寝坊で人類滅亡 (vera_sohm)
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寝坊で人類滅亡

 寝坊と言うのは何度も繰り返さないのであれば別に致命的なことでは無い.

確かに学校であれば,指導者が雷を落とすだろうし,会社勤めであれば評価が下がり,あまりにも頻度が多ければ会社を退職させられることもあるだろう.友達付き合いでの寝坊は目には見えない信頼を確実に犠牲にするだろう.

だが,基本的には「次からは気を付けるように」の一言と共に許されるものでもある.

そう,基本的には.当然ながら許されない場合もある.例えば今回の私の場合などはそうだ.

 

 私の話をしよう.私の名前は寝沿 寝造(ねるぞ ねるぞう) 27歳,大卒入社5年目の会社員である.突然なのだが,私の今現在の懺悔を聞いてほしい.この度私はただ一度の寝坊によって世界を滅ぼすことになってしまった.私も他の人類も地球上の生物の9割は絶滅するだろう.私という人類の一個体が犯した寝坊という罪に対して,神は人類の全体の滅亡というあまりにも大きな罰を下したのだ.

 

 終わりの始まりは今日の朝だ.その日の朝,何度も述べている通りに私はたっぷり2時間も寝坊して家を出た.それなりの規模の会社だから私1人の遅刻など会社は意にも介さずに会社は平常運転しているものだと思っていた.ところが会社に着くと何かがおかしい.

玄関口には私が数度しか顔を合わせたことがないお偉い方々が尋常ではない焦燥と絶望を纏って並んでいたのだから.彼らは私を見つけるとすぐさまに声をかけてきた.

「寝沿君!よりにもよって今日に遅刻するとは何事かね!」

よりにもよって?今日に一体何があっただろうか?今日の予定について考えて,思い出した.そうだ……今日は

「まずい!今日は朝一番に取引先に物品を納入しなければいけないじゃないか!」

「それだけじゃない!君が納品しなければいけなかったものが何なのか,知らないわけじゃないだろう!」

「たかがネジでしょう?確かに弊社でなければ製造できない特別な精度が要求されている代物ではありますが……」

「確かにネジではあるが,違う!そのネジが一体何に使われるのか,忘れたのか!!!」

その言葉から,私はまたしても思い出す.私が納品しなければならなかったものは人類を滅亡から救うために必要なものなのだ.

「そうだ……これは,地球に衝突する隕石を打ち落とすための……」

気づいて私は頭の中が真っ白になった.何も考えられない.現実から逃れたくてたまらない.八つ当たりするかのように,私は言う.

「どうして,私以外の誰かがやってくれなかったんですか!?納入作業など私じゃなくても出来たでしょうが!!」

「何を言っているんだ!納入は機密性を維持する為に君しか出来ない決まりになっていただろう!」

「とにかく,急いで納入したまえ!もう遅いのかもしれんがな」

「無駄です……もう隕石の衝突まで時間がありません.今からなんて間に合うわけが無い……」

他人の怒号が聞こえる中で,私は逃げるように考えを巡らせていた.

俺は悪くない.そもそもなぜこんなにもギリギリなスケジュールになっているんだ.人類の存亡がかかっているんだからもっと余裕を持ったスケジュールにしてしかるべきだろう.会社もおかしい.なぜ人類の滅亡よりも大切な機密や決まりがあるなどと馬鹿正直に信じてしまっているのか.おかしい,おかしい,おかしい.

「おい!聞いているのか!?返事をしろ!」

返事?無駄だ.どうせ世界は滅ぶのだから,意味が無い.思考の世界に逃げる.ふと空を見上げる.美しい赤い光が,滅びがそこにあった.俺は終わる.会社も終わる.世界が終わる.死は平等,この言葉の意味をこんな風に実感できる日が来るなんて.

「隕石だ!」「来るな!」「死にたくない!!!」

人の叫び声が聞こえる.生物の欲求の根本から来る悲鳴が私の体に入り込み,そのまま通り過ぎて行った.

「うわあああああああああ!!」

周りがうるさいのか静かなのかもわからない.私はもう外の世界との関係を失ってしまったかのように何も感じない.空を見上げると滅びが近づいていた.大いなる滅びが齎す絶望に人は叫び,命乞いをし,混乱する.

私は静かだった.平静を保っていた.どうしようもないことだ.ただ一人,裁きを待っている.

空を見上げる.滅びはいよいよ目の前に来ていた.熱を持った滅びは人類を終わらせるという職務に誇りを持っている執行人のようだった.私は滅びを受け止めようとした.そして消滅した.意識も,意識を内包する肉体すらも,何もかも.私には分からないが周りの人間も皆そうなったのだろう.

 

人類はこうしてその輝かしい歴史の幕をあっけなく閉じた.人が聞けば笑ってしまう話だろうか?だがこの世界にもう人はいないのだ.

 



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