クーデターは起こさないでおこう。

 

「それは何よりじゃ。では、これからの作戦を伝える。よいな?」

「はい」

「よろしい。では、まず状況説明からじゃ」

 

 そうして、カオスちゃん人形の腕の中に、丸まった紙みたいな物が現れた。

 大きな紙だ。

 カオスちゃん人形よりも遥かに大きい。

 それを、ミニ玉座から降りたカオスちゃん人形が床に広げていく。

 サイズ的に、なんか作業が大変そうだったので、マモリちゃん人形にも手伝わせる。

 お人形さん二人が、えっさほいさと動く様を見ていて、不覚にもちょっと和んだ。

 

 そんな苦労を経て、紙は床に広げられた。

 そこに描かれていたのは、地図だった。

 しかも、今まで私が入手してきた国や街の周辺の地図と違って、これは多分世界地図。

 そして、その半分近くが黒く塗り潰されている。

 

「さて、わかるかもしれんが、これはこの世界の地図じゃ。

 そして、黒く塗り潰してあるのが、我ら魔王軍が既に滅ぼした国じゃな。

 で、現在地であるウルフェウス王国がここ。

 目的地であるエールフリート神聖国が、ここじゃ」

 

 そう言って、カオスちゃん人形は二つの国を指差した。

 片方は、黒い国と隣接する位置にある、そこそこ大きい国。

 もう片方は、地図の中で一番大きい国。

 そっちには赤丸がついてる。

 これがエールフリート神聖国か。

 

「知っての通り、今回の戦いにおいて、我らはウルフェウス王国の首都を落とした。

 こうなれば、この国全体もまた落ちたも同然じゃ。

 まあ、国というものは案外しぶといもので、頭を潰しても、しばらくは動くんじゃがな。

 しかし、ドラグライトを王都に残してきた。

 外からの魔王軍本隊。内からのドラグライト。

 この挟撃によって、遅くとも数ヶ月あれば、この国は完全に滅びるじゃろう」

 

 カオスちゃん人形が、どこからか現れたペンとインクを使って、地図に描かれたウルフェウス王国を黒く塗り潰す。

 両手でペンを握ってぬりぬりする姿を見て、不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった。

 

「さて、あとは見ての通りじゃ」

「なるほど。最短で、あと三つ国を落とせばエールフリート神聖国に進軍できますね」

「左様!」

 

 ……思ったより魔王の計画って進んでたんだね。

 急いで強くならないと。

 

「それで、作戦なんじゃがな。

 お主には、今回のように国の内側へと潜入し、内部から滅ぼしてほしいのじゃ。

 これは他の脳筋どもにはできん仕事じゃからのう」

「わかりました」

 

 そうなると、まずは情報収集して、潰せそうなところを潰しながら、コツコツとやろうか。

 私には、全力で魔王の為に尽くしてやる義理はないんだし、国落としタイムアタックに挑戦する必要はない。

 不興を買わない程度に働いて、残りの労力は自分の強化の為に使おう。

 

「それとな。国三つ落とせば進軍経路は開けるが、それはあくまでも最低限じゃ。

 万全を期し、全軍を持って奴らの本拠地を包囲するには、進軍経路は他にもいくつか開いておきたい。

 まあ、それは他の幹部の仕事なんじゃが。

 とにかく、国三つ落としたら、即最終決戦とはいかないとだけ覚えておれ」

「はい」

 

 それは、よかった。

 準備期間は長ければ長い程いい。

 

「ああ、それと、我は基本的に最前線での戦いに専念しておるからの。

 余程の事でもない限り、今回のような助力は期待せんでくれ」

「わかりました」

 

 要するに丸投げね。

 まあ、自由行動を許されたと思っておこう。

 その時間で、できうる限り牙を研ぐ。

 

「では、これにて話は終わりじゃ。

 健闘を祈るぞ、マモリよ」

「はい」

「それと、その地図はお主にやろう。

 では、さらばじゃ!」

 

 そうして、カオスちゃん人形はミニ玉座に飛び乗った後に停止した。

 さて、じゃあ私も行動開始といこうか。

 私は、モニター越しにカオスちゃん人形が残していった地図を見る。

 

 次の標的は、ウルフェウス王国の隣国。

 アワルディア共和国だ。



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とある元勇者と勇者の近況

 ウルフェウス王国から逃げ出した俺達は、エマちゃんの『天使の補助翼(エンジェルウィング)』を使った強行軍で途中の国をすっ飛ばし、非戦闘組が避難する予定だった国、女神教の総本山であるエールフリート神聖国まで、ほぼ直でやって来た。

 傷ついた勇者(神道)を、一刻も早く魔王の手が届かない安全な場所に運ぼうとしたエマちゃんの決断だ。

 それに文句はない。

 少なくとも俺は。

 でも、国を見捨てた形になったから、神道とアイヴィさんは、めっちゃ複雑な顔してたけどな。

 

 そうして、エールフリート神聖国に辿り着いた後、俺は戦いから遠ざかる事になった。

 これは、道中でも三人に話していた事だ。

 もう心が折れた。

 戦えないと死んだ目で語ったら、三人とも同情するような目で見てきて、俺の決断を受け入れてくれた。

 今後、俺は戦い以外の道で食っていく事になるだろう。

 鑑定を活かした目利きとかで。

 

 それに引き換え、神道は立派だよ。

 エマちゃんと、新しい十二使徒に選ばれたアイヴィさんと一緒に、これからは最前線で戦い続けるって言うんだから。

 そうして、いつの日か魔王を倒して皆の仇を討つんだって。

 

 まさに勇者だ。

 悲劇の英雄だ。

 戒めとして、本城さんに付けられた左目の傷をそのままに(眼球は治したみたいだけど)してる事といい、俺には逆立ちしても真似できない。

 俺にできたのは、鑑定に成功した魔王やあのドラゴン、そして本城さんの姿をした魔物のステータスを教える事くらいだった。

 それが、勇者としての俺の最後の仕事だ。

 

 この先、俺の話した情報を基に、神道がどんな選択をするのかはわからない。

 勇者と魔王の戦いの結末もわからない。

 この世界がどうなるのかもわからないし、俺の力じゃもうどうしようもない。

 

 俺はもう何もできない。

 俺はもう、勇者の物語の中にはいない。

 心を折られた負け犬にできるのは、その他大勢に交ざって、勇者様が魔王を倒して平和を掴みとってくれる事を祈るだけ。

 

 そんな事を思いながら、俺はエールフリート神聖国から去った。

 戦えない以上、邪魔になるだけだ。

 俺の護衛なんかに戦力を使わせても申し訳ないし、何よりいつかはエールフリート神聖国も戦場になりそうだし、それなら何も言わずに去った方がいい。

 

 これからは元勇者という何の意味もない肩書きと一緒に、できる限り平穏に、戦いから離れて生きていこう。

 一応、俺にはカルパッチョ教官に鍛えてもらったステータスがある。

 神道達みたいな戦闘能力に直結するチートはなかったけど、成長補正のおかげで、そこらの兵士や冒険者よりは強い。

 野良の雑魚魔物とか相手なら自衛できるだろう。

 鑑定もあるし、普通に生きてく分には困らない……そう思いたい。

 

 こうして、俺の冒険は終わってしまったのだった。



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73 国境越え

 魔王との通信を終え、早速、準備を整えてアワルディア共和国へ向けて旅立つ。

 もちろん、本体ではなくオートマタが。

 本体は、今日も元気に引きこもりだ。

 私は引きこもり道を極めるのだ!

 

 そして、遠征に向けて用意する物を確認する。

 まずは、装備とかの冒険者セット一式。

 リーフの意見を参考にして揃えたやつが、収納の魔道具の中に入ってるから問題ない。

 

 次に、ボルドーの街から回収してきた馬車。

 前に王都へ行く時に使ったやつだ。

 破損を想定して、停留所に停まってたやつを全部奪ってきた。

 今回はその中の一台を使う。

 

 だが、ここで問題発生。

 馬車はあっても馬がいない。

 というか、たとえ馬がいたとしても、私は馬術なんてできない。

 これに関してはリーフも同じだ。

 高機能型奴隷(ペット)にも、さすがにできない事があるらしい。

 

 という訳で、馬の代わりを用意した。

 使うのは、ウチのダンジョンの中でリビングアーマー先輩の次に足が速い、剣ゾンビ。

 こいつに人力車よろしく、馬車を引いてもらう。

 比喩でもなんでもなく、馬車馬のように働いてもらおうではないか。

 それと一応、剣の顔知ってる奴対策に顔は隠しておこう。

 ついでに、先生ゾンビも馬車に乗せておく。

 先生ゾンビの《テレポート》は一度行った場所にしか飛べないから、その範囲を広げる為の処置だ。

 

 そうして準備は完了し、出発と相成った。

 

「じゃあ、行くよ」

「はい。……でも、その、あの人はあれでいいんですか?」

「気にしなくていい。ただのゾンビだから」

「え!?」

 

 同行者のリーフを驚愕させながらも、馬車は発進。

 凄い速度で道を走る。

 しかし、この辺りは街の近辺と違って、そこそこに舗装された道なんてない。

 つまり、揺れる。

 王都に行った時とは比較にならないくらい揺れる。

 

「うっぷ……!」

 

 私は例によってオートマタ視点のモニターを切ってたからいいけど、リーフはこの揺れにやられたらしい。

 俯瞰視点モニターで見ると、馬車酔いで顔が真っ青になっていた。

 吐かないでよ?

 

「辛いなら、ダンジョンで待っててもいいけど?」

「……いいえ、ご一緒させてください。その、一人でいるのは寂しくて…… 嫌な事思い出すし……」

 

 あまりに辛そうだったから、ダンジョンに送り返して後で転送しようかと思ったんだけど、なんか涙目でオートマタの服の裾を掴みながらそう言ってきたので、このまま連れていく事にした。

 ペットのメンタルケアは大事だからね。

 本人が望んでるなら、まあ、多少は希望を聞いてやらんでもない。

 でも、くれぐれも吐かないでよ?

 

「きゅう……」

 

 結局、その後まもなくしてリーフは気絶した。

 運のいい事に、ちょうどオートマタの膝の上に倒れ込んできたよ。

 膝枕だ。

 本体なら絶対にやりたくないけど、オートマタでリーフ相手なら、まあ、いいかと好きにさせておいた。

 どうせ、気絶してるしね。

 そして、なんとなく頭を撫でておいた。

 

 

 そんなこんなで、馬車の旅を続ける事、数日。

 普通の馬より遥かに速いウチの(剣ゾンビ)をこき使ったおかげで、かなり早く国境の街に辿り着く事ができた。

 もちろん、街に入る前に、目立つ馬車は馬ごとダンジョンに送り返してある。

 

 そして、フラフラなリーフを連れて、街の中へ。

 今回は門で冒険者カードを提示したところ、驚いた事に顔を確認されなかった。

 それだけ冒険者ギルドの信用は厚いって事だろうか。

 まだ手配書は出回ってないだろうと思って正面から行ってみたけど、結果として貴重な情報が手に入った。

 

 で、街の様子だけど。

 ここら辺は、まだ自国の王都が壊滅したって知らせがきてないみたいで、平和そのものだ。

 多分、近い内にドラゴン率いる軍勢に蹂躙されるんだろうなー、と思う。

 ちなみに、ここに来るまでの間に、いくつかの街や村を見かけたけど、慈悲深い私は滅ぼさずに放置しておいてあげた。

 滅ぼしたら騒ぎになりそうだし。

 そうなったら穏便な国境越えができない。

 それに、手配書が出回るのは時間の問題だと思って急いでたっていうのもある。

 

 

 そうして何事もなく街を抜け、再び馬車馬を走らせる。

 今度は一日もしない内に、関所のような砦が見えてきた。

 そこも冒険者カードの力で押し通り、アワルディア共和国の領地に入る。

 王都壊滅の報せが来てたら、こうもスムーズにはいかなかっただろう。

 

 その後も馬車馬を走らせる内に、次の街が見えてきた。

 あれが、アワルディア共和国側の国境の街。

 今回の最初のターゲット。

 前の街で買ってきた地図によると、その街の名前は、

 

 ━━貿易都市バロム。



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74 新たな街へ

「リーフ、降りて」

「は、はいぃ……」

 

 街の外でオートマタとリーフを馬車から降ろし、馬車と馬車馬をダンジョンに送還。

 歩きで来ましたという体(てい)で街を目指す。

 でも、リーフは完全に目を回してたから、仕方なくオートマタにおんぶさせて先を急いだ。

 

 そうしてバロムの街の門に辿り着き、門番に冒険者カードを見せて街の中へと入る。

 ちなみに、門番は猫耳の生えたおっさんだった。

 つまり、獣人族だ。

 この国は人族国家だったウルフェウス王国とは違うらしい。

 

「ちなみに、そっちのお嬢ちゃんも冒険者かい?」

 

 猫耳門番が、いつの間にかオートマタの背中で気絶してしまったリーフを指差しながら聞いてきた。

 さて、どう答えるべきか。

 リーフは女じゃないというのはどうでもいいとして、同行者と答えるか、素直に奴隷と答えるか。

 冒険者だと肯定する選択肢はない。

 だって、リーフは冒険者カードを持ってないから。

 

 まあ、ここは当たり障りなく答えておこうか。

 

「いえ、ただの連れです」

「そうか。なら、通行料銀貨五枚だ」

 

 言われた通りに銀貨五枚を支払う。

 ボルドーの街より通行料が高いな。

 ちなみに、最近になって知ったんだけど、銀貨一枚は大体千円札と同じくらいの価値らしい。

 同じように、銅貨一枚が百円玉、金貨一枚が一万円札って感じだ。

 わかりやすくていい。

 あと、これ奴隷って言ってたら通行料いくらになってたんだろう?

 ちょっと気になる。

 

 そんなこんなのやり取りを経て、いざ街の中へ。

 そこで目にした住人の姿は、結構衝撃的だった。

 獣耳の生えてる連中。

 耳の長い連中。

 小柄で横に太い連中。

 見上げる程にデカイ連中。

 様々な人種が闊歩していた。

 この中になら、魔王をぶち込んでも違和感ないかもしれない。

 まさに異世界。

 

「う、うーん……」

 

 さて、この街、というかこの国の説明を聞く為にも、背中で呻いてるリーフを起こさないと。

 という事で宿屋に直行。

 代金を払って部屋を借り、リーフをベッドに寝かせる。

 そして体を揺すって叩き起こした。

 

「起きて」

「うー……」

 

 しかし起きない。

 それどころか、思いっきり魘されてる。

 よっほど馬車の旅がキツかったのかな?

 奴隷紋で無理矢理起こすのは簡単だけど、この状態じゃまともな話を聞けそうにないかも。

 仕方ない。

 寝かせておいてやるか。

 どうせ、急ぎの用事でもないし。

 

 なんとなく、オートマタにリーフの頭を撫でさせながら、空いた時間を有効活用する。

 まず先生ゾンビを転送して、《テレポート》の地点にこの部屋を登録。

 あとは、訓練場で魔法の練習に励んだ。

 更に、ボス部屋でリビングアーマー先輩を着込んでの戦闘訓練。

 サンドバッグである不死身ゾンビをボコボコにした。

 ちなみに、自分のダンジョン産の毒はダンジョンマスターには効かないみたいで、ボス部屋の毒を除去する必要はない。

 不思議な仕様だ。

 

 それが終わったら真装の特訓。

 瞑想し、自分の中の真なる力と向き合い、引き出す。

 手応えはある。

 もう少しで引き出せそうな感じが。

 でも、さすがに今日はまだ無理だった。

 

「ご主人様……」

 

 瞑想を終えた時、オートマタのモニターから、そんな声が聞こえてきた。

 起きたのかと思えば、リーフはまだ寝ている。

 どうやら寝言だったらしい。

 でも、オートマタに頭を撫でさせ続けたせいか、大分寝顔が穏やかになってる。

 その状態の寝言で私を呼ぶとは、これって懐かれたのかな?

 

 まあ、それに不都合はない。

 好感度ばっかりは、無理矢理奴隷にしただけじゃ得られないし。

 自発的に味方をしてくれる奴隷は得難い。

 そこが、調教ゾンビで操った連中とリーフの違いだよね。

 そういう意味では、リーフは替えのきかない貴重な手駒だ。

 せいぜい可愛がってやるとしよう。

 

 そんな事を思いながら、オートマタでリーフの頭を撫で続けた。

 

「えへへ……」

 

 微笑みながら手に頭を擦り付けてきたペットは、意外と可愛かった。



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75 国と街の情報

「うーん……あ、ご主人様……」

「起きた?」

「あ、はい」

 

 街に着いてから一晩経って、ようやくリーフは起きた。

 よく寝たおかげか、顔色は悪くない。

 これなら、質問タイムに移っても大丈夫そうだ。

 

「あの、ここは?」

「バロムの街の宿屋。もうとっくに到着した」

「す、すみません! 寝ちゃってました!」

「別にいい。それより、この街と国について詳しく教えて」

「は、はい!」

 

 そうして、リーフから、ここアワルディア共和国とバロムの街についての詳しい説明を聞く。

 本当は旅の途中で聞こうと思ってたんだけど、リーフの馬車酔いが酷かったから、予定がズレ込んだのだ。

 まあ、時間に追われてる訳でもないから、それは別に構わない。

 国境さえ越えれば、こっちのもんだし。

 

「えっと、それではまず、この国についての説明からしますね。

 アワルディア共和国は、いくつかの国とか集落とかが合併して出来た国で、色んな人種の人達が暮らしています」

 

 それは知ってる。

 実際に見たから。

 あの、ザ・ファンタジーな光景は、中々に衝撃的だった。

 でも、そうなると気になる事が一つある。

 

「この国って誰が治めてるの?」

 

 一人の王が治めてるのか、それとも合併したそれぞれ国や集落の代表が集まって治めてるのか。

 それによっては、国を滅ぼす難易度が上下しそう。

 

「ええっと、確か『議員』っていう人達が国を管理してたと思います。

 詳しくはわからないですけど、その人達が王族の代わりをしているとか」

「なるほど」

 

 議員ときたか。

 つまり、この国の頭は一つじゃないと。

 潰すのが非常に大変そうだ。

 いや、頭同士で潰し合わせれば、そうでもないかな?

 

「じゃあ、次。この街の事について説明お願い」

「あ、はい。

 バロムの街の特徴は、何と言ってもウルフェウス王国との国境という事ですね。

 貿易で栄えてる街なので商人が沢山いますし、その商人は両国を行き来するので、ウルフェウス王国とアワルディア共和国の情報なら、どこよりも早く手に入ります」

「ほう」

 

 それは悪くない。

 多分、ウルフェウス王国壊滅の情報も遠からず広まるだろうし、それに対するアワルディア共和国の出方を見るには、ここに居るのが一番かも。

 それに、ドラゴンが順調に進軍して来れば、多分ここが新しい最前線になる。

 つまり、この街に国の重要な戦力が集まると思う。

 敵情視察には持ってこいだ。

 

 よし決めた。

 しばらくは、ここを拠点にしよう。

 

「じゃあ、その情報収集に適した場所って知らない?」

「それなら冒険者ギルドが一番なんですけど……でも、冒険者以外が行くのは不自然な場所なので……」

「問題ない。冒険者登録はしてあるから」

「え!? ど、どうやったんですか!?」

「あなたが知る必要はない」

 

 世の中には、知らない方が幸せな事があるのだよ。

 

 という訳で、聞くべき事は聞けたので会話を打ち切り、冒険者ギルドに向かう事にした。

 冒険者ギルドには基本的に食堂というか、酒場が併設されてるらしいので、ついでにリーフの朝御飯もそこで済ませてしまおう。

 

 そうして、私はオートマタとリーフを冒険者ギルドへと向かわせた。

 その裏で、この国を滅ぼす方法を考えながら。



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76 冒険者ギルドのお約束

 リーフを引き連れて、というより、前にもこの街に来た事があるらしいリーフに案内されて、冒険者ギルドまでやって来た。

 当面の目的は、ここでの情報収集というか、状況の推移を見守る事。

 それに伴って、いざという時の為に多少は影響力を持っておきたい。

 具体的には、これから始まる戦争に付いて行っても違和感ないくらいには。

 そうすれば、戦場でヒャッハーする事もできそうだし。

 

 という事で、しばらくは真面目に冒険者活動をしようと思う。

 もちろん、その裏では暗躍しまくるつもりだけどね。

 手始めとして、今夜辺り、先生ゾンビに護衛を付けて、馬車でこの国の首都に向かわせる。

 そこにテレポートできるようにしておいて損はない。

 また馬車馬の用意をしておかないと。

 その後は、さっき買った地図を基に、近隣の村や街への先生ゾンビの派遣かな。

 

 そんな事を考えている内に、オートマタはボルドーの街にあった冒険者ギルドとよく似た建物へと辿り着いた。

 

「着きましたご主人様。ここがこの街の冒険者ギルドです」

「うん」

 

 目の前の建物は、ボルドーの街の冒険者ギルドよりも随分大きかった。

 さすが、栄えてる街というべきか。

 どことなく田舎っぽかったボルドーの街とは違う。

 

 私は、そんな冒険者ギルドへとオートマタを踏み込ませる。

 途端に向けられる、荒くれ者っぽい男どもの視線。

 冒険者には嫌な思い出しかなかったけど、たった今、更に好感度が落ちた。

 ぶち殺すぞ、こら。

 

「ご主人様、こっちです」

 

 来るべき時には全員殺してやると固く誓いながら、リーフの案内で依頼書の貼られている掲示板へと向かう。

 冒険者の仕事は、基本的に、この掲示板に貼られてるような依頼書を受付に持って行って受理されるらしい。

 ラノベとかに出てくる冒険者ギルドと大体同じだ。

 わかりやすい。

 そこだけ(・・)が美点だと思う。

 

 そうして、掲示板に貼られている依頼を吟味する。

 この依頼にも、冒険者ランクと同じくF~Sまでのランクがあって、冒険者は自分のランク以下の依頼しか受けられないらしい。

 これまた、ラノベでありがちなシステムだ。

 まあ、実力のない奴に危険な依頼を任せても死ぬだけだろうし、妥当なシステムと言える。

 

 私の目的は冒険者ギルドに溶け込んでの情報収集なので、別に依頼に拘るつもりはない。

 適当にCランクの依頼を掲示板から剥ぎ取る。

 豚の魔物、オークの群れの討伐依頼だ。

 これなら簡単そうだし、多少はDPと経験値の足しにもなるだろう。

 ちなみに、ここでは目立たないようにC級の冒険者カードを使うつもりなので、いきなり難易度の高い依頼をこなして注目を浴びるテンプレ主人公のような真似をする気はないとだけ言っておく。

 

 そして、その依頼書を受付に持って行こうとした時、事件は起こった。

 

「おっと、お嬢さん方。たった二人でその依頼を受けるのはやめといた方がいいんじゃねぇか?」

 

 長髪の、なんとなくチャラい男が、髪をかきあげながら話しかけてきた。

 当然、無視する。

 無視して受付に歩いていく。

 

「おいおい、待てって。話くらい聞いてくれてもいいだろう?」

 

 受付の列に並んだら、そこにチャラ男も付いて来やがった。

 ナンパみたいで、とてもウザイ。

 人目と目的がなければ、即座に殺っているレベルだ。

 でも、これから周囲に溶け込もうってところで騒ぎを起こすのは得策じゃない。

 でも、こういう奴は生理的に受け付けないので、話すのも嫌。

 となれば、残る手段は一つ。

 オートマタはリーフの肩を軽く叩いた。

 

「任せた」

「ええ!?」

 

 私はリーフに丸投げした。

 任せたぞ万能ペット。

 頼りにしてるから。

 

「ええっと、この依頼をやめといた方いいっていうのは?」

「なぁに、簡単な話さ。お嬢ちゃん達、見たとこせいぜいC級だろ?

 知っての通り、依頼のランクってのはパーティー(・・・・・)で受ける事を前提としてる。

 たった二人で、その依頼を受けるのは無茶ってもんだ」

 

 そんな事は知ってる。

 リーフから聞いた。

 だからこそ、その行為が言う程無茶って訳じゃない事も知ってる。

 一概にCランクって言っても、依頼の難易度にも、冒険者の実力にもムラがある。

 D級から上がりたてのC級と、B級に昇格間近のC級は全然違う。

 それに、ランクに見合わない実力者だっている。

 だからこそ、私達がこの依頼を受ける事を、無茶だと決めつける事はできないのだ。

 

 なのに、このチャラ男が、わざわざ私達に声をかけた理由。

 ナンパに決まってる。

 相手する必要なし。

 

「だからさぁ、頼れるB級冒険者である、この俺が一緒に……」

「次の方どうぞ」

「はい」

「おい! 聞けや!」

 

 話の途中で受付嬢に呼ばれたので、歩みを進める。

 だが、そこで奴は許されざる行動に打って出た。

 なんと、オートマタの肩に手を伸ばして、無理矢理止めようとしたのだ!

 いくら遠隔操作の人形とはいえ、この私に無許可で触れるなど、万死に値する!

 むろん、伸ばされた手を速攻で握り潰し、捻り上げた。

 

「がぁああ!? いてぇ!?」

「気安く私に触れるな下郎」

 

 このまま折ってやる。

 こいつのステータスは、せいぜい生前の中年ゾンビと同じか少し下。

 その二倍のステータスを持つオートマタには勝てない。

 骨折して不様に失禁するがいい。

 

「ご、ご主人様! それ以上は!」

 

 と、そこでリーフの声が聞こえて、私は少し冷静さを取り戻した。

 オートマタの目で周囲を見回してみれば、冒険者どもが好奇の目でこっちを見ている。

 ……やり過ぎたかな。

 さすがに、このまま折ったら危険人物認定されるかも。

 

 私はしぶしぶ、本当にしぶしぶ、チャラ男の手を離した。

 

「これに懲りたら、二度と私に話しかけないで」

「クッソ……! このクソ女が! 覚えてやがれ!」

 

 三下か。

 そうツッコミたくなるような捨て台詞を残して、チャラ男は去って行った。

 まったく。

 冒険者ギルドで柄の悪い冒険者に絡まれるとか、どこのテンプレ主人公なんだか。

 

 はぁ……。

 それにしても、初っぱなからやっちゃったなぁ。

 後悔はしてないけど、ミスった自覚はある。

 先が思いやられるわ。

 

「行こう」

「あ、はい!」

 

 そんな憂鬱な気分を抱えながら、オートマタとリーフは改めて受付カウンターに向かった。



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77 猫耳の先輩冒険者

 受付でのやり取りは、意外にも何事もなく終了した。

 暴力沙汰を起こした以上、何かしら言われるかなと思ってたんだけど、そんな事もなく普通に冒険者カードを提示し、普通に依頼を受ける事ができた。

 それどころか、冒険者どもに至っては「ヒューヒュー! やるな姉ちゃん!」とか言ってくる始末。

 冒険者にとっては、あれくらいの喧嘩、日常茶飯事なのだろうか?

 だとしたら、なんて野蛮な連中だ。

 即刻、絶滅させるべきだよ。

 

 そんな事を考えながら、リーフの朝ご飯の為に、冒険者ギルド内にある食堂の席につく。

 前と同じように、リーフには好きな物を頼ませる。

 そうして料理が運ばれてきた。

 

 でも、それと同時に変なのも来た。

 

「やあやあ、新入りの人~。よければ、ご一緒させてもらっていいかにゃん?」

 

 そう言って、勝手に対面の席に座ったのは、露出度の高い服を着た猫耳の女。

 なんというか、あざとい。

 語尾も含めて、あまりにも露骨にあざとい。

 苦手なタイプの人間だ。

 いや、私に得意なタイプの人間なんていないけど。

 

 そんなのが何の用だろうか。

 さっきのチャラ男と違って害意は感じないけど、目的が読めない。

 リーフも、若干おろおろしてる。

 

 けど、そんな私達をよそに、猫耳は勝手に話し始めた。

 

「いや~、さっきの見てたけど傑作だったにゃ~。

 察しはついてるかもしれにゃいけど、君が懲らしめた奴はナンパがウザイ事で有名な奴だったのにゃ。

 しかも、そこそこ強いB級冒険者だから、文句を言える人も少なくてにゃ~。

 だから、ああやって返り討ちになってるのを見たらスッとしたのにゃ。

 あたしだけじゃにゃくて、み~んにゃが」

 

 そんな猫耳の言葉に、近くで話を聞いてた連中がウンウンと頷いていた。

 なるほど。

 さっきの喧嘩が問題にされない理由はわかった。

 でも、こいつが私に話しかけてきた目的はわからない。

 

 こういう時、普段なら無視するか追い払うところなんだけど、今の目的は情報収集だ。

 なら、無視するのも追い払うのも悪手。

 適当に話を合わせておくのが最善かな。

 お喋りは嫌いだけど、仕事の一環と割り切るしかないか。

 

「それで、あなたは誰で、私に何の用ですか?」

 

 私は、とりあえず聞くべき事を聞いた。

 こいつの正体には察しがついてる。

 けど、目的まではわからない。

 だから聞いた。

 

「ああ、そういえば自己紹介もまだだったにゃん。

 じゃあ、改めて。

 あたしはミーシャ。お節介な先輩冒険者だにゃん。

 君に声を掛けた理由は、純粋な興味。

 よろしく頼むにゃ、将来有望な新入りちゃん。

 できれば仲良くしてくれると嬉しいにゃん」

 

 そう言って猫耳は、ニッコリと笑って手を差し出してきた。

 握手だ。

 私の目的を考えれば、これを拒む理由はない。

 こっちもオートマタの手で、猫耳の手を握っておいた。

 本体なら絶対にやらないけど。

 

「私はラビです。こちらこそ、よろしくお願いします」

「うん。素直でよろしい。そっちのエルフの子もよろしくにゃん」

「は、はい!」

 

 猫耳が機嫌良さそうに笑う。

 私に声を掛けた理由については、まあ、理解できなくもない。

 何せ、鑑定してみたところ、こいつのステータスは物理系が2000を超えてる。

 真装こそ持ってないけど、それでもオートマタより強い。

 さっきのチャラ男でB級なら、こいつは間違いなくA級以上。

 そのくらいの実力者ともなれば、面白がって後輩に絡んできてもおかしくはないだろう。

 

 そして、それは私にとって好都合というもの。

 情報収集に来てるんだから、一人くらいは普通に話せる冒険者がいた方が良いに決まってる。

 それが実力者ともなれば尚更。

 正直、私は冒険者を汚物みたいに思ってるから、自分から話しかけて友好関係を築くのはキツイと思ってた。

 それが向こうから来てくれるのなら、渡りに船だ。

 そう、渡りに船なんだ。

 私が、汚物との会話という不快感に耐えればいいだけの話なんだから。

 

 その後、リーフが食べ終わるまで、猫耳と当たり障りのない話をして、その後はすぐに依頼をこなすべく席を立った。

 そして、依頼に旅立つオートマタ達に向けて、猫耳がヒラヒラと手を振る。

 

「頑張ってにゃ~。あ、それと、さっきのナンパ野郎にはくれぐれも注意するのにゃ。

 あいつ、ナンパ以外にも黒い噂が絶えない事で有名だから、逆恨みで何かやってくるかもしれないからにゃ」

「……わかりました。注意しておきます」

 

 最後に、猫耳はなんともフラグっぽい台詞を吐いた。

 まあ、あの程度の男が何かしたところでどうなるとも思えないけど、警戒はしておこう。

 

 そうして、オートマタとリーフは、冒険者として最初の仕事をこなすべく、冒険者ギルドから旅立った。



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78 冒険者の初仕事

「ブヒィイイイ!?」

 

 オートマタの持つミスリルソードに斬り裂かれ、二足歩行の豚型モンスター、オークが断末魔の声を上げながら絶命する。

 現在地は、バロムの街からしばらく歩いた所にある森の中。

 街から結構な距離があったので、昨日は依頼を出した村で一泊して、朝から森に入った形だ。

 

 そして、オートマタはそこで20体を超える無数のオークと対峙していた。

 

「ブヒィ!」

「ブヒィイイイ!」

「ブゥヒィイイイ!」

 

 仲間を殺されて怒ったのか、オークが一斉に飛びかかって来る。

 でも、それはオートマタから見てすら、大した脅威ではない。

 オーク達の平均ステータスは、せいぜい200程度。

 ゴブリンと違って、群れを率いる上位種もいない。

 ダンジョンからの援軍を出すまでもなく、オートマタだけでも余裕で殲滅できる雑魚だった。

 

「《ウィンドカッター》!」

「ブヒャッ!?」

 

 加えて、リーフによる風魔法の援護射撃がオークを襲う。

 今まで戦闘の用途では全く使ってこなかったリーフだけど、そこそこ高級な装備で上昇したステータスを使えば、オークの相手くらいできる。

 魔法による風の刃がオークの首を斬り裂き、断面から真っ赤な噴水が噴き出して、そのオークを絶命させる。

 僅かながら、DPと経験値が入ってきた。

 

 その後はもう、流れ作業でオークを皆殺しにしていく。

 逃げる奴は足を斬ってから殺し、向かって来る奴は首を斬って殺す。

 数分後、周囲には豚の惨殺死体が無数に転がるだけとなった。

 これが冒険者の仕事かー。

 チョロい。

 せいぜい、オートマタの操縦訓練くらいにしかならなかった。

 こんな程度の仕事でご飯が食べられるなら、わざわざ私の聖域(ダンジョン)に入って来るなよ冒険者。

 

 そんな納得のいかない不快感を抱きながら、オークの討伐証明部位である鼻を切り取って回収していく。

 魔物の討伐依頼は、こうやって特定の部位をギルドに提出する事によって、討伐した事を証明するらしい。

 リーフに聞いた。

 ちなみに、森の中を調べてオークの居所を突き止めたのもリーフだ。

 やっぱり、元本職という事なのだろう。

 冒険者やるにあたって、リーフはビックリするくらい役に立ってくれた。

 

 とりあえず、そんなペットを労うべく、頭を撫でておく。

 

「わ!?」

「お疲れ。良い仕事だった」

「あ、はい!」

 

 リーフが嬉しそうにはにかんだ。

 守りたい、この笑顔。

 というのは冗談にしても、やっぱり今後もリーフに虐殺の現場を見せるのはやめよう。

 ペットの好感度は高い方がいいから。

 

 そんな事を考えながら、オークの豚鼻を回収する作業を続ける。

 リーフ曰く、オークの肉は結構な珍味として有名らしく、解体して売ればそれなりの値段で買い取ってもらえるらしいけど、面倒だからやらない。

 街と村をいくつも潰して略奪してきた今、お金には困ってないから。

 

 その代わり、オークの死体は還元しておいた。

 雑魚とはいえ、さすがにモンスターというべきか、そこそこのDPにはなったね。

 具体的に言うと、1体で一般人10人分くらい。

 つまり、今回の20体で一般人200人分くらいの収入になったという事になる。

 ぶっちゃけ、小さな村を滅ぼすより稼げてるわ。

 どうしよう。

 冒険者の仕事って、思ったより遥かに実入りが良い。

 魔王軍を円満退社できる日が来たら、暇な時に副業として冒険者やってもいいかもと思えるレベルだよ。

 

 そうして、私が遠い未来に思いを馳せていた時、突如、一本の矢がオートマタ目掛けて飛来した。

 

「ご主人様!?」

「大丈夫」

 

 演算能力のスキルによって、最近、頭の回転がかなり速くなった私は、その矢を冷静にミスリルソードで切り落とした。

 そして、オートマタの視線を矢が飛んできた方へと向ける。

 そこには、見た事のある奴がいた。

 

「よう、お嬢さん方。昨日はよくもやってくれたな」

 

 そう言って、身を隠していた茂みの中から出てきたのは、昨日、冒険者ギルドで絡んできたチャラ男。

 それに加えて、盗賊っぽい格好した連中が、チャラ男の取り巻きみたいな感じで出てきた。

 どうやら、猫耳の言ってた黒い噂というのは本当だったらしい。

 

「ご主人様! マズイです、囲まれてます!」

 

 私が、喧嘩を売る相手を完全に間違えたバカを見る目でチャラ男を見ていると、リーフがエルフ耳をピョコピョコと動かしながら、そう言った。

 それに対する私の感想は、ふーんって感じだ。

 獲物が増えて、臨時収入が増えたなくらいにしか思わない。

 要するに、皆殺し確定である。

 虐殺をリーフに見せるつもりはないけど、正当防衛なら問題ないでしょう。

 

 とりあえず、強敵がいた場合に備えて、ダンジョンから援軍を持って来ようか。

 そう考えた時、チャラ男の隣に、一際目立つ盗賊を絵に描いたような禿頭の巨漢が現れた。

 巨漢と言っても、巨人族程じゃないから、ただの人族だろうけど。

 

「おい、デール。あの仮面の女が上玉ってのは本当だろうな?

 仮面付けてる奴は、顔に傷があるってのが普通だぞ」

「心配すんなって。俺の美人を見抜く眼力に間違いはない」

「ハッ。まあ、俺らは楽しんだ後に高く売れりゃあ文句はねぇ。

 その眼力ってやつに期待してるぜ、イケメン様よぉ」

 

 そう言いながら、舐めるような目でオートマタを見てくる盗賊。

 見れば、他の連中も似たような目をしていた。

 ゴブリンやストーカーと同列のゴミどもめ。

 汚物はすぐに消毒してやる。

 

「あ、あぁ……」

 

 そうして私が殺意の波動に目覚め、ダンジョンから戦力を派遣しようとした時、ふとリーフの様子がおかしい事に気づいた。

 真っ青な顔で、なのに強い感情の籠った目で、盗賊を睨み付けている。

 ……どうしたんだろう?

 

「リーフ、知り合い?」

「……はい。あいつは……! あいつは、お父さんの仇です……!」

 

 ……ほう。

 それはまた、奇妙な巡り合わせもあったもんだね。

 盗賊に向けて殺意を剥き出しにするリーフを見て、私は何とも言えない気持ちになった。

 ただ、確実に言える事が一つだけある。

 

 それは、私の殺る気が上がったという事だ。



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79 盗賊

「ん? あのエルフのガキどっかで見たような……」

「お頭、あれですぜ。何年か前にぶっ殺した片腕片足の冒険者と一緒にいたガキでさぁ。

 あの剥いてみたら男でガッカリしたやつ」

「ああ、そういえばいたな、そんな奴も」

「え!? あの子、男の子なの!?」

「おいおい、眼力はどうしたイケメン様よぉ」

「《ウィンドカッター》!」

「おっと」

 

 敵を前にして呑気に話し合う間抜けどもの隙を突くように、怒ったリーフが風の魔法を放った。

 でも、それは盗賊の親玉みたいな奴の剣で防がれ、あっさりと霧散する。

 あの盗賊、どうやらオークよりは強いらしい。

 鑑定したいところだけど、少し遠いな。

 

「おう、ガキ。せっかくの再会なのに随分なご挨拶じゃねぇか。前みたいに仲良くやろうぜ?」

「仲良く、だと……!」

「そうだ。お前を売った金で俺達は美味い酒を飲む。まさに友情の味だ。俺達の友情に乾杯ってな」

「ブハッ! お頭ひでぇ!」

「よ! 盗賊の鑑!」

「ギャハハ! そう褒めるな!」

 

 うわぁ。

 予想以上のクズだ。

 

「ふざけるな! 《トルネード》!」

「ハッハー! 弱ぇなぁ!」

 

 リーフが、そんな盗賊どもに向かって竜巻みたいな魔法を放つ。

 けど、またしても剣で叩き切られた。

 やっぱり、それなりに強い。

 

「しっかし、お前とまた会えて嬉しいぜぇ。何せ、お前は結構いい値で売れたからなぁ。

 しかも、今回は女と一緒だ。

 前に一緒にいた奴、お前の父親だったか? あいつは殺したところで何の得にもならねぇゴミだった。

 だから、今回は期待させてもらうわ」

「ふざけるなぁあああ!」

 

 半狂乱になって魔法を撃ち続けるリーフ。

 そんなリーフを嘲笑いながら、魔法を防ぐ盗賊の親玉。

 ゲラゲラと下品に嗤いながら見ている下っ端どもとチャラ男。

 

 ああ、醜い。

 

 リーフ以外の全員が、この上なく醜い。

 まるで私をイジメてた連中みたいだ。

 盗賊どもの嘲笑が、あいつらと重なって見える。

 私が、この世で最も嫌いな人種(ゴミ)ども。

 見ているだけで不快、不愉快、胸糞が悪い。

 早く駆除しないと。

 

「ハァ……ハァ……!」

「どうした? もう終わりか? 男なら根性見せてみろよ。まあ、その顔じゃ仕方ねぇか! ギャハハハハハ!」

「クソッ……!」

 

 リーフがMP切れでフラつく。

 MP切れというより、魔法の使い過ぎが原因か。

 あれって結構疲れるから。

 それでも、リーフは手にした杖を下ろそうとしなかった。

 

 だから(オートマタ)は、そんなリーフの肩に手を置いた。

 

「ご主人様……」

「交代」

 

 疲れたリーフをオートマタの後ろに隠す。

 そして、オートマタに剣を構えさせた。

 

「お、今度はテメェがやるのか? 大事な(獲物)に傷を付けたくねぇし、泣いて降参するなら優しく可愛がってやってもいいぜ?」

「おいおい、アーロン、油断しないでくれよ? あの娘、結構強いぞ」

「ハッ! 所詮は女だろ? 俺には勝てねぇよ。謝るなら今の内だぜ姉ちゃん?」

 

 ああ、煩い。

 ゴミがペチャクチャと。

 

「見苦しいから雑魚が吠えないで。そんな事より、さっさと掛かってくれば?」

「……雑魚だと? 言ってくれるじゃねぇか。じゃあ、遠慮なく行かせてもらうぜ!」

 

 こんな安い挑発に乗って、親玉は単独で突っ込んで来た。

 まあ、挑発というより偽らざる私の本音だったけど。

 それにしても頭が悪い。

 魔王軍より酷い脳筋だ。

 

「今さら謝っても遅ぇぞ! せいぜい泣き喚くまで可愛がってやらぁ!」

 

 そんなチンピラ丸出しの台詞と共に、親玉がオートマタに向かって剣を振るう。

 そこそこの速度と威力の攻撃。

 擬似ダンジョン領域の中に入った事で鑑定に成功した親玉の平均ステータスは、凡そ2000。

 猫耳と同じくらいの強さはある。

 

 でも、その剣はオートマタにまで届かない。

 

 何故なら、奴が擬似ダンジョン領域に入る前に召喚しておいた、黒い外套を纏った一体のモンスターが、手に持った禍々しい巨大な斧で、その攻撃を受け止めたのだから。

 

「な、なんだこいつ!?」

 

 突然現れたモンスターに驚きながらも、親玉は動きを止める事なく、そのモンスターに向けて何度も剣を振るった。

 でも、その攻撃は一切通用しない。

 純粋にステータスが違いすぎる。

 このモンスター、真装を解放したゴブリンゾンビの前に、一介の盗賊ごときでは相手にならない。

 

 そして私は、ゴブリンゾンビに命令する。

 死なない程度に痛めつけろと。

 

「ギャアアアアアアアアアア!?」

 

 ゴブリンゾンビの振るった斧が、あっさりと親玉の手足を斬り飛ばし、左半身に大怪我を負わせた。

 続いて、踏みつけによって残った手足を粉砕。

 親玉は、不様に失禁した。

 

「ぁ、ぁぁぁ……!」

 

 そして、か細い声で呻きながら、壊れた手足で地面を這い、逃げようとしている。

 汚い芋虫みたいで、実に醜い。

 

「お、お頭……?」

「お頭がやられた!?」

「に、逃げろぉ!」

 

 自分達の親玉があっさりとやられたのを見て、残りの盗賊どもが一目散に逃げ出した。

 こんなにも簡単に仲間を見捨てるか。

 さすが盗賊。

 どこまでもゴミだ。

 

 でも、逃がさない。

 お前らは皆殺しだ。

 

「壁出して」

「《ファイアーウォール》」

 

 私の指示に従ったゴブリンゾンビが、魔法で周囲に炎の壁を生み出し、盗賊どもを閉じ込める。

 盗賊どもは盛大にパニックになっていた。

 その隙を見逃してあげる訳もなく、私は更にダンジョンからモンスターを召喚する。

 

 喚び出したのは、何体かの黒鉄ゴーレムと不死身ゾンビ。

 こいつら相手なら、この程度の戦力で充分だと思う。

 親玉以外は雑魚っぽいし。

 

「え!?」

 

 と、その時、何故かリーフが不死身ゾンビを見て驚いていた。

 ……もしかして。

 

「知り合い?」

「は、はい。前のご主人様です」

 

 あー、なるほど。

 リーフが度々呪詛を吐いてた前の主人って不死身ゾンビだったのか。

 考えてみれば、こいつはボルドーの街の冒険者だったんだし、リーフはボルドーの街で買った奴隷だ。

 そういう繋がりがあっても不思議じゃない。

 あと、そういえば生前の不死身ゾンビって、盗賊に勝るとも劣らぬクズ野郎だったっけ。

 ……リーフも苦労してるんだなぁ。

 

 まあ、そんな事より今は盗賊だ。

 私はゾンビとゴーレム達に命令を下した。

 盗賊どもを、全員生かしたままオートマタの前まで連れて来いと。

 その命令に従い、モンスター達が動き出す。

 そして、リーフにはこう言っておいた。

 

「あれも、ただのゾンビだから気にしないで」

「は、はい」

 

 そうして少し待てば、手足を砕かれて自由を奪われた盗賊どもが、モンスター達によって連れて来られる。

 チャラ男を含めて、全員が恐怖に染まった目でモンスター達を見ていた。

 

 そんなゴミどもを見渡していたら、一つの妙案が浮かんできた。

 

「リーフ。復讐したいなら、あなたが殺ってもいいよ」

「……え?」

 

 私は、こいつらの殺す権利を、リーフにあげる事にした。



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80 リーフの復讐

「復讐したいなら、あなたが殺ってもいいよ」

 

 ご主人様に言われた言葉が、頭の中で何度も響く。

 降って湧いた復讐のチャンス。

 憎くて憎くて堪らない連中は今、全員、身動きできない状態で足下に転がってる。

 ご主人様の言う通り、殺そうと思えば無力なボクでも殺せるだろう。

 

 でも、それをしたら戻れない気がした。

 

 相手は盗賊。

 相手はお父さんを殺した奴らで、たった今、ボク達の事も殺そうとした連中。

 殺したとしても誰にも文句を言われない。

 それどころか感謝されるかもしれないくらいだ。

 

 それなのに、ボクは躊躇していた。

 人を殺すのはいけないなんて、薄っぺらな事を言う気はない。

 でも、人を簡単に殺してしまったら、ボクもご主人様や魔王様みたいな魔物になってしまう気がした。

 それが怖かったんだ。

 

 脳裏に、魔王様によって更地にされた王都の光景が甦る。

 あの時、何百人、何千人という人達が死んだんだろう。

 それはボクがやった事でもある。

 ボクが魔王様を王都に案内したから、あんな事が起きた。

 

 命令された事だから仕方ない。

 そうやって、ボクは自分の罪から目を背けてきた。

 

 奴隷に拒否権なんてないんだから仕方ない。

 そうやって言い訳しながら、ボクはご主人様に街や国の情報を教えてきた。

 我が身可愛さに。

 自分がご主人様に捨てられないように、ボクは他人を売った。

 

 そして、今回の件だ。

 ここで、自分の手で人を殺してしまえば、もう言い訳の余地はない。

 人を殺したという実感が、確実にボクの心を襲うだろう。

 それに、ボクは耐えられないかもしれない。

 それが堪らなく怖い。

 

 だから、ボクは動けなくなった。

 

「な、なあ、お、俺は殺さないよな? 俺は冒険者だぞ? 盗賊じゃないんだ。

 冒険者を殺したとギルドにバレたら、どうなるかわかってるだろ?

 だから頼む! 俺だけは見逃してくれ!」

「てめぇ! ふざけんな!」

「自分だけ助かろうとしてんじゃねぇよ!」

「このクズがぁ!」

「煩いカスども!」

 

 そうしてボクが硬直した時、昨日ボク達に絡んできた冒険者の人が、自分だけ助かろうと命乞いをして、それを見た盗賊達が騒ぎ出した。

 そして、冒険者の人に目を向けたご主人様が、彼に近づいて行く。

 

「な、なあ! 頼む、命だけは助けてくれ! 助けてくれたなら、あんたの言う事なんでも聞く!

 俺はB級冒険者だ!

 できる事は多いし、色んな所に顔が利く!

 絶対にあんたの役に立つ筈だ!

 だから……」

「煩い」

 

 その言葉を途中で遮って、ご主人様は剣を振るい、あっさりと冒険者の人の首を飛ばした。

 転がった首と、血飛沫がボクの所まで飛んでくる。

 

『うわぁあああああ!?』

 

 盗賊達が恐怖で泣き叫んだ。

 ボクは呆然とそれを眺めていた。

 思えば、ご主人様が本当に人を殺すところを見たのは初めてかもしれない。

 

「殺らないなら私がやるけど、どうする?」

 

 そう言って、ご主人様は手に持った剣をボクに差し出した。

 震える手で、血塗れの剣を受け取る。

 咄嗟に体がそう動いた。

 まるで、殺れと命令されてるように感じたからかもしれない。

 

 その剣を持って、まずは瀕死で倒れているお頭と呼ばれた男の所に行った。

 緊張で乱れる息を整えて、剣を振り上げる。

 

「た、助けてくれ……」

 

 お頭と呼ばれた男が、かすれた声で命乞いをしてきた。

 その声を聞いた瞬間、━━ボクの中で何かが弾けた。

 

『た、頼む! この子だけは助けてくれ!』

 

 脳裏に甦るのは、お父さんの最期の言葉。

 最後の最後までボクを心配してくれた父の言葉。

 そう言ったお父さんを、こいつはどうした?

 嗤いながら殺したじゃないか。

 

 ボクは、ありったけの力で、そいつに剣を突き刺した。

 

「ギャアアアアアアアア!?」

 

 突き刺す。

 突き刺す。

 突き刺す。

 もうどうでもいい。

 難しい事を考えるのはやめだ。

 今はただ、お父さんの仇を討たないと。

 こいつを、できるだけ苦しめて殺さないと。

 そうじゃないと、お父さんが浮かばれない。

 

 その一心で、ボクは剣を突き刺し続けた。

 何度も、何度も。

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 そうする内に、剣の切れ味に助けられて、非力なボクの力でも、お頭と呼ばれた男をグチャグチャにする事ができた。

 

 そして、ボクは他の盗賊達に目を向けた。

 

『ヒィ!?』

 

 ああ、まだこんなにいるじゃないか。

 殺さないといけない奴らが。

 殺さなきゃ。

 ころさなきゃ。

 コロサナキャ。

 

「や、やめ……!」

「いだ、いだいぃいい!?」

「あ、ぁぁぁ……」

「うわぁあああああ!?」

「死ぬ……死ぬぅ……」

「助け……ガハッ!?」

 

 そうして、どれだけの時間が経っただろうか。

 無我夢中で剣を振るって、振るって、振るって。

 殺して、殺して、殺して殺して殺して。

 いつの間にか、盗賊達は全員死んでいた。

 

 命を奪った感覚が、遅れてボクを襲う。

 それに押し潰されそうになって、涙が出てきた。

 でも、その時。

 

「お疲れ様」

 

 ご主人様が、いつもの無機質な声でそう言いながら、胸の中にボクを抱き締めてくれた。

 

「よく頑張ったね」

 

 そう言って頭を撫でてくれた。

 涙が止まる。

 いけないとわかってるのに、ボクはご主人様の温もりに縋ってしまった。

 身を委ねてしまった。

 

 人を殺したという嫌な感覚が遠ざかっていく。

 ご主人様に抱き締められて、頭を撫でられて、安心してしまう。

 そのまま、瞼が重くなっていくのを感じた。

 心と体が疲れたと言ってる。

 この微睡みに身を任せたら、本当に取り返しがつかないとわかってるのに。

 

 ボクは、ご主人様の腕の中で眠ってしまった。



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81 盗賊狩りの戦果

 オートマタの腕の中でリーフが眠ったのがわかった。

 ステータスの状態異常に睡眠が追加されたから、一発でわかる。

 疲れただろうし、今は安らかに眠るがいい。

 

 その間に、リーフの手によってグチャグチャにされた盗賊どもの死体を還元。

 リーフの攻撃力だと、ミスリルソードの力を以ってしても一撃では殺せなかったから、結果として全員が何度も何度も刺された末に死ぬという、拷問みたいな結果になったんだよね。

 まあ、どう考えても自業自得だけど。

 

 それはともかく。

 盗賊を皆殺しにした事によって、臨時収入のDPと経験値が入ってきた。

 盗賊の人数は20人ちょい。

 大体、オークと同じくらいの数だった。

 でも、手に入ったDPはオークの比じゃない。

 やっぱり、強い奴を殺すと潤う。

 

 と言っても、本当に強かったのは親玉だけで、残りはそこそこ止まりだったけどね。

 親玉以外で一番強いのでも、平均ステータス1000もいかなかった。

 それでも全員が戦闘職だったから儲かったけど。

 しかもこれ、労力対効果を考えると、村とか街とか滅ぼすより遥かに楽で儲かる。

 私、学んだ。

 一番楽で儲かるのは、弱いのを何百人と殺す事じゃなくて、そこそこ強いのを何十人か狩る事なんだって。

 この教訓は次回以降に活かそう。

 

「さて」

 

 戦果確認も終わったし、成り行きで放っちゃった火もガーゴイル達の水魔法で鎮火した。

 そして、今回使ったモンスター達の送還も完了。

 もう、この場に用はない。

 戻ろう。

 

 眠ったリーフをオートマタに背負わせ、森の出口を目指す。

 ちなみに、リーフの格好は盗賊どもの返り血で酷い事になってたから、脱がせて体をお湯とタオルで拭いて、新しい服を着せておいた。

 脱がせた服は、前に毒対策で造ったダンジョンの洗濯部屋に直送。

 ゴーレムにゴシゴシと洗わせる。

 

 そんなこんなで、しばらく歩けば、オーク退治の依頼を出した村まで辿り着いた。

 で、とりあえずここで宿を一泊借りる。

 時刻はもう遅いし、今から街まで歩こうとしたら確実に夜になる。

 それに、リーフを背負ったまま長距離を歩く気はない。

 急ぐ理由もないし、街に戻るのは明日でいいだろう。

 

 ちなみに、先生ゾンビのテレポートで戻るのはなしだ。

 あれを多用したら怪しまれるだろうし、そもそも先生ゾンビは既に首都へ向かわせちゃったから、今は動かせない。

 ダンジョン領域の外だと命令も届かないしね。

 まあ、首都の近辺に到着したらテレポートでダンジョンに戻ってくるように命令してあるから、あと数日もすればまた普通に使えるようになるだろうけど。

 

 そういう訳で、今日は宿屋にリーフを寝かせて、私も休む。

 リーフをベッドの上に寝かせ、オートマタも隣のベッドに寝かせ……る前に、オートマタの服も交換しておいた。

 至近距離で盗賊をザクザクしてたリーフ程じゃないけど、オートマタもそれなりに返り血を浴びてたから。

 

 その後、改めてオートマタをベッドに寝かせ、いつものように、何かあったらアラームが鳴るように設定する。

 そして、オートマタ視点のモニターを閉じて私も寝ようと思った時。

 

「ご主人……様……行か……ないで……」

 

 ふと、うなされてるリーフの顔がモニターに写った。

 さっきまでは大丈夫だったくせに、オートマタが離れた途端にこれとは。

 やっぱり、色々あって精神が弱ってるらしい。

 

 仕方ないから、オートマタをリーフと一緒のベッドに移動させて、胸に抱いてやった。

 そうすると、リーフは穏やかな寝顔に戻る。

 

「……って。何やってんだろ、私は」

 

 そこまでやって、私はふと我に返った。

 そして、自分の行動に呆れる。

 いつから、私はこんなに甘い人間になったんだか。

 

 まあ、でも、別にいいか。

 今回の最大の戦果は、リーフからの好感度だろうし。

 復讐に手を貸してやって、精神が不安定になったところを優しくしてやって。

 ここまですれば、それなり以上にリーフの心を掴めた筈。

 もしかしたら、依存の領域にまで落とせたかもしれない。

 

 前にも考えたけど、好感度の高い奴隷は貴重だ。

 私の為に自発的に行動してくれる奴なんて、そうそう手に入らない。

 リーフは、そんな貴重な手駒であり、その好感度は高ければ高い方がいい。

 オートマタの添い寝程度で上げられるなら安いものだ。

 まあ、本体なら絶対にやらないけど。

 

 そうして、自分の行動の正当性を確認してから、今度こそオートマタ視点のモニターを閉じる。

 あとはいつものように、ご飯食べて、お風呂入って、寝るとしよう。

 

 こうして、初の冒険者としての仕事は終わったのだった。



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82 冒険者生活

 冒険者としての活動を始めてから一ヶ月くらいが経過した。

 その間、働き過ぎず、休み過ぎず、何件かの討伐依頼をこなし、必要もないのに武器屋や薬屋に足を運んだりして。

 まあ、要するに普通の冒険者っぽい事をして街に溶け込む努力をした。

 その甲斐あって、最近ではそこそこ強い新入りみたいな感じで、街やギルドに受け入れられてきた。

 少なくとも、初日にチャラ男と揉めた件のマイナスイメージくらいは払拭できたと思う。

 あと、あんまり面倒事に関わりたくないので、盗賊の一件はギルドに報告しなかった。

 

 ちなみに、このロールプレイには、リーフの知識が大いに役立ったのは言うまでもない。

 盗賊の一件以来、前にも増して忠誠心が上がった(ような気がする)リーフの使い勝手はとても良い。

 やっぱり、あの復讐劇をやらせたのは正解だった。

 首都に向かわせてた先生ゾンビ一行も何事もなく帰って来たし、今のところ全てが順調である。

 

 そんな感じで、仮初めの平和が続いている今日この頃。

 でも、多分もうそろそろ事態が動くと思う。

 ウルフェウス王国の王都跡地から進軍してくる魔王軍によって、もうすぐこの仮初めの平和は崩れる筈だ。

 

 それをこの街の人間も少しは察知してるのか、最近、街中で不穏な噂を聞くようになってきた。

 ウルフェウス王国に向かった冒険者が戻って来ないとか、来る筈の商人が来ないとか、そんな話だ。

 勘の良い冒険者なんかは、既に何があったのか薄々感づいてる。

 多分、国の上層部とかはもう知ってるんじゃないかな。

 ウルフェウス王国崩壊の情報を。

 だったら、そろそろ対策の一つや二つ立ててもおかしくない。

 せいぜい、冒険者という立場から、その対策を見極めさせてもらおう。

 

 そんな事を考えながら、今日もまた冒険者ギルドへと赴く。

 しかし、今日はどこかギルドの雰囲気が違った。

 

「……なんだか、皆さんピリピリしてますね」

「そうだね」

 

 リーフの言う通り、冒険者どもがなんかピリピリしてる。

 最近は不穏な噂のせいで常時ピリピリしてたけど、今日はいつにも増してだ。

 

 これは、いよいよ何か動きがあったのだろうか。

 それを確かめるべく、事情を知ってそうな冒険者の一人に話しかける。

 こういう時の為に冒険者になったんだから、嫌でも会話はしないといけない。

 

「ミーシャさん」

「お、ラビちゃんじゃにゃい。おはよ~」

「おはようございます。それで、これはどうかしたんですか?」

 

 話しかけたのは、前にも会った猫耳。

 こいつは会う度に気安く絡んでくるので、ウザイけど話しかける難易度が低いのだ。

 それに、高位の冒険者なら、他のモブ冒険者よりは色々と知ってそうだし。

 ちなみに、猫耳の冒険者ランクはA級らしい。

 

「にゃんかね~、ギルドからの緊急の依頼が発令されたんだよ。

 依頼内容は、国境砦での魔物退治と周辺捜査。

 C級以上は強制召集みたいにゃ事言ってたから、かにゃりの大事だね、これは」

「なるほど」

 

 国境砦への高位冒険者の派遣か。

 まあ、無難と言えば無難な対応かな。

 ドラゴンが先陣切って突っ込んで来たら、一瞬で壊滅すると思うけど。

 この街の冒険者を鑑定してみた感じだと、あの化け物に対抗できる戦力はいなかった。

 S級冒険者が一人いたけど、そいつですら熱血ゾンビより弱い。

 それじゃ、あのドラゴンの相手は務まらない。

 そうなると、この街の命運は他からの増援次第か。

 

「ありゃ、その反応、あんまり驚いてないにゃ~」

「ええ、まあ、予想はできた事ですから」

「お、情報収集はしっかりやってるみたいだにゃ~。偉い偉い」

 

 そう言って、猫耳がオートマタの頭を撫でてきた。

 ブチ殺すぞ。

 ぞんざいに振り払っておいた。

 

「相変わらずつれにゃ~い。でも、そこが可愛い!

 まあ、それはともかく、依頼受けるにゃら準備は早くした方がいいにゃ。

 明日、砦行きの馬車が来るって話だからにゃん」

「わかりました」

 

 そこまで確認できれば、もう猫耳に用はない。

 さっさと受付に行って緊急依頼の受注手続きを済ませ、冒険者ギルドを後にした。

 

 開戦の時は近い。

 気を引き締めないとね。



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83 砦の現状

 翌日。

 入国の時にも通った国境の砦へとやって来たオートマタは、他の冒険者どもと一緒に、現地の指揮官っぽい奴から現状の説明を受けた。

 

 指揮官の話によると、この砦はつい先日、大規模な魔物の群れによる襲撃を受けたらしい。

 それは辛くも撃退できたけど、魔物の群れが現れたのはウルフェウス王国の方角から。

 しかも、魔物の群れの規模からして、そいつらは魔王軍である可能性が高い。

 なら、その進軍経路上にあったウルフェウス王国が突破されたという事。

 

 それに危機感を覚えた指揮官は、既に方々へと早馬を走らせ、この事態の説明と援軍の要請をしたとの事。

 今回、冒険者どもが集められたのも、その一環。

 共に力を合わせて、悪しき魔王軍に立ち向かおう。

 そんな感じの説明がされた。

 

 でもこれ多分、意図的に話してない事もあるんじゃないかな。

 つい先日、魔物の群れに襲われただけにしては対応が早すぎるし、相手を魔王軍と断定してる。

 そこまでわかってるのに、街の方では噂話程度にしか情報が流れてなかったのも不自然だ。

 

「リーフ、どう思う?」

「多分、混乱を避ける為に情報を制限してるんだと思います。そうじゃなかったら、今頃バロムの街は大混乱に陥ってたでしょうから」

 

 あー、なるほど。

 時と場合によっては、そういう事もするか。

 納得した。

 そして、冒険者になっておいてよかったと思う。

 普通に街中にいたんじゃ、制限された情報しか知れなかっただろうし。

 

 私とリーフのそんな会話も、他の冒険者どものザワめきに紛れて目立ちはしない。

 その内に、指揮官は次の話を始めた。

 

「そして、君達への最初の仕事だが、ギルドへの依頼にも書いた通り周辺の偵察だ。敵がどこまで近づいているのかを調査してもらいたい。

 もっとも、敵が魔王軍となれば危険な仕事だ。

 受けたくなければ受けなくても構わない。

 だが、受けてくれれば相応の報酬は約束しよう。

 誰かいるか?」

「はいは~い! あたしがやるにゃ~!」

 

 それに対して、猫耳が真っ先に手を上げた。

 まあ、あいつのステータスは速度寄りだったし、隠密のスキルも持ってたから、こういう仕事には向いてるのかもしれない。

 他にも似たような連中が何人か手を挙げる。

 冒険者は命知らずが多い。

 

 そして、迷った末に私も手を挙げた。

 目的は言わずもがな、偵察部隊の壊滅である。

 それと、近場まで来てる魔王軍をこの目で確認したかったから。

 どれくらいの規模なのか。

 ドラゴンは来てるのか。

 脳筋じゃない奴はいるのか。

 その辺りを把握して、作戦を立てる時の参考にしたい。

 

 ちなみに、迷ったのは、砦に残っての内部構造を把握する作業をするのと天秤にかけたからだ。

 暗躍するなら、砦の構造は知っておいた方がいいと思って。

 でも、それは帰って来てからでもできると判断した。

 なんなら、留守中にリーフにやらせてもいい。

 今は今しかできない事、私にしかできない事をやろう。

 

 という事で、砦にリーフを置いて、オートマタは他の偵察部隊が準備してる場所へと向かわせる。

 

「ご主人様……くれぐれも気をつけてくださいね」

 

 別れ際にリーフがそんな事を言ってきた。

 本当に心配そうな顔で、手を胸の前で組んで、まるで祈るようなポーズを取りながら。

 美少女顔エルフのリーフがやると、凄く絵になってる。

 というか、いくら主人とはいえ、殺戮者相手にこんな態度を取るなんて、随分と調教が進んだなー。

 

 私は、いつものように、オートマタの手をリーフの頭に乗せながら、安心させるように言葉を紡いだ。

 

「心配しなくていい。この程度の事で私は死なないから。

 それより、あなたも自分の仕事を頑張ってね」

「……はい!」

「よろしい。じゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃい」

 

 そうしてリーフと別れを済ませ、改めて偵察部隊の所へ。

 でも、その歩き出してすぐの所で、ニヤニヤと笑う猫耳と出くわした。

 殴りたい、この笑顔。

 

「うふふ~、随分と仲が良いにゃ~」

「悪いですか?」

「いんや、仲良き事は良い事にゃん。ただ、背景に百合の花が咲いてるように見えたから、おもしろそうだと思っただけにゃん♪」

 

 何を言っているのだろうか、この猫畜生は。

 百合も何も、リーフは男だしペットだ。

 ペットとそういう関係になる訳ないでしょう。

 まあ、こいつにはリーフが奴隷って事くらいしか教えてないし、勘違いするのも仕方ないか。

 そして、勘違いを訂正する必要もない。

 どうせ短い命なんだから。

 

「さて、あんな可愛い子が待ってるんだから、偵察くらい軽くこなして、さっさと帰るにゃ!」

「そうですね」

 

 お前は始末するけどな。

 そんな事を内心で考えながら、オートマタと猫耳は他の偵察部隊と合流した。

 ちなみに、志願者の数が思ったより多かったので、偵察部隊はいくつかの部隊に別れている。

 それぞれ、4~6人くらいの部隊が5つ。

 オートマタが振り分けられた部隊は、オートマタと猫耳を含めて6人である。

 これは、一般的な冒険者パーティーの人数と同じらしい。

 リーフに聞いた。

 

「さて、それじゃあ出発だにゃ!」

 

 全員が揃い、この中で一番ランクが上である猫耳が指揮を執って宣言する。 

 そうして、偵察任務はスタートしたのだった。



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84 偵察任務

「ふむふむ。周囲に強い魔物はいにゃいね。行くにゃん」

 

 猫耳が猫耳をピクピクとさせながらそう言いながら先に進み、オートマタを含めた他の冒険者が後に続く。

 猫耳は猫の獣人だけあって、やっぱり耳が良いらしい。

 それに加えて、長年の冒険者生活で培った危険察知能力がある。

 斥候としては右に出る者なし。

 この分野ならS級にも負けない。

 と、本人が言っていた。

 つまり自称だ。

 それでも、他の冒険者が黙って従う程度には、その能力を信頼されているっぽい。

 

 そんな感じで、偵察部隊は猫耳を中心に索敵を行い、基本的に全ての戦闘を避けて先に進んだ。

 そして、数日をかけて調査範囲を広げ、遂に魔物の群れを見つけ出す事に成功する。

 場所は、普通に馬車を走らせた場合、国境の砦から一日もしない距離にある一つの街。

 ウルフェウス王国側の国境の街だ。

 

 いや、正確には街だった物(・・・・)と言った方がいいかな。

 何せ、その街は魔物の群れによって破壊され、占拠され、見るも無惨な姿に変えられているんだから。

 

「これは……」

「いくらなんでも……」

「惨いにゃん……」

「クソッ、魔物どもめ……!」

 

 その光景を見て、偵察部隊は各々の感想を漏らす。

 当然、できうる限り小声で。

 さすがに、ここで激昂して突撃していくバカはいないらしい。

 

 それにしても、これは本当に酷い。

 私も都市の破壊と大量虐殺には一家言あるから言えるけど、この街は計算の基に破壊された訳じゃない。

 野生のモンスターが、ただただ本能のままに踏み潰しましたって感じだ。

 その証拠に、大量の血痕と死体で汚れた街の中を、色んな種類の魔物が好き放題に闊歩している。

 ゴブリンやオークが廃墟の中で女を犯し、キラーウルフとかが人間の残骸をムシャムシャと貪り、それどころか魔物同士で共食いまで発生してるこの光景は、軽く地獄だ。

 別に同情とかはしないけど、スマートじゃない殺り方だとは思った。

 

 そして、そんな地獄と化した街の中を、偵察部隊は慎重に進んで行く。

 気配を消し、特殊な靴で音を隠し、魔物の匂いを体に擦り付けて匂いを誤魔化す。

 そうやって、細心の注意を払いながら進み、調査を進めていく。

 

 その結果、わかった事がいくつかある。

 

 まず、魔物は街全体に蔓延る程の数がいるという事。

 具体的に数字で表すと、数千ってところかな。

 滅茶苦茶多い。

 数だけなら、ウチのダンジョンの全戦力より上だ。

 これだけの数が一つの街にいるって事は、多分、魔王軍本隊の一部が合流したんだと思う。

 

 次に、魔物の質。

 殆どはゴブリンだのオークだのの雑魚ばっかりで大した事ないけど、たまにゴブリンチャンピオンとかの大物が交ざってる。

 比率としては、雑魚9、大物1くらいの割合かな。

 そう言うと少なく感じるけど、実際は数千という大群の中の一割だから、ステータス1000を超えるのが数百体はいる事になる。

 一つの街だけでこれって、魔王軍は本当に恐ろしい。

 

 そして、最後に。

 この群れを率いるボスこと、魔王軍幹部の存在を確認できた。

 言わずもがな、前に一緒に仕事したあのドラゴンだ。

 悠々と街の中心で昼寝してやがった。

 怠け者め。

 

 でも、怠け者とは言え圧倒的強者であるドラゴンを目にして、偵察部隊は絶句。

 鑑定が使えなくても、さすがにドラゴンと自分達との圧倒的な戦力差くらいは理解できるらしい。

 どこぞの勇者とは大違いだ。

 

 そんな、自分の力量くらいは弁えてる偵察部隊は、猫耳の指示の基、即座に撤退を開始。

 ……さて、それじゃあ。

 

「そろそろ仕掛けようか」

 

 私は居住スペースで一人呟き、ダンジョン内のゾンビ二体へと指示を出した。

 一体は先生ゾンビ。

 テレポートを使い、もう一体のゾンビを街へと転送する。

 この街は国境越えの時に通過した街だから、先生ゾンビの転送先に登録されているのだ。

 これの利点は、擬似ダンジョン領域での転送機能と違って、オートマタから離れた位置へと送れる事。

 

 そして、その先生ゾンビによって転送したゾンビ。

 顔まで隠す全身鎧に身を包んだ熱血ゾンビに、事前に指示した通り、偵察部隊を襲わせた。

 

 真装を解放し、ステータスを5000以上にまで高めた熱血ゾンビが、偵察部隊の頭上から降ってくる。

 

「にゃ!? 皆、上!」

「え? ぐぎゃ!?」

 

 猫耳の忠告も虚しく、偵察部隊の一人が熱血ゾンビに踏み潰されて息絶えた。

 当然、そこは擬似ダンジョン領域の中。

 DPと経験値が入ってくる。

 

「こいつ、どこから……ぐはっ!?」

「マイケル! うわっ!?」

「がっ!? クソッ……!」

「皆!」

 

 圧倒的な強さを誇る熱血ゾンビは、一瞬にしてオートマタと猫耳以外の四人を瞬殺。

 その勢いのまま、猫耳に殴りかかる。

 

「にゃにゃ!?」

 

 だが、猫耳はこれを防いだ。

 倍以上のステータス差を前に、小さな短剣で拳の勢いを受け流し、しぶとく生き残る。

 さすがはA級冒険者という事か。

 他の奴らと違って、そこそこにやるね。

 

 でも、それは悪足掻きでしかない。

 私はオートマタを操作し、腰の剣を抜かせて、猫耳に向かって突撃させた。

 猫耳から見れば、援護の為に近づいたように見えただろう。

 

 だからこそ、その剣は簡単に猫耳の胸を貫通した。

 

「……え?」

 

 猫耳が、何が起こったかわからないというような顔をした。

 さぞ混乱してるのだろう。

 猫耳からすれば、この状況で私が裏切るメリットなんて思いつかない筈。

 普通に考えて、一介の冒険者が魔王軍に属してるなんて思いもよらないだろう。

 

「にゃんで……? ラビちゃ……」

 

 最後の言葉を言い切らない内に、熱血ゾンビの拳が猫耳の頭部を吹き飛ばした。

 首から上を失った猫耳の死体が、ぐらりと倒れる。

 でも、高熱を纏った拳に傷口を焼かれたので、血は出ない。

 比較的綺麗な死体の完成だ。

 

「ふぅ。やっと片付いた」

 

 私は、居住スペースで一人呟く。

 あとは、熱血ゾンビを送還して、辺りに散らばった冒険者の死体を還元したらお仕事完了だ。

 周囲の魔物に襲われる前に、オートマタもダンジョンに回収しておこう。

 その後、先生ゾンビのテレポートで砦の近くに送り返せばいい。

 

 こうして、魔王軍の動向を掴んだ上に、部隊まで壊滅させられたという最高の結果を持って、私の偵察任務は終了したのだった。



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85 開戦間近

「なるほど、魔王軍の戦力はそれ程か……」

 

 砦へと帰還したオートマタは、指揮官へ偵察任務の結果報告をした。

 ちなみに、この報告では殆ど嘘を吐かなかったと言っておく。

 つまり、ドラゴン率いる魔王軍の調査報告を正直に告げておいた。

 もちろん、猫耳達をぶっ殺した事は言わなかったけど。

 

 他の偵察部隊がいる以上、調査結果については下手な嘘を吐いてもすぐバレるしね。

 それに、私としては、この情報で多少魔王軍が不利になろうと知った事じゃないし、むしろ、人間と潰し合って少しでも戦力が削れてほしい。

 人間と魔王軍の双方共倒れが理想なのだから。

 

「話はわかった。君達が命懸けで集めてくれた情報は決して無駄にはしない。

 それに、現在エールフリート神聖国から頼もしい援軍がこちらに向かっている。

 だから、安心してゆっくり休んでくれ」

 

 その言葉を最後に、指揮官への報告は終了した。

 そして、オートマタは割り当てられた部屋へと向かう。

 そこでリーフと合流した。

 

「お帰りなさい、ご主人様!」

「ただいま」

 

 オートマタの姿を見て、心底安心したような笑みを浮かべるリーフ。

 とりあえず、目を離した隙に何かされたって事もなさそうだ。

 一安心である。

 

「それで、例の物(・・・)は出来てる?」

「はい! これです!」

 

 催促すれば、リーフは数枚の紙束を私に差し出してきた。

 それは、出発前にリーフに命令しておいた仕事の成果。

 この砦の見取り図である。

 まあ、正規の物じゃなくて、リーフの手書きのだけど。

 その分、結構抜けが多い。

 

 私は、無言でその見取り図に目を通す。

 

「その、ごめんなさい……この程度しか調べられなくて……」

 

 しかし、その無言の間をどう思ったのか、リーフが突然ショボくれた顔になった。

 いや、責める気は毛頭ないんだけど。

 でも、そうか。

 オートマタは感情を表に出さない(当たり前だけど)から、捉え方によっては怒ってるようにも感じるのか。

 とりあえず、安心させてやろう。

 

「問題ないよ。無理に入っちゃいけない所に入って捕まるよりずっといいし。

 というか、むしろ思ってたより完成度の高い見取り図で驚いた。

 よく頑張ったね」

「は、はい!」

 

 その言葉を聞いて、リーフの顔に笑顔が戻った。

 情緒が若干不安定だけど、まあ、問題ない範囲だと思おう。

 

 それに、今の言葉は決してお世辞じゃない。

 正直、砦の内部構造を調べとけとは言ったものの、実はそこまで期待してなかった。

 いくら、リーフに冒険者稼業で培ったマッピング能力があるとはいえ、手書きで砦の見取り図を、それも立ち入れる場所なんて高が知れてる一冒険者という立場で、しかも数日で仕上げろと言ったんだ。

 無茶振りしてるという自覚はあった。

 だから、できなくても軽いお仕置き程度で済ませるつもりだったんだよね。

 

 それが、蓋を開けてみれば思ってた以上に完成度の高い見取り図が出てきた。

 正確に描かれてるのは冒険者が立ち入れるスペースだけだけど、砦のシルエット、階層の広さ、階段の位置とかから逆算して空白部分を多少なりとも埋めてるのは凄い。

 そうじゃなくても、私的に把握しておきたかった場所はちゃんと記載されてるから充分だ。

 

 本当にリーフは優秀だなぁ。

 今度、また何か美味しい物食べさせてやろう。

 

「さてと」

 

 これで下準備は殆ど完了だ。

 後は、戦闘中のどさくさに紛れて目的を達成するだけ。

 魔王軍が予想以上に近い場所にいる以上、ドラゴンがその気になればすぐにでも戦いは始まるだろう。

 

 不確定要素は、エールフリート神聖国から来るっていう援軍の存在かな。

 多分、十二使徒辺りが来るんだろうけど、そいつらの立ち回り次第では、計画が上手く進まないかもしれない。

 まあ、でも、この戦いに私の命は懸かってないんだし、気楽にやろう。

 ぶっちゃけ、最低でも魔王に仕事してるアピールさえできれば、それでいいのだから。

 

「……いや、そんな気持ちじゃダメか」

 

 そこまで考えて、私は少し反省した。

 どんな時でも油断は命取りになる。

 こんな気持ちで挑んだら、いたずらに戦力を消耗するだけだ。

 それで、先生ゾンビとかの取り返しがつかない戦力を失ってしまえば、普通に私の命にも関わってくるじゃないか。

 

「……よし。今後の為にも、今回はあれ(・・)を試してみよう」

 

 私は自分を奮い立たせる為にも、前々から考えていた、ある作戦の実行を決意する。

 これをやる以上、絶対に気は抜けない。

 その言葉と共に、私は人知れず覚悟を決めた。



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86 国境砦の戦い

「……来た」

 

 偵察任務の終了から数日後。

 遂にその時が訪れた。

 砦の前方を埋め尽くす魔物の群れ。

 その中で一際目立つ、巨大な黒竜。

 遂に、魔王軍が国境砦へと攻めて来たのだ。

 

 それを察知した瞬間、私はリーフを転送機能でダンジョンに送還した。

 あいつのステータスだと、こういう戦争には付いて来れない。

 別れ際に置いて行かれた子犬みたいな顔してたけど、ならぬものはならぬ。

 代わりに、第一階層にリーフの部屋を造って、そこにもう一体造ったマモリちゃん人形を置いてきたから、それで我慢して。

 

「グオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 私がそんな事を考えてる間に、ドラゴンが雄叫びを上げた。

 それと同時に、ドラゴンの口の中に黒い光が収束していく。

 遠目でもわかる。

 あれは、ウルフェウス王国の王都を吹き飛ばした一撃。

 ブレスの予備動作だ。

 

「来るぞ! 迎撃用意!」

『ハッ!』

「押し流せ━━《ポセイドン》!」

 

 砦の上の方にいる指揮官が大声で宣言し、真装である三叉の槍を展開した。

 それに続いて、砦の各所に配置された何人かが真装を展開。

 更に、大勢の魔法使いが矢面に立つ。

 

 ドラゴンのブレスが放たれた。

 

 黒い極光が、射程上の全てを破壊しながら直進してくる。

 それを、砦の連中が全力で迎え撃った。

 

「《タイダルウェイブ》!」

『《ウォーターウォール》!』

 

 指揮官の放った、津波みたいな水の魔法。

 それに合わせて、大半の魔法使いは水系統の魔法を選択したらしい。

 当然、例外は何人もいるけど。

 そして、黒いブレスと、水を中心にした大魔法が激突し、相殺した。

 ……凄いな。

 あのドラゴンのブレスを防いだ。

 王都はあっさり消し飛んだのに。

 やっぱり、迎撃準備が整ってるかどうかの差なのかな。

 

「反撃開始だ! 弓兵部隊用意!」

『ハッ!』

 

 指揮官の指示に従って、砦の各所から矢が放たれる。

 この世界の矢って、弓の性能が良いのか、それとも『弓術』のスキルの影響なのか、まるで銃弾みたいによく飛ぶんだよね。

 さすがに、射程でも威力でも魔法に劣るけど、魔法と違って誰でも習得できる上に、MPを必要としない、矢が残ってればいくらでも連射ができる、と、弓矢特有のメリットもある。

 地球で言うと、弓矢が銃で、魔法がミサイルとかの戦術兵器って感じかな。

 それを用いてゴ◯ラの群れ(魔王軍)を倒す感じと考えればわかりやすい。

 

 その大量の矢に貫かれて、魔王軍に結構な被害が出る。

 多くの魔物が矢に撃ち抜かれて絶命した。

 続けて魔法も撃ち込まれ、魔王軍の被害は拡大してく。

 

 ただし、肝心のドラゴンは無傷だ。

 

「ガッハッハ! そんな弱々しい矢弾では、俺の肉体美に傷一つ付けられんわ!

 突撃! 俺に続け!」

『ガアアアアアアアアアアアアアアアア!』

『グオオオオオオオオオオオオオオオオ!』

 

 そして、味方の被害を全く気にせず、先陣切って突っ込んで来た。

 脳筋全開。

 魔王が嘆く気持ちもわかる。

 

 でも、この戦法は意外と有効だ。

 ドラゴンは並みの攻撃じゃビクともしない。

 そして、そのドラゴンの巨体が盾になるから、結果として魔王軍の被害は少なくなる。

 まあ、そこまで考えてやってるとは、とても思えないけどね。

 

「近接部隊構え!」

『ハッ!』

 

 それに対して、人間側は接近戦の準備をした。

 もちろん、遠距離攻撃の弓矢と魔法が止まった訳じゃないけど、近づかれる事を覚悟した陣形を取る。

 

 そして、遂に人間と魔王軍が直接ぶつかった。

 

 最初に激突したのは、指揮官とドラゴンだ。

 目立つ位置で指揮を執っていた指揮官にドラゴンが向かっていき、爪を振り下ろした。

 しかし、それはいくつもの魔法と、指揮官の放つ水の攻撃に押し返されて後退する。

 でも、ダメージはあんまりなさそう。

 

 その間に、他の魔物どもも砦の壁に取りついて来た。

 放たれる矢と魔法食らって脱落しつつ、仲間の屍を踏み越えて壁を登って来る。

 ホラー映画みたいだ。

 

 で、そんな事を続けていれば、その内、壁を登りきった魔物が現れる。

 

「迎撃! 迎撃せよ!」

 

 各所にいる現場指揮官が声を張り上げ、準備していた近接部隊が魔物どもを駆逐していく。

 オートマタも、それに交ざっていくらか殺した。

 魔王にバレたらと思うと怖いけど、その時は必要経費という事で納得してもらおう。

 多分、雑魚の何体かくらいなら許してくれると思うんだ。

 私が倒したのは、ウチでいうとロックゴーレムみたいな雑兵連中だし。

 

 そんな感じで戦ってると、次第に戦場がごちゃごちゃしてきた。

 壁を越えて来る魔物の数が増えて、近接戦闘部隊はあっちへこっちへ走り回ってる。

 これは、私の狙ってたタイミングだ。

 

 今なら、冒険者の一人くらいいなくなってもバレないと思う。

 

 そう確信を得たタイミングで、私はオートマタを動かした。

 リーフの描いた見取り図を見ながら、目指すは指揮官の戦っている上階。

 さあ、作戦開始だ。

 

「ん?」

 

 というところで、私はオートマタ視点のモニターに何かが映ったのを見た。

 砦の後方から凄い勢いで飛んで来る、鳥のような何かを。



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87 勇者再来

「うげ……」

 

 その鳥っぽい者の正体がわかった時、私は思わず嫌悪の呻き声を上げていた。

 それは、三人の人間だった。

 背中から天使のような翼を生やした、三人の男女。

 男が一人と、女が二人。

 男の顔には凄まじく見覚えがあるし、女二人にも見覚えがある。

 最悪だ。

 まさか、こいつら(・・・・)がここに出張って来るなんて。

 

 とりあえず、急いでオートマタを物陰に隠す。

 そして、そんなオートマタが見ている前で、そいつらは超高速で砦の上を通り過ぎ、ドラゴンに向かって突撃を敢行した。

 

「《フォトンブレード》!」

「ぐぉお!? き、貴様は!?」

 

 不意討ちの一撃を食らって、ドラゴンが盛大に吹き飛ぶ。

 ドラゴンは咄嗟に前足を盾にして直撃は避けたみたいだけど、それでも結構なダメージを受けてる。

 真装を使った指揮官の攻撃ですら、大したダメージにはなっていなかったというのに。

 

「《フレイムソード》!」

「《ウィンドバースト》!」

 

 続いて、一緒にやって来た女二人が追撃を叩き込む。

 炎の斬撃と、風の爆撃。

 でも、その威力が尋常じゃない。

 どっちも爺ゾンビの最高火力を軽く超えてる。

 ふざけないでほしい。

 取り巻きですらこれなんて。

 

「ぬぉおおおおお!?」

 

 それを諸に食らったドラゴンが、更なる深手を負って呻く。

 でも、致命傷って程ではなさそう。

 あのドラゴンはHP自動回復のスキルLvもやたら高いし、すぐには死なないと思う。

 けど、今の攻防を見た限り、ドラゴンの勝ち目は薄い。

 それだけ、今のこいつらは強い。

 

「あ、あなた方は……」

 

 指揮官のいる場所に降り立ったそいつは、左目に傷を残した顔で指揮官達に振り返り。

 そして、重々しく口を開いた。

 

「僕達は、勇者パーティー」

 

 それは、静かな声だった。

 なのに重く、迫力があって、鳥肌が立った。

 嫌な感じだ。

 まるで魔王を前にした時のような、強者の気配。

 今のこいつからは、そんな威圧感を感じる。

 

「そして、僕は『勇者』。勇者シンドウ。いずれ魔王を倒し、この戦争を終わらせる者です」

 

 かっこつけたような言葉。

 日本で言ったら痛々し過ぎて笑われるか、真剣に頭の心配をされるだろう言葉。

 でも、私は笑えなかった。

 寒気がした。

 何度も修羅場を乗り越えてきた私の勘が警鐘を鳴らしてる。

 今のこいつに、今の神道に牙を剥かれたら、本気でヤバイと。

 

「ここは僕達に任せてください。アイヴィさん! エマ! 行くぞ!」

「ああ!」

「はい!」

 

 そうして、神道達は再度ドラゴンに向かって突撃する。

 光輝く剣を持ち、邪竜を滅するべく戦う勇者とその仲間達。

 絵になる光景だ。

 それを見た人間側の士気は急上昇。

 指揮官が「勇者様に続けぇ!」と叫べば、兵達は雄叫びを上げて魔王軍を押し返し始める。

 まるで、今この場所から人類の反撃が始まるのだと言わんばかりに。

 

 ふざけるな。

 

 そう思い通りにはさせない。

 劇的な逆転劇なんてやらせない。

 だって、魔王軍が負ければ、次の標的は私になりかねないもの。

 魔王軍が負ける時は、私の事になんか構ってられなくなるくらい、人類にも弱ってもらう。

 

 その思いで、私は行動を開始する。

 まずはダメ元で魔王に連絡を入れるべきか?

 ……いや、やめておこう。

 それで、本気出してドラゴンと共闘しろなんて言われたら堪らないから。

 

 だったら、他のプランを考えるしかない。

 でも、それよりまず当初の目的を果たすのが先。

 どう考えても一筋縄ではいかない勇者殺しは後回し。

 今の標的は、こいつら(・・・・)だ。

 

 私は転送機能を使い、オートマタの周囲に二体のゾンビを送り込む。

 それは、先生ゾンビと隠密ゾンビ。

 作戦は、感知不能のテレポートでボス部屋にボッシュート。

 魔木と剣を葬った、この黄金コンボを使う。

 

 対象は、━━この砦上階にいる全ての人間。

 

「《フロアテレポート》」

「な、なんだ!?」

 

 先生ゾンビの必殺技、広範囲のものを一度に転送する空間魔法を発動。

 今回運んだ人数は、指揮官を含めた約50人。

 それだけの魔法を発動した結果、先生ゾンビのMPが尽きたので、隠密ゾンビと一緒に送還して控えに回す。

 

 そして、いきなり暗闇の中に転送されて混乱してる連中に向けて、超強化された()()()()()()()をぶっ放つ。

 

『ギャアアアアアアア!?』

 

 その一撃によって半分近くが消滅し、残りの半分にもかなりの打撃を与える事ができた。

 レーザービームの熱量で体の一部を欠損した連中が、痛みに呻いて転げ回る。

 そこを他のトラップで追撃して仕留めた。

 残るは、指揮官を含めて10人ちょっと。

 ファーストアタックは、これ以上ない程に上手く決まった。

 

「狼狽えるな! 明かりを灯せ!」

「ハッ! 《ライトボール》!」

 

 ギリギリ冷静を保ってる指揮官の指示により、兵士の一人が光の魔法を使って周囲を照らした。

 すると、フロアの全貌が明らかになる。

 

「こ、ここは……?」

 

 そこは、昔より少し広くなった直径100メートル程のフロア。

 床にも、壁にも、天井にも、びっしりとトラップが敷き詰められ、毒の霧が満ちた部屋。

 過去、何人もの侵入者が命を落とした場所。

 そう。

 ここは第二階層にある中ボス部屋じゃない。

 ダンジョンの最深部、ボス部屋だ。

 

 そして、その部屋の奥には、ボスモンスターである一体の鎧が立っている。

 

 これが私の最高戦力。

 このダンジョン最強のモンスターにして、最後の守護者。

 リビングアーマー先輩。

 しかも、今回は()()()()まで入っている。

 

「いらっしゃい、死ね」

 

 その中身。

 リビングアーマー先輩を着込んだ本体()は、まるでオートマタのような抑揚のない声で侵入者達に死刑を宣告し、右手に握った剣を振るった。



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88 最終兵器の試運転

 今回、私自らが出陣を決意した理由は簡単だ。

 リビングアーマー先輩IN私の性能を実戦で試す為。

 一応、不死身ゾンビとかを相手に訓練はかかさなかったけど、実戦でちゃんと動けるかはわからない。

 この形態はダンジョンの最終兵器であり、対魔王戦の要だ。

 でも、ぶっつけ本番で魔王に挑むのは怖すぎる。

 だからこそ、今の内に実戦経験を積んで、実戦に慣れないといけない。

 全ては、いざという時の為の備えなのだ。 

 

 まあ、勇者が来てるような現状でやる事でもないような気もするけど。

 そこは突っ込んじゃいけない。

 いや、むしろ対勇者をも想定した実戦稽古だと思っておこう。

 

「《サンダーソード》!」

「ッ!? 《タイダルウェイブ》!」

 

 私の放った雷の魔法を、指揮官が水の魔法で津波を起こして防ごうとする。

 しかし、それはできなかった。

 私の魔法が、電熱で津波を蒸発させながら指揮官に迫る。

 

「何っ!?」

 

 指揮官が驚愕の声を上げた。

 それもわからないでもない。

 何せ、この魔法は他の連中と連携したとは言え、あのドラゴンのブレスを防いだ魔法だ。

 それが、こうもあっさりと押し返されれば動揺もするだろう。

 

 けど、私にとっては想定内。

 何せ、今の私の魔力は、Lvアップと訓練によって6万を超えてる。

 対して、指揮官のステータスはこう。

 

ーーー

 

 人族 Lv87

 名前 シー・サブマリーン

 

 状態 真装発動中

 

 HP 8880/10460(5230)

 MP 5001/11336(5668)

 

 攻撃 9242(4621)

 防御 9160(4580)

 魔力 10000(5000)

 魔耐 9622(4811)

 速度 8800(4400)

 

 ユニークスキル

 

 『真装』

 

 スキル

 

 『HP自動回復:Lv30』『MP自動回復:Lv38』『槍術:Lv41』『水魔法:Lv50』『統率:Lv40』

 

ーーー

 

 真装『ポセイドン』 耐久値25000

 

 全ステータス×2

 専用効果『大海の覇者(ポセイドン)

 

 真装のスキルによって顕現した力。

 本来の持ち主以外が使う事はできない。

 

ーーー

 

 大海の覇者(ポセイドン)

 

 真装に水属性攻撃を付与。

 水属性攻撃の威力を大幅に上昇。

 

ーーー

 

 確かに強い。

 真装込みで、ステータス1万弱。

 属性こそ違うけど、殆ど熱血ゾンビの上位互換だ。

 

 それでも、私には届かない、及ばない。

 こいつと私の間には、大きな大きな力の差がある。

 

ーーー

 

 ダンジョンマスター Lv87

 名前 ホンジョウ・マモリ

 

 HP 1200/1200

 MP 110450/110500

 

 攻撃 509

 防御 505

 魔力 65500

 魔耐 780

 速度 577

 

 ユニークスキル

 

 『大魔導』『真装』

 

 スキル

 

 『MP自動回復:Lv80』『剣術:Lv10』『盾術:Lv10』『雷魔法:Lv65』『回復魔法:Lv65』『並列思考:Lv50』『演算能力:Lv50』『統率:Lv30』

 

 称号

 

 『勇者』『異世界人』『誤転移』

 

ーーー

 

 リビングアーマー Lvーー

 

 HP 120000/120000

 MP 0/0

 

 攻撃 45000

 防御 90000

 魔力 0

 魔耐 90000

 速度 30000

 

 スキル

 

 なし

 

ーーー

 

 これが私の力だ!

 完全にチート化したMPと魔力!

 そこから放たれる強烈な雷魔法!

 リビングアーマー先輩を着込み、そのステータスを自分の物として使えるようになった事で、弱点である物理系ステータスの低さすら克服している!

 

 しかも、リビングアーマー先輩の強化はこれで終わりではない。

 現在、創造ゾンビと錬金ゾンビをフル稼働させて、あらゆる最上位金属を合成した超合金『ゴッドメタル』を造ってる最中。

 それを使ってリビングアーマー先輩を強化してる訳だけど、生産量があまりに少ないせいで、まだ頭部と胴体しかゴッドメタル製になっていないのだ。

 残りは、まだオリハルコン製。

 それはつまり、まだまだ伸び代があるという事。

 素晴らしい!

 

 このままリビングアーマー先輩を完成させ、真装を使い、超強化したトラップや強者のゾンビ軍団と連携すれば、本気で魔王を倒せるかもしれない。

 これは、そういうレベルの力なんだ。

 いくらステータスが万を超えているとはいえ、一介の人間ごときが太刀打ちできる相手ではないのだよ!

 

「くっ!?」

「指揮官!」

「危ない!」

『ぐぁああああああああ!?』

「お前達!?」

 

 雷の魔法から、手下が身を呈して指揮官を守る。

 でも、高々数人程度が肉壁になったところで、私の魔法は防げない。

 壁となった奴らは、電熱によって黒焦げの炭となり、それを貫通して指揮官にもかなりの痛手を負わせた。

 たった一撃でだ。

 

「おのれ! 《ウォーターカッター》!」

 

 痛みを堪えながら、指揮官が水の魔法を発動する。

 槍の穂先から高水圧の水が噴き出し、その状態で薙ぎ払うような攻撃。

 私はそれを、オリハルコンの盾で冷静に受けた。

 

「今だ! かかれ!」

『ハッ!』

 

 ガードして動きが止まった瞬間を狙い、残りの動ける連中全員が、私に総攻撃を仕掛けてくる。

 剣が、槍が、魔法が、私を目掛けて全方位から飛んでくる。

 

 でも、甘い。

 

 今の私は自らが戦場に立ってるとはいえ、モニターの機能は健在。

 オートマタを操ってる時と同じように、自分の視界を持ちながら、同時に俯瞰視点のモニターで全体を見ている。

 全方位から飛びかかって来ようが、私に死角はない!

 

 回避のステップを踏みつつ、剣を盾で受け、槍を剣で受け流す。

 魔法をトラップで防ぎ、逆に反撃のトラップで仕留める。

 強化されたトラップ達。

 落とし穴が動きを止め、矢が敵の腹に風穴を空ける。

 ギロチンが首をはね、地雷や剣山が下半身を潰す。

 何度も繰り返してきた必殺のフォーメーション。

 レーザービームとかの強力なトラップを使うまでもなく、連中はたった数秒で壊滅した。

 

「そんな……バカな……!?」

 

 最後に残った指揮官が、信じられないと言わんばかりに驚愕する。

 そいつに向かって、私は静かに、一歩ずつ近づく。

 一対一の真っ向勝負を申し込む。

 敵に敬意を表した訳じゃなく、ただ純粋に戦闘経験を積む為に。

 

「う、うぉおおおおおおおおお!」

 

 最後の意地とばかりに、指揮官が真装を握り締めて突撃してきた。

 

「《ソニックランス》!」

 

 助走をつけた速い突き。

 盾で受け止め、受け流す。

 そして、反撃に剣を一振り。

 でも、その動きは読まれてたのか、指揮官は加速した槍を地面に突き刺し、棒高跳びの要領で私の上を取った。

 

「《ファランクス》!」

 

 続いて、頭上から雨のような連続突き。

 雨には傘だ。

 盾を傘のように使って、これも受け止める。

 私の反射神経じゃ間に合わなかったかもしれないけど、リビングアーマー先輩の稼働速度なら余裕で間に合う。

 私の体に合わせてリビングアーマー先輩を動かすのではなく、私自身はひたすら脱力して、リビングアーマー先輩の中の人に徹しているからこそできる動きだ。

 

 そして、空中で身動きの取れない指揮官を狙って、壁から矢を放つ。

 

「ッ!?」

 

 指揮官は咄嗟に体を捻って避けたけど、DPによる強化で凄まじい速度と威力を誇るようになった矢を避けきれず、片足に被弾。

 膝の部分が消し飛んで、千切れた足が宙を舞った。

 

「《スラッシュ》」

「ぐぁ!?」

 

 そこへ私の剣による追撃。

 指揮官は槍の柄で防いで直撃は避けた。

 だけど、膂力の差によって吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

 更に、剣の時みたいに、ゼロ距離から矢を射撃。

 脇腹に風穴を空けてやった。

 

「ぐ……ぉお……!」

 

 だが、それでも指揮官は立ち上がる。

 立ち上がって、真装を構えた。

 最後の一撃とばかりに、指揮官の真装である三叉の槍が、凄まじい密度と物量の水を纏う。

 

 私は、それを真っ向から迎え撃つ事にした。

 

 剣に雷の魔法を纏わせる。

 材料費をケチったミスリル製の剣が、今の私に放てる最強の魔法を放つ為の触媒となる。

 真っ向からの魔法の撃ち合いなんて選んだ理由は簡単。

 一度、この魔法を敵に向けて放ってみたかっただけだ。

 

「うぉおおお! 《アトランティスブレイク》!」

 

 そして、指揮官の最後の一撃が放たれた。

 うねりを上げる水の奔流が、私を押し潰そうと迫ってくる。

 

 それに向かって、私は雷を纏った剣を振るった。

 

「《ゼウス・ザ・ライトニング》」

 

 剣から解き放たれた魔法が、極大の雷となって水の奔流を蒸発させながら突き破る。

 最後の大技をあっさりと粉砕された指揮官は、悔しそうに顔を歪めながら雷の中へと呑み込まれた。

 魔法が消えた後には、黒焦げになった指揮官の体が一つ。

 

 そうして、決着はついた。 



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89 国境砦の戦い、終結

 戦いに決着がついたボス部屋で、私は一人勝利の味を噛み締める……という訳にもいかない。

 まだ国境砦の戦いは続いてるんだから、ここからどう動くか考えないと。

 そう思って、とりあえず指揮官をゾンビにするべく死体を確認したところ。

 

「ぅ……ぁ……」

 

 なんと、指揮官にはまだ息があった。

 辛うじてだけど。

 うわー、凄いなー。

 まあ、さっきのは私の最強の魔法とは言え、真装も使ってない状態での攻撃だ。

 だから、一万近い魔耐のステータスがあれば、死体の原型くらいは残ると思ってたけど、まさか生き残るとは。

 なんという、しぶとさ。

 黒焦げなのも相まって、まるでゴキブリのようだ。

 気持ち悪い。

 

 じゃあ、さっさとトドメを刺しますか。

 そう思って剣を振り上げた瞬間、━━私の脳裏に電流が走った。

 

「そうだ……!」

 

 閃いた。

 閃いたよ。

 国を落とし、上手くすれば勇者を殺せるかもしれない方法を。

 ローリスクハイリターン、失敗しても勿体ないくらいで済む素晴らしい作戦を閃いた!

 

 そうと決まったら、こいつを殺す訳にはいかない。

 いや、最後には殺すんだけど、その前に有効活用させてもらおう。

 

 そうして、私は回復魔法の準備をしながら、とあるゾンビをボス部屋に呼び出した。

 そのゾンビの名は……調教ゾンビ。

 殺してゾンビにした勇者の一人であり、他者を強制的に従わせるユニークスキル『調教』を持ってるゾンビだ。

 調教の発動条件は、対象のHPが一定以上に弱ってる事。

 指揮官は弱ってるどころか、瀕死を通り越して死ぬ半歩手前くらいの重傷。

 スキルの発動条件は満たしてる。

 

「やれ」

 

 そして私は、調教ゾンビにスキルの発動を命じた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 さて、私がボス部屋でドンパチやってる間、オートマタは砦の戦況を監視し続けていた。

 戦いながらオートマタの操作までできるのは、ひとえに並列思考のスキルのおかげだ。

 

 で、本体が指揮官の調教をしてる間、同時進行でオートマタには現場の証拠隠滅をさせておいた。

 とりあえず、全身がすっぽり隠れるフード付きのローブ(街からの略奪品、それなりに高価な装備)を着た魔木ゾンビを召喚し、私と同じ雷魔法で砦を攻撃させた。

 特に、指揮官を拉致った場所は念入りに。

 死体が跡形もなく消えてても不自然じゃない程に。

 主力である指揮官率いる部隊が根こそぎ抜けてしまった砦の戦力ではこの魔法を防げず、何発か撃てば砦はいとも簡単にボロボロになった。

 さすが、腐っても勇者の魔法ってところかな。

 

 あと、突然の電撃で神道達の注意が一瞬こっちに向いたけど、すぐにドラゴンの攻撃に晒されて目の前の相手に集中し出した。

 そのまま注意散漫で死んでくれてもよかったのに。

 さすがに、そこまで甘くはないらしい。

 

 そして、気を取り直して、特に損傷が激しい場所。

 まるで本物の雷が落ちたみたいに荒れている拉致現場に、最低限の回復魔法をかけた指揮官を放置しておく。

 全身に電撃によるダメージが残ってるから、他の奴らから見れば、さっきの魔木ゾンビの攻撃でやられたと思ってくれるだろう。

 多分。

 

 正直、本気で騙そうとするなら杜撰もいいところな工作だけど、やらないよりはマシでしょう。

 これでも、詳しく調べられなければ誤魔化せる筈。

 ダメなら、それでもいい。

 

 で、そんな事をやってる間に戦いは終局へと向かっていた。

 ボロボロのドラゴンと、まだ余裕のありそうな勇者一行が、最後の攻防を繰り広げる。

 

「これで終わらせる!」

「祖国の仇、討たせてもらう!」

「行きます!」

 

 勇者一行の三人が、空中で必殺技っぽい構えを取る。

 

「最強の竜を……なめるなぁあああああ!」

 

 それに対し、ドラゴンも最後の力を振り絞るかのように、ブレスの発射態勢に入った。

 そして、両者の攻撃がぶつかる。

 

「《ドラゴンブレス》!」

「《アポロスラッシュ》!」

「《トルネードブラスト》!」

『合体奥義! 《クリムゾンロード》!』

 

 ドラゴンのブレスと、女二人の攻撃、炎と風の合体魔法が激突し、相殺。

 最後の攻撃を防がれたドラゴンに向かって、神道が大きく剣を振りかぶる。

 

「終わりだ! 《ブレイブソード》!」

「ぐぁああああああああああ!?」

 

 神道の剣から巨大な純白の光の斬撃が放たれ、ドラゴンの体を袈裟懸けに斬り裂く。

 ドラゴンの断末魔が轟き、その巨体が真っ二つに両断された。

 

「や、やった!」

「勇者様がやってくれたぞ!」

「凄ぇ!」

「よし! 俺達も続くぞ!」

「ヒャッハー! 覚悟しろ残党ども!」

 

 その姿を見た砦の連中が、歓声を上げて残りの魔物を駆逐していく。

 それに対して、魔物の大部分は逃げ出した。

 残って徹底抗戦を挑んだ魔物も、すぐに制圧されるだろう。

 勝負ありだ。

 今回の戦いは、魔王軍の負けである。

 

 それを見届けない内に、私はオートマタを動かした。

 このままだと、一部の奴らは派手に雷魔法をぶっ放した現場に直行しそうだったので、急いで魔木ゾンビを送還。

 オートマタもその場から離脱させて、ドラゴンの死体の下へと向かわせる。

 目的は当然、死体の回収だ。

 あれだけの力を持った化け物をゾンビにしないなんてあり得ない。

 

 そうして、ドラゴンの下へと辿り着いた時、

 

「おのれぇ……! おのれぇ勇者ぁ……!」

 

 真っ二つに斬られたドラゴンが、怨嗟の声を上げ始めた。

 まだ生きてたんだ。

 凄い。

 これが爬虫類の生命力。

 なんにしても、これはラッキーだ。

 

「ただでは死なんぞ……! お前らも道連れにしてやる!」

 

 そう言って、ドラゴンは最後の抵抗とばかりに、ブレスの発射態勢に入った。

 黒い光が、ドラゴンの口の中に収束していく。

 これで神道達が死ぬとは思えないけど、相当数の兵士達は道連れにできるかもしれない。

 

 でも、私はそれを阻止するように、爺ゾンビを召喚した。

 そして、

 

「《アイスピラー》」

「なっ……!?」

 

 爺ゾンビの放った魔法。

 地面から突き出た氷の柱が、ドラゴンの喉を貫通する。

 それによって、元々風前の灯火だったドラゴンのHPが、急速に減少していく。

 

「お前は……!?」

 

 最期の一瞬。

 ドラゴンの大きな瞳が、オートマタの姿を捉えた。

 爬虫類の表情なんてわからないけど、その声音は驚愕に満ちている。

 

 でも、これ以上何かできる訳もなく、今度こそドラゴンのHPが完全に0になった。

 ドラゴンの瞳から光が消え、莫大な経験値とDPが私に入る。

 まさか死体だけじゃなくて、経験値とDPまで手に入るなんて。

 本当にラッキーだった。

 

 そして、他の連中にオートマタの姿を発見されない内に、ドラゴンの死体をアイテム回収機能で転送。

 送り先は、ウチのダンジョンで一番広い中ボス部屋だ。

 あそこじゃないと、馬鹿デカイドラゴンの体は収用できない。

 同時に、オートマタと爺ゾンビもダンジョンへと送還。

 

 こうして、国境砦の戦いは終わったのだった。



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90 国境砦の戦い、戦果確認

 ダンジョンにオートマタを戻した後は、すぐにドラゴンのゾンビ化を行なった。

 もはや毎度の恒例行事と化しているゾンビ化は、当たり前のように成功。

 ドラゴンは魔王軍を退社し、死体となってウチに再就職したのだった。

 いやー、労せずして凄まじい戦力が手に入ってしまった。

 そこだけは神道達に感謝してやらなくもなくもない。

 

 その代わり、魔王にバレたらと思うと恐ろしいけど、まあ、大丈夫でしょう。

 ダンジョンマスターの事はダンジョンマスターが一番よく知ってる。

 だからこそ、わかるのだ。

 ダンジョン領域外にいるモンスターの様子を確かめるような便利な機能はないと。

 

 あの場にいた魔物が逃げきって魔王に報告するとかなら話は別だけど、今回ドラゴンが連れてた魔物どもは、見るからに知能が低そうな奴らばっかりだったし、そもそも魔物視点だとオートマタは冒険者にしか見えない筈。

 だったら。勇者に追い詰められたドラゴンに冒険者がトドメを刺したようにしか見えない筈。

 なら、問題ない。

 問題ないという事にしておく。

 それでも、もしバレて許されなかったら戦争だ。

 幸い、今なら魔王相手でも少しは勝ち目がある。

 やってやんよ(震え声)。

 

 まあ、もちろん戦わないならそれに越した事はない。

 だから、とりあえず魔王に報告は入れておこう。

 当然、正直に全部話すつもりはないから、色々と捏造した上で。

 でも、今すぐ報告したら「何故、勇者が来てるのに連絡入れなかったのじゃ!」って文句言われそうだなー。

 よし。

 魔王への報告は後日に回す。

 言い訳も考えなきゃ。

 他の街で情報収集してたら、偶然、今回の戦いの情報を入手しました、って感じでいいかな。

 

 さて、そっちはそれでいいとして。

 次は、今回の戦いの戦果確認と行こう。

 

 最大の収穫は、言わずもがなドラゴンのゾンビ、ドラゴンゾンビを手に入れられた事。

 今までゾンビにしてきた連中の中では、ぶっちぎりで最強だ。

 ステータス的に、真装を解放すれば本気の魔王相手でもダメージを与えられると思う。

 そう考えると、本当に凄まじい戦力である。

 

 ちなみに、ドラゴンゾンビの真装の能力はこんな感じ。

 

ーーー

 

 真装『ドラゴンオーラ』

 

 HP×3 攻撃×3 HP、攻撃以外のステータス×2

 専用効果『竜王の風格(ドラゴンオーラ)

 

 真装のスキルによって顕現した力。

 本来の持ち主以外が使う事はできない。

 

ーーー

 

 竜王の風格(ドラゴンオーラ)

 

 自身のステータスを大幅に上昇。

ーーー

 

 シンプルで強い真装だ。

 むしろ、これだけの強さがあったくせに、なんで毎回のように苦戦してたのか。

 

 多分、動きがあまりにも雑だったからかな。

 ドラゴンの戦闘は、技術のぎの字もないような、ただ本能に任せて暴れ回るだけのものだったから。

 動きを読むのなんて簡単。

 しかも、あの巨体のせいで速度のステータスを活かしきれなかったのか、全体的に遅かった。

 もちろん、そんじょそこらの奴よりかはよっぽど速いんだけど、正直、オートマタの速度でもギリギリ対応できるレベル。

 とても万超えの速度とは思えない。

 

 結論。

 ドラゴンは自分の力を使いこなせてなかったから弱かった。

 そういう事だと思う。

 まあ、それでも強い事に違いはない。

 これから活躍する事を期待してる。

 

 で、次の戦果は私の経験値。

 

 なんと言っても、ドラゴンを殺した分の経験値が凄い。

 指揮官が連れてた連中の分と、戦いの序盤でオートマタが地味に殺してた魔物の分を合わせて、私のLvが95に上がった。

 8Lvアップ!

 って言うと、そこまででもないように感じるけど、ここに来ての8Lvアップは大きい。

 何せ、Lvっていうのは上げれば上げる程上がりにくくなる。

 最近は、街とかを滅ぼしてもLvが上がらない事を考えれば、普通に破格のLvアップだ。

 嬉しい。

 

 あと、地味に大きいと思ってるのが、神道達からドラゴン殺しの経験値を奪えた事。

 爬虫類の生命力を侮った結果だ。

 ざまぁ見ろ。

 

 で、次にDP。

 今回手に入ったDPは15万くらい。

 その内の10万以上は、ドラゴンを殺した分である。

 今の私からしたら収入一日分程度の数字だけど、それでも凄い。

 だって、たった一体で10万DPって、普通に勇者並みなんだもん。

 単純に、これをはした金扱いできる私がおかしいだけだよ。

 

 あとは、装備とかも少し手に入った。

 指揮官と一緒に拉致ってきた連中が着てたやつだ。

 大半はレーザービームとか、私の魔法とかで消失しちゃったけど、中にはギリギリ無事だった物もある。

 多分これ、国の兵士が着る正式な装備だと思うから、使い道はあると思う。

 洗って大事に保管しておこう。

 

 そして、最後の戦果。

 それは、調教のスキルで支配下に置いた指揮官である。

 今はダンジョン領域外にいるから様子がわからないけど、命令通りに行動してるなら、数日以内に計画を始められる筈。

 その結果次第では、ドラゴン殺しを上回る最大の成果になってくれるかもしれない。

 まあ、あくまでも全てが上手くいけばの話だけどね。

 

「さてと」

 

 これにてリザルトは終了だ。

 今日は体を動かして疲れたし、もう寝よう。

 指揮官を追い出した辺りでリビングアーマー先輩を脱いだから、すぐにでも寝られる。

 お風呂とかは……明日でいいや。

 あ、でも、寝る前にリーフのご飯は用意しておかないと。

 

 そういう訳で、リーフの部屋にいるマモリちゃん人形を起動。

 とりあえず、ご飯の前に戦いが終わった事を伝えると、リーフは心底安心したような顔をした。

 なんとなく、マモリちゃん人形で頭を撫でておいた。

 

 そんなリーフの顔を見て、私は今回の戦いがひとまずは終結した事を、改めて実感した。



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91 出発前

 翌日。

 私は居住スペースのベッドの上で悶えていた。

 奴が、奴が襲来してしまったのだ……!

 リビングアーマー先輩を着込む事の代償。

 筋肉痛という名の悪魔が襲来した!

 

「うぅ……《シャインヒール》」

 

 痛みを堪えながら、自分に回復魔法をかける。

 私の凄まじい魔力によって筋肉痛を強引に癒した。

 やっぱり覚えといてよかった回復魔法。

 本当は昨日使わなきゃいけなかったんだけど、疲労で忘れてた。

 やっぱり、自分自身で戦うのは想像以上に気力を使うって事だと思う。

 

 そんなこんなで筋肉痛という名の悪魔を撃退し、昨日入れなかったお風呂に入ってから、朝ご飯を用意。

 マモリちゃん人形を起動させてリーフにも用意し、一緒のタイミングで食べた。

 ……ちなみに、この時絶妙なタイミングに当たったみたいで、モニターを開いたら、渡しておいたお風呂用具一式で体を洗ってるリーフの姿が映ってしまった。

 とんだ不幸だ。

 男の裸なんて目が腐る。

 まあ、リーフの体はまるで華奢な女の子みたいだったから、そこまで不快でもないけどさ。

 あれでも、この間の盗賊狩りでちょっとLvが上がったから、物理系ステータスもそこそこある筈なのに、筋肉が欠片もない。

 実に不思議だ。

 まあ、リーフの体の事なんて興味もないけど。

 

 で、食事をしながら、マモリちゃん人形を使って、リーフに今後の行動を指示しておいた。

 といっても、今回リーフの出番はないんだけどね。

 

「え? ボクはダンジョン(ここ)で待機ですか?」

「そう。私はこれから完全な敵地に潜入して来る。だから、あなたは足手まとい。

 ここで大人しく待ってる事。

 わかった?」

「はい……」

 

 リーフがしょんぼりとした顔になった。

 役に立たないと始末されるとでも思ってるのかな?

 でも、今回はリーフを連れ歩くメリットがないし。

 それに死なれても困るし。

 そんな顔しても、お留守番は決定事項だ。

 

「心配しなくても、今回役に立たなかったからって捨てはしないから、安心しなさい」

 

 そう言うと、今度はキョトンとした顔になった。

 あれ?

 

「違うの?」

「それも心配ですけど、一番心配なのはご主人様ですよ。

 敵地に潜入なんて危ないじゃないですか。

 もし帰って来なかったらと思うと……」

 

 ああ。

 私の身を案じてたのか。

 そういえば、最近のリーフはこんな感じの精神状態だったっけ。

 正直、自分のやってる事が普通は受け入れられないような事だって自覚はあるから、誰かに心配されるっていうのは慣れない。

 

「それも心配しなくていい。だって、あの体もこの人形と同じだから。

 あの体が壊されても、私が死ぬ事はない」

「え?」

 

 あ。

 ……口が滑った。

 こんな事をリーフに言っちゃうなんて。

 もし万が一、リーフが奴隷から脱却したら、この情報が人間側に漏れかねないっていうのに。

 気が緩んでた。

 とりあえず、ちょっと半殺しにして、リーフにも調教のスキルをかけるべきかな?

 

「そうなんですか……それなら良かったです!」

 

 そう思った瞬間、リーフはパッと笑顔になった。

 ……そんな顔されると、半殺しにしようって気が削がれる。

 ああ、もう。

 それは後でいいや。

 

「とにかく。私は次の仕事をするから、あなたは待機。これは決定事項。わかった?」

「はい!」

 

 さっきと同じ事を言えば、リーフはさっきと違って元気な声で返事をする。

 調子狂うな……。

 

 そうして朝食を終え、私は先生ゾンビに命令し、オートマタを砦の中の一室に送らせる。

 こんな事もあろうかと、開戦を待つ間、あてがわれた部屋に先生ゾンビを送って、転送可能なポイントにしておいたのだ。

 

「じゃあ、私は行くから」

「はい! 行ってらっしゃい!」

 

 マモリちゃん人形を通してそう伝えれば、リーフの行ってらっしゃいコールが返ってくる。

 こいつ、私がこれから何するのか本当にわかってるんだろうか?

 本当に調子が狂う。

 

「……でも」

 

 なんだろう。

 なんとなく、それを嬉しく思ってる私がいるような気がする。

 実に不思議だ。

 

 そんな釈然としない思いを抱きつつ、私はオートマタを砦へと転送したのだった。



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92 仕込み開始

 砦へと転送したオートマタに、疑似ダンジョン領域の機能を使って、部屋の前に誰もいない事を確認させてから、部屋を出させる。

 今のオートマタの格好は、ダンジョンで息絶えた兵士から剥ぎ取った装備だ。

 その中に顔を完全に隠すフルフェイスの兜があったので、それも着用してる。

 これなら多分、普通の兵士と見分けつかないだろうし、そこまで怪しまれずに行動できる、筈。

 

 そうして、兵士スタイルで砦の中を練り歩く。

 目的地は指揮官のいる部屋なんだけど、残念ながら場所がわからないので、とりあえずリーフが描いてくれた見取り図の中で空白になってた場所、つまり冒険者が入れない兵士専用っぽい場所を歩いてる。

 手段は当然、ここら一帯の部屋をしらみ潰しに探す……なんて事はもちろんしない。

 なら、どうするのか?

 昔の人は良い事を言った。

 わからない事は人に聞けばいいと。

 

「ちょっと、そこのあなた達」

「はい?」

「なんでしょう?」

 

 私はオートマタに、そこら辺を歩いていた若い兵士二人に声を掛けさせた。

 そして、そのまま無言で腹パン。

 

「「!?」」

 

 まだ新米なのか、最初の侵入者三人組くらいのステータスしか持ってなかった若い兵士二人は、オートマタの抉るようなボディーブローを諸に食らってリングに沈んだ。

 その二人を人目に付かない場所まで引き摺って行き、そこで先生ゾンビを召喚してダンジョンの中ボス部屋へと拉致。

 オートマタは何事もなかったかのように砦の探索に戻り、若い兵士二人の相手は、新しく造った三体目のマモリちゃん人形がする。

 といっても、既にかなりのダメージを受けていた二人を調教ゾンビの餌食にしてから、質問と調教を施すだけだけど。

 

「指揮官と勇者達のいる場所を教えて」

 

 そう問い詰めたけど。

 

「し、知らない!」

 

 という答えが返ってきた。

 調教の影響下にいる奴が嘘を吐ける訳がないので、どうやらこの二人は本当に知らないらしい。

 まあ、末端の兵士が知ってる情報には限りがあって当然か。

 仕方ない。

 仕方ないから、調教だけ済ませて、回復魔法をかけてから解放しておいた。

 

 指揮官を調教してる内にわかった事なんだけど、調教のスキルによる支配力は私の想像を絶していた。

 最初は奴隷紋と似たようなものだと思ってたんだけど、とんでもない。

 

 このスキルの餌食になった者は、調教を通り越して、主に全てを支配される。

 全て。

 そう全てだ。

 体も、そして心すらも。

 

 例えば、リーフに「心から笑え」という命令をしたとする。

 奴隷紋の力では心までは操れない。

 だから、多分リーフは突然の命令に困惑して上手くは笑えないだろう。

 実際、一度やってみたからよくわかる。

 

 でも、これを調教スキルによる被害者にするとどうか?

 答え、ちゃんと心の底から笑う。

 少なくとも表面上はそう見える。

 指揮官はそうだった。

 部下を殺された恨みも、半殺しにされた怒りも忘れて、ただ大笑いした。

 不気味にも程があった。

 

 それと同じで、不都合な記憶を無くせと命令すれば、その通りになるし。

 私に調教された事を誰にも話さず、普段通りに振る舞えと命令すれば、その通りになる。

 心から私に服従を誓えと命令すれば、犬のように三回回ってワンと言わせる事すらできる。できた。

 

 このように、このスキルの効果は調教というより洗脳に近い。

 それも完璧な。

 さすがは勇者のユニークスキルと言わざるを得ない。

 まあ、その代わり、スキルの効果が解けた瞬間、今までの自分の異常を自覚するみたいだから、そこだけは完璧じゃないけど。

 

 今のところ、調教ゾンビ自身が解除しない限り、スキルの効果が解ける事はないけど、他に解除方法がないとも限らない。

 だからこそ、このスキルで味方にした奴を完全な手駒と認識するのは危険だ。

 何かの拍子に効果が解けたら目も当てられないもの。

 短期的に使って、用が済んだら殺すのが最善。

 指揮官とかは、殺した後、ゾンビ直行コースかな。

 

 そういう訳で、若い兵士二人組にも指揮官と似たような命令を下しておいた。

 口止めと、普段通りに振る舞う事、私への絶対服従。

 それから、作戦実行の時の役割を与えた感じだ。

 

 その後も砦を歩き回り、拐いやすそうな奴を何人か調教していく。

 そうしてる内に、指揮官の居場所を知ってる奴から情報を抜き出せたので、仕込み作業を一旦やめ、そいつに案内させて指揮官の所に行った。

 辿り着いた場所は執務室。

 どうも、指揮官は既に仕事に戻ってるらしい。

 瀕死状態にしたのに翌日には復帰とか。

 回復魔法って凄いよね。

 

 そして、案内役の奴に一応部屋のドアをノックさせた。

 

「指揮官、失礼いたします」 

「ああ、入ってくれ」

 

 調教の被害者同士がそんな会話を交わした後、ドアが開けられる。

 すると、そこには全身に包帯を巻いた指揮官の姿が。

 さすがに、全快とはいかなかったらしい。

 見たところ、戦闘もまだ無理だと思う。

 HP減ったままだし。

 

 でも、そんな指揮官以外に、部屋の中には三人の人間がいた。

 妙齢の女が一人、私よりも年下に見える少女が一人。

 そして、━━見覚えのある黒髪の男が一人。

 

 そいつらを見た瞬間、私は目を見開いた。

 

「こ、これは勇者様!? まさかいらしていたとは! 大変失礼いたしました!」

「あの、そんなに畏まらなくても大丈夫ですから。それに、話ももう終わるところでしたし」

 

 案内役の奴が慌てていた。

 それに対して勇者と呼ばれた男は、神道は苦笑しながら返す。

 

 まさか、こんな所で勇者一行に遭遇するとは。

 さて、どうしたものかな。



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93 勇者との再会(一方的)

 とりあえず、私は神道達に対して、咄嗟に鑑定機能を使った。

 

ーーー

 

 異世界人 Lv50

 名前 シンドウ・ユウマ

 

 HP 29800/29800

 MP 30450/30450

 

 攻撃 25000

 防御 24700

 魔力 25100

 魔耐 24980

 速度 25331

 

 ユニークスキル

 

 『勇者』『真装』

 

 スキル

 

 『HP自動回復:Lv35』『MP自動回復:Lv51』『聖闘気:Lv45』『神聖魔法:Lv45』『剣術:Lv38』

 

 称号

 

 『勇者』『異世界人』

 

ーーー

 

 人族 Lv91

 名前 アイヴィ・ブルーローズ

 

 HP 17000/17000

 MP 15500/15500

 

 攻撃 15800

 防御 15210

 魔力 15122

 魔耐 15440

 速度 16190

 

 ユニークスキル

 

 『神の加護』『真装』

 

 スキル

 

 『HP自動回復:Lv36』『MP自動回復:Lv32』『剣術:Lv52』『火魔法:Lv41』『統率:Lv25』

 

ーーー

 

 人族 Lv88

 名前 エマ・ヘブンズ

 

 HP 13400/13400

 MP 21000/21000

 

 攻撃 10950

 防御 10900

 魔力 23400

 魔耐 19900

 速度 18700

 

 ユニークスキル

 

 『神の加護』『真装』

 

 スキル

 

 『HP自動回復:Lv20』『MP自動回復:Lv64』『風魔法:Lv50』『回復魔法:Lv50』

 

ーーー

 

 強い。

 特に神道がヤバイけど、残りの二人も相当ヤバイ。

 神の加護を持った十二使徒だし、当たり前のようにステータスが万を超えてるし。

 それも真装なしの状態で。

 つまり、本気状態ならステータスが2、3倍に膨れ上がる訳だ。

 

 しかも、前に確認したアイヴィとかいう女の真装の専用効果『勝者の加護(ティルファング)』を使えば、その上から更にステータス1.5倍。

 というか、なんでこいつが神の加護持ってるの?

 新しい十二使徒に選ばれたの?

 ただでさえ強い奴が更に強くなるとか、勘弁してほしいんですけど。

 

 おまけに、神道の真装の専用効果『勇者の聖剣(エクスカリバー)』の魔に属する者に対して特化ダメージを与える効果を考えれば、実際の攻撃力はステータス以上になる筈。

 この調子だと、エマとかいう女にも何かありそう……って、ああ、思い出した。

 こいつ、前にウルフェウス王国の王都で見た事ある。

 背中に天使みたいな翼生やしてた奴だ。

 そういえば、あの翼はこいつ以外にも生えてたっけ。

 あの時一緒にいた他の十二使徒とか、ドラゴンと戦ってた時の神道達とか。

 

 という事は、もしかしてあれがこいつの真装?

 効果は、自分と仲間に飛行能力を付与って感じかな?

 もしかしたら、速度上昇とかの効果もあるかもしれない。

 つまり、それを使われると化け物どもが更に強くなると。

 ふざけんなと言いたい。

 ただでさえ化け物なくせに、どれだけ強化を重複させれば気が済むんだ!

 魔王と相討ちになってしまえ!

 

 私が内心で呪詛を吐いてる間に、神道達と指揮官の話は終わったらしい。

 本当に終わる寸前に遭遇したみたいだ。

 

「それでは失礼します。お疲れのところすみませんでした」

「いえ、勇者様への協力は当然の事ですので」

 

 最後にそう言って、神道達は部屋を出て行こうとする。

 案内役の奴が慌てて頭を下げた。

 それに倣って、仕方なく、本当に仕方なくオートマタにも頭を下げさせる。

 なんか屈辱。

 それに対して、神道もまた軽く頭を下げて会釈を返し、今度こそ部屋を出て行った。

 

 そして、神道達の気配が遠くへ消えてから、私は指揮官に声をかける。

 

「何の話をしてたの?」

 

 声で私だとわかったのか、指揮官がピクリと反応する。

 でも、事前に施した命令のおかげで騒ぐ事もなく、指揮官は普通に語り出す。

 

「先の戦いの時、私が遭遇した敵の事を聞かれました」

「それで、なんて答えたの?」

「ご命令の通り、ローブで顔を隠した人型の魔物の犯行だと」

「なら、よし」

 

 その言葉に嘘がないのはわかる。

 だって、ステータスに思いっきり『状態異常 調教』って出てるから。

 ちなみに、私に対して敬語なのは、絶対服従の命令が仕事してるんだと思う。

 

「で、計画の方は?」

「ハッ。既に首都に早馬で手紙を出し、詳細説明の為に私自らが出向くと書いてあります。

 三日後には出発となるでしょう」

「よろしい」

 

 三日後か。

 なら、それまでに少しでも仕込みを済ませておこう。

 

 その後、神道達の泊まってる場所と、出歩くと思われるスペースを聞き出してから部屋を出た。

 そして、神道達に遭遇しないように気をつけながら、仕込みをしていく。

 

 勇者に見つからないように、勇者殺しの毒を撒いていく。



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94 出発と報告

「では行ってくる。留守を任せたぞ」

「了解しました!」

 

 何人かの兵士に見送られ、護衛を連れた指揮官が馬車に乗り込む。

 オートマタは、この護衛の中にシレっと紛れ込んだ。

 他の護衛は、全員調教の毒牙にかかってるので疑われる事もない。

 

 出発までの三日間で調教による魔の手は、なんと砦の全兵士の一割を陥落させるまでに伸びた。

 三日でこの成果は凄い。

 指揮官による呼び出し→先生ゾンビによるテレポート拉致→中ボス部屋でのリンチ。

 この完全犯罪が、あまりにも上手く行った結果だ。

 しかも、調教された奴には普段通りの振る舞いを強制してるから、異常を察知される事もないし。

 我ながら恐ろしいコンボを考えてしまったものである。

 

 そんな感じで、指揮官率いる(本当は私率いる)一行は砦を出発。

 指揮官の上司へと今回の戦いの詳細を報告するべく、この国の首都を目指す。

 当然、そんなのは、ただの建前だけど。

 

 普通なら、そんな報告に指揮官自らが出向く事はないと思う。

 けど、その詳細報告が凄く重要な物だと手紙に書いた上に、現在の指揮官は大怪我して戦えないというのが、良い感じの言い訳になった。

 つまり、報告ついでに首都にいる高位の回復魔法使いに診てもらおうという訳だ。

 当然、これもただの建前である。

 実際は、指揮官に付いて行けば簡単に国の上層部に会えるんじゃないかという、私の策略だ。

 

 で、そんな一行は馬車に揺られながら、ゆっくりと首都への道を行く。

 先生ゾンビのテレポートで送る手もあったんだけど、それじゃ移動が不自然に早すぎて怪しまれそうだから却下。

 それに、いざ調教の効果が解けた時の為に、こいつらにもあんまり手の内を見せたくないし。

 

 同じ理由で、突発的に調教の効果が解けた時の対策として、熱血ゾンビと不死身ゾンビを召喚してオートマタの護衛に充てておいた。

 こいつらは、ステータス的に使い捨てても惜しくないゾンビなので、外でも積極的に使っていくつもりだ。

 

 それで、まあ、ゆっくりと馬車に揺られてれば、その間は暇になる。

 なので、空いた時間で後回しにしていた魔王への報告をする事にした。

 久しぶりに魔王との通信部屋のモニターを開き、マモリちゃん人形を起動させ、ミニ玉座に安直されてるカオスちゃん人形に話しかける。

 

「魔王様、ご報告があります」

「む、マモリか。なんじゃ? 今忙しいから手短に話してほしいのじゃが」

 

 忙しいのか。

 だったら好都合かな。

 余計な詮索されなそうだし。

 

「では、手短にご報告いたします。

 先日、アワルディア共和国の国境砦に勇者が現れ、攻め入っていた魔王軍と衝突。

 その戦いにおいて、ドラグライトさんが討ち取られたそうです」

「……すまん、もう一度言うてくれ」

「先日、アワルディア共和国の国境砦に勇者が現れ、攻め入っていた魔王軍と衝突。

 その戦いにおいて、ドラグライトさんが討ち取られたそうです」

「……マジか」

「マジです」

 

 カオスちゃん人形が頭を抱えた。

 一方、それを伝える私も内心では結構ドキドキしていた。

 絶対にドラゴン殺しの犯人が私だと気づかれる訳にはいかない。

 早急に話を進めてしまおう。

 

「おそらく、勇者は現在も国境砦に滞在していると思われますが、いかがいたしますか?」

「いかがって……えぇ……どうしたもんかのう……。

 我が出向きたいところじゃが、今は別の国の攻略中で手が離せんし。

 他の幹部を向かわせようにも、ドラグライトはあれでいて、ステータスだけならば幹部最強じゃった。

 それを打倒したという事は、近くにいる幹部を向かわせても勇者には勝てんじゃろうし……マモリよ、何か良い策はないかの?」

 

 いきなり私に頼るなポンコツ上司。

 それ、世間一般では無茶振りって言うんだからね。

 まあ、私は有能だから上司の無茶振りにも応えられるけどさ。

 作戦も、現在進行形でやってるやつがあるし。

 ドラゴンの話題が出ても困るから、さっさと話してしまおう。

 

「一応、現在私が手掛けている国を落とす為の作戦があります。

 それを少し弄れば、勇者を叩く事は可能かと」

「おお! 本当か!」

「はい。……しかし、さすがに確実に討ち取るとなると難しいでしょう」

 

 とりあえず、失敗も視野に入れて、発言に保険をかけておく。

 実際、この作戦で神道を殺せる確率は決して高くないし。

 万事上手く運んだとしても、殺害成功率は50%もないと思う。

 まあ、神道は殺せなくても砦は落ちるだろうけどね。

 

「まあ、それは仕方あるまい。そんな簡単に勇者を殺せれば苦労はないしの。

 ……こうなってくると、前に取り逃がしたのが痛いのう。

 おのれ、ウォーロック」

 

 正直、前回のあれは魔王のせいでもあると思う。

 口には出さないけど。

 

「では、ひとまずマモリの作戦とやらで行くとしよう。近場にいる魔王軍への命令権をお主に与えておく。国境近くの街にいくらか戦力が残っている筈じゃ。

 回収して好きに使うがよい」

「わかりました」

 

 とは言っても、命令権を渡すって、ダンジョン領域外にいるモンスターにどうやって指示を伝えるんだろう?

 ああ、いや、もしかして国境近くの街とやらにカオスちゃん人形が置いてあるんだろうか。

 あり得る。

 その国境近くの街って、十中八九偵察任務の時に行った街だろうし、余裕があったら確認しておこう。

 まあ、そこにいる魔物どもが役に立つかは微妙なところだと思うけど。

 

「他にも、多少であれば手伝えるが、何か必要な物とかあるかの?」

「では、勇者を相手に少しでも戦える戦力がいれば貸してください。無事に返す保証はありませんが」

「中々の無茶振りじゃのう……じゃが、わかった。手が空いておる幹部を何人か派遣する。国境近くの街で落ち合うがよい」

「ありがとうございます」

 

 ダメ元で言ってみたんだけど、意外にも意見が通った。

 言ってみるものだね。

 それにしても幹部が数人かー。

 できれば、勇者にぶつけた後でゾンビにしたい。

 でも、今度こそバレるといけないから、そっちはできれば良いなくらいに思っておこう。

 

「他には何かあるかの?」

「いえ、特には」

「そうか。では、健闘を祈る!」

 

 そうして、カオスちゃん人形は沈黙した。

 ……とりあえず、ドラゴンの話題に触れられなくて良かった。

 その事実に、私はそっと胸を撫で下ろした。



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95 魔王軍と合流

 さて、魔王への報告を終えた訳だけど。

 何故か、私は一部の魔王軍への命令権を得た。

 しかも、そいつらがいる国境の街には、私への増援として幹部まで派遣される事になった。

 さすがに、それだけの戦力を放置して作戦を進める訳にはいかないでしょう。

 

 という訳で、指揮官率いる部隊に一時待機を命じて、オートマタは先生ゾンビのテレポートで国境近くの街へ。

 念の為に不死身ゾンビを護衛に付けておく。

 まあ、本当に念の為だけど。

 こいつなら使い捨てても惜しくないし、肉壁くらいにはなるでしょう。

 

 で、やって来た国境近くの街は、相変わらずの地獄絵図だった。

 死体は散乱してるし、ゴブリンとかオークが女をズッコンバッコンしてるし。

 でも、魔王の言った通り命令はされてるみたいで、オートマタに襲いかかってくる魔物はおらず、命令すれば素直に従った。

 キラーウルフとかの獣系モンスターなんか、お手、お回り、チンチンまでやってみせる服従っぷりだ。

 

 そんな街で待つ事、約一日。

 魔物どもに案内されて見つけたカオスちゃん人形の所に、遂に幹部と思われる二体の魔物が転送されてきた。

 

「では、仲良くするんじゃぞ。シロ、ニコ」

「畏まった、魔王様」

「はーい!」

 

 カオスちゃん人形の言葉に対して、真面目そうな声で答えたのは二足歩行の白い狼。

 逆に、元気な声で軽く答えたのは、下半身が巨大な蜘蛛になってる10歳くらいの少女。

 すぐに鑑定を使う。

 

ーーー

 

 フェンリル Lv105

 名前 シロ

 

 HP 20500/20500

 MP 19980/19980

 

 攻撃 18000

 防御 17740

 魔力 18400

 魔耐 18650

 速度 19070

 

 ユニークスキル

 

 『真装』

 

 スキル

 

 『神狼:Lv105』『HP自動回復:Lv75』『MP自動回復:Lv80』

 

ーーー

 

 アラクネ Lv81

 名前 ニコ

 

 HP 9995/9995

 MP 15500/15500

 

 攻撃 6000

 防御 5245

 魔力 13000

 魔耐 10450

 速度 16600

 

 ユニークスキル

 

 『真装』

 

 スキル

 

 『怪物蜘蛛:Lv81』『HP自動回復:Lv30』『MP自動回復:Lv80』『隠密:Lv49』

 

ーーー

 

 思ったより強いのが出てきた。

 特にフェンリルの方はドラゴンと大差ない程の強さ。

 魔王軍って、どれだけ人材が充実してるんだろう。

 これ、私がどれだけ強くなっても、魔王軍全体には勝てないような気がする……。

 もし敵対したら、おとなしく籠城だね。

 その時は、リーフを居住スペースに入れる事も検討する。

 

「マモリよ、こやつらが今回お主に協力する幹部じゃ。

 一応、お主の指示に従うよう言ってはおいたが、何分我の強い連中じゃからのう。

 頑張って上手く手綱を握ってくれ。

 では、我は我の仕事に専念する故、ここで失礼するぞ」

 

 なんか不穏な事を言ってから、カオスちゃん人形は沈黙した。

 ……なんか物凄く不安なんですけど。

 

「お前が例の新幹部か。俺はフェンリルのシロ。魔王様の忠実なる(しもべ)だ。よろしく頼む」

 

 そんな私の不安を吹き飛ばすかのように、フェンリルはオートマタに向かって手を差し出してきた。

 握手だ。

 

「……こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 思ったより随分とまともな対応に面食らいつつ、私はオートマタを操ってフェンリルの手を握り返す。

 ちなみに、このフェンリルは狼なのに、手の形は人間と同じだ。

 人化状態なんだろうから当たり前だけど。

 あ、でも、爪と肉球はあるな。

 

「お姉ちゃん! あたしはね! あたしはアラクネのニコっていうの! よろしくね!」

「……こちらこそ」

 

 そして、反対の手をアラクネが握ってきて、ブンブンと上下に振り回す。

 オートマタの関節が嫌な音を立ててるけど、対応自体はまともと言って差し支えない。

 不気味だ。

 

「では、マモリよ。敵はどこだ?」

「ここから数日歩いた距離にある砦に居ます」

「そうか。ならば早速行くとしよう。出撃だ」

 

 そう言ってフェンリルが歩き出す。

 ……え?

 ちょっと待って。

 こいつまさか、無策の上に単騎で突撃するつもりなの?

 

「待ってください」

「む? 何故だ?」

「何故だじゃありません。無策で攻め込もうとしないでください」

「人間風情を相手に、策など不要だろう」

 

 脳筋か!

 ああ、いや、そういえば前に幹部は脳筋揃いだって魔王が言ってたような……。

 こういう事か!

 

「という事で出撃!」

「おー!」

「待ってください。ニコさんも乗らないで」

「ニコでいいよ、お姉ちゃん!」

 

 アラクネも、こいつマイペースだな!

 フェンリルに負けず劣らずの脳筋、というか、精神年齢が外見通りな感じがする。

 

「他の場所ではどうだか知りませんが、今回は私の指示に従ってください。

 砦攻めの決行は数日後、私が合図を出してからです」

「何故だ?」

「私にも準備というものがあります。それに今回の相手は勇者。ドラグライトさんを倒した相手です。

 無策では犬死にしますよ」

「奴より俺の方が強いぞ」

 

 いや、弱いでしょ。

 というか、そういう問題じゃない!

 

「とにかく、勝手な行動は慎んでください。さもなければ魔王様に言いつけますよ」

「ぬ……それは困るな。魔王様を困らせるのは本意ではない」

「では、私の指示に従ってくださいね」

「致し方あるまい。了解した」

 

 ふう。

 なんとか説得に成功したか。

 最初からこれじゃ、先が思いやられるなぁ。

 

「ねぇねぇ、お姉ちゃん! あたし、早くお人形さんで遊びたい!」

「いきなりなんですか。お人形?」

 

 フェンリルと話がついたと思ったら、今度はアラクネが何か言い出した。

 人形がなんだって?

 

「うん! あたしね! お人形さんが大好きなの! こうやって遊ぶんだぁ!」

 

 そう言って、アラクネは指の先から高速で何かを射出した。

 糸だ。

 注意して見ないとわからないくらいに細い糸。

 オートマタの反応速度では対処できない程の速度で飛んで行ったその糸は、ゴブリンにズッコンバッコンされている女に絡み付いた。

 

 そして、その女は奇っ怪な行動に出る。

 なんと自分で自分の目を抉り出した。

 

「ああああああああああああああああ!?」

 

 女が絶叫を上げる。

 しかし、糸で操られた女の動きは止まらず、今度は顔の皮を剥ぎ取り、指を食い千切り、最後は自分の首を絞めて絶命した。

 突然の事態に、さっきまでお楽しみ中だったゴブリンですら唖然としてる。

 

「ね! ね! おもしろいでしょ! 楽しいでしょ! もっと元気なお人形さんだと、もっともっと楽しいんだぁ!」

 

 そんな狂気に満ちた言葉を、屈託のない笑顔で語るアラクネ。

 これまた、どぎつい個性が出てきたよ。

 まあ、私も人の事は言えないんだけどさぁ。

 

「だからね! あたし、早く新しいお人形さんがほしいの! 待ってるなんてやだ!」

「……わかりました。なるべく早く決行できるように頑張りますよ」

「わーい! お姉ちゃん大好き!」

 

 そう言いながら、オートマタに抱き着いてくるアラクネ。

 ボキボキと嫌な音が鳴ってるんですけど。

 修復もただじゃないのに。

 

 

 その後、なんとか作戦の中でやってほしい役割を二人に説明してから解散となった。

 作戦決行の日までは、この街で待機してもらう予定だけど、急がないと勝手に動き出す予感がヒシヒシとする。

 こいつら、なんて扱いにくいんだ……。

 魔王の忠告が身に染みる思いだよ。

 勇者一行にダメージ与えた上で討伐されてくれないかなぁ。

 

 そんな感じで、魔王に戦力をねだった事を若干後悔しつつ、私はオートマタをダンジョンに戻し、そこから先生ゾンビのテレポートで指揮官率いる部隊の所へと送った。

 さて、こいつらに作戦を台無しにされないように急がないと。

 なんで、私がこんな苦労をしなくちゃいけないんだろう……。

 やっぱり、仕事って大変。

 そう思った一日だった。



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96 議会を蹂躙せよ

 オートマタが馬車に揺られ始めて数日後。

 遂に、指揮官率いる部隊はアワルディア共和国の首都に到着した。

 普通はもっとかかる道のりだったんだけど、早くしないと魔王軍幹部二人が暴走しそうで心配だったから、馬を潰すくらいの気持ちで強行軍を行なった。

 おかげで、普通よりは遥かに早く着いたよ。

 ちなみに、潰れた馬は美味しくいただきました(DP的な意味で)。

 

 そして、首都に到着した直後、指揮官に国の上層部への謁見を申請させる。

 これは元々、早馬で送った手紙というか、報告書にも書いてたみたいなので、すんなり通った。

 ただし、向こうにも予定があるという事で、謁見は明日という事に。

 多分、こっちが思ったよりも早く着いたのも大いに関係してると思う。

 まあ、それは仕方ない。

 この国は議員なんて連中が動かしてるらしいし、明確なトップがいない分だけ動きが遅いのは読めてた事だ。

 それでも、いつ暴れ出すかわからない暴走列車を二台も抱えてる以上、できるだけ急いでほしいって気持ちはあるけど。

 

 そんな感じでソワソワしながら一夜を過ごし、翌日。

 オートマタの泊まってた場所(騎士団の施設らしい)に城からの遣いが来て、謁見の為に指揮官を連れて行った。

 当然、オートマタと護衛のゾンビ何体かも付いて行く。

 名目上は、重要な証言をする目撃者という事になっているのだ。

 

 そうして案内役に連れられ、城に入り、この国の謁見の間へと辿り着く。

 案内役がノックをしてから扉を開け、中に入れば、そこには色んな見た目をした種族が、それぞれの護衛っぽい奴を連れて席に座っていた。

 部屋の雰囲気は、本当に議会っぽい。

 なんというか、国会議事堂と裁判所を足して二で割ったような感じ。

 裁判官っぽく上から見下ろすような椅子がいくつもあって、指揮官は被告人がいそうな場所で足を止めた。

 どうやら、ここから報告を行うらしい。

 

「第三騎士団長、シー・サブマリーン、参上いたしました!」

 

 指揮官が膝をついて頭を下げながら、大声で宣言した。

 それに倣って、一応オートマタとゾンビ達にも膝をつかせておく。

 あんまり意味ないと思うけど。

 どうせ、すぐに仕掛けるんだし。

 

「面を上げよ」

 

 指揮官の真っ正面、裁判長っぽい椅子に座った奴が口を開く。

 多分、あれが議長とかそういう奴だと思う。

 犬みたいな顔をした老人(いや老犬?)だ。

 その姿は、どことなく人化状態のフェンリルに似てる。

 獣人にも色々あるみたいで、猫耳みたいに耳だけ付いてるのもいれば、こんな感じで全身が獣っぽい奴もいる。

 まあ、どうでもいいけど。

 

「して、今回の議題だが、此度の魔王軍との戦いにおいて重大な発見をしたとの事だったな。

 早速、申してみよ」

「ハッ!」

 

 その言葉に従って、指揮官が話し始める……なんて事はもちろんない。

 だって、魔王軍に関する重大な発見なんて真っ赤な嘘だもの。

 目的は、指揮官の権力を使って、この場所、国の中枢にまで入り込む事。

 まさか、ここまですんなりと行くとは思わなかったけど。

 

 だから、ここで動くべきなのは指揮官じゃない。

 私なのだ。

 

 私はオートマタを立ち上がらせ、その口を開いた。

 

「それに関しては私からご説明いたします。魔王軍に関する重大な発見……それはこちらです」

 

 そう言うと同時に、連れてきたゾンビの一体である先生ゾンビに命令を下す。

 その内容は当然、

 

「《フロアテレポート》」

 

 いつものテレポート拉致。

 この部屋に集まった議員どもを、護衛ごとダンジョンの中ボス部屋へと叩き込む。

 

「な、なんだ!?」

「何が起こった!?」

 

 突然、ダンジョンの暗闇に視界が閉ざされた事で、多くの議員どもが慌てふためく。

 でも、護衛どもは存外やり手だったみたいで、即座に光源を確保した上で臨戦態勢を取った。

 

「照らせ━━『サンライト』!」

「咲き狂え━━『ラフレシア』!」

「捻れ━━『スピニング』!」

 

 そして、それぞれの真装を展開する。

 ダンジョン内に入れて鑑定した結果わかったけど、驚くべき事に、護衛の大部分が真装使いだった。

 数は20人以上。

 これだけの戦力を最前線に送らず、自分の手元に置いておくなんて、議員どもは相当の臆病者だったらしい。

 でも、その臆病っぷりが、今回は吉と出た。

 

 だが、その抵抗も無駄である。 

 

「雄叫ベ━━『ドラゴンオーラ』」

 

 生前の騒がしさがまるで感じられない無機質な声で、新たに登録したこの部屋のボスモンスターが、真装を展開する。

 そのボスモンスター、人化形態のドラゴンゾンビの体を、真装のオーラが包み込む。

 

 ドラゴンゾンビは、ゾンビにした事によって、生前より僅かに弱くなった。

 でも、今はそれを覆して余りある力を得ている。

 それはボス部屋の効果。

 登録した部屋の中にいる限り、ボスモンスターのステータスを3倍にする反則効果。

 今のドラゴンゾンビは、その力を得ているのだ。

 

 加えて、真装によるステータス倍加、『竜王の風格(ドラゴンオーラ)』による、更なるステータス増強。

 これによって、今のドラゴンゾンビは素の状態の魔王に匹敵するレベルまで強くなった。

 

 それだけじゃない。

 この部屋にいるのはドラゴンゾンビだけではない。

 今まで殺してきた強者のゾンビ達。

 数の暴力を体現するゴーレム&ガーゴイル軍団。

 致死率の高いトラップの数々。

 いくら真装使いの群れとは言え、この布陣を前にして勝ち目などある筈もなし。

 

 それでも、護衛どもは己の力を信じて戦った。

 その結果、━━中ボス部屋は惨劇に彩られたのだった。



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97 戦争準備完了

「なっ……!?」

「こ、こんな事が……!?」

「あ、あぁ……」

 

 そんなに時間もかからない内に護衛どもが全滅し、議員どもは絶望の表情を浮かべた。

 中には、国を守る者の矜持的な何かなのか、毅然とした態度を取り続けてる大物もいるけど。

 老犬議長とか。

 

 ちなみに、護衛は全員殺した上でゾンビにしておいた。

 最初は調教しようかとも思ったんだけど、やっぱり経験値を優先したくなって殺した。

 調教だと、経験値を回収し損ねる恐れがあるし。

 それはさすがに勿体な過ぎる。

 結果として、私のLvがまた少し上がったから結果オーライ。

 代わりに、重要な戦力の殆どが思考能力を持たないゾンビになっちゃったけど、まあ、問題ない。

 前線で指揮を執る奴は一人いれば充分だ。

 

 さて、護衛の次は議員どもだ。

 というか、本来なら本命はこっちで、護衛はおまけの筈だったのに。

 なんか、護衛だけでお腹一杯ってくらいに儲かってしまった。

 まあ、だからと言って議員どもへの手を緩めるつもりもないけど。

 

 私は、護衛どもとの戦いで破損しなかったロックゴーレム達に指示を送る。

 そして、一人ずつ議員どもを殴り飛ばす作業を開始した。

 

「待っ……!?」

「グギャ!?」

「ぎゃあああああああ!?」

「ひぃいいいいい!?」

 

 鑑定で見たところ、こいつらに戦闘能力はない。

 Lvも低いし、スキルも非戦闘系のものばかり。

 だから、ウチのダンジョンで最弱の雑兵であるロックゴーレム達にすら為す術もなくやられて、悲鳴を上げたり、逃げ惑ったりしながら、ボコボコにされていく。

 むしろ、殺さないように手加減する方が大変だよ。

 

 でも、そんな作業も割とサクサク進み、残りは老犬議長だけとなった。

 

「魔物め……!」

 

 その最後の標的である老犬議長は、牙を剥き出しにしてロックゴーレム達を睨んだ。

 正直、流れ作業でボコられていく議員どもには、上に立つ者としての威厳を微塵も感じなかったけど、こいつは違う。

 こんな状況にあっても、他の奴にはない凄みを感じる。

 さすが議長。

 

 でも、凄みがあっても強さがなければ意味はない。

 老犬議長もまた、ロックゴーレムの拳を食らって吹き飛んだ。

 

「ぐっ……! 殺すなら殺せ! だが、ここで私達を殺そうとも意味はない。私達の代わりなど我が国にはいくらでもいる。

 アワルディア共和国は、この程度で揺らぐ弱き国ではないと知れ!」

 

 確かに。

 議員なんてシステムを導入してるなら、王政と違って代わりのリーダーくらい、すぐに出てきそうではある。

 

 でも、思い知るのはそっちの方だ。

 

 私には、国を揺るがせるくらいの力があるのだと思い知れ。

 とりあえず、まだ余裕がありそうな老犬議長をロックゴーレムによる集団リンチで更にボコボコにする。

 血反吐を吐き、牙が折れ、立つ力もなくなった辺りでリンチをやめ、老犬議長の前に、否、議員ども全員の前に調教ゾンビを立たせる。

 

 さあ、地獄の始まりだ。

 国を支えるお前らが、国を滅ぼす害虫となれ。

 

「《テイム》」

 

 そうして、調教ゾンビの放つ絶対服従のスキルが、議員どもに降り注いだ。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 そうして、議員どもを支配下に置いた後、転送機能で全員を元居た部屋へと戻した。

 これで、表面上は何事もなく会議が終わったように見せ掛けられる筈。

 

 そして、会議が終わった後は早速行動に移る。

 

 まず、調教した老犬議長、並びに、今回の会議に出席した全ての議員の命令において、今すぐに集められるだけの兵士を集めた。

 目的は当然、こいつらを神道達へとぶつける事。

 でも、その目的を馬鹿正直に伝えて兵士が動く訳がないので、老犬議長に適当な建前を考えさせた。

 その結果……

 

「我が国の誇る兵士の諸君。急な召集にもかかわらず、よくぞ集まってくれた」

 

 数日をかけて集めた兵士どもの前で、老犬議長が演説を行う。

 

「では早速、此度の目的を話そう。

 今回、諸君に集まってもらったのは、魔王軍によって占領されてしまった、ウルフェウス王国との国境砦を奪還する為である!」

『!?』

 

 その台詞を聞いて、集まった兵士どもが困惑して、ざわめき出す。

 それはそうだろう。

 そんな話は寝耳に水だし、国境砦が占領されるなんて一大事をいきなり伝えられて驚かない訳がない。

 まあ、全部嘘なんだけど。

 

「現在、国境砦は魔王の尖兵によって支配されている。

 だが、此度の敵は魔物にあるまじき知略を用い、表面上は何事もないように見せかけているのだ。

 全ては我らを欺き、来るべき時に一斉に牙を剥く為に」

 

 老犬議長が演説を続ける。

 兵士どもは、なんとか動揺を静めて老犬議長の話に聞き入る。

 

「その忌まわしき魔王の尖兵の名は、シンドウ・ユウマとその一味!

 そう! 勇者の名を騙っていた男だ!

 本物の勇者様を殺してすり替わり、その名を使って我が国を陥れようとした許されざる者!

 それが此度の敵である!」

『!?』

 

 今度こそ、兵士どもが思いっきり動揺した。

 聞いた話によると、勇者は女神が遣わした人類の希望として名高いらしい。

 それが既に殺され、魔物とすり変わっているなんていきなり言われても、信じられる訳がない。

 

 でも、

 

「静まれ!」

 

 老犬議長の放ったその一言で、兵士どもが動きを止める。

 そう。

 この話をしているのは、カリスマに溢れた老犬議長だ。

 その姿には、確かに人の上に立つ者としての威厳があった。

 その言葉には、有無を言わせぬ謎の迫力と説得力があった。

 本来なら立派なリーダーとして国を治める為の能力。

 それが国を破滅へと導くんだから、皮肉な話だ。

 

「諸君が驚くのも無理はない。私とて、国境砦の現場指揮官であったシー・サブマリーンから、確かな情報として話されるまでは信じられなかった。

 だが、これは紛れもない真実なのである!

 このまま放置すれば、勇者の名を騙る魔物の手によって、我が国は滅びの道を辿るだろう!

 故に! そうなる前に奴を討ち果たす必要があるのだ!

 どうか! どうか協力してほしい!」

 

 そう言いながら、老犬議長が頭を下げる。

 国のトップが兵士風情に頭を下げるというのは、インパクト絶大だった。

 多くの兵士どもが、これで使命感を覚えた筈だ。

 少なくとも、これで士気はそれなりに上がった筈。

 

「此度の戦場には私も赴く! 兵士達よ! 私と共に、勇者様の名を騙る神敵を討ち果たそう!」

『おおおおおおおお!』

 

 老犬議長が拳を天に向かって突き上げる。

 続いて、多くの兵士どもが、同じく拳を突き上げながら雄叫びを上げた。

 その中には、ここ数日で調教しておいたサクラが結構交ざってる訳だけど、それを差し引いても凄い熱気だ。

 これなら、充分な活躍が見込めそう。

 

 

 そうして、準備を整えた軍勢は、勇者の名を騙る不届き者である神道を討伐する為に、首都を旅立った。

 その道中、タイミングを見計らって魔王軍にも連絡を取り、作戦の開始を伝えておく。

 これで、戦争の準備は完了だ。

 

 さて、守るべき人間に剣を向けられた勇者様は、どんな顔をするのだろうか?

 

 できれば、混乱の中で、ろくな抵抗もできずに死んでほしい。

 私がそんな事を願っている間に、人間と魔物の軍勢は、国境砦を目掛けて進軍を続けるのだった。



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勇者の想い

 夢を見た。

 夢を夢だと認識できる夢。

 所謂、明晰夢というやつだと思う。

 夢の内容は、高校に入ってすぐの頃。

 彼女と出会った頃の夢だ。

 

 彼女……本城守は、なんというか、すぐに壊れてしまいそうな危うい雰囲気のある少女だった。

 

 見た目は凄い美少女で、成績も優秀。

 だけど、その美少女っぷりのせいで女子には嫉妬され、男子には色目を使われる。

 その内、嫉妬はイジメに変わり、色目はストーキングに変わった。

 守はいつも無表情で耐えてたけど、その眼はずっと死んでるみたいで、全部諦めてるみたいで、僕はとてもじゃないけど見てられなかった。

 

 だから、助けようとした。

 

 守に絡んでいた不良を撃退したり。

 水をかけられたのか、濡れ鼠になってた時に服とタオルを貸したり。

 荒らされてた机を一緒に片付けたり。

 教科書をズタズタにされてた時に、自分のを貸そうとしたり。

 イジメた連中に話をつけに行ったり。

 他にも色々とあった。

 でも、きっと、僕が見てきたのは、イジメのほんの一部に過ぎなかったんだろう。

 何せ、下手したら事案一歩手前みたいな現場に遭遇した事もあったのだから。

 

 だからなのか、助けても助けても根本的な解決にはならなかった。

 守へのイジメはなくならない。

 当然、守が僕に心を開いてくれるような事もない。

 それでも、僕は守を助け続けた。

 他にどうしていいのかわからなかったから。

 

 そうしている内に、守は学校に来なくなった。

 

 ああ、僕は結局、守を助けられなかったんだ。

 それを実感した時は泣いた。

 柄にもなく大泣きして、枕を濡らした。

 自分でも少し驚いたよ。

 まさか、ここまでショックを受けるなんて。

 

 多分、僕は自分で思うよりも守の事を大切に思っていたんだと思う。

 好き……だったのかもしれない。

 恋愛的な意味で誰かを好きになった事はなかったから、あんまりよくはわからなかったけど。

 それでも、放っておけなかったって気持ちと、彼女を助けたい、守りたいと思った気持ちは本物だった。

 少なくとも、自分の無力を嘆いて泣き崩れるくらいには。

 

 夢の場面が変化する。

 

 守が不登校になった後、僕らの接点はなくなった。

 守は僕の事を不信感全開の目で見てたし、そんな奴が家まで押し掛けても迷惑にしかならないとわかってたから、お見舞いにすら行けない。

 連絡先も知らない。

 僕は、僕に見える範囲で行われたイジメから、勝手に守を助けようとしていただけだ。

 酷く自分勝手で独り善がりで、守るべき人からも望まれていないだろう行為。

 それでも、見て見ぬ振りをするよりは遥かにマシだと、今でも信じ続けている。

 でも、やっぱり、そこに信頼関係はなかった。

 だから、僕は彼女の連絡先すら知らない。

 

 結局、僕にできたのは心配する事だけ。

 そうして、心に穴が空いたような気持ちで守のいない日常を送っていた時……あの事件が起こった。

 

 異世界召喚。

 

 本当に驚いたよ。

 そういう展開の物語は知ってたし、ハマってた時期もあったけど、まさか自分がそんな体験をするとは思わなかった。

 召喚された国、ウルフェウス王国の人達に、僕達は勇者だと言われて。

 魔王を倒して世界を救ってくれと言われて。

 魔王を倒す以外に帰る方法はないと言われて。

 僕は、戦う事を決意した。

 

 理由は二つ。

 一つ目の理由は簡単だ。

 他の皆を守りたかった。

 正直、守をイジメた連中に思うところはあったけど、それでも死んでほしいとまで思ってる訳じゃない。

 それに、大事な幼馴染である彩佳と恭四郎、凄く良い人だとわかっている空野先生。

 この三人を守りたいと思ったのは、嘘偽りのない本心だ。

 

 そして、二つ目の理由。 

 僕はどうしても日本に帰りたかった。

 守に、もう一度会いたかった。

 いや、会いたかったというより、あんな悲惨な別れを最後の別れにしたくなかったんだ。

 もう一度会って何をしたかったのかはわからない。

 助けられなくてごめんと謝りたかったのか、それとも僕と友達になってくださいとでも言いたかったのか。

 わからない。

 わからないけど、あれで終わりにだけはしたくなかった。

 

 そんな思いで異世界生活を送る日々。

 訓練して。

 力を付けて。

 真装を覚えて。

 魔物と戦って。

 その魔物を倒せば経験値を獲得してLvが上がる。

 Lvが上がれば、確実に強くなる。

 そんな日々は順調だった。

 順調だと、そう思っていた。

 

 また夢の場面が変わる。

 

 今度はそんな日々が一瞬にして崩壊した。

 王都に直接攻め入ってきた魔王軍の手によって。

 あの日の事は一生忘れられない。

 最初の一撃で、悲鳴も上げられずに消し飛ばされた大勢の人達。

 それだけの事をしておいて、大声で笑う魔王。

 それを見た瞬間、こいつは倒さなきゃいけない敵なんだと理解した。

 

 そして……あの日の中で一番記憶に残っているものがある。

 それが、守だ。

 僕の目の前で、容赦のない殺戮を繰り広げた守の姿。

 あれが脳裏に焼き付いて離れない。

 

 結局、その時も僕は何もできず、魔王に挑んで簡単に返り討ちにされただけ。

 動けなくなったところをエマに助けられて、最後は、皆や沢山の人達を見捨てて逃げた。

 

 後日、唯一生き残ったクラスメイト、『鑑定』のユニークスキルを持つ目良くんから、あれは守ではなく、守の姿をしただけの魔物だと教えられた。

 目良くんの話だと、あの魔物はオートマタという名前だったという。

 でも、オートマタの特性や持っていたスキルから、守本人に操作されてる可能性が高いとも言っていた。

 

 もし、本当にオートマタを操ってる存在が守だとしたら。

 僕はどうしたらいいんだろう。

 わからない。

 今の守は魔王の部下で、皆を殺した殺人犯だ。

 だけど、僕はどうしても守を恨めない。

 直接見た訳じゃないけど、多分、彩佳も恭四郎も守に殺されたんだと思う。

 なのに、どうしても恨めない。

 

 でも、今の守は敵だ。

 躊躇なく僕の事も殺しにきた。

 次に会ったら、やっぱり殺しにくるんだろう。

 その時、僕はどうしたらいいのか。

 わからない。

 本当にわからない。

 

 それに、今となっては、最初に思った戦う理由すら失ってしまった。

 守りたいと思った人達は皆死んでしまって、もう一度会いたいと願った少女は敵として現れた。

 

 それでも、僕が戦いの舞台から降りる事はできない。

 

 戦うべき理由なら、なくした代わりに、新しい理由を見つけた。

 多くの人達を殺した魔王は許さない。

 守との決着も必ずつける。

 新しい仲間の為にも、逃げる訳にはいかないし、負ける訳にもいかない。

 僕はこれからも勇者として戦い続ける。

 

 ……でも、それでも、やっぱりキツイ。

 

 戦いは辛い事ばっかりで、先にあるのは苦しい事ばっかりで。

 いっそ全て投げ出して楽になってしまいたいと思ってる自分がいる。

 ああ、なんで、こんな事になってるんだろう。

 誰か教えてほしい。

 誰か助けてほしい。

 誰か、僕を……

 

「…………マ! ユウマ! 起きろ!」

「……っ」

 

 その時、大きな声と共に体を揺らされて、僕は夢の世界から連れ戻された。

 この声は、アイヴィさんの声だ。

 異世界に召喚されたばかりの僕らを鍛えてくれた教官の一人で、今は勇者パーティーの一員として一緒に行動している仲間。

 そんな人が、どこか焦ったような声で僕を起こしていた。

 

「起きたか。うなされていたところを無理矢理叩き起こして悪いが、緊急事態だ。

 すぐに戦闘準備を整えてくれ」

「……何かあったんですね?」

 

 そう言いながら、僕は鎧を付けて装備を整える。

 元々、パジャマではなく普通の服で寝ていたから、服から着替える必要はない。

 今の僕は、エールフリート神聖国が管理しているダンジョン『魔神の墓標』で修業を積み、それなりに実戦慣れしている。

 すぐに頭を寝起きから戦闘に切り替える事くらいはできるようになった。

 

「私もよくわからないのだが、砦の後方から兵士の大軍が押し寄せて来るのが確認されてな。

 それだけならば援軍と捉えられるのだが、遠目に見ても妙に殺気立っているらしくてな。

 今、エマが確認に向かっているが、念の為、何が起きてもいいように準備は整えて……」

 

 アイヴィさんがそこまで言った時、ドォオオオン! と凄さまじい爆発音がして、砦全体が揺れた。

 何かが起こった。

 でも、動揺はない。

 こういう事態は、いつも突然やってくると知っているから。

 

「アイヴィさん、行きましょう」

「ああ!」

 

 そうして、僕達の次の戦いが始まった。



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勇者と苦渋の戦い

 僕達が部屋を出た時、既に砦のあちこちから断続的に爆音が聞こえてくるようになっていた。

 それだけじゃなく、武器のぶつかるような音、大勢の騒ぎ声、怒号、悲鳴、色んな不吉な音がする。

 

 嫌な予感を確信に変えながら走り、騒ぎの起こっている現場、砦の外に辿り着いた。

 そこで見たのは……地獄だった。

 

「や、やめろぉ!」

「なんでこんな事をする!?」

「全ては、神敵を滅ぼす為に!」

「おとなしく偽勇者を差し出せ!」

「そんな事ができるか!」

 

 そんな事を言い合いながら、あちこちで人同士が殺し合ってる。

 人類の敵である魔物相手じゃない。

 人同士の殺し合いだ。

 

「何が、起こって……?」

 

 あまりの光景に思考が停止しかける。

 なんで、魔王軍なんて脅威がすぐそこにいるこの状況で、人同士が、味方同士が殺し合ってるのか。

 わからない。

 どっちの味方をすればいいのか。

 それどころじゃない。

 誰が敵で、誰が味方かすらわからない。

 最近はわからない事だらけだ。

 もう、いい加減にしてほしい。

 

「死ね! 偽勇者! 《アトランティスブレイク》!」

「ッ!?」

「危ない、ユウマ! 《アポロスラッシュ》!」

 

 当然放たれた凄い水流の攻撃を、動けなかった僕の代わりにアイヴィさんが防いでくれた。

 炎の熱が水を即座に蒸発させ、水蒸気を作り出す。

 でも、敵はその水蒸気の中を突破して接近してきた。

 

「《ソニックランス》!」

「くっ……!?」

 

 今度は自分でなんとか防ぐ事ができた。

 でも、僕は明らかになった敵の姿を見て驚愕する。

 なんで、この人が……!?

 

「指揮官さん!?」

「《タイダルウェイブ》!」

 

 僕とのつばぜり合いを嫌ったのか、指揮官さんは至近距離で水の魔法を発動させ、その流れに乗って距離を取る。

 その隙に、アイヴィさんが僕を守るような位置に立った。

 

「サブマリーン殿! 血迷ったか!?」

「敵と語る事などない! 《ウォーターカッター》!」

「ッ! 《フレイムソード》!」

 

 指揮官さんは、問答無用とばかりに攻撃を続行する。

 どうなってるんだ。

 つい先日までとは、まるで別人。

 僕はどうすればいい?

 戦うしかない。

 でも、どうやって?

 襲って来る人達を殺すのか?

 ……いや、そんな事はできない。

 

 なら、これしかない!

 

「指揮官さん、すみません……! 光れ━━《エクスカリバー》!」

 

 僕は戦う意志を示すように、自分の真装を顕現させた。 

 それによって、僕のステータスが大幅に上昇する。

 既に発動されているアイヴィさんの真装。

 その専用効果『勝者の加護(ティルファング)』と合わせて、今の僕は凄まじくステータスが上昇している。

 どれだけ強くても、普通の人では対処できないくらいに。

 

 その圧倒的なステータスを使って、僕は指揮官さんに攻撃を仕掛けた。

 

「ハッ!」

「ぐはっ!?」

 

 放ったのは、スキルでもアーツでもなく、何の変哲もないボディブロー。

 ただし、指揮官さんでは対処できない速度と威力で放った。

 その一撃を食らって、指揮官さんが意識を飛ばして気絶する。

 

「ふぅ……アイヴィさん、これって……」

「ああ、おそらく洗脳か何かで操られているのだろう。魔王軍の策略か、別の何かか……。

 いずれにせよ、私達は私達にできる事をするしかない」

「……そうですね」

「では、まずは……」

 

 アイヴィさんが何かを言おうとした、その時。

 

「シンドウ様!」

 

 空から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 もう一人のパーティーメンバー、エマだ。

 真装の翼を顕現させて空を飛んでいる。

 でも、その様子がおかしい。

 なんだか、とてつもなく焦ってるみたいで……

 

「避けてください!」

「え?」

「《フェザーストーム》!」

 

 突然の言葉の意味を理解する暇もなく、エマが高威力の風の魔法を放った。

 僕に向けて。

 なんで……!?

 まさか、エマまで操られて!?

 

「ユウマ!」

「あ……」

 

 またも咄嗟に動けなかった僕は、アイヴィさんに突き飛ばされて、魔法を避けた。

 でも、代わりにアイヴィさんが被弾する。

 

「ぐっ……!」

「アイヴィさん!」

 

 すぐに駆け寄って抱き起こす。

 そして、次の魔法を放ってきたエマからなんとか隠れ、傷の具合を見た。

 ……傷は深い。

 命に関わる程じゃないけど、戦闘の継続はキツそうな程のダメージだ。

 でも、僕もアイヴィさんも回復魔法を使えない。

 パーティーの回復役はエマなのだから。

 一応、持っていたポーションを慌てて飲ませたけど、魔力のステータスが二万を超えるエマの回復魔法に比べれば効果は薄い。

 クソッ!

 こんな事なら、戦闘力ばかりを優先して強化すべきじゃなかった!

 

 でも、僕には後悔している暇すらないらしい。

 指揮官さんやエマの代わりに、敵は次から次へと湧いてきた。

 

「偽勇者ぁ! その首貰った!」

「俺の手柄だ!」

「死ね! 我が国を蝕む害虫がぁ!」

 

 明らかに正気を失ってるような人達が、次々に襲いかかってくる。

 一人一人が弱かったから殺さずに制圧できたけど、いつまでそんな余裕が続くか。

 余裕がなくなった時、果たして僕はどうするのだろう。

 覚悟を決めて、人を、殺せるのだろうか……?

 心が壊れそうだ。

 

「吠えろ━━《フェンリルフォース》!」

「ッ!?」

 

 でも、そんな事を考える余裕すらすぐになくなってしまった。

 一人の獣人っぽい人が、体にオーラみたいなものを纏いながら突撃してくる。

 その攻撃を、なんとかエクスカリバーで受け止めた。

 でも、力で無理矢理押し込まれる。

 

 この人、強い……!

 それも尋常じゃないくらいに!

 正直、万全の状態のアイヴィさんよりも上だ!

 

「お前が勇者だな?」

「…………」

 

 答えられない。

 他の人達の言葉を聞く限り、この人達は何故か勇者である俺を狙っている。

 この状況で、わざわざ自分が標的ですと名乗り出る訳にはいかない。

 

「答えないのならばそれでもいい。どうせ殺す事に変わりはないのだからな。

 だが、お前が名乗らなくとも、俺は名乗る!

 俺は誉れ高き魔王軍幹部! フェンリルのシロ!

 お前を殺す者の名だ! せいぜい胸に刻んで死ね!」

「!?」

 

 魔王軍!?

 このタイミングで現れるって事は、この状況はやっぱり魔王軍の策略か!

 だったら、幹部を名乗る目の前のこいつを倒せば、事態が好転するかもしれない。

 少しだけ希望が出てきた。

 

「《ウルフスラッシュ》!」

「《フォトンブレード》!」

 

 お互いの攻撃がぶつかり合う。

 結果は……僕の方が強かった。

 

「ぬ!?」

 

 押し負けたフェンリルが吹き飛んでいく。

 どうやら、ステータスでは僕の方が上みたいだ。

 さっきみたいに不安定な体勢で受けさえしなければ、当たり負ける事はない。

 多分、一対一なら普通に勝てる。

 でも、今は……

 

「死ねぇ偽勇者! 《スラッシュ》!」

「《スマッシュ》!」

「《フレイムランス》!」

「《ボルティックランス》!」

「《アースバレット》!」

「くっ……!」

 

 フェンリルが現れても、お構いなしとばかりに、周囲の人達は攻撃をやめない。

 そう、ここは戦場。

 一対一でなんて戦える訳がない。

 

 四方八方からの攻撃をなんとか防ぐ。

 反撃を……ダメだ、殺せない!

 覚悟を決めようとしても、意志に反して体が動いてくれない。

 せいぜい気絶させるのが精一杯だ。

 でも、そうして殺さないように注意しながら戦っていたら、敵の数はまるで減らない。

 むしろ、次から次へと増援が来る。

 更に、操られた人達を盾にするようにしながらフェンリルまで攻撃に加わってきて、僕は防戦一方になってしまった。

 このままじゃ……マズイ!

 

「《ファイアーウォール》!」

「え!?」

 

 その時、僕の周囲を凄い勢いの炎の壁が覆った。

 これは、僕への攻撃じゃない。

 むしろ、他の攻撃から僕を守る為の魔法。

 

「アイヴィさん!」

 

 僕は、この魔法の術者の名前を呼ぶ。

 視線の先で、フラつきながらもアイヴィさんが立ち上がっていた。

 

「ユウマ! 私もまだ動ける! 他の連中は私に任せろ! お前は大物を狙え!」

「……助かります!」

 

 本当は、あんな大怪我を負った人に戦ってほしくはない。

 けど、そうも言っていられない。

 アイヴィさんの為を思うなら、僕にできる事は一つ。

 それは、一秒でも早く戦闘を終わらせる事!

 

 僕は、覚悟を決めてフェンリルに向かって行こうとした。

 

「遊ぼう!」

 

 その時、小さな女の子みたいな、場違いな高い声が聞こえた。

 そして、━━次の瞬間、僕の腹から剣が生えていた。

 

「……え?」

「なっ!?」

 

 自分の間抜けな声と、アイヴィさんの驚愕の声が聞こえた。

 それはそうだろう。

 今、僕の腹から生えている剣には見覚えがある。

 これは、僕がこの世界で初めて見た真装。

 

 アイヴィさんの剣、ティルファングだった。

 

「ユウマ!? クソッ! どうなっている!? 体の……自由が利かない!?」

 

 そう叫びながら、アイヴィさんは僕の腹に刺さった剣を抜き、そのまま斬りかかってくる。

 それを咄嗟にエクスカリバーで受け止めた。

 痛みで力が入らない。

 でも、止められた。

 いつものアイヴィさんの攻撃より、随分弱い。

 

「わーい! 新しいお人形さんだー!」

「ぐっ……!?」

 

 さっきの声がまた聞こえた。

 その声の主に向かって、アイヴィさんの体が引き寄せられるように飛んだ。

 

 僕は、その方向に目を向ける。

 

 そこには新しい魔物がいた。

 巨大な蜘蛛の下半身を持った、10歳くらいの女の子。

 地球ではアラクネと呼ばれていた魔物の姿そのものだ。

 

「わーい! わーい! お人形さんが沢山だー!」

 

 そして、アラクネの周りには沢山の人達がいた。

 アイヴィさんと同じように自由を奪われてるのか、苦悶の表情で武器を構える人達。

 その中には、エマの姿もある。

 

 こいつか。

 こいつが、他の人達を操ってたのか。

 いや、違う。

 それだけじゃ説明がつかない。

 

「わーい! わーい!」

「ニコ! 遊んでいないで真剣にやれ!」

「それはあなたもですよ、シロさん。あまり勝手な行動はしないでくださいと言った筈ですが?」 

「ぬ!?」

 

 アラクネとフェンリルの会話。

 それに混ざる人物がいた。

 フード付きのローブで顔を隠した怪しげな二人を筆頭に、何人かの護衛みたいな人達を引き連れた少女。

 

 その姿を見て、僕は目を見開いた。

 

 だって、その少女は、会いたくて、でも会いたくなかった彼女の姿をしていたのだから。

 

「勇者はここで確実に仕留めます。二人とも、気合いを入れてください」

「はーい!」

「ふん! わかっている!」

 

 そうして彼女は、手に持った剣を僕へと向けた。

 

「行きなさい」

 

 それを合図とするかのように、僕を目掛けて、大勢の操られた人達が襲いかかってきた。



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98 国境砦の戦い、第二ラウンド

 数日をかけて首都から進軍してきた、偽勇者討伐軍。

 その中にはオートマタをはじめ、不死身ゾンビ、熱血ゾンビ、剣ゾンビ、魔木ゾンビ、議員どもの護衛をしていた真装使いゾンビ軍団と、私直轄の手駒が多く混ざってる。

 ちなみに、残りのゾンビは留守番だ。

 爺ゾンビは耐久力的に乱戦には向かないだろうし、ゴブリンゾンビとドラゴンゾンビは魔王軍の見ている前で使う訳にはいかない。

 先生ゾンビと隠密ゾンビも、乱戦での流れ弾で壊れそうだから却下。

 非戦闘用のゾンビは言うまでもない。

 

 でも、今回の主力はゾンビではなく偽勇者討伐軍だ。

 しかし、ここで一つ問題がある。

 それは、この大軍勢は完全に私の支配下にある訳ではないという事。

 この軍勢の中で私の息がかかってるのは、調教によって操ってる指揮官と老犬議長。

 あとは出発までの数日で調教した兵士が何人か。

 そのくらいだ。

 他は、その指揮官と老犬議長を使って、間接的に操ってるに過ぎない。

 

 この後、こいつらには勇者一行だけではなく、恐らく奴らを守ろうとするだろう自国の兵士とも戦ってもらう事になる。

 つまり、味方同士で殺し合う訳だ。

 その時、偽勇者討伐という目的だけで味方を殺してくれるかどうかは怪しい。

 最悪、素面に戻って向こうに加勢する可能性すらある。

 そう思った私は、国境砦が見えてきたタイミングで、ちょっとした小細工を使う事にした。

 

 今回手に入れた真装使いゾンビ軍団の中に、おもしろい能力を持ってる奴がいたから、それを使ってみたのだ。

 ちなみに、その能力がこちら。

 

ーーー

 

 『魔花の芳香(ラフレシア)

 

 杖の先から香りを発生させ、それを吸い込んだ者に任意の状態異常攻撃を仕掛ける事ができる。

 

ーーー

 

 これは凄い能力だ。

 つまり、相手を殆ど問答無用で状態異常にする訳だから。

 難点は、かける相手の魔耐のステータスが高いと効かない事。

 あと、 広範囲に香りを撒き散らすので、敵味方関係なく攻撃してしまう事。

 つまり、敵を毒状態にしようと思ったら、もれなく味方も毒状態にしてしまうのだ。

 普通なら非常に扱いに困ると思う。

 ウチは、状態異常の効かない無生物系モンスターばっかりだから気軽に使えるけど。

 唯一危ないのは私本体とリーフくらいじゃないかな。

 ……防毒マスク作っておこう。

 

 で、今回はその能力を偽勇者討伐軍全員にかけてもらった。

 選んだ状態異常は『興奮』と『狂化』。

 興奮状態の上に、理性を飛ばしてステータスを上げる狂化を組み合わせた。

 この状態になってれば、勢いに任せて深く考えずに、味方殺しもやってくれると思う。

 まあ、ラフレシアゾンビのステータスはそこまで高くない。

 その分、かかりが薄いだろうし、完全に理性が飛ぶって程じゃないのが不安要素かな。

 いや、でも、逆に言えば命令を聞く余裕が少しは残ってるって事だし、そこまで不安に思う事もないか。

 

 と、まあ、そんな感じで、偽勇者討伐軍改め、バーサーカーの群れは国境砦に到着した。

 

「戦闘開始!」

「魔法、放て!」

 

 そして、有無を言わせず開戦。

 老犬議長と指揮官の号令により、魔法攻撃の雨が砦に向けて降り注ぐ。

 やっぱり味方からの攻撃で動揺したのか、砦側は咄嗟の対処が間に合わずに、多くの魔法が砦に命中。

 しかし、兵士が多くいる箇所への攻撃は失敗した。

 超強力な風の魔法が、その箇所への攻撃魔法を吹き飛ばしたのだ。

 

 そして、それをやったと思われる人物が、空から偽勇者討伐軍の前に降り立った。

 

「……その装備、アワルディア共和国の正規軍とお見受けしますが、これはいったい何の真似ですか?

 味方への攻撃に加え、ここに勇者様が滞在していると知った上での狼藉ならば、ただでは済まされませんよ」

 

 そう語るのは、天使のような翼を生やした少女。

 勇者一行の一人、エマとかいう女だった。

 その台詞は至極もっともなのかもしれないけど、今となっては、それで止まるバーサーカー軍団ではない。

 

「黙れ! 魔王の手先に語る事などない! 諸君! あれは偽勇者の仲間である! 滅ぼすのだ!」

『オオオオオオオオ!』

 

 聞く耳持たぬとばかりの老犬議長の宣言により、こちらの攻撃が再開。

 魔法を打ち込むと同時に、指揮官率いる近接戦闘部隊が突撃を開始した。

 オートマタもまた、ゾンビ軍団を引き連れて指揮官に続く。

 ポジションはもちろん、指揮官達を肉壁にできる位置だ。

 

「どうなっているのですか……!」

 

 混乱しながらも、エマとかいう女は、砦の連中と一緒に、こっちに向けて魔法を撃ち、進路を妨害してきた。

 でも、心なしか威力が弱い。

 殺す為ではなく、近づかせない為の魔法って感じだ。

 これなら、真装使いの力で強引に突破できる。

 

「……致し方ありませんか」

 

 そう思った瞬間、エマとかいう女が、上空でなんか大技を繰り出すみたいな態勢に入った。

 奴の周りに暴風が渦巻いている。

 どうやら、殺す気で攻撃するつもりらしい。

 もう少し悩んでくれるかと思ったのに。

 

「《トルネードブラスト》!」

 

 そして、風の大魔法が放たれる。

 その威力は、爺ゾンビや魔木ゾンビよりも遥かに上だ。

 でも、二万を超えるステータスに真装による強化が加わってるにしては、まだ弱く感じる。

 多分、肉壁が仕事してるんだと思う。

 操られてる可能性を考慮したのかはわからないけど、人間側の戦力を無為に削りたくないのか、それとも単純に人殺しを嫌がったのか。

 まあ、なんでもいい。

 

 重要なのは、そんな手加減した攻撃くらい、今の戦力でも充分に防げるという事なんだから。

 

「《タイダルウェイブ》!」

「《カオスインパクト》」

「《スカイスラッシュ》」

「《熱血気合い砲》」

 

 +その他もろもろ。

 指揮官、並びに真装使いゾンビどもによる合体迎撃技が、風の大魔法とぶつかり、完全に相殺した。

 ……というか、相殺止まりなんだ。

 こっちは20人以上の真装使い(遠距離攻撃が不得意な奴含む)の力を合わせてるんだから、押し返して王都の時のドラゴンみたく吹き飛ばせるかと思ったのに。

 改めて、十二使徒ヤバイ。

 

「くっ……! これでもダメですか。なら……!」

 

 大魔法を防がれたエマとかいう女が、更なる力を籠めた魔法の発動準備を始めた。

 それはマズイ。

 さすがに、これ以上の威力となると、確実に防げる保証がない。

 あんまり使いたくないけど、対遠距離用の奥の手を使った方がいいかもしれない。

 

 でも、私の心配は無用になった。

 

 砦の反対側から飛んできた巨大な狼が、エマとかいう女に向かって爪を振り上げた事によって。

 

「なっ!?」

「《ウルフスラッシュ》!」

 

 完全に不意を突かれたのか、エマとかいう女は最低限の防御しかできずに、フェンリルの攻撃をもろに食らって地面に叩きつけられた。

 そして、瞬時に人化形態への変身したフェンリルが近くに降り立つ。

 ……面倒な事になるから、こっち側には来ないでって言ってたおいた筈なのに。

 

「魔物が出たぞ!」

「仲間割れか!?」

「関係ねぇ! 殺せぇ!」

 

 案の定、バーサーカー軍団はフェンリルに向けて突撃を開始してしまった。

 一応、指揮官率いる部隊をはじめ、半分くらいは「偽勇者が先じゃぁああ!」と叫びながら砦に侵入を開始したけど、こんな所で肉壁が二手に分かれちゃったよ。

 頭が痛い。

 

「かかって来い、人間ども! 皆殺しにしてくれる!」

 

 そして、フェンリルによる蹂躙が始まってしまった。

 頭が痛い。

 作戦は伝えておいた筈なのに……。

 脳筋には難し過ぎたのかな!?

 

「……ッ!」

 

 その隙に、エマとかいう女が飛び上がった。

 砦に一時撤退するつもりだと思う。

 させるか!

 

「遊ぼう━━『マリオネット』!」

「え!?」

 

 ゾンビ軍団に追撃を命じようとした瞬間、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 その声に合わせるかのように、エマとかいう女の動きが不自然に止まる。

 よく注意して見ると、その体には細い糸が巻き付いているように見えた。

 

「こっちにおいで!」

「ッ!?」

 

 エマとかいう女の体が、糸で引っ張られるように急降下する。

 その着地点を見れば、案の定、見覚えのある魔物がいた。

 

「新しいお人形さんだー! 凄い強そう!」

 

 アラクネ、お前もか……。

 幹部が、ことごとくこっちの指示を無視して勝手に動いてる。

 なんだろう。

 何日も待たせちゃった反動なのかな。

 魔王はよくこんな連中を率いて戦えるもんだよ。

 今だけは素直に尊敬する。

 

 それはともかく。

 アラクネは、ちょうどオートマタの近くに現れたので、声をかけておこう。

 

「ニコさん」

「あ、お姉ちゃんだー! やっほー!」

「やっほー、じゃないです。こっちには来ないように言っておいた筈ですが?」

「そうだっけ?」

 

 こいつ……!

 まあ、仕方ない。

 このくらいは許容範囲だ。

 どっちみち、こいつらを完璧にコントロールできるとは思ってない。

 

「とりあえず、そいつを早く殺してください」

「やだ!」

「……一応聞いておきますが、理由は?」

「お人形さんは元気じゃないとおもしろくないんだよ!」

 

 理解できない。

 嗜虐趣味……いや、深く考えるのはよそう。

 頭が痛くなるだけだ。

 まあ、こいつもどうせ替えのきく十二使徒。

 殺したくないなら、別にそれでもいい。

 

「なら、早くそのお人形さんを連れて砦を攻めてください」

「はーい!」

 

 そうして、アラクネはもがくエマとかいう女を連れて、砦へと向かって行った。

 なんとか軌道修正できたか。

 次はフェンリルに声かけしないと。

 指揮官はもう砦内部に攻め込んじゃったみたいだし、急がないといけない。

 

 こんなんで大丈夫だろうか……?

 

 私は内心で、激しく不安に駆られた。



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99 勇者を袋叩きの刑に処す

 フェンリルが自分に向かってきた部隊の半分くらいを殺した辺りでよくやく接触に成功し、なんとか最低限の必要事項だけ伝えて、フェンリルを砦へと送り込む事に成功した。

 まあ、最低限の事しか伝えなかったというより、最低限の事だけ聞いた段階で、フェンリルが会話を終わらせて走り出しただけだけど。

 脳筋の相手って凄まじく疲れる……。

 

 でも、これでどうにか軌道修正はできた。

 フェンリルと戦ってた連中も、フェンリルを追って砦に攻め込んで行ったし。

 今頃、砦の中は大乱闘ス◯ッシュブ◯ザーズだと思う。

 ちょっと脱線しかけたけど、概ね予定通りの流れに戻った。

 

「さて、それじゃあ行こうか」

 

 満を持して、ゾンビ軍団を引き連れたオートマタを砦内部へと向かわせる。

 道中、思った通り兵士どもが血みどろの殺し合いを演じてたので、行きかけの駄賃に殺せるだけ殺しながら進んだ。

 ここまで来ると、もうどっちが敵の兵士で、どっちが味方の兵士なのかわからない。

 だって、どっちも装備が同じなんだもの。

 まあ、殺した中に味方の兵士がいたって構わないけどね。

 どうせ、完全な支配下にすらない、使い捨ての肉壁だし。

 多少減ったところで、欠片も惜しくはない。

 むしろ、DPと経験値になるから、摘まみ食いを推奨する。

 

 そうして先へ先へと進んで行った時、遂に今回のメインターゲットである神道を発見した。

 既にフェンリルとぶつかっている。

 そして、フェンリルと神道の両方にバーサーカーズが襲いかかり、大乱戦になっていた。

 フェンリルは「知ったこっちゃねー!」とばかりに千切っては投げ、千切っては投げ。

 逆に、神道は人間を殺す覚悟がないのか、防戦一方。

 うん。

 狙い通りの展開だ。

 

 とりあえず、神道対策にオートマタの髪の色を再度変更。

 金髪から黒髪へと戻す。

 これで、少しは神道が動揺してくれればいいけど。

 

「《ファイアーウォール》!」

 

 オートマタの髪を染め直し、さあ行くぞと思ったところで、炎の壁が神道を守った。

 術者は、あのアイヴィとかいう女か。

 そして、どうやら向こうはアイヴィとかいう女が雑魚狩り、神道が大物狙いの作戦でいくつもりらしい。

 的確な判断だと思う。

 そうなると、まずはアイヴィとかいう女を潰した方がいいかな。

 幸い、何故か既に弱ってるみたいだし、真装使いゾンビ軍団全てをぶつければ充分に勝機がある筈。

 

 しかし、その作戦を実行しようとした瞬間、アイヴィとかいう女が神道を刺した。

 

「……え?」

「なっ!?」 

 

 そして、刺した方も刺された方も驚いてる。

 私もちょっと驚いたけど、アイヴィとかいう女をよく見て見れば、すぐに原因がわかった。

 その体には、細い糸が絡みついている。

 

「わーい! 新しいお人形さんだー!」

「ぐっ……!?」

 

 案の定、それをやった下手人であるアラクネが、その能力で操った大量の兵士を連れて現れた。

 この現象の種と仕掛けはわかってる。

 さっき接近した時に鑑定できた、こいつの真装の専用効果だ。

 

ーーー

 

 真装『マリオネット』 耐久値5000

 

 効果 魔力×4

 専用効果『蜘蛛糸人形劇(マリオネット)

 

 真装のスキルによって顕現した力。

 本来の持ち主以外に使う事はできない。

 

ーーー

 

 蜘蛛糸人形劇(マリオネット)

 

 真装の糸で絡め取った相手を、意のままに操る事ができる。

 

ーーー

 

 ある意味、こっちの調教に似た効果のスキル。

 調教と違って精神面までは操れないみたいだけど、代わりに敵を戦闘不能にしなくても操れるメリットがある。

 まあ、真装を引っ込めたり千切ったりされたら支配が解けるんだろうし、そういう意味では調教の方が優れてる。

 ただ、一概に下位互換とも言えない強力な能力だ。

 

 そして、アラクネがアイヴィとかいう女を操った以上、当初の予定よりも完璧な勇者包囲網が完成した。

 

 殺すに殺せない偽勇者討伐軍。

 操られて敵の手に落ちた仲間が二人。

 他の操られてる連中と区別がつかない真装使いゾンビ軍団。

 その中に紛れ込んだ、かつての仲間。

 そして、私の顔をしたオートマタ。

 精神的な問題で神道が攻撃できない相手がこんなにいる。

 

 おまけに、今の神道ですら殺しうる強力な魔物が二体。

 現在の戦力でなら、考えうる限り最高の布陣。

 神道。

 ここで死ね。

 

「わーい! わーい!」

「ニコ! 遊んでいないで真剣にやれ!」

「それはあなたもですよ、シロさん。あまり勝手な行動はしないでくださいと言った筈ですが?」

「ぬ!?」

 

 気の抜けた会話に、思わず口を挟んでしまった。

 正直、一番不安なのがこいつらの存在だ。

 なんか、油断しまくって負けそうな予感がヒシヒシとする。

 

「勇者はここで確実に仕留めます。二人とも、気合いを入れてください」

「はーい!」

「ふん! わかっている!」

 

 だから、一応釘を刺しておいた。

 本当にわかってるのか不安で仕方ないけど、その不安は呑み込むしかない。

 大丈夫……だと思っておこう。

 

 そして、私はオートマタの剣を神道へと向け、指示を出した。

 

「行きなさい」

 

 その命令に従い、ゾンビ軍団が一斉に神道へと飛びかかる。

 それとタイミングを合わせるように、フェンリルとアラクネの操り人形達もまた突撃した。

 

 さあ、バトル開始だ。



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勇者と苦渋の戦い 2

「《ソニックランス》」

「くっ!?」

 

 僕の目の前に、槍による攻撃が迫る。

 そんなに速くもないし、強くもない。

 恐らく、普通に食らうだけならダメージにならないだろう。

 でも、その一撃は的確に僕の眼球を狙っていた。

 それはさすがに防ぐしかない。

 

「ユウマ! 避けろ!」

「ッ!?」

 

 槍の一撃をエクスカリバーで弾いた時、正面からアイヴィさんの警告が聞こえた。

 直後、槍使いの人の腹を貫いて、アイヴィさんのティルファングが突き出される。

 予想外の攻撃に対処できず、その攻撃を脇腹に食らってしまった。

 アイヴィさんのステータスなら、僕に対しても普通にダメージが通る。

 少しすればHP自動回復で治る程度のダメージだけど、今の状況では決して無視できない。

 

 そして、アイヴィさんに腹を貫かれた人は、一瞬でダメージを回復した。

 多分、これがこの人の真装の専用効果。

 なるほど、これがあるからこその今の攻撃か。

 見事にしてやられた。

 

 しかし、それを嘆く暇もない。

 

「うっ……! 《フェザーバレット》!」

「《サンシャインアロー》」

「《スピニングスタッド》」

「《大斬り》」

「《メガトンプレス》」

「《インパクトナックル》」

「クソッ……!」

 

 痛みで動きが鈍った一瞬の隙に、操られてる中でも特に強い人達が一斉攻撃を仕掛けてくる。

 多分、この人達は全員が真装使い。

 他の人達と違って目に光がないのが気になるけど、それを気にしていられない程に攻撃は激しい。

 今のラッシュで何発か食らった。

 このままだと、回復する暇もなくダメージを受け続けて死ぬ。

 

「《超熱血パンチ》」

「《スパイラルランス》」

「うぐっ!?」

 

 畳み掛けるように、今度はカルパッチョさんと、いつの間にか復活していた指揮官さんの攻撃。

 熱と水の同時攻撃を食らい、僕は吹き飛ばされる。

 

 カルパッチョさんはこの中で唯一、既に生のないゾンビだと完全に判明してる人だ。

 親しくしてくれた人とはいえ、あれは既に動く死体。

 だから、倒さなければならない。

 その覚悟は決めてきた……その筈だった。

 

「《フォトン……くっ!」

 

 光を纏った剣でカルパッチョさんを薙ぎ払おうとして……途中で体が硬直する。

 できない……!

 体が言う事を聞いてくれない!

 この人を斬るという事に、僕は大きな抵抗感と躊躇を覚えている。

 それこそ、こんな土壇場でも体が止まってしまうくらいに。

 

『偽勇者ぁああああ!』

『勇者様ぁああああ!』

 

 そうして僕が葛藤する間にも、敵は待ってくれない。

 今度は操られた兵士の人達が突撃してくる。

 敵意剥き出しの人達と、アラクネに操られた正気の人達。

 どちらも殺す訳にはいかない。

 

 でも、その人達の体が唐突に弾け飛んだ。

 

「《ウルフタックル》!」

 

 見れば、両腕を前で交差させたフェンリルが、操られた人達の後ろから突進してきていた。

 邪魔だとばかりに、その人達を粉砕しながら。

 なんて事を!

 

「ぐっ!?」

 

 フェンリルの突進を咄嗟に左腕でガードした。

 けど、その勢いを完全に受け止める事はできずに、吹き飛ばされる。

 しかも、ガードした左腕から嫌な音が鳴った。

 折れて……はいないと思う。

 確実に大きな罅は入っただろうけど。

 でも、この程度!

 

「ハァアアアア!」

「ぬ!?」

 

 両足を地面に突き立て、強引に吹き飛ばされた勢いを殺した。

 そのまま足に力を籠め、フェンリルに向けて肉薄する。

 こいつは魔物であり、魔王軍の幹部。

 大勢の人々を殺す明確な敵。

 こいつにだけは、遠慮はいらない!

 

「《シャインストライク》!」

 

 光を纏った高速の突きを、突進の反動で動きが止まったフェンリルに向けて繰り出す。

 フェンリルは咄嗟に防御の構えを取ったけど、それは悪手だ。

 僕の真装の専用効果『勇者の聖剣(エクスカリバー)』は、魔物に対して特化ダメージを与える。

 あのドラゴンの鱗ですら、直接斬りつければバターのように斬り裂いた。

 単純な防御でこの一撃は防げない。

 

 もらった!

 

 そう思った瞬間、フェンリルと僕の間に、フードで顔を隠した人が割って入った。

 マモリの側に控えていた人だ。

 そして、その人は手に持った見覚えのある一本の剣で、僕の剣を受け止める。

 

「《カウンターストライク》」

「がっ!?」

 

 その人は、僕の攻撃を見事に受け流してみせた。

 しかも、カウンターで背中を斬り裂かれる。

 

 でも、僕は咄嗟に体を捻る事で、致命傷を避ける事ができた。

 

 知っていたからだ。

 この技を、この動きを。

 だってこれは、異世界に召喚されてからの訓練で何度も目にし、何度も食らった技なのだから。

 

「恭四郎……!」

 

 今の攻防でフードが捲れ、その人物の顔が明らかになった。

 彼の名は、(つるぎ)恭四郎(きょうしろう)

 僕の幼馴染で、小さい頃から剣道をやっていた、剣の達人。

 この世界でも、今までの経験を活かして、あっという間に実戦剣術を習得してみせた、自慢の友人だ。

 

「《エレメンタルブラスト》」

「ッ!?」

 

 咄嗟に恭四郎から距離を取った時、今度は一際強力な魔法が飛んできた。

 これも知っている。

 同時習得が極めて難しいとされる、全属性の攻撃魔法を混ぜ合わせた、必殺の一撃。

 初めて使った時、教官だったランドルフさんに褒められて恐縮していた魔法。

 弱点は、発動までに少し時間がかかる事。

 

 それが飛んできた方を見れば、やはり知っている顔がいた。

 守の側に控えている、フードで顔を隠していた、もう一人の人物。

 

「彩佳……!」

 

 彼女の名前は、魔木(まぎ)彩佳(あやか)

 恭四郎と同じく、小さい頃からずっと一緒にいた幼馴染。

 

 彩佳と恭四郎。

 異世界に来た時、心から守りたいと思った二人。

 それが今、敵として僕の前に立ち塞がっていた。

 

「ぐっ……!?」

 

 二人はゾンビにされているのか。

 それとも、ただ操られているだけなのか。

 救えるのか。

 救えないのか。

 判断がつかない。

 

 希望と絶望が、僕の心を大きく乱す。

 結果、動きは荒くなり、被弾が増え、尚一層追い詰められていく。

 

「隙あり!」

「がはっ!?」

 

 その隙を突かれ、一番攻撃力のあるフェンリルの蹴りを、諸に胸に食らった。

 肋が折れる感触。

 肺まで傷ついたのか、口から血が出てきた。

 痛い。

 

 その衝撃で吹き飛ばされ、砦の壁にめり込んだ。

 そこに、アイヴィさんが躍りかかる。

 

「《アポロスラッシュ》!」

「あ……」

 

 それは絶好のタイミングだった。

 僕は、動けなかった。

 ただ、迫りくる終わりを見ている事しかできない。

 

 でも、何故か少しだけ救われたような気がした。

 

 これで、やっと終われる。

 苦しい現実から解放される。

 攻撃が当たるまでの刹那の瞬間、僕は諦めと共に自分の死を受け入れた。

 

 だが。

 

「このぉおおおおおおおおおお!」

「ッ!?」

 

 僕は死ねなかった。

 死ななかった。

 攻撃が外れたのだ。

 アイヴィさんの業火を纏った剣の軌道が逸れ、僕の左腕を斬り飛ばすだけの結果に終わった。

 

「ユウマ……諦めるな!」

 

 攻撃の為に接近したアイヴィさんが叫ぶ。

 その体は、小刻みに震えていた。

 まるで、絶対の支配に抗うかのように。

 

「お前が諦めれば……人類は終わりだ……勝手に喚び出した私達が言えた義理ではないが……それでも恥を承知で頼む……どうか、諦めないでくれ……『勇者』!」

 

 ……勇者。

 人類の希望。

 魔王を倒し、世界を救う者。

 ただの高校生が背負うには、あまりにも重すぎる立場。

 

 もう嫌だ。

 辛い、苦しい、悲しい。

 いっそ終わってしまいたい。

 死んで楽になりたい。

 それは嘘偽りのない僕の本音だ。

 

 でも。

 

「う、ぉおおおおおおおおおおお!」

 

 それでも、僕は立った。

 エクスカリバーを杖代わりにして、震える足で立ち上がった。

 終わってしまいたい。

 死んで楽になりたい。

 それは嘘偽りのない僕の本音だ。

 

 でも、僕の心にあるのは、それだけじゃない。

 

 まだ死ねない。

 まだ終われない。

 やり残した事があるんだ。

 終わるのなら、死ぬのなら、せめて最後の最後まで足掻いてから死ぬ!

 

「……ありがとう、ユウマ……よく立ち上がってくれた……。

 ならば……私も意地を見せる時だな……!

 ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 そんな僕の前で、息も絶え絶えになりながら、アイヴィさんが叫ぶ。

 そして、アラクネによる支配を強引に絶ちきり、━━その剣で自分の心臓を貫いた。

 

「アイヴィさん!?」

「ユウマ……これで私は死ぬ……だが、このままでは……死んだ後も奴らの手駒だ……。

 お前に更なる業を背負わせる事になるが……すまん……頼む……お前の手で……死体も残さず消してくれ……!」

「!?」

 

 絶句した。

 その覚悟の重さに。

 背負わなければならない、命の重さに。

 拒絶反応で体が震える。

 悲しみで、涙が溢れてくる。

 

「ユウマ……勇者とは人類の希望だ……!

 魔王の手先に操られ……勇者を害する事を望む者など……誰一人としていない……!

 断ち切れ……ユウマ……! 私の死と共に……迷いを!」

「ッ!」

 

 頭の冷静な部分が、それしか生き残る方法はないと訴えってくる。

 頭ではなく、心が、感情が、やりたくないと悲鳴を上げる。

 

 けど、僕は震える手で剣を構えた。

 

 ここで逃げれば、ここで臆せば、アイヴィさんの命懸けの想いを無駄にしてしまうから。

 僕が覚悟を決めようとしていると気づいたのか、そうはさせじと他の人達が一斉に飛びかかってくる。

 それを振り払うように、僕はとあるスキルを発動させた。

 殺してしまわないように、今の今まで封印していた、あるスキルを。

 

「《聖闘気》ィ!」

 

 聖なる光のオーラを纏い、ステータスを爆発的に上昇させるスキル、聖闘気。

 これを使った状態で手加減なんてできない。

 その状態で僕は、迷いを断ち切るように、残った右腕で剣を振るった。

 

「《フォトンストリーム》!」

 

 光の奔流が、操られた人達を消し飛ばしていく。

 既に瀕死となっていた、アイヴィさん諸共。

 

「ありがとう、ユウマ……」

 

 最後に、そんな声が聞こえた。

 そして、僕は涙で滲む目を見開き、残りの敵を見据えたのだった。



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100 迷いを断つ

 ゾンビ軍団に指示を出しつつ、気絶して転がってた指揮官を用済みとばかりにゾンビにしたりしながら、勇者狩りを続ける。

 途中で魔木ゾンビと剣ゾンビを参戦させ、顔をあらわにする事で、より神道の動揺を誘ったりと小技も使った。

 効果はそれなり。

 元々、手駒兼人質の連中を相手にして鈍っていた動きが、更に鈍った。

 

 その結果、フェンリルの攻撃がクリティカルヒットして、神道が吹き飛び、壁にめり込む。

 距離があって鑑定はできないけど、HPがかなり減ってると思う。

 そこへ間髪入れず、アラクネが操ったアイヴィとかいう女を突撃させた。

 これは、勝負ありかな。

 そう思って、少しだけ気が緩みそうになった瞬間。

 

「このぉおおおおおおおおおお!」

「!」

「あれ!?」

 

 なんと、アイヴィとかいう女が渾身の力でアラクネの支配に抗い、剣の軌道を逸らした上に停止した。

 

「あれ!? あれ!? 動かないよー!?」

 

 まさか、こんな事が……。

 いや、アラクネの能力だって万能じゃない。

 所詮は一つの真装の専用効果。

 抜け穴くらいあるのだろう。

 これは、似たような効果の調教も、あんまり過信はできないかもしれない。

 

 まあ、それも今はいい。

 アイヴィとかいう女がダメなら、他の戦力でトドメを刺せばいいだけの話だ。

 

「総攻撃。確実にトドメを刺しなさい」

 

 私の指示に従い、ゾンビ軍団が死にかけの神道に接近していく。

 偽勇者討伐軍とフェンリルも同じく。

 唯一、アラクネの操り人形達だけは、アラクネがアイヴィとかいう女に意識を割きすぎてるせいか動かなかったけど、それでも充分な戦力。

 今度こそ、

 

「チェックメイト……」

「《エアーボム》ゥ!」

「ッ!?」

「あ!?」

 

 そう思ったところで、更なる想定外の事態が起こった。

 アラクネに操られてる筈のエマとかいう女が、飛びかかっていった軍団に向けて風の魔法を放ったのだ。

 もしかして……アイヴィとかいう女に集中したせいで、他の奴への拘束が緩んだ?

 

「ニコさん」

「ごめんね☆」

「……次から気をつけて下さい」

「うん!」

 

 怒ってもどうしようとないと判断し、小言だけ言って戦闘に意識を戻す。

 幸い、エマとかいう女は完全には支配を振り切れなかったのか、さっきの魔法は大した威力じゃなかった。

 時間稼ぎにはなったけど、脱落したのは偽勇者討伐軍の雑魚が何人かだけ。

 大勢に影響はない。

 

 そう、思っていた。

 

「《聖闘気》ィ!」

 

 でも、エマとアイヴィとかいう二人の女が命懸けで稼いだ僅かな時間で。

 1分にも満たない、ほんの僅かな時間で。

 

 戦況は変わった。

 

 神道が、光のオーラに包まれる。

 勇者専用スキルの一つ、聖闘気のスキルを発動した。

 今までは多分、人質兼肉壁を殺さない為に使わなかったんだろうスキル。

 それを、このタイミングで発動したという事が何を意味するのか。

 それがわからない私ではない。

 

「ッ!? 退避!」

「《フォトンストリーム》!」

 

 神道が光を纏った剣を振り抜く。

 それだけで、神道の周囲一帯が光の奔流に呑み込まれて消えた。

 攻撃の為に近づいていた連中もろとも。

 逃れられたのは、咄嗟の私の指示に反応できるだけの速度を持っていた剣ゾンビと、野生の勘で避けたフェンリルだけ。

 残りは全員死んだ。

 アイヴィとかいう女も死んだ。

 神道が、自分の手で、殺した。

 そして神道は、勇者は、涙に濡れた目で、ハッキリとこちらを見据えている。

 

「……こうなる前に決着をつけたかったのに」

 

 オートマタ越しのモニターを見ながら、私は頭を抱えた。

 赤の他人どころか、仲間すら自分の手で消し飛ばした。

 それはつまり、覚悟が完了してしまったという事。

 今まで、私は人質を盾に、神道の精神的な弱さに付け込む形で優位を保ってきた。

 そのアドバンテージが、今、失われた。

 多分、ここからは純粋な実力勝負になる。

 

「シロさん、ニコさん、気を引き締めてください。相手が死にかけだからって油断しないように。ここからが本番ですよ」

「わかっている!」

「うん!」

 

 今の神道が放つ謎の気迫を感じ取ったのか、脳筋二体がかなり素直な返事をした。

 それと同時に、神道が動く。

 残った右腕を天に掲げ、そのままこちらに向けて振り下ろした。

 

「《フォトンブレード》!」

 

 そして、光の斬撃がオートマタ達を襲う。

 

「《フェンリルロア》!」

「《カオスインパクト》」

「《スカイスラッシュ》」

「うぅ……《トルネードブラスト》!」

 

 それを、こっちの遠距離攻撃が迎撃する。

 今回の戦いの始め、エマとかいう女相手にやったのと同じだ。

 でも、その時よりも圧倒的にこっちが押されている。

 神道の攻撃の威力が予想以上なんだ。

 全員分の力を合わせて、軌道を逸らすのが限界だった。

 

 そして、その攻撃自体を目眩ましにするように、神道が駆けた。

 狙いは……アラクネ!

 

「ニコさん! 肉壁!」

「うん!」

 

 私の指示に素直に従って、アラクネが神道の進行ルート上に肉壁を用意した。

 選んだのは、エマとかいう女だ。

 仲間を盾として使って精神的に揺さぶった……訳じゃないと思う。

 単純に、神道の攻撃に間に合う速度を持った操り人形が、エマとかいう女以外にいなかったんだろう。

 でも、多分、これが最善手。

 

 しかし。

 

「斬ってください! シンドウ様!」

「……ごめん」

 

 覚悟を決めた神道相手には、やっぱり通用しない。

 攻撃の直前、神道の剣が更に強い光を纏う。

 何とかしようにも、オートマタの性能では対応できない。

 そして……

 

「《ブレイブソード》!」

「あ……」

「ニコーーー!」

 

 光の斬撃に呑み込まれ、エマとかいう女もろともアラクネが消し飛んだ。

 一応、疑似ダンジョン領域の中で死んでくれたから、私にもDPと経験値が入ってきたけど、素直には喜べない。

 それ即ち、オートマタのすぐ側に神道がいるという事なのだから。

 率直に言って、絶体絶命だ。

 

「仇は取ってやる! 《ウルフストライク》!」

「剣、魔木、サポート」

 

 多分、無策で突っ込んだフェンリルをサポートするように、剣ゾンビと魔木ゾンビに指示を出す。

 剣ゾンビはフェンリルの後ろに追従し、すぐに連続攻撃を仕掛けられる構え。

 魔木ゾンビは、フェンリルの攻撃前に神道へと魔法を放ち、注意を引く。

 

 しかし、神道はその全てに対処してみせた。

 

「《フォトンブレード》!」

「がっ!?」

 

 突き出したフェンリルの拳が、光を纏った剣にあっさりと消し飛ばされる。

 

「《クロスソード》」

「ふっ!」

 

 続いて放たれた剣の攻撃も落ち着いて対処。

 返し技で躊躇なく剣ゾンビを破壊してみせた。

 元クラスメイト相手でも容赦なしか!

 

「ッ!」

 

 次の瞬間、神道がオートマタの方を向く。

 モニター越しだというのに怖じ気が走った。

 そして、私が気圧された一瞬の間に神道は接近し、魔木ゾンビを消し飛ばし、オートマタを真っ二つに両断してみせた。

 オートマタの速度では、神道の速度に付いていけない。

 精神的に躊躇させられない以上、これは当然の結末だった。

 

「守、君に一つ言っておくよ」

 

 体の半分を失い、地に倒れたオートマタの眼前に剣を突き付けながら、神道が語りかけてきた。

 

「今の君がオートマタという魔物だというのはわかっている。その体が遠隔操作の人形に過ぎない事も」

 

 ……バレてたのか。

 そういえば、勇者の中に『鑑定』のユニークスキルを持ってる奴がいたっけ。

 多分、王都の時にそいつを取り逃がしてたんだろう。

 直接的な戦闘力がなかったから撃破優先度は下げたけど、その判断は失敗だったかもしれない。

 

「ここでその体を壊しても君は死なないんだろう。だからこそ今は一つだけ言っておく。

 ━━僕は必ず君との決着をつける。それがどんな形であっても、必ず君本人に会って決着をつけるよ」

「…………」

 

 最悪だ。

 悪質なストーカーが誕生してしまった。

 こいつは必ず殺さないといけない。

 元々殺すつもりだったけど、その理由が一つ増えた。

 撃破優先度が上がった。

 

「積もる話はその時にしよう。じゃあ、またね、守」

 

 そんな事をのたまいながら、神道が剣に光を纏わせ、大きく振りかぶり、振り下ろした。

 オートマタ視点のモニターが暗くなり、何も見えなくなる。

 

 こうして、勇者との戦いは終わった。

 完膚なきまでの敗北という、最悪の結果で。



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101 敗北

「あー! 負ーけーたー!」

 

 私は敗北という結果にふて腐れてベッドにダイブし、そこで足をバタバタさせながら大声で叫んだ。

 少しスッキリしたような気がする。

 

「それにしても、まさか瞬殺されるなんて……」

 

 あの強さは反則だと思う。

 あんな満身創痍の状態だったくせに、吹っ切れて人を殺す覚悟を決めた途端に、速攻で全滅させられるとか。

 最後、至近距離に近づいてきた時、鑑定に成功したけど、あの状態でのステータスは軽く10万を超えてた。

 おまけに『勇者の聖剣(エクスカリバー)』のせいで相性は最悪。

 実際の戦力差は、ステータス差以上だったんだろうなー。

 

 なんにしても、今回の件でハッキリした。

 あのレベルの怪物相手に、圧倒的格下が何人集まっても無駄だって事が。

 

 正直、もう少し何とかなると思ってた。

 相手は怪物とはいえ、傷だらけの満身創痍。

 対して、こっちにはステータス万超えの化け物が複数。

 人質兼肉壁が機能しなくなっても、充分に勝ち目はある。

 それが私の見解だった。

 

 ところが、蓋を開けてみれば満身創痍のボロ雑巾一人に、こっちの化け物軍団が瞬殺されるという悲劇。

 そんな大損害を受けて、手に入ったのは多少のDPと経験値だけ。

 負けだ。

 敗北だ。

 完全敗北だ。

 クッソ悔しい。

 

「う~~~~~~~~~~!」

 

 枕に顔を埋めて唸る。

 唸り声に乗せて色んな感情を吐き出し、少し落ち着いた。

 

 落ち着いたところで、今回の敗因を考えよう。

 

 今回の敗因。

 それは多分、圧倒的な格上相手に、格下だけで挑んだ事だと思う。

 例えるなら、ネズミの群れでライオンに挑んだみたいな話だった。

 ……いや、さすがにそこまでのレベル差ではないか。

 訂正しよう。

 中型犬の群れで野生の狼に挑んだみたいな話だった。

 

 こんな感じで、ある程度の実力差があると、数の暴力は意味をなさないって事が実感できたのは収穫かな。

 数の暴力が有効なのは、両者の実力が近い場合だけだ。

 中型犬が群れても、野生の狼には勝てない。

 一応、フェンリルやアラクネみたいに強い戦力も何体かいたけど、それだって中型犬の群れに何匹か大型犬が混ざった程度。

 野生の狼には勝てない。

 

 なら、どうすれば勝てたのか。

 

 簡単だ。

 魔王に来てもらうべきだった。

 これなら、野生の狼を相手に、獰猛なライオンを味方につけたに等しい。

 勝ち確である。

 でも、それを言ったら終わりだ。

 だって、今回は魔王が来られなかったからこそ、こうなった訳だし。

 議題はあくまでも、今回動かせた戦力でどうすれば勝てたかって話だから、この結論は却下。

 

 あとは、中ボス部屋かボス部屋を使う事。

 あそこにいるドラゴンゾンビや、リビングアーマー先輩IN私、それと大量のトラップが戦線に加わっていれば勝てたかもしれない。

 中型犬の群れに、訓練されたシベリアンハスキーを投入するくらいの戦力アップにはなっただろう。

 シベリアンハスキーが死ぬ気で狼を食い止め、その隙に大量の中型犬と少数の大型犬が一斉に狼に噛みつく。

 うん、勝てたかもしれない。

 まあ、その場合はダンジョンに自分から神道を呼び寄せる事になってたからダメだけど。

 だって、ダンジョン内での敗北=私の死だ。

 そんな危ない橋を渡るつもりはない!

 

 私は、引きこもりに徹してたからこそ、負けてもこうして生きていられるのだ。

 オートマタとゾンビ軍団を失ったのは痛いけど、私本体は傷一つ付いてない。

 ベッドでゴロゴロしながら反省会ができる。

 確かに、危険を冒せば神道を倒せたかもしれない。

 でも、危険を冒したら死んでたかもしれない。

 だから、この選択に後悔はない。

 

「でも、まあ、ボス部屋も一つの手ではあったよね」

 

 禁じ手だけど。

 それでも、考察としてなら考える価値ありかな。

 

 結論。

 勇者や魔王みたいな怪物に勝つには、最低限、怪物を止められるだけの戦力が必要。

 そうなると、リビングアーマー先輩の強化が急がれる。

 今のペースだと、リビングアーマー先輩が完全体になるまで、あと一ヶ月ちょっとってところかな。

 できるだけ急ごう。

 

 それと並行して、今回失った戦力も補充しないと。

 ただ、幸いなのは、ダンジョンの防衛だけを考えるなら充分な戦力が残ってるって事。

 ドラゴンゾンビもリビングアーマー先輩も無事だ。

 ついでに、爺ゾンビとゴブリンゾンビも。

 今回のはかなり痛い損失ではあった。

 でも、致命的ではない。

 戦力の補充は急ぎの案件ではあるけど、DP使ってまで大慌てでやらなきゃって程じゃないのが救いだ。

 

 でも、それは別としてオートマタはすぐに新しいのを造っておこう。

 外で活動する手段がないままなのは普通に困る。

 

 という訳で、前と同じくらいのDPを使って、前と同じ性能のオートマタを造った。

 かなりの出費だったけど、今の私からすれば無理のない金額。

 セレブになったものである。

 

 ちなみに、この際だからオートマタの見た目も変えておこうかと思ったんだけど、ちょっと思う事があってやめた。

 神道に対する抑止力にもならないし、多分、すでに手配書が出回ってるし、やっぱり私の顔の人形が何かされるのは不快だしで、オートマタのデザインを私のままにしておくメリットはもうない。

 それどころか、デメリットだらけ。

 それでもデザインを変更しなかった理由は、アワルディア共和国の議員どもだ。

 

 奴らにはまだ利用価値がある。

 戦場に連れて行った老犬議長は死んだかもしれないけど、他の議員は調教済みのままで、まだ首都にいる筈。

 なら、奴らの手綱を握っておけば、私はまだ国を思うがままに操れる。

 

 でも、奴らに対する調教ゾンビの命令は『オートマタ()に絶対服従』という内容だ。

 ここでデザインを変えた場合、奴らに対しての命令権が失われる可能性がある。

 その場合は、また調教ゾンビに命令を上書きさせればいいだけなんだけど、議員の数って地味に多かったから、その作業は普通にめんどくさい。

 それに、ステータス的にはクソ雑魚ナメクジな調教ゾンビを連れ回して破壊されたらシャレにならないし。

 

 そういう訳で、オートマタのデザインは結局元のままになりました。

 変わったところといえば、また仮面を取り替えたくらいだ。

 とりあえず、これでオートマタの作成は完了。

 

 次にやるべきなのは、魔王への報告かな。

 敗戦報告は気が重いけど、黙ってる訳にもいかないでしょう。

 私は、憂鬱な気持ちで通信部屋のマモリちゃん人形を起動させた。

 

 私、この報告が終わったら、リーフに無事を報せるんだ……。



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102 敗戦報告

「魔王様、ご報告いたします」

「おお、マモリか! どうなった?」

 

 カオスちゃん人形が不安と期待の入り交じった声音で尋ねてくる。

 オートマタは意図しない限り、操縦者の感情が表に出る事はないにもかかわらず、これとは。

 余程気になってると見える。

 ……いや、それはいつもの事だった。

 どうやら、憂鬱すぎて、物事の捉え方がネガティブになってるみたい。

 それでも、報告からは逃げられない。

 

「結論から申し上げます。今回の勇者討伐作戦は失敗。ニコさんは戦死。シロさんに関してはわかりませんが、戦死の可能性が高いでしょう。私もかなりの戦力を失いました」

「……そうか」

 

 カオスちゃん人形が沈んだ声を出す。

 でも、怒ってる感じはしない。

 これは……とりあえずセーフだろうか?

 内心ビクビクしながら、私は報告を続ける。

 

「勇者の力は予想以上でした。人質を取って戦い、何とか同行していた十二使徒二人を撃破。及び、砦の戦力に大打撃を与える事には成功しましたが、最終的には勇者が人質を切り捨てる判断を下した事で形勢は逆転。

 そこからは一方的に撃退され、この有り様です。

 あれはもはや、魔王様でなければ止められないかと」

「そうか……ふむ、ご苦労であった。……やはり同胞の死は悲しいのう」

 

 カオスちゃん人形は、尚も沈んだ様子で語る。

 ……ゴブリンロードとかドラゴンの時はそんなでもなかったような気がするんだけど、言わない方がいいよね。

 きっと、あれだよ。

 ドラゴンの時は寝耳に水すぎて、悲しんでる暇がなかったとか、そういう事だよ。

 ゴブリンロード?

 奴は例外でしょ。

 

「じゃが、悲しんでばかりもおれん。マモリよ、我の方からもお主に伝える事がある。前に渡した地図を出すがよい」

「はい」

 

 言われた通り、倉庫に放り込んでおいた地図を転送機能でマモリちゃん人形の手の中に送る。

 そして、人形二体の間に広げた。

 

「お主がアワルディア共和国を攻略しておる間、我や他の幹部もまた別の国を攻めておった。

 その成果を記しておこう」

 

 そう言って、カオスちゃん人形はどこからともなくペンを取り出し、前と同じようにぬりぬりと黒いインクで地図を塗り潰していく。

 塗り潰されたのが、滅ぼされた国だ。

 

 ぬりぬり

 ぬりぬり

 ぬりぬり

 

 ……長いな。

 この短い期間で、どんだけ潰したんだろう。

 その後、実に数分の時間をかけて塗り絵タイムは終了した。

 

「ふぅ、出来上がりじゃ」

 

 そうして更新された地図を見て、私は絶句した。

 

「……遂に、進軍経路が開けたんですか」

「左様じゃ!」

 

 黒く塗り潰された国の一つが、魔王の最終目的地であるエールフリート神聖国の手前にまで到達していた。

 まだウルフェウス王国が落ちてから二ヶ月くらいしか経ってないのに……。

 なんという進軍速度。

 

「こっちに集中しとったからこそ、今回は勇者にまで手が回らんかった訳じゃ。

 もっとも、この国々に関しても攻め落としただけであって、完全に制圧した訳ではないがの」

 

 それを差し引いても凄まじい。

 でも、考えてみれば当然か。

 魔王が現れてから約10年。

 そして、この地図は半分くらいが黒く塗り潰されている。

 つまり、僅か10年で世界の半分を支配したという事だ。

 そのペースを考えれば、二ヶ月で国のいくつか滅ぼすくらい訳ないのだろう。

 それに、最近は十二使徒が二人勇者の側にいた。

 その分、他の守りが薄くなってたと考えれば、より納得できる。

 

「まあ、それはともかく。これより我はエールフリート神聖国の眼前に陣取り、奴らに王手をかけ続ける。

 さすれば、奴らは嫌でも防衛に戦力を集中せざるを得なくなるじゃろう。

 その隙に、お主は他の幹部と共に、あと2、3本、進軍経路を抉じ開けてほしいのじゃ」

「わかりました」

 

 その後、今後の動きを詳細に魔王と話し合った。

 アワルディア共和国をほぼ確実に落とせる作戦が進行中と伝えたところ、しばらく時間を貰えた。

 その間に私はアワルディア共和国を落とし、残りの幹部は集結して他の進軍経路を抉じ開ける。

 そして、幹部どもの仕事が終わった後に私と合流し、力を合わせてアワルディア共和国の後ろにある二国を迅速に落とすという作戦に決定した。

 最大の懸念は神道が国境砦に居座った場合。

 そうなった場合はアワルディア共和国の攻略を諦め、私が他の幹部に合流する事になる。

 まあ、そうなる可能性は低いとは思うけどね。

 

 そして最後に、魔王はこう言った。

 

「マモリよ。我は遂にここまで来た。魔神様の復活、そして我の夢である、魔物の為の世界が実現するまで、あと少しなのじゃ。

 その少しを埋める為にも、より一層のお主の活躍を期待しておる。

 励むのじゃぞ」

「……はい」

「うむ。では、さらばじゃ!」

 

 そうして、カオスちゃん人形は再び沈黙した。

 ……とりあえず、敗北したのに罰が下らなかった事を喜ぼう。

 魔王が優しい性格で助かった。

 

 そんな魔王の計画も大詰め。

 このまま万事上手く進めば、もうすぐ魔神が復活する事になる。

 

 今のままなら、多分、魔神は味方だ。

 でも、たとえ味方であろうとも、自分を殺しうる強者の存在は純粋に怖い。

 機嫌を損ねたら殺されるかもしれない。

 私が未だに魔王を警戒してるのも、そうして突然殺されてしまうのを恐れてるからだ。

 

 正直、私は魔神に復活してほしくなんかない。

 でも、それで魔王と敵対するのはダメだ。

 せっかく殺されずに済んでる今、わざわざ出る杭になって打たれるなんて、ごめんこうむる。

 

 なら、選択肢は一つ。

 魔神にすら負けないくらい強くなる。

 敵対しないなら、それでいい。

 でも、いざという時の為に、抵抗する為の力を付けておく。

 

 私はずっとそうしてきた。

 常に強敵の襲来を想定し、どんな敵にも、どんな侵入者にも負けないように、殺されないように、自分の聖域を荒らされないように、強くなる。

 戦力を強化して守りを固める。

 そう、本当にずっとやってきた事だ。

 

 大丈夫。

 今回も何とかなる。

 何とかする。

 私ならできる。

 だって、そうやってずっと聖域を守ってきたんだから。

 

「頑張ろう」

 

 まずは、一刻も早くリビングアーマー先輩(切り札)を完成させる事からだ。

 できる事からコツコツと。

 その積み重ねが、最強の聖域を造り上げるのである。

 

「あと、リーフにも色々話しておこうか」

 

 計画的に、ここからはバトルの連続になる。

 つまり、リーフの出番はない訳だ。

 そうなると必然的にずっとお留守番になるから、ちゃんと言い聞かせておかないと。

 

 そうして、私は新しいオートマタをリーフの部屋へと向かわせた。



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103 ペット

「あ、ご主人様!」

 

 オートマタが部屋に現れた瞬間、リーフは飼い主にしばらく放置されていた室内犬のようにすり寄って来た。

 完全にペットである。

 一応は、通信用にマモリちゃん人形を渡しておいたんだけど、自分から私に話しかけるのを躊躇ったのか、リーフから話しかけてくる事はなかった。

 代わりに、まるで普通のぬいぐるみのように、マモリちゃん人形を抱き締めてたけど。

 モニターでちょっと見てたけど、美少女顔のリーフがそのポーズやると、凄く絵になってたよ。

 

「とりあえず、戦いは終わった。残念ながら負けちゃったけど、被害はそれ程でもないから問題ない」

「そうでしたか……お疲れ様です」

 

 リーフは本当に労るように、あるいは慰めるようにそう言った。

 私が気落ちしてるとでも思ったのだろうか?

 まあ、勇者といい魔王といい、悩みの種が遂に芽吹いてきたって感じで、頭は痛いけど。

 

 でも、リーフに労われて少し頭痛が軽減した気がする。

 

 ……ペットのくせに飼い主の心に影響を与えるとは。

 生意気な。

 ちょっとムカついたので、リーフの頬っぺたをぐにぐにと摘まんでおいた。

 

「ご、ご主人様? いひゃいれふ……」

「うるさい」

 

 しばらくそうした後、気が済んだから解放してやった。

 なんか、ちょっとストレスが解消した気がする。

 

「それで本題だけど、魔王様の計画が大詰めを迎えたから、あなたを仕事に連れて行く機会はなくなると思う。

 これからは戦争の連続になるだろうから、非力なあなたの出番はないの」

「あ……そうなんですか……」

 

 リーフはシュンとした。

 私の役に立てないのがそんなにショックか。

 だから忠犬か!

 

「……それではご主人様、どうぞ」

「?」

 

 そう言って、リーフは悲しそうな目でオートマタを見つめてきた。

 どうぞって何が?

 こいつ、何を言ってるんだろう。

 なんで、そんな悲しそうな目で見つめてくるんだろう。

 

「何の話?」

「え? ボクはもう役に立たないから、処分するんじゃないんですか?」

「は?」

 

 絶句した。

 そんな事を自分から言うリーフにも、その可能性を欠片たりとも考慮しなかった私にも。

 ……考えてみればそうだよ。

 魔王の計画が大詰めを迎え、人間の国への潜入作戦をやる機会は、あんまりないと思う。

 あったとしても、もう私はリーフなしでも動けるくらいに、この世界の事を知った。

 むしろ、これからはリーフを連れて行っても邪魔になるだろう。

 言われてみれば、リーフの利用価値は既にないに等しい。

 

 でも、私は処分するという発想には全く至らなかった。

 

 なんでだろう。

 いくら奴隷のペットとはいえ、私は人間が嫌いだ。

 リーフの事も、利用価値がなくなったら処分するくらいの気持ちでいた筈。

 なのに、いざ利用価値がなくなってみても、私はリーフを処分しようなんて思えない。

 躊躇とかそういうレベルじゃない。

 そもそも、やろうと思えないのだ。

 人間嫌いという自分の根幹が揺らぐような気がした。

 

「ご主人様……?」

 

 私が思考の海に沈んだせいで急に停止したオートマタを、リーフが不安そうな眼差しで見つめる。

 反射的に、オートマタの腕はリーフの頭を撫でていた。

 今のは考えてやった訳じゃない。

 体が勝手に動いていた。

 

「……別に処分はしないから安心していい。あなたを処分したところで私に得なんてないし」

「!」

 

 続いて、そんな言葉が口から出ていた。

 それを聞いて、リーフの顔が喜色に染まる。

 不覚にも、その顔を見て癒されてしまった。

 

 ……どうやら私は、自分で思ってるよりもリーフに愛着がわいてたらしい。

 最初、リーフの事を人間ではなくペットだなんて思い出したのは、人間と一緒にいるという不快感を少しでも誤魔化す為の自己暗示みたいなものだった。

 その嘘がいつしか本当になってたんだと思う。

 本当に、私はリーフに対してペットくらいの愛着を持っている。

 かつての愛猫クロスケと同じくらいだろうか。

 いや、さすがにそこまでではないか。

 

 でも、認めよう。

 私はリーフの事が嫌いじゃないみたいだ。

 ここは変な意地を張らず、認めてしまった方が楽になる。

 勇者と魔王という特大の悩みの種を抱えてる状況で、こんな事でまで悩みたくない。

 

 幸い、リーフも私に懐いてるし問題ないだろう。

 それに、リーフには奴隷紋という名の首輪が付いている。

 私に歯向かう事はできないし、仮に歯向かったところで、実力差はどうにもならない。

 私が人間を嫌いなのは、どいつもこいつも私にとって不快な感情をぶつけてくるからだ。

 場合によっては、私を傷付ける行動を取るからだ。

 でも、その定義にリーフは当てはまらない。

 それに、ペットとは心の癒し。

 今の私には癒しが必要なのだ。

 

 その後、とりあえず存分に撫で回した。

 そして、撫で回しながら考える。

 

 ペットをペットとして認知した以上、飼い主にはその生活に責任を持つ義務がある。

 途中で捨てるのはご法度。

 引き取り先がいない状態で死ぬのもご法度だ。

 日本では、高齢者がペットを残して死ぬのが問題視されてた。

 

 なら、私はなんとしてでも生き残って、リーフの面倒を見続けなければならない。

 元々死ぬつもりはなかったけど、死ねない理由が増えた。

 よし。

 頑張ろう。

 より一層。

 撫でくり回されて混乱してるリーフを見ながら、私は決意を新たにした。

 

 まあ、それでも居住スペースには入れてあげないけどね。



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104 国落とし(二回目)

 リーフを正式にペット認定した翌日。

 というか、勇者討伐作戦の翌日。

 私はオートマタをアワルディア共和国の首都へと派遣した。

 さっさと、この国を完全に手中に収める為に。

 いきなり城の中に送って調教してない兵士に見つかったりしたら面倒なので、城下町の目立たない位置へと転送した。

 

「あ? なんだテメェ?」

「どっから湧いてきやが……ぶぺっ!?」

 

 そこを運悪くチンピラに目撃されてしまったので、適当に始末してから城へと向かう。

 ところが、今度は城の門前で止められた。

 

「止まれ。城に何の用だ?」

 

 門番にそんな事を尋ねられる。

 まあ、これは考えてみれば当然の話だ。

 いくら国のトップ連中を制圧したといっても、オートマタの事を認知させるような真似はしなかった。

 そんな事しても、無駄に目立つだけだと思ったから。

 そのせいで支配下にある筈の城に入れないなんて間抜けな話だけど、大丈夫だ問題ない。

 ちゃんと対策は考えてある。

 

 オートマタは無言で腰のウェストポーチからある物を取り出し、門番に見せつけた。

 

「こ、これは……!?」

「国から特殊な依頼を受けていた者です。議員の誰かに取り次ぎをお願いします」

「か、畏まりました!」

 

 顔色を変えた門番が城の中に走り去って行く。

 オートマタが渡したのは、前に作っておいたS級の冒険者カード。

 これと、調教した議員の口裏合わせがあれば、城に入る事なんて簡単簡単。

 事前にこうなる可能性を見越して、議員どもに指示しておいて良かった。

 

「確認しました! お通りください!」

 

 それから数分と経たずに帰って来た門番が、敬礼しながらオートマタを城の中に招き入れた。

 それが国を滅ぼす敵とも知らずに。

 無知って罪だなー。

 

 

 それから数日後。

 アワルディア共和国の首都は瓦礫の山へと変貌した。

 

 

 あの後、議員に接触して近場の全兵士を召集させ、それを先生ゾンビのテレポートで中ボス部屋へ拉致して皆殺し。

 その内の何人かは真装使いだったので、それをゾンビにして戦力を補充。

 そうして戦力を補充したゾンビ部隊と、ゴーレム&ガーゴイル軍団を使って、防衛戦力を失った首都を思うがままに蹂躙した。

 当然、住人はできるだけ一ヶ所に集めてオートマタの擬似ダンジョン領域内で殺すか、先生ゾンビのテレポートで中ボス部屋へ放り込み、留守番のドラゴンゾンビで処理してDPと経験値を確保。

 さすがに首都だけあって人口が多かったから取り逃がしも多かったけど、それは仕方ない。

 その代わり、それなりに多くの経験値を持ってそうな質の高い連中は優先的に、かつ念入りに仕留めた。

 諸事情で召集に応じなかった兵士とか、首都に滞在してた冒険者とかを。

 

 そんな感じで、割と徹底的にやってたせいで、首都を完全に滅ぼすまでに三日程かかってしまった。

 

 それが終わったら、今度は首都周辺の街や村を標的として出陣する。

 そこでも同様の破壊行為を繰り返し、戦力と物資とDPと経験値を確保していった。

 その次は、現在地から近い集落で同じ事を繰り返す。

 この国は色んな種族が集まって出来たって話だったから、滅ぼした集落も、森の中とか、山の中とか、果ては湖の底とか無駄にバリエーションに富んでたせいで、地味に時間がかかったよ。

 

 そうして破壊活動を続ける事、約一ヶ月。

 アワルディア共和国は、ほぼ全域に渡って壊滅した。

 

 戦果は上々。

 さすがに国一つ丸ごと潰すと、かなり潤う。

 Lvも上がって、遂に私のLvも大台の三桁に到達した。

 どうやら魔王の方に行ったみたいで、懸念してた神道からの妨害もなかったし、それどころか、今までの戦闘で国の主要な戦力を既に潰しきってたみたいで、凄いスムーズに滅ぼせた感じがする。

 もちろん、神道が抜けてもぬけの殻となった国境砦もサクッと落としましたとも。

 

 あと、この一ヶ月で遂にリビングアーマー先輩が完成した。

 総ゴッドメタル製の、恐らく世界にただ一つの鎧。

 つまり、ユニークモンスター。

 そのせいなのか、完成した瞬間、なんか予想外の性能まで搭載されたのは嬉しい誤算だった。

 

 

 そんな感じで、国を落としつつ、進めてた決戦への準備が完了した頃。

 別の国を攻めると言ってた他の幹部の方も片付いたのか、数日後にこっちと合流させるという連絡が魔王から入った。



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105 幹部集結

 魔王軍幹部達との待ち合わせの日。

 私は、アワルディア共和国と次の国の国境に当たる街(正確には街の跡地)にオートマタとゴーレム&ガーゴイル軍団を派遣し、他の所から集まってきた魔物(魔王軍)を引き連れ、

 そこに、前にドラゴンが占領してたウルフェウス王国とアワルディア共和国の国境の街に置いてあったのを回収したカオスちゃん人形を置いて、幹部達が転送されてくるのを待っていた。

 

 そして、そんなに経たない内に、その時が訪れる。

 

「うむ。全員準備はできたようじゃな。では、送るぞ」

 

 カオスちゃん人形がそう言った直後、カオスちゃん人形の周りの空間が少し歪んだ。

 転送機能を使う時特有の現象だ。

 数秒でその現象も収まり、空間が歪んでいた場所には大小様々な魔物達が現れた。

 数は20体くらい。

 そして、どいつもこいつも強そう。

 というか強い。

 鑑定できたからよくわかる。

 恐ろしい限りです。

 

「では、仲良くするのじゃぞ」

 

 そう言って、カオスちゃん人形は沈黙した。

 私は、オートマタに頭を下げさせる。

 

「皆様、ようこそ、おいでくださいました。私は皆様の同僚にあたる新しい魔王軍幹部、マモリと申します。

 以後、よろしくお願いします」

「あ゛ぁ? テメェが新しい幹部だぁ? ただの人間のメスじゃねぇか!」

 

 そうしたら、いきなり頭の悪そうなのが絡んできた。

 大きくて黒くて角の生えたゴブリンって感じの奴だ。

 この時点で、私のこいつに対する好感度はマイナスである。

 死んでから出直して来い。

 

 ちなみに、こいつを鑑定したらオーガキングって出た。

 ステータスは物理寄りで一万弱。

 幹部の中では弱い方である。

 

「おい! 聞いてんのか人間のメス!」

「聞こえていますよ。ですが、その呼び方は改めてください。私は人間ではありませんし、それ以前に不快です」

「生意気だな! 死ねぇ!」

 

 オーガキングが突然拳を振り上げた。

 短気すぎる!

 魔王に仲良くしろって言われたの覚えてないのか!?

 

 でも、その一撃はオートマタに届く前に、護衛として連れていたミスリルゴーレムが止めてくれた。

 

「あ゛ぁ!?」

 

 リビングアーマー先輩が完成して、創造ゾンビの手が空いたから何体か造っておいたんだけど、その判断は正解だったと言わざるを得ない。

 やっぱり、例によって魔王軍幹部の扱いは難しい。

 特にこいつは、私の嫌いなタイプって事もあって、今すぐ殺したいくらいだ。

 

「邪魔すんじゃねぇよ! 死に晒せ━━『オニマル』!」

 

 そうしたら、今度は真装まで使ってきた。

 巨大な黒い棍棒がオーガキングの手の中に現れる。

 ちょ!?

 そこまでやるか!?

 

「オラオラオラオラオラオラ! 《鬼ラッシュ》!」

 

 ああ! ミスリルゴーレム!

 なんて事!

 オーガキングの連続攻撃で、ミスリルゴーレムはあっさりと破壊されてしまった!

 許さん!

 とりあえず、一回シメてやる!

 

「オラァ! 死ねぇ!」

 

 私は、同じく護衛として連れていた爺ゾンビに真装を解放させ、同時に無数のミスリルゴーレムに命令を下した。

 死ぬのはお前だ!

 

「待て!」

「あ゛ぁ!?」

 

 しかし、そんな物騒な喧嘩を止める奴がいた。

 白い影が私のオーガキングの前に割って入り、その棍棒をあっさりと受け止める。

 それを見て、私は配下への命令をキャンセルした。

 その隙に、壊れたミスリルゴーレムの残骸を回収して、ゴーレムメーカーに突っ込んでおく。

 

「こいつは使える奴だ。それに魔王様は仲良くしろと仰られた。その意向に背く者は俺が許さん!」

「うっ……!」

 

 実力差は理解してるのか、殺気を伴った乱入者の威圧に当てられ、オーガキングは怖じ気づいた。

 実に情けない。

 大いに笑える。

 

 そして、その乱入者がオートマタの方を向いた。

 

「大丈夫か、マモリ?」

「ええ、問題ありません。というより、あなたこそご無事だったんですね、シロさん」

 

 そう。

 この白い乱入者は、何を隠そう、前の戦いで一緒に戦った脳筋フェンリルだった。

 てっきり神道に狩られたかと思ってたのにピンピンしてる。

 どうやら、あの戦いから逃げ延びたらしい。

 命強い奴。

 

「俺としては、お前が当たり前のように生きている事の方が不思議なんだがな。

 お前が死ぬ瞬間を、確かにこの目で見た筈なんだが」

「私はそういう生態なので」

「なるほど。納得した」

 

 これで納得するなんて、どれだけ脳筋なんだろう。

 まあ、今に限ってはそっちの方が楽だからいいけどさ。

 

「チィ! 勇者に負けて逃げてきた負け犬が調子乗ってんじゃねぇぞ!

 おい! ポーク、ヴァンプ、手伝え!

 テメェらの大好きな人間の女だぞ!」

 

 調子に乗るなと言いつつ、オーガキングは他の幹部に助けを求めた。

 情けなっ。

 しかし、名指しで呼ばれた二体の幹部、でっぷりと肥えた豚のオークキングと、牙と翼を生やした男のヴァンパイアロードは動かなかった。

 

「ぶひひひひひひ。小生(しょうせい)、何故かそちらのお嬢さんには欠片も興奮しないので、今回は遠慮させていただきますぞう」

「我輩もだ。その女は何故かそそらん。第一、我輩が貴様の言う事を聞く義理はない」

「テメェらぁあああ!」

 

 しかも断られた。

 でも、あの二体も結構不快だなぁ。

 オークはゴブリンと同じで人間の女を犯す習性があるし、ヴァンパイアは乙女の血を好むと言う。

 つまり、生殖もできず血も流れてないオートマタには反応しなくても、本体になら襲いかかってくる可能性がある訳だ。

 優先的に始末したい。

 

「こうなったら俺一人でも……!」

「ふぉっふぉっふぉ。やめておきなされ。チミにこの二人の相手は務まらんよ」

「なんだと爺ィ!」

 

 今度は二足歩行の亀がオーガキングを止めた。

 幹部の個性が豊か過ぎる。

 

「ここは儂に免じて引いてくれんかね、タンキくん。チミも儂を相手にするのは面倒じゃろう?」

 

 ぷっ!

 名前、タンキくんて!

 鑑定で知ってたけど、他人の口から聞くとより一層笑える。

 多分、魔王のネーミングだと思うけど、ぴったり過ぎるわ。

 

「あ゛ぁ!? テメェもあっちに付くってのか!?」

「勿論じゃよ。魔王の嬢ちゃんには仲良くせいと言われたしのう。逆らったら殺されてしまうかもしれんわい。ふぉっふぉっふぉ」

「……チィ!」

 

 その一言が効いたのか、オーガキングは渋々と引き下がった。

 そして、引き下がった先で他の幹部達にバカにされて切れた。

 乱闘が始まる。

 おい。

 

「さて、タンキくんがすまんかったのう、マモリちゃんや」

「いえ、気にしていませんので」

 

 そう、私は気にしていない。

 隙があったら最優先で暗殺してやろうとしか思ってないもん。

 

「それより、あっちは止めなくていいんですか?」

「なぁに、いつもの事じゃよ。あの戦力差ならタンキくんがボコボコにされて終わりじゃろう。殺しはせんから安心せい」

「はぁ」

 

 別に殺してくれてもいいのに。

 

「さて! では早速人間どもを潰しに行くとするか! 今度こそ役目を果たしてみせよう!」

 

 そう言って、フェンリルは一人でズンズンと進んで行く。

 前回言った事をまるで守ってない。

 まあ、今回は私の指揮下にある訳じゃないから文句は言わないけどさ。

 

 続いて、オーガキングをボコボコにし終えた幹部達もフェンリルに続く。

 そのオーガキングは、ボロ雑巾となってオークキングに引き摺られていた。

 扱いが雑。

 いや、いい気味ではあるけども。

 

 そんな幹部達の後ろから、私の率いるゴーレム&ガーゴイル軍団と魔物の群れが続き、大所帯となって次の国へと向かうのだった。

 

 私の感想はただ一つ。

 やっぱり、魔王軍幹部は扱いづらくて嫌いだ。



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106 圧倒的ではないか我が軍は!

 さて、魔王軍幹部が集結したら次にやる事は一つ。

 国攻めである。

 脳筋どもは気が短いのか、転送されて来て早々に次の国へと向かった訳だけど、元々国境近くの街を転送場所に指定してたおかげで、その日の内に国境を守る砦へと辿り着き、攻略戦が始まった。

 作戦はない。

 作戦はない。

 大事な事だから二回言った。

 

 前の戦いの時は、私の作戦で勇者を追い詰めるって話だったから、魔王から幹部二人への命令権を貰ってたけど、今回は違う。

 勇者や十二使徒といった厄介な連中は魔王の方に集中してるらしく、他の国にはせいぜいその国の精鋭くらいしか残ってないと思われる。

 対して、こっちはほぼ全ての幹部(残りは魔王の護衛と、他の進軍経路の守りに割り当てられてる)が集結した一大戦力。

 足の引っ張り合いでもしない限り負ける事はない。

 それが魔王の判断だった。

 

 故に、今回は作戦がない。

 魔王から与えられた命令は「仲良くするんじゃぞ」という一言だけ。

 それだけ守って、あとは各々が好き勝手暴れるだけだ。

 脳筋にも程がある。

 こんな作戦を立てた魔王も充分に脳筋だと思う。

 あるいは、脳筋どもの手綱を握るのがめんどくさくて投げたのか。

 あり得る。

 

 こんなんで本当に大丈夫なんだろうか。

 そんな私の不安は、攻略戦が始まった瞬間に吹き飛んだ。

 

「ふぉっふぉっふぉ。砦が見えてきおったのう。では、この老いぼれが一番槍を務めさせてもらうとしようかのう」

 

 そう言って、二足歩行の亀が瞬く間に山よりも大きい超ド級のサイズへと変身した。

 人化形態を解除したんだ。

 この亀の種族名は、マウンテンタートル。

 まさに名は体を表す。

 

 亀は、その巨体を武器に一匹で突撃して行った。

 凄いゆっくり歩いてるように見えるけど、歩幅が大き過ぎるから、意外に速い。

 

「迎撃せよ!」

 

 その亀に対して、砦から矢と魔法の雨が降り注ぐ。

 でも、亀は意にも介さず直進を続けた。

 飛んできた攻撃の中には、多分、真装使いが放ったんだろう強力な魔法とかもあるのに、お構い無しだ。

 

 何せ、この亀の防御と魔耐のステータスは5万を超えている。

 

 代わりに、他のステータス(特に速度)が致命的に低いけど、それを覆して余りある硬さだ。

 しかも、これでまだ真装を使っていないという。

 ……この亀が本気出したら、魔王と勇者の攻撃ですら、しばらくは耐えられるんじゃないだろうか。

 ゾンビにしたいな。

 

「ふぉっふぉっふぉ。通るぞい」

 

 私が内心で不穏な事を考えている間に、亀はその巨体で砦を踏み潰した。

 凄い。

 まるで攻城兵器だ。

 この亀の巨体とステータスは、砦みたいな拠点を潰すのに最適すぎる。

 もう、こいつだけでいいんじゃないかな……。

 

「行くぞコラァ! 今の俺はイライラしてんだ! 俺の憂さ晴らしで死んでいけ人間どもぉ!」

「うむ! 暴れるとしよう!」

「ぶひひひひひひ。魅力的な女性がいるといいですねぇ」

「……相変わらず、うるさい奴らだ。我輩のように気品を持って殺せんのか」 

 

 そんな亀だけでもオーバーキルなのに、他の幹部達が砦を捨てて野戦に踏み切ってきた連中を殺すべく、突撃して行った。

 オーガキングがミンチを量産し、フェンリルが惨殺死体の山を築き、オークキングが女を物色し、ヴァンパイアロードが魔法で蹂躙した後、血を啜る。

 他にも、ケルベロス、不死鳥、キマイラ、バジリスク、デュラハン、デーモン、サラマンダー、等々、バリエーション豊かな幹部達が、それぞれの暴れ方で虐殺を繰り広げていた。

 

 幹部達は、どいつもこいつも一騎当千だ。

 雑兵をいとも容易く蹴散らし、厄介な真装使いですら普通に倒してる。

 これが一体か二体くらいなら、真装使いが囲んで倒せたのかもしれないけど、こうも数が多いとそれもできないらしい。

 おまけに、引き連れてきた魔物の群れや、ゴーレム&ガーゴイル軍団も数に任せて特攻してるから余計に手が回らず、各個撃破されていく。

 

 圧倒的ではないか我が軍は。

 

 なるほど、魔王が脳筋な判断を下す訳だよ。

 一方的過ぎて、戦いにすらなってないもの。

 これはもはや、ただの蹂躙だ。

 戦争ならともかく、蹂躙に作戦はいらないのだ。

 もう私も深く考えるのをやめて、オートマタとミスリルゴーレム部隊を使って、漁夫の利を得まくった。

 

 そうこうしている内に、あっさりと、本当にあっさりと敵は全滅した。

 逃げた奴らも、気が立ったオーガキングとかに殺されて、文字通りの全滅。

 生きてるのは、オークキングの餌食になった女兵士くらいである。

 圧勝だった。

 

 

 砦を落とした後は、無人の野を行くかの如く、進軍経路上にあった村や街を滅ぼしながら魔王軍は進み、速攻で国は陥落。

 次の国も同じく速攻で落ち、実にあっさりとエールフリート神聖国への進軍経路は開いた。

 そして、その進軍経路を通って、魔王の支配領域から魔物の大群が押し寄せて来る。

 ざっと見回しただけでも、100万以上の魔物がいるんじゃないかな。

 しかもこれ、まだ増えるらしい。

 魔王曰く、開いた全ての進軍経路を使って魔王軍全軍を呼び寄せてるらしいから、最終的には億を超えるかもしれない。

 恐ろしや。

 

 そんな大軍勢を引き連れながら、私と幹部達はエールフリート神聖国内へ侵攻。

 幹部集結の日から数ヶ月をかけて首都へと辿り着き、遂に魔王と合流を果たした。



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107 最終ミッション

「皆の者! よくぞ集まってくれた!」

 

 眼下にずらりと集まった魔物の群れ、魔王軍の全軍に対して魔王が語りかける。

 もっとも、その言葉をちゃんと理解できてるのは、知能のある幹部だけだと思うけど。

 

「遂に我らはこの地にて集結した! 残る標的は最後の壁、エールフリート神聖国首都のみ!

 ここを落とし、この地に封じられた魔神様を蘇えらせれば、遂に我ら魔物による世界が幕を開けるのじゃ!」

 

 いつになく魔王が熱い。

 その熱気に当てられたのか、多くの魔物が雄叫びを上げ、幹部の何体も同調するように拳を振り上げる。

 私?

 内心げっそりしてますが何か?

 

「ここまで長かった! 魔物はいつも人間に虐げられ、狩られ、そして死んできた!

 そんな時代はもうすぐ終わる! 否! 我らが終わらせる!

 ━━出陣じゃ!

 目的地は首都の中央! 大聖堂と呼ばれる建物の地下にあるダンジョン『魔神の墓場』!

 かつて、女神に敗北した魔神様が封印されておる場所じゃ!

 我はそこへと攻め入り、魔神様の封印を解く!

 お主らは全力を尽くし、我の道を切り開いてみせよ!」

『━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━!』

 

 さっきよりも更に激しく、魔物どもが雄叫びを上げた。

 幹部にも雄叫びを上げてる奴がいる。

 特にフェンリル。

 そういえば、こいつは自己紹介の時に「俺は魔王様の忠実な僕だ」とか言ってたっけ。

 もしかしたら、リーフ並みに忠犬意識が高いのかもしれない。

 

 そして、

 

「行くぞ! 突撃開始!」

 

 魔王の号令によって、人類と魔王軍との最終決戦が始まった。

 今回は一応作戦があって、多方面から攻める手筈になってるから、一部の幹部とそれに続く魔物の群れが、広大な首都とそれを守る防壁を包囲するように展開していく。

 脳筋魔王軍がこんな作戦を立てた理由は簡単。

 単純に、億に届こうかという魔物の群れを一ヶ所に集中させる事ができなかったからだ。

 そんな事したら、普通に大渋滞が起こるわ。

 

 だからこその包囲作戦。

 こうすれば渋滞は解消され、敵の戦力も迎撃の為にバラける。

 こっちは魔王一人が目的地に辿り着けば勝ちなんだし、その為に敵を分散させるのは、意外と合理的な作戦だと思う。

 

 ちなみに、この作戦における私のモチベーションは結構高かったりする。

 もちろん、魔王に協力する為じゃなくて、全力で漁夫の利を得る為のやる気だけど。

 

「ふぉっふぉっふぉ。では、行くとするかのう」

 

 私がそんな事を考えてる間に、亀が人化を解除し、防壁に向かって歩き始める。

 それに続いて、この場に残った幹部と雑兵魔物どもが突撃していく。

 

 その亀に向かって、極大の光の魔法が飛んできた。

 

 この威力、神道か。

 前よりも更に強くなってる。

 危ないなぁ。

 

「纏え━━『ダイアモンド』」

 

 それに対して、亀は真装を発動させて対処した。

 ダイアモンドみたいな甲殻が亀の全身を纏い、ただでさえ硬い体を更に硬くさせる。

 その結果、亀の防御力は勇者の魔法を弾き飛ばした。

 

「……今のは結構痛かったのう。老骨にはキツイわい」

「ふむ。さすがのお主でも、勇者の魔法を何発も食らうのはキツイか」

 

 亀と、その頭の上に乗った魔王が会話してる間に、勇者以外の魔法攻撃が飛んできた。

 中には、そこそこ強力なのと、滅茶苦茶強力なのが混ざってる。

 多分、そこそこ強力なのは真装使い。

 滅茶苦茶強力なのは十二使徒の魔法かな。

 他の魔法も別に弱くはないし、それに当たった魔物どもが絶命していく。

 さすがに簡単にはいかないらしい。

 まあ、向こうだって後がない事くらいわかってるだろうし、ここに戦力を集中させてるんだろうから当たり前だけど。

 

 そして、そうこうしてる内に、また勇者の極大魔法が飛んでくる。

 

「今度は我に任せるがよい! 《ダークネスレイ》!」

 

 それに対し、今回は魔王の闇の魔法で対処した。

 光と闇が正面からぶつかり合い、相殺する。

 相殺か……。

 温存するつもりなのか、魔王はまだ真装を使っていない。

 でも、一瞬、魔王の体を闇のオーラが包み込んでたのを見ると、ステータス強化のスキル《暗黒闘気》を使ったと思われる。

 その状態の魔王の魔法と相殺。

 しかも、これだけ離れた距離から撃った魔法で。

 ……神道、実に厄介。

 

 でも、魔王軍とてやられっぱなしじゃない。

 遠距離攻撃ができる魔物はこっちにもいる。

 その攻撃は防壁に阻まれて届かないけど、相手の魔法をある程度相殺する事はできた。

 それによって被害を最小限に止め、魔王軍は進軍を続けた。

 

 そして、遂に亀が防壁のすぐ近くにまで接近する。

 

「さて、暴れるとするかのう! 地獄より来たれ━━《サタン》!」

 

 そのタイミングで魔王が真装を発動。

 現れた漆黒の大剣を握り締め、先陣を切って防壁の上へと乗り込んで行く。

 それに続いて、防壁をものともしない幹部が続く。

 雑兵魔物どもは、向こうの雑兵の手を煩わせる。

 

 そして、私もまたオートマタを動かし、配下を引き連れて防壁の上へと乗り出した。

 

「魔王ォオオオオオ!」

「また会ったのう、勇者!」

 

 そこでは、丁度、勇者と魔王の戦いが始まっていた。

 勇者の聖剣と、魔王の魔剣がぶつかり合い、周囲に凄まじい衝撃波が吹き荒れる。

 

 こうして、最後の戦いが本格的に始まった。



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108 大乱戦

「《ブレイブソード》!」

「《ディザスターブレード》!」

 

 魔王と勇者が、今度は互いのスキルをぶつけ合う。

 その余波だけで雑兵魔物は消し飛び、雑兵兵士も吹き飛ぶ。

 ただ、兵士の方は雑兵でも精鋭揃いらしく、この程度で死ぬ奴はいなかった。

 こっちの幹部達も同じく。

 オートマタは、対策してなかったらヤバかったかもしれない。

 

「死に晒せ━━『オニマル』!」

「喰らいなさい━━『グラトニー』!」

「跪け━━『ロードウィップ』!」

 

 そして、魔王に続けとばかりに幹部達が真装を解放して神道に突撃する。

 でも、それを阻むように展開した集団がいた。

 白を基調とする鎧を着た、いかにも強そうな連中。

 その鎧は、前に見たエマとかいう女が着ていた物に酷似している。

 つまり、あいつらは十二使徒の可能性が高い。

 

「鳴動せよ━━『ヨルムンガルド』!」

「剣を掲げろ━━『ランスロット』!」

「導きたまえ━━『オルフェウス』!」

「祝福あれ━━『ミカエル』!」

 

 十二使徒もまた真装を解放し、幹部達を迎え撃つ。

 この場にいる十二使徒っぽい奴は8人。

 多分、あとの4人は別方面の守りに行ったんだと思う。

 どうやら、戦力の分散には成功したみたいだ。

 

 それでも、十二使徒が8人は多い。

 こっち方面に来てる幹部は20体もいるけど、数で劣る十二使徒を突破できてない。

 技術と連携の差だ。

 人間の努力の結晶が、数でもステータスでも勝る魔物達を手玉に取っている。

 というか、幹部達は思考回路が単純すぎて、魔王の援護をしようなんて気がサラサラない。

 目の前の敵を攻撃する事しか頭にない感じだ。

 それを利用して、使徒は自分に攻撃を集中させ、神道の邪魔をさせないように誘導している。

 それでいて、使徒の方は少しは神道の援護をする余裕がある。

 完全に手玉に取られてるじゃん。

 これだから脳筋は。

 

「ぐぁああああ!?」

 

 あ、オーガキングが斬られた。

 死んではいないみたいだけど、追撃かけられたら死ぬかも。

 回収の為に近づいておこうか。

 

 でも、そんなオートマタの動きを邪魔する連中がいた。

 

「《ギロチンスラッシュ》!」

 

 大鎌を持った男がオートマタに襲いかかってくる。

 それを後退する事で回避。

 結果としてオーガキングの回収はできなかったけど、視界の端で復活してるのが見えたから、どっちみち無理だったっぽい。

 それはいいとして、問題は目の前の男だ。

 鑑定した結果、あの大鎌は真装。

 そして、こいつのステータスは真装込みで約5000。

 

 中々の強敵。

 しかも、そんな奴と同格っぽいのが、あと3人追加でやって来た。

 それぞれ、大剣、双剣、短剣を持ってる。

 敵は勇者と十二使徒だけじゃないって事だ。

 対して、こっちの戦力はオートマタと護衛のミスリルゴーレムが3体。

 ミスリルゴーレムのステータスは約5000。

 まあ、そう簡単には負けないと思う。

 ちなみに、他の戦力は乱戦で失いたくないから、ダンジョンに置いてきた。

 

「その風体、貴様、勇者様襲撃の主犯、ホンジョウ・マモリだな?」

「女神様の遣いたる勇者様への狼藉。その罪、万死に値する」

「我ら女神教聖騎士団が貴様を滅殺してくれる」

「ここで、死ぬがよい!」

 

 真装使い4人組が突撃してくる。

 私はミスリルゴーレムに指示を出し、その内の3人を足止めさせた。

 こいつらとミスリルゴーレムのステータスはほぼ互角。

 でも、戦闘技術と真装による専用効果を加味すれば向こうの方が上だと思う。

 これだけでは勝てない。

 

「死ね! 《デスワルツ》!」

 

 そして、ミスリルゴーレムの数の問題で止められなかった最後の一人、大鎌使いの男がオートマタを強襲した。

 オートマタのステータスは1500。

 多少の善戦はできても、こいつに勝てるような力はない。

 

 ━━という訳でもない。

 

「な!?」

 

 私はオートマタをリビングアーマー先輩の如く手動操作し、左手の盾で大鎌の攻撃をスルリと受け流した。

 反撃に右手の剣を大鎌使いの男に向かって突き出す。

 その速度は男の想定を超えていたのか、攻撃を受け流されて体勢が崩れていた事もあり、男の左腕を切断した。

 

「ぐぁ!?」

 

 痛みで硬直した隙を見逃さず、追撃。

 足で蹴り上げ、男の象徴を破壊する。

 

「ッ~~~~~~~!?」

 

 そして、今度こそ完全に動きの止まった男の首を剣ではねた。

 真装使いを殺した事により、それなりのDPと経験値が入ってくる。

 ついでに、死体はダンジョンに送ってゾンビ化しておいた。

 

「サイス!?」

「どうなっている!? こいつ自身の戦闘力は低いんじゃなかったのか!?」

 

 大鎌使いの男があっさり殺られたのを見て、残りの連中が動揺していた。

 なるほど、こんなあっさり殺れたのは、前情報のせいで油断してたからか。

 実にラッキーだった。

 

 オートマタがこんなに強くなってる理由。

 それは、オートマタが武装しているからに他ならない。

 今のオートマタは、両手足にオリハルコンの鎧を、正確に言えばオリハルコン製(・・・・・・・)のリビングアーマー(・・・・・・・・・)を装着しているのだ。

 それに加えて、オリハルコンの剣と盾。

 これによって、オートマタのステータスは飛躍的に上昇している。

 化け物揃いの乱戦の中に、雑魚いままの戦力を送り込むとでも思ったかバカめ。

 最低限、漁夫の利をかっさらえるだけの強化はしてるわ!

 

 ちなみに、このオリハルコンは、アワルディア共和国の宝物庫から回収できたやつ、その余り物だ。

 創造ゾンビの生産力は、ミスリルゴーレムの量産の方に割いている。

 だからこそ、量が不足して両手足分を確保するのがやっとだったんだけど。

 まあ、それも今はどうでもいい。

 

 今は敵を殲滅するのが先だ。

 私は、オートマタを残りの3人に向けて突撃させた。

 

「正面からだと!?」

「舐めるな!」

「初見でなければ、貴様程度に後れを取る我らでは……何っ!?」

 

 そう騒ぐ3人組に対し、私は並列思考と演算能力のスキルを使い、ミスリルゴーレムを手動操作に切り替える事で対応した。

 急に動きが良くなり、魔物とは思えない連携を見せるようになったミスリルゴーレム達を相手に、3人組は動揺した。

 その隙が命取り。

 すかさずオートマタの一撃により、一人の首を斬り飛ばす。

 

「ニック!」

「おのれ!」

 

 あと二人。

 ここまで来れば、後は容易い。

 数で上回ったミスリルゴーレム達の流れるような連携によって、残りの二人を翻弄する。

 そこへオートマタを暗殺者のように使い、あっさりと致命傷を与える事に成功した。

 

「クソが……!?」

「女神様……申し訳ありま……」

 

 死んだ3人の死体を回収し、大鎌使いの男と同じく、ダンジョンへ送ってゾンビにする。

 よし、順調。

 順調に漁夫の利を得られている。

 この調子でいこう。

 

 戦いは続く。



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109 勇者VS魔王軍幹部

 勇者と魔王の激突を中心として、戦いは続く。

 私は順調に漁夫の利をかっさらい続けてるけど、その一方で主戦場にも変化が見られた。

 

「《フォトンブレード》!」

「くっ……!?」

 

 神道に魔王が少し押されている。

 あの魔王がだ。

 正直、信じられない。

 

 でも、よく見るとその理由がわかった。

 

 魔王と神道の戦闘技術はほぼ互角。

 基礎スペックでは魔王が上。

 逆に、相性では神道が有利。

 ただし、魔王との地力の差を完全に埋められる程ではない。

 総合的な強さでは、まだ魔王の方が上だ。

 

 では、何故に魔王が苦戦してるのか。

 その答えはただ一つ。

 味方の差としか言い様がない。

 

ーーー

 

 天使の微笑み(ミカエル)

 

 対象とした味方一人のHPを急速に回復させ続ける。

 

ーーー

 

 剣の英雄(ランスロット)

 

 自身と味方の剣による攻撃力を大幅に上昇。

 

ーーー

 

 導きの魔導師(オルフェウス)

 

 自身と味方の魔法による効果を大幅に上昇。

 

ーーー

 

 鑑定に成功した十二使徒の真装の中に、こんな反則効果を持つものがあった。

 他者強化型の真装。

 それも複数。

 何人もの真装使いを殺してきたからわかるけど、このタイプの真装は実はかなりレアなのだ。

 私が今まで見てきた中では、ゴブリンゾンビ、アイヴィとかいう女、エマとかいう女。

 この3人しかいなかった。

 何ヵ国も潰してきた中でそれしか出会わなかったんだから、本当に希少なんだと思う。

 

 そんなのが、ここに来て新たに3人。

 しかも、それぞれの効果が重複して大変な事になってる。

 これが他者強化型の一番怖いところだ。

 おまけに、こいつらは真装の効果を抜きにしても純粋に強いときた。

 今だって、幹部の相手をしながら神道を援護してる奴がちらほらいる。

 ひとえに、連携の巧さ故だと思う。

 

 それに対して、魔王軍にそんな事ができる人材はいない。

 幹部の真装は、清々しいまでに全員が自己強化型。

 連携もまた、清々しい程に皆無。

 むしろ味方の足を引っ張るレベルだ。

 オーガキングの振りかぶった棍棒が、後ろにいたオークキングの脳天を強かに打ち付けた。

 もしかしたら、真装には本人の性格が出るのかもしれない。

 とりあえず、こいつらを一ヶ所に集めて戦わせるのは愚策だという事がよくわかった。

 混ぜるな危険。

 

 でも、さすがに幹部とて無能ばかりではないらしい。

 この状況を打破すべく、行動を起こした奴が二体程いた。

 

「うぉおおおお! 《フェンリルキック》!」

「《タートルガード》!」

「ッ!?」

 

 押され気味の魔王の眼前、神道の目の前にフェンリルが蹴り飛ばした人化状態の亀が割り込み、神道の攻撃を魔王の代わりに受け止めた。

 魔物殺しの聖剣が亀に叩きつけられる。

 でも、亀は真装の甲殻が少し削れたくらいのダメージで耐えきってみせた。

 

ーーー

 

 真装『ダイアモンド』 耐久値70000

 

 効果 防御×4 魔耐×4

 専用効果『金剛石の亀甲殻(ダイアモンド)

 

 真装のスキルによって顕現した力。

 本来の持ち主以外に使う事はできない。

 

ーーー

 

 金剛石の亀甲殻(ダイアモンド)

 

 防御、魔耐のステータスを大幅に上昇。

 

ーーー

 

 これが、鑑定に成功した亀の真装の能力。

 防御力お化けだ。

 やっぱり、私の予想通り、勇者の攻撃でもそれなりに耐えられるらしい。

 

「ふぉっふぉっふぉ。魔王の嬢ちゃん、ここはワシらに任せて先に行きなさいな」

「ぬ!? しかし……」

「なぁに、魔神様さえ蘇ればワシらの勝ちなんじゃろう? 幸い、時間稼ぎはワシの得意分野じゃよ。だから、安心して行きなさい」

「……すまぬ、トータス。恩に着るぞ!」

 

 あ、魔王が動きを変えた。

 この場を放置し、街の中心へと向けて一直線に飛んでいく。

 私としては、あんまり喜ばしくない流れだ。

 でも、邪魔するのはリスクが大きすぎる。

 静観するしかないか。

 

「待て!」

「行かせんよ」

「魔王様の邪魔はさせん!」

「くっ!?」

 

 魔王を邪魔しようとした神道を、亀とフェンリルが抑える。

 前回、私は神道との戦いを、中型犬の群れで野生の狼に挑んだみたいな話と例えた。

 そして、私はその時、勇者や魔王みたいな怪物と戦うには、最低限、怪物を止められるだけの戦力が必要だという結論を下した。

 

 今の状況はまさにそれだ。

 亀が人化を解除し、再び山のような巨体となって、文字通り壁の如く神道の行く手を遮る。

 その亀を盾にしながら、フェンリルが翻弄した。

 即席にしては見事な連携。

 脳筋幹部とは思えない。

 そして、他の幹部達も魔王が抜けた事で本能的な危機感を覚えたのか、目の前の十二使徒よりも神道を優先して攻撃するようになった。

 

 結果、勇者と十二使徒相手に魔王抜きでも戦えている。

 魔王を追わなきゃいけない焦りで、神道の動きが雑になってるのも大きい。

 元々、数は魔王軍が上なんだから、やってやれなくはないって事だ。

 

 さて、私も少しは働こうか。

 

 ミスリルゴーレムを壁にして、オートマタを突撃させる。

 上手く立ち回れば、十二使徒の一人くらいは抑えられるかな。

 

「ぐぎゃ!?」

 

 あ、神道がオーガキングの首はねた。

 やっぱり、そう上手くはいかないし、長くは保たなそう。

 でも、私は私にやれる事をやる。

 それだけだ。

 

 とりあえず、オーガキングの死体は回収しておこう。



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110 足止め

「《フォトンブレード》!」

「《タートルガード》!」

「くそっ! 硬い!?」

 

 魔王がこの場を去ってから、まだ数分。

 決死の足止め作戦は、それなりの成果を上げていた。

 神道は未だに亀を倒せず、魔王を追えない。

 なんとかサポートしようとする十二使徒も、生存本能で多少の連携を取り始めた幹部に押されて手一杯。

 結果、膠着状態が続いていた。

 

「ぶひぃいい!?」

 

 でも、代償は発生する。

 今もオークロードが神道に下半身を消し飛ばされた。

 あれはもう助からない。

 という訳で、コッソリと介錯して死体をダンジョンに送っておいた。

 

 こんな感じで、魔王軍の方は消耗が激しい。

 まだ数分しか経ってないというのに、幹部がもう5体は殺られた。

 ミスリルゴーレムも何体も壊されて、新しいのを転送した。

 まあ、残骸は回収してゴーレムメーカーにぶち込んでおいたけど。

 

 対して、向こうはほぼ脱落者なし。

 正確には真装使いを何人かと十二使徒を一人殺せたんだけど、すぐに真装使いの一人が新しい十二使徒になってしまった。

 しかも、殺せた奴は他者強化型の奴ではない。

 向こうの損害は軽微だ。

 逆に、魔王軍はあと10分もすれば全滅すると思う。

 

 私が敗北までのタイムリミットを計算したその時。

 

 ズガアアアアアアン!

 

 というもの凄い爆音を立てて、街の中心にあった巨大な建物が崩壊した。

 

「大聖堂が!?」

 

 敵の何人かが、その光景を見て悲鳴を上げた。

 そして、次の瞬間には死体になった。

 この状況で余所見するからそうなる。

 

 それはともかく。

 どうやら魔王は上手くやってるらしい。

 大聖堂にも防衛戦力くらいいたんだろうけど、さすがに魔王を止められる程ではなかったみたいだ。

 あとは、魔王があの下にあるっていうダンジョンの攻略を終えるまで持ちこたえれば魔王軍の勝ち。

 いや、魔王軍が全滅しても、魔王が目的を達成すれば勝ちなのか。

 

「ふぉっふぉっふぉ。魔王の嬢ちゃんは順調のようじゃのう。頑張っとる甲斐があるわい」

「ッ! 《フォトンインパクト》!」

「おっと!」

 

 神道が光の魔法を亀に打ち込んだ。

 威力は凄いけど、なんか歪な感じの魔法。

 多分、焦って発動が上手くいってないんだ。

 そんなんじゃ、魔法の威力も下がる。

 事実、亀は割と余裕で耐えてた。

 

「ふぉっふぉっふぉ。この程度で心乱すとは若いのう。ほれ、チャンスじゃ。やってしまいんさい」

「《フェンリルロア》!」

「《ブラッディレイン》!」

「《破滅のメロディー》!」

「《フェニックスフレア》!」

「《スカイスラッシュ》!」

「クソッ!?」

 

 その焦りにつけ込むように、十二使徒を振り切って手の空いた幹部達が、一斉に遠距離攻撃を炸裂させる。

 ダメージ自体はそんなでもない。

 それどころか『天使の微笑み(ミカエル)』の効果ですぐに回復されるから、実質ノーダメージだ。

 それでも、確実に足止めにはなってる。

 

「勇者様、落ち着かれよ! 焦れば焦る程、奴らの思う壺ですぞ!」

「……はい!」

 

 十二使徒の一人に言われて、神道の動きが変わる。

 少しは冷静さを取り戻してしまったらしい。

 めんどくさい。

 

「……とはいえ、このままではマズイのも事実。致し方ない。民や兵に被害が及ぶ故、使いたくはなかったが」

 

 ん?

 十二使徒の一人がブツブツと呟きながら、防壁の下に飛び降りていった。

 魔物の群れがひしめく場所に。

 自殺だったら嬉しいんだけど、そんな訳ない。

 あいつの真装の能力は鑑定済みだ。

 何をやるのか、予想くらいはできる。

 

「行くぞ! 我が禁じ手を食らうがいい魔物どもよ! 《クリエイト・ジャイアントゴーレム》!」

 

 下からそんな声が聞こえた。

 それと同時に、防壁の外側の地面が盛り上がり、超巨大なゴーレムとなる。

 その全容は山よりも大きく、亀よりもデカイ。

 

ーーー

 

 大地の支配者(ヨルムンガルド)

 

 土属性魔法の威力を大幅に上昇。

 

ーーー

 

 説明だけ見れば、爺ゾンビや熱血ゾンビの真装と同じ、シンプルな効果。

 だというのに、十二使徒の化け物ステータスでやると、魔法のスケールが違う。

 でも、所詮は土で出来たゴーレム。

 いくら大きくても、そこまで強くはない。

 下にいた雑魚魔物の攻撃で、早くも崩れかけてる。

 

「やれ!」

 

 でも、完全に崩れる前に巨大ゴーレムは行動を起こした。

 巨大な腕を伸ばし、亀の甲羅を掴む。

 

 そして、そのまま投げ飛ばした。

 

「な、なんじゃと!?」

 

 亀は驚愕しながら飛んでいき、街を盛大に破壊しながらひっくり返った。

 しかも、手足をジタバタさせるだけで起き上がれてない。

 人化しろ!

 その程度の事もわからないのか脳筋!

 

 そして、役目を全うした巨大ゴーレムは崩れ去った。

 残骸が街や砦の上に降り注ぐ。

 でも、これで神道を塞き止めてた亀が一時的に戦線離脱してしまった。

 つまり。

 

「今です勇者様!」

「はい!」

 

 抑止力を失った神道が、他者強化型の十二使徒と共に魔王を追いかけて行く。

 立ち塞がった幹部は、一撃で斬り捨てられた。

 やっぱり、亀じゃないと止められない!

 

 そして、神道達が凄いスピードで走り去り、残された幹部と十二使徒が戦いを再開する。

 フェンリルをはじめとした何体かの幹部は、神道達を追いかけて行った。

 結果、この場に残された十二使徒と幹部の数はほぼ互角。

 泥仕合が予想される。

 

 しかし、私のそんな予想は外れた。

 神道達が走り去ってから一分足らず。

 多分、そろそろ大聖堂の跡地に到着したんじゃないかというタイミングで、その現象は発生した。

 

 ━━大聖堂の跡地から、黒い光の柱が天に向かって立ち上る。

 

 その後、黒い光は空を染め上げるように広がり、まるで夜のように世界を闇に包み込んだ。

 直接見なくてもわかる。

 本能的な部分が教えてくれる。

 あの黒い光の柱の根本に、強大な力を持ったナニカがいるという事が。

 

 魔神が復活したという事が、わかった。

 

 それに引き寄せられるかのように、幹部も十二使徒も戦いをやめ、黒い光に向かって走り出す。

 恐らく、魔物は本能的に、十二使徒はその魔物を追うと同時に優先順位を考えて。

 私もまた、オートマタを操作して現場へと走らせた。

 何故か、そうしなければならないという、焦燥にも似た感覚を覚えながら。



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111 魔神復活

 辿り着いた黒い光の柱の根本。

 そこには、破壊の力が渦巻いていた。

 柱の周辺には巨大なクレーターが出来上がり、柱を中心に嵐のような黒い風が吹き荒れ、あらゆる者の侵入を拒む。

 十二使徒も、魔王軍幹部も、先に到着してたらしい勇者も、迂闊には近づけない。

 

 そうしている内に、黒い光は消えてなくなった。

 

 そして、それが消えた場所に二人の人物がいる。

 一人は膝をついた魔王。

 神道との戦いに加え、封印の解除で消耗したのか、疲れた顔をしている。

 でも、それと同時にやりきったような清々しい顔だ。

 

 もう一人は、豪奢な黒いローブを身に付けた黒髪の若い男。

 

 見た目は私と同い年くらいの、ごく普通の少年に見える。

 でも、モニター越しにでも感じる圧倒的な力。

 鑑定するまでもない。

 本能で理解する。

 こいつは格が違う。

 生物としての格が違う。

 さしずめ、蟻と象だ。

 勝てるビジョンが浮かばない。

 これが魔神。

 敵対せず、恭順を示したのは正解だった。

 

「ご復活、おめでとうございます、魔神様」

 

 膝をついたまま魔王が言う。

 魔神は、そんな魔王に対して穏やかに微笑んだ。

 

「うん、ありがとう。君のおかげで僕は封印を破る事ができた。

 あの日、君を魔王に選んだのは間違っていなかったようだね。

 本当によくやってくれた」

「……勿体なきお言葉!」

 

 魔王が感動したように頭を下げた。

 魔神はそんな魔王から視線を外し、辺りを見回す。

 勇者、十二使徒、魔物と、順に魔神は見回していく。

 その間、全員が蛇に睨まれた蛙の如く微動だにできなかった。

 魔神の目がオートマタに留まる。

 その目が、少し驚いたように見開かれた。

 

 その瞬間、私はモニター越しに極大の悪寒を感じた。

 

 別に性的な目で見られた訳じゃない。

 ほんの少しだけ興味を持たれただけだ。

 その興味も、次の瞬間には消えたかのように視線は外される。

 なのに、それなのに、生きた気がしなかった。

 なんなの、この感覚は。

 魔神は味方。

 味方の筈なのに。

 

 そして、魔神は一通り辺りを見回した後、視線を正面へと戻して顎に手を当てた。

 

「うん。勇者に使徒に魔物。色々集まってるね。なら、少し試してみようか。《アドミニストレーション》」

 

 魔神が何かしらのスキルを使った。

 その瞬間、オートマタを含めた魔物どもの体から黒い光が発生する。

 でも、その光は一瞬で消えた。

 何かが変わったようには見えない。

 今のはいったい?

 

「魔神様?」

「ああ、予想はしていたけど、やっぱりダメだね。封印され続けたせいで接続が切れたせいか、それとも世代を重ねすぎたのが原因か。

 どちらにせよ、君達魔物は既に僕の支配下にはないみたいだね」

 

 今、不穏な話が聞こえた。

 そういえば、以前魔王に、魔神は全ての魔物の生みの親とか聞いた事がある。

 なら、魔物を生み出して操るダンジョンみたいに、全ての魔物を操れても不思議じゃない。

 ヤバイ、その可能性を失念してた。

 目の前の魔王ばっかり警戒し続けたツケがこんなところに!

 これじゃ脳筋を笑えないぞ!

 まあ、結果的にその心配はなかったみたいだから良かったけど。

 ……良かったんだよね?

 

「ま、別に構わないんだけどね。魔物を造った目的は達したし、あとは自由に生きればいいよ。

 といっても、そんなに長い余生は送れないだろうけどね」

 

 魔神が更に不穏な事を言う。

 ……長い余生を送れないって、どういう意味だ?

 

「あの、魔神様……」

「ああ、そうだ。その前に魔王城に割いていた力は返してもらおうかな」

 

 そう言って、魔神は、

 

「《黒槍》」

 

 魔法で、闇その物のような漆黒の槍を造り出し、

 

「お疲れ様。今までありがとう」

 

 その黒い槍で、魔王を貫いた。

 

 魔王の体に巨大な風穴が空く。

 一目見てわかる致命傷。

 多分、内臓の殆どが消し飛んでいる。

 回復魔法でも、HP自動回復でも治らないだろう。

 そんな、いきなりの惨劇を前に私は、

 

「……は?」

 

 理解不能とばかりに、間抜けな声を上げる事しかできなかった。



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112 魔神の目的

「魔王様ぁあああ!?」

 

 真っ先に正気に戻ったのは、忠犬意識の高いフェンリルだった。

 無謀にも魔神に対して殴りかかる。

 それに対して、魔神は軽く腕を一振り。

 たったそれだけの動作で暴風が吹き荒れ、フェンリルの上半身が消し飛んだ。

 

 続いて動いたのは、亀。

 魔王を気にかけてた感じの亀が、倒れた魔王の盾になれるような位置へと移動した。

 遅れて、私も正気に戻る。

 混乱しながらも、今できる事を瞬時に考え、オートマタを魔王の下へと走らせた。

 ついでに、近くに転がってたフェンリルの下半身を回収する事も忘れない。

 

「魔神様……何故……?」

「うん? まだ生きてたんだ? ごめんね、即死させてあげられなくて。

 やっぱり封印されてる間に大分弱っちゃったみたいだなー。

 黒槍も大した威力出なかったし」

 

 倒れる魔王を一瞥しながら、でも、大して気にかけた様子もなく、魔神は呑気に自己分析をしていた。

 不気味だ。

 たった今、魔王を殺そうとしたというのに、その表情も、声音も、さっきと何も変わらない。

 私ですら、命を奪う瞬間には、それなりに心が揺れるというのに。

 普通、誰かを殺す時には、殺意なり、敵意なり、何かしらの感情が発生する。

 でも、魔神にはそれがない。

 まるで何事もなかったかのように、極めて自然体でいる。

 その事が、何とも不気味で恐ろしい。

 私達の事なんて、虫か何かくらいにしか思ってないような感じがして。

 

「何故……?」

「うーん、そうだね。冥土の土産という訳じゃないけど、君はこれまで僕の為に働いてくれたんだし、僕の目的くらいは教えてあげてもいいかな」

 

 そうして、魔神は語り出した。

 その目的とやらを。

 他の連中もまた、魔神の圧倒的な威圧感に気圧されて手が出せず、黙って話を聞くしかなかった。

 

「僕は君に、いや、魔物全体に暗示をかけていた。人間と敵対せよという暗示を。魔神(ぼく)を復活させよという暗示を。そして、魔神(ぼく)は魔物達を愛する神であり、魔神(ぼく)が復活すれば魔物達による新世界が始まるという暗示を。

 魔王である君には、魔王城のダンジョンコアを通して特に念入りにね。

 でもね、それは嘘なんだ。

 僕は別に魔物の事なんて何とも思ってない。

 魔物を生み出した理由は、女神に封印された僕を解放させる為の戦力が欲しかったから。ただそれだけさ。

 それが果たされた今、もう君達は用済みなんだ」

 

 その言葉を聞いて、驚愕すると同時に、私はどこか納得していた。

 魔神の話を魔王に聞いた時点で、私は魔神の危険性を理解した筈だ。

 なのに、私は魔神復活の邪魔をしなかった。

 やろうと思えば、危険を侵せばできた筈なのに。

 もちろん、失敗して魔王や魔神と敵対したくないって気持ちが強かったのは事実だけど、そこに魔神による暗示の効果があったと言われれば納得できる。

 何せ、今の私の種族はダンジョンマスター。

 まごうことなき魔物。

 魔神の影響を受けていても不思議ではない。

 

「そして、僕の目的。それはこの世界を滅ぼす事さ。

 世界を滅ぼし、その星の守り神を殺し、そのエネルギーを奪い取る。

 君達流にわかりやすく言えばLv上げ、あるいは食事と表現するのが近いかな?

 僕はそれだけを目的として、遥かな昔、この世界へと降り立った。

 僕のような依り代を持たない神は、そうして他の神からエネルギーを奪わないと、その内エネルギーが枯渇して消滅してしまうからね。

 幸い、前回の戦いで女神は充分すぎる程に弱った。

 自分で戦う事もできず、人間に細やかな加護を授けるのが精一杯で、不安定な異界の力に頼らざるを得ないくらいにね。

 今なら、簡単に殺せる。

 そして、世界の核である守り神を失えばこの世界は滅びる、という訳さ」

 

 世界を、滅ぼす?

 星の守り神を殺すとか、エネルギーがどうたらこうたらとかいう神様事情はよくわからないけど、世界を滅ぼすのが魔神の目的だという事だけはわかった。

 それはダメだ。

 絶対に私と相容れない。

 世界が滅ぶとどうなるのかなんて具体的にはわからないけど、どう考えても生物が生きていける環境が残るとは思えない。

 そうなったら、いくらダンジョンを強化して守りを固めたって意味がない。

 引きこもってる家ごと、大災害で破壊されるみたいな話だ。

 

 それを阻止するには、魔神を倒すしかない。

 魔王の時みたいに、配下に下って命乞いなんて事はできない。

 戦うしかない。

 生き残る為には、戦って、勝つしかない。

 この勝ち目の見えない怪物、いや、正真正銘の神を相手に!

 

 なら、私がやる事は一つ!

 まずは、勝てる確率を1%でも上げる!

 

 私はオートマタを動かし、瀕死の魔王を肩に担いで戦線を離脱させた。

 

「うん? そんな事をしても無駄だよ? その娘はもう助からないと思うんだけどな」

 

 魔神がそんな事を宣った瞬間、背後で轟音。

 チラリと振り返ってみれば、どうやら亀が人化を解除して魔神に攻撃を仕掛けたらしい。

 オートマタの、いや、魔王の撤退をアシストするつもりか。

 

「冗談ではないぞ! 我輩はそんな事の為に魔王の軍門に下った訳ではない!」

「世界が滅んだら死んじゃうじゃない!? 死ぬのは嫌ぁ!」

「不死鳥たるわたくしが死ぬ……それは看過できないのですよ!」

「魔物の為の世界……魔王様の夢を踏みにじりやがって!」

 

 他の幹部も、今の話を聞いて魔神を完全な敵と見なしたのか、半分自棄っぱちな様子で攻撃を開始していた。

 

「攻撃開始! 女神様に仇なす魔神を討伐せよ!」

「まさか魔物と共闘する事になるとは……」

「事態が事態だ。仕方ないだろ!」

 

 十二使徒に関しては、元々敵だと認識してるからか、迷いなく魔神に突撃していく。

 共通の敵が現れた事で、人間と魔物が一時的にでも手を組んだ。

 その状況が、今はありがたい。

 少しでも時間を稼いで、魔神を消耗させてくれ。

 

 そうして撤退する最中、他の奴らと同じく魔神に向かっていく神道と目が合った。

 ……不快だけど、今だけはこいつに頼るしかない。

 こいつの真装の専用効果『勇者の聖剣(エクスカリバー)』は魔に属する者に対して特化ダメージを与える。

 希望的観測をするなら、魔神にだって通用する筈だ。

 

 今はこいつを利用して魔神と潰し合わせるしかない。

 だから私は、オートマタの口を使って、言いたくもない言葉を吐き出した。

 

「頑張って」

 

 届いたかどうかもわからない言葉。

 その効果を確認する事もなく、私は神道から視線を外してオートマタを走らせた。

 目的地は、魔神の攻撃範囲の外。

 そこで先生ゾンビを召喚し、態勢を整える。

 

 さっきの言葉で、神道が少しでもやる気になっていれば儲けものだ。

 そんな事を考えながら、私はひたすらにオートマタを走らせた。



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113 魔王の最期

「マモリよ……」

 

 魔神から逃げている最中、魔王がかすれるような声でそう呟いた。

 無視して先を急ぐ。

 でも、魔王はそれを気にした様子もなく、死にそうな声で語り続けた。

 

「我はのう、実は魔物である父と、人である母の間に生まれた子なのじゃよ。

 つまり、半分は人間なのじゃ」

 

 ……そうだったんだ。

 魔王の生い立ちに興味はないけど、その告白には少しだけ驚いてしまった。

 

「父は、恐らく戯れで母を孕ませたのじゃろう。そういう事をする魔物はよくいる。

 それでハーフが生まれてくる確率は低いがのう」

 

 魔王は声を出すごとに弱っていく。

 それでも、話す事をやめなかった。

 

「そして、我を連れて父の下から逃げ出した母は、魔物の子である我の事を、それでも愛した。

 我を普通の人間として育てようとした。

 幸い、我の見た目は、そういう種族と言われれば納得できるくらいには人に近いからのう。

 母は我の事を他者とは違うと言い、その事を絶対にバラしてはならぬとキツく言い付けたが、正直、当時の我には他者と己の違いなどわからんかった」

 

 後ろから飛んでくる流れ弾を避けながら、魔王の話に少しだけ耳を傾ける。

 今はそうする事しかできないから。

 

「そんなある日、我の運命を変える出来事が起こった。

 当時の友の一人が、どこで手に入れたのか鑑定石を持ってきてのう。

 まだ幼く、何も知らなかった我は、その場のノリで鑑定石を使ってしまった。

 ━━そして、我が人間ではない事がバレた。

 その話は、口の軽い子供から大人へと伝わり、あっという間に街中の知るところとなってしまった」

 

 魔王が苦笑する。

 その眼には、深い後悔の感情が籠っているように、私には見えた。

 

「女神教の教義は知っておるか? あやつらの掲げる教義は魔物の完全なる撲滅。

 今思えば、それは魔神様を復活させない為の措置だったのじゃろう。

 じゃが、そんな事で納得できる程、我の受けた仕打ちは生易しいものではなくてのう。

 ━━我は魔物として処分されかけた。

 つい先日まで優しくしてくれた人が、手の平を返して我の死を望む。

 あの光景は今でも夢に見る、我のトラウマじゃよ」

 

 その時の事を思い出しているのか、魔王が遠い目をした。

 そんな魔王に対して、私は語る言葉を持たない。

 

「母もまた、背信者として殺された。

 死の直前に、母は命と引き換えにして我を逃がしてくれたが、その時に我は悟ったのじゃ。

 人の世界に、我の居場所はないのじゃと」

 

 後ろから流れ弾が飛んでくる。

 それが魔王に当たった。

 普段なら何でもないような一撃で、魔王は苦悶の声を上げる。

 もう、それ程までに魔王は弱っていた。

 HPは尽きる寸前。

 それでも、魔王は話をやめない。

 

「街から命からがら逃げ出した我は途方に暮れた。

 幼い我には力もなく、頼りになる人など誰もおらん。

 人間への怒りと恨み、どうしようもない孤独、母への罪悪感、いつ死ぬともわからない状況への恐怖。

 そうした負の感情ばかりを抱えながら、我は人のいない森の中をさ迷った。

 そんなある日の事じゃ。

 魔神様の声が聞こえてきたのは」

 

 後ろから飛んでくる流れ弾の数が減ってきた。

 あと少し。

 

「独りで声を圧し殺して泣く我に、魔神様の声は優しく響いてきてのう。

 己を魔物の神と名乗るその声に、心が限界を迎えておった我はすがり付いた。

 その後は言われるがままに案内され、魔王城へと導かれた。

 そこで魔王城のダンジョンコアに触れ、ダンジョンマスターとなり、魔王となった我に魔神様は言ったのじゃ。

 『人の世界に居場所がないのなら、魔物の世界を造ればいい。君の居場所はきっとそこにあるよ』とな。

 我にはそれが救いの声に思えたものじゃ。

 それを信じてここまで戦ってきたが、結果はこの様よ……」

 

 充分に魔神から距離を取ったと判断した時点で、ダンジョンから先生ゾンビを転送。

 すぐに先生ゾンビのテレポートにより、魔王をダンジョンの中へと送った。

 その現象に驚いたのか、魔王が僅かに目を見開く。

 でも、逆に言えばそれだけだった。

 

 魔王を転送した先は、ダンジョンの最下層たるボス部屋。

 そこには、有事の際に備えて完成体リビングアーマー先輩を着込んだ私本体が待機してた。

 私は無言で、オートマタに支えられた魔王へと歩み寄った。

 

「マモリよ、お主は我を殺すつもりじゃな?」

 

 ピタリと、私の動きが止まった。

 図星を指されたせいだ。

 なのに、魔王はそれを理解して尚、静かに笑った。

 

「それは構わん。お主が我の事を快く思っておらん事は知っておった。何せ、出会いが出会いじゃからのう。

 ここで静かに暮らすお主を、我は戦場へと引き摺り出した。恨まれても文句は言えぬ。

 さあ、殺すがよい」

 

 ……死の間際だっていうのに、あまりにも堂々としすぎでしょ。

 さすが、この世界で唯一、私が心から頭を下げた相手。

 私は、ほんの少しだけ魔王に敬意を籠めて、剣を振り上げた。

 

「最後に、胸の内を誰かに話せて良かった。……では、さらばじゃ」

 

 振り下ろされた剣が、魔王の首をはねる。

 そうして、私はこれまでにないような膨大なDPと経験値を手に入れた。

 それに、これで魔王の経験値が魔神に渡る事もない。

 この世界の理が、魔神にも適用されるのかはわからないけど。

 

「…………」

 

 そして、私は無言でメニューを操作し、いつものようにハイゾンビ作成を選択。

 すぐに魔王の死体をゾンビ化した。

 魔王ゾンビが無言で立ち上がる。

 私は、最強の戦力を手に入れた。

 

「……まあ、仇は取ってあげる」

 

 気づけば、私は魔王ゾンビに対して、自然とそんな事を言っていた。



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勇者VS魔神

 悠然と構える少年、魔神に向けて、僕は剣を振るう。

 その立ち姿は、少しでも戦いの技術を学んだ者からすると、隙だらけに見える。

 もしかしたら、魔神には武術の経験がないのかもしれない。

 でも、その代わり、魔神にはこれ(・・)がある。

 

「《闇のヴェール》」

 

 魔神が発動させた闇の魔法。

 まさにヴェールのような薄い防壁が、僕の剣を阻む。

 『勇者の聖剣(エクスカリバー)』の効果は魔物本体だけではなく、魔物が放った魔法などにも有効なのは知ってる。

 ウルフェウス王国の王都で、魔王の魔法を相殺して即死を防いでくれた時に気づいた事だ。

 にもかかわらず、破魔の聖剣はこんな薄い闇すら切り裂けない。

 

 その理由は単純明快。

 この魔法には、その薄さに反して、相性差を覆して余りある程の膨大な魔力が籠っているからに他ならない。

 あの魔王ですら霞む、圧倒的な魔力。

 まさに神の力。

 

 だが、それでも勝たなければならない。

 

 魔神の目的は世界の崩壊。

 こいつを倒せなければ未来はない。

 僕はこいつを倒して、勇者としての使命を果たす!

 これまで、大切な人達を失い、仲間を切り捨ててまで進んできた。

 その犠牲を決して無駄にはしない!

 して堪るものか!

 

「《フォトンブレード》!」

 

 その思いで、僕はエクスカリバーに神聖魔法による光の力を纏わせ、闇のヴェールを強引に切り裂いた。

 そのままの勢いで距離を詰め、魔神に向かって斬りかかる。

 

「おっと」

「なっ!?」

 

 そんな僕の攻撃を、魔神はあっさりと素手で止めてみせた。

 まるで、最初に会った時の魔王のような行動。

 そして実感せざるを得ない、魔神と僕との大きすぎる実力差。

 魔神と僕との間には、あの時の魔王と僕と同じかそれ以上の力の差がある。

 それが、わかってしまった。

 

「痛たた……さすがに勇者の攻撃はちょっと痛いな。さすが異界の力。苦し紛れでも女神が喚んだだけの事はある。

 今まで勇者には幾度となく苦汁をなめさせられてきたし。

 その仕返しもかねて、少し本気でいこうか」

 

 そう言って、魔神はエクスカリバーを手で掴み、もう片方の手を僕へと向けた。

 特大の悪寒が体を駆け抜ける。

 その感覚に従い、僕は咄嗟にエクスカリバーを手放して、斜め前へと飛ぶ。

 

「《闇神の裁き》」

 

 魔神の掌から、超高出力の闇の波動が放たれた。

 前にウルフェウス王国の王都を破壊したドラゴンのブレスや、エクスカリバーで防いで尚、僕を瀕死に追い込んだ魔王の魔法。

 それらとは比較にならない威力。

 その攻撃は進路上にあった全てを破壊し、地平線の彼方までも消滅させてみせた。

 

「ぐっ……!」

 

 でも、僕は生きてる。

 向けられた掌から逃れる為に、咄嗟に斜め前へと飛んでいたおかげで助かった。

 ここで横か後ろに逃げていたら即死だったと思う。

 それに比べれば、避けきれずに右半身が消し飛んだ事なんて些事だ。

 その負傷も十二使徒の一人、ミランダさんの真装の能力『天使の微笑み(ミカエル)』の効果ですぐに回復……

 

「え?」

 

 しない。

 回復しない。

 これは、まさか、今の攻撃でミランダさんが!?

 

「あれ? 避けられちゃった。人間にしてはやるなぁ。さすが勇者」

 

 魔神が呑気な声でそう宣う。

 避けられたのは、魔神の動きが大雑把で、狙いが丸わかりだったからだ。

 そんな適当な攻撃でも、多くの人達が殺された。

 更に、この場の最高戦力である僕が重傷を負い、回復の要だったミランダさんも戦死。

 慌てて自分に回復魔法をかけるけど、『天使の微笑み(ミカエル)』に比べれば遅すぎる回復速度だ。

 おまけに、唯一の希望だったエクスカリバーも手放してしまった。

 そのエクスカリバーを、魔神は片手で握り潰す。

 

「ッ!?」

 

 真装は壊されても再展開ができる。

 でも、それにはしばらく時間がかかってしまう。

 しかも、僕は傷を治すだけでも数分の時間を有するだろう。

 その間は、さすがに戦えない。

 これは……万事休すか。

 

「《タートルプレス》!」

「おっと」

 

 そう弱気になった時、目の前の魔神に大亀が攻撃を仕掛けた。

 巨大すぎる足による踏みつけ。

 この距離だと、僕も巻き込まれる。

 

「《バウンドウィップ》!」

「うわっ!?」

 

 そう思っていた時、どこからか飛んできた鞭が僕の体に巻き付き、大亀の踏みつけの範囲から逃がしてくれた。

 鞭の使い手を見れば、魔王軍幹部の一人であるヴァンパイアロードの姿が。

 まさか、助けてくれた?

 その事に驚く僕の目の前で、大亀の踏みつけが炸裂する。

 でも、その一撃は魔神に片手で受け止められてしまった。

 

 しかし、それで動きの止まった魔神に対して、魔王軍幹部達が一斉に攻めかかる。

 同時に、ヴァンパイアロードが僕に向かって話しかけてきた。

 

「勇者よ。誠に、誠に遺憾だが、魔王様のいない我輩達では奴には勝てん。

 この場で奴に勝てる可能性があるとすれば貴様だけだ。

 故に、早く傷を治せ。

 その間の時間くらいは稼いでやる」

 

 そう言って、ヴァンパイアロードもまた魔神へと突撃していく。

 

「魔神を討つぞ! 突撃!」

『オオオオオオオオ!』

 

 そこへ、十二使徒の人達と、防壁から合流した聖騎士団と兵士の人達、更に彼らと戦っていた筈の魔物の群れまでもが、一斉に魔神へと牙を剥いた。

 元々、決戦の為にこの街の避難誘導は殆ど完了していた。

 魔神が復活してしまった今、防壁を守る意味はないと判断してこっちに合流したのだろう。

 それにしても、まさか知性のない魔物まで魔神に向かっていくとは思わなかった。

 もしかしたら、彼らも本能的に魔神の危険性を理解しているのかもしれない。

 

 かくしてここに、恐らく史上初であろう人魔の連合軍が完成した。

 敵は、全ての元凶である魔神。

 それを討伐すべく、一時的にでも人と魔物は手を組んだ。

 

 なら、僕も僕にできる事をやろう。

 僕は戦いを彼らに任せ、傷を治す事に専念した。

 それが最善の行動だと信じて。 



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勇者VS魔神 2

「勇者様!」

「なんて傷だ……! 治療を急げ!」

『ハッ!』

 

 聖騎士団の人達が倒れた僕を見つけ、治療を手伝ってくれた。

 何人かの回復魔法が僕に重ね掛けされる。

 ありがたい。

 これで、復活までの時間が少しは縮まった。

 でも、その間にも戦いは続いている。

 

「《黒槍》」

 

 魔神が魔法を発動した。

 あの魔王をも貫いた闇の槍。

 それが、この場で一番狙いやすい巨体を持った大亀に向かって放たれる。

 

「なんの!」

 

 だが、大亀は急速に体を縮める事でそれを避けた。

 高位の魔物が使う人化の力を使ったのだろう。

 僕もさっき目の前でやられたから、あの動きの厄介さは身に染みてる。

 標的を外した闇の槍が、空の彼方に向かって飛んでいった。

 

「む。やるね」

『ガァアアアアアアアアア!』

 

 感心したような魔神に向かって、魔物の群れが数に任せて襲いかかる。

 あまり効果があるとは思えないけど、それでも撹乱くらいにはなるかもれない。

 そして、よく見れば魔物の群れに紛れて、魔王軍幹部や十二使徒の人達もまた突撃していた。

 魔物の群れを隠れ蓑に使った奇襲作戦。

 上手い!

 

「鬱陶しいな」

 

 それに対して、魔神は少し眉を細めてそう言い、指を鳴らした。

 その瞬間、空中に作成される無数の闇の槍。

 それを見て、冷や汗が出た。

 だって、数が尋常じゃない。

 これじゃ、まるで……

 

「《黒槍・雨天》」

『グギャアアアアアアアアアア!?』

 

 その名の通り、辺り一帯へと、まるで雨のように降り注ぐ即死攻撃。

 それに貫かれて、多くの魔物と多くの人達が絶命した。

 幹部や十二使徒の中ですら、半分くらいが避けきれずに死んだ。

 残りの半分も決して無傷じゃない。

 何せ、かするだけで大ダメージなのだから。

 かく言う僕だって危ない。

 動けないんだから格好の餌食だ。

 

「《ホーリーランス》!」

 

 苦し紛れの神聖魔法で、何とか迎撃できないか試してみる。

 結果は半分成功。

 相殺する事はできなかったけど、軌道を逸らして直撃を避ける事はできた。

 でも、逸らせた軌道は本当にほんの僅か。

 僕の周りで、僕を治療してくれていた人達までは守れなかった。

 

「皆さん……!」

 

 それでも、彼らは逃げずに最期の瞬間まで僕に回復魔法を掛け続けた。

 おかげで、何とか動ける程度にまで体が回復する。

 この人達の犠牲も、決して無駄にはしない!

 

「ふーん。思ったより残ったね。優秀だなー」

「うぉおおおお! 光れ━━『エクスカリバー』」

 

 まだ痛む体を気力で無理矢理動かし、復活した真装を再展開して、魔神に向かって走る。

 作戦はない。

 そんなものを立てている時間はない。

 とにかく、僕があいつを抑える!

 そうしないと、何も始まらないのだから。

 

「まだ生きてたんだ。君もしぶといね。なら仕方ない。あんまり消耗したくないけど、もう一発プレゼントしてあげるよ」

 

 魔神が掌を僕に向ける。

 さっきの魔法が飛んでくる!

 でも、あの攻撃範囲の広さを考えれば、この位置で避けられる筈がない!

 なら、僕にできる事は一つ。

 あの魔法が放たれる前に、魔神の懐に入り込む!

 

「間に合えぇえええ!」

「遅いよ。《闇神の……」

 

 くっ!?

 間に合わない!

 

「《グランドクエイク!》」

「うん?」

 

 その時、地面が激しく揺れた。

 いや、正確には魔神周辺の地面だけが。

 これは、ウルガーさんの『大地の支配者(ヨルムンガルド)』の力!

 それによって、魔神が体勢を崩す。

 それでも、魔法の発動を止めるには至らない。

 

「小賢しい」

「《ヴァンパイアウィップ》!」

「わ」

 

 体勢の崩れた魔神に向かって、今度はヴァンパイアの真装である鞭が振るわれた。

 下からの強烈な一撃によって、体勢の崩れていた魔神の腕を上へと弾く。

 そして……さっきの大魔法は空へと放たれ、誰にも当たる事はなかった。

 

「あちゃー、やってくれたね」

「今だ、勇者!」

 

 わかってる!

 この千載一遇のチャンス、無駄にはしない!

 

「おおおお! 《ブレイブソード》!」

 

 僕の持つ近接最強の技。

 最も激しい光を纏った剣で、力の限り魔神を斬りつける!

 魔神の体に、初めて深い傷が刻まれた。

 そして、斬りつけた勢いのままに、魔神は吹き飛んでいく。

 

「うっ……!」

「この期を逃すな! 一斉攻撃!」

「《フェニックス・ストライク》!」

 

 ウルガーさんの号令。

 それに答えたように、まずは不死鳥が体に炎を纏わせたタックルを魔神に食らわせた。 

 

「《破滅のメロディー》!」

「《フルパワースラッシュ》!」

 

 続いて、セイレーンの音波攻撃と、デュラハンによる強烈な斬撃。

 

「《ソードインパクト》!」

「《カオスインパクト》!」

 

 更に、『剣の英雄(ランスロット)』の使い手ギリスさんと、『導きの魔導師(オルフェウス)』の使い手ルーナさんによる、剣と魔法の連撃が炸裂した。

 

「《ヴァンプティロード》!」

「《メテオガイア》!」

 

 ダメ押しとばかりに、ヴァンパイアの必殺攻撃と、ウルガーさんの土魔法による巨大な岩石が魔神を押し潰す。

 

「《タートルプレス》!」

 

 そして、トドメに大亀が岩石ごと魔神を踏み潰した。

 これだけの連続攻撃。

 効いてない筈がない。

 でも、これで仕留められたとも思わない。

 それだけ、魔神から感じた力は圧倒的だった。

 

 だから、僕は魔神の下へと再び走る。

 

「……あんまり調子に乗らないでほしいなぁ」

「ひょ!?」

 

 そんな声と共に、魔神を踏み潰していた大亀の足が、下から放たれた闇の魔法によって消し飛んだ。

 そして、やっぱりそこに奴はいた。

 しっかりとした足取りで、魔神は未だに立っている。

 

 でも、ダメージがない訳じゃない。

 

 着ていた豪奢な黒いローブはボロボロになってるし、体の至るところから血を流している。

 攻撃は無駄じゃなかった。

 魔神は確実に弱ってる。

 なら、勝てる!

 

「《ブレイブソード》!」

 

 そう信じて、僕は再び最高の一撃を振るった。

 

「……不愉快だなぁ。君達みたいな下等生物が、神である僕にここまで歯向かうなんて。

 ああ、本当に不愉快だ。

 だったら本気で相手をしてあげるよ。

 せいぜい、絶望するといい」

 

 魔神が手を虚空に掲げる。

 その動作に、僕はこれ以上ない程の嫌な予感を覚えた。

 だって、その動作は見慣れてる。

 嘘だろ。

 そんな、まさか……!

 

「闇に堕ちろ━━『ダークネス』」

 

 魔神の手の中に、闇を纏った漆黒の剣が現れる。

 まるで芸術品のように綺麗で、なのに凄まじくおぞましい気配を放つ剣。

 それは紛れもなく、魔神の真装だった。

 

 漆黒の剣が、僕の最高の一撃を容易く受け止める。

 闇が、光を呑み込む。

 しかも、あれだけ必死になって与えたダメージが、僕の目の前でみるみるうちに回復していく。

 それはまさに、絶望的な光景だった。

 

「自分の内に眠る真なる力を外に解放し、その力との相乗効果によって自身の戦闘力を爆発的に上げる技法、真装。

 これは別に、この世界限定の力じゃない。

 名前は違えど、似たような技法を駆使する世界はいくつもある。

 当然、そんな世界をいくつも滅ぼしてきた僕に使えない道理はないのさ。

 どうだい? 絶望しただろう?」

「ぐあっ!?」

 

 攻撃直後、しかも動揺して硬直した隙を突かれ、魔神の剣に両腕を斬り裂かれた。

 そのまま、腹を蹴られて派手に吹き飛ぶ。

 痛みに呻きながら何とか顔を上げれば、魔神が地面に片手をつけていた。

 

「《暗転》」

 

 その一言と共に、地面が黒く染まっていく。

 

「これで終わりだよ」

 

 そして、地面から闇が噴き出す。

 それが全てを呑み込み、消滅させる魔法なのだと直感した。

 

 だが、全てが消え行く、その瞬間。

 

「うん?」

 

 突如として、周りの景色が変わった。

 エールフリート神聖国の街並みから、どことも知れない暗い場所へと。

 真っ暗で何も見えない。

 でも、地面に感じる感触から、ここが魔神の放った闇の中ではないという事だけはわかる。

 

「交代」

 

 直後、声が聞こえた。

 聞き間違える筈のない声。

 かつて好きになり、今は敵に回って、この手で決着をつけると誓った少女の声。

 

 その声が聞こえた次の瞬間。

 首筋に衝撃を食らい、僕の意識は闇に沈んだ。



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114 最終決戦開幕

 魔王をゾンビ化してすぐに、私は先生ゾンビのテレポートにより、オートマタと先生ゾンビ、それから隠密ゾンビをエールフリート神聖国へと送った。

 そのまま魔神が暴れている現場へと走り、隠密ゾンビの神隠しを存分に頼ってタイミングを見計らう。

 これから使うのは最後の切り札だ。

 決して、タイミングを誤ってはならない。

 

 途中で魔神の放った、地平線の果てまで破壊する大魔法と、闇魔法の雨をバラ撒かれた時は焦った。

 大魔法はこっちに来なかったし、闇魔法の雨はオリハルコンリビングアーマーと先生ゾンビの力で何とか回避したけど。

 そこで先生ゾンビのMPを余計に使わされたのは痛い。

 まあ、ゾンビの負傷や消耗はDPで回復できるから、そこまで大きな問題でもない。

 DP貯金してて良かった。

 

 そうしている内に、神道を中心としたラッシュで魔神が袋叩きに合い、その直後に真装を出してあっさりと逆転した。

 あれはない。

 ふざけんなと思った。

 いくらなんでもチート過ぎるでしょ。

 

 そんなチート魔神に神道が勝てる筈もなく、両腕を斬り飛ばされて蹴飛ばされ、地面に転がった。

 他の連中も満身創痍で、まともに戦えるとは思えない。

 うん。

 そろそろ仕掛けるべきだ。

 

「《暗転》。これで終わりだよ」

 

 そう思った瞬間、魔神が新たな魔法を発動させた。

 あっという間に地面を侵食していく闇。

 超広範囲攻撃。

 これが放たれたら終わるという確信があった。

 

 だからこそ、全てが終わる前に切り札を発動させる。

 

「《フロアテレポート》」

「うん?」

 

 使ったのは、先生ゾンビの必殺技。

 前に指揮官率いる部隊を丸ごと拉致した、広範囲無差別転移の魔法。

 神隠しの効果で察知不能の攻撃となったこの魔法。

 それによって前と、試運転の時と同じように、この場の全員をダンジョンのボス部屋へと拉致する。

 

「交代」

 

 そして、そのまま用済みとなった神道の首を、完成体リビングアーマー先輩IN私の剣で貫き、始末した。

 魔王を殺した時程じゃないけど、それでもかなりのDPと経験値が獲得できた。

 即座に神道もまたゾンビにする。

 同時に、ボス部屋内のトラップを一斉に起動。

 魔神を狙いつつ、一緒に拉致してきた満身創痍のボロ雑巾どもを虐殺していく。

 

『ギャアアアアアアアアアア!?』

 

 残ってた連中は、曲がりなりにも魔神の攻撃をしのいで生き残った精鋭揃い。

 弱ってるから苦もなく殺せるけど、労力に対して収穫は膨大。

 全員合わせれば、神道にも匹敵するだけのDPと経験値を得られた。

 そして、その中で目ぼしい奴はゾンビにし、そうじゃない奴の死体は即還元。

 更にDP貯金が増える。

 結果、この場に残ったのは魔神と、今殺したゾンビ軍団と、私が今までに集めてきた精鋭戦力のみ。

 これで、最終決戦の準備は整った。

 

「ふふふ、君は中々におもしろい事をするね。まさか、この状況で味方を皆殺しにしちゃうなんて」

 

 ここまでの事を邪魔するでもなく、ただおもしろそうに観察していた魔神が話しかけてくる。

 その態度は、余裕に満ち溢れていた。

 私は、そんな魔神の言葉に反論する。

 

「別に味方じゃない」

「あ、そうなんだ。それで? こうして僕を囲んでどうするつもりかな?」

「言うまでもないでしょ。━━あなたを殺す」

「ぷっ! あはははははははは!」

 

 そう言った瞬間、魔神は腹を抱えて笑った。

 何がそんなにおかしい?

 

「僕を殺すかー。さっきの彼らもそうだけど、君達は本当に無駄な事が好きだねぇ。

 僕は神だよ?

 それも多くの神々を殺してきた上位神だ。

 君達ごときが勝てる訳ないだろう?」

 

 ニヤニヤと笑いながら、魔神はそう言う。

 油断、慢心。

 魔神からは、そんな雰囲気しか感じない。

 完全にこちらを舐めている。

 

 でも、それは好都合だ。

 

ーーー

 

 魔神 Lv???

 名前 ???

 

 状態 真装発動中

 

 HP ???

 MP ???

 

 攻撃 ???

 防御 ???

 魔力 ???

 魔耐 ???

 速度 ???

 

 ユニークスキル

 

 ???

 

 スキル

 

 ???

 

 称号

 

 ???

 

ーーー

 

 真装『ダークネス』 耐久値???

 

 効果 ???

 専用効果 ???

 

ーーー

 

 鑑定しても意味がない程に、魔神の力は計り知れない。

 でも、どんな強者であろうとも、油断すれば足を掬われる。

 そこに私の勝機がある。

 そう信じる事にする。

 

 大丈夫だ。

 私だって強くなったのだから。

 

ーーー

 

 リビングアーマー Lvーー

 

 HP 450000/450000

 MP 0/0

 

 攻撃 180000

 防御 360000

 魔力 0

 魔耐 360000

 速度 150000

 

 ユニークスキル

 

 『一神同体』『真装』

 

 スキル

 

 なし

 

ーーー

 

 一神同体

 

 自身のステータスを、装着者のステータスに加算する事ができる。

 

ーーー

 

 ダンジョンマスター Lv165

 名前 ホンジョウ・マモリ

 

 状態 神鎧装備中

 

 HP 455000/455000

 MP 500000/500000

 

 攻撃 182000

 防御 361500

 魔力 452200

 魔耐 361880

 速度 151600

 

 ユニークスキル

 

 『大魔導』『真装』

 

 スキル

 

 『MP自動回復:Lv150』『剣術:Lv35』『盾術:Lv35』『雷魔法:Lv100』『回復魔法:Lv90』『並列思考:Lv100』『演算能力:Lv100』『統率:Lv75』

 

 称号

 

 『勇者』『異世界人』『誤転移』

 

ーーー

 

 これが今の私の力。

 魔王すらも遥かに超えるステータス。

 でも、魔神に届いているかは怪しい。

 というか、多分、届いていないだろう。

 それでも、勝ち目くらいはあると信じたい。

 

 そして私は、未だかつてない強敵を打倒するべく、真装を展開した。

 

「聖域を守りたまえ━━『ガーディアン』」

 

 今まで、実戦では一度も使わなかった私の真装。

 華美な装飾を施された鉄壁の盾が現れ、私の左腕へと装備される。

 

 更に、私は右手を虚空へと翳した。

 

「象れ━━『デウス・エクス・マキナ』」

 

 そして、右手の中にシンプルな造形の剣が現れる。

 これはリビングアーマー先輩の真装。

 本当なら、本来の持ち主以外には使えない筈の真装だけど、リビングアーマー先輩のユニークスキル『一神同体』の効果によって、装着者である私が扱う事ができる。

 恐らく、この世界で唯一の真装二つ持ち。

 当然、その効果は重複する。

 この力で、私は魔神を倒す。

 

 そうして私は、魔神に向かって剣を振り上げた。

 

ーーー

 

 真装『ガーディアン』 耐久値100000

 

 効果 防御、魔耐のステータス×3 防御、魔耐以外のステータス×2

 専用効果『聖域の守護者(ガーディアン)

 

 真装のスキルによって顕現した力。

 本来の持ち主以外が使う事はできない。

 

ーーー

 

 聖域の守護者(ガーディアン)

 

 自分、及び、自身のダンジョン内にいる配下のステータスを大幅に上昇。

 

ーーー

 

 真装『デウス・エクス・マキナ』 耐久値50000

 

 効果 全ステータス×2

 専用効果『機械仕掛けの神剣(デウス・エクス・マキナ)

 

 真装のスキルによって顕現した力。

 本来の持ち主以外が使う事はできない。

 

ーーー

 

 機械仕掛けの神剣(デウス・エクス・マキナ)

 

 他者の真装の専用効果をコピーする事ができる。

 

ーーー



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115 神を殺せ

「《ゼウス・ザ・ライトニング》!」

 

 余裕ぶっこいて私の出方を見ていた魔神に対して、先制で手加減抜きの一撃を叩き込む。

 初手から全力だ。

 様子見も手加減もしない。

 それを、魔神はやっぱり余裕ぶっこいて片手で受け止めようとした。

 

 その手が、強烈な電光によって消失する。

 

「痛っ!?」

 

 思わずといった様子で、魔神が悲鳴を上げた。

 確実にダメージが通っている。

 魔神は驚愕の表情で私を見つめてきた。

 

 今の一撃は、『機械仕掛けの神剣(デウス・エクス・マキナ)』の効果により、神道の『勇者の聖剣(エクスカリバー)』をコピーした上で放った。

 本当なら魔神の真装をコピーできればもっと良かったのかもしれないけど、さすがに鑑定でも詳細がわからない能力はコピーできない。

 それでも、これなら充分。

 『勇者の聖剣(エクスカリバー)』による攻撃なら魔神にも通用する。

 しかも、今の私のステータスは神道よりも遥かに上。

 いける!

 これなら勝てる!

 

「舐めるな」

 

 そう思った瞬間、消し飛んだ魔神の腕が即座に元へと戻った。

 回復魔法……いや、どっちかっていうと『不死身の英雄(アキレウス)』を彷彿とさせる超速再生。

 でも、あれだって決してノーコストで回復してた訳じゃない。

 回復には、それに見合ったMPを消費してた。

 多分、魔神だって同じだ。

 魔神の目的は女神を殺してエネルギーを奪う事。

 それが本当なら、魔神だってエネルギーという概念に囚われている事になる。

 なら、攻撃し続ければ、いつかはエネルギーが尽きる。

 それが無理でも、回復が間に合わない程のラッシュを叩き込んでやればいい。

 

 大丈夫、私の勝ち目は消えていない!

 その程度じゃ、絶望するには早すぎるわ!

 

「レーザービーム!」

 

 続けて、DPによる超強化を果たしたボス部屋トラップの一つ、レーザービームをぶっ放つ。

 威力だけなら《ゼウス・ザ・ライトニング》よりも上の攻撃だ。

 その威力、その身で味わえ!

 

「小癪な」

 

 魔神がレーザービームを迎撃するように、掌をこっちに向けた。

 あ、それはマズイ!

 

「《闇神の裁き》」

 

 そして魔神は私の予想通り、あの地平線の彼方まで吹き飛ばした大魔法を放ってきた。

 闇がレーザービームを容易く呑み込み、精鋭部隊の何体かを消滅させていく。

 でも、こっちにだって対抗手段くらいある!

 食らえ!

 対遠距離用の奥の手!

 

「《ディメンションゲート》」

「なっ!? ぐっ……!?」

 

 先生ゾンビのユニークスキル『空間魔法』によって闇の進路を歪める。

 こっちを殲滅する筈だった闇は、空間の歪みに呑まれて魔神の頭上へと降り注いだ。

 その威力は凄まじく、破壊不能な筈のダンジョンに巨大なクレーターを作り出していく。

 おかげで、あの辺りに仕掛けておいた床トラップがお釈迦になったけど、それ以上に魔神へと有効打を与えられた事の方が大きい。

 神を倒すなら神の力って訳じゃないけど、いくらなんでも自分の大技を自分で食らえば、それなりのダメージを負う筈だ。

 最悪、空間ごと破壊してくるかとも思ってたんだけど、そんな事はなかった。

 まあ、さっきもこの方法で闇の槍を防げたから、多分いけるだろうなとは思ってたけど。

 

 私は、そんなとても良い働きをした先生ゾンビを見る。

 アワルディア共和国から盗ってきたオリハルコンで造ったリビングアーマーを纏い、『聖域の守護者(ガーディアン)』による強化を受けて、充分に魔神との戦闘でも使えるレベルまで強くなった先生ゾンビを。

 やっぱり、オリハルコンを先生ゾンビの強化に使ったのは間違ってなかった。

 

 そして、先生ゾンビが作ったチャンスを無駄にはしない。

 魔神は、叩ける内にタコ殴りにする!

 

「一斉攻撃! 《ゼウス・ザ・ライトニング》!」

「《フォトンストリーム》」

「《ダークストリーム》」

「《ドラゴンブレス》」

「《フェンリルロア》」

「《アイシクルノヴァ》」

 

 私は命令を下し、使えるだけの遠距離攻撃を絶え間なく撃ち続けさせる。

 魔法持ちのゾンビが、精鋭としてこの場に配置しておいたミスリルガーゴイル軍団が、魔法の雨を魔神に浴びせた。

 当然、その全てが『聖域の守護者(ガーディアン)』の効果によって強化されている。

 その強化倍率は、かつて反則とまで思わされた『勝者の加護(ティルファング)』を大きく上回っているのだ。

 しかも、今さっき配下に加えたゾンビの真装『導きの魔導師(オルフェウス)』の効果で更にドン!

 いくら魔神でも、ダメージを受けない筈がない!

 

「撃ち続けろ!」

 

 魔法の雨のせいで、魔神の姿は見えない。

 でも、ダンジョンマスターとしての感覚が確実に魔神を捉えていた。

 魔神は、闇の魔法で真っ向からこの絨毯爆撃をガードしてる。

 でも、防ぎきれてない。

 魔王ゾンビや神道ゾンビの強力な魔法でガードは破れ、そこへタイミングを合わせた私の魔法と、偶然タイミングが合った他の魔法が直撃して、その体をボロボロにしていく。

 やっぱりと言うべきか、ダメージは与えたそばから回復してるし、何故か服まで再生してるけど、その顔は苦悶に満ちている。

 効いてる!

 このまま削りきってやる!

 

「ああああああ! 本当に鬱陶しい! 下等生物風情が! この僕をイラつかせるなぁあああ!」

 

 魔神が叫びながらガードをやめ、魔法の発動準備を始めた。

 攻撃魔法が来る!

 

「《暗黒界》!」

「亀ゾンビ!」

「《タートルガード》」

 

 魔神を中心にして、円のように広がる闇の魔法。

 広範囲攻撃。

 それは先生ゾンビでも防げない。

 

 私はそれに対して、亀ゾンビの人化を解いて巨大な壁とする事で対処した。

 精鋭部隊を配置する為に昔より広くしたとはいえ、このボス部屋に本来の大きさの亀ゾンビを収納するだけのスペースはない。

 でも、それが逆に良かった。

 魔神にのし掛かるような場所で人化を解いた亀ゾンビは、一部の隙間もない巨大な壁となって魔神の魔法を防ぐ。

 

「チェンジ『聖域の守護者(ガーディアン)』!」

 

 同時に、私は『機械仕掛けの神剣(デウス・エクス・マキナ)』によって『聖域の守護者(ガーディアン)』の効果をコピーし、強化の二重掛けで衝撃に備える。

 おまけに、替えの利くミスリルゴーレムを他の奴らの壁にして、更にその後ろへと防御力の高い奴を配置。

 一瞬の判断で、これ以上ないと思える陣形を構築し、魔神の魔法を迎え撃った。

 

「くぅ!」

 

 それだけやっても尚、魔神の魔法は凄まじい。

 亀ゾンビが消し飛び、ミスリルゴーレムが消し飛び、その後ろにまで多数の被害が出た。

 でも、それでも耐えた。

 一発は耐えきってやった。

 

「耐えただと!? 神であるこの僕が、殺すつもりで放った魔法を!?

 ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!

 認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない!

 下等生物が! 神の手を煩わせるなぁあああああ!」

 

 ヒステリックに叫ぶ魔神。

 そのまま、その手を地面に置いた。

 これは、さっき神道達に向けて使った魔法か!?

 

「《暗て……」

「させない!」

 

 魔神が魔法を使う前に、魔神の真上にある天井のトラップを起動。

 超高速で射出されたギロチンが、魔神の首筋を捉えた。



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116 神を殺せ 2

「ぐはっ!?」

 

 ギロチンが、完全に魔法の発動に集中していた魔神の首筋に食い込み、その勢いで魔神を地面へと縫い付けた。

 ダメージ自体は薄い。

 でも、動けなくなった隙は大きいし、今の衝撃で魔法の発動はキャンセルされた。

 再びのチャンス。

 当然、逃さない!

 

「チェンジ『勇者の聖剣(エクスカリバー)』! 《ゼウス・ザ・ライトニング》!」

 

 再びデウス・エクス・マキナのコピー先を『勇者の聖剣(エクスカリバー)』に変更し、《ゼウス・ザ・ライトニング》を放つ。

 そして、今回はそれを目眩ましにして接近した。

 突撃した私の後ろから、近接戦闘部隊が続く。

 今回は、それをサポートする事をメインに、魔法部隊が魔法を放つ。

 

 本当は遠距離オンリーで削り切れればそれがベストだったんだけど、さっきの攻防で、魔神は魔法の雨に撃たれながらでも大魔法を放てる事がわかった。

 亀ゾンビがやられ、ミスリルゴーレムも減った今、もう一度あの状況になったらキツイと思う。

 

 だったら、接近戦で押しまくり、大魔法を使う暇を与えないようにするしかない。

 幸い、近接戦闘をこなせる連中はまだ殆どが無事。

 魔王ゾンビも、神道ゾンビも、ドラゴンゾンビも、フェンリルゾンビもいる。

 やってやれない事はない筈!

 

「《サンダーソード》!」

 

 攻撃準備。

 剣に雷の魔法を纏わせる。

 そして!

 

「《フルパワースラッシュ》!」

「ぐはっ!?」

 

 次なるアーツを使い、それを全力で振り抜いた。

 その一撃が、全く態勢を立て直せてなかった魔神の体を真っ二つに斬り裂く。

 しかも、電熱で傷口が炭化するレベルで焼けた。

 殺ったか!?

 

「舐、め、る、なぁああああああああ!」

 

 魔神の上半身がそう叫び、速効でダメージを全快させて剣を振りかぶった。

 チッ!

 やっぱり、この程度じゃ無理か!

 

「《スラッシュ》!」

「ッ!?」

 

 ならばと、今度は剣を握った腕を斬り飛ばす。

 どうもこの魔神、戦闘技術に関しては素人同然だ。

 多分、今まではスペックの差に任せたゴリ押ししかしてこなかったんだと思う。

 だから、さっきのギロチンも避けられなかったし、こんなに簡単に腕を斬れた。

 これは嬉しい誤算。

 そして、これで真装による強化は一時的にでも消えた筈。

 すなわち、フルボッコのチャンスだ!

 

「《クロスソード》!」

「ぐあっ!?」

 

 魔神の体を十字に斬って四分割する。

 縦に裂かれた魔神の顔が、憤怒の表情で私を睨む。

 でも、その怒りを行動には移させない。

 

「《ブレイブソード》」

「《ディザスターブレード》」

「ぐっ!?」

 

 私に続いてきた近接戦闘部隊の中でも特に速い二体のゾンビ。

 神道ゾンビと魔王ゾンビが、私に少し遅れて魔神の下へと到着し、更なる攻撃を叩き込む。

 光の斬撃と闇の斬撃が魔神の背後から襲いかかり、今度は魔神の体をバツ印型に斬り裂いた。

 これで八分割。

 

「ふざけ……!」

「レーザービーム!」

「がっ!?」

 

 今度は範囲を絞ったレーザービームを、ピンポイントで叩き込み、魔神の体を光が呑み込んだ。

 今度こそ殺ったか!?

 

「調子に乗るなぁああああ!」

 

 ゲッ!

 まだ生きてる!

 しかも、またしても瞬時に体を再生させて完全復活しやがった!

 しぶとい!

 

「《ストライクソード》!」

「そう何度も食らうと思うな!」

 

 追撃に放った超速の突きは、腕を盾にして止められた。

 剣が腕に突き刺さり、電光で内部から破壊したけど、この程度の傷はすぐに再生される。

 

「《黒槍》!」

「うっ!?」

 

 そして、攻撃を止めた隙に魔神が闇の槍を放つ。

 それを何とか盾で受け止めるも、衝撃で後ろへと飛ばされた。

 ボス部屋の壁に勢いよく叩きつけられる。

 

「かはっ!?」

 

 ガードしたというのに、リビングアーマー先輩越しでも、かなりのダメージを受けた。

 すぐにDPでリビングアーマー先輩のダメージを、回復魔法で私のダメージを回復させる。

 それにしても、ただの単発攻撃でこの威力……!

 やっぱり強い。

 スペックの差が大きすぎる。

 

「よくもやってくれたね。お返しだ!」

 

 魔神が地面を蹴って宙に飛び上がる。

 そのまま、魔法の発動準備に入った。

 そう簡単にやらせるか!

 私に先んじて、ある程度の自己判断能力を持つ魔法部隊が迎撃の魔法を撃ち込む。

 でも、完全に威力不足で効いてない。

 だからこそ、私自らが動く!

 

「チェンジ『天使の補助翼(エンジェルウィング)』!」

 

 『機械仕掛けの神剣(デウス・エクス・マキナ)』により、かつてエマとかいう女が使っていた真装の専用効果『天使の補助翼(エンジェルウィング)』をコピー。

 その効果は、自分と味方数人の速度上昇と飛行能力の付与。

 それによって私と魔王ゾンビ、神道ゾンビの速度を跳ね上げ、魔神が魔法を発動させる前に突撃する!

 

「甘いよ! 《黒い旋風》!」

「くっ!」

 

 それでも、魔神の魔法発動の方が早かった。

 黒い風が吹き荒れ、突撃した私達を薙ぎ払う。

 ついでに、魔法部隊の魔法を薙ぎ払われた。

 けど幸い、威力よりも発動速度を取ったらしく、ダメージは軽微だ。

 でも、代わりに追撃不能の隙が出来てしまった。

 

「終わりだ……ッ!?」

 

 魔神が魔法を発動し終わった瞬間を狙い、壁から一本の矢を放つ。

 以前はさんざんお世話になった矢のトラップ。

 DPによる強化によって、銃弾以上の速度で放たれるようになった攻撃。

 それが、魔神の左目に突き刺さった。

 

「痛っ!? ……この程度で僕を止められると思ったか!?」

 

 思ってない。

 だから、これは目眩まし。

 本命はこれだ!

 

「《ドラゴンクロー》」

「《フェンリルクロー》」

「何っ!?」

 

 魔神の頭上を取ったドラゴンゾンビとフェンリルゾンビのツープラトン技によって、魔神が地面へと撃墜する。

 『天使の補助翼(エンジェルウィング)』で同時に強化できる人数は3人じゃない。

 6人だ。

 魔神を殴るスペースの問題で枠が一つ空いたけど、それは置いておく。

 

 とにかく、今回はそれを利用した。

 私と魔王ゾンビ、神道ゾンビといった最高戦力を囮に使って魔神に迎撃させ、魔法で撹乱し、矢で注意を引き、『天使の補助翼(エンジェルウィング)』を発動させたドラゴンゾンビとフェンリルゾンビを本命に使った。

 しかも、丁度近くにいた隠密ゾンビに『神隠し』をかけさせるというおまけ付きで。

 

 作戦は成功。

 魔神は近接戦闘部隊の近くへと落下し、袋叩きに合ってる。

 当然、それだけじゃ決定打は与えられない。

 だから、『天使の補助翼(エンジェルウィング)』ですぐに態勢を立て直し、私達も現場に向かう。

 次で仕留める。

 

「……もういい」

 

 その瞬間、そんな声が聞こえた。

 感情が消え失せたような、冷たい声。

 その声を聞いた瞬間、背筋が凍った。

 

「もういい。もういいよ。消耗を気にして戦うのはやめだ。エネルギーが尽きる前に女神を殺せばいいだけの話なんだから。

 ここからは、━━全力(・・)を以て君を殺そう」

 

 そう宣言した魔神の体を、赤黒い魔力が包み込んだ。

 魔神から感じる威圧感が一気に増す。

 こ、これは……!?

 

「《暗黒闘気》」

 

 これは、魔王の使っていたスキル。

 暗黒闘気。

 ステータスを大幅に強化し、更に闇属性の攻撃を常時繰り出せるようになるスキル。

 

 そう認識した瞬間、私の視界から魔神が消えた。

 

 消えたと、そう錯覚する程の超スピード。

 目では追えない。

 ダンジョンマスターとしての感覚が、辛うじて魔神(侵入者)の現在位置を捉えていた。

 

「ッ!?」

 

 その感覚に従って、咄嗟に体を横に倒す。

 その直後、何もしなければ私の体を縦に両断しただろう斬撃が通り抜けていった。

 いつの間にか真装を取り返したのか、それとも私の知らない技術で再展開でもしたのか、その手に黒い剣を握った魔神による斬撃が。

 

 ━━私の右腕を根本から断ち切りながら。



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117 神を殺せ 3

「あぐっ!?」

 

 斬られた右腕から凄まじい痛みが襲ってくる。

 そのせいで体が硬直した。

 でも、止まってる暇はない。

 魔神は既に次の攻撃に移っている。

 無理矢理にでも動かないと!

 

「《シールドパリィ》!」

 

 自分の体ではなく、リビングアーマー先輩を手動操作して動かし、魔神の攻撃を盾で受け流す。

 今程このスタイルに感謝した事はない。

 これなら、痛みも何もかも無視して動ける。

 でも、

 

「うっ……!?」

 

 魔神の動きが速すぎる!

 さっきとは比べ物にならない!

 暗黒闘気の強化倍率が、魔王とは桁違いだ!

 

 これ多分、暗黒闘気に多大な魔力を注ぎ込んで、無理矢理出力を上げてるんだと思う。

 毎日毎日ダンジョンコアに魔力を込めて、自分でも魔法を習得して魔力に慣れ親しんだ今の私は、魔法やスキルに使われている魔力量がなんとなくわかる。

 

 その感覚を信じるなら、魔神の体を包む暗黒闘気、そこに使われてる魔力量は膨大なんてもんじゃない。

 一秒ごとに、私の全MPでもお釣りがくるレベルの魔力が消費されてる。

 いや、それは暗黒闘気だけじゃない。

 黒槍一つとっても、MPで言えば10万くらいは軽く使われてると思う。

 それだけの魔力を使ってるくせに、全く底が見えない。

 これが魔神。

 これが神の力。

 本当に冗談じゃない。

 

「うぐっ!?」

 

 今度は脇腹を削られた。

 完成体リビングアーマー先輩を、いとも容易く破壊しやがった。

 今の魔神は膨大な魔力に糸目をつけず、身体強化に全振りしてる状態。

 そりゃ強いに決まってるか。

 むしろ、本気の神相手に耐えられてる私凄い。

 

 でも、このままじゃ長くは持たない。

 並列思考をフルに使って回復魔法を使い、とりあえずの止血をする。

 腕を生やしたりはしない。

 魔神相手に生身の腕なんてあっても意味がない。

 MPの無駄だ。

 

 更に、DPを使ってリビングアーマー先輩の修復をする。

 さすがに回復魔法程早くは回復しない。

 脇腹の破損は直ったけど、ゴッドメタルなんて超金属を使った代償か、DP修復では腕を生やせない。

 そこまで大きなパーツだと、DPで再現する事ができないんだ。

 なら、何とかして飛んでいった右腕を回収するしかない。

 それに、右腕と一緒に飛んでいったデウス・エクス・マキナがあれば、少しは事態も好転する筈!

 

「《シールドバッシュ》!」

「ぬ!?」

 

 何とか隙を見つけて、魔神を盾による打撃で弾き飛ばす。

 いくら速くなったとはいえ、魔神の剣術が素人同然なのは変わらない。

 なら、死ぬ気でよく見てればカウンターくらいできるんだよ!

 

「かかれ!」

 

 そして、私の攻撃で僅かに体勢を崩して動きが止まった魔神に向かって、精鋭ゾンビ軍団を差し向ける。

 目的は時間稼ぎ。

 今の攻防にギリギリついていける魔王ゾンビ、神道ゾンビ、ドラゴンゾンビ、フェンリルゾンビの攻撃が炸裂した。

 ダメージこそ僅かにしか入ってないけど、魔神の体勢が更に崩れる。

 続いて、他のゾンビ軍団が魔神に突撃。

 肉壁くらいにはなってくれる事を祈る!

 

 その隙に、転がってた右腕の下でトラップを発動。

 伸び上がる床が右腕を空中へと運び、壁から矢を放って右腕にぶつける。

 その衝撃で、右腕はクルクルと回転しながら私の方に飛んできた。

 よし、計算通り!

 ありがとう、演算能力!

 

「邪魔だぁあああ! 《黒斬り》!」

「うわっ!?」

 

 そうして右腕が右肩にドッキングした瞬間、魔神が魔法を放った。

 薙ぎ払うような闇の斬撃が、あっさりと精鋭ゾンビ軍団を引き裂く。

 そして、ゾンビ軍団を退けた魔神が、再び私に接近してきた。

 

 でも、さっきまでのようにはいかない!

 

「チェンジ『聖域の守護者(ガーディアン)』! 《シールドパリィ》!」

「何っ!?」

 

 戻ってきたデウス・エクス・マキナで『聖域の守護者(ガーディアン)』をコピーし、再び強化の二重掛けで魔神の攻撃を受け流す。

 その超スピードにも大分慣れてきた。

 戦えなくはないぞ!

 

 そして、魔神の足下でトラップを起動。

 最も原始的で、なのに滅茶苦茶使えるトラップ。

 そう、落とし穴を起動させた。

 

「ッ!?」

 

 魔神が落とし穴のせいで足を踏み外した。

 咄嗟によくわからない浮遊っぽい魔法で難を逃れたけど、攻撃するなら、その一瞬の隙があれば充分!

 

「《フルパワースラッシュ》!」

「くっ……!?」

 

 さすがに魔法を発動してる暇も、『勇者の聖剣(エクスカリバー)』に変えてる暇もなかったから、普通に剣術のアーツで斬りつけ、吹き飛ばす。

 ダメージは、まあ、少しは入ってる。

 でも、そっちは本命じゃない。

 私の目的は、魔神を狙った場所に吹っ飛ばす事。

 

 魔神が飛んでいった場所で、次のトラップを起動。

 伸び上がる床が柱となり、飛んできた魔神はその柱に叩きつけられた。

 直後、その周辺に設置しておいた他の伸び上がる床が同時に発動し、魔神を内側に捉えた柱の円が出来上がる。

 そして!

 

「起爆!」

「ッ!?」

 

 柱の側面に仕掛けられた大量の爆発トラップが同時発動し、逃げ場のない円の中で魔神を襲う。

 爆発っていうのは、一ヶ所に集約して逃げ場を失うと、威力が跳ね上がる。

 その威力は、DPによる強化も相まって、かつて生前の爺ゾンビと熱血ゾンビに放った時とは比べ物にならない。

 

「クソがぁあああああ!」

 

 それでも、やっぱり魔神を倒すには至らなかった。

 初期に比べると滅茶苦茶口が悪くなった魔神が、再びの突撃を敢行してくる。

 見るからに冷静さを失ってる。

 魔法もろくに使ってこないのが、いい証拠だ。

 これなら……

 

「えっ!?」

 

 そう思った瞬間、魔神の一撃で盾の一部が割れた。

 耐久限界に近づいてた事もあるけど、それだけじゃない。

 

「さっきより速く……!?」

 

 魔神の攻撃が、さっきより速い。

 さっきより重く、強い。

 よく見れば、暗黒闘気に費やされている魔力量が更に上がっていた。

 

「死ね! 死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」

 

 魔神の顔には余裕がなかった。

 なりふり構わず殺しにきてる!

 ここまでの焦り……さすがに限界が近いのかも。

 

 魔神は確実に消耗してる。

 私との戦いだけじゃない。

 神道達との戦い。

 もっと言えば、大昔の女神との戦い。

 魔神は神殺しを食事と例えた。

 なら、自分で太古の昔と言う程長い時間封印されてきた魔神は、それだけの期間、絶食してたって事だ。

 

 同じ神である女神と戦って消耗し、封印されて消耗し、神道達と戦って消耗し、私と戦って消耗した。

 いくら膨大なエネルギーを持つ魔神と言えど、これだけ消耗すれば限界が来てもおかしくない。

 だったら、このラッシュを耐えきれば勝てるかもしれない!

 

「あああああああああ!」

「くぅ!」

 

 盾から伝わってくる衝撃が痛い。

 剣で受け流しきれなかった衝撃が痛い。

 腕を斬られた。

 足を斬られた。

 顔を斬られた。

 そのダメージを、今まで貯めに貯めたDPで修復していく。

 私自身の治療は最低限だ。

 とりあえず生きてさえいれば、リビングアーマー先輩が体を動かしてくれる。

 

 そうして何とか耐えていた時、遂にその時が来てしまった。

 魔神の剣撃を受けきれず、━━ガーディアン()が砕けた。

 

「しまっ……!?」

「もらったぁああああああ!」

 

 魔神の剣が私の心臓に迫る。

 避けられない。

 受けられない。

 防げない。

 耐えるしかない。

 

 心臓を貫かれて生きてられるか?

 いや、大丈夫。

 やられた後、すぐに『不死身の英雄(アキレウス)』をコピーすれば何とかなる。

 でも、回復できても、その後は?

 ガーディアンは砕かれた。

 再展開までは時間がかかる。

 その間、デウス・エクス・マキナだけでしのぎ切れる?

 いや、そんな事を考えても仕方ない!

 とにかく今は、耐える事だけを……

 

 そう思った瞬間、私と魔神の間に小さな人影が割って入ってきた。

 

「何っ!?」

 

 魔神が驚愕の声を上げる。

 その小さな人影、魔王ゾンビは真装の大剣を盾に使い、更にその身を盾にして魔神の攻撃を止めていた。

 大剣は砕かれ、体は貫かれ、それでも確かに魔神の攻撃は止まった。

 

「ふざけるなぁああああ!」

 

 自分で切り捨てた魔王に刺されたな魔神!

 

『《ホーリーチェーン》』

「なっ!? こ、これは!?」

 

 更に、魔神の体をどこからか現れた純白の鎖が縛り上げた。

 何、これ?

 いや、この鎖はゾンビ化した十二使徒の死体から現れてる。

 という事は……

 

「女神ぃいいいいいいいいいいいい!」

 

 やっぱり、これは女神の力!

 加護の力を変質させたのか、最後の力を振り絞ったのか、それはどうでもいい。

 助太刀は助かった。

 今だけは、敵の敵で味方だ!

 

「チェンジ『勇者の聖剣(エクスカリバー)』!」

「やめろ! やめろぉおおおおおおお!」

 

 『勇者の聖剣(エクスカリバー)』をコピーし、剣に雷を纏わせる。

 そして、今回は女神の鎖が魔神を抑えてる間に、数秒をチャージ時間に費やす。

 雷の密度を上げ、『勇者の聖剣(エクスカリバー)』による破魔の力と混ぜていく。

 今の私には『聖域の守護者(ガーディアン)』がないんだ。

 これくらいしなければ、魔神にダメージは与えられない。

 

 それを準備する間、魔神は全力で暴れていた。

 もがき、足掻き、鎖にひびが入る。

 それでも、鎖は魔神を離さない。

 鎖が破壊されるよりも、私の魔法が完成する方が早かった。

 

 そして私は、剣に纏わせた完成した魔法を、無防備な魔神に向けて振り下ろした。

 

「《ヘブンズ・ライトニング》!」

「ぎゃああああああああああああああああああああああ!?」

 

 魔を滅する雷の斬撃が魔神を斬り裂く。

 その一撃で体の殆どを消滅させられた魔神の成れの果てが、ボス部屋の床に転がる。

 女神の鎖はもう消えた。

 でも、魔神が私を攻撃する事はない。

 もう、そんな余力がないからだ。

 

「回復、回復を! ああ、なんで、体が崩れる……!? エネルギーが、魔力が足りないぃいい!」

 

 最後に残った魔神の生首が叫ぶ。

 回復しようとしてるのか、首の断面に何度も何度も魔力が集まってるけど、それが形となる事はない。

 どうやら、本当に魔力が尽きたらしい。

 これで終わりだ。

 私は、もう一度剣を振り上げた。

 

「そんな、馬鹿な! 僕が、この僕が、こんな所で……!」

 

 そうして私は、いつものように躊躇なく剣を振り下ろした。

 

「消えたくない……消えたくない……消えたくない……消え……た……く……な…………」

 

 『勇者の聖剣(エクスカリバー)』をコピーしたままの剣が魔神の生首に突き刺さる。

 それから少しすれば、破魔の力が流し込まれたのか、魔神の生首は徐々に消滅していき、最後は塵一つ残さずに消えた。

 私とダンジョンコアに、莫大なんて言葉じゃ言い表せない程の経験値とDPが入ってくる。

 

 そうして、戦いは終わった。



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118 戦いを終えて

 魔神は死んだ。

 戦いは終わった。

 私はまず自分の傷を回復魔法で治し、次に壊れまくったボス部屋をDPで修復してから、ベッドに潜り込んだ。

 

 そして、ベッドの中で布団を頭まで被り、体を抱いて震える。

 

 怖かった。

 痛かった。

 さっきの戦いは、今までのような安全圏からの戦いじゃない。

 本気で命の危機を感じた。

 久しぶりに、死がすぐそこにまで迫ってきていた。

 戦いが終わって緊張が解けた今、その恐怖が遅れて私を苛む。

 このままじゃトラウマになりそうだ。

 そうなったら、次似たような事が起こった時に戦えない。

 それはダメ。

 絶対にダメだ。

 何でもいいから、早急に心のケアをする必要がある。

 

 私は、転送機能で自分自身を転送し、第一階層のある部屋へとやって来た。

 

「あ、ご主人さ……ご主人様!? どうしたんですか、その格好!?」

 

 やって来たのはリーフに与えた部屋。

 そこで留守番してたリーフが、私の格好を見て悲鳴を上げながら近寄ってきて回復魔法を使い始めた。

 怪我はもう治したから意味ないんだけど。

 

 今の私の格好は、魔神との戦いの時に着てた服のままだ。

 着替える気力がなかったから、そのままにしてある。

 そして、私はあの戦いで結構な攻撃を受けた。

 リビングアーマー先輩を貫通して、内側の本体にまでダメージが通るような攻撃を。

 右腕とか斬られたし、脇腹とか削られたし、最後の攻防では割と全身くまなく切り刻まれた。

 

 つまり、今の私の服装は、ボロボロな上に血塗れで酷い事になってるのだ。

 リーフが慌てるのもわかる。

 でも、今の私にリーフを気遣う余裕はない。

 

 私は、無言でリーフの体を抱き締めた。

 

「え!?」

 

 困惑するリーフを無視して強く抱き締める。

 少し落ち着いたような気がした。

 

「痛っ!?」

 

 あ、リーフが悲鳴を上げた。

 そう言えば、魔神を倒して大幅にLvが上がった今、物理系ステータスもかなり上がってる。

 全力で抱き締めたら、リーフがミンチになってしまう。

 気をつけないと。

 

「《ヒール》」

 

 とりあえず、リーフに回復魔法をかけて抱き着きを続行する。

 今度は気がするではなく、傷付いていた心が癒えていくのを感じた。

 アニマルセラピーは偉大だ。

 日本にいた頃も、辛い事があった時は、よく猫のクロスケを抱いて癒されてたっけ。

 

「あの、ご主人さ……ま……!?」

 

 気づけば、私は泣いていた。

 次から次へと涙が出てくる。

 リーフを抱き締めながら、ぐすぐすと嗚咽を漏らして泣く。

 

 そういえば、こうして誰かにすがり付いて感情を吐き出すのはいつぶりだろう?

 

 最後にそうしたのは、小学校低学年くらいの時、学校でイジメられてママに泣きついた時だったかな?

 成長していくうちに両親にも素直には甘えられなくなって、引きこもってからは、何かにつけて引きこもりをやめさせようとしてくるから、余計にすがれなくなった。

 両親以外にすがれる相手はクロスケだけ。

 そのクロスケも、引きこもりになる前には寿命で死んじゃったし、それからの私はずっと独りだった。

 

 私は、自分で思うよりも人肌恋しかったのかもしれない。

 寂しかったのかもしれない。

 リーフに抱き着いて泣いていると、戦闘の恐怖だけじゃなくて、そういう積年の感情も吐き出されていくような気がした。

 

「えっと、よくわからないですけど……お疲れ様でした、ご主人様」

 

 リーフはそれだけ言って、静かに背中を擦ってくれた。

 それが何だか、とっても温かい。

 その温もりに身を預けている内に、ドンドン眠くなってきた。

 このまま寝ちゃいたい。

 いいや、寝ちゃおう。

 いくらペットとはいえ男の前でとか、ダンジョンの第一階層なんて、そんなに安全とは言えない場所でとか、今だけはそういう事を考えたくない。

 どうせリーフは私に逆らえないし、万一逆らえてもリーフのステータスじゃ私に傷一つ付けられない。

 今は、そんな最低限の安全と、この温もりさえあればいい。

 

 それから何分もしない内に、私は泣き疲れて眠りについた。



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119 エピローグ

 魔神との戦いから数年が経った。

 

 あれ以来、私の生活は平穏そのものだ。

 あの後、私は魔神を倒して得た膨大なDPで、ダンジョンを何百階層という規模の超大型ダンジョンへとリフォームした。

 おかげで、侵入者が最深部へと到達する事は完全になくなった。

 万が一辿り着けたとしても、最後の番人である完成体リビングアーマー先輩に勝てる奴がそうそういるとは思えない。

 相手が魔王や勇者でもない限り、中に私がINする必要すらないだろう。

 そして、魔王や勇者が相手でも、私がINすれば普通に勝てる。

 安泰だ。

 

 というか、そもそも侵入者自体が滅多に来ない。

 たまに野良の魔物が来て、雑兵ゴーレム部隊に狩られる程度。

 人間は来ない。

 だって、人間どもは魔王軍との戦争で世界の半分を失い、魔神のせいで各国のリーダーだったエールフリート神聖国を失ったせいで、復興作業にかかりきりだから。

 ダンジョンのある旧ウルフェウス王国領にまで手を伸ばすまでに、最低でもあと十年はいると思う。

 まあ、手を伸ばしてきた場合は潰すんだけど。

 

 でも、その心配もあんまりない。

 ダンジョンの周辺一帯、旧ウルフェウス王国全土くらいの規模に植林(植物系モンスター含む)した上で、魔王軍残党や野生の魔物を調教して放っておいた。

 そして、奴らは僅か数年で生態系を築き上げた。

 これによって、旧ウルフェウス王国領は魔の森となり、凄まじい危険地帯と化したのだ。

 そんな超危険地帯の中央にダンジョンはある。

 ここまで踏み込もうなんて輩はまずいないだろうし、いたとしても死ぬ。

 最低でも真装使いがダース単位でいないと、ダンジョンに辿り着く前に死ぬ。

 安泰。

 

 それでも、人間というものは侮れない。

 いつ文明が進化して、近代兵器的な何かとか、ダンジョン封じのアイテムとかを作ってくるかわからないのだから。

 魔王が十年も戦争してたくせに幼女だった事からもわかる通り、ダンジョンマスターは老いない。

 寿命というものがあるのかどうかもわからないレベルだ。

 なら、私は遥か未来の事まで考えて動く必要があるのだから。

 

 その為にも、いくつもの国の上層部を調教したり、定期的に複数体のオートマタとリーフを外に放ったりして、情報収集を続けてる。

 ついでに、リーフのお散歩も兼ねて。

 最近は居住スペースで室内飼いしてるリーフだけど、やっぱり私みたいな生粋の引きこもりでもない限り、たまには外で太陽の光を浴びないと健康に悪いだろうし。

 なんにせよ、これで人間どもの監視もバッチリだ。

 

 あと警戒に値するのは、やっぱり神だと思う。

 魔神の同類がいつまた襲来してくるかわからない。

 それに、弱ってるとはいえ女神もいる。

 まあ、女神に関しては別に敵対してる訳じゃないから大丈夫だとは思うけど。

 

 私は魔神と違って、世界を滅ぼすつもりなんて微塵もない。

 魔神との戦いに助太刀してきた以上、女神だってそれはわかってる筈。

 だったら、あんまり過激な事さえしなければ、わざわざ敵対はしないだろう。

 向こうだって、ろくに戦えない程弱った状態で、魔神を倒した私と戦いたいとは思わないだろうし。

 実際、この数年で女神からの干渉は一度もない。

 国を調教で傀儡にするのはギリギリかと思ったけど、今のところはそれを利用して国を滅ぼすつもりもなく、情報操作程度にしか使ってないからセーフと判定されたのかもしれない。

 

 なら、やっぱり最大の問題は魔神の同類。

 これに関しては対策が立てられるようなものでもないから、出たとこ勝負しかないと思う。

 せいぜい、自軍の強化を怠らない事くらいしかできる事がない。

 でも、私だって魔神を倒した経験値でめっちゃ強くなった。

 そのステータスたるや、もう神の領域に片足突っ込んでるんじゃないかと思えるレベルだ。

 そう簡単にはやられない。

 魔神に削られた戦力の補充もできたし、来るなら来いって感じだ。

 いや、来ないならそれに越した事はないんだけど。

 

 そんな感じで、一抹の不安を残しながらも、私は平穏な生活を手に入れた。

 

 

「あの、ご主人様……」

「何?」

 

 そして現在。

 私は居住スペースでリーフを抱き枕にして横になっていた。

 あの日、この手で直にリーフに触れた時から、なんとなくこの温もりが手放せない。

 エルフ特有の尖った耳をふにふにするのがマイブームだ。

 

「うぅ……恥ずかしいです……」

 

 リーフが羞恥で顔を真っ赤にする。

 そんな様子を、最近は素直に可愛いと思えるようになってきた。

 これは、心の傷が癒えてきてる証拠だろうか?

 まあ、何でもいいや。

 

 そんな事を考えてる内に、だんだん眠くなってきた。

 鉄壁のセキュリティで守られた自宅の中で、可愛いペットをモフり、こうして安眠を貪る。

 それはまさに、私の思い描く限り、最高に贅沢で幸せな引きこもり生活。

 これぞ、引きこもり道の極地。

 私はようやく、引きこもり道を極めたのだ。

 

 ここまで長かった。

 侵入者を退け、危険要素を排し、最後には神まで殺した。

 その末にようやく手に入れた幸せを、今は存分に噛み締めよう。

 そして、これからもこの生活を続けられるように頑張ろう。

 

「お休み、リーフ」

「は、はい。お休みなさい、ご主人様」

 

 決意を新たに、私は明日に備えて穏やかな眠りにつくのだった。




殺戮のダンジョンマスター籠城記 ━完━


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とある元勇者が見た未来

「……早いなぁ。もうこんなに経つのか」

 

 ふと、仕事場に設置したカレンダーを眺めて、俺はそう呟いた。

 クラスメイト達と共にこの世界に召喚されてから、早数十年。

 あの頃はピチピチの男子高校生だった俺も、今ではすっかりただのおっさん、もといナイスミドルだ。

 不思議なもんで、これだけの時間が経つと、あの悪夢のようだった記憶も薄れてきて、ただの思い出として思い出せるようになってきた。

 

 そんな俺は今、冒険者ギルドで鑑定屋をやっている。

 俺のユニークスキル『鑑定』は腐っても勇者のチートという事で、そこら辺の鑑定屋や鑑定石なんざ目じゃないくらい精密な情報を読み取れるからな。

 それを活かして、冒険者ギルドに持ち込まれるアイテムの鑑定を請け負ってる訳だ。

 正直、これが俺の天職だと思う。

 昔からの特技である人間観察を活かして職場の人間関係を良好に保ち、ユニークスキルを活かして収入を得る。

 何より、この仕事には命の危険がないってのが最高だ。

 

 こういう穏やかな日々を過ごしてると幸せを感じる。

 自分が生きてるって事に価値を感じる。

 薄情かもしれないけど、あの時、魔王との戦いの舞台から下りて、自分だけでも生き残れて良かったと、少しは思えるようになってきた。

 これでお嫁さんでもいれば最高なんだけど……この歳で独身な時点で察してくれ。

 

「……おい……おい! ケンジさん!」

「ん?」

 

 そうして、昔を思い出して黄昏ていた時。

 俺を呼ぶ少年の声が聞こえて、意識が現実に帰ってきた。

 やべぇ、やべぇ、仕事中にボーとしちまった。

 ギルマスに怒られる前に真面目にやらないと。

 

「おう、ラックじゃん。どうした?」

「冒険者の俺があんたの所に来たんだぜ? アイテムの持ち込みに決まってんだろ!」

「だろうなー」

 

 まあ、そんな事は聞かなくてもわかってたが、一応聞くのが様式美だろう。

 その直後、目の前の少年が「これだ!」と叫びながら鞄からアイテムを取り出して、買い取りカウンターに置いた。

 こいつの名前はラック。

 パーティーメンバーと一緒に、この近くにある弱めのダンジョンに潜ってる新米冒険者だ。

 この顔からして、どうやら今日は相当自信のあるアイテムを手に入れてきたらしい。

 

「どれどれ。お、良さげなもん見つけてきたなー。ええっと……」

 

ーーー

 

 エンドルフィンの杖 耐久値4000

 

 効果 魔力+900

 

 ダンジョンから発見された杖。

 高い魔力を秘めている。

 

ーーー

 

「大当たりじゃん! やったな、ラック! これなら金貨100枚は下らないぞ!」

「マジで!? やったぁ! これで貧乏生活脱却だ!」

 

 ラックは諸手を上げて喜んだ。

 まあ、新米冒険者って奴は大抵が貧乏だからなー。

 だって、金のある奴は冒険者なんかにならない。

 もっと堅実で命の危険のない職業につくだろうよ。

 俺みたいに。

 俺だって勇者の端くれとして、新米冒険者くらいなら片手で捻れるくらいには強いけど、冒険者やろうとも、ダンジョンに潜ろうとも思わねぇもん。

 特にダンジョンには嫌な思い出しかない。

 いや、実際に潜った事はないんだけど、魔王と本城さんという俺のトラウマが悉くダンジョン関連だからさぁ。

 

「……と、もうこんな時間か」

 

 ラックが持って来た杖の買い取り処理を終えた頃には、ギルドの外が薄暗くなっていた。

 そろそろ勤務時間終了だ。

 近頃は急な仕事とかないから、他のギルド職員のヘルプに行く事もない。

 定時で上がれる。

 ホワイト企業万歳。

 まあ、その代わり、修羅場の時は本気で転職を考えるレベルで辛いんだけど……。

 この前、この街の領主様とギルマスが、国の反対を押しきって魔の森を調査する為の部隊を設立しようとした時はキツかったなぁ。

 俺までヘルプに駆り出されて過労死しかけたわ。

 ……またブラックになる前に、定時退社生活を満喫しておこう、そうしよう。

 

「じゃあ、お疲れっす」

「お疲れ様でした~」

「お疲れ様です」

 

 他の職員に挨拶してから、俺はギルドを出て家路についた。

 何か晩飯買って帰らないとなー。

 独り身は辛いぜ。

 テクテクと大通りを歩き、食品を売ってる店を目指す。

 

「ん?」

 

 と、その時、反対方向から歩いてくる二人組の少女が目に入った。

 エルフの美少女二人組だ。

 片方は小学校高学年くらい、もう片方は高校生くらいに見える。

 二人とも結構な美人さんだけど、特筆すべき特徴はない。

 ない、筈だ。

 なのに、俺はこの二人から得体の知れないナニカを感じ取ってしまった。

 

 咄嗟に二人組に向けて鑑定を使う。

 これは殆ど条件反射だ。

 よくわからないものは即鑑定。

 これが危険を避けて長生きするコツ。

 少なくとも、俺はそう思っている。

 

 だが、俺は次の瞬間、鑑定を使ってしまった事を後悔した。

 

ーーー

 

 オートマタ Lvーー

 

 状態 魔鎧装備中

 

 HP 1500/1500

 MP 200/200

 

 攻撃 10000(1500)

 防御 11000(1500)

 魔力 200

 魔耐 11000(1500)

 速度 9000(1500)

 

 スキル

 

 『取得情報送信:Lvーー』『擬似ダンジョン領域作成:Lv1』

 

ーーー

 

 ハーフエルフ Lv35

 名前 リーフ

 

 状態異常 邪神の奴隷

 

 HP 10211/10211

 MP 11005/11005

 

 攻撃 10165

 防御 10147

 魔力 11450

 魔耐 10404

 速度 10322

 

 ユニークスキル

 

 『邪神の加護』

 

 スキル

 

 『MP自動回復:Lv2』『風魔法:Lv15』『回復魔法:Lv30』

 

ーーー

 

 邪神の加護

 

 邪神によって貸し与えられた力。

 全ステータス+10000

 老化停止

 

ーーー

 

「なっ……!?」

 

 出そうになった驚愕の声を必死で圧し殺した。

 見てしまったのだ。

 オートマタの精密鑑定結果の中に、『製作者 ホンジョウ・マモリ』という一文を。

 正直、このステータスに突っ込みどころは多々ある。

 邪神ってなんだとか、ステータス高過ぎやろとか。

 でも、そういうのを気にしてる余裕はない。

 

 逃げなければ……!

 一刻も早く、本城さんの視界から消えなければ殺される!

 幸いと言っていいのか、スキル『擬似ダンジョン領域作成:Lv1』の有効射程は半径10メートルだと鑑定が教えてくれた。

 驚愕と恐怖を隠し、さりげない足取りでその範囲から出れば助かるかもしれない!

 落ち着け。

 落ち着いて、自然な動きで、かつ迅速に離れろ!

 

「ご主人様、この街は放置してていいんですか? ウチに大分近いですよね?」

「問題ないよ。まだ魔の森の中にまで進出して来た訳じゃないから、潰す程の事じゃない。

 だから、今回は領主をはじめとした権力者に釘を刺すだけでいい。今はまだね」

 

 なんか物騒な会話が聞こえた。

 聞こえないふり!

 聞こえないふりをしろ!

 そして、明日には転属願いを出そう!

 その後は、魔の森から一番遠い国で余生を送るんだ!

 

 そうやって嵐の中心から必死で遠ざかる内に、オートマタ達の姿は見えなくなっていた。

 た、助かった……!

 遅れて冷や汗が出てくる。

 恐怖で呼吸が乱れて、膝がガクガクと笑い出す。

 よく頑張った!

 よく頑張ったよ、俺!

 

 とにかく、今日はもう帰ろう。

 帰って引っ越しの準備をして、転属願いを書くんだ!

 

 そうして、俺はまたしても幸運で拾った命を大事にするべく、逃げるようにその場を去った。



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