詰みゲーみたいな島(四国)に人類を滅ぼす敵として転生した百合厨はどうすりゃいいんですか? (百男合)
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鷲尾須美の章
名無しの星屑


 時刻は深夜1時。

 自分の部屋でノートパソコンの前に座った俺は、お気に入りのブックマークから某大手動画サイトを開いていた。

 パソコンの画面では転校で再会した幼馴染の女の子2人が自分の作った魚のフェルト人形を交換しあっている。

 その光景に俺の指は意識せずキーボードの上を走り「あら^~」とコメントを打ち込んでいた。

 尊いと思った瞬間にはもう指が動きコメントを投稿している。無意識にできるほど繰り返してきたからこそできる動作だ。

 まぁ、なんの自慢にもならないスキルですが。

 今俺が見ているのは「放課後ていぼう日誌」という釣りを部活にしている風変りな女の子たちが登場するアニメだ。

 いわゆる深夜アニメで、のんびりとした田舎で釣りを楽しむ少女たちを題材にしたお話だ。釣った魚の料理が毎回おいしそうなこともあり見る時間によってはメシテロアニメとされている。

 今回放送しているのはキス釣りで、キスのテンプラが非常においしそうだ。料理が出てくると「塩で」「めんつゆ一択」「おーい誰か大根おろし持ってきて」といったコメントが流れていく。

 思わずじゅるり、と出てきたよだれを飲み込む。空腹からコメントを打つ前の料理シーンを反芻してしまった。

 そんなことを考えていたらいつの間にか物語は佳境に入っていて、エンディングが流れ出すと「くるしい」「たすけて」「勝手に終わるな」「もはやこれまで」といった多くのコメントが画面を流れていく。

 もちろんその中には俺が打ったものもあった。日常系アニメが終わるときは、何とも言えない喪失感がある。新しい日常系アニメが始まるまでの数日間はまさに地獄のような日々だ。

 はぁ、それにしても放課後ていぼう日誌はいいアニメだったなぁ。コロナで放送休止したけど、その分再開した時の嬉しさといったら。

 釣りという女の子の趣味からは遠いジャンル。それを通して深まる友情模様。一癖も二癖もある女の子たち。生き物苦手なヒロインと命をいただくというテーマ。教育番組で放送してもいいと思える海鳥と釣り人が残していくゴミの問題。面倒くさがりと思われていた部長のやや突き放してはいるが愛のある教育方針。

 どれをとっても最高だった。特に部長、あんた立派なお母さんになるよ。というか登場する女の子みんないいお嫁さんになりそう。

 まぁ、それも今日で終わりなわけで、ちょっとさびしい。でも大勢で見るとそれも和らぐ。

 やっぱり楽しいアニメはみんなで見るに限る。

 特に、かわいい女の子たちがイチャイチャしているアニメは。

 女の子同士がイチャイチャするのなんて二次元じゃないとありえないしな。現実はマウントの取り合いでギスギスしてるか、プライドだけの嘘で塗り固めた意地の張り合いばっかりだし。

 そもそも俺がこんな時間にアニメをパソコンで見ているのも以前尊さのあまり「キマシタワー」と叫びながらコメントを打った瞬間を姉に見られ、「うわぁ…」ドン引きされたのが原因だ。この時は不覚にもイヤホンをしていて奴が近づくのに気づけなかった。

 どうやら相当気持ち悪い顔(失礼な)をしていたらしく、母親に報告されその晩ちょっとした家族会議になった。

 以来アニメを見るときは姉が寝たのを確認した深夜か起きてくる前の早朝と決めたのだ。

 え? だったら部屋の扉閉めて見ればいい? お前らわかってない。姉は無断で弟の部屋に入るし、許可も得ず弟のものを持って行って私物化するんだ。

 姉がいる俺が言うんだから間違いない。だから現実が過酷なぶん、二次アニメで女の子同士がキャッキャウフフする理想郷を夢見たっていいじゃないか。

 そんなことを考えながら、スマホの電源を入れる。今やっているゲームのスタミナがちょうど回復する時間だった。寝る前に少し減らしておこう。

 さて、新番組が始まるまで何を見ようか。まちカドまぞくとゆゆ式、わたてんの3つは外せないとして来期のおさらいとしてごちうさの1期2期と刀使ノ巫女とみにとじも見ておこうかな。

 あ、刀使ノ巫女で思い出したけど、結城友奈は勇者であるも3期やるんだった。まだ放送日は決まってないけど俺がゲームに課金したお布施が役に立ってくれて嬉しいなぁ。あとは銀ちゃんの誕生日イベント「友の夢を」のアニメOADの作ってください運営様。

 あとできればバレンタインデーイベントも収録してほしいなぁと思いながらゲームのアイコンをタップした瞬間、ビリッと静電気が走ったような痛みを感じた。

 思わずスマホを手放すと画面に放送休止したチャンネルのような砂嵐が一瞬見えて、そこから溢れ出した光に包まれていた。

 

 

 

 身体を包み込むような暖かい光が遠くなっていくのを感じる。

 まぶしさから閉じていた瞳を、ゆっくり開けると目の前に広がっていたのは赤い世界だった。

 夕焼けのどこか哀愁を感じさせるものではなく、かといって朝焼けのようにどこかこれから何かが始まるのを期待させるようなまばゆい光でもなく、ただただ赤い。

 まるで赤く塗られた本のページに閉じ込められたようだ。

 紅いインクを目薬の代わりにさされたのかな? と馬鹿なことを考えてすぐ否定する。そんなこと誰がするというのだ。

 まぶたをいったん閉じようとして、できないことに気づく。というか手も足も動かせなかった。そもそも手と足はどのように動かすのか、それすら思い出せない。

 夢か。

 すぐにそう結論付けた。夢ならばなにも不思議なことはない。当たり前にできていたことができなくなり、しかしそれを行うための概念は知っているという矛盾。これが夢でなくて何だというのだ。

 自分で夢が夢と気づいているのを、たしか明晰夢というのだったか。めったにない体験に少し胸が高揚する。

 よくよく遠くを見れば赤一色だと思われた世界に白い小さなドットが見える。もっと近くでよく見たいと思うと白い点がどんどん大きくなっていく。どうやら思うだけで体が勝手にそちらに向かっていくようだった。

 なるほど。明晰夢とはこうやって楽しむのか。

 一人納得していると白いドットだと思っていたものは連なった複数の白い何かで、やがてそれがどこかを目指して移動している白い群体だと知る。

 そのうちの1体を見て、歯ブラシの上に乗せた歯磨き粉のようなフォルムに改めて変な夢だなぁと思う。

 見たこともない変な形の変な生き物がイワシのように群れを作ってどこかへ向かっている光景。夢占いで診断したらどういう結果になるのだろう。

 白い群体はパッと見ただけで100は超える数で、気が付けば自分もその群れの中に巻き込まれていた。1匹1匹が目と鼻の先に見ることができる距離になって、初めてそれに気づいた。

 こいつら、『星屑』じゃね?

 星屑とは、結城友奈は勇者であるというアニメのシリーズに出てくるバーテックスという存在の中でも最下級の敵。いわゆる数が多いだけの雑魚。満開ゲージをためるためだけのエサである。

 唇のない歯をむき出しにした大きな口が特徴的で、体当たりと噛みつきしか攻撃手段がない。

 アニメ放送終了後に開始したアプリゲーム花結いのきらめきでは勇者の通常攻撃を1、2回受けただけで倒されてしまうこともある。そんな存在だ。

 だがそれでも何の力を持たない一般人には脅威であり、勇者以外の攻撃は効かない。複数集まれば星座級の巨大バーテックスになる――

 ん? 今俺何考えた?

 見ると群れの先頭…終着点が見えた。白い群体が黒く見えるほど互いに星屑たちはぶつかり、もみくちゃになりながら何かの形になろうとしている。

 直感的にヤバイと思い、全力でここから離れたいと強く願う。

 体に星屑が強くぶつかる感覚があった後、なんとか星屑の群れが白い塊に見えるくらいの距離まで離れることができた。痛みがなかったのは夢だからか。

 

 水瓶座(アクエリアス・バーテックス )

 

 声に出したはずなのにそれが耳から聞こえないことに気づかないほど、その時の俺は衝撃を受けていた。

 ひょろっとした枝のような体に連なった2つの頭。青い半透明のゼリーのような上半身と風鈴のような下半身。両脇には三ノ輪銀を閉じ込めた透明な水球が2つ。

 星屑の群れは鷲尾須美の章で最初に出てきた敵、アクエリアス・バーテックスの姿になりつつあった。

 その水球に映った自分の姿に、思わず固まる。

 唇のない歯がむき出しの大きな口。口の端には端を杭で打ち付けたような十字が1対。あごの下からは紐のようなものが垂れている。

 さらにウツボカズラを横にしたようなでっぷりとしたこの体躯(からだ)

 どう見ても人類を滅ぼす側の最弱の敵、星屑だった。

 

 

 

 アクエリアスから全速力で逃げ、気が付けば星屑が1匹もいない場所を漂っていた。

 眼前には真っ赤な…人類が生存することができないバーテックスたちの世界。四国の壁の外の光景が広がるのみ。

 状況を整理しよう。

 目を覚ますと、俺、星屑になってた。

 いったいどこのフランツ・カフカだ! いや、あっちは夢からさめたら毒虫になってたからこっちのほうがマシなのか?

 というか、これ本当に夢なのか?

 一瞬浮かんだ怖い考えをすぐ打ち消す。夢だ。夢に決まってる。

 目を覚ませばきっとまたいつも通りの日常…日常。

 いつも通りって、どんなのだっけ?

 あれ? あれ? あれ? 思い出せない。結城友奈は勇者であるのアニメ本編やそのアプリゲーム花結いのきらめきの知識はあるのに、それ以外を思い出せない。

 結城友奈、東郷美森、犬吠埼風、犬吠埼樹、三好夏凛、鷲尾須美、乃木園子、三ノ輪銀、乃木若葉、上里ひなた、土居球子、伊予島杏、群千景、高嶋友奈、白鳥歌野、藤森美都、秋原雪花、古波蔵棗、国土亜弥、楠芽吹、加賀城雀、弥勒夕海子、山伏しずく、赤嶺友奈、弥勒蓮華、桐生静。

 全員の顔と名前、性格、関連するエピソードは完全に思い出せる。逆にそれ以外は何も思い出せない。

 自分の名前と生い立ちさえも。

 ゾッとした。自分のことがわからないのが、こんなに怖いとは今の今まで思いもしなかった。

 記憶喪失系主人公ってお気楽な奴多いなと思っていたが、とんでもない。こんな怖さをずっと耐えていたのかと尊敬の念を抱く。

 と同時にあれはフィクション。いわゆる作り物のお話だからそういう性格なのだと思う。

 いやでもいま目の前にある現実として自分は記憶喪失なわけで。そのフィクションの世界になぜか最弱の敵としてここにいるわけだし。

 いかん、思考がループしてきた。こういう時はいったん寝るに限る。これが夢ならきっと寝てしまえば現実に戻るはずだ。

 起きて、変な夢見たなとどうせほとんどおぼえていないだろうがどことなく気持ち悪い夢を見たという感情が少し残るだけで、いずれ忘れてしまうだろう。

 そうと決まったらさあ寝よう、すぐ寝ようと思い、気づく。

 まぶたって、どうやって閉じるんだっけ。そもそも星屑にまぶたってないだろと。

 うーんうーんと無い腕を組んで頭を悩ます。

 結局、寝ることを諦めてこれが現実なのだと受け入れるのにそれなりの時間がかかった。

 

 

 

 え、これマジ? これ本当に現実でゆゆゆ世界なの?

 俺、異世界転生しちゃったの? しかもまさかの敵側で最弱スタート!?

 こういう異世界転生ものってセオリーとしてある程度その世界で権力を持った家に生まれたり、主要キャラに近い存在の人間として特殊能力とかのチートを持って転生するんじゃないの?

 それが人間どころか星屑って…と自分を顧みて冷静に分析してみる。

 

 なまえ:ほしくず

 タイプ:あく

 とくせい:ふみん/がんじょうあご/ふゆう

 たいりょく:一日中壁の外を全力で移動しても疲れないスタミナをもつ。

 こうげき:人間は簡単に倒せるが勇者には傷ひとつつけられれば御の字。

 ぼうぎょ:満開してない勇者の攻撃を1撃耐えられればすごいぞ。

 すばやさ:星座級の巨大バーテックスよりそこそこはやい。ただし双子座には負ける。

 わざ:たいあたり

    かみつき

 ゆゆゆ世界で最も弱くて情けない敵役。

 数十どころか3桁の数が倒されたとしても「星屑の群れを倒した」くらいの描写しかされない存在。下手したら描写すらされない。

 いっぱい集まると星座級の巨大なバーテックスになるぞ。

 

 うん、クズ運だな。星屑だけに。

 転生ガチャ、ハズレ引いちゃったよ。できることなら乃木家でそのっちの双子の弟として勇者の姉を支えながら乃木家の権力を使って女の子たちがイチャイチャする環境を作りひたすら見守ることができるSSR人生を引きたかった。

 ん? 待てよ。今俺ゆゆゆ世界にいるんだよな。

 だとしたらリアル友奈や東郷さん、風先輩に樹ちゃん、にぼっしーに会える!?

 むしろゆゆゆい時空ならこの5人どころか推しカプ――ゆうみも、ふうにぼ、にぼいつ、ゆうにぼ、小学生組、ぎんすみ、ぎんその、すみその、わかひな、あんたま、ぐんたか、わかちか、うたみー、芽吹ハーレム、亜弥ハーレム、めぶあや、めぶにぼ、ぎんみも、すみちか、ぎんシズ、ふうなつめ、なつめぎん、せっかりん、乃木家、巫女組、友奈ズ、神樹館四天王、弥勒家とかがキャッキャウフフしてるところが生で見られる!!

 思った瞬間、赤い世界の中を漂っていた俺は唯一人類が住むことのできる場所、四国を守る高い壁を見つけていた。そこには人類を守るための結界と、その先にいるであろう推しカプが住む楽園がある。

 すでに先ほどまでのネガティブな感情はすでに消え、今は高揚感だけが心を満たしていた。

 胸を満たすのは推しカプがキャッキャウフフしているところを見届けなければならぬという使命感。要するに煩悩であった。

 そうと決まったら早速出発じゃい! ヒャッハー!!

 

 

 

 この時、俺は浮かれるあまり忘れていた。この世界におけるバーテックスの存在理由を。

 バーテックスである自分が人間の住む領域に近づくという、その意味を。



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須美ちゃんprpr

 季節は冬。吐く息も白くなってきた11月の頃。四国は香川県の大橋近くにある鷲尾邸。

 その日、鷲尾須美は日課の水垢離をしていた。

 「六根清浄」と念仏を唱え、気合の一声とともに桶に汲んだ水を頭からかぶる。その度に水を吸った行衣が身体に貼りつき、白い煙が天へ昇っていく。

 今、須美が身体にかけているのはお湯ではなく冷水だ。気温が低く水のほうが温かいのと須美の身体が熱いため、お湯のように白い煙が立ち上っているのだ。

 大赦に選ばれた神樹様の勇者候補。

 来るべき人類の敵、バーテックスから神樹様を、ひいては人類を守るための存在。

 それが須美にとっての肩書であり、鷲尾家に養女として引きと取られた理由。人生のすべてだった。

 今日も四国を守る神樹様を信仰する大赦の施設で勇者としての戦闘訓練をうけ、現在は家に帰ってきてからの自主訓練を終えた後だ。

 まだ足りない。まだ足りないと水をかぶるごとに頭は冷えるどころか、熱く沸騰するようだった。

 同じ戦闘訓練を受けている乃木園子。四国で知らぬものはいないほどの名家、乃木家の令嬢である。

 自分と同じ年齢で、普段はなんだかほわほわしている。おおよそ戦闘向きの性格とは思えない。なのに戦闘訓練の成績は自分を抜きいつも1番だ。

 納得いかない。自分はこんなに頑張っているのに。

 努力は人一倍しているつもりだ。いや、つもりではなく人一倍している。

 須美の武器である弓の訓練は朝日が昇る前から始まり朝食の準備をする時間まで行われる。学校が終わってからは大赦の訓練施設で大人でも音を上げるような苛烈な特訓を受ける。その後家に帰ってからは自主的に体力づくりや弓の稽古をしている。

 その甲斐あってか実戦を想定した移動しながらの曲射撃ちでも的を外したことはない。矢をつがえる速度も最適化し、矢を三連続けて放ち同じ場所を射ることもできるようになっていた。

 なのに、勝てない。模擬戦ではいつも須美に×が付き、園子には○。力量の差は日を追うごとに広がっていく気がした。

 やはり初代勇者の血は偉大だ。園子様は天才だ。鷲尾の娘もなかなかやるようだがやはり乃木様は格が違う。

 口さがない大人たちが言っていた言葉を思い出し、それを振り切るようにもう一回と頭に冷水をかける。

 だめだ。雑念が取れない。こんなことでは勇者失格だ。

 ふぅっと大きく息をつく。気を抜いたことでトランス状態が解けたのか、水を吸って重くなった行衣が身体に貼りつく気持ち悪さを感じる。

 視線を下ろすとおよそ小学生とは思えない立派な胸がくっきりと形を浮き出させていた。

 また大きくなった。胸にそっと手を当て恨めしく思う。

 成長期とはいえ周囲から奇異な目で見られるこれは何とかならないものか。

 戦闘にも邪魔になるしこんなものはいらないのだが、クラスメイトの女子からはなぜかうらやましがられている。

 うらやましがられるだけならまだいいのだがたまにご利益をくれと触ったり揉んだり時には拝まれたりするのは困ってしまう。そういう女の子は圧が強いというかちょっと目が血走っていて怖い。

 物思いをしていると風が吹き、水に濡れた肌に吹き付ける。

 急に寒さをおぼえた須美は水垢離が終わるのを待っていた鷲尾家のお手伝いさんに湯あみの用意を頼み、差し出されたタオルを受け取った。

 

 

 

 須美が勇者として人類の敵であるバーテックスと戦うことになるとされる日まであと半年を切った。

 これは大赦に所属する巫女たち複数の預言から導き出した結論であり、絶対だ。逃れることのできない未来だとされていた。

 その日に向けて須美は大赦の訓練施設で戦い方を学んでいる最中であり、他の2人の勇者候補との連携なども訓練しているがうまくいっているとは言いがたい。

 須美が人付き合いが苦手な堅物ということもあるが、他の2人の勇者候補も問題なのだ。

 三ノ輪の娘は分け隔てなく人と接することができる性格といえば聞こえはいいが、須美からすれば気安い。こちらの触れてほしくない領域にもずけずけ入り込んでくる態度は少々思うところがある。正直苦手なタイプだ。

 戦闘も直情的というか、よく言えば勇ましい。悪く言えば猪武者。

 考えなしに突っ込んで返り討ちにあったり予期せぬ敵の罠にでも落ちたらどうするのだろうか。武器の性質柄後方支援の須美としては心配の種だ。

 乃木の娘は先ほどのこともあるがつかみどころがない性格で、不真面目にしか須美には見えない。訓練中もたまに寝ているし、休憩中「一緒にお昼寝しよう」と誘われたのも1度や2度じゃない。

 その度に「まじめにしなさい」と叱っているのだが、こたえている様子は全くない。むしろ最近は須美もその態度にあきらめの境地に達していた。

 ただ戦闘面では天才的であり時々「ぴっかーんと閃いた」と須美が思いつかないような方法で不利な状況からも一転攻勢を仕掛けてきて形勢が逆転されてしまう。

 いずれにせよこの2人をまとめるのは大変そうである。と須美は考えていた。

 頭の中では当然自分がリーダーで、西暦時代に大国を相手に大日本帝国海軍を勝利に導いた山本五十六元帥のように2人を指揮してバーテックスに勝利する映像が浮かんでいる。

「私がしっかりしないと」

 と一般家庭ではありえないほど広い旅館のような浴室で湯あみを終えた須美がつぶやく。そういう本人が一番壁を作っていることに、この時はまだ気づいていない。

 寝巻に着替え、大赦から常に身に着けておくようにと言われているスマホを手に取ろうとして――けたたましい音に驚いた。

「な、なに!?」

 画面を見ると大赦で開発された勇者専用アプリNARUKOが起動しており、【樹海化警報】という赤い文字が表示されている。

 突然のことに動揺し、大赦で教わった神樹様の結界にバーテックスが近づいたという知らせだと気づくのに少し時間がかかった。

(嘘っ――あと数か月は大丈夫じゃなかったの!?)

 心臓が早鐘を打つように鼓動を早くする。風呂を出たばかりなのに冷たい汗が背中を走った。

 なんで、どうして、怖い、いやだ、逃げられない、私がやらないと、早すぎる、準備しなくちゃ。

 言葉が頭を埋め尽くし、足の力が抜けていく。警報のアラームが耳鳴りと重なって、吐きそうな気持ち悪さを感じる。

「お嬢様! 須美お嬢様大丈夫ですか!!」

 そんな須美の意識を正気に戻したのは、鷲尾家のお手伝いさんの声だった。

 たまたま近くにいてスマホのアラームになにごとかと思って近づいてきたのだろう。血の気が引き顔が真っ青を通り越して真っ白な須美を見つけ心配している。

 そうだ、自分は人類を守る勇者なのだ。この人や、父と母や学校のクラスメイトを守らなければいけないのだ。

 たとえ、自分の身を犠牲にしても。

「ああ、お嬢様!」

 奮い立ち、立ち上がった須美を見て、お手伝いさんが安堵する。

 須美はそのまま右手を上げ敬礼をし、

「鷲尾須美、お国のために行ってまいります」

 内なる恐怖を飲み込んだまま、ほほえんでみせた。

 

 

 

 景色が一変し、須美の目の前にはカラフルな和紙を使った切り絵のような現実とは思えない異質な世界が広がっていた。

 ところどころに広がる巨大な植物の根のようなものを見て、ここが神樹様の結界の中だと知る。

 あまりの異様さと美しさに、須美はしばらく言葉を失っていた。が、今はそんな場合ではないと頭を切り替える。

 周囲を見渡し、ここにいるのが自分だけだと気づく。まだ他の2人の勇者候補は来ていないことから自分が一番乗りらしい。大赦の訓練施設で何度も行ったように変身するためスマホの画面をタップしようとして――指が止まった。

 

 そこに、すでにいた。

 

 目を離した、ほんの一瞬。音もなく、信じられない速さで近づいてきた得体のしれない何かが。

 気配だけだが、鮮明に感じられた。須美はやめろと必死に警鐘を鳴らす本能を抑え込み前を見て――後悔した。

 巨大な口にむき出しの歯。明らかに生物とは違う異質としかいいようのない真っ白の体躯。

 11歳の自分を噛み砕いて飲み込むのに何の問題もない大きさの化け物は、しかし何をするでもなくそこにいた。

 なぜ攻撃してこないのか、なぜ何もしないのか。

 そんな疑問は、頭に浮かぶ前に消えていた。ただ目の前にある明確な死の恐怖に、須美は金縛りにあったように動けない。

 自分は餌だ。目の前にいるこいつにとって、人類は餌なんだ。

 やがて白い化け物は口を開く。あの大きな口に自分は飲まれ、むき出しの歯に噛み砕かれるのだろうか。

 嫌だ、こわい、こわい、こわい!

(誰か助け)

 瞬間、白い化け物――座学で星屑と教わったことをようやく思い出した――が止まった。口を半開きにしたまま。

 何がと思う間もなく、赤い何かが飛び出しガチン! と金属を激しく叩きつける音が耳を打つ。

「うちらの仲間に何してんだコラァッ!!」

 聞き覚えのある声に見ると、そこにいたのは須美と同じ勇者候補生の三ノ輪銀だった。

 なぜ彼女がここにいるのだろう。

 一瞬ポカンとした須美だったが、星屑をにらみつける怒りと闘志を込めた瞳に安堵し知らず泣きそうになってしまう。

 先ほどの大きな音は銀の武器である巨大な2丁の斧を振り下ろした音だろう。パワーなら須美はもちろん園子も負けるかもしれない重い一撃だ。

 しかしその不意打ちを星屑は易々と躱し、追撃の攻撃も右に左にといなすように避けていく。そして何かに気づいたのか急に方向転換し、銀の攻撃で誘導された先から必殺の一撃で繰り出された槍を歯で受け止めた。

「大丈夫、鷲尾さん!」

 声の主は乃木園子だ。突いた槍をすぐ手元に戻し、いつでも攻撃できるよう警戒しながら須美をかばうように前へ出た。

 そこで須美は、初めて自分が地面に座り込んでいるのに気づいた。恐怖から腰が抜け、いつの間にか立っていられなくなっていたのだ。

「すまん遅れた。あいつ、星屑だよなバーテックスで一番弱いっていう」

「うん、だけど…」

 銀の言葉に園子も肯定したが、同時に否定の言葉も出た。

 星屑は園子の槍の射程圏外へすでに移動し、ただじっと宙に浮いている。

 こちらの様子をうかがっているだけなのに、何か異様な気配を感じた。

 下手に近づこうものなら手痛い反撃を受けそうだ。格上の戦闘教官と闘ったときと似た感覚に2人はいっそう警戒する。

 一方須美は衝撃を受けていた。

 性格や戦闘面に問題があるとどこか見下していた2人が即興でここまで連携できていたこと。指揮するどころか守られてお荷物になっている現状。

 まじめに頑張っている自分が1番リーダーにふさわしいという妄想は、とんだ傲慢だった。むしろ今となっては滑稽ですらある。

 守られているだけの自分を恥ずかしく思い、同時に怒りもわいてきた。

「乃木さん、肩を貸してくれる」

 一瞬驚いた様子の園子。銀は2人の前に立ち、星屑を警戒している。

 こういう時こそ自分の出番だ。

 園子に立ち上がらせてもらい、スマホの変身アプリを展開する。白菊の花が咲き誇った。

 身体が光に包まれ黒いインナーの上に薄紫を基調とした勇者の戦闘服を身にまとい、武器である弓矢を手にする。

 なにがお国のためだ。なにが私がしっかりしないとだ。

 2人が来るまで、何もできなかった。恐怖にとらわれ、震えるしかできなかった。

 こんな自分が、勇者などであるものか。

 須美は弓を構え集中し、射線上の星屑を捉える。

「南無八幡大菩薩」

 裂ぱくの気合とともに放たれた矢は、しかし当たることなく躱された。

 無論そんなことは織り込み済みだ。勇者2人の攻撃を躱したのだ。当然だろう。

 だから須美は必殺を込めた矢とは別に、矢を3連番えていた。避けた先を狙い、今度こそと放つ。

「嘘っ!?」

 攻撃は、当たらなかった。星屑は矢をギリギリまで引き付けてから転がるように移動し、何事もなかったかのようにこちらをうかがっている。

 園子が驚いたのは、その反応速度だった。園子の目から見ても、今の攻撃は完全に入っていた。躱せない攻撃のはずだった。

 だというのに、最弱のはずのそいつは傷ひとつなくただ浮遊している。矢が放たれたのなど幻だったかのように。

 まだ数巡しか打ち合っていないが、実力差ははっきりしていた。こちらは全力でやっているのに、向こうはこちらを見ているだけで反撃してこない。

 からかっているのだ。お前たちと自分はこんなに違うのだと。所詮人間はこの程度だと。

 相手に絶望感を植え付け、獲物を飲み込む蛇が獲物を飲み込むようにじっくりとなぶるつもりなのか。

 今度は敵の反撃が来る。そう思い身構える3人だったが、

「え?」

「なんだ、なんでだ?」

「逃げていく」

 星屑はあっさり身をひるがえすと凄まじい速さで結界の外を目指し去っていった。

 結界の中にいるのは3人の勇者だけ。あまりにも唐突でこちらの虚を突いたある意味見事な逃走に須美は呆然自失していると、

「ふぇえええ、こわかったぁあああ」

 完全に星屑が視界から消え、警戒を解いた園子が脱力して尻もちをついていた。槍が手から離れ音を立てて転がり、慌てて拾おうとするがなかなかつかめないようだ。

「なんなんだよあいつ。あれで最弱とか嘘だろ」

 銀も緊張の糸が切れたのか、脱力しその場に座り込む。その言葉に須美も激しく同意したい気分だ。

 あれが最弱ならそれより強い巨大バーテックスとはどんなにだろう。考えて戦慄する。

 大赦はあんな化け物と戦えという。それはまるで大東亜戦争末期の軍部からの指令に等しい無茶ぶりだと思えた。

「それにしても、わっしーすごかったね。あの4連撃!」

 まだ見ぬ敵に恐れおののいている須美に、園子が破顔していう。

「おー、須美のあれすごかったな。なんで訓練では出さなかったんだ」

 と銀。普段は鷲尾さんと呼んでいたはずだが、いつの間にか下の名前で呼ばれていた。

「え? 乃木さんわっしーって? 三ノ輪さんもなんで名前で…。えーっとあれはまだ完全じゃなかったから。2人の攻撃を避けた敵だから最初の矢は避けられると思って避けた先を絞って狙ってみたんだけど」

「ぶっつけ本番だったの!? わぁー」

「実戦で成長するタイプか。カッケーな」

 突如自分ではもう敵わないと思っていた相手に褒めちぎられ、須美は困惑する。

「かっこよくなんかないわ。私、何もできなかったもの」

 思い出す。星屑が目の前に来て戦意喪失したことを。あのまま2人が助けに来てくれなかったら、あの大きな口に食われていただろう。

「変身もできなくて、情けない。いざというときは私がなんて考えていて……こんな私が勇者だなんて、おこがましかったのよ」

 須美の自尊心は完全に砕かれていた。

 大赦に選ばれた神樹様の勇者候補。たくさんいた同年代の候補生のなかで、自分こそが最も優れているという自負があった。

 自分以外の勇者候補生を表面だけの印象で判断し、本質を見ようとしなかった。銀の勇気も蛮勇と、園子の土壇場における発想力もたまたま思いついた作戦がうまくいっただけだとその才能から目を背けていた。

 都合の悪い情報は無視し、他の勇者候補生をどこか格下に扱っていた。

 だが実際はどうだ。この場にいる3人のなかで1番のお荷物は、1番の臆病者は、役立たずは。

 誰が足を引っ張っていたかなんて、明らかだった。本当に情けない。

「情けなくなんかないよ!」

 そんなことを考えていた須美は自分にかけられた声に驚き、うつむいていた顔を上げる。園子が自分を見つめる真剣な瞳に息をのんだ。

「1人だけであんなのが目の前にいたら、わたしだって戦えたかどうかわからないよ。それにほら」

 差し出された手は未だ震えていた。

「手の震え、止まらないんだ。怖くて。訓練の時と実戦は全然違って。もう動けないかもー」

「そうだなー。あたしも勢いで飛び出して斧ぶんまわしてたけど、正直ひやひやだったもんな。足なんか震えてたし」

 と銀。笑いながら言ってはいたが、その笑顔にいつものような明るさはなく陰を感じた。

 そうか、みんな怖かったんだ。未知なる敵に。不意に訪れた命を落とすかもしれない戦いに。

 考えてみればそれは当たり前で、11歳の自分たちには重すぎる試練だったのだろう。

「じゃあ、私…いいの? 2人と一緒に戦って」

 須美の言葉に、

「もちろんだよー。わっしー」

「いやいや、ここで1抜けとかやめてくれよ。あんな化け物、園子と2人じゃ勝てる気しねーよ」

 応えてくれる2人。

 それが嬉しくて、湧き上がってくる生まれて初めての感情をごまかすため大声で明るく言う。

「よーし、じゃあ明日から猛特訓の開始よ!」

「おう! 今度は絶対あんなやつに負けないからなー」

「だねー。あ、でもお昼寝の時間は」

「「しばらく我慢しろ(しなさい)」」

「うぇー、わかったんよー」

「それと乃木さん。最終選考で残った3人の中でリーダーは私がやろうと思ってたけど、あなたにやってほしいの。いい?」

「乃木さんなんて堅苦しいよーそのっちって呼んでわっしー。…へ? わたしがリーダー?」

「園子がリーダー…マジか?」

「大マジよ。訓練の時から思ってたけど、あなたの発想力には光るものがあるわ」

「ええ! わっしーに褒められた!? 」

「明日は雨が降るかもな」

「それと三ノ輪さんは考えなしに突っ込むところは直したほうがいいわ。今回はその…助かったけどあれがバーテックスの罠かもしれなかったわけだし、次からはよく考えてね」

「銀でいいって。ひょっとして心配してくれてるのか」

「あ、当たり前でしょ! 私たちは同じ勇者で、仲間なんだから」

「わっしーがデレたぁ! ビュォオオオオオオ」

「本当に明日は雨…いや、初雪が降るんじゃないか」

「あ、あなたたちねぇ」

 

 その日、初めて勇者候補だった3人はチームになった。

 これは鷲尾須美の物語の始まる、ほんの少し前のお話。

 

 

 

 危なかった。と俺は全速力で神樹の結界から離れながら自分のうかつさを呪う。

 勇者の使命とはバーテックスから神樹を守ること。

 バーテックスが神樹のもとにたどり着いたら世界が終わる。

 そんな物語にとって大前提な原作の知識が、頭からすっぽり抜け落ちていた。

 そして原作キャラの鷲尾須美に出会った瞬間、自分が星屑であることも忘れて見とれてしまったのだ。

 黒く美しい髪。湯上りなのかほんのりと上気した顔。レアなパジャマ姿。

 そして小学生とは思えない立派なお胸。

 思わず近くで見たいと強く思った瞬間、須美ちゃんが目の前にいた。

 あ゛あ゛あ゛須゛美゛ち゛ゃ゛ん゛だ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛! か゛わ゛い゛い゛な゛ぁ゛!!

 ハァハァ、かわいい。マジで小説の表紙絵と同じじゃないか。なんかおびえてるけどその表情もいいよ! 眼の端に溜まった涙ペロペロしたい。prprしたい!

 思わずprprしようと口を半開きにして、気づいた。舌がない。

 それもそのはず、今の俺、星屑じゃん! 今の今まで忘れてたわ。

 そりゃおびえるわけだよ。決してテンションが上がった俺にドン引きしているわけじゃない。断言しよう。

 何とか危険な存在じゃないとアピールしようとするが声を出せない。

 考えてみれば星屑には声帯と呼ばれる器官が存在するのか怪しい。これでは「ぷるぷる、ぼく、わるいほしくずじゃないよ」と呼びかけることもできない。

 そんな八方ふさがりでどうしようかと思って周囲を見渡すと、牡丹の花が舞い赤い衣装を身にまとった勇者がこちらへ目掛けとびかかってくるのが見えた。

 銀ちゃんだ! 須美ちゃんに続いて銀ちゃんも来た! ぎんすみイヤッフゥウウウ!!

 姫を守る騎士のような銀ちゃんの登場に俺の興奮は最高潮。心の中で歓喜の声を挙げながらステップを踏む。

 それで偶然銀ちゃんの斧攻撃を避けることができたが、問題はそのあとだ。

 2人に敵意がないとわからせるため立ち止まり、せめて怖がらせないようにとでかい口のある顔を背けてみせたら――ー鋭い槍の一撃が、口の中に飛び込んできた。

 攻撃がたまたま前面からで、噛んで止められたのは幸いだった。もし体躯のほうに刺さっていたら絶命していただろう。

 殺気に満ちた攻撃。この時になって俺はようやく自分が彼女たちにとって倒すべき敵だという事実に直面した。

 須美ちゃんを守るように立ちふさがる銀ちゃん、その後ろで須美ちゃんを助け起こすそのっち。近い近い。

「あら^~」と思わずコメントを打とうとして、指どころか腕もないことに気づいた。小学生組てぇてぇです。ありがとうございますありがとうございますと感謝して心の中で拝む。

 そんな殺気満々な彼女たちに、「ぼくは君たちがイチャイチャするのを見にここに来ただけだから危険じゃないよ。さ、どうぞ気にせずそのままイチャイチャして」と万の言葉で語ったとしても通じるとは思えない。

 この時、脳裏によぎったのは動物番組で腹を見せる犬だった。

 あらゆる動物共通である服従のポーズを見せれば相手も何か思うところがあるかもしれない。そう思って仰向けになろうとして、バランスが取れず転がってしまう。

 その瞬間、さっきまでいた場所に矢が4つ刺さっていた。

 星屑には冷や汗を流す器官がないのに、体躯を冷たいものが伝うのが分かった。もしかして、ここにいたら……死ぬ?

 と同時に頭から抜け落ちてきたバーテックスの設定をようやく思い出し慌てて逃げてきたのだ。

 ちなみに今回の出来事が原作より早く須美、銀、園子のわすゆ組が仲良くなるきっかけ。アニメ本編よりも戦力を向上させて初陣に臨むことにつながるのだが、その時の俺は知る由もなかった。

 



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星屑は食べ物! 星座級はごちそう!!

(+皿+)安達としまむらは、いいぞ(by百合厨星屑)
    2話を見て「あら^~」の嵐が止まらない


 壁の外の赤い景色の中、神樹の結界からほうほうのていで逃げ出してきた俺はようやく落ち着ける場所まで来ると改めて先ほどのことを考えていた。

 鷲尾須美、三ノ輪銀、乃木園子(小)。

 あの3人が出てきたということは、ここはアプリゲームの花結いのきらめきではなく神暦の【鷲尾須美は勇者である】の世界なのだろう。

 鷲尾須美は勇者であるは最初劇場版として公開され、その後結城友奈は勇者である2期の前半でテレビサイズとして新たなシーンを追加、編集されて放送された。

 これは第1期の結城友奈は勇者であるの前日譚としての物語であり、物語のヒロインであり勇者でもある東郷美森の過去の話だ。

 まだ小学生の子供が命懸けで人々を守るため巨大な敵と戦う物語は少女たちの純真さと可憐さを描くとともに迫力のある戦闘シーンと人間に敵対する異質な敵の不気味さを描いた作品である。

 特に中盤以降の年端のいかぬ少女たちの物語としてはあまりに残酷で重い展開と救いのなさから「おのれタカヒロ」という脚本家であり原作者であるタカヒロ神に対する言葉が生まれたりもした。

 そう、ここは結城友奈は勇者であるの始まる2年前の世界。

 小学生の子供たちが背負うにはあまりにも残酷な展開と結末が待ち受けている――そんな世界なのだ。

 

 

 

 新樹館小学校、イネスで食べたジェラート、巨大戦艦長門、パジャマパーティー、休日テンション、銀ちゃんの着せ替え、ラブレターと羅漢像、国防体操、ぎんそのの間にはさまる須美(物理)、2人でいったお祭り、精霊、ハロウィン。

 アニメ本編で起こったイベントが次々と頭に浮かんでは消えていく。

 その中でも【三ノ輪銀の死】と【最終決戦の20回以上の満開】の2つは、後の結城友奈は勇者であるにも深く関わってくる重要な事柄だ。

 結城友奈は勇者であるである程度ネタバレしていたとはいえ、その結末に当時相当衝撃を受けた。避けられない運命。圧倒的な力を前にした時の絶望感。それを前にしてもなお戦う人間としての覚悟と矜持。

 特に銀ちゃんの死は視聴者に大きな衝撃を与えた。ツ○ッターやpix○vに投稿された銀ちゃんのR-18絵のコメントには「罪悪感で抜けない」というコメがつき、結城友奈は勇者であるの舞台である讃州中学校の制服を着た銀ちゃんの成長した姿を描いたイラストには「どうしてこうならなかった」というタグやコメントが多数つくほどに。

 それくらいファンに愛されている子なのだ。だからアプリゲームの花結いのきらめきで中学生になった須美(東郷)と園子と合流したイベントで思わず涙したプレイヤーも多いことだろう。

 更に1年目の三ノ輪銀誕生日イベントは銀ちゃんが大人になったらやりたかったことを中学生になった2人が勇者部のみんなに頼んで開催するという神イベントだった。

 このイベントによって棗風などゲームオリジナルキャラとのカップリングも生まれたわけだが、それはそれとして。

 ゆゆゆい時空での三ノ輪銀は未来に自分がいないことに、なんとなく将来自分の身に起こることを察しつつも明るく振る舞い仲間を思いやって現在を大切に生きる。

 そんな少女だった。

 さて、そんな少女が死ぬことが決まっている物語に転生したらやることは何か。

 もちろんそれはその展開を回避する。もしくはその展開ごと物語をぶち壊すことに決まっている!

 何を隠そう俺はぎんすみ、ぎんみも推しである。特に1年目の誕生日イベントと2年目のバレンタインデーイベントは尊さのあまり塩の柱になりそうだった。

 あの尊さを守るためならば、俺は天の神の火に焼かれ続けても構わない。というか勇者の章の友奈ちゃん可哀そうすぎだろおのれタカヒロ。あと6話でまとめるにはいろいろ無理がありすぎたよね。

 話がまた逸れかけたが、当面の目標が決まった。

 第1に、三ノ輪銀の死の回避。

 これはかなり難しい。

 なぜなら銀の死によって須美と園子には大赦から精霊が与えられ、バーテックスと対等に戦えるほどパワーアップした。満開と散華という身体の一部を捧げる代償付きではあるが。

 また銀から受け継がれた勇者アプリのデータは後に改良され三好夏凛に引き継がれる。もし銀が生きて勇者のままだと夏凛が勇者になれない未来が待っている可能性もある。

 銀を救出しても精霊がなければその後の勇者はバーテックスを倒すことができないし、スマホのデータがなければ完成型勇者の端末が作られることはない。

 助けるだけなら銀を殺すことになる3体の星座級と戦わせなければいい。最悪瀕死状態の勇者3人を攫って保護してしまうのも手かもしれない。

 これは助けることよりも、むしろ後処理のほうに気を使わなければならない案件だ。

 第2は乃木園子の満開の数を減らす。

 これを成功させるためには最終決戦で12体の星座級がそろうという最悪の事態を防ぐ、もしくは満開自体をさせないなど方法はあることにはある。

 だがバーテックスが神樹にたどり着くこと自体が人間にとって世界の滅亡であり、それをなそうとするバーテックス側、人間の代表である勇者双方死に物狂いで戦うのは確実だ。

 そんな中をただの星屑が行けばどうなるか? 結果は火を見るよりも明らかだ。星座級の足止めどころか下手すれば取り込まれて終わり、もしくは勇者に瞬殺されるのがオチだろう。

 いずれにしてもただの星屑には無理だ。少なくとも星座級、もしくはそれ以上に強い存在にならなければならない。

 そう、強くならなければ。

 自分はもうとっくに人間をやめているのだ。手段は選んでいられない。人間だったころの倫理観など捨ててしまえ。

 どんな手を使ってでも彼女たちが笑顔で生きていける未来を守ろうと、固く誓った。

 

 

 

 とはいったものの、どうやって強くなろう?

 原作通り他の星屑と融合し、星座級になるという案はすぐ却下した。何千何万という星屑と融合した後自分の意識が残っていることは確信できないし、もしバーテックスの本能に負けて勇者たちを襲うなんてしてしまった日には目も当てられない。

 やはり地道な特訓しかないか。

 とはいえ強くなる方法なんて、腹筋や腕立て伏せぐらいしか思いつかなかった。しかし星屑は手どころか腹筋もあるかどうか怪しい。両方できない身体なのだから意味がない。

 モンスターを倒すRPGよろしく敵を倒して経験値を稼ぐという方法もあるが、バーテックスの敵は勇者であり俺にとって推しの少女たち。それを倒すというのは言語道断の行為だ。

 それじゃあどうする。毎日感謝の正拳突き1万回でもするか? って、手がないんだって。

 

「強くなりたくば喰らえ!」

 

 その時、某漫画の地上最強の生物が言っていた台詞が天啓のように舞い降りた。

 星屑になる前の人間だった記憶はないが、カフカの変身とかこういうサブカル的な知識は結構おぼえていたりするようだ。

 そうだ。同じ星屑ならいくら倒しても罪悪感はわかない。むしろ勇者が相手するだろう敵を食って減らすことで間接的にではあるが協力できるのではないか。

 そうと決まったらすぐ実行と俺は近くを漂っていた星屑を後ろからかみついた。

 意外なことにかみつかれたほうの星屑は抵抗することもなく、むしろまるで何事もなかったようにただ浮遊している。

 いや、少しは抵抗しろよ。と内心でつっこむが実際は抵抗されても困るので正直なところ助かる。

 結局体躯の半分ほど食われても星屑は反応せず、とうとう顔面まで届くといったところで一気に口の中に入れる。頑丈なあごで欠片一つ残さず砕き、ごくんと飲み込んだ。

 味のないイカのようだな…とても食えたものではない。

 初代勇者乃木若葉の台詞を思い出し、人間でこれを食べた若葉は相当な変人だなと改めて思う。

 と同時に、【味のない】という部分に引っ掛かりをおぼえ反芻する。

 さっきは夢中で噛みつき、喰らったがどんな味だったろう?

 考えても思い出せないので、また手直なところに浮遊していた星屑に噛みつく。

 こんどはゆっくりと味わうように。抵抗せず同族の口に呑まれていく星屑をかみ砕いていく。

 ごくりと最後まで飲み込んで衝撃的なことに気づいた。

 味がしない! というか味覚がないのか。

 舌がないと気づいた時なんとなくそんな感じがしていたが、魚や鳥のように人間とは感じ方が違うだけという可能性もあった。

 その希望的観測が見事に裏切られ、ほんの少し…いや、かなりショックだ。

 マジかー、睡眠だけじゃなくて食事にも楽しみがないとか…性欲も無理っぽいし。

 人間にとっての3大欲求が軒並み存在しないという修行僧も真っ青な禁欲環境。ここに1年ほどいたら悟りを開けるんじゃなかろうか。

 まぁ、他にやることもないし星屑食いを続けますか。もぐもぐ。ごっくん。

 いっそのことここにいるやつら全部食っちまおう。もぐもぐ。ごっくん。

 こうして自然界で最も忌避される同族食いという禁忌は、いとも簡単に破られたのだった。

 

 

 

 この赤い世界では時間の概念がわかりにくい。強くなるために星屑を喰らうという決意をしてからどれくらいたっただろうか。

 星屑の身体は人間の時と違い睡眠を必要としない(眠れないともいうが)ので身体が動く限りそこら辺を漂っていた星屑にかみついて食いまくった。

 最初は数を数えていたのだが、200を超えたあたりから意味のないことに気づいた。

 なにせ星屑はそこら中から無限に湧き出してくるし、食ってる最中他の星屑の群れが集まってきて巨大な星座級になるのに巻き込まれかけたのも1度や2度じゃない。

 できるだけ群れから外れたはぐれの星屑を狙って襲っているが、食べても食べても星屑は虚空から突如出現し、食われている同胞などまるで見えていないかのように四国へ向かっていく。

 これではキリがない。俺がどんなに急いでこの辺りの星屑を全て食べきったとしても、別の場所ではここと同じように星屑が生まれ人間の領域へと向かっているのだろう。

 くそう、くそう。

 なかなかうまくいかず、思い通りにならない現状に心の中で地団太を踏む。

 せめて俺が複数いれば生まれてくる星屑を片っ端から食ってやれるのに。

 と考えて、はたと気づく。

 星座級が星屑がたくさん集まってできた強力な存在なら、その逆もできるのでは?

 今の自分は星座級になるほどたくさんの星屑を食ったはずだ。質量なら星座級にも負けないだろう。

 となれば実行あるのみ。

 

 ぷーらーな-りーあー!

 

 俺が心の中で唱えると、体躯が2分割された。

 プラナリアとは再生生物として有名な生き物だ。上と下に分割したら切断面から上半身と下半身が生えてきて2匹に。100分割したら100匹のプラナリアになる生き物である。

 もちろん再生に必要なエネルギーがあればという大前提があってこそだが細胞の切れ端が1つあればそこから再生して元の姿になる生き物なのだ。

 そのプラナリアにならって体躯を真っ二つにしてみたのだが、なるほどこうなるのか。痛みがないのは星屑に痛覚がないからなのかな。

 え? どうやってやったかって?

 そんなこと俺が知るか!

 と昭和のカブトムシモチーフのライダーなら逆ギレしてたんだろうが正直なところよくわからん。やってみようと思ったらできた。

 四国だけに「その時、不思議なことが起こった」のではないだろうか。今思えば転生前に見た光もキングストーンフラッシュだったのかもしれない。

 だってあの人「四国はこの仮〇ライダーBLACK RXが守る!」って宣言してたし。バーテックスが跋扈(ばっこ)するこの現状を見たらどうにかしようと次元を超えて不思議なことを起こしそうだもの。

 そんなことを考えながら何気なく視線を切断面に向けてしまい、後悔する。ミチミチと肉が盛り上がって体躯が再生していく様は相当グロい絵面だ。

 うわっ、キモッ!

 自分でやっといてなんだが、次から再生途中の様子を見るのはやめよう。SAN値が下がる。

 ……そろそろいいかな? 完全再生、ヨシ。

 現場猫よろしく指さし確認して(指はないんだけども)、分裂したもう1体の星屑に向き直る。

 わたしがわたしを見つめてました。なんてことはなく、今まで見えていた視界のモニターが2分割されたような感じだった。

 どうやら肉体ごとに意識が宿っているわけではないらしい。意識はちゃんと俺のままあり、俺が2体に増えたわけではないようだ。

 感覚は、例えるならパソコンで動画を見ながら手元のスマホのゲーム画面を見ているというのが一番近いだろうか。

 よし、じゃあまずは手分けしてここら辺を漂っている星屑を食べつくしてみようか。

 2匹に増えた星屑の体躯をそれぞれ操作しながら、無限に生まれてくる人類の敵の掃討を始めた。

 

 

 

 あれから結構な時間がたった。

 2体だった星屑は捕食と分裂を繰り返し、今は8体に増えて四国の周囲に発生し続けている星屑の群れを発見し次第噛みつき捕食している。

 最初はもっと多かったのだが、とある失敗から今はこの数に落ち着いている。

 その失敗とは、数を増やしすぎたことだ。

 戦争は数だよ兄貴! と古の言葉にある通り数は多いに越したことはないと、とりあえず50体ほどに分裂してみたのだが。

 それが間違いだった。

 なにしろ数が多い。それが1つ1つ違った動きをするとなると処理が追い付かず頭がパンクしそうになる。

 わかりやすく言うと50を超える体躯を操ることは50画面でそれぞれ別のゲームが起動していて、それを同時攻略しろと言われているようなものだったのだ。

 気を抜くとミスをしそうになるし、末端まで意識が行き渡らず数体の体躯がなにもせずただ浮遊しているだけという状況が頻発。

 さらにはせっかく増えた体躯も星屑の群れに飲まれて星座級になってしまうという事態も発生。その体躯はそれ以後操作できていない。完全に星座級に取り込まれてしまったのだろう。

 これでは勇者のために敵を減らすどころか、敵を強くするのに協力しているようなものだ。

 そこでもう一度集まって融合(共食いともいう)し、今度は操れる数を吟味しながら少しずつ数を増やしていき現在の8体に落ち着いた。

 ついでに試作ではあるがbotも導入してみた。botとはロボットのことであり単純化した作業を繰り返させるプログラムのことである。

 人間だったころの記憶はないが、おそらく作ったことがあったのだろう。どうやればいいかはなんとなくわかっていた。

 これによって負担は格段に減り、常に他の固体の状況に注意しなくていなくてもよくなった。

 星屑を見つけたら食べる。群れに囲まれたら逃げる。なにか異常事態があったら報せる。

 この3つの単純化した命令を分裂した体躯は繰り返していた。危険な状況に陥りそうになったら直接操作しているのでもう星座級に取り込まれるといった事態は起こっていない。

 その結果星屑もだいぶ数を減らせたようで、最近では星屑の群れが発生しているところを見なくなった。群れが発生していないということは新しく星座級の巨大バーテックスが生まれていないということだ。

 そんななか、分裂した体躯のうちの1体が何かを見つけたと報せてくる。

 視界を共有すると、そこには水瓶座の巨大バーテックスのアクエリアスがいた。

 転生初日に見た時より小さく見えるのは俺がその分大きくなったからか。頭部の連なった2つの珠のような部分にはひびが入り、水が溜まっていた透明な球体は2つとも存在しない。下半身もところどころひびが入り負傷している。

 明らかにボロボロになっている。いったい何があったんだ――と考え思い至る。勇者にやられたのだ。

 鷲尾須美は勇者であるの時代にはまだ勇者システムはプロトタイプで、2年後の結城友奈は勇者であるのように核である御霊を破壊してバーテックスを倒すには至らない。結界に入ってきた敵を追い返すしか手段がないのである。

 アクエリアスは鷲尾須美の章に最初に出てきた星座級の巨大バーテックスだ。おそらく須美、銀、園子の3人にやられたのだろう。

 にしても随分ボロボロだな。アニメ本編ではもっと余裕があったように思うんだが。

 観察しながら残り6体の体躯に集合をかける。もちろん俺が普段動かしている体躯はすでにその場所に向かっていた。

 星座級の巨大バーテックスといえ、現在はかなり弱っている。

 これ、今なら倒せるんじゃね?

 バーテックスは御霊と呼ばれる核を砕かない限り何度も再生する。というのが当初の設定だった。

 まぁ、楠芽吹の章の巨大バーテックスは御霊がないし、後にそれが真っ赤な嘘だと判明するわけだが。

 それでも御霊持ちの星座級が脅威なことに変わりはない。それにいまここで1匹でも戦闘不能にしておけば最終決戦の園子への負担を減らすことにつながるはずだ。

 そんなことを考えているうちに、アクエリアスを目視できる距離まで近づいていた。発見した体躯を含め他の7体はすでにそろっている。

 各地で星屑を食べていたせいか、普通の星屑よりも2回り、いや少なくとも3、4倍は大きくなっている。

 この大きさの星屑に襲い掛かられたら、星座級とはいえただでは済まないだろう。

 いざという時のことを考え1体残し、7体の体躯でアクエリアスに向かっていく。

 いざ、突撃ぃいいいいいい!!

 号令とともに7体の体躯がそれぞれ別方向から獲物に群がるオオカミのように突っ込んでいく。

 俺は青いゼリーのようなアクエリアスの上半身にかじりついた。

 うめ! なにこれめっちゃうめぇ!!

 思わず頭がアンコでつまった顔だけの生き物と同じ語彙力になるくらい衝撃的な出来事だった。

 このバーテックス、味がある!

 口の中をパチパチと炭酸が踊るようなのど越しと甘味を感じた。更に噛むと今度はオレンジの爽やかな香りと酸っぱさ、次は飲み込んだ後に鼻孔をくすぐる高級なウーロン茶のような香りと渋み。

 一口ごとに味が変わっていく。なんなんだこの不思議生物は!?

 そういえば銀ちゃんがアニメでアクエリアスが放った水球を飲んだ時、似たようなことを言っていたっけ。

 ともあれ久しぶりに感じることができた食べる喜びという人間の3大欲求の1つに俺、もとい俺たち7体は夢中になってむしゃぶりついていた。

 そう、あまりにも夢中になりすぎて肉片を全て喰らいつくし御霊だけになってしまうほどに。

 あ、やべ。がっつきすぎた。

 と思っていると遠くから星屑の群れがものすごい勢いでこちらに向かってくるのを残した1体が報せてきた。慌ててその場を離れるように他の体躯に指示を出すと、星屑は御霊にまとわりついてアクエリアス・バーテックスの姿になろうと押し合いへし合いぶつかっていく。

 なるほど、御霊があると最優先でそこに行って星座級の巨大バーテックスになろうとするのか。

 また1つバーテックスについて詳しくなった。感心しながらふと気づく。

 この場所に2体くらい置いておけば、わざわざ四国の周りで発生する星屑を探し回らなくてもいいんじゃない?

 そこにあるだけで星屑が向こうからやってきてくれるのだ。それを待ち構え喰らっていくほうが効率がいい。まるでマ○クラのモンスタースポナーをつかった経験値稼ぎみたいだな。

 とりあえずこの場に2体を残し、残りの5体は以前と同じように四国の近くで発生する星屑を食べるように散らばるよう強く念じる。それだけで他の体躯は別々の方向に向かっていった。

 さて、星座級を食ったことで何かできるようになったかな? ロックマンとかだと敵のボスを倒すと武器が使えるようになるのはお約束だし。

 何か出ろ~と念じてみると、ポコンと音を立てて透明な水球が出てきた。

 うぇ、本当になんか出た!?

 あまり期待していなかっただけにこれには驚いた。ひょっとして星座級を食うとそいつの能力を使えるのか?

 今度はつよーくイメージして水球出ろーと念じてみる。すると俺の体躯を包むには十分すぎる量の大きな水の塊が浮遊していた。

 なるほど。食べれば能力を使えるようになるのは間違いないらしい。銀ちゃん救出に対する希望が見えてきた。

 動け、と念じると水の塊は右へ左へと思考した通りに動き出す。

 これは盾になるな。獅子座(レオ)の火球も1発なら消して無効化できるかも。

 今度は水の形を変えることをイメージする。剣、槍、弓、斧、銃、ワイヤー、鎌、鞭。

 銃のような複雑な構造の物は無理だったが、他は問題なく作り出せた。

 そういえばモンスターファームのゲルって水っぽいゲル状の体だったな。だったら銃の代わりにゲル大砲とかゲルコプターもできそう。

 次から次へと試してみたいことが思い浮かんでくる。新しいおもちゃを手に入れた子供のように俺の気分はウッキウキだった。

 

 

 

「「「乾杯」」」

 香川県大橋。神樹館小学校近くにあるイネスのフードコートに、3人の少女の声が響いた。

 須美、銀、園子の3人は先ほど神樹の結界で水瓶座の巨大バーテックスを撃退し、その祝勝会を行っていた。

「くーっ、勝利の後の1杯はうめー」

「ちょっと銀、おやじ臭い」

 一気に飲み干し、たまらないという表情をする銀を注意したのはこの祝勝会の発起人である須美だ。園子は紙コップを両手で持ちくぴくぴと飲んでいる。

「いやーだって楽勝だったじゃん、今回の奴。あたしたち、強くなりすぎちゃった。みたいな」

 どこか熱に浮かされた様子の銀に、しかし須美も同じ気持ちだった。

 約半年前、自分たちがバーテックスの襲撃に遭遇した時。

 それは戦闘とも呼べない敵側の一方的な蹂躙。しかも相手は最弱の星屑であった。

 それから須美たち3人は園子をリーダーとして連携を鍛え、血のにじむような訓練を乗り越えてきたのだ。

 その甲斐あってか今日の戦闘では園子の指示のもと無傷でアクエリアス・バーテックスを結界の外へ追い返すことができた。

 須美は先ほどまでの戦闘を回想する。

 まず結界へ入ると同時に3人は変身した。これは前回変身する前に星屑と遭遇した須美の一件からの反省で結界へ入ったらすぐ対処できるように敵の姿が見えなくても変身しようと事前に決めていたのだ。

 次に結界へと侵入した巨大バーテックスを発見すると、園子が分析をする。

 乃木家では初代勇者が戦ってきたバーテックスの情報が多数保管されていた。無論大赦にも同様の物が保管されているが検閲されている部分も多く乃木家の資料を閲覧できる園子がいることはチーム最大の強みだった。

 そうして園子が作戦を立てて3人で確認し、行動が始まった。

 須美は水瓶座と判明した巨大バーテックスのアクエリアスに矢を射かけ、自分に注意を向けさせ近づく2人の援護をする。

 星屑の襲撃以来素早く移動する小さなものを射る訓練をしていた須美にとって、星屑より鈍重で何倍も巨大なアクエリアスはいい的だった。

 訓練を積み最大5連射ることができるようになった弓から放たれた矢が、正確にアクエリアスの連なった頭部らしき場所に当たる。怯んだすきに今度は風鈴のような下半身を射て足を止めさせた。

 自分に近づく銀と園子に気づいたのかアクエリアスの放った水球はしかし2人に当たることはなかった。2人は攻撃を躱し、ある時は傘のように広がった園子の槍で攻撃を受け流し近づいていく。

 そして園子の後ろで攻撃のチャンスをうかがっていた銀が放った両手に構えた大斧の1撃で戦闘の流れは決まった。

 バランスを崩し、怯んだアクエリアスを園子が槍で刺し、銀が斧で砕く。破れかぶれになったアクエリアスは両脇の水球を放ったが、須美が放った危険を知らせる鏑矢(かぶらや)ですぐさま一時撤退した2人に当たることはなかった。

 攻撃手段を失ったアクエリアスはモウコネエヨウワァーンと早々に撤退しようとしたが須美が放つ矢がそれを許さない。結局神樹の結界を抜けるまで勇者たちの攻撃を受け続けたのだった。

 敵の撃退に成功。結界への浸食なし。勇者の怪我人なし。

 まさに大勝利といっても過言ではない結果だった。

 正直前回の星屑襲来でどんな化け物がくるのかと身構えていた身としては肩透かしを食らったような気分だ。

「ま、まあ。今回は私もうまくいったと思うわ。日ごろの鍛錬のたまものね」

 声は若干上ずっていた。やはり須美も嬉しいのだろう。堅物な彼女がこんなに浮かれた姿を見せるのも珍しい。

「でも勝って兜の緒を締めよという言葉もあるし。浮かれるのはほどほどにしましょう。ね、そのっち」

 声をかけられた園子はまだ半分も飲んでいないジュースの入ったコップをテーブルの上に置き、どこか上の空だった。

「そのっち?」

「え、なにわっしー?」

 声をかけられてようやく意識をこちらに向ける。彼女がこんな風にぼーっとしているときはお昼寝したい時か、決まって何かを閃く前の前兆だった。

「なんだ? 頑張りすぎて眠くなったのか」

「んー、それもあるんだけど。ちょっと気になることがあるんよー」

「気になること?」

 園子の言葉に2人はコップを机に置き、座り直し聞く体制になる。

「この間の敵、星屑が1匹も出てこなかったでしょ」

 園子の言葉に、「あっ」と2人は声を漏らして今更ながら気づいた。

 先ほどの戦闘の場にいたのは巨大バーテックスだけでバーテックスの先兵、星屑が1体もいなかったことに。

 本来ありえないことだ。まず襲い掛かってくる星屑を倒し、最後に現れた巨大バーテックスを倒す。これが本来の正しい戦闘の流れだったはずだ。

 大赦の座学でもそう教わってきたし、乃木家の資料を見て園子と共に予測していたのもそうだった。だが実際神樹様の結界に入ってみると人間の領域に接近していたのはアクエリアスの巨大バーテックスだけ。

 須美たちがアクエリアスに勝てたのも最初から全力で挑めていたという事実が大きい。もし大量の星屑との戦闘により消耗していたら、結果はまた違っていたかもしれない。

「たまたま偶然に、とか?」

「銀、勝ちに不思議の勝ちはあっても負けに不思議の負けはないわ」

 西暦時代の金言を引用し、須美が言う。

「そうだよねぇ。今回はうまく行き過ぎたというか、簡単に勝ちすぎたんよ。わたしたち」

「つまり、何者かが動いて私たちは勝たされるべくして勝った。そう言いたいのね、そのっち」

 先ほどまで胸を満たしていた勝利の高揚感は消え、今は背筋を冷たいものが走る。

 この勝利がお膳立てされたものだとしたら、先ほどまでの自分たちは相手からはさも滑稽に見えているだろう。

 手のひらの上で踊らされているのも気づかず、何の疑いもなく勝利に酔っていた姿は。

「えー、何のためにそんなことするんだよ」

「うーん、それがわからんのんよー。油断させるためだとしたら大がかりすぎだし、わたしたちの実力を見るためだとしたらあんな大きい相手じゃなくてもいいし」

 たしかにそうだ。実力を測るだけなら星屑を何体倒せるかで充分だし、わざわざ巨大バーテックスが出てくることはない。

 巨大バーテックスは初代勇者たちですら倒すのが難しいとされていた敵だ。須美たちの勇者システムはその頃よりパワーアップしているとはいえ向こうは本気で神樹様と人類を滅ぼしに来たのは間違いない。

 可能性があるとすれば、人類を守護する勇者と滅ぼしたいバーテックス。そしてそれ以外の思想を持つ第3勢力の出現。

「私たちに、巨大バーテックスを倒してほしかった」

「うん、多分そうじゃないかな」

 須美のつぶやきに、園子が同意する。

「この状況を作ったやつは、巨大バーテックスが邪魔だったんだよ」

「だから私たちに……神樹様の力を借りて戦う勇者たちを利用した?」

 あるいは共倒れを狙っていたのかもしれない。むしろそう考えたほうが自然なような気すらする。

「ちょ、ちょっと待てよ2人とも」

 祝勝会から思わぬ方向に話が転がり、まだ頭がついていかない銀がストップをかける。

「いくらなんでも考えすぎだろ。相手は人間じゃなくてバーテックスだぞ、そんなこと考えるわけ」

「そう、バーテックスだから、だよミノさん」

 いつになく真剣な表情の園子に、銀がたじろぐ。

「人間の常識が通用しない。今まではただの力推しできたけど、裏で何かをしようとしている奴がいるのかもしれない。ひょっとしたら、人間みたいに考えるような」

 園子の言葉に、2人は同時に思い出していた。

 半年ほど前に結界に単身で侵入してきた星屑。自分たちとの実力差を見せつけるようにして去っていったそいつは何か意図があってそうしたのだとしたら。

「あの星屑が、そうだっていうこと?」

「わからない。でも警戒はしておいたほうがいいと思う」

 祝勝会は、最初の明るさから一転して重い空気になっていた。皆考え込んだ顔で、これからどうするべきか迷っている。

「あー、もう。やめやめ」

 銀が重苦しさを振り払うように、空になった紙コップを両手で押し潰し下敷きのように振りながら言う。

「こういう頭を使うのは、大人に任せとこうぜ。きっと子供のあたしたちより、いい方法考えてくれるはずさ」

「そうね。安芸先生から大赦に報告してもらいましょう」

「うん、そうだといいんだけど…」

 だが結局この3人の推測は、大赦で大きく問題扱いされることはなかった。

 第一波の完全勝利ともいえる状況に浮足立っていたのもあるが、しょせん子供の戯言と誰も真剣に聞こうとはしなかった。

 逆に須美たちを臆病者扱いする輩もいて、新しい勇者を選別しなおすべきだと進言するものまでいた始末だ。

 結局勇者たちの意見はなかったことにされ、後の勇者御記にも記されることはなかった。

 




 主人公(星屑)のチート要素について
 原作知識:人間の時の記憶はないが知識はある。そのためこれから起こる事態や星座級バーテックスの種類と能力。どうすれば倒せるかを知っている。サブカル知識も地味に役立つ。
 思考すること:バーテックスは本来人類を滅ぼすために生み出されたシステムである。そのため転生者に食われた星屑は無抵抗だった。そのような事態を想定していないからだ。
 人間のように思考し、行動できること自体が作品においてチートである。天の神からしたら「こんなバグ想定しとらんよ…」
 スキル:【その時、不思議なことが起こった】
 四国ではよく不思議なことが起こる。これは四国絶対安全宣言をしたライダーの影響かは不明。
 主人公(星屑)は思考するだけよっぽど不可能なことでない限り物理法則を超えた事象を引き起こすことができる。
 これは転生してきた当初明晰夢だと思った影響かもしれない。本来星屑にはないはずの視覚を持っていたり思考するだけで空間を移動したりと作中で遠目で発見した須美の前に一瞬で現れたことからもうかがえる。
 ただし本人が無意識に無理だと思っていることに関しては影響しない。【例】:星屑の声を聴いたことがないので、星屑は声を出せないものだと思っている。星屑に舌はない。最弱の存在など。
 逆に本人が強く意識すれば分裂したり様々なことを実現させることも可能。ただしそのためには本人が納得するだけの理由づけが必要である。【例】:星屑をたくさん食べたことで強くなった。質量が増えたので分裂できる。アクエリアスを食べたから能力を使えるなど。
 ようするに思い込み最強。究極のご都合主義ともいう。


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さくせん:いろいろやろうぜ

 ダイナマイトを発明したノーベルは土木工事の安全性向上のために作られたそれが戦争の道具として多くの人の命を奪うことになるとは夢にも思わなかっただろう。

 同じように本来意図しなかった用途で戦争の道具や兵器となってしまったものは数多くある。

 これもその1つなのか…と俺は目の前で回るそれを見る。

 アクエリアスの水から作られた殺意マシマシのハンドスピナー。ポケモンのみずしゅりけんを参考にウルトラマンの八つ裂き光輪とベイブレードの回転をイメージした結果生まれたものだ。

 いや、違うんですよ。

 最初はちょっとした息抜きのつもりでハンドスピナーやコマとか作ってたらもっと回転数を上げよう、こういう形にしてみようとアレンジ魂に火が付きあれよあれよという間にこんな凶悪な姿に。

 試しにそこらへんを漂っていたデブリに突っ込ませてみると奇麗に真っ二つにし、その奥で漂っていた星屑2体も切断してしまった。切断面を見ると鏡みたいに奇麗だ。

 うん。今まで水で作った武器の中で、多分これが一番凶悪だと思います。

 そんな俺が今いる場所は、壁の外にしては珍しい西暦時代の建築物や自然が燃え尽きずに残っていたものが寄り集まってできたスペース(?)デブリの塊で、身を隠すにはもってこいの場所だった。

 心配しすぎかもしれないがアクエリアス・バーテックスを最弱の星屑が食べたことで天の神がなにか気づくかもしれない。

 天の神といえば2期で結城友奈に呪いを与えたラスボスだが、その能力はチートと言っても過言ではない。

 四国以外の世界を消滅させた元凶でもあり、バーテックスの親玉。しかも複数の勇者が満開してようやく倒せる星座級の巨大バーテックスをいくら倒しても本体は痛くもかゆくもない。

 最終回で神樹の力+歴代勇者の力全部乗せ勇者パンチで倒せたのが不思議なくらいの滅茶苦茶な存在なのだ。

 それをただの星屑が相手にしたらどうなるか。にらまれただけで消滅してしまう。これは比喩ではなく事実として消滅する。

 本来星屑は天の神による土地取りと人類滅亡プログラムの末端の末端だ。

 変な動きをしたら真っ先に消されるだろう。それこそプログラムのバグを修正するように。

 だから俺の意識を宿した星屑が最低1体は生き残る必要があるので物理的に隠れている。銀ちゃんを救出する前に消滅させられては元も子もないからだ。

 触らぬ神にたたりなし。天の神とはある程度距離を置いて生きていくのが一番だ。

 そんなことを考えていると、2体の星屑がこちらに向かってくるのが見えた。

 御霊付近にいて群がってくる星屑を食べ続けていた個体たちだ。あれから相当な数を食ったのか遠目で見てもでかい。

 片方の星屑とサイズが違うのは御霊付近に代わりの星屑を配置するため分裂したからだ。それでもかなり大きい。

 俺はデブリから出ると巨大なほうの星屑に意識を移し、今まで自分が操っていた星屑の体躯を食べる。グレープフルーツジュースとサイダーみたいな炭酸のシュワシュワ。わずか2口で完食してしまった。

 さて、では試してみたかったことをいろいろやってみるか。

 

 

 

 圧縮圧縮! 質量を圧縮!! 圧縮圧縮ゥ! 体積を圧縮ゥッ!!

 今俺がやっているのは小林さんちのメイドラゴンに出てきたドラゴンが人間に擬態するための方法だ。

 この作品ではドラゴンが人間の形に身体をぎゅーっと押し込むことで見た目は人間、力はドラゴンというトンデモ理論で変身している。

 フィクションならではの方法だが、この世界もフィクション。そして俺は人間ではなくバーテックスという人知を超えた存在。

 できる道理はないができない道理もない。

 だったら試してみる価値はありますぜ!

 世界一カッコイイモブの台詞が後押ししてくれた。だめでもともと、やってみるさ。

 体躯を圧縮することで、密度が上がっていくのを感じる。目線が徐々に低くなり、星屑の時にはなかった腕や足が作り上げられていくのがわかった。

 やがてこれ以上無理、と体躯が限界を知らせるのを感じて圧縮を止める。

 視線はかなり低くなっていた。自分より小さいくらいの大きさだった星屑が、かなり巨大に感じる。

 両手の指を握ったり開いたりしながら感触を確かめる。軽めの運動のため両足でジャンプしたり、ラジオ体操のまねごとをしてみたりした。

 うん、問題ない。身体はきちんと人間みたいになってるな。

 と、そこで見た目はどんな風になっているだろうと気になりもう一体の星屑と視界を共有して人型になった自分の姿を見てみる。

 ……うわぁ。

 思わずそんな声が出そうになった。

 白い全身タイツを着たような身体。胸部には膨らみはなく、下半身にも突起はない。

 ここまでは普通の人間だ。性別はないようだが。

 ただ頭だけが星屑のままで目や鼻はなく、本来耳がある位置まで口が裂けて唇がないので歯がむき出しになっていた。

 うん、これ子供見たら泣くわ。

 10人に聞いたら10人がキモいと答えるようなデザインの姿に、ちょっぴり落ち込む。この姿で人間と出会ったらどうなるだろうと想像してみる。

 

「転校生の 場亜手九州男(ばあてくすお)です。よろしくおねがいします」

 黒板に名前を書き、気さくに挨拶をした俺を待っていたのはパニックになったクラスメイトたちだった。

「きゃー! 人類の敵!!」

「お願い、食べないでくださーい!」

「田植え、食べないよ!」

「髪が1本もないツルツル頭よ、キモーイ」

「やめたげてよぉ! 先生が流れ弾受けて泣いてるじゃん」

「そこまでよ、バーテックス! 勇者部参上!」

 そこへ登場する讃州中学勇者部。

「アイェエエエエエ!? ユウシャ? ユウシャナンデ!?」

「人類の敵め、覚悟しなさい」

「みんないくわよ、変身!」

 スマホのアプリが起動し花が舞い、光が6人の身体を包み、勇者の姿に変身する。

「いくわよ、犬吠埼ソードで真っ二つ!」

「アバーッ!」

「死神ワイヤーで身動き取れなくしちゃうゾ☆」

「コマギレ!?」

「完成型勇者のにぼしブレードの妙技をくらいなさい!」

「カルシウムと水銀による暴力!」

(しろがね)、私に力を貸して……眉間を撃ち抜け。神罰招来」

「ビューティフォー」

「そして最後に、みんなを守る勇者パーンチ!!」

「グワーッ!!」

 決着!! こうして四国の平和は守られた。

 ありがとう神樹に選ばれた勇者たち。ありがとう、讃州中学勇者部。

 完。

 

 うん、シャレにならんな。まぁバーテックスは四国に入れないからこの心配は杞憂なんだが。

 しかしこのままだと小学生組に会ったとき不安だな。ただの星屑の時より警戒されるかもしれん。

 なんらかの対策を練らないとなと考えながら、もう1体の巨大星屑に横になるように念じる。

 さあ、巨大星屑解体ショーの始まりだ。

 水のワイヤーで体躯を賽の目切りにすると四角い肉塊を手に取る。ちょうど両手で持てるくらいの大きさだ。

 これを10本の指で粘土を作るようにこねこねこねこね。

 できました! アタッカくんです。

 アタッカとはアプリゲーム結城友奈は勇者である花結のきらめき(以下ゆゆゆい)に出てくるオリジナルバーテックスだ。

 形状は拳を握った手甲のような姿をしており、造反神側の勇者である赤嶺友奈の操るバーテックスもどきとして登場した。

 その実力は歴代最強とされる諏訪の勇者、白鳥歌野に苦手な相手と称されるほどで通常の星屑とは攻撃力も硬さも段違いなのだ。

 そう、星屑とは違うのだよ星屑とは!

 とおヒゲが似合う青い近接用MSを駆るゲリラ屋おじさんの言葉がカットインつきで脳内に入ってくる。

 うーん、結城友奈は勇者であるの世界にこだわらなければ他作品から有用な兵器を作ってみるのもありかもしれない。

 1/1デンドロビウムとか男の子の夢だもんな。

 基地としてデス〇ターとか作ってみてもいいかも。星屑だけに。

 できたばかりのアタッカくんに目の前にある星屑の肉塊を食べるよう念じてみる。アタッカには星屑のように口はなかったが肉塊は消え問題なく吸収されたようだった。

 小さかったアタッカが成長し、ミニチュアサイズだったのが一般的な星屑サイズになる。これからメインで体を張ってくれる頼もしい味方の誕生だ。

 とりあえず近くの敵に突進して殴る簡単な指示のbotを入れてあと5体は作っておこう。それとも人形のように水のワイヤーで操るのもいいか。

 残りは遠距離攻撃用にカデンツァと例の実験のために残しておいて……と考えていると神樹の結界付近にいた星屑が異常事態を知らせてきた。

 視界を共有すると、天秤座と山羊座の巨大バーテックスが四国へ向け進行していく最中だった。

 

 

 

 よし、みんなは位置についたな。

 ものどもかかれー!!

 神樹の結界からボロボロになって戻ってきた天秤座のリブラ・バーテックス、山羊座のカプリコン・バーテックスに、5体の巨大星屑と人型のバーテックスが襲い掛かる。

 2回目ともなると慣れたもので、完全に虚を突き2体の巨大バーテックスに近づくことができた。

 まぁ向こうは同じバーテックスである星屑が襲い掛かってくるなんて夢にも思ってなかっただろうが。

 かじりつかれるとさすがにただ事ではないと気づいたのか、リブラが振り払おうと風を起こそうとしてくる。

 巨大星屑に乗った俺は水のワイヤーを他の2体にも出すように指示をし、蜘蛛の巣のように張り巡らして動きを封じた。これはさっきガンダム関連の知識がカットインしたときに、ハンブラビの海ヘビを思い出してやってみた戦法だ。

 ちなみにカプリコンのほうはろくに反撃できずに巨大星屑にかじりつかれていた。

 やはり完成型勇者とはいえ1人にやられて封印されるような奴はダメだな。

 今の俺はアクエリアス御霊付近にいた巨大星屑に乗っていた。身体の体積が小さくなったこともあるが足が生えたことで星屑の時より移動速度が遅くなったせいだ。

 メイドラゴン理論なら星屑の時と同じ速度で移動できるはずなんだが、やはり体躯全体を使って泳ぐのと両足で走るのとでは勝手が違うのかうまくいかない。

 この体に慣れてくれば以前と同じような速度で移動できるんだろうが、慣れるまで移動用に速度に能力を全振りした巨大フェルマータを作る必要があるかもしれない。

 動きを封じられぐへへ…な状態のリブラに近づくと、俺はその黄色い体躯にかじりついた。

 甘いっ、これは…チョコか? 十字架にナナフシみたいな腕が付いた外見からは想像がつかない意外な味に、俺は驚きながらも食べ進める。

 アクエリアスの時と同じように、一噛みごとに味が変わる。ミルクチョコかと思いきやアーモンドの香り、次にかむとビターな苦みも感じる。

 ん? この絶妙に塩味とマッチした甘さと微かな魚類特有の臭み…これは弥勒夕海子がバレンタインデーイベントで作ったカツオチョコか? 

 今度はつぶつぶとした食感と柑橘類のさわやかな香り。加賀城雀のみかんチョコもあるのか、これは嬉しいな。

 味わいながら食べていると、3体の星屑にほとんど食べられてしまっていた。当たり前だが身体が小さくなったから食べる速度は巨大星屑のほうが上だな。

 御霊が見えだしたので今度はカプリコンのほうに移動し、体躯にかじりつく。

 う、これは……。

 吐き出さなかった自分の我慢強さをほめてやりたい。

 獣肉特有の生臭さ。歯に残るようなにちゃっとした強すぎる甘味。これは大阪のたこ焼き羊羹と並ぶ伝説の珍味、ジンギスカンキャラメルじゃないか!?

 牡羊座でもないのになぜこんな味が、と思い食べていた他の巨大星屑と情報を共有すると、どうやらカプリコンはチーズやヨーグルトなどの乳製品の味がするようだった。

 数ある乳製品の中でもなぜこんなハズレを…と愕然(がくぜん )としていると遠くから星屑の群れが御霊を目指しやってきていることを別の星屑が知らせてきた。

 アクエリアスの時と同じように御霊付近に2体ずつ残してこの場を任せ、巨大星屑に乗りアタッカを作っていた場所まで戻る。

 しかし、リブラとカプリコンが出てきたってことはもう2話まで進んだのか。

 アニメの内容を思い出して考える。

 鷲尾須美は勇者であるでは第1話でアクエリアス・バーテックス。2話でリブラ・バーテックスとカプリコン・バーテックスと戦闘していた。

 そして3話に日常回を挟み、4話で蟹座、蠍座、射手座のバーテックスに三ノ輪銀が命を賭して戦い須美と園子の2人と人類を守るのである。

 つまりXデーまであと2話。半分を切ったということだ。

 時系列で言うと4月後半にアクエリアス戦。リブラと戦って辛勝。連携がうまくいかないことを安芸先生に問題視されて連休を使って合宿だったか。その夜にカプリコン戦があったんだよな。

 6月には連休がないから合宿はゴールデンウィーク中だろう。その後の三ノ輪家に遊びに行くイベントも休日だったので今は5月始めといったところか。

 ん? そういえばさっきリブラとカプリコン、一緒に出てこなかったか?

 アニメでは1体ずつだったのにおかしいな…。なんか原作と展開が違う?

 原作との差異に違和感を感じつつも、俺はこれから起こるイベントを思い出していく。

 初等部向けのレクリエーションを安芸先生に任せられて国防体操をして叱られる。うどん屋で将来の夢を語って、プールへ行って。遠足へ行くのが7月の頭。

 その帰りに神樹の結界に巻き込まれ、銀ちゃんは…。

 そこまで考えて頭を振る。それを回避するために俺がここにいるんだろうが。

 とにかくあと2か月くらいしか猶予(ゆうよ )はないってことだ。それまでに3体と戦えるように対策は万全にしないと。

 そのために試してみたいことは山ほどある。

 時間が足りるかどうかわからないが、やれることはやっておこう。そう心に決めた。




 現在の星屑(転生)のつよさ

 なまえ:ほしくず(人型)
 せいべつ:不明
 タイプ:あく/みず/ひこう
 とくせい:ふみん/がんじょうあご/へんげんじざい/みずのベール/スカイスキン
 たいりょく:1日中眠らなくても働けるスタミナをもつ。
 こうげき:取り込んだ星座級のアクエリアスの水球から様々な武器を作ることができる。さらにリブラとカプリコンを取り込んだことで強風や地震も操ることができるようになった。また、アタッカやカデンツァなどのバーテックスも操ることができるぞ。
 ぼうぎょ:リブラの風とアクエリアスの水球の防御で遠距離攻撃をほぼ無効化できる。要するに須美とサジタウルスメタ。近距離攻撃に対する防御はキャンサーやスコーピオンバーテックスには及ばない。
 すばやさ:2本足になったことで星屑の時よりも遅くなった。
 わざ:かみくだく
    なかまづくり
    ふしぎなちから
    へんしん
    たくわえる
    バトンタッチ
    メガトンパンチ(アタッカ)
    はかいこうせん(カデンツァ)
    みずでっぽう(アクエリアス)
    みずしゅりけん(アクエリアス)
    ヒーリングウォーター(アクエリアス)
    かぜおこし(リブラ)
    とっぷう(リブラ)
    エアスラッシュ(リブラ)
    じしん(カプリコン)
    スモッグ(カプリコン)
 
 星座級の巨大バーテックス並みの質量を無理やり人の形に押し込めた姿。星座級の巨大バーテックスを食べたことにより、その能力を使うことができるようになった。
 2本の腕と10本の指で星屑の肉塊からゆゆゆいに登場したバーテックスを作ったりもできる。
 顔は相変わらず星屑のまま。子供が見たら10人中10人が泣く姿。実は手のひらにも口があり、いざという時は分離するぞ。


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三ノ輪銀かわいい向上委員会

 三ノ輪銀は、その日人生最大の危機に陥っていた。

 3日前、2体の巨大バーテックスが同時に襲ってきたときもここまでの脅威は感じなかった。

 地面を揺るがすカプリコンと強風を操るリブラの連携攻撃。風で須美の矢も届かず序盤は苦戦したが園子のひらめいた作戦により今回も怪我人なしで勝つことができた。

 巨大バーテックスが2体同時に現れるという神託にない事態に大赦は少し混乱していると安芸先生が言っていた。

 これも園子と須美が言っていたアイツの策略なのか。と銀はソレと対峙した時のことを思い出す。

 たしかに最初見たときは怖かった。足が震え、今考えれば攻撃にも腰が入っていなかったように思うし、園子の作戦を読んで歯で槍を受け止めたときは正直負けたとしか思えなかった。

 せめて須美と園子だけでも逃がそうと虚勢を張って敵の前に立ちふさがったが、相手はそのまま逃げてしまった。

 なぜ攻撃してこなかったのかは今でも疑問だが、今度会ったら負けない。

 あれから自分たちは強くなって、巨大バーテックスを3体も倒せるようになったのだ。須美と園子と自分。3人がチームならきっと負けないだろう。

 そう、須美と園子。

 思い出して銀の口から疲労そのものが形になったため息が出る。戦闘訓練でもここまで疲れたことはなかった。

 不自然な体制で固くなった身体をほぐそうとしたが、着ている服が邪魔をした。

 普段着ている服と違って、腕の可動域が制限されている上着。大股に歩いても気にならないズボンではなく短いスカート。

 もちろん銀の趣味で着ている服ではない。着せられたのだ。他でもない親友で同じ勇者の2人に。

 そう、今銀を襲っている危機とはほかならぬ須美と園子。銀と同じ勇者の手によるものだった。

「いやー、やっぱりミノさんかわいいんよー」

 今日何度目かになる言葉を銀にかけ、乃木家のお嬢様、乃木園子が目を輝かせる。

 お世辞でないのは声と表情でわかっていた。だからこそ少し腹立たしくて、照れくさいのだが。 

「いつものパンツスタイルもいいけどミノさんにはメイド服も似合うと思ってたんよー。普段はクールだけど学校ではちょっぴりギャルで、機械に強くてなんでもできる完壁超人だけど母親の前ではポンコツになるような」

「なんだその具体的な設定!?」

 思わず銀が言うと、メイド服の銀を様々なアングルから写真に撮っていた須美が満足したのか一息つき、次の衣装を提案する。

「ねえ、そのっち。次はお姫様なんてどう? 頭で2つ結びにしてひらひらのお洋服も似合うと思うわ」

「あ、じゃあウィッグ持って来てもらうねー。お手伝いさーん」

「御意」

「やめろー! そんなフリフリした服着たくなーい」

 服を手ににじり寄ってくる2人に、銀の叫びは届かなかった。

 今、銀は乃木家で同じ勇者である須美と園子の着せ替え人形になっている。

 きっかけは何だったか。

 学校で「うちは弟多いから制服以外でスカート履いたことないなー」と以前2人にこぼしたことだろうか。

 それとも休日に服を見に行こうと誘ってきた2人に、「やめとくよ。あたし、須美や園子みたいにかわいい服似合わないし」と返したことだろうか。

 いずれにせよ今朝突然三ノ輪銀かわいさ向上委員会と名乗る園子と須美の2人に強引に乃木家のリムジンに乗せられ連れて来られた銀は、乃木家の広間にこれでもかと用意された衣装を次々とあてがわれていた。

「おー、かわいい! かわいいよミノさん!」

「アリよ! これは断然アリだわ! 銀、むしろ今のあなたは金よ!!」

 髪と一体化するタイプの長髪のウィッグを被され、ツーサイドアップに髪をセットされた銀は白いドレスに身を包んでいた。頭には銀のティアラ、首元には水色のハートに象った宝石とリボン、肘まである長い白手袋、足元の靴はヒールが高い白い編み上げのブーツと小物まで徹底している。

 姿見の鏡に映る童話からそのまま抜け出してきお姫様のような自分の姿に、思わず顔が熱くなる。もう、なんなんだよこれ。

 園子は目がシイタケみたいになってるし、須美は普段の堅物さからは考えられないようなハイテンションでアリアリアリアリと繰り返し叫びながら写真を撮っている。

 正直かわいいと言われ悪い気はしない。普段着ない服を着るのも背中がムズムズするようなかゆさを感じるが結構嬉しかったりする。

 だが限度がある。朝の7時に拉致同然に連れてこられ、現在は午後4時。1度昼食のために休憩したがその後もぶっ通しで2人の選んだ服の着せ替え人形になっている。

 昼食の時、逃げていればよかったと後悔した。あの後トイレに行くふりをして逃げようとしたが必ず須美か園子のどちらかがついてくるし、ちょっとした施設並みに広いこの乃木邸からこんな動きにくい服で逃げられる気がしない。

 それにもし銀が逃げ出してもあの2人は勇者の姿に変身してでも連れ戻しに来るだろう。なぜだかわからないが確信があった。

「なぁ、もういい加減いいだろ? この服ヒールが高いし歩きにくいし」

「じゃあ次はリラックスした服にしようかー。パジャマとかネグリジェなんかどう?」

「気分を変えるために和服なんてどうかしら? 十二単は着たから、今度は小姓の男装とか」

「だめだよわっしー。今日はミノさんをかわいくするための会なんだから。ああ、でもそういうのもありかもー」

 遠まわしにお開きにしようと伝えても、残念ながら2人の耳には届かなかったようである。

 というかこれまでも間接的にも直接的にももうやめようと伝えたのだがはぐらかされたり次の服を着せられたりとこいつら聞きやしない。

 キャーキャー言ってる2人に、すでに銀は諦めの境地に入っていた。それどころか服を着せられても文句を言わないマネキンのプロ根性に尊敬の念すら抱きつつある。

(鉄男、金太郎、ごめん。今日ねーちゃん帰れそうにないわ)

 家で自分の帰りを待っているであろう弟たちに心の中で謝りながら、今日は自分のためにかわいい服を選んでくれる親友2人にとことん付き合うことを決めたのだった。

 

 

 

 ああ、うまくいかないと俺は嘆いていた。

 今取り掛かっているのは星屑のbotを統括して命令するAIの開発だ。

 アタッカやカデンツァ、フェルマータなどのゆゆゆいバーテックスの開発が終わり、次の作業に移る前にしなければならないことがあった。

 それは星屑の管理である。

 御霊のおかげで食べる星屑の量は申し分なくなったが、その分四国付近の宙域に自然発生する星屑をカバーするのが難しくなった。

 無論その分星屑を増やせば解決するのだが、そうするとまた管理ができなくなって脳がパンクしてしまう。

 だから星屑を食べる、群れから逃げる、異常事態を知らせるという単純作業を俺の代わりに管理する指揮系統のAIが必要だったのだ。

 だが、AIなんて作りかたがわからない。AI関連の書籍なんてここにはないし、パソコンで調べようにもここは壁の外。情報がないのだ。

 ああ、俺の意識から考える力だけをコピーして星屑に移すことができたらいいのに。

 そんなことを考えながら賽の目にワイヤーでカットされた星屑の肉塊をこねていく。

 今作っているのはお面だ。星屑丸出しの顔だと人間に怖がられるのでできるだけ警戒心を与えないよう人間に近い顔を作っていた。

 さて、できたのは…この5つか。

 (*^▽^*)( ゚Д゚)((+_+))(';')(:_;)

 嘘っ。俺、芸術センスなさすぎ……っ!?

 アタッカとかカデンツァとかは完全再現と呼べるくらいの出来で作れたのに、お面だけなんでこのクオリティなの!?

 顔文字みたいなのしかできなかった。ぴえんみたいなホラーゲームに出てきそうなやつは作った瞬間即破壊したので残ったのはこれでもマシだったやつらなのに。

 とはいえ歯むき出しの星屑よりはマシだろうと俺は穴が4つ空いたような仮面をつけてみる。水球を出して鏡代わりにして見立ててみると、仮面をつけた人間と変わらないように見える。

 いや、表情が見えない分こっちのほうが怖いのか? うーむ。どうしたものか。

 考えていると御霊付近にいた6体の巨大星屑たちがこちらに向かってくるのが見えた。とりあえず食事をしてから考えよう。

 リブラの御霊付近にいた巨大星屑にかみつき、肉を食らう。むう、ほとんど味がないがほのかにカカオの香りが。

 ひょっとして星座級まで巨大化したバーテックスのみ味があるのだろうか。前回食べた俺の体躯がアクエリアスのように味が変わったのは、アクエリアス以外の星屑を食べてなかったからか。

 逆に今回食べた巨大星屑はあれから御霊に群がる星屑をたくさん食べていたから味がほぼ無味無臭になり、ほんのりリブラの味が残り香として残っていた。そう考えるとつじつまが合う。

 また1つ。バーテックスについて詳しくなってしまった。

 ああ、それにしてもAIだ。と俺は頭を悩ませる。

 動物なんかいれば生体パーツとか使えるのになー。でもここは人間どころか地上の生き物も存在しない世界。漂っているのも星屑ばかりだ。

 星座級なんかはかみつかれると抵抗したし、自分の意思もあるのだろう。キャンサー、スコーピオン、サジタリウスも徒党を組んで襲ってきたことから、星座級の巨大バーテックスには作戦を考えるだけの知恵もあるようだし。

 ――おっとぉ?

 自分でも重大なことを見落としていたことに気づいた。そう、巨大バーテックスには意思と知恵という求めていたものがあったのである。

 とりあえず肉を食ってた1体は他の5体に食ってもらって…そう、まずは4つで試してみるか。

 俺は1体を残し、他の巨大星屑に意識を移すと人型になった時のように体躯を圧縮させる。

 違うのはその形だ。今回は腕や足を生やさず、ただただ身体を圧縮させていく。

 やがて普通の星屑サイズになったそいつら4体を、残った巨大星屑に埋め込む。これが脳みそ、もといAIの代わりになるはずだ。

 試しに現在いる星屑の様子を確認すると、6体中2匹が十分すぎるほどの大きさになっていた。アクエリアスの御霊付近にいた星屑たちだ。

 これに10体に分裂するように指示を出し、1度星屑を埋め込んだ巨大星屑に意識を移し、分裂した星屑のうち2体は御霊付近で、残りは四国付近に散るように命令する。

 再び人型に意識を移しアクエリアスの御霊付近にいる星屑と視界を共有すると、2体が残り他の8体は四国宙域周辺に散っていった。

 うん、とりあえずは成功だ。あとは星屑を埋め込んだ巨大星屑…面倒だな、サーバー星屑と名付けよう。それが今の星屑を管理できているのか確認すればいい。

 サーバー星屑に意識を移すと、数字と共に10匹分の視界の画像が飛び込んできた。これは、パソコンで急に複数のウィンドウが開くウィルスにかかった時似たような画面を見たな。

 数字を指でなぞるようにイメージすると、画像が拡大されて表示される。他の画像は小さくなっていて、消えるようにイメージすると選んだ星屑の視界だけになった。

 今度は別の数字…そうだな、最初が1だから4にするか。をなぞるようにイメージ。すると拡大された1の画面の上に4と書かれた画像が出てきた。大きさは1より小さくパソコンの画面でウィンドウが重なっているような感じだ。

 1と4を同じくらいの大きさに映せと念じると右と左の2画面で表示された。最後に全画面を縮小して表示と念じると10分割された星屑たち10匹の視界が共有される。

 なるほど、これは便利だ。

 俺は問題が起こった場合は赤、何か発見した場合は黄色、問題ない場合は緑になるように念じると数字はすべて緑色になった。あとはサーバー星屑に何かあった場合自分に知らせるよう指示を出して意識を元の人型星屑に戻す。

 これで星屑の管理問題は解消した。Xデーのバーテックス襲来に星屑が混ざる混戦になるという事態は回避されるだろう。

 あとは、とAI問題にかかりきりで放置していた実験の様子を見るため俺はサーバー星屑から離れ、西暦遺物の塊であるデブリに入っていく。

 そこでは12体の白い糸に包まれた繭が明滅していた。

 

 

 

 青虫だけを知っている人間は、これが将来蝶になるといわれても信じない。あまりにも形が違いすぎるからだ。

 カブトムシなどの甲虫もそうだ。子供にカブトムシの幼虫を見せても成虫と違いすぎる容姿から気持ち悪い、こんなのカブトムシじゃないと泣き出す子もいる。

 つまるところ卵→幼虫→さなぎ→羽化→成虫という完全変態のシステムを知らない人間からしたら、幼虫と成虫の姿を見せて一緒の生物だと伝えても「またまた御冗談を」という反応しかしないのである。

 今俺はその完全変態で精霊を作ろうとしている。

 精霊とは勇者のサポート係というか、敵の攻撃から勇者を守ったりする存在だ。アニメ本編では神樹に選ばれた勇者には最初から1体精霊がつき、満開すると増える。

 アプリゲームのゆゆゆいでは勇者に装備させると勇者の性能を上げたり必殺技のゲージをためやすくなるという利点がある。

 さて、そんな便利な存在。勇者だけに使わせるのはいかがなものか。バーテックスである俺も使えるものなら使ってみたい。

 というのは半分冗談で、これは勇者との意思疎通のためだ。

 精霊には様々な能力があり、その中には遠くにいる相手と意思疎通できる能力もあるはずだ。

 ゆゆゆいで秋原雪花の精霊がテレパシーの能力を持っていたし、もしその能力を持つ精霊を作ることができれば勇者たちとも対話できるだろう。

 もし、この能力を持つ精霊を自分が取り込み、受信用の精霊を勇者たちに渡すことができれば会話もでき戦力もアップする。一石二鳥のアイディアだと思った。

 問題は素直に受け取ってくれるかだ。人型になったけど喋れないしボディーランゲージもする前に攻撃されるのがオチだろう。

 だから勇者たちに自分は敵ではないと伝えるために、この精霊はぜひとも欲しい存在だ。

 だが、作るのは難しかった。記憶にある通りに星屑の肉塊を整形してもそれは精霊の形をした星屑にしかならなかった。

 そもそも精霊は神樹の力で作られた存在なので、バーテックスである自分に作れっこないのではとも思った。

 だが、とあることを思い出して俺はできると確信し直した。赤嶺友奈のことだ。

 彼女は造反神から与えられた精霊を勇者とほとんど見分けがつかないほどそっくりな人間体にすることができた。

 つまり逆説的に言えば、人間とほぼ見分けがつかないほどそっくりに変身できる星屑であれば精霊にできるのではないか?

 自分でもおかしいことをと1度は捨てた案だったが、今はこれにすがりつくしかない。

 なぜなら俺は……須美ちゃんや銀ちゃん、そのっちがキャッキャウフフしている世界を守りたいから!

 中学生になった3人組を見たいから!!

 こうして様々な方法を試した結果、俺はサナギのなかで一度ドロドロに溶けて羽化した結果人間の形になった星屑を作ることに成功した。

 俺のように全身タイツで顔が星屑ではなく、目や耳や鼻があり、髪の毛もある。

 星屑の時にはできなかった喋るという動作もできる。肌が白い以外は普通に人間みたいだった。

 こいつを見た瞬間こっちに意識を移して本体として使おうと思ったのだが、デブリから外に出た瞬間壁の外の環境に耐えられず消滅した。

 そういえば壁の外って勇者や防人じゃないと耐えられないんだっけ。完全な人間の姿だと身体が星屑でも人間並みの強度しかないようだ。

 ともかく人間型の星屑を作れたということは、精霊型の星屑も作れるはずだ。

 こうして生まれた12体の人間型星屑を再び繭の中に閉じ込めてもう1度身体を変態させれば精霊型星屑を作れるかもしれない。

 だが、それだけではだめだ。なにかダメ押しの要素がなければ。

 そう考えた俺は精霊について思い出せる限りの情報を整理していた。

 神樹から大地の記憶をもとに生まれた存在。妖怪や歴史上の人物の名前。ゆるキャラのような姿。

 憑依するとパワーアップして切り札と呼ばれる必殺技を使うことができる。ただし精霊と一体化すると(けが)れが溜まり精神に影響を及ぼす。

 穢れ…バーテックスは神樹にとって穢れの塊みたいな存在だ。だから星屑を使って精霊を作るという方法自体は間違っていないはず。

 あとは神樹の力があれば。あるいは勇者の力をこの繭に加えてみたら?

 思いついたら行動あるのみだった。

 2回の巨大バーテックスの襲来を観察し、どの程度の距離でどのくらい近づけば神樹の結界に入るかはわかっている。

 あとは樹海化警報が発令される前に神樹のエネルギーを吸収し、この繭に注ぎ込めば疑似精霊になるのではないか。

 勇者の力は大橋の慰霊碑で回収しようと思ったが、結界の中なのでバーテックスは入れない。なので今回はバーテックスには猛毒かもしれないが神樹の力を頼るしかない。

 作戦はこうだ。

 まず結界の中に最速のフェルマータを突っ込ませ結界の中にある神樹の根をちゅーちゅーして樹海化警報の鳴る前に戻ってくる。

 次に俺がそれを回収し、繭の中で変態している星屑人間に濃度を薄めて注入する。

 あとは神樹の力に耐えられたものだけが疑似精霊として生まれてくるという寸法だ。

 事前の準備として星屑に樹海化警報が出るギリギリの距離を行ったり来たりしてもらって誤報の割合を多くした。結界に入っても何もないことに首をひねる勇者たちには悪いことをしたと思ってる。

 その時間があれば、もっとイチャイチャできたろうにと。

 むしろ無駄にした時間でイチャイチャしてくれたらと。

 そんな百合展開を期待してドキドキしながら観察していたが、一向にその気配はなかった。誤報でも最後まで気を抜かず周囲を警戒する姿はさすが勇者だと恐れ入った。

 まだ、小学生なのにな。

 本当に、この世界は子供が背負うには大きすぎる問題がありすぎる。

 そしてそれを全部子供に押し付けてのうのうと生きている大赦の大人はクソだな。おのれ大赦。

 思わず原作を見たときにも感じていた憤りを思い出してしまった。

 2期の神婚騒ぎといい、1期で風先輩に潰されてたほうがよかったんじゃないかあの組織。

 とにかくあとは結果を待つだけ。

 俺は結界付近に待機していたフェルマータに指示を出し、神樹の結界へ突入させた。

 

 

 

「さあ、銀。新しいカメラの準備ができたわよ」

「ミノさーん。今度は山ガールの格好にしようよー。それと今夜はうちで夕飯食べて行ってよー」

「勘弁してくれ」

 時刻は午後6時半。三ノ輪銀は完全に憔悴していた。

 あれから2人の勢いは衰えるどころか、ヒートアップしている。いつの間にか乃木家のお手伝いさんも照明やレフ板を持って参加しており、撮影会はまだ続きそうだ。

 そんな中、スマホからけたたましい警報音が鳴ると共に樹海化警報の文字が表示される。

 この時ばかりは銀もバーテックスに感謝したい気持ちだった。この状況から抜け出せるのだ。

 ありがとうバーテックス。さあ、急いで変身だ。とスマホを取り勇者アプリをタップしようとしてもう警報音が鳴っていないことに気づいた。

 画面を見ると樹海化警報の文字も消えている。どうやら誤報だったようだ。

「最近、こういうの多いわね」

 同じくスマホを手に取り戦闘の時の顔になっていた須美が緊張を解きこぼす。

 たしかに2体の巨大バーテックスを倒してから結界に入っても星屑1匹もいないことが何度もあった。それでも結界がはれるまで3人は周囲を警戒していたが。

「大赦でも問題視しているそうだよー。結界の管理はどうしているんだ。巫女は何をやってるんだって年取ったお爺さんが言ってた」

 大赦に1番関わりの深い乃木家の園子が言うことだ。間違いないだろう。

 本人はなんでもないように言っているが実際はもっと厳しく当たり散らすように言っていたのではないか。なんとなく想像できる。

 大赦との連絡役である安芸先生も最近顔に疲れが出るようになった。このままでは本当にバーテックスが来る前に人間のほうが参ってしまうのではないか。

「早く、平和になるといいな」

 何気なくつぶやいた言葉に、自分で驚いた。

 そうだ。こんな風に3人で遊んで、帰ったら弟たちの面倒を見て、家には両親がいて。

 そんな毎日を守りたい。そんな毎日を続けたい。

 だから、自分は勇者でいるのだ。

「違った。今の間違いだ。早く平和にしようぜ。あたしたち3人で」

 銀が言うと、2人は驚いたような顔をして、須美は「もちろんよ」と不敵に笑い園子は「そうだねー」とほわほわしたいつもの調子だ。

 だが銀は知っている。樹海化警報のアラームに1番早く反応したのが園子ということに。

 そんな人間だからこそ、リーダーを任せたんだろうな須美も。

「それはそうと、ミーノーさーん」

 感心していた銀は近づいてきた園子の表情を見て、嫌な予感がした。

 これは自分が面白いと思うことに周りを巻き込むときの表情だ。

「今日はお泊りしていってねー。ちゃんと3人分お布団あるから気にしなくていいよー」

「要求がレベルアップしてる!? いや、あたし帰って弟の面倒見ないと」

「あ、お家には私が連絡しておいたわ。ご両親は快く認めてくださったわよ」

「わっしーナイス!」

「須美ぃいいい!?」

 困惑の混じった銀の悲鳴が広い乃木家にこだまする。須美、お前そんなことするキャラだったっけ?

 こうして第2回ドキドキ、勇者3人組パジャマパーティーが開催されるまで銀が2人から解放されることはなかった。

 




【おまけ】
三ノ輪銀かわいい向上委員会によるコスプレ衣装と元ネタ一覧

 普段はクールだけど学校ではギャルなメイド:かぐや様は告らせたい(早坂愛)
 十二単                 :胡蝶記(帰蝶)
 ツインテのお姫様            :エガオノダイカ(ユウキ・ソレイユ)
 パジャマ                :魔法少女育成計画(ねむりん)
 和服の小姓の男装            :BAKUMATSUクライシス(森蘭丸)
 山ガール                :ゆるキャン△(各務原なでしこ)
 ブレザー(ネクタイ)          :あんハピ♪(花小泉杏)
 セーラー服               :ポプテピピック(ポプ子)
 ベトナム戦争返りの兵隊         :ポプテピピック(ランボーポプ子)
 アイドル                :アイドルマスターシンデレラガールズ(佐藤心)
 動物娘のコスプレ            :えとたま(いのたん)
 卓球ウェア               :灼熱の卓球娘(旋風こより)
 野球ユニフォーム(女性用)       :八月のシンデレラナイン(宇喜多茜)
 妖精                  :リルリルフェアリル(りっぷ)
 ファンタジー系魔法剣士         :転生したらスライムだった件(シズ)
 戦艦擬人化少女             :アズールレーン(マスケティーア、マッチレス)
 などなど
 半日以上も友達のためにいろんな服着てくれる銀ちゃんはマジ女神。
 中の人は少年声もイケるのでいろんな役をやっててすごいなぁと思いました。


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あんタマの仇を神歴でとる

 結論から言おう。

 神樹の力を注いだ結果、12個の繭のうち1個を残して全滅した。

 やはりバーテックスには神樹の力は猛毒だったのか、戻ってきたフェルマータも俺にちゅーちゅーしてきた神樹の体液を渡した瞬間グズグズに溶けるように消滅してしまった。

 繭に神樹の体液を注ぐときも若干ピリピリしたし、やはり星屑にとっても神樹の力はよくないモノらしい。

 星座級の巨大バーテックスの質量をもつ星屑を圧縮し、それからも定期的に星屑を食っていた人型の俺は神樹の体液を吸いだしてもしびれるくらいで済んだ。

 だが、ただの星屑から作った人間型の星屑には耐えられなかったらしい。1000分の1に薄めた神樹の体液を繭に注いだ結果、まず7体が消滅した。

 それから3体の繭の明滅がどんどん弱弱しくなり、やがて光が消えて溶けていった。

 残り2体となり繭に栄養を送るため星屑の肉塊を与えると、1つの繭が突然膨張して中から星屑に人面痣(じんめんそ)みたいなものが付いた赤黒い物体が出てきて断末魔を上げて絶命したのだ。

 今思えば女神転生のレギオンみたいだったなぁ。その時は相当驚いたし、SAN値も下がった。

 で、今俺が見ているのは最後に残った繭だ。

 明滅をゆっくりと繰り返しているのはまだ生存している証拠。星屑の肉塊から栄養を吸い取って順調に成長し、最初の頃より3倍くらい大きくなっている。

 うーむ、でかいな。精霊は人間より小さいはずなんだが。

 考えてみれば繭の中で変態する虫は栄養をたくさん取ってから繭を作るため、繭の状態で栄養を与えるために星屑を食わせたのは失敗だったかもしれない。

 今度は人間型の星屑に栄養を十分与えてから繭にして変態させてみよう。幸いにも神樹の体液はまだ俺の体内に残っているし。

 そんなことを考えていると、繭にヒビが入り中から光が漏れ始めた。

 ついに誕生するのだ。精霊型星屑が!

 できれば秋原雪花の精霊のコシンプが出てきてほしい。ゆゆゆいの秋原雪花の章でテレパシー能力で雪花と会話していたことが公式設定として確認できる精霊だ。

 次点で覚。名前からして相手の心が読めたり以心伝心で意識を伝えたりできそう。

 さあ、こい! こい! こいよオラァン!!

 デブリの中を照らす光が強くなり、神秘的な存在の誕生を予感させる。

 やがて光は収まっていき、その中にいるものの姿を確認させた。

 烏帽子をかぶった頭に生える2つの角、和服に袴を着て、手には剣を持っている。

 鈴鹿御前。ゆゆゆいで本来精霊を持つことのなかった銀ちゃんの精霊として登場した存在だ。

 ゲーム本編と違うのは髪と眉の色だ。本来紫色だったのに、真っ白になっている。

 これが星屑から生まれた影響か。他はゆゆいのままなのに。

 向こうも俺の姿を見つけたようで、浮遊しながらこちらに近づいてくる。

 うん、ちゃんと本編通り小さい。あの繭の大きさからでかい奴が出てきたらどうしようかと正直ドキドキだった。

 さて、狙った精霊ではなかったが意思疎通できるかどうか試してみよう。

 俺の言葉がわかりますか?

 問いかけると鈴鹿御前…白静と名付けよう。は首肯する。どうやら意思疎通はできるらしい。

 次にあなたは喋れますか? と問いかける。

 今度は首を振る。否定ということか。ではテレパシーなどで勇者と意思疎通できますか? と尋ねる。

 白静再び首を振った。どうやら俺が望む能力は持っていないらしい。

 失敗か。

 1度で成功するとは思っていなかったが、やはりがっかりというのが正直な気持ちだ。

 また最初からやり直しだ。だが、今回の失敗で改善するべき点が見えてきたのはプラスだろう。

 今度は人間型星屑の強度の強化と神樹の体液に耐えられる素体の開発をメインに頑張ってみるか。

 思い立ったら行動とデブリの外へ出ようとすると、白静もついて来ようとする。

 どうやらヒヨコの刷り込みというか、俺のことを親だと思っているようだ。

 だがせっかく生まれた精霊だ。外の環境に耐えられるかわからないまま連れて行くのはまずい。

 しかたなく俺は白静に意識を移そうとして――はじかれた。どうやら神樹パワーの影響か意識を乗っ取って動かすということはできないらしい。

 ならばついてくるなーと強く念じる。だが白静はお構いなしにこちらに近づいてきて、剣を持っていないほうの手で俺の白い指を握ってきた。

 やだ、なにこの子かわいい…っ!?

 ま、まあ精霊が外の環境に耐えられるかはいつか確認しなきゃいけないからな。

 決してかわいさにほだされたとかではない。

 デブリの外へ出て、白静の様子を見る。

 何の問題もなかった。

 ん? と小首をかしげてこちらを見るのをやめなさい。抱きしめたくなるだろう。

 どうやら人間型星屑は耐えられない環境も、精霊型星屑なら耐えられるらしい。

 これは神樹の力を注いだ影響なのか? それとも精霊だからなのか?

 人間型星屑を作る前にも注入して確かめてみる必要があるな。

 そんなことを考えながら、以前よりは大分動かし方がわかってきた身体でサーバー星屑のもとに向かう。

 サーバー星屑は以前見た時より巨大になっていた。手を触れ、意識をサーバー星屑に移すと1から80までの数が表示される。

 また増えたな。

 最初は10体の管理を任せていたが、自然発生する星屑を食い巨大化。さらに分裂を繰り返し今では80体ほどに増えていた。

 過剰に増えた星屑はサーバー星屑と融合するよう指示していたので、いつの間にかこんなに大きくなっていたのだ。

 自己増殖、自己成長、自己管理とかどこのデビルガ〇ダムだよと思ったが、今のところ不便はないどころか快適なのでむしろヨシ!

 今では四国周辺はもちろん偵察用に数体の星屑を様々な方向に遠征させていた。

 Xデーに勇者の元に現れた星座級の巨大バーテックスは3体。それを発見できれば先になんらかの手を打つことができるはずだ。

 数字を目で追っていくと、緑一色の中に1つだけ黄色になっている数字を発見した。

 その数字の視界を映すように念じると、映し出された画面に息をのんだ。

 盾のような銀色の上半身に黄色い6つの目と頭頂部にある触覚、下半身は丸い穴の開いた瓶のようなものを抱えていて、中に入った緑の毒液が上半身の接合部から生えた球体が連なったしっぽへと注がれている。

 そしてその毒を突き刺し注入する長い針。

 そこにいたのは蠍座(スコーピオン・バーテックス)

 かつて2人の西暦勇者…伊予島杏と土居球子の2人を倒した巨大バーテックスであった。

 

 

 

 その日、天の神から勇者抹殺の命令を受けたスコーピオン・バーテックスは四国に向け進軍していた。

 このバーテックスは西暦時代から生きてきた古株で、実力は相当なものだと自負している。

 なにせ他のバーテックスが苦戦していた勇者を2体も(ほふ)ってきたのだ。

 最近生まれたひよっこの星座級には負ける気はしないし、それを追い返すしかできない勇者にも負ける気はしない。

 だが、そんな自分が天の神直々の采配で勇者討伐へ向かうことになった。それだけ苦戦しているということだろう。

 1体でも負ける気はしないが、念には念を入れ蟹座と射手座のバーテックスと合流し神樹の結界へ向かうことにした。

 強い自分がいれば完勝は間違いないが、たまには後進に手柄を譲ってやってもいいだろう。

 まぁ、勇者へのトドメは自分が刺す(美味しいところは自分がいただく)が。

 そんなことを考えながら四国を目指していると、前方にバーテックスを見つけた。

 星屑かと思えば様子がおかしい。こちらに向かってきているように見える。

 スコーピオン・バーテックスは首をひねった。こんなことはあり得ない。

 星屑は皆人間が住む四国へ目指すよう天の神にプログラムされており、その逆はあり得ないはずである。

 特例として負傷した巨大バーテックスの怪我を治すために群がり、修復するという性質はあるが、自分は万全の状態だ。

 そう、つまり自分に突っ込んでくる理由などないはずである。

 だがそいつは――見たこともない星屑に乗ったそいつはスコーピオン・バーテックスの前に現れた。

 6体の口がない星屑、穴の開いた牙に長いトゲが生えている変異体を連れ、まるで人間のような形をした小さなもの。

 感覚から、そいつが星屑なのは間違いない。ではなぜこんなところにいるのか。

 天の神からの命令を無視して。

 いぶかしんでいると、人型の星屑が腕を上げた。手を開き、5本の指からは水色の糸のようなものが見える。

 それが口のない星屑とつながって――いきなりそいつら6体がこちらに突進してきた。

 盾のような上半身に深々と突き刺さり体躯をへこませたそいつらは今度は球体のしっぽへと狙いを定めぶつかってくる。

 仲間であるはずの星屑が自分を襲う。予想外のことに驚いていると、今度は人型の星屑の横にいた穴の開いた牙みたいな星屑に光が集まっているのが見えた。

 あれは、獅子座(レオ)の……。

 と、そこまで考え猛烈に嫌な予感がしてその射線上から逃走する。

 だが一瞬遅く、放たれた光はスコーピオン・バーテックスの毒液が詰まった球状のしっぽの一部を貫いた。

 痛い、痛い、痛ぁい!!

 久しく感じていなかった痛みに、もんどりを打つ。体躯を震わし攻撃してきた星屑に向けて空いた穴から毒液がこぼれるのも構わず尾を振るう。

 決めた、こいつは敵だ! この私に傷をつけたことは許さんぞ!!

 怒りから星屑を敵と認識し、攻撃を振るう。だがすでにそこには星屑はいなかった。

 あいかわらず口のない星屑は自分に向かって突進してくるし、何なのだこれは。うっとうしい!

 クソ、どこへ行った! どこへ逃げた!?

 盾のような上半身を動かし、3対6つの目で敵の姿を探す。すると頭部の黄色い触覚に、風を切り物体が動くのを感じた。

 そこかぁ!!

 自分の背後にいた星屑に、必殺の尾を使った毒針攻撃をお見舞いする。

 これはかつて西暦時代の勇者を2人まとめて貫いたスコーピオン・バーテックスにとって無敵の攻撃であり、切り札だった。

 だが、その攻撃が届くことはない。

 放たれた毒の矛は切断され勢いを失い宙空を舞っていた。

 毒液が詰まった球状のしっぽも続けざまに切られ、切断面から毒液がこぼれる。

 その攻撃を見て、しっぽを切断されたスコーピオン・バーテックスは思い出していた。

 ああ、これは……俺が倒したあの盾を使う勇者の。

 回転する水の刃が、かつて土居球子と呼ばれた勇者が持っていた武器と重なって見えた。

 呆然とするスコーピオン・バーテックスの背後に、2つの光がきらめく。

 穴の開いた牙のような形にトゲが生えたバーテックス――カデンツァの放った光線によって、スコーピオン・バーテックスは絶命した。

 

 

 

 スコーピオンをサーバー星屑で見つけたとき俺の気持ちは決まっていた。

 あんタマの弔い合戦じゃー!!

 そう、何を隠そうこのバーテックス、乃木若葉は勇者であるの俺の推しカプであるあんタマの命を奪った憎い奴なのである。

 さっそく作っておいた移動用巨大フェルマータに乗り込み、アタッカ6体とカデンツァ2体を連れて発見した場所へ向かった。

 到着するとスコーピオンは四国へ向けて悠々と進んでいた。

 どうやらまだキャンサーとサジタリウスとは合流していないらしい。

 Xデーに登場するのはこいつと前述した2体のバーテックスだ。ここで1体減らすと銀ちゃん生存率はぐっと上がるだろう。

 よし、■そう!

 これは私怨ではなく、少女が笑顔でいる世界のための聖戦だ。

 決めた俺の行動は早かった。水のワイヤーでアタッカを操り突撃させて、カデンツァのビームを放つ。

 botだとただ突撃するだけなので水のワイヤーで直接操った。盾のような上半身に攻撃を集中させ、下半身の毒液が集まっている瓶から意識をそらす。

 相手が戸惑っているうちにカデンツァのチャージが終わったので光線を発射させたが、急に逃げたのでしっぽの毒液が入った球体を貫くだけに終わった。

 こいつ、アクエリアスやリブラより判断が早い!?

 敵認識してテイルアタックしてくる攻撃をギリギリ避ける。フェルマータのスピードじゃないと多分やられていたな。

 とにかくあのしっぽは邪魔だな。切り落としてしまおう。

 この偶然生まれた殺意マシマシハンドスピナーみずしゅりけんで。

 水を出現させ回転させていく。やがて水が風切り音を立て始め物体を切り裂くには充分な威力があることを知らせてきた。

 ん? なんだかいつもよりできるの早くない? しかも回転数がどんどん上がっていく。

 リブラを取り込んだ影響かな? と考えていると肘をとんとんと叩かれる感触。

 視線を落とすと、白静がこちらを見ていた。

 エエッ!! ツイテキチャッタノォ!?

 全然気づかなかった。フェルマータは相当なスピードだったはずだが、もしかして一緒に乗ってきたのだろうか?

 って、それどころじゃない! みるとこちらに向かってスコーピオン・バーテックスが毒針のついたしっぽを振るってくるのが見えた。

 ええい、ナムサン!!

 みずしゅりけんを放つと、ちょうど自分を刺しに来た針を真っ二つにした。

 危なっ。ちょっとでも遅れてたら毒針刺さってたな。

 それから水のワイヤーで誘導し、毒液が入ったしっぽを切断していく。あまりのことにスコーピオンは呆然としているようだ。

 と、そこで背後からカデンツァが光線を発射し、急所に当たったのかスコーピオンは活動を停止した。

 あ、カデンツァは自動モードで光線を発射する設定のままだった。

 とりあえず水のワイヤーをカデンツァとつなげて自動発射モードをオフにする。

 よし、これにてスコーピオン・バーテックス退治は完了です。

 ワザリングハイツ…もとい杏ちゃん、タマっち先輩。仇は取ったよ…。

 感慨深く思いながら、スコーピオンの死体を前にどうしようか考える。

 感情のまま何の準備もなくここにきてしまったので、他の星屑がいないのだ。

 なにしろここは遠征隊の星屑が見つけた場所で、その星屑も通常サイズでこの巨体を食べつくせるとは思えない。

 早く食べて御霊だけにして無力化しないと星屑が集まってきて再生してしまう。さっきまでの頑張りが水の泡だ。

 ――やるか。

 俺はつけていたお面を外し、白静に渡す。プレゼントだと思ったのか白静はうれしそうだ。

 ちくしょう、かわいいなぁもう!

 いかんいかん。いまはそうじゃない。

 頭部に意識を集中し、圧縮させた体積をもとの大きさに戻るようイメージする。

 すると顔の下で虫が這うようにもぞもぞと動き出し、質量が爆発した。

 元の大きさを1だとしたら1000くらいに大きくなった星屑丸出しの顔が、スコーピオン・バーテックスを丸呑みする。

 バリバリムシャムシャモグモグゴックン。

 うぇ、苦ぇ~。これは青汁? なんか健康に良さそうな味だ。本体は毒持ちなのに。

 むき出しの歯でかみ砕き、固い何かが引っかかったのでぺっと吐き出す。

 思った通り、それは御霊だった。これ、風先輩の大太刀と友奈の勇者パンチの連携攻撃でようやく壊れるくらい固いんだよなぁ。

 白静に御霊を持つように頼み、俺はその間に元の大きさに顔を戻す。

 この身体にもだいぶ慣れたので元の巨大な星屑の体積に戻したり人型に圧縮するのもノータイムでできるようになった。

 まぁ、それでも未だに移動速度は星屑より遅くて移動は巨大フェルマータに頼り切りなんだが。

 白静から御霊を受け取ると、目を丸くしていた。精霊には感情がないと思っていたが、人型だと結構表情豊かなんだな。

 仮面をかぶり直した俺はフェルマータに他の巨大星屑が集まっている地点を目指すように念じた。後方からは早くも御霊の存在をかぎつけたのか星屑の大群がひしめきながらこちらを目指している。

 あとは俺が管理する星屑の近くにこれを配置すれば完了だ。

 質量を多くして人間型星屑の強化をしようと考えていたのだが、思わぬ形で材料の確保に見通しがついた。

 3体いるうち1体は倒したから、あとは四国付近の星屑に監視を任せて自分は精霊づくりに専念してもいいだろう。

 そうこの時は思っていた。

 その見通しが甘かったことを痛感したのは、よりにもよって原作で三ノ輪銀が死亡することになる決戦の日。Xデー当日だった。

 




 星屑(人間型)
 星屑が完全変態の過程を経て人間そっくりの身体に変態した姿。
 人間のように話したり見たり聞いたりすることができる。
 ただその耐久力も人間並みで、壁の外の世界では5分と生存できない。
 星屑(人型)とは見た目も能力も根本的に異なる。


 星屑(精霊型)
 人間型星屑を再び繭に包み、変態させた姿。
 神樹の力を吸収したせいか、勇者と同じく壁の外でも活動できる。
 他の星屑のようにメイン人格(主人公)で体を操るということができない。完全な自立行動型。視界共有はできる模様。
 その姿は勇者が連れている精霊の姿と酷似していて、近くにいる星屑をサポートする能力もある。


 白静(ベース静御前)
 色:白(星屑専用)
 レアリティ:レア
 アビリティ:星屑の剣
 効果:戦闘開始後30秒間必殺技ゲージ上昇5%アップ。


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そのこのにっき(大赦未検閲版)

神世紀297年4月9日

 今日から5年生。新しいクラス。

 自己紹介で乃木園子ですというとクラスメイトがざわつく。

「あの乃木家の」とか「初代勇者の」って聞こえる。その反応にも慣れたものだ。

 わたしの名前は乃木園子。ご先祖様は初代勇者の乃木若葉。

 勇者としてバーテックスから人類を守ったすごい人らしい。

 そのせいか、四国中から集められた100人の勇者候補の1人に選ばれてしまった。

 なんでも近いうちにまたバーテックスが人類を滅ぼしにやってくるのでそれを撃退する勇者が必要らしい。

 嫌だなー。わたし、お昼寝と小説だけ書いていたいのに。

 でもお昼寝できなくて誰も小説を楽しむことができない世界になるのはもっと嫌だった。

 なので、勇者の訓練がんばるんよ。

 学校の後、集まるように言われた大赦の訓練施設に行くとクラスメイトの三ノ輪さんと同じ学校の鷲尾須美さんと山伏しずくさんがいた。

 三ノ輪さんはすっごく明るい人で、初対面のわたしにも気さくに話しかけてくれた。鷲尾さんはちょっと嫌がってたけど、多分2人はすぐ仲良くなると思った。

 鷲尾さんはマジメな人って有名だった。クラスの学級委員長をやっていたり、積極的に学校の美化活動にも参加している。

 力の抜きどころがわからなくて無理すると壊れそうなタイプなので今度お昼寝に誘おう。うん、それがいい。

 山伏さんは…話したことがないのでよくわからなかったけど、はかないっていうのかな。目を離すと消えてしまいそうな感じだった。

 どうやら彼女たちも神樹様の勇者候補らしい。他にも結構人がいて最終的に10人くらい集まった。

 戦闘担当の教官さんからお話があった後、軽く自己紹介をする。

 わたしが名前を言うと、三ノ輪さん以外の人はざわざわする。なかにはあからさまににらみつけてくる人もいてちょっとこわい感じだった。

 戦闘訓練が始まるとみんなわたしのほうに注目しているような気がした。そんなに見られるとやりにくいんよ。

 教官さんが「今まで何か武術をやっていたのか?」って聞いてきたけどはずかしながら箸より重いものを持ったことがない人生だった。

 そう伝えると教官さんはすっごく驚いていて、筋がいいってほめてくれた。 

 訓練は結構ハードで、終わるころには体中が痛くなっていた。

 帰ってからお手伝いさんにシップを貼ってもらった。明日は筋肉痛が心配だ。

 

 

5月7日

 今日大赦の訓練施設に行くと、山伏さんがいなかった。

 戦闘の教官さんから訓練の前に勇者候補が100人から80人に減ったと告げられた。

 そういえば他にもいなくなった子がいる。教官さんは周りを蹴落としてでも自分が生き残れるように精進しろと言っていたけど、私にはわからなかった。

 勇者って、みんなを守る存在じゃないの?

 どうしてつまづいた人に手を差し伸べるんじゃなくて、相手を出し抜いたり蹴落とせって教えるんだろう。

 わたしがおかしいのかな?

 

6月10日

 勇者候補生が50人になった。この施設で残っているのはわたしと鷲尾さんと三ノ輪さんだけになった。

 お家に帰ると、大赦でよく見るおじいさんがお父さんを一方的に怒っているのを見てしまった。

「私の孫が勇者になれなくてお前の娘がなれるのはおかしい」とか「乃木の今の繁栄があるのは誰のおかげだと思っている!」とか言っていた。

 それ以上聞きたくなかったので耳をふさいだんだけど、悪口を言っているのはわかった。

 気が済んだのかおじいさんは行ってしまったけど、わたしは動けなかった。

 その人は、大赦でわたしに優しくしてくれていた大人の1人だった。

 訓練後にアメやお菓子をくれたり、頑張りを褒めてくれたりとわたしを乃木と知ってもおべっかを使ったり距離をとったりするような大人とは違う人だと思っていた。

 なのに、いつも笑顔で優しかったその人は、わたしの知らないところでわたしの大切な人に嫌なことをしていた。

 あとでお手伝いさんに聞いたら、「内緒ですよ」と前置きして教えてくれた。

 その人の家は昔、大赦ができる前は四国ではすごい権力を持っていたんだって。

 でも大赦ができて、勇者が選ばれるようになってからどんどん発言力が弱くなっていって。

 今まではかつて勇者を援助した先祖の功績にしがみついて大赦の要職にいたんだけど、今回自分の血縁者が勇者候補から外されたことでお仕事が別の場所に変わったんだって。

 怖かったのは、次の日大赦の訓練所で会った時のことだ。

 おじいさんは昨日のことなんて嘘だったみたいにいつも通りわたしに優しくしてくれた。

 訓練を終えたわたしに「園子ちゃんはがんばってえらいねぇ」と頭をなでながらお菓子をくれた。

 怖かった。あんなに怖い顔で怒っていたおじいさんが、何事もなかったように笑っているのが。

 まるで仮面をつけているようだった。笑顔の下で、あんなに怖い顔で酷いことを言えるなんて信じられなかった。

 その日、わたしは生まれて初めて人からもらったものを捨ててしまった。持っていることが気持ち悪くて。

 ごめんなさい。 

 

7月23日

 夏休みを前に、勇者候補が10人にしぼられたことを大赦で教官さんから告げられた。

 これからはもっと訓練が厳しくなるらしい。鷲尾さんと三ノ輪さんも厳しい顔でその話を聞いていた。

 わたしはお昼寝する時間はあるかなーって考えてた。もちろん鷲尾さんに怒られた。

 鷲尾さんはちょっと不器用だ。武器の使い方じゃなくて、人間関係とか気の抜き方とか。

 張り詰めた糸ほど切れやすい。切れないためにはたわんだ、ゆるやかな状態でいることが望ましいのだ。

 だから適度に気を抜いて、精神に余裕を持つことが結果的に正解につながる。

 そう思ってお昼寝にお誘いしたんだけど、余計に怒られた。なぜ?

 

7月30日

 今日、かわいい子に会った。

 大赦で訓練していると、「あんたが乃木園子ね!」とツインテールの女の子がやってきた。

 話を聞くと他の地区の勇者候補らしい。

 訓練してた鷲尾さんに、「あたしと勝負しなさい!」って絡んでた。どうやら鷲尾さんをわたしと勘違いしたらしい。

 鷲尾さんはため息をついて、「乃木さんならそこで昼寝してる子ですよ」とすぐバラしちゃった。もうちょっとかん違いしたままのほうが面白かったのに。

「うそでしょ、こんな不真面目なのが成績ナンバーワンなの?」と驚いていた。

「そうですわたしが乃木園子です。みよしかりんさん」とわたしが言うと、みよしさんはすごく驚いていて、「さすが乃木園子。完成型勇者のあたしのことを知ってるなんてやるじゃない」とご満悦の様子だった。

 でもわたしが名前を知っていたのは持ってた竹刀袋に「みよしかりん」って大きく書かれてたからなんだけどなぁ。

 なんだかこの子、すごい導き(いじり)がいがありそう。

 話もそこそこに、すぐ実戦訓練になった。まず最初はわたし、次に鷲尾さん、最後に三ノ輪さん。

 みよしさんは全員と戦って、全員に負けてた。でもすっごく強かった。

 特に三ノ輪さんとは双剣と2丁斧という武器の種類が近いこともあってか、すごい白熱した試合だった。

 あんなに強い子が他の地区にもいたんだ。頼もしいな。

 試合の後、わたしたち3人が全員神樹館小学校の生徒だと知るとみよしさんはショックを受けたようで、「家柄だけの奴らに負けたー」って言ってた。

 それが鷲尾さんには面白くなかったらしく、「乃木さんと三ノ輪さん、私の3人が勇者候補になったのは実力です!」ってみよしさんに怒ってた。

 おー、なんか鷲尾さんに初めてほめてもらったかも。

 鷲尾さんの言葉でわたしたちを傷つけたと思ったのか、みよしさんはごめんなさいしてくれた。

 三ノ輪さんは笑っていいよって言ってたし、わたしも家柄のことを言われるのは慣れてるからべつにいいよって答えた。

 帰り際、「最後に残るのはあたしたち3人だから」って言い残してみよしさんは去っていった。

 あんなに強い子が他に2人もいるんだ。わたしもがんばろう。

 

8月30日

 今日はわたしの誕生日です。お父さんとお母さんと一緒にたくさんの人がお祝いしてくれました。

 たくさん人と会ってつかれたので、今日はもうおわり。

 

9月1日

 今日から新学期。学校が始まった。

 クラスへ行くと三ノ輪さんから「誕生日おめでとう」って言われた。

 はじめ何を言われたのか分からなかった。同じ年の子に誕生日をお祝いされたのなんていつぶりだろう。

 思わず泣いちゃったわたし、変な子じゃなかったかな?

 三ノ輪さんは「昨日は夏休みの宿題に追われてたからわたせなくてごめん」って謝りながらかわいいメモ帳とペンをくれた。

 わたしが小説書いてるって知ってたのかな?

 今までお父さんとお母さん以外の大人からもらったどのプレゼントよりうれしかった。

 学校が終わって大赦の訓練施設に行くと、勇者候補がここにいる3人を含めて5人に絞られたことを伝えられた。

 夏休みに会ったみよしさんを思い出した。彼女も残ったのかな?

 聞いてみようかと思ったけど、彼女が「あたしたち3人」って言ってたのを思い出して聞けなかった。

 もし鷲尾さんか三ノ輪さんが勇者候補から外れたら、わたしだったらすごい落ち込むだろうから。

 

9月28日

 今日、嫌なことを聞いてしまった。

 大赦のお昼寝スポットでサボ…めいそうしていると、大人たちの声が聞こえてきた。

 いわく、実は最初から勇者になる人間は決まっているということ。

 勇者適性の高いわたしに鷲尾さんに三ノ輪さんの3人。

 最初にたくさんの候補が集められたのは、互いに相手を蹴落とさんとすることで訓練の効率をアップさせるための方便だということ。

 さらには勇者候補にするために適性のない子供の親やおじいちゃんたちからお金をもらっていたとも言っていた。

 怒りはわかなかった。大赦の大人が考えそうなことだなってちょっと呆れただけだ。

 ただ、玉を磨くための石は多いほうがいいという言葉に同意する大勢の笑い声が耳にこびりついて離れなかった。

 その日、お気に入りのお昼寝スポットが1つなくなった。 

 

10月30日

 大赦の訓練施設に行くと、最終選考にわたしと鷲尾さんと三ノ輪さんが残ったことが告げられた。

 鷲尾さんと三ノ輪さんは喜びのあまり泣いていた。訓練してくれた教官さんたちも鼻が高いと喜んでいた。

 わたしだけが、心から喜べなかった。

 

11月8日

 今日はすごいことがあった! 何から書こうかな。

 えっと、まずわっしーとミノさんと仲良くなりました!

 あ、わっしーは鷲尾須美さんで、ミノさんは三ノ輪銀さんです。

 大赦の訓練が終わった後、部屋で小説を書いていたらスマホが鳴って、神樹様の結界に送られた。

 その時わたしはミノさんと一緒だったんだけど、先に来たわっしーがおそわれてた。

 白い体と大きな口で、大赦で勉強した星くずだってわかった。

 そいつが今にもわっしーを食べそうで、ミノさんが飛び出そうとしてた。

 わたしは怖くてまだ動けなかったんだけど、友達のピンチにすぐ動けるミノさんはすごいなぁと思った。

 でもこのままじゃミノさんもあぶない。わたしはあわててミノさんを止めて、簡単な作戦を伝えた。ミノさんに攻げきしてもらって星くずが逃げた先にわたしが待機して、はさみうちにしようというものだ。

 結果は失敗したけど、その後わっしーが訓練でも見せてくれなかった4連射を星くずに放ったのは驚いた。すっごーい。

 でもそれもよけられて、攻撃してくるかと思ったけどすぐ逃げて行った。

 おそらくあれはセッコーだったのかな? 多分今の勇者の実力を見に来たんだと思う。

 そのあとわっしーがわたしにリーダーをやってくれって言ったのは本当に驚いた。発想に光るものがあるってほめてくれた。

 てっきり自分がリーダーをやりたいと思ってたのに。ミノさんが明日は雪が降るかもって言ってた。

 明日から猛特訓って言ってた。大変そうだけど楽しみだ。

 

11月10日

 今日はミノさんの誕生日をわっしーとわたしでお祝いした。

 わたしのお家でお祝いしたんだけど、ミノさんは「家広い! 敷地内に定時バスがあるとかなんで!?」って驚きっぱなしだった。

 初めての友達の誕生日で、ちょっとテンションがあがりすぎちゃった。

 ミノさんが喜びそうなプレゼントとかお料理をいっぱい用意してもらったんだけど、困った顔されてしまった。

「あたしは園子のお誕生日おめでとうが聞けたらそれで十分だよ」って言葉にはっとさせられた。

 なんか、嫌いだった大人と同じようなことを自分もしたみたいで、すごく、すっごく恥ずかしかった。

 わたしがごめんなさいするとミノさんは笑って許してくれた。それからは楽しい誕生日パーティーだった。

 ケーキを食べさせあいっこしたり、わっしーが手品してくれたり、一緒に歌ったり踊ったりすっごく楽しかった。

 来年は今回の反省を生かして、わたしが心からミノさんに送りたいと思うものを自分のお金で用意しよう。

 早く来年が来ないかな。今から待ち遠しい。

 

12月10日

 昨日、わっしーに訓練方法について相談された。

 どうやら小さくて素早く動くものを射る訓練をしたいらしい。

 さっそくわたしはお手伝いさんに相談して、あるものを手配してもらった。

 訓練場でそれを的にして訓練しようとしたんだけどできなくなった。

 ほんとは1匹ずつ出すはずだったんだけど、わっしーに渡した瞬間それを入れてた瓶が落ちて割れてしまい、全部逃げ出したのだ。

 おかげで訓練所はパニック。ミノさんも泣いて逃げるしで結局訓練どころではなくなった。

 わっしーもショックだったようで、固まったままだった。あとで確認したら気絶していたらしい。

 苦労したんだけどなぁ。冬で見つかりづらかったし。

 え、訓練の的って結局何だったのかって? ゴ〇ブリだけど。

 ※東郷(須美)さんのゴキ〇リ嫌いは公式設定です

 

12月24日

 今日はクリスマスだ。ミノさん家でミノさんの家族とわっしーと一緒にパーティーをした。

 友達の家のクリスマスパーティーに行ってもいいかとお父さんとお母さんに尋ねたら、驚いた顔をしたけどその後「いいよ」って言ってくれた。

 後で聞いたらどうやらわたしをパーティーに誘ってくれる友達がいることに驚いたらしい。失礼しちゃうんよー。

 わっしーは「外国のお祭りなんて」ってパーティーが始まる前は言ってたけど、いざパーティーが始まると結構熱中してた。

 ミノさんの誕生日会の時も思ったけど、わっしーって雰囲気に流されやすいよね。

 ミノさんの弟くんはかわいかった。わっしーをずっと見てて、ミノさんに「何顔赤くしてんだよー」ってからかわれてた。

 赤ちゃんにも触らせてもらった。わたしが差し出した指をちっちゃい5本の指がつかむのがすごかった。すごかったって表現できないくらいすごかった。

 わたしも小さいころあんなだったのかなー。今度聞いてみよう。

 ケーキとわっしーが作ってきたぼたもちを食べて、すごく楽しかった。また来年もできたらいいな。

 

12月31日、神暦298年1月1日

 大みそかと元旦はゆーうつ気分。

 お家に誰かがひっきりなしに来て、あいさつをする。もちろん乃木の娘としてわたしもそれにつきあわないといけない。

 でも人と会うのって、すごいつかれるんよー。特に会いたくない相手に作り笑顔をするの。

 向こうも会いたくないなら来なければいいのに。

 そんなことを考えていると、お父さんとお母さんに友達と初詣に行っておいでと言われて驚いた。

 初詣どころか正月の間はずっと四国中から集まってきた人に挨拶するのが乃木家の正月の過ごし方だと思っていた。

 わっしーとミノさんに電話すると、2人も同じように言われたらしい。わたしたちは神社で落ち合った。

 晴れ着姿のわっしーはすっごくきれいだった。ミノさんも着てくればよかったのに。

「あたしにはそんなの似合わないよ」って言ってたけど絶対そんなことない! うちに晴れ着がたくさんあったから今度いろいろ着せ替えしよう。うん、絶対。

 2礼2拍手1礼をして、おさい銭を入れてお参りをした。

 元旦ということもあって参拝者が多いかと思ったけど、別にそんなことはなかった。ミノさんによると1月1日は朝から始まるお笑い番組がお昼ぐらいまでやってるから、逆に人がいないんだそうだ。

 3人でおみくじを引いた。わたしが小吉。わっしーが大吉。ミノさんは大凶だった。

 わー、わたし大凶って初めてみたよ。なんて声を掛けたらいいかわからなかったけど、ミノさんは「大凶ならあとは良くなっていく一方だな!」って笑ってた。すごい考え方だ。

 でもさすがに縁起が悪いのでもう1回引き直すと今度は大吉だった。むー、わたしだけ仲間外れ。

 大凶のおみくじを枝に結んで、甘酒をいただこうとしたら姉妹なのかな? 茶髪の女の子2人が甘酒を飲んで泣いたり笑ったり大騒ぎをしているのを見て、やめておこうということになった。

 帰りにミノさんがお家に誘ってくれて、1度家で着替えてからお邪魔した。

 こたつで食べるみかん美味しかったんよー。赤ちゃんも大きくなっていて、この前会った頃から少ししか経っていないのにびっくりした。

 今まで生きていた中で1番楽しいお正月だった。この思い出があれば嫌なあいさつ回りもたえられる。

 よーし、がんばるぞー。おー。

 

2月14日

 今日はバレンタインデー。わっしーとミノさんとお互いにチョコを交換しあった。

 この時期は小説のネタに事欠かないから大好きだ。

 チョコの交換を提案したのはわたしだった。もし提案しなかったら横文字嫌いなわっしーはぜったいチョコなんてくれなそうだったし。

 前日まで文句を言ってたわっしーだったけど、ミノさんが自分が作ったチョコを食べてくれる様子にまんざらではない様子だった。

 おやおや、これは…。

 新しい小説のネタ…もとい友達同士の友情をもっと深めてもらうため、わたしは2人を密室に閉じ込めて観察することにした。

 でもすぐにバレてわっしーにすごい怒られた。録画してたカメラも没収された。ひどい!

 でもそのっち知ってるよ。2人の顔が赤いの、夕日のせいだけじゃないってこと。

 言わなかったけどね。言ったらミノさんにも怒られそうだったし。

 

4月8日

 今日はわっしーの誕生日。

 前回の反省を生かし、自分が選んだものをプレゼントに持って行ったよ。

 わっしーはすっごく喜んでくれた。そしてミノさんからのプレゼントはなんと下着だった。

 わっ、大胆!

 あとでそれはジョークで本物のプレゼントは別にあったってわかったんだけど、わっしーがすごい怒ってた。

 それはもう、訓練の時にお昼寝が見つかった時以上に。人間って沸点超えると逆に冷静になるんだっていう例を目にしたよ。

 ミノさんは正座させられて、こんこんとお説教された。プレゼントは別にあるってわかって許してもらったんだけど、問題はその後だった。

 なんとミノさんが用意したブラのサイズが小さかったのだ。

 ミノさんはおっぱいソムリエとしての自信を打ち砕かれたらしく、すごく落ち込んでた。わっしーも顔を真っ赤にして何も言わなかった。

 わたしは成長期ってすごいなーと思った。

 

4月9日

 新学期が始まり、新しいクラスになった。

 わっしーとミノさんと同じクラスだ。そこに大赦の思わくが関わっているんだろうけど、素直に嬉しい。

 これからずっとずっと友達といっしょなのは、本当にうれしかった。

 

4月20日

 大赦が予測していたバーテックスの襲撃の日。

 大型のバーテックスがやってきて、わたしたちはその撃退に成功した。

 でも、半年前に現れた星くずは1体もいなかった。おかしい。ご先祖様の記録ではすごい数の星くずと戦うことになるはずなのに。

 わっしーと相談した結果、半年前にセッコーとして現れた星屑の背後にいる存在が何か企んでるんじゃないかという話になった。

 ひょっとしたら、バーテックスの中でも内部分裂とかあるのかも。

 詳しいことは可能性も含めて『そのこのせんりゃくのーと』に書いてまとめておこう。

 ミノさんが大赦にこのことを知らせようといったけど、大赦の大人がわたしたちの意見なんて聞くのかな?

 せっかくの祝勝会だったのに、暗い雰囲気にしちゃった。

 

4月29日

 大赦から初勝利のご褒美で大赦の保有する施設で1泊2日の合宿をすることになった。

 海が近くにあって、わっしーとミノさんの水着が見れるぜ! と期待していたわたしだったけど、その期待は裏切られることになる。

 なんと施設に来て早々2人は勇者服に着替えて連携の訓練を始めたのである。

 どうやら前にわたしが言ったことが気になっているらしく、油断せず精進すると決めていたらしい。

 そんな…2人の水着姿を収めようと持ってきたこのカメラはどうすればいいの?

 しかたなく、ほぼヤケクソだったけどわたしも訓練に加わり3人の連携はさらに強化された。

 その結果は夜に襲撃してきた天秤座と山羊座との戦闘でいかんなく発揮された。

 

5月17日

 昨日私がお昼寝してた時に魚を釣った夢を見た話をしたら、ミノさんとわっしーと一緒に釣りに行くことになった。

 でも肝心の釣竿を忘れてしまい、川の中に入って素手で取ることになった。

 5月とはいえ川の水は冷たくてこごえそうだったよー。

 魚はなかなか捕まえられなかったけど、わっしーが捕まえてくれた。すごい!

 帰って3人でお料理したけどわたしのだけ見るからに炭だった。

 でもミノさんは涙を流しながら食べてくれた。

 「なんちゅうもんを…なんちゅうもんを食わせてくれたんや」って。

 話を聞いたら昔ミノさんのお母さんが作ってくれた焼き魚に似ていたらしい。

 思い出補正って、大事だよね。

 今度はちゃんと2人みたいにおいしいものを作れるようにわたしも勉強しよう。

 

5月23日

 最近小説がスランプ気味だったので、わっしーとミノさんに助けてもらうことにした。

 具体的にはかわいい服を着たり、小説の中のシチュエーションを再現してもらう。

 そう、第2回三ノ輪銀かわいい向上委員会開催だ!

 でもミノさんは1人着せ替え人形にされるのが不満だったようで、わっしーも一緒ならという条件でやってくれる事になった。

 だめだ…まだ笑うな…。ここまで計画がうまくいくと自分の才能が怖くなる。

 わっしーは「こんな格好、非国民よ」って言ってたけどまんざらでもなかったことは明らかだった。

 お姫様抱っことか壁ドンからのあごクイとか色々やってもらった。その様子は余すことなくカメラに収めさせてもらったよ。

 まさに眼福の一言に尽きる。枯れかけてたイメージがどんどんと湧き出してくるのを感じた。

 おかげですっごいはかどった。今度2人にはお礼しなくちゃね。

 

6月14日

 3人でプール!

 大赦のご褒美で運営前のレジャー施設を貸し切りにしてプールを楽しんだよ! 

 これに関しては大赦グッジョブと言いたい。2人の水着が拝めるんよー。

 でも2人は学校指定の水着だった。まぁ、わたしもそうだったんだけど。

 でもこれはこれではかどるんよー。小説のネタが次から次へと沸いてくる。ビュォオオオオオ!

 わっしーのお胸はまた成長していた。いったいどこまで大きくなるんだ。

 そのことでミノさんがおやじみたいなことを言って、わっしーに怒られていた。

 でも、結構まんざらでもないこと、そのっち知ってるよ。

 アッツアツですなぁ。まったく。ほんまはかどるわぁ。

 次の小説のテーマは君たちに決まりだ!

 帰りに寄ったうどん屋で、3人で大きくなったら何になりたいかという話になった。

 わっしーは西暦時代の学者さん。ミノさんはお嫁さんになりたいんだって。

 わっしーはなんとなくそんな気がしてたけど、ミノさんの夢は意外だった。正直ギャップでキュンとなったんよー。

 わたしが大きくなったら女の子同士でも結婚できるように法律を改正しよう。固く心に決めた。

 でもミノさんの心が第一だからね。相手が男の人でもわっしーが認めたらわたしも認めよう。

 わたしとしてはミノさんの相手はわっしーしか考えられないけど。

 その夜、髪の長い女の人に「若葉ちゃんの子孫ちゃん、がんばってください!」ってすっごい握手されて応援される夢を見た。

 あの人、ご先祖様と一緒に写真に写ってた巫女の女の人に似てたような…。

 

7月9日

 明日は待ちに待った遠足。

 この日のためにわっしーはすっごく分厚い旅のしおりを作ってくれた。

 わっしーってなにげにイベント事好きだよね。

 初めて会ったときはすっごいピリピリしていて、わたしがお昼寝しようとするとすっごい叱ってきたのに変われば変わるものだ。

 まぁ、いまでもお昼寝すると怒られるんだけどね。

 それもこれも、ミノさんのおかげかな。わたしだけだったら、わっしーの心をここまで開けなかったよ。

 やっぱりミノさんはすごいなぁ。人の心を開かせる天才だと思う。

 困った人を放っておけないし、トラブルに巻き込まれやすいし、本当生まれながらの主人公体質なんじゃないだろうか。

 クラスでも結構隠れファンも多いし、わっしーもうかうかしてたら誰かに取られちゃうかも。

 ま、そうならないためにわたしがいるんだけどね。

 明日も2人が仲良くなるように暗躍…もとい仕込みは万全なんよ。2人が仲良しだとわたしもうれしいからね。

 決して小説のネタのためではないんよー。本当だよ?

 明日はいろんなネタが回収できそうなんよ。ビュォオオオオオ!




ちなみに夏凛の言っている3人とは夏凛、芽吹、弥勒さんの3人です。


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運命の日

【ルート分岐】
 サイコロを2つ振り
 合計が11以上の目が出た場合→【わすゆルート】
 合計が10以下の目が出た場合→【ゆゆゆルート】


 あれから一向に見つからない星座級に、俺は焦っていた。

 スコーピオン・バーテックスを発見したのを最後に、遠征隊も四国周辺で星屑を食っている部隊からも星座級バーテックス発見の報告がなかったのである。

 当初はあまり気にしていなかった。神樹の体液に耐えられる強化版人間型バーテックスの開発に忙しかったし、それに勇者と意思疎通するための精霊づくりに必死だったからだ。

 だが、壁の外に出ても耐えられる強化版人間型バーテックスの完成。それをもとにした精霊型星屑の完成にこぎつけると、あまりになにもない状況に不安をおぼえ始めた。

 そして精霊が20体繭から(かえ)るほどの時間がたっても一向にキャンサーとサジタリウス発見の報せがないことに、ようやく異常事態だと感じた。

 いくらなんでもおかしい。

 遠征隊がスコーピオンを見つけた位置から考えても、もう四国付近にいてもいいはずだ。

 というか、四国付近にいないと間に合わない。

 ひょっとして襲撃をあきらめたのかと希望的観測を抱いたが、すぐに否定した。

 この世界はそんなに優しくない。

 ある日突然平和になりましたなんて、神さま(天の神)が許さないのだ。

 こうなったら数々のゆゆゆいプレイヤーに辛酸をなめさせたアジタートを四国周辺に配置すべきか。

 アジタートとはやられると大爆発を起こし勇者に大ダメージを与えるゆゆゆいオリジナルバーテックスだ。

 移動速度は遅く、触れると爆発する機雷のような存在だ。その特性から近距離攻撃型や範囲攻撃型勇者の天敵ともいえる。

 だが一方で遠距離攻撃には滅法弱く、こいつが出てくるステージはまず東郷や須美、杏、雪花などの遠距離攻撃型の勇者で倒してから他のバーテックスを倒していくのがセオリーだ。

 そう、遠距離にめっぽう弱い。

 キャンサーとともに行動しているだろうサジタリウスのことを考えると、配置しても効果があるのかは疑問だ。

 最悪サジタリウスの矢に全滅させられて、キャンサーには傷ひとつつけられませんでしたということになりかねない。

 悩みに悩みぬいた結果、俺はアジタートの母艦であるカルマート2体を制作して配置することにした。

 このカルマート。星座級ぐらいの質量がある星屑をまるまる使って作ったので相当な数のアジタートを生み出すことができるだろう。

 俺自身も取り込んだアクエリアスとリブラの能力を合体させて水でできた武器を風で威力を上げて放つようにしてみたり、回転数を上げて攻撃力を増してみたりといろいろ試してみた。

 前回取り込んだスコーピオンの能力も試してみる。カプリコンの御霊が出す人体には有毒な霧の毒素を上げてみたり、手を直接毒針に変えて相手を突いたりと攻撃手段はいろいろありそうだ。

 これは防御力の高い対キャンサー戦で役に立つことだろう。

 あと毒を取り込んだことでゆゆゆいに出てきたアイツを作れるかなと試してみたが姿が似ているだけで固さや厄介な能力は再現できなかった。うーん、まだ俺自身の能力や材料の質量が足りないのかな?

 そんな試行錯誤を繰り返していると時間はあっという間に過ぎていき、運命の日を迎えた。

 

 

 

 俺はサーバー星屑から異常事態の報告を受け、すぐに作業を中止しサーバー星屑のもとへ向かった。

 意識を移すと数体の星屑の数字の光が消えていた。あれは、結界付近にいた星屑たちの番号だったか?

 何かを発見した黄色になる前に色がなくなったということは、感知する間もなく消滅したということか。

 サーバー星屑に消滅する前の映像を映すように念じると、画面が複数表示される。

 一見何の変哲もない、いつもの壁の外の映像だった。だがまばゆい光のようなものに包まれた後、すべての星屑の視界が真っ黒になった。

 おいおい、これって…。

 俺は結界付近に一番近い場所にいた星屑2体を別々の方向から結界付近に近づくように命令する。

 見えてきた光景に言葉を失った。

 それは結界の外からレオとサジタリウスが一方的に結界内にいる勇者たちへ攻撃している姿だった。

 いくら何でも反則過ぎるだろ!!

 俺は叫びだしたい気持ちを抑え、すぐに人型へと意識を戻し巨大フェルマータと強化したアタッカ・バッサ6体に準備するように念じる。

 遠距離攻撃用のカデンツァと防御特化のタチェットは足が遅い。一応結界付近の地点に来るよう指示を出しておくが、間に合うかどうか。

 フェルマータに乗り込み、リブラの能力で先端に風の繭を作る。これにより風の抵抗が緩和され、普通よりも早く移動できるはずだ。

 アタッカ・バッサを置き去りにするようだが、今はとりあえず現場へ向かうのが先決だった。

 おそらく最初に防御力の強いキャンサーを先行させ、勇者たちが出てきたところを狙って射程距離外から2体の巨大バーテックスは攻撃を開始したんだろう。

 サジタリウスの連続して放つ矢が届くのは中距離程度であまり怖くない。だがチャージして放つ矢は非常に強力で、長距離攻撃向きだ。

 その威力は勇者の満開バリアでも防ぎきれるかどうか。

 もちろん鷲尾須美は勇者である時代の今は満開バリアなんてない。精霊もまだ持っていない。生身だ。

 当たればひとたまりもないだろう。

 レオの放つ火球と熱光線は強力だが、本来壁を守る神樹の結界を破壊するには及ばない。

 結城友奈は勇者であるでも壁を破壊したのは東郷美森の武器による内側による攻撃で、外側からのバーテックスの攻撃ではびくともしなかった。

 そう、普通なら何の問題はない。

 だが結界のなかで戦う勇者たちを滅ぼすには十分すぎる火力なのだ。

 現に西暦時代の勇者、群千景の7体を同時に倒さないと死なないチートのような七人御先という精霊を6体まで一瞬で消滅させたことからもその規格外さをうかがい知ることができるだろう。

 そんなレオがなぜ今ここに? と考える。

 レオはラスボスと言ってもいいほど星座級の中でも屈指の強大な力を持つバーテックスだ。

 鷲尾須美の章でも最後に出てくる3体のうちの1体として登場しているし、結城友奈は勇者である1期では牡牛座など複数の星座級と融合し、レオ・スタークラスターとして実質ラスボスを務めていた。

 つまり中ボス戦にいきなりラスボスが出てきたような理不尽さなのだ。

 お前、出てくるのもっと後だろ! とこちらが言いたくなる気持ちがわかっていただけただろうか。

 俺のせいか。

 考えても考えても、やはりそこに行きつく。

 俺が調子に乗って本来出てくるはずのスコーピオン・バーテックスを倒してしまったから、代わりにレオが出てきた。

 良かれと思ってやったことが、結果として最悪の事態を引き起こしてしまった。

 これでは、もう3人が生きているかどうか…。

 いや、希望を捨てるな。決めただろう、銀ちゃんを救うって。

 その展開が待つ物語ごとぶち壊すって。

 頼む、間に合ってくれ。

 俺はこの世界に来て初めて神に祈りながら見えてきた神樹の結界に突っ込んだ。

 

 

 

 遠足の帰りにスマホからアラームが鳴り、神樹様の結界に巻き込まれた。

 あたしと園子、須美はすぐ変身して、近づいてくる巨大バーテックスを迎え撃とうとする。

 白い3つに分かれた顔に扇みたいな頭部が6つ甲冑みたいに重なってる。段々になった腹部からハサミのついた腕が2つ生え、しっぽにもハサミがついていた。

 蟹座(キャンサー・バーテックス )。3対6つのシールドが特徴の巨大バーテックス。

 前回2体同時に来た敵を倒して油断があったと言われれば確かにそうだ。

 1体くらいならすぐ倒せる。そう思っていた。

 だけど一瞬そいつの背後が光って、次の瞬間須美が倒れたことで状況は一変した。

「わっしー!?」

 園子がいち早く気づいて、須美に駆け寄る。見ると口から血を吐いていて、生気のない顔でぐったりしている。

 なんだよこれ。

 思わず呆然としていると、「ミノさん!」と園子が叫ぶ。考えるより先に身体が動いていた。

 須美と園子を守るように前へ出ると、両手の斧でガードする。

 だが今度の攻撃はあたしたちから大きく逸れ、結界にある神樹様の根をえぐって爆発した。

「園子! 須美は!?」

 前方に視線を向けたまま、園子に尋ねる。光が、今度は2つ。

「大丈夫、息はある。でもこのままじゃ…きゃぁ!」

 瞬間、目の前にあった樹海が燃えた。

 光が走った後、急に明るくなって肌を熱が焦がす。光が走った場所は黒くなっていて、ところどころに赤く光る筋が見える。

 あまりのことに言葉を失っていると、首元を掴まれた。

 どこにそんな力があるのか、園子は負傷した須美を抱えてあたしを引きずりながら結界の奥へと向かっていく。

「園子?! 敵は」

「黙って! 7、8、9、10、11」

 園子は数字をつぶやきながら進む。58、59、60と数えたときに、また光った。

「この野郎!」

 今度は防ぐことができた。こちらに向かってきた攻撃をはじく。

 受け止めようとしたが逸らすのが精一杯だった。斧で完全に防いだはずなのに、腕がビリビリする。

 あたしが無理やり立ち上がったので、園子はバランスを崩して転んでいた。あわてて駆け寄って起こす。

「大丈夫か、すまん」

「ありがとう、ミノさん。大体わかったよ」

 園子が血を流す姿を初めて見たかもしれない。須美は相変わらずぐったりしたままだ。

 よく見ると足にも酷いやけどをしている。さっきの樹海が燃えたときか。

 そんな状態で、須美とあたしを運んでくれたのか。

「さっきから続いている攻撃、多分わたしたちを狙ってるわけじゃない」

 蟹座とその後ろにいるだろう見えない敵をにらみつけて、園子が言う。

「多分、敵は2体。結界の外ギリギリからあの蟹座を避けて無作為に撃ってるんだ。だから姿が見えないし、狙いが甘かったり全然違うところに当たったりしてる」

「無作為ってことはでたらめに撃ってるってことか?」

「そう。最初に当たったわっしーは運が悪かったとしか」

 園子が勇者服を脱がして傷の具合を確かめている。左胸の下、あばら部分に被弾していた。

「ただ、ここに来るまで8発しか撃ってこなかったってことはそう連射できる攻撃じゃないってことだと思う。わっしーに当たったやつはチャージに1分。樹海を焼いた光線みたいなのは3分くらいかかるみたい」

 内臓は傷ついてないみたい。と安堵する園子を見て、あたしは戦慄していた。

 こいつ、あの状況でそこまで考えてたのか?

 あたしが呆然として、みっともなく取り乱していたなか怪我を負いながらも戦況を分析していたって、嘘だろ。

 以前、須美になんで園子をリーダーにしたのか聞いたことがある。

「目を背けてた相手の真価を認めただけよ。くやしいけど、多分、私はそのっちみたいにできない」

 あの時は何のことかわからなかったけど、今納得した。

 多分、園子がリーダーじゃなかったらあたしたちはこれまでの戦いで全滅していただろう。

「怪我がこの程度で済んだのは、多分神樹様の結界のおかげだよ。威力が落ちてなかったら樹海は焼け野原になってるだろうし、わっしーも」

「園子」

 現状を説明してくれるのはありがたい。でもあたしは須美みたいに頭が良くないから、アドバイスはできないんだ。

 なのでもっと簡潔に自分ができることを尋ねる。

「3人で生き残るにはどうすればいい? あたしは、何ができる」

 覚悟を決めて見つめた。園子はあたしの視線を受けて――目をそらした。

「ごめん、ごめんなさい。わからない」

 初めて見る園子の余裕のない表情だった。

「勝ち筋が、全然見えないんよ。攻撃してくる敵は結界の外。近づくには危険すぎるし、撤退して仕切り直そうにもあの蟹座のバーテックスがいる限りは」

「じゃああいつを結界の外に押し出せば」

「多分、敵もそう考えて誘ってるんだと思う。近づいた瞬間攻撃を変えて、今の攻撃の比じゃない密度で襲ってくる」

 じゃあどうすれば、と考えようとしてやめる。

 あたしが考えつくような方法はもうとっくに園子は考えた後だろうし、そのうえで勝ち筋がないと言っているんだ。

 つまり、詰んでるってことか。

「っ!? 考える! 考えるからもうちょっとだけ時間をちょうだいミノさん!!」

 考えが顔に出てたか。園子が泣きそうな顔で掴んできた。

「だから――特攻しようなんて、馬鹿なこと考えないで……」

 ごめん、園子。でもこのままだとジリ貧だしさ。

 2人も動けないし、敵さんも待ちきれないみたいだ。

 結界の奥にこもったあたしたちに業を煮やしたのか、蟹座がこっちに向かって進軍していた。

 巨大なバーテックスが進んだ分だけ樹海が侵食され、世界の終わりが近づいてくる。

 頭に家族や安芸先生、クラスメイトの顔が思い浮かんでは消えていく。

 この人たちが生きる世界は、あたしが守らないといけないんだ。

「ミノさん! 待って!! せめてわたしも一緒に」

「ばーか、けが人を一緒に行かせられるかよ」

 立ち上がろうとして痛みに顔をゆがませる園子を座らせて、あたしは言う。

「大丈夫。すぐ帰ってくるから。料理教えるって、約束しただろ」

 蟹座の前に行くまで、遠くから2体のバーテックスの攻撃は続いた。

 園子の言う通りでたらめに撃っているのか、樹海をえぐったり壁を燃やすだけであたしに当たることはない。

 やがて蟹座の正面まで来ると、樹海の地面に斧で線を引く。

「悪いな、こっから先は人間様の領域だ」

 ここは、怖くてもがんばりどころだ。

 あえて不敵に笑ってみて、目の前の化け物をにらみつける。

 樹海の奥にいたときには気づかなかったが、2体の巨大バーテックスが結界の中に入ってこちらに向かってくるのが見えた。

 どうやらエサに食いついたと思ったらしい。

 しゃらくさい、あたしはエサごとかみ千切ってやるさ。

 




天の神「いつまで手こずってるの?」
獅子座「はい」
天の神「はいじゃないが。もう神樹の樹海全部燃やしちゃいなよ。反撃できない遠距離から攻撃したりとかさ」
射手座「それはいささか卑怯では?」
天の神「やれ」
獅子座、射手座「はい」
蟹座(大変だなぁ)
天の神「あ、お前勇者を釣る囮な」
蟹座「ファッ!?」
 だいたいこんな感じ。


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【わすゆルート】 キミを最悪な結末から救いに来たんだ

今日の百合厨バーテックスからのひとこと。
(+皿+)「【あ(だちとしまむ)ら^~】タグのセンスには素直に脱帽」


 神樹の結界に入った俺は、レオ、キャンサー、サジタリウスを確認するとサジタリウスに巨大フェルマータに乗ったまま突っ込んだ。

 ひき逃げアタックにサジタリウスは吹っ飛ばされて転がっていく。相方のキャンサーはまだ何が起こったかわかっていないようだ。

 銀ちゃんは……いた! サジタリウスの矢に身体を貫かれて血を流しているが、斧にすがるようにして立っている。

 間に合った!

 俺はさっそく水球を出すと銀ちゃんをその中に閉じ込めた。中身のヒーリングウォーターが受けた傷を治してくれるはずだ。

 さて、と。

 フェルマータから降りて俺は改めて3体の巨大バーテックスと向き直る。

 突如現れた人型の星屑に、3体は混乱していた。

 が、俺が銀ちゃんを水球に閉じ込めると加勢しにきた仲間だと思ったらしい。不用心に近づいてくる。

 その油断が命取りだ。

 俺は右手を毒針に変え、一番近い位置にいたレオに刺し込む。

 たっぷりと10秒間、スコーピオン印の猛毒を送り込ませてもらう。お前が1番厄介だからな。

 よし、状態:どくにできたな。こいつは御霊だけでも行動できるチート野郎だから一刻も早くここからご退場願おう。

 リブラの風を起こす能力を使い、暴風を起こしてレオを吹き飛ばそうとする。だがわずかに体勢がぐらつくだけで結界の外に押し出すには至らない。

 だったらこれでどうだ!

 俺は圧縮していた質量を解放し、巨大化する。両手を前にあげ、イメージ。変われ―変われー。

 いくぞ! 巨大アタッカくん、ダブルロケットパンチ!!

 両手をゆゆゆいステージでボスとして登場するレベルにでかいアタッカに変身させて射出する。

 分離した巨大アタッカがレオの体躯に激突した。巨大質量の物理攻撃にレオが怯む様子を見せるが、まだ踏ん張っている。

 くっ、押せてはいるけど押し出すには足りないか。

 だったらダメ押しの、ダブルフェルマータ射出!!

 いっけぇえええ!!

 さすがにジェミニ並みの速度で突進する勢いには勝てなかったのか、レオは徐々に押され始めて結界の外へと押し出されていった。

 よし、ひとまず脅威は去ったな。

 後で来る予定だったアタッカ・バッソとカデンツァたちにボッコボコにしてもらおう。その前に進路上にカルマートにアジタート機雷をばらまいてもらわなければ…。

 次々と脳内で指示を出していると、ひき逃げアタックで吹っ飛ばしたサジタリウスが戻ってきてこちらに向かって数多の矢を放ってくる。

 だが矢はリブラの風で吹き飛ばされ、それをかいくぐり背中に刺さろうとしたものも身体を覆うアクエリアスの水の膜に包まれ届くことはなかった。

 なんなんだァ今の攻撃は?

 キャラの濃さと台詞の汎用性からMADが大量生産されてる自称悪魔の超サ〇ヤ人のようなことを言いながら振り向く。

 サジタリウスは攻撃が効いていないのにも関わらず矢を撃ち続けていた。なぜ効かないのかわからず破れかぶれといった様子だ。

 カスが、効かねえんだよ(無敵)。

 攻撃してきたってことは、ぶちのめされる覚悟があるってことでいいんだよな?

 考えてみれば原作で銀ちゃんの直接の死因ってお前だったよ。これは許せんよなぁ。

 俺は体積を消費して生えてきた腕を再びアタッカにして6体ほど射出する。

 しかもただのアタッカではない。こいつはアタッカ・アルタ。アタッカの中でも最上位の攻撃と防御力を持つ上位個体だ。

 その間もサジタリウスは相も変わらず俺に矢の雨を降らせていた。

 無駄打ちご苦労様です。じゃあ、反撃の開始だ。

 巨大アタッカ・アルタと俺の拳、合計8つの拳がサジタリウスの身体に突き刺さる。

 某漫画のオラオララッシュみたいに7ページ半にわたって(本当は無駄無駄ラッシュなんだけど)殴り続ける。体躯はひしゃげ、2つある御霊がちらりと顔をのぞかせるほどボロボロになった。

 ふぅ、スッとしたぜ。じゃあな。

 顔を巨大星屑に変え、丸呑みにする。

 バリバリムシャムシャモグモグゴックン。ペッ!

 2つあるサジタリウスの御霊を吐き出す。水のワイヤーでくくって巨大フェルマータにけん引してもらいながら壁の外へ運んでもらった。

 これで残りはキャンサーのみになったな。

 往生せいや! この蟹やろう!!

 6体の巨大アタッカ・アルタを突っ込ませると6枚のシールドで的確に防御してくる。

 だが数撃打ち合っていくと何枚かのシールドがひび割れ始めた。

 これは銀ちゃんが頑張ってくれたおかげだな。本編での銀ちゃんの最期の戦いを思い出しながら俺は宙空に大型のみずしゅりけんを2枚、作っていく。

 喰らえ! 殺意マシマシハンドスピナーみずしゅりけんダブル!!

 しかもスコーピオンの猛毒入り! 名付けてどくどくみずしゅりけんダブル!!

 水のワイヤーで操りながら、キャンサーの体躯を切り刻む。

 くそ、リブラの風で回転数を上げたけどやっぱり固いな。体躯に食い込むだけで切断できない。

 だがそれこそが狙いだ。傷口から入ったみずしゅりけんの毒液がキャンサーの体躯を侵していく

 動きが目に見えて悪くなった。シールドも巨大アタッカ・アルタに押し負けて体躯にぶち当たる。

 あとは一方的にタコ殴り状態となった。殴られるたびにどんどん抵抗する力が弱くなり、やがて機能停止したのか御霊が露出し始める。

 キャンサーの御霊は範囲型だ。俺は結城友奈は勇者であるで犬吠埼樹がやったように水のワイヤーで絡めとりながらまとめると、そのまま壁の外へ放り投げた。

 ふぅ、あれは帰るときに回収しておこう。

 キャンサーの御霊が飛び出した抜け殻の前まで行くと、顔を再び巨大星屑に変え丸呑みにする。

 バリバリムシャムシャモグモグゴックン。

 うーん、カニカマボコの味がする。防御力が心なしか上がったような。

 さて、これで残った脅威は壁の外のレオだけか。

 外の星屑と視界を共有する。

 アジタートの爆発に巻き込まれたのか、レオの背面はかなりダメージを受けているようだった。

 そこに巨大アタッカと6体のアタッカ・バッソが四方八方から突進している。

 レオは火球を発射して撃ち落とそうとするが、その攻撃は防御特化のタチェットに防がれていた。作った時にアクエリアスの水でコーティングしておいてよかったよ。

 業を煮やして熱光線ですべて薙ぎ払おうとすると巨大フェルマータに突進されて狙いが外れたり、チャージ中にカデンツァのはかいこうせんを受けて自滅していた。

 これはしばらく任せても大丈夫だな。

 俺は身体を圧縮して元の大きさに戻ると、仮面をかぶり水球のもとに向かう。

 思ったよりも傷が深い。だがアニメ本編の最期ほどではない。

 この状態なら人間の医療施設に任せても大丈夫かな。でも三ノ輪銀が生きたまま帰ると2人に精霊が与えられない可能性が…。

 そんなことを考えていると、頭の後ろから飛んできた矢を手が勝手につかんでいた。

 え、なにこれ怖っ!? 俺全然意識してなかったんだけど。

 バーテックスたくさん食べたからスキルに自動防御追加されたの?

 振り返ると、そのっちに肩を貸した須美ちゃんが矢を放った体勢のままこちらをにらみつけている。

「銀に、何してるの」

 あー、そうだよな。

 人間側から見たら、勇者をバーテックスが水責めしているようにしか見えないよね。

 殺意に満ちた2人の目を見て、俺はなんとか対話しようと試みて顔を蒼くする。

 しまったー! 精霊置いてきたー!!

 あまりにも急いでいたため、精霊型星屑を置いてきてしまったのだ。中には勇者と対話する能力があるやつもいたのに。

 後悔先に立たず。俺はこの場での対話をあきらめた。

 現在は押しているとはいえレオの脅威は去ったわけではない。

 もし外で戦っているアタッカたちを振り切って再び結界の中に入られたら2人を守りながら戦わなければならない。

 俺を敵だと思っている相手を、だ。2人は仲間を取り戻そうと死に物狂いで攻撃してくるだろう。

 さっきの自動防御のこともあるが、俺が意図せず相手を傷つけてしまうかもしれない。そうなっては元も子もない。

 水球の中に手を入れ、勇者服から銀ちゃんのスマホを取り出す。

 その時に身体を多少まさぐったがワイセツ行為は一切なかった。いいね?

 スマホがカラカラと音を立てて樹海の地面に転がり、2人の元へたどり着く。

 これがあちら側にあれば2人に精霊が大赦から与えられ、後の完成型勇者の誕生につながるはずだ。

 よし、目的は達成した。あとは水球ごと三ノ輪銀を回収しよう。

「待って! 返して!! 銀を返しなさい」

「ミノさん、ミノさーん!!」

 2人の叫びに心が裂けるような思いだが、仕方ない。撤退だ。

 精霊を連れてこなかったことが返す返す悔やまれる。

 あっと、その前に。

「あぐっ?!」

「わっぷ?!」

 指先からヒーリングウォーターを須美ちゃんとそのっちに向けて放つ。

 狙いは違わず口の中に入れることができた。2人も大けがしてるから治療しておかないと。

 俺は銀ちゃんの入った水球を身体の中に取り込んで全速力で神樹の結界から逃走した。

 3体のバーテックスが襲来するまで訓練していたおかげで身体の扱いも慣れ、今では星屑並みのスピードで動ける。フェルマータには及ばないがそれでも人間は追いつくことができないだろう。

 ゆゆゆいバーテックスが頑張ってくれているとはいえ、レオは実質最強のバーテックス。

 加勢するなら早いほうがいいだろう。

 俺が壁の外へ出ると、神樹の結界が消えていく。これで2人は四国に戻れたな。

 おっと、キャンサーの御霊回収も忘れずに。

 取り込んだ銀ちゃん入りの水球とキャンサーの御霊を巨大フェルマータたちに託し、水球は秘密基地のデブリへ向かうように指示する。

 さて、ここからは第2ラウンドだ。

 俺の全身全霊を持って、最強の星座級に挑戦しよう。

 ……と、思ってたんだが。

 もうボロボロとか、うっそだろお前!?

 レオは満身創痍といった状態でアタッカたちに殴られ、カデンツァのビームの餌食になっていた。

 嘘っ、俺が作ったバーテックス、強すぎ!?

 これはもう、食べてもいいくらい弱ってるな。

 俺はまた顔の部分を巨大化し、レオの体躯にかじりつく。

 レオは御霊の状態でも攻撃できるので丸呑みはできないのだ。モグモグバリバリごっくん。

 辛っ⁉ なにこれ激辛料理じゃん。食べるとなんか舌がピリピリする。舌はないんだけど。モグモグバリバリごっくん。

 今度はしびれるような辛さ。これは、ウナギとかにかける山椒か? バリバリムシャムシャ。

 〇〇味じゃなくて香辛料の塊とか、どうなってるんだよ。バリバリムシャムシャ。

 くっ、今度はからし。鼻が! 鼻がないのに痛いっ!! モグモグゴックン。

 この目の覚めるような刺激はコショウか! 辛い! 最初の激辛料理とは違った辛さだ! モグモグゴックン。

 ふぅ。

 ひととおり食べて御霊だけにしてみたけど、どうするかな。

 こいつの周りに星屑を配置するのは危険だ。他の星座級と違い御霊だけで行動できるので勇者の力で砕かない限り安心はできない。

 フェルマータにできるだけ遠くに運んでもらっても再生して戻ってきそうだし、さっき試してみたが俺が現在使える最大火力の武器であるどくどくみずしゅりけんでも破壊できなかったのだ。

 と、そこでぴかーんと閃いた。

 まず、スコーピオンの下半身の毒液が入った瓶としっぽの球体を作ります。

 そこにレオの御霊を入れます。

 あとはアクエリアスの水とスコーピオンの毒で溶解液を作って入れると。

 はい、できました。レオの御霊専用の牢獄です。

 この牢獄に入れることでレオの御霊は炎を出そうとしてもアクエリアスの水で蒸発。

 さらに常に溶解液で御霊を溶かされ続けるので再生の心配もありません。

 溶解液は下半身の瓶から常に作られ御霊がいる球体に送られ続けるので、水が全部蒸発して逃げられる心配もなし。

 いつか根負けして御霊が全部溶けるまでこの状況は続きます。

 …うん、これ酷いな。拷問器具としても。

 バーテックスの姿が拷問器具をもとにしてるとしても、これはないわー。

 思いついてしまった自分の才能が怖い。

 こうして最強のバーテックスを無力化した元最弱の星屑だった俺は他のゆゆゆいバーテックスと連れ立って銀ちゃんを運んだデブリへと向かうのだった。

 




天の神「お前、ぬきたしとR-18要素はないとか言いながらJSにお触りしたうえ喉の奥に出すとか…」
(+皿+)「治療行為だから! ワイセツは一切なかったし」
白静「」ペシペシペシペシ(無言で腕を叩く)
(+皿+)「ああ、連れて行くの忘れてごめん! もう忘れないし今度はちゃんと連れてくから!」
白静「」ヤクソクダヨ?


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【わすゆルート】ヒトデナシ

(+皿+)「自分より小さい女の子に嫉妬するSBJK安達はめんどくさかわいい」
 安達としまむらはいいぞ。


※結城勇者は友奈である花結のきらめき 花結の章 31話「あなたの微笑み」ネタバレあり

 未見の方は注意されたし。

 

 

 

 ようし、戻ったら気合い入れるぞ

「銀!!」

 須美、園子。湿っぽいのはなしだ。

 ズッ友同士、いつもの挨拶でしめるからな。

「うん、またねミノさん!」

「ま、また…ね…銀」

 そこで固くなっちゃうのがお前らしいなぁ須美。

 笑って笑って、な。

「……うん」

 またね

 

 身体が花びらになって、消え始めた。

 光に包まれ、目の前の6人の姿も見えなくなっていく。

 手を振って、再会を誓う。

 最後に見た成長した姿の親友は、泣き虫だった。

 

 

 

 三ノ輪銀は目を覚ました。

 先ほどまでいた讃州中学勇者部の教室ではなく、そこは遠足の帰りのバス――ではなかった。

 目の前に広がるのは赤一色の空。朝日か夕日が差し込んでいるのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 どうやら自分は眠っていたようだ。横になっていた場所を見ると土の上で、手を伸ばせば届く距離には枯れ草が生えている。

 体を起こして周囲を見ると、ビルのような建物が地面から生えていた。いや、突き刺さっているのか?

 自然と人工の建造物が奇妙に入り乱れている場所は、どこか樹海の中を思わせた。

 いったいどこだなんだここは?

『起きた?』

 疑問に思い立ち上がって散策しようとしていた銀は、直接頭に響いてきたように聞こえた声に驚き周囲をうかがう。

 そこにいたのはお面をかぶった真っ白い人間だった。面は目と鼻と口の位置に穴が開いているだけの子供が作ったようなデザインで、作った人間は相当不器用なのがうかがえた。

「あー、えっと。すみません、ここどこだかわかりますか?」

 我ながら間抜けな質問だと思う。だがわからないのだから仕方ない。

 こんな場所、今まで見たこともない。少なくとも四国でないことは明らかだった。

『ここは壁の外。西暦時代の自然や遺物が奇跡的に集まって、人間でも生存できる場所だよ』

「へぇ、そうなんですか…ん? 壁の外って」

 そういえばバーテックスと戦っているときに見る景色にそっくりだ。

 樹海の景色に似ていると思ったのはそのせいか。

 だが樹海の外、人類の住めない世界で活動できるのはバーテックスか銀のような勇者以外いないはずだ。

『最初に言っておくがこちらには敵意はない。むしろ君たちを助けたいと思っている』

 銀の考えていることに気づいたのか、仮面をかぶった男とも女ともわからない人間は言ってきた。

「あんた、いったい」

『それを踏まえたうえで、協力してほしい』

 仮面を取る。

 本来耳のある位置まで裂けた大きな口。唇のないむき出しの歯。口の端には1対の十字をかたどった飾りが左右についている。

「バーテックス!?」

 驚いた銀はそいつから距離をとり変身しようとして…スマホがないことに気づいた。

「お前、何者だ⁉ アタシのスマホ」 

 いや、それよりも。

「須美と園子…アタシと一緒にいた仲間をどこにやった!」

 2人の姿が見えないことを、先に気にするべきだった。ひょっとしたらこいつにもう…。

 そう考えて瞳が怒りに染まろうとしたとき、裾を引っ張られた。

「え?」

 視線を下すと、そこにいた存在に目を疑った。

 鈴鹿御前。自分と一緒にあの世界(・・・・)で戦ってきた精霊の1体だ。

 眉と髪の毛の色が白いが、確かに鈴鹿御前の精霊だ。

 どうしてここに? と思う。もしかしてあの世界からついてきたのか?

『その子は白静。俺が作った鈴鹿御前の疑似精霊だ』

 作った、という言葉に耳を疑った。精霊は神樹様の力によって生まれ、勇者に力を貸す存在ではないのか?

 混乱する銀に、白静という精霊は腕をぐいぐい引っ張っている。

 ちょっと考えて引かれるままに任せてみると人型のバーテックスの元まで近づき、銀を引っ張る手と反対の手で人型の白い指を掴んだ。

「か、かわええ」

 表情に乏しいと思っていた精霊がむっふーと息を吐きご満悦という表情でいる姿は、控えめに言ってもかわいかった。

 というか、疑似精霊とか言っていたが本物の精霊よりも感情表現が豊かなんじゃないだろうか。

『とりあえず、君に見せたいものがある。行こうか』

 人型バーテックスは仮面をかぶり直し、白静の手を引いて歩きだす。動こうとしない銀に「こないの?」と首をかしげる白静。

 ああ、もうかわいいなぁ! 行ってやるよ畜生!

 仕方なく銀もついていく。目指す場所は、それほど時間がかからなかった。

 空中に、巨大な水球が浮いている。

 まるで人間1人くらい収まるくらい大きい。というか、中に誰か入っているように見える。

 あれは……。

「これ、アタシ!?」

 水の中では勇者服の銀が胎児のようなポーズで丸まっていた。

 人型バーテックスによるとこの水球は特別なもので、中に居る者の傷を癒すらしい。

 そのおかげで擦り傷などの軽い怪我はすでに治り、今はキャンサーやサジタリウス、レオから受けた傷を治療している最中なのだという。

 だが、それより銀は別のことが気になっていた。

「水の中にアタシがいるってことは、今しゃべっているアタシって誰だ?」

 尋ねると、そう聞かれるのはわかっていたというように人型のバーテックスは円形の薄い鏡のような水球を出し、銀の姿を映す。

 そこには、真っ白の髪で血の気の通っていないような白い肌の三ノ輪銀がいた。

『今の君は、三ノ輪銀であって三ノ輪銀じゃない』

 人型バーテックスの言葉に、なぜかとてつもなく嫌な予感がした。

『君は、そこにいる三ノ輪銀の記憶を抽出して身体に埋め込まれた…いわば三ノ輪銀の記憶を持つバーテックスだ』

 足元が崩れる感覚を、銀は味わった。

 

 

 

 

「はは、なんだよそれ」

 乾いた笑いがデブリに響くことなく消えていく。

「バーテックス? なんの冗談だよそれ。人類の敵だぞ」

 水球の中で眠りについている人間の自分。コポコポと水槽に酸素を注ぐポンプのような音が、銀の苛立ちを上昇させる。

「アタシは! 人間だ!! バーテックスじゃない! 人類を守る、勇者だ!!」

 だが、水球に映る真っ白な髪が、肌の色が違うと告げている。

 自分はこんな髪の色ではなかったはずだ。瞳も紫ではなかった。

 身体にある特徴のどれもが、人間だったころの自分とは違うと明確に告げていた。

『もちろんわかっている。だが、こちらも緊急事態だったんだ』

 人型のバーテックスの声には、苦しみがあった。本来ならこんなことはしたくない。そう言いたいのだろう。

『どうしても君に2人を説得してほしかった。だが君は一向に目を覚まさない。だから不本意だろうけどバーテックスの身体に意識を移させてもらった。協力してほしい』

 説得? こいつは何を言っているのだろう。

 勇者の自分が、バーテックスの手先に成り下がると本当に思っているのだろうか?

『これから先、君の友達の2人は非常に危険な目に合う』

「友達、須美と園子か!?」

 それから聞いた話は、どれも到底信じられるものではなかった。

 銀を失った状態で最後の戦いに出た須美と園子は満開と呼ばれる力でパワーアップして残った星座級の巨大バーテックスを倒す。

 しかしその満開には代償が必要で、須美は記憶と足を。園子は20回以上満開をして身体のあらゆる部分を供物として神樹様に捧げ失うのだという。

 それを止めるために人型のバーテックスは行動していたが、レオの登場でその計画が狂ったのだという。

 本来ならこの前の戦いではキャンサー、スコーピオン、サジタリウスの3体と戦うはずだった。

 だが人型のバーテックスがスコーピオンを倒したことで、最終決戦に出てくるはずだったレオが出てきてしまった。

 一応前回倒したキャンサー、サジタリウス、レオと須美と園子が倒したヴァルゴは現在行動不能であること。

 最終決戦で残る星座級、牡羊座、牡牛座、双子座、魚座。さらに御霊なしの星座級12体が出てくるのは間違いないということであった。

「ふざけんな!」

 話を聞き終わった銀の胸の内を満たしたのは、怒りだった。

「そんな展開に、アタシはしない! いや、させない。2人に満開なんかさせてたまるか!!」

 満開のことはあの世界で聞いていた。とても強い力を使える勇者にとって奥の手だと。

 だが、そんな代償があるとは聞いていない。

 3人で過ごした記憶を失う? 全身不随で過ごす?

 そんなふざけた話があるか! 皆を守るために戦ってきた2人に対する仕打ちがこれだなんて。

 この世界には神も仏もいないのか。

(いきどお)る気持ちはわかる。俺も同じだ』

 だから、この物語の結末を変えに来たんだ。

 人型のバーテックスはそう言った。

「でも、あんたの話が本当だって証拠は」

 あの世界で一緒に過ごしていた2人の姿を思い出す。

 とても記憶喪失や全身不随だったなんて信じられなかった。

 ひょっとしたらこいつの言っていることは全部嘘っぱちで、ただ自分を協力させたいがための嘘じゃないのか。

『こればっかりは信じてもらうしかないよ。だけど、君が何もしなければ須美ちゃ…友人2人が俺の言った通りの未来を歩むのはほぼ間違いないと思う』

 何もしなければ、という言葉に引っ掛かりを感じ、問いかける。

「アタシになにをさせたいんだ?」

『戦わなくていい。なにもしなくていい。バーテックスは俺が倒すから。ただ、彼女たちに満開させないよう説得してほしい。何も失うことなく、笑顔で過ごせるような世界を守るために』

 言葉は、真剣だった。直感で嘘はついていないと感じる。

 てっきり戦ってくれと言われると思っていた銀は肩透かしを食らった気分だ。こいつ、本当にアタシをだます気じゃないのか?

「それによって、あんたになにかメリットがあるのか? あんたバーテックスだろ」

『バーテックスがどうとか、人間がどうとか、そんなに重要かな?』

 こともなげに、そいつは言った。

『種族や性別に関係なく、美しい。尊いと感じるものがある。俺はただそういう尊さに満ち溢れた世界を見守っていたいだけなんだ』

 バーテックスに目はないがあったらきっとキラキラしてただろう。そんな気がする。

 それはたぶん、こいつにとって当たり前で本心からの言葉だ。

 銀が親友2人を助けたいと思うように。

「あんたが嘘をついてないかはわからない。でも本音を言ってるのはわかった。アタシだって須美と園子を助けたい」

 でも、と続ける。

「アタシは自分がバーテックスってことは、受け入れない。アタシは勇者の三ノ輪銀だ」

『ああ、もちろんだ。彼女たちの親友として。キミはキミとして俺を利用してくれ』

 実をいうと、と前置きして人型バーテックスは言う。

『彼女たちの俺に対する好感度、というか認識は最悪でね。どんなに無害な存在で敵じゃないとアピールしても聞いてくれなそうなんだよ』

「何やったんだよ一体」

 話を聞くと銀はおぼえていないが、水球で治療中の銀を説明もなしに神樹の結界から拉致同然に連れだしたらしい。

「いや、そりゃ言い訳できねーよ。いくらバーテックスでも喋れるんだろ? 説明くらいしなって」

『だってその時須美ちゃん弓構えて殺意マンマンだったし、結界の外にまだレオいたし、会話できる精霊連れてくの忘れてたし…」

 話しているうちに段々声が沈んでいく。最後にいたっては自分のミスだとわかっているのか目に見えて落ち込んでいた。

 あ、白静が頭ポンポンして慰めてる。かわいい。

「そういやなんでバーテックスが喋れるんだ?」

『ああ、この子のおかげだよ』

 虚空から紫色した狐のぬいぐるみみたいなものが現れる。

 そいつはコシンプという精霊らしい。話を聞くとその精霊にテレパシー能力があり、本来喋ることができないバーテックスでも人間と意思疎通できるんだとか。

 もっと早くこいつで話してたらよかったのにと言うと、最近生まれたばかりらしい。それはまたタイミングが悪い。

『とりあえず、手伝ってくれるってことでいいかな?』

「いや、アタシは須美と園子を助けるだけだ。バーテックスは今まで通り倒すし、アンタが悪い奴だって思ったら容赦なく倒す」

 まぁ、そんな心配はなさそうだけどな。と白静を見ながら銀は思う。

 精霊がこんなになついている奴が悪い奴なわけない。きっとそうだろう。

『それで構わない。同盟成立だね』

 人型のバーテックスは、手を差し伸べてきた。握手ということだろう。

 銀はビビったっと思われたくなかったから、本当はちょっと怖かったけどきっちり握ってやった。

 

 

 

 よかった。うまくいって。

 俺は3回目にしてようやく成功した作戦に、胸をなでおろした。

 最初はバーテックスである自分に敵意を向けるばかりで会話が成立せずやむなく■した。

 2度目は自分がバーテックスだと認められず発狂したので■した。

 そして3度目になってようやく会話が成立し、バーテックスであることも認められる精神力を持つ個体が完成した。

 作戦に協力してくれるのは彼女の性格からわかっていたことだ。

 親友を助けるためなら己が身すら犠牲にしてでも戦う娘だから、彼女たちの名前を出したのはある意味卑怯な手ともいえた。

 だが、ヒーリングウォーターで傷をいやしている本物の三ノ輪銀が目を覚まさない以上、この作戦は彼女の働きにかかっているともいえる。

 アジトの奥、強化型の人間型星屑を制作する場所。

 そこには、三ノ輪銀の姿をした型にドロドロに溶けた強化版人間型星屑が入れられ変態している最中だった。

 これも、もう必要ないか。

 俺はそれ以上の作業をストップさせ、残りは精霊星屑の材料に回すよう指示を出す。

 三ノ輪銀の型は水球のなかにいる本物のデータを参考にさせてもらった。

 神樹の体液を加えて質量を圧縮させた星屑を変態させることで髪の毛1本にいたるまで本人そっくりの個体を作ることができたのだ。

 そしてさっきはああ言ったが三ノ輪銀の記憶は、水球の中にいる本物のものではない。

 俺がゆゆゆいで知っている。ゆゆゆい世界の三ノ輪銀の記憶だ。

 そもそも本物から記憶を抽出してバーテックスの肉体に移すなんて芸当はできない。俺ができるのはこの世界で得たバーテックスの能力を使い、俺が知っている知識を使うことだけなのだ。

 だから、アニメとゆゆゆいのエピソードから三ノ輪銀という人格を創った(・・・・・・・・・・・・・)

 それは多分、どんなに似ていてもこの世界の三ノ輪銀とは別人だろう。

 決して倫理的に許されない行為だ。

 本当のことを知ったら、彼女は俺に協力してくれないだろう。

 だが、俺は決めたのだ。彼女たちを救うためには人間だったころの倫理観など捨てると。

 彼女たちが笑顔で暮らせるなら、俺はヒトデナシで構わない。

 たとえ最後にその手で消滅させられることになったとしても。

 




 バーテックス銀ちゃん
 身体はバーテックス、心は人間のダークヒーロー。
 星座級の巨大バーテックスの質量を圧縮して神樹の体液を注入して作られた強化版人間型星屑の身体なので、実は素の能力で人間の本物より勝っている。
 ただし身体は星屑と同じなので神樹の力、勇者の力には弱い。
 記憶はこの世界のものではなく、ゆゆゆい時空の物。ただし親友2人を思う気持ちは本人と変わらない。
 戦闘センスは本物より高い。(ゆゆゆい時空だと実戦経験は3年以上)
 勇者服は赤ではなく星屑カラーの白。武器は神樹の力がコーティングされた2丁斧(星屑製)。
 鷲尾須美の章終盤に実装された精霊ガード、西暦勇者の【切り札】を穢れのマイナス効果なく使える。


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【わすゆルート】さいごのたたたかい

 三ノ輪銀が人型のバーテックスにさらわれ、3か月が経った。

 樹海を出て壁の外へ捜索に行きたいと嘆願する須美と園子の訴えを、大赦は結局最後まで聞き届けなかった。

 それどころか三ノ輪銀はバーテックスと戦って名誉の死を遂げたと公式に発表し、家族や親せきだけでなく神樹館小学校の生徒を集めて盛大な葬式を行い銀が死んだことを内外に喧伝した。

 銀はまだ生きている。

 そのことを大赦の連絡役である安芸先生にも伝えたが、何もしてくれなかった。

「結局先生もそっち側の大人だったんだね」

 あの時、死人のような目をした園子が放った言葉に見せた彼女の顔を、須美は忘れることができない。

 あれからいろいろあった。

 葬式の帰りに襲来した、乙女座の撃退。

 人型のバーテックスが渡してきた銀のスマホのデータをもとにした勇者システムのアップグレード。

 精霊と呼ばれる存在が自分たちに与えられ、満開という今まで追い返すだけだったバーテックスを倒すことができる力を手に入れることができた。

 そして、須美が見た神樹様の神託。

 燃えるように赤い大きな球体の周囲を巡るようにして回る、3つの球体。

 おそらく、敵のバーテックスが来るというイメージだろう。

 大赦にこのことを伝えると、非常に驚かれた。大赦にいた巫女も同じものを見たという。

 須美は勇者と巫女の能力を持った稀有(けう)な存在らしいと大変喜ばれた。

 だが須美は新しい実験動物を見るかのような大赦の要職にいる人間たちの視線に嫌悪しか感じなかった。

 そして今日、10月11日。

 複数の巫女の予言により、この日の瀬戸大橋からバーテックスはやってくるとされていた。

「いこっか、わっしー」

 自分のリボンを須美に渡し、園子は言った。

 神託によればこの戦いですべてが終わるという。

「ええ、そのっち」

 だから、2人は神樹の結界の中へと足を踏み出す。

 すべてを終わらせるために。

 

 

 

 樹海の中に入ると、敵はすでに待ち構えていた。

 牡羊座、魚座、双子座、牡牛座のバーテックス。

 それを認めると2人はスマホのボタンをタップする。

 アサガオと水連の花が咲き誇り、スカイブルーと白を基調とした勇者服にそれぞれ変身する。

 以前の勇者服と細部が違っていて、アップグレードされたことがわかる。須美の武器も弓から銃へと変化していた。

 さあ、これからが本番だ。

 4体の星座級に向き直り、戦闘態勢に入ろうとした瞬間だった。

 急に空が陰り、樹海に巨大な影を落とす。

 見上げるとそこにいたのは、まるで西暦時代の軍艦を彷彿(ほうふつ)とさせる巨大な星屑。

 星座級の巨大バーテックス4体と須美たちの間をまるで通せんぼするように現れ、停止した。

 巨大星屑の口が開き、そこから現れた人型のバーテックスの姿を見て、須美と園子はいきり立った。

 銀をさらったバーテックス。大切な親友を奪った、須美と園子が憎むべき最大の敵だ。

 そいつに続き、別の何かが口から出てきた。遠くてよくわからないが、人間のようにも見えた。あの人型バーテックスの仲間だろうか。

 いずれにしても自分たちの敵だ。須美と園子は大赦から教えられていた勇者の力を劇的に向上させるというシステムを早くも使うことを決めた。

「「満か」」

「その満開、ちょっと待ったー!」

 突然聞こえた声に、2人はスマホをタップするボタンを止めた。

 声の主はものすごい速さでこちらに突撃してきたバーテックスから降り、樹海に降り立つとバーテックスにありがとうと言って体躯を叩く。

 すると突撃してきたバーテックスは踵を返し結界の外へ向かって一目散に移動しだした。

 信じられない光景だった。バーテックスが樹海の中に侵入したのに引き返したことも、人間の指示を聞いたことも。

「よし、間に合った」

 その声に、その姿に。

 須美は知らず走り出していた。後ろから聞こえる園子が止める声も聞かず。

 鍛えているはずなのに息が乱れる。心臓の音が早いのは走ったせいだけではないだろう。

「よっ、須美」

 その女の子は、三ノ輪銀は記憶の中とちょっと違う白い髪と白い勇者服を着ていて。

 でも記憶の中と一緒の表情で笑いかけてくれた。

「銀ーっ!」

「おわっ!?」

 思わず感極まり、抱き着く須美を銀は受け止める。

「今までどこ行ってたの!? 体は大丈夫? ちゃんとご飯食べてた? その姿は? あの時私、間に合わなくて、あと、えっと」

「ちょいストップ。積もる話もあるんだろうけど今はアタシの話が先決」

 そうだった。と須美は巨大な星屑と4体の巨大バーテックスを見る。

 突然現れた奇妙なバーテックス達に、牡羊座、魚座、双子座、牡牛座のバーテックスたちは困惑していた。

 まるで勇者たちを守るように自分たちの前に立ちはだかったのだから、当然と言えば当然だろう。

「聞いてほしい話もあるんだ。須美と、園子に」

 いつの間に後ろにいたのか、園子が銀を見つめていた。

 ただ、その瞳に須美のようないなくなった親友と出会えたことによる喜びはない。

 あるのは疑念。そして猜疑(さいぎ)

「ねえ、ミノさん。なんであいつと一緒にいたの?」

 須美は園子の言葉でようやく気付くことができた。

 銀と一緒に巨大な異形の星屑から降りてきたもの。

 そいつはあの時、銀を連れ去った人型のバーテックス。

 特徴的な仮面をつけているから間違いない。

 自分をさらったはずの敵となぜ一緒にいるのか。さすがにおかしく思い、須美は銀から離れ武器に手をかける。

「それと、あなたは本当にわたしたちの知ってるミノさんなの?」

 核心を突く質問に、三ノ輪銀の姿をしたものは苦笑いをした。

 

 

 

 銀ちゃんが樹海へと降り立つのを確認し、俺は目の前にいる巨大バーテックスを見る。

 ピスケスとアリエス。原作ではいなかったジェミニとタウラスもいるな。

 レオは前回行動不能にしたからいない。登場したタイミングは最悪だったが、最後の戦いの前に無力化できたのは正直幸いともいえた。

 さぁ、最終決戦だ。出し惜しみせずに行こう。

 軍艦のような巨大な星屑…連れてきたサーバー星屑から、次々とゆゆゆいオリジナルの疑似バーテックスが吐き出される。

 アタッカ・アルタ。フェルマータ・アルタ。コンフォーコ・アルタ。マストーソ・アルタ。カプリチオ・アルタ。グリッドサンド・アルタ。タチェット・アルタ。カデンツァ・アルタ。カノン・アルタ。カノン・デュオ・ロッソ。カノン・デュオ・ウェルデ。セプテット・アルタ。ポルタメント・アルタ。レクイエム・アルタ。スケルッツォ・アルタ。ペザンテ・アルタ。ロンド・アルタ。ジョコーソ・アルタ。ドルチェ・アルタ。

 直接攻撃型、範囲攻撃型、遠距離攻撃型、自爆型、バフ要員、デバフ要因、防御特化型とそろい踏みだ。

 あと季節限定のフェルマータ・プリモとカプリチオ・ズッカ、レクイエムノエルもいる。門松にハロウィンのカボチャ、クリスマスツリーとここだけなんか雰囲気が違う。

 それにしても結構な数だな。圧縮した星屑30体ほど突っ込んだけど処理追いつくかな?

 俺はサーバー星屑に手を触れ意識を移すと、飛び込んできた情報の多さに目を回した。

 ちょっ、脳がパンクする?!

 なんとか事前に考えてた作戦をするように念じ、あとはオートモードでバーテックスを管理してもらうようにする。

 すると次から次へ画面が変わり、目を回しそうになる。なんとか人型に意識を戻すがまだちょっと酔いが…。

 恐ろしい速さの情報処理速度だった。このサーバー星屑、そのうち俺より賢くなって反逆とかしないかな?

 人間対AIみたいなどこかの映画みたいなことにならないように注意しよう。そう心に決めた。

 さて、指示も出したしこっちも動きますか。

 まずピスケス。こいつは見た目通りの魚型で、地中や海中を潜る能力がある。

 本編通り樹海に潜って勇者たちを強襲しようとしているようだが、そこに俺はカプリコンの能力である地震を発動する。

 すごいぞ、効果は抜群だ。

 潜っていた樹海から姿を出し、ガチンコ漁で打ち上げられた仮死状態の魚みたいにピクピクしてる。

 カプリコン、今まで散々悪口言って悪かったよ。お前の能力、結構役に立ったわ。

 無防備な状態のピスケスの身体を近接攻撃型の疑似バーテックスが囲んでいく。後の展開は予測できるだろうから割愛。

 俺は処理を任せ、次に本編ではいなかったジェミニとタウラスに向き直る。

 こいつらへの対処は簡単だ。

 まずジェミニは移動速度が早いことを除けばそんなに攻撃手段があるわけではない。

 防御特化のバーテックスで囲んで動けなくした後、スコーピオン印の毒液を注入する。

 あとは弱るのを待つだけ。常に走ってるから毒が回るのも早いだろう。

 タウラスはレオと合体した姿しか印象にないが、こいつ実は結構固い。

 硬くなるが得意な牛…タイバニかな?

 まぁ、それは別として攻撃手段はその体躯にある鐘から放つ怪音波だ。

 でもこっちはリブラの能力を持ってるから空気の振動ゼロにできるんだよな。よって無効化できる。

 まずはリブラの能力でタウラスの周りに空気の壁を作る。次にデバフバーテックスで囲みひたすら防御を下げる。

 あとは食べごろの硬さになるまで待つだけだ。はい、次。

 最後はアリエス。牡羊座の名を冠してはいるが見た目はウミウシというか貝の中身みたいな姿をしている。

 こいつの能力は厄介で、脅威の再生能力だ。攻撃を受けてもすぐ再生し、切断面から増殖したりとプラナリアみたいなやつだ。

 こいつへの対処は増える前に食べる。

 俺は頭を巨大化させ、突っ込んできたアリエスを丸呑みした。

 バリバリムシャムシャモグモグゴックン。

 なんか、アワビとかトコブシ、サザエみたいな貝類の味がしたんだが、こいつ本当に牡羊座なのか?

 残りの星座級も弱ってきたので順番に食べていく。

 ピスケスは刺身、焼き魚、アクアパッツァなどの見た目通り魚の味。

 ジェミニはなぜか雪見大福とかポッキンアイスの味がした。2つで1組って意味かな?

 タウラスはステーキとかしゃぶしゃぶ、すき焼きの味。うん、美味しい。

 ヴァルゴは須美ちゃんとそのっちが本編通り倒して結界から出てきたのを強襲して食べたから、これで黄道12星座のバーテックスを全て食べたことになる。

 あとは御霊なしの12体倒すだけだから楽勝だな。はっはっは。

 と、この時は思っていたんだ。

 後から思えば、これは油断以外の何物でもなかった。

 この世界はそんなに優しいはずはないのに。

 御霊持ちの12星座がやられたことを、天の神が感知していないはずがないのにと。

 

 

 

「なんていうか…すごいわね」

 目の前で繰り広げられている光景に、須美は感想を漏らした。

 バーテックスがバーテックスと戦っている。

 あまりに異常な事態だったが、それ以上にショッキングな出来事が今の須美の頭の中の常識を麻痺させていた。

 人型のバーテックスの頭が急に巨大化し、巨大バーテックスを食っていたのだ。

「おぅ、いっつくれいじー」

「話に聞いてたけど実際見るのとは大違いだわー」

 隣で一緒に膝を抱えて三角座りしている園子と銀もそれぞれ感想を漏らす。

 自分たちが苦労して戦ってきた巨大バーテックスをいとも簡単に無力化し、食っていく姿はどこか怪獣映画のようで現実感がなかった。

 先ほど、銀は言った。自分は間違いなく三ノ輪銀で、勇者なのだと。

 ただ、肉体がバーテックスになってしまったらしい。

 そのことにショックを受けた須美だったが、銀が話し出した満開の秘密について聞くとさらに驚いた。

 満開は勇者の能力を向上させるが、代償として身体の一部を供物として神樹様に捧げると。

 だから絶対するなと言われ、須美と園子は顔を見合わせた。

 なぜ、自分たちが知らないことを銀が知っているのか。なぜバーテックスの肉体になったのか。

 聞きたいことは山ほどあった。だが、「信じてほしい」と言う銀の瞳は、記憶にあるものと一緒だった。

「満開の代償かぁ。大赦の大人が隠してそうなことだね」

 と、園子は言った。

「でも、あなたが本当のことを言っている証拠は? わたしたちが知らない情報をなぜ知ってるの? バーテックスならあの人型のバーテックスがミノさんそっくりのバーテックスを作ってわたしたちをだまそうとしてるんじゃないの?」

 矢継ぎ早に問いかける瞳は、親友に向けるものではなかった。

 むしろ親友と似た、いや似過ぎているバーテックスに対して静かな怒りすらにじませ園子は銀に詰め寄る。

 その時だ。あの人型のバーテックスの顔が巨大化して牡羊座を丸呑みしたのは。

 あまりのことに、全員呆然としてその光景を見ていた。

 銀がいなくなって1体のバーテックスが襲来したが、その時も死に物狂いで戦った。

 仲間がいなくなった悲しみを抱えたまま2人で奮起し、ようやく樹海の外へ追い返したのだ。

 それをあのバーテックスは、子供が描いた絵のような方法で巨大バーテックスを倒している。

 なんだか、馬鹿らしくなってきた。あんなにデタラメなものが自分たちをだますために銀に似たバーテックスを送り込んだと疑うのも。

 気が付けば3人並んでひざを抱えその光景を見ていた。

「わたしたちがやってきた戦いって、なんだったんでしょうね」

「もう、あいつ1人でいいんじゃないかな?」

「いや、アタシらだって頑張ってきたじゃん。ただ、アイツが異常なだけで」

 満開がどうとかいう話題はもう全員の頭の中から消えていた。

 ただ現実感のない光景に、脳が色々麻痺した状態が続く。

 それが解消されたのは、4体いた巨大バーテックスを全て食べ終えた人型バーテックスがこちらに向かってきたときだった。

 しばらくはぼーっとしていた3人だが今の光景が現実だといち早く理解した園子が武器を取り、戦闘態勢に入る。

 その姿を見てやや遅れて須美も新しい武器の銃『(しろがね)』を構えた。

 先ほどまで怪獣映画を見ていたようで現実感はなかったが、あれが自分たちが苦労してようやく倒せた巨大バーテックスをいとも簡単に倒してきたのは事実。

 実力差は歴然だった。

 だがそれでも、神樹様を守る勇者として、人類を守る勇者として自分たちは戦わないわけにはいけない。

 ごくり、と固いつばを飲み込んで相手の動きを見る。たとえ敵わなくても足止めだけでも…そう考えていた2人は、

『すみませんでしたー!!』

 緊迫した空気を破る頭に響く謝罪に、鳩が豆鉄砲を食ったような表情になってしまった。

『こんな状況になるまで追い込まれたのはみんな、みんな俺のせいです。ごめんなさい! ですがどうか、どうか俺の話を聞いてください」

 見ると人型のバーテックスが正座して頭を地に伏せ、両手を前に差し出している。

 いわゆるスライディングジャパニーズ・ドゲザ。見事なまでに五体投地している姿に須美も、園子も、一緒にいた銀も呆然としている。

 よく見ると紫色の狐みたいなゆるキャラが人型バーテックスの近くを浮いている。

 状況から判断するとさっきの言葉はこの人型バーテックスの言葉で、このゆるキャラが伝えているといったところか。

 園子が分析していると宙空からもう1体ゆるキャラが出てきた。白い髪と眉に生えた角。烏帽子をかぶり和服を着ている子供みたいだ。

(この子たち、ひょっとして精霊?)

 考え、ありえないとすぐ否定する。

 精霊は神樹様の力から生まれるもので、自分たちもつい先日大赦から与えられたのだ。

 そんな精霊をバーテックスが作れるはずが…。

 園子が考えているとその和服の子供は、土下座している人型のバーテックスの頭を撫で、じっとこちらを見ている。

 まるで「この人がこんなに謝っているのに許してくれないの?」と問いかけるように。

「「うぐっ」」

 純粋な瞳に見つめられて、須美と園子はなぜか自分たちが悪いことをしているような気分になった。

 こ、子供を使うのは卑怯だよー。

「と、とりあえず顔を上げろよ、な?」

 銀が言うと人型のバーテックスは頭をさらに地面をこすりつけ、

『いえいえ、こんなことで自分がしたことが許されるとは思っていません! 誤解もあったでしょうが2人の前から銀ちゃんを拉致同然に連れ去ったのは事実だし、それに俺がスコーピオンを倒したせいで余計危険な目に合わせたのも』

「わ、わかりましたから顔を上げてください。話を聞きますから」

「ダメだよわっしー! それじゃこいつの思うつぼ」

『そうだよな…。俺の話なんて聞いてくれないよな。わかった、気が済むまで攻撃してくれ。ただそれが終わってからでもいいから話を聞いてほしい』

 そう言ってさらにぐりぐりと、頭で地面を掘っているんじゃないかと思うくらい仮面をかぶった額をこすりつけている。

 暴力だよー。これは土下座という名の一方的な暴力だよー。

 頭が痛くなってきた園子だったが、さらにこの後困ることになる。

 なんと和服の子供が人型のバーテックスをかばうように手を広げ、園子と須美の前に立ちはだかったのである。

 どうやら人型バーテックスの言葉から須美と園子が攻撃してくると思ったらしい。

 怖いのか若干震え、目も涙目だ。

(これじゃこっちが悪者みたいじゃない)

 須美は手をかけていた銃を下し、園子もそれにならう。

「とりあえず、話を聞かせてもらえますか? 人型のバーテックスさん」

 

 

 

「つまり、あなたは銀の傷を治すためにあの水球に閉じ込めて私たちの前から連れ去ったと」

「ミノさんがそんな姿なのは早く治ると思ってたのに一向に目を覚まさないから、わたしたちとの和解のためにバーテックスの身体にミノさんの記憶を入れて連れてきたと」

『はい』

「ついでに言うならアタシをさらったときこの人間と話すための精霊忘れたんだってさ」

 3人の小学生勇者に囲まれ、仮面をつけた人型バーテックスは正座していた。

 傍から見たらちょっと引く光景だ。

「ま、アタシも説明を受けたときは疑ったんだけどな。で、しばらくこいつのところにいたんだけど、さっき星座級のバーテックスが神樹の結界に入ったって言ってきて急いで連れてこられたんだ」

「しばらく一緒にいたって、大丈夫だったの銀?」

「変なことされなかったミノさん?」

「いや、普通に良くしてくれたぞ。退屈な時はそこの白静と遊んでたし、満開の話を含めてアタシの知らない面白い話もしてくれたし。ただこの身体は食事も睡眠も必要ないから、それがちょっと辛かったかな。お風呂は用意してくれたけど」

「ん? もしかしてミノさん、この人とひとつ屋根の下で一緒に暮らしてたん?」

 園子の言葉に、「え? そうだけど」と銀が同意すると2人の目が厳しくなった。

『誓って手は出していません』

「当たり前です! 銀をさらっただけでも十分犯罪なんですよ!」

 と須美。バーテックスなんだから人間の法律が適用されるかはわからないのだが。

「じゃあ、あの時銀のスマホを投げて渡したのは」

『戦闘データをもとに須美ちゃんとそのっちの勇者システムがアップグレードされて精霊が与えられるようにするためでした。すみません』

「そのっちって…ミノさん教えたの?」

「いや? こいつ最初から須美やアタシの名前知ってたぞ」

「「ええ…」」

 3人の目が、不審者を見るようなものになる。

「「「ストーカー?」」」

『いや、違っ…これは能力! そう、俺の能力で知ったんですー』

 人型バーテックスはとっさに言った言葉は間違いではない。前世の知識だからある意味彼自身の能力だ。

「じゃあわたしたちが知らない満開したら身体の一部が供物として捧げられるのを知っていたのも?」

『俺の能力です』

「私たちの勇者システムがアップグレードされて精霊が与えられる未来を知っていたのも」

『俺の能力です』

「なんか変なお面をかぶってるのも」

『俺がただ不器用なだけですウワァアアアン!!』

 手で顔を覆ってしくしく泣きだした。なんだか人間みたいに感情表現が豊かなバーテックスだ。

『いや、これは相手を怖がらせないように。ほら、俺の顔って完全に星屑だし』

「正直その仮面被ってるほうが怖いんだけど」

『ええっ!?』っと驚く人型バーテックス。銀の言葉に須美と園子もうなずく。

『そんなぁ』と落ち込む人型バーテックスを、白静という精霊が慰めるようになでなでしている。

 なんだか和む光景だ。目の前にいるのが星座級を丸呑みして食ったバーテックスだとはとても信じられない。

 人間のように考えるバーテックスがいるかもしれないとは考えていたが、まさか人間に味方してくれるバーテックスがいるとは思わなかった。

「ねえ、あなた名前は何て言うの?」

『名前? 名前は…ないかな』

 誰も自分を呼ぶことがなかった。

 周りにいたのは天の神が作ったシステムで、明確に自分を認識して接触してきた存在はいなかったのだ。

 自分に名前というものがないのを、園子に訊かれて人型のバーテックスは初めて気づく。

「漱石?」

「それは猫でしょ、そのっち」

『必要なかったからな。個体名もないし。好きに読んでくれて構わないよ』

「お前、園子のネーミングセンス知ってて任せるなんて度胸あるな」

「じゃあ、体が白いからシロっち…は単純すぎるか」

『そのっちと被るしね』

「白露とかどうかしら? 西暦時代の軍艦の名前なんだけど」

「えー、かわいくないよー」

「この顔でかわいさを求める必要、あるか?」

 3人の少女がたわいのない話で笑いあっている。

 ああ、いいなぁ。

 俺が守ろうとしたのはこういう光景なんだ。

 人型のバーテックスの心は、この世界に来てから初めて穏やかな気持ちになっていた。

 戦闘の最中に訪れた束の間の休息。

 それを破ったのは、須美と園子のスマホから流れ出したアラーム音だった。

「何これ!?」

「全然鳴りやまないよ、わっしー、ミノさん!」

 樹海の中でアラームが鳴るなんて、今までなかったことだ。2人は猛烈に嫌な予感がした。

「この数は何? どういうことなの」

 スマホの画面には大量の文字が表示されていた。

 どれも星座級の名前で、ところどころ文字が重なっている。

「嘘、でしょ」

 須美の呆然とした言葉に、前を向く。

 そこにいたのは、星座級の巨大バーテックスの群れ、群れ、群れ。

 ざっと見ただけで50を超える、大群の星座級バーテックスの登場だった。




 天の神「最後だからみんなで遊びにいくよ!」
 十二星座バーテックス「四国に乗り込め―^^」×100
 神樹「えっ、巫女に4体しか来ないってもう言っちゃったんだけど」



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【わすゆルート】オフィウクス

天の神「きちゃった♡」
神樹「来ないで!」
天の神「いっぱい遊べるようにおもちゃ(バーテックス)もいっぱい持ってきたゾ☆」
神樹「やめて! 持って帰って!!」


「どういうことだよ!」

 俺は銀ちゃんに詰め寄られていた。

 あまりの剣幕に、須美ちゃんとそのっちも何事かとこちらを見ている。

「御霊持ちの星座級を倒したら、現れるのは12体だけじゃなかったのか!?」

 眼前の光景を指さす。

 そこにいたのは結界の外、人が住むことのできぬ壁の外から現れたバーテックスの群れ。

 いや、群れというのはちょっと違う。統率された大軍だ。

 ヴァルゴ、リブラ、スコーピオン、サジタリウス、カプリコン、アクエリアス、ピスケス、アリエス、タウラス、ジェミニ、キャンサー、そしてレオ。

 大きさもスピードも違うはずのそいつらは、歩調を整え整然とこちらに向かって進軍してきていた。

 十二星座勢ぞろいだ。しかもよく見ればそいつらは体躯が太陽のように輝きながら燃えていて、天の神の影響を受けていることをうかがわせる。

 まさかここまでやってくるとは。天の神の本気具合に、俺は震える思いだった。

 アニメでは、たしか12体の星座級巨大バーテックスにそのっちが満開で突撃したシーンで終わっている。

 レオとピスケス、アリエスを満開で倒していたから、あれは御霊なしの3体と星屑と融合して再生した他の12星座級だと思っていた。

 だがよくよく思い出せば今のように遠目でわかるくらい体躯が炎で明るく照らされていたようにも思う。

 まさか、アニメ本編でも天の神の意志が介入していた?

 乃木園子が20回以上満開した原因は、天の神にあった?

 失策だ。御霊をこちらで管理して再生させなければ本編より弱い御霊なしの巨大バーテックスを12体倒すだけだと思い込んでいた。

 根本的な誤解だ。

 まさか、鷲尾須美の章からもう天の神の意志が影響していたなんて。

『ごめん、俺の判断ミスだ』

 隠そうとしても悔しさは言葉ににじみ出てしまう。

 頭を下げる俺の頭の中を満たすのは、自分の馬鹿さ加減に対する怒りだけだった。

『まさか、天の神がもうこの物語に介入していただなんて。勇者の章…いや、あと2年は大丈夫だと思ってたんだ』

「天の神って何なの? バーテックスとは違うの?」

 須美ちゃんが問いかけてくる。そうか、この頃はまだ知らないのか。

 そのっちは何か知っているのだろうか? 進軍してくるバーテックスたちを、目に刻み付けるように見ている。

『天の神はバーテックスの親玉。君たちの信仰する神樹様の天敵だよ』

 衝撃の事実だったんだろう、須美ちゃんと銀ちゃんが驚いている。

『ちなみにあそこにいるバーテックス全部倒しても本人は痛くもかゆくもない』

 もう1つの事実を告げると、絶句していた。うん、そうなるよね。

 天の神にとってバーテックスは端末のようなもので、いくら消費しようと新しいものを作ればいいだけの存在だ。

 そのことを教えると、「私たちのしてきた戦いはなんだったの」と膝をついてしまう。

 しまった! 落ち込ませるつもりはなかったんだけど結果的に心を砕いてしまった!

『だ、大丈夫!』

 大きく胸を叩いて、3人を元気づけるために鼓舞する。

『専守防衛して追い返してればこっちにこないし、攻勢に出るとか下手に刺激しなければ何もしてこないものぐさな奴だから』

「でも今、ここに大群のバーテックスが来てるよ」

 とそのっち。はい、その通りです。

 そうだ! 全部俺の責任だ!

 だから俺は謝る。自分の非は認める。どっかの所長みたいに最後まで謝らなかったりしないぞ。

『ほんっと、すみませんでした!!』

 ああ、3人がすっごい目でこっちを見てる。

 JSに2度も土下座するなんて、なんてプレイだ。何かに目覚めそう。

『あいつらは責任取って俺が何とかするから。君たちはもう戦わなくていいから!』

「っ、そういうわけにはいかないわ。私たちにはお役目が」

 ああ、この娘はいい子だな。

 自分をだましていた大人たちを、まだ守ろうとするなんて。俺だったらもう見捨ててる。

 もちろん自分の大事な人たちを含む人類を守るという信念もあるんだろうけど、あいつらはそれすら利用しているからな。

 本当に、胸糞悪い。

 俺は須美ちゃんの頭に手をのせる。一瞬身体がこわばったので壊れ物を扱うように優しくなでるだけにとどめる。

『もういいんだ。頑張らなくて』

 その言葉に、須美ちゃんだけじゃなくて銀ちゃんとそのっちもこっちを見る。

『君たちは、すっごいがんばった。その小さな体には不釣り合いなくらい。でも、本来子供を守るのは大人の仕事なんだ』

 何を言っているのかわからない。そんな表情だ。

 大赦の大人たちは、こんな子供に辛いことを全部押し付けて、自分は安全な場所でふんぞり返っている。

 四国の中にいるから俺は手が出せない。だが違う未来でもし四国に入れるようになったら必ず報いは受けてもらう。

『だから、もう戦わなくていい。ここからは、俺にキミたちを守らせてくれ』

 我ながら臭い台詞だと思う。でもしょうがないじゃないか。

 子供がこんなに頑張っているのに、年上(多分)の俺が何もしないわけにはいかない。

『銀ちゃん、手を出して』

 俺の言葉が相当意外だったのか、ポカンとしている3人のうちの1人に声をかける。

 恐る恐るといったように出してきた手を握り、俺は先ほど取り込んだタウラスの防御力、アリエスの再生能力と振動攻撃を利用して銀ちゃんの斧を高周波ブレード化、ジェミニの素早さを与えてアップグレードさせる。

 え、ピスケス? 樹海の中に潜れても仕方なくない?

 あと用意した精霊も全部置いていこう。白静に手を振り、みんなを頼むとお願いする。

 それとこれは念のために。身体の一部をちぎって丸め、手のひらに置く。

『これを飲み込めば、今のキミなら1回くらいアレに耐えられるから。危なくなったら使って』

「アレって、1回試してアンタが使うなって言ったアレか?」

『できれば使ってほしくないけどね。あくまでこれは念のため。キミを、君たちをもう戦わせないって決めたから。子供なのに本当によく戦ったよ』

「子供子供って! なんなんですか貴方は!」

 うーん、今結構いいシーンだと思うんだけどなぁ。

 顔を向けると、須美ちゃんがわかりやすく怒ってた。

「私たちは神樹様に選ばれた勇者です。みんなのため、人類のために戦うお役目があるんです!」

「わっしー」

 そう言えばゆゆゆいのエピソードでも若葉ちゃんに「小学生を戦わせるのはどうか」という発言にかみついてたなぁ。

 俺は懐かしく思いながら、須美ちゃんの頭に手を置く。

『ごめん、でも決して君たちを軽んじての発言じゃないことはわかってほしい』

 あ、わかりやすく体が硬くなった。やっぱりこの身体は怖いのかな。ちょっとショック。

『でも、子供を守るのは大人の仕事なんだ。これだけは譲れない』

 これ以上怖がらせるのも酷なので、俺は手を放し迫るバーテックスの大群に向き直る。

 大分近づいてきたな。もうすぐ遠距離攻撃ができる奴らの射程距離内ってとこか。

『じゃあ、行ってくる』

 俺は結界の外へ走り出し、壁の外へ出ると身体の質量を解放し、体を変化させる。

 グラーヴェ・ティランノ。

 花結の章27章で登場する、巨大なムカデのように長い体をしたバーテックス。

 以前星屑から作ろうとして、失敗した厄介な能力を持つバーテックスだ。

 体力が非常に高く、固くて毒持ち。俺が知りうる限りレオ・スタークラスターを除くと1番強いバーテックス。

 12星座の巨大バーテックスを吸収することで、ようやくこの姿と能力を再現することができた。

 本当は造反神みたいになりたかったけど、それこそ神を取り込まないと無理だろう。

 さあ、推しのカップリングが生きる世界を守らないとな。

 俺は敵の真っただ中に突っ込んだ。まずは厄介な遠距離攻撃型の星座級を潰さないと。

 

 

 

「なんなのあの人」

 須美は大群のバーテックスにものおじもせずに突撃していった人型のバーテックスを見送り、つぶやいた。

 頭には先ほどまで自分の頭の上に置かれた手の感触がまだ残っている。

 まるで壊れ物を扱うように、優しい手だった。

 人類を滅ぼす、自分たちの敵であるはずの相手なのに。

 なぜ、安心して泣きそうになってしまったのだろう。

「わっしー?」

「な、なんでもないわ」

 園子に声を掛けられ、慌てて膨らみかけていた涙を払う。

「なんか、すっごい優しい人(?)だったねー」

「あー、それな。アタシも最初すっげー疑ったんだけど、話してみると案外普通だった」

「うん、謝ってばっかりだったし」

 園子は遠くでムカデのような形に姿を変え、レオやサジタリウスの大群と戦うバーテックスを見ながら言う。

「あんなこと言われたの、初めてだったねー」

「当然でしょう。私たちは勇者で、バーテックスと戦えるのは私たちだけなんだから」

「うん。でも、大赦の大人は一度もあの人の言う大人として当たり前のことは言ってくれなかったよ」

 自分に任せろ。すっごい頑張った。戦わなくていい。子供を守るのは本来大人の仕事なんだ。

 どれも勇者になってから親を含め大人からかけて貰えなくなった言葉で、たぶんそれは1番言ってほしい言葉だったかもしれない。

「あの人といたら、私は弱くなりそう」

「なーに言ってんだよ。未来のお前たち、滅茶苦茶強かったじゃん」

 つぶやく須美に、銀は笑う。

「東郷さんに園子先輩。たった2年であそこまで強くなるんだ。しかも胸まで成長するし。K2からエベレスト。平原から富士山とかすげーぞ」

「? 東郷って、銀。その名前どうして」

「園子先輩って、ミノさん留年でもするの?」

 とんちんかんな反応に、銀は首をひねる。

「え、お前らあの世界のこと、おぼえてるよな?」

「あの世界って何よ」

「えっと、よくわからないかなー」

「嘘だろ? 結婚式の衣装来たり、皆でドレス着てお祝いしたり、樹さんが友奈さんと高嶋さんとアイドルやったり、千景さんとゲームやったりとか勇者部のみんなといろいろやったじゃん」

「樹さんに友奈さんと高嶋さんと千景さん? それって銀の友達?」

「勇者部ってなにかな?」

「そんな…おぼえてるのがアタシだけなんて」

 よくわからないがなぜかショックを受けているようだ。その理由を聞こうと須美と園子は口を開きかけ、

「ッ!? オイオイ、なんだよあの化け物…」

「えっ?」

 突如現れたとてつもなく巨大な人型のバーテックスとその体躯に巻き付く蛇に、目を奪われた。

 

 

 

 サーバー星屑から次々と出てくるゆゆゆいバーテックスの協力もあり、星座級バーテックスの掃討は順調に行くかと思われた。

 何しろ1度は倒した相手だ。弱点も知っている。そして最初に対峙した時にはなかったメタ能力もある。

 1体1なら勝てる戦いだっただろう。

 だが、個体と統率された軍とは、そもそも戦い方が違った。

 アタッカ・アルタで攻撃を仕掛けても高い防御力を持つキャンサー、タウラスが受け止めて他の星座級が攻撃する。

 フェルマータ・アルタが素早さでかく乱しようとしても相手は誘いに乗ってこず無視を決め込んだ。

 自爆するバーテックスには攻撃を仕掛けているようだが、それ以外には多対多で挑んでいて、互いの弱点を補いあっていた。

 数はこちらのほうが圧倒的に有利だが、星座級と通常バーテックスとは地力が違う。

 膠着(こうちゃく)しつつある戦場を見て、俺はどうしたものかと思った。

 最初にレオとサジタリウスを2体ずつ仕留めたのだが、その後は群れの中に入って今はタウラスやキャンサー、スコーピオンの3体に守られている。

 前面にはアクエリアスとリブラの群れがいて、巨大な水球の壁を作って攻撃を防いだり、暴風を起こして近接系のバーテックスを近づけまいとしている。

 1度レオの熱光線を撃ちこんでみたが、この壁のせいで数体だけ破壊するにとどまった。

 だったらこれはどうだキーンラステネール!

 グラーヴェ・ティランノの固有スキルである1ラインの敵に大ダメージを与える攻撃を放つ。

 隊列を組んでいただけあって効果は抜群で、かなりの星座級バーテックスを倒すことができた。

 だがこの攻撃を受けたアリエスが増殖してる。しまった、切ったり噛んだりする攻撃はNGか。

 それなら制空権だ。

 俺はムカデのような体で上へ上へと、天に昇るように移動する。

 その動きに気づいたレオやサジタリウスがビームを撃ちこんでくるが、当たるわけにはいかない。

 隊列を乱さぬバーテックスの群れを見ながら、俺はヴァルゴの爆弾を落とす。

 ただの爆弾ではない。カプリコンの毒ガスをスコーピオンの毒で強化した毒ガス爆弾だ。

 これによりバーテックスの大群は、目に見えて動きが悪くなった。密集していたことが仇になり、ほぼ全員が毒ガスにやられていく。

 リブラが風を起こし毒ガスを晴らすのがベストだが、そのリブラは中心から1番遠い前面にいる。

 突風を起こしても毒ガスを晴らすには時間がかかるだろう。スコーピオンの毒ならその間に敵を全滅させることができるはずだ。

 あとは指揮官を探すだけ、と思っていた俺の目にそれは飛び込んできた。

 逆さにしたUFOみたいな姿に火山の河口のように蜃気楼(しんきろう)に揺れる体躯。

 間違いない。あれは天の神だ。

 ただ、俺が知っているものよりだいぶ小さい。

 結城友奈は勇者である2期の勇者の章で出てきたやつはかなり巨大だったが、今目下にいるのはジェミニの分離した小さいほうくらいの大きさしかない。

 もしかして、天の神でも位が低いものか、もしくは本体からの端末的な存在なのか?

 だったらまだ俺に勝ち目がありそうだ。

 そう考えて油断していた。

 あちらがこちらを見つめたのに、気づいてしまうまでは。

 

 

 見ツケタ

 

 

 全身が総毛立つようだった。

 この身体になって、久しく感じることのなかった感情を今思い出す。

 それは純粋な恐怖。

 人間が熊に会った時のように。あるいは海で遭難した時サメの群れに囲まれた時のように。

 自分とは違う異質な、力が絶対上位のモノに会ったときに感じる恐れが、身体を震わせていた。

 やばい。

 こいつは、やばい。

 知らず逃げ出しそうになる身体を、意地が止める。

 お前、さっき3人になんて言った?

 あの3人に会ったとき、最初になんて決めた?

 守るんだろ? 救うんだろ?

 それを嘘にして、彼女たちを見捨ててきた大人と同じになるのか?

 心の中で問いかけてくるもう1人の自分に、ひっ叩かれたようだった。

 俺は覚悟を決め、そいつに襲いかかる。

 降下する勢いそのままに、リブラの風でさらに勢いを増し天の神に突っ込む。

 表情がないはずなのに天の神が嘲笑ったように見えた。

 体躯に牙が突き刺さり、スコーピオンの毒を流し込む。

 獲った!

 あとは身体に巻き付き、毒が全身に回るまでもちこたえれば。

 そう思ったとき、巻き付こうとした体躯が消滅した。

 一瞬何が起こったかわからず呆然とすると、次の瞬間身体を()かれるようなすさまじい痛みを感じた。

 まず見えたのは、緑色のフードをかぶった針金でできた人らしきものを(かたど)った巨大な像。

 そしてそれに絡みつく、灼熱を形にしたような燃え盛る巨大な蛇の姿だった。

 

 

 

 黄道13星座というものがある。

 射手座や山羊座というお馴染みの12星座にへびつかい座を加えたものだ。

 元々最初は13星座だったが昔の人が1年を12か月で区切ったため、へびつかい座は削除され徐々に忘れられたとかなんとか。

 いろいろ説があるが、この存在をファイナル〇ァンタジーや聖〇士星矢、スタープリンセスプ〇キュアで知った人も多いのではないだろうか。

 そんな黄道上にあるが12星座に入らなかったへびつかい座のバーテックスが、今誕生した。

 オフィウクス。へびつかい座の名を冠した天の神が変化した姿だ。

 目の前にいるそいつは、確かにそう名乗った。

 声もなく、ただ頭に直接刻み付けるように。

 へびつかい座の特徴としてまず挙げられるのは、その巨大さだ。

 へびつかい座が持っているへびを一緒にすると、うみへび座を超えて全天1の大きさを誇る。

 そしてその名を冠したそいつは、とてつもなくでかかった。

 12星座を食べて何万という星屑を食った俺が質量を解放した姿と同等、いや、それ以上の大きさだ。

 普通のバーテックスが、まるで子供のおもちゃのように見えてくる。

 そいつが右手を伸ばし、ゆっくりとこちらに手を伸ばしてきた。

 避けようとするが身体が動かない。まるで灼熱(しゃくねつ)(かま)に放り込まれたように、身体が熱くて痛くてたまらない。

 これは、タタリか? 結城友奈は勇者である2期であった友奈を苦しめ、(むしば)んだ天の神の呪い。

 気休めにしかならないがヒーリングウォーターで体を覆うとしてたところだったのもあって、反応できない。

 やばい、やられる!?

 だがオフィウクスの手は俺をすり抜け、その先に――毒ガス爆弾で壊滅したバーテックスの大群に向けられた。

 何をする気だ?

 疑問は、すぐに驚愕に変わった。

 なんと倒れてグズグズに溶けていくばかりだったバーテックスの体躯が、崩壊を止めたのである。

 時を巻き戻すように倒れていたバーテックスも起き上がり、進軍を開始する。

 まさかこいつ、治したのか!?

 アクエリアスのヒーリングウォーターを除けば、バーテックスの回復手段は周囲にいる星屑を消費しての傷の修復ぐらいしかない。

 だがこいつはそれを使うことなく、右手をかざしただけで死にかけだったバーテックスを万全の状態に戻し、死亡していたものを復活させた。

 死者蘇生能力。あるいは完全回復能力。

 それがこいつの能力か。

 これはかなりマズイ能力だ。

 なにせこいつがいるだけで、バーテックスは無限に戦える。

 俺たちがどんなにがんばってバーテックスの大群を倒しても、こいつが右手をかざすだけですぐ復活してしまうのだ。

 これではいつか疲弊(ひへい)し、倒れるのは必至。

 まずはこいつを倒さなければ。

 ヒーリングウォーターは解除した。身体が燃えるような痛みは一向に引かなかったからだ。

 俺は何とか首をもたげ、そいつに向かって牙を立てようとする。

 が、そいつが左手を目の前に掲げただけでその動きは止められた。

 がっああああああああああああっ!!

 身体をバラバラにねじ切られるような痛みに転がってのたうちそうになった。

 これもこいつの能力か? バーテックスにないはずの痛覚を倍増させたりって、もともと痛覚のある人間相手だとすごい脅威じゃないか。

 まるで絞られるぞうきんになったような気分だ。身体がバラバラになりそう。

 動きを止めた俺の身体を掴もうと巨体から腕が伸びてきた。

 ムカデのような身体を両手ががっちりと掴み、握りつぶさんと圧迫してくる。

 くそ、ダメだ。あのバーテックスの大群をあの3人のところへ向かわせちゃ。

 これ以上進ませるな!

 俺はサーバー星屑と俺が支配していた7体の巨大星屑に強く願う。

 頼む、誰でもいい。

 今、動けない俺の代わりに、アイツらが進むのを、止めてくれ。

 

 

 

 本体から命令を受けた、7体の星屑とサーバー星屑はそれぞれ行動を開始した。

『マスターの思考からこの3人を最優先保護対象と認定。あらゆる脅威から適切な手段を用いて保護します』

 そう告げるとサーバー星屑の体躯が変化していく。

 そそり立つ巨大な壁のような体躯。灰色と白の体躯は巨大な城門のようだ。星屑の名残がある頭には水色の宝珠らしきものもある。

 グランディオーソ。花結のきらめきストーリー18章で登場するボスバーテックスだ。

 バーテックスの大群からレオの熱光線が8つ放たれ、グランディオーソを貫こうとするがびくともしない。

 グランディオーソは、遠距離攻撃をほぼ無力化するバーテックスだ。

 勇者の必殺技でない限り、遠距離攻撃でダメージを与えるのは難しい。

 その代わり移動ができず、近距離攻撃には弱いのだが。

 御霊を守っていた7体の星屑もサーバー星屑の前に到着し、風車の羽根の代わりに足が生えたような奇妙な形のバーテックスに体躯を変化させる。

 動く姿はクモのようで、ちょっと気持ち悪い。

 アニマート。ゆゆゆいで登場する近距離勇者の攻撃を受けると回復するバーテックスだ。

 範囲内の敵に毒を付与してダメージを与え、ノックバックさせるスキルを持っている。

 アニマートが攻撃するたび、バーテックスの大群は後方へと押し出され下がっていく。

 そこに巨大カデンツァ・アルタなどの遠距離攻撃系バーテックスが攻撃を放ち、けん制する。

 だが最初は押されるばかりだったバーテックスたちも、アニマートに遠距離攻撃がきくことに気づくと行動を変化させる。

 アニマートには遠距離攻撃。サーバー星屑には近距離攻撃が得意なバーテックスたちが迫る。

 勇者を守ろうとする星屑たちの最後の防御線は、すでに瓦解するまでのカウントダウンが始まっていた。

 




 年上って言ったけど星屑(主人公)は転生してからまだ1年もたってないんだよなぁ。



 グラーヴェ・ティランノ
 ゆゆゆいの花結の章27章で登場したムカデのような長い体をしたバーテックス。
 エキスパートではHPが多く、体力が減少すると防御バフが乗ってクッソ固い。
 攻撃スキルも即死級の大ダメージを与える範囲攻撃のほかに全体に毒付与、範囲内の敵に移動禁止、攻撃禁止デバフなどを付与してくるすっごい厄介な相手。
 
 オフィウクス(へびつかい座)
 へびつかい座の名を冠したバーテックス。
 でかい。とにかくでかい。
 緑のローブをかぶった針金で作ったような人間のような姿をしていて、腕だけが丁寧に肉付けされている。巨大な蛇型のバーテックスが巻き付いている。
 右手は生を、左手は死を司り、機能停止したバーテックスを星屑の消耗なしで復活させたり新しい星座級を生み出したりできる。
 元が天の神なので全バーテックスの能力を使用でき、左手をかざすだけでタタリの付与、効果の促進も行える。
 モチーフは『絞首器』
 ※本小説オリジナルの創作バーテックスです。ゆゆゆいやアニメ本編では登場していません。

 次回、バーテックス銀ちゃん無双


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【わすゆルート】偽神満開

 あらすじ
天の神「私自身が星座級になることだ…」オフィウクス(へびつかい座)
(+皿+)「えぇ…(困惑)」
オフィウクス「お姉さんのこと本気で怒らせちゃったねぇ」(タタリ付与)
(+皿+)「ぐわぁあああ!!」(全身の骨が折れる音)
オフィウクス「お前らもいつまで寝てんだ。はい、エドテン!」
十二星座級「うちの職場ブラックすぎんだろ…」(蘇生)


「切り札?」

『そう、西暦勇者が使っていた必殺技だよ』

 須美と園子と出会う前。最終決戦の日までデブリで人型精霊と過ごしていた時のことだ。

 銀が人型バーテックスに精霊と勇者について何か知っているかと尋ねると、そんな話が出てきた。

『身体の中に精霊を取り込んで、一時的にすごいパワーアップする技だよ』

「それは満開とは違うのか?」

『満開は身体の一部を神樹に捧げるけど、切り札は使っても身体の一部が失われるわけじゃないんだ』

 西暦時代に生まれた勇者システムだから神歴の満開とは威力や性能も違うけどね。と人型のバーテックスは言う。

『切り札を使うとその分心に影響が起こる。穢れが溜まって性格が急に攻撃的になったり人間不信になったり。どっちがマシかといえばどっちもひどいんだけどね』

「えっと、勇者システムを作った人は使った人間の安全性とか考えなかったのか?」

『うーん。バーテックスと戦う力優先で後遺症とか副作用度外視するマッドしかいなかったんだろうな』

 もしくは勇者を使い捨ての道具としか思っていなかったか。

 西暦時代から大赦はクソだったなぁと思いながら人型のバーテックスは銀の膝に乗ってきた白静を見つめる。

「で、その切り札がなんだって?」

 白静の両手を持ってあやしながら、銀が言う。こうしてみると髪の色も一緒で姉妹のようだ。

『うん、それを銀ちゃんは何のデメリットもなく使える。理由はバーテックス自身が神樹にとって穢れの塊だから。心は人間でも身体がバーテックスだからこそできる裏技だね』

 へー。とあんまり興味がなさそうだ。まぁ、人型バーテックスとしてもできれば使ってほしくない手段の説明だから話半分で聞いてもらっても問題ない。

『つまり今の銀ちゃんは精霊の数イコールパワーアップできる数だってこと。今は30体くらいいるから単純計算で大体今の30倍くらいパワーアップができる』

「マジで!?」

 あ、食いついた。こういうわかりやすい話には興味があるようだ。

「30倍ってすげーな。無敵じゃん」

『まあ、普通のバーテックスなら星座級でも敵なしだろうね』

 もとの戦闘力を考えれば御霊持ちのバーテックスでも無双できる強さだ。

「30倍かー。それだと余裕でアンタに勝てそうだな」

『はっはっは、こちとら星屑を万単位で食べてるうえに星座級の能力も使えるからね。多分苦戦するんじゃないかな』

 まあ、もしそんな事態になるとしたら、それは彼女に彼女の秘密がバレたときだ。

 その時は自分は潔く彼女に倒されよう。

 人型バーテックスがそんなことを考えているとは知らず、ちぇーっと銀は口をとがらせる。

「それじゃあアンタが倒されるくらい強い奴が現れたらどうすんだよ」

『えー? そんなこと。まあ、ないとは思うけど、ないとは思うけどもしそうなったら人類は滅亡するしかないかなー』

「軽っ! アンタどんだけ自分に自信があるんだよ?」

 この時人型バーテックスは最強の星座級バーテックスのレオを倒したことで調子に乗っていた。

 いわゆる天狗状態というやつだ。

 この後天の神がやってきてボッコボコのボロボロにされるなんてみじんも考えていなかった。

 そんな人型バーテックスを見て、銀はふと思いついたことを尋ねてみる。

「なぁ、その満開ってやつ、アタシにも使えるのか?」

『うーん、一応精霊バリアも使えるようだし、理論上はできるかな。身体もバーテックスだから神樹に捧げて身体のどこかが欠損しても俺が後で補えばいいし』

 だったら切り札と同じようにノーリスクじゃん。

 ならば1度くらい試しにやってみようということになって――結果それは封印された。

『いい、銀ちゃん。アレは2度と使わないでくれ。今回は俺がいたからよかったけど、もしいなかったら身体が壊れてたかもしれない』

 だけどもし使わなければならない事態になってしまったら?

『そんな事態はないとは思う。あっても俺がさせない。でももしキミがその力を使わなければならない時が来たら』

 それは俺が倒れてどうしようもない状態になって、親友2人と人類を守らなければいけないときに限ってくれ。

 そう、人型のバーテックスは言った。

 

 

 

 今がまさにその時だな、と銀は思った。

 人型のバーテックスは突如現れた巨大な人型に蛇が巻き付いているバーテックスに倒されてしまった。

 彼の仲間であるバーテックスたちも倒しても倒しても何度も復活する敵の大群に押され始めている。

 このままではそう時間がかからず瓦解するだろう。

 だったらここはアタシがいかなきゃな。

 銀は人型が渡した丸薬のように小さく丸まった肉塊を見て、残された精霊を呼び寄せる。

 これと精霊を残していったってことは、こうなるかもしれないって思ったのかな。

 あれだけ自分の強さに自信を持っていて、実際に強かった人型バーテックスのことを考える。

 これからしようとすることは、しつこいぐらいに「戦うな」と言っていた彼が望むことではないだろう。

 だが、ここにいる2人とこの結界の先にいる大切な人たちを守るためには必要なことだ。

 銀は一歩踏み出そうとして……両肩に置かれた親友たちの手に足を止めざるを得なかった。

「銀、1人でどこに行こうとしてるの?」

「行くなら一緒に、だよ」

「須美、園子」

 銀は迷った。あの世界で一緒に戦った2人なら喜んでついてきてくれと言っただろう。

 だが、この2人はあの世界のことをおぼえていない。ということは3年近いバーテックスとの戦闘経験と造反神との最後の戦いの記憶もないということだ。

 戦闘経験の差から戦力に大きな差があり、足手まといになるのではないか。

 そう考えて苦悩する銀に、須美は言う。

「まさか、また1人で突っ込もうとしてたの? 最初の戦いのとき、そういうところを気を付けてって言ったじゃない」

 そんなことを言われたっけ? アクエリアス・バーテックスとの戦いを思い出しなんとなく言われたような…と銀が思っていると、

「ミノさん」

 真剣な顔の園子が言った。

「ミノさんがさらわれたあの時、わたしたち何もできなかった。敵と戦うミノさんを見送るしかできなかった」

 園子の言葉に感じるものがあったのだろう。須美の表情に陰がさす。

「だけど、今は違う。一緒に戦える。精霊ももらって勇者システムもパワーアップした。ミノさんが考えるように足手まといには、絶対ならない」

 考えていたことを見抜かれていた。

 やっぱりすごいな園子は。普段はぽわぽわしているくせに妙に抜け目がなくて鋭い親友に、あの世界の記憶がなくてもそこは変わらないんだなと銀はどこか安心した。

「だからもう、わたし達を置いて1人で行かないで」

 言葉は、すがるようだった。

 銀は少し迷った後、彼女たちを傷つけないように置いていく言葉を考えて…やめた。

 これから行おうとするのは、無謀な戦いだ。

 正直生きて戻れるかどうかもわからない。

 だけど、3人なら。この3人と一緒なら勝てそうな気がしてくる。

 あの世界で絶対敵わないと思っていた造反神に立ち向かったときのように、仲間を信じてみようじゃないか。

「最初に言っておくけど、お前らの命が優先だからな」

 銀は須美と園子に向き直り、目を見てしっかり言う。

「危ないと思ったら、すぐ逃げてくれ。満開は絶対するな。するくらいなら逃げろ。生きて次につないでくれ」

 あの世界で知った勇者とは別の存在、防人のことを思い出していた。

 彼女たちは誰1人欠けることなく生きて戻ることを信条としていた。それが彼女たちの戦いであり、今自分たちが見習うべき模範だと思う。

 楠芽吹、加賀城雀、弥勒夕海子、山伏しずく。

 今は結界の中、樹海になっている四国にいるであろう彼女たちのことを思う。

(帰ったら、しずくさんに会いに行かなくちゃな)

 あの世界でした約束を思い出し、胸が熱くなる。

 勝てなくても必ずバーテックスたちを退けて次につなぎ、大切な人たちがいる世界に帰ろう。

 銀は須美と園子に感謝する。最初に抱いていた、自分の身を犠牲にしてでも2人を守ろうという考えは、すでに消えていた。

 

 

「アタシが突撃してできるだけかく乱する。園子と須美は援護を頼む」

 3人は集まって作戦を立てたが、結局その一言に尽きた。

 須美と園子に突っ走って敵軍深くには入らないように散々釘を刺されたが。

 銀は樹海から飛び出すと、敵に向かって駆け出し精霊を呼び寄せる。

「行くぜみんな! 切り札解放!!」

 銀が告げると人型のバーテックスが置いていった40体以上の精霊たちが銀と一体化し、身体が光を帯び始める。

「防人直伝、シズクさん仕込みの突撃を見せてやるぜ!」

 言い放ち、王城の門のような姿になっているサーバー星屑に襲い掛かっているタウラスに向かって2丁の斧を振りかぶった。

「闘魂、星砕き!」

 1撃で、タウラスの巨体が沈んだ。名前の通り星を砕くような衝撃に、空気が震える。

 銀が持っている斧は人型のバーテックス謹製(きんせい)で、圧縮したバーテックスの素体に神樹の体液をコーティングしてあった。

 勇者の武器ほどではないが、バーテックスに対する特攻を持っている。

「まだまだ行くぜ! 双斧焔王舞、順風双斬斧、奮進双斬斧、タイラントアタック、マックス元気斬、花贈双心斧、双乱舞至頂斬、エターナルサマー斬!!」

 そのままサーバー星屑に群がっていた巨大バーテックスを2丁の斧で倒していく。

 突如現れた強力な勇者の出現に、赤く燃える体躯の星座級は泡を食ったように退き始める。

 その時、チャージを終えた複数のレオが熱光線を放とうとしているのが見えた。 

「技を借ります、球子さん! 大旋風炎刃!!」

 西暦勇者、土居球子の武器を投げる必殺技をまねて、銀は2丁の斧のうち1つを投げる。

 斧は手から離れると徐々に巨大になっていき、7体のアニマートを狙い遠距離攻撃をしようとしていたレオを含む巨大バーテックスの軍団をなぎ倒していく。

 人型のバーテックスが質量を自在に変えられるように、銀の斧も念じるだけである程度大きさを変化させることができるのだ。

 銀は投げた斧を回収するためバーテックスの大群の中に飛び込み、あの世界で何度も見た初代勇者の技を再現する。

「若葉さんの奥義、ひなたぁああああああ!!」

 園子の先祖とは思えないくらい堅物で女子に人気があって、幼馴染の巫女に弱い人だった。

「風さんの女子力斬り!」

 巨大化した斧が大群を分断するように樹海の大地を断ち、複数のバーテックスが切断される。

 頼りになる勇者部部長。銀は長女だったが姉がいたらなこんな人がいいなと思える女子力(オカン力)が高い先輩だった。

「千景さんの紅凶冥府!」

 炎をまとい、高温になった斧を振り回し敵を切り刻む。

 ゲームをいっぱい持ってて、須美と東郷さんが西暦時代の戦争シミュレーションゲームで大騒ぎしたこともあったっけ。

 本人は自分はいい先輩ではないと言っていたけどそんなことはない。少なくとも銀には背中を預けることができる頼れる盟友で先輩だった。

「夏凛さんの星煌回天舞!」

 敵の真っただ中に入り、投げた斧を回収すると今度は2丁で敵を切り刻む。

 夏凛さん。たまに暴走する勇者部の面々にツッコミをする完成型ツッコミ勇者。

 素直になれなくて意地っ張りだけどおやつによく煮干しをくれる優しい先輩だった。

「すごいわ、銀!」

「ミノさんつよーい!」

 次々と敵を倒していく人間離れした銀の攻撃に、2人は驚嘆の声を上げた。

 もちろん援護するのも忘れない。須美は銀を後ろから襲おうとするバーテックスを攻撃し、園子はまだ息がある取りこぼしを始末したりと大忙しだ。

 銀も油断なく戦況を見ていた。須美と園子もよくやってくれているが、どこか固さが目立つ。

 やはりまだ新しい武器と新しい勇者システムに慣れていないのだろう。知らず自分の知っているあの世界で共に戦った2人とどこか比べてしまう。

 戦闘経験の差は、大きいか。

 死角から園子を襲おうとする巨大バーテックスに斧を投げ仕留める。

 さらに遠距離攻撃しようとしていたバーテックスを発見し、渾身(こんしん)の力を込めてもう1丁投げて徒手になる。 

「友奈さんと高嶋さん直伝…勇者パーンチっ!!」

 園子と東郷さんと一緒にやった子供達のためのアニメのキャラクターに扮したアイドルライブ。

 その後東郷さんや樹さんと一緒に友奈さんと高嶋さんに教わった、いわばダブル友奈パンチだ。

 そろそろ引き時か。

 顔面を砕かれ、吹っ飛ばされたヴァルゴが他のバーテックスを巻き込みながら爆発するのを横目に見ながら、銀は園子と須美に撤退の合図を出す。

 これだけ倒せば向こうも戦況を立て直すのに時間がかかるだろう。

 そう思った瞬間だった。

 へびが巻き付いた超巨大な人型のバーテックスが右手をかざそうとしているのが目に入った。

 やばい、再生される!

 銀は人型のバーテックスが倒した大群が、あの手をかざされた瞬間時を巻き戻したように復活するのを見ていた。

 それによって形勢は逆転し、あの人型バーテックスも今はもう1つの手である左手に捕まってぐったりとしている。

 銀は斧の回収は諦め急いで引き上げようとして…なかなか再生しない巨大バーテックス達の姿に違和感を抱いた。

「復活、しない?」

 先ほどは30秒ほどで完全復活していたバーテックスの大群が、いくら待っても立ち上がらなかった。

 不測の事態なのか、超大型の人型のバーテックスも何度か手をかざしなおしている。

 そういえば銀の武器には神樹様の体液がコーティングされていると人型のバーテックスは言っていた。 

 もしかして、神樹様の力で倒したバーテックスは復活しないのだろうか。

 そう思っていると超巨大人型バーテックスの右手の先の空間が歪み、ガラスのようにひびが入る。それが粉々に砕けると中から新しい星座級の巨大バーテックスの群れが登場してきた。 

 こいつ、治すだけじゃなくて新しく作ることもできるのかよ⁉

 予想を超えた敵の能力に、銀は驚く。

 やはりあいつを倒さないと、この戦いは終わらないらしい。

 バーテックスの身体である自分は疲れないが、人間の須美と園子は違う。

 現に自分のレベルを超えた戦闘に息が上がりかけているし、慣れない装備というのもそれに拍車をかけている。

 ここで引いて立て直さなければならないのだ。

 使うか、アレを。

 一瞬よぎった考えに、先ほど園子が言っていた言葉を思い出す。

 

 ――だからもう、わたし達を置いて1人で行かないで。

 

「くそっ」

 使うとしても、それは今じゃない。須美と園子と合流した後だ。

 じゃないとあの2人は満開してでも自分について来ようとするだろう。

 そうなったら、自分がここで戦っている意味がなくなってしまう。

 銀は城門のようになったサーバー星屑のところまで行くと、そこで待っていた須美と園子と合流する。

「無事か、2人とも」

「銀!」

「ミノさーん、こっちこっち」

 よかった。けがはないな。

 1人安堵していると、2人に詰め寄られた。

「銀、いったいなんなのあの滅茶苦茶な力⁉」

「ミノさんいつの間にあんなにつよくなったのー? 精神と時の部屋にでも入ってた?」

 精神と時の部屋か、ある意味あってるな。

 こっちでは一瞬だったけど、あっちでは3年以上戦ってたわけだから。

「まあ、そんなところかなー。どうだー、これが三ノ輪銀様の実力よ」

 胸を張ると、園子はキラキラした目で、須美には呆れられたような顔をされる。

「っていうのは冗談で、この身体だからこそできる芸当らしい。園子は切り札って知ってるか?」

「うーん、ご先祖様の記述にあったような。でも大赦の資料じゃ消されてた項目だよ」

「それって、危険なんじゃないの?」

「まぁ、人間の身体で使うと精神に影響して参ったり攻撃的になったりするらしい。でもバーテックスの身体は神樹様にとって穢れの塊だから影響はないんだって」

 へーそうなんだーと納得する2人。得意げな銀は人型バーテックスに教わったことをそのまま伝えただけなのだが。

「で、実はアタシも満開を使えるんだ。2人と違って神樹様に供物として何かを捧げることなく、ノーリスクで」

 嘘だ。本当はデメリットがある。

 それも命に関わるような重大なデメリットが。

「だったらなんで最初からしなかったの?」

 と園子。さすがに鋭いな。

「えっと、最初は切り札だけで十分かなーって。それに満開は力が強すぎるから下手するとお前らを巻き込んじゃうかもしれなかったし」

「本当? 嘘ついてない?」

 今日は須美も鋭いな。というか自分のつまらない嘘は、いつも2人に見抜かれていたように思う。

 しっかりしろ、三ノ輪銀。ここが一世一代の騙しどころだろ。

 銀は新しく現れたバーテックスの大群を見る。

「結局のところ、大本を叩かないと終わらないんだ。アイツも捕まったままだし、できれば助けたい」

 これは本当。

 バーテックスの身体にされたときは恨みはしたが、今は逆に感謝している。

 この身体じゃなかったらきっと2人を守ることはできなかっただろう。

「あのクソでかいバーテックスを倒して、これ以上でかいバーテックスがこっちに来ないようにしようぜ! アイツが作った神樹様の力をコーティングした斧で倒したらあいつら再生しないみたいだし、これはアタシにしかできない仕事だ」

 銀の言葉に、2人は思案顔だ。銀の強さはわかっているし、言うこともわかる。

 だが納得がいかない。そんな表情だ。

 そんな時アルマート2体が銀がバーテックスに向かって投擲(とうてき)した2丁の斧を持ってきてくれた。

「ひっ」

 須美はクモのような動きをするアルマートに生理的な嫌悪を感じたのか、園子の後ろに隠れている。

 逆に園子はアルマートがどんな構造をしているのか気になるのか、興味津々と言った様子だ。

「ありがとよ、お前ら」

「ず、ずいぶん仲いいのね」

「須美と園子と合流するまでの間ずっと一緒だったからな。身体のこともあるけど、あの人型も悪い奴じゃなかったし」 

 でも、アイツは別だと銀は次々とバーテックスの大群を送り込んでくるへびが巻き付いた巨大な人型のバーテックスをにらみつける。

 あれを倒さなければ、自分たちは全滅してしまう。

 そうなれば、神樹様に守られた世界は、家族や友達もいなくなってしまうということだ。

 だから、やるしかない。

「満開して、アレをやっつける。ついでにアイツも助けてくる。バーテックスでもアタシにとっちゃ恩人だし、この子も寂しがるしな」

 中空から白静が出現し、銀を見つめてくる。まるでありがとうと言っているようだ。

 銀は頭をなでながら、気にすんなと笑った。

「だけど、満開して追ってこようとは絶対するなよ。これは2人が満開しないための戦いなんだし、こういう言い方はしたくないけど…正直足手まといだ」

「銀」

「ミノさん」

 先ほどの戦いで銀と自分の実力差を痛感したのだろう。2人は何も言えなかった。

 それに2人が思っていたより身体は疲弊していて、しばらくの間動けそうにない。

「大丈夫。パパっと行ってパパっと帰ってくるから。あのデカブツさえ結界の外へ押し出せば須美と園子は四国に帰れるんだから、もしアタシが危なくなったらそこで改めて作戦を考えてくれ」

 まあ、そんな事態はないけどなと笑う銀に、園子が鬼気迫る表情で掴みかかる。

「でもそう言って、ミノさん帰ってこなかったじゃない!」

「お、おう?」

 どうやら地雷を踏んだらしい。やばい、今の発言の何が悪かったんだ?

「置いていかれるこっちのことなんか考えないで! ミノさんは勝手だよ! そんなところは大っ嫌い!!」

「そのっち…。銀、やっぱり私たちも一緒に」

「ダメだ」

 それでも2人を連れて行くわけにはいかない。

「ついてきたら、絶交だからな。ズッ友やめるぞ。明日から他人だ」

 嘘だ。本当はこんなこと言いたくない。

 でも、こうでも言わないと優しい2人の親友はついてきてしまうだろう。

 そんな2人に銀も甘えたくなってしまうのだ。

「どうして…どうしてそんなひどいこというの?」

「銀! 今のはさすがに」

「いいか、園子、須美。アタシはお前らを置いていくんじゃない」

 2人を見つめ、真剣に言う。

「2人が先に行けるように、道を切り開きに行くんだ」

 そう、2人が生きて帰れる未来()を切り開きに行くのだ。

「園子は置いていかれるって言ったけどアタシが作った道を通って、いつか2人ならついてきてくれるって信じてるぜ」

 さぁ、そろそろ時間かな。

 新しくやってきたバーテックスの大群が大分近づいてきた。

「じゃあ、わたし連れ戻しに行くから! わっしーと一緒に、ミノさんが帰ってこれないくらい遠くに行っちゃいそうになったら! 絶対」

「そうね。前に進むのはいいけど、ちゃんと帰ってくることも考えなさいよ。銀」

「おう、わかってるよ」

 銀はそう言うと人型のバーテックスから渡された丸薬のような肉塊を飲み込んだ。

 切り札を解除して身体に取り込んだ精霊型星屑と分離し、再び融合する。

 

 それは、神樹の力とバーテックスの力を合わせた本来の世界ではありえなかった力。

 神を偽り神の力をその身に宿し、人外の圧倒的な暴力を振るうための姿。

 

「満開!」

 銀の周囲が光り、爆発的な変化が起こった。

 咆哮(ほうこう)とともに光の中から巨大な獣の足のようなものが出てくる。

 4つ足の巨大な獣。

 それがまず見た印象だった。

 本来首のある場所は台座になっており、そこに銀が鎮座していた。

 白い髪に映える赤い花をあしらった髪飾り、羽衣をまとい勇者衣装の時にはなかった袖が風に揺れてはためいている。

 背中には日輪を表すようなリングが浮いていた。

 まるで物語に出てくる天女のようだ。

「きれい」

 あまりの神々しさと普段の快活なイメージとは違う美しさに須美が見とれていると、同じことを思ったのか園子がつぶやいていた。

「そうね。すごくきれいよ、銀」

「き、きれいとか言うなよ。調子狂う」

 そう言いながらもまんざらでもなさそうな様子にやっぱり銀は銀ね。と須美は思う。

「じゃあ、行ってくるよ。くれぐれもだけど、絶対満開は使うなよ」

 そう言うと巨大な獣は銀を乗せて隊列を組んで迫ってきたバーテックスの大群へと向かう。

 一瞬だった。

 本当に一瞬でまるでボーリングのピンを蹴散らすボールのように、獣が前足を振るうだけで巨大なバーテックスたちが吹き飛び、消滅していく。

 見ると爪の部分には銀の武器である斧が無数に生えており、それによって引き裂かれたのだろう。

 あっという間に空間に空いた穴から出てきたバーテックスの大群を屠り、へびが巻き付いた超巨大な人型バーテックスに向けて進軍していた。

「帰ってきなさいよ、銀」

 見送ることしかできない自分を歯がゆく思いながら、須美は祈る。

「ミノさん、帰ってきてね」

 同じように、園子も祈っていた。

 神樹様。どうかあなたの勇者の三ノ輪銀を守ってください。

 わたしたちから2度もミノさんを奪わないでください。




 本編で出なかった銀ちゃんの満開姿は2次創作ではマストだよね。
杏「銀ちゃんが私の技使ってくれなかったんですけど! タマっち先輩の技は使ってたのに!?」
 だって君、遠距離武器じゃん。
杏「タマっち先輩の武器も遠距離武器じゃないですか!」
球子「まぁ、あれだ。銀はタマの舎弟だからな。弟子みたいなもんだ」
杏「ふーん、タマっち先輩は銀ちゃんのほうがかわいいんですね。いいですよね、小学生!」
球子「お、おいスネるなよあんず。お前が小学生いいって言うと、なんか別の意味に聞こえそうでちょっと」
杏「だれがロリコンですか! 私が好きなのはタマっち先輩みたいな人です!」
球子「え⁉」
杏「あっ」
 あら^~。あんタマはいいぞ。


 偽神満開
 自身の内にある神樹の力と精霊型星屑と天の神の使いであるバーテックスの力を融合させ、劇的なパワーアップをする。
 いわゆる闇と光が融合し、究極の力を使える状態。
 人間が満開した場合供物として身体の一部を捧げるが、バーテックスなのでその心配はない。
 だが人間の肉体と違いバーテックスの肉体にとって神樹の力は劇薬の毒である。
 力を使えば使うほど肉体は神樹の毒に侵されていき、最後には崩壊する。
 星屑の質量によるが、耐えられるのは星座級の巨大バーテックスの質量で大体10分。
 果たして銀ちゃんは身体が崩壊する前に超巨大バーテックスを倒せるのか?


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【わすゆルート】百合は世界を救う

 あらすじ
バーテックス銀「切り札発動! オラァッ!!」(バーテックスの大群半壊)
オフィウクス「いい倒しっぷりだ。おかわりを上げよう」(新しい星座級大量召喚)
十二星座「わー、ここが四国かぁ。みんな乗り込めー^^」
バーテックス銀「満開! 行くぜ行くぜ行くぜ!!」
十二星座「アバーッ⁉」(光の速さで全滅)
オフィウクス「わ、私のそばに近づくなぁ!?」


 無数の星座級バーテックスを圧倒的な力で蹴散らし、銀はへびが巻き付いた超巨大な人型バーテックスのオフィウクスを目指す。

 その両手には巨大なムカデのようなものに変化した人型バーテックスが握られ、いまにも引きちぎられそうになっている。

 待ってろよ、今助けてやるからな。

 そう、銀が決めて攻撃をしようとした瞬間だった。

 目の前でブチブチと音を立て、上半身と下半身が引きちぎられたのである。

 あまりのことに、一瞬銀の頭の中が真っ白になる。

 間に合わなかった? 嘘だろ? アンタ、アタシより強いって言ってたじゃないか。

 呆然として棒立ちになった銀を見逃すへびつかい座(オフィウクス)ではない。左手で千切れた下半身を放り投げると、前にかざす。

「がっ?!」

 銀の身体にタタリが付与された。突如身体を蝕み始めた猛烈な熱さと痛みに、呼吸を忘れそうになる。

 だがそれが逆に銀の闘争本能に火をつけた。

「この野郎っ!」

 許せない、許せない、許せない!

 突き動かすのは、純粋な怒り。

 短い付き合いだったが、良い奴だった。

 銀が眠れない身体になれず退屈していると、いろいろな話をして暇つぶしに付き合ってくれた。

 バーテックスでありながら、人類を守るために陰ながら暗躍していたらしいこと。

 星座級の御霊を管理し、御霊持ちの十二星座が復活しないよう見守ってくれていたことも聞いた。

 未来だけでなく過去のことも知っているようで、あの世界で一緒に戦った西暦勇者のことも訊けば教えてくれた。

 雪花さんや棗さんの事も訊いた。過去に戻ることができたらあの2人も助けに行きたいと言った人型バーテックスの横顔は、仮面をかぶっていたのに悲しげだった。

 なにより勇者という特別な立場にある自分や須美や園子を、普通の子供のように扱ってくれた。

 彼にとっては当たり前のことだったんだろう。

 だが、その当たり前がどれだけ嬉しかったか。

 銀は自分の武器である斧が密集して生えている獣の足を振るい、必殺技を放つ。

 

 天墜の斧鉞!

 

 攻撃を受けた左手は断ち切られ、大きな質量が落ちたことで衝撃波が生まれる。

 銀はそのまま右手も切り落とそうとしたが、へびつかい座に巻き付いている巨大な燃え盛る体躯を持つ蛇が放つ熱光線に邪魔された。

 どうやらどうあってもこちらは切らせてくれないらしい。

 再び切りかかろうとする銀だったが、身体がそれを止めた。

 満開の制限時間(タイムリミット)

 満開が解除され、巨大な4つ足の獣と台座が光となって霧散する。

(くそ、こんなところで)

 肝心なところで満開の効果が切れたことに歯噛みする。巨大なハリガネでできたような顔が、見下し嘲笑っているように見た。

 ここで倒れたら、全部が無駄だ。

 あの右手から新しい巨大バーテックスの群れが呼び出され、神樹様にたどり着いてしまう。

 そうしたら世界は終わりだ。

 人型のバーテックスは、今の銀なら1回くらい満開に耐えられると言った。

(さっき飲んだ薬で1回はチャラ。これが実質最後の1回か)

 覚悟を決め、もう1度満開する。

 爪に大量の斧をはやした4つ足の獣が再び顕現(けんげん)する。と同時に巨大な蛇が放った炎が身体を包む。

 危なかった。満開するタイミングが1秒でも遅れていたら今の攻撃で焼き尽くされていた。

 冷や汗を流しながら右腕を獲りに行く銀。そうはさせまいと巨大な蛇も周囲に火球を作り出し、次々と銀に向けて放っていく。

 だが、銀のほうが少し早かった。

「おりゃぁあああ!!」

 4つ足の獣の腕が振るわれ、へびつかい座の右腕が切り落とされる。

 それにより捕まっていた人型のバーテックスも解放され、銀は安堵した。

(アリガトウ)

 自分のうちにいる白静が、お礼を言ったような気がする。いいってことよ。

 そのまま超巨大なハリガネでできたような体躯に向かって両腕の斧を振るう。

 それは技とも呼べない、猫が驚いて相手を乱れひっかきするような無茶苦茶な乱撃。

 だが効果は抜群で、攻撃を受けるごとに巨体は崩れ、巨大な質量が地に落ちていく。

 巻き付く灼熱の蛇も焦ったのか、銀へ放つ火球の数を増やし、攻撃をより一層激しくする。

 だが銀は止まらない。止められない。

 絶対にここで、お前を倒す!!

 満開の制限時間いっぱいまで斧を振るう。ここからは我慢比べだ。

 降り注ぐ銀の斧、崩れる巨体、蛇が放つ巨大な火球、炎に耐える4つ足の獣の巨体。

 きっちり10分。その地獄のような耐久戦は続いた。

 防御を無視した捨て身の攻撃にさしもの超巨大人型バーテックスも耐えきれなかったらしい。

 銀の満開が強制解除されると同時に、へびつかい座の巨体も崩れ始めた。

 やった。人類の勝利だ。

 ざまあみろ。バーテックス野郎!

 銀は自分が落ちていくのか天に昇っていくのかわからない感覚に身を任せたまま、心の中で叫んでいた。

 これでいいんだ。このアタシはここで戦って、消えたって。

 須美と園子には、本物の人間のアタシがいれば。

 バーテックスの肉体になったと聞いたとき、考えていた。自分は四国に帰れるのだろうかと。

 答えは否だ。神樹様の元にバーテックスがたどり着けば世界が終わると言われている以上、自分はもう帰れない。

 3年間以上もあの世界で戦って、そんな気がしていた。2人の未来には自分がいないんだと。

 だけどあの世界で経験を積み、そんな世界にはさせないと思った。自分も生き残り、3人で讃州中学勇者部に入るんだと。

 それゆえ自分の身体がバーテックスの肉体だと告げられた時は、ひどく取り乱してしまったのだが。

 ひょっとしたら受け入れられず、自我が崩壊していた未来もあったかもしれない。

 だが、こう考えた。アタシはあたしが3人で生きていける未来を作るためこの身体になったのではないかと。

 そして、見事にその通りになった。

 宿主が壊され、怒りに満ちた巨大な蛇が自分に向けて巨大な火球を放つのが見える。

 もう、終わっていいか。

 一瞬頭をよぎった考え。

 それを否定するように巨大な水球が火球を打ち消し、大量の蒸気が目の前に広がる。

『まったく、無茶するよキミは』

 自分の内にいる精霊が、喜ぶ感覚がした。

 蒸気の霧の中から現れた人型のバーテックスが銀の腕をつかみ、そのまま巨大な蛇から離れるため抱えて移動する。

『でもありがとう。これで、今度こそ未来は救われた』

 いわゆるお姫様抱っこという体勢に銀は恥ずかしくなり、人型のバーテックスの胸をパンチした。

 

 

 

 オフィウクスの両手に捕まっていた俺は何とか脱出しようともがいていた。

 だけどびくともしない。何なんだこいつの握力⁉

 身体もタタリで弱体化してるし、こうなったら無事なところだけでも分離して、1度他の7体のアニマートと合流して仕切り直すしか。

 そう考えていると、眼下の巨大星屑が次々とやられていた。あれは銀ちゃんが切り札を使ったな。

 戦わせないって決めてたのになんてことだ。自分が情けなくなる。

 だが同時にその強さが頼もしくもあった。あれならサーバー星屑やゆゆゆいバーテックス軍団と協力して俺が動けるようになるまでもってくれそうだ。

 俺は一刻も早くグラーヴェ・ティランノから身体を分離させた個体を作り、そこに意識を移そうとする。

 グラーヴェ・ティランノは体力が減ると防御バフが発動しクッソ固くなる。それこそ勇者の高レベル必殺技じゃないとトドメがさせないくらい。

 しかもこの身体にはさっきとりこんだアリエスの超再生能力もある。そう簡単には俺を倒せないはずだ。

 時間を稼ぐという点では、これほど適した肉体はないだろう。

 そう思っていると、オフィウクスが右手を半壊したバーテックスの群れにかざした。

 しかし再生するかと思われていた十二星座の巨大バーテックスは倒れ伏したままだ。

 なぜ? と考え銀ちゃんの武器である斧に神樹の体液をコーティングしていたことを思い出す。

 そうか、バーテックスにとって神樹の体液は猛毒。あれで倒した敵は復活できないのか!

 幸いにも俺の肉体にはまだ神樹の体液が残っている。なんとか左手から逃れて牙を突き立てればこの巨体相手でも勝機があるかも。

 降って湧いてきた希望に、俺は分離作業を続けながら腕の中でもがく。

 とその時、目の前の空間にひびが入り、割れた場所から新しい星座級の軍団が現れた。

 再生だけじゃなくて召喚までできるなんて、どういうチートだお前⁉

 あっ、銀ちゃんが満開してる。やばい、早くしないと。

 パワーアップして崩壊防止用の肉塊を与えたとはいえ、あの身体で満開は危険だ。

 俺が何とかしようとしている間にも銀ちゃんは次々と十二星座のバーテックスの大群を倒し、こちらに向かってくる。

 もしかして、オフィウクスを倒すつもりか?

 いくらなんでもそれは無謀だ。俺は止めようとコシンプを呼び出そうとして、気づいた。

 しまったー! 精霊全部向こうに置いてきちゃった!?

 同じ失敗をまたするとか、ウッソだろお前。

 やばい、やばい、やばい。

 もし銀ちゃんが2回目の満開をして、それでも倒せず3回目の満開をしたら確実に身体が耐えきれなくて崩壊する。

 そうなったら、意味がない。銀ちゃんも生きて帰らないと、意味がないんだ。

 俺は何とか止めようと分離作業を急ぐ。

 その時だった。銀ちゃんがオフィウクスの目の前に来たのと、俺の身体に限界が来たのは。

 千切れ…ちゃったぁ…。

 オフィウクスの握力に耐えきれず、上半身と下半身がバイバイする。

 だがむしろ好都合だ。俺は千切れたほうの半身に意識を移し、アリエスの超再生能力で急ごしらえの頭部を作る。

 そしてオフィウクスの下半身に巻き付くと、牙を突き立て身体のうちにある神樹の体液を流し込んだ。

 これやると、身体がしびれるんだよなぁ。下手すると身体がグズグズに溶けちゃうし。

 すると案の定体液を注ぐごとにムカデのような身体に力が入らなくなる。これは神樹の力に耐えられず溶けてしまう前兆だ。

 もともと弱っていたのもあって、身体が神樹の力に耐えきれなくなったらしい。俺はそのまま体液を流し込み続けるように念じると、右手に捕まっている身体に意識を戻し分離作業を続ける。

 ようやくタタリで弱体化していない部分を集め、グラーヴェ・ティランノの牙を媒体に分離することができた。

 あとは銀ちゃんを止めて…ってもうほとんど倒してるー⁉

 すごいな銀ちゃんは、さすがプロトタイプの勇者システムでも星座級3体を追い返しただけのことはあるわ。

 あ、オフィウクスの体躯が崩れていく。俺何もしてないのに終わっちゃったよ。

 同時に銀ちゃんの満開も解け、そのまま落下していく。その先には燃えるでかい蛇が放ったでかい火球が⁉

 危ねえ! 俺は急いで水球を出しそれを防ぐと銀ちゃんを抱きかかえる。

 まったく、無茶する子だよ。

 でも、これで未来は救われたも同然だ。あとはあの蛇を倒せばすべてが終わる。

 倒すヒントも銀ちゃんに教えてもらったしな。あとは7体のアニマートと合流してぐはぁ?!

 なぜか銀ちゃんに胸を殴られたんだけど? 俺が大口叩いたくせに役立たずだから怒ってる?

 うう、それに関しては返す言葉もありません。

 しょんぼりしていると「馬鹿…」って言われてそっぽを向かれました。

 目を合わせてくれないくらい呆れられてる?!

 うう、俺の評価ダダ下がりだよ。いいけどね。俺はキミたちがキャッキャッウフフできる平和な世界を守れればそれでいいんだし。

 さて、残る脅威を倒そうと燃え盛る体躯の巨大蛇を捜す。煙のはれた戦場を見ると…あれ? いない?

 周囲を見渡すとなんと神樹の結界のほうへものすごい速さで体躯をくねらせながら進軍している。

 あいつ、銀ちゃんと戦うのをやめて須美ちゃんとそのっちのほうへ向かいやがった!

 くそ、予想外だ。俺はオフィウクスを倒す銀ちゃんを支援していたゆゆゆいバーテックスの群れから門松…もといフェルマータプリモに頼んで先回りしてもらおうとするが、ダメだ。あいつのほうが早い。

 間に合わない。そうだ、銀ちゃん! 俺を投げて!

 俺は星屑の体躯を腕から出し、銀ちゃんに渡す。突然のことに驚き困惑する銀ちゃんだが、今はほかに手段はない。

 あ、ちゃんと切り札状態でね。そうじゃないと届かないから。

 間違っても満開はしないでね、絶対だよ!

 俺は銀ちゃんの持つ星屑に意識を移し、全力投球で燃え盛る巨大な蛇に突っ込んでいく。

 ゆっ、おそらとんでるみたい。

 そんなアンコがつまったまんじゅう生物みたいなことを言いながら、星屑の体躯は蛇の頭上付近に着地した。

 ナイスコントロール。 

 これから俺がしようとしているのは、アニメ、デジモンの劇場版「ぼくらのウォーゲーム」でディアボロモンに使った戦法だ。

 世界中の少年少女たちが電脳世界で戦うオメガモンに応援メッセージを送る。しかしそれが原因でデータの多さに処理落ちし、逆にオメガモンの動きが遅くなって窮地(きゅうち)(おちい)ってしまう。

 だがこれを仲間の1人である光士郎が利用し、敵のディアボロモンに送信先を変更することで敵の動きを封じ倒したというものだ。

 サーバー星屑に意識を移したとき、膨大な情報量に酔いかけたことを思い出してひらめいた。

 俺は巨大な蛇の頭に自身をピンのような形状に変え、深々と刺さる。

 喰らえ、膨大な情報の本流を!

 俺が知っているサブカルの! 百合の尊さを教えてくれた作品を! 

 ゆるゆり、マリア様がみてる、ご注文はうさぎですか? きんいろモザイク、まちカドまぞく、ゆゆ式、私に天使が舞い降りた、うちのメイドがウザすぎる!、ガールズアンドパンツァー、神無月の巫女、やがて君になる、三ツ星カラーズ、シトラス、悪魔のリドル、のんのんびより、ガヴリールドロップアウト、えんどろ~!、ひとりぼっちの〇〇生活、普通の女子高生が【ろこどる】やってみた。、ゆるキャン△、ひなこのーと、放課後ていぼう日誌、スロウスタート、NEWGAME!、恋する小惑星アステロイド、三者三葉、ひだまりスケッチ、キルミーベイベー、うらら迷路帖、となりの吸血鬼さん、Aチャンネル、ハナヤマタ、わかばガール、ステラまほう、ささめきこと、幸腹グラフィティ、アニマエール!、こみっくがーるず、あんハピ♪、GA芸術科アートデザインクラス、はるかなレシーブ、桜Trick、けいおん!、ライフル・イズ・ビューティフル、ミルキーホームズ、ウマ娘、魔法少女まどかマギカ、ストライクウィッチーズ、紅殻のパンドラ、ユリ熊嵐、犬神さんと猫山さん、リリカルなのは、ガルパ、カードキャプターさくら、青い花、さばげぶっ、あずまんが大王、プリティーシリーズ、プリキュアシリーズ。

 俺の知識の中から選りすぐりの百合作品から百合エピソードを圧縮して天の神に送り込む。

 くっくっく、俺の厳選百合エピソードはアニメだけで108式以上あるぞ。

 もちろん18禁な屋上の百合霊さんとその花びらに口づけをシリーズという神作も外せないな!

 あとは漫画や書籍などからも珠玉の百合エピソードをありったけ送り込む。

 さあ、受け取れ! 尊さの暴流を。 

 百合嗜好爆弾(強引な性癖の押し付け)を受けた巨大な蛇は、膨大な情報を受けて目に見えて動きが遅くなり、ついには完全に停止した。

 よし、効いてる効いてる。

 俺は銀ちゃんと一緒にいる人型に意識を移し、アニマートがいる神樹の結界付近に急ぐ。

 蛇に刺さったピンにはそのまま情報を送り続けるよう指示する。ついでに上半身が残ったグラーヴェ・ティランノに体躯に巻き付いて物理的にも動きを封じてもらう。

「銀!」

「ミノさん!」

 神樹の結界にたどり着くと、須美ちゃんとそのっちが銀ちゃんを抱き着くように迎えた。

 思わず「あら^~」と打ち込みたい光景だが、今はそれどころではない。

 俺はすでに集まっていた7体のアニマートと急いで融合し、姿を変えていく。 

 蠍座のバーテックスを見たとき、なんか違うと思ってたんだよなぁ。

 モチーフが注射器ってことだからそっちに寄せたんだろうけど、やっぱり、サソリといえばこっちだろ。

 金属質で機械的な青いフォルムにハサミムシのような長い牙。どんな巨大な敵でも力任せにつぶせる両手のハサミと関節に収納されたブレード。4対8本の脚。後部にも1対の小さなハサミ。

 そしてしっぽに当たる部分には本来荷電粒子砲を放つための大型口径の衝撃砲が装備されている。

 デススティンガー。

 アニメ、ゾイドに出てきたデスザウラーに続く荷電粒子砲を使えるウミサソリ型ゾイドだ。

 固い装甲に強力なバリア。マグマの中を潜行しても平気な耐熱性と頑丈さ。荷電粒子砲で山や都市を一瞬で消滅させて地形を変えてしまうという公式チートラスボスだ。

 まぁ、荷電粒子砲自体がチートなんだけど、そこにこの防御力が加わると、ねぇ。

 ちなみに本物と違って荷電粒子砲は使えない。この世界がいくらフィクションとはいえ、惑星Ziと違いここは地球の四国。そこら中に荷電粒子の元になるエネルギーが満ちているわけじゃない。

 だから、俺は代わりの物でそれを再現した。

 アクエリアスの水から大量の水素と酸素を抽出しリブラの風で真空状態を作る。アリエスの分裂と再生能力、振動攻撃で物質の大量分裂と超振動を起こす。さらにレオの熱エネルギーを加え、ヴァルゴの爆弾を作る能力で圧縮し、閉じ込める。

 プラズマ砲。空想科学でおなじみの超兵器にさらにひと工夫。

 俺は8本の脚を樹海に突き刺す。踏ん張るためもあるが、そこから神樹の体液を吸い取るためだ。

 銀ちゃんの攻撃でわかったが、あのバーテックスは神樹の力で傷つけられると再生できないらしい。

 少し、いやかなり(しゃく)だがお前の力を借りるぞクソウッド。

 お前が今まで飲み込んだ少女たちの命、キャッキャウフフできたはずの未来を。

 今こそ人類に還元しやがれ!

 神樹の体液を足から吸い上げるたび体躯がピリピリする。どんどん感覚がなくなっていく。

 焦るな、まだだ。あいつを一撃で葬るためにはまだ足りない。

 ついにしっぽ以外の感覚がなくなってきた。俺はしっぽにある砲台を囲むように生えている4つのブレードを開き、プラズマを展開してそこに神樹の力を注入する。

 プラズマ+神樹エネルギー砲、発射!!

 砲台から放たれた、神樹の力をふんだんに含んだプラズマ砲が巨大な蛇を焼き尽くす。

 ()しくもそれはへびつかい座のモデルとなった死者をもよみがえらせることができた医術の神、アスクレピオスが命を落とす原因となった神の雷そのものだった。

 

 

 

 天の神は困惑していた。

 自分に反抗する神である神樹。その力を借り戦う勇者。

 そこに差し向けた御霊持ちの十二星座級バーテックスがことごとく倒され、ついに自分が動くことになった。

 とはいえたかだか人間相手に本体が動くまでもない。端末を使い、倍の兵力を送れば事足りると思っていたのである。

 だが実際端末から入ってきた情報は、御霊持ちの十二星座を倒したのはシステムの末端中の末端である星屑だという事実だった。

 ありえない。何かの間違いではないのか?

 そう思い何度も確認したが、そいつは端末が連れてきた星座級の大群をいとも簡単に倒し、見たことのない形に変化して端末にまで牙を立てた。

 バグか。

 長い間星屑やバーテックスの管理をしてきた天の神である。

 自らの意図した方法とは違う行動をとるいわゆるバグと呼ばれる存在は何度か目にしてきた。

 だが、そいつは異常中の異常だった。

 なんと敵である勇者と協力し、自分たちに弓を引いたのだ。

 これは本来ありえないことだった。

 バーテックスとは神樹やそれが守護する四国の地に生きる人間を滅ぼすためのシステムである。

 そのシステムが反旗を翻すなど、あってはならないことだ。

 なので、天の神は修正することにした。

 本来ならあと100年は後に配備する予定だったへびつかい座のバーテックスを端末を変化させることで前倒しで配備し、バグを消去しようと。

 だがそいつはしつこかった。バーテックスなら本来消滅するようなタタリや物理的ダメージを与えてもしぶとく生き続け、肉体を2つに割いてもまだ生きていた。

 さらに2つに分かれた体躯を操りどうやってかはわからないがへびつかい座に神樹の体液(猛毒)を送り動きを封じ、勇者にとどめを刺させたのだ。

 そしてあろうことか端末を通し、こちらにウイルスを送り込んできた。

 それは女性たちが手をつないだり、食事をしたり、国や人種、種族を超えて友情をはぐくんだりといった価値のない映像ファイルだった。

 だがその容量が半端ではなく、端末の動きは鈍くなる。

 その隙を突かれ、四国に贈った端末は消滅してしまった。

 なんなのだあれは?

 それは自分に弓を引いたシステムの末端に対する疑問…ではなかった。

 そのシステムから送られた大量の映像ファイルについてだ。

 少女たちが日々を平和に暮らし、時に笑い時に泣く、ごくごく普通の映像のはずだ。

 中には女同士での求愛行為や繁殖のまねごとをしているものもあった。同性同士での生殖行為は無意味であり、何の価値もない映像のはずだ。

 だが、なんだ。

 この映像を見ていて、胸の奥から湧き出してくるこの衝動は?

 彼女たちを見守っていたいと思う、保護したいという欲求は?

 生まれて初めて生じた自分の感情に、天の神は懊悩(おうのう)する。

 それは、百合への愛の芽生え。

 世間一般的に【萌え】と呼ばれる感情。

 だが人の感情を知らない天の神にはわからない。指摘してくれる存在もいない。

 結局この悩みが原因で天の神による直接の四国侵略は2000年ほど遅れることになる。

 たどり着いた先で百合神と呼ばれる存在と出会い、2つの神が四国の百合を見守る会を作り恒久的な平和が訪れることになるのだが。

 それはまた別のお話。




Q カードキャプターさくらはヘテロ作品では?
A さくらちゃんに対する知世ちゃんの無償の愛は全百合男子が見習うべき尊いもの。よって百合。

(+皿+)「百合、いいよね」
天の神(本体)「いい…トウトイ」
神樹「かわいい女の子、いいよね!」
(+皿+)「帰れよロリコンクソウッド。お前女の子を食うだけじゃ飽き足らず友奈ちゃんと神婚しようとしたガチ犯罪者じゃねーか」
天の神(本体)「保護対象に手を出すとか…滅ぼすか」
神樹「ち、違う! あれは大赦が勝手に⁉」


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【わすゆルート】ほんものとニセモノ

 あらすじ
バーテックス銀ちゃん「巨大人型バーテックスを倒したぞ!」
(+皿+)「やったぜ!」
バーテックス銀ちゃん「あ、でもへびのほうが須美と園子のほうに⁉」
(+皿+)「任せろ。種族を超えて百合になるウィルス投入!」
天の神(本体)「あら^~。百合尊いですわよ~」(百合感染)
(+皿+)「ついでに神樹の体液抜いてやる! えい、えい」(ギガドレイン)
神樹「らめぇ~、吸われちゃう~」
 だいたいこんな感じ


 オフィウクスを倒し、バーテックスの大群を退けた須美、園子、銀は人型バーテックスの拠点であるデブリを訪れていた。

 ここまではフェルマータに乗ってきた。バーテックスに乗るという事態に須美は緊張していたが、園子は初めての体験にはしゃいでいる。

 デブリにたどり着くと見たこともない西暦時代の遺物に今度は須美が目を輝かせていたが、今は回復中の銀を回収し、四国へと連れ帰るのが先決だ。

 後ろ髪を引かれる思いだったが人型バーテックスがまたくればいいと言ってくれたので名残を惜しみながら案内された銀が治療中の水球へと向かう。

 そこには巨大な水球の中で、胎児のように丸まった三ノ輪銀がいた。

「この銀が、本物なのね」

「ミノさん」

 2人は内心複雑な気持ちだった。

 ここにいる三ノ輪銀が本物ということは、さっきまで自分たちや人類のために巨大なバーテックスとそれが指揮する大群と戦ってくれていたのは…。

 いや、考えるのはよそう。

 人型のバーテックスが手を触れると、水球はシャボン玉のようにはじけ水が地面に落ちる。

 宙に浮いたままの三ノ輪銀は、風に運ばれながらゆっくりと須美と園子の元へ送り届けられた。

『レオやサジタリウスにやられた傷は完全に治した。でも目が覚めない。ここの環境が悪いのかもしれないから1度四国の病院で診てもらおうと思うんだけど』

「わかりました。私達が責任をもって銀を連れて帰ります」

 人型のバーテックスから銀を受け取り、須美が言う。

「⁉ 見て、わっしー。ミノさんが」

 園子の言葉に3人が注目する。見ると人間の三ノ輪銀のまぶたが動き、身体が身じろぎしていた。

『須美ちゃん、早くキスして!』

「はひ?!」

 突然の人型バーテックスの言葉に、思わず変な声が出てしまった。

『こういうのは真実の愛のキスで目覚めるって相場が決まってるから!』

 チラッと人型バーテックスが園子のほうを見る。アイコンタクトを受けた園子もそれに同意した。

「そうだよわっしー! 早く早く。はりー! いっつはりーあっぷ!」

「えっ、えっ」

 急に無理難題を振られ、おろおろする須美にバーテックスの銀は煽った2人にチョップする。

「須美。そんなことしなくていいから。こいつ連れて四国へ帰りな」

「銀…助かったわ。ありがとう」

「いいってことよ。途中まで送るけど、良いよな」

『もちろん』

「途中までって、ミノさんは帰らないの?」

「それは…」

「うーん。うるさいぞ鉄男。姉ちゃんはまだ眠いんだ」

 銀が言いよどんでいると、須美が抱きかかえているほうの銀がむにゃむにゃと言いながら身じろぎし、目を開けて…目を点にした。

「……あたしがいる?」

「おう。全部終わってようやくお目覚めか」

 目をぱちくりして、自分とそっくりの顔をした白い髪の少女を見る。周囲を見渡しここが自分の知るどこでもないこと。なぜか敵である人型のバーテックスと一緒にいる親友の須美と園子が勇者服を着ていることを考え、銀は結論を出した。

「須美、園子! 騙されるな! そいつはあたしのにせものだ!」

「はぁ? だれがニセモノだ! アタシは本物の三ノ輪銀だ」

「嘘つけ! 三ノ輪さんちの銀ちゃんはこの世界にただ1人、あたしだけだぞ!」

「あー、その辺の説明は面倒なんだけど…とにかくアタシはお前で、三ノ輪銀なんだ」

 バーテックスに自分の記憶を注入した存在と言われても自分なら信じないだろう。

 どう説明したものかと考えていると、人間のほうの三ノ輪銀はバーテックスのほうの三ノ輪銀を指さす。

「じゃああたしの質問に答えてみろ。本物の三ノ輪銀なら答えられるはずだ」

「いいぜ、受けて立つ!」

「ちょっと銀」

「おー、なんだかおもしろいこと始めてるー」

 二人を仲裁しようとする須美と傍観する気満々の園子。

「あたしの親友の名前は?」

「須美と園子に決まってんだろ。じゃあこっちも訊くけど通っている学校と担任の先生の名前は?」

「神樹館小学校6年、安芸先生。弟の名前は?」

「鉄男と金太郎! アタシが好きなものは?」

「イネスのしょうゆ豆ジェラート! 須美のバストサイズは?」

「ちょっと!?」

「■■cm!」(プライバシーにより検閲)

「おい、須美! こいつしっぽを出したぞ。この前測ったときたしか□□cm」(プライバシーにより検閲)

「いい加減にしなさい!」

 須美の雷が落ち、2人は正座させられた。もちろん待っていたのはお説教だ。

 

 

 

「つまり、あたしは3体のバーテックスと戦ってから3か月くらいずっと寝てたと」

「そうだよ。そのせいでアタシが作られて、須美や園子との和解のためにバーテックスの身体に記憶を移すハメになったんだ」

 説明を聞いた銀は半信半疑だった。

 自分の記憶を持ったバーテックスという存在もそうだが、親友で勇者の2人がそれを自分だと認識している点にもだ。

 なんとなく面白くない。まるで親しい友達が自分以外の相手と自分以上に親しい現場を目撃したような。

 言ってみればそれは子供っぽい独占欲なのだが。

「それにしてもなんで今までずっと眠ってたんだよ。バーテックスの大群が迫ってる肝心な時に寝過ごすって、相当だぞ」

 言葉にいちいちトゲを感じる気がする。

 無論本人に悪気はないのだろうが人間の銀にとっては内心穏やかではなかった。

「あたしだって好きで寝てたわけじゃねーよ。ただ悪夢が」

「悪夢?」

「そう。なにもない荒れ地みたいなところで、ずっと鎖につながれてたんだ。背中に岩があったんだけどそれ以外は何もなくて、あたしもあたしじゃないみたいだった」

 その言葉を聞いて人型のバーテックスが『あのクソウッド、やっぱりイメージ拉致してやがった』と怒っていたが、他の3人は何のことかわからなかった。

『おそらく銀ちゃんは神樹に魂を捕らわれていたんだろう。1期最終話の友奈…もといかつて他の勇者たちがそうであったように。だけどさっきの戦いで俺が神樹の体液を吸い取ったから一時的に拘束が弱まって銀ちゃんの意識も戻ったんじゃないかな?』

「え、神樹様の体液吸ったって…って神樹様って勇者の魂とっちゃうんですか!?」

「大赦では死後勇者の魂は神樹様の元に導かれるって教わったけど」

『須美ちゃん、そのっち、あのロリコンクソウッドのこと信用しちゃだめだよ。あいつ昔から女の子(物理的に)山ほど食ってるし、かわいい女の子と結ばれるために自分の信者五穀米にしちゃうくらいの変態だから』

「「えぇ…」」

 生まれてからずっと信仰してきた神樹様のイメージを揺るがすような情報に、勇者2人はどこまで信じていいのかわからず困惑する。

「そういえば他にも何か悪夢を見ていたような」

『え? まだあいつにひどいことされたの!? クソ、体液が空っぽになるまで吸い尽くしてやるんだった!』

「それはやめて。四国が滅んじゃうよー」

 わりとマジなトーンの人型バーテックスの言葉に、園子が待ったをかけた。

 しかしどんな夢だろう、興味がある。

 須美と園子が見つめる中、人間の銀は重々しく口を開いた。

「成長した須美と園子の胸がエベレストと富士山になってたのに、あたしだけ天保山のままだったんだ」

 なんだそれは。

 あまりにしようもない内容に須美が呆れていると、白いほうの銀は人間の銀の手をがっしりと掴む。

「わかる! それすげぇわかる!!」

 なぜか意気投合していた。

「あたしもあの世界でそれ間近で見てたし、ビバークと登頂もした! でも自分にもほしかった」

「だよな。登山もいいけどやっぱりやっぱり地元の山が低いままだとどうしても比べちゃうよな!」

「あれ、何言ってるかわかる? そのっち」

「さあ? でも楽しそうだからいいんじゃない」

 すっかりお山談義に夢中になっている2人を遠巻きに見ながら、須美と園子は言う。

 そんな中、人型のバーテックスが園子を手招きしていた。どうやら須美や2人の銀を置いて1人で来てほしいらしい。

 とことことついていくと、2人の銀と須美からやや離れた場所に招かれた。そこには人間にしか見えない真っ白なバーテックスがいた。

『そのっち、スマホ貸してくれる?』

 人型バーテックスの言葉に園子は首をひねる。

「いいけど、勇者には変身できないよー。あれはわたしたち専用のアプリだから」

『はっはっは、そんなことしないしない』

 じゃあ何に使うの? と問いかける園子に、人型のバーテックスは言った。

『ちょっと、大人同士の汚い取引の話さ』

 

 

 

「やあ、どうせ今までの戦いを見て聴いてたんだろう? 大赦の皆さま」

 乃木園子のスマホから聞こえてきた声に、大赦の要職にいる人物たちは肝をつぶした。

 ここは大赦の奥のさらに奥。重要な決定を行うための会議室。

 そこには大赦の最高権力者や勇者の世話役、巫女の神託をまとめたり神樹のバイタルを調整したりする部署の責任者が集まっていた。

「返事がないな? 子供たちに戦わせて自分たちはふんぞり返るような大人はやはり碌な教育を受けていないのかな?」

 明らかに煽るような言葉に、数人の顔が怒りで朱色に染まる。

 今こちらに語り掛けているのは、自分たち大赦の勇者たちと協力して天の神を倒したという規格外の存在だった。

 バーテックスでありながら知性がある。星座級のような様々な能力がある。巨大バーテックスを丸呑みにして食う。勇者の精神をバーテックスの身体に移す。さらには天の神すら下してしまった。

 そのあまりの規格外っぷりに大赦は大混乱に陥っていた。

 降伏しようと言い出すものや逆に利用してやろうと画策するもの。勇者に命じてすぐに倒すべきだというものに分かれ、会議はなかなか進まない。

 そんななか、乃木園子のスマホから件のバーテックスが語り掛けてきたのだ。

「どうせ勇者の3人を利用して俺を懐柔しようとか、油断している間に殺せって命令しようとかいろいろ考えてたんだろ。知ってる知ってる」

 バレていた。何人かはわかりやすく動揺し、手元の書類をぶちまけたりしている。

「あ、ちなみに俺の能力って詳しく話してなかったよな。勇者の名前を知っていたことや、お前らが黙っていた満開の副作用を知っていた理由」

 その言葉に、大赦職員は黙り込んだ。

 本来なら漏れるはずのない情報だった。いや、漏らしてはいけない情報だ。

 勇者たちが全力で戦えるように。臆病風に吹かれ、使うのをためらわぬように。

 そういう考えが彼女たちへの最大の侮辱であることを、この大人たちは理解できない。

「俺、未来や過去がわかるんだ」

 その言葉に少しの間沈黙が場を支配し、失笑が起こった。

 何を言っているのだこの化け物は。

 そう笑っていた大赦の要職にいる老人の顔が、次の瞬間凍り付く。

「こおりちかげ」

 その名を聞いた瞬間、会議室にいた数人がざわつく。

「お前らが、存在しなかったことにした5人目の勇者の名前。高知出身で、村ぐるみで虐待を受けていた。巫女に勇者の才能を見出され、丸亀城で他の4人の勇者と一緒に訓練し、勇者となった。勇者でありながら人に対してその力を行使したため勇者である権限をはく奪された。ああ、もちろんそうなった細かい経緯も、村人や父親が彼女に何をしたかも、そのとき大赦が何をしていたかも俺は全部知っている」

「嘘だ!」

 大赦の仮面をつけた、老人が叫ぶように言う。

「それは、大赦の中でも1部の者しか。いや、たとえ知っていたとしてもそれは当時の勇者の子孫だけが知っていることだ。貴様、乃木園子を懐柔し聞きだしたな!!」

「お、やっと返事したと思ったら子供を疑うとか。引くわー。俺は乃木園子には何も聞いていない。それとも過去のことを探られると困る腹の内でもあるのかな?」

 その言葉に、ざわめきが起こる。老人の態度は真実だと認めているようなものだった。

「ふむ、過去のことがお気に召さないなら未来の話をしようか」

「ふん、できるものならしてみろこのペテン師め」

「じゃあお前らが四国以外の土地を奪還しようとしている【防人】の話でも」

 防人、という言葉に数人の大赦の仮面をかぶった人間が反応する。

「楠芽吹、弥勒夕海子、山伏しずく、加賀城雀。巫女はそこで生活している国土亜耶が適任かな? しかし大赦で飼い殺しというのはいかがなものか。学校くらい行かせて子供らしく友達づくりさせたり社会性を学ばせるべきでは?」

 具体的な名前に、今度は隠しきれないほど大きなざわめきが起こった。

 国土亜耶は大赦で生活している巫女であり、知っている者も多かったからだ。

「お前たちが開発している、勇者とは違う防人のスーツのことももちろん知ってるぞ。戦闘能力は勇者と比べると劣っている部分は多いが耐久力が高く適性の低いものでも装備できること。武装は銃剣と盾。候補は絞りに絞って32人といったところか。あとは」

「やめろ、もうやめろ!」

 声は叫ぶようだった。

 得体のしれない相手が自分たちが隠していることを知っている。

 それは、恐怖を感じさせるには十分だった。

「ああ、未来の話と言えばもう1つ」

 まだあるのか。もうやめてくれ。

 大赦の職員たちが心の中で祈るが、それを無視して人型のバーテックスは言う。

「友奈はもう、生まれているな」

 その言葉に、言葉の意味に。大赦の全員が驚愕せざるを得なかった。

 天の神をも倒した存在が、自分の天敵になるであろう少女のことを知っていたのである。無理からぬことだろう。

「まだ戦っている勇者もいるのにもう次の勇者のことを考えているなんて、気の早い連中だ」

 せせら笑うような声に、知らず唾を飲み込もうとして喉に引っ掛かり数人がむせた。

「苗字は結城、来年香川の讃州中学校に入学する。お前らが調べた通り、勇者適性が抜群に高い子だ。勇者にしない理由はないだろう」

 そんなことまで。

 誰が言ったかはわからないが、会議室の中に確かにその言葉が響いた。

 それは、認めたということだ。真実だと。

「どう、信じてくれたかな?」

 会議室がざわめく中、凛とした声がそれを収めた。

「なるほど。わかりました。貴方が真実を言っているということは」

 祭事で使う穢れを祓う鈴のような声だった。

 大赦の最高責任者である人物の言葉に、皆黙り込む。

「それで、わたくしたちになにをお求めに? 服従し、(こうべ)をたれろと?」

「誰もそこまで言ってないし、あんたらになんか興味はない。俺は他のバーテックスと違い人類を滅ぼそうとは思わないからな」

 ただ、取引をしようと人型のバーテックスは言った。

「俺は勇者の代わりに四国を目指してやってくるバーテックスを掃討する。神樹の結界に1匹も近づけさせない」

「ほう」

「その代わりに今の勇者、鷲尾須美、三ノ輪銀、乃木園子の安全の保障。そして……」

 告げられた条件に、大赦の要職にいる者たちは困惑した。

「本当に、それだけで構わないと?」

「ああ。疑うなら今まで通り勇者を派遣して俺が星屑や星座級を倒すところを監視してもらっても構わない。彼女たちを使って俺を探るのもな」

「そんなこと、信じられるか!」

 1人が放った言葉に、そうだそうだと声が続く。が、最高責任者が手を上げると皆黙った。 

「わかりました。しかし貴方が約束を急に反故(ほご)にするとも限らない。しばらくの間は監視として鷲尾須美、三ノ輪銀、乃木園子の3名を派遣させていただきます。よろしいか?」

「破らないさ。あんたらが破らない限り。神話や昔話でも約束を破るのはいつも人間の大人だ」

 その言葉を最後に、通信は切られた。

 大赦の最高責任者が天を仰ぎ、大きく息を吐く。

「よろしいのですか? あのようなことを言って」

 大赦の要職にいる老人が、うかがうように言う。

「構わない。リスクを考えればむしろこちらに好条件が過ぎる。勇者の代わりに我々を守ってくれるらしいしな。それにアレを倒せる手駒が今現在ない以上、我々は従うしかない」

「しかし!」

「ではお前が勇者の代わりにアレと戦うか?」

 問われた老人は仮面の下の顔を蒼くして「お戯れを」と最高責任者に頭を下げる。

「しかし友奈の存在を知られているとは想定外だった。あの口ぶりからするに神樹様との関係性も知っているのかもしれん」

 最高責任者の言葉に、大赦の面々はどよめく。

「だが皆、心配することはない」

 不安がる大赦の仮面をつけた面々を見渡し、最高責任者は言った。

「なにしろいざという時は子供3人と1匹を切り捨てるだけで我々は助かるのだから」

 やはり、大赦はどうしようもないほど腐っている。

 最高責任者の言葉に安心し、笑う大赦の要職にいる者たちを見て、勇者3人の担任でもある安芸は心底そう思った。

 

 

 

「終わった?」

『うん、ありがとねそのっち』

 強化版人間型バーテックスから人型のバーテックスに意識を戻し、園子に礼を言うと借りていたスマホを返す。

 多少ハッタリをきかせたが、反応を見るに成果は上々といったところだ。

 これで彼女たちが四国へ戻っても身の安全は保障されるだろう。

『ごめんね、大人同士の汚い話につき合わせて。できれば聞かせたくなかったんだけど』

 人型のバーテックスの謝罪に、園子は目をぱちくりさせた。

「あんなの汚い話のうちに入らないんよー。大赦の大人たちは普段もっとえげつないこと話してるよー」

 何が気がかりなのかわかっていない様子に園子の頭に、人型のバーテックスは手を置いた。

「ふぇ!?」

『ごめんな』

「な、なんであなたが謝るの?」

『大人を代表して、ごめん。君があんな話を聞いても何も感じないようにさせてしまって、ごめんなさい』

 髪をすくように優しく撫でられる。園子の頭の中は?マークでいっぱいだ。

『この世界をこれからは、勇者に…いや、キミたち子供に優しい世界に変えていくから』

「も、もうやめてほしいんよー。わたし、あと半年後には中学生なんよ。立派な大人の仲間入りするのー」

 ついに恥ずかしさに耐えきれず、頭を押さえて園子は人型バーテックスから逃げた。顔はほんのりと赤くなっている。

『はっはっは、そりゃすごい。そのっちは立派なレディになるよ』

「むーっ、なんかバカにされてる気がするー!」

『あとこれは個人的なお願いなんだけど』

 園子の耳に手を当て、内緒話をするように人型バーテックスが話す。

「そのくらい、わけないんよ。あなたはわたしやわっしー、ミノさんの命の恩人だし、いつでも頼ってほしいんよー」

『そうか、助かる』

「おーい、話終わったか?」

 声は人間のほうの三ノ輪銀の物であった。どうやら内緒話をしていたことはばれていたらしい。

『じゃあ、さっきの話は内緒で』

「みんなに話さなくていいの?」

『どうせならサプライズで喜ばせたいからね』

「りょうかーい。秘密にしとくんよ」

 この時人型バーテックスは知らなかった。

 そのお茶目心が、後に自分に降りかかる因果応報の原因となることを。

 

 

 

 神樹の結界、入り口付近。

 須美、園子、人間の銀、そしてバーテックスの銀と人型のバーテックスは移動用の巨大フェルマータから降り立った。

 そこはかつて三ノ輪銀がキャンサー、レオ、サジタリウスの3体と対峙した場所だった。

「ねえ、ミノさん」

「「ん?」」

「あ、ごめんね。バーテックスのほうのミノさんなんだけど」

 園子の言葉に同時に振り返った銀と銀に、苦笑する。

「ありがとう。約束通り帰ってきてくれて」

「なんだそのことか」

 本当はあの戦場で死んでもよかったって考えていたなんて、言えないよなぁ。

 そんな本音を飲み込んで、何でもないように取りつくろう。

「知ってるだろ? 三ノ輪銀は約束を守る女だって」

「うん。うん、そうだね」

 声は若干涙ぐんでいた。

 ああ、園子は頭がいいからわかってるんだろうな。これからアタシが言おうとしてること。

「銀、あなたは私たち、いいえ。人類を守ってくれたヒーローよ」

 須美はそう言うとバーテックスの銀を抱きしめてくれた。

 本当は嫌だろうに、この体温が通わないバーテックスの身体に触ることも。

 そしてやっぱり声が涙ぐんでる。仕方ないか。3年経っても須美は泣き虫だもんな。

「あたしからも、一応ありがとう。あたしが寝ている間、親友を守ってくれて」

 こいつはわかってないな。多分。まぁ、アタシだからしょうがないか。

 バーテックスの銀は苦笑いしながら、人間の銀に告げる。

「いいってことよ、アタシ。須美と園子を頼むぜ」

「頼むぜって、お前は来ないのか?」

 不思議そうに言う人間の銀に、一瞬頭にくる。自分はこんなに空気が読めなかったのか。

「ばーか。アタシがそっち行ったら人類滅んじゃうだろ。バーテックスなんだから」

 その言葉にはっとした様子の銀。須美と園子は薄々気づいていたのか、目を伏せる。

 そう、自分はバーテックスだ。

 結界の奥に行くわけにはいかない。家族の待つ、四国に帰るわけにはいかないのだ。

 もちろん家族に会いたいという気持ちはある。あの世界でも結局1度も会うことはできなかった。

 3年間以上。赤ん坊だった金太郎も大きくなり、幼稚園に通っている年齢だろう。

 あ、ここでは3か月なのか。だったら大きくなるまでの成長を見ることができる。

 ああ、うらやましいなぁ。どうしてアタシが人間のほうじゃないんだろう。

「ごめん、須美、園子。 アタシ、ニセモノだった」

 そんな葛藤を飲み込み、バーテックスの銀はここに来るまで考え用意していた言葉を告げる。

「ここから先へは、いけない。みんなの元へは帰れない。父さんも、母さんも、鉄男と金太郎にも会いたいけど、それはこいつだけの権利だ」

 前にいる人間の銀へ指をさす。

 奇しくも足元にはキャンサーとの戦いで地面に引いた線があり、銀がいたのは向こう側だった。

 ――こっから先は人間様の領域だ。

 かつて言った自分の言葉が、人間の銀の脳裏をよぎる。

「だから、だから……さっさと家に帰って家族を安心させてやれよ。それと隣のクラスのしずくさんとも仲良くな」

「待てよ!」

 言うことだけ言って人型のバーテックスの手を引き、帰ろうとするバーテックスの銀を、人間の銀が呼び止めた。

「お前、あたしなんだろ? いいのかそれで本当に」

「当たり前だろ」

 嘘だ。

 本当は死ぬほど嫌だ。

 代われるものなら代わってほしい。

「そんなわけないだろ! あたしだったら、絶対納得しない。だったらお前も!」

「じゃあどうすればいいんだよ!」

 せっかく自分の中で割り切って、あきらめようとしていたのに。

 無神経な自分に頭にきて、銀はキレた。

「母さんに会いたい、父さんに会いたい! 弟たちとも、金太郎が成長していく姿を見たい!」

 お前はたった3か月だろうけど、アタシは3年だ。3年以上も家族に会えなかったんだ!!

「お前に任せるんじゃなくて本当はアタシ自身がしずくさんに会って、友達になりたい!」

 あの世界でした約束を果たしたい。また神樹館四天王を結成して遊びたい。

「須美や園子と一緒に卒業式に出て、卒業証書入れるポンポンするやつでチャンバラやりたい!」

 やったら須美は怒りそうだけどな。園子は案外乗ってくれそうだ。

「讃州中学へ進学して、またみんなで勇者部として活動したい!」

 あの世界で過ごした夢のような3年間を思い出す。

 苦労もあったけど楽しくて、刺激的で、あったかくて。

 とてもとても充実したものだった。

「でもできないんだ。この世界にとってアタシは異物で、三ノ輪銀の記憶を持っただけのニセモノで。須美や園子、家族やクラスメートにとって三ノ輪銀はお前だけなんだよ!」

「そんなのわかんねぇだろ!」

「わかるだろこのわからずや! アタシはバーテックスなんだから」

「バーテックスだったらもう諦めるのか? そこにいるやつはバーテックスでも諦めず須美や園子やお前と協力して、超デカイ敵と戦って勝ったって聞いたぞ」

 人間の銀の指摘に、バーテックスの銀ははっとした。隣にいる人型のバーテックスもうなずいている。

「だったら、お前もあたしに勝ってほんものの三ノ輪銀を取り戻して見せろ!」

 言い放つと人間の三ノ輪銀はバーテックスの三ノ輪銀にとびかかってきた。

 双方武器は持っていない。人間とバーテックスとはそもそも肉体的性能が違うので普通に戦えばバーテックスの銀の圧勝だろう。

 だがバーテックスの銀は人間の銀を傷つけることに抵抗があった。何とか傷つけずに無力化しようとしていると一方的に殴られてしまい、ついにキレた。

「この野郎!」

「こいやオラァッ!」

 あとは泥沼のキャットファイトだった。

 人間の銀がマウントを獲ろうとすればわき腹を殴り、怯んだ瞬間関節を極める。関節を外した銀が逆に関節を極め、寝技に持ち込む。

 攻防は10分以上続いた。2人とも肩で息をしながら樹海に寝転ぶ。

「はぁ、はぁ、お前、やるじゃん」

「はぁ、はぁ、当たり前だろ。はぁ、はぁ、肝心な時に寝てただけの奴には負けねーし」

「はぁ、はぁ、それ言うなよ。はぁ、結構悔しいんだぞ、それ」

「はぁ、はぁ、わかってて言ってるんだよ。アタシはお前だぞ。はぁ、はぁ」

「はぁ、はぁ、そうだったな。いまいちよくわかんないけど。はぁ、はぁ」

「大体、ほんものの三ノ輪銀を取り戻してみろってなんだよ。アタシはニセモノでいいって言ってるのに」

「うっせぇ、あたしだってわかんねーよ。ただ、このままじゃだめだと思ったんだ」

「はっ、そういうところはホント、アタシだな。須美も苦労するわけだ」

「なんだと⁉」

 立ち上がったのは、バーテックスの銀が先だった。まだ寝ている人間の銀に、手を差し出す。

「アタシはお前だから、お前の言いたいことはなんとなくわかったよ。四国に帰る方法を諦めるなって言いたかったんだろ?」

「さすがあたし。よくわかってんじゃん」

 手を握り、立ち上がる。

「いつになるかわからないけど、きっと帰るよ。それまで須美と園子。それと父さんと母さん、鉄男に金太郎を頼むぞ」

「おう、任せとけ。お前もがんばれよ」

 いいシーンだった。樹海ではなく夕日をバックにすれば昭和の青春ドラマのようだ。

『あー、そのごめん銀ちゃん。実はキミが帰れる目途は立ってるんだ』

 そんな空気を破ったのは、人型のバーテックスの一言だった。

「へ?」

『あとでサプライズしようと思って黙ってたんだけど、俺の巫女として大赦と取引して庇護は約束させた。四国での生活に問題はない。あとはそのっちに勇者由来の遺物か大橋の慰霊碑にある何かを持ってきて貰って銀ちゃんの身体をコーティングすれば神樹は君をバーテックスじゃなくて勇者として認識するはずだから。普通に帰れるよ』

 人型バーテックスの言うことは半分も理解できなかったが、これだけはわかった。

 こいつがそれを早く教えていれば、自分たち2人が本気で殴り合う喧嘩をする必要はなかったんだと。

『まあ、まだうまくいくかわからなかったし、研究段階なんだけどぶべら⁉』

「「そういうことは早く言え!」」

 人間の銀のアッパーが人型バーテックスのあごに当たり、バーテックス銀のダブル友奈直伝のパンチがみぞおちに入った。

 バーテックスの銀の目じりに、涙が膨らむ。

 それは先ほどまでの悲しみとは正反対の感情を表す涙だった。

 

 教訓。女性には喜ばせるためのサプライズでも隠し事はしてはいけない。

 




 銀×銀とかいう可能性の塊の新カプ。

 たくさんの感想、評価ありがとうございます。
 次のエピローグでわすゆルートは完結となります。
 バーテックス銀ちゃん死にそうフラグとかありましたが、死亡フラグもいっぱいあれば死なないのはマクロスで証明済みなので。あんなにがんばった娘が不幸になるとか嘘でしょ。
 わすゆルートを書いている間映画クレヨンしんちゃんのロボとーちゃんを見てモロに影響を受けたのは内緒。


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【わすゆルート】キミが笑顔でいられる未来へ【完結】

 エガオノキミヘ
    ↓
 egao no kimi he
    ↓
 gin he ai o kome
    ↓
 ギンヘアイヲコメ

 すき(直球)

 前回の見どころさん。
【悲報】主人公(星屑)イキる。
 やはり大赦はクソ。
 ダブル銀ちゃんのキャットファイト。
 以上。




 神世紀299年4月26日午後5時。讃州中学部室棟の一室。

 そこに、13人の少女が集まっていた。

 部長の犬吠埼風、その妹樹、結城友奈、東郷美森、三好夏凛、楠芽吹、加賀城雀、弥勒夕海子、山伏しずく、国土亜耶、乃木園子、三ノ輪銀、そしてもう1人。

 大半は1年生で、2年生は部長の風だけだ。妹の樹はまだ小学6年生で、同じ歳の国土亜耶にいたっては学校にすら行っていない。

 だが、国土亜耶がここにいるのは風の両親も働いているこの世界で最大権力を持つ大赦からの命令なのできかないわけにはいかなかった。

 話を聞くと亜耶はずっと大赦で巫女として生活してきたらしい。そこで社会性を身に着けさせるため、風がやっている部活のボランティア活動に参加させたいのだという。

 というのは建前で、実際は勇者として才能のある人間を集めたこの【勇者部】に巫女の資質を持つ彼女を預けて連携を高めるというのが大赦の狙いなのだとか。

 事情を知っている風としては断るわけにもいかず、同じ歳の妹の樹を学校の部活に参加させることによって他の部員の不信感を緩和させていた。

「はい、じゃあ今日の活動を発表するわよ」

 13人ともなるとさすがに大所帯だ。手を叩き雑談していた部員たちの注目を集めると、風は今日の活動内容を発表していく。

「東郷は部のホームページの更新」

「了解であります」

 指示を受け、東郷美森は部室内にあるノートパソコンへ向かう。

 半年前の大橋の戦いの後、須美は鷲尾家を出て生家である東郷家へと戻り、名前も東郷美森と改めていた。

 といっても鷲尾家の両親とは不仲というわけではなくちょくちょく会っているし、小学校時代からの友人である園子と銀からは「わっしー」「須美」と当時の名前で呼ばれている。

 今は勇者部でとある理由から上達したサイバー能力を生かして勇者部のサイトを作って依頼を募集したり受理したりなどの管理をしていた。

「芽吹と夏凛は剣道部の助っ人」

「よっしゃ、行くわよ芽吹」

「命令しないで。今日こそあなたに勝つわ、夏凛」

「2人とも、くーれぐーれも、手加減するのよ。この前みたいに張り切りすぎて剣道部員が練習試合前に全員筋肉痛でダウンみたいなことにならないように!」

 つい先日どちらの方が多く剣道部員と稽古ができるかと勝手に勝負を始めた結果、休みなしで連戦し逆に剣道部員のほうがつぶれた事件を持ち出し2人に注意する。

 三好夏凛と楠芽吹は大赦から命じられて讃州中学に入学し、この勇者部に入部した。

 当初は勇者として集められた人間たちの巣窟である勇者部に籍だけおいて放課後は大赦の訓練施設に通う幽霊部員になるつもりだったが風の押しの強さに折れ、今では普通に部員として助っ人活動している。

 最近ではいままでの勇者としての使命にがんじがらめだった頃の窮屈な生活よりものびのびやれている毎日に、こういうのも悪くないなと2人は思い始めていた。

「友奈とアタシ、雀は迷子の猫探し」

「わかりました、風先輩!」

「うぇー、猫ってひっかいてくるじゃん! 結城さん、守って~」

「こらこら。友奈にあんまり近づくと東郷が嫉妬しちゃうからくっつくのはほどほどにしなさいよ」

「はは、風さん脅かしすぎですって。そんなわけ…ヒィッ⁉」

 雀は見てしまった。パソコンに向かっていたはずの東郷が般若のような顔をしてこちらを見ているのを。

「ん? どうしたの雀ちゃん」

 手元にはなぜかデジタルカメラを持っていたが、友奈が雀の視線を追い東郷を見ると光の速さでどこかにしまっていた。

 あれで普段盗撮とかしてるんだ。怖い!

 東郷がたまたま休みの日、雀が部室のパソコンをいじっていたら『今日の友奈ちゃん』というフォルダを発見した。何の気なしに開いてみるとそこにはまた日付ごとのフォルダがあり、その中身は1枚も目線があってない友奈の大量の隠し撮り写真だったのだ。

 この事実を知っているのは、勇者部の中でまだ彼女1人だけだった。(後に部員全員が知る公然の秘密となるのだが、それはまた別の話)

「東郷さんがどうかした?」

「なんでもない! なんでもないから!」

 雀の危機管理能力が、これについて触れるべきではないと告げていた。

「ふ、風部長。いざという時は私の盾になってくださいね」

「え、普通に嫌だけど」

「なんでー⁉」

 結城友奈はこの部の中で唯一大赦と何の関わりもない一般人である。

 だが大赦からはなんとしてでも口説き落とし、勇者部に迎えよと指令を受けていた。

 難航するかと思われたが同じクラスの東郷、夏凛、芽吹と一緒に勇者部に誘うとあっさり入部してくれて拍子抜けしてしまう。

 なんでも風がつけた勇者部という名前と活動理念にすごく共感してくれたらしい。

『みんなのためになることを勇んでやる部だから勇者部。素敵ですね』

 それはもう聞いてるこっちのほうが恥ずかしくなるくらいのべた褒めだった。風は当時のことを思い出し顔が熱くなる。

 ちなみに加賀城雀は楠芽吹が入部するともれなくついてきた。

「メブが近くにいなかったら、だれが私を守ってくれるの⁉」とかわけのわからないことを言っていたが、入部してからは守ってくれる対象を他の部員たちへと移し何かあるごとに「〇〇さん、守って!」というのが口癖になっている

 人に依存する厄介な子と思っていたら別にそんなことはなく、むしろ誰よりも危機管理意識が高くて部活動では率先して他の部員に降りかかる危険から守ってくれている。

 本人曰く、「だって私を守ってくれる人がいなくなったら誰が私を守ってくれるんですか!」らしい。

 うん。よくわからん。だけど頼りになる存在だ。

「乃木と弥勒は美術部のモデル」

「あー、モデルってお昼寝してるだけでいいから楽~」

「ちょっと乃木さん。あなたも名家の出なのですからもう少し品格というものを」

 すでにお昼寝モードの園子を、小言を言いながら夕海子が連れていく。名家アピールをする以外は普通に面倒見もいいし、案外いいコンビかもしれない。

 乃木園子は半年前の大橋の戦いを本編での20回以上の満開をすることなく生き残り、五体満足で讃州中学に入学していた。

 その後人型のバーテックスの監視として度々樹海や壁の外へ出向いているが、命をかけるような戦闘になったことは1度もない。

 それどころかお弁当を持って行って樹海でピクニックをしたり、人型バーテックスの元にいる精霊たちと遊んでいたのだが、さすがに同行していた東郷に怒られてしまった。

 今では勇者になった当初の夢であるお昼寝と小説を書くだけの生活を満喫している。

 勇者部といういろんなタイプの少女たちがいる環境も彼女の創作意欲を刺激するらしく、他のメンバーを観察するため自分が任された活動を抜け出すのが部長の風にとって頭が痛い案件ではあるのだが。

 弥勒夕海子は夏凛や芽吹と同じく大赦から派遣された勇者候補の1人だ。

 没落した弥勒家再興を目指しており、そのために勇者として鍛錬していたのだという。

 だが讃州中学勇者部に入部してからはそのお嬢様っぽい言動の化けの皮がすぐ剥がされ、庶民的な感覚とユニークな言動から夏凛に続く園子の導かれ(いじられ)キャラとなってしまった。

 もっともクセの強い人間の集まりである勇者部の中では常識人寄りの感覚を持っている貴重な存在なので、暴走する他の部員のブレーキ役となったりぐいぐい引っ張ていくタイプの面倒見の良さから園子や人との会話が苦手なしずくや樹と一緒に活動することが多い。

「で、ダブル銀としずくは神社のゴミ拾いね」

「ちょっと、そのダブル銀っていうのはやめてくださいよ」

「そうですよ風さん。あっちは三ノ輪でこっちは乃木なんですから」

 一緒くたにされたことを三ノ輪銀と乃木(・・)銀が抗議する。

 顔は2人とも一緒で、一見見分けがつかないほどそっくりだ。三ノ輪の方が黒い髪に左側に桜の花のヘアピン。乃木の方が黒い髪に白いメッシュが入っていて右側に牡丹の髪飾りをしているのが見分けるポイントである。

 2人は実は双子で、乃木のほうが小さいころ乃木の家に養子に出されたらしいと風は大赦から説明を受けていた。

 血を分けた双子の姉妹なのだから鏡写しのように顔も性格も似ているのは当然だろう。

 ただ乃木のほうが髪をいじったりと女子力が高い(オシャレさんだ)

「銀たちとお掃除。頑張る」

 山伏しずくは銀たちと同じ神樹館小学校からの付き合いだ。

 両親を亡くしクラスで孤立していたころ乃木のほうの銀と友達になって、以来園子や東郷、三ノ輪銀とも友達になり、今では部員全員とも親しくなっている。

 口下手で、ともすればイジメの対象になりやすそうな雰囲気をまとっているが銀と一緒にいることで大分改善された。

 今ではそのはかなげな印象と座敷童的なかわいらしさから隠れファンも多い。

 意外にも力持ちで銀たちと一緒によく力仕事を任されている。

「樹と亜耶ちゃんはどうする?」

 小学6年生の樹がここにいるのは、風の両親が大赦で遅くまで働いているからだ。

 正史では大橋の戦いで死亡するはずの両親も、この世界では生きている。

 よかった。姉が帰ってくるまで家族のいない家で1人過ごす樹ちゃんはいなかったんだね。

「わたしは今日もお姉ちゃんたちと一緒で」

「わたしは今日は銀さんたちとしずくさんと一緒にお掃除に行きたいです!」

 亜耶の言葉に風は若干困った表情を浮かべる。

「あー、神社のゴミ拾いは結構力仕事だから亜耶ちゃんにはちょっと厳しいかも」

「大丈夫です。わたし、お掃除好きですから!」

「でもね」

「お掃除、大好きですから!」

 いつにも増して押しが強い。よく見れば目がキラキラしている。

「そ、そう。じゃあ…任せたわよ3人とも」

「はい、任されました。風さん」

「亜耶ちゃんと一緒に活動するのは初めてだな」

「よろしく、国土」

「はい、よろしくお願いしますみなさん」

「くれぐれも、くれぐれも亜耶ちゃんに怪我はさせないでね!」

 大赦から預かった子に怪我なんてもってのほかだ。

 風はハラハラしながら4人を見送り、自分も迷子の猫探しに向かった。

 短い付き合いだが3人を頼るくらいには信頼していたので心配はしていない。

 心配があるとすれば…。

(大赦には、乃木銀には注意しろって言われているのよね)

 黒髪メッシュのほうの後輩のことを考える。

 初めて会った時も昔から知っているような感じで話しかけてきて、逆に勧誘しようとしていた風が面喰った。

 勇者部入部もすんなり決まったし、風がしようとしているボランティア活動にも積極的に手伝ってくれている。

 まるで以前から似たような活動を長い間してきたように手際もよく、部長である風も助かっていた。

 とても大赦が気にするような危険人物とは思えない。

 むしろ気心が知れているかわいい後輩の1人として他の部員と一緒に放課後うどん屋のかめ屋に連れて行ったりとかわいがっている。

 自分より年下のはずなのに時折年上のように感じる言動や懐の深さを見せる時があるが気になる点と言えばそのぐらいだろう。

 もしも彼女が自分たちに害をなす存在だとしたら…。

 考え、すぐに否定する。そんなことは天地がひっくり返るぐらいあり得ない。

 あんなかわいい後輩に気をつけろなんて、大赦も変な指令を出すわよねぇ。

「風せんぱーい、こっちです」

「樹ちゃん、樹ちゃんは私の盾になってくれるよね?」

「えっと、あの…。おねえちゃーん」

 そんなことを考えていると、昇降口で樹にすがりつき懇願している雀の姿が目に入った。

 これさえなければ、いい子なんだけどねぇ。

「こらー! うちのかわいい妹になにしとるんじゃー!」

「だって怖いものは怖いんですようわーん!」

 風の怒声と雀の泣き声がこだまする。

 今日も讃州中学勇者部は、いつも通りだった。

 

 

 

 三ノ輪銀と乃木銀は双子の姉妹である。

 三ノ輪家に双子として生まれたが幼いころに乃木家に片方引き取られた。

 というのが表向きの銀たちの生い立ちだ。

 実際はもちろん違う。髪がメッシュなのも白い髪を黒く染めているからだし、牡丹の髪飾りも大赦に銀がどこにいるのか常にわかるための探知機だ。

 あの戦いの後、いろいろあった。

 園子が持ってきてくれた初代勇者の遺物により、人型のバーテックスが試行錯誤してくれたおかげでバーテックスの銀は四国に入り、家族に会うことができたのだ。

 その時は大変喜んだのだが、2人いる銀と自分が人間ではないという事実に段々両親との間に溝ができてしまった。

 だったらいっそのことうちの子になりなよという園子のすすめもあって乃木の養子となり、現在は乃木銀として人間の世界で生活している。

 1度は壁の外へ帰ろうと思っていた銀にとって、園子の提案はとてもありがたかった。

 銀の今の身分は、あの人型バーテックスに仕える巫女だ、

 人間側――大赦に人型バーテックスの言葉を伝えたり逆に人型バーテックスに大赦側の意見を伝えるという仕事をしている。

 実際は銀の持っているスマホを通して直接会話でやり取りしているので、銀はやることがないのだが。

 なので大赦は丁重に扱ってくれている。戸籍も用意してくれたし、希望すれば住むところも用意してくれるという。

 その話は乃木家に養子に入った時断ったが。

 ただ、重要な人物だからと大赦から監視がつくことになった。それに園子や須美(今は鷲尾家の養子をやめて東郷美森になった)の2人が反発したが、銀がそれを止めた。

 自分がバーテックスであるのは承知している。周囲がそれを怖がるのは当然だと。

 なので探知機をつけられるくらいは我慢することにした。それを不便と感じたことはない。

 大好きな弟たちにもたまに会えるし、距離が開いた分両親も今では普通に接してくれている。

 銀としては万々歳なのだがもう1人の銀は納得いかないようで未だに両親に一緒に生活できるよう説得しているようだと弟の鉄男に聞いた。

 馬鹿だなぁほんと。いくら娘と似ているとはいえ、勇者でもないただの人間がバーテックスなんかと一緒に住むのに不安がらないわけないだろ。

 そしてどうしようもなくおせっかいだ。まぁ、それがアタシらしいんだけど。

「ん? どうした」

 自分を見つめてくるバーテックスの銀の視線に気づいたのか、三ノ輪銀が竹ぼうきで地面を掃く手を止め訊いてくる。

「いや、おせっかいなのはあの時と変わらないなと思っただけだ」

 あの日、四国へ帰ることをあきらめていた自分に立ち向かってきたのを思い出す。

 あとで人型のバーテックスが帰るための方法を隠していたと知り怒りの鉄拳をぶつけたが、銀とのキャットファイトで本音をぶちまけていなかったらそれを聞いても帰っていたかどうか今となっては怪しい。

 こいつのおせっかいがあったおかげで銀は今、人間として讃州中学で勇者部としてみんなと活動できているのだ。

 そう考えると、感謝してもしきれない。

「なんだそりゃ。それよりこっちはあらかた終わったから亜耶ちゃんとしずくのほう見に行こうぜ」

「ああ、そうだな」

 悔しいから、言ってやらないけど。

 銀たち2人が行くと、神社の境内周りはすごくきれいになっていた。

 銀たちは面積は広いけどゴミの量が少ない外周を担当していたので早く終わらせて手伝いに来ようと思っていたのだが、その必要はないようだ。

「すっごいなこれ。全部しずくがやったのか?」

「いや、これは」

 あの世界でもそうであったように、彼女がやったのだろう。事実、しずくと一緒に奥からすっごいキラキラした顔で亜耶が出てくる。

「あ、銀さんたち。もうお外のお掃除は終わったんですか?」

「銀、国土はすごいぞ。私がゴミを片付けている間に、箒でごみを集めて掃除してしまったんだ。すごく丁寧なのに早いんだ」

 普段は顔に表情を表さないしずくが、腕をパタパタさせながら身体全体を使って表現している。どうやらすごくびっくりしたらしい。

「わたし、お掃除が趣味で。大赦の皆さんもお掃除すると喜んでくれますし」

 褒められて嬉しいのか、顔を赤くしてはにかんだ亜耶が言う。

「かわいい」

「かわいい」

「国土、かわいくていい子」

「ひゃ、囲んで頭なでないでくださいー」

 気が付けば3人、吸い寄せられるように亜耶の頭をなでていた。

 たまに芽吹が彼女の頭をなでているのを見たことがあるが、こういう気持ちなのだろうか。

 3人は存分に1つ年下の少女をかわいがる。

 こうして平和に暮らせてるのも、アイツのおかげなんだよな。

 バーテックスの銀は神社から遠く、壁の外へと視線を向ける。

「今度、会いに行く時何か持って行ってやるか」

 知らずつぶやいていた言葉に、3人が不思議そうな顔をする。

 何でもないと銀は言い、遠くにいる変な仮面をかぶった恩人を想っていた。

 

 

 

 はぁー尊いわぁ。亜耶ちゃんハーレム尊い。

 俺はバーテックス銀ちゃん付近にいる人間には不可視の精霊の視界から送られてくる映像を見ながら、ため息をついた。

 大赦の連中に「お前らが集めてる勇者と防人が束になっても俺には勝てないけどね。バーカバーカ」と煽った甲斐があったというものだ。

 本編ではゴールドタワーに配備されるはずだった防人組も讃州中学勇者部に誘致することができた。

 おかげでゆゆゆいでしか見られなかったゆうめぶ、めぶにぼ、そのゆみ、銀しずくとかが見放題だ。

 俺は100体を超える数になった精霊の目を通し、その光景を見守っていた。

 オフィウクスとの戦いの後、俺はその肉体を食らった。

 端末とはいえ天の神を取り込んだことで、いままでと比較にならないほどパワーアップしたのだ。

 しかもプラズマ砲を放つため神樹の体液をかなり取り込んだことで本来バーテックスには猛毒である神樹に対する免疫力まで獲得してしまった。

 これ、バーテックスとしても無敵なのでは?

 その力を使って俺が最初にやったことは、四国内に入れるよう精霊型星屑をアップグレードすることだった。

 そしてサーバー星屑を経由して讃州中学と大赦方面に100体以上放ち、彼女たちがイチャイチャしている姿を眺めているのである。

 人間だったころ、来世はリリアン女学園のマリア様の像か聖ミカエル学園の校舎になって女の子のイチャラブを見守りたいと思っていた俺には天国のような環境だ。

 もちろん大赦への監視も忘れない。推しカプに酷いことしようとする奴らは許せないからな。

 ついこの間も国土亜耶に酷いことをしようとした大赦仮面がいたから密告してやったら蒼い顔をしていた。

 あとついでにバーテックスのほうの銀ちゃんに対してよくない感情を抱いている連中が立てていた計画を事細かに説明してやったら大赦のお偉いさんたちが平謝りして来るので、謝るなら銀ちゃんにだろと言ったら銀ちゃんの履いている靴までなめようとしたのは驚いたよ。

 もちろん、精霊を突っ込ませて阻止したが。

 そしたら吹っ飛ばされた大赦仮面に、今度は天の神の御怒りだと大騒ぎになり、最終的には巫女をいけにえにしようとしたりして収拾がつかなくなりそうなので一旦許すことにした。

 あいつら、本当に自分が助かるためなら手段を選ばないな。

 ほんと、そういうとこだぞ! と叱るとなぜか平伏され拝まれた。

 なぜだか。そう、なぜだか知らないが最近大赦で俺を信奉する一派ができているようだ。

 俺としては迷惑な話なのだが、過去と未来を見通し、自分たちの脅威であるバーテックスを勇者の代わりに倒してくれている存在は大変に魅力的に見えるらしい。

 なにより天の神を打倒した実績もある。実際倒したのは銀ちゃんなんだからそっちを敬えと思うのだが。

 そうそう、その銀ちゃんなんだが、定期的にこっちに来てもらっている。

 理由は俺の巫女として大赦側の意見を伝える、ということもあるんだけどバーテックスの肉体特有の悩みというか、身体のアップデートをするためだ。

 バーテックスの肉体は、基本摩耗しない。俺のように共食いしてでかくなるというのは特異中の特異で、普通はずっと死ぬまで見た目が変わらない。

 銀ちゃんは11歳。つまり成長期だ。周囲が身長が伸びたり胸が大きくなったりする中1人だけいつまでも変わらない容姿というのは怪しまれるだろう。

 なので周囲に気づかれないようにちょっとずつ身体を成長させている。そのために東郷さんやそのっちのデータも参考にさせてもらっている。

 しかし参考にしすぎたのか、ついこの間「アタシに胸の大きさで勝った」と胸を張ってきたときは驚いた。

 どうやら人間のほうの銀ちゃんと比べて若干大きくしすぎてしまったらしい。『大変だ。じゃあ削らないと』と言ったらグーで殴られた。なぜ?

 人間の世界でちゃんと暮らしていけるのかと心配してずっと見守っていた。家族との間に亀裂が入ってしまったときは、思わず自分をアップデートして四国に入ろうと思ったほどだ。

 だが乃木家に養子に入り、家族とも結果的にうまくいったのを見届けて胸をなでおろした。

 なんだか棚ぼた的にぎんその同居が始まって見守っているこちらとしてもテンション上がりまくりだ。すごくはかどる。

 一時はどうなるかと思っていたが心配していた迫害もなく毎日を楽しく過ごしているようでこっちとしても嬉しい限りだ。

 彼女が幸せに暮らしていくことが、俺にできる唯一の罪滅ぼしなのだから。

 そんなことを考えているとイネスのしょうゆ豆ジェラートを持ってきた銀ちゃん(俺は味覚がないので白静にあげたらすっごい不満そうな顔をしてた。けど白静が喜ぶ姿にすぐ機嫌を直した)によると大赦が今度神樹様とは別にあなたを信奉する教団を作るのでお言葉が欲しいと言ってきた。

 あいつら、懲りないなぁ。そんなことでご機嫌取りできると思っているなんて。

 そんなことするくらいなら百合小説の1冊でも寄贈しなさいよ。そっちのほうが効果あるぞ。

 しかし大赦との関係を円満にするため、無視するわけにもいかない。

 俺は悩んだ末5つの言葉を書き記し、それを守り乃木銀を巫女として奉るなら教団でもなんでも作ってくれと告げた。

 

 1、大人として子供を守ること。子供にすべて押し付け守られるのは恥と知れ。

 2、虐げられている子供は保護し、敵意を向けてくる存在から守ること。

 3、自分の立身出世や保護のため子供を差し出す、あるいは見捨てる大人は厳しく罰すること。

 4、子供をだまし、利用する大人は厳しく罰すること。

 5、大人とは強く優しく子供を導く存在である。大人たちの背中を見て子供たちは大人に憧れ、自らも大人になるのだ。

 

 うん、どれも大赦に喧嘩売ってる内容だね。

 1、3、4は隠しようもなく大赦が勇者に対して行っていることだし、2は郡千景のことを知っている人間からすればヒヤリとするだろう。

 5は俺の個人的な持論だ。大人とはこういう生き物だとアニメのシンフォギアで学んだことをそのまま書いただけだ。

 これなら誰も入信しないだろう。教団の神様なんて面倒なものなるつもりはない。

 だいたい神さまや教義なんて馬鹿らしい。

 俺にとって1番大事なのは、バーテックス銀ちゃんや勇者部のみんなが幸せに暮らせる世界であること。そのための世界づくりなら全力で頑張るんだけどね。

 結局のところ俺はただ女の子が幸せそうにイチャイチャきゃっきゃうふふしているのを見守りたいだけなんだ。

 さーて、四国付近に発生する星屑の掃討はサーバー星屑に任せて、俺はいつも通り勇者部の女の子を観察するかなー。

 

 

 

 わけのわからない神を信奉する教団に入信する者などいない。

 そう高を括っていた人型バーテックスだったが、意外にも多くの者がこの教義に感銘を受け入信することになる。

 それは大赦のやり方に不満を持っていた者。勇者とはいえ子供を戦わせることに引け目を感じていた大赦でもまだマシな大人たちや勇者の両親たちだった。

 その中には須美や園子、銀の担任だった安芸先生の姿もあり、驚くことになる。

 後に大赦をも脅かす四国の一大勢力となるその教徒は、教団のモチーフである百合の花の名をとって【百合教】と呼ばれた。

 そして崇められる神は勇者をいつくしみ、子供を守護する存在として信仰され、後に百合神様と呼ばれることになる。




 トロフィー【百合神様】を獲得しました。
 トロフィー【考えうる限りの最良の結末(ベストグッドエンド)】を獲得しました。
 トロフィー【天の神と(性癖)を通わせたモノ】を獲得しました。
 トロフィー【最後まで百合厨を貫いたもの】を獲得しました。

 実績:<バーテックス銀ちゃん誕生>を獲得しました。
 実績:<わすゆ組全員生還>を獲得しました。
 実績:<12星座級全員完食>を獲得しました。
 実績:<13番目の星座級>を獲得しました。

 以上でわすゆルートは終了となります。
 最後まで読んでいただきありがとうございました。


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最悪中の最悪(ファンブル)

(+皿+)4話のしまむらがイケメンムーブすぎて惚れそう。
 これには安達もキュンキュンですわぁ。
 安達としまむらはいいぞ

 ゆゆゆルート開拓に当たり、【残酷な描写】タグを追加しました。
 わすゆルートはサイコロの目の6を連続で出し続けたルート。
 ゆゆゆルートは出せなかったルートです。

 忘れた人のための3行でわかるあらすじ。
 3体の星座級出現にわっしー序盤で戦線離脱。
 園子負傷で動けず。最悪な戦況にぴっかーんと閃けない。
 銀ちゃん1人で蟹座、獅子座、射手座に挑む! 間に合うか主人公(星屑)


 たどり着いた時には、すべてが終わっていた。

 燃え尽きた樹海。真っ黒に焦げた木の根。そして、人の生の気配がない空間。

 嘘だ。

 これはきっと、悪い夢だ。

 俺の身体にないはずの心音がうるさい。目がかすみ、まともに前が見られない。

 こんなこと、現実であるはずがない!

 よろよろと巨大フェルマータから降り、樹海の中をさまよう。

 誰か、いるはずだ。

 須美ちゃん、そのっち、そして銀ちゃん。

 3人のうち、誰かがいなければならないのだ。

 誰か、誰かいないのか?

 樹海の壁に手を突き、身体を支えようとしたが木の根が灰となって砕けた。

 馬鹿か俺は。この状況を見て、まだ気づかないふりをするつもりか?

 俺は、間に合わなかった。

 もう、すべて終わったあとなんだ。銀ちゃんどころか彼女たち3人を守れなかった。

 馬鹿はどっちだ、俺。

 俺は死体を見るまであきらめない。最後まで希望を捨てない!

 そんな自問自答をしながら結界の中を進んでいると、その光景は見えてきた。

 そこにいたのは、キャンサーの6枚の盾で身体をなぶるように切り割かれている、乃木園子だった。

 紫の勇者服はボロボロで、そこから覗く白い肌から出血している。リボンで結んでいた髪は解かれ、長い髪がそのまま垂れていた。

 その姿を見た瞬間、理性は消えていた。

 俺は右手を毒針に変え、キャンサーの体躯を殴る。固い体躯に毒手が刺さるたび毒が送られ、動きが鈍くなっていく。

 何発殴っただろうか。気が付けば毒針に変えた両手がつぶれていた。怒りに任せた結果、拳が壊れるほどの打撃を与えてしまったらしい。

 キャンサーは虫の息だった。俺は園子の身体をヒーリングウォーターで覆うと、顔を巨大化させ体躯を喰らう。

 幸いにも息はあった。かなり危険な状態だが、生きてはいるようだ。

 他の2人も探そうと俺はさらに結界の奥へ向かい――見てしまった。

 赤い勇者服。斧を持った手と千切れた腕。ハリネズミのように刺さった無数の矢。

 そして、口を開けたまま動かない三ノ輪銀。

 ああ、間に合わなかったのか。

 それだけが、はっきりとわかってしまった。

 真っ黒になった樹海の地面に手を突き、くやしさから固く握る。神樹の根が手の中で灰になり地面へとこぼれていく。

 ここまで樹海を焼きつくした炎に、精霊バリアもない普通の子供が耐えられるわけがない。 

 身体を樹海にうずめ、無力さに打ちひしがれている俺にサジタリウスが放った無数の矢が迫る。

 だがキャンサーを取り込んだ俺の身体はそれをはじき、サジタリウス自身にその矢を返す。

 予想外の出来事にサジタリウスは瞠目(どうもく)し、矢が刺さった痛みに苦しんでいる。

 その姿に俺は知らず笑ってしまった。

 この程度で痛がっているのか。銀ちゃんはそれを耐えてお前らに挑んだというのに。

 俺は虚空からみずしゅりけんを4つ作り出し、リブラの能力で回転数を上げて水のワイヤーを使って放つ。

 あっという間にサジタリウスは切り裂かれた。2つある御霊を残し、俺は何度も何度もその体躯を切り刻む。完全な八つ当たりだ。

 顔を巨大化してひとのみにする。味はサプリっぽいというか、駄菓子のラムネ、ヨーグレットみたいな感じがした。

 俺は弁慶の立ち往生状態の銀ちゃんに近づき、その様子をしっかり見る。

 原作より、大分酷い。かなり重度のやけどが身体を覆っていて、人間の医療技術ではまず助かることはないだろう。ヒーリングウォーターでも後遺症なく治せるかどうか。

 いや、俺があきらめてどうする。人間の技術ではダメでもバーテックスの力なら。

 急いで銀ちゃんとその腕をヒーリングウォーターの水球で包む。しゅわしゅわと炭酸がはじけるような音をして、やけどの治療を開始していた。

 水球に手を突っ込み銀ちゃんの勇者服を探ると、スマホが出てきた。銀ちゃんはボロボロなのにこいつは傷ひとつない。

 思わず地面にたたきつけようとして…すんでのところで思いとどまる。

 これがないと、須美ちゃんとそのっちが最後の戦いで死んでしまう。それに三好夏凛が勇者となる未来も訪れない。

 俺は水球をここまで乗ってきたフェルマータにアジトにしているデブリに運ぶように頼み、キャンサーとサジタリウスの御霊を水のワイヤーで包みそのっちの元へ向かう。

 そのっちの負傷はだいぶマシになっていた。出血は止まりキャンサーによる切り傷も消えて、呼吸も安定している。

 これなら四国にある人間の病院でも治療できるだろう。

 俺は銀ちゃんのスマホをそのっちの胸の上に置き、姿が見えない須美ちゃんを探しに行こうと結界の奥に行こうとして――踏み出した右足ごと体半分が消し飛んだ。

 

 

 

 乃木園子は見ていた。

 身体は動かなかったが、意識だけはあった。人型のバーテックスが蟹座のバーテックスを丸呑みして食っていた時も、自分の傷を癒す不思議な水で覆っていた時も。

 そして見たこともないバーテックスが親友である三ノ輪銀の死体を水球に入れて運んでいるのも見ていた。

(やめて! ミノさんを連れて行かないで!!)

 心の中で必死に叫ぶ。だが身体は動いてくれず、言葉は声にならない。

 銀が蟹座のバーテックスに向かった後を追うように園子も向かい、3体のバーテックスと対峙した。

 結果、それが最悪の展開を引き起こしてしまう。

 蟹座のバーテックスとほぼ互角の戦いをしていた銀が戦場に現れた園子に意識を取られた瞬間、獅子座の火球と射手座の放つ無数の矢が銀を襲ったのである。

 よけきれない。だがガードはできる攻撃ではあっただろう。

 足を負傷した園子をかばわなければ。

 銀は前に立ち、身体を焼かれ、無数の矢から園子を守る盾となった。

 その隙を見逃さず、蟹座が武器にもなる6つの盾を振り上げ、銀の腕を切断する。

 園子は思う。わたしのせいで。

 わたしが、足手まといの自分が戦いに乱入したせいで、ミノさんは死んでしまった。

 気が付くと、蟹座に身体を切り刻まれていた。お気に入りのリボンはいつの間にか解け、髪が重力に引かれているのを感じる。

 そこからは記憶があいまいだ。

 銀が見たことのないバーテックスに連れさられた。人型のバーテックスが蟹座を倒して食べた。人型のバーテックスの身体が半分消し飛んだ。白い仮面をかぶった人間だと思ったら顔が星屑だった。獅子座を人型のバーテックスが結界の外に押し出した。人型のバーテックスが銀のスマホを自分の胸に置いた。人型のバーテックスが自分を水球で覆い、傷を治してくれた。

 時系列がバラバラで、整合性のない記憶だった。医師の話によるとそういうことはよくあるらしい。

 幸いにもというか園子の怪我は軽傷で、須美より1日早く退院できた。あの人型のバーテックスがやけどや傷を治してくれたおかげだろう。

 だが、なぜ敵であるバーテックスが自分を治してくれたのか。なぜ同じバーテックス同士で争っていたのか。

 自室で考えに考え、思索に没頭する。 

「そのっち、入るわよ?」

 須美が園子の家を訪ねたのは、そんな時だった。

 銀の告別式を明日に控え、応急処置だけしてもらい退院したのだ。

 病室を訪れた乃木家の両親から園子が部屋にこもったまま食事もとらずふさぎ込んでいると聞いて居ても立っても居られず部屋に訪問した。

 あの戦いで自分が1番足手まといだった。そのせいで銀は死んでしまい、園子も怪我を負ったと聞く。

 樹海でのことはすぐ気絶してしまったのでおぼえていないが、自分を守り、銀を目の前で失った園子の傷心は察するに余りある。

 せめて自分に何かできないか。そう考え園子に会いに行くのは必然だった。

「そのっち?」

 部屋の中は、静かだった。

 明かりもついていない。子供の1人部屋には広すぎる空間が今はどこか寒々しい。

 足を踏み出すと、つま先に何かが当たり須美が拾う。

 それはビリビリに破れていたが、以前園子に見せてもらったバーテックスとの戦闘や戦略について記載していた『そのこのせんりゃくのーと』の切れ端だった。

「ちがう、ちがう。これじゃダメ」

 そんな時だった。部屋の奥から声が聞こえてきたのは。

 須美は固くなったつばを飲み、そちらに向かう。

 そこには、園子がいた。

 手にペンを持ち、周囲には何枚もの紙が丸まって転がっている。

「これじゃわっしーが死んじゃう。蟹座の装甲の高さを考えて敵が先行させてきたなら、それを逆に利用して…でもそうすると」

 園子はブツブツ言いながら、手元の紙に様々なことを描き込んでいる。

 見るとそこに描かれていたのは樹海らしき地図。その上に今回襲来したといわれる獅子座、蟹座、射手座を簡略した駒と銀と園子、そして須美に人と書かれた駒が配置されていた。 

「考えるんだ。ミノさんを生かして、わっしーも一緒に帰る方法を。あのイレギュラーな人型バーテックスが何を考えてわたしの傷を癒し、獅子座を樹海から追い出したのかを」

 須美は戦慄した。

 園子にとって、あの戦いはまだ終わっていない。今も続いているのである。

 どうやれば銀を助けられたか寝食を忘れて考え、今も答えを出せずにいるのだ。

 それはとても痛々しく、見ているのもつらい姿だ。

「そのっち!」

 思わず園子を抱きしめる。園子の焦点がぶれ、須美がいるのに初めて気づいたようだった。

「わっ、しー…?」

「馬鹿、そのっちの馬鹿」

 こんなになるまで考えて、こんなになるまで追い詰められて。

 1番最初にやられて戦線離脱した自分が、情けない。

「そんなに思いつめないで。あなたが身体を壊したら、銀も悲しむわ」

「でも、わたし。ミノさんに作戦を訊かれて、答えられなかった。わたしがもっといい作戦を思いついていれば、ミノさんは」

 それは、どれほどの絶望だろう。

 自分に置き換えて考えてみても想像できない。ひょっとしたら自分が彼女を殺したと考えるかもしれない。

 目の前の親友のように。

「とりあえず、何か食べましょう? 明日は告別式なんだから、そんな顔をしていたら銀も安心できないわ」

「告別、式? 誰の?」

 しまった、と須美は思った。

 ひょっとしたら園子はまだ銀の死を受け入れられていないのではないか。

 そんな相手に告別式の話をするなんて、自分は何て馬鹿なんだろう。

「食べる、安心。むしろ戦わせて…狙ってた? 最初から? 私を治したのもまだ利用価値があるから」

 そんな須美の気持ちを知ってか知らずか、園子はまだペンを紙に走らせ、勇者とバーテックスを模した駒を動かし続けている。

 やがて、パチリと音を立てて駒を置き終えた園子が、にっこりと笑った。

「そっか。そうだったんだー」

 どれくらいの間水を飲んでいないのか、声は枯れていた。

 ただ死んだ魚のように光のない瞳に、須美は知らず園子から離れていた。

 それは、親友が今まで1度も見せたことのない、気味が悪い表情だ。

「全部わかっちゃった。なんであいつがミノさんを連れて行ったのか。敵のはずのわたしを治したのか。バーテックス同士で争っていたのか」

 今までの先日の戦闘に対する執着は、すっかり消えていた。

 どこか晴れ晴れしい気持ちが園子を満たす。

「ねえ、わっしー」

 声を掛けられ、須美は一瞬返事をするのをためらった。何かとても嫌な予感がする。

「どうしたの、そのっち」

 にっこりと笑顔で、楽しいことを思いついた時のように、園子は言う。

「これから、わたしたちでバーテックスを全部倒して、ミノさんを取り戻そうね」

 バーテックスを全部倒す。

 それは勇者にとって当たり前で、言葉にする必要もないはずのことだ。

 しかし、銀を取り戻すとは? いったい何を考えているのか。

 須美は目の前の親友の言葉に言いようのない不安を感じていた。




 闇(病み)そのっち爆誕。
 原作と違って意識がある中銀ちゃんの「またね」を見送って目の前で死んじゃうのを見たと思ったら、そうなるよね。
 大赦の大人への不信感から誰にも頼れず、親友を救えなかった罪悪感でそのっちのメンタルはボロボロだぁ。
 主人公(星屑)に対する勘違いから悲劇へのカウントダウンは加速していきます。


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怪奇! 大橋に現れる腕だけ幽霊

 前回のあらすじ
 (+皿+)マモレナカッタ…
 (+皿+)蟹座モグモグ。
 (+皿+)射手座モグモグ。
 レオビーム サラサラ:::::皿+)


 危なかった。

 俺はどうにか結界内からレオを押し出し、須美ちゃんとそのっちの2人が四国へ戻るのを確認した時のことを思い出し、自分のうかつさを呪う。

 あの時2体いる星座級を倒したことで気が緩み、須美ちゃんの無事を確認するのは気が早すぎた。原作にはいなかったレオのことをもっと気にかけるべきだったのだ。

 おかげでレオの不意打ちの熱光線で身体半分蒸発し、回復するのに御霊付近にいた巨大化した星屑6体を消費する羽目になった。

 しかもサジタリウスとキャンサーの御霊も焼き尽くされて消滅したし、後から来たアタッカ・バッソとカデンツァはレオの火球で焼き尽くされるわ、レオ本体にも逃げられるわと踏んだり蹴ったり。

 考えてみれば勇者を巻き込まず最大戦力をぶつけられる好機をみすみす逃してしまったのだ。この痛手は大きい。

 なにしろレオはわすゆで最後に出てくる星座級の1体。この機会に倒しておけばどれだけ2人の生存率が高くなり満開する回数を抑えることができたか。

 悔やんでも悔やみきれない失敗だ。

 だが銀ちゃんをギリギリ回収できたのだけは幸いだった。

 俺は水球の中で胎児のように丸まりながら傷を癒す姿を見る。

 全身を覆うやけどは、かなりひどい。サジタリウスの矢傷やキャンサーが残した切り傷は何とかなりそうだが、こちらのほうは完全回復が難しいかもしれない。

 いっそのこと、精霊の完全変態のように1度ドロドロに溶かして、元の形に戻してしまえば…。

 一瞬思い浮かんだ恐ろしい考えを、すぐ否定する。

 ヤバいな。実験のせいで生命の尊厳とか倫理に関するハードルが低くなってきてる。

 たとえそれで新しく五体満足の銀ちゃんを作ったとしても、それは銀ちゃんの姿をしたなにかだ。

 何らかの方法で新しい肉体に銀ちゃんの記憶を移したとしても、それは元の銀ちゃんとはいえないと思う。

 できることならこの身体を元の状態に戻し、意識を取り戻してほしい。

 さっき考えた新しい身体に銀ちゃんの記憶を移すという方法は、最後の手段にしたい。

 

 ――いっそのこと、勇者である銀ちゃんを取り込めば四国へ入れるんじゃないか?

 

 一瞬思い浮かんだ悪魔のささやきのような考え。

 それはとても魅力的で効率的なものだった。

 四国に入ることができればバーテックスの戦いでしかできなかったサポートを日常まで行うことができる。

 わすゆにとっても続編の結城友奈は勇者であるにとっても、最大のネックはこの世界で最大の権力を持っている大赦だ。

 彼らがもっと勇者のバックアップや精神面でのサポートをしていれば防げた事態もあったはず。

 そのためにもいつかは四国の中へ入りたいと思っていたのだ。

 だが、そのために銀ちゃんを犠牲にするのは断じて違うと確信している。

 今の俺は完全にバーテックスなので四国に近づいただけで結界が発動してしまう。

 結界内の四国に入ろうとすれば樹海が侵食され、最悪世界が滅ぶかもしれない。

 ああ、せめて大橋の勇者の慰霊碑に行くことができれば。

 あそこに行けば、勇者の章最終回で出てきた歴代勇者の源である勇者の力を見つけることができる気がする。

 その力を体表にコーティングすれば神樹は俺を勇者と誤認して四国へ入れるかもしれない。

 実際はやってみなければわからない、希望的観測だが。

 しかしできることなら最終決戦は万全の状態で挑みたい。レオのこともある。

 あの時、最終決戦にしか出てこないはずのレオが出てきたのは物語に対する修正力だと俺は思っている。

 タイムリープものでよくあるどうやってもその出来事を回避できないというアレだ。

 それは物が壊れるという小さなことから、人の死や歴史的大事件であったり。どうやっても変えることができない事態というもの。

 シュタインズ・ゲートにおける椎名まゆりの死という結末を変えるために主人公の岡部倫太郎が何度もタイムリープをして奮闘する姿を思い浮かべてもらえばわかりやすいだろうか。

 岡部がどんなに違う選択肢を選んでも、椎名まゆりの死という決定は変えられない。彼女を救うために彼は何度もタイムリープし何度も選択を迫られるのだが、それはそれとして。

 スコーピオンの代わりにレオが出てきたのは、【三ノ輪銀の死】という物語における絶対の決定(強制イベント)を実行するためだと思っている。

 もし俺がキャンサーも倒していたらアリエスが出ていただろう。サジタリウスを倒していたらピスケスが。

 どうあっても三ノ輪銀を殺そうと、世界(物語)が彼女に襲い掛かってきただろう。

 それにあらがうための力は、俺にはまだない。

 今回の件でそれを思い知った。彼女たちを救うためにはもっともっと力が必要だ。

 それこそ、物語を根本から壊してしまうような。チートじみた力が。

 だから、手に入る力は全部持っておきたい。

 十二星座バーテックス全ての能力や、ことによっては神樹の力や勇者の力も。

 そうして物語の結末を変えなければ、あまりに彼女たちが救われないじゃないか。

 思い浮かんだのは結城友奈は勇者である2期で大橋の慰霊碑の前に焼きそばを備える中学生の乃木園子の姿。

 碑文には三ノ輪銀と刻まれていた。

 あんな未来には絶対にさせない。させるもんか。

 決意した俺は、銀ちゃんの切断された腕の入った水球に近づいた。

 

 

 

 その日の夜7時、南条光、小学6年生11歳はスーパーに夕飯の買い物に出かけていた。

 両親は共働きで今日は家にいない。だが別段ネグレクトをされているということではなかった。

 出勤時間が違うだけでいつもどちらかが家にいるし、休日には家族そろって出かけて外食などもする。どちらかといえば家庭仲は良好だ。

 ただ今日はたまたま両親そろって夜勤で、家には光しかいなかった。

 なんでも急に神樹様に仕えるお役目の偉い人が1人亡くなったので大赦は告別式の準備で忙しく、非番だった2人も駆り出されたらしい。

 何かあっては大変だと丸亀にある祖母の家に泊まりに行ってはどうかと言う心配性の母親に、もう11歳だから1人で留守番できるし大丈夫だと送り出した。

 ちなみに別世界で特撮好きのアイドルをしていそうな名前だが、そういうことはない。

 父親からはサイキョーにかわいいと言われるが顔はいたって普通だと思うし、運動はどちらかというとできないほうだ。光という名前も父親が四国の守護神にあやかってつけたもので、もし男の子だったら光太郎とつけたかったらしい。

 そんな光がスーパーのお惣菜が入ったビニール袋を提げて歩いていると、前方に何か見えた。

 光の家は大橋でも割と郊外のほうにある。車もあまり来ないし、夜すれ違う人もいない。

 ふわふわと何かが浮いている。まばらに立つ街灯の照明に照らされちらっと黒い影が見えたがコウモリではない。スピードや動きも違うし、大きさがまず違う。

 興味を持った光は近くで見ようとして…ぎょっとした。

 それは、人間の腕だった。

 人間の腕が宙を浮いて、何かを探すようにさまよっていたのだ。

 思わず夕飯が入っていたビニール袋を落とすと、音に気付いたのか人間の腕がこちらを向いたような気がした。

 こわい、こわい、こわい。

 慌てて背を向け逃げる光に、宙を浮かぶ腕が迫る。急ぐあまり足がもつれ、こけてしまった光はそれでも逃げようとして……いつの間にか目の前に現れた人の腕を見て意識を失った。

 

 

 

 銀ちゃんの腕に星屑の体躯を圧縮して注入し、四国へ入るという俺の試みは成功した。

 バーテックスの肉体は結界に入れないが、勇者の身体は入れる。ならば外側だけ勇者の身体をまとえばぎりぎりOKなのではないか。

 そう考えて試してみたが、大丈夫だったようだ。神樹の結界の判定って割とガバガバだな。

 勇者を取り込むのではなく、逆に自分が勇者の中に入る。逆転の発想だ。

 閃いたのは偶然。大橋の慰霊碑がある場所ってF〇4のクリスタルルームに似てるなぁという思いつきからだった。

 そこから手だけで動く敵役のゴルベーザーを連想し、銀ちゃんの切り飛ばされた腕を見て「あれ? これイケんじゃね?」と試してみた結果、見事成功した。

 この腕は後で銀ちゃん本体とくっつけようと思っていたのだが、ごめんね銀ちゃん。あとでどうにかして別の方法で再生させるから。

 しかしこうやって宙に浮く姿はゴルベーザーというよりむしろ仮面〇イダーオーズのアンクみたいだな。

 あちらと違ってメダルはもっていないし、アイスも別に好物というわけではないんだが。

 しかし、四国へ入ったはいいが俺は重要なことを見落としていたことに気づく。

 大橋の勇者の慰霊碑ってどこにあるんだっけ?

 考えてみれば人間世界の地理って全然わかんないや。ずっと壁の外にいたから当たり前なんだけど。

 どこかなー。どこにあるのかなーとさまよっていたら、すっかり夜になってしまった。

 人間に見つかる可能性を考えてなるべく隠れながら探していたんだけど、こうなるともう普通に浮いて地図のある場所探したほうがいいな。

 そう思って住宅地に入った瞬間だった。人に見つかったのは。

 見たところ小学生か中学生くらいの少女だった。俺を見て顔を蒼くしている。

 まぁ、普通そういう反応するよね。俺だって夜中に宙を浮く腕を見つけたらそうなると思う。

 手に持っていたビニール袋を置き去りにして逃げようとしているが、足がもつれてこけていた。

 その時履いていたスカートが派手にめくれて中身が見える。あ、パンツ白。

 大丈夫かなーと思わず近寄ると、俺を見て気絶してしまう。ごめん、今のトドメだったね。

 うーむ。どうすべきか。このまま放置はまずいよなぁ。

 引っ張って運ぼうにも片腕だし、そもそもこの娘の家知らないし。俺が一緒に行ったら家族が驚くよな。

 待てよ、今の俺はゴルベーザーというよりアンク。

 だったら、この娘の身体乗っとれるんじゃね?

 試してみたら、できてしまった。しかもこの娘の記憶もわかる。

 どうやらこの娘は南条光というらしい。どこかで特撮大好きなアイドルやってそうな名前だな。

 一人っ子で両親は大赦で働いているのか。で、今日は銀ちゃんの告別式の準備のために駆り出されたと。

 大赦め、ちゃんと死亡確認しようともしないで告別式しやがって…。まだ生きているっつーの。

 記憶を探ると、大橋の慰霊碑がある場所はすぐわかった。どうやらここからそう遠くない場所にあるらしい。

 腕だけの状態のまま行くより、この身体のほうが怪しまれにくいか。

 子供だけで夜に勇者の慰霊碑を訪れるのも相当怪しいとは思うが、腕だけよりましだろう。

 ごめんね、光ちゃん。この身体しばらく借りるよ。

 落とした夕飯が入ったビニール袋を拾い、大橋の慰霊碑へと向かう。

 警備は…いないな。門は閉じているがこれくらいなら。

 俺は光ちゃんから分離し、門を飛び越えて慰霊碑がある奥へ向かう。

 思った通り、勇者の力が満ち溢れているな。ここからでもピリピリするのを感じる。

 慰霊碑に勇者の力が満ちているという俺の推測は当たっていた。もし空気みたいに四国中に霧散していたら回収作業が大変だったから正直助かった。

 英霊碑にたどり着くと、そこには白鳥、赤嶺、土居、伊予島や高嶋などゆゆゆいで見知った苗字が刻み込まれた石碑があった。(こおり)と弥勒の名は…やはりないか。おのれ大赦。

 見ると1カ所だけ新しい場所があり、そこには【三ノ輪 銀】と彫られた石碑があった。

 これ、昨日今日で用意できるものじゃないよね? さては前々から用意してやがったな!

 おそらく須美ちゃんやそのっちの慰霊碑も用意してあるんだろう。大赦のこういう手回しの良さには怒りがわいてくる。

 決めた。もし身体が全身この世界に入れるようになったら、まず大赦の上層部は潰そう。

 光ちゃんの両親みたいに普通に大赦で働く人もいるから、線引きはしないといけないけどな。

 そう思いながらどの石碑を削って持ち帰ろうかと品定めしていると、突如光が俺を照らす。

「誰だ⁉」

 しまった。見張りはいなかったが警備員はいたのか。

 俺は急いで石碑に隠れるが、相手はこちらに近づいてくる。完全に見つかってしまったようだ。

 くそ、こうなったらやってやれだ。

 俺は近くまでやってきた警備員の顔に貼りつき、口をふさぐ。

 突如現れた腕だけの不審者に警備員は面喰らい、抵抗していたがやがて力を失い気絶した。

 ふぅ、危なかった。

 ついでだしこの警備員の身体を借りて石碑を削らせてもらおう。片腕だけだとどうしてもやりにくいし。

 こうして俺は英霊碑から勇者の力のかけらを手に入れ、壁の外へ持ち出すことに成功した。

 あ、もちろん警備員の人の身体は詰め所に戻したし、光ちゃんもちゃんと家へ帰したぞ。

 その時ついでにちょっと夕飯もごちそうになった。本編のアンクと同じくバーテックスは味覚がなくても身体が人間なら味を感じることができるらしい。久しぶりの人間らしい食事を楽しませてもらった。

 ちなみに俺は知らなかったがその後もちょくちょく勇者の力を宿した英霊碑を削るため警備員の身体を借りていたら仕事中に意識を失うことを気味悪がり、多数の警備員が辞めたそうだ。

 事態を重く見た大赦だったが場所が場所で自分たちも心当たりがあるだけに表立って動くことはできなかったらしい。

 結果、多くの警備員を配置しても辞める者が続出し、大橋の慰霊碑がある場所は大赦を含め一般にもいわくつきの場所と知られることになる。

 後にこのことが【自分の身体を求めさまよう腕】として大橋で語り継がれ、2年後おばけが苦手な勇者部部長の耳に入り恐怖のどん底に落とすことになるのだが。

 それはまた、別のお話。




 今回のモブ

 南条光
 父親は特撮好き。両親そろって大赦で働いているが、子供を神樹にいけにえとして差し出すような大赦のやり方には疑問を持っている。
 容姿は公式でレベルが高いと表記されている讃州中学モブレベル。夕飯のメニューは焼肉弁当と赤飯おにぎりでした。
 最初は自分の不思議体験を誰にも話せなかったが、後に自分以外も同じような体験をしたと知り、噂として尾ひれをちょっとつけた【自分の身体を求めさまよう腕】の怪談が女子を中心に四国中に広まることになる。
 ちなみに腕と出会った人間の共通点として、なぜか次目を覚ますと外にいたはずなのに自室で夕飯を食べ終えた後という共通点がある。

 警備員
 普通に働いていただけなのに職を失った可哀そうな人。
 大赦職員ではなく、一般の警備会社の社員だった。
 幽霊の腕が現れた後英霊碑が削られたと明確にわかってからは大赦職員が警備をすることになったが辞退するものが続出し、結局その後は警備を置くことなく無人となったという。



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ズッ友を返せ! VS乃木園子

 あらすじ
(+皿+)つまり蠍座を倒したのに蟹座と射手座と獅子座が出てきたのは、物語の修正力のせいだったんだよ!
ΩΩΩ「な、なんだってー⁉」
わすゆルート星屑「じゃあ銀ちゃんが傷を治したのに眠ったままだったのも?」(以下わすゆ)
ゆゆゆルート星屑「修正力です」(以下ゆゆゆ)
わすゆ「最終決戦前にレオ倒したのに本来出てこない星座級含めて4体出てきたのも?」
ゆゆゆ「修正力です」
わすゆ「星座級全部倒したのに天の神の端末が新たに星座級100体連れてきたのも?」
ゆゆゆ「修正力…え、何その無理ゲー」
わすゆ「最終的に勝ったからよかったものの。おのれ修正力」
ゆゆゆ「勝ったのかよ!?」



 ■■のバーテックスが■■さんを連れ去ったって言っても誰も信じてくれなかった。

 ■■の大人も、■■先生も、わっしーも。

 だから、わたしがどうにかするしかないんだ。

 わたしだけが、■■さんを助けられるんだ。

 

 ~大赦検閲済み~

 

 

 

 神歴298年。7月12日。

 今までの続いていた快晴が嘘のような曇天で、ぽつぽつと雨が降り始めている。

 その日、三ノ輪銀の国葬が行われた。

 葬儀には親戚や家族のほかにも、彼女のクラスメイトや親友である須美や園子も出席している。

 葬儀は大赦の人間が取り仕切り、銀が四国へ帰ってこなくなってたった2日で用意してしまった。

「ミノさんは生きてる! あの人型のバーテックスが見たことのないバーテックスに乗せてさらっていったの!! わたし、見たんだから」

 須美は病室で必死に園子が叫んでいた姿を思い出す。銀が死亡したと告げる大赦の仮面をかぶった大人につかみかかり、叫ぶように言っていた。

 気絶から目が覚め、耳と視界から飛び込んできた情報に驚く。銀が死亡したということよりもそれを認めず普段のほんわかした雰囲気が嘘のように鬼気迫る彼女の姿が、痛々しかった。

「そのっち」

「わっしー! わっしーも言ってよ、ミノさんは生きてるって! わたしが四国の外へ行って、必ず連れ戻してくるから」

 この時、嘘でもうんと言うべきだったと須美は後に思う。

「そのっち、私はそのっちが言うならそれを信じるわ」

「わっしー!」

「でも、もし銀がそのバーテックスに連れられて四国の外へ行ったとしたら…残念だけど、もう」

 顔を伏せた須美を見る瞳孔が、一瞬信じられないものを見たというように小さくなった。

「え…っ」

「四国の外は、人間が住めないウイルスが蔓延(まんえん)している世界なのよ。バーテックスならともかく、人間の銀は耐えられないと思う」

「わっしー? なに言って」

 そうすれば、あの絶望に染まった顔を見ることはなかったのに。

「そのっち。認めたくないのはわかるけど……銀は、その人の言う通りもうこの世にはいないんだと思う」

 からん、と仮面が落ちる音がした。

 園子は脱力し、その場に尻もちをつく。須美は痛む身体を動かし、園子の元へ向かい抱きしめた。

「お役目をしていれば、こういう時がいつか来ると思ってた。でも、私たちはうまく行き過ぎてたの」

 集中すれば、蚊の鳴くような声で「ちがう、ちがうよわっしー」と喉を振り絞って叫んでいた彼女の言葉を聞き逃さなかったはずだ。

「あなたが信じられない気持ちもわかる。でも今回何もできなくて、すぐ気絶しちゃった私が…悔しくないわけないでしょう」

 あの時は自分のふがいなさでいっぱいで、本当に親友を思いやることができなかった。

「でも、大赦の大人が言うなら(・・・・・・・・・)きっとそうなのよ。銀は、残念だけど」

(わっしー)

 須美を呼ぶ声は、ついに言葉にならないほど小さくなっていた。

「三ノ輪銀は、神樹様の元へ行ってしまったの」

 2年後、この記憶を1度失い、その後取り戻した須美は後悔する。

 私が彼女を狂わせてしまったのだと。

 

 

 葬儀はつつがなく行われた。

 参加したクラスメイトや同じ学園の子の中には涙を流すものが多数いて、彼女の優しい人柄がうかがえる。

 本当に、いい子だった。だがいい子だからこそ、神樹様の元へ送られてしまったのか。

 大赦の職員でもある安芸は、須美と園子を車に乗せて式場から家へ送ることになった。

 こういう時こそ大人である自分が彼女たちを支えるべきだとわかっている。

 だが、なんと声をかけたものか。

「ねぇ、安芸先生」

 迷っていると、後ろの席に乗っていた乃木園子が自分に声をかけてきた。

 何ですか? とつい大赦職員のように返事しそうになって思い直す。

「なに、乃木さん」

 今彼女たちが求めているのは、大赦職員の安芸ではなく担任の安芸先生(・・・・・・・)だ。

 だったら自分はそれを演じよう。彼女たちがそれで少しでも楽になるのなら。

「先生も、わたしがミノさんが連れ去られたって言ったの嘘だと思ってる?」

 だが、そうはできない質問が飛んできた。

 先生なら「そんなことはない」と答えただろう。だが、自分は大赦の職員だった。

 大赦の決定を覆すような答えを出すわけにはいかない。

 悩んだ末、結局一番卑怯な答え、沈黙を選ぶ。

 情けない。私は何て情けない大人なんだ。

 子供がこんなになっているのに、慰めの言葉すらかけられないなんて。

「そっか。ごめんね、変なことを聞いて」

 いつまでも返事がないことに事情を察したのか、園子が謝罪の言葉を告げる。

 聡い子だ。乃木という家に名家に生まれ、子供よりも大人に囲まれて過ごしてきた時間のほうが多い。色々と相手を(おもんばか)ることができるのだろう。

 違う、謝るのは自分のほうだ。

 本当の教育者なら立場など捨てて彼女のためになることをすべきなのだ。

 そんなことすらできない自分は、きっと大人失格なのだろう。

 自己嫌悪に陥り、それでもなにか彼女にかけられる言葉はないのか。

 そう思った安芸が口を開こうとした瞬間、2人のスマホのアラームが鳴った。

「樹海化警報、だね」

 なにもこんな時に来なくても。

 最悪のタイミングで襲来したバーテックスに、思わずそう叫びたい衝動が胸を突いた。

 彼女たちは弱っている。身体も、心も。

 まだ戦うには時間が必要なのだ。傷が癒える時間が。

 だが、バーテックスは待ってくれない。彼女たちが立ち直る時間さえ与えてくれないのだ。

「わっしーは休んでて。傷、まだ治ってないんでしょ?」

「大丈夫。やれるわそのっち」

 しかし、彼女たちは強かった。親友を失った痛みを抱えたまま、戦いに向かおうとしている。

 こんな子供たちを利用している大赦は、そんな組織にいる自分は何て汚らわしい存在なのだろう。

 安芸は今すぐ2人を抱きしめ、逃げようと本気で思った。そんな役目など捨て去り、生きてくれと言うべきだと心の中ではわかっている。

 だが、それをすれば四国にいる人間はみんな死んでしまう。

 結局、自分は彼女たちの担任ではなく、どこまでいっても大赦の人間なのだ。

「神樹様の勇者に、ご武運を」

 神樹様の結界に向かう2人に、結局それだけしか言えなかった。

 

 

 

 神樹の結界に乙女座(ヴァルゴ・バーテックス)が向かったというサーバー星屑からの報告を受けて、俺は行動を開始した。

 巨大フェルマータをフェルマータ・アルタにランクアップし、6体のアタッカもバッソからアルタへと上位体に変化させた。

 前回の失敗を生かし、カデンツァやタチェットなどの移動速度の遅いバーテックスをけん引するためのフェルマータを複数用意し、40体以上に増えた精霊も事前に融合しておく。

 今回は結界から出てきたヴァルゴを倒して食べるだけだが、前回のように不測の事態が起こらないとも限らない。用意は万全にしたほうがいいだろう。

 そしてその心配はすぐに的中することになる。

 結界から出てきたヴァルゴには、あまり目立った傷はなかった。

 当然か。銀ちゃんがいなくなったうえに須美ちゃんの負傷は治せなかったんだ。そのっちだけでは荷が重かっただろう。

 俺はリブラとアクエリアスの能力を使ってヴァルゴの周囲に真空の空間と水の防御壁を作り出す。

 もしヴァルゴが抵抗して爆弾をばらまいても爆発させず、爆発したとしても被害がこちらに向かわないように水の防壁を作り出したのだ。

 それからサジタリウスの能力を使ってヴァルゴが知覚できない距離から強力な一撃を放つ。光の矢は確実にヴァルゴの脳天を打ち抜き、赤い空間をどこまでも飛んでいく。

 仕留めたか。俺はヴァルゴに近づくと顔を巨大化させひとのみにする。

 味は、桜餅、いやストロベリーアイス? 道明寺にサクランボの駄菓子とピンク色した食べ物の味がした。

 これで残るバーテックスはレオ、ピスケス、アリエスにジェミニとタウラスの5匹か。

 ヴァルゴを食べたことで爆弾を作る能力を手に入れた。スコーピオンとカプリコンの能力を組み合わせて毒ガス爆弾とかも作れそうだな。

 ピスケス、ジェミニ、タウラスに関しては攻略法を考えている。心配なのはレオとアリエスだけか。

 そう思っていた時だった。

 乃木園子が神樹の結界を飛び越えて、壁の外にいる俺に襲い掛かってきたのは。

 あまりに突然であり得ない出来事に、反応が遅れる。

 壁の外は未知のウイルスが蔓延しているとこの時はまだ思っているはずだ。

 だから最終決戦で偶然にも壁の外に出るまで、乃木園子が結界から出てくることは、本来ならあり得ない。

 だが、そんなありえない存在が自分に向かって武器である槍を突き刺していた。

「返せ」

 動揺している俺のことなどお構いなしに、乃木園子の持つ槍が深々と俺の腹に突き刺さる。

「わたしの友達を、ミノさんを! 返せバーテックス!!」

 自分に向けられるあまりに強い殺意と敵意に、俺は困惑する。

 これは、本当に乃木園子なのか?

 ほわほわでお昼寝大好きで、イベント大好きなムードメーカーで。文才があって天才肌で。でも人とはちょっと違うことを気にしていたりする。

 そして誰よりも友達を大切にしている少女。

 そんな少女が、鬼神のような恐ろしい顔で俺を見ている。

 っく⁉

 鋭い痛みが走った。どうやら突き刺した槍をひねり抜いたらしい。

 彼女が槍を振るったと思ったら、今度は足に激痛が走った。

 どれも致命傷ではない。が、勇者の武器のせいか神樹の体液を取り込んだようにピリピリする。

「お前があの乙女座を食べるために結界に近づくのはわかってた」

 こちらが困惑していると、そのっちがそんなことを言っていた。

「お前は多分、最初から、それが狙いだったんでしょう? わたしたちとバーテックスを戦わせて、弱った巨大バーテックスを自分が食べる」

 ちょっと待って。彼女は何を言っているんだ?

「そうやって、どんどん強くなっていった。蟹座や射手座のバーテックスを丸呑みできるくらい」

 理解が追い付かない。いや、本当は理解している。

「あの時射手座や蟹座から出た何かを縛ってた水の紐みたいなもの。あれは水瓶座の能力だよね。多分他の巨大バーテックスの能力も使えるんでしょう?」

 彼女は、彼女はひょっとして。

「わたしの傷を癒したのは、まだ利用価値があったから。他の巨大バーテックスを倒してもらうために、必要な手駒だったから」

 ちがう。それはちがうよそのっち。俺はただ純粋に君たちを助けようと。

「だったら、なんでミノさんをさらったのか」

 武器を構え直したと思ったら、今度は逆側の足を切られていた。

「もう逃がさない。お前を大赦に連れて行って、尋問する。ミノさんの居場所。何を企んでいるのか。他の巨大バーテックスの情報も、全部!」

 ああ、足を両方切ったのは逃がさないためか。

 ようやく認め、思い知った。彼女は完全に俺を敵として見てる。

 それも、謀略をめぐらし自分たちを陥れた最悪の敵と。

 どうしてこうなったのか。俺はただ、銀ちゃんを救って彼女たちが待ち受ける最悪の結末を回避するために動いていたのに。

 いったいどこで間違ったのか。レオが樹海を焼き払う前にたどり着けていれば、話を聞いてくれるだろうか。

 それとも、まだ三ノ輪銀が無事だった時点までさかのぼらないと許されないだろうか。

 いずれにしても今の彼女は頭に血が上っている。俺の言うことなど聞いてくれないだろう。

 だが、だがそれでも。

 俺はコシンプを呼び出し、わずかな可能性に賭ける。

『聞いてくれ、そのっち…いや、乃木園子。俺に敵意はない』

「喋った!? それにわたしの名前」

 動揺はしているが一応聞いてくれているみたいだな。問答無用で来られたら、こちらも実力行使しなければいけなかったが。

『銀ちゃんは無事だ。あのままだと死んでいたが、俺がヒーリングウォーターで治療している』

「ヒーリングウォーターって、水? わたしを治したあの?」

 よし、食いついた。

『そうだ。人間では治せない傷も、俺なら治せる。時間をもらえればあの酷いやけども治してみせる。絶対だ』

「…信じられると思う? バーテックスの言うことを」

 その質問が出たということは、信じたいという気持ちが少しはあるということだ。ここはそこに漬け込む。

『信じてくれ、俺は銀ちゃんを治したい。この残酷な物語の結末を変えたいだけなんだ』

「残酷な物語の結末? あなたがなにを言っているのかわからないよ」

『これからいう話は、信じてもらえないかもしれないが…』

 俺は話した。本来の歴史なら銀ちゃんは3体のバーテックスにやられていたこと。そして俺がそれを防ぐためスコーピオンを倒したこと。

 しかしそれによって本来出てこないはずのレオが登場し、結果的に最悪の事態に陥ったことも。

 そして、須美ちゃんやそのっちが最終決戦で満開し、須美ちゃんは足の機能と記憶を失いそのっちは20回以上満開して全身不随になることも全部。

「へぇ、そうなんだ。すごいね」

 言葉は、どこまでも乾いていた。こちらの言うことなどまるで信じていないのは明白だ。

 だが、それでもいい。このことを聞いて満開することをためらってくれれば俺としては御の字だ。

「で、それであなたに何の得があるの? 話を聞いてると、全部わたしたちのためで、あなたには何の得もないと思うんだけど」

 ? この子は何を言ってるんだ。

 子供がひどい目に合うとわかっているのに、放っておく奴がどこの世界にいるというんだ。

 俺はそれを言おうとして口を開こうとした瞬間、そのっちの槍が眉間を貫いた。

「仮面をかぶったままの相手のことも、信用しない」

 仮面が割れ、星屑丸出しの顔があらわになる。その顔を見てそのっちは息をのみ、

「あなた、ひょっとしてわっしーの前に現れた斥候(せっこう)の…っ」

 顔を攻撃されたことで相手を敵だと認識したのか、複数の精霊が俺の周りに現れる。

 まずい、お前ら戻れ!

 しかし遅かった。突如現れた精霊にそのっちは槍を振るい、数匹の精霊が消滅する。

 その中にはテレパシー能力を持ったコシンプもいた。

「びっくりした。さあ、答えてよ、さっきの質問。貴方は何のために自分の得にもならないことをしてきたの?」

 俺は答えられない。なぜなら彼女と会話する手段を失ったから。

 コシンプ。そして他の精霊型星屑たち。ごめんよ。

 彼女と和解する手段がなくなってしまった。

「答えないってことは、そういうことでいいよね」

 そのっちが槍を振るう。俺はあえてよけなかった。

 胸を貫かれ、しびれるような痛みが身体全体を覆う。だが、親友を失っていると思う彼女のほうが痛いんだ。

「な、何を⁉」

 俺は彼女を抱きしめ、神樹の結界の中へ向かう。中へ入ると須美ちゃんが急に入ってきた俺に向かって矢を向けようとして、腕の中にいるそのっちに気づいた。

「そのっち⁉」

 俺は須美ちゃんに向けてそのっちを放り投げる。多少強引だが、戦いを回避するためにはこうするしかない。

 それから槍を抜き、樹海の地面に突き立てた。これで敵意がないことをわかってもらえればいいが。

「待て、待ってよ! ミノさんは、ミノさんはどこにいるの⁉」

 俺は答えない。答えることができない。

 ただ右手を上げ、背中越しに手を振った。

 そろそろ限界だ。結界の外に出た瞬間、言いようのない気持ち悪さが身体中に広がる。

 これが勇者の武器の効果か。バーテックスには猛毒だな。

 フェルマータを呼び出し、アジトであるデブリに運ぶように指示する。

 最終決戦までに治るといいな。じゃないと、俺が今までやってきたことが…無駄に……。

 そこで俺の意識は途切れた。

 

 

 

 園子はわからなかった。

 なぜあのバーテックスが急に自分を抱きしめたのか。

 なぜ自分の得にもならないことを誰に頼まれたわけでもないのにあの人型バーテックスがやっていたのか。

 考え、自嘲する。どうしてあいつが言ったことが真実だと思うのか。

 きっと全部嘘に決まっている。ミノさんを治しているといったのもこちらの油断を誘うため。もしくは三ノ輪銀にまだ利用価値があるからだ。

 そう考えると、相手の底知れなさが恐ろしくもある。全部計算ずくだとしたら、今度は逆に人型バーテックスを信頼しようとする勇者を演じたほうがいいだろうか。

 思考を巡らす園子を現実に引き戻したのは、須美の平手だった。

「っ!?」

「馬鹿、そのっちの馬鹿!」

 返す手でもう一度頬を叩かれる。

「結界の外に出るなんて、何考えてるの!? もしウイルスにかかってそのっちまで死んじゃったら、私、私…」

「わっしー」

 園子はようやく気付いた。自分の独断専行がもう一人の親友(ズッ友)にどれだけ心配をかけていたかを。

 置いていかれる方の気持ちは、自分が一番知っているはずなのに。

「ごめん。ごめんねわっしー」

「馬鹿! そのっちの馬鹿ぁ」

 わんわん子供のように泣く須美を抱きしめ、園子は思う。

 大丈夫だよ、わっしー。わたしはウイルスになんかかからないから。

 だって、壁の外にはなにもなかったんだから(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 あの赤一色の、バーテックスしかいなかった世界を思い出す。

 やはり大赦は嘘を教えていた。

 四国以外の世界が滅んだのは、ウイルスによるせいではない。おそらくバーテックスが原因だ。

 ということは大赦が教えている歴史も全部嘘ということになる。

 やっぱり、誰も信じちゃいけないんだ。

 目の前にいる、親友以外は。




 その親友も3か月後には…うぅ(涙)

 主人公(星屑)
 1アウト 対話用のコシンプを失った。
 2アウト 園子に信頼してもらえなかった。
 3アウト 人型の身体が勇者の武器を受けて瀕死

 これは…ダメみたいですね


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密約

 あらすじ

園子「ミノさんをどこにやった? 答えてよバーテックス!」
(+皿+)「コシンプをそのっちが斬ったので、答えられません』(聞こえてない)
園子「答えなさい。質問はすでに、拷問に変わっているんだよー」
(+皿+)『ああ、やめて! 足を切ったりお腹刺したりしないで⁉」
園子「次は目だ! 耳だ! 鼻!!」
(+皿+)『どれもありません。星屑なので』
園子「返事しないってことはもっとやってほしいってことかな。じゃあ行くよー」
(+皿+)「やめて!」
 星屑(主人公)、再起不能


 最近そのっちが近い。

 学校でも大赦でも、常に一緒にいるような気がする。

 この間なんて大好きなはずのお昼寝を辞めてまで昼休みにトイレにまでついてきて驚いた。

 学校の先生に所用を頼まれ何も言わず離れてしまった時など校舎中を探そうとして、さすがにやりすぎだと叱る。

 それほど、彼女にとって銀の死はショックだったのだろう。

 自分の目の届くところに須美がいないと不安になってしまうほどに。

 そんな園子の様子に、須美も努めて一緒にいようとした。

 学校の登下校はもちろん、大赦での訓練、園子の部屋での作戦会議、訓練の後に訪れた夏祭りなど。

 その時射的で手に入れた子犬のマスコットは、園子とおそろいで持ち物に着けている。

「じゃあ、わっしー。わたしはこの人たちと話があるから」

 かと思えば、急に大赦の大人たちに連れられてどこかに行ったりする。

 1度ついていこうとしたが、一緒にいた大人に断られてしまった。家柄の格が高いと色々付き合いがあるのだろう。

 あれからしばらくして勇者システムがアップグレードされ、須美と園子に精霊が与えられた。

 精霊は勇者をサポートする存在で、ゆるキャラのような見た目だ。須美の青坊主も割れ目から手と目を覗かせた卵のような姿で、園子の烏天狗はカラス要素が強い。というか、完全に2足歩行のカラスだ。

 たまに勝手に出てきて展示されている帽子をかぶったりと持ち主に似て気分屋というか何をするのかわからない。

 須美の武器も弓から銃へと変わった。今は次の決戦に向けて装填や狙いのつけ方など弓とは違う銃の扱いに四苦八苦しながら戦闘に組み込もうとしている。

「今日は遅くなりそうだけど、そのっち大丈夫かしら」

 大赦の大人に連れられた園子のことを考える。

 何をしているのかは知らないが、最近無理しているように感じる。

 どこがどう、とはっきり言えない。何かを隠しているときのような気まずさというか。

 笑顔もどこかぎこちないし、銀がいないせいか心から笑う機会が少なくなったせいか。

 だが自分に何ができるだろう。 

 銀のように人付き合いが得意なわけではない。どちらかというとまじめでつまらない人間だ。

 こういう時程いなくなってしまった親友の存在の大きさを痛感する。

 もし彼女が戻ってきてくれれば。

 考えて、意味のないことだと思いなおす。銀はもういないのだ。これからは彼女の分まで園子を支えていかないと。

「よーし、やるわよ!」

 須美はスマホをタップしてスカイブルーの勇者服に着替えて、銃を構える。

 意識はもう、目の前の標的へと切り替わっていた。

 

 

 

 

「お願いです乃木様。わたくしに貴方様のお手伝いをさせてください」

 しつこいなぁ本当に。

 目の前で頭を下げる自分の倍以上年の離れた大人に、園子は辟易する。

 銀が姿を消してから、こうやってなんとか勇者である須美や園子に取り入ろうとする手合いが増えてきた。どうやら現勇者の推薦があれば勇者になれると思っているらしい。

 それはかつて勇者候補の1人だった子供の血縁者であったり、大赦で要職に就こうと画策しているものであったりと様々だ。

 なかには神樹館小学校にいる自分の子供を通して接触して来ようとする輩もいるから園子の気は抜けない。下手に須美を1人にしていると付け込まれる可能性があった。

 今、大赦では新しい勇者が誰になるのかという話題で持ちきりだ。

 大赦の訓練施設にかつて勇者候補だった人間が再び集められ、勇者の1枠を巡って訓練をしているらしい。

 1度大赦の大人に連れられて見てみたが、目立っていたのは2人。

 かつて1度手合わせした三好夏凛と楠芽吹という少女だった。

 2人だけ、明らかに他とレベルが違う。おそらくあの2人のうちのどちらかが園子が持ち帰った銀のスマホを受け継ぎ次の勇者となるのだろう。

 しかしそれをわかっていない大人たちはしきりに実力不足の子供を指さし、「アレが自分の娘です。ぜひ乃木様にお口添えをいただければ」と言ってくる。

 この人たちはわかっているのだろうか。たとえ園子が口添えして勇者に選ばれたとしても、戦場から生きて帰ってくるとは限らないのに。

 いや、それでもかまわないのか。この人たちは自分たちが勇者に選ばれた子供の一族として家名を上げたいだけ。子供など自分が出世するための使い捨ての道具としか思っていないのだろう。

 だが、これは園子にとってむしろチャンスだった。

 壁の外の情報を集め、人型バーテックスにさらわれた三ノ輪銀を救出するための方法を探る、一筋の光明ともいえる。

 言い寄る大人に協力するふりをして、壁の外の情報をそれとなく探る。

 大半は大赦の教える歴史を信じているのか、あるいはとぼけているのか何の収穫もない。

 だが、人の口には戸は立てられないというのは本当だ。何人かの大人がつい自分の出世に目がくらみ、大赦でも極秘ともいえる情報を漏らしてくれた。

 防人計画。四国の外へ派遣される、勇者とは別の人類の希望。

 現在はかつて西暦で中国地方と呼ばれた場所への派遣が決まっているらしい。

 防人は1人1人は力が弱いが集団戦を軸として星屑と戦い、各地の土壌サンプルや壁の外の調査を主な任務としていると。

 彼女たちをうまく利用すれば、三ノ輪銀がとらわれている人型バーテックスの足取りやアジトを突き止められるかもしれない。

 そう考えあれこれ探っていると、安芸先生に大赦の偉い人から呼び出されたと告げられる。

 まずい、バレたか?

 しかしそんな心配をおくびにも出さず、園子は言われるままついていった。何も知らない無垢な子供の仮面をかぶったまま。

 たどり着いたのは大赦の奥の奥。最高責任者がいるという座敷だった。

 思わぬ大物が釣れたことに園子は驚愕するが、表情と雰囲気だけはいつものほんわかとしたまま対峙する。

「近頃、派手に動いているようですね」

 御簾の向こうから聞こえてきたのは、凛とした声だった。

 男とも女ともとれる中性的で、汚れを祓う鈴のような声だ。

「何か探っておられるようですが、収穫はありましたか?」

「探っているだなんてとんでもないですー。周りにいる大人が勝手に教えてくれてるだけなんですよー」

 一応目上の存在であるから敬語を使っているが、園子はいざとなれば勇者服に変身して御簾の奥にいる人間を人質に自分の要求を通そうと企んでいた。

「みんな聞いてもないのにいろいろ言ってきて、正直困ってるんよー。大赦の偉い人からも何とか言ってもらえます?」

「き、貴様。いったい誰に向かってそんな口を」

「よい」

 大赦の仮面をかぶった老人が園子のふてぶてしい態度に何か言おうとすると、御簾の向こうから聞こえた声がそれを制した。

「彼女たちは神樹様が選ばれた勇者様。本来ならこちらが敬わなければならぬ身。先ほどの無礼はお許しください」

 よく言うよ、そんなこと全然思っていないくせに。

「別に構わないんよー」とあえて挑発するようにこちらが許してやっているという態度をとると、大赦の仮面をかぶった老人が仮面の上からでもわかるほど顔を赤くしている。

「勇者様のお気をわずらわす存在はわたくしたちが処理しましょう。彼らに聞くよりわたくし共のほうが答えることができると思われますので、なにか気になることがあればぜひお尋ねください」

 なるほど。要はお前が探ろうとしていることをここで言わないと生きて帰れると思うなということか。

 園子は軽く深呼吸する。この答えによっては自分はおろか家族や同じ勇者である須美にまで累が及ぶ。

 できるだけ慎重に、かつ相手の弱点を突かなければ。

「わたしは、ただ壁の外にいるはずの友達を助けに行きたいだけなんです。それなのに誰も壁の外について教えてくれないから」

「壁の外は危険なウイルスが蔓延している場所です。人が住めなくなってどれほどの月日が過ぎたか…」

 へぇ、そういう態度でくるんだ。

 だったらこっちも、用意していた手札を切らせてもらおう。

「ですからお友達のことは残念ですが、あきらめていただきたく」

「あれ? あれあれ? でもおかしいんよー」

 自分でも芝居じみた言動だと思いながら、園子は告げる。

「この前、逃げる乙女座を追いかけて神樹様の結界から出たとき、四国の外は真っ赤な世界が広がっていただけだったんだけどなー」

 その言葉に、大赦の要職にいる人物たちがざわつきだす。

「あれって、わたしの見間違いだったのかなー? 大赦はウイルスが人類を滅ぼしたって言っていたけど、本当はバーテックスが」

「勇者様」

 真実を告げようとする園子の言葉を、御簾の声は静かに遮る。

「それはきっと見間違いでしょう。人類は間違いなく壁の外の未知のウイルスによって死滅したのです。もし、勇者様が壁の外へ行ったとなれば感染しているかもしれません。今すぐ病院を手配いたします」

「いやいや、そんなはずないんよ。わたし、裸眼で両目2,0だし」

「勇者様はお仲間である三ノ輪銀様がお隠れになられて混乱されていたのでしょう。そのような幻覚をみるなど」

 あくまで園子が見た壁の外のことは内緒にしたいらしい。だったらもう1枚のカードを切る。

「じゃあ、防人部隊は壁の外に何しに行くのかなー」

 園子の告げた言葉に、わかりやすく数人の大赦仮面が動揺した。

「壁の外に、人間が住める場所があるか探しに行くんでしょ。なのに銃剣とか盾とか、元勇者候補生とか集める必要はあるのかな?」

「貴様、無礼だぞ! 乃木の娘!」

 たまりかねたのか、大赦の仮面をかぶった老人が園子を恫喝する。

「わたしの名前は乃木園子です。いなくなった友達は三ノ輪銀。貴方たちは、使い捨てにしている子供の名前なんか気にしていないでしょうけど、わたしたちにとっては大事なことなんです」

 芯の通った声だった。子供とは思えない意志の強い瞳に射抜かれて、老人が思わず後ずさる。

「身内が失礼した。勇者様、わたくしどもはあなたたちを決して使い捨ての道具とは」

「あー、もうそういうのいいから」

 園子はついに最後のカードを切ることにした。

「あなたたち大人が子供に隠していることも、大体全部こっちは知ってるんだよ。満開の後遺症のこととか」

 園子が告げた言葉に、隠しきれないざわめきが起こる。

 あのバーテックスの言ったこと、本当だったんだ。だったらミノさんも。

「…それをどこでお知りに?」

 思わず銀のことを考えていた園子を、御簾の向こうの声が引き戻した。

 先ほどとは違い、明らかに不機嫌な声だ。相当まずいところをつつかれたのだろう。

「どこというか、誰というか。人の口に戸は立てられぬっていうし」

「情報管理は徹底しているはずです。漏れることはあり得ない」

 それって、わたしが言ったことが真実だって認めているようなものだよね。大人なのに頭悪いなぁ。

 まあいいや。だったらわたしが言うことは1つ。

「満開の副作用のこと、黙っていたなんてショックだなー。ショックのあまりわたし、次の戦いで満開した状態でうっかり壁を壊しちゃうかも」

 脅しともとれる言葉に、大赦仮面たちがざわめく。

「落ち着きなさい! 勇者様。満開の副作用は一時的なもので、すぐ治ります。わたくしやこの場にいる者すべてが保証いたします」

「信じられると思う? そんな言葉」

 スマホをタップし、蓮の花が舞う。

 そこには新しい白を基調とした勇者服を着た乃木園子の姿があった。

「いままでみんなをずっとだましてきて、申し訳ないとは思わないの? あなたたちを守っていなくなった子供たちに詫びる気持ちはある?」

 槍を構えると、要職にいる大赦仮面たちが我先にと逃げ出した。どうやらここにいる大赦の最高責任者にはその身に変えて守ろうとするほどの人望がないらしい。

「お待ちを! お待ちを勇者様! お怒りはごもっともです。しかし今大赦がなくなれば四国の秩序は、皆の生活が無茶苦茶に」

「あなたたちがいなくなったほうが、世界はきっともっと良くなるよ」

 御簾を切り裂くと、仮面をかぶった大人が情けなく後ずさりしていた。

 こんな奴らを守るために、今まで戦っていたなんて。

 園子は槍を振りかぶりその頭に下ろそうとして…割って入った安芸の目の前で止めた。

「どいて先生。そいつは守る価値がない人間だよ」

「乃木さん、そんなことをしてはだめ。戻れなくなるわ」

 残念ながら、もうとっくに戻るつもりはないんだよね。

 わっしーは怒るだろうけど。全部忘れてくれるならそのほうがいいか。

 園子は槍を突き付けたままにらみつけていたが、やがてそれをしまい変身を解いた。

「今回は先生に免じて引いてあげる。感謝したほうがいいと思うよ」

 大赦の最高責任者は、安芸の裾を掴み泣いている。どうやらよっぽど怖かったらしい。

「でも、見逃す代わりにお願いがあるんよー。もちろん聞いてくれるよね?」

 にっこりと笑う園子の言葉に、大赦の最高責任者は必死に首を縦に振った。

 

 

 

「いやー、先生、さすがの演技力だったんよー。みんな騙されてくれたね」

 大赦での一件から数日後。

 神樹館小学校、放課後のクラスで園子と安芸は向かい合っていた。

「演技って、乃木さんは本気であの人を斬るつもりだったでしょう」

「あ、バレた? さすが先生」

 さらりと殺人を犯す気だったと告げる教え子に、安芸はうすら寒いものを感じる。

「あの人がいなくなったほうが、世の中はよくなると思って」

「仮にそうなったとしてもそれは一時的なものよ。すぐに首が挿げ替えられるわ」

 そう、かつてそうだったように。

 今の最高責任者になって、安芸も今までの大赦とは違う健全な組織になると期待していた時期もあった。

 だが結局何も変わらなかった。子供を神樹に捧げ、自分たちが生き残るのに必死なところも、全部。

 今回園子に協力したのはそんな組織に嫌気がさしたのと、三ノ輪銀の葬儀の日に何もできなかった彼女たちへの負い目からだった。

「でもいいの? 大赦に勤めている私が言うことじゃないけど、あの連中約束守るとは限らないわよ」

「ううん。守るよ絶対」

 そこだけは自信をもって言える。

「何回も満開すれば、それだけ神樹様に近づくってことでしょう? つまり全身が神樹様のパーツになったわたしは神樹様そのもの。まさか神樹様を信仰する大赦がその言葉に従わないわけにはいかないでしょ?」

「乃木さん、あなた…」

 安芸は絶句する。

 これが、たった12歳の少女がする決意だろうか。

 あの場にいた誰よりも、この少女の心には強くて確固たる信念があった。

 安芸は思わずその小さな身体を抱きしめようとして、ためらった。自分のような汚れた存在がこんな尊い志を持った少女に触れていいのだろうか。

「じゃあ先生、わっしーが待ってるからまたね!」

「あっ」

 結局、触れることはできなかった。

 自分はひょっとして彼女にとって最悪な人生を歩ませてしまうのではないか。

 これから彼女がしようとしていることを考えれば、止めておけばよかったと思わない日はないだろう。

 だが、幕は上がってしまった。

 役者は舞台で決められた演目を演じるしかないのだ。

 




 学校での2人
園子「あ、わっしートイレ? わたしも行くー」
須美「ちょっとそのっち。ついてくるのはいいけどそんな大声で言わないで」
女子生徒「あ、鷲尾さん、ちょっとお話が」
園子「シャーッ!」(須美に見えないように威嚇)
女子生徒「ひっ⁉ すみませんでしたー!」
先生「鷲尾さーん、頼みたいことが」
園子「シャーッ!」
先生「…乃木さん、お役目で疲れているんだろうか」
ただの百合女子「乃木さーん、鷲尾さんと付き合ってるのー?」
園子「ビュォオオオオオ!」
百合女子「あら^~」
 だいたいこんな感じ


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バッドエンドのその先へ

 あらすじ
園子「大赦を、つぶす!」
風「2年早いしそれアタシの台詞⁉」


 どうも、星屑(人型)です。

 え、お前そのっちに滅多刺しにされてやられたんじゃないかって? 

 どっこい生きている!

 最近人型に意識を移してばっかりで忘れかけてたけど、俺視界と意識を8分割していたんだよな。

 人型が倒れると視界が7分割になった。どうやら完全に行動不能になったらしい。

 仕方なく残りの7体で人型を食い、勇者の武器の毒で3体ほど倒れた。まぁ、人型には神樹の体液が入っていたからそれが影響したのかもしれんが。

 この機会に他の星屑を共食いし、いざという時のバックアップ用を1体残して2体にする。

 サーバー星屑のおかげで御霊付近や四国の周囲にいる星屑を食う個体を自分自身で操る必要はなくなったからな。もっと早くこうしていればよかった。

 それからは銀ちゃんの腕を使って四国に侵入して英霊碑を削って勇者の力を手に入れたり、それを使って精霊型星屑を強化しようとしたり、強化版人間型星屑に勇者の力をコーティングしようと研究を重ねた。

 新しく生まれた精霊型星屑の中でコシンプを含め意思疎通ができるような能力を持つ精霊はいなかった。これがないと勇者と和解する難易度がけた違いに難しくなるのでもう1度生まれてきてほしいのだが、こればっかりは運任せなので完全にお手上げだ。

 神樹の体液の濃度を高めたり勇者の力を混ぜてみたりといろいろやってみたが駄目だった。この時生まれた精霊は後に役立つことになるのだが、わすゆの最後の決戦にまで実戦で使えるレベルに仕上げることはできなかった。

 そして時間はあっという間に流れ、ついにわすゆの最終決戦の日を迎える。

 

 

 

 レオ、アリエス、ピスケスが神樹の結界へと入ってくのを俺はサーバー星屑の中から見送る。

 前回会った時にそのっちに満開のことは話しておいた。だからそのっちなら須美ちゃんが記憶を失うことになる2度目の満開はさせないだろう。 

 おそらくそのっちが3回満開してレオ、アリエス、ピスケスの3体を倒すはずだ。

 壁の外から結界の中の様子はわからないが、きっとそうなると確信している。

 俺は物語に対する修正力を警戒し、手助けは最小限にすることにした。

 須美ちゃん、もとい東郷さんは車いす生活になるが、結城友奈と仲良くなるきっかけや仲良し要素の1つになるので記憶さえ失わなければ問題ないだろう。

 あとはできるだけそのっちを満開させず、全身不随にさせないようにしなければ。

 俺が介入するタイミングをうかがっていると、そのっちが壁の外へ出た。

 そこにいたのは12体の星座級バーテックス。太陽のように体躯が燃えて揺らめいているがおそらく御霊なしのモドキだ。彼女なら苦戦することはないだろう。

 そう思っていたが、様子がおかしい。

 そのっちは呆然と12体の星座級を見つめるだけで、一向に戦おうとしない。

 もしかして、この状況に絶望している?

 考えてみれば御霊なしの星座級が弱体化しているというのはこの世界ではまだ俺だけしか知らないのか。

 大赦は知っているだろうが、俺が御霊の周囲に星屑を配置して御霊持ちの十二星座が復活するのを阻止しているのは知らないだろう。

 ということは今まで3人で倒してきた星座級を1人で12体倒さなければならないと思っているわけか。それは戦意喪失するのもやむなしだ。

 とはいえこのまま放っておくと自暴自棄になって満開して突撃し、死なばもろともと無茶苦茶に戦いかねない。

 これ以上満開しないためにもそろそろ頃合いか。

 俺は武力介入を開始することにした。アタッカ・アルタを突っ込ませ、敵に注意を向けさせてサジタリウスの超遠距離射撃でアクエリアスとリブラ、キャンサー以外の敵を狙い撃つ。

 ヴァルゴ、カプリコンは殲滅できた。崩れた陣形にゆゆゆいバーテックスを潜り込ませ、防御特化のタチェット・アルタをジェミニの周りに展開させ、近づいてスコーピオンの猛毒を注ぎ込む。

 アクエリアスとリブラはアタカ・アルタの集団がとりあえず殴る。殴り続ける。こいつらは下手に能力を使うより単純な暴力のほうが効果的だ。タウラスはリブラの能力で周囲を真空状態にして攻撃の怪音波を無効化してスコーピオンの毒を流し込んで放置。

 レオ、アリエス、キャンサーはヴァルゴとカプリコンとスコーピオンの能力を複合した毒ガス爆弾を放り込んで周囲を水の壁で囲む。アリエスは切ったり爆発させたらその分増殖するから毒で一切傷つけず倒させてもらう。レオは攻撃が厄介だから水の壁で囲んで毒で弱らせることにした。トドメは多分俺が刺さないといけないな。

 残った奴らは俺が直接相手する。ピスケスは近づいてきたところをリブラの風の刃でなます斬りにし、スコーピオンはみずしゅりけんを6つ作ってワイヤーをつかって切断。

 弱ったジェミニとアリエスは顔を巨大化させて喰らう。あれ? なんかいつもと違うような…。体躯が燃えてるからかな?

 他のバーテックスも弱ってきたところを食らっていく。だが、レオだけは全然弱っている気がしない。何度も火球を繰り出し何重にも展開した水の壁を破壊し続けている。

 仕方ない、これだけは使いたくなかったが。

 俺はヴァルゴとアリエス、アクエリアスの力を使い、とあるものを作る。そして水の壁を解除するとピスケスとジェミニの突進力でレオを押し出し、そのっちに被害が及ばないようにかなり遠くまで運ぶことに成功した。

 水素爆弾。いわゆる水爆や原子爆弾と呼ばれる人類が作った最悪の殺傷兵器だ。

 二重水素、三重水素や重水素という物質もアクエリアスの能力を使えば簡単に作ることができた。これにヴァルゴの爆弾を作る能力を合わせれば思いのほか簡単に作れてしまう。

 こんな能力を持っていれば、そりゃあ簡単に人類も滅ぼせるわな。

 水の壁を何重にも作って爆発を閉じ込めて漏れないようにしたが、衝撃だけは押さえられなかった。

 ビリビリと空気を震わせ、水の防護壁が霧散する。

 クソ、防護壁が足らなかったか。

 リブラの能力で真空状態を作りそのっちや四国のほうに影響が及ばないようにする。バーテックスの身体だから俺は平気とはいえ、人間の彼女たちに後遺症が及ばないように気を付けなければ。

 できれば使いたくなかった兵器だったが、これで…おいおい、嘘だろ。

 レオは生きていた。身体はボロボロだけど、こちらに向かって熱光線を放とうとしている。

 防御、いや、アクエリアスや他の星座級の能力でレーザーを屈折させて…。

 だめだ、間に合わない。

 思わず身を固くした俺だったが、高速で横を通り過ぎた何者かがレオを瞬殺する。

 それは満開状態のそのっちだった。

 俺を助けてくれた?

「ねえ、あなた本当にミノさんを保護してくれてるの?」

 そのっちが武器を収め、こちらに近づいてくる。

「もし前に貴方が言ったことが本当なら、わたしをミノさんのところに連れて行って」

 小さな手が、人外の白い手を握る。

「あなたのことを、信じてみたいの」

 声はすがるようだった。表情には不安がにじみ出ていて、本当に信じていいのか迷っているのがありありとわかる。

 それを見て俺は――

 

 

 

 俺はそのっちをアジトであるデブリに連れていくことにした。

 意思疎通はできないが、水球で治療している銀ちゃんを見れば納得してくれるだろう。

 俺が敵でないことを。むしろ彼女を助けたいと思っていることに。

 そう思い、フェルマータに乗せて連れていく。デブリにつくと見たこともない場所に興味津々といった様子だ。

 そのっちが握る手を引き、銀ちゃんを治療している水球の元へ向かう。

「ミノさん!」

 銀ちゃんの姿を見ると、駆け寄り水球に触れていた。銀ちゃんはまだやけどが残っていたが、あともう少し経てば後遺症なく治療することができるだろう。

 さて、言葉を使わずどう説明しようかと俺が悩んでいると、胸に槍の穂先が生えた。

 あれ、これ一体?

「ありがとう。あなたが言ったことは本当だったんだね」

 そのっち? あの、なんで槍を持ってるんですかね?

 そしてなんでそのっちの持ってる槍が俺の胸に刺さっているの?

「でも、わたし信じないことにしてるんだ。大人のいうこととバーテックスの言うことは」

「満開」と告げ、船のような形をした武器の台座に乗り、俺に向けて無数の槍を放つ。

「どっちも、わたしにとって敵だから」

 ああ、そうか。彼女は最初から……。

 槍衾(やりぶすま)となった身体から力と意識が抜けていく。

 視界が暗転し、2分割だった画面が1つになる。

 その後もう1つの俺が意識を宿した星屑も倒され、サーバー星屑も破壊された。

 管理を失ったゆゆゆいバーテックス達は園子の敵ではない。四国へ帰った園子は満開の代償でいくつか身体の機能を失ったが、植物状態の銀が目覚めるまで同じ病院で幸せに暮らした。

 

 BADEND【これも1つのハッピーエンドでは?】

 

 ………

 ……

 …

 その時、不思議なことが起こった!

 

 はっ、なんだ今のイメージは⁉

 なんか胸がすっごい痛いんだけど。

 そのっちは俺の手を握ったまま、「どうしたの?」と聞いてくる。

 それを見て俺はフェルマータ・アルタを呼び逃げることにした。

 よく考えれば四国への脅威は去ったのだ。これ以上ここにいる理由はない。

 俺はそのっちの手をなるべく優しく振りほどき、その場から離脱しようとする。

「あーあ、やっぱりだめだったかぁ」

 するとそのっちは表情を一変させた。

 今までの不安そうな少女の仮面を脱ぎ捨てて、敵意をむき出しにしてこちらに攻撃を仕掛けてくる。

「満開!」

 巨大な船のような台座に乗り、天女のような可憐さで肉食動物が獲物を見つけたときのような凶悪な表情だった。

 嘘っ、今までの演技だったの⁉

 すっかり騙された。もしアジトのデブリに連れて行っていたらさっきのイメージ通り後ろから刺されていただろう。

 だが、馬鹿正直に戦う俺ではない。

 複数のフェルマータ・アルタにけん引され、ジェミニ並みのスピードでその場から離れる。

 あとは、彼女が四国へ帰ってくれれば。

 振り返ると、満開状態を維持してまだついて来ようとしていた。俺は振り切るためにリブラの能力を使いスピードアップする。

 だがどんなにスピードを上げてもそのっちは満開してついてきた。やばいな。これじゃあ満開の回数を減らすために御霊なしのバーテックスを倒したのに意味がない。

 仕方なく、俺は四国のほうへ引き返した。

 こうなったら前と同じように無理やりにでも神樹の結界に放り投げて人間の世界に返す。

 俺は見通しがいつも甘い。

 気づくのは、結局いつも全部終わった後だ。

 

 

 

 やっぱり、逃げようとしたね。

 事前に聞いていたとはいえ、獅子座、魚座、牡羊座を倒した後12体のバーテックスが現れたときは正直心がくじけかけた。

 わっしーが記憶をなくすとわかっていても、やはりつらかった。彼女に自分のリボンを託して結界内に避難させてきたが、いつか思い出してくれるだろうか。

 そんなことを考えていると、予想していた通り人型のバーテックスがやってきた。

 この前とは別の仮面をかぶってはいるが、間違いなくあのバーテックスだ。

 あいつはわたしたちが苦労して倒してきた十二星座をいとも簡単に倒すと、そのまま逃げようとする。あいつを信用しようとする勇者を演じてみたけど無駄だったようだ。

 逃すもんか。ミノさんの居場所を聞き出すまでは。

 2回満開(・・・・)して足が動けず、わたしとミノさんと一緒にいた日々の記憶を失ったわっしーを置いて、4回目の満開をして追いかける。

 すごいスピードで逃げているけど、絶対見失わない。5回目の満開を使い船のような武器に乗り、人型のバーテックスを追う。

 あの時言っていた言葉を信じるなら、あいつはわたしに満開を使わせたくないはずだ。そこに付け入る隙がある。

 6回目、7回目と満開をすると、人型のバーテックスは撒くのをあきらめて四国のほうへ引き返し始めた。

 この前みたいにわたしを神樹様の結界に押し込もうとしている? 甘いよ。

 8回目の満開を行い、人型のバーテックスに襲い掛かる。

 満開する度に自分の身体から何かが失われていく感覚がする。これが満開の副作用。あの人型バーテックスが言ってた代償か。

 あのバーテックスが言うにはこれによってわたしは身体の機能をほぼ失い、全身不随になるらしい。

 むしろ望むところだ。そうでなければ意味がない。

 わたしが放った槍は、太鼓みたいな形のバーテックスにはじかれた。どうやら防御特化のバーテックスみたいだ。

 あんなのも用意してたなんて、本当に底が知れない。

 そんなことを考えていると、神樹様の結界近くに戻ってきた。周囲には十二星座級や星屑とは違う、見たこともない形のバーテックスが複数いる。

 こいつら全員倒すのに、一体何回満開すればいいのかな?

 満開状態の船に似た武器から、複数の槍を使い攻撃する。だが太鼓のようなバーテックスが他の見たこともないバーテックスの前に立ちはだかり、攻撃を防いでいる。

 ただの群れではないらしい。どちらかというと統率された軍隊のようだ。

 満開が解け、また身体から何かが失われる感覚。これ、全然慣れないや。

 思わずうずくまっていると、あの巨大な早いスピードで動くバーテックスから降りてきて、人型のバーテックスがこちらに向かってくる。

 9回目の満開!

 わたしを捕まえようとしていた水のワイヤーを槍が切り裂く。そう簡単には捕まらないんだから。

 すると今度は爆弾をばらまいてきた。これは乙女座の能力⁉

 武器がわたしの意思とは関係なく、それを切り裂いてしまう。まずい。

 切断された爆弾から煙が出る。目くらましだ。

 これは多分時間稼ぎと次の攻撃への布石。煙が晴れるか、わたしの満開が解けた瞬間また襲い掛かってくるはず。

 だが、そのどちらとも違った。

 円錐のコマに赤いヒモが生えたようなバーテックスがわたしの周りに現れる。

 青い光が瞬き、身体を雷が襲う。

 あの目くらましは、このバーテックスが近づくのを気づかせないためだったのか。

 満開が解けたわたしを確認し、人型バーテックスがこちらに近づいてくる。

 身体からまた何かが抜け落ちていく感覚がする。だがまだ足りない。これから自分がしようとしていることを考えれば、もっと。

 いいよ。もっと。もっと近づいてこい。

 人型バーテックスが自分の身体を掴み、神樹様の結界へ戻そうとする瞬間を狙い、告げる。

「満開」

 10回目。いよいよ取り返せないところまで来てしまった。

 身体がしびれるという感覚も、もう感じない。さっきの攻撃は全くの無駄だったのだ。

 腕を切り落とし、次は身体を攻撃しようと槍を振るおうとしたら何者かに邪魔される。

 見るとそれは切り落としたはずの腕。それが再生し、別のバーテックスの形になろうとしていた。

 人型本体のほうも腕の肉が盛り上がり、再生し始めている。そんな能力も隠してたなんて。

 今度は水のワイヤーを腕や足に巻きつけ始めた。何をするつもりかと思っていると武器である船を丸ごと掴み、樹海に向かって押し出そうとしている。

 あれを巻き付けたのは防御と攻撃力アップのためだったんだ。突進力や足の素早さも先ほどとは比べものにならない。

 だけどそれじゃ、ボディががら空きだよ。舟をこぐ部分から大量の槍を放出し、人型バーテックスを貫く。

 やっぱり、こいつはわたしを傷つけまいとしている。

 最初は半信半疑だったが、この攻撃で確信した。樹海に押し込むだけならわたしを痛めつけて行動不能にして放り投げればいいのだ。

 だが、この人型バーテックスはそうしない。そうできない理由があるのだ。

 無論、わたしはあの人型バーテックスが言った言葉を信用しているわけではない。

 最悪の結末を変える? 無償の奉仕? そのために同族のバーテックスを倒した? 天敵である勇者の自分たちを助けるために?

 そんなことをするものが、この世界にいるはずはない。 みんな打算で行動し、敵は親切なふりをして近づいてくるものだ。

 大赦の大人や、乃木の家を訪れる人間がみんなそうであったように。

 このバーテックスがミノさんの居場所を教えない以上、信用できるはずがない。

 人型バーテックスとの攻防は続いた。満開も11,12と回数を重ね、気づけば20回を超えていた。

 その間も、決して人型バーテックスはわたしを傷つけようとしなかった。

 いくら自分の身体が槍で傷つき、倒れそうになっても。巨大バーテックスに放った攻撃をしてこようとしない。

 蠍座を切り刻んだ水の刃や獅子座をあと1歩まで追い詰めた爆弾を使われれば、わたしは手も足も出なかっただろうに。

 何度問いかけても結局最後まで一言もしゃべらなかった。ついに膝をついたバーテックスを目にして思う。

 なぜそこまでかたくななのか、理解できない。利用するためとはいえ、自分が死んでしまっては意味がないだろう。

 まあ、バーテックスの考えることなんか、わからなくてもいいけど。

 本当はこの戦いでミノさんの居場所を聞き出すつもりだったけど、できなかったなぁ。

 その後わたしは四国に帰り、神樹様に大量の供物を授けた現人神として大赦で信仰と権力を得ることができた。

 その権力で防人隊に指示を出し、あの人型バーテックスが隠しているはずのミノさんを探したけど、あまりいい報告はない。

 ひょっとしたらあの人型バーテックスのでまかせで、本当はもう…。

 時々浮かぶそんな考えを否定し、今度は別の場所へ派遣するため星屑との戦闘で離脱した防人の人員を補充するよう指示を出す。

 ミノさんは絶対にわたしが見つけるんだ。そのためにどんなに犠牲を出したとしても。

 

 BADEND【園子「やれ」くめゆ組「もう勘弁してください」】

 

 ………

 ……

 …

 その時、不思議なことが起こった!

 

 はっ⁉ なんかくめゆ組がひどい目に合いそうなイメージが頭の中に⁉

 今日は白昼夢をよく見るな。さっきもそのっちに後ろから刺されるイメージを見たし。

 そのそのっちから今全力で逃げてる最中なんだけどね。

 しかし、ずっと追いかけてくるな。あの様子だと諦めそうにない。

 仕方ない。俺は両手を出し、自分の体積3分の1ずつ使って星屑を2体生み出すと別々の方向に放つ。

 正直3分の1を切り捨てるのはもったいない気がするが、こうでもしないとそのっちを抑えきれるとは思えない。

 俺は水のワイヤーの縦糸と横糸を交差させて格子模様を進路上に作り、わざと身体を切断して細分化する。アリエスの能力を使い大量分裂と再生を繰り返して無数の俺がそのっちに襲い掛かった。

「くっ、この!」

 数の暴力に押され、そのっちの進行が止まる。よし、あとはジェミニとピスケスの突進力で結界まで押し返せば。

 …とはうまくいかないか。

 船のような武器から射出された槍に分裂した俺が次々とやられていく。だが、目くらましになれば十分だ。

 俺が星屑を射出したのは他の星屑に紛れて逃げるため。2方向に分けて打ち出したのも逃げた先を特定させないためだ。

 卑怯なようだが、これ以上彼女を相手にしていると、本編より満開の数が増えそうな気がする。

 さっきのイメージのせいもあるが、俺が死ぬまで満開してなぶり殺しそうなんだよなぁ。それほど憎まれてるのかな、俺。

「邪魔! くっ、どこに行ったの⁉」

 なのでここは戦略的撤退をさせてもらう。

「逃げるな! この……卑怯者ぉおおお!!」

 壁の外の赤い世界に、そのっちの慟哭(どうこく)が響く。 

 乃木園子が使った満開の数は9回。本編よりも11回以上少ない数だった。

 

 

 壁の外から四国へと戻った園子はすぐに大赦経営の病院へと運ばれた。

 満開によって供物として神樹に捧げられたのは右目、心臓、右足、左足、痛覚、胃などの内臓4つ。

 両腕以外動かせず、失った内臓によって日常生活も困難となった園子は現人神に近い存在として大赦で奉られ強い発言力を持つことになる。

 後に壁の外へ派遣される防人たちに人型バーテックスの捜索と、行方不明の三ノ輪銀の捜索を命じることができるほどに。

 もっともこの2つは大赦の最高責任者の命を救う代わりに約束させたものだが。

 戦いが終わった後、両足と右目を失った彼女を見舞いに来た安芸や大赦の要職にいる大人たちに、園子は言った。

「わたし、バーテックスを許さない。生きている限りこの世に生きることごとくを滅ぼすよ」

 それは、人間を守る勇者としては頼もしい言葉だっただろう。

 だが、子供が言うにはあまりに辛く、重い言葉だった。

「特にあの人型のバーテックスは許さないよ。防人が見つけてきたら、わたしも出撃するから」

 大赦で暴れた時よりも深く、静かな怒りを燃やす園子に大赦仮面はおののき平伏する。

 園子が大赦で暴れた件がトラウマになっていたのもあるが、人型のバーテックスの存在があまりに脅威的だった。

 なにしろ知性を持ち、見たこともない種類のバーテックスを操る。星座級の能力を使い、巨大バーテックスを食らう規格外の存在だ。

 アレを倒せるのは満開をして歴代でどの勇者より強い存在となった目の前の彼女しかいないだろう。

 こうして新たに確認された人型のバーテックスの件もあり、園子の大赦での地位は盤石なものとなる。

 

 

 

 そして時は過ぎ2年後、神暦300年四月。讃州中学校勇者部。

 結城友奈は勇者であるの物語が始まる。

 




 どの選択肢を選んでもそのっちに殺されるルートしかなくて詰みかけた。
 頭の回転が速くて抜け目がない上に覚悟を決めたそのっちを敵に回したときの厄介さよ。
 最良の選択が逃げの一手という時点で、ね。
 もう完全に治った銀ちゃんを差し出すしか人型バーテックスが助かる道はないかもしれない。
 差し出しても園子さまなら顔色ひとつ変えずに槍ぶっ刺しそうだけど。

【ゆゆゆ編に入る前のわかりやすい、原作と違う点】

 満開の数が本編より少ないので園子が全身不随から半身不随になった。
 三ノ輪銀は生きているが意識不明で人型バーテックスのもとで治療中。
 園子は大赦での発言力が強い現人神という地位につくため、自ら進んで満開を繰り返した。人型バーテックスを追わなければ満開は4回ですんでいた。
 園子は防人の調査地と行動を決定する権限を持っている。防人の配備が原作より少し前倒しになった。
 園子が人型のバーテックス絶対許さないウーマンになった。
 瀬戸大橋の大戦でバーテックスの進行はレオ、アリエス、ピスケスの3体のみだったので樹海の浸食は少なく死傷者も本編より少ない。大橋は破壊されず残った。
 人型バーテックスが十二星座級を食べるヤベー奴としてブラックリスト(大赦検閲項目)入りなど。


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結城友奈の章
百合男子としての矜持


 あらすじ
 覚悟を決めた園子様が強すぎてバッドエンドが止まらない。
(+皿+)「逃げるんだよー」星屑に紛れ逃走。
 園子「人型のバーテックス、絶対許さないんよー!」(全身不随から半身不随へ)
 わすゆ編、完!


 乃木園子と十二星座のバーテックスとの戦い…後に瀬戸大橋跡地の合戦と呼ばれる出来事から、半年ほどたった。

 銀ちゃんの手を使って四国へと入れるようになってから人間の世界で流れる時間がわかるようになったのはうれしい副産物だ。

 俺は守っていた御霊を放棄し、星屑が群がり再生するのに任せることにした。結城友奈は勇者であるの物語では御霊を持つ巨大バーテックスを倒す手段があるし、それが主目的になっているからだ。

 もしいつまでも御霊を守っていると物語の修正力が働いて第1戦目で天の神が出張ってくるかもしれない。まぁ、それはあくまで最悪の事態だが、原作通り進めるための環境づくりは大切だろう。

 無論、自然発生する星屑の数を減らしたり物語開始前に星座級が結界に入らないようにと監視は怠らないが。

 結城友奈は勇者であるが始まるまであと1年。その間にやらなければならないことが山ほどある。

 まず1つ。勇者と対話するための精霊づくり。

 コシンプがそのっちの手により消滅してからも試行錯誤して再び生み出そうとしたが、結果はてんでダメダメだ。

 テレパシー能力に限らなければ喋ることができる強化版人間型バーテックスを使えばいいのだが、人型と比べると戦闘力が天と地ほどの差がある。

 人型バーテックスが使える星座級の能力を1つも強化版人間型バーテックスは使えないという点から、いろいろ察してくれるとありがたい。

 無論、普通の人間と比べれば破格の強さなのだが、バーテックスとしてみると星屑に勝つのがせいぜいというのが正直なところだ。

 よっぽどの戦闘センスがなければ星座級を倒すのは不可能だろう。

 というわけで2つ目。強化版人間型バーテックスの強化。

 最低でも星座級と互角に戦えるような個体を作ろうとしてみたが、そうしようとすると弱い人型のバーテックスになってしまったり、人間の形を保てず腕だけが巨大化したりと不具合が起こる。

 これでは意味がない。人間型は人間と見分けがつかないほどそっくりというのが強みなのだ。バーテックスだとばれては元も子もない。

 なので素体を強化するのではなく、別の方向性を探ることにした。

 3つ目。精霊型星屑の強化。

 これは元となる星屑の質量を多くし、注入する神樹の体液の濃度を濃くすることで解決した。質量が多く、濃度が高いほど強い精霊型星屑ができる。

 さらに勇者の力の欠片である大橋の慰霊碑から拝借した英霊碑の欠片を変態するさなぎに混ぜると、面白いことになった。

 なんと、精霊がもれなく人型に近い存在になったのである。

 これは四国の中へ入るための処理だったのだが、思わぬ誤算だった。もしこれに俺のゆゆゆいをプレイした記憶から情報を抽出して埋め込めば彼女たちの人格を持った精霊を作れるかもしれない。

 さらにこの精霊は強化版人間型星屑と一体化することで、飛躍的な能力の向上をさせることができた。いわゆる西暦時代の「切り札」だ。

 バーテックスは神樹にとって穢れそのものなので、精神に悪影響を及ぼすことはないのは実験済みだ。まぁ、星屑みたいな化け物と人間の心はそもそも違うのかもしれないが。

 なので複数人型精霊と一体化すれば、そのうち人型のバーテックスを超えるほどの能力を得ることができるかも。

 だが、最初から複数の精霊を持っているのは怪しまれそうだ。東郷さんは最初から3体精霊を持っていたが、それも理由があったからなぁ。

 精霊を増やすなら、大赦を欺く必要がある。いっそのこと大赦を支配下に置いてあの大人たちを粛正(しゅくせい)してしまうのもいいかもしれない。

 機会があれば、の話だが。

 4つ目。どうやって讃州中学に入学するか。

 この世界で俺には戸籍がない。まあ、星屑なのだから当然なのだが。

 だから小学校も卒業をしていないし、中学に入学するためのいろいろ必要な書類や必要事項が自力では用意できないのだ。

 できることなら人間を洗脳するような精霊を使ってそこら辺をうまくやれればいいんだが、そこはおいおい考えていこう。

 そして5つ目。これが最大の悩みだった。

 それは性別。

 女ばかりの勇者部に、男か女、どちらに擬態して人間社会に溶け込むかというものだった。

 

 

 

 性別を男と女。どっちにするか。

 本来は生まれる時性別は選べない。だがもし選べるならばどちらを選ぶだろうか?

 この結城友奈は勇者であるの世界では大前提として勇者というものが神樹に選ばれた穢れなき乙女しかなれないという設定がある。

 だから女になるのが一番楽で自然な流れというのはよくわかってる。

 だが、だ。俺は『男として女が好き』なのであって、『男として女の子同士がきゃっきゃうふふしてる姿が尊い』と思うのだ。

 決して自分自身が女の子になって原作キャラときゃっきゃうふふしたいわけではない。

 無論、「百合の間に男混ぜたら売れたわー」「ガ、ガイアッッッ!?」的な展開に思うところがないわけではない。女の子同士イチャイチャしてる空間に男は不要と思う。

 それでも、だ。再度言わせてもらう。俺は男として女の子同士がきゃっきゃうふふしてる姿が好きなのである。

 別に同性愛に対して偏見があるわけではない。そんな奴は百合男子の風上にも置けないからな。

 俺も薔薇小説や女性向けジャンルのゲームを多少たしなんでいる。刀が擬人化したものややたらと世界観カオスな歴史上人物と同名のキャラとイチャイチャするゲームも守備範囲内だ。

 まぁ、脳内で百合ゲーに変換しているんだけど。女主人公ちゃん普通にいい子でかわいいしね。

 たとえるなら、そう。俺は百合カップルを見守る観葉植物になりたい。

 もっといえば無機物になりたい。できることならリリアン女学園や聖ミカエル女学院の空気になって百合イチャする女の子たちを見守りたいというのが俺の夢だった。

 まぁ、それがかなわなくて今星屑なんてやってるわけだが。

 なのでできるだけ勇者たちから何とも思われず、百合イチャだけを観測したい! さながら室内に置かれた観葉植物くんのようにすべてを見ていたい。

 だが、彼女たちを待ちうける最悪の展開を避けるためには積極的に物語には関わらないといけない。

 そのためには勇者の中の誰かと特別な関係を築くか、男なのに勇者の力を使えるというイレギュラーな存在である必要がある。

 前者は論外…というか俺の中では論外だ。俺はあくまでも観測者として女の子同士のイチャイチャを見たい。なので必要以上に彼女らとの関係性を深めるわけにはいかないのである。

 特に風先輩はチョロそうだ。恋愛に免疫ないし、「先輩! 好きッス!」って男の姿で言ったらコロっといきそうな姿が見える見える。

 直球勝負に弱いというか、押しに弱いんだよなぁ…。ゆゆゆいでも沖縄を守る西暦勇者の(なつめ)の告白にドギマギしてたし。

 で、後者は2次作品とかでよく見る展開だ。こちらは男であっても勇者部に入部しやすいし、なにより戦闘に立ち会える。

 物語の根幹に関わる事象として「満開」と「散華」がある。それを行わせないためにもバーテックスとの戦闘は必須だ。

 そのっちの時は失敗したが、それはそのっちを説得できなかったのとコシンプを失った他にも俺が人型のバーテックスという姿だったというのも原因の1つだと思う。

 もし人間型バーテックスのように見た目も人間と変わらず、日常で良好な関係を築けていたら結果は違ったはずだ。

 もちろん星座級バーテックスとの戦闘で勇者の誰かが重体ないし死亡する事態を防ぐ目的もある。それに直接関われることは大きい。

 問題はなぜ男なのに勇者の力が使えるか、という点だ。元勇者だとか神樹の欠片を身に宿しているとか別作品の特別な力とかいろいろ理由付けはできるが、これはおいおい考えていくことにしよう。

 今の俺には勇者の力ではないがバーテックスと戦う力がある。そしてある程度これから起こる未来の出来事も知っている。

 物語を最悪の結末から遠ざけることが目的である。そのためにはある程度ズル(チート)も許されるだろう。

 全ては勇者の女の子たちが百合イチャできる幸せな世界のために!!

 

 

 

 そして神暦300年4月。俺は讃州中学に1年生として入学することに成功した。

 どうやって入学したか、戸籍や小学校卒業などの必要な書類はどうしたのか。

 それについては後々語っていこうと思う。

 銀ちゃんの傷は重度であったやけどを含め完治したが、意識が覚醒することはこの1年半で1度もなかった。あ、もちろん千切れた右腕も完治させたぞ。

 完全な植物状態。壁の外という環境が悪いのか、理由は不明だ。

 できるだけ早くそのっちや東郷さんに会わせたいが、この状態ではかえって怒りを買うだけかもしれない。できるだけ早く四国の病院へ移して意識が回復するのを待ちたい。

 さて、と。俺は壁の外から四国へと潜入した強化版人間型星屑に視界と意識を共有させる。

 人間の世界の名前では丹羽明吾(にわみんご)。この名前を付けるのにも結構いろいろあった。

 長門とか陸奥とか大和という戦艦関連の苗字や名前だと東郷さんが変に食いついて興味持たれそうだし、同じ理由で歴史上の人物関連の名前も当然NG。

 山田太郎という没個性だけど個性的な名前にするわけにもいかず、図書室を訪れ苗字図鑑から適当に丹羽という西暦時代に愛知県に多かった苗字と姓名判断辞典から明吾という名前を付けた。

 後に勇者となる犬吠埼樹(いぬぼうさきいつき)ちゃんと同じクラスになることができたのは幸先がいい。

 風先輩が大赦潰すって暴走した理由の本命が樹ちゃんだからなぁ。友奈、東郷さん、夏凛の2年生組は同じクラスだが、彼女だけ1年生で1人だ。

 もし満開の代償で声を失った彼女のそばに常に支えてくれる存在がいたとしたら、状況はまた変わっていたかもしれない。

 そう思って2年生ではなく、あえて1年生として編入したのだ。 

 はぁ~、かわいいな樹ちゃん。さすが風先輩が自慢する妹だけはあるよ。

 おっと、あまり見ないようにしないとな。目立たぬよう目立たぬように。

 丹羽明吾の顔は強化版人間型星屑の特徴として、中性的だ。まあ、本来は無性なのでそのままなのだが。

 男ということで通常の人間型星屑よりやや筋肉質にし、胸部は薄くした。下のほう? 作らなかったよ面倒だし。使う予定もないしね。

 人間型星屑の特徴として髪と眉は真っ白なので、市販の毛染めで黒髪に染めた。1度染めればバーテックスの身体は不変なのでこれ以降染め直したり散髪に行く必要はない。

 ただ、不変というのもいいことばかりではなかった。成長期の人間がいる中学校ではいつまでも変わらない容姿というのは怪しまれるだろう。

 それを避けるために定期的に壁の外へと戻り、身長を伸ばしたり成長させたりとアップデートをする必要がある。

 それとこの身体には四国へ入るために勇者の力をコーティングしたのとは別に、強化版精霊型星屑を身体に宿していた。

 この精霊は人型で、英霊碑の欠片のほかに英霊碑を得るために四国に侵入した銀ちゃんの腕を使った特殊な個体だ。いざという時役に立ってくれるだろう。

 さぁ、準備はこの1年半、壁の外で全部してきた。後は待つだけだ。

 勇者部が勇者として戦う最初の日、対ヴァルゴ戦の時を。




わすゆルート天の神(百合好き)「なんで男が出てくるんですかヤダー!」
(+皿+)「俺は百合男子だ。百合好きとして少女たちが愛をはぐくむのを見守り、無償の愛を注ぐのが本分。自分が女になりそれに混ざるのとはちがうんだよ」
天の神(百合好き)「わかるけど、わかるけどヤダー! だったら女になって無償の愛を注げばいいじゃない!」
(+皿+)「そこは性癖の差かな、俺、男として百合が好きだし。女にTSしても百合好きである自信はあるけど、それは多分今の百合好きとは違う形になってしまうと思う」
天の神(百合好き)「なるほど…深いな」
(+皿+)「自分の性癖を貫くとき、他の人から批判されることを恐れてはいけない。葛藤は常に己のうちに抱え、本当にそれでいいのか問い続けなければいけないんだ」
天の神(百合好き)「我も、いつかそうなれるか?」
(+皿+)「なっているさ。もうすでに! あなたは女の子になって無償の愛を注ぎ、見守りたいという性癖をすでに持っているじゃないか」
天の神(百合好き)「お、、おう、おうおうおう(感激のあまり嗚咽)」
神樹「まあまあ、どうせみんな最後には我のお嫁さんになって仲良く暮らすんだからいいじゃないか」
天の神(百合好き)「は?(ガチギレ)」
(+皿+)「ついに正体表したなロリコンクソウッド」
神樹「え? なんでキレられてるの? それが1番幸せになれる方法なのに」


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丹羽明吾

(+皿+)童貞ムーブと乙女モードの女々しさは紙一重。
 安達としまむらがトウトイ・・・トウトイ・・・。
 ストライクウィッチーズのシャーゲルッキーニ家族といい2020年秋アニメは百合の豊作だよー。神回しか作れなくて誇らしくないの?
 提供のメトロノーム安達はアホかわいい。

 ゆゆゆ編、はっじまるよー。


 季節は春。4月の26日。新学期が始まり、新入生が慣れない教室の自分の席に愛着を抱き始めるころ。

 授業中、突如鳴り始めた自分のスマホに、犬吠埼樹は心臓が口から飛び出さんばかりに驚いた。

「あわ、あわわわわっ⁉」

 なんとかスマホのボタンをタップして止めようとするが、アラーム音は止まらない。画面は見たことのないもので【樹海化警報】という赤い文字が表示されている。

 樹はどちらかといえばおとなしい性格で、引っ込み思案とよく言われる。事実小学校低学年までは2つ上の姉にべったりだったし、初対面の相手とは常に姉の陰に隠れて様子をうかがうような性格だった。

 だから、日常に突然訪れたハプニングにとても慌てる。

 笑われる。怒られる。叱られる。なにより人に注目されてしまう。

 そのどれもが樹にとっては苦痛で恥ずかしかった。

「ごめんなさい、すぐ止めます! 止めますから」

 他の生徒の笑い声が起こる前に、教師からお叱りの言葉を受ける前に必死に謝るが、一向に声は聞こえない。

「――え?」

 顔を上げてみれば、世界が静止していた。

 教師は黒板にチョークを走らせている最中で停止し、他の生徒たちも席についたまま瞬きひとつしない。

 時計を見ると秒針も止まったままで、窓の外を見れば木の葉が動くことなく宙に浮いている。

 なんなんだろうこれは?

 わけがわからず、アラームを鳴らし続けるスマホを見る。この状況と関係あるのだろうか?

「犬吠埼さん?」

「ひゃいっ⁉」

 考え事をしていた樹は、背中からかけられた声にびっくりして背筋を伸ばす。

 振り向くと、そこにいたのは同級生の男子。

 顔はどちらかというと中性的で、ひげを伸ばしている男子もいる中では珍しく清潔さがあった。

 身長は樹より高く、隣に立つと見上げるようになってしまう。ちょっと威圧感があって怖い。

 男子が苦手な樹とは面識があまりないはずだ。というか讃州中学に入学してから樹は男子と口をきいたことがない。

 そのため目の前にいる男子の名前も知らなかった。向こうが自分を知っているという事実に驚愕していたところだ。

「な、なんでわたしの名前」

「いや、クラスメイトだから知ってるよ」

 と男子生徒。ごめんなさい、わたしはあなたの名前がわかりません。

 なんとか名前を思い出そうと脳細胞をフル回転させるが、思い出せない。今の座席が出席番号順だから、「た」よりは後の苗字のはずだが。

「ああ、ごめん。丹羽だよ。丹羽明吾」

 一向に樹が名前を呼ばないことから察したのか、向こうから名乗ってくれた。

 恥ずかしい。名前を思い出せなかったことも、相手に気を遣わせたことも。

「どうやら動けるのは俺たちだけみたいだね」

 思わず赤面し、縮こまる樹に丹羽は言う。

「そ、そうみたいでしゅね」

 噛んだ。なんだみたいでしゅねって。

「俺は心当たりないんだけど、犬吠埼さんは何か…て、そのスマホだよね」

 気を使ったのか、スルーしてくれた。恥ずかしい。

 樹のスマホは、こんな状況でもアラームを鳴らしていた。表示されている樹海化警報というのが何かわからないが、それが影響しているのかもしれない。

「そうだ、お姉ちゃん」

 樹の頭に浮かんだのは勇者部というボランティア活動をする部の部長でもある頼れる姉の姿だ。もしかしたら姉ならこの状況がなんなのか説明してくれるかもしれない。

「犬吠埼さん、お姉さんがいるの?」

「はい、2つ上で3年生です。ひょっとしたら何か知ってるのかも」

 よし、今度は噛まずに言えた。

「俺は他のクラスにも動ける奴がいないか見てくるよ。犬吠埼さんは心配だろうからお姉さんのクラスに行って」

「は、はい」

 なんだかすごく冷静だ。他にも動ける人間がいるなんて樹には考えもしなかった。

 ちょっと、いやすごく頼りになる人だな。わたしと同い年なのに。

 とりあえず樹は丹羽と別れ、姉のいる3年生の教室へ向かうことにした。讃州中学の校舎は1階が1年生、2階が2年生、3階が3年生が使っているので、階段を上ることになる。

 そういえば友奈さんと東郷先輩は大丈夫かな?

 同じ部活で樹をかわいがってくれている底抜けに明るくて優しい先輩と何でもできる器用な先輩を思い浮かべる。思わず確認しようと2年生の教室に行こうとして、彼女たちのクラスを知らないことに気づく。

 自分はなんてダメダメなんだ。姉の半分でもいいからコミュ力が欲しい。

 こうなったら1つずつ教室を見ていくしか、と樹が心を決めたときだった。

「樹!」

「お姉ちゃん!」

 階段から降りてきた姉の風と鉢合わせした。

「お姉ちゃん、急に周りの人が動かなくなって」

「わかってる。いい、樹。よく聞いて」

 姉の様子が何かおかしい。樹の肩を掴み、目線を合わせてくる。

「選ばれたのは、アタシたちだった」

 その言葉とともに犬吠埼姉妹は光に包まれた。

 

 

 

 気が付けば周囲の風景は一変していた。

 色紙を切り貼りしたような空間に、木の根のようなものがあちこちに見える。地面を見ると細い木の根のようで、さっきまで自分が踏んでいた廊下の床とはまるで違う。

「お姉ちゃん、ここは?」

「ここは樹海。神樹様の結界の中よ」

「結界? 神樹様ってどういうこと?」

「後で説明するわ。それよりまずは友奈と東郷と合流しましょう」

 質問する樹の手を引き、スマホを片手に風はどこかへ向かい始めた。

 やがて見知った3人の顔を見つけ、樹の顔は不安から喜びに変わる。

「友奈さん、東郷先輩、丹羽くん! 無事だったんですね」

「樹ちゃん! 風先輩も一緒だったんだ」

「風先輩、これは一体…ここはどこなんですか?」

 底抜けに明るくて周囲を笑顔にする天才である結城友奈先輩。

 冷静沈着で、ちょっぴり変なところもあるけど勇者部のお母さん的な存在の東郷美森先輩。

「やはりゆうみもは夫婦…トウトイ」

 それを見つめる不審者がいた。

 え、あれ丹羽くんだよね? 教室で見た冷静で頼りになる男子はどこに?

「友奈! 東郷! …と、誰よアンタ⁉」

 友奈と東郷を見つけた風は一安心といった顔だったが、そこにいたもう1人の男子を見つけ驚いていた。

 友奈と東郷も風の言葉で初めて気づいたのか、自分のすぐそばにいた男子にすごい驚いている。

 えぇ、気配消して2人を見てたの? 何のために?

「あなた誰⁉ いつからそこに」

「あ、自分のことは気にしなくていいので。そこらへんに置いてある観葉植物だと思ってイチャイチャの続きをどうぞ」

「イチャイチャって…あなた本当にどこから見てたのよ!」

 なんだか東郷と丹羽が険悪な雰囲気だ。もっとも敵意をむき出しにしているのは東郷だけだが。

「まあまあ、東郷さん」

「えっと、この人は丹羽明吾くんです。わたしのクラスメイトで、同じ1年生」

 東郷を友奈がなだめ、樹がこの場にいる全員に紹介する。さっきの光景を見るまではすっごく頼りになる人って紹介したかったんだけどなぁ。

「丹羽ね。アタシはこの子の姉で3年の風。勇者部って部活の部長をやってるわ」

「結城友奈です。同じく勇者部部員で樹ちゃんの1つ上の2年生だよ」

「東郷美森、勇者部部員で友奈ちゃんと同じ2年生。同じクラスよ」

「丹羽明吾です。犬吠埼さんとは同じクラスで、1年です先輩方」

 先ほどの奇行が嘘のようなまじめな挨拶だった。変わり身はやいなぁ。

 姉である風を見ると「どうしてここに勇者部以外の人間が…」とぶつぶつ言っていた。どうやら丹羽がいるのは風にとって完全なイレギュラーだったらしい。

「風先輩、ここはどこなんでしょう。私たち、急にここに飛ばされたみたいで」

「あ、ごめん。今説明するわ」

 風の説明によると、自分たちは神樹様に選ばれた勇者という存在であること。

 部活を入部した時に登録したNARUKOというスマホのアプリで変身し、人類の敵であるバーテックスを倒さなければならないという事実だった。

「言いたいことはいくつかあります。なぜ私たちに黙ってたのかとか、なぜ私たちが選ばれたのか。風先輩はこの状況になることがわかって私たちを巻き込んだのかとか」

 東郷が一言告げるごとに、風はグサッと言葉のトゲが刺さるように「うぐっ」とか声が漏れる。

「ですが、なぜ勇者部でもない、しかも男の! 関係ない男の子がここにいるんですか⁉」

 なぜかいる無関係な丹羽を指さし、東郷が言う。先ほどの出来事もあるのか、なにやら敵視しているようだ。そんなのこっちが聞きたい。

「知らないわよそんなの! アタシだってこんなこと初めてで、聞いていた話とは全然違う状況に頭パンクしそうなんだから」

「聞いていたって、犬吠埼先輩は誰からそれを?」

「大赦よ大赦! 勇者は他の勇者適性の強いグループが選ばれるって聞いてたし、アタシたちはあくまで予備として備えろって言われてたのよ」

 丹羽の言葉に風は愚痴り始めた。

「友奈や東郷を部活に誘ったのも大赦からの命令で、こんな事態になるってわかってたらアタシだけじゃなくてちゃんと2人にも大赦の訓練施設に通わせたわ! 樹も部活に入れなかった」

「なるほど、つまり犬吠埼先輩も大赦に騙されていたんですね」

 親友である友奈を巻き込んだことを風に問い詰め怒りの矛先を向けようとしていた東郷は、話の流れが変わってきたので怒るに怒れずもやもやとした気分だ。

「いたいけな中学生をだまして戦わせるなんて、なんてひどい組織なんだ。おのれ大赦!」

「おのれ大赦ー!」

「お姉ちゃん、お父さんとお母さんも一応大赦の職員だったんだけど」

「樹、あいつら2人が亡くなった日になんて言ったと思う? 妹と離れ離れになりたくないだろう。一緒に両親と暮らした家を守りたいだろう。だったら勇者候補となって訓練し、来るべき日に備えて他の勇者候補を勧誘しろって」

 (せき)を切ったように風は話し出す。2年前、大橋の事故で両親を亡くした後、大赦の職員が来て取引を持ち掛けられたことを。

 樹に寂しい思いをさせながらも必死で家事を覚え、夜遅くまで勇者としての訓練を行ったこと。讃州中学に通えるよう大橋から引っ越して編入し、友奈と東郷が入学してからは大赦の命令を受け勇者部を作ってなんとか勧誘したりと日常で常に四苦八苦したことも。

「お姉ちゃん、そうだったんだ」

 何も知らなかった。姉の苦労も、苦悩も。

 自分が守られていただけの存在であることを知り、樹は胸の奥が重くなっていくのを感じる。

「苦労したんですね。しかも大赦はサポートするって言ったのに何もしてくれてないじゃないですか。でもこういう事態になる可能性があるなら、犬吠埼先輩に丸投げするんじゃなくて大赦の大人が直接説明すべきでは?」

「う、でも大赦って基本向こうが一方的に命令してくるだけだし。こっちが質問しても返事が来ないことも多いし。勇者の件だって絶対他の候補生が選ばれるから、心配しなくていいって言ってくれたし」

「報告、連絡、相談は組織の基本でしょうに。それすらできないって組織としてどうなんでしょう? ひょっとして犬吠埼先輩は最初から大赦に騙されていたのでは?」

「え、そんなことは…ある、かも」

 丹羽の言葉に思い当たる点があるのか、風の顔が色を失っていく。

「きっとそうですよ。そうじゃなくちゃ人類を守るなんて大仕事、戦闘訓練もしていない子供に丸投げなんてしませんよ」

「アタシは、大赦に騙されて…なんてことを。友奈や、東郷、樹まで巻き込んで」

「しかも犬吠埼先輩に黙っているように口止めまでして。もし選ばれたときには自分たちに矛先が向かないようにする気満々じゃないですか」

「そっか、今まで友奈や東郷に黙ってるのは心苦しかったけど、大赦の大人がちゃんと説明してくれていればこんなことには」

 打ちひしがれている風に、友奈と樹はなんと声をかけていいのかわからない。

 大赦と言えば四国で暮らすものはその存在を知らないものがいないほどの大組織だ。

 それが自分をだまし、大切な後輩や妹を危険にさらすように画策していたと知ったら、どれほどの絶望だろう。

 やがて風は立ち上がると、決意に満ちた顔で部員たちを見る。

「友奈、東郷、樹。ごめん。この責任はアタシが取る」

「風先輩、何を?」

 嫌な予感に、友奈が尋ねる。

「さっき言ったわよね。アタシは大赦で戦闘訓練を受けていたって。多分ここにいる誰より戦えると思う」

 スマホをタップし、オキザリスの花が舞う。

 風が光に包まれ、黄色をベースとした勇者服に大剣を持った勇ましい姿に変身していた。

 髪の毛も茶色から黄色へと変わり、髪形もツーテールのおさげから2つに大きくまとめられて1部三つ編み状になっているものに変わっている。

「アタシが1人で、敵を倒してくる。友奈、勝手なお願いだけど東郷と樹を守ってほしい」

「風先輩! 無茶です、1人で行くなんて」

「お姉ちゃん、わたしも一緒に」

「だめよ樹! これはアタシが撒いた種なんだから」

 必死の形相で止める姉に、樹は笑いかける。

「ううん、わたしがやりたいの。お姉ちゃんが背負ってきた重荷を、わたしにも背負わせて」

 スマホからアプリを呼び出し、タップする。

 鳴子百合の花が舞い、光が樹を包む。

 緑を基調とした勇者服に、右腕に巻かれたツタのわっかに編み込まれた花から緑色のワイヤーが出し入れできるようだ。

 風のような勇ましさはなく、むしろ魔法少女のようなひらひらした服装だった。

「これで、わたしも一緒に戦えるよ」

「樹、アンタ…」

「止めても、聞かない。ついていくよ、何があっても」

 じっと2人の姉妹は見つめ合う。折れたのは姉のほうだった。

「わかった。でも危なくなったら、自分の命を守ることを優先すること。いいわね」

「うん!」

 2人の姉妹が決意を新たにし、樹海の向こうからやってくる敵を見つめる。

 それは星屑と呼ばれる複数の個体と巨大な白とピンク色をした天使のような体躯の乙女座のバーテックスだった。

 

 




 大赦への批判誘導、ヨシ!
 言ってることは全部事実だから、問題はないね。
 東郷さんに風先輩を疑わせてギスギスさせた大赦の罪は重い。

【おわび】
 そのこのにっき(大赦未検閲版)にて犬吠埼姉妹を金髪の姉妹として登場させましたが、公式設定を見ると変身前は茶髪でした。
 修正をしておきましたが、この場をお借りして謝罪させていただきます。
 変身後のイメージが強くて、素で間違えていました。ごめんなさい。



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戦えない者の戦い

 あらすじ
友奈「大丈夫、東郷さんは私が守るから」イチャイチャ
東郷「友奈ちゃん」イチャイチャ
|M0)じー ゆうみもトウトイ
風「ふ、不審者-!」
樹(言えない、同じクラスの男子だなんて言えない)


「無茶よあんなの。怖い、戦うなんてできない」

「東郷さん」

 次々と結界の外から押し寄せてくる星屑に、東郷は恐怖していた。

 怖い、とにかく怖い。あの巨大なほうのバーテックスはそれほどでもないが、小さい星屑のほうがなぜか怖い。

 あの巨大な口が、剥き出しの歯が、とにかく怖くて仕方ないのだ。

 まるで過去になにかトラウマになったような出来事があったかのように。

 東郷には2年前以前の記憶がない。

 交通事故による記憶障害と両親は言っていた。足はその時の影響で動かなくなり、車いすの生活になったのだと。

 それで不自由したことはないと思えるのは今そばにいてくれる親友であるお隣さんの結城友奈のおかげだ。

 彼女の明るさと嫌な顔ひとつせず身の回りの世話を何くれと甲斐甲斐しくしてくれることに救われたのだ。

 それが今、脅かされている。

 目の前に迫る死という現実に、東郷は恐慌状態に陥っていた。

「結城先輩、とりあえず東郷先輩を樹海の奥へ」

「う、うん。そうだね」

 丹羽に促され、ちらりと戦況をうかがいながら友奈は東郷の乗る車椅子を押して戦闘から離れる。

 風と樹は星屑を次々と倒していた。初めての実戦だというのに、2人ともおびえたり躊躇している様子はまるでない。

 とくに樹の武器のワイヤーはすごかった。2、3体の星屑をまとめて絡め捕り、切り裂いていく。

 見た目に反してかなりエグイ攻撃だ。あとはあの巨大なバーテックスがいなくなれば。

 そう思った瞬間だった。爆発音が樹海を振動させたのは。

「きゃっ⁉」

「爆弾⁉」

 みると乙女座のバーテックスが周囲に爆弾を展開して放り投げ、風と樹を近づけまいとしていた。

 爆風に巻き込まれ、2人は攻めあぐねている。それを見た乙女座は遠くまで、友奈たちが隠れている樹海付近まで爆弾を飛ばしてきた。

「伏せて!」

 丹羽が友奈と東郷をかばうように2人の上に覆いかぶさる。

 大きな爆発音が聞こえた。恐る恐る隙間から見ると、樹海の壁に大きな爆発の跡が見える。

「丹羽君、大丈夫⁉」

「大丈夫です。爆風だけで、破片とかは刺さったりしてませんから」

 友奈は丹羽の下から這い出すと、身体を触って確認する。本人の言う通り、怪我はないようだ。

「友奈ちゃん、丹羽君。私を置いていって。一緒にいたら2人が危ない」

「何言ってるの⁉ 友達を置いていけるわけない」

 先ほどの爆発が東郷の恐怖心にトドメを刺したのか、すっかり弱気になっている。

 せめて親友だけでも生きてほしいと自分を見捨てて逃げろと言う。

「だってこのままじゃ、友奈ちゃんまで死んじゃう!」

「嫌だっ! ここで友達を見捨てるような奴は……勇者じゃない!」

 勇者。そういえば勇者部に入部した時も彼女はその言葉にこだわっていたように思う。

 一体なぜだろう? こんな絶望的な状況でも、心が折れないのは。

「どうして、そんなにも」

「嫌なんだ、誰かが傷つくこと。誰かがつらい思いをすること。どんなつらい思いも私が何倍もがんばればいい。誰かが嫌な思いをするくらいなら、私がする!」

 友奈がそう告げるのと、スマホのアプリ画面のヤマザクラの花が咲き誇ったのは同時だった。

「待って!」

 東郷の制止も聞かず友奈はそのボタンをタップする。

 山桜の花が咲き誇り、身体が光に包まれる。

 黒いインナーにピンク色の勇者服。武器は見当たらないないが、それは彼女が拳で戦う勇者であるという証だろう。

 髪の毛も赤茶色からピンクのロングポニーテールに変わり、髪をまとめるリボンも花弁状になっている。

「できた。変身」

「友奈ちゃん」

 すっかり姿が変わった親友の姿に、東郷は一瞬すがる言葉をかけようとする。

 しかしそれを飲み込み、心とは正反対の言葉を告げた。

「行って。風先輩と樹ちゃんを助けに」

「東郷さん。でも」

「私なら大丈夫だから。ここに男の子もいるし」

「ね、丹羽君」と言う車椅子の上にある彼女の手は、かすかに震えている。丹羽はそれに気づいていたが、東郷の意思を汲み同意する。

「結城先輩、行ってください。それは多分、先輩にしかできないことだから」

「丹羽君…わかった。東郷さんをお願いね!」

 友奈はそう告げると巨大バーテックスに苦戦している犬吠埼姉妹の援護に向かった。 

 優しいことと誰にも頼らないことは違う。

 彼女はきっと、他人が傷つくくらいなら自分が傷ついたほうがいいと思う人間なんだろう。

 だがその痛みは彼女にしかわからない。代わりに自分が負うはずだった怪我を彼女に押し付けたほうはそれに気づかず感謝もしない。

 結局、彼女が痛みに耐えきれず潰れて、いなくなって初めて彼女の献身(けんしん)を知るのだ。

「そんなだから、勇者の章で抱え込みすぎて自滅するまで追い込まれちゃうんですよ」

 丹羽がつぶやいた声は、乙女座が放つ爆弾の爆発音にかき消され、誰にも聞かれることはなかった。

 

 

 

 自分だけ何もできない。臆病な卑怯者。

 その気持ちだけが今の東郷の心を満たしていた。

 友奈が風と樹と一緒に乙女座と戦うのを見ながら、何度もスマホの画面をタップする。

 しかしスマホのアプリは何の反応もせず、画面に映る花はつぼみのままだ。

「なんで! どうして!」

 どうして自分だけ変身できないの⁉

 悔しさで目の前が真っ赤になる。ついスマホを地面にたたきつけようという衝動に身を任せようとして…目の前に差し出された棒キャンディーに驚き、手を止めた。

「え?」

「いりませんか? 1つ」

 キャンディーを差し出したのは、丹羽明吾だった。

 友奈と一緒にいたところに急に現れた、よくわからない存在だ。

 最初は最大警戒で対処していたが、爆風からかばってくれたし悪い子ではないと思う。

「今は、そんな場合じゃ」

「悪い考えで悩むのは、おなかがすいているからですよ。こういう時は何か食べて、一息つくのが1番です」

 見抜かれていた。自分の心理状態が。

 キャンディーを受け取り、包み紙をはがして口に入れる。

 甘い。口の中に広がる強い甘みとバニラの香りに緊張していた身体の筋肉がほぐれていくようだ。

「甘いわね、これ」

 糖分を摂取したせいか、少し冷静になることができた。イライラや胸の内を満たしていた暗い感情も、少しずつ霧散していくように感じる。

「ええ、俺のお気に入りです」

 そう言って丹羽は笑った。これではどちらが先輩かわからない。

「あなた落ち着いてるわね。怖くないの? こんなわけのわからないところに連れてこられて」

「怖いですよ。でも、先輩は俺とは別の怖さを抱えてるのに我慢している。それなのに俺だけ怖がるわけにはいきません」

「別の怖さって?」

「友達や仲間を失うかもしれない怖さ。それに比べたら、自分が死ぬのか死なないのかなんて、大したことじゃありません」

 言われて初めて気づいた。そうか、自分が焦っていたのは自分が変身できないせいで友奈ちゃんや風先輩、樹ちゃんを助けられなかったらと思っていたから。

 後輩に指摘され初めて自覚できた原因に、頭の回転を邪魔していたものがすっと取り払われたような気がした。

「そうか。私、自分のせいでみんなが死んじゃったらと思って。結局自分のことばっかり」

「そんなことないですよ。自分が何もできなかったせいで助けられなかったと思ったら、悔やんでも悔やみきれないのは当然だと思います」

 言葉には、どこか実感を感じた。もしかして、彼も何か過去に後悔を抱えるような出来事があったのだろうか?

「だめね私。年下の樹ちゃんも戦ってるのに、怖くて仕方ないの」

 東郷は、胸の内を吐露(とろ)する。今日さっき会ったばかりの後輩なのに、いや、そんな相手だからこそだろうか。

 普段は決して弱音を吐かない自分が胸の内に抱えている嫌な感情を吐き出してしまう。

「東郷先輩は、自分だけが助かればいい。そのためなら友達も…勇者部のみんなも犠牲になっても構わないと思ってますか」

「そんなこと!」

 丹羽の言葉に東郷はすぐさま否定の言葉を上げる。

「そんなこと、思うはずない。だって友奈ちゃんは、風先輩は、樹ちゃんは私の大切な仲間だもの」

「だったら大丈夫です。東郷先輩はあいつらじゃない」

 あいつらとは誰のことだろう。疑問に思ったが、なんとなく訊くのははばかられた。

「祈りましょう。3人が無事に帰ってこられるように。それがきっと俺たちができる精一杯の戦いです」

 そう言う丹羽は1つ年下のはずなのに、どこか自分よりも大人に見える。

 異性なのに不思議と不快感がなかった。男子はどこかねっとりとした視線で自分の胸を見てくるか、車椅子の姿に露骨な同情の視線を向けてくるかのどちらかだけだと思っていた。

 そのどちらでもない、東郷美森という人間自身を見てくれているような丹羽の視線は新鮮で、決して嫌なものではない。

「神樹様、どうかみんなをお守りください」

 丹羽の言葉に、東郷も祈る。

 心から、真摯(しんし)に。ただ彼女たちが無事に帰ってこられますようにと。

 その祈りが通じたのか、3人の勇者によって乙女座のバーテックスは倒され、出てきた御霊も封印の儀で無事無力化することができた。

 

 

 

 なんとか全員生き残ることができたか。

 俺は丹羽明吾を通して確認した映像に、結界外で待機していたゆゆゆいバーテックス部隊に、解散して引き返すように念じる。

 いざという時は人型バーテックスである俺も参加して勇者に助太刀しようと思っていたが、その心配はなかったようだ。

 まぁ、初戦くらいは勝ってくれないとな。下手に介入してわすゆ時代のレオみたいに予想外のことが起きても困るし、勇者たちにも経験を積まさないといけない。

 でないと最終戦のレオ・スタークラスターとは戦えないだろう。天の神を除けば作中最強クラスの存在だ。

 そんな奴にレベル1で挑もうなんて愚の骨頂。最低限のレベル上げは必須だろう。

 そのために結界内に入れる星屑の量も調整しないと。多すぎず少なすぎず。

 さて、じゃあヴァルゴとの戦いは終わったから、こっちの準備をしないとな。

 俺はとあるものを入れたフェルマータ・アルタを呼び出し、神樹の結界の中へ突入させた。

 

 

 

 戦闘の結果は大勝利だった。

 初めての戦闘でみんな疲弊(ひへい)したが、誰1人欠けることなく全員無事。

 それが最大の成果で最高の結果だ。

 友奈は結界の奥に残してきた東郷と丹羽の元へ向かった。

 自分が近づくのがわかったのか、東郷が車椅子に座ったまま手を振っている。後ろには丹羽もいる。

 よかった。2人とも無事だったんだ。

 思わず胸をなでおろした友奈の横を、すごいスピードで何かが通り過ぎて行った。

「え?」

 それはバーテックスだった。

 星屑とは違う、先端にとがった針が2つありところどころ穴が開いた頭部からはトナカイの角のようなものが生えている。昆虫のような赤い接続部と飛行機の翼のような形の脚部、白い腹部はやや楕円形で後ろのほうに行くと尾のように細く長くなっている。

 その姿を友奈はなぜかはっきり見ることができた。まるで時間がゆっくりと流れているように。

 それがすごい速さで東郷に向かって直進していくのを。

「東郷さん!」

 思わず叫ぶ。逃げてくれ、避けてくれと。

 だが彼女は車椅子だ。どんなに機敏に反応したとしても、すぐには動けない。

 だめだ。やられちゃう!

 思わず目を閉じようとするが、勇者として強化された身体能力と普段空手で稽古して鍛えた反射神経がそれをさせてくれない。

 友奈は目撃するはずだった。車椅子であるがゆえ逃げられなかった親友の死の瞬間を。

 1年前に知り合い、家が隣同士ということですぐ仲良くなった大切な存在が命を奪われる瞬間を。

 そこに今日出会ったばかりの1つ年下の後輩。丹羽が東郷をかばうように前に出なければ。

 

 

 

 東郷美森は恐怖した。自分へ向かって突進してくるバーテックスに。

 風からバーテックスが神樹様の元へたどり着くと世界が終わるとは聞いていた。だったら敵を倒し、油断したところを神風特攻のように突っ込んでくるバーテックスがいてもおかしくはない。

 前線にいた犬吠埼姉妹は突破され、こちらに向かっていた友奈の横も通り過ぎた。残っているのは自分だけだ。

 お役目として、四国の人間を守るために自分が盾にならないと。

 ここには自分しかいないのだから。

「危ない! 東郷先輩」

 いや、もう1人いた。

 今日出会ったばかりの後輩。樹ちゃんと同じクラスの年下とは思えない妙に大人びたところがある男子。

 丹羽明吾が、東郷をかばうように前に出て特攻してきたバーテックスの頭部に腹を貫かれていた。

 あまりの出来事に、悲鳴も上げられない。

 それは本来自分の役目だ。勇者として、四国の人々を守るのは。

 あれ? どうしてそう思うのだろう。勇者に選ばれたというのは、今日初めて知ったばかりだというのに。

 そんな思考の矛盾はどうでもよかった。早く丹羽を助けないと。

 気ばかりが焦り、車いすから転げ落ちてしまう。こんな時動かない脚が恨めしい。

 丹羽の元へ駆けつけようと樹海を這うように動いていた東郷の目に、その光景は飛び込んできた。

 白い花、あれは百合だろうか。丹羽の身体を包むように咲き誇り、光に包まれる。

 光が消えた後、丹羽の姿は劇的に変わっていた。

 黒い学生服だったはずの身体にまとっていた服は真っ白な勇者服に。デザインは風と似ており、白い服に赤いラインが走っている。

 髪も真っ白になっていて、どこか神秘的な雰囲気がしていた。

 右手には黒い斧。左手には白い斧を持ち、丹羽が右手を振り下ろすと、斧で真っ二つにされたバーテックスは消滅する。

「丹羽君」

 あなた、変身できたの? と東郷が言おうとすると、振り向いた丹羽が車椅子から落ちた東郷に気づいた。

「東郷先輩、大丈夫ですか⁉」

 心配そうな顔をして、抱き起してくれた。馬鹿ね、それはこっちの台詞よ。

 変身した影響なのか、結構な力作業のはずなのに楽々車椅子まで抱き上げて座らせてくれた。と同時に友奈がやってきて「東郷さん、大丈夫?」と訊いてくる。

「ええ、大丈夫よ友奈ちゃん。丹羽君が助けてくれたから」

「そうなんだ。ありがとう丹羽君、私の親友を助けてくれて」

「親友というより、恋人では?」

 と丹羽君が言ってくれる。こ、恋人って。やっぱりそう見えるのかしら。

 この子に対する認識を、少し改める必要があるかもしれない。

「ははは、やだなぁ丹羽君。そんな冗談ばっかり」

 え、友奈ちゃん冗談って…ああ、丹羽君がいるからそう言ったのね。ごめんなさい、あなたの愛を疑うところだったわ。

 少し遅れて、風と樹もこちらへやってきた。2人ともしきりに東郷のことを心配して声をかけてくれる。

「東郷、無事⁉ って、アンタその姿は」

「丹羽君、だよね? 変身できたの?」

 東郷の無事に安堵したのも束の間、今度は白い勇者服に真っ白な髪に変化した丹羽に驚いている。

「あ、なんかできちゃいました」

「できちゃいましたって、勇者は神樹様に選ばれた穢れ無き乙女しかなれないって」

「それ、本当なんですか? 風先輩を散々騙していた大赦の情報でしょう? きっと言ってないだけで隠してただけなんじゃないですかね」

 丹羽の言葉に「そんなはずは…いや、そうかも」と風は半信半疑な様子だ。

「なんにせよ、全員無事ならそれでいいじゃないですか」

 という丹羽の言葉に、全員納得しようとする。が、そうはいかないと東郷は丹羽に近づき、白い勇者服を脱がせようとする。

「無事じゃないでしょう! あなた、さっきバーテックスに腹を貫かれたのよ! 傷は? いいから見せなさい」

「いやいや、大丈夫ですって。痛くもなんともないし、気にしなくても」

「あ、そうだ! 丹羽君さっき東郷さんをかばって刺されてたんだ」

「え、アンタ腹刺されたの⁉ 大変じゃない、すぐ見せなさい」

「丹羽君、大丈夫?」

 4人の少女が丹羽を囲み、しっちゃかめっちゃかになる。丹羽が大丈夫だと言っているのに、誰も訊く耳を持たない。

 結局脱がせる脱がないの攻防は樹海化が解け、勇者部全員と丹羽が学校の屋上に転移するまで続いた。

 

 

 運動場で運動する生徒たちの声が聞こえる。風が木の枝を揺らし、青い葉が空を舞っていた。

「みんな動いてる。今の出来事、誰も気づいていないんだ」

 帰ってきたんだ。あの世界から。

 樹は停止した世界から抜け出せたことに、安堵する。

「そ、他の人からすれば今日は普通の木曜日。ちなみに今はモロ授業中」

「「「ええーっ⁉」」」

 風が伝えた衝撃の事実に、勇者部部員たちが驚きの声を上げる。

「まあ、それについては大赦にフォローを…頼んでいいのかしらね。というか、信用していいのか自信がなくなってきた」

 丹羽との会話から、風は大赦不振になっていた。少しやりすぎたかもしれない。

「一応、頼むだけ頼んどくわ。何もしなかったら、それはそれで交渉の材料にもなるし」

 スマホを操り、大赦へのメールを送る風。よかった。少しは立ち直ってくれていたようだ。

「犬吠埼さん、犬吠埼先輩、結城先輩、怪我はなかったですか?」

 丹羽が尋ねると、樹の頭の中を先ほどまでの出来事が走馬灯のように駆け抜ける。

 なんだか現実離れしていたが、あれで死ぬかもしれなかったのだ。今更ながら恐怖が足を伝ってくる。

「アタシは大丈夫。友奈と樹は…樹?」

「お姉ちゃっ…わたし、怖かった。ふぇえ…っ。もう、わけわかんないよぉ」

「よしよし、冷蔵庫のプリン食べていいよ。あんたのだけど」

 おい、と友奈と東郷がツッコむべきか迷っていると、それ以上のツッコミ対象が現れた。

「あら^~やはりふういつは正義。百合姉妹っていいよね」

 なぜか目をキラキラさせた丹羽が抱き合う風と樹を眺めている。

 あれ? さっきまで私を助けてくれた男の子はどこに?

 東郷は一瞬自分の目がおかしくなったのかと疑う。

「えっと、丹羽君?」

「なんですか、結城先輩」

 あ、元に戻った。変わり身早いのね。

「本当に怪我はない? 大丈夫?」

「だから大丈夫ですって。俺としては前線でバーテックスと戦ってた3人のほうが心配ですよ」

 丹羽の言葉はもっともだ。東郷も友奈に確認する。

「友奈ちゃん。怪我は大丈夫なの?」

「もっちろん。この後東郷さんを背負ってランニングだって出来ちゃうよ」

 なんとも頼もしい答えだ。東郷としては友奈と密着できる機会なのでぜひお願いしたいが。

 その前に確かめなければならないことがある。

「風先輩、聞きたいことが」

 東郷の視線を受け、風も覚悟を決めたようにうなずく。

「わかってるわ。全部話す。アタシが大赦から教えられていること全部」

「おかえりなさいませ、勇者様」

 突如聞こえた第3者の声に驚き、勇者部4人と丹羽が振り向く。

 そこには、原作にはいなかったはずの存在がいた。




好感度は上げたら即下げていくスタイル。
だって百合イチャが見たいんだもの。 丹羽

 三ノ輪銀
  ↓
minowa gin
  ↓
niwa mingo
  ↓
 丹羽明吾

 偶然だぞ!


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心を入れ替える(物理)

 あらすじ
東郷「星屑怖い、星屑怖い」
友奈「あ、変身できた。風先輩と樹ちゃん助けてくるね」
東郷「私だけ変身できなくて、役立たず」
丹羽「そんなことないですよ、先輩。アメちゃんをどうぞ」
東郷「」アメちゃんぺろぺろ。
乙女座「ヴァルゴ死すともセンチメンタルな運命を感じずにはいられない!」
樹「やったー! 敵を倒したよ」
風「アタシたち3人の勝利よ」
東郷「3人だけで…私だけ仲間外れ」
丹羽「あ、俺も変身できた」
東郷「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
神樹(あんな子勇者にしたかなぁ…)


「初陣の勝利、誠におめでとうございます。本日は大赦からの命によりそこにいる丹羽明吾をこちらで調査のため引き取るためはせ参じました」

 屋上には1人の人物がいた。

 全身白い衣装を着て、大赦を象徴するマークの仮面をかぶっている。

 大赦仮面。大赦に所属する職員だ。声からして中年の男。大体3~40代ぐらいだろうか。

 なぜアレがここに、と丹羽は思う。

 原作ではこの後、部室で風によるバーテックスの講義があったはずだ。大赦仮面が出てくるのは、少なくとも今ではない。

 修正力か。原作にいなかった自分を排除しようと、世界が送り込んできた存在。

 かつて蠍座の代わりに現れた獅子座のように。

 思い出して、丹羽を操る人型のバーテックスの胸に苦い記憶がよみがえる。

 しかしそんな丹羽の変化に誰も気づくことはなく、大赦仮面は喋り続けていた。

「巫女の神託によれば勇者として現れるのは4人。犬吠埼風様、犬吠埼樹様、結城友奈様、そして東郷美森様」

 突如現れて自分たちの名を読み上げる男に、勇者部全員は呆然とする。

 学校という施設とはあまりに場違いな存在に、現実感がなかったのだ。

「丹羽明吾の名前はございませんでした。そもそも、男は勇者にはなれませんので」

 あ、やっぱりそうなんだ。と勇者部部員たちが丹羽を見る。

「しかしその男は勇者でもないのに樹海に入り、勇者へと変身できた」

「えー、それって本当なんですか? 現に俺普通にあの場所へ行けたんですけど。風先輩をだましていたみたいに、また嘘ついてません?」

「っ! そうだ。ねえ! 大赦は最初からアタシ達をだますつもりだったの? アタシたちが勇者に選ばれるのが本当はわかっていて、友奈と東郷を勧誘させたの? 他の適性が強いグループが選ばれるって嘘をついて」

 明吾の言葉に思い出したのか、風が大赦仮面を問い詰めた。

「ご安心ください。ただの健康診断と調査でございます。大赦としては不安要素は減らしておきたいと。皆様も男なのに勇者として変身できる存在がいるというのは、何かと不安でしょう?」

 だが大赦仮面は初めから風の質問に答えるつもりはないらしい。

 用意していた言葉をつらつらと並べ、風を無視して丹羽を連れて行こうとした。

「この方は責任をもって大赦が調べますので、ご安心を」

「ちょっと! 話を聞きなさいよ!」

 風が丹羽と大赦仮面の間に入り、詰問する。

「友達が、友奈ちゃんや風先輩、樹ちゃんが死ぬかもしれなかったんですよ! 大人として最低限の説明をしてください!」

 東郷は車椅子の低い視点から大赦仮面を剣呑な雰囲気でにらみつけた。

「私は丹羽君が変身できることを不安なんて思いません。むしろ頼もしいと思ってます。それより風先輩の質問に答えてください」

 友奈も一方的にしゃべるだけの大赦仮面に不信感を抱いたのか、言葉を否定し風の質問に答えるように言う。

「お母さんとお父さんが亡くなった後、大赦と取引したってどういうことですか⁉ それなのに約束した支援を全然しないで丸投げして放っておいたって本当ですか?」

 樹は自分が知らなかった姉と大赦との約束を持ち出し、大赦側が一方的に不履行な状態になっている現状を問い詰める。

 どうしてですか。説明してください。なんでですか。私たちをだましていたのか。なんで何も教えてくれなかったのか。

 そんなどうして、なんでの大合唱に、大赦仮面から舌打ちが漏れる。

「ピーピーうるせぇ。だから女のガキは嫌いなんだ」

 雰囲気が変わった。先ほどの慇懃(いんぎん)な態度とは正反対の粗暴な言葉が小声で聞こえた。

「子供は何も考えず、大人に従っていればいいんだよ…こっちが下手に出てれば付け上がりやがって」

 なにやら大赦仮面の様子が不穏だ。嫌な予感がする。勇者部の面々は問い詰めることに夢中でまだ気が付いていない。

「結城先輩、犬吠埼さんの耳をふさいでください」

「え? なんで…」

「いいから!」

 丹羽に強く言われ、友奈は樹の耳を両手で覆う。突然耳をふさがれた樹は困惑していたが、これからあの大赦仮面が発する言葉を純真なこの子に聞かせるわけにはいかない。

「うるせーんだよガキ共!」

 突如豹変した大赦仮面の態度に、風と東郷は思わず驚き、黙ってしまう。それを見て大赦仮面は満足げに笑ったように見える。

「いいか! 本当なら、貴様らではなく私の娘が勇者として選ばれるはずだった。そして我が家は格が上がり、大赦での発言権も強くなるはずだったのに!」

 そこには大人という仮面を脱ぎ捨てた、権力にとらわれた亡者の姿があった。

「くそ、こんなことならばここに娘を入学させるんだった。いや、今からでも間に合うか。娘をここに転校させ、勇者として働かせれば」

「あ、アンタ何を言ってるの?」

 風は信じられないというように大赦仮面の言葉に問いかける。

「あんな化け物たちとの戦いに、死ぬかもしれない戦場に自分の娘を送り込む親がどこにいるのよ」

「いるさ、ここに! それにたとえ死んだとしても子供なんてまた作ればいいだろう」

 すがすがしい下衆っぷりだった。あのメンタルが鋼で優しさの塊でできているような友奈でさえ顔をしかめている。

「お家のため、いや私の出世のために役に立つならあの子も本望だろう。なにしろそういう風に育ててきたのだからな」

「あなた…本当に父親なの? 子供にそんなことを言うなんて」

 嫌悪感をにじませた東郷の言葉に、大赦仮面は鼻を鳴らす。

「父親だとも。子供は親の道具だろう? いっそのこと、そこにいる役立たずの車椅子の娘がさっきの戦いで死んでくれていれば私の娘も勇者としてお家のために」

 最後まで言い終える前に、丹羽の拳が大赦仮面の口を封じた。

 手加減していたとはいえ強化版人間型バーテックスの力は人より強く、大赦仮面の身体が軽く吹っ飛ばされる。

「ごふぁっ⁉ お、お前何をする⁉」

「ああ、すみません。虫がいたものでつい」

「虫だと、そんなものどこに?」

 先ほどとは打って変わってうろたえている姿が滑稽で、思わず笑いがこみ上げそうになる。

「いるじゃないですか。権力という甘い汁に群がる汚い虫が」

 一瞬何を言われたのかわからない大赦仮面だったが、丹羽の意図することに気づくと「貴様っ!」と立ち上がり殴りかかろうとしてきた。

「犬吠埼先輩、東郷先輩、さっきの会話録音できてますか?」

「え、丹羽。アンタ一体」

「もちろんよ。出来てるわ」

 うろたえる風とスマホをこちらに向けてかざす東郷。

 流石東郷さん。頼りになる。

 風先輩は腹芸のできないタイプだな。そこがいいのだけれど。

「というわけです。もし大赦の偉い人にさっきの発言を聞かれて困るのはどちらでしょう?」

「ぬぐぐ」

 大赦仮面は歯噛みする。愚かではあるが馬鹿ではないらしい。

「何が望みだ。金か?」

 違うよ馬鹿。お前らと一緒にするな。

「彼女たちに、謝ってください。特に東郷先輩に。彼女もあの場で立派に戦った勇者の1人だ」

 丹羽がそう言うと、大赦仮面はしょせん考えることが子供だなとでも言うように失笑した。

「はいはい、どうもすみませんでした」

「そんな態度で謝ったとでも? 日本には古代から伝わる最大限の謝意を表す方法があるじゃないですか。見たいなー、人生の先輩のお手本が見たいなー」

「貴様、調子に乗るのも」

 大赦仮面が怒りに身体を震わせ始めたので、東郷が待ったをかける。

「もういいわ、丹羽君。その人の言っていることも事実だもの。私、今回は何もできなくて」

「なに言ってるんですか。ちゃんと勇者部4人で一緒に戦ってたじゃないですか」

 丹羽の言葉に、東郷を含めその場にいた全員が驚く。

「東郷先輩はみんなの無事を祈っていた。4人で誰1人欠けることなく帰れるように。チア部でも応援することが彼女たちにとっての戦いなんですよ。東郷先輩はその姿勢を否定するんですか?」

「そうだよ東郷さん。東郷さんの祈り、ちゃんと私たちに届いてたよ」

 丹羽の言葉に、友奈が1番に賛同する。やはりゆうみもは夫婦。尊い。

「そういえば、戦っている最中身体の動きのキレが良かった気がするわー。あれも東郷のおかげね」

 風も続いて同意する。お世辞かもしれないがもしかしたら祈ることで東郷の中の巫女としての力が作用し、本当にパワーアップしていたのかもしれない。

「わ、わたしも! 戦っている間、そんなに怖くなかったです」

 と樹。それは単に君が生まれながらのシリアルキラーなだけでは?

 丹羽は口から出かかった言葉を飲み込み、アニマエール見ててよかったなぁとだけ思うようにした。

「というわけです。東郷先輩、あなたが戦わずに見ていただけだなんて責めたりする人は、ここには誰もいませんよ」

「みんな…」

 東郷は勇者部の仲間たちの言葉に感極まったのか、目に涙をためている。

 よし、これでネガティブから風先輩を問い詰める東郷さんというイベントは完全回避されたな。

 あれは情報を秘匿(ひとく)していた風も悪かったが、戦闘で何もできなかったという負い目を持った東郷の八つ当たり的な部分も多分に含まれていた。

 こうして勇者部のみんなに肯定されれば、あんなことにはならないだろう。

 そう考えれば、このタイミングで来てくれた大赦仮面にも感謝しなければならない。

 なにしろ、この場にいる全員のヘイトを受け止めてくれる存在なのだから。

「くっ、もういい! 先ほども言ったが丹羽明吾! 貴様には大赦から出頭命令が出ている。もし従わない場合は」

「はいはい。どこへでも参りますよ。でもその前に」

 丹羽は東郷に近づき、小声で話し出す。

「え? 私たちのスマホが盗聴されてる?」

「おそらく盗撮もですね」

 大赦仮面に聞こえないようにこそこそと2人で会話する。

「いくらなんでも大赦が動くのが早すぎます。俺はさっき変身したばっかりなのに。多分皆さんのスマホのカメラから戦況を確認したり、会話を盗み聞きしてたんでしょう」

「それは…でも大赦がそこまで」

「風先輩も言ってたじゃないですか。勇者はバーテックスに対抗できる唯一の存在だって。そんな存在を手放したくないから、アプリか何かにそんな機能をつけたのでは?」

 なるほど、一理ある。大赦としては勇者を常に管理下に置きたいところだろう。その手段として変身アイテムであるスマホの盗聴機能は必然であるように思える。

「いいんですか東郷先輩、そんなことを許して」

「え?」

 一瞬何を1つ下の後輩が怒っているのかわからなかった。東郷としても監視されるようで嫌だが、この措置は妥当だと思っていた。

 丹羽の次の一言を聞くまでは。

「結城先輩のあられもない姿とか、寝言とかが大赦のスケベな狒狒爺(ひひじじい)どもに筒抜けってことです。もし結城先輩がお風呂にスマホを持ち込むタイプだったら」

「おのれ大赦ぁあああ!」

 東郷の頭の中が怒りでいっぱいになる。先ほど大赦仮面に役立たずと言われた時もこんなには怒らなかった。

 なんてことだ。自分だけならともかく、大切な友奈ちゃんの生まれたままの姿なんて羨ま…もといけしからん!

 絶対に天誅(てんちゅう)を与えなければ!! そのためならこの1年でつちかったサイバー技術を駆使してどんなことだってする。

 東郷は重要な情報をくれた後輩の手をがっしりと掴み、上下に振る。

「ありがとう丹羽君。私は危うく巨悪を見逃すところだったわ。さっそくアプリを解析して対策に当たる」

「お役に立てたなら幸いです。先輩」

「おい、まだか!」

 いつまでもついてこない丹羽に、しびれを切らした大赦仮面が呼んでいる。

 そろそろ行かないとまずいだろう。

「じゃあ、皆さん。行ってきます」

 心配そうに見送る勇者部一同に頭を下げ、丹羽は大赦仮面について屋上から出てく。

「じゃあ、アタシたちもとりあえず部室に行きましょうか。まだバーテックスについて説明することもあるし」

「その前に皆さん、スマホの電源を落としてください」

「え、東郷さん。どうして?」

 不思議そうに東郷の顔を見る友奈に、大丈夫よあなたは絶対私が守るからと東郷は決意を新たにする。

 その対象はバーテックスではなく、スケベな覗き魔からだったが。

 

 

 

 連れていかれたのは、大赦が経営する病院を兼ねた研究所だった。

 といっても見た目は普通の病院そのもので、通院している一般人もいるようだ。

 てっきり物々しいアングラな研究所のような場所に連れていかれると思っていた丹羽は拍子抜けする。

 検査も血液を採られたり、口の中や舌の上を綿棒のようなものでゴシゴシされたり、レントゲン写真を撮られたりと、ごく普通の健康診断のようだった。

 着いたら問答無用ではりつけにされ、細胞を調べるためにメスで切り裂かれる展開も覚悟していたのだが杞憂だったようだ

 検査の最後は問診だった。連れてきた大赦仮面とは別の白衣を着た大赦仮面が、カルテを片手に背もたれのない椅子に座った丹羽に質問してくる。

「ええっと、丹羽、丹羽あきごくん?」

「みんごです。にわみんご」

「へぇ、変わった名前だね。ご両親は?」

「いません。そう書いたはずですが」

「いやいや、君の口からちゃんと聞きたかったんだよ。2年以上の前の記憶がないんだって? 大変だねぇ」

 丹羽は問診を受ける前、両親や血縁者のことなど事細かな質問が書いてある問診票に書き込んでいた。もちろん内容はほぼでたらめだが。

 バーテックスの自分に両親などいないし、そもそも人間世界で生活してきた記憶もない。

 なので、この四国へ入れるようになった2年以上前の記録など存在しないのだ。だから記憶喪失という便利な設定にさせてもらった。

「2年前と言えば、大橋跡地で事故があったねえ。うちの職員も何人か亡くなったよ。それと何か関係が?」

「さあ? なにしろ記憶喪失なので。気が付いたらそこにいた感じですかね」

 ふむ、と大赦仮面は何やらカルテに書き記し、丹羽が書いた問診票のページをめくる。

「その後妻を亡くしたおじいさんの元に養子に入ったとあるが、これは?」

「行く当てもなくてさまよっていたところをじいさんが飯を食わせてくれたんです。俺もご飯のお返しに掃除とかしたりしてたら気に入られて部屋も余ってたし、一緒に住むかってことになって」

 嘘だ。

 本当は孤独死寸前の都合がいい人間を見つけ出し、戸籍を得るために近づいた。

 そしてとある方法で養子となり、讃州中学に入学するための足掛かりにしたのだ。

「身寄りがわからない子供がいたら通報して保護してもらうのが普通では?」

「それはじいさんに聞いてもらわないと。多分、奥さんがいなくなって寂しかったんじゃないですかね。子供もあまり家に来なかったし」

 これは本当。

 丹羽がその家に住み着くまでその老人には認知症の兆候があったのか、玄関にはゴミ袋が溜まりいわゆるごみ屋敷になりかけていた。

 それを掃除し、ようやく人が住めるような家にしたが以前は近所の人間も手を焼くほどの迷惑じいさんだったらしい。

 家からの悪臭はもちろんなにかと言いがかりをつけて近所の家に農薬をかけたり、子供を杖で殴ろうとするなど碌な人間ではなかった。

 だが丹羽が養子になってからは人が変わったように穏やかになり、家もきれいになって近所の人にも優しく挨拶をするようになったのだ。

 近所の人からはついにじいさんが子供をさらったと思われていたが、みるみる環境が改善されると子供がいると張り合いが出るのかしらと噂していた。

 まあ、それも丹羽がやったことの副産物なのだが、現在老人は近所でもまれにみる聖人として暮らしている。

「讃州中学に入学したのはどうして? 大橋からは離れているよね?」

「寮があったからです。じいさんはいいって言ってたけど、いつまでも厄介になるのは心苦しくて」

 これは半分本当。

 ゆゆゆいで讃州中学には寮があることは知っていたし、入学する理由としては妥当(だとう)だと思ったのだ。

 まぁ、入寮できなかったら最悪別の方法で讃州中学付近を住処にする予定だったが、そうはならなかった。

「じゃあ、肝心な質問だ。どうして君は神樹様に勇者として選ばれたのだと思う? 憶測でもいいから答えてくれ」

「それこそわかりません」

 だって自分は神樹に選ばれた勇者ではない。

 むしろそれとは正反対の存在。本来なら勇者と戦う相入れない存在なのだから。

「うーむ。では君が変身した状況を教えて」

「その前に、俺からもいくつか質問してもいいですか?」

 丹羽の言葉が意外だったのか、大赦仮面は多少困惑したが問診をスムーズに進めるために了承することにした。

「どうして、風先輩に勇者のことを黙っているように命令を? 事前に知らされていれば対応できたのでは?」

 大赦仮面によると実際にその時になるまで誰が勇者になるのかわからなかったため変に不安がらせないようにとのことらしい。

 嘘だ。東郷さんと友奈がいる時点で、讃州中学勇者部が次の勇者になることはほぼ決定していたはずだ。

 なにしろ大赦は瀬戸大橋跡地の合戦の後、四国全国の子供たちに勇者としての適性値を調査したのだから。

 その調査の結果、最高値をはじき出した友奈を見逃すわけがない。東郷さんの住む場所をわざわざ友奈の隣の家にしたのも、そうした理由からだろう。

「もし勇者として戦うために変身すると致命的な副作用があるとしたら、先生なら伝えますか?」

 大赦仮面は笑ってそんなことはあり得ないと言った。だがもしもですよと丹羽が食い下がると少し考えて黙っておくといった。

 勇者は神樹様に選ばれた存在で替えがきかない。多少の副作用があっても戦ってもらい、自分たちを守ってもらいたいと答える。

 それに勇者として神樹様に仕えられることは大変名誉なことだとも言った。

 なるほど。では最後の質問だ。

「年端も行かぬ子供を死の危険のある戦場に送り出し戦わせることについてはどう思いますか?」

 この答えは、先ほどの答えのように迷いはなかった。

 すべては神樹様の御心のままに。

 たとえ自分の娘が勇者となっても、自分は喜んで見送るだろう。

 なぜなら勇者として神樹様のために戦えることは、大変に名誉なことだから。

 むしろ世界のために戦って死ねることは喜ばしい。君が嫌ならば自分の娘がそうなってほしいくらいだよと。

 なるほど、よくわかった。

 あんたが■■してもいい人間だってことが。

 丹羽は問診用の椅子から立ち上がると、大赦仮面に近づき仮面を剥ぐ。

 仮面の下は、中年の男性だった。小太りで、唇の左上にほくろがある。

「な、何をするんだ君⁉」

 騒がれる前に、丹羽は行動を開始した。

 左右の人差し指を耳の穴に当て、そこから伸びた細長い何かが男の耳を通って中に入っていく。

 突然だが、ハリガネムシという生物をご存じだろうか。

 カマキリに寄生することで有名な生物であるがコオロギやバッタなどにも寄生することもあるという。

 カマキリなどの陸上生物にわざと食われ2~3か月腹の中で生活し、成虫となると脳にタンパク質を注入して宿主を操作して水に飛び込ませ入水自殺させてしまう生物だ。

 水場に向かうのは生殖のためで、カマキリが尻からすっごく長いハリガネのような生き物を出す映像でこの生物を知った方も多いのではないだろうか?

 丹羽を作り出した人型バーテックスが注目したのは、この宿主を操るという部分だ。

 それをバーテックスでできないだろうかと。

 いま、丹羽が指先から出したのは寄生型バーテックスだ。

 脳に直接寄生し、宿主を操る。

 殺すわけではない。ただ元の人格から自分にとってある程度都合のいい人格に改変するのが目的だ。

 丹羽が命じずとも壁の外から人型のバーテックスが念じるだけで操ることもできる。

 しかもかなり小さいので、神樹の結界に引っ掛かることはない。いわばバーテックスの細胞を人間の身体が包んでくれているのだ。

 まず見つかることはないだろう。

「これから言うことをよく聞き、実行するように」

 丹羽の言葉に、大赦仮面だった男はうなずく。

「仲間を増やせ。特に勇者を道具扱いしたり子供が戦うのに抵抗も疑念も持っていない輩を優先的に。自分の出世のために勇者を利用しようとするやつもだ」

「はい」

「だが安芸先生と三好春信、南条光の父親と母親は対象から除外しろ。それ以外にも勇者に対して好意的だったり、子供を犠牲にする大赦のやり方に疑問を持っている人間は寄生しなくていい」

「はい」

「よし、あと俺のカルテは何の問題もないただの人間だったと改ざんしておいてくれ。そうだな…身体に精霊を宿している西暦の勇者に近い勇者もどきということにして」

「はい。わかりました」

「よし、話は終わりだ。手始めにここの研究員を寄生させていこう」

 丹羽がそう告げたのと、研究員が入ってきたのは同時だった。

「先生! そこの彼、丹羽君のことを調べていたらとんでもないことが」

「なんだね騒々しい。まだ問診の途中なんだが」

 バーテックスが寄生された大赦仮面は、先ほどの出来事などはおくびにも出さず寄生される前と同じような態度で対応する。

 この寄生型バーテックスの特徴は、寄生されても元の人格があまり変わらないことだ。丹羽が命令しない限りそれは変わらないし、ただ勇者という存在を助けたい。支えたいという気持ちが増幅するだけなのだ。

 もっとも勇者を使い捨ての道具とか思っているように考え方が極端だと、影響は大きいかもしれないが。

 研究員が興奮した様子で、丹羽から見えないように資料を寄生された大赦仮面の医師に見せている。

 大赦仮面は仮面を外し、研究員の耳元に口を近づけた。研究員は資料に夢中になるあまり気づかない。

「あがっ⁉」

 大赦仮面の口から細いヒモのようなバーテックスが研究員の耳に入り、一瞬研究員の目が白黒する。が、すぐに元に戻り何事もなかったかのように平静になった。

「このデータは廃棄するように。いいね?」

「はい」

 大赦仮面の医師が言うと、研究員はうなずき研究室へと戻っていく。

 こうして研究室でも同じように寄生型バーテックスを他の人間へ送り込み、バーテックスに寄生された人間…バーテックス人間を増やしていくだろう。

「これで少ししたら大赦にもある程度働きかけることができるようになるな」

 丹羽はつぶやき、診察室を出て大赦の研究施設を後にすることにした。

 これ以上ここにいる必要はない。なぜならすでに目的は達成したのだから。

 大赦を内側から崩し、子供たちを戦わせて自分たちは安全な場所でふんぞり返っている大人を粛正(しゅくせい)するという目的を。

 大赦が勇者に対し真摯であれば避けられた問題は本編でいくつもあった。

 そうしなかった結果、風の感情が爆発して暴走し「大赦を潰す!」発言をさせてしまったのである。

 そんな未来にさせないためにも、これからは積極的に大赦を関わらせていこう。勇者たちをサポートして導くように。

 そうすれば、最悪の事態は避けられるはずだ。

「おい、お前! 勝手に帰るな! 検査は終わったのか⁉」

 あ、そういえばまだいたのか。丹羽は今度は問診などの過程をすっ飛ばし迷うことなく指先をここまで連れてきた大赦仮面の耳に当て、寄生型バーテックスを送る。

「あばばばっ」

 こいつは真っ黒中の真っ黒だからな。人生観が180度変わって性格にも影響が出るかもしれない。

 しかしそれで誰も困る者はいない。むしろいい方向に進むだろう。

「質問です。勇者は?」

「私が出世するための踏み台…ではなく守るべき存在。我々が支えるべき存在」

「子供には」

「優しく接する」

「よろしい。では今日はいままで頑張ってきた娘さんのためにちょっと高い値段のケーキを買って帰るように。嫌がられても家族サービスはちゃんとしなよ」

「はい、わかりました」

 大赦仮面の言葉に満足した丹羽は、今度こそ研究施設を後にする。

 思ったよりも早く大赦と接触することができた。

 これならば、大赦を勇者をサポートする組織に改編するという目標も思ったより早く達成できそうだ。

 そうすれば、風の暴走も回避できる。まずは大赦の大人の意識を改革し、勇者たちの大赦への不信感を無くしていくのが先決だが。

 長い仕事になりそうだな、と丹羽はため息をついた。しばらく忙しくなりそうだ。

 

 人間の姿をした化け物は気づかない。目的を優先するあまり自分が人として越えてはいけない境界線を簡単に超えてしまったことに。

 人間の姿をした化け物は気づかない。化け物として過ごした日々が、人間の倫理観を忘れさせてしまったことを。

 

 

 

「そう、今回も防人隊は何も発見できなかったの」

「はっ、数回星屑との戦闘はあったようですがそれだけです。人類が住める土地も、園子様が探しておられるバーテックスの情報もありません」

 大赦が経営する病室の1室で、複数の大赦仮面が1人の少女の前にひざまずいていた。

 部屋は広く、設置されている調度品や冷蔵庫やテレビなどが最新機器であることからここが最高級のサービスを受けるための部屋だとうかがえる。

「星屑との戦闘があったの? 欠員は…戦闘不能になった娘はいた?」

「いいえ、欠員はゼロ。無事ゴールドタワーへ帰還したということです」

 報告を聞いた乃木園子は正直驚いていた。

 最弱とされる星屑とはいえ、人類には強すぎる敵だ。防人のスーツは防御力はそこそこだが勇者のように身体能力を飛躍的に向上させるシステムは組み込まれていない。だというのに誰1人欠けることなく帰還したという彼女たちの働きは素晴らしかった。

 よっぽど指揮官がいいのだろう。勇者になれなかったとはいえ、楠芽吹に対する評価を改めなければならない。

「大丈夫です、園子様。たとえ欠員が出たとしても、すぐに補充すれば」

 的外れなことを言ってきた大赦仮面をひとにらみで黙らせる。

 本当に、この人たちは頭が悪い。わたしより大人なのに、これがどれほどすごいことかわからないなんて。

 やれやれと思いながら、次の報告書に目を移し、少し顔がほころぶ。

 そこには記憶を失った車椅子に座る親友の写真が数枚と、部活で3人の女生徒と一緒に笑顔でいる写真が貼りつけられている。

「わっしー。元気でやってるんだ」

 自分はこんなだけど、彼女は元気でいるようだ。あとはもう1人のズッ友さえ見つかれば。

 ページをめくった園子が、ある記述を見て首をかしげる。

「この丹羽明吾というのは?」

「先日、対乙女座戦で勇者として覚醒したという報告を受けています。経歴を含め詳しいことはまだ調査中ということで」

 男の子なのに勇者になれる人もいたんだ。

「ふーん」と返事をして、園子はその男子生徒の写真を見る。

 中学1年生。ということは自分より1つ年下か。

 顔は女の子っぽいというわけでもないけど、女装させたら面白そうだ。ひげも薄いし、化粧してみるのも面白いかもしれない。

 園子は大赦仮面たちを下がらせ、久々にノートパソコンを取り出した。

「なかなか面白そうな子なんよー」

 今日はなんだか久々に面白いものが書けそうな気がする。イメージがどんどん湧き上がってくるのを感じた。

 女にしかなれないといわれていた勇者になった謎の少年。

 彼の存在が、園子の創作意欲に火をつけたのだった。




 大赦職員洗脳作戦(OTONA化計画)開始。
 人間側からしたら本格的にバーテックスが人間社会乗っ取りをしようとしている感じだけど、本人に悪意はないです。ホントダヨ?
 シドニアの騎士のノリオにしたみたいにひどいことしてないし。むしろ性格を変えない分人道的。
 大赦の大人も優しくていい人になって、勇者の待遇もよくなる。WINWINな作戦です。

 バーテックス人間
 寄生型の小型バーテックスを脳に埋め込まれた人間。
 丹羽の言葉や人型星屑の命令を受けると忠実にそれを守り、行動する。
 普段は寄生される前の人格と変わりなく、本人も周囲の人間も寄生されている事実に気づかない。
 だが脳に埋め込まれた寄生虫は勇者たちを守り、サポートしたいという欲求を増大させ、逆に子供に任せ自分たちは安全な場所にいる現状に嫌悪感を示すようになる。
 要するに大赦のクズ、真人間矯正用バーテックス。
 ゆゆゆ世界で百利あって一害もない存在。


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勇者部へようこそ!

 あらすじこと前回の3つ。
【悲報】主人公、イキる。
 東郷さんのメンタルケア完了。本当なら大赦、お前の仕事やぞ。
 大赦仮面に寄生型バーテックスを植え付ける。これからどんどんバーテックス人間を増やそうぜ!



 乙女座の襲撃の翌日。丹羽が登校してくると樹と目が合った。

「おはよう。犬吠埼さん」

「お、おはようごじゃい、ございます」

 と思ったらすぐ逸らされる。樹の席は丹羽の席までの通り道にあるので必然的に横を通ることになるのだが、横から見えた彼女の耳は真っ赤だった。

 風邪だろうか? 今日は蠍座と射手座と蟹座の襲撃があるのに心配だ。

 そう思いながら机に教科書やノートを入れていく。すると机の前に人の気配を感じた。

 顔を上げれば、そこには顔を真っ赤にした樹がいる。

「あの、丹羽くん。お昼休み時間ある? もしよかったら、昨日のことで少しお話があるんだけど」

 もじもじした樹が離れている丹羽の席までわざわざ行き、告げてきた。

 さて、問題だ。これを理由を知らない第3者が見たらどう思うだろう?

 答え。

 突 然 の 告 白 イ ベ ン ト 発 生 !

「じゃ、じゃあ伝えたから!」

 逃げるように自分の席へと戻った樹を、複数の女子が囲んで問い詰めている。丹羽も何人かの男子に囲まれ、妙になれなれしい態度でからかわれたりする。

 違う、そういうのじゃないからと伝えても誰も聞く耳を持たない。樹のほうは突然のことに目を回していて、時々キャー! っと黄色い悲鳴みたいなものも聞こえてきた。

 どうしてこうなった。俺はただ百合を眺めていたいだけなのに。

 掛け算の右や左になるのはノーセンキューだ。むしろ丹羽としてはイコールの位置で永遠に解けない掛け算を見守りたいというのが本音だ。

 結局昼休みになるまでこの状態は続き、昼休みを告げるチャイムが鳴ると丹羽は樹の手を引いて教室を出る。するとその姿を見た女子の黄色い悲鳴が追いかけてきた。

 いや、本当にそういうのじゃないから! と丹羽は無駄だとわかっても告げる。樹の名誉が失墜するのだけは防がなければ。

「ごめんね、犬吠埼さん。なんか変なことになっちゃって」

「い、いえ。わたしの言い方がわるかったんでしゅ」

 あ、噛んだ。かわいい。

「昨日のことって、あの樹海での戦いのことでしょ? 部室に集まるの?」

「はい。お姉ちゃんが伝えたいことがあるって。あと、丹羽君の検査結果も知りたいから」

 検査結果か。寄生させてデータを改ざんさせたけど。

 別にいいか。大赦には丹羽が指示した通りの報告書が送られているわけだし。

 風が伝えたいというのはおそらくバーテックスのことだろう。前日勇者部のみんなに伝えたことを、丹羽にも教えるつもりだと推測できる。

 本当に面倒見がいい人だよなぁ。こういうところはモテポイントだと思うのに、なぜ浮いた話がないのか。

 容姿も決して悪くない。間違いなく美人に分類される顔とスタイルだ。

 やはりあれかな。女子力。女子力がすべてのプラス要素をマイナスに落とし込んでいるとしか。

「…わくん、丹羽くん!」

 おっと、思考が別のところに行っていた。

 樹に向き直り、何かと問いかけると「手」と一言だけ言われた。

 なるほど。教室からずっと引っ張ったままだった。これは痛かっただろう。

「ごめんね、痛かったね」

 と謝り手を放すと、顔を真っ赤にして目をそらされてしまった。

 これは…相当お怒りですね。

 うーむ、どうしたものか。

 丹羽は嫌われても全然問題ない。むしろ嫌ってくれたほうがきがねなく百合イチャを観察できるからそっちのほうがいい。

 だが、今はまだ知り合ったばかり。信頼関係を築くためには重要な時期だ。

 これからのバーテックスとの戦闘で信頼と連携が必要な場面が多々あるだろう。そのためにはなるべく勇者部の面々と接触して信頼度を稼ぐ必要がある。

 そこで1番重要なのが彼女、犬吠埼樹だ。

 彼女は引っ込み思案で、趣味の占い以外ではあまり食いつく話題がない。東郷の軍艦や軍人、護国思想。風の女子力アップのような信頼度の稼ぎどころがあまりないキャラクターなのだ。

 え、友奈はどうなのかって? 彼女はコミュ力モンスターで主人公補正入っているからこっちが逆に口説かれかねないからそっちのほうが心配だ。

 そんなことを考えていると、部室棟まで来てしまった。打開策はまだ思いつかない。

 勇者部はどこにあるのかわからないので、樹に先導してもらう。が、途中で足が止まった。

「あ、あの丹羽くん!」

「ア、ハイ。何でしょう」

 振り向いた樹の顔は、すごく赤かった。

「わたしとお姉ちゃん、同じ名字でわかりにくいから。名前でえっと。樹って」

 え、何このかわいい生き物。

 危ない危ない。訓練された百合男子じゃなければ惚れていたところだ。

 おそらく勇者部には「犬吠埼」という苗字の人間は2人いるから名前で呼んでほしいと伝えようとしているのだろう。

 だが、彼女は丹羽に対して男女特有の特別な想いなど抱いてはいない。

 ただ、極度の恥ずかしがり屋なのだ。

 それを勘違いして馴れ馴れしく名前で呼ぼうものなら、そいつは間違いなく百合の間に入る害悪になってしまう。

 なので丹羽はこう答える。

「心配しなくても、同学年の犬吠埼さんはさん付けで。3年の犬吠埼先輩は先輩って呼び分けるから大丈夫だよ」

「ひぇ⁉ そうですか? それなら…おねがいしましゅ」

 ほら、やっぱり。

 安心した様子の樹を見て、丹羽は自分の考えが正しかったのを確信した。

 その後少しへこんでいたようだが、うまく話せなかったのを落ち込んでいるんだろう。

 やがて目指す場所にたどり着き、樹がドアを開けてくれた。

 そこは讃州中学勇者部。

 記憶の中の映像そのままの、何度も丹羽が見た部室がそこにあった。

 

 

 

「ようこそ勇者部へ。歓迎するわ、丹羽」

「丹羽君、ようこそ」

「ようこそ勇者部へ」

 部室に入ると、そこにはすでに風、友奈、東郷の3人がいる。どうやら1年生の自分たちが1番最後だったらしい。

 ふむ、美少女だけの空間。いいにおいがしそう。となればやることは1つ。

「すぅううううううううううう」

 部室に入った丹羽が突如息を吸いだした。深呼吸かと思ったが一向に息を吐く気配がない。

「ちょ、ちょっとアンタ! 何やってるのよ⁉」

「う、ごほっごほ。あ、すみません。お約束でやっておくべきかなと思いまして」

 お約束って何の? と勇者部一同が思っていると、丹羽は表情を引き締めまじめモードになる。

「それで、お話というのは昨日のことですか?」

 相変わらず奇行からの変わり身が早い。ひょっとしてこいつは2重人格じゃないだろうか。

 そんなことを思いながら、風は気になっていたことを尋ねる。

「その前に、昨日あれからどうなったか教えてくれない? こっちはあれから何の連絡もなくて、心配してたんだから」

「すみません。連絡しようにも皆さんのアドレスも電話番号も知らなかったので」

 と丹羽。完全な自分の落ち度に、風は顔を真っ赤にさせる。

「そ、そうだったわね。ごめん」

「いや、犬吠埼先輩が謝ることじゃ。むしろ俺は大赦から連絡が来ているものだと思ってました」

「あー。連絡は来たことは来たんだけど、内容が断片的すぎて、アンタが無事かどうかは参考にならなかったというか」

 風は丹羽に自分のスマホの画面を見せる。

 そこには『検査の結果、丹羽明吾は先天的に精霊と同化する能力の素質を持つ勇者もどきと判明。勇者に変身できたのはそのため。戦力に組み込むのは問題なし』という大変事務的なものだった。

 これではどんな検査をされ、今現在無事なのかはうかがい知ることはできないだろう。というか勇者もどきがなんなのかの説明すらない。

 相変わらず上から目線の文章だ。風が何度も質問のメールを送ったが、結局返信はなかったのだという。

「なるほど。これじゃなんのことかわかりませんね」

「この勇者もどきってなんのこと? 精霊って、アタシたちのこれと一緒? 一体化ってどういうこと?」

 風が自分の精霊である犬神を出して尋ねる。犬神に続き精霊の牛鬼が友奈の頭の上に出現し、樹の肩の上に木霊が現れた。

 精霊とは勇者のサポートをしてくれる存在だ。それと一体化とはどういうことなのか。

「俺も詳しくはわからないんですけど。皆さんみたいに精霊を外に出して力を借りるんじゃなくて、西暦時代の初代勇者のように精霊を身体の内に宿すことで人並外れた能力を発揮できるタイプの勇者だって説明されました。いわゆる先祖返りだって。大赦の認める正式な方法で変身した勇者じゃないから勇者もどきだそうです」

「先祖返り…なるほど、私たちとは別のタイプの勇者なのね」

「検査ってどんな事されたの? 危ないことされなかった?」

 丹羽の説明になんとなく理解できたのは東郷だけだったようだ。友奈は検査で丹羽がひどいことをされたのではと心配している。

「別に、普通の健康診断そのものでした。血を抜かれたり、レントゲン写真撮ったり。特に拷問みたいなひどい扱いはされなかったです」

「そう、よかった」

 丹羽の言葉に、勇者部全員が安堵していた。どうやら全員が丹羽の身を案じてくれていたらしい。

「え、心配してくれたんですか皆さん?」

「心配するわよ! あんた大赦の職員ぶんなぐってたじゃない!」

 そういえばそうだった。彼女たちが心配するのは当然かもしれない。

「私のために…本当にごめんなさい」

 東郷にいたっては深々と頭を下げている。え、東郷さんどうしたの? 陳謝ってハラキリ芸するのが君のキャラじゃなかったっけ?

「丹羽君が殴ってなかったら、私が怒ってたよ。私の大親友にあんなひどいこと言ったんだもん!」

 珍しく友奈が負の感情を隠そうともしないでぷんぷんと怒っている。それに「友奈ちゃん…」と東郷が意味深な視線を送っていた。

 やはりゆうみもは夫婦。ごちそうさまです。

「えっと、丹羽くん。顔が…」

 おっと、尊さのあまり顔が緩んでいたらしい。切り替えると樹が心配そうにこちらを見ていた。

「その、本当にひどいことされなかった? あの人、丹羽くんにもなにか嫌がらせしようとするんじゃないかってみんな心配してて」

「されなかったよ。こっちにあの時の会話データがあると思ってたから、逆におとなしすぎるくらいだった」

 むしろこちらの手駒として今は大赦にもぐりこませている、なんて言えない。

「そういえば東郷、昨日あんたらいつの間にあんな打ち合わせしたのよ」

「打ち合わせというか、なんとなく察しただけです。丹羽君の会話から、彼がやろうとしていることを」

 会話データを録音しているという丹羽のハッタリに付き合ってくれた東郷が言うと、「どうせアタシは察しが悪いですよ」と風がスネている。

「犬吠埼先輩はそれでいいんですよ。純真な女性って女子力高くて素敵だと思います。そういえば昨日で思い出したんですが、東郷先輩、例の件は」

「もちろん対処したわ。勇者部全員のアプリから盗聴、盗撮の機能は消去済みよ」

 親指を立ててこちらに向けてくれる。流石! 東郷さんが1晩でやってくれました。

 伊達にゆゆゆいで大赦のサーバーに何度もハッキングしてるだけのことはある。

「それにしても、信じられないよ。大赦の人が私たちのプライベートを盗み見てたなんて」

「本当にね。乙女の秘密を何だと思ってるのかしら」

「お姉ちゃん、乙女って…それ自分で言う?」

 友奈、風、樹がそれぞれ意見を述べる。彼女たちも大赦が盗撮や盗聴していたと知り少なからず憤慨しているようだ。

 これは大赦が信頼を取り戻すのは大変そうだな。

 まぁ、自分で蒔いた種だから仕方ないね。なんでそのしりぬぐいをしなければならないのかははなはだ疑問だが。

「それでこれが新しく改変した勇者システム。丹羽君のスマホにダウンロードすれば私たちのライングループに入れるから連絡も取れるわよ」

「いいんですか? 俺が皆さんと一緒になんて」

 丹羽が何の心配をしているかわからないというように、勇者部一同は首を傾げた。

「え、丹羽君勇者部に入るんじゃないの?」

「あ、ごめん友奈。アタシまだ勧誘してなかった」

「もう、ダメじゃないお姉ちゃん!」

「仕方ないですよ。昨日は勧誘する前に連れていかれてしまったわけですし」

 どうやら彼女たちは丹羽を勇者部に入れる気満々らしい。丹羽としてはもちろん戦いに参加するつもりだったが、勇者部とは距離を置いて見守る方向で行こうと思っていたのだ。

 だが、彼女たちの信頼を得るにはまたとないチャンスかもしれない。ここは話に乗っておこう。

「ごめん、丹羽。順番が逆になったけど、勇者部に入ってこれからもアタシたちを助けてくれない? 部員として一緒にいてくれたほうが何かと便利だと思うし」

「むしろこちらからお願いします。勇者部に入れてください」

 それはそれは見事な五体投地土下座だったと、後に樹は語る。

「お願いします女子力神様。かめ屋のタダ券10食分お付けいたしますので、なにとぞ、なにとぞー」

「ちょっ、そんなことしなくても大丈夫よ! 入部してほしいのはこっちだって一緒なんだから。あ、それは別としてタダ券は貰うわね」

「お姉ちゃん!」

「「風先輩!」」

 これにはさすがに勇者部全員からツッコミが入る。

「え、いやぁ冗談よ。うん、冗談冗談」

 と言いつつ、丹羽が差し出した勇者部もよく通ううどん屋のかめ屋のタダ券からは目を離さない。未練があるのが丸わかりだ。

 こうして丹羽明吾は讃州中学勇者部に入部することになったのだった。

 

 

 

 その後丹羽は風によるバーテックス講義を受けた。

 といってもどれも原作知識のある丹羽からしたら今更の情報だったし、12体星座級の巨大バーテックスを倒せば戦いは終わるという説明には思わず「間違ってるよ!」と突っ込みたくなったのだが、何とか我慢する。

「説明してる間に勇者システムのダウンロード終わったみたいね。確認してみて」

 東郷の言葉に、丹羽は自分のスマホの画面を見る。そこにはNARUKOという見慣れないアプリが新しく追加されていた。

 タップすると白い百合の花が咲いていた。これをもう1回押すと変身できるのだろう。

「そういえば、丹羽君の精霊はどんな姿なのかな?」

 と、牛鬼にビーフジャーキーを与えていた友奈が訊いてきた。精霊とはいえ牛に牛を食わせるのは共食いではないだろうか。

 まぁ、牛鬼の正体は■■さんという説もあるので丹羽はスルーするが。

「そうですね。呼び出してみましょうか」

 丹羽がそう言って、10秒ほどたった。

 時計の秒針がカチカチと鳴る音が部室に響き、窓の外からは昼食を食べ終えた生徒たちが遊んでいる声が聞こえる。

「なにも、出ないですね」

 一向に姿を現さない丹羽の精霊に、樹がつぶやく。

「しょーがないわねー。いい、精霊を呼び出すときはこう、眉間に意識を集中させて」

 得意げに精霊の出し方をレッスンしようとする風に、丹羽は言った。

「いや、もう出てきてますよ」

「へっ?」

「ほら、そこに」

 丹羽が指さす方向を見ると、車いすに座る東郷がいた。

 よくよく見ると、膝の上に何かいる。東郷が見下ろそうとすると、その精霊の目がキランと光った。

『ビバーク!』

「ひゃん」

 色っぽい声を上げ、東郷の巨乳がぶるるんと揺れた。

『エベレストへの登頂、成功!』

 その胸によじ登り、満足げな表情で言葉を話す精霊は告げた。

 真っ白い髪に桜の髪飾りをした少女のようだった。髪の毛を後ろで結んでいて、それが犬のしっぽのように感情に合わせてピコピコ揺れている。

 あまりの出来事に、誰も何も言えなかった。ただその精霊は満足げな表情で東郷の巨大な胸の谷間に挟まり、『まんぞく…』と夢心地といった様子だ。

「え? 精霊…これが?」

「どう見ても、小さい女の子の形をしたぬいぐるみだよね」

「というか、今はっきり喋ったんですけど」

 風と友奈、樹が自分たちの精霊とは全く違うその精霊をまじまじと見る。サイズは自分たちの精霊と同じだが、姿は動物ではなく人型だ。

 しかも言葉をしゃべる。ビバークという意味は分からなかったが。

「えっと、丹羽君。この子取ってくれないかしら」

「俺がそこに触れるのはちょっと…。犬吠埼先輩、お願いします」

「アタシぃ⁉」

 東郷が宿主である丹羽に頼むが、男の自分が女性のデリケートな部分に触るわけにはいかないだろう。なので同性であり部長の風に頼むことにした。

 しょうがないわねーと風がその精霊を掴もうとした瞬間だった。白い髪の女の子の精霊の瞳がまたキランと光る。

『ビバーク!』

「ぎゃぁあああ!」

 女子力の欠片もない悲鳴だった。

 先ほどの東郷と同じく、今度は風の胸に精霊が飛び込んでくる。そのままよじよじと頭頂部まで登り、ふぅ、と一息をついた。

『飛騨高山の登頂、成功』

「な、なんなのよこの子⁉」

 いきなりセクハラをかましてきた精霊に、風は顔を真っ赤にしてひっつかむ。胸から離れたことで精霊は若干不満げだ。

『スミー、スミー』

「あ、東郷先輩のところに行こうとしてます」

「こんにゃろ! アタシの胸より東郷のメガロポリスがいいってか!」

 犬吠埼姉妹の言うように、風の手から逃れると精霊は車椅子に乗った東郷の元へ行く。そこが自分の定位置だというかのように巨大な胸に頭をのせうっとりしている。

「すみません東郷先輩。うちの精霊がご迷惑を」

「え? あ、うん。別にいいのよ」

 東郷は不思議な感情に襲われていた。

 それはどこか懐かしいような、少し恥ずかしいけど嫌じゃない不思議な感覚。

 この精霊が一緒にいると、なぜか安心できた。

「丹羽君、その。迷惑じゃなければお昼休みが終わるまでこの子と一緒にいていいかしら」

「それは構いませんが、東郷先輩はいいんですか?」

 東郷が精霊の頭をなでる。すると精霊も「スミー」と言って甘えるように身を任せてくる。

「ええ。この子と居ると、なぜか安心できるのよ」

「東郷さん、すごい優しい顔してる」

「母性ですね。あれは完全に母親の顔です」

「女子力? これが女子力の差なの!?」

 精霊を胸に抱く東郷に、勇者部3人娘はそれぞれの感想を口にした。

「そういえばこの子の名前なんなんですか?」

「名前?」

 樹が訊くと丹羽に逆に質問される。

「えっと、精霊が出てきたときに名前が一緒に浮かばなかった?」

「あ、アタシの場合は姿を見て名前が浮かんだパターン」

「私は樹ちゃんと同じパターンです」

「うーん。別にそんなことはないですね。皆さんと違うタイプの勇者だからかもしれませんが」

 丹羽と友奈、風、樹は東郷の胸をクッションのようにしている精霊を見る。

「名前がないと不便ね。みんなで名前を付けてあげましょう」

「風先輩、私はシロちゃんがいいと思います!」

「友奈さん、仮にも神樹様の使いである精霊なんですから。そんなペットの名前みたいなのは」

「じゃあ白妙(しろたえ)、しろうねり、白蔵主(はくぞうす)とか」

「うーん。なんかイメージと違いますね」

「東郷先輩はどう思います?」

『スミー』

「そう、あなたはスミちゃんっていうの。いい名前ね」

 3人で名前を考えている間、東郷と精霊は会話に花を咲かせていた。どうやら名前ももう決定しているらしい。

「いいんじゃないですか。スミで」

「そうだね。本人が1番気に入っている名前で呼んであげるのが1番だよ」

 丹羽の言葉に、友奈が賛成する。

「まぁ、アンタの精霊だから本人がいいって言うならいいけど」

「スミちゃんか。いいなぁ。わたしも今度抱っこさせてもらおう」

 突如現れた勇者部の新たなマスコットに、東郷はメロメロだった。

 

 

「え? 変身した時に考えていたことを教えてほしい?」

 昼食を部室で食べ終えた後、東郷が他の勇者部部員にそう尋ねてきた。

「はい。まだ私だけ変身できないので何か参考になる意見が欲しいなと」

「うーん。そうねー、樹。アンタはどうだった?」

「えー! わたし⁉」

 突如姉から話題を振られ、樹は動揺する。

「大赦で訓練してたアタシよりも、あの時あの場で変身した人間の意見のほうが参考になるでしょ」

「それはそうかもだけど」

「お願い樹ちゃん、私なんでもいいから手掛かりが欲しいの」

 いつも頼りにしている先輩である東郷に頼まれると樹も弱い。少し恥ずかしいのを我慢してあの時のことを思い出す。

「えっと、あの時は無我夢中で。ただお姉ちゃんをこのままいかせちゃいけない。お姉ちゃんと一緒に戦う力が欲しいとしか」

「嬉しいこと言ってくれるじゃない妹よー!」

 赤面する樹を後ろから抱きしめ、風が顔を頭に乗せスリスリしている。樹は「こうなるから言いたくなかったのにー」と言っているが、どこか嬉しげだ。

「ふういつ、トウトイ…トウトイ…」

「丹羽くーん、戻ってきてー」

 丹羽の奇行に慣れてきたのか、友奈が肩を叩き現実に引き戻す。

「私は、とにかく2人を助けなきゃって。自分が何もできず他の人が傷つくのが嫌だった。だから2人を守るための力が欲しいと思った」

「友奈」

「友奈さん」

 友奈の言葉に、犬吠埼姉妹が言葉にならない感謝を抱いている。東郷はそれがよく分かった。

「丹羽君は?」

「俺ですか? 俺はただあの時身体が勝手に動いて。ただ東郷先輩を守らなきゃって強く思っただけで気づいたら変身してた感じですかね」

 丹羽の言葉に、東郷は改めてあの時のことを思い出す。

 丹羽が目の前に立ちはだかってくれなければ、間違いなく自分がやられていただろう。そして勇者に変身もできず犬死したただの女子生徒として人生に幕を下ろしていたかもしれない。

 そう考えると、感謝してもしきれない。

「丹羽君、あの時は本当にありがとう」

「いいですよ。俺が勝手にやったことなんですから」

「アタシからもお礼を言うわ、丹羽。東郷を守ってくれてありがとう」

「わ、わたしも! 丹羽くん、東郷先輩を助けてくれてありがとう」

「よしてくださいよ2人とも。あ、結城先輩は昨日聞いたからもういいですからね」

 丹羽の言葉に「えー」と友奈は不満げだ。もし止めなかったら言うつもりだったのか。

「つまりまとめると、みんな誰かのために戦いたい、守りたいと思ったから変身できたのね」

「あ、それなんですけど東郷先輩。先輩は何のために変身したいんですか?」

 丹羽の突然の質問に、東郷は「え?」と固まる。

「自分だけ変身できないからですか? みんなの役に立てないと思っているからですか? それともバーテックスと戦う手段が欲しいからですか?」

 次々と告げられる選択肢に、どれも答えられない。どれも正解のような気がするし、間違っているような気もする。

『ヤメロ、バカ!』

 東郷が答えられずにいると、東郷の胸元にいたスミが宿主である丹羽に向かって飛び掛かる。

『スミ、イジメんな! お前嫌い!』

「いや、いじめてないぞ。俺はただ、東郷先輩が何のために変身したいのか。変身して何をしたいのか確かめたかっただけだ」

 変身して何をしたいのか。

 そうか、自分は見落としていた。自分だけ変身できない現状に焦り、本来の目的を忘れていたのだ。

 そうだ。私がしたいことは。私が欲しいものは。

「私は、友奈ちゃんや風先輩、樹ちゃんや丹羽君を危険から守りたい。そのために一緒に戦うための力が欲しい」

 東郷がそう告げるとスマホの画面の花が開いた。

 タップすると朝顔の花が舞い光を東郷が包み、スカイブルーを基調とした勇者服へと変化する。

 コスチュームの1部である4本のリボンを使って車椅子から立ち上がり、手には銃を持っている。

「できたわ。私にも…変身」

「東郷さんおめでとう!」

「ありがとう、友奈ちゃん…きゃっ」

 感極まったのか思わず東郷に抱き着く友奈を支えきれず、抱き合ったまま倒れてしまう。

 それを見て丹羽が「ゆうみもキマシタワー」とまた変になっているし、樹はもらい泣きしている。

「よし、これで讃州中学勇者部全員戦闘準備完了ね。来るなら来なさい、バーテックス!」

 風が高らかに宣言するのと、樹海化警報のアラームが鳴ったのは同時だった。

「お姉ちゃん」

「風先輩」

「え、これアタシのせい? アタシのせいなの⁉」

 いえ、ただ単にタイミングが悪かっただけです。

 事情を知っているだけに丹羽はなんと声をかければいいのかわからなかった。

 




精霊「スミ」
モデル:静御前+三ノ輪銀
色:白(バーテックス専用)
レアリティ:SSR
アビリティ:「元気ハツラツ! 火の玉娘」
効果:ATK+15%。戦闘開始30秒間攻撃力アップ。必殺技発動時、ATK+10%
花:白百合「カサブランカ」(花言葉は祝福)

 髪が白いこと以外はまんまゆゆゆいに出てくるSD銀ちゃん。
 勇者の力の欠片である英霊碑のほかに銀ちゃんの片腕を取り込んで生まれた人型精霊。
 精霊型星屑30体分くらいの質量を持っており、丹羽と一体化すると爆発的な能力向上をさせることができる。
 変身した丹羽と一体化すると白い勇者服に赤いラインが入り、銀の忘れ形見である黒い斧とバーテックス製の白い斧(神樹の体液コーティング済)の2丁を武器とした勇者となる。
 好物であるお山のせいか、東郷さんにべったり。初対面の相手にはとりあえずビバークを試みる。
 必殺技はダイナミックチョップ…もとい2丁の斧を使った唐竹割り。シンプル・イズ・とても強い。
 精霊になったせいか、本来の性格より子供っぽくなっている。


次回、蠍座は2度死ぬ!
蠍座「え゛?」
 あ、もちろん射手座と蟹座も死ぬよ。
射手座・蟹座「ファッ⁉」


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蠍座「アイルビーバック!」

 あらすじ
東郷「変身、できたわ!」
風「これで勇者部全員変身できたわね。来るなら来なさいバーテックス!」
蠍座「よし来た」
蟹座「よし来た」
射手座「よし来た」
風「ほんとに来ることないじゃない…」


 その日、天の神の命を受けたスコーピオン、キャンサー、サジタリウス3体のバーテックスは神樹の結界を目指していた。

 スコーピオンバーテックスは過去に勇者2人を倒した優秀な個体だという記憶がある。

 もっとも自分はそれとは別個体なのだが、御霊に残った記憶がそれを教えてくれていた。

 忌々しい。とスコーピオン・バーテックスは回想する。

 本来なら2年前、今一緒にいる2体の星座級バーテックス、キャンサーとサジタリウスを引き連れ進軍するはずだった。

 勇者たちを蹂躙し、蹴散らし、毒の尾でとどめを刺すはずだった。

 あのわけのわからない、人型の星屑に邪魔さえされなければ。

 御霊から元の姿に戻ったスコーピオンは、天の神に嘆願し直接勇者のいる樹海に送ってくれるよう頼んでいた。

 こうすれば、あのわけのわからない星屑も邪魔はできないだろうと。

 前のスコーピオンは、わざわざ壁の外から結界に入ろうとしたから失敗したのだ。自分はそんなへまはおかさない。

 結界の中にたどり着くと、キャンサーとサジタリウスを先行させる。

 この2体のコンビネーションはスコーピオンが認めるところであり、初見ではまず回避できない。囮としても十分に役に立ってくれるだろう。

 今度こそ、天の神や他の星座級に自分の力を誇示することができる。敵である勇者を毒の針で貫き、殺戮(さつりく)の宴を開くのだ。

 念のために自分は後方に下がり、様子をうかがう。決して恐れているわけではない。

 あの人型の星屑のように予想外の存在が出てくることを警戒しているのだ。

 クソ、あの忌々しい星屑め。自分のことではないのに、御霊に刻まれた記憶が自分をさいなむ。

 アイツさえ、アイツさえいなければ!

 バーテックスは感情がないはずだ。だが怒りに似た執着が心を満たす。

 この戦いが終われば、自分は自由だ。勇者の小娘どもを倒した後は、この2体を引き連れあの星屑を絶対に!

 そんなことを考えていたら、樹海に5人の勇者が現れた。

 1人を除いて、まだ変身すらしていない。

 素人か。この好機、見逃すはずがない。

 星屑を先行させ、襲撃させる。この星屑はあのわけのわからない人型の星屑と違い、天の神に忠実な個体だ。

 スカイブルーの勇者の銃撃が星屑を貫き消滅させていく。やるな、勇者のくせに。

 だが、星座級相手ではそうはいかないだろう。キャンサーとサジタリウスに邪魔な勇者を倒すように命じる。

 案の定キャンサーのシールドと強固な肉体に銃撃ははじかれている。あとはサジタリウスが矢を放ち、動きを止めて自分が毒を注入すれば終わり。

 楽な仕事だ。これはもう勝ったも同然だな。

 いや、待て。なんだあの緑の勇者は? 仲間を縛って何をやっている?

 それを桃色の勇者が振り回して…こちらに向かって何かを投げた⁉

 突如行われた勇者たちの奇行に、スコーピオン・バーテックスは困惑する。

 この時、スコーピオンは警戒すべきだった。自分に向かって投擲された白い物体に。

 あの人型の星屑とどこか似た、殺意を持った目で自分の命を奪わんとする、その存在を。

「あんたまの仇2回目じゃーい! 死にさらせクソサソリ!」

 白い勇者が自分の背後に回り武器である毒の入った球体の尾を2丁の斧で切り刻んでいく。

 あまりの痛みにスコーピオンは、のたうち回る。まだ残った球体が連なった尾から毒液をまき散らしながら。

「じゃあな蠍座。あの世で杏ちゃんとタマっち先輩に詫びてこい」

 人間の言葉はわからないが、自分に向かって話しているのはわかった。

 お前は…あの時の人型――っ⁉

 それに気づいたのはこの世界ではまだスコーピオン・バーテックスただ1体。

 だが、振るわれた2丁の大斧での1撃で絶命し、そのことを知るものは誰もいなくなった。

 

 

 

「奇襲をかけましょう」

 樹海に入り、3体いる巨大バーテックスにどうしようかと悩んでいた風に、丹羽が提案した。

 先日同じ巨大バーテックスである乙女座に3人がかりでも苦戦したのだ。

 相手の能力もわからないし、しばらくは様子見しながら戦おうと思っていた風にとって、丹羽の提案は到底受け入れられるものではなかった。

「なに言ってんの丹羽! アンタ死にたいの?」

「風先輩は、敵の能力を見て対応策を考えようと思ってますよね。それじゃ後手に回った分、こちらが不利です」

 図星を突かれた言葉に、うっ、と風は答えに詰まる。

「敵の攻撃を見るってことは、少なくとも最初に誰かが攻撃を受けることになります。それがもし致命傷になるようなものだったら、目も当てられません」

 確かに一理ある。だが、相手の出方もわからないまま、攻撃を仕掛けるほうが危険だ。

 男子だから積極的に戦いたいのかもしれないが、ここは自分の指示を聞いてもらわないと。

「風先輩、私も丹羽君の意見に賛成です」

「東郷⁉」

 部室で変身していた東郷は、腹ばいになってこちらに向かってくる星屑を狙撃していた。

 狙いは百発百中。正確に星屑の眉間を撃ち抜き消滅させている。

 ちなみに樹海と胸の間に挟まって苦しそうだったスミは回収しておいた。

「夜戦、突撃、ゲリラ戦術は我が軍が誇る得意分野。その命散らせてお国のために戦う姿勢はお見事と称賛されるべきものであります!」

「え、東郷?」

 何か様子がおかしい。よく見ると目がぐるぐるしている。 

「いざ突貫! 毛〇や〇助をなぎ倒せ! 鬼畜〇兵を打倒し、御国の威信を示すのだ!」(色々な方向に配慮し、伏字にしました)

「ああ、東郷さんスイッチ入っちゃったんだ例のやつ」

「友奈先輩、何か知ってるんですか?」

 訳知り顔で言う友奈に、樹が尋ねる。

「東郷さんって時々私がわからない昔のことを言い始めることがあって。護国思想とかゼロ戦? とか戦艦長門とか。西暦時代の言葉なんだって」

「あー、東郷のアレね。横文字アレルギーがひどくなる発作」

 友奈の言葉に風もうなずく。

 伊達に1年近く勇者部として一緒に活動しているわけではない。東郷のこんな奇行を見ることは何度かあった。

 その時は横文字や外来語禁止。西暦時代の軍歌を熱唱する間敬礼したり、お国の兵隊さんたちが頑張っているのに私たちが贅沢するわけにはいきませんとおやつを我慢させられたりなどするだけであまり実害はなかったのだが。

 でも今は戦闘中でしょう! と風は頭を抱える。

 おそらく変身できた高揚感と銃を持ったことが引き金となり、最悪のタイミングでこのモードになってしまったのだろう。

 普段は頼りになる冷静沈着な後輩も、今はただの戦闘狂だ。

「友奈、できるだけやさしーく東郷を落として正気に戻してくれる? そのままじゃ使い物にならないから」

「わかりました。風先輩」

「待ってください、結城先輩。ちょっとお耳を」

 東郷の首を腕で圧迫し、落とそうとしていた友奈に待ったをかけ、丹羽がぼそぼそと友奈の耳に手を当て何やら話す。

「え? そんなのでいいの?」

「はい。きっとそっちのほうが効果的なので。銃は俺が取り上げます」

 相談が終わると、2人は行動を開始した。

 まず丹羽が銃を足で抑え、バーテックスの人間離れした力とてこの原理で東郷を横に転がす。その上に友奈がのしかかる。いわゆる床ドンの状態だ。

「もう、東郷さん。めっ! だよ」

「ゆ、友奈ちゃん! え? なに? 近い! これは夢? 私の夢なの?」

 突然急接近した友奈に人差し指で眉間をこつんと叩かれ、東郷は混乱する。身体は今までにないほど密着しており、友奈の顔が近くて心臓が早鐘のように鳴っていた。

「はぁ、ゆうみもトウトイ・・・(やっぱり東郷先輩の暴走を止めるのは友奈先輩に任せるに限りますね)」

「丹羽くん、顔。あと喋るのと考えるの多分逆になってると思う」

 いつものごとく奇行モードになっている丹羽を、樹が注意する。

「えー、東郷が戻ったところで。改めて作戦を」

「待ってください風先輩。俺が奇襲を提案した理由をちゃんと話しますから」

 丹羽がスマホをタップすると、勇者と3体の巨大バーテックスを簡略化した地図が表示された。

「まず、こいつ。この蠍座のバーテックスは他の2体と比べて全く動いていません。戦う気がないってことはあり得ないので多分力を温存させているんだとおもいます。で、進んできた2体は固いか2体で特殊な攻撃ができるコンビなんでしょう。だから勇者たちが疲れてきたところを見計らってこの蠍座がトドメを刺しに来るんだと思います」

 なるほど、一応理屈は通っている。もっとも本当かどうかはわからないが。

「だから先に後ろにいる蠍座を倒してしまえば、奴らの作戦は無力化できます。しかも相手が混乱しているうちに挟み撃ちにもできるので、一石二鳥かと」

 風は考える。

 丹羽の言うこともわかる。作戦としても悪くない。

「だけど、どうやって蠍座のところまで行くのよ」

 その質問を待っていたかのように、丹羽はニヤリと笑った。

 

 

 

「丹羽君、いくよー。準備はいいー?」

「オッケーです。やってください、結城先輩!」

 樹のワイヤーを体に巻き付けたスミと一体化して変身した丹羽が返事をする。その言葉を受けて、友奈は胸に抱いた樹をしっかりと抱きしめる。

「じゃあ、いくよ樹ちゃん」

「は、はい」

 友奈の声を聞き身体を預け、意識は自分の操るワイヤーに集中する。

 これはゆゆゆいで出てきた必殺技、「犬吠埼大車輪」をヒントに思いついた方法だった。

 あれは風の足に樹のワイヤーを巻き付け回転しながら敵を切り裂いていく技だったが、これは遠心力を利用して勇者を打ち出す方法だ。

 しかも今回は樹だけではなく身体能力の強い友奈に樹を抱っこしてもらい砲丸投げの要領で丹羽をぶん投げてもらう。

 蠍座のいる場所までは余裕で届くだろう。勇者でも遠心力と投げられた時のGには耐えられるだろうが、ここは言い出しっぺの丹羽が行くことにした。

 蠍座には個人的な恨みもある。あんタマの仇というのわゆ読者にとってトラウマ級の恨みが。

 1回2回倒したところで晴らされるものではない。それほどあんタマ推しにとって蠍座は憎むべき存在なのだ。

「結城友奈、いっきまーす!」という言葉とともに、回転が始まる。

 充分遠心力をかけて「今よ樹!」と言う風の言葉を受け樹がワイヤーで縛っている丹羽を解き放つ。

 狙いは違わず弧を描き、射手座と蟹座を飛び越え一直線に蠍座の元へと丹羽を導く。

 これを友奈は原作でエビと言ったが、とてもそうは見えない。

 丹羽は遠心力を利用して唐竹割をしっぽの先端の毒針部分の根本に放つ。そのまま2丁の斧で球状の物体が連なった毒薬が入った尾を切り裂いていく。

 あんタマの仇だ。死にさらせ蠍座!

 怒りのまま、丹羽は斧を振るう。銀の忘れ形見である黒い斧と、圧縮した星屑の素体から作ったアリエスの超振動の能力を付与して高周波ブレードと化した白い斧で滅多斬りにしていく。

 この白い斧はバーテックス製だが、神樹の体液を表面にコーティングしている。だからバーテックスにとって勇者の武器と同等の威力を誇るだろう。

「じゃあな蠍座。あの世で杏ちゃんとタマっち先輩に詫びてこい」

 球状が連なった尾を全て切断され、ビクビクと痙攣(けいれん)しながら毒液を垂れ流す蠍座に、トドメの一撃を見舞う。

 巨大な盾のような体躯から、御霊が出現する。これは勇者2人が協力しなければ壊れないほど丈夫なので、風たちと合流して壊すしかない。

 そんなことを考えていると、頭上に黄色い何かが見えた。丹羽は落下地点に先回りし、飛んできた風を受け止める。

「うぇ、ぎぼぢわるい…頭がグルグルする」

「大丈夫…じゃないですね、犬吠埼先輩。とりあえずちょっと休みますか?」

「舐めんじゃないわよ。アタシは勇者部部長よ。これくらい…う゛っ」

 突如黙り込むと膝をつき、風の口から女子力(嘔吐)があふれ出す。戦闘前に昼食をとったというのもタイミングが悪かった。

 丹羽は風の背中を優しくなでることしかできない。

「うぅ、アンタなんで平気なのよ…オロロロ」

「はいはい。胃の中のもの全部吐いたら楽になりますよ」

「しかももう蠍座倒してるし、アタシがここにくる…オロロロ。ゼェ、ハァ。必要あった?」

「御霊を壊す必要があるじゃないですか。とりあえず俺1人でできるだけやってみますが、落ち着いたら手伝ってください」

 そう言うと丹羽はもう大丈夫と判断したのか、風から少し離れた位置に置いていた御霊を武器の斧で叩き始める。

 ガン! とかドカン! とかいう音が風の頭に響く。やめて、余計に吐きそう。

 それにしても…と、風はまだよく回らない頭で考え始める。

 丹羽明吾とは何者なのか。男なのに勇者に変身できることもそうだが、昨日風と友奈、樹が苦労して倒した巨大バーテックスを1人で倒してしまった。

 まるで1度倒したことがあるように。敵の弱点や攻撃方法を知っているかのような戦い方だ。

 丹羽には見せなかったが、大赦から風に対して診断結果とは別の内容のメールも届いていた。

『丹羽明吾を監視し、行動や彼の特徴をできるだけ報告するように』

 信用できなくなった大赦の命令をきくかは置いておいて、大赦が彼を気にする理由はわかった気がする。

 丹羽明吾には謎が多い。

 なぜ変身できるのか、どうしてそんなに強いのかとか。なぜ彼の精霊だけが人型で言葉まで話せるのか。

「犬吠埼先輩、梅干しありますけどおへそに貼りますか?」

 あと、こういう風にいろいろおばあちゃんの知恵袋的なものを常に持ち歩いているのとか。

「それ、車酔いの奴でしょ…ふぅ。吐いたらだいぶ良くなった」

 若干足元がふわふわするが、大丈夫の範囲内だ。身体能力が強化される勇者システムの影響下なら、移動している間に回復するだろう。

「丹羽、とりあえず今は御霊を放置して作戦通り友奈たちと合流して挟み撃ちにするわよ。その御霊は他の2体を倒してから破壊しましょう」

「わかりました。犬吠埼先輩」

 風の指示に、丹羽は御霊を叩くのをやめて樹海のほうへ視線を移す。

 そこには2体の巨大バーテックスと戦う3人の姿があった。

 

 

 

「勇者パーンチ! きゃっ」

 必殺の勇者パンチを蟹座に繰り出そうとした友奈は、その後ろから飛んできた無数の矢に攻撃を中止せざるを得なかった。

「友奈先輩!」

「大丈夫だよ、樹ちゃん。でも…」

 友奈は顔を上げ、射手座を守るように6枚のシールドを展開する蟹座を見上げる。

 わずかな隙間から射手座を狙おうとする東郷の射撃も、あのシールドによって阻まれてしまっていた。だが、ノーダメージとはいかないのか、若干ひびが入っている。

 丹羽がこの2体を飛び越えて蠍座を倒したとき、2体はわかりやすく混乱していた。

 進軍していた動きを止め、友奈と樹が近づくまでは右往左往するだけで攻撃しようとしてこなかったのだ。

 だが、友奈が蟹座に向かって攻撃を見舞おうとしたとき、それは起こった。

 なんと射手座が蟹座に向けて無数の矢を放ったのである。

 錯乱して同士討ちをしたのかと同行していた樹は思ったが、そうではなかった。

 射手座の放った矢は蟹座の体躯に反射し、襲い掛かろうとしていた友奈の身体を貫いたのだ。

 精霊バリアがなければやられていた。丹羽の2体で特殊な攻撃をしてくるコンビという推測は当たっていた。

 それから2人はまず厄介な射手座を倒そうとしたのだが、蟹座が前に立ちふさがり攻撃を邪魔する。

 遠距離からの東郷の狙撃も蟹座の固い体躯を貫くには及ばず、射手座を狙おうにも先ほどのようにシールドを展開され邪魔されてしまう。

 手詰まりだった。スマホから風の声が聞こえてくるまでは。

『お待たせ、友奈、東郷、樹!』

「風先輩!」

「お姉ちゃん!」

 待ちに待った、頼もしい部長の声だ。

「行くわよー! 必殺、女子力斬り!」

 風の言葉とともに、巨大化した剣が振るわれ射手座に叩きつけられる。

 射手座は突如背後に現れた勇者に混乱しながらも切断された体躯を隠すように蟹座と背中合わせになり向かってきた2人の勇者に向けて無数の矢を放つ。

 これで射手座による援護はなくなった。

 友奈は蟹座に向けて突撃する。蟹座はシールドを今度は武器として友奈に振るおうとしたが、樹のワイヤーがそれを絡め捕り動かすことができない。

「今です、友奈先輩!」

「ありがとう、樹ちゃん」

 攻撃手段と防御手段を同時に失った蟹座に、もう戦う手段は残されていない。

「勇者パーンチ! 勇者キーック! もう1回勇者パーンチ! そしてトドメの勇者パーンチ!」

 固い体躯が災いし、蟹座は友奈の必殺技のサンドバッグになる。拳、蹴り、拳と1撃1撃が必殺の猛攻に身体がへしゃげ、ついに御霊を吐き出した。

「やった! って、多い! この御霊数が多いよ」

 前回の乙女座と違い、蟹座の御霊は小さな御霊が拡散している。

 友奈は光る御霊を拳で叩くが叩いた瞬間別の御霊に光は移動し、まるで追いかけっこのようになってしまう。

「う~、なんか馬鹿にされてるような気がする」

「任せてください、友奈先輩!」

 一向にらちが明かない御霊の封印に、樹のワイヤーがうなる。

「いっぱいあるなら、こうやって1つにまとめてしまえば」

「なるほど。さすが樹ちゃん!」

 ワイヤーに巻かれ、1つの塊にされた御霊に逃げ場はなかった。そこに友奈の拳が迫る。

「勇者パーンチ!」

 必殺の1撃を受け、蟹座の御霊は機能を停止した。

 

 

 

「どうしてタイミングを合わせる前に攻撃しちゃうんですか」

「仕方ないじゃない! 樹と友奈がピンチだったんだから!」

 一方風と丹羽の2人は無数に飛んでくる射手座の矢から身を守るために武器を盾にして動けないでいる。

 本来なら風と丹羽がタイミングを合わせ、一緒に攻撃して1撃で射手座を倒す算段だった。

 だがまだ酔いが残って判断能力が曖昧だったのとかわいい妹と後輩のピンチという状況が重なり、丹羽が止める間もなく風が先走り攻撃してしまったのだ。

 おかげで向こうのピンチは回避できたが、今度はこっちが窮地に陥っていた。

「いったいいつ止むのよこの矢の雨は⁉」

「結城先輩と犬吠埼さんが蟹座を倒してくれるまでじゃないですかね」

 と丹羽。本来射手座は変身した東郷が倒すのだが、蟹座が邪魔して狙撃できなかったらしい。

 となれば早く友奈と樹に蟹座を倒してもらって、彼女に狙撃してもらわなければ。

「あぐっ?!」

「犬吠埼先輩⁉」

 見ると風が武器である剣にすがり、膝をついていた。おそらく足をやられたのだろう。

 まずい、思ったより矢の数が多い。これでは精霊バリアがあるとはいえ、押し切られてしまうかもしれない。

 丹羽は、知らず胸に手を当てる。

 そこにいるもう1体の精霊。乙女座襲撃の時に壁の外からフェルマータ・アルタを通して自分に送られてきた人型の精霊型星屑を、今使うべきかどうか迷う。

 大赦へのバーテックス人間の派遣は終了したが、まだどこまで洗脳できたかわからない以上自分の能力を全部見せるべきではない。あくまで大赦の脅威ではない勇者としてふるまわなければ…。

 が、精霊バリアを貫通して風の肩に矢が当たり、血を流した瞬間そんな考えは吹っ飛んでいた。

「貴女の力が必要だ、来てくれナツメさん!」

 丹羽の言葉とともにオトメユリの花が咲き誇り、光に包まれる。

「丹羽⁉ アンタ一体…わぷっ」

『きゅー』

 飛んできたスミが風の顔に貼りつく。なんとか引きはがして丹羽のほうを見ると、そこにいた丹羽の姿は変わっていた。

 白い勇者服はそのままだが先ほどの赤色のラインと違い水色のラインが勇者服に走っている。

 武器は2丁の大斧ではなく、ヌンチャクになっていた。

「ふっ!」

 一呼吸すると目に見えぬ速さでヌンチャクが唸り、風に向かってくる矢をはじく。

 迫ってくる無数の矢から風に向かってくる致命傷に陥る矢だけを的確に叩き落とす。叩き漏らした矢はスミが張った精霊バリアで防ぎ、風に傷1つつけない。

 まるで演舞のような力強さと軽やかな動きで、射手座から放たれる無数の矢をさばいていた。

 どれだけ時間が経っただろうか。見とれていた風にはすごく長いように感じたが、実際はそれほど時間が経っていなかったかもしれない。

 東郷の銃撃が射手座の急所を貫き、吐き出した2つの高速移動する御霊も2つ同時に撃ち抜かれ消滅した。

「ビューティフォー」

 神業ともいえる東郷の射撃の腕に称賛する丹羽の言葉に、風はようやく我に返る。

 さっきのアレは一体…。丹羽に問いかけようとしたとき、「風せんぱーい!」「お姉ちゃーん」とこっちに向かってくる後輩と妹が見えた。

 よかった。2人とも無事だ。

 急に足元から力が抜ける。知らずこの戦いで誰かが死ぬのではないかと恐れていたのを自覚した。

 はは、情けないわね。こんなアタシを助けてくれた後輩を一瞬でも疑おうとするなんて。

 風は丹羽に肩を貸してくれるように頼み、友奈と樹と合流することにした。丹羽は足の傷が痛むのかと心配していたが、そんなものは犬神の力でとっくに治っている。

 だが、足の力が抜けて立つのがつらいのでそういうことにしておいた。

 その後友奈と東郷、樹、丹羽の協力により蠍座の御霊も破壊された。勇者4人がかりでも破壊するのは時間がかかるほど蠍座の御霊は固かったのだ。

 こうして2度目の巨大バーテックスの襲撃を、勇者部は犠牲者を出すことなく撃退することができた。

『丹羽明吾を監視し、行動や彼の特徴をできるだけ報告するように』

 この大赦からの命令には『知るか馬鹿。知りたきゃ自分で調べろ』と返信しよう。

 風は丹羽を調べようとする大赦の人間からさっき見た秘密を守ろうと心に決めた。

 それが部員を守る部長の務め。そして命の恩人に対する恩返しだと思うから。

 




 風先輩のピンチに棗が駆けつけるのは自然の流れ。
 棗風はいいぞ。

Q、御霊を放置するとまた蠍座が再起動して襲い掛かってくるのでは?
A、武器である毒針や毒を生み出す下半身の瓶も滅茶苦茶に破壊したので問題ありません。星屑も東郷さんがすべて倒してくれました。

精霊「ナツメ」
モデル:水虎+古波蔵棗
色:白(バーテックス専用)
レアリティ:SSR
アビリティ:「人類の敵…花により散れ」
効果:攻撃ペースアップ12%。戦闘開始30秒間攻撃速度ペース+50%。自ペア攻撃ペース+60%
花:「オトメユリ」(花言葉は飾らぬ美)

 見た目はゆゆゆいに出てくるオリジナルキャラクター、沖縄を守った西暦勇者古波蔵棗のSD姿の精霊。
 勇者の力の欠片である英霊碑を取り込んで生まれた人型精霊。
 精霊型星屑には珍しく肌の色が褐色。髪はゆゆゆいの変身後と同じく白。
 スミとは違いスピードと手数で敵を圧倒していく戦闘スタイル。最高速度までいくとサジタリウスの放つ矢を全て叩き落すことも可能。
 変身した丹羽と一体化すると白い勇者服に水色のラインが入り、インナーも黒になる。
 実は海での戦闘になると能力が増すという隠れ特性があるが、樹海や壁の外では発揮されることはないだろう。
 武器はヌンチャク。必殺技はヒステリック・ラン…もといヌンチャクによる超速の滅多打ちをしながら駆け抜ける攻撃。
 


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この美術部の助っ人依頼でポーズを指定する奴には問題がある

 あらすじ

蠍座「囮はもちろん俺以外が行く。蟹座、お前が囮だ」
蟹座「ええ…」
丹羽「あんタマの仇ー!」
蠍座「グワーッ!」
友奈「いっくぞー勇者パーンチ!」
射手座「蟹座は囮にて最適」
蟹座「結局肉壁扱いじゃないですかやだー!」



 3体のバーテックスを撃退した日から2日後の日曜日。

 その日、犬吠埼樹はいつもより遅い朝食を食べていた。

 時刻は10時半。テレビではどの層に向けているのかわからないバラエティー番組をやっている。

 服はまだパジャマで、朝食も姉が用意してくれたものをレンジで温めなおしたものだ。

 よく誤解されるが、樹は学校で思われているようなしっかり者のできる妹ではない。むしろ日常生活では炊事洗濯を含め姉に頼りっぱなしだし、休みの日はギリギリまで寝ていたいと思うタイプだ。

 2年前、両親がまだ存命だったころはこうでなかったと思う。姉と同じように休日でも7時に起き、母の手伝いをしたりと色々やっていた。

 一体いつからだろう。こうなったのは。

 姉の風が家事や洗濯を覚え、任せきりだったときはまだ自分も手伝おうとしていた気がする。

「樹はそんなことしなくていいのよ」と言う姉の言葉に甘え、樹が何かしようとすると風が止めを繰り返し、いつの間にかこんな感じになってしまったのだ。

 気が付けば日常生活におけるすべてを姉の風に依存していた。もし風が急な用事で何日か家を空けたら、数日で餓死する自信が樹にはある。

 これが20代ぐらいだとさすがにこれからの生活に危機感を抱き自立する努力をするのだが、樹はまだ12歳で姉に甘えるのが大好きなシスコンだった。

 もっとも風もかわいい妹に甘えられるのが大好きなシスコンである。この相互効果が樹が自活していくための能力を奪っている負のスパイラルなのだが、それに気づき改めるのはかなり未来の話だろう。

 テレビでは数日後のゴールデンウィーク中のことに関して芸能人が話していた。もうそんな時期なのかと樹はカレンダーを見つめる。

 4月ももう残り少ない。あと少しで連休に入る。

 そうするとすぐ5月だ。そして5月1日は特別な日。

「今年の誕生日プレゼント、なにがいいかな」

 遅い朝食を食べ終えた樹は考える。姉の風の誕生日は5月1日。つまりもうすぐだ。

 去年は勇者部の友奈と東郷と一緒に東郷の屋敷で誕生日を祝ったが、今年はそれにクラスメイトの丹羽も加わることになるだろう。

 男子。そう、男の子だ。それもかなり変な。

 なぜか時々変な行動をする。そのスイッチが何なのかはわからないが、それ以外は頼りになる人だと思う。

 この前も1人で蠍座のバーテックスを倒していたし、姉の風を射手座の矢から守ってくれたと聞いた。

 顔も、まあ悪くないと思う。イケメンとか好みの顔とかいうのとは違うが、樹が怖がるような厳つい顔ではないしひげのそり残しとかがない清潔感があるところは好感が持てる。

 あれならお姉ちゃんも悪くないと思うかな?

 3体のバーテックスを撃退した日から、姉の風が丹羽を見る目が変化していたことを妹である樹は敏感に気づいていた。

 それが恋心かはわからないが、2人の相性を占ってみると決して悪いものではない。

 これはひょっとしたら…ひょっとするのだろうか?

 近いうちに関係の変化という結果が出ていたことからも、これから何か起こるのかもしれない。

 犬吠埼樹、12歳。同学年の女子と同じように他人の恋の話には興味津々のお年頃だった。

「丹羽君がお姉ちゃんと結婚したら、お兄ちゃんって呼ばないといけないかなぁ。同じ歳なのにお兄ちゃんって複雑」

 付き合うイコール結婚という方程式は恋愛すらしたことのないおこちゃまな樹にとって当たり前のように思えた。

「あ、でも途中で別れちゃったらどうしよう。気まずいなぁ、姉の元恋人がクラスメイトっていうの」

 ただ女としてのシビアさももちろんあわせ持っているが。

 もっとも丹羽本人がここにいたら、「犬吠埼先輩と付き合うなんて恐れ多い!」と恐縮するふりをして遠まわしに断るか「籍だけ入れて別居して犬吠埼先輩と犬吠埼さんが一生イチャイチャできる生活を守るために働きアリのように働きます」と言っただろうが。

 興味がわいたので樹はタロットを使って丹羽を占ってみることにした。

 占い方法はホロスコープ法。占う対象の過去や未来、友人関係や収入、家庭環境など細かいことまで占うことができる中級者向けの方法だ。

「ふむふむ。なるほど…」

 樹はタロットをめくっていき、結果を見る。

 過去は塔の正位置。現在は隠者の逆位置。未来は審判の正位置。

 塔は災難や事故、破滅を表すカードだ。おそらく過去に何か大事なものを失ったのだろうか?

 隠者の逆位置は隠し事や未熟さ、何かに対する恐れを表す。彼は自分たちに何か隠しているということかもしれない。

 審判は著しい変化や改革などを表す。もしかして彼のおかげで何かが劇的に変わろうとしている?

 これはあくまで指標で、もう1度占えば違った結果も出るだろう。そこからさらに彼の人物像を絞り込んでいくのだ。

 もう1度占おうと樹がカードを集めシャッフルしていると、玄関のチャイムが鳴る。

「お姉ちゃん」と呼ぼうとして、樹は気づく。そう言えば今日姉は用事があって、午後4時以降にならないと帰ってこないのだった。

 仕方なく占いの手を止めて玄関へと向かう。どうせ姉が頼んだ女子力アップのための小包か何かだろうと玄関のドアを開けた樹は、次の瞬間後悔することになる。

「はいはーい。サインでいいですか?」

「あ、この度隣に引っ越してきた丹羽…って犬吠埼さん?」

 顔を上げれば、さっきまで自分が占っていた男の子がいた。

 なんで彼がここにいるんだろう? 一瞬呆然とした樹だったが、すぐに自分の格好を思い出しドアを閉める。

「犬吠埼さん? 犬吠埼さーん? 大丈夫?」

 ドアから丹羽の声が聞こえる。うう、見られた見られた見られた。

 寝ぐせも直していないし、顔も洗っていない。服もパジャマのままだ。

 結局樹が身支度を整えるまで丹羽はドアの前で30分待たされたのだった。

 

 

 

「ということが昨日あったらしいのよ」

 翌日月曜日の放課後。場所は勇者部部室。

 風が昨日自分の留守中に起こった出来事を話すと、隣の樹は顔を赤くする。

「え、じゃあ丹羽君今風先輩の隣の部屋に住んでるの?」

「はい。前住んでた寮の部屋が上の部屋の床が抜けて工事中なので。住む場所に困ってたら大赦に部屋を紹介されて。マンションに行ったらたまたま犬吠埼さんたちの隣の部屋だったみたいで」

 友奈の言葉に丹羽が引っ越すことになった理由を話し出す。

「あー、それ多分たまたまじゃないと思う。故意よ」

 風がバツが悪そうな顔をして言う。

「黙ってたけど、丹羽のことを調べて報告しろってメールが来てたのよ。もちろんアタシは断ったんだけど、大赦は諦めてなかったみたいね」

「つまり、風先輩と樹ちゃんを丹羽君の監視役にしたと?」

「本人の了承も得ずにね。ほんと、何考えてるのかしら大赦って」

 なるほど。つまり昨日樹が丹羽に恥ずかしい格好を見られたのも全部大赦の仕業だったのか。

「おのれ大赦…」

「樹ちゃん、オーラが。なんか黒いオーラが出てる」

 普段は大人しい樹が珍しく怒っていた。一体何事かと友奈と東郷は首をかしげる。

「ま、それはそれとして今日の依頼よ」

 風が告げると、東郷がパソコンで管理している依頼の一覧を開く。

「今日の依頼は…1件だけですね。美術部のモデルで特に誰かという指定はありません」

「1件だけ?」

「ええ、ゴールデンウィーク前なので皆さん活動は控えているのかもしれません」

 東郷の答えに「そっかぁ」と風は頭を掻く。

「何か都合が悪いんですか?」

「いや、今日は丹羽に勇者部の活動を見てもらおうと思ったんだけど。普段は猫探しとか部活の助っ人とかいろいろやってるんだけどよりによって美術部のモデル依頼とはね」

 なるほど。風は活動しながら勇者部がどんな部活か説明しようとしていたんだろう。

 それなのに依頼がじっとしているだけのモデルの依頼というのは丹羽が退屈するのではないかと心配しているのか。

「大丈夫ですよ。普段みんながどんな活動しているかは大体知っていますし。勇者部って結構有名なんですよ」

 本当は原作知識からそのことを知っているのだが、こう言っておけばいいだろう。事実だし。

「え? そうなの?」

「幼稚園で人形劇したり、清掃活動したりとか。新聞に載ったこともありましたよね?」

「あ、本当に知ってくれてるんだ。なんか嬉しい」

 丹羽の言葉に部長の風はまんざらでもない顔をしている。

「じゃあ、今日はどうします?」

「そうねぇ。友奈と東郷は頼まれてたポスター作り。美術部の依頼はアタシと樹が行くわ」

「了解です」

「了解であります」

 風の指示に、友奈と東郷がうなずく。

「丹羽はどうする? ここで東郷と友奈を手伝う?」

「いえ、俺は犬吠埼先輩たちについていこうかと」

 予想していなかった返事に、風が驚く。

「いいの? 結構退屈だと思うけど」

「美術部にも興味がありますし、モデルになる2人がどんなことをするのかも」

「大したことはしないと思うけど…まぁ、いいわ。じゃあついてきて」

 風と樹に続き、丹羽が部室を出ようとすると胸元が光り、スミが飛び出して東郷のほうへ飛んで行った。

『スミー』

「あら、スミちゃん」

「あ、こら。お前また勝手に」

 すっかり定位置になっている東郷の胸の上に頭をのせると、スリスリと甘えるように身体を寄せる。

『スミー』

「丹羽君、スミちゃんはこっちで預かるから心配しないで」

「すみません東郷先輩。じゃあ行ってきます」

 丹羽は東郷の言葉に甘えることにして、改めて美術室へ向かうことにした。

 

 

「ありがとう風! いやー、モデルが足りなくて困ってたのよ。しかも3人も連れてきてくれるなんて」

 美術部にたどり着くと、勇者部は部長に熱烈な歓迎を受けた。どうやら顔見知りらしく、同性の風を呼び捨てしているところから見ると同じクラスなのだろうか。

「いいってことよ。みんなのためになることを勇んでやる! それが勇者部だからね」

「じゃあ今日やってもらうことを説明するわね」

 美術部部長に促され、風に続き樹と丹羽も部室に入る。

 美術室の中はいかにも美術部といった感じでイーゼルや教室の後ろのほうには石膏像が見える。

 部員は20人以上いて、勇者部と違い大人数だ。少し部室が狭く感じる。

「今日やるのはスケッチ。10分間モデルの人に指定したポーズをしてもらって休憩を挟んでまた別のポーズをしてもらうわ」

 なるほど。とにかく数をこなしてスケッチの腕を磨くためにモデルが必要だったらしい。

 普段は同じ部の人間がモデルをやっているのだろうが、勇者部にお鉢が回ってきたということはなにか特別な理由があるのだろうか?

「いやー、勇者部の子って美人ぞろいだから1度描いてみたいと思ってたのよねー」

 そう思っていると美術部部長が風の肩を叩きながら言う。なるほど、私的な理由か。納得。

「でも男子部員が入ったなんて初めて知ったわよ。いつの間に入れたの?」

「あー、うん。ちょっとした理由があってね」

 まさか勇者の適性があったので入部させましたとは言えないので風は言葉を濁すしかない。

 スケッチは3組に別れて行うことになった。部員の指定したポーズを10分間保つというのは結構キツイかもしれない。

 もっとも丹羽は疲れない身体だから特にそういう心配はない。だが、「ちっ、男かよ」という美術部部員の視線がちょっと痛いが。

「はーい、10分経ちました。次のポーズお願いしまーす」

 部員の言葉に風と樹、丹羽はまた指示されたポーズをする。ちなみにさっきまでは『電球を入れ替えるために椅子に足をかける途中』、今回は『香港映画のイスを武器にして戦う某映画のワンシーン』と変な注文だった。風と樹は普通のポージング変化なのに。

 そんなこんなでスケッチは続き、5分間休憩となった。

「つ、疲れる」

「だねー。動かないだけっていうのも身体がこっちゃうよー」

 と風と樹。体力のない樹と身体を動かす方が得意な風にとってこの依頼は結構酷かもしれない。

「丹羽はどう? 結構平気そうだけど」

「はい、平気です。変なポージングさせられる以外は」

「あー、ごめんね。うちの部員が変なことさせて」

 美術部部長が飲み物を3人にふるまう。冷たいスポーツドリンクだった。

「どう? 最後は3人でポージングしようと思ってるんだけど、何かやってみたいポーズがあったら自由にしてもらっても構わないわよ」

「私は別に…樹は?」

「わたしも特には」

「あ、俺してもらいたいポーズがあります! 犬吠埼先輩と犬吠埼さんに」

 丹羽の言葉に「え?」と犬吠埼姉妹は驚く。

「まず犬吠埼先輩に胡坐をかいてもらって、犬吠埼さんがこう、胸に顔をうずめる感じで。で、犬吠埼先輩が犬吠埼さんの後ろに手を回して…はい、キマシタワー!」

 丹羽がとらせたポージングに、美術部部員たちがざわめく。

 風を樹が抱き留め、甘えるままに任せているという構図は見ていてこう、何かが湧き上がってくる感じがする。一言でいうなら、そう。

「尊い…」

 自分の口から出た言葉に、美術部部長は驚いた。いつもはただの友達だと思っていた風にこんなことを感じるなんて、どうしてしまったのだろうか?

「えっと、丹羽? この格好結構恥ずかしいんだけど」

「丹羽くん、できれば別のポーズに」

「いいえ! このままいくわ! みんなスケッチブックに向かって!」

 別のポーズにするよう頼もうとしていた犬吠埼姉妹は、部長の言葉に困惑する。

 見ると他の部員たちも部長の声がかかる前にスケッチブックを広げていた。スケッチする姿にはなにか熱に浮かされたような狂気じみたものを感じる。

「犬吠埼先輩、犬吠埼さん。いままで黙っていたことがあるんです」

 突然丹羽が告げた言葉に、犬吠埼姉妹は困惑する。特に樹は日曜日に占いで出た自分たちに隠し事をしているという占いの結果を思い出し、ごくりと唾をのむ。

「実は俺…かわいい女の子たちがイチャイチャしてるのが、大好きなんです」

「お、おう」

「かわいいって、そんな」

 うん、なんとなくそんな気はしてた。

 風は丹羽が変な状態になっていたシーンを思い出して納得し、樹はかわいいと言われたことに照れて赤面している。

「なので、この機会に2人の魅力的な姿を目に焼き付けたいと思います。大丈夫、もっとはかどる構図はいろいろありますので」

 丹羽の言葉に、美術部員たちから歓声が上がる。その中にはモデルを頼んだ美術部部長の姿もあった。

 なんだか丹羽がカリスマとして信仰されている気がする。これからどんなことをやらされるのか…犬吠埼姉妹はおののいた。

 

 一方そのころ勇者部。

「いやぁ、東郷さんのぼたもちはおいしいなぁ」

「ふふ、友奈ちゃんったら。お口にアンコ、ついてるわよ」

 ゆうみもがイチャイチャしていた。

 ちなみに今食べているぼたもちは東郷の手作りで、勇者部でも好評なおやつだ。

『スミー』

「はいはい、スミちゃんにもぼたもちあげるわね」

 スミの声に東郷は自分のぼたもちを切り分け、スミにあげる。おいしかったのかしっぽのような髪を揺らし、身体を震わせて全身で喜びを表している。

『うまい! もう1口』

「じゃあ今度は私があげるね。はい、あーん」

 今度は友奈が自分のぼたもちをきりわけ、スミの口元に持っていく。

『あーん。モグモグ、うまい!』

「ふふ、こうしてみるとなんだか親子みたいだね」

「親子って、友奈ちゃんと私が夫婦…」

 突然告白じみた言葉をかける友奈に、東郷が赤面する。

 もちろん友奈の言葉に深い意味はないのだが、攻略済みの東郷にはクリティカルヒットだった。

 さすが天然タラシである。

 食事に満足したのか、スミは東郷の胸の上に乗り、うとうととまどろみ始める。

「かわいいなぁ」

「ええ、子供って本当にかわいいわよね」

 いずれは私も友奈ちゃんと…と、期待を込め、東郷は友奈を見る。するとにっこりと微笑み返された。

「はうっ」

 東郷の胸がキュンっとなる。美術部とは違い、こちらはどこまでも平和な光景だ。

 

 場面は戻り美術部部室。

 部活が終わる時間いっぱいまで風と樹の2人は丹羽の指定するポーズをとり続けた。美術部部長からは大絶賛され、ぜひ次も丹羽を連れて来てほしいと言われる。

「はは、考えておくわ」

 乾いた声で風は返事した。樹も含め、満身創痍と言った状態だ。

 風は誓った。美術部の依頼には絶対丹羽と一緒に誰かを連れて行かないようにしようと。

 

 

 

「はー、今日は変に疲れたわー。樹ー、ごはんできたわよー」

 夕食を作り終えた風は樹を呼び、配膳を手伝うよう頼んだ。肩を回し、変に緊張して固くなった身体をほぐす。

 今回は丹羽の暴走に巻き込まれてしまった。次からは要注意だ。できるだけ丹羽が暴走しないような依頼に回さないと。

 特に美術部の依頼には絶対一緒に行かない。改めてそう思う。

 その丹羽は隣の部屋で今夕食中だろうか。放課後かめ屋に連れて行って一緒にうどんを食べたが、まさかそれで終わりということはないだろう。

 ないわよね? 男の子の1人暮らしだけどちゃんと食べているだろうか。今まで寮暮らしだったから、夕食づくりに苦労しているかもしれない。

 心配になった風は樹に料理の配膳を任せ、隣の部屋の様子を見に行くことにした。チャイムを鳴らすと、すぐ丹羽が出てくる。

「犬吠埼先輩? どうしたんですか」

「丹羽、あんた夕食は…って、なにそれ」

 ドアを開けた丹羽の部屋の中にダンボールが見えた。見るとカップラーメンの名前が書かれている。

「え、これですか? 当分の食事ですけど」

「ひょっとして、寮の部屋の工事が終わるまでずっとインスタントで済ませる気だった?」

「はい」

 何か問題でも? と不思議そうに見返してくる後輩に、風の頭は痛くなった。少し考え、後輩の手を掴み自分の部屋へ連れていく。

「え、ちょ、ちょっと犬吠埼先輩⁉」

「風でいいわよ。それよりちゃんとご飯は食べなさい!」

 突如連れてこられたクラスメイトに妹の樹が驚いているが、今はそれどころではない。もう1組茶碗と汁椀を出し、無理やり丹羽を席に着かせる。

「これからはうちで夕食を食べること! インスタントとかもってのほか。勇者は身体が資本なんだからね」

「え、でもそこまで甘えるわけには」

「甘やかしてるんじゃない。これは部長として部員の体調管理も仕事だからやってるの!」

 無茶苦茶な理由だ。丹羽はなんとか断ろうとするが、風がそれを許さない。

「丹羽くん、諦めたほうがいいよ。こうなったお姉ちゃんは誰にも止められないから」

 誰よりもそのことを経験し、熟知している樹からこう言われては丹羽も何も言えない。ありがたくごちそうになることにした。

 すると丹羽の中からスミとは別の人型の精霊が現れ席に着く。どうやら風の料理を食べてみたいらしい。

 髪は白いが、肌は褐色の人型精霊だ。凛々しい顔で、クールな感じがする。

 この精霊は射手座の矢から風を助けてくれた精霊で、ナツメというらしい。精霊本人が風にそう名乗った。

 スミとは違い、あまりしゃべらない精霊だ。姿を現しても何もしゃべらずじっとしていることが多い。

 風を気に入ったのか風と丹羽が2人でいるとちょくちょく現れる。樹もこの時初めてその存在を知ったので驚いていた。

 どうやら風の作った料理が気になるらしい。丹羽が箸を使って料理を食べさせるとうまそうに食べている。

『風の作る料理はうまいな』

「あら、ありがとう」

 褒められると素直にうれしい。ナツメのためにもう1組茶碗と汁椀を出し、目の前に置く。

 ナツメは料理を食べるたびうまいうまいと褒めてくれる。

『風、私はワカメの味噌汁が好きだ』

「へぇ、そうなの。おぼえておくわ」

『こんなにうまい料理が毎日食べられる樹がうらやましい。風はいいお嫁さんになるな』

「そんなことないわよー。もう」

 と言いつつ顔がにやけている。嬉しさを隠し切れないようだ。おかわりを頼んだナツメのご飯茶碗も、日本昔話に出てくるような山盛りになっているし。

「ナツメさん、一応少しは遠慮というものを…」

「いいんだよ丹羽くん。お姉ちゃんも嬉しそうだし」

 と言う樹だったが、実は風が毎日作る料理の量が多くて体重がピンチだったので自分の代わりに食べてくれる丹羽とナツメの存在はありがたかったりする。

「いっぱい食べる子ねー。これは明日からもっと量を多く作らないとだめね」

 しかし、その目論見もすぐに水泡に帰しそうだった。

 

 

 

『乙女座に続き翌日蠍座、射手座、蟹座の3体の巨大バーテックスが襲来。讃州中学勇者部がこれに当たり撃退に成功』

「え、これだけ?」

 紙1枚の報告書に、園子は思わず問いかけた。

 これでは何もわからない。樹海で何が起こったのか、誰がどういう働きをして負傷をしたのか否かも。

「申し訳ありません! その、勇者システムに組み込まれたアプリが不調でして…樹海でどのようなことがあったのかは不明なのです」

 目の前の大赦仮面は恐縮し、ひたすら頭を床にこすりつけている。

 まさか大赦仮面も勇者がシステムをハッキングして盗聴、盗撮アプリを削除したとは夢にも思っていなかった。現場の人間はきちんと報告したのだが中間管理職が叱責を恐れただの不具合と報告し、上層部に報告が届くころにはすぐ直るただの故障だという報告に変わっている。

 まさに報告・連絡・相談ができないダメな企業の典型的な例だった。

「それってあの盗撮と盗聴アプリのこと? あれ、わたしが勇者だったときもインストールされてたんだよねー。良くないと思うなーそういうの」

 不機嫌な様子の園子に、大赦仮面は冷や汗を流す。

 くそ、犬吠埼の娘め! 今まで支援してきてやった恩を忘れてなにが自分で調べろだ。

 丹羽明吾を調査するように告げたメールの返信を思い出し、大赦仮面は歯噛みする。

 アレがきちんと今まで通り報告していれば、こんなことにはならなかったのだ。なんのために高い金を払って支援してやったと思っているのだろうか。

 いっそのこと罰として妹と離して暮らさせ、大赦の影響力を思い知らせるべきかもしれない。

 そんな謀略を画策していた大赦仮面に、園子の言葉がかかる。

「本当なら、樹海にあなたたちが行くべきじゃない? 詳しい報告書上げるならさぁ。自分は安全な場所で情報だけ得ようっていう姿勢は虫が良すぎない?」

「も、申し訳ございません!」

 大赦仮面はさらに額を床にこすりつける。今顔を上げたら、確実に殺気をまとった視線に射抜かれそうだった。

 先日から園子様は機嫌が悪い。何が原因かはわからないが、こちらにとってはいい迷惑だ。

 それもこれも、全部犬吠埼の娘が悪い! と大赦仮面は責任転嫁する。どうあっても自分の行動を改善するという気はないらしい。

「もういいよ、下がって」という園子の言葉に、心から胸をなでおろし、大赦仮面は退室する。触らぬ神に祟りなしとはこのことだ。

 誰もいなくなった病室で、園子はため息を1つつくとノートパソコンを開き、自分も利用している小説投稿サイトを開く。

「やっぱりまだ更新がないなー。誤眠ワニさんの新作」

 マイページからお気に入り作家の新着情報を調べ、残念そうな声を上げる。

 これこそが最近園子の機嫌が悪い原因だった。

 誤眠ワニという女の子同士の恋愛小説を書く作家の作品がいいところで終わっていて、続きが読みたくてしょうがないのだ。

 ちなみに誤眠ワニというペンネームからピンときた方もいらっしゃるだろうからここで明かしておくと、この作家の正体は丹羽である。

 誤眠ワニというのも丹羽明吾というフルネームのアナグラムだ。

 この世界でも百合を普及させるため、自分の知る百合作品を小説という形にして無料で誰でも読める場所として小説投稿サイトを利用した。

 それがたまたま小説好きの園子の目に留まったという話なのだが。

 ちなみに園子が気にしている小説は、まんま小説のマリア様が見てるだったりする。

 この世界では丹羽の知っている百合作品が映像化はおろか作品として存在せず、普及させるには原作をまず知ってもらわなければならなかった。

 著作権とかは気になるところだが、そこは異世界転生のチート要素として割り切らせてもらう。

 今園子が読んでいるのはマリア様が見てるの中でも屈指のエピソードである「レイニーブルー」。それまで穏やかな関係を保っていた登場人物の不和が描かれ、結局問題が解決せずに終わったという丹羽のいた世界では「レイニー止め」という言葉を生み出したエピソードだった。

 丹羽はあえて次のエピソード、「パラソルをさして」まで投稿を延期し読者を焦らしていた。そのことが原因で、大赦仮面の偉い人の胃がピンチなのだが知ったことではない。

「あ、短編のほうが更新されてる。そっちじゃなくてマリ見てのほうを書いてよもー」

 と言いつつ園子は投稿された短編のページをクリックしている。

 内容は姉妹百合モノのようだ。最初はふーん、とどこか斜に構えて読んでいた園子も、読み進めていくうちにどんどんのめり込んでいく。

「え、美術室でこんな…。嘘でしょ。姉妹なのに…いや、姉妹だからいいのか」

 読み終わると、満足感が胸を満たす。尊い。その一言に尽きた。

 やっぱりこの作家さんはいいな。百合の何たるかをわかっている。

 会ってみたらきっと楽しそうだ。一緒に作品に対する意見交換をしてみたい。

 そんな園子が想う相手の正体は仇敵である人型バーテックスの操る人間型星屑なのだが、誰もそれを教える人間はいなかった。

 




 風先輩はダメ男と付き合いそう。というか付き合う男がダメになりそう。
 だから、カップリングは百合である必要があったんですね。(メガトン構文)
 ちなみにゆうみものイチャラブはスミの目を通して本体が観察しています。

樹「わたしの占いは当たる!」
仮面ライダーライア「外れたほうがいい占いもあるぞ」
樹「え、誰?」


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風先輩、デートしようぜ(準備編)

 安達としまむら念願のデート回じゃーい!
 しまむらのイケメンムーブと安達の不器用さがかわいくて仕方ない。
 あら^~ホワイトアルバムだけに頭が真っ白になるんじゃ~。
(+皿+)「安達としまむらはいいぞ」

 あらすじ
【悲報】樹ちゃんノンケだった
 美術室のふういつ、勇者部のゆうみも。
 園子さん、レイニー止めで大赦仮面の胃がピンチの3本でお送りしました。


【caution】ヘテロ注意報【caution】
 主人公(星屑)は無性でそれが操る丹羽も無性ですが、作中にヘテロ表現があります。
 勇者部の女の子同士の百合イチャを期待される読者の方、またはヘテロ表現に著しいアレルギー反応のある方は読み飛ばすことを推奨します。
 よろしいですか? よろしいですね?
 では、本編をどうぞ。


 それはゴールデンウィークの連休を数日後に控えたある日のこと。

 その日、4時限目の数学の授業を終えた風はお昼を部室で勇者部のみんなと食べようと弁当を持って席を立とうとしていた。

 風と樹の弁当は、いつも風が早起きして作っている。ちなみに最近隣に引っ越してきた丹羽の分も。

 丹羽を夕食に招いた日、よくよく考えてみたら丹羽が食べていた昼食は学校で販売しているパンだということを思い出し問い詰めた。

 話を訊くと食事は寮のものに頼り切りで、引っ越した日から朝食はパン、昼は総菜パン、夕食は風が見つけたカップ麺で済まそうとしていたらしい。

 それを聞いた風は当然激怒した。

「成長期なのにそんな食生活でどうすんの! 明日もうちにご飯食べに来なさい!」

 以来、朝、昼、晩と食事ができると隣の部屋の丹羽を招いて食事をするのが犬吠埼家の新しい生活スタイルになった。

 学校の日はお弁当を作って丹羽に渡している。さすがにそこまで甘えるわけにはと丹羽が固辞して軽く揉めたのだが、風が部長権限まで持ち出して意思を押し通すことで最後には折れたのだ。

 ただ、交換条件としてせめて食費は受け取ってほしいという丹羽のお願いはありがたく受け取ることにした。2人分も3人分も作る手間は変わらなかったが、食費はそういうわけにはいかないからだ。

 今日はうまいと褒めてくれるだろうか?

 風がこれからのメニューを考えるため丹羽に好物を訊いた時、特にないのだと答えられた。嫌いなものも特にないのだと。

 丹羽の精霊のナツメは風の料理をうまいと言ってくれるが、丹羽からは「よくできてる」「すごい」という言葉だけで、1度も「おいしい」や「うまい」という賞賛はついぞ聞いたことがない。

 いつか心からの「うーまーいーぞー!」を言わせてみせるのが風の密かな目標だ。

 そんなことを考えていると、クラスメイトの女子が1年生が呼んでいると風に告げてきた。

 1年というと妹の樹だろうか? しかしそれにしてはなにかニヤニヤしていたような…。

 とりあえず廊下へ行ってみると、その謎は解けた。

 そこにいたのは樹のクラスメイトで、勇者部唯一の男子部員。丹羽明吾。さっきまで自分があれこれと考えていた人物だった。

 どうやら1年生の男子がわざわざ3年生の教室まで女子を訪ねてきたことに、いろいろ邪推したのだろう。好奇の視線を背中に感じる。

「丹羽、何か用事? アタシ今から部室行こうと思ってたんだけどそこじゃダメ?」

 とりあえずこの場を離れよう。そう思いそう提案したのだが、丹羽は首を振る。

「いえ、他の皆さんの前ではちょっと…。犬吠埼先輩とちょっと2人で話したいと思いまして」

 その言葉に、後ろから黄色い悲鳴のような声が聞こえる。どうやら聞き耳を立てていたらしい。

「だったらせめて他の場所で。ここだとほら、周りがさ」

「大丈夫です。すぐ終わる話ですから」

 と丹羽。いや、アタシが大丈夫じゃないんだけど。なんか今日は押しが強いわね。

 でもいったい何の用事だろうと風は考える。勇者部の依頼のことだろうか? もしくはまた休日まで昼食を作ることに関しての話だろうか?

 後者だったら容赦なくつっぱねてやろう。年下が先輩に遠慮なんて百年早い。

「犬吠埼先輩。今度の連休、デートしましょう」

「ファッ⁉」

 後輩から告げられた予想外の話題に、風は驚き思わず変な声が出てしまった。後ろで聞き耳を立てていた連中がキャー! と大声を出すのが聞こえる。

 デート? 嘘っ、誰が? 誰と? アタシ? 樹じゃなくて?

 頭の中をグルグルといろんな事が回っていく。犬吠埼風14歳。こうして面と向かって異性に告白されたのは生まれて初めてだった。

「あ、うぅ…あうあうあ」

 返事をしようとして、声にならない声が漏れる。いや待て、今アタシなんて返事しようとした? うん? はい? いいえ?

「あ、すみません。デートとはちょっと違いました」

 そんな風を見て、丹羽が言ってくる。

 なんだ。ほらやっぱり、早とちりだった。かわいい樹ならともかく、アタシがそんな。

「休日に映画を見て、美味しい食事を食べながら映画の感想を言って。その後アウトレットとか行って買う気のない服とかオシャレな小物見ながら時間を潰したりする休日を過ごしませんか?」

「デートじゃんそれ!」

 風の言葉にまた後ろの方から盛り上がる声が聞こえる。アンタらうるさい!

「え、ちょっと、なんでアタシ? そういうのはもっと他の娘にしなさいよ」

「犬吠埼先輩がいいんです。先輩じゃなきゃダメなんです」

 嘘。これ完全に告白じゃない。

 自分を見つめるまっすぐな視線に顔が赤くなる。

 やばい、やばい、やばい。

 落ち着け、アタシ。ちゃんと年上としての威厳を見せるのよ。

「え、映画って言ってるけど、なんの映画?」

 ちーがーうーだーろー! なんで声がちょっと震えてるのよ! 乙女か!

 いや、乙女でしょアタシは。

「行った先で決めようと思いまして。実は映画のペア割引券をもらったんです」

 と丹羽。え? 割引券?

「最初は結城先輩と東郷先輩に渡そうと思ったんですけど、残念ながらその日は用事があったみたいで」

 なるほど、話が見えてきた。

 どうせ丹羽のことだから友奈と東郷がイチャイチャするのを見るためにペア割引券を手に入れたのだが、送ろうとした相手には予定があった。

 だからアタシを誘いに来た。うん、何もおかしなことはない。

 会ってまだ1週間かそこらの自分をデートに誘うなんて、ありえないわよねー! アハハハ!

 はぁ。なんか1人相撲してたみたいで変に焦った。丹羽のことは嫌いじゃないけど、付き合うとなると…ねぇ?

 そう思うとなんか腹が立ってきた。こうなったら断って恥をかかせてやろう。

「悪いけど、アタシそんな映画とか…」

 いや待て。ここでアタシが断ったらどうなる?

 丹羽の交友関係は知らないが、次の候補はおそらく樹だろう。優しいあの娘は多分断り切れない。

 樹がデートなんて、早い! 早すぎる!

 まだあの娘は12歳なのよ! 数日前までランドセルを背負ってたんだし、男の毒牙からはお姉ちゃんが守らないと!

 この、目の前の男の毒牙から!

「いや、いいわ。しましょうデート」

 風の言葉に「おお~」と後ろから声が聞こえる。まだいたのか外野。

「よかった。断られたらどうしようかと思ってました。じゃあ連休中の5月1日。詳しい時間と場所は後で連絡しますので」

「ええ、わかったわ」

 じゃあねと手を振って自分の教室に帰る丹羽を見送る。

 ふっ、年上の余裕を見せればこんなもんよ。

 そんな風に考えている風の足は結構がくがくと震えていたが、指摘する野暮な人間はいなかった。

 なぜなら一部始終を見守っていた女子たちに昼休みが終わるまで質問攻めされたからだ。

 結局風は次の休み時間になるまで自分の作ったお弁当を食べることができず、空きっ腹を抱えたまま授業を受けることになった。

 そして風はデートのことで頭がいっぱいですっかり忘れている。5月1日が自分の誕生日であることを。

 

 

 

 さて、なぜ根っからの百合男子である丹羽が彼らしからぬ百合の間に入る男ムーブをしているのか?

 話は昨日の放課後までさかのぼる。

「え゛、犬吠埼先輩をデートに誘ってほしい?」

「はい。こんなこと、丹羽くんにしか頼めないんです!」

 突然クラスメイトであり風の妹である樹から頼まれた丹羽は、思わず変な声を出してしまった。

 場所は勇者部部室。樹の他にも友奈や東郷の姿もある。

 ちなみに話の中心である風は委員会で席を外していた。そのタイミングを狙って樹は友奈と東郷、丹羽のいる勇者部で相談してきたのだ。

「実は、お姉ちゃん男の人と付き合ったことがなくて」

「へぇ、意外ですね。犬吠埼先輩ならモテまくりの引く手数多だと思うんですけど」

 主に女子に関して、と丹羽は心の中だけでつけ足しておくが。

「丹羽君、それ絶対風先輩の前で言わないでね。じゃないとチアリーディングでモテた話を延々とされるよ」

 と友奈。そういえばゆゆゆいでも若葉に話して会話が無限ループする話があったな。

「了解です。で、なんで俺が?」

「だから! こんなこと、丹羽くんにしか頼めないからだよ!」

 樹がいつにもまして真剣な顔で言う。そんなになのか。

「お役目のこともあるけど、わたしたちっていつどうなるかわからない戦いをしているわけでしょ。だから悔いは残してほしくないっていうか、人生に1回くらい男の子とそういうことした思い出があったほうがいいと思うの」

 と熱弁する樹。あれ? 樹ちゃん、君ってひょっとしてノンケなの?

 お兄さん、ちょっと…いやかなりショックなんだけど。

「というわけで、お姉ちゃんとデートしてきてください。前にお手伝いで貰った映画の割引券上げるから、これで」

「いやいやいや!」

 なにがというわけなのだろうか。全然理解が追い付かない。

「ごめんね、実は今度の連休中の5月1日って風先輩の誕生日なんだけど」

 混乱している丹羽に、東郷が説明してくれる。

 存じておりますとも。ゆゆゆいプレイヤーだった頃はガチャで大変お世話になりました。

「このデートを樹ちゃんなりの、風先輩への贈り物にしたいらしいの」

「いやいや、それなら犬吠埼さんが先輩とデートしたほうが喜ぶでしょ」

 風は自他共に認めるシスコンなのだし、その方が…と丹羽は思うのだが。

「丹羽くん、馬鹿なの? どこの世界に誕生日に妹と映画に行って喜ぶ姉がいるの?」

 あ、本編でも見たことのない(さげす)みを含んだ呆れた表情だ。

 でも君のお姉さんは間違いなく丹羽とのデートより妹の君とのデートのほうが喜ぶと思うよ。大赦仮面の魂をダースで賭けてもいい。

「それに2人が出かけている間に私たちで誕生日パーティーの準備をしようと思って。風先輩には用事で家を空けていてほしいのよ」

「去年は東郷さんの家でやったから今年は風先輩と樹ちゃんの家でしようと思うんだ」

 と東郷と友奈。なるほど。大体わかった。

 つまり自分にサプライズパーティーのための時間稼ぎになれということか。

 なんか別次元(わすゆルート)の自分が『やめとけやめとけ、女性相手のサプライズはやめとけ』と忠告してきたような気がするが、それは置いておいて。

 だったらなおさら樹と一緒のほうがいいのではないだろうか。本人も喜ぶし、丹羽もそのほうがはかどる…もとい嬉しい。

 部屋も犬吠埼家ではなく自分の部屋を使ったほうが片付けも任せられるし…と言いかけ、脳内シミュレートが待ったをかける。

 

『え、丹羽君。私と友奈ちゃんを自分の部屋に連れ込んでなにするつもり?」

『東郷さん、私丹羽君のお家行ってみたいよ』

『ダメよ友奈ちゃん。男は狼なのよ。一緒の部屋で3人切りなんてもってのほか!」

 東郷の信頼度、好感度大幅にダウン。

 

 ダメだ。これはダメだ。

 だったら去年と同じく東郷の家というのはどうだろう? シミュレートスタート。

 

『東郷先輩のお家じゃダメなんですか?』

『ダメよ絶対! 特に丹羽君はダメ!』

『東郷さん、どうして?』

『あ、別に人を上げるのが嫌なわけじゃないのよ。ただ、丹羽君が間違えて私の部屋に入ったら困ると思って』

『東郷先輩の部屋…もしかして壁一面に結城先輩の隠し撮り写真とかがあったりするんですか?』

『え!? なんでそのことを⁉』

『え?』

『え?』

 東郷の信頼度、好感度大幅ダウン。ゆうみも存続の危機。

 

 アカン、これはもっとアカン。

 だったら最後の希望として友奈の家で…と思ったが東郷がそれを許さないだろう。というか、丹羽が友奈の家を知ろうとした瞬間下心ありと判断されて銃で頭を撃たれかねない。

 うわっ、東郷さん強すぎ。

 どうあっても自分と風が外で時間を潰し、ゆうみもいつが誕生日パーティーの準備をするのが最適解らしい。

 だが百合男子としてそれはどうなんだと丹羽は苦悩する。そんな男が百合カップルの間に入る行為なんて許されない。だがそれ以外に方法が…。

 ひょっとしたらこれはわすゆ最終決戦の園子戦以来の詰みピンチじゃないだろうか。

 ん、待てよゆうみもいつ?

 これは夫婦であるゆうみもと娘役に樹。核家族ゆうみもいつという新カップリングでは?

 はかどる! これははかどるぞ!

 それに百合男子の本懐は推しの女の子の幸せを願い、無償の愛を注ぐことだ。そのためには自分の性癖や信念などいくらでも犠牲にしよう。

「丹羽くん、ダメかな?」

 考え事をしていた丹羽は、樹の声に意識を目の前の少女に向ける。

 ひどく不安そうな顔だ。彼女にこんな顔にさせるためにいろいろな工作をして壁の外から勇者部まで来たわけじゃないだろう!

「わかりました。この丹羽明吾、犬吠埼先輩を5月1日デートに誘います!」

 丹羽の宣言に、東郷と友奈も「おお~」と歓声を漏らし、拍手をしてくれた。

「よかったー。お姉ちゃん単純だから、きっと当日まで丹羽くんとのデートのことで頭いっぱいだよ。サプライズバースデーもきっとうまくいくね」

 と実の姉にさらりと毒を吐く樹。

 こうして風の知らぬところでサプライズパーティーをカモフラージュするためのデート大作戦は計画されたのだった。

 

 

 

 その後風の誕生日まで風を除いた勇者部4人での作戦会議は続いた。

 あーでもないこーでもないとデートプランを練りに練る。

 ちなみに「待ち合わせ場所と時間、決める必要あるんですか? 家隣なのに」という丹羽の発言には勇者部3人娘から大バッシングを受けた。

 特に樹からは「お姉ちゃんにとって一生に一度の初デートなんだから、楽しませないと承知しないから」と念押しされる。だったら君が行ったほうがお姉ちゃんは喜ぶよとはもう言えないのが丹羽のつらいところだ。

 そして誕生日当日。5月1日。

 午前9時30分。ショッピングモール前。

 待ち合わせ時間30分前、すでに風はいた。というか実は9時には到着していたりする。

 後輩とはいえデート…もとい遊びに行く相手を待たせるのに抵抗があった風は早めに家を出た。

 だからといって早く来すぎだろ! どれだけ楽しみにしてるんだ!

 内心で自分にツッコミをしていると、向こうから丹羽がこちらに向かって走ってくるのが見えた。

「犬吠埼先輩、お待たせしました!」

「い、いやアタシも今来たところ」

「嘘でしょ。さっき犬吠埼さんから連絡があって、お姉ちゃんは8時に家を出たけど丹羽くんはまだ出てないのって」

 樹ー!

 風はできた妹に心の中で涙する。なにもこんなところまでしっかりしなくてもいいのに。

「8時に出たってことはここについたのは8時50分くらいですね。ごめんなさい、30分近く待たせて」

「い、いいのよ。アタシが勝手に早く来ちゃっただけだし」

 頭を下げる丹羽に、風は慌てる。

「それでも30分も待たせた事実は変わりませんし。お詫びに何かおごらせてください。そこの喫茶店でいいですか?」

「い、いいわよ別に! 後輩におごらせるなんて。自分の分は払うから」

「俺におごらせてください。風先輩を待たせて疲れさせちゃった罰です。映画館もまだ始まる前ですし、そこで時間を潰しましょう」

「いや、だからそれはアタシがただ早く来ただけで」

 となおも固辞しようとする風の手を引き、丹羽は強引に喫茶店へ連れていく。

「それに、これは俺とのお出かけを楽しみにしてオシャレしてきてくれた風先輩へのお礼でもあるんですよ。今日の服、かわいいですね」

「ファッ⁉」

 急にキザなことをさらりと言われ、風は顔が真っ赤になる。

 なにこいつ、女の子同士がイチャイチャすることしか頭にない変人じゃなかったの?

 なんでこんな、少女漫画みたいなこと言えるのよ。

 それは丹羽がよく読む少女漫画や乙女ゲーが百合作品における守備範囲内なだけだからなのだが、彼女は知らない。

 急に抵抗する力が弱まり、引かれるままになっている風を不思議がりながら、2人は喫茶店へ入ることにした。

 

 

 

「え? 風先輩のために誕生日ケーキを作りたい?」

「はい、やっぱりプレゼントが丹羽くんとのデートセッティングだけだと弱い気がするので、何か形になるものを上げたいんです」

 それは風の誕生日前日。

 誕生日パーティーの準備に何をするかラインで話し合っていた時だった。

 樹のメッセージに友奈は「いいと思うな」と返信し、東郷も「立派な考えよ、樹ちゃん」と賛成している。

 そうか、この2人はまだ知らないのか。犬吠埼樹の料理の腕を。

 普通にうどんを作ったつもりが紫色の不思議な麺料理になったり、小学生組を恐怖させた紫色のパンプキンケーキ、あの歴代最強と言われた西暦勇者白鳥歌野を恐怖のどん底に落とした腕前を。

 アニメ視聴済みでアプリゲームのプレイヤーだった丹羽はもちろん知っている。

 風の身体を気遣うなら止めるべきだろう。だがどうやって?

 樹の腕前は今現在、姉である風しか知らないはずだ。それをつい最近まで面識のなかった自分が止めるとなるとかなりの難題だ。

 とりあえず話を逸らすため、丹羽は文章を打ち込む。

「そういえば料理ってどうするんですか? もし東郷先輩が作るなら使い慣れていない台所だと勝手が違うと思うのですが、お家で作って持ってくるんですか?」

 数秒後、東郷の返信が表示される。

「そうね。そのほうがいいかも。料理の仕込みは前日できるものはしておいて、私が作ってから友奈ちゃんと合流してそちらへ向かうことにするわ」

 よし、これで被害は最小限に収められた。

 ケーキと料理が紫色のスペシャル仕様だったら目も当てられない。ケーキだけなら東郷の指導があれば大丈夫だろう。

 …大丈夫だよな?

 一抹の不安を覚えたが、きっと大丈夫だと思う。うん、そう思う。

「もしもし、東郷先輩ですか?」

 一応ダメだった時のために、東郷さんと打ち合わせをしておこうと丹羽は手を打っておく。

 この誕生日パーティーが楽しいものであるために。

 姉を想う妹のお祝いが、素敵なものとして誰もが笑顔で迎えられるように。




わすゆルート天の神(百合好き)「」(血の涙を流しながら耐えている)
神樹「え、君なにしてるの」ドンビキ
天の神(百合好き)「推しの幸せを願うならここは耐えるのが真のファン。しかし、百合の間に男が入るのは、どうしても…どうしても…」
(+皿+)「許せぬか」
天の神(百合好き)「師匠!」
神樹「え、君ただの星屑を師匠とか呼んでるの?」
(+皿+)「貴方には、丹羽が心で流す血の涙が見えぬか」
天の神(百合好き)「心で流す、血の涙?」
(+皿+)「本来なら風先輩の初デートの相手は樹だった。しかし姉を思う樹の心を汲み取り。信念と性癖すら曲げてそれに応える丹羽の心の涙が!」
神樹「え、何言ってんのこの星屑」ドンビキ
(+皿+)「しかも丹羽の言動、あれに何か感じることはないか?」
天の神(百合好き)「いえ、人間の文化には疎いもので」
(+皿+)「あれは俗にいう『いい人ムーブ』。少女漫画の肉食系男子に負ける草食系幼馴染、乙女ゲームにおけるいろいろ主人公を助けてくれてくれるけど非攻略対象のみが許されるという女子に人畜無害であることを示す奥義よ」
天の神(百合好き)「いい人ムーブ⁉」
(+皿+)「そう、優しいだけの男に女はなびかぬ。それゆえ(どうでも)いい人、(都合の)いい人として物語の終わりまで主人公(女)を見守り、無償の愛を注ぐ存在」
天の神(百合好き)「同志、それはひょっとして…」
(+皿+)「ああ、全百合男子が見習うべき存在。カードキャプターさくらの知世ちゃんの精神を体現した存在だ」
天の神(百合好き)「なんてことだ。そんな崇高な精神を持つ者もろとも世界を滅ぼそうと一瞬でも考えた自分が恥ずかしい」
神樹「え、女の子ってオラオラ系の肉食系に弱いの? だったら我も5人の勇者全員と神婚してみちゃおっかなー」
(+皿+)「そうじゃないだろ。何聞いてたんだお前」ブチギレ
天の神(百合好き)「やっぱりお前とは千年単位かかっても和解できない気がする」ブチギレ
神樹「なんでさ⁉」


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風先輩、デートしようぜ(デート編)

 少女漫画や乙女ゲーのイケメンムーブは現実でやるとガチでドン引かれるどころか普通に通報される案件だから、いい人ムーブにとどめておこう。
 風先輩とデート編後半戦、はーじまーるよー。

【caution】ヘテロ注意報【caution】
 主人公(星屑)は無性でそれが操る丹羽も無性ですが、作中にヘテロ表現があります。
 勇者部の女の子同士の百合イチャを期待される読者の方、またはヘテロ表現に著しいアレルギー反応のある方は読み飛ばすことを推奨します。
 よろしいですか? よろしいですね?
 では、本編をどうぞ。



 喫茶店で時間を潰した後、風と丹羽は映画館へと入場していた。

 最初の上映前ということで、人は少ない。これなら席は選び放題だろう。

 上映されているのは邦画のホラー、洋画のゾンビホラー、恋愛映画、冒険ファンタジー映画、女児向けのアニメ映画の5つ。

 これは、公式設定でおばけ嫌いの風には無理な映画が2つあるな。

「で、どれを見るの?」

 と風が訊いてくる。どうやら最初から丹羽に任せるつもりらしい。

 一瞬ホラーを選んだらどんな顔をするだろうかと思ったがやめておこう。今回は彼女を楽しませるためにここに来たのだ。

「犬吠埼先輩はどれが見たいですか?」

「質問を質問で返さない。こういうのは誘ったほうが選ぶもんよ」

 怒られた。だが丹羽はめげずに言葉を(つむ)ぐ。

「俺は風先輩に今日は喜んで遊んでほしいんですよ。もし勝手に選んでこの後ずっと不機嫌だったら俺も楽しくないし。結局は全部俺のためなんですけどね」

 丹羽の言葉に風はぱちくりと瞬きをした。何か変なことを言っただろうか?

「しょーがないわねー。女と相談しないと見る映画1つ決められないなんて、ダメダメじゃない」

「え、そんなにダメですか?」

「ダメダメよ。よーし、ここは女子力あふれるアタシが女子力が上がりそうな映画を選んでやろうじゃない。丹羽はポップコーンとコーラ買ってきて」

 財布を出そうとする風を止め、丹羽は言われた通りポップコーンのLサイズを1つとコーラのMを2つ買っていく。

 風と合流すると、映画を決めて支払いを終えていた。席の番号は隣同士のようだ。

「あ、映画料金いくらでした? 払わせてください」

「いやいや、ここは年長者のアタシが払うべきでしょ」

「いや、誘った俺が払うのが普通ですって」

「いやアタシが」「いやいや俺が」とどっちが払うか揉めたが、上映時間が迫ってきたので2人は上映室に入ることにする。

「隣っていいんですか? せっかく空いてるんですからもっと広く使っても」

「なーに言ってんのよ」

 風はコーラを受け取り、ポップコーンを1口食べる。「塩味とはわかってるわね」と褒められた。

「今日はデートなんでしょ。だったら、その…恋人らしいことというかアタシが恋人ができたらしたかったこと、させてくれるんでしょ」

 自分で言ってて恥ずかしくなったのか、風の顔が赤くなる。

 本当に、謎だ。彼女と付き合った異性が今まで誰1人いないというのは。

 だってこんなにかわいくて人を気遣えるいい娘なのに。魂が清らかで神樹の勇者に選ばれてしまうほど。

 それをだましてた大赦はクソだけどな。おのれ大赦。

 席についてドリンクホルダーにコーラを置くと、すぐに明かりが暗くなり、映画のCMムービーが始まった。

「これこれ、これが映画館で見る映画の醍醐味(だいごみ)よねー」

 風は目を輝かせてそれを見ている。どうやら映画館に誘ったのは大正解のようだ。

 流石樹ちゃん。姉のツボを知り尽くしている。

「そういえば何の映画にしたんですか?」

「ふふ、見てのお楽しみ。女子力が上がる奴よ」

 今更な質問に、風は顔を前に向けたまま答えた。

 女子力が上がるというと、やはり恋愛映画だろうか。

 それにしてはナレーションが長いような…うん? これって…ファンタジー映画じゃない?

 どこに女子力が上がる要素があるのだろう?

 不思議に思い隣の風を見ると、目を輝かせて映画に夢中になっている。

 まぁ、本人が楽しんでいるならそれでいいか。

 丹羽は思ったよりもふかふかの映画館のイスに座り直し、じっくりと鑑賞することにした。

 

 

「ごめんなさいー!」

 一方その頃、風と樹の部屋。

 本日2度目のケーキ作りの失敗に、東郷は謝る樹に優しく語り掛ける。

「大丈夫よ樹ちゃん。失敗は誰にでもあるわ。それに、今日初めてケーキを作ったんでしょう?」

「東郷先輩…」

 それでも限度があるけどね。と東郷は失敗したケーキのスポンジを見る。

 なぜか生地が紫色だった。無論材料には紫色になるものなど使っていない。

 小麦粉にバター、バニラエッセンスに牛乳と卵に水。分量もキチンと量った。

 1回目は東郷が目を離した隙に樹が小麦粉と片栗粉を間違えて入れてしまい大惨事になったが、今度は大丈夫なはずだったのに。

 いったい何が悪かったのだろう。材料をもう一度見ていくと、バニラエッセンスが何か違う。

「樹ちゃん、このバニラエッセンス」

「はい、量が少なかったので新しいのを出しておきました!」

「これ、ヨウ素液よ…」

「ええ!?」

 いや、驚きたいのはこっちだ。理科の実験でしか見たことがないヨウ素液が置いてある一般家庭とはどんな家だ。

 どうしたらそんな間違い方をするのだろう? 本当に理解できなかった。

 昨日丹羽に「樹が料理しているのを見たことがない。ひょっとして姉の風に料理を禁止されているのでは?」と聞いた時はまさかとは思ったが。

 本人も料理は初心者だと言っていたし、東郷もちょっとできないくらいだろうと早めに料理を仕上げて部屋に来たのだが…甘かった。

 まさか丹羽の推測が悪い方向で的中するなんて。いったいどこをどうすればこんな料理になるのだろう。

「東郷さん、大丈夫? 私も手伝おうか?」

「大丈夫よ友奈ちゃん。こっちは任せて」

 台所組の様子がおかしいことに気づいたのか、飾りつけ担当の友奈が声をかけてくる。

 机の上では折り紙とハサミを使って輪っかをつなげたやつや、ティッシュの花を丹羽の精霊であるスミとナツメが作っていた。

 友奈1人では大変だろうと部屋を出る前樹に預けておいてくれたのだ。

 2人とも人型というだけあって、器用に手を動かし手伝ってくれている。ただナツメのつくる飾りはどことなく沖縄要素が強いというか、友奈とスミが作る物とは別物になりかけているのだが。

 ちなみに友奈と東郷がナツメと出会うのも今回が初めてだったりする。

 スミに続いて喋る人型精霊の登場に驚いたが、「まあ、丹羽君の精霊だし」と納得した。むしろスミとは正反対の性格に興味を抱く。

『友奈、できたぞ』

「わー、すごいよナツメさん。これ、何?」

『シーサーだ。沖縄の守護神。一家に1体は必須』

「そうなんだー。え、沖縄?」

 ナツメと話していると四国以外の土地である沖縄のことがよく話題に上がる。ひょっとして精霊にも出身地があるのだろうか?

 スミのほうを見ると友奈がハサミで切った折り紙の輪っかをうまくつなげてくれていた。2体とも頼りになる戦力だ。

 これなら正午までに飾りつけは終わってしまうかもしれない。

 東郷さんと樹ちゃんは大丈夫かな? と友奈は再び台所の様子をうかがう。

 今度は切らした牛乳の代わりになぜか台所にあった漂白剤を入れようとしている樹を東郷が必死に止めている。

 間違いを指摘され謝る樹に東郷は優しく教えている。が、よく見ると口元が引きつっていた。

 やっぱり私も手伝ったほうがいいよね。東郷さんほどじゃないけど、私も一応お料理できるし。

 友奈は知らない。自分にとっての「できる」が、他人の要求する「できる」とはレベルが違うことを。

 そして問題児が2人に増え、東郷がさらに苦労することになることも。まだ知らなかった。

 

 

 

「映画面白かったわねー。特にラストの大どんでん返し! あれは見事に騙されたわ」

「まさか最初のアレが伏線だったとは。俺も気づきませんでした」

 映画の視聴を終えた丹羽と風の2人は、近くにあったファミレスでドリンクバーを頼み、映画の感想を言い合っている。

「あの性格が悪いおばちゃんの過去にまさかあんなことがあったなんて」

「あんなことがあったら、そりゃあ性格も歪みますよね」

 映画は丹羽の目から見てもとても作り込まれていて面白かった。特に数々張られていた伏線を全部回収して最後につなげた大逆転劇は圧巻の一言だ。

 あの映画のどこに女子力要素があったのかは謎のままだが。

「ふっふーん。どうよ。アタシの審美眼に間違いはなかったでしょう」

「ですね。あ、そろそろお昼ですしここでご飯食べときます?」

「いいねぇ。あ、店員さーん」

 風が近くにいた店員を呼び止め、注文をする。

 時刻は午後0時45分。映画が2時間半の大ボリュームだったので、ちょうど食事時だった。

「アタシはこの季節のうどん御前で。丹羽は?」

「俺は日替わりのAランチで」

「貴様! 香川に生まれながらうどんを頼まないとは…非国民か!」

「よく見てください、Aランチにはうどんの小鉢がついてます」

「ならよし!」

 2人のやり取りをほほえましく見ながら店員はメニューを打ち込んでいる。

 仲がいいわねぇ。姉弟かしら。

 そんなことを思われているとは知らず、店員が去った後風は急にまじめな顔になり丹羽に話し始めた。

「丹羽、実は今回アンタの話に乗ったのは、映画が見たかったからだけじゃないの」

 その割にはすごく楽しんでいたような気がするのだが。

 口には出さず、思うだけにしておく。ということは、風は丹羽に何か用事があったのだろうか?

「アンタの正体…というか、何者なのか確かめるため。どうしてアンタが男なのに勇者になれるのか。どうしてアンタの精霊だけ人型なのか。そして…みんなには話していないけど、アンタあの蠍座との戦い方で、攻略法わかってたでしょ」

 伊達に勇者部部長を名乗っているわけではないらしい。こんなに早くバレるとは。

 警戒すべきは東郷と友奈だけだと思っていた丹羽は、風の観察眼を少し甘く見ていた。

「大赦の大人が気にしていたこと、できればアタシも知りたい。妹や友奈、東郷を守ることにつながるから」

 と風は言うが、これは半分嘘だ。

 もしもの時はこの情報をカードに大赦と取引しようとしている。

 自分も嫌な大人になったなと自己嫌悪しているが、この程度では丹羽やそれを操る人型バーテックスは彼女を見捨てたりしない。

 丹羽はどこまで話すべきか…と考え、とりあえず自分が讃州中学に入学するまでの経緯を話すことにした。

「先輩、実は俺2年前以上の記憶がないんですよ」

「え? 記憶がないって…」

「はい。いわゆる記憶喪失ってことです。大橋でさまよっているところをじいさん…今の保護者に拾われて。それ以前の記憶が何にもなかったんですよ」

 2年前、大橋。風の頭に両親を失った時の記憶がよみがえる。

 あの日、何が起こっているかわからない樹の手を引き、向かった病院。

 動かなくなった両親。泣き崩れる樹。親戚の誰がどちらを引き取るかという声。そして、現れた大赦仮面との取引。

「…ぱい、犬吠埼先輩?」

「っあ、ごめん。続けて」

 嫌なことを思い出してしまった。心配する丹羽を促し、話を続けてもらう。

「で、小学校卒業まで俺も家の掃除したりじいさんの付き添いで病院行ったりとかしながらお世話になっていたんですけど、じいさん俺を養子にしてたみたいで。そのことで実の娘さんが乗り込んできて」

「ちょっと待って。そのおじいさん娘さんがいたの?」

「はい。どうやら俺を養子にしたことで貰える遺産がどうのとかケンカしてました。で、話し合いの結果中学までの義務教育は受けさせてもらえるようになって、そのあとは養子縁組を解消。自立して生活しなさいと」

 それは、有体にいえば遺産を狙う厄介者扱いされ、家を追い出されたということだろうか。

 あまりにもむごい仕打ちに風の怒りは簡単に臨界点を振り切れてしまった。

「なにそれ! 自分の親なのに今まで放っておいて。子供のアンタに面倒全部見せさせて、遺産の話が絡んだら家から追い出して出て行けって! あんまりでしょう」

「先輩、落ち着いて」

 急に声を荒げた風に周囲は何事かと視線が集まっている。怒りを鎮めるためにドリンクを飲むが、胸のムカムカは収まらなかった。

「で、いつまでもじいさんのところにいるわけにもいかず、寮のある讃州中学に入学したんです。勇者に選ばれたのは俺も全く身に覚えのないことで、精霊が人型なことも謎です」

 風は怒りを噛み殺し、考える。

 思ったような情報は得られなかったが、丹羽という人間を知ることができた。

 彼をどこかおかしいと思う違和感のようなものは、その記憶喪失に原因があるのだろう。

 ひょっとしたら男なのに勇者になれる秘密もそこにあるのかもしれない。

 だが、それにしてもだ。

 記憶喪失の少年に対するあまりにもひどい大人からの仕打ちに、風は怒りを抑えることができそうにない。

「あの、先輩。ひょっとして俺が可哀そうとか思ってます?」

 丹羽の言葉にはっとした。自分は同情していたのだろうか。

 だとしたら、それは丹羽に対する侮辱だ。そんな苦境をものともせず明るく生きる彼への。

「そりゃあ俺としてもちょっと思うことはありますけどじいさんには感謝してますし、娘さんの気持ちもわかりますから。自分の元に転がり込んでくるはずだった遺産の半分がどこの誰とも知れない子供に入ると思ったら、そりゃ怒りますよ」

「でも、だからって追い出すなんて」

「追い出されたんじゃありません。俺は自分から家を出たんです。いつまでもじいさんの世話になるつもりもなかったですし」

 丹羽は笑っていた。

 ちなみにじいさんの娘うんぬんの話は本当のことだったりする。寄生型バーテックスでじいさんを洗脳したが、家庭環境までは洗脳して操ることはできなかったのだ。

「それに、勇者として選ばれたのもある意味ラッキーだと思ってます。大赦に申請すれば最低限の生活も保障してくれますし、中学卒業してからも大赦で働けるように手配してくれるって」

 それを信じたの? 大赦のことを散々信用できないって煽っていたアンタが?

 と口に出そうとして、風は気づく。

 信じたいのだ。そうなると。そもそも自分たちはいつ死ぬかわからない戦いを強いられている。

 そんな希望でもなければ、やっていられないだろう。

 風だって、それなりに将来のことは考えている。高校へ行って、勇者として働いた実績を生かし将来は大赦で働くなど漠然としたものであるが。

 だが、丹羽にとってそれは差し迫った問題だった。中学を卒業したらすぐ大赦で働き、日々の糧を得なければならないのだ。

 それに比べれば、なんて自分は恵まれているのだろう。風には樹という自分を支えてくれる妹もいる。勇者部という仲間も。

 両親との大切な記憶もある。だが、丹羽にはそれがないのだ。

「丹羽、困ったことがあったらうちに来なさい。ご飯だけはお腹いっぱい食べさせてあげるから」

 だから、風は丹羽の手を握り自分を頼るよう懇願する。

 この子を利用して、大赦と取引しようとした自分を恥ずかしく思う。

 今決めた。この子も自分が守るべき勇者部の大切な仲間の1人だ。

「あの、お客様。こちら、季節のうどん御前になりますが…置いてよろしいですか?」

 声に顔を向けると、困った顔の店員が料理をもって所在無げにたたずんでいた。

「あ、すみません。どうぞ置いてください」

「はーい」

 真っ赤になった顔の風の前に、季節のうどん御前が置かれる。

 さっきまでは熱くなって気が付かなかったが、周囲から自分たちはどうみられていたのだろうか。今更ながら恥ずかしくなる。

「まぁ、俺のことはいいじゃないですか。今日は楽しいことして、美味しいもの食べて。とことん楽しみましょう」

 丹羽の言葉にうなずく。もうさっきのような話をするのはやめよう。今日はとことん楽しむ日だ。

「でもさっきの先輩の言葉、なんかプロポーズみたいでしたね」

 風が吹き出す。うどんが鼻から出そうになったが、内に秘めた女子力を総動員して乙女としての矜持を守った。

 

 

 

「じゃあ、お昼も食べたしそろそろ解散しましょうか」

「え゛?」

 昼食を食べ終えた風が言った言葉に丹羽は固まった。

 時刻は午後1時半。まだ誕生日パーティーの準備は終わっていないだろう。

「その前にトイレトイレ。すぐ帰ってくるからちょっと待ってて」

 風が席を外した隙に、ラインで他の勇者部メンバーに連絡を取る。

「大変です、犬吠埼先輩そろそろ帰ろうとしています」

「戦線を維持せよ。撤退は許されない」

 東郷から返信があった。軍人口調だがデートを引き延ばしてまだ帰ってくるなということだろう。

「了解。オ先ニ失礼」

「アオバワレェ!」

 あ、乗ってくれた。このネタ神歴でも通じるのか。

 と思ったら「東郷さん、何それ?」「暗号ですか?」と2人のメッセージが。通じたのは東郷が西暦研究者で軍事オタであるためらしい。

「お待たせ。あれ、どうしたの?」

「風先輩、次はどこに行きましょうか?」

 素早くスマホをしまい領収書を手にした丹羽は、風の手を取り引っ張る。

「ちょ、アンタ手! ていうか、今日はもう解散するんじゃないの?」

「まだ服とか小物見に行ってないじゃないですか。もうちょっと付き合ってくださいよ」

「でもあんまり遅くなると樹の夕食が…」

 丹羽の言葉に風はあまり乗り気ではない様子だ。樹ちゃんを何事においても優先する姿勢は尊いが、今はその樹ちゃんのためにデートを引き延ばさねば。

「今はまだ、先輩を家に帰したくないんです!」

 パーティーの準備ができていないから。

「は、はい」

 丹羽の必死の懇願に風は首を縦に振ってくれた。

 顔はなぜか赤く、声にいつもの勇ましさはなかったが了承したな。よし!

「じゃあ、風先輩に似合う服選びに行きましょうねー」

「うん。その…任せる」

 2人は連れ立って店を出て近くのアウトレットモールを目指す。

 ちなみに会計をどっちが支払うかでまた揉めそうになったが、丹羽が強く押すと風は譲ってくれる。

 映画の料金の支払いを決める時よりもスムーズに行ったことに丹羽は少し拍子抜けしたが、その理由は特に気にならなかった。

 

 

 

「この服、樹に似合いそう。あ、このスカートもさっきのと合わせるといいわぁ」

 服屋に入った風はイキイキとしていた。

 服屋で女はいくらでも時間を潰せる。

 そんな都市伝説じみた事実を真に受けていなかった丹羽は、正直舐めていた。

 いろんな服を前にした女の執念というか、男にはわからないゴールデンタイムを。

 当初は風に似合う服を選びに来たつもりが、いつの間にか妹の樹に似合う服選びに目的が変わっていた。

 ああ、本当に樹ちゃんを1番に優先しているんだなぁ。さすが自慢するだけのことはある。

 そんな妹大好きな姉の姿をほほえましく思う。百合とは目の前にある女同士の絡みだけではないのだ。こういう片方が相手に対しての想いを実感できる場面こそ、百合イチャにおける楽しみの1つ。

 思わぬ形で見ることができた百合イチャシーンに、丹羽は「あら^~」と我知らずつぶやいていた。ふういつてぇてぇ。

「もう、顔がまたいつもみたいになってるわよ」

 あ、怒られた。元に戻さなきゃ。

「すみません。で、その2着買うんですか?」

「いや、意見聞こうと思って。どっちが似合うと思う?」

 来た。絶対に正解がない悪魔の質問。

 風が手にしているのはオレンジの上着とブルーのシックな服だ。

 実はこの質問。女側は男性に正解を言ってほしいわけではない。

 ただ、買うのに迷っている自分に同調してほしかったりするだけだったりする。もしくは自分のセンスの良さを相手にアピールする目的もあるのだが、風に限ってそれはないだろう。

 丹羽は悩むふりをしながら慎重に言葉を選んでいく。

「右の、オレンジの服はあったかい感じがして先輩のイメージに合うと思います。左の青い服は普段のイメージとのギャップがあって素敵だと思いますよ」

「アタシじゃなくて、樹のなんだけど」

 根本から質問を誤解していた。あぁ~! 信頼度が落ちる音ォ~!

「まあいいわ」と言って風は別の服を見に行った。顔が若干赤くなっていた気がするが、照明のせいだろうか。

 その時、丹羽のスマホが鳴った。

 開いてみるとラインで東郷から「ニイタカヤマノボレヒトハチマルマル」とメッセージが来ていた。一瞬何のことかと思ったが少し考えて18時に準備完了ということだと理解した。

 今の時間は午後17時30分。今から帰ればちょうどいい時間帯になるだろう。

 丹羽はさっき風が選んだ服を見て、少し考える。が、すぐにその2つを持つと会計を済ませた。

 なぜ丹羽がこんな金をもっているかというと、勇者になった日から大赦から丹羽の持つ口座に中学生には多すぎる金額が支払われていたからだったりする。

 ちなみにこの件に関してバーテックス人間はノータッチだ。勇者になると大赦からこういう特典があるらしい。

 普通は親や親族がこの金額を管理するのだろうが、丹羽には家族はいない。保護者であるじいさんがそのまま丹羽の口座に送金してくれたのだろう。

 というわけで丹羽は中学生にしてはちょっとしたリッチマンだったりする。

 ラインに丹羽も「了解。敵の潜水艦を発見!」とメッセージを打つ。するとノータイムで「駄目だ!」とコメントが打ち込まれた。東郷さん、ノリがいいなぁ。

「東郷さんと丹羽君だけわかる言葉ずるい」「だからそれなに?」と友奈と樹からメッセージが付く。やっぱりこのネタが通じるのは東郷さんだけのようだ。

 買った服の入った袋を持って元の場所に戻ると、風が丹羽を見つけ近寄ってくる。

「もう、どこ行ってたのよ」

「ちょっと買い物に。それより先輩、これどうぞ」

 風が受け取った袋の中身を見て、驚いた顔をして丹羽を見る。

「これ、さっきの服。受け取れないわよこんな」

「今日一緒に遊んでくれたお礼です。こういう時、ありがとうと言って受け取ったほうが女子力高いと思いますよ」

 値段もそんなにしないのに、センスのいい服を選ぶ風のおかげで丹羽が試算していたデート金額よりだいぶ余裕があった。

 女子力という言葉を使われてはむげに断れない。しかし年下におごられるのは…と風は内心で葛藤している。

「じゃあ、今度先輩が俺に似合う安い服を選ぶのを手伝ってください。それでチャラで」

「そういうことなら、まあしょうがないわね」

 妥協してくれた。よし、これであとは帰ってパーティーをするだけだ。

 その後2人は家路についた。同じマンションで隣同士の部屋なので、帰り道も一緒だ。

 部屋の前につくと、「お茶でも飲んでいきなさいよ」と風が誘ってくれたので丹羽もそれに甘えることにする。

「「「ハッピーバースデー!」」」

 風がドアを開けると、声と一緒にクラッカーの音と紙吹雪が飛んできた。

 部屋は飾り付けられ、ところどころ四国では見慣れないシーサーの姿も見える。

 机には豪勢な料理が並べられ、真ん中にはケーキが置かれていた。

「あ、今日アタシ、誕生日」

 この時になって、初めて風は今日が自分の誕生日だと思い至る。

「お姉ちゃん、誕生日おめでとう!」

「風先輩! お誕生日おめでとうございます!」

「風先輩、誕生日おめでとうございます」

 妹の樹と部員である友奈、東郷から祝われ、席へと案内された。

 やばい、涙が出そう。と風は鼻の頭を両手の指で押さえ、涙を止めようとする。

「実はお姉ちゃんがデートしている間お祝いの準備をしていたのでした」

「ケーキは樹ちゃんが作ったんですよ。どうですか風先輩」

「ええ、ケーキは樹ちゃんが…本当に出来上がってよかった」

 なぜか東郷が憔悴(しょうすい)していた。風は感激していて気付かなかったが丹羽は見た。パンパンに膨らんだ生ごみ用のポリエチレンの黒い厚めのごみ袋を。

 いったいどれだけケーキ作りに失敗したんだろう。東郷を見ると、苦笑いした。

「こんな、こんないい妹と部員たちを持って、アタシは三国一の幸せ者よー!」

 ついに我慢できなくなったのか、犬吠埼ダムが決壊。風は大粒の涙を流しながら樹と友奈を抱き寄せていた。

「風先輩、これ、私から」

「これは私からです」

「あ、お姉ちゃん。これはわたしからの誕生日プレゼント」

 さらに友奈、東郷、樹から誕生日プレゼントの入った袋を渡され、オイオイ泣いている。ここまで泣かれると1年分の涙を今流しているんじゃないだろうかと心配になってくる。

「あ、これは俺からです」

 と丹羽はクラッカーが鳴らされ風が驚いている間に自分の部屋へ帰り、持ってきた用意していたプレゼントを渡す。

「え、でもアンタのはさっき」

「あれはデートのお礼。これは誕生日プレゼントですよ」

「え、お姉ちゃん丹羽くんに何か貰ったの」

「あ、うん。服をちょっと」

 ふーん、と勇者部3人娘が丹羽を見てくる。何ですか、その視線は。

「ねえねえ、お姉ちゃん」

「なんだい、自慢の妹よ」

 感激している風は3人の視線には気づかない。樹は風の耳に顔を寄せ、風にだけ聞こえるように話す。

「お姉ちゃんと丹羽くんの相性、結構悪くないよ」

「へ?」

 何を言われたか分からなかった風だが、妹の言葉の意味に気づくと顔を真っ赤にさせる。

「ちょ、樹! アタシ、そんなんじゃないからね!」

「はいはい。あとでお話聞かせてね」

「樹ー!」

 こうして犬吠埼風にとって今年始まってから最高の1日ともいえる誕生日パーティーは始まった。

 東郷の作った料理を絶賛し、樹が作ったケーキに感激してまた涙を流している。

 ちなみに全員が示し合わせたわけでもないのにプレゼントに最高級うどんを送ったとわかった時には気まずくなりかけたが、風が喜んでいたので良しとしよう。

「ありがとう、丹羽くん。わたしの依頼を受けてくれて」

 そんな中、丹羽の隣に来た樹がこっそりと言ってくれた。

「いや、俺も楽しかったよ。いいお姉さんだね、風先輩」

「うん、自慢のお姉ちゃんなんだ!」

 それは丹羽が見た中で1番嬉しそうな樹の笑顔だった。

 ああ、この笑顔だ。

 この笑顔を守るためなら自分はなんだってしよう。

 たとえ、自分の性癖を曲げることになったとしても。百合イチャのご褒美がなくともだ。

 残りの星座級や大赦の魔の手から、彼女たちを絶対に守ってみせる。

 そう決意を新たにする丹羽だった。




丹羽「推しカプの笑顔のためだったら俺はなんだってする!」
神樹「じゃあ女の子が薔薇小説好きだったら」
丹羽「妥協できる範囲で付き合う」
神樹「生まれついてのシリアルキラーだったら?」
丹羽「妥協できる範囲で付き合う。でもって社会生活を送るための更生には全力で協力する」
神樹「じゃあ、我との神婚は?」
丹羽「ごめんこうむる」
神樹「なんでさ!」


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記憶喪失同士(あるいは別ベクトルの変態2人)

 読み飛ばした人のためのあらすじ
 丹羽が風先輩とデートして犬吠埼姉妹との信頼度が上がったよ



 5月も半ばの日曜日。

 空は絶好の運動日和の快晴で、まさに五月晴れといったところだ。

 讃州中学では5月に全校生徒参加の運動会をしている。

 西暦生まれの丹羽を操る人型バーテックスにとって運動会は秋の行事なのだが、神歴では5月に行うものらしい。

 勇者部もこの日に向けて助っ人としてテント張りを手伝ったり実行委員会の下請けみたいな仕事をしたりと大忙しだった。

 そして運動会当日。

 午前の部も終わり、今は昼休憩の時間だ。

「お疲れ様です。東郷先輩」

 熱中症で倒れた放送委員の生徒の代わりに進行役を買って出た東郷に、丹羽はスポーツドリンクを渡す。

 皆が体操服にハーフパンツという服の中、東郷だけが制服だった。

 まだ季節の上では春と言っても日差しは強く、熱中症で気分が悪くなった生徒も何人かいたのだ。保健委員に混ざって勇者部唯一の男手である丹羽も駆り出され、さっきまで倒れた女子の付き添いをしていた。

「丹羽君もお疲れ様。倒れた子は大丈夫だった?」

「はい。保健の先生によると、熱中症もあるけど貧血に近い症状だそうです。おそらく朝ご飯を食べてなかったんだろうって」

「そう。麦飯に味噌汁の一汁三菜。朝ご飯は大事よね」

 一体いつの時代の話だろう。いまは確か神歴のはずだが。

 見るとテントの中の机の上に、東郷は弁当を広げて食事中のようだった。涼しい教室に入って食べればいいのにと思ったが、そういえばいつもそばにいるはずの友奈の姿がない。

「結城先輩は? 一緒にいたんじゃ」

「友奈ちゃんは次の応援合戦に向けて風先輩と樹ちゃんと一緒に準備中。だからここには私だけ」

 なるほど。そういえば部室でもそういう話をしていたように思う。

「じゃあ、俺が保健室まで運びましょうか? ここより涼しいと思いますし。もちろん結城先輩じゃなくていいならですけど」

「大丈夫よ、私鍛えているから。そんな熱中症にはならないわ」

 と東郷。確かに車椅子の少女にしてはタフだし、勇者として身体能力は高いことは承知しているが。

「それより丹羽君お昼は? さっきの子を運んで帰った来たばかりだったらまだ食べていないと思うけど」

 ちらりと時計を見て東郷が言う。

 時刻は昼休みを半分ほど過ぎたころだ。予想より熱中症の人間が多くて少し手間取ってしまった。

 今から昼食を食べてギリギリ午後の競技に間に合うといったところだろう。

 本来バーテックスである丹羽は食べなくても平気なのだが、風が持たせてくれたお弁当がある。だがそれは今教室の中。

 教室まで戻って食べていたら、午後の競技に間に合わなくなるかもしれない。

「よかったらだけど、私のお弁当少し貰ってくれない? 実は多く作りすぎちゃって」

 それを察したのか、気を使って東郷が言ってくれる。

「いえいえ、それは結城先輩のために作ったんでしょ? だったら俺が貰うわけには」

 だが丹羽はそんな野暮ではない。東郷の愛情たっぷり弁当は友奈か自分以外の勇者部部員が食べるべきなのだ。

 丹羽の言葉に、東郷は顔を赤くする。どうやら図星だったらしい。

「えっと、その。わかっちゃう?」

「はい。もちろん」

 だってゆうみもは公式カプですし。

「……変だと思わないの? 女同士で、女の子が好きだなんて」

 いえ、むしろ尊いと思います。と言うとさすがにドン引かれるので別の言葉で肯定する。

「大事なのは2人の気持ちだと思います。2人が幸せなら、世間の常識や外野の言葉なんて聞くだけ無駄です」

「そう、ありがとう」

 丹羽の言葉にほっとした様子だ。少し嬉しそうにも見える。

「あ、ごめんなさい。引き止めちゃって。ご飯食べる時間が無くなっちゃうわよね」

「いえ、大丈夫です。俺、午前の競技で出場する種目全部終わったんで。あとでゆっくり教室で食べればいいだけだし」

「そうなの? だったら少しお話していかない?」

 あら珍しい。

 友奈ちゃんに近づく悪い虫! と目の敵にされていると思っていたが。

 風先輩とのデート大作戦から、ちょっと態度が軟化したように思う。軍オタの仲間だと思って親近感がわいたのだろうか?

 東郷に促されるまま、用意された椅子に座る。ちなみにこの椅子は熱中症で倒れた放送委員の子のもので、車椅子の東郷には必要のなかったものだ。

「今回は、いろいろありがとう」

 座ると同時に頭を下げられた。何のことかわからず丹羽は困惑する。

「その、友奈ちゃんのことを怒ってくれたでしょ? 本来は私が止めるべきだったのに、あなたに憎まれ役をさせてしまってごめんなさい」

 ああ、なんだそのことかと丹羽は納得する。

 勇者部はその活動上、いろいろなところに頼られる。

 特に風や友奈はその性格ゆえかいろいろな人間に頼られることが多く、1人では抱えきれない案件を持ってくることがあった。

 テント張りやグラウンドの整地くらいならまだいい。

 だが、運動会で使う備品のチェックや修理が必要な道具をリストアップして業者に発注。果てはテントをどこに張るか、OBOGから届いた電報の整理、医療品を保健室まで運ぶなど明らかに生徒の仕事ではない案件まで依頼として持ち込んだことに、丹羽がキレた。

「犬吠埼先輩と結城先輩は誰からでも依頼を受けすぎです!」

 それは本来教師や生徒会、運動会実行委員会の仕事で、自分たち勇者部の仕事ではないと。

「でも、勇者部はみんなのためになることを勇んでする部で」

 それでもなお食い下がろうとする友奈に、丹羽は言った。

「みんなのためになってもそのみんなが皆さんに頼り切りになってダメになったら本末転倒でしょ! がんばるのはいいけど、一方が楽をしてもう一方が苦労を背負う関係はダメダメです」

 その言葉に風と友奈はしゅんとなった。

 こんな事態を招いたのはなまじ勇者部が優秀だったせいもある。様々な依頼を任されそれをこなしてきたという実績も原因だろう。

 このままでは皆さんがいないと讃州中学はイベント行事ができない学校になってしまいますよと言われ、風と友奈は事の重大さに気づいたようだった。

「特に結城先輩! みんなが嫌々準備するくらいなら自分が2倍頑張って準備しようとか考えてませんか?」

「ソ、ソンナコトナイヨー」

 すごい棒読みだ。わかりやすい。

「そういうのは、協力してやるという一般生徒の思い出を奪っているとこもあるんですよ。嫌で面倒くさいことでも、後から思い出せばいい思い出になったりするんです。それに、それで結城先輩が倒れたら東郷先輩やみんなが悲しむんですよ!」

 丹羽の言葉にメンタル鋼の友奈が珍しくへこんでいた。その後さすがに言い過ぎたと思って丹羽はみんなに謝ったのだが。

 あれかぁと丹羽はその時のことを思い出す。

 あれは学校の教師と生徒会にいいように使われる勇者部が大赦に使われる彼女たちと重なって、つい感情的になってしまったのだ。

 百合を愛する丹羽としては彼女たちを無意味に傷つけてしまった出来事として後で猛省した案件ではあるのだが。

「私も、最近の友奈ちゃんはオーバーワーク気味だと思ってた。でも、止めても聞く子じゃないし。そこが友奈ちゃんらしいんだけど」

「はいはい。そういう自分の身を犠牲にしてでも誰かのために優しくする姿に惚れたんですね。ごちそうさまです」

 丹羽がそう言うと、「そんなことないわよ」と照れ隠しに叩かれた。結構力強いですね。

「だから、友奈ちゃんをちゃんと叱ってくれる存在って貴重なのよ。風先輩も1人で抱え込んじゃう事あるし」

「だからこその勇者部5ヶ条では?」

 讃州中学勇者部には勇者部5ヶ条というものがある。

 その中に、【悩んだら相談】という項目があるのだ。まぁ、本編中は誰もそれを守らなくて悪い事態に陥ってるんだが。

「そうね。悩んだら相談…簡単なようで難しいわ」

「ですね」

 目の前にいる東郷もそれを守らなくて四国の結界である壁を壊したわけだし。

「あのね、丹羽君。私、丹羽君に言っていなかったことがあるの。勇者部のみんなが知っていて、丹羽君だけが知らないこと」

 え、なんだろう? 実は手品が得意なことですか? それとも手からα波が出せること?

「丹羽君と同じように、私、2年以上前の記憶があまりないの」

 あ、そっちか。と原作視聴済みの丹羽は思う。

 東郷が変身した日、精霊が3体いたことからなんとなく察していた。そのっちは須美ちゃんの2回目の満開を止めなかったのだと。

 いや、ひょっとしたら止められない何かがあったのかもしれない。そのことは結界の中で戦っていた2人しか知りえないことだ。

 スミを見たときも無反応だったことからも、そうではないかと思っていた。だが、本人の口から言われると、やはりそうだったのかと苦いものが胸の奥に渦巻く。

 彼女が失った記憶を取り戻すすべは、今の丹羽にはない。

 ひょっとしたら壁の外のデブリでこれから記憶を呼び起こす能力を持つ精霊が生まれるかもしれないが、それはどれほどの確率だろう?

 この世界の彼女だけの鷲尾須美として過ごしていた記憶は、永遠に失われてしまったのだ。

「丹羽君が2年前の記憶がないってこと。話してもらった時、私と同じだと思った。でも、今まで言えなくてごめんなさい」

 風にデートで話した身の上話を勇者部のみんなに話していいかと訊かれた丹羽は、特に隠すこととは思わなかったので了承した。

 その反応は様々で、友奈は妙に優しくしてくれたし、樹は数日()れ物を扱うように距離を置いてきた。まあ数日後には元に戻ったが。

 東郷はその中で唯一態度を変えずに接してくれた存在だった。それは同じ境遇の丹羽に親近感を抱いたというのもあるのだろう。

「謝らないでくださいよ。別に東郷先輩だって好きで記憶喪失になったわけじゃないんでしょ」

「それは、そうだけど…」

 今まで黙っていたのが気まずかったのか、東郷は表情を曇らせたままだ。

「そんな顔しないでくださいよ。東郷先輩は結城先輩と一緒にいる時が1番輝いているんですから」

「友奈ちゃん…そうね。友奈ちゃんは私の太陽よ」

 友奈のことを話題にすると、表情が少し明るくなった。

「記憶もなく、足もこんなので不安になっていた私の元に現れた天使。そう、まさに神樹様が私のもとに遣わしてくれた存在だと思うわ」

 あ、いい感じに目が恋する乙女モードになってる。ゆうみもてぇてぇ。

 でも神樹が遣わした存在っていうのは実際その通りだから困る。

「本当に、東郷先輩は結城先輩のことが大好きなんですね」

「大好きだなんて…愛していると言っていいわ」

 あ、開き直った。どっかの悪魔になった魔法少女も愛って言ってたし問題ないか。

「でも、そんな友奈ちゃんに群がる虫どもは多いわ。もし丹羽君もそうなら」

「大丈夫です。俺、2人のこと応援していますから」

 丹羽の言葉に「あら、そう」と上機嫌で返事をする東郷。だからその黒いオーラはしまってください。

 そんな話をしているとチャイムが鳴り運動会午後の部が開始されることとなった。

 これから東郷は進行役の仕事があるだろう。丹羽も弁当を食べるために教室へ帰ることにしよう。

 だが、その前に。

 丹羽は運動場に向けて用意しておいたビデオカメラを構える。東郷もテントから同じようにバズーカのような望遠レンズをつけたデジタルカメラを用意した。

 よく見ると東郷の精霊である青坊主、刑部狸、不知火もカメラを取り付けられ方々に散ってこれから起こるであろう光景を写真に収めようと配置されている。青坊主や刑部狸はともかく手のない不知火はどうやってカメラを使うのだろう? 謎だ。

「次は、紅白応援合戦です。助っ人の勇者部によるチアリーディングにも注目してお楽しみください」

 東郷の言葉と共に入場門から赤組と白組の応援団、そしてチア服を着た風、友奈、樹の勇者部3人娘が登場する。

「「Fooo!」」

 その姿に残り2人の勇者部部員は歓声を上げながら激写し、ビデオにその勇姿を収める。

 東郷は主に友奈を。丹羽は恥ずかしがる樹とそれをフォローする友奈、風の勇姿を映像に収めていく。

 2人は勇者部の活動記録を残すためという名目でカメラを構えているが、もちろん真実は違う。

 東郷は秘蔵の友奈ちゃんコレクションを増やすため。

 丹羽は恥ずかしがりで不慣れな樹が頑張る姿をフォローする風と友奈に挟まれたふうゆういつというカップリングを楽しむため。

 応援合戦の光景をしっかりと写真とビデオ映像に収めているのだ。

「キャー! 友奈ちゃん! キャーキャー!!」

 ちなみに放送のマイクは入りっぱなしなので校舎中に東郷の奇声が響いていたりする。

「ふうゆういつてぇてぇ…てぇてぇ…」

 丹羽は顔を真っ赤にしながらポンポンを持った両手を揺らす樹と、それを中心としてアクロバティックに躍動する友奈と風を追っていた。恥ずかしがり縮まっている樹が邪魔に思われずむしろかわいさを引き立てる計算された演技に、思わず観客席からも拍手が起こる。

 応援合戦は大盛況のうちに終わり、退場門から風、友奈、樹が出てきた。

「あ、丹羽! どう、しっかり撮れてる?」

「ばっちりです!」

 親指を立てて風に向ける。

「丹羽君、顔。また変になってるよ」

 友奈が尊さのあまり緩んでいる顔を指摘した。おっと、戻さないと。

「うぅ…恥ずかしかったよぉ」

 顔を真っ赤にして短いチア服のスカートを抑える樹。下にスパッツを履いているとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしいらしい。

「大丈夫! ちゃんとかわいく撮れてるよ!」

「いやー! 消して! お願いだから消してー!」

 丹羽の言葉に樹がぽこぽこ叩いてくるが、東郷の一撃と比べると全然痛くない。むしろ心地いいくらいだ。

「じゃあ、俺はこれを東郷先輩に渡してくるので」

「了解。鑑賞会はうちでやりましょう!」

「あ、いいですねそれ」

「お姉ちゃーん⁉」

 姉の言葉に樹が顔を真っ赤にして声を上げる。

 丹羽は放送席のテントまで行くと、精霊たちが撮った友奈の写真をチェックしている東郷の元へ向かう。

「これも、ああ、これもいい! いいわ! さすがよ友奈ちゃん。あなたは私の天使だわ!」

 とても人様には見せられない顔の東郷がそこにいた。

 普段が美人なだけに、これを見たら何人かは失神するんじゃないだろうか?

 ああ、これさえなければいい娘なんだけどなぁ。

 なぜか「お前が言うな!」という声が聞こえた気がするが、丹羽は東郷に声をかける。

「東郷先輩。お約束のメモリーカードです」

「えへ、えへへへ」

 あ、ダメだ。夢中で気づいていない。

「結城先輩のチアスカートがめくれているパンモロの映像」

「なんですって!?」

 あ、戻ってきた。

「冗談です。ちゃんとスパッツ履いてますし。そんな不健全な映像は撮ってませんから」

「なんで撮ってくれなかったの⁉ 私は写真で我慢したのに!!」

 いや、さすがに児童ポルノが厳しい時代にJCのちょっとエッチな動画はちょっと…。

 と正論を言っても聞いてくれそうにないのでメモリーカードを押し付けて自分は教室に帰り弁当を食べることにする。

「じゃあ、渡しましたからね。東郷先輩」

「うう…やっぱり私が動画担当すればよかった…。でも、じゃんけんは絶対だし」

 ちなみに運動会の前、どちらが動画と写真担当かで丹羽と東郷が揉め、風の提案によりじゃんけんでどちらにするか決めたのだ。

 あの時チョキを出さなかったことを悔やむ。なぜグーを出してしまったのか。

 だが東郷がもし動画係だったら友奈しか映っていなかっただろうから、勇者部としてはこちらの方が正解だったりする。

 こうして午後の競技種目が終わるまで司会進行の東郷や勇者部は運動部実行委員会の手伝いをしてその日を終えた。

 結果は僅差で赤組の勝ち。盛り上がる生徒たちを見て、この日常を守りたいと改めて勇者たちは思う。

「さあ、あとはテントの片付けね。丹羽、頼んだわよ」

「はい。じゃあ皆さん、またあとで」

 風の言葉に去っていく丹羽を見て、東郷は「気を付けて」と声をかける。

 最初の頃は丹羽を目の敵のようにしていた東郷も、徐々に彼の存在を認め始めていた。

 

 

 

 園子付きの大赦仮面は憤慨していた。

 自分が命じたはずの犬吠埼姉妹を引き離す工作が、いつまで経っても実行される気配がなかったからである。

 再三にわたって命令を出して催促しているのだが、あまりにも行動が遅すぎる。

 仕方なく自ら動き、大赦の人事部所に出向いてきたのだ。

「おい、ワシが命じた犬吠埼姉妹の案件はどうした⁉」

 大赦仮面の言葉に一斉にその場にいた全員が振り向いた。

 なんだこいつらは?

 一瞬感じた不気味な違和感に、大赦仮面は知らず後ろに1歩足を引く。

「犬吠埼姉妹の案件というと…犬吠埼風様と樹様を別の場所に引き離せという命令ですか?」

「あ、ああそうだ! 命じてから何日経ったと思っている! さっさと」

「お断りいたします」

 何を言われたのか分からなかった。

 なにしろ自分は大赦の要職に就くもので、普通なら一般職員の元に出向くなどありえない。

 ましてやその一般職員に命じたことを断られるなど、あってはならないことだからだ。

「な、何?」

「だって、かわいそうじゃないですか。姉妹を離れ離れにするなんて」

 一般大赦職員の言葉に、同調する声があちこちから漏れる。その言葉に、大赦仮面は激怒した。

「何を言っているんだお前は! ワシの命令がきけないとは、クビにされたいのか!」

「でも、なんのために勇者様たちを離れ離れに? 勇者様のメンタル面によくない影響を与えると思われるのですが」

 なんなんだこいつらは? いったい何を言っている?

 こいつらは自分の命令を黙々とこなす手足のような存在のはずだ。

 それなのに反抗するなんて、何を考えている。

「そんなもの、ワシに逆らったからに決まっているだろう! 犬吠埼の娘は支援してやった恩も忘れ、樹海での戦闘の様子や正体不明の勇者もどきの調査報告を怠った。それだけで充分すぎるほどの失態なのだぞ」

「勇者様のお仕事はバーテックスから我らを守ってくださること。我々はそれをサポートしこそすれ、その生活を妨害したり侵害したりは致しません」

「こ、このっ」

「知りたいのであればご自身でお調べになってはいかがです?」

「ふざけるな! たかが道具(・・・・・)のために、なぜワシが動かねばならぬ! 貴様らがやれい!」

 大赦仮面の言葉に、座っていた大赦職員たちが一斉に立ち上がった。

 立っていた大赦職員も大赦仮面を囲むように移動し、大赦仮面は気づけば逃げ場のない状況に陥っていた。

「な、なんだお前ら。ふざけるのもいい加減に」

「イラナイ」

 大赦職員の1人が言葉を話すと、続いて別の大赦職員が声を上げる。

「イラナイ」「勇者様を道具として扱うのは」「子供を大切にしない大人は」「子供を利用する大人は」「勇者様を害する存在は」「イラナイ」「不要」「排除しなければ」

「な、何をする!? おい、やめっ」

 大赦仮面は複数の大赦職員に力づくで抑え込まれ、その耳に大赦職員の顔が近づく。

「あがっ」

 大赦職員の口から細長い寄生型バーテックスが耳の穴から脳に入り、大赦仮面は痙攣する。が、すぐに元に戻りすくっと立ち上がった。

「勇者様は」「守るべき存在」「我々が」「支えるべき存在」「ゆえに」「勇者様を」「道具扱いする人間は」「利用し、だます存在は」「排除せよ」

「そうだ。なぜわしは勇者様を困らせるようなことを。ああ、いままでワシは犬吠埼様になんと酷いことをしてきたのだ」

 大赦仮面の胸の中は罪悪感でいっぱいになる。すでに犬吠埼風に対する怒りや復讐じみた妄執など消え失せていた。

「すぐにいままで滞らせていた援助の再開を。いや、それよりもワシが直接謝りに行かなければ、行かなければ!」

 大赦仮面は走り出した。犬吠埼風に謝罪するため、いままでの非礼を詫びるために。

 こうしてバーテックス人間は、確実に大赦の中でもその勢力を増やしつつあった。

 




 大赦OTONA(真人間)化計画進行率45%くらい。
 ちなみに勇者を監視する不審者(大赦仮面)は丹羽が人知れず処理(寄生バーテックス埋め込み)しています。


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スペシャルクッキー☆(ハザードレベル2)ヤベーイ!

 あらすじ
東郷「いいぜぇ! 友奈ちゃん超いいぜぇ!」(激写)
丹羽「ゆうふういつトウトイ」●REC
青坊主『俺、何やってるんだろう』(激写)
刑部狸『宿主に逆らえないってつらいな』(激写)
不知火『俺、どうやって写真撮ってるんだろう?』(激写)
東郷・丹羽「Foooooo!」



 丹羽明吾が讃州中学の1年生として入学したのは、犬吠埼樹のそばにいるためだ。

 本編で満開の後遺症で声を失った彼女が原因で風は暴走し、止める友奈や夏凛の制止を振り切り大赦を潰そうとした。

 もっともそれは原因である樹によって止められたのだが、東郷による壁の破壊という事態がなければ園子によって風が捕らえ、大赦で処刑されるという最悪の事態が起こっていたかもしれない。

 それを避けるために満開をさせないのは当然だが、もし満開してしまった時のために声を失った樹がその後も普通に学校生活を送れるようにサポートする存在として同学年に編入したのだ。

 だが、今はこう思う。なぜ3年生に入学しなかったのかと。

 メンタルの強さでいえば東郷、風、夏凛、樹、友奈の順に弱い。つまり風の暴走を止めるためには原因となる樹を支えるよりも、暴走する風のメンタルのケアをクラスメイトとして行うべきではなかったのかと。

 なぜ今更そんなことを考えているかというと……失念していたからだ。

 同じ学年ということは、当然同じ授業を受けるということで。

 現代文、古文、英語、生物、科学、数学、歴史、公民、地理、体育、美術、工作。

 そして家庭科。

「はい、今日は皆さんにカレーライスとハンバーグとクッキーを作ってもらいまーす」

 家庭科担当の教師が明るく言う。それに答える生徒の声に、同じ班である樹の声もあった。

「がんばろうね、丹羽くん」

「お、おう」

 とびっきりの笑顔で言う樹に、丹羽はあいまいな笑顔を返す。

 樹の衣装は制服の上にエプロンを着て、三角巾を頭にかぶり髪をまとめている。

 本編では見ることのなかった姿だ。正直かわいいが、それを純粋に楽しむ気にはなれなかった。

 今は授業の3時間目。場所は家庭科室で目の前にはコンロや包丁やまな板を収納した机がある。

 その上には料理に使う材料である合い挽肉やニンジン、ジャガイモ、玉ねぎ、カレーのルウ、バターと小麦粉などが置かれていた。

 今日の家庭科は3、4時間目の2時間を使って男女混合の班で料理を作るいわゆる調理実習が行われる。

 そう、丹羽は失念していた。同じ授業を受けるということは、樹と一緒に家庭科の授業を受けるという事態を避けられないということを。

 丹羽の班は男子が2人と女子が3人。その女子3人の中に樹がいたのだ。

 これは……死んだかもしれん。

 丹羽は天を仰ぎ、くじ運の悪い自分を呪った。

 すまん壁の外にいる本体。潜入には成功したが、どうやら俺はここまでのようだ。

「おい、丹羽。どうしたんだこの世の終わりみたいな顔をして」

 声に顔を向けると同じ班のエプロンと三角巾をした男子が心配そうに見ていた。

「ああ、すまん。なんだって?」

「いや、お前料理できるほうかどうかって話だよ。それによって作る料理の当番決めようと思って」

 なるほど、合理的だ。

「一応切ったり皮を剥くのはできるが味付けには自信ない」

「じゃあ、材料切るのか米を研ぐの担当な。女子の方はどう?」

「あ、私結構料理できるよ」

「私もそこそこかな。いつも母さんの手伝いしてるし」

 なるほど、このメンバーなら大丈夫かもしれない。わずかに希望が見えてきた。

「わ、わたしも料理できるよ」

 と樹。え? なんて?

「そう、じゃあ丹羽は米をザルで洗ってくれ。炊く前に水加減見るから声かけてくれよ」

「じゃあ私たちはハンバーグとカレーの準備しちゃいましょう」

「仕込み時間的に、クッキーもやったほうが良くない?」

「確かに」

「うんうん。だよねー」

「ちょ、ちょっと待って犬吠埼さん」

 丹羽は料理できるグループにナチュラルに入ろうとしている樹の首根っこを掴み問い詰める。

「どういうつもりなの?」

「どういうつもりって、何が?」

 丹羽が目線を合わせると、綺麗な瞳があった。自分が料理ができると疑っていない綺麗な瞳が。

 この子、まさか本当に自分が料理できると思ってる⁉

 まずい、このままこの子をあの中に入れたら大惨事が起こる。

 ペルソナ4のムドオンカレー以上の惨劇が!

「犬吠埼さん。ショックかもしれないけど聞いてくれ」

 丹羽は樹の肩に手を置き、ゆっくりと相手に伝わるよう区切りながら言う。

「君は、料理が、できない子なんだ」

「え? あはは丹羽君ったら。冗談ばっかり」

 冗談なのは君が作るスペシャル料理だよ!

 叫びだしたくなる衝動を抑え、どう説明すべきか迷う。

 まさか風の誕生日ケーキを作れたことで変に自信をつけてしまったんじゃないだろうか。

 しかたない、こうなったら…。

「あのー、みんな。ちょっといいかな?」

 料理の段取りを話し合っている他の班員に、丹羽は告げる。

「実は俺、料理初心者で自信がないんだ。だからしばらく犬吠埼さんを借りたいんだけど」

 こうなったら自分の目の届くところに置いてどうにかするしかない。

 家庭科室でバイオハザードを起こさないためにも。

 丹羽の言葉に女子2人は何事か話し合っていたが、やがてにこりと笑うと丹羽に親指を突き出す。

「オッケー。丹羽君、樹ちゃんといっしょに頑張って」

「やっぱり2人は熱々だね! 邪魔するなんて野暮なことはしないから気にしないで」

 んん? なんか勘違いしてる?

 ちなみに忘れている方もいらっしゃるだろうが、乙女座襲来の翌日、樹は丹羽の席に行って告白をしたと他の生徒に誤解されたままだったりする。

 つまり、今の丹羽の言葉は恋人とイチャイチャしたいから2人きりにさせてくれと受け止められたのだ。

「じゃあお米を洗わないとね。まずは配られたお米をザルに移して」

 しかし樹はあまり気にしていなかった。というか料理を作るという作業にルンルンで、どこか周りの状況が見えていないように思う。

「洗うのは…石鹸? それとも食器用洗剤でいいのかな?」

「お水で! 普通にお水だけで洗うのがいいから!」

 粉せっけんと食器洗い用の洗剤を米にかけようとしていた樹の手からそれを奪う。

 危なかった。油断も隙も無い。

「とりあえず、俺がやってみるから犬吠埼さんは変なところがあったら教えてくれる?」

「うん、わかった。しっかり見るね」

 と言っても米を洗うのにそんなおかしいことになることもなく。

 ちゃっちゃと米をといだ丹羽は水の調子を同じ班の男子に見てもらい、炊飯器にセットして早炊きのスイッチを押す。

 ふう、これで米は最低限大丈夫…。

「じゃあ樹ちゃん、このにんじんとジャガイモ、切ってくれる?」

「よーし、がんばるぞー」

「刃物はらめぇえええ!」

 同じ班の女子に頼まれ両手で包丁を持った樹の腕をつかみ、振り下ろす寸前で止める。

 危なかった。下手すれば刃傷沙汰が起こるところだったぞ。

「丹羽くん、邪魔しないでほしいんだけど」

 樹は調理の邪魔をされたのでご機嫌ななめだ。隣にいた女子はあまりの出来事に口をあんぐり開けているが目に入らないらしい。

「犬吠埼さん。包丁は、右手で持って。左手は猫の手でこういう風に握って、抑える。いい?」

「えっと、丹羽君。樹ちゃんってひょっとして…」

 班の女子の言葉に、丹羽は無言でうなずく。あちゃーと女子生徒は額に手を当てていた。

「だったら最初からそう言ってくれたらいいのに」

「本人はできるつもりなんですよ。俺が言っても聞かないし」

 そう言って一瞬目を離した瞬間が命取りになる。

「あ」

 力を入れすぎたのか、皮をむかれたジャガイモがまな板の上から転がる。それを樹は牛刀の包丁の先で突き刺し、まな板の上に戻そうとした。

「あ、危なっ」

「い、樹ちゃん。材料切るのは私たちがやるから、クッキーのほう手伝ってくれない?」

 女子2人も樹の危険性に気づいたようだ。調理場から樹を離そうとする。

「クッキーって、何をすればいいの?」

「材料の重さを量ってて。私たちが行くまで、他には絶対何もしないでね!」

 小麦粉を渡し、念押しする。丹羽も粉塵爆発を避けるため、できるだけ火の遠くに樹を誘導する。

「クッキーってケーキの親戚みたいなものだよね。わたし、ケーキなら上手に作れるよ」

 樹の言葉に女子2人は丹羽を見る。丹羽は黙って首を振った。

 あの誕生日ケーキは東郷がいたから成功したのであって、樹が1人で作ったとは到底言えない。しかもあのゴミ袋に入っていた量を考えると、信頼度はかなり低い。

「う、うん。でもうちらが行くまでは何もしないでね」

「フリじゃないからね。絶対だからね」

 女子2人はそういうとカレーとハンバーグの調理を始めた。

「おい丹羽、お前も女子とくっついてないでこっち手伝ってくれよ」

 樹にかかりっきりだった丹羽に対し、同じ班の男子が言ってくる。

 馬鹿な! お前死にたいのか⁉

 深刻な状況に気づいてない男子に怒鳴ろうかと思ったが、彼に罪はない。

 罪があるとすれば、それは普通に食べられるもので生物兵器を作りかねない樹の料理の腕前だろう。

「すまん、こっちは手が離せん」

「手が離せないって、犬吠埼ちゃんと一緒にイチャイチャしてるだけじゃねーかてめー」

 ふざけんな。お前は料理作るだけかもしれないが、こっちはいつ爆発するかわからない不発弾の処理をしているようなものなんだぞ!

 と言いかけ、さすがにそれは大人げないなと思う。なので樹から一瞬離れ、同じ班の男子の元に近づく。

「馬鹿、俺はお前に協力してるんだぞ。最近は料理男子ってモテるらしいし、ここで仕切って料理できるアピールしとけばモテモテだぞ」

 実際は料理ができすぎる男は女に敬遠されるのだが、そこは黙っておく。

「とか言って、本当は彼女とイチャイチャしてーだけだろ」

「そんなことないって」

 くっ、やっぱり勇者部のみんなと違って一般人はあんまりチョロくない。

 風先輩や友奈だったらこの説明で納得してくれるのに。

「そうだよ高山君。私料理ができる男の人って素敵だと思うなー」

 あ、同じ班の女子が援護射撃してくれた。

「高山君が作るハンバーグとカレー、食べてみたいなー」

「そ、そう? じゃあ俺がんばっちゃおうかなー」

 あからさまに顔がにやけた男子…高山というらしい。が、腕をまくって炒めていた玉ねぎを皿に移し、粗熱を取り始めた。

 女子2人を見ると丹羽に向けてウインクしていた。こちらは任せておけということか。

 感謝する。丹羽は急いで樹のいるところへ向かう。

「あ、丹羽くん。もう準備終わったよ」

「遅かったかー!」

 すでに生地作りを終えた満面の笑みの樹がそこにいた。

「犬吠埼さん、みんなが来るまで量を量るだけって言われたよね? 言われたよね!? なんで作っちゃったの?」

「え、小麦粉とイースト粉を量って混ぜた後先生が来て作り方教えてくれたからその通りに」

 先生、なんて余計なことを…。

 先生は教師としての仕事をしたので文句は言えない。ただ、タイミングを考えてほしかった。

 せめてあと10秒戻ってくるのが早ければと丹羽は己の行動を悔やむ。

「お砂糖と塩、間違えなかった?」

「大丈夫だよー。そんな初心者みたいな間違えしないって」

 そうだね。そんな初心者みたいな間違えだったらどんなによかったことか。

「変な材料混ぜてない? 必要のない材料とか、ちゃんと小麦粉とバター、砂糖とバニラエッセンスだけしか入っていない?」

「どうしてそんなに疑うの⁉」

 いや、そりゃ疑いたくもなる。

 なにしろうどん玉からスペシャルな料理を作るこの娘のことだ。

 材料を指導通り入れたとしても、教科書通りの物ができるとは限らないのだ。

「丹羽君、大丈夫だって。先生がついててくれたんでしょ?」

「そうだよ。ひどいことにはならないって」

 と女子2人は言うが、油断はできない。

 その後、順調すぎるくらい調理は順調に進んだ。

 意外に料理男子だった高山と女子2人のおかげで、ハンバーグとカレーはおいしそうにできた。

 あとはクッキーを焼きあがるのを待つだけなのだが…。

「ね、ねえ? うちの班のオーブンだけなんか変なオーラみたいなの出てない?」

「き、気のせいだよ…ねぇ?」

 女子2人が不安そうな声でこちらに尋ねてくる。それに丹羽は何も言えない。

 生地を型抜きし、予熱して温度を上げたオーブンに入れるまでは何も問題はなかった。

 だが、オーブンに入れて数分後、なぜか紫の煙が出だした。クッキー生地はまだ焼き色すらついていないのにである。

 やはり樹の料理は物理法則とか科学の炎色反応とかいうのを無視した存在らしい。

「と、とりあえず先生に提出する分だけ用意して先にカレーライスとハンバーグ食べちゃおうぜ。クッキーは焼きあがって冷やすまで時間が掛かるし」

 料理上手の高山の言葉に、他の班員は賛成して先に食事をすることにした。

「あ、普通においしい」

「うん、普通においしいよね」

「高山、お前料理できるなんてすごいな。味は普通だけど」

「うん、普通においしいよ高山くん」

「普通普通って言うな! 特に丹羽、お前米といだだけだろ!」

 その時、チーンと音が鳴り、オーブンがクッキーが焼きあがったことを知らせてきた。

「あ、できたみたい。わたし持ってくるね!」

「待って犬吠埼さん。俺が持ってくるから座ってて!」

 もし持ってくる間に何かあっては大変だし、危険物のあるオーブンに近づけさせるわけにはいかない。

 丹羽はなんだか変なオーラが出ているオーブンに向かい、ごくりと唾を飲み込んで中の鉄板に並べられたクッキーを取り出す。

 見た目は…普通だ。ちゃんとクッキーの形をしている。

 奇跡だ。ちゃんと形を保っているというのは。

「よくできてるね。なんだ、樹ちゃんちゃんと料理できたんじゃん」

「もー、丹羽君が脅かすからどんなことになるかと思ったよー」

 同じ班の女子2人が丹羽の背中を遠慮ゼロでばんばん叩いてくる。

 そうだね。見た目は普通だ。

「じゃあ、粗熱を取って提出を…」

「その前に1個もらいー」

 なんとか穏便に済まそうと丹羽は皿の上にクッキーを置いたのだが、それを高山が1つ取り口に入れた。

 止める間もなかった。高山は最初は笑顔でいたが、だんだん顔が引きつっていき、急に机に突っ伏して倒れた。

「高山ぁあああ!」

「高山くーん⁉」

「保健委員! だれか保健室連れてって!」

 突如倒れた高山に丹羽が大声で叫び、2人の女子が大騒ぎしている。

 樹だけが何が起こったかわからないようで、「え? え?」と困惑している。

「やばい、やっぱりこのクッキーやばいよ!」

「樹ちゃんには悪いけど、私これはちょっと」

「え、あの…わたしのせい…なの?」

 あ、まずい。樹の顔が曇り始めている。

 ひょっとしたらこれがトラウマになって2度と料理を作らなくなるかもしれない。

 なにより彼女が悲しむ姿を見たくない。

 丹羽は覚悟を決め、皿の上でまだ熱を持っているクッキーを1つ手に取る。

「丹羽くん?」

「ちょ、丹羽君、あんたまさか」

 丹羽はクッキーを口の中に入れた。

 ジャリジャリというクッキーらしからぬ食感。断面を見るとなぜか紫で、普通なのは外側の見た目だけだと知る。

 味は…危険を感じる前にシャットダウンした。丹羽は強化版人間型バーテックスなので人型バーテックスのように味覚のない状態にすることもできるのだ。

 だが、人間より強度の高いはずの胃にすごい不快感を感じる。まだ噛み砕いて飲み込んだだけなのに。

「うん、大丈夫。うま…食べられるよこれ」

 さすがに嘘でもうまいとは言えなかった。

 丹羽の言葉に、女子2人は半信半疑といった様子だ。

「高山君はきっと寝不足とかじゃないかな? 後で俺が運んどくよ」

「そ、そう?」

「じゃあ、私も1口」

 手を伸ばそうとした女子生徒に、樹には見えないように×サインを送る。すると察してくれたのか、手を引っ込めた。

「じゃあ、提出用の奴は置いておいて、あとはみんなで分けようか」

「あ、ごめん。私ダイエット中で」

「あ、私も」

 よし、これで被害は最小限にとどめられたな。

 先生は犠牲になったのだ…。南無。

「じゃあわたしと丹羽くんで分けさせてもらうね。実はお姉ちゃんや友奈さん、東郷先輩にもわたしが作ったクッキー、渡したかったんだ」

 え、今なんて?

 その時ちょうどチャイムが鳴った。4時限目の終わりと昼休憩を告げるチャイムが。

「片付けも終わってるみたいだし、わたし、教室に戻らずに部室へ行って渡してくるね」

 待って樹ちゃん、と声をかけようとしたが丹羽は声を出せなかった。あのクッキーの副作用だろうか。

 女子2人は樹が家庭科室を出ると丹羽に駆け寄り「大丈夫、吐く?」と言ったり「あんた彼氏の鑑だよ」と言ってくれたが今はそれどころではない。

 はやくみんなと連絡しなければと丹羽はスマホのラインアプリを起動させた。

 

 

 

 一方昼休みの勇者部部室。

 室内には風と友奈、東郷の3人がいた。

「でね、なんか大赦の偉い人が急に家に来て謝ってくれたのよ。『いままでのことは申し訳なかった。これからは滞っていた支援を再開するし、自分たちにできることがあれば何でも言ってほしい』って」

「それはまた、なんとも」

「よかったじゃないですか、風先輩」

「ちっとも良くないわよ。近所の人間からは何事かと思われるし、こっちは顔も見たくないから帰ってくれって言ったのに全然聞かないし。結局アタシが許すっていうまで居座られていい迷惑よ」

 風はその時のことを思い出し、苦虫を嚙み潰したような顔をする。

「なんていうか、嘘くさいのよね。大橋の家もアタシの名義にした権利書とかの書類をすぐ送るって言ってたけど、あいつらのことだから多分口だけだろうし。それで何度騙されたか」

 ちなみに数日後、本当に書類は送られてくることになる。滞っていた分の援助資金も風の口座に入金されその金額に目を回すことになるのだが、それはもう少し先の話だ。

「勇者に選ばれる可能性があったのに黙っていたことも謝ってたわ。勇者適性の高い友奈と東郷がいる讃州中学勇者部が勇者として選ばれるのは、上の方ではほぼ確定だったらしい。それと、いまさらだけど判断能力のない子供の時に取引を持ち掛けたことも謝罪された」

「え、じゃあ風先輩や樹ちゃんは私たちのせいで」

「それは違うわよ、友奈、東郷」

 顔を曇らす友奈に、風は否定の言葉をかける。

「巻き込んだのはアタシ。勇者部に誘ったのもアタシ。2人はアタシに騙されたようなもんなんだから、むしろこっちが謝る立場なのよ」

「でも、風先輩」

「友奈ちゃん、風先輩の言う通りよ」

 なおも言いつのろうとする友奈に、東郷は言う。

「でも、そうやって風先輩が誘ってくれたおかげで私は友奈ちゃんと一緒に勇者部にいられた。樹ちゃんとも知り合えた。丹羽くんとも。感謝しています」

 本編では友奈が言うはずだった台詞を東郷が言う。それを聞いて風は申し訳ないやら嬉しいやら複雑な感情を抱く。

「そうだね。だったら勇者適性があるのって案外悪くないかも」

「ええ、私と友奈ちゃんが一緒にいられるのも勇者適性が高いおかげって考えると運命を感じるわ」

「うーん。まあ、あんたらがそれでいいならいいんだけど。ん? でも丹羽って勇者適性がどうとかいう存在じゃないのよね考えてみれば」

「はい、1人だけ変身手段も違いますしね」

「この前は記憶喪失って衝撃的な事実に聞きそびれたんだけど、アイツ巨大バーテックスの攻略法を知っているような素振りもあったのよ。ひょっとしたら」

「あ、今その丹羽君からラインが」

 と友奈。見ると東郷や風にもメッセージが来ていたようだ。

「なになに? 『犬吠埼さん クッキー 危険』?」

「急いで打ったみたいで文章になってませんね」

「私は、大体わかったわ」

 風、友奈がメールの内容に首をひねる中、東郷だけは意味を正確に理解したのか顔を蒼くしている。

「そういえば今日1年生は調理実習だったわね。樹と丹羽がお弁当いらないって言ってたわ」

「え、じゃあこのクッキー、危険って言うのは…」

 その時だった、部室の扉が開いたのは。

「お姉ちゃーん、友奈さん、東郷先輩。調理実習でクッキーを作ったんです。よろしかったらどうですか?」

 3人が声のした方を見ると、そこには満面の笑みの樹がいる。

 その後、勇者部5人中4人がダウンし、その日の活動は見送りになった。

 

※ちなみに残った樹ちゃんのクッキーは責任をもって丹羽が食べさせていただきました。




友奈「丹羽君、みんなをだましてたの!? 信じてたのに」
丹羽「信じてた? 俺の正体も見破れなかったくせによく言うよ」
東郷「友奈ちゃんを泣かせるな! このバーテックス!」
丹羽「たまに感動してうるっとしたし、騙して悪いなぁとも思ったよ」
樹「丹羽くん……そんな」
風「丹羽、アンタはアタシが止める。この身をかけても!」つハザードトリガー
『ハザードオン!』
『女子力!』
『うどん!』
『スーパーベストマッチ!』
『ガタガタゴットン!ズッタンズタン! ガタガタゴットン! ズッタンズタン!』
『Are you ready?』

風「変身」

『アンコントロールスイッチ! ブラックハザード!』
『ヤベーイ!』

 続かない。


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攻略しないで結城先輩!

 あらすじ
樹「家庭科の調理実習でクッキーを作ったよ!」
友奈「」(再起不能)
東郷「」(再起不能)
風「」(再起不能)
丹羽「いやぁ、樹ちゃん特製のクッキーはうま…食べられるなぁ」(味覚オフで完食)



「そういえば、丹羽君はまだ風先輩と樹ちゃんのことを名字で呼んでるの?」

 樹の手作りクッキーというバイオハザードから数日後の放課後。

 いつもの勇者部で友奈は丹羽にとっての爆弾を何の前触れもなくあっさりと放り投げてきた。

「そろそろ入部して1か月くらい経つし、私のことも友奈って呼んでほしいんだけど」

「いえ、それは東郷先輩に悪いので遠慮させていただきます」

「え、なんでそこで東郷さんの名前が?」

 丹羽の言葉に不思議そうに友奈は東郷を見る。東郷としては「好き好き友奈ちゃん愛してる! だから私たちの間に入ってくる男は消滅しろ!」と言いたいのだが人前で言うわけにはいかず沈黙するしかない。

「ねえ丹羽君、なんで? なんで私の名前を呼ぶことが東郷さんに悪いの?」

 それは東郷さんがあなたを大好きで、俺も百合の間に挟まる男になりたくないからです。

 とは言えないので、別の言葉で友奈を納得させることにする。

「いや、東郷先輩だけ苗字呼びだと悪い気がして。先輩は敬うものですし、結城先輩とお呼びしているんですよ」

「でも、樹ちゃんは同学年で同じクラスだよね? 仲良しなら名前で呼ぶんじゃない?」

 今度はそっちかぁ~。

 突然流れ弾を受けて樹は「ぴっ」と声を上げて身体を固くしている。どうやら彼女にとっても丹羽に名前で呼ばれることは歓迎するところではないらしい。

「ほら、同学年で同じクラスだからこそですよ。変な噂が経って犬吠埼さんに迷惑がかかるといけないから」

「ふーん」と友奈は納得したかしてないかわからない様子だ。丹羽としてはこれ以上勇者部女子との距離を近づけたくないので次にどんな言葉が出てくるのか冷や冷やだが。

「でも、この前風先輩って呼んでたよね? 樹ちゃんと話しているときに」

 ほら見たことか! 放り込んできやがったよ次の爆弾を⁉

 おそらく風の誕生日パーティーの時のことだろう。風とのデートという性癖を曲げてまで行った一大イベントに疲れ果て、樹と話しているとき思わず油断して口から出てしまったのだ。

 それを聞かれていたとはウカツだった。

「え、丹羽そんなこと言ってたの?」

「はい。私この耳でちゃんと聞きました」

「うん、お姉ちゃんのこと犬吠埼先輩じゃなくて、風先輩って呼んでたよ」

 やめて! それ以上この話を広げないで!

 東郷に助けを求めようと視線をやるが、ゆっくりと首を振られた。ちょっと、恋人の手綱ぐらい握ってくださいよ! と丹羽は焦る。

「じゃあ、もう今から風先輩のことは風先輩って呼んじゃおうよ。私も友奈さんでいいよ」

 ああ、すごいいい笑顔だ。本人としては当たり前のことなんだろうなぁ。

 だが、丹羽は根っからの百合男子だ。推しカプの本人を名前で呼ぶなんて百合の間に挟まる男みたいなことはできない。

 なので今回は少し絡め手で言いくるめることにする。

「結城先輩。いいですか? 女性の皆さんが名前を呼びあうのと男の俺が先輩たちを名前で呼ぶのでは社会的に意味が違います」

「え? そうなの?」

「そうなんです。異性が名前を呼びあったらそれはとっても親しい間柄、世間一般でいう恋人というやつです」

「こ、恋人ぉ~⁉」

 丹羽の言葉になぜか友奈ではなく風が驚いていた。

 まあ、風先輩は男にも名前で呼ばさせて勘違いさせそうな罪深いタイプそうだけど。それほどショックだったのだろうか?

「そういうわけで、皆さんの名前は呼べません。ごめんなさい」

「ええ~でも」

「友奈ちゃん、あんまり言うと丹羽君がかわいそうよ」

 と東郷が助け舟を出してくれる。よし、この話はこれで終わりそうだな。

 だが友奈はまだ納得していないようで、何かを考えている。

 なんだか嫌な予感が…。

「あ、じゃあ私が明吾君って呼べば問題ないよね。明吾君が名前を呼ぶのが問題なだけで、私が一方的に親しみを込めて後輩を名前で呼ぶのは」

「問題ありまくりですよ!」

 現に今、東郷が般若のような顔で丹羽を見ている。

「ええ~、いいと思うけどな。明吾君。どうしてもダメ? 明吾君」

「ダメです。主に俺の命が危険で危ないからダメです」

 友奈がかわいくおねだりするように言ってくるが、鋼の意思で突っぱねた。丹羽だって命が惜しい。

 友奈はまだ納得がいかない様子だったが、一応諦めてくれた。すると東郷が車椅子の車輪を転がし丹羽の近くに来て、手を握ってくる。

「立派だわ丹羽君。初志貫徹するなんて。これからもそのままでいてね」

「はい。だからその万力のような力で握る手は放していただけませんか?」

「でももし、心変わりして私の知らないところで友奈ちゃんと名前で呼びあっていたら…わかってるわね?」

「わかりすぎるほどわかっているので手を放していただけませんでしょうか東郷先輩」

 丹羽が懇願すると、ようやく放してくれた。

 人間よりも強いはずの強化版人間型バーテックスの手が、結構なダメージを受けていた。鍛えているといったが、どれだけ鍛えているのか。

 このように友奈の言動は予測できず、時として丹羽のピンチを招くことが多々ある。

 結城友奈。この結城友奈は勇者であるの世界の物語の主人公であり、キーマン。

 そんな彼女のことが、正直言って少し苦手だった。

 

 

 

 丹羽やそれを操る人型バーテックスにとって、結城友奈は決して嫌いな人間ではない。

 むしろ推しカプであるゆうみも、ゆうにぼの片方であることからわかるように、尊さを感じる対象でもある。

 だが、結城友奈単体としてみると話は変わってくる。

 アニメ本編の鋼メンタル。コミュ力お化け。誰にでも優しい全肯定少女。自分をだましていた風に対しても責めたりせず、逆に感謝の言葉を伝えるほどの聖人だ。

 逆に言うと欠点らしいところがない。前向きすぎるというか、物語を進めるためだけにそんな性格にされた人間らしいマイナス要素のない少女。

 それがアニメ本編を見ていた「俺」が彼女に抱いた第一印象だった。

 私生活の描写がなかったり風や夏凛へのメールの温度差に何かの伏線かと怪しんだこともある。

 ネットでは「友奈」の字を分解すると「大赦」になったり、ひらがなにして文字を一文字ずらして逆から読むと「贄よ食えよ」になったりと結城友奈黒幕説なんていうのもあった。

 それに最終回で彼女だけどうして満開の後遺症が続き、突然治ったのか明確に描写されなかったのも視聴者の自分にとっては謎だった。

 つまり最初から最後まで制作者が物語を進めるために作り出した存在としか映らなかったのだ。

 その反動が勇者の章のあの仕打ちなんだろうが、極端すぎやしないかタカヒロ神?

 もちろんゆゆゆいをプレイした今ではそんなことは思っていない。彼女の性格や欠点も深く知ることができたし、愛が重い同士のゆうみもカプは尊いと思う。

 だが、彼女の異常ともいえる献身は正直苦手だ。他人を助けるためなら自分の身体を差し出すような彼女の生き方は、痛々しくて見ていられない。

 子供なら、もっとわがままでいいのに。

 同時に自分が傷ついても悲しむ者がいないという自己評価の低さとある種の傲慢さには腹が立つ。

 つまるところ丹羽とそれを操る人型バーテックスにとって、結城友奈という存在は大赦が望む理想の勇者そのものであり、個人的に考え方が許せない存在だったのだ。

 

 

 

 勇者部で依頼を選別した結果、今日の活動は迷子の猫探しとなった。

 東郷は部室で留守番。猫探しには友奈、風、樹、丹羽の4人が出動することになる。

 現在は目撃情報のあった商店街から住宅地のほうに向かって移動中だ。

 聞き込みをしながら野良猫を探していくが、目当ての猫はなかなか見つからない。

「とりあえず人海戦術で探しましょう。みんな、東郷が送ってくれた猫の写真は持ったわね」

 風がスマホをかざし、茶トラの猫の写真を皆で確認する。どこにでもいそうな猫だが、あえて言うならしっぽ付近にイチョウの葉のように見える模様があるのが特徴的だ。

「じゃあ、解散!」という風の言葉に4人はそれぞれ散る。

 猫がいるところというと、やはり公園だろうか? それとも飲食店の裏手?

 思いつく場所を探してみるが、目的の猫どころか猫の姿すら見つからない。

 初心者の丹羽にとってこの依頼はレベルが高いようだ。

「あ、丹羽くーん」

 猫1匹見つけられず途方に暮れていると、向こうから来た友奈と合流した。

「猫、見つかった?」

「いえ、野良1匹すら見当たりません」

「え、そうなの? 私は結構見つけたけど…ここら辺って野良猫スポットなんだよ」

 そうなのか。それにしては1匹も見当たらないのだが。

「じゃあ、俺は別方向探してきます」

「あ、待って丹羽君。私と一緒に行かない?」

「いえ、効率を考えると別れた方がいいので。失礼します」

「まあまあ、待ってよ丹羽くん。少しお話しよ」

 頭を下げてそのまま去ろうとする丹羽の肩を、友奈の手がしっかりと掴む。

「いえいえ。そんな話すことなんて。東郷先輩に悪いですし」

「だからなんで東郷さんに悪いの? それに今、東郷さんは部室だから少しくらい大丈夫だよ」

 いえ、東郷さんのことだから多分勇者部みんなのスマホにGPSつけたり盗聴機能のあるアプリ仕込んだりしてそうだし、遠慮します。

 とは言えないので、仕方なく一緒に歩くことになる。

「ねえ、丹羽君って私のこと避けてない?」

「そ、ソンナコトナイデスヨ」

 急に核心をついてきた友奈の質問に、丹羽は目をそらしながら言う。自分でもわかるほどカタコトになっていた。

「えー、嘘だよ。風先輩や樹ちゃんとは普通に話すのに、私には東郷さんと一緒にいるところを遠くから見てくるだけであんまり話しかけてこないし」

 それはゆうみもを遠くから眺めて尊いと思っているだけだ。

 あと、友奈と一緒にいるところを話しかけると東郷が怖いというのもあるが。

「私って、そんなに頼りない? たしかに風先輩や東郷さんに比べたらできること少ないし、樹ちゃんみたいにかわいくないし」

「いやいや、結城先輩はかわいいでしょう。結城先輩の良さは結城先輩にしかないところで、他人と比べるのなんておかしいですよ」

 あ、しまった。つい推しの悲しむ顔が見たくなくて本音が。

「え、私のいいところってどんなところ? 言ってみて言ってみて」

 ほら、案の定ぐいぐい来る。さすがメンタル鋼のコミュ力お化け。

「えっと、誰にでも優しく接することができる懐の広さ。東郷先輩が全幅の信頼を寄せることができる友達想いの包容力。すぐに行動できる決断力。あと誰とでも仲良くなれるコミュ強。メンタルの強さ。あとは」

「ストップストップ! もういいから」

 立て板に水のごとくつらつらといいところを言う丹羽に顔を真っ赤にして友奈が止める。

「普段結城先輩がしてることを言っただけですけど」

「うう、私そんな風に見られてたんだ。照れちゃうよ」

 もちろん今言った以上の良さも挙げることができる。もっともそれはアニメ本編やゆゆゆいをプレイした丹羽を操る人型バーテックスだからこそ知る部分も多いのだが。

「じゃあ、私も! 今度は丹羽くんのいいところいっぱい言うね」

 待て、なんでそうなる。

「えっと、他人行儀に見えていつも私たちのことを見守ってくれているところ。手先が不器用なのに頑張ってくれているところ。さりげなく車椅子の東郷さんをサポートしてくれているところ。あ、これは風先輩や樹ちゃんにもしてたね。勇者部みんなのサポートをしてくれるところって言い直さなきゃ。あとは」

 やめて、こっちを攻略しようとしないで!

「結城先輩、やめてください。そういうのやられると男は勘違いするから、絶対他ではしないでくださいね」

「勘違いって何?」

 そういうナチュラルなボディタッチとかですよ!

 まったく、これは東郷さんが心労するわけだ。異性はおろか同性まで勘違いしかねない距離の近さにイケメンすぎる行動力。虜にした相手は数知れないだろう。

 その時スマホの着信が鳴り、勇者部のラインアプリにメッセージが来たことを告げた。

「丹羽君、これって」

 表示されたメッセージを見て友奈が丹羽を見ると、すでに駆け出した後だ。

 メッセージは樹からでただ一言、「たすけて」と表示されていた。

 

 

「樹! 無事⁉ …って、なにこの状況」

 かわいい妹からの助けを求めるメッセージに1番に駆けつけた風は、その異常な光景に目を点にする。

 神社の境内で樹が猫に埋もれていた。

 いや、もっと正確にいうなら神社中に集まった50は超える野良猫たちに囲まれ、猫の大群に埋もれている。

 さながら猫によるおしくらまんじゅうの中心にいるといったところだろうか。

「おねえちゃーん、助けてー」

「樹、待ってて。今行くから」

 猫を踏まないようにしながらも、何とか樹の元へ行こうとする風。

 その時急に猫たちが顔を上げ、全身の毛を逆立たせる。

「樹ちゃん、無事か⁉」

 声に振り向くと、そこにいたのは丹羽だった。後ろから追いかけてくる友奈の姿も見える。

 丹羽の姿が見えると野良猫は蜘蛛の子を散らすようにそれぞれの方向に逃げていき、境内にいるのは樹だけになる。

 え、なにこの状況?

 風が呆然としていると、たどり着いた丹羽が周囲を見渡している。どうやら何が樹に危害を与えたか探っているのだろう。

「あー、大丈夫よ丹羽。たった今樹のピンチは解決したから」

 理由はわからないが、ネコアレルギーの人間が見たら真っ青な状況は回避できたようだ。

 というか、丹羽がこちらに近づいた瞬間猫たちが逃げたように見えたがあれはいったい…。

「本当ですか⁉ よかった」

 風の言葉に丹羽は心底安心したようだ。友奈も合流し、樹の元へ向かう。

「樹ー、大丈夫?」

「うん、なんとかー」

 そう言う樹の腕の中には猫が1匹いる。逃げ遅れたやつがいたらしい。

「あ、その猫⁉ それにしっぽのちかくにあるイチョウの模様は」

 友奈の言葉に風はスマホを開き依頼のあった猫と見比べる。特徴はぴったりと一致していた。

「お手柄じゃない。樹、よくやったわ!」

「えへへ。でもわたしにもなにがなんだかわかんなくって」

 樹の話によると、神社の境内で猫を探していたら、急にどこからともなく猫が集まり始めたらしい。

 その中に依頼のあった猫を発見したので確保したが、次から次へと猫が集まってきて気が付けばもみくちゃにされてしまったそうだ。

「そういえば丹羽君、野良猫スポットを探したのに1匹も見なかったって言ってたね」

「え、ああ。はい」

 友奈の言葉に丹羽はうなずく。

「で、丹羽君が近づくと猫が逃げて行ったって…」

 友奈と風と樹が丹羽を見る。あれ? ひょっとして。

「丹羽くん。ちょっとこっち来てみて」

 樹が猫をがっしりと固定して、手招きする。言われた通り丹羽が樹に近づくと猫は必死に逃げようとするが逃げられないとわかると観念したかのようにカチコチに固まっている。

「なるほど。つまり丹羽が探したところにいた猫がここに避難してきて、こうなったと」

「つまりわたしが猫に埋まったのは丹羽くんのせい」

「ええっ!?」

 風と樹の言葉に丹羽は驚く。

 丹羽の姿はほぼ人間とはいえ本質はバーテックスだ。野生動物に近い野良猫には感じるものがあったのだろう。

 だから危険を察知して逃げ、ここへやってきたというのが真実のようだ。

「すごーい。つまり丹羽君のおかげでいっぱい猫が集まって目的の猫も捕まえることができたんだね」

 と友奈。その言葉に首を傾げた犬吠埼姉妹だったが、すぐに同意する。

「そうね。友奈の言う通り。よくやったわ丹羽」

「う、うん。そうなるの…かな?」

「そういえばさっき、樹ちゃんのこと名前でよんでたよね丹羽君」

 さすが全肯定コミュ力モンスターと丹羽が感心していると、また爆弾をぶっ込んできた。

「あれはその。焦っててつい」

「いいなー。私も友奈さんってよばれたいなー」

 そうやってすぐ距離を詰めようとしてくる⁉ やばい、攻略されちゃう。

「いえいえ、先輩のことをそんな気安く名前でなんて…ねえ?」

「いいとおもうけどなー。ねえ、風先輩?」

「アタシ⁉ いや、まあ。同じ部に犬吠埼って苗字が2人いるから、名前で呼んだ方がいいとは思うけど」

「ですよね!」

 やばい、周囲を味方にし始めた。このまま名前を呼ばざるをえない状況を作るつもりだ。

 その後なんとか丹羽に名前を呼ばせようとする友奈の言動を時にいさめ、時に話題を転換し丹羽は躱した。

 百合男子として女性と必要以上親しくなるのはご法度だからだ。

 やはり勇者部で1番に警戒するべき対象は彼女だなと丹羽は改めて警戒することにする。

 結城友奈。

 推しカプの左側。勇者部の中で勇者適性が1番高く、バーテックスである自分にとって天敵である少女。

 そう、結城友奈は丹羽にとって天敵である。

「丹羽君、そろそろ友奈さんって呼んでよー」

 翌日の昼休み、懲りずに名前を呼ぶように言う友奈に丹羽は顔を蒼くする。

「丹羽君?」

「違うんです東郷先輩! 結城先輩、勘弁してください」

「やだよー。今日は名前を呼んでくれるまでこっちが明吾くんて呼ぶからね」

 いや、天敵とはちょっと違うかもしれない。結城友奈は攻略厨である。

 下手をすればバーテックスである自分もいつの間にか攻略されてしまいそうで怖い。

 気を強く持たねばと決意を新たにする丹羽であった。  

 

 

 

「以上が今週分の防人たちによる探索の結果です。別途で書類にしましたので、詳しいことはそちらに」

「ありがとう、安芸先生。防人の人たちもよくやってくれてるけど…やっぱり手掛かりはないか」

 大赦仮面が差し出した書類を受け取り、園子は言う。その表情はいつもより幾分か優しい。

「園子様、その安芸先生と呼ぶのは…一応今は公務中なので」

「えー、いいでしょー。今は2人だけしかいないんだしー」

「外に人がいますので。どこに耳があるのかわかりません」

 安芸の言葉に園子は頬を膨らます。表情豊かな様子は普段の彼女を知る大赦の人物が見れば信じられないと目を疑うだろう。

「勇者アプリみたいにこの部屋も盗聴されてると? 大赦の人は乙女を何だと思ってるんよー」

「まったくです。プライベートも何もありはしませんね。あのクソじじいどもめ」

 公的だが幾分か砕けた言葉に、園子は笑う。安芸といる時だけは彼女も年相応の少女でいられた。

「防人隊の子は本当によくやってくれてるんよ。誰1人欠けることなく戦ってくれて。隊長の楠さんはそんなに優秀なの?」

「はい。少し頭は固いですが、周囲のサポートがあり日々成長しているといったところです。どこか鷲尾様を思い出させるところがありますね」

「わっしーか。元気かなぁ」

「報告が入っているのでは?」

「最近はなかなかね。巫女の神託によるバーテックス襲来の予言もないし、大赦の人も次の勇者のことで忙しいらしいし」

「次の勇者…三好夏凛のことですか」

 安芸の言葉に園子は思い出す。勇者候補だったころ大橋まで遠征してきた双剣使いの少女のことを。

「あの子も一緒に戦ってくれるなら、心強いなぁ」

「園子様、面識がお有りで?」

「ちょっとねー。導き(いじり)がいがあるいい子なんよー」

 彼女なら須美…いや、今は東郷さんか。仲良くやってくれるだろう。かつての自分と銀のように。

「それはそうとよくやってくれてる防人のみんなになにかご褒美を上げたいんよ。わたしの権限でできるだけのことはしてあげたいけど、どうしたらいいと思う?」

「防人は勇者様たちと違い大所帯ですし、賞与となるとどうしても予算が…。いっそどこかの施設を貸し切って休暇を与えるというのはいかがでしょう」

「あ、それいい! もうすぐ6月だし、ちょっと早いけどプール貸し切りとか」

「わかりました。そのように手配いたします」

 頭を下げ、去ろうとする安芸に園子は声をかける。

「あ、ちょっと待って。防人って、みんな女子なんだよね」

「? はい。いずれも勇者候補だった娘ですから当然」

「だったら、その様子をちょっと録画してきてもらうって、できない?」

「……さきほど盗撮は乙女の敵だという話をしていたのでは?」

「それはそれ、これはこれなんよー」

 相変わらずの性格の元教え子に、仮面の下で安芸はため息をつく。

「申し訳ありません。私としては大人としても教育者としてもそのようなことは許せません」

「そっか。残念」

「ただ…精霊が勝手にカメラを持ち出して、偶然映像が撮れてしまったらそれは我々の預かり知るところではありません」

 安芸の言葉に沈んでいた園子の表情がパッと明るくなる。まったく、弱みがあるとはいえ自分は教え子に甘いなと安芸は自嘲する。

「もちろん防人の中には精霊を見ることができる資質を持つ子もいます。選ばれなかったといえど勇者適性のある子たちなので。バレたらどうなるかはわかりませんよ」

「だいじょーぶ! うちのセバスチャンは優秀な子なんよー」

 言葉とともに園子の精霊である烏天狗が現れる。

 天狗というがカラス要素のほうが強く、どこを見て何を考えているかわからない瞳をしている。なんというか不思議な精霊だ。

「では、私はゴールドタワーに戻りますので」

「うん、ありがとう安芸先生」

 園子に一礼し、安芸は病室を去った。

 防人の子たちは園子提案の休暇をどう思うだろうか? 隊長の芽吹はその時間を訓練に回すべきだと主張するかもしれない。

 そういうところは本当にかつての教え子の1人に似ていると思う。

 だが巫女の国土亜弥や同じ防人である加賀城雀、弥勒夕海子、山伏しずくに言い含められみんなと一緒に休暇を楽しむことになるだろう。そんな光景が安芸には容易に思い浮かべることができた。

「本当に、いいチームよね」

 安芸はつぶやき、ゴールドタワー千景殿に戻る。かつて教え子にできなかったことを、今の防人にするために。

 今度こそ、後悔しない自分であるように。




丹羽「結城友奈は〇〇である。この〇に入る言葉を入れてください」
東郷「はい! 『結城友奈は東郷美森と両想いである』」
風「これじゃない? 『結城友奈はうどんが大好きである』」
樹「こうかな? 『結城友奈は後輩想いの頼れる先輩である』」
園子「こうかなー? 『結城友奈はカップリングの左側である』」
神樹「こうだろ『結城友奈は我の嫁である』」
丹羽「東郷先輩、やっちゃってください」
東郷「了解」ズドン!


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スミの変な1日

 あらすじ
友奈「風先輩と樹ちゃんと私のことも名前で呼んでよ」(鋼のメンタルとコミュ力お化け)
丹羽「いいえ、俺は遠慮しておきます」(百合男子としての鉄の意思)
東郷(ニコニコ)
樹「と、東郷先輩から何か黒いオーラが」
風「いや、名前くらい普通に呼びなさいよ。特にアタシたち姉妹は同じ名字なんだし」
丹羽「男が女を名前で呼ぶと社会的に恋人として扱われるうんぬん」
 一方その頃。
3年1組女子生徒「風って丹羽っていう1年生とつきあってるんでしょ。やるわねー」
1年1組女子生徒「え、丹羽君は同じクラスの樹ちゃんと付き合ってるはずだけど」
 後日、本人たちのあずかり知らぬところで丹羽が犬吠埼姉妹に2股をかけているという噂が知らぬ間に広がっていた。



 三ノ輪銀は、気が付けば樹海の中にいた。

 手には2丁の斧。着ている服は勇者服で、どうやら戦闘の最中ぼーっとしていたらしい。

 前後の記憶が曖昧だ。バーテックスによる精神攻撃だろうか?

「須美ー、園子ー? どこだー」

 どうやら自分は仲間とはぐれてしまったらしい。一刻も早く一緒にいたはずの須美と園子を探して合流しなければ。

「三ノ輪銀!」

 そう思っていた銀の名が、突如呼ばれた。

 声のほうを見るとピンクの髪をしたポニーテールで褐色の肌の女の人がいた。自分より身長が高いから、中学生ぐらいだろうか。

 あと、胸がでかい。須美と同じ…いや、それ以上か?

 この樹海にいるということは自分たちと同じ勇者なのだろうか。よく見ると勇者服らしき衣装を着ている。

「あのー、すみません。あたしの連れというか、同じ歳くらいの女の子2人見ませんでしたか? 1人はぽわぽわしててもう1人はお姉さんくらい胸がでかいんですけど」

「なぜ君が未来の勇者部にいないのか」

 須美と園子の居場所を知らないか尋ねると、その女の人は言った。

 未来? 勇者部? なんだそれ。

「なぜ君だけが成長した中学2年生の姿でいないのか!」(アロワナノー)

 え、この人何言ってるんだ? というかアロワナって聞こえたけどこれ何?

「なぜ君の変身した勇者衣装が三好夏凛のものと酷似しているのか!」

 三好夏凛って誰だよ。とりあえずこの人が人の話を聞かない系の人だとは分かった。相手するだけ無駄かもしれない。

「それ以上言わないで!」

「須美!? お前今までどこに…でけぇ!!」

 突如会話に入ってきた須美の声に銀は一瞬安心して、すぐに衝撃を受けた。

 でかい。

 富士山クラスだったのが、エベレストクラスになってる。勇者服も普段着ているのとは違うし、身体のラインがわかってちょっとエッチだ。

「その答えは、ただ1つ」

「やめてー!」

「おー、園子。須美がなんかすごいんだよ…ってこっちもでけぇ!」

 自分と同じくらいだと思ってた園子のお山が、でっかくなっていた。

 勇者服の上からでもわかる2つのふくらみ。銀は自分の胸元を見下ろし、「くっ」と漏らす。

「ハァー」

 そんな銀の様子を見て、ピンク髪の褐色お姉さんが息を吐いていた。だから誰なんだよあんた。

「三ノ輪銀! 君が鷲尾須美の章でただ1人死亡した勇者だからだ! ハハハハハッ!!」

 高笑いするピンク髪褐色お姉さん。その胸元をギリギリと音が出るほど強く掴む園子。

「はぁ?」

 何言ってんだこの人、と思ったが須美と園子の顔は今まで見たことがないくらい悲しそうだった。 

 よく見ると2人は記憶の中にいる2人より大きくて、成長しているのだとわかる。

 そういえば中学2年生って言ってたな。ということは、ここは未来?

 え、なに? このピンク髪で褐色のお姉さんが言ってることマジなのか?

「あたしが…死んだ?」

 ッヘーイ(煽り)

「嘘だ」

 ッヘーイ(煽り)

「あたしをだまそうとしてる……」

 って、さっきからヘーイって煽ってくる声うるせえな!

 死んだなんて信じられるかよ。あたしには帰らないといけない家もあるし、弟の面倒も見なくちゃならない。

 なにより、2人の大事な親友が……。

 その時頭に浮かんだのは、血まみれで倒れる須美と園子の姿だった。

 あれ? なんだこれ…こんなの、あたし知らな――

 3体の巨大バーテックス。射手座の放った矢。蟹座に反射して背後から自分に突き刺さる姿が脳内に浮かぶ。

 同時にその時の痛みも。

「っ!?」

 思わず膝をついて、足から血が流れているのに気づいた。

「あ、れ?」

 銀の頭の中の映像は続く。血まみれの銀を抱きしめ、泣きじゃくる須美と園子。学校の生徒全員が、自分の入った棺を見ている。崩壊した瀬戸大橋。

 いつの間にか流れた血は、絨毯のように広がっていた。その水面に映る自分の姿を見て、銀は理解する。

「そっか。あたし」

 死んだんだ。

 胸を満たすのは悲しさではなく、友達や家族にこんな顔をさせてしまう不甲斐なさ。

「あああああああああああああ!!」

 気が付けば叫んでいた。その胸を満たす感情は悔しさや怒りでも、悲しさでもなく。

 情けない。恥ずかしい。もっとうまくやれたはずだ。そんな気持ちがないまぜになって、獣のように叫ぶ。

『ミノさんは、すごい勇者だったよ』

 園子の声が聞こえる。

『とってもっとっても、すごい勇者だったんだから』

 すごい勇者だったら、お前にそんな顔はさせねーよ。

『ええ、そうね。……ほんとうに、すごい勇者だったわ』

 園子を抱きしめる須美の肩も震えている。

(違う、違うんだ。須美、園子)

 声はすでに枯れ、心の中で銀は叫んでいた。

(あたしは、お前たちにそんな顔をさせたくて、あんなことをしたわけじゃ)

 

 

 

『スミー、ソノコー』

 自分の声で目を覚ましたスミは呆然としながら周囲を見渡す。

 なんだか変な夢を見た気がする。

 しかし自分はバーテックスなので、夢を見るはずがない。今のは記憶の混濁だろうか?

 そんなことを思いながらスミは自分の宿主である丹羽を探す。

 丹羽の姿はやはりというか、リビングの机の上に置かれたパソコンの前にあった。手元のキーボードを必死に叩いて文章を打っている。

「よしARIAと少女終末旅行の文章化完了。後は美術部部長に描いてもらったイメージイラストと一緒に投稿っと」

 丹羽は言葉とともに壁に貼られた文字列に×をつけていく。そこには丹羽の記憶にある百合作品が箇条書きされており、×が付いたのは小説として投稿した作品だった。

 ちなみに丹羽は学校に行く時間以外記憶にある百合作品を小説化する作業にほぼ1日のすべてをつぎ込んでいたりする。

 バーテックスなので睡眠の必要はないため、壁の外に身体をアップデートしに行く日以外の休日は本当に24時間まるまる百合作品を小説にする作業に費やしているのだ。

 特にARIAは映像ありきの作品なので文章化には苦労した。原作とアニメどちらをベースにしようかと悩んだが、丹羽はアニメから知ったのでアニメの1期から4期までを小説として無料投稿サイトに投稿した。

 女性がメインの作品だが男キャラの登場もあり、ノンケでも楽しめる初心者向け百合作品として結構評判がいい。

 特に四国しかないこの世界では水だけの惑星、ネオ・ヴィネツィアに惹かれる人は多く、感想にも「こんな世界行ってみたい」とか「ゴンドラ乗りてー」いろいろ書かれている。

 もう一方の少女終末旅行は全てが終わった世界でケッテンクラートに乗ったチトとユーリがさまよう終末ファンタジーだ。

 これも男女ともに人気があり、ARIAとは別、というか正反対の世界観に惹かれる男性読者の方が多いようだ。

 そんな男たちを百合好きにするために尊い描写には特に力を入れた。おかげで百合に目覚めた人間も多く、チトユーリトウトイというコメントもついている。

 もちろん今書いているライトな百合好き読者を百合沼に引きずり込む作品だけではなく、ディープなものも執筆していた。

 特に丹羽がいた世界でも社会現象を起こしたマリア様がみてる。通称マリ見てはこの世界でも熱烈なファンが多く、早く続きを書いてくれというコメントであふれている。

 その中には園子が書いたコメントもあるのだが、丹羽とそれを操る人型バーテックスはコメントは手ごたえを感じる程度にしかチェックしていなかったので気づいていなかった。

 ただ、そろそろ「レイニーブルー」の続編、「パラソルをさして」の投稿をすべきかどうかを迷っている。

 投稿したのは1月ほど前。焦らすなら2か月は待った方がいいだろう。

 だが9月以降に自分はいないかもしれないことを考えると、そろそろ投稿したほうがいいかもしれない。焦らすのも大事だが、未完のまま作品が終わっては読者の百合を愛する人々に申し訳ない。

 ということで6月1日に予約投稿することにした。

 休憩と頭の切り替えのために丹羽は席を立つ。

 気が付けば5月も終わる。結城友奈は勇者であるではまだ2話と3話の間だが、これからはイベントラッシュだ。特に7月までは忙しくなるだろう。

 もうすぐ三好夏凛が加入するカプリコン戦も近づいてきている。彼女がイレギュラーな存在である丹羽に対してどう接してくるのかも懸念事項だ。

 そしてカプリコン戦の後はいよいよ残りの星座級との総力戦だ。

 そこで勇者たちに満開を1度もさせなければ、丹羽と人型バーテックスの目的はほぼ達成される。

 問題は、それまでに何も起こらなければ、だが。

 大赦にいる乃木園子の動きも注意しなければ。バーテックス人間の大赦仮面の情報によると壁の外に防人を派遣しているらしいが、拠点にしているデブリの場所が知られないように気を付けるべきだろう。

 あと、スミの姿も園子に見られるわけにはいかない。彼女ならスミのモデルが三ノ輪銀だとすぐ気づくだろう。

 その精霊の宿主である丹羽に対して疑いの目を向けてくるのは必定だ。

 そんなことを考えていると、勝手に自分の内から出ていたスミと目が合った。

「お前、いつの間にまた外へ」

『あたしの勝手だろ』

 そう、予想外と言えばスミの性格もそうだった。

 てっきりゆゆゆい時空の三ノ輪銀のような性格になるのかと思いきや、銀の腕を丸ごと取り込んだ影響なのか本来の性格より子供っぽくなってしまった。

 宿主である丹羽にも反抗的で、第1次反抗期の子供のようだ。たまに丹羽の意思に反して実体化して出てくるし、勝手に外に遊びに行くなどやりたい放題だ。

「とにかく中へ戻ってくれ。昼に部室に着いたら起こしてやるから」

 丹羽の言葉に渋々といった様子でスミは丹羽の中に戻っていく。

 その時にはもう先ほど見た夢のことなど忘れていた。

 

 

 

「「隙ありー!」」

「ひゃっ⁉ こら、銀!」

「球子⁉ くっ、ひ、卑怯だぞ!」

 ああ、また夢か。と銀は思う。

 見たことのない部室の中で銀は誰かと一緒に突撃している。

 今度は須美が目の前にいた。というか自分は須美の胸に顔をうずめていた。

 隣にいるポニーテールの女子生徒に髪を2つ結びにしている女の子が胸をうずめている。ポニーテールの女子生徒は銀より年上で、園子と髪の色が同じだ。

「K2に再登頂、成功! 球子さん、そっちはどうっすか?

「ふ~む。高尾山といったトコロか」

 髪を2つ結びにしている少女…今思い出した。球子さんだ。の言葉にポニーテールの女子生徒、乃木若葉が顔を赤くしている。

 うーん。園子のご先祖様とは未だに信じられないよなぁ。性格正反対だし。むしろ園子はひなたさんのほうに似ているような。

「え?」

「気にするな若葉。お前も東郷みたいに、数年後には隆起してチョモランマになるかもしれないぞ」

「た、球子にだけは言われたくないぞ!」

 あ、須美と若葉さんが意識をこっちに向けて守っている対象から意識を離している。

 チャンスだ! 行きましょう、球子さん!

 いざ、ひなたさんと杏さんのお山へ!

「球子さん、今の内です。さらなる尾根が我々を呼んでるっす!」

「ウム! 行くぞ、銀!」

「2人とも、いい加減に…」

「しなさーい!」

 その後、球子はひなたに吊るされ、銀は須美から3時間の説教を受けた。

 最後の登頂は失敗したけど楽しかった。

 我々は諦めない。山がある限り何度でも登頂するさ。

 

 

 

 6月1日は衣替えの季節である。

 6月1日から1週間の間、男子は黒い学ランから半袖のシャツに。女子は長袖から半袖のセーラー服への移行期間となるのだ。

 当然夏服になると服は涼しくなるが、それと同時に冬服から失われるものもある。

 それは防寒性だったり手が袖からでない萌え袖というチャームポイントの喪失だったりといろいろあるが。

『ビバーク!』

「ひゃん⁉」

 スミの双丘への突撃に東郷の胸がいつも以上に揺れる。

 そう、冬服から夏服に変わったことで、防御力が低くなったのだ。

 男だったら思わずかぶりつきで見たくなる光景に、しかし丹羽はできるだけ見ないようにそっぽを向く。

 こういう時、見ないようにするのも紳士としてのたしなみというものだ。

『スミー!』

「もう、スミちゃん。イタズラしたらダメでしょ」

 めっ、と叱る東郷の言葉を気にすることなく、スミはいつもの特等席である東郷の胸の間に頭をうずめ、リラックスする。

 今は昼休憩。授業が終わり丹羽と樹の1年生組が部室へ入ると、丹羽の中から出たスミが止める間もなく東郷の胸へ突撃したのだ。

「うわっ、今すごい揺れたわね」

 と風。同性の目から見ても今のは衝撃映像だったらしい。

「いいなぁ東郷先輩。わたしもあやかりたい」

 自分のものと比べて、樹がつぶやく。隣にいた丹羽は彼女の名誉のために聞こえないふりをすることにした。

「あ、スミちゃんだ。おいでおいで~」

 友奈は東郷の胸に見慣れているのか、特に反応はない。むしろ東郷の胸を枕にしているスミに興味を持ち、自分のお弁当の卵焼きを差し出している。

 今の友奈は夏服のセーラー服だ。冬服のセーラー服では黒い布地に隠されてわからなかった胸の輪郭が薄着になったことではっきりとわかり、スミの目がキランと光る。

『ビバー…』

「ダメよ、スミちゃん」

 友奈の胸元へ飛び込もうとしたスミを、東郷ががっちりと掴む。

 すごい反応速度だ。スミも止められると思っていなかったのか、びっくりしている。

「友奈ちゃんは、ダメ。わかった?」

『ス、スミー?』

「わかった?」

『お、おう』

 スミの返事に納得したのか、東郷は手を放す。スミは震えて東郷の元へ戻るかためらっているようだったが、至高のふかふかふわふわの誘惑には勝てず火に飛び込む蛾のようにふらふらと東郷の胸へと帰っていった。

「よしよし、いい子ね」

「東郷先輩の前ではおとなしいんだよなお前は」

 朝の反抗的な様子を思い出し、丹羽は東郷の前では借りてきた猫のようになっているスミの腹をツンツンつつきながら言う。

『シャーッ!』

「なんだ? やるか?」

「こらこら、2人ともケンカしないの」

 スミにはめっ、と軽く額を指でつつき、丹羽には正中線を3段突きする。

「ぐはっ、東郷先輩加減してくださいよ」

『むーっ』

「いや、さっきのを加減してくれですむアンタも結構大概だと思うわよ」

 事の成り行きを見守っていた風が冷静にツッコむ。

 その後皆で弁当を広げ、今日の活動について話し合う。それをスミは東郷の胸の上に頭をのせながら聞くとはなしに聞いていた。

 やがてチャイムが鳴る。今のは昼休憩終わりの予鈴。次が5時間目開始の本鈴だ。

「っと、もうそんな時間か。じゃあみんなあとは放課後で」

「はい、風先輩」

「ほら、スミも戻って来い。放課後また来るから」

 丹羽が言うが、何か今日は様子が変だ。いつもはすぐに丹羽の中に入るのに、今日は東郷から離れようとしない。

『やっ!』

「嫌って、東郷先輩も困ってるだろ」

『いーや!』

丹羽が掴んで無理やり体内に戻そうとするが、スミは手を躱し必死に東郷にしがみついている。

「スミちゃん、また放課後会えるから。丹羽君のところに行って」

 東郷も言うが、どうあっても東郷から離れる気はないらしい。

「おい、スミ」

『お前、嫌い! あっち行け!』

 差し出した丹羽の手を、スミが強く払い除けた。当たり所が悪かったのか皮膚が切れ、そこから血が流れる。

 意図しての物ではなかったが、宿主を傷つけたことに変わりはない。東郷は自分にしがみつくスミを両手でつかむと、目の前で離した。

「スミちゃん! 丹羽君に謝りなさい!」

 普段聞いたことのない東郷の怖い声に、スミは驚く。

『だって、だってアイツが』

「いいから、謝りなさい!」

 スミの目に涙が溜まる。だが東郷は怖い表情のままだ。

『スミ、バカ! 嫌いだ!』

 スミは丹羽に謝ることなく教室から飛び出していった。そのまま壁をすり抜け外へと向かう。

「スミ! あの馬鹿どこへ行く気だ」

「スミちゃん!」

 すぐに見えなくなったスミに、丹羽と東郷は慌てる。

「どうしよう、私のせい。私が、あんなふうに叱ったから」

「いえ、東郷先輩のせいじゃないです。あいつ、朝からなんか変でしたから」

 叱った自分を責める東郷に、丹羽はフォローする。

「ごめん、犬吠埼さん。午後の授業、俺は出られないから先生にそう言ってくれる?」

「探しに行くんだね。わかった」

「じゃあ、私も一緒に!」

「東郷先輩は授業受けてください。これは俺とアイツの問題ですから」

 丹羽はそう言うと部室を出て行った。おそらく外靴に履き替えスミを探しに行くつもりだろう。

「東郷、とりあえず今は丹羽に任せましょう。放課後まで何の連絡もなかったらアタシたちも探しに行く。いいわね?」

 風の言葉に友奈と樹がうなずく。東郷もうなずいたが、去り際に見せたスミの傷ついた顔がしばらく頭を離れなかった。

 

 

 

 一方スミは四国の空を当てもなくさまよっていた。

 頭の中ではさっきのことでいっぱいだ。

 自分が悪かったのはわかっている。

 だが、それでも東郷なら自分の味方をしてくれると思っていた。決して叱ることなどないと。

 それを裏切られたようで、スミはとても傷ついていた。

 気が付けば、人の多い場所に来ていた。どこかのショッピングモールだろうか?

「だから、私はこの時間をもっと有効に使うべきだと思うのよ!」

 突如聞こえてきた声に、スミは姿を隠す。といっても精霊は素質のある人間にしか見えないのだからこの行動はあまり意味のないのだが。

 声のしたほうを見ると、5人の少女が集まって話していた。

「えー、でもせっかくの休暇とご褒美でしょ? 訓練だけなんて味気ないよ」

 と、ショートカットで前髪を切りそろえた少女、加賀城雀が先ほどの声の主の楠芽吹に言う。

「大赦保有のリゾートプール1日貸し切りだよ! まさに園子様様だね。感謝感謝」

「だからって、新しい水着なんて…学校指定の水着じゃダメなの?」

「まっ。なにを言っていますの芽吹さん」

「わたしや芽吹はそれでいいとしても、国土がそれじゃかわいそう」

 同じ防人隊の仲間である弥勒夕海子と山伏しずくに言われ、芽吹は「うっ」と口ごもる。

「あの、芽吹先輩がお嫌なら別にわたしは…」

 他の4人の様子に巫女である国土亜弥が遠慮がちに言う。空気を読むいい子なので本当はお出かけでさっきまでウキウキだったのだが、今はどこか沈んでいる。

「だめだよ、あやや。プール初めてなんでしょ? だったらかわいい水着選ばないと!」

 亜弥のことを持ち出されると芽吹も弱い。四国のどこに出しても恥ずかしくないいい子の楽しみを奪うなんて残酷なこと、自分はできないからだ。

「芽吹さんとしずくさんもですわよ。心配なさらずとも弥勒家の名にかけて最高のコーディネートをして差し上げますわ」

「でも弥勒、変な水着選びそう。流行の最先端とか言って布面積の少ない奴とか」

 お嬢様っぽい外見の夕海子が言うと、はかなげな印象の少女、しずくからツッコミが入る。

「ごめんなさい、亜弥ちゃん。私、本当は水着をみんなに見られるのが恥ずかしかっただけなの。だからあんなことを」

「そうなんですか? 大丈夫です! 芽吹先輩はとてもきれいでいらっしゃるからどんな水着も似合います!」

 お世辞ではなく本心から褒められ、芽吹の顔が赤くなる。同時に亜弥が愛しくて仕方がなくなり、思わずぎゅっと抱きしめてしまう。

「め、芽吹先輩⁉」

「は、ごめんなさい。つい」

「ついで済んだら大赦はいらないんだよメブー」

「国土がかわいいのはわかるけど、街中では自重して芽吹」

「そういうのはお部屋で2人きりでしてくださいませ」

 往来でイチャイチャし始めた2人に残りの3人から総ツッコミが入る。芽吹は顔を赤くし、亜弥はよくわかっていないのか「はい、続きはわたしのお部屋でしましょうね芽吹先輩!」と笑顔で言っている。

「おー。あやや大胆! ね、メブ。そこんトコロどうなの?」

「い、いいでしょもう! それよりも水着を選びに行くんでしょう」

 あ、逃げた。あからさまに話題を変える芽吹に、雀と夕海子は白い目を向ける。

「いつまでも、ここにいては話が進まない。芽吹の言う通り行こう」

「はい。わたし、こんな風にお友達みんなとお買い物に行くのも初めてです!」

「あやや…今日は何でも買っていいんだよ。弥勒さんがいくらでも出してくれるからね」

「ちょっと! なんでそうなりますの⁉」

「えー、弥勒家は名家なんでしょー? 女子中学生のお買い物くらいはしたお金ですよねー?」

「え? あ、もちろんですわ! そんなの雀さんの涙くらいですわよ。おほほほ」

「雀、弥勒さんをいじめない。弥勒さんも張り合わない。自分の分の買い物は自分のお金で払うのよ、いい?」

 そう言いながら防人組は目の前の店に入っていく。

 

 ほーら、どんどん引っ張るぞ園子!

 うわー、はやいはやい!

 須美も準備体操してないで泳ごうぜ。

 2人がすぐに入りすぎなのよ。銀なんて準備体操なしで入るとか、信じられない。

 

『っ⁉』

 まただ、今度は起きているのに変な記憶が頭の中に。

 なんなんだこれは。白昼夢というにはリアルすぎる。

 なんとなくその場にいるのが嫌で、スミは空を飛び別の場所へ向かう。

 なぜか行くべき場所はわかっていた。

 

 

 

 気が付けばスミは讃州中学から離れた大橋にいた。

 その中にある一軒家にたどり着くと、外から中の様子をうかがう。

 そこには1人の男の子がいた。その姿になぜか胸の奥からこみあげてくるものを感じたスミは、姿を隠すことも忘れ男の子に近づく。

『金、太郎?』

「ねーね? ねーね!」

 なぜだろう。涙が止まらない。

 気が付けば男の子を抱きしめ、泣いていた。頭の中はぐちゃぐちゃで、もう何が何だかわからない。

「ただいまー。金太郎、帰ってるのかー?」

 その時、玄関から男の子の声が聞こえた。

「にーに!」

 ぱっと顔が明るくなり、金太郎が歩いて玄関へと向かう。

 ああ、もう歩けるようになったのか。すごいなぁ。

 なぜか、スミは感動していた。見知らぬ男の子のはずなのに、その成長が嬉しかった。

「あ、お前また部屋から勝手に出て。お手伝いさんの言うことちゃんと聞いてたか?」

「ねーね、ねーね!」

「だから俺はにーにだってのに。はぁ。いつまで経ってもねーちゃんは超えられないのか」

 スミは壁をすり抜け、部屋に入る。そこには弟を抱っこしている男の子がいた。

『てつ、お?』

 そうだ。あれは自分の弟だ。

 なぜ忘れていたのだろう。自分にとって家族は親友と同じくらい大切な存在なのに。

「ただいま、ねーちゃん」

 そんなことを思っていると、鉄男が自分に語り掛けてくれた。おかえり、と言おうとしていやこの場合は自分がただいまというべきなのかと迷っていると、チーンという鐘を鳴らす音が聞こえる。

「今日も、ねーちゃんのおかげでみんな元気に暮らしてるよ。金太郎も手がかかるくらい大きくなって、元気すぎるくらいだ」

 おいおい、マイブラザー。姉ちゃんはこっちだぜ。

 なんでそんな仏壇なんかに向かって話しかけてるんだよ。

 スミは鉄男に声をかけようと後ろから回り込もうとして…仏壇に飾られている写真が目に――

『そこまでだ』

 急にスミの意識が遠のき、どこかへ引っ張られる感覚が。

 待て、今のは――。

 確かめようとするが目を開け続けることができず、そこでスミの意識は途絶えた。

 

 

 

「まさか本当に大橋まで来ているなんて」

 スミと視界を共有していた壁の外にいる人型バーテックスの情報から大橋の三ノ輪家を訪れた丹羽は、敷地内で意識を失っているスミを何とか誰にも見つからず回収することに成功する。

 三ノ輪邸はアニメ本編の鷲尾須美は勇者であるで見た時と何も変わっていなかった。転居していたら見つけられなかったかもしれない。

 ひょっとしたら帰ってきた娘が迷わないようにあの時のまま改築していないのだろうかと考え、考えすぎだなと思う。

 三ノ輪銀は公的には死んだことになっているのだ。それなのにそう考えるのはノスタルジックが過ぎる。

 とりあえず勇者部のみんなにスミが見つかったとラインで連絡をしておく。心配していたのかすぐに既読が付き、それぞれメッセージが送られる。

 特に東郷はスミの様子を何度も訊いてきたきたので、心配はないと返信した。精霊は写真に写らないので画像が送れないのが残念だと告げると安心してくれたようだ。

 それにしても、と丹羽は三ノ輪家とスミを見比べる。

「ひょっとして君は…」

 銀ちゃんなのか? と問いかけようとして、やめておいた。

 あまりにも突飛な話だ。姿を似せた精霊が本人の意識と記憶を持つだなんて。

 壁の外にいる三ノ輪銀本体が意識を取り戻さない理由もスミにあると結論付けるのは早計だ。もしスミを銀の中に入れて意識を取り戻すなら御の字だが、それでは残りのバーテックスとの決戦を精霊1体なしで戦わないといけない。

 少なくともそれを行うのは残りの星座級すべてを倒した後だ。それまでは心苦しいが自分に付き合ってもらう。

「もしもスミが銀ちゃんなら、謝ることリストが増えるな」

 少し反抗的なかわいい精霊を自分の内に収めながら、丹羽は言う。

 謝ることリストとは、人型バーテックスが作っている勇者に対して謝る項目を羅列したリストである。

 その中には「銀を救えなかったこと」「乃木園子の満開を止められなかったこと」という他に「ゆうみも至福の時間を奪ったこと」や「ふういつの生活に割り込んだこと」などという百合男子特有の反省点も書かれている。

 そして今日、新たな項目が追加された。

 それは「スミの大事な記憶を1日消したこと」だ。

 




 エグゼイドパロはゆゆゆいでもうやってた件。さすがタカヒロ神。

【今日のナツメさん】

ナツメ『風、今日の味噌汁も美味しいな』
風「あら、ありがとう」
ナツメ『昨日の味噌汁と料理もうまかったぞ』
風「そうね。あんたはご主人様と違って素直でかわいいわね」
ナツメ『かわいい、か。あまり言われたことがないから照れる』
風「あ~。アンタどっちかというとクール系だしね。あ、ちょっと待って」
 洗い物を終えた風は椅子に座る。そのままナツメを見上げ、膝を叩く。
風「さ、どうぞ」
ナツメ『? 風、それは?』
風「東郷がスミちゃんとやってるやつ。アタシとナツメもやってみようと思って」
ナツメ『座ればいいのか? …うん。これは、いいな』
風「あー。なんか小さい頃の樹思い出すわ。あの頃は何をするにもおねえちゃーんってついてきてね」
ナツメ『スウ・・・スウ・・・』
風「あ、寝ちゃった。おーい、食べてすぐ寝たら牛になるわよー」
ナツメ『スウ・・・スウ・・・ペロ、おじい、おばぁ』
風「寝言まで言っちゃって。本当、丹羽の精霊って変わってるわよね」
 胸に頭を預けるナツメの白い髪を、風は優しくなでる。
 そこには女子力が満点の美少女がいた。


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大赦OTONA化計画

 あらすじ
 友奈ちゃんのお山にビバークしようとしたスミ。東郷さんに怒られて家出する。
友奈「何か違わない?」
丹羽「いや、合ってるでしょ」
東郷「そうね。精霊の管理不足は持ち主の責任よね」
樹「ああー、東郷先輩、東郷先輩困ります! あーっ」
風「ちょっと、丹羽の正中線を東郷がひたすらボコボコにしてるんだけど!?」


 四国を守るように立ちはだかる壁の上にたどり着き、そこから1歩踏み出すと青い空から一変して赤い世界が目の前に広がる。

 ここは壁の外。バーテックスと神樹の加護を得て変身した勇者しか生きられぬ世界。

 ただの人間では数分ともたず消滅してしまう人の生きられぬ場所だ。

 そこに、丹羽明吾はいた。

 壁の端から飛び立ち、迎えに来ていた巨大フェルマータ・アルタに飛び乗る。

 そのままフェルマータ・アルタが向かうままに任せていると、遠くに人工物と自然物が奇妙に集まったデブリが見えてくる。

 そして、そこにいる人型バーテックスとその肩に乗る精霊、白静がこちらに向かって手を振っている姿も。

『よう、おつかれ』

 自分が自分を見ているという奇妙な状況にはやはりあまり慣れない。それが言語を話す相手となるとなおさらだ。

「ただいま、俺。さっそくで悪いけど」

『ああ、スミ…いや銀ちゃんのケアだろ。わかってる』

 ツーと言えばカー。以心伝心のやり取りで丹羽から精霊のスミとナツメを受け取ると、人型バーテックスは検査を始める。

 もっとも人型バーテックスも丹羽も元は同じ人格で、人型バーテックスが丹羽を操っているのだから以心伝心なのは当たり前なのだが。

『終わるまで身体のアップデートでもしててくれ』

「わかった。身長0、8cm、体重は1、2キロ増量くらいでいいか」

 人型バーテックスの言葉に丹羽はデブリの奥、強化版人間型星屑製作所に向かう。そこでは丹羽と同じような強化版人間型星屑が大勢いて、次の精霊型星屑への変態のため順番待ちしている。

 丹羽はその横を追通り過ぎ、自分のために用意された新しい型に身体をはめ込み、目を閉じる。同時に圧縮された星屑の質量が液体として注入され、丹羽の身体を変化させていた。

 身体を1から作るのではなく、栄養を送り成長させるだけなので普通の強化版人間型星屑を作るより身体のアップデートは早く終わる。もっとも普通の人間が1週間で行う変化を1日でしなければならないので2時間ほどかかるのだが。

 一方人型バーテックスは先日大橋の三ノ輪邸に行くという不測の事態を起こしたスミを診ていた。

 身体の欠損、変化は特にみられない。これは同じ人型精霊のナツメも同様だ。

 ただ、その中身。精神となると判断は難しい。

 銀の腕を取り込んだ影響か、大橋にある英霊碑を埋め込んで作った人型精霊型星屑よりスミは段違いで強くなった。ただその精神が、今もヒーリングウォーターの水球で治療中の銀とリンクしているとは思わなかったのだ。

 いや、精神がリンクしているというのも思い込みかもしれない。ゆゆゆい世界の記憶と自由に四国を移動できる状況。そして精神力の幼さからあんな突飛な行動に出たのかも…。

『試してみるか』

 人型バーテックスはスミを水球の中で昏睡状態になっている銀の元へ連れて行き、その身体の中に埋め込んでみる。

 もし、丹羽が考えた通りならこれで彼女は目覚めるはず。

 だが精霊を取り込んでも一瞬身体が光っただけで、銀のまぶたはピクリともしなかった。

 やがて身体のアップデートを終えた丹羽が合流し、様子を一緒に眺める。

「変わりは?」

『ない。呼吸も安定しているし、本当に今までと変わらずただ眠っているだけだ』

「当てが外れたか」

 悔しそうな顔をする丹羽の表情を見て、人型のバーテックスはうらやましいと思う。

 こんな時、感情をすぐ表に出せるその身体が。

『そういえばそろそろ、三好夏凛が参戦する時期か』

「ああ、下準備は済ませてある」

 それを悟られぬよう話題を転換する。丹羽は特に気にした様子もなく、目の前の水球を見ながら言う。

 アニメ3話。大赦側の勇者である三好夏凛の参戦。

 実はこの時も大赦側が問題を起こしている。

 それは三好夏凛の存在を勇者部に秘密にしていたことだ。

 大赦の秘密主義と勇者であり戦う自分たちに何も知らせてくれなかったこと。その積み重ねが勇者たちが大赦に不信感を持つ事につながり、満開の後遺症がすぐ直るという嘘が風の暴走という事態を引き起こした。

 今回の三好夏凛参戦を知らせなかったことはそのきっかけになった出来事でもある。

 だから大赦にいるバーテックス人間を使い、三好夏凛の着任と讃州中学への入学は前もって勇者部部員たちに知らせるようにしておいた。

 これで大赦への不信感が少しでも原作よりマシになれば風の暴走が起こる確率もぐっと下がるはずだ。

『大赦のバーテックス人間化は、どうだ?』

「7割といったところ。もっともほとんど末端で、頭の方へはなかなか。大赦でも急に性格が変わった人間に対して違和感を抱いている奴も出てきている」

『7割、か。ではあとは無理やりにでも』

「いや、むしろあわてずじっくりやろう。最終的にバーテックスとの総力戦に間に合えばいいんだ。下手に急いで大赦にいるそのっちに感づかれでもしたらすべて無駄になる」

 ふむ。元は同じ人格のはずなのに考え方がこうも違うのか。

 四国というこことはちがう環境で育った分、丹羽と人型バーテックスの思考には差異が出来始めていた。人型バーテックスはそれを興味深く思う。

「? どうした」

『いや、お前が言うならそうしよう。カプリコン戦はにぼっしー1人で片づけるはずだから、俺はここで精霊の開発に全力を注ぐことにするよ』

「そうか。わかった」

 丹羽は水球に手を伸ばし、胎児のように丸まっている銀からスミを取り出すと自分の中へと収める。

 この子の力はまだ自分には必要だ。もう少し長い間銀と融合させて意識を取り戻すかの実験は、銀が四国の病院に移ってからにしよう。

『ついでだ。この子も持っていけ』

 人型バーテックスはつい先日6つの特別な繭の1つから生まれたばかりの人型精霊の星屑を、丹羽の体内に埋め込む。

 これで丹羽の中にいる精霊は3体。これなら星座級と真正面からぶつかっても後れを取ることはないだろう。

「ありがとう。それとこれは俺たちにとってはあんまりいい報告じゃないんだが」

 丹羽が真剣な顔をして人型バーテックスを見る。

「大赦にもぐりこませたバーテックス人間によると、防人の報告は安芸先生が直々にそのっちにしているらしい。だから防人関連の情報を握りつぶしたり改ざんしたりするのは無理みたいだ」 

『なるほど。そのっちはそれほどまで銀ちゃんのことを…ぎんそのてぇてぇ』

「言ってる場合か! 一応こっちもできるだけ早く銀ちゃんを四国の病院に移せるように大赦の要職にいる奴をバーテックス人間にしたいけど、さっきも言った通りまだ時間がかかりそうだ」

 だから、と丹羽は人型バーテックスの胸を拳で軽くたたく。

「絶対防人に見つかるんじゃねえぞ、俺。もしここが見つかってお前がやられたら、銀ちゃんと俺もピンチなんだからな」

『誰に向かって言ってるんだ、俺。こちとら万どころか億匹クラスの星屑食って前よりパワーアップしてるんだ。そうそう遅れは取らないさ』

 人型バーテックスも丹羽の肩を軽く拳で叩きそれぞれの健闘を祈る。

 同じ人格である1人と1体はすでに同じ意思で操る個体同士ではなく、同じ目標に向かって奮闘する同志となっていた。

 

 

 

 三好春信は困惑していた。ここ最近の大赦と上層部の変わりよう――もっと言えば一部過激派たちの劇的な言動の変化にである。

 彼らは反乃木、反上里派…というか反勇者派の一派だ。

 かつては四国でも有数の権力者だったが、他の家が娘や孫などの血縁者が勇者に選ばれて格が上がり、相対的に権力や発言力を失い衰退していった一族。あるいは自分の娘が勇者に選ばれなかったことを妬ましく思う者たちの集まり。

 神樹様を信奉してはいるが自分たちの利益のためならば同僚の大赦の職員や神樹様に選ばれた勇者たちですら道具のように扱うことを(いと)わない。そんな連中だった。

 もしバーテックスが神樹様のもとにたどり着き、世界が終わるような事態になったとしても自分たちが助かるためならばどんな犠牲が出る方法でも顔色ひとつ変えず行い、仲間すら切り捨てる。

 そんな連中だったはずなのだ。

 だが、そんな者たちがどうしたわけか最近はまるで心を入れ替えたように穏やかになった。

 ある者は隠居を決めて大赦を去り、ある者は勇者たちをサポートすることに全力を傾けるべきだと発言して現在の大赦の在り方を根底から否定したり。

 以前の人格を知る春信からしたら別人になってしまったかのような変わりようだ。

 そして件の上層部から今日、春信に辞令が下った。大赦と讃州中学勇者部の連絡係になり、初仕事として新しく赴任する大赦の勇者のことを説明する文面を用意しろとのことだ。

 なぜ自分がと疑問に思い尋ねたところ、妹のことは兄のお前が一番よくわかっているだろうと過去の上層部を知っている春信からしたら信じられない答えが返ってきた。

 たしかに勇者候補――本人に言わせれば完成型勇者――の夏凛は自分の妹だが、それによって春信が大赦で恩恵を受けたことはない。

 むしろ勇者に選ばれたことで格が上がった三好家は過激派からは疎まれ、春信も大赦の重要なポストから閑職に追いやられる寸前だったのだ。

 それが突然手のひらを返したように相手は矛を収め、大赦にとって重要な御役目を任された。彼らが疎んでいたはずの勇者――妹が原因で、である。

 なにがなんだかわからない。ひょっとしてこれはなにかの謀略の前段階ではないだろうか?

 そう疑ったのだが、春信としてもかわいい妹の力になれる機会がなくなるのは嫌だった。

 家庭環境やちょっとした行き違いで2人の間には溝ができてしまった。いや、妹が一方的に溝ができていると思い込んでいるのだが、それを修復し、元の仲がいい兄妹になるチャンスかもしれない。

 もちろんお役目としての公私の区別はきちんとつける。今いる神樹様の勇者と比べ夏凛を特別視しひいきするわけにはいかない。

 だが、誤解されやすい性格の妹が新しい環境でうまくやっていけるよう協力するのは兄として当然の務めだろう。

 それを考えると、あえてこの罠に飛び込んでやろうと思う。どうせ放っておいても閑職に送られる身。せめて妹の力になれれば幸いだ。

 さっそく春信は讃州中学勇者部の5人に大赦から新しい勇者が赴任することを告げる文章の作成に取り掛かる。

 この時本人は自覚していなかったが三好春信はシスコンであった。その妹愛が少し暴走し、ちょっとしたお茶目心が後に夏凛にとって屈辱ともいえる事態を引き起こすことになるのだが、それはもう少し先の話だ。

 

 

 

 

 その日、乃木園子はご機嫌だった。

 無料小説投稿サイトでお気に入りの百合小説作家、誤眠ワニの新作が投稿されたからである。

 しかもそれは園子が待ちに待ったマリ見ての新作。「レイニーブルー」の続編である「パラソルをさして」。この日をどんなに待ったことか。

 大赦仮面からの定期報告までの自由時間にそれを発見した園子はついつい時間を忘れて読みふけり、気づけば予定した時間から1時間ほど過ぎていた。

「はぁ。尊い…」

 読み終わり、1人つぶやく。

「この日まで誤眠ワニさんの他の作品、きんいろモザイクとかご注文はうさぎですか? で女の子のイチャイチャ成分を補充していたけど、やっぱりこういうのがわたしは大好きなんよー」

「あの、乃木様。そろそろ入ってもよろしいですか?」

 報告時間ぴったりに部屋を訪れたのだが園子に「今忙しいからもうちょっと待って!」と鬼気迫る顔で追い出された大赦仮面が、控えめなノックと共に声をかける。

 その声に園子は壁にかけられた時間を見て、結構時間が経っているのに気づいた。

「ご、ごめんなさい。入って大丈夫だよ」

「失礼いたします。乃木様」

 いつもの老人の声と違う若い声に園子は首をひねる。誰だろう、この人は。

「えっと、いつものおじいさんは?」

「前任者は一身上の都合により退職いたしました。よって今日から私が乃木様のお世話係となります。何なりとお申し付けください」

 ちなみに前任者とは犬吠埼姉妹の仲を引き裂こうとした丹羽からしたらふてぇ野郎だった。

 いつまでも下した命令が実行されず業を煮やして大赦人事部を訪れた結果バーテックス人間となり、その後犬吠埼姉妹に支援として送られるはずだった金額を全部風の口座へ入金し、風と樹が大橋で暮らしていた家の権利書も渡したのだ。

 それだけでは胸の内の罪悪感は消えず、今度は「このようなことをした犬吠埼様たちに一生をかけて償いをする」と決意して大赦を去り、今は風と樹を陰ながら支えるために善行を積んでいる。

 もちろんそんなことを知らない園子は、前任者に厳しく当たりすぎたかと少し反省した。大赦の大人への不信感と小説の続きが読めなかったイライラからちょっと強めに当たってしまったことが何度かあったのだ。

「えーっと、前任者の人はわたしのこと、何か言ってた?」

「はい。乃木園子様は大橋跡地の合戦において神樹様にその身を捧げ、四国と我々を守ってくださった勇敢な守護神だとうかがっております」

 大赦仮面の言葉に、園子は内心で吐きそうになるのを抑えた。心にもないことを言うのに関してはあのじじいに勝る者はいないかもしれない。

「園子様。あの、これは大変私事で恐縮なのでありますが…ありがとうございました」

 突然頭を下げられ、園子は戸惑う。大赦仮面が頭を下げたり平伏したりするのは慣れていたが、それはある種の恐れや畏敬からくるものであった。

 このように感謝されお礼を言われるのは初めてだったのだ。

「私の家族は大橋に住んでいるのですが、乃木様ともう1人の勇者、鷲尾様のおかげで家族全員無事で今も過ごすことができております。最大限の感謝を伝えてもまだ感謝のしようがございません」

「え、あの、その」

「どうか私にできることがあればどのようなことでもおっしゃってください。それほど乃木様から受けた恩は大きく、一生かかっても返せるものではないのですから」

 園子はこの時初めて自分が守り、救った人々の言葉を聞いた。

 いつも大赦の大人は勇者としての自分か乃木家の娘としての自分への打算的な発言しかしてこなかった。このようにまっすぐ園子自身に対し感謝の言葉を伝える者などいなかったのである。

「そ、そんなこと。言われたことないから照れるんよ」

「は、出過ぎたことを申しました。ですが、どうしても感謝の言葉を伝えたかったのです」

 どこまでもまっすぐな相手の感謝に、園子は身体がくすぐったくなるような奇妙な感覚に襲われる。

 大赦の大人は誰もが自分たちをだまし、あるいは口車に乗せて権力を得るための道具にしようとする人間しかいないと思っていた。

 親友を巻き込み足の機能と記憶を失わせ、あるいはまだ生きていると園子が信じる親友の死を公的に発表した敵しかいないと。

 でも、こんな人もいたんだ。

 初めて見た大赦でもまだマシな大人に、園子は戸惑う。

「えーっと、それじゃあ報告だよね? 聞かせて聞かせて」

「はい。ではまずこの書類とこの書類。巫女たちによるバーテックスの襲来の予想と讃州中学に送り込む新戦力についてですが」

 頭を切り替え、園子は目の前の書類に意識を集中することにした。

 だが、胸の奥では先ほどの大赦仮面の心からの感謝の言葉がなかなか消えてくれない。

 大人は自分たちをだますためにどんな卑劣なことでもする敵という園子の認識が、少しずつ揺らぎ始めていた。

 

 




 そのっちの闇が少しずつ浄化されるんじゃ^~。
 周りには信頼できる大人がいなかったからね。大赦浄化作戦は結構いろんな方向に効いてきてます。
 え、くめゆの防人組参戦フラグが立ってる? その時はそのっちも参戦するから大丈夫!(主人公(星屑)が大丈夫とは言っていない)
 次回はみんな大好きなあの子の登場だよー。
山羊座「そう、私です」
 おまえじゃねえ、座ってろ。


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かんせーがたゆーしゃ、夏凛ちゃん

 安達の乙女ムーブがかわいくて百合の花が咲き誇るわ。
 しまむらのイケメン力がとどまるところを知らない。
 年少組と幼馴染組もいいぞ!(今更)
(+皿+)「安達としまむらはいいぞ」

 あらすじこと前回の3つ!
 壁の外で丹羽と人型バーテックスが今後の作戦会議! 人型バーテックスに防人隊との遭遇フラグが。
 三好春信、勇者との連絡係に大抜擢! 大赦OTONA化計画は順調に進行中の模様。 
 そのっち、まともな性格の大赦仮面にお礼を言われる。ちなみにこの人は寄生されてないよ。


 6月8日。長袖から半袖への移行期間も終わり、全生徒が半袖になった。

 不思議なもので長袖の時は熱いと感じていた気温も半袖になると肌寒さを感じ、女子はカーディガンやサマーセーターを。男子はジャージの上だけを羽織ったりしている。

 もっとも健康優良児の集まりである勇者部部員には縁遠いことだが、と丹羽は部室にいる4人を見る。

 友奈はいつもの定位置である東郷が座る車椅子の後ろにいて、その東郷の胸元にはいつものごとくスミが頭をうずめてお昼寝している。風は机の上で何事か書類を書いている…と思ったのだがよく見ると紙は真っ白で、端の方に落書きをしていた。

 樹は机の上にタロットカードを広げて何か占っているようだ。みんな好き勝手に昼食後の昼休憩を過ごしている。

 いつもなら依頼のチェックをしたり放課後の活動のための準備をしているのだが、今日からしばらく依頼の予定がないのだ。飛び込みの依頼でもない限り勇者部が活動することはないだろう。

 要するに暇なのである。

「あー、なんだろう。この燃え尽き症候群というか、なんというか」

「たしかに、最近は忙しかったですけど急にぱったりと依頼がなくなりましたからね」

 風の言葉に、東郷が言う。

「1番近い次の依頼って、なんだっけ? 東郷さん」

「ちょっと待ってて…次は6月12日に幼稚園での人形劇があるわ」

 友奈が尋ねると東郷がノートパソコンを開き、予定されている依頼を読み上げた。

 つまりあと4日ほどこの状態が続くということだ。

「あー、もうダメ! このままじゃ身体が腐っちゃうわ!」

 風が我慢できないといったように椅子から立ち上がる。

「依頼がない日くらいゆっくり休みましょうよ。犬吠埼先輩」

「アタシは動いてないと死ぬのよ! なんかやることない?」

 あんたはマグロかと勇者部の面々は思う。まぁ、女性に「マグロなんですか?」なんて失礼なことを丹羽は死んでも言わないが。

「こういう時こそ学生らしく勉強してみては?」

「勉強は中間終わったからもういいわー。他に…はっ、そうよ! 丹羽」

 風は急に何かを思い出したかのように声を上げると、樹の向かいの席に座っている丹羽に詰め寄った。

「アンタの身の上話とか樹のクッキー騒動とかですっかり頭から抜け落ちてたけど、バーテックスよ!」

「え、バーテックスですか⁉」

 ひょっとして自分の正体がバレたのか? と一瞬丹羽は身体を固くするが、風は肩を掴んでその身体をがくがくと揺らす。

「アンタが蠍座を倒せた理由! 攻略法を知ってたのは偶然なの? 今後の戦闘にも関わってくるから教えて頂戴」

 よかった。正体がバレたわけではなかったのか。と丹羽は胸をなでおろす。

 が、冷静に考えると安心している場合ではないと気づく。

 風は丹羽が1人で蠍座のバーテックスを倒したことで何かおかしいと感じたらしい。確かに怒りでちょっと我を忘れて戦闘ではっちゃけてしまったが、それが裏目に出るとは。

 ここで下手な答えを返すと自分に疑いが向くかもしれない。ひょっとしたら正体も。

 どうする。どうする。どうする。

 丹羽はなんとかごまかす言葉を吐こうと口を開け…突如スマホから鳴ったアラームに全員そちらに意識が向いた。

「樹海化警報⁉」

 そうか。今日は山羊座戦の日だったか。約1月ぶりのバーテックス襲来に皆慌てている。

「わー。久しぶりの戦いだ。ちゃんと変身して戦えるかな?」

「友奈さん、そういうときはスマホのここをこうすれば詳しいことが」

 樹が友奈にスマホの画面を見せて勇者システムの説明書を開いていると光に包まれ、部室から樹海へと移動した。

「みんな、変身を」

 風の言葉に勇者部の面々はスマホをタップして変身する。丹羽も白百合の花をタップして変身し、白い勇者服に赤いラインが入った両手に斧を持った姿となる。

「あれが、5体目のバーテックス」

「落ち着いて、ここで迎撃するわよ」

 4つの角がクレーンゲームのアームのようになっている姿の巨大な山羊座を見上げる友奈に、風が言葉を返す。

 東郷が狙撃位置につき、丹羽と風は樹と友奈の前に並び立ち前衛として敵からの攻撃を警戒する。

 それにしても助かった。と丹羽は人知れず胸をなでおろす。

 もしあのまま風の追及を受けていたらボロを出していたかもしれない。そう考えると山羊座には感謝だ。

 まぁ、お前もすぐやられるんだろうけどな。完成型勇者に。

 丹羽がそう思っていると、山羊座のつるっとした焦げ茶色の頭部に脇差のような小刀が刺さった。

「ちょろい! このあたしの攻撃っ、躱せるものならかわしてみなさい!」

「え、誰?」

「ほら、あの娘じゃないですか? 風先輩」

「ああ、大赦から連絡が来ていたあの」

 本編とは違い、この世界では勇者たちには大赦から新しい勇者が参戦することがメールで告げられている。

 その内容と参戦する勇者の詳しすぎるプロフィールに丹羽は最初見たとき苦笑いするしかなかったのだが。

 風と友奈が話す中、飛び出してきた赤い勇者服の少女が飛びつき、2振りの刀で山羊座を斬り刻んでいる。

「結界作成完了! これより、封印開始!」

「すごい、もう結界を」

「やるわねあの娘」

 赤い勇者服の少女の手際の良さに樹と東郷も感心していた。

 勝ったな。風呂入ってくる。

「思い知れ、アタシのちか…うわぁっ⁉」

 あとは出てきた御霊を壊すだけという段階になって、急に赤い勇者服の少女が慌てだした。

 山羊座から出てきたガスに驚き、攻撃を中止してしまったのだ。その後ガスを吸い込んだのか、せき込んでいる?

 あれ? なんか本編と違うんだけど。

 本編ではこの後煙をものともせず御霊を断ち切って颯爽と勇者部の前に現れるはずなのだが、一向にその気配がない。

 むしろ山羊座から出てくる毒ガス攻撃をモロに受け、膝をついているように見える。

 あれ~?

 丹羽が困惑していると、「助けないと!」と風と友奈が山羊座に近寄ろうとして毒ガスに行く手を阻まれていた。

 仕方ない。こんなに早く使うことになるとは思わなかったが。

「東郷先輩、俺が目印を作るからそこへ撃ち込んでください」

「目印? そんなものどこに」

 丹羽は身体の内にいる精霊を呼び出す。先日壁の外へ行ったとき人型バーテックスから託された、新しい精霊を。

「来てくれ、セッカさん」

『はいよー』

 丹羽の声にふわふわの白い髪でメガネをかけた人型の精霊が現れる。

 黄色い百合の花が咲き誇り、丹羽の身体が光に包まれた。勇者服の赤いラインは紫へと変わり、両手の斧の代わりに長い槍を握っている。

「行っけぇえええ!」

 裂ぱくの気合とともに丹羽が山羊座に向けて槍を投擲する。すると毒ガスを切り裂き山羊座のつるっとした頭部に刺さり、東郷に狙うべき場所を指し示す。

「神罰招来!」

 東郷の銃が火を噴き、山羊座を襲う。丹羽も負けじと次々と虚空から現れる長槍を投げ続け、東郷を援護する。

 やがて弱ってきたのか、御霊から出る毒ガスの量が少なくなってきた。これならもう大丈夫だろう。

「三好先輩! とどめを!」

 赤い勇者服の少女、三好夏凛に向けて丹羽が叫ぶ。すると毒ガスを吸い込みせき込んでいた少女が立ち上がり、2つの刀を使い御霊を切り裂いた。

「ぜぇ、ぜぇ、ごほごっほ。殲滅(せんめつ)、完了」

『諸行無常…』

 御霊が消滅し、山羊座の巨体が停止する。

 降りてきた少女は風と友奈の前までくると、胸をそらそうとして…盛大にせき込んだ。

「ごほ、ごっほごほ。ケホ」

「ちょ、ちょっとアンタ大丈夫?」

「大丈夫? 横になる?」

「犬吠埼先輩、これ、携帯用酸素スプレーです」

「サンキュー丹羽、アンタ本当になんでも持ってるわね」

 吸引口を口に当てゆっくり夏凛に呼吸させる。シュー、シュー、という酸素を送る音がしてから少しして、呼吸の速さがだんだんゆっくりになっていった。

「ふー、ふー」

「落ち着いた? 顔色もまだ悪いしあんまり無理しないでね」

「だい、じょうぶ。勇者システムで、回復するから」

 よろよろと刀を杖代わりにして立ち上がると、三好夏凛はさっきまで自分を介抱してくれた風に頭を下げる。

「とりあえず、まずはありがとう」

「あ、どういたしまして。この酸素スプレーは後輩のだからお礼はそっちに言ってね」

「じゃあ、改めて…そろいもそろって、ぼーっとした顔してんのね」

 え、この子何言ってるの?

 介抱してくれた相手に突然罵倒の言葉を投げかけてきた少女に、勇者部一同は目が点になる。

「こんな連中が神樹様に選ばれたげっほ、ごっほ。勇者ですって? ったく、冗談じゃ…ごっほごほ」

「あー、ほら無理するから」

 風がせきこむ夏凛の背中をさすり、酸素スプレーを口に当てる。

 シュー、シュー、という音が樹海に響き、荒くなった呼吸音が段々とゆっくりになっていく。

 なんだこれ?

 それがこの場にいる全員の気持ちだった。

 えぇ? なんか思ってたのと違う。

 本編の夏凛初登場シーンと比較し、目の前の光景がとても信じられず丹羽は1人混乱する。

 結局樹海化が解けるまで風の腕の中で三好夏凛の介抱は続いたのだった。

 

 

 

「あたしの名は三好夏凛。大赦から派遣された正真正銘、正式な勇者。つまり、あなたたちは用済み。はい、おつかれさまでしたー」

「はぁ…」

 樹海化が解け、学校の屋上に飛ばされた勇者部一行は元気になった夏凛の言葉になんとも微妙な表情で返事する。

 これが原作通り山羊座を1人で屠り見事に実力差を見せた後なら反発や怒りはあったかもしれない。

 だが先ほどまで御霊が吐き出す毒ガスを吸いこんでしまい風の腕の中で介抱されていたのを目撃していただけに、勇者部のメンバーからは精一杯強がっているようにしか見えなかったのだ。

「あの、夏凛ちゃん。大丈夫? もう少し休んだ方がいいんじゃない?」

「後遺症があっては大変よ。救急車を呼びましょう」

「それじゃあ救急車が到着するまでは保健室に」

「あ、じゃあアタシと丹羽が運ぶわ。いい、丹羽?」

「了解です。犬吠埼先輩」

「ちょっと、何勝手に決めてるのよあんたら!」

 純粋に心配している勇者部の面々に、夏凛は顔を真っ赤にして怒鳴る。これだけ元気なら大丈夫かもしれない。

「特にあんた!」

 夏凛が丹羽を指さし、ない胸を張る。

「なんですか、三好先輩」

「ふん。あたしの名前を知ってるなんて、さすがイレギュラーの勇者ってだけはあるわね」

 その言葉に勇者部の面々の頭には?マークが浮かぶ。

 知ってて当然だ。大赦から三好夏凛という新戦力が讃州中学に編入するということは、3日ほど前にメールで勇者部全員に知らされていたのだから。

「男なのに勇者に変身できるイレギュラー。さっきのアレはべつにあんたの助けなんかなくてもあたしだけで十分倒せたんだから」

「ア、ハイ」

 夏凛の言葉に丹羽は生返事をする。原作と違う展開に、まだ頭が付いてきていないようだ。

「それと東郷だっけ? いい腕だわ。多分この中であんたが1番…ってあんた、あたしと以前どこかで会ったことない?」

「ごめんなさい、夏凛ちゃん。私には友奈ちゃんという心に決めた人が」

「ナンパじゃないわよ!」

 なんなんだこいつらは。馬鹿にしているのか?

 というか、なんでこの娘たちあたしの名前知ってるの? と夏凛が不審に思っていると、

「いやぁ、元気そうで安心したわ。アンタが大赦から来た新しい勇者ね。歓迎するわ」

「お、おう?」

 風に握手され、夏凛は戸惑う。

 おかしい。こんなはずでは。

 てっきりお役御免という言葉に反発してきてひと悶着あり、夏凛が実力で他の勇者たちを圧倒して自分がリーダーとして導いていく予定が。

 なぜこんなにフレンドリーなのかわからない。

「どんな人が来るのか心配だったけど、夏凛ちゃんなら安心だね」

 と友奈。ちょっと待て。さっきもそうだったがなんでこの娘は自分の名前を知っているのだろうと夏凛は困惑する。

「近接型が4人となると風先輩と丹羽くんがペアだから友奈ちゃんと…。ダメよ。やはりなんとかしないと」

 東郷は夏凛が仲間になることで友奈に接近する存在が増えたことに危機感を抱いているようだ。

「夏凛さん、困ったことがあったら頼ってくださいね」

 樹にいたっては完全に新しくできた後輩として先輩風を吹かせている。夏凛は年上の2年生なのだが、わかっているのだろうか?

「な、なによ。なんであんたらそんなに」

 てっきり厄介者として邪険に扱われることも覚悟していた夏凛は、謎の歓待ぶりに混乱する。

「え、だって夏凛ちゃんって思ってることと正反対のことを言っちゃうツンデレさんなんだよね?」

「は?」

 友奈の言葉に夏凛は固まった。

「つい言っちゃった心にもないことをいつまでも気にして、嫌われているのか不安になって『大丈夫だよ嫌ってないよ』って言われるまでずっと黙ってついてくるような子なんでしょ」

「な、ななな⁉」

 なぜそれを⁉ というか小さいころの消したい恥ずかしいエピソードをあんたが知ってるのよぉ!?

 思わず叫びだしそうになったが、動揺から言葉が出せない。すると友奈はスマホを見ながら語りだす。

「夏凛ちゃんは今度私と東郷さんと同じクラスに転入することになるんだって。プライドが高く、性格に多少難がありますがどうぞよろしくお願いいたしますってお兄さんが」

「ちょっと貸しなさい」

 友奈のスマホを奪い、夏凛はその画面を見る。

 そこには三好夏凛の詳細なプロフィールや写真(稽古後汗をタオルで吹いている場面の隠し撮り)、一見クールにふるまっているが根はいい子でこんなエピソードがありますといったことが延々と描かれていた。

 その中には家族しか知らないはずの小さい頃のエピソードや、夏凛が自分にとってどれほど大切な存在か熱弁しているものもある。

 ちょっと待って、これひょっとして…。

 嫌な予感がしながらも夏凛は指を動かし画面を下にスクロールしていく。

 最後のページにはぎこちない笑顔ながらも精一杯おしゃれした今より小さい夏凛と兄が写った写真があり『大切な妹と。春信』という文章でしめくくられていた。

 それを見て夏凛はすべて悟った。

 勇者部の人間が自分の名前を知っていた理由。そして妙に好意的だったわけ。

 それは他ならぬ兄によって自分の個人情報が筒抜けだったせいだと。

「お」

「お?」

「おにいちゃんの、馬鹿ぁああああああああああああ!!」

 叫びながら夏凛は走って屋上の扉から出て行く。

 が、すぐ戻ってきて持ったままのスマホを友奈に返し、また「うわああああああああああああん」と泣きながら屋上から出て行った。

「えぇ…」

 後に残された勇者部5人はこれから仲間になる完成型勇者のインパクト抜群の奇行に呆然とするしかなかった。

 

 




 来た! にぼっしー来た! これで勝つる!
 あれ、でもなんかこの娘、原作よりポンコツじゃない?
 これも全部、三好春信ってシスコンのせいなんだ。
 なんだって、それは本当かい?
 2次創作だとシスコンで描かれてる春信お兄さんだけど、ゆゆゆいで妹の成長数値に興奮している時点で言い逃れできないと思いました。まる。

精霊「セッカ」
モデル:桂蔵坊+秋原雪花
色:白(バーテックス専用)
レアリティ:SSR
アビリティ:「カムイコタンの勇者」
効果:クリティカルアップ20%。クリティカル発生時必殺技ゲージ0、2上昇。敵撃破時クリティカル率0、1ずつ上昇。
花:「黄百合」(花言葉は偽りと不安)

 髪が白い以外はまんまゆゆゆいオリジナルキャラの北海道を守る西暦勇者の秋原雪花のSD姿の人型精霊。
『髪のふわっふわ具合の再現には苦労しました』と人型バーテックス談。メガネももちろんバーテックス製。
 スミとナツメの近距離特化型と違い、初の遠距離攻撃もできる戦闘スタイル。ゆゆゆいと同じくいるだけで頼りになる存在。
 変身した丹羽と一体化すると白い勇者服に紫のラインが入り、クリティカルの鬼となる。
 武器は長槍。突いてよし、投げてよし、薙いでよしの近、中、遠距離オールレンジ武器。
 もうワザリングハイツ伊予島とこいつだけでいいんじゃないかな…と数々のゆゆゆいプレイヤーに思わせたほどの使い勝手の良さを誇る。
 必殺技は虚空から無数の槍を射出し針山のようにしてしまう攻撃。ゲートオブバ〇ロンっぽいのを思い浮かべてもらうとわかりやすい。
 実は紫の勇者服から本来変身するときに出る花はクロユリになる予定だったが、花言葉が「復讐」だったのでシャレにならないから断念した。


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「いい、今日からあたしが勇者部のニューリーダーよ!」「まったくこのにぼっしーめが」

 あらすじ
夏凛「完成型勇者参上! あたしの攻撃にひれ伏せバーテックス!」
丹羽「勝ったな。風呂入ってくる」
山羊座「毒ガスブシャー!」
風「え、あの娘まともに吸い込んだわよ」
友奈「助けなきゃ!」
東郷「神罰招来っ!」
樹「大丈夫ですか?」
夏凛「べ、べつにあんたたちの助けなんかなくても勝てたんだから!」
勇者部一同(ツンデレだ…)
丹羽「おかしい。原作と違う」


 三好夏凛は完成型勇者である。

 小学6年生の夏、勇者候補生として再び大赦に召集された数多くの勇者候補の中からたった1人の勇者の座を勝ち取った存在。

 他の勇者候補との交流で磨き上げられた、先代勇者にも負けない完璧な存在。

 ゆえに、完成型勇者なのである。

 勇者として選ばれてからは大赦の訓練施設で毎日来るべき日に向けて訓練していた。

 座学はもちろん勇者システムへの理解も深め、1人で封印の儀や結界を使えるほどの実力を得ることができた。

 すべては自分とともに切磋琢磨して選ばれなかった彼女たちのために。

 あの三好夏凛と競った存在なのだと誇れるように。

 決して手は抜かず、自分に厳しく己という刀を磨き上げてきた。

 そんなある日、いつものように大赦の訓練施設での訓練を終え、中休みしていた時のことだ。

「防人隊?」

「そう、ゴールドタワーにいる勇者になれなかった捨て石たちのことだよ」

 大赦の仮面をかぶった大人たちの声が、偶然聞こえてきた。

「園子様の肝入りで、壁の外へ調査に行っているんだと」

「おいおい、勇者にもなれなかった捨て石の集まりだろ? しかも勇者システムのような能力を向上させるものもない。巫女がいるとはいえそんなものすぐ全滅するんじゃ」

 さっきからなんなんだろう、この大人たちは捨て石捨て石と。

 自分と一緒に訓練した勇者候補生たちがゴールドタワーに集められているという情報は夏凛も知っていた。だからこそ、その少女たちを捨て石という蔑称で呼ぶこの大人たちの言葉は許せなかった。

 一言文句言ってやる。

 決意し、怒鳴り込もうとした夏凛は次に聞こえてきた言葉に足を止めた。

「いやぁ、それがなかなかどうして。隊長の指揮がいいのか脱落者0。1人も星屑のエサになることなく全員帰還しているらしい」

「ほう、すごいじゃないか」

 そうよ、すごいのよ。

 大赦仮面の言葉に夏凛は自分が褒められたように嬉しくなる。

 そういえば隊長は夏凛と最後まで勇者の座を競った楠芽吹がなったと聞いた。堅物で融通が利かない人間だと思っていたが、環境と隊長という立場が人を変えたのだろうか。

 その後も防人の話を夏凛は大赦のいたるところで聞いた。彼女たちの働きを聞くたび、自分のことのように嬉しくなる。

 あの言葉を聞くまでは。

「そこまで優秀な存在ならば、三好夏凛に代わり勇者とすべきでは?」

 それは防人隊が何度目の壁の外の世界へ遠征に行って帰って来た時のことだっただろう。

 星屑の群れを倒し、今度は御霊なしとはいえ巨大バーテックスをも倒したという報告に夏凛は戦慄した。

 自分ですらまだ戦闘訓練中なのに、彼女たちはもう実戦を知っている。

 しかも星屑だけではなく、脅威と言われている巨大バーテックスの戦闘まで。

 正直悔しいと思った。まだ巻き藁に向かって2振りの刀を振るっている自分が歯がゆかった。

 そこに、あの発言だ。

「星屑や巨大バーテックスとの戦闘経験もある。扱いにくい三好の娘などよりよっぽど使えるだろう」

「そうだな。讃州中学に集められたのは適性が高くとも戦闘に関しては素人同然。彼女の指揮の元なら安心して戦えるだろう」

「それに、三好は」

「ああ、しょせん兄の贔屓(・・・・)で選ばれただけの娘だろう?」

 その言葉に夏凛は目の前が真っ暗になった。

 もちろん根も葉もないうわさである。若くして大赦の要職についている優秀な春信をねたんで妹の夏凛が勇者に選ばれたのは春信の意思が働いたからだという証拠も何もない空言だ。

 だが夏凛を傷つけるのには十分だった。

 自分のできないことを何でもできる家族が自慢する兄。

 いつからだろう。そんな兄と一緒にいることを息苦しいと思い始めたのは。

 勇者候補として選ばれ、ようやく自分にしかできないことができると思った。どこか優秀な兄を見返してやろうという思いもあったのかもしれない。

 だから、つらい訓練も耐えることができた。同じ目標の仲間たちと切磋琢磨するのも苦しくなかった。

 なのに、それすらも…。自分は兄の手のひらの上で踊っていたに過ぎなかったのか?

 それから夏凛の訓練は苛烈を極めた。訓練教官がオーバーワークだと止めようとしたほどの訓練も、こなして見せた。

 認めさせなければ。自分の価値を。

 ただ1人で御霊持ちの巨大バーテックスを倒してしまえば、誰もが認めるはずだ。

 三好夏凛は集められた勇者候補の中で誰よりも強く、兄の贔屓などではなく勇者という地位を実力で勝ち取った存在。完成された勇者なのだと。

 だが、初出撃の山羊座戦でその目的は達せられることなく終わり、三好夏凛は讃州中学に編入することになった。

 

 

 

「結城友奈、東郷美森、そして三好夏凛ちゃん入りまーす」

 山羊座襲撃の翌日の昼休憩。勇者部部室の扉の前で友奈は告げ、部室へ3人連れ立って入る。

 部室の中にはすでに部長の風と1年生の樹と丹羽がいた。友奈はいつもの場所に東郷の車椅子を押して机の前で止めると、まだ入り口にいる夏凛を引っ張ってくる。

「ほら、夏凛ちゃんも早くこっちへ」

「べ、別にいいわよ。というか、なんであんたそんなにグイグイくるの?!」

 同じクラスに編入してからずっとこんな感じで話しかけてくる友奈に、夏凛は戸惑っていた。

 さすが全肯定コミュ力モンスター。彼女の前ではパーソナルスペースという概念は意味をなさないらしい。

 一方で友奈が夏凛に構いっぱなしなので東郷が少しご機嫌ななめだ。それを察してか丹羽の中からスミが出てこない。

「よく来てくれたわね。勇者部部長の犬吠埼風よ。よろしく」

「ふん、別にあたしはよろしくしたくないわ。ただあたしの足手まといにならなければそれでいいから」

 風の言葉にツン要素満載で夏凛は返事する。

「丹羽くん、あれどういう意味なの? 通訳して」

「あれは『これからバーテックスとの戦いは私が精いっぱい頑張るから今まで戦っていたみんなは休んでて』って意味かな?」

「そこ! 勝手に人の発言を捏造するな!」

 ツンデレ語の解説を依頼する樹に、丹羽がわかりやすく解説する。それに夏凛がツッコミを入れた。

 さすが完成型ツッコミ勇者。お見事です。

「夏凛ちゃんはすごいんですよ。編入試験で満点とって。すごく頭がいいんです」

 そして隙あらば褒める攻略王。さりげないボディータッチとの合わせ技で、もうゆうにぼというカップリングが成立しつつある。

「へぇ、やるじゃない。うちの編入試験って結構レベル高いらしいのに」

「べつに。あれくらい完成型勇者なら当然よ」

 と言いつつ顔が赤くなっている。褒められるとすぐ照れるその態度。うん、チョロい。

「その完成型勇者っていうのは何なの?」

「ふん、あたしはあんたら第1世代の勇者たちとは違うのよ」

 友奈の疑問に夏凛は答える。

「いままでの戦闘データからよりバーテックスとの戦いに特化した存在。そして特別な精霊と選りすぐりの勇者候補たちから選ばれた最強の勇者! まさにあたしこそ完成型勇者なのよ!」

 ドーンと背景に文字が浮かびそうなドヤ顔で夏凛が言う。それに先日の戦闘を思い出し、勇者部メンバーたちは「お、おう」と微妙な顔をする。

「出てきなさい、義輝」

『諸行無常』

 夏凛の言葉に、中空に烏帽子に甲冑を着た精霊が現れる。

「これが完成型勇者の完璧な精霊。あんたらの精霊と違って人型で言葉もしゃべる特別な…」

『おー、こいつが夏凛の精霊かー。私セッカ、よろしく』

『ナツメだ。好きなものは海と風の作る味噌汁だ。よろしく』

 突如現れた人型で言葉をしゃべる精霊2体の登場に、夏凛は目を点にして言葉を止めざるを得なかった。

 え、なにこの精霊? あたしこんなの聞いてないんだけど。

「あ、丹羽くんの精霊は人型で言葉をしゃべれるんだよ。夏凛ちゃんと一緒だね」

 と友奈。いや、言葉をしゃべれるどころではない。

 義輝は言葉をしゃべれるが、意思疎通のできるだけで会話になるレベルではない。

 だが目の前の2体はどうだ。ちゃんと会話として言葉が成立している。

 少なくともレベルでいえば義輝の何世代も後の完成された精霊だと思う。

 あまりの出来事にしばし呆然としていた夏凛だが、丹羽の精霊という友奈の言葉に丹羽をにらみつける。

「さ、さすがイレギュラーの精霊ね。人の言葉をしゃべるなんて規格外の存在、大赦の歴史でもあたしの精霊の次ぐらいに珍しいんじゃないかしら」

 明らかな負け惜しみだった。若干涙目になっているように見える。

「でも、あたしの義輝のほうがすごいんだからね! 八艘飛びだってできるし物理吸収もできるし!」

 それはヨシテルじゃなくてヨシツネじゃないだろうか。しかもゲームちがうし。

 なんとか丹羽の精霊より自分の精霊が優れていると証明しようと夏凛は義輝を指さそうとして…牛鬼に食われている姿に驚く。

「ギャー! なにしてるのよ!?」

『外道め!』

「外道じゃないよ。牛鬼だよ」

 なんとか牛鬼と義輝を引き離そうとする夏凛に友奈が言う。

「くっ、精霊が精霊なら宿主も宿主ね。本当、緊張感がない!」

「緊張感って?」

 何とか義経を回収した夏凛は勇者部一同を見渡して言う。

「あんたらも知ってるでしょ。バーテックスの出現の周期が不規則になっていること」

 その言葉に勇者部一同の顔も真剣になる。

「大赦としても、問題視してる。巫女の予知を超えたバーテックスの出現。本来1体ずつ規則的に襲ってくるやつらが徒党を組んで襲ってきたこと。何が起こるかわからないんだから」

「そうね。今回は1匹だったけど、前回の3匹同時出現にはこっちも驚いたわ」

 と風。友奈、東郷、樹もその時のことを思い出して表情を硬くしていた。

「だからこそ、あたしがここに派遣されたのよ!」

 夏凛はない胸を張って高らかに宣言する。

「これからのバーテックス討伐はあたしの監督下で励むのよ。いいわね!」

 その言葉に勇者部メンバーの頭には?マークが浮かぶ。

 え、監督? 誰が?

「ふふん、あたしが来たからにはもう安心よ。大船に乗ったつもりで任せなさい」

「いや、昨日の戦いぶりを見るにむっちゃ不安なんだけど」

 得意げな夏凛に、風が冷静にツッコむ。

 本編通りなら夏凛が山羊座を1人で倒していたのでこの台詞はそのまま受け止められたのだろう。だが、前日の山羊座討伐戦はお世辞にも夏凛1人の手柄とはいいがたかった。

 むしろ東郷や丹羽のサポートなしでは御霊の封印どころか無事でいたかも怪しい。

「き、昨日不覚をとったのはあたしとしても想定外だったわ。でもあたしは大赦から派遣された選ばれた勇者。適正だけで選ばれたあんたらトーシローとは違うのよ!」

 夏凛の言葉に「うんうんそうだねー」とうなずいているのは友奈だけだ。他のメンバーはどこか白い目で見ている。

「とにかく夏凛ちゃん、ようこそ勇者部へ!」

 友奈がギュッと夏凛の手を恋人握りして笑顔で言う。それによりまた東郷の機嫌が悪くなったのだが、気にした様子はない。

「勇者部って、あたしは慣れあうつもりはないわ。部員になるなんて言ってないし、あたしはあんたたちを監視するために」

「だったら同じ部に入って一緒にいたほうがいいよね?」

 とコミュ力お化けの友奈がグイグイ入部を促す。気をつけろにぼっしー。君はもう攻略対象としてロックオンされているぞ!

「言われてみればそうですよね」

「友奈ちゃんがそれでいいなら」

 友奈の言葉に樹と東郷も同意する。丹羽ももちろん異存はない。

「む…、まあそのほうが監視もしやすいし、しょうがないから入部してあげるわよ」

 と夏凛。顔が若干赤くなっている。やはりチョロい。

「監視と言えば、三好先輩の勇者アプリは」

「ええ。あたしの勇者システムは最新式。今までの戦闘データとバーテックスのデータからアップデートされた…」

「時に夏凛ちゃん。あなたトイレに行くときはスマホを持っていく派?」

 丹羽の言葉に得意げに自分の勇者システムの説明をしようとしていた夏凛は、東郷の言葉に固まった。

「は? 何をいきなり」

「お風呂にも持っていくの? 寝るときは目覚まし代わりに枕元に置くのかしら」

 ニコニコしながら質問してくる東郷に若干引きつつも、夏凛は肯定する。

「それが何だって言うのよ」

「あの、夏凛さん。言いにくいんですけど」

 樹が夏凛の耳元に顔を寄せ、こしょこしょと内緒話をするように言う。

「はぁ? 盗撮と盗聴アプリが勇者システムに組み込まれている⁉」

「そう。つまりあなたの恥ずかしい音や姿や寝言も全部大赦に筒抜けだったというわけよ」

 東郷の言葉に夏凛は顔を真っ赤にする。思わずスマホを床にたたきつけようとして、理性がそれを止める。

「あ、あんたらなんでそんなこと知って」

「あ、気づいたのは丹羽ね。で、対策したのは東郷。夏凛のも東郷にお願いすれば盗聴、盗撮機能は消して今まで通り変身できるわよ」

 風の言葉に東郷を見る。確かに盗撮、盗聴は嫌だが大赦の機密ともいえる最新式の勇者システムを渡すのは…。

「……おねがいします」

 夏凛は悩んだ末、頭を下げて東郷にスマホを渡す。勇者としての責務より乙女心が勝利した瞬間だった。

 

 

 

 こうして三好夏凛がめでたく勇者部に入部する運びとなり、そのまま昼食となった。

「そういえば今日はスミちゃん出てこないわね」

「東郷先輩が機嫌悪いから怯えているんですよ。そういうのに敏感なんですあいつ」

 いつも部室に入ると丹羽の中から自分の胸に飛び込んでくる人型の精霊がいないことを不思議がる東郷に、丹羽が言う。

「不機嫌って、なんで?」

「さぁ。なんででしょうねー」

 ちゃっかり夏凛の隣をキープして食事を始めている友奈に、「お前のせいじゃい!」と言うわけにはいかず丹羽は曖昧にごまかす。

「ちょっと待って。そこのイレギュラーにはそこにいる2体の精霊以外にもまだいるの?」

「うん、丹羽くんの精霊はスミちゃんとナツメさんと昨日増えたセッカちゃん。あ、東郷さんにも3体精霊がいるよ」

 友奈の言葉に東郷の周囲に青坊主、刑部狸、不知火が現れる。夏凛はその光景に唖然としていた。

 え、精霊が3体? なにそれあたし聞いてない。

 大赦から事前に教えられていた情報との食い違いに混乱していると、弁当を広げた勇者部の面々が夏凛の昼食に注目する。

「夏凛ちゃんのお昼、変わってるね?」

「いや、友奈さん。変わっているってレベルじゃないですよ」

 友奈と樹の言葉に風と東郷もそちらを見る。

 そこには複数のサプリの瓶と煮干しが入った袋を開けた夏凛がいた。

「え、普通でしょ」

「普通じゃねー! なによその不健康な食事は⁉」

 丹羽のカップ麺の食生活にも怒りを抱いた風である。怒るのは当然だった。

「なによ不健康って。栄養バランスはばっちりなのよ」

「栄養とかそういうレベルの話じゃなーい。ちゃんとしたご飯を食べなさいご飯を!」

「はぁ? 煮干しは完全栄養食なんですー。カルシウムも豊富で、身長も伸びるのよ!」

 水銀の含有量も豊富ですけどね。と丹羽は心の中でだけ思うことにしておく。

「成長期なんだからしっかり食べなさーい! アタシのご飯分けてあげるから」

「あ、じゃあ私も」

「友奈ちゃんがするなら私も」

「あ、じゃあわたしからはこのおかずを」

「俺もおかずをどうぞ」

 風の白飯を皮切りに友奈の肉団子、東郷のだし巻き卵、樹の野菜炒め、丹羽のコロッケと夏凛の前に置かれた弁当の蓋の上に置かれていく。

「ちょ、やめなさいよ。あたしは遠足でお弁当を忘れた子か⁉」

「まぁまぁ、遠慮しないで。東郷さんのだし巻き卵は絶品だよ」

「そんなことは聞いて…ん、ちょっと待って」

 夏凛は自分に差し出された弁当を見比べて、3つの弁当が全く同じ内容なのにきづく。

「これ…あんたたち同じ弁当なのね。偶然?」

「いえ、これはお姉ちゃんが丹羽君のために作ってくれてるんですよ。毎朝早起きして」

 樹の言葉に夏凛はにやりと笑う。なんだか嫌な予感が。

「ふーん、朝早く起きて弁当をねー。ふーん」

「な、なによ」

「あんたら、付き合ってるの?」

 唐突に爆弾が放り投げられた。

「えっ、え? ええぇ⁉」

「なによ、隠すことないじゃない」

「風先輩、そうなんですか⁉」

「あらあら、これはおめでたいわね。おめでとうございます風先輩」

 顔を真っ赤にする風に煽る夏凛。驚く友奈にお祝いの言葉を言う東郷。

 というか東郷さんは絶対違うことをわかっていて言っていると思う。

「色ボケするのもいいけど、お役目に影響が出ない程度に頼むわよ」

「そうだったんだー。へー、丹羽君と風先輩が」

「すっごくお似合いだと思います。お2人とも」

『違う。風は主と付き合っていない』

 ヒートアップする勇者部2年生組に待ったをかけたのは丹羽の精霊のナツメだった。

『風を(めと)るのは私。これは譲れない』

「ええっ!?」

 突然の精霊からの告白に、勇者部全員が驚愕する。

『風、毎日私のために味噌汁を作ってくれ』

「え、あの。その。…はい」

「お姉ちゃん⁉」

 ああ、やっぱり風先輩は押しに弱いなぁ。それにしても棗風てぇてぇ。

「丹羽君、顔」

「ああ、すみません」

 尊さから緩んでいた顔を元に戻す。夏凛は「なんなのこれ…」といまいち今の状況が飲み込めていないようだ。

「三好先輩。俺と犬吠埼先輩は付き合ってません。ただ犬吠埼先輩が俺の食事事情を心配してご飯を作ってくれてるんです」

「へ?」

「寮暮らしだったけど今部屋が改修工事中で。しばらくの間犬吠埼先輩と犬吠埼さんの隣の部屋に住むことになったんですけど、俺の食生活を心配してくれた先輩がご飯を作ってくれてるんですよ」

「そ、そうよ。だから付き合うとか付き合ってないとかそういうのはないのよ! 部長として、ただ部員の体調を心配しているだけだから!」

 ナツメの告白に雰囲気に流されかけていた風はどうにか正気に戻ると丹羽の説明を補足する。

「え、でも風先輩丹羽君とデートしたじゃないですか」

 と友奈。いや、だからどうしてこの状況で爆弾を放り込むんですか貴女は。

「違っ、たしかにしたけどあれは…そりゃ、丹羽は悪い奴じゃないけど好きとかそういうのじゃ」

 なんだか風が顔を赤くしてモジモジしだした。

「ふーん」

「なんですか三好先輩。言っておきますけど本当にご飯を作ってもらってるのは先輩の好意で俺はそれに甘えているだけ。先輩の名誉のために言いますけど付き合ってませんからね」

 丹羽としては百合の間に挟まるなんてことはどうあっても回避したいので夏凛に説明する。

「そうねー。まあ、あたしにはどうでもいいことだけど」

 夏凛は弁当の蓋の上に置かれたおかずとご飯を食べだした。時々「あ、美味しい」と思わず声を上げている。

「よかったよー。みんな仲良くなって」

「この状況を見てそう言えるのは結城先輩だけだと思いますよ」

 どこか気まずい雰囲気の風とそれをほほえましく見る樹と友奈。東郷と夏凛は我関せずといった様子で昼食を食べていた。

『主よ』

「どうしましたナツメさん」

 変なことになったなと丹羽が考えていると、精霊のナツメが目の前まで飛んで来た。

『私は海で魚や貝を獲れる』

「はい、知ってます」

 よく勝手に海に行ってきては採ってきた魚や貝類がたまに犬吠埼家の食卓に並んでいるので、風も樹もそのことは知っている。

『主と違って風の作るご飯を毎日うまいと言っている』

「俺もうまいと思って感謝してますけど」

『違う。主は感謝するだけでうまいとは一言も言っていない。風はそれをとても気にしている』

「ちょ、ナツメ⁉」

 突如暴露された自身の悩みに風が思わず弁当を食べる手を止めて立ち上がる。

「あー。それはすみませんでした。これからはちゃんとうまいって言います」

「あ、うん。ありがと」

『それに主は知らないだろうが、風の胸は柔らかくて寝心地がいい』

「ナツメー!?」

 またもとんでもないことを暴露されたことに座りかけていた風がまた立ち上がる。

『頭をのせると、とても安心できるんだ。どうだ。すごいだろう。主はまだ触ったことはないだろう?』

「ちょ、ちょっと待って。なんでみんなのいる前でそんな」

『? 風がどれだけいい女かみんなに知ってほしかったからだ。その上で私は主へ風を娶ると宣言する』

 棗風キマシタワー。

 天然イケメンの棗と風のカップリング。ゆゆゆい時空でしかお目にかかれないと思っていたけど、まさかこんな形で見ることができるとは。

「えーっと、東郷さん、これってどういう」

「しっ、友奈ちゃん。今いいところだから」

「あわわ、精霊と人間。種族と主従を超えた三角関係の恋愛模様…すごい」

「なにやってんのよあんたら。ばっかみたい」

 他の勇者部の面々も1人を除いてかたずをのんで見守っている。

『風。私はお前をずっと大事にする。主よりも幸せにしたい』

「え、えーっと、ナツメ? アタシたち女同士だし、それにほら、ナツメは精霊でアタシは人間」

「大丈夫です。犬吠埼先輩。恋の前では種族や性別なんて関係ありません。むしろもっとやって」

 戸惑っている風に丹羽は親指を立ててナツメを応援する。

「アンタはどの立場からものを言ってるのよ!?」

『風、嫌か? やはり私よりも主のほうが好きなのか?』

「そういうわけじゃないけど…あーもう、どうすれば」

『まぁまぁナツメさん。落ち着いて』

 そこへ昨日生まれたばかりの眼鏡をかけた人型精霊のセッカがやってきた。

『風さんもそんなに追い詰められたら返事しようとしてもできないですよ。女の子には考える時間も必要なんだにゃあ』

『セッカ。でも私は』

『気持ちは伝えたんですから、後は待ちましょう。それともナツメさんの想いは相手を困らせたうえでも訊きたいものなんですか?』

 セッカの言葉にナツメは首を振る。

『違う。…すまない風。私は急ぎすぎていた』

『そうそう。乙女には考える時間も必要なんですよー』

「えっと、ありがとう。セッカだったっけ?」

 助け舟を出してくれた丹羽の精霊に、風が礼を言う。

『そうそう。私は北海道の勇者、セッカちゃんです。お礼はラーメンでいいですよー。みなさんも以後お見知りおきを。…じゃあナツメさん、帰りましょうか』

『風。返事はいつかしてくれると信じている。主を選んでも私がお前を好きな気持ちは』

『ナツメさん、そういうのは重いから言わぬが花。はいはい、帰りましょ』

 言葉とともに2体の精霊は丹羽の内へ吸収される。重いという言葉にナツメはショックを受けた様子だった。

「ごちそうさま。茶番は終わったかしら」

 分けてもらった弁当を食べ終え、夏凛が言う。

 関係ないって顔してますけど、あなたもそのうち風先輩とのカップリングに巻き込まれるんですよ。

 今はゆうにぼに巻き込まれかけてますけど。と丹羽はサプリの瓶に興味津々の友奈に説明している夏凛を見る。

「それにしても、やっぱりあんたらはたるんでるわね」

 昼食を全員が食べ終え、一息ついているとまた夏凛が言う。

「これはあたしが直々にシゴいてやらないとダメね。さっそくトレーニングのメニューを組んであげるわ」

 あれ? たしか原作では夏凛が満開について話す流れだったはずだが。

 なぜか本編とはあらぬ方向に話題が転換している夏凛の話に、丹羽は首をかしげる。

 まあ、満開については後遺症も含め春信に説明してもらうつもりだったので問題はないが。

「えー、朝練とかする気?」

「あ、はいはーい。私賛成! いいじゃないですか風先輩。風先輩も身体動かしたいって言ってたし」

 難色を示す風に友奈が手を挙げて賛成する。

「友奈ちゃん、朝起きられないでしょ?」

「あはは、そうだったー」

 だが東郷からツッコミを受けて参ったなーというように笑っている。

 誰も気づいていないようだが、今の発言は東郷がいつも友奈を起こしに行っているということだ。

 しかももっというなら友奈が起きるまで傍らにいてずっと寝顔を見守っているという…。

 想像してヒェッと丹羽は内心で悲鳴を上げる。重い! 愛が重い!

「だったら今日の放課後からでも始めて行くわよ。言っておくけど、あたしの指導は厳しいわ!」

「あ、ごめん。今日は無理。なぜなら今日の放課後は夏凛の歓迎会の予定だから」

「はあ⁉」

 意気揚々と訓練開始を宣言しようとしていた夏凛は風の言葉に驚く。

 というのも4日前に春信から新戦力の勇者が讃州中学に編入するという知らせを受けてから、勇者部では密かにこの日に向けて歓迎会の準備をしていたのだ。

「というわけで今日の放課後の予定は開けておくように。かめ屋でうどん食べてからうちで丹羽が撮った運動会の応援合戦の映像を見たり、東郷の絶品ぼたもち食べて勇者部がどういう部活か教えてあげるから」

「ちょっと、あたしそんなのに行くなんて一言も」

「部員なら強制参加! 勇者部に入部したなら部長であるアタシの言うことは聞いてもらうわよ。いいからしっかり歓迎されなさい」

「お姉ちゃん⁉ あれを夏凛さんに見せる気⁉」

「東郷さんのぼたもちは絶品なんだよー。ほっぺた落ちちゃうよー」

「もう、友奈ちゃん。そんなこと言ってもぼたもちしか出ないわよ」

 平和ボケしているとしか思えない勇者部一行の発言に、夏凛は軽くめまいを覚える。

 こいつら、わかっているんだろうか。自分が命を落とすかもしれない戦いに巻き込まれているということに。

「大丈夫、わかっていますよ」

 声に顔を上げると、そこには件のイレギュラーがいた。

「わかったうえで、みんな三好先輩を歓迎しているんです。これから一緒に戦う仲間だから早く打ち解けたい。仲間になりたいって思っているんだと思います」

 その言葉に夏凛は他の勇者部の面々を見る。

 みんな顔が生き生きしていた。悲壮感がまるでない。

 巨大バーテックス5体と対峙したのだ。もうこんなお役目やめたいと半狂乱になっている人間が1人か2人はいると思っていたのに、まるでそんな戦いがあったことすら感じさせないほど明るく仲の良いグループだった。

 自分1人で強さを証明しようと奮闘し、山羊座戦で勝手に自滅した夏凛とは大違いだ。

「夏凛ちゃん、私完成型勇者の話、もっと聞きたいなー」

 気が付けば自分の手を握ってきている友奈の手を見ていた。

 そういえば山羊座の御霊から出た毒ガスを吸い意識がもうろうとしていた時、「助けないと」という彼女の声を聴いた気がする。

 馬鹿かあたしは。

 こんな少女たちに自分が何を教えるというのだ。なにを鍛えるというのだ。

 彼女たちのほうが、よっぽど強いのに。

「っ、しょうがないわねー。あたしが勇者の何たるかを教えてやるわよ」

 だがそんなネガティブな感情を飲み込んで、三好夏凛は胸を張る。

 まだ挽回のチャンスはある。誰よりも完璧な、一緒にいて頼もしいと思える勇者になるためのチャンスが。

 だから今は自分が思い描く完成型勇者として振る舞おう。そして次の戦いでは言葉の通り完成型勇者として完璧にバーテックスを倒してやる。

 一緒に訓練したみんなが誇れるように。

 そしてミスをした情けない自分を仲間として歓迎してくれている、この勇者部のみんなに認められ、頼りになる存在として見られるように。

 




 まだ堕ちてない。(強がり)
 ぐっと距離は縮まりましたが、完成型勇者のプライドのおかげでまだゆうにぼには至っていません。
 まあ、時間の問題ですが。
 知らなかったのか?  攻略王(コミュ力お化け)からは逃げられない。


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はぐれ勇者、1人と1体

 あらすじ
夏凛「あたしの精霊は、最強なのよ!」
義輝『諸行無常…』
ナツメ『そうか、すごいな』(人型で海で魚獲ってくる)
セッカ『そうなんだ秋原』(喋れる)
牛鬼「」もぐもぐ(正体が■■で精霊を食うヤベー奴)
青坊主「」(ハンドサインで不法侵入に協力するヤベー奴)
犬神「」(満開バリアで宿主を天の神の呪いから守る有能)
コダマ「」(周囲を強制的にリラックスさせる効果のある空気を出せるヤベー奴)
烏天狗「」(いろいろと有能な行動が読めないヤベー奴)
夏凛「最、強?」
風「いやいや、アンタが疑問に思ってどうするのよ」


 6月10日の金曜日である。

 席替えで俗に主人公席とよばれる窓際の1番後の席を獲得した丹羽は、運動場で行われている2年生の体育を眺めていた。

 運動場では徒競走をしているようで、男女別れて4人ずつ同じ位置からスタートし、タイムを測定している。

 その中で特に目立つ2人の女子生徒がいた。言うまでもなく友奈と夏凛だ。

 2人ともぶっちぎりで他の3人を追い抜き、トップでゴールしていた。

 友奈は体力測定でその実力を示していたから生徒は驚いていないが、転校生の夏凛は違う。複数の同性の生徒に囲まれてまんざらでもない顔をしている。

 おそらく「そんなに早いならぜひうちの陸上部に」「ごめんなさい、もう勇者部に入部してるから」とかいう会話が繰り広げられているのだろう。

 それに後ろから夏凛に抱き着いた友奈が「そうだよー。夏凛ちゃんはもううちの子なんだから」と言い、顔を赤くした夏凛が「ちょ、ちょっと! 誰があんたのものになったって⁉」と焦っている。

 うんうん。聞こえなくても大体わかる。さすがコミュ力おばけ。攻略に余念がない。

 転校2日目でもうゆうにぼが始まってる。あら^~視力上がるわー。

「丹羽、丹羽明吾くん。ちょっといいかね?」

 自分を呼ぶ古文教師に丹羽は観察を一時停止し、黒板のほうを見る。なぜかお怒りの様子だ。

「はい、『いとおかし』は現代語訳すると『大変おもむきがある』という意味です」

「正解だが…ちょっといいかね?」

 古文教師は丹羽が他の生徒に質問しようとしていた問題を訊く前に答えたことに驚きながらも、その手に持っているものがどうしても看過できず質問する。

「丹羽、その手に持っている双眼鏡とビデオカメラはなんだ。窓の外を見ていったい何をしていたのかな?」

「はい、百合の花を愛でていました」

「そうかそうか。百合の花を…それは大変にいとをかしだな」

 ニコニコ笑う古文教師。彼も百合を愛するものなのかと丹羽は感心する。

 今度おすすめの百合小説を差し入れしてあげようと丹羽が1人決意していると、席まで来た古文教師に双眼鏡を奪われる。

「ばっかもーん! なんだその授業態度は⁉ 罰として『源氏物語』の書き写し全部するまで今日は帰さんからな!」

「え、源氏物語ってヘテロのハーレムものじゃないですかやだー。せめて清少納言の枕草子にしてくださいよ」

 丹羽の言葉にお前はどこまで自分を馬鹿にしているんだと古文教師の怒りゲージはマックスになる。

 それを見て同じ部活の仲間である樹はブレないなぁと感心するやら呆れるやら。少なくとも自分にはまねできないと思うのであった。

 

 

 

「ということがあって丹羽くんは職員室でお説教中なので来るのが遅れると思います」

「いや、何してんのあいつ」

 妹の説明に風は頭を抱えながら呟く。

 女の子がイチャイチャするのを見るのが大好きと本人も公言しているとはいえ授業中ぐらい自重しなさいよ。

「え、丹羽君に体育の授業見られてたの? 怒られたのって、私のせいかな」

「いや、自業自得でしょ。女子の体操着見てて怒られるなんて、変態じゃない」

 自分のせいで丹羽が怒られたのかと心配する友奈に、ごくごく一般的な視点で丹羽の行為に嫌悪を抱く夏凛。

「友奈ちゃんの体育の授業風景…。丹羽君、いくらで譲ってくれるかしら」

 一方で東郷は別視点で丹羽のことを心配していた。教師にビデオ映像が消されていないかとハラハラしている。

 まあ、丹羽なら頼めば無料で友奈の映像を譲るのだが、交換条件として東郷と友奈の百合イチャを要求するだろう。

 東郷としてはむしろそれは望むところで、双方にとってWINWINな取引となる。

「あ、そうだ。はいこれ入部届。言われた通りちゃんと書いてきたわよ」

「おお。ご苦労様。まあ、そういうことなら丹羽のことは置いといて。はい、夏凛」

「何よこれ」

 風から渡された巾着袋を広げると、中にはおかずと白飯が入った2段重ねの弁当箱が入っていた。

「アンタ、またサプリとにぼしでお昼済ますつもりだったでしょ。だから先手を打ってアタシがお弁当作って来たわ」

「ちょ、ちょっと! そんなことあたし頼んでない…」

「あれ、風先輩も作って来たんですか?」

 と友奈。その言葉に東郷が敏感に反応する。

「え、友奈ちゃん。まさか」

「私も今日は早起きしてお弁当2つ作って来たんですよ。被っちゃいましたね」

「友奈ちゃん、今日は早起きして寝顔が見られなかったと思っていたけど、まさかそんな理由で」

 東郷がムンクの叫びみたいな表情になっている。友奈の手作りお弁当なんて東郷でさえ食べたことのないレアな存在だったのだ。

「おー、モテモテじゃない夏凛。で、どっち食べる?」

「うーん、風先輩のほうがおいしいとわかってるけど。私のを食べてほしいなー」

 ニヤニヤしながら夏凛を見る風と少し困った顔で小悪魔チックに頼む友奈。

 この場に丹羽がいたら「ふうにぼゆうサンドキマシタワー」と大興奮するだろうが、残念ながらいない。

 百合男子一生の不覚案件である。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。誰も受け取るなんて」

「友奈ちゃんの手作りお弁当を断るなんて、そんな神樹様をも冒涜する行為、許されないわよ夏凛ちゃん」

 夏凛が断ろうとすると東郷がすごい圧をかけてきた。いや、別に弁当を受け取る受け取らないで神樹様は怒ったりしないでしょと夏凛は冷静にツッコむ。

 なぜだろう。東郷は車椅子に座って笑顔でいるだけなのにすごい怖い。

「本当なら、本当なら私が食べたいくらいなのに…」

「なにも泣かなくたっていいじゃない」

 本当に涙を流して悔しがっている東郷にドン引きしながらも仕方なく夏凛は2つのお弁当を受け取ることにした。

「じゃあ、はいこれ」

 夏凛は東郷の前に友奈から貰ったお弁当を差し出す。

「夏凛ちゃん?」

「さすがにあたしも弁当2つは食べられないし、欲しいんなら貰ってちょうだい」

「でも、これは友奈ちゃんが夏凛ちゃんのために作ったお弁当で…」

「貰ったあたしがどうしようとあたしの勝手でしょ。不満なら、あんたの弁当と交換ってことで」

「夏凛ちゃん!」

 東郷は車椅子から身を乗り出し、対面にいる夏凛の手をぎゅっと握る。

「私、あなたのことを少し誤解していたわ。夏凛ちゃんいい人」

「お、おう。さすがに2個も食べられないから東郷のは夕食にいただくわ。弁当箱は明日返すから」

「でも明日は土曜日でお休みですよ、夏凛さん」

 突然仲良しになった東郷と夏凛に、樹が発言する。神世紀の小、中学校は土日休みで部活参加の人間以外は学校には来ないのだ。

「あ、だったら2日後に幼稚園でレクリエーションがあるからその時返しなさいよ」

 と風。レクリエーションという言葉に夏凛は首をひねる。

「ちょっと前から来てた依頼でね。アタシと友奈は人形劇。樹と東郷はナレーションと効果や演出を担当するから、夏凛は丹羽と一緒に元気いっぱいの子供とドッジボールや鬼ごっこしたりしててちょうだい」

「丹羽君はすごいんだよ。子供たちにすっごい人気なんだ」

「あれは丹羽君というより、丹羽君が出すアメとかお菓子が人気なのよ友奈ちゃん」

「でも、実際男手があって助かってますよね」

「まあね。重いものとか積極的に運んでくれるし、スカートをめくろうとしたり髪を引っ張ったりしようとする子を止めたりとか色々助かってるけど」

 勇者部の面々が言う丹羽の評価に夏凛は1人納得する。

 なるほど、ただの変態ってわけじゃないのね。

 いや、そうじゃなくて。

「ちょっと、何勝手にあたしも頭数に入れてるのよ。あたしはそんなのには付き合わないわよ」

 夏凛の言葉に今度は勇者部4人が不思議そうな顔をする。

「え、でも夏凛ちゃんさっき勇者部に正式に入部したよね」

「そうよー。入部した以上はこの部の活動方針。ひいては部長のアタシの言うことには服従してもらうわ」

「お姉ちゃん、それ職権乱用」

「ダメですよ風先輩、完成型勇者でも不得意なことの1つや2つあるんですから」

 東郷の言葉に夏凛はカチンと来た。つい「できらぁ!」と返事してしまう。

「アタシは完成型勇者よ! 潜入任務だって完璧にこなしてやるわ。いいじゃない、やってやるわよそのレクリエーションとやら」

「そうなの? ありがとう。じゃあ詳しいことはこのプリントに書いてあるから。間違って部室に来ないようにね」

「遅くなりました」

 夏凛がプリントを受け取ると同時に部室の扉を開けて丹羽が入ってくる。

『スミー!』

 と同時に丹羽の胸元が光り、夏凛が見たことのない人型の精霊が東郷の胸元へ飛び込んできた。

「あら、スミちゃん。いらっしゃい」

『スミー、スミー。ふかふかー』

「これが精霊? ただのエロガキじゃない」

 東郷の胸元に顔をうずめ、ぐりぐりしている白髪の人型精霊に夏凛は言う。

 別に東郷のエベレスト級の胸がうらやましくて邪険な物言いになったわけではない。わけではないったらわけではない。

「スミちゃんは丹羽君が初めて呼んだ精霊で、とってもかわいい子なんだよ」

「東郷に特になついてるから、最近じゃ東郷の精霊じゃないかとアタシは思い始めているわ」

「まあ、なついている理由が理由ですからね」

 と、樹がなぜか自分の胸元を見ていた。不審に思う夏凛の胸元を見て、スミの目がキランと光る。

『ビバーク!』

「きゃあ!?」

 乙女らしいかわいい悲鳴だった。スミが夏凛の胸元に張り付き、登頂を目指してよじ登ろうとしたが…すぐに離れてしまった。

『日和山か。ハイキングにもならん』

 その時、空気が死んだ。

 日和山とは日本列島がまだ存在していたころ、それまで日本で1番低い山として有名だった天保山を抜いて日本一低い山の座に輝いた山である。

 その名称と偶然同じ名前を持つ某アニメの胸が謙虚なキャラが「壁」とか「板」とか「エターナルぺったん」「もうひよりちゃんに失礼でしょ」とか言われているが今はそんなことは関係なく。

 言葉から何か侮辱的なものを感じたのだろう。夏凛が無言で震えている。

「だ、大丈夫ですよ夏凛さん。わたしも讃岐平野って呼ばれたんですけど、それより全然大丈夫だと思います」

 ちなみに言われた日、樹は姉の風が半狂乱になるほど深く暗く落ち込んだ。

 それ以来スミを抱っこしようとすることはなくなり、いつもスミが頭をのせる東郷の胸をうらやましそうに見ている。

「そうよ、夏凛。なんだかんだ言って、あんたも樹も成長期なんだし」

「お姉ちゃんは黙ってて」

「アッ、ハイ」

 妹の圧の強い言葉に風は黙った。スミから山認定されている風は持たざる者の樹にとって希望であると同時に敵なのだ。

「もん」

 震えていた夏凛の口から言葉が漏れた。勇者部の面々は聞き逃すまいと耳を澄ませる。

「将来、絶対大きくなるもん」

 あ、これマジな奴だ。東郷と風がなんと声をかけようかと迷っていると、樹が夏凛に抱き着いた。

「大丈夫ですよ、夏凛さん。わたしたちは成長期なんですからこれからいくらでも大きくなります!」

「樹、それさっきアタシが言ったやつ」

 ぎゅーっと抱きしめあう2人に「にぼいつキマシタワー」と丹羽がまた変な顔をしている。

 この野郎、こんな状況になったのは誰のせいだと…と風はちょっぴり殺意が沸いた。

「それに胸に脂肪がないほうが動きやすいし! あたしのこれは機能美なのよ」

「そうです! コンパクトボディ最高!」

 勇者部部員2人が意気投合していた。

 夏凛ちゃん、思ったより早くみんなと仲良くなれるかもしれない。そんな光景を見て友奈は思った。

 

 

 

 日曜日、讃州中学勇者部に待ち合わせの30分前にたどり着いた夏凛はまだ誰もいないことに拍子抜けした。

 てっきり風あたりが1時間前に来ていて、「遅いぞ完成型勇者!」と煽られるものと思っていたのだ。

 それに対し、「はいはい、あたしにマウントとるためにこんなに朝早くからご苦労様」と嫌味たっぷりで言う気満々だったというのに肩透かしを食らった気分だ。

 仕方なく職員室で鍵をもらってきて室内で待つ。だが集合時間の20分、15分前になっても誰も来ない。

 あいつら、能天気なだけじゃなく時間にもルーズなのねと夏凛が1人呆れていると、スマホが着信を知らせてきた。

 発信者を見ると樹からだった。遅れていることを謝るためにかけてきたのだろうか。

 まあ自分は完成型勇者だから寛大な心で許そうと決め、夏凛は電話のマークをタップして上に持ち上げる。

「もしもし?」

「もしもし、夏凛さんですか? 今どこです?」

「どこって、部室だけど?」

 夏凛の言葉に樹が「部室だって」という声が聞こえる。それと同時に風が「あー、やっぱり」という声も。

「夏凛さん、お姉ちゃんが渡したプリント持ってますか」

「ええ。ちゃんと書いてある通り部室に」

「それ、ミスプリントなんです」

 え? と夏凛は目が点になる。するとスマホから聞こえてくる声が風に変わる。

「もしもし夏凛。アタシあの時間違って部室に来ないようにって言ったんだけど聞いてなかった?」

 そういえば聞いたかもしれない。だが同時に丹羽が部室に入ってきたのとスミの登場にびっくりして聞き逃してしまったのだ。

 あとその後起こった出来事が衝撃的すぎて記憶から消したというのもあるが。

「ごめん、アタシのミスだわ。昨日ラインで最終確認した時確かめるべきだった」

 申し訳なさそうに言う風に夏凛の口から言葉は出なかった。

 ちがうわよ。これは聞き逃したあたしのせい。なんであんたが謝ってるのよ。

 そんな思いが胸の中で罪悪感とともにぐるぐる回り、結局言葉にならず沈んでいく。

「一応住所はそこに書いてある通りだからもしよかったら来てくれない? 今からならギリギリ間に合うかも」

「いいわよ。ごめん、準備中で忙しいのに。じゃあね」

 夏凛は一方的に通話を切る。するとすぐ風から電話がかかってきたので今度はスマホの電源を落とした。

 今回勇者部が依頼を受けた幼稚園は電車で40分ほどの場所にある。今から駅まで行って電車に乗り、徒歩でそこに向かった頃には撤収作業が始まっているだろう。

 馬鹿みたいだ。勝手に1人で盛り上がって。結局またつまづいてしまった。

 これでは先日の山羊座戦と同じだ。周囲に自分の存在を認めさせようと勝手に突っ走り、失敗したのと同じ。

「なにやってんのよあたしは」

 猛烈に自分に腹が立った。なにがレクリエーションだ。そんなことをしている暇があったらもっと自分を磨き上げ、完璧な勇者とならなければ。

 夏凛は部室を後にした。向かうのは風達がいる幼稚園ではない。讃州市に引っ越すにあたり下見した時に見つけた自己鍛錬にいいと思っていた人があまり来ない海辺の砂浜。

 二振りの木刀を手に演武のような動きで敵を想定した攻撃のシュミレーションを開始する。

 もっと早く、もっと鋭く。

 いったいどれくらい時間が過ぎただろうか。

『いやー、部活サボって訓練とは夏凛はまじめだにゃー』

 唐突に聞こえてきた声に振り向く。そこには丹羽の精霊のセッカがいた。

「何よ…。丹羽の精霊が何の用?」

『セッカだって。自己紹介したじゃんか。それよりいいの? みんな夏凛を待ってるよ』

 なんだこいつは。精霊のくせに妙に気安い。

 まるで夏凛のことを友達か何かのように語り掛けてくる。なぜだかそれが妙に(かん)に障った。

「うるさいわね! あたしは早く完璧な勇者にならないといけないことを思い出したのよ。勇者部なんてごっこ遊びで他人に関わっている暇なんてないの!」

『いやいや、それが約束ぶっちしていい理由にはならないでしょ。夏凛だってそれはわかってるでしょ』

 精霊の言葉に夏凛は「うっ」と怯む。その通りだがどうしてそれを精霊なんかに指摘されなければならないのか。

「うるさいわね! あたしは早くみんなに認められなければいかないのよ! 兄貴なんかの贔屓じゃなくて、実力で勇者に選ばれたって認められなくちゃ、価値がないの!」

『そのみんなって誰さ? 勇者部のみんな? お兄さん? それとも大赦の大人たち?』

「みんなよ! あんたが言った他にも大赦で勇者の座を巡って競い合ってたみんな! あの子たちが捨て石なんて呼ばれずに、三好夏凛と一緒に勇者の座をかけて一緒に戦った1人の人間として認められるようにあたしが頑張らなきゃ」

『馬鹿みたい』

 内心を吐露する夏凛に、セッカの冷たい言葉が響く。見るとさっきまでの柔和な表情は消え、どこか冷たい表情のセッカがいた。

『そんな風に頑張って、その子たちがあんたに感謝するとでも? 逆に妬んだりされるとか思わないわけ? 結局あんたがどんなに頑張って結果を出したとしてもその子たちが捨て石だって事実は大人たちにとって変わらないよ』

「な、なによあんた! 精霊のあんたに何がわかるっていうのよ!?」

『わかるんだにゃーこれが。こっちもいろいろ複雑な環境で戦ってきたからさあ』

 冷たい表情の仮面をかぶったかと思ったらまた元の表情に戻りセッカは夏凛に言う。

『所詮大人なんてそんなもんよ。自分にとって有益か。役に立つか。最低な奴だと自分を守るための道具としか思ってないんだから」

「そんなこと! 精霊のアンタに何がわかる…わかるっていうのよ」

 夏凛の言葉は後半消え入るようだった。

 セッカの言葉に大赦の職員たちの会話を思い出したのだ。

「捨て石」「星屑に食われないで帰って来た」「使えるやつら」「三好の娘より扱いやすい」

 そのどれもが1人の人間としてでなく、消耗品や便利な道具に対する評価ではなかっただろうか。

『こういうの、私の性分じゃないんだけどにゃー。あっちでいろいろ勇者部のみんなといたせいかな。こんなにお節介になったのは』

 セッカは1人でぶつぶつと何事か喋っている。もっとも考え事をしている夏凛は気づかなかったが。

『ともかく、誰かに認めてもらいたいから戦うなんて命を縮める理由にはなっても生き残る理由にはならんのだよ。これ、人生の大先輩からの金言』

「人生って、あんた精霊でしょ」

『お、ツッコミが戻って来たね。さすが完成型ツッコミ勇者』

「誰が完成型ツッコミ勇者よ!」

 にこにこ笑うセッカの言葉に、思わず夏凛がツッコむ。不思議と嫌なやり取りではなかった。

『まあ、私から言えるのは肩の力を抜いてほどほどに頑張りなさいってことよ。夏凛には5人も仲間がいる。私みたいに1人で頑張らなきゃいけないってわけでもないんだからもっと頼って頼って』

「1人でって、あんた一体…」

『あ、今の忘れて。まだ夏凛には関係ないことだから。それよりスマホ、電源入れてみなよ』

 セッカの言葉に夏凛は懐に入れていたスマホを取り出して見る。電源はオフにしたままだ。

「でも」

 もし電源を入れて、自分を責めるメッセージしかなかったらどうしよう。あるいはメッセージすらなく勇者部のみんなに呆れられていたら?

 それが怖くて夏凛がスマホを持ったまま固まっていると、右手が優しく触れられ、親指がスマホの画面に触れた。

「あ」

『もー。なに怖がってんのさ。大丈夫だって』

 右手を見ると、セッカがいた。優しい顔でしょうがないなぁといったように夏凛を見ている。

『だってあの勇者部だよ。夏凛を、仲間を見捨てるなんて天地がひっくり返ってもあり得ないでしょ』

 セッカの言葉とともに電源が入り、画面が表示される。

 そこには100を超える通知が入っていることを伝え、そのどれもが夏凛を心配する内容だった。

「どうしたの?」「体調悪い?」「怪我したんですか?」「連絡求む」「お願い、返事して」「部室に丹羽を向かわせたから、もうちょっと待ってて」

「なんなのよ、こいつら…」

 どうして部員になってまだ数日の自分にこんなに優しくしてくれるんだろう。

 自分は生意気で、勝手に仕切って、今まで一緒に戦ってきた仲間たちとは異物な存在で、ともすれば敵視されかねない存在なのに。

『ね。みんな夏凛のこと大好きな奴らしかいないのよ』

 夏凛の疑問にセッカが答えた。そのままくるくると回るように飛ぶと、セッカは宙に浮く。

『じゃあ、私はご主人に夏凛が無事だって伝えてくるから。あ、それとも夏凛がみんなに返事するほうが早いかにゃー? 競争だ、よーい、ドン!』

「あ、ちょっと!?」

 勝手に言うとセッカは飛んで行ってしまった。

 夏凛はどうしようかと悩んでいたが、やがて決意し震える手で文章を打ちこんでいく。

「勝手に約束破ってごめん。体調は大丈夫。みんな心配しないで」

 文章はできた。だが、送信ボタンがなかなか押せない。

 もしこれを送ってみんなから見限られたらどうしよう。それが心配で怖いのだ。

『もー、まだ足踏みしてんの? これだからツンデレさんは』

「え?」

 気が付けば丹羽の元へ行ったはずのセッカがまた横にいた。驚いている夏凛の右手をまた掴み、送信ボタンをタップさせる。

「あー⁉」

『大丈夫。みんないい子だから夏凛が心配することにはならないよ』

 そう言い残しセッカはまた飛び立つ。今度こそ丹羽の元へ行くようだ。

「あ、あんたなんでそんなに」

 そんなにあたしのことを構うのよと言う夏凛の言葉に、セッカは『それはこっちの台詞なんだけどにゃー』と内心でつぶやく。

 あの世界(・・・・)で疑心暗鬼から勇者のみんなとの距離を測りかねていたセッカ…いや、秋原雪花に踏み込んできたのは勇者部のみんなだった。

 そして1人になりたいときのために部屋の合い鍵をくれたり、ツッコミ型勇者として防人組の中から新しい人材を発掘したりと同じツッコミ型勇者の夏凛とは不思議と馬が合った。

 いつからだろう。1人が楽から1人でいることが寂しくなったのは。

 それもこれもみんな、勇者部のみんなのせいだ。だから別れの時までみんなには責任を取って今まで1人で戦ってきた自分を精一杯甘やかしてもらおうと雪花も勇者部のみんなを頼りにしてきた。

 今の夏凛はあの夏凛になる前だとご主人に聞いてはいた。最初見たときはへぇ、夏凛にもこんな時があったんだと思ったものだ。

 と同時に「あ、この娘このままじゃ死ぬな」と思い自分らしくもないお節介を焼いてしまった。

 本当に、らしくない。勇者だったころの自分は最悪自分だけが生き残るための方法として山に立てこもろうと準備していたほどの人間だったのに。

 あの娘もこれから自分みたいに変えられていくんだろうなと思いつつ、セッカが主である丹羽の元にたどり着くとスマホに文章を打ちこんでいるとこだった。

『ただいまー。どう、夏凛は』

「おかえり、セッカさん。どうやら心配ないみたいだよ」

 丹羽の言葉にセッカはスマホの画面をのぞき込む。

 そこには夏凛のメッセージに安堵する勇者部メンバーそれぞれのメッセージと、急に自分の誕生日パーティーが行われると聞き慌てている夏凛のメッセージが表示されていた。

 

 

 

「御用改めである!」

「ちょっと、なんであたしの部屋の合い鍵をあんたらが持ってるのよ!?」

 部屋で勇者部が来るのを待っていた夏凛は、てっきりチャイムを鳴らしてから来るかと思っていた勇者部が堂々と鍵を開けて入って来たのに驚き思わず声を上げた。

「え? お兄さんに夏凛ちゃんの誕生日をお祝いしたいって相談したら快く4人分渡してくれたよ」

「あの馬鹿兄貴めぇ…」

 友奈の言葉に夏凛は歯噛みする。個人情報流出の件といい、一体何を考えているのか。

「ちなみに俺はもらえませんでした」

「まあねー。さすがに年頃の男子に妹の部屋の合い鍵は渡せないでしょ」

「え、でもお姉ちゃん丹羽君の部屋の合い鍵持ってるじゃない。それはいいの?」

「アタシはいいの。部長だから! それより夏凛、台所借りるわよ」

 というと風を先頭に勇者部のメンバー5人が夏凛の部屋に入り、ワンルームの部屋はすぐに狭く感じる状態となる。

「いいけど、うち調味料とか何もないわよ」

「ほんとだー。冷蔵庫の中にゼリーとサ〇ウのごはんしかないよ」

「勝手に人ん家の冷蔵庫開けるな!」

 堂々と冷蔵庫を開ける友奈に思わずツッコむ。ちなみに他には勇者部メンバーが来ると聞いて急いで近くのコンビニで買ってきた2リットルのオレンジジュースとお茶が入っている。

『風。頼まれていたもの、持ってきたぞ』

「お、ナツメありがとう。どれどれ…今日も大漁ね!」

「トコブシにアワビとサザエ…あら、イシダイみたいなお魚もあるのね。これは腕の振るい甲斐がありそうね」

 中空から現れた丹羽の精霊、ナツメが持ってきた海の幸を風と東郷に見せている。それを見て2人はこれから作る料理のメニューを考えているようだ。

「ねえ、あたし海辺で訓練してた時にあの精霊見たんだけど、あれって密漁」

「三好先輩。バレなきゃ犯罪じゃないんですよ」

 夏凛の発言に丹羽が顔を寄せて小声で言う。

「いや、犯罪でしょ!」

「大丈夫です。最悪大赦がもみ消してくれますって」

 悪い顔だ。というかこいつは大赦に罪を擦り付ける気満々のような気がする。

「あんたねぇ…」

「わーい、東郷さんと風先輩のお料理だ! 楽しみだなぁ」

「あ、じゃあわたしもお手伝いを」

「やめて!」

 樹の発言に友奈と夏凛以外のメンバーが顔色を変えて必死に止めた。

「えー?」

「犬吠埼さん、三好先輩のお兄さんが誕生日ケーキを近くのお店で予約してくれてるみたいだから、それを取りに行こう」

「そうよ樹。丹羽と一緒に取りに行ってきて。その間に料理作っておくから」

 丹羽と風が必死に樹の興味を別のほうへ向かせようとしている。なんなのこれ? と夏凛は不思議がる。

「友奈ちゃんも行ってくる?」

「あ、私はここで夏凛ちゃんとお話してるよ」

「……そう」

「東郷、なんか黒いオーラ出てるんだけど。今日は夏凛の誕生日なんだから、それを忘れないでね」

「大丈夫です風先輩。バレないようにヤりますから」

「大丈夫じゃねー⁉ 友奈、東郷になんか言ってやって!」

 不穏な発言をする東郷に風は相方の友奈に救いを求めるが、当の友奈は夏凛の隣に陣取り部屋にあるトレーニング器具に興味津々の様子だ。

「え? んんーっと、東郷さん。ご飯楽しみにしてるね」

「もちろんよ友奈ちゃん。腕を振るうわ!」

 友奈の言葉にすっかりご機嫌になった東郷はすごい包丁さばきを見せる。

 こうして夏凛誕生日パーティーの準備が始まったのだった。

 

 

 

 丹羽と樹が持ってきた誕生日ケーキと東郷と風が腕によりをかけて作った料理が机に並べられる。

 誕生日を祝う歌が歌われ、夏凛がろうそくの灯を消すと拍手が起こった。

「夏凛ちゃん誕生日おめでとー」

 友奈の言葉に他の勇者部メンバーも「おめでとう」と続ける。それに夏凛は顔を赤くし、「あ、ありがと」と返す。

「それじゃご飯食べよー。美味しそうだねー」

「ええ。やっぱり鮮度がいいとこっちも腕の振るい甲斐があるわ」

 東郷の言葉に夏凛は料理を見る。なるほど、たしかに言うだけのことはあるようだ。

「犬吠埼先輩、大丈夫ですか? 疲れているみたいですけど」

「うん、東郷が変なことしないか隣で気使ってたから。まあ、取り越し苦労だったんだけどね」

「お料理、手伝いたかったなー」

 少し憔悴している風を気遣う丹羽とそれに参加できなかったことを残念がる樹。

「い、樹ちゃんはもうちょっと練習してから…ねぇ風先輩」

「そ、そうね」

 樹の発言に東郷と風は冷や汗を流しながら言う。特に東郷は風の誕生日会の前例があっただけに割と必死だ。

「あの…みんな。今日はありがとう。それとメールでも言ったけど、今日は約束破ってごめんなさい」

 勇者部全員を前に、夏凛は頭を下げる。

「え、どうしたの急に⁉ 変なものでも食べた?」

「あんたらと同じものしか食べてないわよ! じゃなくて、今日のあたし、すっごく自分勝手だった。ごめん」

 思わずツッコんでしまったが今日の出来事を振り返り、素直に反省の言葉を告げる。

「そうね。連絡はできればもっと早くほしかったわ。でももとはと言えばプリントミスしたのを言わなかったアタシが悪かったのもあるし」

 風の言葉に友奈が待ったをかける。

「風先輩のせいじゃないですよ。私が夏凛ちゃんに昨日言っていれば」

「いいえ友奈ちゃん。プリントを作ったのは私なんだから、元を正せば私が」

「わたしももっと早く夏凛さんに電話していれば」

「それを言うなら犬吠埼先輩が話している時に部室に入って来た俺が」

「そうね。考えてみれば丹羽が悪い」

「うん、丹羽君が悪いかな」

「どう考えても丹羽君が悪いわね」

「丹羽くん、反省してね」

「ちょっと、ひどくないですか?」

 手のひら返しをして丹羽を責める勇者部一行。それがコントのようでおかしくて、夏凛は吹き出していまう。

「…ぷっ、なんなのよあんたら。あははは」

「あ、夏凛ちゃんやっと笑ってくれた!」

「まったく。主役がずっと暗いままだとせっかくのパーティーなのに盛り上がらないわよ」

「そうですよ。じゃあ、そろそろプレゼントの出番ですかね」

「え、いいわよ別に」

 樹の言葉に夏凛は構える。こんなに良くしてもらったのにプレゼントまでなんて贅沢が過ぎる。

「まあまあ、今回は夏凛に勇者部のみんなを知ってほしいという意味も込めてプレゼントを選んだのよ」

「私からはこれ! 押し花手帳。私、押し花が趣味なんだ」

「あ、ありがとう。大事にするわ」

 正直夏凛にとっては微妙なセンスの物だったが、友奈がくれたものと考えるとすごく嬉しい。

「私は秘蔵の友奈ちゃん写真集。これを夏凛ちゃんに…夏凛ちゃんに」

「いや、血の涙を流すくらい嫌なら別に。それにそんなにいらないし」

 本当に東郷は血の涙を流していた。夏凛に差し出した写真集も強く握り、渡すまいとしているのが見え見えだ。

「そんな! これは世界遺産に残すくらいの至宝なのに⁉」

「とりあえずあんたにとって友奈がどんなに大切なのか充分伝わったわ」

「アタシからはこれ。女子力アップグッズ!」

「なんか雑誌の一番後ろに乗ってそうな通販グッズね。大丈夫? 騙されてない?」

「あはは。私からはこれです。わたしとおそろいのタロットカード。占いの方法とか書かれた紙も入ってますからいつでも占えますよ」

「俺からはこの三好先輩をモデルにした小説を」

「えぇ…あんた、あたしにこれを読めって言うの?」

 夏凛は微妙な顔をして受け取るだけ受け取る。素人の自作小説を読めだなんて、これは何の罰ゲームだろう。

 ちなみに内容は部長の風と同級生の友奈、そして夏凛と友奈の仲に嫉妬する東郷、風の妹樹による夏凛中心の百合ハーレム小説なのだが、自分の心を読んだかのような的確な心理描写と友奈への告白シーンにその後顔を真っ赤にして丹羽に怒鳴り込むことになる。

「あとこれはお兄さんから…夏凛さんの好きな超高級煮干し」

「ええっ!」

 最高級煮干しという言葉に夏凛の目が輝く。やはり離れて暮らしているとはいえ兄は兄。妹の喜ぶものを知っていたのだろう。

「の抱き枕です」

「なんでよ!?」

 予想の斜め上を行くプレゼントに思わずツッコんだ。

「これ、完全オーダーメイドの限定品らしくて、入手には苦労したそうですよ」

「何考えてんのよあの兄貴は…って、これ臭っ! いりこ臭い⁉」

「どうやらその臭いが売りのようね。開発部でもその香りを再現するのに苦労したってネット記事に書いてあるわ」

 東郷がスマホを開いて抱き枕の記事を見せてくれた。たしかに貴重な品だけども。

「こんなものをよこすなんて…嫌がらせかこの馬鹿兄貴ぃいいい!」

 ちなみに臭いがなくなる1月以上経っても夏凛ちゃんは抱き枕を使い続けたそうな。




 妹へのプレゼント使ってもらえてよかったね春信おにいさん。
 ゆゆゆいによればテラの次の単位はペタだから悲観することはないぞにぼっしーと樹ちゃん。
 ツッコミグループエピに隠れがちだけど、せっかりんはいいぞ。
 お互いを信頼しあってる感じが好きだ…。


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スク水は人類が作り出した偉大な叡智です

 あらすじ
 夏凛ちゃんの誕生日をみんなでお祝いしたよ。
夏凛「ちょっとあんた」
丹羽「はい、なんですか三好先輩」
夏凛「あんたが書いた、アレ…小説だけど」
丹羽「あ、読んでくれましたか?」
夏凛「一応ね。で、なんで最後にあたしが友奈とその…ちゅ、ちゅーしちゃってるのよ」
丹羽「俺の趣味です。非常にマイノリティな」
夏凛「ありえないでしょあんなの! それにあんな、あたしの思考をトレースしたような文章…」
丹羽「あ、ちなみに犬吠埼先輩ルートと犬吠埼さんルート、姉妹に挟まれるルートと東郷先輩と結城先輩の同学年ハーレムもありますけど読みます?」
夏凛「ふざけんな! 誰の許可を得てそんな…没収よ没収!」
丹羽「あ、了解です。じゃあデータ消しておきますので」
夏凛「待ちなさい。あんたの言葉だけじゃ信頼できないわ。ちゃんと消すとこ見せるまで納得しないわよ」
丹羽「はいはい」ニヤリ
 その後結局言いくるめられて全ルートの小説データをもらい、家に帰ってその日のうちに全部読破した夏凛ちゃんでした。



 6月も半ばを過ぎると気温はすっかり夏模様だ。

 晴天なら最高気温が32℃を超える日も多く、梅雨独特の湿気が不快感を強く感じさせる。

 もっとも神樹の恵みにより守られている四国に梅雨前線や地球温暖化などの影響があるかはわからないが、と丹羽は額の汗をぬぐう。

 今は放課後。勇者部の部活中だ。

 依頼は学校の体育教師から。プールに水を張る前に軽く掃除してほしいとのことだった。

 というかこういうのは体育会系の部活全員か上級生がクラスの垣根を越えて全員でやる作業だったような気がするのだが、神世紀だと違うのだろうか?

 依頼を受けた風と友奈、夏凛と丹羽は掃除道具を取り、配置についた。

 プールに浮かんでいた藻や枯れ葉、虫の死骸などはすでに掃除されていて、風達はブラシで床や壁のぬめりをデッキブラシで洗い流せばいいだけらしい。

 ちなみに東郷と樹は部室で別の依頼の猫の飼い主探しのビラを作ったりホームページで呼びかけたりしている。

「さあ、じゃあやるわよ!」

 スクール水着に体操服を着た風が言う。マニアが見たらよだれものの格好だが、残念ながらここには女子と下にあるべきはずのものがない無性の男子生徒しかいなかった。

「はーい、風先輩。結城友奈いっきまーす」

 声とともにブラシを持った友奈が「おりゃー」と声をかけながら床にブラシをかけていく。

「ちょっと友奈! 走ると転ぶから気をつけなさい!」

 いつの間にか名前で呼ぶようになった夏凛が注意を促す。どうやら前回の誕生日あたりから急速に勇者部のみんなと打ち解けてきたようだ。

「きゃっ」

「危なっ!」

 夏凛の注意通り足を滑らせて背中から頭を打ちそうになる友奈にヘッドスライディングで丹羽がつっこむ。ギリギリ間に合った。

「あ、ありがとう丹羽君」

「いえ、気を付けてくださいね。結城先輩」

 本当は勇者には精霊がいるので命の危険になるようなことはないのだが、だからといって怪我をするのを黙ってみているわけにはいかない。

 というか、こういうのは夏凛が受け止めて「ほら、言わんこっちゃない」「あはは、ごめんね夏凛ちゃん」というのが丹羽にとって理想的なのだが。

 ちなみに友奈と夏凛も風と同じくスク水の上に体操服という恰好だったりする。もっとも丹羽の背中に感じるのは女性特有のプニプニボディの柔らかさではなく体操服のごわごわ感と重さだけだが。

「大丈夫、丹羽君? 怪我は?」

「ないです。ただ服がぬめりだらけになったのでちょっと洗ってきます」

 本当は顔から突っ込んだので顔と髪もヌメヌメしていたのだが、言わないでおいた。今はとりあえず顔を洗わなければ。

「犬吠埼先輩、顔を洗いたいので水お願いします」

「りょうかーい。ほれほれ」

 きゅっきゅとバルブをひねる音がして、風が持つホースから水が流れる。

 少しひねりすぎたのか、ホースから大量の水が流れ丹羽の顔全体にぶち当たる。それだけにはとどまらず風のほうにも反射し、水が体操服を濡らした。

「うわっ、前が見えない」

「あ、ごめん丹羽。すぐ止めるわね」

 キュッキュとバルブを閉める音が聞こえ、「大丈夫?」と心配する風の声が聞こえる。丹羽が目を開けるとそこには――

『ふんっ』

「目が、目がぁあああ!」

 なぜかナツメに思いっきり目つぶしをされた。

「なにするんですかナツメさん!?」

『すまん主。今の風の格好を主に見せるわけにはいかない』

「え? え?」

 風だけが何を言っているかわかっていないようだが、大体察した。

 おそらくホースの水が風にかかっていわゆる濡れ透け状態になっているのだろう。しかも下がスクール水着なので男からしたらよだれものだ。

「犬吠埼先輩。できれば俺が持ってきた荷物の中にジャージの上があるのでそれ着てもらえませんか。多分今の格好、男にとって目に毒ですから」

 丹羽の言葉に風は視線を下ろし、今の自分の状況に気づいたようだ。

「あ、ごめん。でももともと濡れてもいい格好なんだから、別にいいのに」

「よくない人がここにいるので。とりあえず隠してください。俺はその間掃除してますから」

 ちなみにここで認識の齟齬(そご)が発生した。

 丹羽としてはナツメのことを言ったのだが、風は丹羽が恥ずかしがってそう言ったのだと解釈する。

 なんだ、結構かわいいとこあるじゃない。

 女として見られていたことをちょっぴり嬉しく感じながらも、風は飛び込み台の白いブロックの後ろにあるベンチに置かれた丹羽のバッグの元へ急いだ。

「ふー、視力戻って来た。ナツメさん、次からは一言くださいね」

『了解した』

 ナツメはそう言うと丹羽の中へ引っ込んだ。丹羽は水で濡れた床をブラシでこすりながら友奈と夏凛はどうしているだろうと周囲を見る。

「見なさい! これが完成型勇者のブラシ捌きよ!」

「わー、夏凛ちゃんすごーい。よーし、私も負けないよー!」

 2本のブラシを持った夏凛によって、床がすごい勢いで磨かれていた。友奈も負けじとブラシで床をこすっている。

 これなら思ったよりも早く終わりそうだ。

「おまたせ。じゃあ1回水流すからみんな避けてねー」

 ジャージの上を着て戻って来た風がみんなに声をかけ、ホースで放水を始める。

 風が水を流すとどんどんブラシをかけた部分の汚れが落ちていき、ぬめりが落ちていく。

「ちょ、風! こっちに水かけるんじゃないわよ!」

「ほれほれ、完成型勇者なんでしょ。避けてみなさい!」

 あらかた汚れを流し終わると、風がホースの水で遊び始めた。夏凛や友奈に向かって水をかけ、2人が避ける姿を見て笑っている。

 もちろんじゃれあいだ。現に友奈はきゃっきゃと笑いながら自ら水を浴びに行っているし、夏凛もそれをわかっているのかあまり怒った表情ではない。

 あら^~。ふうにぼゆう尊いんじゃ~。

 思わず尊いモードになる丹羽。するとその胸が光り、1体の精霊が飛び出してきた。

「うわっ」

 まだぬめりがとれていない部分にうっかり足を取られ、転びそうになった夏凛を誰かが支えてくれる。見るとそれは丹羽の精霊のセッカだった。

「あ、ありがとう」

『いやいや。いい感じで肩の力抜けてるじゃん。その調子その調子』

「余計なお世話よ! でも、ありがとう」

 夏凛の様子ににっこり笑ってセッカは丹羽の中へ帰っていった。あれ? いまのひょっとしてせっかりんだった?

 思わぬカップリングににっこりしていると、夏凛と目が合う。ん? なんか怒ってる?

「見るな! この変態!!」

「ウボアーっ!?」

 顔を真っ赤にした夏凛が投げた2つのデッキブラシが丹羽の頭にクリーンヒットする。どうやら水を浴びてびしょ濡れになった自分と友奈を見てスケベなことを考えていると誤解したらしい。

 違うんだ。俺はただ女の子がきゃっきゃうふふしてるところが見たいだけで、そんな下心は…あるかもしれないけど誤解だ!

 という丹羽の弁解も言葉にならず、今度は丹羽の顔に風のホースから水が放出される。

「丹羽のすけべー。水でもかぶって反省しなさい」

「ごぼごぼごぼっ⁉」

「風先輩、丹羽君がかわいそうですよ」

 と友奈。止めようと丹羽に向かって行こうとすると床のぬめりに足を取られ、転びそうになる。

「あ」

 その時友奈が保有する主人公補正特有のラッキースケベが発生した。

 足を滑らせた友奈はとっさに丹羽が履いている体操服のハーフパンツを掴んだ。しかし勢いを止めることができずそのまま滑り、ハーフパンツが下までずり下げられてしまう。

 結果、丹羽の上半身体操服(濡れ透け)、下半身水着という誰得な姿が披露された。

 無論無性で下の部分は作ってないから股間のふくらみはないのだが、初心な少女の集まりである勇者部の部員たちは顔を真っ赤にしている。

「ご、ごめん丹羽君!」

「友奈、早く元に戻しなさい!」

「あー、大丈夫ですよ結城先輩。ちょうど濡れてたんで着替えようと思ってたので」

 手に持った丹羽のハーフパンツを返そうとする友奈から受け取ると、丹羽は上が体操服、下は水着の姿になる。

「じゃあ、掃除再開しましょうか」

「「いやいやいや!」」

 なぜか風と夏凛の2人からツッコミを受けた。

「ちょっとは恥じらいってもんがないのあんた!」

「丹羽、あんたさっきアタシの格好を目の毒って言ったけどさぁ。今のアンタも結構危ういと思うわ」

 2人の言葉に丹羽は首をかしげる。男の濡れ透け水着姿なんてどこに需要があるのだろう。

「みなさんみたいなきれいな人ならともかく、男の俺の格好なんて誰も気にしないでしょう」

「「気にするわ!」」

 風と夏凛に強く言われ、結局この後丹羽はジャージの下を履いて作業することになった。解せぬ。

 

 

 

 翌日、体育の時間。

 2年生男子は運動場でサッカー。女子は水泳と讃州中学では男女別で水泳の時間を分けている。

 中学までは男女混合で水泳の授業を行うところもあるのだが、讃州中学では違うらしい。女子のスクール水着がギリギリ最後まで見られる年齢である中学生の男子にとってはお気の毒としか言いようがない。

「それは丹羽くんが悪いわね」

「でしょ! あいつ変なところで無防備だから、こっちが気を遣うわよ」

 昨日のプール清掃の話をしていた夏凛は、東郷の言葉に我が意を得たりというようにうなずく。

「うーん。丹羽君が女の子としてこっちに気を遣ってくれるのは悪い気はしないけど、本人が自分が男として女の子にどうみられているかまったく気にしていないのはいただけないわね」

 夏凛の話から改めて丹羽の危うさを痛感した東郷は難しい顔をした。

 丹羽明吾の評価は、実は結構高い。

 それは勇者部唯一の男子メンバーということを除いても細かいところに気が付くし、女子の嫌がることはやらない。他の誰かが女子に意地悪しようとしているのを止める姿に感謝している女子も多い。

 もちろんそれは丹羽の目の届く範囲内で行っていることだが、この間の幼稚園でのレクリエーションではそれが顕著に表れ男の子よりも女の子に群がられていた。好きという感情をいじわるという行為でしか表せない同い年の男の子よりよっぽど魅力的に見えたのだろう。

 ちなみに讃州中学内では樹と風の姉妹2人と付き合ってるナンパ野郎というレッテルが一時期貼られていたが、丹羽本人が樹と風の名誉のため全力で生徒1人1人にそれを否定して回ったことで好感を持った人間も多い。

 つまるところ、女子にとって丹羽は非常に都合がいい存在というか意地悪したり精神面がまだ子供な同級生の男子よりもちょっといいなと思えるような存在なのだ。

 もっともそれは丹羽が普段行っているいい人ムーブのせいで、本命の男子生徒からアプローチされたら女子はそっちになびく程度の物なのでそれほど露骨な影響はない。

「下手にそんなところを見られて、誰かが丹羽君のこと好きになったら風先輩と樹ちゃんが悲しむかも」

「え? 風と樹が? あの子たちそうなの?」

 意外な名前が挙がり夏凛は目を点にする。

「多分、勘だけどね。まだ2人も自覚してないと思うけど」

「でも、2人と付き合っているって噂を払拭するため丹羽は苦労して全校生徒に否定して回ったんじゃないの?」

「それが逆に決め手になったのよ。夏凛ちゃんにはわからないだろうけど」

「ちょっと! 何勝手に人が恋愛下手みたいに言ってるのよ失礼な」

 東郷が言っていることは本当で、丹羽が自分達の名誉のために全校生徒に否定して回っているという事実を知った時、犬吠埼姉妹は戸惑っていたが決して嫌な顔はしていなかった。

 むしろ、自分のためにそこまでしてくれている丹羽に対して好感度が上がったようだと東郷は見ている。

「じゃあ、恋愛の経験はあるの?」

「それは…ないけど。アンタはどうなのよ」

「私は友奈ちゃんがいるもの。絶賛恋愛中よ」

「あー、訊いたアタシが馬鹿だったわ」

 東郷の答えに夏凛は半分呆れ顔だ。

「なになに? 何の話?」

 プールサイドで足を浸しながら話していた夏凛と東郷の元に、泳いでいた友奈が合流する。

 ちなみに体育には参加できない東郷もプールの授業にはみんなと同じようにスクール水着を着て参加していたりする。

 飛び込みこそできないが上半身だけ使った古式泳法で見事に泳ぎ、結構いいタイムをたたき出していた。

 もちろん水着を着ているということは普段制服に隠されているメガロポリスなボディーも人前にさらされているということでもある。

 何人かの生徒がうらやましそうに東郷の胸部を見ていて、夏凛も最初見たときは「馬鹿な…」と同じ年齢とは思えない戦力差に絶望しかけたものだ。

「昨日のプール掃除の話をしてたのよ。丹羽は結構無防備だなって」

「あ、アレね。うん、ちょっとドキドキした」

 夏凛の言葉に昨日のことを思い出したのか、友奈の顔が真っ赤になる。

 ああ、純真な友奈ちゃんかわいい。

 でもその顔を見せる対象が自分でないのは許せない。これはちょっとお仕置きが必要かしら。

 丹羽が知らないうちに東郷の恨みを買い、昼休みに制裁が決定した瞬間だった。

「うん、それよりあんたたち。アレに対してツッコミはないの?」

 授業が始まってからずっといる夏凛が言うアレに、友奈と東郷は顔を向ける。

 そこには丹羽の精霊であるナツメがプールの水面に浮いていて、ご満悦といった表情でいる。

「「でもあれ、丹羽君の精霊だし」」

「いや、そんな一言で納得するほど思考停止してないわよあたしは⁉」

 先日の密漁の件もそうだが、勇者部の面々は丹羽の精霊に対して妙に甘いところがある。

 なにかおかしいことや考えられないことをしても「丹羽の精霊だし」で深く考えないようにしているふしがあった。

 たしかに規格外の精霊だが、セッカの「北海道の勇者」という発言に対しても深くツッコむべきだと思うし、本当に何者かと調べる必要性は感じないのだろうか?

「まあまあ、夏凛ちゃん。そんなに細かいこと気にしていたら血圧が上がるわよ」

「細かいの⁉ あたしが言ったこと全然細かくないと思うんだけど?」

「夏凛ちゃんのそういうの、ツッコミっていうんだよね。セッちゃんに聞いたよ。さすが完成型ツッコミ勇者!」

「誰が完成型ツッコミ勇者かー!」

 ガーッ! と友奈の発言に対して怒る夏凛。しかし彼女は気づいていない。

 ここにナツメ以外の精霊がいることに。

 友奈が泳ぐ姿をずっと防水カメラを持ってプールの中から追尾していた青坊主。

 空から友奈と東郷の2ショットを狙いシャッターを切る不知火。だからお前どうやってカメラ使ってんのとツッコんではいけない。

 そして姿を隠し、水面から息継ぎのために顔を出すちょっとエッチな表情をカメラに収める刑部狸。

 皆東郷の精霊たちだった。

『首尾はどうだ?』

 ハンドサインを人知れず東郷が行うと、精霊たちが返信する。

『録画完了』

『ワレ、制空権の確保完了。主と友奈様の写真を撮ったり』

『こんなの精霊の仕事の範囲外だよ…』

 2体の精霊は成功を報告してくれたが、刑部狸だけは未だに自分の行動に疑問を持っていた。

 洗脳が甘かったかと東郷は内心で舌打ちする。あとであの子はお仕置きね。

「東郷さん、どうかした?」

 親友の一瞬の不機嫌な表情を見逃さず、友奈が声をかける。東郷はそれににっこりと笑顔で応え、「何でもないわ友奈ちゃん」と返す。

「まあ、その丹羽だけど。まさかまた盗撮録画とかしてるんじゃないでしょうね」

「大丈夫だと思うよ。ここは校舎から見えないし、さすがに丹羽君も前回怒られて懲りてるって」

 夏凛の言葉に笑顔でそれはないと否定する友奈。

 気づいて! 2人が気にしている覗き魔はすぐ隣にいるってことに⁉

「本当、丹羽君には困ったものね」

 自身が犯している軽犯罪をおくびにも出さず東郷が言う。

 こうして東郷秘蔵の友奈ちゃんコレクションが着実に増えていくのであった。

 

 

 

「ひぃ~! 星屑だよ~! 死ぬ、死んじゃう! 助けてメブ~!」

 防人スーツを着て大きな盾を持った雀の声に、隊長の楠芽吹は素早く指示を出す。

「サンプルの採取作業を終了。みんな、撤退作戦に入るわよ」

 現在芽吹たち防人たちがいるのは四国ではなく、壁の外の赤色がどこまでも広がっている世界。

 そのなかでもかつて兵庫県と呼ばれていた大地があったはずの、今は溶岩と炎が絶えず押し寄せてくる場所だった。

 今回もハズレだった。ここは人が住める土地ではない。

 だが、こうやって土壌サンプルを持ち帰るのも防人としての重要な任務の1つ。そういう意味では敵の存在をいの1番に知らせてくれる加賀城雀という存在はこの防人隊にとって最も重要な存在ともいえるかもしれない。

「護盾隊は盾を展開! 撤退する部隊を守りつつ後退!」

「了解」

「りょ、了解。ぎゃー! くるくる来ちゃうよ~!」

「銃剣隊、護盾隊の後ろから射撃用意。大丈夫。いままで通り冷静にやれば今回も勝てるわ!」

「了解」

「この弥勒夕海子の射撃の技、お見せして差し上げますわ!」

「守ってばっかりなんて面倒くせぇ! なます斬りにしてやんぜ!」

「シズク、突撃はまだ! 今は射撃に専念してちょうだい」

 銃剣隊の弥勒夕海子と山伏しずくのもう1人の人格、シズクの言葉に芽吹は注意を促す。

「ちっ、わーったよ」

 防人は32人の集団での戦闘を軸にしている。もし1人が突出した戦闘をすればそこから全体が瓦解しかねない。

 戦闘力の強い弥勒とシズクは頼もしくある半面、使いどころを間違うと隊から離れて戦闘で孤立しかねない性格なので芽吹としても慎重になる。

 やがて、芽吹の目にもはっきりとそれは見えてきた。

 赤一色の世界に点々と広がる白いドット。星屑と呼ばれるバーテックスでも最下級の存在。

 だがそんな最弱の敵でも勇者と違いただの人間に毛が生えた程度の戦闘力しか持たない自分たちにとっては脅威だ。過去に何度もその襲撃を退けてはいるが、油断はできない。

「まだまだ、引き付けて……撃てー!」

 芽吹の号令とともに銃剣隊の砲が火を噴く。星屑は銃撃を受け消滅していった。

「よし、殲滅完了。今のうちに撤退…」

「ダメ! ダメだよメブ! まだ危ないのが消えてない!」

 雀の言葉に第2波を警戒する芽吹だが、その様子はない。

「雀? いったいどういう」

「ダメなんだよメブ、もう。囲まれてる! 怖いのがそこら中にいるんだよ!」

 顔を上げた芽吹は、あまりの光景に自分の目を疑った。

 上だ。数えきれないほどの星屑が上から自分たちを見ている。

 それだけでなく防人隊が逃げようとした方向にも星屑発見の報告があり、すでに自分たちは雀の言うように囲まれているのだと知った。

 唇を強く噛む。なんてことだ。もっと3次元的に戦況を見なければならなかったのに、どうして自分は。

「メブ~、どうしよう?」

「おい、芽吹! どうすりゃいい⁉」

「芽吹さん、ご指示を」

 仲間たちの声に後悔している場合ではないと意識を戦闘に戻す。

 そうだ。自分たちは防人。勇者ではない。

 簡単に替えのきく存在。だが自分がリーダーである限り誰も欠けさせない。そう誓ったじゃないか!

「護盾隊、撤退方向へ。みんな、一点突破を試みます。シズク、弥勒さん。派手に暴れてもらうわよ」

「了解。弥勒家の名を上げるチャンスですわ!」

「やっとかよ。ようやく暴れられるぜ」

殿(しんがり)は私と雀が行きます。みんな、ここが正念場よ!」

「あ、あの~メブ? 殿って、一番危ないところじゃ…」

「だからこその采配よ。頼りにしてるわ雀」

「いやー! 安全な真ん中がいいー! あ、でもメブが死んじゃったらどのみちみんな…うわーんやったるぜー!」

 雀も覚悟を決めてくれたようだ。あとはタイミングを…。

 その時、信じられないことが起こった。

「え?」

 その光景を見て、声を上げたのは誰だったか。もしかして自分だったかもしれないと後に芽吹は語る。

 なんと、星屑が星屑を食いだしたのだ。

 共食い。同族食い。自然界では最も忌避される行為。

 それを何の前触れもなく、当然のように突如現れた普通の星屑より大きい星屑が防人隊を囲んでいた星屑を食っていく。

 それも1体や2体ではない。

 複数の数の群れがすさまじい速さで飛んでくると防人隊を包囲していた星屑を食いだした。それでも飽き足らず今度は中空に突如現れた生まれたばかりの星屑も食っている。

 なんなんだこいつらは。

 理解不能な状況に、防人隊は恐れおののき金縛りにあったように動けない。

 やがてあれだけいた大量の星屑を全て食べ終えてしまった普通の星屑より1回りも2回りも大きい星屑は、防人隊をじっと見つめていた。

 あ、これ死んだな。

 加賀城雀は自身の危険レーダーが振り切れて動作不良を起こしたのを感じた。あまりの絶体絶命に、何の反応もしなくなったのだ。

 だが巨大な星屑たちは何もしてこない。防人隊を観察しているかのように、じっと見つめるだけで何もしようとしない。

 あれ? これひょっとして安全なのでは?

 雀は共食いをしていた星屑たちを見て思う。奇しくも防人隊で1番最初に冷静になったのはいつもパニックになっている彼女だった。

「め、メブ? 撤退しないの?」

 雀の言葉にはっとした芽吹は急いで指示を出す。

「ぜ、全員撤退! 護盾隊と銃剣隊は星屑に注意を向けたまま! でも決して攻撃はするな! ゆっくりと、ゆっくりと後退!」

 芽吹の言葉に金縛りにあっていた防人隊は慌てて陣形を組みなおし、じりじりと後退を開始する。

 だが、そんな吹けば飛ぶような獲物を前にしても不気味なことに共食いをしていた星屑たちは動かず、中空に突如出現する新しい星屑を食うことはあっても決して防人たちに手を出すことはなかった。

 




 あーあ、出会っちまったか。
 というわけで防人隊に見つかっちゃいました。
 まだアニメ本編3話終わったばかりだけど大丈夫か?
(+皿+)「大丈夫じゃない、問題だ。
      まあ、共食いしてたところ見られただけだし、バレないバレない」


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ラーメン大好きセッカちゃん

 あらすじ
 皆待望の水着回。濡れ透けでぐへへな展開。
 丹羽の目はナツメさんに潰されましたが、再生するので問題ありません。
 前回の東郷さんの丹羽に対する風先輩と樹ちゃんの気持ちの発言はあくまで東郷さんなりの考察なのでこの作品がヘテロものになるってことはないです。
 星屑(主人公)は勇者の女の子同士の百合イチャを応援しています。



 セッカは激怒した。

 セッカは丹羽の精霊として作られた人型の精霊型星屑である。本来なら食事や睡眠も必要がないが、娯楽として食事を楽しんでいる。

 本来自分は温厚な性格であり、周囲からも怒った姿を想像できないと言われてきた。

 事実勇者であった秋原雪花だった時も感情的になって行動することはなかったし、そうせざるを得ない状況とはいえ本心を押し殺してきた。

 だが、これはいくらなんでもあんまりだと思う。

 少なくともあの世界では自分で選べる自由があった。いや、下手に選べる自由があったせいで今の不満のようなものができてしまったのかもしれない。

 もしも北海道のように食糧事情がひっ迫していた状況だったら、こんなことは思わなかったはずだ。

 だが、四国という神樹の恵みにより食糧事情が恵まれている状況を知ってしまった雪花にとって、これはもはや拷問だった。

『私は』

 そう、セッカこと秋原雪花は。

『私は、ラーメンが食べたーい!』

 心から食べたいものを叫ぶ。

 それに対して同席していた犬吠埼姉妹と宿主の丹羽は呆然とし、ナツメだけがひたすらうどんを無言で食べていた。

 

 

 

「えー、というわけで今日の勇者部活動は家庭科室で行います」

「いや、どういうわけよ」

 昨夜突如「明日の勇者部活動は家庭科室で」という風のメッセージを受け、放課後家庭科室に集まった勇者部メンバーの1人、三好夏凛がツッコんだ。

「すいません、今回の依頼者は俺です」

 風に詳しい説明を求めようとしていた夏凛は、手を上げた丹羽を見る。

「正確には、俺の精霊…というかセッカさんの依頼で」

『ラーメン食べたい!』

 丹羽の胸から出てきたセッカが、ややご機嫌斜めな表情で言った。

『昨日もうどん、一昨日もうどん、その前もずっと前もうどん! 毎日毎日うどんうどんうどん。もううどん飽きたー! いい加減ラーメン食べたいよー!』

 精霊の言葉に夏凛はええ…と他の部員を見る。すると風が露骨に目をそらした。

「風、説明」

「いや、違うのよ。確かに半分くらいアタシのせいなんだけど話を聞いて」

 どうやら自分が悪いという自覚はあるらしい。ならば懺悔を聞いてやろうと夏凛は続きを促す。

「セッカはうどんうどんっていうけど、アタシだってちゃんと考えて作ってるのよ。昨日は女子力うどんでしょ。一昨日は肉うどん。2日前はごぼ天うどんで飽きの来ないように作ってたんだから」

 いや、どんなに飽きの来ないようにと言ってもしょせんうどんであることに変わりないと丹羽は思うのだが。

「問題ありませんね」

 と東郷。なぜセッカが怒っているか理解できないといった様子だ。

「うちではいつもこうですけど、何がいけなかったんでしょう」

 樹も本気で何が悪かったのかわかっていない様子で、首をひねっている。

「何を怒ってるんだろう、セッちゃん」

 と友奈。彼女もなぜセッカが怒ったか理解できないらしい。

 とここで丹羽は気づいた。しまった、ここは香川県民しかいない。彼女たちにとってうどんが何日も続くのは別に苦でもなんでもなく、むしろ3食うどんでも何ら問題のない人々なのだ。

「風、あんたねえ」

 しかし完成型ツッコミ勇者だけは問題点に気づいたようだ。こぶしを握り、風に向かって声を上げる。

「うどんだけじゃ栄養が偏るでしょ! サプリもとりなさい!」

 ちがう、そうじゃない。

 予想外の言葉にセッカもずっこけていた。どうやらこの話題では夏凛もツッコミではなくボケ側に回るらしい。

「そこは大丈夫。他にもおかずを作ってバランスよい食生活を心がけてるから」

「ならよし!」

『いや、よくないでしょ? 話聞いてた?』

 納得する夏凛についにセッカがツッコんだ。というか、ボケサイドに身を落としたツッコミ仲間の夏凛に対して静かな怒りが声に満ちている。

『私は、ラーメンが食べたいの! 白くて太いうどんじゃなくて細くて長いラーメン! 味も出汁汁じゃなくて味噌とか醤油とかのラーメン! というか、風さんにはお礼はラーメンでいいって言ったのに全然約束果たしてくれないし!』

 セッカの言葉に風も思い出した。そういえばナツメに詰め寄られた時助けられてそんなことを言われたような。

『もうあれですね。私が止めなかった方がよかったかな。風さんはナツメさんとずっとイチャイチャしてた方がご主人も喜ぶし、幸せそうだしそれで』

「ちょ、ちょっと待って!」

 もう1度あんな状態になったらセッカ以外誰も止めてくれないという事実に、風はようやく気付いた。

 宿主である丹羽はむしろナツメと風の関係を応援しているし、他の部員もスルーか見守っている状態。

 押されたら押された分だけ倒れてしまう風にとって純粋な好意でぐいぐい押してくるナツメはある意味天敵なのだ。

 まあ、風としてもナツメの純粋な気持ちが嫌いじゃないというのも問題の根源ではあるのだが。

『やっぱりあれですよねー。あっちでも2人ってお似合いだったし。ナツメさん贔屓するのも仕方ないかなーって』

「ち、違っ! アタシ贔屓したりなんて」

 慌てる風に、セッカは冷たい目線を送る。

 どういうこと? と目で問いかける他の部員に、実は…と丹羽は昨夜夕食で起こったことを話し出した。

 

 

 

『もういいかげんうどんは飽き飽きですよ! ナツメさん、ナツメさんもそう思いますよね!?』

 同じ元西暦勇者のナツメに声をかけると、ナツメはセッカの言葉に首を振った。

『セッカ。風の作るご飯は美味しい。うどんも私は嫌いじゃない』

 たしかに自分も風の作るうどんは美味しいと思うし、嫌いじゃない。

 でも、いくらなんでも限度がある。毎日うどん攻めは香川県民以外には拷問なのだ。

『それに、好き嫌いはよくない。お腹いっぱい食べられることが私たちにとってどれだけの幸福なのか、わかるだろう?』

 ナツメの言葉にセッカは『うっ』と言葉に詰まる。

 確かにあの世界にいたことで感覚が麻痺していたが、西暦時代の故郷の状況を考えると自分は何てぜいたくを言っているんだと思う。

 缶詰やインスタント食品ならまだいいほう。新鮮な材料で作った手作り料理なんて夢のまた夢だった。

 神樹の恵みがある四国だからこんなわがままが言えるのだ。それを思い出し、セッカはしゅんとなる。

『だが、セッカのいうようにうどん以外のご飯も食べてみたいとは思う。これだけ料理がうまいんだ。風の作る沖縄料理はどれだけ美味しいんだろうかと』

 違った。ただの天然だった。

 てっきり自分に対するお説教かと思ったら、自分が食べたい沖縄料理を作ってもらうための前振りだったらしい。

 しかもそれを聞いた風も悪い気はしてないようで、「もー褒めても何も出ないわよ」と言いつつスマホでコックパッドを開き沖縄料理の作り方を調べている。

 その姿に、セッカの中の何かが切れた。

『贔屓だ』

「え?」

『贔屓だ! ナツメさんだけ贔屓だー!』

 突如子供の様に駄々をこねるセッカに食卓にいた丹羽と樹も驚く。

『風さんのチョロチョロ大王! 女子力(自称)魔神! 胃袋ブラックホール! もう私ラーメン食べるまでご主人に力貸してあげないんだから!』

 

 

 

「というわけでして、戦闘面でもセッカさんの力が使えないのはかなりの痛手なので今回の依頼をしました」

「うん、風が全面的に悪いわね」

 丹羽に昨日の犬吠埼家の食卓で起こったことを説明されると、夏凛は大きくうなずき言った。

「ちょっと、別にアタシは贔屓なんてしてないわよ!」

「本人にそのつもりはなくてもされてるほうはわかるのよ…ていうかあんたのは露骨すぎ! そりゃセッカも怒るわ!」

 夏凛の言葉にセッカは『かりーん』とようやく理解者ができたといった様子で抱き着いている。

 あら^~唐突なせっかりんいただきました。

「風先輩、これは精霊虐待案件では?」

「うん、話を聞くとセッちゃんかわいそうだよ」

 と東郷と友奈。丹羽の話を聞いてセッカがどれだけ傷ついたか想像し、風を批難している。

「精霊虐待ってそこまで? アタシちゃんとナツメとセッカのぶんのご飯も作ってるし、犬神にもドッグフード上げてるわよ」

「え? ちょっと待って。あんた自分の精霊にドッグフード食べさせてるの?」

「そうよ、ちゃんと健康のことを考えて減塩タイプのやつ」

 風の言葉に思わず夏凛がツッコんだ。が、何を当たり前のことをという風の言葉にこっちがおかしいのか? と錯覚しかける。

「へー、風先輩のところはそうなんですか。うちはビーフジャーキーを上げています」

「うちのコダマは霧吹きで毎日水を上げてますよ」

 と思っていると友奈と樹も言ってきた。あれ? やっぱりあたしがおかしいのかしら。精霊にご飯あげるのって普通なの?

「2人とも、精霊は神樹様のお使いなんだから変なものを上げちゃだめよ。ちなみに私は精霊たちに国防の何たるかを毎日3時間は聞かせているわ」

「いや、それこそ精霊虐待案件でしょ!」

 東郷がまともなことを言ったかと思ったら行動が全然まともじゃなかった。いったいどの口が精霊虐待などと言ったのだろうか。

「まあ、いつまでも話をしてても始まらないし作りましょう。材料は用意してあるから」

 と風。なんか強引に話の方向を変えてごまかされたようだが、これ以上ツッコミをしていると日が暮れそうなので夏凛もセッカのためのラーメン作りに協力することにする。

 家庭科室の机の上には各種調味料のほかにチャーシュー、野菜にラーメンの麺と用意されている。

 これなら一通りの種類のラーメンが作れそうだ。

 早速料理上手の風と東郷が調理を始める。丹羽と友奈は料理を手伝う気満々だった樹のお守り…というか樹が料理しないための見張りだ。

「できたわ! どうぞセッカ、召し上がれ」

『やったー!』

 風の言葉に箸を持ったセッカが目を輝かせて目の前に置かれた料理を見る。

 スープは透明な琥珀色。上に載っている具材はシイタケ、さやえんどう、ニンジンと彩りもいい。

 そして分厚く切られたチャーシューと月見状になっている温玉も嬉しい。さっそく箸を入れ、その白くて太い麺(・・・・・・)をスープごとすすり、雪花は笑顔で言う。

『うん、うどんだねこれ』

 醤油ラーメンかと思ったスープはうどん出汁で、ただのチャーシュー入りうどんだった。

『ねえ、私ラーメン食べたいって言ったよね? なんでうどん出してくるの?』

「ごめーん、ついいつも通りの手順でやったらうどん作っちゃった。てへ☆」

『てへ☆ じゃなーい! ラーメンとうどん。どうやったら間違えるの⁉』

 というかうどん玉ではなくちゃんとラーメン用の麺を用意したのにどうやってうどんを作ったのだろう。

 まあ、うどん玉からそばやラーメンを作る勇者もいるし、不思議なことはないかと丹羽はゆゆゆいの光景を思い出して1人納得する。

「ダメじゃないですか風先輩。セッカ。これをどうぞ」

『東郷さん。ゴチになります!』

 セッカは気を取り直し、今度こそと目の前に出されたどんぶりに向き直る。

 スープは濁っていて、ほんのりと味噌の香りがする。東郷のアレンジなのか、ラーメンの具には似つかわしくないお餅が入っているようだ。

 うん、でも私そういうの嫌いじゃないよとセッカは箸を入れ、白くて太い麺をすくい上げた。

『って、これただの味噌味の力うどんじゃんか!』

「あら? 味噌は嫌いだった?」

『大好きですけど! でもラーメンに限ってね! なんでラーメンじゃなくてうどんなの⁉』

「ごめんなさい、私横文字料理には疎くて…」

『ラーメン! 拉麺って漢字でも書けますよ! そもそもうどん玉じゃなくてラーメンの麺使ってるのになんでうどん作れるの⁉』

「もう、なにやってるのよ風も東郷も!」

 料理に関してもボケ倒す2人についに完成型ツッコミ勇者が立ち上がった。

「仕方ないからあたしが作るわよ! セッカのために完璧なラーメンをね!」

『夏凛、こうなったらあんただけが頼りだ! 頼むよー』

「任せなさい。まずこういうのは出汁が命! このにぼしを惜しげもなく使うわ!」

『おおっ!』

「で、麺を茹でている間に具材を炒める。どんぶりに調味料とさっきの煮干し出汁を入れてスープを作ったら茹で上がった麺と炒め野菜を入れて」

『うんうん』

「できたわ! 完成型勇者特製煮干しうどんよ!」

「わーい、ラーメンいただき…うん? うどん?」

 セッカが箸を入れて麺を見ると、確かに茹でたラーメンがうどんになっていた。

 恐るべし、香川っ子DNA。ラーメンを作ろうとしても無意識にうどんにしてしまうとは。

 3連続で出てきたうどんに、セッカは軽く絶望していた。※ちなみにうどんはナツメ、スミ、友奈がおいしくいただきました。

『もう、私うどんしか食べられないのかな…ラーメンはうどんに敗北したの?』

「あきらめないでセッちゃん、今度は私が作ってみるから」

『いいよ結城ちゃん。どうせうどんしかできないんだ。私がラーメンを食べるなんて、この香川では大きすぎる夢だったんだよ』

 信頼していた夏凛までボケ側に回りうどんを作ったことでセッカは相当ショックを受けたようだ。というか目の前で見ていたのにラーメンの麺がうどんになったプロセスが全然理解できない。

「じゃあ、わたしが作ってみる」

「駄目よ樹! 料理なんてそんな(食べるセッカが)危ないこと!」

「そうよ樹ちゃん。今回は座っているだけでいいから!」

「犬吠埼さん、早まらないで!」

 樹が腕まくりをして立ち上がるのを3人が必死で止める。家庭科室でバイオハザードを起こしたなんて知られたら今後の勇者部の活動に影響してしまう。

「むー。お姉ちゃんも東郷先輩も丹羽くんも心配性すぎるよ」

 なんとか説得に成功し、椅子に座らせることに成功して身内と先輩、クラスメイトはほっと一息つく。

「できたよセッちゃん、これが私の全力全開!」

『うん、完全に肉うどんだコレ』

 その後ろでは4度目の正直とばかりに作った友奈のどんぶりの麺をすくい、またうどんなことにセッカから諦めにも似た言葉が告げられていた。

 ズーンと家庭科室を重苦しい空気が覆う。まさかラーメンを作るだけなのが、こんなにも難しいことだったとは。

 依頼を持ち掛けた丹羽もまさかこんな事態になるとは思わず困惑していた。頼りの料理上手組2人がまさかラーメンからうどんを作り出すびっくりシェフだったなんて。

 ん? 待てよ。

「東郷先輩、ラーメンが横文字だから作れないだけなんですよね。だったら…」

 東郷に向けて丹羽が相談する。すると東郷はうなずき、料理にかかった。

「お待たせ、セッカ。志那蕎麦(しなそば)よ」

 黒い醤油の色と煮干しのいい香りが鼻孔をくすぐる。具も野菜を煮ただけのシンプルなもので、箸ですくうと今度こそ細長いラーメンの麺だった。

『おお、ようやくまともなラーメン! いただきまーす!」

 5回目にしてようやく巡り合えた故郷の味にセッカは感動しながら麺を一口すする。

 うまい。にぼしの香りが強いがそれでもいままで我慢していた分感動もひとしおだ。セッカは一心不乱に麺をすすり、スープをごくごくと飲み干した。

『ふいー。ごちそうさま! いやー久しぶりにラーメン食べたって気になったよ。ありがとう、東郷さん。ご主人』

「すごいわね丹羽、東郷。あんたら一体どんな魔法使ったのよ」

 ラーメン用の麺を使ってもうどんにしてしまう錬金術じみた香川っ子DNAを克服し、ラーメンを作り上げた2人に風が質問する。

「簡単ですよ。ただ東郷先輩にラーメンじゃなくて志那蕎麦を作ってくれって言っただけです」

「志那蕎麦? なによそれ」

「ラーメンの昔の呼び方です。水戸黄門が最初に食べたって言われているくらい古い歴史を持つ食べ物ですから、和名があって当たり前なんですけどね。見落としてました」

「私も丹羽君の言葉に目からうろこだったわ。まさか志那蕎麦がラーメンのことだったなんて」

 東郷の言葉に風と夏凛は「お、おう」とどこか納得がいっていない様子だ。

 まあ、なんにせよよかった。セッカも喜んでくれたし、今度セッカがラーメン食べたいと駄々をこねた時は東郷に頼めばいいとわかった。

 これにて依頼達成完了。おつかれ、解散!

 とならないのが勇者部である。

「できました! さあ、皆さんどうぞ」

 突如聞こえてきた樹の声に、風、東郷、丹羽は驚き振り向く。

 そこには寸胴いっぱいに紫色の麺類を作った樹が笑顔でいた。

「い、樹? その寸胴の中身は…」

「わたしが作ったラーメンだよ!」

 ちがう、ラーメンはそんな紫色じゃない。

「樹ちゃん、今回の依頼は樹ちゃんは座っているだけでいいって言ったわよね」

「ごめんなさい、東郷先輩。でも、わたしだってセッカさんの力になりたかったので」

 うん、その心だけで充分なのよ。と、東郷は冷や汗を垂らしながら思う。

「犬吠埼さん、いつの間にそんな料理を」

「みんなが東郷先輩の料理に夢中になってる間だよ。食べるのを見ててお腹空いたでしょ。いっぱい作ったから遠慮せず食べてね」

 うん、たしかにみんなはおなかが空いているかもしれない。

 でも、それは食べられるものに限るんだ。とは言えず丹羽は友奈と夏凛を見る。

「2人とも、どうして止めなかったんですか!」

「え? 樹ちゃんのこと? だって頑張ってたから」

「あんたら樹に過保護すぎるのよ。失敗して学ぶことも多いんだから、やらせてみなさい」

 とあくまで他人事な意見が返って来た。そうか、友奈はともかく夏凛はまだ樹の腕前を知らなかったのか。

 だったら思い知ってもらおう。

 結局この後樹が作った自称ラーメンことスペシャルうどんで勇者部のうち4人が食べても食べても減らない麺の量にノックアウトとなり、残りはいつものように丹羽が責任をもって食べた。

 ちなみにセッカはというと東郷の作った志那蕎麦を食べてすぐ丹羽の中に引っ込んだのでこのスペシャルうどんを味わうことはなかった。

 

 

 

「共食いする星屑⁉」

 安芸から防人たちによる壁の外の調査報告を聞いた園子は思わず声を上げた。

「はい。隊長の楠芽吹及び他の隊員32名全員が目撃したとのことです」

「それは…にわかには信じられないけど」

「はい。確かな情報です。しかもその星屑たちは防人を包囲していた星屑を全て平らげると防人隊を観察するだけで、決して攻撃してこなかったとか」

 園子の頭の中で、かつて自分と須美と銀の前に現れた、1体の星屑の姿が思い浮かぶ。

 あいつも最初わっしーとミノさんの攻撃を躱すだけで、何もしてこなかった。むしろ自分の力を見せつけるだけ見せつけてすぐ撤退していった。

 そして共食いという行為。それもあいつと一緒だ。自分たち勇者を利用して巨大バーテックスを食らい、その能力を自分のものとしたあいつと。

 防人を襲わなかったのは勇者と勘違いしたからだろうか? 壁の外に行けるのは勇者だけだと思っているのかもしれない。

 あるいは、本当に善意で彼女たちを助けたとしたら?

 考え、ありえないとすぐ否定する。

 人類の敵が人間に味方するなんてありえない。

「すぐわたしもそこに行く。先生、準備を」

 車椅子の準備をしようとしてすぐにでもゴールドタワーへ向かおうとする園子を、安芸は止める。

「お待ちください園子様。御身は神樹様にその身を捧げた勇者という存在。そんな軽々しく」

「防人は何のために組織されたの? たしかに壁の外の調査のためという表向きの理由はあるけど本当は」

「乃木さん早まらないで」

 安芸の言葉に園子は驚く。と同時に少し冷静になることもできた。

「ごめん、先生。わたしちょっと熱くなってた」

「いいえ。三ノ輪さんの手掛かりが得られたかもしれないもの。熱くなって当然よ」

 園子の言葉に安芸は胸をなでおろした。下手をしたら2年前大赦で大暴れした時の繰り返しになっていたかもしれない。

「でも、あなたが直接動くということは、それほど大赦にとってリスクになる大事でもあるのよ。私も協力してみるけど、動けるのは早くて3日後。遅くて7月上旬になると覚悟しておいて」

「そんな! それだけ時間があったらあいつに逃げられちゃう!」

「わかって乃木さん。確かにあなたの目的には協力したいけど、今は時期が悪すぎる。いつ残りのバーテックスが襲ってくるかわからないのよ」

 安芸の言葉に園子はうなだれるしかなかった。

 そう、巨大バーテックスの出現は予測されたものよりも不規則で、巫女の予言も当てにならない。いつ次の巨大バーテックスが出現するのかと大赦の要職にいる者は戦々恐々としている。

 だからこそ自分たちを守ってくれる存在として園子を手元に置いておきたいのだろう。それゆえ壁の外の調査のために園子がここを離れることを簡単に承知するとは思えなかった。

 ここにきてこんな足止めだなんて…と園子はタイミングの悪さに歯噛みする。せめて残りの7体のバーテックスを倒した後ならばもっとスムーズに事が進んだだろうに。

「そうだ、先生。わたしが壁の外にいる巨大バーテックスを倒しに行くってことにすれば!」

「乃木さん。それは今の勇者たちを心配しての発言なの? それとも自分が壁の外へ行くための口実?」

 安芸の言葉に園子はうなだれた。本当に、この人は自分のことをお見通しだ。

「私のほうでもできるだけ動いてみる。だから早まった真似はしないで。もし三ノ輪さんが帰って来た時、あなたがいなかったら傷つくのはあの子なのよ」

 我ながら卑怯な言い回しだと安芸は思った。だが、下手に行動して彼女の立場が悪くなればそれこそ彼女を排斥しようとしている人間に口実を与えるようなものだ。

 最近なぜか大赦の人間が勇者に対して好意的になっているとはいえ、上層部は以前と変わらない。というか急に人格が変わったように勇者支援派となった人間は引退するか隠居して影響力の少ない存在になったかのどちらかなので、必然的に園子を快く思っていない人間の勢力が増していたりする。

 だが勇者と大赦の在り方を根本的に見直すべきという大赦内での風潮を気にし、表立っては動けないというのが現状のようだ。

 大赦が前線で戦う勇者たちにとって良い組織になりつつあるのは歓迎すべきことだ。だが、上に立つ者が彼女たちを利用する気なのが変わらなければ根本的な解決にはならない。

 もちろん、園子を止めたのも彼女の身を案じてという理由もある。まだ共食いのバーテックスを見つけただけで園子が探す人型のバーテックスを見つけたわけではないし、その住み家を突き止めたわけではない。

 彼女が動くとしたら、最低でもそのどちらかを発見した後だろうと安芸は思っている。

 そのためにはまた防人隊の子たちを危険な場所へ向かわさなければならないな、と心を痛めた。

「防人隊の次の派遣はどうしましょう。今回の出来事で同じ場所に派遣されることに危機感を持つ人間もいるでしょう。できれば別ルートからの探索を提案いたしますが」

「そうだね。じゃあ、ここからこういう風に。もし、このルートでまた共食いする星屑と出会ったらあいつの活動領域が大分絞られてくると思う」

 西暦時代の地図を広げ、×印のついている箇所から大回りするようなルートを指し示す園子に安芸は首肯する。

「了解しました。ではそのように」

「あ、先生!」

 園子の言葉に、安芸は振り向く。

「なにか?」

「いろいろしてくれてありがとう」

 やめてくれ。私はお礼を言われるような大人じゃない。

 ただ教え子にできなかった罪滅ぼしをしているだけの、卑怯な大人でしかないのだ。

 安芸は返事をせず、ただ頭を下げて病室を出る。

 次回の派遣で防人隊の子を危険にさらすことになるかもしれない。だが、教え子のためには絶対に必要なことだ。

 どちらも自分にとって大切な存在で、比べることができない。

 せめて無事で戻ってきてほしいと思う反面、園子のために何か手掛かりを見つけてきてほしいとも思う。

 どこか矛盾した自分の思いに、安芸は苦悩する。昔は大赦と教師の板挟みでどっちつかずだったが、今は園子と防人組の間に挟まれどっちつかずでいる。

 やはり人間はそう簡単に変わらないものだな、と苦笑する安芸であった。




 Q安芸先生に死亡フラグ立ってない?

 A立ってません。防人隊の充分すぎる功績や現人神で最強勇者の園子の庇護下にいるのでおいそれとは大赦の要職にいる人間でも手は出せません。
  ちなみにバーテックス人間化してなかったら痴情のもつれとして一般職員が鉄砲玉として心中に見せかけて暗殺したり、不慮の事故が起こったかもしれませんが。
  今の大赦は勇者をもっと支援すべしという意見に傾いている健全な組織なので、勇者を困らせるような命令は受け付けません。なので安芸先生の安全は保障されています。
  むしろ自分たちが止められない最強勇者の園子に唯一意見出来て今の最高責任者にも恩(園子から助けた)があるので、出世コースまっしぐらです。


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防人隊、人型さんと出会う

 あらすじ
 毎日毎日うどんばっかりで温厚なセッカちゃんもついにブチギレ!
 みんなでラーメンを作ることに。

友奈「できたよ」つ肉うどん
セッカ『うどんじゃん!』
東郷「できたわよ」つ力うどん
セッカ『うどんじゃん!』
風「できたわよ!」つ女子力うどん
セッカ『うどんじゃん!』
夏凛「できたわよ!」つにぼしうどん
セッカ『かりーん! あんたまでボケてどうすんの!』
樹「できました!」つスペシャルうどん
セッカ『あ、私ちょっと用事が』ガシッ
樹「お残しはダメです」

友奈「」(再起不能)
東郷「」(再起不能)
風「」(再起不能)
夏凛「」(再起不能)
丹羽「食べなきゃ…食べなきゃ…」(味覚オフ)


 乃木園子は人型バーテックスにとって特別な存在である。

 最初会った時は敵として。といっても向こうが一方的にこっちを敵視してきただけでこっちは推しキャラに会えて興奮していただけなのだが。

 それからは三ノ輪銀と同じく残酷な運命が待つ物語を回避しようと陰であれこれと画策して行動してきた。

 その結果最悪の事態を招き三ノ輪銀は一命はとりとめたものの昏睡状態。乃木園子には誤解から敵視されているわけだが。

 というかマジで1回殺されかけたから敵視以上に嫌われていると思う。

 だが、それでも人型バーテックスにとって乃木園子は守るべき対象であることは変わりない。

 満開の数を本編よりも少なくできたが半身不随と呼ばれる状態で内臓もいくつか捧げてまともな食事もできないのだと大赦にもぐりこませたバーテックス人間からの報告で知った時は落ち込んだ。

 讃州中学勇者部は無理としても普通の学校へ通い、普通の青春を送ってほしかった人型バーテックスとしてはこの結果は失敗以外の何物でもなかったのだ。

 さらに大赦でかなりの権力を持ち、防人隊を指示して自分を探しているとわかった時は驚いた。

 大赦の要職にいる人間を全てバーテックス人間にするつもりだったが、いっそのこと園子や勇者たちを大切に思っている安芸をトップに据える計画に移行したほうがいいかな? と計画を練り直しているときにそれは起こった。

 サーバー星屑が管理している星屑が防人隊と遭遇し、共食いの現場を見られたのだ。

 その時はそれほど気にしていなかった。あくまで見られたのは星屑と星屑による共食いの現場だ。アタッカなどのゆゆゆいバーテックスを見られたわけではないし、所詮星屑同士のいさかいと誰も気にしないと思っていた。

 だが、大赦のバーテックス人間の情報によると防人と園子との連絡役の安芸が園子が壁の外へ調査のために大赦から出る工作をいろいろしていることが報せられて、あちゃー。バレちゃったかと頭を抱える。

 さすがそのっち。わずかな情報から共食いする星屑の背後に俺がいると勘づき、自ら捜しに来ようとするなんて大した行動力だ。

 もっともバレた最大の理由は星屑が防人たちを攻撃せず、見守るだけだったという行動のせいなのだが。それはサーバー星屑を作った時に「勇者、防人を決して攻撃しない」という命令を入力したことがきっかけで、人型バーテックスにとってはかなり昔のことで憶えていなかった。

 しかし困った。と人型バーテックスは考える。

 次の星座級巨大バーテックスの総攻撃まであとわずか。その戦いに協力できないのは人型バーテックスにとって大変都合が悪い。

 いっそのこと星座級バーテックス襲来の7月7日に園子を壁の外へ出させ、防人と園子、勇者部の合同軍で敵に当たるシナリオも考えたが、うまくいくかどうかは怪しい。

 なにしろ防人隊はゴールドタワー付近から壁の外へ出発。勇者部は神樹の結界である樹海での戦闘である。

 同じ場所で戦闘になるとは限らない。むしろ壁の外で人型バーテックスが戦況をうかがっているところを園子に急襲されかねないかもしれない。

 つまり最悪のシナリオは人型バーテックスが園子と防人隊の手によって撃退され、樹海で巨大バーテックスと戦闘していた丹羽を含む勇者部全員が全滅するというものだ。

 こうなると四国は間違いなく滅ぶだろう。人型バーテックスとしてもこのルートはノーセンキューだ。

 ならば最良のシナリオとは何か?

 勇者部全員の生還。もちろんこれが大前提だ。

 ついでに銀ちゃんが意識を取り戻して園子が供物として捧げた身体の機能を取り戻せたらなお良い。

 次点で勇者部全員の満開阻止。これはできたらでいいと思っている。

 大赦にもぐりこませたバーテックス人間により神樹の生体を管理している部署は占領済みだ。神樹の生命はこちらが握ったも同然。最悪自分の命がかかっているとわかればいくらロリコンクソウッドとはいえ供物として捧げたものも返却せざるを得ないだろう。

 だから最悪友奈たち勇者部のメンバーたちが満開しても問題ない。もちろん満開しないに越したことはないが。

 こう考えると、自分の存在がバレたのは大した問題ではないように思う。

 自分が死んでも四国には丹羽がいるし、精霊も3体いれば何とかなるだろう。まだ繭から孵っていない精霊が5体いるが、別の場所に移して孵化させれば問題ない。

 そう考えると銀ちゃんが無事なら最悪拠点にしているデブリの場所がバレても…あ、ダメだ。バーテックス人間とか精霊型星屑作りの現場見られたら余計に変な誤解されそう。

 こうなったら別の場所に引っ越すか。でも今隠れ家にしているデブリのような場所がそんなどこにでもあるわけではないしなぁ。

 この2年で四国周囲の外の世界は星屑の目を通して探索し終えていた。遠征隊の情報もあるが、デブリはあっても小規模。ここのように様々な施設を作り、身を隠せるほどの大きさのものはなかなか見つからない。

 いっそのこと星屑を使い新たな基地を作ったほうがいいのではないか。

 スター〇ォーズのデス〇ターとか。星屑だけに。

 そんなことを考えていると、サーバー星屑から異常事態を知らせてきた。

 さっそくサーバー星屑に触れて意識を移すと、数体の星屑の数字が黄色になっている。

 数字をなぞり、星屑の視界を写す。すると飛び込んできた光景に目を疑った。

 おいおい、嘘だろ。

 園子関連の問題で頭がいっぱいだったのに、そんなのお構いなしに次々と問題はやって来る。

 画面の中では7月7日、樹海に総攻撃をかけるはずの巨大バーテックス達に防人隊が囲まれている光景だった。

 

 

 

「今回の防人隊の遠征は公務ではなくあくまで私の個人的なお願いです。もし危険を感じたり、必要性を感じなければ隊長のあなたが断ってくれて結構です」

 大赦との連絡役である安芸の言葉に、芽吹は戸惑った。

 最初防人として集められ、連絡事項を伝えられた時は冷たい人、あるいは非常に事務的な人間だと思っていた。

 だが防人が壁の外から帰ってくるたびに笑顔で迎えてくれ、心から喜んでいた姿に悪い人ではないのだとすぐ気づいた。

 そして防人たちの功績が認められると自分の手柄にはせず、防人たち自身のおかげだと地位向上に努めてくれた。

 おかげで勇者になれなかった捨て石の集まりという大赦内の防人たちに対する認識も変わってきたように思う。

 全てとはいわないが、これも安芸のおかげだと芽吹は思っている。もっとも安芸に言わせればそれはあなたたちが行ってきたことの結果で、乃木園子という勇者の後ろ盾があるおかげで自分は何もしていないと言うのだが。

 そんな安芸が持ってくる遠征予定は多少の例外はあれど1週間に1回。あるいは隊員たちに十分な休息を与え、万全の状態だと判断した時に限られていた。

 だが、先日の兵庫県遠征でまだ防人隊は混乱している。理由はそこで見た星屑同士の共食いの光景だ。

 星屑を今まで数多く倒してきた防人部隊だったが、あんな光景を見たのは初めてだった。しかも直前まで絶体絶命のピンチだったのである。

 だからみんな混乱していた。あの星屑は自分たちにとって味方なのか。それとも敵なのか。

 食堂でも意見が分かれ、その混乱ぶりは察することができた。もしも味方なら自分たちと共闘できないかという人間も出てくる始末だ。芽吹は頭を抱えるしかない。

 バーテックスは人類の敵。それが自分たちに味方するなんてありえない。

 おそらくただ一時的に利害が一致しただけで、ただの偶然。2度目はないだろう。

 そう叱り飛ばしたのだが隊の中ではまだ意見は割れていて、困ったものだと考えていたところだったのだ。

「その、個人的なとはどういう意味でしょう。それに防人隊のメンバーはまだ先日の遠征での疲れというか動揺が…とにかくまともに戦闘ができるとは思いません」

「個人的なというのはその言葉通り、大赦の命ではなく私個人という意味です。ある少女のため…いえ、元教え子のためと言いましょうか。とにかく個人的なものです」

 安芸はそう言うと芽吹の言葉を聞いて逡巡している。

「しかし、そうですか。先日の遠征の結果、防人隊たちの動揺は大きいようですね。でしたら無理にとは言いません。隊長のあなたが万全と判断した時にまた話しますので」

「いえ、1日ください。その間に防人たちの意識をまとめ、士気を高めておきます」

 安芸の言葉に芽吹は答えた。彼女への恩もあったが、今まで任務をこなしてきた防人としての矜持もあった。

 それに未だ混乱している一部の防人たちへ喝を入れるという芽吹の個人的な感情もあったのだが、それを見通すほどの眼力は安芸にはない。

「わかりました。では2日後に出発を。ただ、これだけは覚えておいてください」

 1つ。まずは自分たちの命を第一に考えること。危ないと思ったら目的地に到着する前でも帰還すること。

 2つ。できる限り指定したポイントまでの情報を持ち帰ること。特に共食いする星屑のように普段見慣れないものを目撃した場所は座標を必ず記録すること。

 3つ。もし見慣れないバーテックス。特に人型のバーテックスと遭遇したら即退却すること。決して攻撃したり接触しようとは思わないこと。

「2つ目まではわかりましたが、3つ目の人型のバーテックスとは?」

「一般の職員には伏せられている情報で、私の教え子にとって仇…いえ、その一言では言い表せないほど危険な存在です。大きさは成人した人間ほどで特徴的な仮面をかぶっているそうです。ですが、その能力は巨大バーテックスにも引けを取らないものだと聞いています」

 おそらく大赦の上層部しか知りえない情報なのだろう。それを教えたということは、安芸も覚悟を決めているということだ。

「わかりました。楠芽吹、お役目に向けて行動を開始します」

 その覚悟と安芸の自分たちへの信頼に報いるため、芽吹は行動を開始した。

 まず未だ共食いする星屑を味方だという世迷い事を言う防人の仲間たちを集め、その性根を入れ替えさせるため組手で徹底的にその性根を鍛えなおした。

 楠芽吹、仲間からも言われる通り考え方は脳筋であった。

 それから防人全員を集め、2日後に遠征を行うことを告げる。

 当然仲間からは不満が出た。特にその筆頭が雀だ。

「あんな危ない目にあったのにまた遠征とか馬鹿なの? メブの鬼! 悪魔! 危険大好きっ娘!」

「別に私も危険は好きじゃないわよ」

 そして芽吹は説明した。今回の遠征は安芸の個人的なお願いで、公務ではない。

 しかし今まで自分たちを助け、勇者になれなかった捨て石としてさげすまれてきた自分たちを救い上げ、盛り立ててくれた安芸に対して恩を返すまたとない機会だと。

 その言葉に感化された者は多くいた。これもひとえに安芸の人徳のおかげだろう。

 だがまだ何人かは納得がいっていないようで、今回の遠征には消極的なのが見て取れた。

 だから芽吹は大赦でも上層部しか知らない人型のバーテックスの話をする。

 もしこれを発見し、最強の勇者である園子の力になれれば将来大赦での出世は間違いないと。

 すると功名心にかられた防人隊の何人かは目の色を変えて賛成派に回った。

 特に弥勒家再興という目的のある弥勒夕海子は目を輝かせている。突然転がり込んできたチャンスに飛びつくのはこちらも想定済みだ。

 するとあと反対しているのは加賀城雀だけとなった。

「うう…メブ~。言ってることは、言ってることはわかるんだよ。でもさぁ」

 雀は同調圧力にも負けず、言葉を紡ぐ。

「前の遠征の時にも思ったんだけど、普通じゃなかったんだよ。多分今度の遠征ももっと危ないと思う。だから、悪いけど」

「大丈夫よ。その時は雀が私を守ってくれるでしょ」

 にこりと笑う芽吹の言葉に雀は一瞬目が点となる。

「いやいや、逆逆! メブが私を守ってくれるんでしょ! 私なんかが人を守るなんて」

「雀の盾には窮地を何度も助けられたわ。蠍座もどきの時も、絶体絶命の窮地に陥った時も。道を切り開いてきたのはあなたなのよ」

 その言葉に、何人かの防人がうなずく。

「でもでも、あれは偶然で」

「偶然なんかじゃないわ。それに、雀の危険を感じるセンサーにはいつも助けられてる。戦闘が最小限で済んで安全に撤退できるのはあなたのおかげよ」

 突然の褒め殺しに、雀は顔を赤くしてあうあうと何かを言おうとして言葉にならない。

「ねえ、雀。私にはあなたが必要。いえ、私たちにはあなたの力が必要なのよ。どうしてもダメ?」

 ぐっと顔を近づけて目線を合わせ、芽吹が言う。なんだかんだ言って美少女で男前な芽吹が嫌いじゃない雀の心音が早鐘のように鳴る。

「落ちましたわね」

「うん、落ちた。天然でアレをやるのが芽吹の恐ろしいところ」

 夕海子としずくが雀を見て言う。ちなみに2人はとっくに芽吹についていくと決めていた。

「うぅ、わかりました。わかりましたよ! この加賀城雀、将来の安全のために一世一代の危険地帯に飛び込んでやりますよ! だからメブ! ちゃんと私のこと守ってね!」

「大丈夫よ。雀は私を守ってくれるくらい充分強いもの」

「そんなわけないじゃん、メブの馬鹿!」

 こうして防人隊は一丸となり、2日後の遠征に向けて準備を始めた。

 それが雀の言った通り一世一代の危険地帯への調査になるとは、この時誰も気づかなかった。

 

 

 

「神樹様の加護を。どうか皆さんをお守りください」

「防人隊のみんな。今回は私のわがままに付き合ってもらってごめんなさい。いえ、この場合はありがとうと言うべきかしら」

 遠征前、いつものように巫女である国土亜弥の祝詞と言葉を受けた後、大赦の仮面を外し、素顔を見せた安芸に驚きながらも防人隊は皆姿勢を正す。

「決して無理はしないで生きて帰ってきなさい。私にとってあなたたちは大切な教え子。私より先に死ぬ命知らずに教育したおぼえはないわ」

 普段は教師として勉強も教えている安芸の言葉に、何人かの生徒が笑みをこぼす。

「では、隊長楠芽吹ほか31名、行ってまいります」

「ええ、神樹様のご加護を。防人のみんなが無事帰ってきますように」

 安芸に一礼し、防人スーツを着た32名は壁の外の世界へ踏み出した。

 予定していたルートをたどりながら進むと、いたるところで共食いする星屑を見た。そのポイントの座標を記録し、決してその場所には近づかず指定されたルートを通り目的地を目指す。

「ひぃ~! 食ってる! あいつら自分の仲間を食ってるよー」

「雀、いちいち共食いしている星屑に驚かない! それよりどう、危険センサーは」

「危ないどころじゃないよ! ずっと危険メーターが振り切れちゃってるよ! もうやだ帰りたい~」

 弱気なことを言っている雀だが、さもありなんと芽吹は思う。

 共食いしている星屑もそうだが、このルートは星屑が異常に多い。いままで他の調査地に赴いた時でもこれほどの数を見ることはなかった。

 それを1回りも2回りも大きい星屑がやってきて片っ端から共食いをしているのだが、いくら向こうが襲ってこないとはいっても横を通るときはいつ気が変わって自分たちに襲い掛かってくるのではないかと気が気じゃない。

 ただ移動するだけでも精神が削られていくのだ。これでは帰りがもたないかもしれない。

 そんな時だった。それに気づいたのは。

 はじめはただの星屑の群れだと思った。

 共食いの現場を数多く見ていた防人隊は、どうせこれも別の場所から来た巨大な星屑に食べられるだろうと座標だけ調べ、そのまま進軍の準備をする。

 だから気づかなかった。その星屑の群れに隠れ四国へ向かおうとする7体の巨大なバーテックスに。

「っ、メブ! 逃げよう!」

「雀…あなたまた」

「違うの! ヤバいの! ぶっちぎりでヤバイ奴がこっちに気づいたから早く!」

 てっきり出発してからの何度目かの愚痴かと思っていた芽吹は雀の差し迫った顔に驚き、一瞬判断が遅れる。

 それが命取りだった。

「っ、全員停止、反転して撤退の用意!」

「ああー! もうダメだぁ、やっぱり来るんじゃなかった―!!」

 雀が盾を手放し、その場にしゃがみ込む。

 それほどまで絶望的な状況だと、気づいたのは何人いただろう。

 牡羊座、牡牛座、双子座、獅子座、天秤座、水瓶座、魚座。

 合計7体の星座級の巨大バーテックスが防人隊を確かに見つめ、迫っていた。

「雀、盾を取って! 護盾隊、盾を展開! 銃剣隊攻撃用意!」

「了解!」

「無理だよメブ。もうダメなんだよ。ここで私たちは死ぬんだ…」

「何をしてますの雀さん、しっかりなさって!」

 すっかり戦意を喪失している雀を夕海子が助け起こす。

「弥勒さん、今までエセお嬢様ってからかってごめんね。ツッコミ所しかない言動だったけどピンチの時は頼もしい弥勒さんのこと、好きだったよ」

「遺言みたいなことを言うのはおやめなさい縁起でもない! ほら、盾を持って構えてくださいまし!」

「はは、無理無理。これもう詰みだから。天地がひっくり返らない限り逃げられないよ」

「オイ雀! テメェ、なに始める前から諦めてやがる!」

 戦闘になり山伏しずくのもう1つの人格であるシズクが雀のスーツの胸倉をつかみ、しっかりするよう詰め寄るが雀の目は光を失ったままだ。

「無理だって。状況がわからないの? 勇者様でさえ苦戦する巨大バーテックスが7体。それに狙われてるんだよ。勝てっこないよ」

「いいえ、勝てるわ!」

 雀の言葉に隊長の芽吹が断言する。

 雀の発言に他の隊員も不安がっている。だからここで自分が折れるわけにはいかない。

「雀! 私たちにとっての「勝ち」って何?」

「え、それは…あの7体のバーテックスを倒すこと?」

 芽吹の言葉に目に一瞬光が戻った雀だが、自分の言葉が到底不可能なことだとわかり再び光を失おうとする。

「違う! それは勇者にとっての勝ち。私たち防人にとっての勝ちは、生き残ること!」

 その言葉に、防人隊員全員が奮えた。

「みっともなくていい。逃げてもいい。生き延びて勇者にここで見た情報を伝えることができれば、わたしたちの勝ちなのよ!」

「メブ…」

 本当は誰よりもその行為が嫌なはずだ。座して死ぬより戦って死ぬ方が名誉と考える頑固な性格だというのはここにいる誰もが知っている。

 だが、その矜持を捨ててでもみんなのために声を張り上げる芽吹の言葉に、知らず雀は灼熱の地面に落ちた盾の持ち手を強く握った。

「だから、力を貸して! 皆で生き残って帰るために。どうやったら逃げられるか全力で考えるから協力して!」

 馬鹿だなあメブは。

 そんなこと言うなんて隊長失格じゃん。敵前逃亡を真っ先に考えるなんて。

 まっ、私はそういう隊長が大好きなんだけどね!

「ごめんメブ。私、どうかしてた。全力で逃げるために頑張ろう!」

「雀!」

 頼りになる盾使いの復帰に、他の隊員の顔が明るくなる。

 よし、これで士気は持ち直した。

 あとはどうやってこの最悪な状況を持ち直すかだ。

 星屑だけでも大変なのに、勇者も手を焼くような巨大バーテックスが相手だ。

 五体満足無事に帰れるなんて贅沢は言わない。ただ、防人32人全員が生きて帰る!

 これは絶対だ。

「全員、撤退を第一に考え行動。最悪の場合荷物になるようなら武器や盾の放棄も隊長権限で許可する! だけど私が死ぬまで私の指示に従ってもらうわよ」

「なに言ってんの! メブの指示通り動けば死ぬわけないじゃん! ていうか、私がメブを死なせないし!」

「当然でしてよ! この弥勒夕海子の名にかけて、全員無事で帰りますわ!」

「けっ、命拾いしたなバーテックス。俺が倒して勇者たちの鼻をあかしてやろうかと思ったけど、芽吹の命令じゃ仕方ねえ。従ってやるよ!」

 雀、夕海子、シズクの言葉に答えるように他の防人たちも各々声を上げる。

 芽吹は考える。全員無事で撤退する方法を。

 そしてすぐに、無理だと感じた。だが、自分1人が犠牲になればある程度時間を稼げるかもしれない。

 それこそ、芽吹が最初に否定した人間に味方するバーテックスの出現でもなければこんな絶望的な状況はひっくりかえせないだろう。

 とにかく全員が生き延びられる最善の方法を。そしていざという時は自分を犠牲にしてでもみんなを逃がす。

 覚悟した芽吹は防人隊に指示を出そうとして、その口が開いたままになってしまった。

 なんとものすごい速度でやって来た見たこともないバーテックスが先行していた双子座に突っ込み、最後尾の獅子座まで突き飛ばしたのである。

 星屑でも星座級の巨大バーテックスでもない。早い速度で動くために特化した体躯をしたその見たことのないバーテックス――巨大フェルマータ・アルタから降りてきた人型の姿に、唖然とした。

 男とも女とも見れる凹凸のない真っ白い身体。巨大バーテックスと比べ明らかに小さい。

 だが、巨大バーテックスたちはなぜかそいつの登場に怯えているように見える。

 そして顔には子供の落書きのように稚拙な出来の仮面をかぶっていて。

「私の教え子にとって仇…いえ、その一言では言い表せないほど危険な存在です。大きさは成人した人間ほどで特徴的な仮面をかぶっているそうです」

 安芸の言葉がよみがえる。そうか、こいつが…。

 遭遇したら即逃げるように言われていた存在の登場に、芽吹は今度こそ心が折れた。

 もう、自分たちは逃げることができずにここで全滅するしかないのだと。

 

 

 

「絶対防人に見つかるんじゃねえぞ、俺」

 四国へ送った自分の分身、丹羽明吾の言葉を思い出して人型のバーテックスは心の中でため息をついた。

 すまんな、俺。約束破っちまった。

 だってもしここで誰かが死んじゃったら天使のような亜弥ちゃんのことだ。すごく悲しむだろう。

 だから彼女たちは誰1人傷つくことなく帰ってもらう。たとえそのっちが俺を殺しにやってくる手掛かりを持って帰るのだとしても。

 とりあえず防人隊のみんなを守るため水球の中に閉じ込めて被害が及ばないようにしておく。

 さて、待たせたな12星座級の残りの奴ら。この2年間で億匹星屑を食った俺は以前と質量もレベルも違うぞ?

 先手必勝とばかりにレオがこちらに向けて火球を放り投げてきた。それを俺はアクエリアスの水球で相殺し、水蒸気の霧が周囲に広がる。

 リブラが風を起こし、霧を晴らしたがそれは織り込み済みだ。消えた俺を探すアクエリアスに思いっきり右手をアタッカ・アルタの形に変えてぶん殴った。

 ヒーラーは1番最初に潰す。これ基本。

 次に盾役! タウラスの周囲に空気の壁を作り、鐘の音波攻撃を封じ身体に取り付く。

 そして、撃つべし撃つべし!

 同士討ちを恐れてか、リブラとレオは攻撃してこない。アリエスが振動攻撃を放ってきたが空気の壁を周囲に作って振動をゼロにすれば無効にできるので問題ない。

 お、ようやく外殻がはがれてきたな。あとはこう直接中身に触れて…。

 の゛う゛が゛ふ゛る゛え゛る゛ ! !

 アリエスを取り込んだことでできるようになった振動攻撃とカプリコンの地震を組み合わせ、体内に直接振動ダメージを与える。

 さしものタウラスもこれには応えたのか、気絶して巨体が沈む。

 こいつらは勇者たちに倒してもらわなければいけないから、完全に倒すのではなくほどほどにダメージを与えて戦闘不能にしなければいけないのがちょっとネックだ。

 さて、アリエスはどうするか。下手に切り刻んでも増えるだけだし、スコーピオンの毒を注入すれば倒せるけど勇者たちが御霊を破壊しなくちゃいけないし。

 考えた末、水のワイヤーで縛って半分食っておくことにした。再生するだろうが質量が半分に減れば勇者たちも苦戦することがなくなるだろう。

 バリバリムシャムシャモグモグゴックン。うん、海産物の味しかしない。お前本当に牡羊座なのか?

 同じように水のワイヤーでしばりつけたリブラもほどほどに痛めつけた後解放するとして…。ジェミニはさっき引き倒したのが帰ってこないから放っておいてもいいだろう。

 問題はやはりこいつか…と目の前にいる獅子座を見て思う。

 星座級最強の存在。こいつの熱光線で1度半身を消し飛ばされた身としてはリベンジマッチをしたいところだが、こいつらは勇者が御霊を破壊しなくちゃならない。

 というか他の仲間が倒れたことで遠慮する必要がなくなったのか、どんどん火球を放り投げてくるから水球でかき消すのが億劫になり今は水の壁を箱のようにしてレオの周りを覆っている。

 こいつはどうしたものか。一応レオは御霊だけでも行動できるので破壊しても問題ない。だが、余計なことをして銀ちゃんの時みたいになるのもなぁ。

 最悪総力戦には丹羽と勇者部全員で挑んでもらうことになるからできればレオも弱体化したいところだが、どうしたらいいだろうか。外殻にひびを入れる? それともいっそのこと体躯を破壊して御霊だけで四国まで向かわせるか。

 考えていると爆発音とともにレオを閉じ込めていた水の箱が破壊された。どうやら水蒸気爆発を起こしたらしい。

 水の箱から脱出したとはいえ、レオ自身も無事とはいえずボロボロだ。うーん、意図しての物ではないけど結果オーライ。これくらいでいいか。

 俺はレオに触れるとタウラスにやったように内側に振動攻撃を行う。するとレオも気絶し、真っ赤な炎のような核が色を失い動きが止まった。

 さてと、これで全部…と思ったらまだいたな。

 ほい、地震。効果は抜群だ!

 地面に潜っていつこちらを襲おうかうかがっていたピスケスが、地面の上でガチンコ漁で採れた魚みたいにピクピクしている。

 さて、ではこっちはどうするかと水球の中で隔離していた防人隊32人を見る。

 俺が見ているのに気づくと、露骨に警戒された。当然の反応とはいえ少し傷つく。

 俺は1体の精霊型星屑を呼び出す。

 犬なのかうさぎなのか判断しかねるゆるキャラっぽい見た目のこいつの名は山彦。その名の通りこちらの声を大きくして遠くに伝える能力がある。

 俺は巨大フェルマータ・アルタに向かい同席していた強化版人間型星屑に意識を移し、防人たちとの対話を試みることにした。

 

 

 

『こんにちはー防人のみなさん。とりあえず俺のことをどう聞いてるかはわからないがこっちに敵意はない』

 突如聞こえてきた声に、隊長の芽吹を含め防人隊は全員驚いた。

 なにしろあっという間に自分たちが恐れていた巨大バーテックスを無力化してしまった存在である。しかも自分たちが逃げられないように巨大な水球に閉じ込めたうえでだ。

 水球の破壊を試みたが、手持ちの武器ではびくともしなかった。そのうえで人型のバーテックスが一切の傷を負うことなく巨大バーテックスを屠っていく姿を見せつけられ全員絶望するしかなかった。

 これが終わった後は自分たちだと。

 だが、そんな敵があろうことか人間の言葉を話し、敵意はないと言ってきたのだ。

「し、信じられるかそんなこと!」

 隊長としての責任感からかまだ正気を保っていた芽吹が答える。人類の敵であるバーテックスの言葉など到底信じられるものではなかった。

『あーうん。こっちも信じてもらえるとは思ってないよ。それで1回手ひどい目に合ってるから。だから行動で示す。信じてくれるまで何度でも』

 その言葉とともに、4体の巨大な見たこともないバーテックスが現れる、まるで甲冑の手のような形をしている。

『それと、ここは危険地帯だから一応四国の近くまでは君たちを送らせてもらうよ。安全が確認されたらその水球は割れるから安心して』

 なんだこいつは? 何を言っている?

 呆気にとられた防人隊だったが、次の瞬間足元が揺れ転んでしまう。

 なんと水球が4角形になり、4つの角を手のバーテックスが支え、運び出したのだ。

『じゃあねー、バイバイ。そのっちによろしくー。あと俺は逃げないから急がなくていいよ』

 のんきに手を振る人型のバーテックスに毒気を抜かれ、芽吹は座り込む。

 なんなんだこれは。実力差を見せるだけ見せられ、挙句の果てには大赦にいる最強の勇者である園子によろしく? いったいどういう関係なんだ。

 ひょっとして乃木園子はバーテックスとつながっている?

 そんな妄想まがいのことにまで思考が及んだ芽吹の肩が、とんとんと叩かれる。

「メブ、大丈夫?」

 雀だった。憔悴している芽吹は、「ああ」とどちらともいえない生返事をするしかない。

「メブ、今回のこと報告するつもり?」

「そう、ね。報告するしかないでしょう、こんな馬鹿馬鹿しい話。信じてもらえるかはわからないけど」

 巨大バーテックス7体と遭遇しましたが人型のバーテックスに助けられて無事帰還しましたなんて報告、自分だったらとても信じない。

「まさしく、真実は小説より奇なり。ですわね」

「弥勒が学のあることを言ってる。明日は雨かも」

「なんですって⁉」

 シズクから戻ったしずくの言葉に、夕海子が心外だとばかりに怒っている。

 彼女が出てきたということは、シズクが安全だと判断したということだろうか。

「ねえ、メブ。私考えたんだけど、今回のこと、人型のバーテックスに会ったことは報告しないほうがいいと思うんだ」

「なっ⁉」

 雀の言葉を聞いた芽吹は目を見開き驚く。周囲の人間も何を言っているんだというような顔で雀を見ている。

「なんていうか、直感なんだけど…この報告が園子様に届いたらもっと危なくなる気がする。それこそ取り返しがつかなくなるような」

「何を言っているの⁉ 今回私たちが何のために遠征に出たのか忘れたわけじゃないでしょうね!」

「そうですわよ雀さん。あまりの光景に頭がおかしくなりまして?」

 芽吹と弥勒に詰め寄られ、雀はひっ、と息をのむ。それを止めたのはしずくだった。

「2人とも落ち着いて。私は雀の意見を聞くべきだと思う。それに、そんな怖い顔されたら話すことも話せない」

 しずくの言葉に2人は冷静になった。確かに頭に血が上っていたとはいえ、仲間に見せる顔ではなかったと反省する。

「ごめんなさい。雀、意見を聞かせてちょうだい」

「えっと、最初はただの勘だったんだけどね。園子様が大赦にいる最強の勇者っていうのはみんな知ってるだろうけど、それが壁の外にまで行って倒そうとする相手だよ。普通じゃないのはわかってたけど、あんな化け物…それに園子様が出陣するとしたら、誰かがあの人型のバーテックスと会ったところまで案内することになるでしょ」

 雀の言葉に3人は初めてそのことに思い至った。

 確かに報告してはいおしまいというわけにはいかない。

 園子が壁の外へ行く際には案内役として防人の何人か、あるいは全員が出陣することになるだろうし、護衛として盾となれと命じられるかもしれない。

「そうなるとさ、園子様とあの人型のバーテックスが死に物狂いの全力同士でぶつかるわけでしょ。そんな場所にいて生き残れる自信、ある?」

 雀の言葉に、誰も口にしなかったがもっともだと思った。

 あの巨大星座バーテックス7体を子ども扱いするような人型バーテックス。

 片や人類最強の勇者、乃木園子。

 もし2人がぶつかったらただでは済まないだろう。それに最悪の場合、園子がその戦いで死亡すれば人類側の希望が(つい)えることになる。

 さらに言えば安芸と防人隊は後ろ盾を失い、その責任を取らされすべてを失うかもしれない。

 雀がそこまで説明すると、誰も何も言えなかった。

 確かにそうだ。あんな化け物相手に勝てるのか? 勇者とはいえ人間が。

 それに今まで園子の肝いりということで防人隊が自由に動けていた部分もある。その後ろ盾を失えば、大赦という組織で自分たちがどういう扱いを受けるのか。想像するに難くない。

「もちろん、判断は隊長であるメブに任せる。ごめん、不安にさせること散々言った後で」

「いえ、いいのよ。雀は私の気づかなかったことに気づいてくれた。それだけで充分よ」

 謝られるのは筋違いだ。むしろ隊長として部隊の心配をするなら自分が真っ先に思い浮かばなければならなかったことだ。

 申し訳なさそうな顔をする雀の頭をポンポンと芽吹が叩く。すると雀は緊張の糸が解けたのか目から涙があふれ出した。

「うう~メブぅー! わぷ」

 雀が芽吹に抱き着こうとしたとき、唐突に水の壁が消えた。たたらを踏みそばにいたしずくに頭突きをかましていまう。

「テメェー! いい度胸だなオイ?」

「ひぇ、シズクさん⁉ ごめんなさい私ったらドジでチュンチュン」

「歯ぁ食いしばりやがれ!」

「いーやー!」

 シズクに人格が変わり、雀を追いかけている。芽吹が巨大な手の形をしたバーテックスを見ると、自分たちが人型バーテックスと出会った座標を目指し飛んでいくようだった。

「ここが、あのバーテックスの言う安全な場所なわけね」

 座標を見ると四国の近くで、周囲には星屑が1体もいない。

 なるほど、確かにここは安全なようだ。あのバーテックスが言ったことは嘘ではないらしい。

「どうしますの、芽吹さん?」

 夕海子の言葉に、芽吹は隊長としての決断を迫られた。

 正直に報告をして、自分の部隊を危険にさらすか。

 あるいは虚偽の報告をして、一時的な安全を守るか。

 芽吹が選択した答えは――

 

 

 

「そう、見つけたんだね。ついに」

 人型バーテックスを発見したという防人隊の報告に、園子は静かに闘志を燃やしていた。

「はい。防人隊を包囲していた7体の巨大バーテックスを戦闘不能にし、牡羊座の体躯を半分巨大化した顔で食ったそうです。人間の言葉をしゃべり、敵意はないと伝えてきたそうですが」

「嘘だよそんなの。だってそれならなんで」

 なんでミノさんをわたしに返してくれないの?

 口まで出かかった言葉を園子は飲み込んだ。病室まで来た安芸に報告の続きを促す。

「それで? それだけじゃないんでしょ」

「はい。人型のバーテックスは水球に閉じ込めていた防人隊を安全地帯――ここですね。この場所まで甲冑の腕の形をしたバーテックス4体を使って送り届けた後、そのバーテックスは帰還したそうです」

 地図を指し示す安芸に、園子は驚愕する。それは四国の目と鼻の先だった。

「ここまでバーテックスの侵入を許したの?」

「はい、申し訳ございません。NARUKOにも一切反応はなく、勇者たちも出撃しなかったようです」

 それは人型バーテックスが神樹の結界が張られるギリギリの距離を把握していたからなのだが、それを知らない園子たちからしたら敵が目と鼻の先まで来ていたのに何の反応もしなかったシステムの欠陥か、逆にそのシステムにすらみつからない新種のバーテックスの出現かと恐怖する案件だったのである。

「それと、防人隊によれば…これは園子様に向けた言葉だと思われるのですが、その」

「何? 言ってみて」

「はい。『そのっちによろしく。あと俺は逃げないから急がなくていいよ』と」

「馬鹿にして!」

 園子は怒りから強く机を叩く。痛覚を失った手は加減を知らず、強く握った拳からは血がにじんでいる。

「あいつ、絶対に倒してやる! そしてミノさんの居場所を絶対に吐かせるんだ! 絶対に!」

 普段は考えられない怒りの表情を隠そうともしない園子を見て安芸は報告すべきではなかったかと後悔した。

 だが、これが自分なりの罪滅ぼしなのだ。

 もし園子が人型バーテックスにやられたら人類側の希望が潰えるという防人隊長楠芽吹の言葉を思い出し、安芸は改めて思う。

 その時は人類の敵に勇者を差し向けた大罪人となり一切の責任を取ろうと。

 




芽吹「仲間が全員生きて帰れるためなら信念なんていくらでも曲げてやる!」
丹羽「わかる。俺も推しの笑顔のためならいくらでも性癖を曲げれる」
芽吹「一緒にしないで!」
(+皿+)「はいはい、壁の外での芽吹ハーレムの上映会会場はこちらですよー」
天の神(百合好き)「わーい」
亜弥「芽吹先輩たちの凛々しいお姿が見られると聞いて」
芽吹「待って亜弥ちゃん! 違うの、見ないで―!」


山彦(ベースなし)
色:白(星屑専用)
レアリティ:レア
アビリティ:ほあようぞぁいまーしゅ!
効果:ATK+3%

 妖怪の山彦をモチーフにして生まれたと思われる精霊。
 犬なのかロップイヤーのウサギなのか判断に困る外見をしており、瞳はつぶらでかわいらしい。
 能力は声の巨大化。要するに天然メガホン。今回は強化版人間型星屑の言葉を防人たちに伝えた。
 ただし声の聞こえる範囲には限界があり、正面以外の方向には聞こえる声量がほぼ変わらないという弱点がある。



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勇者部緊急会議

 恋は人を詩人にさせるんだなぁ。
 ポニテ安達かわえぇ…
 頭なでなでしまむらと安達トウトイ…トウトイ…
(+皿+)「安達としまむらはいいぞ」

 あらすじ

レオ「人型くんさぁ、何あれ? 君強すぎない?」
(+皿+)「いや、11体星座級食って億匹の星屑食えばそりゃそれなりに強くなりますよ」
タウラス「能力組み合わせるとか、ずるくない? 俺まだ頭ぐるぐるするんだけど」
(+皿+)「ずるくない。スキル合成は基本」
アリエス「君さぁ、俺のこと分裂する前に食えばいいと思ってない?」
(+皿+)「正直少し」
アクエリアス「ろくな活躍もなく私がやられた件について」
(+皿+)「これから活躍するからいいじゃん」
ジェミニ「お前なんていいじゃん、やられた描写があるだけ。俺なんてひき逃げアタックでフェードアウトだよ」
(+皿+)「ぶっちゃけスコーピオンの毒があれば君ほど攻略が楽な星座級はいないんだよなあ」
リブラ「我、結構な強キャラなのに完全に棒立ちだった件」
(+皿+)「強敵なので一番最初に無力化しました」
ピスケス「最後の俺の扱いについて」
(+皿+)「じしん使える相手にあなをほる使うやつが悪い」
ピスケス「属性的にダイビングなのでは? ピスケスはいぶかしんだ」
(+皿+)「まあ、そんな俺でもそのっち相手には手も足も出ないし、天の神相手だとひとにらみで消滅しちゃうんだけどね」
レオスタークラスター(え? そのっちっていう勇者そんなにヤベーの?)



 6月最終週の月曜日である。

 その日の放課後、勇者部では緊急会議が開かれた。

 議題は一昨日と前日に大赦との連絡役、夏凛の兄春信から送られてきたメールの内容だ。

 それは勇者の能力を飛躍的に向上させる「満開」。そしてその副作用「散華」についてだった。

「夏凛、アンタはこのこと知ってたの?」

 部長である風は大赦から派遣された勇者である夏凛を問い正す。すると夏凛はびくっと悪い事を隠していた子供の様に反応し、首を振った。

「満開のことは、知ってた。でも、それに副作用があったなんて初耳よ」

「本当? もしかして知っていて黙っていたんじゃないの? それで私たちに満開させて、自分だけは無事でいようと」

「東郷さんやめて!」

 夏凛を責める口調の東郷を、友奈が止める。

 部室内には普段の勇者部に似つかわしくないギスギスした空気が立ち込めていた。まあ、内容が内容だけにこうなるのは避けられなかったかと丹羽は心の中で嘆息する。

 春信がメールで伝えてきた「満開」とその副作用、「散華」。

 春信いわく、「満開」することで勇者は人を超えた神がかった力を行使することができるのだという。

 その副作用が「散華」。自分の身体の一部を供物として神樹様に捧げる行為。

 先代の勇者はそれを行い、両足や目などの肉体、痛覚のような神経、内臓のいくつかを捧げ日常生活が困難な状況に陥っているそうだ。

 これは春信が独自に調べ知りえた事実らしい。最後まで勇者たちに伝えるか迷ったが、妹の夏凛がいることも考えて伝えるべきと判断し、大赦には内緒でメールを送ってきたのだ。

 もっとも春信が調べなくても折を見てバーテックス人間化した大赦職員を通じて春信に「散華」のことを伝えるつもりだったが、春信が優秀すぎて知られてしまった。伊達に若くして大赦の要職についているわけではないらしい。

「東郷先輩。もし三好先輩が散華のことを知っていたら、春信さんがそのことを知らせてきた理由がわかりません。むしろ三好先輩がいたことで満開の副作用を知ることができて感謝こそすれ、恨むのは筋違いですよ」

「そんなの、わかってるわ! でも…」

 東郷の言葉に、誰も声をかけられなかった。

 なにしろいままで苦労してきた巨大バーテックスに対抗する手段が見つかったと思ったらそれは自分の肉体を犠牲にするもので、しかもどの場所が選ばれるかわからない完全なランダムガチャだと告げられたのである。

 巨大な力を使うため自分で右腕を犠牲にするのと勝手に右腕を代償にされたのとでは意味合いと精神的ショックは大きく異なる。

 まあ、中にはそのどちらも同じ意味だと感じる人間もいるかもしれないが…と丹羽は友奈を見る。

「でも、それってそんなに悪いことなのかな?」

 ポツリと漏らした言葉に、勇者部全員が友奈を見た。

「だって、たとえば私の身体のどこかを神樹様に捧げれば勇者部のみんなが助かるなら、私は喜んでそれをするよ。それだけじゃなくて四国のみんなが助かるなら、私の身体をいくらだって持って行ってもらっても」

「友奈ちゃん、なんてことを言うの!」

 東郷が机を叩き、思わず立ち上がろうとする。が、バランスを崩し転げようとするのを樹が支え事なきを得た。

「友奈、今のは冗談でも言うべきことじゃないわよ」

「冗談なんかじゃ…私、本当にそう思ってます」

「それでもよ。もし満開するなら部長の私だけ。みんながそれをするのは許さないわ」

「お姉ちゃん⁉」

 風の決意の満ちた言葉に、樹が悲鳴のような声を上げる。

「友奈も、東郷も、樹も。勇者部に巻き込んだのは私。だから、責任を取って私が」

「何言ってんのよ! あんたばっかりカッコつけてるんじゃないわよ。ここは完成型勇者の私が」

「夏凛は1番の新入部員でしょ。ここは部長のアタシの言うことを聞きなさい」

「こんなときに部長部長って、いい加減にしなさいよ! 勇者としての実力はあたしの方が高いのよ!」

 あ、この流れはいけない。

 丹羽はだんだんヒートアップしてきた風と夏凛をいったん落ち着かせようとする。

「犬吠埼先輩も、三好先輩も落ち着いてください。どうして誰かが犠牲になること前提で話を進めてるんですか」

「あんた、兄貴から来たメール見てないの? もしかしたら残りの7体のバーテックスが全員攻めてくるかもしれないのよ!」

 そう。緊急会議が開かれたもう1つの理由がそれだ。

 満開と散華について報せたメールが送られた翌日、つまり昨日のことだ。春信から四国の外で活動している防人という部隊が残り7体の巨大バーテックスを目撃したという報告を受けたことを知らせてくれた。

 丹羽は人型のバーテックスからそれを伝えられていたのでそのことを知っていたが、他の勇者部の面々は相当ショックを受けたようだ。

「この防人っていうのはなんなの?」

「私と同じ勇者候補だった子が集められて壁の外…つまり四国の外へ人間が住める場所があるか調査している部隊よ。32人いて、星屑との戦闘経験もある。人類側最強の勇者乃木園子のお抱え部隊」

「四国の外って、人間が住めないウイルスが蔓延して滅んだんじゃ」

「表向きはね。でも、本当はバーテックスによって滅ぼされたのよ。だから神樹様はバーテックスが来ると四国を樹海に変えて結界で守っているわけ」

 風の質問に夏凛が答えていく。その説明に友奈、東郷、樹はなるほどとうなずいている。

「何回も外へ遠征して、全員無事生還して帰ってきているらしいわ。隊長の楠芽吹は最後まであたしと勇者の座を巡って競い合った仲で、一応知り合い」

「へー。夏凛ちゃんのお友達ってすごいんだ」

「知り合いよ知り合い。友達って…少なくとも向こうは思っていないと思うわ。あんまりよく思われていないかもしれないもの」

 セッカとの対話から誰かに妬まれているかもしれないという発言に真っ先に浮かんだのが彼女の顔だった。

 夏凛が勇者に選ばれたとき、彼女は最後まで異議を申し立てていたことを思い出す。もしまだ自分のほうが勇者にふさわしいと思っていてそれを希望したのなら、防人としての実績から彼女が今後勇者としてこの勇者部に参加するかもしれない。

「星屑を倒したって、わたしたちと一緒に戦ってもらうことはできないんですか?」

「防人のスーツは勇者みたいに身体能力を飛躍的に向上させる機能がないのよ。だから集団戦を軸としている。対バーテックス用の訓練を受けているとはいえ戦闘能力は低く、倒せるのは星屑がせいぜい…って言われてたんだけど」

「違うの?」

「御霊なしとはいえ、巨大バーテックスを倒したらしいわ」

 その言葉に勇者部のメンバーたちは驚く。

 勇者のような身体能力の強化なしで自分たちも苦労して倒した巨大バーテックスを倒したという事実は衝撃的だったのだ。

「もちろん、御霊ありとなしでは戦闘能力に天と地ほどの差があるらしいわ。まあ、あたしやあんたらが防人のスーツで御霊なしの巨大バーテックス相手に勝てるかどうかはわからないけどね」

「だったら、その人たちに今後のバーテックスたちとの戦いを任せれば」

「勇者システムを扱える適性のある人間はそんなに多くないし、勇者システム自体も量産可能なものでないってのが問題なのよ。つまり勇者は勇者、防人は防人としてできることが違うってことね」

 東郷の言葉に夏凛は説明する。だがあまり納得はしていないようだ。

「その最強の勇者さんはなんで私たちと戦ってくれないのかな?」

「大赦から戦闘とあたしたちとの接触を禁止されているらしいってことは聞いたことがあるわ。理由はわからないけど、多分大赦のお偉方が自分の身を守るために手元に置いておきたいって言うのが本音でしょうね」

「もしくは現勇者が裏切った時のためのカウンターとかですかね」

 友奈の疑問に夏凛が答える。が、丹羽が放った発言にみんなぎょっとした。

「裏切るって、アンタ」

「だって、みなさんもし散華のことを隠されて満開して身体の機能を失ったら、大赦に対して反抗心がわかないですか? だったらそれを力づくで収めようとする方法として向こうも勇者を使うのは当たり前では?」

 確かにそうかもしれない。自分も樹がもし散華によって一般生活が困難になるほどの身体機能を失ったらそれを隠していた大赦に何をするかわからない。

「話を戻すわよ。問題は、その防人が7体の巨大バーテックスを発見したってことよ」

 そう、残り7体のバーテックスが全員一緒にいたというのが問題なのだ。

「次の戦い、あたしたち6人で1体でも苦労する相手を7体も相手しなきゃいけない。しかも相手の能力も強さもわからないバケモノどもよ」

 最悪の事態が起こりえる。それが春信の報せた情報を集めた結果、導き出された答えだった。

 少なくとも五体満足で全員生きて帰れるとは思えない。誰かが死ぬことも覚悟しなければならない苛烈な戦いとなることは明白だった。

「だから、アタシが満開してその7体をぶっ倒すって言ってるのよ」

「馬鹿じゃないの! これだからトーシローは。ここは対バーテックス用に訓練されたあたしが満開して戦えば全部うまくいくのよ。素人がでしゃばるんじゃないわよ」

「でも、夏凛ちゃん山羊座の時」

「あ、あれは悲運に悲運が重なっただけ! 今度こそ完成型勇者としてあたしが」

「やっぱり私、戦うよ。必要なら満開だってなんだってする」

「駄目よ友奈ちゃん! そんなこと、私がさせない」

 だめだ。会議のはずなのに感情が先走っている。そのうえ話題が7体の巨大バーテックスをいかに倒すかから誰が満開するかの話にすり替わっている。

 丹羽はこの場を何とかしようと口を開きかけ、隣にいた樹が突然立ち上がったのに驚いた。

「ゆ、勇者部5箇条ひとーつ!」

 突如声を上げた樹に、その場にいた全員が呆気にとられる。それに構わず樹は苦手なはずの大声を出す。

「挨拶はきちんと! ひとーつ! なるべくあきらめない!」

「い、樹? アンタいったい」

 突如勇者部5箇条を言い出した樹に、風は混乱する。

「ひとーつ! よく寝て、よく食べる!」

「樹ちゃん、どうしたの?」

 友奈も混乱しながらも樹の行為を問いただす。

「ひとーつ! 悩んだら相談!」

「あっ」

 樹の言葉に、東郷は息をのんだ。

 そうだ。悩んだら相談。簡単なようで難しいこと。

 それを自分たちはすっかり忘れていた。

「ひとーつ! なせば大抵、なんとかなる!」

 言い終わると樹は顔を真っ赤にして席に着いた。どうやらオーバーヒートしてしまったらしい。

「えっと、つまり何が言いたいのかというと、わたしは」

「ごめん、樹。アタシたちすっかり忘れてたわ」

 椅子から立ち上がると大切なことを気づかせてくれた妹の元へ近づき、風は樹をぎゅっと抱きしめる。

 勇者部5箇条。それは勇者部を作った風と友奈、東郷の3人が考えた5つの標語。

 それを忘れて勝手に突っ走るなんて、アタシは部長失格だ。

 そしてそれを思い出させてくれた妹の成長が嬉しくて、眩しくて。抱きしめる腕にも力が入る。

 そうだ。自分たちは1人ではない。

 1人で抱え込まずみんなで相談して最良の結果を目指せばいいのだ。それでいままでも大抵何とかなって来たじゃないか。

「お、お姉ちゃん。痛いよぉ」

「あ、ごめんごめん」

 どうやら力を入れすぎてしまったらしい。苦しがる樹に風は力を緩め、みんなを見る。

「満開を誰が使うか、とか言い合いするのはやめましょう。というかむしろ満開はしない方針で」

 風の言葉に夏凛と友奈は驚き、丹羽は「賛成です」と手を上げた。

「もしも満開するときはちゃんとみんなと相談すること。決して1人で抱え込まないこと。いいわね!」

「何甘いこと言ってんのよ風!」

「いいこと友奈、夏凛、東郷。勇者部5箇条にはなるべくあきらめない、なせば大抵なんとかなるという言葉があるのよ。それを作ったアタシたちが守らなくてどうするのよ」

「風先輩」

「それに悩んだら相談。自分ではどうしようもないと思っている問題も他の人に相談すれば案外何とかなるアイディアが出てくるもんよ」

 その言葉に友奈と東郷は黙らざるを得なかった。夏凛はまだ不満そうだが、風の言うことも一理あると考えているようでとりあえず沈黙して聞く。

「そう。みんなで相談…相談…ん? そうよ!」

 樹に抱き着いていた風は隣にいた丹羽に詰め寄る。

「丹羽! 今日こそアンタがバーテックスとの戦いで攻略法を知ってた理由、教えてもらうわよ」

「え?」

 勇者部全員の視線が丹羽の方を向いた。

「蠍座を1人で倒せたこと、蟹座と射手座が連係プレイしてくるやつだったこと。偶然ならそう言って。でももし何か知っているなら、アタシたちに話して頂戴!」

 丹羽はどうしようかと考える。当初はこのまま知らぬ存ぜぬで通そうと思っていたが、この一丸となっている勇者部メンバーの期待を裏切るのは忍びない。

 なのである程度ぼかして説明することにした。

「多分、俺の2年以上前の記憶がないのと関係あるのかはわからないですけど、バーテックスを見ると大体の攻撃方法とか攻略法がわかるんです。だから蠍座も1人で倒せたんだと思います」

「それは、残り7体のバーテックスを見てもわかる?」

「おそらくは。山羊座戦でも御霊が毒ガスを出すのがわかったので」

「ていうか、訊くべき相手が他にいるでしょ」

 と夏凛。誰のことかと勇者部メンバーが頭に?マークを浮かべていると、夏凛が思わずツッコむ。

「セッカよセッカ! あの子北海道の勇者って言ってたでしょ! だったらあの子に訊けば何かわかるんじゃないの」

「あ~」

 夏凛の言葉に、ようやく得心がいったと友奈、東郷、風、樹が手を打つ。というか夏凛が言うまで本当に忘れていたのか。

 早速丹羽の中からセッカを呼び出し尋ねると、セッカは『弱点? 知ってるよー』とあっさり答えた。

「本当に⁉」

『うん、こことはちょっと違うところで散々戦ったからねー。攻撃方法はもちろん攻略法ももちろん知ってる』

 セッカの言葉に勇者部メンバーの顔が明るくなる。

 残り7体の巨大バーテックスと総力戦という絶望的な状況に光が見えてきた。

「よし、勇者部緊急会議! 第2回を開始するわよ。次の議題は残り7体のバーテックスの攻略について」

 風は黒板を叩き、気合を入れなおす。部室内を覆っていたどんよりとした空気は今はもうどこにもない。

 あるのは未来へ向かって足掻こうとする希望に満ちた少女たちの熱意に満ちた空気だけ。

「まずセッカ! 残りのバーテックスの種類と攻撃方法を教えて。それについての攻略方法も」

 その言葉にセッカはちらりと丹羽を見る。丹羽がうなずくと、しょうがないなぁというように風のいる黒板に向かう。

『じゃあセッカせんせーによるバーテックス講座はじまるよー。みんなちゃんとメモとってねー』

 こうして本日の勇者部活動は残り7体のバーテックスに対する戦略会議となった。

 あと1週間すれば6月も終わり、7月が始まる。

 アニメ本編で残り7体の総攻撃が始まる決戦の日は7月7日。奇しくも古来より星に願いを託す七夕の日だった。

 

 

 

 レオ・バーテックスは目を覚ました。

 どうやら自分は気絶していたようだ。あの人型のバーテックスにやられて。

 人間のような身体に他の星座級の能力を持つ不可思議な存在。

 前回の自分は遅れを取らなかったが、他の星座級はあいつに1度破れたと聞いた。特にスコーピオンは強い怒りにも似た妄執を抱いていると。

 それを聞いた時、馬鹿なことをと思った。所詮姿は違えど星屑は星屑。自分たちが本気を出せば簡単に倒せる相手だ。

 だが、先ほど自分を閉じ込めた水の箱。そして自分を気絶させた不可視の攻撃に考えを改めざるを得ない。

 あの人型のバーテックスは強い。

 ひょっとしたら自分よりも。

 と、そこでレオは自分と同行していたはずの6体のバーテックスが目の届く範囲にいないことに気づく。

 まさかあの人型のバーテックスにやられたのか?

 バーテックスにあるまじき嫌な予感というものを感じつつも、周囲を探索し姿を探す。

 すると居た。ジェミニとアクエリアスだ。

 アクエリアスがジェミニの傷を治しているようだ。

 よかった。無事だったか。

 バーテックスには仲間意識というのは存在しない。

 だが自分が生き残る可能性を上げるために他の星座級が同時に存在するのは戦略的にも正しいことだ。

 そのために残り7体の星座級が手を組み、勇者が守る神樹の元へ向かっているのだ。

 それがあの人型のバーテックスのせいで全部台無しになるところだった。まったく、あの人型にはつくづくイラつかされる。

 とそこまで考えてレオは嘆息する。これではスコーピオンと同じではないか。

 アクエリアスに近づいたレオは違和感に気づいた。

 アクエリアスはジェミニの体躯をその水球で覆っていた。

 だが傷は治るどころかむしろジェミニの体躯は徐々に消えていっている。

 傷を治しているわけではない?

 不思議に思い、さらに近づく。するとその接近に気づいたアクエリアスが放った水球に身体を包まれた。

 おかしい。アクエリアスの水球は2つだったはず。なのになぜ3つ目がある?

 混乱するレオはアクエリアスに対する違和感に気づいた。

 あれは、御霊?

 アクエリアスの2つの水球の中にはジェミニのほかに、4つの御霊があった。

 形から判断するにあれはアリエスとピスケス、タウラス、リブラの物だろうか? 

 まさかっ⁉ その可能性に思い至り、レオは戦慄する。

 確かにここに来るまで共食いする星屑を見た。それにより巨大化した星屑も。

 あの時はあのような行動をするものもいたのかと思っただけだった。

 だがもし。

 もしもそれを見て「この手があったか」と考えた星座級が自分以外の星座級にいたとしたら。

 より強い上位の存在になるために、自分たちも共食いをすべきだと考えた存在がいたとしたら。

 それが目の前にいる同胞、アクエリアスなのだとしたら。

 考え、レオは戦慄する。自分は星座級最強の存在。たかが他の4体を取り込んだだけの同族になど遅れを取らぬとわかっている。

 だが、もし目の前にいるこのアクエリアスがその最強にとって代わるためにあえて最後に自分を残していたのだとしたら。

 変化はすでに始まっていた。アクエリアスの体躯はリブラのような黄色い金属質なものが部分的に生え、上半身のゼリー状の部分は鱗のような模様が浮き出ている。風鈴のようだった下半身はアリエスの尾のように連なったひし形の物が連なり玉すだれのようになっていた。

 ああ、本気なのだとレオは悟る。こいつは本気で自分を取り込み、最強のバーテックスになろうとしていた。

 だったら抵抗するのは無意味だ。相手は同族。敵ではない。

 自らの手で勇者を倒せぬのは業腹ではあるが、それはこいつがやってくれる。

 自分を取り込み勇者を倒すのならばそれは自分が勇者を倒したことに変わりはないのだ。

 水球の中でレオは自ら御霊をさらけ出し、アクエリアスに吸収されるに任せる。

 やがてすべてを水球に吸収されたレオの体躯は消失し、巨大な御霊も縮小し四角形となる。

 こうして7体の巨大バーテックスはアクエリアスに吸収されて1体となり、本来の世界では存在しない怪物が生まれたのだった。

 




 より深い絶望に落とすためには、希望は不可欠なんだよなぁ。
(+皿+)「また、俺なんかやっちゃいました?」
 蠍座の件といい、主人公が動くと余計こじれた事態になってる件。
アクエリス・スタークラスター「同族は食べ物。同族はごちそう!」
 ほら見たことか! まったく、余計な影響しか与えていない。


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風格ある百合男子としての振る舞い

 あらすじ
 勇者部緊急会議の結果、樹ちゃんの鶴の一声で会議はまとまり、セッカ先生によるバーテックスお勉強会が始まったのだった。
 一方壁の外では水瓶座に異変が…果たして本編でもいつの間にかやられていたピスケスには見せ場があるのか⁉
アクエリアス「ないよ」
ピスケス「え?」
アクエリアス「見せ場、もうないよ」
ピスケス「そんなぁ…」


「夏凛ちゃーん!」

「だー、なんで引っ付くのよあんたは⁉」

「ぐぎぎっ。でも友奈ちゃんが幸せならそれで…」

 今日も今日とて勇者部の放課後である。

 夏凛が来てから急に騒がしくなってきた2年生組に、部長の風は元気があって大変よろしいと思う。

 夏凛は最初に会った時に感じた変に気負ったものもなくなり、友奈たちとの交流でだいぶ打ち解けてきた気がする。雰囲気もツンツンしたものから柔らかくなり、最近では天然ボケの多い勇者部メンバーの中でツッコミ役として大活躍していた。

 ただ、その度に丹羽が「ゆうにぼキマシタワー」という変な状態になるのはどうかと思うが。

 1週間前、大赦との連絡役である夏凛の兄、春信から「満開」とその副作用、「散華」について知らされた。

 そして残り7体のバーテックスが同時に出現して襲ってくる可能性も。

 あの時会議が紛糾し、どんよりとした空気を割いた「ゆ、勇者部5箇条ぉー!」と叫ぶ樹はかわいく、成長が実感できて誇らしかったなぁ。

 その時の光景を思い出し、風は1人ニヤニヤする。

 犬吠埼風、自他ともに認めるシスコン。そんな彼女にとっていつも後ろに隠れていた引っ込み思案な妹が見せた活躍は心の中のハードディスクに永久保存するべきものだ。

 それからは勇者部全員心を1つにし、次の戦いに備えた。

 セッカ先生によるバーテックス講座で敵の攻撃や攻略法を研究し、戦闘シミュレーションを繰り返す。

 もちろん勇者部の活動も手を抜かず、部活の助っ人だけではなく、中庭の雑草取りや市のマラソン大会のお手伝い、古着の回収など学校外からの依頼も受けて達成してきた。

 次にいつ巨大バーテックスが来るかわからない今の状況では、少し忙しいくらいのほうが気が紛れたのだ。

 それにしても…と、風はそのかわいい妹といつもならそこでイチャイチャしている2年生組に目を輝かせてみているはずの丹羽を見る。

 1年生組2人はなぜか沈んでいた。

「死神、また3連続死神」

 樹は先ほどからタロットカードで占いをしており、3回とも同じ結果なのに顔を蒼くしている。丹羽はどこかぼーっとしていて、心ここにあらずといった様子だ。

 おかしい。目の前に大好物である女の子同士のイチャイチャがあるのに食いつかないなんて。

「夏バテかしら?」

 今日の夕食は冷やしうどんにしよう。そうしよう。

 風が1人決めていると、また死神のカードを引いた樹が深いため息をついて机に突っ伏していた。その様子に友奈が何事かと近寄っている。

「どうしたの樹ちゃん」

「あ、友奈さん。実は今度1年生の音楽で試験があってそれが歌なんですけど…わたし、人前で歌うのが苦手で」

 樹の言葉にぞろぞろと他の二年生組も集まって来た。

「え、樹。あんたオンチなの?」

「いいえ、樹ちゃんの歌は大変きれいなのよ。それはもう風先輩が訊いてもいないのに自慢するほど」

「東郷、一言多いわよ」

 東郷の言葉に風がツッコむ。

「樹はシャイっていうか、人見知りっていうか。まあ、そういうかんじなのよ。あ、この前偶然録音した樹の鼻歌聞く? 聞きたいわよね? じゃあ聞きましょうか」

「お姉ちゃーん!」

 いつも通りシスコンを発揮する風とそれを止めようとする樹。

 いつもならここで「ふういつキマシタワー」と丹羽が目を輝かせるところだが…。

 2年生組は不気味なくらい静かな丹羽を見る。

 風と樹を視界に収めることすらせず、中空をただ眺めていた。

 異常だ。

 いつもは不審。時々マトモがデフォルトの丹羽があんなふうになっているなんて。

 風は樹といちゃつくのをやめ、丹羽から隠れるように勇者部全員を集合させて秘密会議を行う。

「ねえ、アレなんなの? 誰か理由知ってる子いる?」

「わたしと同じように歌のテストが苦手で悩んでるとか?」

「だったら同じような悩みの樹の会話に食いつくでしょう。多分カルシウム不足ね。とっておきの煮干しを分けてあげるわ」

「待って夏凛ちゃん。みんながあなたみたいに単純じゃないのよ」

「誰が単純よ! 煮干しは完全栄養食なのよ! 足りなけりゃサプリキメさせてやるわよ」

「あのー、なんでみんな丹羽君に直接聞こうとしないの?」

「友奈ちゃん、こういう時察してあげるのが仲間ってものよ」

「でも、勇者部5箇条」

「ああ、悩んだら相談。樹もこの前言ってたものね」

「そ、その話はもうやめてよぅ」

「んん~、何度だって言ってあげるわよ。アタシのかわいい妹がみんなをまとめてくれた瞬間なんだから」

「はいはい、そういうのは家でやって頂戴。で、誰が訊きに行くの?」

「そうね。ここはやはり同学年の…って、友奈ちゃん?」

「ねえ丹羽君、何か悩み事あるの?」

 東郷が顔を上げると、いつの間にか丹羽に近づいていた友奈が話しかけていた。

 友奈に話しかけられたことでようやく気付いたのか、丹羽は目をぱちくりさせている。

「え、なんですか結城先輩、急に」

「だってみんな心配してるよ。丹羽君が元気ないって」

 友奈の言葉にその時初めて丹羽は勇者部女子全員から心配されていたことに気づいたようだ。

「あー、ごめんなさい。少し夏バテ気味で」

「そっかー。外暑いもんねー」

 友奈の言葉を皮切りに、東郷も最高気温の話をしたり、夏凛は煮干しを食えと自分のおやつに持ってきていた煮干しを差し出したりしている。

 本当にそうだろうか? 何かごまかしているんじゃないの?

 風はそう言いかけ、余計なおせっかいかもしれないと踏み込むのをためらった。

 いつもの自分なら構わずそう話しかけていたはずだが、なぜかそれができない。

 もし踏み込んだ結果、「犬吠埼先輩には関係ないことですから」と言われたらどうしようと一瞬考えてしまったのだ。

 自分らしくない、消極的な考えだ。そういうのは全然犬吠埼風らしくない。

 だから丹羽の肩を掴み、勇者部全員に宣言する。

「よし、今日はみんなでカラオケに行くわよ! そこで樹の歌の特訓! それと元気のない丹羽の激励会もついでにしましょう」

「ええー、歌の特訓って?」

「もちろんみんなの見ている前で歌ってもらうのよ。こういうのは慣れよ慣れ!」

「そうですね、風先輩。樹ちゃん、私も特訓お手伝いするよ」

「友奈ちゃんが行くならもちろん私も行くわ」

「あーもー、勝手に決めて。まあ、あたしとしても樹はかわいい後輩だし、いつも奇行している奴が変におとなしいと調子狂うから行ってやるわよ」

「というわけで丹羽、あんたも頭数に入っているんだから強制参加ね」

「わかりましたよ。犬吠埼先輩」

 そう、これでこそ犬吠埼風だ。勇者部部長でみんなを引っ張っていく存在。

 だから、そんな無理して作ったような笑顔はやめなさいよ。そんなの全然アンタには似合わないのよ。

 

 

 

「ここを離れる⁉ どういう意味だよ」

『言葉通りだ。そのっちとの対話が成功しようとしまいと、俺はここをしばらく離れる』

 防人隊に見つかり、今後どうするか話し合いに壁の外からアジトであるデブリに向かった自分を迎えた人型のバーテックスが放った言葉に、丹羽は混乱した。

 てっきりどうやって乃木園子をやりすごし残り7体のバーテックスとの戦いに備えるのかという話だと思っていた丹羽にとって、人型のバーテックスの放った言葉は予想だにしていなかったことだった。

『お前がいれば残り7体のバーテックスも問題なく倒せるだろう。それにこっちは神樹を人質に取ったも同然の状況なんだ。最悪勇者部のみんなが満開したとしても、供物として捧げられたものを取り戻すのは容易だろう』

「そういうことを言ってるんじゃねえ! なんで今ここを離れるのかってことを聞いているんだよ!」

 7体のバーテックスを倒しても四国は安全な場所とは言い難い。

 むしろ物語はまだ半分も進んでいない。これから最後のレオ・スタークラスター戦までは何が起こるかわからないのだ。

 だから人型バーテックスは四国の近くにいて、何が起こってもいいように備えるんじゃなかったのか?

 その心情を知ってか…いや、同じ人格から生まれた存在だ。知らないはずがない。

 それを知ったうえで人型バーテックスはここを離れると言っているのだ。

『防人隊を見て、気づいたんだよ。いや、正確にはバーテックス人間からの防人たちの活動報告の情報を見て、かな』

 何に、とは訊かなかった。丹羽にも思い至る推論があったのだ。

「お前まさか…」

『ああ、俺は神樹に頼らなくても人間が生活できる場所を外に作る』

 やはりそうか。と丹羽は思った。

 この世界で生きて、いや、丹羽明吾として四国で生活して1年半。たったそれだけでも充分理解できた。神樹の恵みとその恩恵を受けて生きる人間の生活を。

 もしこれから何らかの事情で神樹が消滅してしまったら、人類はバーテックスの手にかからずとも滅んでしまう。

 それほど、生活のすべてを神樹の恵みに頼ってしまっているのだ。

『確かに壁の外は人間が暮らすことのできない場所だ。だがデブリのような例外もある。それを作り出せれば』

「馬鹿が! 何年かかると思ってやがる!」

 もう1人の自分のやろうとしていることのとんでもなさに、思わずそう叫んだ。

「溶岩が流れ、炎が噴き出す大地だぞ! 生き物どころかバクテリアや微生物もいるかどうか怪しい。そんなところに咲く花があるか? 実をつける樹があるか? 野をかける獣がいるか?」

『いないだろうな。今は』

 そう、今はいない。だが、作り出すことはできる。

 人外の存在。バーテックスの力を使えば。

 大地に流れる溶岩はアクエリアスの水で冷やし固めればいい。カプリコンの地震で大地を耕し、リブラの風を操る能力で空気を送っていれば人が生活できる場所くらいは作れるかもしれない。

 それに生命だって星屑ならそこら中から無限に沸いているわけだし、アリエスの増殖能力で増やした星屑をマグマに沈め、熔けた成分から新生命体を作るのも可能かもしれない。

 だが、それにしたってどれほどの時間がかかるのか。

「せめて、物語が終わるまで…9月まではいられないのか」

『俺がここにいると無用な戦いまで起こりかねないからな。そのっちがそのいい例だ』

 たしかに、乃木園子の人型バーテックスを探す執念は異常だった。

 もし彼女がそれから解放されるには、人型バーテックスを倒すか目の前からいなくなるかのどちらかが必要だ。

 もっとも前者はごめん被るので必然的に後者になるわけだが。

『銀ちゃんも、そのっちに預ける。それでそのっちが大赦を出る時に残りの人間のバーテックス人間化をたのむぞ。それでミッションコンプリートだ』

 確かに昏睡状態の銀を四国内の病院に移送して預けるのに、園子以上に安全な場所はないだろう。

 それに大赦の要職にいる人間を全員支配下に置くことができる絶好の機会でもある。この機を逃すと次はないかもしれない。

『大丈夫だ。視界は共有してるんだから、お前がピンチな時は駆けつけるさ』

 不安でいっぱいだろう自分に向けて、人型のバーテックスは耳の位置まで裂けた口を広げ笑うという人間の行動のまねをする。

『というわけで次の総力戦には手を貸せそうにない。お前と勇者部のみんなで乗り切ってくれ』

「そんな! そんなのって」

『なに不安そうな顔してやがる。男の子だろ!』

 人型のバーテックスは丹羽の背中を叩き、同時に2体の精霊を内にいれた。

「ぐっ⁉ これは?」

『うたのんとみーちゃんだ。さっき繭から孵った。これで5体。普通の敵ならまず負けないだろう』

 西暦最強の勇者、白鳥歌野とその巫女藤森水都をモデルとした精霊だろう。この2人がいてくれるのは心強い。

 心強いが。それ以上に心強い存在が、ここから離れようとしている。

『本来なら俺がそっちで百合イチャを愛でていたいんだからな。うらやましいぞコンチクショー』

「俺…でも俺はお前がいないと」

『百合男子の矜持とはなんだ、俺?』

 唐突な質問に、丹羽は固まった。

「それは、少女たちに無償の愛を捧げ、決して間には挟まらず見守ること」

『違うな。それじゃ不充分だ』

 人型のバーテックスは神樹の結界に守られた四国の方向を見て言う。

『それは自分ができる限り少女たちに襲い掛かる苦難から身を挺してでも守ること。苦境に陥っている少女に救いの手を差し伸べること。そして残念ながら俺は中途半端にこの世界で強い力を持ってしまった』

 ああ、そういうことか。

 丹羽はなぜ人型バーテックスが途方もないことを言い出したかわかった気がした。

『だったらさ、やるしかないじゃねーか。人類ごとこの苦境から彼女たちを救って守るために、俺ができる全力で』

 そう、なにも変わらない。ただ規模が違うだけだ。

 丹羽は勇者部の少女たち。

 人型バーテックスは四国に住む人類すべてを。

 ただ無償の愛を注ぎ、全力で彼女たちに襲い掛かる苦難から守り、苦境を救う。それだけだ。

『じゃあな、俺。達者でやれよ』

 同じ人格から生まれたもう1人の自分が告げた別れの言葉に、丹羽も声を返す。

「ああ、あばよ俺。どこにでも好きなところに行っちまえ」

 俺は四国で勇者部の女の子が百合イチャするところを近くで見ているから、視界を共有しているお前はせいぜいうらやましがりやがれ。

 同じ人格から生まれた1体と1人の人外たちはそれぞれの道を歩き出した。

 背中はもう振り返らない。今度会う時はきっと、全部終わった後。

 勇者部のみんなが無事で向こうは人類が住む世界を作り終わったという報告をする。

 そんな成功を喜び合うために、向かい合わせになる時なのだから。

 

 

 

「きゃー樹ちゃんかわいいー! えるおーぶいいーらぶりーいつきー!」

「あの、風先輩。樹ちゃんの歌が聞こえないほどの声援はちょっと」

「何言ってんのよ、あ、東郷ビデオ回してる? うちの妹超かわいいの! きゃーきゃー!」

 樹の歌の特訓のために言ったカラオケ店だったが、いつの間にか犬吠埼樹ちゃんオンステージへと変わっていた。

 声を震わし歌う樹の姿に風がやんややんやとはやしたて、ついには我慢できなかったのか東郷が隠し持っていたビデオを回させアイドルに向かってやるようなコールまでしている。

 それに対し樹もヤケクソになったのかさっきより大声で歌えているようだ。人間、恥ずかしさが頂点まで来るといっそ開き直るという事実が証明された。

「さ、さすがにちょっと休憩」

「えー、樹ちゃーん。お姉ちゃんまだ樹ちゃんの歌聞きたーい!」

「もう3曲連続で歌ったでしょ! いい加減にして!」

 あ、ついに怒られた。2年生組が思っていると妹に怒られて風は珍しくしゅんとしている。

「あ、丹羽君。わたしの歌どうだった? やっぱりつまらなかったかな?」

 カラオケ店に来てからもまだぼーっとして心ここにあらずの丹羽に樹は声をかける。

 朝の教室で会った時からなんとなく彼に何かあったのは察していた。

 でも、それが何かわからず不安だった。ひょっとしたら何か悪いことがあったのかもと。

 と同時に少し腹が立った。つい先週自分が恥ずかしいのを我慢して勇者部五箇条を部室で叫んだのに、この人は何を聞いていたのか。

 同じクラスなんだから、わたしに1番に相談してくれてもいいのにと。

 だが結局人見知りスキルが発動して言葉にはできなかったが。

「そうだな。樹ちゃんにこんな顔させるのは、違うよな」

 不意に名前を呼ばれ、不覚にもドキッとしてしまった。

 女の子同士がイチャイチャする姿を見るのが大好きと公言する変態なのに。

 なにかと自分が料理をしようとするのを止めるくせに、作った料理は全部食べてくれる変な奴。

 そんなクラスメイトが見せたいつもとは違う顔に、柄にもなくドキドキとしてしまう。

「結城先輩、三好先輩。このデュエット歌ってくれます?」

「え? 何この曲」

「あ、それは…」

「うん、わかった。早速入れるねー」

 丹羽の言葉に友奈がタッチパネルで入力するとすぐ曲がかかる。

「駄目よ夏凛ちゃん、その曲は私が!」

「あ、もう始まるね。じゃあ行くよ」

「う、うん。って、ええー!?」

 曲が終わり、最後まで歌いきると夏凛は丹羽に詰め寄った。

「ちょっと丹羽? あんたどういうつもりよ!」

「いやー、三好先輩の赤面で好き32連発、大変おいしゅうございました。ゴチです」

 そう、丹羽が選曲したのは片方が一方的に好きと連呼する曲で、いわゆるラブソングである。

 その好きパートを夏凛が歌い、友奈が告白パートを夏凛をじっと見て歌うものだから見ているこっちが恥ずかしくなるくらい熱々だった。

「でも三好先輩、嫌なら途中で歌うのやめて東郷先輩にバトンタッチすればよかったのに」

「そ、それは」

「やっぱり好きなんですねー。あら^~」

 丹羽の顔が緩んでいた。その顔に、風と樹はどこか安心する。

 やっぱり、丹羽(くん)はこうでなくっちゃと。

「ゆ、友奈ちゃん。さっきの曲私と一緒に歌ってくれない?」

「うん、いいよー。じゃあ私さっき夏凛ちゃんが歌ったパートやる」

「え、じゃあ私が告白パート⁉ や、やるわ! 女は度胸。東郷美森! いっきまーす!」

 今度は友奈と東郷が歌いだす。

 その後最初の樹の歌の練習という目的はどこかへ行ってしまい、終了時間までカラオケ合戦になった。

 このカラオケ特訓が生きたのかどうかはわからないが樹は歌のテストを見事こなし、放課後心配していた勇者部部員たちにvサインを見せたのだ。

 

 




 内容は4話なのにタイトルは3話のパロディって、どういうことなの…。
 というわけで人型さんはそのっちとの決戦を最後にここで一時お別れです。
 決して強くなりすぎて出禁になったとかじゃないよ。ホントダヨ?
 ぶっちゃけ人型がその気になればバクテリア型極小星屑を作ったり昆虫型星屑を作ったりもできるのでテラフォーミング事態は結構楽勝だったりします。
 問題は気候とか気温調整だけどアクエリアスの水やリブラの風で理想の天候も作れる…ちょっとチート過ぎない?
(+皿+)「できるできるできるできるできる!」(【その時、不思議なことが起こった】発動中)
丹羽「プー民だ! 沈めろ!」



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あの時、言えなかったこと

 あらすじ
東郷「あの丹羽君が百合イチャに無反応なんて」
夏凛「あいつらしくないわね」
樹「今朝から様子が変でした。なにかあります」
丹羽「何をする気だ?」
(+皿+)「四国の外に百合少女たちの楽園を作る」
丹羽「やることが派手だねぇ」
友奈「(私と夏凛ちゃんのデュエットを見て)目だけが光っていた」
風「へいへい、抜き取った感動シーン(勇者部みんなの寄せ書き)を見せなさいよ」
 プレデター語録はコマンドー語録と混ざってもはや見分けがつかない件。



 7月3日。ようやく大赦から許可が下り大赦の所有する病院からゴールドタワーを経由し四国を守る壁付近にたどり着いた乃木園子は、自分を迎える32人の防人たちに驚いた。

「乃木園子様ですね。防人隊隊長の楠芽吹です。我々が人型バーテックスと遭遇した座標まで護衛させていただきます」

 伝説の勇者を前にカチコチに固まっている防人隊の面々を見つめ、安芸に車椅子を押されていた園子は思わず吹き出す。

「な、何か失礼が⁉」

「ごめんごめん。そういうわけじゃないんよー。ただ、いかにもこれから死にに行くような人を見るみんなの顔がちょっとおかしくって」

 当然だ。防人隊はあの人型バーテックスと7体の星座級バーテックスの戦い…いや、圧倒的戦力差を見せつけられたのである。

 いくら人類最強の勇者とはいえアレに勝てるとは思えない。もし返り討ちにされたら、人類側の希望が潰えるのだ。

 その心配を目の前の少女はおかしいと言う。

「わたしにとっては、ただ親友をさらった憎い敵をぶっ殺して居場所を吐き出させるまで拷問しに行くだけだから。そんな大したことないのに」

 いや、大したことだよ。

 そのかわいらしい顔には似つかわしくないワード満載の言葉に、加賀城雀は思わずツッコみそうになり口をつぐむ。

 もしもそれで園子の逆鱗に触れたら自分はもちろん仲間の防人もどうなるかわからないからだ。

「それに護衛って言ってたけど、別にいらないよ。座標ポイントは安芸先生から聞いてるし、そこまでは変身したらすぐだから」

「それは、我々が足手まといとなる。ということでしょうか?」

 芽吹の言葉に園子は首を振る。

「誰もそんなこと思ってないよ。というか、もしそんなこと言うやつがいたらわたしが許さない。防人のみんなの活躍は誰よりも知ってるし、その頑張りもね」

 その言葉に防人たちは感動していた。

 勇者を育てるための捨て石呼ばわりされていた自分たちをすくい上げ、ここまで重用してくれた園子本人の言葉だ。

 ほぼ同年代とはいえ相手は瀬戸大橋でバーテックスの侵攻を止めた伝説の勇者。

 そんな人物が自分たちを認めてくれている。その事実だけで防人隊にとって今までの苦労が報われるようだった。

「みんながあいつのいる場所を教えてくれたから、わたしはここに来られた。そう、ようやく追い詰めたんだ。手掛かりをつかんだんだ。絶対に逃がさない」

 だが、同時にその伝説の勇者にここまでの殺意というか憎しみを向けられるあの人型バーテックスとはどんな因縁があるのか。

 口にすることははばかられたが、全員が気になっていた。

「その、なぜあの人型をそこまで気になさるのかお聞きしても?」

「ん~?」

 芽吹の言葉に園子が首をひねる。その時雀の危険センサーがビンビンに反応した。

(ちょ、メブ! それダメな話題!)

「あのバーテックスは人語をしゃべり、結果的にですが我々全員を助けました。メッセンジャーだけなら1人や2人残して虐殺すればいいのに」

「ああ、なるほど。楠さんだっけ? つまりあなたはあれが人類の敵じゃなくて味方になるかもしれないと?」

「いえ、逆です。あれは我々に力の差を見せつけるための行為だと。それにバーテックスは人類の敵という事実はどんなことがあっても決して覆りません」

 その言葉に危険センサーが安全領域まで戻る。よかった、逆鱗には触れなかったようだと雀は胸を撫で下ろす。

「ただ、あいつは敵意はないと言った後、私が信じられないという言葉にそれで構わない。行動で示すと。そして1度手ひどい目にあったと言っていました。それは園子様のことではありませんか?」

『信じてくれ、俺は銀ちゃんを治したい。この残酷な物語の結末を変えたいだけなんだ』

 芽吹の言葉に、園子の脳裏にかつてあの人型が言った言葉がよみがえる。

 それから全部あいつの言う通りになった。わっしーは足の機能と記憶を失い、今は東郷美森として生活している。

 全身不随になると言われていた園子だったが、半身不随で済んでいる。それはあの人型のバーテックスが壁の外に現れた12体の巨大バーテックスを倒してくれたおかげだというのも理解している。

 だからなんだ。

 だったらどうして自分に何の得もないことを、敵である勇者の自分たちを救いたいという真意を問い正したとき答えなかったのか。

 後ろ暗いところがなければ即答できたはずだ。自分をだまし、利用しようとしていることを見抜かれたからあんな出まかせを言ったのだろう。

「楠さんは、あいつがいい奴だと思う?」

 質問を質問で返され、芽吹は一瞬戸惑う。だがすぐ答えた。

「いいえ、危険な存在だと思います。人間のように考え、言葉を話すならば我々をだまし、陥れようとするはずですから」

「うん。わたしもそう考えたんだー。だから槍で滅多刺しにしてやったの。次会った時は何事もなかったように普通に現れたけど」

 実際はその時死にかけたのだが、それは園子の知らないことだ。

「そんな奴が行方不明になった自分の友達を預かって治療しているって言ったら、楠さんはどう思う?」

 芽吹は園子の言葉に、例えば亜弥が突然行方不明になり、あの人型のバーテックスが自分の元で治療中だと言ったと仮定して考える。

 とても信じられるものではなかった。むしろ人質として人類側の情報を流せと脅されるのではないかと勘繰るだろう。

「信じられません。なんとしても友達の居場所を吐かせ、保護しようと行動します」

「うんうん。そうだよね。わたしもそうだったの」

 なるほど、それが園子とあの人型のバーテックスとの因縁なのか。

「すみません。出過ぎたことを訊いてしまって」

「ううん。わたしも話したかったっていうのもあったから。同じ考えを持った人に」

 芽吹の受け答えはどうやら園子にとって満点だったらしい。わずかな会話だったが気に入られたようだ。

「じゃあ、行ってくるね!」

 その言葉とともに園子はスマホの画面をタップする。水連の花が咲き誇り光に包まれ、白をベースにした勇者服に変身していた。

 車椅子だったときには考えられないほど軽やかな動きで跳び回って壁を上ると、四国の外へあっという間に行ってしまう。

「ご武運を」

 その姿に防人隊と安芸は無事帰ってこれるように祈りを捧げる。

「ちょ、メブ! 何考えてんのさ!」

 だというのに雀が芽吹の頬をひっぱりぷんぷんと怒っていた。

「ひょ、ひょっと! 何するの!?」

「園子様になんて質問してんの! 下手すりゃあんた死んでたよ」

 雀の言葉に芽吹は首をかしげる。その様子に雀は深いため息をついた。

「あー、もういいよ。結果オーライだったから。でもさメブ」

 もしあのバーテックスが本当にただの善意から私たちを助けてくれたのだとしたらどうするのさ、と雀は尋ねる。

 それに対し、馬鹿なことをと芽吹は即座に否定した。

 人類の敵がわざわざ人類を助けるなんて、何か企み利用しようとしている以外の考えがあるのかと。

 その答えはこの世界では勇者も、防人も、大赦の人間も。

 誰もが人類の敵であるバーテックスが無償の善意から人類のために行動することはあり得ないと考えていることを示していた。

 

 

『やあそのっち。久しぶり2年…いや、1年と9か月ぶりぐらいかな?』

 目的の座標にたどり着くと、そこでは人型のバーテックスが待ち構えていた。

 自分の周囲に水球を作り、その中にいる。特徴的な仮面をしているからあいつに間違いないだろう。

 その傍らには犬なのかウサギなのか判断に迷うゆるキャラがいる。おそらくあれが遠くにいる自分まで声を届けているのだと予想する。

『防人の子にも言ったんだけど、俺に敵意はない。まあ信じてもらえないと思うけど一応言っておくよ』

「ミノさんはどこ?」

 2年前、目の前にいるバーテックスにさらわれた親友のことを尋ねる。

『銀ちゃんは1年がかりでようやく傷が完治した。だけど意識が戻らない昏睡状態だ。壁の外という場所が原因だと思っていたから、君が四国へ運んでくれるのならこちらにとって渡りに船だ』

「ミノさんはどこにいるのかって、こっちは訊いてるんだよ!」

 槍を構え戦闘態勢に入った園子に、聞く耳持たないかと人型バーテックスは内心でため息をつく。

 話し合いで解決できればと思ったが、やはりそうはいかないらしい。

 仕方ない、プランCだ。

 近くにいたカノン・アルタなどのゆゆゆいバーテックスを呼び出し、水のワイヤーを伸ばす。

 ワイヤーを使い繊維のように、それから筋組織のようにゆゆゆいバーテックスを骨組みに水のワイヤーを張り巡らす。触手状のそれが水球を中心に別の生命の形を作り上げていく。

 モデルは日本神話に登場するヤマタノオロチ。あるいはド〇クエ2のメデューサボール。

 水球を中心に蛇のようにうごめく水の触手に、園子は警戒を強める。

 これはちょっとやそっとじゃ斬れないぞと水球の中にいる人型のバーテックスは余裕でいるように見えた。

 ちなみにプランAは平和におしゃべりをして銀を園子に渡しておしまい。

 プランBは伝えることだけ伝えて逃げる。

 プランCは時間稼ぎをしながら園子に伝えることだけ伝えて銀のいるデブリまで導くという方法だった。

 ここに来るまでの間に星屑を倒して満開ゲージをためられないように、共食いする星屑とそれを管理するサーバー星屑はとっくの昔に別の場所に移動させてある。

 デブリの強化版人間型星屑製造所や精霊型星屑製作所も、自爆が存在意義ともいえるゆゆゆいバーテックス、ポルタメント・アルタを使い徹底的に破壊した。これによりここで何が行われていたか彼女たちが知ることはないだろう。

『じゃあ、そのっち。少し俺とお話ししようか』

「バーテックスと話すことなんて、ない!」

 言葉とともに園子が踏み込み、水球を覆う水の蛇を槍で薙ぐ。

 本編より少ないとはいえ9回も満開した園子だ。わすゆ最終決戦で戦った時よりも格段に強くなっている。

 ただのアクエリアスの水では即切断され、返す刃で水球も破壊されていただろう。

 だが何回も水のワイヤーで織り込まれた水の繊維は固く、さらに骨組みにはゆゆゆいバーテックスがいる。そう簡単には断ち切れはしない。

『あれから…君たち3人を助けるのに間に合わなかった俺は何とか最悪の結末を回避しようとした。君と接触して満開を思いとどまらせるためにこれから起こる真実を話した』

 園子は薙ぎ切るのをあきらめ、突きに移行する。だが中心の人型バーテックスの水球を触手たちが守り、決して矛先を届かせはしなかった。

「くっ、厄介なものを」

『だけど、須美ちゃんは2回満開した。君が思いとどまらせてくれると思ったのに見込みが甘かった。いや、ひょっとしたら結界内で君たちにしかわからない事態が起こり満開せざるを得ない状況に陥ったのかもしれない』

 その言葉に、園子の胸には苦いものがにじむ。

 確かに人型バーテックスから足の機能と記憶を失うと聞いた。だが園子はあえて須美を2回満開させたのだ。

 満開して全身不随になった自分のことなど忘れて幸せに暮らせるように。もし記憶が残ったままだと須美は自分を責め、今のように讃州中学勇者部の中で笑顔を見せることはなかっただろう。

 だが、須美のためにやったと言うのはしょせん言い訳。結局は自分のためだ。

 園子としては大赦で発言力を持つために満開して全身不随になる気満々だったし、その権力を使って防人たちを指揮して人型バーテックスを捜索する気だった。

 結局最後の戦いに人型バーテックスがやってきて、満開の数は予言されていた20回以上どころか9回と大幅に減り、全身不随から半身不随となったが。

『だけど、俺は君の満開を止められなかった。ごめん』

 その言葉に、園子の槍が一瞬止まる。だがすぐに気を取り直し袈裟懸けに振り下ろす。

 ガキン! と音が鳴り水の繊維を切り裂く。だが固いゆゆゆいバーテックスの骨組みに当たってはじかれ、また水の筋組織がバーテックスの骨組みを覆い元の状態となる。

『本来なら君たち3人が讃州中学に通い、勇者部に入って騒がしいながらも充実した学校生活を送る。それが俺の夢見た理想の未来だった』

 ふざけるな! と園子は内心で叫ぶ。

 だったら早くミノさんを返せと攻撃のスピードを上げていく。

 お前が奪ったんだ! 全部、全部、全部!

 わっしーとミノさん。そしてわたしがいっしょにいられたはずの未来を!

『だけど、君は9回の満開で日常生活も困難になり大赦の病院暮らし。須美ちゃん…いや、今は東郷さんか。彼女は君たちとの思い出を無くし、銀ちゃんは意識不明の昏睡状態。はは、俺が思い描いていた理想の未来とは全然違った形になっちゃったよ』

 なぜ須美が東郷という名になったのを知っているのか。

 なぜ自分の現在の詳細な状況を知っているのか。

 一瞬頭をよぎったが、そんなことはどうでもいいと園子は攻撃をより苛烈にしていく。

『だから、これは俺の罪滅ぼし。君たちに今はまだ信用されなくていい。だから今度は信用されるようにちゃんと形にして君たちに見せることにするよ』

 そんなことはどうでもいい。返せ、返せ、返せ!

「ミノさんを! 返せ! このバーテックス!!」

 叫び、槍を振るう。ゆゆゆいバーテックスの骨組みすら切り裂き、蛇のような触手が数本ぼろぼろと落ちた。

『心配しなくても銀ちゃんは無事だ。そしてちゃんと返す』

 その言葉に園子は顔を上げる。

 人型のバーテックスは仮面をつけて、相変わらず表情は読めない。だが、その右腕がある方向を指し示していた。

『この方角をずっと行った向こうに西暦時代の建物や自然物が集まってできたデブリがある。そこでは壁の外でも普通に人間が暮らせる場所…つまり君たちが探していた人類の生存可能な場所だ』

 その言葉に目を見開く。

 なぜそのことを知っているのかという疑問。

 そして同時に納得する。そのデブリという場所こそ三ノ輪銀が壁の外で1年以上いても無事でいるという園子も「あり得るはずがない」と諦めていた夢のような条件を満たしていた場所であった。

「じゃあ、本当にミノさんは」

『ああ、いるよ。意識はなくて眠っている状態だが、四国の病院へ連れていくことで事態が好転するかもしれない。人手が足りないなら防人の子たちを呼んだ方がいいんじゃないかな』

 その言葉に、園子の手から槍が落ちる。

 よかった。本当にミノさんは生きていたんだ。

 心の中ではもう死んでいるのではないかという恐怖に常に怯えていた。

 何しろ壁の外は人類が生存できない灼熱の世界だ。

 そんな場所で勇者であるとはいえ三ノ輪銀という少女が本当に1年以上生存できるのかと常に自分に問い続けていた。

 だが、そんな自分が出した答えから目を背けて三ノ輪銀とそれをさらった人型バーテックスを探し続けてきたのだ。

 だから、本当に生きていると知り、園子は胸の中で何重にもかけられた重い枷が外れていくのを感じた。

『それとそのっち。今日はお別れを言いに来たんだ』

 その言葉に思わず「え?」という言葉が口から出る。

『俺が信用されていないのはわかっている。だから信用してもらえるように、俺は壁の外に人間が生存できる場所を作る!』

「…えぇ?」

 あまりにも荒唐無稽な話に、園子は完全に毒気を抜かれてしまった。

 え、なんで人類を滅ぼすことが目的のバーテックスが人類が生存できる場所を作るの?

 それって絶対不可能じゃない? なに言ってるのこの人型のバーテックスは?

 疑問が次々と浮かんではどれも「絶対に不可能」という結論に至る。

 ひょっとしてこのバーテックス、馬鹿なのか?

 いままで人間のように考え自分たち勇者を利用する策士として油断ならない相手と思っていただけに、この落差にはついていけなかった。

『それに、あんまり俺が近くにいるとそのっちも安心できないみたいだしね。俺にとって君たちが笑顔で暮らすことが幸せなんだから、それじゃ本末転倒だろ?』

 こいつは何を言っているんだ。2年間の間に頭でも打ったのか?

 そう思っている園子に、人型のバーテックスは告げた。

『じゃあ、さよならだ。そのっち、銀ちゃんをよろしく』

「ま、待って!」

 水球に包まれたまま去ろうとする人型のバーテックスに、園子は声をかける。

「ミノさんが無事だと確認できるまで、逃がさないよ! それにあなたの言うことが本当かどうか確かめないと」

『だったら防人隊の子たち呼べばいいよ。俺は君が気の済むまで待ってるからさ』

 園子は少し考え、スマホを操作し防人隊の子たちを呼ぶことにした。

 それから落とした槍を拾い、防人隊が到着する2時間後まで水球にいる人型バーテックスをにらみつける。

「園子様、防人隊到着しました」

「ご苦労様。ついて早々悪いんだけど、あの方向にある…デブリだっけ? そこを調査してきてほしいの」

『なんならうちの子に乗っていく? 早いよ』

 人型のバーテックスが見たこともない星屑とは違うバーテックス、フェルマータ・アルタを園子と芽吹の前に出すが、2人は拒否する。

「バーテックスなんかに乗れるか!」

「罠かもしれないし、いらないかなー」

『そうか…ショック』

 人型のバーテックスが仮面をかぶっているのに落ち込んでいるとわかるくらい水球の中で沈んでいた。

 防人隊が出発してから30分後。園子のスマホに画像が送られてくる。

 そこには水球の中で胎児のように丸まっている勇者服の三ノ輪銀の姿があった。

「ミノさん!」

『あ、確認できた? じゃあ俺はそろそろ行くから』

 そそくさとその場を去ろうとする人型のバーテックス。

 下手にこの場にとどまっていたらまた滅多刺しの槍衾にされかねない。そういう未来予知ができてしまった。

「待って!」

 園子の声に、立ち止まる。水球で身を守っているとはいえ満開されては結構厳しい。

 だから本体はここから少し離れた別の場所にいて、意識だけこの強化版人間型バーテックスに移し仮面をかぶっていたのだが。

 見破られたか? とドギマギしながら園子の方を向く。

「どうして、あの時急に黙ったの? それになんで自分には何の得にもならないのにわたしたちを助けてくれようとしたの?」

 ああ、なんだそんなことか。

『あの時そのっちの斬った精霊の中に通信用の精霊がいたんだ。だから話そうにも話せなかった』

「ええ!? そうだったのー」

 その答えに園子は戦闘の時の鬼気迫るものが消え、人型のバーテックスがよく知るぽわぽわモードの園子になる。

 よかった。やっぱりこの娘はこっちの方がかわいい。

『それと自分には何の得にもならないって言ったけど、それは違うよそのっち』

 人型バーテックスの言葉に、園子は?マークを浮かべる。

『俺にとって、君たち女の子…もとい子供たちが笑顔でいられる世界はそれだけで尊いんだ。君たちが笑顔でいてくれることが、俺にとっての得なんだ』

 まあ、信じてもらえないだろうな。こんな星屑と同じ顔をしたバーテックスの言うことなんて。

 だから、彼女たちに信じてもらえるように頑張らなくちゃ。

『じゃあ、俺は今度こそ行くよ。もし人間が住めるような見通しが付いたら四国まで迎えに行くから、その時は攻撃しないでくれよ』

 そう言うと人型のバーテックスは去っていった。

「なんなの一体…」

 園子としては呆然とするしかない。

 いままで仇敵だと追いかけていた相手が実は親友の怪我を治し、保護していた。

 しかも本当に敵意はなく、自分たちを守ろうとしていて。あまつさえ今度は人類が外の世界で生存できる場所を作るという。その理由は自分たちに信用してもらうため。

「あは、あははは」

 もう笑うしかない。こんなこと、まともに報告をしても誰も信じないだろう。

 だから、この話は自分の胸の中だけにしまい今は2年ぶりに出会う親友に会いに行く。

 その日、乃木園子は行方不明だった勇者、三ノ輪銀を四国に連れ帰り大赦が所有する最高の治療が受けられる自身も入院している病院へと連れ帰った。

 意識不明の昏睡状態だったが、いたって健康体であの時園子が見た火傷やバーテックスの攻撃による傷跡もない。

 これならば意識を取り戻す日も近いだろうという医師の話に胸をなでおろす。

 その後死んだと思われていた勇者の帰還ということで三ノ輪家を含め大赦は説明のために大忙しとなるのだが知ったことではない。

 今はようやく帰って来たズッ友の隣にいられる。その幸せをかみしめながら乃木園子は眠りについた。

 

 

 

 それ(・・)はずっと見ていた。

 炎が吹き出し、灼熱のマグマが流れる大地に潜り誰にも気づかれることなく。

 乃木園子と人型バーテックスの戦いを。

 といっても人型バーテックスの一方的な防戦だったが、それ(・・)は注意深く人型バーテックスの能力を観察していた。

 水のワイヤー。編み込まれた繊維のようなもので作られた蛇のような触手。骨組みにした見たこともないバーテックス。

 それ(・・)はその姿を観察し、まねる。

 学ぶという言葉がまねるから変化したように、見様見真似から徐々に自分の物にしていき、やがて完璧にコピーする。

 そしてそれ(・・)は行動を開始した。自分たちの仇敵である人類を守る神樹を目指し、ジェミニを取り込んで得たスピードでまっすぐに四国へと向かう。

 その名はアクエリアス・スタークラスター。

 7体の星座級の肉体と御霊を吸収し最強の存在となった水瓶座の名を冠する巨大バーテックス。アニメ本編では登場しないはずの怪物だった。

 

 




 ちなみに大赦のバーテックス人間化は予定されていた通りそのっち不在の間に丹羽君が完了させました。
 これで風先輩暴走の危険がなくなったよ。やったね!
 それまで生き残れれば、だけど。

 アクエリアス・スタークラスター

 アニメ本編では最終話レオスタークラスターが登場したが、それのアクエリアス版。
 樹海や地面に潜れて風を起こし、ジェミニ並みのスピードで移動出来てレオの火球やビームも使えるヒーラー。あとアリエスの自己再生と自己増殖能力もあるから自動HP回復機能もついてるぞ!
 本来の技も強化され、レオすら閉じ込めることができる巨大水球を4つ装備。水球から放つ水鉄砲とウォーターカッターはリブラの能力で殺傷能力アップ!
 もろい本体もタウラスのおかげで防御力アップ! まさに死角はありません、無敵です! 状態。
 さらに人型バーテックスの攻撃手段を模倣してさらにパワーアップ。いったいどうなってしまうんだー(棒読み)
 …勝てるんすかねえ、これ?


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星に願いを(死亡フラグダメ絶対)

 あらすじ
人型『そのっちー! 銀ちゃん返すよー』
園子「返せ! ミノさんを…え?」
人型『ついでにちょっとテラフォーミングして四国以外にも人間が住める場所作ってくるわー。じゃあねー』
園子「え…? えぇ…(困惑)?」
 園子の手により銀ちゃんは四国の病院へ。人型のバーテックスはサーバー星屑は新天地を目指して四国の外へ向かう。
(+皿+)「選択型AVGやってたと思ったら別ゲーが始まった件」
丹羽「お前が言い出したんだろ! まあ、最近はお米を作るゲームも流行ってるし、多少はな」




 大赦の最高責任者である人間は恐怖していた。

 理由は大赦が所有する人類最強の勇者、乃木園子が四国を離れて壁の外へ行ったからである。

 しかもその理由が2年前観測した規格外の存在、人型のバーテックスと決着をつけるためだという。

 それはいい。大赦の最高責任者としても乃木園子という勇者は諸刃の剣だ。

 よく斬れるがその分だけ自分にもデメリットがある。何しろ2年前こともあろうに大赦に反旗を翻し自分を殺そうとした。

 大赦にとって最重要人物である自分を、である。

 彼女の教師であり勇者との連絡役である安芸に阻止される形で最悪の事態は回避されたが、大赦の最高責任者はずっと恨みを抱いていた。

 乃木園子は危険だ。よく切れる刃ほど鞘に納め、厳重に封をして保管していなければ。

 だから大赦で所有している最高級のサービスを受けられる病院へ幽閉した。

 ある程度の権力を与え、防人隊という部隊の指揮権を預け行動を許して飼い殺しにしようとしたのだ。

 その結果、壁の外の調査で安全地帯の確保、四国以外の土地のサンプル回収という望外の結果をこちら側に残してくれたのは多少業腹だが喜ばしい結果だった。

 あとは死ぬまで病室に縛り付ける。そして後は有事の際にだけ活躍してもらう予定だったのに!

 よりによって、今! いつ残り7体のバーテックスがやってくるかわからないときに壁の外へなど行かなくても!

 だが、これはチャンスかもしれないとすぐに頭を切り替えた。

 もし壁の外の世界にいる人型のバーテックスと共倒れになってくれれば、自分には恐れるものなど何もない。

 自分に刃を向けた存在として、乃木園子を許す気など大赦の最高責任者は一切持ち合わせていなかった。

 むしろたかが道具の分際で自分に逆らった罰をどう受けさせようとこの2年間常に考える日々だったのだ。

 もっとも、2年前乃木園子が御簾を切り裂き自分へ槍を突き付けた記憶が焼き付いて離れず、恐怖から実行されることはなかったが。

 最高責任者は現在勇者である讃州中学勇者部の面々に自分を守るよう勅令を出していた。

 もし逆らえばこの四国でお前やお前たちの家族が生きられると思うなよという言葉を当たり障りのない言葉に変えた宣告を付け足して。

 その結果、自分がどう思われるか。大赦が勇者たちにどう思われているかなど考えもしない。

 全ては自分だけでも安全であるという確証を得たいがため。

 本来神樹を守るために選ばれた勇者であるならば自分を最優先に守るべきだという考えは明らかに論理として破綻しているのだが、それに気づかないほど追い詰められていたのだ。

「御館様。勇者様がご到着なさいました」

 御簾越しに聞こえてきた大赦仮面の言葉に、大赦の最高責任者は心が躍りださんばかりに喜ぶ。

 ようやく自分の安全が保障されたのである。当然だろう。

「うむ。ではこちらへ」

 たった3か月前に勇者として覚醒したとはいえ、6人もいるのだ。しかも1人は大赦で訓練し、万全の状態で送り出した勇者。

 こちらに対する忠誠心は折り紙付きだろう。

 自分が命じれば喜んでその命すら差し出すはずだ。

 大赦の最高責任者はようやく数日間悩まされていた怯えから抜け出し、6人の勇者たちを迎えるために威厳を保ち出迎えの言葉を継げようとする。

 だが、目に飛び込んできた光景に呆気に取られた。

 目の前に現れたのはたった1人。

 しかも大赦が選んだ勇者候補ではない、イレギュラー。西暦時代の勇者たちと同じ方法で戦う旧時代の遺物というべき存在。

 勇者たちの歴史の中でも前例のない、唯一の男である勇者。丹羽明吾だった。

「あなただけですか? 他の勇者様方は?」

「勇者部の皆さんは今商店街の七夕の飾りつけで忙しいので、来たのは俺だけです」

 震える大赦の最高責任者の声に、丹羽はこともなげに答える。

 商店街の七夕の飾りつけ? ふざけるな!

 自分はこの四国を統括する大赦の最高責任者だぞ! たかが市政の依頼とこちら、どちらを優先するかなど考えなくてもわかるだろう!?

 だが、口にはしない。下手なことを言って相手の逆鱗に触れるのは乃木園子の件で懲りている。

 屈辱だがここは哀れに振る舞い相手に(すが)り付くしかない。

「勇者様、話は聞いておられると思いますが現在大赦を守る勇者はここにはおりません。壁の外へ行った勇者様が戻るまででかまいません。我々を守っていただけませんか」

 決して高圧的にならないように。へりくだって言葉を選びながら語り掛ける。

「すべては四国を守るためなのです。もし今大赦がなくなってしまえば四国の物流や管理が統制できなくなり、国民への支援が滞ってしまうのです」

 嘘は言っていない。ただ口にしていないだけだ。

 自分の安心のために、自分がいる大赦を守ってくれという本音を。

「ですから大赦にいる皆が安心して働けるように、勇者様方に我々を守ってほしいのです。お願いいたします」

「大赦にいる皆? あんた1人の間違いだろ」

 丹羽のあざけるような声に一瞬何を言われたか理解できず最高責任者は固まる。

「激励の言葉とか期待したわけじゃないけど、ここまであからさまだとすがすがしいな。やっぱりあんたらは勇者を自分たちの安全を守るための道具としか思っていないのか」

 こいつは何を言っている? 大赦の最高責任者である自分にこんな口の利き方をして無事に帰れると思っているのか?

 だが、いつも叱責の言葉を放つはずの老齢の大赦仮面は黙ったままだ。こんな時に使えぬ奴め。

 内心では歯噛みしながらも大赦の最高責任者は表向きは勇者を尊敬し、敬う言葉を放つ。

「とんでもございません。少なくとも私はあなた方のことを道具だなどと。神樹様に選ばれた勇者様をそのように思うものがいたら天罰が下るでしょう」

「ああ、そういうのいいから。もう残ってるのあんただけだし、本音で話してくれてもいいよ」

 そう言うと丹羽はズカズカと無遠慮に自分の方に近づいてくる。だが、周囲にいる大赦仮面は誰も止めようとしない。

 おかしい。これは何かおかしい。

 そこで大赦の最高責任者はようやく気付いた。自分の取り巻きの大赦仮面たちが異様に静かなことに。

 いつもなら聞いてもいないのに自分におべっかを使ったり、勇者の動向を報告しに来るはずが、一切なかった。今日は静かだなと思っていた今朝の自分が腹立たしい。

 異変はすでにもう、起こっていたのだ。

「それとさっきあんたは俺のことを「勇者」って呼んだけど、それは間違いだ」

 御簾越しに聞こえてきた丹羽の言葉に、思わず大赦の最高責任者は後ずさる。

「俺は勇者じゃない。むしろその正反対の存在だ」

 御簾がめくられ、讃州中学の制服を着た少年が部屋に入ってくる。

 いや、本当に人間なのか?

 丹羽が言った「勇者とは正反対の存在」という言葉にその可能性に思い至り、戦慄する。

「お、お前は!? そんな、ありえない」

「ありえないって、何が」

 じりじりと獲物を追い詰める蛇のようにゆっくりと進んでくる丹羽に、いつの間にか背中が壁に付いていた。

「ここは、人間の世界だぞ! バーテックスがどうやって神樹様の結界を!? しかも人間の姿をして勇者と一緒に戦っていたなんて!?」

「おお、さすがに大赦のトップ。理解が早くて助かる」

 丹羽は立ち止まり、大赦の最高責任者を眺めた。

「でも、俺はあいつらと違う。人類を滅ぼそうなんて思っていないし、むしろその危機から救いたいと思っている。だから勇者の皆に協力したし、あいつらとも戦っている」

「つまり、裏切り者…我々にとって味方ということか?」

 とても信じられないが、丹羽の発言から推測するとそういうことらしい。

 だったらまだ付け入る隙はある。

「頼む! どうか私を守ってくれ!」

 恥も外聞も投げ捨てて、最高責任者は丹羽に縋り付いた。

「君…いえ、貴方様が望むのならばなんだって差し上げます。地位も、財産も、望めば人間だって! お望みならば巫女や勇者も捧げましょう。だからなにとぞ!」

 なにとぞ自分だけは助けてくれ!

 その言葉が大赦の最高責任者がいる室内に響いた。

 それを聞いて丹羽はくつくつと笑う。

 よかった、こちらの提案を気に入ってくれた。そう思った大赦の最高責任者に丹羽は手を伸ばし、仮面の上から頬を触る。

 た、助かった。

「やっぱり、組織がクソならそのトップも最低な性格だったな」

 言葉とともに丹羽の人差し指から寄生型バーテックスが放たれ、耳の穴を通り脳へと侵入していく。

「あばばばばばば」

 目を白黒させている大赦の元最高責任者に、丹羽は告げる。

「もしあんたが今まで勇者たちと真摯に向き合い、親身になって彼女たちの立場に立って行動していたなら、今までと何も変わらないさ」

 踵を返し、その場を後にする丹羽。その後ろでは仮面をつけた人間の胸の内にどんどん罪悪感が広がっていく。

「だがもしも。あんたが勇者を道具としてしか見ていなかったり、彼女たちを口先だけで騙してそれを何とも思っていないような人間だったら。――その報いは受けてもらう」

 御簾を持ち上げ、部屋を後にする。直後に聞こえてきた後悔にまみれた絶叫が本来相対する場所の中庭まで聞こえてきた。

 ああ、だめだったか。まあ当然だなと丹羽は想像通りの結果に内心でため息をつく。

 その声を聴いても大赦仮面たちは一切動かず、何の行動もしない。

 丹羽がそう命じているからだ。

 残り7体のバーテックスを倒すまでは上層部はこのままでいてもらう。

 下手に人事異動などすれば戦闘前に混乱するだけだし、勇者たちに全面的なバックアップとケアをする組織として大々的に発表するのは戦いが終わって一区切りした後の方がいいだろう。

 今日あったこともなかったこととして処理されるし、何も知らないバーテックスに寄生されていない大赦の職員は普段通り過ごすはずだ。

 大赦の要職にいる全員、そしてトップがバーテックス人間化したなど知らずに。

 これで丹羽と人型バーテックスによる大赦真人間化計画は終了を迎えた。あとは数日後やってくる7体の星座級を倒すだけだ。

 その前に丹羽は大赦の技術部に向かうことにした。

 勇者部の皆にお土産を持って帰るために。

 

 

 

「遅いわね、丹羽の奴」

「仕方ないですよ風先輩。大赦から直々の呼び出しなんですから」

 7月7日の七夕に向けて、勇者部の活動も忙しくなってきた。

 商店街や幼稚園から七夕の飾りつけを手伝ってくれという依頼が山ほど舞い込んで来たのである。

 そのため勇者部部室では七夕飾りの量産体制のため精霊の手も借りたいほどの忙しさだった。

 もっとも丹羽の精霊であるスミ、ナツメ、セッカの手を実際借りているのだが。

 その宿主の丹羽は今日大赦に呼ばれて学校を欠席していた。

 大赦公認の呼び出しということで、学校側では一応欠席扱いはされていない。

 だがなぜ勇者部全員ではなく丹羽だけなのか? 勇者部部長である風はそれが気になっていた。

 もちろん風だけでなく勇者部メンバー全員が丹羽を心配している。本人からは心配ないとラインでメッセージが来ていたし、昼休憩には終わり次第讃州中学に戻り勇者部の部室に顔を出すというメッセージも来ていた。

 ちなみに本当は大赦からの呼び出しは勇者部全員に送られるはずだったのだが、バーテックス人間の妨害により丹羽だけに届けられたということになっている。

 そのため風たちは本当なら自分たちも大赦に呼ばれていたことを知らない。なぜ丹羽なのかという不可解さと心配だけが募っていた。

 やがて放課後になっても丹羽は姿を見せない。姿を現したのは丹羽の精霊3体だけであった。

 なんでも丹羽に先に行っててくれと言われ、部室で待っていたらしい。

 その後七夕飾りを作りながら丹羽を待っていたのだが、部活開始から1時間経っても一向に来る気配がないのだ。

「やっぱり、アタシ電話してみるわ」

「さっきもかけたじゃない。あんたどんだけ心配性なのよ」

 つい10分前にも電話を掛けていた風に、はさみで折り紙に切り目を入れ七夕飾りを作っていた夏凛が呆れて言う。

「だって、あの丹羽よ! ことあるごとに大赦をディスってきた奴がこれだけ長い間来ないってことは何かあったんじゃないかと思うじゃない」

「確かに。丹羽君将来は大赦で働くって言ってたけど容赦なく悪口言ってたもんね」

「ひょっとして、大赦の偉い人の前でいつものように悪口言って、怒られてるんじゃ」

 風の言葉にさもありなんと同意する友奈。そして樹の懸念に「まっさかー」と全員が笑い飛ばした後、「あり得る」と思わず七夕飾りを作る手が止まる。

「ど、どうしようお姉ちゃん! 丹羽くんがこのまま帰ってこなかったら!?」

「お、落ち着きなさい樹! いくらあのバカでもそんな本人を目の前に悪口なんて」

「言いそうですね…いや、言う光景しか浮かびません」

「大丈夫だよ、東郷さん。いくら丹羽君でも…うん、言うかも」

「風、あんた大丈夫なの? もしそれであんたの監督不行き届きだってことになって問題視されたら」

「夏凛、不吉なこと言わないで! アタシもそれが心配になってきたところなんだから!!」

 わいわい騒がしくなってきた勇者部部室にその問題を引き起こしそうな部員が帰って来た。

「こんにちはー。皆さん何の話でそんなに盛り上がってるんですか?」

 ダンボールを抱えて持ってきた丹羽に、勇者部5人の瞳が向けられる。

「丹羽! アンタ大赦のお偉いさんに変なこと言わなかった? 大丈夫?」

「丹羽君おかえりー。悪口はダメだよ」

「そうよ丹羽君。言わぬが花。堪え難きを耐え忍び難きを忍ぶ」

「丹羽くん、これからは偉い人の前ではお口にチャックしてね」

「丹羽、兄貴に頼んで口添えしてもらうけど…あんまり期待はしないでね」

 帰って来た丹羽に何かやらかしたんだろうなぁと勇者部の面々は囲んで詰問する。だが丹羽はそれを否定し、段ボールを机の上は折り紙とはさみで占領されていたので使われていない椅子を出し、その上に置いた。

「違いますよ。いくら俺でも大赦で働く人を前に悪口は言いません。これをもらって使い方を訊いて来たんです」

 そう言うと丹羽は段ボールの中身を出して皆に渡し始めた。

「これは?」

「大赦の技術部で作ってた完全防音の耳栓です。牡牛座の怪音波攻撃対策ですね」

 プラスチックで包装された耳栓が6人分。それと東郷が好きそうな武骨な近代兵器っぽいものもある。

「こっちは魚座対策の爆雷…はさすがに持ってこれなかったので振動音波兵器ですね。樹海の地面に潜った相手に振動と音波で目と耳にダメージを与える兵器です」

 それを受け取り、東郷は目を輝かせている。彼女の趣味にクリーンヒットしたらしい。

 ちなみにバーテックスに通常兵器は効かないだろというツッコミに対して解説すると、この武器の開発には人型バーテックスも1枚かんでいる。

 丹羽の細胞を大赦の施設で研究させ、壁の外でカプリコンの能力で地震を起こして詳細なデータを渡した。

 いわばこれは人類初となるバーテックスと人間による共同開発兵器なのである。

 まあ、その研究をした人類はみんな操られているバーテックス人間なのではあるが。

「あと天秤座の風に飛ばされにくくなる安全靴。中に鉄板が入っているので動きは遅くなりますが、その分踏ん張りが効くらしいです。それと水瓶座の水で溺れた時用の肺に空気を送る大赦謹製の携帯スプレー」

「ちょ、ちょっと待って」

 次々とセッカに習った巨大バーテックスの攻撃に対策した道具を出してくる丹羽に、風は困惑する。

「これ何? いつの間にこんなものを」

「俺も今日知ったんですけど、大赦でもこれからは勇者を全面的にバックアップしようっていう話になっていたみたいで。大赦の技術部の人たちがいろいろ作っててくれて感想を聞かれてました」

「だから遅くなったんだ」

 遅くなった理由が大赦の偉い人に怒られていたわけではないと知り、勇者部全員がほっとしている。

 ちなみにさっき丹羽が話した内容には嘘がある。実際は大赦の技術部がこの対バーテックス用兵器を作り出したのはバーテックス人間を送り込んだ2か月ほど前だ。

 でなければこんなに早く対バーテックス用のピンポイントな道具など作れるはずがない。

 だが幸いにもそれに気づく人間はいなかった。勘が鋭く冷静沈着な東郷も見たこともない対バーテックス用装備に夢中であまり気にしていないようだ。

「勇者を全面的にバックアップって、大赦がそう言ったの?」

「ええ、大赦の偉い人が」

 そう、丹羽に寄生型バーテックスを注入され、操られた偉い人がそう言ったのだ。間違ってはいない。

「大赦もできることをしたいって俺がセッカさんから聞いた情報を元にこういうものを作ってくれました。最初は怪しい組織だと思っていましたけど、案外いいところありますね」

 その言葉に風と夏凛は首をひねる。

 特に夏凛は大赦職員の防人に対する悪口や勇者としてやっかみからの暴言も聞いていたので頭の中のイメージとどうもつながらないらしい。

「心強いですね。私たちを応援してくれる人がいるのって!」

 だが、友奈の言葉に「そうね」と2人は返す。

 昔含むところがあったとしてもこれからは勇者を全面的にバックアップしてくれるというのだ。今はそれに甘えよう。

 というわけで一通り丹羽が持って帰って来た対バーテックス用の装備の説明を聞いた後、全員に道具が配られる。

 特に東郷はウキウキだった。銃という武器の特質上耳栓は必須だし、近代兵器も軍事オタである彼女にとって心が躍るお土産なのだ。

「さっ、それはそれとして七夕飾り作りを再開するわよ!」

「って言ってももうほとんど終わってるよー!? すごいね、スミちゃん、ナツメさん、セッちゃん」

 5人が丹羽の説明を夢中で聞いている中、3体の精霊は黙々と手を動かし気付けば納品する七夕飾りをほとんど作り終えている。

「おー、本当だ。すごいわねみんな」

『スミー!』

「あらあらスミちゃん。頑張ったわね」

 自分の分の作業が終わり、東郷の分も手伝っていたスミは褒めてーと言わんばかりに胸元に飛びついてきた。

 それを東郷は受け止め、よしよしと頭をなでている。

『風、私も』

「え? うーん。まあ、しょうがないわねー」 

 ナツメの言葉に風は椅子に座り、おいでと膝を空ける。するとナツメはそこに滑り込み、風の胸に頭を預け、瞳を閉じる。

「よしよし、いい子ねー」

『やはり風の胸枕は世界一。主でもここは絶対譲れない』

「あ、当たり前でしょ!」

 ちなみにこの発言は主には絶対譲れないの部分に対する言葉だったのだが、それを聞きつけたスミが対抗心を燃やした。

『違う! スミの方がおっぱいすごい!』

「ひゃん!? もう、スミちゃん!」

『東郷の胸が大きいのは知ってる。だが、風の胸の方が安心でき…スヤァ』

「ナツメ? あら、もう寝ちゃった」

 東郷の胸を持ち上げてアピールするスミに反論しようとしたナツメだったが、風の胸に頭をうずめた瞬間すっかり安心し眠ってしまう。

 さらに反論しようとしてたスミは面白くない。これではナツメの勝ち逃げだ。

『う~』

「こらこら、お友達とけんかしないの」

 東郷がめっ、とスミの額を人差し指でこつんと叩き注意する。スミはまだ納得していないようだったが、東郷の胸に体を預けるとどうでもよくなったのかすぐリラックスする。

「「くっ」」

 その光景を見て夏凛と樹が顔をそらしていた。自分たちにはどうしようもないほど関係ない話だったからだ。

『あー、夏凛? 樹ちゃん? その、元気出してね』

「なによ、関係ないでしょ」

「セッカさんにわたしたちの気持ちなんて」

『えっとここだけの話なんだけど。生前の私はね…』

 セッカが夏凛と樹に近づき、小声で何か話している。やがて「ええ!?」と2人が驚く声が聞こえた。

「じゃあ、セッカも?」

『はは、お恥ずかしながら』

「じゃあ、仲間ですね仲間!」

 先ほどとは一転してきゃっきゃと女の子が楽しそうにしている。

 右を向けば棗風、正面ではぎんみも、左側ではせっかりんいつ。

 なんだ、ここは天国か?

「あ、そういえば丹羽君にはまだ渡してなかったよね。はいこれ」

 丹羽が1人尊いモードになっていると友奈が長方形の長い紙を渡してくれた。

「なんですか、これ?」

「短冊だよ。商店街の人がついでに飾ってくれるって。みんな書いたから書いてないのは丹羽君だけだね」

 そう言えば七夕飾りを作る依頼なのだから、短冊も書いてくれというのも依頼内容に含まれるのだろう。

 願い事か…。

「みなさん、まさか死亡フラグになりそうなお願いは書いてないですよね?」

 丹羽の言葉に全員が顔をこちらに向ける。

「死亡フラグって、例えばどんな?」

「例えばバーテックスとの戦いが終わったら腹いっぱい○○食べたいとか。この戦いが終わったら告白するとか。海に行きたいとか。絶対勝つとかいろいろですね」

 丹羽が言った一例に何人かの勇者部部員が目をそらした。

「まさか…」

「ち、違うのよ。アタシは良かれと思って」

 箱の中に入っていた風の短冊を取り出し見てみる。

【樹の料理の腕がよくなりますように 犬吠埼風】

「これはギリギリセーフです。もし特定のレシピがうまくなりますようにだったら1人の部屋で犬吠埼さんがその料理を作って「おいしくないな。やっぱりお姉ちゃんの作った料理が食べたいよ…」ってバッドエンドになるところでしたよ」

「いつきぃいいいー!」

 その光景を思い浮かべたのか、風がボロ泣きしていた。

「お姉ちゃん、大丈夫だよ。お姉ちゃんがいなくならなければいいんだから」

「犬吠埼さん、それ地味に死亡フラグだから…まあいいや。次」

【戦いが終わったら東郷さんとお買い物したい 結城友奈】

「これはアウトですね。でも戦いが終わったらの部分だけ消せばいいので軽度の物です。というか結城先輩はいつも東郷先輩とデートしてるでしょ」

「デートって、お買い物だよー」

 丹羽から短冊を返され、友奈は戦いが終わったらの部分を塗りつぶす。

【お姉ちゃんに彼氏ができますように 犬吠埼樹】

 切実だ。文字から切実さがあふれている。

 だが丹羽としては推しがヘテロ落ちするのは嫌なので彼氏の部分を「いい人」という性別どちらともとれるように書き直すように樹に指導し、短冊を返す。

「さて、次は」

【私の友奈ちゃんに近づく男が(自主規制) 東郷美森】

「うん、セーフ」

「どこがよ!」

 あまりにも特定の性別の人に対する憎しみのこもった願い事をスルーしようとしていたら夏凛にツッコまれた。

「いや、死亡フラグにはなっていないので」

「倫理的に問題大有りでしょ! 東郷も書き直し!」

 夏凛が強引に東郷に短冊を渡す。「えー」と東郷も不満そうだ。

「で、最後は三好先輩のですね」

「あ、それは」

【残り7体のバーテックスとの戦いで全員無事で生き残る! 三好夏凛】

「これこそ死亡フラグそのものですよ、三好先輩。というか一般の人も見るのにバーテックスとか書いちゃダメでしょ」

「う、うっさいわね! いいわよ。書き直すわよ!」

 ちなみに小さい字で「兄が妹離れしますように」と書いてあるのも見てしまった。

 春信さん…。

 そんなこんなで勇者部2人が書き直しになり、丹羽も短冊を書くことになる。

 とはいえ何を願ったものか。

 皆が満開しませんように? それこそフラグだ。

 銀ちゃんが意識を早く取り戻しますように? これもいけない。ずっと目を覚まさないフラグになりかねない。

 だったら残るのはこれしかないか。と丹羽は短冊に願い事を書く。

「で、あたしたちに散々文句を言った丹羽はなんて書いたのよ」

 箱に入れようとした短冊を、夏凛が横から奪い読み上げる。

【勇者部みんながずっと仲良しでありますように 丹羽明吾】

「普通ね。なんだ、面白くない」

「いや、夏凛。丹羽の言う仲良しっていうのは多分あんたが考えているやつとは違うと思う」

「だねー」

 夏凛の言葉に犬吠埼姉妹はやっぱりかというような顔をしていた。

 首をかしげる夏凛に「丹羽君らしいわね」と東郷。友奈も「そうだね」と同意している。

 こうして七夕まで勇者部は学校外の幼稚園や商店街に作った七夕飾りを納品したり飾りつけをしたりして過ごしていく。

 残り7体のバーテックスが総攻撃してくる日まで、あっという間に時間は過ぎていった。




 勇者部+対巨大バーテックス用メタ装備
 これさえあれば楽勝だな! しかも本編と違って大赦も協力的だし、敵の知識も予習済みという。
勇者部「負ける気がしない。ホームだし」
アクエリアス・スタークラスター「本当にそうかな?」

次回、vsアクエリアス・スタークラスター


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僕の知らない怪物

 あらすじ
 大赦OTONA化計画完了。
 七夕に向けてみんなで願い事を短冊に書くことに。
友奈「この戦いが終わったら、東郷さんの作ってくれたおはぎをおなか一杯食べたいなぁ」
東郷「重箱いっぱいのおはぎを作って待ってます」
風「そう言えば依頼のアレ、作りかけだったけど…まあいいか。戦いが終わって帰ってからで」
樹「おかしいな。何度占っても死神のカードしか出ないよ」
夏凛「あたし愛用のサプリ瓶が何もしてないのに次々割れてる!?」
丹羽「死亡フラグしかねぇ」


 勇者部部室から樹海に転送された6人はその光景に呆然とするしかなかった。

 見渡す限り大量の星屑がその名の通り夜空に広がる無数の星のように現れ、ひしめいている。

 四国周辺に沸く星屑を結界に来る前に消滅させていた人型のバーテックスがいなくなったことである程度の星屑が戦闘に出現して混戦となることは覚悟していたが、これほどとは。

 スマホの画面を見ても星屑を示す赤い点で画面が真っ赤になっているだけで星座級の文字は水瓶座1体しか確認できない。おそらく他の6体はまだ結界の外にいるのだろう。

「なによこの数」

 同じように感じたのか、夏凛も呆然としている。

 今までとは違う圧倒的物量の敵。

 戦意喪失とまではいかないが、勇者部全員の士気が下がっている。

 あまりよくない状況だ。これに加えて残り7体の巨大バーテックスとの戦いも控えているのだから臆するのも当然だろう。

 特に最年少の樹はそれが顕著に表れていて、手が震えている。それに気づいた姉の風が手を握り、樹を見つめた。

「大丈夫よ、樹。なにがあってもアンタはあたしが守るから」

「お姉ちゃん、…それ死亡フラグ」

 数日前丹羽に注意するように言われていたワードを言ってしまった姉に、樹はジト目で返す。

「こ、こんな時にそういうのはいいの!」

「いや、よくないでしょ。こういう時だからこその禁止ワードじゃない」

 風の言葉に夏凛がツッコむ。それで幾分かはいつもの調子が戻って来た。

「大体死亡フラグなんてねえ、物語の中だけでの話なのよ。そんなのいちいち気にしてたら神経まいっちゃうわよ!」

「いやいや、最終決戦なんだからゲン担ぎは大事ですよ犬吠埼先輩」

「最終決戦…本土防衛戦。いえ、違うわねそれじゃ負けちゃうもの」

「ルンガ沖夜戦とかはどうです?」

「最終決戦と最後に勝った戦いを一緒にしちゃ駄目でしょ! しかも戦略的には米帝に敗北した戦いじゃない!?」

「じゃあ真珠湾にしますか。12月7日で7つながりなので」

「ならよし! 今こそ国防魂を見せる時!」

「また東郷さんと丹羽君がわからない話してる…」

 西暦時代の軍事オタの話は一般人にはチンプンカンプンらしい。仲間外れにされたようで友奈が少し拗ねている。

「心配しないで犬吠埼さん。敵は多いっていっても星屑。前に依頼があった神社の清掃活動に比べたら楽勝だよ」

「丹羽くん…うん、そうだね!」

 丹羽の言葉に以前受けて大変だった力仕事の清掃活動を思い出し、樹がうなずく。それでだいぶ緊張がほぐれたことを手をつないでいた風は感じた。

「うう、樹を励ますのは姉のアタシがやりたかった」

「何馬鹿言ってんのよ風。さっさと変身して大掃除するんでしょ」

「わかってるわよ! えーい、とにかく変身よ、変身!」

 勇者部部長の言葉に全員がスマホの画面をタップした。

 ヤマザクラ、アサガオ、オキザリス、鳴子百合、ヤマツツジ、白百合の花が咲き誇り、光に包まれる。

 光が収まるとそこには桃色、スカイブルー、黄色、緑、赤、白の勇者服を着た6人がいた。

「よーし、じゃあ変身したところで、アレやりますか!」

「アレってなによ? また何か変なことじゃないでしょうね」

 風の言葉と目配せに、友奈と東郷は肩を組む。東郷は樹と、樹は風。そして友奈はまだ事態を呑み込めていない夏凛と無理やり肩に手を置き引き寄せる。

「ちょ、ちょっと何するのよ?!」

「円陣よ円陣。こういう時のお決まりでしょ? それと丹羽、アンタも」

 急にくっついて密集しだした勇者部メンバーに「キテマスワー」といつもの不審者状態になっている丹羽の肩を強引につかみ、風は自分の横に引っ張る。

「犬吠埼先輩!? いえいえ、俺は見ているので皆さんで」

「何言ってるのよ。アンタももう勇者部の一員でしょ」

「そうだよ丹羽くん」

「今更違うなんて、悲しいこと言わないでね」

「警告する、お前は戦いから逃げようとしている。逃亡者は銃殺される」

「東郷、銃持ってるあんたが言うとシャレにならないわよ。ほら、あたしもちょっと嫌だけど組んであげるわよ」

 丹羽としては百合の間に入る男になりたくなかったが、勇者部全員の視線にこちらも肩を組まないのは不作法というものと思い直し、風と夏凛と肩を組み円陣となる。

「みんな、帰ったらアタシが好きなもの奢ってあげるから死ぬんじゃないわよ」

「犬吠埼先輩、それ死亡フラグです」

「ん、ん゛ん゛!? 言い直すわ。全て終わったら派手なパーティーをしましょう」

「だからそれも死亡フラグですって」

「だー! もう。じゃあアンタが言いなさいよ丹羽!」

「えぇ…ここに来て1年生に丸投げですか?」

「アンタがフラグフラグうるさいから! こっちもここ数日発言には気を付けてるからもう限界なのよ! 言い出しっぺがお手本を見せなさい」

 事実ここ数日隙あらば死亡フラグを立てそうな発言をする風に丹羽と樹はハラハラしていた。

 ご飯を食べればおいしいという言葉に「今度作り方教えてあげるわよ」と言ったり、「戦いが終わったらみんなどうする?」という発言を唐突にしだしたりともうわかってこいつ言ってるんじゃないかと疑うレベルだったのだ。

「えー、では僭越ながら」

 こほんと咳払いし、風に号令を任された丹羽は今この場所にふさわしい言葉をサブカル知識から引っ張り出す。

「俺たちはいうなれば運命共同体。互いに頼り、互いにかばいあい、互い助け合う。1人が6人のために、6人が1人のために。だからこそ戦場で生きられる。分隊は兄弟、分隊は家族」

 丹羽の言葉に東郷が目を輝かせている。他の面々は頭に?マークを浮かべたままだ。

「嘘を言うなっ!」

「「はぁ?」」

 突然今までの言葉を否定する丹羽の言葉に、全員が面食らった。特に風と夏凛はどういうことだと丹羽を見ている。

猜疑(さいぎ)に歪んだ暗い瞳がせせら(わら)う。無能、怯懦、虚偽、杜撰。どれ1つとっても戦場では命とりとなる。それらを(まと)めて無謀で括る。誰が仕組んだ地獄やら兄弟家族が嗤わせる。お前もっ! お前もっ! お前もっ!」

「ちょ、ちょっと丹羽?」

「だからこそ俺のために百合イチャしろっ!」

「結局それか!」

 円陣から外され、勇者たちからフルボッコにされる丹羽。特に東郷、風、夏凛からの当たりが強い。

「ふざけてるのあんた? 風は円陣の号令をしろって言ったのよ」

「途中まではよかったのに、最後のあれは何?」

「ごめんみんな。丹羽に任せたアタシが馬鹿だった」

 改めて5人で円陣を組み直し、気合を入れる勇者部。その時にはもう最初に抱いていた緊張や恐怖感などどこかに飛んで行ってしまったことに気づく者はいない。

「勇者部ファイトォ―!」

「「「「オーッ!!」」」」

 一方で丹羽はおかしいなぁと首をひねる。さっきの言葉は丹羽の知る限り最強の生存フラグの言葉だったはずだ。多少変更したが何がいけなかったのか。

 やっぱり鬱フラグクラッシャーズの名言の方がよかったかなぁ。でも戦場の前にあんまり軽口を言うわけにはいかないし。

 そんな勇者部いつものやり取りの中でも空気を読んで攻撃しないでくれている敵。星屑がノイズさん並みに空気読んでるなこれ。

「いつまでそこで寝転んでるの、丹羽。さっさと行くわよ」

 風が排水溝にこびりついたヘドロを見るような目で丹羽を見つめて言う。どうやら信頼度が大幅に下がってしまったらしい。

 仕方ない、ここからは戦いで挽回しよう。決意すると丹羽は簡単に白い勇者服を手で払い汚れを落とすと戦線に向かった。

 

 

 

 東郷が狙撃位置に入り、前衛組5人が大赦技術部が作ってくれた安全靴を履く。

 これで踏ん張りが強くなったはずだ。天秤座の風で吹っ飛ばされる対策もばっちりだ。

 あとは魚座対策の振動音波兵器と牡牛座の怪音波対策の耳栓、水瓶座対策の携帯スプレーもすぐに出せるよう大赦特性の多機能カバンを腰に下げる。

「じゃあ、行ってくるわね東郷」

「ええ、みんなに神樹様の御加護を」

 風の言葉に東郷が返す。

 視界を埋め尽くさんばかりの星屑から、まずはその掃討と巨大バーテックスとの接触を第1目的とした。

 まず前衛の風、友奈、夏凛、丹羽がそれぞれ星屑を倒しながら水瓶座を目指し、討ち漏らした星屑を中衛に配置した樹がワイヤーでからめとり動きを止め、東郷がとどめを刺す。

 数が多い星屑相手にする2人の負担が強い作戦だが、水瓶座さえ倒してしまえば星屑は逃げ去るだろうと判断しての作戦だった。

 やがて星屑と接触すると風は剣で、友奈は拳、夏凛は双刀、丹羽は両手の2丁斧で切り刻んでいき、消滅させる。

「じゃあ樹、ここは任せるわね」

「うん、任せて!」

 前衛と後衛の間、負担の多い場所に樹を1人置いて行って大丈夫だろうか?

 風は一瞬悩んだが、成長した頼もしい妹を信じて任せることにした。

「行くわよ、友奈、夏凛、丹羽!」

「はい、風先輩!」

「言われなくったって!」

「了解です、犬吠埼先輩」

 ここからは2人1組で水瓶座を目指す。友奈は夏凛と、風は丹羽と一緒に。

 先ほどの悪ふざけは少し頭にきたが、おかげで皆の緊張が解けたと風は気付く。そして丹羽の実力を風は信じている。

 背中を預けるのにこれほど頼もしい相棒はいないと。

 二手に分かれて眼前に広がる星屑の群れをなぎ倒してく。剣を振るう度星屑が消滅し、満開ゲージがたまっていく。

 これならすぐに満開できそうね。と風は考え、思い直す。

 勇者部5か条、悩んだら相談。樹が思い出させてくれた言葉だ。

 もしこれを使うのならば、みんなと相談してからだ。自分が先走って使うのはルール違反。

 それに背中を預ける相棒は次々と星屑を2つの斧でなぎ倒し、風が進むべき道を切り開いてくれる。

 いつもこれくらい頼りになるなら、格好いいんだけどね。

 普段とのギャップを感じながらも風は剣を振るい、星屑を次々と斬り捨てていく。

 やがてそいつは見えてきた。大量の星屑に囲まれているが4つの水球を抱えて頭部らしき場所には金属質な長い黄色い角が生えている。

 上半身のゼリーのような場所はデコボコしていて、真ん中には赤い炎のようなものが輝いていた。

 あれが水瓶座? なにかセッカから聞いていたものとは違うような。

 隣の丹羽を見ると唖然とした表情をしていた。

 まるで目の前にいる存在が信じられないというように。

「丹羽?」

 見たこともない後輩の姿に風は首をかしげる。どうしたのだろう?

「知らない」

 こぼした言葉に、風は思わず問いかける。

「え?」

「あんな奴、俺は知らない…なんなんだ、あれ?」

 そこでようやく風は彼が焦っているのだと気づく。

 いままでふざけた行動はとることがあったが、ここまであからさまに動揺した彼を見るのは初めてだった。

 嫌な予感がする。風は目の前の水瓶座を見据えながらそう思った。

 

 

 

 見たこともない巨大バーテックスの姿に丹羽は戸惑っていた。

 人型のバーテックスと遭遇した時は確かに本編通り7体の巨大バーテックスだった。

 だが、今目の前にいるのはベースこそ水瓶座だがところどころに他の星座級の特徴が見えるし、普通の水瓶座よりも大きく、2つのはずの水球を4つ持っている。

 まさか、他の星座級を吸収した?

 考え、あり得ないとすぐ打ち消す。普通のバーテックスは共食いなどという行動は考えつかないはずだ。

 事実壁の外で今まで共食いしていた星屑も一切の抵抗もなく食われるままだった。

 抵抗したのは星座級のみ。自然発生したバーテックスが共食いをして自己強化のために能力を吸収するなどありえないはずなのだ。

 もし本当に他の6体のバーテックスを吸収してその能力を使えるかどうかは戦って判断してみるしかない。だがどう切り込むべきか。

 丹羽が考えていると、星屑の群れを倒した夏凛と友奈が合流した。

「なにぼさっと突っ立ってるのよあんたら!」

「風先輩、丹羽君、どうしたの?」

「あ、友奈、夏凛。実はあの水瓶座、なんかおかしいらしい」

 風が説明しようとした時だった。4つある巨大な水球から何かが放たれる。

「っ、3人とも避けて!」

 言葉とともに丹羽は間近に迫っていた水瓶座のアクアショットを斧で弾く。

 明らかに水瓶座単体の攻撃力ではない。

 今確信した。やはりこいつは他の星座級を取り込んで強化されている。

 だが何のために? どうやって? 疑問は浮かぶが今は目の前の敵を倒すことが先決だ。

「犬吠埼先輩、結城先輩、三好先輩! 多分あいつは7体の巨大バーテックスが融合した水瓶座です! 理由はわかりませんが、かなりの強敵なので注意してください」

「なんですって!?」

「融合したってどういうことよ?」

 風と夏凛が問いかけてくるが今はそれどころではない。

 今度は天秤座の風を操る能力を使って突風を仕掛けてきた。アクアショットから逃げ回っていた夏凛は体が浮いて飛ばされかけたが、友奈が受け止め何とか踏ん張る。

 丹羽も風と合流し突風に耐えるが、敵はそれを狙っていたようだ。

「っ、やばい!」

 樹海の地面に踏ん張り動けなくなったところに体を覆うのに充分な大きさの水球が飛んでくる。

 ウォータープリズン。ゆゆゆいでもおなじみの水瓶座の技だ。アニメ本編では風を閉じ込めた技でもある。

「犬吠埼先輩、後ろに跳んでください。俺が受け止めますから」

「了解、任せたわよ」

 先に丹羽が後方へと跳び、突風で飛んできた風を受け止める。風が先ほどまでいた位置には水球が地面で跳ね、天秤座の突風の影響を受けずに宙へと浮いて行った。

「夏凛ちゃーん!」

 友奈の声に驚き見ると、夏凛が水球に閉じ込められている。中は水で満ちているのか、息ができずに苦しそうだ。

「三好先輩、そういうときこそ携帯スプレー!」

 丹羽の声に気づいたのか、腰に下げたカバンから携帯スプレーを出し呼吸する。何とか水没して溺死という状態は避けられたようだ。

「助けないと」

「友奈、あんたの拳じゃ無理! アタシと丹羽が壊すから待ってて!」

 言葉とともに風と丹羽はジャンプして水球を割ろうと己の武器を振り下ろす。が、思いのほか丈夫な水球に弾き飛ばされた。

「くっ、なんて固さなの」

「風先輩、夏凛ちゃんが!?」

 見ると水瓶座の上半身ほどの高さに上った夏凛の水球の周囲に、4つの水球の1つから触手のようなものが伸びる。

 あれは、水のワイヤーで編み込まれた触手?

 人型バーテックスしか操れないはずの能力をなぜあの水瓶座が? 疑問に思いながらも何をする気かと眺めていると、水球に数本の触手が挿入されると夏凛が入った水球が振動した。

「夏凛ちゃーん!?」

 次の瞬間夏凛が白目をむき、手にしていた携帯スプレーを手放す。口から大きな気泡が出て、ぐったりとしている。

「牡牛座の怪音波!? あいつあんなのまで使えるのか?」

「丹羽、どういうこと?」

 驚く丹羽に風は説明を求める。

「おそらく水球に閉じ込めた三好先輩に牡牛座の怪音波をあの触手から放ったんです。あの水球は水で満たされていますから、普通に怪音波を訊くより効果が強いんですよ。潜水艦のソナーに対する爆雷みたいなもんです」

 例えはよくわからなかったが、あの技が危険なことはわかった。とりあえず今は夏凛を救出しなければ。

「犬吠埼先輩、結城先輩と一緒に水瓶座を攻撃してできるだけ気をそらしてください。俺はその間に」

「わかった。友奈、行くわよ!」

 丹羽の言葉を受け風は友奈と共に水瓶座を攻撃するために近づく。

「セッカさん!」

『はいよー』

 セッカを呼び出すとスミと交代し、赤いラインから紫のラインへと変化する。

 武器も2丁の斧から槍へと変わり、丹羽は水球を受け止める水の触手に向けて槍を放つ。

「くっ、固い!?」

 だが槍は水の触手に当たると弾かれた。やはり人型のバーテックスが使う技のように水のワイヤーを何度も折り重ねて繊維にし、筋組織のようにした触手なのだろうか。

 だとしたら切断できるのはスミの斧だけだ。だがあの距離までは届かない。

 仕方ない。この戦いで使うことになるとは思っていたが、まさかこんなに早く使うことになるとは。

「スミ、ナツメさん、ウタノさん、ミトさん!」

 声とともに4体の精霊が現れ、セッカも丹羽の中から出て5体となる。

「切り札、行きますよ。いいですか?」

『おう!』

『わかった』

『りょうかーい』

『オフコースもちろんよ!』

『うたのんと一緒なら、どこへでも』

 5つの精霊が丹羽の中に入り、光に包まれる。白百合、オトメユリ、黄色い百合、オレンジユリ、鬼百合。5つ百合の花が咲き誇り白い丹羽の勇者服に赤、水色、紫、黄色、緑の5つの色のラインが入った姿になった。

 そして身体が光に包まれ、丹羽が地面を蹴ると一瞬で夏凛を包む水球の場所まで飛んだ。両手の斧を振るって水球に繋がった触手を断ち切る。

「セイヤー!」

 水球を破壊し意識を失ってぐったりした夏凛を抱えて地面に降り立つと、風と友奈に声をかける。

「2人ともこっちへ、あとは俺が!」

「丹羽!?」

 告げると丹羽は飛び立ち、4つある巨大な水球の破壊を試みる。1つ目を2丁斧の唐竹割で切断し、樹海の地面にボトボトと水が落ちていく。

 よし、斬れる。

 あとは3つ破壊すれば丸裸にしたも同然。さっさと破壊しなければ。

「なっ!?」

 だがそこで丹羽は動きを止めざるを得なかった。

 巨大な水球からすごい速さで複数の水のワイヤーが宙に走り、周囲にいた星屑を取り込んで骨組みにし、繊維のように織り込んでいく。

 やがてそれは水でできた蛇のような姿になり、丹羽に襲い掛かって来た。

 こいつ、こんなとことまで!?

 人型のバーテックスしかできないと思っていた水のワイヤーを使った応用技に、丹羽は驚愕する。

 もしこれが人型のバーテックスが使うものと同等なら、破壊するのは難しい。それこそ、満開した勇者の攻撃でもないと不可能だろう。

「だったら!」

 丹羽は目標を変え、水瓶座本体を狙う。

 水瓶座自体は装甲が薄く、水のバリアさえなければ柔らかい部類のバーテックスだ。

 両手の斧で連なった頭部から生えている金属質の角…おそらく天秤座のパーツを切断する。そのまま上半身のゼリー状の部分を破壊しようとして、ガキンと金属音がして刃が止まった。

 これは牡牛座の装甲か? バーテックスの中でも蟹座と蠍座に並ぶ防御力を持つ牡牛座も吸収していたとしたら、それを警戒すべきだった。

 ウカツ、それしか言いようがない。次の瞬間中央の燃えるように赤い中心の部分が光り、丹羽の肌が高温でひりひりするのを感じる。

 間一髪、放たれた火球を避けることができた。切り札状態でなければやられていたかもしれない。

 だが気を抜くのは早かった。樹海の地面に降りた丹羽を今度は玉すだれのようになった牡羊座と魚座のしっぽが融合したような部分が振動しながら襲ってくる。

 おそらく人間の腕が触れただけでグチャグチャになってしまうだろう。それほどまでに危険な武器だ。

 だが丹羽は逃げるのではなくあえて踏み込む。そしてウタノの武器である鞭で振動する玉すだれをからめとり纏める。

 するとすだれ状のしっぽは振動していたせいで複雑にからまり、うまく相手に狙いを定めることができないようだ。その隙に丹羽は飛びずさり風と友奈、気絶した夏凛と合流する。

「全員無事ですか?」

「何とか。ていうか丹羽、なんなのよさっきの動きは!?」

「切り札です。精霊の力を最大限使ってパワーアップする方法。これを使うとしばらく戦闘に参加できないので、諸刃の剣ですけど」

「私たちの満開とは違うの?」

 友奈の疑問に、丹羽は首を振る。

「満開は神樹に身体の一部をささげる副作用がありましたよね。でも俺にはないんです。もっとも切り札状態は10分だけ。使うとしばらく戦闘に参加できない役立たずになるっていう制限がありますけど」

 もっとも、普通の精霊ならその制限はないんだけどな。と丹羽は悔しがる。

 スミやナツメなどの人型の精霊を使い、切り札を使った時にこの副作用は発見された。

 詳しい理由はわからない。だが、しばらく戦闘に参加できないだけで満開のようなデメリットはない。

 時間が経てばまた切り札も使えるし、問題ないと思っていたのだ。

 このアニメ本編でも出てこない、7体の星座級の御霊を吸収してパワーアップした水瓶座が現れなければ。

 事実アニメ本編のように7体の巨大バーテックスが出現していたのなら、この切り札を使う必要もなく戦闘は終わっていただろう。

 だが、どういうわけかあの水瓶座は人型のバーテックスしか使えないはずの水のワイヤーやそれを応用した技を使える。

 まるでもう1人の自分と戦っているようだ。あいつはピンチの時に駆け付けると言っていたが、果たして間に合うのだろうか?

「とりあえず、夏凛を後ろに下げましょう。丹羽、戦闘はできないって言ってたけど、抱えて運ぶくらいはできるでしょ」

「もちろんです」

「友奈、アタシと一緒にあの水瓶座をここで釘付けにするわよ」

「了解です。風先輩!」

 風の指示に2組に分かれ、行動を開始する。

 風と友奈は水瓶座へ攻撃を。丹羽は夏凛を抱え東郷のいる後方まで後退を。

 スマホを起動し、樹と東郷に連絡を取る。

「犬吠埼さん、東郷先輩。三好先輩がやられました。命に別状はありませんが、一応安静な状態で休ませるために1度後退して安全圏まで運びます」

「ええ!? 夏凛さんが?」

「了解。こちらもできるだけ星屑の掃討をして道を作るわ」

 丹羽の報告に樹の驚く声と冷静な東郷の言葉が返って来た。

 さすが東郷さん。こんな時でも冷静だ。

 これが夏凛じゃなくて友奈だったら前線まで来て満開してバーテックスを皆殺しにしようとしていただろうが。

 切り札を使ったことで、精霊のパワーアップ要素がしばらく使えない。そのため丹羽は変身前の能力のまま移動しなければならない。

 もっとも人間ではなく強化版バーテックス人間である丹羽は普通の人間よりも強く作られているので、あまり問題はないが。

 東郷の指示する通りに進むとそこには星屑は存在せず、戦闘の空白地帯のようだった。おそらく東郷が狙撃して道を作ってくれたのだろう。

 しばらく進むと、ワイヤーで星屑をからめとりエグイ方法で切り裂いている樹の横を通り過ぎる。

「丹羽くん、夏凛さんは?」

「大丈夫! さっきも言ったけど命に別状はない」

 言葉を交わしつつもバーテックスを切断する手は止めない。細切れになった星屑がどんどん消滅していく。

 さすが死神ワイヤー。とても数十分前まで震えていたとは信じられない。

「気を付けてねー」と笑顔で手を振っているが、その横では進攻しようとしていた星屑がどんどん細切れになっていく。

 絶対彼女を敵に回さないようにしよう。改めて心に誓う丹羽だった。

 

 

 

「よし、夏凛は丹羽に任せれば大丈夫ね。行くわよ友奈!」

「はい、風先輩!」

 勇者部前衛2トップの2人は目の前の巨大バーテックスを見上げる。

 丹羽はあれを7体の巨大バーテックスが融合した水瓶座だと言う。

 その言葉通りセッカに教わっていた他の巨大バーテックスの攻撃を使ってきたし、セッカが言っていた水瓶座の攻撃とは違う攻撃方法で丹羽を翻弄していた。

 だが丹羽の切り札のおかげで水球を1つ破壊できたし、体躯の一部も破壊できた。しかも地面から近い玉すだれのようなしっぽの部分もからめとり攻撃不能にしてくれたのだ。

 これならアタシたちも戦える!

「行くわよ! 女子力斬り!」

 風は巨大化した剣を水瓶座に振り下ろす。それを水瓶座は3つの水球のうち1つで防いだ。

「友奈、行っけぇえええ!」

 声とともに友奈が風の振り下ろした剣の上を走り、上半身へと向かう。狙うのは丹羽が切り落とした金属質な黄色い角の生えた連なった頭部。

「勇者パーンチ! パンチパンチパンチ!」

 友奈の必殺技である勇者パンチラッシュが水瓶座を襲う。丸い頭部はひしゃげ、金属質なもう片方の黄色い角も傷つき折れそうだ。

「勇者キーック!」

 パンチの後に繰り出された渾身の蹴りに、金属質な角が折れて轟音を立てて樹海に落ちる。

 さらに追撃しようとした友奈だったが、腕に巻き付いた水の蛇に止められた。

「ひゃ、冷たい!?」

 蛇は腕だけでなく足やスパッツの上から太ももにも絡みつく。

 もしこの場に東郷がいたら「おのれバーテックス! うらやま…もといけしからん!」と声を上げていただろう。

「友奈! 待ってて、今助ける」

 水の蛇にからみつかれ身動きが取れない友奈を助けようと風がジャンプして蛇を断ち切ろうとする。

 だが想像以上に水の蛇は固く、逆に弾かれ隙を作ってしまう。

「しまった!?」

 バランスを崩した風を水瓶座は容赦なく攻め立てる。水球から蛇が出現し友奈と同じように足に巻き付いてくる。

「くっ」

 これではミイラ取りがミイラだ。助けるつもりが逆につかまってしまうとは。

 とそこで風は上半身のゼリーのような部分にあったはずの丹羽が斧で傷つけた傷が見当たらないことに気づいた。

 よく見ると切り落とした金属質な黄色い角も少しずつだが元の形になろうとしている。

 こいつ、ひょっとして再生している!?

 敵の化け物ぶりに戦慄する。ここは1度退却して皆と作戦会議するべきか。

 だがつかまったままではそれも困難だ。何か打開策はないか?

「あの水球は水で満たされていますから、普通に怪音波を訊くより効果が強いんですよ。潜水艦のソナーに対する爆雷みたいなもんです」

 その時丹羽が言っていた言葉を思い出す。

 例えはよくわからなかったが、水に音響兵器がきくということは…。

 風は腰に下げたバッグから大赦の開発部が作った振動音波兵器を取り出す。

 風達が持っているのは片手で使えるようにと極限まで小型化されたものが1つ。対魚座用の大型のものは東郷に預けていた。

 水の蛇が上半身まで来て腕が使えなくなる前に風は腹筋を使い起き上がると水球に向かって振動音波兵器を突き刺す。

 が、スイッチを入れても点滅するだけで爆発しない。それどころか水球は突き刺さった異物を取り込もうとどんどん水球の中に取り込んでいる。

 不発か?!

 大赦め、不良品よこしやがってと風が思っていると点滅が止まり、緑の色からオレンジに代わり、ピーピーと警告音のようなものが聞こえだす。

 次の瞬間、水球が震えた。

 水瓶座も予想していなかったことなのか、相当混乱しているようで友奈と風が放り投げられ樹海に落ちる。

 なんとか転がりながら受け身を取って見ると水球の表面を蛇のようなものがうごめき、そこから次々と星屑が吐き出されていた。

「何よ…結構役に立つじゃない」

 魚座用の武器だったが水瓶座にも効果はあったらしい。同じように転がり落ちた友奈の無事を確認するとまだ息のある星屑を斬り伏せる。

 次は水瓶座本体を、と剣を振るおうとした風に向かい、夏凛を閉じ込めた水球が放たれる。

 なんとか避けたところを今度は大きな火球が迫ってきて、慌てて転がるように避けた。

 水球と火球がぶつかり、大量の水蒸気が発生する。普通の人間なら火傷間違いなしの高温の蒸気に精霊バリアが発動し、何とか風は無事だった。

「風先輩、大丈夫ですか?」

 周囲に水蒸気の煙幕が広がる中、友奈が声を出してこちらへ向かってくる。

「大丈夫、犬神が守ってくれた。それより気を付けて、周りが見えないからこの隙に敵が攻撃してくるかも!」

 風の言葉に友奈も構え、緊張した時間が過ぎる。

 だが、水蒸気の煙幕が晴れると2人は目を点にした。

 先ほどまで自分たちが戦っていた巨大なバーテックス、水瓶座が影も形もなく消えていたのである。




精霊「ウタノ」
モデル:覚+白鳥歌野
色:白(バーテックス専用)
レアリティ:SSR
アビリティ:「我こそは農業王」
効果:ATK+30%。敵撃破時攻撃範囲0,1%ずつ上昇(最大100%)。
花:「オレンジユリ」(花言葉は華麗、愉快)

 髪が白いこと以外はゆゆゆいに出てくる西暦時代の諏訪の勇者白鳥歌野のSD姿そのもの。
 勇者の力の欠片である英霊碑を取り込み生まれた人型精霊。
 本人と同じように英語と日本語が奇妙に混じったルー語を使いこなし、みーちゃんが大好き。
 基本何をするのも一緒で、彼女を呼び出した場合呼んでもいないのに一緒についてくることも多い。
 植物の成長を促進する能力を持っており、土いじりが大好き。土地を与えれば勝手に畑づくりをしだす。
 変身した丹羽と一体化すると白い勇者服に黄色いラインが入り、武器の鞭でバンバン周囲にいる星屑を倒していく。
 ゆゆいと同じく高火力紙耐久なので主に雑魚的討伐用形態。要するに殴られる前にヤる。
 必殺技は鞭を使った超範囲攻撃。

 切り札:精霊を自身の内に取り込み、爆発的な能力の向上をさせた状態。
     丹羽がこの状態になると白い勇者服にそれぞれの精霊に対応した色、赤、水色、紫、黄色、緑の5色のラインが入る。
     武器も両手の斧だけでなく全勇者の武器を使うことができて精霊の能力も重複して発動する。
     要するにスミの攻撃力、ナツメの攻撃スピード、セッカのクリティカル、ウタノの範囲攻撃、ミトの味方へのバフが発動するのだ。
     ただし人型の精霊型星屑という精霊型星屑より強いものを取り込んだせいか、1度使うとしばらく精霊との融合はできず、武器も呼び出せない。
     これは人型精霊型星屑が普通の精霊型星屑より大量の神樹の体液を取り込んで生まれたのが原因だと思われる。
     一定時間経過すればまた精霊と融合し、切り札も使えるが丹羽いわく能力は勇者の満開には及ばないらしい。


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アクエリアス・スタークラスター「痛いのは嫌なので防御(以下略)」

 前回のハイライト
友奈「くっ、水瓶座の水球から出てきた水の蛇につかまっちゃったよ!?」
風「友奈! 今助ける…ってアタシもつかまったー!?」
友奈「やだー、水の蛇がスパッツの中にまで入ってきて冷たーい!」(エッチなSE)
風「ちょっと! コイツどこめくってるのよ!」(いやーんSE)
東郷「ハァハァ、いいわよ友奈ちゃん! あなたは最高よ!」(●REC)
風「ちょっと東郷! アンタ後衛のはずでしょ!?」
東郷「友奈ちゃんのピンチには颯爽と駆けつける。それが私です」(精霊3体使っていろんな角度から写真を撮る)
友奈「いやー! 東郷さん見ないでー!」
東郷「恥じらう姿もキュートよ! ハァハァ」
アクエリアス・スタークラスター(えぇ…なんなのこいつ)


「う、ここは…」

「三好先輩? よかった意識を取り戻したんですね」

 夏凛が目を開けるとそこには白い勇者服を着た丹羽がいた。

 そのそばには見たことのない人型の精霊がいる。こいつ、また精霊が増えたのか。

 とそこまで考えて気を失う前までの出来事が早送りしたように頭の中で再生される。

「風と友奈は!? ~っ!」

 立ち上がろうとして、急に頭がくらくらして気分が悪くなった。

 まるで嵐の漁船に乗っているようだ。まともに立つことができそうにない。

「気を付けてください、多分鼓膜が破けて平衡感覚もちょっとおかしくなっているかもしれないので。今治してますけど、動けるようになるまでもう少し時間がかかります」

 分厚い空気のカーテンが間にかかったように丹羽の言葉が聞こえづらい。

 何を言っているか判断しづらかったが、鼓膜が破れて平衡感覚がおかしくなっているというのはかろうじて聞き取れた。

 ん? 今治しているって…。

「な、おす? その精霊が?」

 夏凛が見るとその精霊はぺこりと頭を下げた。

 スミやナツメ、セッカと違い礼儀正しいというかおとなしそうな子だ。ともすれば戦いとは縁遠いような。

『あの、初めまして。ミトといいます』

「ミトさん、今三好先輩は耳が聞こえにくいから」

『あ、そうですよね。ごめんなさい』

 何か丹羽と精霊が話し合っているようだが、どうでもいい。

 また失敗してしまった。今度こそ自分の力を示す絶好の機会だと思ったのに。

 これでは完成型勇者どころか不完全型勇者だ。碌な戦力にならないから欠陥型勇者に改名した方がいいかもしれない。

「情けない…なにが完成型勇者よ」

 なんとなく顔を見られたくなくて顔を手で覆う。それに対し、丹羽は手を夏凛の頭に置いた。

「全然情けなくないですよ」

 声がクリアに聞こえたのは手から骨伝導のように響いたからだろうか?

 丹羽の言葉に夏凛は指の隙間から丹羽の顔を見る。

「三好先輩が敵の攻撃を暴いてくれたから、犬吠埼先輩も結城先輩も全員やられずに戦うことができたんです。この戦い最大の功労者ですよ」

「でもあたし、また活躍できなかった。頑張ったのに、みんなに認めてほしくて」

「認めているじゃないですか。勇者部の皆は三好先輩の頑張りを誰よりも知ってますよ。もし三好先輩を悪く言うやつらがいたら、勇者部全員がそれは違うって言いますよ」

 その言葉に、ええ、そうねと夏凛は思う。

 讃州中学勇者部は本当に居心地のいいところだった。ともすればぬるま湯と感じ、いつまでも入っていたいと思うほど。

 だからしっかりしないと思った。みんなより頑張ろうと焦り、また失敗してしまった。

「あたし、結局失敗して。みんなの足引っ張って、馬鹿みたい」

「誰もそんなことを思ってませんよ。それにもし今回のことを失敗だと思ったなら、三好先輩は次は同じ失敗しないようにって心構えができたはずです」

 自分を責める夏凛に、丹羽はどこまでも肯定し優しい言葉をかける。

「だから、同じような失敗をしようとする仲間を見たら止めることができます。それは多分、三好先輩しか気づかないことで、特別なことです」

 罪悪感や無力感でいっぱいの夏凛の胸の内を、丹羽の言葉が溶かしていく。

「すごいですよ三好先輩は。人を助けるための手札を俺なんかよりいっぱい持ってるんです。だから、みんなが困った時にそのカードを切って助けられるのは先輩だけかもしれないですね」

 ずっと変な奴だと思っていた。

 スケベで、友奈とあたしを仲良くさせたがって。時々変な目でこっちを見ている不審者。

 そんな奴なのに、なんでこんなにそばにいるのに安心するんだろう。

 どうしてもっと一緒にいて優しい言葉をかけてほしいと思うんだろう?

 でも、風や友奈が彼を仲間だと認めている理由は、なんとなくわかった気がする。

 彼はきっと、優しくて強い。

 それなのに、弱い人間の気持ちがわかる人なのだ。

『お、終わりました』

 精霊の声が、今度ははっきりと聞こえた。いつの間にかグラグラとしていた気持ち悪さもなくなっている。

「三好先輩、立て…いや、まずはゆっくりと座る状態から」

「大丈夫よ」

 心配する丹羽に、あえて不敵に笑いその場に立ってみる。

 うん、確かに完治したようだ。平衡感覚も問題ない。

「あの程度で、完成型勇者のあたしがやられるわけないじゃない」

 そして改めて自分を治してくれた精霊にお礼を言う。

「ありがとう。あんた、ミトだったけ? あたしを治してくれて」

『いえ治ってよかったです。じゃあ私はこれで』

 夏凛がお礼を言うと顔を真っ赤にして丹羽の中に帰ってしまった。

 うーん、人見知りなタイプね。今までの丹羽の精霊にはいなかった奴だわ。

「いつの間にあんな精霊を?」

「気づいたらですね。謎です」

 その言葉に、「そう」と一言だけ返す。以前の自分なら根掘り葉掘り追及していただろうが、今はどうでもよかった。

 風や友奈たち勇者部の部員が丹羽の精霊に甘い理由が、なんとなく理解できた。

 信頼しているからだ。丹羽という勇者とその精霊を。

「ところでここは」

「後衛の東郷先輩のすぐ近くです。ほら、そこに」

 丹羽が指さす方を見ると、東郷がうつぶせになったまま狙撃していた。

 どうやら前衛からここまで丹羽が運んで治療してくれていたらしい。

「もう少し休んでから戦線に復帰しますか?」

「冗談。今すぐ行ってあの水瓶座にさっきのお返しをしてやるわよ」

 2振りの刀を手に取り、不敵な笑みを向ける夏凛にもう大丈夫かと丹羽は安心する。

「もしもし、誰か聞こえる!?」

 その時スマホから風の声が聞こえた。

「どうしたんですか犬吠埼先輩」

「丹羽? 夏凛はどう?」

「大丈夫よ。完全復活。今すぐそっちに向かうわ」

「え、夏凛ちゃん治ったんですか? やったー!」

 夏凛の言葉に向こうから友奈が喜ぶ声が聞こえる。

「それより丹羽、大変なのよ。アタシたちさっきまで水瓶座と戦ってたんだけど、急に姿が消えたの」

「姿が消えた?」

「そう、こう、ぶわーっと水蒸気の霧が晴れたらね、いなくなってたの」

 風の言葉に友奈がその時の状況を説明する。

 姿が消えた。逃げたということだろうか?

 しかしそれにしては樹海化が解けていない。残りの星屑を倒せばいいのだろうか。

 それに解せない。星座級7体を吸収したあの能力ならばあのまま力押しすれば風と友奈を簡単に倒せたはずだ。

 何らかの方法で風と友奈が水瓶座に対して致命的なダメージを与えたということだろうか。

「犬吠埼先輩、水瓶座が消える前に何かしましたか?」

「何かって言うか…友奈とアタシが水の蛇につかまったから、その蛇が出てくる水球に大赦からもらった振動兵器? だっけ。あれをぶっ刺して爆発させたんだけど」

「それからどうなりましたか?」

「水球から星屑が出てきて…アタシがそれを斬ったら夏凛を閉じ込めた水球を放ってきた。それを避けたら今度は大きい火球が」

「ちょっと風、大丈夫だったの?」

「犬神のおかげでね。一応乙女の肌は無事よ」

「誰もあんたの肌の調子なんて訊いてないわよ」とツッコむ夏凛の言葉を聞きながら、丹羽は別のことを考えいていた。

 おそらく風の放った振動音波兵器は水瓶座にとっても予期せぬものだったのだろう。

 だから水でできた蛇の骨組みである星屑を吐き出してしまった。

 ということはただ逃げたわけではない。おそらく魚座の樹海に潜る能力を使って…。

「犬吠埼さん! 犬吠埼さん! 聞こえたら今すぐその場所から離れて!!」

「どうしたの丹羽? 樹が一体」

「おそらく犬吠埼先輩と結城先輩の前から消えたのは、魚座の能力で樹海に潜ったからです。そして奴の狙いはおそらく星屑。今星屑が一番集まっている場所にいる勇者は」

「っ、樹ぃ!」

 姉の呼びかけにも返事はない。おそらく星屑の討伐に必死で気づいていないのか。

 もしくは――。

「丹羽! あれ見て!」

 夏凛の声に、指さす方向を見る。

 そこには地面から突如現れた水瓶座に突き上げられ吹っ飛ばされた緑色の勇者服の少女がいた。

 

 

 

「樹!? 樹は無事なの? お願い、誰か返事して!?」

「風先輩、落ち着いて」

 半狂乱になっている風を友奈は何とか落ち着かせようとする。

 だが心配なのは自分も同じだ。もしも自分たちが逃がしたあの巨大バーテックスが樹の元まで行ったとしたら、東郷とその付近に避難した夏凛と丹羽も危ない。

「風、落ち着いて聞いて」

「夏凛? 樹は? 樹は無事なの!?」

「だから落ち着きなさいっての! リーダーのあんたが冷静にならないでどうすんの」

 夏凛の叱責に風は一拍置き、深呼吸する。努めて冷静であろうと心に言い聞かせ、夏凛に返事した。

「ごめん、夏凛。現在の状況を教えて頂戴」

「敵の巨大バーテックスは星屑が大量にいる場所付近に出現。そこにいた樹を跳ね飛ばして浮上したわ」

「じゃあ、樹は」

「落ち着きなさい! 精霊バリアが働いて大した傷はない…はず。今は丹羽が回収に行ってるわ」

「回収…丹羽が? 今丹羽は切り札を使った後で戦闘できないはずじゃ」

「なんですって!? そんなことあたしあいつから一言も聞いてないわよ!?」

 通信先の夏凛が動揺しているのが声から分かった。

 おそらく丹羽は回復したばかりの夏凛より自分が行った方がいいと思ったのだろう。

 なんて無茶なことを。戦えないのにあの巨大バーテックスのもとへ行くなんて、死にに行くようなものだ。

「友奈、今すぐ後退してみんなと合流するわよ。話し合いたいこともあるし、1度体勢を立て直す」

「わかりました。行きましょう」

 それから風と友奈は東郷がいる樹海の奥へと急ぐ。

 気ばかりがはやり、樹が無事でいてくれと心の中で何度も願う。

 こんなことなら丹羽にもっと死亡フラグについて聞いておくんだったと後悔する。

 そうすれば樹に行くはずだった死亡フラグがアタシの方に――

「風、よく聞いて。樹は無事よ。今治療中」

 その言葉に風は胸をなでおろす。よかった、無事だった。

「今は丹羽が新しく呼び出した精霊で治療中。あたしもそれで破れた鼓膜とかが治ったから、安心していいわよ」

 新しく呼び出した? 丹羽が精霊を?

 驚く風と友奈だが、そういえば切り札を使った時5体精霊がいたことを思い出す。あの時か。

 まったく、あいつときたらいい意味で自分たちの想像の上をいってくれる。

「ただ、戦況は悪いかもしれない。水瓶座が樹と東郷が倒していた星屑をどんどん4つの水球に取り込んでる。丹羽によるとそれで蛇みたいなのが出てくる水球はすごく固くなってちょっとやそっとじゃ破壊できないらしいわ」

「夏凛、こっちも伝えることがあるの。あの水瓶座、アタシと友奈が攻撃している間に丹羽がつけた傷や折った角が治ってた。おそらく再生能力があるみたい」

「つまり、時間がかかる分だけこっちが不利ってことね。了解、伝えるわ」

「ええ、その件について1度合流して作戦会議をしたいんだけど」

「こっちに今来るのは危険…って何よあれ!?」

 夏凛の驚く声に、思わず足を止める。

「夏凛、どうしたの!?」

「風先輩、あれ…」

 友奈の指さす方へ目をやった風は、絶句した。

 そこにいたのは4つの水球を全身にまとい、体躯のいたるところから蛇のような触手がイソギンチャクのように生えた水瓶座の姿。

 神話時代の怪物、ヒュドラを彷彿とさせる敵の姿だった。

 

 

 

 東郷は星屑への狙撃を中止し、夏凛、丹羽、そして水瓶座の攻撃を受け気絶している樹と合流する。

 先ほどまで樹のもとへ行く丹羽を援護し星屑を攻撃していたのだが、水瓶座が現れて4つの水球から何かが伸びたかと思ったら周囲にいた星屑たちをどんどん取り込んでいった。

 そして4つの水球で自分を覆うと水瓶座の体躯が変化し、無数の蛇のような触手が次々と伸びていき遠くにいた星屑まで取り込み始めたのだ。

 今の水瓶座は無数の蛇の頭を方々に伸ばし、取り込むべき星屑を探している。

 そのおかげで樹海の地面に倒れていた樹を回収しに行った丹羽は無事だったのだが。

「あれは、本当に水瓶座のバーテックスなの?」

 東郷の疑問に、誰も答えない。セッカから聞いていた特徴とはまるで違ったからだ。

「おそらく、あいつは残りの6体の星座級を吸収し、7体分の質量をもったバーテックスです。しかも何らかの方法で通常ではありえない攻撃方法をラーニング…いや、習得しているんだと思います」

「通常ではありえない攻撃方法って?」

「水のワイヤー。それを使った応用技術です。星屑を骨組みにして蛇のような触手を強化するなんて方法、セッカさんの知る水瓶座の攻撃方法にありませんでしたから」

 そう、水のワイヤーは丹羽と同じ人格から生まれた人型のバーテックスしか使えないはずだった。

 しかも最近乃木園子相手に使った水のワイヤーを編み込み、筋組織として骨組みにゆゆゆいバーテックスを使った戦法までまねるなんて。

 いったいどうやって習得したのか? 疑問に思うが今問題なのはそこではない。

 アレをどうやって倒すかだ。

「攻撃して分かったんだけど、あの蛇を斬るのは無理ね。振動兵器のおかげで何とか逃げられたけど、次つかまったらやばいと思う」

 スマホから聞こえてくる風の声に、3人は考え込む。

「振動音波兵器があのバーテックスに効くのならばもう1回使ってみたらどうかしら?」

「いや、多分あれは油断してたから水球に取り込んだっていうのもあると思う。2回目はうまくいかないかもしれない」

 東郷の提案に、風は即否定した。

「東郷先輩の持ってる対魚座用の奴を使えば可能性はありますが、そうなるとそこに接近するまでに無事でいられるかという問題も出てきますね」

「ええ、見たところ360度どこから攻撃しても対応できそうよね」

 夏凛の言葉に全員がうなずく。

 蛇状の触手は水で覆われた水瓶座の至る場所から生えている。仮に別方向から同時に勇者たちが攻撃してきても難なくいなして逆に身体に巻き付き動きを封じられるのは目に見えていた。

 あとは動けなくなった勇者たちを1人1人順番にウォータープリズンで閉じ込めるか火球で燃やすか、あるいはウォーターショットの的にして死ぬまでなぶり殺しにするか。相手にとっては選び放題だ。

 逆にこちらは相手に有効打を与えることができるのは1手しかない。しかもそこに至るまでの道筋はほぼ相手に封じられている。

 詰み。

 そんな言葉が5人の頭の中に浮かぶ。

「やっぱり、もう満開するしか」

 友奈の漏らした言葉に、しかし誰も反論できなかった。

 だが、満開したとしても倒せるのか? という疑問が浮かぶ。

「少なくとも結城先輩の満開は今の状態では意味がないと思います。結城先輩は打撃系なのであの水球に守られた水瓶座にはダメージを与えられません」

 丹羽の言葉に友奈はがっくりとする。事実上の戦力外通告に悔しさが胸の内に広がる。

「同じように東郷先輩の武器もあいつに届く前に失速して銃弾が貫通するには至らないでしょう。だから、戦えるのは俺と三好先輩、そして犬吠埼先輩の3人」

「わたしもいるよ」

「樹! もう大丈夫なの?」

 樹の声に風が喜びの声を上げる。

「うん、ありがとうミトちゃん。それで丹羽くん、もしわたしが満開して、あの水瓶座をワイヤーで巻き取って動きを封じたら倒せる確率はどれくらい?」

 樹の言葉に丹羽は考える。できれば樹には満開してほしくない。彼女が散華して声を失うことが風暴走のきっかけと原因だからだ。

 だがそうも言ってられない。考え、結論を出す。

「もし犬吠埼さんが満開して奴の動きを封じても水は流体ですから多分ワイヤーの隙間から水の蛇が出てきて皆に襲い掛かることは変わらないかと」

「じゃあどうすんのよ! 八方ふさがりじゃない!?」

 夏凛の言葉に重い空気に包まれる。

 どうする? どうすればいい?

 相手は水を使う防御特化、しかも自動回復持ちで長引くだけこちらには不利。

 しかも相手は360度どこから攻撃してきても対応できて、四方八方に伸びる蛇型の触手は勇者たちの武器ではちょっとやそっとじゃ切断できないほど強固だ。

 それにつかまったら最後、敵の攻撃でなぶり殺しにされてしまう。

 考えろ、考えろ、考えろ!

 今まで勇者部皆が教えてくれた情報と、人間だったころの記憶はないが憶えているサブカル知識を総動員して。

 水の中では音響兵器がよく効く。これは使える。勇者たち全員が持っている振動音波兵器を全部使えばあの水で覆われた蛇の装甲をはがすことは可能だろう。

 だが、その下の水瓶座本体を倒すには相当な火力が必要だ。それこそ一瞬で吹き飛ばすほどの。

 丹羽の切り札状態でも傷つけるのがやっとだった。だが、勇者の満開なら…。

 いや、待てよ?

「三好先輩、先輩は確か1人で封印の儀と結界が使えるんですよね?」

 丹羽の言葉に一瞬戸惑った夏凛だが、首肯する。

「ええ、山羊座戦でもやって見せたでしょ?」

「犬吠埼先輩、結城先輩と2人…いや、犬吠埼さんも合わせると封印の儀はどれくらいかかりますか?」

「え? 多分だけど乙女座を封印した時と同じくらい…夏凛ほどは早くないけど」

 よし、いける。

「でも、御霊はバーテックスが弱らせないと吐き出さないし、そんな簡単には」

 そうか、本体にダメージを与えないと無理か。

 風から告げられた言葉に、計画を最初から練りなおそうとする丹羽だったが、

「ふっ、だからあんたらはトーシローなのよ」

 夏凛の声に顔を上げた。

「あたしくらいの完成型勇者になると、とりついて傷をつけたらすぐに結界を展開して封印の儀を行えるわ。完成型勇者をなめるんじゃないわよ!」

「三好先輩!」

 急に丹羽に手を握られ、夏凛はびっくりする。

「な、なによ?」

「流石完成型勇者! あなたがいて助かりました。これで作戦がうまくいく」

「丹羽、作戦って?」

 スマホの向こうから聞こえてくる風の声に、丹羽は明るく返す。

「はい、カギを握るのは三好先輩と…犬吠埼さんです」

「え、わたし!?」

 突如指名されて自分は戦力外だと考えていた樹は驚いた。

 




精霊「ミト」
モデル:覚+藤森水都
色:白(バーテックス専用)
レアリティ:SSR
アビリティ:「諏訪の巫女」
効果:出陣した全員の全ステータスアップ。
花:「オニユリ」(花言葉は賢者)

 髪が白い以外はまんまゆゆゆいに出てくる西暦時代の諏訪の巫女、藤森水都のSD姿。
 勇者の力の欠片である英霊碑を取り込み生まれた人型精霊。のはずだがなぜか巫女の彼女が生まれてしまった。
 武器はない代わりに勇者たちの能力を上げる全体バフを使える。これはミトを取り込み変身している間ずっと有効。
 精霊としても卓越した能力を持ち、丹羽と一体化しないでも傷ついた勇者の傷の治療。未来予知なども使いこなす。
 ウタノが大好きでミトを呼び出すとなぜかウタノが一緒に来てしまうことが多々ある。

 アクエリアス・スタークラスター【第2形態】(ヒュドラの姿)

 水球の水で自分自身を覆い、取り込んだ星屑を骨組みにしてワイヤーで織り込み筋組織のようにした蛇の形をした触手を無数に生やした姿。
 その姿は神話に出てくる怪物、ヒュドラそのもの。
 本物との違いは猛毒を持たないのとたいまつの炎で切り落とした首を焼けないこと。再生しない首がないところ。スコーピオン吸収したら毒属性はついたかもしれない。
 全方位防御機能付きで、近づいてきた勇者を無数の蛇型触手で捕らえ、レオの火球で焼いたり強力になったアクアショットでとどめを刺したり、自分のいる水球に取り込んで溺死させたりする。
 変身少女モノには触手緊縛は外せないよね! とのことなので。
 ちなみにヒュドラはすでに海蛇座として存在する。水瓶座なのに海蛇座とはいったい…うごごご。


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「切り札」は君の中

 あらすじ
 私、アクエリアス・スタークラスター!
 結城友奈は勇者であるっていうアニメで侵略者側の天の神サイドとして神生を始めたんだけど。
 この世界、ダメージを受けると御霊にもフィードバックしちゃうリアルを追求したものみたい。
 痛いのは嫌! 神生はできるだけ安全に楽しく過ごしたい。
 だから防御極振りで回復スキルにスキルポイントを全部使ってたんだけど、素早さは遅いから同胞のジェミニからはノロマ、いじわるなピスケスからは臆病者なんて言われてます。
 でも、共食いしている星屑を見て私閃いたの。攻撃手段がないなら食べちゃえばいいんだって!
 こうして人型のバーテックスの攻撃で弱っていた皆を食べて、いろんなスキルを得た私は無敵の存在になって敵の勇者たちを倒すために立ち向かったんだ!
 私たちの侵略を阻む勇者たちめ、絶対倒してやるんだから!
 次回、いきなり最終話!? アクエリアス・スタークラスターの最期。
 え、私のお話ってこれで終わり!?


 アクエリアス・スタークラスターは星屑へと次々と水のワイヤーを星屑へと伸ばし、自分の水球へと取り込んでいった。

 もっと強く、もっと堅固に。

 あの人型のバーテックスは勇者の攻撃をものともしなかった。

 それを自分が再現すれば勇者たちになど絶対に負けないはずだと。

 先ほど黄色い勇者の使ったタウラスの能力のような武器には驚き思わず取り込んだ星屑を吐き出してしまったが、次はそうはいかない。

 あの程度の攻撃ならばもう耐えられる。そして忌々しい勇者から受けた傷もほぼすべて治っていた。

 あとは念には念を入れて勇者たちをすべて倒してから神樹の元に向かい、破壊すればいいだけ。

 だが人型のバーテックスを一方的に切り刻んでいた勇者の存在は無視できるものではなかった。

 ここにいる6人の勇者はそれよりも弱く、アクエリアス・スタークラスターが本気を出せばすぐに倒せたが念には念を入れる。

 より強く、だれにも負けないように。

 自分たちを倒したあの人型のバーテックスにさえ。

 やがて体躯は充分に成長した。蛇状の水の触手は万を超え、伸ばそうと思えばここから樹海の外にだって届かせられる。

 これならば、誰にも負けない。

 アクエリアス・スタークラスターは慎重な性格であった。

 そして注意深く相手を観察する眼を持っている。

 だからこそ人型のバーテックスの水のワイヤーを使ったスキルを見よう見まねで覚えて自分のものとし、勇者たちの能力を把握して戦闘を有利に進めることができた。

 あの白い勇者の一瞬の爆発力には驚いたが、それ以来攻撃してこないところを見ると何らかの制限があるのだろう。

 ピンクの勇者は打撃攻撃を主としている。水の防御壁で守られた今ならその攻撃は無意味だ。

 黄色の勇者は剣を使っていて唯一この水の結界を切り裂ける者だと見受けられたが、星屑を取り込んで何重にも水のワイヤーで編み込んだこの水の防護壁には傷1つつけられないだろう。

 青い勇者は銃を使うようだ。だがこれだけ水の厚みがあれば自分に届く前に銃弾は止まる。

 赤い勇者と緑色の勇者は分析するまでもなく戦闘不能にさせた。物のついでだったが、不意打ちはうまくいったと内心で安堵する。

 慎重すぎる性格ゆえか、同じ星座級からは臆病者と言われていたことを思い出す。

 私は臆病者ではない。ただ自分を害する確率がある存在をつぶしていき、安全に勝利するのが好きなのだ。

 だからジェミニのように生き急いでいないし、タウラスのようにその防御力にかまけてのんびりしていない。

 アリエスのような常に震えて何を考えているのかわからないのは本当に理解できないし、リブラのように気分屋で戦闘スタイルを変えるわけではないのだ。

 そして自分を臆病者というくせに常に隠れて不意打ちすることしか考えていないピスケスと、最強という称号に胡坐をかき傲岸不遜なレオとも違う。

 最後まで生き残ったのは自分だ。安心と安全を愛する自分こそ、生き残るのにふさわしい。

 だから同胞である6体の星座級を取り込み、その能力を自分のものとしたのだ

 より自分が安心して戦えるように。より安全に敵を倒せるように。

 だから敵から学ぶことがあればじっくりと観察し、姿を隠すことも(いと)わない。

 たとえ周囲から臆病者、卑怯者とののしられても。己の安心と安全に勝るものはないのだ。

 そんなことを考えていると、神樹を守る勇者たちが現れた。

 その中には倒したはずの赤い勇者と緑の勇者もいる。死には至らなかったかとアクエリアス・スタークラスターは反省する。

 安心と安全に固執するあまり、アクエリアス・スタークラスターは攻撃が苦手だった。そういうのはレオやピスケスの役目だったからだ。

 だが、自分1体となるとそういうわけにはいかない。今度こそ確実に安全に消滅させよう。

 たしか勇者のもとになった人間は息ができなければ死ぬらしい。ならば蛇の触手でからめとり、ウォータープリズンでどのくらい閉じ込めるべきだろうか?

 どれくらい待てば安心できるだろう。少なくとも骨になれば動物というのは動かないと聞く。ならばそれまで待てばいいのか。

 さっそく敵である勇者に向けて蛇状の触手を伸ばす。

 が、それは赤い勇者の2振りの刀により防がれた。水を切り裂くのではなく流れる方向を誘導し、いなすという方法に狙いがそれる。

 1本では安心できなかった。2本、いや3本…いやもっとだ。

 15本の触手を赤い勇者に向けて放ち、動きを封じる。

 その触手に向けて銃弾が放たれた。青い勇者だ。

 だが無意味。自分には届かない。安心できる。

 あの勇者は放っておいても安全だ。今はこの安心できない赤い勇者を倒さなければ。

 とそこで別方向からも2人の勇者が自分に迫っているのに気付く。桃色と黄色の勇者だ。

 こざかしいと思いながらそちらにも蛇状の触手を放つ。特に黄色い勇者は危険だ。倍の30本の触手で動きを封じなければ安心できない。

 この時アクエリアス・スタークラスターは自分の安全を脅かす勇者たちの襲撃に躍起になり、触手を放ち応対していた。

 だから気付かない。残りの緑の勇者が何をしているかなど。

 緑の勇者のワイヤーによって投げ飛ばされた白い勇者が頭頂部から自分のもとに迫ってきていることに。

 っ!?

 間一髪、飛んできた白い勇者を蛇状の触手がからめとる。

 よかった。自動的に自分に近づく者は迎撃するように設定していて。これならば安全だ。

 この勇者も自分を傷つけるには至らない。安心――っ?!

 突如自分を襲った衝撃にアクエリアス・スタークラスターは驚く。

 あれは、あの黄色い勇者が突き刺した大きい音がする武器?

 あれは安心できない。自分にとって危険なものだ。

 排除しなければ、排除しなければ。

 アクエリアス・スタークラスターは逃がしてしまった白い勇者を捕まえようと何十本、いや、100を超える蛇状の触手を向かわせる。

 それが白い勇者の狙いだとも知らずに。

 やがて触手にからめとられ、自分の中に入って来た白い勇者を確認する。

 こいつはなんだ? 調べる。安心できるまで。

 武器は? ない。持っていたはずの斧はない。安全。

 息は? している。だけど大きな気泡が出た。もっと暴れさせて気泡が出なくなるまで触手で振り回さなければ。

 自身を守る水の中で大きく振り回し、そのたびに白い勇者の口から気泡が出る。

 もっと、もっともっと。安心じゃない安心じゃない。

 やがて気泡が出なくなる。よかった。これで安心できる。

 蛇状の触手を放し、水の中で浮かべる。あとは骨になるまで待つだけ。

「離したな」

 その時白い勇者が目を開き、自分に話しかけた気がした。

 馬鹿な!? あいつは息をしていなかったはず。水は自分の体内そのもの。この中ではどんなことだってわかる。

 そいつが息をしていないのも、心臓が動いている音がしていないのも。

 と、そこでアクエリアス・スタークラスターは気付く。こいつの心臓は最初から聞こえていただろうか?

 だが、そんな疑問は次の瞬間受けた衝撃に消し飛ぶ。

 振動音波兵器。対ピスケス用の大型版。

 樹海の地面に潜った大型バーテックスすら昏倒させるような威力の兵器にさしものアクエリアス・スタークラスターも無事とはいえず、本体を守る水の防護壁がはがされていった。

 

 

 

「無理無理、無理だよそんなこと!」

 丹羽に作戦を説明された樹は必死に手を振り拒否する。

 樹の役割は作戦の要ともいえる部分だった。もし自分が少しでもミスしたら計画は失敗する。

「そんなことありません。犬吠埼さんの精密なワイヤー捌きならできます!」

 だがそんなことはお構いなしに丹羽は言ってくる。それに2人の先輩も。

「たしかに、やってみる価値はあるかも」

「私も樹ちゃんなら任せられるわ」

 夏凛と東郷の言葉に、樹は困惑する。一体この人たちはどれだけ過大評価しているんだ。

 樹の脳裏に水瓶座に跳ね飛ばされた瞬間の出来事がフラッシュバックする。

 さっきは満開すればパワーアップして大丈夫だと思ったからあんなことが言えたが、今のままでは…と樹の心に弱気の虫が顔を出し、巣食い始めたのだ。

「樹、頑張りなさい。トチってもお姉ちゃんがフォローしてあげるわ」

「ファイトだよ! 樹ちゃん」

 さらに姉ともう1人の先輩までこの作戦に賛成のようだ。

 うう、周りに味方が1人もいない…。

「犬吠埼さん、犬吠埼さんは自分を過小評価しすぎです。いったいどれだけの星屑がその正確無比なワイヤー捌きで消滅したと思ってるんですか?」

「それ今関係ないよね!?」

「関係大ありです。蠍座に向かって放り投げた時と一緒ですよ。あの時みたいにぽーんと」

「あれは友奈さんがいたから! 私の筋力で丹羽くんを投げられるわけないでしょ!」

「いや、普通にできるわよ」

 樹の言葉に夏凛が答える。

「勇者システムで肉体能力は飛躍的に向上してるし、話を聞いた限りじゃ正確無比なワイヤー捌きじゃないの。むしろ樹にしかできないわよ」

「でも、でも…」

 自分を期待する周囲の評価に、樹は否定の言葉を言おうとするが声に出ない。

 みんな自分を過大評価しすぎだ。自分はいつも姉の後ろから様子をうかがっているような子なのだ。

 そんな自分が何を…。

「そうですか…。じゃあ第1段階は犬吠埼さん抜きでやりますね」

「え?」

 丹羽の言葉に樹はうつむいていた顔を上げた。

「最初の俺の囮兼餌役は犬吠埼さんに放り投げられなくても、あいつに近づいて取り込まれれば問題ないわけですし」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 そのまま水の蛇状の触手があちこちから生えている水瓶座に向かおうとする丹羽を止める。

「まさか、そのまま行く気? 死んじゃうよ?」

「時間が経って精霊と融合して変身できるようになったから、多少は頑丈になりましたし大丈夫ですよ。腕か足が食いちぎられるかもしれませんけど全然気にしないでください。ええ、犬吠埼さんが手伝ってくれれば傷1つなくできる作戦ですが、作戦には犠牲がつきものですし」

 嫌な言い方だ。樹が協力しないと怪我をするのはお前のせいだと言っているようだ。

 いや、その通りなのだが。

「どうせお姉ちゃんに頼らないと何もできない犬吠埼さんには荷が重かった作戦でしたしね」

 その言葉にカチンと来た。

「今、なんて?」

「家事も洗濯もぜーんぶお姉さんに頼りきりで、学校では頼りになる妹って感じですけど実際は部屋は汚い。料理はできない。休みの日は昼まで寝る。そんなダメダメな犬吠埼さんには無理な作戦でしたね」

「ちょっと、丹羽君。それは言い過ぎ」

「やってやるよ!」

「え、樹ちゃん?」

 丹羽の煽るような言葉を止めようとしていた東郷は、樹の言葉に目を点にする。

「丹羽くんだって女の子同士のイチャイチャが好きでそれ以外何もできないくせに! わたしのほうができるんだから!」

「へぇ~。本当にできるんですか?」

「できるよ! 全部、完璧に、ちゃんとやってやる! その上でお姉ちゃんに頼らないと何もできないって言葉は撤回してもらうからね!」

「ええ、もちろん。できるものなら」

 いつものかわいい引っ込み思案の後輩の姿からは考えられない怒った姿に東郷が困惑していると、夏凛に肩を叩かれる。

「ま、同級生同士だからこそのプライドっていうか、負けたくないって思いがあるんじゃないの? 多分だけど」

「そうなのかしら?」

「あんただって友奈とたまには口喧嘩することはあるでしょ。そういうもんよ」

「ないわ」

「え?」

「友奈ちゃんと口喧嘩なんてしたこと、ないわ」

「あ、そう…」

 一点の曇りもない眼で言う東郷に夏凛はちょっと困惑する。

「じゃあやるよ、行ってこーい!」

「「あ」」

 作戦開始の合図を前に丹羽をワイヤーで縛り、放り投げた樹に目を点にしていた2人だが、すぐに作戦を開始する。

 夏凛、風、友奈が3方向から無数の水の蛇の塊と化している水瓶座に迫る。

 だがすぐに水瓶座から伸びた無数の蛇状の触手につかまり、身動きが取れなくなった。武器で切り落とそうとするが、丈夫過ぎて切断できない。

 ここまでは計画通り。

 次の瞬間、水瓶座本体を覆う水の塊が大きく振動した。

 蛇状の触手が生えていた水は地面に落ち、ゲル状になって樹海の上を這いまわっている。

 おそらく星屑を大量に吸収したせいでただの水とは違う別の物質になっているのだろう。

「夏凛さん!」

 樹のワイヤーが夏凛に巻き付き、水瓶座本体に放り投げられる。その時にはもう体にまとわりついていた水でできた蛇状の触手などとっくに解けている。

「さあ、見てなさい! これが完成型勇者の戦いよ!」

 両手の2振りの小太刀を上半身のゼリー状の体に深々と刺す。

 魚座用の振動音波兵器が効いているのか、水瓶座本体にもダメージが通る。

「結界作成完了! 封印開始!」

 青いゼリー状の上半身から出てきた御霊に夏凛は2振りの刀を突き刺し、切り刻む。

「思い知れ! これがあたし、三好夏凛の――完成型勇者の実力よ!」

 言葉とともに御霊を滅多刺しにして消滅させる。これでこいつが吸収した御霊を1つ破壊できた。

「たしかに、丹羽君の言うとおりね」

 そして頭部には樹のワイヤーで運ばれた東郷がいる。

「この距離ならバリアは張れない!」

 そのきれいな顔を吹っ飛ばしてやるぜ! と言わんばかりに東郷の武器である銃が火を噴く。

 2回満開した勇者である東郷のゼロ距離射撃にさしもの水瓶座も無事とは言えず、ダメージを受ける。

 その水瓶座を囲み、風、友奈、樹が三角形に並び祝詞を唱えて封印の儀を開始した。

 すると東郷が破壊した頭部部分から御霊が出現する。

「神罰招来!」

 御霊を東郷の銃撃が容赦なく襲う。1撃、2撃と受けるごとに御霊はへしゃげ、ついには破壊された。

 これで2つ。

 その後も夏凛が結界を作成し封印の儀を行い現れた御霊を破壊し、東郷がゼロ距離射撃でダメージを受けた部分から出てきた御霊を今度は樹のワイヤーが回収し、友奈の拳と風の剣が破壊していく。

 これで4つ。7つあるうちの約半分を破壊することができた。

『☡§ΣΛΦμ!?』

 水瓶座が突如暴れだし、体躯に張り付いている東郷と夏凛を振り落とそうとする。

「おとなしく、しなさい!」

 樹がワイヤーで巨体を抑え込む。その間に夏凛がもう一度封印を行い出てきた御霊を東郷と協力して破壊しようとする。

 だがこの時、樹海の地面に落ちた水に異変が起こっていた。

 ゲル状になった水瓶座の水球から繊維のような触手が次々と絡み合い、何かの形になろうとしている。

 やがてそれは二足歩行となり、2つの腕を持ち人型になった。武器の剣、2丁の斧、拳を持つ勇者たちそっくりの姿となっていく。

「え、あれって…私?」

「あれ、丹羽とアタシと友奈じゃないの!?」

 樹海の地面に落ちた水瓶座を覆っていた水から次々と風、友奈、丹羽の姿に似た水人形が現れて勇者たちに襲い掛かる。

「なんなのよこいつら!? 本物ほど強くないけど固い!」

「しかも数が多いです」

「自分と戦うことなんてなかなかない経験だから、わくわくするよ」

 苦戦する犬吠埼姉妹に1人ウキウキする友奈。

「東郷、下がやばくなってきたからこっちも応援に」

「駄目よ夏凛ちゃん。私たちは先に御霊の破壊を優先しましょう」

 御霊を破壊する手を止め風と樹と友奈の応援に行こうとする夏凛を止めて東郷が言う。

 確かに数は多いみたいだが水瓶座本体を倒してしまえば動きは止まるかもしれない。

 それにしてもずいぶん仲間を信頼しているのだなと夏凛は思う。これも勇者部の絆というものだろうか。

「だって、偽物とはいえ友奈ちゃんを撃つなんて…私にはできない!」

「あんたの個人的な理由じゃないの!」

 ツッコミをしていると水瓶座の上半身の中央の燃えるように赤い部分が光り、周囲が高温となる。

「やばっ、離れるわよ東郷!」

 夏凛は東郷を抱え、樹海の地面に降り立つ。

 それを追いかけてきた火球をよけながら走り回る。その火球に巻き込まれ数体の水人形が蒸発した。

「あ、御霊が!」

 見ると夏凛と東郷が破壊しようとした御霊が水瓶座の中に吸収されていく。どうやらダメージは与えたが破壊はできなかったようだ。

「逃がすかぁ!」

 その時魚座用の大型振動音波兵器を水瓶座を覆う水の中で発動させた丹羽の声が聞こえた。

 無事な様子にホッとする。最初作戦を聞いた時は自分も巻き込まれる囮役に危険だと皆が止めたのだが、聞く耳を持たなかったのだ。

 これは自分にしかできない役目だと。

 精霊を内に取り込むことで風達神歴勇者より丈夫な肉体になっているから、この役目は自分にしかできないという丹羽の言葉を最終的には信じ、送り出した。

 丹羽の声の後、水瓶座の巨体が宙に浮く。言葉から察するにまた水蒸気の煙に紛れて樹海の中に潜ろうとしていたらしい。

「今です、東郷先輩!」

 水蒸気が晴れ、全身が光っている切り札を発動した丹羽の姿が見える。手にはヌンチャクを持っており、勇者服には4色のラインが入っていた。

「行くわよスミちゃん、神罰招来!」

 スミを丹羽と同じように身の内に取り込んだ東郷の言葉に、身体が光を帯びる。

『行け、スミー!』

 そう、これこそが丹羽の立てた作戦の最終目標。

 満開を使わず、切り札を使った攻撃による水瓶座への攻撃。

 切り札は使う人間に穢れをためるというデメリットがあったが、1回だけなら影響は少ないし体の一部を失う満開よりはマシだろう。

 それに2回満開した東郷の攻撃力は正直勇者部の中で1番高い。これに人型精霊の中で1番攻撃力の高いスミの力を上乗せすれば、その威力は推して知るべし。

 これで駄目なら本当に満開を使うしかないが、どうだ!?

 東郷の銃から放たれた精霊の力を上乗せした銃弾が、光のようになって水瓶座を射抜く。

 その光が消えた後、上半身のゼリー状の部分にあった赤く燃える部分は消失していた。

 好機!

 丹羽は飛び立つと自由落下してくる水瓶座の体躯にヌンチャクを叩きつける。それだけでなく虚空から槍を呼び出し串刺しにせんと次々と放ち穿(うが)つ。

「オラオラオラオラオラァッ!!」

 水瓶座はされるがままだ。勇者をコピーした水人形を使い自分を守らせようとするが、勇者部の皆がどんどん倒していくのでなかなかうまくいかない。

「やっちゃいなさい、丹羽!」

「こっちは任せて!」

「国防魂を見せるのよ!」

「丹羽くん、あと一息!」

「あんたが立てた作戦なんだから、最後までやり切りなさいよ丹羽!」

 風、友奈、東郷、樹、夏凛、勇者部全員の声が背中にかかり、丹羽を突き動かす。

 切り札が切れる10分間、丹羽は攻撃を続けた。

 やがて水瓶座の巨体はボロボロとなり、2つの御霊を吐き出す。

 それと同時に水人形も形を保つことができなくなったのか消滅する。

 全力を使い切り、肩で息をする丹羽の頭に風の手が乗せられた。

「お疲れ。あとはアタシたちにまかせなさい」

 その言葉を最後に、丹羽の意識は闇に沈む。

 次に目を覚ましたのは3日後の四国の病院の上。

 見舞いに来ていた勇者部全員に「心配させるんじゃないわよ馬鹿!」とすごく怒られる。

 そこで初めて丹羽は本編のように誰も満開することもなく、勇者部が勝利したという報せを受けたのだった。

 

 

 

 おいおい、本当に満開しないで倒しやがったよ。

 四国の壁のすぐそばまで来ていた人型のバーテックスは、同じ人格から生まれたもう1人の自分が起こした偉業に驚嘆していた。

 アクエリアスの異変に気づいてから香川の1番近くにある広島県のテラフォーミングをサーバー星屑に任せて急いできたが、戦いはもう終わっている。

 しかも勇者部全員が満開しないで全員生存という最良の結果を残して。

 自分でもできていたかわからない結果を残した丹羽を誇らしく思うと同時に、うらやましく思う。

 ああ、お前は俺のできなかったことができたんだなと。

 それにしても封印の儀とは考えたものだ。

 アニメ本編では満開の印象が強すぎて忘れられているが、バーテックスからしたら無理やり自分の心臓を不思議な力を使って無防備な状態で外に出されるようなものだ。チートってレベルじゃない。

 それによってアリエスの御霊を破壊できたのが大きかった。あれで再生能力を失ったアクエリアス・スタークラスターは逃げの利を失ったのだ。

 そしてスミと一体化した東郷による切り札状態での攻撃。レオの御霊を破壊できたのは豪運としか言いようがない。

 本編では規格外に巨大な御霊を持ち御霊だけで活動できる唯一の巨大バーテックスだ。あれを破壊するには満開状態でなければ無理だっただろう。

 だがアクエリアスに吸収された状態だったおかげで東郷の銃撃で破壊することができた。まあ、切り札というパワーアップ要素も必要不可欠だったろうが。

 あとは逃げようとしたのを阻止できたのも大きい。もし最後にピスケスの御霊を残したアクエリアスを逃がしたら厄介なことになっていただろう。

 アクエリアスは今回の反省を生かし、今度は御霊なしの星座級を吸収しより強く、より安全に勇者たちを倒せる姿へと変化して襲い掛かってきたはずだ。

 そうなれば自分が参戦していても勝てたかどうか…。

 思わず背筋が寒くなる。今回の戦い、最悪の事態も起こりえたのだ。

 やっぱりあいつの言う通り、9月までここにいようかなぁ。

 だが、今回は何とかなったんだ。次もきっとなんとかなるさ。と人型のバーテックスは思い直す。

 それに最後のレオスタークラスター戦には自分も手伝う気でいる。よほどのことがない限り安全だろう。

 さて、と。せっかくここまで来たんだ。なにかしていくかな。と人型のバーテックスは考える。

 そうだ! ここに置いて放置したままだったカルマートをちょっと改造してあいつが自分1人でも体系変化できるようにしておいてやろう。

 いちいちこっちから出向いて週1で変更するの面倒だと思っていたのだ。

 さて。そうと決まったらここをこうして、アジタートを生み出す部分をこう変えてと。

 よし、完成!

 これであいつが四国で普通に暮らせる準備はできた。

 自分も広島のテラフォーミングに専念できるというものだ。

 と、そこで人型のバーテックスは結界の中の樹海を観察し、驚きの光景を目にする。

 なんと、東郷美森が歩いてみんなのもとへ向かっていたのだ。

 変身した東郷は散華の影響で追加されたパーツで移動の補助を受けていたはずだ。無意識だろうが短い距離を自力で移動していたことに驚く。

 まさか、切り札でスミを身体の内にいれた影響か?

 だったら、もしかしたらそのっちも。

 新たな希望が見えてきた。やっぱりお前はすごいよ。俺。

 俺のできないこと、できなかったことを全部やっちまうんだから。

 とりあえずこの出来事は俺が報告するのが先か、あいつが気付くのが先か。まあ、十中八九あいつの方が先に気づくだろうが。

 だとするとすぐ俺と同じような結論にたどり着き、実行するだろう。

 そうすればみんなが幸せな世界になるはずだ。あとは銀ちゃんが目を覚ますだけだな。

 人型のバーテックスはアクエリアス・スタークラスターを倒した5人の勇者と1体のバーテックスの勝利をたたえ、その場を後にする。

 丹羽明吾というバーテックスはきっと、これからの自分とこの物語にとっての希望となる。

 その確信を抱いて。

 




 アクエリアス・スタークラスター戦はこれにて終了です。
 序盤の山場は越えたのであとは日常回だけだな!
 それにしても人型のバーテックス、いい保護者感を出してますがそもそも水瓶座がヤベー奴になった原因はこいつなんですが自覚ありません。
 (+皿+)「物語による修正力ガー!」
 いや、きーみのせい 君のせい 君のせいだよ!
 ちなみ丹羽君は人間に擬態している変身前以外はバーテックスと同じように呼吸する必要もないし心臓も動いてないです。それだけは真実を伝えたかった。

 アクエリアス・スタークラスター第3形態(水人形)

 4つの水球と星屑が融合して敵対した勇者の姿をまねてアクエリアス・スタークラスターが作り出した人形。
 全身が水のワイヤーを編み込んだ筋組織でできているので、とても固い。だが風曰く本物よりは弱いらしい。
 1つの水球から生まれるのが6体。×4で合計24体の水人形が勇者たちに襲い掛かったが、アクエリアス本体が破壊されたので水に還った。
 ぶっちゃけこの水人形に勇者を任せて樹海をレオの炎で燃やせばこいつ勝てたんじゃね? と思わなくもない。


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たたかいおわって

 まさか百合アニメで脳が少し破壊されるとは思わなんだ。
 NTRじゃないけど、NTRじゃないけど…うん。しまむらはカップリングの左側ですわ。
 ネタバレしない感想だと今週も島村はイケメンでした。
(+皿+)安達としまむらは…ゴフッ(吐血)


 あらすじ
東郷「この距離ならバリアは張れないな!」
夏凛「封印開始! 御霊破壊! 本編より活躍するわよ!」
樹「2人はわたしが運びました」ドヤァ
アクエリアス・スタークラスター(モハヤコレマデー)
水人形わらわら
東郷「この友奈ちゃんの人形、持って帰ってもいいかしら?」
風「東郷がフリーダム過ぎる」
友奈「満開が…私の見せ場が…」


 7月8日。7体の御霊を持った水瓶座を撃退した勇者部一行は大赦が経営する病院に身体検査を受けに来ていた。

 昨日の戦いで水瓶座に受けた傷を調べ、肉体や精神に影響がないか。

 特に東郷は精密検査を含め念入りに調べられる。

 これは水瓶座を倒すための作戦を立案した丹羽からの頼みでもあった。

 もしも切り札を使った影響が何らかの形で東郷の体調に現れたら知らせてほしいと。

 もっともその心配も杞憂に終わった。東郷はいたって健康で、今朝もご飯をお替りしたほどだ。

「2人とも、大丈夫だった?」

 検査から帰って来た夏凛と樹に友奈が声をかける。

「あたしは問題なし。勇者システムのおかげもあるけど、あのミトって精霊の子のおかげかしらね」

「わたしもです。本当にあの精霊さんにはお世話になりました」

 怪音波で鼓膜が破れた夏凛と水瓶座に跳ね飛ばされた樹も健康診断を受けたが、問題なしということだった。

「お帰りみんな。東郷もさっき帰って来たわ」

「東郷さん!」

 風の言葉にぱっと友奈の顔が輝く。

 精密検査を受けていた東郷の車いすを押していた看護師と入れ替わりに、友奈がそれを引き継ぐ。

「代わります。ここからは私が」

「よろしいんですか?」

「ええ、ここが私の指定席ですから!」

 原作好きなら生で見たいシーンベスト10に入るゆうみもイチャイチャシーンである。

 あぁ^~ゆうみもの音ぉ~!

 ちなみにそれを1番見たがっている丹羽は今切り札の使い過ぎで病室で眠っている。合掌。

「みんな集まったわね。じゃあ、これ」

 昨日の戦いが終わってから眠り続けている1人を除いて勇者部全員がそろったことを確認すると、風は友奈、東郷、樹にスマホを渡す。

「風先輩、これは?」

「新しいスマホ。今まで使ってたのは大赦で預かって、データを取って次の勇者に引き継がれるんですって」

「次の勇者…じゃあ」

「ええ、あんたたちのお役目はおしまいよ。おつかれさま」

 事前に知らされていたことなのか、ひらひらと手を振って夏凛が言う。

「あんたらって、夏凛ちゃんは違うの?」

「あたしは大赦所属の勇者だからね。要請があればまた次の勇者がいる学校に転校して戦うわよ」

「転校ってそんな…。せっかく友達になれたのに」

 夏凛の言葉に暗い顔になる友奈に、風は励ましの言葉を送る。

「大丈夫よ。バーテックスはアタシたちが全部倒したんだから、もう襲ってくることはないでしょ」

「あ、そっか! じゃあ卒業するまでずっといられるね!」

「そうね。夏凛ちゃんもそのことがわかってるから冷静なんだと思うわ。もし転校しろって言われてたならもっと慌ててるはずだもの」

「夏凛さん、顔に出やすいですからね」

「う、うっさい!」

「でもそっか。本当にもう変身できないんだ」

 スマホを開き、NARUKOのアプリがどこにも見当たらないことに友奈はそれを実感する。

「牛鬼に最後のお別れ、言いたかったなぁ」

 その言葉に東郷、風、樹も自分たちの精霊のことを思い出したのか、しんみりした。

 だがそれ以上に風はこれ以上部員の皆や妹を危険な戦いに巻き込むことがなくなったことがわかりほっとしている。

 夏凛も讃州中学勇者部に所属したままだし、これで全部元通りだ。

 5人は入院患者用の共有スペースまで移動し、人数分ジュースを持ってきてテーブルの上に置く。

 少し遅いが勝利の祝杯だ。昨日はいろいろ忙しくてできなかったので、翌日の検査後になってしまったが。

「にしても、心配していた本人が1番重傷ってどういうことよ」

 風の言葉に友奈、東郷、樹、夏凛は苦笑いする。

 水瓶座打倒の作戦を立案し、囮役を買って出た丹羽は今ここにはいない。病室のベッドでぐっすり眠っている。

 大赦の医師曰く、おそらく切り札と呼ばれる精霊の力を使った影響だろうとのことだ。

 作戦を発表した後、散々東郷と夏凛と樹に戦闘が終わった後病院に行ってきちんと検査を受けてくれと念押しした本人がこれではどの口が言っているのかと言いたくなる。

 ちなみに3人の付き添いで病院に来ていた風と友奈もついでに検査を受けさせられた。結果はもちろん異状なしの健康体である。

 明日から普通に学校に通えると太鼓判を押されて、期末テストがちょっと不安な友奈はもうちょっと休ませてもらえませんか? と交渉していたのには和んだ。

「ほんと、起きたら喝を入れてやるわ。心配させるんじゃないわよって」

 そう言う風の目にはアニメ本編であるはずの眼帯はない。

 本編では厨二病全開な台詞を言うための小道具なのだが、考えてみればどこで手に入れたのだろう。病院の購買にはないだろうから自前で用意したのだろうか?

「でも、お姉ちゃんが1番丹羽くんのこと心配してたじゃない」

 本編で散華の影響により声帯を失うはずの樹も声を出して姉の昨日の行動について話している。

 水瓶座の御霊を破壊し、樹海化が解けた後。気を失ったままの丹羽にいち早く気づいたのは風だった。

 あの時の取り乱しようは同じように取り乱そうとしていた樹が逆に冷静にならざるを得ないほどだったのだ。

 結局救急車の手配は夏凛がしたのだが。

「そうですね。風先輩と丹羽くんは仲良しさんですもんねー」

 と言う友奈は目の前に置かれたレモンサイダーのジュースを飲んで、思いのほかすっぱかったのか目をパチパチさせている。

 本編で味覚を失うはずだった彼女がちゃんとまだ味を感じられている証拠だ。

「仲良しって、違うわよ。あれは手のかかる弟みたいなもん。仲良しなら東郷でしょ」

「風先輩、発言には気を付けてくださいませんか」

 心外だと言わんばかりの東郷に、3人は今までのことを振り返りながら言う。

「だって2人にしかわからないことたまに話しているし」

「ただ戦艦や駆逐艦、大東亜共栄圏について話していただけです!」

「たまに2人とも同じテンションでカメラ構えてるし」

「誤解よ友奈ちゃん。私がカメラを向けるのはあなただけだわ」

「わたしが料理を作ろうとすると2人で必死に止めようとするし」

「風先輩!」

「え、アタシなの? まあ、うん。それに関しては姉のアタシの失態だわ。ごめん」

「お姉ちゃん!?」

「元気ねえあんたら」

 わいわい姦しい勇者部4人娘に、夏凛はジト目を向ける。

「こっちは昨日の戦いの報告書作りでへとへとよ」

「にしては丹羽の様子を見に来てたじゃない」

 風の言葉に夏凛は「うっ」と言葉に詰まる。

「アンタはアタシが寝てると思ってバレてないと思ったんでしょうけど、ちゃんと起きてたから。あの時丹羽に「死ぬんじゃないわよ、馬鹿」ってツンデレ満載の言葉を」

「わー! わー! わー!」

 昨夜誰もいない面会終了時間ぎりぎりを見計らってこっそり病室を訪れ見舞いに来ていたことをバラされ、夏凛の顔が真っ赤になる。

「クールぶってるけど、ちゃんと優しいところあるんじゃない」

「風先輩、夏凛ちゃんはずっと前から優しいですよ」

「ですね。この前なんか預かってもらった猫を里親に渡すとき、涙を見せまいと後ろを向いてましたけど」

「泣いているのバレバレだったわよ。夏凛ちゃん」

 ニヤニヤ笑う4人に、夏凛は「うっさい!」と返しそっぽを向く。

「だって、仲間が意識不明だったら…心配するのは当たり前でしょ」

「夏凛(ちゃん、さん)」

 出会った時からは信じられないデレを見せる夏凛に、4人は感動していた。

「アタシたちのこと、仲間だって思ってくれてたのね」

「あ、当り前じゃない! なに? 嫌なの?」

「まさか! えへへ、夏凛ちゃんと仲間ー」

「ちょ、友奈! くっつくな!」

「おめでとう夏凛ちゃん。でも友奈ちゃんは私のだから、それを忘れないで」

「黒っ! なんか東郷から黒いオーラみたいなものが出てるんだけど!?」

「ありがとうございます。うれしいです、夏凛さん」

「樹。あんたはいい子ね。姉と大違いだわ」

「何を―!?」

 騒いでいると看護師に「病院ではお静かに」と叱られてしまった勇者部一行。しゅんとしながらジュースを飲む。

「今、丹羽くんがいたらどうなっただろう」

 ぽつりと樹が漏らした。

「アイツのことだから、夏凛とくっついている友奈を見て目を輝かせてるわよ」

「そうですね。想像できます」

 と、風が目に浮かぶ光景を告げると東郷が同意する。

「あれ、一体なんなの? あいつにもらった小説読んだけど、なんか女の子同士? の恋愛が好きみたいだし」

「百合イチャ? だっけ。女の子同士仲がいいのが好きなんだって。そうですよね風先輩」

 夏凛の疑問に友奈が答える。

 そう、考えてみればすべてがそれから始まった。

 友奈と東郷がイチャイチャしているのを気配を殺して見ていた不審者。

 そいつがなぜか勇者に変身出来て、バーテックスの攻撃や攻略法を知っていて。

 しゃべる人型の精霊を連れて、気が付かないほど自然にこちらに気を使ってくれている1年生。

 大橋の方にある家の権利書も自分の物になったし、風の口座には今まで滞っていた支援金が入金された。

 あいつが来てから大赦が自分たちに優しくなったような気がする。偶然だろうか?

 そういえば学生寮の工事っていつ終わるんだろう? 工事が終わったら隣の部屋から寮に戻るのだろうか。

 食卓から丹羽と大食いの精霊たちがいなくなるのは、どこか寂しいな。と風は思った。

「お姉ちゃん?」

「いや、何でもないわ。じゃあ、そろそろ解散しましょうか」

 風の言葉に全員がジュースを飲み干し、紙コップをごみ箱に捨てる。

 友奈はいつもの定位置である東郷の車いすの後ろに行きにっこり笑った。やはりここが自分の指定席だということだろう。

「風先輩はこの後どうするんですか?」

「1回家に帰るわ。昨日は泊ったけどシャワー浴びたいし、樹のご飯も作らなきゃだし」

「あんたまた泊るつもり? そういうのは親が…あっ」

 自身の言葉が失言だったと夏凛は気づき、口を閉じる。

「夏凛ちゃん、昨日の今日でその話題は」

「そうね。腹に据えかねる話だけど、ここではね」

 昨夜の会話を思い出したのか、東郷も憤りを隠せていない。

 丹羽が病院に運ばれたとき、当然保護者である大橋のじいさんにも連絡がされた。

 だが電話に出た娘は丹羽明吾は自分の家と一切関係ない。父親も病院にはいかないの一点張りで取り付く島もなかった。

 その言葉に誰よりも怒ったのは勇者部部長である風だった。

「もういいです! 丹羽明吾君は今後うちで引き取ります!」

 そう言って一方的に電話を切ると、その日は風が病室に泊まり込み様子を見ると強引に決めたのだ。

「ごめん、風。でも連日の泊まり込みはきついだろうからあんたは家に帰って寝なさい。あたしがつきそうから」

「大丈夫よこのくらい。アタシがしたいの」

「だけど学校とかどうするのよ。まさか休む気?」

「それは…」

「あ、じゃあ勇者部交代で泊まり込むのはどうですか? 昨日は風先輩だから今日は夏凛ちゃん。明日は私!」

「駄目よ友奈ちゃん。密室で男子と2人きりなんて! 泊まり込む日には私も行くわ!」

「東郷先輩…」

 友奈の提案に通常運転の東郷がストップをかける。

 話し合いの結果、「夏凛を男のいる部屋に一緒にするわけにはいかない」となぜか大赦の連絡役の春信が泊まり込み、意識が戻れば知らせることになった。

 そして全員帰宅することになったとき、東郷の胸が光り精霊のスミが現れた。

 水瓶座戦の後、スミは丹羽の元に戻ることなく東郷の内にいた。時々飛び出してくることはあるが、それ以外は睡眠時間を含めずっと東郷の中にいる。

「どうしたの、スミちゃん?」

 急に出てきたスミはどこか一点を見つめている。まるでその先に何かあるように。

『ソノコー』

「そのこ? 人の名前かしら?」

「東郷さん、知り合いにそんな名前の人いる?」

「いいえ、初耳だわ」

「丹羽の知り合いなんじゃない?」

「もしくは丹羽くんが記憶をなくす前の知り合い…とか?」

 友奈の質問に首を振る東郷。それに犬吠埼姉妹が持論を展開していく。

 ソノコ…そのこ…園子?

(まさか、乃木園子!?)

 先代の勇者でもあり大赦が所有する最強の勇者と一致する名前に、夏凛は驚く。

 だが、同時にまさかそのソノコがあの園子なわけないと否定する。

 どこにでもある一般的な名前だ。きっと偶然の一致だろう。

「ほら、いつまでもそこにいたら迷惑でしょ。行くわよ」

 だから大して気にはしなかった。報告するまでもないことだと報告書に記載することもない。

 ただ、スミだけが東郷が呼ぶまでじっと乃木園子が入院する病室のある方向を見つめていた。

 

 

 

 様々な管が付いた機械に囲まれ、未だ意識を取り戻さない親友を見る園子は思う。

 彼女はいつ目を覚ますのか。

 人型のバーテックスから取り戻すことはできたが、あれから4日経っても彼女は眠ったままだ。

 医師の話によればすぐ目を覚ますという話だったが、やがてそれはすぐ目を覚ますかもしれないという見解に変わった。

 彼女を探していた年月に比べればまだほんの4日だが、それでも1日が1年のような長さに園子は感じている。

 今日は目を覚ますだろうか。明日は目を覚ますだろうか。

 そんな思いだけが胸を満たしていた。

「園子様、そろそろ三ノ輪様のご家族が」

「わかったんよー。じゃあね、ミノさん」

 お付きの大赦仮面の言葉に園子は病室を去る。

 ここからは家族の時間だ。2年もの間待っていたんだ。きっと積もる話もたくさんあるだろう。

 たとえ眠っていても、声は彼女に届くかもしれない。

 そう思って園子も時間いっぱいまで話しているのだが、すぐ話題がなくなりじっと寝顔を見つめてしまう。

 待つのはつらいなぁ。

 そんなことを思いながらも自分の病室に帰り、三好夏凛からの報告書に目を通す。

 7つの御霊と能力を持つ水瓶座のバーテックス。蛇のような触手を持つ姿。そして勇者の形をした水の人形。

 驚くことばかりだ。できれば実際にどのようなことがあったのか直接その口から訊きたい。

 だが、それを大赦の上層部はよく思わないだろう。現在の勇者との接触は大赦に禁じられている。

 もっとも、数日後にそれは解消されることになるのだが、彼女はそれをまだ知らない。

 そして大赦で開発していた様々な道具が役に立ったことを感謝する文章もあった。

 これに園子は首をひねる。大赦が勇者を使いつぶしの道具として使うのではなく、逆に支援する道具を与えるなど信じられなかったからだ。

 報告書によれば水瓶座を倒すための作戦を立案した勇者は囮として魚座用の振動音波兵器を使い、切り札を連続で使った影響で現在昏睡状態らしい。

 その勇者の名を見た園子は思わず口にしていた。

「丹羽明吾君か」

 男でありながら勇者に変身できるイレギュラー。

 そのことを園子はずっと憶えていた。

 報告書には丹羽が自分ともう1人の勇者を精霊を使って傷を治したという報告もある。

 彼の精霊を使えばミノさんも…。

 一瞬期待が浮かんだが、すぐ打ち消した。

 彼に会いたいと言っても許してくれないだろう。ましてやその力を借りたいというのも。

 だが、なんとか接触できないだろうか?

 とりあえず三好夏凛にはこのまま報告を続けてもらおう。できることなら彼が昏睡状態から回復したら真っ先に知らせてもらいたい。

 園子は親友が目を覚ますためならば藁にもすがりたい思いだった。

 

 

「おはよう、■■■■」

 登校し、席に座っている■■に声をかける。いつものように机の上には猫のようなぬいぐるみが置かれていて、それを枕にしていた。

「あ~、わっしー、おはよ~。ふわぁ…」

「相変わらず眠そうね。□も…相変わらず来ていないわね」

「あはは、□□さん、また遅刻ぅ?」

 ぽわぽわした雰囲気の少女が笑顔で言う。見ているとこっちまでなごみそうになる。

 この娘の名前は■■■■。私の親友で、同じ勇者の仲間。

 そしてこの場にいないもう1人の□□□□の3人と一緒にお役目としてバーテックスと戦っている。

「笑い事じゃないわ。□の遅刻癖は相当なものよ。この間の訓練にも遅れてきたじゃない」

 そうだ。□はよく遅刻してくる。トラブルに巻きこまれやすいというか、自分からトラブルに突っ込んでいくというか。

 困っている人がいたら放っておけない。優しい子だというのはわかっている。

 だけど、それで自分のことがおろそかになっては本末転倒だ。今日こそはきちんと言わないと。

 その時チャイムが鳴り、教師である安芸先生が教室に入ってくる。

「ギリギリセーフ!」

 と同時に□が教室に入って来た。だが無情にも安芸先生がアウト判定を出す。その後出席簿で優しく頭を小突かれ、お小言を言われていた。

 まったく□ったら仕方ないんだから。

 今日はどうして遅れたんだろう。□のことだからまた困っている人を見捨てていられなくて遅刻しそうなのに手伝ってきたのだろう。

 今日こそしっかり言わなければ。

「ちょっと…」

 とそこで自分が彼女の名前を言えないことに気づいた。

 おかしい。さっきまで□のことを□って…。

 そんなことお構いなしに席に着いた□は私のことを不思議そうに見つめている。

「どうした須美? 変な顔して」

 須美? 私の名前は東郷美森…そんな名前じゃ――。

『スミー!』

 とそこで目の前の少女が丹羽の精霊のスミとそっくりなことに気づく。髪の色は違うが、それ以外はそっくりだ。

「あの、スミちゃん?」

 そう呼びかけるとその少女は変な顔をして、こっちを見つめている。

「何言ってんだ? 須美はお前だろ? 変な須美」

 そう言って席に着くと前を向いてしまった。

 え、どういうこと? スミが私の名前?

 じゃああなたは……。

 

 

 

 東郷美森は目を覚ました。

 目覚まし時計を見るといつも起きる時間より30分早い。早く起きすぎてしまったようだ。

 だが2度寝するには微妙な時間だ。こうなったら少し早いがいつものルーティーンをこなした後友奈ちゃんのところへ行って、寝顔をいつもより長く楽しむことにしよう。

 そう思い身体をひねりベッドの上で体をほぐそうとしていた東郷は、自分の頬が濡れていることに気づいた。

「えっ?」

 触れてみると、涙だった。自分の目じりから流れている液体に困惑していると、先ほど見た夢が断片的によみがえる。

 決して涙を流すような悲しいものではなかったはずだ。むしろどこか懐かしく、温かいような…。

 あの名前が思い出せなかった少女は誰なんだろう。スミちゃんに似ていたが、それは私の名前だというし。

 考えても答えは出なかった。仕方なくそのことは保留にして、まずは朝のルーティーンをこなさなくては。

「あら?」

 今一瞬、足が動いたような…。

 考え、まさかと思い直す。

 医師から原因不明だと言われ、2年も車椅子と一緒に過ごしてきたのだ。

 ある日急によくなるなんて、そんな奇跡のようなことが起こるはずもない。

 朝のルーティーンである運動とマッサージを終え、車椅子に乗る。

 その頃には先ほど見た夢のことなどすっかり忘れていた。




樹「ねえ丹羽くん、わたしのことおねえちゃんがいないと何もできない子って言ったよね?」
丹羽「うん、言ったけどなんで俺は犬吠埼先輩によって椅子に縛られてるんだろう?」
樹「それが違うってことを証明するために、香川名物の和三盆を作ってみたよ」
丹羽「どうして簡単な料理じゃなくてそんな職人にしか作れないものをいきなり作ろうとするかなぁ!?」
紫色をした不定形の何か『ママァ…』
風「ごめん、丹羽。かわいい妹の頼みは断れなかった」
夏凛「まあ、身から出た錆なんだから。今回はおとなしく受け入れなさい」
友奈「樹ちゃんにひどいこと言ったらめっ! だよ」
東郷「確かに奮起させるためとはいえ、あれは言い過ぎだったわね」
樹「これが終わったら丹羽くんのお部屋お掃除して、洗濯もしてあげるね。わたしだってできるってこと証明してあげる」ふんす!
一同「あ、これ丹羽(君)の生活スペース無茶苦茶になるな」


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部室の窓から雀が迷い込むとテンション上がる

 あらすじこと前回の3つ。
 みんな満開せずに戦いを終えて大団円。
 作品きってのゆうみも名シーンを寝過ごして見逃すという丹羽、痛恨のミス。
 スミの様子がなにかおかしい。東郷の足も回復の傾向が?


 アクエリアス・スタークラスターを倒した勇者部の前に新たな強敵が現れた。

 それは学生である以上絶対に避けられない強敵。

 そう、期末テストだ。

 といっても健康優良児と意外と成績優秀者しか集まっていない勇者部である。

 夏凛は編入試験で満点を取ったほどの実力者だし風も最上級生だ。2人がかりで1年生や友奈の勉強を見てくれていた。

 そのおかげで赤点を取る人間はいないと思われていたが…。

「東郷…あんた嘘でしょ」

 夏凛は信じられないという目で東郷を見る。

 東郷は成績優秀者だ。授業中教師に質問されてもすぐ答えられるほどで、小テストでも常に好成績を収めている。

 ある1教科を除いて。

「ごめんなさい、友奈ちゃん、夏凛ちゃん、風先輩…でも、でも私は」

 東郷は悔しさをにじませながら言葉を紡ぐ。

「やっぱり敵国語を使うなんてできない!」

「いや、東郷。英語のテストくらいちゃんとやりなさいよ」

 中間に引き続き期末も白紙で解答用紙を出して赤点扱いされた東郷に、風が呆れて言う。

「ちゃんと傾向と対策というか、最低限の点数を取ることができるように暗記ポイントを書いた紙をアタシが作って渡したじゃない。アレどうしたの」

「食べました」

「え?」

「食べて血肉と変えました」

 東郷の答えに残りの勇者部5人はドン引きする。いや、回答を暗記せずに食べるってどういうことなの…。

「アタシの作った回答集は未来の便利道具じゃないのよ?」

「東郷先輩の横文字アレルギー、ここまでひどかったんだ」

「うん、極端というか。歴史の点数は学年1位だったそうだけど」

「誰にでも向き不向きというものがありますからね」

「これ、そういう問題?」

 上から風、樹、友奈、丹羽、夏凛の発言である。

「というか丹羽君、あなた同志じゃなかったの? どうして英語のテスト普通に受けてるの!?」

 まるで普通に英語のテストを受けるのが悪いみたいな言い方だ。

「いやいや、東郷先輩。敵の暗号解読には相手の母国語を理解するのは必須でしょう」

「それはそうだけど…」

「それに俺、チャーチルとかセンチュリオンみたいな戦車好きだし」

 ガルパンでは聖グロリアーナ女学院推しだったしな。と丹羽は思う。

 日本の戦車は…ねぇ?

「この売国奴が―! 矯正してやる! 歯ぁ食いしばれ!」

「落ち着きなさい東郷。何のこと言ってるかわからないけど、丹羽を殴ってもアンタが赤点という事実は変わらないのよ!」

「そうだよ東郷さん。夏凛ちゃんと一緒に英語の勉強、がんばろ?」

 丹羽の言葉に激昂し暴れていた東郷だが、友奈の言葉に渋々英語の教科書を開くが5分もたたず机に突っ伏す。

「無理よ、やっぱり国防精神の塊である私には英語は体が受け付けない。美しい大和言葉しか脳が受け付けないのよ」

「何言ってんのよこの国防馬鹿は」

 英語に対し著しい拒否反応を見せる東郷に、夏凛は呆れとともに言葉をこぼす。

「東郷先輩、一応日英同盟だった時代もあるんですから一旦同盟国の言葉を覚えると思えばやりやすいのでは?」

「あんな無理難題を押し付けて貿易ふっかけてきて実利だけ奪っていくような不義理な国と同盟を結んだ覚えはない!(※あくまで東郷さんの個人的な感想です)それにあれは連合国の1つで敵よ!」

「丹羽、余計なこと言わないで」

「すみません、三好先輩」

 手助けしようとした発言だったが、逆鱗に触れたらしい。

 これは難航しそうだな…と考えていると何か視線を感じる。

 見ると勇者部が部室にしている家庭科準備室の扉が少し開いており、誰かが覗いていた。

 あれは…加賀城雀?

 そこにいたのは左の胸にミカンのワンポイントがあるシャツと短いフレアスカートを着た私服姿の加賀城雀だった。

 なぜゴールドタワーにいるはずの防人の彼女がここに? と思ったがそういえばと思い出す。

 ゆゆゆいでもたしか雀が勇者部を訪れるエピソードがあったはずだ。

 確か楠芽吹の章で勇者がどんな人間か気になって讃州中学勇者部を訪れた話をしていた。

 たしか迷子の猫探しの活動に巻き込まれて…。

「丹羽くん? 廊下に誰かいるの?」

 丹羽の視線が気になったのか、樹が訊いてくる。同時にドアの方でガタン! と物音がした。

「誰!?」

「あ、怪しいものではないですチュン! チュンチュン」

 いや、充分怪しいだろ。と勇者部全員の視線が集まる。

 ちなみに加賀城雀がチュンチュンと言うのはゆゆゆいからでくめゆ本編ではチュンチュン言わないらしい。

「実はあの…私は勇者部の噂を聞きつけて愛媛からやって来たんです!」

 その言葉に勇者部全員が困惑する。

 愛媛といえば四国にある香川県のお隣さんである。そのお隣の県から来たというのはどんな用事だろうか?

「勇者部の噂がついにほかの県まで! うんうん、誇らしいわ」

 勇者部の名声がついに他県へと伝わったと思っている風はにっこにこだが、その前の雀はテストで悪い点を取った子供のように真っ青になっている。

 うん、嘘だな。

 本編でも防人の修練をさぼって興味本位で勇者部を覗きに来ただけだし、とっさに言った言葉なのだろう。

 だがここでそれを指摘するのは野暮というものだ。

 ゆゆゆいでこの後の流れを知っている丹羽は黙っておくことにした。

「それで、ご依頼は何でしょう?」

「え? 依頼?」

 樹の言葉に雀は固まる。

 きっと適当に言っただけで依頼の内容は考えていなかったのだろう。

「何でも力になるよ! 私たちは皆のためになることを勇んでやる部、『勇者部』だから」

 友奈の笑顔と対照的に、雀の顔はどんどん青ざめていく。

「え、えーと。依頼…依頼ですよね。その、えーっと」

「もしかして男がいたら言いにくいこと? ごめん、気が付かなくて。丹羽、あんた廊下に出てなさい」

「わかりました」

 夏凛の言葉に丹羽は椅子から立ち上がると廊下へと出る。

 なんだかこっちを見た雀が助けを求めるような目をしていたが、グッドラックと心の中で祈りながらその場を後にする。

 さて、この後校内の迷い猫が…こないな。

 と、そこで丹羽は気付く。自分がいたら猫は来ないんじゃないかと。

 前回の猫探しの依頼で自分が猫から恐れられる体質だということがわかった。だから校内に迷い猫がいるという依頼も必然的に発生しない。

 しまった、知らないうちに原作介入してしまったとは。

 どうしようか考えていると、ドアから夏凛が顔を出し手招きしていた。話が終わったということだろうか?

 丹羽が改めて入室すると、椅子に座ったカチコチに緊張している雀がいた。

「えっと、依頼は訊けたんですか?」

「ええ。こちら加賀城雀さん。男性恐怖症を治したいらしいわ」

 そうかそうか。男性恐怖症…ん?

 あれ? たしか臆病を治したい、勇気を持ちたいって話じゃなかったっけ?

 雀を見ると傍から見てもわかるほど汗をかいている。

 こ、こいつまさか口から出まかせ?!

 たまたま部屋を出る丹羽と目が合ったから利用できると考えたのかは不明だが、相談内容は丹羽が知るものとは変わってしまった。

「だとすると俺がいるのはむしろ邪魔では?」

「いや、あんたしかこの悩み治せないでしょ。というか、あんたがいないと始まらないわよ」

 丹羽の言葉に夏凛がツッコむ。なるほど確かに。

「じゃあ、どれくらい男が苦手なのかちょっとチェックさせてもらうわね。まずは向かい合って立つ」

 風の言葉に丹羽と雀は向かい合わせになる。

「これは余裕そうね」

「だったらもっと近づけてみましょう」

 特に異常のない雀に東郷が提案する。

 東郷先輩、あなた勉強中じゃなかったんですか?

 丹羽の視線を受けても東郷はどこ吹く風だ。しかたなくこちらから雀の方に近づいていく。

 1歩、2歩、3歩。進むごとに雀が追い詰められていくのを感じた。

 おそらくどのタイミングで苦手というか考えているのだろう。男性恐怖症といっても軽度の物だとなぜ勇者部に相談しに来たんだということになるし、逆に触れるのも嫌! という重度の物だとこの後も勇者部部員たちに必要以上に構われるかもしれない。

 ギリギリの「勇者部に頼んだおかげで男性恐怖症が治りました」のラインを脳内で模索しているのは明白だった。だから丹羽も彼女に協力することにする。

「どうですか、加賀城さん。結構近づきましたけど」

「え? あ、うーん。一応大丈夫。ちょっと怖いけど」

 丹羽と雀の距離は1~2メートル。一般的なパーソナルスペースだ。

 手を伸ばしても届かない距離なら安心できるだろう。

「じゃあ丹羽くん、ちょっとずつ近づいてみて」

「雀ちゃん、怖くなったら言ってね。私がぎゅってしてあげるから」

 友奈の言葉に東郷が車椅子から立ち上がりかけた。

 いいからあなたは英語の再テストに向けて勉強してください。

「あ、あはは~。うん、まだ大丈夫大丈夫」

「じゃあ1歩ずつ行きますね」

 丹羽が一歩進むごとに雀の顔は青くなり、顔から吹き出す汗の量は多くなっていく。

 なかなか真に迫った演技だ。というか実際に追い詰められているのかもしれない。

 一体どこで本当のことを言えばいいのかと。

「っと、こんなに近くまで来たけど大丈夫ですか?」

「大丈夫雀ちゃん、顔真っ青だよ?」

「だ、大丈夫ですハイ。続けてください」

 顔が真っ青な雀は男性恐怖症克服のため必死に我慢して頑張っている子に見えているのだろう。

 現に同じような悩みを持つ樹も雀の姿を見て感銘を受けたのか目に涙がたまっている。

 だが実際はこの場をごまかし逃げ出そうか考えているだけなのだ。

「あの、犬吠埼先輩。あまり追い詰めるのは彼女のためにならないんじゃ」

「そうね。ここまで頑張っただけでも結構すごいと思うわ」

「雀さん、すごいです!」

「頑張ったね、雀ちゃん!」

「苦手なのを我慢してここまでやるなんて、大したもんじゃない」

「い、いやあ。あははは」

 口々に自分をほめてくれる勇者部部員たちの声に、雀はぎこちない笑顔を返す。

 と同時に今が依頼達成ということにして逃げる絶好のチャンスだと気づき、雀は声を出す。

「じゃ、じゃあ依頼達成ということで。ありがとうございましたー」

「いいえ、まだよ」

「ここにきてあなたが出てくるんですか東郷先輩」

 お礼を言ってこそこそと部室のドアへ向かおうとしていた雀に、東郷が待ったをかけた。

「加賀城さん。男が苦手なのに頑張るあなたの心がけ、立派よ。だから勇者部もできるだけの協力はさせてもらうわ」

「いや、東郷先輩。加賀城さんはさっきもう依頼達成って」

「ここで見捨てたら勇者部の名折れ。依頼を受けたからにはきちんと男性恐怖症を治して見せます!」

 その言葉に丹羽以外の勇者部部員は拍手している。一方で雀の顔は青を通り越して真っ白になっていた。

 ここら辺が潮時だろう。これ以上追い詰めるのはさすがにかわいそうだ。

「待ってください、東郷先輩」

 さっそく雀の男性恐怖症を治そうとどうやって丹羽に触れさせようか他の4人と話し合っている東郷に、丹羽は待ったをかける。

「そもそも、男性恐怖症って治す必要あるんですか?」

 その言葉に雀を含め全員の頭の上に? マークが浮かぶ。

 なに言ってんだこいつ。治す必要があるからここに来たに決まってるのに。

「男性が恐怖の対象なら、女性だけの学校に通うとか女性だけの職場に就職するとかいろいろあるはずです」

「でも、雀さんは困ってるし」

「そこなんです。雀さん、あなたは本当に男性恐怖症で困っているんですか?」

「え!?」

 唐突な問いに、雀はどうこたえていいかわからないようだ。そこに助け舟となる答えを出す。

「例えば臆病で自分を変えたいと思っている人間がいたとします。でもそれは1つの才能で、他の人間よりも危険を感知出来たり生き残れる能力があると言えます。同じように男性嫌いの加賀城さんも男性恐怖症というのも裏を返せば1種の才能なのでは?」

「それって、どんな?」

 よし、友奈が食いついてきた。

「そうですね。男性がこうすると女性は恐怖するということを教えるアドバイザーとか、逆に女性が安心できるような商品開発とか、道はいろいろあると思います」

 丹羽の言葉に雀はほへーとした顔で聞いている。いや、君が持ってきた相談だよ。

「とにかく、男性恐怖症だからと悲観することはないんです。それも1つの才能だと思って生かす道を模索する手助けを俺たちはすればいいと思うんですよ」

「なるほど…一理あるわ」

 丹羽の言葉に東郷が考え込んでいる。あと一押しか。

「ちなみに加賀城さん。あなたの周囲に恐怖の対象となる男性はいますか?」

「え? いや、うちは女子校って言うか…女の子しかいない環境だから男の人はあんまり会うことはないかな」

「それでも男性恐怖症を治そうと思ったんですね。素晴らしい。そのきっかけはひょっとして恋愛事ですか?」

「うぇ?! 違う違う!」

「隠さなくてもいいんですよ。女だらけの環境にいて、胸がドキドキする同性ができた。でもこんなの変だ。やっぱり男の人と付き合おう。でも男の人は怖い。だから相談に来たんですよね」

 雀の言葉を無視して丹羽は勝手に話を作り始める。

「でもね加賀城さん。俺はこう思うんですよ。女の子は女の子同士で恋愛した方がいいって」

「へ?」

 耳を疑う丹羽の発言に、雀はフリーズする。

「違った。愛さえあれば性別や立場、関係なんか気にする必要なんてないって」

 いや、今の絶対お前の本音だっただろと丹羽の趣味を知っている勇者部メンバーの冷たい視線が丹羽に突き刺さった。

「だから、女の子が女の子を好きになるのは全然おかしいことじゃないんですよ。むしろ健全です」

「そう…なのかな?」

 丹羽の言葉に雀は何事か考えている様子だ。防人隊の中に意中の相手がいるのだろうか?

 だとしたらそれは観測したい! くそ、身体が2つないのが恨めしい。

「そうです! もっと自分の中の想いを肯定してあげて! あなたの男性恐怖症は同じ悩みを抱く人間の気持ちがわかるアドバンテージ。一種の才能なんだからむしろ伸ばしましょう」

「そっか。うん、そうだね! 私がんばる!」

「じゃあ依頼は達成ということでいいですか?」

「え、あっ、はい」

 にっこりと笑う丹羽に、雀は思わず返事をする。

 よし、これで変にこじれることなく終わったな。

「ありがとうございました。なんだか胸のつかえがとれたような気がします」

「じゃああたし、ちょっとこの子を送っていくわ。東郷は風と英語の再テストの勉強してなさいよ」

 お礼を言う雀をエスコートするように夏凛が扉に手をかけ振り向きながら言う。それに残りの勇者部メンバーは「はーい」と返事をした。

 やがて廊下に出て歩き、来客用のスリッパを返す雀に夏凛は言葉をかけた。

「で、本当は何をしに来たのよ。防人の加賀城雀」

 その言葉にわかりやすく雀は動揺する。

「さ、防人ってなんだチュン? わ、私わっかんないなー」

「あんたねぇ、一応あんたとあたしは同期なのよ。2回目の勇者候補選出の時も大赦で会ったし、知らないはずないでしょ」

 夏凛の言葉に雀の目が点になる。

 実力が伯仲していた隊長の芽吹ならともかく、自分のことなど勇者に選ばれた夏凛は憶えていないと思っていたのだ。

「え、三好さん私のこと憶えてたの?」

「憶えてるも何も勇者を目指して一緒に頑張った仲じゃない。当然でしょ?」

 何でもないように言う夏凛に、雀は驚愕する。

「でも、勇者様は私たち捨て石のことなんて気にしていないと思ってたから」

「ちょっと! やめなさいよそういうの!」

 急に怒り出した夏凛に「ぴっ!」と雀は何が逆鱗に触れたのかわからず困惑する。

「あんたたちのことを捨て石だなんて、そんな風に呼ぶ奴がいたらぶっ飛ばしてやる! あんたたちは間違いなくこの完成型勇者、三好夏凛と勇者の座を巡って競い合った最高の仲間よ。むしろ誇りなさい!」

「え?」

「それに防人隊の活躍はあたしの耳にも入っているわよ。すごいじゃない! あんたらが7体のバーテックスを発見してくれなかったらこの前の戦いあたしたちも危なかったかもしれないんだから。むしろ感謝しかないわ」

「ええ!?」

 雲の上の存在だと思っていた勇者が自分たちの働きを褒めてくれるのに、雀は信じられなかった。

 自分たちのことをそんな風に言ってくれるなんて、園子様か安芸先生くらいだと思ってたのに。

 目の前の勇者の言葉に、雀は胸がくすぐったくなるのを感じた。

「それにしても、あんたがここに来るなんて…大赦の人に止められなかったの?」

「実はその…」

 訓練をさぼり、讃州市を訪れたついでに勇者を見てみたいと讃州中学の勇者部の活動を観察していたことを素直に言うと、夏凛は青筋を立てる。

「まあ、正直に言ったからあたしから言うことは何もないわ。帰って隊長の楠芽吹に叱られなさい」

「そんな、後生です! 黙っててください!」

「あたしが言わなくてもあいつならとっくに気付いてるでしょう。諦めなさい」

「そんなー!?」

 がっくりとうなだれる雀。それを見ながら夏凛は急にソワソワしだした。

「それでその…楠芽吹と弥勒夕海子は元気なの?」

 おや? と雀は首をかしげる。

 最後まで勇者の座を争った芽吹はともかく、言動が芸人にしか見えない弥勒さんとこの完成型勇者様はどういう関係なんだろう?

「えっと、メブは元気です。元気すぎて毎日のシゴキがきついくらい。弥勒さんは…逆に元気じゃないところを見たことがないなぁ」

「そう…よかったぁ」

 それは雀が見ほれるほどかわいらしい安堵した笑顔だった。

「あの~、2人との仲をお訊きしても?」

「友達…いや、ライバルだと思っているわ。最も向こうはそうは思ってくれてないかもしれないけど」

 え、あの弥勒さんとライバル?

 常にゴーイングマイペースで戦闘では後先考えずに突っ込むのに?

「えっと、メブはともかく弥勒さんは違くないですか? あの人基本言動芸人ですよ?」

「あー、あの人相変わらずなの? そっか。楠芽吹が隊長でいろいろ変わったのかもしれないと思ってたからてっきりあの人も」

「変わってないと思います。というか、あの人が変わる姿が思い浮かびません」

 雀の言葉に夏凛は相変わらずなのねと笑っている。部室で見たツンツンした態度からは想像できない。

「楠芽吹はすごいわね。防人隊を誰1人失うことなく全員帰還させるなんて…。多分、あたしが同じことをやろうとしてもできないと思う」

「そうです! メブはすごいんですよ!」

 自分たちの隊長を褒めてくれる勇者の言葉に、雀も嬉しくなって同意する。

「勇者の座を争っていた頃は頭の固さがちょっと心配だったけど、うまくやれてるみたいで」

「あー。頭の固さは相変わらずですよ。でも、あややのおかげでちょっとずつ変わって来たかも」

「そう。そこはあたしと同じなのね」

 なんだか意味深だ。ひょっとしてこの勇者様とメブは過去に何かが!?

「あ、あの! メブと昔何かあったんですか!?」

「はあ!? ないわよないない! むしろ嫌われてるんじゃないかって…あ、ごめん。今のなし」

「ちょっと! 気になるんですけど! 教えて? 教えてチュンチュン!」

「だー! もううっさいわね! あんまり騒ぐようだと防人隊本部に電話して迎えに来てもらうわよ!」

「ひぃ~! それだけは! それだけはご勘弁を~」

 本当に電話をかけようとしている夏凛に雀がすがりついてお願いしている。

 それを見つめる不審者が1人。

「てぇてぇ…メブかりんてぇてぇ…あと夕海かりんもいただけるとは…メモメモ」

 丹羽明吾がしっかり夏凛と雀の会話を盗み聞きしていた。

 ちなみに目の前で繰り広げられている光景はカップリングに結びつかないらしい。

 百合道は奥が深い…。

 

 

 

「で、今日の訓練をさぼってわざわざ外出した言い訳を聞こうじゃないの?」

 赤鬼様から逃げたと思ったらそこには青鬼様がいました。

 赤鬼こと夏凛の見送りの後ゴールドタワーに帰って来た雀を出迎えたのは、青筋を立てた青鬼こと芽吹だ。

 彼女は同学年とはいえ防人隊の隊長。対してこちらは護盾隊の1人。

 普段は仲良しとは言え、立場が違うのだ。

 それに防人隊1人の失態でも最終的に隊長である芽吹の監督責任になりかねない。怒る理由としては充分である。

「えっと、その。バーテックスを倒した勇者様に興味がわいて、讃州中学まで見学に行ってました」

 正座した雀が正直に言う。

 過去の経験から下手にごまかしたり言い訳をしたら彼女の逆鱗に触れるということを学習していた。

「勇者に会いに行ってたの!? なんてことを…大赦の大人に止められなかったの?」

「そこはほら、私の危険センサーで安全ルートをちょちょいと」

 予想外の答えに芽吹は立ち眩みに似た症状と頭痛がする。

 防人隊は大赦から勇者との接触を禁じられていた。

 理由はもし勇者が防人隊のことを知ればそんな危険なことは任されないと自分たちも参加しようとするからだそうだ。

 勇者とは神樹様に選ばれた心清き乙女である。

 その乙女は優しく、もし自分たちの代わりに危険な目にあっている少女たちがいると知ったら心を痛め自分が代わりにその役目を負うことを望むだろう。

 だから防人のことは秘匿せねばならないらしい。

 もっとも勇者部は夏凛や春信を通じて防人隊のことを知っている。夏凛から防人隊の役割と勇者の役割の違いを説明され、一応ではあるが納得しているのだが。

「でもメブ、勇者の夏凛さんと友達だったんだね。意外だったよ」

 雀の言葉にぴくりと芽吹の動きが止まる。

「別に…友達じゃないわ。ライバルよ」

 あ、照れてる。

 そっぽを向いている芽吹の顔が赤くなっているのに雀は気付いた。

 なるほど。夏凛は嫌われているか心配していたがそんなことはないらしい。

「夏凛さん、メブに嫌われてるかもって心配してたよ。何かしたの?」

「なっ、そんなことない! あの子と勇者の座をかけて競い合ったことを誇りこそすれ逆恨みするなんて、私がするわけないでしょ!」

 その言葉に雀は思う。なんだ。両想いなんじゃん。

 似た者同士だなぁとほっこりしていると、ノックの音が聞こえ巫女の亜耶と防人隊のしずくと弥勒が部屋に入って来た。

「あの、芽吹先輩。雀さんをあまり怒らないでください」

「亜耶ちゃん?」

「実は、つい先日わたしがこぼしてしまったのです。勇者様たちがご無事なのか心配だと」

 防人隊が7体の巨大バーテックスと遭遇した後、人型のバーテックスに助けられて命からがら戻って来たことでゴールドタワーの中ではちょっとした騒ぎになっていた。

 あんなバーテックスに人類が勝てるのかと。

 それは人型のバーテックスのことを言ったのだが、どういうわけか伝言ゲームをしているうちに大赦が所有する最強の勇者乃木園子ですら手を焼く巨大バーテックスが7体四国に侵攻してくるという話になっていた。

 そのことを偶然人づてに聞いた亜耶は熱心に祈っていた。

 どうか防人隊の皆と勇者様も無事でありますようにと。

 そして熱心に祈りすぎてしまったのか1度倒れてしまった。特に亜耶をかわいがっていた芽吹の取り乱しようは重傷で、亜耶が治るまで大好きなプラモ断ちをするという異常行動までとって話題となったのだ。

 その時お見舞いに来た雀につい「勇者様たちは大丈夫だったのでしょうか?」とこぼしてしまったらしい。

「あの時、大丈夫! 私が見てきてあげるよという雀さんに甘えてしまったわたしが悪いんです。雀さんを叱るなら、どうかわたしも!」

「ちょ、ちょっとあやや! それは秘密だって」

 隣に正座する亜耶に、雀が慌てている。なるほど、理解できた。

「雀、今回のことあまり褒められたことじゃないけど…亜耶ちゃんの顔に免じて不問にします。巫女の心配事を解決するための行動として私が許可したと安芸先生に報告するわ」

「メブ! そんなことしたらメブが怒られるんじゃ」

「どの道雀が訓練を抜け出した件と勇者と接触した時点で私が怒られるのは確定しているしね。仲間を守るのは隊長の役目でしょ」

 仕方ないわねという顔で言う芽吹に「メ゛ブ~」と涙と鼻水を流して雀が抱き着いている。

「それで、どうだった?」

「勇者の方々はご無事でしたの?」

 しずくと夕海子の言葉に、肝心なことを伝えていなかったと雀は亜耶に向き直る。

「勇者のみんなは全員無事。元気に部活動してたよ。あややが心配することなんて全然なかった」

「そうですか。よかったです。本当によかった」

 まるで自分のことのように勇者の無事を喜ぶ亜耶に、やっぱりいい子だなぁと雀は思う。

「でも、そこで面白いことも聞けたよ。弥勒さん、勇者の三好夏凛さんとライバルだったらしいじゃん」

「雀、そんなことありえない。何かの間違いでは?」

 雀の言葉をしずくがどんな冗談だと即否定する。

「まっ、本当のことでしてよしずくさん。確かに三好夏凛さんとこの弥勒夕海子は同じく勇者の座を巡り切磋琢磨したライバルですわ!」

「うん。私のことも憶えてて驚いた。で、捨て石って言うと私のことをすごく怒ってくれた。あんたたちは完成型勇者と勇者の座を巡って競い合った仲間なんだから誇りなさいって」

「まったく、何様なんだか」

 と言う芽吹の顔は言葉とは裏腹に穏やかだ。どこか嬉しそうでもある。

「ねえ、メブと三好さんって昔何かあったの? 本人に聞いても何もないの一点張りだったんだけど」

「ないわよ。ただ一緒に勇者の座を巡って競い合っただけ」

「あら、隠すことありませんのに。教えてさしあげたら?」

 情報源は意外なところにいた。夕海子の言葉に「弥勒さん!?」と芽吹が珍しく焦っている。

「わたくしと芽吹さん、そして三好夏凛さんは3年前同じ地区で勇者候補として一緒に訓練していましたのよ」

 その言葉にええー! っと雀の驚く声が室内に響く。

「びっくり」

 しずくも驚いてた。

「あの頃は私が最上級生でしたのでよく周りからお姉ちゃん姉ちゃんと呼ばれていましたわ。そういえば芽吹さんも弥勒お姉ちゃんと」

「呼んでません!」

 顔が真っ赤だった。あ、呼んでたんだ。

「ちょっと待って? 弥勒さんって高知出身でしょ? メブと三好さん高知にいたの?」

「いいえ、わたくしが香川県に転校したのですわ。そういえば夏凛さんは道場破りと称してよく他の地区の勇者候補生たちのいる訓練場に殴り込みに行ってましたわね。芽吹さんは訓練が終わると迎えに来る他の子のお母さま方をうらやましそうに見て、よくわたくしに甘えてきましたわ」

「そこんとこ詳しく」

「わたしも聞きたい」

「芽吹先輩の昔の話、聞きたいです!」

 夕海子の懐かしむような口調に、雀、しずく、亜耶が食いついた。それに芽吹は顔を真っ赤にしている。

「そうですわね。では夏凛さんと芽吹さんがよくケンカしていて、素直になれない2人のためにわたくしがしょっちゅう仲直りするための仲裁していたこととか、勇者候補が残り5人に絞られた時「お姉ちゃんが一緒じゃないと嫌だ!」って大赦の大人に直訴した話など」

「弥勒さん、隊長権限で命令します! もう黙って」

「今日だけ昔みたいに弥勒お姉ちゃんと呼んで構わなくってよ」

「弥勒さん!」

 顔を真っ赤にする芽吹にいつもよりどこか余裕がある弥勒がからかうように言う。

 こうしてゴールドタワーの夜は更けていった。




 母性高い弥勒さんと母親のぬくもりを知らないパパッ子の芽吹とのカップリングという可能性。
 なんだかんだ言って弥勒さん面倒見いいしママ成分は高いと思う。
 夏凛ちゃんと芽吹の人間関係不器用組にはいい保護者になりそう。



ゴールドタワーに防人隊が配備されて少し経過した頃

芽吹(今回もなんとか皆生き残れた。でも次生き残れるかどうか…もっと隊長の私がしっかりしないと)
夕海子「あ、楠さん。少しお話が」
芽吹「なに、弥勒おねえちゃん?」
夕海子「え?」
芽吹「あ」
夕海子「今、弥勒お姉ちゃんって」
芽吹「言ってません」
夕海子「でも確かに」
芽吹「言ってませんってば! もうおねえちゃんしつこい!」
夕海子「…どうやら隊長さんは相当おつかれのようですわね」
芽吹「くっ」(顔真っ赤)
夕海子「頂き物ですが良い茶葉が手に入ったんですの。お菓子もありますし、わたくしのお部屋でいただきませんこと?」
芽吹「結構です! 失礼します」
夕海子「まあまあまあ。お待ちになって」
芽吹「離して…離しなさい!」
夕海子「まったく、あなたも夏凛ちゃんも昔から頑張りすぎなんですわ。少しは年上に甘えてくださいまし」
芽吹「でも、私は隊長だから」
夕海子「部屋の中では、誰も見てませんわよ。芽吹ちゃん」
芽吹「!?」
夕海子「わたくしの部屋、いらっしゃる?」
芽吹「うん」
夕海子「ふふ、じゃあ今日は思いっきり甘やかして差し上げますわ」

こんなことがあったらいいなぁ(願望)


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【わすゆルート】ゆゆゆ、はじまりません【番外編】

 気が付けば投稿50話超えてたので今回はわすゆルートの番外編です。


【呼び方】

 

「呼び方を決めましょう」

 いつもの放課後。讃州中学勇者部部室。

 今日の活動を決めたのは、部長である風の鶴の一声だった。

「呼び方って、なんのですか? もしかして勇者部の新しい劇の」

「いやいやゆーゆ。それならまず脚本家のわたしに話を通してもらわないと」

 友奈の疑問に、園子が待ったをかける。

 ボランティア活動で訪れる幼稚園での演劇や人形劇のシナリオは園子が担当しており、評判も良かった。

「ひょっとして、今度やる特撮ショーで戦隊みたいにイメージカラーを決めようとかいうのじゃないでしょーね」

「だったら夏凛はレッドね。単純で熱血でリーダーらしく人にお節介焼くし」

「熱血でお節介焼きなのは友奈のことでしょ。だれが単純よ! なに芽吹、あんた自分はブルーだと思ってるわけ? 知的でクールなできる女のイメージからは程遠いわよ」

 また始まったと他の部活メンバーは思った。夏凛と芽吹の喧嘩というかプロレスじみた言い合いはいつものことだ。要するに喧嘩するほど仲がいい。

「いや、私はブラック一択。これは譲れないわ」

 芽吹の答えに、何人かは「あー」と納得ともとれる声が漏れる。

「そうですわね。何色にも染まらない黒は頑固な楠さんにピッタリの色ですわ」

「そうだねー。メブブラックはぴったりだよ」

「メブブラック…かっこいいね、芽吹ちゃん」

「黒い衣装の芽吹先輩…かっこいいです」

 褒めているのかけなしているか微妙な夕海子の感想に、雀も追従する。友奈と亜弥は基本褒めてくれるが、今回は有り寄りの褒め方だ。

「レッドは友奈として、他は? 残ってるのはブルーとイエロー、ピンクとホワイトだったけ?」

「はいはい、ブルーは東郷さんだと思いまーす。冷静沈着で、頼りになる勇者部のお母さん!」

「いや、結城さん。東郷さんはむしろピンク…いえ、何でもありません。すみませんでした」

 身体の一部分(メガロポリス)を見てお色気担当として推そうとしていた雀は、東郷の笑っているはずなのにどこか周囲の空間が歪んで見えるような錯覚にいち早く危険を感じ取り前言撤回した。

「わっしー、どうどう。ステイステイ」

「大丈夫よそのっち。私は冷静だわ」

 冷静ならその物騒なオーラをしまってくださいプリーズ。

「ピンクは亜弥ちゃんか樹ちゃんがいいと思うわ。かわいらしいし」

「そんな、かわいいなんて」

「そうですよ。樹ちゃんのようなかわいらしさなんてわたしには」

 なにこのかわいい生き物たち。

 思わず1つ年下である未来の後輩の頭をなでる勇者部1年生組。

「はっ、思わず撫でてしまった!」

「恐るべし、ナデナデ吸引力」

「亜耶さんもそうですが、樹さんの無自覚なかわいらしさも侮れませんわ」

「本当ね。将来は樹ちゃんか亜耶ちゃんみたいな娘が欲しいわ。ね、友奈ちゃん」

「? うん、そうだね」

「ちょっと、気づいて結城さん。多分東郷さんと結城さんが考えていることには決定的なすれ違いが起きてると思う」

 1番最初に耐性を持っている芽吹が正気を取り戻し、次に夏凛、夕海子、東郷、友奈、雀と冷静になる。園子はまだ2人の髪のさらさらを楽しんでいる。

「ということはホワイトはわたくしですわね。白は古来より高貴な色。高貴な弥勒家のわたくしにこそ相応しい」

「あーうん。いいんじゃない。弥勒さんってある意味染まりやすいし」

「染まりやすいというか、染められているというか」

「毎日、園子さんに汚されてるわよね」

「だめよそのっち。汚したらちゃんときれいにしなきゃ」

「てへ☆ ごめーん」

「え、染められてるって何のこと?」

「友奈ちゃんと亜耶ちゃんと樹ちゃんは知らなくていいことよ」

 会話の節々から普段の彼女に対する周囲の扱いが察せられた。

 流石雀から魂が芸人と称されるだけのことはある。

「でも高貴な色って、どちらかと言えば紫だよね」

 と雀がツッコむと、満場一致で園子がパープルに決まった。やはり乃木家、すごい。

「はいはーい、私イエローやりたいです。カレーうどん大好きー」

 次はだれがどの色か…と考えていると雀が勢いよく手を上げる。

「イエロー? イエローはむしろ風さんのほうが」

「何言ってんのメブ! 風先輩は部長様なんだから追加戦士枠のゴールドに決まってるじゃない」

「あんた、わかりやすいくらい媚びてるわね」

「だとすると、銀ちゃんがシルバーかな。名前も銀だし」

「ですが乃木さんと三ノ輪さんは同じ名前ですからどちらがシルバーになるか取り合いになりそうですわ」

「それよそれ!」

 話が思わぬ方向に脱線してしまったが、風が言いたかったことはそれだった。

「それって、シルバーをどっちにするかですか?」

「そうじゃなくて、うちには名前が同じ人間が2人いるからいい加減呼び方決めましょうって話!」

 風の言葉に「あー」と納得する部員たち。

 三ノ輪銀と乃木銀はみんなと同じ勇者部所属で、頼りになる存在だ。

 名前も一緒どころか顔もそっくりで、時々どっちがどっちかわからなくなる。

 だが、

「別にいいんじゃないですか? 両方銀ちゃんで」

 と友奈。

「私たちは普通に呼び分けしてますけど。ねえ、そのっち」

「そうだねー」

 と親友2人。

「あたしも別に、不便に感じたことはないわ」

「右に同じ。三好夏凛と同じ意見なのは癪だけど」

「私は私を守ってくれるならどっちでも」

「弥勒家の者として友人を見間違えることなんて、ありませんわ」

 と大赦組。ちなみに夕海子はこう言っているが間違えたことは何度かある。

「わたしも、別に今のままでいいと思うけど」

「えっと、どうしたんですか急に。風部長?」

 年少組も同意見のようだ。風も実はそうなのだが、そうもいっていられない案件があった。

「理由は、これよ」

 部活メンバーに数枚の書類を見せる。

 それは勇者部への助っ人依頼でコメントに「ぜひ銀ちゃんに助っ人お願いします」とか「足の速いほうの銀ちゃんに来てほしいです」とか、「オシャレなほうの銀ちゃんに来てほしい」というコメントが書かれてあった。

「えーっと、これはどっち?」

 そう、それが問題なのだ。

 一見するとどちらともとれる。せめて苗字が書かれていればわかりやすいのだが、もし違うほうを派遣して「ごめんなさい、あなたじゃないほうの銀ちゃんを指名したつもりだったんだけど」と言われたら本人もショックだろう。

「なので早急に、対外的にどちらかわかるようなニックネームをつけましょう」

「ニックネーム、あだ名をつけるのは今のご時世危険では?」

「メタな社会ネタ持ち込まない。じゃあみんな、いい意見ない?」

 風が問いかけるが、皆黙って首を振る。そんないきなり言われても…という顔だ。

「そういえば乃木と東郷、あんたら呼び分けしてるって言ってたわね。ちょっと実践してくれる?」

「ミ↑ノ→さん」

「乃木のほうは」

「ミ→ノ↓さん」

「違いが判らないわよ!」

 みんなの意見を代表して夏凛がツッコんだ。

 というか片方は乃木じゃないの? と数人が思ったが夏凛と風がツッコまないので黙っている。

「じゃあ、東郷は? 三ノ輪の方をまず言ってみて」

「ぎ↑ん↓です」

「乃木の場合は?」

「ぎ→ん↑」

「ごめん。さっぱりわからない」

 親友組の細かすぎて伝わらない呼び方の違いに、風は頭を抱えた。

 だがそれで伝わっているということは、親友同士にしかわからない何かがあるのかもしれない。

「あのー、呼び方がどうとかになるかわからないけど…わたしと亜耶ちゃんは呼び方変えてるよ」

 悩んでいる姉に樹が遠慮がちに手を上げる。

「はい。わたしたちは三ノ輪さんのほうは銀さん、乃木さんのほうは銀ちゃんさんと呼ばせてもらっています」

「え、銀ちゃんさん? なんで?」

「最初会った時に「アタシのことは銀ちゃんと呼んでくれ」とおっしゃられて。ですが先輩をちゃん付けするのは失礼なので銀ちゃんさんと」

「あ、わたしも同じです」

 小学生組に部員たちも知らなかった事実を知らされて驚いた。

「どう思う、これ?」

「うーん。普通に考えればもっと親しみを込めて呼ばれたかったとか?」

「もしくはロリ…いやなんでもない」

「そうですよ。1つ年下をロリ扱いは失礼だよ!」

「友奈、多分論点そこじゃない」

 ちゃん呼びさせようとしていた乃木の方の銀について話し合っていると部室のドアが開く。

「こんにちはー。三ノ輪銀、乃木銀、山伏しずく入ります」

「入りまーす」

「ます」

 お使いを頼んでいたダブル銀としずくが入って来た。

「ちょうどよかった。アンタらについて話してたのよダブル銀」

「「誰がダブル銀ですか!」」

 おお、息ぴったり。さすが双子。

 風はこれまでのあらましを説明し、どうしたものかと本人たちに意見を求める。

「うーん、そんなこと言ってもなぁ」

「コイツもアタシも同じ銀だし。まあ、ややこしいのはわかりますが」

「私はちゃんと呼び分けてる」

 難問に頭を抱える銀たちに、しずくが言った。

「え、マジ? 言ってみて」

「三ノ輪のほうは三ノ輪。銀は銀」

「え、それだけ?」

「そういえばしずくさんは基本苗字呼びだけど銀だけは名前呼びよね」

「わたしもそのっちでいいって言ってるのにー」

 しずくの言葉に同じ小学校だった東郷と園子が言う。

 わすゆルートのしずくは原作通り苗字呼びだ。ゆゆゆルートでは1年以上防人隊と一緒に暮らしていて距離が縮まっているので芽吹や雀は名前呼びになっている。

「銀は、特別」

 ちょっぴり顔を赤らめてしずくが言う。ぎんしずてぇてぇ…。

「それより、あだ名なんて必要ないと思う。銀は銀。三ノ輪は三ノ輪でちゃんと見分けられる」

「それは小学校も一緒だったアンタたちだからでしょ…」

「違う、ここ」

 しずくはそう言うと、銀がしているヘアピンを指さす。

「ああ~、なるほど」

 しずくの言葉に勇者部全員が納得した瞬間だった。

 次の日から依頼内容には三ノ輪銀、乃木銀を指名する場合には三ノ輪銀の場合は銀(桜)、乃木銀の場合は銀(牡丹)と表記することになったのだった。

 

 

 

【持たざる者の嘆き】

 

「そんな、園子…嘘だろ?」

 三ノ輪銀は目の前の光景が信じられなかった。

 乃木園子とは神樹館小学校時代からいつも一緒だった。

 学校の授業も、お役目も、遊ぶ時も。

 ずっとそばにいて、共に成長してきた。

 だから目の前の光景が信じられない。何かの間違いなのではないかと思う。

 その胸につけられたオシャレブラは。

「お前、この前まであたしと同じスポーツブラだったじゃん! いつの間にそんなおブラ様を!?」

「も、もうミノさん」

 女子更衣室中に響く声に、園子は顔を赤くしている。

 いつも人を食ったような態度の園子だが、人並みの羞恥心はあるらしい。

「こら! 銀、何言ってるのよ」

「須美! 訊いてくれ! 園子が、園子の胸におブラ様が!」

 東郷に園子の異変を説明しようとした銀の目の前にマウンテンが飛び込んでくる。

 K2…いや、もう少しでエベレスト級になりそうだ。

 成長したな、須美。登山家としては親友の登りがいのあるお山の成長が嬉しくもありうらやましくもあり。

「どうしたの銀ちゃん?」

「友奈、会話から大体察せるでしょ。ほっときなさいよ」

 と友奈と夏凛。友奈は目測だが千ヶ峰くらいだろうか? 夏凛は山というよりはまだ盆地だな。

「なんか、すごい失礼なことを考えられた気がするんだけど」

 銀の視線に邪悪なものを感じたのか、夏凛がにらみつけてくる。

「どうかしたの三好夏凛? なんだか気が乱れてるけど」

 ライバルの異変に気が付いたのか、芽吹が着替え途中だが問いかけてきた。

 その胸のふくらみを見て、夏凛は「くっ」と視線を外す。

「なんでもないわよ! 馬鹿芽吹!」

「ちょっと、なぜ急に罵倒してくるのよ」

「いや、今のはメブが悪いよメブがー」

「うん。楠が悪い」

 持たざる者の雀としずくが夏凛の元へ行きよしよしと慰めている。

 なんなんだこれは? 急に同級生に責められ芽吹は混乱していた。

「え、な、なに? 私何か悪いことしたの?」

「うっさい! でかいからってでかい顔しやがって!」

 いつも守ってーと頼ってくる雀からは想像できないほど攻撃的だ。それになぜかしずくもうなずいている。

 そんな中、我関せずといった様子で着替えている自分と同じ顔をしている同級生の胸を見て、銀は息をのむ。

「お、お前…それはまさか」

 愕然という言葉の見本のような顔をしている銀の視線を受け、乃木銀は少し得意げに言う。

「ああ、これか? 昨日園子と一緒に選んだオニューだぜ。いいだろ」

 自分にはまだないふくらみを見せつけるように谷間を寄せ、オシャレブラを見せびらかす乃木銀に、三ノ輪銀は膝から崩れ落ちる。

「お、おい。どうした? 大丈夫か?」

「銀、立ち眩み? 保健室行く?」

「ミノさーん。大丈夫?」

 自分を心配する3人の声が頭の上からかかる。

 全然返事をしない三ノ輪銀を心配した乃木銀が目線を合わせようとかがんでみると、その胸をわしづかみされた。

「ぎゃー! なにすんだー!?」

「ズルイ…」

 三ノ輪銀から黒いオーラのようなものが出ていた。

「なんで同じ顔なのにお前の方が先に成長してんだよ! もぎる! もぎってやる! もぎってあたしのもんにしてやる!」

「ふざけんな! なにわけのわかんないこと言ってんだよお前!?」

 突然始まった同じ顔同士のキャットファイトに、女子更衣室は大混乱になる。

「ちょ、ちょっと銀も銀もやめなさいよ」

「ミノさん、やめてー! ブラなら今度一緒に選びに行こ。ね?」

「そういう問題じゃねー!」

 親友たちの声にも耳を貸そうとしない三ノ輪銀に、マジメな芽吹は止めようとする。

「落ち着きなさい三ノ輪さん。何があったというの!?」

「ビバーク!」

「ひゃん!?」

 銀の怒りのビバークにより、芽吹の胸が揺れる。それに女子たちから「おぉ~!」と歓声が上がった。

「いいぞ三ノ輪さん! もっとやれ」

「三ノ輪、がんばれ!」

 雀としずくも三ノ輪サイドを応援している。

 なんなんだこれは。わけがわからない。

「か、夏凛。助けて」

 涙目で下着姿の少女が懇願する姿にはグッとくるものがある。

 ましてやそれが普段堅物で凛とした雰囲気の芽吹なら魅力倍増だ。

 思わずごくりと生唾を飲んだ夏凛だったが、すぐに思い直して拒否する。

「な、なんであたしが楠芽吹何かを助けないといけないのよ」

「そんな、夏凛…」

「すがるような目をしても…ああもう! 仕方ないわね」

 やはりにぼっしー、チョロい。正義感の強い彼女は芽吹を助けるために行動を開始した。

 決して芽吹の魅力に負けたわけではない。

「夏凛、あんたこっち側だろ? あっち側の芽吹を助けるのか?」

 その言葉にそうだそうだ―! といつの間にか集まっていた一部分が謙虚な生徒たちが声を上げる。

「あんたらいつの間に結託したのよ…。悪いけど、助けを求められたら助けないわけにはいかないでしょ」

「ククク、後悔するぞ三好夏凛。そいつを助けてもお前がそっち側になるわけではない」

「わかってる。わかってるわよそんなこと。それでもあたしは、絶対芽吹を助けるんだー!」

 なんか勇者と魔王のような会話をしているがここは女子更衣室で、ついでに言えば彼女たちは着替え途中の半裸である。

「いっくわよー! てやー!」

「な、なにぃ!?」

 夏凛が三ノ輪銀に襲い掛かり、つかまっていた芽吹を救出する。

「おのれちょこざいな」

「ぎ~ん~」

 地の底から響くような声に三ノ輪銀は固まる。そこにいたのは親友の東郷だった。

「す、須美?」

「こんなにみんなに迷惑かけて、どうすればいいかわかってるわね?」

「東郷さん?」

「友奈ちゃんもみんなも、早く着替えて。私はちょっとそこの三ノ輪さんとお話があるから」

 にっこりと笑う東郷の迫力に、全員が無言でうなずきそそくさと着替えだした。

 そして女子更衣室を出ると三ノ輪銀と東郷だけが残される。

「えっと、須美? たしかにあたしも悪かったことは認める。だからなるべく穏便に」

「そうね。私も鬼じゃないわ」

 その言葉に銀はぱあっと顔が明るくなる。

 ゆ、ゆるされた!

「吊るすのは勘弁してあげる。その代わり正座でお説教ね」

 ゆるされなかったー!

 結局それが4時間目が終わった後で昼休みだったということもあり、銀は東郷にこんこんと正座でお説教された。

 昼ご飯も食べられずその後先生にも叱られさらに部活に行ってからは部長の風にも叱られる。

 三ノ輪銀にとって説教三昧のトホホな1日だった。 

 

 

 

【ゆゆゆ、始まりません】

 

 ヴァルゴバーテックスもどきは四国を目指しさまよっていた。

 ヴァルゴもどきはかつて石川県と呼ばれていた場所で生まれ、四国を目指し旅をしてきたのだ。

 途中大きな星屑の群れに何度も食べられそうになりながらも持ち前の爆弾とビームで追い払い、なんとか四国まであと1歩という場所までくる。

 ああ、もう少しで自分の悲願もかなう。

 全ては天の神のために! と人類が住む神樹が守る世界へ向かおうとしていたヴァルゴの脳天が、突如放たれた光の矢に撃ち抜かれる。

 え、なんだこれは?

 困惑していると、そこには猫のような仮面をかぶった人型の星屑がいた。

『悪いな。この先は通行止めだ。特にお前みたいな星座級もどきは』

 そういうと人型のバーテックスは仮面を外し、星屑丸出しの頭部をさらけ出す。それが急に巨大化してむき出しの歯が自分に迫る。

 バリバリムシャムシャモグモグゴックン。

 ざんねん、ヴァルゴもどきのぼうけんはここでおわってしまった!

 ヴァルゴもどきを食い尽くした人型のバーテックスは、こいつが来るのを遠征させていた星屑からの情報で知っていたのだ。

 だがあえて泳がせていた。理由はたまには星屑じゃなくて味のある星座級の巨大バーテックスを食べたかったからである。

 ちなみに今かぶっている猫のような仮面はそのっちのお手製だ。

「サンチョをイメージして作ったんよー」という彼女のプレゼントに人型のバーテックスは感激して受け取った。

 それをかぶった姿に自分の巫女であるバーテックスの銀ちゃんは吹き出し、東郷さんと三ノ輪銀ちゃんは笑いをこらえるのに必死だったが。

 この1年間、四国には星屑を含めバーテックスの襲撃はない。

 理由はこの人型のバーテックスが操る星屑が四国に迫る前に食いつくして神樹の結界に一切近づけさせないからだ。

 おかげで勇者である東郷美森、乃木園子、三ノ輪銀が樹海化警報で召喚され、戦うという事態は1度も起こっていない。

 今のようなバーテックスもどきもかなり遠くからやってくるものしかいないので、人型のバーテックスにとってはめったにないごちそうなのだ。

『さて、今日も銀ちゃんたちは仲良くしてるかな?』

 人型のバーテックスは新しく増設した百合イチャ観察専用のサーバー星屑に手を当て、意識を移す。流石に四国付近と四国の外への遠征隊を管理するサーバー星屑と四国にいる勇者と大赦を見守る精霊を管理するのを1つのサーバーでするには容量が足りなかったのだ。

 四国にいる不可視の精霊を通して見えてきたのは、バーテックスの銀ちゃんこと乃木銀が山伏しずくと一緒に仲良くお泊り会をしている様子だった。

 場所は乃木家で他には東郷、園子、三ノ輪銀の姿もある。

 神樹館四天王そろい踏みだ。

『パジャマパーティーキマシタワー』と人型のバーテックスは大興奮する。

 その姿はとても百合教という大赦で認められた新宗教の神として奉られている存在とは思えない。

「銀、今日は誘ってくれてありがとう」

 お、なんか話し出したぞ。カメラさんもっと寄って!

「いいんですよ。アタシがしずくさんといっしょに遊びたかったんですから」

「うん、それでもありがとう…銀はわたしが寂しくなりそうなとき、いつも1番に声をかけてくれる。不思議」

「たまたまですよ」

「そう…。寮では楠や加賀城、弥勒もよくしてくれる。でも、時々みんなが親の話をしてると、なんだか胸がもやもやして」

 話しているのは銀ちゃんとしずくだけだ。

 他の皆は眠っているのだろう。もしくは眠ったふりをしてあげているだけなのか。

「そういう時は、言ってもいいんですよ。みんなしずくさんのことが大好きなんですから」

「でも、わたしなんかの気持ちでみんなを嫌な気持ちにさせるのは」

「だから、それが考えすぎなんですってば」

 銀ちゃんがしずくの手を握る。きゃー! 恋人繋ぎですわよ! しかも両手!

「しずくさんが悩んでいるなら、手を差し伸べたい。みんなで考えて解決方法を見つけたい。勇者部のみんなはいい奴らばっかりなんですから」

「でも、まだ銀と乃木と鷲…東郷と三ノ輪以外はやっぱり苦手。みんないい子だってわかってるけど、ちょっとまだ怖い」

「そうですか。じゃあ、みんなに甘えられるように少しずつ頑張りましょう。練習ならアタシがいつだってお付き合いしますから」

「うん。銀…」

「なんですか?」

「今日は、手をつないだまま寝ていい?」

 キ、キマシタワー!

「いいですよ。なんならこっちの布団に来ます? なんて」

「うん。お邪魔します」

 もぞもぞとしずくが銀ちゃんの布団に入っていく。ぷはっと顔を出して至近距離で見つめあう。

 さらにキマシタワー! え、なに? いいのこれ? いいの!?

「銀の紫の瞳、きれい」

「え、そ、そうですか? うーん、そう言ってくれたのはしずくさんが初めてかも」

 紫色の瞳はバーテックスである証だ。

 白い髪と同じく言葉にしないだけでやっぱり気にしていたんだな…と人型のバーテックスは思う。

「わたしは、きれいだと思う。けどそっか。わたしが初めて…ふふ」

「な、なんっすか?」

「銀の初めてになれて嬉しい。特別になれた気分」

 そう言ってしずくは銀ちゃんの胸に頭を。あーいけません。これ以上はいけません!

「何言ってるんですか。しずくさんは最初からアタシにとって特別ですよ」

 そう言うと銀ちゃんはしずくの頭を優しくなでていた。これ、完全に事後じゃん。

 やがてすうすうと寝息が聞こえ始める。バーテックスである銀ちゃんは眠る必要はないので、必然的にしずくの寝顔を見守ることになった。

 はぁ~、ぎんしずごちそうさまです。いいもん見させていただきました。

「ところで、お前。見てるよな?」

 その言葉に人型のバーテックスはぎょっとする。

 え、バレてた?

「次行くときはその件に関して話があるから、覚悟しとけよ」

 にこやかだが笑ってない銀ちゃんの瞳に、精霊を通して目線があった人型のバーテックスの背筋が冷たくなる。隣で眠っていたしずくが何やらうなされだした。

 いつからバレてたんだろう? 四国にいる不可視の精霊についてはまだ話していないのに。

 ひょっとしてアレか? 大赦の職員に精霊突っ込ませた時にバレた?

 うわー、やっばいなぁ。銀ちゃん怒ると怖いし、なんとか機嫌を取らないと。

 どうすればいいか人型のバーテックスは考える。

 その姿は四国全土を守る十二星座と天の神の力を取り込んだ最強のバーテックス、通称『百合神』として崇められている存在とは思えなかった。

 




 気が付けば投稿数も50を超えていました。
 これもひとえに読者様のおかげです。特に誤字脱字報告してくださる方には感謝。感想も読んで1人でにやにやしてます。
 ゆゆゆ3期までの場つなぎとして書き始めたものでしたがもうすぐ2020年秋アニメ終わりそう。やべぇよやべぇよ…。
 そしてゆゆゆ、ゆゆゆいというコンテンツを生み出してくれた原作者のタカヒロ神には最大限の敬意と感謝を。
 起立、礼、タカヒロ神に拝。

わすゆルート星屑「今そっち何やってるの?」(以下わすゆ)
ゆゆゆルート星屑「四国以外の土地テラフォーミングして人類が生存できる土地作ってる」(以下ゆゆゆ)
わすゆ「えぇ…(困惑)」
ゆゆゆ「少女救済AVGやってたと思ったら人類救済SLGになってた。そっちは?」
わすゆ「なんだかんだあって神様やってる」
ゆゆゆ「えぇ…(困惑)」
わすゆ「でも勇者と防人隊の子たちの百合イチャ見放題だぞ。今こっちはぎんしずとそのゆみ、メブかりん、亜耶ちゃんハーレムが熱い!」
ゆゆゆ「あ、いいな! いいな! こっちは勇者部と西暦勇者型精霊の百合イチャしか見れないから防人組の情報皆無なんだよ」
わすゆ「え? 西暦勇者型精霊ってなに? 棗風とかせっかりん見れるの? いいなー。あとでこっちの世界の百合イチャ映像と交換しようぜ」
ゆゆゆ「いいぜ」
わすゆ「世界線違っても百合イチャ観察は欠かさない」
ゆゆゆ「流石だよな。俺たち」(AA略)


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愛憎の演劇、百合の花を添えて

 あらすじ
 加賀城雀襲来。でもあれ? 本編とちょっと違うような…。
 そして唐突なメブにぼとゆみかりん。
 ここで終わると思いきや最後の最後にメブゆみってお前さん、欲張りすぎじゃろう…。



「将来の夢?」

 それはプールに行った帰りだった。

 帰りに寄ったうどん屋でおろしうどんを食べ終えた■■■■が私と□に向けて訊いてきたのである。

「そう。わたしはねー、大赦で働くのもいいけど小説家とかやりたいなー。いろんな物語をみんなに読んでほしいの」

「いいんじゃね? ■■の話面白いし、あたしは好きだぜ」

 確かに■■のお話は面白い。誰でも小説を投稿できるウェブサイトでオリジナル作品ながらランキングで上位を獲得していた。

 それに触発された私が投稿した国防精神を注入した小説はなぜか低評価だったが。

「わっしーはどう? 将来の夢?」

「私は…大学に行って西暦時代の歴史研究をしたいわ。そしてゆくゆくは国防の精神を幅広く皆に啓蒙していくつもりよ」

「須美、悪いことは言わない。最後の部分はやめとけ」

 夢について語ると□は肩に手を置いてゆっくりと首を振った。

 なにを言っているんだろう。国防精神は小さいころから学ぶことが必要なのに。

「で、□□さんの将来の夢は?」

 ■■の言葉に□はそっぽを向いて小さく何かを言った。よく見ると耳まで真っ赤だ。

「え、なんて?」

「だーかーらー、お嫁さんだよ! わかってるよ、似合わない夢だって!」

 その言葉に私は驚く。

 意外だ。□なら将来はヒーローになるんだ! とか冒険家になるぜ! って言うかと思っていたのに。

 と同時にかわいいと思った。女の子らしくて、素敵だと思う。

「そんなことないわよ。□ならなれるわ、素敵なお嫁さんに」

「そうだよー。□□さん、今度ドレスとか白無垢用意するからウチで写真撮ろ」

「嫌だよ。結婚する前にそんなの着たら婚期遅れるじゃねーか」

 ■■の提案に□は渋い顔だ。とそこで■■が何か思いついたようだ。

「ぴっかーんと閃いた! わっしーが学者先生になって□□さんがそのお嫁さんになってわたしのおうちに住めばいいんだよ!」

 その言葉に私も□も「はぁ?」と頭に疑問符を浮かべる。

「いやいや、女同士は結婚できないし」

「大丈夫! わたしが将来政治家になって女の子同士でも結婚できるように法律改正するから!」

「いや、そうじゃなくてね■■■■、女の子同士だと子供が」

「ips細胞で同性同士でも子供ができるらしいよ」

 へぇ、そうなのかと思っているとさらに■■は言葉を続ける。

「それに、学者さんって食べていけるかわからない仕事らしいよ。だったらわたしがパトロンになるんよー。そうすれば3人ずっと一緒に同じ家で住めるし、いいことずくめだよー」

 なんて無茶苦茶な計画だ。

 だが、できてしまいそうなのが恐ろしい。

 何しろ■■■■は四国でも知らない者がいないほどの名家、■■■のご令嬢だ。人間2人くらい養うのなんてなんてことないのだろう。

 あまりのことに私がどう返そうか迷っていると、□が吹き出した。

「ぷっ、はっはっはっ! ■■、お前すごい冗談言うよなー」

「むぅ、わたし結構本気だよー」

「はいはい。じゃあ30までお互いに相手がいなかったらその時は頼むな。な、須美」

 その言葉に不覚にも胸が高鳴る。

 それって、婚約宣言!?

 でもまあ、相手は□だ。あまり考えずに言ったのだろう。

「はいはい。その時までに■■■■が政治家になって法律を改正できたらね」

「むー。2人ともできないって思ってるー。その時はわたし頑張るからね!」

 ■■はぷんぷんしながら2人に抗議している。

 ああ、楽しいなぁ。

 こんな時間がずっと続けばいいのに。

 

 

 

 東郷美森は目を覚ます。

 ここ最近。同じような夢を見る。

 おそらくは記憶がない2年前の夢。そこでは自分は須美、わっしーと呼ばれ、丹羽の精霊と同じような姿の少女ともう1人の少女と過ごしている。

 スミに似た少女の顔はわかる。だが、もう1人の少女の顔は中央に穴が開いように真っ黒で詳細をうかがい知ることはできない。

 だが、とても大切な友人だということはわかった。

 記憶はなくとも感情が憶えている。スミに似た女の子を2人で着せ替えしたり、顔がわからない女の子に送られたラブレターに一喜一憂したりと3人はずっと一緒だったのだ。

 だったら、なぜ今は一緒にいないのだろう。

 自分の記憶がないのと関係あるのだろうか。

「スミちゃん」

 東郷が呼ぶと、胸元が光りそこから夢に出てきた少女と同じ顔をした人型の精霊が現れる。

 もしかして今見た夢はこの精霊に関係あるのだろうか。

 ひょっとしたら自分ではなく彼女の記憶なのかもしれない。

 だとしたらなぜ夢の中に自分が出てくるのか。1度夢の中で鏡を見る機会があったが、そこにいたのは今より幼かったがまぎれもなく自分だった。

 わからない。

「ねえ、スミちゃん。あなたは誰なの?」

 東郷の言葉にスミは首をひねっている。どうやら質問の意図がわからないらしい。

「ソノコって誰?」

 病院で言っていた名前を言うと、スミはぱっと顔を明るくする。

『スミ、ソノコ! ズッ友!』

「ズッ友? それって一体…」

 問いかけるがスミはにこにこしたままだ。その後もいろいろ質問してみたが、あまり要領を得なかった。

 スミの宿主である丹羽に相談すべきだろうか?

 丹羽が退院しても自分の中に居続ける精霊となんとなく離れがたくて10日以上も経ってしまったが夏休みに入る前には返すべきだろう。

 でも、もう少しだけスミと一緒にいたい。

「もうちょっとだけ…いいわよね」

 ベッドの上で1人つぶやく。

 少なくともあの夢に出てくる2人の少女が誰なのかわかるまでは、スミを返したくないと思った。

 

 

 

 期末テストも終わり、学生たちの中にはどこか浮ついた雰囲気が広がっていた。

 あと数日で夏休みに入るということもあって、夏休み前に遊びの約束をする者。どこかへ行こうと計画する者と様々だ。

 特に男同士女同士はもちろん、男女混合のグループでもそんな話題が上がっていた。

 中学生といえども思春期。青春は待ってくれない。

 そのためある者は彼氏、彼女の関係になるため。あるいはその前段階を築くためにどうにかして夏休み中の遊びの約束を取り付けようと必死になっている。

「ねえ、樹ちゃーん。今度うちら青山君のグループと遊びに行く約束したんだけど、樹ちゃんも来てくれない?」

「えっ?」

 突如別クラスの女子に話しかけられて樹は困惑する。

 その女子とはあまり話したことがなかったのだ。

「なんか青山君の友達が樹ちゃん狙いらしくって、うちの友達がその子狙いなんだ。樹ちゃんが来るって言ったら喜ぶだろうから来てよ」

「えっと、その」

「このとーり! 樹ちゃんはいてくれるだけでいいから! うちらがご飯奢るし!」

 犬吠埼樹は美少女だ。

 姉の健康的な姿とは正反対、いや対比されるからこそ強調される女の子らしさから本人は知らないが結構ファンがいる。

 今までは丹羽と付き合っているという噂から近づかなかった男たちが、夏休みを前に群がってきていた。

 しかも同性の女子を使うという卑怯な手を使ってである。

 これだからウェイ勢は…と丹羽は憤怒する。もしホイホイついて行ってしまったら同人誌みたいな目にあってしまう。

 絶対に阻止しなければ!

「ごめんね。犬吠埼さんは夏休み勇者部の活動があるからいけないと思うよ」

 別クラスの女子にどう答えようか困っている樹に代わり、丹羽が言う。

「丹羽君。あんた樹ちゃんと付き合ってないんでしょ? 関係なくない?」

「関係あります。同じ部活の仲間なので。少なくとも君らよりはあります」

「うちらは樹ちゃんを誘ってんの。あんたはお呼びじゃないって」

「そうですね。でも女の子使って男釣るような連中にうちの樹ちゃんとお付き合いさせられません。というか、その男の子犬吠埼さん狙いなら連れて行くのは逆効果でしょ」

「うっさい! なんなのよあんた!?」

「あ、あの丹羽くん、ケンカは」

「ケンカじゃないよ犬吠埼さん。感情的になってるのは向こうで、俺はいたって冷静だ」

 樹を間にして女子と丹羽はにらみ合う。

 ここで女子が樹を逆恨みするようなことを言えば彼女が傷つくことになる。だから自分からすすんで悪者にならなければならない。

「俺は犬吠埼さんが(百合男子として)男と一緒に遊ぶのが嫌なの! だから絶対その集まりにはいかせない!」

 その言葉になぜか周囲がざわめく。ん? 何か変なこと言ったか?

「そ、そんなのあんたのわがままじゃん! 樹ちゃんにも出会いのチャンスが」

「ああ、わがままだよ! だけど女の子使って打算的に犬吠埼さんに会いたいと思ってるやつよりは俺の方が(百合男子として)犬吠埼さんが(女の子と)幸せになることを願ってるし、(部活の仲間として)彼女のことを知ってる。(ふういつ、にぼいつとカップリングあるのに)ぽっと出の野郎なんかに渡してたまるか!」

 丹羽の言葉にクラスのざわめきが大きくなる。

「とにかく、そういうわけで俺が嫌なので犬吠埼さんを誘うのはやめてくれないか? もし可能ならその男子のクラスと名前を教えてもらえれば俺から断りを入れるし、君の友達のことを気に入ってくれるように話すから」

「あ、あんたねえ」

「ちょっと、もうやめようよ」

 丹羽の言葉に何か言おうとした別クラスの女子が、一緒にいた女子に止められている。

「考えてみれば樹ちゃんに失礼だし、それにその男の子の言うことも一理あるしさ」

「でも…」

「その男の子は樹ちゃんが他の男と会うの嫌みたいだし。ね?」

「(ヘテロ展開が嫌いなので)当り前です」

「うんうん。いいもの見せてもらったよ。ウチはあんなナンパな男たちよりキミみたいな男の子のほうが好きだよ」

 そう言うと別クラスの女子は丹羽とにらみ合った女子を連れて教室を出ていった。

「う~、丹羽くんのばか」

 その後顔を真っ赤にした樹が女子たちに質問攻めされたのは言うまでもない。

 

 

 

「ってことがありましてね」

 昼休み、勇者部で弁当を食べた後の雑談として休み時間に起こったことを話すと、樹以外の勇者部4人娘が固まっていた。

 特に風は顔を青くしている。妹が合コンみたいな場所に連れていかれそうになったのがそんなにショックだったのだろうか。

「大丈夫ですよ、犬吠埼先輩。俺の目の黒いうちはそんなチャラい男がいそうな集まりに犬吠埼さんを連れて行かせませんから」

「いや、そうじゃなくてね。丹羽」

 夏凛はどこからツッコむべきか考える。

 樹が顔を真っ赤にしてあまりご飯を食べなかった理由はわかった。

 そんなことがあったらそりゃご飯も喉を通らないだろう。

「丹羽くんすごーい! なんか告白みたいだね!」

 と友奈。そう。話だけ聞くと、というかおそらくその場にいた人間はこう思ったのではないだろうか。

 樹は俺のもんだから気安く誘うなと丹羽明吾が宣言した。

 というか絶対そうだ。1年生の男子がクラスで公開告白をしたと他の女子も話していたし。

 聞いた夏凛はまさか丹羽と樹のことだとは思わなかったが。

「はっはっは、告白って。違いますよ結城先輩。俺はただ犬吠埼さんに悪い虫が付かないように」

「そう。本音は?」

「純真な犬吠埼さんに近寄る男は灰になればいい。犬吠埼さんはふういつ、ゆういつ、にぼいつで忙しいのにてめえらが入る隙間なんてねえんだよ」

 東郷の言葉に丹羽が言う。それに夏凛は頭を抱えた。

 これが丹羽に少しでも樹に恋心があるならば応援しただろう。

 だがこいつの頭にあるのは趣味である百合イチャ? に関することのみだ。だから自分が言った言葉で自分と樹が周囲にどう思われるかなんて考えてもいない。

 いや、実際は考えているのだが樹と自分がどうこうなるのはあり得ないと思っているのだ。

「風、こいつどうする?」

「え?」

「今回は結果的に助かったけど、こいつがいると樹がまともに恋愛できないわよ」

「三好先輩、だから俺の目の黒いうちは男を近づけませんって」

「それが問題だって言ってんのよ馬鹿!」

 このままでは樹のことが好きな男子がいて告白しようとしても丹羽がどうあっても阻止するだろう。

 それは姉である風も望まないものだと思ったのだが。

「風? あんたどうしたの?」

「いや、そうよね。妹の幸せを願うのなら祝福すべきだってわかってる。でも、でもお姉ちゃんより先に彼氏ができるなんて事実、なかなか受け入れられなくて」

 こいつ何言ってるんだ? 夏凛は一瞬ぽかんとする。

「風、もしかして丹羽と樹が付き合ってると思ってる?」

「え、違うの?」

「違うわよ馬鹿! あんた何聞いてたのよ!?」

 夏凛が懇切丁寧に風の誤解を解いていると、友奈は丹羽のスマホ画面を見ていた。

「へー。丹羽君の勇者アプリは残ってるんだ」

「ええ。俺は皆さんと変身形態が違うので勇者システムなしでも変身できますし。大赦も意味ないと思ったんでしょうね」

「そうなの? それじゃ勇者部専用のSNSアプリを新しく作ったから、ダウンロードしておくわね」

「ありがとうございます。東郷先輩」

 東郷にスマホを預ける丹羽だったが、内心では別のことを考えている。

 自分が気絶していた間に勇者部のスマホを原作通り大赦職員が回収してしまったのは誤算だった。

 丹羽の予定では勇者部にはまだNAURKOが入ったスマホを持っていてもらい、後に大赦の上層部から直接バーテックスがまた襲ってくることを話してもらうつもりだったのだ。

 勇者部が大赦に不信感を抱くポイントの1つとして1度取り上げた勇者システム入りのスマホを敵が来たらまた返して戦わせたということがある。

 それを避けるためにバーテックス人間を使いスマホを持ったままでいてほしかったのだが、失敗した。

 バーテックス人間と化した大赦職員は大赦の職員全員ではない。普通に寄生されていない職員もいる。

 今回勇者部のスマホを回収した職員が、たまたま寄生されていない大赦でもマシな思想の職員だっただけの話だ。

 これによって計画を微調整する必要があるが、まだ修正可能な範囲なので問題ない。

 問題があるとすれば……本編で見られるはずだったあのシーンが見られないことだ。

 病院のゆうみもイチャイチャシーンはもちろんだが、本編では1人満開できなかった夏凛が勇者部を無断欠席したり勇者部の仲間と距離をとろうとする時期があった。

 その理由は完成型勇者を自称しながら肝心な時に役に立たなかった自分への憤りややるせなさからだったのだが、攻略王の友奈によって勇者部に復帰することになる。

 この時視聴者は改めてゆうにぼというカップリングを実感した回でもあるのだ。

 ちなみにこの世界の夏凛はあれから普通に勇者部に顔を出していた。

 なにせ水瓶座戦で7つある御霊を封印して敵を弱体化させたりと大活躍をしていたのだ。彼女としては満足いく戦いぶりだっただろう。

 だから本編でのあのへこんだ夏凛ちゃんは見られないのだ。その夏凛を元気づける友奈の「夏凛ちゃんが好きだから」も。

 それはそれとして。

「ところでスミ、お前はいつまで東郷先輩の中にいるんだ」

 宿主の言葉に、東郷の胸の中から顔だけ出したスミがアッカンベーしてすぐに東郷の中に戻る。

 困った。銀ちゃんの中にスミを入れて意識を取り戻すかどうかの実験をしたいのだが、これではできない。

 銀ちゃんの居場所はバーテックス人間化した大赦仮面に調べてもらっているからすぐわかるだろうが、それまでには回収しなければ。

「なんだ。丹羽と樹が付き合い始めたわけじゃなかったのねー! 心配して損したわ」

「勝手にあんたが早とちりしただけでしょ」

 夏凛のほうをみると安堵した風に呆れていた。うーむ、距離感を見るにふうにぼにはまだ遠い。

「そうそう、今日は飛び込みの依頼があって演劇部の助っ人よ」

「裏方ですか?」

 友奈の質問に、風は微妙な顔をする。

「あー、うん。裏方と言えば裏方の手伝いなんだけど…。特に友奈と夏凛はぜひ参加してほしいとのことよ」

 どこか歯切れの悪い風の言葉に、東郷が反応する。

「風先輩。何か隠してませんか?」

「えーっと、隠してるというか。東郷は参加しない方がいいというか」

「風先輩!」

 追及に隠しきれないとかんじたのか、風は正直に答える。

「実は、夏凛をモデルに演劇の脚本を書きたいんだって。剣道部の助っ人に来てた姿に一目ぼれしたんだそうよ。で、その相手役を友奈にしてもらおうと」

 お、ゆうにぼチャンスかな?

 風の告げた思いがけない依頼に丹羽が目を輝かせる。一方で東郷は不機嫌だ。

「行きます」

「え?」

「私もその依頼、参加します! 私の目の黒いうちは友奈ちゃんに悪い虫が付かないようにします!」

 なにか黒いオーラが見える。目もなんか怖い。

「やっぱり、東郷と丹羽ってどこか似てるわ」

 それに対し、悪い虫扱いされた夏凛はため息をついたのだった。

 

 

 

「ありがとう風! いやー、うちの脚本が詰まっちゃったみたいで。で、ネタ探しにウロウロしてたら剣道部の助っ人の三好さんが今度の主役のイメージにぴったりみたいでね。お願いしたのよ」

 演劇部部長の熱烈な歓迎に風は冷や汗をかきながらうなずく。

 冷や汗の原因は後ろにいるにこにこしているが黒いオーラが抑えきれていない車椅子の後輩だ。

「それで相手役の子はどこ? もしかして風が?」

「いえ、私です」

 車椅子の車輪を回し、東郷が前へ出る。

「うーん。黒髪ロングでおしとやかそうな少女。…姫と騎士の物語なら歓迎なんだけど、今回は敵国に攻め込んだ騎士と村娘との交流の物語なのよ。主人公は騎士、ヒロインは敵国の村娘ね」

「じゃあ樹ちゃん、どうぞ」

「ええ!? お芝居なんてわたし無理ですよ東郷先輩!」

 背中を押されて前に出された樹が困惑していた。それに部長と一緒にいた脚本担当の女子が首を振る。

「いいえ、村娘の女の子はツンツンした騎士との対比で包容力があって全てを肯定してくれる母親のようでいて男の子に交じって遊ぶような活動的な子がいいわ」

「出番です。結城先輩」

 丹羽に背中を押され、友奈が前に出る。

「丹羽君? 何のつもり?」

「俺は依頼人の指定したタイプにぴったりな人選をしただけです東郷先輩」

 笑顔だが後ろに般若の顔が浮かび上がりそうなオーラの東郷の視線を受け流し、丹羽が言う。

 この男、百合がからむと強い。

「じゃあ、とりあえず台本渡すからちょっと演じてみて」

「それなんですが、脚本家さん。ちょっと」

 丹羽が脚本家の女子生徒と何やら話し始めた。

「え、本当に?」

「はい。うちの結城先輩は筋金入りの攻略王なので」

 なんだか嫌な予感がする。東郷はどうにかして止めようと頭を回転させるが、適切な打開策は浮かばないので黙っているしかない。

「じゃあ、三好さんだけ台本を読んでくれる? 結城さんは彼の指示に従って」

「え、丹羽君の?」

「はい、結城先輩。今から設定を言いますのでもし結城先輩だったらどう行動するかを考えて心の赴くまま行動してください。お芝居ということは一旦忘れてもいいです」

 丹羽の言葉に友奈は不安そうだったが、設定を説明され困ったときはスケッチブックに指示を書いて見せると言われると「がんばる!」とやる気モードになった。

「え、友奈アドリブでやるの? 大丈夫?」

「大丈夫ですよ。だってあの結城先輩ですよ」

 夏凛の言葉に丹羽が親指を立てる。

 不安だ。

 勇者部4人の思いが1つになった瞬間だった。

「えーっと、じゃあ初出撃するも敵を1人も倒せず自分の吐いたゲロまみれになって帰って来た主人公の騎士…あ、三好さんね。を励ます村娘のシーンで」

「ちょっと、どんな劇なのよこれ!?」

 思わずツッコむ夏凛に「リアルを追求した結果です」と脚本家の女子が答える。

「よーい、スタート!」

「あーもう! やってやるわよ! ええっと、『なんてざまよ、こんな格好。これじゃ私が一番役立たずではないか』」

「はい、そこで村娘のヒロインがやってくる」

「え、私?」

「結城先輩、さっき教えた通り自然体で」

「う、うん。夏凛ちゃーん」

 役名ではなく本名を言う友奈に夏凛はずっこけかけた。

「ちょっと友奈!」

「問題ないわ。騎士の名前はカリンってことにしましょう。続けて」

「了解。『ユーナ。何か用か?』って、村娘役の名前友奈と一緒!?」

「そ、だから友奈を推薦したんだけど」

 と風。なるほど、そういう意図もあったのか。

「うん。お仕事の後で疲れているカリンちゃんをご飯に誘いに来たんだ」

「いや、敵国の騎士をご飯に誘うって、どういう神経してんのよ」

「だってご飯を食べないと元気が出ないよ?」

「あのねぇ、これはお芝居で…え、続けろ。わかったわよ」

 夏凛のツッコミにいいから続けてと脚本家の女性はサインを出すので渋々従うことにする。

「『なんの武勲も上げられなかった。こんな剣なんてもう必要はない。もう私があなたに会うために隠れてここに来る理由もないのよ』なにこいつメンタル弱すぎでしょ」

 それ、本編の自分にも言えます? と丹羽は思ったが言わないでおいた。

「『ユーシャブになんか来なければよかった。ここに長くいたせいで私は優しさと温もりを知って、敵を敵と思えなくなった』風、この名前…え、続けろ? わかったわよ」

「そんなことない! 私は今の夏凛ちゃんの方が好きだよ!」

「ぐぎぎっ」

「東郷先輩、落ち着いて。お芝居、これはお芝居ですから!」

「『お前と一緒にいたせいで、私は弱くなった。ここには戦うために来たのだ。だがそれももう終わり。武勲を得られなかった私にはもう価値がない。居場所も…』」

 演じているうちに自分の境遇と重なったのか、だんだん夏凛の演技が熱を帯び始める。

「そんなことない! たとえ戦いが終わったとしても、夏凛ちゃんは必要だよ!」

「なんで! 私はもう価値なんてないのよ。誰にも認められない。それなのに誰が必要としてくれるっていうの!?」

 台本にはなかった台詞だ。脚本家の女生徒がメモを取っている。

「私が、夏凛ちゃんを大好きだから!」

「なっ」

 唐突な告白に夏凛の顔が真っ赤になった。

「東郷、お芝居お芝居」

「わかってます。私は冷静ですよ風先輩」

 と言いつつ膝の上に置かれた手が強く握りすぎて真っ白になっているのだが。どこが冷静なんだか。

「私は夏凛ちゃんが必要。風先輩も、東郷さんも、樹ちゃんも、丹羽君も。きっとそう思ってる。勇者部には夏凛ちゃんが必要だよ」

「え、あ、その」

「だからこれからも一緒に勇者部の活動頑張っていこうよ。ね?」

「う、うん」

 友奈の言葉に夏凛が顔を真っ赤にしてうなづいている。

 あれ? 2人とも芝居ってこと忘れてないかこれ?

 風は東郷をいさめる一方でうーんと考える。

 とそこで友奈は丹羽が持つスケッチブックに『そこでハグ』と書かれているのを見て思い出した。

 そうだ。これお芝居だった。

「夏凛ちゃん」

「ぴぇ!?」

 友奈に抱きしめられた夏凛が情けない声を上げて口をパクパクしている。

 これからどうするんだろうと思っていると、スケッチブックがめくられ『ここで決め台詞』と書かれたページが見えた。

「夏凛ちゃん。戦わなくても夏凛ちゃんがそばにいてくれるだけで私は嬉しいんだよ。だから、ずっとそばにいて」

「は、はひ」

 友奈の言葉に夏凛はこくんとうなずく。それを見てキマシタワーと丹羽が不審者状態になっている。

 えっと、これでいいのかな? と友奈が周囲に視線をやると、丹羽がまたスケッチブックをめくったのが目に入った。

『じっと見つめあった後キスシーン(フリで。顔を近づけるだけでOK)』と書かれていた。なるほど。そうすればいいのか。

「夏凛ちゃん」

「ゆ、友奈?」

 1、2、3と心の中で数を数え、たっぷり10秒見つめあう。そして指示された通り夏凛に顔を近づけようとして…。

「駄目ぇー!」

 東郷に割り込まれてしまった。

「と、東郷さん?」

「いくらお芝居でもこれ以上は駄目! 私が許しません!」

「東郷…あんた」

「風先輩にも文句は言わせませんよ! これは明らかにやりすぎです」

「いや、そうじゃなくて」

「というか丹羽君? これ、あなたの指示よね。覚悟はできているわね」

「東郷先輩、あの…」

「樹ちゃん、ちょっと目を閉じていてね。後輩にはちょっと刺激が強いから」

 そう言うと丹羽のもとへ歩いて(・・・)向かった東郷は、スケッチブックを奪うと丹羽の腕をつかむ。

 それはそれは見事な一本背負いだった。

 固いリノリウムの床にたたきつけられた丹羽は「ぐえー!」と潰れたヒキガエルのような声を上げて背中をしたたかに打つ。

 柔道は柔らかい畳の上だから安全なのであって、固い床の上では投げ技は常に必殺の一撃となる。

 それを証明するようなお仕置きだった。

「まだまだぁ!」

 しかしお仕置きはそれで終わらない。丹羽を再び立たせると今度は足を払い、回転する丹羽の頭をさらに蹴りもう1回転させる。

「チェストォー!」

 中心に正拳突きが決まり丹羽は吹っ飛ばされた。ちなみに普通の人間だったら普通に後遺症が残るようなダメージである。

「ふぅ、悪は滅びた」

「東郷さん、歩けるの?」

 友奈の言葉にそこで東郷はようやく気付いた。 

 自分が車椅子から2本の足で歩き、丹羽にお仕置きしたことを。

「いいわいいわ! これはすごい! どんどんイメージがわいてくる」

 その光景を見た脚本家の女子生徒は次々と台本のページにペンを走らせていた。どうやら東郷のお仕置きが新しい脚本を書くためのスイッチになったらしい。

「驚いた。東郷先輩、足治ったんですね」

 先ほどの東郷の猛攻などなかったかのように起き上がり普通にしゃべっている丹羽に、いや、こっちも驚きだよと東郷以外の勇者部一同は思う。

「どうやらそうみたい。どうしてかしら…お医者さんには治るかどうかわからないって言われていたのに」

 自分の状態がまだ信じられないのか、東郷は立ったまま呆然としている。

 というか、リハビリもなくここまで動けたのはあいつが原因だろうなと丹羽は東郷の中にいる自分の精霊のことを思う。

 これは水瓶座の時にスミを切り札に使った影響だろうか? もしくはそれからずっとスミが体内にいたことによる影響?

 どちらかはわからなかったが、後者なら試してみたいことがあった。




前回雀がkwskと訊いたので続き。ゆみめぶエピソードじゃよー

3年前:香川県某所。大赦訓練施設

夏凛ちゃん(小5)「ちょっと楠芽吹! あんた何手抜いてんのよ! やる気ないなら出ていきなさいよ」
芽吹ちゃん(小5)「うるさい三好夏凛! 今日はちょっと調子悪いだけで」
夏凛ちゃん「実戦だったらあんた死んでたわよ! 敵はこっちの調子なんて考えてくれないんだから」
芽吹ちゃん「そんなこと…言われなくてもわかってる!」
夕海子(小6)「まぁまぁ、お2人とも。ここはこの弥勒に免じてケンカはおやめなさいな」
夏凛ちゃん「うっさい! あたしより弱いくせに!」
芽吹きちゃん「年下に負けっぱなしで悔しくないの?」
夕海子「ちょっとー!? わたくし年上ですけど泣きそうですわー!」
夏凛ちゃん「ふん、こんな弱い奴らと一緒に訓練なんてできないわ。ちょっと武者修行に行ってくる!」
夕海子「夏凛ちゃん!? んもー、あの子ったらまた道場破りに他の地区へ行って。先方に謝罪の連絡をするのはわたくしですのに…って芽吹きちゃん!?」
芽吹きちゃん「ううっ」(顔真っ青)
夕海子「本当に調子が悪かったんでしたのね? すぐ医務室に運びますわ?」
芽吹ちゃん「弥勒お姉ちゃん」
夕海子「しっかりなさって。今ベッドに運びますからね。こんな時に限って先生はいらっしゃいませんし」
芽吹ちゃん「お姉ちゃん、あのね。私病気かもしれない」
夕海子「なんですって!?」
芽吹「夏凛に、一緒に勇者になれなくてごめんって言っておいて。お姉ちゃんは私より強い勇者になってね」
夕海子「そんな弱気になってはいけませんわ! あなたはわたくしよりずっと強い勇者なんですから、病気くらいすぐ治りますわ」
芽吹「でも、今朝も血が出て…頭も痛いし実は立ってるのもやっとなの」
夕海子「何てこと…すぐに救急車を呼びますわ! 他に何か症状は?」
芽吹ちゃん「おなかがすごい痛い」
夕海子「……ん? それって」
芽吹ちゃん「お姉ちゃん、私死んじゃっても夏凛とお姉ちゃんのこと見守ってるからね」
夕海子「芽吹ちゃん。つかぬことを伺いますが、その…血が出ている部分はどこですの?」
芽吹ちゃん「(赤面)」
夕海子「あっ(察し)では芽吹ちゃん、保健体育の授業で生理は習いまして?」
芽吹ちゃん「せい、り? なにそれ」



現在:ゴールドタワー 楠芽吹私室

夕海子「結局ただの生理痛でしたわ。芽吹ちゃんは重かったのでバ〇ァリンを飲ましてベッドに寝かせて落ち着くまでおなかをさすって差し上げましたわ」
芽吹「~~~っ」(顔真っ赤)
雀「ぷっくくく」(ニヤニヤ)
シズク「ぶわははは!」(爆笑)
夕海子「笑い事じゃありませんわよ。生理痛のことを1から教えたり、わたくしの生理用品を貸して使い方を教えたり。芽吹さんの家はお父様しかいらっしゃらなかったから教える方がいなかったようですし」
亜耶「それは大変でしたね」
芽吹「弥勒さん、もうその辺で」
夕海子「もちろん淑女のたしなみとして一緒に薬局へ行って生理用品の選び方を指導したり、重い日用の目立たない下着も一緒に選びましたわ」
雀「ひー! ひー! 死んじゃうって…お姉ちゃんのこと見守るって」(過呼吸)
しずく「芽吹、気にすることない。わたしも初めての時はそんな感じだった。…生理については授業で習ってたけど」
亜耶「芽吹先輩は重い方なんですか?」
夕海子「ええ。普段は精神力で耐えてますけど、たまにどうにもならない時は部屋に籠っているので。その時はわたくしが一緒にいてずっとおなかをなでてさしあげますの。その時だけ「おねえちゃんありがとう」ってすっごいかわいいんですのよ」
芽吹「おい、弥勒!」
亜耶「芽吹先輩、その時はおっしゃってください。わたしが1日中つきそっておなかをなでて差し上げますので」
芽吹「ええ、お願いするわ(亜耶ちゃんのお手々でお腹なでなでプレイですって? ヤッター!)」


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丹羽君、くめゆ組と出会う

 あらすじ
 東郷さんが歩けるようになったよ。
東郷「身体が軽い、こんな気持ち初めて」
友奈「おめでとう東郷さん!」
東郷「あの、友奈ちゃん。私、足が動くようになったらやってみたかったことがあるの」
友奈「なになに? 何でも協力するよ!}
東郷「うん、あのね…」

友奈「ねえ、東郷さん。本当にこんなことでいいの?」
東郷「ええ、最高だわ。はい、次は反対」
友奈「歩けるようになったらやりたかったことが耳掃除なんて」
東郷「だって、車椅子だと友奈ちゃんに膝枕できなかったから」
友奈「東郷さん…っんくぅ」
東郷「あら、大きいのが隠れてたわね。うふふ、逃さないわよ」
友奈「東郷さん、やめ…そこ、くすぐったい」
東郷「だーめ。ここをこうして…ほら、取れた」
友奈「うー、背筋がぞわぞわする」
|M0)じー ゆうみもテェテェ



 7月第3週目、土曜日の休日である。

 その日丹羽は遠出をしてプラモデルなどの模型専門店を訪れていた。

 理由は先日の演劇部の助っ人依頼で丹羽がゆうにぼ見たさにはっちゃけて東郷の機嫌を損ねてしまったのでそのご機嫌取りのためである。

 あれ以来部室にいてもいない者のように扱われるし、差し入れの牡丹餅も丹羽の分だけなかったりと徹底して東郷から無視されていた。

 それに対してこのままではいけないと丹羽もあれこれしてきたのだが、東郷は腹を立てたままだ。

 そんな東郷の態度になぜか友奈が怒りだしてゆうみもの危機になりつつあるので丹羽としてはできるだけ早く機嫌を取って元の状態にしなければならない。

 そう思い東郷が好きな城と軍艦のプラモの購入のために専門店を訪れたのである。

 もちろん今の時代スマホで欲しいものを注文すればすぐなのだが、それでは誠意が伝りにくい。

 それはあくまで最後の手段。目的のものが見つからなかったときのみ使用しよう。

 模型店に入ると目的の城や軍艦のキットはなかなか見つからない。あるのはほとんど人型の兵器のプラモで子供から大人までファンの多いシリーズで埋め尽くされている。

 こういうのはどこの世界でも同じなんだなぁと思いつつ、店内を見て回るとポツンと1コーナーだけ戦艦のプラモデルが戦車やF1カーのプラモと一緒に設置されていた。

 大和、武蔵、長門、瑞鶴と有名どころがたくさんあるが品数は少ない。

 どれにしようか。丹羽は考える。

 そういえばゆゆゆいエピソードで芽吹とプラモ作り対決をしたとき長門を作っていた。ということは長門はすでに持っているはずだ。

 同じプラモデルを渡されてもあまりうれしくないだろうな。ということは長門以外の別のプラモを選ぶべきか。

 しかし相手はあの東郷美森である。大抵の軍艦のプラモデルは揃えていそうだ。

 というか、本人に直接聞いた方がいいんじゃね?

 さっそく新しくできた勇者部SNSを起動するが、なぜかログインできなくなっていた。

 おそらく東郷の仕業だろう。このアプリを作ったのは東郷だし、丹羽のIDをログイン停止の措置をするくらい朝飯前だ。

 さすが東郷さん。やることが徹底していらっしゃる。

 どうやら東郷の機嫌を直さないと丹羽は勇者部の活動にも参加できないらしい。

 これは本格的にどうにかしないといけない。さて、どうするべきか。

「ねえ、あなたそれ買うの?」

 声に驚きそちらを見る。このコーナーは品ぞろえを見るに滅多に人が来るとは思っていなかったからだ。

 見るとキャップをかぶった黒髪の美少年がこちらを見ている。

 すごい美形だ。こんなオタクが集まるようなプラモ店に足を運ぶ人間とは思えない。

 というか、この顔…楠芽吹?

 そこにいたのはキャップに長い髪をまとめて隠し男装している楠芽吹だった。

 そういえば彼女の趣味はプラモ作りだ。ということはここにいても何の不思議もない。

 それにしても…加賀城雀といい最近防人隊の子によく会うなぁ。

「ねえ、あなた。聞いてる?」

 考え事をして返事をしていなかったことに気づき、丹羽は慌てて言葉を返す。

「ああ、はい。先輩へのプレゼントに選ぼうと思っているんですけど、どれがいいかわからなくて」

「そう。あなたが作るわけじゃないの…」

 あ、露骨にがっかりしてる。

 そうか、同じプラモが好きな同士に会えたと思ったんだろう。それが違って肩透かしを食らった気分なのか。

 だとしたら、ここはなんとしても気分を盛り上げてもらわなくては。

「あの、もしよかったらプラモのこと教えてもらえますか? 俺そんなに詳しくないから先輩がどんなのを気にいるのかわからなくて」

 素人がモデラーに言ってはいけない言葉というのがある。

 それは自分が初心者であること。

 そして詳しいなら教えてほしい。

 これを言うとプラモデラーは2種類の行動をとる。

 1つはマウントを取り、散々馬鹿にするタイプ。これはあまりいいモデラーとは言えない。

 新規参入者を馬鹿にし、古参であることを誇るようでは乱立するソシャゲコンテンツと同じく衰退し、滅びる運命しかないのだ。

 そしてもう1種類は懇切丁寧に教え、目を輝かせて自分の知識を惜しみなく相手に与えるパターン。

 これはプラモデラーの鑑ともいえるタイプである。ただ知識量が多い分くどくなりがちで、初心者からしたら「いや、ちょっと聞いただけでそんなに教えてくれなくても…」とドン引きされることも間々ある。

 楠芽吹はもちろん後者であった。

「その先輩は戦艦が好きなの? 他にどんなものを持ってる? 接着剤はある?」

 丹羽の質問に目を輝かせてグイグイ来る。よっぽど同志を見つけて嬉しかったのだろう。

「えっと、多分長門はもう持ってて接着剤もあると思います。道具は確かやすりを何種類か」

「なるほど。だったらニッパーもそれなりの物を使っていると思っていいわね。塗装は? このマーカーをエアブラシにできる機械なんてオススメなんだけど」

 お店の人かな?

 店員も舌を巻くような知識とともに一瞬で道具を持ってきて丹羽に勧める芽吹。心のウキウキは最高潮のようだ。

 ああ、防人隊の中でもこんな風に話せる人間はいなかったんだろうなぁ。

「先輩は空母だと瑞鶴が好きですね。あと大艦巨砲主義というか、駆逐艦より戦艦、空母の方が好きです」

「だとしたら赤城、加賀、飛龍に蒼龍は持っていると考えるべきね。というか有名どころは全部そろえていると考えるべきかも…となると」

 丹羽の言葉に芽吹は考え込み、1つの戦艦のプラモデルを選ぶ。

「榛名ですか? 金剛型3番艦の」

「ええ、私ならこれを推すわ。たとえもう持っていたとしてもダズル迷彩仕様でもう1つ欲しいと思うもの」

 なるほど。その発想はなかった。

 値段を見ると最高値の大和と武蔵よりもお得だ。先ほど薦めてもらったマーカーをエアブラシにする道具と合わせてもトントンだろう。

「ありがとうございます。これに決めました。あとぶしつけなんですけどもう1つお城のプラモもプレゼントしたいんですが」

「任せて! それは私の得意分野よ!」

 意気揚々と芽吹は丹羽を引っ張ってお城のプラモデルが置かれているコーナーに向かう。

 そうしてなんとか東郷のプレゼント用のプラモデルを選ぶことができたのだ。

「ありがとうございます。なにかお礼にお好きなプラモデルか道具を買わせてください」

「いいわよ別に。こっちも楽しかったし」

 丹羽の言葉に芽吹が言う。こういうところもハーレムを作れる器量の1つなんだろうなぁ。

「それじゃ俺の気が済みません。どうか1つだけでも」

「う、うーん。そう? じゃあ」

 遠慮がちに芽吹が選んだのは値段も安い初心者向けとわかるような小さなお城のプラモデルだった。

「え、それでいいんですか? 遠慮しないでもっと高いものでも」

「いや、今日私が来たのは友達のプレゼント用の買い物なのよ。その子もあなたと同じ初心者だから、パーツ数の多いものはね」

 なるほど。多分亜耶ちゃん用のプレゼントかな。

 おそらく「芽吹先輩がそこまで夢中になるなら、わたしもやってみたいです」と言われたんだろう。だからそれ用のプラモを買いにここへ来たと。

 熱々ですなぁ。メブあやてぇてぇ。

「あの…大丈夫?」

「ああ、すいません。ちょっと考え事を」

 どうやら尊いモードになっていたらしい。芽吹が心配していた。

「じゃあ、会計してきますね。お姉さんの分は別にしてもらいますから」

「ええ…ん?」

 丹羽が会計から戻ってくると、芽吹は複雑な顔をしていた。

「はい、どうぞ。…どうかしました?」

「あなた、私が女だっていつ気付いたの?」

「いつって、最初からですけど」

 その言葉に芽吹は驚く。

「え? 最初から?!」

「はい。きれいな顔ですし、逆に男と間違うのは失礼ですよ」

「うぅ…見破られたことなかったのに」

 なぜかショックを受けているようだ。なぜだ?

「その、こういうお店って男の人ばっかりでしょう? だから女の格好で来るとジロジロ見られたりして…」

「ああ」

 なるほど、納得した。だから髪をキャップに入れていたのか。

「あなた、女の私がこういう趣味を持ってるの、変に思わない?」

「え、全然」

 だってゆゆゆいで知ってたから。とは言わないが。

「お姉さんがプラモ好きだったおかげで俺は先輩へのプレゼントを選ぶことができたし、むしろ感謝しかありませんよ」

「そう? そう言ってもらえるとありがたいわ」

 それから2、3言葉を交わしてお礼を言うと、丹羽は芽吹と別れ店を後にした。

 思わぬところで思わぬ人物と出会ってしまった。

 まさか防人組と四国で出会うことになるとは思わなかっただけに、これは嬉しい誤算だった。

 さて、せっかく遠出したのだ。このまま帰るのはもったいない。

『じゃあさ、ラーメン食べようよラーメン』

 丹羽の胸が光り、そこから精霊のセッカが現れた。

 ふむ。丹羽は昼食を食べる予定はなかったが、確かにもう昼時だ。

 たまには外食もいいかもしれない。

「了解です。じゃあ行きましょうかセッカさん」

『やったー!』

 こうして次に行く店が決まったのだった。

 

 

 

 ランチタイムということもあり、店内は少し混み合っていた。

「いやあ、それにしても神歴でも一〇があるとは…」

『いいから、口じゃなくて手を動かしてよ』

 西暦時代でも有名だった豚骨ラーメンのチェーン店がまだあることにちょっとした感動を覚える丹羽に、セッカが早く注文しろと催促する。

「えーっと用紙に丸をつけるんでしたっけ。どうします?」

『味基本こってりにんにくなし青ネギチャーシューありたれ2倍麺固め』

 呪文かな?

 よどみなく注文をするセッカに驚きながらも丸を付けて提出する。しばらく待つとラーメンが来た。

『来た来た! いっただきまーす。…うん、豚骨はお店でしか食べられないから久しぶりー』

 そうか。味噌や醤油はおうちで作れても豚骨は煮込む時間があるし臭いもきついから専門店じゃないと食べられないのか。

 また1つラーメンについて詳しくなってしまった。

 それから丹羽はラーメンを食べ終わるまでセッカを見守る。もともと昼食は食べる気がなかったのでこのどんぶり1杯のラーメンは全部セッカの物だ。

 これは味集中カウンターというシステムの一〇だからこそできた方法でもある。

 普通の店ではセッカの食べるペースに合わせて自分も食べるふりをする必要があった。

 普通の人にセッカが見えないとはいえ、丹羽が食べていないのにラーメンが減るという不思議現象が起こるといらぬ混乱を起こしてしまうからだ。

 そのことを考えて周囲や厨房から食べる姿が見えない一〇を選んだのだが、セッカも喜んでいるし正解だったようだ。

『ふいー。ごちそうさま!』

 ラーメンを食べて満足したのか、セッカは胸の中に帰っていった。

 さて、じゃあ帰るか。

 一〇は食券制なので料金は前払いしてある。食べたら後は帰るだけだ。

 丹羽が店から出て少しすると、何か服を引っ張られる感覚がある。

「ん?」

 振り向くと、そこにいたのは私服姿の山伏しずくだった。

 え、なんで?

 思わずそう思う。

 彼女は先ほど出会った楠芽吹率いる防人隊の1人である銃剣を使うアタッカーだ。

 シズクという別人格を持っており、戦闘の際にはそちらが表に出て戦うことが多い。

 今表に出ているのは基本人格のしずくのようだが…いったい何の用だろう?

「えっと、何かご用ですか?」

「あなた、精霊出してた」

 見られてたー!?

 やばい。確かに防人隊で勇者候補だったしずくなら精霊は見えるはずだ。

 男である丹羽が勇者しか持たない精霊を出していることに不信感を抱いたのだろう。

「えっと、精霊ッテナンノコトデスカー?」

 すごい片言だった。これはもう疑ってくれと言っているようなものだ。

 もし防人組から安芸を通じて園子に連絡が言ったとしたら、丹羽としても面倒なことになりかねない。

 というか、園子と会うのはもう少しちゃんと準備が整ってからにしたい。東郷の足が動くようになった原因もまだ研究中だし、スミも取り戻していないからだ。

 園子が保護している銀に会うまでにはスミを回収したいのだが、そのためには東郷との仲を修復することが必須だ。

 その前につかまるわけにはいかない。ここは逃げるに限る。

「じゃ、じゃあ。サヨナラ!」

「待てよテメェ」

 背を向け立ち去ろうとする丹羽の肩にしずくの手が置かれた。

 雰囲気が変わった。もしかしてシズクに変わったのだろうか。

 山伏しずくにはもう1人シズクという人格がある。

 彼女は攻撃的で、しずくを守るためにしずくに危険が迫ると表に出てくることが多い。

 ということは丹羽はしずくにとって危険人物と認定されたということだ。

 丹羽はシズクがつかんだ手を振り払って逃げ出した。厄介なことになるのはごめんだ。

「待て、この野郎!」とシズクの声が聞こえてくる。

 ふ、いくら防人とはいえ強化版人間型星屑の自分には追い付けまい。

 そんな慢心に足元をすくわれた。

「ぐえー!」

「たく、てこずらせやがって」

 狭い路地に逃げたのが裏目に出た。ここの地理に疎い丹羽と違い、シズクは裏道を知っていたのだ。

 くそ、どうせなら大通りに出て人に紛れて逃げるべきだった。

 丹羽が反省していると、シズクはどこかに連絡しているようだ。

「おお、芽吹か。いや、怪しい奴捕まえたから一応報告な。雀と弥勒には連絡したから」

 え、防人隊の子たちが来るの?

 余計やばい。丹羽が何とかもがいて逃げようとするが、シズクに関節を極められてびくともしない。

 うわーん、このままじゃそのっちへの貢物として防人たちにつかまっちゃう!?

「シズクさん。一体何ごとでして?」

「もー、せっかくのショッピングだったのに」

 考えている間に弥勒夕海子と加賀城雀が合流してきた。

 あかん、詰んだ。

「シズク、怪しい奴って…え、あなたは」

 ついさっき模型店で会ったばかりの少年がシズクに組み伏せられているのを見て、楠芽吹は驚いている。

 それに丹羽は苦笑いで返すしかなかった。

 

 

 

「すみませんでした!」

 いきなり頭を下げられて、丹羽は混乱する。

 てっきり防人隊本部のゴールドタワーに連行されるものと思っていたのに、近くの公園へと場所を移した防人4人と丹羽を待っていたのは芽吹の謝罪だった。

「え、えっと?」

「勇者様を不審者と間違えて拘束するとは、隊長である私の責任です。このお叱りはいかようにも」

 待って、頭が付いて行かない。

 混乱する丹羽が他の3人を見ると、シズクがバツの悪そうな顔をして弥勒は心配そうな顔、雀が苦笑いしていた。

 そうか。おそらく雀が部室を訪れた時に丹羽のことを憶えていたのだろう。だから勇者だとわかったのか。

 てっきり不審者として連行されるものだと思っていた丹羽はほっとした。最悪の事態(そのっちのもとで尋問)は避けられたらしい。

「いえ、俺もう勇者じゃない一般人なので。そりゃ男で精霊が近くにいる奴がいたら怪しんで当然ですよ。その人はちゃんとお仕事をしたんですから、責められるいわれはないと思います」

「そう言っていただけると」

 丹羽の言葉に芽吹は恐縮している。さっき模型店で会った時とは大違いだ。

「あの、楠さんでしたっけ。三好先輩の友達の」

「は、はい!」

「模型店の時のしゃべり方でいいですよ。俺の方が後輩なんですし、そんなかしこまらなくても」

 丹羽の言葉に雀、弥勒、シズクはほっとしていた。どうやら何か芽吹に罰が下るのではないかと心配していたらしい。

 そんなこと丹羽は間違ってもするつもりはない。なぜなら防人組の百合イチャも大好きだからだ。

「防人隊のことは三好先輩から聞いてました。勇者にできないお役目をしてくれているすごい方たちだって」

「三好夏凛がそんなことを」

 あ、驚いてる。たしか雀が同じようなことを夏凛に言われていたが、それを聞いてなかったんだろうか?

「三好先輩はツンデレというか、言動が誤解されやすい人ですから。その人が手放しでほめている人ってどんな人たちなのか興味があったんですよ」

「そ、そうですか」

「いや、だから敬語はやめてくださいよ。俺の方が年下なんですから」

「はい、申し訳ありません…あっ」

 思わず敬語で返事してしまった芽吹に、丹羽は吹き出す。

 まったく、ゆゆゆい通りの性格というか、マジメで頑固だなぁ。

「そもそもあの7体の御霊を吸収した水瓶座戦を最後に俺や勇者部の先輩方はお役目を終えたんですから、今は防人である皆さんの方が偉いんですよ」

「それは…そうですが」

 丹羽の言葉にまだ納得いっていない様子だ。だが、そばに来ていた雀がそんな芽吹に駄目出しする。

「そうだよメブー。せっかくこう言ってくれてるんだからもっとフランクにさぁ」

「そうですわ。芽吹さんはもう少し柔軟に物事に当たるべきですよ」

「その…さっきは悪かったよ。スマン」

 夕海子の言葉に続き、シズクが頭を下げる。それに丹羽は首を横に振る。

「いえ、逃げた俺も悪かったです。精霊を見られたと思ったので、なんとかごまかそうとして」

「あー。精霊って一応機密扱いなんだっけ。そりゃ逃げるよねー」

「ですが勇者システムは大赦に返されたのでは? 今の勇者は精霊を持っていないはずですわ」

「ってことはやっぱり不審者かオメー?」

「こら、シズク! やめなさい」

 丹羽の言葉に同意する雀、疑問を口にする夕海子、指の関節を鳴らすシズクにそれを止める芽吹。

 三者三様の個性的なメンバーに丹羽は思わず微笑む。勇者部もいいけど防人組も仲がいいなぁ。

 とりあえず丹羽は自分が先祖返りのイレギュラーな勇者で、大赦の勇者システムを使わなくても変身できることを告げた。だからいまだに精霊を持っているという理由も。

 それを聞いて4人は納得してくれたようだ。

「なるほど、そんなことが」

 ついでに最後の7つの御霊が融合した水瓶座戦の話も少ししておいた。

 特に夏凛が活躍する部分には芽吹は目を輝かせていたが、それが終わると「ま、まあ当然ね」となんでもない風を装っている。

 明らかに夏凛を意識しているのがバレバレだった。めぶかりんごちそうさまです。

「えっと、それ私たち聞いちゃっていいの? 一応機密なんじゃ」

「別に構わないでしょ。大赦の人にはしゃべっちゃいけないとは言われなかったので」

「それ、言わなくてもしゃべってはいけない話だと思われているのでは?」

「そういう言わなくてもわかるだろというのは悪しき風習です。報告、連絡、相談もできない組織に未来はない」

 雀と夕海子の疑問に、丹羽が揚げ足取り100%の言葉を返す。それに「えぇ…」と芽吹は困惑している。

「じゃあ、俺はこれで。そろそろ帰りますね」

「あ、はい」

 丹羽が座っていた公園のベンチから立ち上がると、一緒に芽吹も立ち上がる。ややあって雀と夕海子、シズクも。

「いや、そんなにかしこまらないでくださいって。それに防人隊のおかげで俺たちはあの水瓶座のバーテックスを倒せたんですから」

 その言葉に芽吹の胸の内が熱くなる。

 勇者が自分たちの活動を認めてくれた。それは何よりもうれしい賛辞だった。

「本当にありがとうございました。俺や勇者部のみんなが生き残れたのは、皆さんのおかげです」

 頭を下げる丹羽に、芽吹は慌てる。

「そ、そんな。話を聞く限りそれは勇者のあなたたちの働きで私たちは何も」

「いえ、事前に7体同時にバーテックスが襲ってくるという情報があったからこそ俺たちもいろいろ準備や心構えができたんです。感謝してもしきれません」

「でも…」

 なおも丹羽の言葉を否定しようとする芽吹に、弥勒は肩に手を置き首を振る。

「芽吹さん、それ以上はこの方に対して失礼ですわ」

「弥勒さん」

「そうだよメブ。こういう時はちゃんとお礼を受け入れなくちゃ」

「雀」

「芽吹、逆に失礼」

 いつの間にかシズクからしずくに戻っていた。

「そうね。ごめんなさい。先ほどの言葉、防人を代表して皆に伝えます。ありがとうございます」

「いえ、そんな。それは俺の方の言葉です」

 芽吹の言葉に今度は丹羽が慌てている。まったく、いつまで同じやり取りをするんだか。

「ごめん。わたしが精霊って確かめたのをシズクが勘違いして」

 唐突に頭を下げたしずくにどういうことだとみんなの視線が集中する。

「実は、初めて行くラーメン屋さんで注文の仕方がわからなかったのをあなたの中にいたメガネの精霊さんが教えてくれて。お礼を言いたかっただけ」

「あー。そのお礼を言う前に丹羽君が逃げちゃったからシズクさん勘違いしちゃったわけかー」

「やれやれですわ」

 事のあらましを聞いた防人組は納得している。

 というかセッカさん、あんた途中で席離れたと思ったら何してたんですか。

 と丹羽は思ったが当の本人は久しぶりに食べた豚骨ラーメンに満足して中で眠っている。

 結局その後、誤解も解けたので解散となった。

 あとなぜか弥勒夕海子とメールアドレスを交換することになったのは不思議だ。なんでも夏凛に何かあったら心配だから近況を教えてほしいらしい。

「芽吹さんは素直じゃないから気にしていますけど訊けませんのよ。ですからわたくしが教えて差し上げるんです」

 という言葉に納得する。とりあえず本人が了承すればという条件付きでメールアドレスだけ預かることにした。

 それにしても今日は思わぬ人と出会った日だなぁ、と丹羽は思う。

 その後友奈から東郷の家を教えてもらった丹羽は玄関先でひたすら平身低頭して芽吹が勧めてくれたプラモとマーカーをエアブラシにする道具を贈った。

 東郷はそれをいたく気に入り、特にダズル迷彩の榛名のことを話すと「天才か」と驚きすっかり気分がよくなっている。

 どうやらこれで機嫌は治ったようだ。これからは東郷の機嫌を損ねた時は芽吹に相談するのも手かもしれない。

 あとで友奈に仲直りしましたと連絡しておこう。そうすれば少しぎくしゃくしていたゆうみもも元通りのイチャイチャカップルに戻るはずだ。

 日曜日が終われば数日で夏休みだ。

 それまでにスミを東郷からこちら側に戻さなければ…。しかしどうやって自分の元に戻ってきてもらおう。

 東郷もスミを気に入っているようだし、難しいだろうなと丹羽は頭を悩ませるのだった。




雀「いやー、思わぬところで勇者様に出会っちゃったねー」
芽吹「そうね。男の人でも勇者になれるなんて知らなかったわ」
しずく「本人は自分はイレギュラーって言ってた」
夕海子「ですわね。勇者システムなしでも変身できるなんて、ある意味すごいですわね」
雀「そう言えばメブ、あの子とプラモ屋で何話してたの? 仲良さそうだったじゃん」
芽吹「別に普通よ。ただあの子の先輩が好きなプラモについて教えてあげただけ」
3人「うわぁ…」
芽吹「え? なにその反応」
雀「メブさぁ…自分のプラモ好きが異常っていう自覚持った方がいいよ」
しずく「この前部屋にあるやすりやニッパーについてずっとしゃべってて国土、困ってた」
芽吹「ええ、嘘でしょ!? 亜耶ちゃん喜んで聞いてくれてたわよ」
夕海子「笑顔が引きつっていましたわよ。いくらあの娘がいい子だからって興味のない話を1時間もされたらそりゃ疲れますわよ」
芽吹「嘘…。私、亜耶ちゃんがプラモに興味を持ってくれたのかと思って今日プラモ買って来たんだけど」
雀「メブ…やっちゃったねぇ」
しずく「芽吹、骨は拾ってあげる」
夕海子「玉砕してきてくださいまし」
芽吹「そんなことないもん! 亜耶ちゃんプラモ好きなはずだもん! うわぁあああん」
 結局プラモを渡したものの苦笑いされ、「わたしは作るよりも芽吹先輩の作った作品を見るのが好きです」と遠回しに断られたことにも気付かず、芽吹は喜んで自分用に買ったお城のプラモデルを宮大工の技術を使ったはめ込み式で接着材を使わず製作したのだった。


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大赦仮面「わしを信じて…」

 あらすじ
 丹羽君が偶然くめゆ組と遭遇したよ。
芽吹「プラモ、好きかい?」
丹羽「いや、それほどでも」
芽吹「そう…」(落胆)
丹羽「でもそんなにプラモに詳しいなんてすごいなー。あこがれちゃうなー」
芽吹「そ、そう?」
丹羽「もっと聞きたいなー。プラモのこと」
雀「オイオイオイ」
夕海子「終わりましたわね、あの方」
しずく「南無」
 芽吹先生による初心者でも分かるプラモ講座(3時間ぶっ通し休憩なし)開催!





 その日、勇者部の雰囲気はいつもと違った。

 あと数日で夏休みに入るから?

 否、それもあるが原因ではない。

 東郷の足が奇跡的に治り歩けるようになったから?

 否、それはとても喜ばしいことだが、それとも違う。

 勇者部部員が浮足立っている理由、それは……。

「というわけで、みんな連絡がいっていると思うけど…今度大赦の所有する温泉施設で1泊2日の勇者部合宿を行うことになりました!」

 風の言葉に部員全員が拍手をする。ちなみに黒板には大きく『夏合宿』と書かれている。

 実は前日大赦からメールで連絡があり、12体のバーテックスを倒したご褒美として大赦所有の保養施設である海が近くにある温泉宿泊施設へ招待されたのだ。

 期日は勇者部メンバーの都合のいい日とされており、融通が利くらしい。なので今日はいつそこに行くかという緊急会議が開かれたのだ。

「場所は海の近くだから海水浴もできるわよ! 遊びたい子は水着を持ってくること。おやつは好きなだけ持ってきてよろしい!」

「わーい!」

 風の言葉に友奈が歓声を上げる。

「経費は全部大赦持ちだから遠慮することはないわよ! 思いっきり贅沢してやりましょう!」

「おー!」

 夏凛以外の勇者部メンバーが手と声を上げる。大赦所属の勇者としては思うところがあるのかまだ勇者部のノリについていけないのか。

「で、いつにする? やっぱり早い方がいいかしら」

「待ってください風先輩。兵站は重要です。きちんと皆準備ができてからにしましょう」

「まったく、はしゃいじゃって。ばっかみたい」

「とか言いつつ夏凛、あんた前日は楽しみで寝れなくて行きのバスで寝ちゃうタイプでしょ。知ってんのよー」

「な!? 何を根拠にそんなこと」

「春信さん情報」

「あのバカ兄貴ぃいいい!」

 ここにはいない兄に向かって夏凛が叫ぶ。勇者部メンバーにとって三好夏凛のプライベート情報はすでに丸裸同然だった。

「友奈ちゃん、今度一緒に水着を買いに行きましょう」

「いいよ、東郷さん。その時は私が…あ、もう車椅子必要なかったんだったね」

 友奈はついいつもの癖で車椅子を押していこうと考えて、東郷が歩けるようになったことに少し寂しさを感じる。

「そうね。でもこれからは友奈ちゃんの隣に立って同じ目線で友奈ちゃんの見る景色を見ることができるわ。それが今は嬉しくて仕方がないの」

「東郷さん」

「友奈ちゃん」

「あら^~、ゆうみもてぇてぇ。やはりゆうみもは夫婦」

「丹羽くん、顔」

「おっとすいません」

「水着か。樹のはお姉ちゃんが選んであげるわよー」

「もう、お姉ちゃん! わたしも中学生なんだから、1人で選べるよぅ」

「夏凛は…去年と同じやつ着れそうだから関係ない話だったわね。ごめん」

「あんた、ケンカ売ってんの?」

「風先輩、夏凛ちゃんに失礼ですよ」

「そうですよ。いくら夏凛ちゃんが水の抵抗が少なそうな体系だからって」

「お、ケンカか? 買うぞ東郷」

「返り討ちにしてやるわ、夏凛ちゃん」

「あー、俺少し外に出てましょうか?」

「え、丹羽くん照れてるの? 意外」

「そりゃ、ね。女の子の水着の話とか、聞いてるだけでソワソワするというか、いたたまれないというか」

「アンタにもそんなところあったのね。てっきり目を輝かせて聞き入るかと思ってたわ」

「人のことを何だと思ってるんですか」

「変態」

「不審者」

「私の敵」

「えっと、変な人、かな?」

「なぜかあたしと友奈をくっつけようとする変人」

「ひどいや」

 散々な評価に、丹羽は涙する。

「そういえば予定といえば夏休み勇者部の活動はどうします?」

「去年と同じくラインでやり取りして、出席できる人はする感じね。まあ、夏祭りの手伝いとかは去年と同じ日にあるからこの日はやめておきましょう」

「そうですね。あと帰省ラッシュの日もよくないのでこの日とこの日はやめておいて…。お盆はどうします?」

「あ、そうだ。お盆があったんだった。アタシと樹はこの日両親の墓参り行くから駄目だ。ごめん」

「私もです風先輩。東郷さんは?」

「私も。多分夏凛ちゃんもよね? だったらこの日は×と」

 風の発言に東郷はカレンダーに次々と×印をつけていく。

「こうなると結構絞れてきましたね」

「ですね。あとはみんなそれぞれの予定を言って埋めていけば」

「そうだねー。そういえば樹ちゃんは遊びに誘われたんだっけ。丹羽君が断ったけど」

「え、あっ。はい」

 その時のことを思い出したのか、樹の顔が赤くなる。

「みんなはクラスの男子とかと遊びに行く予定あるの? あったら遠慮なく言っていいわよ」

 風の言葉に盛り上がっていた皆が急に静かになる。

「あ、ごめん」

「謝らないでよ、悲しくなるから!」

「いや、夏凛はともかく東郷は引く手あまただと思って」

「何でよ!?」

「私は友奈ちゃんさえいればそれで…」

「東郷さん」

 見つめあうゆうみも。ごちそうさまです。

「丹羽くん、顔」

「あ、すみません」

 どうやら尊さのあまりまた尊いモードになっていたらしい。丹羽は顔を引き締める。

「ってことは7月の終わりか8月の頭ね。それまでに皆準備しておきましょう」

「了解です!」

「あ、せっかくですからみんなで水着を買いに行きませんか?」

 樹の言葉に風は驚いた。

 樹…知らない間に先輩を誘ってお買い物に行くお誘いができるようになるなんて。成長したわね。

「私はいいよ。東郷さんは?」

「私は友奈ちゃんが行くなら」

「あたしもいいわよ…って、風。あんた何涙ぐんでるのよ」

「だって、樹の成長がうれしくって…おろろーん」

「うわ、面倒くさいシスコンね!?」

 突如泣き出した風に夏凛が正直な感想を漏らしている。

「丹羽くんは?」

「え、俺?」

 樹の言葉に、全員が「え?」と声を上げる。

「いやいや。犬吠埼さん、こういう買い物は女の子だけで行くものじゃないの?」

「だって男の子の意見も聞きたいし、勇者部1人だけ仲間外れっていうのもかわいそうですし。ねえ」

 仲間外れというワードに友奈が反応した。

「そうだね。勇者部のみんなは仲間なんだから、仲間外れとかよくないよね!」

「ちょ、ちょっと友奈ちゃん?」

「まあ、アタシは樹がいいなら別にいいわよ。夏凛は?」

「あたし? うん。あたしもみんながいいなら」

 賛成3、中立1。反対派の東郷には旗色が悪い。

 ここでもし強固に反対すれば友奈の印象が悪くなるので東郷としてはそれは絶対に避けたい。

 仕方ない。ここは賛成して丹羽を友奈に近づけさせないよう自分が頑張ろう。

「友奈ちゃんがいいなら私から言うことは何もないわ」

「だって、丹羽くん。一緒に来てくれるよね?」

 樹の言葉に丹羽はタジタジだ。だが「一緒に行こうよー」とナチュラルにボディータッチしながら言う友奈の押しの強さもあって最終的には同行することになった。

「まあ、それはそれとして東郷先輩。夏休みに入る前にちょっと調べたいことがあるんですが」

 水着を買いに行く日取りを決めた後、丹羽が東郷に言う。

「なに、丹羽君?」

「東郷先輩が歩けるようになった理由です。他に何か変わった症状はありませんか?」

 丹羽の言葉に東郷は言おうか悩んでいた毎夜見る夢について話すことにした。

「スミちゃんと一体化してから、なんだか懐かしい夢を見るようになったわ。多分、私が記憶を失くしていた間のことだと思う」

 東郷の言葉に勇者部全員が聞き入る。

「そこで私はスミって呼ばれて、スミちゃんと同じ顔をした女の子ともう1人誰かはわからないけど友達がいて。遊んだり授業を受けたりといろいろしていたわ」

「なるほど…その2人の名前は?」

「わからないの。名前の部分だけ砂嵐がかかったように聞こえなくて。私が名前を呼ぼうとしても名前が思い出せなくて夢が途中で終わっちゃうから。最近では下手に介入しないで夢を見るままに任せているわ」

 東郷の言葉を聞いて、丹羽は考える。

 おそらくスミの記憶…インプットしたゆゆゆいの銀ちゃんの記憶かこの世界の銀ちゃんの記憶が夢として東郷さんに流れ込んでいる?

 もしくはスミと一体化したことで満開の後遺症が回復してきているのだろうか?

 前者と後者では決定的に違う。

 後者だとしたら非常に喜ばしいことだが、前者だった場合それはこの世界の東郷の記憶を汚染しかねない。

 早急に手を打たねば。

「セッカさん」

『はいよー』

 丹羽の言葉に精霊のセッカが宙に現れる。

「東郷先輩。その夢が本当に東郷先輩の記憶なのかスミの記憶なのか確かめるために、しばらくスミの代わりにセッカさんを中に入れて生活してみてください。もし東郷先輩の足が治ったのが俺の精霊のせいなら、セッカさんでも問題はないはずですから」

「え、でも…」

 丹羽の提案に東郷はどこか消極的だ。

 足がまた動かなくなるかもしれないという恐怖もあるのだろうが、1番の理由はスミと離れたくないというのもあるのだろう。

 だが、理論を確かめるには必要なことだ。ここは心を鬼にしてやってもらわなければ。

「スミ。今度イネスでしょうゆ豆ジェラート買ってやるからこっち来い」

『イネス!? イネス行くのか!?』

 イネスという言葉に反応して東郷の胸から出てきたスミをつかんで捕獲すると、入れ替わりにセッカを東郷の中にいれる。

「東郷先輩、どうですか? 歩けます?」

「ちょっと待って」

 東郷はその場で立ち上がり、数歩歩いてまた椅子に座る。問題はないようだ。

「問題はないみたいですね。では、しばらくスミは俺が預かります。もしまた同じような夢を見るようならそれは多分、東郷先輩の記憶が戻りかけている証拠だと思いますので安心してください」

『テメー! だましたな!』

 スミが丹羽の手の中でバタバタと暴れている。

「だましてないよ。今度イネスに行くからその時好きなだけ頼んでいいぞ」

『絶対だぞ!』

 そう言うとスミは丹羽の中へ帰っていった。それを見て東郷が「ああっ」と残念そうに言う。

「東郷さん、スミちゃんのこと好きなんだね」

「ええ。丹羽君さえよければ夏休みの間も一緒にいたいくらいよ」

「俺もできればそうしたいですけど、スミの記憶と東郷先輩の記憶が混じったものが夢として表れているなら、多分東郷先輩の記憶が戻る妨げになると思いますし。もう1人の女の子のことも気になります」

「そうね。他に何か情報はないの東郷?」

「それが、夢は断片的の物ばかりで…。具体的な地名とか学校名はわからないんです」

 風の質問に夢の内容を思い出しながら東郷は言う。

「まあ、夢なんて起きたら半分は内容を覚えてないようなもんだしそこらへんはしょうがないわよ」

「そうですよ東郷先輩」

 珍しく東郷に対してフォローをする夏凛に続く樹。その言葉を聞いて、東郷も「ありがとう」と声を返す。

 よし、これでスミの回収はできた。これでいつでも乃木園子に会いに行ける。

「もしなにかあったら俺に連絡してください。大丈夫だとは思いますが、また歩けなくなったという症状が出たらすぐ飛んでいきますから」

「ええ、わかったわ」

 こうして1学期最後の勇者部の部活動が終わり、夏休みへ突入した。

 

 

 

 病室を訪れるとすぐさま平伏してきた大赦の最高責任者とお付きの大赦仮面たちに園子は面食らった。

「えっと、何?」

「申し訳ございませんでした!」

 最高責任者の声に続き、大赦仮面たちもそれぞれ「申し訳ございませんでした」と謝罪の言葉が続く。

 えぇ…いったい何やらかしたの?

 この人たちが総出で来るということは、よほどのことだ。

 その尻ぬぐいを自分にさせる気なんだろう。そう考えて面倒だなぁと思っていた園子は、次に続いた言葉にさらに驚くことになる。

「私が、いえ、私たちが勇者である貴女様に行った非道の数々、とても許されるとは思っておりません」

「へ?」

 え、何いきなり。よっぽどひどいことやらかしたの?

 まさかこの前の7体同時にバーテックスが襲来した時よりも危険な事態なのかと園子は身構えるが、驚くことに大赦の最高責任者は仮面を外しその素顔を見せた。

「大赦を預かる身として…いえ、1人の人間、大人として子供である貴女様を軽んじ、道具のように使おうとしていた非道。本来なら大人である私たちが子供である貴女を守るべき立場なのに、申し訳ございませんでした」

 続いて大赦仮面たちも仮面を外し、申し訳ございませんでしたと平伏する。

「えっと。で、具体的にわたしに何をやらせたいの? どうせまたバーテックスが出たんでしょ」

「いえ。バーテックスは勇者様が倒した7つの御霊を持ったものを最後に当分は出てこないという神託が巫女の予言で出ております。次に来るのはおそらく1月ほど後かと」

「そっか。そのバーテックスが強敵なんだね」

「いえ。普通の巨大バーテックスです。しかも御霊なしのもどきなので御霊を持つバーテックスを倒した勇者様方なら苦戦することはないかと」

 え、じゃあこの人たち本当に何しに来たの?

 園子が困惑して防人隊の報告に来ていた安芸を見る。彼女も困惑しているようだった。

「今日ここに来たのはお暇を言う前に今まで我々が行ってきた非道に対する謝罪をするためです」

「え、本当に謝りに来ただけ? ってお暇ってどういうこと?」

「はい。実は我々、この度のお役目を最後に役職を退き、後進に道を譲ろうと考えておりまして」

 その言葉に園子は別のことに思い至る。なるほど、大赦という組織は相当やばいらしい。

 上にいた役職の物が全員辞めざるを得ないほどのことが大赦内で起こっているということだろう。

 沈む船には乗っていたくはないと乗組員が我先にと逃げ出そうということらしい。まったく、呆れたものだ。

 冷めた目で見ていると、安芸が大赦の最高責任者に詰め寄る。

「待ってください、いきなりこの場にいる全員が辞めるのですか?! それはあまりにも無責任では」

「もちろん引き継ぎは致した上で円満に退職するつもりです。大赦を勇者様たちをサポートする健全な組織として運営するために、我々の存在は害悪にしかなりませんので」

 どの口が言うのか…。耳障りのいい言葉を言っているが結局は逃げ出したいだけではないか。

 園子が呆れていると、次の瞬間耳を疑う言葉が飛んできた。

「つきましては今私が付いている最高責任者の座には園子様。成人するまでの後見人に防人隊の功績を鑑み安芸さんを推薦したいのですが」

「えぇ!?」

 どういうことだと園子は思う。

 最高責任者には自分の息のかかった人間を据えると思っていたのに、よりにもよって自分と後見人に安芸を置くという。

 それは生殺与奪の権利を自分たちに預けたということだ。もしその役職に園子と安芸が就いたら、目の前にいる人物たちを四国の外へ追放したりもできるのだ。

 とても正気とは思えない。

「あの…貴方は自分が何を言っているのかお分かりなのですか?」

 同じことを思ったのか、安芸が最高責任者に問いかける。

「もちろんです。この程度のことで我々が犯してきた大罪が許されるとは思っておりません。いくら四国にいる人類すべてを守るためとはいえ、子供3人に丸投げして自分たちは安全な場所にいるなど恥ずべき行為です」

「その通りです。もっと勇者様をお支えしなければならなかったのに」

「我々がやったことと言えば訓練施設を提供し、大赦が保有している施設で勇者様方をおもてなししただけ」

「もっとメンタルケアや対バーテックスの研究。勇者様方のサポートができたはずなのに」

「あまつさえ自分の身可愛さに三ノ輪様の死を偽装し、四国の外へ捜索隊を派遣しないなど愚の骨頂でありました」

「しかも満開の後遺症を隠すなど勇者様たちの皆を守るという覚悟を侮辱する行為以外のなにものでもありません」

「園子様の今のお姿も元をただせば我々のせい。ただいまそれを治す方法を全力で調査中であります」

「この場で首をはねられても文句の言えない所業でありました。申し訳ございません」

 最高責任者を皮切りに次々と謝罪する大赦仮面の言葉に園子と安芸は目を白黒させる。

 え、この人たちどうしたの? 何か悪いものでも食べた?

 自分が知る大赦の大人たちが絶対言わないようなことを連発して言う大赦の要職にいる者たちの言葉を園子はにわかには信じられない。

 何か裏があるのではないか?

 だが、こちらに生殺与奪の権利を預けたうえで謝罪することで向こうにどんな得があるのか、考えても理解できない。

 こんなことをするのはよほどの馬鹿なのか、真剣に謝罪したいのかどちらかだ。

 

『だから、これは俺の罪滅ぼし。君たちに今はまだ信用されなくていい。だから今度は信用されるようにちゃんと形にして君たちに見せることにするよ』

 

 その時園子の脳裏に浮かんだのは、あの人型バーテックスの言葉だった。

『俺にとって、君たち女の子…もとい子供たちが笑顔でいられる世界はそれだけで尊いんだ。君たちが笑顔でいてくれることが、俺にとっての得なんだ』

 あのバーテックスは園子に信じてもらえないのに須美や銀たちが待ち受けるという運命から救おうとしてくれた。

 仇どころか傷を負った銀を治療し、2年間守ってくれた恩人だったのだ。

 それを知らず攻撃してくる自分に一切反撃せずに銀が無事だと伝えて保護していた場所まで導いてくれた。

 今になって思う。なぜ彼のことを信じられなかったのだろう。

 人類の敵であるバーテックスだから? それもある。

 だが、自分の周りにいた大人が信用できない。きっとこいつもそうだという園子の思い込みが根底にあったことは否めない。

 もし銀と園子の立場が逆だったら、銀はあのバーテックスと協力して園子を救おうとしただろう。

 自分以外を信じるということは、彼女にできて自分にはできなかったことだからだ。

 この人たちを信じるべきだろうか?

 頭ではありえないとわかっている。だが、今までの経験が、心が信じてみてもいいんじゃないと告げていた。

「貴方たちのことは、正直今でも許せません」

 園子の言葉に、平伏する大赦の要職にいる人間たちは沈んだ様子だ。

「防人の子たちを捨て石呼ばわりしてわたしたちが勇者になるために利用していたこと。いろいろ秘密にしてわたしたちに教えなかったこと。言い出したらきりがありません」

「乃木さん」

 それに加担していた時のことを思い出したのか、安芸の表情にも陰がさす。

「だから、信じさせてください」

 園子の言葉に、大赦の要職にいる人間たちが顔を上げる。

「わたしが信じるに値すると判断できるような証拠を見せてください。言葉だけでなく、行動で信じさせて。もしそれができなければお望み通りその首をはねてあげます」

 その言葉に再び平伏し、「ははーっ!」と声を上げる。中には涙を流している者もいる。

 そうだ。今度は同じ失敗を繰り返さない。

 あのバーテックスと違うのは、言葉を交わせる同じ人間だということだ。

 人ならざる人類の敵だって自分を助けてくれようとしたのだ。

 だったら、急に人間が心変わりして勇者を助けてくれたっておかしくない。

 そしてそれが本当かどうか、判断し見極める目を自分は持っている。

 もしそれが言葉だけで何かたくらんでいたら、その時は…。

 その後大赦の要職にいる者たちは自分たちの言った言葉に責任をとるとして今の役職でできるだけのことをすると約束し、大赦へと帰っていった。

 ちなみに安芸も大赦の要職に就くよう誘われたのだが、断っていた。

 今は防人隊の子たちが生徒で、自分はただの教職者なのだと。

 その言葉にうらやましいなぁと園子は思う。

 自分も彼女の教え子とはいえ、できれば今の安芸のようにもっと近く接してほしかった。

 もっとも、それは過ぎたことでないものねだりなのだが。

 それと同時に今までで禁止されていた勇者たちへの接触も許された。

 理由は現在勇者たちは勇者アプリを大赦に返上し、一般人であること。

 そして保護している昏睡状態の三ノ輪銀に対して良い影響を与えるかもしれないという判断からだった。

 これで何の障害もなく鷲尾須美…いや、東郷美森と会える。

 彼女は自分のことを憶えていないだろう。自分の知らない過去に困惑するかもしれない。

 だが、もし銀が目を覚ますきっかけになってくれれば。また3人一緒にいられるかもしれない。

 あの人型のバーテックスが望んだように。

 なんて、気が早すぎるよね。と園子は自嘲する。

 とにかくまずはわっしー…いや、東郷さんか。彼女と会うための日取りを決めなければ。

 それと丹羽明吾というイレギュラーな勇者にも一緒に来てもらおう。ひょっとしたら彼の精霊もミノさんが目を覚ますきっかけになるかもしれない。

 園子は考える。三ノ輪銀が意識を取り戻し、3人また一緒にそろう日のことを。

 その時はまず、ミノさんに料理を教えてもらおうかな。

 別れる前交わした約束のことを思い出し、1人微笑むのだった。




園子「ミノさん、もうしばらくしたらわたし、わっしーに会えるんだ」
 まだ目を覚まさない三ノ輪銀に向かって園子は言う。
園子「て言っても向こうはわたしやミノさんのことも憶えていないし、わっしーって呼んでも困らせるだけかも」
 言葉を投げかけても受けとる相手はいない。ただそれでも園子は投げ続けるだけだ。
園子「東郷美森。今のわっしーの名前だって。東郷さん、みもりん。うーん、いいあだ名が思いつかないなぁ。ミノさんどう思う?」
 三ノ輪銀は答えない。病室には呼吸音と機械の音がしているだけ。
園子「じゃあ、また来るね、ミノさん。大好きだよ」
 いつもの言葉を告げて、車椅子の車輪を回して扉の前まで行くとノックをする。
 それからお付きの大赦仮面に車椅子を押され自分の病室に戻り、ベッドへと運ばれた。
 わっしーに出会ったら何を言おうか。記憶がなくてもまた友達になってくれるかな?
 それを考えるだけで、いつ銀の目が覚めるかと沈んでいた気持ちが、少しは上向きになるのだった。


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樹ちゃんの悪だくみ

 あらすじ
大赦仮面「今まですみませんでしたー!」
園子「謝罪は言葉ではなく。誠意」
大赦仮面「三ノ輪様の治療と散華の治療法を全力で探します」
園子「それから?」
大赦仮面「接触禁止していた現勇者たちとの接触を許可します」
園子「で?」
大赦仮面「これからは自分たちの昔の行いを悔いて償っていきたいと思います」
園子「なるほど。わたしは許そう」
大赦仮面「ほっ」
園子「だがこいつが許すかな!」
烏天狗『』
大赦仮面「ヒエッ」



「今日はわたしのお願いを聞いて集まってくれてありがとうございます」

 夏凛が住むマンションの部屋を訪れた樹はそこに自分以外の全員がそろっていることを確認し、頭を下げる。

 そこにいたのは勇者部2年生組の友奈、東郷、そして部屋の主である夏凛の3人だ。

「いいよいいよー。樹ちゃんのお願いだったら全然聞いちゃう」

「私も友奈ちゃんと同じよ。いつでも頼って」

「だからって、なんでうちが会場なのよ」

「すみません。うちだとお姉ちゃんがいるので」

 樹の言葉にここにいない風ともう1人の部員のことを考える。

 あの2人絡みの相談だろうか? どんなことか想像もつかない。

 3人が樹の言葉を待っていると、樹が床に座り、一息ついた。

「実はわたし…もう限界なんです」

 ん? なにが?

 3人の頭に?マークが浮かぶ。

「お姉ちゃんと丹羽くんがいつくっつくのか、横から見ていてもうイライラして限界なんです!」

「えぇ!?」

「はあ」

「へ?」

 樹の言葉に友奈は目を輝かし、東郷はそんなことかというように呆れ、夏凛は訳が分からないというような声を出していた。

「傍から見てたらこいつら絶対付き合ってるだろ? っていうようなことずっとやってるんですよ? なのに本人たちに聞いても恋愛感情はないの一点張りで、もう限界なんです!」

 もう耐えられないというように樹は顔を手で覆ってうつむいている。

「え、それが今日集まった理由?」

「あの2人ならそうなっても不思議ではないわね」

 樹が2年生組を集めた理由のしようもなさに夏凛が呆れていると、東郷がさもありなんというように納得している。

「え? 風先輩と丹羽君ってそうなの? ねえ、樹ちゃん。どんなことしてるの?」

 一方で身近な相手の恋愛事と訊いて友奈は1人盛り上がっている。

 結城友奈、14歳。人並みに恋愛事に興味津々な中学2年生、思春期であった。

「この前なんか、こんなことがあったんですよ」

 と、樹は先日あったことを話し出す。

 

 

 

「ねえ、丹羽? アレどこやったっけ?」

 それはいつものように夕飯を食べ終えた時だった。

 先に夕食を完食し、洗い物をしていた風がまだ食べている丹羽に台所から声をかけてきたのだ。

「アレですか? たしかこの前見たとき右上の戸棚にありましたよ」

「そっかー。あ、あった! ありがとー」

 風が右上の戸棚から新しい詰め替え用の洗剤を出す姿に、樹は思わず手に持っていたリモコンを落としかけた。

 ちょっと、あの2人アレソレで会話が成立してるんですけど?

 熟年夫婦!? っと心の中でツッコんだが、それだけで話は終わらなかった。

「ごちそうさまでした。今日もおいしかったですよ」

「はいはい。そう言ってもらえるとこっちも作り甲斐あるわ」

 食事を食べ終えた丹羽が精霊のナツメの分も合わせて食器を洗い場に持っていく。

 これだけなら問題はない。

 問題はその後ごく自然に風が洗い終えた食器を受け取り、布巾で拭いて食器を元の場所に戻していたことだ。

 丹羽くんいつの間にうちの食器の場所把握してたの!? と樹は驚愕する。

 その様子を樹はテーブルに座りながらじっと見ていた。妹なんだからお前も手伝えというツッコミは受け付けない。

 見ていると次々に風が洗った食器を丹羽が布巾で拭いていく。時々絞り水を切るのも忘れない。

 呼吸が合っているというか、もはや職人技の域に達している。まるで長年連れ添ったパートナーのようだ。

 途中で丹羽が電子レンジに水を入れたコップを入れてスイッチを入れた。

 コーヒーでも飲むのかと思って見ているとちょうど温めが終了する時間に食器洗いが終わる。

 すると風が鍋を洗おうと別のスポンジに洗剤をかけて泡立てている間に、丹羽が電子レンジを開けてコップを取り出してお湯になった液体をフライパンに注いでいた。

 後でそれについて訊くと動物性の脂は冷たくなると白く固まり洗剤で落としにくいのでお湯を注いで溶かして洗いやすくしていたらしい。

 できる主婦の裏技だ! と思わずツッコみかけたがあまりに自然にやっていることから今回が初めてでないことは明らかだった。

「丹羽ぁ」

「はい」

 風の声を聞くと丹羽がコップとインスタントコーヒーの瓶を用意していた。

 電子ケトルを風に渡すとそれに水を入れ、再び丹羽に渡す。受け取った丹羽は蓋を閉じてスイッチを押し、砂糖の入ったプラスチックの容器を開ける。

「ふぅー。洗い物終了!」

「お疲れ様です。犬吠埼先輩」

 手をタオルで拭う風に、丹羽は温かいコーヒーを渡す。それを1口飲んで、風は、「うん、この味ね」と満足しているようだ。

 お姉ちゃん好みの味のコーヒーの作り方を覚えてる!?

 しかも食事終わりにコーヒーを飲む習慣まで把握しているとは、もう家族以上に家族じゃないの?

「ね、ねえお姉ちゃん、丹羽くん」

 樹は恐る恐る2人に質問する。

「2人はもしかして付き合ってるの? わたしに遠慮とかいらないから正直に言って」

「え? いやねぇ、樹。こいつは弟みたいなもんだって」

「そうですよ犬吠埼さん。俺はそんな百合の間に挟まるみたいな不粋なまねはしませんって」

 と言いつつ風に隣の部屋にあったはずの糸ようじを箱から取り出して渡している。

 食後のルーティーンまで把握してるの!?

 驚いている妹を不思議そうに見ながら風は食後の歯のケアをしていた。

 一般的に女性は男性にあまり口を開ける姿を見せたがらない。それを見せるということはかなり心を許しているという証拠だ。

「じゃあ、俺は自分の部屋に帰りますけど、ナツメさんはどうします?」

『私はもう少し風と一緒にいる』

「ですか。じゃあ、気が済んだら帰ってきてくださいね」

『ん、分かった』

 そう言うと丹羽は隣の部屋へ帰っていく。

『風、いつもの。いいか?』

「はいはい、どーぞ。お膝は空いてますよ」

 風の言葉にナツメは膝の上に乗り、胸を枕にするとすぐにスヤァ…と眠りにつく。

 これがここ最近の犬吠埼家の夕食後のいつもの光景だった。

 

 

 

 樹から話を聞いた3人は、言葉を失っていた。

 自分たちが想像していた以上の熟年夫婦っぷりだったからだ。

「ちなみに丹羽くんはお姉ちゃんが名前を呼ぶ声の調子だけで今日の飲みたいものがコーヒーか紅茶か緑茶かわかるようです」

「丹羽はエスパーか何かなの?」

 夏凛の疑問に友奈と東郷も同意する。

 そこまで行くと夫婦というか、双子とかそういうレベルだ。以心伝心ってレベルじゃない。

「もう最近ではナツメさんがお母さんに甘える子供にしか見えなくて…。隣の部屋に帰るのもお父さんが書斎にこもる感じなのかなって」

「あー。なんか昔の古き良き日本の家庭っぽいイメージだね」

 目を輝かせる友奈に、樹はうなずく。

「そうなるとわたしって何なんでしょうね…。熟年夫婦の家に居候している叔母、いや行き遅れの妹」

「樹ちゃん駄目! それ以上はいけない!」

「樹、この件に関してはあんたは全然悪くないわよ!」

 ダークサイドに落ちそうな樹を必死に東郷と夏凛が説得する。そんなになるまで追い詰められていたのか。

「話を聞く限りイチャイチャはしてないみたいだけど…恋人のその先みたいな感じになってるね」

「ええ、しかも本人たちはお互いに付き合っていないと言っているからタチが悪い」

 樹の話に友奈、東郷が意見を述べる。

「いや、これそういう問題なの? 自覚してないだけで付き合ってるんじゃ」

 夏凛が持論を述べると、樹が「そうなんです!」と詰め寄ってきた。

「こんな相性ピッタリな姿を見せられたら、お姉ちゃんが他の男の人と付き合っている姿が想像できなくて」

「あー。なんとなくわかるわ。部活でも息ぴったりよねあいつら」

「基本的に丹羽君は勇者部の皆と息ぴったりだよ。東郷さんや夏凛ちゃんとも」

「友奈ちゃん。冗談でもそれはやめて」

「ちょっと、東郷はともかくあたしは違うでしょ」

 友奈の言葉に東郷、夏凛は否定する。

「私はともかくってどういうこと、夏凛ちゃん」

「だって東郷と丹羽って言動が似通ってるし」

「どこが!?」

「気付いてないの? あいつが百合イチャをこじらせた時と、友奈に他の人間が近づいた時のあんた、ほとんど同じこと言ってるわよ」

 夏凛の言葉に東郷はわかりやすく落ち込んだ。

「そんな…私、あんなふうになってるの?」

「いえ、東郷先輩は友奈さんが好きすぎるだけで丹羽くんほどでは…その」

「いや、同じじゃない。好きなものに夢中っていう共通点もあるし」

「嘘、私あんな顔をしてたの? ああ、だめ。友奈ちゃんに嫌われちゃう」

「そんなことないよ、東郷さん。嫌いになるなんてありえない」

 友奈の言葉に「友奈ちゃん!」「東郷さーん」と2人抱き合っている。はいはい、仲のいいことで。

「それにどつき漫才っていうの? あたしが見てもやばいってわかる攻撃を受けてピンピンしてるのあいつだけだし」

「あー。あれは丹羽君にしかできないよねー」

「友奈ちゃん!?」

 東郷が歩けたときに丹羽に放った手加減ゼロの攻撃を思い出し、友奈が苦笑いした。

 本人としては最初軽いお仕置きのつもりだったのだが全然応えない丹羽に対して段々とエスカレートしていき、現在のちょっと過激などつき漫才ならぬドギツイ漫才となっている。

「でも丹羽君、気が利くよね。東郷さんが車椅子だった時も自然な感じでフォローしてたし、私や夏凛ちゃんが運動部の助っ人に行ったときはタオルやドリンクの差し入れをしてくれるし」

「まあ、そうね。しかもちょうど欲しいと思ってるタイミングだからこっちも助かるというか」

 友奈の言葉に夏凛も同意する。

「変に出しゃばらないところもありますよね。東郷先輩がいる時は丹羽くん友奈さんになにもしないし、夏凛さんの時はお姉ちゃんか友奈さんを優先的に任せますし」

「そうなの!?」

「ええ、そうなのよね…憎らしいことに」

 樹の情報に夏凛が驚いている。対して東郷は苦々しい表情をしながら同意していた。

 それによって東郷が恩恵を受けている面もあるので嫌うに嫌えない。そんなところだろう。

 それもこれも乙女ゲーをやっていた丹羽のいい人ムーブのせいなのだが推しの彼女たちに喜ぶ顔が見たいと日々精進している結果でもある。

 要するに丹羽明吾は勇者部の皆を贔屓していた。

「わたしが危惧しているのはお姉ちゃんの男性基準が丹羽くんになって、一生彼氏できないんじゃないかってことで」

 樹の言葉に3人は考え込む。

 確かに同年代で丹羽のように気を使える人間を見たことはない。

 もしそれが当たり前になってしまったら風が今後付き合う男のハードルはかなり高くなるだろう。

 食事を割り勘にしようとしたら器量が小さい男だと思うだろうし、食器洗いを手伝わない男には気が利かないと思い不満を抱く。

 これではたとえ男と付き合っても長続きしないはずだ。

 だがこれは勇者部全員にも言えることだ。

 丹羽は勇者部部員全員に等しく親切に接している。

 その親切の度合いが人より大きいくせに細やかだ。かゆい所に手が届く。

 これで本人は相手に恋愛感情や下心は全くないと言っているのだからタチが悪い。

 東郷としては下心があるとわかっている方が丹羽を嫌えるし、戸惑いなく排除できる。

 樹も姉に恋愛感情を抱いているとなれば応援するか、もしくはお姉ちゃんと男の人が付き合うのはやっぱり嫌だと反対もするだろう。

 だが、丹羽の行動はあくまで優しさの延長であり親切の押し売りである。

 それがわかっている分、勇者部メンバーとしても強く批判できない。

 なぜなら勇者部にそんな人間の見本のような人間がいるからだ。

「ん? どうかした? みんな」

 自分を見つめる6つの瞳に、友奈はきょとんとした。

「いや、丹羽があんなのなのはあんたの影響なのかなって思って」

「それはないわ。彼、最初会った時にも1人変身できない私を気遣ってくれたもの」

「そういえばそうだったね。乙女座の爆風から私と東郷さんを守ってくれたり、東郷さんを突撃してきた見たことないバーテックスから身を挺して守ったり」

「え、なにそれ初耳なんだけど」

「そういばあの時夏凛さんはまだいませんでしたね」

 訳も分からず樹海に飛ばされ、乙女座の巨大バーテックスと戦った初戦闘のことを友奈、東郷、樹は思い出す。

「あの時は1人変身できない私の気持ちを察していろいろ言ってくれたわ」

「そうだね。大赦から来た人に東郷さんも含めて勇者部4人で一緒に戦ったって言ってくれたし」

「あの言葉がなければ私、自分のふがいなさから風先輩に八つ当たりしてたかもしれない。なんで勇者部に誘った時にこうなるかもしれないって教えてくれなかったんですかって」

「そういえば結果的にですけどお姉ちゃんにもフォローしてましたよね。一緒に大赦の悪口言ってただけですけど」

「ええ。でも考えてみてももっともなことばっかりだったから。大赦という組織が行っていた人任せのずさんさを丹羽君の言葉が白日の下にさらしたという感じね」

「い、今はそんなことないから! ちゃんと勇者のフォローもしてくれるし、まともな人も増えたわよ」

 大赦側の勇者として思うところがあったのか、夏凛が必死にフォローしている。

 というか夏凛としても昔の大赦の大人に対して腹に抱えるものの1つや2つあるのだが、最近の大赦は変わりつつあった。

 少なくとも勇者や防人を道具扱いする人間はいない。大赦に行っても聞いているのも嫌な話を大っぴらに話す大人はいなくなったし、逆に自分たち勇者を気遣う人間が増えたように思う。

 それは丹羽がバーテックス人間を大赦に送り込んだ影響なのだが彼女は知らない。

「話が逸れましたが、わたしとしては丹羽くんに責任を取ってほしいわけです」

 樹この言葉に3人はごくりと生唾を飲む。

「せ、責任って?」

「ひょっとして風先輩と丹羽君が付き合うの?」

「部活内カップルとか正直どうかと思うんだけど…まあ風が幸せならいいわ」

「違います。丹羽くんはいい人だけどお姉ちゃんの彼氏としてはわたしはノーセンキューなので」

 ん? と勇者部2年生組は首をひねる。

 あれ、そういう話の流れじゃなかったっけ?

「お姉ちゃんにちゃんとした彼氏ができるまで、丹羽くんには責任を取ってお姉ちゃんの女子力アップに協力してもらいます! そしてお姉ちゃんが結婚できなかったときは責任を取ってもらってもらう!」

「えぇ…」

 それはキープという意味だろうか。

 割と最低な樹の提案に、どうツッコむべきか3人は考える。

「というか、それくらいの責任を取ってもらわないと割に合わないです! 目の前でいちゃつかれるこっちの身にもなってほしい」

 あ、そういえばそういう相談だったな。

 樹の境遇を思い出し、そういうことを考えるのもやむなしかと3人は思い直す。

「で、今日あたしたちを集めたのはどういう理由なのよ。まさかその愚痴を聞かせるためじゃないでしょうね」

「それもあります」

 夏凛の言葉に樹はうなずく。あ、それもあるんだ。

「今回集まってもらったのは、今度水着を買いに行く時に丹羽くんにお姉ちゃんを意識してもらおうと思って。皆さんにはその協力を」

「え、どういうこと? 樹ちゃんは風先輩と丹羽君の無自覚ないちゃつきに困ってるのよね?」

 自分の首を絞めるとしか思えない樹の提案に、東郷が疑問を口にする。

「東郷先輩。丹羽くんは勇者部のみんなに優しいんです。つまりお姉ちゃんだけが特別じゃない。友奈さんを例にすれば分かりやすいと思います」

「友奈ちゃんとアレを同一視するのは腹立たしいのだけど大体わかったわ」

 樹の言うことももっともだ。

 もし立場が違えば風以外の勇者部メンバーともそういうことになっていたという可能性もあるということだろう。

 風と親密なのはただ単に家が隣という環境で距離感が物理的に近いのと風の女子力(お節介)のせいだ。それがなければ他の勇者部メンバーと親密になっていたかもしれない。

 隣にいる攻略王こと友奈のように。

「だから、もし丹羽くんに好きな人ができたら、多分お姉ちゃんから離れていきます。そうなる可能性をつぶすため、ある程度は意識してもらわないと」

 この妹、策士だ。

 純真だと思っていた樹の思わぬ腹黒さを垣間見て、2年生組は驚く。

「最悪お姉ちゃんが着替えている更衣室に丹羽くんを放り込めばOKなので、皆さんにはご協力いただきたく」

「ちょ、ちょっと何よその無茶苦茶な作戦は」

「あくまで最悪の場合です。要は丹羽くんにお姉ちゃんも1人の女だとわかってもらえればいいんです」

 樹は悪い顔をする。今まで2年生組に見せたことのないような顔だ。

「大丈夫です。少女漫画を見て予習してきましたから。要はいつもと違う環境でドキドキハプニングがあれば2人は急接近する。それがお約束ってものです」

「それって失敗した後気まずくならない?」

 友奈の疑問に樹は答える。

「東郷先輩、友奈さんとドキドキハプニングがあったら未遂でも気まずくなりますか?」

「いいえ、むしろ悔しがるわ! そして嬉しい!」

「そういうことです」

「いや、どういうことよ」

 夏凛がツッコむ。当の友奈は頭に? マークを浮かべたままだ。

「丹羽君と私は違うと思うよ?」

「はい、わかってます。でも要は意識させればこっちの勝ちなんです」

「友奈ちゃんとドキドキハプニング…フヒヒ」

「東郷、戻ってこーい。顔が不審者の時の丹羽みたいになってるわよ」

「え、嘘っ!?」

「本当。鏡見る?」

「あはは、たしかに東郷さん丹羽君そっくり!」

「いやー!」

「あの、話を続けていいですか?」

 顔に怒りマークを付けた樹に3人は「はい」と神妙に返事をする。どうやらおふざけは今必要ではないらしい。

「とにかく、今回わたしが皆さんに依頼したいのは自然な流れで丹羽くんにお姉ちゃんも女だってことを意識させること。ただの世話好きな隣のお姉さんじゃダメなんです!」

「えー、あたしは別に今のままでいいと思うけど」

「夏凛さん。今度うちに泊りにきてください。見るのも嫌になる本当の熟年カップルぶりを見せてあげますよ」

 なんだか樹が某グルメ漫画みたいなことを言い出した。

「無理にくっつける必要はないんじゃないかしら」

「東郷さん。協力してあげようよ」

「そうね。かわいい後輩の頼みだもの」

 難色を示していた東郷だったが、友奈の一言で意見を180度変えた。ちょろい。

「樹…付き合いの短いあたしが言うのもなんだけど、あんたなんか丹羽に似てきてない?」

「あ、それ私も思った。悪いこと考えてる時の丹羽君そっくり!」

「そうね。最初に風先輩に紹介されたときはもっと純真だったのに」

「3人とも、発言には気を付けてください」

 3人に言われ、心外だと樹は言う。

 3か月も経てば人間は変わる。断じて自分はあの百合イチャ好きの影響を受けていない。

 …多分。

「じゃあ、細かい作戦を詰めていきましょう。とりあえずわたしはこんな作戦を考えてきたんですが…」

 そう言って樹は事前に少女漫画を見て参考にした作戦を3人に説明する。

 だが樹は知らなかった。丹羽の百合男子を貫く鋼の精神力を。

 そして相手もいつもと違う環境でのハプニングで起こる百合イチャを観察するために独自に作戦を立てていることも。

 

 

 

「ただいまー」

 自宅のマンションの一室に帰って来た樹は、姉の返事がないことを不審に思う。

 中に入ると、どうやら昼寝をしているようだ。部屋の様子を見るにさっきまで掃除をした後洗濯ものの取り込みをしていたのだろう。

「あっ」

 その取り込んだ洗濯物とは別に見慣れない紙袋を部屋の隅に見つけ、眠っている姉に気づかれないようにこっそりと中身を確認する。

 それは丹羽が風の誕生日にプレゼントした服だった。

 今まで着ているところを見たことはなかったが、これを出したということは今度の買い物にこれを着ていくつもりなんだろうか。

 ひょっとしたらわざわざこういう日のために今まで袖を通さなかったのかもしれない。そんな姉の姿がいじらしい。

 彼女の方がよっぽど少女漫画より少女漫画している。

 樹はそんな姿を見て、改めて思う。

 待っててねお姉ちゃん。お姉ちゃんが幸せになるために丹羽くんにお姉ちゃんを意識させるから。

 ちなみにそんなことをしなくても当の丹羽は樹が思うよりも風に幸せになってほしいと思っている。

 問題なのは樹はヘテロ推奨派で、丹羽は百合を見守りたいという決定的な意識の違いなのだ。

 樹は丹羽に男性として風を女性として意識してもらい互いに1番と考え幸せになってほしい。

 丹羽は百合男子として樹を含む犬吠埼姉妹や勇者部の皆に笑顔でいてほしくて無償の愛を注いでいる。

 この2つの思想は平行線で、交わりそうで決して交わらないのだ。

 とにかく隣にいる同級生には姉や自分たちの男を見る目を肥えさせた責任を取ってもらわなければ困る。

 下手をしたら自分まで将来恋人ができないかもしれないのだから。

 そもそも今だって丹羽のせいで樹は丹羽と付き合っていると誤解されているのだ。迷惑以外のなにものでもない。

 そりゃ、普段も口下手な自分を助けてもらっているのは感謝しているし、部活の依頼でも自分には無理な重い荷物を持ってくれるのもありがたいとは思う。

 樹海での戦いだって彼がいなければ危なかった場面もあったし、いつも姉の隣に立ち先陣を切る彼の姿には頼もしさを感じていた。

 と同時になぜ自分が隣にいないんだと――。

「え?」

 一瞬頭をよぎったあり得ない考えに、樹は戸惑う。

 自分は姉のために丹羽をくっつけようと考えていたはずだ。

 なのになぜ姉に嫉妬してしまったのか。

 考えてみれば丹羽と姉の関係にイライラしたのも、風と丹羽が家族でもないのに妙に近かったり2人が息ぴったりだったことに驚いたことが発端だった。

 なんでわたしじゃないんだと。

 お姉ちゃんとは姉妹のはずなのに。丹羽くんとわたしは同い年でクラスメイトなのに。

 なんで姉妹でもなくて歳も違う2人があんなに仲がいいんだろうかと。

「あれ? あれ?」

 樹は混乱する。自分はどっちに嫉妬しているのか。

 歳も違うのに自分より丹羽と仲がいい姉に?

 それとも家族でもないのに姉と息ぴったりな丹羽に?

 考えれば考えるほどわからなくなってくる。

「樹、帰って来たの?」

 その時、姉の風が目を覚まし、声をかけてきた。

「うん。ただいまお姉ちゃん」

 結局樹は考えるのをやめ、姉と洗濯物をたたむのを手伝うことにする。

 自分は中学生になった。もう子供ではないのだ。

 そろそろ姉離れしないと、と自分に言い聞かせて。




 不穏なヘテロ模様ですが丹羽こと星屑(主人公)は百合男子なので問題ありません。
 次回、ヘテロ樹vs百合を見守り隊団員丹羽


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百合厨vsヘテロ

 あらすじ
樹「お姉ちゃんと丹羽くんをくっつけます」
友奈「樹ちゃんのお願いなら何でもきいちゃうよー」
東郷「友奈ちゃんがそういうなら」
夏凛「あっそ。勝手にやれば」
樹「夏凛さんもこれを見てもらえれば理解してくれると思います」ムービー再生
カメラマン『夏凛ちゃんは大きくなったら何になるの?』
夏凛ちゃん(6歳)『あたし、おにーちゃんのお嫁さんになる―!』
カメラマン『そう。夏凛は本当にお兄ちゃんが大好きだな』
夏凛「だぁあああああ!」高速でテレビの電源を落とす
樹「ごめんなさい。これはお姉ちゃんに贈られた【かりんちゃん入学式の思い出】のムービーでした。本物はこっち」
夏凛「消しなさい! あんたらも今の映像は忘れなさい、いいわね!」
友奈「も、もちろんだよ夏凛ちゃん」(ブラコンだ…)
東郷「ええ、忘れるわ」(ブラコンね…)
樹「夏凛さんが協力してくれるなら消しますよ」にっこり
夏凛「樹ぃ…」


 待ち合わせ場所の駅前に1番最後に来たのは意外なことに友奈と東郷であった。

「ごめーん、みんな。遅くなっちゃいました」

「いや、まだ集合時間前だから全然大丈夫よ」

 風の言う通り待ち合わせの10時まではあと5分もある。

 1番最初に来た夏凛が30分前、次に丹羽と犬吠埼姉妹がほぼ同時に。4人で今日は楽しみだねと話していたところだった。

「しっかし、あんたら仲いいわね」

 夏凛が友奈と東郷がつないでいる手を見て言う。

 あまりにも自然だったので見落としかけたが2人は手をつないで一緒に来ていた。しかも恋人つなぎ。

 これには百合男子である丹羽君もにっこりである。

 だが、これは前日樹がめぐらしていた作戦の1つなのだ。

「じゃあ、わたしたちも行きましょうか。夏凛さん」

 樹が自然な流れを装い夏凛の手をつなぐ。

 必然的に勇者部で手をつないでいないのは姉の風と丹羽だけになる。

 題して【みんなも手をつないでいるのに2人だけつないでないのはおかしいよね?】作戦である。

 いわゆる同調圧力というやつだ。他にも心理的な効果もあるのだが専門用語は長ったらしいので割愛する。

 要は風と丹羽が自然に手をつなぎやすい空気をこの場に作り出す。

 さあ、どうだと樹は風と丹羽の方を見る。

「じゃあ、俺たちも行きましょうか」

「そうね」

 そう言うと2人の手はごく自然に近づく。

 やった! 作戦成功!

 樹が心の中でガッツポーズをしていると、風の手をとった丹羽がこちらに近づいてくる。

「へ?」

 夏凛に近づき、樹の手を握っているのとは反対の手を風につながせ、丹羽は一仕事終えたという顔をした。

「うん。correct(正しい)! やはり犬吠埼サンドは美しい」

「何してんのよあんたは!?」

 あまりにも自然な流れなので思わず手をつないでしまった夏凛がツッコむ。だが両手がふさがっているので効果は薄い。

「もー。三好先輩もまんざらでもないくせに」

「なに? 夏凛。樹だけじゃなくてアタシとも手をつなぎたかったの? 贅沢な奴め」

 丹羽の言葉に現在の状態のツッコミよりも夏凛いじりへと風の思考はシフトしたらしい。

「なっ、違っ」

「顔真っ赤ですよ、三好先輩」

「はっはっは、愛い奴よのう夏凛。仕方ない。ショッピングモールまでこのまま行きましょうか」

「だから違うっての! あ~も~。話聞きなさいよ!」

 風に引っ張られ、夏凛と樹はつられて移動する。これでは計画が台無しだ。

 おのれ丹羽明吾! と樹は顔はいつもの純真無垢なまま同級生の百合イチャ好きに対し心の中で怨嗟の声を上げる。

 だが計画は始まったばかり。第2第3の矢はもう用意している。

 そんな風に「犬吠埼サンドてぇてぇ」と言ってられるのも今のうちだぞ!

「樹、どうかした?」

「ううん。なんでもないよお姉ちゃん」

 こうして勇者部一行は目的のショッピングモールまで移動することとなった。

 ショッピングモールイネスは複合型アミューズメントパークだ。

 今回買いに行く水着のような季節のアウトレットショップはもちろん食事処やゲームショップなど遊ぶところも豊富にあり、ここで1日つぶせると某勇者も太鼓判を押す場所である。

 讃州市には存在しないので、今回は大橋にある駅前近くの店舗に向かうことになった。

 そこまでは電車と徒歩移動だ。夏休みということもあり電車の中はそれなりの人がいるが、座れないほどではない。

 樹と夏凛は1人席に座り、友奈と東郷は並んで座る。

 あとにはちょうど2人分の座るスペースが残されていた。

 これも計画通り。題して【いつもより近い距離にドキドキ! 電車で近くでゴー】作戦。

 さあどうだ。1人席はあらかじめふさいでおいた。これなら2人一緒に座るしかあるまい!

 樹が様子をうかがうと、風と丹羽が親子連れに席を譲っている光景が目に入った。

(嘘でしょ!?)

 あまりにタイミングの悪い登場人物に、樹は驚く。こんなのわたしの計画にはなかった。

 姉の風の性格からして、子供に席を譲るのは当然だ。そして丹羽も風に続き母親に席を譲っている。

 いや、よく見ると母親が頭を下げているのは丹羽にだ。おそらく丹羽の方が先に席を譲ると言い出したのだろう。

 策士め! お姉ちゃんの性格を知ってて席を譲ったな!?

 と樹は思っているが丹羽としてはごく当たり前のことをしただけである。

 それに丹羽が声をかけなくても風が声をかけていただろうし、どっちにしろこの作戦には穴があったのだ。

 仕方ない。ここは友奈さんと東郷先輩に席を譲ってもらおう…と視線をやると、

「今日は楽しみだね、東郷さん」

「ええ。昨日は楽しみすぎてあまり寝れなかったわ」

「じゃあつくまでちょっと寝てる? 肩貸すよ」

「え、いいの友奈ちゃん? じゃあ、ちょっとだけ」

 なんか2人の世界を作っていた。それを見て「やはりゆうみもは夫婦」と丹羽が不審者モードになっている。

「丹羽、その顔よそではしないでね」

「ああ、すみません。気をつけます」

 風の言葉に一瞬で元の顔に戻る。相変わらず変わり身が早い。

「そういえば犬吠埼先輩、その服…」

 丹羽の言葉に風は「うっ」と目を逸らす。

 風が今日着ている服は風の誕生日に丹羽が服屋で買って送ったものだった。

「ち、違うのよ。これはたまたまというか。1回も袖を通さずしまうのが忍びなかったというか」

「よく似合ってますよ。でも俺はてっきり犬吠埼さん用に買ったのかと思ってましたけど」

 その言葉にまっさかーと風は冷や汗を流している。

 図星だ。実は前日、風が丹羽に買ってもらった服を出して樹がいじらしいと思った出来事には続きがあった。

「樹、明日着ていく服そこに出しておいたから」

 洗濯物をたたんだ後、姉の言葉に樹は声を失った。

 なぜなら姉が指差していたのは、まだ1度も自分が袖を通していない初デートで丹羽に買ってもらった服だったからだ。

「え、これお姉ちゃんが丹羽くんに買ってもらった服だよね?」

「そうよ。丹羽に買ってもらった樹の服」

「え?」

「え?」

 姉妹はしばし見つめあい、姉の意図することに気づいた妹は深くため息をつく。

「お姉ちゃんさぁ…そういうとこだよ?」

「え? なにが!?」

 突然妹から落胆され、何が何だか理解できない風は混乱する。

「あのねえ、丹羽くんはお姉ちゃんに服をプレゼントしたの。それなのにその服を妹が着て来たらどう思う?」

「え、今日の樹ちゃんかわいいなって」

「違うでしょ!」

 恋愛方面に関して姉は予想以上にポンコツだった。いつもは人のためになることを進んでやるのに、なぜ人の心の機微に弱いのか。

「普通はショックを受けるの! せっかくプレゼントしたのにもう妹のおさがりになってるんだって。ていうかもしわたしがこれ着て明日行ったら丹羽くんのテンションダダ下がりだよ?」

 考えすぎである。むしろ「やっぱり風先輩は樹ちゃん優先なんだなぁ」と微笑ましく見守るだろう。

 なぜなら丹羽も風も互いに恋愛感情を持っていないからだ。

 だが世間一般では樹の意見の方が正しいのは事実であるが。

「だから、この服はお姉ちゃんが着ていくこと。丹羽くんがお姉ちゃんに似合うから着てほしいって買ったものなんだから」

 考えすぎである。丹羽としては風先輩が買うのを悩んでいた服をプレゼントしただけで、そこに下心はない。

 なぜなら彼は百合男子。推しのために無償の愛を注ぐ存在だからだ。

 だから都合のいい人間として少女に身銭を切ってプレゼントもするし、自分の得にもならない献身を行う。

 だが男が女に優しくするのは下心があるからだという前提のヘテロ主義である樹にはそれが理解できない。

 そのため樹と丹羽の間には決定的なすれ違いが起こっているのだ。

 やがて電車は目的地に着き、6人は電車から降りる。改札を通り駅を出ると目指す場所はすぐそこにあった。

「着いたー! 大橋のイネス」

 風の言ったイネスという言葉に丹羽の胸が光り、スミが出てくる。

『イネス? イネスどこ?』

「わー!」

 勇者部一行は慌ててスミを周囲の目から隠す。適性のある人間しか見えないとはいえ、精霊は大赦の機密扱い。人の目に触れさせるわけにはいかないのだ。

「スミ、戻ってろ」

「スミちゃん。お買い物が終わったらジェラート奢ってあげるから、それまではおとなしくしててね」

 丹羽と東郷の言葉に若干不満そうだったが、『ん』とうなずき元に戻る。

「ふー。肝が冷えたわ」

「ちょっと丹羽! あんたもっとちゃんと管理しておきなさいよね」

「仕方ないんですよ。スミは子供っぽいというか、言っても聞かないところがあるんですから」

 夏凛の言葉に自分も手を焼いているんですよ。という感情をにじませて丹羽が答える。

 いきなりハプニングがあったが6人は目的のアウトレットモールに行きついた。

 そこでは水着フェアが行われ、たくさんの種類の水着が置かれている。

 正直丹羽には目の毒だ。ついて早々に「丹羽くんはここで待ってて。用意出来たら呼ぶから」と樹に言われたが女性専用の服屋、それも水着店の前で待たされる男の身にもなってほしい。

 一方その樹はというと、予想外の事態に襲われていた。

「いいわ、樹ちゃんかわいい! じゃあ次はこれとこれとこれと」

「お姉ちゃーん!?」

 入店から30分間、ずっと姉の着せ替え人形と化している。

 樹は侮っていた。姉の自分に対するシスコン具合を。

 風は自分の水着選びそっちのけで樹の水着を選んでいる。というか、樹の水着しか選んでいない。

 樹が自分で選ぼうとしても「それよりこっちの方が似合うわ」とグイグイ来て、結局押し切られてしまった。

 これではいつもと一緒だ。今回は丹羽に風の艶姿を見せるために来たのに。

 なんとか誰かに助けを求めようとすると、夏凛と目が合った。

「か、夏凛さん。助けてくださいー!」

 樹の言葉に水着を選んでいた夏凛が試着室の前まで来る。

「どうしたのよ樹?」

「お店に入ってからずっとこんな感じでお姉ちゃんに水着を押し付けられて…自分のを選ぶように言ってください。わたしじゃ聞いてくれなくて」

「何言ってるのよ。アタシは姉としてこの夏で1番の美少女の水着を選ぶ権利と義務がある!」

「そんなのないよぉ」

「風、あんたねえ。妹ばっかりじゃなくて自分の水着を選びなさいよ」

 友奈と東郷から聞いていたよりもすごいシスコンっぷりに呆れながらも今回の作戦を思い出し、夏凛は樹を救出しようとした。

「えー、嫌よ。アタシ、妹のかわいい水着姿もっと見たいー!」

「どんだけシスコンなのよあんたは!」

「だって樹よ? この世界に舞い降りた天使の化身ともいえるようなかわいい娘なのよ?」

「風、今のあんた素直に気持ち悪いわ」

 ジト目で言う夏凛に風はちょっとではあるがひるんでいる。

 今だ!

「そ、そういえば夏凛さんはお姉ちゃんの水着が見たいんじゃないですか?」

 唐突な樹の言葉に「はあ?」と夏凛は思わず声を出す。

「そんなわけないでしょ! 誰が風の水着なんて」

「夏凛さん」

 今日の作戦、忘れてませんよね? という言外の樹の視線に、夏凛はややあって同意する。

「そ、そうね。風ってスタイルいいし、うらやましいと思ってたのよね。どんな水着を着てみたいのか、楽しみ、だわ」

「夏凛、アンタ大丈夫? 顔真っ赤よ?」

 言っているうちに照れてきたのか、夏凛の顔が真っ赤になった。頭から蒸気が出てきそうだ。

「まあ、そんなに言うなら仕方ないわねー。よし、じゃあ一緒に水着選びに行きましょう」

「ちょ、ちょっと引っ張るなー!」

 風は夏凛の手を引き、水着を選びに行った。

 助かった。早く東郷先輩と合流して作戦を開始しないと。

 そう思って試着室から出て東郷を探しに行こうとした時だった。

「いいぜぇ、友奈ちゃん超いいぜぇ!」

「と、東郷さん。いつの間にそんなカメラを?」

「これくらい乙女のたしなみよ」

「あの、お客様。店内での撮影はちょっと…」

「大丈夫です。この水着買いますから! 友奈ちゃん、次はこの白いマイクロビキニを」

「何やってるんですか東郷先輩」

 隣の試着室がうるさいと思ったら、こんなに近くにいるとは。

 しかも店に迷惑までかけて写真撮影しているなんて。

 樹が絶対零度の瞳で東郷を見つめる。そこには厳しいところもあるけど有能な先輩に対する尊敬はまるで感じられなかった。

「樹ちゃん? ち、ちがうのよこれは。ただ友奈ちゃんのあまりのかわいらしさに興が乗ってしまって」

「いいから、準備してください。作戦を開始します」

 東郷を連れて樹は丹羽のもとへ向かう。そこには所在無げに椅子に座っている男の子の姿があった。

「にーわーくん」

「あ、犬吠埼さん。東郷先輩。水着選び終わったんですか?」

「うん。そろそろ丹羽くんの意見が欲しいと思って。ちょっと来てくれる?」

 樹の言葉に丹羽は立ち上がりおっかなびっくりといった様子でついてくる。

 やはりこの場所では自分たちにアドバンテージがある。今こそ地の利を生かす時!

 第3の作戦は【あの子の水着姿にドキドキ、密室で2人きり作戦】だ。

 まず丹羽に風の着替えている試着室の前に行ってもらう。

 そこで東郷が丹羽を試着室に押し込め、しばらく出られないようにする。

 あとは密室という環境と普段の気が強い風が水着姿を見られて恥ずかしがるギャップにドキドキしてつり橋効果で意識してしまうという算段だ。

 これはもう最終手段だったが、今ここで使う。

 さあ、丹羽くん。お姉ちゃんの水着姿にドキドキするがいい!

 試着室の前に行くと夏凛がいた。どうやら風は今着替え中のようだ。

 ナイスタイミング。天は我に味方をした。

「お、やっと来たわね」

 樹が思っていると、夏凛が声をかけてくる。

「三好先輩? 先輩はもう水着選んだんですか」

「一応はね。今は風が着替え中」

 その言葉にキュピンと樹の目が輝く。

 東郷先輩、今です!

「おおっと、身体全体が滑ったー!」

 迫真の演技とともに東郷が丹羽を突き飛ばし、試着室に押し込もうとする。

「なっ!?」

 が、丹羽君、これを華麗にスウェー。むしろバランスを崩した東郷の背中を押し、試着室に入る後押しとする。

「ば、東郷、そっちは!?」

「あれ? 東郷さん」

 試着室に入った東郷の頭の上から友奈の声が聞こえてくる。

「ゆ、友奈ちゃん? なんで?」

「それはこっちの台詞だよ。どうして私が着替えている試着室に入って来たの?」

 見上げると太ももとおしりがばっちり見えるベストアングルに友奈の半裸の姿があった。

 東郷は混乱するやら目の前の光景に見とれるやらとキャパオーバー状態だ。

「ま、待ってて。今すぐ出るから…って開かない!?」

 東郷が試着室のドアを開けようとするが、なぜか開かない。

 なぜならばドアの前には丹羽がいてドアが開かないように押さえているからだ。

「あの…丹羽? なにやってるの?」

「しっ、ゆうみもタイムの最中ですよ。邪魔しちゃいけません」

 夏凛の言葉に真剣な顔をして丹羽が言う。なんだゆうみもタイムって。

「かりーん。着替え終わったけど…って丹羽? なんでここに」

「っ、そうだ! 丹羽くんにはお姉ちゃんが選んだ水着を見てほしかったんだよ」

 不思議そうな顔をする風に、機転を利かせて樹が言う。

 状況は想像していたものとは違うが、普段とは違う姉の姿にドキドキしてもらおう。

 さあ、どうだ! と樹が思っていると風は慌てて試着室にこもってしまった。

 あれ? お姉ちゃんならノリノリで丹羽くんに水着姿を見せると思ったのに。

「ちょっと、なんで丹羽がいるのよ! その、そういうのは心の準備が」

 ん~?

 誰だこの乙女は? お姉ちゃんの偽物かな?

「風、どうせ海に行ったら見せるんだから観念して見せなさいよ」

 想像していた反応と違うことに呆然としていた樹だったが、夏凛の言葉に我に返り試着室から顔だけ出している風の手を引っ張る。

「そうだよお姉ちゃん。そのために今日は丹羽くんを呼んだんだから」

「いや、樹。お姉ちゃんそんなこと考えて…あっ」

 思いのほか強い妹の手に引かれ、水着に着替えた風が丹羽の前に出る。

 黄色い布面積が多いビキニだ。下品ではなくむしろスポーティーで健康的な風の魅力を表したような格好で似合っている。

 それを見た丹羽はうんうんとうなずいていた。

「似合ってますよ犬吠埼先輩。女子力高くて素敵です」

 それ、ほめてるの?

「あ、りがとうぅ」

 樹は一瞬思ったが当の姉は顔を真っ赤にして消え入るような声を出している。

 ――ズキン。

 まただ。胸が痛い。

 予定とは違うけど丹羽が風を褒めていて作戦が成功し、喜ぶべき場面なのに。

 2人が仲良くなって嬉しいはずなのに。

 どうしてこんなに胸が痛むのだろう。

「樹?」

 風が心配そうにこちらを見ている。その純真な瞳から逃げ出したくて、樹は走り出した。

「犬吠埼さん!?」

 突如店を飛び出そうとする樹に驚いた丹羽の声が背中から聞こえる。

 まるで姉が知らない女の人みたいだった。どんどん自分の知らない人になっていくようで怖かった。

 そうか。今ようやく理解する。

 丹羽が隣に引っ越してきてから、姉の表情が豊かになった。

 その中には今まで樹が見たこともない表情もあって、ドキリとしたのだ。

 そして同時に姉が丹羽と自分以上に仲良くなっている姿に嫉妬した。

 どうして丹羽くんなんだろう。わたしのほうがずっと長く一緒にいたのに。

 そう。犬吠埼樹は、姉の風が丹羽にとられるようで、怖かったのだ。

 

 

 

 いなくなった樹を発見したのは、姉でもなく丹羽でもない、意外な人物だった。

「どうしたのよ。みんなあんたを探してるわよ」

 夏凛の言葉に、施設内の休憩所のベンチに座っていた顔を上げる。

 樹の眼は赤く、まぶたは腫れていた。頬には涙の跡が見える。

「泣いてたの?」

 夏凛の言葉にこくりとうなずく。樹の横に座ると、夏凛はハンカチを取り出し、そっと渡す。

「わたし、わかんなくなっちゃいました」

 独白のような樹の言葉に、夏凛は何も言わずただ聞くことにした。

「お姉ちゃんには幸せになってほしい。だから今回の作戦を皆さんに頼んだのに…お姉ちゃんと丹羽くんが仲良くなると胸が痛いんです」

 胸を手で押さえるが、いまだ続く痛みは和らがない。

「男の人と女の人が一緒になるのが幸せ。それが当たり前で自然なんです。なのにわたしはお姉ちゃんが丹羽くんにわたしが見たことのない顔を見せるのが、嫌で仕方がないんです」

 樹の言葉に、「そう」と優しく夏凛が相槌を打つ。

「わたしの方がずっと長くお姉ちゃんと一緒にいたのに、あんな顔見せてくれなかった。きっと丹羽くんがお姉ちゃんも頼れる相棒だから…わたしに持ってないものを持ってるからあんな顔を」

 だが自分の言った言葉に樹は首を振る。

「違う。弱いままでいたのはわたし。お姉ちゃんの陰に隠れて、弱いままでいたのは全部わたしのせい。お姉ちゃんに全部背負わせて、甘えて、依存して。なのに誰かのものになろうとしたら嫌だって駄々こねてる」

 瞳からまた涙があふれだした。

「わたし、丹羽くんが嫌い。わたしたち姉妹の生活に入ってきて、お姉ちゃんの心を奪って。お姉ちゃんの隣を奪って。でもお姉ちゃんだけじゃなくて私も助けてくれて。余計なお世話なのに優しい扱いをやめてくれなくて。口下手なわたしを自分がどう思われるか顧みないで守ってくれる丹羽くんが大嫌い!」

 夏凛は思う。好きの反対は無関心だという。

 だとすれば嫌いと言っている彼女の本心は…いや、やめておこう。それを指摘するのは自分の役割ではない。

「でも、1番嫌いなのはそんな丹羽くんに嫉妬するだけで何も変わろうとしないわたし。お姉ちゃんに甘えるだけで強くなろうとしないわたしが、わたしは大嫌い!」

「樹」

 夏凛は1つ下の後輩をぎゅっと抱きしめる。

「あんたの気持ち、少しわかるわ。うちの兄貴も出来が良くて、よく家族に褒められてた。あたしあんまり出来が良くなくて家族にはあまり期待されていなかった」

 夏凛の言葉に樹は首をかしげる。

 自分は夏凛ほど優秀な人間は見たことはない。最初の出会いこそアレだったが、その後の働きや勇者部の依頼をこなす彼女は努力家で、誰にも負けてなどいなかった。

「だから兄貴とは距離を置いたの。比べられたくなくて。息苦しくて。でも、今になって思えば兄貴なりにこっちへ歩み寄ろうとしててくれたのね。それをあたしは勝手に突っぱねてこんな風になっちゃった」

 なにが言いたいのだろう? きょとんとする樹に、夏凛は優しく言う。

「要するに、向こうが歩み寄ってくれているのに勝手に勘違いして突っぱねるとあたしみたいになっちゃうってことよ。あんたら姉妹仲はいいんだから、ちゃんと話し合いなさい。じゃないと後悔するわよ」

「でも、わたし夏凛さんみたいに強くなりたいです」

「あたしが強い? 冗談。今だから言うけどあの水瓶座戦で戦闘不能になったとき、心が折れちゃったのよ。完成勇者どころか欠陥勇者だって。丹羽の励ましがなかったらとっくに勇者やめてたわ」

「ええ!?」

 思いもよらない発言に樹が驚く。

「山羊座戦に続いての失敗だったからね。うまくやらなきゃ、頑張らなきゃと思ってあの様よ。でも丹羽が言ってくれたの。失敗したらその分だけ次は失敗しないようにと気を付けられる。同じ失敗をしようとする仲間を止められる。そしてそれはあたししか気づかないことだって」

 だから、と夏凛は痛いくらい樹をぎゅっと抱きしめる。

「あたしと同じ失敗をしようとしているあんたにアドバイス。もし風と丹羽から距離をとろうとしているならやめなさい。それは多分後悔しか生まない」

「でも、わたし」

「嫌なら嫌って言えばいいのよ。あの馬鹿は変態の癖に優しいから、言ったら聞いてくれるはずよ」

「でも、それでお姉ちゃんが傷ついたらわたし!」

「風はそんな弱くないのはあんたが1番知ってるでしょ? それに、風か丹羽。どっちか選べと言われたらあんたどっちを取るの?」

「もちろんお姉ちゃんです」

 迷うことなく即決だった。それに夏凛は笑う。

「だったら、丹羽が嫉妬するくらい風と仲良くなりなさい。あいつのことだからそれはそれで喜びそうだけど…。なにもしないで黙って諦めるより行動する樹のほうがあたしは好きよ」

「夏凛さん」

 抱きしめる力を弱め、樹の顔を見る。そこには決意を込めた瞳があった。

「わかりました。わたし、やってみせます。できるかどうかわかりませんが」

「そこはできると思いなさい。要は気合よ! 元気が出るサプリ、極めとく?」

「いえ、その表現はちょっと…ってお姉ちゃん!?」

 樹が顔を上げると、そこには勇者部の皆が勢ぞろいしていた。

 特に姉は泣き顔で、目から流れる涙や鼻水で顔がすごいことになっている。

「樹゛~! ごべん゛ね゛~。樹が悩んでたのにお姉ちゃん気付いてあげられなくてぇ」

「犬吠埼さん、すみませんでした! 俺の行動がそんなに君を傷つけていたなんて」

 汁まみれで夏凛ごと樹に抱き着く風と土下座する丹羽。その光景に「え? え?」と樹は混乱した。

「実はあんたを見つけた時、スマホのライン通話をオンにしてたのよ。つまり今までの話は筒抜けってこと」

 その言葉に樹は顔を真っ赤にする。

「夏凛さん!」

「あんただって聞いてもらったほうがよかったでしょ? それに兄貴に散々あたしの個人情報聞いてるんだから、これでお相子よ」

 夏凛の言葉にぐうの音も出ない。

 結局犬吠埼樹による丹羽に姉の風を1人の女性としてみてもらうための作戦は失敗した。

 だがそのあと普通にみんなで水着を選んで、フードコートでスミにしょうゆ豆ジェラートを奢ったりして楽しい1日が過ぎていく。

「ねえ、お姉ちゃん」

 帰り道。風の隣には丹羽ではなく樹の姿があった。心なしかいつもより距離が近い。

 それを見て丹羽が「やはりふういつは正義」と不審者モードになっているが、今はそれも気にならなかった。

「なんだい自慢の妹よ」

「わたし、丹羽くんに負けないからね」

 その言葉に風は微笑む。

「もう、それは誤解だって言ってるでしょ。アイツとアタシはそんなんじゃ」

「それでも、今日からお姉ちゃんの1番になってみせる。頼りになる妹に」

「馬鹿ね…。生まれた時からアタシの1番はずっとアンタよ」

 2つの影が1つになる。今日も犬吠埼姉妹は仲良しだった。

 

 ちなみにさっそくその日から風の指導の下洗い物の手伝いをする樹だったがうっかり手が滑り皿を何枚か割ったほか、紫色のコーヒーを作り姉を一撃KOしてしまった。

 なにごとも最初はうまくいかないもんだね。




風「丹羽ー、そろそろご飯できるけど」
樹「丹羽くん、夏休みの宿題のアレやった?」
丹羽「終わってるよ。犬吠埼さんが残っているのは読書感想文と自由研究だっけ」
樹「うん。夏休みは思いっきり遊びたいからね。早めに終わらせたんだー」
風(アレで話が通じてる!? しかも樹のやった宿題を把握してる!?)
樹(丹羽が持ってきたおかしを見ている)
丹羽「駄目ですよ。これはお夕飯の後犬吠埼先輩と食べてください」
樹「あはは、わかってるよー」
風(視線だけで何を言おうとしてるか察した!?)
樹「あ、お姉ちゃんどうしたの?」
風「いや、そろそろご飯できそうだから」
丹羽「あ、じゃあ手伝いますよ」
樹「丹羽くんは座ってて。わたしがやるから」
風(彼女ムーブ!? そういえば樹っていつも丹羽の体面に座ってるわよね)
風「まさか…」

風「東郷ぉ、樹が丹羽に取られそうなんだけどぉ~」(涙声)
東郷「今度は風先輩ですか」(呆れ)


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勇者部夏合宿!

 あらすじ
 勇者部に迫るヘテロ推進派の樹の影!
丹羽「犬吠埼サンドてぇてぇ、ゆうみもてぇてぇ、にぼいつてぇてぇ」
樹「大変です。どの作戦もことごとく百合フィルターにかけられています」
夏凛「あいつ…無敵か?」
 戦績:百合を見守り隊、丹羽明吾の戦略的勝利。


 7月の最終日、勇者部一行は大赦の保有する温泉旅館に到着した。

 荷物を預け、さっそく6人は海へ行くことにする。

 丹羽は先に出てパラソルを立てたりシートを敷いて場所取りをしていた。傍らには大赦所有の温泉旅館の職員が用意してくれたドリンクや氷を入れたクーラーボックスがある。

「丹羽ー! お待たせ」

 風の言葉に丹羽は振り返った。

 そこには水着姿に着替えた勇者部の一行がいる。

 友奈はピンク色の水着。イメージ通りのカラーだ。

 東郷は青いビキニタイプの水着。メガロポリスなボディが破壊力抜群である。

 おそらく着替えやすく胸が締め付けられない楽な水着を選んだ結果そうなってしまったのだろうが、それで海辺の視線を独り占めしそうだった。

 風は丹羽が先日見た黄色いスポーティーなビキニタイプの水着だ。健康的なイメージ通りでよく似合っている。

 樹の水着はフリルが多めでセクシーさよりもかわいらしさが目立つ。だがそれが彼女のイメージに合っていて、とてもよく似合っていた。

 おそらく風が選んだのだろう。さすが姉妹、妹の魅力を誰よりもわかっている。

 そして赤と黒のタンクトップタイプのビキニを着ているのは夏凛だ。色も彼女のイメージ通りだし、格好良さが全然損なわれていない。

「みなさん、よくお似合いですよ」

「そういうアンタはなんでシャツ着たままなのよ」

 風の言葉通り丹羽は水着の下こそ着ていたものの、上にシャツを羽織っていた。

「今日の俺は撮影係なので。皆さんの遊ぶ姿を余すことなく収めますよ」

 最新型のビデオカメラを構え撮影準備OKと親指を立てる丹羽に、5人はため息をつく。

 こいつ、遊びに来たのに全然変わらない。

「樹」

「うん、お姉ちゃん」

 犬吠埼姉妹が丹羽を挟み、連行するように抱え上げる。

「え? え?」

「これは没収ね。あら、いいカメラじゃない」

 訳が分からないという顔をしている丹羽から東郷がカメラを奪う。

「「そーれ!」」

「ガボゴボボボ!?」

 犬吠埼姉妹に海へ放り投げられ、丹羽の視界は海の中から地上へと目まぐるしく変わる。海面から顔を出すと、砂浜に立ち上がった。

「ぷはっ! なにするんですかいきなり」

「なにしてんのかはこっちの台詞よ」

 丹羽の抗議に夏凛が返事をする。その顔はどこか怒っているようだ。

「今日は勇者部みんなで遊びに来たんだから、丹羽君だけ何もしないのはなしだよ」

 友奈もめずらしくぷんぷんしながら丹羽を指差し、めっ! としていた。それになぜか東郷が悶えている。

 ああ、自分もめっ! してもらいたいんだろうなぁと丹羽は察した。

「いや、お気持ちは嬉しいですけど俺は百合…もといみなさんを見守るという使命が」

「いや、なんの使命よそれ」

「そんなことはいいから、遊ぼうよ丹羽くん」

「その前に準備体操ね」

「よーし、やるぞー! おーっ!」

「ハァハァ、友奈ちゃんかわいい」

 上から順に風、樹、夏凛、友奈、東郷の発言である。

 というか東郷はちゃっかり丹羽が持っていたカメラを使って友奈を撮影していた。

 ふむ。ここで固辞するのも逆に彼女たちに失礼か。

 まあ、念のために用意しておいた2台目のカメラでビデオ撮影はさせてもらうが。

「わかりました。じゃあ、準備体操したら皆さんが日焼け止めを塗りあいっこしている場面を撮影させてください」

「「少しは欲望を隠せ!」」

 風と夏凛からダブルツッコミが丹羽に入る。

「それに日焼け止めなら旅館で着替えてきた時にもう塗って来たわよ」

「ええ!?」

 夏凛の言葉にわかりやすく丹羽は落ち込んでいた。

 残念だったわね。お望みの百合イチャ? とやらを見られなくて。

「しかたない。ここは結城先輩の映像を交換材料に東郷先輩からその映像を…」

「丹羽、聞こえてるわよ。それに友奈を撮影しようとしていた東郷のカメラは没収したから、残念ながらその映像はない」

 風の言葉にがっくりと肩を落とす丹羽。

 だが甘い。東郷のことだから事前に部屋に隠しカメラを設置とかしているはずだ。

 事実カメラを没収されたというのに東郷は元気だ。まだ余裕があるのは計画が露呈していない証拠だろう。

「じゃあ、遊ぼうよ東郷さん、丹羽君」

「結城先輩。俺はいいので東郷先輩と遊んできてください」

「もう、まだそんなこと言ってるの!」

「いや、そうではなく…泳げないんです、俺」

 丹羽の言葉に「へ?」と勇者部一行が声を出す。

「というか、海に来たのも実は初めてで」

 これは本当だ。

 なにしろ生まれたのは壁の外、四国に来たのも1年半前。ずっと讃州中学に入学するための工作をしていたり、暗躍していたので遊んでいる暇などなかったのだ。

 丹羽の言葉に勇者部一行は何事か考えている様子だった。やがて友奈が丹羽の手を引っ張ると、波打ち際から立たせ、砂浜に誘う。

「じゃあ、今日は丹羽君の初めての海記念ということで勇者部皆で遊ぼう!」

「いや、みなさんは好きに遊んでくださいよ。俺はそっちのほうが」

「はいはい、もう決まったことなんだから行くわよ丹羽君」

 しまった、自分の境遇を話したのは逆効果だった。

 世話好きでおせっかい焼きの人間の集まりである勇者部にとってそれは構ってくれと言っているようなものだ。

「まずはビーチバレーかな。浮き輪と一緒に海の家でボール買ってこなくちゃ」

「砂で丸亀城を作りましょう」

 身体を動かしたいのかウッキウキで提案する友奈と砂のお城づくりを提案する東郷。

「アタシが泳ぎを教えてあげるわよ。海はプールより浮くから1日でおぼえられるわよ」

「丹羽くん丹羽くん、波打ち際行ってみようよ。波に足元の砂がさらわれていく感覚面白いよ!」

 泳ぐ楽しさを教えようとする風と海自体の楽しさを教えようとする樹。

「ふっ、あんたらわかってないわね…。海のお約束といえば1人を砂で埋めることに決まってるじゃない!」

 そう言ってどこからかスコップを取り出す完成型勇者。

「夏凛ちゃん、いじめはダメだよ」

「それはフグの毒を抜く迷信よ、夏凛ちゃん」

「あの、埋められるのはちょっと」

「夏凛、アタシでもわかる。それはない」

「何でよ!?」

 他の部員からツッコまれている夏凛に、丹羽は吹き出す。

 ああ、本当に自分は果報者だな。こんなに優しい少女たちに気にかけてもらえるなんて。

「お手柔らかにお願いしますみなさん」

 ここで断り、彼女たちの思いやりを無駄にするのは失礼だ。

 今日くらいは勇者部部員として彼女たちと一緒に遊ぶことにしよう。

 もちろん百合イチャの撮影はあきらめないが…。

 

 

 

 勇者部全員の提案を受け入れ、丹羽と部員たちは順番にそれぞれの提案を消化していくことにした。

 ビーチバレー。意外なことに友奈とペアの東郷が1番活躍していた。

 歩けるようになったことで今まで運動できなかったうっぷんを晴らすかのような動きに他の部員たちは彼女だけ勇者システムを使っているのではないか。車椅子は東郷の拘束道具だったのではないかと疑ったほどだった。

 そしてそれが終わると波打ち際に裸足で立つ。海水に引っ張られる何とも言えない感覚に「あー」と声を出したりはしゃいだりと反応は様々だ。

 その後は風指導の下泳ぎの練習。泳ぐ方法は知識として知っていたのですぐ丹羽は泳ぐことができた。風はまだ教え足りない様子だったが。

 そのまま遠泳の運びとなったのだが樹と東郷は参加せず、友奈、風、夏凛、丹羽の4人で行うことになった。

 結果は風が1着。同着で友奈と夏凛。最後に丹羽だ。

 その後最下位の罰として丹羽が埋められ、その上にみんなで丸亀城を作り出した。

 東郷製作指揮のもと作られたそれは素人目でもかなり精緻に作られており、壊してしまうのがもったいないほどだった。

 その間ずっと精霊のナツメは丹羽から離れ、海を満喫していたが。

「ふいー。遊んだ遊んだ」

 旅館に帰って来た風が座布団を枕にし、畳に寝転がる。程よい疲労感が体を包んでいた。

「もー。お姉ちゃん行儀悪い」

「風先輩。私たちご飯の前に温泉行くんですけどどうします?」

 自分たちの鞄から化粧水や入浴セットを持った友奈と東郷が言う。

「アタシパス。もうちょっとゆっくりする」

「あ、わたしはご一緒します。夏凛さんは?」

「そうね。帰りにシャワー浴びたけど行こうかしら」

 こうして風以外の4人が温泉へ行くことになった。ふすまを開けて廊下へ出ると、隣の部屋から出てきた丹羽と鉢合わせする。

「あら、丹羽君もお風呂?」

「いえ、散歩です。犬吠埼先輩は?」

「部屋で少し休むって。そうだ丹羽くん、よかったらお姉ちゃんの話し相手になってあげてよ」

「「「え?」」」

 樹の言葉に友奈、東郷、夏凛は驚く。

 つい先日姉を取られるのは嫌だと言っていたのではなかったのではないだろうか。

「ちょっと樹、あんたどういうつもり?」

「夏凛さん、わたしは別にお姉ちゃんと丹羽くんがくっつくのを諦めたわけではないですよ」

「え、どういうこと?」

 東郷に疑問に樹はにっこり笑う。

「わたしがお姉ちゃんの1番のまま、丹羽くんにはお姉ちゃんが1番になってもらいます」

「え? それって風先輩と丹羽君が両思いなのとどう違うの?」

 頭に?マークを浮かべる友奈に、樹の言葉の意味を理解した2人はうんうんとうなずく。

「なるほど。そういうことなら協力するわ」

「まあ、上出来じゃない。それが樹の出した答えなら、あたしは応援するわ」

「え? 2人はどういうことかわかったの? 教えてよー」

「じゃあ、丹羽君。あとはお願いね」

「丹羽、頼んだわよ」

 そう言い残して4人は温泉に向かっていった。丹羽の返事も待たずに。

 丹羽としては従う義務は一切ないのだが、彼女たちの言うことを無視するという選択肢ははなから存在しない。

 もっとも百合男子である以上樹のヘテロへの(いざな)いに乗るつもりは毛頭ないのだが。

「風先輩、入りますよ」

 ふすまを開けて部屋へはいると、風はすでに眠っていた。

 すぅすぅと規則的な寝息が聞こえてくる。

 上に何か掛けようと室内を見回すが、タオルケットのようなものは見当たらない。旅館の従業員に訊いて用意してもらおうか。

 そう思っていると胸が光り、中からナツメが出てきた。眠る風の横顔を愛おしそうに見ている。

 きゃー! 棗風キマシタワー!

 っと、1人盛り上がっているわけにはいかない。

 夏とはいえ室内は冷房が効いている。女の子が身体を冷やすのはいけない。

「ナツメさん、俺旅館の人にタオルケットみたいなものがないか訊いてくるので犬吠埼先輩をお願いしていいですか」

『わかった。主、風は私に任せてくれ』

 ふすまを開けて廊下に出て従業員に訊くと、すぐ用意してくれた。部屋まで運んでくれようとしたのでそこは断り、丹羽が受け取る。

 なぜか大変恐縮した様子だったが、大赦から最大限勇者をもてなすよう命令されていたのならば仕方ない反応だ。むしろ運んでもらった方が向こうも助かったかもしれない。

「おまたせしました。ナツメさ…ん?」

 室内に入るとそこには風と一緒に眠る精霊の姿があった。

 その姿に微笑み丹羽は1人と1体にタオルケットをかける。

 ああ、やっぱり棗風てぇてぇなぁ…。

 そう思いながらずっと風とナツメの寝顔を見ていた丹羽は、本編では彼女の左目にあるはずの眼帯がないのを嬉しく思う。

「ありがとうございます。犬吠埼先輩、満開しないでくれて…俺の作戦を信じてくれて」

 アクエリアス・スタークラスターとの戦い。誰1人満開せず勝てたのはみんなが自分の作戦を信頼し、囮を任せてくれたおかげだと思っている。

 もし1人でも丹羽の作戦や実力に疑問を持ち、やはり満開すべきだという意見に傾けば、こんな平和で楽しい夏合宿は行えなかったかもしれない。

 いや、勇者部のみんなと一緒なら楽しい合宿にはなっていたが、やはり五体満足とはいかない姿に丹羽の心に影を落としていただろう。

 そして東郷の足が治った件。これも丹羽の作戦のスミを使った切り札による副産物だったが、これによりもう1人の散華により神樹に肉体を奪われた少女を救う手立てを発見することができた。

 あとはその少女にいつ出会うかだ。

 彼女を前にしても出てこないようにスミに言い聞かせておかなければ。いや、言い聞かせてもスミの性格なら勝手に出てきてしまうかもしれない。

 となると先に銀ちゃんの中にスミを入れてから話すべきだろうか? だがもし東郷や他の勇者部メンバーと共に会いに行くことになった場合話題になったら丹羽の内から出てこないスミに不信感を抱くかもしれない。

 悩ましいなと思う。1つボタンを掛け違えるだけでまた取り返しのない事態に発展しそうだ。

 勇者部の皆とはある程度信頼関係を築けたとは思うが、乃木園子とはこの身体では初対面になる。下手をすればその場で槍で貫かれるという事態が起こらないとも限らない。

 自分の正体を話す…いや、話さなければならない最悪の事態に備えるためには、危険を冒してでもある程度彼女との信頼は築いておくべきだろう。

「んぅ、誰?」

 そんなことを考えていると、みじろぎした風が寝ぼけ眼でこちらを見て声を上げた。

「大丈夫ですよ風先輩。ご飯ができたら起こしますから」

 目の前にいる後輩の言葉に、風はこれが夢だと確信する。

 だって現実の丹羽は何度言っても自分のことを名前で呼んでくれないし、いつも不審者みたいな顔をしている。

 こんなに優しくて愛おしそうなものを見る目でまっすぐ自分を見てくれるなんて、夢じゃなきゃあり得ない。

「えへへ、丹羽ぁ~」

 夢ならば少しくらい甘えて本音を言っても構わないだろうと風はそばにいた丹羽の膝に頭を乗せ、ぐりぐりとこすりつける。

「アタシ、がんばってるよ。勇者部部長として、樹のお姉ちゃんとしてちゃんとやれてる?」

「ええ。風先輩はみんなが頼りにする部長で、樹ちゃんの最高のお姉ちゃんです」

「えへへぇ~。そっかぁ」

 ああ、やっぱり夢だ。自分のことだけじゃなくて樹の名前まで呼んでくれるなんて。

「じゃあご褒美にナデナデして。ていうかしなさい」

「はいはい。ナツメさんの代わりで申し訳ないですけど」

 そう言って優しく風の頭をなでてくれる。

 ああ、いい夢だなぁ。精霊のナツメの代わりと言うのも彼らしい。

 こんなに無防備で甘えられる異性はお父さん以外では初めてかも。

 そんなことを思いながら風の意識は再び夢の中へ落ちていった。

 

 

 

 夕食は非常に豪勢なものだった。

 目玉である刺身の船盛はもちろんステーキ、小さな鍋、蟹など海の幸から山の幸まで贅を尽くした品々が並べられている。

 とても中学生に出される品とは思えない。その豪華さに全員若干腰が引けていた。

「えっと、これすごすぎない? あの、もしかして部屋間違えてないですか?」

 料理を運んできた仲居に風が尋ねるが、ニコニコと笑顔を返される。

「とんでもございません。どうぞ、ごゆっくり」

 そう言うと仲居さんは去っていった。あとに残された勇者部一行は戸惑いながらも席に着く。

「食べちゃっていいのかな。これ?」

「結城先輩、出された以上は食べないと失礼ですよ」

「そうよね…。でもどうしてこんなに好待遇なのかしら。部屋も丹羽君の部屋とつなげるとかなり広いし」

 東郷の言う通り勇者部女子と丹羽の部屋は隣同士で、衝立を外せば1つの広い部屋として使える。

 丹羽は最初勇者部女子が男と隣の部屋で、しかも衝立という心もとないもので遮られただけだと心配するだろうからどうか別の部屋にしてくれと旅館の人に頼んだのだ。

 だが返って来たのは「うちにはこれ以上の部屋はないので勘弁してください」と言う女将と従業員一同による土下座だった。

 それに全員驚き恐縮しながらも布団部屋でもいいからどうか離れた部屋にしてくれという丹羽の願いも「勇者様にそんなおもてなしはできません」という返事で却下された。

 それでもなお別の部屋を頼もうとする丹羽に勇者部女子から待ったがかかり、丹羽がそういうことをしない男子として信頼していること、もし不貞を犯そうとした場合は勇者部全員で袋叩きにする旨を伝えたことでようやく納得し、隣の部屋に落ち着いたのである。

 夕食は広い女子部屋のテーブルで行われた。本当は男女別々で運ばれるようだったが、皆で食べたほうがおいしいという友奈の発言から丹羽も女子部屋で食べることとなったのだ。

 ただ、湯上りの女子がいる女子部屋で「すぅうううううう!」と息を吸って言葉をかけるまで吐かない丹羽の言う「お約束」は相変わらず意味不明だったが。

「海専用の車椅子の貸し出しもしてたし、もし私が歩けなくて車椅子のままでも充分楽しめたと思うわ」

「本当に、至れり尽くせりって感じです」

 東郷の言葉に樹も同意する。

「まあ、ここが大赦の経営する旅館っていうのもあるんじゃない?」

「そっか。これ、12体のバーテックスを倒したご褒美でもあるんだ」

 夏凛の言葉に納得がいったように友奈が言う。

 なるほど。だとするとこの破格のもてなしも納得だ。

「そうとわかればみんな遠慮はなしよ! 思いっきり食べましょう!」

 勇者部部長の号令に「おーっ!」と声が上がる。

「それじゃあみんな手を合わせて、いただきまーす!」

 風の言葉とともにみんな手を合わせ、食事を始める。

「おいしー! なにこれイカなのにベチャってしてない! 甘くてコリコリする!」

「この蟹、中身スカスカの味噌汁用の奴じゃないわ!  身がぎっしりしてて、ちゃんと味がある!?」

「おねえちゃん、それ以上は恥ずかしいからやめて…」

 姉の蟹への感想に、樹は顔を真っ赤にする。普段食べている蟹がどういうものなのか自白しているようなものだ。

「ええ、本当においしい。料理人の腕がいいと食材も喜んでいるわ」

 一方で良家のお嬢様である東郷はがっついてなくて食べ方もきれいだ。夏凛の声が聞こえないので不思議に思っていると黙々と食べていた。感想を言う暇も惜しいのだろう。

 

『つ、つまり、全部食べちゃっていいと…ごくり』

『でも、友奈さんが…』

『あ…』

『うーん、このお刺身のつるつるしたのど越し。イカのコリコリとした歯ごたえ…たまりません!』

『…もう、友奈ちゃん。いただきますが先でしょ』

『いろいろと。敵わないわね、友奈には…』

 

「どうしたの、丹羽君?」

 自分を見つめたまま箸が止まっている丹羽を不思議そうに友奈が見る。

「結城先輩、ご飯おいしいですか?」

「うん! こんなにおいしいもの食べたの初めてかも」

 心から嬉しそうな笑顔に、丹羽は微笑む。

 それはとてもとても優しい、慈愛に満ちた笑顔だった。

「よかったら、これ食べてください。蟹はちょっと苦手で」

「え、そうなの?」

「あとこれとこれとこれとこれも」

「ちょ、ちょっと丹羽君?」

 次々と自分の分の料理を差し出す丹羽に、友奈は戸惑う。

「ど、どうしたの丹羽君!? 食欲ないの? おなか痛い?」

「いえ、おいしそうに食べる結城先輩が見たいだけです。お気になさらず」

 そんなことを言われても気になる。

 箸が止まった2人に食事に夢中だった他の部員たちも気付いたようだ。不思議そうに友奈と丹羽を見ている。

「どうしたの2人とも。早く食べないとなくなっちゃうわよ」

「風先輩、丹羽君がなんだか変なんです。私に自分の分の料理をくれたりして」

「どうしたのよ丹羽、あんた嫌いなものでもあった?」

「いえ、丹羽くんは嫌いなものはなかったはずです」

「そうよね。じゃないと樹ちゃんの料理を最後まで…ごめんなさい、今のは失言だったわ」

 丹羽だけが樹のスペシャル料理を完食できることを言おうとした東郷はお口にチャックする。

「べつに、他意はないですよ。ただ幸せそうに食べる結城先輩がかわいらしいのでもっと見ていたくなっただけです」

 突然の告白とも言える丹羽の発言に、5人は固まる。

 丹羽としては本編で散華により味覚を無くした友奈が周囲の皆を安心させるための笑顔ではなく、心から食事を楽しむ姿を見たくて言った言葉だったのだが、反応は様々だった。

「え、あ。その…」

「友奈ちゃん、私もこのお料理あげる! 食べて!」

「丹羽くん、うちのお姉ちゃんもご飯幸せそうに食べるよ! 見てて!」

「ちょっと樹、料理を無理やり口につっこまないで!?」

「あんたら、何やってんのよ…」

 友奈は顔を真っ赤にし、東郷は丹羽に対抗意識を燃やしたのか次々と自分の分の料理を負けじと友奈のもとに運ぶ。

 樹は風の口に刺身やステーキを箸でつまんでは放り込み、風は目を白黒させている。

 その様子を見て夏凛は呆れるしかない。

 そんな勇者部の姿を見て、丹羽はここにはいないもう1人の自分を想う。

 見てるか、俺。彼女たちはこんなに幸せそうだぞ。

 視界を共有しているはずの壁の外で頑張っている人型のバーテックスに届くようにとこの光景を目に焼き付ける。

 こんな幸せな光景をずっと届けられるように祈りを込めて。




【ゆゆゆいでは夏凛ちゃんにもちゃんと谷間あるよ】

 旅館
風「さあ、水着に着替えて海に行くわよ。先に丹羽がパラソルとシートの用意をしてくれてるみたいだから、あんまり待たせないようにね」
一同「はーい」
東郷「んっしょ」ばるん
友奈「うわぁ…東郷さん大きいなぁ」
東郷「ふふ、友奈ちゃん。触ってみる? なんて」
友奈「いいの!? じゃあちょっとだけ…」
東郷「え? 本当に!? その、心の準備が」
樹「次、わたしもいいですか?」
夏凛「なにやってんのよ樹」
樹「ご利益目当てで。夏凛さんも触った方が――っ!?」
夏凛「ん? どうかした?」
樹「夏凛さん、その…胸に」
夏凛「胸がどうかしたの?」
樹「胸に谷間が!?」
夏凛「いや、そりゃ胸なんだから谷間くらいあるでしょ」
樹「そんな…仲間だって信じてたのにー!」
風「樹―!? 日焼け止めまだ塗ってないでしょ! 戻ってらっしゃーい!」
夏凛(危なかったー。ガムテで周りの肉集めて谷間作ったのはバレてないみたいね)
友奈「あ、夏凛ちゃん、背中に何かついてるよ。取ってあげるね」ガムテビリー!
夏凛「あ痛ーっ!」

 アニメ1期では夏凛ちゃんはもちろん友奈ちゃんもぺたんこに描かれていたからゆゆゆいのピックアップで出た水着姿に谷間があったときは驚きましたね。
 まあ、東郷さんが化け物クラスなだけで、他の子は成長期だしね。うん。


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温泉&ガールズトーク

 みんな大好き水着回の次は温泉回。


「わーい! 温泉だー!」

 露天風呂についた勇者部女子5人の中で、開口1番友奈が声を上げた。

 夕食の後少し経って消化が終わってから5人は連れ立って温泉に入りに来たのである。

「…って言っても2回目なんだけどね」

「友奈。あんたよく最初に来た時と同じテンションで騒げるわね」

「いいじゃない。温泉は何回来てもいいものよ」

 あははーと頭をかく友奈に夏凛は呆れ、友奈専用イエスマンの東郷は全力で肯定している。

「おー、今の時間だとちょうど夕日と夕闇の時間でいい感じね」

「うん。帰って来てすぐ入った時の青空もよかったけど、こういうのもいいね」

 旅館に来て初温泉の風と2回目の樹の犬吠埼姉妹が風呂から見える景色について言及していた。

 空はちょうど夕焼けから夕闇に染まる時刻で、遠くには沈みゆく太陽の残滓が茜色から黄色へと徐々に色が変わっていく。上へ行くにつれて濃い藍色となり、天を見上げれば星が瞬いて見える。

「冬だとちょうど今の時間は満天の星空みたいですね。今度は冬に一緒に来ましょう友奈ちゃん」

「それって冬までにまた12体巨大バーテックスを倒すってこと? やめなさいよ縁起でもない」

 東郷の発言に夏凜が言う。それにうんうんと他の面々もうなずいている。

「そうね。ご飯はおいしくてサービス満点だったけど、もう1度あんな思いするのはごめんだわ」

「わたしもご遠慮したいです」

「ち、違うのよ。温泉だけ2人で入りに来たいねってことで」

「なんだ、それならいつでもOKだよ」

 友奈の言葉に東郷は心の中でガッツポーズをとる。よし、言質取った。

「まあ、そんな時が来たらこの完成型勇者が12体ごと返り討ちにしてやるわよ」

「え~、夏凜が~? できんの~?」

 夏凜の言葉に風が煽るように言う。

「で、できるわよ! あたしだけじゃ無理でも、あんたらみたいに信頼できる仲間がいればね」

 顔を真っ赤にしてデレ発言をする夏凜。それに勇者部4人は目をぱちくりする。

「聞きました奥さん。三好さんとこの夏凜ちゃんってば、最初はあんなにツンツンしてたのに」

「あの夏凜ちゃんがねぇ。デレデレですわよ奥さん」

「ざますざます」

「丹羽くんが見たら大喜びですわ」

「あんたら、エセ奥様ごっこしてるんじゃないわよ!」

 からかう4人に対して夏凜が怒る。それに蜘蛛の子を散らすようにそれぞれ分かれ、体を洗い温泉につかった。

「ふいー。いい湯だねー」

「本当。生き返るわー」

「お姉ちゃん、おばさんっぽい」

「なして!?」

「本当に、いいお湯ね」

「そうねー」

 5人それぞれいいお湯という感想を漏らし、夜空を眺める。藍色から黒い部分が増え、天には星が輝いていた。

「星がきれいだねー」

「ええ、そして地上に目を落とせば見事なメガロポリスが」

 友奈が素直な感想を漏らすのに対し、風が東郷の胸を見て言う。

 そこにはでかぁあああい! 説明不要な東郷の見事な2つのお山が乳白色の濁り湯の上に浮いていた。

 それを見て樹と夏凜が「くっ」と声を漏らして目を逸らしている。

「いやー。それにしても見事だわ。普段制服に隠してるけど、立派なこと立派なこと」

「風先輩、おやじ臭いですよ」

 からかうような風の言葉ににらみつけて東郷が言う。妹におばさん、後輩におやじ臭いと言われ、風は微妙に落ち込む。

「でも本当に大きいよねー。あやかりたいよー」

「友奈ちゃん、友奈ちゃんは好きに見たり触ったりしてもいいのよ! ハァハァ」

「東郷、顔。丹羽みたいになってる」

 何気なくもらした友奈の言葉に食い気味に食いつく東郷。その顔を見てここにはいない普段不審者時々マトモな後輩の名前を出し、夏凜は注意する。

「え、嘘!? 戻さなくちゃ」

「やっぱり丹羽くんみたいにすぐには戻せないんですね。東郷先輩、まだまだ修行が必要みたいですよ」

「なんならあいつに習ってみたら?」

「冗談でしょ!? 今度からは不覚を取らないわ」

 と言う東郷だが、温泉につかる友奈を見て早くも顔が緩み始めている。

 これは無理だろうなぁと風、樹、夏凛は思う。

 それから5人は無言で温泉につかり疲れをとる……ということにはならず、女3人寄れば姦しいという言葉にあるようにおしゃべりを始める。

 内容はさっき食べた料理のことだったり夏休みの宿題をどこまでやったかということだったり様々だ。

「それにしても、アタシたち本当に勝ったのよね」

 空に輝く星を見ながら風が言う。

「普通の女子中学生が背負うには重すぎるものを背負わされて。なによ勇者って。四国全員の命運がアタシたちにかかっているって言われてもピンとこないわよ」

「そうね。あんたらはよくやってくれたわ。こんな形でしかお礼を言えないけど、ありがとう」

 風のぼやくような言葉に夏凛が頭を下げる。それにそんなつもりはないと風が慌てる。

「や、やめなさいよ夏凜! アンタもアタシたちと一緒に戦った仲間なんだから」

「そうですよ夏凜さん。ここなら誰も聞いていないし、普段ため込んでいる大赦への不満を言ってもいいと思います」

「そうだよ、言っちゃえ言っちゃえー!」

 夏凜に抱き着きながら言う友奈に東郷が「友奈ちゃん、今の台詞後でマイクに録音させてもらえないかしら」とこっそりと耳打ちして周囲をドン引きさせていた。

「べ、別に今の大赦にはそんな不満はないわよ。昔は文句の1つや2つはあったけど」

「ほう。言ってみ言ってみ?」

「秘密主義はわかるけど常に説明不足なところとか、こっちを明らかに下に見て上から目線なところとか。あとうまく立ち回らないと上がやらかした責任を被らさせられるところとか聞くのも嫌な話を大っぴらに大の大人がしている姿には怒りを通り越して呆れしかなかったわね。それから」

 と言いかけてはっとしたように夏凛は言葉を止める。

「ま、まあ今はそんなところも改善されて、いい組織になっていると思うわよ?」

 明らかに取り繕ったような態度に「えー、本当でござるかー?」と風が追及している。

「も、もう上がるわ! あんたらも湯あたりには気をつけなさいよ」

「夏凛ちゃん、もっとお話ししようよー」

 友奈の声を背に受けながら、「話なら部屋でもできるでしょ」と夏凜は返す。

 危なかった。忘れかけていたがここは大赦が経営する温泉旅館。どこに目や耳があるかわからない。

『スミー』

「あら、スミちゃん」

『風、たまには一緒に入ろう』

「ナツメ?」

『お風呂タイムよみーちゃん!』

『待ってよ、うたのん!?』

「ミトさんと、ウタノさん…でしたっけ?」

 夏凜がお湯から出るのと入れ替わるように衝立の向こうから丹羽の精霊がすり抜けてこっちへとやって来た。

 4体の精霊は女子風呂につかり、ほへーという顔で脱力している。

 こいつらがここにいるということは…。

「ねえ、丹羽」

 そこにいるであろう後輩の1年生男子に向け、夏凛は声をかける。

「いつから、そこにいたの」

「ツイサッキキタトコロデスヨー」

 すごい棒読みだった。疑ってくれと言っているようなものだ。

『あいつ、みんながお風呂に入る前から隣にいた!』

「へえ、そうなのスミちゃん」

 スミの言葉にニコニコしたまま東郷から黒いオーラがあふれ出す。

『主は至高の百合イチャエピソードをこの手に納めるんだ! と事前に買った録音機材も用意して待ち構えていたぞ』

「教えてくれてありがとうナツメ。お礼に今度沖縄そばを作ってあげるわ」

 表情1つ変えず秘密を暴露するナツメを撫でながら、風は拳を固く握る。

「ねえねえ、ウタノちゃん。他には何してた?」

『え、マスターのこと? そういえばみんなのルームに盗聴器やカメラがないかサーチしてたわ』

「ええ!?」

『で、でもカメラは1つしかありませんでした。それを見て「これは東郷先輩のだから問題ないか」って』

 勇者部4人の女子の視線が東郷に集まる。それに対し、東郷はてへっ☆とキャラではない笑顔でごまかそうとした。

「いや、ごまかされないからね。東郷は後であいつと一緒に説教よ」

「ごめん東郷さん。さすがにこれは言い逃れできないと思う」

 夏凛に続き、友奈も東郷の行動を非難する。

「ち、違うの友奈ちゃん! これは旅の思い出というか。つい魔が差して!」

「いや、普通に盗撮は犯罪だからね。うちの部活から犯罪者は出したくないから自重して東郷」

「まだ身内で済んで表面化してないだけですからね。普通ならアウトなんですよ」

 言い訳をしようとする東郷に犬吠埼姉妹から厳しい指摘が入る。

「とりあえず丹羽、これからみんなで温泉から上がるから震えて待ってなさい」

「男風呂に立てこもったら従業員の人呼んで連れ出してもらうから」

「丹羽君、諦めてね」

「丹羽くん、正直に謝ればみんな許してくれる…はずだと思う」

「樹ちゃん、残念ながらそれはないわ」

 上から夏凜、風、友奈、樹、東郷の発言である。

 こうして丹羽が録音した勇者部女同士のきゃっきゃうふふエピソードは消去され、東郷が隠していたビデオカメラは没収された。

 その後丹羽の荷物は徹底的に調べられ、カメラやビデオカメラ、録音機、小型プレイヤーは中身を検閲の上旅行が終わるまで没収される運びとなる。

 ついでに東郷の荷物も改められ、そこにあった友奈の隠し撮り写真や映像は本人の希望により友奈に見せられることなく風と夏凛による厳重注意だけで済んだ。

 ちなみに丹羽は縛られ隣の部屋で朝まで簀巻きコースである。

 これが男女格差か…。世知辛いなと丹羽は思う。

 きつく縛られ誰かにほどいてもらうまで身じろぎもできずバーテックスなので眠ることもできないので丹羽はそのうち考えるのをやめた。

 

 

 

 丹羽を簀巻きにして隣の部屋へ放り込んだ風と夏凜は、ようやく人心地つき用意されていた布団の上にダイブする。

「なんか変に疲れたわ。今日はもう寝ましょう」

「待て待てー! なに若い女が集まったのにそのまま寝ようとしてんのよ」

 風の言葉に胡乱な瞳を向ける夏凜。なんだ、こっちはもう寝たいのに。

「旅の恥は掻き捨て。旅の思い出は一瞬! 女5人、密室…何も起こらないわけもなく」

「いいから、何が言いたいのよ」

 掛け布団を腰まで掛け、半分寝る体制になっている夏凜に、風が高らかに宣言する。

「ただいまより、女の子だけの秘密のおしゃべり会を開催します! あ、ポテチとかつまめるものは用意したからみんなつまんで。ジュースは布団の上にこぼすと迷惑になるから布団の上では飲まずに置く時も机の上に置くのよ」

「はーい」と友奈、東郷、樹の声が続く。

 と同時に枕元に開いた畳1畳分のスペースにポテトチップスや裂きイカ、チータラ、柿〇ーなどが置かれる。

 つまめるものと言ったがチョイスが完全に酒飲みの親父だ。まあ、おいしいからいいけど。

「で、誰から話す?」

「それでは僭越ながら…私が日本という国の在り方を存分に語らせていただきましょう」

「東郷、それパス。多分半分も聞かないうちに夏凜が寝るから。他は?」

「はいはーい。怪談とか」

「いやー!? ダメ、それ絶対ダメ! 他は誰かいないの?」

「しょーがないわねー。じゃああたしの訓練時代のつらかった出来事トップ5を」

「誰が聞いてて喜ぶのよ…もっとこう、女の子っぽいというか、心がウキウキするような」

「コイバナとか?」

 樹の言葉に風が「そう!」と立ち上がりかけ顔を輝かせた。

「さすが我が妹。女子力あるわー。ご褒美にヤンヤン〇けボーをあげよう」

「わーい」

 塩辛いものだらけでちょうど甘いものが欲しいと思っていたのだ。ありがたく受け取る。

「それじゃあ誰か…恋をしている人~?」

 その言葉にだれも手を上げなかった。5人もいるのに1人もである。

「意外ね。東郷なら上げると思ってたのに」

「夏凛ちゃん、私は恋をしているんじゃないの。友奈ちゃんを愛しているのよ」

 通常運転の東郷に、はいはいそうですかと他の4人は呆れる。

 ちなみにこの場所に丹羽がいたら「素晴らしい」と笑顔で拍手をしていたことだろう。

「はぁ~、情けないわね。年頃の女子がそろいもそろって」

「そういうあんたはどうなのよ?」

 夏凛の言葉に「あ」と友奈、東郷、樹の3人は声を出す。

 しまった、夏凜に注意するのを忘れていた。この話題になると風先輩は延々と会話ループするバグが発生してしまうのだ。

 止めさせないと、と口を開きかけた友奈だったが、次に夏凛の口から出た言葉に驚く。

「丹羽とどこまで進んでるって話よ。樹がせっかく2人きりにしてあげたんだから、何か進展したんでしょうね」

 あ、そっちか。

 どうやらチアをしてモテた(と思っている)話を延々とされるのは回避できたらしい。しかも自分たちも気になっていた話題だ。

「え? 丹羽? 特に何もないけど」

 だが返ってきた答えはそんなすっとぼけたものだった。

「いや、そんなわけないでしょ! お風呂から帰って来た時、あんた丹羽の膝に抱き着いて枕にしてたじゃない」

「え?」

 夏凜の言葉に風は思い出す。

 自分の名を呼んでくれて普段見たことのない優しい顔で自分の頭をなでてくれた少年のことを。

 あれは自分の願望が見せた夢だったはずだ。現にその後もずっと犬吠埼先輩と呼んでいたし、そんなことをしたそぶりも見せなかった。

「あの、確認したいんだけど…アタシとナツメにタオルケットをかけてくれたのは誰?」

「丹羽君に決まってるじゃないですか。私たち全員お風呂に入ってたんだから」

「そうだよお姉ちゃん」

 友奈の言葉に「そう」と返すと風の顔がどんどん赤くなっていく。

 ちょっと待て。じゃああれは夢じゃなかったってこと?

 現実ではありえない名前呼びに夢だと勘違いしてアタシはあんなことを言って、あまつさえ自分からナデナデの要求まで!?

 プシューッ! と音が出そうなほど風の顔が赤くなる。

「ど、どうしたんですか風先輩?」

「夢よ」

 風は布団をかぶって籠ると中から消え入りそうな声で言った。

「夢。あれは絶対夢。じゃないと年上としての威厳が…ていうかなんであいつあんなこと言ったのよ。あれじゃいつも見てる夢と勘違いするじゃない?」

「お姉ちゃん、なんて?」

 布団から決して顔を出そうとしない姉に対し隣の布団の樹が近づくが、ぶつぶつ言う声は聞き取れなかった。

「風はリタイアとして、次は樹ね」

「え、わたしですか?」

 夏凛が今度は樹をターゲットにした。

「なんかないの? この中で唯一クラスに同じ部活の男子がいる身としては」

「あ、ありませんよぉ」

 というか、丹羽が樹に近づこうとする男を百合イチャ観察のために軒並み追い払っているのであるはずがない。

「でも、丹羽君樹ちゃんに特別優しいよね。同じクラスだからかもしれないけど」

 友奈の放った言葉に、残り2人の女子がほうほうと食いつく。

「一緒にいる時はさりげなく他の男子とぶつからないように守ったり、樹ちゃんが重いもの持とうとするとどこからともなく現れて先に持って行っちゃったり。あと勇者部の皆にやってくれてるけど外では道路側を歩いてくれたり幼稚園で髪を引っ張りそうな子を止めてくれたりとかいろいろしてくれてるよ」

「そうね。一緒にいる時間が長い分、1番丹羽君にお世話されてるんじゃないかしら」

 東郷の指摘に、「ええ、そうなんです」と力なく樹は微笑む。

「おかげでいつの間にか付き合っているとか噂が流れたり、迷惑してるんです。まあ、それで男の人からは話しかけられることはなくなったので助かっていると言えば助かっているんですが」

 樹の言葉に「ふーん」と3人は顔を見合わせる。

「樹ちゃん、本当に嫌なら私から言いましょうか? これ以上樹ちゃんに近づくのは迷惑だからやめなさいって」

「え?」

 東郷の言葉に樹は目をパチパチとさせた後、慌てて首を振る。

「そ、そんな。東郷先輩にそこまでしてもらわなくても! それに私もそれで助かっているというか、言うほど迷惑じゃないというか」

 おや、ついさっき迷惑だと言ったのに慌てて否定するとは。

「それに、わたしの料理スキルアップのためには丹羽くんは必要ですし! なぜか皆さん食べたがらない料理も丹羽くんは好き嫌いせずに食べてくれるし…それが嬉しいとかじゃないですから」

 勇者部2年生組は微笑ましいものを見るような顔で樹を見る。

「な、なんですか? その素直になれない夏凛さんを見るような目は」

「おい、誰のことよ。…まあ、いいわ。次、東郷」

「え、私?」

 今度は見た目は完璧なのに国防思想の言動で台無しにしている少女にお鉢が回って来た。

「ないの? 浮いた話。友奈以外で」

「友奈ちゃん以外となると…うん、ないわ」

 あっさりと言ってのけた。

「だって男の人って私が車椅子だと露骨に同情的な視線で避けるんですもの。第一印象が最悪なのね。でもそれでも近づいてきた人は私の胸ばかり見て目を見ようとしないし…」

「「嫌味か貴様ッッッ!」」

 樹と夏凜が東郷の布団に侵入し、脇や腹をくすぐる。それで東郷は身体を震わせ、友奈に助けを求めた。

「ゆ、友奈ちゃん、きゃはっ、助け…キャハハハ!?」

「東郷さん、夜だから静かにね」

 だが親友はそれを見守るだけで、乾き物をかじりオレンジジュースで流し込んでいた。

 結局1分間くすぐりは続けられ、浴衣がはだけた東郷が出来上がった。

 荒い息を吐き顔を上気させる姿は大変艶めかしく、同性でも思わずゴクリと生唾を飲む光景だ。

「ハァ、ハァ…どうせなら友奈ちゃんに触ってほしかった」

「結局それか!」

 どこまでもぶれない同級生に、夏凜がツッコむ。

「まあ、東郷先輩がモテるのは認めざるを得ませんね。こんなわがままボディをしてたら」

 樹の言葉に3人はうなずく。

「でも東郷のお眼鏡にかなう相手はいないと。友奈以外は」

「そうね。まあ、最初会った時丹羽君はそのどちらでもなかったから珍しい子だと思ったんだけど」

 何気なく漏らした東郷の言葉に、「ん?」と夏凜は首をひねる。

「ちょっと待って。東郷、あんた丹羽のこと嫌いじゃないの?」

「まさか。樹ちゃんと同じ大切な後輩だと思ってるわ」

 その言葉に「え?」と樹と友奈も驚く。

「じゃあなんであんな風にドツキ漫才したり、丹羽と一緒にされることを嫌がるのよ」

「え、あれは先輩としての愛の鞭というか、ただのお仕置きよ。普通に丹羽君とは友奈ちゃんの映像を一緒に見たり情報を共有したりしてるわ。一緒にされるのが嫌っていうけど社会的にアウトなだけで私と2人きりだと全然気にならないし」

 待った待った待った。

 ここに来ていろいろ新情報が出てきて、混乱してくる。

 とりあえず1つずつ検証しようと夏凜は東郷に質問する。

「えっと、時々あたしから見てもヤバい攻撃をしているのに、丹羽に嫌悪感とかはないのね?」

「全然。むしろあれは先輩からのかわいがりよ」

 かわいがり(相撲)ですか。なるほど。

「次に友奈と一緒にいるところを邪魔されるのは嫌じゃないの?」

「え? むしろあの子には私が友奈ちゃんと一緒にいられるよう陰ながら努力してもらってるのはわかってるから、感謝しかないわよ」

 予想外の言葉に「お、おう」としか言えない。感謝しているのにあの黒いオーラを出していたのか。

「それに丹羽くんは同志だし。私と友奈ちゃんの関係を1番最初に応援してもらったから特別なの。だから友奈ちゃんと2人で話していても多少のお仕置きで済ませてるのよ」

 多少…多少であれだけのダメージを残す制裁をするんだろうか。

 まあ、丹羽が丈夫であまり応えていないというのも原因なのだろうが、それにしたってやりすぎだと思う。

「それと、さっき言ってた2人きりなら丹羽のあの不審者顔も気にならないっていうのは?」

「丹羽君とは定期的に情報交換を兼ねた友奈ちゃんを愛でる会を行っているの。そこで友奈ちゃんが今日どんなことをしたか。誰と仲良くなったかを聞いてメモしたり映像や写真を交換しているのよ」

「2人きりで?」

「残念ながらまだメンバーは2人なの。議論が白熱するときはうちに泊まり込むこともあるわ。夏凜ちゃんも入る? 今なら会員ナンバー1桁の称号が」

「風、樹! ヤバイ! アンタらが手をこまねいている間に東郷が2手3手も前に行ってる!?」

 東郷から聞かされた衝撃的な事実に布団にこもっている風を引き出そうとするが、当の本人はオーバーヒートで気絶していた。

 樹はと見るとこっくりこっくりと舟をこいでいる。どうやら東郷の話への興味よりも眠気が勝ってしまったらしい。

 夏凜はそっと樹を布団に寝かせ、枕に頭をのせる。

 今日聞いたことは2人に黙っておこう。下手に刺激すると勇者部にいらぬ混乱が起こりそうだ。

 2人が寝ていることを確認した後、夏凜は肝心な部分を聞いていないことに気づく。

「東郷、あんた丹羽が好き? 恋愛的な意味で」

 その言葉に東郷はにっこり微笑む。

「好きよ。友奈ちゃんとは違った意味で。車椅子のかわいそうな先輩じゃなくて1人の女の子、東郷美森として見てくれた最初の異性だもの。そしてみんなと戦う勇者としての目的を気付かせてくれた大切な後輩」

 乙女座戦の時のことを思い出し、東郷は言う。

「私、1度彼に命を救われているの。だから彼が困ったときは命がけで助けたいって思ってるわ」

 見たことのないバーテックスの特攻を身を挺して守ってくれた。

 あの時から自分の心は決まっている。もし彼が死の危険に瀕した時は、助けてもらった自分の命を使おうと。

 それから彼は友奈と同じくらい東郷にとって大事な存在になった。

「もし、仮によ。仮に丹羽が付き合ってくれって言ったら」

「夏凛ちゃん。それはあり得ないわよ」

 夏凜の言葉を遮り、東郷は言う。

「だって、彼は時々すごい優しい顔で私たち勇者部の皆を見てるの。みんなに気づかれないように必死に隠してるけど、ずっと見てた私にはわかる。まあ、車椅子で1人だけ視点が違ったから気付いたのもあるんだけど」

 そう言われても夏凛には覚えがない。丹羽と言えば女の子同士が仲良くしている姿を見て不審者のような顔をしている場面しか思い浮かばない。

 いやー―1回だけあった。

 丹羽明吾という人間の優しさを感じた場面が。

「水瓶座の時…」

 あの時、心折れかけていた夏凜を奮起させたあの言葉と声。

 あれが本来の彼だとしたら。

 東郷が言うすごい優しい顔なのだとしたら、東郷の話も納得できないことはない。

 あくまで納得できないことはないというだけで納得したわけではないが。

「多分、彼にとって私たちはそういう対象(・・・・・・)じゃないんだと思う。もっと大切な…そうね、親が子供に対する気持ちみたいな」

「なによそれ。あいつの方が年下なのよ」

 東郷の言葉に納得がいかないというように言うと、東郷も「そうね」と言う。

「さあ、そろそろ寝ましょうか。友奈ちゃんも寝ちゃったし、この話はこれくらいで」

 気が付けば友奈はチータラに手を伸ばしたまま寝息を立てていた。話に入ってこないと思ったら、寝落ちしていたのか。

 東郷に促され、夏凜も簡単に片づけを手伝い電気を消して布団に入る。

 だが頭の中は先ほどの東郷の言葉がグルグルと回っていた。

「彼に1度命を助けられているの。だから彼が困ったときは命がけで助けたいって思ってるわ」

 そんなの自分も一緒だ。あの時の励ましがなければ完成型勇者三好夏凛という存在は終わっていた。

 あの後息を吹き返したのは丹羽の言葉が支えになったから。失敗しても受け止め、自分を見捨てない存在がいてくれると分かったから。

 とそこで気付く。それはまるで父親や母親が子供に抱くような無償の愛ではないかと。

 樹や自分の考えていた男女の打算的な恋愛感情とは全く異なるものであることを。

「そういうことね…ったく厄介な」

 どうやら樹の丹羽にとって風を1番にするという目標は相当困難らしい。

 なぜなら丹羽にとって勇者部全員が等しく大事だということが今はっきり分かったからだ。

 さて、どう樹に伝えるべきか。どう伝えたらわかってもらえるだろうか。

 そんなことを考えていると眠気があくびとして口から入って来た。どうやら海で遊んで予想以上に身体は疲れているらしい。

 まあいいや。この考えは、明日まとめれば…。

 そんなことを思いながら、三好夏凛は夢に落ちていった。

 




【悲報】東郷さん、とっくに堕ちてた。
 命の危機を救う。戦闘後のメンタルケア。秘密にしていた性癖を認めてくれた上に応援してくれる。自分を含め部活の皆を助けてくれる。趣味の理解者(軍オタ、友奈ちゃんの両方)。動かなかった足の治療。
 あれ、好感度上げることしかしてないな?(首をひねる)
 東郷さんの心理的には1番大切で大好きな同性は友奈ちゃん。1番大切な異性は丹羽という位置づけです。
 もしヘテロ展開だったら重い愛を受けていたでしょうが、丹羽君は百合男子なので問題ありません。

 原作7話終了。ようやく折り返し地点。
 でも8話までは1か月近く間があります。そしてそれからは怒涛のイベントラッシュ…タイムスケジュールおかしくない?

 ドキドキ、丹羽君に対する好感度(ヘテロ堕ち警戒度チェック)

☆友奈:隙あらば攻略されそうなので警戒中。むしろ友奈次第でルート確定しそう。愛が重い。
▲東郷:丹羽による無償の愛の理解者。友奈ちゃんLOVE。愛が重い。
◎風:恋人未満お隣さん以上。距離が現在1番近い。きっかけさえあればルート確定。
〇樹:風とくっつけようと画策中。ヘテロ派。無自覚だがツンデレ状態。
×夏凜:丹羽の愛し方は理解したが納得はしていない。恋愛感情なし。安全。


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解釈違いとその対応について

 あらすじ
 ドッキドキの水着回&温泉回!
 夜は男子禁制、秘密のガールズトークが!

Q丹羽明吾君についてどう思いますか?
風「丹羽? 弟みたいなもんだって」(なお美化された丹羽といちゃつく夢を見る模様)
樹「丹羽くんはお姉ちゃんが1番でいてくれなくちゃダメ!」(避けられないヘテロと百合厨の解釈違い)
東郷「丹羽君? ええ、好きよ。命の恩人だし、私という人間をちゃんと見てくれるし」(理解者)
友奈「丹羽君は樹ちゃんと同じかわいい後輩だよ! もちろん大好き!」(攻略王)
夏凜「(あれ、ひょっとしてフラグ立ってないのあたしだけ?)」(安牌)


 そこは暗い空間だった。

 気が付けば夏凛は椅子に座り、最前列で舞台を見ている。

『お母さん、お父さん、あのね、今日あたしね』

 舞台の上、スポットライトを浴びた髪を2つ結びにした少女が同時に光を浴びた大人2人に声をかけている。

 だが大人たちは少女の方を見ない。見ているのは目の前にいる少年だけだ。

『すごいな春信は。今回のテストも全教科満点だったんだって?』

『お祝いをしましょう。あら? 夏凜、どうしたの』

『…ううん、なんでもない』

 少女は手に持っていた紙の束を隠す。そこから1枚落ちてスポットライトの光が絞られる。

 三よしかりん さんすう100点。花丸もついていた。

 だが他のテストは90点や80点で、100点はその1枚だけなのだ。

『せっかくクラスであたしだけが100点を取ったって自慢したかったのに』

 独白と共に照明が消える。また照明が付くと今度は額縁に入れられた絵を、髪を2つ結びにした少女が見ている。

『すごいな春信は。県の芸術賞を取ったんだって。父さんも鼻が高いぞ』

『本当にこの子は何でもできて。母さん誇らしいわ』

 声だけで両親の姿は見えない。ポロポロと少女は泣いていた。

 少女の手から落ちたの1枚の絵。題材は【家族】。

 そこに描かれていたのは父、母、そして兄。

 少女の姿はなく、3枚にびりびりに破れてしまった。

『絵なんて、見る人の主観だもの。皆にはこの芸術がわからないのよ』

 また照明が落ち、今度は仮面を被った男と2つ結びの髪をしたセーラー服の少女が背中合わせに立っている。

『春信は天才だ』『10年に1人の逸材』『あの歳にしてもう大赦に務めているそうだ』『近々昇級するとか』『やはり仕事のできる男は違う』『孝行者の息子を持って両親もさぞ鼻が高いだろう』

 仮面の男が褒められるたびに少女は一歩ずつ歩き出し、やがて舞台の端まで来てしまった。

『それに比べ…なんだあの妹は』『不愛想で春信とは大違い』『しかも才能は遠く及ばないと来た』『仕方ない。鳶は続けて鷹を産むまいよ』『あの春信の妹なら、これくらいできると思ったが』

 あちこちから聞こえてくる声に、少女は舞台の中央へと走り叫ぶ。

『うるさい!』

 少女の声にどよめきの声が広がる。

『あたしは三好夏凛よ! 三好春信の妹じゃない! どうしてあたしを見てくれないの!? どうして認めてくれないの!?」

 少女の声に、どよめきは呆れを含んだため息へと変わる。やがて離れていく靴音だけが聞こえてきた。

『待って! 誰かあたしを認めて! 頑張るから! 兄貴よりずっと頑張ってできるようになるから、だから――あたしを認めてよ」

 舞台が暗転する。

 ブーっという音が鳴り、舞台の幕が下りてきた。

 天井のライトが付き、これで劇が終わりだと告げている。

 なんともつまらない劇だ。しりすぼみもいいところ。

 結局凡才は努力しても天才には勝てないということか。くだらない劇だ。

 夏凜は席を立とうとして、隣にいた少年に手をつかまれた。

「駄目ですよ三好先輩。ちゃんと第2幕も見ないと」

 誰だこいつは。初対面の癖に馴れ馴れしい。

 と同時にこいつの顔をどこかで見たことがあるような気がした。どこだっただろう?

「ほら、始まりますよ」

 声と共に天井の照明が消え暗くなる。ブーっと音がして幕が上がった。

 舞台の上にスポットライトが当たる。そこでは髪を2つ結びにした少女が泣いていた。

『また、失敗した。頑張ったのに、全部無駄になった』

 手元には2振りの刀。それが手から落ち、カチャンと金属音を鳴らす。

『どこが完成型勇者よ。勇者になれたのも兄貴のおかげ、贔屓と言われないために頑張っていたのに、いつも足手まとい。これじゃあ皆に合わせる顔なんて』

 やはりくだらない劇だ。

「どこがくだらないんですか?」

 隣の席の少年が言う。

「どういう劇なら面白いんです?」

 その言葉に夏凜は何か言おうとして…急に手を引っ張られ舞台に上げられた。

 なにをするのかと少年をにらみつけると、にこにこして手を振っている。こいつ、何を考えてるの?

『なによ、あんたもあたしを笑いに来たんでしょ!』

 髪を2つ結びにした少女が夏凜をにらみつけながら言う。それにカチンと来た。

「そんなことしないわよ。あんたが頑張ってたのは知ってるし、それでもうまくいかなかったのも知ってる」

 でも、自分ならそれで諦めたりしない。

「なんで周りを頼らないのよ」

 夏凛の言葉に少女は何を言われたのかわからないような顔をしている。

「あんたに手を差し伸べてくれた人はいっぱいいたでしょ? なのになんで1人だけで頑張ろうとするのよ」

『そんな人、いない。あたしを助けてくれる人なんて…あたしを認めてくれる人なんて』

「いないなんて言わせない。あたしはそれを憶えてる」

 スポットライトが当たる。それは学校の先生。

『このテストで100点を取ったのは学校で三好さんだけです。みんな、拍手!』

 スポットライトが当たる。それはもう名前も憶えていないかつてのクラスメイト。

『かりんちゃんすごい! これってキュピズムっていうんだよね。私これ好き!』

 スポットライトが当たる。それは勇者候補生の楠芽吹と弥勒夕海子。

『夏凜、私とあなたで勇者になるわよ。弥勒さんの分まで』

『夏凜ちゃんは頑張りすぎですわ。もう勇者候補ではありませんがこの弥勒夕海子、あなた方のサポートくらいできましてよ』

 スポットが当たる。スポットが当たる。スポットが当たる。

 いつの間にか舞台を埋め尽くすほどの人間がそこにはいた。それを呆然と髪を2つ結びにした少女は見る。

「どう、これだけの人があんたを認めてくれているのよ」

『そんなの…そんなの知らない。あたしは認められなくちゃ』

「認められるって誰に? 大赦の職員? 親? 兄貴? 馬鹿みたい」

 かつて精霊に言われた言葉を目の前の少女に放つ。

「あたしには――あんたには5人も仲間がいるじゃない。そいつらに認められれば、あたしは充分」

 画面が暗転し、再び明かりがともる。そこには少女に向かって手を差し伸べるピンク、青、黄色、緑、白の服を着た人間がいる。

「ほら、行きなさいよ」

 まだ迷っている髪を2つ結びにした少女の背中を押し、夏凜は笑う。

 前につんのめった少女を5本の腕がつかみ、引き寄せる。抱き留められ、恐る恐るではあるが少女はその手を取った。

「そう、それでいいのよ」

 舞台が暗転する。これで終わりかと夏凜が舞台を降りようとすると、少年が手を広げ妨害してきた。

「ちょっと、劇は終わりでしょ」

「何言っているんですか。ラストシーンが残ってます」

 その言葉と同時にスポットライトが当たる。

 そこにいたのは仮面をかぶった男だった。

『夏凜、この前のテスト夏凜だけが100点を取ったんだって? すごいじゃないか』

 びりびりに破れた絵をテープで元通りにした仮面の男が言う。

『夏凜が描いてくれた絵だ。宝物にするよ』

『夏凜は僕の自慢の妹だよ』

『無愛想に見えるけど、優しい子なんです』

『妹には妹にしかできないことがあります』

『夏凜は俺なんかよりずっと特別な子です。俺はそれを知ってます』

『俺は俺、夏凜は夏凜なんだから、気にすることはないんだよ』

 どうして忘れていたんだろう。

 全部自分が言われたことだ。そして聞こえないふりをしてきた言葉でもある。

 それを聞くたびに見下されているような気がした。憐れまれている気がした。

 だから、無視して歩み寄る兄から逃げて、逃げて。

 今からでも振り返り、手を伸ばせば届くだろうか。

「ほら、三好先輩の台詞ですよ」

 少年に背中を押され、たたらを踏みながら舞台の中央へ向かう。

 そこには手を伸ばせば届く距離に、仮面の男がいた。

『夏凜…』

 仮面の男の声が聞こえる。表情は見えないが、不安そうだ。手も出そうか出すまいか迷っている。

 夏凜はその様子を見て腕を伸ばし、引っ込みかけた手をぎゅっと握る。

「なに遠慮なんかしてるのよ馬鹿兄貴!」

 仮面の男が驚いている。本当は仮面の下の表情も見たかったが、それは現実での楽しみとしよう。

 なんとなく、これが夢だとわかっていた。だから夏凜はこの出来事を目が覚めても憶えているように、宣言する。

「あたしは、三好夏凛はずっと避けていた兄貴と仲直りする! 昔通りとはいかないけど、それなりに仲のいい兄妹として」

 その言葉に客席から拍手が送られる。その中には自分を舞台に上げた少年の姿もあった。

 まったく、お節介ねあんたは。

 現実でも他人のために優しさを注ぐ少年に見守られながら、夏凜の目の前に緞帳が下りるまでその光景を見ていたのだった。

 

 

 

 目覚めは幾分か爽快だ。

 多分自分が1番最後に寝たはずだが、1番最初に起きてしまった。

 夏凜は他の勇者部メンバーを起こさないようにスマホを開き、時計を見る。

 午前5時。朝食には少し早い時間だ。

 何か変な夢を見ていた気がする。そこで最後何か決意していたような…。

 駄目だ。思い出せない。

 朝風呂でも入ればすっきりするだろうか。そう考え布団から出ると隣の部屋へ続くふすまが目に入った。

 そういえば昨日風と一緒に丹羽を簀巻きにしたんだっけ。

 と同時に寝る前まで東郷と話していた内容がフラッシュバックのように頭の中で再生される。

 そうだった。樹になんて説明しよう。

 まさか友奈以外眼中にないと思っていた東郷が1番丹羽と近かっただなんて。

 しかも恋愛とかそういう浮ついたものよりももっと深い部分で通じ合っているような感じだ。

 風と違うのは東郷が相手を意識していること。恋愛の恋はなかったが愛があった。

 おそらく東郷なら丹羽が望む距離感で一緒にいられるだろう。樹のように1番でいてほしいという独占欲はなく、平等に無償の愛を注いでいる丹羽の考えも理解し付き合っていけるはずだ。

 それが男女の仲として正しいとは夏凜は納得しかねるが。

 男女による普通の恋愛を釣りとするなら丹羽は魚に向けて毎日餌だけ与えに来ているカモだ。

 魚を釣るための仕掛けのついた釣り糸を垂らしもせず、竿すら持たず、ただ毎日魚に愛情という名の餌を与えている変人。

 善人と言えば聞こえはいいが、他の釣り人からしたらたまったものではない。

 なにしろ丹羽が餌をまいているので魚は来るが、けっして自分の釣り竿にはかからない。

 しかも丹羽が与えている餌は極上品で、魚はおいしそうに食べ肥え太っている。他の釣り人からしたらぜひ釣りたいと思える魅力的で極上な獲物だ。

 ただ、極上の餌に慣れた魚たちに取って他の釣り人の餌はまずそうに見えてまず食いつかない。たとえ食いついたとしても丹羽はその釣り糸をはさみでちょん切り、逃がそうと考えている。

 つまり釣り人にとって丹羽という存在は迷惑以外のなにものでもないのだ。

「本当、難儀な相手」

 お人よしというか馬鹿というか。打算なしの無償の愛を与えている相手にどうやって魚を釣るための釣竿を持たせるのか。

 釣竿を持たせてもあいつのことだ。きっと返しのないまっすぐな針を釣り糸にたらし、魚を釣る気など微塵も見せないだろう。

 恋愛において釣った魚に餌をやらないという言葉はよく聞くが、釣らない魚に餌しかやらないという人間はあいつくらいじゃないだろうか。

 そんな相手に姉という魚を釣らせるために夢中にさせようとしているのだ。樹がする苦労はいかほどなのか。

 夏凛は他の勇者部メンバーよりも一足早く起床し、服を着替える。

 あれこれ迷うのは自分らしくない。隣の部屋へ続くふすまを開けると、昨日の夜から簀巻きにされて目が死んでいる丹羽がいた。

「丹羽、着替えなさい。ちょっと付き合ってもらうわよ」

 

 

 

 拘束を外された丹羽は夏凜に連れられ、昨日勇者部全員で遊んだ砂浜に来ていた。

 早朝なので周囲に人はいない。何をする気なのかと思っていると、スマホを取り出し画面をタップする。

 ヤマツツジの花が咲き誇り、夏凜の身体が光に包まれる。光が収まるとそこには赤い勇者服を着た夏凜がいた。

「あんたも変身しなさい。今日の朝練はマジでやりたい気分なの」

 その言葉に丹羽もスマホを取り出し、画面をタップする。

 白い百合の花が咲き誇り、白い勇者服に赤いラインが入った姿となった。

 さすがに勇者の武器を使うわけにはいかないので双方木刀の模擬戦だが、夏凜の顔は真剣そのものだ。

「なんでって訊かないのね。急にあたしがケンカふっかけたことに」

 夏凛の言葉に不思議そうに丹羽は首をひねる。

「いや、理由ならさっき言ったじゃないですか。朝練をマジでやりたい気分って」

「それを信じたの? ったく、お人よしもそこまで行くと大馬鹿ね!」

 夏凛が踏み込み、2振りの木刀で丹羽の胴と腕を獲りに行く。

 だが相手もその狙いをわかっていたのか、丹羽の持った2本の木刀で弾かれる。もちろんそれを予測していた夏凜は別の追撃を数パターン脳内でシミュレートし、最適と思われる攻撃を繰り出していく。

「あんたさぁ、風と樹のことどう思う?」

「犬吠埼先輩と犬吠埼さんのことですか? 仲のいい姉妹だと思ってますよ」

「違う、男としてどうなのか。魅力を感じるのかってことよ」

 言葉を交わしつつも攻撃は鋭く緩めない。丹羽は夏凜の攻撃に防戦一方だ。

 右へ左へと続けて放たれる連撃に、時に避け、時にいなし足を常に動かしながら攻撃をさばいていく。

「魅力的だと思いますよ。犬吠埼先輩は世話焼きで、引っ張ってくれて。なのに純真でかわいらしい乙女なところがある。犬吠埼さんは一見守ってあげたくなるタイプですけど芯に強いものを持っていて、いざというときは頼りになる子だと」

「へえ、そう。外見とかはどうでもいいの…ね!」

 渾身の2本同時の胴払いを木刀を十字に構えて受ける。足が止まったことで怒涛の剣戟が丹羽を襲う。

「え、だって2人は誰が見てもきれいでかわいいじゃないですか。今更言及する必要あります?」

「こいつは…」

 さらっと宣ったタラシ発言に夏凜は脱力する。本気でそう思っているのが打ち込んだ木刀を通じてわかるからタチが悪い。

「あー、やめやめ。これなら巻き藁相手に打ち込みしてた方が訓練になるわよ」

 そう言って夏凛はスマホの画面をタップし、変身を解く。

「防戦一方で全然攻めてこないし。なに? あたし相手じゃ本気になれない?」

 夏凜の言う通り、丹羽は攻撃を受けるだけで決して反撃はしてこなかった。これでは木偶相手の訓練と変わらない。

「いえ、こっちは本気で防御してましたよ。ただ、俺が武器を振るうのはバーテックスを相手した時だけ。人間には振るいません」

 てっきりフェミニストを気取って女は傷つけられないと言ったらぼっこぼこにしてやろうかと思ったが、そういう理由なのか。

 なるほど。

「丹羽、そこに正座。今からぼっこぼこにしてやるからせいぜい耐えなさい」

「何でですか!?」

 にっこりと笑って私刑宣言(リンチするぞ)した夏凜に丹羽が抗議する。

「それってあたしを馬鹿にしてるのと一緒だからよ。かっこいいこと言ってるつもりなんでしょうけど、あたしからしたら侮辱以外のなにものでもないわ」

 夏凛の言葉にしゅんとして「すみません」と丹羽が言う。

 おそらく夏凜のプライドをいたく傷つけたと思っているのだろう。まったく、こいつは。

「嘘よ。勇者に変身しているとはいえ、抵抗できない相手を叩くなんてあたしのプライドが許さないもの」

 夏凜の言葉に丹羽は目をパチパチしている。どっちの言葉が真実なのか測りかねているようだ。

「ただ、侮辱してるって言葉は本当。あたしはガチのあんたと戦って本心を知りたかった。だからそれに応えてくれなかったのは正直がっかりだわ」

「すみません三好先輩、でもこればっかりは」

「いいのよ。価値観なんて人それぞれなんだから。ただそれによって傷つく人間もいるってことを知ってほしかっただけ」

 そう言って夏凜の言った通り本当に正座しようとしている丹羽の手を引っ張り立たせる。

「丹羽、水着を買いに行った時の樹とあたしの会話、憶えてる?」

 その言葉に、丹羽は神妙な顔をしてうなずく。

「はい。俺の良かれと思ってしていたことが知らない間に犬吠埼さんを傷つけて、取り返しのつかないことになるところでした。三好先輩には感謝しか」

「そうじゃない」

 肝心なところを勘違いしている後輩に、夏凜は先輩として指摘する。

「あんたは自分が思っているより勇者部の皆に影響を与えてるってこと。風と樹はもちろん友奈に東郷、あたしにもね」

 丹羽は夏凛の言葉にいまいちピンと来ていないようだ。やれやれ。

「あの時聞いたかもしれないけど、もう1度言うわ。あたしはあの時心が折れかけていた。完成型勇者失格だって。でもあんたの言葉でもう1度立ち上がることができた。感謝してもしきれない」

「それは俺の言葉がきっかけなだけで、勇者部の皆がいたからですよ。三好先輩を受け入れてくれる存在がいたから俺も太鼓判を押してああ言えたんです」

 まったくこいつはわかっていない。あの時の言葉が自分にどれだけ影響を与えたのか。

 失敗して今までの努力が全部無駄に終わったと思っていた自分を立ち直らせてくれただけでなく、その失敗すら肯定して自分が進むべき道を示してくれた。

 それがどれほど三好夏凛という人間に対して衝撃的な出来事だったのか。

「例えばさ」

 と前置きして夏凜は言う。

「もしあの言葉がきっかけであたしがあんたに恋してたら、あんたはどうしてたわけ?」

「ええ!?」と驚く後輩に、「例えばよ例えば」と夏凛は言う。

「それはその…俺は百合を見守る使命があるので残念ですが」

「やっぱりね。で、それで気まずくなって勇者部やめるってなったら?」

「そんな! そうなるくらいなら俺が辞めます!」

 迷いのない即断だった。本当に、そういうところよ! と夏凜は内心でため息をつく。

「そうなったら風やみんながあんたを引き留めようとするわよ。で、あたし…ああ、仮に告白した方のあたしね。それが告白したことでやめようとしたことがバレたら、その子のせいで勇者部がギスギスするわよ。それでもいいの?」

「いいわけないじゃないですか!」

 丹羽の表情は真剣だ。よっぽどそうなる事態を見たくないのだろう。

「でしょうね。でもそうなる可能性もあるってこと。もしかしたらあんたを引き留めるためにその子と同じように告白する奴らもいるかもしれない」

 風とか樹…あと東郷はどうだろう? 告白とは違うがそれに近いことはしそうだ。

 友奈は間違いなく引き留めるだろう。恋愛感情はあるかどうかは不明だが。

「そうなると修羅場よ? あんたが見守りたいと思っていた百合イチャなんて夢のまた夢かもね」

 その光景を想像したのか、丹羽が顔を青くしてガクガクと震えている。

 こいつ、そこまでショックだったのか? どんだけ百合イチャとやらが大事なのよ。

「そうなるくらいなら自分が嫌われようとするのとかなしね。あんたが言ったのよ、同じ失敗をしようとしている仲間がいたら止めることができるって」

 図星だったらしく、丹羽がびっくりしている。こういう顔は初めて見たので少し痛快だ。

「と、いうわけで。もしそんな事態になったら、ちゃんとみんなの言葉を受け入れて話し合いなさい。そして自分がどうしたいか、どうするべきかを話し合うの。妥協点を見つけるともいうけど、納得できる結論が出るまで何度でもね」

 夏凜の言葉に神妙に「はい」と丹羽がうなずく。まあ、あたしが言えた義理じゃないんだけどね。

「とまあ、先輩のお説教はここまで。次はちゃんとやってよね」

「はい。皆さんにあまり関わらず道端にいる道祖神のように皆さんを見守りたいと思います」

 その言葉に思わずずっこけかける。こいつ、今まで何を聞いてたのか。

「ちーがーうーでーしょ! あんた何聞いてたの? その耳についてる穴は飾りなの?」

「ええ!? じゃあどうすればいいんですか!?」

 非常に情けない顔だった。すがりついてこそ来なかったが内心ではそうなりたいと思っているのが見え見えだ。

「優しくするならその行動に責任をとること。無償の愛なんて、東郷みたいに理解できる人間はそういないんだから。男が女に優しくしたら、下心があるって普通は思うもんよ」

「え、なんでそこで東郷先輩の名前が?」

 あ、しまった。

 思わず口が滑った夏凜だったが、こうなったら勢いでごまかすことにする。

「いいから! もし女の子に告白されてもさっきみたいに趣味の百合イチャを免罪符にごまかすんじゃなくて、ちゃんとあんたの言葉で本音を話すのよ。その上で相手にも納得してもらうこと。いいわね!」

 ビシっと目の前の後輩に指を差す。

「それとあんた夏休み暇よね? 暇でしょ! 時間のある時はみっちり稽古してあげるわ。さっきの次っていうのはその稽古のことよ」

 夏凜の言葉に丹羽は目を白黒させて「は、はい」とうなずいている。よし、ごまかせた。

 こうして勇者部1泊2日の夏合宿が終わった。

 帰りの大赦所有の送迎車(貸し切り)では東郷が怪談、【自分の体を求めさまよう腕】を話し真に迫った語り口に勇者部全員を震え上がらせていた。

 夏凜も同年代の女子から訊いてその内容は知っていたが、東郷が話すと別物のように恐ろしい。あまりジュースを飲んでいなくてよかったと思う。

 特に風は見ていて気の毒になるくらい顔を青くしていて、マンションの前で降ろしてもらっていたが腰が抜けており、樹と丹羽の支えがなければ車から降りられないほどだった。

 だから昨日の夜、怪談をあんなに必死に止めてたのかと夏凛は1人納得する。

 マンションの自分の部屋に帰った夏凛は、ふとスマホに兄からメッセージが届いていることに気づく。

 内容はいつも通り当たり障りのない天気のことだったり、そっちは元気にしていますかというこちらの体調の心配だったりという定型文だ。年頃の兄弟ならこんなものかもしれない。

 だが、その日の夏凛はどうかしていた。

 後輩に説教して自分のことを顧みる機会があったからか。

 あるいは今朝見た変な夢の残滓がどこかにあったからか。

『お兄ちゃん、今までごめん。お兄ちゃんはいままであたしに歩み寄ってくれていたのに、全部無視して。やり直せるかどうかわからないけど、いつか昔みたいに…いや、普通の兄妹に戻れるといいね。大好きだよ』

 そんな内容のメッセージを送ってしまった。

 その結果夏凜のスマホはメッセージの通知が1日中鳴りやまず、充電していないとすぐ電池が切れてしまいそうだった。

 もちろんメッセージを送って来た相手は兄の春信であり、内容は最初は夏凜を心配するもの。次に幼少期からの夏凛のエピソードに、あの時自分はどう思っていたかを延々と語る。途中返信が一切ないのに夏凜になにかあったのではないかという心配する内容に変わり、うっかり『大丈夫』と返してしまったため今度は妹大好きメッセージが送られてきたのだ。

 いったい何をとち狂ってあんなメッセージを送ってしまったのか。夏凜は後悔する。

 そして金輪際あんなメッセージは送らないと固く誓った。

 

 結局三好春信はこの一世一代の妹の仲直りチャンスを自らの手で棒に振ってしまい、三好兄妹の距離は余計に開いてしまったのだった。




 夏休み中の予定選択に【夏凜ちゃんとの戦闘訓練】が追加されました。
 これを選択すると戦闘能力が向上し、三好夏凛との信頼度、信愛度が上昇します。

 次回、いよいよあの方と対面。丹羽君は生き残ることができるか?


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あの日救えなかったキミたちへ

 あらすじ
 夏凜ちゃん先輩による解釈違いの結果起こる悲劇を避けるための講座開催。
夏凜「優しくするなとは言わないからそれ相応の覚悟と責任は持ちなさい」
丹羽「はい…結城先輩はいいんですか?」
夏凜「そうね…。あの娘にも1度ちゃんと言った方がいいかしら」
~後日~
東郷「丹羽君、あなた何言ったの!? 友奈ちゃん責任を取って勇者部の皆と結婚するって言ってるんだけど」
丹羽「三好先輩グッジョブ!」b


 8月4日。大赦の保有する温泉宿泊施設での夏合宿から2日後のことである。

 その日、東郷美森はお隣の結城友奈の家へ遊びに行くために準備していた。

 といってもやることは友奈の宿題の手伝いである。東郷は7月中にもうほとんど終わらせていて、あとは英語の課題だけだ。

 あれだけは他の人がいる時にやらないと全く進まないので、友奈にそばにいてもらっている。

 その交換条件として、自分は友奈の宿題でわからないところを手伝っているのだ。

 今日は後から夏凜も合流するらしい。なんでも最近丹羽と一緒に戦闘訓練をしているということだ。それが終わり次第向かうと連絡があった。

 東郷としても夏凛と丹羽が仲良くなることは喜ばしいことだと思う。もっとも夏凜にばかり肩入れするようでは演劇部の助っ人の時のようにスネてしまうかもしれないが。

 そんなことを考えながら家の門を出てお隣を訪ねようと外に出たのと、黒塗りの高級車が家の前に止まったのは同時だった。

「鷲尾須美…いえ、東郷美森様ですね」

 車から出てきた大赦の仮面をかぶった人間が、(うやうや)しく東郷に頭を下げる。

「お迎えに上がりました。どうぞ、お車へ」

 突然の出来事に東郷は混乱する。 

 大赦が一体何の用だろう。まさかお役目? 勇者としての自分たちの戦いは終わったのではなかったのか?

 そんな考えが表情に出たのか、大赦の仮面をかぶった大人は慌てて言う。

「誤解なさらないでください。勇者としてのお役目ではありません。いえ、それも少しは関係しているのですが、実はあなたにお会いしたいという方がいらっしゃいまして」

 お役目ではないが関係がある? 会いたい人間?

 どういうことだろうと逡巡していると、「あれ、東郷さん?」と家の前に止まった車を不審に思ったのか友奈が出てきた。

「結城友奈様。あなたもよろしければどうぞ。勇者部関係者の方はできるだけ連れてきてもらいたいとおっしゃられていたので」

「あの、私と友奈ちゃんに会いたいと言っているのはどこの誰なんですか?」

 東郷の言葉に、大赦仮面は告げる。

「先代勇者、乃木園子様です。どうしても東郷様に1度お会いしたいと。それと犬吠埼風様、樹様、丹羽明吾様、三好夏凛の元にも我々と同じように迎えが着ているはずです。どうぞ御心配なさらないでください」

 その言葉に東郷と友奈は顔を見合わせるしかなかった。

 

 

 

 車に乗せられ、連れていかれた先は水瓶座戦後に健康診断した病院だった。

 大赦所有の最新鋭の医療機械が配備された病院で、どんな病状もここでならわかるらしいということで紹介されたのだ。

 四国で1番バリアフリーとサービスが充実している病院施設で、入院費用はそれなりにかかるがそれに見合った治療を行う施設らしい。

「夏凜ちゃん、丹羽君!」

 そこの待合室で椅子に座っていた2人に友奈と東郷は駆け寄る。大赦仮面はその姿を確認した後一礼し、去っていった。

「2人も大赦の人に?」

「ええ、丹羽と訓練しているところに現れて連れてこられたわ。昔だったら理由も言わずに有無も言わさず拉致同然に連れてこられただろうけど、ちゃんと誰からどういう理由でどこに連れていくのか言ってくれたわ。変われば変わるもんね」

 以前の大赦の職員との違いに驚いているのか、夏凜は言う。

 事実丹羽が大赦の人間をバーテックス人間化していなければそれが普通だっただろう。夏凜と丹羽にシャワーを浴びて汗を流し着替える時間など与えなかったはずだ。

 一方で丹羽を見ると、自分の精霊3体と話していた。

「いいですか。スミが出ようとしても止めてくださいね」

『了解した。主』

『まっかせてー! マスター』

『えっと、できるかどうかわからないけど、精いっぱい頑張ります』

「じゃあ、そういうことで」

 丹羽の言葉と共にナツメ、ウタノ、ミトの3体が丹羽の中に帰っていく。

「どうしたの、丹羽君?」

「ああ、結城先輩。いや、スミが興奮して出てこないように言い聞かせてたんですよ。で、他の精霊にもお願いして、出てこようとしたら止めてくれって」

 その言葉に友奈、東郷、夏凜は首をかしげる。

「え、どうして?」

「ここは病院で、他の人の目があるということが1つ。大赦の施設とはいえ、一般の人もいるので」

 その言葉にもっともだとは思うが、他の3体の協力を仰ぐほどのことだろうか?

「そして大赦職員の言っていた先代勇者のこと。多分大赦にとっての切り札。もし俺たちが反抗した場合のカウンターという存在だと推測できます」

 丹羽の言葉に以前そういう話をしたことがあったなと3人はおぼろげながら思い出す。

「そんな相手にみすみす手の内をさらすようなことは慎むべきです。皆さんの勇者システムは今手元にありませんが、俺はそれなしでも戦えるいわば邪魔な存在。向こうがつぶそうとするならまず俺からでしょうから」

 それはつまり、先代勇者と丹羽が敵対するということだろうか?

 あり得ない可能性ではないが、疑いすぎではないかと友奈と東郷は思う。現にバーテックスとの戦いは終わったんだし。

 そう思っているとなぜか夏凜がわかりやすく丹羽から顔を背けていた。

「夏凛ちゃん?」

 友奈が問いかけると、びくっとしてギギギと音が聞こえそうなくらいぎこちなく動き、唐突に丹羽に頭を下げる。

「ごめん丹羽!」

 突然の謝罪に友奈、東郷、丹羽は驚く。

「多分あんたのこと、先代勇者は全部知っていると思う。あたしが報告書にまとめていろいろ書いたから」

「ええ!?」

 夏凛の告白に驚く丹羽。と同時に自動ドアが開き外から犬吠埼姉妹がやって来た。

「おーっす。どうやらアタシたちが1番最後みたいね…ってなにこの空気」

「皆さんどうかしたんですか?」

 ズーンという擬音が聞こえそうなほど落ち込んでいる夏凜と丹羽に、風と樹が疑問を口にする。

「お待たせいたしました。それではこちらへどうぞ」

 そんな中、大赦仮面が声をかけて6人をエレベーターまで案内した。

「えっと丹羽、なんかごめん」

「いいえ、三好先輩は自分の仕事をしたんですから…むしろそのことに思い至らなかった俺が馬鹿でした」

 なぜか夏凜が丹羽の顔をちらちらと伺いながら謝っていた。風と樹は訳が分からず首をひねる。

 まさか夏凜が人型の精霊やスミのことも園子に報告しているとは予想外だった。

 だが少し考えてみればわかることだ。夏凜は大赦側の勇者で必要ならば勇者たちの近況や能力を報告する。

 それがたまたま丹羽と人型バーテックスが支配するバーテックス人間の手に渡らずそのまま園子の元まで届いただけ。

 考えて、思わずそんなことある? と思ってしまう。大赦でもまともな思想の人間はバーテックス人間にしなかったが、まさかその影響がこんな形で出てくるとは。

 誤算だった。せめて園子の周りにいる人間は支配しておくべきだったかもしれない。

 まあ、それによってバーテックス人間の存在が気付かれるかもしれなかったから、しなくてよかったかもしれないが。

 丹羽があれこれ考えている間にエレベーターは目的の階についていた。

 屋上近くにある高層階だ。おそらくVIPしか入院できない病室で、1部屋がかなり広いのだとうかがえる。

 大赦仮面を先頭に勇者部6人が付いていく。やがて1つの病室の前にたどり着くと、ノックをする。

「園子様。東郷美森様と丹羽明吾様、三好夏凛、そして勇者部の皆様方をお連れしました」

「ご苦労様。入ってきてもらって」

 言葉と共に大赦仮面がドアを開けて頭を下げる。入ってくれということだろう。

 名前を呼ばれた東郷を先頭に勇者部6人が室内へと入る。

 室内は6人入っても充分広かった。ベッドの他に大型のテレビや冷蔵庫はもちろん最新式の電子家電が置かれている。

 そしてそこにいるベッドの上の長い髪の少女を見て、丹羽明吾の胸を締め付けられるような気持ちになった。

 乃木園子。2年前、自分が助けられなかった少女の1人。

 右腕には点滴をしている。恐らく食事ができないからあれで必要な栄養を取っているのだろう。

 こうならないように、もっとうまくできたはずだ。

 情報として今の境遇は知っていたが、実物を目の前にすると後悔の念が胸に広がる。

「えっと、こんにちはになるのかな。はじめましての人もいるから自己紹介するね。私は乃木園子。あなたたちの先輩の勇者だよ」

 その言葉に丹羽を除いた5人の勇者部がざわめく。

 どうして先代勇者が自分たちを呼んだのか。そしてその身体は? お役目を終えた自分たちに何を?

 そんな疑問が頭の中でぐるぐるしているのだろう。

「そのリボン、まだしてくれてたんだ。うれしいなぁ」

 東郷のリボンを見て、声を弾ませて言う。

 東郷が記憶を失っていることを知っているのに、一体どんな気持ちで彼女はその言葉を言ったのだろうか。想像するしかできない自分を歯がゆく思う。

「東郷さん、そのリボンって?」

「私が事故で記憶を失っていた時、握りしめていたものだって聞いたわ。誰のかもわからないけど、とっても大切なもの。そんな気がして」

 友奈の疑問に東郷が自分の髪をまとめるリボンに手をやり言う。それに園子はにこりと笑った。

「そっか。うれしいなぁ、そのリボンはわっしーとずっと一緒にいられたんだ」

 わっしー。その言葉に東郷は思い出す。

 スミと一体化した時に見ていた夢。そこに出てくる顔がわからなかった少女が自分のことをそう呼んでいたと。

「あの、私とあなたは昔会ったことが?」

 その言葉に園子は目を見開いていた。おそらく信じられない、といった気持なのだろう。

 だがそんな表情はすぐ消え、元に戻る。

「どうしてそう思うの?」

「夢を、見たんです。スミちゃん…あ、丹羽君の精霊と一緒にいた時、あなたと同じようにわっしーと私を呼ぶ少女と過ごしていた夢を。一緒にプールに行ったり、うどんを食べたり、将来の夢を話したり、もう1人の子を着せ替えしたり。その子の顔は思い出せなかったけど、私とその子とスミちゃんそっくりの子は、間違いなく友達でした」

 東郷の言葉に、園子は目を潤ませていた。

 信じられない。でももしかしたら…と葛藤しているのがわかる。

「あの、もう1人いた子は…スミちゃんそっくりな女の子は誰なんです? 私が2年前の記憶がないのと何か関係が?」

『ソノコー!』

 その時丹羽の胸が光り、中からスミが飛び出しベッドの上の少女に飛びついていた。

『すまない、主。止められなかった』

『ソーリー、マスター。彼女ってばすっごく力がストロングで』

『うたのんのせいじゃないよ! あの、ごめんなさい。私が力不足で』

 それと同時に3体の丹羽の精霊が出て、園子は目を白黒させている。

 三好夏凛の報告書に丹羽の精霊は人型で流暢に話すとあったが、実際見ても信じられなかった。

 そして自分の胸元にいるこの三ノ輪銀にそっくりな精霊。

『ソノコー! 痛いか? 悲しい? ひどいこと言われた?』

 自分の身を案じ、心配してくれる姿はまさしく彼女そのものだ。言動はやや幼いが、彼女に間違いない。

 親友であるはずの自分が見間違えるはずがない。

「この子は?」

「その子がスミちゃんです。丹羽君が呼び出した最初の精霊」

 東郷の言葉に乃木園子は勇者部唯一の男子でイレギュラーな勇者を見つめる。

 丹羽明吾の命は風前の灯火状態にあった。

 

 

 

 乃木園子は病室のソファーや椅子にそれぞれ座るように促し、大赦仮面が淹れたお茶を勧めた。

 少し長い話になると大赦仮面に用意させたのだ。明らかに高そうなお茶うけに犬吠埼姉妹と夏凛は恐縮している。

「丹羽くん、だっけ?」

 口火を切ったのは園子だった。

「この精霊…スミちゃんだっけ? いつどうやって君のもとに?」

 来た。最初の質問。

 これを切り抜けられるかで丹羽が生き残れるかどうかが決まる。

 とはいえどう返事するべきか。

 気づいたら体の中にいた、ではおそらく納得しないだろう。彼女が納得するようなストーリーを考えなければ。

「乃木さん、その子は彼が特攻してきたバーテックスから身を挺して私をかばってくれた時に勇者に変身したの。多分その時」

 どう答えようか考えていると、東郷が丹羽が変身した経緯を説明してくれた。

 ちょっと待って東郷先輩。下手なことを言ったら俺比喩じゃなく首が飛ぶんですけど!?

 という内心を必死に押し殺しながら丹羽はうなずく。というか、考えてみればそれ以上に説明しようがない。

「そうなんだ。報告書にはわっしーをかばったなんて書いてなかったから…ありがとう。私の親友の命を助けてくれて」

 頭を下げる乃木園子に、「いえ、そんな」と丹羽は慌てる。

 よかった。結果的にだが東郷のおかげで悪印象は持たれなかったようだ。

「あの、さっきもわっしーって言っていたけれど…それって」

「そうだね。まずはそこから話そうか」

 そう言って園子は語りだす。

 そこからはわすゆ視聴済みで人型バーテックスとしてその光景を見てきた自分には今更な情報だった。

 昔3人の勇者がいてバーテックスと戦っていた。1人の名前は乃木園子。もう1人はスミとそっくりな姿をした少女、三ノ輪銀。そして最後の1人は昔の東郷美森、かつて鷲尾須美と呼ばれていた存在。

 3人は協力して四国へ攻め込んでくるバーテックスを追い返し、順調にお役目を果たしていた。

 あの日までは。

「その日、遠足の帰りにわたしたちは樹海に飛ばされた。相手は蟹座1体、すぐ倒せるとどこか油断していたのかもしれない」

 あとは知っての通りだ。

 蟹座を囮に勇者を呼び出した2体のバーテックスは樹海を焼き払い、遠距離から矢を放ち、勇者たちを全滅へと追いやった。

 あの人型のバーテックスが駆けつけて助けてくれなければ本当に四国は終わっていたと園子は言う。

「その、人型のバーテックスというのは?」

「わたしたち勇者に味方してくれていた、変なバーテックスだよ。わたしも最初はその意図が理解できなくて、敵だと思ったんだけどね」

 困惑する勇者部一同に園子が言う。

「でも、彼はミノさんを助けて保護してくれていた。傷を治して意識を取り戻すまで見守って。2年間もずっと」

 その言葉に勇者部全員は顔を見合わせる。

 とても信じられる話ではなかった。バーテックスといえば人類の敵だ。それが勇者を保護するなんてあり得るだろうか?

「本当に、もっと早く彼の言うことを聞いておけばよかった。そうしたらもっと仲良くなれたかもしれない。協力できたかもしれない。今となってはもう遅いけど」

「えっと、そのバーテックスは今?」

 夏凛の言葉に園子は首を振る。

「四国以外に人間が住める土地を作るって言っていなくなったよ。そんなことできるわけないのにね。でも、彼なら本当に…」

「ちょ、ちょっと待って!?」

 園子の言葉を友奈が遮った。

「じゃあ、バーテックスとは分かり合えるかもしれないってこと? それなのに私たちは問答無用で倒しちゃって」

「そうじゃないよ。結城さん」

 顔を青ざめさせる友奈に、園子は言う。

「あの人型が特別だっただけで、バーテックスは間違いなく神樹様を…人類を滅ぼそうとする敵だよ。少なくともあなたたちが倒した中に、あの人型みたいな考えの奴はいなかったと思う」

 その言葉に幾分か友奈は救われたようだ。ほっと息をついている。

「どこまで話したっけ。そうそう、ミノさんが人型のバーテックスにさらわれたと思っていたわたしは、乙女座が襲撃した時に壁の外まで行って抵抗しない人型のバーテックスを槍で滅多刺しにしたんだ」

 それからの出来事を簡単に園子は説明する。

 最終決戦を前にパワーアップした勇者システム。精霊を授けられたこと。そして鷲尾須美が2回満開し、自分も3回満開し襲ってきたバーテックスを倒したこと。

「で、壁の外に出たら今度は12体バーテックスがいたの。これは軽く絶望したね」

 参ったねというような園子に、「12体!?」と勇者部全員が声を上げる。

 7体の御霊を吸収した水瓶座1体にも自分たちは苦労したのだ。今までの戦いから考えて、それがどれほど絶望的な状況なのか察するに余りある。

「それで、勝ったんですか?」

「うーん。勝ったというか、倒してもらったって言った方が正しいかな。あの人型のバーテックスに」

 園子によると他の星座級の能力を使って、11体の巨大バーテックスをあっという間に倒してしまったらしい。

 その話に勇者部の面々は呆然とする。一体どんな化け物なんだその人型のバーテックスは。

「唯一獅子座だけは固くて私が止めをさしたけど、ほとんどボロボロだったからね。本当に、規格外だよあんなの」

「あの、本当に信じてもいいんですかその人型のバーテックスって」

「そうよ。助けてくれたって言っても、バーテックスなんでしょ」

 樹の言葉に風も同調する。わかっていたこととはいえ、丹羽はちょっぴり複雑な心境だ。

「私は信じるよ!」

 だが、友奈は声を上げた。

「だって、東郷さんの友達を保護して、園子さんを助けてくれたんでしょ。だったら信じる理由としては充分だよ!」

「結城先輩」

 友奈の言葉に丹羽の胸の内が温かくなる。

 あ、やばい。攻略されそう。

「そうだね。でも、当時の私にはそれができなかった」

 表情を陰らせ、園子が言う。

「わたしとの戦いを放棄して逃げる人型のバーテックスを追って5回も満開して。こんな身体になったのも半分は自業自得なんだ」

 胸の下、内臓の当たりを撫でながら言う。

「ここまで話して察したかもしれないけど、わっしー…いや、東郷さんの足と2年前の記憶がないのは、満開の副作用。散華の影響なんだ」

 その言葉に東郷は話の途中で察していたのか、うなずく。

「じゃあ、スミちゃんは」

「うん、わたしの知ってるもう1人の勇者、三ノ輪銀にそっくり」

 そう言って胸元にいるスミを園子は見る。

 目が合うとスミは笑顔になり、『ソノコー』と名前を呼んだ。

「じゃあ、どうして丹羽君の精霊に」

「それは、わからない。丹羽君にも多分わからないんだよね? 2年以上前の記憶がないんでしょう?」

 そんなことまで調べていたのか。

 丹羽は内心戦慄しながらも、こくりとうなずく。

「待って。じゃあ丹羽も勇者として戦っていたんですか? だから2年以上前の記憶が」

「ううん。戦っていたのはわたしとミノさん、そして東郷さんの3人だけ。そもそも男の子が勇者として戦っていたという記録はないよ」

 風の質問に園子が首を振る。

「ひょっとして…丹羽くんの記憶だけ散華で消えたんじゃ」

 ぽつりと呟いた樹の言葉に、全員がどよめく。

「確かにそれなら…」

「でも、大赦の記録にもなかったんでしょ?」

「昔の大赦なら人間1人存在しないこともできたでしょうけど、そんな」

 動揺する勇者部面々に、園子は考える。

 たしかに、そんな可能性もなくはない。

 だが、人間1人の痕跡を消すなど途方もない労力だ。大赦がそんなことをするだろうか? 何のために?

「可能性の1つとしてわたしも調べてみるよ。ありがとう犬吠埼樹さん」

「いえ、そんな! ちょっと思いついただけで本当かわかりませんし」

 園子の言葉に樹は恐縮している。

 一方で丹羽は、いや、それはあり得んでしょと内心でツッコんでいた。

 だが結果的にスミが三ノ輪銀とそっくりなことの話題を逸らすことができた。樹ちゃんグッジョブ!

「それで結局アタシたちを呼んだ理由なんですか?」

 園子の昔話が終わり、お茶を飲んで一息ついた勇者部を代表して風が言う。

 それだけの話なら東郷だけ呼べばよかったはずだ。

「うん。さっきも言ったけど皆には【満開】とその副作用【散華】について知ってもらおうと思って」

 園子の言葉に「あ~」と勇者部全員は気まずそうな顔をする。

「ごめんなさい、全部知ってます。うちの兄貴経由で」

 夏凛が言うと、園子が「え?」と驚いた声を上げた。

 それはそうだろうなと丹羽は思う。本編では園子によって満開と散華について初めて知ったのだ。

 今の勇者たちがそれを知っているとは夢にも思わなかっただろう。

「じゃあ、散華の影響を知ったうえでみんなは戦おうとしたの?」

 園子の言葉に「はい」と勇者部全員がうなずいた。

「でもみんな、身体機能を失ってないよね。満開しなかったのはそれが原因?」

「いえ、それは違います」

 園子の言葉に風が否定する。

「満開するときは1人で突っ走るんじゃなくてみんなで相談して決めようって、全員で決めてましたから」

「相談…」

「ええ。勇者部5箇条1つ。悩んだら相談! そしてなるべくあきらめないがうちのモットーなので」

 風の言葉に何か思うところがあったのか、園子は考え込んでいる。

 そうか、そのっちには相談できる相手がいなかったのかもしれないな。

 本編での彼女の境遇を思い、丹羽はそう推測する。

「そっかー。すごいね、勇者部って。わたしもできれば入ってみたいな」

「じゃあ入ろうよ! 園子ちゃん」

 何気なくつぶやいたであろう園子の言葉を聞き逃さず、友奈がグイグイ来る。

 さすが攻略王。

「え?」

「だって、園子ちゃんも勇者なんでしょ。だったら立派な勇者部メンバーだよ。ね、みんな!」

 その言葉に呆気に取られていた他のメンバーだったが、それぞれうなずき歓迎の言葉を告げた。

「そうね。歓迎するわ、乃木さん」

「ええ。よろしく乃木」

「うちは人手不足ですから、助かります」

「ちょっとあんた伝説の勇者様に…まあ、あんたらしいわね友奈。よろしくお願いします園子様」

「よろしくお願いします、乃木先輩」

 5人の言葉に、園子の胸が温かくなる。

 それを見て、スミはにっこりと笑った。

『ソノコ、笑ってる! うれしい? よかった!』

「うん、そうだね…ありがとうみんな」

 その光景を見て、丹羽が前に出ると自分の精霊に告げた。

「ウタノさん、ミトさん、いいですか?」

『オーケーよマスター』

『はい。園子さんの力になればいいんですね』

「ちょっと丹羽、あんた何をするつもり?」

 園子に近づく丹羽に、夏凜が声をかける。

「乃木先輩の散華を治そうと思いまして」

「え!?」

 その言葉に一番驚いたのは園子だった。

「東郷先輩の足が治ったのが俺の精霊の影響なら、多分乃木先輩も治ると思います。憶測ですけど、東郷先輩は治るのに2週間ほどかかりました。多分新学期までには治るかと」

 丹羽の言葉にわっ! と勇者部メンバーが沸いた。

「よかったねそのちゃん!」

「言われてみればそうね。私の足も治ったんだもの。乃木さんの身体もきっと治るわ!」

「なによ丹羽! そういうこと思いついたんなら、もっと早く言いなさいよ!」

「よかったです。本当によかった」

「そうなると伝説の勇者復活…なんかあたしの活躍する場面が減りそうだわ。まあ、いいことに変わりはないけど」

 まるで自分のことのように喜ぶ勇者部メンバーに、園子は目を白黒させる。

 それは今まで親友しか信用しないと思ってきた少女にとって、両親以外で初めて自分を受け入れ喜んでくれる無償の優しさに触れた瞬間だった。

 

 

「乃木先輩。ここに東郷先輩だけ呼んだんじゃなくて勇者部全員を呼んだのは、他にも理由が?」

 丹羽の言葉に、園子はうなずく。

「うん、みんなにはショックなことだと思うけど…まだバーテックスとの戦いは終わっていない」

 その言葉に丹羽を除く全員が驚いた。

「やっぱり」

「やっぱりって丹羽、あんたわかってたの?」

「いえ、先代勇者って言葉からバーテックスは倒してもまた湧いて出てくるんだろうなって。三好先輩から防人隊の話を聞いた時もなんとなくそんな予感はしてましたから」

 風の言葉に丹羽は答える。

 本当は原作知識からの言葉だが、こう言っておけば納得するだろう。

「そんな、じゃあまたあんな戦いに樹を巻き込まなきゃいけないの…」

「お姉ちゃん」

 不安そうな姉の手を樹がぎゅっと握る。

「大丈夫だよ。もうわたし、お姉ちゃんに守られてるだけの子供じゃない」

「樹ちゃん」

 その光景を見て、友奈と東郷が感激していた。

「ちゃんとお姉ちゃんや皆も守れる、勇者として戦えるよ」

 部員である2人が感動しているのだ。血縁の姉でありシスコンである風がどういう反応をするのか、説明するまでもない。

「樹ぃいいい! うわーん! ええ子や! むっちゃええ子! こんな風に育ってくれてお姉ちゃん嬉しい!」

「お姉ちゃん…さすがにちょっとうざい」

 涙を流して全力で喜びを表している姉に、若干引きつつ樹が言う。

「樹ちゃんに負けてられない! 私もがんばっちゃうよ!」

「友奈ちゃんと一緒なら、私も頑張る!」

 2人に触発されたのか、友奈と東郷もまだ見ぬ敵に燃えている。

「あんたらねぇ、あたしが誰か忘れてない?」

 夏凛の言葉に4人は首をひねる。

「え、夏凜ちゃんは夏凜ちゃんでしょ?」

「そうね。私と友奈ちゃんの間によく挟まりに来ようとする女の子ね」

「にぼし大好きニボッシーちゃんでしょ」

「意識高い系ヤク中ですよね」

「友奈はともかくおいこらそこの3人、特に犬吠埼姉妹!」

 風と樹を指差し、ズビシ! と言う。

「あたしは完成型勇者、三好夏凛よ。次来たバーテックスはあんたらの手なんか借りなくても、あたし1人で倒してやるわ!」

 声高らかに宣言した。

「でもまあ、あんたらが手伝ってくれるんなら心強いけど」

 デレも忘れない。これが初期なら「あんたたちの助けなんていらないわよ!」と言っていたはずだ。

 まっこと、デレになり申した。

「みんな怖くないの…今度は死ぬかもしれないんだよ?」

 園子のつぶやきに、丹羽は勇者部5箇条の1つを引用して発言する。

「なせば大抵、なんとかなる。それが勇者部ですから」

「どういうこと?」

「困ったときは1人で抱え込まないでみんなで相談して、あきらめずにやってみれば結構何とかなる。そういう場所だと俺は思ってます」

 丹羽の言葉を聞いてもいまいちピンと来ていないようだ。

「まあ、一緒にいればわかりますよ。乃木先輩はもう勇者部の仲間なんですから」

「そっか。うん、そうだね」

 園子はまぶしそうに勇者部のメンバーを見る。

 あの中に入ることができれば、きっと楽しいだろうなぁ。

「それで、乃木先輩。スミに似た勇者…三ノ輪銀さんには会えるんですか?」

 その言葉に園子は丹羽を見る。

「うん。それが今日丹羽君をここに呼んだ最大の理由なんだよ」

 園子の話によれば夏凜の報告書から傷を癒す精霊のミトの能力に注目し、未だ昏睡状態の銀を治療してもらおうとしていたらしい。

 さっそく園子の案内により、同じ階に入院している銀のもとに向かう。

 そこには多くの機械に囲まれ眠っている少女の姿があった。髪の色以外はスミにそっくりだ。

「じゃあ、ミトさん。お願いします」

『オーケーよ!』

『うたのん』

 なぜかミトを呼び出したのにウタノまでついてきてしまった。

「ウタノさん、乃木先輩の中に戻ってていただけますか?」

『みーちゃんを1人だけにできないわ! 私もトゥギャザーする!』

「はいはい、戻って戻って」

 丹羽がウタノをつかみ園子の中にいれようとすると『みーちゃーん!』『うたのーん』と互いの名前を呼びあっている。

 君たち、そんな今生の別れじゃないんだから。

『じゃあ始めますね』

「ア、ハイ」

 ウタノが園子の中に入ると今までのことなどなかったように銀の治療を開始するミト。切り替えが早い。

 治療中の銀を見ながら、丹羽はスミを見る。

「スミ、三ノ輪銀さんの中に入ってくれないか?」

 その言葉に東郷と園子が反応した。

「丹羽君、それは」

「ミノさんの中にこの精霊さんを? どういうこと?」

 不安そうな顔の東郷と希望にすがろうとしている園子。表情は似ているが、多分思いは反対だ。

「もし、スミが三ノ輪銀さんの記憶から生まれた精霊なら、あるべき場所に帰れば元に戻るんじゃないかと」

「それって、ミノさんが意識を取り戻すってこと!?」

 丹羽の仮説に園子が食いついた。おそらく意識を取り戻さない銀に結構追い詰められていたのだろう。

「でも、それだとスミちゃんは」

「多分、消滅するでしょうね。いえ、三ノ輪銀さんと一体化して元に戻るというべきでしょうか」

 その言葉に東郷の顔が暗くなる。

 スミとは姉妹のように仲が良かったのだ。その反応は仕方ないかもしれない。

「まあ、あくまで推測なので経過を見ないとどうなるかわかりません。俺は毎日様子を見に来ますから、東郷先輩もスミに会いにきたらどうです?」

 丹羽の言葉に一瞬嬉しそうな顔をした東郷だが、すぐに首を振る。

「いえ、それだとスミちゃんとずっとおしゃべりをして、三ノ輪さんの治療が進まなそうだわ。やっぱり私は」

「だったら、わたしに会いに来てよわっしー…いや、東郷さん」

 声をかけたのは園子だった。

「大丈夫だよ。わたしは2年もミノさんをずっと探してたんだから、少しくらい意識が戻るのが遅れたって気にしない。精霊のスミちゃんに会いに来るついでにわたしにも会いに来てくれたら嬉しいな」

 嘘だ。本当はすぐにでも銀に意識を取り戻してほしい。

 だが、親友の悲しむ顔を園子は見たくなかった。だから、理由をつけてでもそれを正当化し、自分のそばにいてほしいと思う。

 そんな自分があさましいと思った。軽く自己嫌悪するが、目の前の親友は気付いていないようだ。

「本当? いいの、乃木さん」

「そのっちって呼んでほしいな。昔みたいにとはいかないけれど、またお友達になりたい」

 差し出した園子の手を東郷が握る。

『スミ、ソノコ、ズットモ! 仲良し!』

 それを見て、園子の胸元にいたスミが笑顔で言う。

 その言葉に2人は笑顔を浮かべるのだった。

 

 

 

 勇者部の他の5人が帰った後、1人園子の病室に残るよう言われた夏凛は緊張していた。

 なにしろ相手は大橋でバーテックスの進行を防いだ英雄。実質最強の勇者。

 かつて勇者候補生として道場破りとして挑んだことはあるが、その時とは立場も実力も違う。

 いったい自分にどんな用だろう。

 もしかしたらさっき知らない間に失礼を働いたのではないか。

 そんな疑心暗鬼になっている夏凜に、車椅子からベッドに運ばれた園子は言う。

「ごめんね、三好さん。実は今日、わたしが絶対会いたかったのはわっしーと丹羽君、そしてあなただったんよー」

「あたし、ですか?」

 突然言われ、困惑する。

 東郷はわかる。記憶を失っていたとはいえ一緒に戦った戦友で親友だ。会いたいのは当然だと思う。

 東郷を最初見たときにどこか見覚えがあったが、やっぱり以前会っていた。まあ、満開の副作用で憶えていないのは仕方なかったが。

 丹羽もわかる。意識不明の親友の治療のために夏凜も世話になった精霊のミトの力を借りたかったからだ。

 だが思わぬ形で思わぬ事態になったのは驚いた。まさかスミの言ったソノコが本当に乃木園子のことだったとは。

 丹羽によれば2週間ほどで園子は歩けるようになるらしいが、それが本当なら嬉しい誤算だろう。

 だが自分はそのどれとも結びつかない。せいぜい報告書を毎週上げているくらいしか接点がないはずだ。

「実はあなたの口から7体の御霊を取り込んだバーテックスとの戦いを直接訊きたかったんよ。報告書だけじゃなくて、その場にいて一緒に戦った勇者の意見が」

 園子の言葉に、なんだそんなことかと夏凜は安堵する。

 どうやら何か不興をかったわけではないらしい。

「申し訳ありませんが、報告書以上のことは…。私見になりますし、偏った情報になりますので」

「うん。だろうね。まあ、それはあくまで建前だからー」

 え、建前?

 園子の言葉に再び困惑していると、印刷された書類をスッとベッドに備え付けられた机の上に出してきた。

「報告書に紛れ込んでたんだけど…これって三好さんが書いたの?」

 文字が読み取れなかったので、「拝見します」と断ってから机に置かれた書類を取って読む。

「なっ!?」

 それは夏凜の誕生日にもらった丹羽の書いた百合小説の続編、というかデータを消去するために丹羽の部屋を訪れた際言葉巧みに言いくるめられて渡された百合小説の文章ファイルの一部。

 しかも友奈と東郷による同学年ハーレムもので友奈と夏凜の仲に嫉妬した東郷が友奈とキスした夏凛に上書きとして唇を奪い、さらに友奈にどうされたのか訊いてその通り責めるという結構過激な描写がされているページだった。

「ち、ちちち違うんです園子様! それを書いたのはあたしじゃなくて」

「ええ? でもこれ登場人物に夏凜って書いてあるよね。あと東郷って」

 やばいやばいやばい!

 親友との過激な百合小説を報告書に紛れさせて渡すなんてケンカを売っているとしか思われない。むしろ自分だったらぶっ飛ばす。

 ダラダラと夏凜の額から冷や汗が流れる。室内は冷房が効いているので、肌寒さも相まってカタカタと震えてしまう。

「し、信じてもらえないかもしれないけど、いえ信じていただけないかもしれませんがそれを書いたのは丹羽です! あの百合イチャ大好き野郎です!」

「うーん? そうなの?」

「はい! あたしとしては東郷にそんな想いを抱いたことは1度も! むしろあのデカイ胸をもぎってやろうかと考えていたほどで」

 はっ、しまった。今のはまずかったか?

 おそるおそる園子を見ると、ニコニコしている。

 あれ? 怒ってない?

「そっかー。丹羽君がこれをねえ。ねえ、にぼっしー、これの全文とかあるの?」

 え、にぼっしーって?

 なんだか園子様がフランクだ。一瞬何を言われたかわからなかったが、とりあえず質問には答える。

「はい、あいつから無理やり渡された文章ファイルがこのUSBメモリに入ってますけど」

「読ませて! 是非!」

 すごい食いつきだった。おずおずと夏凛が渡すと園子はノートパソコンにつなぎ、中のファイルを開く。

「えっと、どれ?」

「この報告書3の中の書きかけってフォルダの中にある「丹羽明吾」のファイルに、そう。その5つの文章ファイルが丹羽の書いた奴です」

「なるほどー。中学生男子みたいな隠し方してるね。コピーしていい?」

「大きなお世話です! どうぞお好きなように」

 夏凜の言葉に園子は喜んで丹羽の書いた百合小説のファイルを自分のパソコンにコピーしていた。

「ふぅー。ありがとう。じゃあ帰って大丈夫だよ」

「え?」

 ひょっとしてこれだけのために呼ばれたの?

 呆然としていると園子は目を輝かせながら丹羽の書いた夏凜を主人公にした百合小説を読んでいる。

 その姿は不審者顔の丹羽をどこか連想させる。

 まさか、いや伝説の勇者である乃木園子に限って…。

 夏凛は一瞬頭に浮かんだ考えをすぐ否定し、「失礼します」と一礼してから病室を後にした。

 まさか乃木園子があの丹羽と同じような趣味をしているなんて、あり得るわけがない。

 なんだか病室から「キ、キマシタワー! ビュォオオオオオオ!」なんて聞こえるが、きっと空耳だろう。

 世間一般的にそれを現実逃避だということに、夏凜は気付いていたが気付かないふりをした。

 




 今回のお話の達成条件

〇園子に会う前に三ノ輪銀の身体にスミを入れない。
〇東郷美森の信頼度Max。
〇犬吠埼樹の信頼度Max。
〇結城友奈の信頼度Max。
〇精霊5体解放済み。
 以上5つの条件を達成していないとそのっちに不審と思われ尋問にかけられBADEND直行です。
 特に1つ目の事前に三ノ輪銀の体にスミを入れないは初プレイ時にやらかしがちな選択肢なので気を付けましょう。
 信頼度は普通にプレイしていればよっぽどひどい選択をしない限り7月中にはMaxになります。
 精霊は三好夏凛加入時までに3体孵化させておけば自動的に達成されます。多分これが1番簡単な条件だと思います。


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【ヘテロ】バッドエンドルームへようこそパコ(風ルート)【注意】

【60話突破特別編!】
 ハメドリくん要素はないと言ったな……あれは嘘だ。

【caution】ヘテロ注意報【caution】
 主人公(星屑)は無性でそれが操る丹羽も無性ですが、作中にヘテロ表現があります。
 勇者部の女の子同士の百合イチャを期待される読者の方、またはヘテロ表現に著しいアレルギー反応のある方は読み飛ばすことを推奨します。
 よろしいですか? よろしいですね?
 では、本編をどうぞ。



 気が付けば犬吠埼風はそこにいた。

 自分の手すら見えない真っ暗な空間。どうやら自分は椅子のようなものに腰を掛けているらしい。

 ここに来るまでの記憶が曖昧だ。たしかいつものように樹と明吾、精霊のナツメと一緒にご飯を食べて、洗い物が終わった後明吾と一緒に手をつないでテレビを見ていたところまでは憶えているが…。

 わずかにだが人の息遣いを感じる。ということは自分以外にも人がいる?

 明かりをつけようと自分の身体を探る。だが常に身に着けているはずのスマホが見当たらなかった。

 これでは変身して戦うこともできない。状況は絶望的らしい。

 とりあえず自分以外の人物に声をかけようと口を開きかけ、急に空間の一部がスポットライトを浴びたように光が集まったのに目を奪われた。

『みんなー! シコんにちわー』

 そこにいたのは白い鳥だ。

 いや、鳥なのか? 微妙にむかつくご当地ゆるキャラのような顔をしている。

 大きさもなんか人が入っていそうな着ぐるみみたいだし、かけているタスキにも「中の人なんかいないパコ」と書かれていた。

 そのツッコミ要素の塊みたいな生物(?)は、高らかに声を上げる。

『ボクの名前はセキレイ。イザナギ様とイザナミ様にズッコンバッコンと小作りの包け…もとい方法を手取り腰取り教えた由緒正しい精霊だハメ。古事記にもそう書いてあるハメ』

 事実だ。マジで古事記に書いてある。

 しかし精霊ということは神樹様の使い? それにしては言動が少しおかしい。

 いや、しゃべれること自体がおかしいのだ。明吾の精霊じゃあるまいし。

「お姉ちゃん?」

 声に顔を向けるとそこには妹の樹がいた。彼女も自分と同じようにここに連れてこられたらしい。

 というか周囲を見渡すとここにいるのは友奈、東郷、夏凜と勇者部にいるメンバーだ。

「樹、みんな! みんなはどうしてここに?」

「私は気が付いたらここに。みんなは?」

 友奈の言葉に「私も」とそれぞれ返事をする。なるほど、状況はみんな同じなわけか。

 風は自分たちを拉致して集めたであろう自称精霊をにらみつける。こういう時こそ年長者の自分がしっかりしなければ。

『ただ、ボクを生み出したご主人様は『百合の楽園たる新世界にお前のように下品な精霊はフヨウラ!』と即消滅させられたパコ。悲しいハメねぇ』

「おい、そこの自称精霊! アタシたちを集めて何しようっていうのよ」

 風の言葉に1人…1匹自分語りをしていた精霊、セキレイは向き直りぺこりと頭を下げる。

『ん~、まだ自己紹介とあいさつの途中なのにせっかちパコ。早いのは色々嫌われるハメ。ちゃんと順番に説明してイク~ッ! からア〇コ濡らして待ってるパコ』

「樹、耳をふさぎなさい。耳が腐る」

 妹の純真な心を守るために風は耳をふさいだ。こいつ、言動が下ネタ満載で最低だ。

『ちなみにシコんにちはというのは四国こんにちはの略だハメ。決していやらしい意味ではないんだパコ』

 あ、そこは下ネタじゃなかったんだ。

『……いやらしい想像したハメ?』

「してねーわよ!」

『だったらなんでスパ〇キングしたお尻みたいに顔が真っ赤になってるハメ? 言ってみ? 言ってみるパコ』

「~~っ!」

 顔を赤くした風にセキレイが嫌らしい顔で微笑む。ぴょんぴょんと跳ねまわり、壁際らしい場所に立つとビシっと羽を上げる。

『ここはバッドエンドルーム。いわゆるヘテロエンドした世界線ハメ。ご主人である丹羽明吾が百合厨を貫けなかったもしもの世界を観測する部屋パコ』

 その言葉に勇者部一同の頭に?マークが浮かぶ。

 確かに丹羽明吾は百合イチャが好きな男だが、それだけではない。

「まあ、アイツの百合イチャ好きには困ってるけど…それを含めて明吾はアタシの恋人よ」

「え、何言ってるのお姉ちゃん。明吾くんはわたしの恋人だよ? ちゃんと祝福してくれたじゃない」

 姉の言葉に樹が抗議する。それに「え?」と風は驚く。

「ちょっと待って! 明吾はあたしの恋人なんだけど」

「違うよ夏凜ちゃん。明吾君は私の恋人だよ」

「あらあら。私に内緒で勇者部みんなに手を出していたなんて。これはちょっとお仕置きが必要かしら?」

 続いて勇者部2年組も自分こそが明吾の恋人だと主張する。東郷に至っては黒いオーラが出ている。

「どういうこと?」

『みんなの認識はどれも間違いじゃなくて正常〇なんだハメ。皆さんはそれぞれボクのご主人である丹羽明吾という存在と男女の仲で結ばれた世界線の女の子なんだパコ。だから浮気とかじゃないハメ。君たちの恋人は君一筋だパコ』

「要するに私たちはそれぞれが丹羽君と結ばれた平行世界からこの場所に招待されたということ?」

 セキレイの説明に東郷が私見を述べると、大きくうなずいた。

『その通りだハメ。さっすが東郷さん。理解が早くて助かるパコ。さすがご主人に乳首弄られたら秒でイクだけのことは』

「ふん!」

『ハメ―!? ちょっと、今の突き、当たってたら無事じゃすまなかったパコよ?』

「ええ。もちろんそのつもりで攻撃したのだけど?」

 慌てるセキレイに東郷の黒いオーラが増している。

 一方風は心からほっとする。よかった、浮気したんじゃないんだ。

『そう。ご主人は樹ちゃんのパ〇パンマ〇コみたいに恋人一筋だパコ』

「樹!?」

「お姉ちゃん離して! そいつぶっ飛ばす!」

 樹が怒りのあまり我を失っている。ていうかあんたそうだったの?

『質問があれば受け付けるハメ。それはもう友奈ちゃんを想って毎夜ナスやキュウリを呑み込んでいる東郷さんの下のお口と同じくらいなんでも受け入れるハメ』

「東郷ェ…」

「でたらめです! おいそこの鳥! 私はまだ処女よ!」

 セキレイの言葉に白い眼が向く東郷が必死に抗議する。

『あ、間違えたパコ。気の強い夏凜ちゃんをふにゃふにゃにするギンギラ棒を呑み込むア〇ル並みに何でも受け入れるハメ』

「ちょっと! 誰がアナ〇が弱いですって!?」

 東郷に引き続き下ネタの餌食にされて顔を真っ赤にした夏凜が立ち上がる。

『現に弱いパコ。ご主人様に舌を使って2時間じっくり後ろの穴をほぐされた夏凜ちゃんの顔写真がコレハメ』

 そう言うと真っ暗な室内にスライドの写真が映し出される。

 そこには顔をトロトロにして快感から口からだらしなく舌を出している夏凜の顔が――。

「だーらっしゃー!」

 夏凜がセキレイをぶっ飛ばし、スライドの電源を落とす。ついでに映っていた写真も回収した。

『恥ずかしがることはないパコ。食事と同じく排泄は生物が生存するために苦痛ではなく快楽を感じる要素が多分に含まれているんだハメ。だから後ろの穴で感じるのは当然なんだパコ』

「へー、そうなんだ」

「友奈ちゃん、聞いちゃダメ! 耳が腐るわ!」

 無駄なエロ知識に目を輝かせている友奈に東郷が耳をふさぐ。

『しかしあんなに気の強い夏凜ちゃんがあんな風になるなんて…今度明吾君に頼んでやってもらおうかしら。ハメ』

「人の心を捏造しないで!」

 セキレイの言葉に普段は冷静沈着な東郷が顔を真っ赤にして怒っている。

 駄目だ。全然話が進まない。

「質問、いい? ここにいる皆がそれぞれ明…丹羽と付き合っているのはわかった。じゃあなぜ集められたの?」

 比較的冷静な風が代表して質問をする。するとセキレイは東郷のデンプシーロールを器用に避けながら話し出した。

『1つはサービスパコ。みなさんにこういう世界線もあったというもしもの世界を見せるための…まあ乱〇パーティーみたいなものだと思ってほしいハメ』

「例えで台無しよ!」

 下ネタしか言わない自称精霊に、夏凜がツッコむ。

『もう1つはボクの趣味だパコ! 決してご主人様に消滅させられた意趣返しというわけではないんだハメ』

 あ、そうなのねと5人は納得する。こいつ、丹羽明吾のことを恨んでこんなことをしたのか。

「だったらこいつはアタシたちの共通の敵ね」

「そうだね、お姉ちゃん」

「うん。なんだかわからないけど明吾君に悪いことしようとしてるのはわかったよ」

「彼と私の平穏を脅かすのは誰であれ許さない」

「あたしとあいつしか知らないあんな姿をみんなに見せた償い、させてあげるわ」

 自分を囲む敵意剥き出しの勇者部女子に、セキレイは慌てる。

『ま、待ってほしいパコ! みんなは見たくないハメか? ご主人が他の女性とどんな馴れ初めで恋愛関係に堕ちたのか?』

 その言葉に、ピタっと5人の動きが止まった。

『ボクは平行世界の記録を見せることができるパコ。それはもう勇者部のみんながんばえーな大きな股間の大きなお友達大満足な世界から、女の子同士のイチャイチャを求めるスケベニストが望むものまで幅広く見ることができるんだハメ』

「つまり、何が言いたいのよ」

 夏凜の言葉にセキレイは邪悪な笑みを浮かべる。

『見たくないパコ? 自分以外の女の子とご主人がどういう感じで強くパコって流れでシコったのか。ボクなら見せられるハメ』

 その言葉に5人はそれぞれ顔を見合わせる。

「まあ、ちょっとはね」

「参考までに1回くらいはいいんじゃないですかね」

 と犬吠埼姉妹。

「明吾君が私以外とどんな風に恋に落ちたかか~。うーん、興味はあるけど」

「あたしは嫌よ! そんな、あいつが他の女とイチャイチャしてるのを見るなんて」

「あら、2人は反対なの? 私は見たいわ」

 難色を示す友奈と夏凛に、東郷が言う。

「そうすればどんなことがあれば明吾君が浮気するかもしれないって対策できるから」

「「!?」」

 その言葉に全員の心が決まった。

『じゃあ、誰の世界線から見るパコ?」

「「風先輩で!」」

「風で!」

「お姉ちゃんで!」

「ちょっとアンタら!?」

 あっさりと自分を売った部員たちに部長の悲鳴が響く。

「だって部長ですし。こういう時こそ見本を見せるべきでは?」

「何気にお姉ちゃんが1番明吾くんと距離近いし、警戒するに越したことはないから」

「あー、わかる。部活の依頼でもあいつと一緒のことが多くて恋人としてはやきもきするもの」

「私も明吾君を信じてるけど、風先輩が本気を出したら勝てる気がしないので」

 上から東郷、樹、夏凜、友奈の台詞である。

 最後の友奈の台詞はともかく、別世界線とはいえ妹にそんな風に思われていたなんてショックだ。

 というか、別世界のアタシってどんだけ私怨買ってるのよ。と友奈の次にパーソナルスペースが近い勇者部部長は嘆く。

 要は自分の次に丹羽との距離が近い彼女をみんな警戒しているのだ。

「嫌よ東郷、アンタのを見せなさいよ!」

「それは…恥ずかしいので」

『風パイパイセンでいいハメね。それじゃあみんな、目の前の画面に集中するパコ』

 セキレイがそう言うと周囲が暗くなり、目の前の画面に映像が流れ始める。

『それではよいドスケベライフを~!』

 

 

 

 夏休み中盤、お盆を数日後に控えた日のことである。

 その日犬吠埼風はお隣さんである丹羽明吾を連れて大橋を訪れていた。

「ごめんね、丹羽。つきあわせて」

「いえ。基本暇なのでいつでも頼ってください」

 今日向かうのは大橋にある犬吠埼家。大赦に取り上げられていた風と樹が両親と暮らしていた実家である。

 家の権利書が手に入った後何度か向かおうとしたのだがバーテックス討伐や勇者部活動で忙しく、訪れるのにこんなに時間がかかってしまった。

「でもいいんですか? 犬吠埼さんと一緒じゃなくて」

「うん。でも、本人にもぜひ行ってくれって頼まれたから」

 丹羽の言う通り、本来なら今日ここに一緒に来るはずだった妹の姿はない。

 理由は昨日自分で作ったぶっかけうどんを食べたからだ。

 最近丹羽の協力により10回に1回はまともな料理が作れるようになり自信が付いた樹は、何を血迷ったのか今日の夕食は自分が作ると言って譲らなかったのだ。

 当然できたうどんは紫色のスペシャル仕様。姉と丹羽が止めるのも聞かず一口食べ、そのまま昏倒。病院へ運ばれた。

 診断結果は異常なし。ただしひどい吐き気と幻覚を見ているようなので大事をとって1日入院することにしたのだ。

 病院につきそった姉に樹は言った。

「ごめんねお姉ちゃん。明日は特別な日だったから、お姉ちゃんに少しでも休んでほしくて」

 そう言う顔が真っ青な妹に、風は涙を流しながら抱き着いた。

「馬鹿! それであんたが倒れちゃダメでしょ! 家なんていつでも行けるんだから、また今度」

「ううん。それはダメ」

 訪れる日を延期しようとする姉に樹は言う。

「今度お母さんとお父さんに会う前に、お家はきれいにしておかなくちゃ。じゃないと2人とも安心できないよ」

 亡き両親のことを言われては風も弱い。だが、今の自分は生きている妹が最優先だ。

「ダメよ。やっぱり延期しましょう。お母さんやお父さんもわかってくれるわよ」

 風の言葉に樹はふるふると首を振る。

「ダメだよお姉ちゃん。また我慢しようとしてる。」

「え?」

「今度家に行ったとき、伝えようとしてたんでしょ。丹羽くんにお姉ちゃんの気持ち。知ってるよ」

 樹の言葉にギクリとする。内緒にしていたはずなのに、なぜ知っているのか。

「お姉ちゃんがそんなんじゃ、いつまでたっても伝えられない。わたしを告白できないことの言い訳に使わないで。じゃないと嫌いになっちゃうから」

「樹…」

 自分が1番恐れることをさらりと脅し文句にする妹に風は敵わないなと思う。

 姉である自分はこの世界で1番大切な妹にはどうやっても勝てないらしい。

「わかった。明日予定通り丹羽を連れていくわ。そこで伝える」

「うん。お母さんも応援してるよ」

 にこりと笑い、儚げな声で言う。

 なんだか今にも死にそうなシーンであるが、樹はいたって健康体でただ吐き気と幻覚がしているだけである。

 そんな妹の言葉に後押しされ、風は大橋の実家に丹羽を連れてきた。

 胸にある決意を抱いて。

「ここね」

 まだきれいな門構えの一軒家に、風は懐かしく思う。

 中学1年生までこの家に住んでいた。家に帰ると小学生の樹と母がいて、父の帰りを待ち4人で一緒に食事をする。

 そんな、どこにでもある家庭だった。

「犬吠埼風様ですね」

 突如聞こえてきた第3者の声に、風は思い出から引き戻された。

 見るとそこには1人の初老の男がいた。60、いや70代くらいだろうか。黒い髪よりも白い髪の方が目立っている。

 そしてその顔に風は見覚えがあった。

「あなたは…マンションのアタシたちの部屋まで来て謝っていた大赦の」

「元、大赦の者です。今は大赦を退き隠居の身。今まで自分が犯してきた罪穢れを少しでも何らかの形で償うために生活しております」

 深々と頭を下げる男は、以前風と樹の部屋に突如押しかけて来た大赦の偉い人だった。

 仮面を外し、深々と頭を下げていたから忘れたくても忘れられない。なにしろ帰ってという風の言葉をガン無視し、ひたすら謝罪の言葉を唱えていたのだ。

 あの時は割と本当に警察を呼ぼうと思ってた。

 結局風が根負けし、許すということで納得して帰ってくれたと思っていたのだが。

「なんでこんなところに?」

「犬吠埼様のご家族には特に迷惑をかけていたので、償いとしてこの家の修復や敷地内の雑草の刈り取りなどをさせていただいておりました」

 その言葉に風は驚く。

 そんなこと、自分は頼んでいない。なのにこの人はそんなことをしていたのか。

「犬吠埼先輩、家は人がいなくなると途端に廃れるといいます。この家がここまできれいなのも多分」

 丹羽の言葉に風はようやく思い至る。

 そうか。2年たっても自分たちの生家があの日のままなのは大赦が管理していてくれたから。

 家の権利書が風にわたってからは風が管理しなければならなかったのだが、中学生である自分には思い至らなかった。

 ただ大橋の家に行けば元の記憶のままの生家があるものだとばかり思っていたのだ。

 風はかつて自分に頭を下げていた元大赦の有力者の手を取り、感謝を伝える。

「ありがとうございます。本当なら、アタシがやらなくちゃいけないことだったのに」

「いえいえなんのなんの。犬吠埼様はまだ中学生の子供です。あなたが成人するまでは勝手ながらワシがお力添えをさせていただきます」

「せめてなにかお礼を」

「およしください。この程度のことでワシが犯した罪が消えるとは思っておりません。勇者のことを口止めしていたことも、その細い肩に重責を背負わせたことも、今となっては恥ずかしい限り」

 深々と頭を下げる姿に、風は申し訳なく思う。

 いつぞやは勝手に家まで訪れて一方的に謝罪の言葉を告げに来たうさん臭い迷惑な相手だと思っていたが、この人がいなければ風が思い出に浸ることもできなかっただろう。

 そして見返りを求めることなく贖罪として自分に尽くしてくれる姿には尊敬と感謝しかない。

「あなたのこと、疑っていてすみませんでした。アタシと樹の思い出の場所を守ってくれて本当にありがとうございます。本当に、本当にありがとう」

 風の言葉に元大赦の有職者は「おお、おお」と口にしながら大粒の涙を流して風を拝んでいる。

 それは丹羽が大赦の人間をバーテックス人間とした結果勇者にとって優しい組織にできたという証明のような光景であった。

 

 

 

 家の中はほこり1つなく掃除が行き届いていた。

 おそらくあの元大赦の有力者が雇った業者か本人がここまできれいにしてくれのだろう。風の心には感謝しかない。

「懐かしいな。ここに冷蔵庫があって、そこにタンスがあったの。で、この部屋で家族一緒にご飯を食べてね」

 1部屋1部屋巡りながら、風は丹羽に思い出を語っていく。それを聞いて丹羽は優しい顔でうなずいていた。

「ねえ、丹羽」

 風はリビングだった部屋に足を踏み込むと、丹羽に向かって振り返る。

「卒業したら…アンタが大赦に務めるようになったらここに住まない?」

 風の提案に丹羽はどういうことかというような顔をしている。

「ここからならアンタが務めるだろう大赦からも近いし、部屋も余ってる。姉妹2人だと何かと不安だし、気心の知れた男手が欲しいというか」

 違う。

 これは言い訳だ。自分が心地いい環境で居続けたいための。

 2学期になれば丹羽が学生寮に帰るという話は本人から聞いていた。

 だから樹と一緒に必死になって説得し、隣の部屋に居続けてもらうようにしたのだ。

 だが、あと3年経てば? 丹羽が自活できるようになれば隣の部屋から出ていくだろう。

 そうすれば自分と丹羽のつながりは何もなくなる。

 風が卒業してもまだ2年はお隣さんでいられるが、卒業してしまっては妹の同級生という肩書もなくなってしまうのだ。

 だから、女々しく丹羽にメリットを提示し、この居心地いい関係を続けようとしている。

 今の関係を変えてしまうのが怖くて。

 そう、いつの間にか犬吠埼風は丹羽明吾を1人の男性として見ていた。

 妹の同級生で百合イチャ好きの変態。そう思い気の迷いだと何度も心の中で打ち消してきた。

 だがダメだった。日ごとに募る想いは強くなり、丹羽が隣の部屋から寮へ戻ると聞いた時、ついに爆発した。

 ああ、自分は彼のことが好きなのだと。

 彼のいない生活など、もう考えることができないほどに執着をしているのだと。

 きっかけは何だったか。

 初めてデートして胸が高鳴ったときだろうか?

 もしくはあの射手座の無数の矢から自分を守ってくれたこと?

 それともずっと勇者部の皆をだましていた胸の重荷を取り除いてくれた時?

 それはどれもあっていて、多分どれも違う。

 それらを含めた日々の積み重ねが犬吠埼風にとって丹羽明吾がかけがえのない存在となってしまったのだ。

 だから、今日伝える。「あなたが好きだ」と。

 だが、一方で踏み込んで拒絶されるのが怖くて仕方がないのだ。

「犬吠埼先輩。多分俺は先輩の望む関係にはなれません」

 だから、丹羽がそうはっきり自分に告げた時は、足元が崩れる感覚を味わった。

「え、なん…で?」

「俺は犬吠埼先輩…いえ、風先輩が好きです。1人の女性として好ましく思いますし、樹ちゃんをここまで育てたことに尊敬もしています」

 その言葉に胸が温かくなる。こそばゆくて、ウキウキしてくる。

「でも、それとこれとは話が別です。これ以上、風先輩たち姉妹の生活に関わることはできません」

 と思ったらまた拒絶された。風の胸はまた氷河期のようになる。

 なんなんだこいつは。アタシをからかっているのか?

 なんか段々腹が立ってきた。

「以前にも言いましたが、俺は女の子同士の百合イチャが好きです。でも、先輩と一緒にいたら俺は甘えてしまう。そうしたら風先輩と樹ちゃんの時間を奪ってしまう」

 なんだその理由は。アタシの気持ちなんて無視か!?

 そんなに百合イチャが好きかこの野郎!

「だから、風先輩と樹ちゃんが仲良くいられる時間がもっと多くなるためにも、俺は」

「さっきから聞いてりゃなによそんなの」

 風は丹羽の襟首をグイっと引っ張る。

「ふざけんじゃないわよ! そりゃアタシだって樹は大事よ。でもねぇ、アンタ1人が入ってきたところで薄くなるような絆じゃないのよ!」

 突然の風の行動に、丹羽は目を白黒させている。

「そんなに百合イチャとやらが好きならうちでいくらでも見ればいいじゃない! アタシと樹が仲良くしているのを見て変な顔してる時があるけど、あんなのでいいならいくらでも見せてやるわよ!」

「え、いいんですか?」

「いいの! アタシが許すって言ってんだから」

 ちなみにこの時の樹ちゃん、病院から自宅に帰りプリンを食べていた。

 本人からしたら聞いてないよそんなの!? と抗議をする案件だろう。

「アタシはねえ、学校を卒業しても…ずっとずっとアンタと一緒にいたいの!」

「風先輩」

 叫ぶような風の声に、丹羽は神妙な声で言う。

「今はわかってもらえなくてもいいですけど、多分風先輩と俺はそういう関係になれません。もしなったとしてもきっと後悔します」

 なぜなら自分はバーテックスで、風先輩は人間だから。

 喉元まで出かかった言葉を飲み込み、丹羽は風を見つめる。

「それって、アタシが嫌いってこと?」

「そんなわけないじゃないですか!」

 強い否定の言葉に風は混乱する。

 なんだ? いったい何のことを言っているんだ?

「多分、俺は近いうちにいなくなります。その時風先輩の悲しむ顔を見たくないんです」

 合宿の最終日、夏凜に言われたことを丹羽は思い出していた。

 百合好きを免罪符に告白を断らず、相手と向き合い話し合えと。

 だから、自分の本音を彼女に伝える。

「それだけじゃない。もしかしたら俺と一緒にいれば風先輩や樹ちゃん…いや、勇者部のみんなに迷惑がかかるかもしれない。だから、全部が終わるまでは」

「何よそれ…」

 風の目には涙がたまっていた。

「そんな話で煙に巻こうとして! アタシのこと嫌いなら嫌いっていいなさいよ! そんな、誰かのためとか言ってごまかしてるんじゃないわよ!」

「違います。聞いてください、風先輩!」

「聞きたくない!」

 リビングから逃げようとする風の手を取ってしまったことを丹羽は一瞬後悔する。このまま風に嫌われてしまった方が良かったのではないかと。

 だが、そんな気持ちを夏凛の言葉が叱咤した。

 ――ちゃんとみんなの言葉を受け入れて話し合いなさい。そして自分がどうしたいか、どうするべきかを話し合うの。妥協点を見つけるともいうけど、納得できる結論が出るまで何度でもね!

 そうだ。まだ全部自分は言っていない。風も自分に言っていないことがある!

 まだ全部吐き出していないんだ。

「風先輩。先輩は俺と一緒にいたいって言ったけど、なんでですか?」

「うぇえ!?」

 自分を見つめる丹羽の真剣な瞳に、風は顔を赤くする。

「そ、そんなの、言わなくてもわかるでしょ」

「わかりません。ちゃんと全部言ってくれないと。じゃないと俺は自分の意見を曲げません。隣の部屋も解約して学生寮に戻るし、勇者部にももう顔を出しません!」

「なんでそうなるのよ!」

「お互い全部言い合っていないからです! 俺は自分がしたいことは全部言いました。今度は風先輩が全部言ってください。納得いかないならその理由も全部」

 その言葉に風はブチギレた。

 感情のまま聞くに堪えないような罵詈雑言を言ったような気がする。

 心にもない丹羽の悪口も言ったような気もした。

 理性を取り戻した時、襲ってきたのは後悔だ。これは完全に嫌われたなと丹羽の顔を見ると、風を真剣に見つめている。

「それで終わりですか? それがしてほしいこと全部ですか? だったら俺は受け入れられません。自分の考えも変えません」

 その言葉に、瞳に、風は今度は自分が情けなくなる。

 自分が子供のように喚き散らしたのに、こいつはそれを全部聞いて受け止めてくれた。

 まったく、これではどっちが年上かわからない。

 風は丹羽の肩に頭を預け、蚊の鳴くような小さな声で言う。

「ごめん、さっきまでの全部嘘。感情的になって、ひどいこと言った。ごめん」

「そうですか」

「本当は、ずっと丹羽と一緒にいたい。頑張ったって、ヨシヨシしてほしい。ぎゅってしてほしい」

「そのくらいならお安いごようですよ」

 風の背中に腕を回し、ぎゅっとしてくれた。それから丹羽が頭をなでてくれて、気持ちがぽかぽかと温かくなる。

「アタシの作った料理を食べておいしいって言ってほしい。久しぶりに丹羽が作ってくれたコーヒーが食後に飲みたい」

「最近樹ちゃんのコーヒーばっかりでしたからね。今日くらいは俺が作っても許してもらいましょう」

 その言葉に胸が躍った。我ながらチョロいと思う。

「一緒の布団で寝たい。寝るまで頭撫でてほしい」

「一緒の布団はちょっと…寝るまで頭撫でるのはOKです」

 受け入れられなかったお願いにむーっとほっぺたが膨らむ。だがもう1つの方は了承してくれたのでよしとする。

「一緒に服買いに行きたい。前にアンタの服選ぶって言ったのに、いつ誘ってくれるのかずっと待ってた」

「あー、ごめんなさい。すっかり忘れてまし…痛い痛い!?」

 すっとぼけたことを言う後輩を抱きしめる手の力を強くする。

「ここまで言って、アタシの気持ちがわからないなんて嘘でしょ」

「わかりませんよ言ってくれなきゃ。俺は鈍いんですから」

 その言葉に、風は腹を決めた。肩から顔を離し、至近距離で丹羽を見つめる。

「アタシは、アンタが、好きなのよ! どう、これで満足?」

「はい、俺も風先輩が大好きです。でもだからこそ風先輩や皆には悲しんでほしくない。だから」

「アタシはアンタがこの気持ちを受け入れてくれない方が悲しいわよ」

 その言葉と表情に、丹羽は息をのんだ。

「大体悲しんでほしくないって何よ。どんな理由があるにせよ、1人で格好つけているだけじゃない。女子力と勇者部なめんな!」

 丹羽の頭に衝撃が走る。どうやら頭突きをされたらしい。

「アタシや、アタシの仲間の気持ちをアンタなんかが勝手に察して勝手に離れていこうとしてんじゃないわよ! 悩んだら相談! それが勇者部でしょ」

 額を赤くして、風は笑っていた。

 それはかわいらしいやきれいとも違う。犬吠埼風にしかできない笑顔だった。

「俺と一緒にいたら、後悔しますよ? それでも?」

「後悔するかどうかはアタシが決める。だけど、ここで今アンタを逃がした方が後悔する自信がある」

 はっきり言う。

 これは完全に丹羽の負けだった。彼女の方が強い。

 臆病で、見守るだけでいいと思っていた自分より踏み込んできた彼女の方が強いのは道理だが。

「あ、今1つしてもらいたいことができた」

「なんです?」

 風の言葉に丹羽が問いかける。

「察しなさいよ。さっきアタシのこと大好きって言ったんだからもうアタシの彼氏でしょ」

「風先輩の言葉によれば俺は勝手に察して皆から離れようとしてただけみたいですから。思いもよらないことするかもしれませんよ」

「性格悪いわね」

「嫌いになりましたか?」

「そんなことで嫌いになるくらいなら、好きになってないわよ」

 そう言うと風は丹羽の首に腕を回し、入部した頃より身長が伸びて自分よりちょっと高くなった少年につま先を伸ばして顔を近づける。

「ね? これならわかったでしょ」

「さあ、口にしてもらわないと。俺は察しが悪いので」

 と言いつつ丹羽の顔は真っ赤だ。このむっつりスケベめ。

 仕方ない。ここは先輩として自分がリードしてやるか。経験ないけど。

「アタシ、今キスしたい気持ちで待機中なんだけど」

「奇遇ですね。俺もこの状態で我慢するのがもう限界でした」

 そう言うと2人の唇が近づき――

 

 

 

『おおっと、ここで映像は終了ハメ。続きが気になる生ハメイトのみんなは18禁版の詰みシコRをプレイして風先輩の寝室を見ようパコ!』

 




 犬吠埼風ルート確定条件
〇8月までに親愛度がmax。
〇デート(部活の買い出しを含む)を10回以上達成。
〇樹の信頼度Max。
〇サブクエスト「樹ちゃんのお願い」のお料理関連のクエストを全てこなす。
〇水着購入イベントで風の水着をほめる。
 風先輩は信頼度と親愛度が高くなる「一緒に食事」が1日1回は発生するキャラなので、比較的信頼度と親愛度が上がりやすいキャラです。
 ただ、部活の買い出しではランダムで友奈と出かけてしまうこともあるので注意。東郷さんの機嫌も悪くなります。
「樹ちゃんのお願い」の料理関連クエストは樹の料理の腕が未熟だと体力と精神力がごっそり減るので体調管理には注意。
 それさえ気を付ければ1週目でも攻略可能なルートです。

セキレイ(ベースなし)
色:白(星屑専用)
レアリティ:レア
アビリティ:日本最古のエロ本の物語はボクから始まったパコ
効果:移動速度が1段階ダウン。

 見た目はまんま白いハ〇ドリくん。Qruppo様、お許しください!
 基本下ネタしか言わないのは本家と一緒。
 初心な女の子に下ネタを言わせるのが大好きで、今のところ勇者部メンバーがターゲット。くめゆ組の亜耶ちゃんとは絶対会わせてはいけない存在。
 平行世界のえっちぃ場面を見せる能力を持っており、言動にさえ目をつぶれば有能だが百合厨とヘテロ主義という決定的な解釈違いによりたもとを分かった。
 ちなみに本当は人型バーテックスの手によって生まれたが、なぜか丹羽の方をご主人様と呼んでいる。

 そうそう、このセキレイと似た青い鳥のマスコットが大活躍するPCゲーム、【抜きゲーみたいな島に住んでる貧乳はどうすりゃいいですか?】は好評発売中です。
 箱買いは値段が高騰しているからDL販売サイトがオススメイトだパコ!(媚を売る)
 2からでも普通に楽しめるから興味を持ったら体験版をやってみてね。面白くなかったら木の下に埋めてもらっても構わないよ!
 あと18禁だからよい子は大人になるまでプレイしちゃダメハメ!

 今回キャラ的に下ネタ多かったけど伏字多めにしたから大丈夫だよね(ドキドキ)


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士は己を知る者の為に死す

 あらすじ
 丹羽君、ついにそのっちと対面。
 攻略王友奈「園子さん」→「園子ちゃん」→「そのちゃん」とすごい速さで距離をつめたことにお気づきいただけただろうか?
 人型精霊によるそのっちの散華回復治療はーじまーるよー。


 園子と勇者部が対面した翌日の午後、丹羽は大きな荷物を持って病室を訪れた。

「こんにちは、丹羽君。お見舞いに来てくれてありがとう」

 園子はいつになくご機嫌だ。心なしか肌もつやつやしている。

 それは今まで会えなかった勇者たちや東郷に会えたのはもちろん、その後夏凜が渡した丹羽が書いた百合小説のおかげなのだが、本人は知らない。

「すみません、乃木先輩。本当は午前中に来たかったんですけど、準備に時間がかかって」

「準備って、その荷物?」

 丹羽の言葉に園子が言う。何かはわからないが、結構大きいものから小さいものまで複数手に持っていた。

 白いビニール袋から緑色のものが見えていることから植物だろうか?

「ちょっと屋上まで付き合っていただけませんか?」

 その言葉に園子は首をかしげる。どういうことだろう。何かのリハビリ?

 昨日の今日で体調は特に変化は見られない。散華で失ったものが劇的に治るとは思っていなかったが、少しがっかりしたのも事実だ。

 そんなことを考えていると、丹羽は慣れた様子で園子を車椅子に乗せて運ぼうとしている。

「え、ちょ、ちょっと!?」

「ああ、お身体に触りますよ」

「もう触ってるよ! なんなのもー」

 勇者として奉られているとはいえ、自分も年頃の乙女なのだ。男の子にお姫様抱っこされて無反応でいられるわけがない。

 顔を真っ赤にする園子の気持ちなんて無視して丹羽は車椅子に園子を乗せると、荷物を持って屋上へ向かうエレベーターに乗る。

 すごく安心する補助だった。ひょっとしてわっしーも彼にこんな事されていたのかな?

 そんなことを考えていると、見慣れない光景が目に入って来た。

「これ、花壇?」

 エレベーターから降りて屋上に続くドアを開けるとむわっとした夏の空気と共に蝉の声が聞こえてくる。

 何もなかったはずの屋上の一部に土が盛られ、レンガで周囲を囲まれていた。

 土だけで花が植えられていないことからこれから種がまかれるのだろうか。そんな風に考えていた園子の胸が光り、1体の精霊が現れる。

『マスター…どうしてこんなにモーメントが』

 それはウタノという精霊だった。だが昨日見た時とは違い、様子がおかしい。

 快活な様子がまるでなく、目の下にはクマができている。動きもどこかぎくしゃくしていて、簡単に言うと元気がなかった。

「すみません、ウタノさん。なるべく傷つけないようゆっくり持ってきたので」

 そう言って丹羽はウタノの前で白いビニール袋に包まれていた複数の荷物を地面に置き、中身を出す。

『ワオッ! 会いたかったわ私の愛しい野菜たち!」』

 そこにはプチトマトやゴーヤ、キュウリなどの苗が植えられたプランターがあった。

 どれも成長途中といった感じで、実もつけていない。ウタノが野菜の名前を言われなければ雑草にしか見えなかっただろう。

「昨日病院の人に頼み込んで、そこに新しく場所を作ってもらいました」

 丹羽の言葉にウタノは一直線に園子が花壇だと思っていた土が盛られている場所へと向かう。

『土は…悪くない。でも今作っているものだともうちょっとほしいものがあるわ。マスター!』

「了解です。何を買ってきましょう?」

 そう言って丹羽は自分のスマホをウタノに渡す。

『これとこれとこれ。あと成長した時用にこれ! じゃあ、私はさっそくこのベイビーちゃんたちをこの畑に植え替えるから』

「了解です。明日持ってきますね。手伝いは?」

『ナッシングよ! さあ、腕が鳴るわー!』

 先ほどまで元気がなかったのが嘘のようなハイテンションぶりだ。

 畑を耕し土を混ぜ、丹羽が持ってきたプランターから苗を植え替える作業を小さい体でものすごい速さで行っている。

「すごい」

「ウタノさんは1日1回土いじりをしないと調子を崩すので。昨日帰る前病院の関係者の人と大赦の職員の人に頼み込んで用意してもらいました」

 視界に陰が落ちたと思ったら丹羽が日傘を差してくれていた。

「ウタノさーん。俺たちは下の部屋に戻りますから、終わったら乃木先輩の中に帰ってきてくださいよー」

『オーケーよマスター。ああ、やっぱり畑ってプレシャスだわ!』

 とびっきりの笑顔で言う人型の精霊に、園子はまるで生きている人間みたいだと思う。

 夏凜の報告書から変わった存在だとは聞いていたが、これほどとは。

 その後丹羽は園子の病室まで再び戻り、園子をベッドまで運んだ。もちろんお姫様抱っこである。

 園子は丹羽が書いた小説について話したかったのだがこの後夏凜と訓練の約束があるらしく、銀の様子を見て帰るとのことだった。

 次の日。丹羽は昨日ウタノに頼まれていた園芸用品を持って園子の病室を訪れた。

 それからまたお姫様抱っこで車いすに乗せられ、屋上へと向かう。

 出てきたウタノの指示であれこれと園芸用品やプランターを移動させたりと忙しそうだった。ミトに日傘を持ってもらい丹羽が持ってきた霧吹きが出る小型扇風機で涼みながら園子はその光景を見ている。

『マスター、そこは夕方陰になるからこっちにムーブして頂戴』

「はいはい」

「マスター、この栄養剤はメーカーが違う! ちゃんとこの前説明したでしょ!』

「じゃあ使えないんですか?」

『使えないことはないけど、栄養が多すぎて虫が沸いちゃうの。なるべく農薬は使いたくないから、こっちの方がよかったんだけど』

「え、虫ってこんな屋上までくるんですか?」

『あいつらを舐めちゃデンジャーよ。本当に、どこにでも沸くんだから』

 精霊に勇者が怒られていた。あれではどっちが主人かわからない。

 なんだか不思議だ。丹羽明吾という少年は精霊と同じ目線で話している。

 いや、むしろ精霊に対して敬意すらはらっているようにも思えた。

 三ノ輪銀によく似た精霊、スミのことも1体の人格を持った子供のように接していた素振りがある。園子からしたら信じられない。

 確かに自分も精霊である烏天狗を相棒のように頼りにしているところはあったが、彼のように接することはできない。

 これもしゃべる人型の精霊を持っているということの影響だろうか?

「ねえ、ミトさんだっけ」

 傍らにいる丹羽の精霊に声をかける。

『なに、園子ちゃん?』

「いつもあんな感じなの? あなたのご主人と精霊って?」

 園子の質問に、ミトは顔をうっとりとさせる。

『うん、うたのんって農業のことになると目を輝かせるって言うか、周りが見えなくなるというか。それで私も寂しい気持ちになることもあるんだけどやっぱり畑作業をしているうたのんが1番輝いていて大好きなの! それで採れた野菜をみんなに配るときに感謝される姿は誇らしくて、ああ、やっぱりこの人を好きでいてよかったなぁって』

 おとなしいと思っていた精霊が怒涛のノロケを口にする姿に園子は目を点にする。

「え? え?」

『あ、ごめんなさい。私ったら』

「いいですよミトさん。続けて続けて」

『もう、みーちゃんったら。私もアイラブユーよ!』

 いつの間にか畑作業を終えた丹羽とウタノが近くまで来ていた。

 はっ、今のは貴重な百合イチャだった。あまりに唐突な出来事にメモを取るのを忘れるとは…乃木園子一生の不覚!

 その後『うーたのーん♡』『みーちゃん♡』といちゃつく精霊を見ながら園子と丹羽は部屋でお茶を飲んだ。

 ああ、百合イチャを見ながらのお茶はおいしいなぁ。わたしは飲めないから香りを楽しむだけだけど。

「じゃあ、乃木先輩。俺はこれで」

「うん、また明日ねー」

 その後、夏凜に見せてもらった百合小説について話すのを忘れていたのに気づいたのは、丹羽が帰った2時間後の日が落ちた後だった。

 3日目、園子の身体に変化が起こる。

「お腹が…」

 久方ぶりの感覚に戸惑いながらも、お付きの大赦仮面に園子は告げる。

「お腹が空いた」

 2年間全くなかった食欲というものが園子を襲ったのだ。

 緊急検査の結果、散華で失われたはずの消化器官の機能が回復していることが確認され、大赦所属の医師たちは大混乱していた。

 丹羽が言っていたとはいえ、まさか本当に散華で失っていた身体の器官を治すことができるとは。

 とりあえず消化に良い重湯から食事をはじめ、どんどん固形物を与えていく方針になったらしい。その日から園子に食事が与えられることになった。

 その日は医師たちの検査で丸1日使ってしまったので丹羽と東郷には会えなかった。せっかく来てくれたのに悪いことをしたと思う。

 銀には会っていったが、まだ目を覚ましていないらしい。

 自分にも希望が見えてきたんだ。ミノさんも絶対に良くなる。

 そう日記に書き記し、その日園子は眠った。

 4日目。朝起きた時に足が動いた気がする。

 気のせいかもしれないと丹羽には報告せず見舞いに来てくれた東郷にだけ内緒で話したが、彼女も同じようなことがあったらしい。

 ということはこれは回復の兆候だろうか。園子は嬉しくなる。

 さっそく明日丹羽が来たら報告しよう。早く来ないかなとわくわくしていた。

 5日目。今日丹羽は来れないらしい。勇者部の先輩に頼まれて大橋の方に行っているそうだ。

 東郷にそれを聞いた時、わかりやすく落ち込んだ自覚があった。今日こそは百合小説について語り合えると思っていたのに。

 東郷と話すのは楽しい。今まで会えなかった時間を埋め合わせるように互いにあったことを話し、笑いあう。

 話の流れで「わっしーは好きな子いる?」と訊いたら「愛している人はいるわ。2人」とすごく色っぽい顔で言っていた。

 なんだか東郷がすごく大人に見えた。入院生活で2年間の間にここまで差をつけられるとは。

 わたしも学校に行ければそんな人が見つかるかな、と園子は漠然と思いながらいつもの小説投稿サイトで誤眠ワニさんの新作百合小説を読んで尊い成分を補給してから眠りについた。

 勇者部の皆と出会ってから1週間後。園子の身体は劇的な変化が起こっていた。

 まず内臓の機能が少しずつではあるが回復している。

 身体が受け付けないから、ちょっとは食べられる程度にレベルアップしたのだ。

 おかげで簡単な軽食なら食べることが許された。サンドイッチがおいしい!

 パンの食感も、レタスのみずみずしさも。マヨネーズの甘さを含んだ酸味と匂いも全て新鮮に感じられた。

 これが食事か。味のある食べ物って素晴らしい!

 これなら入院中に書いた『食べたいものリスト』に書かれたものを食べるのも夢じゃないかもしれない。

 園子はウキウキしながらそのリストを開いてみた。そこにはうどんやハンバーガーといったファストフードなどで埋め尽くされている。

 それを書いた時のことを懐かしく思いながらページをめくっていると、ある1ページを最後にそのリストは途中で終わっていた。

「ああ、そっか」

 そこに書かれている2つのメニューを見て、園子は思い出す。

 わっしーのつくったぼたもち。ミノさんがつくってくれた焼きそば。

 これを書いた後、どうしようもなく悲しくなって、この遊びはやめたんだった。

 でも、もう少ししたらこの2つも食べられる。それまでに身体が治るといいな。

 そう思いながら園子は眠りについた。

8日目。右目がぼんやりではあるが見えるようになる。

 その日ようやく丹羽明吾とゆっくり話す機会が訪れた。

 東郷がお見舞いから帰った数分後、彼がお見舞いに来てくれる。

「ねえ、これってあなたが書いたんだよね」

 夏凜からコピーさせてもらった百合小説をノートパソコンの画面に映しながら言うと、丹羽はわかりやすく動揺していた。

「はい、すみません。調子乗って東郷先輩をモデルにしました。お叱りはいかようにも」

 青い顔をする丹羽がおかしくて、園子は思わず吹き出す。夏凜と反応が全く一緒だったからだ。

「ごめんごめん。別に怒ってるわけじゃないんだよ。ただ、好きなの? 女の子同士のイチャイチャ」

 園子が聞くと、「大好きです!」と丹羽は食い気味に言った。

 その後は百合好き同士、多くは語らず時間が過ぎる。

 いや、嘘だ。実際はすごくいっぱいしゃべった。もう1年分くらいのエネルギーと言葉を使って理想の百合イチャシチュエーションを話し合った。

 異性でここまで話が合う人間は初めてだ。この男、理解して(わかって)いる。

 今度オススメの百合小説を持ってくると約束してくれた。わたしも彼が好きそうな百合小説をネットで探すことにする。

 やっぱりマリみてかなぁ。他にもいろいろあるけど、これが園子のベストなオススメ百合小説だ。

 商業作品ではないけど、きっと彼は気に入ってくれるだろう。

 早く明日が来ないかな。

 そんなことを想いながら、園子は夢に落ちた。

 

 

 

 そこは寂しい場所だった。

 荒野というか、背中にある鎖につながれた岩以外には何もない。

 気づけば自分の両腕と両足はその鎖につながれていた。動こうとしても全く動けない。

 ただ身じろぎしかできないこの身が歯がゆく思う。

 見上げれば太陽の代わりに昏い真っ黒な穴が宙に浮かんでいる。それが不気味で仕方ない。

『誰か来たのか?』

 聞こえてきた声に、園子は顔を向ける。

 そこには自分と同じように大きな岩に繋がれた鎖に手足を拘束されている自分と同じような人間がいた。

 いや、人間なんだろうか? よく見れば全体的な雰囲気が違うというか、人間よりも絵本に出てくる妖精や精霊に近いのかもしれない。

 少なくとも、自分が今まで見たことのない存在がそこにいた。

『よう、新入り。お前はどうやって死んだんだ?』

 その人間のような生物が言った言葉に園子は首をかしげる。

 自分は死んでなどいない。むしろ治っている途中だったはずだ。

『自覚ないのか。まあ、一瞬で死んじゃったらそうなるかもな』

 人間のような生物はそう言って笑った。その笑顔がどこかで見たように思えて、園子は戸惑う。

『あたしは、失敗した。友達を守ろうとして、逆に悲しませちまった。って、わかんないよな』

 そう言って園子の顔から視線を外し、天に浮かぶ黒い穴を見上げる。

『ここは地獄なんだろうなぁ。父さんや母さんより早く死んじゃったから、こんなところに来ちまった。弟…鉄男や金太郎にもお別れを言えなかった』

「え?」

 その言葉に園子は思わず自分と同じように鎖につながれた存在を見る。

 その名前を自分は知っている。忘れるはずがない。

 なぜなら自分と同じ階にいる親友を毎日見舞っている男の子の名前だったからだ。

『須美や園子も怒ってるんだろうなぁ。約束、守れなくて。すぐ帰るって言ったのに、嘘つきだって』

「ミノ…さん?」

 園子の言葉に、鎖につながれた存在は驚いた顔をした。

『もしかして、お前……園子か?』

「そうだよ! わたしだよミノさん!」

 思わず涙が出る。2年間ずっと目を覚まさなかった親友がここにいる。

 だがここはどこなのか? なぜ身体が無事なはずの彼女が面影もない全く違う姿になってこんなところで鎖につながれているのか?

 問いかけたいことはたくさんあった。だが、今はそんなことよりようやく彼女に会えたことが嬉しくて園子は何度も彼女の名前を呼ぶ。

「ミノさん、ミノさん、ミノさん! 会いたかった! ずっとずっと探してた」

『あたしは…会いたくなかったよ』

 その言葉に思わず「え?」と漏らす。銀の顔は厳しかった。

『ここに来たってことは、お前もバーテックスにやられたんだろ? だったら残っているのは須美1人。あいつ1人じゃすぐつぶれちまう』

 そうか。彼女はまだ3人で戦っていると思っているのだ。

 だったらその誤解は解かなければ。

「違うよミノさん! わっしーは今他の仲間と一緒に戦ってる!」

『何だって?』

「新しい勇者5人と一緒に。バーテックスも12体倒したんだ。無事なんだよ!」

 その言葉に銀の顔が明るくなる。

『そうか、そうか…あいつは無事なのか』

「ミノさんも無事だよ! あの人型のバーテックスが傷を治してくれた。迎えに行くのが遅れてごめん! 2年も待たせてごめんなさい!」

 園子の謝罪に、銀は目を点にしている。

『え、あたし死んでないのか?』

「そうだよ! ね、帰ろう? こんなところからすぐにでも」

『それは…無理っぽいなぁ』

 園子の言葉に銀は遠い目をする。

『ここに来てからどれくらい時間が経ったのか…わからないけどそうか。少なくても2年は経ってたのか』

「ミノさん?」

 なんだか様子が変だ。いつもの彼女らしくない。

 自分の知っている三ノ輪銀なら、「よし、任せとけ園子!」と引っ張ってくれるはずなのに。

 なぜそんなすべてを諦めたような顔をしているんだろう。

「ミノさ――」

 園子が銀に声をかけようとした時、身体がズレた(・・・)

 そう表現するしかないような奇妙な感覚。まるで魂と肉体が別れたように不安定で、身体から離れていく。

『ああ、そうか。お前はまだ』

 それを見て銀は安心したように笑っていた。まるで園子が無事であったことを確認したあの時のように。

「待って、ミノさん! 嫌だ! 離れたくない!」

 園子は必死に銀に向かって手を伸ばす。だが身体から魂は離れていき、宙に浮かんで風に巻き上げられた煙のように自分という存在が消えていく。

『ばーか。お前がここに来るのは早すぎんだよ園子』

 そんな声が、目の前が真っ暗になる前に聞こえた気がした。

 

 

 

 目を覚ました時、自分の手を誰かが握っているのに気づいた。

 誰だろう? ミノさん? わっしー? 安芸先生? それともお父さんかお母さん?

「起きましたか?」

 そこにいたのは丹羽明吾だった。白い勇者服を着ていて、髪も真っ白になっている。

「丹羽君? ミノさんは?」

「三ノ輪銀さんはいつもの病室で寝ています。それよりどこか痛いところや違和感を感じるところはありますか?」

 その言葉に首を振る。すると「そうですか」と丹羽は安心した様子だった。

「ナツメさん、もういいですよ」

 そう言うと園子の胸が光り、中から褐色で白髪の精霊が出てきた。

『うん。乃木はよくなったのか、主』

「ええ、おかげさまで。ナツメさんや皆のおかげです」

 その言葉に園子は首をかしげる。一体何のことだろう。

「じゃあ、俺は皆さんに乃木先輩が起きたことを知らせてくるので」

 そう言って丹羽は病室を出ていく。しばらく経つと園子の両親が涙を流しながら部屋に転がり込むように飛び込んできた。

 約2年ぶりの再会だったが、そんなに泣かなくてもと思う。

 すると衝撃的な事実を知らされた。

 どうやら自分は丸5日意識不明の状態だったらしい。

 理由はおそらく散華によって失った心臓が丹羽の精霊によって元に戻ったからというのが医師の推測だった。

 臓器や足はともかく心臓は生物にとって必要不可欠な器官だ。それが神樹様の供物としてささげられながらも園子は生きていられた。

 まさに奇跡のような存在。だがそんな奇跡が2年ぶりに活動を再開したことで、身体に不具合が起こった。

 下手をすれば死んでいただろう。だが、勇者という役割がそれを許さなかった。

 勇者は勇者である限り死ねないからだ。

 結果園子の身体と意識は休眠状態になり、意識不明の昏睡状態になった。

 異常事態に医師たちもどうしていいかわからず、両親も呼ばれ最悪の事態も覚悟してほしいと言われたらしい。

 そして両親はあろうことか園子に精霊を入れて散華を治療しようと提案をした丹羽を責めたのだという。君さえ余計なことをしなければ、娘は生きていられたと。

 それを聞いた東郷は反論しようとしたが丹羽に止められ、丹羽はひたすら頭を下げて両親の言葉に一切反論しなかった。

 そして絶対に園子を助けると約束をして5日間一睡もせずに園子のそばにいて治療をしていたらしい。

「そんな…丹羽君はそんなこと一言も」

 両親から経緯を聞いた園子はいてもたってもいられず丹羽を追うために立ち上がった。

 歩けることに両親は驚いているが、それどころではない。今は丹羽を探さないと。

 病室のドアを開けると、そこには東郷がいた。

「そのっち!? もう動いて平気…」

「わっしー! 丹羽君は!?」

 必死の形相の園子に東郷は驚きつつも「三ノ輪さんの病室」と返す。

「ありがとう」と言いそのまま銀の病室に向かおうとする園子に東郷は驚いている。

「そのっち、足が」という声が聞こえてきたが、今はそれよりも伝えなければならないことがある。

 この角を曲がれば病室はすぐだ。急ごうと走り出そうとした園子は、足を止めた。

『だから、無理はするな主。大分消耗をしているんだろう』

『そうよマスター。私とみーちゃんだけでなくてナツメさんまで園子さんの中に入れてさらにリカバリーを促進させたなんて、ノーグッドだわ!』

『無茶なんてレベルじゃないです。下手したら死んじゃってたんですよ』

 精霊が丹羽を心配している言葉が聞こえた。

 そんな、自分の身を削ってまでわたしのことを助けようとしてくれたの?

 会ってまだ数日の自分のためになんでそんなになるまでしてくれたんだろう。園子は理解できなくて混乱する。

「大丈夫、ですよ。これぐらい」

『大丈夫なものか。主、しばらくは絶対安静だ。園子の治療は中止し、ウタノとミトに身体に戻ってもらおう』

『そうね。園子さんには申し訳ないけど、マスターが倒れちゃ』

『だね。じゃあ、戻ろうか、うたのん』

「いえ、ウタノさんとミトさんは乃木先輩の元に戻ってください」

 その言葉に園子は息をのんだ。

『ワッツ!? マスター、ナツメさんの話を聞いていなかったの?』

『このままじゃ、あなたの身体が危ないんですよ』

「俺の身体は普通の人間より丈夫にできてますから。それよりせっかく治りかけているのに、お2人が身体から離れていたらまた元通りです。俺のことを思うなら、乃木先輩の中に戻って治してあげてください」

 なんで彼はそんなことが言えるんだろう。

 自分が最強の勇者だからだろうか。

 あるいは両親にお前のせいだと責められたから?

 多分、どちらとも違うことはすぐ分かった。でもそれ以外に理由が思い浮かばない。

『ナツメさんも何とか言ってよ!』

『……主、本当にそれでいいんだな?』

「もちろんです。乃木先輩が1日でも早く治ることが俺にとっての願いですから」

 丹羽の言葉に精霊たちは黙って顔を見合わせている。

『はー。マスターにそういわれちゃ仕方ないわね』

『うたのん!?』

『ナツメさん、任せて大丈夫?』

『問題ない。スミがいなくても、私が主を支えて見せる。主がいなくなると、風も悲しむから』

 その言葉にウタノはミトの手を引く。

『行こう、みーちゃん。ナツメさんに任せておけば大丈夫よ』

『え、うたのん? え? え~?』

 そう言って病室に戻ろうとしていた2体の精霊は、すぐそばに園子がいることに驚いたが、主の言いつけ通り園子の胸の中に入っていった。

 園子は一歩踏み出し、丹羽の背中を見る。宙に浮くナツメという精霊と目が合ったが、彼女は何も言わずに丹羽の中へ帰っていった。

 スマホをタップし、丹羽の変身が解ける。すると急に体勢を崩して前のめりに倒れようとしていたので、園子が後ろから抱えるようにしてそれを受け止めた。

「乃木先輩?」

「なんで…」

 園子は思わず口にしていた。

「なんで、そんなにしてくれるの?」

 園子の言葉に丹羽は意味が分からないというような顔をしている。

「だって、会ってたった数日だよ。わっしーのためならともかく、わたしみたいな人間のためにこんなにボロボロになってまで、なんでこんなに必死になってくれたの?」

「だって、乃木先輩は俺と同じ同志ですから」

 そう言って丹羽は持っていた鞄から一冊の本を取り出す。

 それは丹羽が言っていたオススメの百合小説だった。

「俺と同じ趣味の人間なんて周りにいないから、同志は貴重なんです。乃木先輩がいなくなったら、好きなことを思いっきり話して盛り上がれる存在がいなくなっちゃいます」

「それだけ?」

「え、それ以上何があるんです?」

 キョトンとした顔で言う丹羽に、園子は何も言えない。

 たったそれだけで、この男の子は自分を助けるために必死になってくれたのか。

「それが丹羽君なのよ、そのっち」

「わっしー」

 いつからいたのか、顔を上げるとそこには東郷がいた。

 東郷は優しい目で丹羽を見ると、いつの間にか気絶していた彼の頭を撫でる。

「頑張ったわね、丹羽君。えらいわよ」

 その顔に、園子は気付く。そうか、わっしーが好きな人って…。

 人を呼んでくるという東郷を見送り、園子は膝の上に丹羽の頭をのせる。

 報告書で何度も見た中性的な顔。化粧をしたらきっとかわいくなるだろう。

 だけど、今まで見たどんな男の子よりも格好よく見えた。

「5日も寝てないなんて、わっしーを心配させて悪い子なんだー」

 気持ちよさそうに眠っている少年に、園子は頭にぐりぐりと自分の拳を回す。

「自分のことを後回しにして、他人を助けるのに必死になって。本当にミノさんそっくり」

 だからわっしーも気に入ったのかな? と園子は思う。

 そして意識を失っていた間見た世界で出会った銀らしき存在。

 あれは銀が意識を取り戻さないことと関係があるのだろうか?

 なんにせよ、丹羽が意識を取り戻したら相談してみよう。そう思った自分が自然と彼のことを頼りにしていることに驚く。

 自分と親友以外は誰も信じないと決めていたのに、こんなに簡単に変えられてしまうなんて。

「すごいね、君は」

 自分より1つ年下の少年の頬をつかみ、思いのほかよく伸びることに驚きながらも園子は言う。

 彼と出会ってから驚くことばかりだ。すべてがいい方向に変わっていっている気がする。

 それから丸1日丹羽は眠り続け、2日目には普通に起きて医師たちを驚かせていた。

 そして同じ日、乃木園子の肉体は完全に元に戻り、両足で歩いている。

 その姿に両親はもちろん防人隊との連絡役である安芸も駆けつけ、みんな喜んでいた。

「回復おめでとうございます。乃木先輩」

「うん。ありがとう、にわみん!」

 病室を訪れた丹羽に、園子が笑顔で言う。

「にわ、みん?」

「うん、丹羽明吾のにわとみんをとってにわみん!」

 そこまで行ったら「ご」くらい横着せずに言ってくださいよと丹羽は一瞬思ったが、これも彼女らしいなと思い了承した。

「えっと、あだ名なんだけど…いやだった?」

「いいえ。乃木先輩がそれでいいなら好きに読んでください」

「やったー! あ、あとねあとね、その乃木先輩っていうのもちょっと?」

「嫌ですか?」

「嫌ではないんだけど……親しみを込めて園子先輩か、そのっち先輩って呼んでほしいな!」

 キラキラとした笑顔で言われ、丹羽は困惑する。

 が、園子先輩はマズいなと思い後者を選択することにした。

「わかりました、そのっち先輩。これでいいですか?」

「うん!」

 ただ名前を呼んだだけなのに、とても嬉しそうだ。

 あとは銀ちゃんが意識を取り戻せば…そう思う丹羽だが、園子に急に腕を引っ張られた。

「ちょ、そのっち先輩!?」

「身体が治ったらやってみたかったことがいっぱいあるんだ。つきあってよにわみん!」

 こっちの返事なんて待たずに駆け出す彼女に、しょうがないなと丹羽は付き合うことにする。

 その笑顔は人型のバーテックスだった時に自分が見たかった1番尊いと思える表情だった。

 

 




 前回に引き続き百合描写が…百合描写が足りない!
 書かなきゃ!(使命感)
球子「園子、タマは怒っています。申し開きがあるなら言いタマえ」
園子「えーどうしてー? 見当もつかないよー」
球子「それはなぁ……お前が後輩に「そのっち先輩♡」なんて呼ばせてるからだー! 被るだろあんずのタマっち先輩とー!」
園子「えぇ―!? そんなの知らないよぉ。別次元のわたしだしー」
球子「うっさい! よって罰を与える! しんみょうにしタマえ」
園子「そんなー。およよ~」
球子「泣いたフリしたってごまかされないぞ! あんず、あいつをひっとらえるんだ!」
杏「はーい♡」ガシッ
球子「え? いや、あんず。こっちじゃない。捕まえるのはあっちの園子のほう」
杏「ううん。こっちであってるんだよタマっち先輩」
球子「へ?」
園子「ふっふっふ。タマ坊がそういう風に因縁つけてわたしに日頃の仕返しをしようとしているのは予測済みでした。なので先手を打ってあんずんにはわたしに協力してもらうよう約束していたのです!」
球子「な、なにーっ!?」
杏「ごめんね、タマっち先輩。園子先生の小説のためって言われたら断れなくて」
球子「あ、あんずー! そんな紙切れのためにタマを売ったのか!? 2人の絆はそんなもんだったのくわぁ―!?」
杏「か、紙切れって何?! 園子先生の小説は最高なんだよ! タマっち先輩だって面白いって読んでるじゃない」
球子「面白いよ。面白いけどさあ、それで仲間を売るのはいいのか?」
杏「いいんです。面白い小説のためならばすべては許される」
園子「あ、ちなみに提案した時は迷ってたけどリトルわっしーの変身シーンの高解像度ビデオ映像を提供すると快く協力してくれたよ」
杏「ちょっ、園子先生! それは内緒」
球子「……あんずぅ~?」
杏「(ぷいっと顔を逸らせる)」
球子「ふざけんな! 小さい子ならだれでもいいのか!? このロリコン! ワザリングハイツ伊予島!」
杏「人の技名をいかがわしい代名詞みたいに使わないで!」
園子(いや、もう半分公式で認められてるんだよねぇ…)
園子「まあ、それはそれとして…因縁つけてわたしにひどいことしようとした報いは受けてもらうよ」
球子「報い報いって、乃木家のやつってのはどいつもそうなのか(家訓です)!? なんだよ、吊るすなら吊るせー!」
杏「そんなひどいことしないよぉ♡」
園子「そうそう。わたしたちはタマ坊をかわいくしたいんだから」つピンクのワンピース
球子「へ?」
園子「まずは髪を下ろしてー」
杏「エナメルの靴に、レースのついた靴下を組み合わせるととってもかわいいですよねー♪」
園子「水玉のリボンに白の麦わら帽子~」
杏「口紅もつけちゃいましょう。ちゃんとお化粧もしてー。はい、かわいい♡」
園子「タマ坊ってば、とーってもオシャレさん♪」
球子「ふざけんなー! これっていつか言ってた園子の妄想したタマじゃないかー!」
園子「そうだよー♪ おお、想像していたよりも2割増しでかわいい」
杏「かわいい、タマっち先輩かわいい…」
球子「変態! 変態! 変態!」
杏「かわいい…タマっち先輩かわいい…」
園子「じゃあ、あとはごゆっくりー」
球子「え、園子? 嘘だよな? この状態のあんずと2人きりって……おい、マジでやめろ、ドアを閉めて部屋から出ていこうとするな! これなら吊るしてもらった方がまだマシ」
杏「タマっち先輩、ハァハァ」
球子「いやー!? 百合乱暴、百合乱暴はやめてくれー!」
 ちゃんちゃん♪


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忘れた頃に牙をむく公式設定

 Aパートの安達が主人の死を知らない忠犬っぽくてかわいそうかわいい。
 Bパートはあ(だちとしまむ)ら^~の嵐が止まらない。
(+皿+)「安達としまむらはいいぞ」

 あらすじ
丹羽「百合、いいよね」
園子「いい…」
勇者部一同「変態が増えてる!?」
 前回5徹してそのっちを回復させた丹羽君ですが、バーテックスなので問題ありません。
 人間なら普通に精神に異常きたしてるけど、よかったねバーテックスで。
丹羽「まあ、バーテックスってバレたら即死亡なんですけどね」
園子「何言ってるのにわみん? 次あれやりたーい」
丹羽「はいはい、お供しますそのっち先輩」


 8月の最終週。もうすぐ9月だというのに日差しは強く、気温もまだまだ高い。

 あまりの暑さに熱中症患者が今年も2桁を超えたと連日朝のニュースで報じているくらいだ。

 その日、神社の木立から聞こえてくる無数のセミの声を聞きながら、丹羽は祭りに参加する屋台の準備を手伝っていた。

「これはここに置けばいいんですか?」

「おう、ありがとよ兄ちゃん。うちの若いのに見習わせてぇくらいの働きぶりだな」

 禿頭の親父の言葉に、丹羽は笑顔を返す。

 正直こういういかにもな雰囲気の大人は苦手だったが、話してみると悪い人間ではなかった。みんな気のいいおっちゃん兄ちゃんだ。

 だがそんな力自慢な人間たちも夏の暑さには勝てず、数人が救護テントに運ばれていた。

 その代わりに神社のお祭りの手伝いに来ていた勇者部から丹羽が派遣されたのだ。

 強化版人間型バーテックスである丹羽は壁の外の灼熱の世界にも耐えられる肉体を持っている。だからこんな暑さなんてへっちゃらなのだ。

「ったく、若い奴らは根性なしだからいけねえ。おっと、兄ちゃんのほうが若いんだったな」

 ガッハッハと大口で笑う禿頭の親父に、熱中症は根性論で何とかならないんだよなぁ…と内心で思うだけにしておく。

「今夜店に来てくれたらサービスするぜ。みんなにも話は通しとく」

「ありがとうございます。じゃあ俺は次の場所に行くので」

 そう言って頭を下げ、丹羽が去ろうとすると呼び止められた。

「ああ、待って。おい、タツ!」

 禿頭の親父が声を上げると、グラサンをかけた剃り込みが入った髪型の頬に刃物傷がある男が近づいてきた。

 神歴でもいるんだ。こんないかにもなヤのつく自由業な見た目の人。

「へい、オジキ」

「おまえんとこのアレ、この兄ちゃんに分けてやれ」

「いや、そんな悪いですよ」

 その言葉に丹羽は手を振り遠慮する。何かはわからないが、嫌な予感がする。

「おどれオジキに恥かかせるんかい?! オジキが受け取れ言うんじゃけぇ受け取れや」

「ヒェッ」

「なに素人さんにイキっとんじゃお前は!」

 ずいと丹羽に怖い顔を近づけたグラサンの兄ちゃんが、禿頭の親父にどつかれていた。

 えっと、素人さん? 本当に見た目だけで普通の人なんだよな?

「すまんな兄ちゃん。ほれ、その箱から好きなだけ持ってけ」

「えっと、大丈夫ですか? 口から血が出てますけど」

「ちょっと切れただけじゃ。心配いらんけぇとっとけ」

 とクーラーボックスを突き出す。

 中は包装されたアイスキャンディーのようだ。白いのだけだがバニラオンリーで売っているのだろうか?

 とりあえず丹羽は勇者部の人数分もらい、1度みんなと合流することにする。

「ありがとうございます。さっそく部活の皆にも渡してきますね」

 嫌な予感は気のせいだったらしい。丹羽はアイスが溶ける前にと勇者部の皆に渡しに行くことにした。

 

 

 

「最近、丹羽がおかしい」

 始まりは風の言葉だった。

「夏休みなのに部屋にいないことの方が多いし、帰ってくるのも夕方近く。なんかことあるごとにお土産を持ってきてくれるし、どこで遊んでるのかしら?」

「あの、風先輩。それ今じゃなきゃダメですか?」

 迷子センターのテントを張り放送機材の配備や机や椅子を運ぶのに大忙しな勇者部メンバーを代表して、友奈が言う。

「いや、あいつがいないうちにみんなに相談しておこうと思って」

「だったらまずは仕事を片付けなさいよ! 話はその後でもできるでしょ」

 と夏凜。もっともである。

「夏凛は何か知らない? アンタいつも丹羽と訓練してるんでしょ?」

「いつもじゃないけど…まあ、多分あれね。園子様と一緒にしてる三ノ輪銀のお見舞い」

「そうね。私もそのっちが退院してからそのっちと丹羽君が何度も一緒にお見舞いに来ているのを目撃したわ」

 夏凛の推測を裏付けするように東郷が言う。

「それって、毎日ですか?」

「ええ。ご家族がいらっしゃる時間とは被らないようにしているってそのっちは言っていたわ。丹羽君はできるだけそのっちと私が銀と一緒にいる時間を守りたいって言ってたから、彼と会うようになったのはここ最近ね」

 樹の疑問に東郷が返事をする。

 夏休み中6日も病院から帰らなかった丹羽に隣の部屋に住んでいる犬吠埼姉妹は心配していた。その後園子の治療のために精神力を使い果たし丸1日寝込んだ時は血相を変えて病院に来たほどだ。

「銀ちゃんの治療…うまくいってるの、東郷さん?」

「何とも言えないわね。相変わらず昏睡状態だし。丹羽君とそのっちは何か話し合っていたけど、私には教えてくれなかったわ」

 東郷としても園子の時のような無茶はまたしてほしくないのでできれば相談してほしいのだが、丹羽は遠慮しているのか話してくれない。

 こんな時に頼ってくれないのは少し腹が立つ。彼のことだから悪いことにはならないと信じているが、園子の時だって自分に一言くらい相談してほしかった。

「あいつ、また自分の中だけで解決してから話そうとしてるんじゃないでしょうね」

「夏凜ちゃん、どういうこと?」

 苦虫を嚙み潰したような顔をする夏凜に、友奈がテントに椅子を運びながら尋ねる。

「あいつ、いざという時は自分が身を引けばいいとか言ってたことがあったのよ。何についてとは言えないけど、自己犠牲的というか。自分が嫌われてもいいからみんなが救われるような選択をするというか」

 その言葉に友奈はびくっとする。

「友奈? どうかした?」

「な、なんでもありません。風先輩」

「だから言ってやったのよ。ちゃんとみんなの言葉を聞いて話し合いなさいって。風と樹も言ってたじゃない。悩んだら相談って」

「うん…うん。そうだね」

 いつものはつらつとした様子とは違い、よく見ている東郷でなければわからないほど若干沈んだ様子の友奈にどうしたのと声をかけようとする。

「友奈ちゃん」

「お、何夏凜? あんた勇者部には仕方なく入部したって言いながら5箇条暗記してくれたの?」

「嬉しいです。夏凜さん!」

「べ、別にそういうわけじゃ…ただあいつがあんまりにも馬鹿なこと言うから言っただけだし」

 犬吠埼姉妹に挟まれ、赤い顔をしながらぷいっと顔を逸らす夏凜。

 話している間にテントの設営は終わっていた。これで思う存分話せるというものだ。

「もうアンタ勇者部大好きっ娘じゃん。言ってみ? 恥ずかしがらず風部長尊敬してます。大好きって」

「だ、誰がそんな!?」

「でも勇者部5箇条を実践できてる夏凜さんはすごいと思います。丹羽くんも少しくらい相談してくれていいのに」

 グイグイくる犬吠埼姉妹に夏凜は顔を赤くしてツンツンだ。

 それを見つめる不審者が1人。

「あら^~。やっぱり犬吠埼サンドはトウトイ…トウトイ…。ようやく風にぼに至ったんやなって」

「丹羽君!」

 いつも通り不審者モードになっている丹羽に気づいた友奈が近づくとすぐに元の顔になった。

 相変わらず変わり身が早い。

「お疲れ様です皆さん。これ、屋台の皆さんからの差し入れですって」

「わー! アイスキャンディーだ。嬉しいなー!」

 アイスという言葉に勇者部メンバーのテンションが上がる。

 暑い外での作業で冷たいものがちょうどほしかったのだ。

「お、気が利くじゃない丹羽」

「1つ1つ包装してあるのね。これなら多少溶けても安心だわ」

「全部バニラかー。アタシソーダに囲まれた奴が好きなのよねー」

「ありがとう、丹羽くん」

 目を輝かせ夏凜、東郷、風、樹が丹羽から受け取る。

 みんなの手に渡ったのを確認したあと早速包装をはがし、口に入れる。

 ひんやりとした冷たさと同時に甘さと独特な風味が鼻を駆け抜けた。

 これは…バニラじゃない?

「あれ、これバニラじゃなくて甘酒? 不思議な味ね」

「甘酒は飲む点滴ともいわれているから今の時期にはピッタリね」

 同じ感想を抱いたのか、夏凜の言葉に東郷が解説をしている。

 丹羽は嫌な予感がした。甘酒、勇者部。この2つから連想するものは…。

 

『食欲はなかったけど甘酒が美味しくて喉が喜んでた。でも、家で吐いちゃった』

 

「オロロロロロ」

「丹羽ーッ!?」

「丹羽君、ちょっとどうしたの!?」

 思わず勇者の章トラウマシーンを思い出し丹羽の顔は真っ青になっていた。急にがくりと肩を落とす姿に夏凜と東郷が心配そうにしている。

「す、すみません。ちょっと立ち眩みが」

「頑張りすぎだよ、そこのテントで休んでて」

 いつの間にか隣にいた友奈が丹羽の手を取ると引っ張って椅子に座らせる。これは大丈夫と言っても聞いてくれなさそうだ。

 自分の顔を見つめる丹羽に心配そうな顔をする友奈。そうだ、今はまだ8月。勇者の章にはなっていなかった。

「ごめんなさい、結城先輩。ちょっと嫌なこと思い出して」

「心配事? もしよかったら相談――」

「うぇえええん!」

 友奈が丹羽に何か言葉をかけようとしたとき、風の泣き声がそれを遮った。

「あははははは!」

「え、風先輩?」

「ちょっと、樹!? あんたらどうしたのよ」

 顔を真っ赤にして泣いている風と笑う樹に東郷と夏凛が困惑している。

 ああ、そうか。甘酒に関するゆゆゆ公式設定はもう1つあった。

 犬吠埼姉妹はノンアルコールの甘酒で酔っぱらうことができるトンデモ体質だという公式設定が。

「とうごぉ~! 丹羽が遅くまでうちに帰ってきてくれないの~! きっとよそに女ができたのよ~」

「よそに女って、風先輩と丹羽君は付き合ってるわけじゃないですよね?」

「あははははは! お祭り楽しみですね夏凜さん、あははははは!」

「ちょ、樹!? あんたテンション高っ」

 いつもと違う2人に東郷と夏凜が困惑している。

 そうか、さっき感じた嫌な予感はこれだったか。

「うわぁあああああん! 丹羽のバカ~! なんでうちの隣から寮に引っ越すなんて言うのよ~」

「あははははは! お姉ちゃん面倒くさーい。そんなだから恋人ができないんだよ~」

 風の言葉に普段なら絶対言わないような言葉を樹が言っている。

 これは放っておくとまずいな。

「三好先輩、救護テントってまだ空きがありましたっけ」

「え? うーん、どうだろう。見てきましょうか?」

「あ、やっぱり大丈夫です。先に水を飲ませた方がいいっぽいですし、神社の方に運びます」

 そう言うと丹羽は風をおんぶしようと前に来てしゃがむ。

「犬吠埼先輩、どうぞ。運びますから」

「やだ~! 重い女って思われるからいや~」

「あははははは! 丹羽くんのすけべ~! お姉ちゃんのおっぱいを背中に感じたいからおんぶしたいんだ~!」

 泣きながらイヤイヤする風とそれをからかう樹。

 これ、思ったよりも厄介だな。

「結城先輩、もう無理やり運ぶから犬吠埼さんの方をお願いします」

「え、うん」

 丹羽は風の足と腰を持つと抱きかかえ、そのまま神社へと歩いていく。

 自分とほぼ同じ身長の風を軽々と運んでいる姿に、改めて男の子だなぁと友奈は思う。

「あははははは! お姉ちゃん顔真っ赤! あははははは!」

「樹ちゃーん。私たちも行こうか」

「手伝うわ、友奈ちゃん」

 友奈と東郷は樹を両方から挟むように肩に手を回し、丹羽の後を追い神社の社務所まで向かう。

 そこで宮司さんに頼み込んで犬吠埼姉妹に水を飲ませ、頭に冷えピタを貼り付けクーラーが効いた部屋で休ませてもらった。

「ふー。一仕事したよ」

「お疲れ様です結城先輩、東郷先輩。宮司さんたちが麦茶用意してくれたみたいですからどうぞ。俺は三好先輩を呼んできますね」

 そう言ってまた外に出ようとしている丹羽に、友奈は声をかける。

「あ、丹羽君!」

「はい? なんですか、結城先輩?」

「あの、なにか無理してない? 疲れてるんなら2人と一緒に少し休んだ方が」

「大丈夫ですよ。じゃあ、行ってきますね」

 友奈の言葉に笑顔を返し、丹羽はうだるような暑さの外に出ていった。

「友奈ちゃん、どうかした?」

「うん。なんていうか…丹羽君の様子がおかしかったから」

 その言葉に東郷は「優しいわね、友奈ちゃんは」と答える。

「風先輩もそんなこと言ってたけど、考えすぎだと思うわよ。本人は元気そうだし」

「そうかな?」

「ええ。でもそうやって何でもないようだから、私も知らないうちに頼っちゃってるのかもしれないわね」

「あはは、うん。それ、あるかも」

 東郷の言う通り、勇者部の皆は知らないうちに丹羽に助けられている。少し依存しているかもしれない。

 風先輩と樹はそれが顕著なだけで、友奈も彼に頼ってしまっているなと感じる時もある。

 もっともそれは丹羽が望んでやっているところも多分にあるのだが。

「それにしても、夏凜ちゃんが言っていたけど、少しは私たちに相談してほしいわ。1人で抱え込んだって、思考の袋小路に入っちゃうだけなんだから」

 東郷のぼやきに、友奈の心臓が跳ね上がった。

「友奈ちゃん?」

 親友の変化を見逃さず、東郷がどうしたのかと首をかしげている。

「どこか具合が悪い? もしかして熱中症? よかったら風先輩や樹ちゃんと一緒に少し涼んでいったらどう?」

「大丈夫だよ東郷さん。よし、休憩もしたし私も行ってくるね!」

 東郷が自分を呼び止める声が聞こえたが、友奈は聞こえないふりをして外へ向かう。

 なんとなく、1人になれる場所へ行きたかった。

 

 

 

 その後会場の設営の手伝いを終えた勇者部は宮司さんや屋台の人々から感謝され、1度着替えに帰るため解散することとなった。

 日が沈み少し涼しくなってきた頃、神社の前で再び合流する。

「お待たせ―みんな!」

「お待たせしました」

「おっ、来たわね友奈、東郷!」

 出迎えてくれた風はオキザリスの柄が入った黄色い浴衣だった。隣にいる樹は成子百合の柄が入った緑の浴衣を着ている。

「わー! 樹ちゃんかわいい! 風先輩も似合ってますよ」

「そう? やっぱり浴衣を着ててもアタシのあふれんばかりの女子力はにじみ出ちゃってるかー」

「友奈さんもかわいいですよ」

 樹が褒める友奈の浴衣は桜の花弁が舞っている薄いピンク色だ。渋めの緑の帯と相まってよく似合っていた。

 風と樹は浴衣に合わせ、普段とは違う髪型にしていた。風は後ろの髪をアップにして髪留めで結い、樹は短い三つ編みをあしらい普段とどこか雰囲気が違う。

 こういうのは本当に女子力が高いと思う。

「いいなー、その髪型。私も風先輩にセットしてもらいたい!」

「はっはっは、ほめても何も出ないわよ。東郷は…うん、すごいわね色々」

 風の言う通り、東郷の浴衣姿は目を引いていた。

 アジサイ柄の藍色の浴衣に普段は降ろしている黒髪を結い上げている。

 まさに大和撫子。日本の美を体現したような姿に道行く人も思わず見惚れ、振り返り見ているのだ。

「本当、きれい」

 ほう、とため息を漏らしながら言う後輩の視線に照れながら、東郷は言う。

「そんな、樹ちゃんの方がかわいいわよ。それに私は体型が胸で崩れるから、浴衣って苦手で」

「「嫌味か貴様ッッッ!」」

 尊敬の視線が怒りと嫉妬の視線となった。

 樹と共に東郷の胸元をにらみつけている夏凜はヤマツツジの柄が入った赤い浴衣だ。

 髪はいつものツインテールなのだが、結わえているリボンはいつもより大きくてかわいい仕様。気合が入っている。

 ちなみに夏凜は風と樹と一緒に最初からいた。

「この胸か! この胸が言うのか!」

「ちょ、夏凜ちゃん!? こんな往来で」

 浴衣の上からさらしを巻いた胸をつかもうとする夏凛に困惑する東郷。それを見て友奈は「2人はすっかり仲良しさんだね」とのほほんとしている。

「はいはい、2人とも往来ではしゃがない。樹もそんな怖い顔しないの。かわいい顔が台無しよ」

「うう~、わかった」

 勇者部部長の言葉にようやく5人は人心地着く。あと1人くれば全員そろうのだが。

「で、丹羽の奴はまだ来ないの?」

「さっき電話したけど応答がないのよ。もう1回かけてみるわね」

 風がスマホから電話をかけると、着信は意外に近くから聞こえてきた。人がいる雑踏の中でも聞こえるほどだ。

「ん?」

「ちょっとにわみん! なんでマナーモードにしてないの!?」

「すみませんそのっち先輩。でもこの距離じゃマナーモードにしててもどの道聞こえます」

 なにやら後ろにいたカップルがこそこそと話している。よく見れば片方はこれから暗くなるのにサングラスをしていて怪しさ抜群だ。

「って、園子様!? こんなところでなにをしてらっしゃるんですか!」

「えへへ、バレちゃったかぁ」

 驚く夏凛にサングラスを外し、舌を出して笑顔を見せたのは乃木園子だった。

 蓮の花の柄が入った白い浴衣に長い髪を纏めていたから誰だか一瞬分からなかったのだ。

 となると隣にいる紺色の浴衣を着たヒーローもののお面を被った男は…。

「おい丹羽ぁ、アンタ彼女同伴とはいい度胸してんじゃないの」

「彼女じゃないです同志です」

 ドスを利かせた風の声に丹羽は弁解する。

「ひどい、わたしとは遊びだったのね!? 慰めてわっしー」

「はいはい。丹羽くんはひどい人ね。よしよし」

 よよよと泣く真似をして近づく親友を、東郷は抱き寄せ頭を撫でる。

 イイヨイイヨー、そのみもイイヨー!

「丹羽くん、顔」

「はい、すみません…って見えてないよね!?」

「見なくてもわかるよ」

「そうね。十中八九、いや10割気持ち悪い顔してるでしょうから」

 手厳しい樹と夏凜の言葉に丹羽は反論できない。事実だからだ。

 それに「あはははー」と友奈が笑っている。

 ん? なんか表情がどこか固いような…。

「とにかく全員そろったわね! では、讃州中学勇者部出陣じゃー」

「「「「「おー!」」」」」

「あたしは言わないわよ。…って園子様ぁっ!?」

 自分の代わりにノリノリで手を上げ号令に参加している園子に夏凜は驚く。

「もう、様づけなんてやめてよにぼっしー。園子って呼んで」

「は、はぁ」

 なんだかフランクでテンションが高い。お祭り効果だろうか?

 そんなことがありつつ、勇者部は屋台に繰り出した。

 屋台の設営を手伝ったということもあって、勇者部メンバーが行くとみんなサービスしてくれた。

 ただ、きれいどころのJC6人を連れている丹羽への視線がかなり痛かったが。

「たこ焼きクレープりんご飴。他にもまだまだ、おいしいのいっぱい!」

「そのっち、あんまり食べるとお腹壊すわよ」

 口元をソースやクリームでべたべたにしている園子をかいがいしく東郷が面倒を見ている。

 ああ、いいなぁ。ほんとうに平和だ。

 これに銀ちゃんが加われば、本当にいいのになぁ。

「丹羽君、どうしたの?」

 思わず見とれていた丹羽に友奈が言う。

「ああすみません。思わず尊さから固まってました」

「あははは、何それ?」

「それよりにわみんはなんでそんな後ろに下がってるの? 一緒に歩けばいいのに」

 屋台巡りから一定の間隔を空けてついてくる丹羽に疑問を持った園子が問いかける。

「いやだって、視線が痛いんですよ。皆さんきれいだし、そんな中に俺みたいな男がいると」

「ちょ、きれいだなんてやめてよも~」

 丹羽の言葉に顔を真っ赤にして風がバンバン背中を叩いてくる。

「お姉ちゃん、そういうとこだよ?」

「え、なにが?」

「風、あれが正解の反応よ」

 夏凜が指さす方向を見ると、友奈、東郷、園子が顔を真っ赤にして丹羽から目を逸らしていた。

「きれいだなんて、そんな」

「もう、丹羽君。先輩をからかわないのよ」

「きれいって、男の人に初めて言われたかも―」

「え、アタシと何が違うの?」

「こいつ、マジか…っ!?」

「お姉ちゃん…」

 3人のリアクションと自分のそれと何が違うのか本気でわかっていない風に、夏凜と樹は驚愕する。

「犬吠埼先輩はそれでいいんですよ。素直なのが素敵です。それが先輩の魅力だと思います」

「もう、丹羽くんがそうやって甘やかすから」

 なにやら1年生組が揉めている。それを横目に見ながら夏凛は風に近づく。

「あんたもちょっとはあの3人を見習って」

 とそこで夏凛は気付いた。風の耳が真っ赤になっていることを。

「……なんだ、あんたも結構乙女じゃない」

「え? なに? 夏凜がかき氷おごってくれるって? よし、行こー!」

「ちょ、誰もそんなこと言ってないでしょ!? 待ちなさいよ風!」

 照れ隠しなのかずんずん先頭を行く風を追って夏凛が走っていく。

「風先輩待ってくださーい」

「あ、友奈ちゃん。私も行くわ!」

 それを追って東郷と友奈もついて行った。

「ねえにわみん、そんなに気になるならちょっとおねえさんといいことしようか?」

「い、いいことって!? ダメですよそんないやらしい」

 園子の意味ありげな言葉に顔を真っ赤にして樹が声を上げる。

「大丈夫、トイレですぐ済むから」

「トイレ!?」

 トイレという単語に思春期の樹の頭はアレやコレが出したり入れたりする光景が思い浮かぶ。

「にわみんは恥ずかしいかもしれないけど、女子トイレで我慢してね。じゃあ、行こっか」

 返事も聞かず丹羽を連れていく園子を止めようと樹は反対側の腕をつかむ。

「ダメー! そんな、わたしたち中学生なんですよ! なのにそんな」

「じゃあいっつんも来る?」

「え?」

 とんでもない提案に、樹の思考がフリーズする。

「うーん。でもトイレも混んでるかもしれないし、そこの茂みでしよっか」

「茂みで!?」

 もはやモラルも何にもない。樹の頭は沸騰して脱水症状寸前だ。

「そのっち先輩、犬吠埼さんをいじめるのはそのくらいで」

 多分園子がやろうとしていることの見当がついていた丹羽はクラスメイトがこれ以上いじられるのを見過ごすわけにはいかず、ストップをかける。

「ごめんね、いっつん。実はね」




後半へ続く


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勇者部夏祭り

 あらすじ
 勇者部みんなで夏祭りに来たよ
~お祭り開始から2時間ほど前~
丹羽「そのっち先輩。お伝えしたいことが」
園子「ごめんにわみん、今日わたしこれから用事があるから手短にお願い」
丹羽「ようやく2人がふうにぼに至りました」
園子「なにそれ詳しく」
~数分後~
仲人「お待たせしいたしました。しきたりの元に御本人同士と私、仲介人の初顔合わせを…あら、乃木様は?」
乃木父「それが、急用ができたといきなり飛び出して行ってしまい」
二条城父「なんと!?」
乃木母「申し訳ありません。今人をやって連れ戻している最中で」
二条城母「いいえ、とんでもない。実は今回のお話、どうお断りのお返事をしようかと思っていたもので」
乃木父「へ?」

東本願寺 麗華「薫子が誰かの物になるなんて耐えられない! 私と一緒に逃げましょう!」
二条城 薫子「ごめんなさい、父さん母さん。私は愛に生きる!」

二条城父「ということがありまして…」
乃木家親族「どっひゃあ!?」ドンガラガッシャーン
 丹羽君、図らずもそのっちのお見合いイベントを回避。


「遅いわねー。丹羽と樹と乃木」

「あんたねぇ、伝説の勇者様に対する敬意ってものが」

「でも本人がいいって言ってるのに様付けするのは失礼だよ、夏凛ちゃん」

「そうよ。そのっちはそんなこと気にしないわ」

 ついてこない3人を心配しながらかき氷をむさぼる風に、小言を言う夏凜、それをいさめる友奈、友奈に同調する東郷と勇者部はいつも通りだ。

 バラバラなようでそれぞれが彩を引き立てあい絶妙にバランスが取れている。まるでこれから上がる花火のようだ。

「ごめーん。遅れてー」

「おまたせしましたみなさん」

 園子の呼び方について話し合っていると、件の園子と樹が1人の女性を連れてやってくる。

 身長は風と同じくらいで、結構長身だ。顔の輪郭はどちらかと言えばかわいい系。だが目と眉はりりしいカッコイイ系だ。

 体格がいいことから何かスポーツでもやっているのだろうか?

 長い茶髪は先端に行くにつれ紫に染まっている。

 着け髪のエクステという奴だろう。勇者部メンバーは使ったことがない…というか縁がないオシャレアイテムだ。

 体育会系の部活にいる女子に声援を送られそうな女子とビジュアル系のバンドをしている女子を掛け合わせたような見た目といえばわかりやすいだろう。

「えっと樹、その人は?」

「ふふ、誰でしょう? ヒントはお姉ちゃんや皆が知っている人だよ」

 姉の質問ににこにこしながら逆に問いかける樹。はて? と4人は首をかしげる。

 今まで勇者部に依頼に来た人間の関係者? それともクラスメイト?

 だが思い返してもどれにもヒットしなかった。というか、多分初対面だ。

 するとその少女はため息をつき、園子をじろっとにらむ。

「そのっち先輩。悪ふざけもほどほどにしてくださいよ。みんな固まってるじゃないですか」

 その聞き覚えのある声に、4人は驚く。

「「「「に、丹羽ぁ!?」」」」

「えー。楽しいのに? ねー、いっつん」

「はい。丹羽くんがどんどんきれいで可愛くなっていくのは見ててすごく楽しかったです」

 丹羽とは対照的に園子と樹は「ねー」と笑顔で顔を見合わせキャッキャとはしゃいでいる。

 どうやら丹羽をいじっている間に意気投合したらしい。

「え、丹羽? マジで」

「マジです」

 固まっている風に、丹羽は大まじめにうなずく。

「その髪どうしたの?」

「そのっち先輩の私物のウィッグとエクステです」

 短髪だった髪が長髪のビジュアル系になっていることに驚く夏凛に、パチンと1部を外して見せる。

「お化粧してるんだ。かわいいねー」

「結城先輩。かわいいって女の子専用の褒め言葉なんですよ」

 近くに寄って整えられた眉毛やファンデーションを注意深く見ている友奈に丹羽は返す。

 ただ1人、東郷だけが何も言わなかった。これは相当呆れられているな。

「どうするんですかそのっち先輩。東郷先輩ドン引きしてますよ?」

「あれれー? わっしーはカッコイイ系よりかわいい系の方が好きだったかな? ゆーゆみたいに」

 一言もしゃべらない親友に流石に園子もあせりだす。

「ち、違うんよわっしー。にわみんが女の子の中に男の子が1人でつらいって言ったから」

「いや、俺はつらいなんて一言も」

「言ったよね?」

「言いました」

「折れるの早っ」

 園子の言葉に秒で折れた丹羽に夏凜が思わずツッコんでいた。

 何か弱みでも握られているんだろうか? 屈辱的な格好だろうにされるがままというのもそれなら納得だ。

 夏凛はこっそり丹羽に近づくと、耳打ちする。

「丹羽、丹羽! あんた園子さ…園子に何か弱みでも握られてるの?」

「え、全然?」

「じゃあなんでそんな恰好をしてるのよ?」

「そのっち先輩が喜んでくれるからですけど」

 なにを当たり前のことを…というような丹羽の言葉に、「え?」と夏凜は固まる。

 それは丹羽がバーテックス人間だった記憶を受け継ぎ園子の悲しむ顔が見たくない。喜ぶ顔が見たいという気持ちからだったが、夏凜は別のことに思い至ったらしい。

「そっか。まあ、あんたが決めたことならあたしから言うことはないわ。樹とは(恋愛的な意味で)話したの?」

「ええ。そのっち先輩と(女装の手順や化粧品について)いっぱい話してましたよ」

「いやあんたが話さないとダメでしょうに。で、どうだった?」

「最初は(女装について)反対してましたけど話しているうちに(女装に)理解を深めて、最終的には納得してました。むしろノリノリで意気投合って感じです」

「そ、そう。まあ、樹が納得したならいいわ」

 丹羽の言葉に若干引いていたが、夏凜はうなずく。

 どうやら自分がアドバイスした通り、納得いくまで話し合いはしたらしい。

 そうか。いつかこんな日が来るとは思っていたが園子様とねぇ。風か樹とくっつくと思っていただけに、まるで鳶が油揚げをかっさらっていったような結果に少しは思うところがある。

 だが本人たちがそれでいいというのなら、夏凜からは言うことはない。

 後日完全な誤解だと判明するのだが、この時の夏凛は優しい顔で樹を抱き寄せ連れていく。

「樹、今日はあたしのおごりよ。好きなだけ食べなさい」

「え、いいんですか夏凜さん。でも悪いですよ」

「いいってことよ。今日はとことん食べて、嫌なことも忘れちゃいましょう」

「はっ、あまりの可愛さにちょっと意識が飛んでたわ」

 東郷がようやく丹羽の女装に反応する。どうやら怒っていたわけではないらしい。

 よかったーと園子が安心していると、友奈が屋台を指差す。

「あ、射的だ。やろうよ東郷さん」

「ええ、任せて友奈ちゃん!」

 自分の得意分野を生かせる屋台の登場に、東郷が静かに燃える。

「いらっしゃーい。…げぇ、勇者部!?」

 にこやかな店主だったが東郷の顔を見るや驚き青い顔した。

「あんたらは出禁だよ。帰った帰った」

「えー? どうして?」

「どうしてだぁ? 去年あんたらが何したか考えてから言いやがれ!」

 めずらしい反応に丹羽と夏凛は首をひねる。逆に心当たりがあるのか、風と樹は乾いた笑いをしていた。

「去年? 何したのよ」

「東郷が百発百中で景品を落として、全部かっさらっていったのよ。あの時のおっちゃんと一緒の人だったのね」

 その言葉に気の毒そうな顔で丹羽と夏凛は店主を見る。なるほど、それでは商売あがったりだろう。

 というか、店主が違えばそのまま景品を根こそぎぶんどるつもりだったのだろうか?

「じゃあ、私がやります。それならいいでしょ?」

「まあ、黒髪の嬢ちゃんじゃなければいいぜ」

 あ、これアカン流れの奴や。

 丹羽は思ったが黙っておくことにした。なぜならこれによってゆうみもが接近するチャンスだからだ。

 百合イチャは全てにおいて優先される。

「いい、友奈ちゃん。銃を撃つときは心の中で十字を切るのよ」

「わかったよ東郷さん」

 現に東郷が友奈にくっついて射撃を教えている。ちょっと顔の角度を変えればチューできるくらいの距離。

 あら^~と思わず丹羽と園子の顔がほころぶ。やはりゆうみもは夫婦。

「なんか、女の姿だとあの不審者顔もかわいく思えるから不思議ね」

「だねー。あ、夏凜さんこのかき氷練乳多めでおいしいですよ」

「そう、よかったわね。にしても園子まで同じ趣味だったとは」

 それを見ていつもと違う格好の丹羽が見れる表情なのに戸惑う風と同意する樹。夏凜はそんな変態と同じ趣味の園子を遠い目で見ている。

「あ、落ちたよ東郷さん!」

「うふふ、よかったわね友奈ちゃん」

「わっしーはとっくにゆーゆに堕ちてるけどね」

「そのっち先輩、誰がうまいこと言えと」

 はしゃぐ友奈と笑顔の東郷を見て、にっこりとする丹羽と園子。

 とても2週間前会ったばかりだとは信じられない。ひょっとしてこいつら血がつながった姉弟じゃないのか?

 まあ、そんな不敬なこと夏凜は口が裂けても言えないが。

「アンタら仲いいわねー。まるで姉弟みたいよ」

「ちょっ、風!?」

 だが隣にいる勇者部部長は違うらしい。こいつ、心臓に毛が生えてるのか?

「そうかなー? もしにわみんみたいな弟がいたら毎日着せ替えして遊んじゃうよー」

「そのっち先輩。俺が女装させられるのは確定なんですか?」

 笑顔で言う園子に若干引いている丹羽。

 よかった。逆鱗には触れなかったらしい。

 心からほっとしている夏凜に、友奈と東郷がこちらに近づいてきた。

「みんなー、お待たせ」

「今年も大漁よ」

 見ると大きなビニール袋に景品をたくさん入れたホクホク顔の2人としくしく泣いている屋台のおっちゃんが目に入った。

 ああ、今年も景品根こそぎ持っていかれたのね。かわいそうに。

「あんたら、少しは手心ってものを…そのうちここら辺の出店出禁になるわよ?」

「だって友奈ちゃん呑み込みが早くて。私も教え甲斐があったわ」

「東郷さんの教え方がうまいからだよー」

 とまたイチャイチャする2人。これは…と丹羽と園子を見る。

「「ビュォオオオ!」」

 やっぱり。目を輝かせて謎の擬音を口にしていた。

「あ、そろそろ花火が始まりますね」

 と樹が声を上げる。見ると屋台に集まっていた客もぞろぞろと移動している。

「じゃあ、わたしたちも移動しよっか」

「うん。そうだねそのちゃん」

 そう言って話していた友奈が人の流れにさらわれた。

「あれぇ~?」

「友奈ちゃーん!」

 どんどんと遠くへ運ばれていく友奈を見て東郷が悲痛な声を上げる。

「みんな、離れないように手をつないで!」

「樹、あたしと一緒に」

「はい。夏凜さん!」

 風の言葉に樹と夏凛が手をつなぐ。

「そのっち!」

「うん。わっしー! にわみんも…あれ? にわみんは?」

 東郷と手をつないだ園子がすぐそばにいたはずの後輩の姿を探す。

「ふう、どうやら収まったみたいね…みんないる?」

 風の言葉に勇者部は点呼をとる。

 風、樹、夏凜、東郷、園子。

 友奈と丹羽がその場にいなかった。

 

 

 

 花火を見ようとする人の流れから何とか抜け出した友奈は、気が付けば勇者部の皆とはぐれていた。

 皆のもとに帰らなくちゃ。

 そう思った友奈が足を動かそうとすると痛みが襲った。どうやら浴衣に合わせた下駄型サンダルの鼻緒の部分で靴擦れを起こしたらしい。

 下駄なのに靴擦れとは変な感じだ。とりあえずどこか休める場所へ行こうと周囲を見渡していると、3人の男が自分に近づいてくるのが見えた。

「お、かわいい女の子が1人でいるじゃん。保護しなきゃ」

「ねえ君、1人で来たの? 不用心だぜ」

「いや待てよ、この娘靴擦れしてんじゃん。救護室に運んであげようぜ」

 同人誌のぐへへ的な展開になるかと思ったら、結構いい人たちだった。

「え、あの?」

「いいからいいから…。俺がおんぶしてあげるよ」

「いや、ここは俺が」

「は? お前ら何抜け駆けしようとしてんだ? ジャンケンだろ」

 バチバチと3人の男がにらみ合う。

「こんなかわいい女の子とお知り合いになる機会なんてこれからの人生あるかないかわかんないだろうが!」

「俺だって同じだよ! お前妹いるんだから希望あるだろ! 譲れや」

「そういうお前は姉貴いるだろ。ここは1人っ子の俺が」

「「てめぇは同居してる年下の従妹がいるだろうが! 1番恵まれてる奴が生意気言ってんじゃねえ」」

 なんだか剣呑な雰囲気だ。今にも喧嘩に発展しそう。

「あのっ」と友奈が声をかけようとしたのとその声が聞こえてきたのは同時だった。

「探しましたよぉ、結城せんぱーい♡」

 その姿に友奈は呆気にとられる。

 丹羽がすっごい女の子走りでこちらに来ていた。

 しかも周囲に光の粒子というか、美少女オーラがあふれている。

「もー。東郷先輩が探してましたよ。さ、帰りましょ?」

 それに見とれている男たちに囲まれている友奈の手を引くと、その場から移動しようとする。

「おいおい、ちょっと待てよ姉ちゃん」

 が、いち早く正気に戻った男の1人が丹羽の肩をつかむ。それにちっ、と丹羽が怖い顔で舌打ちするのが友奈から見えた。

「なんですか、お兄さん?」

「(お兄さん…いい)その子は足怪我してるみたいだから、俺たちが救護テントに」

「わぁ、お兄さんやっさしー! でも悪いですよ。私が先輩に肩を貸して移動しますから」

 と言って友奈に肩を貸す丹羽。

「いやいや、女の子2人じゃ危ないって俺たちが送っていくよ」

「ありがとうございます。でも、私も結城先輩も空手道場に通っているんです。変な奴には負けませんよ」

「え、丹羽くん。いつの間に空手をむぐっ」

「黙って」

 余計なことを言いそうな友奈の口をさりげなく光の速さで手で押さえる。

「それにぃ、お兄さんたちみたいなかっこいい人たちにそんなに優しくされたら…私勘違いしそうだから」

 美少女2かわいい5ぶりっこ3の計算された丹羽の声と流し目に、3人はどっきーんとした。

 と同時に丹羽の美少女のなりきりぶりに友奈はドン引きしていたが。

「か、勘違いじゃなくて俺と付き合ってみないか?」

「てめえ! 抜け駆けか!?」

「この娘は俺と一緒にお祭りを楽しむんだよ、邪魔すんな!」

 ぎゃいぎゃいと言い争いを始めた3人組。その光景を確認した後、丹羽は注意がそれた隙を見逃さず素早く友奈を連れ出した。

 やがて3人が完全に見えなくなった神社の外周までたどりつくと、袖から手ぬぐいを取り出し近場にあったベンチの上に敷き、その上に友奈を座らせる。

「大丈夫ですか結城先輩。あいつらひどいことされてませんか?」

「え、うん。大丈夫だけど」

 友奈の言葉を聞いて丹羽は安心したように息を吐いていた。

「よかった。お祭りではぐれた女の子が乱暴されるテンプレ展開は回避された」

「えっと、丹羽君。さっきの何?」

 あまりにも自然な女の子っぽいしぐさや声に困惑している友奈が尋ねると、丹羽は遠い目をする。

「ああ、あれはそのっち先輩による演技指導のたまものですよ。…そう、演技指導の」

「そ、そうなんだ」

 なんだかそれ以上聞いちゃいけないような気がしたので友奈は納得したフリをしてあげた。

「それより結城先輩、足怪我してますよね。見せてください」

 言うや否や丹羽はもう片方の袖から巾着を取り出し、中から消毒液、ばんそうこうなどを出す。

「い、いいよそんな大げさな」

 と友奈が言っている間にも下駄型サンダルを脱がせ、手早く消毒してばんそうこうを靴擦れした場所に貼っている。

 手際いいなぁと友奈が感心しているとさらに靴擦れの原因となった鼻緒の部分に巾着から取り出した新しい布を入れて調整していた。

 風先輩も言ってたけど、丹羽君何でも持ってるなぁ。

「ちょっと履いてみてください。どうですか?」

 友奈が感心していると丹羽が下駄型サンダルを差し出してきた。履いてみるとぴったりで、痛みもない。

「すごいね丹羽君は。それに比べて私は…」

 どこか沈んだ様子を見せる友奈に、丹羽はおや? と思う。

「どうしたんですか、らしくない。悩み事があっても明るいふりをして周りに気づかせようとしない結城先輩が」

「えっ!?」

 丹羽の言葉に思わず友奈は顔を上げる。

「気づいて、たの?」

「え、何がですか?」

 キョトンとする丹羽に、友奈は勇者部の皆にさえずっと秘密にしていたことを問いかける。

「私が、その…元気なふりというか、明るいふりしてたこと」

 その言葉に丹羽は「あ」と思わず声を上げる。

 そうか、本人は隠していたんだ。公式設定だったからすっかり周知の事実だと思っていた。

 結城友奈の普段の能天気さや空気の読まず初対面でもグイグイ距離を縮めたりしている道化じみた行動が実は演技で、本当は人並みに悩み、誰よりも周囲の人間関係を気にしている少女だということを。

 そっかー。本人は隠していたつもりだったんだ。視聴者である「俺」も勇者の章のトラウマシーンを見るまで分からなかったからなぁ。さもありなん。

 しかし言ってしまったものは仕方ない。いっそのことぶちまけてしまおう。

「ええ。結城先輩が鋼メンタルかと思いきや人の気持ちをすごく気にする臆病なところとか、グイグイくる攻略王の癖に人に嫌われるのが嫌で距離を慎重に測っていたこととかバレバレでした」

「そうなの!?」

 あ、すごい驚いてる。

「でも、それが何なんですか?」

「え?」

「たとえフリでもそれはもう結城先輩の一部ですし、内面も含め結城先輩の魅力です。それで救われてきた人もいますし。東郷先輩、三好先輩、犬吠埼先輩、犬吠埼さん勇者部のみんなもそう言うと思います」

 丹羽の言葉に友奈が目を見開く。

 みんなをだましているようで後ろめたさがあった自分ではマイナスだと思っていたことを肯定してくれるなんて、思いもしなかったからだ。

 ただ、他人のためなら冗談抜きで命を懸けられる自己犠牲的な考えは受け入れられないですけど。

 と、丹羽は内心で思うだけにしておく。

「すごいな。丹羽君は、やっぱり役立たずの私なんかとは違うや」

 え、なんて?

 本編の友奈からは考えられないような言葉が聞こえ、思わず友奈を見る。

「私、最後の戦いで全然役に立てなかった。1番危ないところも丹羽君に任せて、本当はどこか安心してた。私じゃなくてよかったって」

 そこには膝を抱えている友奈がいた。膝に顔をうずめていることから顔を見られたくないのだろう。

「丹羽君に満開しても役に立たないって言われたとき、本当にどうしようもないと思った。みんなが危険なのに、役割がある東郷さんや夏凛ちゃん、風先輩と樹ちゃんに嫉妬してたんだ」

「それは、相性的に仕方ないですよ。それに封印の儀に協力してくれたじゃないですか」

 事実物理攻撃があまり効かない水瓶座の水球が相手でなければ友奈の1人舞台だっただろう。本編を見ればそれは明らかだ。

「私がいなくてもできたよ。結局私は私じゃなきゃできないことがなければ嫌で、そんな自分に気づいたら余計に嫌で。自分が嫌いになっちゃったんだ」

 声には少し鼻声が混じっていた。泣いているのだろうか?

「そんなの、誰でも一緒ですよ。誰だって自分は特別でいたくて、それが普通なんです」

「でも、私勇者なのに。仲間に嫉妬しちゃった。本当はそのちゃんからバーテックスがまた襲ってくるって聞いた時喜んじゃったんだ。また私が特別でいられるって…みんなが危険な目に合うかもしれないのに」

 友奈の独白は続く。

「そのちゃんの身体が治って私たちと戦えるって聞いた時、心のどこかで嫉妬するのが分かった。そんなこと考えちゃいけないのに。また私が役立たずになっちゃうんじゃないかって不安で」

「不安に感じるのは仕方ないですよ。自分の領域を冒してくる存在に不安を感じるのは当たり前です。俺だって百合イチャ好きの同志が増えるのを喜ぶと同時にいつ追い抜かされるんじゃないかと不安なんですから」

「そんなんじゃない!」

 叫ぶような声に丹羽は驚いた。やっぱり百合イチャ好きと勇者のお役目を同列に話すのはマズかったか?

「友達なのに、大切な仲間なのにそんなことを考えちゃった自分が許せない。そんなの、全然勇者じゃない!」

 そうだ。彼女は勇者という存在にとらわれている。

 それは彼女の元になった■■■■という存在が原因かはわからないが、その執着は異常だ。

 だから、丹羽はそれを完全に断ち切ることができない。

 こうやって別のものに目を向けさせ、固い結び目をほぐすことしか。

「結城先輩。勇者ってそんな清廉潔白なものじゃないと思いますよ。ド〇クエとかのゲームはやりますか?」

「え、うん」

「あいつらやってることと言ったら民家に不法侵入して泥棒したり、遺跡の墓荒らしをしたりとかとても褒められたもんじゃないです」

「それは…魔王を倒すために必要なことだから」

「それなら何をしたっていいんですか? 多分そんな勇者より魔物と戦わなくても命がけで手に入れた交易品をみんなに売る商人や家族を守るため働いている荒くれや町人たちのほうがよっぽど清廉潔白だと思います」

 丹羽の屁理屈に友奈は混乱しているようだ。

「それに、結城先輩はそう考えるのが間違いだって自分を顧みることができる冷静さを持ってるじゃないですか。魔王を倒せばすぐ平和が訪れると思ってる短絡的で思考放棄してるよりずっと立派ですよ」

「それは…でも、ゲームだし」

「そう。ゲームです。単純明快で、誰でも楽しむことができるよう簡略化された世界と物語。でも、現実はそうじゃありません」

 丹羽の言葉を友奈はしっかりと聞く。

「いろんな考えのいろんな人がいて、人を傷つけたら罰せられていいことも悪いことも入り乱れていて正解がない」

 なんだそのクソゲーは。と言っていて丹羽はちょっと思う。

「だからこそ、そんな風に悩む結城先輩も正解であり、不正解でもあるんです。完璧超人を演じるために内面の弱さを隠して表に出さないことも正解で、そうやって1人で抱え込むのが不正解ですね」

「うん、そうだね。だからつらかったんだ」

 丹羽の言葉に友奈も告白する。

「夏凜ちゃんが丹羽君のこと自己犠牲的って言った時、自分のことを責められているみたいでびくっとした。東郷さんが相談してほしい、1人で悩まないでほしいって言った時は自分のことを言われたようで思わず逃げちゃった」

 膝から顔を上げ、友奈はうるんだ瞳で丹羽を見る。

「ねえ、丹羽君も私たちに何か隠しているの? 風先輩と樹ちゃんの隣の部屋から寮に引っ越したのと何か関係があるの? そのちゃんと一緒にいるのとは?」

 怒涛の質問に丹羽は脳内でこれは隠した方が逆にこじれそうだなと自分の本音を語ることにした。

「寮にもどったのは最初からそういう契約だったからです。これ以上犬吠埼先輩たちに迷惑はかけられませんし、寮の方が学校に近いし。そのっち先輩と一緒にいるのは三ノ輪さんの治療についていろいろ話し合っているからです」

「でも、風先輩と樹ちゃんは戻ってほしくなさそうだったよ。お昼だって」

「あれは酒の上の言葉ですから。そりゃ、素面で言われたら俺も考えますけど、俺が寮へ帰ることを話したら反対はしませんでしたし」

 事実だ。丹羽が大赦に用意された部屋から寮に戻ると犬吠埼姉妹に言った時、2人は反対しなかった。

 ただ賛成しなかっただけで、消極的には隣の部屋へ居続けてほしいとは思っていたかもしれないが。

 丹羽はなんとなくそれを察していたが、何も言わないので2学期になると同時に寮へ戻る準備をしている。

 もし風か樹が一言「今まで通り隣の部屋に住んでくれ」と言えば残り続けるつもりだが、言われないということは彼女たちにとって自分はただのお隣さんという存在だったんだろう。

 百合姉妹の間に挟まっているような今の状況を改善しなければという決意も多分にあったが。

「でも風先輩は…ううん。なんでもない。そのちゃんとは?」

「そのっち先輩が2年間やりたくても我慢していたことにお付き合いしているんですよ。いざというとき、近くに俺がいた方が身体に異常があったときすぐ対応できますから」

 これは本当。それと2年前の出来事が知らぬ間に丹羽の中で負い目となり頼みを断れないという面もあったが。

「他にみんなに隠していることは」

「そりゃありますよ。でも、全部話す必要ってあるんですか?」

 その言葉に友奈は「え?」と思わずつぶやく。さっきと言っていることが違うような。

「そりゃ、悩んで抱え込んでいたら話さないといけないですけど、誰にだって秘密にしていることはあります。結城先輩の気付かれていないと思っていた内面みたいに」

 その言葉に「あっ」と言葉を漏らす。

「俺はそれを悪いことだと全然思っていません。むしろ健全だと思います。人に話したくない部分を認め、冷静に客観視できている結城先輩はすごいですよ。俺なんて百合イチャ好きが皆さんに迷惑をかけてるとわかっているのにやめられませんから」

「そっか…ふふ。うん、そうだね」

 その言葉に、みんなに注意されている丹羽の不審者のような顔が思い浮かび思わず笑ってしまう。

 友奈の胸を包んでいた黒く濃いモヤのようなものが晴れた気がした。

「とりあえず今の話、皆はともかく東郷先輩には話してみてもいいと思いますよ。きっと力になってくれます」

「そうだね。ありがとう、聞いてくれて」

 丹羽の言う通り、皆に話してみよう。きっとそれで心配もしてくれるが、それ以上に安心してくれるはずだ。

 そんなことを考えた時、友奈のスマホが鳴った。風からだ。

「もしもし、風先輩?」

「友奈? 今どこ? 近くに丹羽いる?」

「はい。えっと、テントからちょっと離れたところにいます。足がちょっと靴擦れしたので丹羽君に治してもらって」

「そう。だってみんな。あれ、東郷は?」

「もう友奈さんを探しに行ったよ」

「ちょっと、合流場所まだ言ってないんだけど!?」

 そんな話をしていると「友奈ちゃぁあああん!」と東郷が呼ぶ声がどんどん近づいてくる。

「あ、東郷さんだ! おーい!」

「こっちはまだ位置特定してないのに、あいつはエスパーか何かなの?」

「赤い糸だよにぼっしー。そっちの例えの方が素敵だよね、にわみん」

「はい。ゆうみもはやはり夫婦ですから」

 本当にこっちに来ている東郷を見つけ、声を上げて手を振る友奈を見ながら丹羽は園子の言葉に同意する。

 その後神社の鳥居に再集合という運びとなり、通話は終了した。

 東郷は友奈が男たちに囲まれたとき丹羽が助けてくれた話をすると「えらいわね」と言って丹羽の頭をなでてくれた。その後男の特徴を聞き出した東郷が少しお手洗いに行ってくると言って、数分後にすぐ戻って来る。

「夏になると虫が多くて嫌よね」と言う彼女を見てまさかとは思ったが、確認する勇気はなかった。触らぬ神に祟りなし。

 ちなみにその日友奈を救護テントに運ぼうとしていた親切な3人の男がなぜか救護テントに運ばれたのだが、誰も犯人は見ていないらしい。

 かなりの手練れらしく一撃で気絶させられ、誰も目撃者がいなかったそうだ。

「おーい、こっちこっち」

 友奈と東郷、丹羽の3人が鳥居が目に入る距離にたどり着くと風がこちらに向かって手を振っていた。

 園子は祭りを満喫した様子で、手に色々な食べ物を持っている。夏凛がその隣で憔悴した様子でビニールに入った食べ物の山を持ち、樹が笑っていた。

 どうやら丹羽が負うはずだった園子のお守を引き受けてくれたらしい。ご苦労様です。

「お、ナイスタイミング。たーまやー!」

 全員そろうと同時に夏の夜空に花火が上がり次々と大輪の花が咲く。

 それを見てそこかしこから風の言うように「たーまやー!」とか「かーぎやー!」と聞こえる。

「楽しかったんよー。来年もまた来ようね! みんな」

 笑顔で言う園子に全員がうなずく中、丹羽だけは複雑な思いだった。

 来年。多分そこには自分はいないはずだ。

 ゆゆゆ1期終了まであと1月。園子と東郷の散華した部分を人型精霊を使い治療することができた。

 これで東郷が四国を守る壁を破壊せず、レオスタークラスター戦で友奈が無理やり満開して身体のほとんどを神樹に作り替えられなければ勇者の章は発生しない。

 もちろん丹羽も人型のバーテックスもトラウマまみれの勇者の章を発生させるつもりはない。友奈には甘酒をおいしく飲んでもらい、風先輩には姉妹2人か勇者部の皆とクリスマスを過ごしてほしい。

 そのためならどんなことだってしてみせる。

 決意を新たに夜空に大輪の花を咲かせる花火を6人と見上げる。

 咲いた花はあとは散るだけ。だが散ってもなお人の心に残るその光景を見ながら、丹羽はこの6人の笑顔でいられる世界を守ろうと誓うのだった。




(+皿+)「ついに恐れていた事態が…あわわ」
天の神(百合好き)「度し難い! 男の娘ハーレムは度し難い!」(憤怒)
(+皿+)「鎮まりたまえ~、怒りを鎮めたまえ~」
天の神(百合好き)「ただでさえ古事記が日本最古のエロ本なんて呼ばれているのに、日本書記で男の娘トラップだと? 度し難い!」(古傷をえぐられたようです)
(+皿+)「あばばばばば」
天の神(百合好き)「お姉さんのこと本気で怒らせちゃったねぇ……ゆ゛る゛さ゛ん゛!!」
神樹「お、あの子超マブいじゃーん。神婚候補にしちゃおっかなー」(丹羽みんこちゃんを見ながら)
(+皿+)「え?」
天の神(百合好き)「え?」
神樹「え? って何? え?」
天の神(百合好き)「……貴様、本当に目が節穴だったんだな(憐憫の視線)」
(+皿+)「強く生きろよ…これやるから(同情の視線)」つ【「女装山脈」「女装海峡」「女装学園(妊)」詰め合わせ】
神樹「え? いいの!? やったー! かわいい女の子のゲームだー! なんか知らんがラッキー!」

 君は知るだろう
 異なる性癖の作品に出合うことが 新しい性癖の目覚めとは限らないことを


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1日早い園子の誕生日

 あらすじ
 丹羽みん子ちゃん爆誕!
 男心を計算しつくした仕草や言葉で勇者部の女の子に近寄ろうとする男たちをメロメロにしちゃうぞ♡
友奈「みん子ちゃんかわいいー!」
東郷「かわいい…友奈ちゃんの次くらいに」
風「男に女子力で負けたー!」
夏凜「えぇ…(困惑)」
園子「わたしがプロデュースました!」
樹「わたしが手伝いました!」
丹羽「勘弁してください」


 8月28日。乃木邸では久しぶりに家族水入らずの夕食が行われていた。

 だがその場は奇妙な緊張感が支配していて誰も言葉を交わさない。ただカチャカチャと肉を切り分けるフォークやナイフの音がするだけである。

 時折ちらりと両親が園子の表情をうかがう。だが園子は勇者部の面々が見たら信じられないほど冷たい無表情で食事をしている。

「ごちそうさま」

 ぽつりとつぶやくと園子は手を合わせる。口元をぬぐうナプキンを手渡すお手伝いさんに「ありがとう」と声をかけた。

「もういいのか? おかわりも用意しているが」

 父親の言葉にも園子は返事をせずに席を立ち、その場を後にする。

 その様子を見て、母親は何か言おうとしたが何も言えず、結局無言で部屋に戻る娘を見送った。

「やっぱり、怒っているのかしらあの子」

「ああ、仕方ないこととはいえ私たちは許されないことをしたからな」

 2年前の満開の副作用、散華のことを知りながらお役目として娘を戦場に送り出したことを、園子の両親は悔いている。

 乃木園子と両親の間には決定的な溝ができていた。

 それは大赦に禁止されていたとはいえ2年間1度も見舞いに訪れなかったこと。

 園子を助けようとした丹羽に娘可愛さからとはいえ言葉でなじり、責めたこと。

 なにより先日娘を騙すような形で行おうとしたお見合いがとどめを刺した。

 結局見合いは先方が駆け落ちをして破談となったが、それから逃げた園子を人をやってまで連れ戻そうとしたのだ。

 その時の娘のショックはいかほどだろうか。おそらく自分よりも乃木家の体面をおもんばかったのだと思ったことだろう。

 四国や乃木の家を守るためとはいえ、自分たちは彼女に過酷な運命を強いてきた。

 だからせめて将来は幸せになってほしいと思っての行動だったが、完全に裏目に出たらしい。

 お見合いの一件から園子は一言も両親と言葉を交わさなくなった。退院した時は色々と話してくれたが、それも遠い昔のようだ。

 思えば罰なのかもしれない。お役目とはいえ12歳の子供に重すぎる運命を背負わせてしまったことへの。

 親ならばすがってでも止めるべきだった。口止めされていても散華の事実を話し、絶対に戦うなと抱きしめ離さないべきだったのだ。

 それを四国を守るため、多くの命を守るためという理屈で感情を抑え込み、送り出した結果がこれだ。

「私たちは、間違っていたのかな」

「ええ。親ならば…彼の言うように親ならば止めるのが当然だったのかもしれません」

 園子が回復したと同時に目を覚ました丹羽に、園子の両親は謝罪した。

 感情が先走り君を責めてしまってすまない。娘の身体を治してくれたお礼をしたいと。

 そういう2人に、こともなげに彼はこう言ったのだ。

「親なら子供を大切に思うのは当然ですよ。そのっち先輩を大切に思っての言葉なら、あんな事態を引き起こした俺を責めるのは当然で、俺はその言葉を全部受け止める義務があります。きっとご両親はそのっち先輩が大切で大好きだからあんなに必死だったんです。悪いことなんて何もしてないですよ」

 その言葉を2年前の自分たちに聞かせてやりたかった。

 園子という勇者の娘を持つ親である前に乃木家の人間なのだと考えていた自分たちの頬をぶたれた気持ちだ。それで正気に戻ることができた。

 親ならば娘の幸せを願うのが当然だと。傷つけばそれに対し心配し、怒るのが当たり前なんだと。

 なぜ自分たちは大赦に言われるがままだったのか。娘が大切なら両足や内臓を失い日常生活も困難にさせた大赦に怒りの矛先を向けるべきだったのに。

 後悔しても今更どうしようもない。

 なぜなら乃木家の親子関係は、すっかり冷え切ってしまったのだから。

 

 

 

 8月29日。その日園子は珍しく東郷から家へ呼び出された。

 家から送迎してくれた車から降り、運転手に礼を言う。

 鷲尾家を訪れたことはあったが、東郷の家を訪れたのは今回が初めてだ。なんだか緊張する。

 チャイムを鳴らすとしばらくして東郷が顔を出した。それに園子も笑顔で応える。

「やっほー、わっしー。来たよー」

「いらっしゃいそのっち。待ってたわ」

 玄関で靴を脱ぎ、改めて東郷家にお邪魔する。

「おじゃましまーす。わっしーが誘ってくれるなんて久しぶりだから、緊張するんよー」

「そうね。私は飲み物用意してくるから、そのっちは先に居間に行ってて」

 そう言うと東郷は居間の場所を園子に教え、台所へと向かっていく。

 てっきり東郷の部屋で遊ぶのかと思っていたのに、居間へ通された。となると他に誰かいるのだろうか?

 そう思いながら園子が和室の居間へ入るために顔を出すと同時に炸裂音が響いた。

「わ、なに!?」

「「「「「ハッピーバースデー!」」」」」

 舞い散る紙吹雪と細長い紙の束に、それがクラッカーなのだと気づく。

 と同時に5人の声が聞こえ、園子は目を白黒させた。

 見るとそこにいたのは讃州中学の勇者部の面々。みんな笑顔で驚く園子を見ている。

「1日早いけど、お誕生日おめでとう。そのっち」

 声に振り替えれば東郷が【そのっち14歳おめでとう】と書かれたチョコのプレートが乗せられたホールケーキを持っていた。

「え、みんなどうして?」

「明日はそのちゃんお家のお誕生日で大変だろうから、先に私たちでお祝いしようって東郷さんと夏凛ちゃんが」

 園子の疑問に友奈が答える。

「その、差し出がましいとは思ったんだけど。あたしもやってもらったし、やっぱり部員の誕生日お祝いは大切だなって」

 名前を呼ばれた夏凜は顔を赤くしてぷいっと目を背けていた。東郷はケーキを持ったままニコニコしている。

「ケーキはアタシも手伝った生クリームや牛乳を使わない消化にいいやつだから、退院明けの乃木でも平気よ!」

 風の言葉にテーブルの上に並べられた料理を見る。

 どれも園子が食事ができるようになったら食べたいと思っていたものだ。ごくりと自然と生唾を飲んでしまう。

「わたしも手伝いたかったんですけど、丹羽くんと東郷先輩に止められて」

 樹が言うと、丹羽と東郷が顔を青くした。

「だ、大丈夫よ樹ちゃん。料理は私と風先輩に任せてくれれば。ね、丹羽君」

「そうですよ。犬吠埼さんはその分部屋の飾りつけを一緒に手伝ってくれたじゃないですか」

『そうだ樹。もてなしに飾りつけは重要』

『樹ちゃん。誰にでも向き不向きはあるんだし、頑張れるところでがんばればいいんだにゃー』

 丹羽と共に以前見た精霊、ナツメが言う。眼鏡をかけた精霊は初対面だが。

「えっと、初めましてだね。わたしは乃木園子。あなたは?」

『ん? ああ、そっか。初めましてになるんだ。私セッカ。今は東郷さんのところにお世話になってます』

 眼鏡の精霊、セッカはそう言うとよろしくーと気さくに挨拶してきた。

「え、わっしーのお世話って?」

「ああ。セッカは普段私の中にいて、スミちゃんの代わりに散華した足の治療をしてもらっているのよ。お城に詳しくて話も合うしいい子よ」

 園子の言葉に東郷は説明し、園子のために用意された中央の空席、誕生日席に敷かれた座布団の上に座るよう促す。

「最近では短時間ならセッカが外に出ても歩けるようになったの。そのっちもそのうちそうなるかもしれないわね」

 席に座った園子の前に誕生日ケーキが置かれ、ろうそくが14本刺される。

「そのっちもそのうち…ぷぷぷ」

「だ、ダジャレじゃないです! 決して狙って言ったわけじゃないですからね風先輩!」

「はいはい、それより火つけましょう。東郷、ライターは」

「ありません。うちは誰もタバコを吸いませんから」

「え、じゃあどうしましょう?」

「チャッ〇マンとかないの東郷さん?」

「ごめんなさい。用意してないわ」

 ろうそくを用意したはいいが火をつけるものを用意していなかったらしい。停電の時はどうしているんだろうか?

「火打石ならあるけど」

「逆になんでそれはあるのよ…」

『仕方ない。セッカ、いいか?』

『え、あれやるんですか? まあ、いいですけど』

 どうしたものか考えていると精霊のナツメとセッカに案があるようだ。

『東郷、中庭を借りるぞ。主、ろうそくを1本持ってそこに立ってくれ』

「わかりました。ナツメさん』

 精霊の言う通り居間から中庭に出ると、ろうそくを1本持って立つ。その近くに浮かぶナツメがセッカに声をかけた。

『こい、セッカ』

『はいよー。っせ!』

 セッカが放ったフォークぐらいの大きさの槍がナツメに向かう。それをナツメがヌンチャクで払い落し、火花が散る。

 その火花によりろうそくに火が付いたのだった。

「おーっ!」

 ナツメの業前に6人は拍手を送るなか、耳の横数ミリをすごい速さで飛んできた小さな槍が目の前で叩き落された丹羽は冷や汗をかく。

「…2人とも、こういうことやるなら事前に言ってくださいね」

『それより主。早くろうそくの火を』

『風で消えちゃったらもう1回だけどいいの?』

 その言葉に丹羽は慌ててケーキのろうそくに火を移す。

 それから全員で誕生日おめでとうの歌を歌い、園子が火を吹き消すと拍手が起こる。

「うわぁ、こんな誕生日久しぶりだよー」

「え、そうなの?」

「うん。いままで入院してたし、ご飯も食べられなかったから…あっ」

 友奈の言葉に思わず答えてしまったが、勇者部のみんなが自分に同情的な視線を送るのがわかってしまった。

 参ったなぁ。そんなつもりじゃなかったのに、雰囲気暗くしちゃった。

「あ、あの。えっとね」

「じゃあ、誕生日2年分今日1日で楽しむわよ! みんなー! 宴の準備はできてるかー!」

 風の言葉に「おー!」と5人が声と手を上げる。

 どうやら自分のせいで盛り下がったのではないかという園子の心配は杞憂だったらしい。

 それからは楽しい誕生日パーティーだった。

 友奈と夏凜の即興漫才。なぜか途中から夏凜のツンデレをいかに友奈が攻略していくかという催しに代わっていたが、園子は目を輝かせていたので大成功だろう。隣で東郷を抑えていた丹羽と風はハラハラだったが。

 それから東郷のマジックショー。2年前よりキレが増したマジックに拍手の嵐が鳴りやまない。

 その後に樹の誕生日お祝いソング。きれいな歌声にみんなが感動した。

 それから丹羽監督による風と夏凜による百合イチャ演劇。園子は目を輝かせて時々「ビュォオオオ!」と謎の擬音を口にしながら大興奮だ。

 園子の中から精霊のウタノとミトも登場し、大変にぎやかな誕生日会になった。

 セッカの髪のふわふわ具合がとても気になった園子はどうにか触らせてもらえないか頼み込んだ。

『今日だけ特別だからね』とセッカに許してもらいふわふわの髪を触らせてもらうと、思った以上にふわふわで驚いた。これは魔性だ。1度触ったら抜け出せないかもしれない。

 2年前に三ノ輪銀と鷲尾須美の2人の親友と行えなかった自分の誕生日会。

 不思議とそれを今行っているような錯覚に園子は陥る。

 それほど楽しい誕生日会だった。

「じゃあ、そろそろ誕生日プレゼントを渡しましょうか」

 その言葉に園子は恐縮する。こんなに楽しいのにプレゼントまでもらっちゃっていいんだろうかと。

「じゃあ、部長のアタシから。はい、女子力アップグッズ」

「あんた、それあたしの時にも渡したわよね」

 風のプレゼントに夏凜がツッコむ。

「あれは顔をスリムにする器具。これは赤ちゃんみたいに足がツルツルになるグッズよ」

 夏凜の言葉に風が解説する。14歳なのにそれ、必要なんだろうか?

「じゃあ次は私! そのちゃん小説が好きだって言ってたから、押し花で作ったしおりのセット!」

「小さいヒマワリ、ハス、ヒツジグサ、スイレン、ヨシ、サギソウ、アサガオ。全部夏の花だね。かわいいよ、ゆーゆ。ありがとう」

「私は手帳とペンを」

「え?」

 銀と同じプレゼントをしてくれた東郷に、園子は驚く。彼女はこのことを知らないはず。

「どうかした? もしかして気に入らなかった?」

「違うよわっしー。嬉しくて…すっごい嬉しい!」

 偶然の一致だろうが、それでも嬉しかった。銀にもらったものは今も大切に使っているが、そろそろ余白がなくなってきて継ぎ足そうと思っていたのだ。

「私からはこのいつでも簡単に今日の運勢を占えるおみくじボックスを」

「ねえ、樹。あんた勇者部を占い研究会にしようと画策してない?」

「そ、そんなことないですよぉ」

 夏凜の指摘に樹は明後日の方角を見て否定する。図星か!

「あたしからはこれです。園子さ…園子用に調合したサプリ1年分!」

「あはは、ありがとうにぼっしー」

 つい今までの癖で園子様と呼ぼうとしたのを訂正し、自分が希望した通り様づけなしで律義に呼びなおしてくれる夏凜に園子は好感を持つ。

 だがプレゼントのサプリは正直…うん。量も多いし3年くらいあれば消費できるかなぁ。

「俺はそのっち先輩をモデルにした百合小説を」

「「「「「またか!」」」」」

 相変わらずの丹羽のプレゼントに、5人は声をそろえた。

「あんたねぇ、それで喜ぶ人間は限られてるのよ? わかってる?」

「え、でも三好先輩なんだかんだ言って全部読んでくれましたよね」

「それは…うん」

「え、夏凜。アンタ全部読んだの?」

「普通に面白かったし、その」

「ちょっと待って。なぜそこで友奈ちゃんを見て顔を赤くするのかしら?」

 夏凜の微妙な表情の変化に気づいた東郷が問いかける。

「ち、ちがうのよ! 決して友奈とチューするエンディングシーンを思い出したわけじゃ」

「え? 私夏凜ちゃんとチューしちゃったの? その小説で」

「えー! それってどんな話なんですか!?」

 衝撃的な展開に友奈と樹が目を輝かせていた。一方で東郷からは黒いオーラが。

「丹羽君、正座」

「もうしております」

「よろしい。その潔さに免じて今日の折檻は免除します」

 それから東郷による丹羽の説教が始まった。

 一方で園子は夢中になって丹羽が書いた小説を読んでいる。時々「ビュォオオオ!」と声を上げていることからお気に召したようだ。

 こうして1日早い園子の誕生日は、大成功のうちに幕を閉じた。

 

 

 

「今日はありがとうね、わっしー、みんな。これで明日の誕生日も乗り切れるよー」

 園子の言葉に友奈と犬吠埼姉妹は首をかしげる。

「え、乗り切れるって?」

「わかるでしょ。乃木家と言えば四国でも知らない人間がいない名家よ。そのご息女の誕生日と言ったら四国中から人が来て、あいさつ回りとか大変なの」

 いまいちわかっていない3人に、夏凜が解説した。

「ああ、だから1日早くやろうって言ったのね」

「風、あんたわかってたんじゃなかったの?」

「も、もちろんわかってたし! アタシは勇者部部長よ!」

 嘘だな。と他の5人は思った。口にはしなかったが。

「そんなわけで明日はミノさんのお見舞いにも行けないかもしれないけど、ごめんねわっしー、にわみん」

「ええ、わかったわそのっち」

「存分に祝われてきてください、そのっち先輩」

「うーん。わたしとしてはもうちょっと人が少なくてもいいかなーって」

 丹羽の言葉に園子は苦笑いする。

 彼らは別に園子をお祝いにしに来るわけではない。

 乃木家という存在に取り入るために家へ押しかけてきているだけなのだ。

 園子の誕生日というのはその名目に過ぎない。目の前の勇者部の面々のように本心から自分を祝ってくれている存在など誰もいない。

「祝われるので疲れるんだったら、そのっち先輩も祝ってみたらどうですか、ご両親を」

 だから丹羽がそんなことを言ったのには面食らった。

「え?」

「だって誕生した日を祝うってことなら産んでくれた母親や父親に感謝してもいいんじゃないですか? 後にそういう楽しみがあればモチベも上がると思うし」

 明るくそう言う丹羽に、園子の心は急速に冷えていった。

 この子は忘れているんだろうか? 自分のことを罵った園子の両親のことを。

 その後謝罪して丹羽は受け入れていたが、園子は許すには至れなかった。なにか黒いモヤモヤが胸の内に渦巻いている。

 それが前日のお見合いを勝手に決められたときに爆発して、お見合い当日丹羽のふうにぼ発生の報告を名目に逃げて夏祭りに繰り出したのだが。

「丹羽君は、どうしてそう思うの?」

 気づけばそう尋ねていた。思いのほか冷たい声が出たのか、丹羽以外の全員が園子を驚いた顔で見ている。

「だって、ご両親がいなければ俺や勇者部の皆はそのっち先輩に会えなかったし。こんなに楽しいパーティーも開けませんでしたよ」

 その言葉にガツンと頭を殴られたような衝撃を受けた。

 そうだ。報告書で読んだが丹羽には今から2年以前の記憶が何もないのだ。

 両親の記憶も、その2人に誕生日を祝われた記憶も。

 それなのに、どんな気持ちであの2人の言葉を聞いていたんだろう。園子は想像しかできないが、多分こう思ったのではないだろうか。

 ああ、両親に心配されていいなぁと。

 自然と、涙が出ていた。「どうしました?」とびっくりして慌てる丹羽を、園子は抱きしめる。

「そ、そのっち先輩!?」

「にわみん。わたしにどれだけできるかわからないけど、あなたの両親を探すのを手伝わせて。必ず見つけてみせるから」

 園子の言葉に色々と察したのか、勇者部の面々も丹羽の肩をつかんだり頭をなでたりする。

「丹羽の両親探しか。結構歯ごたえがありそうな依頼ね」

「うん。でもなせばたいていなんとかなるのが勇者部だし」

「ネットを使った作業なら任せて。必ず見つけてみせるわ」

「考えてみれば夏休みが絶好のチャンスだったのに、気づかなかったね」

「まーね。これからバーテックスとの戦いもあるけど、それと並行してやればいいのよ」

 上から風、樹、東郷、友奈、夏凜の言葉である。それに丹羽はなんだかわからないというように目を白黒させる。

 丹羽明吾。考えてみれば謎の存在だ。

 2年以上前の記憶が一切ない。

 なぜか三ノ輪銀とそっくりの精霊、スミと一体化して東郷を守って勇者になった。

 それからしゃべる人型の精霊を5体も持っている。

 情報だけなら怪しさの塊なのに、彼と出会い話してみるとだからなんだと思ってしまう。

 それほど彼は自分たちに害を与える存在とは到底思えないからだ。

 

 

 

 8月30日。乃木園子の誕生日パーティーはつつがなく終了した。

 最後まで笑顔を崩さず訪れる招待客に対応してくれた娘には感服する。

 もしつらいようなら退院したばかりで体調が悪いと断ってもいいと言ったのに、最後までやり通してくれた。

 これで乃木家も安泰だろう。考えて、また娘より家を優先に考えている自分に嫌気がさす。

 そんな風だから、2年前取り返しのつかないことをしてしまったのに。

「旦那様、奥様。園子様があちらの部屋でお待ちでございます」

 そんなことを考えていると、執事が告げてきた。

 何事だろう。自分たちに対する恨み言でもいうために人がいない場所で話したいのだろうか?

 だったら自分たちはそれを甘んじて受け入れるべきだ。

 園子の両親は覚悟しながら案内された部屋のドアを開く。

 そこにはテーブルの上に小さなケーキと3枚の皿が用意されていた。

「これは…?」

 当惑していると、パーティードレスの園子が両親に向けて頭を下げる。

「お父さん、お母さん…いままで失礼な態度をとってごめんなさい」

 突然の行動に園子の両親は驚く。

「あ、謝るのは私たちの方だ。私は、2年前園子を」

「そうです。恨まれるのも、あんな態度をとられるのも仕方ないと思っています」

 その言葉に園子は首を振る。

「わたし、2人を怒ったことはあっても恨んだことはないよ。満開したのは自分の意思だし、それから2年間お見舞いに来なかったのも大赦の人に言われたからでしょ。全部わかってる」

「だが、親ならば無理やりにでも戦わせるべきではなかった。私たちは、大赦から満開の副作用についても聞いていたのに」

「あなたに教えることをしなかった。誰よりも大切な娘よりも、見知らぬ四国の大勢の命を選んだのよ。恨まれても仕方ないわ」

 顔を伏せる両親に、園子は明るく言う。

「だから、恨んでなんかいないって。正直にわみんにしたことには腹が立ったし、許せないと思ったけど。昨日ね、そのにわみんに言われたの。2人がいなかったらにわみんやわっしーたち勇者部のみんなが私に会えなかったって」

 その言葉に園子の両親は何も言えなかった。

「にわみんはね、2年以上前の記憶がないんだ。だから両親のことも、誕生日を祝ってもらった思い出もない。そんな彼に言われたら、わたしもへそ曲げてるのってかっこ悪いなって」

 そう言って園子は両親の後ろに回り、背中を押して椅子に座るように促す。

「ほらほら、座って座って。今年からパーティーが終わった後はわたし主催による【お父さんお母さんわたしを生んでくれてありがとう】会をするんだから」

「園子…私たちは」

「それ以上何か言ったら、怒るからね。これはにわみんの提案で、わたしはそれを受け入れただけ。お礼や文句なら彼に言って」

 その言葉に、園子の母親がすすり泣く。父親の目にも熱いものがこみ上げてきた。

 ああ、なんて自分たちにはもったいないできた娘なんだ。

「このケーキ、わっしーとふーみん先輩に教わってわたしが作ったんだ。おいしくできたと思うけど、お腹いっぱいなら残してもいいからね」

「いや、いただこう。全部」

 そう言って3人は園子が作ったケーキを食べ始めた。

 甘さ控えめのケーキは正直先ほどまで自分たちが食べていた一流シェフが作ったスイーツには遠く及ばない。

 だが、涙で少ししょっぱく感じるこの味はこれからの人生で決して忘れることができない味となるだろう。

「丹羽明吾君か」

 ぽつりとつぶやいた父親の声に、園子は顔を向ける。

「いい友達を持ったな。園子」

「友達じゃなくて同志なんよー。魂より深い部分でつながったソウルメイトだぜー」

 とびっきりの笑顔を見せる園子に両親はうなずきあう。

「あなた」

「ああ」

 彼ならば自分たちが選んだ財力だけの存在よりも娘を幸せにしてくれるだろう。

 というか娘のためにお見合いを仕組んだが、これからはもう必要ないかもしれない。

 なぜなら娘には心に決めた存在がいるのだから。

 そして永遠に縮まることのないと思っていた娘との距離をとり持ってくれた存在。

 どれだけ感謝してもし足りない。

 こうして丹羽本人のあずかり知らぬところで丹羽明吾の乃木家婿入り計画は秘密裏に行われることになった。




 乃木家の親子関係修復ヨシ!
 これでわすゆ関係の大赦の被害者で救われてないのは三ノ輪家と銀ちゃんだけになったな!

丹羽「まさかこんな形で記憶喪失設定が生かされるとは」
園子「にわみん、絶対ご両親を見つけてみせるから!」
丹羽「アッハイ」
園子「乃木家の情報収集能力を甘く見ないでね。絶対の絶対に見つけてみせるよ!」
丹羽「やばい、どんどん大ごとになってる」
園子「いざという時はわたしの権限で大赦も動かすからどーんとまかせなさーい!」
丹羽「タノモシイデスネ(助けて! 壁の外にいる俺!?)」


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勅令

神樹「おい貴様ぁ! よくもあんなゲームを寄越してくれたな!?」
(+皿+)「あ、女装山脈どうだった? 萌えゲーアワード金賞取った作品だから名作だっただろ」
神樹「あんなかわいい子に生えてるなんて頭おかしいだろ!」
(+皿+)「むしろかわいいなら生えてなきゃ失礼だろ」
神樹「え?」
(+皿+)「え?」
神樹「とにかく、この恨みは絶対晴らすからなぁあああ!」
(+皿+)「行っちゃった。気に入ったなら無印おとボク貸してやろうと思ったのに」



 8月31日。8月最後の日にして夏休み最終日である。

 その日、勇者部全員は大赦に招かれていた。園子を含む7人が広間に待たされている。

 勇者部の他には6人の大赦仮面がいて、それぞれが各部署を管理する偉い人間だと紹介された。

 やがて1人の大赦の仮面をかぶった人間が入ると、他の大赦仮面たちが恭しく頭を下げる。

「あなたは…」

 その姿に園子が反応した。

「お久しぶりです。園子様」

 それは儀式で使う汚れを祓う鈴のような声音だ。

「初めまして讃州中学勇者部の皆さま。わたくしがこの度の件に関する代表である大赦の最高責任者です。以後、お見知りおきを」

「た、大赦の最高責任者ぁ!?」

 あまりに雲の上の存在である人物の登場に、風と夏凜は驚いている。

「まさか、本当に?」

「うん。本当だよ皆。この人が大赦の最高責任者」

 東郷の疑問に園子はうなずく。

「あなたが出てくるなんて、意外だったよ。どうせ首を斬られても痛くも痒くもない人間が出てくるものだと思ってたよ」

「あれから我々は心を入れ替えました。今回の件、大赦の総力を上げて全力で取り組んだので責任者は代表のわたくしであるのが当然かと」

 その言葉を聞いて園子は目をパチクリとさせる。一度直接自分に謝りに来たとはいえ、以前の大赦の最高責任者なら絶対言わないような言葉だったからだ。

「この度の件、讃州中学勇者部の皆様に再び勇者としてお役目を行っていただくことについてご説明させていただきます」

 その言葉に7人は姿勢を正す。

 そう、勇者部7人が今日ここにいる理由。それは一週間前大赦からこれからのことについて話があると呼び出されたからだ。

 それはバーテックスが襲来し、勇者として戦い続けるということ。

 園子としては一体どんな言い訳をするつもりかと考えていたが、次の行動に目を丸くする。

「申し訳ございませんでした」

 大赦の最高責任者が、頭を下げたのである。

 それは本来なら絶対にありえないことだ。人類を守るためなら勇者を道具や手段の1つとして考えているような組織のトップがとる行動ではない。

「あれから皆様の他に勇者の適性がある人間を四国全ての人間を調査しましたが、皆様以上の適性を持つ人間はいませんでした」

 その言葉にそれはそうだろうと丹羽は思う。

 四国で最高の勇者適性を持つのは結城友奈に他ならない。先代勇者である東郷と園子。それに大赦の懐刀である完成型勇者の夏凜。それに風と樹。

 この6人以上の存在なんて、ゆゆゆい時空で経験を積んだゴールドタワーにいる防人組でも引っ張ってこないと釣り合わない。

「適性は低くとも勇者に変身できるものはいます。ですがそうなると生存率はそれに応じて低くなる。それならば適性の高い皆様にお役目を続けていただこうと」

「つまり、私たちや風先輩をだましたんですか? また」

 東郷の言葉に大赦の最高責任者は深々と頭を下げる。

「結果的にそうなってしまいました。誠に申し訳ございません」

「謝るのに、ずっと仮面をしているのは失礼じゃないかな?」

「ちょっと、園子!?」

 園子の言葉に夏凛がびっくりしていた。

 ひょっとしてこの人は影武者で、本人じゃないんじゃないのか?

 そう思った園子に向けて最高責任者は仮面を外し、素顔を見せる。

 その顔は間違いなく以前病室で自分に素顔を見せた本人そのものだった。

「これで、よろしいでしょうか」

「うん。ごめんなさい。あなたが実は偽物の影武者かもしれないと疑ってた」

 素直に謝罪する園子に、大赦の最高責任者は首を振る。

「いえ、そう疑われても仕方のないことを我々はしてきました。その御指摘はごもっともです」

 そう言うと大赦の最高責任者は手を上げて合図をした。

 すると奥から大赦仮面がやってきて神社の祭壇に飾る三方の上に置かれた4つのスマホがそれぞれ友奈、東郷、風、樹の前に置かれる。

「どうぞ。お受け取りください。前回までの戦闘データを参考にして最新バージョンにアップグレードした勇者システムが組み込まれたスマホです」

「あ、あの! その前に12体のバーテックスを倒せば戦いが終わるんじゃなかったんですか!?」

 声を上げたのは意外なことに樹だった。

「樹」

「最初からお姉ちゃんをだますつもりでそんなことを言ったんですか! 答えてください」

「そうですね…。犬吠埼様には大変失礼をいたしました。申し訳ありません」

「いえ、そんな」

 自分に向かって頭を下げる大赦の最高責任者に風は恐縮する。

「バーテックスは周期的に神樹様を倒し人類を滅ぼすためにやってくる存在。ですから12体のバーテックスを倒せば少なくとも1年は大丈夫…そう考えてあえて真実は伏せていました」

「つまり、だましてたんですね」

「はい、その通りです。1年あれば勇者様に頼らずとも何らかの対策を打つことができる。その考えが甘かったことに、我々は気付かなかった」

 むろん嘘である。本来の大赦は勇者たちをだまし、使いつぶす気満々だった。

 だがバーテックス人間化し、勇者のことを第一に考えている大赦の最高責任者にとってそれは真実なのだろう。声に悔しさがにじんでいる。

「ですが、ご存じの通りバーテックス襲来の周期は不規則で、我々の予想を超えていました。対応策を生み出す前にまたバーテックスの出現が神託により予想され、皆様の力を借りなければならない事態に…情けないことですが」

「次はいつなんですか?」

 大赦の最高責任者の言葉に、友奈が尋ねる。

「9月中、とのことです。星座級の巨大バーテックスが1体と星屑の群れが」

「そんな、たった2か月で!?」

 衝撃の事実に勇者部5人がざわめいた。

「しかもそれ、7月の時点でわかってたんだよね」

 続いて園子の言った言葉に、大赦の最高責任者は「はい」とうなずく。

「じゃあどうしてお役目が終わったなんて言ったの? ぬか喜びさせてから結局無理でしたから頼りますなんて、虫が良すぎると思うな」

「返す言葉もございません。ですが、こちらも戦闘データから勇者システムのアップグレードや対バーテックス用の武器の開発などにも研究を重ねておりましたので。ギリギリまで別の勇者候補の選出を粘ってみようと」

 園子の言葉に、深々と大赦の最高責任者は頭を下げる。

「園子様のおっしゃる通り、虫が良すぎるのは百も承知です。ですが、どうか皆様の力をお貸し願いたい。こちらとしてもできる限りのバックアップは行いますし、新に医療班やメンタルケアのチームもご用意いたしました」

 園子は驚いた。医療班はともかくメンタルケアなんて今までの大赦では考えられないことだ。

 本当に心を入れ替えたのだろうか? まだ半信半疑だが、少しは信じてみてもいいかもしれない。

 同じように勇者部の面々も戸惑っていた。大赦がどういう風の吹き回しでこんなことをしてくれたのか、まだ真意を測りかねているのだ。

「俺からも質問いいですか?」

 手を上げたのは丹羽だ。それに大赦の最高責任者はうなずく。

「どうぞ、丹羽明吾様」

「今回わざわざ大赦に呼び出して説明したのはなぜです? 連絡事項なら春信さんに命じればよかったのに」

 その言葉に、「あっ」と全員が得心した。

 今までの違和感の正体。それは大赦がわざわざ自分たち勇者を招いて失態を謝り説明してくれたという点だ。

 昔の大赦なら一方的にスマホを送り付け、「敵がこれからも来ます。これで戦ってください」という簡素な文章が送信されただけだっただろう。

 なのになぜ勇者たちが事実を知り反発して襲い掛かってくるリスクを冒してでも大赦の最高責任者が出てきたのか。その真意がわからなかったのだ。

「責任者として、前線に立つ方々に説明する責任があるのは当然だからです。そういった意味では、勇者の皆様に口止めさせた上にその責任を押し付けてしまい犬吠埼風様には大変失礼なことをいたしました」

 大赦の最高責任者の言葉に、風と園子はポカンとする。

 この人は本当に今まで大赦から自分たちに命令していた人物と同じなのかと。

 まるで別人のような責任をとろうとするちゃんとした大人の姿に、2人はただひたすらに困惑していた。

「断ってもいい…と言えないのが本当に申し訳ない。あなた方以上に勇者適性がある存在がいないのは事実です。なので、情けないことですが断らないでくれと願うしかありません」

 改めて、大赦の最高責任者は頭を下げる。

「どうか四国を…そこに生きる人々をお救いください。勇者様」

「お救いください、勇者様」

 大赦の最高責任者だけでなく、広間にいた大赦仮面たちも平伏し、勇者部の面々に頭を下げていた。

 これは暴力だ。と園子は思う。

 彼らは勇者部のみんながそれを断れないと知っていてこんなことをしている。

 少しはましな組織になったかと思ったが、しょせんこんなものか。だが、丹羽が言ったようにスマホではなく直接対面して告げた点は評価したい。

「それは、私たちにしかできないことなんですね」

「友奈ちゃん!?」

 目の前に置かれたスマホを受け取った友奈に、東郷は驚きの声を上げる。

「だって、ここで私たちが断ったら、別の人が傷つくんでしょ。だったらその分私が頑張れば」

「あたしたち、の間違いでしょ」

 自己犠牲モードになりそうな友奈の言葉を遮り、夏凜が言う。

「あたしは大赦所属の勇者だもの。当然参加するわよ。あんたたちと一緒に戦えたら頼もしいと思うけど、強制はしない」

 その言葉に風は目の前に置かれたスマホを手に取り、立ち上がる。

「勝手に2人で盛り上がってるんじゃないわよ。部員が頑張るのに部長が怖気ずくなんて、違うでしょ! アタシもやるわ」

「風先輩!」

 風の言葉に友奈がうれしそうな顔をする。

「わたしも、頑張ります!」

 樹もスマホを手に取り、風に続く。

「樹、あんたはべつに無理しなくても」

「そうよ。お姉ちゃんに任せてアンタは普通の生活に」

「ううん。前にも言ったでしょ。ちゃんとお姉ちゃんもみんなも守れる勇者になるって」

「樹ちゃん」

「わっしーは、どうする?」

 園子の言葉に、東郷は目の前に置かれたスマホを手に取る。

「そんなの、決まってる。友奈ちゃんの隣が私の居場所よ。たとえそこが戦場でも」

「そっか。にわみんは?」

「俺は初めから戦うつもりでした。皆さんと違う変身方法なのも何か意味があるのかもしれないし」

 そっか。と園子は微笑む。どうやら自分は6人も仲間ができるらしい。

「申し訳ございません。我々の力不足でこのようなことに……いえ、この場合は戦う決心をしてくださりありがとうございますと言うべきでしょうか」

「勘違いしないで。わたしや勇者部の皆はあなたたちのために戦うんじゃない」

 頭を下げる大赦の最高責任者に、園子は言う。

「四国に住む何も知らない人たちや友達、家族を守るために戦うんです。あなたたちが今までしたこと、これくらいであがなえるとは思わないで」

「それは、もちろんです」

 神妙な顔をする大赦の最高責任者に、友奈は言う。

「でも、こうして直接話してくれてありがとうございました。大赦の人も苦しんでたんだなってわかってよかったです」

「もったいないお言葉です。我々の力が及ばないばかりに皆様に頼りきりになって、この身の未熟さを呪っております」

 友奈の言葉に恐縮している。どうやら本当に心を入れ替えたのかな? と、園子の信頼度が上がった。

「大赦は勇者の皆様を全面的にサポートさせていただきます。何かありましたらご連絡ください。いつでも駆け付けます」

「あ、ありがとうございます」

 大赦の最高責任者に言われ、部長の風は腰が引けている。

 これで風をはじめとした勇者部の大赦に対する信頼度は回復したようだ。これで本編通り起こるはずだった風の暴走フラグは完全に消失しただろう。

「それじゃあ、讃州中学勇者部、第2陣もやるわよ!」

「「「「「「「おー!」」」」」」」

 風の掛け声に他の6人も声を合わせてを上げる。

 それは本編とは違い、非常に前向きな新しくやってくる敵と戦う決意だった。

 

 

 

 勇者部の5人が帰った後、丹羽と園子は大赦のある場所を訪れていた。

 そこは大赦サイバー課第1係。主に神樹のバイオデータを管理し、バイタルをチェックする部署。大赦にとって絶対守らなければならない絶対防衛線だ。

「ねえ、にわみん。わたしの仮説、あってると思う?」

 その言葉に、丹羽は大きくうなずく。

「はい。そのっち先輩の考えは理にかなっているし、俺も納得しました」

 園子の言う仮説とは、三ノ輪銀の魂が神樹様の元にとらわれているのではないかというものだ。

 園子の心臓を治すため休眠状態だったときに見たあの場所。そして銀の言葉から考えるに、あそこは死んだ勇者の魂がたどり着く場所ではないのか。

 それが丹羽と話し合い、園子が出した結論だった。

 ちなみに園子の話を聞いた時丹羽は『あのロリコンクソウッド、勇者の章で分かった1期最終回の友奈みたいにイメージ拉致してやがったのか!?』と激怒したのだが、何とか顔に出さずに済んだ。

 もし人型バーテックスだった時にこのことに気づいていれば、神樹の樹液をチューチューして枯れる寸前まで追い込んでやれたのにと悔しがった。

「でもよかったんですか、東郷先輩に話さなくて」

「多分、わっしーが聞いたら変な方向に突っ走っちゃいそうだから。四国の壁を壊すとか」

 その言葉にデスヨネー。と内心で思う。追い詰められた結果本編では本当に壁を壊してしまうのだから、園子の推測は間違っていない。

「だから、まずは神樹様にお願いしてみる。ミノさんを返してくださいって。あなたの勇者はまだ戦えますよって」

 その言葉に丹羽はゆゆゆいのエピソードを思い出す。

 神託を受ける側だった西暦の巫女、上里ひなたが「元の世界に戻ってもどうかこの世界の記憶がなくならないように」と嘆願したことがあった。

 その後ひなたは高熱を出し、命に関わるような危険な状態になったのだ。

 結果的に助かったからよかったものの、そのエピソードで「俺」は思った。

 なんて傲慢な奴だと。ひなたのみんなを想うささやかな願いでさえもこんな恩を仇で返すようなやり方で不遜と斬り捨て罰を与えるのかと。

 神樹の恵みがなければ四国は存在できないのは知っている。だが、自分を守ってくれている勇者や巫女に対する態度がこんなのでは、あんまりではないか。

 だから、「俺」である人型バーテックスと丹羽明吾は神樹が嫌いだ。

 そしてそれを信仰し、勇者を都合のいい道具として扱い多くを生かすという大義名分のために勇者の章で友奈を神婚させようとした大赦を憎んですらいる。

 その結果バーテックス人間を生み出し風の暴走フラグの消滅や大赦に対する勇者たちの信頼回復といろいろしてきたが、今回はその親玉が相手だ。

 覚悟をしなければならない。

「そのっち先輩。その役目、俺にやらせてもらえませんか?」

 丹羽の言葉に、園子は「え?」と困惑する。

「相手は神様で、人類よりも格上の存在(だと思っている奴)です。昔で言えば直訴みたいなことをそのっち先輩はしようとしているんだと思います。もし無礼打ちなんてことになってなんらかの罰が下れば、東郷先輩やまだ目を覚ましていない三ノ輪銀さんが悲しみます」

「それは…うん。そうかもしれない」

 丹羽の言葉にその可能性は思い至らなかったというように園子は言う。

 普段の彼女なら思い浮かんだんだろうが、銀を目覚めさせたいという焦りがあったのだろう。仕方ない。

 その後それでも自分がお願いするという園子をなんとか説き伏せ、丹羽は大赦の職員に頼み、神樹に直接語り掛けるために特別室に入れてもらった。

 そこには巨大な木の根と細い根がツタのように枝分かれして部屋のいたるところにはびこっている。

 神樹様と対話する社と呼ばれているらしい。本来なら選ばれた巫女しか入れない場所だが、バーテックス人間である最高責任者が許可を出し、バーテックス人間である職員を使って丹羽はその部屋に侵入した。

 細い根は触れると風化してパラパラと塵になって消える。改めて太い木の根を触れると、ビリっと自分の中のバーテックスの部分が反応するのが分かった。

 これは危険だ。自分の天敵だと。

 だがそれがなんだ。俺なんかの身体より少女たちの笑顔の方が大事だ。

『神樹様、神樹様、どうか我々の願いをお聞きください』

 丹羽は心の中で語り掛ける。だがうんともすんとも返事がない。

『神樹…おいこらロリコンクソウッド。信者を五穀米にする恩知らず。JCを物理的に食ってる異常者。神樹様の恵みモード(スク水)。聞いてんのかオラッ!』

【……我を呼ぶのは何処の人ぞ】

 心の中で散々罵倒すると、ようやく脳内に重々しい言葉が響いてきた。

 というか、今のワードのどこに反応したんだろうか? ロリコンクソウッド? スク水大好き?

 反応しなかったらもう1つの猫耳メイド大好きについても言及しようと思ったが、それには及ばなかったらしい。

『神樹様、お願いです。あなたが魂を捕らえている三ノ輪銀さんの魂を解放し、元の身体に戻してください。彼女はまだ生きていて身体も完全回復しているんです』

【貴様……人間ではないな? なぜ天の神の使いがここにいる】

 その言葉に、さすがにごまかせないかと丹羽は冷や汗をかく。

『たしかに俺はバーテックスだ。でも、本気で勇者の女の子たちを助けたい。頼む、銀ちゃんの魂を解放してくれ!』

【断る】

「なっ!?」

 明確な意思の拒否に、思わず丹羽から声が漏れる。

【なぜ我が貴様の願いなど聞かねばならぬ。身の程を知れ、天の使い】

「だったら、俺の魂の代わりでもいい、三ノ輪銀さんの魂を」

【アレはすでに我のモノだ。なぜ貴様なぞの願いで手放さなければならぬ】

 その言葉に、ぷつんと頭の中が切れた。

 モノだと? 自分を命がけで守ってくれた存在を所有物扱い。

 大赦のクソどもと同じじゃないか!

「ふっざけんな!」

 気が付けば叫んでいた。モニター室に園子がいたが、そんなことは怒りに満ちた頭の中から消えていた。

 バーテックス人間である職員が気を利かせて音声をオフにしてくれなければまずい事態になっていたかもしれない。

「銀ちゃんはなぁ、お前が守る四国を守るために文字通り命がけで戦ってきたんだぞ! それに対して思うところはないのかよ」

 それだけじゃない。

「いや、銀ちゃんだけじゃない。乃木若葉、土居球子、伊予島杏、郡千景、そして高嶋■■! 今までお前を守ってきてくれた勇者たちにお前は何か報いたのか!」

【愚かな……我は人に恵みを与え、勇者はその人を守るために我を守る。それは当然だろう」

 コイツ…っ!

「じゃあ、どうして死んだ勇者の魂まで弄んだ! 高嶋■■は、■■は何度勇者に転生して戦い続けなければならない!?」

【あれは本人が望んだこと。我はそれをかなえてやったのみ】

 嘘だ。例え最初にそう望んだとしても赤嶺■■はそう望んだのか? 他の■■も?

 感情のままに言葉を出そうとする心に、落ち着けと命令する。今は銀ちゃんが大事だ。

『とりあえず、お前の考えはわかった。そのうえで銀ちゃんの魂を解放しろ』

【断る】

『お前の命をこちらが握っている、と言ってもか?』

 丹羽が念じた言葉に動揺するのが、根に触れた手から伝わった。

【ほう、ハッタリも過ぎると滑稽だぞ。天の神の使い】

『俺が何の準備もなくこんなことすると思ってるのか? 巫女の嘆願に命を落としかねない高熱にさせることで返したお前に』

 神樹の思考が分かりやすく乱れるのが分かった。なるほど、ゆゆゆい時空じゃなくてもやってたのか。クソウッドめ!

『俺の命令があればお前のバイタルを管理している人間に命令して大赦が行っているお前の生態維持のサポートを全部止めることができる。人間の協力なしで一体どれくらい生きられるかな?』

【待て、しばし待て! もし我が滅びれば四国に生きる人間はどうなる? 滅ぶぞ? いいのか?】

『構わないさ。俺は自分の大事な人だけが生きていればそれでいい』

 嘘だ。そんなことをすれば彼女たちは悲しみ人類を何とか救済しようと身を粉にして働くだろう。

 そんな彼女たちが悲しむような世界は望んでいない。

 だが同時に本音でもある。「俺」は推しが幸せになるためなら他の人間なんて知ったことじゃない。

 特に、バーテックス人間になる前の勇者を道具扱いしていた人間なんかは。

【……しばし待て。時がかかる】

『それは、俺の願いを聞き入れたと考えていいのか?』

 丹羽の言葉に神樹は沈黙する。

『じゃあ、ついでにお前が供物として奪った東郷さんの記憶も戻せ』

【まて! 願いは1つだけではなかたのか!?】

 丹羽の言葉に神樹が慌てるのが分かった。

『すぐ返事してくれれば1つだったんだけどな。これはペナルティーだと思ってくれ』

【卑怯な!】

『どっちがだよ。とにかく数日中に銀ちゃんが目を覚まさなかったら、宣言通り大赦からの生命維持措置を終了するからな』

 そう言い…念じ残すと丹羽は根から手を放し、部屋を出て園子の元に戻る。

「どうだったにわみん!?」

「ええ、神樹様は三ノ輪銀さんの魂を返してくれるそうです。あと供物としてささげた東郷先輩の失われた記憶も戻るって」

 その言葉に園子は涙ぐんでいる。そうか、そんなに嬉しいんだ。

 無理もないな。これでようやくわすゆ組3人が元に戻るんだから。

「ありがとう、にわみん……そうだ! にわみんのことは? にわみんの記憶も取り戻してもらったの?」

 その言葉に「あー」と丹羽は目を逸らす。そう言えばそんな設定なんだっけ。

「ごめんなさい、すっかりそのこと忘れてました」

「忘れてたの!?」

「でも大丈夫ですよ。俺としては東郷先輩やそのっち先輩と三ノ輪銀さんが一緒に笑いあえる世界の方が大切です」

 あっけらかんとした態度で答える後輩に、園子は呆然とする。

「にわみんって…馬鹿なの?」

「失礼な。これでも成績は上の下くらいです」

 いや、そういうことじゃないんだけど…と思いつつ園子はこみ上げる笑いをこらえられない。

 本当にこの子は、自分より勇者部の皆を優先しているんだなぁ。

 どうして園子が笑うのかわからず困惑する丹羽を見て、園子の笑いはしばらく止まらなかった。

 

 

 

 その夜、四国にいる巫女、あるいは巫女の資質を持つ少女に神樹様からのお告げがあった。

 

 勅である。

 我に仇なし、四国の平穏を脅かすものが現れた。

 彼の者は人の姿をし、自らを勇者と偽る傲岸不遜な敵である。

 こともあろうに我の所有物を奪い、この身を脅かさんと魔の手を伸ばしてきた。

 彼の者の存在を絶対に許してはならない。

 彼の者の名は【丹羽明吾】。大赦と人類を偽り、四国の平和を脅かさんとする仇敵である!

 早急に打ち滅ぼすべし!

 

 

 

 9月1日。新学期の開始の日である。

「樹ー! もう今日から新学期でしょ。そろそろ起きなさい」

 朝の犬吠埼家では風がなかなか起きてこない樹に声をかけていた。

「もう起きてるよぉ。ふわぁ~」

 寝ぼけ眼で髪も寝癖で一部跳ねている樹が部屋からパジャマ姿で出てくる。

 時刻は7時半。朝食をゆっくり食べて身支度をし、制服に着替えて学校まで行くのに十分余裕がある時間だ。

「お、めずらしい。毎年あとちょっと寝させてって駄々こねるのに。今年は早起きさんね」

「わたしだっていつまでもお姉ちゃんに頼りっぱなしじゃないの」

 えっへんと胸を張る樹だが、朝食と弁当の用意は5時起きの風に任せっきりである。

 いつものようにテーブルに座り朝食をとろうとする樹だったが、違和感に気づいた。

「ねえ、なんで今日は4人分も用意してるの?」

「え?」

 その言葉に制服エプロンの風も思わず振り向く。

 テーブルの上には風と樹の分の目玉焼きとトースト。それと同じセットがもう2組用意されていたのだ。

 まるでこれから4人で食事をするように。

「あ、あれー? なんかつい無意識に」

「もう、お姉ちゃんしっかりしてよ」

 しっかり者の姉が犯したミスに、樹は笑う。

 だってこの部屋に引っ越してきてからここでは自分たち姉妹2人しかご飯を食べたことがない。4人分の食事が用意されたのなんて恐らく初めてだろう。

 夏休みボケが続いている姉に樹は言う。

「お父さんとお母さんの分なんて、今更だよぉ。お盆はもう終わったんだよ」

「ごめんごめん。なんか作っちゃった。まあ、朝食は大事って言うし、食べちゃおう」

「お姉ちゃんはともかくわたしは太っちゃうよぅ」

 あははと笑う姉に、樹は抗議の声を上げる。

「あ、それにお弁当も3つ作って! お昼ごはんも2人分食べるの? 今日何か運動系の部活の助っ人あったっけ?」

 樹の言葉に風は驚く。

 犬吠埼家では食事をするリビングから台所が丸見えなのだが、そこに蓋をずらし粗熱をとっている弁当が3つ置かれている。

 完全に無意識に3人分作っていた。まるで長い間そうしてきたかのように。

 これはあれだろうか。女子力が上がりすぎた弊害…。本人も気付かぬうちに2人分の弁当を作るところを3人分同じ手間で作れるようにパワーアップしたとか?

「なんか変なこと考えてるんだろうけど、違うと思うよ」

 そんなことを考えている姉の心を見透かして樹がツッコむ。まあ、そんなわけはないよね。

 作ってしまったものは仕方ない。今日は自分が2人分の弁当を食べよう。あるいは夏凜の昼食がにぼしとサプリだけだったら渡すのもいいかもしれない。

 今日からまたお役目が始まる。バーテックスを倒すという命がけのお役目が。

 風、樹、友奈、東郷、夏凜、園子。勇者部6人(・・・・・)が一丸となって戦うためにも健康管理は大事だ。

 だから栄養を取るに越したことはないだろう。

 それにほら、勇者部5箇条にもあるし。「よく寝て、よく食べる」と。

 風は弁当を2つ自分の鞄に入れ、1つを樹の鞄に入れる。

 さあ、今日から新学期だ。気張っていこう!




 休暇はもう充分楽しんだだろう?
 さあ、地獄の始まりだ。

 一部のわゆネタバレを防ぐため伏字をさせていただきました。
 ついに人類の守護者である神樹様を敵に回した丹羽君。やべぇよやべぇよ。

 さて、ここで少し質問を。付き合ってくださる方だけで結構なので読み飛ばしても大丈夫です。
 以前大赦の真人間化、通称OTONA化計画を開始した時に「アンチヘ・ヘイト」タグ付けた方がいいよという感想をいただきました。
 自分としては「大赦=クソ」というアニメ本編での事実は揺るがしがたく敵対することは最初から決めていたので運営様からお達しが来るまではアンチヘ・ヘイトタグはつけないつもりでした。
 ですが今回の神樹との敵対はそれに当てはまるのかなー? と微妙なラインだと思っています。
 神樹様は人類の世界である四国の守護者であり、「ロリコンクソウッド」などという蔑称もありますが基本人類の信仰の対象であり、人類の味方です。
 今回の行動もあくまで自分を害そうとする存在を排除しようとしただけで、人類側にとっては当然の行動です。
 まあ、主人公が星屑(バーテックス)な時点で避けられない展開ではあるんですが。

追記:20201230
 アンケートへのご協力ありがとうございました。改めてアンチ・ヘイトタグをつけさせていただきました。


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心を持った人形

 開幕から最後まで尊いが止まらない。
 安達がしまむらの犬なのはもう公式なのね。姉むらもいいぞ。
天の神(百合好き)「抱け! 抱け! 抱けぇえええ!!」
(+皿+)「落ち着いて。見終わったら最初からもう1周しよう」
天の神(百合好き)「うん、しゅるぅ~」
 コロナ禍なのにこんな神作を作ってくださったアニメ会社様と原作者様に最大の敬意を。
 すげぇよ本当に。今季は日常系百合作品と神作が多すぎて尊い成分過剰摂取でどうにかなりそう。
(+皿+)「来期まで撮りためたアサルトリリィとおちこぼれフルーツタルト見よ」
天の神(百合好き)「我は来期に向けてSHOWBYROCK! シリーズ全部見る!」
神樹「ええ、お前ら……ええ?(困惑)」



 あらすじ
丹羽「銀ちゃんの魂を返さないとお前を殺す!」
 デデン!
神樹「何なのこの人…はわわわ!? 巫女にこいつが危険な奴って伝えなくちゃ」
丹羽「ついでに東郷さんの記憶も元に戻せよ」
神樹「なんだこの無礼な奴は!(豹変)丹羽明吾、絶対許さねぇ!」


 

 

 新学期初日の朝、丹羽明吾は自分の教室を訪れると自分の席がなくなっていることに気づいた。

 新手のいじめだろうか? たしかに樹の件で自分は男子の恨みを買っているという自覚はあるが、何もこんな陰湿な手を使わなくても気に入らないのなら直接言えばいいのに。

 まあ、言えないからこんな手を使っているんだろうが。

 仕方なく空き教室から机を持ってきて元自分の席まで運んでくると、なぜかクラスメイト達が自分を見てひそひそと話していた。

 まあ、そりゃめずらしい光景だけど、そこまで遠巻きにしなくても。

 ひょっとしてクラス中がグルで俺をいじめている!? と疑心暗鬼になったとき、すぐ近くの席に樹が座っているのが目に入った。どうやら机と椅子を運んできている間に来たらしい。

「おはよう、犬吠埼さん」

「ひぅ!?」

 声をかけると、なぜか樹が怯えていた。まるで最初に会った時のようだ。

 おかしい。確かに彼女は男性が苦手だが、同じ部活の仲間である自分には普通に接してくれていたのに。

「どうかした? 犬吠埼さん?」

 丹羽が不審に思い近づこうとすると、数人の女子生徒が樹と丹羽の間に入り彼女を守る盾のように立ちはだかる。

「ちょっと、あんた誰よ!」

「樹ちゃんに何の用? それに、勝手に机と椅子を持ってくるなんてどういうつもり?」

 その言葉に丹羽はキョトンとした。

 どういうつもりも何も自分はこのクラスの生徒だし、少なくとも目の前にいる3人とは3か月は同じ部屋で授業を受けた旧友であるはずだ。

 それなのにどうしてクラスに入って来た異分子を見るような目で見るのだろう。

 丹羽が戸惑っていると、チャイムの音とともに教師が入ってくる。

「静かに。みんな席につけー。おや、君は? どこのクラスの子だい?」

「先生、こいつ勝手に机と椅子を持ってきて変なんです! 居座るつもりですよ!」

 その言葉に丹羽は一瞬固まる。まさか自分のことを言われているとは思わなかったからだ。

 女子生徒の声にようやく丹羽は周囲から好奇の視線を向けられているのに気付く。

 いたずらにしては度が過ぎている。なんなんだこの状況は?

「ちょっと待って、俺ですよ。丹羽明吾。このクラスでずっと授業を受けてきたじゃないか?」

「にわ? にわみんご……」

 丹羽の言葉に担任教師は出席簿の名前と照らし合わせる。

「そんな生徒、うちにはいないぞ」

「は?」

 信じられない言葉に丹羽は呆然とした。

「多分夏休みボケで別のクラスと間違えてるんだろう。早く自分のクラスに帰りたまえ」

 教師の言葉に笑い声が起こる。どうやら丹羽のことをクラスを間違えたうっかり者だと判断したらしい。

 その光景に丹羽はようやく得心する。彼らは初めて見る丹羽明吾という男子生徒に困惑していたのだ。

 となると樹のあの態度は…。

 丹羽は持ってきた机と椅子をそのままに教室を飛び出す。教師の注意する声が背中から聞こえてきたが今はそれどころではない。

 2階にたどり着き2年3組の教室のドアを開ける。

 ホームルーム中に突然現れた男子生徒に教室にいた人間が一斉に注目するが、構わず進む。

 教室を見渡すと友奈と夏凜の姿を確認できた。東郷は…いない。

 好都合だ。急いで友奈の席へ向かう。

「結城先輩! 俺のこと分かりますか?」

「え、あのえっと? どちら様?」

 苗字を呼ばれ困惑する勇者部の攻略王に、丹羽は間違っていてくれと願った可能性が事実なのだと確信する。

 やっぱりか。彼女は嘘をつける性格ではない。

 となると予想した通り最悪の状況だということだ。

 丹羽明吾という存在が勇者を含め周囲の人間の記憶から消えている。

 どうやら自分は勇者の章開始時の東郷と同じような状況に陥っているらしい。

 違うのは東郷と違いこの状況を望んでいないことか。

 さらに言えば東郷と違い自分のことを思い出してもらえないかもしれないという可能性が濃厚なことも挙げられる。

 勇者部で1年一緒にいた友奈、東郷、風、樹と違い自分はたった3か月の付き合いだ。

 バーテックスとの戦いには参加していたが、それがどれだけ彼女たちの心に残っただろう。

 とても記憶に残っているとは思えない。しょせんそれだけの付き合いだ。

 それに隣の部屋に住んでいて同じクラスだった樹があの反応だったのだ。風も恐らく…。

「ちょっとあんた。友奈に何の用なのよ」

 考え込んでいると突然教室に飛び込んできて友奈に話しかけた丹羽に、夏凜が厳しい視線と共に声をかけている。

 もしこの場に東郷がいたらもっと早く止められていた。どうしていないのかは不明だが、今は助かる。

「あ、もしかして勇者部へのご依頼かな? だったら昼休みに部室で」

「すみません。お騒がせしました」

 笑顔で言う友奈に背を向け、入って来たドアから丹羽は出ていく。

 こんなことをできるのは、この世界で1人、いや1柱しかいない。

 丹羽がスマホをタップするとオトメユリの花が舞い光に包まれる。

 白い勇者服に水色のラインが入った姿に変身すると全速力で大赦へ向かった。

 

 

 

 大赦にたどり着く前にバーテックス人間を操り今の状況を探ろうとしたが、うまくいかない。

 まるで何者かに妨害されているようだ。だとしたらこの状況を作り出した張本人が行っているのだろう。

「クソウッドめ、なにが少し時間がかかるだ!」

 今回の出来事の黒幕に対して吐き捨てるように言う。

 昨日丹羽が念話で話した時に、既にこの状況を作り出そうと考えていたに違いない。

 この四国にバーテックスが存在し、しかも人の姿をしていると。

 だから近しい人間の記憶をすべて奪った。ひょっとしたら自分を倒すように神託を下したのかもしれない。

 だとしたら東郷がいないのも納得できる。恐らく彼女は同じ部活の仲間である丹羽がそんなことをするとは思えないと反論したのではないか?

 だとしたら…。

「東郷先輩が危ない!?」

 思い至り、丹羽は思わず足を止めた。

 神樹と巫女の関係は完全な一方通行だ。神樹が神託を告げ、巫女がそれを受け取り人類に告げる。

 その逆はあり得ない。もしそんなことをすれば不敬とし、罰を与えるだろう。

 ゆゆゆいの上里ひなたのエピソードのように。

 だとしたら危険だ。早急に東郷の身の安全を確認しなければ。

 大赦に向かうべきか。それとも先に東郷の無事を確認すべきか。

 悩むまでもない。後者だ。

 丹羽は引き返し東郷の家へ向かう。何もなければよし、もしゆゆゆいの上里ひなたのように高熱を出していたら…。

 考えて、しまったと思う。ミトは今園子の中にウタノと共にいるのだ。

 記憶のない園子に頼み込み、親友を助けるためだと言い近づけばどうなるか。

 考えるまでもない。丹羽を東郷を高熱にした犯人として疑い拘束し尋問するだろう。そんなことは人型バーテックスの時に思い知っている。

 だとしたらミトとウタノの回収はあきらめた方が賢明だ。

「ナツメさん、そのっち先輩を治した時のこと憶えてますか?」

 問いかけに宙に褐色で白髪の人型精霊が現れる。

『もちろんだ、主』

「質問なんですけど、ナツメさん単体で高熱にうなされている人間を治すことってできます?」

 その言葉に精霊は首を振る。

『無理だ。私の能力はあくまで戦闘に特化したもの。ミトのような人を癒す力を求められても困る』

「じゃあ、例えば勇者の身体に巣食っている神樹の力を消滅させたりは?」

『消滅は無理だと思う。だが弱めることなら…主も知っての通り、私やセッカは神樹の勇者ではないからな。風や皆みたいな制約はない』

 よし、と丹羽は心の中でガッツポーズをとる。

 丹羽の精霊であるスミ以外の精霊、ナツメ、セッカ、ウタノ、ミト。

 この4体の精霊の共通点は、西暦の勇者であることと四国以外の地で生まれた勇者であること。

 つまり神樹を信仰し、神樹の勇者として選ばれた存在ではないということだ。

 もし神樹が直接自分に手を下してきた時のために彼女たちをモデルに選んだのだが、今回はそれがいい方に向いたらしい。

 東郷の中にいるセッカと力を合わせれば神樹の怒りである彼女を蝕む高熱を取り払える。

 あくまで可能性だが。それでも何も希望がないよりはいい。

 もっとも1番いいのは彼女が何事もない健康な姿でいることだが、それならなぜ学校を休んだのかという疑問に行き着く。

 考えたくないが、やはり……。

 そんなことを考えているうちに東郷の屋敷へたどり着く。玄関は人目があるので直接部屋へ乗り込む。

「ナツメさん、お願いします」

『ん、わかった』

 勇者の章で東郷が友奈の部屋に忍び込んだようにナツメに中から窓のカギを開けてもらう。カチャンと音がしたので窓をずらし部屋に入り込む。

 部屋の中には東郷の匂いが充満していた。ああ、女の子の部屋だなと緊急時なのに考えてしまう。

 まずは東郷の無事を確かめなければと周囲をうかがうと、東郷はいた。

 ベッドで荒い息を吐き、珠のような汗をかいている。呼吸も荒く、一目で高熱を出しているのだとわかった。

 やはり恐れていた事態になっている。東郷の性格を考えればこうなるのはわかっていたが、改めて自分の目で見ると神樹に対して怒りが沸き上がってきた。

「あいつ、自分の勇者までこんな目に」

『主、怒るのはわかるが今は東郷を』

「わかってます。お願いします、ナツメさん」

 丹羽の言葉にナツメはうなずき、光となって東郷の胸の中へ吸い込まれていく。

 しばらくすると東郷の呼吸は静かになり、汗も少しずつ引いてきた。

 心なしか顔も穏やかになって来たように思う。あとは中にいるセッカとナツメに任せれば東郷は大丈夫だろう。

 とりあえず一安心だ。丹羽は胸をなでおろす。

 さて、これからどうするか?

 予定通り大赦へ行くか? 精霊がいない今の状態では丹羽は強化版人間型星屑と変わりがない。人間よりは幾分か強いとはいえ、勇者と敵対すればすぐ負けるだろう。

 ならば東郷が治ったのを確認した後大赦に向かう? それだと後手に回り神樹が次の手を打つ時間を許してしまう。それに大赦にいるはずのバーテックス人間に指示ができないのも気になる。

「んっ、うぅ…」

 考えを巡らしていると、東郷が身じろぎした。

 その際ブラをつけていないことがわかる胸元のふくらみをつい見てしまう。さすがメガロポリス、でかい。

 丹羽はなるべく見ないようにしながら東郷に掛け布団を掛け直す。その時胸元が光り、1体の精霊が出てきた。

『いやー、参った。助かったよナツメさんが来てくれて』

「セッカさん? 大丈夫なんですか東郷先輩の中にいないで」

 飛び出してきたセッカに丹羽が尋ねる。

『あー。私が一応東郷の中に入って来た悪いモノを退けてたんだけど、数に負けちゃって。手が足りなかったのよねー』

「だったら余計に2人とも東郷さんの中にいた方が」

『いやいやご主人。ナツメさんのスピードナメてたらダメだよ。私1人でもそれなりに戦える自信があったんだけど、近接のスピードで言えば多分ナツメさん以上の存在はいないよ。次から次へと侵入してきた木の枝みたいなやつらあっという間に倒しちゃった』

 セッカのいう木の枝のような奴というのは多分神樹の怒りを具現化した存在だろう。

 それが東郷の身体に巣食い、高熱を出させていたのだと推測する。

『で、東郷さんの中にいた奴らほとんど倒しちゃったから、ここは任せてご主人の助けに行ってくれって』

「そうですか。ありがとうございます」

 そう言うとセッカは丹羽の中に入っていった。

 たしかに戦闘スピード特化の精霊であるナツメなら、神樹から東郷に送られる怒りというよくないものを追い出すのにぴったりだろう。

 それに遠、中、近距離のオールレンジ攻撃ができるセッカが自分の中にいた方が大赦を襲撃をするのに適している。

 なるほど。適材適所というやつか。

 ナツメ1体だけで大丈夫かと心配したが、本人が任せろと言ったのなら大丈夫なんだろう。

「がんばってください、東郷先輩。神樹のやつになんかに負けないで」

 そう言って丹羽が東郷の手を握り元気づけようとした時、ノックの音が室内に響く。

「お嬢様。美森お嬢様? お加減はいかがですか?」

 扉を開けたお手伝いさんは首をかしげる。閉めていたはずの窓が開いていたからだ。

 急いで窓を閉め、東郷の様子を確かめる。呼吸はすっかり落ち着き、表情も幾分か穏やかだ。

 これなら予定していた病院への搬送は必要ないかもしれない。まずは汗で寝冷えしないように着替えさせなければ。

「あら?」

 タオルと着替え、氷枕を取りに行ったときに息をしやすいようにパジャマのボタンをはずして胸元を少し緩めておいたのだが、なぜかきちんとしまっていた。

 自分の記憶違いだろうか? 東郷家のお手伝いさんは首をひねりながら東郷を着替えさせるために服を脱がせていく。

 それは目の毒なので胸元を閉じるようにセッカに頼んだ丹羽のせいなのだが、それを知る人間は誰もいなかった。

 

 

 

 東郷家へ寄り道したが、おかげでナツメの代わりに東郷の中にいたセッカを自分の中にいれることができた。

 これでもしも銃剣を使う防人隊が自分を襲撃してきても対応できるだろう。

 というか、神託の詳しい内容がわかるまではあまり派手に動くべきではないかもしれない。もし勇者部や周囲の人間から自分の記憶をなくしただけなら、丹羽としては痛くもかゆくもないわけだし。

 夏休み前から自分は勇者部のみんなと関わりすぎているという自覚があった。

 夏凜に指摘されてからは必要以上に接しないことを心掛けながらも百合男子として無償の愛を注いできたのだが、本来自分は彼女たちの百合イチャを観測する立場。バーテックスとの戦いに向け信頼関係を築くためとはいえ深入りしすぎたのも事実だ。

 だから神樹の記憶操作はある意味丹羽にとって渡りに船のはず。信頼度をリセットされたのは痛かったが、親愛度がゼロになったのはむしろ観察する立場に専念できるというものだ。

「だったら…」

 だったらなぜ樹に自分のことなど知らないと思われたのを理解した時、あんなに絶望的な気分になったのだろう?

 どうやら彼女たちに関わりすぎたせいで自分も知らない間に自分が丹羽明吾という人間で、勇者部の一員だと錯覚してしまったらしい。

 とんでもない勘違いだ。

 あくまで丹羽明吾という存在は四国に入れない人型バーテックスの代わりに大赦と勇者の間を取り持ち信頼関係を回復させ、勇者たちのメンタルケアを行うために送られたただの人形(アバター)に過ぎないのだ。

 本質的には今壁の外にいて四国以外に人類が住める土地を作っている人型バーテックスと何も変わない。

 ただ、この残酷な物語から彼女たちを助けたかった。散華で身体機能の一部を失うという痛々しい姿を見たくないというだけ。

 幸いなことにそれはもう達成された。あとはレオ・スタークラスターを壁の外にいる人型のバーテックスと共闘し倒すのみ。

 それさえ終われば丹羽明吾という存在は不要となる。彼女たちの記憶に残っているのはむしろデメリットでしかない。

 だからこれでいい。これでいいんだ。と丹羽は自分に心の中で言い聞かせる。

 こんな風に考えるのは百合男子として無償の愛を注ぐうちに知らない間に勇者部のみんなの優しさに触れすぎただけ。

 自分を分裂したバーテックスの細胞の1つではなく、意思を持った1人の人間だと錯覚してしまっただけなのだ。

 そんなことを考えているうちに大赦へ到着する。

 とりあえず結果だけ言うと潜入任務は思いのほかうまくいった。

「で、味は?」でおなじみの段ボールをこよなく愛するCIAの特殊部隊の人間のゲームの知識があったおかげで平和ボケした大赦の警備はザル同然だ。

 それにこっちは放り投げると壁抜けバグを起こすバナナみたいなチートじみた存在である精霊も持っている。はっきり言ってちょろい。

 誰にも気づかれることなく大赦内に入ると、とりあえず大赦サイバー課第1係を目指す。

 神樹に一言言ってやるというのもあるが、今の現状を確かめるためにある程度神託を受ける巫女と近しい部署の人間に事情を聴く必要がある。

 大赦内に入っても丹羽の命令にバーテックス人間は反応しなかったことからおそらく神樹によって無力化されたと考えるべきだろう。

 丹羽は柱の陰に隠れ、大赦仮面をやり過ごすとその背後に忍び寄り隙をついて人差し指から耳の穴へ寄生型バーテックスを注入する。

 ガクンと膝をつこうとする大赦仮面を暗がりに連れ込みぐへへ…な展開になることもなく質問を開始した。

「巫女に何が起こったか聞かせてくれ」

「今朝、巫女たち全員が神樹様の神託を受けた。皆一様に神樹様を脅かす存在、丹羽明吾を滅ぼすべしと」

「巫女に体調を崩した人間は? 高熱にうなされている者は?」

「いない。だが東郷家から勇者の東郷美森様が高熱を出し倒れたという報告を受けた。大赦は大事をとって緊急検査と入院をさせる予定だ」

 なるほど。熱病に犯されていたのは東郷だけらしい。しかも大赦がちゃんと勇者をフォローするために動いている。

 これは丹羽にとっては嬉しい知らせだ。

「丹羽明吾についてわかっていること。これから行おうとしていることを教えろ」

「名前から四国にいる人物のデータベースを参照したが、存在を確認されなかった。午前8時30分、讃州中学1年1組でそう名乗る男子生徒がいたことが判明。その後同学校の2年3組の勇者である結城友奈様と接触したことを確認。以後の足取りは不明」

 なるほど。神樹は丹羽明吾という人間の記憶を消したことを巫女の神託で告げなかったのか。神様なのに間抜けすぎる。

 まあ、そのおかげでこっちは追われることなくこうして大赦に潜入できたわけだが。

「丹羽明吾は見つけ次第勇者様の手を煩わせることなく無力化して拘束ないし殺害することが決定された。大赦技術部で開発された対バーテックス用の装備を使うことも許可されている。現在情報を分析しながら捜索部隊が讃州中学を中心に香川県内を捜索中」

「勇者部や防人たちへの連絡は?」

「まだだ。勇者の方々にはお役目だけに集中していただきたいとの考えで情報は規制されている。防人隊にも出動要請はない」

 そこはいままでの大赦と同じなのか。

 報告、連絡、相談は基本だろうに。というかもし丹羽が勇者を害する存在だった場合情報を共有してないとやばいだろう。

 まあ、今回はその無能さに救われたのだが。

「わかった。仕事に戻りできるだけ仲間を増やしてくれ。俺が指示したら情報の改ざんや誘導を」

「了解した」

 うなずくと大赦仮面は暗がりから出て職場へと戻っていく。

 さて、今自分が置かれた状況は理解した。

 それではいよいよ本命との対面だ。

 丹羽はセッカを先行させ、監視カメラの位置を確認して必要なら破壊してもらう。

 それから室内にいる人間の場所を記憶し、内側から鍵を開けさせると突入する。

 制圧は1分もかからない。というか、1分以上もかかれば職員に他の部署に通報されたりするから失敗なのだが。

 そうならないように事前にセッカに通報するような機械は壊してもらったが、早いに越したことはない。

 大赦職員を気絶させたついでに耳から寄生型バーテックスを注入しておく。これで神樹の命は再び手中に収めることができた。

 さて、今回の出来事の説明をしてもらおうか。

 丹羽は昨日ぶりに神樹と対話する部屋に入り、太い木の根に手を重ね念じる。

『やってくれたな、神樹様よ』

【まだ生きていたのか。人間も案外無能よな】

 頭の中に響く声に悪びれる様子はない。

『昨日言ったよな。銀ちゃんの魂を返すって。東郷さんの記憶を返すって』

【言っていないな。ただ我は時間がかかると言っただけだ。ただの1度も貴様の言うことにうんと言ったつもりはない】

 その言葉に丹羽は昨日の会話の内容を思い出す。

 たしかに神樹は丹羽の言葉に1度も承知した、承諾したという言葉を返していない。

【貴様が勝手に勘違いして間抜けにも正体をさらして意気揚々と帰っただけだ。あの姿は滑稽だったぞ】

 うーん、この畜生。

 思ったよりも人間の悪い面を学習している神様にそんな感想しか出てこない。

 それにしてもこいつ、今の自分の立場分かっているんだろうか?

『言ったよな。俺はお前の命を握っているって。その気になれば大赦が行っている生命維持装置を停止させるって言ったよね』

【貴様が操っていた人間はすべて我が浄化した。貴様は手も足も出まい】

『俺が自爆覚悟で大赦に突入して生命維持装置を止めるとは考えなかったのか? 俺はお前の言う通りバーテックスだし、人間より普通に強い。現に今ここにいるんだが?』

【あっ】

 沈黙が思考を支配する。

【……話し合おうではないか、天の神の使いよ】

『いや、ないわー』

 組織が組織なら崇める神も崇める神過ぎる。

 こいつら、本当にそういうとこだぞ!

【another end 大赦無能。神樹無能】

 

 

 

【我がそんなに無能なわけがないだろう! いい加減にしろ!】

 

 その時不思議なことが起こされた!

 

「はっ、今のは一体!?」

 丹羽は白昼夢から目を覚ます。どうやら潜入シュミレーションに没頭しすぎたらしい。

 まだ大赦へと潜入していないのに成功したイメージなんて気が早すぎる。反省しなければ。

 とりあえずセッカを先行させて大赦施設の警備の様子をうかがおうとすると複数の気配が自分のいる場所に向かって近づいてくるのが分かった。

「いたか!?」

「いや、見当たらない。巫女の神託によればすぐ近くにいるはずだ!」

「探せ! なんとしても丹羽明吾なる存在を神樹様の元へ近づけさせるわけにはいかん!」

 荒々しい足音と共に丹羽と人型バーテックスが開発に協力した対バーテックス用の武器を装備した大赦仮面がこちらに向かってきている。

 あれは、まずい。星座級の巨大バーテックス用のメタ性能を追求した武器だが、普通に丹羽にも効く。

 まさか自分が開発を手伝った武器に追い込まれるとは。

 それに大赦仮面が言っていた神託とはどういうことだ? 神樹が丹羽のいる場所を把握しているということだろうか?

 20人は超える大赦仮面はまだ丹羽を探している。とっさに地上からは死角である高い建物へ飛び移って隠れることができたが、見つかるのは時間の問題かも……。

「あ」

 丹羽の目の前をドローンが飛んでいた。カメラにばっちり姿が映っている。

 そういえば今は神歴。西暦のころは珍しかったドローンも今は珍しくない。

 西暦から何百年も経っているのだ。丹羽の知るものよりも精度はよく、実用的になっているのも当然だろう。

「くそっ」

 丹羽は目の前を飛ぶドローンを破壊すると転進し、この場を後にする。

「いたぞ! そこのマンションだ!」

「逃がすな! 人類の仇敵だ!」

 と同時に下で大赦仮面たちが叫ぶのが聞こえてきた。

 いつもは無能なのに、今回はずいぶん有能だ。これが本気を出した大赦か。

 とりあえず大赦潜入はあきらめた方が賢明だ。できないことはないがせっかく真人間になった大赦職員を殺すのは忍びない。

 とにかく逃げなければと屋根の上を走り、あるいはマンションの屋上から飛び移りながら安全な潜伏先を探す。

 が、そんな場所はどこにもない。四国に大赦の手が及んでいない場所などないし、たとえ他県に逃げても見つかるのは時間の問題だ。

 となると潜伏するなら人間がまずいけない場所。行こうと思っても躊躇するような場所がベストか。

 そんな都合のいい場所なんて……あった。

 丹羽は跳躍し、その場所を目指す。

 目指すは壁の外。人類が生存できない、強化版人間型星屑である自分だけが無事でいられる場所だった。

 

 

 

 神樹の結界を越え赤一色の世界にたどり着くと丹羽はようやく人心地着く。

 危なかった。本気を出した大赦がここまで厄介な存在だったとは。

 最初は数十人だった丹羽追跡部隊も移動して時間が経つにつれ増えていき、いつの間にか100を超える数になっていた。

 開発に協力した対バーテックス用の武器もバンバン使ってきて結構ピンチに陥ることも1度や2度ではない。特に双子座用に開発した拘束ネットを射出された時は本気で焦った。

 あれにつかまれば丹羽も完全にお手上げだ。動けなくなったところを囲まれ対バーテックス用の武器で襲われれば命はなかっただろう。

 しかもドローンがどこに逃げても追ってきて破壊してもすぐ沸いてくる。結局壁の外に逃げ出したのも大赦に知られてしまったに違いない。

 どうやら四国に戻ることはできそうにないなと丹羽は嘆息する。バーテックスなのでその気になれば食事は必要ないし、何日でもここにいられるからだ。

 あとは双子座の襲撃とレオ・スタークラスター戦まで壁の外で息を殺して待つだけ。多少退屈だが仕方ない。

 スマホを広げればそろそろ昼時だ。勇者部の皆は今お昼休憩中だろうか?

 今日は始業式で一般生徒はすぐ帰るが、部活をやっている生徒の助っ人の依頼が入っていたはずだ。そのミーティングを兼ねて勇者部の皆は昼食を食べているに違いない。

 ああ、風先輩のお弁当が恋しいなと思う。夏休みが終わる前、「パンだけの食事なんて許さない」とこれからも弁当を作ってきてくれると言っていたが、多分そんなものはないだろう。

 なぜなら勇者部の皆の記憶からは自分の存在など消滅しているからだ。

「こういうの、マンガだとどうなるんだっけ?」

 自分の中にあるサブカル知識からその情報を検索する。

 確かこういう時にありがちなのは「俺のこと憶えてないのかよ?」と仲の良かった人間に問いかけて回り、トラブルに巻き込まれたり嫌われたりするのがお約束だ。

 その際良かれと思って行った行動も裏目に出て結局主人公は孤独となる。

 自分のことを思い出してくれる存在。あるいは自分のことを憶えてくれる存在が出てくるまで受難は続く。

 たしかそういうのがテンプレだったはず。

「だったら自分は勇者部のみんなと接触しない方がいいか」

 自分で言ったはずの言葉なのに、なぜか急に胸が締め付けられるような痛みを感じた。

 胸に手を当て、こんなのはまやかしだと言い聞かせる。

 だって自分はただの人形で、人型バーテックスの代わりに四国へ潜入して勇者部の皆を近くで助けていただけだ。

 たまたま彼女たちが警戒しない人間の姿なだけで、アタッカやカデンツァなどのゆゆゆいバーテックスと何も変わらない。

 しょせん人型バーテックスに作られた人形に過ぎないのだ。

 だからこんな感情を持つなんて、おかしい。この感情は人型バーテックスの物で、丹羽明吾という人形の気持ちでは決してあり得ない。

「そうだよ。俺はしょせん……っ!?」

 殺気に気付き飛びのくと今まで自分がいた灼熱の大地に2つの小太刀が突き刺さるのは同時。

 そうだ。記憶を操作されて存在を消滅させられた人間のテンプレ展開がもう1つある。

 それは信頼しあっていた仲間だったはずの人間との避けられない戦闘。

「ここであなたが来るんですか。三好先輩」

 自分に向けて明確な殺意を向けてくる赤い勇者服のツインテールの少女に、丹羽はうめくようにつぶやく。

「神樹様に仇なす人類の仇敵! この完成型勇者があんたをぶっ倒してやるわよ!」

 2振りの刀を構えて自分をにらみつける三好夏凜を見て、この状況を見て神樹はおそらく嗤っているのだろうと思った。

 




 好きを貫くことが性癖である限り、嗜好とそれを超える尊さもまた争いの中にある。
 全てが愛に満ちた優しい世界を目指して、僕たちは無償の愛を与え続けた。
 それがいつ誰かに壊されるかという、可能性から目を背けながら。

 丹羽君は初期設定だと人型のバーテックスが視界を共有して操っていましたが四国で生活するうちに自我を獲得した感じです。
 これは人型のバーテックスも予想をしていなかったことで、もう1人の自分として彼の存在を認め、四国と勇者部の皆を任せて新天地に移り住みました。
 一方丹羽君はあくまで自分が人型のバーテックスが作った道具の1つであり、自我を持つこと事態がおかしいとすら考えています。
 大赦の人間をバーテックス人間にして真人間化したのも、勇者たちのメンタルケアしたのも、バーテックスを共闘して倒したのも自分がそのために作られた道具であり、人型のバーテックスの指示でそれを行っていると思っていました。
 それに人型のバーテックスは百合男子としての矜持を教え、無償の愛を勇者たちに注ぐように諭したわけですね。
 現在は勇者部の皆に忘れられてショックを受けたことで、無意識に自分の中に芽生えていた自我に気付いて戸惑い、必死に否定している感じです。
 さて、感情と自我を持った人外は人間たりえるのか? 専門家の方にいらしていただきました。

仮面ライダーサソード「人間の姿をしていても、ワームは敵だ!」
仮面ライダー滅「アークの意志により人類は滅ぼす」
仮面ライダー迅「ヒューマギア解放のために人類は滅ぼす」

 あれ? ゲストとして呼んでいたモグラ怪人さんとロイミュード072さんは?


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雪は溶けて花は散る

 あらすじ
 神樹様の強制散華により勇者部を含む四国の人間から丹羽明吾に関する記憶、消える。
 一方こんなところにも影響が。
園子「誤眠ワニさんの投稿小説が全部消えてるー!」
百合好き「マリみて最後まで読んでないのにページがねえ!?」
百合作家「俺の投降したゆるゆり2次ssが掲示板から勝手に消されてる!?」
百合絵師「私がpix〇vに投稿した絵(丹羽の書いた百合小説のキャラ)の大半が消えてる!?」
百合系コミケ運営委員会「参加していたはずの大手作家さんの新作が全部消えてる!?」
みんな「だれだ、こんなことをやった奴は!? 絶対に許さない!」
神樹「なんか寒気が…」
 神樹様が四国中の百合好きを敵に回した歴史的瞬間である。


 四国の壁の外。赤一色の世界。

 本来人間は生きていけない灼熱の世界に、剣戟が響く。

「シッ!」

 三好夏凛の繰り出す2振りの刀による息をつかせぬ連続攻撃に、槍を手にもつ丹羽は防戦一方だ。

 今回は夏合宿の時や夏休みに行っていた夏凛との戦闘訓練とは違う。勇者の武器を使った実戦。

 一撃一撃が致命傷になりかねない真剣勝負だった。

 ここまで丹羽が夏凛の攻撃に対応できたのは夏休みの間夏凛と対人戦闘訓練していたというのが大きい。もしそれをさぼっていたなら最初の数撃の打ち合いで勝負は決まっていただろう。

 なにしろ自分は人間の姿をしているとはいえ星屑。勇者の武器は特攻でかすり傷でも致命傷になりかねない。

 人型のバーテックスなら耐えられるダメージも丹羽が耐えられるという確証は一切ないのだ。

 それともう1つ、丹羽が防戦一方なのは理由があった。

「このっ、いい加減にっ! しろぉおおお!」

 一向に反撃してこない丹羽に焦れた夏凜がさらにギアを上げる。

 丹羽明吾は彼女たちを傷つけることができない。それはかつて人型のバーテックスが乃木園子の攻撃を一切反撃せず受けたのと同じ理由だ。

 自分は、いや自分たちは勇者の少女を傷つけることはしない。それは信念であり矜持だ。

 そのために命を落としたとしても、悔いはない。

 もっともこの命、そう簡単に落とすわけにはいかない理由もあるのだが。

 1つは神樹にとらわれた三ノ輪銀の魂を解放させ、肉体に戻すため。

 現在四国内に入れるのは自分だけだ。神樹と交渉できるのは自分しかいない。

 失敗した結果、勇者部の皆に忘れられて現在夏凜に追われているわけだが、再チャレンジして今度こそ成功させるには神樹を屈服させるための切り札(交渉カード)が必要だ。

 もう1つは次の双子座の襲撃と最終決戦のレオ・スタークラスター戦。それが終わるまで自分は死ぬわけにはいかない。

 だから、逃げる。

「あっ、こら! 待ちなさいよ!」

 攻撃が止む一瞬の隙を突き丹羽は四国から離れ灼熱の大地を駆け抜けた。

 スタミナ勝負ならこちらに分がある。勇者システムで全ステータスが底上げされているとはいえ、所詮は人間。戦えば体力と精神力は摩耗し、疲れる。

 スタミナ無限の強化版人間型星屑である自分の方が有利だ。

 逃げようとする丹羽。追いつき戦う夏凜。打ち合いの末できた一瞬の隙を見逃さずまた逃げる丹羽。

 この繰り返しだ。そろそろ諦めてくれてもいいと思うのだが、さすが完成型勇者というべきか。しつこい。

 気が付けば四国から大分離れている。これ以上は危険だ。

 勇者の章で壁の外へ本格的に進出した勇者部だったがあれは満開状態で短時間だった。もし長時間壁の外にいればどんな影響が身体に起こるかわからない。

「三好先輩、そろそろ諦めて四国へ戻ってくれませんか?」

 無駄だとわかりつつ、丹羽は夏凜に問いかける。

「はっ、冗談! 人類の仇敵の言葉にあたしが従うとでも? 冗談はいつもの――」

 とそこで夏凛は急に動きを止めた。丹羽は困惑した。

 なんだ? 油断を誘うための誘いか? それにしては隙だらけだ。

「三好先輩?」

 心配して思わずいつものように夏凜に近づこうとした丹羽の足を、銃弾が止めた。

「がっ!?」

「っ!?」

「何をしているの! 早く距離をとりなさい三好夏凛!」

 声に飛びのき丹羽との距離をとった夏凛が見たのは、かつて勇者の座を巡って共に切磋琢磨したかつての戦友たち。

「楠芽吹! 加賀城雀、山伏しずく、弥勒夕海子! それにみんな!」

「銃剣隊、構え! 敵は星屑より小型です。よく狙って!」

「うわーん! 今日もデブリを探すだけの安全な任務だと思ってたのにー!」

「神樹様の敵ってことはしずくやオレの敵ってことだよなぁ! ぶっ殺す!」

「夏凜ちゃん、熱くなると周りが見えなくなるのは相変わらずですわね」

 くめゆ組をはじめとする防人隊32人の増援。

 それは勇者である夏凜にとっては心強い味方の登場。

 丹羽にとっては最悪の展開だった。

 

 

 

 いつまでも自分を攻撃しようとしない人類の仇敵に、夏凜は焦れていた。

 こいつ、一体何を考えている? 攻撃しようとしてもすぐ逃げるし、全然反撃しようとしない。

 まるで戦闘の意思がないみたいだ。

 一瞬浮かんだその考えをすぐ否定する。そんなわけはない。

 目の前にいるのは人類の仇敵。見た目こそ人間っぽいが自分の敵に違いない。

 だから、攻撃を苛烈にして追い詰める。だが向こうはそんな夏凜の動きを知り尽くしているかのように攻撃を防ぎ、一瞬の隙を見逃さず逃げの一手で四国の外へ向かっていた。

 これでは相手の思うつぼだ。おそらく向こうは夏凛をどこかに誘導しているのだろう。

 だが、だったらなぜ反撃してこない? 人類の仇敵の癖にフェミニスト気取りなのか?

 だとしたらそれは侮辱だ。この完成型勇者、三好夏凛に対する。

 少なくとも夏凛はそこらの男よりも断然強い自信があった。勇者に変身しなくても剣道有段者を圧倒できるほどの実力があると。

 だからムカムカする。自分相手では本気になれないとでもいうのか?

『いえ、こっちは本気で防御してましたよ。ただ、俺が武器を振るうのはバーテックスを相手した時だけ。人間には振るいません』

 クソ、またか。

 人類の仇敵と打ち合っていると時々頭に浮かんでくる言葉。これが気になってなかなか本調子になれない。

 トップギアになったと思ったらこの言葉が、声が思考に割り込んできて隙を作ってしまう。

 それを敏感に察した敵は逃走し、また追いかけっこだ。これではいつまで経っても決着がつかない。

 第一なんで人類の仇敵が自分の名字を知っているのだ?

 三好先輩とあいつが言うのを夏凜は確かに聞いた。だが夏凜はあいつとは会ったことも言葉を交わしたこともないはず。

 よく似た奴は朝自分のクラスに来て友奈に話しかけていたが髪の色も違うし、まさか同一人物ということはないだろう。どっちにしろ夏凜とは面識がない。

 だから手心を加えられる理由なんて、ないはずなのだ。

「こっのぉおおお!」

 渾身の一撃を相手に見舞う。だが相手は槍でその攻撃を受け流し、夏凜は大きな隙を作ってしまう。

(まずいっ!?)

 反撃が来るととっさに身を固くするが、衝撃は訪れなかった。

 敵は夏凜に隙ができたとみるやすぐに距離をとり逃げようとする。

 今のは夏凜を攻撃する絶好の機会だったはずだ。それをみすみす見逃すなんて…。

(馬鹿にしてっ!)

 夏凜は自分の頭に血が上っていくのを感じた。視野を狭めるよくない傾向だとわかっているが、感情は止められない。

 こうなったら敵の罠だろうが食い破ってやる! 絶対に追い詰め討ち取る!

「三好先輩、そろそろ諦めて四国へ戻ってくれませんか?」

 人類の仇敵がこちらを振り返り、馴れ馴れしく言う。

 冗談じゃない。ここまで追い詰めたのに、どの面下げて帰れっていうのよ。

 そんな冗談はいつもの気持ち悪い顔だけに――。

 

『やはりゆうみもは夫婦』

『丹羽、顔』

『あ、すみません』

 相変わらず変わり身早いわねこいつは。

 

 なんだ今のは。こんなの、あたし知らない…。

「三好先輩?」

 気が付けば人類の仇敵の顔がすぐ近くにあった。

 なによ。なんでそんなに心配そうな顔をしてるのよ。

 人類の敵の癖に、神樹様を脅かすあたしたち勇者の敵の癖に。

 そんな、大切な人を心配するような顔であたしを見るんじゃないわよ!

 怒りに任せ武器を振り下ろそうとしたとき、敵が足を抑えうずくまった。

「何をしているの! 早く距離をとりなさい三好夏凛!」

 声に従い慌てて敵との距離をとると声のした方を見る。

 そこにいたのはかつて勇者の座を巡って共に切磋琢磨した仲間たちがいた。

 防人隊。彼女たちも大赦の命を受け増援に来てくれたのか。

 楠芽吹に助けられたのは正直言って複雑だが、心強い。

 敵は手負いだ。今ならトドメを――

 

「あたし、結局失敗して。みんなの足引っ張って、馬鹿みたい」

『誰もそんなことを思ってませんよ。それにもし今回のことを失敗だと思ったなら、三好先輩は次は同じ失敗しないようにって心構えができたはずです』

 

 なんだ、この記憶は。

 知らない。と夏凛は首を振る。こんな優しい声と言葉なんて、自分は知らない。

 

『だから、同じような失敗をしようとする仲間を見たら止めることができます。それは多分、三好先輩しか気づかないことで、特別なことです』

 

 あたしのことを認めてくれたのは友奈、東郷、風、樹の4人だけ。今は園子も加わって5人に増えたが、讃州中学勇者部の皆だけだ!

 

『すごいですよ三好先輩は。人を助けるための手札を俺なんかよりいっぱい持ってるんです。だから、みんなが困った時にそのカードを切って助けられるのは先輩だけかもしれないですね』

 

 この言葉は多分友奈の…いや、だったらなんで自分のことを俺なんて。先輩ってことは樹? でも彼女はたしか中衛で星屑を倒していたはず。

 いや、そもそもあの戦いで誰が負傷した自分のことを治してくれたんだっけ?

 あれ? あれ? あれ?

 おかしい。記憶のつじつまが合わない。

 何か変だ。忘れている? 何か大切なことを?

「撃てーっ!」

 そんなことを考えていた夏凜が顔を上げると、防人隊の銃剣隊が撃った銃弾が人類の仇敵を襲っていた。

「待っ!?」

 思わず自分の口から出かけた制止の言葉に驚く。なんであたしは人類の仇敵をかばうような言葉を!?

 敵は防人隊の銃撃を手に持った槍で防いでいたが、全部は叩き落とすことができなかったのか銃撃を受けていた。

 見た目は人間なので見ていてつらい。しかも相手はこれまで抵抗らしい抵抗もしていないことが夏凜の心情的に余計にその姿を痛々しく見せていた。

「よし、効いてる。防人隊の武器でも充分ダメージを与えられているみたいね!」

 芽吹の声に防人隊の戦意が上がる。続けて人類の仇敵を狙い撃つ銃弾が放たれた。

 今度は銃撃を叩き落すより回避に専念することにしたらしい。夏凜から離れ別方向へ逃げていく。

「護盾隊、展開! 準備して! 雀、皆、いけるわね!?」

「無理無理無理無理! みんな、できないよね? ね?」

「できます!」

「いやー!? なんていい返事ー!? ちくしょーやってやるぜー」

 なにをするつもりだ? 夏凜が思っていると銃剣隊の放つ攻撃に人類の仇敵がある方向に誘導されているのが分かった。

「今っ!」

「うおりゃぁあああ!」

 芽吹の号令と共に加賀城雀を始めとする護盾隊が盾を構え突撃する。いわゆるシールドバッシュというやつだ。

 これは相手が人間サイズだからできる芸当だろう。巨大バーテックス相手なら押し負けていた。

 しかし報告によれば加賀城雀は蠍座もどきもこれで攻撃をしのぎ活路を開いたらしい。となるとなかなか有効な戦術のようだ。

「三好夏凜!」

「っ、わかってるわよ楠芽吹!」

 芽吹の声に夏凛はすぐさま意図を見抜き、刀を両手に持ち人類の仇敵に向かう。

 頭の中に引っかかることは後回しだ。今はまず目の前の敵を殲滅を優先!

「行くぜ行くぜ行くぜぇ!」

「今こそ訓練の成果を生かす時ですわよ、皆様方!」

 シズクと夕海子を先頭に銃剣隊が人類の仇敵に接近する。

 盾による面の攻撃の後銃剣による点の攻撃。いい戦略とそれを可能にするチームワーク。

 楠芽吹は夏凜が思った以上に優秀なリーダーらしい。

 銃を撃ちながら接近する銃剣隊の間に人類の仇敵は虚空から槍を射出させ、大地に突き刺し盾にする。

 それこそ芽吹の計算通り。今人類の仇敵は全面の防人隊に集中していて背後から迫る夏凛に気づいていない。

 獲った!

『危ないご主人!』

 えっ、と夏凛は目の前に飛び出してきた眼鏡をかけた人型の精霊を見つめる。

 白いふわふわした髪。『夏凜は特別だよ』と何度か触らせてもらった。

 オシャレに詳しくて、時々勇者部でファッション雑誌を広げていると寄ってきて『これなんか夏凜に似合うと思うにゃー』とオススメされた服は今も持っていて夏凛のお気に入りだ。

 眼鏡にうっかり触ってしまった時はすっごく怒って、『今日は髪触らせてあげない!』ってスネたことがあったっけ。

 走馬灯のようにその精霊との思い出が夏凛の脳内で再生されていく。

 ダメだ。この子を攻撃するのは絶対ダメだ!

 必死に脳が命令するが、身体は急に止まらない。

 人類の仇敵に向けた必殺の攻撃は、突如飛び出してきた人型のメガネの精霊が身を挺して宿主を守ることで阻止されてしまった。

「セッカさん!」

 人類の仇敵が何か言っている。夏凜は呆然と自分の両手に構えた武器を見た。

 紫色の体液が刀を濡らしている。自分があの精霊を斬った証拠だ。

 

『いやー、部活サボって訓練とは夏凛はまじめだにゃー』

『セッカだって。自己紹介したじゃんか。それよりいいの? みんな夏凛を待ってるよ』

『いやいや、それが約束ぶっちしていい理由にはならないでしょ。夏凛だってそれはわかってるでしょ』

『そのみんなって誰さ? 勇者部のみんな? お兄さん? それとも大赦の大人たち?』

『馬鹿みたい』

『ともかく、誰かに認めてもらいたいから戦うなんて命を縮める理由にはなっても生き残る理由にはならんのだよ。これ、人生の大先輩からの金言』

『お、ツッコミが戻って来たね。さすが完成型ツッコミ勇者』

『まあ、私から言えるのは肩の力を抜いてほどほどに頑張りなさいってことよ。夏凛には5人も仲間がいる。私みたいに1人で頑張らなきゃいけないってわけでもないんだからもっと頼って頼って』

『ね。みんな夏凛のこと大好きな奴らしかいないのよ』

『大丈夫。みんないい子だから夏凛が心配することにはならないよ』

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 突如響いた夏凜の慟哭に、防人隊は驚愕する。

 どうしたんだろう。もしかして人類の仇敵に返り討ちにあったのか?

 逸る気持ちを抑えながら槍の盾を突破した防人隊が見たのは、傷ついた白髪で眼鏡をかけた精霊を抱き起こす夏凜だった。

「セッカ、ごめん。ごめん、あたし」

『ごほっ、か…りんは、忘れんぼさんだ…にゃー。ご主人のこと忘れるなんて……でも、私のこと憶えててくれて、ちょっと嬉しい…ごほっごほ』

「しゃべらないで! ねえ、丹羽! この子を…セッカを早く助けて!」

 夏凛の言葉にセッカに近づいた人類の仇敵…丹羽明吾は傷の具合を確かめる。

 傷は…深い。自分の中に戻しても完全回復するのはどれくらいかかるか。いやひょっとしたらもう。

「こんな…あたしが、あたしのせいでセッカが」

『はは、気にすることないよ、夏凜』

 涙を浮かべる夏凛に、セッカは微笑む。

『心配しなくても、私にはすぐ会えるから……だから、その時は優しくしてやって。自分でいうのもなんだけど、面倒くさい奴だから』

「セッカ、どういうこと⁉」

『ご主人。呼んでくれてありがとう。あの世界に来る前の夏凜や勇者部の皆と会えて楽しかったよ』

「セッカさん、諦めないで! 早く俺の中に!」

『夏凜、少しの間だったけど、私と会う前の夏凜に会えて楽しかったよ。じゃあね』

「セッカ⁉」

 セッカの身体が光の粒子になって消え始めた。このままだと、その名前のように本当に消えてしまうだろう。

「そんなこと、俺がさせない!」

 丹羽はセッカを無理やり自分の中に入れて自分を存在させるための星屑の質量を注ぐイメージをする。

 彼女が消える世界なんて許さない。

 ましてや、仲の良かった夏凛によって消滅してしまう物語なんか、俺は絶対認めない!

「ぐっ?!」

 自分の質量と神樹の体液が急速に失われていくのがわかる。力が抜け、身体がグズグズに溶けていくあの感覚だ。

 だから何だ。と丹羽は心の中で叫ぶ。

 目の前の少女の笑顔すら守れないで、何が物語を変えるだ。残酷な結末を変えるだ!

 三好夏凛という少女が悲しむ世界も、精霊のセッカが消滅する世界も。

 丹羽明吾という勇者は否定してみせる!

 決意した丹羽の身体に光があふれ、白い勇者服から紫色のラインが消えていく。

「あ、ああ……」

 その姿に夏凜の身体から力が抜ける。

「そんな、セッカ……あたし、取り返しのつかないことを」

「大丈夫ですよ、三好先輩」

 崩れ落ちた夏凜を助け起こし、丹羽が自分の胸に手を当て言う。

「セッカさんはここにいます」

「本当?」

 夏凜の顔は涙でぐしゃぐしゃだ。そんなに大切に思っていたんだなと丹羽は2人の関係を尊く思う。

「はい、ギリギリでしたけど命はつなぎました。出てくるのには時間がかかるかもしれませんけど」

「よかった。本当に…よかった」

 夏凜の頬から落ちた涙が灼熱の大地に落ち蒸発する。

 事故とはいえ夏凜に相当な心の傷を作らせてしまった。急いでメンタルのケアをしたいがそうもいかない。

 夏凜の姿に困惑しつつも銃剣の照準を丹羽に向け外さない防人隊と、自分を見つめる冷たい瞳の防人隊隊長の楠芽吹を丹羽は見返す。

「三好夏凛、これはどういう状況? 説明しなさい」

 声はどこまでも冷たかった。

「貴女は勇者でしょう! 私や皆に勝って選ばれた最強の勇者なんでしょう⁉ それなのに、どうして」

 どうして絶好の機会に人類の仇敵を倒さなかったのか。

 言外の言葉に、しかし夏凛は動かない。それに芽吹は奥歯をぎりりと音が鳴るまで噛む。

 戦闘中なのに子供のように泣いているかつての好敵手を軽蔑しているのかもしれない。丹羽がそう思っているとそんな考えを追い出すかのように芽吹は首を振る。

「もういい。銃剣隊、構え! 人類の仇敵を掃討します」

 芽吹きの言葉に銃剣隊が一斉に丹羽に向けた銃の引き金に手をかけた。

 

 

 

「なんのつもり、三好夏凛」

「撃て」という号令を止めたのは人類の仇敵を守るように両手を広げた夏凜だ。

「楠芽吹、聞いて。こいつは敵じゃない」

 その言葉に何を馬鹿な…と芽吹は息をつく。

「大赦から連絡が来たでしょう。そいつは人の姿をしているけど、人類の仇敵よ。神樹様が巫女に神託をくだした、四国の平和を脅かす敵よ」

「違う! こいつは…丹羽はそんなんじゃない!」

 夏凛の言葉に芽吹は反応する。

「貴女、そいつと知り合いだったの? かばうなら今までどうして攻撃をしていたの」

「そんなの、わからない! でも、今思い出したの! こいつはあたしたちと一緒に戦った勇者で、絶対四国の平和を脅かす敵なんかじゃない!」

 夏凛の言葉に人類の仇敵は驚いた顔をしていた。

 おそらく演技だろう。芽吹たちが槍の盾で視界を塞がれた瞬間夏凜を洗脳したに違いない。

「三好夏凛、貴女はその人類の仇敵に騙されているのよ。今ならまだ間に合う。そこをどきなさい」

「どかない! 芽吹、話を聞いて! みんなも!」

 夏凛の言葉に防人隊の何人かに動揺が走るのが分かった。

 いけない。これはよくない流れだと芽吹は夏凜の足元に向けて銃弾を撃つ。

「っ!?」

「どきなさい。次は足に当てるわ」

「どかない!」

 宣言通り、夏凜の足を狙い撃つ。

「くぅっ⁉」

「三好先輩!」

「どきなさい。三好夏凛。次は反対の足を狙うわよ」

 頼むからどいてくれと芽吹は祈る。自分だってこんなことをしたいわけじゃない。

 だが三好夏凛はうずくまった体勢から立ち上がり、再び人類の仇敵の前に立ちはだかる。

「どいて…お願いだからどいてよ! これ以上私に貴女を撃たせないで!」

「どかない! 今度こそ、あたしは間違わない!」

「三好先輩」

 なにが彼女をそこまでさせるのか。やはりあの人類の仇敵に洗脳されてしまったのか。

 やむを得ない。

「人類の仇敵、聞きなさい。もしこれ以上三好夏凛が傷つく姿を見たくないのなら、こちらに投降しなさい」

「なっ⁉」

 夏凜は驚いているが、人類の仇敵はまずい事態になったとさぞ焦っていることだろう。

 なにしろここで自分が出ていけば夏凜を盾にした意味がないし、逆にこのままでいれば夏凜がこの状況はおかしいと正気を取り戻すだろう。

 悪役みたいな台詞で嫌だが、これなら夏凜も正気に戻るはず。

「わかりました」

「ちょ、丹羽⁉」

「その代わり、三好先輩に危害は加えないでくださいね」

 なるほど、そう来たか。

 夏凜の性格ならそれが正解だ。どうあっても投降しようとする人類の仇敵を守ろうとするだろう。

 だったら、こうするまでだ。

 間抜けにも芽吹が言った通り両手を上げて投降しようとした人類の仇敵に、芽吹はハンドサインで銃剣隊に指示を出す。

 目標に照準を合わせ、自分が指示したら撃て、と。

 一歩一歩近づいてくる人類の仇敵に、芽吹は知らず固い唾を飲む。タイミングがずれればすべてが台無しだ。

 よし、今――っ⁉

 突然自分に向かい走り出した人類の仇敵に、ついに正体を現したかと声を上げる。

「全員、撃」

「危ない、メブ!」

 雀の悲鳴が耳に入るのと、そいつの存在に気づいたのは同時だった。

 灼熱の大地から不意打ちで突撃してきた巨大バーテックス、魚座もどき。

 樹海や大地を潜る能力でここまで接近するのに気付かなかったのだ。

 四国から離れた場所であることを失念していた。敵は人類の仇敵だけではなかった。

 ダメだ。間に合わない。浮上する魚座もどきの白い頭部が見える。

 防人のスーツは勇者のように身体機能が上昇するような効果はない。大型バーテックスに攻撃されれば、それは死に直結する。

 自分の判断ミスだ。人類の仇敵と三好夏凛に気を取られすぎてバーテックスの存在を失念していた。

 こうなったのは自業自得だが、せめて皆は絶対生きて帰らせると指示を伝えようとしたその時。

「えっ?」

 人類の仇敵が、自分を突き飛ばした。

 その結果、浮上する魚座もどきの攻撃をもろに受け吹っ飛ばされている。

 なんだ? なにが起こった?

 楠芽吹は混乱する。なぜ今まで敵対していた人類の仇敵が自分を助けるようなことをしたのか。

 なぜ三好夏凛を洗脳した悪い敵が善人みたいなことをしたのか?

 わからない。なにもわからない。

「楠芽吹!」

 呆然としていた芽吹は夏凛の叫びに正気に戻った。

 まずはこの状況を解決しなければ。

「護盾隊、展開! 銃剣隊は集合し発砲準備! 目標は魚座もどき!」

 芽吹の号令にすぐさま防人隊は陣形を組み直す。

 突然の敵に動揺していても反応できる。これも日ごろの訓練のたまものだ。

「丹羽、これを!」

 夏凜が吹っ飛ばされて倒れている人類の仇敵に向けて自分の武器を投げるのが見えた。こんな時に何を⁉

 それにそれを投げるならそいつにじゃなくて私にでしょうと内心で憤慨する。

 動揺するが今は目の前の敵を倒すのが先決。

「地面に潜る前にケリをつける! みんな、ありったけの銃弾を撃ち込んで!」

 空中に浮くヘルメットから長いマフラーのような水色の3本のしっぽと2本の青い触手を持った敵が地面に潜航するタイミングを狙うため、芽吹は号令を発す。

「撃てーっ!」

 芽吹の号令と共に銃剣隊の銃が火を噴く。

 狙い違わず白いヘルメット部分に集中射撃が成功し、地面に潜らせずに動きを止めることに成功する。

 あとは銃剣の槍でとどめを刺せば。突撃の命令を出そうとした芽吹たち防人組の上を、何かが飛んで行った。

「完成型勇者の切れ味をくらえぇえええ!」

 それは人類の仇敵だった。夏凜が投げて渡した武器を取り、魚座もどきに襲い掛かっている。

 ちょっと待てと芽吹は混乱した。さっきあいつは魚座もどきの攻撃を受けて吹っ飛ばされたはず。

 いくら勇者の偽物とはいえ、ノーダメージとはいかないはずだ。それなのに、なぜ?

 いや、それ以前になぜ動けたなら逃げ出さなかったのか? 敵ならば自分の命を奪おうとした防人隊と魚座もどきが戦っている間にこれ幸いと逃げるはずだ。

 それになぜ夏凜の武器をとったのなら防人隊ではなく魚座もどきに向かったのか。人類の敵ならバーテックスと共闘してもおかしくないが、自分を殺そうとした防人隊と共闘するなんてありえない。

 そんなあり得ない存在の攻撃に、魚座もどきは撃沈していた。その姿を防人隊は呆然と見るしかない。

「ありがとうございました。三好先輩。おかげでみんな助かりましたよ」

「いいから丹羽、逃げなさい。ここはあたしが芽吹たちを抑えるから!」

 律義に夏凛に武器を返し、お礼を言っている人類の敵に夏凜が逃げるように言っていた。

「それはもう、無理っぽいですね。だって」

 人類の敵の視線を追うと、そこにいた人物の姿に夏凜は身を固くする。

 そこにいたのは人類最強の勇者。白い勇者服を着て武器である槍を持った乃木園子の姿だった。




 雪と花の名を持つ少女。それが1つ目の対話の代償だった。
 君は知るだろう。
 対話も戦いも、代償は付きまとう。
 果たしてその代償は取り戻したものと等価なのか。
 それがこの物語の変わらぬ問いかけであり
 答えは自らの選択 そのものだということを。

ピスケスもどき「寄ってたかって弱いものいじめとは感心しないな」
 第3勢力として割って入るピスケスもどきさんマジ敵役の鑑。
ピスケス「え、なんで御霊有りの俺がもう出番なくてもどきの方が活躍してんの?」

 ちなみにダイスの出目次第では今回セッカは夏凜の手で消滅します。その場合夏凜ちゃんは最終決戦まで曇ったままで戦力になりません。
 書いててあまりにも救いようがなくてせっかりん好きには胃が痛い展開だったので生存ルートにしました。
 ファフナーのデスポエムは改変しやすくていいなぁ。


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全部神樹様のおかげじゃないか!

 あらすじ
 丹羽君vs三好夏凛&防人隊。夢のタッグ戦。
 百合の間に挟まった報いを受ける丹羽君。
ピスケスもどき「ここか、祭りの場所は」
丹羽「うぉおおお! 王蛇専用ガードベントー!」
芽吹「えっ、なんで自分から突撃するバーテックスに飛び込んでいくの?(困惑)」
丹羽「俺はただ、百合イチャを近くで見て幸せになりたかった」
夏凜「台詞はインペラーだけどやってることはタイガの最期なのよねあんた」



 9月2日。東郷美森は2学期初めて学校に登校した。

 前日高熱を出し、大赦が所有する病院で精密検査を受けていたのだ。

 結果は問題なし。いたって健康体と診断され即日帰ってもよいとのことだった。

 もっとも救急車で運ばれていた時にはもう快方に向かっていたと東郷家のお手伝いさんも言っていたことから、大赦が気を回しすぎたということもある。

 あの日、東郷は神託を受けた。

 いや、あれは本当に神託だったのか。今となっては疑わしい。

 なにしろ自分を神樹だと名乗るそいつはこともあろうに自分の仲間であり部活の後輩でもある丹羽明吾を人類の敵と名指しし、滅ぼすべしと宣言したのだ。

 当然承服できず東郷はその自称神樹に反論した。丹羽君は立派に勇者としてお役目を果たし、四国を守ってくれていると。

 帰って来たのは【不遜である】という重々しい声だった。

 気が付けば身体が燃えるように熱くなっていた。まるで骨の代わりに灼けた鉄骨を身体に入れられたような熱さだったと今になって思う。

 娘の急な発熱に東郷家は上へ下への大騒ぎとなり、大赦に連絡し、救急車を手配するまで話が大きくなってしまったのだ。

 その熱もある瞬間急に落ち着き楽になった。まるで自分の中に巣食っていた悪いものが全部追い出されたように体調がよくなったのだ。

 あれは何だったのか。東郷の推測としては神樹様を騙るバーテックスが勇者である自分に向けて精神攻撃をしてきたのかもしれない。

 身体が楽になったあの時、意識はおぼろげだったが部屋に誰かいたような…。

 そんなことを考えながら授業を受け、昼休み。東郷は同じクラスの友奈と共に部室に入る。

「結城友奈、東郷美森、入りまーす」

「こんにちは、風先輩。樹ちゃん」

「おー、東郷! 熱はもういいの?」

「東郷さん、体調はもういいんですか?」

 同じ部活の仲間である風と樹が東郷の体調を心配してくれる。

「大丈夫。もうすっかり元気よ」

「変な風邪が流行ってるのかしらねー。今日は夏凜と乃木が休みだし」

 風の言葉にもう1人の2年生部員を思い浮かべる。

 登校すると夏凜は席にいなかった。

 東郷も今日友奈から聞いて知ったのだが昨日園子が同じクラスに転入してきたらしい。

 彼女の姿も教室にはない。転入してきたのなら一言くらい自分に連絡して欲しかったと思う。

「もう、おねえちゃん! 夏凜さんと園子さんは大赦のお役目でしょ」

 姉の言葉を妹の樹が訂正する。「おっとそうだったわね」と風は頭をかいた。

「お役目?」

「うん。昨日夏凜ちゃんにだけ大赦から連絡があって。その後そのちゃんも急いで出て行って帰ってこなかったし、同じ連絡がいったんじゃないかな?」

 東郷の疑問に友奈が答える。その言葉に東郷は首を傾げた。

 おかしい。どこか他人事のように言っている。

 目の前の少女は友達や仲間がそんな事態に巻き込まれたらそれを良しとせず自分から困難に乗り込むような子だ。それは東郷が1番よく知っている。

 なぜ夏凜を1人で行かせたのか。自分の知っている友奈なら無理やりにでも一緒についていこうとしたはずだ。

「友奈ちゃん、どうしたの?」

「え? なにが?」

 だが目の前の少女は何事もなかったように首をかしげている。

 見た限りでは東郷の知るいつもの友奈だ。おかしいと思ったのは気のせいだったのだろうか?

 それとは別に東郷にはもう1つ気になることがあった。

「ねえ、樹ちゃん。丹羽君は今日は来ていないの?」

 そう。樹と同じクラスである1年生の男子部員、丹羽明吾の姿が部室にないこと。

 最初は別件で席を外しているのかと思ったが、風と樹がそのことに言及しないことはおかしい。

 ひょっとして以前のように友奈と東郷の百合イチャを授業中に録画して教師に怒られているのかもしれないが。

 そう思っていた東郷は、風の言葉に面食らった。

「え、ニワクン? 誰それ? 東郷の知り合い?」

「えっ」

 風の言葉が信じられずに困惑していると、続いて友奈も言う。

「そのちゃんも昨日言ってたよね。にわみんがどうとかって。その人と同じなのかな?」

「あれは園子さんの夢の話って結論が出たじゃないですか」

 うーんと宙を見つめ昨日のことを思い出している友奈に、にこやかに樹が言う。

「そうよね。だってアタシたち勇者部は5人で、昨日入部した園子を入れて6人。男子部員がいた事実なんてないんだから」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 断言された言葉を看過できず、東郷は待ったをかける。

「丹羽君ですよ。丹羽明吾君。樹ちゃんと同じクラスで、夏休みまで風先輩たちの隣の部屋で生活していた」

「え、何言ってんの東郷」

「うちのお隣はずっと空室ですよ」

 きょとんとする犬吠埼姉妹に、彼女たちは嘘をついているわけではないのだと東郷は理解する。

 おかしい。何かおかしい。

「友奈ちゃん! 友奈ちゃんは憶えているわよね?」

「えっと…ごめん。そのちゃんにも言ったんだけど、わからないかな」

 そんな…と東郷は困惑する。一体みんなどうしてしまったんだろう。

「丹羽君ですよ! 私と友奈ちゃんを乙女座の爆風から助けて、私に向かって突撃してきたバーテックスから助けてくれた!」

「何言ってるのよ。最初の戦いのときは今いる4人(・・・・・)しかいなかったじゃない」

 必死に訴える東郷に、風が言う。

「それに東郷先輩に突撃してきたバーテックスなんていませんでしたよ」

「そうだよ。あの時は私たち3人で乙女座を倒して、それで終わりだったじゃない」

 風の言葉を肯定する樹に、それに同意する友奈。

「そんな…じゃあ、その後大赦から来た人に私も含めて4人で戦ったって言ってくれたのは誰? 丹羽君でしょ!?」

「そんな人来なかったよ? どうしたの東郷さん」

「あの後すぐ部室に戻ってアタシがバーテックスに対する説明をしたんじゃない」

 東郷にとって自分の気持ちを救ってくれた言葉も、目の前の3人の記憶からはなかったこと(・・・・・・)になっていた。

「じゃあ、その次の3体同時に巨大バーテックスが襲ってきた時に蠍座を倒したのは」

「あれは東郷先輩が神樹様の神託を戦闘中に受けてくれたおかげで助かったんですよね」

 樹の言葉に、東郷は「えっ?」と困惑する。

「そうねー。神樹様が蟹座と射手座がコンビで戦う奴らって教えてくれなかったら危なかったわ」

「そうですね! さすが神樹様!」

 笑顔で言う風と友奈に東郷は心の中で否定する。

 違う。おかしい。あれは丹羽君が立てた作戦でまず蠍座を倒した後、風と丹羽の2人とで挟み撃ちにした戦いだったはず。

 それに東郷はいままで戦闘中に神託を受けたことなど1度もない。

「樹ちゃん。今年の風先輩の誕生日、サプライズパーティーをしたわよね」

「はい。もちろん」

「楽しかったよねー」

「その時、会場の準備をしている間に風先輩を連れ出して時間稼ぎをしてくれたのは誰?」

 東郷の言葉に樹はキョトンとする。

「え、忘れちゃったんですか東郷先輩。なんだかさっきから変ですよ?」

「そうよ。アンタらが姉妹水入らずのデートをセッティングしてくれたんじゃない」

 樹を抱き寄せる風に、樹が「やめてよー」と照れている。

「おかげですっごい楽しい誕生日だったわ! 本当に感謝!」

「全員プレゼントがおうどんだった時は焦ったけどねー」

 その時のことを思い出したのか友奈が笑う。

 違う。誕生日に風とデートしたのは丹羽のはずだ。樹は自分と一緒にケーキを作っていた。

「樹ちゃん。風先輩のケーキ、一緒に作ったわよね?」

「はい。もちろん! 東郷先輩に手伝ってもらって…あれ?」

 樹も違和感に気づいたみたいだ。

「そうそう。結局映画が終わって早々風先輩が帰ってきちゃってバレちゃったんだよね。で、風先輩と東郷さんで樹ちゃんの初めてのケーキ作りを手伝ったんだよ」

 友奈の言葉に、樹は「そういえばそうかも?」と納得する。

「あれはいい思い出だったわ。妹の成長が感じられて、アタシは涙が止まらなかった」

「もう、お姉ちゃんってばー」

 違う。樹のケーキ作りは失敗続きで大変だった。

 何度作り直しても予測のつかない失敗で東郷は憔悴し、「これからは一切ケーキなんて作らないぞ」と決意させたほどに。

 どうしてそんな間違った記憶で盛り上がることができるのだろう。

「東郷さん、どうかした? 怖い顔してるよ」

「友奈ちゃん」

 友奈が困惑する東郷を心配そうに見つめていた。

 その表情に偽りはない。本当に自分のことを心配しているのだろう。

「本当に、丹羽君のことを憶えていないの?」

「だから、そんな人知らないよー」

「でも…そうだ、ラインアプリに!」

 どうしてこんな簡単なことを思いつかなかったんだろう。 

 丹羽のアドレスは東郷が作った勇者部のラインアプリに保存してある。

 大赦からもらったスマホとは別に東郷は友奈ちゃん写真保存用として以前使っていたスマホを常備していた。

 だが、

「そんな!?」

 アドレス帳には丹羽明吾の名前はなかった。

 それどころかやり取りしたはずのメッセージの履歴も消失している。

 ここまでくると本当に自分が妄想から丹羽明吾という存在を生み出したのではないかと思えてきた。

(そんなはずない!)

 東郷はくじけず、この場にいる3人に問いかける。

「みんな、体育祭の時ビデオ撮影してくれたのは誰?」

「東郷さんでしょ? 精霊を使ってカメラ撮影もしてくれるなんて。精霊が3体いる東郷さんにしかできないよね」

 違う。自分はジャンケンに負けて涙を呑んで写真撮影に専念していた。

「樹ちゃんのクッキーが危険だと教えてくれたのは?」

「そんなメッセージあったかしら? でも、かわいい妹が作ってくれたものだから姉であるアタシが責任を取って全部食べたわ」

 違う。風は一口食べて昏倒したから丹羽が残りを全部食べていた。

「猫探しの時、探しに行ったのは本当に3人だけだった?」

「はい。確かその時撮った写真が…ありました!」

 樹が差し出したスマホの写真には猫を抱きかかえる樹とそれを挟むように両側に立つ友奈と風が写っている。

 丹羽の姿は影も形もない。

「夏凜ちゃんが参戦した時、御霊から出た毒ガスに酸素スプレーを渡して苦しむ彼女を助けてくれたのは?」

「アンタでしょ東郷。よくあんなもの持ってるなーってみんな感心してたわよ」

「山羊座もほとんど東郷先輩が倒しちゃいましたしね」

 明るく言う犬吠埼姉妹に東郷は首を振る。

 違う。酸素スプレーを持っていたのは丹羽だ。

 それに毒ガスで姿が見えない山羊座へ攻撃の目印を作ってくれたのは彼だ。でなければ東郷の銃撃も夏凜に当たっていたかもしれない。

「夏凜ちゃんの誕生日プレゼントに何を上げたのか、皆憶えてますか?」

「え、そりゃまあ。そこまでぼけてないわよ」

 と風。友奈が指折り数えだす。

「えっと、風先輩が女子力アップグッズ、樹ちゃんが占いセット。私が押し花手帳で東郷さんが私の写真集だったよね」

「それだけ?」

「え?」

「本当に、それだけ?」

 いつになく真剣な表情の東郷に、友奈は困惑する。

「あっ、友奈さん! アレがあったじゃないですか!」

「そうよ友奈。アレを忘れちゃだめよ!」

「アレ? ……ああ⁉」

 犬吠埼姉妹の言葉にようやく思い出したというような顔をする友奈。

 それに東郷の期待が高まる。

「春信さんのニボシ抱き枕! あれいりこ臭いって夏凜ちゃん文句言ってたのに、ずっと使い続けてるよね!」

 違う、それじゃない!

「夏凜ちゃんをモデルにした…その、百合(小声)小説は誰がプレゼントしたんですか?」

 東郷の言葉に、一瞬全員が黙る。その後笑いが起こった。

「と、東郷。アンタでもそんな冗談言うんだ」

「自作の小説をプレゼントするなんて、それなんて罰ゲームですか」

「そんな人、勇者部にいないよ」

 居たのよ! と東郷は叫びだしたくなる。

 そんな他人が見たら罰ゲームとしか思えないことを平気でやるような変な人間が勇者にいたの!

「じゃあ、7体のバーテックスが襲撃してくるって大赦から連絡がきた時、私たちにバーテックスの攻撃方法や弱点を教えてくれたのは誰なの?」

 東郷の心は折れかけていた。

 ここまで来たら自分が間違っているのではないかと思い始めている。ひょっとしたら高熱を出した時、もう1人勇者部に男子部員がいた夢を見たのではないかと。

「それはもちろん、東郷さんでしょ」

 自分を見つめる純真無垢な親友の瞳に、東郷の心は折れた。

「違うわよ友奈。東郷が神樹様から神託を受けて教えてくれたんでしょ」

「あ、そうだった!」

 笑顔の風と友奈が歪んで見える。涙があふれているのだと東郷は理解した。

「あの時ほど神樹様に感謝したことはなかったですよね! しかも大赦の職員さんたちにも勇者をサポートする武器を作るように神託を下していたなんて」

「本当に、神樹様様よね! って東郷、アンタどうしたの!?」

 口々に神樹様を褒める皆が、泣いている東郷に気づき慌てる。

「どうしたの? どこか痛いの東郷さん?」

「友奈ちゃん」

 そばに来て心配そうに自分を見つめる友奈の腕を取り、必死に東郷は訴える。

「ねえ、みんな。本当に丹羽君のことを憶えていないの? スミちゃんは? ナツメは? セッカは? ウタノとミトは? 全然憶えていないの?」

「ごめん、東郷さんが何を言っているのか全然わからないよ」

 声と態度から嘘を言っていないのはわかる。だって自分は彼女の親友なのだから。

 だからこそ、余計に悔しい。彼のことを憶えているのが自分だけなのが。

「私やそのっちの身体が治ったのはどうして? それだけ聞かせて」

「それは、12体のバーテックスを倒したご褒美に神樹様が」

「違う!」

 東郷は強い否定の言葉を発した。

「散華で失ったこの足を治してくれたのも、そのっちの身体を治してくれたのも! みんな丹羽君のおかげ! 精霊のおかげなのよ! どうしてみんな忘れちゃってるの!?」

「東郷、アンタ一体」

「落ち着いていください、東郷先輩」

「2人もどうして忘れてるんですか。風先輩は毎日丹羽君のお弁当を作って、樹ちゃんは同じクラスで丹羽君と付き合っているって噂されて困っているって相談していたのに!」

 東郷の言葉に犬吠埼姉妹は困惑する。そんなこと言われてもそんな記憶はないからだ。

「私は、彼に命を救われました。友奈ちゃんへの気持ちも偏見なく認めてくれたうえに応援してくれた! それに治らないと思っていた足まで…感謝してもしきれないほどの存在なんです」

「東郷さん」

 泣きじゃくる東郷を、友奈はぎゅっと抱きしめる。

「信じるよ。私は、東郷さんのこと」

「友奈ちゃん?」

 真剣な瞳の友奈を東郷は見る。

 それは決意を固めた少女の瞳だった。

「ちょっと友奈」

「風先輩。昨日のこと、憶えてますか? そのちゃんの言ったこと」

 困惑する風に、友奈が言う。

「えっと、にわみんだっけ? 東郷の言うニワクンと同一人物かもしれないと思ったけど、まだそうと決まったわけじゃ」

「ううん。きっとそうですよ」

 確信をもって、友奈は言った。

「だって、昨日だけ風先輩が朝ごはん4人分作ったり、お弁当3つ作るなんておかしいですもん。やっぱりそのちゃんの言った通り」

「そのっち? そのっちが何か言っていたの?」

 自分が高熱でうなされている間に何があったのだろう? 問いかける東郷に、友奈は優しく微笑む。

「東郷さん。にわ君のことを憶えているのは東郷さんだけじゃなかったみたいだよ」

 魔法みたいだった。

 たった一言。その言葉だけで救われたような気がする。

 よかったと。自分は間違っていなかったんだと。

「風先輩、樹ちゃん。行きましょう!」

「行くって、どこに」

 状況についていけてない風と樹に、友奈は宣言する。

「そのちゃんがいるところに。多分、そのちゃんは東郷さんと同じで私たちの知らないもう1人の勇者部の部員を知っているはずです」

 

 

 

 時間はさかのぼり9月1日。讃州中学2年3組。

「転校生の乃木園子だぜー! 昔は大橋の方でブイブイ言わせてたんよー! どうぞよろしく~」

 大きく乃木園子と書かれた黒板を背に、園子は言う。

 それにホームルームの直後謎の男子生徒が飛び込んできて混乱していたクラスはようやく落ち着いていたのだが、また騒がしくなる。

 なにしろ乃木家といえば四国で知らない人間がいない名家。その1人娘となると話題の人物としては満点だ。

 しかも美少女である。10人いれば10人が振り向くような美少女転校生に男子生徒はもちろん女子生徒も園子の天真爛漫な言動に夢中だった。

 休み時間になるたびにクラスメイトに囲まれ、ついには他のクラスからも人がひっきりなしに訪れ勇者部の友奈と夏凜と話せたのは昼休み。群がる学生を振り切って逃げ込んだ勇者部部室の中だ。

「そのちゃん人気者すぎだよー」

「当然でしょ。園子さ…園子の見た目と話題性ならこれくらい」

「もー、にぼっしー。そんなに褒められたら照れるんよー」

 顔を赤くして照れ照れする園子を、先に部室に来ていた風と樹の犬吠埼姉妹は笑顔で迎える。

「ようこそ乃木。勇者部へ」

「歓迎します、園子さん」

「ふーみん先輩といっつんも昨日ぶり~」

 ぽわぽわした空気を出しながら園子が言う。

 これが人類最強の勇者とは信じられない。と内心思いながら、風は改めて新たに入部した6人目の部員を歓迎する。

「よろしくね、乃木。今日は運動部系の部活の助っ人が入っているから、とりあえず何をするか見てって」

「はーい。お手並み拝見しまーす」

「そのちゃん、私と一緒に回ろうよ! 夏凜ちゃんが活躍しているところ一緒に見よ」

「はいはいくっつかない。それよりまずはお昼ごはんでしょ」

 さっそく距離を詰める攻略王を引きはがし、夏凜は自分の分の弁当を取り出す。

「あれ? 夏凜お弁当持ってきたの? 珍しい」

「珍しくて悪かったわね。新学期になったし、そろそろ自炊を始めようと思ったのよ」

 ほぼ6割冷凍食品の弁当箱を見ながら風が言うと、夏凜がツン多めに言う。

「そっかー。じゃあ、これはアタシが2つ食べるかな」

「どうしたんですか風先輩、そのお弁当?」

「それがですね、友奈さん。今日のお姉ちゃんボケボケなんです」

 弁当箱を2つ出す風に首をかしげる友奈に樹が内緒話をするように言う。

「朝は4人分朝食を作ったり、お弁当も3人分作るし。おかげで朝ごはん食べ過ぎて午前中ちょっとつらかったです」

 樹の言葉にへーと友奈は相槌を返す。しっかり者の風が珍しいこともあるものだ。

「もう、ふーみん先輩。照れなくていいのに」

「へ? 照れるって何が?」

「本当はそれ、にわみんのために作ったお弁当なんでしょ? にわみんもふーみん先輩の料理はおいしいって自慢してたよ。アツアツだね、ヒューヒュー」

 園子の言葉に勇者部は首をかしげる。

「それよりにわみんはまだ部室に来ないの? 朝2年生の教室に入るのを見てサプライズのために急いで隠れたんだけど、あんまりじらされるとわたしも不安になっちゃうなー」

「あの、乃木? にわみんってなに?」

 風の言葉に、「へ?」と園子はポカンとした。

「あれじゃない? 朝あたしたちの教室に入ってきて、友奈にいきなり話しかけてきた」

「ああ。あの子。そのちゃん知り合いだったの?」

 夏凜と友奈の言葉に園子は何かおかしいことにすぐ気づいた。

「え、あの。冗談だよね? にわみんだよ。夏祭りにもみんなと一緒に行ったじゃない」

「夏祭りはここにいない東郷を含めて6人で行ったでしょ」

「お姉ちゃん、わたし、友奈さん、東郷先輩、夏凜さん、園子さん。うん、6人ですね」

 風の発言に樹が指折り数えて確認する。それに友奈と夏凜もうなずいた。

「え、にわみんだよ。みんな…」

 とそこで園子は昨日のことを思い出した。

 

「どうだったにわみん!?」

『ええ、神樹様は三ノ輪銀さんの魂を返してくれるそうです。あと供物としてささげた東郷先輩の失われた記憶も戻るって』

 その前彼は何を言っていた?

 相手は神様で自分たちより格上の存在。昔で言えば直訴みたいなこと。

 もし無礼打ちみたいになんかなってなんらかの罰が下れば――

 

「まさか」

 園子が思考に没頭していると、夏凜のスマホが着信を告げる。

「げっ、大赦から。ごめん、風、みんな。ちょっと出てくるわね」

「お役目? だったらアタシたちも」

「それはまだわからない。あんたらに手を借りるような案件だったら詳しく話すわ」

 そう言って夏凜は部室を出ていった。どうやら電話だったらしい。

「ねえ、そのちゃん。どうかしたの?」

「ゆーゆ」

 心配そうに自分をのぞき込んでいる友奈に、園子は質問する。

「ゆーゆのお家はわっしーの隣だよね。今日休んだことについて何か聞いてる?」

「え? うーん。どうだろ? 今日は一緒に来なかったからなー」

 その言葉に園子の中に疑問が芽生える。

 確か東郷や丹羽の話によれば2人は常に一緒で、丹羽いわく「ゆうみもは夫婦」と言わしめるほどの仲らしい。

 それなのに休んだ理由を知らないなんてことがあるだろうか?

 もし片方が休めばもう片方が看病するといって休むほど仲がいいと聞いている。それなのになぜ?

「ごめん。ちょっと厄介な用事ができたからあたしに来ていた案件は風か友奈にお願いしていい?」

「お役目? だったらアタシたちも」

「あんたたちが来ると逆に足手まといになりそうな内容なのよ。それにいつ予測されてるバーテックスが来るかわからないんだし、備えておきなさいよ」

 昼食の途中だが立ち上がりついて来ようとする風を夏凛が制す。

 大赦からの要請である「壁の外へ逃げた人類の仇敵を殲滅せよ」という内容は伏せておいた。

 話によれば人類の仇敵は人の姿をしているらしい。だとしたら勇者部の皆がそれを相手にするのは酷だろう。

 なにしろ勇者部の皆は優しい。下手をしたら人類の仇敵に同情し、なんとか仲良くできないかと言い出すかもしれない。

 だが、それは絶対に無理だ。なにしろ巫女が受けた神託によれば神樹様が早急に打ち滅ぼすべしと宣言されたからだ。

 よっぽどのことがない限りそれは覆らない。人類の仇敵が死体になるまで神樹様は満足なさらないだろう。

 そんな後味が悪い事を勇者部の皆にやらせるわけにはいかない。

「じゃあ、あたしは行ってくるから。みんなお願いね」

「うん。いってらっしゃい、夏凛ちゃん」

 友奈の言葉に夏凜は驚く。てっきり絶対1人で行かせないと駄々をこねられると思っていたが考えすぎたらしい。

 夏凛が部室を出ると、風は園子に向き直る。

「で、乃木。にわみんだっけ? そういう人間がうちの部活にいたって?」

「あはは、ごめんふーみん先輩。わたしの勘違いだった。夢で見た勇者部とごっちゃになっちゃってたよー」

 そう笑う園子に、風も樹もなーんだと笑顔になった。ただ、友奈だけがじっと園子を見ている。

「ねえ、そのちゃん。それって本当に夢だった?」

「うん。だって男の子なのに勇者っておかしいよね」

「そうよ。勇者は神樹様に選ばれた乙女しかなれないんだから」

「お姉ちゃん。乙女って、それ自分で言う?」

 それからは和やかな昼食が続いた。途中園子のスマホが鳴り、電話に出るためなのか園子は廊下に出ていく。

「うーん。なんというか、とらえどころのない子ね」

「でもすごいですよそのちゃん。頭いいし」

「夏凜さん、大丈夫かなぁ」

 園子への感想を言う風と友奈。一方樹は大赦の呼び出しで出ていった夏凜を心配している。

「ごめん、ゆーゆ、ふーみん先輩、いっつん! わたしも用事ができた!」

「え? ちょっと乃木?」

「そのちゃん?」

「園子さん?」

 突如廊下から戻った園子は止める間もなく弁当と荷物を持って教室を出ていき、残された勇者部3人娘は呆然とする。

「もしもし安芸先生? 訊きたいことがあるんだけど」

 スマホを取り出し移動しながら電話した園子は、自分が感じた嫌な予感が当たったことに歯噛みした。

「なんてことを…」

 すぐさま大赦に電話し、巫女が受けた神託の内容を聞き出す。最初は内容を伝えることを渋っていたが園子が緊急事態だと強く言うと折れ、詳しい内容を教えてくれた。

 どうやら丹羽を取り巻く状況は最悪らしい。四国に味方は文字通り1人もいない。

「いや、違う」

 少なくともここに1人いる。

 園子は迎えに来た車に告げ、できるだけ急いで壁の外の近くへ向かうように頼む。

(お願い、無事でいて)

 先ほど安芸に電話した時、大赦から要請があり防人隊が壁の外へ出撃したと教えてくれた。

 きっと彼は自分を守るためとはいえ防人を攻撃したりしないだろう。それにさっき大赦から連絡がきたという夏凜の様子から察するに目標は同じはず。

「わたしの…わたしのせいだ」

 車のシートの上で園子はぎゅっと膝の上に置かれたこぶしを握り締める。

 自分があの世界で見た銀のことを話したから。

 自分が銀の魂を神樹様から取り返したいと相談したから。

 もし願っていたのが自分だったら追われていたのは――。

「そんなこと、絶対にさせない」

 決意を込めて、園子はつぶやく。

 今度こそ、守って見せる。たとえ四国中の人間を敵に回すとしても。




 俺ともう1人の俺は夢見ただけだ。
 少女たちが無事に生き延び、何も失わない平和な世界。
 それが物語に(ゆが)みを生み (いびつ)さはどんどん広がっていった。
 この物語の終焉に起こる悲劇を避けられないほどに。

 次回分岐。
 1週目なら強制的にノーマルないしバッドエンド。
 2週目以降で条件を満たしていればグッドエンド。


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【ノーマルルート】新天地へ

 あらすじ
 丹羽君の存在が勇者部の皆の記憶から消されたことに気づいた東郷さんと園子。
神樹「ふんふんふ~ん♪」
天の神「なにしてんの?」
神樹「人間の書物を参考に勇者たちの記憶弄って我が活躍した記憶を植え込んでるんだ~」
天の神「どれどれ?」
 参考画像:漫画【BLE〇CH】の月島さんによる公式クソコラ
天の神「お、おう?」


 赤一色の灼熱の大地に、その衣装の色は映えていた。

 白を基調として徐々に薄い紫色へ染まっている勇者服。

 自分に向かってくる乃木園子を見て、丹羽は素直に美しいと思う。

 幼さと美しさが同居した天真爛漫な彼女にしかない美は、作中で美人と評される東郷の美しさとは別の魅力がある。

 勇者アプリのモチーフである睡蓮、あるいは蓮は彼女という人間をよく表しているなと改めて丹羽は思う。

 泥の中から美しい花を咲かせるその姿は2年間散華により身体の大半の機能を失った後遺症から回復し、元の姿に戻った再生を表現するのはぴったりだし、これ以上ないほどベストマッチだ。

 その美しい死神は丹羽に向かって一歩一歩近づいてくる。

 戦力の差は歴然としていた。こちらは精霊1体だが半死半生。恐らく勇者として変身できない。

 武器である槍も呼び出せないし、身体能力は変身前の強化版人間型星屑程度しかないのだ。

 しかも先ほどの魚座もどきの攻撃をもろに受けたせいで瀕死。一方向こうは無傷で万全。

 詰んだな。と丹羽は冷静に分析する。

 全力で逃げたとしても追いつかれて死。

 立ち向かったとしても実力差から間違いなく死。

 よっぽど地面がひっくり返るような展開でもなければここで自分はおしまいだろう。

「にわみん、ありがとう。にぼっしーと防人隊の皆を助けてくれて」

 園子の言葉に「え?」と丹羽と夏凜は顔を上げた。

「憶えているんですか、俺のこと」

「もっちろん。これでも記憶力はいい方なんよー」

 えっへんと胸を張る園子に、丹羽は安心から力が抜ける。

 友奈も夏凜も樹も、おそらく風も自分のことを忘れていた。

 だがなぜ園子だけが…と考え思い至る。

 精霊か。

 園子の中にはウタノとミトがいた。夏凜が丹羽の記憶を取り戻したきっかけのセッカも精霊だ。

 おそらく、精霊が身体の中にいる人間は丹羽の記憶を失っていないのではないか?

 神樹の丹羽明吾という勇者の記憶をなくすために行った何らかの手段を身体の中にいた精霊が防いでくれたのだろう。

 高熱を出した東郷の元に行った時セッカも言っていた。東郷の中に入って来た悪いモノを退けていたと。

 そうでないと説明がつかない。

 それに夏凜が記憶を取り戻した理由を考えると、出現した精霊と仲が良かったことが挙げられる。

 ということは仲の良かった精霊を目の前に出せば精霊の記憶と関連付けて丹羽のことを思い出す可能性があるかもしれない。

 希望が見えてきた。これなら勇者部の皆に自分のことを――。

 思い出させてどうするというのだ。お前はどうせ役目を終えたら消える人形なのに。

「にわみん?」

 泣きそうな表情で固まっている後輩に、園子は首をかしげる。

「そのっち先輩。結城先輩やみんなは、俺のことを忘れていて俺はなぜか四国を滅ぼす人類の仇敵になってるんですよね」

 丹羽の言葉に、園子は防人隊を見た。

 皆一様にどうするべきか園子の一挙一動を見守っている。まるで園子がいつ丹羽を倒すのかと期待しているかのようだ。

「心配しないでにわみん。誰が何と言おうとわたしが守ってみせる。たとえ四国中を敵に回したって」

「じゃあ、三ノ輪銀さんと東郷先輩はどうするんです?」

 丹羽の言葉に、園子は固まった。

「え?」

「それだけじゃない。ご両親やそのっち先輩の大切な人も、俺に味方すればみんな四国の敵として襲われるかもしれない」

「そんなの、わたしがなんとかしてみせるよ!」

 園子の言葉に、丹羽は首を振る。

「できませんよそんなこと。受け売りですけど、人間が守れるのは手の届く範囲の人間だけ。そんな大勢を1人で守るなんて」

「だったら、にわみんも協力してよ! 勇者部の皆の記憶を取り戻して、戦おう」

「戦うって何とです? バーテックス? 俺を忘れてる勇者部のみんなと? 大赦? それとも守るべき四国の住人全員とですか?」

「それは…」

 園子は答えられない。丹羽の言うことももっともだからだ。

 もしここで園子が丹羽の味方をすれば少なくとも大赦は敵になるだろう。

 いや、大赦だけではない。神樹様を信仰する四国の住人全てが敵に回るかもしれないのだ。

 園子1人なら先ほど宣言した通り覚悟はできていた。

 だが丹羽に改めて銀や東郷、家族も守れるのかと問いかけられ、園子は「できる!」と即答できないことに気づく。

「にわみん、それでもわたしは――」

 園子が何か言おうとした瞬間、遠くからすごい勢いでこちらに近づいてくる白い何かが見えた。

 思わず槍を構え戦闘態勢に入る園子の目に映ったのは、見覚えがある高速移動する巨大なバーテックスだ。

 あの人型のバーテックスと一緒にいた、園子と防人隊が乗ることをすすめられたこともある巨大フェルマータ・アルタ。

『乗れ! 白い勇者!』

 それに乗った子供が作ったようなデザインの仮面をした人型のバーテックスが丹羽に言う。

『ここで死ぬべきではないというと思うならこちらに来い! 命は助けてやる』

「なんであなたがここに!?」

 親友を助けてくれた恩人の突然の出現に驚愕する園子に、人型のバーテックスは言う。

『そのっち、大体事情は察してる。四国にこいつが安全でいられる居場所はない。だから俺が保護する』

「そんな! そんなことしなくてもわたしが」

『君には無理だ。キミ1人が世界を敵に戦うなんて、俺もその白い勇者も望んでいないだろう』

 人型バーテックスの言葉に園子は何も言えない。

 どうしてそこまでこちらの事情を知っているのかは疑問だが、その通りだからだ。

「それは…でも、それでもわたしは」

『さあ、来い! 白い勇者!』

 人型のバーテックスが手をこちらに伸ばす。

 それを見て丹羽は――

 

【選択してください】

➡人型のバーテックスの手を取る。(ノーマルルート)

 そのっち先輩を信じる。(2週目以降解放、グッドエンドルート)

 

 人型のバーテックスの手を取り、巨大フェルマータ・アルタに乗った。

「にわみん!」

「丹羽⁉」

 灼熱の大地に立ち呆然とする園子と夏凜を見ながら、丹羽は言う。

「大丈夫です。そのっち先輩、三好先輩。絶対にまた帰ってきますから」

『行くぞ! スピードが出るから舌をかむなよ』

 そう言い残すと巨大フェルマータ・アルタに乗った丹羽と人型のバーテックスはすごい速さで飛び去りあっという間に見えなくなった。

「そんな……にわみん」

「園子、あいつが前言っていた人型のバーテックスなの? 丹羽は安全なの?」

 膝をつく園子に撃たれた足を引きずりながら近づいた夏凜が問いかける。

「下がりなさい、三好夏凛」

 だがその質問に答える前に防人隊が2人の勇者を包囲していた。

「園子様、お手を」

「ごめん。大丈夫だよ」

 芽吹が差し出した手を取ることなく立ち上がった園子は、自分を囲む32人の防人隊を見る。

 その瞳にあるのは猜疑、あるいは不信。

「とりあえずゴールドタワーに戻りましょう。三好夏凛、あなたもよ」

 夕海子としずくが足を怪我している夏凜に肩を貸す。

「離して弥勒! あたしはあいつを」

「夏凛ちゃん、発言にはお気をつけになって」

 本人は意図していないだろうがいつもふざけたことを言ったりやったりしている夕海子がいつになく真剣に言う。

「貴女がかばったあの男は、人類の仇敵と大赦に認定されているのですわ。今は知っているのがわたくしたちだけですが、誰かに知られたら」

「芽吹でもかばいきれないと思う」

 その言葉にはっとする。

 そうか、楠芽吹が直接大赦に向かうのではなくゴールドタワーへ向かうと言ったのにはそういう理由もあるのか。

「ごめん」

 夏凜が知る限り楠芽吹はマジメを擬人化したような少女だ。大赦の命令に逆らいこんな犯罪者をかばうようなこと、不本意に違いない。

「謝るのは後。まずは安全な四国に…いえ、ゴールドタワーに戻りましょう」

 芽吹は防人隊の中心に園子と夏凜を囲むような陣形となり、本拠地であるゴルドタワーを目指す。

 言葉は場合によっては大赦…いや四国の人間すべてを自分たちは敵に回すかもしれないという意味をはらんでいることを、園子と夏凜、そして防人隊全員が承知していた。

 

 

 

 フェルマータ・アルタに乗った丹羽は脱力する。

 なんてタイミングで来たのか。いや、来てくれたのか。

 あのまま四国へ戻っても大赦に捕らえられるのは時間の問題だっただろう。

 園子の手を取って防人隊の本拠地であるゴールドタワーに立てこもっても彼女たちに迷惑をかけるだけだし、丹羽をかくまっていたことがばれたらただでは済まなかったはずだ。

 つまりこれ以上ないタイミングで救援に来てくれた。

 それはいい。丹羽明吾という個体に関しては九死に一生の天の助けだ。

 だが、人型のバーテックスとしてはどうなのか?

 もしこの出来事がきっかけでせっかく築き上げることができた乃木園子との信頼関係を壊す事態になったら?

 さらに言えば四国で何が起こっているかわからなくなったのだ。これはかなりの痛手だろう。

 自分がもっとしっかり考えていれば、ちゃんと立ち回れていれば。丹羽の心にそんな後悔が鉛のように重く胸の内に沈んでいく。

「すまん」

『え? 何か言ったか?』

 謝罪の言葉に、しかし人型のバーテックスは聞こえなかったのか訊き返す。

「俺が失敗したせいで、こんなことに」

『失敗? 馬鹿言うなよ。上出来じゃないか!』

 声に顔を上げると、人型のバーテックスが親指を上げてこちらに向けていた。

 顔は仮面をかぶって見えないし、見えたとしても星屑なので表情はわからないが、多分笑顔なのだろうとなんとなく察する。

『勇者部全員満開せず総力戦を乗り切って、東郷さんとそのっちの散華を治した。しかもそのっちにいたっては2学期から学校に通えるとか快挙じゃねーの!』

「でも、銀ちゃんは」

『銀ちゃんの中にはあの精霊…えっとスミちゃんだっけ。それが今入ってるんだろ? 神樹と交渉以外の方法で治る可能性もあるだろうが』

 その言葉に思わずハッとする。そうか、神樹が三ノ輪銀の魂を捕らえているという園子の情報から三ノ輪銀を治すには神樹と交渉するしかないと思っていた。

 こいつの言う通り、別の方法からのアプローチで治る見込みだってあるのだ。

『そろそろ見えてくるぞ。俺が作った人間が住める新世界が』

 人型のバーテックスの言葉に丹羽はフェルマータ・アルタから前方を覗き込む。

「あっ」

 そこに広がっている光景に思わず丹羽は驚きの声を上げた。

 青い瀬戸内の海がそこにあった。

 マグマが沸き、灼熱の炎が噴き出す大地から切り取られたようにある部分を境に青い海が広がっている。

 天を仰ぐと境目の上にはひし形のバーテックスが浮かんでいる。あれが灼熱の大地から守る結界のような役割をしているのだろうか?

 境界線を越えると、潮の匂いがした。波もあり、完全に四国の海と変わらない。

「これ、本当に海なのか?」

『正確には海に似せたものだな。まだプランクトンしかいない』

 驚く丹羽に、人型のバーテックスが言う。

 フェルマータ・アルタが結界内に入ってどれくらい経っただろうか。陸地が見えるまで少なくとも10分は経ったと思う。

 波が打ち寄せる砂浜。フェルマータ・アルタから降りた丹羽は勇者服の靴を脱ぎ、砂浜の上に立ってみる。

 四国の砂と同じ、あの時勇者部のみんなと遊んだ海で感じた砂だ。その感触に思わず感動を覚える。

 これが本当に2か月ほど前まで炎が吹き出しマグマの海が広がっていた壁の外の世界なのか? とても信じられない。

 特に海の広さだ。最速のバーテックスであるフェルマータ・アルタが10分以上かかるほどの距離まで海が広がっているという事実は驚愕しかない。

 こいつ、本当にやりやがった。

 四国以外に人間が住める土地を作ると言った時は何を馬鹿なことをと思ったが、この光景を見せられては何も言えない。

「すごいな…。俺は本当に10年…いや、100年はかかるもんだとばかり」

『驚くのは早いぞ、俺。陸に上がってみな』

 人型のバーテックスの声に明らかに人工物とわかる堤防を登ってみると、音に驚いた何かが逃げていくのが分かった。

「フナムシ⁉ 本物か?」

『いや、バーテックスだ。まあ、限りなく本物に近い自信はあるがな』

 海が汚くなり田舎じゃないと見なくなった海の掃除屋。一部からはゴ〇ブリに似ているため嫌われている存在に丹羽が驚くと、人型のバーテックスが得意げに言う。

『まあ、それもだがもっと大きなものを見てみろ。景色とかさ』

 その言葉にさらに堤防を登り、頂上までくると目に入って来た光景に呆然とする。

 山があった。

 それもただの山ではない。

 青々とした緑の色や鮮やかに色づいた赤、黄色などが混じった四国で見るのとほとんど変わらない山だ。

『どうだ。ちょっとしたもんだろ』

 感動から言葉も出ない丹羽に、人型のバーテックスが言う。

『デブリからの植物の種とかまだ生きてる樹を持ってきて植えたり、いろいろやったからな。土づくりは結構大変だった。中国地方はどこからでも山が見える場所らしいから張り切っちゃったぜ』

「すごい…すごいぞ俺! こんなの、本当にすごい!」

『驚くのはまだ早いっての。ついてこい』

 得意げなもう1人の自分に丹羽は喜んでついていく。

 先ほどまで沈んでいた気持ちは、目の前に広がる自然の衝撃に追い出されてしまった。

 

 

 それから丹羽は人型のバーテックスに様々な場所に連れていかれた。

 森林公園、太田川という県内を流れる大きな川、牧草地、田んぼや畑。

 そこで暮らしていたのは丹羽のような強化版ではない人間型星屑たちだった。壁の外では5分と持たず消滅する人間並みの耐久力である存在も、このテラフォーミングされた場所では充分生存できるらしい。

「なあ、俺。1つ聞きたいんだが」

『なんだ。俺?』

 畑や田んぼで農作業をしている人間型星屑たちを見て、丹羽は言う。

「どうしてここにいるのはみんな女の子だけなんだ?」

 そう、人間型星屑たちは全員女性型で、男性型の姿は一切なかったのだ。

 畑仕事や農作業は力仕事だ。男性型がいた方がはかどると思うのだが。

『そんなの、女の子の百合イチャが見たいからに決まってるじゃないか!』

 力説する人型のバーテックスに、「あ、そう」と丹羽は返す。わかりきっていた答えだからだ。

 というか、勇者部の皆が尊いモードの自分を注意するのはこんな気持ちなのかと丹羽は「人の振り見て我が振り直せ」ということわざを実感する。

『まあ、それは冗談として…お前俺に男型作れってことは下半身のジョイスティックを作れって言ってるのと同じだぞ。そんなのめんどくさいじゃん」

 あ、そういう理由もあったのか。

 丹羽が1人納得していると、人型のバーテックスは地面に座り、隣を叩く。座れということだろう。

『どうだ。いいところだろう』

 その言葉に丹羽もうなずく。

 これなら四国の人が移り住んでも大丈夫だろう。

 畑にまかれた種はデブリから拝借したもので、大豆や小麦の他にコマツナやハツカダイコン、ホウレンソウなんかがあるらしい。

『それもこれもこいつらのおかげだけどな』

 人型のバーテックスがそう言うと、人型のバーテックスの周囲に精霊が現れた。

 100、いやその倍はいるだろう。数えきれないほど多い精霊の中にはゆるキャラのような見た目ではない人型に近い存在もいる。

 その中から数体の精霊に近くに来るように人型のバーテックスは手招きした。

『この子がオイナリ、見ての通り狐の精霊。で、こっちがウケモチ、オオゲツヒメ、ウカノミタマ』

 それぞれ日本の有名な豊穣神の名を持つ精霊だ。お稲荷様は五穀豊穣をつかさどる神でもあるのでその使いである狐にもその効力があるのだろう。

「うかさま?」

『そう、うか様だ。乙女ゲーム大好きのいなりこんこんで恋いろはな』

 丹羽と人型のバーテックスはガシッと無言で握手をした。

「いなりちゃんとの百合は最高だったな!」

『ああ、兄貴が百合の間に挟まる男だったが、元々ヘテロ作品だったからな。それに俺はトウウカはおねショタとしてみれば全然イける』

「原作の京子ちゃんと黒染さんもいいぞ!」

『ああいう友情と愛情が一方通行な百合もお兄さん大好物!』

 話が合う。さすが自分と丹羽は思う。

『この子たちが頑張ってくれてるおかげで作物もすくすく育ってる。たまにこの土地で眠っていた精霊…いや、神霊なのかな。そういうのが出てきて土地の再生にも協力してくれるんだ』

 人型のバーテックスの言葉に丹羽は驚く。

「四国以外にもそういう神様とか、精霊がいるのか?」

『いることはいる。ただ、休眠状態になっているだけだ。灼熱の大地からこんな風に生物が住める環境になってくると自然に出てきたりする。中国地方のテラフォーミングから始めたのだって、近くに出雲があるからだしな』

 なるほど。そういうことだったのか。 

 てっきり香川から1番近いからだと思っていたが、こいつはこいつなりに考えていたらしい。

『まあ、香川から1番近いっていうのもあるんだけどな』

「お前、一瞬尊敬した俺の純情を返せよ」

 丹羽が言うと『すまんすまん』と人型のバーテックスは笑う。

『だが、どんなに自然が元に戻ったってそこに生きる生物はいない。いるのは生物の形をしたバーテックスだけだ』

 そう。丹羽が確認しただけでも鹿や鳥、カエルにいたるまで生物はすべてバーテックスだった。

『新しい生命を生み出すのって難しいな。そりゃ時間がかかるわけだ』

「焦る必要はないって。作物ができるってだけでもすごいと思うぞ」

 目の前の光景に丹羽は純粋に賛辞を贈る。

 ここがほんの2か月前まで灼熱の大地だったなんて信じられない。よほど苦労したはずだ。

 それに比べて自分はどうだ。人型のバーテックスから頼まれた勇者の皆を守るという役目を放り出し、ここにいる。

「情けねぇ…」

『情けなくなんてないぜ、俺』

 呟いた丹羽の言葉に、人型のバーテックスは返す。

『お前は俺でさえできなかったことを楽々やっちまったんだ。すげぇとしか言えねえよ』

「なんだよそれ。俺はそんなことなんて」

『そのっちの散華した身体を治しただろ。それに勇者の皆と協力して、7つの御霊を持つ水瓶座を倒した』

 手放しでほめてくれるもう1人の自分に、丹羽の顔が曇る。

「お前がいれば、もっと簡単に倒せた」

『そうじゃない。お前がいたから誰も満開せずに総力戦を乗り切れた』

「運が良かっただけだ。俺は、肝心な時に役目を果たせなくて…三好先輩も、そのっち先輩も、悲しませた。あんな顔をさせるために、頑張ってきたわけじゃないのに」

 膝を抱え涙を流す丹羽に、人型のバーテックスは優しく頭をなでる。

『楽しかったか? 四国での日々は』

「ああ。本来の目的を忘れるくらい…いや、俺がバーテックスであることを忘れるくらいに。俺はお前の代わりに四国で勇者の皆を助けるために作られた道具なのに、馬鹿みたいだ」

『道具? 違うな。お前は勇者の丹羽明吾だ』

 人型のバーテックスの言葉に、丹羽は思わず見返す。

「え?」

『少なくとも、勇者部の皆はそう思ってるはずだ。みんなにそう期待されてるなら、それを演じ続けてみせろ』

 人型のバーテックスは立ち上がり、座る丹羽を見る。

『最後まで人間の勇者として勇者部の皆と一緒に戦え。その後のことは、それから考えよう』

「でも、俺はバーテックスで、お前が作った道具で」

『誰がお前を道具なんて言った。俺は勇者を守って支えてくれる存在としてお前を生み出した。そしてお前は自分で考え、行動する意思を持った』

 人型のバーテックスは丹羽に向けて手を差し出した。

『だったら、それはもう道具なんかじゃない。お前自身だ。そして彼女たちがお前を人間の勇者として望んでいるなら最後の瞬間までそれに応えてみせろ』

 丹羽は人型バーテックスの手を取り立ち上がる。

『お前は丹羽明吾。讃州中学1年。犬吠埼樹ちゃんと同じクラスで勇者部唯一の男子部員。そしてイレギュラーな勇者だ』

「いいのか、それで? 俺は銀ちゃんの魂を取り返すのに失敗した欠陥品だぞ?」

『人間なら失敗するのは当たり前だぞ? そして失敗から学べるのも人間だけだ』

 その言葉に、丹羽明吾の瞳から自然と涙が流れる。

『お前は間違いなく、人間だよ。身体がバーテックスなだけで、魂はもう人間だ』

 人型のバーテックスは手を取った方の腕とは反対側の手で丹羽の頭に手を置く。

『背、高くなったな。成長してくれてお兄さんは嬉しいぞ』

「なんだよそれ」

『なあ、丹羽明吾。お前はバーテックスは人間じゃないと思っているかもしれないが、それは違う。人を愛する心があるなら、身体がバーテックスであるのはただの個性だ』

 きっと、弟がいたらこんな感じなのかもしれないと人型のバーテックスは思う。

『だから、その個性でしかできないことで大切だと想う人を助けろ。それは俺にはできなくて、お前にしかできないことだ。そのためなら俺は協力を惜しまない』

 人型のバーテックスの言葉に、丹羽は考える。

 勇者部の皆のこと。バーテックスである自分のこと。そしてこの物語の結末のこと。

「頼みがある。俺…いや、なんて呼べばいい?」

『今まで通り「俺」でいいさ。で、何がお望みだ? 勇者を守る勇者、丹羽明吾』

 丹羽は告げる。自分の望みを。願いを。

 それに人型のバーテックスはうなずき、彼の望むものを与えるのだった。

 

 

 

 人形は夢見ただけだった 誰もが幸せな世界を。

 彼女たちと交わした言葉、触れ合いがなかったはずの「こころ」ができる引き金だった。

 それが感情を作り 想いはとめどなく広がり大きくなっていった。

 この身が犠牲になっても その決意を抱かせるほどに。




【現在四国の外のテラフォーミングの進行具合について】
 中国地方のテラフォーミングは人型のバーテックスの手により順調に進み、現在は隣県の岡山と山口にも手が伸びています。
 四国が神樹様に愛され守られた大地なら中国地方は精霊が住む人外の(百合を楽しむ)楽園といった感じですね。
 空は青くこそないですが、人類に有害な強力な紫外線や熱光線はリブラとアクエリアスの能力で作った結界で守られていて、気温も比較的温暖で住みやすい状態が保たれています。
 作中でも触れましたが丹羽が四国に入る前までの2年間でデブリから拝借した植物の種や樹なども植えられ、見た目的には自然が多い田舎といった感じです。
 文明レベルは弥生時代。農耕や畑づくりが主。ちなみにトラクター型バーテックスなどの作業用バーテックスも人型のバーテックスが作れたりするので収穫や種まきは結構楽。
 さらに農耕神というか、作物がすくすく育つように力を貸してくれる精霊もいるので充分すぎるほどの量がこの秋収穫できる予定。ただ、この場所にいるのは全員バーテックスなので食事の必要がなくどう処理するかが問題。
 今は生活基盤が村レベルだがいずれは地下排水路が張り巡らされた都市を作り、江戸時代レベルまで文明を引き上げるのが目標。



人型のバーテックス『みんな、俺が主人公ってこと忘れられてないかな?』
丹羽「俺も俺なんだからどっちにしろ同じなのでは?」
人型のバーテックス『お前もう自我持ってるし、丹羽明吾って名前もあるだろ」
丹羽「じゃあ名前決めようぜ。人型の~って長いんだよ」
人型のバーテックス『そうだなぁ。まあ、今まで呼ぶ人間がいないから不便なかったけどそろそろつけていいか』
丹羽「星屑(人)、スターダストマン、白ほっしー、白ソラ〇ラちゃん、エヴ〇量産機、攻撃力2500」
人型のバーテックス『待て待て、なんだそのふざけた候補は!』
丹羽「え、俺の呼び名の候補だけど」
人型のバーテックス『そういえばこいつ俺だった。ネーミングセンス一緒だ!?』


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【ノーマルルート】亀裂

 あらすじ
 四国全国指名手配された丹羽君、人型のバーテックスにより新天地へ高飛び。
 そこはのんのんなびよりがおくれそうな自然あふれる場所だった。
(+皿+)『お前は俺がただ人間型星屑を作ったと思っているようだが、それは違うぞ』
丹羽「え? 何か違うのか?」
(+皿+)『あのお団子頭の子には赤座あかりちゃんの記憶がインストールされている』
丹羽「は?」
(+皿+)『そして横のツインテの子は吉川ちなつ。ちょっと離れた位置にいる髪の長いのは歳納京子。その隣のポニーテールの子は杉浦綾乃。短髪の子は船見結衣。それを見つめて鼻血を出しているのは池田千歳の記憶がインストールされている』
丹羽「ここはゆるゆり村ってことか!? じゃああそこでイチャイチャしてるのは」
(+皿+)『ひまさく、さくひま。両方いける素晴らしいカプだとは思わんかね?』
丹羽「さっすが、俺! わかってるぅー」ハイタッチ
(+皿+)『イエーイ!』ハイタッチ


 スマホから園子に電話をかけたが相手は電源を落としているようだ。風はため息をつきスマホ画面をタップする。

「ダメね。乃木は電源を落としてる。夏凜の方は?」

「こっちもダメです。出てくれません」

 同じように夏凛に電話をかけていた友奈が首を振った。

「ラインは既読がつかないし、返信もありません」

「どうしたのかしら。ひょっとして夏凜ちゃんとそのっちになにか」

 勇者部専用のラインアプリにメッセージでどこにいるのか、無事なのか問いかけた樹だったが、返信のメッセージは送られてこない。それに東郷が心配そうにしている。

 2人ともスマホの電源を落としているようで、勇者アプリで位置を確認しようにも居場所がわからないのだ。

「こうなったら大赦に直接訊くわよ。勇者2人が行方不明なんて、異常事態なんだから動いてもらわないと」

 風が連絡すると、大赦も園子と夏凜の居場所はわからないということだった。

 ただ重要な話があると迎えをよこしてくれるらしい。

「とりあえず大赦まで行きましょう。大赦が昨日夏凛に何を命令したのか気になるし、もしアタシたちに黙ってひどいことしてたなら」

「その時はみんなで2人を取り戻しましょう」

 風の言葉に東郷が決意を込めて言い、友奈と樹がうなずく。

 やがて風のスマホに迎えが来たという通知が入り、4人は学校の裏口に止められた大赦の車へと向かった。

「犬吠埼風様と樹様はこちらへ」

「東郷美森様と結城友奈様はこちらへ」

 車が2台あることに風と東郷、樹は困惑する。てっきり1台だけだと思っていたのに。

「え、1台に2人ずつ? ちょっと豪華すぎない?」

「しかもこれ、お金持ちが乗るような長くてすごい車ですよ」

「東郷さん、早く早く」

 腰が引けている風と樹を置いて、友奈は早くも車に乗り込んでいた。

「待って友奈ちゃん。私も今行くわ」

「お姉ちゃん。わたしたちも」

「そうね。じゃあ、お願いします」

 友奈に続き東郷も車に乗り、風は樹と共に黒塗りの高級車に乗る。

 座席がフカフカで、中はかなり広い。運転手によれば備え付けの冷蔵庫に飲み物もあるので好きに飲んでいいらしい。

 居心地が良すぎる環境に犬吠埼姉妹は逆に落ち着かない。思わずキョロキョロしていると、備え付けのテレビの画面に映像が映った。

『犬吠埼風様、樹様。このような場所で恐縮ですが至急お伝えしたいことがあります』

 それは以前大赦で会った大赦の最高責任者だった。

『結城友奈様にはすでにお伝えしたのですが、勇者様の記憶は改ざんされています』

「え!?」

「どういうことですか」

 突然告げられた内容に、風と樹は驚愕する。

『昨日、東郷美森様が高熱を出してお休みになりました。憶えておいでですか?』

 大赦の最高責任者の言葉に、2人はうなずく。

『あれはバーテックス…いえ、神樹様を襲う人類の仇敵の仕業によるものだと我々は考えております』

 その言葉に風と樹は首をひねる。

 人類の仇敵とはなんだ。バーテックスとは違うのか?

『順番にお話します。昨日巫女たちが皆同じ神託を受けました。神樹様に仇なし、四国の平和を脅かすものが現れたと。その人類の仇敵は人の姿をし自らを勇者と名乗っていると』

 大赦にいる巫女全員が一様に同じ神託を受けたとなると信用性はかなり高いだろう。

『神樹様は人類の仇敵の名を告げられました。丹羽明吾と』

「丹羽明吾って」

「お姉ちゃん」

 東郷が言っていた名前だ。ずいぶんと必死に自分たちが彼のことを忘れていると訴えていた。

『その様子だとやはり…東郷美森様は洗脳を受けたのですね』

「洗脳って、どういうことですか!」

 画面の中の大赦の最高責任者に向け風は尋ねる。

『昨日東郷家から美森様が高熱を出したと聞いた時、我々は病院で徹底的に検査をしました。しかし身体に何も影響はなく、健康そのものでした』

 それは丹羽が東郷の中にナツメという精霊を入れて神樹の怒りを身体から追い出したためなのだが、ここにいる人間は誰もそのことを知らない。

『そこで我々は推測したのです。この出来事は人類の仇敵による精神攻撃であり、勇者である東郷美森様は神樹様の加護によりそれに抗い高熱を出したのではないかと』

 いや、そうはならんやろ。とこの場に丹羽がいれば言っただろう。

 すごい想像力だったが、言っているのが大赦の偉い人なので犬吠埼姉妹は真剣にうなずく。

『人類の仇敵は神託により隠れていたところを我々が追い詰めましたが壁の外へ逃げられてしまい、やむなく防人隊と三好夏凛様に壁の外へ逃げた人類の仇敵の殲滅をお願いしました』

「それって昨日夏凛さんの出た電話の」

「アイツ、なんでアタシたちにそのことを言わなかったのよ!」

 連絡の取れない勇者部部員に、風は怒る。

 悩んだら相談! それが勇者部5箇条じゃなかったのか。

『おそらく皆様を巻き込みたくないと思ったのでしょう。優しい方です。ですが、それが今回は裏目に出ました』

「それってどういう」

 樹の疑問に、大赦の最高責任者は神妙な顔をする。

『人類の仇敵と遭遇した防人隊と三好夏凛様と連絡が取れません』

 その言葉に「え?」と犬吠埼姉妹はそろって声を上げる。

『同じように乃木園子様とも。おそらく人類の仇敵に洗脳され、四国を滅ぼす手先にされたのかもしれません』

「洗脳って、何を根拠にそんな」

 荒唐無稽な話に、風が言う。

 夏凜が後れを取るとは思えないが、洗脳されるなんてありえない。それなら返り討ちにあったと言われた方が納得できる。

『実は、大赦にも洗脳された者がいるのです』

 その言葉に犬吠埼姉妹は驚く。

『丹羽明吾は勇者だ。なぜお役目をはたしている勇者を人類の敵扱いするのかと。そう言う人間が大赦職員の中に何人かいたのです。その人間を詳しく調べてみると、とんでもないことがわかりました』

 大赦の最高責任者は、黒い下地に人間の頭蓋骨や脳が映っている写真を見せた。

『この、白いモノがわかりますか?』

「え、なんですかコレ?」

「気持ち悪いよぉ」

『寄生虫です。おそらく、これが人類の仇敵の能力』

 重々しく言う大赦の最高責任者に、ごくりと犬吠埼姉妹は固い唾を飲む。

『おそらくこの寄生虫を通して【丹羽明吾は勇者である】という情報を寄生した相手に送っているのでしょう。そして本人の知らぬ間に洗脳し、共に戦う仲間として丹羽明吾に洗脳されてしまう』

「じゃあ、園子と東郷は」

『洗脳されていると考えて間違いないでしょう。ですが、犬吠埼風様と樹様は丹羽明吾という存在をご存じないのですよね?』

 大赦の最高責任者の言葉に、2人はうなずく。

『でしたら人類の仇敵が現れた時、東郷美森様を止めてほしいのです。もし人類の仇敵と共に神樹様に害をなそうとする前に』

「それは、アタシたちが東郷を説得するんじゃダメなんですか?」

 風の提案に、大赦の最高責任者は首を振る。

『洗脳された者たちは、どれだけこちらが説得しても聞く耳を持ちませんでした。おそらくは』

 たしかに東郷も同じような症状だ。まるで自分が正しくて、風たちが忘れているのがおかしいというような。

『もしできないのであれば、わたくしたちが東郷美森様のスマホをお預かりします。巨大バーテックス相手に3人で当たるというのは大変危険かと思いますが、敵になるかもしれない人間と一緒に戦うよりは』

「いえ、それには及びません。勇者部部長として部員の暴走は止めて見せます」

 風の言葉に大赦の最高責任者はほっとした様子だった。

『負担をかける様で申し訳ありません。我々としても勇者様を拘束するなど罰当たりなことはしたくありませんので』

「教えてくださってありがとうございます。…あれ? だったらこの車はどこへ?」

 てっきり大赦へ向かうのだと思っていたが、今の話だとむしろ大赦へ向かうのは危険なように思う。

『ゴールドタワーです。防人隊の本拠地。行方不明の乃木園子様と三好夏凛様がいるとすれば、まず間違いなくここではないかと』

「そこに行ってアタシたちに何をしろと?」

『防人隊32名の安否確認。それと勇者である乃木園子様と三好夏凛様がそこにいるかどうか。可能ならば洗脳されているかどうかの確認も』

「もし、洗脳されていたらどうすれば?」

 樹の質問に、大赦の最高責任者は言う。

『決して丹羽明吾という存在など知らないと否定しないでください。もし意見の食い違いにより逆上して勇者同士で戦うようなことがあれば人類の仇敵の思うつぼです。丹羽明吾が現れるまでは、いつも通りで』

「もし、丹羽明吾っていう人類の仇敵がそこにいたら?」

『その時は滅ぼしてください。騙し討ちでもなんでも。神樹様は早急に打ち滅ぼすべしと神託でおっしゃいました。存在するだけで危険なのです』

 その言葉に風は重い息を吐く。

 とんでもないことになった。勇者部の人間同士で戦うことになるかもしれないなんて。

 少なくとも東郷はすでに洗脳されている。昨日の様子を見るに園子もだ。夏凜もどうなっているかわからない。

 場合によっては勇者同士での殺し合いになるかもしれないと考え、人類の仇敵の悪辣さに吐き気がする。

 洗脳して騙し、仲間同士で戦わせようなんて…最悪の敵。

「丹羽明吾…アタシたちが倒すべき人類の仇敵」

 これならバーテックスを相手にした方がまだマシだ。人間の姿をしているというのも油断させるためだろう。

 もしこの事実を知らなかったら、友奈と樹は間違いなく騙されていた。ここは年長者の自分がしっかりしなければ。

 犬吠埼風は決意する。そんな最悪の敵は自分が倒そうと。

 大赦の人間の言葉が間違っているなど少しも疑わなかった。

 

 

 

「にぼっしー。にわみんのことはしばらく忘れたふりをしてほしいんだ」

「なんですって!?」

 時間はさかのぼり9月1日。

 ゴールドタワーの医務室で足の治療を受けていた夏凛は、とても承服しかねる園子の言葉に思わず身を起こしかけて痛みに顔を引きつらせる。

「痛ぅ~っ」

「無理しないの三好夏凛。園子様、それはいったいどういうことでしょう」

 園子と共に夏凜の治療に立ち会っていた楠芽吹が言う。

 本人は夏凜と園子の監視と言っていたが、実際は自分が撃ってしまった夏凛の足の怪我の具合が心配だったのだ。

「にわみんも言っていたけど、今にわみんは四国にいる人間全員の敵なんだ。大赦も、神樹様も。ひょっとしたら勇者部の皆とも」

「だったら、あたしたちで勇者部みんなの記憶を取り戻せば」

「にぼっしー。わたしがにわみんのこと話した時、どう思った? 少しでも信じられた?」

 園子の言葉に夏凜はぐうの音も出ない。

 おそらく自分以外の勇者部メンバーもそうだろう。園子の話をただの妄言だと思ったはずだ。

「じゃあ、丹羽はどうなるのよ」

「あの人型さんが保護してくれると思う。多分、四国にいるよりずっと安全な場所に連れて行ってくれたはずだよ」

 その言葉に芽吹は首をかしげる。

 たしか園子と人型のバーテックスは仇敵というべき間柄だったはずだ。一体どういう心境の変化だろう。

 それに、人類の仇敵とされる丹羽明吾についても不明な点があった。

 なぜ銃を向けた敵である自分をその身を犠牲にしてでも助けたのか。

 なぜバーテックスが襲ってきた時にこれ幸いと逃げなかったのか。

 どんなに考えても納得いく答えは出ない。

「園子様、三好夏凛。1つ聞いてもよろしいですか?」

 芽吹の言葉に、2人がこちらを見る。

「丹羽明吾とは何者なんです? どうして2人は人類の仇敵をかばうのですか?」

 その言葉に、2人は笑顔で答える。

「同じ志を持つ魂でつながったソウルメイトだからだぜー。助ける理由なんてそれで充分」

「百合イチャ好きの変態でどうしようもない奴だけど、後輩だしね。樹を守るついでに守ってやってるのよ」

 ますますわからない。混乱する芽吹に、2人は言う。

「メブーも話してみたらわかると思うよー」

「いやいや、あいつ擬態が得意だから話すだけじゃわからないでしょ。そうね、楠芽吹は1回助けられたからその理由について訊いたら、あいつの馬鹿さ加減がわかると思うわ」

 夏凜は悪口を言っていたが、決して嫌っていないのは言葉の端々から感じられた。

「さて、これからどうしようか。にぼっしー、メブー」

「先ほどから気になっていたのですが、メブーとは私のことですか園子様」

 芽吹が尋ねるとすごくいい笑顔でうん! とうなずかれた。

 かなりフレンドリーだ。三好夏凛のこともにぼっしーと呼んでいたし、これが本来の彼女なのかもしれない。

「防人隊としては人類の仇敵をみすみす目の前で逃がしたわたしたち2人を大赦に突き出すかな?」

「ご冗談を。園子様にそんなことはできません」

 乃木園子は防人隊直属の上司であり、自分たちをここまで引き上げてくれた恩人だ。そんな恩を仇で返すようなことはできない。

「メブーは固いなぁ。様付けなしでいいのに」

「そういうわけには…下の者に示しがつきませんので」

「本当、そういうところは昔からクソマジメよねあんた」

 昔のことを揶揄する夏凛に芽吹はきっとにらみつける。

「貴女はいつも後先考えずに行動するわね三好夏凛」

「なんですって!」

「まあまあ、2人とも。ステイステイ」

 ヒートアップしそうな2人に、園子が間に入りとりなす。

「わたしとしてはにぼっしーとメブーたち防人隊たちが丹羽明を追い詰めたけど魚座もどきの襲撃を受けて戦っている間に見失ったっていうシナリオにしようと思うんだけど」

 園子の提案に、2人は考え込む。

「まあ、妥当ですね。そうなると園子様がなぜあの場にいたのかという話になりますが」

「うーん。わたしはもう勇者部のみんなと大赦にはマークされてると思うんよー。大赦に電話して無理やり神託のことを聞き出した時から覚悟はしてたけど」

「だったらこれから園子はどうするの? 讃州中学には帰らないつもり?」

 夏凛の言葉に園子は考え込んでいる。

 このままゴールドタワーに籠城すれば防人隊の子たちが自分を守ってくれるだろう。

 だが家族や東郷、銀を人質に取られる可能性がある。となるとここにいるのは得策ではない。

 できることなら自分が無害だと相手に信じさせ、いざというときは反撃できる位置にいるべきだ。

 そうなると――

「大赦に、投降するかなぁ」

「「なっ!?」」

 園子の発言に夏凜と芽吹は驚く。

「誤解しないで。戦闘放棄するわけではないよ」

 その言葉に、2人はほっとする。

「ただ、人類の仇敵であるにわみんと通じているかもしれない勇者であるわたしを、大赦は最大の警戒で対処すると思うんだ。だから逆に懐に入って安心させる。人質をとられないためっていうのもあるけど」

「それは…もしかして我々のことを考えて」

 芽吹の言葉に、園子はあはは~と笑う。肯定はしないが否定もしなかった。

 それに個人的に神樹様にはお礼参りもしたいし、という内心は語らないでおく。

「だから、にぼっしーにお願いしたいんだ。他のみんながにわみんのことを憶えているかそれとなく探ってみて。そしてもし次のバーテックスとの戦いでにわみんがやってきたら、守ってあげて」

「そんなの当然でしょ。あたしはあいつに受けた恩をまだ返しきれてないし、セッカのことも」

 言っていて思い出したのか、夏凜は右手を見る。

 この手で握った刀で斬ってしまった、自分を見つめ直す機会を与えてくれた精霊のことを想う。

「セッカが無事な姿を見せるまで絶対に守ってみせるわよ。あいつのことを」

「にぼっしー。うん、そうだね」

 決意する夏凛の胸元に、園子は自分の拳を軽く打ち付ける。

「頼んだよ完成型勇者さん。わたしのかわりに…ううん。わたしの分までにわみんを助けてあげて」

「ええ、任せなさい。今まで四国を一緒に守って来たあいつを、人類の仇敵として死なせたりしないわ」

 1つ年下の後輩を想い2人の勇者は誓う。

 その姿に勇者ではない芽吹は黙って部屋から出ていくのだった。

 

 

 

 時は戻って9月2日。

 ゴールドタワーの前に停車した2台の車を大赦の仮面をつけた安芸が出迎えた。

「ここにどのような御用でしょうか、勇者様」

「夏凜と乃木がここにいるんでしょう! うちの部員を返してもらうわよ」

「ちょっとお姉ちゃん、落ち着いて」

 噛みつかんばかりに詰め寄る風に、樹がストップをかける。

「三好夏凛様は昨日人類の仇敵追跡中に襲われた魚座もどきの治療のため昨日はここに泊まりました。連絡を入れたつもりが行き違いがあったようで。乃木園子様は」

「やっほーみんな!」

 話していると件の乃木園子が元気いっぱいの笑顔でゴールドタワーから出てきた。

「乃木⁉ アンタ無事なの?」

「うん。無事だよー? どうしてそんなに心配してるの?」

「だって、アンタ」

「ねえ、そのっち! そのっちは丹羽君のことを憶えているんでしょう。みんなに話して」

 風が何か言おうとしたのを遮り、必死な顔で東郷が親友に食いつく。

 その言葉に園子は一瞬驚いた顔をするが、すぐにまた元の表情に戻る。

「あはは、やだなーわっしー。にわみんはわたしが夢に見た男の子で、そんな人いないんだよ」

「そんな」

 崩れ落ちる東郷を抱き留め、園子は耳元で囁く。

「わっしー、にわみんを悪者にしたのは神樹様だよ。そしてミノさんの魂を肉体に返さないのも」

 思わず訊き返そうとした東郷の口に指を当て、しーっと反対の手で自分の口にも指をあてる。

「だからわたしも丹羽明吾君なんて知らない。って言っても信じてくれないよね」

 そう言って園子はスマホを取り出し画面をタップした。

 蓮の花びらが舞い、光に包まれる。

 そこには白を基調とした勇者服に変身した園子が、残念そうな顔でほほ笑んでいた。

「え?」

 園子の言葉に東郷は振り返り、ぞっとする。

 友奈が、風が、樹が。勇者部の仲間たちが園子を怖い顔で見ていた。

 まるでバーテックスを相手にする時のように敵意に満ちた目で。

「乃木、アタシたちと戦うつもり?」

 スマホを取り出し、いつでも変身して戦う準備ができている風。

「園子さん。園子さんはそのにわみんごっていう人類の仇敵に騙されているんです」

 同じく樹もスマホを取り出し臨戦態勢だ。

「そのちゃん。できることなら戦いたくない。だからお願い、抵抗しないで」

 友奈に至ってはもう変身を済ませ、桃色の勇者服になっていた。

「うーん、3対1は分が悪いなぁ。仕方ない、投降するよ」

 もう1度スマホの画面をタップして変身を解き、お手上げというように両手を上げる園子に、3人はようやく緊張を解く。

「友奈ちゃん、風先輩、樹ちゃん…これは」

 呆然とする東郷に、風はしまったと後悔する。

 大赦からは勇者同士が戦えば人類の仇敵の思うつぼだと釘を刺されていたのに。

「違うのよ、東郷。これは…」

「ふーみん先輩とゆーゆ、いっつんはにわみんを四国を滅ぼす人類の敵だと思ってるんだよ。大赦の巫女全員がそういう神託を受けたから」

 園子の言葉に東郷は昨日のことを思い出す。

 あれは神樹様の名を騙ったバーテックスだと思っていたが、本物だったのか。

「でも、それっておかしいわ。だって」

「うん。神樹様は自分の都合でにわみんを四国を滅ぼす敵にしたんだよ。自分にとって気に入らないことを言ったから。捕らえているミノさんの魂を身体に返してって頼んだから」

 園子の言葉に東郷は驚く。

「そんなこと、私一言も聞いて」

「ごめんわっしー。黙ってて。でも、大丈夫」

 報いは受けさせるから。

 言葉にせずに心の中で告げる。それが乃木家の家訓だ。

「さっ、大赦に連れて行くんでしょ? スマホも渡した方がいい?」

「お預かりします。乃木様」

 運転手の大赦職員が恭しく園子からスマホを受け取る。

「そのっち、どうして!?」

 どうして自分に相談してくれなかったのか。どうして丹羽君を巻き込んだのか。どうして自分と園子だけ丹羽の記憶があるのか。

 他にも問いかけたいことがあった。だがすべてこの「どうして」という言葉に行きつく。

 それに園子は笑顔で答える。

「取り戻したかったんだ。2年間の間に奪われた時間も、友達も、記憶も。だけど失敗した。にわみんに身体を治してもらって、欲張りになりすぎたせいだね」

「そのっち!」

「じゃあね、わっしー。ばいばい」

 そう言うと園子が乗り込んだ車は発進してしていった。

 残った4人に、ゴールドタワーから出てきた夏凜が言う。

「なにこの状況? どうしたの」

 その言葉に友奈はスマホをタップし、変身を解いた。

「東郷、ごめん。でも、アタシは」

「もう、いいです。丹羽君も、そのっちも、私に相談してくれなかった」

「東郷先輩」

 打ちひしがれている東郷に、友奈、風、樹の3人はなんと声を掛ければいいのかわからない。

「園子も言ってたけど、そのにわって誰なのよ?」

 夏凜の言葉に、わかっていたこととはいえ東郷は落ち込む。

「いたのよ。私より1つ年下の、男の子が。勇者部に」

 東郷は自分に言い聞かせるようにつぶやく。

「優しくて、与えるばかりで見返りなんて求めないで。陰ながらみんなを助けてくれて、私の弱さと勇者として戦う理由を気付かせてくれた。車椅子のかわいそうな女の子じゃなくてただの東郷美森として私を見てくれた大切な男の子が」

「勇者部に男なんているわけないじゃない。東郷、あんた」

「夏凜!」

 夏凜の言葉を風が止める。友奈がうずくまる東郷に肩を貸す。

「帰ろう、東郷さん。東郷さんはきっと悪い夢を見ただけなんだよ」

 友奈の言葉にも東郷は反応しない。ただうつろな目で「いたのよ。丹羽君はいたの」と繰り返している。

「どうしたのよ、あれ」

「夏凜、あんたは丹羽明吾のこと」

「だから誰よそれ? 園子も言ってたけど、人類の仇敵が勇者部にいたなんてあるわけないでしょ」

 夏凛の言葉に風は安心する。よかった。彼女は洗脳されていないみたいだ。

 友奈に肩を貸され、車に乗せられる東郷を見て夏凜は思う。

(ごめん、東郷。あたしも丹羽のことを思い出したって、今は言えない)

 先ほど園子を見る東郷以外の3人を見てわかった。彼女たちは本気で丹羽のことを忘れ、人類の敵だと思っている。

 彼女たちから丹羽を守るためには、今は彼女たちの仲間のフリをするしかない。

 いつか丹羽に例えで話していた勇者部内が修羅場になるという話は、原因こそ違うが現実になり始めていた。

 そしてその日から数日後、神託にあった巨大バーテックスの襲来。対双子座戦が始まる。




 本編より大赦が仕事してる件。これも大赦OTONA化計画の賜物だな!
 勝手に勘違いして明後日の方向にすすんでるけど。
神樹「人類の敵への認識改変、ヨシ!」
(+皿+)「ヨシ! じゃねえ⁉ バーテックス人間浄化するならきちんと全部浄化しろ!」
 アンケートの結果アンチ・ヘイトタグをつけることにしました。

 次回、丹羽君VS勇者部


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【ノーマルルート】わたしはあなたが大嫌い

 あらすじ
 丹羽君、晴れて人類の敵認定。
 勇者部部長、犬吠埼風は日ごろの家事とお役目の疲れからか不幸にも黒塗りの高級車の中で大赦の最高責任者から部員の東郷と乃木が人類の仇敵である【丹羽明吾】に洗脳されたと知らされてしまう。
 後輩たちをかばい、自分が人類の仇敵をぶっ殺そうと決意する風に対し、車の主、大赦の最高責任者が言い渡したアドバイスとは…。
大赦の偉い人「絶対丹羽明吾のこと否定したりして勇者同士で戦わないでね?」
風「了解」
ゴールドタワー
東郷「そのっち、丹羽くんはいたわよね!」
園子「うん、いたいたー」ヘンシン
風「お、やる気かこの野郎」
友奈「そのちゃん、投降して!」ヘンシン
樹・夏凜「えぇ…」


 乃木園子が大赦に連れていかれて何日経っただろうか。

 6人からまた5人になった勇者部の部室で部長の犬吠埼風は思う。

 いや今は3人か。と、あれ以来学校にも登校してこない東郷とその家を訪ねるために部活を欠席している友奈にため息をつく。

 あれからいろいろあった。

 まず夏凜だが、防人隊と共に壁の外で人類の仇敵を追い詰めた時、魚座もどきと遭遇したそうだ。

 その際足に怪我を負い、大赦に直接帰還せず防人たちに伴われてゴールドタワーで治療を受けていたらしい。

 後に丹羽明吾を助けるために壁の外へ現れたと判明した園子に大赦への連絡を頼んだそうだが、大赦によればそんな連絡はなかったそうだ。

 夏凜のスマホの電源が落とされていたのも園子の仕業だと判明した。風や大赦の人間が気付かなければ夏凜が園子に洗脳されていたかもしれない危険な状況だったらしい。

 人類の仇敵を逃がしてしまった夏凜と防人隊たちにはおとがめなし。今まで通り夏凜は勇者部に所属してお役目を果たし、防人隊は壁の外の調査をしているそうだ。

 一方園子はというと大赦に投降したあとはおとなしくしている。

 反抗らしい反抗もせず、不気味なほど穏やかに暮らしていた。スマホも取り上げられたのだし学校に通っても問題ないと思うのだが、自ら進んで大赦の座敷牢にこもっているらしい。

 1度面会に訪れた時に理由を尋ねると、三ノ輪銀や東郷、それに家族が大赦に人質に取られるのが嫌だからだそうだ。

 大赦はそんなことをしないと言っても彼女は首を振るだけだった。

「大丈夫だよふーみん先輩。バーテックスが襲ってきた時は、ちゃんと力になるから」

 彼女はそう言っていたが、どこまで信用していいものか。

 東郷はというとすっかり塞ぎこんでしまった。

 どんなに風と友奈が説得しても「丹羽君は勇者部にいた」と言って聞かず、ついには心を閉ざして現在は部屋に引きこもっている。

 親友である友奈が部屋の前で話しかけても返事もしない。家族によれば部屋の前に置いた食事には手を付けているらしいが、心配だ。

「2学期に入って早々、勇者部はバラバラね」

 東郷の代わりにパソコンの前に立って慣れない作業に四苦八苦している妹の樹を見ながら、風はつぶやく。

 それもこれも人類の仇敵という丹羽明吾のせいだ。

 あいつがこんなややこしい状況にさせたそもそもの原因。風としては文句の1つでも言ってやりたい。

 それに大赦から人類の仇敵は存在するだけで危険と言われていた。それは大赦にいる巫女全員が受け取った神託らしい。

 勇者部のみんなにそんな敵と戦わせるわけにはいかない。それに相手は人間のような姿をしているということだ。

 優しい友奈や妹の樹には酷な相手だろう。

 だから、いざというときは自分が――。

「なーに眉間にしわ寄せてんのよ」

 思いつめた様子の風に、夏凜が言う。

「夏凜」

「ストレスに効くサプリ、極めとく?」

「いや、大丈夫よ」

 自然と自分を気遣ってくれる勇者部2番目の新入部員に、風は笑顔を見せる。

 最初会った時には考えられないほど柔らかい態度になった。今では確かな絆の芽生えた頼れる勇者部部員だ。

「東郷、今日も来なかったわね」

「ええ。友奈も頑張ってくれているみたいだけど」

「しばらく勇者部の活動は中止する? 東郷と友奈が戻って来るまでの間」

「いえ、アタシたちはアタシたちのできることをやりましょう」

 その方が気がまぎれるからという本音は言わないでおいた。

「風、悩んだら相談。それが勇者部5箇条でしょ」

「夏凜…そうね。じゃあ、今日うちに泊まりに来てくれない? アタシと樹、2人分のぼやきを聞いてもらえたら嬉しい」

「はいはい。その代わりおいしい夕食をお願いね」

 軽口を交わし合う和やかな雰囲気を切り裂くようにスマホからけたたましいアラーム音が部室に鳴り響く。

「樹海化警報⁉」

「こんな時に!」

 風と夏凜はスマホをタップし、変身する。

 次の瞬間世界が光に包まれ、部室内にいた3人は樹海に飛ばされていた。

 

 

 

 樹海の外から侵略してくる巨大バーテックスを、すでに変身済みの風、樹、夏凜は迎え撃つ。

「友奈と東郷が合流するまで持ちこたえるわよ! できる、樹⁉」

「うん、任せてお姉ちゃん」

 問いかけに勇ましく返事をしてくれる妹を、風は頼もしく思った。

 皮肉なことだがバーテックスとの戦いが彼女を強くしたように思う。と同時に自分の陰に隠れて甘えてくれた妹はもういないのだと若干寂しくも感じる。

 さて、では前衛としてのお役目を果たそうか。

「行くわよ、に――」

 いつものように隣にいる人間に声を掛けようとして、風は次の言葉が出てこなかった。

 あれ? 自分はなんて言おうとしたのだろう。

 夏凜? 友奈? でも今までの戦いで彼女たちと組んだことはなかったはずだ。それに彼女たちの名前は「に」で始まらない。

 いったい自分は誰の名前を言おうとしたのか?

「何してるの風! 置いていくわよ」

 声に顔を上げればすでに戦闘態勢の夏凜が考え込んで足を止めていた風を見ている。

「わかってる! じゃあ、樹。気を付けてね」

 戦闘に雑念は不要だ。今は目の前の敵に集中。

 夏凛と並びたち次々と神樹様を目指し向かってくる星屑を殲滅していく。

「うぉおおお! 女子力斬りぃいいい!」

 巨大化した剣を薙ぎ、一気に星屑の群れを消滅させる。

「ちょっと風! 最初から飛ばしすぎよ! 巨大バーテックスに備えて体力は温存しておきなさい」

 夏凛の注意に風は内心でわかってるわよ! と叫ぶ。

 だがおかしいのだ。先ほどから戦っていると妙な記憶がちらつく。

 自分の隣にいた、夏凜とも友奈とも違う白い勇者服の誰か。

 色的には園子だがその勇者が持っていたのは槍ではなく2丁の斧だった。

 そいつが隣にいると自分はとても安心できた。

 背中合わせならどれだけの数の星屑に囲まれても生きて帰れると確信できるほど。

 だがそんな存在はいるはずがない。今までバーテックスと戦ってきたのは友奈、東郷、樹、夏凜と自分の5人。他の勇者などいないのだ。

 なんなのよこれは。

 星屑を剣で切り伏せるたびにそんなイメージがちらつきイライラする。

 思い出せないのがもどかしくて、悔しくて、腹立たしい。

 これも人類の仇敵による精神攻撃なのだろうか。

 そんな内心のイライラを晴らすように攻撃していると、いつの間にか星屑の大半が消滅して巨大バーテックスが姿を現す。

「来た! 風、用意して」

 夏凛の言葉に風は大赦の技術部が用意してくれた対巨大バーテックス用の武器を取り出す。

 今回の巨大バーテックスは双子座もどき。以前東郷が神樹様に受けた神託の情報によれば動きが早く突破力がある要注意個体らしい。

 風と夏凛は対双子座用の捕縛ネットを発射する武器を取り出す。

 これは神樹様が双子座の特徴を神託で巫女に告げ、大赦の技術部に作るよう命令したものだ。

 強靭なワイヤーが双子座もどきの足に絡みつき、動きを止める。

 2体に分離する双子座の特徴に対処し、まずは風が最初に撃つ。次に夏凛が分離した小型の双子座もどきに向かって撃ち動きを止めた後攻撃。

 双子座には樹の武器が有効らしいがこの武器があれば自分たち2人でも大丈夫だろう。

「さあ、来なさいバーテックス。アタシたちが神樹様のもとには通さないわよ」

「そうね、やるわよ風!」

 そう、双子座もどき1体なら確かにこの方法で完封できたはずだ。

「なっ!?」

 ものすごい速さで近づいてくる双子座もどき達の姿に風と夏凜は困惑する。

 最初に見えた双子座もどきの陰に隠れるようにして一直線に並んだ2体の影。

 そう、双子座もどきは3体いた。

「どういうこと⁉ 情報では1体って」

「しかも同じ個体が3体同時。なんなのよこれ」

 遠くからものすごい速さでこちらに向かってくる双子座もどき達を見て、風と夏凜が混乱する。

「とりあえず足を止めるわよ、風、準備はいい?」

「あたし近接系なのよね…。こういうのは東郷の役目でしょうに」

 ぼやきつつ双子座用の捕縛ネットを大赦支給のバッグから取り出す風。

 対バーテックス用の武器は勇者が樹海に持ち込んで戦闘にも支障がないよう極限まで小型化されている。

 使い方も簡単で、クラッカーのように相手に向けて発射ボタンを押すだけ。

「来た! 風、先にあんたが!」

「ええい! ままよ!」

 風は先頭の双子座もどきに向けて対双子座用の捕縛ネットを発射する。

 狙いは違わす双子座もどきの足に強靭なワイヤーが絡みつき、先頭の双子座もどきの進行を止めた。

「よし!」

 だが、後列の2体の双子座もどきはそれをものともしない。

「嘘でしょ、前の双子座を踏み台に⁉」

 動けなくなった双子座もどきを跳び箱の踏み台にようにして大きく跳躍する。

 2体の双子座もどきが風と夏凜の頭を飛び越えて樹海に降り立つと、またすごい速さで神樹様の元に向かっていく。

「追わなきゃ!」

「いや、待って! あれは…」

 先頭を走る双子座に、桃色の勇者が迫る。

「勇者…パーンチっ!」

 友奈の渾身の一撃が先頭の双子座もどきに突き刺さった。

 スピード×拳=破壊力となり、一直線に神樹様の元へ向かっていた双子座もどきは吹っ飛ぶ。

「友奈!」

「よかった。間に合ったのね」

 会心の一撃だ。これなら後ろにいた双子座もどきも巻き込まれて――。

「躱した!?」

「嘘でしょ!?」

 最後の1体は自分の進路上に飛んできた双子座もどきを華麗な足さばきで避けてすごいスピードで神樹様の元に向かっていく。

 友奈が振り返り急いで追おうとしているが、スピードが違いすぎる。とても追いつけないだろう。

 残っているのは樹と東郷。樹はこのバーテックスと相性がいいらしいが、自分たちが到着するまで持ちこたえてくれるだろうか。

「夏凜、ここの双子座もどきは任せていい?」

「あたしを誰だと思ってるのよ! 御霊持ちならともかく、もどきならあたし1人で充分よ」

 頼もしい言葉に風はこの場を夏凛に任せ、後衛の樹の元へ向かった。

 友奈がここにいるということは東郷も一緒だろうか。だが、塞ぎこんでいる彼女が戦力になるとは思えない。

 最悪、樹が東郷を守りながらの戦いになるかもしれない。やはり大赦の人が言ったように、東郷のスマホも大赦に預かってもらうべきだったか。

 友奈も双子座もどきを追って後衛に向かっているようだが、間に合うかどうか。

 人外の存在とはいえ、そのスピードに風は歯噛みする。せめて風のような速さで誰か樹の元に向かってくれたら。

 そう考えていた風の横を、ものすごい速さで何かが通り抜けていった。

「え?」

 思わず呆然としてその姿を見送る。

 一瞬見えたが、あれは人間?

 双子座もどきと同じ、いや、それ以上の速さで星屑とは違うバーテックスが両足と融合した人間みたいな何かが通り過ぎたように見えた。

 いや、きっと見間違えだろう。人間がバーテックスと同じスピードで動けるなんてありえない。

 もし動けたとしても身体がそれに耐えられないはずだ。

 風は立ち止まっていた足を再び動かし、樹の元に向かう。

「やっと来たのね、あの馬鹿。遅いのよ」

 双子座もどきを2振りの刀で滅多刺しにして消滅させた夏凜がどこかうれしそうに呟いた声は誰にも聞かれることはなかった。

 

 

 

「お姉ちゃんたち、大丈夫かなぁ」

 一方の残された樹は前線で戦う風と夏凜を見守っていた。

 スマホの画面には勇者の名前の他に【双子座】と表示されている。以前『樹ちゃんの攻撃が有効だにゃー』と教えてもらった。

 だったら自分も前線に行った方がいいだろうか。悩む樹だったが、思わず「ん?」と首をひねる。

 わたし、神樹様と話したんだっけ? しかも『だにゃー』って語尾、なんかイメージと違うような。

 よく考えれば7体の巨大バーテックスの攻撃手段や弱点は神託ではなく黒板に書いて懇切丁寧に教えられたように思う。

 神樹様が東郷先輩の身体を操ってそんなことをした? それって何かおかしくない?

「お待たせ、樹ちゃん!」

「友奈さん! と、東郷先輩⁉」

 そんなことを考えていたら東郷を抱えた友奈がやって来た。

 肩に東郷を米俵のように抱えており、いわゆるお米様抱っこという状況だ。ロマンスのかけらもない。

「友奈さん、いくらなんでもその運び方は」

「でも緊急事態だったし。東郷さんも許してくれるよ」

 いえ、東郷先輩は目の光がなくて黒いオーラが以前より増してるんですけど。

 樹が内心で思っていると友奈は東郷を樹に託し、風と夏凛が戦っている前線を見る。

「あれが今回の敵だね。じゃあ、行ってくる!」

「ちょ、友奈さーん!」

 おかしい。彼女はこんな状態の東郷先輩を置いて戦いに向かうような性格ではなかったはずだ。

 いままで丹羽明吾という人類の仇敵に洗脳された東郷の方がおかしいと思っていたが、友奈も何か変だ。この戦いが終わったら、お姉ちゃんに相談しないと。

 そう思った樹が戦況を把握するためスマホの画面を見ると、双子座と書かれた個体が3つ連なっていた。

「え?」

 見間違えかと思い画面を切り替えてもう1度元に戻してみても表示は変わらない。

 どうやら同じ双子座の巨大バーテックスもどきが3体同時に出現したようだ。

 だとしたら、風と夏凜が危ない!

 画面を見ると先頭の双子座もどきは風と夏凜の前で止まっていた。だが2体がそれを突破しこちらへ向かっている。

 今度は友奈に近づいた1体が動きを止めた。だがその横を通って双子座と表示されたアイコンがこちらへ向かってくる。

 隣を見るが東郷はうつむいたまま変身すらしていないし、とても戦えるようには見えなかった。

「わたしが、やらないと」

 樹はスマホを閉じ、向かってくるであろう双子座もどきに向けて戦闘準備をする。

 この先へは絶対に行かせない。自分がここで止めるしかないのだ。

「お姉ちゃんに、任せてって言ったんだ」

 前線へ向かう姉に言った言葉を思い出す。もう自分は姉の陰に隠れていただけの子供ではない。

 今こそ自分だって、変わるべきなのだ!

 

『でも、1番嫌いなのはそんな■■くんに嫉妬するだけで何も変わろうとしないわたし。お姉ちゃんに甘えるだけで強くなろうとしないわたしが、わたしは大嫌い!』

 

「え?」

 なんだ今の記憶は? こんなのわたし知らない――。

「っ、しまった!?」

 戦闘中なのにぼーっとしてしまった。

 見れば目前まで双子座もどきが迫っている。樹はワイヤーで双子座もどきを捕らえ、足をからめとり動きを止める。

 ギリギリ間に合った。樹は戦闘中なのに別のことを考えてしまった自分に猛省する。

 ここを突破されたら神樹様の元へ一直線だ。絶対にここで止めなければ。

 双子座もどきを拘束したワイヤーがギリギリと音を立てている。御霊なしとはいえ、樹は抑えるのが精いっぱいだ。

「東郷先輩!」

 隣でうずくまっている東郷に声をかけるが返事はない。

 ダメだ。彼女は当てにできない。

 だったら友奈さんが戻ってくるまで持ちこたえないとと決意する樹だったが、双子座もどきを見て戦慄する。

「分裂っ!?」

 そう、双子座は大型と小型に分裂できる。

 今、樹のワイヤーは大型を拘束するので手いっぱいだ。小型と分離されれば間違いなく突破される。

 どうする? どうすればいい?

 せめてあと1人、一緒に戦ってくれる勇者がいれば…。

「お姉ちゃん、友奈さん、夏凜さん」

 誰でもいい。早く来て!

 願う樹をあざ笑うように小型の双子座もどきが分離し、拘束するワイヤーから逃げ出す。

 もうダメ。

「フェルマータ・キーック!」

 思わず目を閉じた樹の耳にそんな声とすごい音が聞こえてきた。

 びっくりして目を開けるとそこには小型双子座もどきを踏み抜いた白い勇者服に桃色のラインが入った男の子がいる。

 髪は白く、顔は中性的でひげもない。一見すると男か女の子かわからなかったが、なぜか樹は彼が男の子だという確信があった。

「あなた…誰?」

 思わず問いかけた樹の言葉に彼はショックを受けたような顔をする。だが、すぐに笑顔になりこう言った。

「憶えていてくれなくていい。俺は勇者を守る勇者、それだけで充分だ!」

 そう言い放つと樹が拘束している双子座もどきに向かい拳を放つ。

「チェーンジ・アタッカハンド! 勇者パーンチ!」

 白い手甲を双子座もどきに打ち込み、白い勇者は双子座もどきを消滅させた。

 

 

 

 東郷美森の意識は暗闇の中にあった。

 なぜ自分の言葉を誰も信じてくれないのか。

 なぜ丹羽のことをみんなが忘れてしまったのか。

 なぜ自分と同じように丹羽のことを憶えていた園子に勇者部の皆はあんな敵意に満ちた視線でにらみつけたのか。

 考えても考えても、答えは出ない。いや、答えは出ているがそれを認めたくなかった。

 丹羽明吾は勇者にとって敵なのだという事実を。

 園子はこの状況を神樹様が作ったと言っていた。自分に気に入らないことを言ったから。三ノ輪銀の魂を身体に返してと頼んだために。

 それはこんな状況に彼を追い込むほど大それたお願いだろうか? 三ノ輪銀は身体も健康で、あとは意識を取り戻すのをみんなが待ち望んでいる状態だ。

 目を覚まして喜ぶ人間はいるだろうが、このままの状況で喜ぶ人間などいない。

 神樹様は人類の味方なのではなかったのか? だったら神樹様と四国を守るために戦った勇者の魂をすぐ返してほしいと思う。

 それに、どうして満開の代償に勇者の肉体を供物として奪うのか。これでは勇者は戦う度に日常生活が困難になり、戦うことを尻込みしてしまう。

 これでは神様ではなく悪魔だ。力を得る代償に何かを奪おうとするなど、悪魔そのものではないか。

 そもそもどうして自分たちは神樹様を信仰しているのだろう? 

 両親が信仰しているから? 国が信仰しているから? 四国で絶大な権力を持っている大赦が信仰しているから?

 神樹様のおかげで四国には恵みがもたらされているというが、それを誰が確かめたのか。

 野菜やお米を作っているのは農家の人だし、四国を襲う脅威であるバーテックスと戦っているのは自分たち勇者だ。

 ひょっとして、自分たちは生まれたころから神樹様に助けられていると騙されていたんじゃないだろうか。

 そんなことまで考えていた東郷の耳に、懐かしい声が聞こえてきた。

 姿を消してからずっと聞きたくて、探しても見つからなくて。

 ついには疲れて夢の中では会えるかと部屋に閉じこもってしまった自分がずっと聞きたかった声。

「丹羽、君?」

 顔を上げると、そこには白い勇者服の少年がいる。

「はい、ただいま戻りました。東郷先輩」

「丹羽君!」

 会いたかった! ずっとずっと会いたかった!

 思わず抱き着いた東郷を彼は受け止めてくれる。その感触が夢でないのだと伝えてくれた。

「夢じゃない? 本物? 本当に丹羽君なの!?」

「えっと、偽物の俺がどういうのかわからないんですが。多分東郷先輩が憶えている俺だと思います」

 困った顔で言う彼に、思わず涙があふれる。

 ああ、やっぱり丹羽明吾という少年はいた。いや、間違いなくいるのだ。

「私、みんながあなたのこと憶えてなくて、人類の敵って言われて……そのっちが大赦に投降して、友奈ちゃんと風先輩と樹ちゃんが怖い顔でそのっちを見て、私もそういう風になるのかと思ったら怖くて」

「そうですか。大変だったんですね」

 胸に顔をうずめて泣きじゃくりながら言う東郷の言葉を丹羽は優しく聞いてくれる。

 これではどちらが先輩なのかわからない。

「ねえ、丹羽くんが神樹様に三ノ輪銀さんの魂を返してって頼んだのは本当なの? どうして私に黙ってそのっちと一緒に? 神樹様はどうしてあんな神託を」

「ゆっくり話したいんですけど、まずはこの状況をどうにかしないと」

「え?」

 その言葉にようやく東郷は周囲を見る。

 今居る場所は自分の部屋ではなく樹海だった。近くには怖い顔をした後輩の樹が丹羽をにらみつけている。

「東郷先輩を離して!」

 言うや否やこちらに向かってワイヤーを放ってくる。

 それを丹羽は必死に避けていた。よく見れば自分は丹羽に抱き抱えられており、いわゆるお姫様抱っこというような状況だ。

「ちょっ、丹羽君⁉ 恥ずかしいから離して!」

「いや、東郷先輩が最初に抱き着いてきたんですが」

「この卑怯者! 東郷先輩を盾にするなんて!」

 どうやら樹は東郷が丹羽に密着しているため思うように攻撃できないらしい。同じように丹羽も東郷を抱きかかえているため逃げることに専念している。

 このままではジリ貧だ。しかも時間が経てばたつほどここにはいない他の勇者部のメンバーが集まってきて状況は悪くなる一方だろう。

 東郷は決意した。

「丹羽君、私を置いて逃げて! 早く」

「東郷先輩!?」

「このままじゃ風先輩や友奈ちゃんが合流しちゃう。その前に、早く!」

 東郷の鬼気迫る表情に、丹羽はうなずき東郷を樹海の上に降ろす。

「じゃあ、東郷先輩、また――」

「させない!」

 言葉と共に樹のワイヤーが丹羽に絡みつく。

「樹ちゃん!?」

「人類の敵! お姉ちゃんやみんなが戻ってくるまで拘束させてもらうよ」

「くっ⁉」

 丹羽は何とか樹のワイヤーから逃れようとしているが、そのたびに身体にワイヤーが食い込み身体を傷つけていく。

 やめて、樹ちゃん。こんな、こんなのって…。

「いやぁあああああ!」

「東郷先輩!?」

 気が付けば東郷はスマホをタップして変身していた。銃口を仲間である樹に向け、懇願する。

「お願い樹ちゃん、丹羽君を離してあげて!」

「東郷先輩、あなたはこのにわみんごっていう人類の敵に洗脳されて騙されているんです。お願い、元の東郷先輩に戻ってください!」

「違う! 騙されているのは樹ちゃんや風先輩のほうなの! お願い、信じて!」

 まずい。恐れていた事態になったと丹羽は思う。このままでは勇者同士での殺し合いになってしまう。

「2人とも落ち着いて。東郷先輩、銃をしまってください!」

「嫌、嫌、嫌ぁあああ! これ以上、丹羽君のことを否定しないで! 丹羽君は私たちと同じ勇者で、仲間なのよ!」

「東郷先輩っ!」

 銃声が響いた。

「あっ、あっ……」

 東郷の手から銃が落ちる。

「なんで…」

 自分をかばった人類の敵に、樹は困惑した。

 東郷が樹に向けて銃を撃った瞬間、丹羽は自分の身体がワイヤーで引きちぎれるのも構わず射線上に立ち樹を守ったのだ。

「丹羽君…? いやぁあああああ!」

 駆け寄る東郷に、丹羽は笑う。気にするなというように。

「東郷先輩、仲間を撃つのは違いますよ」

「でも、でも丹羽君が…私、本当に撃つつもりは」

 いや、確実にかばわないと樹ちゃんに当たってましたってと丹羽は思う。多分東郷はワイヤーを使う手を狙ったんだろうが、それでも丹羽は看過できなかった。

 勇者部の仲間同士で傷つけあうということは。

「東郷先輩、実は俺、バーテックスなんです」

「えっ?」

「ほら、血。紫でしょ? 人間じゃないんですよ。だから、気にする必要はないんです」

 にこりと笑う丹羽に、東郷は膝をつく。

 こんな状況なのに自分を気遣ってそんな嘘をつくなんて。

「セッカさん、アカミネさん、シズカさん」

 丹羽が告げると3体の精霊が出てきた。

「ごめんなさい、せっかく来てもらったのに。3人の出番はなさそうです」

 謝罪の言葉に3体は首を振り、セッカが樹の胸の中に入る。

「え、なに…こんな記憶、わたし知らない」

 何か様子が変だ。見ていると急に驚いた顔になり丹羽に駆け寄る。

「丹羽くん、なんで?! どうしてわたしこんな大切なこと忘れて」

「樹ちゃん…?」

「東郷先輩、わたし、わたし」

 目に涙をためた樹が丹羽と東郷を交互に見ている。ひょっとして彼女も思い出したのだろうか。

 だが、どうしようもない。今更思い出したところで。

 なぜなら彼はもう東郷の腕の中で息を引き取ったのだから――。

 

 BADEND【にわ、お前だったのか…】

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 その時、不思議なことが起こった!

 

 はっ⁉ なんだ今のイメージは。

 丹羽は突然の白昼夢に混乱する。メガロポリスに顔をうずめながら死ぬというある意味幸せな死に様だったが、ここで自分が死ぬわけにはいかない。

「丹羽君、私を盾にしなさい」

「ファッ?!」

 唐突に告げられた東郷の言葉にさらに混乱した。

「樹ちゃんは私がいるとあなたにうまく攻撃できない。だから」

「なるほど。了解です」

 言うや否や丹羽は東郷を抱えたまま、樹に突進する。

「卑怯者!」とののしる樹の言葉が聞こえた。

 卑怯結構。どうせ四国中の人間から人類の敵認定されたこの身だ。こうなったらとことんやってやる!

 丹羽は樹に向かって東郷を放り投げる。樹は慌てて東郷を受け止めるためにワイヤーで優しく包んでいるが、それが最大の隙となった。

「セッカさん!」

『はいよー』

 丹羽が樹にタックルし、樹を樹海の地面に押し倒す。それと同時に宙に現れたセッカが樹の胸の中に入っていく。

 夏凜が記憶を取り戻したきっかけはセッカだった。だったら、同じようにセッカと仲が良かった樹もこれで記憶を取り戻すはず。

 これは賭けだ。しかも分の悪い方の。

 だがこれで樹が記憶を取り戻してくれれば、少なくとも東郷が孤独である今の勇者部の現状は正すことができる。

 さあ、どうだと丹羽は樹を見る。

 変化は見られない。必死に上に覆いかぶさった丹羽から抜け出そうと抵抗していた。

 だが今丹羽が一体化している精霊は赤嶺友奈をモデルにしたアカミネ。対人戦闘のエキスパートだ。

 ちょっとやそっとでは抜け出せないはず。さあ、どうだ!

「……なにをしているのかしら、丹羽君?」

 その時ぞっとするような冷たい声が背中からかかった。

 ギギギと油の切れた人形のようにそちらを見ると、黒いオーラ全開の東郷が仁王立ちしている。

「確かに私は盾にしろと入ったわ。でも放り投げていいとは言っていない。しかも戻ってきてみれば樹ちゃんを押し倒しているなんて」

「ち、違うんです東郷先輩! これには理由が」

「破廉恥!」

 東郷の渾身のヤクザキックが丹羽の横腹に決まった。

 変身前とはいえ結構な威力で丹羽は樹の上から強制的に引きはがされ、ゴロゴロと樹海の地面の上を転がる。

 この人、変身しなくても充分強いんじゃないか?

「いてて、だから、違うんですってば東郷先輩!」

 抗議の声を上げた丹羽に手を差し出したのは、意外なことに樹だった。

「大丈夫、丹羽くん?」

「丹羽くんって、樹ちゃん。記憶が」

 東郷に問われ、樹はうなずく。よかった。賭けには勝ったらしい。

 ほっと一息つく丹羽に、にっこりと樹は微笑む。

「この…馬鹿丹羽くん!」

「えぇ―っ!?」

 それはそれは腰の入ったビンタだったと後に東郷は語る。

「女の子を無理やり押し倒して、わたし何度も胸を叩いたのに全然どいてくれなくて! しかも足まで絡ませて!」

 ぽかぽかと丹羽の胸を叩く。だが全然痛くないのでダメージはゼロだ。

「もうダメだって思った時にいつも来てくれて! なんでわたしを助けてくれるの!? そんなに親切にしてもらったら女の子は勘違いするんだよ! 自分が特別なんじゃないかって思っちゃうじゃない!」

 ん? 何の話だっけ?

 首をひねる東郷に、樹はまだ丹羽に対して怒りが収まらないのか、胸を叩き続ける。

 それを丹羽は東郷がよく知る優しい顔をして抵抗せず受け止めていた。

「意地悪言うくせに優しくて、それが当たり前で、気づかないうちにわたしも甘えちゃって! 急にいなくなって部活で初めて重いもの持った時、翌日筋肉痛だったよ! 丹羽君が手伝ってくれたらこんなことにならなかったのに! ううん、丹羽君がいなかったらわたしにも筋肉ついて楽々運べたのに!」

「じゃあ、俺はこのままいない方がいいですか?」

「いいわけないじゃない! 丹羽くんの馬鹿!」

 樹の目から涙がこぼれている。

「夕ご飯だってお姉ちゃん作りすぎて体重増えちゃったよ! 責任取ってよ! 毎日家にご飯食べに来てよ! じゃないとわたしブタさんになっちゃう!」

「でも、俺寮に帰っちゃったし」

「解約してまた戻ってきなさい! これ、命令だから! お姉ちゃんも口に出さないけど、ずっと寂しがってるんだよ!」

 言ってることが無茶苦茶だ。だが、微笑ましいやり取りに久しぶりに東郷の顔に笑顔が浮かぶ。

「丹羽くんがいないせいでわたし今度女の子グループと男の子グループの遊びに誘われちゃったんだよ! どうしてくれるの!」

「え、どこ誰ですかそのふてえ野郎は。ぶっ潰してやります!」

 樹は丹羽の胸に顔をうずめ、「そうだよ!」とくぐもった声を出す。

「丹羽くんはわたしのことを守ってくれないとダメでしょ! お姉ちゃんとの百合イチャを見るために、守ってよ。ちゃんとそばにいて安心させてよ!」

 その言葉に東郷は思う。ああ、この娘も丹羽君を大切に思っていたんだなと。

「そばにいて迷惑をかける丹羽君も大嫌いだけど、勝手にいなくなって安心させてくれない丹羽くんはもっと大嫌い!」

「どっちにしろ大嫌いなのでは?」

「そうだよ。だってわたし、丹羽くんのこと大嫌いなんだから!」

 樹ちゃん。大嫌いな人にはそんな笑顔は見せないわよ。

 かわいい後輩の笑顔を見ながら東郷はそんなことを思う。

 勇者部1年生組の丹羽と樹は片方が保護者で、片方は大嫌い。

 でも互いに大切に思っていて、いなくなったら泣くほどつらい思いをする。

 そんな不思議な関係だった。




Q.なんで双子座もどきが3体も出たの?
A.天の神の粋な計らい。ぶっちゃけ「俺を踏み台にしたぁあああ⁉」がやりたかった。
  ゆゆゆいで赤嶺ちゃんもやってたし。いいよね?
Q.なんで双子座に御霊がないの? 本編では御霊があったのに。
A.普通に忘れてました。それに御霊ありだと複数同個体が出せないし、もどきの方が都合がいいし。

 夏凛ちゃんがいなければ勇者部戦闘前に内部崩壊してた説。
 公式勇者部大好きっ娘はサスガダァ…。


精霊:「アカミネ」
モデル:山本五郎左衛門+赤嶺友奈(造反神)
色:白(バーテックス専用)
レアリティ:SSR
アビリティ:「造反神に召喚された勇者」
効果:ゆゆゆいバーテックスに命令して操ることができる。あるいは取り込んで能力を強化する。
   ナツメと共に勇者として変身すると全能力アップ。

 髪が白いこと以外はゆゆゆいに出てくる造反神側の勇者、赤嶺友奈のSD姿。
 勇者の力の欠片である英霊碑を取り込み生まれた人型精霊。
 友奈シリーズの宿命なのか近接戦闘特化。他の友奈とは違い対人戦闘に特化している。
 なぜきらめきの章以後のブレイアブルキャラになった赤奈ではなく敵対していた頃の赤奈なのかというと、単に人型のバーテックスの趣味。
 お姉さまことナツメが大好きで、猛アプローチしている。
 もちろん鏑矢組の2人も大好き。
 変身した丹羽と一体化すると白い勇者服に桃色のラインが入り、友奈と同じように拳で戦うことができるようになった。
 さらに強化版人間型星屑である丹羽明吾でも人型のようにゆゆゆいバーテックスを操れるようになり、人型のバーテックスが作ったゆゆゆいバーテックスと融合してパワーアップしたりできる。


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【ノーマルルート】彼女の決意 VS犬吠埼風

  あらすじ
 樹ちゃんが丹羽君のことを思い出して東郷さんも元気になりました。
丹羽「このチェーンジ・アタッカハンドの元ネタって仮面ラ〇ダースーパー1?」
(+皿+)「ああ。ニコ〇コ動画で毎週放送してたからな。俺はB〇ackから見てるぞ」
丹羽「元ネタは5つの腕だったけど、俺のは何個あるんだ?」
(+皿+)「腕はアタッカ、グリッドサンド、カデンツァ、フェルマータ、タチェット、マエトーソ、スケルッツォの7つ。足はフェルマータ、ロンド、カノン、コンフォーコの4つだ。変身形態は頭の部分のない〇ーズかビ〇ドに近いな」
丹羽「そうなんだ。特撮好きじゃないとついていけない会話だな」
(+皿+)「そもそもお前の精霊を内に入れて別フォームっていうのも仮面ラ〇ダー電王が元ネタだし」
丹羽「そうなの!?」


 

 記憶が戻り感情があふれ出して泣いていた樹が落ち着くと、丹羽は2人を見守っていた東郷に声をかけた。

「東郷先輩、ナツメさんを返してもらっていいですか? 代わりにシズカさんが中に入りますから」

『どーもー!』

 言葉と共に宙に関西弁をしゃべるポニーテールの人型の精霊が現れる。

 ゆゆゆいでもまだ謎が多い鏑矢世代の巫女、桐生静をもとに作られた精霊のシズカだ。

 丹羽が今変身しているアカミネも含めてテラフォーミング中の中国地方で生まれた。今回の双子座戦に向けて治療を受けたセッカを含めた3体を身体の中に入れてきたのだ。

「丹羽君、また精霊が増えたの? そういえば私の中にいたのはセッカだったはずなのにいつの間に」

「しかもまた女の子…丹羽くんはハーレム願望でもあるの?」

 自分の中にナツメがいることに困惑する東郷となぜか厳しい目でこちらを見る樹。

「四国を脱出する前に東郷先輩の様子を見に行った時、ナツメさんとセッカさんを入れ替えたんです。セッカさんだと東郷先輩を高熱にしていた神樹の怒りを追い出し切れなかったので。それと犬吠埼さん、そんなものは俺にはない」

「ええっ!?」

 丹羽の言葉に東郷は驚く。

 そうか、急に熱が引いて楽になったとき部屋に誰かがいたような気がしたが、あれは丹羽だったのかと納得する東郷。

 一方で「え~、本当に~?」と樹はどこか疑わしい視線を送っている。

「ありがとう。私、また知らない間にあなたに助けられていたのね」

「お礼ならナツメさんに言ってください。身体が治ったのもナツメさんのおかげなんですから」

 その言葉に東郷の胸元が光り、中からナツメが出てきた。

『礼ならいい。東郷があのままだと風も悲しむ。それに私は口下手だから、セッカのように気落ちした東郷を励ませなかった。すまない』

 謝るナツメに、東郷は首を振る。

「そんな、あの時落ち込んだのは全部私の…。私、ずっと自分のことばかりで、誰かに相談しようなんて考えられなくて。ごめんなさい」

「東郷先輩が謝ることじゃ! あの状況に追い込んだのはわたしたちが丹羽くんのことを忘れちゃったせいで」

「それを言ったら俺がみんなの前から勝手にいなくなったのがそもそもの原因ですし」

 東郷の言葉に樹が、樹の言葉に丹羽が必死にフォローしていた。

 それに対してまた東郷がフォローしようとして気付く。これではいたちごっこだ。きりがない。

「やめましょうか。誰が悪いとかそういう話題は」

「ですね」

「はい」

 3人がうなずき、シズカが東郷の胸の中に入り、ナツメが丹羽の中に入る。

 白い勇者服に水色のラインが追加され、桃色と水色の2色のラインが勇者服に走っていた。

「丹羽君はこれからどうするの? 四国には戻ってこないつもり?」

「そんな! 丹羽くん帰ってきてよ」

 東郷の問いかけに、樹は丹羽の勇者服をつかみ懇願する。

「ごめん、犬吠埼さん。俺は人類の敵だから…もう四国に戻ることはできない」

「人類の敵って…わたしがお姉ちゃんやみんなを説得するよ! だから」

「樹ちゃん」

 黙って首を振る東郷に樹は思い出す。同じようなことをしようとした東郷に、自分たちが何をしたのか。

「……ごめんなさい、東郷先輩」

「いいのよ。あの状況では仕方なかったんだから」

 顔を伏せる樹を東郷が優しく抱き寄せる。

「あら^~たまにはみもいつもいいよね」

「丹羽くん、顔」

「あ、すみません」

 相変わらず変わり身が早い。懐かしいやり取りに思わず笑ってしまう。

「お姉ちゃんや友奈さんの記憶は戻さないの?」

「うーん、時間と相談ですかね。俺がここにいられるのは樹海化が解けるまでだし、それまでにできる限りのことはしたいですけど」

「そういえば、敵を倒したのにまだ樹海化が解けないわね」

 東郷の言葉に樹はスマホを開きアプリで樹海の地図を表示する。

「っ、これ!?」

 たしかに双子座はすでに消滅して画面の地図からは消滅していた。

 だが代わりに【人類の仇敵】と表示された赤い丸が樹と東郷のそばに表示されている。

 樹は急いで丹羽と東郷にその画面を見せると、2人は難しい顔をした。

「まさか、神樹がここまで本気だったとは」

「丹羽君を倒すまで樹海化を解かないってこと? そんな」

 神樹様はどうあっても丹羽明吾を人類の仇敵として滅ぼしたいらしい。

 なぜ彼がこんな目に合わないといけないのか。樹は今まで人に抱いたこともない感情が自分の胸の奥から湧き上がるのを感じる。

「だけど、ある意味この状況はチャンス、なのかも」

 丹羽のつぶやきに、どういうことかと2人は丹羽を見た。

「タイムリミットがあると思ってましたが、これなら作戦を立てて事に当たれます。今のまま2人を四国に返しても姉妹喧嘩したり勇者部を2つに分けた冷戦状態になりかねませんし」

 たしかにそうだ。それは彼も自分たちも望むものではないだろう。

「私たちにできることはある?」

「そうだよ。遠慮なく頼って!」

 東郷の言葉に樹も声を上げる。

 これが少しでも彼に恩を返すことに繋がればという打算もあったが。

「じゃあ、いざというときは俺のこと、忘れてくれますか?」

「怒るわよ、丹羽君」

「それだけは、絶対に、嫌!」

 丹羽の提案はすぐさま却下された。

 丹羽としては割と本気の提案だったのだが、質の悪い冗談だと思われたらしい。

 しかたない。怒られないために、これは絶対に生き残らなければならないなと丹羽は決意する。

「できれば何もしないでください。俺としては勇者部の皆が戦って傷つけあうのが最悪の展開なんですから」

「それは…うん、わかったわ」

 丹羽の言葉に東郷はうなずく。

 先ほど丹羽に自分を盾にせず置いて逃げろと言っていたら自分は変身して樹に銃口を向けていただろう。場合によっては彼の言うように勇者部の仲間同士で殺し合いになっていたかもしれない。

 多分そうなったらどうあっても彼は傷つくだろう。東郷をとらえようとする樹のワイヤーに切断されるか、樹を無力化しようとする東郷の銃弾に撃たれて死んでしまうか。

 なぜかそんな場面が想像できてしまった。

「まずは、犬吠埼先輩の記憶を取り戻してきます。その後に結城先輩を」

「でも地図によれば友奈さんの方が近いよ?」

 樹の言葉に丹羽は首を振る。

「犬吠埼先輩の記憶を取り戻すための精霊はナツメさんで確定してます。でも、結城先輩の記憶を取り戻すために必要な精霊は、いないんですよ」

 丹羽の精霊の中に友奈と特に親しい精霊はいなかった。

 強いて言えばバーテックスの講義をしていたセッカを「せっちゃん」と呼んでいたが、他の人型の精霊にも同じように接していたように思う。

 彼女が特にかわいがっていたのは自分の精霊の牛鬼だ。それ以外の精霊とは特に親交はなかったはず。

 逆に風とナツメはプロポーズしたされた間柄だ。ナツメは風のことが大好きだし、これ以上の精霊はいないだろう。

「気を付けてね、丹羽君」

「ちゃんと帰ってきてね。帰ってきたら丹羽くんの好きなサラダうどん作ってあげるから」

「いや、犬吠埼さん。それ死亡フラグ。それに俺は別にサラダうどんそんなに好きなわけじゃ…」

 サラダうどんはうどんをゆでて生野菜を盛るだけなので、樹の料理の腕でも比較的成功率が高いというだけなのだが。

「え? 好きだよね、サラダうどん。カレーうどんの方がよかった?」

「サラダうどん大好き!」

 以前しょっつるとかを使って作り出した物体Xを思い出し、丹羽は前言を撤回する。

「じゃあ、行ってきますね。東郷先輩、犬吠埼さん」

 笑顔でそう言うと丹羽の足が見たことのない形になる。まるでバーテックスと融合したみたいだ。

「その足は?」

「アカミネさんと一体化するとバーテックスと融合してパワーアップできるんですよ。これは速度上昇の足ですね」

 説明を受けていた東郷はそれが以前どこかで見たような気がする事に気づく。

「バーテックスと融合ってどういうこと⁉ それにそのバーテックス、以前どこかで見たような…」

「おっと、そろそろ結城先輩がこっちに来ちゃう! 行かなきゃっ!」

 もっとよく見ようと近づこうとした東郷から逃げるように丹羽は樹海の上を駆け抜けていった。

 なにか怪しい…。

「東郷さーん! 樹ちゃーん! 無事?」

 丹羽と入れ替わるように友奈がこちらへ向かってくる。どうやら鉢合わせはしなかったらしい。

「友奈ちゃん。双子座もどきは樹ちゃんが」

「はい、頑張りました」

「そっか。樹海に来たら東郷さんも元気になったみたいでよかったよ」

 にっこりと笑う友奈に東郷は違和感を感じた。

「友奈ちゃん、どうしたの?」

「え?」

「どこか怪我したの? 大丈夫?」

「あははは、変な東郷さん。大丈夫だよ、どこも怪我なんて」

「だって、友奈ちゃん痛いのを我慢している顔をしてる」

「っ!?」

 東郷の言葉に樹が見てもわかるほど友奈は動揺している。

「なんで…そんな」

「え?」

 友奈が拳を握り何かを呟いた。遠かったのでよく聞こえなかったが、振り絞るような声だ。

「友奈ちゃん?」

「大丈夫! 東郷さんと樹ちゃんは何も気にしなくていいよ。私に任せて!」

 そう言うとにっこりと笑顔を浮かべる。それは東郷が見たらすぐに無理した作り笑顔だとわかるものだった。

「友奈ちゃん。迷ったら相談。それが勇者部のはずよね」

「そうですよ友奈さん。もし何か悩んでいるなら」

「大丈夫だって。2人とも心配性だなぁ」

 友奈は貼り付いたような笑顔でスマホを操り、地図が表示された画面を見て「よしっ!」とうなずく。

「じゃあ、行ってくるね。絶対丹羽君(・・・)のこと倒して、四国と皆のことを守ってみせるから」

 丹羽がいるであろう樹海の前線に向かって2人に手を振り、友奈が走っていく。

 おかしい。今の友奈はおかしい。それに今の会話、どこか違和感が…。

「あっ」

 考え、東郷は思い至った。

 友奈は丹羽のことを人類の仇敵とは呼ばず、丹羽君と呼んでいた。

 風でさえ「丹羽明吾」というフルネームか、人類の敵と呼んでいるのに。彼女だけが以前と同じように君付けで呼んでいる。

 どうして? ひょっとして、彼女は丹羽明吾のことを憶えている?

 だとしたらなぜ東郷が聞いた時「知らない」といったのか?

 疑問をそのままにできるほど、東郷は無能ではなかった。

 スマホをタップし、スカイブルーの勇者服に変身する。

「東郷先輩!?」

「行きましょう樹ちゃん。何か嫌な予感がする」

 丹羽には何もするなと言われたが、その約束は守れそうにないかもしれない。

 東郷は友人が間違った道に進もうとしていたら、彼との約束を破ってでも止めるつもりだった。

 

 

 

 スマホの地図アプリを見ながら樹の元へ向かっていた風は困惑する。

 双子座もどきを表すアイコンは樹の近くで止まり、その後消滅した。

 妹が御霊なしとはいえ巨大バーテックスを倒してくれたことに、風はほっとすると同時に妹の成長に驚いたものだ。

 だが今度はその隣にまた赤い点が付き、そこには【人類の仇敵】と表示される。

 これはどういうことだ? 双子座の中から人類の仇敵が出てきたのか?

 混乱する風は樹の元へ急ぐ。早く、早く樹を助けに行かないと。

 そう思っていたら友奈が樹と東郷の元に近づくと、その人類の仇敵は樹の元から離れてこちらに向かってきた。

 見ればその人類の仇敵はすごい速さでこちらに向かってきている。もうしばらくすれば目視で視認できる距離だ。

「来るなら来なさい」

 やって来た友奈を見て2体1は不利だと悟ったのか。前衛と後衛の間で孤立している自分に狙いを定めたらしい。

 相手はなめてかかって来たのだろうが、こちらは勇者部部長だ。返り討ちにしてやる。

 風は走るのをやめ、敵の襲撃に備えて大剣を構えどこからでも来いと集中した。

 やがて現れた白い服の人型の敵に、風は奇妙な感覚に陥る。

 初めて会ったような気がしない。むしろ自分は目の前の敵をよく知っているような…。

 いや、気のせいだ。相手は人類の敵。もう精神攻撃が始まっているのかもしれない。

「犬吠埼先輩。一応先に言っておきますけど、俺に敵意はありません。武器を収めてくれませんか?」

 人間のような姿で人間のような言葉を話せば相手が油断すると思っているのだろう。

 なぜ自分のことを犬吠埼先輩などと呼ぶのか疑問に思ったが、それも敵の能力なのだろう。風はその言葉を無視する。

 当然武器を手放すつもりはない。これが答えだと言わんばかりに風は人類の敵に斬りかかった。

「っ、ダメか⁉」

 人類の敵は風の剣を躱し、インファイトに持ち込もうとする。

 だがそれは想定済みだ。友奈ほどではないが風も格闘戦は得意だ。

 相手の服をつかみそのまま巴投げでぶん投げようとしたとき、人類の敵の腕が光りに瞬く。

「マエトーソ・ハンド。スタン」

 次の瞬間電撃が風の身体を襲った。

 体がしびれて動かない。しまった! 組み合うこと自体が罠だったか。

「ごめんなさい、犬吠埼先輩。でも、これで」

 人類の敵、丹羽明吾がこちらに向かって手を伸ばしてくる。

 ダメだ。ここで自分が倒れたら誰が勇者部の皆を、妹を守るんだ。

 アタシが頑張らないと。勇者部部長、犬吠埼風は奮起する。 

 幸いにも先ほどの戦闘で空になった満開ゲージは充分たまっていた。

 あとは決意するだけ。

「満開!」

「なっ!?」

 丹羽明吾が驚いている。相手もまさかこの状態から切り札を出すとは思わなかっただろう。

 さあ、今度はこちらがやり返す番だ。風は人類の敵を攻撃しようと大剣を振りかぶる。

「それは……それは違うでしょう。満開は、みんなと相談して…決して1人で抱え込まないってあの時言ったじゃないですか!」

 自分を見つめる丹羽明吾の悲痛な顔に、風はなぜか胸が痛んだ。

 なぜそのことを知っているのか。そんなことはもうどうでもよかった。

 こいつさえ倒してしまえば、風も、勇者部の皆も、誰も彼ももう悩む必要はないのだから。

 

 

 

 ゆゆゆいバーテックスのマエトーソの力を使って風の動きを止め、その間にナツメを身体の中に入れて記憶を取り戻す。

 そんな単純な考えでいた丹羽は己の考えの浅さに怒りが沸いていた。

 彼女は勇者部で2番目にメンタルが弱いくせに責任感だけは人一倍強い少女だ。

 それが四国を滅ぼすと神託されている自分に対してどんな感情を向けているか、考えればわかることだったのにと。

 おそらく風は自分が差し違えてでも丹羽明吾という人類の仇敵を滅ぼそうとしている。

 あれだけ勇者部の皆に禁止していた満開まで使って。

 今まで自分は勇者たちに満開をさせないために戦ってきたが、その自分が原因で彼女を満開させてしまうとは…皮肉にしてはキツすぎないか神樹様よ。

 丹羽は歯噛みする。もっと彼女のことを考えるべきだった。慮るべきだったのだ。

 ここまで彼女を追い詰めたのは、他でもない自分。

「なんでアンタがそんなことを…いや、どうでもいい! 人類の敵、必ずアタシが倒す!」

 風の大剣が丹羽に迫る。

 よく風の満開は他の勇者に比べて「地味」だとか「実はバーテックス1体も倒していない」とかネタにされるが、そんなことはない。

 あのレオの巨大な火球も受け止めて押し負けないほどだし、純粋なパワーアップという点では正当な形だろう。

 まあ、園子を含め他の5人がチートじみてるだけなのだが。

 日輪のような輪を背負い、神道の神官のような衣装となった風に丹羽はどう対応しようか攻撃を避けながら考える。

 下手に攻撃を受け止めるのは悪手。人型のバーテックスならともかく、自分の身体が耐えられるとは思わない。

 逃げ続けるのも悪手だ。こうしている間に友奈が追い付いて彼女まで戦闘に加わったら間違いなく自分は死ぬ。

 最善手はたとえ自分が傷ついても最速で風に組み付き、ナツメを体内に入れて記憶を取り戻す!

 決意をすると丹羽は大剣を振り回す風の隙を伺う。

 ――今!

 攻撃の前段階、わずかにできた隙を見逃さず丹羽は風に向かい突っ込む。

 だが、それは風がわざと作った隙だった。

「え?」

 視界が縦に二分割される。

 ややあって、自分の身体が風の大剣によって真っ二つに切断されたのだと知った。

 ああ、焦りすぎて失敗したなと反省する。こんな終わりになるなら、樹の記憶を取り戻さなければ…よか、た。

 丹羽明吾の意識はそこで消滅した。

 

 BADEND【丹羽君、真っ二つ】

 

 ………

 ……

 …

 

 その時、不思議なことが起こった!

 

 はっ、今のは⁉ 俺の身体ちゃんとくっついてる!?

 丹羽は思わず自分の身体を見た。ちゃんと正中線から右半身と左半身はサヨナラしていないことにほっと息をつく。

 改めて満開状態の風に向かい合う。風は作った隙に飛び込んでこなかった丹羽に警戒しているようだ。

 焦るな、落ち着けと丹羽は心の中で自分に告げる。むやみに突っ込むのと考えた末での行動は違う。

 ここは自分の持てる最高の手段で風を無力化する!

「マエトーソ・ハンド、スタン!」

 とりあえず初手電撃は基本。風の持つ大剣に向けてさっき放ったものよりも強力な電撃を放つ。

「くっ⁉」

 大剣を通じて風に電撃が届くここを期待したが、そうはいかないらしい。だったら!

「チェーンジ・アタッカハンド!」

 力技で大剣を叩き落す。

「なんだか小細工をしているみたいだけど、食らえええ!」

 風が電撃をまとった大剣をこちらに振り回してくる。

 それを丹羽はスウェーで避けていく。当たれば必死。ギリギリの距離でどんどん風との距離を縮め、ついに大剣の根本にたどり着く。

「勇者パーンチ!」

「なっ!?」

 放たれた渾身の一撃に風の大剣は宙を舞い、樹海に突き刺さる。

「ナツメさん!」

『了解した。主』

 丹羽がすかさず風を地面に押し倒し行動を封じると、現れたナツメが風の胸元に入っていく。

 

『風の作る料理はうまいな』

『風を娶るのは私。これは譲れない』

『風、毎日私のために味噌汁を作ってくれ』

『? 風がどれだけいい女かみんなに知ってほしかったからだ。その上で私は主へ風を娶ると宣言する』

『やはり風の胸枕は世界一。主でもここは絶対譲れない』

 

 風の記憶の中からナツメとの記憶がよみがえっていく。同時にその宿主である丹羽の記憶も。

 最初会った時、状況を説明する自分に悪いのは大赦だと言ってずっと抱えていた罪悪感を軽くしてくれた。

 3体同時に訪れた蟹座、射手座、蠍座戦では嘔吐する自分の背を優しくなでてくれたっけ。

 生まれて初めてのデートではどちらが払うか揉めたこともあったが、楽しかった。男の子に服を買ってもらうなんて初めての経験だ。

 それから、それから、それから。

 どんどんとダムの放流のようにとめどなく丹羽との記憶があふれてくる。その時掛けてくれた言葉も、その時受けた感情も。

 どうして自分はこんな大事なことを忘れてしまっていたんだろう?

「に、わ?」

 瞳を見ると、安心した顔の丹羽が風に微笑む。

「はい。思い出してくれましたか? 犬吠埼先輩」

「丹羽、丹羽! この馬鹿!」

 風は涙を流し自分に覆いかぶさっている丹羽に抱き着く。

 それと同時に満開が消え、いつもの勇者服へと戻った。

 満開の後遺症で左目の光が失われていく。それを見て丹羽の表情が陰るが、風は気付かない。

「いや、馬鹿はアタシだ。東郷があんなに言ってたのに大赦の言うことを鵜呑みにして! アンタのことを思い出そうともしなかった! ごめん! ごめん」

「仕方ないですよ。今の俺は人類の敵なんですから」

 泣きじゃくる風を優しく慰めてくれる。

 この場に他の誰もいなくてよかった。勇者部部長のこんな情けない姿なんて見せられない。

「丹羽、なんでみんなアンタのことを忘れちゃったの? それに神樹様がアンタを人類の敵って神託をしたのはどうして?」

「えっと、話せば長くなるんですが……っ!?」

 どこから話そうかと考えていた丹羽は、自分に向けられた殺意に風を抱え横に転がる。

「ちょ、丹羽⁉」

 ドゴン! と音がして先ほどまで自分がいた樹海の地面がえぐれていた。相変わらずの破壊力に冷や汗が流れる。

「犬吠埼先輩まで、殺すつもりだったんですか? 結城先輩」

 最後に立ちはだかる勇者部最強の存在。いや、バーテックスにとって最強の天敵に向かって丹羽は言う。

「うん。だって、神樹様の言うことは絶対なんだよ。丹羽君は絶対に滅ぼさないと」

 勇者パンチを放った結城友奈は、こともなげに言う。

「風先輩が命を懸けて人類の敵を抑えてくれてたんだもん。私はその覚悟に報いるよ」

「違うのよ友奈、これは⁉」

 風が友奈を必死に説得しようとしていたが、多分彼女の耳には入っていないだろう。

 なぜなら彼女の瞳には人類の仇敵である丹羽明吾しか目に入っていないのだから。

 

 

 

 四国に生きるものにとって神樹様は絶対の存在である。

 生まれてからずっと両親が、教師が、政治家が。すべての人間がそう教えてきた。

 そして学校で行われる神樹様への「拝」。これも神樹に対する信仰心を刷り込む立派な手段だ。

 つまるところ四国に生きるものにとって、神樹様のお告げである神託は絶対であり、逆らったり疑問に思う方がおかしい。

 ましてや彼女の元になったのは神樹に取り込まれた勇者、■■■■である。

 彼女以上に神樹の熱心な信徒は存在しないだろう。

「結城先輩。俺はあなたに敵意はない。だから」

「うん、じゃあ抵抗せずに死んで」

 勇者パンチ。

 完全に油断していた丹羽に彼女が放った渾身の一撃が突き刺さる。

「友奈⁉ 丹羽ぁあああっ!」

 風の悲鳴が樹海に響く。

 丹羽は吹っ飛び樹海の地面に何度もバウンドして腹を抑えうずくまった。

 まずい、まずい、まずい。

 7つの御霊を持った水瓶座戦でもここまで絶望的な状況ではなかった。

 敵として対峙して改めてわかる。彼女はまさしく自分の天敵だ。

 現にたった一撃でバーテックスの肉体がもう限界だと悲鳴を上げている。

「勇者ぁあああキーック!」

 追撃の勇者キックを丹羽は転がるようにしてギリギリ躱す。

「勇者パンチ! パンチ、パンチ、パンチ、勇者キーック!」

 連撃。そのどれもが文字通り必殺。

 何とか立ち上がりフェルマータの足で逃げ回る。

 こうなったらしっぽを巻いて逃げた方がいいかもしれない。

 自分が生き残るためにはそれが最善手だ。

 だが、それでも丹羽明吾という勇者は。勇者を守る勇者として存在することを創造主である人型のバーテックスの言葉で決意した自分はここで引くわけにはいかない。

 彼女たちが笑顔でいられる未来が、自分にとっての至上命題なのだから。

「結城先輩。これが最後になるかもしれないから、訊かせてください」

 だから、丹羽明吾は決意する。この戦いで、彼女の中から【勇者】というがんじがらめになっている(くさび)を解き放とうと。

「あなたは今、なんのために戦っているんです?」




 神樹様と敵対するなら、ラスボスはもちろん主人公に決まってるよなぁ。
 果たして丹羽君は主人公補正に勝てるのか?


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【ノーマルルート】勇者であることを否定する VS結城友奈

 あらすじ
風「満開! 人類の敵ぶっ殺す!」
丹羽「ナツメさん、お願いします」
ナツメ『風、思い出してくれ。私と一緒に過ごした日のことを』
風「そんなの知らない!」
ナツメ『記憶は失っていても、身体は憶えているはずだ』
風「え?」
ナツメ『風の胸は最高だ。揉んでよし、枕にしてよし、抜群の安心感を与えてくれる。まるで故郷の海のように』
風「ちょ、ちょっと!?」
ナツメ『そんな風のおっぱいが、私は大好きだ』
丹羽(無言の拍手)ナツメフウテェテェ
風「なんなのよアンタらは⁉」
アカミネ『お姉さまはそんなこと言わない!』
風「アンタも誰よ!?」


 8月31日。友奈宅。

 自室に戻った友奈は大赦から新しく支給されたスマホをタップし、勇者システムを起動させる。

『~♪』

「牛鬼だー! 会いたかったよー」

 出てきた自分の精霊との邂逅に頬を擦り寄せた。懐かしい感触に思わず笑顔が浮かぶ。

「待っててね、今牛鬼の好きなビーフジャーキーあげる」

 いそいそと部屋に常備しているビーフジャーキーの封を切り自分の精霊に与える。

 もきゅもきゅと食べる姿に友奈はとろけた顔をした。

 ああ、かわいいなぁ。

 実は友奈はひそかにお役目が終わってもまだ精霊がそばにいる丹羽のことをうらやましく思っていた。

 自分だって牛鬼ともっと一緒にいたいのに丹羽君だけずるい! と普段はそんなことを思わない友奈が不満を持つほどに。

 それは夏祭りで内心を吐露して丹羽に心を開いた結果、少しだけ人並みなわがままを彼に抱くことができた結果なのだが、彼女は気付かない。

「えへへ~。牛鬼はかわいいなぁ」

 だから彼のように精霊と一緒にいられる今の現状は、彼女にとって至福の時間だった。

 久しぶりに再会した牛鬼と遊び、満足した友奈は牛鬼に尋ねる。

「そうだ! 牛鬼も丹羽君の精霊みたいにできるの?」

『?』

 宿主の唐突な質問に、牛鬼は首をかしげる。

「ほら、丹羽君の精霊さんは丹羽君と合体していろいろできるでしょ? 牛鬼もできるかなーって」

 それは単純な思い付きだった。

 彼ができるのならば自分もできるのではないか。

 今までの自分ならば思いついても口にはしなかっただろう。ただ、なんとなく、自分も彼がやっていることを真似してみたくなった。

 それは妹が姉の真似をして同じ髪型にしたり、同じ習い事をしたいと駄々をこねたりするのと似たような気持ち。

 親愛、憧れ、あるいはもっと近づきたいという想い。

「おぉ~。こんな感じなんだ。不思議」

 牛鬼が身体の中に入ると、なんとなく気力が充実してくる気がする。

 これがいつも彼が感じている感覚。なんとなくそれが嬉しくて、友奈はベッドに転び足をバタバタとさせた。

 早く明日にならないかな。彼に会いたい。

 明日から学校は再開し、勇者部の部活も本格的に再開される。

 そうすればまたあの楽しい日々が始まるのだ。

 お役目もあるけど、彼や部活の仲間が一緒なら負ける気がしない。

 友奈はわくわくしながら9月1日になるのを待っていた。

 身体の中に牛鬼を入れたことなどすっかりと忘れたまま。

 

 

 

 9月1日。その日友奈は東郷の声ではなく母親の焦ったような声で目を覚ました。

 寝ぼけ眼で急かす母親に促され急いで制服に着替えて居間へ行くと、そこには大赦の仮面をつけた人間が3人待ち構えている。

「結城友奈様。朝早くから申し訳ありません」

 頭を下げる大赦仮面たちに両親は恐縮していた。友奈も慌てて顔を上げるように言う。

 それから聞いた話は信じがたい内容だった。

 昨日まで勇者として一緒にお役目を果たし、大赦にも一緒に行っていた丹羽が神樹様の神託によって人類の仇敵と告げられたこと。

 人の姿をして勇者のふりをして自分たちをだましていたということだった。

 大赦の人間が言うには大赦にいる巫女が全員同じ内容の神託を受けたらしい。

「じゃあ、本当に」

「結城友奈様は東郷美森様が巫女の資質をお持ちなのをご存じですか?」

 大赦仮面の言葉に、友奈は首を振る。

「今、東郷美森様は高熱を出して意識不明の状態です」

「そんな!?」

 友奈は驚き、急いで東郷の元へ向かおうとする。

「お待ちを。その前に結城友奈様にお伝えしておきたいことがございます」

 大赦仮面によればおそらくそれは人類の敵による精神攻撃であり、東郷の発熱はそれに抗っているものだと推測されるという。

 友奈としては訳が分からない。

 今まで一緒に戦ってきた丹羽がそんなことをするとは思えない。

 でも、もしそれが自分たちを騙すための行為だとしたら? 目の前の大赦仮面が言うように東郷を苦しめているのが彼だとしたら?

 それは絶対に許してはいけない【悪】だ。

 だって、神樹様が嘘を言うわけがないのだから。

 それから大赦仮面に、もし丹羽明吾のことを憶えているものがいたらそれは彼に洗脳された証だと言われ肝が冷えた。

 なぜなら自分も彼のことを憶えていたからだ。

 だが幸いにも大赦仮面はそのことを友奈には確認しなかった。ただ注意を促しただけで帰っていく。

 大赦仮面を見送ると、友奈は急いで東郷の私室へ向かい、彼女を見舞った。

 あわただしく部屋を出入りするお手伝いさんに少しだけと釘を刺され、東郷と対面する。

 珠のような汗をかき、呼吸も荒い。手を触れるまでもなく高熱を出しているのがわかり、友奈は怒りに震えた。

 自分の親友をこんな目に合わせた存在に。そしていままで仲間のふりをして皆をだましていた存在を。

 東郷が心配だったが、友奈は学校へ登校した。

 夏凜と話した時、「勇者部に男の人っていたっけ?」とそれとなく探りを入れたら否定されてほっと息をつく。

 よかった。夏凜は洗脳されていないようだ。

 その直後ホームルーム中に丹羽明吾本人が来たときはうまくごまかせただろうか? 知らないふりをしたが、彼への怒りを隠しきれたとは思えない。

 だが、同時に自分の言葉にショックを受けた顔を見た時、本当に彼は悪い存在なのかと疑ってしまった。

 一瞬でも神樹様の神託を疑ってしまった自分が恥ずかしい。だって、神樹様は四国を守ってくれる神様で、自分たち勇者に力を貸してくれ存在なのに。

 そんな【善】の存在が自分たちを騙すために嘘をつくわけがない。

 その後園子が転校してきて、昼休憩になった。その時に園子が丹羽明吾に洗脳されていたことが判明する。

 園子が部室を去った後すぐ大赦に連絡したが大丈夫だろうか? 園子を監視するために夏凜についていかなかったが、園子の目的が夏凜に追い詰められた丹羽明吾の救出だったら失敗だったかもしれない。

 だが同時に風と樹が洗脳されていないこともわかり、友奈は一安心する。

 これで明日東郷が丹羽明吾のことなど忘れていれば、また昔の勇者部に戻り、平和になるはず。

 でもなぜか、その光景を想像した時どこか物足りなさというか、寂しさを感じてしまった。

 

 

 

 9月2日。恐れていたことが起こる。

 なんと東郷が丹羽のことを憶えていて、風や樹に憶えていないのかと訊き始めたのだ。

 完全に丹羽明吾に洗脳されてしまった東郷の言葉に、友奈は否定するしかなかった。

 その際彼女が言っていた内容に、胸を引き裂かれるような痛みを感じる。

 違うんだよ東郷さん。それは丹羽君が私たちを騙すためにしていたお芝居なんだよ。

 でも、本当にそうだろうか? お芝居であんなに自分の身を犠牲にするようなことができるの?

 ああ、また神樹様の神託を疑ってしまったと友奈は心の中で自分を罰する。

 彼のことをなまじ憶えているせいで、こんな気持ちになってしまう。どうして神樹様は私の記憶も風先輩や夏凜ちゃん、樹ちゃんのように消してくれなかったのか。

 疑問に思うが、これはきっと意味のある事なのだと思う。仲間を騙し、勇者部をバラバラにしようとする丹羽君の正体を知っている私を、神樹様はどう動くか見守っているんだ。

 そう無理やり自分を納得させ、友奈は東郷の言葉に同調するふりをしてゴールドタワーに向かった。

 そこで洗脳された園子と対峙した時、後に自分は親友の東郷の気持ちなど思いやっていなかったことを痛感する。

 なにしろ彼女がスマホを取り出した瞬間こちらも変身して、園子を取り押さえようと考えていたのだから。

 親友同士が戦う姿を見て、東郷がどれだけ傷つくのかなど考える余裕もなかった。ただ、神樹様の神託通り丹羽君を倒さなきゃと焦るばかりで暴走してしまったのだ。

 その後の東郷の沈みようは重傷で、帰りの車の中でも「丹羽君はいたの」と壊れた人形のように繰り返していた。

 幸いにも夏凜や防人隊の皆は丹羽君に洗脳されていなかったようだ。一緒にお役目も果たせるし、これまでのように勇者部として活動できるらしい。

 だが、東郷は心を閉ざしてしまった。

 友奈が何度「丹羽君なんて人はいないんだよ」と言っても彼女は「いた」と言い続けた。ついには部屋へ引きこもり姿も見せてくれなくなる。

 ああ、自分は間違えてしまったと友奈は後悔した。あの場でもう少し東郷の気持ちを思いやっていれば。

 その後も友奈は東郷の元に通い続けた。何度も何度も東郷は丹羽君に騙されていたんだと告げ続ける。

 しかし彼女はそれを受け入れず、ついにお役目でバーテックスが襲来する日を迎えてしまった。

 塞ぎこんだ彼女を戦場に連れていくことにを躊躇したが、引きこもってばかりいるのは身体に悪い。樹海でもいいから外に出れば気分が変わるかもという期待もあった。

 だが戦場に出て、友奈は後悔する。まさか双子座もどきが3体も出現していたとは。

 1体は風と夏凛が。もう1体は自分が倒したが最後の1体をとり逃してしまった。

 急いで樹と東郷のいる後衛へ元へ向かう中、友奈は悔やむ。また自分は間違えた。こんな危険な場所に東郷を連れてくるべきではなかったと。

 だがそんな友奈の横をすごい速さで何かが通り過ぎていく。

 それを友奈は正しく認識した。

 勇者システムで強化された身体能力が、空手で鍛えた動体視力がその姿を見逃さない。

 あれは自分の記憶にある勇者部唯一の男子部員であった、そして自分も勇者だと思っていた人類の敵、丹羽明吾。

 自分が倒すべき相手。神樹様が早急に滅ぼすべしと神託を下した相手。

 だが一瞬、自分は願ってしまった。

 丹羽君、樹ちゃんと東郷さんを助けてと。

 なんてことだ。この期に及んで自分は騙されていると知っている相手に頼ろうとしている。

 しっかりしなくてはと猛省した。

 友奈が2人の元にたどり着くと、もう双子座もどきとの戦いは終わっている。2人は黙っていたが、おそらく丹羽君に双子座もどきを倒してもらったんだろう。

 そしておそらく東郷は丹羽と会話した。以前のように元気を取り戻したのがその証拠だ。

 どうして丹羽君なんだろう。私があんなに頑張っても彼女の笑顔を取り戻すことができなかったのに。

 友奈は知らず自分が嫉妬しているのに気付き、恥じた。こんなの全然勇者じゃない。

 ましてや仲間に対してこんな感情を抱くなんて…。

 ちがう、丹羽君は仲間じゃない。人類の仇敵だ。だって神樹様がそうおっしゃったんだから。

 東郷さんだって、きっと丹羽君に洗脳されて、こうなってるだけ。

 彼を倒せば全部元通りになる。

「だって、友奈ちゃん痛いのを我慢している顔をしてる」

 だから、東郷にそう言われた時は心臓が止まるような気持だった。

 神樹様の神託通り丹羽を倒そうと心に決めてから、ずっと胸が痛むのをごまかしていた。

 彼と一緒に勇者部の活動で訪れた四国の町を歩くたびに、その記憶の残滓がちらつき、苦悩する。

 本当に彼は人類の仇敵なのかと。

 神樹様に仇名す【悪】なのか。本当に自分たちが戦うべき相手なのかと。

 その度にそんなことを考えた自分が許せなくて、猛省した。

 自分たちは神樹様に選ばれた勇者。その神樹様が倒せというなら、自分たちが倒すのが当たり前なのだ。

 

『それに、結城先輩はそう考えるのが間違いだって自分を顧みることができる冷静さを持ってるじゃないですか。魔王を倒せばすぐ平和が訪れると思ってる短絡的で思考放棄してるよりずっと立派ですよ』

 

 違う! 自分は思考停止なんてしてない。

 神樹様の言うことは、大赦の人が言うことに間違いなんてあるはずはないんだ。

 

『いたいけな中学生をだまして戦わせるなんて、なんてひどい組織なんだ。おのれ大赦!』

 

 そうだ。今思えば丹羽は最初から大赦を敵視していたように思う。

 あれは大赦とその信仰の対象である神樹様を最初から敵視していたことにつながるんじゃないだろうか。

 うん、きっとそう。

 なぜなら丹羽明吾は、自分が倒すべき【悪】なのだから。

 樹と東郷はダメだ。多分丹羽君に洗脳されてしまった。

 だってそこにいたはずの丹羽君の存在を自分に秘密にして、樹1人で双子座もどきを倒したと嘘をついたから。

 きっと、彼女たちはこれから自分のしようとすることを許してくれないだろう。

 だけどわかってくれる。彼を倒せば洗脳が解け、また元の勇者部に……。

 元の勇者部ってなんだ?

 唐突な疑問に友奈は思わず足を止める。

 考えてみれば、乙女座戦から丹羽明吾はずっと勇者部の部員たちを助けてくれた。

 それこそ、このいなくなった数日でどれほど彼に依存していたかわかるほど。

 いつも重い荷物を誰に頼まれるでもなく自分から進んで運んでいた。

 友奈がいないときは車椅子の東郷が作業しやすいようにさりげなく補助したり、障害物があって車椅子が通れないような事態に陥らないように事前に部室を掃除してくれたり廊下のごみを片付けたりしていた。

 樹が苦手な初対面の人との会話は彼が担当していたが、徐々に樹に話すのを任せ今では樹も立派に人に意思を伝えることができるようになった。

 風は彼がいなくなってわかりやすく覇気がなくなって、友奈も心配したほどだ。部活でも戦闘でも1番息の合っていたコンビだっただけに、それは仕方ないのかもしれない。

 夏凜はそんな風を友奈の代わりに支えてくれていた。そういえば夏凜が勇者部の皆に心を開いたきっかけであるメールの返信も、丹羽の精霊のセッカのお節介によるものだと本人に聞いたことがある。

 あれ? だったら丹羽君がいなくなった勇者部ってなんだろう?

 風が友奈と東郷と樹を勇者部に入れたことをずっと気にしたままで、東郷は変身できないのを気にして悩んでいたのだろうか。

 樹が自分の意思をはっきり言えず周囲に流されるままで、夏凜が勇者部と打ち解けることができずバラバラのままの部活。

 それって、本当に自分が望む勇者部なの?

「違う」

 友奈は首を振る。そんなのはまやかしだ。

 風先輩はそんなに弱い人じゃない。

 東郷さんは、自分の弱さを他人に当たり散らすような人じゃない。

 樹ちゃんは助けなんてなくてもちゃんと成長している。

 夏凜ちゃんだって、きっと丹羽君がいなくても自分たちと打ち解けてくれた。だってあんなにいい子なんだから。

 じゃあ、貴女は?

「え?」

 唐突に自分に語り掛けてきた胸の内から聞こえてきた疑問に、友奈は驚く。

 丹羽君がいなかったら、貴女はどうなっていた?

「そんなの、今と変わらないよ」

 呟く声は、弱弱しい。

 そうだ。丹羽がいなければ自分は本心を東郷や勇者部の皆に語ることはずっとなかっただろう。

 でも、それってそれほど重要なことだろうか?

 だって、彼も言っていたではないか。誰にだって秘密にしていることはある。それは悪い事ではなく、健全なことだと。

 それにたとえフリでもそれはもう結城友奈という人間の一部だ。内面も含め魅力だと言ってくれた。それによって救われた人もいたと。

「そうだよ。別に丹羽君がいなくても」

 変わらない。勇者部は何も変わらない。

 友奈は迷いを振り払ってスマホの画面に映る人類の仇敵の元に向かう。絶対に神樹様に仇なす【悪】を倒すという決意を秘めて。

 この時友奈は気付かなかった。

 自分を支える言葉が神樹様の教えではなく、自分がこれから倒そうとしている人類の仇敵がかつて自分にかけてくれた言葉だということに。

 

 

 

「あなたは今、なんのために戦っているんです?」

 唐突な丹羽の言葉に、内心の動揺を悟られることなく友奈は返す。

「もちろん、神樹様の神託により人類の敵になった丹羽君を倒すためだよ」

「そうですか。でも自慢じゃないですけど俺は四国の人たちや皆さんに悪い事をしたつもりはないし、これからもするつもりはありません。それでも?」

「神樹様がそう言ったんなら、私は丹羽君を倒すよ」

「やめなさい、友奈! 丹羽は敵じゃない!」

 風の言葉を無視し、友奈は丹羽に攻撃を打ち込む。

「勇者パーンチ!」

「ぐっ⁉」 

 打点をずらされた。有効打にはならない。

 だが攻撃をかばった腕はだらんと垂れ下がっている。骨が折れたのだろうか?

「それが、結城先輩の答えですか? 本当に?」

「当たり前だよ。だって私は神樹様の勇者なんだから」

 まるで自分に言い聞かせるように言う友奈に、丹羽は強い否定の言葉を叫ぶ。

「違うでしょう! 結城先輩は勇者じゃない!」

 その言葉に、友奈はびくりと身体を硬直させる。

「何言ってるの? 私は勇者だよ」

「結城先輩は結城友奈って言うただの女の子でしょう! 初対面なのにグイグイ来て、東郷先輩が嫉妬するからやめてって言っても名前で呼ぼうとするのをやめない。コミュ力モンスターでメンタル鋼かと思いきや内面は普通の女の子よりちょっと臆病で、実は誰よりも人の距離感を測っている。そんなただの女の子なんですよ!」

「うるさい! 私はそんなんじゃない。私は、私は勇者なんだぁあああ!」

 丹羽の言葉に友奈が激昂して大ぶりの攻撃をしてきた。それこそ丹羽の狙いだ。

「チェーンジ・スケルッツォハンド! カノンレッグ!」

 防御力に優れたゆゆゆいバーテックス、スケルッツォの力を腕に、ノックバックしないカノンの力を足に宿した形態に変化し、友奈の攻撃を受け止める。

「ほら、ただの女の子だからこんなに簡単に攻撃を受け止められる」

 実際は防御特化のこの姿でなければ致命傷なので内心は冷や汗ものだ。

 だが、彼女を説得するためならここで体を張らなくてどうする!

「それとも手加減してくれたんですか? 優しいですね。他人が傷つくくらいなら自分が傷ついた方がいい。みんなが苦労するなら自分がもっと頑張って支えればいい」

 友奈の攻撃を受け止めながら、丹羽は告げる。

「そんな結城先輩の考えが、大嫌いでした!」

 カウンターで友奈の腕を掴んで投げる。だが勇者システムで強化された友奈の身体能力は猫のように体を回転させ、きれいな受け身を取る。

「自己評価が低くて、自分が傷ついても誰も傷つく人間なんていないって言う傲慢な考えが嫌いでした!」

「それの何がいけないの⁉ みんなが傷つくくらいなら、私が頑張れば誰も傷つかずに済むなら!」

「チェーンジ・ロンドレッグ!」

 丹羽は脚部の能力を6つの足を持つゆゆゆいバーテックスに変化させる。

「勇者キーック!」

「サイクロンエッジ!」

 友奈の必殺技と丹羽の蹴りが空中で激突した。

 衝撃波が戦いを見守っていた風を襲う。丹羽の足から繰り出された疾風の刃が友奈の蹴りを押し返し、吹っ飛ぶ。

「結城先輩が傷ついて、東郷先輩や勇者部の皆が心配しないわけないでしょう⁉」

 丹羽の言葉に、友奈は頭をガツンと殴られたような気がした。

「犬吠埼先輩も! 三好先輩も! そのっち先輩も! 犬吠埼さんも! もちろん俺も…大好きな結城先輩が傷ついて、ボロボロになっていく姿を見て何も思わないはずがないじゃないですか!」

 その言葉に、「そうよ友奈ちゃん!」と東郷の言葉が続く。

 見れば後衛にいたはずの東郷が自分を見つめていた。隣には心配そうな顔をしている樹の姿もある。

「友奈さん!」

「友奈! 丹羽の言う通りよ。アタシは、アンタが傷つく姿なんて、見たくない!」

「東郷さん、樹ちゃん、風先輩」

 自分を見つめる3人の顔に、友奈は呆然とした。

「私、そんな皆を傷つけるつもりなんて。ただ、私が頑張らないと…。丹羽君を倒すなんてつらいこと、みんなが傷つかないように、私がやらないと」

「じゃあ、その傷ついた結城先輩は、誰が助けてくれるんですか?」

 丹羽の問いかけに、友奈は答えられない。

 そんなことを考えたこともなかった。ただ自分は勇者として、四国に生きる人々を、勇者部の皆を守れればいいと思っていたのだ。

「そんなの、あたしたちに決まってるじゃない」

「夏凜ちゃん」

 声に顔を向ければ、そこには前線にいたはずの夏凜がいた。

「あんたも風も1人で抱え込みすぎなのよ。勇者部5箇条、悩んだら相談! これ作ったのあんたらでしょうに」

「夏凜…そうね。返す言葉もないわ」

 自分で禁止していた満開まで使ってしまった風は、視力を失った左目を抑え夏凜の言葉に反省する。

「だから、困ったときは頼りなさいよ。あたしは悩んで傷ついたのを隠されるより、痛いって言って頼ってくれた方が嬉しいわ」

「わたしもです! 友奈さん」

「夏凛ちゃん、樹ちゃん」

 夏凜と樹の言葉に、丹羽はうなずく。

 これなら自分がいなくなっても勇者部の皆は大丈夫だろう。

「友奈ちゃん! 本当は丹羽君のことを憶えているんでしょ?」

 東郷の言葉に友奈は身体をびくっとさせる。

「どういうこと、東郷?」

「友奈ちゃんは丹羽君のことをずっと人類の敵とかフルネームじゃなくて以前と同じように呼んでいたんです。だから」

「違う!」

 東郷の言葉を友奈は強く否定した。

「だって、私は勇者だから……勇者じゃなくちゃいけないから! そのちゃんや東郷さんみたいに丹羽君に洗脳なんかされてない! 神樹様が人類の敵って認めた丹羽君と仲良くしちゃいけないんだ。倒さなくちゃいけないんだ!」

「友奈⁉」

 突如態度を豹変させた友奈に勇者部の他の4人が混乱している。

 しまった、勇者スイッチが入ったかと丹羽は内心で舌打ちした。

 結城友奈は勇者という存在に固執している。だから神樹が敵と認定している丹羽を仲間として認めることは彼女としては許せないことなのだろう。

 だが東郷の言う通り丹羽のことを憶えていたとしたら、なぜ自分のことを攻撃したのだろうと丹羽は首をひねる。

 丹羽は知らないことだが、大赦は丹羽明吾の記憶を失っていない人間は丹羽明吾に洗脳されたと勇者に教えていた。

 神樹が強制散華で勇者たちの記憶を奪った時、友奈はたまたま牛鬼を身体の内に宿していたせいでそれを防ぐことができたのだ。

 だが、それが自己矛盾という苦しみを生む。

 自分は神樹の勇者でありながらもなぜか神樹の敵である丹羽明吾のことを憶えている。

 それがずっと友奈の心を傷つけていた。

「何言ってるの友奈ちゃん。丹羽君は勇者部の仲間で、一緒に戦ってきた仲間でしょ?」

 そのことを知らない東郷は、知らず友奈を追い詰めてしまう。

「違うよ! それは丹羽君が私たちを騙すためのお芝居で、本当じゃなくて」

「友奈、それ本気で言ってるの?」

 友奈の言葉に風が呆然とする。

「だって、だって! そうじゃないと神樹様が嘘の神託をしたことになるじゃないですか! 丹羽君は四国を滅ぼす敵じゃないとおかしいんですよ!」

「おかしいのは友奈さんですよ! 丹羽くんは騙すなんて器用なことはできないし、百合イチャ好きの変なところはあるけど大切な仲間じゃないですか!?」

「違うよ、樹ちゃん。それは私たちを油断させて騙すため…だってそうじゃないと」

「友奈、どうしてそんなに意固地になって丹羽を敵にしたいの?」

「夏凛ちゃん! 夏凜ちゃんは大赦の勇者だからわかるよね! 神樹様の神託は絶対で、丹羽君は敵だよね!」

 友奈はすがるような目で見るが、夏凜はそれに首を振る。

「丹羽はあたしたちの仲間で、四国を一緒に守って来た仲間よ。人類の仇敵なんかじゃない」

「違うよ、違うよ…みんな騙されてる! 神樹様の神託は嘘なんかじゃない!」

「友奈!」

「そうですよ。俺は人類の敵で、皆をだましてました」

 頭を抱えイヤイヤするような友奈をさらに追い詰めるようとしている他の部員の声を遮り、丹羽は言う。

「実は俺、バーテックスなんです。人類の敵っていうのも本当で、いままで人間のふりをして皆をだましていました」

「丹羽、アンタなにを」

 何か言おうとする風の言葉を手を上げて止め、友奈に言う。

「でも、結城先輩にはどうすることもできませんよね。自己犠牲大好きな結城先輩はみんなの代わりに俺を倒すつもりみたいでしたが、さっきも攻撃を防がれましたし。人類の敵になすすべもないただの女の子ですもんね」

 丹羽の言葉に、友奈が反応する。

「勝手に暴走して勝手に傷ついて。誰も頼んでいないのにつらい役目を引き受けた挙句つぶれる。迷惑な存在ですよ。それでいて本人はいいことをしたつもりだから手に負えない」

「丹羽君、言いすぎよ!」

 友奈への悪口を流石に看過できず、東郷が丹羽をにらみつけた。

「神樹様に選ばれた勇者? 違いますよ。あなたはただの結城友奈。コミュ力モンスターな攻略王の仮面をかぶっている臆病な、ただの女の子です」

「違う違う違う! 私は神樹様の勇者で、四国を滅ぼす敵を倒すんだ!」

 友奈が憎しみを込めて丹羽をにらみつける。この時初めて丹羽は人間らしい彼女の生の感情を見た気がした。

「いい顔ができるじゃないですか。それなら本気の一撃を出せそうですね」

「ちょっと、丹羽くん⁉」

 友奈を挑発するような丹羽の言葉に、樹は混乱する。

 勇者部の仲間同士が戦うのが嫌だと言ったのはどこの誰だったのか。

「もし俺が結城先輩の攻撃を耐えられたら、認めてください。自分は勇者なんかじゃなくて、ただの中学2年生の女の子だって。勇者の結城友奈ではなく、ただの結城友奈だって」

 これは賭けだと丹羽は思う。

 もしこれが成功すれば、結城友奈を縛っている勇者という呪縛を解くことができるかもしれない。

 失敗してもどうせ自分が死ぬだけ。だが先ほど東郷と樹に怒られないために生き残らなければと決意したばかりだ。

 当然死ぬつもりはない。

「……いいよ。丹羽君。私の全力全開をぶつける。そして丹羽君を倒す」

 友奈がまっすぐに丹羽を見つめる。勇者部の他の4人が必死にそれを止めようとするが、丹羽と友奈が告げた。

 これは自分という存在をかけた戦いなのだから、手を出すなと。

 そしてどんな結果になっても、誰も責めないでくれと約束させた。

 4人が見守る中、先に動いたのは友奈だ。

「勇者パーンチ!」

「スケルッツォ・アーム!」

 友奈の必殺の一撃を防御特化の腕で防ぐ。

「勇者パーンチ、パンチパンチパーンチ」

 連撃を次々とさばいていく。これも夏休みの間夏凜と訓練をしたおかげだろう。

 友奈は距離をとり、助走をつけて走り出した。恐らくこれが決め技。

「勇者、キィイイイック!」

 渾身の一撃を迎え撃つように、丹羽も宙に跳躍し迎え撃つ。

「コンフォーコ・キーック!」

 炎をまとわせた蹴りが友奈の勇者キックと衝突し、衝撃波が樹海に広がる。

「きゃっ!?」

「東郷先輩!」

 吹き飛ばされそうになる東郷を樹がワイヤーを使って捕まえた。

「何よこの威力⁉」

「立って、られないっ!?」

 風と夏凜も自分の武器を突き立てて衝撃波に飛ばされないように必死だ。

 やがて衝撃波が収まり、煙が晴れていく。

 膝をついていたのは友奈だった。立っている丹羽は友奈に向けて声をかける。

「結城先輩、この際言わせてもらいます。結城先輩はいろんなものを背負いすぎです。勇者としての使命であったりいい人であろうとする道徳であったり。でも結城先輩はまだ子供なんだから、もっと甘えたりずるくなってもいいんです」

 いや、お前の方が年下だろうと夏凜は思わずツッコミかけたがそういう雰囲気ではないので黙っておく。

「だから全部自分で背負い込もうなんて思わないで。そうやって自分が傷つくことで心配する人間が自分の周りにいることを忘れないでください。それが――俺の最期の願いです」

「え?」

 声を上げたのは誰だったか。

 ゆっくりと倒れた丹羽は、そのままピクリとも動かない。

 冗談だと思った。いつものように友奈と東郷がイチャイチャしたらすぐに飛び上がり「あら^~」と目を輝かせると勇者部の誰もが…友奈でさえも思っていたのだ。

「丹羽、君?」

 いつまでも動かない後輩に、友奈は声をかけ身体を揺さぶる。だが、反応はない。

「丹羽君? ねえ、丹羽君! 丹羽君ってば!」

 友奈は涙でぼやける視界の中、必死に丹羽に声をかける。

「勝ったんだよ丹羽君は! 私、もう丹羽君のこと勇者として倒そうなんて思ってないよ。ただの結城友奈になって、神樹様の神託に絶対従おうなんて考えてない」

 友奈に近づいた東郷が肩に手を置き、ゆっくりと首を振る。それでも友奈は声をかけるのをやめない。

「もう丹羽君のことを人類の敵だなんて思ってない。これからは困ったことがあったらみんなに相談するし、頼れる優しい後輩の丹羽君にも聞いてほしい。だから、だから…ねえ」

 樹海化が解けていく。それと共にスマホの画面に表示されていた【人類の仇敵】というアイコンは消滅した。

「目を開けてよ、丹羽君!」

 丹羽は答えない。ただ丹羽の中から出てきた友奈そっくりの精霊が、無言で友奈の中に入って行く。

 その日、2人の勇者が消えた。

 1人は人類の仇敵とされたイレギュラーな勇者、丹羽明吾。

 もう1人は結城友奈。神樹様を盲信し、誰よりも大赦が望む勇者に近かった勇者だった。

 

 結城友奈は、もう勇者ではない




 丹羽君は死にましたが友奈ちゃんの自己犠牲精神と勇者としての妄執を断つことができたので問題ありません。
 やっぱりサラダ(うどん)は最強の死亡フラグでしたね。
 今回丹羽君が生き残るためにはダイスを2個振り11以上の目を出す必要がありました。
 あるいはヘテロ堕ちしてルートが確定していると、恋人との絆としてヘテロブーストがかかった状態なので食いしばりスキルが発動します。
 ちなみに一般的な四国民の神樹様信仰度を50とすると友奈が100で亜耶ちゃんが200です。 
 それだけ信仰している対象の言葉なので、友奈にとって神樹様の神託は絶対です。
 だから、その信仰を打ち消すためには命を投げ出す必要があったんですね。
 命は投げ捨てるもの。
丹羽「安いもんだ。特に俺の命なんて」


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【ノーマルルート】狂った勇者

 あらすじ
 丹羽君vs友奈。キック対決はお約束。
丹羽「結城先輩。俺はずっとあなたのことが大嫌いでした」
友奈「たとえ丹羽君が私のことを嫌いでも、私は君のことが大好きだよ」
丹羽「結城先輩は結城先輩でしょ。勇者なんかじゃない!」
友奈「ありがとう。そう思ってくれる君がいるから、私は戦えるんだ」b
丹羽「俺、助けてくれ! 結城先輩がクウ〇初期の五代〇介並に全然話聞いてくれない!?」
(+皿+)「ごめん。ハイパー無敵モードの攻略王の相手は無理」
友奈「さあ、丹羽君。いや、明吾君。私と友達になろうよ」
丹羽「いやー! 攻略しないで―!?」



「園子様! 乃木園子さまー!」

 大赦の座敷牢で軟禁されていた…いや、自ら進んで軟禁されている乃木園子の元にスマホを持った巫女が飛びこんできた。

「なーにー? そんなに慌ててどうしたの?」

「お役目です! バーテックスの襲来と四国の樹海化が確認されました!」

 自分より少し年上の巫女が息を切らせて頭を下げ、スマホを持った両手をこちらに伸ばしている。

 この娘は今の園子の世話役の1人で、名前は何だっただろうか? 確か五穀米とかに関する名前だったはずだ。

 ヒエ、アワ、キビ、麦、豆…あれ? 大豆と小豆だったっけ?

 まあいっかと園子はスマホをタップする。

 園子の周囲に蓮の花が咲き誇り光に包まれた。

 光が収まるとそこには白い勇者服を着た園子が槍を持っている。

「ありがとう、キビちゃん。じゃあ、行ってくるね」

「小麦です! どうか勇者様にご武運を。神樹様の加護がありますように」

 熱心に自分に祈りをささげてくれる少女にまじめだなぁと思いながら園子は座敷牢から出て大赦の外へ出た。

「へー。樹海化した四国ってこうなってたんだ」

 初めて見る樹海化した四国に、思わずそんな感想が出た。

 見た目はバーテックスと戦っている神樹の結界に守られた樹海と変わらない。

 ただ木の根の中心である神樹があるのが特徴だろうか。

 園子は勇者システムで強化された跳躍力でその場に向かう。

 この時のために園子は大赦で軟禁されていたのだ。

 園子は大木に手を当て、念じる。

(神樹様、神樹様、どうかお答えください)

【我を呼ぶものは誰ぞ?】

 園子の呼びかけに神樹はすぐに答えた。

 この場に丹羽がいたら、おい、俺の時と態度が違うじゃねーかとツッコんでいただろう。

【心清き人間の乙女よ。我に何用か?】

 しかも呼び名まで違った。ここまで露骨に違うと逆に感心するレベルだ。

(お聞きしたいことがあります。どうして丹羽明吾を四国の平和を脅かす人類の敵と巫女たちに神託なさったのですか?)

 園子が念じると、神樹の大木が揺れ、枝葉がざわめいたように感じた。

【なぜ? なぜだと? 心清き乙女よ。あれが何かわかっていて言っているのか?】

(はい。丹羽明吾は男でありながら勇者として襲来した数々のバーテックスを倒しています。あなたに尽くした勇者に対してこの仕打ちはあまりにも非道としか)

【あれは我が選んだ勇者ではない。いや、勇者ですらなく人ですらない】

 神樹の言葉に園子は混乱する。

(どういうことですか?)

【心清き乙女よ。お前たちは騙されていたのだ。あれは人にあらず。人の姿をした天の神の使い、バーテックスよ】

「バーテックス? そんな、にわみんが?」

 神樹の言葉に園子はさらに混乱した。

 見た目も言動も、完全に人間にしか見えない。あれが演技なら大したものだ。

 それに命がけで自分を助けてくれた。東郷も彼に助けられたというし、バーテックスならなぜそんなことを?

 それに自分と同じ趣味をもつ彼との会話は一朝一夕で身につくものではない。本気で百合を愛する人間でなければあそこまで語れない。

(神樹様、本当に、本当に丹羽明吾はバーテックスなのですか? 何かの間違いでは?)

【くどい。我は真実しか言わぬ】

 無機質な感情を感じさせない神樹の声に、園子は考える。

 丹羽がバーテックスならば目的はなんだ。何のために讃州中学勇者部に近づいたのか?

 勇者に選ばれた少女たちを利用しようとした? それになぜ同じバーテックスと戦って…

「あっ」

 同じような存在に、園子は心当たりがあった。

 人型のバーテックス。親友である三ノ輪銀を助けてくれた恩人だ。

 彼もあのバーテックスと同じなのだとしたら。

 いや、もしも彼自身があのバーテックスなのだとしたらどうだろう。

 彼と一緒にいた精霊のスミが銀に似ていた理由もそれなら説明がつく。

 銀が勇者であると知っているのは大赦と銀の両親を除けば須美と自分、そして銀をさらって治療していた人型のバーテックスだけ。

 もし人型のバーテックスが人工(?)的にバーテックスから人間を、勇者を作り出そうとして、そのモデルに銀を選んだなら。

 いや、それならば丹羽明吾が銀に似ていないとおかしい。なぜ精霊なのか?

(もしかして、逆なの?)

 丹羽は精霊の力を体の内側にいれることで勇者に変身して戦うと言っていた。

 これが本当は逆で、勇者の力を封じ込めた精霊が実は銀のデータを基に作られたバーテックスで、人間の丹羽明吾は別の目的で作られたバーテックスなのだとしたら。

 園子の頭の中で急速にパズルのピースが組み立てられていく。

 2年以上前の記憶がないのは2年前に作られて壁の外から四国に送られたから。

 東郷を守ったのもそのように命令されていたから。それが実行されたから銀とそっくりの精霊と融合し、勇者に変身出来た?

 つまり、丹羽明吾というバーテックスは最初から勇者を――東郷美森こと鷲尾須美を守るようにプログラムされていたのか?

 だとしたらそれは…とても悲しいことだと思う。

 丹羽明吾は自分が作られた存在とは気づかず、ずっとプログラムされた命令通り勇者たちを守って来た。

 それこそ命がけで。園子の散華を治療したあの出来事も、それなら納得できる。

 その優しさが、献身が、本人の意思ではなく彼を作った人型のバーテックスの命令だったなんて。

 だとしたらあのタイミングで丹羽明吾を助けに来たのも納得がいく。彼の正体がばれたので回収に来たのだろう。

 だが、園子にはもう1つ気になったことがあった。

(神樹様、丹羽明吾は本当に三ノ輪銀の魂を返すように頼んだのですか? 鷲尾須美…東郷美森の供物としてささげた記憶を返すように頼んだのですか?)

 そう、これが嘘ならば園子は丹羽と人型のバーテックスを許せない。

 最初から自分や勇者の皆をだますために近づいたことが確定するからだ。

【愚かな奴よ。天の神の使いごときの穢れた魂と心清き乙女のものとが釣り合わぬのは道理だろうに】

(え?)

 神樹の言葉に園子は自分の推測が外れまた混乱する。

 本当に彼はそう願ったらしい。しかも自分の命を対価に? だとしたらなぜ?

【古き事柄まで持ち出して、今思い出しても業腹である。だが、勝手に我がそれを承諾したと勘違いして意気揚々と去っていった姿は滑稽だった】

 自分の魂まで差し出してまで天敵である勇者の三ノ輪銀の魂を取り戻してどうするのか。それでは何のために四国に潜り込んで――

 

『俺にとって、君たち女の子…もとい子供たちが笑顔でいられる世界はそれだけで尊いんだ。君たちが笑顔でいてくれることが、俺にとっての得なんだ』

 

 まさか。

 いやいやまさか。

 そんなことのために? でもそれ以外の理由が思いつかない。

「本当に、ただの善意で…勇者の皆を助けたくてこんなことをしていたっていうの?」

 同じバーテックスを敵に回し、勇者の皆を命がけで助けて。神樹様に自分の魂の代わりに三ノ輪銀の魂を肉体に返してくれと嘆願したのがただの善意だなんて、誰が思うだろう。

 自分だってまだ半信半疑だ。でも、あの日丹羽が言った同志という言葉は嘘ではないように思う。

 それに、よくよく考えてみたらあの人型のバーテックスの言っていた言葉は百合イチャ好きの彼が言っていたこととよく似ている。

「まさか…」

 まさか本当に、百合イチャが見たいがためにバーテックスを相手に戦って、わたしたちを助けてくれようとしたの?

 あまりにも…あまりにも馬鹿馬鹿しい考え。以前の自分なら一笑に付して考慮するべきではないと斬り捨てた内容だろう。

 だが、同じ趣味を持つ同志として丹羽と語り合ったあの時間が、魂を震わせるほど語り合った百合への愛がそうに違いないと結論付ける。

 そう、丹羽明吾こと人型のバーテックスは、勇者の女の子たちの百合イチャを見たいがため同族を裏切り、人類に味方をしたバーテックスだと。

「あは」

 思わず笑い声が出た。おかしくて仕方ない。

「あははははは!」

 突然笑い出した勇者に、手を触れた大木の幹から神樹が困惑するのがわかる。

(神樹様。最後に1つ教えてください。どうして丹羽明吾の記憶をみんなから消したんですか?)

 園子の言葉に、何を馬鹿なことをというように神樹は答える。

【人類の敵を討つのに心清き乙女たちが悩まぬよう我からの心遣いだ。それにあのような者の記憶などあっては心清き乙女が穢れてしまうだろう】

 そうか。と園子は納得する。

 今まで大赦の大人は信用できないと思っていた。それがなぜかわからなかった。

 いま、ようやくわかった気がする。

 園子は槍を持ち、大木に向かって振り下ろす。

【何をするのだ! 心清き乙女よ!?】

 敵は人型のバーテックスではなかった。もちろん丹羽明吾でもない。

 目の前にいる、百合の尊さを知る彼が差し出そうとした命を穢れた魂と言い放った四国の信仰の対象。神樹だ!

「返してよ」

 園子は声を上げる。かつて人型のバーテックスに言ったように。

「ミノさんを返せ! わっしーの記憶を返せ! この偽物の神様め!」

【なんということを! 心清き乙女よ、我を傷つけるとは…お前はあの天の神の使いの味方をするつもりか!?】

「バーテックスだからどうとか、人間だからどうとか関係ない! にわみんは、人型のバーテックスさんはわたしたちの恩人で、あなたなんかよりずっと素敵な存在だよ!」

【愚かな。我も眼が狂ったか。このような穢れた魂を清き乙女と見まがうなど】

「うるさい、返せ! ミノさんの魂を! わっしーの記憶を! みんなから勝手に奪っていったものを返せぇえええ!!」

 園子は叫びながら一心不乱に神樹の大木に向かって槍を振るう。

 が、次の瞬間園子の変身は強制的に解除された。

【馬鹿者が。我が与えた力で我を滅ぼそうなど。許すはずがあるか】

「人間を、舐めるな!」

 園子はいざという時のために隠し持っていた乃木家に伝わる守り刀を手に、神樹に刃を振り下ろす。

(ご先祖様、わたしに力を貸して!)

 万感の思いを込め、神樹の大樹に向かって振り下ろす。

「うわぁああああああああああああ!」

【やめろ、穢れし乙女よ! 我を、我らを苦しめるなぁあああ!?】

 園子が力いっぱい手に持った小刀で神樹を斬りつけると、神樹の樹液が樹海に飛び散る。

「返せ! 返せ! 返せぇえええ!」

【やめろぉおおお! この恩知らずめえええ⁉】

 園子は刃を振り下ろす。何度も、何度も、何度も。力の続く限り。

 その攻撃は樹海化が解けるまで続けられた。

 

 

 

 讃州中学の屋上に戻って来た勇者部5人は、意気消沈していた。

 6人目にいたはずのイレギュラーな勇者は、いない。樹海化が解けるのと同時に光の粒子になって消えてしまった。

 後に残ったのは、友奈の手に残ったわずかな灰のような粉だけ。

「あの馬鹿! あれだけ注意したのに!」

 夏凛がすでにいない丹羽に向けて怒りを吐き出す。

「ちゃんと話し合いなさいって。みんなの言葉を受け入れて、納得できる結論が出るまで話し合えって! 自分が嫌われて身を引こうとするのはやめなさいって! なのに、こんな…こんな終わり方って」

「夏凜」

 風は涙を流す後輩を抱きしめる。そうしないと自分が泣いてしまいそうだからだ。

「丹羽くんはうそつきだよ」

 ぽつりと同級生でもあった樹はつぶやく。

「勇者部の皆が傷つけあうのが嫌だって言っておきながら友奈さんに喧嘩売るし、空手やってる友奈さんに勝てるわけないのに。帰ってきてねって言ったのに」

 樹の視界が涙でぼやけ始める。

「サラダうどん、食べてくれるって言ったじゃない! わたしの作った料理、全部食べてくれるのなんて、丹羽くんしかいないんだよ!」

 他の勇者部部員が全員昏倒するなか、最後まで樹の料理を食べきってくれた姿を思い出す。

 とても食べられたものではなかっただろう。料理の腕が上がって気付いたが、最初のころの自分の料理の腕はひどいものだったと思う。

 口には出さなかったが、それでも全部食べてくれる彼の心遣いが嬉しかった。今ではなぜそれを伝えなかったんだろうという後悔が胸を満たす。

「樹、おいで」

「お姉ちゃん」

 涙を流す妹を風は優しく抱きしめる。

「あの丹羽のことだから、ひょっこり現れるかもよ。それこそ、ほら『犬吠埼サンドトウトイ…』って」

「ごめんなさい」

 おどけた様子で言う風の言葉を遮り、友奈が言う。

「全部、全部私のせいだ。私が勇者としての使命にこだわったから。神樹様の決定は絶対だって…丹羽君を倒さなきゃいけないって意固地になってたから」

「友奈、それは…」

 誰も口にしなかった。いや、口にしてはいけないと思っていた言葉を告げられ、4人はどう反応していいかわからない。

 なぜなら丹羽に、「どんな結果になっても誰も責めないでくれ」と念押しされたからだ。

 彼があんなことを言ったのは、こうなるとわかっていたからだろうかといまさらながら思う。

 だったら最後にとんでもない厄介ごとを押し付けてきたものだと腹が立つ。

 なぜなら勇者部5人は、失って改めて丹羽の存在の大きさを痛感したのだから。

「丹羽君の言う通り、勇者の使命なんて忘れてただの女の子になればよかった。そうすれば、今まで通り丹羽君といっしょに部活もできたし、東郷さんとだって仲直りできたのに」

「友奈、終わったことをこれ以上言っても」

「そうだよ。全部私のせいなんだ」

 風は嫌な予感がした。友奈の目から光が消えている。

「東郷! 友奈を止めて!」

 だが東郷も丹羽が消滅したことに少なからず…いや、かなり動揺していた。

 だから、風の言葉への反応が遅れる。

「え?」

 気が付けば友奈が変身して落下防止用の屋上のフェンスを飛び越えていた。

「友奈ちゃ…」

 フェンスを飛び越えた瞬間に変身を解いた友奈がさかさまになって、笑顔で「さよなら」と言ったような気がする。

「友奈ちゃん? 友奈ちゃん! いやぁあああああ!」

 一拍遅れて質量をもった何かが地面に落ちる重い音がした。

 急いで屋上のフェンスにしがみつき、下を見た東郷は絶叫する。

「「友奈⁉」」

「友奈さん⁉」

 東郷に続いて下を見た風と夏凛は、樹が見ないよう必死に抑えた。

「救急車を!」

「もう呼んでる! 樹はここにいなさい。東郷が変な気を起こさないように見張ってて!」

 風と夏凛が急いで屋上の扉からスマホを使いながら階段を下りていく音が聞こえる。

 勇者とはいえこの高さから頭から落ちたのだ。おそらく、もう。

「友奈ちゃん…丹羽君…どうして」

 どうして、2人とも自分を置いて行ってしまうの?

 東郷の言葉にならない声を、樹は黙って抱きしめることで受け止める。

 どうして神樹様はこんな残酷なことをなさるんだろう。

 丹羽を人類の仇敵扱いして今まで仲間だった勇者と戦わせるように仕向けたり、巫女に神託を下して四国の敵にしたり。

 本当に、神樹様は自分たちの味方なんだろうか?

 生まれて初めてそんな疑問が樹の胸から湧き上がって来た。

 

 

 

 友奈の意識は闇の中にあった。

 このまま消えてしまいたいと思う。どこまでも深い闇に溶けてしまいたい。

 だって、自分にはもう帰る場所なんてないんだから。

『あっきれた。ご主人が何を考えてあんなことをしたのかわかってないなんて』

 闇に包まれた世界に、そんな声が響く。

 閉じていた瞳を開けると、そこには自分そっくりな女の子がいた。

 胸の部分が自分より大きくて肌は褐色。髪は白かったが、間違いなく顔はいつも鏡で見る自分だ。

「私? でも、なんで」

『あー。うん。そこらへんは説明すると長くなるからただのそっくりさんってことにしておいて』

 白い髪の友奈はそう言うと、友奈に向けてウインクする。

『私はアカミネ。ご主人の精霊の1体で、結城ちゃんとご主人とのガチファイトに協力してたって言えばわかるかな?』

 アカミネの言葉に友奈は首をひねった。どういうことだろう?

『あー、その様子だとわかってないっぽい。いい、ご主人は精霊と一体化して勇者みたいに戦ってるの。つまりさっきまで結城ちゃんと戦っていたのは私の力を借りたご主人ってこと』

 その言葉になるほど。と友奈は納得する。つまり今までの丹羽とは違うあの近接特化の格闘形態はこの精霊の能力ということか。

『で、もう1つ気付いてないでしょ。なんでご主人が私1体だけの力で戦ったのか」

「え?」

『あの場にはお姉さまや他の精霊を宿した勇者がいたでしょ。本気なら皆に頼んで精霊を返してもらえばよかった。ご主人は精霊がいるほど能力が上がったんだし、さらにいえば切り札も使わなかったでしょ』

 たしかにそうだ。丹羽は友奈との戦いで水瓶座戦で見せた切り札を一切使わなかった。

 それにこの精霊の言うことが本当なら、なぜ風先輩や部員の皆に頼んで精霊を一時的にでも返してもらわなかったのだろう?

『あー、もう! 全然わかってない! 私も筋肉馬鹿とかよく言われるけど、結城ちゃんも相当じゃない!?』

 よっぽど呆然とした顔をしていたのだろう。自分そっくりの白髪の精霊が頭をかく。

『ご主人は自分の言葉を、自分の決意を結城ちゃんに届けたかったんだよ! 勇者はたくさんいるけど、結城ちゃんは1人しかいないんだって』

 その言葉に友奈は驚愕する。

 あの時は友奈の自己犠牲を否定し、挑発する言葉ばかりが耳に入って、友奈が勇者としての責任を放棄させようとしているのだと思っていた。

 結城友奈はただの女の子で、勇者ではないと。

 それは半分正解で、半分不正解。

『ご主人は、別に結城ちゃんが勇者であることを完全に否定したかったわけじゃない。ただ、勇者という使命にがんじがらめだった結城ちゃんの心を解きほぐしたかっただけ』

「そんな」

 だとしたら、あの時の言葉は自分の本心を引き出すために?

 勇者としての使命に意固地になっていた自分じゃなく、ただの結城友奈としての言葉を引き出すために?

『第一結城ちゃんの考え方は極端。勇者なら神樹様の神託は絶対なの? 大赦によって歪められたとか考えないわけ? どうしていきなり人類の敵に認定されたのか疑問に思わないの?』

 いちいちもっともだ。気が付けば友奈は正座し聞いてていた。

『ご主人と過ごした5か月で築いた絆は、信頼できないくらい薄っぺらだった?』

「それは違う! 違うけど…」

 たしかに丹羽と過ごした時間は大切で、とても楽しい思い出だ。

 だが、神樹様の言葉は無視できない。逆らえない。そう言う風に生まれてからずっと教育されてきたのだから。

 四国に生きる人間ならそれは当然のことだ。友奈はただそれが人より敬虔なだけで。

『まあ、そんな結城ちゃんだから、ご主人もガチでぶち当たるしかなかったんだけど』

「どういうこと?」

 ここまで話しているのにまだわからないのか、と呆れたようにアカミネは言う。

『他人の主張を否定するためには、自分もガチでぶつかり合うしかない。言うなればあれは拳と拳の語り合いだったんだよ』

 それは何となく友奈もわかる。だったらなぜ切り札を使ったり他の精霊の力を借りなかったのか。

 そのほうが圧倒的な力でねじ伏せられたし、丹羽だって消滅しないで…。

「あっ」

『気付いた? ご主人は結城友奈という人間とぶつかり合いたかったんだよ。本音で、複数の精霊の力を借りることなく。切り札っていうズルを使うことなく。自分の言葉で結城ちゃんの考えを変えさせたかったんだ』

『まあ、私の力を借りるのもギリギリ妥協点だったんだけどね』というアカミネの言葉に、友奈はうなだれる。

 そうか、彼が否定したかったのは友奈の人格じゃない。ただ、勇者という使命に凝り固まっていた自分の信念を全力で否定していたのだ。

 それなのに自分は、勘違いして。

「私…うぅっ、ぐす」

『ちょ、泣かないでよ! 私が泣かせたみたいじゃない!? 泣かせたのはご主人のせいなのに⁉」

 涙を流す友奈にアカミネは慌てる。

「でも、私気付く前に死んじゃって。貴女に言われるまで、丹羽君の覚悟なんて全然気づかなくて」

『あー、それは仕方ないかも。ご主人百合イチャでは饒舌(じょうぜつ)なくせに肝心なところ口下手だからなぁ。それに結城ちゃん死んでないよ』

 アカミネの言葉に思わず「え?」と声が出る。

『ていうか、勇者がそんな簡単に死ねるわけないじゃん。バーテックスの攻撃ならともかく、自殺程度で死のうなんて甘い甘い』

 続いて告げられた驚愕の事実にさらに「ええ!?」と驚く。

『あれ、これ言っちゃまずかったんだっけ? まあいいや。じゃあ、そろそろ時間だからばいばーい』

 待ってと声を掛けようとするがアカミネを中心に光が周囲を照らし、友奈もその光に飲み込まれていく。

『自殺なんてご主人もあなたの友達も喜ばないだろうからもうやめなさいよ! それにご主人は――』

 最後の言葉を聞く前に友奈の意識は白一色となる。

 ちょっと待って、なんて言ったの!?

 友奈は必死に問いかける。

 だが返事が返ってくることはなかった。

 

 

 

 目を覚ませば病院だった。

 なぜか心拍を図るテレビで見るような仰々しい機械に囲まれている。

 頭に触れようとするとそこには果物を包むネットのようなもの。

 どうしてこんなものがあるんだろうと考え、友奈は今までの出来事が走馬灯のようによみがえる。

 そうか、私は学校の屋上から変身して飛び降りて頭から…。

「友奈、ちゃん?」

 声に顔を向ければ、そこには東郷がいた。

 目元が腫れて赤い。どれだけ泣いたのだろうか。

 どうして? と考えて自分のせいかと思い至る。自分が丹羽君を…。

「ごめん、東郷さん。私が丹羽君を」

「馬鹿! 友奈ちゃんの馬鹿! どうして自殺なんか!」

 謝罪しようとする友奈の言葉を遮り、東郷が友奈を抱きしめる。

「私のせいだから。私が丹羽君の覚悟を理解していれば、戦わなくても話し合いで分かり合えていたはずなのに」

「でも、友奈ちゃんまでいなくなってしまったら私はこの世界に生きている意味なんか」

 反省の言葉を口にする友奈だったが、東郷の目から光が失われているのに気付き慌てた。

「だ、大丈夫だよ東郷さん。もうこんなことしない! 丹羽君の精霊にも怒られたし」

「精霊? ひょっとして丹羽君の中にいた友奈ちゃんそっくりの」

「うん。アカミネちゃんって言うんだって。さっきまでお話ししてたんだ。丹羽君がどうしてあんなことを言ったのか。本当の気持ちを教えてもらってて」

「た、大変です!」

 あの空間での出来事を離そうとしていた友奈は、病室に慌てた様子で入って来た樹を見る。

「どうしたの樹ちゃん。そんなに慌てて」

 急いできたのか、荒い呼吸の彼女を見つめた。ようやく呼吸が落ち着いた樹は病室にいる友奈と東郷に告げる。

「さっき、大赦から連絡が来て……お姉ちゃんと夏凜さんが大赦で大暴れして拘束されていた園子さんを連れて逃げたって。お姉ちゃんからはラインのメッセージで心配しなくていいから病院にいなさいって連絡があって。もうわたし、どうすればいいか」

 その言葉に、2人は顔を見合わせた。




 勇者たちへの各自メンタルケア。
 大赦に対する勇者たちの信頼回復。
 大赦組織の健全化。勇者にやさしい組織へ方向転換。
 満開、散華について事前に教え、勇者からの不信感フラグを回避。
 本来起こっていた樹の散華を回避。風の暴走フラグをへし折る。
 カウンターである園子の散華を治し、勇者部の仲間として絆を深める。さらに大赦への不信感を無くす努力。
(+皿+)「を、台無しにした気分はどうだクソウッド」
神樹「我悪くないもん! 本当のこと言っただけだもん!」
 神託を曲解して勇者を追い詰めたのはあくまで大赦。神樹氏は「我悪くないもん」と繰り返しており……。

 次回:どうあがいても大赦はつぶされる運命。


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【ノーマルルート】大赦をぶっつぶす!

 あらすじ
 神樹様vs乃木園子
神樹「君かわいいねー。我と神婚しない?」
園子「あははー。お断りかなー」つチェーンソー
 神 は バ ラ バ ラ に な っ た


 救急車に運ばれていく友奈と一緒に付き添った東郷と樹を見送った風の足は、気づけば部室に向かっていた。

 東郷はひどく取り乱していたが、樹がいれば大丈夫だろう。

 少なくとも今の自分よりは。

「ふぅ、くっうぅ…うぅううう~」

 部室に入ると鍵をかけ、壁にもたれかかった。

 ようやく泣くことができる。

 あの場では年長者の自分が涙を見せるわけにはいかなかった。友奈が丹羽を殺してしまったことを責めることも。

 ずっとがまんしていた。丹羽の記憶を思い出した時から、ずっと。

「うわぁああああああああああああ!」

 誰もいない部室で、風は人目をはばからず大声をあげて泣き叫ぶ。

 こんなに泣いたのはいつ以来だろうか。

 両親の告別式でも妹の樹の手前泣くことはできなかった。

 考えてみれば自分が思うまま感情をぶつけることができたのは、樹が生まれるまでの間の2年間だけかもしれない。樹が生まれてからはいいお姉ちゃんとして見本にならなきゃと無暗に泣いたり怒ったりした記憶はない。

 両親と死別してからは、それが特に強くなったように思う。

 だけど、彼の前だけは…丹羽明吾の前でだけは犬吠埼はお姉ちゃんや勇者部部長ではなく、ただの犬吠埼風になれた気がする。

 一緒にいると安心できて、与えられる無償の好意が心地よくて。彼なしの生活が物足りなく感じるほど。

「なんで、なんで、なんで!?」

 なぜ彼はいなくなったのか。

 なぜ彼は人類の敵として四国を滅ぼす敵とされたのか。

 なぜ友奈と丹羽は敵対しなければならなかったのか。

 丹羽を、勇者部の大切な仲間を奪ったのは誰だ!?

 友奈を追い詰め、丹羽と戦うように仕向けたのは誰だ!?

 風は自分が怒りをぶつけるべき相手を考える。そして1つの結論に至った。

「みんな、みんな大赦のせいだ!」

 そうだ。丹羽の記憶を持った勇者が丹羽に洗脳されたという間違った情報を教えたのは大赦だ。

 友奈があそこまで神樹様に…いや、神樹の神託に盲目的なまでに従っていたのも、大赦の教えのせい。

 そもそも大赦が友奈や自分たちを勇者に選ばなければ、丹羽と戦うこともなかった。勇者部はただ困った人や地域を助けるボランティア活動をする部活であったはずだ!

 全部、全部大赦が壊していった。平穏な時間も。仲間の笑顔も。

 犬吠埼風の、丹羽明吾への想いも!

「許さない! 絶対に、絶対に!」

 風は頭に血が上っていた。スマホの画面をタップし勇者服へ変身する。

「大赦を、つぶす!」

 大剣を持ち、宣言して窓から飛び出す。

 目指すは大赦。自分たちを騙し、丹羽を友奈に殺させた憎むべき敵のいる場所。

「風、風! 待ちなさい!」

 弾丸のように大赦へ向かい突き進む風の元へ赤い勇者服の少女が追いかけてくる。

 呼びかけに風は足を止めて大剣を構えた。目の前の少女をにらみつける。

「夏凜! どきなさい!」

 大剣を突き付けられても、夏凜は冷静だった。

 夏凜は大赦側の勇者だ。妨害は覚悟していた。

 だが自分の邪魔をするなら…自分たちを騙していた大赦の味方をするなら容赦しない。

「あんた、大赦に乗り込もうとしてるんでしょ?」

「だったら何!? 邪魔するなら」

「誰が邪魔するなんて言ったのよ。間違えないで」

 その言葉に思わず「え?」と声が漏れる。

「あたしはあんたの味方よ。あたしだって、今回の大赦のやり方…神樹様のやり方には頭に来てる」

 見れば夏凜の頬にも涙の跡があった。

 そうか、と風は理解する。彼女も自分のように誰もいない場所で泣いていたのだろう。

 そして部室の窓から飛び出してきた自分を追ってきた。

「大赦へ行くんでしょ? あんたは夏休みの最後に行っただけ。あたしのほうが内部構造に詳しい」

「夏凜、アンタ…」

 三好夏凛は大赦の勇者ではないのか? そんな疑問に夏凛は答える。

「行くわよ、風。大赦を…友奈と丹羽を戦わせるように仕向けたクソ野郎どもの巣窟に。讃州中学勇者部に喧嘩を売った奴らに、目にものを見せてやるのよ」

 決意を込めた夏凜の瞳に、風はうなずく。

「ありがとう、夏凜。でもいいの? アンタお兄さんが」

「兄貴ならわかってくれるわよ。ていうか、あたしにとっては兄貴より勇者部の皆の方が大事。もういなくなった丹羽も含めて、ね」

 その言葉に風はまた涙を流しそうになり、ぐっとこらえる。

 今やるのは泣くことじゃない。この胸から沸き立つ怒りをぶつけること。

「行くわよ、夏凜!」

「誰に言ってるのよ! あんたこそ後れを取るんじゃないわよ、風!」

 黄色と赤の勇者は拳を打ち付けあい、宣言する。

「「大赦を、ぶっ潰す!!」」

 

 

 

 大赦にたどり着くとすでに中は大混乱していた。

 大赦仮面が慌ただしく出入りしており、上へ下への大騒ぎだ。

「ちょっと、何なのこの状況?」

「わからない。でも、あたしたちにとって都合がいいことには間違いない」

 夏凛は風についてくるようにハンドサインを送り、大赦の最高責任者がいるはずの大赦の最奥を目指す。

 だが、そこはもぬけの空で、大赦仮面1人いない。

「どうする?」

「ここから先はあたしも入ったことがない。正直もっと詳しいのは、園子様…いや、園子くらいしか」

 とそこで気付いた。ここには座敷牢で軟禁された、いや自ら進んで軟禁されている乃木園子がいたはずだ。

 彼女が現状を知れば、きっと力になってくれるはず。

 風と夏凜は作戦を変更し、乃木園子と合流することにした。

 なるべく大赦仮面に見つからないように慎重に園子が監禁されている座敷牢へ向かう。

「いない!?」 

 だがそこには乃木園子の影も形もなかった。

 おかしい。何が起こっている?

 まさか、丹羽と同じく園子も大赦に何か…。

 嫌な予感がした2人の背中に、「ひっ!?」と息をのむ声が聞こえる。

「勇者の三好夏凛と讃州中学の勇者⁉ もう園子様のことをかぎつけたのか?」

 大赦仮面の言葉に嫌な予感が的中したと、夏凛は手に持つ刀を大赦仮面に突き付ける。

「これはどういう状況? 乃木園子はどこに行ったの?」

「い、言えない! 私だって大赦の職員だ! 守秘義務がある」

「アタシや勇者部の皆を騙していたくせに、何が守秘義務よ!」

 大赦仮面の言葉に風が怒りを隠そうとせず怒鳴る。

「御覧の通りうちの部長は気が荒いの。あたしたち、いろいろあって今すごく気が短くなってるのよ」

 夏凛は持っていた刀を振るう。大赦仮面の仮面が真っ二つにされ、地面に落ちた。

「ひ、ひぃいいい!?」

「もう一度だけ聞くわよ。乃木園子はどこ? この状況は何? 大赦の職員はあんただけじゃないってこと、忘れてないわよね?」

 再び突き付けられた刀に、素顔の大赦仮面は叫ぶように言う。

「そ、園子様は地下の牢に! 園子様は勇者でありながらこともあろうに神樹様を傷つけ、勇者になる力を奪われてからも何度も何度も御神体に刃を突き立てた罪で今詮議の最中で」

「園子が神樹様を⁉」

 とても信じられない内容に、風と夏凛は仰天する。

「そうだ! なぜ巫女は園子様にスマホなど渡したのだ!? いや、我々もこんな事態は想定していなかった。それもこれもあの人類の仇敵、丹羽明吾の策略」

「違うわよ!」

 苦々しそうに言う大赦仮面の言葉を遮り、風が言う。

「丹羽は人類の敵じゃない。あいつは、讃州中学勇者部所属のアタシたちの仲間よ! それをアンタらが」

「なっ、まさか貴女様も丹羽明吾に洗脳されて」

「少し黙ってなさい」

 大赦仮面の延髄をチョップし、夏凜は意識を失わせる。

「訊くべきことは訊いたわ。まずは園子を救出。それから大赦の奴らに落とし前をつけさせましょう」

「そうね。でも乃木はどうして」

「それは会って訊いてみないことにはね。ただでさえあたしたちの予想を超えたことをなさる方だったから。多分、あたしたちの知らない情報も持っていると思う」

 報告書を提出する一方的な関係だったが、大赦職員の話や逸話から彼女が一筋縄ではいかない存在であることを夏凜は充分承知していた。

 彼女を救出することは多分今の自分たちの状況にとって必ずプラスになることだ。

 夏凜の先導により2人は大赦地下牢へと向かう。

 途中見つかったり見張りをしていた大赦仮面はみねうちで昏倒させておいた。いざという時は大赦職員全員を相手にするつもりだったが、見つからないに越したことはない。

 大赦の地下牢はめったに使われることがない。大赦の長い歴史においても数えるほどしか中に人を入れたことはないという。

 いずれも大赦に弓引いた極悪人。あるいは大赦が行う儀式に絶対必要な巫女が逃げ出さないように閉じ込めたことがあるくらいだと以前夏凜は兄に効いたことがある。

 あの時は「へーそうなんだ」と聞き流していたが、まさか自分がここに来ることになるとは。

 牢の見張りを昏倒させ、鍵を奪う。かび臭い地下牢を進み、園子の名を呼ぶ。

「園子様-! じゃなかった。園子ー! どこー!?」

「乃木ー! いたら返事しなさーい!」

「え、にぼっしー、ふーみん先輩!? どうして」

 園子はあっさり見つかった。地下牢にいたのは彼女だけだったからだ。

「乃木、無事⁉ 待ってて。今鍵を開けるから」

「2人はどうしてここに? 何かあったの!?」

 夏凛が鍵を開け、園子を檻から出す。困惑した顔の彼女に、自分たちの目的を告げた。

「あたしたちは、大赦をつぶしに来たんです」

「大赦を⁉」

「ええ。丹羽を人類の敵、四国を滅ぼす敵とアタシと樹、友奈たちに吹き込んで、アタシたちを丹羽と戦わせたあいつらを絶対許さない!」

「そう。ふーみん先輩は記憶を取り戻したんだ。じゃあ、にわみんは?」

 園子の言葉に、風と夏凛は目を逸らし、拳を強く握る。

「丹羽は…死んだわ」

「え?」

「友奈と戦って、消滅した。樹海化が解けると死体すら残らなかった。ただ、灰のような塊が少し残っただけで」

 その時のことを思い出したのか、2人の表情が曇った。

「そっか。にわみんが…そっか」

 一方で園子もショックを受けていたが、何かに納得している様子だ。

「ふーみん先輩、にぼっしー。これから言うことはわたしが神樹様…いや神樹に直接訊いて来たこと。だから信用できる情報だと思って聞いてほしいんだ」

 園子の言葉にごくりと2人は固唾を飲んで聞く。

「にわみんはバーテックスだった。多分だけどあの人型のバーテックスの仲間。あるいはあの人型さんが四国に送り込んできた皆を守るためのバーテックスだったんだよ」

「「なっ⁉」」

 告げられた言葉に、2人は驚愕した。

「本人は自分がバーテックスだと気づいていなかったかもしれない。でも間違いなく勇者の皆を大切に想う気持ちは本物だった。たとえプログラミングされた感情だとしても、それはきっと」

「ちょ、ちょっと待って乃木⁉」

 園子の言葉を混乱する風が遮る。

「確かに友奈と最後に決着をつける時、アイツは自分がバーテックスでアタシたちを騙してたって言ってたけどあれは友奈を本気にさせるための言葉で」

「そっか。にわみんは自分がバーテックスだとわかってたんだ。その上でわたしの散華を治したり、皆を助けてくれた」

「ちょっと待ちなさいよ。それじゃ道理が合わない。だって…だってバーテックスはわたしたち人類の敵なんでしょ!?」

 自分で言ってハッとしたのか、夏凜が口をつぐむ。

 その言葉は神樹の神託や自分たちを騙していた大赦の言葉が真実だと認めているようなものだったからだ。

「うん。そうだね。でも、バーテックスの中にもわたしたちに味方してくれた存在がいたんだ。2年前、わたしには理解できなかったあの人型のバーテックスみたいに」

「それって…」

「いたぞ! ここだ!」

 もっと詳しく聞こうとしたとき、大赦仮面の大声が地下牢に響いた。

「応援をよこせ! 対バーテックス用の兵器を使ってもいいから取り押さえるんだ!」

「まずい! 風!」

「オッケー!」

 夏凜の言葉に風は大声を出していた大赦仮面を昏倒させ、さらに大剣で天井や周囲を破壊し、廊下に即席のバリケードを作る。

「園子、その話は後で詳しく。とりあえずここから脱出しましょう」

「うん。でも逃亡先は決めてあるの?」

 その言葉に夏凛は「あ」と思わず声を上げる。

 しまった。感情が先走って行動していたが、その後のことを考えていなかった。

 おそらく風も同じだろう。その考えを見透かしたのか、園子が言う。

「ひとまずゴールドタワーに逃げよう。わっしーや勇者部の他のメンバーと合流する方法は後で考えるとして、あそこなら当面の間は大丈夫だから」

 安芸には知らぬ存ぜぬを通してもらうつらい役目をさせてしまう。せっかく決まっている大赦の出世コースを棒に振るかもしれない。

 だが、ここで頼らない方が彼女に怒られる気がした。

「子供が何を遠慮してるの! 生徒を守るのが教師の務めです!」と彼女なら叱りながらも受け入れてくれるだろう。

 だが防人たちの家族を人質に取られれば内部からほころびが出るだろう。つまりあまり長居はできない。

「わかった。今園子は変身できないのよね。じゃあ、あたしが抱えていくから」

「ありがとうにぼっしー。あ、お姫様抱っこだー」

 車椅子だったころ、同じように抱き上げてくれた彼のことを思い出す。

 そうか。彼はもういないのか…。

 あらためてその事実が園子の心を重くする。

 夏凛は風と合流し、指示を出す。

「風、できるだけ建物を壊しながら園子を守ってついてきて。あたしは先行して出口までいる大赦の奴らを無力化してくる」

「え? 大赦の偉い奴らをぶっ飛ばすんじゃないの!?」

「それは園子の話を詳しく聞いてから。ひょっとしたらその人たちも神樹様に騙された被害者なのかもしれないから」

 夏凜の言葉に納得いかない様子の風だったが、続いて告げられた言葉にうなずく。

 先を行く夏凛は次々と出てくる大赦仮面を昏倒させ、意識を取り戻してもすぐに追ってこれないように風が床を破壊したり壁を壊してバリケードを作ったりして進行するのを遅らせる。

 こうして勇者2人が大暴れし、ただでさえ乃木園子が神樹様を傷つけるというありえない事態に混乱していた大赦をさらに大混乱させた。

 

 

 

 園子の提案通りゴールドタワーに逃げ込んだ3人を、防人の皆と安芸は快く迎えてくれる。

 特に夏凜と風は現役の勇者として防人たちから羨望のまなざしを受け、中にはサインをねだる者もいて2人を困惑させた。

「ごめんね、安芸先生。メブー。迷惑をかけて」

「こら。子供が遠慮しないの。それにあなたはわたしの教え子。生徒を守るのは教師の仕事です」

「迷惑なんてとんでもない。この程度のことで園子様に受けた恩が返せるならば。いつまでも好きなだけいてください」

 想像した通りの言葉を言ってくれる安芸に感謝しながら、園子は芽吹にも感謝をする。

 部屋を1室用意してもらい、そこに風と夏凜と共に入りようやく2人は変身を解いた。

「あー、疲れたぁ」

「ちょっと風。だらしないわよ」

 変身が解けるや否や室内に設置されたベッドに倒れこんだ風に、夏凜が注意する。

「ありがとうふーみん先輩、にぼっしー。わたしを助けてくれて」

 改めて2人に感謝の言葉を告げると、2人は何をいまさらという顔をする。

「何言ってんのよ乃木。アンタはもう勇者部の部員でしょ。部長のアタシが助けるのは当然よ」

「右に同じ。園子さ…園子はもう勇者部の仲間なんだから、遠慮は無用よ」

「夏凜。そう言うならいい加減様付けはやめたら?」

「仕方ないじゃない、今までずっと園子様って呼んでたんだから! ちゃんと言い直してるでしょ!」

 仲の良い2人を見て笑い、園子はこれまでのことを話した。

 神樹様との会話。自分が推測した丹羽明吾と人型のバーテックスの関係。そしてそれを知っても自分は神樹よりも丹羽と人型のバーテックスを信じる道を選んだこと。

「そう。そんなことが」

 話を聞いた風は考え込んでいる。丹羽が作られた存在だということに、少なからずショックを受けている様子だ。

「でも、園子の気持ちもあたしはわかるわ。例えば友奈や東郷が神樹様に魂を捕らわれたとして、それを丹羽が自分の命を犠牲にしても助けたいって思っていてくれたなら、たとえバーテックスだからって」

「そうだよ、にぼっしー。たとえバーテックスっていう正体を隠していたとしても、わたしたちにしてくれた彼の行為は変わらない。たとえ神樹様の言う通り騙されているのだとしても、あの優しさは嘘じゃないって確信を持って言える」

 園子の言葉に2人はうなずく。

「たとえ、それが……百合イチャ見たさからの行為だったとしても」

「「いや、台無しよ!」」

 せっかくイイハナシダナーで終わりそうだったのに、園子の語った動機で台無しだ。

「だって、人型さんがそう言ってたもん。『俺にとって、君たち女の子…もとい子供たちが笑顔でいられる世界はそれだけで尊いんだ』って」

「それを丹羽のあの百合好きと一緒にするのは…うん、あってる部分もあるから否定できない」

 考えれば考えるほど園子の推測を補完するような丹羽の言動を思い出し、風と夏凛はうなだれる。

 勇者の少女を命の危険を冒してまで助けようとした共通点。

 かつて園子が言われたという純粋な善意からの言葉と似通った丹羽の言動。

 そしてバーテックスでありながら同じバーテックスを倒し勇者を守ったということ。

 考えれば考えるほど人型のバーテックスと丹羽明吾は同一人物ではないのか? という裏付けになってしまう。

「それに2年以上前の記憶がないのも、乃木の説が当たってるなら」

「うん。海に1度も来たことがないって言ったあいつの言葉も納得ね」

 なにしろ相手はバーテックスだ。壁の外は灼熱の大地とマグマが流れ、炎が噴き出す世界。

 海なんて神樹様に守られた四国以外ではお目にかかれないだろう。

「でも、それなら精霊は? 丹羽と一緒にいた精霊はどうなるの?」

「そうね。直接訊いてみましょうか。ナツメ?」

 風の言葉に胸が光り、ナツメが出現する。

「農業王、ミントンちゃん。出てきて」

 同じように園子が語り掛けると、2体の精霊が出現した。

『ソーリー園子。その件に関しては私たちは話せないのよ』

『ごめんなさい』

 ウタノとミトが気まずそうに言う。

『すまない風。右に同じだ』

「そう。じゃあもうナツメのお味噌汁作ってあげない」

『なっ』

 ナツメがわかりやすく動揺していた。

「話してくれたら沖縄そばとかラフテーとかの沖縄料理作ってあげようと思ったのになー」

『だ、ダーティーよ風さん。イートで釣るなんて!』

『ナツメさん、こらえてください。あの人にお願いされたじゃないですか!』

『ウタノ、ミト…すまん』

 沖縄そばには勝てなかったよ…というようにナツメは語りだす。

 自分たちはかつて西暦で戦った勇者の記憶を持つ精霊であること。

 なぜバーテックスの丹羽に力を貸していたのかというと、自分たちの創造主である人型のバーテックスの話を聞き、勇者たちを守りたいという彼の考えに同調した結果だという。

 もちろん自分たちの天敵であったバーテックスに力を貸すのに抵抗がなかったわけではない。

 だが、人型のバーテックスは決して人間相手にその力を使わないと約束してくれた。破ったら君たちの手で俺を倒してくれても構わないと。

 その時は一切抵抗せずナツメたち精霊の制裁を受けると誓約したのだそうだ。

 ちなみに人間と違い、神霊や精霊の約束は口約束でも有効なのだと説明を受けた。

 決して破ることは許されず、もし破ればそれ相応の罰を受けるのだという。

 天の神の使いである人型のバーテックスもその例にもれず、約束を破れば手痛い罰を受けるそうだ。

 だから人型のバーテックスはこのことを話さないように「お願い」していたそうだ。約束ではなくお願いならば強制力はないし、破っても罰はない。彼女たちに拒否権もある。

「じゃあ、本当に」

 2年前、自分が人型のバーテックスに武器を向けた時から彼は本当のことしか言っていなかったのかと園子はあらためて気づかされた。

 そしてそれを信じることができなかった己を恥じる。

「なるほどねー。つまりアンタらはアタシたちの大先輩だったと」

「ということはウタノって、白鳥歌野⁉ あの初代勇者、乃木若葉が名誉家名として石碑を立てたっていう」

『ワォ、私ってそういうことになってたんだ。サプライズねみーちゃん』

『そうだねうたのん』

 もう1体の精霊とイチャイチャしている精霊に夏凜が驚愕する。

「とりあえず、この情報も含めて勇者部皆で共有したいわね。今東郷と樹は友奈のいる病院にいるはずだから、どうしましょう?」

「わっしーやいっつんをゴールドタワーにお迎えするのが1番なんだけど、難しいよね。ゆーゆが入院中だと」

「最悪、もう大赦の手が回ってると考えるべきよね。となると友奈を奪還して、それから残りの2人を」

 風の言葉に園子が提案とその問題点を告げる。それに夏凛が具体的な案を出していく。

「とりあえずラインで樹には無事だって連絡はしておくわ」

「風、ここでは」

「わかってる。ちょっと変身して遠くに行ってからメッセージを送ってくる」

 夏凛の言葉に風はうなずき、部屋を出ていった。

 大赦がどこまで把握しているかわからない以上、軽率な行動は控えるべきだ。念には念を入れるに越したことはない。

「しかし、園子も思い切ったことをしたわね。神樹様に刃を突き立てるなんて」

 夏凛の言葉にあははーと園子は笑う。

「我ながら少し軽率だと思ったよ。勇者の力で神樹を傷つけられなかったのは誤算だった。いざというときの守り刀がこんな形で役に立つなんて」

「で、どうするのよこれから。まさかこれで諦めるってことはないんでしょう?」

 夏凛の言葉に、園子はうなずく。

「あの人型さんの力を借りようと思う。多分勇者じゃ神樹に傷一つつけられない。でも、バーテックスなら」

「園子、わかってる? あんたの提案は、下手したら四国を滅ぼすかもしれないのよ?」

 自分をじっと見つめる夏凜の視線を受け止め、それでも園子は首肯する。

「わかってる。四国を滅ぼした大罪人になっても構わない。わたしは神樹に奪われた友達を、友達との記憶を取り戻す」

「そう。それなら何も言わないわ。あたしも、今回の神樹様のやり方には、胸糞悪さを感じてたから」

 夏凜の言葉に園子は目を点にする。まさか同調されるとは思わなかったからだ。

「なにその顔? 言っておくけど、風も…いや、勇者部みんな同じ気持ちだと思うわよ。バーテックスだからって、今まで一緒に戦ってきた仲間同士を何の説明もなく戦わせるなんて悪趣味過ぎるでしょ」

「にぼっしー」

「それに、そのせいで友奈まであんな…」

 夏凜の言葉にそういえばと園子は気になっていたことを尋ねる。

「そういえばゆーゆはどうして入院を? にわみんとの戦いの怪我で?」

「だったらよかったんだけどね。あの娘、丹羽を倒したショックで屋上から身投げして自殺しようとしたのよ」

 夏凛の言葉に園子は固まった。

「幸い救急隊の人の話では出血してたけど命に別状はないって。多分精霊が守ったんだと思うわ。ただ、場所が場所だから病室で精密検査を受けるって」

「待って、ゆーゆが自殺しかけたの? わっしーじゃなくて?」

 園子の言葉に、夏凜は不思議そうな顔をする。

「ええ、よっぽど自分の手で丹羽を…その、殺しちゃったことがショックだったみたいで。気持ちはわかるけど」

「大変だ…ふーみん先輩に連絡してもらって、いや、それでも間に合うかどうか」

 夏凛の言葉を聞いているのかいないのか園子がぶつぶつ呟いている。

「ちょっと、園子?」

「にぼっしー! 今すぐゆーゆかいっつんに電話して! わっしーから目を離さないでって。この際この場所がばれてもいいから」

「ちょ、ちょっと園子⁉」

 急に必死な顔になって自分に食って掛かるように言う園子に、夏凜は面食らう。

 どうしたというんだろうか。親友が心配なのはわかるが冷静沈着な東郷のことだ。間違いを起こすとは思えない。

「早くして! 手遅れになるかも!?」

「落ち着きなさい。友奈はともかく相手はあの東郷よ。友奈が死んだらそりゃ発狂しそうだけど、死んだのは――」

 そう、死んだのは丹羽だ。東郷が唯一好きと言った男子の。

 

『好きよ。友奈ちゃんとは違った意味で。車椅子のかわいそうな先輩じゃなくて1人の女の子、東郷美森として見てくれた最初の異性だもの。そしてみんなと戦う勇者としての目的を気付かせてくれた大切な後輩』

 

「あっ」

 自殺しかけた友奈の行為がショックで、忘れていた。

 東郷美森にとって丹羽明吾という存在がどれほど大きな存在かということを。

 自分たちが丹羽のことを忘れた時は、心を病むまで彼の存在を訴えていた彼女だ。

 自分たちでさえ理不尽な神託を下した神樹や大赦に怒りを覚え、「大赦をつぶす!」と息巻いた。

 彼女が何もしないとは到底思えない。

 今は友奈が無事かどうか心配しているが、もし無事だとわかってしまったら。

 その思考を遮るように、突如夏凜のスマホがアラームを鳴らす。

「何よこれ…」

 画面は見たこともない【樹海化警報】という文字で埋め尽くされていた。

「にぼっしー、これ」

「わかんない! こんなこと、今まで1度も」

「落ち着いて、にぼっしー!」

 パニックになりそうな夏凜を園子は抱きしめ落ち着かせる。

「聞いて、にぼっしー。今の私は神樹様から見放された。悔しいけど、樹海には行けない」

「園子?」

「だから、貴女に託す。お願い、わたしの親友を……東郷美森を四国を滅ぼす悪にしないで」

 その言葉の意味に気づき、夏凜の背に冷たいものが走る。

 まさか、いやまさかこの状況は。

「農業王、ミントンちゃん。ニボッシーの中に」

 園子の言葉に2体の精霊はうなずき、夏凜の胸の中に入っていく。

「おねがいね、にぼっしー」

「園子⁉」

 世界が光に包まれ、気が付けば自分は樹海にいた。

 傍らにいたはずの園子の姿はない。

 スマホを開き、勇者アプリから地図を呼び出し状況を確認する。

「嘘でしょ」

 赤一色。

 自分を示すアイコンからスライドさせた樹海の地図は、敵を示す赤い点が多すぎて赤に染まっていた。

 思わず顔を上げた夏凜は、その光景に変身するのも忘れ膝をつく。

「なんなのよ、これ」

 そこにいたのは天と地を埋め尽くさんばかりの星屑。

 まるで樹海に降り続ける大雪のようだ。

 そしてその白い弾幕から覗く巨大な12体のバーテックス。12星座の巨大バーテックスがそろい踏みの光景だった。




 ようやく1期本編10話に追いついた。7話が18話前とかウッソだろお前。
(+皿+)「しかも本編の重要イベントをスキップしてこの遅さという。まあ、内容が散華関連だから満開回避したこの物語なら仕方ないけど」
神樹「やっぱり満開して散華した方がよかったんじゃない?」
(+皿+)「は?(ガチギレ)」
神樹「供物カモン! 美少女の左目とか舌の上で転がしながらチュッチュしたい!」
(+皿+)「お前、味覚と左目を奪ったのって…(ドン引き)。まて、それじゃ樹ちゃんの声と東郷さんの聴覚は」
神樹「最近、ASMR収録始めたんだ。『神樹様だいすき!(樹ちゃんボイス)』再生して……あぁ^~」
(+皿+)「うわぁ…(ドン引き)」

次回:壁「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ」


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【ノーマルルート】崩壊

 あらすじ
風・夏凜「「大赦をぶっ潰す!」」
大赦仮面A「勇者が攻めてきた! 園子様にスマホを!」
大赦仮面B「馬鹿! 園子様は神樹様を傷つけて今詮議の最中だ!」
大赦仮面C「じゃあどうするんだよ」
大赦仮面D「それでも春信なら…春信なら何とかしてくれる!」
春信「え゛⁉」

風「大赦ぁあああ!」
夏凜「ぶっつぶーす!」
園子の勇者服コスプレしてる春信「……」
風「ねえ、あれ」真顔
夏凜「無視よ無視」赤面
春信(わずかな時間だけど、夏凜とおそろいうれしいなぁ)



 園子が大赦に拘束されていた。

 その事実は東郷にとって四国を守るために自分たち勇者を助けてくれているという夏休み最終日に大赦に感じた感謝を打ち消すのに充分な情報だった。

 そしてその組織が崇拝している神樹に対して敵意を向けるには充分過ぎる動機。

 

『わっしー、にわみんを悪者にしたのは神樹様だよ。そしてミノさんの魂を肉体に返さないのも』

『神樹様は自分の都合でにわみんを四国を滅ぼす敵にしたんだよ。自分にとって気に入らないことを言ったから。捕らえているミノさんの魂を身体に返してって頼んだから』

 

 園子の言葉を思い出す。

 丹羽明吾を四国の敵と断定し、滅ぼすように告げたのは誰だ?

 みんなの記憶から丹羽の記憶を消し、争うように仕向けたのは?

 それに異議を申し立てた自分を高熱にしたのは? そしてそれを助けてくれたのはそいつが人類の敵といった丹羽だ。

 断じて、今まで自分たちが崇めていた四国の守護神とされる神樹様ではない。

「東郷さん?」

 昏い瞳の東郷を心配し、友奈が声をかけてくれる。

 そうだ。彼女がこうなったのも…自分の大切な人を奪ったのもみんな神樹様だ。

 全部神樹様が悪い。

「友奈さん、東郷先輩! あの、わたしどうすれば」

 東郷はベッドのそばに置かれた椅子から立ち上がると樹の元に向かう。

「大丈夫よ、樹ちゃん。安心して」

 肩に手を置いた東郷の表情に、樹は身を硬くする。

「全部私が終わらせてくるから」

「東郷先輩?」

 神樹様は神様なんかじゃない。

 私たちを騙していた悪者だった。

 それに気づいた自分は悪を倒さなければならない。なぜなら自分は勇者なのだから。

「東郷さん⁉」

「友奈ちゃんは休んでて。大丈夫。眠っている間に全部終わっているから」

 そう。全部終わらせるんだ。

 彼を滅ぼした自分を神様だと思っている悪者を倒して、全部。

 呆然として自分を見送る友奈と樹の視線を背中に受けて東郷は病室を出る。

 さらに病院から外に出るとスマホをタップし変身した。

 東郷は夏凛から防人の話を聞いてから、独自に四国を守る壁の調査をしていて、その場所を把握している。

 どこにどれくらいバーテックスが集まっていて、どこの結界が1番弱まっているかも。

 これから自分がすることを、親友と彼は許してくれないだろう。

 だが、東郷は勇者の力で神樹を傷つけられるとは思っていなかった。

 勇者とは神樹の力を借りて変身するのであり、自分を倒すためにあなたの力を貸してくださいというのは不条理だ。

 だから、人類の敵の力を借りる。いままで自分たちが戦ってきた、バーテックスの力を。

 壁にたどり着き結界を超えるとそこは四国の青い空ではなく赤一色の世界。

 数えきれないほどの星屑が腐肉に沸く(うじ)のようにうごめきながら結界に向かって体当たりをしている。

 少し離れた場所では星屑が集合し、巨大バーテックスのもどきになっていた。

 もし自分が四国を守る勇者だったらこの光景に絶望していただろうなとどこか他人事のように思う。戦っても戦ってもバーテックスは無限に沸き、勇者としてのお役目として自分たちは戦い続ける運命にあることを突き付けられたのだから。

 だが、もうどうでもいい。お役目を終わらす方法は、もう1つある。

 それは、このバーテックスを神樹様に向けて解き放つこと。バーテックスに神樹様を滅ぼしてもらうこと。

 丹羽と友奈を戦わせるように仕向けた神樹に対する信仰心など、東郷からはすっかりなくなっていた。

 代わりにあるのは憎しみ。なぜ自分はこんな存在を必死になって守っていたのかという怒りが胸を満たしている。

 東郷はもう1度結界の中に入り、四国の内側から壁に向けて銃を構えた。

「神罰招来」

 今こそ神を名乗り、今まで自分たちを騙していた神樹という存在に罰を与える時。

 引き金が引かれ、轟音と共に壁が破壊される。

 その時を待っていたかのように今まで結界に阻まれ侵入できなかった無数のバーテックス達が四国へ侵入してきた。

 

 

 東郷美森という少女について尋ねれば、皆こう答える。

 まじめでしっかり者の、厳しいところもあるけど優しい子。

 だがそれは彼女の一面でしかない。

 勇者部の皆に東郷をどう思うのかを聞けばこう答えるだろう。

 頼りになる先輩。頼りになる後輩。護国思想の鬼。しっかりものの勇者部のお母さん。

 どれも好ましい答えだ。

 それもまた、彼女の一面で深淵ではない。

 本当の彼女は、誰よりも弱い。

 2年前、鷲尾須美だった頃の彼女はまじめで人づきあいが苦手で、初対面の相手には壁を作ってしまう少女だった。

 それは2人の少女と友奈との交流で大幅に改善されたが、本質は変わらない。

 まじめで人づきあいが不器用なところ。心を開く人間は限られており、愚直なまでのまじめさは逆に友奈に依存する性格になってしまった。

 だから本編では友奈を危険に巻き込んだ風に怒りをぶつけ、ギスギスした雰囲気になったこともある。それは自分だけ変身できず戦えなかったといういらだちを含んだ八つ当たりという面もあったが。

 だが、彼女の根本は変わらない。まじめということは言い換えれば自分の考えを正しいと信じ突き進む頑固さでもある。

 そして有能であるがゆえにこの物語の真実に近づきすぎ、知らぬ間に自分を追い詰めてしまう。

 勇者の満開の後遺症の「散華」と精霊について独自に調べたこともそうだ。真実を知らなければ彼女はあそこまで追い込まれることはなかっただろう。

 本編で四国を守る壁を破壊したのだってそうだ。バーテックスが何度倒しても復活するという事実に絶望し、その逃れられぬ輪廻から勇者を救おうと1人暴走してしまった。

 もし友奈だったら、何度倒してもバーテックスは襲ってくるという事実を知ってもくじけなかっただろう。なぜなら彼女は「勇者」だったから。

 もし風と樹と夏凜だったら、その状況に絶望はしただろうが、互いを守るために奮い立ち、運命に抗って見せただろう。

 だが、なまじ有能で頭がよかったからか、東郷は壁を破壊するという最悪の事態を起こした。それは絶対勝てないとわかったゲームを最後まで続けるのではなく盤面をひっくり返して試合放棄するのに等しい行為だ。

 有能であるがゆえに絶望的な状況に誰よりも先に気づき、失敗するリスクを誰よりも先に考えて行動するのをやめてしまう。

 つまるところ、東郷美森という少女は絶望的な状況に対応する能力が勇者部で1番低い。

 運命に抗うよりも戦うための武器を手放し諦めてしまう少女なのだ。

 だから丹羽明吾は同学年の樹の次に彼女を特に気にかけた。

 最初の乙女座戦で言葉を尽くし彼女のメンタルケアを努め、風とのギスギスを回避させることに成功。

 変身できない理由を明らかにし、彼女の意識改革に努めた。

 たとえ自分が何らかの理由でいなくなっても、この物語の絶望的な終焉に抗えるように。

 その甲斐あってか、本編よりも東郷は前向きになったように思った。友奈への依存は相変わらずだが、それはゆうみも好きの丹羽明吾の望むところだったから問題ない。

 足が治ってからは特に活動的になり、明るい顔を見せてくれた。勇者部の皆とも仲良くなり、多様性を認めて受け入れた姿は頼もしくて安心できた。

 これなら大丈夫だと丹羽は思う。たとえ自分がいなくなっても、彼女は四国を守る壁など壊さないだろう。

 そう信じていた。

 だが丹羽明吾は見落としていた。東郷美森が自分に対して抱いている気持ちに。

 いや、過小評価していたというべきか。勇者部の部員たちが自分に向ける好意の大きさを。

 丹羽は自分のことを路傍の石。勇者部にとっては異物でいてもいなくてもいい存在だと位置づけ、ただひたすらに無償の愛を彼女たちに与え続け百合イチャを観察していた。

 それが彼女たちの心にどれほど影響を与え、居なくなった時の喪失感を与えるか理解せずに。

 気が付けば東郷美森にとって、丹羽は友奈に次ぐ「大切な人」という存在となってしまった。

 自分を命がけで助けてくれて、変身できずにいたときに適切な助言を与えてくれた存在。

 ハンディキャップだと思われていた車椅子なのにも同情の視線を向けず、むしろ(友奈とイチャつくための)個性の1つだと接してくれた懐の深さ。

 自分にとってコンプレックスであった胸の大きさを気にせず東郷美森という人格を見てくれた初めての異性。

 世間一般では異常とも言われかねない友奈への想いを全肯定してくれ、応援してくれた唯一の理解者。

 そして大きいくせに痒い所に手が届く、見返りを求めない無償の愛。

 もしこれが自分1人に向けられ、東郷がそれを独り占めしたいと思えば2人は恋人同士になっていたかもしれない。

 だがそうではなかった。

 東郷はその有能さゆえ早い段階から気付いてしまう。丹羽の愛情は勇者部全員に等しく注がれていて、自分だけが特別なのではないと。

 だから、1歩身を引いて見守ることにした。彼のよき理解者として、1番近くにいようと。

 たとえ誰からもその愛し方を否定されようと、自分だけは彼の理解者でいようと。

 それは東郷美森という少女が見せた、結城友奈以外の人間への初めての執着だった。

 そしてその執着の対象を、最悪の形で無くしてしまう。

 友奈と丹羽が互いに信念をかけて争い、片方が消滅するという形で。

 結果、東郷の心には本編同様、あるいはそれ以上の絶望が広がり最悪の事態を引き起こす。

 どうあっても壁は破壊され、バーテックスの大群が四国へと侵入する。

 そんな物語の終焉への筋書きは決して変わらないのだというように。

 

 

 

「嘘…なんなのこれ」

 病室から樹海へと飛ばされた友奈と樹は、ただ呆然とその光景を見る。

 視界を埋め尽くす星屑の大群。そしてその後ろに控える12星座の巨大バーテックス12体。

 今まで見た中で、1番多い敵の数だ。水瓶座戦の時よりも多いかもしれない。

 その圧倒的な物量に、樹はもう笑うしかない。

「ははっ、無理だよこんなの…丹羽君もいないのに」

 自分の言葉に知らずもういない彼に頼ってしまっていることに気づく。

 彼と一緒なら、この状況もなんとかできるかもしれないと思ってしまった。彼はもういないのに。

 そう、他ならぬ自分たちが信仰し、必死に守って来た神樹様の謀略によって。

「どうして! 変身できない⁉」

 声に顔を向けると、友奈がスマホを手にして何度も画面をタップしていた。

「友奈さん」

「樹ちゃん、どうしよう⁉ 私、変身できないよ⁉ このままじゃ皆を守れない⁉」

 この人は何を言ってるんだろう。

 樹の心に冷たいものが広がっていく。

 ひょっとしてこの人は、まだ神樹様を守ろうとしているのだろうか?

「友奈さん。どうして変身して戦おうとしてるんですか?」

「だってそれは、私が勇者で、バーテックスを倒さなくちゃいけないから」

「そのせいで、丹羽くんは死んだのに」

 自分でも信じられないくらい、ぞっとするほど冷たい声が出た。

「あっ」

「友奈さんが勇者の使命に従ったせいで、神樹様を信じたせいで、丹羽君は死んだのに」

 樹の言葉にみるみる友奈の表情が青ざめていく。だが、樹の言葉は止まらない。

「わたしたちは、あの時みんな丹羽くんのことを思い出してました。友奈さんだけが丹羽君を倒そうと躍起になってた。友奈さんだけが丹羽くんの敵だった」

「それ、は…」

「どうして神樹様の味方をするんですか? わたしたちの仲間を、丹羽くんを人類の敵にしてわたしたちと戦わせるように仕向けた奴のために」

「ち、ちがうよ! ただ私は、皆を守らなくちゃって! 四国には何も知らない人たちがいる! だからその人たちを守らなくちゃ」

「でも、その人たちは丹羽くんを敵だと思っている人たちですよね」

 樹の言葉に友奈は反論できなかった。ただうつむき、ぎゅっとスマホとこぶしを握る。

「わたしたちに全部押し付けて、気に入らないことをしたら人類の敵にして。そんな人たちのために、どうしてがんばれって言うんですか?」

「樹ちゃん、そんなこと言っちゃ」

「友奈さんは誰の味方なんですか!」

 今まで聞いたことのない後輩の叫びに、友奈はひるむ。

「神樹様? 丹羽くんを憶えていた東郷先輩を洗脳されたって嘘を教えた大赦の人? それともわたしたち勇者部?」

「樹ちゃん、私は」

「少なくともわたしはもう、神樹様や大赦の人のために戦おうなんて思いません。思えません。丹羽くんを四国を滅ぼす敵なんて神託を下した神様なんて、滅びてしまえばいい」

 樹の言葉に、友奈は何も言えなかった。黙り込む2人に徐々にバーテックスの大群が迫ってくる。

「友奈! 樹! 無事⁉」

「あんたら2人とも変身しないで何突っ立ってるのよ!」

 声に顔を上げると、すでに変身している風と夏凜がこちらに向かってきていた。

「お姉ちゃん。夏凜さん」

「早く変身しなさい! バーテックスを迎え撃つわよ!」

 夏凜の言葉に、樹は首を振る。

「わたし、もう戦いません」

「なっ」

 妹の言葉に風は言葉を失う。

「丹羽くんを人類の敵って言ってわたしたちと戦わせようとする神様なんか知らない。そんな神様も、それを信仰する人も滅んじゃえばいい」

「樹、あんたなんてことを⁉」

 駆け寄ろうとする夏凛を手で制し、風は樹に声をかける。

「樹。アンタ、それを本気で言ってる?」

「うん。お姉ちゃんはどうして戦うの? 神樹様は丹羽くんを人類の敵って言った相手だよ。なのにどうして?」

「そっか。そうよね。アタシも大赦に乗り込んでえらい奴らとっちめようと思ってたから、樹の言うこともわかるわ」

「風⁉」

 風の言葉に夏凜が驚く気配がした。

「でも、もしここでアタシたちがこのままバーテックスを見逃したら、丹羽はどう思うかしら?」

 その言葉に、樹ははっとしたようだ。

「自分のせいで四国が滅んでしまった。見られるはずの百合イチャがもう見れないじゃないですかヤダーとか言うでしょうね。多分」

「うん、言いそうだね」

 本当に言う姿が想像できてしまった。思わず笑ってしまう。

「神樹様は確かにアタシたちにとって敵よ。でも、四国に住む人たちは守らなくちゃ」

「それは、お姉ちゃんが勇者だから?」

 樹の言葉に風は首を振る。

「いいえ、こうするのはアタシが犬吠埼風だから。たとえ勇者の力を持っていなくても今の状況に抗うと思う。それはアイツもきっと同じ」

「そっか。うん。そうだね」

 決意した樹がスマホをタップすると、樹の身体が光に包まれ鳴子百合の花が舞う。

 光が収まるとそこには緑の勇者服を着た樹がいた。

「ごめんなさい、友奈さん。さっきはあんなことを言ってしまって」

 戦いに行く前に樹は友奈に謝罪する。これが最後になってしまうかもしれないから。

「ううん。樹ちゃんの言うことはもっともだから…。私がしたことはもう取り返せないし」

「それでも、言うべきじゃありませんでした。丹羽くんにも言われてたのに。誰も責めないでくれって」

「そうだ友奈! あんた頭の怪我をしたはずじゃ…なんで樹海に来てるのよ⁉」

 夏凜の言葉にそういえばと樹は思う。神樹様にとってこの程度の怪我、戦闘に支障はないと思ったのだろうか?

「えっと、怪我したとかしてないとか関係ないみたい。でも、スマホをタップしてもなぜか変身できなくて」

「馬鹿! なに戦おうとしてるのよ! あんたは今回休んでなさい!」

 夏凛の剣幕に押され、友奈は思わずうなずく。どうして変身できないのかは不明だが、今回はそれでいいと思う。

 もし友奈が戦闘中に怪我が悪化して取り返しのつかないことになったら夏凜は本気で神樹という存在を許せなくなりそうだ。

「とりあえずいまここにいる3人でできるだけのことをやるわよ。みんな、準備はいい?」

 風の言葉に友奈はあと1人の勇者部部員がいないことに気づく。

「風先輩、東郷さんは?」

「東郷は…その」

 言いづらそうな風に変わり、夏凜が説明する。

「友奈、落ち着いて聞きなさい。この状況を作ったのは東郷なのよ」

 夏凛の言葉に友奈は思わず耳を疑う。

「え、冗談はやめてよ夏凛ちゃん。東郷さんがそんな」

「温泉旅館に行った時、あたし東郷に訊いたことがあるのよ。丹羽が好きかって。そしたら東郷にとって丹羽は友奈と同じくらい大切な存在だって。あんたら寝てたから聞いてないでしょうけど」

 夏凛の言葉に全員が「ええっ⁉」と驚愕する。そんなそぶりは今まで見せたことがなかったからだ。

「だから、今回のことはよほど腹に据えかねたみたいね。まあ、東郷がやらなかったらあたしたちの誰かがやってたかもしれないことだけど」

 その言葉に全員が顔を伏せる。丹羽という存在を失った東郷の気持ちがわかりすぎるほどわかるからだ。

「とにかく友奈はここにいなさい。絶対変身するんじゃないわよ」

「いやいや、犬吠埼先輩。それ逆効果ですから。そんなこと言ったら余計に結城先輩はついてこようとしますよ」

「それもそうね。じゃあ、樹、ここで友奈のことを守ってくれる?」

「うん、わかった」

「結城先輩、絶対無理やり変身して満開しないでくださいよ。そうじゃないと俺が戻って来た意味がなくなるので」

「それは…ごめん。約束できないかな」

「犬吠埼先輩。やっぱり犬吠埼さんじゃ結城先輩を止めるのは無理かもしれないので三好先輩も置いて行った方が」

「それって風1人で突っ込むってこと? 馬鹿言ってんじゃないわよ!」

「ですよねー。じゃあ、犬吠埼先輩もここで待っててもらえますか? 結城先輩は東郷先輩を説得するのに絶対必要なので」

「それだと戦う人間がいないでしょ! 誰があのバーテックスの大群を…ってちょっと待って?」

 自然に会話に割り込んできたが、こいつは誰だ? と風はそいつを見る。

 白いショートボブの髪。凛々しい切れ長の目。そして白い勇者服に青いラインが入った服装。

 右手には刃のない剣の柄を持っている。初対面の人物に、勇者部の面々は思わず「ん~?」と首をひねる。

「えっと、誰? アンタ?」

「ああ、そういう反応になりますよねやっぱり」

「待って、その白い勇者服…まさか」

「丹羽なの⁉」

 夏凜の言葉にその場にいた4人は驚く。

「でも丹羽君は私が…」

 丹羽明吾は確かに友奈の腕の中で消滅したはずだ。それをあの場にいた全員が目撃していた。

 だというのになぜ? 疑問に思ったが確かめる方法が1つある。

「風、樹。あんたらちょっと抱き合いなさい」

 夏凛の意図する意味に気づいたのか、風と樹は互いにぎゅっと抱き着く。

 しかも今回は恋人つなぎで互いに見つめあうサービス付きだ。

「あら^~やはりふういつは正義」

 その不審者顔には見覚えがあった。というか見覚えしかない。

「「「「丹羽(くん)⁉」」」」

「どうも、恥ずかしながら帰ってきました」

 にこりと笑うイレギュラーな勇者の帰還に困惑する4人の声が樹海に広がった。

 

 

 

 時はさかのぼりテラフォーミング中の中国地方。

 仮面をかぶった人型のバーテックスは丹羽明吾に告げる。

『残念なお知らせだが丹羽明吾。お前の身体はボロボロだ…ちがう。オマエノカラダハボドボドダァー!』

「いちいちオンドゥル語にしなくていい」

 隙あらば会話にネタを仕込んでくるもう1人の自分に辟易しながら丹羽は言う。

 よっぽど会話に飢えていたのだろう。お前は久しぶりに田舎に来た孫をもてなす爺かと思うほど何かあるごとに話しかけてきた。

『まあ、冗談は置いておいて検査の結果だ。せっちゃんを治すのに力を使いすぎたな。今のお前は満開はおろか東郷さんの通常射撃にも耐えられない。全力勇者パンチ喰らったら多分灰も残らず消滅するだろ』

「せっちゃん言うな。それは結城先輩か三好先輩こそ使う呼び名だ」

 軽口を言いながら丹羽は自分の胸に手を当てる。

 そうか、あの時自分の存在する力が大幅に削れる感覚があったが、そういうことになっていたのか。

『で、どうする? 治してもいいが多分応急処置にしかならんぞ。根本的な解決をするには』

「新しい身体に精神を移す、か」

 それは今ある肉体を、勇者部の皆が知ってくれている丹羽明吾という存在を捨てるということだ。

 たとえ魂と記憶は同じでも、彼女たちは自分を受け入れてくれるだろうか? そんな不安が丹羽の胸の内に渦巻く。

 だが、これはバーテックスである自分にしかできないことだ。

 目の前の創造主が言ってくれた丹羽にしかない「個性」でもある。

 それに彼女たちを助けるのに自分が丹羽明吾であることにこだわる必要はない。名前や姿が変わっても自分は「勇者を守る勇者」であり続けられればいい。

「頼む。やってくれ。俺はどうしてもみんなを…勇者部の仲間たちを助けたい。この残酷な物語の終焉に訪れる悲劇から。だから!」

『そう言うと思ってたぞ。で、どの身体にする?』

 人型のバーテックスはまだ意識がない強化版人間型星屑の素体を水のワイヤーで運んできて整列させる。

『まずはガー〇ズ&パンツァーの西〇まほ、ア〇チョビモデル』

「もろ女性型じゃねーか! しかもなんでこの2人⁉」

 あまりにも予想外のチョイスに思わず丹羽はツッコむ。

『ほら、好きな陣営と推しカプは違うから…。俺、大学生同棲中シチュのまほチョビ推し』

「知ってるよ、俺なんだから! でもま〇さんはともかくア〇チョビのこの髪はなぁ」

 2次ネタで散々ウィッグ扱いされているすっごい量の髪の毛を見て丹羽は言う。ちなみに2人ともまほチョビ同棲もので油断しているすっぴん髪下ろし眼鏡安斎が大好きだ。

『じゃあこのゆゆ式3人組モデル』

「悪くない。悪くないけどなんか違う」

 日常系百合アニメの金字塔である主役3人を見て丹羽は首を振る。この3人はゆゆゆの世界観に絶妙にミスマッチだ。

『わがままな奴め。だったらストラ〇クウィッチーズのお姉ちゃんとEMT』

「この世界だと痴女じゃん!」

 パンツじゃないから恥ずかしくないもん! はこの世界では通用しない。だがきちんと服を着ればいいので候補には入れておくか。

『俺の中の女の子バトルロワイヤルモノの原初にして頂点。舞-H〇MEの藤〇静留』

「ぶっちぎりでヤベー奴じゃねーか! パスだパス」

 親友が眠っている間に貞操を奪うヤベー奴の登場に思わず叫ぶ。それに武器が薙刀でそのっち先輩と被る。

「もっとこう、男っぽい素体はないのか? この身体みたいに」

『ないよ』

「え?」

『ここは百合の楽園だから、女の子の素体しかないよ』

 人型のバーテックスの言葉に丹羽は絶句した。そうか、そう言えばそうだったな。

「……じゃあ、西住ま〇さんの胸の部分を削った感じでお願いします」

『了解。じゃあ、さっそく作業に取り掛かるな』

 悩みに悩んだ末、1番中性的でゆゆゆ世界の世界観を壊さなそうなキャラを選択する。

 だがこの時丹羽は気付かなかった。人型のバーテックスの狙いに。

 自分が操るんじゃなくてもう自分の意志を持ったなら、もう男にこだわる必要なくね? という企みに。

 その結果自分も勇者部少女たちとのカップリングの対象にされていることに気づいたのは、全てが終わって平和になってから大分経った後だった。




 女の子の輪に自然と混じる百合厨(無性)。冷静に考えると怖くない?
 ちなみに丹羽君が選ばなかった百合アニメのキャラはその後人型のバーテックスの記憶から人格をコピーして田んぼや畑のある村に派遣される予定です。
 穀物も取れて百合イチャも見られる。まさに理想の環境。

天の神(百合好き)「そうそう、こういうのでいいのよ(ご満悦)」
神樹「これは…男? 女? どっちだ?(疑心暗鬼)」
丹羽「無性なんだけどなぁ。下ついてないし」

丹羽明吾:第2形態
 見た目はガー〇ズ&パンツァーのお姉ちゃんこと西〇まほを白髪にした感じ。
 人型のバーテックスは胸を削ると言ったが、実際に精神を身体に移すと樹と夏凜よりあったことに丹羽は軽く絶望した。
 もちろん創造主のお茶目心である。乙女はかわいくなくっちゃね!
 勇者のかけらを使っていないためそのままでは四国へはいれないが精霊を身に宿せば問題なく入れる模様。
 四国へ入ることができれば英霊碑を削って持ち帰り、近いうちにアップデートする予定。
 現在は中国地方で生まれた最後の精霊、弥勒蓮華をモデルにしたミロクを内に入れている。
次回:(+皿+)「うちの子がおたくに色々お世話になったそうで」
   神樹「ヒェッ」


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【ノーマルルート】勇者(子供)のケンカに創造主()が出る

 あらすじ
 帰って来た百合厨。早くね? 消滅してからまだ1日経ってないぞ?
壁「ああ、今回もダメだったよ。あいつ(東郷)は誰にも相談しないからな」
 四国を守る壁、崩壊。壁さん、なんですぐ死んでしまうのん?

レオスタークラスター「うわー遅刻遅刻!」
タチェットの群れ「」この先、通行止め
レオスタークラスター「え、なんで?」
(+皿+)「ごめんねー。君の出番はグッドエンドルートなんだよー」
レオスタークラスター「そんなー」
(+皿+)「このルートのラスボスは、クソウッドさんだからさぁ」
神樹「ヒェッ。勇者たち助けて!」
東郷「どの口が…お断りします!」
風「ぶった切られないうちにその口閉じなさいよ」
樹「嫌です。早く滅びればいいのに」
夏凜「さすがに今回のことはトサカに来たわ」
園子「あははー。ねえどんな気持ち? 自分が選んだ勇者にことごとく見放されてどんな気持ち?」
神樹「ゆ、友奈? 友奈は神樹様のこと大好きだよな? な?」
友奈「ごめん、神樹様。今回のこと、さすがに許せないかなぁ」
神樹「嘘だろおい」
天の神「なに? 神樹滅ぼすの? 手伝おうか?」


 十二星座の獅子座の外殻につかまり、東郷は眼下の樹海を見下ろす。

 目指す神樹はまだ見えない。結界を超えればすぐにたどり着けるとは思わなかったが、この進軍速度ではまだまだかかるだろう。

 敵の視点になって改めて思う。バーテックスが神樹の元へたどり着くのは並大抵の難易度ではない。

 まず物理的な距離。四国を丸ごと樹海化しているのだから当然だが、その中心である神樹にたどり着くにはかなりのスピードが必要だ。

 続いて結界。これが難敵だ。今回は東郷が内から破壊したが、本来絶対破られることのなかったものだ。大抵はこの結界に弾かれ、四国へ入ることができない。

 そして最後の難敵が神樹の力を宿した勇者。つまり自分たちだ。

 結界を通り抜けてもこの勇者たちに倒されるバーテックスがほとんどだろう。決して神樹がいる最奥へまでは進ませない。

 なにしろバーテックスが神樹の元へたどり着けば四国が滅びると言われているのだ。心優しい勇者たちは四国に住む人々を守るため死に物狂いで戦い続ける。

 今まではそうだっただろう。

 だが、今回の一件で神樹に対する信仰心や信頼は地に落ちた。自分以外の勇者部メンバーも命を懸けてまで神樹を守ろうとは思わないだろう。

 もし四国に生きる無関係の人を助けるために誰かが立ちふさがっても、東郷は説得できる自信があった。友奈以外は。

 友奈は優しい子だ。たとえ騙されたとわかっていても四国に生きる人々のために1人でも自分に立ち向かうだろう。

 だからその時は、死なない程度に彼女の四肢をこの銃で撃ち、行動不能にする。

 できればしたくない、そんなことは。

 だが彼女が自分の邪魔をするのであれば容赦はしない。そう決意を抱かせるほど、東郷は神樹に対して憎悪を抱いていたのだ。

「ごめんなさい、友奈ちゃん」

 東郷は眼下の樹海を目にしながら言う。

 おそらく彼女はこの樹海のどこかにいるはずだ。星屑がまだ消滅していないことから、勇者たちとはまだ接触していないのだろう。

 あるいは、自分の意思を知って同調した勇者たちに見逃されているか。

 そうであってほしいと東郷は思う。自分だって、彼女たちと戦いたいわけではないのだから。

「さあ、神殺しと行きましょうか」

 バーテックスの群れに囲まれながら1人つぶやく。

 目指すは神樹。生まれてからずっと自分たちを騙していた神様のふりをした邪神の元へ。

「いざ、突撃!」

『残念。それはさせられない』

 頭の中に直接声が聞こえた。

「え?」

 突如放たれた水でできたワイヤーにがんじがらめにされ、動きを封じられた12体の巨大バーテックスを見て東郷の思考は停止する。

 なんだこれは? こんなもの今までなかったのに。

 自分が乗っていた獅子座にも巻き付いている水のワイヤーをどうにかしようと東郷が触れようとすると、脳内に響く声がそれを制止した。

『触らない方がいいよ。指がスパッといっちゃうから』

「っ⁉ あなた誰? どうして私の邪魔を」

 周囲を見渡し、声の主を探す。すると信じられない光景が目に入ってくる。

「えっ――」

 星屑が星屑を食っていた。

 まるで餌を求める鯉のように2回りほど大きい星屑が四国の結界付近にいた星屑を群れで襲い、食らっている。

 星屑たちは抵抗することなくその星屑たちに食われていき、気が付けばあれだけいた星屑の大群が数えるほどしかいない。

 12体いた巨大バーテックスも東郷の乗る獅子座の他には乙女座、天秤座、蟹座、射手座、牡牛座、双子座の7体しかいなかった。

 魚座、蠍座、水瓶座、山羊座がいない。牡羊座をかろうじて見つけることができたが、すでに巨大化したむき出しの歯が並んだ口に食われているところだった。

「なに…これ?」

 あまりにも現実離れした光景に思わずそんな声が出る。

 身長は成人した人間並みの高さ。胸部に凹凸はなく、性別をうかがい知ることはできない。

 人間と同じような両腕と両足、それに5本ずつの手と足の指。そして星屑そのままの顔。

 明らかにさっき食った牡羊座よりも小柄なそいつ――人型のバーテックスは次は近くにいた双子座を手刀で貫き、まるで蟹か海老を解体するように豪快に分解し、また顔を巨大化させて咀嚼(そしゃく)していた。

 悪夢だ。いままで自分たちが苦労して戦ってきた巨大バーテックスたちをまるで飴細工を握りつぶすように千切っては喰らっていく姿は悪夢としか言いようがない。

 あるいは怪獣映画だろうか。絶望的なまでの力の差。

 出会ったら諦めるしかない。どんな人類の英知を結集させた兵器を投入しても意に介さない怪物。東郷の大好きな戦車の号砲も、空を飛ぶ戦闘機のミサイルもこの人型のバーテックスには一切通用しないだろう。

 人型のバーテックスの存在を危険だと感じた巨大バーテックスたちが逃げようと水のワイヤーが絡みついた体躯を必死にもがいている。だが水のワイヤーは動けば動くほど体躯に食い込み、巨大バーテックスを弱らせていく。

 あるいは人型のバーテックスに向けて攻撃を仕掛ける個体もいた。

 乙女座はビームを。射手座は無数の矢を。獅子座は巨大な火球を人型に向けて放つ。

 だがそのことごとくを人型のバーテックスは巨大な水球で受け止め、あるいは光を屈折させて攻撃を逸らす。どの攻撃も傷つけるには至らない。

『お返し』

 人型のバーテックスの言葉と共に、巨大な水球は分裂して複数の刃が付いた円月輪のような形になる。

 放たれた高速回転する水の刃は乙女座と蟹座と射手座、天秤座を切り裂き行動不能にした。それをまた巨大化した大きな口で丸呑みし、咀嚼していく。

 残るのは東郷が乗る獅子座と牡牛座のみ。

『ちょっとどいててね』

 言うや否や東郷に水のワイヤーを飛ばす人型のバーテックス。あまりの速さに東郷は反応すらできない。

 気が付けば樹海の地面に向かって放り投げられていた。

 見ると20体以上の見たこともないバーテックスが人型の周囲に集まり、さっきまで東郷が乗っていた獅子座を集中攻撃している。拳を握った甲冑のような形のバーテックスの突進に獅子座は火球をぶつけようとするが全て人型のバーテックスが出した水球に打ち消されていた。

 その隙をついて牡牛座が怪音波を人型のバーテックスへ向けて放つが人型のバーテックスは自分の周囲を水球で囲み音波攻撃を無効化している。さらに一緒にいたとげの生えた牙のようなバーテックスの放つ光線で牡牛座はハチの巣にされていた。

 なんなんだあの化け物は。勝てるわけがない。

 圧倒的な力の差を見せつけられ、東郷はこの身に降りかかる理不尽さを呪う。

 神樹に騙され、大切な仲間を失った。その仲間の仇討ちに天の神を借りようとしたら、規格外の化け物にそれを邪魔される。

 自分はなんてついていないのか。四国を守る壁を壊すという大罪まで犯したというのに、これではただの骨折り損だ。

 知らず、涙があふれる。自分の情けなさに、無力さに腹が立つ。

 こんなのだから、園子は自分に何も話してくれなかったのだ。

 こんな風だから、丹羽を守り切ることができなかったのだ。

 全部自分の不徳が招いたこと。力が及ばなかったばかりに。

 もうこのまま樹海に頭を打ち付けて死んでしまいたい。どうせ神樹を裏切った勇者の死など誰も悲しまないのだから。

 そう思い目を閉じた東郷の身体が、急に抱き留められた。

 おかしい。目測では地面に頭を打つのはもう少し後だったはず。

 目を開けるとそこには見覚えがある顔と見覚えのない顔。

「東郷さん、大丈夫⁉」

 1人は結城友奈。こんな自分も助けてくれる親友だ。

「あら^~ゆうみもお姫様抱っこをこんなに近くで見られるとは。やはりゆうみもは夫婦」

 もう1人は東郷を受け止める友奈を抱えているショートボブの白髪の少女。だがその少女の着る白い勇者服と彼女の言動には見覚えがあった。

「丹羽、君?」

 東郷の問いかけに、少女はうなずく。

「はい、丹羽明吾。ただいま帰りました」

 言葉と共に、少女――丹羽明吾が樹海に降り立つ。どうやら変身できない友奈を抱えて跳躍していたらしい。

 後でそのことについて訊くと「やっぱり東郷先輩を抱き上げるのは結城先輩じゃないと」ということらしい。その言葉にやっぱり丹羽君は丹羽君ねと東郷は嬉しそうに笑った。

 樹海の地面に2人を下ろし、丹羽は改めて東郷を立たせる。

「東郷先輩、怪我はありませんか?」

「丹羽君? 本当に丹羽君なの? 偽物じゃなくて?」

「あー、そこらへんはちょっと微妙ですけど。俺は勇者部の皆と海へ行ったり夏祭りに行ったあの丹羽明吾です。身体はちょっとちがいますけど」

 実は双子座戦前、丹羽は自分にもしもの時のことがあった場合のためにスペアのボディ作りを人型のバーテックスに頼んでいた。

 ただ残念なことに人型のバーテックスの元にあった素体は女性型のみで、できるだけ中性的な素体を選んで自分の記憶と視界を同調させた。そのためこの素体は友奈と最後の決着をつけたあの瞬間までのことを憶えている。

 魂の証明をするならば今の丹羽は「丹羽明吾という記憶を持った」強化版人間型バーテックスで偽物だが、バーテックスとしては同じ記憶を持った同個体だ。

 これもあの時人型のバーテックスが、身体がバーテックスであるのはただの個性と後押ししてくれたおかげだった。その言葉がなければ踏ん切りがつかなかっただろう。

 彼女たちに受け入れてもらえないのではないかという恐怖はあった。最悪、嫌われても彼女たちさえ守れればいいと決意して人型のバーテックスにお願いしたのだ。

 だが、事情を説明した結果友奈、風、夏凜、樹は喜んでこの手を取ってくれた。

 あとは東郷だけだが、この様子を見るに大丈夫だろう。

「丹羽君、丹羽君、ごめんなさい。私、あなたが死んじゃったと思ってとんでもないことを」

「大丈夫です、東郷先輩。まだ間に合います」

 自分がしでかしたことの大きさに怖くなった東郷が謝ると、丹羽は優しい顔でその言葉を受け入れる。

「シズカさん」

『はいよご主人。おっ、ロックおるやん』

 東郷の胸から出てきた精霊が丹羽を見て言う。その言葉に友奈の胸が光もう1体精霊が出てきた。

『え、なに? レンちいるの?』

『フッ。ミロクはここにいるわよシズさん、アカミネ…なんだか名字で呼ぶのは変な感じね』

 同時に丹羽の中から精霊のミロクが登場し、ゆゆゆいの鏑矢組が勢ぞろいする。

「3人とも、俺の中に入ってもらっていいですか? さっき犬吠埼先輩と犬吠埼さん、それとそのっち先輩に託された三好先輩から4体の精霊を返してもらったので」

 丹羽の言葉に3体の精霊がうなずき、丹羽の中に入っていく。

 白い勇者服に青、桃色、銀色、水色、紫、黄色、緑の7色のラインが走る。まるで虹のようだ。

「じゃあ、ちょっと行ってきます」

「行くって、どこへ?」

「また危ないこと、しないよね?」

 問いかける東郷と友奈は心配そうな顔だ。

「大丈夫ですよ。すぐ済みます。不安なら、見ていてもらってもいいですよ」

 丹羽の言葉に2人はうなずく。

「ついていくよ。今度こそ私は丹羽君の味方として」

「あなたが無茶をしないように見守るわ。友奈ちゃんの時のようなことには、絶対しない」

 疑う気満々の2人にがっくりと肩を落とす。こういうことに関しては信用がないのだなと思う。

「じゃあ行きますよ。偽神満開!」

 丹羽の言葉と共に光に包まれ、無数の百合が咲き誇る。

「きれい」

「これが、丹羽君の満開」

 咲き誇る百合の花の美しさに目を奪われている友奈とは対照的に、東郷は丹羽の姿を見て驚いた。

 神道の神職みたいな姿は風と似ている。だがその後ろに背負うものは扇状に広がった花のようで、様々な種類の百合の意匠がデザインされていた。

 周囲を7色の光が飛び回り、手には白い神道の儀式で使う巨大な()の輪のようなものが握られている。

「じゃあ、やりますか皆さん!」

 丹羽の声に7体の人型の精霊が現れた。

『フッ。このミロクにかかればこの程度の些事、大船に乗ったつもりで任せて頂戴』

『レンち、シズ先輩。がんばりましょう!』

『巫女の本領発揮っちゅうことやな』

『がんばる』

『勇者とは畑違いの作業なんだけど、まあなんとかなるっしょ』

『畑? ナウ畑ってワードが聞こえてんだけど⁉』

『もううたのんってば。今回は私の得意分野だから、がんばります!」

 東郷の破壊した壁の結界の前に立ち、厳かに呪文を唱え始める。

大祓(おおはらえ)。はらへたまへ きよめたまへ まもりたまへ さきはえたまへ」

「わぁ…」

「すごい、花が」

 呪文を唱えるたびに白い輪の外側から様々な種類の百合の花が咲き誇り、朽ちてはまた咲きを繰り返し東郷に破壊された四国を守る壁を覆っていく。

 やがて壁全体が百合の花に覆われると丹羽は呪文を止め、白い巨大な輪に腕を伸ばす。

 すると輪が腕輪のような大きさに収縮し、それを引き抜くと完全に隙間なく百合の花でできた結界が作られていた。

「これで破壊された壁は直りました。むしろ前より丈夫になってると思います」

 丹羽の言葉に「おお~!」と友奈と東郷は拍手を送る。

 さて、これで勇者の章に続く奉火祭フラグはへし折った。

 後は頼むぞと丹羽は頼れるもう1人の自分に心の中でエールを送る。

 勇者の章を回避し、勇者部皆が笑顔でいられる世界のために。

 

 

 カデンツァ・アルタの攻撃で絶命したタウラスを丸呑みして味わい尽くし、レオをアタッカ・アルタに命令してタコ殴りにしている人型のバーテックスは、丹羽の手によって東郷が破壊した四国の壁が修復されるのを見てよくやってくれたと思う。

 たぶん自分だけではここまでうまくできなかった。やはり彼を…いや、今は彼女か。四国に送り込んだのは間違いではなかったと改めて思った。

 さて、と。じゃあここからは保護者同士の話し合いの時間かな。

 往生際悪くこちらに向かってビームを放とうとしているレオの砕けた外殻に向かって水のワイヤーを放つ。そして外殻から中身に侵入するとアリエスの振動能力を発動させる。

 ふははは! どうだー! 体躯の大事なところをいじられながら脳みそを揺らされる気分はー!

 ここかー? ここがええのんかー? と長い鍛錬の結果もはや手足のように操れるようになった水のワイヤーでレオの内部を探っていると、数センチワイヤーを進めるたびにあっちこっちに体躯を動かし、しかし思うように動かないのか痙攣していた。

 あ、ここが反応いいな。それ、最大出力!

 水のワイヤーを通したアリエスの超振動にレオの核が光を失い、行動不能となる。あとはアタッカ・アルタとカデンツァ・アルタに任せても大丈夫だろう。

 その光景を見守りながら人型のバーテックスは手から星屑を生み出し、樹海化した四国に向かって放つ。

 分離した星屑は目指す。四国の中心、神樹の元へとただただまっすぐ進む。

 やがてそれは見えてきた。樹海化した四国に根を張る巨大な大樹の姿が。

 星屑は矢のような姿に体躯を変え、神樹の幹に突き刺さる。そして今度は蛇やロープのような細長い姿に体躯を変え、神樹の幹に巻き付いていく。

 それはまるで神木を表すしめ縄のようだった。

『あー、あー。テステス。クソウッド様聞こえやがりますか?』

 人型のバーテックスの言葉に、重々しく無機質な声が返ってくる。

【貴様、何者だ? ただの天の神の使いではないな?】

 どうやらこちらの念じた言葉がちゃんと聞こえるようだ。発射した星屑は問題なく仕事をしてくれたらしい。

『俺は天の神の使いじゃない。もちろん地の神の味方でもない。ただの百合を愛する第三者だ』

【なんだそれは。不遜な】

『言葉に気をつけろよクソウッド。俺はなぁ、大事な弟分と勇者の女の子たちを傷つけたお前に対して怒ってるんだ。本編での神婚とか、散華とかにも』

 神樹は脳内に響く人型バーテックスの怒りの念を感じ取り、押し黙る。

 ここまで近づいたということは、相手は自分をいつでも倒せるということか。

 その上で自分に話しかけてきたということは、なにか取引があるのだろう。

【話したいことがあるのならば勝手に話せ。どうせ貴様の手で葬られるこの身。いかようにでもするがいい】

 捨て鉢のように言いながらも内心は相手の言葉を聞き逃すまいと必死だ。相手の言葉からこちらに都合の良い条件を引き出し、生き残るために。

 だがそんな神樹の予想もしていなかった言葉が人型のバーテックスから語られた。

『なあ、神樹様。もうそろそろ限界じゃないか?』

 なんだ? こいつは何を言っている?

『300年だ。自分の身を削って人類を生かしたのはよくやったと思うよ。だが、それだけだ。あんたの未来はどん詰まりで、終わりが見えてる』

【何を…】

 こいつは何を言っているんだ? 自分は四国の人類を守ってきた。それは今までもこれからも変わらない。

 なぜならそれが神樹という地の神の集合体の役目なのだから。

『これでもあんたを少しは尊敬しているんだ。なにせ1から世界を作るのがこんなに大変だとは思わなかったからな』

 という言葉と同時に神樹の脳内にイメージが浮かぶ。

 そこは瀬戸内の海。色づいた山。そして田や畑を作り生きる少女たちの姿。

『照魔鏡。遠くにある景色を見せることができる、俺が作った精霊だ』

【精霊を、作った…だとっ⁉】

 人型のバーテックスの言葉に神樹は驚愕する。

 あり得ない。精霊とは地の神の知識や霊力の集合体だ。自分たち以外が生み出せるはずが。

 ましてや相手は天の神とはいえその尖兵。天の神本人ならともかくその末端が作り出せるわけがない。

『一応今は中国地方…ああ、旧国名で行った方がいいか。安芸と周防、長門と備後、備中はこんな風にテラフォーミングしてる。そこで眠っていた神霊の力も借りてな』

 言葉と共に100を超える精霊の姿が神樹の脳内に浮かぶ。その中には自分たちの知っているものもいた。

【おお、あれはウカノミタマ様】

【懐かしや。我が同族もいるではないか】

【ああ、安芸の山だ。懐かしいなぁ。帰りたいなぁ】

【待て! 待て我らよ! 貴様、こんなものを見せてどうするつもりだ!】

『俺は提案しに来ただけだよ神樹様。四国を守る以外の道を』

 その言葉に神樹は自分を形作っている神樹と一体化している神たちがざわざわと騒ぐのを感じた。

『神樹の寿命は近い。それはあんたが1番わかっていることだろう。それこそ神婚して寿命を延ばさなければならないほどに』

【それは…】

 人型のバーテックスの言葉に神樹はうなる。こいつ、どこまで自分のことを知っているのか。

『恵みを与えられなくなった神に対する人の態度はわかりやすいぞ。あんたらはそれを一番よく知っているだろう?』

 その言葉に神樹の中で隠し切れないほどの神の動揺が広がった。

 そう神樹は地の神の集合体である。なかには名前を忘れられ妖怪や精霊となった神。信仰する者がいなくなり消滅しかけたが神樹と一体化することでかろうじて命をつないだ神もいる。

 彼ら、あるいは彼女たちにとって「信仰されない」あるいは「存在そのものを忘れられる」というのはぬぐい切れないほどのトラウマだ。

 だからこそ、神樹として真の名でなくても敬われ、信仰される道を選んだものもいる。

 そのトラウマをえぐるような人型のバーテックスの言葉は効果てきめんだった。

【ああ、いやだいやだ! 忘れられるのはいやだ!】

【違うのだ人の子よ。我とて常に恵みを与えられるわけではない。土を休ませねばならぬ年もあるのだ】

【なぜ新しい神を奉納するのだ。この土地の恵みは我がずっと与えていたではないか。そんな名の神は知らぬ!】

【落ち着け、我らよ! 落ち着くのだ!】

 神樹は昔のことを思い出し動揺する自分たちを何とか落ち着かせようとする。が、なかなか統率できない。

『現に四国の民に与える恵みの量は年々少なくなっているだろう? 来年はもっと少なくなる。それでいつまで信仰されるんだ?』

 そこにこの追い打ちである。事実とは言え神樹の中は一気に騒がしくなった。

【あああああ! いやだ! 我はいやだ!】

【人の子と共にあらぬ生活などに、もう戻りたくない!】

【この四国に流れ着いても、我の安住の地などなかった。今はただ、みちのくの故郷が恋しい】

【やめろ! 落ち着くのだ我らよ! 貴様、これ以上我らを苦しめるな!】

『苦しめるつもりはない。言っただろ。提案をしに来ただけだって』

 そう言うと人型のバーテックスは照魔鏡に映る映像を変更する。

 そこには黄金の波に揺れる小麦畑や様々な野菜が育っている畑が映っている。

【これは…】

『テラフォーミングした大地の作物だ。この秋に四国全土は無理でも香川県1つに配られる恵みに相当する穀物や野菜が取れると思う』

【こんなものを見せてどうする? 我らに何をさせたい⁉】

 神樹の言葉に、人型のバーテックスは言った。

『俺と一緒に来ないか?』

【なっ⁉】

 言葉を失うとはこういうことを言うのだろう。神樹の主神格は絶句する。

 こいつ、まさか我らを引き抜こうというのか?

『見ての通り、俺はバーテックスに滅ぼされた世界を元に戻す活動をしている。今は中国地方だが近いうちに出雲に到着する。そうすれば大量の神霊が手伝ってくれるようになり、あんたらの故郷にもテラフォーミングの手が伸びるだろう』

【ふ、ふざけるな! 誰がそんな!】

【我は行きたい!】

【我も我も!】

 提案を真っ向から否定しようとする神樹の主神格は、自分の中から聞こえてきた言葉に声を失う。

 それも1柱や2柱ではない。

 数えきれないほどの神たちが先を争って自分から離れていき、人型のバーテックスの元へ向かっていたのだ。

【き、貴様ら! 自分が何をしているのかわかって】

【すまぬな神樹。だが我らがいた土地が無事だとわかった以上、懐かしき信仰の地に帰りたいと思うのは道理】

【それによみがえった地には神霊がいるというではないか。我が友もおるやもしれぬ】

【もともとこの地へは人類を守るために来たにすぎぬ。これから人類が戻るのなら、この地にとどまる理由はもうあらぬよ】

 怒る主神格に別れを告げ、どんどん神霊が離れていく。その光景に神樹の主神格は歯噛みする。

【待て、貴様らは忘れているぞ! 信仰があるのは四国だけだ! 人の子の信仰を捨てるというのか⁉】

 その言葉に離れていった神霊の何体かは迷っている様子だった。よし、やったぞと神樹の主神格は思う。

『それなら問題ない。その土地で働く女の子たちにあんたたちを信仰するように言っておくから。バーテックスでもいいならだけど』

 だがその言葉に神霊たちが続々と人型のバーテックスの元へ向かうのを止められなくなった。中には新しい土地に少女しかいないことを聞いて気が変わった現金な神霊もいる。

【やめろ! やめろぉおおお! これ以上出ていかれたら我が、我が維持できぬぅううう⁉】

『それは仕方ないな。大丈夫。あんたがいなくなっても人類が生きていける土地は俺が守ってみせるよ』

【いやだ! いやだ! 我らの中から我らが消えていく。これ以上我がいなくなると、我は我々を維持できぬぅううう⁉】

 神霊が離れるたびに神樹からは生命力である光が失われていき、どんどん朽ちていく。

『ついでだ。新世界のためにその体液ももらっていく』

【やめろぉおおお⁉】

 人型のバーテックスは樹海に降り立つとその腕を地に突き刺し、神樹の根から樹液を吸い取る。

 神樹が枯れるスピードは止まらない。パラパラと樹海がどんどん風化して砕けていき、神樹の枝葉も色を失い枯れてしまう。

【ふざけるな! ふざけるなぁあああ! なぜ我がこんな目に遭わねばならぬ⁉ 我は神ぞ!】

『神? おまえこそふざけるなよ。お前はただの人類を生かすためのシステムだろ』

 人型のバーテックスの言葉に、神樹は激昂する。

【なんだと⁉ たかが天の神の使い風情が何をわかる⁉】

『わかるさ。たしかにあんたは300年間人類に恵みを与え、バーテックスの脅威から守ってきたのかもしれない。だが、あんたは信仰を受けたが神様になれなかった。勇者の肉体を供物として受け取ったとき、あんたは善き神であることをやめた。人類の守護者であることを放棄した】

 神樹からどんどん生命力が失われていく。これでは遠からず四国は消滅するだろう。

 その時はテラフォーミングした新天地に、人型のバーテックスは四国の人類を移住させるつもりだ。

 バーテックスによって失われた土地を人が住めるようによみがえらせる方法は確立した。もう四国にこだわる理由はない。

【ふざけるな! ふざけるな! 我は神ぞ! たかが人間のためになぜ滅びねばならぬ】

『その言葉があんたの滅びた理由だよ。神様は人の信仰がなきゃ神でいられない。人をないがしろにした神は滅びるしかない』

 どこか悲しそうな声音だったが、怒れる神はそれに気づかない。

『だから、神樹様。今までありがとう。そしてさよならだ』

 

【Another End「おまえはそこでかわいてゆけ」】

 

 ………

 ……

 …

 

四国の守護者『いや、四国が滅んじゃ駄目だろ。キングストーンフラッシュ!』

(+皿+)『あ、ですよねー。すみません』

 その時、不思議なことが起こった!

 

【やめろ! やめろぉおおお! これ以上出ていかれたら我が、我が維持できぬぅううう⁉】

『それは仕方ないな。大丈夫。あんたがいなくなっても人類が生きていける土地は俺が守ってみせるよ』

【貴様ぁ…何が目的だ! 天の神の末端が神気取りか! そんなことをしても貴様は神にはなれぬぞ!】

『当たり前だろ。神様なんて面倒くさいこと、俺がするわけないじゃん』

 帰って来た意外な言葉に、神樹の主神格は目を点にする。

【待て、ではなぜこんなことを…貴様の目的は⁉】

『そんなの決まってるだろ』

 こともなげに、人型のバーテックスは言う。

『かわいい女の子がきゃっきゃうふふで百合イチャしてる世界を守るため。少女たちが理不尽な運命に打ちのめされることなく平和に過ごせる世界を作るため。それ以外に何がある』

 その言葉に神樹は思い出していた。自分がまだ1柱の神と崇められていた時のことを。

 ああ、あの時は幼子を抱えた母親が我を熱心に敬ってくれた。

 そのお返しに我は春は花を咲かせて見る者の目を楽しませ、夏は葉を広げ涼しさを与え、秋は木の実を地に落とし豊穣の実りを与え、冬は薪にする枝を落としたものだった。

 いつからだろう。そんな生活に不満を持ったのは。

 もっと、もっと敬われ、人の子の感謝を受けたいと願ったのは。

 恵みと力を与えればその返礼として少女の肉体を供物として受け取るのをおかしいと感じなくなったのは。

【我は、いつ、間違えた?】

 思わず出た言葉に、人型のバーテックスは首を振る。

『多分、間違えたのは人だ。神様はその間違ったやり方に従っただけ。歪んだ願いに応えただけだ。だからあんたが間違ったわけじゃないんだよ』

【我は、取り戻せるだろうか? あの時の赤子の笑顔を、母の愛を】

『それは、これからのあんた次第だ。まずは銀ちゃんの魂と今まで勇者から奪ったものを返してみたらどうだ?』

 人型のバーテックスの言葉に神樹の主神格は何やら考えているようだ。

 やがて人型のバーテックスのもとには千を超える神霊が訪れていた。いずれも神樹の中にいた力ある精霊たちだ。

【毛色が違う魂を持つ天の神の使いよ。同族を頼む】

 神樹の言葉に人型のバーテックスは驚く。

『いいのかそんなことを言って。俺はあんたの敵だぞ?』

【構わぬ。敵は己の心の中にあった。それを気付かせてくれたお主は恩人だ】

 神樹の枝葉がざわめく。言葉はまるで憑き物が落ちたかのように穏やかだ。

【我はこれより眠りにつく。それで四国の寿命は100年ほど伸びるだろう。それと新しい神格に代わる前に勇者から供物としてささげられたものは返すつもりだ。これで償いになるかわからぬが】

『充分だ。ありがとう』

【不思議な奴よ。天の神の使いでありながら人の子を守り、生きていくための世界を切り開くとは】

『はは、よく言われるよ。そのせいであんたのとこの勇者に1回殺されかけたしな』

 笑顔で言う人型のバーテックスに、神樹の主神格だった神は言う。

【できることなら、貴様とはもっと早く出会いたかったものだ。そうすれば…いや、この話はよそう】

『そうだな。たらればの話をしてもキリがない』

 この神様なら約束を守るだろう。人型のバーテックスにはその確信があった。

『ああ、それと今の勇者の子たちを罰しないように神託してくれ。このままだと人間の世界に彼女たちの生きる場所はないからな』

【承知した。あの娘たちには悪い事をした。決して罰することなく健やかに暮らせるよう祝福を与えよう。それがこの愚かな神に仕えてくれたせめてもの礼だ】

 その言葉に人型のバーテックスは安心する。

 人と違い、神霊は約束したことは絶対に守らなければならない。

 だから彼女たちにこれから先ふりかかる災難からは神樹の加護で守られるだろう。四国の地においてそれは絶対的な安全に他ならない。

『じゃあな、神樹様。よい眠りを。農作物が取れたら四国に運びに来るわ』

【そなたの進む道に幸あらんことを、毛色の違う天の神の使いよ。人の子の未来に幸あれ】

 言葉と共に神樹から淡い緑の光が樹海に降り注ぐ。

 おそらくあの中には供物としてささげられた東郷の記憶や銀の魂もあるのだろう。

『さて、これからどうなるかね』

 原作と大分変わってしまった物語のことを考える。

 レオスタークラスターはあとで自分が破壊しておくにしても、勇者部のみんなは神樹や大赦をもう信用しないだろう。

 だが丹羽によって結界と壁の修復は終わり、勇者の章に繋がるフラグはへし折ることができた。

 あとは彼女たち次第。勇者としてどう生きていくか。

『あ、そういえば丹羽明吾が人類の敵っていう神託を取り消してもらうの忘れてた』

 人型のバーテックスはいまさらながら気づく。

 まあいいか。丹羽明吾という人間は死んだことになっているのだから。

 人型のバーテックスは壁の外に行く前にもう1度だけ樹海を見る。

 そこにはこちらに向かって手を振る丹羽と友奈と、人型のバーテックスの存在に戦々恐々としている東郷をはじめとする勇者部の姿があった。

 もうお前は居場所を見つけたんだな。

 勇者部の皆を助けるために四国へ送り込んだ強化版人間型バーテックス。

 まさか意思を持って自分で考えて行動するようになるとは思わなかった。

 こういうの、確か神話にあったよな。ギリシャ神話だっけ。

 まあどうでもいい事かと人型のバーテックスは思う。

 彼…いや、彼女にはこれからも良質な百合イチャの映像を送ってもらわなければ。

 そのために協力は惜しまないつもりだ。

 ただし、元の性別に戻りたいというお願い以外は。

 せっかく意思をもったんだ。だったら男より女にしていっしょにイチャイチャさせた方が自分としてははかどるし。

 思わぬ誤算だったが、新しいカップリングも増えてお兄さんは嬉しいぞ。うんうん。

 こうして結城友奈が無理やり満開して身体の大部分が神樹のものに代わることもなく、東郷美森が奉火祭でその命を差し出して壁と結界を修復することなく、勇者の章へ続くフラグを全部へし折り、この物語は終了する。

 勇者の章へは続かない。

 結城友奈は勇者であるの物語は、ここでおしまい。




Q。なんで東郷さんはコシンプいないのに人型のバーテックスの言葉がわかったの?
A。身体の中にシズカという精霊がいたからです。精霊が中にいるとその精霊を通して勇者に語りかけられます。
 丹羽君が遠く離れていても人型のバーテックスと交信できるのはこれが理由です。
 人型のバーテックスが神樹をぶった切る展開かと思った? しませんよそんな野蛮なことは。
 だってそれじゃあ神樹が絶望する姿が見られないじゃないですか。
 ぶっちゃけ今まで自分の中にいた神霊が次々と人型のバーテックスの元に行き、絶望する神樹様が見たかった。

神樹(新)【僕、新しい神樹。よろしくね】
(+皿+)「あんな邪悪な奴でも生まれたての頃はかわいいんだな」
天の神(百合好き)「せやな」
(+皿+)「まあ英才教育は早い方がいいって言うし」つ「ゆるゆり・ゆゆ式・きんいろモザイク・ごちうさ」
天の神(百合好き)「それな」つ「やがて君になる。アサルトリリィ」
 どうせみんな、百合好きになる

 次回、ノーマルエンドエピローグ


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【ノーマルルート】百合の尊さを知る者よ【完結】

 あらすじ
 人型のバーテックス、神樹様の中の神霊を電撃引き抜き。
 丹羽君と人型のバーテックス、勇者の章へ続くフラグをバッキバキに折りまくる。
東郷「丹羽君は満開しても大丈夫なの? 散華とか」
丹羽「バーテックスですから。欠けても最悪俺を作った奴に直してもらえますし」
友奈「そっかー。切り札といい丹羽君はいろいろできるんだね」
(+皿+)「そういえば満開の時間が長すぎると神樹の毒で身体が溶けて維持できなくなるって伝えてなかったけど…いいか別に。無事だったし」



 双子座との戦いから2週間ほど経った日曜日。

 その日、丹羽明吾は東郷と共に三ノ輪銀の病室を訪れていた。

 扉をノックし、声をかける。

「三ノ輪先輩、丹羽です。東郷先輩とお見舞いに来ました」

「おう、丹羽と須美か。入っていいぞ」

「え、にわみん来たの? わーい!」

 その言葉にドアを開けた丹羽が目にしたのは、銀の白い背中だった。

 あれ? 今確かに入っていいって言ったよね?

「す、すみません三ノ輪先輩! 着替え中に」

「え? いいっていいって。あたしら女同士だろ」

 銀の笑顔と共に放った言葉に、ズーンと丹羽は落ち込む。

「いえ、男です。男なんです。無性でついてないけど、心は男なんですよ三ノ輪先輩」

「銀、からかうのはやめなさい。そのっちも」

「あはは、バレたかぁ」

 丹羽をからかうために今回の計画をしたであろう首謀者をにらみつけ、東郷が言う。だが園子はどこ吹く風といった様子で銀の着替えを手伝っている。

 あれから昏睡状態だった三ノ輪銀はすぐに意識を取り戻した。

 東郷も2年前の記憶を取り戻し、神樹が人型のバーテックスとの約束を守ったのだと丹羽は確信する。だが、予想外のことが起こった。

 それは三ノ輪銀の筋力不足。

 なにしろヒーリングウォーターの中に2年間いたのだ。四国に来てからも寝たきりで、ろくな運動をしていない。

 結果、目が覚めたはいいが箸も持てない状態が1週間程続いた。

 銀が目覚めた後、丹羽が胸に手を当て語り掛けてもスミは出てこない。何度呼びかけてもだ。

 恐らく銀の意識と融合したのだろう。そう伝えると東郷は涙を流し、銀は昏睡していた間に自分に起こった不思議な体験を語った。

 なんでも以前園子の精神体と出会った荒野のような場所で、自分そっくりの白い小さな子供にあったのだという。

 そいつは銀をつなぐ鎖を斧で断ち切ろうとしたり、東郷や勇者部の皆のことを銀に話したりといろいろしてくれたらしい。

 おかげであの世界にいてもくじけずにいられたと。もし来てくれるのがもう少し遅かったら、自分は自分でいられたかわからなかったと語ってくれた。

 その話を東郷は涙を流して聞いていた。姉妹のように仲の良かった存在の献身に、思うところがあったのだろう。

 その後銀の魂が肉体に戻るとき一緒に連れてこようとしたが、スミは首を振ったという。その時銀は初めてスミの身体がボロボロなのに気付いたそうだ。

 おそらくだが銀が受けるべきその世界での責め苦をスミが代わりに受けていたのだと推測する。だから銀は無事でいられた。

 丹羽が自分の推測を語ると、銀は「そっか…」ともういない自分そっくりの精霊に深く感謝しているようだ。

 それからだ。銀がリハビリに人一倍励むようになったのは。

 見舞いに来る東郷や園子が心配するほどの張り切りようで、オーバーワークなのではないかと思われたが丹羽はそれを見守った。

 そして必要ならばミトとシズカの精霊の力を使って彼女を癒し、手助けしたのだ。

 医師の話ではリハビリに半年はかかる見込みだったが、銀は驚異の回復力を見せ10日目には手すりを使ってではあるが歩けるようになった。

「で、今日のお土産はなんだ」

「お土産の前に、私がやるように言っていた宿題はできたのかしら?」

 わくわくとしている銀に東郷が言う。

 現在銀はリハビリと並行して2年間の間に行うはずだった勉強を東郷と園子に教えてもらっていた。

 勉強に関しては英語以外は成績優秀の東郷と本編で1年上の風の家庭教師もしていた園子がつきっきりでそばにいるから問題はないだろう。

 これならば思ったよりも早く讃州中学に編入できるかもしれない。

 三ノ輪銀は今東郷と園子と一緒の学校に通うため猛勉強している。このペースなら10月中には友奈や夏凜と同じクラスに編入できるだろう。

 その光景は丹羽が人型のバーテックスであった時に思い描いていた理想の光景だ。それを見るためならば丹羽は力を尽くそうと思う。

 丹羽が今日来たのは、銀の経過観察といつもの差し入れのためだ。

「須美は固いなー。ほら、自力で解いたぜ」

「えっ、すごいじゃない! 早速採点するわね」

「ぶっちゃけリハビリして寝るだけの生活だからなー。教科書でも娯楽になるってある意味すげーよ」

「もともとミノさんは頭いいんよー。人と接する時の感じとか、困った人を助けるための思いやりとか、頭の回転が速くないとできないしねー」

 感心する東郷に得意げに言う銀。園子はそれに対し自分なりの評価をしている。

 確かに園子の言う通りだ。勉強嫌いというだけで自頭は悪くないのだろう。

「うん。ちゃんとできてるわ。銀もやればできるじゃない」

「じゃあ、三ノ輪先輩。ご褒美にこれを。今日はスーパーで売っているちょっとお高いポテチとコーラです。ちゃんと病院の人には許可をもらいましたからどうぞ」

 丹羽の差し出した差し入れに銀は目を輝かせる。

「さっすが丹羽! わかってるなー。入院してるとこういうジャンクなものが無性に食べたくなるんだよ。ピザとか」

 味気ない食事をしているだろうから濃い味と刺激の強いものをと持ってきたのだが、彼女の好みにヒットしたらしい。

 早速封を開けようとする銀の手からポテチの袋が消える。不思議そうな銀が顔を上げると、ポテチは東郷の手元にあった。

「ご褒美は今日の分の勉強が終わってからよ。それにこれは身体に悪そうだから、没収」

 東郷の言葉に、「そんなー」と銀は涙目になる。その身体に悪そうなのがいいのに。

「おやつなら、今日は私が作って来たぼたもちがあるからそれで我慢して。それとも銀はぼたもちよりそっちのほうがいいの?」

「え、須美のぼたもち⁉ 食う食う! あたしそれ大好きだから!」

「わたしもー」

 にっこり笑顔で言う親友たちに東郷も悪い気はしないのか、東郷の口元が緩んでいる。

 あら^~。小学生組てぇてぇです。

「丹羽君。顔」

「あ、すみません。戻しますね」

「おぉ~。これが園子の言ってたやつか。初めて見た」

「でしょー。にわみんのあの顔かわいいよねー。すぐ戻っちゃうけど」

 園子の感想に「え?」と東郷、銀、丹羽が声を上げた。感性が独特でいらっしゃる。

 

 

 

 東郷が四国を守る壁を壊した行為に、大赦はただでさえ混乱していたのにさらに混乱し収拾がつかなくなったらしい。

 それを収めたのは他ならぬ彼らが信奉している神樹の神託だった。

 乃木園子、東郷美森が自分に対して行った行為を不問とし、許すこと。そして丹羽明吾を人類の敵としたのは誤りであり、これからは神の使いである巫女としての待遇を用意せよとのことだった。

 わけがわからずこれもまた人類の仇敵による精神攻撃ではないかと混乱するかと思われたが、意外なことにすんなりと受け入れられた。

 続いて受けた神託が大赦にとって、いや四国に生きる者たちにとって魅力的すぎる内容だったせいだ。

 丹羽明吾を巫女とすることで四国以外の地を再生する神の協力が得られること。さらにその神の恩寵によりその土地で採れた作物を四国へ分け与えてもらえることが告げられたのだ。

 これには大赦は大いに喜んだ。神樹以外に人類に味方してくれる神の存在の出現。さらに年々減っていく作物や食糧問題を解決してくれる上に四国以外の土地に人が住めるという可能性が示されたのである。

 あの時程宗教家の熱い手のひら返しを感じたことはなかっただろうと丹羽は思う。丹羽は乃木家や上里家ほどではないにしろ手厚くもてなされ、考えられないほどの好待遇を受けた。

 だが提示された内容をほぼすべて断り、丹羽は犬吠埼家の住むマンションの隣の部屋に住んで今まで通り讃州中学に通う道を選んだ。

 樹とそう約束したのもあるが、何より丹羽自身がそう望んだからだ。

 名前も丹羽明吾という名前から(みぎわ)のんというものに変えた。人類の仇敵だった人間と同じ名前というのに混乱する人間がいるだろうし、身体が完全に女になったのに男の名前のままなのは変だと思ったからだ。それにこれは大赦のための対外的な措置でもある。

 勇者部の面々のように親しい人間たちからは今まで通り丹羽と呼ばれているのであまり意味はないのだが。

 それと勇者部の皆は夏凜以外大赦にスマホを返還し、また大赦の人間を混乱させた。

 どれだけ大赦の最高責任者が言葉を尽くしてももう大赦や神樹のために戦うつもりはないらしい。大赦の人間は非常に残念がっていたが、これで確実に天の神のタタリを受けるフラグが消滅したので丹羽としては嬉しい限りだ。

 それに勇者はもう必要ない。なぜなら人型のバーテックスが四国のそばにいる星屑たちを食らう星屑の群れを配置したので、出現した瞬間から食われていくからだ。

 これで樹海化警報のアラームがスマホから鳴ることは永遠になくなった。大型の星座級バーテックスが出現しても四国周辺に配置されたゆゆゆいバーテックス達が倒すし、最悪人型自らが駆けつけるので問題ないだろう。

 天の神もこちらが攻勢に出ない限りは静観を決め込むはずだ。油断はできないが、人類が思い上がらず日々自然の恵みに感謝していれば西暦のようなことは起こらないと人型のバーテックスは思っている。

 まあ、神様は気まぐれだし絶対はない。それでも天の神はものぐさで、手を出さない限り何もしてこないと思うが。

 こうして四国の恒久的な平和は約束された。

 ただ予想外だったのはあの戦いの後東郷が星屑恐怖症になったことだ。しきりに「星屑こわい星屑頭こわい」と繰り返し、白いものを見るたび怯えていた。

 丹羽と園子が「あれは悪い人(?)じゃないんだよー」と言っても効果は薄く、友奈が常時ハグすることでようやくまともに会話できるほどのトラウマを彼女に植え付けてしまったらしい。

 それと風が散華で失った左目もちゃんと治った。銀の魂と東郷の記憶が治ったことで心配はしていなかったが、彼女の供物も返されたらしい。

 その後丹羽は園子と夏凜、防人隊と一緒に人型のバーテックスによってテラフォーミングされた広島を訪れた。

 空が赤いことを覗けばほぼ四国と変わらない自然に夏凜と防人たちは言葉を失い、園子は大いにはしゃいだ。「ここはいいところだぞー! みんな早く戻って来ーい!」と某ヒゲが特徴のガ〇ダムの主人公の台詞に似た言葉を叫んでいた。

 園子と防人隊が独自に調べていたデブリで発見した種や植物の植え替え作業や四国にいる魚や動物の移住作業も進んでいて、四国の外にバーテックス以外の生命体が増える日も近いだろう。

 園子や防人隊のアドバイスにより現在中国地方は朝、昼、晩、夜の概念ができていた。やはり赤一色の空というのは丹羽と人型のバーテックスは平気だったが人間には精神的にきついらしい。

 それとついにテラフォーミングの手が出雲にまで到着し、大量の神霊が解放された。次に目指すのは三重県の伊勢神宮があったあたりだと人型のバーテックスは言っている。

 こうして乃木園子と防人隊は人類にとって大きすぎる成果を持ち帰り大赦へと報告した。

 これにより乃木一族のより一層の繁栄は約束されたことになる。まあ、本人はそれほど地位に執着していなかったが、発言力は大きくなるに越したことはないだろう。

 防人の地位も向上し、弥勒夕海子の悲願である弥勒家再興もある程度果たされたと言ってもいいだろう。あとは将来的に園子の元で働けばもっと繁栄するかもしれない。

 夏凛は勇者部の皆と違い、丹羽や人型のバーテックスと四国の人々をつなぐ園子の手伝いをする道を選んだらしい。

 神樹と大赦には思うところがあるのか、もう勇者として働くつもりはないらしいが壁の外に行くために勇者システムは重宝している。

 防人隊の隊長である芽吹も「三好夏凛なのは残念だけど、戦力が増えるのは正直助かる」と憎まれ口を言っていたが、実際は飛び上がらんばかりに喜んでいたらしいとメル友である夕海子から丹羽は聞いていた。にぼメブ、メブにぼてぇてぇです。

 新天地で採れた作物の輸送も人型のバーテックスにより水球に包んで無事四国へと運ばれた。

 四国の外で採れた穀物や野菜を食べても問題ないのかと疑っていた大赦職員もいたが、園子が食べても何の異常もなかったことで心配は杞憂だったという結論に至る。

 むしろ四国でできた物よりおいしいらしく、風にもその小麦で作ったうどんをざるで出したところ薬味なしで15杯もお替りしたのには丹羽も驚いた。

 こうして四国の食糧問題の解決もテラフォーミングも順調に進み、彼女たちを取り巻く平穏な日常は守られている。

 

 

 

 病室にカリカリとシャーペンがノートの上に走る音が響く。

 銀が時々難しい顔をしてペンを止めると東郷がアドバイスし、その言葉になるほどとうなずきまたペンを走らせる。

 その光景を園子と丹羽は優しい顔で見守っていた。

「はぁ…ぎんみもてぇてぇです」

「ありがとう、にわみん」

 いつもの不審者モードになっている丹羽に園子が声をかける。

「なんです急に」

「ミノさんのこともあるけど、わっしーを止めてくれて。壁を直してくれて。多分、わたしじゃ壁を壊したわっしーをかばいきれなかったから」

 なんだそんなことかと丹羽は思う。

 あれはトラウマまみれの勇者の章へ続かせないための必須条件だったのでほぼ自分のためだ。それに銀の魂を戻したのは創造主である人型のバーテックスのおかげで自分は何もしていない。

「以前にも言いましたけど、あれは俺のためなんですよ。東郷先輩を助けたかったし、勇者部の皆が悲しむ顔を見たくなかった。だから」

「それでもありがとう。わたしは何度だって言うよ。あなたはわたしの恩人。親友を助けてくれた、大切な人だって」

 いつものぽわぽわモードとは違う真剣な顔で言われ、丹羽は戸惑う。

 園子に会うたびにこう言われるのだ。最初の2,3回は真剣に聞いていたが、ここまでしつこいと少し辟易する。

 それほど彼女の感謝が強いということなのだろうが。

「ん? 何の話だ?」

 そんな雰囲気を察したのか、銀が尋ねてくる。それに園子は笑顔で答えた。

「にわみんが将来うちにお嫁に来てくれないかなーって話をしてたんよー。ねぇねぇどう?」

 いや、そんな話してませんでしたよね? と丹羽は言いかけ口をつぐんだ。

「そのっち? 冗談でもそういうことは言わない方がいいわよ」

 東郷が黒いオーラを出していた。それに銀も若干引いている。

「だからー、わっしーもお嫁においでよ。ミノさんも。3人でにわみんをお婿さんにしてずっと一緒に暮らそうよー」

 そう。変わったことといえば園子のこの言動もそうだった。

 丹羽がバーテックスであると知っても園子は受け入れてくれた。それはいい。

 だが、顔を合わせるごとに先ほどの感謝の言葉と共に求婚してくるのだ。

 今のように冗談めかして。時には真剣に。丹羽としてはどこまで本気なのかわからず困惑するしかない。

「おいおい、園子。女同士は結婚できないんだって。前にも言っただろ?」

「そうよそのっち。それができてたら私も友奈ちゃんと」

「須美はそればっかだなー。丹羽、ちょっとこっち来てくれ」

 銀の言葉になんだろうと丹羽は近づく。すると銀の瞳がキランと光る。

「ビバーク!」

「うひっ⁉」

 突如胸部をわしづかみにされ、変な声が出てしまった。

 本家ビバークは胸の谷間に頭をうずめる行為だが、今の銀の状態ではこれが限界らしい。それでも驚いたことに変わりはないが。

「ちょっと、三ノ輪先輩。いきなり何するんですか。びっくりした」

「丹羽よぉ…お前自分が男って言ってるけど、このおっぱいで男は無理があるだろ」

 言葉と共に銀は胸をつかんだ指をもみもみする。完全に言動がスケベな親父だ。

「それ、言わないでくださいよ。自分でももぎってしまいたいんですから」

 残酷な現実を突きつけられ、丹羽は落ち込む。

 同じクラスの樹と新天地への派遣のために一緒にいることが多い夏凜から着替えのたびに親の仇のように見られるDカップの胸。

 精神が男のままである丹羽にとってそれは身体が女であることを突き付ける証なので、正直言及してほしくない。

 それもこれも女性型の素体しか用意しなかった創造主の人型のバーテックスのせいだ。新天地で土地の再生作業をしているもう1人の自分を恨めしく思う。

「しかも、この触り心地…丹羽、お前またノーブラで来たな」

 その言葉に園子と東郷が無言で立ち上がった。表情から笑顔が消えている。

 なにこの2人怖い。

「にわみんさぁ…。この前わたし、プレゼントしたよね。ブラとショーツのセット。使ってくれてないの?」

「いや、さすがにあれを着ると完全に男としてのプライドが…。それに俺、バーテックスだから体系崩れないし」

「駄目よ丹羽君。成長期なんだから。というか銀、いつまで揉んでるの? そんなうらやま…もといけしからんこと。私だってしたことないのに」

「えー、いいじゃんかー。丹羽もやめてくれって言わないし」

 と言いつつ銀は丹羽の胸を揉みしだいている。

 会う度に揉まれているので最初の不意打ち以外は慣れてしまった。ただどんどんテクニックが上がっているのか、時々自分の意思に反して声を上げてしまうこともあるが。

 あの時の東郷と園子の悪鬼のような顔は丹羽と銀のトラウマだ。なぜか被害者である丹羽が正座させられ、2時間も2人に説教を受けた。

 それ以来銀もおとなしくしていたが、最近になってまた揉みたくなったらしい。

 丹羽としては精神が完全な男なので、元男の胸を揉んで楽しいのか? と思うが楽しいらしい。ちなみに東郷にも内緒だが園子も揉んだことがある。

「っと、これ以上揉むとさすがに怒られそうだからやめとくか」

「そうしてください。というか、揉むなら東郷先輩の方をお願いします」

「お前、あたしに死ねっていうのか?」

 ようやく手を収めた銀に丹羽が提案すると、真剣な顔で質問された。

 ゆゆゆい時空では喜んで触らせてくれてるから大丈夫だと思うが銀の表情から察するに命がけの行為らしい。

 丹羽としては推しであるぎんみもポイントなのでぜひやってほしいところなのだが。

「だったら、ごにょごにょごにょ」

「ええ⁉ そりゃ、聞いてたから興味はあるけど…でもなぁ」

 耳打ちする丹羽の言葉に銀は難色を示している。それに対し親指を立てて答えた。

 大丈夫、きっといける!

「えっと、須美さん。お願いがあるんですが…」

「なあに銀? ぼたもちは今から出すわよ」

「いや、そうじゃなくて。勉強を頑張ったご褒美が欲しいなぁと」

 その言葉に東郷は首をかしげる。いまそのご褒美のぼたもちを出そうとしているところなのに。

「その、スミっていう精霊にやっていた…おっぱい枕をぜひ堪能してみたいんだが」

「なっ⁉」

 銀の言葉に東郷は顔を真っ赤にする。

「だって、あの世界であいつあんなに自慢してたから! スミのおっぱいはすごいって! 柔らかくてふにふにで、とにかくすごいって!」

「スミちゃんが?」

 ここにはもういない精霊の名を出され、東郷は考え込んでいる様子だ。

 逆に銀は冷や汗が止まらない。丹羽は大丈夫だと言ったが、言わなきゃよかった。

 そりゃ、ちょっとは興味があったけど、命の危険を冒してまで頼むようなことでは…。

「いいわよ」

「だ、だよなー。さすがに精霊と同じようなことは……え?」

 東郷の言葉に銀は目を点にする。見れば東郷はベッドの上に座り銀の頭を下ろす位置を調整していた。

「恥ずかしいから…ちょっとだけね」

「お、おう」

 言葉と共に銀は東郷の胸元に頭を下ろす。

 なにこれすごい。

 言葉が出てこない。とにかくすごい。すごいということしかわからないくらいすごい。

 柔らかいのと東郷の匂いに全身が包まれるような感覚。すっごく安心できる。

 これはたしかにあの精霊が自慢するだけのことはあるわ。こんなの知ったら普通の枕じゃ眠れないかもしれない。

「すげぇよ…おっぱいってこんなにすごかったんだな」

「なによそれ。はい、おしまい」

「もうちょっと! もうちょっとだけ! あと少しで宇宙の真理が見れそうな気がする!」

 銀の言葉に「なによそれ」と言いつつ東郷はまんざらでもない表情だ。目を閉じた銀の前髪を優しく手ですいている。

「あら^~ぎんみもはいいぞ。もっと流行れ」

「だねぇ。ビュォオオオ!」

 それを見て尊いモードになる園子と丹羽。

 そんな感じで三ノ輪銀の入院生活は過ぎていった。

 

 

 

 10月に入り、讃州中学勇者部に新たな部員が増える。

 それは人型のバーテックスが夢見た光景。

 丹羽明吾が守りたかった、物語のハッピーエンドにふさわしい光景だった。

「えっと、2年の三ノ輪銀です。あたしは須美と園子と友奈と夏凜と同じクラスで、元勇者。2年間ずっと眠ってて最近起きました。小学校中退です。あと…なんかあったかな? まあ、いいや。よろしくお願いします!」

 銀のあいさつに勇者部の面々は拍手を送る。

「ようこそ勇者部へ。といっても元勇者たちのいる勇者部だけど」

 部長の風の言葉を皮切りに、部員それぞれが言葉を発していく。

「よろしく銀ちゃん。話には聞いてたけど、本当にスミちゃんそっくりだね!」

「勇者部へようこそ、銀。この娘が結城友奈ちゃん。私の大切な人よ」

「よろしく銀。あたしの使ってる勇者システムの元の持ち主って考えると感慨深いわ」

「ミノさんようこそー。えへへ、またいっしょだー。うれしいなぁ」

「銀さんよろしくお願いします。スミちゃんみたいにいきなり胸に突撃してきたりしませんよね…?」

「よろしくお願いします。三ノ輪先輩」

 上から友奈、東郷、夏凜、園子、樹、丹羽の発言だ。

 友好的な勇者部の面々の言葉に戸惑いながらもうれしそうな銀の姿を見て、改めて丹羽は思う。

 見ているか、俺。お前が守りたかった世界はここにあるぞ。

「さーて、じゃあさっそく歓迎会と行きましょうか! かめ屋いくわよかめ屋! そのあとはあたしん家!」

「マンションの1部屋に8人は狭くない? 東郷の家か園子が住んでる家にしましょうよ」

 風の号令に夏凜が意見を述べる。今ではすっかり園子のことを様付けせず呼べるようになった。

「それもそうね。いい、東郷、乃木?」

「じゃあ私の家にしましょう。銀にも私の友奈ちゃん映像館に来てもらって、是非友奈ちゃん大好きクラブの会員に」

「わっしー。ゆーゆのこと好きなのはわかるけど、人に押し付けるのは違うと思う」

「あはは。東郷さん、私の写真や映像なんて見ても楽しくないよー」

 東郷の言葉にいさめる園子。友奈は慣れたものなのかスルーしている。

「また先輩が増えたね、丹羽くん」

「そうだね犬吠埼さん。あ、かめ屋に行く前に三ノ輪先輩。いいですか?」

 樹の言葉に同意した丹羽が、風を先頭に部室から出ようとしている一団に向け声をかける。

「ん? なんだ丹羽?」

「これ。この前買い物したらもらったんです。よかったら」

 差し出された犬のマスコットを見て、東郷は息をのんだ。

「おっ、かわいいじゃないか。もらってもいいのかこれ?」

「ええ。入部祝いということでもらってください。俺にはこんなかわいいの似合わないから」

 笑顔で受け取った銀は「お前だってかわいいの似合いそうだぜ」と笑っている。

「あの犬の置物…ひょっとして」

「偶然じゃないよ、わっしー」

 呆然としている東郷の横から、ひょっこり園子が出てくる。

「ついこの間、わたしの持ってるやつを見せてくれって訪ねて来たんだ。真剣に見てたよ。で、気になって後をつけたらいろんなお店をはしごして、似たような置物を買って見比べてた」

 その言葉に東郷は納得する。

 そうか、丹羽らしい。なぜ彼があの祭りでとった園子とおそろいの犬の置物のことを知っているのかは知らないが、気を利かせてくれたのだろう。

 そしてその苦労を一言も口にしないところに、彼らしさを感じる。

「にわみん、いい子だよね。バーテックスとか元男の子だとか忘れちゃいそう」

「そうね。本人は最初から無性だって言ってるけど関係ないわ。丹羽君は丹羽君だもの」

 園子の言葉に東郷は同意する。

 今度、鷲尾の家に行ってみよう。自分の荷物は東郷の家に全部送ってくれたと言っていたが、その中にあの置物はなかった。必ずあの家にあるはずだ。

 園子と一緒にあの犬の置物を出したら、銀はどんな顔をするだろう。想像して東郷は今からわくわくする。

「やっぱり好きだなぁわたし。にわみんのこと」

「そうね。私も好きよ。丹羽君のこと」

「うん。わっしーは和式と洋式のどっちがいい? わたしはドレスが着たいから洋式かなぁ」

 ん? 何の話?

「そのっち? いったい何の話を」

「え、にわみんとの結婚式で何を着るのかって話だけど」

 なにを当然のことをというような園子の態度に、東郷は絶句する。

 え、結婚式? 誰が? 誰と?

「もしかしてわっしー。前に行った私の夢、忘れちゃった?」

「そのっちが言ってた昔の夢? 作家さんになりたいってやつ?」

「それじゃなくて、もう1つの方。忘れちゃった?」

 園子の言葉に東郷は神樹から取り戻した記憶を検索し、思い至る。

「まさか…本気なの?」

「にわみんにはまだ内緒だよ。びっくりさせたいんだぁ」

「で、でも相手はバーテックスだし、同じ女の子で」

「違うよわっしー。にわみんは無性。つまりどっちにもなれるってことだよー」

 にっこりと笑う園子に、東郷は再び絶句した。

「それに、いざというときはあの人型さんを頼るし。バーテックスと人間の婚姻なんて、歴史的な出来事になると思わない?」

「そのっち、あなた…」

 乃木園子の語った夢はもう1つある。それは本編ではない、この世界でのみ語られた目標。

 女性同士が婚姻できるように政治家になって法律を改正する。

 あの時は冗談かと思ったが、まさか本気だとは。

「わたし、にわみんのことを女性だから、バーテックスだからって理由だけで諦められない。それはわっしーだって同じでしょ?」

 その言葉に東郷は何も言えない。

 自分は彼の理解者として1番近くにいられればいいと思っていた。それなのにこの親友は自分の感情のために自分たちを取り巻く世界まで変えてしまおうとしているのだ。

「いざというときはテラフォーミングされてる四国の外に駆け落ちって方法もあるし。でもそれじゃにわみんは喜ばないだろうから、みんながなるべく幸せになる世界を作るため、少しがんばるんよー」

 事実10年後。乃木園子は四国初の最年少女性議員として国会に進出し、同性婚の法案化を可決させる。

 それは歴史の教科書に乗る偉業中の偉業だった。

 その傍らには百合イチャを愛し、常に彼女を支える存在があったという。

「そろそろ行こうか、わっしー。みんなとはぐれちゃう」

 気が付けば部室には東郷と園子しかいなかった。2人は急いで部室のドアに鍵をかけ、昇降口へと浮かう。

 そこには当然のように自分たちを待っている丹羽がいた。

「鍵閉めご苦労様です東郷先輩、そのっち先輩。みんなもうかめ屋に行っちゃいましたよ」

「にわみんは待ってくれてたんだー。ありがとー」

「一緒に行けばよかったのに」

「いえ、何かあったら心配なので一応」

 本当にこの子は自分たちを気遣ってくれるんだなぁ。東郷と園子は嬉しくなる。

「えへへ。にわみーん。大好きだよ」

 園子がぎゅっと丹羽の腕に抱き着き言う。それを見て丹羽は優しい顔で園子に返事する。

「俺も好きですよ。そのっち先輩。東郷先輩も」

 それが「愛している」ではなく、「好き」という意味だと園子は承知していた。

 だから、いつか変えて見せる。自分と同じような焦がれるような、独り占めしたいと思えるような気持ちに。

「そのっち、くっついてないで早くいきましょ。丹羽君も」

 園子がくっついた腕とは逆の腕を引っ張り東郷が言う。どうやらライバルは多いようだ。

 口には出さないだけで、勇者部の皆もきっと。

 だから、園子は口にする。彼女たちが怖くて言えないこと。恥ずかしくて言えないことを。

 自分が彼の心の1番近くにあるように。

「にわみん。将来結婚しよ。わたし、にわみんのこと大好きだから」

 たとえ今は冗談として受け止められてもいい。

 だが、自分は本気だ。彼が本気になってくれるまで、この本気の銃弾を込め、撃ち続けるつもりだ。

 これほどまでに乃木園子という人間を本気にさせたのはおそらく彼が初めてだろう。

 だから今度は園子が彼を――丹羽明吾を本気にさせて見せる。

 これはある意味勇者としてのお役目の時よりも難しい戦いかもしれない。

 だって、彼は誰にでも優しい。自分も彼に優しくされているうちの1人でしかないのだから。

 だけどその愛情を独り占めして見せる。絶対に!

 園子は決意すると、東郷に負けじと丹羽を自分の元に寄せ、くっつく。

 そして本気の言葉の弾丸を込め、撃った。

「にわみん、これからはわたしがあなたに恩返しする番。ずっとずっと、一生かかっても返していくからね」

 答えはわかっている。そんなこと気にしなくていいですよと彼は笑って園子の銃弾を躱すだろう。

 だがそれでいいのだ。いつか彼の元へ届くまで、園子は本気の言葉を告げ続けるだけ。

 決してあきらめない。乃木園子の新しい戦いは始まったばかりだ。




 トロフィー【勇者を守る勇者】を獲得しました。
 トロフィー【神樹と心を通わせたモノ】を獲得しました。
 トロフィー【百合の伝道者】を獲得しました。(百合小説投稿コンプリート特典)
 トロフィー【勇者の章阻止】を獲得しました。

 実績:〈もう1人の自分〉を獲得しました。
 実績:〈西暦の四国以外の勇者精霊全員集合〉を獲得しました。
 実績:〈鏑矢組精霊全員集合〉を獲得しました。
 実績:〈勇者部所属〉を獲得しました。
 実績:〈TS経験者〉を獲得しました。
 実績:〈百合の間に挟まる百合厨〉を獲得しました。
 実績:〈星屑を億匹食った星屑〉を獲得しました。
 実績:〈奉火祭阻止〉を獲得しました。

 minowa gin
   ↓
 niwa mingo
   ↓
 migiwa non
 大体こういう経緯の改名。


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【ヘテロ】バッドエンドルームへようこそパコ(東郷ルート)【注意】

 四国のみんな、シコんにちは~!
 性的な意味でなくご無沙汰しておりますハメ。みんな大好きセキレイだパコ。
 本当は70話突破記念で出演の予定だったんだけど、物語が佳境に入ってお尻にいれた乾電池みたいシリ〇スから抜け出せなくなったので、空気を読んで控えてたハメ。
 ノーマルルートが終わってマ〇汁をジュルジュルして…もとい満を持してバッドエンドルーム解放パコ!
 今回のご主人と愛を育んだ映像を見られるのは誰なんだろうハメ。予想もつかないパコ。(タイトルを見ながら)
 それじゃあ、本編にイクゥウウウ! からアソコ濡らして待ってるハメ!

【caution】ヘテロ注意報【caution】
 主人公(星屑)は無性でそれが操る丹羽も無性ですが、作中にヘテロ表現があります。
 勇者部の女の子同士の百合イチャを期待される読者の方、またはヘテロ表現に著しいアレルギー反応のある方は読み飛ばすことを推奨します。
 よろしいですか? よろしいですね?
 では、本編をどうぞ。


 映像が終わり、室内が明るくなると友奈、東郷、夏凜、樹は風を見る。

 そこには耳まで真っ赤にした犬吠埼風が手で顔を覆ってうずくまっていた。

「今決意したわ。あたし、明吾を絶対に風と2人きりにさせない」

「そうね。妥当だと思うわ」

 夏凛の言葉に東郷がうなずく。それに「ちょっと!」と風が抗議の声を上げる。

「あれはその…気分が盛り上がっちゃっただけだから! 普段はその…健全なお付き合いをしてるし」

「健全ねぇ…。まあ、告白シーンだけ見ればいい話で終わったんだけど」

 先ほどの映像を反芻し、夏凜が遠い目をする。

「そのあとのアレ、すごかったね樹ちゃん」

「やめてください友奈さん。肉親と恋人のあんな光景、見てるだけで大ダメージなんですよ」

 小声でささやくように言う友奈に暗い顔の樹が返事する。 

 考えてみれば最愛の恋人と姉のある意味寝取られシーンを見たのだ。脳が破壊されないだけまだマシというものだろう。

 そう、勇者部5人は風と丹羽がお付き合いするに至るまでのシーンを見せられていた。

 その後に起こったR-18な光景も。さらに10月に入るまでに起こった風との複数回のラブイチャエッチも。

 てっきり告白シーンまでの軽いものだと思っていた勇者部面々の反応はすさまじく、自分の恋人と風が抱き合う寝取られシーンを見せられ発狂する者。自分と丹羽だけが知る秘め事を見られて同じく発狂する者。これはあくまで別世界線の彼だと必死に言い聞かせる者と様々だった。

 まさに生き地獄。修羅場。

 その行き場のない激しい感情はこの状況を作り出した元凶に向かう。

「この女子力(獣)! 性欲(獣)に改名しなさいよ! 初キスのあと即押し倒すとか信じられない!」

「ふざけないでよ夏凜! 女子力をそんなことに使わないで!」

 いや、そんな「勇者部5箇条をそんな風に使わないで!」みたいに言われてもやることはやっていたわけだし…と一同は白い目を向ける。

「風先輩。そう言われても仕方ないことをしてる自覚は持ってくださいね。なんで樹ちゃんもいる食卓で隠れて相互手…いたずらなんかを」

「あれはその…気分が盛り上がってつい」

 自分でもちょっとやりすぎたかな…と思ったエッチな内容を東郷の口から改めて言われ、風は小声でごにょごにょと言い訳した。

「みなさんはいいじゃないですか他人事なんだから。わたしなんて一緒に住んでるんですよ。今度から怖くてお姉ちゃんと明吾くんを2人きりになんてできません」

「樹⁉ そこはアンタの世界のアタシを信じてあげて!」

 顔を真っ青にしている樹に風が必死に訴える。

「そうだよね。私なんかより風先輩の方がいいよね。おいしいご飯も作れるし、頼りになるし、かわいいし。明吾君も私なんかより」

「友奈⁉ ちょっと東郷、友奈がなんかやばい!」

 静かにダークサイドに落ちそうになっている友奈に夏凜が気付き、東郷が必死に励ます。

「大丈夫よ友奈ちゃん。あれは別の世界線の丹羽君だから。友奈ちゃんが好きな丹羽君はあんなことしないわ」

「そう…かな? でも私、風先輩みたいに明吾君を満足させられてる自信ないから、嫌われちゃうかも。やっぱり、もう少し積極的になった方が」

「安心しなさい、友奈。アレは風の性欲が強いだけだから。明吾は基本性欲は…うん」

「なんでそこで言葉を濁すんですか! 不安になりますよ夏凜さん⁉」

 フォローしようとするが途中で目を逸らした夏凛に樹が叫ぶ。

 ひょっとして夏凜の世界線の丹羽は性欲が強いのだろうか。あんな写真もあったのだし。

 そんな混乱している状況を作り出した張本人。白い鳥の着ぐるみみたいな精霊は少女たちの反応を見て満足そうに言う。

『どうだったハメ? 自分たちと違う世界線でラブラブチュッチュしてるご主人を見た感想は?』

「〇ね、このクソ鳥!」

「最っ低!」

「明吾君明吾君明吾君」

「友奈ちゃんをこんな風にした責任、取ってもらおうかしら」

「あんなシーンまで見せるなんて聞いてないですよ」

 全員が殺気立ってセキレイをにらみつけている。

『アーッ! みんなのギンギンな視線だけでビンビンなボクはイきそうハメ! イっちゃいそうパコぉおおお!』

「樹、耳をふさぎなさい。耳が腐る」

「友奈ちゃんも。耳をふさぎましょうね」

 早速下ネタをぶちかまして来たセキレイに、保護者2人は手で耳を抑え、保護対象をしっかりと守った。

『ボクはみんなが見たいと言ったから風パイパイセンの世界線の映像を見せただけハメ。そんな風にメスガキをわからせする時の言葉責めみたいに感情だけで怒られる理由がわからないパコ』

「あたしたちは告白までのシーンでいいのよ! 別にその後のセッ…愛し合うところまでは見たくないの!」

 勇者部を代表して夏凛が言うと、セキレイは首をかしげる。

『え? むしろそこが1番の〇きポイントだと思うハメが。みんなはアレパコか? コンシュマー版で満足して、PC版を買わないタイプのエロゲーマーハメ?』

「アタシたちはそもそもエロゲーマーじゃないわよ! 未成年だし」

 セキレイの発言の根本的な部分を風がツッコむ。未成年なのにああいう行為をしていいのかという疑問はあるが。

『え? 18歳になるまでエロ本やエロゲーやらない聖人君子なんてこの世に存在しないパコ。樹ちゃんの好きな少女漫画でも平気でセック〇してるハメよ?』

「直接の描写はないでしょうが! いや、今は結構過激なのもあるし、そうとも言えないか…」

「しっかりして夏凜! ツッコミエースのアンタが疑問を持ったら多分この話は終わる!」

 勇者部唯一の希望が毒され始めているのを見て、風は危機感を覚えた。

『で、どうするパコ? 次は誰とご主人が付き合っている世界線を見るハメ?』

 その言葉に風と夏凜は固まる。

 確かに先ほどの映像は顔から火が出るほど恥ずかしく、他の勇者部メンバーにとって脳を破壊されかねない映像だった。

 だが自分だけ見られたというのもアレだし、自分も恋人が他の勇者部のメンバーとそういうことをしている姿を見て正気でいられるとは思えない。

 どうするべきか…。

「見ます!」

「ちょっと友奈⁉」

 風がどう答えるべきか迷っているとさっきまで闇堕ちしかけていた友奈が顔を上げ言う。

「風先輩への対策はわかったから、私もっと頑張る! それに私はもっと明吾君のことが知りたいから」

「友奈ちゃん、無理しないで。風先輩ので大分消耗しているでしょう」

 東郷の心配そうな言葉に、夏凜もうなずく。

 今の友奈はどう見ても無理をしていた。顔が青く血の気が引いているし、足だって震えている。

 だがそれでも見たいというのには彼女の強い想いがあるのだろう。

「セキレイって言ったわね。上映するのは告白までにしなさい。次にあいつとのその…エッチなシーンまで映したら」

『どうなるパコ?』

 セキレイの前に東郷、風、夏凜が並び立つ。

「蜂の巣にしてあげるわ」

「よくしゃべる舌を3枚におろしてからアタシの剣と夏凜の刀でみじん切りね」

「揚げ鳥、蒸し鶏、焼き鳥。好きな調理方法を選ばせてあげるわよ」

『は、ハメ―⁉』

 本気と書いてマジと読む3人の視線にセキレイは恐怖で縮み上がる。

『わ、わかったパコ。ご主人との××なシーンはカットして、放映するハメ。それでいいパコ?』

 その言葉に3人はうなずき、席に帰っていく。

「東郷さん、夏凜ちゃん、風先輩。ありがとう」

「お礼なんていらないわ友奈ちゃん」

「そうよ。別にあんたのためにやったわけじゃないからね」

「アタシはもう手遅れだけど、せめてアンタらの幸せな思い出を見せてもらうわ」

「みなさん」

 友奈のために再び1つになった勇者部に樹は感動する。

 ああ、世界線が違っても勇者部の絆は固かったんだなぁ。

『じゃあ、次は誰の世界線の思い出を見るハメ?』

「「東郷で」」

「東郷さんで」

「東郷先輩で」

「ちょっとみんな⁉」

 まあ、そんな絆も一瞬でほどけてバラバラになってしまうんだけど。

「や、だって友奈ラブの東郷がどういう経緯で丹羽とそういう仲になったのか気になるし」

 と風。通常ルートとは違い彼女のルートでは東郷が丹羽に対してどういう想いを抱いていたかは最後まで明かされなかったようだ。

「あたしはその、東郷のその身体で誘われたらさすがに勝ち目がないなって。もちろんあいつがそれで心変わりするような奴じゃないって信じてるけど」

「わかります。わかりますよ夏凜さん!」

 一方で夏凛の言葉に樹が同調していた。

「東郷さん、きれいだし、お料理上手だし。明吾君と2人だけしかわからないことよく話してるし。なんだか時々入っていけないような仲の良さがあるから、私なんかお邪魔なのかなって」

「友奈ちゃん⁉ そんなことないわよ友奈ちゃんは世界一かわいい! というかなんでそんなにマイナス思考なの?」

 風の映像を見てから彼女らしくないマイナス思考に陥る友奈に東郷は混乱しながらも励ます。

『アニメで1人だけ揺れる東郷さんパコね? 了解ハメ』

「なんか、言い方にすごい悪意を感じるわね」

「ですね」

 東郷のメガロポリスを見ながら夏凜と樹がつぶやく。この胸を別世界とはいえ自分の恋人が好きにしていると思うと腹が立つ。

 全員が席に着くと室内が再び暗くなり、目の前の画面に映像が流れ出す。

『それではよいドスケベライフを~!』

 

 

 

 東郷美森の意識は闇の中にあった。

 熱い。身体が灼けるようだ。まるで自分の骨が熱せられた鉄骨のようになってしまったように感じる。

 だがある瞬間からふっと楽になり耳から話し声が聞こえた。どうやら室内に自分以外の誰かがいるらしい。

 目を開ければそこは白い勇者服を着た1つ年下の後輩である丹羽明吾がいた。

『で…中にいた……倒しちゃった……ここ…助け…』

「そう…あり…ます」

 言葉が途切れ途切れにしか聞こえない。まだ身体が熱いせいだろうか。

 東郷は伝えようとする。先ほど受けた神樹を名乗る敵の存在を。そいつが告げた丹羽を人類の敵として滅ぼすように告げられたことを。

 だが身体は熱により相当消耗したのか、とても丹羽のいる場所まで声を届かせることができない。せめてもう少し近くに来てくれれば。

 思いが通じたのか、誰かと話していた丹羽がこちらに近づいてくる気配を感じた。まだ熱でぼんやりしている頭の中、東郷は必死に彼に伝えようとする。

「頑張ってください、東郷先輩。神樹の奴なんかに…うわっ」

 気が付けば彼を布団の中に引きずり込んでいた。

 鼻と鼻がくっつくほどの至近距離で2人は見つめあう。東郷の身体はまだ熱を帯びており、布団の中は東郷の匂いでいっぱいだ。

 その匂いにくらくらしながらも丹羽はなぜ東郷がこんなことをしたのか理解できず混乱する。その時ノックの音が室内に響いた。

「お嬢様? 美森お嬢様? お加減はいかがですか?」

 声と共にドアが開く音。東郷が起き上がり布団の中に丹羽を隠したままやってきた誰かと何事か話している。

 やがて「失礼します」という言葉と共にその人物が去っていく足音が聞こえた。

 助かった…のか? 丹羽が布団の中から東郷の顔を見上げようとするとパジャマに包まれたメガロポリスが邪魔で表情をうかがい知ることができない。

「えっと、出てもいいですかね?」

 声をかけると東郷が布団をめくってくれた。危うく見つかりそうなのを助けてくれたのだろう。

 ほっと一息ついていると丹羽に向かって東郷が手招きする。近づくと耳に手を当てられ、囁かれて背筋がぞわりとした。

「丹羽君、聞いて。私、神託を受けたかもしれない」

「東郷先輩、俺のことを憶えているんですか?」

「? ええ、もちろん」

 それから2人は話し合った。東郷が受けた神樹を名乗る神による信託のこと。勇者部の部員たちが丹羽の記憶を失っていることを。

 そして2人は協議の末、しばらくの間丹羽のことを知らないふりをするということに決定した。

 東郷はそれを嫌がったが、丹羽のことを憶えている東郷までもしかしたら自分のように四国を滅ぼす敵として追われることを丹羽が拒んだからだ。

「だから、東郷先輩。しばらくは俺のことなんか忘れて今まで通り勇者部の皆と一緒にいてください。バーテックスが来たときは助けに来ますから」

「丹羽君、あなたはどうして…どうしてそんなに私やみんなのことを大切にしてくれるの? こんなことになってまで」

 東郷は常に疑問に思っていたことを尋ねてみた。

「そんなの、俺が勇者部の皆のことを大好きだからに決まってるじゃないですか」

 なにを当たり前のことをという丹羽の言葉に、東郷の胸が痛む。こんな時にまで彼は自分たちに無償の愛を注いでくれている。

 それに自分はぜんぜん応えられていない。

「私は」

 だから、東郷美森は踏み出す。彼の想いに応えるために。誰よりも彼に近い理解者でいるために。

「私は丹羽君が大好きよ。たとえみんながあなたのことを忘れても、私だけは憶えている。だから」

「ありがとうございます。東郷先輩。じゃあ、俺はこれで」

 最後まで聞かず丹羽は窓を開け出ていってしまった。それと同時に複数の誰かが東郷の部屋に近づいてくる気配がする。

「美森お嬢様。救急車への搬送のご用意ができました。お運びいたします」

 お手伝いさんの声と共に入って来た大赦仮面をかぶった救急隊員がやってきた。そうか。彼はこの人たちが来ることに気づいて行ってしまったのか。

(どうか無事でいて)

 東郷は救急車で大赦が所有する病院に運ばれながら、そう願う。

 その後改めて部室を訪れた東郷が勇者部の皆が本当に丹羽のことを忘れていたり、双子座戦の後友奈と丹羽が己の信念をかけて戦ったりといろいろあった。

 丹羽はなんとか生き残り、勇者部の皆も丹羽の記憶を取り戻して神樹の神託が突然覆ったりといろいろあったが万々歳な結末を迎え、彼女たちは日常へと帰っていく。

 自分だけが彼のことを憶えていたという優越感から、東郷美森の心に大きくなりすぎた丹羽への想いを抱かせながら。

 

 

 

「ストーカー?」

「ええ。結構しつこいらしいわ」

 人類の新天地となった中国地方。夏凜からしばらく行っていない学校の様子を聞いた丹羽は東郷にそんな存在がまとわりついていることを初めて知った。

 丹羽は現在、中国地方をテラフォーミングしている人型のバーテックスと、人類代表である大赦と園子率いる防人隊との橋渡し役としてかつて広島と呼ばれていた大地を案内したり忙しい日々を送っている。

 讃州中学へはほぼ半月の間1度も復学していない。勇者部の面々と会えないのは少し寂しかったが、これが自分の役目なのだと思っていた。

 そこに先ほどの夏凛からの情報である。

「毎朝靴箱に手紙を入れて、休み時間に視線を感じるとそこにいるんですって。友奈が気付くとすぐいなくなって見たことはないらしいけど。それと勇者部の活動中にも」

「でも勇者部には犬吠埼先輩もいるでしょう。それに結城先輩がいればそんな奴」

 丹羽の言葉に夏凛は首を振った。

「2人ともそのストーカーを見たことがないんだって。あたしも聞いた時は東郷の妄想かもしれないと持ったけど、物証があったから。好きの文字だけで埋められたラブレターとか」

 苦々しそうに言う夏凜に丹羽は思う。そんなに心配することだろうか。

 たしかに百合の間に挟まる男の出現は丹羽にとって面白くないが、東郷の美しさを考えればそういう輩が出てくるのは遅すぎるくらいだと思っていた。

 だが親友というよりは夫婦なゆうみもの間に入る度胸があるのはよっぽどの自信家か空気を読まない奴しかいないだろうし、東郷はけっこうズバズバモノをいうタイプだ。告白を断って逆恨みされても友奈や風がそばにいるし、問題ないと思っていたのだ。

「その様子だと、あんた今東郷がどれくらい危ない目に遭っているかわかってないみたいね」

 そんな丹羽の表情から心を読み取ったのか、夏凜がスマホの画像を見せる。

「なっ⁉」

 そこに映された写真を見て丹羽は息をのんだ。

【好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き】

 筆圧の強い鉛筆で書かれた文字が便せんいっぱいに書かれている。

 それが5枚。これが毎日下駄箱に入っているのか。

 言葉で見るのと実物を見るのとでは印象がまるで変わる。その例を見せられた気分だ。

「それと、最近こういうのが入ってたらしいわ」

 夏凛は言葉と共にスマホの画像をスライドさせる。

 それを見て丹羽は拳を強く握った。

 そこには東郷の隠し撮り写真が入っており、どれも着替え中や下着姿のきわどいものばかりだ。

 同封された便せんには【いつも見ています】【大好きです。もっと美しい姿を見せてください】と書かれていた。

「これは…ちょっと洒落にならないでしょう」

「ええ。最近は友奈がなるべく一緒にいるんだけど、気配に敏感な奴なのか全然捕まらないらしいわ。風も頑張ってるけど、学校内ではそれらしい生徒も見つからなかった」

 となると外部犯だろうか。勇者部はボランティア活動で校外での活動も多い。足が治ってからは東郷も同行するのが増えた。

 美しい彼女が誰かの目に留まるのは当然かもしれない。それがたとえタチの悪い相手でも。

「大赦には」

「東郷美森はもう勇者じゃないからお助けできませんって。一応警察に届けることも考えたんだけど、東郷が大事にしたくないから断ったそうよ」

 なんだそれは。もう充分大事だろう。

 丹羽は今すぐにでも四国に戻り、東郷の元へ向かいたかった。だが、今の立場がそれを許さない。

「ねえ、丹羽。気付いていないかもしれないから言うけど、多分今回のこと、あんたにも原因があると思う」

 その言葉に思わず「え?」と丹羽は声を上げる。

「東郷にストーカーが現れたの、あんたが学校に来なくなってからなのよ。それまでは東郷に言い寄る奴はいてもここまで悪質な奴はいなかった。どうしてかわかる?」

 夏凛の言葉に思い当たる節がなく、丹羽は首を振る。それに夏凛は大きくため息をついた。

「あんたがいたからよ。少なくとも、あんたがいたことで勇者部の皆に対する男避けになってたのね。風は不本意だろうけど」

 その言葉にそうだったのかと丹羽はショックを受ける。百合の間に挟まる行為を避けるために勇者部と距離を置いた結果、こんな事態を招いてしまったのか。

「ねえ、あんた東郷のことどう思ってる?」

「どうって、大切な先輩ですよ。三好先輩と同じくらい」

「あたしと同じ? よく言うわよ。あんた東郷に特別優しく接してたわよ。自覚ないの?」

 夏凛に言われ、丹羽は口をつぐむしかない。

 確かに自分は東郷を気にかけていた。それは2年前鷲尾須美であった彼女を救えなかったという負い目からもあったが、それ以上に彼女に惹かれていたからかもしれない。

 事実、東郷がこんな危機的な状況にあるのに何もできない自分が歯がゆくて仕方ない。自分に対して怒りがわいてくる。

 なぜ自分は彼女のそばにいないのか。

 なぜ自分が守ってやれなかったのか。

 そんな思いではらわたが煮えくり返りそうなのだ。

『話は聞かせてもらった!』

 そんな思いを抱いて拳を強く握っていると、声が上から響いてきた。

 その姿に「ぴっ⁉」と夏凜の表情は固まり、緊張から硬直している。

 凹凸がなく性別がわからない成人ほどの大きさで特徴的な仮面をかぶっている丹羽の創造主、人型のバーテックスがそこにいた。

『丹羽明吾。ここはもういいから今すぐ四国へ帰れ』

「でも、それじゃあそのっち先輩と三好先輩、防人隊のみんなの現地調査の手伝いが」

『ばっかやろー!』

 人型のバーテックスが丹羽を殴る。さながらタ〇ガー・ジョーのように。

 手がさりげなくアタッカ・アルタになっていた。あいつ、本気でぶん殴りやがったのか⁉

『ここの紹介なら俺でもできる。でも勇者部の皆には…東郷さんにはお前しかいないんだろうが!』

 その言葉に雷が落ちたような気がした。

 そうか。確かにその通りだ。自分は何を迷っていたんだろう。大切な人のピンチだというのに。

「すまん、俺! じゃあ後のことは頼んだぞ!」

『おう、フェルマータ・アルタに乗っていけ。いつものところにつけてある』

 言葉を背に受けながら、丹羽は急いで巨大フェルマータ・アルタがつないである海岸を目指す。

 後に残ったのは人型のバーテックスと夏凜だけ。

『じゃあ、そのっちのところに行こうかにぼっしー』

「ひゃ、ひゃい⁉」

 フランクにあだなで呼ぶ人型のバーテックスにガッチガチに緊張しながら夏凛が返事する。

 なにしろ相手は大型バーテックスをおもちゃのようにぶっ壊した悪魔のような存在だ。戦いになったらまるで相手にならないのはわかりきっている。

 しかもこの灼熱の大地からこんな自然あふれる場所まで作り出したという底の知れなさ。夏凜としては力量を図り切れない未知の存在に緊張するしかない。

『ありがとう、丹羽明吾のことを気にかけてくれて』

 だからそんな雲の上のような存在が自分にお礼を言ったのだとはすぐに受け入れられなかった。

「え?」

『君たち勇者部の皆が優しくしてくれたから、多分あいつは丹羽明吾でいられた。それは俺も予想していなかったことで、すごい事なんだ。本当に感謝してる』

 言葉と共に頭を下げられ、夏凜は慌てるしかない。今や神樹と肩を並べる存在に個人的にお礼を言われるなんて、身に余る光栄だろう。

「そ、そんな別に⁉ あたしもあいつには助けられてるし、その。今回のことだってあたしには手に負えないからあいつに頼らざるを得なかっただけで」

『それでもだ。知らせてくれただけでも嬉しい。あいつが君たちに受け入れられている証拠だからな』

 その言葉に、ああ、この人は丹羽明吾が大好きで仕方ないのだなぁと思う。

 今までバーテックスをおもちゃ代わりにぶっ殺している怖い存在だと思っていたが、実は優しい人(?)なのかもしれない。

「遅いわよ三好夏凛。一体どこで油を…ってあなたは⁉」

 先に集合場所にいた楠芽吹と防人隊が、夏凜と一緒に来た人型のバーテックスの姿にどよめいている。

『ごめん。ちょっと話し込んでてね。これからは丹羽明吾の代わりに俺がここを案内するよ』

「そ、そうですか。ありがとうございます」

「なによ楠芽吹。あんたガッチガチじゃない?」

 さっきまでの自分を棚に上げ、夏凜が芽吹をからかう。

「し、仕方ないでしょ! あなたこそなんであんなのと一緒に…なにか失礼なことしてないでしょうね」

「あんたじゃないから大丈夫よ。あたしは完成型勇者なんだから」

 夏凛の言葉にカチンと来た芽吹がぐいと顔を近づける。

「どういう意味かしら、三好夏凛? 私はあなたほど軽率なつもりはないのだけれど」

「慇懃無礼って知ってる? 必要以上にクソマジメだと相手に不快な思いを与えるのよ」

「私はそういうところきちんとわかっているわ。あなたこそ勇者を引退したのにいつまで完成型勇者を名乗っているのかしら?」

 バチバチと火花が散り、それに「またか」と防人たちがため息をつく。

 夏凜と芽吹の言い争いというかプロレスじみたマウントの取り合いはいつものことだ。顔を突き合わすたびにこうなのだからもう恒例行事になっている。

 これに目を輝かせているのは2人…いや、1人と1体だけだ。

『にぼメブ、メブにぼ。ケンカップルはいいぞ。もっとやれ!』

「やっぱり防人隊と一緒ににぼっしーを連れてきたのは間違いなかったんよ。ビュォオオオオオ!」

 人型のバーテックスと園子が同じテンションで2人を見守っている。

 それを見て、やはり子は親に似るのだなぁと夏凜は思うのだった。

 

 

 

 四国にたどり着いたころには夜になっていた。

 丹羽は壁の外でフェルマータ・アルタを待機させて四国へと入り、白い勇者服のまま東郷の家へ向かおうとする。

 だが赤一色の空から真っ黒な星の瞬く空を見てもう遅い時間だから出直すべきかと考え直した。

 せめて連絡くらいはしておこうとスマホを開きラインで東郷にメッセージを送る。

「東郷先輩。丹羽です。四国へ戻ってきました。三好先輩から大変な状況だと聞いたので、明日お迎えに上がります」

 メッセージに既読が付くと共にスマホの着信が鳴った。相手を見ると東郷だ。

「もしもし? 東郷先輩」

「丹羽君なの? 本当に?」

 懐かしい声に思わず丹羽の顔がほころぶ。

 声は大分憔悴していたが、東郷の物だった。久しぶりに聞く声に、不謹慎だが丹羽は心躍るのを感じた。

「ええ、四国に帰ってきました。明日の朝からお家に伺って護衛しますので、もう大丈夫です。大船に乗ったつもりで」

「今来てくれない? あなたに会いたいの。すぐに」

 声は切羽詰まっていた。何かあったのだろうか?

「わかりました。すぐ向かいますね」

 理由は聞かず、東郷宅へ向かう。勇者服に変身していたのでものの数分でたどり着いた。

 チャイムを押そうとするとスマホに通知が来て、窓から入ってくれとメッセージが届いている。

 どういうことだろうか。首をかしげながらも跳躍し、以前東郷の部屋に忍び込んだ時のように窓をノックする。

「丹羽君!」

 鍵を開け、迎え入れた東郷は丹羽の顔を見るとひしっと抱き着いてきた。

「ただいま戻りました。東郷先輩、大変だったみたいで」

「うん、うん。ありがとう、ありがとう来てくれて」

 涙交じりの声の東郷を優しく抱きしめ、スマホをタップして変身を解くと背中を一定のリズムで叩く。落ち着くようにと願いを込めて。

「私、誰にも言えなかったけど、怖くて。友奈ちゃんを不安にさせたくないから平気なふりをしてたけどもう」

「いいんですよ。俺は東郷先輩が実は弱くて泣き虫なこと、知ってますから。思う存分甘えてください」

 丹羽の言葉に東郷の抱きしめる力が強くなる。決してもう離さないというように。

「樹ちゃんにも、駄目な先輩って思われたくなくてがまんしてた。風先輩にも、夏凛ちゃんにも」

「そうですか。がんばりましたね」

「うん。私、頑張ったの。今日丹羽君が来てくれなかったら、多分くじけてた」

 東郷の言葉に、改めて夏凜に感謝する。もし教えてくれなければ東郷はつぶれていたかもしれない。

「これからは、ずっと俺が守りますから。あなたを害するもの、害しようとするものからすべて」

「それは…その。告白、かしら?」

「へ?」

 その言葉に思わず驚き東郷の顔を見る。

 そこにはいつもの頼もしい先輩の表情ではなく、ただの臆病で恋する乙女の顔があった。

「ずっとずっと、前みたいに急にいなくなったりしない? 離れたまま、帰ってこなかったりしない?」

 顔を赤くし、こちらをうかがう姿に思わず抱きしめたくなる衝動を丹羽は必死に抑える。

 そうでないと強化版人間型バーテックスの力で彼女を壊してしまいそうだからだ。

「もちろんです。東郷先輩が嫌じゃなければ、ですけど」

「嫌なわけない! 丹羽君は…嫌じゃないの? 言っておくけど私、嫉妬深いわよ。この際だから言うけど、夏休みからそのっちと仲のいいことに正直面白くない気分だった。四国の外に行ったのだってひょっとしたらそのっちのことが好きだからじゃないかって、疑ってたんだから」

「そのっち先輩は恋愛対象というよりは同志です。東郷先輩は、その…かわいい女の子だと思ってます。俺なんかが隣にいるのが許されないくらい」

 その言葉に東郷は思わず笑ってしまう。

「あなたがいいの。あなたが好きなの。あなたじゃないと嫌なの。私のそばにいるのは、いてほしいのは」

「本当に、俺なんかでいいんですか? 自慢じゃないですけど、俺はバーテックスで、ただの百合厨ですよ?」

「関係ない。それも含めて丹羽君なんだから。あなたが人類の敵でも、私のこの気持ちはもう止められないわ」

 そう、たとえ神様だって自分たちの恋を邪魔するなら倒して見せる。

 あの時四国を守る壁を壊したように。

 そう告げると、丹羽は苦笑いする。冗談だと思っているようだ。東郷は本気なのにと頬を膨らませる。

「いいんですかね。俺、人類の敵なのに。人間で、勇者の東郷先輩といても」

「いいのよ。私がいいって決めた。それに私は元勇者で今はただの女子中学生よ」

 丹羽の言葉に、東郷が顔を近づける。

「文句を言う人がいたら、私が説得するわ。いざというときは武力行使も」

 窓から入る月の光が、2人の影が重なるのを映す。

「んっ……。それともこんな風に、自分から接吻をするはしたない女は嫌いかしら」

「いえ、その…大好きです」

 めずらしく狼狽している後輩に、東郷は笑う。

 痛快な気分だ。いつもは百合イチャ好きでとらえどころない彼を夢中にできたことを実感するのがこんなに愉快だとは。

「ねえ、丹羽君。さっきの、私初めてだったんだけど」

「俺もです。奇遇ですね」

「友奈ちゃんとも、まだしてなかったのよ」

「光栄です。するときはぜひ呼んでください。録画して家宝にします」

 百合イチャを諦めないその姿勢は恐れ入る。だが欲しかった答えではないので東郷は丹羽の正中線を3段突きする。

「初めての接吻をしたのだし、次にやることは何かしら? 丹羽君」

「次…次ですか? そりゃセーー」

「怒るわよ?」

 違ったらしい。握りこぶしに血管が浮いている。

「私、まだあなたに言うべき言葉を言ってもらっていないわ」

「いうべきこと? ……あっ」

 なるほど、頑固で真面目な彼女らしい。思わず丹羽は笑ってしまう。

「なによ、嫌なの? 私はこんなに好きなのに」

「いえ、自分にとっては当たり前のこと過ぎたので。東郷先輩が大好きなことなんて」

 その言葉に東郷の顔が真っ赤になる。不意打ちの告白には弱いらしい。

「そ、そうなの。言ってくれないとわからないから」

「そうですね。じゃあ、改めて」

 丹羽は東郷の目をじっと見る。

 瀬戸内の海のように深い青緑の瞳は見ているだけで吸い込まれてしまいそうだ。月光に映る彼女の姿はより一層神秘的に見えた。

「俺は、東郷美森先輩が大好きです。これからは誰よりも何よりもあなたのことを優先します。だから――あなたが俺を嫌いになるまで、そばにいさせてください」

 その言葉に、東郷は丹羽の手を取り応える。

「誓います。私、東郷美森は大好きな丹羽明吾君のことを愛することを。ずっとそばにいて、あなたに嫌われないように」

 東郷の言葉に丹羽は首をひねる。

「いや、俺が東郷先輩を嫌うわけないじゃないですか。誓いの内容がおかしいですよ」

「それを言うなら私もよ。私が丹羽君を嫌うなんてありえない。丹羽君こそ誓いの言葉を変更して頂戴」

 じっとにらみ合った後、同じタイミングで2人は笑った。そしてこう誓いの内容を変える。

「私たちは2人が大好きなまま愛し合う限りずっとそばにいます」と。

 

 

 

 さて、ここで話が終わればハッピーエンドなのだが物語には続きがある。

 ここから先を読むのは自由だ。幸せな気分で読了したいのならば引き返すのをお勧めしたい。

 警告はした。さあ、続きをどうぞ。

 

 

 

 東郷美森は自分のベッドで眠る丹羽の顔を優しく見つめる。

 新天地から四国まで移動するのによほど精神力を使ったのか、東郷がベッドを勧めるとすぐに眠ってしまった。

 以前バーテックスである自分は眠る必要がないと言っていたのを思い出し、試しにお茶に睡眠薬を盛ったのが効いたのかもしれない。要検証だ。

 ようやく見ることができた愛する者の無防備な顔に、東郷は笑顔を浮かべる。

 やっと彼が自分の元に帰ってきてくれた。

 この日のために自分は準備してきたのだ。いもしないストーカーの話をでっちあげ、ラブレターを筆跡を変えて書き、隠し撮り写真を作って。

 精霊がいれば写真はもっと簡単に準備できたのだが、いないものは仕方ない。スマホを大赦に返したのは失敗だったかもしれない。

 なにしろあれがあればもっと彼のために働けるのだ。神樹や大赦が再び彼の敵に回ったときのために、自分も戦う手段は持っておいた方がよかったかもしれない。

 だが、今の何もできないか弱い少女だから彼も帰ってきてくれたのかもしれないと思い直し、東郷美森は自分の計画を振り返る。

 まず自分は架空のストーカーの話を作り上げ、風に相談した。

 彼女は義理堅い人間だ。同じ部活の人間がストーカー被害に遭っていると知れば仲間に相談して対処してくれることは目に見えていた。

 あとは夏凜にまで話が行くのは時間の問題だった。そして夏凛が新天地にいる丹羽を四国へ帰るように説得するのも東郷の目論見通りだ。

 彼が自分を心配して戻ってくるための物証づくりは簡単だった。あれで彼が帰ってこなければ思いに応えてくれないと逆上したストーカーにカミソリが入った手紙で指を切ったり髪を切られたりする演出まで考えていたが、それには至らなかったようだ。

 東郷としても長い黒髪を切るのは抵抗があったからほっとしている。ショートカットのほうが彼が好きだと言うならすぐ切るつもりだが。

「帰ってきてくれてありがとう、明吾君」

 東郷は愛しい彼の名を呼び、まぶたの裏に接吻をする。よい夢が見られるようにとのおまじないだ。

 これから自分たちは夢のように幸せな未来が待っているのだから。

 そのためには、彼を絶対に離してはいけない。

「絶対に、もうどこにも行かせない。誰にもあなたを傷つけさせない。たとえ友奈ちゃんでも」

 そう、東郷はずっと後悔していた。あの時、友奈と丹羽が互いの信念をかけて争った時のことを。

 なぜ友奈の四肢を撃って行動不能にしなかったのか。

 あの時はまだ丹羽と友奈が同じくらい大事で、踏ん切りがつかなかった。

 だが今ならわかる。自分は友奈より丹羽の方が大切だ。だって、この計画をしたとき友奈が悲しむ可能性なんて一切頭をよぎらなかったのだから。

「ずっと、ずっと一緒よ。愛しているわ。明吾君」

 死が2人を分かつまで、あなたを愛し続ける。もちろん、あなたも私を愛してくれるわよね?

 そんな想いを抱いて、東郷美森はようやく手に入れた幸せと平穏をかみしめるのだった。




 愛が、愛が重い。
 自作自演のストーカー被害で気を引こうなんてかわいいなぁ東郷さんは。
 ちなみにストーカーに見せつける目的で部室で既成事実を迫る東郷さんのシーンは3人の脅しによりカットされました。
 
 東郷美森ルート確定条件
〇9月までに親愛度がmax。
〇友奈の信頼度がmax。
〇友奈ちゃんファンクラブ結成イベント達成。
〇夏合宿で東郷の水着をほめる。
〇夏祭りで東郷の浴衣をほめる。
 東郷さんは友奈の親愛度、信頼度を上げるためのイベントのお邪魔キャラでもありますが、その際ちゃんと彼女の信頼度、親愛度も上がっています。
 友奈とくっつかないように行動していたはずなのに気が付けば彼女のルートに確定していたというプレイヤーも多いはず。
 特に【友奈ちゃんファンクラブ結成】イベントは友奈攻略に必須なイベントですが、東郷との仲が良くなると彼女の家に泊まることもできます。
 プレゼントにはプラモデル。話題は軍人、歴史などが効果的。隠しルート、国防仮面ルートへ行くには彼女の国防エピソードを全て聞く必要があります。
 ヒロインの中で唯一サブクエスト「樹ちゃんのお願い」で好感度が増減しないキャラクター。


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【ノーマルルート】アイドル伝説樹ちゃん

 エピローグで終わりかと思った? 延長戦です。
 あらすじ
 丹羽君の新しい身体はDの85。
丹羽「実は俺、無性でした」
樹「ふざけないでよ!」
園子「いっつん、それわたしの台詞」
夏凜「その胸で無性は無理でしょ」
丹羽「いやいや、本当に性別ないんですって。バーテックスだから」
夏凜「芽吹といい弥勒といい、あたしの周りはどうして巨乳が…まさか、胸に行く栄養が周りの人間に吸われてる?」
樹「お姉ちゃん…」
風「冤罪よ⁉」
銀「」じー
東郷「銀、どうかした?」ぽよん
園子「ミノさん?」ふにょん
銀「はは、まさかな」


 拝啓、天国のお父さん、お母さん。

 あなたたちの娘であるわたし、犬吠埼樹と姉の風は元気です。

 ついこの間まで樹海という場所で命がけの戦いをしていたのが嘘のように平和な毎日を過ごしています。

 あの後…東郷先輩が壁を壊し、神樹様のもとに丹羽くんの産みの親である人型のバーテックスさんが訪れて神樹様と対話したあと、いろいろありました。

 まず園子さんと東郷先輩はおとがめなし。

 神樹様の新たな神託により、この度の騒動を起こした勇者たちを一切傷つけることなく、許すよう告げられたそうです。

 あの人型のバーテックスさんが何か言ったんでしょうか? わたしにはよくわかりません。

 ただ、誰も大赦の人によってひどい目に遭わなかったというのは喜ばしいことだと丹羽くんは言っていました。

 もし誰かがひどい目にあったら大赦をぶっ壊してましたよと笑いながら言っていたのには皆さんドン引きしていました。

 目がマジだったからです。本人は冗談と言っていましたが、あれは本気の目でした。

 戻って来た丹羽くんを見て園子さんは驚いていましたが、「これはこれではかどるんよー」とご満悦の様子です。

 園子さんに受け入れられないのではないかと心配していた丹羽くんはほっとした様子でした。そんなことあるはずないのにね。

 東郷先輩も記憶を取り戻し、ずっと昏睡状態だった三ノ輪銀さんも目を覚ましたということでした。

 その後銀さんは退院し、園子さんと東郷先輩つきっきりの勉強の結果無事讃州中学に入学しました。今では勇者部の頼もしい仲間です。

 丹羽くんによれば四国にやってくる星屑や巨大バーテックスは人型のバーテックスさんの仲間である星屑さんたちが倒してくれているそうで、もう誰も勇者として戦うことはないそうです。

 そのことに誰よりも喜んだのはお姉ちゃんでした。もうみんなを戦いに巻き込まなくていいんだって。

 夏凜さんは若干不満そうでしたが、今は防人さんの活動をお手伝いしています。そのため勇者部に顔を出してくれる日が少なくなったのが少し寂しいかな。

 それと園子さんは丹羽くんと防人隊の人たちと共に人型のバーテックスさんがテラフォーミングしている中国地方によく行っているそうです。

 その大地は人間が生活するには充分すぎるほどの環境で、大赦の中でも移住すべきかどうか会議をしているとのことでした。

 もっとも移住するのは時間の問題だと丹羽くんと園子さんが内緒で教えてくれました。わたしたちの子供の世代には、もうテラフォーミングされた大地で人が生活しているのが当たり前になっているんだそうです。

 想像つかないなぁ。テラフォーミングされた場所を見た園子さんと夏凜さんは大興奮していて、勇者部の皆もつれていきたいと言っていました。

 さて、どうしてわたしがこんなふうに近況報告をしているのかというと、理由があります。

「みんなー! 盛り上がってるー?」

 丹羽くんの言葉に、大歓声が答えます。そしてわたしはなぜかフリフリの衣装を着て、マイクを持っていて。

「それじゃあ行くよー! 私たちのユニット、百合キュアのファーストシングル『女の子は女の子同士で恋愛した方がいいと思います!』」

 チラっと丹羽くん…もとい(みぎわ)のんちゃんがこちらに向かって視線を送ります。

 天国のお父さん、お母さん。わたしは今、四国でアイドルをやっています。

 恥ずかしくて死にそうです。でももう慣れました。やけっぱちです。

 どうしてこんなことになったのか。話は半年ほど前にさかのぼります。

 

 

 

 双子座戦とその後に起こった丹羽と友奈の信念をかけた戦闘。その後に起こった破壊された壁から大量のバーテックスの侵入という目まぐるしい1日から1週間が経った。

「結城友奈、三好夏凛ちゃん入ります!」

 声と共に友奈と夏凛が勇者部部室に入ってくる。

「お、友奈、夏凜。おつかれー」

 答えるのは部長の風だ。隣には妹の樹の姿があった。

「東郷先輩と園子さんは銀さんのところですか?」

「うん。リハビリと編入試験のための勉強会だって」

 その言葉に樹の隣にいた少女がガタッと音を立てて机から立ち上がる。それを見て夏凜がため息をついた。

「丹羽、ハウス」

「はい、すみません」

 席に着いた黒髪のショートボブの女子生徒に、部員全員の視線が集中する。

 そこにいるのはつい1週間前まで勇者部唯一の男子部員だった女性、汀のんこと丹羽明吾がいた。

 おそらく東郷と園子、銀の3人が仲良くしている場面を想像して「見に行かなきゃ!(使命感)」とでも思ったのだろう。

 見た目は完全に女の子なのだが中身は百合厨のままなので、みんなは今まで通り丹羽、あるいは丹羽君と呼んでいるのだ。

「それで風。昼休みに言ってた重大発表って何なのよ」

「ふっふっふ。東郷と乃木がいないのは残念だけど、この喜びを伝えたくて仕方ないのよ。アタシは」

 ニコニコというよりはニマニマという擬音が似合う笑顔で風が言う。嬉しくてしょうがないらしい。

 それに妹の樹はあはははと力ない笑顔で笑っていた。姉のテンションが昨日からずっと最高潮で振り切れっぱなしなので、実はけっこう疲れている。

「実は昨日、うちのかわいい妹の樹が! 世界に2人といない天上の歌声を持つ樹ちゃんが! ボーカリストオーディションの一次審査を通過しました!」

 姉馬鹿全開の風の発言に、「おお~」と拍手するのは友奈だけである。

 そう。本編で風が暴走するきっかけになった樹の夢。散華で声を失う前に受けたオーディションの結果が昨日電話で告げられたのだ。

 この世界では散華により樹の声は失われていない。それに戦いは実質終わっている。

 だからその報告を受け、樹に告げた風は手を取り合って喜び合った。

 それから隣の部屋に入居し直した丹羽も呼んで犬吠埼家で宴となったのだ。

 2人の心からの笑顔を見て、丹羽は思う。よかった。この顔を見れただけでも自分が頑張った甲斐があった。

 本編では怒りにまかせ大赦をつぶすと暴走した風も、涙を流しその暴走を止めた樹もこの世界にはいない。

 それは人型のバーテックスだった時代、自分が望んだ光景だった。

 ただ妹が夢に近づいた嬉しさからテンションが振り切れ、「犬吠埼Fooooo!」と自分の名前を叫ぶ風の姿にはさすがにちょっと引いたが。

「へぇ。すごいじゃない樹。おめでとう」

「ありがとうございます、夏凜さん」

 夏凛の言葉に照れ臭そうに顔を赤くする樹。

 そういえば勇者の章ではこのオーディション関連の話は出てこなかったように思うのだが実際どうなったのだろう。やはり声が出なかったことで立ち消えになったのだろうか?

 丹羽は自分の原作知識と照らし合わせ考える。が、答えは出ない。

 多分、その答えはこれから出てくるんだろうなと思う。

 そうでなくても筋書きが大きく変わった世界だ。丹羽の原作知識にない予想外のことも起こるだろう。

「そうとなったら特訓だね、樹ちゃん!」

 勇者部の攻略王が張り切っている。丹羽としては嫌な予感しかしない。

「歌手になるってことはたくさんの人の前で歌うってことだよね。じゃあ練習しないと」

「え? 友奈さん? え? え?」

 さっそくどこかへ連れていこうとする友奈に風が割って入る。

「はいはい。うちの樹ちゃんは今大事な時期ですから。話はマネージャーのアタシを通してください」

「風、あんたいつの間にマネージャーになったのよ」

 早速業界人ムーブをかます勇者部部長を夏凜が白い目で見ていた。

「でもまあ、友奈の言うことももっともね。まず樹はその赤面症というか、歌うとき緊張するのを治さないと」

「そうですよね。うぅ…」

 夏凛の言葉に思い当たるところがあるのか樹が暗い顔をしている。

「大丈夫だよ犬吠埼さん。自分の弱点を知っているってことは何よりも強みなんだから。あとは自分の長所を伸ばしていこう」

「丹羽くん、ありがとう。わたし、がんばってみるよ!」

 こうしてそれから数日間犬吠埼樹ちゃんアイドル化計画が勇者部内に発令された。

 といっても丹羽は夏凜や園子と共に防人隊と新天地である中国地方の調査に同行したり四国に穀物を運んだりと忙しかったのでなかなか勇者部に顔を出せない日々が続く。

 ようやくまとまった報告も終わり、四国と新天地との交友の目途が立って讃州中学に帰ったころにはいつもの勇者部に戻っていた。

「そういえば犬吠埼さんのオーディションの件はどうなったんですか?」

 昼休み。何気なく聞くと樹は首を振る。

「2次審査で落ちちゃった。オーディション会場で審査員の人の前で直接歌うんだけど緊張しちゃって……それにわたしよりうまい人がたくさんいたから」

 その表情にはまだどこか未練があった。視線を感じると風が自分をにらみつけている。余計なことを言うなと言うことだろう。

 だが、ここはあえて余計なことを言わせてもらおうと思う。

「で、そのあと犬吠埼さんは何をしてるんですか?」

「え?」

 てっきり慰めの言葉をかけてもらえるとでも思っていたのだろうか。樹が豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔をしている。

「夢なんでしょう、歌手になるの? だったらそのための特訓、もちろんやってるんですよね? 今は何を?」

 丹羽の言葉に、樹は狼狽している。まさかそんなことを言われるとは思っていなかったからだ。

「ちょっと丹羽!」

「犬吠埼先輩は黙って。俺は犬吠埼さんと話しているんです」

 丹羽を止めようとする風を、夏凜が止める。同じように友奈と東郷も。

「なにも…してないです」

「え?」

「だって、勇者部の活動が忙しかったから! それにオーディションも落ちたし、これ以上やっても」

 その言葉に丹羽はわざと大げさにため息をつく。その行為に樹はびくっとした。

「その程度だったんですか。犬吠埼さんの夢は。犬吠埼先輩に言ったやりたいことって」

「それはっ、でも」

「オーディションなんて、他にもあるでしょう。それにレッスンをやめたのはなぜです? もうあきらめたんですか」

「ちがう、わたしは!」

 ここで目を伏せ、顔を逸らすようならこの話はここまでにしようと丹羽は思っていた。

 だが彼女は顔を上げ、食い下がってきた。ならば自分がすることは1つ。

「だったら、俺に犬吠埼さんの夢をかなえるための手助けをさせてください。もちろん犬吠埼さんが嫌じゃなければですけど」

「え?」

 その言葉に勇者部の面々が顔を見合わせる。

「今の時代。オーディションだけが歌手になるための道じゃありませんよ。俺にあなたをプロデュースさせてください。それに、どこかの事務所に所属するにしても、実績はあるに越したことはないと思います」

 にこりと笑う彼の表情を見て、樹は思う。

 ああ、顔と性別は変わってもこの悪い事を考えているときの表情は一緒なんだなと。

 

 

 

 それから樹の歌手特訓は過酷を極めた。

 まずは夏凜の指導による基礎体力作り。

「歌手やアイドルは身体が資本! 1つのコンサートで体重が10キロ減ることなんてザラですから体力はあるに越したことはありません!」

 丹羽に説明された夏凜は共に特訓メニューを作っていた。

 ランニングのような基礎体力作りはもちろんなぜか腹筋メインのメニューが多く、しばらく布団から1人で起きられない生活が続いた。

「今の時代、歌手もダンスができないと。ナツメさんとアカミネさんに踊りのいろはを教えてもらってください」

 次は丹羽の精霊、ナツメとアカミネによるダンスレッスン。

 樹としては慣れない踊りやリズムに乗るのに精一杯だ。体育の成績もよくはない。

 だが、丹羽が「俺を信じてついてきてください」と言ったあの顔は本気だった。だから自分も信じて頑張るだけだ。

『いいよ樹ちゃん。その筋肉! 筋肉が喜んでるよ!』

 特にストリートダンスが得意なアカミネは基礎体力作りにも同行し、励ましてくれた。なぜか褒めるポイントが筋肉限定なのは気になったが。

 こうしてダンスもある程度踊れるようになり、リズム感もついてきた。

『もう私から教えることはない。免許皆伝だ』

 ナツメにそう言ってもらった時は本当に嬉しくて、思わず泣いてしまい困らせてしまった。

 それから音楽室でピアノを使った歌のレッスン。

 ピアノの音に対して正確な音程で声を出す訓練は正直楽しかった。特に音と声がシンクロした時は得も言われぬ気持ちよさを感じることができた。

「準備はできました。あとはステージでそれを見せるだけです」

「ステージって……ええっ⁉」

 突如告げられた内容に、樹は戸惑う。

「大丈夫です。衣装はこちらで用意してますし、ダンスも今の犬吠埼さんなら余裕で振り付けを覚えられます」

 親指を立てる同級生に認められ、少し誇らしくはあったが樹はまだ不安だ。

「勇者部の依頼に来てたステージの催し物が犬吠埼さんのファーストライブです。みんなの度肝を抜いてやりましょう」

 だが、こうまで自信満々に言われると、彼について行けば大丈夫だと思ってしまう。

「信じていいんだね、丹羽くん」

 問いかけると、何をいまさらと言うように丹羽は笑う。

「ええ。次のステージはきっと、四国の伝説になりますよ」

 

 

 

 丹羽明吾には前世の記憶はないが知識がある。

 それは百合作品であったり、アイドルアニメのライブの知識であったり、あるいは人を熱狂させた歌や演出であったりと。

 今度の樹のライブではそのすべてを注ぎ込むつもりだ。

 この世界に丹羽の知っている歌やダンスはないのは確認済み。四国の人々は丹羽の世界を熱狂させた歌と踊りと演出を見ることだろう。

 もちろん自分1人でやれることは限界がある。だが、今の自分には頼れる仲間が7人と精霊7体がいた。

「セッカさん、頼んでいた犬吠埼さんの衣装は」

『はいよご主人。注文通りできてますよー』

 セッカに頼んでいた衣装の出来栄えを見て、丹羽は大きくうなずく。

「流石です。やっぱり勇者部のファッションリーダーの名は伊達じゃないですね」

『それ、私自称してないからね。ただ諏訪組にアドバイスしただけだし』

 謙遜しつつも悪い気はしないのか、照れた様子で人型の精霊は言う。

「東郷先輩。投稿した動画の再生数は」

「順調に伸びてるわ。樹ちゃん自身がかわいいのとひたむきな頑張りにみんなメロメロね」

 東郷には録画していた樹のレッスン風景を編集し、某大手動画投稿サイトに投降してもらっている。

 本人にはダンスのフォームを見るためにと言って録画したり、あるいは友奈に対して行っていた隠し撮りスキルを東郷に存分に発揮してもらった。

 もちろんエッチなのはなしで。彼女の魅力を最大限に引き出すようにしてもらっている。監修は誰よりも樹の魅力がわかっている姉の風で、個人的に東郷にディレクターズカット版を作ってもらいご満悦だ。

 そのおかげか早い段階で固定ファンもついていて、動画には「かわいい」「妹にしたい」「頑張って」「この娘のおかげで今日も頑張れる」といったコメントが付いている。

 ツイッターやインスタグラムなどのツールも最大限活用した。

 勇者部の活動によるイメージアップ。丹羽と園子監修による先輩部員たちとの百合匂わせ写真と文章の投稿。

 もちろんその中には同級生で今は見た目が完全に女性の丹羽との物もある。なぜかそれがふういつ、にぼいつを抜き1番アクセス数が多く、丹羽としては困惑なのだが。

 それらのツールを使って初ライブの告知もした。準備は万全だ。

「さあ、伝説を始めよう」

 某アイドルアニメの黒幕社長のようなことを言いながら、舞台の最終チェックのために丹羽は樹より一足早くステージの設営に加わるために勇者部部室を出る。

 そして普段は閑散としているはずの地方のイベントの会場に集まる黒山の人だかりを見て、自分の仕事が完璧にハマったと確信したのだった。

 

 

 

「あわわわわわ」

 犬吠埼樹は震えている。原因は初ライブの緊張からと、予想外に入っているお客さんだ。

 てっきり10人ほどのお客さんの前で歌うと思っていたのに、ふたを開ければ軽く100人を超えている観客に樹は困惑するしかない。

 しかも丹羽と風、東郷によるとまだまだこんなもんじゃないらしい。初ライブの様子は某大手動画サイトに生放送され、四国中の人が目にすることができると。

(こんなの聞いてないよ~)

 逃げようか。思わず緊張からそんな考えが浮かぶ。

 だがここまでしてくれた勇者部のみんなや精霊たちの顔を思い出し、それは駄目だと自分を奮い立たせる。

 丹羽くんは絶対悪ノリでここまでやったんだろうけど。

「どう、樹。調子は?」

「お姉ちゃん」

 舞台袖で客席を見て緊張からガチガチになっている妹に、風が声をかけた。

「丹羽から伝言。客席の光る棒の色が変わったら衣装の袖のボタンを押してくれって」

「ボタンって、これ?」

 樹は自分が着ている丹羽が用意した衣装を見る。

 緑を基調とした妖精をイメージしたような衣装だった。どこか以前着ていた勇者服を思い起こさせるデザインが懐かしい。

 袖の赤いボタンが着ていた時から気になっていたが、何かの仕掛けらしい。

「そういうことは、始める前に言ってほしかったんだけど」

「丹羽も頑張ってるのよ、ほらあれ」

 風は客席を指さす。そこには他の勇者部の面々と一緒に丹羽が開発して園子経由で発注したという光る棒を観客に無料で配っていた。西暦時代のアイドルのライブに使っていたサイリウムというらしい。

「これからライブの事前説明もするんですって。いざというときは自分が身体を張ってでもアンタを守るって言ってたわ」

「丹羽くんが?」

 その言葉に思わず心臓が高鳴った。それは緊張ではなく嬉しさから。

「最後まで責任をとるって。焚きつけたのは自分だから、たとえ失敗しても最大限フォローはする。成功したら誰よりも嬉しいそうよ」

 その言葉に「そっか。そっかぁ」と樹は嬉しそうな顔をする。

 風は丹羽に初ライブで緊張しているであろう樹を励ますよう頼まれていた。

 だが風は思う。アタシよりアンタのほうがきっとこの娘は喜んだわよと。まあ、姉のアタシを立ててくれたのは嬉しいけど。

「樹、アタシはアンタが頑張ったこと知ってる。いつも隣で見てきた。だから、これが終わったらごちそうでお祝いしましょう」

 相変わらず死亡フラグっぽいことを言う姉に樹は苦笑する。今はその言葉も頼もしい。

 発表時間10分前となり、丹羽がマイクを持ってサイリウムの使い方を説明したりライブ中は電話の電源を切るように観客にお願いしている。

 

「犬吠埼さんを落とした審査員の鼻を明かしてやりましょう。勇者部の歌姫は、誰よりもすごいんだって」

 

 歌のレッスンをする前、彼が言っていた言葉が樹の脳内によみがえる。

「そうだね、丹羽くん。わたし、やるよ」

 時間になり、犬吠埼樹は夢に向かって飛び出した。

 

 

 

 前説を終え、最前列席にいた園子たち勇者部の面々と丹羽は合流する。

「おつかれにわみん。どう? いっつんは」

「仕上がりは上々です。あとは犬吠埼さん次第ですかね」

 丹羽の言葉に友奈、夏凜は「だったら大丈夫」とうなずく。

「樹ちゃんは強い子だから、きっと成功するよ」

「そうね。姉の風が過保護なだけで、同年代の女の子よりよっぽどタフでいい子よあの娘」

「聞きました奥様。ゆういつ、にぼいつのゆういつにぼサンドですわよ」

「まさしくビュォオオオ! ですな」

 ひげを蓄えた紳士のようにふぉっふぉっふぉと笑う園子に、カメラ係である東郷が呆れる。

「2人とも。ずいぶん余裕だけど本当に大丈夫なの?」

「問題ありません。凸目的の悪質な迷惑系配信者は事前に弾きましたし、ここにいるのはみんな犬吠埼さんの味方ですよ」

「それににわみんの言う通り事前に荷物チェックもしたしね。まさか本当に刃物持ってきてる人がいたとは思わなかったよ」

「有名になりたいって思う奴はどこにでもいますから。たとえ他人に迷惑をかけてでも。犬吠埼さんはそういう奴らにとって格好のエモノなんですよ。小さくてかわいい。守ってあげたいというのは逆に言えば嗜虐性をそそられるということですから」

 ちなみにその自称ファンの男は丁重にお帰りいただいた。

 動画の再生数が増え、樹が有名になるにつれ樹を害そうとする輩も少なからず存在する。そんな相手から樹にも気づかれず丹羽が陰ながら守っていることをここにいる勇者部の面々全員が知っていた。

 だから、彼の多少強引な樹のプロデュースにも何も言わなかったのだ。

「ねーちゃん、その。いいのか俺たちがこんないい席で」

 声を上げたのは三ノ輪銀の弟の鉄男くんだ。彼も樹のファンらしい。

 たまたま銀が聞いていた勇者部の皆に聞いてもらったサンプル用の樹の歌声にすっかり心を奪われたらしい。

「いいっていいって。今回うちらは樹の応援のために来てるんだから。な、丹羽」

「ええ。古参ファンは大歓迎です」

 実際古参幼女先輩がいるかどうかでそのアイドルが大成するか決まるからな。と丹羽は内心で思う。

 やがて時間となりステージに樹が出てくると、会場がわっと沸いた。

 曲と共に樹が歌い始めると観客たちは静かに歌声に聞き入る。サイリウムの緑色の光がまだ昼間のステージの周囲に輝く。

 ちなみに曲も歌詞も担当は丹羽だ。サブカル知識から樹のイメージに合いそうな歌と曲をそのままお借りしている。

 振り付けも演出も丹羽の知るアニメそのままだったので、原作通りとはいえ昼間のイベント会場にサイリウムを配ったのはちょっと失敗だったかなと思っていた。

「さあ、ここからだ」

 丹羽のたくらみが成功するか否か。

 歌っている樹の背後に『そろそろサイリウムチェンジの準備をお願いします』と大きな文字で書かれた特大カンペを持った風が現れた。

 3,2,1…今!

「サイリウムチェーンジ!」

 スピーカーから事前に録音していた樹の声が会場に響く。すると緑のサイリウムライトが紫へと変化する。

 と同時に跳躍した樹が袖のボタンを押すと緑の妖精のような衣装から色鮮やかな蝶をモチーフにした衣装へと変化した。

 さながらさなぎから羽化した蝶のように。サイリウムの光を受け、さらに美しく輝く。

 その光景に、観客たちは目を奪われていた。そしてここから歌のテンポが変わり、かわいらしかったものから楽しくアップテンポな曲へと変わる。

 樹のアカミネ仕込みのストリートダンスも加わり、会場は熱狂の渦に包まれた。

 反応を見るに上場。成功だと丹羽は心の中でガッツポーズをした。

 やプ最。プリティーシリーズとプリキュアダンスは偉大だ。

 プ〇チャンではなくプ〇パラなのはやってみたアプリがライブだと再現しにくかったから。今四国にあって自分たちが再現できるギリギリが早着替えによるサイリウムチェンジだった。

 結果は大成功のうちに終わり、集まった樹のファンは満足して帰っていった。動画の反応も上々らしく、再生数は爆上がりらしい。

「お疲れさま。犬吠埼さん」

「丹羽くん」

 舞台が終わり、会場の撤去作業を手伝おうとしていた丹羽は他の勇者部メンバーの勧めもあって樹の元を訪れていた。

 今回の功労者を褒めてやれと。

「どう、気持ちよく歌えた?」

「うん。まだ心臓がどきどきしてる」

 胸に手を当て、樹が言う。心なしか顔も赤い。

「この服の仕掛け、丹羽くんが考えたの? すごいね」

「作ってくれたのはセッカさんだよ。お礼ならほら」

 言葉と共に丹羽の精霊であるセッカが宙に出現する。

『いやいや。モデルがいいと仕事がはかどりましたわ。樹ちゃんかわいいしね』

「そう、うちの妹は世界一かわいい!」

 声と共に現れたのは風だ。なにやら嬉しそうな顔をしている。

「樹ー! やったわ! やったわよ! さっきプロデューサーって人が来て、名刺渡していったわ。ほらこんなに!」

 言葉と共に用意された休憩室の机の上に名刺を並べていく。

「1、2、3、4……すごい、10枚以上もある⁉」

「大成功じゃない! 今夜は腕によりをかけてご飯を作るわよー!」

 はしゃぐ犬吠埼姉妹を見ながら、丹羽は広げられた名刺の写真を撮り園子に転送する。どれだけ信用できる会社か調べるためだ。

 すると「オッケー」と返信がありすぐ調べてくれるようだ。さすがそのっち先輩仕事が早い。

 こうして犬吠埼樹の初ライブは大成功の内に終わり、勇者部へ来たステージを盛り上げてほしいという依頼も大成功。

 みんな万々歳で終わった…と思われたのだが。

「全員このライブの演出を考えた丹羽をスカウトしたいって、そんなことある⁉」

 翌日の月曜日、勇者部。昼休み。

 風の言葉に丹羽は目を逸らす。それにあははと樹は力なく笑った。

 あの後犬吠埼家で園子からすべての会社がまともでアイドルの育成に力を入れていると聞いた丹羽は樹にそれを伝え、どこに所属するかは自分で決めさせることにした。

 10以上ある中から1社を決めて電話を掛けた樹を風と2人で固唾を飲んで見守る中、樹は緊張して話していたかと思うと急に拍子抜けしたような顔をして2,3話した後スマホをこちらに差し出してきたのだ。

「ど、どうだった?」

 風が尋ねると、樹は困惑が抜けていない顔をして丹羽を見て言う。

「その、興味があったのはわたしじゃなくて丹羽くんの方だったみたいで…代わってくれって」

「「はぁ?」」

 思わず風と一緒にそんな声が出てしまった。

 話をよく聞いてみると丹羽のサイリウムを使った演出と樹の衣装チェンジで観客の心を奪った手腕を買い、ぜひうちの社員にならないかという話だった。

 無論丹羽は断った。自分の目的はあくまで樹を歌手にすることであり、今回の演出もただのサポートであると。

 それならば樹も一緒にという社員の言葉は聞く前に通話を切った。自分はあくまで樹のサポートであり、その逆はあり得ないからだ。

「で、断っちゃったのかよもったいない」

 銀の言葉に丹羽は首を振る。

「もし俺が社員になったら犬吠埼さんはお役御免で最悪クビになりかねません。それじゃ駄目です」

「そうだよミノさん。芸能界は生き馬の目を抜く世界なんだから、スキを見せたらやられるんよー」

 おどろおどろしく言う園子に「うへぇ」と銀はちょっと引いていた。

「でも、そんなに樹ちゃんの歌悪くなかったわよね。むしろみんな聞きほれてたし」

「うーん。それ以上に演出が目を引いちゃった感じかしらね。あたしも感動したし」

「つまるところ、丹羽くんが張り切りすぎたせいね」

 友奈の疑問に夏凜が解説し、東郷が責任のありかを明確にする。

 指摘された丹羽はがくりと肩を落とした。

「ごめん、犬吠埼さん。逆に俺が足を引っ張っちゃったみたいで」

「そんなことないよ」

 肩を落とす同級生に、樹は言う。

「わたし、あのステージがすごく楽しかった。歌うのが、お客さんの声援を浴びるのがあんなに嬉しいなんて初めて知った。だから、それを教えてくれた丹羽くんには感謝しかないよ」

 一言も自分のことを責めない樹に丹羽は思う。この子、天使か?

「樹ぃいいい! かわいいうえに優しいなんて。天使なの? アタシの妹は地上に降臨した天使なの?」

 だが風のシスコンがそれを台無しにしていた。人間、自分以上に熱中する存在がいると途端に冷めて冷静になるんだなと丹羽はその日知った。

「で、どうするのにわみん? まさかこれで終わりじゃないんでしょ?」

 園子の言葉に「もちろんです」と丹羽は答える。

「この失敗を生かし、犬吠埼さんを立派な歌手にして見せます。そのためにまた皆さんの力を借りたいんですが、いいですか?」

 丹羽の言葉に「もちろん!」と樹以外の勇者部6人が大きくうなずく。

 その後アイドル兼プロデューサーとして丹羽が加入したり、やっぱりプリパラをお手本にするなら3人組がいいと勇者部の中からオーディションをした結果園子が選ばれて樹、丹羽、園子の3人組がアイドルグループを結成したりといろいろあった。

 その間もどんどんファンを増やしていき、ついには単独でライブを行うまでに成長。

 結果、冒頭へと戻るのである。

 ああ、わたしの目指していた歌手ってこんなのだっけ。なんか最近アイドル活動ばっかりしてるなぁ。

「どうしたのいっつん? 今日のライブ疲れた?」

 園子が心配そうに樹を見ている。それに首を振り、今思っていることを話す。

「いえ、今までの日々を思い返していたんです。わたし、歌手を目指していたはずなのにいつの間にかアイドルやってるなぁって」

「そうだねー。でも知名度は結構高いってわっしー言ってたよ。動画の再生数もうなぎのぼりだしこの間生ライブの中継のアクセス数また更新したって」

「なんか最近のお姉ちゃん、事務所の人のあしらい方に慣れてきたって言うか業界人っぽくなってきてるんですよね」

「あ、それ思ったー。なんかグラサンかけてるよねー。スーツ似合うし」

 園子がいつものぽわぽわオーラで癒してくれる。それに気を許しつい樹も愚痴を話してしまうのだ。

「なんか、最近のプロデュースの方向って言うか、丹羽くんの百合押しが強くなってる気がしません?」

「そうかなー? いっつんは嫌? にわみんと一緒にいるの」

「嫌じゃないですけど…うん。なんかファンの皆を騙しているようで」

 自分だって丹羽のことが好きだ。でも今の丹羽は女の子。女の子ならただの親友止まりだ。

 それ以上の感情を持つなんて、正しいはずがない。

「わたしはねー。にわみんがだいすきだよ! いっつんがいらないならもらっちゃおうかなー」

「え?」

 園子の言葉に心臓が飛び跳ねるのがわかった。園子のいつもの冗談なのに、自分は今何を焦ったのだろう?

「いっつん。素直にならないなら、本当にわたしもらっちゃうから。あとで取らないでって言っても聞かないよ?」

「もー、園子さんったら」

「遅くなりました。何の話ですか?」

 控室に丹羽が入ってくる。恐らくさっきまでスタッフの人たちに今日のライブのお礼を言っていたのだろう。

 そういうところはきっちりしている。プロデュースの方針はちょっとアレだが。

「丹羽くん。そろそろ百合押しやめない? もう充分人気出たと思うんだけど」

「駄目だよ犬吠埼さん。それだと俺が楽しめ…もとい古参のファンを裏切ることになる。それに百合営業効果は馬鹿にできないんだよ」

 今俺が楽しめないって言いかけたよね? 樹が白い目を向けると、丹羽はあからさまに目と話題を逸らした。

「サージャア俺ハ次ノライブノ演出ヲ考エルカナ?」

 すっごい片言だ。疑ってくれと言っているようなものだ。

 だがそんなわかりやすい彼が好きで、つい樹は許してしまう。そして甘えてしまうのだ。

 もっとそばにいたい。できることならこの3人でずっと。

 

 ちなみに5年後。元3人組中学生アイドルという経歴を持つ1人の女性歌手が四国に現れ、あらゆる新人賞を総なめすることになるのだが、それはまた別の話。




 アイドルイベントはゆゆゆい本編でやったけど子供相手であそこまで樹を特訓した勇者部。
 本気で歌手を目指した樹にどんな特訓をするのか。少なくとも勇者パンチは必須ですね。
 あとプロデューサーによる樹ちゃんの百合営業は完全に趣味です。でもそれによってファンも固定化されているからちゃんと役に立ってます。
 決して私欲ではありません。(ほんとぉ?)

夏凜「樹のグループのファンって結構偏ってるわよね」
東郷「そうね。樹ちゃんには20代、30代のお姉さん系。そのっちには男性ファンの他に高齢者層も結構多いわ」
夏凜「わかんないのが丹羽…もとい汀のんのファン層よね」
東郷「20代から50代までの男性ファンがほとんど。女性ファンは一切なし」
銀「この間ファンレターを見せてもらったけど、「踏んでくれ」とか「見下してくれ」とかいうのばっかりだったぜ」
友奈「丹羽君に訊いたらわざとそういうキャラづくりしてるんだって。妹系の樹ちゃんと天然のそのちゃんを守るクールな騎士って位置づけなんだって」
夏凜「実際はフールな百合厨でしょあいつ」
東郷「それは夏凜ちゃんがお仕事モードの丹羽君を知らないからよ。キリっとしてて格好いいのよ」
夏凜「東郷、冗談はあいつの存在だけにしておいて。もしあたしがそのお仕事モードとやらにときめいたら、1週間にぼし断ちしてやるわよ」
 その後東郷の頼みによりお仕事モードのキリっとした丹羽が調子に乗って夏凛を口説いた結果腹パンされ、夏凜が部室ににぼしを持ってこないという珍しい日が5日続いた。


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【ヘテロ】バッドエンドルームへようこそパコ(樹編)【注意】

(+皿+)「尊さではなでりん一強。やはりゆるキャン△はいいな。のんのんびよりもいいぞ」
天の神(百合好き)「かわいいの過剰摂取で糖尿病になりそう。あぁ^~こころがほわんほわんするんじゃ^~」
神樹「え、何急に?」
(+皿+)「2021年冬アニメの感想に決まってるだろ!」
天の神(百合好き)「今季はファンタジー系多くて日常系は少ないがクオリティーは前期に負けていないからな!」
神樹「えぇ…(困惑)。汝、仮にも天の神だろ? いいのそれで?」
天の神(百合好き)「シリアス担当は別次元の我に任せたから。我自身は百合アニメ好きを貫く!」
神樹「断言しちゃったよ…。汝のいる次元の世界(わすゆルート)はそれは平和なんだろうなぁ(遠い目)」


【80話突破特別編】
 全国のドスケベ変態叡智を愛する皆さん、シコんにちは~!
 ほんの2話前に東郷パイパイセンのを投稿したのにもう投稿とかア〇コが乾く暇もないハメねぇ。
 これから本編はグッドエンドルートに突入するんだけど唐突に思いついたR-18小説とかバトルファ〇クもののせいで投稿が滞ってるパコ。
 もし長い間本編の更新がなかったら多分寝室の方に投稿してる可能性が高いからご容赦してほしいハメ。
 寝室を見るためにはタイトルの横にある作者の百男合ってリンクがあるパコ。こう書いて【百合の間に男を挟む】って読むハメね。
 このクリックしてほしくてたまらないって名前、どんだけいやらしいことを考えてるんだハメ。
 そこから詰みシコRの寝室て名前のリンクを焦らしたり焦らさなかったりしながらクリッククリックぅ!
 とうとうR-18ページに来ちゃったパコ。本編ではカットされた風パイパイセンとご主人とのドスケベ〇ックスと叡智叡智ライフとかがチンチ〇列されてるハメ。
 あ、もちろん18歳以下のよい子は読んじゃ駄目パコよ。
 それ以外で投稿が滞っている場合は多分体調を崩して寝込んでいるかネタ出しのためにエロ同人を読み漁ってるハメ。
 それでは今回紹介するのはハメら!

【caution】ヘテロ注意報【caution】
 主人公(星屑)は無性でそれが操る丹羽も無性ですが、作中にヘテロ表現があります。
 勇者部の女の子同士の百合イチャを期待される読者の方、またはヘテロ表現に著しいアレルギー反応のある方は読み飛ばすことを推奨します。
 よろしいですか? よろしいですね?
 では、本編をどうぞ。


 映像が終わり、室内に照明がつく。

 友奈、風、樹、夏凜の4人は東郷を見る。すると彼女はにっこりと微笑んで見せた。

「「うん、知ってた」」

 東郷の自作自演で丹羽に告白させたシーンを見て、まずそう思った風と夏凜は正直な感想を述べる。

「東郷が怖がるほどのストーカーなんて、存在しないでしょ。常識的に考えて」

「というか、東郷の世界線のあたしは馬鹿なの? 友奈のストーカーを人知れず撲滅してる東郷がストーカーなんかに負けるはずないじゃない」

「ひどいわ風先輩、夏凛ちゃん。私だって普通の乙女なのに」

「普通の乙女は狂言であんなことしないと思うよ東郷さん」

 東郷のやり方に親友である友奈も流石にドン引きしていた。

『ちなみに翌朝東郷パイパイセンのベッドで2人仲良く眠っているご主人をお手伝いさんに発見させて、東郷パイパイセンのお父様とお母様とご対面。ご主人は針の(むしろ)のような環境の中、東郷パイパイセンに「私の大切な人」と紹介されて外堀を完全に埋められたハメ』

「よけいなことは言わなくてもいいのよ鳥さん」

 用意周到なその後の計画を暴露され、東郷が黒いオーラを出しながらセキレイをにらむ。

『完全に東郷パイパイセンにハメられてシコられたご主人様がんばえーという股間の大きなお友達は、励ましのお便りをシコシコ送ってほしいパコねぇ』

 セキレイは東郷の眼光を華麗に躱し、相も変わらずセクハラ発言を連発してる。

 一方他の4人は恐れおののいていた。

 やばい。こいつぶっちぎりでヤベー奴だ。

 勇者部の面々は先ほどまでの風が1番警戒すべきだという認識を改める。彼女こそ自分たちが1番危険視すべき相手だ。

 なぜなら東郷は丹羽の隣にいるためなら手段を選ばないのだから。

「あの映像見て思ったけど東郷って明吾以外の人間を駒としか見てないっていうか、犠牲になってもどうでもよさそうよね」

「そんなことないわ夏凛ちゃん。友奈ちゃんや夏凜ちゃんも大切なお友達よ。ただ私にとって明吾君が1番大切な相手っていうだけで」

「あの、みなさん。わたしとんでもないことに気づいちゃったんですけど」

 夏凛に弁解する東郷を見て、恐る恐るといったように今まで沈黙していた樹が手を上げた。

「最初会った時、東郷先輩お仕置きが必要って言ってたじゃないですか。今思うとあれ、明吾くんにじゃなくてわたしたちに対して言ってたのかなと」

 沈黙が場を支配する。

 いやいやまさか。そんなことあるはずが…。

 ちらりと風は東郷を見る。にこにこしていて感情は読めないが、彼女は勇者部の常識人枠。時々国防思想に傾き変になるけど仲間にそこまで過激なことはしないはず。

「それはもちろん皆にお仕置きしますよ。私の明吾君に手を出したんですから」

「嘘でしょ東郷⁉」

 思わず立ち上がりかけた風の背筋を冷たいものが走る。

 よく見ると自分を見る目が、目が全然笑っていない。

「特に風先輩は、私の明吾君とあんなにエッチなことをしてたんですから。まずは10枚くらい抱いてもらわないと」

 抱くって何⁉ しかも10枚? 石抱き? あの時代劇でよく見る拷問の石抱きなの?

 風が戦々恐々としていると、親友の友奈が恐る恐る声をかける。

「お、お仕置きって具体的に何をするのかな、東郷さん」

「友奈ちゃん。聞きたい?」

「いや、いいややっぱり。うん」

 親友の見たことのない一面を覗いた友奈は慌てて目を逸らす。

 少なくとも自分の世界の東郷はこんな恐ろしいオーラは出さない。この東郷は別人と考えた方がよさそうだ。

「でもさ。さすがに友奈は例外なんでしょ東郷」

 夏凜がわずかな希望を抱いて質問した。もし友奈までお仕置きの対象だったら自分は何を信じればいいのか。

「友奈ちゃんは大切な友達だけど…もしそんなことがあったら泣いて馬謖を斬るわ」

 斬っちゃうのかよ⁉

 自分たちの世界でイチャイチャしている2人を思い浮かべ、風、夏凜、樹の3人は震えた。

 なにをどう間違えば友奈ちゃんラブの東郷がこんな風になってしまったのか。

 どうすればこんなぶっちぎりでヤベーモンスターが生まれてしまうのかと。

「でも、ここにいるのがみんな別世界線の明吾君と恋人になったってわかったから心配しなくてもいいですよ。お仕置きはなしです。告白までの流れも参考にさせてもらっています。だって明吾君って優しいから、これ以上悪い虫が付かないように」

 しかもこいつ、まだまだ成長するつもりだ。別世界の自分たちが告白したされた映像を見て、傾向と対策を立てて丹羽を独り占めするつもりに違いない!

「風、ごめん。性欲(獣)とか言って。東郷に比べたらあんたはまともよ」

「あれと比べられるのはちょっとあれだけど。わかってくれたらいいのよ」

「でもその…勇者服でエッチなことをするのはどうかと」

 話がまとまりかけたのに蒸し返す攻略王友奈。会話に爆弾を放り込まなければ気が済まない性分らしい。

「あれは、その。部屋で水着着た時のあいつの反応が嬉しかったから、つい」

「風先輩はいいですよね。付き合ったのが勇者アプリを返す前で。私だって勇者服で明吾君を誘惑したかった」

「「「「え?」」」」

 東郷が漏らした言葉に、思わず全員が東郷を見る。

「こほん。今のは冗談です」

「でもちょっとわかります。わたしもあの勇者服、かわいいと思ってましたし。お姉ちゃんとのハッスル具合から言っても、1回くらいは」

 神樹が聞いたら憤死しそうなセリフだ。お前ら我の力で変身してるのにナニやってんの⁉ と。

「あんたらねぇ。そんなことで悩んでるの?」

 夏凜がやれやれというように首を振る。それに東郷と樹が厳しい目を向けた。

「夏凜ちゃんはいいわよね。新天地の調査のためにまだスマホを返していないんだから」

「夏凜さんは自分の世界の明吾くんとバーテックスと戦うけど力及ばず敗北する勇者のくっ殺プレイとかやってるんでしょ! 知ってますよ!」

「するか! そんなこと!」

 東郷と樹の指摘に夏凛が顔を真っ赤にして否定する。

『え~、してるパコよねぇ。それだけじゃなくご主人様とワンワンお散歩プレイとか疑似親子プレイとか、逆赤ちゃんプレイとかそれはもういろんなラインナップが』

 いやらしい顔で笑うセキレイの顔が次の瞬間あらぬ方向を向く。

 見ると席から一瞬で跳躍した夏凛が飛び蹴りをかましていた。

「ふー、ふー、いい? あんたらは何も聞かなかった。いいわね?」

「「「「アッハイ」」」」

 あまりに必死な赤面した夏凛の気迫に、思わず声をそろえてうなずく4人。

 興味はあったが先ほどエッチなシーンはカットするようにセキレイに言った手前、それを聞くのはマナー違反だ。

『ひ、ひどいハメ。これ絶対お尻が9つに割れちゃったパコ。ボク、9尻器(きゅうけつき)になっちゃったハメ⁉』

「蹴られたのは頭でしょ! この馬鹿鳥!」

『中折れしたらどうしてくれるんだパコぉ~⁉』というセキレイを無視し、夏凜は東郷と樹に言う。

「服ならセッカに頼めばいろいろ都合してくれるわよ。あの娘服作るの好きだしセンスもいいし。ファッションの相談にも乗ってくれてるもの。…それと内緒だけど、その、あいつとのプレイ用の服も作ってもらってるし」

「ほほう」

「「「詳しく」」」

 夏凛の言葉に風が目を輝かせ、残りの3人が食いついた。

 この訳の分からない場所に連れてこられて初めて有益な情報が聞けるかもしれない。4人は興味津々だ。

『えーっと、みなさーん? 次は誰の世界線の映像を』

「「「「今忙しいから後で!」」」」

 5人集まり女子トークを始めた勇者たちに、セキレイは『ハメ~?』と首をかしげながら話があらぬ方向へ行ったことに困惑する。

『え~本当にいいパコ? じゃあボクが勝手に決めちゃうハメよ?』

 セキレイの言葉をガン無視して勇者部は女子トークに花を咲かせていた。

『あ、放置プレイパコね! ボクは産まれた瞬間からご主人に捨てられるという放置プレイをされてるからこんなヌルヌルな放置プレイには屈し…屈しちゃうハメェ~! ウサギは寂しいと死んじゃうんだパコ! 万年発情期のバニーガールに種〇けプレスしてアイドル射〇()ビューさせてほしいハメェ~!』

 ツッコミ要素抜群の発言も無視して勇者部女子たちは盛り上がっている。それにセキレイは寂しそうな顔をした。

『え、本気で放置パコ? ガチハメ? あ、今のは下ネタじゃなくて正直な感想パコ。ほ、本当にボクが映像選んじゃうハメよ? いいパコ?』

 ガン無視である。セキレイの不自然にでかいデフォルメされた瞳に液体が溜る。なぜか白く濁っているが。

『じゃ、じゃあ次は初変身で1人だけウィンク決めちゃうヤベー奴こと樹ちゃんに決定ーハメ!』

 無視である。室内には勇者部女子たちがキャッキャッと別の話題に花を咲かせている声が響くのみだ。

『うわぁあああん! みんなが無視するパコォオオオ! もうヤダ、おうちかえりゅぅううう! あ、ここがボクのお家だったハメね。呟いても1匹。セッ〇スをしても1匹。所詮人間は孤高のソロプレイヤーなんだハメねぇ』

「うっさい! 今大事な話してるのよ!」

 と風。

「やるならさっさとやってください。東郷先輩の映像を見た後だと多分わたしの映像なんてかすんじゃいますし」

 と樹。こちらはもう完全にどうでもよさそうだ。

「そうね。東郷のあれを見た後だと、多分誰の世界線の映像でも大したことないって思えるし、樹の世界を見て癒されるのもいいかもね」

 と夏凜。完全にホラー映画を見た後の気分転換に見るハートフル映像扱いになっている。

「私の映像ってそんなにかしら? むしろショック的には風先輩の映像の方が破壊力はあったわよね」

 元凶である東郷は首をかしげてそんなことを言っている。確かに脳破壊度では風の方が上だがそれは告白の後のR-18的な映像のせいで、告白までの流れは明らかに東郷より健全だった。

「樹ちゃんかぁ。同級生だし、同じクラスだからくっついても不思議ではなかったんだよね」

 友奈に至っては完全に勝利者からの目線だ。それより今は夏凜の情報が重要なのか、「それでそれで?」と話の続きを促している。

『うぅ、オチン〇ン。オチ〇ギン欲しいパコォ。せめて今までのボクの働きに関するガンシャ…もとい感謝のお言葉が欲しいハメ』

「はいはいありがとね。じゃあさっさと初めて頂戴」

『おっけーパコ! それじゃあ始めるハメね!』

 投げやりな感謝の言葉を聞くと一瞬で機嫌を直したセキレイが能力を発動して室内が暗くなった。こいつ、チョロい。

 5人が見守る中、目の前の画面に映像が流れだす。

『それではよいドスケベライフを~!』

 

 

 

 双子座戦の後、東郷が壁を破壊して大量のバーテックスが侵入した出来事から2週間ほど経った。

 あの後丹羽は樹との約束通り犬吠埼家の隣の部屋に再入居した。

 一緒に朝ご飯を食べ、学校に行き、同じクラスで授業を受けて昼休みに同じお弁当を食べる。

 放課後は勇者部として一緒に活動し、学校が終わってからは家に帰り、夕食ができたら呼びに行く。

 そんな夏休みが終わる前まで続いていた毎日が戻ってきてくれたことが、樹はこの上なく嬉しかった。

 最近樹は夕食の後片付けだけではなく料理の手伝いもしている。

 丹羽との料理特訓のおかげで今では姉に並ぶほどの腕前になった。樹はもはや紫色のスペシャル仕様の料理を作ることは(ほとんど)ない。

 時々さりげなく風が作った料理と共に食卓に並べても丹羽はそれをすぐ見抜き、「今日は犬吠埼さんが作ったんですね」と指摘してくれる。

 そのことが少し…いやすごく嬉しいのだ。

 そんな妹の様子を見て思うところがあったのか、風も段々樹に家事を任せてくれるようになった。

「いい、樹。怪我したらすぐ言うのよ。お姉ちゃんいつでも救急箱用意してるから」

「お姉ちゃん。掃除機かけるだけでどうやったら怪我するの…」

 シスコン気味で過保護なのは相変わらずだが。

 そんな嬉しいことがたまに起こりながらも毎日一緒にご飯を食べて勉強をして、部活をして一緒に帰る。

 そんな毎日が続くと思っていた。

「にわみん、大好きだよ。わたしとずっと一緒にいてほしいな」

 そう、丹羽と園子が2人きりでいた部室から聞こえてきたその言葉を耳にするまでは。

 

 

 

 偶然だった。

 決して覗き見や聞き耳を立てていたわけではないと樹は誰に言うでもなく弁解する。

 2学期から勇者部に入部した先代勇者であり東郷の親友、乃木園子。

 彼女が丹羽に告白しているシーンを目撃してしまった。

 丹羽が返事を聞く前に逃げ出して……気が付けば昇降口にいる。

 心臓の音がうるさい。冷たい汗が背中から噴き出て気持ち悪くて思わずしゃがみ込む。

「なんで…」

 思わずそんな言葉が出る。

 なんで園子さんがあんなことを? なんで丹羽くんに告白を? なんで2人が?

 そんなの考えるまでもない。丹羽は散華で失った園子の身体を治した。いわば命の恩人だ。

 それに趣味も合う。百合イチャ好きという共通点があった2人は、出会ってまだ1か月だというのに他の勇者部の面々に負けないほど仲がいい。

 時々樹ですら2人の間に特別な絆を感じることがある。それに、園子を見る丹羽の目が、他の勇者部の仲間を見る時より優しいことも最近気づいた。

 それに気づいてからずっと胸がざわざわしていたのだ。そこにあの光景である。

 正直、お似合いの2人だと思った。園子は無邪気さと美しさが同居した類稀な美人で姉の風よりも美少女かもしれないと樹も認めている。

 ちんちくりんな自分よりもよっぽど丹羽の恋人にふさわしい。

 なのに。どうして。

「どうしてわたしじゃなくて…園子先輩」

 自分の口から出た言葉に思わず驚く。

 自分は姉の風と丹羽をくっつけようとしていたはずだ。

 姉の風の幸せのために。男性が見る目が肥えた責任をとってもらうためのキープとして丹羽を姉に夢中にさせるために頑張って来た。

 なのにどうして、自分が丹羽となんて。

 たしかに丹羽の記憶を失い、取り戻してからは彼の存在の大きさを痛感した。そして彼と再会した時は理不尽なことを言って困らせてしまったのだ。

 だが丹羽はそれを優しく全て受け止めて、樹が言った通り寮の部屋を引き払い隣の部屋に戻ってきてくれた。

 自分は何もしていない。ただ彼に甘えて、彼の優しさに溺れて。

 このままの時間がずっと続けばいいと思っていた。

 馬鹿かわたしは、と樹は思う。

 自分は行動すべきだったのだ。姉の風の幸せのために。丹羽が他の女の子に目移りしないように。

 だって、そうじゃないとわたしはずっと丹羽くんと一緒にいられないのだから。

「え?」

 自分の中に思い浮かんだ言葉に、思わず樹は愕然とする。

 今、自分は何を考えた?

 丹羽と一緒にいるために、他ならぬ大切な姉を口実にしていた?

 いやいや、それどころか。

 丹羽が他の女に目移りしないようにという名目で丹羽から女子生徒を遠ざけ、自分の嫉妬を正当化していた?

「嘘、嘘だよそんなの」

 樹の顔が真っ青になっていく。廊下がどんどん近づいてくる。

「樹⁉ 樹、どうしたの⁉」

 幻聴か姉の風の声が聞こえてきた。

「ごめん、お姉ちゃん」

 あなたの妹は、ずるい子です。そう自覚した瞬間、意識は途切れた。

 

 

 

 目を覚ませばベッドの上だ。

 布団の温かさとシーツの冷たさが心地いい。

 もう1度眠りそうになって、樹は自分の手を誰かが握っているのに気付く。

「丹羽くん?」

「残念。アタシよ」

 声に顔を上げるとそこにいたのは姉の風だった。

「お姉ちゃん」

「軽い貧血だって。今日調子悪かったの?」

 姉の言葉に樹は起き上がり、首を振る。

「ごめん、ごめんねお姉ちゃん」

「謝ることないわよ。体調が悪いときは誰でも」

「そうじゃないの!」

 保健室に樹の声が響く。

「わたし、ずるい子だった。お姉ちゃんのためって言って、全部自分のためだった。本当は誰よりも自分が丹羽くんの1番近くにいるのに優越感を感じてた。嫌な子だ。なのに、わたしは」

「ちょ、ちょっと樹。落ち着きなさい」

 風が優しく抱きしめてくれる。その優しさに自然と涙があふれてくる。

「わたし、お姉ちゃんが丹羽くんのこと好きなの知ってた。誰よりも頼りにしてることも。それにわたし、勝手に嫉妬して2人を困らせた」

「そうね。そんなこともあったわね」

 夏休み、勇者部全員で水着を買いに行った時のことを風は思い出す。

 あの時は自分は号泣して、丹羽は土下座をしたんだっけ。

「あの時、お姉ちゃんには内緒にしてたけど、友奈さんや東郷先輩、夏凜さんに頼んでお姉ちゃんと丹羽くんを2人きりにしようとしてた。お姉ちゃんを女として見てもらおうと思って」

 なるほど。様子がおかしいとは思っていたがそんなことを。と風は得心する。

「でも、本当は…わたし、ぐすっ。お姉ちゃんを利用して丹羽くんが離れられないようにしようと思ってたんだ」

 その言葉に風は首をかしげる。

「え? どういうこと?」

「わたし、胸も小さいし、ちんちくりんだから。友奈さんみたいに明るくて人とすぐ仲良くなれないし東郷先輩みたいにきれいじゃない。お姉ちゃんみたいに人を引っ張っていくようなこともできない。夏凜さんみたいに強くもない」

「そんなことないわよ。樹は誰よりもかわいいし、歌だって」

「でも! それじゃきっと丹羽くんは振り向いてくれないの!」

 自分を見つめる真剣な妹の瞳に風は息をのんだ。

「だから、お姉ちゃんを利用した。少しでも可能性のある方を。お姉ちゃんと丹羽くんの仲の良さを利用したの。丹羽くんとずっと一緒にいられるように。大好きな丹羽くんが他の女の子を好きにならないようにお姉ちゃんのためって言って友奈さんたちをけん制した」

 樹の告白に、風はただただ優しい顔でうなずく。

「わたし、ずるい子だ。ひどい子だ。悪い子だ。お姉ちゃんのためって言って全部自分のため。こんな汚い子、丹羽くんが好きになってくれるはずないのに」

「そんなことないわよ」

 風は泣きじゃくる樹の頭を再び抱きしめる。

「樹はアタシの大切な妹。そして誰より優しい心を持った自慢の妹よ。そんな風に自分を責めるのも、きっと優しいからね」

「違う、違うのお姉ちゃん。わたしは」

「それと樹。アンタ勘違いしてるようだから言うけど、別にアタシは丹羽のこと、好きじゃないわよ」

 その言葉に「へ?」と樹は目を点にした。

「アイツは弟みたいなもん。そりゃ、頼れる相棒ではあるけどね。いい奴だけどあんな百合厨恋人としてはお断りよ」

「でも、お姉ちゃん…」

「アタシがそうと言ったらそうなの。アンタの考えはお門違い」

 風はそう言うと、優しく樹の頭をぽんぽんと叩く。

「じゃ、そういうことで。あとはアンタが倒れたって聞いたら血相を変えて部室からここまで来ようとした奴に任せようかしら」

 そう言うと風はベッドの周りを囲んでいたカーテンを開く。

 そこには丹羽が気まずそうな顔をして椅子に座っていた。

「丹羽くん⁉ いつから……」

「最初からよ。アタシが大丈夫だから部室に戻りなさいって言っても目を覚ますまでここにいるって全然聞かなかったんだから」

 呆れたように言う風に樹は顔が真っ赤になる。

 ということはつまり今までの会話を全部聞かれていたということだ。

 自分勝手な劣等感からの策謀も、告白じみた暴露も。

「というわけで丹羽。さっきも言ったけど、アタシアンタのこと何とも思ってないから。オッケー?」

「はい。オッケーです」

 丹羽の返事に、「よし!」と風は返事をすると保健室の扉に手をかける。

「それじゃ、丹羽。アタシのかわいい妹を頼むわよ。今日の部活は終わりで、かばんは持ってきたから。もう少し休んでから一緒に帰ってきなさい」

 そう言うと犬吠埼風は保健室のドアを閉め、廊下に出た。

「まったく、世話が焼ける妹なんだから」

「ふーみん先輩」

 声に顔を向けると、廊下の向こうに園子がいた。

「乃木? アンタどうしてここに?」

「にわみんを追いかけてね。で、ごめんなさい。さっきのいっつんとの話、聞いちゃった」

 律義に謝ってくれる勇者部の新人に、風は部長として注意する。

「本人の前では言わないようにね。あの子、あれで気にしいだから」

「うん。わかった。あのね、ふーみん先輩」

 てててーっと走ってきて、園子が風の手を取ると引っ張っていく。

「わたし、かめ屋行ってみたいんだ。1人だと恥ずかしいから一緒に行ってくれない?」

「おっ、いいわね。なに? 乃木から誘ってくれるなんて珍しいじゃない」

「うん。ちょっとやけ食いしたい気分なんだぜー」

 本人はいつものように元気いっぱいで言っているようだが、どこか空元気に見える。

 それは多分、頬にうっすらと残る涙の原因のせいだろう。

「……奇遇ね。アタシも今日、ちょっとやけ食いしたい気分なのよ」

 妹にはああ言ったが、風は丹羽のことをちょっといいなと思っていた。

 それこそ、恋人にしたいと思うぐらい。

 だが、わかってしまった。樹を心配して保健室に駆け込んで来た彼の表情を見た時、丹羽が誰を1番大切に想っているかを。

「まさか樹がねぇ。今思えば料理の腕もアイツのおかげで上達したようなもんだし」

「うん。でも、いっつんだったら納得かな。もしわたしがみんなと同じくらいにわみんと一緒にいられたら…なんて」

 まだ未練たらたらの後輩の肩を抱き、風は昇降口へ向かう。

「こんな美少女2人に想われてるアイツは幸せものね。そのハートを射止めたうちの妹も。アタシたちも負けないようにうどん食べて女子力補充しましょう」

「こんないい女2人をフったんだから、いっつんを幸せにしないと承知しないんよー。でも、女子力ってうどんで補充できるの?」

 園子の疑問に、風はハッハッハと豪快に笑うだけだった。

 

 

 

 保健室に丹羽と樹の2人きりになって5分経った。

 その間一言も会話なし。気まずい空気が流れる。

「あの、犬吠埼さん」

 ついに我慢できなくなった丹羽が樹に声をかけた。

「ひゃ、ひゃい⁉」

「えっと、体調は大丈夫?」

「そっち⁉ 今そっち聞くの⁉」

 すっとぼけたことを言う丹羽に、思わず樹がツッコむ。

「もっと言うことあるでしょ! さっきのお姉ちゃんとの話というか、わたしが丹羽君をどう思ってるのかとか!」

「うん…うん。そうだね」

 樹の言葉に丹羽は椅子から立ち上がり、ベッドから身を起こしている樹の元へ行き、視線を合わせるためにひざまずく。

「犬吠埼先輩から犬吠埼さんが倒れたって聞いて気が気じゃなかった。正直君が俺のことを忘れていた時並みにショックだった」

 その時のことを思い出し、樹の顔が曇る。

 あの時の丹羽の顔がフラッシュバックして胸が痛んだ。それほど彼を傷つけてしまったのだろうか。

「俺は何をやっていたんだって。誰よりも君の近くにいたのに、異変に気づけなかった。大切な人なのに」

「それって」

 彼を困らせたはずなのに、嬉しさが胸の奥から湧き上がる。同時に期待も。

「俺は、多分…君が思うより君のことが、犬吠埼樹ちゃんのことが大好きです。他の誰にも渡したくないくらい。傷ついた姿を見たくないし、そんなことに絶対させないと誓えるくらい」

 樹の目元に暖かいものがこみ上げてくる。視界の丹羽が涙で歪んで見える。

「いいの? わたし、ずるい子だよ。卑怯な子だよ。多分、丹羽くんに好きになってもらえる資格なんて、ないくらい」

「犬吠埼さん…樹ちゃんはずるくも卑怯でもないよ。それに、たとえ君が自分を嫌いでもそんな君が俺は大好きだ」

 自分を見つめる真剣な瞳に、思わず顔を覆う。

 こんな自分が情けない。

 卑怯で、愚かで、自分の弱さばかりに目を向けて。まだ彼の言葉全てを信じられない疑り深い自分が。

 同時にそれを打ち消すくらい嬉しい彼の言葉に、このまま身を任せてしまおうかという誘惑を振り切り、樹は言う。

「わたし、多分嫉妬するよ。丹羽くんのそばに女の人がいる限り、自分と比べてその人が優れていると思う限り」

「構わないよ。俺はそんな樹ちゃんが好きだ」

「優しくして、ずっとそばにいてくれないと浮気を疑うかもしれない。他の女の子にちょっとでも優しくすると、勝手に落ち込んじゃう面倒くさい子だよ」

「じゃあ、これからは樹ちゃん以外に優しくしない。君が嫌がることは絶対しない」

 丹羽の言葉に樹は首を振る。

「無理だよ、丹羽くんは優しいから。そんな丹羽くんだから、多分わたしは好きになったんだ」

 その言葉に困った顔をする丹羽に、ほらね? と樹は思う。

 あなたに好きになってもらう資格なんて、わたしにはないんだよ。こんな面倒くさい子、嫌でしょ?

「じゃあ、どうしたら俺のことを信用してもらえます? どうすれば樹ちゃんを好きな俺を認めてくれますか?」

 ああ、それなのに。どうしてこの人はこんなに優しいんだろう。

 自分の汚さを見せてもそれを好きだと言ってくれるだけでも嬉しいのに、さらに歩み寄ろうとしてくれる彼に、樹は完全敗北した。

「証明して」

 だから、これは最後のわがままだ。

「丹羽くんが、わたしのことを好きで、他のきれいな人に目移りしないって証拠が欲しい。確かな絆が欲しいの」

「それは…その」

「ここでわたしに許可をもらうようなら、絶交だからね! そこは男らしく、無理やりにでも」

 言葉は途中で止まる。唇が丹羽によってふさがれたからだ。

 たっぷり10秒。唇が触れる。その後顔を離し、丹羽が言った。

「これで、証拠になりましたか?」

「…だから、そういうの聞くのが駄目なんだって。丹羽くんはわかってないなぁ」

 本当は飛び上がりたいほど嬉しいくせに、本心を隠してまだ彼を試すような言動をする自分は卑怯だと思う。

 でも、しょうがないのだ。これが犬吠埼樹だから。

 卑怯で、ずるくて、弱くて、自分に自信がなくて、周りと自分を比べて不安になって、常に自分に向けてくれる愛情を試さずにはいられない少女。

 そんな自分を好きだと言ったのだ。彼には責任をとって心行くまで自分を安心させてもらおう。

 自分が不安を感じないくらい強く、深く愛してもらうために。

「しょうがないから丹羽くんにはわたしが女心ってものを教えてあげるよ。いい、男の人は言わなくても女の子のことを察して行動出来て初めて一人前なの」

「はい。ご指導お願いしますね」

「違うでしょ! そこはそのうるさい口をふさいでやるぜ! ってキスするところでしょ!」

 樹の言葉にえぇ…と丹羽が困惑している。

「……してくれないの? キス」

 不安げな顔をして言う姿はたしかにずるいと丹羽は思う。

 そんなことを言われたら、がまんなどできるはずがない。

 2度目のキスはゆっくりと、互いの愛情を確かめ合うようなものだった。

 

 

 

 ちなみに「女心がわかっていない」と言う樹に丹羽が自分が無性であることを明かすのは、この出来事からほんの少し経った後のことだった。




 犬吠埼樹ルート確定条件
〇9月までに樹の親愛度がmax。
〇サブクエスト「樹ちゃんのお願い」全クエストコンプリート。
〇夏合宿で樹の水着をほめる
〇夏祭りで樹の浴衣をほめる。
 樹ちゃんは風先輩と同じく1日1回は「一緒にお食事」が発生する信頼度、親愛度が上がりやすいキャラです。
 ただ攻略難易度はけた違いに高く、攻略はステータスを引き継いだ2週目以降をオススメします。
 サブクエスト、「樹ちゃんのお願い」は丹羽のステータスが高くないとクリアできないものが存在するので1週目でクリアするのは困難です。
 全クエストをコンプリートするためには勇気【若葉級】根気【プラモ達人芽吹】寛容さ【国土級】伝達力【園子級】知識【伊予島級】が最低でも必要です。
 逆にステータスさえ充分なら攻略するのは難しくないキャラです。同じクラスなので親愛度アップの会話イベントは発生しやすく、「樹ちゃんのお願い」で全報酬をもらったあとは水着と浴衣をほめるだけでルートは確定します。
 プレゼントには占いグッズ。話題は占いなどが効果的。ヘテロ主義者なので百合小説をプレゼントすると笑顔ではありますが好感度はガタ落ちします。注意。


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【グッドエンドルート】その手を取って

 忘れてしまった人のためのあらすじ!
1、神樹によって勇者や四国に生きる人々から丹羽の記憶が消える。さらに神託により人類の敵認定。
2、夏凜、防人隊と対決。唯一の精霊であるセッカも行動不能となる重傷を負い変身不可能。丹羽君絶体絶命。
3、そこに現れる最強の勇者そのっち。敵かな? 味方かな?


 壁の外、赤一色の世界に降り立ち、白い勇者服に変身した園子はその場所を目指した。

 安芸から聞いた防人たちが向かったという座標のポイント。そこに丹羽もいるはずだ。

 彼に会ったら何と言おう。なんと謝ればいいだろう。

 自分のせいで、彼は人類の敵にされてしまった。

 勇者部の仲間たちからも忘れられ、ともすれば先に部室を出た夏凜と戦闘し、傷ついているかもしれない。

 もしくは防人隊たちに囲まれ、抵抗できぬまま銃の的になっているか。

 もしポイントに向かった時、彼の死体があったら自分は冷静でいられるか自信がない。

「ごめんね、ごめんねにわみん」

 軽率だった。甘く見ていた。

 神樹という存在を。四国を守る神を。

 自分たちに力を貸してくれていると思っていた神は、善良に決まっていると。

 真摯に頼めばお願いを聞いてくれる。心から祈れば助けてくれると。

 とんだ勘違いだ。

 相手は神様。人間ではないのだ。人間の道理が通じるわけがない。

 ましてや人間の心を察して優しくしてくれるなどとんだ幻想だ。

 ポイントにたどり着いた時、園子は自分の血の気が引くのを感じた。

 防人隊がぼろぼろの白い勇者服の丹羽明吾に向けて、銃を構えて包囲している。

 しかも明確な敵意を持って。引き金にはすでに指がかけられていた。

 まさに絶体絶命。思わず逃げて! と叫びだしそうになり園子は慌ててその言葉を飲み込む。

 もしそれを言えばどうなるか。

 少なくとも乃木園子は防人たちの求心力を失う。最悪この場にいる32人が敵に回るかもしれない。

 だがそれがなんだ。

 目の前でピンチになっているのは自分の代わりに人類の敵にされてしまった少年だ。自分が助けなくてどうする!

 覚悟を決めた瞬間、異変が起こる。灼熱の地面から巨大バーテックスが現れた。

「えっ――」

 園子は次の瞬間信じられないものを目撃する。

 今まで銃を向けていた防人隊の隊長である芽吹を、丹羽がかばい巨大バーテックスの攻撃をまともに受けたのだ。

 その姿に、助けるための行動を一瞬でも迷った自分を園子は恥じた。

 心の中のどこかで神樹の神託が本当で、本当に彼が人類の敵だったらどうしようという思いがまだあったのかもしれない。

 だが、そんな疑念は今の行動で消え失せた。

 丹羽明吾は、自分が命を懸けてでも守るべき相手だと。

 あんなに自分の身を犠牲にしてでも他人を守るために行動する人が、人類の敵であるはずがない。

「ありがとう、にわみん。にぼっしーと防人隊の皆を助けてくれて」

 だから自分は行動する。彼を助ける四国で唯一の人間であるために。

 たとえ何を犠牲にしてでも、彼を助けると。

 

 

 

 丹羽明吾は2つの選択を迫られた。

 1つは自分の創造主である人型のバーテックスを頼り、四国から脱出する道。

 もう1つは四国に残り、敵だらけの中自分のことを憶えてくれている園子を頼り戦っていく道。

 目の前ではその2つを示した1人と1体が互いの主張をぶつけている。

『そのっち、大体事情は察してる。四国にこいつが安全でいられる居場所はない。だから俺が保護する』

「そんな! そんなことしなくてもわたしが」

『君には無理だ。キミ1人が世界を敵に戦うなんて、俺もその白い勇者も望んでいないだろう』

「それは…でも、それでもわたしは」

『さあ、来い! 白い勇者!』

 人型のバーテックスが手をこちらに伸ばす。

 それを見て丹羽は――

 

【選択してください】

 人型のバーテックスの手を取る。(ノーマルルート)

➡そのっち先輩を信じる。(2週目以降解放、グッドエンドルート)

 

 うつむく園子の手を取り、微笑んだ。

「にわ、みん?」

 園子が驚いた顔で見ている。人型のバーテックスにとっても予想外のことだったのだろう。固まっていた。

 すまんな、俺。だけどこれが俺の選んだ道だ。

『…その選択に、後悔はないんだな』

「ああ、ない」

『そうか。だったら俺にもう、言うことはない』

 人型のバーテックスはそう言い残すと高速移動する巨大バーテックスの向きを変え、再度振り向く。

『じゃあな、白い勇者。そしてそのっち。俺の力が必要な時はこいつを使え。いつでも駆け付ける』

 言葉と共に1体の精霊が丹羽の胸に吸い込まれる。それを見届けると次の瞬間にはすごいスピードで遠くへと移動して行った。

「にわみん……ありがとう、わたしを信じてくれて」

 園子の言葉に、丹羽は改めて向き直り告げる。

「そんなの、当たり前じゃないですか。だって俺たち同志でしょ」

「そっか。そうだね。うん、同志。魂のソウルメイトなんだぜー!」

「あのー、園子様―。感動的な場面なんですけど進言してもよろしいでしょうか」

 見つめあう2人に声をかけたのは防人隊の1人、加賀城雀だった。

「とりあえず、ここから撤退しません? ていうかしましょう! またあんな巨大バーテックスもどきが出てきたらヤバイですよ! 四国へ帰りましょうよー!」

「雀、あなたねぇ…。しかし園子様、私も同意見です。ここは1度ゴールドタワーに帰還すべきかと」

 保身全開の雀の発言だったが、一理あると芽吹も園子に進言する。

 確かに先ほどの魚座もどきのようにいつ他のバーテックスがやってくるかわからないこの場に残ることは、決していい選択とは言えない。

「そうだね。にぼっしーの治療もしないといけないし、にわみんも」

「その男も、連れていかれるのですか?」

 不信と猜疑に染まっている防人隊の視線を受けながら、園子はうなずく。

「この人は今まで四国を守って来た勇者。わたしにとって大切な人。だからみんなが反対しても」

「園子様、勘違いしていらっしゃるようですからこの際はっきり言います。ここにいる32人の防人隊の中に、あなたの敵はいません」

 自分を見つめる真剣な芽吹の瞳に、園子は息をのんだ。

「私たちはあなたにすくい上げられ、ここまで来ました。あなたがいなければ、私たちはずっと勇者になれなかった捨て石として大赦でさげすまれていたことでしょう。それこそそこで醜態をさらしている完成型勇者のスペアとして順番待ちの状態で」

「悪かったわね。こんな様で」

 夕海子としずくに両肩を支えられて運ばれている夏凜が、ジロリと芽吹のことをにらむ。どうやら聞こえていたようだ。

「だから、あなたと共に地獄までついていくことはあっても、あなたを裏切り1人にすることはありえません。それほど、貴女に受けた恩義は私たちにとって重いのです」

「メブー! そういうのいいから早く戻ろうってぇー! なんかまた星屑が来そうなんですけどー!?」

 感動的な話をしているのに台無しだよ…。と雀の発言に残りの30人の防人たちは思う。

 しかし本当に危ないらしい。見れば雀の言う通り、星屑たちがこちらに向かってきていた。

「ありがとう、楠さん。殿はわたしに任せて、みんなは撤退して」

「園子様…。わかりました。お言葉に甘えさせていただきます。総員撤退! 負傷者2名の輸送を最優先にして急げ!」

「やったー! 伝説の勇者様が守ってくれるなら安心だよー!」

「雀、あなたは私と一緒に1番後ろよ。撤退戦は最後の最後まで気を抜けないから、しっかりしなさい」

「え? いやだー! 安全な中央がいいよぉ! あの男の子の護衛でいいから私を安全なところに行かせてぇー!」

 芽吹の指示に一喜一憂する雀を見ながら、「すずメブ共依存はいいぞ!」と丹羽は不審者顔をして護衛の防人隊の女の子たちをドン引きさせていた。

 

 

 

 ゴールドタワー。そこは防人隊32人と巫女の国土亜耶が生活する場所である。

 医務室に運ばれた丹羽と夏凜は治療を受けていた。もっとも治療が必要だったのは夏凜だけだったが。

「三好先輩、傷の具合は」

「大丈夫よ、これくらい。それより、その…セッカは? 本当に大丈夫なの?」

 芽吹から受けた銃弾の摘出作業も終わり、治療が完了してベッドに寝かされた夏凛は、浮かない顔で隣のベッドで寝かされている丹羽を見つめる。

 正確には丹羽の胸に消えた自分と仲の良かった精霊の安否を気にしていた。

「ええ、無事です。さっきも言いましたけど、今は俺の中で寝ています。出てこれるようになるまで時間がかかりそうですけど」

「そう。よかった…本当によかった」

 心から安心したように言った後、緊張が解けたのか夏凛は寝息を立て始める。

 どうやら思った以上に消耗していたらしい。無理からぬことか、と丹羽は思う。

 夏凛にとっては激動の1日だっただろう。人類の敵とされた丹羽を討伐しに壁の外へ行ったら実は味方で、仲間の防人隊と敵対して丹羽をかばって怪我を負ったかと思ったら魚座もどきに襲撃された。

 自分が原因とはいえ夏凜は振り回されっぱなしだったろうなぁと思う。それもこれも全部神樹ってやつのせいなんだ。

「ユグドラシル…じゃなかった。神樹のやつ、絶対許さねぇ!」

「にわみーん、入っていいかな?」

 丹羽が1人決意していると、医務室のドアをノックする音と園子の声が聞こえた。

 どうぞと言うと3人の女の子が入って来る。

 園子と防人隊隊長の芽吹。そして芽吹の後ろに隠れながらこちらに視線を向けるロングヘアの少女。

 国土亜耶。防人隊と一緒にゴールドタワーで生活する巫女がそこにいた。

「にぼっしー、寝ちゃった?」

「ええ、ついさっき。緊張の糸が解けたのかぐっすりです」

「情けない。そんなので完成型勇者なんてよく名乗れるわね」

 言葉とは裏腹に芽吹の声は心配そうだった。それに丹羽は答える。

「セッカさん…三好先輩と仲の良かった精霊を事故とはいえ自分で傷つけた心労のせいですよ。楠先輩のせいじゃありません」

「そ、そんなこと⁉ 私は別に三好夏凛の心配なんて」

 はいはい、メブにぼ、にぼメブケンカップルごちそうさまです。

 おっと危ない。また尊いモードになっていた。亜耶ちゃんがドン引きして完全に芽吹の後ろに隠れてしまっている。

「で、にわみんは? どこか痛いところとかある?」

「いえ、特には」

「そんなはずないでしょう! あなた、魚座もどきの体当たりから私をかばったのよ!」

 納得いかないというように芽吹がベッドの上で半身起こしている丹羽に詰め寄った。

 あの程度の傷ならバーテックスである丹羽にとって膝を思いっきり擦りむいたぐらいの怪我だ。むしろ夏凜の刀による切り傷とか防人隊の銃弾みたいなバーテックス特攻の武器による傷の方が怖い。

 といっても納得しないだろうなぁと思いながら、丹羽は身体に手を当てる。

「大丈夫です。精霊と一体化しているおかげなのか、俺は普通の人間より丈夫なんです。多分、無意識に精霊バリアみたいなものが発動しているからかもしれませんが」

「そう…でも、なぜあの時私をかばったの? あなたは私たちに敵として追い詰められて攻撃を受けていたのよ? 混乱に乗じて逃げ出す絶好の機会ではあっても、攻撃を仕掛けてきた相手をかばうだなんて」

 芽吹はずっと疑問に思っていたことを尋ねる。なぜ彼は自分をあの状況で助けたのか。

 それにきょとんとした顔で、こともなげにその男は言った。

「え、だって楠先輩が傷ついたら三好先輩が悲しむじゃないですか」

「……えぇ?」

 あまりにも予想外な返答に、思わず芽吹は困惑する。こいつ、何を言っているんだ?

「三好先輩だけでなく、防人隊の皆も。楠先輩がいなくなったらみんな泣いちゃいますよ。悲しいし、つらい。俺はそれを見たくなかっただけです。あとこれは個人的なお願いなんですが…隊員の人たちともっとイチャイチャして! それが見られたらこんな怪我なんてすぐ治るから」

「園子様、この男は何を言っているんですか? 頭の病気ですか?」

「さすがにわみんなんだぜー。わかってるぅー!」

 頼りになる上司のはずの園子は丹羽の発言を聞いて大変満足げな様子で両手の親指を突き出して「グー!」と表現していた。

 あれ、園子様もちょっとおかしいな。

「まさか、本当にそんなことが理由? 死ぬかもしれないあの状況で、私を助けたのが」

「そんなこととは何ですか。俺にとっては死活問題です」

 真面目な顔で言う丹羽明吾という人類の敵とされる少年に、芽吹は困惑するしかない。

 こいつ、本当に馬鹿なのか。

 少なくともこんな馬鹿が何か悪い事を企んでいるなんて、自分は信じられなかった。

「あの、あなたは本当に丹羽明吾さんなんですか? 神樹様が神託なされた、人類の仇敵の」

 その言葉に、全員の視線が亜耶に向く。

 亜耶がここにいるのはどうしても確かめたかったからだ。人類の仇敵と神託された人間の本性を。

 だから園子と芽吹に無理を言って連れてきてもらった。

「芽吹先輩を助けてくださってありがとうございます。でも、あなたは人類の仇敵なんですよね? どうして防人の皆を助けてくれたんですか?」

「え、人類の敵だったら勇者や防人を助けちゃいけないの?」

 逆に質問され、亜耶は言葉を失う。

 芽吹も同じ反応だった。ただ園子が優しい顔でその言葉を聞いている。

「俺は、たとえ四国中の人から憎まれても、神樹に滅ぼすべしと告げられても。勇者の皆と防人の人たちが困っていたら助けるし、彼女たちに降りかかる困難があればそれを取り除きたいと思う。それじゃ、駄目なんですか?」

「駄目というか…それであなたは何の得があるの? なにがしたいの?」

 芽吹の言葉に、丹羽は自信満々に断言する。

「そんなの、女の子がキャッキャウフフしてるところを見たいからに決まってるでしょ! 勇者部のみんなと防人のみんながイチャイチャしてるだけで俺は嬉しいんだから」

 えぇ…何なのコイツ。

 やっぱりあの魚座もどきの体当たりで脳のどこかに障害が…と心配になってきた芽吹だったが、園子が自慢げに言う。

「どう、これがにわみんなんだぜー。勇者部唯一の男性勇者で、わたしのソウルメイト。そして同志! すっごいでしょー」

「すごいというか、何と言うか…。少なくとも亜耶ちゃんに近寄らせてはいけない存在だとわかりました」

 背後にいる亜耶をかばうように抱きしめる芽吹。あら^~めぶあやてぇてぇです。ありがてぇありがてぇ。

「さて、そろそろいいかな? ここからは2人っきりで話したいから、席を外してもらっても」

「はい。では私たちはこれで。亜耶ちゃん、行きましょう」

 芽吹に声を掛けられた亜耶はそれでも丹羽が気になるのか、何度も視線を送りながら退室していった。

 やはり巫女にとって神樹の神託は絶対ということか。あまり歓迎されていないらしい。

 もっとも天使のような優しい性格と気配りができることから、ゆゆゆい時空の勇者部陣営で取り合いされるような少女だ。露骨に丹羽を排除するような動きはしない…というかできないだろう。

 優しいっていうのはある意味では生きにくいのかもしれないなぁとこの時の丹羽は思った。

 2人が部屋から退出して完全に人の気配がなくなったことを確認し、園子は告げる。

「さて、にわみん。まずはわたしの持っている情報から話すね」

 それから園子は話し始めた。勇者部の人間が丹羽のことを忘れていること。大赦の巫女たちに神樹の神託が下され、丹羽が人類の仇敵とされて早急に滅ぼすべしと告げられたこと。

「なるほど。とりあえず、これからどう動きましょう?」

「心配しなくても向こうから動いてくれると思うんよー。まずはわっしーたち勇者部のみんなを正気に戻す。それからミノさんを奪還。最後に神樹様にお礼参りかなー」

 具体的なプランを話す園子に、敵に回さなくてよかったと丹羽は改めて思う。

 おそらく頭の中では次の一手を複数用意して最善の行動をとるためにどうすればいいか常に考えているに違いない。さすがだ。

「あ、そのっち先輩。ミトさんを1度返してもらっていいですか? 俺の中にいるセッカさんをできるだけ早く治して三好先輩を安心させたいので」

 先ほど夏凜にはセッカが治るまで時間がかかるといったが、ミトの力を借りれば勇者に変身はできずとも姿を見せて安心させることはできるかもしれない。

 できるだけはやくセッカに会わせて彼女の心の傷をいやしてあげたい。そう思ったからだ。

「いいよー。ミントンちゃんでてきてー」

 言葉と共に園子の胸が光り、ミトとウタノの2体の精霊が出てくる。

「いや、出てくるのはミトさんだけでいいんですよ。ウタノさん」

『みーちゃんが行くなら私もゴーよ! みーちゃんあるところにわたしありなんだから!」

『うたのん!』

『みーちゃーん!』

 ひしっと抱き合う2体の精霊に、はいはいといつものように園子がウタノをつかんで引き離す。

「農業王はこっち―。あれ、でも精霊が2体いる方がにわみんの傷の具合の治りも早いの?」

「もちろんそうですけど、そうなるとそのっち先輩の散華の治療が遅れるでしょう。完全に治ったように見えても今も精霊の力で散華した部分を治している最中なんですからね。忘れないでください」

 こんな状況下でも自分のことを心配してくれる丹羽に、園子は呆れると同時に嬉しくなる。

 やっぱり、この子はいい人なんよー。絶対、絶対守らないと、と。

「ぴっかーんと閃いた! あのねー。えいっ!」

 園子は丹羽の手をつなぐと、宙に浮かぶウタノに尋ねる。

「ねえ、農業王さん。こうやってわたしが手をつないでいれば、わたしの中にいてもにわみんの中にいるミントンちゃんと一緒ににわみんを治せるんじゃない? ほら、わたしが病院でにわみんに治療を受けてた時みたいに」

『オフコース! そうね。その手があったわ! さすが園子さん。じゃあ、さっそくみーちゃんの元へ!』

 ウタノが光となって園子の中に入る。すると園子が握った手から暖かいものが丹羽の中に流れ込んでいくのを感じられた。

「おぉ~。これが精霊さんの力…。すごいんよー」

「そのっち先輩。まさか、1日中手をつないでるつもりですか? 俺が治るまで?」

 丹羽の言葉に「もちろん!」と返す笑顔のまぶしさに、思わず丹羽は浄化されそうになる。

 なんだこの娘、天使か?

「ありがたい申し出なんですけど、食事とか寝る時に困るでしょう。だから」

「やめないよ」

 真剣な言葉に思わず園子を見ると、自分を見つめる真摯な瞳があった。

「絶対に、やめない。この手を離さない。これくらいで、わたしが君に受けた恩を返せるとは思っていないから。せめて、今日だけでもわたしのわがままを通させて。君の助けになりたいの」

 散華の治療の時、5日間寝ずに自分の体力と精神を削り命がけで自分を助けてくれた時のことを思い出す。

 報いは必ず受けさせる。それが命を救うほどの恩ならなおさら。

 乃木家の家訓を園子は誠実に受け継いでいた。

 先ほども言ったようにこの程度で彼から受けた恩をすべて返せるとは思っていない。

 だけど、これが彼に恩を返す最大のチャンスだ。傷ついている彼を独り占めして力になれる機会なんて、これからの人生でいくつあるかわからない。

 だって彼は――丹羽明吾はどうしようもなく優しいから。

 勇者部のみんなや自分を助けるためなら、自分が傷つくことをいとわず園子の想像もしない方法で助けてくれる。

 そんな彼に甘えてしまえば親切の負債だけが積み重なってしまう。だからこそ、園子はこの手を離すつもりはない。彼が嫌がってもだ。

「じゃあ、せめてご飯はちゃんと食べてください。それと睡眠も。その間はこの手を離しましょう」

 決意が固いことを知った丹羽は、どうにか妥協案を提案する。

「嫌。離さない。にわみんのご飯はわたしがあーんしてあげるね」

 園子の言葉に丹羽は困惑した。なんだそのバカップルは。

「えっとご飯の時は改めて話し合うとして、睡眠はさすがに…」

「ここの椅子で寝るんよー。大丈夫! どんなことをしてもこの手は離さないんだぜー!」

「じゃあトイレとかどうするんですか」

「それは…その。にわみんについてきてもらうしか…あ、にわみんがしたい時はこの尿瓶に」

「いやですよ! 普通に行かせてください」

 どうやらどうあっても手は離してくれないらしい。

 こうなったら園子が寝てしまったら外してしまおう。そしてちゃんと眠れるようにベッドに運べばいい。

 その後有言実行とばかりに食事中も2人は手をつなぎ、園子に「あーん」されているところをたまたま目を覚ました夏凜に見られてすっごい冷めた視線を送られてしまった。

 違うんです違うんですと必死に説明したが、理解してくれたかどうかは不明だ。

 というかその後「三好先輩も楠先輩にあーんしてもらったらどうですか?」と言ったら「あたしが怪我したのは手じゃなくて足なんだけど」と呆れられた。

 せっかくのメブにぼ、にぼメブチャンスだったのにと丹羽と園子は非常に残念がる。

 食事が終わるとこっくりこっくりと園子が舟をこぎだしたので丹羽が繋がれた手をほどきベッドへ運ぼうとすると万力のように強い力で握られて全然ほどけなかった。

 え、なにこの娘。握力強っ⁉ と丹羽が困惑し、どうにかほどこうと四苦八苦していると隣のベッドで寝ていた夏凛が「諦めたら?」と言ってくる。

「園子さ…園子もいろいろ責任感じてるんでしょ。あんたに神樹様の説得を任せたこととか」

「聞いてたんですか?」

「ごめん。聞こえてた。園子があんたに謝ってた話も全部聞いた」

 園子と情報交換した時、園子は丹羽に何度も謝っていた。自分のせいで丹羽が人類の仇敵になってしまったことを。勇者部の皆から忘れられてしまったと。

 それは神樹が丹羽の正体を見抜き神託した結果なので園子のせいではないのだが、今自分の正体をばらすわけにはいかない丹羽は決して園子のせいではないと繰り返すしかなかった。

「多分、あたしが園子と同じ立場だったら同じようにしてると思う。というか、神樹様ぶった切りに行ってるわね、多分」

 大赦所属の勇者とは思えない発言に思わず夏凜を見る。「冗談よ」と言っていたが目は本気だった。

「だから、園子の気持ちは痛いくらいわかる。いえ、多分共感できる、かしらね」

「? それはいったい」

「なんでもないわ。でも、丹羽。前にあたしが言ったこと忘れてないわよね」

 じっと自分を見つめる夏凛の視線に、思わず丹羽はたじろぐ。

「あんた、ここまで園子に心配をかけたんだからケジメは自分でつけなさいよ」

「ケジメって…」

「あんたにとっては当たり前のことだったんでしょうけど、その優しさは毒にもなりかねないってことをちゃんと自覚しなさい。じゃないとそのうち後ろから刺されるわよ」

 真剣な夏凜の言葉にそんなまさかと丹羽は思う。一体どこの世界の伊〇誠だ。

「ほんと、自覚してないのね。まあ、そのうち痛い目を見るといいわ」

 そう言って夏凛は反対側に顔を背け、早々に眠ってしまった。規則的な寝息が聞こえてくる。

 優しくすることが毒になる。

 そんなこと、あるはずがないと丹羽は思う。だって自分はしょせん人型のバーテックスに作られた人形。路傍の石だ。

 突然いなくなっても誰も気にしない、ただの百合好きの観測者なのだから。

 どうあってもつないだ手を放してくれない園子を見ながら、丹羽は思う。

 今度こそ、彼女を助けてみせる。2年前は失敗したが今度こそ。たとえこの身がどうなろうと。

「にわみん…絶対わたしがまもってあげるんよー。すぴー。すぴー」

 まさか目の前の少女が同じことを考えているとは夢にも思っていなかった。




 グッドエンドルート突入条件
〇1週目クリア済み。
〇園子を含む勇者たちの信頼度max
〇トロフィー【勇者を守る勇者】獲得済み。
〇夏休みに三ノ輪銀のお見舞いに20回以上行く。
〇精霊「スミ」の熟練度max
 精霊の熟練度について
 丹羽の精霊には身体の内に取り込み変身して戦うごとに熟練度というポイントがアップします。
 いわば精霊との絆であり、これが上がると変身時能力が上がり、切り札、満開などの威力も上がります。
 1週目のプレイで最高値に持っていくのはまず不可能で、最初の精霊であるスミでも最高値の半分満たせればいい方です。
 なお終盤丹羽の精霊となる「アカミネ」「ミロク」「シズカ」の3体は最初から熟練度がmaxとなっています。


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【グッドエンドルート】ママ力強い弥勒さん

 あらすじ
 別ルート攻略モウハジマッテル!
 このルートではノーマルルートでは出番の少なかったくめゆ組の百合イチャが見れるらしいですぜ。
 前回で言っていたおトイレ事情ってどうなったの? 編
園子「にわみんおトイレー」
丹羽「俺はトイレじゃないですよそのっち先輩」
園子「ついてきてー」
丹羽「はいはい」
園子「ドアの前にちゃんといてね。手を離しちゃ嫌だよ。あと耳も塞いで。鼻もできれば」
丹羽「無理です。俺片手しか空いてませんから」
夏凜「あんたら…それなんてプレイ?」
 結局夏凜ちゃんに両耳をふさいでもらい鼻をつまむことで解決しました。
 え? 丹羽君? バーテックスだから排泄しないよ?


 9月2日。午前7時のゴールドタワーの食堂。

 そこでは普段防人たちが思い思いに集まり朝食をとり、その日の授業や壁の外の調査というお役目に備えて英気を養っている。

 だが今日に限っては食卓で交わされている話の内容は、1人の少年に対する話題で持ちきりだった。

 丹羽明吾。四国を滅ぼす仇敵とされる少年。

 それが脅威か否か、ではない。自分たちが手を下すか、下さないかという物騒なものでもない。

「ねえねえ聞いた? 園子様とあの男の子。あーんして食べさせあってたんだって!」

「ふっ、情報遅いわね。私は今朝こっそり医務室を覗きに行ったら、あの男の子の手をつないだまま寝ている園子様を見たわ。男の子は椅子で座ってて、園子様はベッドで寝てた」

「え、それっておかしくない? 確か私が聞いた話だと、園子様が椅子でベッドには男の子のほうが寝てたって」

「だーかーらー。園子様が寝ている間に自分のベッドに寝かせてあげたのよ!」

「えっそれって…きゃー!」

 他の席から聞こえてくる黄色い声に辟易しながら芽吹は朝食の乗ったトレイを席に置く。

 メニューは鮭の塩焼きとみそ汁、卵焼きにお漬物とご飯。まさしく日本の朝食の見本のような食事だ。

「なんだか、今朝は騒がしい」

「そうですわね。まあ、理由はおおよそ察せますが」

 声と共に同じ席に食器のトレーを置いたのは同じ防人のしずくと夕海子だった。

 しずくはトーストとオムレツ、スープにサラダの洋朝食のセット。夕海子はカツオのたたきが乗ったうどん。うん、いつも通りだ。

「みんなアレだよねー。女子ばっかりだったからって男の子に過剰反応しすぎだよ」

 やれやれといったように芽吹と同じ和風の朝定食のトレーを置き、雀が座る。席はちゃっかり芽吹の隣をキープしていた。

「そういう雀が…一番はしゃいでた」

「ですわね。芽吹さんが止めるまであの殿方のことを根掘り葉掘り聞いて。品がありませんでしたわ」

「だって気になるじゃん! 人類の敵って言われてんだよ! 本当に味方か安全かどうか!」

 しずくと夕海子が言う通り、四国に帰って来た後の雀は丹羽にくっついてあれこれと尋ねて医務室に入るまでしつこく付きまとっていたのだ。

 その間雀の危険感知センサーを常にオンにして少しの危険の兆候も見逃さないように。

「で、どうだったの雀。あの人は?」

 芽吹が尋ねると雀は箸を止めてうーん、と考え込む。

「危ない感じは全然しなかった。むしろ安心? でも、害はないって感じじゃなくて…どう言ったらいいかな? 『このライオンは草食だから人は襲いません』って紹介されたような感じっぽい」

 雀の言葉にテーブルについていた3人は思わず首をひねる。

「えっ? どういうことなのそれは?」

「ほら、ライオンって肉食動物で危ないじゃん。でも草食だから安心してくださいって紹介されたような…わっかんないかなー」

「弥勒、わかる?」

「わかりませんわ。雀さんの貧弱な語彙力では伝えられないのではなくて?」

「なにをー! 弥勒さんみたいにトンチンカンなことは言ってないぞー!」

 いつもの漫才みたいな会話になりそうな2人を芽吹は止める。

「よしなさい2人とも。で、結局どうなの雀。あの人は私たちにとって危険なのかどうか。それを確かめたくて、昨日あなたにあの人の食事を持って行ってもらったのよ」

「そう言われてもわかんないよ。ただ、危ない感じはしなかった。隠してるだけかもしれないけど、あややが受けた神託みたいに悪い奴には見えなかったよ」

 その言葉にふむっ、と芽吹は思考した。

 昨日の壁の外での自分をかばった行動。その後の会話。さらに園子と夏凜が自分たちからかばったという事実。

 自分にとっては園子が守りたいというだけで充分な理由だったが、他の防人たちはそうはいかないだろう。彼は人類の仇敵ではないと説得するだけの確証が欲しい。

 それに彼を無害な存在だとしてこのゴールドタワーに匿うことには、別の問題が浮上する。それが今1番芽吹を悩ませていたのだ。

「亜耶ちゃんに、どう納得してもらうかね」

 自然と口に出てしまった言葉に、思わずハッとした。

 気が付けば雀、しずく、夕海子がこちらを見ている。

「まあ、メブがあややに弱いことは知ってたけど」

 防人隊周知の事実を雀が口にして、芽吹が顔を真っ赤にさせた。

 楠芽吹は国土亜耶に頭が上がらない。

 それは巫女と防人隊隊長という役割からではなく、人間的な意味で。それほど2人のつながりは深いのだ。

「でも、国土は神樹様に対する信仰心が人一倍強いから。今回に限っては芽吹の言葉でも届かないかも」

「巫女ですから仕方ないですわよ。今回ばかりは芽吹さんには分が悪いですわね」

「どうして私が失敗する前提で話しているのかしら。まあ、難航しそうなのはたしかね」

 いつも自分の隣に座る巫女の少女がまだ姿を現さないことを心のどこかでほっとしながら、芽吹は3人に言う。

「亜耶ちゃんは、多分嫌がるわよね。あの男の人がここにいるのを」

「当たり前じゃん。だってあややは巫女だよ! 神託で敵って言われている人間を匿うだなんて神樹様に対する裏切り行為じゃん」

 身もふたもない雀の発言に、ギロリと芽吹はにらみつける。

 誰が聞いているかわからないのに軽率な。自分たち防人は園子とその友人であるあの男を匿うと決めたのだ。

 それを翻意にするのは隊長である自分が許さない。

「ううっメブの目が怖いよぉ~」

「今のは雀が悪い。そういうことならこの場にいる防人全員が神樹様を裏切ってる」

「ですわねー。これでは弥勒家再興など夢のまた夢ですわ」

「弥勒さん、それは…」

「もちろん弥勒ジョークですわよ。この弥勒、恩人や仲間を売ってまで立身出世したいとは思いません。そんなことをすればそれこそご先祖様に合わす顔がありませんわ」

 その言葉に芽吹はほっとする。と同時に年長者である彼女を頼もしく思う。

 普段の言動は芸人だが、締める時はちゃんと締めてくれる。そんな彼女だからこそ、任せたいことがあった。

「弥勒さんがまともなことを言ってる…今日は何かやばいことが起こるかも」

「天変地異の前触れかもしれない。芽吹、ゴールドタワーの警備レベルを上げるべき」

 真剣な顔をして言う2人に、「あなたたちねぇ」と夕海子は声を震わせている。まったく、彼女らしい。

「2人は知らないかもしれないけど、弥勒さんは頼りになる人よ。こういう時は、特に」

 芽吹の言葉に雀としずくは目を点にしていた。それを見ながら一足早く朝食を食べ終えた芽吹は夕海子に言う。

「弥勒さん、三好夏凛のことをお任せしていいですか? 私は亜耶ちゃんをできるだけ説得してみます」

「よろしいんですの? あなただって夏凛ちゃんと…いいえ。そうですわね。わかりました。この弥勒に万事お任せになって」

 正直夏凛とはまだ顔を合わせたくない。彼女に銃を向け足を撃ったことを謝罪しなければならないとは思っているが、顔を合わせるとケンカをしてしまいそうだ。

 それに自分は他にもやるべきことがある。

 だがその日どれだけ芽吹が言葉を尽くしても亜耶はかたくなに神託を信じて疑わず、ついには意見の相違から部屋に引きこもってしまった。

 それと雀としずくの言ったことが現実になるなど、この時の芽吹には思いもしなかったのだ。

 

 

 

「お加減はいかがですの? 夏凜さん」

「心配しなくてももう大丈夫よ。って、あんたまたカツオのたたき…訓練生時代にも皆にふるまってたわね」

 朝食に引き続きカツオのたたきうどんが載った昼食のトレイを机に置いた弥勒夕海子に、夏凜がうんざりしたように言う。

「まあ、あたしはサプリがあるからいいけど…って、あっ⁉」

「またこんなに身体に悪そうなものを。そういうのを食べるならカツオをお食べなさいな。高知のカツオは万病に効くんですわよ」

 なんなんだその迷信は。聞いたことがない。

 この世界では夕海子と夏凜、そして防人隊隊長の芽吹は勇者候補生の同期であった。

 故に本編やゆゆゆい時空より付き合いが長い。共に勇者になるべく訓練を積み、切磋琢磨しあった仲だったのだ

「夏凜ちゃんは昔から1人で突っ走りすぎですわ。少しは人に頼るということを学びなさい。まあ、今回に限ってはわたくしたちが悪かったですが」

「お姉ちゃん面しないでよ、あたしより弱いくせに! それとそのカツオ万能主義やめなさいよね。打ち身や骨折にカツオが効くわけないでしょ!」

 だからこそこんな風に遠慮なく話せる。勇者部の他の面々がここにいたら目を丸くしていることだろう。

 ちなみにこのカツオのたたきうどん。夕海子が食堂の職員に直訴してメニューに加えたものだ。夕海子自身が開発に協力し、うどんにもカツオのたたきにもあうタレと薬味のおいしさに他の防人たちからも評判がいい。

「それだけ言える元気があるなら大丈夫ですわね。芽吹さんも心配していましたわよ」

「心配…ねぇ。失望の間違いじゃない? あんな無様をさらして、きっと見切りをつけられたでしょうね」

 精霊バリアによって軽傷で済んだほぼ完治済みの足を手で押さえ、夏凜は言う。

 記憶を取り戻した後、丹羽をかばった自分を見る芽吹の目を思い出す。

 あったのは困惑、怒り。そして失望。

 きっと芽吹はまだ怒っているだろう。人類の仇敵とされた丹羽を助けた自分を。

 大赦からの使命を全うできなかった夏凜より、自分の方が勇者にふさわしいと思っているに違いない。

「あーなーたーたーちはー! まったく、昔から全然進歩してませんわね! 勝手に悪い方に悪い方に考えて深みにはまるところ。いったい何度わたくしが仲介したと思ってるんですの?」

 だから夕海子がずいっと顔を近づけ、うつむいた夏凜の顔を無理やり上げさせたのには驚いた。

「いいですの? 芽吹ちゃんはあなたの足を撃ったことを昨日からずっと悔やんでいるんですわ! あれは状況的に仕方なかったし、防人の隊長としてはああするしかなかった。そんなこと夏凜ちゃんだってわかってますわよね? でも、あなたがそんな顔をしていると、芽吹ちゃんはさらに落ち込んで負のスパイラルの完成ですわよ!」

 その言葉に、「なによそれ」と思わず夏凛はつぶやく。

 夏凜もあの状況での発砲は仕方ないと思っているし、全然気にしていない。むしろなんでそんなことであのクソマジメな芽吹が悔やんだりするのか訳が分からない。

「それに、芽吹ちゃんも言葉ではああ言いましたがあなたのことを誇りに思っているはずです。仲間のために大赦の命令にまで背いて孤軍奮闘したあなたは立派でしたわ。それは(ほまれ)であっても決してあなたを貶めるものではありえません。がんばりましたわね」

 夕海子の言葉に、知らず夏凜の瞳から涙が流れていた。

 この人はわかってくれたのだ。自分の行為の意味に。そして褒めてくれた。

 丹羽をかばうあの行動を誰に理解されなくてもいいと思っていたが、本当は理解者が欲しかったのだ。そのことに今更ながらに気づく。

「夏凜ちゃん、夏凛ちゃんは芽吹ちゃんが仲間が傷ついて、あるいは傷つけられて平気な子だと思いますの? ましてやそれが自分が原因だったら」

 その言葉に夏凛は少し考える。

 楠芽吹は融通が利かない真面目人間で、規律や規則だとかで衝突することが何度もあった。

 だけど1度だけ訓練中事故で血が出る怪我をした時だけは、決して自分のそばを離れようとしなかった。

 あれは派手に血が出ただけで実際は大した怪我ではなかったのだが、それに驚いた夕海子が失神。対戦相手の芽吹が泣いてしまい大ごとになったのだ。

 芽吹がわんわん子供のように泣いた姿を見たのはおそらくあれが最初で最後だろう。クールビューティーな普段の姿からは考えられないほど取り乱し、しきりに「ごめんなさい」と繰り返す姿に夏凛はそっちの方が衝撃的すぎて固まってしまった。

 その後大赦の大人たちが引き離そうとしても芽吹は夏凜のそばを離れず仕方なく病院まで連れて来た。処置が終わると大真面目な顔で芽吹はこう言ったのだ。

「もしその傷が一生残るようなものなら、私が責任をとります」と。

 今にして思えばただの笑い話だが、夕海子に言われるまで忘れていた。

「そうね。あたしの頭が割れて血が流れていただけであんだけ泣いてたあいつが、平気なわけないわよね。ごめん、弥勒さん。あたし気付けなかった」

「そういえばそんなこともありましたわね。あの時はわたくしだけ役立たずで申し訳なかったですわ」

「いや、弥勒って結構役立たずよ。むしろ役に立っている場面を思い出す方が難しいわ」

 夏凛の言葉に「ガーン」とわざわざ口で言い、わかりやすく落ち込んでいる姿に変わらないなぁと夏凜は懐かしく思う。

 先ほど弥勒に言った言葉は嘘だ。実際は彼女に頭が上がらないほど夏凛と芽吹は世話になっている。

 主にメンタル的な意味で。夕海子のとりなしがなければ夏凜と芽吹が絶交状態になっていたケンカは挙げればきりがない。

 だが夏凜も芽吹も素直になれず、その言葉を口にしないだけなのだ。

 本当は、誰よりも頼りに思っている。それこそコンプレックスの対象である兄よりも。

(まっ、そんなことを言ったら調子に乗らせるだけだから絶対言ってやらないけど)

「えっ、何か言いましたか夏凜ちゃん?」

「別に。ていうか、いつの間にか呼び方が昔みたいにちゃん付けになってるわよ。やめてよね恥ずかしい」

「あら。わたくしとしたことが。ごめんあそばせ、おほほほ」

 相変わらずツッコミ要素満開なエセお嬢様ごっこをしている夕海子の膝に、夏凜は頭をのせる。

「夏凜ちゃん?」

「ここの枕、ちょっと固くて寝不足なのよ。あんたの膝、貸しなさい」

「あらあら、弥勒家令嬢の膝枕は高いですわよ。それに寝るのはご飯を食べてからになさったら?」

「知らない。食べさせたかったら、あんたが無理やり食べさせたらいいじゃない」

 ぶっきらぼうな言葉だったが、耳は真っ赤だ。時折ちらりと夕海子の表情をうかがうように視線を向けてくる。

「仕方ないですわね。夏凜ちゃんには早く治ってもらいませんと。弥勒家令嬢のあーんなんて、一生宝にできる自慢話ですわよ」

 うどんの上に乗ったカツオのたたきを一切れ箸でつまみ、自分の膝に頭をのせる夏凜の口へ運ぶ。

「お味はいかがですの? この弥勒監修ゴールドタワー名物のカツオのたたきうどんは」

「おいしい…わよ。昔から、ずっと」

 その言葉ににこりと破顔し、夕海子はうどんとカツオのたたきを夏凜の口元へ運ぶのだった。

 そしてそれを覗き見る者が2人。

「ゆみにぼとはこれは予想外のカップリングですねそのっち先輩」

「だねぇ。弥勒さんがこんなにお母さん力強いとは思わなかったんよー。これはゆみメブにも期待ですなぁ」

 百合好きである丹羽と園子が人知れず気配を消し、その様子を見ていたのだ。

 夏凜がそのことに気づいたのは、完食したうどんのどんぶりの乗ったトレーを持って夕海子が医務室を出た後。

 顔を真っ赤にして、「今見たのは全部演技なんだからね!」と言うのを丹羽と園子は温かく見守るのだった。

 

 

 

 正午過ぎ。突如ゴールドタワー前に乗りつけられた2体の黒塗りの高級車に防人隊の間に緊張が走った。

「おそらく大赦の手の者でしょう。私が話をつけてきます」

 大赦の仮面をつけ防人たちや園子を守るように矢面に立とうとする安芸を、園子が止める。

「先生はここにいて。防人の皆も。いざというときはわたしに脅されてたって言えばいいし、そのためにはわたしが行くのが1番だから」

「園子様…」

 こんな時でも自分たちのことを考えてくれる園子に、防人たちの忠誠度がぐーんと上がっていく。

 これなら心配する必要はなさそうね、と隊長の芽吹は思う。さすがの人心掌握術だ。

「そういうわけだからにわみんもここにいてね。にぼっしーも」

「わかりました」

「いいけど、本当に手伝わなくてもいいの?」

 夏凛の言葉に、にっこりと笑顔で返事する。

「もっちろん! どーんと任せてほしいんよー」

 大勢の視線に見送られ園子はゴールドタワーの外に出て黒塗りの高級車から出てきた勇者部の面々と対峙した。

「やっほー。ゆーゆ、ふーみん先輩、いっつん。昨日ぶり。わっしーは熱下がったの? よかったぁ」

 友奈と風と樹の視線に隠し切れない敵意が自分に向けて注がれているのを園子は敏感に感じる。

 そっかぁ、3人は少なくとも無力化しなくちゃいけないか。

 この場に東郷がいるのは正直予想外だった。丹羽の話では神樹の神託に逆らった影響で高熱を出していたそうだが、丹羽の精霊のおかげで完治したのだろうか。だとしたら嬉しい。

「ねえ、そのっち! そのっちは丹羽君のことを憶えているんでしょう! みんなに話して」

 いや、さらに嬉しいことがあった。東郷は丹羽のことを憶えていた。

 これで味方が3人に増えたことになる。それだけでぐっと戦略の幅も広がるというものだ。

 友奈と風、樹の3人は園子の言葉を待っている。それで次の行動を決めようとしているのだろう。

 だが、甘い。

「うん、わっしー。にわみんはちゃんといるよ。昨日わたしが保護した。いまはここの医務室で治療中なんだー」

 園子の言葉に3人の意識がゴールドタワーに向く。

 その瞬間を狙い、袖に忍ばせたスマホアプリの画面をタッチする。蓮の花が舞い、光に包まれた後、そこには白い勇者服の園子がいた。

「がっ⁉」

「お姉ちゃん⁉」

「ごめんね、ふーみん先輩、いっつん」

 風の腹部に拳を当て昏倒させ、それに驚いた樹の後頭部を手刀で打ち気絶させる。

 あと1人、と目標に向かい駆けだそうとした園子だったが対象の姿はすでにない。次の瞬間自分の鼻先をものすごいスピードの拳が横切るのをぎりぎりで避けた。

「さすがゆーゆ。判断が早いなぁ」

 すでに園子と同じように変身して桃色の勇者服を着た友奈に、園子は冷や汗を出す。

 あれは確実に獲りに来た攻撃だった。手加減の一切ない、実戦と同じ本気の拳。

「ゆーゆ、大赦からどう聞いたかは知らないけど、にわみんはわっしーやみんなと一緒にバーテックスと戦い四国を守って来た勇者。それは間違いじゃない」

「そのちゃん。そのちゃんは騙されてるんだよ。目を覚まして」

 言葉と共に拳打が繰り出される。武器のある分園子のほうがリーチは長いが、一撃が重い。それにスピードも早い。

「友奈ちゃんやめて! そのっちも!」

「大丈夫だよ東郷さん。そのちゃんを説得したら、東郷さんも大赦の人に頼んで治してもらうから。難しいかもしれないけど、洗脳された2人を救ってみせる。だって、それが勇者だから」

「そんな! そんなのおかしいわ友奈ちゃん!」

 東郷の叫びなど聞こえないように友奈は園子への攻撃の手を緩めない。

 参った。正直友奈を見くびっていたと園子は反省せざるを得ない。実力は確かに自分の方が上かもしれないが、こちらは相手を傷つけまいとしていて、相手は力づくでもねじ伏せるために全力を出せる状態。

 このままではやられてしまう。

「わっしー! 今決めて! わたしとにわみんを信じるか、大赦とゆーゆを信じるか!」

 園子の必死な叫びに、東郷は動揺する。

「もしわたしたちを信じるなら、変身してふーみん先輩といっつんをゴールドタワーの中に運んで! そこでにわみんに正気に戻してもらえるはず。でも、大赦側につくなら……その銃でわたしを撃って!」

「そんな、そのっち!」

「早く! これ以上長引くと、ゆーゆを無傷で無力化するのが難しくなる! だから」

「そんなこと、しなくていいよ東郷さん」

 園子を槍ごと勇者キックで蹴り飛ばし、園子を見つめたまま友奈は言う。

「だって、敵に洗脳されたのはそのちゃんだけなんだから。東郷さんはまだ治せる。だから、私と一緒に大赦で治してもらおう」

「友奈ちゃん。友奈ちゃんは、丹羽君のことを憶えているんじゃないの? だからここに連れてきてくれたんじゃ…」

 東郷の言葉に、友奈の拳が固く握られる。

「私がここに来たのは、人類の仇敵に洗脳されたそのちゃんを助けるためだよ。神樹様に害をなす人類の敵を守るなんて、勇者じゃない」

「そう…そうなのね」

 言葉と共に東郷がスマホをタップし、アサガオの花が舞い光に包まれる。

 光が収まるとそこにはスカイブルーの勇者服を着た東郷がいた。

「ごめん、友奈ちゃん。私、今のあなたの味方にはなれない!」

「え?」

 背後からかけられた東郷の言葉に、思わず友奈が硬直する。

 その隙を突き東郷は倒れている風と樹を回収すると、ゴールドタワーの内部に転がり込んだ。

「東郷さん、どうして…」

「どうするゆーゆ。ここで勇者同士が戦うのは、大赦としてもまずいと思うんだけど」

 ちらり、と友奈の背後の黒塗りの高級車に隠れている大赦仮面たちを見ながら園子が言う。

「そんなの決まってる。そのちゃんを倒して風先輩と樹ちゃんを助けるよ。洗脳された東郷さんだって救ってみせる。だってそれが勇者だから!」

「まだそんなこと言ってるの? ゆーゆは神樹様と大赦に騙されてるんだよ! にわみんはずっと一緒に戦ってきた仲間! それなのになんで」

「おかしいのはそのちゃんだよ! 神樹様の神託は絶対なんだよ! なのにそれに逆らうなんて」

 その言葉に園子は違和感を抱いた。

 なぜ彼女は神樹様の神託は絶対と言ったのか。普通なら丹羽に洗脳されて騙されていると言うはずなのに。

「勇者なら、丹羽君を倒さなくちゃいけないんだ! 神樹様がそう言ったんだ! だから!」

「そうか…ゆーゆ、本当は憶えてるんだね。にわみんのこと」

 園子の言葉に、友奈は激しく動揺した。

「違う! 私は丹羽君のことなんて…だって私は勇者なのに! 丹羽君に洗脳なんてされているはずないのに!」

「ゆーゆは洗脳なんかされてないよ。ただにわみんのことを憶えていてくれただけ」

 昨日会った時何か様子がおかしいと思っていたが、このせいだったのかと園子は納得する。

 おそらく丹羽のことを憶えている人間はすでに洗脳された後だと大赦の人間から聞かされたのだろう。

 なのに自分は丹羽のことを憶えていて、人類の仇敵とされる丹羽を倒さなければならないという矛盾。

 それが彼女を苦しめているのだ。

「ねえ、ゆーゆ。にわみんは本当に大赦の人が言う通り悪い人だと思う? 私よりずっと長い間にわみんと一緒にいたゆーゆが」

「わかんない。わかんないよそのちゃん。でも、神樹様が倒せって言ったなら、それは守らないと」

 言葉とは裏腹に、友奈の拳は完全に下を向いていた。その姿を見て、園子は構えていた槍を下ろす。

「ゆーゆ。もしゆーゆが心の底からにわみんを悪と決めて戦うなら、多分わたしは止めることができない。でも、もし神樹様が言うから、大赦の人が言うからっていう理由なら、私は負けてあげられないよ」

 言葉と共に、園子はゆっくりと友奈の間合いに入る。

「今のゆーゆは多分、戦うとかそういう段階じゃないんだと思う。だから、少し頭を冷やしてきて」

 ヒュッと風を切る音がして、園子の持つ槍の石突の部分が友奈の顎をかすめた。

 それだけで友奈は軽い脳しんとうを起こし気絶する。地面に倒れそうになる友奈を抱き留め、園子は黒塗りの高級車に向けて声をかけた。

「大赦の人―! ゆーゆを持って帰ってほしいんよー。できるだけ丁重にねー。それとわたしは別に大赦と事を構えるつもりはないんよー。バーテックスが来たらちゃんと倒すから心配しないでって偉い人に伝えてねー」

 そう言うと跳躍してことの成り行きを見守っていた大赦仮面に友奈を預けると、にっこり笑って再び跳躍する。

 今度はゴールドタワーの前に降り立つと、呆然とする大赦仮面たちに向け笑顔で手を振り中に入っていった。




 ぅゎそのっちっょぃ。
 ノーマルルートで書けなかったゆみにぼを書けてまんぞく…。
 やっぱりヘテロより断然百合を書いてた方が楽しいんだよなぁ。

芽吹「弥勒さん、三好夏凛は」
夕海子「心配せずとも大丈夫ですわ。芽吹さんが夏凜さんを撃って悔やんでいることはちゃんと伝えてきましたから」
芽吹「なっ⁉ 別に私はそんな…。ただ弥勒さんに三好夏凛のことを元気づけてもらおうと思っただけで」
夕海子「はいはい、お姉ちゃんの前ではそんなに意地を張らなくてもいいですわ」
芽吹「わぷっ⁉ ちょ、弥勒さん。胸が!」
夕海子「ん~? 芽吹ちゃんはこうされるの、好きじゃありませんでした? ぎゅーって抱きしめられるの?」
芽吹「いつの話ですか! あれはその、子供だっただけで今は別に」
夕海子「子供ですわよ。今も昔も。夏凛ちゃんと仲直りするのが苦手なところなんて全然変わっていないじゃありませんの」
芽吹「ぐっ、それは…」
夕海子「で、そっちはうまくいきまして?」
芽吹「それも…その。私は口下手ですから、やっぱりうまく伝わらなかったみたいで」
夕海子「そんなことありませんわ。あなたが言葉を尽くして説得しようとしたとしたことが大事なんですの。あの娘だって、きっとわかってくれますわ」
芽吹「そう…かしら。私、弥勒さんや雀みたいに自分の意思を伝えるのがうまくないし、夏凜の言う通り堅物だから」
夕海子「こら! 自分を貶める発言はおやめなさいな。それは自分の価値を下げるだけでなく、自分を好きでいてくれる周りの人の評価も下げる言葉ですのよ」
芽吹「うっ、ごめんなさい」
夕海子「心配しなくても、あなたががんばっていることは防人隊のみんなが知っています。この弥勒も太鼓判を押しますわよ」
芽吹「弥勒さんの太鼓判は、あんまり信用できないかも」
夕海子「ガーン! ですわ。うぅ、夏凜ちゃんといいどうして今日はそんなことばっかり言われてしまうんですの?」
芽吹「三好夏凛に何か言われたんですか?」
夕海子「いえ、大したことは。むしろ昔通りで少し安心しましたわ。あなたの気持ちに鈍いところとか、甘えるのが不器用なところとか」
芽吹「甘える…? 三好夏凛に何かしたの?」
夕海子「ええ、少し膝枕を。それとご飯を食べさせて差し上げました。あ、内緒ですわよ。あなたにバレたと知ったらあの娘すっごく恥ずかしがるんですから」
芽吹「…ずるい」
夕海子「え?」
芽吹「私だって、そんなことされたことないのに。私の方が弥勒お姉ちゃんと長く一緒にいるのに…はっ、何でもありません。忘れてください!」
夕海子「いいえ、無理ですわね。残念ながら弥勒イヤーは地獄耳ですので」
芽吹「忘れて…忘れなさい! 隊長命令です!」
夕海子「ではこちらもお姉ちゃん命令です。今日は普段がんばってくれている隊長さんの慰安会を開きます」
芽吹「な、なんなのそれは⁉」
夕海子「いわゆる楠芽吹ちゃんを励ます会ですわね。しずくさんや雀さんも呼んで、盛大にやりましょう。今後の展開の話し合いなんかも」
芽吹「やだ」
夕海子「え? 別に恥ずかしがることはありませんのに。あの2人になら、弱音を吐き出しても平気でしょう?」
芽吹「そうじゃなくて…2人きりじゃないと、お姉ちゃんに甘えられないから」
夕海子「……あらあら。たしかにこんな姿、あの2人には見せられませんわね。いいですわ、今夜わたくしの部屋にいらして。思う存分甘えてくださいまし」
芽吹「うん……ありがとう、弥勒お姉ちゃん」

園子「撮れた? にわみん」
丹羽「ええ、ばっちり。録音もクリアです」
園子「まさか夜のお散歩をしていたら偶然あんな場面に出くわすなんて…ラッキーだったね」
丹羽「ええ。弥勒さんをストーキングしていた行為を散歩と言い張るそのっち先輩の胆力には脱帽です。盗聴器まで仕掛けて」
園子「だって百合イチャの波動を感じたんよー。見逃す手はないぜぇ」
丹羽「ですね。さすがそのっち先輩、一生ついていきます」
 百合厨たちの夜はこうして更けていくのだった。


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【グッドエンドルート】丹羽君、自覚する

 あらすじ
 待望のゆみかりん。そしてそのっち無双。
園子「どうした? 変身しないのか」(^U^)
風「」(無言の腹パン)
樹「」(無言の手刀)
友奈「勇者なら、人類の敵を…丹羽君を倒さなくちゃいけないんだー!」
園子「感動的だな。だが無意味だ」(^U^)
夏凜「これが先代勇者…乃木園子の実力」
東郷「もうそのっち1人でいいんじゃないかな…」
丹羽(この人絶対敵に回しちゃいけない人だ)


 この世界に来てからどれほどの時間が経っただろうか、と三ノ輪銀は回想する。

 最初は死後の世界だと思った。

 自分はあの時、確実に死んだ。射手座の無数に放たれた矢を受けて、獅子座の熱光線に身体を焼かれて。

 だから、この腕と足に繋がれた鎖の先にある岩盤以外存在しない荒涼とした世界に飛ばされた時、ああ、これは死後の世界なのだと思った。

 なぜなら天には生きていた世界ではありえない真っ黒な太陽が浮かんでいたから。

 よく子供のころに悪い事をしたら落ちると聞かされていた地獄の景色との違いに驚いたものだ。

 実際見て見るのと聞いているのとは違う。それにしたってこれは違いすぎるだろうと。

 最初のうちは鎖から何とか抜け出そうといろいろ試してみたが、どれも徒労に終わった。

 ここで銀は炎のようでない炎の熱で身体を焼かれ、風でない風で身体を切り刻まれるような痛みに常に苛まれていた。

 逃げることはできない。手と足に繋がれた鎖がそれを許してくれなかったからだ。

 最初はそれでもなにくそと抵抗していた銀だったが、いつのころからか疲れてしまった。

 抵抗しても、耐えても続く永遠ともいえる責め苦。さらに睡眠も許されず、時間の概念すら歪む曇天の空と黒い太陽だけが浮かぶ変わらない景色。

 銀の精神は早々に限界を迎えてしまった。

 勇者と言っても所詮11歳の少女である。大の大人でも発狂するような空間にあってまだ自我を保てているということ自体が奇跡だ。

 だが、そんなある日。銀のいる世界に突然の来訪者が現れた。

 乃木園子。自分の親友で、同じ勇者の仲間だった1人。

 てっきり銀は彼女が死んだと思ったのだがそうではないらしい。しかも彼女の言葉によれば、自分も死んでいないのだという。

 どういうことだろう。ひょっとしてここは死後の世界ではなにのか?

 だが、この世界の理が彼女から思考するという能力を奪っていた。

 ただ、園子がこの世界に自分と同じように繋がれなかったことに、銀は心から安堵する。

 こんな目に遭うのはあたしだけで十分だと。

 だというのに……なんだこいつは?

『なあ、お前何してんの?』

 自分と岩盤をつなぐ鎖を必死に断ち切ろうと斧を振るっている自分そっくりの白髪の人型の生き物を見る。

 大きさは女の子がよく遊ぶ人形くらい。人型で、こういうのはナルシストと思われそうだが自分そっくりだ。

 凛々しい眉、元気に輝く瞳。髪の後ろでまとめたしっぽのような髪は色こそ違えど自分そのもの。

 そんな生き物がある時突如出現し、銀と背後の岩盤をつなぐ鎖を必死に断ち切ろうとしていたのだ。

『しっかりしろ、アタシ! スミとソノコ、待ってる!』

 時折励ましの言葉をかけてくれるがそれに銀はどう答えていいかわからない。

 しっかりしろって、どうしろって言うんだよ。

 もうやれることは全部やった。それなのにまだがんばれというのか。

 この世界に来て初めて銀は苛立ちを覚えた。そしてそれを目の前の小さい自分そっくりの生き物にぶつける。

『やめてくれ、もう無理なんだよ! 無駄なんだよ! ここじゃどんなに頑張ったって、全部無駄なんだ。だから』

『無理じゃない! 無駄じゃない! ソノコ、泣いてた! スミ、悲しんでる! なのにアタシは何もしないのか?』

『しないじゃなくてできないんだ! あたしだって、本当は帰りたい。須美と園子の元に帰りたい。かなうなら、家族の元にも。だけど』

『諦めんな!』

 小さい手が銀の頬をはたく。痛くはなかったが、不思議と衝撃が全身に響いた。

『こんな弱い奴がアタシだなんて、許せない! アタシはスミとソノコが大事。大切! なのにお前は諦めてる! アタシだったらそんなことしない!』

『ふざけんな! お前はこの世界に来たばかりだからそんなことを! あたしみたいにこの世界の責め苦…を?』

 その時銀は初めて気づいた。この小さな自分が来てから、体の芯まで焦がすような熱も、骨まで凍るような凍てつく風の刃も受けていないことに。

 そして銀は改めて目の前で斧をふるう小さい自分の身体を見て、気づいた。

『お前、ボロボロじゃねーか⁉』

 どうして気づかなかったんだろう。

 目の前にいる小さな自分が、自分の受けるべき責め苦を代わりに受けていてくれたことを。

 それなのに自分はふてくされて、 諦めて。本当に、恰好悪い。

 こいつのほうが、よっぽど根性あるじゃないか。

『お前が帰らないと、だめなんだ』

 目の前で斧を振るう、小さい自分が銀に言う。

『アタシじゃ、あの2人の隙間をうめられない。2年間の間にできた広がりを狭くすることはできない。だから、お前が帰るんだよ、三ノ輪銀!』

『お前…』

 自分を見つめる真摯な瞳に思わずたじろぐ。その熱意に、銀は覚悟を決めた。

『わかったよ。小さいあたし。あたしも協力するから、まず足の鎖を切ろうぜ!』

『よっしゃ、その意気だ!』

 こうして三ノ輪銀と精霊スミによるこの世界からの脱獄は本格的に開始された。

 

 

 

 目を覚ました犬吠埼風は、そこが見知らぬ部屋であること。なぜかベッドで眠らされていることに困惑する。

 さらに顔を横にやると自分を心配そうに見つめている4人の顔を見てますます混乱した。

 妹の樹、部活の仲間である東郷、乃木、そして勇者部唯一の男子生徒である丹羽。

「丹羽? それにみんな…。あれ? どうしてアタシこんなところに」

「よかった、お姉ちゃん! 丹羽くんのこと思い出したんだね」

 安堵したような部員たちの顔を見ながら風は身を起こし、今までの出来事が走馬灯のように脳内を駆けて抜けていった。

 4人分の朝食。3つ目のお弁当。部室で誰も憶えていない丹羽の存在を必死に訴えていた東郷。それに、大赦の偉い人から神樹様に仇なし、四国の平和を脅かす存在として丹羽明吾の名が告げられたこと。

「あれ、なんでアタシ丹羽のこと忘れて……東郷になんてことを。それに乃木にも」

 さっきまで自分が刺し違えてでも丹羽を倒そうと考えていたことを思い出し、風は冷たいものが背筋を走る。

 自分はなんてことをしようとしていたんだろう。勇者部の仲間に、しかも今まで戦ってきた相棒をこの手にかけるなんて。

「よかった。ふーみん先輩、正気に戻ってくれたんだね」

「そうね。樹ちゃんも丹羽君のことを思い出してくれたし万々歳だわ」

 きゃっきゃと手を握り合う東郷と園子を見て、「見て! そのみもがイチャイチャしてるよ。尊いね!」と丹羽がいつもの不審者顔をしている。

「丹羽くん、顔」

「はい、すみません」

 樹に注意され、顔が一瞬で元の真面目なものに戻った。

 相変わらず変わり身早いわね、と考えて変わらぬやり取りについ笑みがこぼれる。

「アンタ、いつも通りね。大赦から四国の敵認定されてるのに。それにしても、どうして東郷と乃木以外の皆は丹羽のことを忘れてたのかしら」

「それは、多分精霊のせいですかね」

 風の疑問に丹羽が答えた。

「散華の治療のために東郷先輩の中にはセッカさん、そのっち先輩の中にはウタノさんとミトさんがいましたから。犬吠埼先輩の中にも今ナツメさんがいて、それで俺のことを思い出してくれたんですよ」

 言葉と共に風の胸元が光り、中から人型の精霊のナツメが出てくる。2日ぶりに会う見知った顔に、思わず風は笑いかけた。

「そっか。ナツメがアタシの忘れてたことを思い出させてくれたのね。ありがと」

『礼には及ばない。風の中は私の故郷の海のように穏やかで気持ちよかった』

 精霊の発言に「キマシ?」「ビュォオオオ?」と丹羽と園子が何やら審議している。なにしてんだこいつらと風は白い目を向けた。

「じゃあ樹は?」

「私の中にはセッカさんが。最初はナツメさんと一緒だったんだけど、丹羽くんのことを思い出してからはセッカさんは東郷先輩の中に、ナツメさんはお姉ちゃんの中に入ったんだぁ」

「私も驚きました。まさか私の中にいたセッカがいつの間にかナツメと入れ替わっていたなんて。丹羽君によると高熱を出した時、私の中にいた悪いものを追い出すためにナツメを私の中に入れて、代わりにセッカを連れて行ったみたいです」

「そう…ん? 東郷が高熱? それってどういうこと? それに、結局なんでアタシたちは丹羽のことを忘れてたの?」

「わたしが説明するよ、ふーみん先輩、いっつん」

 園子から説明された内容は信じがたいものだった。

 丹羽が神樹様に捕らえられている三ノ輪銀の魂を返してもらうように嘆願したら、勇者部はもちろん四国の人々の記憶から存在を消されたこと。

 さらにいままで勇者として戦ってきたのにその功績を忘れたかのように人類の敵と認定し、丹羽が四国に生きるすべての人間から追われる立場になったことを。

「なんで、神樹様はそんな…神樹様はアタシたちの味方をしてくれるいい神様じゃないの?」

「わたしも、そう思う。銀さん…勇者の魂を神樹様が捕らえてるなんて初めて知ったよ。なんだか怖い」

「そうね。三ノ輪銀さんが意識を取り戻して喜ぶ人間はいても、あのまま昏睡状態じゃ家族の人も…」

 園子の説明に3人は口々に感想を漏らす。さらに東郷の口から神託の内容に異議を唱えたことにより神樹様の怒りを受け高熱を出したことを知った風は怒りをあらわにする。

「なんなのよそれ! 東郷は間違ったことは言ってない。なのに一方的に不遜って言って意見に従わない巫女に罰を下すなんて」

「相手は神様だから、多分考え方が違うんだよ。わたしの考えが甘かった。やっぱりにわみんじゃなくてわたしが直接頼めば」

「そうしていたら高熱で倒れていたのがそのっち先輩になってただけですよ。多分神様にとって人間は気が向けば助ける程度の存在で、その逆はあり得ない。一方通行な関係で、こっちの意見なんて聞いちゃくれないんですから」

 まあ、四国の敵認定うんぬんは自分がバーテックスだとバレたせいで、園子たちは関係ないのだが。と丹羽は内心で思う。

「でも、わたしがにわみんに頼んだせいでこんな…謝っても謝り切れないよ」

「そうよそのっち! どうしてわたしやみんなに相談してくれなかったの? もし相談してくれていたら」

 そのみもがギスギスしかけてしまいました。全部神樹様のせいです。あ~あ。

 と、某見て! サボテンがおどってるよコピペのように見ているわけにはいかないので、丹羽は必死にフォローする。

「だから、それはもういいですって。そんなことよりこれからどうするか考えましょうよ」

「そんなことって、アンタ」

「俺なんかのことよりも、勇者部の皆のことの方が重要です。結城先輩の記憶も取り戻さないといけないし」

 こいつ、どこまで馬鹿なんだ。

 自分のことを後回しにして必死に他の皆を助けようとして。

 自分たちはそんな薄情な奴だと思っているのだろうかと風は憤りを感じる。

「丹羽、ちょっとこっち来なさい」

「? はい」

 樹の後ろを通り自分に顔を近づけた丹羽の頭をつかみ、風は思いっきり頭突きした。

「かはっ⁉」

「お、お姉ちゃん⁉」

「なにするのふーみん先輩⁉」

「風先輩っ⁉」

「この馬鹿丹羽! アタシたちがアンタがいなくても大丈夫みたいな言い方するんじゃないわよ! そんなにアタシたちは薄情に見える? 仲間の1人も助けず見捨てるような連中に見えるっていうの?」

 目の前が頭突きの衝撃でチカチカするが関係ない。さらに丹羽の胸ぐらをつかみ、風は言う。

「大体、俺なんかってどういう意味よ! アンタも勇者部の1人でしょうが! まるで自分が部外者みたいな言い方はアタシが許さないわよ」

「いや、犬吠埼先輩。今そう言う話をしてるんじゃ…」

「そういう話をしてるのよ! 東郷だけが丹羽のことを憶えてて、どれだけ必死にアタシたちに丹羽がいたことを伝えようとしてたのか。それでもわかってもらえなくてどれだけ傷ついたかアンタわかってるの? アタシたちがアンタのこと忘れていて、どれだけ悔しいかわかってる?」

 その言葉に丹羽は目を白黒させている。こいつ、全然そんなこと考えてなかったんだなと風の心に改めて怒りが芽生えた。

「アタシは、悔しい。なんで大赦の口車に乗って記憶がないとはいえアンタを倒そうと思ってたのか。大切な仲間なのに。傷つけちゃいけない相手なのに…なのにあんたはいつも自分のことを後回しにして」

「風先輩…」

 風の言葉に東郷がうつむいている。自分の気持ちを代弁してくれた風の言葉に何か感じることがあったのだろうか。

「もっとアタシたちを頼りなさいよ! 自分のことを大事にしなさいよ! アンタがいないだけでこっちは物足りないのよ。食事も4人前作っちゃうし、弁当も3人分作るのに慣れてて…だから」

 最後のほうは涙声だった。丹羽の胸を叩く風の手は決して強くはなかったが、それでも今まで受けたどんな攻撃よりも痛く感じた。

「なんで、忘れちゃったのよ。アタシは……アタシたちはアンタを忘れたひどい奴なのに、なんで何もなかったような顔で気遣ってくれるのよ。恨み言の1つでも言ってよ」

 風が胸を叩く手は、ほんの数回で終わり肩をつかむ。それから丹羽の胸に頭を押し付け、くぐもる声で言う。

「どうして東郷と乃木が憶えていて、アタシは憶えていなかったのよぉ…悔しい…悔しくて仕方ないわよこんな」

「ふーみん先輩」

「お姉ちゃん」

 瞳から光るものがこぼれる姉を、樹がぎゅっと抱きしめている。

 今ここで「あら^~」って言ったら絶対怒られるよなぁ…と丹羽は半分現実逃避していた。

 え? なんで風先輩こんなに怒ってくれてるの? たかが5か月一緒にいただけの百合イチャ好きの変態に。

 自分はただの人型のバーテックスに作られた観測者で、路傍の石のような存在のはずだ。なのになぜこんな。

「えっと、結城先輩と間違えてません? 俺、そんな自己犠牲とかしてませんよ。自分の行動はあくまで百合イチャを見たいからだけですし」

「なに言ってるの丹羽くん。さすがに怒るよ」

 と樹。丹羽の言葉にご立腹の様子だ。

「丹羽君の献身というか、誰にも気づかれないようにしていた優しさには、気付いているわよ。勇者部の皆に平等に注がれる無償の愛は」

 東郷はなぜか優しい顔でこちらを見ている。

「にわみんの自己犠牲っぷりは付き合いの短いわたしでも充分知ってるんだぜー。わたしの身体を治すために5日間も寝ずに精神力を削ってがんばってくれたしね。わたしより付き合いの長い勇者部の皆だったら、言わずもがなだね!」

 園子に至っては親指を立てて丹羽に向けていた。

「アンタがいなくなって、痛いくらいわかったわよ。アタシたちがどんだけアンタに依存してたのかって。ていうか、アタシたちをこんな状態にしたのに今さら俺関係ありませんとか言っていなくなるのはやめてよね」

 風の真剣な瞳に思わずたじろぐ。

 おかしい。こんなの絶対おかしい。

 なんだこの展開は。まるでどこぞのハーレム系主人公じゃないか。

 そんなのは丹羽の最も忌避する存在で、百合の間に入る男そのものだ。それを避けるためにいい人ムーブで彼女たちから何とも思われないように細心の注意を払い無償の愛を注いでいたというのに。

 いや、ちょっと待て。そう言えば夏凛が…。

 

『あんたにとっては当たり前のことだったんでしょうけど、その優しさは毒にもなりかねないってことをちゃんと自覚しなさい。じゃないとそのうち後ろから刺されるわよ』

 

 このことかー! と丹羽はようやく夏凜の言っていたことの意味を理解する。

 そんな、自分はいつの間にか百合の間に挟まるクソ野郎になっていたというのか? しかも女に気を持たせて気付かない鈍感系主人公に?

 たしかに夏合宿の時に夏凛に注意されてからはそうならないように気を付けていたはずなのに。手遅れだったとでもいうのか?

『よくないなぁ…そういうのは』

 その時某913のライダーの中の人が言いそうなセリフを言う、顔が星屑のまま青筋を立てて怒っている人型のバーテックスの姿を脳内にはっきりと思い描けた。

 えらいこっちゃぁあああ! 創造主に殺される! というか下手すれば存在ごと抹消される⁉

「あばばばばばばばばばば」

「え、ちょっ丹羽⁉」

「大変、丹羽くんが口から泡上の物を出して白目向いてる!」

「丹羽君、どうしたの丹羽君!」

「安芸先生ー! 医療班の人呼んできてー!」

 遠のく意識の中、4人の少女の声を聞きながら丹羽はようやく自覚した。

 勇者部の皆にとって、自分はもうすでに大切な仲間の1人にされていることに。

 自分が陰ながら百合イチャを見るために奮闘していたことが全部裏目に出て、自分自身が百合の間に挟まる最低野郎となっていると。

 

 

 

 室内から響くぎゃーぎゃー騒がしい声に夏凜は困惑する。

 どうしよう、完全に入るタイミングを逃してしまった。

 樹が目を覚ました時は近くにいてセッカが回復したことを喜んだのだが、その後の風の回復した姿を見る前に所用で席を外してしまったのだ。

 そのため帰って来た時風が意識を取り戻してみんなと話し込んでいるのに驚いた。よし、ここは完成型勇者として話のいいところで入ってやろうと部屋の前でスタンバっていたのである。

 それがこのざまだ。今更入るのは、なんか違うような気がする。

 仕方ない。こうなったら医療班を呼ぶついでに自然と最初からいたかのように部屋に混ざろうと思いながら廊下を歩いていると、見知った顔を見つけた。

「げっ、楠芽吹」

「三好夏凛」

 防人隊隊長の芽吹。勇者候補生時代の同期であり、最後まで夏凜と勇者の座を争った間柄だ。

 そして先日自分の足を撃った相手。弥勒夕海子の話によればそれを大層気にしているという。

(って言ってもねぇ)

 目の前の少女からはそんな態度、かけらも感じられない。いつもの真面目と頑固を人の型に押し込めたような通常運転だ。

「なにしてるの? こんなところで 」

「えっと、医療班の人を探してて」

 うちの百合好きの阿呆が錯乱したからと言おうとして、急に自分の肩をつかんだ芽吹に夏凜は驚いた。

「この馬鹿! まだ足が痛むならなんで出歩いてるの! 今すぐ医務室に!」

「へ? 違う違う! って、なに人のことお姫様抱っこして運ぼうとしてんのよ! 医者が必要なのはアタシの後輩! アタシの足は全然平気だから!」

「本当? 無理してないでしょうね? あなたは昔から怪我しても大したことないって言うし、やせ我慢が多いから信用できないわ」

 突如思いもよらない行動をしでかそうとする芽吹を止めながら夏凛は言う。それに芽吹は疑わしそうな視線を送る。

「アンタ、昔から変なところで行動的よね。普段クソマジメだからそういう暴走すっごい驚くのよ」

「なんですって⁉ あなたの1人で突っ走るのよりは…って、そうじゃないわね」

 いつものように突っかかろうとするのをやめ、こほんと咳払いすると夏凛の斜め上を見ながら芽吹は言う。

「その、もう歩いて大丈夫なの? 足の怪我は…」

「へ? いやもう平気よ。銃弾自体も精霊バリアで防いでくれたからそんなひどい怪我じゃなかったし」

 夏凜の言葉に「そう」、と返事をして芽吹はどこかソワソワしている。

「ひょっとして、あんたあたしを撃ったこと気にしてるの? …って、そんなわけないわよね」

 からかうように言う夏凜に芽吹は目を伏せた。え、マジで? と夏凜は逆に狼狽する。

「いや、あれはしょうがないでしょ。あたしがあんたの立場だったら普通に撃ってたし。そんなこと気にしてどうするのよ?」

「そんなことですって! あなた、私があの時からどんな思いでいたか」

 あ、本当に気にしてたんだと夏凛は夕海子の情報が正しかったことを知った。伊達に夏凜より長い間一緒にいたわけではないらしい。

「馬鹿ねあんた。そういうとこは昔からクソマジメなんだから」

「ば、馬鹿? あなたみたいな考えなしよりはマシでしょう?」

「誰が考えなしよ! あれはあんたが悪いわけじゃないし、あたしも気にしてないわよ。それが理解できないあんたの方が馬鹿でしょっ!」

「あなたが気にしなくても私が気にするのよ! それに私だってあなたを好きで撃ったわけじゃ…」

 ほんとうに、クソマジメで頑固よねぇ。あたしは大丈夫って言ってるのに。

「あーもー。じゃあ、貸し1ってことで。それでこの話はおしまい! いいわね?」

「ちょっ、なによその貸しって! 私はそんなもの作りたくない!」

「別に大したことじゃないわよ。今度なにかサプリでもおごってくれれば…」

 とそこで夏凛は何か視線を感じて振り向く。そこにはさっきまで錯乱していたであろう男が気配を消して夏凛と芽吹のやり取りを観察していた。

「丹羽、あんたいつからそこに?」

「あ、俺はそこら辺にあるもの言わぬ観葉植物だと思ってくれていいので続けて続けて。次のデートの約束取り付けまで進めてください」

「いや、無理でしょそれは」

「え? 三好夏凛、その男は? 一体いつから」

 突如現れた丹羽に芽吹は混乱している。夏凜も慣れたとはいえ初対面の相手にこれは驚きだろうなぁと思う。

「って、あんた。さっきぶっ倒れたんじゃないの? 風達が騒いでたけど」

「百合の波動を感じて死の淵から生還しました!」

 どんな理屈だそれは。

 夏凛がそう思っているとなにやら向こうが騒がしい。

「丹羽いた⁉ なんで気絶したと思ったら急に病室からいなくなるのよ!」

「そんなの知らないよぉ! 本当にちょっと目を離した隙にいなくなって」

「また丹羽君がいなくなって…どうして私のそばからいなくなるの、丹羽君」

「にわみーん! 早く戻ってきてー! わっしーの目からハイライトがなくなってるー!」

「……戻ってあげなさい、早く。可及的速やかに」

「はい。すみませんでした」

 神妙な顔をして丹羽は声のするほうに向かっていった。どことなく足取りも重そうだ。

 まあ、あいつにはいい薬でしょうと夏凜は思う。散々自分が忠告したのに聞かなかった丹羽が悪い。

 せいぜい今まで無自覚に優しくしていたツケを払うといいわと思いながら夏凜は芽吹に向き直る。

「じゃ、そういうわけでまたね楠芽吹。多分これからお互いいろいろ忙しくなるでしょうけど、終わったらなんかおごってよね」

「ちょっと、私はそんなことまだ! 三好夏凛ー!」

 後ろから聞こえてくる芽吹の言葉に、夏凜は何をおごってもらおうか。その時はどうやって丹羽を撒こうかと考えていた。




 勇者部の皆から想定していたより大事に思われていたことを自覚した丹羽君。
 下手をしたら百合の間に挟まる男になってしまうぞ! さあ、どうする?
丹羽「救いはないんですか?」
(+皿+)「いや、お前がこの物語にとって救いになるんだろ?」
天の神(百合好き)「だからさぁ、女の子になろうよ。ね?」


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【グッドエンドルート】三ノ輪銀奪還!

 あらすじ
 丹羽君、自分が百合の間に挟まる男(無性)だと自覚する。
丹羽「やべぇよ、やべぇよ。こうなったら女の子になるしか」
汀のん(ノーマルエンド丹羽)「やめとけやめとけ」
丹羽「お前は…白い西住ま〇さん?」
汀のん「俺は別の可能性のお前だ。女体化したら俺みたいになるぞ」
丹羽「えぇ…(困惑)」
汀のん「ぶっちゃけ、犬吠埼さんと三好先輩からの殺意めいた視線がきつい」
丹羽「なぁにそれぇ」
汀のん「あと勇者部の皆に胸をおもちゃにされてよく揉まれる。あと休日高い確率でそのっち先輩に着せ替え人形にされる」
丹羽「それは今の俺とそんなに変わらないような…よく女装させられるし」
汀のん「お前、女性ものの下着をつけさせられるのとそうじゃないのはすっごい違いがあるんだぞ。わかるだろ?」



 乃木園子が大赦に反旗を翻し、他の勇者の犬吠埼風、犬吠埼樹が人類の仇敵に洗脳されたとされている東郷美森と共にゴールドタワーに立てこもったという話は大赦で瞬く間に広がった。

 唯一の希望として結城友奈だけは大赦側が保護することができたが、その現場を目撃していた大赦仮面によると結城友奈は乃木園子に手も足も出なかったらしい。

 四国を滅ぼしかねない人類の仇敵に勇者が4人とらわれた。

 さらに絶望的なことにゴールドタワーは壁の外の調査をする防人たちの本拠地である。勇者ほどではないにしろ、バーテックスと戦う戦力を持っている人類の希望だ。

 その両方を人類の仇敵に奪われたことで大赦は大混乱となっていた。

 まさか人類を守護する勇者たちが神樹様の敵である人類の仇敵の手に落ちるとは。

 勇者4人と防人たち、さらに連絡が取れない三好夏凛も恐らく人類の仇敵に洗脳されたと考えるべきだろう。

 こちら側に残されたのは結城友奈という勇者1人。

 四国中の少女を調べた結果勇者適性の最高値を叩きだした存在ではあるが、彼女1人で四国とそこに住む人類を守れるのか?

 大赦が出した答えは、否であった。

 だが新しい勇者を選出しようにも勇者適性の高い候補生であった防人たちもおそらく人類の仇敵に洗脳されている。

 新たに勇者の適性を持つ人間を調べて選出するには時間がない。まさに八方ふさがりだ。

 いや、1人だけそれを満たす人間がいた。

 今は昏睡状態だが、勇者適性とバーテックスとの交戦経験がある元勇者が。

 三ノ輪銀。2年前の戦いで死んだとされていた少女だ。

 まさか乃木園子が防人隊たちを使って壁の外にいた彼女を連れて帰るだなんて誰が予想できただろう。

 おかげで大赦は関係各所への根回しや三ノ輪家への賠償など大小様々な事柄に奔走することになった。それは2か月経った今も終わっていない。

 なにしろ死んだと大赦が正式発表した人間が生きていたのである。下手なことをすれば大赦の存在を揺るがしかねない信用問題に発展してしまう可能性があったのだ。

 だからこそ大赦の上層部は三ノ輪銀の対処を慎重に協議していた。

 目が覚めたらまたお役目につかせるのか、それとも元の少女に戻すのか。

 だがこうなっては彼女にすがるしかない。なんとか次のバーテックスの襲来までに、彼女の意識を覚醒させ戦力としなければ。

「病院の医師たちからの報告は?」

 大赦の奥、会議室の席に座る最高責任者の言葉に、大赦仮面は首を振る。

「未だ意識不明とのことです。肉体的には問題ないのですが、いつ意識を取り戻すかは不明と」

「巫女たちによる祈祷は」

「はっ、大赦に所属する巫女全てに三ノ輪銀様の意識が戻るように祈祷させております。しかし…」

「神頼みなど意味がないと? 我々は神樹様に仕える大赦の職員ですよ。言葉に気をつけなさい」

 巫女たちの神託を統括する大赦仮面の言葉を、大赦の最高責任者が叱責する。

 困った時の神頼み。彼らにとって神樹様がまさにそれだが、これが原因で自分たちがさらに窮地に陥るとはこの時誰も予想していなかった。

「しかし人類の仇敵の次の手は一体…勇者を懐柔し、バーテックスとの戦いに出させないつもりか? それともバーテックスと一緒に神樹様を滅ぼそうと」

「まず我々の希望を奪おうというのではないでしょうか? 乃木様と東郷様を最初に洗脳したという手口からもその狡猾さがうかがえます」

「然り。さらに大赦の職員の中にも丹羽明吾が勇者だという者たちがいました。その頭には寄生虫が」

「いずれもある日突然人が変わったように善良になった者たちばかりです。いったい奴の狙いは何なのか」

 ちなみに園子が友奈を大赦仮面に渡す際に言った言葉はこの会議にいる人間の耳には届いていない。

 報告、連絡、相談ができない組織構造は相変わらずだった。丹羽のことを憶えている人間を洗脳されたと思い込んで勇者に吹き込んだりと本当にろくなことをしない。

 そのせいで現在友奈は自己矛盾に苦しみ心を病みかけているのだが。

「ほ、報告します! 三ノ輪銀様が病室より何者かに拉致されました!」

「何⁉」

 そしてまた最重要人物とされる勇者を奪われるというちょっと考えれば防げただろうという事態を引き起こし、本編並みに大赦は後手後手でダメダメだった。

 

 

 

「にわみん、正座」

「はい」

 病室から突如姿を消し、メブにぼ、にぼメブの百合イチャを観察していた丹羽を4人の勇者が取り囲んでいた。

 園子以外の顔は完全に表情が消えていて、人間、限界を超えて怒るとこういう風になるんだという見本のようだ。無言なのがさらに怖い。

「なんでみんなが怒ってるかわかる?」

「大体は」

「ん? 大体?」

 にっこりと笑う風の言葉に恐怖を感じる。完全にお冠のようだ。

「俺が突然気絶して皆に心配かけたくせに百合イチャ見たさに勝手にいなくなったからです。すみませんでしたー!」

 それはそれは見事な土下座だったと、園子は語る。

 3人の視線を後頭部に受けながら、丹羽はこれで俺のことを見限ってくれたらなぁ…と希望的観測を抱く。

「まぁ、アンタがそういうやつなのは知ってるし」

「そうだね。まあ、丹羽くんらしいって言えば丹羽くんらしいし」

「私も少し取り乱しすぎました。丹羽君が元気ならそれで」

 どうやらそんなことはないらしい。この娘たちいい子すぎるだろう!

 普通なら絶縁状態、ハブられるのも当たり前の行動もこの娘たちにとってはまだ許せる範囲らしい。懐が深すぎて涙が出る。

「ねぇねぇ、にわみん。ひょっとしてわっしーたちにわざと嫌われようとあんなことした?」

 園子のささやきに、思わずびくりと反応してしまう。どうやらお見通しらしい。

「だめだよそんなことしたら。そんなことをしてもわたしやみんなは君のこと嫌いになんてなってあげないんだから」

「でもそのっち先輩。このままじゃ俺、百合の間に挟まる男に…最低の存在になってしまう!」

 丹羽の言葉に園子も同じ趣味を愛する者として思うところがあったのか、優しく肩を叩く。

「にわみん。逆に考えるんだよ…挟まっちゃってもいいさって。至近距離で百合イチャを見られる喜びを楽しもうよ」

「でも、百合に男を挟むのは禁忌! そうならないように俺は一定の距離を保って来たのに」

「え? あれで? 嘘でしょ?」

「ねえ、さっきから乃木と丹羽は何を話してるの」

「さあ? 多分丹羽くんの趣味のことじゃないの」

 突如土下座した丹羽にノーリアクションの犬吠埼姉妹は丹羽と園子の会話の方が気になるらしい。

「丹羽君、そのっちと仲良くして…これは折檻が必要かしら」

 一方で東郷は仲良しの2人から仲間外れにされたようでスネていた。久しぶりにかわいがり(物理)が発動しそうだ。

「にわみんはまじめだなぁ。常識は破るためにあるのに。そんなの、にわみんが女の子になれば解決することじゃない」

 いや、そうは言いますがそのっち先輩。俺は男として百合イチャが好きなんですよ。

 そう言おうとした丹羽が顔を上げると、園子の目がらんらんと輝いていた。

 あ、コレはあれかな? 夏祭りのときにやった例の…。

「と、いうわけでにわみんを女の子にするよー! みんな手伝ってー!」

「「「待って、どうしてそうなった」」」

 園子の突然の提案に、3人は思わずツッコむ。

「実はふーみん先輩が起きたら話そうと思ってたんだけど、そろそろ次の一手を打とうと思ってね」

 にっこりと笑う園子に、3人は聞く体勢になる。

「ミノさんを大赦の職員がいる病院から奪還する。そのためににわみんとにぼっしー、わたしの3人が変装して潜入。皆には別のことを頼みたいんだぁー」

 

 

 

「で、この格好なのね丹羽は」

 園子の手により女装した丹羽を見て、髪型を変えて変装した夏凛は言う。

 今の夏凛は長いツインテールを纏めて三つ編みに瓶底眼鏡をしている文学少女だ。元の写真を見ても同一人物だとは気づかないだろう。

「そうなんよー。かわいくできたでしょー」

 自慢げに言う園子は逆に長い髪を帽子に隠して男装している。顔がいいのでキリっとした表情をすればまさしく美少年。ここに来るまでにも何人もの女性が園子を見て振り返っていた。

 さすが風雲児DNA。世代を超えてもイケメン若葉ちゃんの血は流れているんだなぁと改めて丹羽は感じた。

 で、その丹羽はというと夏祭りの時とは違いタレ目気味の柔らかい雰囲気の少女になっている。

 セミロングの髪のウィッグをポニーテールにして、髪の色が違う友奈のようだ。友奈が元気で活発な女の子なら今の丹羽は引っ込み思案なお嬢さんといった感じだろうか。

 雰囲気以外は本当に友奈とそっくりだったので仕上がったこの姿を見た時、東郷が「友奈ちゃんが2人⁉」と非常に興奮していた。

「今度3人でお買い物に行きましょう! ね? ね?」と必死に言われて思わず同意してしまったが大丈夫だろうか。

 園子が告げた三ノ輪銀奪還作戦。

 大赦に銀を人質に取られる前に自分たちで保護してしまおうという作戦は、第一関門である病院に思いのほかすんなり入ることができて3人は拍子抜けてしまった。

 てっきり大赦の人間ががっしり固めているのかと思いきやそんな人間は1人もいなかった。病院も通常診療をしているようだ。

 園子が大赦に反抗したことがまだ伝わっていないのだろうか? 警戒しながらも園子と夏凜は病室へ移動するためのエレベーターに乗る。

 一方で丹羽は大赦は相変わらずのガバ警備だなぁと思っていた。原作でも風先輩の大赦襲撃も他の勇者や園子頼みだったし、この前の有能な大赦が異常だったのだろう。

 ちなみに奪還部隊がなぜこの3人かというと、機動力と病院の構造をよく知っているということから選ばれた。

 園子は同じ階の病室に入院していたので言わずもがな。丹羽はほぼ毎日銀の病室に見舞いに行っていたので。夏凜は機動力からメンバーに選出されたのだ。

 病院のことをよく知っているということならばほぼ毎日園子と一緒に見舞いに来ていた東郷も当てはまるのだが、彼女には別のことをやってもらっている。もちろん銀に関係のあることだ。

「さすがに病室の前には、警備の人がいるわね」

 エレベーターから銀のいる病室についた3人は、銀の病室の前にいる大赦仮面の警備員2人をどうすべきか目配せする。

 答えは決まっていた。というかここに来る前に園子からレクチャーを受けていたのだ。

 丹羽は大赦仮面の前に行くと、こほっこほと咳をする。それに気づいた大赦仮面が「どうしました?」と持ち場を離れて近づいてくる。

 おいおい、平和ボケしすぎだろうと思いながらも丹羽は「胸が苦しくて…薬を飲むのにお水を」と夏凜からもらったサプリを手にしながら言う。

 それに気をとられて丹羽の背中をさする大赦仮面。親切にも持ち場を離れて水を買いに行こうとしている大赦仮面の1人を変身した夏凜が延髄チョップで昏倒させる。

 残った大赦仮面は帰ってこない相棒に不審に思い追おうとしたところを丹羽が延髄チョップで昏倒させた。

 なんだかうまくいきすぎて逆に申し訳ない。この作戦、ここまでうまくいったのは警備員の大赦仮面が善良だったからだ。

 せめて意識を取り戻すまでの間に風邪をひかないように素っ裸にしようとするのを止めておいた。通信機とスマホを奪い手足を拘束するだけにする。

 病室に入るとそこには相変わらず昏睡状態の三ノ輪銀がベッドの上で眠っていた。

「これ、そのまま運んで大丈夫なの?」

「大丈夫。先生の話だと身体は回復してるから、後は意識が戻るのを待ってる状態だって。ゴールドタワーにもここほどじゃないけど機材はそろってるし、1か月は何の問題もなく治療を受けられるよ」

 夏凛の疑問に園子が答える。

 1か月と聞いて丹羽は安心した。結城友奈は勇者である本編1期が終わるのは10月までだ。少なくともそれまでの間にはすべてケリがつくだろう。

 そうすればたとえ銀が目を覚まさなくてもバーテックスをすべて倒した後なので問題はない。2期までは平和な時間が流れているはずである。

「じゃあ、さっさとずらかりましょう。そのっち先輩が運びますか?」

「うん。思ったより警備が薄くて助かったんよー。これならわたし1人でも大丈夫だったかも。ありがとね、にわみん、にぼっしー」

「そうね。じゃあ、あたしが先行して園子が中央。丹羽が殿で。行くわよ!」

 夏凛の号令の下園子が勇者服に変身し、銀をお姫様抱っこで抱えて病室から屋上へと向かい、そこから跳躍して屋根伝いを移動しゴールドタワーを目指す。

「ごめんねミノさん。でも、絶対にわたしが助けるから」

 園子のつぶやきに応えるよう腕の中で銀が身じろぎしたように感じ、着地した瞬間園子は思わずビルの屋上で停止した。

「そのっち先輩?」

「ごめん、気のせいだったみたい」

 しばらく銀を見つめていたが、何も変わらない。先ほど感じたのは気のせいだろう。

 そう結論付けて園子は先行している夏凜を追ってゴールドタワーを目指した。

 

 

 

 ガキン! と鎖に斧が叩きつけられ、衝撃が銀に響く。

『よっしゃ、もうすぐ切れそうだ。やれ! 小さいあたし!』

『セイヤー!』

 大きく振りかぶられた斧が再度振り下ろされ、銀の右手を拘束していた鎖が断ち切られた。

 これで両足と右手、3つの拘束が切断され自由に動かせるようになった。あとは左手だけだ。

『このぉ! ふんぬぅううう!』

『さがってろアタシ! セイヤー!』

 小さな銀とそっくりな精霊、スミの持つ斧が何度も銀を拘束する鎖を両断せんと振り下ろされる。

 銀もスミだけに任せていられないと鎖を引きちぎろうとしたり、切断しやすいようにねじったりといろいろ創意工夫をしていた。

 息の合ったコンビネーションに、今ではもう相棒と言っても差し支えないほどの絆が2人の間には生まれている。

『結構ガタガタになって来たな。もう一息だぞ!』

『よーし。じゃあいくぞー! 渾身のぉ…ダイナミック・チョップゥウウウ!』

 スミの掛け声と共に最後の鎖が切断され、銀の手足は自由となる。

『ふっ、アタシの強さにお前が泣いた』

『いや、泣いてねーし。そりゃ嬉しいけどな』

 訳の分からないことを言う自分そっくりの精霊に、銀は思わずツッコむ。

 しかし本当に鎖を断ち切ってしまうとは。この状況に絶望し、何もしなかった自分が馬鹿みたいだ。

 こいつがいなかったら絶対こんなことはできなかっただろうな、と銀は改めて自分そっくりの精霊に感謝する。

『さて、じゃあどうやってこの世界から帰るかね』

 銀は改めて口にして、どうしたものかとおもう。

 正直この世界は謎だらけだ。どうしてこの世界に閉じ込められたのかも不明だし、以前突然やって来た園子がなぜ帰れたのかも不明だ。

 自分はどうやったら元の世界に帰れるのだろう? とりあえずこの荒涼とした世界を駆け抜ければいいのだろうか。

 そう考えていた銀の身体と精神が、ズレた。

 ズレた。そうとしか表現しようがないほど奇妙な感覚。まるで魂と肉体がそれぞれ別の場所に引っ張られていくような強制力が自分の身体を襲ったのだ。

『くっ、おい、お前! 手を取れ! あたし、なんか引っ張られてる!』

 銀は薄れゆく意識の中で、必死に自分に似た精霊に向け手を伸ばした。

 あと少し、あと少しで届く。だからお願いだ、気を失わないでくれ。

 その時久しく感じていなかった身体を切り裂くような姿なき暴風が銀を襲った。痛みに思わず身体を固くしたが、それからかばうように自分そっくりの精霊が前に出てくれる。

 それだけで痛みは嘘のように消え去った。こいつ、またあたしを守ってくれたのか。

 それと同時に銀の意識が引っ張られる力がより強くなる。もうこの身体にとどめておくことはできぬというように。

(ふざけんな! あたしを守ってくれた恩人を…こいつを助けなくてなにが勇者だ!)

 ここで頑張らなくちゃ女が廃る。

 なにより命の恩人を見殺しにしたとあっては元の世界で自分を待ってくれているであろう家族や親友の須美と園子に顔向けできない。

(お前は、あたしと帰るんだよぉおおお!)

 銀の伸ばした手が自分そっくりの精霊をつかみ、強く抱きしめる。

 もう2度と話さないというように。

 それと同時に意識は限界を迎え、暗闇に落とされた。

 深い、深い暗闇。音もなく、ただただ静かだった。

 だが銀に後悔はない。たとえ次に目を開けた時そこがまた別の地獄でも、今度こそ自分はあきらめずに抵抗してみせる。

 なぜなら自分にはこの相棒がいるのだから。と、腕の中にいる自分そっくりの精霊を見た。

 浮遊感。上に落ちているのか、下に向かって浮上しているのかわからない感覚が続く。

 それは永遠に近いような長い時間に感じたが、ひょっとしたら一瞬の出来事だったかもしれない。

「え?」

 目を開ければ、そこには光が満ちていた。

 明るい室内。清潔なクリーム色の壁。天井にある暖色の照明器具。

 ふかふかの安心する感触に手をやれば、それはベッドのようだ。頭には枕があり、身体には布団が掛けられている。

 今までいた曇天の空も、荒涼とした世界も、真っ黒の太陽もここにはない。

 いったいここはどこだろう? 疑問に思いながらも体を起こした銀の耳に、ガチャンと何かを落とす音が聞こえた。

「ミノ…さん?」

 顔を向ければそこにいたのは園子だった。胸がでかくなって身長が伸びていたが、間違いない。親友の自分が間違えるはずがない。

「おう、園子。何とか帰ってこれたみたいだぜ」

 声は自分で出したものとは思えないくらいかすれていた。それに驚きながらも、健常なことをアピールするために腕を動かす。

「ミノさん! ミノさん! よかった! 意識が戻ったんだね! 本当に良かった!」

「おいおい、泣きすぎだろお前。まったく、身体は大きくなっても園子は泣き虫だな」

 自分に抱き着く園子をなだめるように抱き返しながら、帰って来たんだと銀は実感する。

「そういえばあいつは…なあ、園子。あたしに似た精霊を知らないか? あいつがあたしをあの世界から助けてくれたんだ」

「え? スミちゃんのこと? それなら」

 園子の視線を目で追うと、そこには信じられないというような顔をした長い黒髪の美少女が銀を見守るように椅子に座っていた。

 多分成長した須美だろう。2Kだった胸がエベレスト並みになっている。すごいな!

 その胸元に、自分そっくりの精霊がすっごくいい顔で顔をうずめていた。

『久しぶりのスミのおっぱい枕…好き』

「スミちゃん? それに三ノ輪銀さんも…本当に意識を取り戻して、帰って来たのね」

 なんて羨まけしからんことを…。

 おっぱい枕。あの世界で聞いていたとはいえ、本当にやっていたのかと銀は思った。

 しかも須美もまんざらでもない顔をしてるし。なんかズルイ!

「うわ、なんで入り口にうどんがぶちまけられて…東郷、乃木? すごい音したけど一体どうしたの?」

「お姉ちゃん、今この部屋は病室なんだから静かに…って、銀さんが目を覚ましてます⁉ それにスミちゃんが!」

「え、嘘でしょ⁉ って、本当に起きてるじゃない! ちょっとあたし丹羽の奴呼んでくる!」

 どうやら銀が聞いた音は園子がうどんを落とした音だったらしい。時計を見ると夕食時だ。

 それを聞きつけた他の女の子たちが3人来て、室内は一気ににぎやかになる。

 こうして三ノ輪銀は意識を取り戻し、わすゆ組の3人は2年の時を経て再び集合したのだった。




 スミちゃんが頑張ったので銀ちゃんが自力で戻ってこれました。
(+皿+)「神樹の体液吸わなくてもいいのか」(わすゆルート)
(+皿+)「説得と引き抜きしなくてもよかったのか」(ノーマルルート)
 あとは双子座とレオ・スタークラスターを倒して終わりだな!
 大赦のガバガバ警備については原作からこうなんだからしょうがないね。1期は暴走した風先輩の対処は園子任せだし、2期で最重要アイテムのスマホを簡単に奪われるし。
 情報規制だけして伝えなきゃいけないことは秘密にして伝えなくていいことは伝える。うん、原作通りだな!


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【グッドエンドルート】存在しない記憶

 あらすじ
 銀ちゃん救出成功。あと意識を取り戻しました。
銀「なんかあの世界でずっと鎖で繋がれてたせいか肩がこるような気がする」
ナツメ『整体か? 手を貸そう。主、私の指示通り動かしてくれ』
丹羽「了解ですナツメさん」
ナツメ『ここをこうしてこうしてこう。で、思いっきり腕と足を引っ張るんだ』
銀「あででででで! いたいいたい⁉」
ナツメ『次にこことここをこう。さらにここをこうして』
銀「ちょっ、なんかプロレス技っぽくなってるんだけどー!」
 その後、無事整体は終わり、身体はすっかり楽になったそうです。


 意識を取り戻した銀は園子から自分が2年間意識不明だったこと。その間に起こったことを聞いて頭がパンクしそうだった。

「えっとつまりあたしがいなくなったおかげで精霊を勇者が持って巨大バーテックスを倒せるようになって、でもパワーアップする満開は供物として記憶や体の一部を神樹様に捧げて。そのせいで須美はあたしと園子と過ごした記憶を失ってて…。あたしは2年間ずっと壁の外で敵であるはずのバーテックスに保護されてた?」

 うん、自分で言ってても全然わからん。なんだそれ。

「つまりあたしは園子の言う人型のバーテックスってやつに拉致されてたのか? で、園子が助けてくれたと」

「えっと、そうじゃなくてね。人型のバーテックスさんはミノさんの傷を治してくれたんだよ。ほら、身体にあの時の矢傷もないし、腕もつながってるでしょ。それは人型さんが治してくれたんだ」

 園子の言葉に確かに、と銀は蟹座のシールドによって切断されたはずの腕を見る。

 握ったり開いたりしても問題ない。自分の腕だ。特に改造されたりとかはされていないらしい。

「じゃあ、その人型ってやつはいい奴なのか?」

「それは…うん。人間の味方をしてくれたというか、少なくとも神樹様と人類を滅ぼそうとする他のバーテックスとは別物と考えた方がいいかも」

 その言葉にそうなのかとすぐに銀は納得する。園子や東郷のように人類に味方するバーテックスなどいるはずないとは考えないらしい。

 なぜなら自分の親友はそんなつまらない嘘をつくとは思っていないからだ。

「そっかー。じゃあ、その人型のバーテックスに今度会ったらお礼言わないとなー」

 事も無げに自分にはできない思考をする銀を、園子はまぶしく思う。

 もし逆の立場だったら、自分は何か裏があるのではないかと最後まで疑っただろう。

 たとえ東郷と銀が絶対に安全で人間の味方だと言っても、必要ならば人類のために人型のバーテックスを騙し討ちでも何でもして倒していたはずだ。

 だから人型のバーテックスの善意を素直に受け止めることができる銀が羨ましい。もし彼女なら2年前に誤解から争うこともなく共闘できていたかもしれない。

 それができていれば、あの人型のバーテックスが言っていたように誰も満開せず3人が讃州中学に通い勇者部に入っていた未来も……。

「――子、園子!」

「んっ、なにミノさん?」

 どうやら少し物思いにふけってしまったらしい。園子は反省する。

「つまり今の須美…いや、東郷さん、だっけ? あたしと園子の記憶はないのか?」

「うん。残念だけど。ただ、スミちゃんと散華で失った足を治療していた時わたしたちと過ごしていた時の記憶を夢として見たんだって。だから情報としては知ってるけど、実感はないって感じかな」

 実際夏休みの間そのことについて話してみると、園子の記憶と東郷が見た夢の記憶にはところどころ差異があった。そのことが少し園子は気になっている。

 なぜ銀とそっくりの精霊と一体化していた時だけそんな夢を見たのか。

 そしてなぜ園子の記憶とつじつまが合わない部分があるのかと。

「それで今、須美は戦ってるのか、バーテックスと」

「うん。新しい仲間と一緒に。わたしは散華の影響で日常生活が困難だったから、残念ながら勇者を続けられなかったんだぁ」

 心配させないように明るく言ったつもりだったが、銀の顔は曇っていた。

 おそらく彼女なりに責任を感じているのだろう。そんなこと、気にする必要はないのに。

「そんな顔しないでミノさん。今はにわみんのおかげで散華で失った部分も治ってるし、わっしーだって」

「おお、そうだな。そのにわみんっていうのが仲間なんだっけ」

「そう。他にもさっきいた茶髪で髪が長い女の人が犬吠埼風先輩。一緒にいた髪が短い娘が妹の樹ちゃん。で、ツインテールの娘が三好夏凛さん。前に1度会ってるんだけど、憶えてる?」

「ああ。道場破りに来た娘だろ。二刀流の。憶えてる憶えてる」

 どうやら銀にとっても彼女との出会いは衝撃的だったらしい。記憶に残っていたようだ。

「で、わっしーとさっき会ったにわみん。そして結城友奈さん。この6人が今の勇者だよ」

「なんだよあたしたちの時の2倍いるじゃん。ズルイ!」

 銀の発言に、確かにと園子は思う。自分たちが戦っていた時も6人くらいいればもっと楽に戦えたのかもしれない。

 もっとも現在の勇者が2倍に増えたのは園子たち3人の勇者が奮闘したことで勇者システムが5人分作られたということが大きい。

 イレギュラーである勇者の丹羽以外のメンバーはたとえその時大赦が発見していても、供給されるべき勇者システムが存在せず戦闘に参加できなかったに違いない。

「そっか。にわみんは参加できたんだ。2年前でも」

 我知らずつぶやいた言葉に、園子の中ではある疑問が浮かんでいた。

 なぜ丹羽明吾は2年以上前の記憶がないのか。

 なぜ精霊の力を身に宿し変身するという特殊能力を持っているのに大赦が把握していなかったのか。

 それに今回の丹羽の記憶が四国の人々から消えたという神樹様の力。

 ひょっとして……。いや、ひょっとするとそうなのかもしれない。

「おい園子、聞いてるのか?」

 いけないいけない。また物思いにふけってしまったらしい。

「ごめんミノさん。なんだっけ」

「だーかーらー。あの丹羽ってやつ、あたしに気があるのかな?」

 ん? なんだって?

 園子が笑顔のまま固まっていることにも気づかず、銀は言葉を続ける。

「だって部屋に入ってくるなりアタシの手を握ってよかったよかったって。あんなに情熱的に男子に迫られたの初めてで」

 見ると銀の顔が朱色に染まっていた。

 確かに丹羽は園子が見ていても驚くくらい初めて話すはずの銀の意識が覚醒したのを喜んでいた。それこそ園子と同じくらい。

「やっぱあれかな。遅まきながらこの銀さんにも春が来ちゃった、みたいな? まあ、あれくらい積極的に来られたらあたしも」

「あはははーありえないかなー。にわみんは誰にでも優しいんだよー。ミノさん勘違いしちゃったんだねー」

 常にゆっくりのんびりしている園子らしくない早口の反論に、思わず銀は固まる。

「それに手ならわたしも握ってもらったし。にわみんはわたしの散華を治すために5日間も寝ずに看病してくれたんだよー。それに比べたらミノさんは全然だよー。きっといままでお見舞いしていたミノさんが目を覚ましたから感激しただけだって」

「お、おう。園子? お前なんかすっごい早口…っていうか、なんか怒ってる?」

「怒ってないよー。わたしを怒らせたら大したもんだよー」

 こうして笑顔ではあるがどこか威圧感のある園子によって銀は自分と園子たちが置かれている状況をわかりやすく噛み砕いて説明されたのだった。

 

 

 

 翌日、ゴールドタワーの1室にはここにいる勇者部5人と三ノ輪銀が乃木園子によって集められていた。

「やあやあ、良く集まってくれたねみんな―」

「どうしたのそのっち。こんな朝早くにみんなを集めて」

 時刻は午前6時。まだ朝食前だ。

 本当は朝食の後でもよかったのだが、その前に話しておきたかったのだ。自分が思いついた可能性について。

「ねえ、いっつん。前にいっつんが言った散華でにわみんの記憶が消されたって言ったこと、憶えてる?」

「はい。でも今考えると散華で消えるのは勇者の記憶だけで四国に普通に生きる人には…あっ」

 とそこで丹羽の置かれている状況を思い出し、樹は言葉を止める。

「そう。散華じゃなかった。神樹様ならにわみんが勇者だったっていう記憶も記録も全部なかったことにできる。それこそ今四国を滅ぼす人類の敵として追い詰められているように」

「つまり、丹羽は2年前東郷や乃木とそちらの…三ノ輪さんと一緒に戦っていたってこと?」

 風の疑問に園子はうなずく。それに東郷と銀は困惑する。

「待ってそのっち。そんなこと言われても、私たちにはそんな憶えは」

「そうだぜ園子。いくら何でも、もし人間1人一緒にいた記憶が消えたなら、違和感とか起こるはずだろ?」

「記憶の補填、って2人は知ってる?」

 疑問を口にする親友2人に、園子は説明をし始めた。

「何かの重要な記憶をつなげるために、人は無意識に嘘の記憶を作ってしまうことがあるんよー。例えば買い物を頼んだ時、本当は頼んでいないものを買い物してきた人に言ったという記憶を脳内で勝手に作ったり、昔父親に暴力を振るわれた人は暴力と父親を結びつけないために子供のころ見知らぬ大人からたびたび暴力を受けたって思いこんで自分を守ったりとか」

「それが何の関係があるんだよ」

「にわみんの記憶がなかった時、ふーみん先輩といっつん、にぼっしーは何か別の人物や事柄でにわみんがいなくても問題ない記憶になってたんじゃないの?」

 その言葉に、東郷、風、樹、夏凜はハッとする。確かに園子の言う通りだ。

 丹羽の言ったことややったことがなぜか東郷がやったことになっていたり、神樹様の神託を受けたことになっていたりと今考えればおかしいがあの時は疑問にも思わなかった。

「つまり、あんたらも記憶の補填とやらが起きて丹羽がいなかった記憶をずっと真実だって思わされていたってこと?」

 夏凛の言葉に、園子はうなずく。

 それにそれなら園子と東郷の間に記憶の齟齬があるのも納得できる。おそらくそれぞれ別の記憶で丹羽がいない部分の記憶を補填していて、それが若干の違いを起こしているのだ。

「考えてもみてよ。にわみんみたいな特異体質、大赦が放っておくわけがない。ある日突然現れたりしない限り、見逃すなんて変だよ」

 その言葉に丹羽はドキリとする。

 いや、その通りなんです。ある日突然現れたんですよ、俺と。

 だがそんな丹羽の心を他の面々が知るわけもなく、確かに…と園子の言葉に納得をしている。

「と、いうわけで昨日わたしがにわみんが2年前私たちの仲間だったらというお題で小説を書いてきました!」

「「「え、なんで?!」」」

 園子の趣味を知らない風、樹、夏凜は思わずツッコむ。それに対し東郷と銀は苦笑いだ。

 東郷は当時の記憶はないが、夏休みの間ほぼずっと一緒にいたので彼女の趣味を理解しているのだろう。

 一方丹羽はどう反応していいのか困惑している。正体がばれるのかそれとも園子の暴投なのか。

 いずれにしても話を聞かないことにはわからない。

「と、いうわけで今から語っていくんだぜー。じゃあ、みんな聞いてねー」

 こうして乃木園子による丹羽明吾がいる鷲尾須美の章が始まった。

 

 

 

「いよいよお出ましか。バーテックス」

 目の前に現れた巨大バーテックス、水瓶座を見て銀が両手に持った斧を構え好戦的に笑う。

「この日のために、やれることは全部やって来たわ。あとはぶつけるだけ」

 須美が弓を構えて園子の指示を待っている。

「そうだね。じゃあ、行こうか、わっしー、ミノさん。人類の底力、見せてやろうぜー!」

 巨大バーテックスの初戦は見事に勝利できた。

 まるで前回の星屑の襲撃が嘘だったかのように連携の取れた3人の動きに敵は翻弄され、神樹の結界から逃げていく。

 それを銀と須美が追撃し、完全勝利に近い形で勇者たちは勝利することができた。

 須美と銀がハイタッチで戦果を喜ぶ一方で、園子は別のことを考えている。

(星屑が1体もいない。いくらなんでも簡単すぎる)

 天の神の尖兵である星屑が一切出現せず、いきなり巨大バーテックスが姿を現したのだ。

 これは本来ならばあり得ないことだ。園子が目を通した初代勇者の手記にも数多の星屑との交戦の後に巨大バーテックスと交戦したと記されていた。

 だから星屑と巨大バーテックスとの混戦になると思っていただけに、この勝利はできすぎだと考えていたのだ。

(誰かにこうなるよう誘導された? いや、勇者と巨大バーテックスだけが戦うよう何者かが裏で暗躍してる?)

 園子が考えを巡らせていた時、その声は聞こえた。

「誰か…誰かいませんかー!」

 自分たちと同じ、子供の声だ。

 3人は顔を見合わせ、声のする方に向かってみる。

「誰かー! なんなんだここ。床が木の根みたいで感触が気持ち悪い」

『死にたくないなら歩きなさい。人生誰かが助けてくれるなんて期待するのは馬鹿のやることよ』

「やめてよちーちゃん! なんでそんな不安になること言うのさ!」

「え、なんだあの浮いてる奴? それに人?」

「しかも女の子じゃなくて、男の子、よね? ズボン履いてるし」

「どこの学校だろー? 神樹館じゃないよねー」

 そこにいたのは後に自分たちも持つことになる精霊と会話をする自分たちより1つ年下の少年だった。

 

 

 

 担任の安芸に事情を説明し、少年を大赦に保護してもらい3日ほど経ったころ、1人の転校生が神樹館にやって来た。

 といっても転入したのは自分たちの1つ下の学年。3人には関係ないと思われたがその日、安芸によりその少年と引き合わされ驚愕することになる。

「この度、〇×小学校から転校してきた丹羽明吾です。よろしくお願いします!」

「ねえ、この子あの時樹海にいた子じゃない?」

「だな。なんでこいつがここに?」

「安芸先生、この子に何させるつもりなの?」

 驚く須美と銀とは別に、引き合わされたことに園子はこれから何を言われるのかの方が気になっていた。

「乃木さんは察しがいいわね。この子は精霊と融合できる類稀なる特異体質を持ってるのよ。大赦でそれは確認済み。大赦によれば戦力として組み込んで問題ないそうよ」

 その言葉に反応は大きく2つに分かれた。

「おっ、戦力が増えるのか? ヤッター!」

 銀のように戦力が増えることに喜ぶ賛成派。

「逆に足手まといでは? 私たちのように大赦で訓練したわけではないんでしょう?」

 須美のようにお守をしながら戦うのはごめんだという反対派。

 互いに同時に発した言葉に「ん?」と首をひねる銀と須美。

 まだそのどちらでもない園子は安芸に尋ねることにした。

「安芸先生。この子は何ができるの? 大赦の大人がそう言うってことは、戦力になる何かがあるってことだよねー」

 園子の疑問にもっともだと思ったのか、安芸はうなずく。

「いいでしょう、丹羽くん。訓練所であなたの実力を見せてあげなさい」

「は、はい」

 その後訓練施設で丹羽の動きを見た3人は驚いた。

 宙に浮かんでいた精霊と一体化した丹羽は、動きはてんで素人だったが手に持った鎌を振るい、矢の打ち込み用にまとめた訓練用の丸太を豆腐のように切り裂いたのだ。

 銀の武器である斧でもこうはならないだろう。なるほど、確かに戦力としては問題ないらしい。

 訓練次第ですぐに戦力となるのは間違いない。園子は彼の合流を歓迎した。

「よろしく、にわみん」

「え、にわみん?」

「あだなだよー。この子はわっしー。で、こっちはミノさん。わたしはそのっちね」

「この威力を見せられたら納得しないわけにはいかないよなー須美。あ、あたしは三ノ輪銀な。よろしく」

「鷲尾須美。攻撃力がすごいことは認めます。ですが、せいぜい私の足を引っ張らないでくださいね」

 こうして勇者3人と1つ年下の男の子1人とのチームは結成された。

 

 

 

 それからいろんなことがあった。チームワークを鍛える訓練として合宿した時、丹羽が一緒の部屋なのはおかしいと須美が最後まで文句を言って揉めたり、銀が丹羽を舎弟のように扱って2人から注意されたり、園子が丹羽を女装させてそのかわいらしさに銀が危機感を持ったりなどなど。

 特に園子にラブレターが届いたラブレター事件の時は気を利かせて須美と銀に丹羽がラブレターを書いたことがバレて修羅場になりかけた。

 須美と銀も次第にそんな後輩に心を許し、「須美姉さん」「銀姉」と呼ばせていた。

 園子は会ったその日から「そのっちさん」と呼ばせていたが。

 ちなみに丹羽と一緒にいる黒髪が綺麗な子供のような精霊は名前がないらしい。丹羽はちーちゃんと呼んでいたが、それも便宜上の物だそうだ。

「私に名前はないわ。どうしても呼びたければノーネーム。もしくはCシャドウと呼びなさい」

 と告げる尊大な態度に銀と須美はドン引いていた。

 戦闘面では最初こそ動きが素人然として固かったが訓練を受けるごとに水を含むスポンジのように大赦の戦闘教官と園子のアドバイスを吸収し、銀や須美もうかうかできない戦力となっていった。

 バーテックスとの戦いでも活躍してくれ、地面を揺らす山羊座に大ダメージを与えたのも彼の鎌の一撃だった。

 出会って1月経った頃にはもうすっかり4人はチームとして1つとなって行動していた。

 ある日大赦からのご褒美で大赦が保有するプール施設で遊んだ後、須美、銀、園子の水着姿を見て顔を真っ赤にしていた丹羽をからかいながらうどん屋に立ち寄った4人は、将来の夢を話し合う。

「わたしは小説家かなー。大赦以外のお仕事もしてみたい。それかミノさんとわっしーが結婚できるように法律を変えるために政治家になるのもいいかも」

「そのっちだと本当にやりそうだから怖いわね。私は学者として西暦時代のことをいろいろ研究したいわ。銀は?」

「その…お嫁さん。わかってるよ! 似合わないって言うんだろ!」

「そんなことないよ。ミノさんなら世界一かわいいお嫁さんになれるんよー」

「そうよ銀。協力できることがあったら何でも言って。あなたを日本一の大和なでしこにしてあげるわ」

「そうですね。銀姉は家庭的だし、きっといいお嫁さんになれますよ」

「にーわー。お前も言うようになったじゃねーか。じゃあ、お前は将来何になりたいんだよ」

 銀の質問に、丹羽ははにかんだように言う。

「なにになりたい、とかはないですかね。ただ、こんな風に須美姉さん、銀姉、そしてそのっちさんが仲良くしているところをずっと見ていたい。それだけです」

 丹羽の言葉に、3人は顔を見合わせる。

「えー。にわみんそんなことでいいのー?」

「あなたも日本男児ならもっと大志を抱きなさい、丹羽君」

「つまんねーやつだなー。金持ちになって女の子はべらせてウハウハとか言ってみろよー」

 この時誰も口にはしなかったが、丹羽の夢がかなうといいなと思っていた。

 そして運命の日。7月の遠足の帰りに襲来した3体のバーテックスの襲撃。

 丹羽は間に合わなかった。

「ごめんなさい、ごめんなさい! 僕がもっと早くついていたら銀姉は!」

「やめて! 丹羽君。あなたは悪くないわ。悪いのは何もできなかった私なの」

「ごめん、にわみん。ちょっと1人にしてくれないかな」

 必死に謝る丹羽に、2人は冷たく当たった。1つ年上とはいえまだまだ子供。自分のことで手いっぱいだったからだ。

 特に園子は人型のバーテックスへの復讐に燃えて追い詰められ、須美を大赦の大人から守るのに必死で丹羽のことなど構っていられなかった。

 その後襲来した乙女座との戦い以降、丹羽と須美、園子の3人が会わない日が続く。

 夏休み明けに出会った丹羽は、別人のようだった。

 あどけなかった笑顔は消え、まるで野生の獣のようだ。園子自身が精霊を手にした後で知ったことだが、自分の精霊に頼んで鍛えてもらったらしい。

「にわみん、どうしちゃったの?」

「強くならなくちゃいけないんです。だから今度こそ俺は2人を守って見せます。たとえ何を犠牲にしたって」

 この時からだ。彼の一人称が僕から俺に変わったのは。

 そして須美と園子にも精霊が与えられ、満開が使えるように勇者システムがアップデートされた。

 イレギュラーな勇者である丹羽には満開ができないままだった。だから園子は人型のバーテックスに告げられた満開の真実を彼には話さなかったのだが…園子はこの判断を後に後悔することになる。

 そして10月11日。須美、園子、丹羽の3人は瀬戸大橋にいた。

 壁の外からやってくる巨大バーテックスを迎え撃つために。

 牡羊座、魚座、双子座、牡牛座に獅子座。5体のバーテックスを前に須美と園子は満開、丹羽は精霊と一体化する切り札を使い戦った。

 その結果須美は足の機能を失い、さらに記憶を失うことを園子は知っていた。

 だが、丹羽はそうではなかった。目の前で記憶を失っていく須美を前に呆然として使い物にならない状態になったのだ。

「丹羽君。私、忘れたくない! そのっちと銀と過ごしてきた日のこと。丹羽君のことも! なのに、消えていくの…思い出せないの。私は…私は? あれ、私って誰だっけ?」

「しっかりしてください須美姉さん!」

「す…み? 違うわ。私は東郷…みも、り? あれ?」

「にわみん! 戦いに集中して! 双子座がそっちに⁉」

 突進してくる双子座を切り札状態の丹羽は一刀のもとに切り伏せ、園子に問いかける。

「そのっちさん。知ってたんですか、こうなるって。だからそんなに冷静に戦えるんですか?」

 園子は答えず最後に残った獅子座を追い、壁の外へ向かった。話すのはすべてが終わった後でいい。そう思ったからだ。

「ねえ、ちーちゃん。どうして須美姉さんはみんなのことを忘れちゃったんですか? どうしてそのっちさんの右目は見えなくなって、それなのにまだ戦っているんです?」

『聞いたら後悔するわよ。それに今のあなたは切り札を使って正気じゃない。教えられないわ』

「いいから! 教えろよ!」

 魂からの叫びに精霊は首を振り、自分の推測を話す。

『おそらくあの満開っていうのにはデメリットがあるんでしょう。切り札を使えば心を病むように、あの強大な力を使えば身体の一部や記憶が失われる。おそらく大赦はそれを彼女たちに教えなかった』

「じゃあ、そのっちさんはなんであんなに」

『賢い子よ。きっと1回使って全てを察したんでしょうね。それでも四国に生きる人々を守るために必死になって文字通り身を削って戦っている。本当、勇者っていうのは嫌になるわ』

 園子の姿に誰かを思い出したのか、精霊の顔が陰る。しかしそのことに丹羽は気付かなかった。

「なんだよそれ…。大赦に騙されて、利用されたってことじゃないか。そのっちさんも、須美姉さんも、銀姉も!」

 その瞬間、丹羽は怒髪天を衝き自分の精霊に初めて命令した。

「ちーちゃん。満開ってやつ、俺もできるよね。やって」

『いやよ。何をしようとしてるか大体わかるけど、そんなことしても誰も喜ばない。それにそれは一時の気の迷いよ』

「構わない。恨まれても、誰からも感謝されなくても、俺はそれをやりたい」

『勇者として、許されないことよ。それをすれば、間違いなく大赦はもちろん四国に住むすべての人があなたの敵となるわ』

「しつこい! 勇者なんてクソ喰らえだ! 俺は、あいつらを! そのっちさん、須美姉さん、銀姉を利用したあいつらを絶対許さない!」

 その言葉に、精霊はにこりと笑った。気に入ったというように。

『そうね、勇者なんてクソ喰らえよ。私は、いえ、私たちはしょせん勇者として祀られなかったはぐれの精霊。勇者の記憶を持ちながら勇者でない、ただの精霊』

 精霊が丹羽の中に消え、丹羽の身体の内から精霊がささやく。

『だから、手を貸してあげる。大赦には恩義なんてない。あるのは恨みだけ。さあ、放ちなさい、あなたの憎しみを』

「満開!」

 言葉と共に黒い百合が咲き誇り、2つの巨大な鎌が両手に握られる。

 勇者服も白から真っ黒なものへと変わり、背中には燃え盛る炎のような意匠の金属を背負い、そこから生えた3対6つの腕がそれぞれ剣、刀、弓、を持っていた。

「大赦をつぶす! そして大赦が信仰する神樹をぶった切る! いままで皆を騙していた大赦を、大人たちを俺は許さない! そいつらが崇める神も、滅ぼしてやる!」

 だが、そうはならなかった。

 大赦は巫女たちによる強力な結界で守られ、神樹に至っては攻撃をしても傷一つつけられなかったのである。

「そんな……なんで」

『そういうこと…。勇者の力は神樹の力。自分を倒そうとする相手に力を貸す馬鹿はいないってことね』

 その言葉に、ようやく丹羽は悟った。

 自分は騙されたのだと。味方だと思っていた他ならぬ精霊に。

「はは、なんだよそれ。どれだけ間抜けなんだ、俺は」

『言っておくけど、私、いえ私たちはあなたを騙そうとはしていなかったわ。できることなら神樹に一太刀浴びせたかった。無駄かもしれないけど反抗したかった。そのどれもが水泡に帰してしまったけど』

 なるほど、つまり自分はその気にされて利用されただけらしい。

 最初から最後まで、自分は役立たずだ。

『でも心配しないで、次がある』

 だからその言葉の意味が分からなかった。

『神樹は自分に歯向かった勇者のあなたを許さない。でもあなたは私たちに選ばれた勇者だから、直接手出しできない。だから、神樹はあなた以外の人間のあなたに関する記憶を消すはず』

「それってどういう」

『つまり、あなたのことをみんなが忘れてしまうってことよ』

 その言葉に、丹羽はどうでもいいと思った。胸の中には復讐がかなわなかったむなしさだけが去来している。

『私たちは神樹を、大赦を憎んでいる。一矢報いたい。それは、あなたと同じ。だから、私たちとあなたは同志よ』

「知らないよ、そんなこと」

『もし、あなたが再び樹海に来た時、私たちはあなたに力を貸してあげる。その時は願いなさい。力が欲しいと』

「そんなこと、願わないよ。俺は、須美姉さん、銀姉、そのっちさんが守れればそれでよかった。他の奴らなんかどうでもいい」

『ツレないわね。ああ、この姿が気に入らないの? わかったわ。次会うときはあなたの好きな姿になってあげる』

 ああ、でももしもう1度3人のうちの1人に会えた時は、願ってしまうかもなぁと丹羽は思う。

 そんなこと、あり得るはずもないが。

『じゃあ、しばらくお別れね。また会いましょう。人類の敵さん。私の愛しい操り人形』

 その言葉に返事できぬまま丹羽の意識は消える。

 目が覚めた時、丹羽明吾は散華により自分の記憶を失っていた。

 そして戦いが終わった後、乃木園子は思う。誰かに何かを伝えなければならないと。 

 だが誰だったか思い出せない。それより今は人型のバーテックスのことが重要だと頭を切り替えた。

 こうして丹羽明吾という男の勇者がいたという記憶は四国の人々の記憶から消え、2年が過ぎる。

 乙女座の襲来により奇しくも同じ学校に入学していた須美こと東郷と丹羽は樹海で再び出会い、バーテックスの突進から東郷を守ろうとしたとき、願った。

 力が欲しいと。彼女を守る力が。

 その時契約に従い精霊が力を貸し、丹羽は勇者として変身する。

 その姿は、1番最初に助けられなかった少女、三ノ輪銀そっくりだった。

 

 

 

 園子の話を聞き終えた全員がしんとしている。

 真実かどうかはわからない。だが不思議と説得力があった。

 それに丹羽が最初から大赦を毛嫌いしていた理由もそれなら納得できる。一般的な四国民なら生まれた時から神樹様を信仰しているし、それを管理している大赦に対して悪感情を抱くなど普通ならありえないからだ。

「こうしてにわみんは四国の人々の記憶から消え、にわみん自身も記憶を失った。そして再び自分に近づいたにわみんに神樹様はその時の勇者だと気づいてもう1度記憶を消したんだよ」

 園子の言葉に、東郷も、銀も、風も、樹も、夏凜も言葉を失っている。

「いやいや、あり得んでしょ」

 ただ1人、丹羽だけが異議を申し立てた。

「その話だと、そこにいるスミがとんでもない極悪人になるんですが」

 東郷の胸に頭をうずめ、『スミー』とほんわかしている精霊を指さし、丹羽が言う。

 その言葉に確かに、と全員がうなずく。園子の話が真に迫りすぎていたので、危うく真実だと思ってしまうところだった。

「うん。わたしも、今話したのが全部真実だとは思わない。だけど、どこか真実に肉薄する部分はあると思うんだ。にわみんの記憶がないところとか、ひょっとしたらわたしたちは以前にも一緒に戦っていたんじゃないかってところとか」

 いえ、残念ながらかすりもしておりません。

 そう言いたい気持ちを必死に抑えながら、そうですかねーと丹羽は相槌を打つしかない。

 というかこれ、俺がバーテックスだってバレたらここにいる全員に袋叩きにされないかな?

 園子の話に涙を流している部員もいる。特に涙もろい風なんかは大号泣だ。

「う゛う゛ぅ~、ア゛ダジこういう話弱いのよね~」

「丹羽くんかわいそう。大切な人に全部忘れられちゃって。自分も全部忘れて」

 いやいや、それ全部そのっち先輩の作り話だからね? と号泣している犬吠埼姉妹に脳内でツッコむ。

「丹羽、いや明吾。これからはあたしのこと、銀姉って呼んでもいいんだぜ」

「私も須美姉さんって呼んでもいいのよ」

「いえ、呼びませんよ三ノ輪先輩、東郷先輩」

 銀と東郷は完全に感化されていて、園子の物語の2人になり切っている。これは元に戻るまで大変そうだ。

 こうなったら勇者部のツッコミエースにかけるしかない。丹羽は夏凜の方に助けを求める視線を送る。

「うっ、ううっ。全部忘れても東郷を守りたいって意思だけは覚えてたのね。百合イチャ好きの変な奴って思ってたけど、健気じゃない。泣かせるじゃない」

 ダメだー! この娘もそのっちサイドに毒されてるー⁉

「どうするんですかそのっち先輩。みんなその気になってますよ。本当かどうかわからないのに」

「あはははー。そうだねー。でもにわみん」

 笑顔だった園子が不意に真顔になって丹羽を見つめる。その顔にどきりとした。

「わたしは、にわみんが最初の乙女座襲来の時に樹海にいたのは偶然とは思わない。わっしーを助けるために勇者になったのだって。それとわたしの散華を治すために必死になってくれたことも忘れない。あなたを助けるためなら、言葉通り四国にいるすべての人を敵に回しても構わないと思ってるよ」

「そんなこと、俺が望むと思ってますか? そんな状態になる前に、おれはそのっち先輩を四国の敵を倒した勇者として祀りあげる計画を立てますよ」

 不敵に笑う丹羽に、園子もまたにっこりと笑う。

「言うねぇにわみん。こっちも腕が鳴るんだぜー」

「それに、そんなことになったら百合イチャが見れませんよ」

「はっ、確かに! それは困るんよー」

 共通の趣味が楽しめなくなることに情けない声を上げる園子に、ぐぅ~っと誰かのお腹が鳴る音が聞こえた。

「それはそれとして朝ごはんにしよっか。そろそろ食堂が開く時間だし」

 その言葉にわいわい話しながら勇者部の面々が部屋を出ていく。

 ただ1人、銀だけが室内に留まり丹羽を見ていた。

「? どうしたんですか三ノ輪先輩」

「えっと、丹羽。そのありがとな」

 突然の感謝の言葉に丹羽は目を点にする。

「園子から聞いた。あたしの病室に毎日来てくれたこと。動けないあたしにマッサージをしてくれたり、何時間もかけてストレッチをしてくれたり。こうして起きてすぐ歩けるのもお前のおかげだ。ありがとう」

 ああ、そのことかと丹羽は納得した。

 夏休みの間丹羽は銀の病室を訪れた時銀の言うようにマッサージやストレッチをしていた。

 といってもただのストレッチやマッサージではない。筋力が落ちないように普通の人間なら汗が出るくらいの運動を何時間もかけて行うのである。もっともスタミナが無限である丹羽には大した作業ではなかったが。

 東郷や園子、家族に任せるわけにもいかず、丹羽が率先して行っていたのだ。おかげで2年間眠ったままの銀でも最低限の筋力は保つことができた。

 別に口止めはしていなかったが、園子の口からそのことを話されたのは意外だった。

「それだけ伝えたかったんだ。じゃあな!」

 と言って銀は急いだ様子で部屋から出ていった。よっぽど朝食が待ちきれなかったのだろう。

「にわみーん。今最高に百合の間に挟まってるぜー」

 園子がにっこりとして言う言葉に肝が冷える。

「やめてくださいよそのっち先輩。俺は百合カップルの部屋の観葉植物になりたいんですから」

「そっかー。まあ、それがにわみんの望みならわたしも何も言わないぜー」

 でも、と前置きして園子は言う。

「例えばそんなにわみんに誰か特定の相手がいたら、観察対象相手は油断すると思うんだけどどうだろう?」

「なるほど、たしかに」

 相手に恋人がいると知れば百合の観察対象は安心して百合イチャするだろう。むしろ百合イチャできないことへのアドバイスを求められるかもしれない。

 それは確かに魅力的だ。

「その候補として、例えば同じ趣味を持つ同志なんかぴったりだと思うんだ」

「ええ、確かにそうですね。でもそんな人どこに…」

 いや、いるじゃん目の前に。

 百合イチャも薔薇小説もイける最強勇者様は、丹羽の視線を受けていつものほわほわした雰囲気でとぼけた顔だ。

 天然か? はたまた計算?

「……考えさせてください」

「おっけー。いい返事を待ってるんだぜー」

 そう言うと園子も朝食のために部屋を出ていった。

 あとに残された丹羽は「ええ…」と困惑する。一体どこまで本気なのか。

 女の子って、難しい。




園子「地元じゃ負け知らず…か」
丹羽「?」
園子「どうやら、わたしたちは親友だったみたいなんよー」
丹羽「まだ会って1か月しか経ってないのに⁉」

 言えない。本当はこれ、そのっちが本当の記憶だと思い込んでメンヘラ化する話だったなんて言えない。
 グッドエンドルートだしね。しょうがないね。

精霊「ちーちゃん」
モデル:■ ■■
花:「黒百合」(花言葉は復讐)

 勇者ではあったが勇者として祀られなかった勇者の成れの果て。
 本人が絶対言わないような黒いことを言ったりする。勇者の暗黒面の集合体。
 という園子の小説に出てくる精霊。実際は存在しない。
 武器は鎌。Cシャドウと名乗ったり姿といいあんた絶対■ ■■だろ! と言いたくなるレベル。ちなみに言動は全部園っちの創作です。
 満開の姿は仏教の阿修羅のように6本の腕にそれぞれ武器を持ち、両手には巨大な2つの鎌を持つ。炎への抵抗値が高く、レオの火球にも耐えられる。


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【グッドエンドルート】彼女の居場所

 あらすじ
園子「ねえ、にわみん。にわみんはどんな百合イチャが好き?」
丹羽「そうですねぇ…幼馴染で私生活が完全に夫婦なソレの亭主関白と腹黒巫女のカップリングとか、病弱で読書家な後輩と活発で小さな先輩のカップリングとか、相互依存とか、誰も信用してないけど表面上は誰にでも優しい優等生とツンデレだけど心の深いところでつながってる理解者とのカップリングとか、クールに見えて実はポンコツな女の子と快活だけど実は寂しがり屋の女の子のカップリングとか大好きです」
 瞬間、園子の脳内にあふれ出した――存在しない記憶
銀「なあ、小さいあたし。お前は須美の奴によくなついてるけど、須美のどこが好きなんだ?」
スミ「おっぱい!」
 瞬間、銀の脳内にあふれ出した――存在しない記憶
夏凜「あんたら、呪術〇戦ごっこは別のところでやりなさい!」



 国土亜耶は大赦に所属する巫女である。

 敬虔な神樹信仰の信者である両親に育てられ、生まれたころから、あるいは生まれる前から神樹様に対する信仰を続けてきた。

 彼女にとって神樹様を信仰するということは息を吸って吐くように当然のことであり、その神託に従うのは至極当然のことなのだ。

 巫女の素質を見出されとある理由から大赦で生活するようになってからもその考えは変わらず、むしろますます神樹様への信仰は強くなっていった。

 そしてゴールドタワーで防人たちと共に巫女としてお役目を果たすことにも迷いはなかった。

 すべては神樹様のため。そして神樹様が守る四国に生きる人々のため。

 そのためならば自分の存在など小さいものだ。それなのに神樹様は防人隊のみんなや芽吹先輩、雀さん、弥勒先輩、しずくさんと引き合わせてくれた。

 感謝してもしきれない。なんて自分は果報者なんだと思う。

 だが、数日前にこのゴールドタワーにやってきた人物に対し、亜耶は穏やかならざる気持ちになっている。

 丹羽明吾。神樹様が明確に敵と神託なされた存在。

 早急に滅ぼすべしと神託で告げられた時、1も2もなく亜耶はそれに従い防人隊の隊長である芽吹と大赦との連絡役である安芸にそれを伝えた。

 きっと芽吹先輩と防人隊のみんなが人類の仇敵を倒してくれる。

 武運を祈り送り出した亜耶を待っていたのは、その人類の仇敵を保護するためにゴールドタワーに帰還してきた防人たちだった。

 訳が分からない。これは何かの間違いではないか。

 芽吹の話によると彼は危険な存在ではないらしい。バーテックスもどきに襲われた芽吹を助けてくれたそうだ。

 さらに先代勇者乃木園子の話では今まで四国を守って来た勇者の1人であり、どうしてこんな神託を受けたのかわからないそうだ。

 その言葉に亜耶はつい「神樹様の神託が間違っているというんですか!」と芽吹を問い詰めてしまった。

 自分らしくないと思う。だが許せなかったのだ。

 亜耶にとって神樹様は絶対の存在であり、疑うことすら許されない。神樹様の神託は間違いなどでは決してあり得ないからだ。

 だがそう言っても芽吹はしつこく彼が危険な存在ではないと言って来た。それにあろうことか「神託だって間違うこともあるでしょう?」と言ってきたのだ。

 それが亜耶の逆鱗に触れた。「芽吹先輩なんかもう顔も見たくありません!」とつい言ってしまい、自己嫌悪から部屋に閉じこもってしまったのである。

 今もあの人類の仇敵とされている人はこのゴールドタワーにいるのだろうか?

 考えて、亜耶は首を振る。神樹様がこの状況を見たらなんとおっしゃられるだろう。人類の仇敵を匿うなど立派な裏切り行為だ。

 でも、芽吹先輩は理由もなくそんなことはしません。

 頭の中でもう1人の自分がささやく。確かにその通りだが、でも巫女として自分は…。

 そう、神樹様の巫女として、国土亜耶は確かめなければならない。その人類の仇敵に防人の皆が騙されていないかと。

 思い立ったら行動と亜耶は引きこもっていた部屋から出て食堂へ向かった。

 今の時間なら防人の皆は朝食をとっていることだろう。その様子をこっそり観察するのだ。

 あと、空っぽのお腹の中に何かを入れたいというのもあった。

 

 

 

 朝の食事時と言うこともあって、食堂はにぎわっていた。

 いや、いつも以上ににぎやかだ。みんな食事をそっちのけで何かを話している。

 朝定食のトレーを受け取った亜耶は食堂のおばちゃんにお礼を言っていつものようにお決まりの席へ行こうとして、慌てて引き返す。

 芽吹とはまだ顔を合わせたくない。それに今日来たのは情報収集のためだ。

 いつもと違う席に1人で座るというのは、少しドキドキする。亜耶は両手を合わせて「いただきます」と行儀よく言いきれいな箸使いで料理を食べ始めた。

 あ、おいしい。

 昨日昼食と夕食を食べなかったせいか久々の食事に胃が喜んでいる。箸が止まらず次々と白米とおかずを食べて完食した後は食後のお茶を飲む。

 おいしかった。だけど何か少し物足りないような気もする。

(あ、そうか)

 いつも亜耶の隣には芽吹がいて。その芽吹を挟んで隣にいる雀が何か話題を提供してくれて、それを対面にいるしずくと夕海子が呆れたり話に乗っかったりとしていた。

 気が付けばみんながいつもいた。

 亜耶が1人で食べる食事はこのゴールドタワーに来て久しぶりだったのだ。

「ねえねえ、聞いた? あの男の子の話!」

 1人物思いにふけっていた亜耶の思考を、そんな声が引き戻した。

 そうだ。今は情報収集が大事。亜耶は狐のように耳をピーンと立てるように意識をして話を聞き漏らすまいとする。

「私の最新の情報では、あの男の子、2年前も園子様達と一緒に戦ってたんだって」

「え? それっておかしくない? だって男の勇者なんてこの前初めて確認されたんでしょ?」

 どうやら朝園子が勇者部の面々と銀を集めて話していた【もしわすゆ時代に丹羽がいたら】という小説の話をさっそく防人隊の誰かが聞きつけたらしい。その話題で食堂は持ちきりだった。

「だーかーらー。神樹様にその子がいたっていう記録と記憶を消されちゃったんだって。かわいそうだよね」

「しかもその理由が満開で記憶や体の一部を失った仲間に対する怒りからの暴走だって言うじゃない。泣ける―」

 え、なんだそれは? 亜耶はさらに聞き耳を立てる。

「仲間や両親からも忘れられたってことでしょ? 神樹様ひどくない?」

「しかも本人も満開の後遺症で記憶喪失になったんだって。よく生きてたよねー」

「それに入学した中学校で偶然かつての仲間と樹海で出会ったとか、感動もんだよ」

「勇者として覚醒したのもその仲間だった女の子を助けたいって願ったからだっていうからさぁ。そういうの王道だけどいいよいいよー」

 どうやら園子の創作話は防人たちにとって真実として伝わっているらしい。みんな丹羽に対して同情的だ。

「あ、あの!」

 亜耶はいてもたってもいられず意を決し、その話をしていた防人たちのグループに近づいた。

「そのお話、詳しく聞かせていただけませんか?」

 

 

 

 ゴールドタワー。防人たちが訓練で使う道場。

 そこに三ノ輪銀の姿があった。

「じゃあ、三ノ輪先輩。今まで使っていたようにスマホをタップして変身してもらえますか?」

「おう、わかったー」

 丹羽の言葉に銀は手に持ったスマホの画面をタップする。

 次の瞬間牡丹の花が咲き誇り光に包まれ、光が収まるとそこには赤い勇者服を着て両手に斧を持った銀がいた。

「よかった、問題なく変身出来ているみたいね」

 期待通り変身出来たことに東郷が喜ぶ。

 今、銀が変身してみせたスマホには東郷が大赦のサーバーをハッキングして得た情報から勇者システムのひな型をコピーしたプログラムがアプリとして搭載されている。

 元々の銀が持っていたスマホの勇者システムは夏凜が継承しており、銀が目覚めてからどうするかという話になったのだ。

 話し合いの結果、夏凜のスマホはそのままで、新しいの作ればいいのでは? ということになった。

 といっても勇者システムは量産できないはずである。それは最新式の勇者システムに精霊を使ったバリアや満開が組み込まれているという問題があった。

 だがその問題はあっけなく解決する。

『かっこいいぞーアタシ! おっぱいも昔より大きくなったしな!』

「判断するとこそこかよ!」

 銀の精霊としてスミを組み込んだからだ。

 おかげで銀は何の問題もなく2年前と同じように勇者に変身できて精霊バリアまで使えるようにバージョンアップしていた。

 ちなみに大赦へのハッキングとアプリ作り。精霊の登録などは東郷さんが一晩でやってくれました。

 さすがゆゆゆいで何度も大赦のセキュリティーを突破してハッキングしているだけのことはある。しかも巫女だから精霊の扱いもうまい。

 彼女以上の適役はいなかっただろう。

「よーし。じゃあ、ちょっと腕試ししてみるか。園子、模擬戦やろうぜー」

「「だめ(だ)よ!」」

 身体を動かしたくてうずうずしていた銀はさっそく園子に声をかけたが、東郷と園子に止められた。

「今はどれだけ動けるか未知数なんだから、まずは体力測定。その後軽い運動のリハビリから始めましょう」

「ミノさん、一応昨日まで昏睡状態だったんだからね。もっと自分の身体を大事にしようねー」

 親友2人に詰め寄られてタジタジの銀は思わず「お、おう」と返事するしかない。

「さーて、あっちはあっちでやるみたいだけど、あたしらはどうする? 楠芽吹」

「そうね。完成型勇者様の鼻っ柱を折るのも面白そうだわ三好夏凛」

 ゴゴゴゴゴ! と擬音が付きそうな空間で、夏凜と芽吹は双方好戦的な顔で笑う。

 夏凛は変身していない道着姿で両手に竹刀を持っている。一方で芽吹は防人の衣装に変身済みで訓練用の銃剣を構えていた。

「どうしたの? 変身しないの?」

「あんた相手に変身する必要なんてないわよ。なんたって、あたしは完成型勇者なんだから」

 夏凛の言葉に芽吹はスマホをタップし、変身を解く。そして改めて訓練用の銃剣を構える。

「いいわ、あなたと同じ土俵に乗ってあげる。あのまま勝っても変身していたせいで勝ったって言われるのは癪だわ」

「いいの? 後悔しても知らないわよ楠芽吹」

「ぬかせ! 三好夏凛っ!」

 激しい打ち合いに防人たちは拳をぎゅっと握り観戦している。

 中には「隊長がんばってー」とか「三好さん負けるな―」という声も聞こえる。

「隊長の楠先輩は当然として、三好先輩も応援されてるんですね」

「あの娘の人柄のおかげですわ。勇者の選抜の時に彼女に助けられた防人たちは多いですから」

 丹羽のつぶやきに答えたのは弥勒夕海子だった。隣には山伏しずくの姿もある。

「あの2人はいつもああやって切磋琢磨していました。互いにまだ負けてない、もう一本と言って時間ぎりぎりまで。懐かしいですわね」

「へー、そうだったんだ。で、どっちが強かったの?」

 話に入って来たのは加賀城雀。勇者部に男性恐怖症を治したいと訪ねてきた少女だ。

 まあ、丹羽の記憶が消えた時点でその記憶も別のものに変わっているかもしれないが。

「わたくしが知る限り、夏凜さんの197勝194敗6引き分けでしたかしら」

「違う! 私の200勝198敗8引き分けです!」

「嘘つくんじゃないわよ! あたしが203勝でアンタが201敗でしょ!」

 夕海子の言葉に戦っている2人がすぐさま訂正する。

 あ、聞こえてたんだと雀と丹羽は驚く。すごい地獄耳だ。

「すごい…息ぴったり。それに芽吹、楽しそう」

 しずくの言葉に雀がそうかなーと首をひねる。

「なんかいつも以上にメブが本気なのはわかるよ。でも楽しそうっていうのは…あっ、夏凜さんの攻撃を受けてすっごい悔しそうな顔してる。あんなメブ初めて見たかも」

「ああいう方法でしかコミュニケーションが取れない娘たちなんですわよ。本当に、普段もあれくらい素直なら」

 ふぅ…とため息をつく夕海子は完全に保護者モードになっていた。うーむ。この前のゆみにぼ、ゆみメブといい、この世界の弥勒さんは保護者力強いなぁ、と丹羽は思う。

 そうだ、保護者と言えば…と丹羽はスマホを取り出す。

「弥勒先輩。一応確認しておくんですけど、俺が送った三好先輩の画像や情報ってスマホに残ってます?」

「え? 夏凜さんの画像と情報ですの? そんなの…うん、ありませんわね。というか、なぜわたくしがあなたにそんなものを?」

「実は俺たち、以前会ってるんですよ。加賀城先輩とは2度だけですけど、山伏先輩とはちょくちょく、弥勒先輩とは三好先輩の近況を教えるメル友でした」

 衝撃的な事実に、3人は「ええ⁉」と驚く。と同時に疑わしいものを見るような目で丹羽を見る。

「本当ですの? とても信じられませんわ」

「うん。嘘くさい」

「チミチミ、嘘はいかんよー」

「加賀城先輩には言われたくないです。勇者部に来た時、依頼がないのをごまかすのに俺を見て男性恐怖症って大嘘ついたくせに。えーっと俺のスマホにはデータが残ってるから…はいこれ」

 丹羽が開いたスマホのページを見ると、夕海子を送信先にした画像と文章が付いたファイルが開かれた。

【稽古後、自販機で間違えてあったか~いぜんざいを買ってしまった三好先輩】

【稽古後、私服に値札タグが付いてることに気づかない三好先輩】

【帰宅途中、野良猫に話しかけている笑顔の三好先輩】

【業務用スーパーでにぼしの入った袋を爆買いする三好先輩】

 などなど。

 それを見て夕海子は「まぁまぁまぁ!」と目を輝かしている。

「その画像、送っもらって構いません? あ、アドレスはですね」

「知ってます、憶えてないでしょうけど交換してたんですから。じゃあ、改めて送信しますね」

 言葉と共に丹羽がスマホをタップすると夕海子のスマホから着信音が鳴る。

「あら、本当にあなたとわたくし、アドレスを交換していましたのね。送り主はunknownとなっていますが」

「え、神樹様が丹羽くんの記憶と一緒に三好さんの写真まで消したってこと? 何のために?」

「さぁ? そんな小さなほころびから誰かが俺の記憶を取り戻すことを恐れたんじゃ…って、なんで知ってるんですかそのこと」

 雀の言葉に当たり前のように答えてしまったが、防人たちは丹羽が神樹に四国にいる人々から記憶を消されたという情報を知らないはずだ。

 なのになぜ? と視線を向けると、雀は思いっきり視線を逸らしていた。

「えー、私そんなこと言ってないよー。チュンチュン」

「いや、でもたしかに」

「ねえ、わたしとの写真とかもあるの?」

 声に顔を向ければしずくが袖を引っ張っていた。

「うーん。記念撮影くらいですかね。こういうのとか」

 丹羽が画像をスライドさせるとそこにはしずくがどんぶりを抱えた写真が映っていて【完食】という文章がつけられていた。

「夏休みの間セッカさんがラーメン食べたいときにお店で結構遭遇しましたから、俺が撮ったのはこの3枚だけですね。これ見せると次お店に行った時温玉1つ追加してくれるサービスがあるみたいで送ったんですよ」

『あー、あの時の写真だー。懐かしいなー』

 話していると件の精霊、セッカが会話の輪の中に入って来た。どうやら話を聞きつけて東郷の中から出てきて飛んできたらしい。

「あなたは…ラーメンの食券を買うのに困っていた私を助けてくれた精霊さん?」

「え、どうしたの急に。まさか思い出したとか?」

「うん。どうして忘れてたんだろう。丹羽とは夏休みの間結構な頻度で会ってたのに。初めて会った時は芽吹と雀、弥勒も一緒だった」

 しずくの言葉に「えぇっ⁉」と夕海子と雀が驚いている。一方で丹羽はセッカを見ただけで記憶を取り戻したしずくの方に驚いていた。

「思い出したんですか? え、本当に?」

「嘘は…つかない。それにわたしは覚えてなくても、シズクは君のことを憶えていたかも。シズク、丹羽のこと気に入ってたし」

「えぇっ、この子シズクさんとも知り合いだったの?」

 雀の言葉に、シズクはうなずく。丹羽もその情報は初めて知ったので驚きだ。

「わたしとシズクの関係を気味悪がらずにすぐ受け入れてくれたから。芽吹や弥勒以外でそんな人は初めてだった」

「え、私は? 私はどうなのしずくさん⁉」

「……加賀城、最初の方すごく怖がってたし。シズクにも敬語だった。今もシズクにはさんづけだし」

「ちょっ、なんで今更苗字呼びになるのさ! そんな会ったばっかりの時みたいに!」

 ぷいっと顔を背けるしずくに雀が必死に見捨てないで―というように追いすがっている。

 これは、しずすずかな? うーん、百合イチャセンサーが反応しないということはまだ仲良しレベルが低いか。

 カップリングにはまだ至らないかなぁと丹羽は残念がる。せっかく新規カプの百合イチャが見られると思ったのに。

「え、そしてなんで丹羽君はそんなに残念そうな顔してるの?」

「ああ、気にしないでください。俺の趣味の問題なので」

「趣味って何!?」

「しっ、そろそろ芽吹さんと夏凜さんの決着がつきそうですわ」

 夕海子の言葉に視線をやると、裂ぱくの気合と共に双方決め技を放つ瞬間だった。

「三好夏凛ー!」

「楠芽吹ぃー!」

 互いの名を叫びながら激しく稽古用の木刀と銃剣が打ち合う音が道場に響く。

 膝をついたのは2人同時だった。どうやら今回は引き分けらしい。倒れないのは双方負けたくないという意地からかもしれない。

「はぁ、はぁ、やるじゃない。三好夏凛」

「はぁ、はぁ、あんたもね楠芽吹。前より腕を上げたんじゃない?」

 互いの健闘をほめたたえるように、道場内に防人たちの拍手が響く。それに丹羽も続く。

 うむ。めぶにぼ、にぼめぶはいいぞ! この後はメチャクチャ仲直りックスだな!

「…丹羽、あんた今変なこと考えてるでしょ。あたしと芽吹で」

「ソンナコトナイデスヨー」

 ジトっとした夏凜の視線を受け、丹羽は明後日の方向を見てすっごい棒読みで返事をする。

 これはもう疑ってくれというような見本だった。

「楠芽吹。ちょっと道場が汚れるかもしれないけど勘弁してね。どうやら後輩への指導が必要なみたいだから」

「なんだかわからないけど、手伝うわ三好夏凛。あの男から感じた邪念は正直私も不快だったし」

 何ということでしょう。ケンカップルだった2人が共通の敵を前にして手を取り合う理想的シチュエーション。

 その敵が自分なのは正直想定外だが、百合イチャのためならば死ぬのも本望。さあ、存分にやるがいいと丹羽は決意する。

「っしゃあ! よろしくお願いします!」

「ねえ、しずく。あの丹羽って子との付き合いは考え直した方がいいんじゃない? なんかメブと夏凜さんのお仕置きを喜んで受けようとしてるよ」

「うん。わたしはどちらかというとこのメガネの精霊さんと仲良くしたい。丹羽はあくまでそのおまけ。心配しなくていい」

『えー。ご主人いいやつだよー。百合イチャ好きの変態だけど』

「その百合イチャというのはなんなんですの? 聞きなれない言葉ですが」

 喜んで夏凜と芽吹からお仕置きを受ける丹羽に、防人たちの評価が1下がった。

 

 

 

 食堂で亜耶が防人たちに効いた話は衝撃的であった。

 大赦が先代勇者を騙し、記憶や身体の一部を代償にパワーアップする満開の副作用を隠していたこと。

 そしてそれに怒った丹羽が大赦と神樹様に反旗を翻したが力及ばず徒労に終わったこと。

 その結果神樹様は自分に歯向かった丹羽を許さず四国の人々から丹羽の記憶を消し、丹羽自身も満開の後遺症ですべての記憶を失ったということ。

 これらはすべて園子の創作話であったが、防人たちは本当のことのように噂していた。しかも噂にはつきものの尾ひれまでつけて。

 亜耶は善良な少女である。人を疑うことを知らない。

 ましてや話を聞いたのは自分が信頼する防人の少女たちであったから、亜耶は疑いもなく丹羽が神樹様と大赦によって人生を狂わされた人間だと信じてしまったのだ。

「嘘です…。大赦が…神樹様がそんな」

 授業を受けている間も亜耶は上の空だった。普段は真面目でいい子なだけにその異常はすぐに伝わり、医務室に言った方がいいんじゃないかと勧める防人の同級生には心配ないと伝えたのだが、結局早退してしまった。

 自室に戻っても眠る気にはなれない。なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいで、猛烈にお掃除がしたい。

 でも、体調を崩したと思われているのに防人たちのお部屋を掃除したとバレたらお叱りを受けてしまう。現に1度だけ体調を崩しかけた時いつものようにお掃除をしていたら芽吹に大目玉を食らったことがあった。

「亜耶ちゃんはもう少し、自分の身体を大切にしなさい」と。そして同時に「あなたが倒れたら私だけでなくこのゴールドタワーにいる防人みんなが心配するのよ」と優しく諭してくれた。

 あの時の思い出は亜耶にとって宝物だ。

 そうこうしているうちに時計を見ればお昼時。くうくうと亜耶のお腹が鳴る。

 丹羽のことについて芽吹にも話を聞いてみよう。丹羽明吾という少年の境遇を知った今なら芽吹と話し合える気がする。

 昨日のように意固地にならず聞く耳持たないという態度は今思えば大変失礼だった。芽吹はあんなに真摯に自分と向き合ってくれたのに。

 そうと決まればいつもの席で待っていよう。

 思い立った亜耶は食堂へ向かうことにした。今日は芽吹たちのグループは午前中訓練で午後は座学だったはずだ。

 きっとお腹を空かせていることだろう。うどんを3杯食べるかもしれない。

 亜耶はいつも5人で座る席で待っていた。芽吹と雀、しずくと夕海子が昼食の乗ったトレーを持ってやってくるのを。

「芽吹先ぱ…っ⁉」

 だが、いつも自分たちと一緒にいる4人と一緒にいる2人を見て、思わず身を固くしてしまった。

「だから、あそこの突きは薙ぎに変えた方がいいでしょ。そうした方が弥勒の動きがぐっと良くなるって」

「勇者のあなたが防人のことに口を挟まないで頂戴。あそこは薙ぎじゃなくて突きでいいのよ。防人は集団で戦うし、銃剣という武器の特性を生かしているんだから」

 1人は芽吹と仲良くケンカしている三好夏凛。

「メブってこんなに口数多かったんだねー。プラモのこと以外でこんなにしゃべってるの、初めて聞いた」

「うん…びっくり」

「芽吹さんと夏凜さんは昔からこんなのでしたわよ。互いに意見をぶつけ合って、試行錯誤しながら戦略を組み立てていったんですわ」

「なにそれ詳しく」

 もう1人は丹羽明吾。人類の仇敵とされている人物。

 それがごく自然に夕海子としずく、雀と会話しているのを見て、亜耶はこう思ってしまった。

 取られたと。そこは本当は自分の場所なのに。

「あれ? あやや?」

 最初にテーブルにいた亜耶に気づいたのは雀だった。驚いていたが嬉しそうに亜耶に近づいてくる。

「なになに、席取っておいてくれたの? ありがとう! ほんとあややはいい娘だねー」

「うん。国土はいい娘。みんな知ってる」

「その通りですわ。昨日と今朝は姿を見せなかったから心配していたんですのよ?」

「じゃあ、三好夏凛。あなたとはここでお別れよ。私たちは亜耶ちゃんと一緒に食事をするから」

「ちょっ、逃げる気楠芽吹⁉」

「はいはい、行きましょう三好先輩。犬吠埼さんと犬吠埼先輩が待ってますから」

 いつも通り自分の隣に座る芽吹に食って掛かろうとする夏凜を丹羽が引っ張っていく。

 その姿に、一瞬でも彼に今まで感じたことのない嫉妬に似た感情を抱いた自分を亜耶は恥ずかしく思った。

「あら? 亜耶ちゃんの分の食事は? 持ってきていないなら、私が取りに行きましょうか? なにがいい?」

「いえ、芽吹先輩。自分で取りに行けます」

 親切な先輩に、どうして昨日あんなに意固地だったんだろうと不思議になる。そして改めて亜耶は自分の決意を告げた。

「芽吹先輩、食事が終わったら昨日わたしに話そうとしていたことを聞かせてください。わたし、昨日は意地悪でした。芽吹先輩の話を一方的に打ち切って、部屋にこもって逃げ出して」

「そ、そんなことないわよ。あれは私の配慮が足りなかったわ。亜耶ちゃんのことをもっと考えるべきだった。それに」

「はいはい、そこまで。いちゃつくのはご飯食べてからにしてね、メブ、あやや」

 雀の言葉に芽吹と亜耶は顔を赤くする。

「イチャイチャって、私はそんな」

「そうです。芽吹先輩とわたしなんかがそんなおこがましいです。芽吹先輩は頼りになって格好良くていらっしゃいますから、憧れていますけど」

 いつも通りの2人に雀、しずく、夕海子の3人はようやく元に戻ったかと安堵した。

 そしてそれを物陰から見つめる百合厨が2人。

「やはりメブあやは大正義。トウトイ・・・トウトイ・・・」

「いいぜぇ、メブあやいいぜぇ。もっとわたしたちに百合イチャを見せてほしいんよー」

「はいはい、丹羽も園子もそこまで。ご飯食べるわよ」

 丹羽と園子、2人の首根っこをつかみ引っ張っていく夏凜に「にぼっしーのいけずー」と園子は恨みがましく言うのだった。

 

 

 

 昼食を食べ終えた5人は改めて亜耶に向き直り、丹羽のことを説明していた。

 四国を守ってバーテックスと戦っていた勇者の1人であったこと。それなのになぜか急に神樹様に人類の敵認定され、仲間であったはずの勇者を含め四国にいるすべての人の記憶から自分の存在を消されたこと。

 それにしずくや夕海子も含まれていたことを知った芽吹と亜耶は驚いた。まさかこんな身近にも神樹様の影響を受けた人物がいたとは思わなかったからだ。

「え、あなたたちあの人と知り合いだったの」

「メル友、だったらしいですわ。夏凜ちゃんの近況を聞いて、それを芽吹さんに…って、これは内緒でしたわね」

「ラーメン仲間。正確には丹羽じゃなくて精霊のメガネの女の子とだけど」

「メブとも会ったことあるんだって。先輩への贈り物にプラモを買いに行った時、アドバイスもらったって」

 そう言われても芽吹には記憶がない。これも神樹様による記憶消去の影響だろうか。

「あの、わたし朝の食堂で聞いたんですが」

 亜耶は他の防人から聞いた丹羽が2年前にも勇者として戦い、神樹様に今と同じように四国の人々から記憶を消された話をした。

「あ、それ私も聞いた。今朝勇者のみんなが集められて、園子様が話してたって」

 雀の言葉に芽吹、しずく、夕海子は神妙な顔をする。

「なるほど。となるとかなり信ぴょう性の高い話だと考えた方がいいわね。亜耶ちゃんの聞いた話はおそらく真実でしょう」

 この場に丹羽がいたら、「いえ、全然違います。大暴投でした」と否定していただろう。

 園子創作によるもしわすゆ時代に丹羽がいたらという創作話は防人たちの間ですでに真実として広まっていた。みんな園子の存在しない記憶に毒されている。

「そんな…じゃあ、丹羽明吾さんは大赦に何度も騙されて、裏切られて……こんなひどい事って」

「しかも記憶喪失ってことは生まれてからの記憶が全部ないんでしょ? それに神樹様の力によって両親も丹羽君のこと忘れてるって、それもうどうしようもないじゃん」

 雀の言葉に全員が黙り込む。改めて彼のおかれた悲惨な状況を確認できたからだ。

 さらに神託により人類の敵認定を受けて大赦を含め四国の人々全ての敵となっている。

 神樹と大赦に人生を狂わされたといっても過言ではないその生き様を聞いて、同情するなという方が無理だろう。

 なにしろ防人たちは現在は改善されたとはいえ以前のひどい大赦を憶えている。大赦の大人たちに捨て石扱いされたことに腹に抱えるものがある人間もたくさんいた。

 そんな人間たちと心優しい巫女である亜耶が丹羽の状況を不憫に思わない者はいない。

 

【勅である】

 

 その時亜耶の脳内に重々しくも無機質な声が響いた。神託だ。

「あやや、どうしたの?」

「しっ、神託みたいよ。しずかにしなさい」

 突如黙った亜耶を心配して雀が声をかけるが、芽吹に止められた。

 

【人類の仇敵、丹羽明吾を早々に滅ぼせ。

 彼の者は姿形こそ人だが、我に仇なし四国を滅ぼさんとする存在である。

 早々に滅ぼすべし。彼の者が滅びてこそお前たちの安息はあると知れ】

「神樹様! お尋ねしたいことがあります!」

 突如声を上げた亜耶に、4人は驚く。

「丹羽明吾さんは…丹羽明吾さんは勇者だったというのは本当なんですか? それなのに神樹様は丹羽明吾さんが2年前に神樹様と大赦にひどいことをしようとしたから、だから2回も丹羽明吾さんの記憶を四国の人々から消したんですか?」

「亜耶ちゃん、なにを?」

「丹羽明吾さんには昔の記憶がありません。多分ご両親も丹羽明吾さんを忘れています。それはとてもとても悲しいことだと思います。もし神樹様がそんなことをしたのなら、せめてご両親と丹羽明吾さんの記憶だけは戻してあげてください。お願いします!」

 心からの願いを亜耶は祈りという形で信仰する神樹様へと送った。

 たとえ人類の仇敵、四国を滅ぼす存在という決定を覆すのは無理でも、せめてその救いようのない2つだけは改善してあげたい。

 それに神樹様は寛大な方だ。たとえ自分を傷つけようとした者にでも慈悲の心をかけてくれるに違いない。

 少なくとも国土亜耶は、純真な心を持つ巫女はそう信じていた。

 だが、帰ってきた言葉は、それを全否定する。

【不遜である】

 次の瞬間、亜耶は座っていた椅子から床に倒れた。

「亜耶ちゃん? 亜耶ちゃん! 熱っ」

 亜耶を抱き起した芽吹はその熱さに思わず顔をしかめた。亜耶の額には珠のような汗が次々と現れている。

「なにこの熱さ。普通じゃない⁉ すぐ医務室に運ぶわ」

「わ、私安芸先生呼んでくる!」

「わたくしは園子様にこのことを知らせてきますわ。行きましょう、雀さん。しずくさんは芽吹さんと一緒に亜耶さんを!」

「わかった」

 芽吹としずくに挟まれるようにして医務室へと運ばれる亜耶は、薄れゆく意識の中でどうして? と繰り返していた。

(どうして神樹様はあんなに冷たい声を? どうして神樹様はあんなにひどいことを丹羽明吾さんに? どうして)

 その問いに答えてくれるはずの神は、沈黙したままだった。

 

 

 

 冷たくて心地いい。

 まるで以前防人の皆と遊びに行ったプールのようだ。

 あの時は雀さんがイルカの浮き輪を貸してくれて、シズクさんと一緒に挟むようにしがみついてプールでぷかぷか浮かんだんだっけ。

 スポーティーな水着を着た芽吹先輩はそれはそれはお綺麗で格好良くて、プールにいた防人の皆さんの視線を独り占めしていました。

 隣にいた弥勒先輩もナイスバディーで、ちんちくりんなわたしと比べて思わず羨ましいと思ってしまったものです。

 そんなことを考えていると、ふふっ、と自然に笑みが浮かんでしまう。すると何か聞こえた気がして、ゆっくりと亜耶はまぶたを開ける。

「亜耶ちゃん!」

「あやや!」

「亜耶さん!」

「国土!」

「みな…さん?」

 そこにいたのは芽吹と雀、夕海子にしずくだった。皆心配そうに、けれど亜耶が目を覚ましたことで安堵したのかほっと息をついている。

「よかった。もう身体は熱くないですか? 痛みとかは?」

 声に顔を向ければそこには髪が真っ白で緑のラインが入っている白い勇者服を着た少年が亜耶の手を握っていた。

「あなたは…丹羽明吾さん?」

「あ、知ってたんだ。初めまして国土さん。ナツメさーん、大丈夫ですか?」

 丹羽が尋ねると亜耶の中から光の玉が出現し、人の姿となった。白髪で褐色の肌をした人型の精霊だ。

『問題ない。東郷の時のように全部追い払ったぞ、主』

「一応まだ送り込んでくるかもしれないから、今日1日は国土さんの中にいてください。もしまた何か悪いものがいたら追い返してほしいんですがやれますか?」

『了解した』

 言葉と共に亜耶の中に再び精霊が入る。暖かさと一緒にどこまでも広がる海を見たような爽快感が亜耶の胸の中に広がっていく感覚がした。

「これは……わたしにいったい何をしたんですか?」

「俺の精霊…ナツメさんに君の中に入って来た神樹の怒りを追い出してもらった。同じ症状の東郷先輩もこれで治ったから、多分これで治ると思って」

 とそこで亜耶の手を握ったままだったことに気づいたのか、丹羽は手を離して芽吹に席を譲る。

「亜耶ちゃん、大丈夫? どこか痛くない? お水欲しくない? それともジュースの方が」

「メブストップ! 園子様も言ってたじゃない。丹羽君に任せておけば問題ないって。心配しすぎ!」

 亜耶に近づくや否や手を両手でつかみ怒涛の質問をする芽吹に白い目を向けながら雀が注意した。

「その姿…それに精霊による治療。あなた、何者ですの?」

「丹羽明吾。ただのイレギュラーな勇者ですよ。そして今は四国の人々の敵。人類の仇敵です」

「そんなことない。丹羽、国土を助けてくれた。少なくともわたしたちは感謝する」

 夕海子の質問に答えた丹羽がしずくの言葉に困ったような顔をする。

「いやいや、こんなに順調に国土さんが回復したのは皆さんがすぐに連れてきてくれたからですよ。みなさんの国土さんを想う気持ちが彼女を救ったんです」

「丹羽明吾さん…その、ごめんなさい!」

 亜耶の突然の謝罪にその場にいた5人は目を点にした。特に謝罪された丹羽は何が何だかわからず困惑する。

「え、えっと? なにがです?」

「わたし、実はあなたにひどいことをしてたんです」

 その言葉に「ん?」と5人は首をひねる。

 国土亜耶と言えばゴールドタワーにいる防人たち誰もが知るいい子である。それはもう四国のどこに出してもいいほどの。

 そんな娘がひどいことをしていた? とても信じられない。

「えっと。具体的にどんな?」

「それは…防人の皆さんや勇者の皆さんのお部屋は掃除したのに、あなたの部屋だけは掃除しなかったり。神樹様に悪い人だって言われていたからよく知りもしないのに芽吹先輩に丹羽さんの悪口を言ったり」

「……え? それだけ?」

「ねぇ、メブ。あややからなにか丹羽君の悪口、聞いた?」

「いいえ全然」

 なんとも心から善良な彼女らしい。丹羽が全然気づいていない…というか誰も気づかないような小さな悪意ですら彼女にとってはすごい罪悪感を覚えるようなことだったんだろう。

「それにわたし、あなたが芽吹先輩たちと一緒にいた時、思ってしまったんです。取らないでって。そこは私の場所なのにって」

 その言葉に思わず「あら^~」と丹羽は我慢していた不審者顔をしてしまう。

 やはりメブあやはいいな!

「えっと、丹羽くーん。顔がちょっと」

「おっとすみません」

 雀に注意されすぐさま元の顔に戻す。あまりの変わり身の早さに亜耶を除くくめゆ組全員がドン引きしていた。

「わたし、悪い子です。ひどい子です。丹羽君は大赦に裏切られて、神樹様に友達や両親から存在した記憶を消されているのに勝手に嫉妬して。こんな汚い気持ちがわたしにあったなんて」

 なにこの子、いい子すぎ。天使か!

 この場にいた全員の気持ちがシンクロする。それに代表して答えたのは芽吹だった。

「亜耶ちゃん。私はそんなの全然汚いなんて思わないわ。むしろ嬉しい。亜耶ちゃんに嫉妬されるくらい、私が特別な存在だったってわかって」

「め、芽吹先輩!?」

「あら^~メブあやはいいなぁ! 視力上がるわー」

「丹羽、顔が変」

「はい、すみません」

 今度はしずくに指摘されて顔を元に戻す。2回目ともなるとさすがに慣れたのか、誰も反応してくれなかった。少しさびしい。

「ちょっとメブ、あややは私たちを取られたと思ったんでしょ。なのになんで自分だけ特別って思うかなぁ」

「そうですわ。芽吹さんだけズルイですわよ。わたくしたちも亜耶さんを甘やかす権利がありますわ」

 言うが否や雀と夕海子も亜耶を囲み頭をなでていい子いい子し始める。出遅れたしずくは仕方ないので芽吹が握っていた手とは反対側の手をつかんだ。

「えっ、ちょっと。皆さん!?」

「国土はいい子すぎ。もっと悪い事もしていいし、甘えてもいい」

「悪い事はともかく、私も同意見よ。もっと私たちに甘えて頂戴、亜耶ちゃん」

「そ、そんな。今でも充分よくしてくださっているのにこれ以上甘えるなんて、罰が当たってしまいます」

 おっと今度は亜耶ハーレムですかな?

 くめゆ組に囲まれ目を白黒させている亜耶を見ながら丹羽は静かに、誰にも気づかれないように医務室を出る。

 この尊い世界を壊してしまわないように。

「どうだった。にわみん?」

 室内から出るとそこには園子が待ち構えていた。思わずヒェッと心の中で叫んでしまう。

「寿命が縮むのでその登場はやめてください、そのっち先輩」

「あはははー。で、あーやはどうかなぁ? 無事?」

「大丈夫です。すぐに対応できたのが幸いで、東郷先輩みたいに一日病室で過ごすってことにはならなそうです。俺もミトさんの力をそんなに使わなくて済んだし」

 言葉と共に丹羽の中からミトが出て、園子の中にいたウタノが出現し「みーちゃーん」「うたのーん」といつものラブイチャをしている。

「わっしーも神託を受けたって言ってた。最初の神託から今日で3日。神樹様も焦ってるみたいだねー」

「ええ。まさか国土さんが神託に異議を唱えるなんて予想外でした。東郷先輩はともかく、国土さんは俺のこと何にも知らないはずなのに」

「はっはっは、どうやら朝撒いていた種が花を咲かせて実をつけたみたいで、良かったんよー」

 その言葉にまさか…と丹羽は戦慄する。

「ひょっとして、そのっち先輩。ここまで計算して? 防人の皆さんに俺を信用させるためにあんなことを?」

「さあ、どうだろう。にわみんはどう思う?」

 いたずらっぽく笑う園子に改めて彼女が味方でよかったなと丹羽は思う。多分敵だったら詰んでた。

「残るのはゆーゆの説得だけだねぇ。これはちょっと厳しいかもしれないよ」

「ええ、でもやってみせます。今の結城先輩だけ孤立している勇者部は、勇者部じゃありませんから」

 自分の安全を度外視して言う丹羽の言葉に、そういう君だから私は手助けするんだけどねと園子は思う。

 おそらく園子が手を貸さなかったとしても丹羽は何らかの方法で亜耶や芽吹たちと信頼関係を築けていたように思う。

「にわみん。その前に伝えておくことがあるんだ。実はゆーゆは」

 園子が何か言いかけた時、スマホのアラームがけたたましく鳴る。

「樹海化警報⁉ バーテックスが」

「おあつらえ向きだねえ。行こうかにわみん!」

 次の瞬間、ゴールドタワーにいた7人の勇者たちは樹海へと飛ばされていた。




 亜耶ちゃんにひどい事したら、保護者(32人)が黙っていないぞ。
神樹「狂信者怖いなーとずまりしとこ」
芽吹「ここか、亜耶ちゃんにひどいことしたクソウッドの根城は」
雀「あややが受けた痛みの10分の1くらいの痛みは受けてもらうよ!」
シズク「なんだっていい! ぶった切ってやりゃいいんだろ!」
夕海子「許しませんことよ」
防人×28「神樹ぶった切る」
神樹「ヒェッ」


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【グッドエンドルート】ひとりぼっちの勇者

 あらすじ
 神樹様、そのっちに冤罪を掛けられる。
亜耶「神樹様、丹羽明吾さんとそのご両親の記憶をお戻しください」
神樹「いや、亜耶ちゃん。あいつはバーテックスでね?」
芽吹「2回も四国の人々から記憶を消すなんて、最低ね神樹様」
夕海子「まったくですわ。わたくしの夏凜さんエピソードコレクションが神樹様によって消されていただなんて」
しずく「わたしのラーメン探訪記もなかったことにされてショック」
雀「ひょっとして他にも神樹様のせいで忘れたことがあるかもしれないよ。みんな、探してみよう!」
~大赦~
大赦仮面「大変です、なぜか三好春信が大量の血涙を!」
春信「なぜだぁあああ! なぜ秘蔵の夏凜ちゃん妹写真集の写真が消滅してるんだー⁉」(夕海子に送るついでに丹羽が送ってあげていたようです)


「勇者パーンチ! パンチパンチパーンチ!」

 樹海では大量の星屑に囲まれた桃色の勇者が孤軍奮闘していた。

 倒しても倒してもわいてくる最弱の敵。唇のないむき出しの歯が何度も友奈の身体にかみつこうとするが、それを牛鬼の精霊バリアが防ぐ。

「このぉ、勇者キーック! 勇者パーンチ! 勇者パパパパパーンチ!」

 友奈の拳撃と蹴りを受け、星屑たちは攻撃を受けた先から消滅していく。だがそれ以上の数が雪崩のように友奈に向けて迫って来たのだ。

 友奈は思う。バーテックスとの戦いはこんなに苦しいものだったかと。

 いつも隣には一緒に戦ってくれる仲間がいた。風先輩、夏凜ちゃん、樹ちゃん、東郷さん。そして丹羽君。

 丹羽と風が切り込んで道を作り、夏凜と友奈がその道を広げる。取りこぼした分は中衛の樹がワイヤーで拘束し、後衛の東郷がとどめを刺す。

 バランスの取れた、いいチームだったと思う。改めて1人で戦わざるを得ない状況でそのことを痛感する。

 隣に夏凜がいないことがこんなに苦しいだなんて。

 後ろのことを気にせず戦えたことが、どれだけ精神的に自分を支えてくれていたか。

 そして1番危険で星屑と戦うことが多い最前線で自分たちのために道を切り開いてくれていた風と丹羽はこんなに苦しい戦いをしていたのかと友奈は感謝していた。

 いや、感謝するのは間違いだ。だって、彼と敵対する道を選んだのは自分自身なんだから。

 友奈は丹羽明吾のことを憶えていた。人類の仇敵であるはずの丹羽と一緒に勇者として戦っていた記憶を持っていたのだ。

 それが丹羽に洗脳された結果だと大赦仮面に告げられた時、友奈は混乱する。

 そんなことない、丹羽君は私たちの仲間で、勇者だと告げたかった。

 だが、神樹様から大赦にいる巫女全員が丹羽が人類の仇敵だという神託を受けたという情報に、疑ってしまう。

 丹羽明吾と過ごした、共にバーテックスと戦った5か月間の記憶は嘘ではないかと。

 なにしろ相手は神樹様だ。四国に置いて絶対である信仰の対象。

 そんな雲の上の存在が、自分たちに嘘をつくはずがない。

 きっと、丹羽君は悪い人で自分たちを騙していたんだ。

 だから、友奈の丹羽ともっと仲良くなりたいと思っていた気持ちも、戦いの中頼もしく思ったあの胸を焦がすような熱さもきっと偽物。

 全部丹羽君が作った、嘘の記憶なんだ。

 東郷さんとそのちゃんはそれに騙されてる。だから私が助けてあげないと。

 だって、それが神樹様に選ばれた勇者としての使命だから。

「くっ、このぉ!」

 友奈の攻撃範囲から逃れ、神樹様の元へ向かおうとする星屑を友奈は必死に追う。

「勇者パーンチ!」

 なんとか間に合い拳撃で星屑を倒すことができた。だがそのせいで戦線は後退し、神樹の結界の中には数えきれないほどの星屑が侵入してきている。

 まだ巨大バーテックスの姿も見えていないのに、結界の中は最大のピンチを迎えていた。

 このままではジリ貧だ。物量に押され、神樹様の元までバーテックスの侵入を許してしまう。

 そうなれば世界が終わる。人類は、四国に生きる人々が滅ぼされてしまう。

「戦わなきゃ」

 友奈は自分を奮い立たせるため、声に出して決意を告げる。

「戦わなきゃ、ダメなんだ。たとえこの腕が食いちぎられても、足が動かなくなっても! 私がみんなを守ってみせる!」

 だって、それが勇者だから。正しいはずだから。

 なのに…どうしてこんなにつらいんだろう。どうして誰かに助けてほしいと思うんだろう。

 少なくとも、勇者部の皆と戦っていた時は、どんなにピンチになってもこんな気持ちにはならなかったはずだ。

 助けてなんて言えない。

 つらいなんて言えない。

 だって、そんなことをいうのは勇者じゃない。たった1人でも四国を守るために、神樹様のために闘うのが勇者――

「お待たせ、ゆーゆ」

 そんなことを考えていた友奈の耳に、その声は聞こえてきた。

 それと同時に次々と目の前にいた星屑たちが消滅していく。

「その…ちゃん?」

「オラオラ! 三ノ輪銀様のお通りだー!」

「ちょっとミノさん、まだリハビリ中なのにー」

 赤い勇者服の銀が両手の斧を振り回し次々と星屑たちを屠っていく。それを園子がカバーし、槍で星屑たちを消滅させていった。

「うちの部員をよくもいじめてくれたわね。後悔しなさい!」

「友奈、よく耐えたわね。ここから先はあたしたちに任せなさい!」

 風と夏凜が大剣と2振りの刀を使い、大量の星屑を屠り戦線を押し上げていく。その取りこぼした星屑たちをワイヤーが引き裂き、銃撃が消滅させる。

「友奈さん、大丈夫ですか?」

「友奈ちゃん無事⁉ 1人でよく頑張ってくれたわね。あとは私たちが」

 樹と東郷。2人が来てくれた。

 思わぬ増援に、安堵から友奈は樹海の地面にへたり込む。

「そのちゃん、風先輩、夏凜ちゃん。樹ちゃんに東郷さん」

 みんな、来てくれないのかと思った。丹羽君に洗脳されて、人類の敵になったのかと。

「大丈夫ですか、結城先輩」

 だから、その声を聞いた時はドキリとした。

 なんで? なんで君がここにいるのと。

「丹羽…君? なんでここに? あなたは人類の敵で、四国を滅ぼす悪い人じゃないの?」

「そんなの、俺が勇者部部員で結城先輩の味方だからに決まってるからじゃないですか」

 友奈の疑問に、黄色いラインが入った白い勇者服を着た丹羽は何でもないように言い肩を貸す。

「私の味方? 違うよ、あなたは私の敵。勇者を騙す悪い人で、神樹様が言った敵なの。そうじゃないと」

「じゃあ、それでいいですよ。たとえ結城先輩が俺のことを敵だと思っていても、俺があなたの味方であることは変わりません。それに人類の敵が勇者を助けちゃいけない決まりなんてないんですから」

 丹羽の言葉に友奈はうなだれ返事をすることができなかった。

 そして東郷のいる後衛に送り届けられた後、風と夏凜、銀と園子がいる前線に向かう彼を見送ることしかできなかったのだ。

 

 

 

 丹羽が前線にたどり着いていた時には、ほぼすべて終わっていた。

 風と夏凜と園子。さらに勇者として復帰した銀の攻撃を受け、双子座はすでに半死半生だ。分離した小型の双子座からはすでに御霊が露出している。

「うわ、なんだこれパチンコ玉? 量が多すぎだろ!」

「1つ1つは小さいけど量が多いんよー」

「くそ、斬っても斬ってもキリがない⁉」

「ちょっと待ってて、アタシ樹呼んでくるわ!」

 御霊自体は小さいが量が多い双子座の御霊に4人の勇者が戸惑っている。それに丹羽は武器であるムチを振るい、溢れ出てくる双子座の御霊を消滅させていく。

「手伝います。今の俺は範囲攻撃型なので、力になれるかと」

「にわみん、ゆーゆは?」

「東郷先輩に預けてきました。しかしこれはまた…数が多い」

 あたり一面にあふれている御霊を見ながら、丹羽はつぶやく。本編では友奈が勇者キックでとどめを刺していたが、こうなってしまってはそれも難しいかもしれない。

「おお、丹羽の鞭でどんどん消えていくぞ。はえーなおい」

 銀の言う通り、丹羽が今融合しているウタノはゆゆゆいでもザコ敵掃討用にはもってこいの勇者だ。その分体力が低く使いどころは難しいが。

「しっかしどうするのよ。このままじゃ樹海が御霊で覆いつくされちゃうわよ!」

「うーん。とりあえず出てしまった奴はにわみんに任せて、まだ出してくるのは私たちで何とかしよう。ミノさん、にぼっしー!」

 園子の言葉に銀と夏凜はうなずき、それぞれ槍、斧、刀を構え御霊を吐き出す双子座本体に向け攻撃を放つ。

「「「はぁーっ!!」」」

 3人の勇者の同時攻撃にさしもの双子座も行動を停止し、御霊を吐き出すのをやめた。あとは残った分を消滅させるだけだ。

「おまたせしましたー。じゃあ、やっちゃいますね。えい!」

 風の連絡を受けた樹がワイヤーを使い、樹海に広がった双子座の御霊を1つにまとめていく。

「行くわよー! 必殺、女子力斬り!」

 それに風が巨大化した剣でぶった切り、進行してきた双子座は完全消滅した。

「お疲れ様。今回の戦いはこれで終わりよ」

 風の言葉にスマホごしに東郷が「了解であります」と言う声が聞こえる。

 何とか間に合ったようだ。友奈1人で戦っているのを見た時は結構ぎりぎりまで星屑に侵攻されて肝を冷やしたが、今回も誰も失うことなく勝つことができた。

「みーのーさーん」

 一方で園子は銀の頬をつかみ、笑顔ではあったが圧の強いプレッシャーをかけて銀に言う。

「わたしとわっしー、言ったよね? リハビリだって。なのになんで全力で戦ってるの!」

「え、いやぁ。戦場に来るとつい…でも結果的に勝ったんだからいいじゃん」

「よくない!」

 どうやらお説教が始まったらしい。珍しく園子が本気で怒っている姿に銀は目を白黒させている。

「そのぎんか。イケるイケる!」

「丹羽、顔」

「あ、すみません」

 風の言葉に知らないうちにまた尊いモードになっていた顔を元に戻す。

「で、問題は友奈の説得だけど…。丹羽、あんたがいるとこじれそうだからここにいなさい。友奈の説得はあたしたちがするわ」

 夏凛の言葉に丹羽は園子や風を見る。

 すると力強くうなずかれた。自分たちに任せておけということだろう。

 たしかにその方が丹羽は安全かもしれない。下手をすれば友奈と戦って消滅させられるという事態は回避できるだろう。

 だが、それではだめだ。友奈1人を他の勇者部部員が囲んで否定するという構図は丹羽の望むものではない。

 なによりギスギスする勇者部メンバーを見たくなかった。だからこそ丹羽は行動する。

「いえ、俺も行きます。結城先輩を説得して、元の仲のいい勇者部にして見せます!」

 その言葉にやっぱりねとわかっていたかのように風と夏凜、樹はため息をついた。

 だからこそ、夏凜は唯一懸念していたことを告げる。

「丹羽、あんた自分が犠牲になるような方法はとるんじゃないわよ。特に友奈と戦って、満足させるとかいう方法は禁止」

 丹羽がやりそうな自己犠牲方向の説得をまずつぶす。別ルートだと本当にやっているから夏凜のこの推測は間違っていない。

「しませんよ。というか、できません。うぬぼれですけど、勇者部の皆が俺が死んだら泣いてくれるってわかってしまったので。皆さんを悲しませるようなこと、俺は絶対しません」

 その言葉に夏凜はほっとする。と同時にこいつが本当に友奈を説得できるのか? という疑問が浮かぶ。

「本当に、あんたがやるの? 付き合いの長い東郷とか風に任せた方がいいと思うんだけど」

「そうだねー。今回に限っては、みんなに任せた方がいいと思うんよ。にわみん」

 説教を終えた園子がにっこりと笑って言う。

 その後ろでは「反省中」というプラカードを首から下げた銀が樹海の地面の上で正座をしていた。一体どこからそんなもの取り出したんだ、と夏凜は思わず脳内でツッコむ。

「それとみんな、ゆーゆを説得するなら耳に入れておきたい情報があるんよー」

 それから園子は樹海化する前に丹羽に伝えようとしていた、友奈が丹羽のことを憶えているということを勇者部の皆に話したのだった。

 

 

 

 星屑の掃討を終え、風から巨大バーテックスを倒したという報告を受けた東郷は、昨日ぶりに会う親友に声をかけた。

「友奈ちゃん。風先輩たちがバーテックスの御霊を破壊したって。もうすぐ樹海化が解けるわよ」

 東郷の言葉に友奈は何も答えなかった。ただ膝を抱え、じっと樹海の遠く。丹羽たちが消えていった先を見ている。

「どうして」

「え?」

「どうして、みんなは来てくれたの? 丹羽君に騙されてるのに。丹羽君は四国を滅ぼそうとする神樹様と人類の敵のはずなのに、どうして」

 呟くような友奈の声に、東郷は優しく子供に諭すように言う。

「そんなの、私たちが勇者部で丹羽君もその一員だからに決まってるじゃない。友奈ちゃんのピンチには必ず駆けつけるわ」

「でも、おかしいよ! だったら神樹様はなんで⁉」

「友奈ちゃん、黙っていたけど私。実は神託に反論したの。丹羽君を人類の敵って言う神樹様に、丹羽君は今まで四国を守って来た仲間ですって。するとどうなったと思う?」

 友奈はその答えを知っていた。9月1日の早朝、大赦仮面に告げられたからだ。

 東郷未森が人類の敵による精神攻撃を受けて、高熱を出して抗っていると。

 だが、そうではないらしい。友奈は東郷の言葉に耳を傾ける。

「【不遜である】ですって。それから身体を灼かれるような高熱に襲われたわ。丹羽君がナツメを私の中に入れて治してくれなかったら、きっと今も熱で苦しんでいたかもしれない」

「そんな⁉」

 自分が大赦の人から聞いた話と違う。それが本当なら、なぜ神樹様は自分の勇者である東郷にそんなことをしたのか。

「今日も同じように丹羽君のことを助けてくれるように神樹様に祈った巫女の女の子が私と同じように高熱で倒れたわ。国土亜耶さんというゴールドタワーにいた巫女さんなんだけど、幸い発見が早くて大したことにはならなかったようだけど」

「その子は、どうしてそんなことに?」

「今朝、私もそのっちに聞いて思い至ったんだけど…丹羽君は2年前にも勇者として戦っていたんじゃないかって。それで神樹様に歯向かって、今と同じようにみんなの記憶から消えてしまったんじゃないかって話をしたの」

 東郷は園子から聞いた【もし丹羽がわすゆ時代にいたら】という話をかいつまんで友奈に話した。

「その話をどこかから聞いた亜耶ちゃんは、願ったそうよ。丹羽君のご両親の記憶を元に戻してくれって。それって、そんな大それた願いかしら?」

「それは…違うと思う。私も神樹様なら元に戻してくれると信じるよ」

「でも、神樹様はそんな祈りに罰を与えた。私と同じように」

 その事実に友奈は言葉も出ない。今まで神樹様が絶対の善であり丹羽が悪であるという友奈の認識が揺らぎ始めていた。

「ねえ、友奈ちゃん。神樹様は本当にいい神様なのかしら。少なくとも、私は丹羽君を悪だなんて思わない。だって、今まで一緒に戦ってきた仲間だもの」

「それは…だって」

 だってなんだ。これほどまで明確に東郷が言っているのにまだ気づかないつもりかともう1人の友奈がささやく。

 神樹様は、勇者を裏切った。自分たちはこんなに尽くしてきたのに、あっさりと。

 友達を傷つけるのなら、それはどんな相手だろうと許せない。

 だが相手は神樹様だ。生まれてからずっと信仰してきた、四国の守護神。勇者に力を貸してくれる絶対の善。

 それを裏切ることは、友奈にはできない。

「ごめんなさい、東郷さん。私はそれでも」

「それでかまいませんよ。結城先輩」

 友奈が伏せていた顔が、その言葉に反応し前を見た。

「丹羽君」

「俺は結城先輩が根っからの神樹様信者だってわかってるし、それに逆らえないのも知ってます。だから、俺を敵だと思ってくれても構いません」

 その言葉に友奈は必死に首を振った。

「違う、そんなこと思ってない。丹羽君が敵だなんて。戦いたいだなんて本当は思ってない!」

 友奈の言葉に「え?」と丹羽は目を点にする。その後ろにいた勇者部の面々も。

「私、本当は全部憶えてたんだ。丹羽君が東郷さんをかばってバーテックスの攻撃を受けたことも。勇者部4人で戦ったって大赦の人に言ってくれたことも。みんなと一緒にバーテックス達と戦ったことも」

 懺悔するような友奈を東郷が優しく抱きしめる。

「運動会の時、いろんな人から依頼を持って来た私を叱ってくれたことも憶えてる。部活以外でも勇者部の皆に優しくしてくれたことも憶えてる。夏合宿に一緒に行ったことも。夏祭りも! そんな丹羽君が人類の敵じゃないことなんて、わかってた。なのに…なのに…」

「ゆーゆ」

「友奈」

 園子と風は嗚咽を漏らしながら言う友奈にどう声をかけたものかと考えて、黙って聞くことにした。

 多分、全部吐き出させるのがこの場合の正解だと思ったからだ。

「そのちゃんに言われて考えてた。私は神樹様に言われたから丹羽君を倒そうとしてたのかって。それって、前に丹羽君と話した魔王を倒せば全部よくなると思ってる思考停止した勇者と一緒だ。丹羽君は私はそうじゃないって言ってくれたのに。立派だって。なのに私は!」

 子供のように胸の中で泣きじゃくる友奈に、東郷はどこまでも優しい顔でそれを受け止める。

 それはまるで聖母像のように尊く、丹羽は塩の柱になりそうだった。

「私、もうわからない。何が正しくて、何が間違ってるのか。神樹様を裏切ることはできない。でも、東郷さんを高熱にして苦しめたのが神樹様だって知ったとき、許せないと思った。丹羽君と戦いたくない! でも、神樹様は四国を守るために倒せって!」

「そうね。友奈ちゃん。人って、迷って悩んで、考えて。答えが出ない問題の前でずっと足踏みしてるのかもしれない。でも、私は答えを出すためのヒントになることを知ってるわ」

 それは何? と視線で尋ねる友奈に、東郷は優しく言う。

「【悩んだら相談!】勇者部5箇条で私と友奈ちゃん、風先輩が作った言葉の1つ。あなたは1人じゃないの。困ったら頼って。少なくとも、勇者部の中にあなたの敵はいない」

 その言葉に、友奈は勇者部の皆を見る。風、樹、夏凜、園子、銀、そして丹羽はうなずいた。

 しかし東郷の口からその言葉が出るとは意外だと原作知識を持つ丹羽は1人思う。あんた相談しなかった結果壁壊したじゃないですかと。

「東郷さん、風先輩、樹ちゃん、夏凜ちゃん。私…丹羽君と戦いたくない。本当は、みんなと一緒にいたいよぉおおお!」

 心からの友奈の叫びに、風、夏凜、樹の3人は駆けだしていた。

「あったりまえじゃない! アンタが嫌って言っても、アタシは部長として最後まで一緒にいるわよ。卒業しても名誉部長として部室に入り浸るからね!」

「友奈の癖に難しく考えすぎなのよ! あんたは何も考えずにこっちの気持なんか考えずにぐいぐい来るやつなのになに怖がってんの。いつもみたいにあたしたちを頼りなさい!」

「お帰りなさい、友奈さん! わたしも、友奈さんと一緒です。勇者部の皆と一緒にいたいです!」

 3人の言葉を聞いて子供のようにわんわん泣く友奈。それを丹羽と園子は優しい顔で見ている。

「はぁ…尊い。勇者部はやはり大正義」

「ゆうみもからの勇者部という一致団結。これはポイント高いんよー。メモメモ」

「お前ら…ちょっとは空気読もうぜ」

 そういうことに疎い銀に呆れられるほど、2人は通常運転だった。




 大正義勇者部。
 やっぱり原点にして頂点。尊いの塊なんだよなぁ。
 ちなみにノーマルルートでも東郷さんが追い詰められてなくて気力充分なら友奈ちゃんへの説得は成功していました。
 グッドエンドルートは丹羽が四国に残ったことで友奈を除く勇者部全員のメンタルは比較的安定しています。やっぱりメンタル管理って大事だね!
 よし、後は最終決戦まで何事もなく過ごせば万事解決だな!



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【グッドエンドルート】あなたを1人にしない

 あらすじ
 大正義勇者部。
 双子座は犠牲になったのだ。みもゆうというカップリングの犠牲にな…。
丹羽「てぇてぇ、てぇてぇ…」
園子「ビュォオオオ! 尊いんよー」
銀「なあ、その尊いってなんだ? 2年間眠ってたアタシにもわかるように教えてくれよ」
丹羽「そうですね…。例えば三ノ輪先輩がそのっち先輩に膝枕される。それは尊いです」
園子「えー、そうかなー? わっしーの方が尊くない?」
丹羽「東郷先輩でも尊いですが、2年間会いたくても会えなかった。話したくても話せなかったそのっち先輩だからこそ尊いんですよ」
園子「にわみん…そうだね」
銀「んじゃ早速……おおっ! これは、見事な富士山! これが尊いか?」
園子「ミノさん…多分それ違う」


「しかし俺やそのっち先輩たちが説得するまでもなく結城先輩を説き伏せるとは…やっぱり愛ですね」

「だねぇ。ゆうみもはやはり夫婦。ビュォオオオ!」

「も、もう! からかわないの2人とも!」

 安心と信頼のゆうみもを大絶賛する丹羽と園子に、満更でもないのか東郷が顔を赤くしている。

「丹羽君。その…」

 声に顔を向けるともじもじしながら友奈が丹羽に向って何か言おうとしていた。

 ちょっと待って。そんな表情と仕草はかなりレアかもしれない。現に友奈の背後で東郷がどこから取り出したのかカメラ回してるし。

「今まで、ごめんね? 私、ひどいこと言ったりしようとしてた。そのちゃんと東郷さんが止めてくれなかったら、丹羽君と戦ってたかも」

「そうならなかったんだからいいじゃないですか。これで勇者部全員勢ぞろいで万事丸く収まったってことで」

 にっこりと笑う丹羽に、敵わないなぁと友奈は思う。

「ところで…全然樹海化が解けないんだけど。双子座倒してから結構経ったわよね?」

 夏凛の言葉にそう言えばと全員が首をひねった。双子座の御霊を破壊してからすでに十分以上は経過している。

 いつもならとっくに讃州中学の屋上へ転送されているはずなのに、なぜ?

「あ、これ見てください!」

 疑問に思っていると地図アプリを起動させた樹がスマホの画面をみんなに見せる。

 そこには勇者たちの名前の他に【人類の仇敵】と表示された真っ赤なアイコンが1つ表示されていた。

「この人類の仇敵って、丹羽のこと?」

「みたいだねー。どうやら神樹様はどうあってもにわみんをここで倒せって言ってるみたい」

 風の疑問を園子が肯定する。

「じゃあ、わたしたちが丹羽くんを倒さないといつまでも樹海から帰れないってことですか?」

「そんなのって!」

 樹の言葉に、東郷が怒りを抑えきれず拳を固く握った。

 どこまで四国を守る神は残酷なのだろう。せっかく仲直りして勇者部がまた1つになったのに、それに水を差すようにこんなことを。

「ねえ、にわみん。こんな時こそあの人型さんにもらった精霊を呼んでみたら?」

「精霊? ああ、あいつですか」

 園子の言葉に丹羽は人型のバーテックスが去り際に自分に渡して行った精霊を呼び出す。

 照魔鏡。遠くにある景色を見せる人型のバーテックスが作り上げた精霊だ。

 照魔鏡は出現するとその鏡のような体躯に映像を流しだす。それは黄色や赤に染まった山々であったり、黄金色に色づいた小麦畑であったり。

 稲穂が揺れる水田やたくさんの野菜が生えている畑。そこで働く美少女が平穏に暮らす村の様子が映し出されている。

「えっ、これどこだ?」

「多分、壁の外の人型さんがテラフォーミングしてるって言ってた場所、だと思う。わたしも見るのは初めてなんよー」

 銀の言葉に園子が答える。相当びっくりしているのか、目を丸くしていた。

「え、壁の外? 嘘でしょ⁉ だってあそこは人間が住めない場所なのに。あたしこの前出たけど、こんな場所じゃなかったわよ」

 夏凛の言葉にそうなのかと園子以外の他の勇者部の面々は思う。

 それに四国の外で普通に生活している人々。なぜか女の子ばかりだったが、四国以外にも人が生きていることに園子と夏凜は驚いていた。

『ん? あっ、映像来てる? やっほーそのっち。元気してるー? 3日ぶり』

 その時やけにフランクな言葉と共に子供が作ったような稚拙な面を被った人間が画面に出てきた。

 いや、人間なのか? 首や肩、腕に手の指が5本あるが肌は病的に白いし、胸に凹凸はなく性別はうかがい知ることはできない。

 ただ、確実に人間ではない。そんな確信が映像を見ていた勇者たちにはあった。

「あっ、人型さん。3日ぶりなんよー」

「えっ、こいつが人型? あたしの命の恩人っていう?」

 園子の言葉に銀が驚き、慌てて頭を下げる。

「あ、あの。ありがとうございました。あたしの傷を治してくれて。この恩は一生忘れないっす!」

『いいっていいって。俺がやりたくてやっただけなんだから。銀ちゃん目を覚ましたんだ。よかったねそのっち』

「うん。本当によかったんよー。で、人型さん。頼みたいことがあるんだけど」

『うんうん。そのっちの頼みなら何でも聞いちゃうよー。神樹ぶった切る? 神樹の体液吸いつくして枯らす? 何でも言ってよ』

「「「「「「いや、そんなぶっそうなことしない(ねー)よ!」」」」」」

 人型バーテックスの言葉に思わず丹羽と園子を除いた全員がツッコむ。こいつ、やべーやつなんじゃないかと疑念の目を向けた。

「ちょっとにわみんをそっちで預かってほしいんよー。今、神樹様の結界の中にいるんだけどにわみんを倒さないと樹海化が解けない状態で壁の外の安全な場所に人型さんに連れて行ってもらいたくて」

 園子の言葉にふむ。と人型のバーテックスは何事か考えているようだ。

『それは、もう君たちの手に余る状態になった、と考えていいかな?』

「そ、そんなことないです! 丹羽君は勇者部の皆が守ります!」

 答えたのは友奈だった。他の面々もそうだそうだと友奈に続く。

「大赦が何か言ってきても、部長のアタシが守って見せるわ!」

「そうよ、丹羽は勇者部の仲間。それはかわらないわ」

「丹羽君を傷つける相手は許さないわ。たとえそれが神樹様でも」

「丹羽くんはわたしたちの仲間です。いてくれないと困るんです」

「付き合いの短いあたしでも、丹羽がいい奴ってわかるからな。応援するぜ」

 上から風、夏凜、東郷、樹、銀の発言である。

 その言葉に丹羽は胸の中が熱くなった。同じように思ったのか、人型のバーテックスもうんうんうなずいている。

 ちなみになぜ距離の離れた勇者たちの言葉が人型のバーテックスに届いているかというと、丹羽の中にいるウタノのような人型の精霊のおかげだ。これにより人型のバーテックスは離れていても丹羽の近況を知ることができた。

 そして、丹羽にもうできることが何もなくなったことも。

『それは、そこにいる丹羽明吾がバーテックスだとわかっていてもそう言えるかな?』

 その言葉に、全員が固まった。

 丹羽自身も何を言われたのかわからず硬直する。

 え、何考えてるの俺? 今、それ言う?

「えっとぉ…人型さん? 笑えない冗談は、やめてほしいんだけど」

 沈黙の後、最初に声を上げたのは園子だった。笑顔だったが少しぎこちない。

『冗談も何も、そこにいる丹羽明吾は俺が四国に送り込んだ強化版人型星屑。俺が作った人間に似せたバーテックスだよ』

 その言葉に、全員何も言えなかった。

『神樹がそいつを人類の敵って言ったのは間違いじゃない。だってバーテックスなんだから。本人は自覚なかったみたいだけど』

「ふざけないで!」

 声を上げたのは風だ。人型のバーテックスをにらみつける。

「丹羽がバーテックス? それってなんの冗談よ! 丹羽は人間でアタシたちの仲間! 勇者部1年の丹羽明吾よ!」

「そ、そうですよ! 丹羽くんはわたしと同級生で、同じクラスの男の子です!」

 必死に言ってくれる犬吠埼姉妹に感謝しながら、丹羽はどんなに自分が大切に想われていたのを知った。

「丹羽が星屑? そんなの嘘に決まってるじゃない。ただの星屑なら、あたしのシゴキについてこれるわけないわよ」

「丹羽君は私たちの仲間で、大切な存在です! あなたみたいな化け物じゃない!」

 夏休みの間に行った夏凛との訓練は確かにきつかったなぁと丹羽は思う。それにしても化け物は言い過ぎじゃないですかと東郷の言葉に少し傷ついた。

「丹羽君は…丹羽君は私たち、いえ、私のことを支えてくれた大切な仲間です。そんなの、信じない!」

「ただのバーテックスがなんであたしの病室に毎日来てくれてストレッチとかのリハビリを手伝ってくれたんだよ。ふざけんな!」

 友奈と銀の言葉に、ありがたくて涙が出る。この2人は本当に自分が人間だと思ってくれているのだ。

 こんなに嬉しいことはない。

「ありがとうございます。みなさん。でも、いいんです。なんとなく俺わかってましたから」

 多分人型のバーテックスは丹羽が何も知らずに操られていたという形で話を進めようとしているのだろう。

 それで園子や勇者たちと信頼関係が崩れては元も子もない。丹羽は自ら自分が人間でないことを確信していたと話す。

「「「丹羽⁉」」」

「にわみん⁉」

「「丹羽君⁉」」

「丹羽くん⁉」

「勇者に変身すると目が紫になるところとか、心臓の音がしなくなるところとか。それと2年以上前の記憶がないところとか。そのっち先輩の話はちょっと無理がありすぎましたしね。バーテックスだったって言われた方がいろいろ納得できます」

「ちがうよ、にわみんはわたしたちの仲間で、神樹様に記憶を消されて」

『そうじゃない、そうじゃないんだそのっち』

 丹羽の主張を否定しようとする園子に、人型のバーテックスは言う。

『2年前、君に話を聞いてもらえなかった俺は考えた。この姿がいけないのだと。もし人間と同じような姿で君たちと信頼関係をちゃんと築けていれば、きっと話を聞いてもらえたのにと』

 その言葉に身に憶えがあったのか、園子は黙り込む。他の面々は黙って話を聞いていた。

『だから、人間そっくりのバーテックスを作り、君たちの元へ送り込んだ。勇者を守り、勇者として君たちと共に戦うバーテックスを。ただ、四国で生活していくうちに自我を持ったのは正直予想外だった。1人の人間として人格を持つなんて、奇跡と言ってもいいだろう』

 人型のバーテックスの言葉に、そうなのかと丹羽は自分の存在が予期せぬイレギュラーだったことをこの時初めて知る。

『あとは君たちの知っての通りだ。そいつは勇者として君たちと共にあり、バーテックスを屠って来た。12体の星座級を倒し、残るのはレオスタークラスターのみ。銀ちゃんの意識も取り戻せたから、そいつはこれ以上そこにいる理由はなくなった』

「えっ、あたし?」

 突如自分の名が告げられて銀は困惑した。

『銀ちゃんは俺が2年間治療している間1度も目を覚まさなかった。まさか神樹に魂を捕らわれているとは思わなかったからね。だから、あの世界から帰ってきて元の肉体に魂が戻った時点で丹羽明吾の役割は終わったんだ』

「にわみんの役割って?」

 園子の言葉に、人型のバーテックスは告げる。

『勇者を誰1人失うことなく戦いを乗り切ること。誰1人満開させることなく散華で身体の一部を神樹に捧げさせないこと。乃木園子と東郷美森の散華の治療をすること。そして三ノ輪銀の魂を神樹の元から取り戻すために交渉すること』

 その言葉に、園子は膝を折り樹海の地面にうずくまった。

 なんてことだ。今まで自分たちが必死にやってきたことは全部このバーテックスの手のひらの上だったということか。

『勘違いしないで欲しい。俺はあくまでも君たちが何1つ失うことなく幸せな結末を迎えてほしいだけ…といっても信じてくれないかもしれないが』

「ううん、信じるよ。だって、あなたはそういう人だから」

 以前交わした言葉を思い出し、園子は気力を振り絞り立ち上がる。

「俺にとって、君たち女の子が笑顔でいられる世界はそれだけで尊いんだ。君たちが笑顔でいてくれることが、俺にとっての得なんだ」

 え、なんだそれは。

 園子が突然発した丹羽が言いそうなことに全員が首をかしげる中、園子は悲しそうに笑う。

「今思うと、にわみんの言うこととそっくりだ。どうして気づかなかったんだろう」

「ちょっと待ってよ乃木! そいつの言うことが本当だって…丹羽がバーテックスだって言うの⁉」

 風の言葉に、園子はうなずいた。それでもまだ信じようとしない勇者部の面々を見て、丹羽は最終手段に出る。

「ごめんなさい、皆さん。俺が自分が人間じゃないって気付いた理由はもう1つあるんです」

 丹羽は自分の手にかみつくと、血が出るほど強く噛み、肉を食いちぎった。

「ほら、変身した状態だと血、赤くないんですよ。こんな色の血を流す人間なんて、いないでしょ?」

 ぽたりぽたりと紫色の血が樹海に落ちていく。その姿に、全員が丹羽を見る。

 その瞳にあるのは異質なものを見る目、あるいは恐怖。

 顔を青くし、我知らず丹羽から逃げるように一歩足を引いた。

 まあ、そういう反応になるよなと丹羽は思う。どうやら最終決戦を一緒に戦うのは無理そうだ。

『丹羽明吾、お前……。少し予想外だったがわかってくれたかな? 丹羽明吾がバーテックスだということが。じゃあ、そちらに迎えをよこそう。結界の外で待っていてくれ』

「だ、そうです。じゃあ皆さん、お別れですね」

「待ってにわみん!」

 結界を抜け壁の外へ行こうとする丹羽の手を取ったのは園子だった。

「行かないで! 一緒にいて! バーテックスでも構わない。にわみんがいい人だって、わたしはわかってる! だから!」

「ごめんなさい、そのっち先輩。どうやら俺は勇者部部員じゃなかったみたいです」

「え?」

 丹羽の視線を追うと、園子は息をのんだ。

 友奈が、東郷が、夏凜が、風が、樹が、銀でさえも武器を構え丹羽をにらみつけていた。

 まるでいつでも戦える準備ができているように。

「みんな……なにしてるの?」

 園子の言葉に誰も反応しない。

「にわみんだよ? みんなを一生懸命助けてくれた、大切な仲間でしょ? なのに、どうしてそんな……身体がバーテックスってだけなのに!」

 その言葉にハッとしたように全員が武器を下ろしたが、もう遅い。

 丹羽は覚悟を決めて勇者部の面々に言う。

「じゃあ、さよならみなさん。お元気で」

「待ってにわみん!」

 1度離した手は、もう1度つかもうとするには遠すぎた。

「にわみん、にわみーん!」

 丹羽が壁の外へ向かうのと同時に樹海化が解けていく。

 園子の叫ぶ声に、壁の外へ出た丹羽は最後まで1度も振り返らなかった。

 

 

 

 神樹の結界から出るとそこには赤一色の世界が広がっていた。

 壁の外。バーテックスが生きる世界。

 そこには四国のような生命が生きられる自然は何もなく、ただ灼熱の大地とマグマが吹き出す海があるだけだ。

 青い空も、瀬戸内の青い海もここにはない。

 丹羽は思う。こここそがバーテックスである自分が本来生きる世界なのだと。

 きっと、勇者部の皆に囲まれた日常が幸せすぎて勘違いしてしまったのだ。自分が人間だと。

 既に再生が終わりわずかに紫色の血痕が残る手を見ながら思う。

 こんな化け物が、彼女たちのいる日常にいてはならない。

 この壁の外こそが、自分の居場所だ。

『すまんな、損な役回りをさせて。もっと円満に勇者部の皆と別れる手段もあっただろうに』

「何言ってんだ。あのまま俺が口を挟まないと、全部自分のせいにしようとしてたくせに」

 照魔鏡に映る人型のバーテックスが肩をすくめる。お見通しかと言うように。

『だって、それが一番いい方法だからな。お前は操られていただけ。そうすればみんな同情してくれるだろ?』

「そんなわけないだろ。さっきの反応見たら…誰だって自分とは異質な存在は怖いよ。ましてやそれが今まで戦ってきた敵だったら」

 先ほど園子以外の勇者部の皆が自分を見つめていた視線を思い出す。

 少なくとも好意的なものは一切なかった。戸惑いこそあったが、敵意に満ちたものだったと思う。

『そうだな。俺たちが真の意味で彼女たちと共にあるのは難しいかもしれない』

「それでいいだろ。いや、そのほうがいい。俺もお前も、もう百合の間に挟まるという事態は避けたいし」

 丹羽の言葉に『違いない』と人型のバーテックスが笑う。その時巨大アタッカ・アルタがこちらに向かって進行してきたのがわかった。

「フェルマータじゃないのか?」

『念には念を入れてな。東郷さんに見られたらまずいだろ。まあ、杞憂だったみたいだが』

 もし巨大フェルマータが迎えに来ていたら、あの時突進してきたバーテックスが人型のバーテックスの仕込みだとバレてしまう。

 それを避けるためにアタッカ・アルタを使いにやったのだが、どうやら巨大フェルマータでも問題なかったようだ。

「そうだな。まあいいさ。急ぐわけでもないし」

『ああ、そうだな。こっちに来たらゆっくり休め。今まで大変だっただろう』

 そうでもないさ、と丹羽は巨大アタッカ・アルタに乗り込みながら言う。

「たしかに結城先輩はやめてって言っても何度も東郷さんの前で名前を呼ぼうとするしグイグイ距離を縮めてきたけど、話してみれば普通の女の子だった。鋼メンタルなのは外側だけのメッキで、中身はきっと誰よりも弱い」

 先ほどまで子供のように泣いていた人一倍神樹様に対する信仰心が強い先輩を思い出して丹羽は言う。

「東郷さんは、友奈ちゃんラブで近づく男は見境なく見敵必滅するのかと思いきやそんなことなくて、優しくて頼れる先輩だった。それとコンプレックスとか1人で抱え込む傾向が原作より緩やかだったな。今回も結城先輩を説得してくれたし」

 二次に毒されすぎてメンタルポンコツのゆうなちゃん大好きっ娘だと思っていた丹羽は苦笑する。

「犬吠埼先輩は、思った以上に世話焼きだった。そりゃナツメさんも惚れるわ。あんなにかいがいしく世話を焼いてくれる料理上手の女の子がいたら、惚れるしかないだろ」

 5か月間ほぼ毎日3食用意して部屋に招いてくれた彼女のことを思う。男相手だとチョロそうとか思っていてすいませんでした、と心の中で詫びる。

「犬吠埼さんは…まさかヘテロだったとは。ゆゆゆいでナツメさんのことキャーキャー言ってたからこっち寄りだと思ってたのに。同じ学年で等身大の彼女を見られたのは貴重な経験だったよ」

 アニメ本編やゆゆゆいでは見せてくれなかった表情を見せてくれた同級生の樹のことを思う。ただのいい娘ではなく、少し謀略を巡らせるあの性格は、丹羽の影響があったかもしれない。

「三好先輩は…うん、なんか本編よりポンコツだった。でも、その後はちゃんと俺の知ってる彼女で、稽古でも情け容赦なく木刀を振り下ろしてきて、結構痛かった」

 初登場の山羊座戦で本編通り1人で倒せなかったのは多分この世界だけだろう。それが人型のバーテックスがこの物語に関わったせいかはわからないが。

 あと、彼女は風と違うベクトルで世話焼きだった。自分はあくまで手助けするだけで、大切なことは本人に決めさせるように誘導する。丹羽がいなければ理想のにぼいつになったに違いない。

「銀ちゃんは…本編通りだったよ。助けられて本当に良かった」

 2年間の昏睡から目覚めた彼女のことが、丹羽と人型のバーテックスにとって最大の懸念事項だった。

 それが解消されたから、もう何の心配もなく最終決戦に臨める。

「あとは…そのっち先輩。ある意味結城先輩よりもグイグイ来たことに驚きだよ。彼女、ゆゆゆいでもどちらかというと傍観者ポジションだったよな?」

『そうだな。何かを計画して糸を引くことはあっても、自分から積極的に物事に関わっていたのは園子メモに関すること以外は特になかったように思う』

「だな。同じ趣味っていう共通点はあったけど、それだけだ。あんな告白まがいなこと言われるなんて俺、そんなことした覚えは」

『ん? 告白まがい? なにそれ聞いてないんだけど』

 うっかり口にした今朝園子に言われた「百合を観察するには同じ趣味の女の子と付き合ってカモフラージュしたほうがいいんじゃないか」という話に人型のバーテックスは食いつく。

 いや、別に告白されたわけではないし、匂わせ程度のものだが丹羽と同じ百合厨の彼からしたら聞き捨てならない案件だったらしい。

『お前…まさか他の勇者部の子たちにもそうやってコナかけてるんじゃないだろうなぁ。それは許されざる行為だぞ』

「してねーよ! というか、してたらお前にバレるだろ! 少なくとも俺は百合の間に挟まるクソ男になるのは御免だ」

 それは偽らざる本心だ。だからこそ、このタイミングで彼女たちの元を離れるのは良かったかもしれないとどこかで安心している自分がいた。

 丹羽は勇者部の皆に関わりすぎていた自覚があった。それこそ園子に言われた通り百合の間に挟まっている状態で。

 そんなの自分が望むものではない。勇者部の皆が百合イチャするためにはあれくらい嫌われて目の前からいなくなった方がいいだろう。

『じゃあな、丹羽明吾。積もる話は帰ってから聞こう。俺は出雲地方のテラフォーミングに戻るよ』

「出雲? もうそんなところまで土地の再生が終わったのか?」

『ああ、これでこの地にいる大量の神霊を解放できると思う。じゃあな』

 言葉共に一瞬遅れて照魔鏡の映像が消える。通信が終了したようだ。

 さて、丹羽の西暦知識から推測するに香川から一番近い岡山でも車なら1時間はかかる。アタッカ・アルタならそれより早く移動できるはずだが少なくとも30分はかかるだろう。

 フェルマータならその半分くらいの時間でついたのだろうが、別に急ぐわけでもない。

 のんびり待とうと丹羽は巨大アタッカアルタの手甲のようにつるっとした背から落ちないように乗り直す。

 目を閉じれば勇者部の皆と過ごしてきた思い出が手に取るように思い出された。

 乙女座との戦い。2度目の戦いで女子力(嘔吐)を樹海にぶちまけた風。風の誕生日のために性癖を曲げて行ったデート。味覚がないのにダメージを受けた樹のスペシャルクッキー。原作と違うポンコツな夏凜に戸惑った山羊座戦。予想外の敵である7つの御霊を持つアクエリアススタークラスター戦。勇者部夏合宿。そして夏祭り。

 どれも輝かしい思い出だ。作り物の自分にはもったいないくらい。

 それに勇者部の皆はモブではなく仲間として自分の名前を呼んでくれた。それが創造主である人型のバーテックスにはない丹羽にとって唯一誇れる部分だった。

「にわみーん!」

 そう。なぜか園子だけはあだなだったが。あと1文字「ご」くらい略さず呼んでほしいと思ったが、それも彼女らしい。

「にわみーん! ねえ、にわみんってば!」

「え?」

 てっきり幻聴だと思っていた園子の声がすぐ後ろから聞こえてきた。振り向くとそこには勇者服の園子が必死に巨大アタッカアルタを追ってきている。

「え、そのっち先輩? なんで」

「行かないでにわみん! 行くならわたしも連れて行って!」

 今まで見たことのない必死な表情の園子に、丹羽は慌ててアタッカアルタに停止するように言う。それから灼熱の大地に降りると急いで園子の元に駆け寄った。

「そのっち先輩。壁の外まで来ちゃったんですか? 四国から? なんで」

「そんなの、にわみんと一緒にいたいからに決まってるでしょ馬鹿!」

 なぜか抱き着かれた。息が荒い。

 恐らく転移された讃州中学の屋上からここまで休みなく走って来たのだろう。何が彼女をそこまでさせたのかと丹羽は困惑する。

「言ったじゃない! 四国の人がみんな敵になってもわたしはあなたの味方だって! それなのに、なんでにわみんは」

「ちょ、ちょっと待ってください。俺はバーテックスなんですよ。そのっち先輩やみんなの敵の。それなのに」

「関係ない! だって、あなたはにわみんでしょ! わたしの散華を治してくれて、ミノさんやわっしーを助けてくれた。それ以上何か理由が必要?」

 真剣な顔で言う園子に、丹羽はすぐに言葉を返せない。ただ園子が息を整える荒い呼吸が壁の外の世界に響いていた。

「わたしにとって、にわみんは特別な人。たとえ身体がバーテックスでも、心はにわみんのままのはず。人間でもバーテックスより悪い奴らはいっぱいいるんだから、それに比べたらにわみんの方がよっぽどいい人だよ」

 それは幼いころから同年代の子供より大人に多く囲まれてきて、大赦に現人神として祀られていた彼女だから言えることだろう。

 乃木園子という少女の境遇を思い出し、丹羽は返すべき言葉を返せない。なにより園子の言葉が嬉しくて仕方ないからだ。

「わたしは、2年前親友を2人失った。1人は自業自得だけど、2人とも取り戻せた。それはにわみんのおかげ。感謝してもしきれない」

 息を整えた園子は、ぎゅっと丹羽の両手をつかみ言う。

「だから、わたしにとってにわみんは大切。恩人で同じものが好きな同志で、ソウルメイトで特別な人。いなくなってほしくない人なんだ」

「そのっち先輩」

「ちょっと! 2人の世界を作ってるんじゃないわよ!」

「そうです。そう思ってるのは園子さんだけじゃないんですから」

 声に顔を向ければ、そこには夏凛と樹がいた。2人とも追ってきてくれたのだろうか。

「ごめん、丹羽。あんたがバーテックスだってわかったとき、正直騙されたと思った。あんただってつらかったはずなのに」

「ごめん丹羽くん。わたし、あんなに近くにいたのに丹羽君が悩んでいたのに気付かなかった。いつも自分のことばかりで、甘やかしてくれる丹羽君に頼りきりで」

 2人の言葉に丹羽は目を白黒させる。

 いや、バーテックスだってことは自分は最初からわかってたし、悩んでいなかったんですよと今言うのは間違いなく違うだろうなぁと思いながら。

「あんたがいないと、あたしは誰と稽古すればいいのよ。あたしは強くなりたい、完成型勇者として誰よりも、だから…」

「丹羽くんがいないとわたし、お姉ちゃんのご飯食べすぎて太っちゃうよ。女の子のグループの誘いもまだうまく断れないし、このままだと男の子のグループとの遊びに連れていかれちゃう。だから」

「「帰って来なさい(来て)丹羽(くん)」」

「三好先輩、犬吠埼さん」

 自分に向かって手を伸ばす2人に、丹羽は戸惑う。

「「ちょっと待ったー!」」

「おおっと! ここでふーみん先輩とミノさんのちょっと待ったコールだー!」

 夏凜と樹に続きやって来た風と銀を某番組の司会者のように紹介する園子。あれ、君って神歴生まれだよね? と丹羽は思わず思う。

「丹羽、行かないで! アンタがバーテックスでも関係ない! アンタはアタシたちと同じ勇者部部員。部員に向けて武器を向けるなんて、アタシどうかしてた!」

「考えてみりゃあたしを治してくれた人型だってバーテックスだしな。お前がバーテックスでもあたしは別に関係なかったわ」

 思いつめたように言う風とは対照的にあっけらかんと銀は言う。それがおかしくて、つい丹羽は笑ってしまう。

「な、なに笑ってるのよ! 言っておくけど、もうアンタとナツメの分を含めて4人分作るの癖になっちゃったんだから、責任取って毎日食べに来なさいよね!」

「あたしはお前に受けた恩を全然返せてない。だから、ここでお別れなんて寂しいこと言うなよ」

 だから、と2人は丹羽に向けて手を伸ばす。

「「帰って来て(来い)、丹羽!」」

「犬吠埼先輩、三ノ輪先輩」

「丹羽君、ごめんなさい。私も夏凛ちゃんが言うように疑ってしまったの。あなたが私たちを騙してたんじゃないかって。そんなはずないのに」

 今度は東郷が友奈にお姫様抱っこされて登場した。東郷の言葉に友奈も続く。

 その姿に思わず「あら^~」と尊いフェイスをしていたら無言で園子に腹パンされてしまった。どうやらそういう状況ではないらしい。

「うん、私もやっぱり神樹様は正しかったんだって思っちゃった。東郷さんや亜耶ちゃんって人にしたことは変わらないのに。それを助けてくれた丹羽君をひどい人だって決めつけて倒そうと思っちゃった」

「それは、仕方ないですよ。俺は人類の敵でバーテックスなんですから」

「「仕方なくなんかない!」」

 2人重なった強い否定の言葉に、丹羽は驚く。

「私、知ってるもの。丹羽君は優しくて、それをみんなに気づかせないように気遣いができる子。私の命を助けて、心も救ってくれた大切な存在なのに、少しでも疑った自分が許せない」

「また同じ間違いを犯すところだった。自分で選んで、自分で決めなくちゃいけないのに。丹羽君の今までしてくれたことで、私は君が敵じゃないって知ってるはずなのに」

 言葉と同時に2人は丹羽に向かって手を差し出す。おずおずと、だが丹羽がしっかりとつかんでくれるように。

「許してくれとは言えない。でも、もしこの手を取ってくれるなら、私に挽回の機会を与えて。今度こそあなたを手放したりしない」

「丹羽君は私、ううん。勇者部の皆にとって大切な仲間。それは私が決めたこと。神樹様やみんなが言うからじゃなくて、私がそう思うんだ。だから、もう1度私を信じてください」

 差し出された6つの手。そのどれもが丹羽が仲間であり、四国へ帰ってくれるように願っている。

 その事実に丹羽の胸に熱いものがこみ上げてきた。

「皆さん…でも、俺。バーテックスだから。人類の敵は、みんなと一緒にいちゃいけないから」

「まだそんなこと言ってるのにわみん」

 顔を伏せようとする丹羽の顔を無理やり上げさせ、真剣な顔をした園子が言う。

「この中に、あなたのことをそんな風に思っている人は1人もいない。みんな、あなたの味方。たとえ四国中の人がみんなあなたの敵でも、わたしは…ううん。わたしたち7人は君を最後まで守ってみせる」

 園子の言葉に勇者部全員が力強くうなずく。

 その光景を見ておずおずと、ゆっくりと丹羽が手を伸ばす。それを6つの手がしっかりと握った。

「「「「「「お帰り、丹羽(君)」」」」」」

 満面の笑みを浮かべる6人に、はにかんだように丹羽は言った。

 ただいま。これからもどうぞよろしくお願いしますと。




 瀬戸大橋って名前のせいで香川から一番近いのは岡山じゃなくて広島だと思っていた件。
 実際地図を広げてみると断然岡山の方が近い。しかも瀬戸大橋って岡山の倉敷市と香川県の坂出市をつないでたのね。
 瀬戸って名前から広島だと思っていた人型さん。実際テラフォーミングしていたのは岡山でした。
 このように前世知識でも思い込みにより多少ズレが生じます。怖いね、思い込みって。

丹羽「なんであそこで俺がバーテックスってバラすかなぁ。黙ってりゃバレないのに」
(+皿+)「詰むぞ」
丹羽「え?」
(+皿+)「下手に隠し事したままだと、そのっちに槍で刺されたりして詰むぞ。俺の経験上」
丹羽「はは、まさか」
(+皿+)「お前、俺の記憶を持ってるならわかるだろ。そのっちはヤる。必要なら情け容赦なくヤる」
丹羽「……せやな(トラウマ発動)」

 ちなみに本当にバラさずに神樹様に会うと詰みます。


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【グッドエンドルート】神様始めますか?

 あらすじ
 丹羽君、バーテックスだとバレる。というか本体にバラされる。
【あのシーンの真実編】
 丹羽、バーテックスであると勇者たちに証明するために自分の手を噛み切る。
友奈(え、何してるの丹羽君。うわぁ、すっごい痛そう!)
東郷(丹羽君てば何を…いやぁあああ! 血が! 血が出てる!)
風(丹羽、アンタ何を…うわっ、グロっ! 傷の断面図見せないで!)
樹(丹羽くん、一体何して…ふぅ(気絶))
夏凜(え、丹羽あいつなにやってんの? うわっ、食いちぎった⁉ なんで得意げな顔してんのあんた!)
銀(丹羽、あいつ何を…うわ、あたしグロいの苦手なんだよ! 見ないでおこう)
園子(にわみん、いったそー。自分をいじめるの好きな子なのかなぁ。今度首輪とかプレゼントしてあげよ)
(+皿+)「丹羽明吾、お前……(ドン引き)」
 結論。みんな丹羽君がバーテックスなのを怖がったわけではなく行動にドン引きしただけ。




 大赦は大混乱に陥っていた。

 理由は巫女たちが相次いで高熱で倒れたせいだ。原因不明で大赦お抱えの医師たちも原因を特定できず匙を投げるほどの症状だった。

 無論、大赦の最高責任者はおおよその見当はついていた。だがそれを認めることは自分の失敗を認めざるを得ないことになってしまう。

「まさか、神樹様がこの事態を引き起こしているというのですか」

 自分たちが信仰している神がまさかこの事態を引き起こしているなど、あり得るわけがない。

 なにしろ神樹様と言えば四国にいる人間はもちろん大赦に務めている人間ならだれでも知っている信仰の対象である。

 自分たちが信仰している存在が自分たちに害をなす行為をするなど、あってはならないからだ。

 だがそうとしか考えられない。勇者である東郷美森も同じような症状にかかったが、あれは人類の仇敵、丹羽明吾の仕業のはずだ。

「ひょっとして我々は勘違いしていたのか?」

 東郷美森は丹羽明吾のことを憶えていたことから人類の仇敵に洗脳されていたのだと大赦は推測を立てた。

 それが根本から間違えていたのだとしたら?

 東郷美森は神樹様になんらかの罰を与えられて今の巫女のように高熱に犯されているのだとしたらどうだろう。

 そうすればこの状況も腑に落ちる。

「いや、まさかそんな」

 だが同時にありえないと首を振った。

 まさか自分の勇者の病状が快方に向かうように祈祷しただけで、神樹様が巫女を罰するなどありえるはずがない。

 それとも神樹様は巫女が祈り、自分に意見するのすらおこがましいとお怒りになられたのだろうか?

「そんなことがあり得るのか?」

 呟いても巫女たちの病状が快方に向かうわけではない。ただでさえ今日バーテックスが襲来するとされているのに、巫女が使い物にならないのは大問題だ。

「っ、樹海化が確認されました!」

 大赦職員の報告に、会議室にいた大赦仮面たちはうろたえた。

「結城友奈様1人で守れるのか、この四国と神樹様を?」

「しかし勇者様しかバーテックスと戦えない。我らは座して見ているより他はないだろう」

「くっ、何もできないこの身が口惜しい。何か我らも勇者様をお支えすることはできないのか!」

「祈ろう。結城様の無事を。我らの願いが神樹様に届くと信じて」

 原作勢からしたら「え、何このきれいな大赦?」と困惑することだろう。これも丹羽の大赦OTONA化計画の成果だ。

 今の大赦には勇者を道具扱いする人間も、自分たちが生き残るために必要な駒と考えるものは1人もいない。

 ただ純粋に勇者の身を心配し、真摯に無事を祈る大人たちしかいないのだ。

 まあ、無能というか、いろいろとガバガバなのは原作通りだが。

 時間にして約30分。樹海化が解けたことで大赦仮面たちは安心した。

 よかった。結城友奈はバーテックスに勝ち、四国は守られたのだと。

「急いで讃州中学に救護車の準備を。メンタルケアの医師の準備も急げ!」

「勇者である結城様の安全確認が第一だ。まずは何をおいてもそれを最優先に」

 てきぱきと指示を出す大赦の権力者たちの声を受け、忙しく大赦仮面が会議室から出ていく。

 これで当面の危機は去った。それにしても勇者1人でバーテックスを追い返すとは、四国一の勇者適性というのは伊達ではないらしい。

「報告! 遠視の能力を持つ巫女によれば結城様の他に乃木園子様、三ノ輪銀様、東郷美森様、犬吠埼風様、樹様、三好夏凛の6人とその…丹羽明吾も先の襲撃に対し結城様と共に戦い、バーテックスを撃退したそうです」

 巫女を統括する部署の長の言葉に、会議室はざわめく。

「それは本当ですか? 結城様が他の勇者様方…丹羽明吾に洗脳された勇者様たちと敵対したのではなく?」

「はい。複数の巫女が同じ光景を遠視したそうです」

 大赦の巫女の中には神託を受ける以外にも能力を持つ巫女が少なからずいる。

 それが遠見、遠視と呼ばれる特殊能力だ。古来から失せ物を探したり、遠くにいる人物を見つけたりという手段で使われるものである。

 今回はそれで樹海の戦闘の様子を見ていたらしい。熱に浮かされる中、よくやってくれたと思う。

「報告! 勇者様のスマホのGPSによるとその情報は正しいようです。いま画像を映し出します」

 言葉と共に会議室のモニターに勇者たちの名前がついたアイコンと地図が表示される。これは樹海で樹の使っていた者と同じで、その記録を大赦仮面たちは見ているのだ。

「これは…バーテックスに囲まれていた結城様を他の勇者たちが助けた?」

「しかも大型バーテックスの双子座は三ノ輪銀様、乃木園子様、犬吠埼風様、三好夏凛によって倒されています。御霊の破壊には犬吠埼樹様と丹羽明吾が協力しているように思われますね」

 冷静な分析にさらに会議室にざわめきが起こる。

 どういうことだ? 丹羽明吾とその近くにいた6人の勇者たちは我々の敵ではなかったのかと。

 なぜバーテックスと共に神樹様を倒すのではなく、むしろ逆にバーテックスを倒し我々を守ってくれたのだろうかとみんな首をかしげる。

「どうやら、我々は間違っていたのかもしれません」

 大赦の最高責任者は重々しく言う。

 前言を翻し己の失敗を認めるということは簡単なようで難しい。ましてやそれが大きな組織のトップならなおさらだ。

「神樹様の神託の解釈を、我々は誤ったようです。丹羽明吾様は我々を守って下さった。少なくとも人類の仇敵というのは誤りでした。みなさん、すみません」

 頭を下げる大赦の最高責任者に、大赦仮面たちはうろたえる。そんなこと、大赦の長い歴史の中でも恐らく初めてだからだ。

「そ、そんな。お顔を上げてください。それならば巫女の神託を纏めるわたくしの落ち度です」

「いえ、我々がもっと吟味し、分析したうえで神託を伝えるべきでした」

「いや、最終的に神託としてそれを皆に伝えよと命じたのはわたくしです。責任はとります。その上で、正しい神託の解釈を改めて始めましょう」

 原作の園子と風が見たら「え、なにこいつら」とドン引きしていたであろうまともな発言だ。お前大赦仮面をかぶった偽者だろうと詰め寄ったかもしれない。

 こうして改めて巫女を通じて告げられた神託をああでもないこうでもないと意見を言い合っていると時間はあっという間に過ぎていく。

 気が付けば夜が明け、日をまたいでいた。

「うーむ。人類の仇敵としたのは確かに誤りだったかもしれない。神樹様は一言もそのようなことをおっしゃっていなかったのだから」

「だが早々に打ち滅ぼすべしと告げておられるぞ。それに大赦と人類を偽っていると」

「そのことですが…神樹様は本当に我々の味方なのでしょうか?」

 大赦の最高責任者の放った言葉に、会議室にいた大赦仮面全員がぎょっとしたような顔をする。仮面をしているのでわかりにくいが。

「今回の巫女の高熱騒動と言い、何かおかしい。もしあれが三ノ輪銀様が快方に向かうよう祈ったせいなのだとしたら…」

「そんな、お言葉を慎みください! あなたがそんなことを言えば、大赦という組織は成り立ちません」

「わかっています。しかし、相手は神。我々の理解の及ばぬことが原因なのかもしれません。これは事と次第によっては神樹様との関わりを考え直すべきなのかもしれません」

「ほ、報告いたします!」

 大赦の存在を揺るがしかねない大赦の最高責任者の言葉に揺れる会議室に、大赦仮面の言葉が響く。

「丹羽明吾と勇者の乃木園子様、東郷美森様が病室を訪れ巫女たちの高熱を次々と治しています。それと治療が終わった後、大赦の最高責任者様とお会いしたいということです」

 その言葉にさらにうろたえる大赦仮面たちの中で、ただ1人最高責任者だけは「そうですか」と冷静に返事をしたのだった。

 

 

 丹羽がバーテックスであったことも受け入れ、一致団結した讃州通学勇者部。

 それでは壁の外から四国へ帰ろうかと全員が思う中、園子だけは違うことを考えていた。

「よーし、じゃあわたしたちは人型さんのところにこのまま行ってくるんよー。みんな、四国のことはお願いねー」

「「「「「「「いや、ちょっと待て」」」」」」

 丹羽の手を引き巨大アタッカ・アルタに2人そろって乗り込もうとしている園子の肩をつかみ、銀と東郷がみんなを代表して言う。

「何考えてるんだよ園子。今までの話聞いてたのか?」

「そうよ。丹羽君は私たちと一緒に四国へ帰るのよ。なのになんでそっちに行こうとするの?」

 2人の言葉に友奈、風、樹、夏凜もうなずいている。

「んーっとね。1つは神樹様に対抗する手段を得るため。わたしたちではどうやっても神樹様を傷つけられないから、神樹様がにわみんを直接傷つけようとしたときどうしようもないの。だからバーテックスである人型さんの力を借りようと思って」

 その言葉になるほど、と東郷と夏凜はうなずく。他の面々はまだ納得しかねているようだが。

「2つ目はにわみんが本当に安全に過ごせる場所か確認するため。3つ目は人型さんがテラフォーミングした大地を直接見てみたいから。これは内容次第では大赦との交渉カードにもなるんよー」

「大赦と交渉? まさか乃木、あんた大赦と話し合うつもり? アタシたちを騙してた連中と」

 風の剣呑な視線を受け止めても園子は風に揺れる柳のように受け流しうなずく。

「うん。四国に戻るっていうのはそういうことだから。少なくともにわみんの安全が確保されるまで、わたしは人型さんのところにいるのもやむなしと思ってる。もちろん、みんなと一緒にいられるのが1番だけど」

 園子の言葉に6人は改めて現実を突きつけられたような気持だった。

 丹羽を四国に連れ戻すということは、神樹様や大赦から丹羽を守り続けなければならない。

 まだ中学生の自分たちには対抗する手段が少なすぎる。両親を頼っても多分大赦には逆らえないだろうし、すぐに追い詰められてしまうだろう。

「じゃあ、本当に丹羽くんとはここでお別れなんですか?」

 泣きそうな顔をする樹に丹羽の心は痛んだ。だが、状況的には自分が人型のバーテックスの元にいるのが1番いいことはどうあがいても変わらない。

「いっつん早まらないで。そのために、わたしが人型さんのところに行って大赦と交渉するんだから」

 その言葉にどういうことだと全員の視線が集まる。

「大赦が神樹様を信仰しているのは、宗教的シンボルというだけじゃなくて四国に恵みを与えてくれているっていうのもあるんだ。もしそれと同等、あるいはそれ以上の恵みを与えてくれる新しい神様がいたらどうなると思う?」

 その言葉にまさか…と丹羽は冷や汗が出る。

 この子とんでもないこと考えてるんじゃないか?

「人型さんには神様になってもらおうと思ってるんよー。四国の外の土地を救済していく神樹様に代わる神。人型さんのことを知ってるのは大赦でも数えるほどしかいないから、消す数は最小限で済むし。それと末端の人を巻き込めば結構いけると思うんだー。最悪、人型さんに神樹様を倒してもらって、四国にいる人々をテラフォーミングした新天地に移住なんてプランも」

「いやいやそのっち先輩。いやいや」

 園子の途方もない計画に丹羽は思わず手を振る。さらっと消すとか言ってるのが怖い。

「なに人類の敵ムーブかまそうとしてるんですか! そんなことしたら乃木家は四国を滅ぼそうとした最悪の勇者として弥勒家以上に没落しますよ!」

「あははは、にわみん。歴史ってのは勝者が常に作るもんなんだぜー。それに失敗した時は家族と一緒ににわみんと一緒に壁の外で暮らすのもいいかなーって。大丈夫! わたしサンチョがあればどこでも眠れるんよー」

「いや、そういうことじゃなくてですね」

 どう言って説得するべきか迷っている丹羽に、この場にいる勇者部6人は思った。

 あれ、これどっちに転んでも丹羽が園子と離れられないように仕組まれてない? と。

「そのっち、私もついていくわ。2人だけじゃ不安だもの」

「あたしも! 人型さんには直接お礼も言いたいしな」

 危機感を抱いた6人のうち、園子と一緒にいた時間が長かった東郷と銀がまず行動した。他の4人は少し出遅れる。

「わ、私も! 丹羽君とはもう離れない。ついていくよ!]

「アタシも部長として一緒に行くわ。部員を守るのは部長の役目だもの」

「お姉ちゃんが行くならわたしだって! 丹羽くんはわたしたちにとってもう大切な家族ですから」

「まったく、完成型勇者のアタシを置いて行くなんてありえないでしょ。仕方ないからついて行ってあげるわよ」

「うーん。みんな来るの? それは難しいかなー?」

 だがそれに園子は困ったような顔をする。それに園子に近づき、こっそりと丹羽には聞こえないように低い声で東郷が問い正す。

「そのっち、まさか1人だけ抜け駆けするつもり? いくらそのっちでもそんなことは許されないわよ」

「そうじゃなくてねー。8人も乗れると思う? アレに」

 園子はそう言って巨大アタッカ・アルタを指差す。

 確かに園子の言う通り、中学生とはいえ人間8人が乗るには1体だけだと小さすぎる。せいぜい乗れて4人ほどだろう。

「それに、わたしたちがいない間四国の守りはどうするの? 人型さんの協力が取り付けられても帰って来た時には四国はありませんでしたじゃお話にならないんよー」

 確かにいちいちもっともだ。

 だが、気に入らない。話の流れ上園子と丹羽が人型の元へ行くのが確定しているのが。

 残る2枠はお前たちでせいぜい争い奪い合えということだろうか? 勇者部6人の間で見えない攻防が繰り広げられる。

「夏凛は、大赦の勇者だから居残り組ね」

「あ、ズルっ! そういう風は部長なんだから、もちろん四国に戻って待機よね?」

 口火を切ったのは風だった。それに対し指名された夏凜も負けずと言い返す。

「あ、アタシは部長として丹羽の保護者に挨拶を」

「保護者…まあ、産みの親っていう意味ではそうだけど。皆さんと違ってわたしたち姉妹は保護者はもう他界していませんししばらく家に帰らなくても心配する人はいません。皆さんは違うでしょ?」

「重いよ樹ちゃん! でも今回私1人で戦って分かったけど、樹ちゃんと東郷さんがいるのといないのじゃ戦闘の難易度がぐっと変わるよ。少なくとも2人のうち1人は残ってほしいかな」

 両親が他界したことすらアドバンテージとする樹に面食らいながら友奈は今回の戦いで感じたことを告げる。

「となると、須美は留守番か。じゃあ、あたしと園子で丹羽は守ってやるから安心してくれ」

「ちょっと待ちなさい銀。なぜ私がお留守番確定してるのかしら? 私は丹羽君と離れないわよ絶対に」

 笑顔の銀に黒いオーラを出しながら東郷がすごむ。

 あーもう無茶苦茶だよ。

 収拾がつかなくなってる勇者部の面々に、どうするんですかと丹羽は視線で園子に問いかける。

「もうジャンケンして勝った2人がついてくるってことでいいんじゃないかな?」

 お前はどの立場からモノを言ってるんだよ。

 と勇者部の6人は思ったが園子がいないと交渉できる人間がいないのは確かだ。

 ジャンケンの結果丹羽と園子、東郷、銀のわすゆ組3人が人型のバーテックスの元へ行き、他のメンバーは四国でお留守番することになったのだった。

 

 

 

 人型のバーテックスがテラフォーミングした新天地にたどり着いた3人は、あまりの光景に唖然としていた。

「これ、本当に壁の外なの? 空は赤いけど、それ以外は四国と全然変わらないじゃない」

 東郷が漏らした感想に、銀と園子もうなずく。

「海もすげー広いし、ひょっとするとゴミがないぶん四国よりきれいなんじゃないか?」

「でも生き物いないねー。さっき堤防のところにフナムシがいたけど、多分あれバーテックスだよ。自然は多いけど、生命はまだ作れてないって感じなのかな?」

 園子の観察眼に丹羽はさすがだなと思う。目の付け所が常人と違うのは天才ゆえか。

 その時丹羽の胸から精霊の照魔鏡が出現し、鏡のような体躯に人型のバーテックスの姿が映る。

『やあ、そのっち。東郷さん。銀ちゃん。それと丹羽明吾。いらっしゃい、そこからはそこにいるフェルマータ・アルタに乗ってきてくれ』

「え、わたしたちが来るのわかってたのー?」

「全部お見通しってことか」

「えっ、ちょっと待って。丹羽君、このバーテックスって」

 東郷の驚く声に丹羽が視線を追うと、そこにいたのは巨大フェルマータ・アルタ。何に驚いているんだろうと考えて、思い至る。

(やばい、東郷先輩はここに連れてくるべきじゃなかった)

 フェルマータ・アルタは乙女座戦で東郷に突進してきたのを丹羽がかばう形で助けたきっかけでもあるゆゆゆいバーテックスだ。それがここにいるということは、それが人型のバーテックスの仕込みだとバレかねない。

 自分らしくない凡ミスに思わずあちゃーと脳内でやらかしを反省した。これ、どうするつもりなんだろうと丹羽は照魔鏡に映る人型のバーテックスを見る。

『ああ、東郷さんと丹羽明吾はそいつを見たことがあったな。そいつはフェルマータ・アルタ。双子座のように突破力があるスピード特化のバーテックスだ』

「じゃあ、丹羽君を私にかばわせたのは、あなたの差し金だったんですか?」

 え、正直に言うの? という丹羽の視線を受けて人型のバーテックスは冷静に告げた。

 実は冷静に見えるのは外見だけで、本心では「やっちまったー!」とゴロゴロ転がっていたりする。こういう時、表情のないこの身体が役に立つとは夢に思わなかったが。

『言っただろう。人間に近いバーテックスを作ったと。そのために丹羽明吾には無意識で勇者…特に君たち3人を守るようにプログラムしておいた。だからあの場面で君を助けて変身するのは織り込み済みだった』

「じゃあ、あたしや園子に親切にしてくれたのもそのプログラムのせいだっていうのか?」

 銀の疑問に、人型のバーテックスは首を振る。

『たしかにそういう面があったのは事実だ。だが、そのっちと出会った時にはもうそいつは自我を獲得していた。勇者部にいる皆のおかげでね。それはとっても奇跡的なことで、尊い事なんだ。ありがとう、丹羽明吾を…俺の弟分に人間としてちゃんと向き合ってくれて』

 その言葉に東郷の胸には複雑な気持ちが渦巻く。

 丹羽が自分の命を助けてくれたのは、このバーテックスの計略だった。だが、その後の行動は自分たちが彼と関わったことで得た自我による自発的な行動。

 どこまでが創造主である人型のバーテックスによるものだったのか、測り兼ねたからだ。

「わっしー。ひょっとして後悔してる? にわみんを助けるって決めたこと。だったら」

「違うわそのっち。そんなことありえない! ただ、丹羽君はいつから丹羽君だったのかしらって」

「えっと、俺としては最初から俺は俺としか…。確かにその人型の言うことも本当かもしれないけど、あの時東郷先輩を守らなくちゃって行動したのは間違いなく俺の意思だって言い切れます」

 力強く言う丹羽に、そうねと東郷は改めてうなずく。

 そうだ、自分は彼を信じると決めたのだ。何を小さなことで迷っていたのだろう。

 たとえ無意識化に命令されていたのだとしても、行動を決めたのは丹羽自身。あの時自分を救ってくれた言葉を言ってくれたのも丹羽だ。

 だから、東郷美森はどんなことがあっても彼のそばにいると誓ったのだ。

 4人は人型のバーテックスの指示通り巨大フェルマータ・アルタに乗りあっという間に人型のバーテックスが待つ集落のような場所へとたどり着いた。

「すっごーい。アタッカ・アルタよりずっと早いんよー」

「そのっち先輩。それ人によってはトラウマな台詞だからやめてあげて」

『ようこそ勇者諸君。俺がそこにいる丹羽明吾の創造主にしてこの地域をテラフォーミングしてきたバーテックスだ。名前は特にない』

 フェルマータ・アルタから降りた4人は出迎えた人型のバーテックスに、頭を下げる。

「は、初めまして。東郷美森と申します。丹羽君には常日頃から大変お世話になっております」

『いえいえこちらこそ。勇者部の皆さんにはいつもよくしてもらっているみたいで』

 いったいどこの保護者のやり取りだという東郷と人型のあいさつに続き、銀が頭を下げた。

「こうして直接会うのは初めまして、だな。あたし、三ノ輪銀って言います。その、2年間もあたしの治療をしてくれた上に他のバーテックスから守ってくれたって園子に聞きました。本当に、本当にありがとうございます」

『いえいえ。どこか痛いとこない? 傷と火傷は全部治したけど、不調があったらすぐ言ってね。ヒーリングウォーターですぐ治すから』

 火傷、という言葉にそういえばと銀は思い至る。

 目が覚めた時、身体には獅子座の火球で受けた火傷跡がどこにもなかった。戦っていた時は必死で気付かなかったが、今思うとあれは一生残るほどの重度の火傷だったように思う。

 それを目の前の人外の存在が治してくれたとわかり、これはもう足を向けられないほどの感謝の対象なのだと改めて気づかされる。

「こんにちはー、人型さん。それじゃあさっそくお話があるんだけどいいかなー」

『うん。そのっち。話して話してー』

 ノリ軽っ! と思いながら3人は園子と人型のバーテックスの話を聞いていた。

 神樹を倒す力を貸してほしいこと。いざというときはこの新天地に四国の人々を移住させてほしいこと。四国の外にいた新しい神様になってほしいこと。

 話を聞き終えた人型のバーテックスは「ふむ」と考えるようなそぶりをした後、自分の意見を告げる。

『まず、新天地に四国の人々を移住させてほしいというお願いはむしろこちらからお願いしたいと思っていたところだ。喜んで引き受けよう。必要ならこの土地で取れた野菜や穀物を四国に持って行ってくれても構わない。四国では神樹の恵みによる作物の収穫量が年々減ってきているんだろう?』

 その言葉に園子は内心で冷や汗をかく。

 この人、油断できない。どこまで自分たちのことを知っているのだろうと底知れなさを感じたからだ。

『で、残りの2つはお断りだ。理由はいくつかある。まず1つは四国は残したままでいたいという俺のわがまま。だって生まれ故郷がなくなるなんて、悲しいだろ? それとそのっちが手を汚してほしくないっていうのもある。君たち子供がそんなつらい思いをするなんて、あってはならないことだ」

「で、本音は?」

『神様なんて面倒なことやってられっか! 俺はここで百合イチャを眺めながら余生を過ごしたい』

 丹羽の絶妙な本音の促しに、つい人型のバーテックスは答えてしまう。それに3人は白い目を向けた。

『…っとまあ、否定してばっかりもアレだから俺が代替案を出そう。まず神樹の説得は俺に任せてくれ。少なくとも丹羽明吾が人類の敵として四国で追われることはなくなると思う。ただ、その後のことは君たち次第だ。1度人類の敵と認定されたそいつを、君たちは守り切れるか?』

「「「守れます! 守ってみせます!」」」

 園子、東郷、銀の必死な言葉に満足げに人型のバーテックスはうなずく。いい仲間を持ったなと。

『そして2つ目。神様ならそれにふさわしい奴らがそのうちたくさん出てくるからそいつらに任せた方がいいんじゃないかな』

「それって一体?」

 人型のバーテックスの言葉に東郷が問いかける。

『うん。今出雲のテラフォーミングの最中なんだ。出雲ってわかる? 年に1度日本中の神様が集まってくるようなすごい場所なんだよ。で、その結果結構な数の神霊を解放できた。今居るだけでも、ほら、これくらい』

 言葉と同時に数えきれないほどの自分たちの持っている精霊のようなものが人型のバーテックスと園子、東郷、銀、丹羽の周囲に現れた。そのすべてかつて神として信仰された存在。神霊だそうだ。

「これ、全部…? すごい」

「その昔、我が国には八百万(やおよろず)の神様がいたと聞いたことがあるけど…これほどとは」

「やおよろずって…え、800万⁉ 須美、お前桁間違えてないか? こんだけ神様や精霊がいるのに、まだほんの一部だって言うのかよ⁉」

『うん。東郷さんの言うことは間違いじゃない。これでもほんの一部。これから日本各地のテラフォーミングをしていくから、まだまだ増えていくよ』

 人型のバーテックスの言葉に、「マジかよ…」と銀は言葉を失っている。

 神世紀生まれで神樹様の一神教だった銀にはカルチャーショックだったらしい。

『で、精霊はそれ以上の数がいる。それは俺が作ったものであったり自然発生したものであったり元神様だったけど妖怪として畏怖されたものであったりといろいろだね。そいつらがテラフォーミングの手伝いをしてくれたり、作物がより多く実るようにしてくれてる』

「精霊、精霊か。ねえ、人型さん。物は相談なんだけど」

 精霊がたくさんいるということに何か思いついたらしい。園子が内緒話をするように人型のバーテックスと話している。

『それくらいなら構わないけど。まあ、できるかどうかはやってみないとわからないが』

「うんうん。じゃあ、お願いねー」

「そのっち、一体何を頼んだの?」

 問いかける東郷に「秘密ー!」と悪い事を思いついた子供のように園子が言う。絶対ろくなことじゃないな、と東郷と銀は思った。

『で、それはそれとしてお前のことだ。丹羽明吾』

 ようやく自分の話になったらしい。完全に空気となっていた丹羽はそこらへんに生えていたガマの穂をむしる遊びをやめて改めて向き直る。

「おう、なんだ創造主!」

『創造主ってお前…いや、そうなんだけどな。まずはお前の身体のチェックをさせてくれ。それと精霊のチェックもな。セッカちゃんが大怪我したんだろ。見せてみろ。俺なら治せるから』

 その言葉と同時に丹羽と園子、東郷、銀の中から人型の精霊が出てくる。ナツメは今四国にいる亜耶の中にいるので、ここにはいない。

『ふむ。セッカちゃんの他にも消耗している精霊がいくつかいるな。じゃあ、丹羽明吾。お前は俺についてこい』

「ちょっと待て。それだとそのっち先輩と東郷先輩の散華の治療が」

 2人の中から精霊がいなくなったことで散華の治療ができなくなることを懸念した丹羽がそう言うと、おお、そうだったと人型のバーテックスは手を打った。

『じゃあ、2人には代わりにこの精霊を。シズカさん、ミロクさん。入ってあげて』

 言葉と共に現れた2体の精霊がセッカとミトの代わりに東郷と園子の中に入っていく。これで問題はないだろう。

『3人は検査している間暇だろうからこの娘たちにテラフォーミングしている地域を案内させよう。観光でもしていてくれ』

 人型のバーテックスがそう言うと、茅葺(かやぶき)屋根の家から2人の少女たちが出てくる。

 1人はスレンダーな元気いっぱいな少女。もう1人はしっかり者そうで東郷とほぼ互角なお山を持つ少女だった。

「はっじめましてー! 次期副村長候補の大室櫻子(おおむろさくらこ)でーす! あたしに任せておけば大丈夫だからついてきてー!」

「いえ、わたくしこそが真の次期副村長候補の古谷向日葵(ふるたにひまわり)です。大村長様に任されたからにはわたくしが皆さんを完璧に案内して見せます」

 2人とも目が紫で髪が白髪ということは丹羽と同じ人間型のバーテックスなのだろうかと園子は思う。

「初めまして。あたしは三ノ輪銀。櫻子っていうのか、よろしく」

「はーい。よろしくー銀ちゃん」

「東郷美森よ。古谷さん。なぜかあなたは他人のような気がしないわ。よろしく」

「わたくしもですわ東郷さん。こちらこそよろしくおねがいしますわ」

 銀と東郷はそんなことを気にしていないようだ。自分が気にしすぎているのだなと園子は首を振った。

 しかしこうして見ても本当に人間そっくりだ。とてもバーテックスだとは信じられない。

「櫻子、お客様に気安いですわよ。ちゃんと礼儀には気をつけなさい。あなたの失態は大村長の失態に繋がるのですから」

「えー。いいじゃんベつにー。向日葵は頭かったいなー。胸は柔らかいのに…」

 とそこで櫻子という少女が固まった。何事かと思ってみていると、向日葵と呼ばれた少女の胸を見ている。

 確かにでかい。東郷と同じくらいあるのではないか。

「おっぱい禁止ーっ!」

 ええーっ⁉

 急に親の仇のように向日葵の双丘を力いっぱい手で叩いた櫻子に園子、東郷、銀は驚く。この子何してんのと。

「キャッ⁉ なにをしますの櫻子⁉」

「うっさい! 胸がでかいからって態度までデカイこのスイカ女! この人たちはあたしが楽しいところへ連れてくから、あんたは来なくていいよーだ。べーっ!」

 アッカンベーと舌を出す櫻子は銀の手を引っ張っていこうとする。それにやれやれといったように向日葵が東郷の手を取り言う。

「すみません。あんな考えなしの子ですから放っておくと何をするかわかりませんので…櫻子、お待ちなさいな!」

「ついてくんなおっぱい魔人!」「なんですってこのあんぽんたん!」と言い合う2人を見て、園子の中の百合イチャセンサーが反応する。

 あれ、これひょっとしてあの2人…。

『ふふ、気づいたかねそのっち』

「人型さん⁉」

 仮面をかぶって表情はうかがい知れなかったが、園子は人型のバーテックスがにやりと笑っているのがわかった。

『彼女たちは産まれた時から一緒の幼馴染。しかもケンカップル。いまのやりとりからどれだけ互いに心を許しあっているかわかっただろう』

 その言葉にこくりとうなずく。まさかこんなに高濃度の百合を拝めるとは思わなかった。眼福である。

『しかもここには彼女たちだけではなくいろいろなカップリングの百合イチャがある。親友。精神的におばあちゃんと孫。同級生。先輩と後輩。教師と生徒会長。あらゆるな!』

「それって…ひょっとしてここは」

『言っただろう。俺は百合イチャを見ながら余生を過ごしたいと。そのための苦労は惜しまないよ』

 なんてこった。百合イチャの楽園(パライソ)はここにあったんだ!

「ね、ねえ、わたしここにいる人たちを観察してきていいかな? いいよね!」

『いいとも。さあ、存分に本能の赴くまま行くがいい』

 許可をとると園子は一陣の風となった。「ビュォオオオ!」という強い風が吹くような声がその日集落のあちこちから聞こえたらしい。

『さっ、これで何の心配もなくなった。行くぞ丹羽明吾。いや、俺』

「え、俺もこのゆるゆり村散策してそのっち先輩と百合イチャ見に行きたいんだけど」

『お前何しに帰って来たんだよ…いいから行くぞ』

 すっかり本来の目的を忘れかけている丹羽明吾の勇者服をつかみ、人型のバーテックスは強化版人型星屑の研究所に連れていく。

 それに呆れたような顔をしながら精霊たちも続くのだった。




 東郷さんとゆるゆりの古谷向日葵さんは中の人が同じ。
 さらに両方中学生で巨乳。学年が違うだけでほぼ同一人物ではないのか? ボブはいぶかしんだ。
櫻子「ちがう、全然違う! 向日葵あんなにおしとやかじゃないし!」
銀「古谷さんっていい山脈持ってるじゃないか。ビバークしてぇなー」
櫻子「ダメ! 向日葵のおっぱいはあたしの!」
向日葵「だ、誰があなたのですのこのおバカ!」(まんざらでもない)
櫻子「へーん。子供のころ唾つけたもんねー。あんたのおっぱいはあたしのもんだばーかばーか!」
向日葵「なっ(赤面)」
丹羽「てぇてぇ、ひまさく、さくひまてぇてぇ」
園子「ビュォオオオ! いい、いいよあなたたち! もっとわたしに百合の可能性を見せて!」
東郷「そのっち。ステイ! 丹羽君も自重しなさい」
園子、丹羽「はい」正座


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【グッドエンドルート】おいでませゆるゆり村

 あらすじ
 ジャンケンの結果、人型のバーテックスがテラフォーミングしている大地に来たわすゆ組。
 そこは人型のバーテックスの作った百合の楽園だった。
 目を輝かせて取材する園子。さくひまに案内される東郷と銀。
 果たして彼女たちを待ち受けるものとは……?
 あと久しぶりの出番なのにこんな感じでいいのか主人公(星屑)?


「ご案内ー、ご案内―、お客さんをご案内―♪」

「櫻子、あなた浮かれすぎですわ。まあ、大村長様に大役を任されて浮かれるのはわかりますが」

 銀の手を引きテラフォーミングされた中国地方の人間型星屑の集落を案内するのは、ゆるゆりの大室櫻子の記憶をインプットされた人間型星屑である。

 創造主である人型のバーテックスによって精神だけでなく身体もほぼ原作通り再現されているので、人型のバーテックスはある意味2次元の推しキャラに囲まれるという全ファンの夢をかなえているのだ。

 ちなみに彼女たちは本来の世界では中学生だが、そこらへんは都合のいいように記憶改変をしている。

 生徒会長が村長。理事長的立ち位置が大村長。学校の授業はほぼ農業などといったように。

 つまりこの村にとって人型のバーテックスは理事長として村に住む皆を見守る存在なのだ。

 ということで原作で次期生徒会副会長を争っている幼馴染の櫻子と向日葵の2人は次期副村長候補となっている。

「なあ、2人は普段ここでどういうことをやってるんだ?」

「んーっとね。生徒会で杉浦先輩や池田先輩と一緒にお仕事したり、おつかいとかしてるんだー。あ、あとあかりちゃんやちなつちゃんと一緒に遊んだりとかいろいろだね」

「櫻子、あなた初対面の人に杉浦先輩や赤座さんたちのことを言ってもわからないでしょう。すみません、アホの子で」

 銀の質問にすらすら答える櫻子に、向日葵がツッコむ。それに対し「誰がアホの子だー! このおっぱいめー!」と櫻子はご乱心だ。

「いえ、なんとなくあなたがその子に振り回されてるのはわかるわ。大変ね、お互い」

 実感はないが園子と銀に振り回されていた過去を夢として見たり、園子から話を聞いていた東郷は向日葵に同情的だ。体系といい声といい、余計に他人に思えなくて親近感を抱く。

「いえ、この娘の扱いは慣れてますから。むしろわたくしが目を離すとよそで何をやらかすかわからなくて」

 向日葵の言葉にあー、わかると東郷はうなずく。自分も銀が他の娘の胸を勝手に揉んで迷惑をかけたりしないように監視せねばと思っていたのだ。

「え、須美。なんだその反応?」

「誰がやらかすって? このおっぱい!」

 戸惑う銀と敵意むき出しで向日葵の胸を叩こうとした櫻子が振り下ろした腕を、向日葵は華麗に避ける。

「とりあえず、まずは生徒会にご案内いたしますわ。わたくしたちの先輩が今お仕事中ですがそれでよろしければ」

「えー。そんなの見てもお客さんはつまんないでしょ。ごらく部であかりちゃんたちと遊ぼうよー。杉浦先輩と池田先輩の2人も来てるかもしれないしー」

 櫻子の言葉に、それも一理あるかと向日葵は考え直す。先輩である副村長の杉浦綾乃はよくごらく部という組織に顔を出しているからだ。

「では、そうしましょう。櫻子が言ったことに従うというのは癪ですが、そこならば退屈はしないでしょうし。お客様に楽しんでいただくよう大村長に言いつけられていますので」

「なーに自分が考えたように言ってんのよこのおっぱい! ふっふーん。向日葵もあたしの冴えたアイディアにぐうの音も出ませんかなー?」

 得意げな櫻子にはいはいと向日葵はうなずき前を歩く。

「櫻子にしては珍しく冴えた考えでしたわ。普段もそれくらい頭が回ったらいいですのに」

「なんだとこのおっぱいめ! ちょっ、待て! 逃げんなよー」

 つないでいた銀の手を放し、櫻子は向日葵にくっつく。それはもうイチャイチャという擬音が付くくらいの密着具合だ。

「今、ここに丹羽君がいたら間違いなく変な顔をしてるわね」

「そうなのか?」

 まだ丹羽の不審者フェイスを1度しか見ていない銀は彼がどういうときにあの顔になるのか知らない。

 それと丹羽が女の子同士がイチャイチャしているのを見るのが好きな百合厨ということも。

「つきましたわ。ここがごらく部です」

 そんなことを話していると目的地に着いたらしい。

 茅葺屋根の家なのは同じだが、中に入ると現代的で立派な和室だった。畳が敷かれており、その上には大きな木の机。「みらくるん」と書かれた掛け軸や木刀が飾られていたりと外から見た印象とはまるで違う。

 てっきり竪穴式住居のような内装を想像していただけに、東郷と銀は驚いた。その2人を置いてふすまを開けた櫻子と向日葵は室内にいる6人に声をかける。

「杉浦先輩は…いましたわね。池田先輩も」

「あれ、櫻子ちゃんと向日葵ちゃん? どうしたのー?」

 声を上げたのはショートカットの少女に引っ付いていたツインテールの女の子だ。その女の子に頭にリボンを付けた長い髪の女の子がさらに引っ付き、「ちなちゅー」と口をタコのようにしながら迫っている。

「大村長のお願いでお客さんを連れてきたんだー。これでうまくいけば次期副村長はあたしに決まったも同然!」

 えっへんとない胸を張る櫻子に、「そうなんだーすごいねー」と笑顔で言うお団子頭の女の子を向日葵が紹介する。

「あのお団子頭の娘が赤座あかりさん。箸を忘れた櫻子に割りばしをくれたりする優しい子ですわ。で、さっき返事をしたツインテールの子が吉川ちなつさん。彼女たちは私たちと同じクラスの1年生ですの」

「へー同級生…ん? 1年? ひょっとして大室さんと古谷さんは1年生なの?」

 バーテックスなので実際の年齢は1年未満なのだが、櫻子と向日葵は東郷の言葉に設定された年齢を答える。

「そうだよ。13歳の中学1年生だ!」

「同じく13歳ですわ。そういえばお2人の年齢を聞いていませんでしたわね」

「えっ、マジか。13歳でその胸⁉」

「こら銀! 私たちは14歳の中学2年生です。…あ、銀はまだ13歳だったわね」

「いや、あたしあの時から実質眠ったままだから記憶的には小6のままなんだ。まあ、実質小学校中退だし」

 2人の言葉に櫻子と向日葵の2人は慌てた様子で頭を下げた。

「「と、年上とは知らずにすみませんでしたー!」」

「い、いえいいのよ。古谷さんしっかりしてるからてっきり同学年か1つ上だと思ってたのはこっちも同じだし」

「えー。向日葵はわかるけど櫻子はどっちかというと年下っぽいだろ」

 と銀が言うと櫻子が横にいる向日葵の巨乳を見る。

「またおっぱいかー!」

「痛っ、何をしますの櫻子⁉」

 突如親の仇のような顔で向日葵の胸を全力で叩く櫻子に、部屋にいる6人はいつものことかというような顔をしている。どうやらこのやり取りは日常的に行われているらしい。

「ぼいーん! ぼいーん! ぼいーん! ぼいーん!」

「いい加減に…しなさい!」

 おっぱいドリブルしていた櫻子に向日葵の膝が決まった。一発KOで櫻子は畳の上でうずくまる。

「こほん、お見苦しいところを。それでその吉川ちなつさんにくっついている長い髪の女性が歳納京子先輩。絵がとても上手な方ですわ。そしてちなつちゃんにくっつかれて困り顔をしているのは船見結衣先輩。この2人と赤座さんは幼馴染だそうです」

「よっろしくー。ねえ、ひまっちゃんこの娘たちかわいいね。とくに黒髪が長くておっぱいが大きいあなた、コスプレとか興味ない?」

「こら、京子。お客さん困ってるだろ」

 向日葵が紹介している間に東郷に詰め寄った京子を結衣が引きずって元の場所に連れて行っていく。それにあははとあかりが苦笑していた。

「で、こちらにいるポニーテールの方がわたくしの憧れである現副村長の杉浦綾乃先輩。勉強のできる秀才でしっかり者の頼りになる先輩です。その隣の眼鏡をかけている方が池田千歳先輩。2人はわたくしたちと同じ生徒会のメンバーなんですの」

「初めましてお客様。副村長の杉浦綾乃といいます。あなたたちと同じ中学2年生よ」

「池田千歳やでー。どうぞよろしく~」

 挨拶してくれる綾乃と千歳に、こちらこそよろしくと東郷と銀はあいさつする。

「で、2人はお客さんを連れてどうしてここに? 私たちはそこにいる歳納京子がプリントを未提出だったから来たのだけれど」

「実は」

 かくかくしかじかと人型のバーテックスに頼まれ東郷と銀を観光案内していることを向日葵は話す。それに京子は大きくうなずいた。

「なるほど。それでうちに目をつけるとはさすがさくっちゃんとひまっちゃん。よろしい! ならばここはごらく部流おもてなしをせねばなりませんな」

「なんだよごらく部流おもてなしって。聞いたことないよ」

 京子の発言に結衣がツッコむ。その間にあかりが座布団を東郷と銀、それと生徒会4人の分も用意しどうぞとお茶も勧めてきた。

「えっと、じゃあお言葉に甘えて座らせていただくわ」

「おう。ありがとな。あかりちゃん」

「あ、どうも赤座さん。櫻子は放っておいてもいいので」

「えっ、かわいそうだよぉ。櫻子ちゃん、お腹まだ痛い? おなかさすろうか?」

「だ、大丈夫あかりちゃん。向日葵のへなちょこキックなんて、全然効いてねーし!」

「赤座さん。私もお茶いただくわね。……ふぅ。おいしいわ」

「えへへ。ちなつちゃんほどじゃないですよぉ」

「いやいや、赤座さんは気遣いができるええ子やわぁ。妹にしたいなー」

「千歳、あなた妹はもう千鶴さんがいるじゃない」

「はぁ、結衣先輩今日もかっこいい」

 くつろぐ生徒会と東郷と銀。なんだか勇者部の部室みたいな雰囲気だと東郷は思う。

 お茶を一口飲むとほっとする味だ。なんだかすごくリラックスできる。

「で、具体的には何やるんだよ」

「それはぁ…これで決めまーす!」

 言葉と共に京子が出したのは「話題BOX」と書かれた箱だった。なぜか「抽選Box」「目立ちたgirl」という文字が横の二重線で消されていたが。

「この中にやりたい遊びを書いてもらって選びます。で、それをみんなでやると」

「いえ、歳納先輩。わたくしたちはお客さんの観光案内をしているので、できればそれに沿ったことを」

「えー。でもこの辺って田んぼと畑しかないよー。だったらここで遊んだほうがよくない?」

「いいわけないでしょうとしのうきょーこ! そんなのノンノンノートルダムだわ!」

 京子の言葉に綾乃が反論する。確かに正しい意見だが、東郷と銀は綾乃の言ったノンノンノートルダムという言葉が気になっていた。

 え、なにそれ? バーテックスだとそれが正しい言葉なの?

「ノンノンノートルダム…くくく」

 声にそちらを見ると結衣がこらえきれないというように笑っていた。

 え、今の笑う要素あったっけ? と東郷と銀は首をかしげる。

「えー。綾乃はまじめだなー。もっと一緒に遊ぼうぜー」

「え? べ、べつに歳納京子がどうしてもって言うならそりゃ少しは」

 悪い顔をして綾乃の肩を抱いた京子を見て、千歳は眼鏡をはずす。

 

『綾乃、私とイケないことしちゃおう? ね、一緒に悪い子になっちゃおうよ』

『歳納京子…だめぇ、でもそんなに強く迫られたら、断れない!』

 

「あっかーん! ぶっはぁ!」

「きゃー! 池田先輩が鼻血出して倒れたー⁉」

「千歳―⁉」

 突如鼻血を出した千歳にちなつが悲鳴を上げ、綾乃が慌てて駆け寄る。

「ぐふっ。綾乃ちゃん。ええもん見させてもろたで」

「ちょ、何わけのわからないこと言ってるのよ千歳ー!」

「えっと、あれ大丈夫なのかしら?」

「いつものことなので大丈夫です。池田先輩が時々ああいう風になるのは」

「なぜかごらく部に来た時によくこうなるんですよー」

 東郷の疑問にいつものことと向日葵はお茶をすすっている。櫻子は不思議だなーというように感想を漏らしていた。

「池田先輩。どうぞ、冷たいタオルです」

「ありがとうなー赤座さん。毎度毎度世話を掛けさせて」

「本当よまったく。調子が悪いなら無理しないで私に言いなさいよ」

 千歳を座布団の上に寝かせ、あかりが水を絞ったタオルを額に乗せる。それを綾乃が心配そうな顔をしてみていた。

 おそらく園子と丹羽がこの場にいたら、目を輝かせて「キテマスワー!」「ビュォオオオ!」と言っていたことだろう。

 結局その後京子の押しの強さに負けて2人はごらく部で千歳が回復するまで遊ぶことにした。

 最初に引いたお題の「コスプレ対決」では向日葵と櫻子と一緒になぜか東郷と銀が魔女っ娘に変身させられ、どちらが似合っているかという勝負になる。恥ずかしがる銀を見て東郷が目を輝かせていた。

 次に引いた「ビバーク」というお題に全員首をかしげる中、銀がお手本として東郷、向日葵、綾乃、京子、結衣の胸に顔をうずめて大満足する。

 悪乗りした京子も参加して室内は大混乱となったが、その後銀には東郷が。京子には結衣のお説教が待っていた。

 最後に引いたお題は「記念撮影」。ごらく部と生徒会の4人、それと東郷と銀が集まり写真を撮った。

 東郷も持っていたデジカメで同じように撮影し、旅の思い出として持ち帰ることにする。お題を書いたのはあかりだそうで、座布団やお茶をくれたり千歳を介抱したりと本当にいい子だ。

「さて、じゃあ池田先輩も復活したので、ここからは生徒会の先輩たちとあたしたちが2人を案内しますよー」

「またねー銀ちゃん、美森ちゃーん」

「いつでも遊びに来てくれー」

「ええ、今度は部活の仲間たちと一緒に来るわ」

「またなー、京子、結衣、ちなつ、あかりー」

 すっかり友達と認識された京子と結衣に東郷と銀は笑顔を返す。

「結衣先輩のおっぱいの感触を…ユルセナイユルセナイ」

「あはは。ちなつちゃん落ち着いて。今度はお菓子用意して待ってますねー」

 闇落ちしかけているちなつを必死に押さえ、あかりが笑顔で見送ってくれた。やっぱりいい子だなぁと2人は思う。

 そこから案内された場所は驚きの連続だった。

 広大な小麦や大豆畑に様々な野菜の畑。稲もたくさん実をつけ穂先を垂らしている。

 もうすぐ収穫期ということで畑にはトラクターのような形のバーテックスがいた。それを使って収穫するらしい。

 品種改良にも手を出しているらしく、さっき遊んだ京子が画期的な方法を思いつき生産数が1,5倍になったそうだ。それが悔しいと言う綾乃に、千歳が彼女をライバル視しているのだと教えてくれた。

「でも歳納さんと話しているときの綾乃ちゃんが一番かわええんよー」

 という彼女になぜか2人は園子の幻影を見た。ひょっとして彼女も百合イチャが好きな人なんだろうか。

「向日葵ー。見て見て、でっかいカエル見つけた!」

「ぎゃー! もどしてらっしゃい!」

 綾乃と千歳に案内役を奪われる形になった櫻子は田んぼや畑にいるバーテックスである虫やカエルを捕まえてきては向日葵に見せて反応を楽しんでいる。そういえば勇者部の活動でよく訪問する保育園や幼稚園にああいう子っているわねと東郷は微笑ましい気分になった。

「とまあ、こんなところかしら? 参考になった」

「ええ。おかげでここでどういうことをしているのかがよくわかりました」

 綾乃の質問に答えているのは東郷だけだ。銀はというと櫻子と一緒に虫探しやカエルを捕まえるのに夢中になっている。

 性格的に近いものがあるのだろう。まるで何年も付き合っている友達のように2人は意気投合していた。

「三ノ輪さんは大室さんと仲良しやね。ウマが合うんやろか」

「そうですね。私も彼女がああいう性格だっていうのはわかっていたんですけど、直接話すのは昨日が初めてだったので戸惑っています」

 その言葉に、え? どういうこと? と綾乃と千歳は首をひねる。

「実は…」

 東郷は2年前の自分の記憶がないこと。その記憶がない間、銀とは親友と呼べる間柄だったことを話した。

 とある事情でその時の記憶を思い出すことができたが他人の記憶を覗き見たようで実感はなく、あくまで情報として彼女と親友だったという事実を知っているということに戸惑っている内心を吐露する。

「お2人の仲がいいところを見込んで質問します。私は、銀とどう付き合っていくべきでしょうか?」

 と口にして、自分は何を言っているんだろうと東郷はハッとした。

 相手は人間にそっくりとはいえバーテックス。そんなことを聞かれても答えられるはずがないのに。

「そうね……ある日千歳が事故に遭って私のことを忘れたとしても、私はまた千歳の友達になりたいと思うわ。それこそ今まで千歳が私にしてくれたことを全部、彼女にして」

 ゆるゆり原作で杉浦綾乃という少女は最初人見知りだった。だが、池田千歳と友人になることで徐々に社交的になり、今では副生徒会長であり気になる同性である歳納京子に積極的にアタックできるようになっている。

 いわば綾乃にとって千歳は恩人であり何でも相談できる最高の親友なのだ。

「綾乃ちゃん。そんな嬉しいこと言われたら、うち恥ずかしいわぁ」

「ちょ、なによ! 私は真剣に言ってるのに」

「でもうちな、綾乃ちゃんのこと忘れてもまたすぐ友達になれると思うんよ。だって綾乃ちゃんみたいにかわいい子、うち他に知らんから」

「なっ! なに言ってるのよぉ!」

 千歳のある意味告白のような言葉に、綾乃は耳まで顔を真っ赤にする。

「だばー」

「ひゃっ、誰⁉」

 その時小麦畑から不審者が出現した。

 丹羽か園子かと思いきや東郷の声に出てきたのは千歳そっくりの少女だった。

「あ、千鶴。こんなとこにおったんか」

「うん、姉さん。今日はうちの班が担当していた小麦の様子を見に来てたから」

 どうやら2人は姉妹らしい。雰囲気は正反対だが、顔は確かにそっくりだ。

「えっと、千鶴さん? 口元からよだれ出てるわよ」

「あ、綾乃さん⁉ いいんですすぐ拭きますから。じゃあ、私はこれで」

「あっ、千鶴ぅー。行ってもうた。東郷さんと三ノ輪さん紹介したかったのに」

 残念そうに小麦畑に消えていく千鶴の後姿を見送りながら千歳が言う。

 一方で東郷は呆然としていた。

 彼女たちはきちんと自分の考えを持っていた。丹羽のように。

 まるで本当の人間のようだ。現に先ほどまで自分はバーテックスということを忘れて思わず彼女たちに悩みを吐き出してしまったのだ。

 彼女と自分たち人間。一体どれほどの違いがあるのかわからなくなる。

「ごめんなぁ、あんまり参考にならんで。でも、きっと東郷さんは三ノ輪さんとその時の記憶なんかなくてもまた友達になれる思うで」

「そうね。あなたの話を聞くまで私、そんなこと気付かなかったわ。それくらい、2人は自然体で仲良しだったわよ」

「そう、そうね。ありがとう。杉浦さん、池田さん。私、難しく考えすぎていたのかもしれない」

 無理に2年前と同じようにふるまうのではなく、これからは友達として1から彼女と付き合っていこう。

 鷲尾須美ではなく東郷美森は東郷美森として。それが多分彼女と接する1番いい方法だ。

「おーい須美! このカエル見てくれ! 白いのにすっげぇデカい! ウシガエルかな?」

「なにー⁉ 銀さんに負けたー! あたしがさっき捕まえたゴライアスくんが1番大きかったのにー!」

「なにしてますの櫻子に三ノ輪先輩。帰る前にちゃんと手を洗ってください」

 呆れたように言う向日葵に仲がいいなぁと東郷は羨ましく思う。

 自分も向日葵と櫻子のような関係になれるだろうか?

 いや、なれるかどうかは東郷と銀次第だ。今の東郷を銀が受け入れてくれるか、昔の須美のままの方がいいかで多分それは決まるだろう。

 だけど、直観だが銀とはまた親友になれる。そんな気が東郷はしていた。

「さて、一通り村の中は案内したけど他に何か見たい場所はあったかしら?」

「いえ。そろそろ丹羽君の検査も終わるころだと思うので、1度人型さんのところに行ってみます」

「ああ、大村長のところやねー。それなら大室さん、古谷さん。うちたちはこのまま生徒会に戻るから、2人はちゃんと東郷さんと三ノ輪さんを案内してなー」

 手を振る綾乃と千歳に別れを告げ、4人は元の場所に戻っていった。

 

 

 

 一方そのころのそのっち。

「ハァハァ、あかりかわいい。先輩に自然に優しくできるうちの妹マジ天使! 突然やって来たお客さんと記念撮影を提案するなんて、成長したわねあかり。お姉ちゃんの後ろでもじもじしていたころが懐かしいわ。いえ、あかりは小さい頃のほうが積極的だったわね。ああ、なでなでしていい子いい子してあげたい! 今すぐ抱きしめたいよあかりぃいいい!」

「あかねさんあかねさん今日もお美しい。妹を陰ながら見守るあかねさんマジ女神! 壁の外からお客さんが来るって聞いて急いで駆けつけるその行動力、流石です! 妹のためなら大村長にも逆らうことをためらわない姿勢は尊敬に値するわ。ああ、あかねさんあかねさん。どうしてあなたはそんなに完璧なの⁉」

「やっべー奴ら見つけちまったんよー」

【例の姉】と呼ばれる存在筆頭のヤベー奴とそのストーカーという新たなカップリングを発見し、逃げるべきか見守るべきか悩んでいた。




 あかりちゃんマジ天使。
 その真実だけは伝えたかった。
 それはそれとして、もしゆゆゆ1期で散華のことを教えるために友奈と東郷の前に現れたのがそのっちでなく銀ちゃんだったら、記憶を失った東郷さんを見てショックを受けてもまた最初から友達になって親友になれると信じてる。
 まあ、そのっちも親友になれたんだし。銀ちゃんメンタルつよつよだしね。憶えてなくて戸惑う東郷さんにも「気にすんな」って笑いそう。
 どうしてそんな未来にならなかったのか…。


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【グッドエンドルート】落とし前、つけようか?

 あらすじ
 ゆるゆりキャラがいる新天地で東郷さんと銀ちゃんがごらく部の皆と遊んだよ。
 新天地にいる人間型バーテックスたちがちゃんと自我を持ち自分たちとそんなに変わらないことに衝撃を受けた東郷さんでした。
(+皿+)「今回のお客様のおもてなしをみんなは頑張ってくれました。理事長…もとい大村長から皆さんにご褒美があります」
みんな「わーい」
(+皿+)「あかりちゃんにはうすしおポテチ(バーテックス製)」
あかり「わぁいうすしお! あかりうすしお大好き!」
(+皿+)「京子ちゃんにはラムレーズンアイス(バーテックス製)」
京子「ラムレーズンうめぇ! 大村長ありがとー」
(+皿+)「結衣ちゃんにはこの農業も学べるアクションゲームを」
結衣「サ〇ナヒメ? 面白そう」
京子「お、結衣。こんどそれやりに遊びに行ってもいい?」
結衣「断ってもどうせ来るんだろ。いいよ」
京子「やったー!」
(+皿+)「(京ゆいてぇてぇ)ちなつちゃんには結衣ちゃんとのごにょごにょな同人誌を」
ちなつ「なんですかこの薄い本…えっ、結衣先輩と私が⁉ ほ、ほぁーっ!」
(+皿+)「千歳ちゃんには同じく京綾ごにょごにょ同人誌」
千歳「ぶっはぁ! あかん~これは貧血になってまうわ~」(鼻血ダラダラ)
(+皿+)「綾乃ちゃんにはプリン(バーテックス製)」
綾乃「え? 本じゃないんですか?」
(+皿+)「え? 本の方がよかった?」
綾乃「いえ、滅相もないです大村長様」(しょんぼり)
千歳(露骨にがっかりしとる綾乃ちゃんかわええなぁ)
(+皿+)「で、お客さん2人を任せた2人にはこれ、倉〇ハ〇ステンボス1泊2日旅行券!」
さくひま「ええ⁉ 嫌ですよこいつ(この子)と一緒の旅行なんて!」
(+皿+)「を、家族分あげる。親孝行しておいでー(ニヤニヤ)」
櫻子「な、何勘違いしてんの向日葵。恥ずかしい奴―」
向日葵「それはあなたのことでしょう。あなたと一緒じゃなくて安心しましたわ」
(+皿+)(憎まれ口をたたきながらもちょっとがっかりもしてるのがよくわかる。さくひま、ひまさくはええのう)



 新天地観光から帰って来た東郷と銀を迎えたのは丹羽と人型のバーテックスだった。

『おかえり2人とも。どう? 楽しめた?』

「ええ。ごらく部のみなさんと遊んだり、生徒会の人たちに案内してもらってここのことがよく分かったわ」

「記念撮影もしたよなー。園子はどっか行ってたけどまだ帰って来てねーの?」

「ふふ、もうすでにいるんよミノさん」

 別行動していた園子の所在を尋ねた銀の後ろから、園子が現れる。その表情はとても満足げだった。

「人型さん。ここはいいねー。ネタにつまったらまた来ていい? 今日だけでいろんなカップリングが見られて大満足なんよー」

『ああ、いつでもおいで』

「そのっち先輩ずるい! 俺だってそういうの見たかったのに!」

「まあまあにわみん。帰ってから一緒に鑑賞会しようぜー。メモと写真いっぱい取って来たから」

 きゃっきゃとはしゃぐ丹羽と園子に東郷と銀は白い目を向ける。こいつら、ここに何しに来たか忘れてるんじゃないか?

「丹羽君、身体の調子はどう? 変なことされなかった?」

「大丈夫です東郷先輩。むしろ今までより調子がいいくらいで、セッカさんやスミも完全回復しました」

 人型に聞かれないようこっそりと耳打ちする東郷に、丹羽は心配いらないと答える。と同時に胸元からスミが出てきて東郷の胸に飛びついた。

『スミー』

「きゃっ⁉ もうスミちゃんったら」

「おい、ちいさいあたし! おまえなんてうらやまけしからんことを!」

『べー! うらやましいだろー』

 東郷のメガロポリスに顔をうずめるスミに物申した銀に、ニヤリとスミが笑った。

 その姿に確かに…と銀はあのミニマムサイズで東郷の豊満な胸に顔をうずめて溺れるシチュエーションは夢みたいだなと羨ましく思う。

「須美のエベレストにビバークするのはあたしだけの特権だぞ! いいからお前はあたしの中に帰れ」

『いーやー! スミー! スミー!』

「もう、銀。スミちゃんをいじめちゃだめよ」

「いや、よく見ろ須美。そいつアタシに向かってすっげぇ悪い顔してるぞ! 多分性格悪いって!」

 銀の言葉に東郷は胸元にいるスミを見るが、目はきらきらとしていて純真無垢といった様子だ。

「なに言ってるのよ銀。スミちゃんがそんな悪い顔するわけないじゃない。こんなにいい子なのに」

「気づけー須美! そいつ、お前の前だけで猫被ってるって!」

 銀みもの間に入るスミ(精霊)。手玉に取っている感じで嫉妬から百合イチャを加速させている。

 この関係は逆にありなのでは? と百合イチャ好きの人型、丹羽、園子の3人は思う。

『まあ、このまま眺めてみるのもいいかと思うけど話が進まないから、スミは銀ちゃんの中に入る。セッカとミトも2人の中に戻ってあげて』

 人型の言葉に『はーい』と丹羽の中にいたセッカとミト、あとなぜかウタノが東郷と園子の中に入っていく。スミは東郷と離れるのに最後まで抵抗していたが、業を煮やした銀が無理やり掴んで自分の中に入れてしまった。

『さて、銀ちゃん。こいつは俺からの快気祝いだ』

 言葉と共に銀の前に烏帽子をかぶった白髪で角が生えた精霊が現れる。銀を見ると刀を持っていない方の手でよろしく! というように手を上げてハイタッチを求めてきた。

『こいつは白静。最初鈴鹿御前と静御前を間違えて静って名前を付けちゃったんだけど、まあ好きなように呼んでやってくれ。俺が最初に生み出した精霊で、いろいろとカスタマイズしてスミに負けないくらいの強さに進化した。きっと君の役に立つと思う』

「おう、あたしは三ノ輪銀だ。よろしくな、白静ちゃん」

 銀も手を伸ばしハイタッチをして白静に応える。元になったのがゆゆゆいの銀専用精霊ということもあって相性はばっちりのようだ。

『で、どうする? ここで1日休んでから四国へ帰るかい? 急ぐようならフェルマータを3台用意するが?』

「そうだねー。ここから四国までどれくらいかかる?」

『フェルマータの速度なら多分来た時の半分もかからないだろう。ここは赤一色の世界だから時間の経過がわかりにくいけど、ここに来てから3時間くらいは経っているはずだ。今帰れば夕食の時間には間に合うよ』

 人型のバーテックスの言葉に園子、東郷、銀はスマホを開く。確かに人型のバーテックスの言う通り、時刻は夕方を示していた。自分たちが思っていたよりも結構時間が経っていたらしい。

「そっかぁ。最悪2、3日はこっちに留まる覚悟だったんだけど、こんなに早く大赦との交渉カードとにわみんの治療が終わるとは思わんかったんよー。名残惜しいけどお暇しようかなー」

「え? 大赦と交渉するような方法、見つかったのか?」

 園子の発言に銀は思わず尋ねる。それに東郷が説明した。

「壁の外にこんな自然豊かな場所があったっていうだけでも驚きなのに、そこに私たちと同じように考えて行動する人がたくさんいたっていう事実だけでも大赦は上へ下への大騒ぎになるわよ。壁の外は人が住めないっていう大赦の教えを根本から揺るがす情報だから大赦はどうしてもその情報を握りつぶしたい。でも、なかったことにするには土地を浄化していく人型さんの存在は魅力的すぎる。きっと大赦は2つに割れるでしょうね」

「で、新しい土地に住みたーいって思った人たちをわたしたちの味方にして交渉しようっていうわけなんよー。それと、にわみんを人類の敵呼ばわりした奴らへのお礼参りもしないとねー」

 笑顔だが怒っていることがわかる園子に、丹羽はまあまあといさめる。

「結果的に俺が人類の敵なのは間違ってなかったわけですし。神樹様も正しいことを言ってたってわかったじゃないですか」

「よくない! 神託はまだしょうがないとしても、勇者部の皆からにわみんの記憶を消したのは絶対に許せないんよー! 下手したらにわみん勇者部の誰かに殺されてたんだよ!」

 その事実に東郷はたしかに、と顔を曇らせる。

 丹羽は何でもないようにふるまっているが勇者部の皆に忘れられたことはショックだっただろう。それに友奈は大赦の職員に追い詰められて精神を病みかけた。

 もし丹羽を殺してしまった後記憶を取り戻したら、きっと勇者部の皆は自分を責めただろう。想像してぞっとする。

 そんなことになったら自分たちはきっと立ち直れない。ずっと勇者部の仲間をこの手で殺めてしまったという後悔を胸に刻んで生き続けていかなければならないのだ。

「そうね。記憶を消したのは明らかにやりすぎだわ。それに、銀の魂をとらえていたことも」

「神樹様ってそんなことしてたのな。園子から聞いてたとはいえ、信じられねーよ」

 昨日これまでの大筋の事情を一応園子から聞いていたとはいえ、改めて東郷の口から告げられた事実に銀はまだ半信半疑といった様子だ。

 当然といえば当然の反応だろう。彼女の精神はまだ2年前の小学6年生のままだ。神樹様に対する信仰心も強く、あの世界にいたとはいえ神樹に魂を捕らわれていたという情報すら最初は疑っていたのだ。

『銀ちゃん、あいつのこと信じない方がいいよ。あいつ昔から女の子(物理的に)食い物にしてるし、下手したらキミも同じように食われてたかもしれないんだから。あ、思い出したらなんか腹立って来た。そのっち、今から一緒にぶん殴りに行こうか?』

「うん。気持ちはわたしも同じなんよー。でもまだその時じゃない」

 にっこりと笑う園子は人型のバーテックスに用意していた予備のスマホを渡す。

「タイミングが来たら連絡するよー。まずは大赦と交渉する必要があるからその後でねー。じゃないとわたしたちが人類の敵と共謀して人類に反旗を翻したって思われかねないし」

 その言葉にたしかに、と東郷と丹羽はうなずく。銀はよくわかっていなかったが。

 こうして人型のバーテックスに別れを告げ、4人は四国へと帰って来たのだった。

 

 

 

「で、帰ってきて早々ゴールドタワーにいるまだ無事な巫女であるあーやを頼って来た大赦の人に、大赦にいる巫女さんたちが高熱を出して使い物にならなくなったことを聞いたわたしたちは帰ってきて早々巫女さんたちがいる病院に勇者部の皆とやって来たんよー」

「誰に言ってるのそのっち?」

 唐突に自分たちに起こった状況を誰にでもなく説明をしだした園子に東郷は問いかける。

「うん。状況を整理するためのひとりごとー。まさか帰って来てすぐのタイミングでこんな大赦に恩を売れることが起こってるなんて思わなかったんよー。これは完全に予想外」

 病室を訪れた丹羽は亜耶と東郷が犯されていた高熱と同じ症状なのを確認するとすぐ変身し、ミトとシズカの力を借りた。

 白い勇者服に緑と銀色のラインが走る。それから高熱を出している巫女たちの中に自分の精霊であるアカミネ、ミロク、セッカ、ウタノ、スミ、そして亜耶から返してもらったナツメを入れて自然治癒力と精霊の力を増幅させた。

 精霊が中に入り丹羽が放つ光を受けると、高熱にうなされていた巫女たちは次第に顔色もよくなり呼吸も穏やかになっていく。どうやら快方へと向かっているようだ。

「よし、この病室にいる6人はこれで大丈夫です。次の病室へいきましょう、みなさん」

 丹羽の言葉に精霊たちはうなずき、変身した丹羽と共に別の病室へ向かっていく。恐らく大赦にいた巫女たち全員が高熱から回復するのは時間の問題だろう。

「さて、これで大赦に大きな貸しを1つ作ることができた。いままで勇者として戦ってきたこともカウントすると大赦はわたしたちに頭が上がらないはずなんだけど、そうはいかないんだろうねぇ」

 最近の大赦は勇者に敬意を払い感謝をしていてくれたが、今回の丹羽を敵として勇者たちに触れ回ったことからどこまで信用していいかわからない。

 下手をしたら今までの行動はすべて見せかけで、自分たちを信用させるための布石だったのかもしれなかった。

 どちらにせよ最悪の事態を想定して行動すべきだろう。安芸に内部工作を頼んだが、どこまでこちらに抱き込めるか。

「園子ー? なんかお前悪い事考えてるオーラ半端ないぞー。銀さんちょっと困惑中なんだが」

 親友の知られざる一面を見て困惑する銀が言う。自分が寝ている2年間の間に何があったんだと。

「えぇ~そんなことないよミノさーん」

 その時安芸からスマホに連絡があった。大赦の最高責任者と丹羽と園子が会う約束を取り付けたらしい。

「さっすが先生、仕事が早い。あとはここにいる皆を治して大赦に向かうだけなんよー」

「それならもうおわりましたよそのっち先輩」

 声に顔を向ければ丹羽が6体の精霊を引き連れてこちらに向かってきていた。

 近くまで来るとセッカは東郷の中に、ウタノとミトは東郷の中に入り、続いてスミも東郷の元へ向かおうとしたのを銀がひっつかむ。

『スミー、ソノコー』

「お前は―! 事あるごとに須美の胸に飛び込もうとしやがってー! いいからあたしの中に戻りやがれ」

 言葉と共にスミを自分の中に入れる。全く誰に似たんだか、とこぼす銀に「おまえじゃい!」と思わず丹羽はツッコみかけてギリギリ言葉を飲み込んだ。

「で、にわみん。聞こえてたと思うけどこれからわたしと大赦に行ってくれる? トップと話し合うのに、にわみんの存在は欠かせないからねー」

「乃木、だったらアタシたちも!」

「そうだよそのちゃん!」

「わたしじゃ力不足かもしれませんけど、丹羽くんの力になりたいんです!」

 自分もついて行こうとする風と友奈と樹に、園子は首を振る。

「勇者部の皆も連れて行ったら、完全に敵意ありって思われて交渉どころじゃないから。残念だけど」

「風、友奈、樹。ここは園子に任せましょう。少なくとも悪いようにはならないと思うわ」

 園子の言葉に納得いかないといった様子の面々も、夏凜の言葉にうなずく。

「でも、いざという時は助けに行けるようにすぐ近くにいるわ。それくらいはさせてもらうわよ」

「ありがとう。にぼっしー、ふーみん先輩、みんな」

 こうして勇者部の皆と別れ、丹羽と園子は迎えに来た黒塗りの高級車に乗って大赦へと向かったのだった。

 

 

 

 それから丹羽と園子の2人は大赦へと向かい、大赦の最高責任者と会談をした。

 園子が新天地から持ち帰った情報。人間が住めるようにテラフォーミングされた大地。人型のバーテックスによって解放されたその地で眠っていた神霊たち。

 なかでも驚かれたのは大量の穀物や野菜が作られている畑や田んぼの写真だった。東郷のデジカメの写真や丹羽が持っていた百合イチャ録画用の小型ビデオカメラの映像に大赦の重職にいた者たちは驚く。

 なにしろ四国以外の土地は灼熱の大地で人が住めないと思われていたのだ。

 それなのに自然豊かなだけではなく、そこに自分たちのように意思を持った存在がいるなどとても信じられなかった。

「これは…本当のことなのですか?」

 大赦の奥、いつぞやは園子が変身して大赦の最高責任者に詰め寄ったり、丹羽が大赦の最高責任者を洗脳した座敷にいる大赦仮面たちがざわめいている。

 その中央にいる大赦の最高責任者は難しい顔をしてその映像と写真を見つめていた。

 嘘や作り物にしては手が込みすぎている。それに純真である神樹様に選ばれた勇者が自分たちを騙すとは思えない。

 だが、思わず尋ねてしまう。この話は真実なのかと。

 それほど四国に生きる人間にとって、この情報は魅力的すぎた。

「見ての通りだよー。わたしは、あなたたちと違って嘘は言わないよー。勇者ににわみんが人類の敵って吹き込んで戦わせるようなひどいことしないって」

「そのことについては、本当に申し訳ない!」

 一斉に頭を下げる大赦の要職にいる大赦仮面たちに、逆に丹羽と園子が驚く。

「あれは我々が神託を曲解したことによる間違いでした。現に丹羽明吾様はバーテックスが襲来した際他の勇者様方と一緒に四国の人々を守ってくださった。そんな方が人類の敵など」

「そうなんよー。おかげでゆーゆやみんながにわみんと殺し合いしちゃうところだったんよー」

 にこにことしていたが、よく見ると若干青筋が浮いている。相当怒っていらっしゃるようだ。

(そのっち先輩、いいんですか? そこはマジで神託通りだったって)

(にわみん、いいんだよ。わたしたちは嘘をついてない。本当のことを言ってる。ただ向こうが勝手に勘違いしてるだけなんだから)

 丹羽の言葉ににっこりと笑う園子に、この子本当に敵に回さなくてよかったなぁと丹羽は改めて思う。

「本当に、申し訳ありませんでしたー!」

 大赦の要職にいる大赦仮面全員の土下座という本編では絶対に見られない光景に丹羽が困惑していると、園子はにこにこ笑ったまま言う。

「で、大赦としてはにわみんをどうするのかな? もちろん、その対応によってはわたしたちは本気で大赦と敵対するよ」

「実は、そのことで丹羽明吾様にどうしても確認しておきたいことが」

 ああん? この期に及んでまだ何か言うことがあるの? と内心で般若の仮面のようになっている園子をどうどうといさめながら、丹羽は質問に答えた。

「なんですか、いったい?」

「誤眠ワニというのは、あなたのことなのですか?」

「え?」

「え? そうですけど」

 予想外の言葉に、丹羽と園子はキョトンとする。さらに丹羽の言葉に園子は目を飛び出さんばかりに驚いた。

「えぇ―⁉ にわみんが誤眠ワニ先生だったのー⁉ ファンです! サインください!」

 突如頭を下げてどこからか色紙を出してきた園子に、困惑しながら一応サインをする。

 まさか園子が自分の書いていた百合小説を読んでくれていたとは…と思いながらもどういうことかと丹羽は大赦の最高責任者を見る。

「実は…大赦の苦情相談部門にとんでもない抗議メールやウイルスが送り込まれまして。内容は「誤眠ワニ先生の作品を消した大赦マジ許さん」だとか「同性愛を認めない大赦マジクソ」だとか、他にもいろいろ。通常業務に支障が出るレベルで正直危機的状況です。どうやら丹羽明吾様が書いた小説を大赦が消したと読者の皆様が思ったようで、我々も必死に説明したのですが聞く耳持たないといった様子で」

 そのことにああそういえば、と丹羽は思い出す。

 ゴールドタワーで暇だった時百合小説を投稿しようとしてアカウントが消されているのに気付き、新しいアカウントを作り消された小説を含め新作を投稿したのだ。

 その時に「大赦の偉い人(神樹様)に目をつけられてアカウント停止されて作品も全部消されちゃった☆」と書いたのだが、その影響だろうか。

「ええっと、実は」

 かくかくしかじかと丹羽は自分が行ったことを話す。ついでに神樹が自分に関わる記憶や記録も消去した事実も話すと、大赦仮面たちは大変驚いていた。

「なるほど。得心しました。つまり丹羽明吾様を憶えていた者たちは洗脳されたわけではなく、丹羽明吾様の記憶を消す神樹様の奇跡の力が効きにくかった者たちだったと」

「そういうことになりますね」

 まあ、ガチで洗脳してバーテックス人間にしてましたとは言えないなこれは。と丹羽は冷や汗をかく。

「そうですか。なるほど得心しました。それと丹羽明吾様、差し出がましいようですが…我々にもサインをいただけませんか。先生の作品、毎日楽しく拝見させていただいておりました」

 言葉と共に大赦の最高責任者や他の重役大赦仮面の何人かがいそいそとサイン色紙を取り出して頭を下げている。

 ええ…。大赦の偉い人たちにも百合イチャ好きいたのぉ?

 困惑しながらもサインする丹羽の姿を見ながら、これは思ったより交渉がうまくいきそうだなと園子は内心嬉しく思うのだった。

 

 

 

「というわけでにわみんの人類の敵認定は取り消し。大赦も勇者としての地位を約束するって! あと今回の神樹様のやり方に大赦としてもどう対応していいのか困惑してるんだって。いいタイミングで帰って来たねわたしたち」

 スマホから聞こえる弾んだ声に、強化版人間型星屑に意識を移した人型のバーテックスは答える。

『そうか。じゃあ、俺も神樹の説得に向かうよ。おつかれ、そのっち』

 スマホをタップし、通話を終了した強化版人間型星屑から人型の身体に意識を戻す。

 どうやら丹羽明吾の四国にいる間の身の安全の保障はそのっちがしてくれたらしい。

 本当にすごい子だと思う。まだ14歳の子供なのに大したものだ。

 そういう交渉は本来大人の役目なのに。人型のバーテックスはできることなら彼女もそういう交渉や腹芸とは無縁な世界で友達に囲まれて楽しく生きていてほしい。

『まあ、そういうふうにさせなかった奴がいたんだけどな』

 さて、ここからは保護者の話し合いだ。

 なんだか原作以上にこの神樹は理不尽っぽいが大丈夫だろうか? 巫女を高熱にしたりとゆゆゆいエピソードでしかやらなかったことをしたり本編の印象とはだいぶ違う。

 いざというときは力づくでもいうことを聞かせる準備をした方がいいかもしれない。

 だが、説得で済むならそれが1番だ。まずはきちんと話し合いをしようと心に決める。

 今だけは原作で友奈と神婚しようとしたことや歴代勇者にした仕打ちを忘れよう。大人になれ俺。

 そう自分に言い聞かせ、巨大フェルマータ・アルタに乗り人型のバーテックスは四国を目指した。

 やがて四国にたどり着くと樹海化が始まる。事前に伝えておいたおかげか、勇者たちがこちらを攻撃してくることはない。

 あとは神樹を神霊たちと説得して終わり。そう思っていた人型のバーテックスは、突如樹海から飛び出してきたモノに驚く。

『おおっ⁉』

 驚きながらも避けるとそれは神樹の根だった。それが切っ先の鋭い槍のように次々と襲い掛かってくる。

 これはあれか? 勇者の章で友奈との神婚を阻止しようとしていた勇者たちを足止めしていたあれなのか?

 こんな能力使えるなら最初からお前が戦えよと思うのだが、どうやら神樹もバーテックスが襲来したのに勇者がスルーするという事態は想定していなかったらしい。

 こちらに向かってくる攻撃は必死だ。何本もの根が水を出しっぱなしにした消化ホースのようにしなりこちらに向かってくる。

 それをフェルマータ・アルタのスピードで避けながら、どうしたものかと思う。どうやら向こうはやる気満々で、こちらを明確に敵視しているようだ。

 これは、話し合い(物理)が必要かな?

 そんなことを考えていると鞭のようにしなった神樹の根が巨大フェルマータ・アルタを叩き落し、高度が下がっていく。

 仕方なく先に樹海に降り立ち墜落する巨大フェルマータ・アルタを受け止めた人型のバーテックスはゆっくりと地面に置き、目視できる距離にある巨大な樹を見る。

 どうやらここから先は歩きのようだ。神樹様は壁の外から来た相手に対して厳しいらしい。

『ま、いいか。最終決戦前の準備運動と思えば』

 園子戦以来の本格的な戦闘に、人型のバーテックスは軽く伸びをして準備運動をする。

 目指すは神樹。四国の守護神であり、大赦が信仰する象徴。

 これからするのはあくまで説得。戦争ではない。

 そのことを改めて念頭に置いて、人型のバーテックスは告げる。

『さあ、それじゃあ楽しい保護者会談の始まりだ。席についてもらうぞ、神樹様』

 久々の戦闘に仮面の下の歯をむき出しにして耳まで口を開き、打ち出された矢のように人型のバーテックスは神樹の元へと急いだ。




 百合厨と百合厨の会話シーン多めの話は読者にもつらいやろなぁ…せや! ゆるゆりキャラとわすゆ組イチャイチャさせたろ!
(+皿+)と丹羽のシーン書くよりはかどるわぁ! 読者さんも百合シーン見られた方が嬉しいやろ。
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 えぇ…(困惑)


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【グッドエンドルート】逆鱗 vs神樹様

 あらすじ
 園子の交渉により、大赦が決定した丹羽明吾=人類の仇敵という事実が取り消される。
 原作ではこのあと東郷さんのエクストリーム自殺とギスギス勇者部、風先輩の暴走と胃の痛い展開ラッシだったけどフラグはバッキバキに折ったから大丈夫だよね?
 丹羽が投稿していた百合小説の影響で実はけっこう追い詰められてた大赦。これには人型さんも苦笑い。
園子「にわみんが誤眠ワニ先生だとは知らなかったんよー。そう言えばもらった小説と文体が似てたなー」
丹羽「俺としてはそのっち先輩が読者だったことに驚きです。ちなみに参考までに好きな作品は?」
園子「うーん。1番はマリみてかなぁ。他にもやがて君になるとか、うらら迷路帖とか色々。というか全部好き!」
丹羽「そうですか、ありがたいです。…ただ、大赦の大人たちもまさか読者だったとは」
園子「百合好きに悪い人はいないんよー。今度から優しくしてあげよー。ちなみに安芸先生や防人の子たちにもわたしオススメしてるんだー。ファンの子も多いはずだよー」
 図らずも園子と大赦要職にいる大赦仮面たちとの距離を縮めることに成功。


 四国の守護神である神樹は憤っていた。

 神託を告げてもまだ自分に仇なす存在を放置している人類に。

 自分が力を貸している少女たちの中に真の姿を隠し巧妙に紛れ込んでいた天の神の尖兵。

 それを見抜けなかった人類に。そして自分がそんな存在を勇者として選んだと思っていた人類に神樹は失望していた。

 愚か、実に愚かなり。

 300年。神樹は人類を見守り、生命をはぐくむ姿を見守って来た。

 あるいは神としてはもっと長い間。神樹の中にいる複数の地の神の記憶は生活は変わっても根本的な部分は何も変わっていないことに嘆息する。

 人間は愚かだ。

 何度も同じ失敗を繰り返し、取り返しのつかないことをしては嘆き、時に自分たちを恨み責任転嫁をする。

 そのせいで天の神の怒りを買い、四国以外の土地は滅ぼされてしまったというのに。

 だが、愚か故愛おしい。

 手がかかる子ほどかわいいという言葉にあるように、神樹は人間のことが好きだった。というか溺愛していた。

 だからこそ天の神と敵対してまで地の神一丸となり人類を守って来たのだ。

 そんな愚かしくも愛おしい存在は我々が守ってやらなければならない。

 そう思い多少のことは大目に見て見守って来たが、今回に限っては見過ごせなかった。

 天の神の尖兵であり、自分の所有物である清き魂である勇者の魂を奪おうとした存在を許していたなど。

 ましてや自分が力を与えていた勇者として、清き乙女たちの中に紛れ混んでいたなど言語道断だった。

 許せない。絶対に滅ぼさなくては。

 存在しているだけでも大罪なのに、こともあろうにそいつは自分に牙をむいてきた。

 人間のふりをして、勇者という肩書を使い何食わぬ顔で自分が守る祝福の地にやってきたのだ。

 それだけで神樹としては業腹だったのだが、勇者たちの記憶を盗み見て知ってしまう。そいつが勇者たちにとって悪影響を及ぼしていることを。

 清き乙女の間にあんな邪悪な存在がいるだけでも許しがたいのに、さらに心まで浸食していたとは。

 現に巫女の資質を持つ勇者の清き乙女は自分たちにとってどれだけ丹羽明吾という存在が有用か訴えていた。どれだけ自分たちを支え、四国を守ってきたかを必死に。

 許しがたい愚行だ。自分に意見するだけでも万死に値するほどの無礼なのに、さらに騙されているのにも気づかず愚かにもそれをかばうなど。

 神樹はせめてもの慈悲として命は奪わないでおいた。ただ罰を与えないわけにはいかず、その身を高熱に冒させ反省を促すことにしたのだ。

 清き乙女でなければ容赦なく命を奪っていた。だが、勇者と巫女は自分たちのお気に入りだ。

 なるべく傷つけずにいたい。それにつけあがったのか、愚かにも人類は丹羽明吾が自分に要求したように三ノ輪銀の魂を肉体に返すよう懇願してきたのだ。

 これには神樹の中でもっと強い罰を与えるべきだという派閥と人類は愚かなのだから見守るべきだという派閥に別れ、双方激しい意見を対立させることになる。

 激しい討論の末、人類もあの天の神の尖兵、丹羽明吾に騙されているのだという結論にいたり命までは奪わないでおいた。

 本来ならば神託を受けるだけの巫女が自分たちに意見を述べるだけでも不遜なのに、この対応はむしろ相手をつけあがらせるのだけでは? という懸念があったが神樹は人類を信じることにしたのだ。

 だが、その懸念は的中することになる。

 なんと巫女の中でも自分たちのお気に入りだった信心深い少女、国土亜耶がよりにもよって自分たちに意見をしてきたのだ。

 丹羽明吾の両親の記憶を返すようにと。神樹としては戸惑いしかない。

 丹羽明吾は人類のふりをした天の神の尖兵である。両親などいるはずもない。

 この少女も丹羽明吾に騙されている。神樹は自分のお気に入りの少女たちを次々と手玉に取る丹羽明吾という存在に、憎悪に近い感情を抱いた。

 そしてその丹羽明吾を四国に送り込んだと思われる存在が今、ここに来ている。

 バーテックスが襲来し、樹海化したのに迎撃もしない勇者たちに戸惑ったが襲来した相手を感知した神樹は納得した。

 あれは丹羽明吾と同じ魂の色をしていた。普通の星屑や巨大バーテックスとは毛色が違う存在。

 人型のバーテックス。見たこともない星屑とは違う変異体のバーテックスに乗り、こちらを目指している。

 見間違えるはずがなかった。きっと丹羽明吾を使い心清き乙女たちを惑わせられたのを確認し、自分を滅ぼすために直接樹海に乗り込んで来たのだろう。

 そうはさせるものか!

 神樹は残る力を振り絞り、己の体躯を動かし天の神の尖兵を迎え撃つ。

 もはや己の身を守るには己の力に頼るしかない。なによりこいつは心清き乙女たちを惑わした張本人だ。

 私怨だが己の手で誅罰を下したいという思いが神樹を突き動かしていた。

 だが敵もさるもので神樹の攻撃をかわし、矢のような速度でこちらに向かってくる。

 仕方ない。こうなっては背に腹は代えられぬ。

 神樹は自分たちにとって重要である存在を解放し、全力で敵を迎え撃つことにした。

 それが自分たちの敵――人型のバーテックスの逆鱗に触れるとは、夢にも思わず。

 

 

 

 次から次へとこちらに向かって振るわれる神樹の樹の根を避け、あるいは時には切り裂き人型のバーテックスは神樹の元へ向かっていた。

 神樹の根は先端がとがっていて竹槍のようだ。殺意が高い。しかも根を切り裂くとバーテックスには猛毒の神樹の体液が流れ落ちてくる。これは突き刺したら体液を送り込むつもりなのだろう。

 本気で自分を殺しに来ている神樹に、人型のバーテックスはかくはずのない冷や汗が身体を伝うのを感じる。

 と同時にこんなことができるなら、もっと早くやれよと内心でため息をついた。勇者なんかよりこっちのほうがよっぽどバーテックスにとって脅威だ。

 得意技である水のワイヤーで道を切り開き、神樹の元へ急ぐ。

 やがてそこは見えてきた。神樹の根元。地に根を下ろし太い幹が四国全体に根を張っている中心地。

 神樹の元にバーテックスがたどり着けば人類は滅びる。

 その原作設定がある以上人型のバーテックス本体が神樹に触れるわけにはいかない。

 ここは手のひらから星屑を射出させ、交信用のバーテックスを触れるか触れないほどのギリギリの距離で神樹の幹に巻き付ける。

 あとは念話で説得すれば終わり。そう思い手から星屑を1体分離させようとした人型のバーテックスの目にそれは飛び込んできた。

 神樹の根が4つ、塊になるように絡み合い何かの形になろうとしている。

 最期のあがきか。人型のバーテックスは大して気にしなかった。

 ここまでくればもう王手。あと一手でこちらの勝ちだ。

 早々逆転の手なんてあるはずが――っ⁉

『おいおい、嘘だろ?』

 思わず、声帯のない口から声が漏れそうになる。

 神樹の根が固まってできたのは人型の木偶(でく)だった。それはいい。

 問題なのは、その人型が見たことのある、いや知っている4人だったこと。

 それはゆゆゆいプレイヤーならだれもが知っている4人。

 乃木若葉、土居球子、伊予島杏、高嶋■■。

 西暦の時代、命がけでバーテックスと戦い、四国を守って来た勇者たちそっくりの木偶人形が生まれていた。

『神樹様よぉ…俺も散々心の中でクソウッドだとかロリコンの樹って言ってたけどそれはあくまで愛ある罵倒というか、アンタは勇者や巫女の女を愛でる対象だと思っていると信じていた。人類や勇者の皆を大切に想ってるんだって』

 武器を構え、こちらに明確な敵意を向けてくる勇者もどきの木偶に我知らず人型のバーテックスは強く強くこぶしを握る。

『だからこんなやり方、死者を冒涜するこの方法は許せない。自分たちに尽くしてくれた彼女たちをこんなふうに使うなんて許せない。何より許せないのは、俺の前にあの娘がいない西暦勇者組を出したことだ!』

 一斉に襲い掛かる西暦勇者に、複雑な思いを抱きながら人型のバーテックスは神樹をにらみつけた。

 天駆の太刀・刹那!

 焔纏の巨刃・瞬旋!

 ゴーンウィズザウィンド!

 千回連続! 勇者パーンチ!

 一撃一撃が必殺の攻撃。木偶杏の矢の攻撃はアクエリアスの水球防御とリブラの風のカーテンをものともしない。木偶球子の旋刃盤も同様だ。

 近接攻撃型の木偶若葉と木偶■■の攻撃が迫る。躱すのは達人クラスの体捌きが必要だろう。

 だから、あえて躱さない。

 次の瞬間、人型のバーテックスの左半身から斜め上は袈裟懸けに斬り捨てられ、左胸は矢に射抜かれる。仮面ごと頭部は旋刃盤に縦に切り裂かれ、腹部は木偶■■の拳により貫かれていた。

 これは派手にやられたなーと木偶■■に貫かれている右半身を見ながら、人型のバーテックスは思う。しかも傷口がグズグズに溶ける感覚がすることから、武器にはバーテックスにとって猛毒である神樹の体液がコーティングされているのだろう。

 よっ、と空中で体をねじり、アリエスの増殖力で肉体を再生させる。

 両足を作る必要はない。動ければいいので右腕と蛇のような体躯を作り木偶球子と木偶杏に向かって水のワイヤーを振るう。

『ごめんね、せっかく眠っていたのに起こしちゃって。今度こそ、ゆっくりお休み』

 いつくしむような優しい声と共に木偶球子と木偶杏の身体が拘束される。水のワイヤーで何重にも腕と足を縛り、武器を使えないようにしたのだ。

 武器を放つことができずじたばたともがく2体の木偶勇者。神樹の創造物で本人ではないとはいえ、あんたま推しの人型のバーテックスは2人を傷つけるのはためらわれた。

 それに今回来たのはあくまで話し合いだ。なるべくなら戦いたくないが、こちらに向けて何とか攻撃しようともがく2体は殺る気満々。

『あー、そんな怖い顔しないで。かわいい顔が台無し…て木偶だからあんま関係ないのか。とりあえずしばらくの間は2人仲良くそこにいて』

 言葉と共に木偶球子と木偶杏が互いに向き合うような形で水のワイヤーで拘束する。

 さて、次は残りの木偶若葉と木偶■■だ。

 目をやると残された右半身は■■に貫かれた腹部を硬化させ、腕を抜かせないようにしていた。そのまま粘菌を参考にした体躯を木偶■■の腕から侵入させ、超速度で木偶■■の表面を覆っていく。

 木偶■■は何とか抜け出そうともがいているが身体の半分がすでにバーテックスの細胞で覆われていた。身体全体を包むのは時間の問題だろう。

 木偶若葉が割って入り助けようとするのをカプリコンの地震攻撃で地面を揺らしてさらにサジタリウスの無数の矢を放つ能力でけん制した。

 居合を放つには刀を1度鞘に納めていなければ使えないことと地面に両足を踏ん張っていなければならないという弱点がある。その後者をさせないため人型のバーテックスは能力を使ったのだ。

 転がるようにして無数に放たれた矢を避ける木偶若葉。その間にバイバイしていた右半身から広がった粘菌状態のバーテックスの細胞は木偶■■を覆い行動不能にした。

 後に残ったのは木偶若葉1体。揺れる樹海の地面に居合を諦めたのか、油断なく浮遊する左半身をにらみつけながら■■を捕らえる右半身からも意識を外さない。

 さすが園子のご先祖様だ。バーテックスの天敵という部分に関して見れば主人公補正もあるし友奈並みに厄介かもしれない。

 木偶若葉が走る。狙うのは蛇のような体躯を下半身にした元左半身。

 斬撃ではなく刺突の構え。恐らく頭をつぶせば勝ちだと思っているのだろう。

 だが甘い。甘々だ。

 人型のバーテックスは両手を使い木偶若葉が狙ってきた頭部の眉間の部分に切っ先が届く前に、木偶球子の旋刃盤に切り裂かれてズタズタになっている頭頂部を両手で力任せに裂いた。

 二股に物理的に別れて切っ先を躱した予想外の行動に木偶若葉が戸惑う一瞬の隙逃さず、蛇のような下半身が木偶若葉の腕に巻き付き居合刀を樹海の地面に落とさせる。

『今回は話し合いに来たから、できるだけ荒事はしたくないんだ。というわけで諦めてくれ』

 言葉と共に木偶若葉の腕に巻き付いた体躯に力を籠めてへし折る。これで居合はもう使えないだろう。

 さて、ここで問題が発生する。彼女たちを動かしているのは何かという点だ。

 彼女たち自身の魂? 否、それはあり得ない。

 なぜなら乃木若葉は西暦勇者の中で唯一生き残り大往生し天寿を全うした。その後も若バードこと青い鳥としてゆゆゆ本編に登場したりしていることから、それはあり得ない。

 球子と杏もそうだ。彼女たちは転生し、〇と□に転生したと(明確には表記されていないが匂わせ程度には)描写されている。よって彼女たちも違う。

 ■■に限っては友奈の精霊の牛鬼の正体とまで言われているからもちろんなし。つまりこの木偶勇者たちは姿かたちだけで、中身は別物だと考えた方がいい。

 それにしては動きが鋭かった。まるで歴戦の勇士のように。

 もし億匹食っていないわすゆ時代の自分だったら簡単にやられていただろう。それほど脅威的な存在だった。

 ともあれ、これでようやく話し合いの場につける。人型のバーテックスは改めて分裂した半身と融合しようと身体をくっつけていると、燃え盛るような4体の木偶から放たれたオーラに驚いた。

 おいおい、嘘だろう?

『まさか、切り札まで使う気か? 偽物とはいえ、そこまで本物に似せる必要はないだろう』

 木偶■■の表面を覆っていたバーテックスの細胞が剥がれ落ち、木偶若葉は折れた腕を無理やり元の形に戻し地面に落ちた刀をとった。

 木偶球子は巨大化した旋刃盤で無理やり水のワイヤーを断ち切り、木偶杏と一緒にこちらへ向かい殺意をぶつけてくる。

 相手は本気のようだ。いや、今まで本気だったがさらに本気にさせてしまったらしい。

 あれだけ圧倒的な力の差を見せつけてもなお絶望せずに向かってくる姿は、まさに勇者だ。その姿に人型のバーテックスは敬意を表し、自分も全力で当たることにする。

 アリエスの超振動、タウラスの怪音波攻撃、リブラの風を操る能力を合成し、4体の勇者へ向かって放つ。

『滅びの歌を聞けぇえええ!』

 ほろびのうた。ポ〇モンで3ターン後に互いのポ〇モンが自滅する効果のある技だ。

 これをヒントに人型のバーテックスは木偶勇者たちの動きを封じ、身体が崩壊するような効果を持つ音波攻撃を放つ。

 精霊バリアのあるゆゆゆ勇者たちですら釘付けにしたタウラスの音波攻撃。それをアリエスとリブラの能力で強力にしたものだ。

 この攻撃を受けると相手は身動きがとれずに自分の身体が超振動により崩れていく姿を見ていることしかできない。

 これは効果範囲が限定されるうえ巨大バーテックス相手には他の攻撃手段の方が有効なので封印した技だ。というか、星屑の大群の動きを止めるぐらいしか使い道がない。

 だが木偶勇者くらいの大きさの敵ならばこれで充分だ。あとは切り札が切れた瞬間また水のワイヤーでぐるぐる巻きにして動きを止めればいい。

 そう思っていた人型のバーテックスと木偶勇者たちの間に、巨大な旋刃盤が盾のように立ちふさがった。

 なるほど。そうきたか。

 旋刃盤は盾にもなる武器だ。球子はこれでスコーピオン・バーテックスの攻撃を防ごうとして杏と一緒に――。

 余計なことを思い出した。

 どちらにしてもアレを破壊するのは難しそうだ。今回は巨大フェルマータ・アルタしか連れてきていない。アタッカ・アルタがいれば話は違ったかもしれないがあの盾にもなる武器を壊すことは難しいだろう。

 どうしたものかと考えていた人型のバーテックスに向けて木偶杏が矢を放って来た。それを人型のバーテックスは巨大な水球を3連作り出し盾とする。

 と同時に木偶若葉と木偶■■が盾となった巨大旋刃盤からそれぞれ左右に分かれてこちらに向かってきた。どうやら挟み撃ちにする気らしい。

 刀と拳。リーチの差では木偶若葉の方が上だが脅威度では木偶■■の方が上だ。なのでまずは木偶■■から行動不能にする。

『よっと』

 腕を樹海に突っ込み、ピスケスの能力で木偶若葉の進路上に腕を伸ばして足をつかんで樹海の地面に沈みこませる。ついでにアクエリアスの能力で樹海の地面をゲル状にするのも忘れない。

 これで足止めはできた。あとはこちらに向かって一直線に向かってくる木偶■■と距離をとり強化したワイヤーで縛れば…。

『そううまくいかないか』

 音波攻撃をやめたことで巨大旋刃盤がこちらに向かってきた。武器を操る木偶球子の後ろから木偶杏がボウガンの矢を文字通り矢継ぎ早にこちらに向かって撃ってくる。

 どうやら遠距離から木偶■■を無力化しようとしていた人型のバーテックスの目論見は木偶杏にはお見通しらしい。流石西暦勇者の軍師ポジションにいただけはある。

 この娘たちをあまり傷つけずに無力化するには一体どうしたら……。

(相手は神樹の根で作られた木偶。それを精霊か何かが核になって動かしている。木偶の身体を破壊して核を取り出すか? いや、それよりも)

 相手がただの操り人形ならば、こちらでコントロールを奪うことができないだろうか。

 人形、操る、ハッキング。自分の中にいる精霊をあの木偶の中に入れて支配権を奪わせるか? いや、それよりももっと古典的でいい方法がある。

『行けっ!』

 木偶勇者に向けてカプリコンの毒ガスとヴァルゴの爆弾を作る能力を融合させて作った目くらましのためのスモークグレネードを放り投げる。視界が煙に覆われ木偶勇者たちは混乱する。

 その木偶勇者たちに向け水のワイヤーを次々と射出する。頭、方、腕、足、の関節に潜り込ませ、身体の自由を奪う。

 まさしく操り人形。木偶勇者たちはこちらに向かって攻撃しようとするが意思に反して動けない。身体の命令を全体に伝えるはずの部位を人型のバーテックスがワイヤーで制圧したからだ。

 これは樹の根でできた木偶人形だからできた手だ。電気信号で動く人間相手だったらここまでうまくはいかなかっただろう。

 神樹の体液の流れを水で遮ることで、木偶勇者たちは指一つ動かせなかった。と同時に人型のバーテックスは水のワイヤーを通して木偶勇者たちの中にいる存在の正体を知る。

『義経、輪入道、雪女郎、一目連か。なるほど、西暦勇者と一緒に戦ってきたお前たちなら、あそこまで戦えたのも納得だ』

 西暦勇者の中にあり、共にバーテックスと戦ってきた相棒たち。

 彼らの協力なしには乃木若葉の章は語れないだろう。そんな存在に敬意を表し、人型のバーテックスは頭を下げる。

『すまないが、先に進ませてもらうよ。そして、ありがとう。勇者亡き後も神樹の中で四国を守ってくれて』

 それだけ告げると腕から星屑を生み出し、神樹の元へ放った。

 

 ※人型のバーテックスによる神樹様の説得の様子はノーマルルートの「勇者のケンカに創造主が出る」とほぼ同じなのでカットカットカットォッ!

 

 人型のバーテックスの元には神樹の元から多数の神霊が新天地のテラフォーミングした大地へ行くために集まっていた。

 神樹も勇者たちを罰しないように神託を下すように人型のバーテックスと約束する。そして祝福も授けるという。

 これは四国にいる限り彼女たちに絶対の安全が約束された瞬間でもあった。

『じゃあな、神樹様。よい眠りを。農作物が取れたら四国に運びに来るわ』

【そなたの進む道に幸あらんことを、毛色の違う天の神の使いよ。人の子の未来に幸あれ】

 ノーマルルートではここで2人は別れるが、この世界線では違った。

 人型のバーテックスはそういえば、というように神樹に尋ねる。

『バーテックスが神樹に触れると世界が滅ぶって言われてるけど、そこらへんどうなんだ? 俺がアンタに触れると、本当に世界が終わるの?』

【いや、あれはものの例えだ。毛色の違う天の神の使いよ。実際は我を切り倒したり破壊する行動をしなければ触れても何の問題もない】

『ふーん、そうなんだぁ』

 その言葉を聞いた瞬間、星屑丸出しの人型のバーテックスの顔がニヤリと笑った。

 手のひらからもう1体星屑を射出し、神樹の幹に巻き付ける。今度はより太く。まるで神樹を締め付けるかのように。

【これは、何の真似だ毛色の違う天の神の使いよ!】

『ああ、これは念のための保険だよ。決して俺の前に西暦勇者たちの木偶人形を出して守らせたことに怒ってるわけじゃないぞ』

 その言葉に嘘だと神樹の主神格は直感した。声が、声が絶対怒ってる感じがする。

『神様ってのはあれなのかね? 自分を命がけで守った勇者に対する感謝の念とかないのか? 自分を守る駒の1つとしか見てらっしゃらない?』

【ま、待て毛色の違う天の神の使いよ! それは我も悪かった。反省する。今にして思えば彼女たちへの扱いも(おご)っていたとはいえ不義理なことをした。今は心から反省している】

『どうかなー。口では何とも言えるからなー』

 あ、駄目だ。これ絶対信用していない。口ぶりから分かるもん。

 神樹はどうやってこの新たな盟友に信用してもらうかを考える。そして出した結論は…。

【わかった。今まで我に尽くしてくれていた勇者や巫女たちがどんな世界でも迷わず幸福であるよう力を尽くそう。本来転生した後の魂に関しては管轄外なのだが、何とか働きかけよう】

『そこまでしてもらおうとは思ってなかったんだけど、まあ、してくれるんならこっちは助かる。もし約束を破るようなら今巻き付いた星屑がお前を西遊記に出てくる孫悟空の頭の輪っかみたいに締め上げるからそのつもりでな』

【肝に銘じよう。新たな主神格にもそう伝える】

 そう告げると今度こそ神樹は新しい神格に自我を譲り、自らは四国の寿命を延ばすために消えていった。

 淡い緑色の光が樹海に降り注ぐのを見ながら、崩れていく4体の木偶勇者を見て人型のバーテックスは思う。

 もし西暦の時代に自分がいたら、彼女たちを救えただろうかと。

 考えて、意味のないことだと首を振る。神樹にも言ったではないか。たらればの話をしてもキリがないと。

 だがもし、もしも何らかの方法で西暦勇者の元へ行けたとしたのなら彼女たちも救いたい。

 それが人型のバーテックスの偽らざる気持ちだった。

 

 

 

 ちなみに人型のバーテックスが神樹に巻き付けた星屑には仕掛けがあった。

 それは人型の指示があれば神樹を締め付けるだけではなく、人型のバーテックスの記憶から百合作品の珠玉のエピソードを新しく生まれる神樹の主神格に送るというもの。

 もちろん神樹に気づかれぬように。神樹の主神格を無意識に珠玉の百合エピソードを視聴し、百合好きに洗脳してしまうのだ。

 恐るべき性癖の押し付け。しかも神樹の新神格は生まれたばかりの無垢な子供のようなものなので、知らぬ間に百合好きに染まってしまう。

『やっぱり百合好きの英才教育は早いうちからしないとなー』

 そう言って星屑丸出しの顔で笑う人型のバーテックスの姿は、まさしく人類の敵そのものだった。

 




 現勇者。並びに今まで神樹を守る勇者として戦ってきた少女たちと巫女全員の救済完了。
 さらに神樹様を百合好きに洗脳する方向で進行中。もう2度と女の子にひどいことできないねぇ!
 これで残すは最終決戦。なのに、ちゅるっととゆゆゆ再放送開始までまだ時間が…。
 ドウスッペ、ドウスッペ…。

「木偶西暦勇者」
 神樹様の樹の根で作られた勇者を模した人形。だが攻撃力は本物と変わらない。
 身体全身にバーテックスにとって猛毒である神樹の体液が流れているので、バーテックスにとっては本物より厄介な存在。
 中にいた勇者の核となっていた精霊たちはゆゆゆいではおなじみの西暦勇者の精霊。勇者たちが命を散らしてからも神樹の中で四国を見守っていた。
 最悪神樹は人型のバーテックスに彼女たちを取り込ませ自爆させて神樹の体液で大ダメージを与えようと画策していたが、しなくてよかったね。
 もしそんなことしてたら勇者大好きっ子の人型は逆上して交渉なんか忘れて神樹様伐り倒してました。


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【グッドエンドルート】2つの信念

 あらすじ
 神樹様、最後の抵抗に人型のバーテックス完全勝利の後説得完了。
(+皿+)「最終決戦前に一荒れあるかと思ったけど別にそんなことはなかったぜ」
旧神樹「おかしくない? こういうのお約束としてギリギリまで追い詰められたりするもんじゃないの?」
(+皿+)「ぶっちゃけ2年間で星屑億匹食って能力ほぼカンストしてるし神霊、精霊もいっぱいいてサポートも充実。むしろ負ける要素が見当たらない」
旧神樹「おかしい…こんなことは許されない。ここはお前が死んで主人公交代の流れだっただろう」
(+皿+)「ダイスの出目によってはそれもあり得たんだが…ごめんなー。引き強くって」
旧神樹「ぬぎぎぎ…。ちなみに我が汝に勝っていた出目は?」
(+皿+)「ダイス2個振って2以下で俺は負けてたな」
旧神樹「ファンブルではないか!」
丹羽「よーし、ひだまりスケッチ4作を見終わったら三者三葉、まどか☆マギカ、きんいろモザイク、ご注文はうさぎですか、まちカドまぞく、キルミーベイベー、ゆゆ式、うらら迷路帖、アニマエール、スロウスタート、はるかなレシーブのきらら系全部見よう」
新神樹「わーい」
旧神樹「お前もうちの子に変な英才教育してるんじゃあない!」
 どうせみんな、百合厨になる。


 神樹と人型のバーテックスが邂逅(かいこう)した翌日。大赦はにわかに慌ただしくなった。

 巫女の口から告げられた、神樹様による神託。その内容は信じがたいものだったのだ。

 まず敵であったはずの人型のバーテックスを朋友とし、共に人類を守るために神樹は四国を、人型のバーテックスは四国以外の土地を再生するために行動しているという話だった。

 しかもかつての中国地方とよばれた土地はすでに再生済みであり、そこには神霊や精霊により地の恵みがあふれていること。

 そこから四国へ向けて食糧支援をする用意があることが告げられた。

 そのことに大赦は上へ下への大騒ぎとなる。壁の外はウイルスが蔓延(まんえん)し、人間が住めない世界だと伝えられていたのだ。

 実はバーテックスが蔓延(はびこ)っていて人類が住めない環境だということをこの時初めて知った人間も多かった。その上で不可能と思われていた土地の再生という偉業をなしたのは自分たちの敵だったバーテックス。

 それを自分たちが信仰している神樹様が朋友としたことに大赦にいる職員の誰もがこう思った。

 神樹様はご乱心なさったのかと。

 だがそれ以上に大赦を混乱させたのは神樹様による実質的な勇者や巫女たちへの謝罪の言葉である。

 歴代の勇者や巫女によく自分に尽くしてくれたという神樹の信者である四国の人々にとっては望外である感謝の言葉を告げ、自分は代替わりし新たな神格がこれから人類を守ると告げた。

 自分は四国の地と一体化して眠り、四国の寿命を100年延ばすと。

 あり得ない。何かの間違いではないか?

 巫女全員を高熱に追いやったかと思えば手のひらを返したように自分たちのためにその身を犠牲にする。

 君子は豹変(ひょうへん)するという言葉もあるが限度があった。これは別の何者かが神樹様に成り代わったのだと説明された方が納得できる。

 巫女の虚言を疑った者もいたが、大赦が把握していない巫女の資質を持つ四国に生きる少女たちも同様の神託を夢として見たという報告からそれが真実だと認めざるを得ない。

 この神託を受けた大赦の最高責任者の行動は早かった。

 今まで大赦の都合で功績を葬って来た巫女や勇者たちに感謝の意を示し、大橋にある英霊碑に新しく名前を刻むことにしたのだ。

 その中には郡千景(こおりちかげ)や弥勒蓮華の名もあった。

 郡千景は西暦時代の勇者であったが彼女の犯した勇者らしからぬ行動や隠匿していた長い歴史から勇者として祀ることに反対する者もいたが、大赦の最高責任者の鶴の一声と四国でも有数の権力者である乃木、上里、土居、伊予島、高嶋の家からの強い要請もあり彼女の名が英霊碑に刻まれることとなる。

 弥勒蓮華も同様だ。彼女の場合は赤嶺と桐生の家が動いた。

 その事実を知った時、防人の弥勒夕海子は人目はばからず大泣きしたそうだ。先祖の功績が認められたことが彼女にとってどれほどの喜びだったのか、想像するしかないがとてもすごい事だったのだろう。

 没落した原因である先祖の勇者ではあったが弥勒夕海子は彼女を尊敬していた。それこそリスペクトして常に弥勒の名に恥じぬ行動を心がけて生きることを選ぶほどに。

「あとはこれからのお役目で弥勒家を再興するだけですわ!」と涙ながらに防人の仲間たちに語っていたと芽吹から聞いた時、丹羽はよかったと思った。その事実だけで自分は後悔なく最後の戦いに向かえる。

 そして人類の仇敵と神託を受けた丹羽明吾だが、正式に大赦が勇者であると発表し四国を守る存在であると大赦の最高責任者の太鼓判が押された。

 それは丹羽明吾を人型のバーテックスの巫女として丁重に扱うようにという神託が下る前に園子と丹羽との話し合いの末、大赦の重役たちと最高責任者が決めていたことだ。もしこの神託がなければ神託に逆らった前代未聞の行動だと非難を受けていただろう。

 だがそうはならなかった。結果的にだが、神託によって四国の敵にされた丹羽は神託により救われたのだ。

 こうして丹羽明吾は大手を振って讃州中学勇者部に戻ることができた。ちなみに神樹によって消された丹羽の記憶や記録は神樹が代替わりをする際元に戻され、事情を知らない大赦の一般職員たちはなぜ丹羽を人類の仇敵という神託を素直に受け入れたのか不思議がっている。

 そこら辺の情報操作は大赦上層部がうまく処理…できるかなぁ?

 本編よりもマシだが相変わらず事後処理とか報告・連絡・相談ができない大赦に任せることに丹羽は一抹の不安を覚える。

 一方で来るべき最終決戦、対レオ・スタークラスター戦に向けて人型のバーテックスと丹羽は動いていた。

 まず園子の提案により防人たち32人にそれぞれ人型のバーテックスが製作した精霊が与えられることになる。これは人型のバーテックスが無数に神霊と精霊を出した時に思いついたらしい。

 これだけいれば、勇者適性のある少女たちを集めた防人隊の皆にも精霊を与えてあげられるのではないか? と。

 防人の変身システムに精霊を入れる作業は亜耶と大赦による全面バックアップで行われた。人型のバーテックスの元からそれぞれ防人1人1人適性に合った精霊が選ばれ与えられることになる。

 これにより防人たちも精霊バリアが使えるようになり、バーテックスとの戦闘での生存確率がぐーんと上がった。

 今までは多数で星屑に当たっていたが、精霊を防人システムに組み込んだことにより全能力が向上。人型のバーテックスが用意した星屑を使った模擬戦で1対1の戦いでも後れを取ることはなくなったようだ。

 これにより勇者対星屑による1対多の戦闘ではなく、多対多による防人たちを加えた戦闘にシフトすることができた。これは勇者の負担を減らす画期的な方針転換だ。

 ただ、いきなり何年も訓練した精鋭である防人のようなチームワークを勇者の8人に期待するのは酷だと判断し、勇者たちは遊撃隊として敵に当たることになった。

 それにいくらパワーアップしたとはいえ巨大バーテックスは防人隊一丸とならねば倒せないだろうという防人隊隊長、楠芽吹の冷静な分析により、防人たちは対星屑戦の露払い。場合によっては一丸となって巨大バーテックスに当たる。勇者たちは万全の状態で巨大バーテックスとの戦闘に突入するという意見で決着した。

 勇者たちも戦闘力の底上げとして人型のバーテックスと丹羽によるコンビとの模擬戦を何度も行った。

 特に樹は人型のバーテックスと同じワイヤー使いということもあり戦闘スタイルに多大な影響を受けたらしい。こっそり自主練でワイヤーを使って拳を作ったり蜘蛛の巣のように張り巡らせてみたり試行錯誤しているのをいつもの波打ち際で訓練しようとしていた夏凛は目撃したらしい。

 図らずもゆゆゆいと同じような訓練をしている樹に丹羽と人型のバーテックスは微笑ましく思った。ああ、やっぱりこの世界の彼女もあの世界の彼女に繋がっているのだと。

 2年間昏睡状態だった銀も訓練により大分以前の勘を取り戻してきた。今までは園子が彼女のカバーに入り見守っていたが、最終決戦までには肩を並べて戦えるように成長しているだろう。

 そんなこんなで今日は防人隊との交流会としてゴールドタワーに勇者部8名は来ていた。

 

 

 

「ようこそ、ゴールドタワーへ。勇者様方。私は防人隊隊長の楠芽吹と申します」

「ご丁寧にどうも。勇者部部長の犬吠埼風です。今回はお招きいただきありがとうございます」

 ぺこりと双方の代表が頭を下げ、風に続いて他の7名も頭を下げる。

「今回は対バーテックスの戦いにむけて交流会として勇者様方を我らの本拠地にお招きいたしました。これからは共にバーテックスと戦っていきましょう」

「ありがとう。アタシたちも一緒に戦ってくれる仲間が増えたことは本当に心強いわ」

 ぎゅっと固く握手をする風と芽吹。

「ビュォオオオ?」

「風メブキテナイデスワー」

「おいこら、そこの百合厨ども。今は真面目な場面なんだから少しは欲望を隠す努力をしなさい」

 いつものごとく百合フィルターを通して自分たちを見つめる丹羽と園子に、風は呆れたように言う。

 それに緊張していた空気が弛緩した。防人と勇者たちから苦笑が漏れる。

「やっぱりメブにぼ、にぼメブですねー。風メブにはまだ親愛度が足りません」

「そうだねー。メブーは真面目だから最初のとっつきにくい印象のせいでちょっと損してるんよー。まあ、そこに惹かれる女の子もいるからなんともいえないねー」

「自分としては大正義メブあやですかね。メブしず、メブすず共依存もいいけど、母性的な年下に甘やかされる不器用なお姉ちゃんっていいと思うんですよー」

「わかるー。メブーって、頼りがいがあるけど逆に無茶苦茶甘やかしたくなる性格してるよねー。母性強い女の子と組み合わせると最高なんだぜー」

「そう考えると犬吠埼先輩には素質があると思うんですが。女子力オカン級ですし」

「今後に期待だねー。もっとメブーがふーみん先輩に心を開いて甘えるような展開を希望なんよー」

「あの、園子様。メブーとは私のことでしょうか?」

 カップリングまでいたらない風メブという組み合わせにどうすればもっと百合イチャな空間になるか相談する丹羽と園子に、芽吹が口元をひくつかせながら言う。

 黙って聞いてれば人が母性に弱いだのなんだのと事実無根のことを好き勝手言って。しかし2人ともに恩があるため芽吹は強く出れない。

「様付け禁止! これからは一緒に戦う仲間なんだから。防人の皆もだよ!」

 園子の言葉に防人たちは困惑する。それに夏凜はため息をついて言った。

「諦めなさい、楠芽吹。この子はこういう子なんだから、下手に敬って様付けしてると機嫌を損ねるわよ」

「三好夏凛…」

「そうそう、一緒に戦う仲間なんだから仲良くしたほうがいいって。それに芽吹は同い年だろ? あたしは銀でいいぜ」

 さっそく自己紹介してグイグイ来るのは2年前勇者でつい先日まで意識不明だった三ノ輪銀だ。

「園子に聞いたけど、あたしを壁の外から四国まで運んでくれたのは防人のみんななんだってな。ありがとう!」

「い、いえそんな! 勇者様方にお礼を言われるなど、もったいないお言葉です」

「いや、そんなにかしこまれるとこっちが困るって。あたしにとって防人のみんな1人1人が命の恩人なんだから。それに、同学年の人に敬語でしゃべられると何となく距離があるみたいで寂しいし」

 しゅんとする銀に思わずうっ、と芽吹は言葉を詰まらせる。なんだか捨てられた子犬のような表情で、自分が悪い事をしているみたいだ。

「楠さん。あなたにもあなたの考えがあるんでしょうけど今日は勇者部と防人隊のみんなとの交流会。これから一緒に戦う仲間として信頼関係を築こうとする集まりよ。乃木と銀の言っていることは間違ってないと思うけど」

 部長の風にこういわれては、芽吹も折れるしかなかった。改めてしょんぼりとしている銀に声をかける。

「わかりました。これからは敬語禁止ということで三ノ輪さ…さん。園子さん」

「銀でいいって。こちらこそよろしくな、芽吹!」

 笑顔でしっかりと握手した2人に続き、勇者部の他の面々も防人たちに挨拶をしていく。

「私、結城友奈。よろしくね!」

「加賀城雀です。ところで結城さんって強い? もしよかったら私のこと守ってくれな…なんでもないです、はい」

 自分を守ってくれと友奈に告げようとした瞬間雀の危機感知センサーが反応したのですぐさまごまかした。急いで周囲を見ると黒髪が長い勇者の女の子が自分を般若のような顔でにらんでいる。コワイ!

「犬吠埼樹です。あの、よろしくお願いします」

「山伏しずく…。よろしく」

 名前を名乗ったのはいいが握手もせず2人の間に沈黙が降りる。

 2人とも積極的な性格ではなく、どちらかと言えば内気な性格だ。しずくの中にいるシズクは正反対の性格だが、今は眠っている。

「えっと、ご趣味は…」

「ラーメンの店巡り…とか? 樹ちゃんは?」

「あ、わたしはその。占いとお料理とかですかね」

「「「「「え?」」」」」

 樹の言葉に銀と園子以外の勇者部メンバーが固まった。何か変なことを言ったかな? と樹は首をかしげている。

「精霊、かわいいね…。木霊だっけ? いい匂いする」

「はい。かわいいんですよー。しずくさんの精霊もかわいいですね。チワワみたいで」

 しずくの肩に乗る雲に包まれた体躯の耳が長いフェネック狐のような精霊、つぶらな瞳の雷獣を見て樹が言う。樹の精霊の木霊も同じように肩の上あたりを浮いていた。

「人型からもらった精霊。こう見えて、結構役に立つ」

「へー。どんな風にですか?」

「どこでもスマホのバッテリーを充電できる」

 エッヘンと胸を張るしずくに、それはすごいですねと樹はキャキャと笑っている。

「うう、うちの妹が、うちの妹が初対面の相手とあんなに楽しそうに話して…」

「あんた、どんだけ妹が好きなのよ」

 一方陰ながらその様子を見ていた風がガン泣きしているのを、夏凜が白い目で見ていた。

「しずくさん。しずくさんがわたくしたち以外と普通にお話を! シズクさんに頼らずきちんと話してますわよ芽吹さん!」

「わかりましたから、落ち着いてください弥勒さん。私も他の勇者の方々とお話ししなければならないので」

 ちなみに同じように夕海子もしずくが樹と仲良く話している姿に感激していた。どうやらこの世界の3年生組は保護者ポジションで涙もろいらしい。

『シズクさーん!』

 そんな時だった。1体の精霊がしずくの胸元に飛び込んできたのは。

 その姿を見て、しずくは息をのむ。そしてその精霊を追って来た銀を見て思わず顔をそむけた。

「おいこらスミ! お前また勝手に出てきて防人の女の子の山脈にビバークするなんてうらやまけしからんことを! 後で須美に怒られるのはあたしなんだぞ!」

 息をつかせしずくの胸元にいたスミをひっつかんだ銀は、スミが抱き着いた娘の胸が慎ましいことに違和感を覚えたが迷惑をかけたことに変わりはないと頭を下げる。

「すいません、うちの精霊が。ごめんな、樹ちゃん。楽しく話してたのに」

「いえ、むしろ良かったです。……平野とか盆地とか名前を付けられる前で」

 スミに植え付けられたトラウマを思い出し我知らず胸を押さえる樹。その様子に首をひねりながら、銀は目の前の少女に改めて自己紹介する。

「ごめんな、あたしは三ノ輪銀。よろしくな」

「……知ってる」

 ぽつりとつぶやかれた言葉に「え?」と思わず銀は訊き返す。

「わたし、神樹館小学校に通ってたから、あなたたちのこと、知ってる」

「マジかー。だったらあたしや園子、須美とも会ってたのか?」

「うん。多分3人は憶えてないかもしれないけど、同じ訓練所にいた。すぐ脱落したけど」

 その言葉に銀はしずくの顔を見ようとするがなぜか避けられた。顔を背けるほうへ向かうがそのたびに顔を背けられる。

「なんで顔を見せてくれないんだ?」

「その…はずかしいから。それに、どんな顔であなたに会えばいいのか、わからない」

「なんだそりゃ。あたし、2年前になんかしたっけ? それとも訓練所時代になにか?」

「違う! 三ノ輪は全然悪くない。ただ、わたしが一方的に憧れてただけ。だから、どういう顔をしていいかわからない」

 そう言うしずくの耳は真っ赤に染まっていた。肌が白いのでわかりやすい。

「えい!」

「わっ、何をするんだ犬吠埼⁉」

「銀さん、今です!」

 いつまでも目の前でうろうろしている銀に業を煮やしたのか、樹がしずくを取り押さえる。

「っ⁉ やめて、わたし、三ノ輪に顔を見られたくない」

「大丈夫ですよ。付き合いは短いですけど、銀さんはいい人だってわかってますから。しずくさんにひどいことはしないはずです」

 樹がそう言った時にはしずくの至近距離に銀の顔があった。

 白い外跳ね気味の髪が犬の耳のようだ。右目が隠れているが綺麗な顔だと思う。一体どこが恥ずかしいのだろうと銀は思った。

「なんだ、すっげー美人じゃん。こりゃあたしが男だったらほっとかねーな。すげーかわいい」

 にっこりと太陽のような笑顔で憧れの人に言われ、しずくの顔は真っ赤になる。

「って、あれ? たしかあたしと会って話したことあったよな? 山伏しずくさんだろ」

「憶えてて…くれたの?」

「もっちろん、ダチの名前忘れるわけないじゃん!」

 2人の世界を作っている銀としずくを見て、樹は席を外すことにした。

 どうやら自分はお邪魔のようだ。積もる話もあるようだし、ここは2人きりにしてあげよう。

「てぇてぇ、てぇてぇ、銀しずてぇてぇ」

「これはいい風吹いてるんよ。ビュォオオオ!」

「はいはい、2人とも邪魔しない」

 こういう手合いから守ってあげるのも後輩の務めだと樹は気配を消して成り行きを見守っていた丹羽と園子を変身してワイヤーで縛り上げ連れて行った。

「樹、人を気遣えるあんなに立派な女の子になって…お姉ちゃん感激!」

「風、次はあの人よ。あんたは勇者部の顔なんだからもうちょっとしまりのある顔しなさい。そんな涙流して妹の成長に感動するのは後にして」

「しずくさんが、しずくさんがぁ…よかった、よかったですわー」

「弥勒さん、泣いている場合じゃないですよ。もうすぐ勇者部部長の犬吠埼さんとお話するんですから、その泣き顔はやめてください」

 こうして夏凜と芽吹によって引き合わされた3年生組は、まず互いの妹と後輩の成長を喜び合うことから会話が始まったのだった。

 

 

 

 あいさつ回りも一段落し、交流会はつつがなく進行していた。

「なんで楠芽吹の精霊があたしの義輝と似てるのよ、このパチモン!」

「心外だわ、三好夏凛。私の尊氏の方がよっぽど造形美がとれてるわよ」

 自分の精霊義輝を出し、芽吹の精霊の兜をかぶった人型の精霊に夏凛がいちゃもんをつけている。

「弥勒さんの精霊って座敷童って言うんですかー。かわいいですね」

「おほほほ、ありがとうございますわ。友奈さんの牛鬼も大変かわいらしいですわ」

 花の髪飾りをしたメカクレおかっぱの着物を着た女の子の精霊、座敷童を見て友奈が言う。それに夕海子はまんざらでもない様子だ。

「雀さんの精霊は…燃えてますね」

「そうね。なんかローストチキン食べたくなって来たわ」

「ひどい!」

 翼とトサカが炎のように燃えているでっぷりとしたニワトリのような精霊、波山を見た犬吠埼姉妹の評価に、雀が涙目になっていた。

「他の子たちも精霊をそれぞれ持ってるのね…。これ、全部人型さんが?」

「そうなんよー。すごいでしょー」

 東郷の言葉にエッヘンと胸を張る園子。それに「いや、園子をほめてるんじゃないぞー」と銀が優しくツッコむ。

「そう言えば銀、さっき防人の女の子と話し込んでたけど、どうしたの?」

「ん? 連絡先交換してた。で、今度一緒にラーメン食いに行く約束した」

 その言葉に「おおっ」と丹羽と園子は身を乗り出した。

 さすがわすゆ組のコミュ力おばけ。もう連絡先交換とデートのお約束までしているとは。

「これはこれからにも期待ですね、そのっち先輩」

「だねー。わたしたちは2人を優しく見守っていくんよー」

 キラキラした目で自分を見る丹羽と園子に戸惑いながら、銀は東郷にしずくのことを話していた。

「まさか神樹館小学校の同級生が防人の中にいるとはなー。って、ごめん、須美は記憶がないんだっけか」

「いえ、それが最近徐々に思い出しているの。多分、人型さんと神樹様の話し合いがうまくいったおかげね。今は自分の記憶としてちゃんと実感を持っているわ」

「おお! そりゃよかったな! あたしも嬉しーぜ!」

 東郷の言葉に、銀はまるで自分のことのように喜ぶ。それを見て、彼女は小学生のころからこんなふうだったなぁと東郷は初めて実感を持って懐かしく思ったのだった。

「で、丹羽? 人型さんは最後の戦いはどうなるって言ってるの?」

 風の言葉にその場にいた全員が丹羽を見た。丹羽はこほんと咳払いをして、最終決戦の概要を話す。

「敵はレオ・スタークラスター。獅子座に複数の12星座の巨大バーテックスが融合した超弩級バーテックスです。これまで戦ってきたどのバーテックスよりも強い存在と言ってもいいでしょう」

 その言葉に全員がゴクリ、と生唾を飲む。

「星屑もかなりの数が出現します。でもこれは防人隊の皆さんの協力があれば問題なく対処できるでしょう。問題なのは…三好先輩、結城先輩。お2人は絶対満開を使わないでくださいね」

「ちょっと、なんであたしが名指しなのよ!」

「丹羽君、私そんなに信用ないかなぁ」

 丹羽に名指しされた夏凜と友奈が抗議の声を上げる。しかし本編視聴済みの丹羽からしたら、注意せずにはいられなかった。

「特に結城先輩。自分が犠牲になってみんなを助けようとかいう考えはこの際捨ててください。そんなこと考えるくらいなら助けて! って叫んでくれたほうがいいです。そうすればここにいる39人の誰かが先輩を助けに行きます。だから決して自分1人で抱え込まないで、自己犠牲をしてまで敵を倒そうとは思わないで下さい」

 現に本編では変身不能な状態から無理やり満開して身体のほとんどを神樹に作り替えられてしまったのでこの忠告でも優しいくらいだ。

 丹羽の言葉に友奈はしゅんと肩を落としている。思い当たることがあるのか、少しは反省してくれているようだ。

「そうよ、友奈ちゃん。困ったときは私を呼んで、すぐに駆け付けるわ」

 東郷はぎゅっと友奈の手を握る。あら^~ゆうみもの夜明け~!

「勇者部5箇条、悩んだら相談。ですよ、友奈さん」

 ひょっこりと東郷の横から顔を出し、樹が言う。

「そうよ友奈。アタシとアンタと東郷の3人で作った勇者部5箇条でしょ。だったら守らなきゃ」

 笑顔で風が言う。本編なら今頃「大赦をつぶす!」と血気盛んに乗り込んでいる時期だが、そんな気配はみじんも感じさせない。

「ったく、トーシローが。なんてもう言えないわね。完成型勇者のあたしと一緒に戦ってくれるあんたたちに、任せるところは任せるわよ。だから、あんたもあたしを頼りなさい」

 本編で暴走する風を止めるために必死になっていた夏凜はここにはいない。いるのは穏やかな笑みで自分と戦ってきた仲間の実力を認め、信じて頼るように告げる少女だ。

「ゆーゆ。わたしたちのことも頼っていいんよー。勇者はにわみんを含めて8人もいるんだし、心配いらないんだぜー」

 と園子。本編では戦闘に参加しなかった最強の勇者がいてくれるというだけで心強い。

「そうだな。あたしたちの時は3人だったからギリギリだったけど、こんだけ数がいるんだ。どれだけ強い敵でも余裕だろ」

 楽観的な口ぶりだが、瞳の奥にある炎を隠しきれていない銀が言う。

 本編では2年前に死んでしまった彼女もこの戦いに力を貸してくれる。その事実だけで丹羽の胸は尊いでいっぱいになりそうだ。

「結城さん。少しいい?」

 勇者たちにどう返事をしようか困惑していた友奈に声をかけたのは、防人隊隊長の芽吹だった。

「私たち防人は、いわば使い捨ての道具。園子様が引き上げてくれてもこの事実は変わらないの。勇者と違い消耗品。死んでも代わりがいる」

 その言葉に「ちょっと!」と芽吹にかみつこうとしていた夏凛を、園子が止める。話は最後まで聞けと。

「だから、私は防人隊の隊長として皆を絶対に誰1人欠けることなく生きて帰ってこれるように努力した。なにもかも足りない私だったけど、幸い支えてくれる仲間がいた。足りない部分を補ってくれる仲間がいた。だから、私は隊長でいられた」

 その言葉を、防人たちは静かに聞いていた。茶化す者は誰もいない。

「結城さん、こんなこと防人の私が勇者のあなたに言うのは恐れ多いことだとわかっているけど、言うわ。あなたを死なせない。ううん、あなただけじゃなくて、私たちと一緒に戦うみんなを絶対に死なせない。それが私の信念だから」

 芽吹はそう告げると友奈に手を伸ばす。

「私が防人たちの隊長である限り、園子さ…んや他の勇者様たちから聞いていたあなたの自己犠牲の精神を私は許さない。だって、あなたももう私たちと一緒に絶対に生きて帰るみんなのうちの1人に入っているんだから」

「でも、それでももし私が犠牲になることで、満開して戦うことでみんなが助かるなら」

「そんなことさせない。そのための作戦は私が考えるわ。だから、信じて…とは言えないわよね。でも、あなたたちが帰る四国はきっと私たちが守ってみせる。だから、あなたたちも誰1人欠けずに帰って来て」

 告げる芽吹の視線は真剣だ。その視線を受け、友奈はうなずき差し出された手を取った。

「わかった。私、みんなを信じる。だから、芽吹ちゃんも私を信じて。必ず、バーテックスは私たちが倒すよ」

「その意気よ、友奈! ……あ、失礼。つい」

「友奈でいいよー。私も芽吹ちゃんって呼ぶし」

 呼び捨てしたことにオロオロする芽吹とニコニコと握手する友奈。

 さっきまでの勇ましさはどこに言ったのか。苦笑する防人隊と勇者たち。

「友奈ちゃん、あんなに嬉しそうな顔で…まさか恋のライバルが⁉」

「どう思います、そのっち先輩?」

「ビュォオオオですなぁ。絶対皆を守るウーマンゆーゆと絶対皆と生きて帰るウーマンメブー。まさに互いが互いを補い合うベストマッチ。これはナイスカップリングです」

「互いに主人公気質であり正反対の考えの2人。凸と凹がぴったりはまるようなカップリングなのですね。ありがとうごさいます」

 一方友奈ちゃん大好きっ子東郷は新たなライバルの出現に戦々恐々とし、百合厨2人がカップリングに対して評価をしていた。

 その様子に若干引く防人たち。こいつら、懲りないなぁと勇者部の面々はため息をつく。

 こうして防人隊と勇者部の交流会は大成功。互いに相互理解を深め、共に戦おうと誓い合った。

 そして数日が過ぎ運命の日。

 樹海化警報と共に勇者と防人たちは樹海へと飛ばされた。

 来たるはレオ・スタークラスター。ゆゆゆ最強の敵にして最後の敵。

 迎え撃つは防人32人と勇者8人の計40人。

 本編とは大幅に筋書きが異なった最終決戦が、今始まる。




 精霊バリアー所持済み強化版防人隊32名。
 本編にいなかったそのっちと銀ちゃんが加わった勇者部8名。
 まさにドリームチーム。
レオ・スタークラスター「なにこの無理ゲー。俺、最終的に友奈ちゃん1人にやられたんだぜ?」
 ハンデとして勇者たちは満開を使えないが勝てるのか、レオ・スタークラスター?
 そこ、消化試合とか言わない!


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【グッドエンドルート】決戦、レオ・スタークラスター

 あらすじ
 勇者と防人たちがパワーアップ! 交流会により勇者と防人たちの新カップリングに丹羽君と園子様もニッコリ。
風「うちの妹がかわいくってねー」
夕海子「わかりますわー。わたくしも亜耶さんやしずくさんがかわいくて仕方ないんですの。雀さんは小憎たらしいですけど」
風「わかるー。うちにも小憎たらしいのが1人いるのよー。まあ、口が悪いだけで本当はかわいいんだけど」
夕海子「うちも同じですわー。なんだかわたくしたち、似た者同士ですわね」
風「そうねー。あ、アドレス交換しない? 嫌なことあったらお互い愚痴りあいましょ。下級生にはそんな所見せられないし」
夕海子「そうですわね。わたくしたちがしっかりしないと」
雀「納得いかない。弥勒さんが常識人ポジにいることが」(通りすがり)
しずく「むしろわたしたちが世話を焼いている」(上に同じ)
芽吹「おかしい。防人隊隊長の私がアドレスを交換するのはあんなに苦労したのに、弥勒さんとはあんなにあっさりと」
夏凜「誰が口悪くて小憎たらしいですってぇ! 風のやつぅ~。それに、だ、誰がかわいいよ」
樹「あ、自覚はあったんですね」
園子「風ゆみ? ゆみ風?」
丹羽(お嬢様ムーブしない方が落ち着いて大人っぽい感じなんだよな弥勒さん。まあ、アレも個性なんだけど)


 自分たちに向かってくる無数の星屑たちを前に、芽吹は冷静に防人隊たちに号令を飛ばす。

「銃剣隊射撃準備! 目標は目の前の星屑、今までとは違い1体に集中射撃する必要はないわ。1人1体、確実に倒していきましょう!」

 芽吹の指示に銃剣隊はそれぞれ別の星屑たちを正確に目標を捉える。あとは号令の下引き金を引くだけだ。

「撃て―っ!」

 芽吹の号令と共に銃剣から銃弾が放たれる。芽吹の宣言通り正確に星屑の眉間を銃弾が撃ち抜き、星屑たちは消滅していく。

「撃ち方止め! 第2陣、撃ち方構え! その間に第1陣は弾込め! 護盾隊もそろそろ準備をしておいて」

「あのさメブ、もう銃剣隊だけでいいんじゃないかな? こんな撃てばどこかの星屑に当たる状況なんだし、無理に私たちが出なくても」

「何をおっしゃってますの雀さん。ここからが踏ん張りどころですわよ!」

「つべこべ言わず行ってこい! こっちは息つく暇もねえんだ!」

 恐る恐る提案した雀に弥勒とシズクが論外とばかりに即座に否定した。それに雀は涙目だ。

「頼りにしてるわよ、雀。護盾隊は防人隊の戦略の要だから、防人隊の生存はあなたたちにかかっていると言っていい」

「メブも必要以上にプレッシャーかけてくるし―! もうやけっぱちだー! みんなー! 精霊でパワーアップした私たちの頑丈さを見せてやろうぜー!」

 半泣き状態で護盾隊を率いて進行してくる星屑たちの前に立ちふさがる雀。精霊の効果により敵の動きを封じる巨大な盾が神樹の結界の中に入って来ようとする星屑たちの侵入を阻む。

 それは銃剣隊にとって格好の的だった。

「撃て撃て撃てーっ! 雀も言ったけど適当に撃ってもどこかの星屑に当たる状況よ! 弾倉が空になるまで撃ったら後退、第1陣と交代して相手を休ませるな! ここにいる星屑たちは全部私たちが倒すのよ!」

 芽吹の言葉に「おおっ!」と奮起して銃を撃ちまくる防人たち。

 その光景を見て勇者たちは呆気に取られていた。

 無駄のない戦略。合理的な判断。さらに部隊の防人たちを鼓舞する芽吹の号令。

 すべてが自分たちにないものだった。まさしく圧巻。次々と消えていく星屑たちに、思わず感嘆の声を漏らす。

「すごいのね、防人って…。アタシたちと違ってプロフェッショナルって感じだわ」

 風の言葉に東郷もうなずく。

「ええ。西暦時代の自衛隊もかくやという息の合った練度です。国防の志士の精神が彼女たちに受け継がれていて、私は感動を禁じえません」

「いやいやわっしー。あれはメブーが近代戦術を勉強して色々防人の戦法として取り入れただけ…あ、駄目だこれ、聞いてない」

 目がグルグルしている東郷に園子がやれやれといった様子で首を振る。これから最終決戦なのに護国思想モードで大丈夫だろうか?

「しかし本当にスゲーなあれ。遠距離武器と言えば須美の弓矢しかなかったから、あれだけの数の銃で一斉射撃すれば楽勝じゃないか?」

「でもないわよ。芽吹も言ってたでしょ。巨大バーテックス相手には防人隊一丸となって当たらないと倒せないって。あたしたちはその巨大バーテックスが出てきてからが本番。気を引き締めましょう」

 銀の言葉に冷静に夏凜が指摘する。その表情は防人たちの戦いを誇らしく思うと同時に、なぜあの場に自分がいないのか悔しがっているようにも見えた。

「星屑の数、すごい勢いで減っています! この調子なら…」

「あっ、文字見えた! 獅子座…これが丹羽君と人型さんが言ってた最後の敵かな?」

 一方でスマホの地図アプリを開き戦局を見守っていた樹と友奈はついに出てきた巨大バーテックスに声を上げる。その言葉に勇者たちは一斉にスマホの地図アプリを起動させた。

「確かに、獅子座って表示されてる。…ん? 他にもいくつか射手座とか巨大バーテックスの表記があるんだけど?」

「あ、言い忘れてましたけど、レオ・スタークラスターの他にも今まで戦ってきた12星座全員出てきますから」

 丹羽の言葉に勇者たちの間に沈黙が降りる。え、なにそれ聞いてないんだけど?

「でもどうせ御霊なしのもどきだから楽勝ですよ。気を付けるべきはレオ・スタークラスター1体なので皆さん心配いりません」

「そういう問題じゃないでしょ!」

 風の言葉を皮切りに、丹羽が勇者部全員にフルボッコにされる。

「にわみーん、この情報漏れはさすがに笑えないかなー」

「あんた、言ったわよね。レオ・スタークラスター1体だって! なのになんで他の11体まで来てるのよ!」

「普段あれだけ大赦の悪口で報告、連絡、相談ができてないって言ってるのにこの有様はさすがに笑えないよ丹羽くん」

「これは許されない、許されない失態よ丹羽君!」

「ま、まあまあ須美。それに園子。丹羽もうっかり言い忘れてただけだって。な?」

「そうだよみんな。そんなに丹羽君のこと怒らないであげて。それよりほら、防人隊の人すごいよ! もうほとんど星屑を倒してる!」

 上から園子、夏凜、樹、東郷、銀、友奈の発言である。

 こんな状況で自分をかばってくれるなんて天使か! と丹羽は銀と友奈に感謝した。そしてこの失態を何とか挽回しなければと心に決める。

「わかりました。レオ・スタークラスターの足止めは俺に任せてください。皆さんはその間に他の星座級もどきを」

「「「「「「「そういうことを言ってるんじゃない!」」」」」」」

 なぜか負担が多い部分を引き受けようとしたら全員から怒られてしまった。丹羽は目を白黒させる。

「まったく、丹羽くんは丹羽くんなんだから! そういうところだよ!」

「そうね、樹。この馬鹿はある意味友奈以上の自己犠牲馬鹿だから、あたしたちの目の届く場所に置いておかないと」

「最初に決めたでしょ、2人1組で動き、全員でそのレオ・スタークラスターを倒すって。アンタは今回友奈と組むのよ」

 やれやれと呆れたように言う樹と夏凜。

「友奈ちゃんと組むなんて本当は私がやりたかったのに…今回だけは譲ってげるわ。だから勝手に責任を感じて危ないことしないで」

「そうだぜにわみーん。まずは邪魔な星座級もどきを倒して、全員でそのレオ・スタークラスターを倒そー!」

 黒いオーラを若干放つ東郷と明るく言う園子。

「それに、お前精霊1体なんだろ? あたしたちに自分の精霊分けてる余裕あるのか?」

「そうだよ丹羽君。せめて私たちの中にいる精霊さんを自分の中に戻したら?」

「それはダメですって。それだとみなさんの生存確率が下がります。俺はアカミネさん1体で大丈夫ですから」

 銀と友奈の言う通り丹羽は本来自分の精霊である人型の精霊を他の勇者たちに分け与えていた。

 これは互いの相性を見て判断した。遠距離攻撃の東郷にはクリティカルアップの効果を与えるセッカ、大剣使いの風には攻撃スピードアップのナツメ、ワイヤー使いの樹には同じく範囲攻撃型のウタノ、二刀流の夏凜には同じく刀剣使いのミロク、銀には相性抜群のスミ。

 巫女のミトとシズカはどうしようかと思ったが効果が全体の能力アップということで四国の中で勇者適性最大値を叩き出した友奈と現在最強の存在である勇者の園子の中に入れることにした。これで満開しなくても充分戦うことができるだろう。

 そのことは前もって作戦会議の時に話したはずだが、納得いっていないらしい。丹羽は改めて7人に告げる。

「今回の戦いは、誰1人失わずにみんなが生きて帰ってくるための戦いです。だから、俺も無茶はしません。みなさんも無茶しないでください。絶対勝って生きて帰りましょう」

「「どの口が言うのよ!」」

 丹羽の言葉に風と夏凜はお冠のようだ。何か怒らせることを言っただろうか? と丹羽は首をひねる。

「園子さ…ん。勇者部のみんな、そろそろ星屑のせん滅が終わるわ! 準備はいい?」

 芽吹の言葉に戦況を確認すると確かに星屑はもう数えるほどしかいない。風たちは改めて防人たちの練度の高さに驚く。

「すごいわね…さすがスペシャリスト集団」

「そうだねー。さすがだよメブー」

「勇者の皆さんに褒めてもらえるとは望外のお言葉です。我々も装備を整え次第皆様の援護に回りたいと思いますが」

「ううん。芽吹ちゃんはここで四国を守ってて。バーテックス達は、私たちが倒してくるよ」

 芽吹の提案に、友奈が首を振った。以前の芽吹なら食い下がっていただろうが、その言葉にうなずき笑顔を浮かべる。

「わかったわ。友奈さん。勇者の皆さんもお気をつけて。四国は我々防人が守って見せます。三好夏凛。あなたもみなさんの足を引っ張るんじゃないわよ」

「なんであたしだけ呼び捨てなのよ楠芽吹!」

 敬礼したあと雑にメブにぼしている2人に「メブにぼキテマスワー!」「ビュォオオオ!」と目を輝かせている丹羽と園子を風が引っ張っていく。こいつら、こんな状況でも平常運転だ。

「じゃあ、作戦通りに。2人1組でまずはもどきを倒して丹羽と友奈が戦っているレオ・スタークラスターに援護に行きましょう。御霊なしのもどきだから楽勝だと思うけど、みんな油断しないで」

「「「「「「「「はい!」」」」」」」

 風の言葉に7人が返事をする。その様子を見て、大きくうなずいた風はこれが最後かもしれないと丹羽と友奈の肩を組む。

「最後だから、例のアレ。やっときましょう。みんなが帰ってこれるように」

「犬吠埼先輩、それってモロに死亡フラグなんですけど…まあ、いいか」

 友奈の隣に東郷が、東郷の隣に夏凛がと続き、銀の隣の園子が丹羽と肩を組んで円陣になる。

「讃州中学勇者部、ファイトー!」

「「「「「「「おーっ!」」」」」」」

 こうして勇者部最後の戦いが始まった。

 

 

 

 犬吠埼風、樹姉妹の前に現れたのは乙女座もどき、双子座もどき、蠍座もどきの3体だ。

「行くわよ樹! まずアタシが道を切り開く!」

「わかった。後ろは任せて!」

 声を上げるや否や3体に突っ込んでいく風。その後ろについて行きながら樹は早くもワイヤーを展開していた。

 高速で自分たちに向かってきた双子座もどきの足を樹のワイヤーが絡め捕る。動けずもがいているところを風が大剣で一刀両断し残り2体の元へ向かう。

「その攻撃は、もう見たのよ!」

 扇状に展開させた乙女座もどきの爆弾を巨大化させた大剣で切り裂く。一拍置いて爆発音が樹海に響いた。

「樹!」

「うん、お姉ちゃん!」

 名前を呼ばれただけで樹には姉の意図することを正確に理解する。さらに爆弾をこちらに向かって放り投げようとする乙女座もどきから爆弾をワイヤーでかっさらい、一塊にして逆に乙女座もどきに向かって放り投げる。

 自分自身が放った爆弾をその身に受けて乙女座もどきは泡を食っていた。もうもうとした爆煙で視界がふさがれる中、一筋の光がその煙を切り裂く。

 と同時に乙女座もどきの視界が縦に2分割される。訳が分からず混乱する乙女座もどきが自分自身が巨大化した風の大剣で切断されたのだと知ったのは絶命する寸前だった。

 残り1体は蠍座もどき。丹羽が倒した蟹座と射手座を引き連れてやってきた巨大バーテックスだ。

「あんたの弱点は、わかってるのよ!」

 下半身にある毒液が溜った数珠のような尻尾。それを破壊すれば勝負は決まる。

 だがそうはさせないと蠍座は必殺の毒針が付いた尻尾を振るう。風は懸命に避けるが乙女座もどきの死骸に足をとられ足元を滑らせる。

 しまった、と思った時にはもう遅い。必殺の一撃が風の元に迫っていた。

「させない!」

 それを救ったのは樹のワイヤーだった。風の身体に巻き付き自分の元に引き寄せる。

 間一髪毒針は乙女座もどきの死骸に刺さり、その体躯をグズグズに溶かしていった。

「助かったわ、樹。さすができたアタシ自慢の妹!」

「お姉ちゃん、今そういうのいいから」

 ぎゅーっと抱きしめようとする姉に樹は冷静に返し、3度振るわれた蠍座もどきの尾に対し高速で指を動かしワイヤーを自分の思い描くように動かす。

 蠍座もどきの毒針がついた尾が犬吠埼姉妹に迫る…と思った瞬間、宙で静止した。訳が分からず戸惑っている蠍座もどきに、樹は姉に向かって言い放つ。

「やっちゃって、おねえちゃん」

「おうさ! 勇者部部長の女子力、見せてあげるわ!」

 空中に蜘蛛の巣のように張り巡らされたワイヤーに捕まり制止している球体が連なった尻尾に、風の大剣が振るわれる。

 勇者の武器の一撃に耐え切れず、球体が割れて毒液が樹海の地面を汚してく。それに断末魔のような叫び声を上げて蠍座もどきはのたうち回った。

「アンタの敗因。それはアタシたち姉妹の女子力を侮ったことよ」

「おねえちゃん、そういうのいいから早く倒してみんなと合流しよ?」

 笑顔で風は大剣を上段に構え、樹はワイヤーを今度は拳のような形にしている。

 嫌だ、こんなところで終わりたくない!

 しかしそんな蠍座もどきの願いはかなうことなく、風の大剣の一撃とワイヤーで再現された勇者パンチにより絶命したのだった。

 

 

 

 夏凜と銀の前に現れたのは山羊座もどき、射手座もどき、蟹座もどきの3体だった。

「山羊座…どうやらあんたとあたしはほとほと縁があるみたいね。他の2体はあたしは初対面だけど」

「あたしは3体とも戦ったことあるぞ。というか、最後に戦った3体のうちの2体だ」

 それぞれに因縁がある3体のバーテックスに、どう攻撃したものかと2人は話し合う。

「山羊座は地面を揺らしてくる。あの蟹座は射手座の攻撃を反射するコンビネーションが厄介だぞ」

「なるほどね。じゃあ、最初にどっちかを倒しましょう。いける? ミロク」

 夏凛の声と共に胸元から丹羽の精霊であるミロクが現れる。

『フッ、このミロクにかかればその程度のこと造作もないわ。早く倒してしまいましょう』

「あんた、本当に弥勒さんのご先祖様みたいね…。あの弥勒さんのキャラが薄く感じるほど濃いわ」

「スミ、あたしらも行くぞ! 目指すは射手座だ!」

『よっしゃー!』

 言葉と共に精霊が2人の中に入り、2人の持つ武器が光った。

 切り札状態ではないが丹羽の精霊は勇者と一体化することでその能力を引き上げる。それはアクエリアス・スタークラスター戦で東郷が証明済みだ。

「いくぞ夏凜! 遅れるなよ!」

「誰に言ってるのよ! この完成型勇者がバーテックス退治のお手本を見せてあげるわよ、先輩!」

 2人の赤い勇者服が射手座に向かって走る。それを見た蟹座もどきは射手座もどきの前に立ちふさがり、山羊座もどきは地面を揺らし進行を阻止しようとした。

「来るっ! よし、飛べ、夏凜!」

「ぶっつけで無茶なこと言ってくれるわ…ねっ!」

 樹海の地面が揺れる前に銀は自分の背中を発射台代わりにして夏凜に飛ぶように言う。それに応えた夏凜は銀の背中を足場にして跳躍した。

 空中を飛ぶ夏凜目掛け射手座もどきが無数の矢を放つ。それを次々と切り払い夏凜は着地地点にいた射手座もどき目掛け二振りの刀を振り下ろした。

「思い知れ! これが完成型勇者の実力だぁあああ!」

 紫電一閃。

 射手座もどきの弓のような体躯は何度も切り裂かれ、ぼろぼろと崩れ始める。

「うぉおおおお!」

 山羊座もどきの地震、アースシェイクを斧を樹海に刺して耐えた銀は射手座もどきがやられて困惑している蟹座もどきに突撃する。

「ぶった切る!」

 銀の両手に構えた重い斧の攻撃に蟹座もどきの周囲を浮遊していたシールドがひび割れる。もう一発とばかりに振るわれたもう一方の斧によりシールドは耐えきれず、今度は完全に破壊された。

「よそ見してんじゃ…ないわよ!」

 銀に意識をとられていた蟹座もどきの背後から夏凛の刀が迫る。ミロクの能力で攻撃力が上がった一撃はバーテックスでも屈指の固さをもつ蟹座の装甲をあっさりと切り裂いた。

「うぉおりゃあああ!」

「てやぁあああ!」

 正面から銀の斧が、背後から夏凜の刀で切断され、蟹座もどきは三分割されて絶命する。

 残るは山羊座もどきだ。と銀と夏凜は宙に浮かぶクレーンゲームのアームのような形をした巨大バーテックスを見上げる。

「よっしゃ夏凜。因縁あるんだろ。お前が行け!」

 目の前でバレーボールのアンダーハンドパスみたいに構えている銀の意図を汲み取った夏凛はうなずき、銀に向かって走るとその手に足を乗せる。

「行ってこーい!」

 銀の声と共に両腕によって打ち上げられる夏凜。

「いつぞやは失敗したけど、今度こそ倒してやるわ。完成型勇者としての汚名返上よ!」

 ツルっとした上半身に刀を突き立て、滅多刺しにする。その後毒ガスが吹き出す前に山羊座もどきの体躯を刀で刻んでいき、落ちてきた体躯の塊は銀が切断していく。

「これで…終わりよ!」

 最後の一撃を山羊座もどきに見舞い、宙に浮く体躯が樹海の地面に落ちる。クレーンゲームのアームのような尖った脚部にひびが入り、砕けていく。

 3体の巨大バーテックスを倒した夏凛と銀は交差する瞬間無言で手を上げてハイタッチする。

「次は、レオ・スタークラスターってやつね。急ぎましょう」

「おう、しかしすげーな夏凜。さすが完成型勇者って自称するだけはあるぜ」

「銀、あんたも充分すごいわよ。2年ブランクあることを感じさせないあの戦いっぷり。さすが東郷と園子と一緒に戦ってきただけはあるわ」

 互いに褒めあう2人の赤い勇者服の少女2人。同じスマホの勇者システムがつないだ奇妙な縁で結ばれた2人は、戦闘の相性がばっちりだった。

 

 

 

 東郷、園子ペアの前に現れたのは水瓶座もどき、天秤座もどき、牡牛座もどきの3体の巨大バーテックスだ。

 水瓶座と天秤座は2年前に戦った個体であり、2人は攻略法を知り尽くしていた。

「そのっち、お願い!」

「おっけー、わっしー!」

 園子の陰に隠れる形で東郷は水瓶座と天秤座の2体に迫る。

 天秤座の風を操る能力と水瓶座の水球バリアは遠距離攻撃の東郷にとって天敵だ。

 だがそれは武器が弓矢だった時代の話。今の東郷の武器は銃なので問題はないが、念には念を入れた。

 水瓶座もどきが放つ水球からの水鉄砲、アクアショットを巧みに躱し、あるいは攻撃を槍で反らしながら園子は東郷を引き連れ進んでいく。

 これ以上近づかれるのはまずいと思ったのか、牡牛座もどきがその体躯についた鐘を鳴らし怪音波を発生させようとする。

「知ってるわ、その攻撃!」

 攻撃前の一瞬の隙を許さず東郷の射撃が正確に牡牛座もどきの怪音波の発生源である鐘を撃つ。精霊のセッカの能力も発揮され狙い違わず鐘を撃ち抜き牡牛座もどきは攻撃手段を失った。

 こうなっては牡牛座もどきはただ防御力が高いだけのデカブツに過ぎない。最後の悪あがきとして体当たりをして勇者たちを押しつぶそうとするが、精霊のミトの能力により全能力が底上げされている最強の勇者である園子の敵ではなかった。

「ちぇいさー!」

 槍を振るいスパスパと牡牛座もどきの固い装甲をものともせず突き刺し、薙ぎ、切り裂いていく。

 その姿にこれ以上出し惜しみするのは無意味とばかりに水瓶座もどきは2つの水球を園子に向かって放ち、天秤座もどきは体躯を回転させて疾風を起こした。

「わっしー! 今っ!」

「了解よ、そのっち!」

 園子に注意が向いたことで水瓶座もどきと天秤座もどきの防御はおろそかになっている。特に水瓶座もどきは自分を守るべき水球を2つも園子に向かって放ってしまった。

「神罰招来!」

 言葉と共に東郷の銃が火を噴き、水瓶座もどきを撃ち抜き絶命させる。続いて竜巻を起こしている天秤座もどきだったがこれも弓矢の時と違い武器が銃へと変わっている東郷にとっては無意味な防御だった。

「風圧による距離と誤差の修正…よし、今っ!」

 放たれた銃弾は正確に天秤座もどきの中心部を撃ち抜く。回転をやめてよろよろと黄色い金属質な体躯を揺らす天秤座に園子の槍が迫った。

 悪・即・斬!

 天秤座もどきは、バラバラになった。

 あっという間に巨大バーテックス3体を倒してしまった東郷と園子はハイタッチをして次の自分たちの戦場へ向かう。

 目指すはレオ・スタークラスター。現在友奈と丹羽の2人が戦っているはずの超弩級バーテックスだった。

 

 

 

「勇者、キーック!」

「チェーンジ・コンフォーコレッグ! ファイアスパーク!」

 友奈の蹴りが魚座もどきに、丹羽の蹴りが牡羊座もどきに激突する。

 その一撃で魚座もどきはヘルメットのような体躯が砕け、牡羊座もどきは体躯が燃えて焼け落ちた部分がボロボロと樹海に落ちて増殖することなく燃え尽きていく。

「ダメ押しの、勇者パーンチ!」

「チェーンジ・アタッカハンド! 勇者パーンチ!」

 既に行動不能の巨大バーテックスにとどめの一撃が見舞われる。攻撃を受け魚座もどきと牡羊座もどきは肉片1つ残さず爆発四散した。

「すごいね丹羽君! シズカちゃんが私の中にいるだけでこんなに強くなれるなんて」

 もどきとはいえ巨大バーテックスを1人で葬れたことに興奮する友奈の周囲は薄く銀色に発光している。友奈の中にいる丹羽の精霊、シズカの能力により友奈の全能力が底上げされているせいだ。

「ええ、あとはラスボス。レオ・スタークラスターだけです。準備はいいですか?」

 問いかける丹羽に、真剣な顔で友奈はうなずく。それから何がおかしいのか笑顔を浮かべた。

「? どうしたんですか?」

「ううん。やっぱり丹羽君とは一緒に戦った方が嬉しいなって。ごめんね、一度は君を本気で倒そうと思ってたのに」

「仕方ないですよそれは。それに、終わったことはもう言いっこなしです」

 その言葉にそうだね、とうなずきながら友奈はこのおかしな後輩と共に戦えることを嬉しく思う。

「見えてきましたよ、結城先輩。あれが俺たちの戦う最後の敵です」

「あれが…なんて大きさ」

 丹羽が指差した巨大バーテックスに、思わずゴクリと固い唾をのむ。

 獅子座の体躯に他の巨大バーテックスのパーツがくっついている姿はまさに圧巻だ。

 以前見た7つの御霊を持つ水瓶座の時と同じようにあれもまた変身するんだろうか? 油断なく友奈は構え、丹羽に指示を仰ぐ。

「戦闘前に皆さんにもいいましたが、敵は遠距離攻撃もできる物理アタッカー。防御も堅いです。東郷先輩の銃でも外殻を削り切れるかは怪しい。なので」

「私たちが外殻を壊して直接ダメージを与える」

「ええ。でも正直言って自殺行為です。危ないと思ったらすぐ逃げてください。あいつのレーザーは文字通りすべてを焼き尽くしますから、決して正面から殴り合おうとはしないでください」

 丹羽のアドバイスにうなずき、友奈は銀色の光をまといながらレオ・スタークラスターの背後に回り拳を固く握る。

「勇者パーンチ!」

「同じく、勇者パーンチ!」

 友奈と丹羽の拳がレオ・スタークラスターの外殻に放たれる。それに反応したレオスタークラスターは巨大な火球を放ち自分を攻撃する勇者たちを撃ち落とさんとした。

「結城先輩、俺の後ろに! チェーンジ・タチェットハンド! タチェットシールド!」

 言葉と共に丹羽の腕から太鼓型のバーテックスが出現し、レオ・スタークラスターが放った火球から丹羽と友奈を守る。

「ありがとう、丹羽君」

「お礼を言うにはまだ早いですよ! あいつ、完全に俺たちに狙いをつけたみたいです」

 丹羽の言葉通りレオ・スタークラスターはその巨体を回転させ丹羽と友奈を正面に見据えようとしていた。

 その間も巨大な火球は容赦なくタチェットのシールドに降り注ぎ、2人は身動きできない。

 絶体絶命と思われたその時、レオ・スタークラスターの外殻に小太刀が突き刺さった。それはレオ・スタークラスターにとっては蚊に刺された程度のダメージだったが、気を散らすには充分だった。

「どうやらあたしたちが助っ人1番乗りみたいね。行くわよ、銀!」

「おうよ! 夏凜!」

 声と共に現れた赤い勇者服の2人に、友奈の顔が喜色に染まる。

「夏凜ちゃん、銀ちゃん!」

 現れた新手にレオ・スタークラスターが意識を向けたその一瞬を突き、ワイヤーが友奈と丹羽に巻き付きレオ・スタークラスターの前から避難させた。

「お姉ちゃん、やっちゃって!」

「いくわよー! 奥義、女子力斬り! 乱れ咲!」

 巨大化した大剣を何度もレオ・スタークラスターに向けて振るう風。

「この場合、乱れ裂きの方が正しいのでは?」

「ピンチかと思ったけど結構余裕あるね、丹羽くん」

「風先輩、樹ちゃんまで…ありがとう!」

 自分たちを助けてくれた頼れる先輩と後輩に、友奈は感激してお礼を言う。

「ったく、風のやつやること派手なのよ。でもそのおかげであたしたちはこいつに取り付けたけどね」

「おう、こっからはあたしたちの腕の見せ所だな!」

 一方風の攻撃に意識が剥き、体躯の向きを変えるレオ・スタークラスターの外殻に取りついた夏凜と銀は両手の獲物を構える。

「目を見開きしっかりその目に刻み付けろ! これが完成型勇者の攻撃よ!」

「お、夏凜。はりきってんなー! じゃああたしも!」

 友奈と丹羽が砕いたレオ・スタークラスターの外殻部分からさらに二振りの刀と2丁の斧による息もつかせぬ連続攻撃。

 これにはたまらずレオ・スタークラスターもその体躯を揺らし体躯に取りつく勇者を振り落とそうとする。だがびくともしないことがわかると、牡牛座の怪音波能力を使い2人を動けなくしようとした。

「がっ⁉ なんだこれ…動けない」

「くそ、あの牡牛座の音波攻撃ね! あたしの鼓膜を破ってくれた恨み、忘れてないわよ!」

 初めての攻撃に戸惑う銀とアクエリアス・スタークラスター戦で自分を戦闘不能に陥らせた攻撃を思い出し苦々しい顔をする夏凜。

 その2人を救ったのは、遠距離からの狙撃だった。

「友奈ちゃーん! 助けに来たわよー!」

「東郷さん! そのちゃん!」

「おんぶ状態でも正確に狙い撃てるわっしー、流石なんだぜー。にぼっしー、ミノさん、やっちゃって!」

 スマホ越しに聞こえた園子の声に、2人は東郷が狙撃し怪音波の音源を消してくれたのだと知る。

「よっしゃ、いくぜ夏凜!」

「もちろんよ! この恨み、晴らさせてもらうわよ!」

 近接の攻撃スピード特化の組み合わせとしてゆゆゆいサービス開始当初から相性のいいコンビとされる2人の猛攻。レオ・スタークラスターの体力はどんどん減っていった。

 最後のあがきとばかりにレオ・スタークラスターは勇者たちに向けて最大出力の熱光線を放とうとする。

 それを察知した丹羽と友奈は行動に移した。

「樹ちゃん、私をあそこまで飛ばして!」

「チェーンジ・フェルマータレッグ! そしてアタッカ・ハンド!」

「わかりました! 行きますよぉ!」

 ワイヤーを友奈に巻き付け、以前丹羽と風を蠍座に向けて打ち出したようにぐるぐると回して遠心力をつける。

「先に行ってます、結城先輩!」

 フェルマータのスピードで勢いをつけ丹羽はレオ・スタークラスターに拳をぶつけんと向かっていく。

 狙うは一点、今まさに熱光線を放とうとするレオ・スタークラスターの核。

「犬吠埼人間砲台! いっけぇえええ!」

 次いで樹がワイヤーから友奈を撃ち出し、一直線に丹羽と並び拳を構えた友奈がレオ・スタークラスターへ向かって飛んでいく。

 今さらっと言ったが、ひょっとして元ネタは南斗・人間〇台だろうか? 神歴にも北斗〇拳が継承されていることに驚きを禁じ得ない。

 今まさにすべてを焼き尽くさんとする熱光線を放とうとするレオ・スタークラスターの核に向かって2人の勇者の拳が放たれた。

 

「「ダブル・勇者パーンチ!」」

 

 攻撃力×スピード=威力という簡単な方程式に従い、絶大な威力のその拳撃は熱光線を放とうとしたレオ・スタークラスターの核を打ち砕き破壊する。

 それと同時に夏凜と銀の攻撃と風の大剣、東郷の援護射撃によりレオ・スタークラスターの体力は限界を迎え、ゆゆゆ1期最強の敵は倒れ伏して絶命したのだった。

 

 

 

 どうやら勇者チームの方は順調にレオ・スタークラスターを倒したようだ。

 人型のバーテックスは20体目のレオ・スタークラスターを丸呑みしながら丹羽の視界から入って来た情報からそのことに安堵する。

 本編通りレオ・スタークラスターが勇者たちの前に現れたのと時を同じくして、サーバー星屑により別の場所に敵が現れたとの知らせがあった。

 敵はレオ・スタークラスター25体。勇者たちの援護に向かおうとしていた人型のバーテックスは急いでその迎撃に向かう。

 勇者たちと丹羽の実力を信じ、先行していた1体は任せることにした。残りの25体は自分が倒し、物語に関わらせまいと。

 そうしてゆゆゆいバーテックス総出で迎撃に向かい、勇者たちが1体のレオ・スタークラスターを倒す間に20体倒してしまったのだ。

 それもそのはず。人型のバーテックスのそばにはムカデのような体躯を持つ巨大なゆゆゆいボスバーテックスのグラーヴェ・ティランノが8体。フローチェやレントといったバフデバフも使える攻撃力が高くて体力も化け物な奴らを引き連れていたのだ。

 卑怯とは言うまいね? そっちも多勢に無勢なのだから。

 レオ・スタークラスターのすべてを焼き尽くす熱光線も遠距離攻撃をほぼ無効化するゆゆゆいバーテックス、グランディオーソのおかげでほぼ無力化できた。

 残り5体。あとは自分が手を下さずとも倒せるだろう。

 だが念には念を入れて確実にとどめを刺すべきだ。人型のバーテックは残った5体を攻撃しようとして……全バーテックスに制止するように命令した。

『おいおい、出てくるのが早すぎだろ』

 輪のように広がった5体のレオ・スタークラスターの中心に突如現れたのは、赤く燃える円を中心に12個の小さな円状の物が2週している円盤のような存在。

 常に燃える火山の火口のように揺らめいていて、まるで宇宙船のようだ。

 天の神。結城友奈は勇者である勇者の章に出てきたラスボス。そしてバーテックスの親玉。

 本編では友奈の全勇者の力全部乗せ勇者パンチで葬られたが、この世界でそれを再現するには無理だろう。

 そのためには友奈が天の神のタタリを受けなければならないし、神樹と神婚するイベントを起こさなければならない。

 そんなこと、今の勝利を喜んでいる彼女たちに告げられるわけがない。

 それに、そんなことは自分は絶対にさせないともう1人の自分、丹羽明吾と約束したのだ。

『ここは、苦しくても頑張りどころか』

 三ノ輪銀のセリフを口にしながら、人型のバーテックスは流れるはずのない冷や汗が身体を伝うのを感じる。

 バーテックスにとって天の神は絶対だ。それはもちろん人型のバーテックスも例外ではないはず。

 以前言った指先一つでつぶせるというのは誇大表現でもなんでもない。逆らおうとすること自体がおかしいのだ。

 だが、ここで自分が引くわけにはいかない。この物語はハッピーエンドで終わらせて見せる。

 戦闘態勢をとる人型のバーテックスの前で、天の神は自分の周囲にいた5体のレオ・スタークラスターを取り込み体躯を変化させていた。

 身体を膨張させるのではなく、圧縮して人型のバーテックスと同じくらいの大きさになろうとしている。

 同じ土俵で戦ってやるということだろうか? 心遣いに嬉しくて涙が出そうだ。

 離れていてもわかる圧倒的なプレッシャー。生態系の絶対上位にいる存在と出会った特有の恐怖感。

 久しく忘れていたその感覚に、我知らず一歩足を引こうとする身体を奮い立たせる。

(しっかりしろ。ここで俺が頑張らなければ、誰が勇者の皆を守るんだ!)

 人型のバーテックスは勇気を奮い立たせ、じっと姿を変えていく天の神を見つめた。

 やがて、天の神は完全に変態し、人型のバーテックスのもとにゆっくりと歩み寄って来る。

 一歩一歩、近づいてくるほどに押しつぶされそうなプレッシャーで身体が押しつぶされそうだ。

 それをこらえながら、人型のバーテックスは天の神の姿をはっきりととらえた。

 真っ黒い体に灼熱の色に染まる上半身とふくらはぎと二の腕。ショウリョウバッタをモチーフにした頭部は黒い頭部に赤い大きな目が特徴的で、長い触角のような角が2つついている。

 そして腰に巻かれた2つの赤い丸がついたベルト…それを見て人型のバーテックスは思わず叫んだ。

『なんで天の神が色違いの仮面ラ〇ダーブラックRXにナッチャッテルノォ⁉』




 まさかの四国の守護神が敵に。まあ、太陽の子って名乗ってるからしょうがないよね。
 名前もブラック・サンだし、どっちかといえば天の神側なわけで。

レオ・スタークラスター「俺を倒して終わりかと思ったか」×25
(+皿+)「モグモグ。うめぇうめぇ」
レオ・スタークラスター「こいつ…マジか。助けて親分!」
天の神「来ちゃった♡」
丹羽「来ないで!」
天の神「よーし、ちゅるっととゆゆゆ再放送も近いし我がんばっちゃうぞー!」
(+皿+)「頑張らないで!」


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【グッドエンドルート】漆黒の太陽

 あらすじ
 ノーマルルートでラスボスがレオ・スタークラスターだといったな…あれは嘘だ。
 天の神、まさかの四国の守護神に変身。どうなる人型⁉
(+皿+)「やばいやばい! マリバロンとシャドームーン連れてこなくちゃ」
丹羽「一時的に勝ったり追い詰めただけで最終的に負けるだろ、それ」
(+皿+)「中身がてつ〇じゃない他の映画の客演ライダーであることにかけて戦うか? いや、それでも」
丹羽「RXだけじゃなくてロボライダー、バイオライダーに勝てるのか? バーテックスの能力で。レオの火球もスコーピオンの毒も多分無力化するぞ」
(+皿+)「だよなー。しかもフォームチェンジすると全快するし、そもそも生まれた経緯が変身能力奪って宇宙空間に放り出したらパワーアップして帰って来たっていう敵泣かせの設定だぞ」
丹羽「しかも過去に戻って倒そうとしたらなぜか増えるし」
(+皿+)「そう考えるとジオウのクォーツの奴らすごいな。よくライドウォッチ作れたわ。不思議なことが起こる前に」
丹羽「それはほら、中身がて〇をじゃなかったから」
(+皿+)「てつ〇ってすげぇよなぁ…」


 それは丹羽がわすゆ組とテラフォーミングされた中国地方を訪ねた時のこと。

 身体の精密検査が終わり完全回復した丹羽に、人型のバーテックスは何かが入った小瓶を投げ渡してきた。

「これは?」

『俺の細胞の塊だ。1つ星屑1万匹くらいの質量を持つ』

 その言葉に丹羽は瓶の中を見る。中には飴玉状の丸い玉が5つ入っている。

『もしこの先お前が満開して戦わなくてはならないほどやばい状況になったら、これを使え。1つで1回は耐えられると思う。ただ…』

 表情がない星屑丸出しの顔で言葉を濁し、人型のバーテックスは言う。

『使うなら3つまでだ。それ以上はオススメできない。それ以上飲むと、多分お前は人間の姿を保てない』

 丹羽のような強化版人間型星屑はある基準値を超える星屑の質量を持つと弱い人型のバーテックスとなる。

 まあ、人型として弱いだけで人間型よりははるかに強いのだが。

『だから、これからも彼女たちと共にありたいと思うなら絶対それを使うな。もしそれを使うときが来たら、それは』

「わかってる。そうならないように努力するよ」

 自分の創造主の心配に手を振り、何でもないように答える。思ったよりもう1人の自分は自分のことが心配らしい。

「それより、なんでいつもの装置じゃなくてヒーリングウォーターの方で治療したんだよ。あっちの方が早いのに」

 この時、丹羽は知らなかった。セッカをかばい自分の存在する力を彼女に与えたことで身体がボロボロで、今までのようには治せないことを。

 そのためやむを得ず人型のバーテックスがヒーリングウォーターで治したことも。

『あー、それはいざというときのために、お前の身体のスペアボディを作ってやろうと思ってな。ここにいるのは女性型ばかりだし』

 だから人型のバーテックスはごまかすためにそんなことを口にした。だが、それを聞いた丹羽は目を輝かせる。

「え、マジか!? よかったー。もし俺が死んだら女性型の肉体に精神入れてTSするのかと思ってたから、安心したよ」

『なるほど、そんな手もあったのか』

 丹羽の言葉にその手があったか! と驚愕する人型のバーテックス。現にノーマルルートでは女性の身体に精神を移し、汀のんとして勇者の皆と楽しく百合イチャしていたりする。

「やらないからな! ぜーったいやらないからな!」

『ちょっとくらい考えてみてもいいじゃないか、俺。お前も自分が百合の間に挟まる男になってて困ってるって言ってたじゃないか。女の子になれば全部解決だぞ?』

「ふーざーけーるーなー! 俺は男として百合イチャを見守りたいんだよ! 断じて女の子になって百合イチャの間に入りたいんじゃない!」

 

 

 

「なんて、言ってたんだけどな」

 白い勇者服からバーテックスの肉塊が入った小瓶を取り出し、丹羽はレオ・スタークラスターを倒した喜びに沸いている勇者たちを見る。

 皆健闘を称え、最強の敵を倒したことを喜んでいた。

 誰も満開せず、何も失っていない。まさに理想的な物語の終焉(しゅうえん)

 あとは四国へ帰るだけ。そう思った丹羽の頭の片隅に、何かが引っかかった。

 なぜ人型のバーテックスはこちらへ援軍に来なかったのか。

 自分たちだけで充分倒せると信頼した? それにしては変だ。

 ゆゆゆいバーテックスの1体もこちらに差し向けなかった。いや、差し向けられなかったのか?

 嫌な予感がする。気のせいだと思うが、丹羽は勇者部の皆に声をかけた。

「じゃあ、皆さんは四国へ先に帰ってください。俺は精霊たちを人型に看てもらって帰るので」

「あ、じゃあわたしもいっしょに」

 ついてこようとする園子が声を上げると、続いて私も私もと手が上がる。それに丹羽は首を振った。

「いえいえ、みなさんは先に帰って防人の皆と祝勝会の準備をしててください。というわけで、精霊は預かりますね。みんなー、戻って来てください」

 丹羽の声にそれぞれ精霊が勇者たちの胸の中から飛び出し丹羽の元へ戻っていく。ただ1体、スミだけは銀の元から離れようとしない。

「スーミー、お前も来るんだよ。人型さんに異常がないか診察してもらわなくっちゃ」

『やーだー! アタシも祝勝会行きたーい!』

「なあ、丹羽。こいつもこう言ってるんだし、検査は後にして先にみんなと一緒に祝勝会に行こうぜ。みんなお前を待ってる」

 銀の言葉にそれはできないんですよ、と内心でつぶやく。場合によっては帰ってこれないかもしれないからだ。

「今度人型さんに頼んで中国地方にいるKカップの女の子のお山にビバークさせてやるから」

『まぁじでぇ! 行く行く!』

 おっぱいで釣ると簡単に手のひらを返してきた。チョロい。

「え、そんな女の子いるのか! あたしも行くから今度連れてってくれよ!」

「はいはい、ミノさんはこっち」

「銀、いいかげんにしなさいよ」

 ついでに食いついた銀を引きずって園子と東郷が銀を連れていく。

 よかった。あとは確かめに行くだけ。

 なにもなければそれでいい。だがもしもここに来られない理由があるのだとしたら…。

「にわみん!」

 思考にふけっていた丹羽を連れ戻したのは園子の言葉だった。

「なんですか、そのっち先輩?」

「ちゃんと、祝勝会までに帰って来てくれるよね? 来てくれないと…嫌だよ?」

 見抜かれているのだろうか? さすが最強の勇者。勘が鋭い。

 だから丹羽は安心させるように「はい!」と大きくうなずいた。

 きっとこの胸騒ぎは、ただの気のせいだという希望的な観測を抱いて。

 

 

 

 それを見つけたのは偶然だった。

 自分の命令を聞かない星屑。それがたまたま四国の近くで1体生まれる。

 そのことに天の神は大して気にもしなかった。億どころか兆を超える数の星屑になどいちいち構っていられない。

 それにそれだけ数がいれば1体ぐらい不具合を抱えるものもあらわれるだろう。そう大して気にしていなかった。

 あの時までは。

 2年前、自分の命令を受けた12体の星座級の巨大バーテックスを次々と倒し、食らっていったその不具合を抱えた星屑の進化に、天の神は目を見張った。

 明らかにただの星屑とは違う能力。人間のような手足と身体。そして自分も知らないバーテックスを自ら作り出している創造力。

 すべてが新鮮だった。それは天の神の知的探求心を刺激するには充分な出来事だ。

 それからずっと天の神は端末を通してこの個体を観察していた。人間のようなバーテックスを作ったことも。精霊を作り出したことも。

 さらに不可能だと思われていた土地の再生まで果たし、そこに人間のようなバーテックスの村を作っていることも。

 天の神は思った。こいつは危険だ。

 そのうちに自分へと牙をむく。自分に反旗を(ひるがえ)す存在になると。

 そしてついにそいつは神樹と邂逅(かいこう)し、バーテックスの本能に抗い神樹を切り倒すことなく逆に和睦したのだ。

 これは天の神にとって許しがたい裏切りだった。

 だが同時に興味を持つ。この個体は果たして何者なのかと。

 ひょっとすると将来自分に比肩するほどの力を持つ個体になるやもしれない。

 そこで天の神は一計を案じた。

 四国のそばにいた端末を使い、その力を試そうと。

 もしこちらにひざまずき、天の神に忠誠を誓うのならば優秀な手駒となるが期待外れ。ただの星屑ということになる。

 だがもし、もしも自分と敵対し、打ち勝つのならば…。

 期待を込めて、天の神は端末に命令した。その星屑が最も強いと思う存在になれと。

 端末は天の神の分身である。星屑の思考を読みその意図を検査しどこに不具合が発生しているか調べるのは簡単であった。

 だが、端末を通して得られた情報に、天の神は面食らった。

 戦いに関する記憶がまるでないのだ。あるのは人間の少女たちがキャッキャウフフしている場面の映像や文章、絵だけ。それで逆に汚染されそうになるのを慌てて止める。

 危険だ。こいつは危険だ。

 改めて、今度は戦いに関する記憶だけを取り出す。

 すると出るわ出るわ。天の神ですら思いつかないようなバーテックスの情報や武器や勇者の情報。

 それはいわゆるサブカル知識で、唯一百合知識とゆゆゆ関連以外で人型が持っていた知識だったが、天の神は知らない。

 そしてそこで見つけた。その星屑が絶対に倒せないと思っている最強の戦士の情報を。

 天の神はそれを再現する。端末と5体のレオスタークラスターを消費してその星屑が思い描く最強の存在を顕現させたのだ。

 さあ、勝ってみせろと天の神は心の中で望む。

 勝って我と同じ場所に立ち、この長き間自分を乾かしている退屈を埋めて(うるお)してくれと。

 

 

 

 無理無理無理、勝てるわけがない!

 人型のバーテックスは今すぐ回れ右して逃げたくなる気持ちを必死に押し殺し、目の前の天の神が変身した仮面ラ〇ダーBlack RXを見る。

 圧倒的プレッシャー。これがヒーローを前にした怪人の気持ちか。

 確かに言われてみれば自分って見た目も怪人っぽいし、こりゃ絶対勝てないわー!

 アハハハハハと現実逃避して笑いたい。というか泣いて逃げたいのにそれもできない。

 なぜなら自分はここで負けるわけにはいかないから。

 だがどうしたものか、と人型のバーテックスは自分の知識を総動員して目の前の敵の情報を改めて確認する。

 仮面ラ〇ダーBlack RX。仮面ライ〇ーBlackが暗黒結社ゴルゴムを壊滅させた後、クライシス帝国と戦うべく変身した新たな力を宿した正義のヒーロー。

 変身するための能力を奪われ宇宙空間に放り出されるというこれ以上ない絶体絶命のピンチに「その時、不思議なことが起こった」が起こりパワーアップして帰って来たという変身経緯からこいつの規格外さを知ることができるだろう。

 しかもこのラ〇ダー、まだ変身を2つ残している。それもチート級のものを。

 じゃあRX自体はそんなに強くないの? と思った方。とんでもない!

 まず仮面ライダーBlack自体が別名「ブラック・サン」という名を持つ。細かい設定は割愛するが、このヒーローは太陽の下では自動回復する。

 つまりこいつを倒すには夜か太陽の光が差さない場所に追い詰めるしかないのだ。

 だがここは壁の外、無論そんな場所は存在しない。これだけでどれだけこの敵に勝つのが無理ゲーなのかわかっていただけるだろう。

 それだけでチート級の設定なのだが、なんといっても強力なのがこのラ〇ダーの持っているキングストーンというキーアイテムの存在。

 これこそが「その時不思議なことが起こった」を引き起こす公式チートアイテムであり、どんな逆境やピンチに陥っても逆転する元凶なのだ。

 こいつはそれを持っているんだろうか? 持っていないでほしい。でもRXに変身した時点で持ってるんだろうなぁ。

 人型のバーテックスはとりあえずあいさつ代わりに自分の周囲に浮いているカデンツァ・アルタに攻撃準備をするよう命令する。続いてアタッカ・アルタ4体に天の神(RX)に突撃するよう命令した。

【ぬ゛ん゛!】

 最初のアタッカ・アルタの突進を天の神は受け止めた。さらに続いて自分に襲い掛かってくるアタッカ・アルタ3体に向け受け止めたアタッカ・アルタの向きを変え拳で殴りつけて飛ばす。

 ライダーパンチ!

 それだけで最初に突撃したアタッカ・アルタは吹っ飛び続いてきていた3体のアタッカ・アルタたちを巻き込もうとする。

 だが3体のアタッカ・アルタたちはその飛んできたアタッカ・アルタを躱して天の神に向かう。それを見て天の神はベルトから光るサーベルのようなものを取り出し構えた。

 リボルケイン(絶対必殺の光の杖)(相手は死ぬ)

 幾多の怪人を葬って来た光の杖がアタッカ・アルタを突き刺し爆発四散させる。

 これこそが仮面ライダーBlack RXを最強と言わしめるもう1つの理由。抜けば確実に相手を倒す絶対必殺の武器だ。

 剣というよりはビームソードや交通整理に使う光る棒のような形をしており、この攻撃を受けたものは例外なく死ぬ。

 この必殺技はリボルクラッシュと呼ばれ、公式設定では威力が無限大だとされている。

 攻撃の原理もリボルケインが相手に触れた瞬間相手を体内から破壊しつくすという無茶苦茶なもので、防ぎようがない。

 そう思って見ているとアタッカ・アルタ3体の突撃を天の神は最小限の動きで捌き、すれ違いざまにリボルケインを突き刺しアタッカ・アルタたちを爆散させていた。

 背後でアタッカ・アルタが爆発する中、決めポーズである一欠をするのも忘れない。

 目の前で爆発するライダーパンチされた最初のアタッカ・アルタを見ながら、人型のバーテックスは内心でブルブル震える。

(か、勝てるわけない)

 ゆ゛る゛さ゛ん゛! もうあいつだけでいいんじゃないかな? その時不思議なことが起こった。死角はありません、無敵です!

 ネタ要素しかないことで忘れがちだが、その強さは本物だ。特撮スレで倒す方法募集スレが定期的に立つが有効な手段がいつも出ないのは伊達じゃないらしい。

 その時カデンツァ・アルタの攻撃準備が済み天の神に向かって光線を放つ。

 アタッカ・アルタの爆発に紛れて不意打ちは成功したが、黒と灼熱の赤のボディから煙が出るだけで致命傷には至らない。しかも傷がもう治り始めている。

 前述した自動回復能力だ。厄介だな、と人型のバーテックスは内心で舌打ちしながら水のワイヤーを放ち天の神を拘束する。

 回復するならそれを上回るダメージを与えるまで。レオの熱光線を食らえと先ほど喰らったレオ・スタークラスターのすべてを焼き尽くす熱光線を放とうとする。

 その時、不思議なことが起こった。

 天の神がその姿を変え、真っ黒な身体にオレンジのラインが走り、頭部は兜のような銀色の額当てが十字に走っている。

 これがRXが最強と呼ばれるゆえんであるもう1つの理由。フォームチェンジとその規格外の強さだ。

 今変身したのは物理攻撃特化ロボライダー。またの名を悲しみ(炎)の王子。

 物理特化の形態で、RXの時よりパワーと装甲が強化されている。パンチの威力も上がりこの形態が放つダブルパンチは必殺技だ。

 つまるところ、RXを拘束していた水のワイヤーもこの形態だと簡単に引きちぎることができる。

 さらにこの形態の主武器は光線銃だ。威力はリボルケインにも負けず劣らず、初使用時に怪人の腕をもぎ落としたという逸話からその威力を知ることができるだろう。

 しかもこの形態は高熱にも強く炎を吸収し自らのエネルギーとする。設定上では6000度以上のエネルギーにも耐えられるらしい。

(こんなん想定しとらんよ…)

 集中させていた熱エネルギーを放棄し、慌てて回避行動をとる。その瞬間熱光線のために集めていたエネルギーが霧散し、人型のバーテックスがいた場所を放たれた光線銃の光が容赦なく襲い掛かった。

 その銃弾で浮遊していたカデンツァ・アルタがやられる。無論、一撃でだ。

 やはりゆゆゆいバーテックスとはいえ、ボス敵以外は相手にならないか。

 逃げる人型のバーテックスを【逃さん!】と叫びながら追いかける姿に本編の怪人、ネックスティッカーもこんな怖さだったのかなぁと思う。

 そりゃ逃げるよ。こんだけ力の差を見せられたら…怖いもん!

 光線銃ということはアクエリアスの水球防御も効果は薄いだろう。せめて実弾だったら防げたものを。

 この形態相手にはレオの火球や熱光線、さらに近距離攻撃は無意味だ。しかもロボライダーはセンサーも強化されているのでクロックアップしたカブトに変身したディケイドを視認して銃撃を放っていたりする。

 勝てるビジョンが見つからない。仮に太陽の中に放り込んでも普通に生きて戻ってきそうだ。

 こうなったら打てる手はすべて打つ。射手座の無数の矢を放つ能力と一緒にチャージショットも放ち相手を矢襖(やぶすま)にしてやる!

(いや、駄目だ。それはバイオライダーで避けられる)

 バイオライダー。RXがもつロボライダーとは別のもう1つのフォームチェンジだ。

 怒りの王子とも呼ばれ、この形態には物理攻撃が一切通用しない。

 これはこの形態が身体をゲル状にできたりミクロ化できるためで、『弾が全部奴の身体を突き抜けてしまうぞ!?』という怪人の台詞は結構有名だ。

 ただ、この形態が原因でライバルであるシャドームーンにやられてしまう。

 理由は熱に弱いからだ。シャドームーンはゲル化しているバイオライダーにシャドービームを放ち大ダメージを与えることに成功したのだ。

 あと一歩というところで怪人が邪魔しなければ倒せていたのだが…結局そのシャドームーンも後にRXには倒されてしまう。

 つまり、倒すチャンスがあるとすればバイオライダーに変身した瞬間レオの火球で焼き尽くすしかない!

(よしっ、やるかぁ!)

 人型のバーテックスは天の神にカプリコンとヴァルゴ能力を組み合わせてスモークグレネードを放ち、無数の矢を放った後火球を放つ準備をする。

 勝負は一瞬。敵がバイオライダーに変身した瞬間だ。

(今っ!)

 自分と融合している精霊の能力により放たれた矢がゲル状になった天の神の身体を通過したのを感覚的に理解した瞬間、レオの能力である火球を放つ。

 もうもうとした煙の中、火球が煙の中に飛び込んだ。原作知識通りなら、これで大ダメージを与えられるはず。

 だが――無意味。

『っ、ちぃっ⁉』

 跳躍し、グランディオーソの背後に急いで飛び込んだ人型のバーテックスは、仕留めそこなったことに歯噛みした。

 敵は健在。しかもこちらに向かって必殺の攻撃を容赦なく繰り出してくる。

 今撃って来た光線銃から察するに、バイオライダーに変身して火球が近づいた瞬間またロボライダーにフォームチェンジしたのだろう。

 そういえばRXはノーモーションでフォームチェンジができる上にその前のフォームが受けたダメージはフォームチェンジした瞬間全回復するんだったっけ。

 今更思い出した最強である所以(ゆえん)に、打つ手なしと記憶の中にある全知識が結論を告げる。そこを何とかと頼み込むがサブカル知識は結論を覆さない。

 やばい、やばい、やばい。本気で勝てるビジョンが浮かばない。

 まず太陽による自動回復を無力化しなければ。

 いや、フォームチェンジさせずに一気に敵を葬るほどの攻撃を今すぐ生み出すべきか?

 バーテックスの能力を総動員して人工的に小型太陽を生み出せばどうだろう。だがこれでは普通に耐えそうだ。

 なぜなら敵は天の神であり、今の姿は太陽の子なのだから。

 ならば逆に液体窒素の中に放り込んで氷らせて破壊するという手は?

 駄目だ。バイオライダーの身体は水晶の液体細胞で作られていて冷気には強い。まさに八方塞がりだ。

『そうなんだよ、強いんだよRX。時間停止とか空間操作とか平成のチート級ライダー軒並み連れてきても勝てないし、ピンチになっても【その時、不思議なことが起こった】で逆転するし。勝てる気がしねぇ…あ、ディケイドが一応ファイズポインターで拘束してクルムゾンスマッシュで大ダメージを与えた戦績があったっけ。でも水のワイヤーで拘束してもロボライダーが…ロボライダーでも引きちぎれないほど強力なワイヤーを使えばあるいは』

 ぶつぶつ言いながら頭を整理している間も敵は迫ってくる。こうなったら出し惜しみは不要と人型のバーテックスは指示を飛ばす。

『グラーヴェ・ティランノは2体がキーンラステネールでダメージを与えつつ他の2体がヴェノムブレスで毒状態を付与! 残りの4体は敵が怯んだ隙にポイズンファングを連続で放ちこれ以上近づけさせないように移動禁止の状態異常付与! フローチェはグリップショットで移動禁止の延長を援護! レントはシャットアウトで敵の必殺技禁止を付与し仲間の攻撃力と移動速度をアップ!」

 指示を受け巨大なムカデのようなバーテックスを始めとしたボスバーテックスたちが天の神の進行を止めようと奮起する。

 移動禁止デバフを使い、さらに攻撃を容赦なく浴びせ体力を削ろうとするが、天の神はそれを受けてもぴんぴんしていた。

 何かしたのか? というように見返してくる天の神は移動禁止デバフによりまだ動けないが、脅威を感じさせ身をすくませるには充分な恐怖だ。

『そうだ、それでこそRX。それでこそ四国の守護神!』

 だから、人型のバーテックスはやめる。出し惜しみなど捨て、自分の限界を超えて敵に当たろうと。

 思い描くのはゆゆゆいにおける最強の敵。勇者たちに試練を与え、最後は自ら勇者たちの前に試練として立ち塞がった最強の存在。

 人型の質量が爆発し、巨大化した体躯はすべてを焼き尽くす炎のように揺らめく。

 造反神。その姿に体躯を変化させた人型のバーテックスは最強の敵に向かいその牙をむいたのだった。




 作中で小型太陽を生み出そうとしたけど、ロボライダーなら余裕で耐えられる件。
 自滅覚悟で太陽に一緒に飛び込んでも太陽の表面温度は4~6000度。中心温度は1600万度。ロボライダーは設定上6000度以上のエネルギーにも耐えられて自分のエネルギーにできるので中心部にたどり着く前に自滅しちゃう。
 仮に中心部へと一瞬でワープさせても不思議なことが起こって無傷で帰ってきそうで怖い。
 逆に凍らせて永久凍土に封印すればいいんじゃね? と思ったあなた。ロボライダーはそれで倒せるかもしれないけどバイオになった瞬間ゲル状になって余裕で抜け出せるんですよ。
 物量作戦で押し切ろうとしても太陽のある所では自動回復するし、後半になったら夜になっても普通に変身して戦うし、フォームチェンジしたら全快するし、過去に戻って消そうとしたら増えるし。
 こいつらを追い詰めたクライシス帝国って超有能組織だったんだなぁ。最初にBlackを仲間に引き入れようとした時点で詰んでたけど。
 そんな悪役泣かせの設定全部詰め込んだような仮面ラ〇ダーBlackとRxの動画はア〇ゾォン! プライムとH〇luなどの動画配信サイトで好評配信中。みんな、お友達に布教しよう!(媚を売る)

 天の神(RX)
 緑の部分が灼熱の赤という見た目以外はまんま仮面ラ〇ダーBlackRx。中身がて〇をではないのが唯一の救いか。
 武器はリボルケイン(相手は死ぬ)。本物と同じく太陽の下では自動回復する。
 フォームチェンジするとロボライダー、バイオライダーとなりセンサーアップ、防御力アップ。物理攻撃無効、液状化など様々なチート級能力を使う。
 無論元が天の神なので12正座の巨大バーテックスの能力も使える。ジェミニのスピードでリボルケイン突き刺しに来るなんて悪夢でしかない。
 アクロバッターやライドロンは付属していない模様。いたら本格的に勝てないもん。しょうがないね。


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【グッドエンドルート】百合厨、本気出すってよ

 あらすじ
 天の神(RX)を攻撃するもそのすべてをほぼ無効化されてしまう。まさに「死角はありません、無敵です」AAを体現したような姿に戦意喪失気味の人型のバーテックス。
 一撃一撃が必殺の攻撃に追い込まれ、これどうやって倒したらいいのと困惑中。
 追い詰められ疲弊した心は危険な領域へと突入し、ついに人型のバーテックスに最終手段をとらせてしまう。
(+皿+)「これが俺のフルパワー。100%中の100%」(造反神モード)
丹羽「なんか後々すごいパワーインフレが起きて強キャラだったのにB級扱いされそう」
(+皿+)「かつてないこの緊迫感! これこそがオレの望む戦い!!」(ガクブル)
丹羽「膝(ないけど)震えてんぞ。無理すんな」
(+皿+)「誰かのために120%の力を出せる…それがお前たちの強さ…」
丹羽「遺言になってんじゃねーか!」


 天の神は驚愕した。

 目の前の星屑の…いや、星屑だったはずの存在の姿に。

 あれは間違いなく自分と同じ天の神。それも自分と同じような強大な力を持つ存在に他ならない。

 端末を通して感じるプレッシャーからも間違いようがなかった。あれは我が同胞に他ならないと。

 なんということだ。

 自分と比肩しうる存在かもしれないと感じていたが、よもや本当にただの星屑がここまで成長するとは。

 望外の喜びに天の神は打ち震えた。今すぐ自分もあの場所に向かい新しく生まれた同胞とこの喜びを分かち合いたい。

 だが、それは叶わないだろう。なぜなら新しく生まれた同胞はこちらに向かい明確な敵意を持っているのだから。

 ならば屈服させ、我が陣営に引き入れるのみ。

 決して地の神の集合体、神樹と共にあることなど許さぬ!

 天の神の喜びは今や執着へと変わっていた。そしてより深くこの新しき同胞のことを理解しようと四国にいる端末とのシンクロ率を上昇させていく。

 さあ、お前をもっと見せてくれ。もっと深く理解させてくれと。

 

 

 

 造反神。

 アプリゲーム結城友奈は勇者である花結いのきらめきでメインストーリーのラスボスとして勇者と防人と巫女、計24名の前に立ち塞がった最後の試練。

 体力ゲージを10本持ち、12星座はもちろん他の巨大バーテックスの能力も使える、ある意味最強の存在だ。

 詳しく説明するとネタバレになるので割愛するが、このバーテックスの能力は団体戦でこそ真価を発揮する。

 攻撃がほぼ勇者への防御低下や行動禁止などのデバフ効果を持つこと。フルスピードなど味方バーテックスの移動速度を上げたり遠距離攻撃態勢を与える多彩なバフ効果を与えるサポートスキル。

 さらには仲間の体力を40%も回復するウォーターヒールと隙がない。攻撃、補助、回復もいける万能型のボスなのだ。

 しかも会話の内容から察するに勇者たちと戦った時は本気を出していない。あくまで試練として勇者の力と心の強さを確かめるために戦ったということだろう。

 そんな造反神の姿に、人型のバーテックスはなっていた。

 この姿になった以上、もう後には引けないと人型のバーテックスは思う。

 12星座を吸収し、星屑を億匹食らったからこそなることができたこの形態。もしこれが負けるようなことがあればこの世界にあの天の神を倒せる存在はいない。

 巨大バーテックス達のデバフ攻撃により動きを封じられている天の神(Rx)に意識を向けて人型のバーテックスは思う。

 さあ、ここからはゆゆゆいのルールで思う存分戦ってやると。

 移動禁止デバフが解けたロボライダー形態の天の神に向かい必殺の一撃を見舞う。

 アブソリュート・エンド。

 移動速度を減少させ、敵全員の体力の8割を削るゆゆゆいプレイヤーを恐怖させた攻撃に、さしもの天の神も膝をつく。

 畳みかけろ! と脳内で命令し、双子座のスキル、フルスピードを使い巨大バーテックス達の移動速度を上げ攻撃するように命令した。

 ポイズンファングを放とうとグラーヴェ・ティランノが天の神に迫る。獲った! と確かな手ごたえを感じた瞬間、巨大なムカデのような体躯は内側から滅多切りにされてしまう。

 バイオライダーのバイオブレードによる斬撃だ。天の神はロボライダーからすぐさまバイオライダーへとフォームチェンジし、ミクロ化してグラーヴェ・ティランノにわざと呑み込まれたのだ。

 それからバイオブレードで内側からグラーヴェ・ティランノの体躯を滅多切りにし、無傷で出てきた。

 しかもロボライダーからバイオライダーにフォームチェンジしたことで8割も削ったはずの体力が全快している。どんだけチートなんだよと人型のバーテックスは知っていたとはいえ呆れる。

 だが、そんなことは織り込み済みだ。今こそが敵を倒す最大のチャンス。

 グラウンド・ゼロ。

 範囲内の敵にダメージを与え、10秒間移動禁止のデバフ効果を与える技。

 中心部にいれば大ダメージは免れない攻撃を、天の神はもろに受けた。

 10秒、それだけの時間があれば充分だ。

 人型のバーテックスはノーモ―ションでレオの巨大な火球を天の神に向かって放つ。バイオライダーは熱攻撃に弱い。さらに動きを封じた今の状態ならいける!

 グラーヴェ・ティランノの死体を焼き尽くすほどの高温の火球が降り注ぐ。グラヴェ・ティランノは防御力が高くしぶといゆゆゆいバーテックスなのでその体躯を数秒で燃やし尽くすほどの熱量攻撃といえばその威力の程を知ることができるだろう。

 だがそれでも人型は安心せず次の攻撃に備える。複数の必殺技を同時に展開させ、天の神に向かって最善手を放つ為の準備を怠らない。

『っく!?』

 次の瞬間、人型に向かって光線銃が撃たれた。天の神は生きていたのだ。

 巨大な火球が身体に着弾する瞬間再びロボライダーへとフォームチェンジし、そのエネルギーを自分の物としてパワーアップしていた。それをお返しとばかりに人型のバーテックスに向かってパワーアップした光線銃を放つ。

 これはたまらんと慌ててグランディオーソの背後に回り盾になってもらう。

 城門のような形をしたグランディオーソが防いでくれるが、遠距離攻撃を無効化するはずの体躯には確実にダメージが蓄積している。どうやらあの光線銃の威力は勇者の必殺技と同等、あるいはそれ以上の威力を持つらしい。

 人型のバーテックスはグランディオーソが壊される前に宙に浮き、天の神に向かって用意していた必殺技を放った。

 ハウリングノイズ。

 攻撃スピードを減少させ、防御力を下げさせるデバフ攻撃を受け天の神は動きを止めた。

 やはりか。と人型のバーテックスは自分の推測が当たったことに内心で喝采を上げる。

 ロボライダーとバイオライダー。この2つのフォームの共通の弱点は、音だ。

 ロボライダーはRxの時よりセンサーが強化された分、耳から入ってくる情報が多い。

 それこそペガサスフォームに初変身したクウガ並みに。常人なら発狂して情報処理どころではないだろう。それを扱えているのは歴戦の戦士ゆえか。

 そしてバイオライダー。こちらも音に弱い。いや、音というよりは振動に弱いのだ。

 物理攻撃をすべて無効化するゲル状の身体は通常の身体よりも振動を感じやすい。それこそ潜水艦に爆雷攻撃がよく効くように。

 つまりこの2つの互いが互いを補い合う完璧な2つの形態は、音波攻撃という共通の弱点があったのだ。

 現に今の天の神はハウリングノイズを食らって前後不覚になっている。高感度すぎるセンサーが大音響の音波をキャッチしてしまい脳の処理が追い付かず身動きが取れないのだろう。

 だったらすることは1つだ。

 アリエスとタウラスとリブラ。この能力を使い超音波攻撃を敵にぶつける。そして動けなくなりフォームチェンジできないまで追い詰められたところに必殺技を放つ。

『喰らえ! 超ハウリングノイズ! 感度3000倍バージョン!』

 鋭敏になった天の神の感覚を狂わす高感度センサーをさらに破壊すべく強力になった音波攻撃を放った。

 灼熱の炎が噴き出す地面に膝をついた天の神に向け、人型のバーテックスは天の神に近づくと必殺の一撃を繰り出す。

 ドゥームブレイブキラー。

 範囲内の敵に即死級のダメージを与える必殺技。

 これで天の神は虫の息だ。あと1撃で倒せる。

 そう信じて次の必殺技を放とうとする人型の燃えるような炎の体躯が、拳によって吹っ飛ばされた。

『かはっ⁉』

 忘れていた。ロボライダーは近接格闘も強いのだ。

 攻撃をまともに受けた人型のバーテックスはグランディオーソの元まで吹っ飛ばされる。それを守るように巨大バーテックス達が天の神に襲い掛かるが、次々と光線銃にやられていく。

(なんでだ? 俺は確実に奴を追い詰めていたはず……そうか!)

 灼熱の大地。これこそがロボライダー形態である天の神にとって太陽以上のエネルギータンク。

 現在四国以外の大地はマグマが吹き出し、炎の川が流れる大地だ。それは熱エネルギーを吸収して力にするロボライダーにとってほぼ無敵状態で戦えるまさに独壇場(どくだんじょう)

 この地上で戦う限りこちらに勝つ可能性はないだろう。

 なんということだ、こんな簡単なことを見落としていたなんて。

 自分の考えの足らなさに歯噛みする。これではどんなに相手を追い詰めても勝てるわけがない。

 急いでウォーターヒールを仲間全員にかけるが時すでに遅し。グラヴェ・ティランノ2体を除きほぼすべての巨大バーテックスが天の神の光線銃や鉄拳によってやられていた。

 こうなったら天の神を上空まで吊り上げて地上から離し、音波攻撃で動きを止め再びドゥームブレイブキラーを放たなくては。

 いや、1度見た技を相手が見逃すとは思えない。警戒しているだろうし、そうやすやすとは攻撃を受けてくれないだろう。

 どうしたものか。状況は確実にこちらの詰みの状況に近づいてきている。

「悪い予感がして来てみれば、やっぱりな」

 その時、城門のような姿のグランディオーソの上に何者かが立ち、造反神と化した人型のバーテックスと天の神(ロボライダー)を見下ろしていた。

 誰だ? と首をかしげる天の神。人型のバーテックスはその登場を嬉しく思うと同時にどうしようもなく腹が立ち、思わず叫ぶ。

『なぜ来た丹羽明吾! お前は勇者の皆のところにいないとダメだろうが!』

「そんなの、俺がお前だからに決まってるだろ!」

 何をわかり切ったことを、と言うような丹羽の言葉に、人型のバーテックスは心の中で叫ぶ。

 馬鹿野郎が! お前が俺なら、ここに来てほしくないことぐらいわかるだろうと。

「手こずっているみたいだな。手伝わせろ」

『馬鹿! 相手は天の神だぞ! しかも絶対無敵のチートライダー…とにかく、お前が勝てる相手じゃ』

「やってみなくちゃわかんないだろ! 行きますよ、みなさん」

 丹羽の言葉と共に8体の精霊が現れ白い勇者服の丹羽に向かってうなずく。

「偽神満開! 天津甕星(アマツミカボシ)

 8つの精霊と丹羽が一体化し、光が身体を包み様々な種類の百合の花が咲き誇る。

 光が収まるとそこには神道の神官風の服に青、桃色、銀色、水色、紫、黄色、緑の7色のラインが走り、中央に赤い円が宝玉のように輝いていた。

 背中には様々な意匠を凝らした複数の種類の百合の花の金属が扇状に咲き乱れ、まるで咲き誇った花のようだ。

 そして周囲を8つの光が絶え間なく飛び回り、真っ白で巨大な茅の輪のような円状の武器を握っていた。

 それは、神樹の力とバーテックスの力を合わせた本来の世界ではありえなかった力。

 神を偽り神の力をその身に宿し、人外の圧倒的な暴力を振るうための姿。

『お前…飲んだのか、小瓶の中身!』

 8体の精霊を取り込み偽神満開を果たしたもう1人の自分に、念話で叫ぶように声を上げる。

 なんてことだ。こんなことに使ってほしくて自分はあれを渡したわけでは…。

 いや、後悔するのは後だ。それより今は差し迫った問題としてもう1人の自分と共闘して目の前の敵を倒さなければ。

『丹羽明吾! そいつを大地から離せ! そいつが灼熱の大地にいる限り、俺たちに勝ちはない!』

「了解!」

 人型のバーテックスの指示を受け、天の神に向かって丹羽は跳んだ。

 白い巨大な円環状の武器の内側に足を乗せ、まるで車輪を転がすように天の神に向かっていく。

 突然乱入した勇者の存在に困惑している天の神をひき倒すと、再び天の神に向かって円環上の武器に乗り両手に持った斧を振るう。

 天の神は巨大な車輪に乗っているような丹羽に向けて光線銃を撃ちまくる。だがどれも正確に捉えることができずに攻撃はすべて避けられてしまった。

「あんたみたいなのが敵として出てくるのは、仮面ラ〇ダーサモンライドみたいなゲームだけで充分なんだよ!」

 黒い斧が天の神の上半身を切り裂く。傷口を押さえる天の神に向かってさらに虚空から無数の槍が降り注いだ。

 丹羽は精霊と一体化することでその精霊の持つ武器を扱うことができる。それは満開しても同じであった。

 つまり今の丹羽は巫女の2体を除くと6種類の武器を自在に扱うことができるのだ。

 槍を受けても顔色1つ変えず天の神は丹羽に向かって光線銃を連射する。それを見て丹羽は白い円環状の武器を自分の目の前に浮遊させた。

 次の瞬間光線銃の光は白い円環状の中心に空いた虚空に吸い込まれる。

 丹羽が傷ついていないことに首をかしげる天の神に向け、丹羽は自身の右手についている腕輪を放り投げ、一言告げる。

「繋げ!」

 それだけで丹羽の腕サイズだった輪は巨大化し、丹羽の持つ巨大な白い円環上の武器と同じくらいの大きさになった。

 その真ん中の穴から先ほど天の神が放った光線銃の光が天の神自身へと放たれたのだ。

 丹羽の持つ白い巨大な円環状の茅の輪のような武器と両腕の輪はリンクしていて、空間と空間をつなぐ能力がある。

 左右の腕輪は対になっており、茅の輪のような白い円環を入り口としてもう片方の円環状の輪から攻撃を出して別の場所に出したりできるのだ。

 これを利用すれば一瞬で遠く離れた地へとワープできたりもするのだが、満開の間だけしか使えないのであまり遠くへの移動には使えない。

 だが先ほどのように工夫すれば放たれた攻撃をそのまま相手に返すこともできるのだ。

 自分自身の攻撃にやられるとは思っていなかったのか、困惑する天の神に向けて丹羽は円環状の武器を放ち、命じた。

「締めろ!」

 天の神の上空にたどり着くや否や丹羽が命じると円環状の武器は立ち上がろうとする天の神の腰回りまで浮き、いきなり縮んで腕ごと天の神を拘束してきつく締めあげたのだ。

 そのまま丹羽が上へと腕を上げると天の神は宙へ浮いていった。それを見て人型のバーテックスは心の中で強くうなずく。

『よし、そのまま捕まえてろ! 超ハウリングノイズ!』

 炎のような体躯を浮かせ、アリエス、タウラス、リブラの能力をくわえ強化した音波攻撃を天の神に見舞う。

 満開の影響で飛行能力を得た丹羽は人型のバーテックスと並走して飛びながら、短く言葉で告げる。

「エボルト、東郷さん、電子レンジの中に入ったダイナマイト!」

『なるほど、了解!』

 こういう時相手が自分だと便利だ。わずかな言葉で通じ合うことができる。

 人型は丹羽の告げた作戦の準備を始めた。一方天の神はロボライダーからバイオライダーへとフォームチェンジして拘束から逃れようとしている。

「読んでたぞ、その変身は!」

 次の瞬間丹羽の指がパチン! と鳴らされ円状の武器から百合の花が咲き誇る。

 自由落下するゲル状の天の神を百合の花の結界が包み、外へ逃げられないようにした。

 この花の結界は四国をバーテックスの攻撃から守るものより強力だ。

 さらにこの結界を作る百合は白ではなく様々な色を持つもので構成され、日光を遮断する効果もプラスしてある。太陽の光で自然回復する天の神にとっては牢獄だろう。

『人類の叡智、受けてみな。神様』

 アクエリアスの能力から水素を、アリエスの分裂と振動能力、レオの熱、ヴァルゴの爆弾を作る能力を総動員して人型のバーテックスはそれを作り上げた。

 原子爆弾。核兵器。たった1つで人類の日常を一瞬で奪う悪魔の発明。

 それを円環の空いた穴に放り込み、丹羽が円環状の武器に結界を閉じるよう命令する。

 次の瞬間轟音が壁の外の世界に響く。それは中国地方にいる人間型バーテックス達の耳にも届くほどの爆発音だった。

 バーテックスの能力で極限まで強化された爆弾。破壊力は人間の作るものの数千倍だろう。

 百合の花の結界の中にいるのがバイオライダーかロボライダーか。どっちにしろただではすまない。

 バイオライダーの場合は爆弾の高熱で燃え尽きる。ロボライダーの場合は爆発によって逃げ場のない暴力的な威力に身体はバラバラになっているだろう。

 それに最大の懸念である太陽の光も花の結界により塞いだ。これならば……っ⁉

 勝ったと思った瞬間に、最大の隙は生まれる。

 次の瞬間、袋状になっている百合の花の結界から光るサーベルが出現し、結界を切り裂く。

『危ねぇ!』

 丹羽に迫る投擲されたリボルケイン。炎の体躯から腕を急遽作りだして突き飛ばす。

 次の瞬間人型のバーテックスの腕にリボルケインが突き刺さり、内側から破壊しようと無限のエネルギーを放出した。

『くそっ! 遮断!』

 エネルギーが本体に迫る前に人型のバーテックスは腕を自らの意思で切り落とす。爆散する腕。見ると袋状の百合の花の結界からはRxの姿の天の神が切れ目から身体を出し、こちらへ向かって敵意の視線を真っ赤な2つの瞳から向けていた。

『弱ったな、まさかここまでとは』

「ああ、本当に」

 あれだけの攻撃を受けて無傷の天の神に、ごくりと固い唾を丹羽は飲む。

 

「まさか、ここまで予想通りだったとは」

 

 次の瞬間、天の神が踏み出そうとした虚空が消失した。

 足を滑らせたのではない。文字通り消失したのだ。

 丹羽の手によって生み出されたブラックホールによって。

 丹羽の精霊、ミトとシズカは巫女をモデルとした人型の精霊である。

 よって能力も巫女の能力にそったものだ。 

 それは神託の感知であったり、勇者の全能力の向上であったり、結界を作ったり。

 そして巫女といえばゆゆゆで切っても切り離せないのが奉火祭である。

 これは巫女を犠牲に本編で東郷が破壊した結界を修繕した方法であるが、これを行うとブラックホールを作ってしまうという副作用がある。

 これにより東郷は友奈ちゃんが好きなヤベー奴、国防思想のヤベー奴に続きブラックホールになるヤベー奴という称号を得たのだがそれは今関係なく。

 もしミトとシズカの能力を使えば、ブラックホールを任意に作り出すことができるのではないか?

 そう考えたのはゆゆゆ本編を知る丹羽からしたら当然だった。切り札状態では使えなかったが、満開状態の今ならばと。

 その結果、見事にブラックホール作成は成功し、天の神はそれに引きずり込まれたのである。

『じゃあな、天の神様。太陽の光の届かない漆黒の世界で、せいぜいがんばってくれ』

「リボルケインも投げちゃったら、もう帰ってこれないよなぁ。最後の最後にあんたは選択を間違った」

 にやにや笑う丹羽に、この時天の神は謀られたのだと気づいた。

 だがもう遅い。片足はすでにブラックホールに飲み込まれている。身体全体が呑み込まれるのも時間の問題だろう。

 必死に百合の花の結界にしがみつき何とかとどまろうとする天の神。だが無情にも丹羽が腕を伸ばして招くように自分の方に引くと結界は砕け散り、円環状の白い武器は丹羽の元へ戻っていく。

 それと同時に天の神は結界ごとブラックホールに飲み込まれ、最後の手の指1本が虚空に開いた穴に消えるまで1人と1体はその姿を眺めていた。

 

 

 

 造反神形態から元の人型に戻った人型のバーテックスは、満開が解けた丹羽に向かって思い切りグーで顔を殴りつける。

「うわっ、何するんだよ⁉」

 攻撃を受けたはずの丹羽は大して痛そうな顔をしていない。むしろ殴った人型のバーテックスの方がダメージを受けていた。

 これは丹羽の中にいる8体の人型の精霊の影響で、丹羽の身体を覆う精霊バリアがかなり強力なせいだ。それこそ人型のバーテックスの攻撃を跳ね返すくらい。

 だがそれでも気が済まないのか、人型のバーテックスは何度も丹羽の顔の部分を殴りつけ、もう1人の自分に叫んだ。

『なんて無茶しやがる! 馬鹿かお前は!』

「な、馬鹿はお前だろうが! 俺がいなかったら多分やられてたぞ!」

『それでもよかったんだよ! 最悪俺の意識を持つスペアは中国地方にもう1体残してあるんだから! でもお前はそうじゃないだろう⁉』

 この時丹羽は初めて目の前にいるもう1人の自分が何を怒っているのか理解し、ため息をつく。それをお前が言うのかと。

「あのなぁ、俺もお前が作ってくれたスペアボディーに意識を残してるから状況は同じだぞ。そりゃ、精霊8体失うかもしれなかったけど、そうじゃなかったらあいつを倒せなかった」

『そうじゃない! 勇者部の皆にはお前しかいないだろうが! 俺じゃお前の代わりに…丹羽明吾として勇者の皆とは一緒にいられないだろ』

「そんなこと言ったら俺だってお前の代わりに土地の再生なんかできないだろうが! お前の役割の方が大切だろ!」

 いやお前が、いやいやお前がとこの不毛なやり取りは結構長く続いた。2人ともバーテックスなので疲れるということがない。

 やがてこれ以上の言い争いは無意味だと気づいた1人と1体はグランディオーソにもたれかかり、天を仰いだ。

 赤一色の空。四国ではありえない空の色。

 ここで自分たちは生まれ、勇者たちを救うために手を尽くしてきた。

 だが、それも今日で終わりだ。

「――勝ったんだな、俺たち」

 ぽつりとつぶやいた丹羽の言葉に、隣に座った人型のバーテックスは無言で拳を突き出す。

『ああ、俺たちの勝ちだ。これで、勇者の女の子たちに待ち受ける救いようのない物語は、完全に破綻した』

 丹羽は真っ白な拳に自分の拳を打ち付ける。いわゆるグータッチというやつだ。

「これで、勇者部の皆は勇者の章に突入することなく、普通の女の子として暮らしていけるはず…だよな?」

『その通りだ。そのために俺は…いや、俺たちは協力を惜しまない。これで終わりじゃないぞ。お前には俺がいけない四国の中で彼女たちが幸せに暮らせるように働いてもらうからな』

「まだ働かせる気かよ。自分遣いが荒い奴だ」

 言葉とは裏腹に笑顔で嬉しそうに言う丹羽。その姿に人型のバーテックスは羨ましいと思う。

 勇者たちと言葉を交わし、共に生きていけるその身体が。

『さて、それじゃあ俺は中国地方に帰るか。お前もそろそろ帰れよ。そのっちたちがいらん心配する前に』

「あー。そうだな。多分そのっち先輩にはバレてる。帰ったら謝らないとなぁ」

 頭を抱えるもう1人の自分にいい気味だと心の中で人型のバーテックスは笑う。

 自分がどれほど幸せな環境にいるのかそろそろ自覚すべきだ。百合の間に挟まる男になりかけて悩んでいるなんて、人型のバーテックスからすれば過ぎた悩みで爆発しろと思う。

 せいぜい勇者部の皆に怒られ、心配させたことを謝るといい。

『途中まで送ろう。フェルマータを今呼んでる』

「ありがとうよ。じゃあ、今回はここでお別れだな」

 にっこりと笑うもう1人の自分。人型のバーテックスはその頭の上に手を置き、撫でるように白い髪を梳いた。

『じゃあな、丹羽明吾。四国で強く生きろよ。勇者部の皆と』

 

 その時、不思議なことが起こった!

 

「なっ⁉ 嘘…だろ?」

 丹羽の声に振り向いた人型のバーテックスは、仰天する。 

 空間にひびが走り、そこから4体の人影が現れたのだ。

 そこにいたのはRx、ロボライダー、バイオライダー、Blackの4体の姿をした天の神。

『戻って来たって、いうのか?』

 天の神(Rx)の持つ光るサーベルを見て1人と1体は驚愕する。

「なんでリボルケイン2つ目があるんだよ!」

『そんなこと俺が知るか! その時不思議なことが起こったんじゃないか? それとも天の神だから無限に出せるとか? 太陽の子じゃなくて太陽神そのものだしぃ!』

 ぎゃいぎゃいと言い争う1人と1体に向かって4体の天の神はゆっくりと歩調を合わせこちらに向かってきていた。

『言い争いしてる場合じゃねえ! もう1回満開して戦え丹羽明吾!』

「おまえさっきまで俺が満開したこと怒ってたくせにこんな時だけ…ああっ! もうわかったよ!」

 小瓶から飴玉状の丸まった肉塊を口にいれ、噛み砕いて唱える。

「偽神満開! 天津甕星!」

『造反神モード! やってやるぜぇえええ!』

 光が丹羽を包み、多種多様な百合の花が咲き乱れた。

 同時に人型のバーテックスも質量を爆発させ紫色の巨大な炎のような体躯へと再び変貌する。

 こうして絶対勝てっこない敵×4との再決戦が始まった。




 絶望がお前のゴールだ!
 消すと増える(絶望)のは原作通りだから、しょうがないね。
 ぶっちゃけRxを倒す1つの方法としてブラックホールにぶち込んで太陽の光が届かない世界へ追放するというのはいい手だと思うんですが…どうなんでしょう?
 どうあっても帰ってきそうなんですよねぇ…不思議なことが起こりそうで。
 ビルドのラスボスのエボルトもうっかりとケアレスミスみたいなことが重ならなければビルド完封できたわけだし…。
 ミラーワールドに置いてけぼりにしても自力で帰ってきそうで敵側からしたら何こいつ…な存在であることには変わりない昭和最後のチートライダー。
 果たして人型のバーテックスと丹羽君は勝てるのか?

「偽神満開・天津甕星」
 丹羽が8体の勇者の記憶を持つ人型の精霊と融合して満開した姿。
 アマツミカボシというのは日本書紀に出てくる星の神様。女神転生シリーズで知った人も多いんじゃないでしょうか。ちなみに私はSDガンダムのプラモで知りました。
 星屑から転生した勇者だから星に関わる神様と絡めようとしたら有力な候補がこの神様しかいなかった…。ツクヨミお兄ちゃんはゆゆゆい本編のきらめきの章で今後出てきそうだからなぁ。
 あと天津神でありながら荒魂を持ち天津神側に従属していないという点も主人公の境遇に似ていてにぴったりだと思いました。まる。
 勇者服に7色のラインが入るのはノーマルルートと同じ。グッドエンドルートの完全体では胸の中心に燃えるような赤い宝玉が輝く。
 武器は白い円環状の儀式に使う茅の輪のようなもの。ガンダムスターゲイザーで検索してプラモの写真を見るとイメージしやすいと思います。
 円環状の武器は大きさを自由自在に変更可能。非常に丈夫でレオ・スタークラスターのビームでも簡単に壊すことはできない。
 空間をつなぐ能力を持ち、両腕についた腕輪の2つと合わせ3つを使い攻撃や物質を空間を捻じ曲げてもう片方の輪の中から出すという能力も持つ。作中ではこの能力で作中で天の神(ロボライダー)の光線銃をそのまま相手に返した。
 いわゆる特撮の敵幹部にありがちな斬撃で空間に穴をあけて必殺技をヒーローたちにそのまま返すアレ。リリカルな〇はAsのシャマルさんの能力、「旅の扉」と近いものだと思っていただければわかりやすいかもしれない。
 これは威力や大きさは関係なく、例えば友奈に腕輪を1つ預けて丹羽の武器からゼロ距離勇者パンチを離れた空間にいる敵に放つことも可能。
 さらに巫女の精霊が2体がいることで強力な結界を作ることが可能であり、ノーマルルートでは東郷が破壊した壁と四国を守る結界を百合の花の結界で覆い修復した。
 勇者自身も非常に頑丈となり常に精霊が周囲を飛び回り精霊ガードを発生させている。
 ただしバーテックスなので勇者や神樹の武器の攻撃には滅法弱い。


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【グッドエンドルート】四国の守護者

 あらすじ
 ブラックホールに入れて消したら増えた。
(+皿+)「やっべ! やっべ! どうすんの!? どうすんのこれ⁉」
丹羽「俺に質問するな…いや、本当にどうすんだよこれ?」
天の神×4【ゆ゛る゛さ゛ん゛】
(+皿+)「あばばばばばばばばばば」
丹羽「あばばばばばばばばばばば」


『ウォータープリズン×4!』

 先制攻撃とばかりに造反神モードの人型のバーテックスは4体に増えた天の神に向けてアクエリアスの能力であるウォータープリズンを放つ。

 だがその水球は天の神に触れる間もなく破壊された。4体が持っている光るサーベル…リボルケインによって。

「なんであんなヤベー武器が4つもあるんだよ⁉」

『だから知らねえって! しかしやべーぞ。リボルケイン持ってるBlackってRXとほぼ変わらねーじゃん』

 焦る丹羽の声に次はどう対抗すべきか人型のバーテックスは瞬時に判断し、行動に移す。

『とりあえずマグマからエネルギーを吸わせるわけにはいかない! ダイダルウェーブ!』

 水瓶座の能力をフルに使い放たれた大量の水が灼熱の大地を覆っていく。大量の水による突然の洪水に、3体の天の神は押し流されていった。

『っ⁉ バイオライダーが行った! 気をつけろ!』

 人型のバーテックスの言葉に目をやると天の神(バイオライダー)がゲル状の身体で流れに逆らって泳いできている。水流から跳躍して元の身体に戻ると丹羽に向かってバイオブレードを振り上げた。

「シッ!」

 バイオブレードを白い円環状の武器で受け止め、ナツメの武器であるヌンチャクを天の神(バイオライダー)に向けて高速で振るう。

 だが攻撃は受けるそばからゲル状の身体をすり抜け相手にダメージを与えられない。

「物理攻撃無効って、ほんっとーに厄介だな!」

『そうだな。だからこそ、そいつは俺が倒す』

 リボルケインとバイオブレードの二刀流でさらに丹羽に迫ろうとする天の神に向け、人型のバーテックスはハウリングノイズを放つ。

 ゲル状の身体は音波攻撃に弱い。それは水の中の方が音の振動を空気中より響かせるためだ。

 つまり効果は抜群だった。丹羽に向けて両手に持った2つの武器を振り下ろす直前の状態で天の神は固まっている。それに向けてレオ・スタークラスターのビームを放とうとしているもう1人の自分を見て丹羽は慌てて腕輪を放り投げ、自身は白い円環状の武器に開いた中心の穴に飛び込んだ。

 ヘヴィーレイ!

 丹羽が武器を通して異空間に滑り込んだ瞬間武器ごと全てを燃やし尽くす光が天の神を包む。

 さらにそれだけでは飽き足らず人型のバーテックスは無数の大火球を人型のバーテックスは放ち続けた。

「俺ごと殺す気か⁉」

『お前ならあの状況でも何とか逃げられるって信じてたんだよ! それより日光を!』

 巨大化した腕輪の中心から空間を捻じ曲げて避難してきた丹羽は人型のバーテックスに文句を言う。だが人型のバーテックスにとってはそのことも織り込み済みだったらしい。

 丹羽は天空に自分の武器である白い円環状の武器に飛ぶように命令する。幸いにもあれだけの攻撃を受けてもまだ自分の武器は壊れていなかった。

大祓(おおはらえ)。はらへたまへ きよめたまへ まもりたまへ さきはえたまへ」

 丹羽が精神を集中して祝詞を唱えると上空を百合の花でできた結界が日光を遮断するためドーム状に覆っていく。そうはさせるかと残り3体の天の神たちが丹羽へと迫る。

「あぶない、にわみん!」

 それを防いだのはレオ・スタークラスター戦が終わった後別れたはずの勇者の乃木園子だった。

 結界を張るために精神統一をしている丹羽の元に突撃してきた天の神(Rx)に槍を放ち、丹羽の前に立ちはだかり3体の天の神とにらみ合う。

「そのっち先輩!? なんで」

「アタシたちもいるわよ!」

 声に丹羽が目をやると、そこには別れたはずの勇者部の7名が勢ぞろいしていた。

「あんたねえ、あんないかにもな別れ方したら、何かあると思うじゃない」

「1人で戦うなんて、水臭いよ、丹羽君!」

「悩んだら相談! それが勇者部のモットーよ」

「あはは、でもみなさんあの炎みたいになった人型さんとあの黒い人との戦いがすさまじすぎて、さっきまで動けなかったんですけどね」

「樹ちゃん。そこは黙ってようぜ、カッコ悪いから」

 夏凜、友奈、東郷、樹、銀の発言に頼もしく思うと同時になんでここに来てしまったんだと丹羽は思う。

 彼女たちを巻き込まないように、自分ともう1人の自分は懸命に頑張っていたというのに。

 と同時に気づいた。なぜさきほど人型のバーテックスが自分に対してあんなに怒っていたかという理由に。

 だったら、自分は彼女たちの行動を否定することはできない。痛いほど気持ちがわかるからだ。

 力になりたい。たとえ絶対に倒せないような敵でも、2人でなら絶対負けないと考えた自分のように。

 丹羽は自分を守るように天の神とにらみ合っている園子に声をかける。

「そのっち先輩、みなさん。黙っていなくなったのはすみません。でも、俺ともう1人の俺はみんなを巻き込みたくなかった。それが今は傲慢(ごうまん)だったと気づきました」

「にわみん?」

「だから、力を貸してください! あいつらを…天の神をぶっ倒すのに!」

 園子の持つスマホを通して聞こえてきた丹羽の言葉に、勇者7人はうなずく。

「当たり前よ! アンタももう勇者部の部員でしょうが!」

「だからあんたは自己犠牲馬鹿なのよ! 少しはあたしたちを頼りなさい!」

「帰ったら折檻ね、丹羽君。だから、みんな生きて帰るわよ!」

「なせばたいてい何とかなる、だよ! 丹羽君」

「まったく丹羽くんは丹羽くんなんだから…いいよ、助けてあげる!」

「お前にはでっかい借りがあるからな。今回できっちり返してやるよ!」

 スマホ越しに聞こえてきた6人の声に丹羽は大きくうなずく。

「というわけで人型。勇者の皆のフォローを頼む」

『いや、何考えてんの俺ぇ!?』

 守るべき対象をまさか戦闘に加えるという暴挙に対して人型のバーテックスは思わず叫ぶ。

 こいつ、本当に俺か? この戦いで勇者のみんなが死んだら意味ないんだぞ? と。

(まあ聞け、お前が怒るのもわかる。だけど人外の戦いの恐怖を乗り越えて一緒に戦ってくれることを選んだ彼女たちの気持ちを無碍(むげ)にする気か? これは多分、俺がお前に力を貸したのと同じ理由だ。だったら俺は彼女たちを止められない)

 丹羽から身体の内にいる人型の精霊を通して放たれた自分に向けた声に出さない念話。その言葉に人型のバーテックスは言葉に詰まる。

 確かに丹羽が参戦してくれなければ先ほどの戦いは詰んでいた。そして丹羽が天の神と自分との戦いに力を貸してくれた理由も今ならわかる。

 後悔したくない。見捨てることなどできないという理屈を超えた感情。

(それに、少なくとも俺たちだけじゃ4体の天の神には勝てない。あと結界が完成するまで俺のガードをしてくれる存在が必要になる。お前は俺を守りながら天の神3体と同時に戦えるのか?)

 丹羽からの念話に確かに、と人型のバーテックスはうなずく。だが納得はできない。

 なぜならこの戦いで彼女たちが死んでしまっては元も子もないからだ。

(それにだ。考えてもみろ。ここは結城勇者は友奈であるの世界。主人公補正は誰にあると思う?)

 その言葉にハッとさせられた。そうだ、ここは結城友奈は勇者であるの世界。間違っても仮面ラ〇ダーの世界ではないのだ。

(賭けてみようぜ、勇者の強さに。…そして主人公補正に)

 その言葉を最後に丹羽からの念話は途切れる。どうやら日光を遮断する結界作りに専念し始めたらしい。

 人型のバーテックスは内心で大きなため息をつくといつの間にか自分を守るように取り囲んでいる勇者たちを見る。

 目は真剣だ。どうにかして結界を作ろうとする丹羽を攻撃しようとしている天の神3体から守ろうとしているのがありありとわかった。

 はあ、まったく幸せ者め。

 原作の推しキャラにここまで心配されるなんて、ファンの夢だぞコノヤロー。

 人型のバーテックスは自分と融合している精霊のうち数体を勇者たちに向け放つ。

 丹羽のそばにいて槍を構える園子には大天狗を。友奈には酒呑童子を。東郷には鉄鼠。風には輪入道。樹には雪女郎。夏凜には金霊。銀には覚がそれぞれ分け与えた。

『あー、あー。聞こえますか勇者の諸君。俺が人型のバーテックスです』

「おお、頭に直接声が聞こえるんよー!」

「え、なにこれなにこれ?」

「面妖ね…これが人型のバーテックスの能力」

「うぎゃー! なにこれお化け―⁉」

「お姉ちゃん、しっかりしてー!」

「落ち着きなさい風。ちゃんと人型のバーテックスって名乗ってるでしょ!」

「おお、テレパシーか。なんかすげーな」

 人型のバーテックスの精霊を通した念話にそれぞれリアクションする勇者7名。お化け嫌いの犬吠埼風は混乱しているが、とりあえず告げることは告げておく。

『敵は天の神。バーテックスの親玉だ。こいつを倒せば戦いは終わる。そのためにはこれから丹羽が張る結界を守るのがまず最優先だ。俺も協力するからあの3体の足止めを頼む』

 人型のバーテックスの言葉に、7人は強くうなずいた。

『それと、これはあくまでも俺と丹羽明吾の戦い。君たちが傷ついたり死んだりしたら意味がない。無茶だけはしないでくれ。特にあの光る棒みたいな武器は触れると死ぬから絶対に、ぜーったいに受けようとか思わないでね!』

 その言葉に7人の勇者たちは苦笑する。

 言ってることが丹羽そっくりだ。どうやら人型のバーテックスが丹羽を作ったというのは嘘ではないらしい。

 やはり蛙の子は蛙ということか。

『君たちの中に入れた精霊は俺と通話するだけじゃなくて、能力の底上げもしている。正直俺と丹羽明吾だけでは手に余る相手だ。だから頼む! 力を貸してくれ!』

 その言葉に「任せなさい!」と風は力強く答えた。

「部員のピンチはあたしたち全員で助ける。それが讃州中学勇者部よ! あ、あと人型さんも」

「風先輩の言う通りだよ! 丹羽君と人型さんはもっと私たちを頼って」

「友奈ちゃんの言う通りよ。後輩を助けるのは先輩の義務なんだから。それに人型さんは銀の恩人だし」

「まあ、丹羽の自己犠牲馬鹿は知ってたからいまさら言うことはないけど、少しは相談しなさいっての! 人型さんはあたしたちが手助け必要あるの? っていうくらい強いから助けるなんておこがましいけど」

「そうだよ丹羽くん。…と人型さん。先輩に言うのが難しいなら、同学年のわたしには言ってほしかったかな」

「みんなこんなこと言ってるけど、お前らが困ってそうだから勝手に助けに来たんだぜ」

「にわみん。人型さん。わたしたちは安全を考えて遠ざけられるよりも助けてって頼られたほうが嬉しいんだよ? それわかってる?」

「うう、肝に銘じます」

『ありがてぇ…勇者の皆にこんなに心配してもらえるなんてありがてぇ』

 勇者7人の言葉に人型のバーテックスは感激し、マジ説教された丹羽はちょっぴりへこむ。結界を作る手を休めないが。

『さあ、おしゃべりはこれぐらいにしようか…来るよ!』

 天の神3体が結界を作っている丹羽に向けて一斉に襲い掛かって来た。それを勇者7人が間に入り迎え撃つ。

「勇者パーンチ!」

「神罰招来!」

 東郷の銃撃と友奈の勇者パンチを受け、天の神(Rx)が吹っ飛ばされる。

「女子力乱れ咲き」

「完成型勇者の雄姿を見なさい!」

「お仕置き、です!」

 樹のワイヤーでからめとられ、夏凜と風のダブルアタックに天の神(Black)は大ダメージを受けた。

「いくぜぇえええ!」

「にわみんには、絶対に近づけさせない!」

 銀と園子の息の合ったコンビネーションに、天の神(ロボライダー)は怯み、攻撃することができない。

 意外なことに7人の勇者の攻撃を受け、3体の天の神は押し返されていた。

 天の神とはいえ人間に近い形の敵と戦うのは戸惑いがあるのではないかと心配していたが、別段そんなことはないようだ。

 これは戦力アップのために人型のバーテックスと丹羽のコンビと戦闘訓練していたせいだろう。それに今勇者全員の心には丹羽と人型のバーテックスを傷つけた敵という共通認識から明確に天の神に敵意を向けていた。

 天の神(ロボライダー)が光線銃を取り出し放とうとするが夏凛と銀と園子に懐に入られ何度も斬りつけられる。

 残り2体の天の神は樹のワイヤーに身体を包まれ、東郷の射撃と風の大剣、友奈の拳をその身に受けていた。

 あれ? 思ったより善戦してる?

 いや、むしろ押してない?

 昭和最後のチートライダーが少女7人に追い詰められているのを見て、人型のバーテックスは首をひねった。

 いくら物理無効のロボライダーを先に無力化したとはいえ、この展開は一方的すぎないかと。

 と、そこで気付いた。恐らく勇者の武器だ。

 丹羽と人型のバーテックスはバーテックスの力…つまり天の神の力で天の神を倒そうとしていた。

 つまり同属性同士の戦い。効果はいまひとつだの殴り合いだったのだろう。

 そこに現れた勇者たちはバーテックス特効の武器を装備している。

 つまり効果は抜群だの武器を持つ勇者たちは天の神にとって天敵だったのだ。

 そこにさらに結城友奈という主人公補正を持った存在。

 いつの間にか天の神側は追い詰められていた。あとは日光を遮断する結界さえ作ってしまえば一方的な戦いとなるだろう。

 天の神(ロボライダー)は夏凜と銀、園子の攻撃から逃れ地面へと降り立った。マグマが吹き出す灼熱の大地からエネルギーを吸収しようとしたのだろう。

 だが、そうはならなかった。

【…っ?!】

 天の神は驚愕する。

 マグマが吹き出し炎の川が流れるはずの大地には、何もなかった。

 これは最初の攻撃で人型のバーテックスが大量の水を放ちここら辺一帯の大地に流れるマグマや炎の熱を鎮火させたせいだ。あれには相手を押し流す以外にも天の神(ロボライダー)が地面からエネルギーを吸収するのを防ぐという目的があった。

【お゛の゛れ゛】

 人型のバーテックスの策略に気づき腹を立てる天の神(ロボライダー)。その固い装甲を切断しようと二振りの刀と2丁の斧が迫る。

「固い相手だけど、このあたしにかかれば!」

「あたしの命の恩人たちをずいぶんいじめてくれたなぁ! 食らいやがれ!」

「にわみんと人型さんをいじめる悪い相手なら、容赦しないよ!」

 夏凜と銀の連携攻撃により天の神(ロボライダー)は大ダメージを受ける。さらにそこに迫る園子の追撃。天の神は銃を抜く暇もない。

 急いで距離をとり回復しようとするが傷の治りが遅い。

 どういうことだと天を仰ぐと百合の花の結界が天を覆い日光を遮断していた。

「逃さないよ! いっけぇー!」

「「逃がすか!」」

 こうなったら日の光が当たる場所まで一時撤退しようとした天の神(ロボライダー)は次の瞬間園子と夏凛と銀の攻撃を受け膝をつく。

 天の神たちは確実に追い込まれつつあった。

 

 

 

 天の神(バイオライダー)は時期をうかがっていた。

 自分を倒したと思い込んでいる同胞に一矢報いるその時を。

 だが、その時はついに来ることはなかった。

『なあ、知ってるか天の神様。俺の知ってるサブカル知識の中には、燃え続ける黒い炎っていうのがあるんだよ』

 人型のバーテックスがそう告げた瞬間、天の神(バイオライダー)の散り散りになった体躯に黒い炎が燃え移った。

 それはとある忍の漫画とアニメがモチーフとなったライバルキャラが使う炎の忍術。

『アマテラス。天の神のあんたにとってぴったりな技だと思わないか?』

 天の神(バイオライダー)は答えることができない。答える手段もない。

 なぜなら黒い炎がゲル状の身体を焼き尽くさんと燃え続けているからだ。

 アマテラスは決して消えることのない黒い炎だ。バイオライダーを追い詰めるのにこれ以上ないほどぴったりな攻撃手段だった。

 これが駄目なら同じ特撮のラスボスキャラゼッ〇ンの一兆度の火炎弾も再現しようとしたのだが、その必要はないらしい。

 身体を黒い炎に焼き尽くされながらいつまでもロボライダーにフォームチェンジしない天の神に、人型のバーテックスは訝しんだ。

 こいつ、なぜ形態変化で体力を回復しない?

 いや、ひょっとして…できないのか?

 考えてみれば原作でもBlack、RX、ロボライダー、バイオライダーの4人そろった状態でもRXはフォームチェンジはしていなかった…と思う。

 それはスーツが1着しかないという夢のない現実的な理由だと思うのだが。

 それをもし天の神が曲解し、4体いる状態ではフォームチェンジできないのだと思っているとしたら。

 これは、こちら側にとって勝利につながる大きな情報だ。急いで丹羽を始めとする勇者たち7人にも情報共有する。

『聞いてくれ! こいつらさっきまでみたいにフォームチェンジできないみたいだ。つまり、一瞬で体力全快とかいうチートは封じられてる』

「え、マジか! だとしたらすっごい弱体化じゃねーか!」

「え、それって普通なんじゃ…」

「いやいや、アンタらひょっとしてそんな化け物と戦ってたの?」

「ブラックホールから帰還した時点でとんでもない相手だとは思っていたけど、それほどとは」

「あわわわ、お姉ちゃん、大丈夫かな? わたしのワイヤーでそんな相手押さえつけられるか」

「え、こいつそんなやばい奴だったの? なんか、固いけど別にそんなに強くないわよ?」

「おう、園子と夏凜とあたしの3人で結構追い詰めたぜ!」

 上から丹羽、友奈、風、東郷、樹、夏凜、銀の発言である。

 というか、夏凜と銀と園子の3人はロボライダーを追い詰めたのか!? 予想以上の働きをしてくれる3人に人型のバーテックスは仰天する。

 さすが勇者の武器。自分も下手をすればアレにやられていたルートもあったのかと背筋が寒くなった。

「人型さん。そろそろにわみんが作った結界がこの辺り全体を覆うよ!」

 その言葉によっしゃあ! と人型のバーテックスは内心で声を上げる。

『よし、そのっちと銀ちゃん、にぼっしーはそいつから離れて! 樹ちゃんはそいつらをそのままワイヤーで押さえててくれ!』

 アブソリュート・エンド!

 敵全体の8割の体力を削り、移動速度減少デバフを与える攻撃を放つ。

 その威力に勇者たちは言葉を失っていた。

 とても人間が太刀打ちできる相手とは思えない。敵じゃなくてよかったというのが本音だ。

『さらにブレイブプリズン! さあ、動きと攻撃は封じた! 存分にやってくれ!』

 範囲内の敵にダメージを与え、10秒間の移動、攻撃禁止デバフを与える攻撃を受けた天の神に向け、勇者たちはうなずき必殺技を放つ。

「全力、勇者パーンチ!」

「護国弾、魂ぃいいい!」

 友奈が天の神(Black)に勇者パンチを放ち、東郷がそれを援護する。

「千変万花・蔦織拳!」

「咲き乱れろ、アタシの女子力! 乙女乱舞!」

 樹が拘束していたワイヤーを拳の形に変え、天の神(Rx)に放つ。さらに風の大剣がすさまじいスピードで続いた。

「二双斬・瞬速刃!」

「勇者は、根性ぉおおお!」

「開花紫槍・五月雨突き!」

 夏凜、銀、園子の息もつかせぬ連続攻撃。二振りの刀と2丁の斧、無数の槍の突きが天の神(ロボライダー)を襲う。

【ぐぉおおお⁉】

 いくら装甲を強化されたとはいえ、その隙間を縫うような3人の精密な連続攻撃に天の神は次第に押されていった。

 さらに勇者の武器で受けた傷は回復しない。頼みの日光による自動回復も丹羽が張った百合の花の結界によって遮断されている。

 まさに絶体絶命というやつだ。

 3体の天の神が吹っ飛び、あと1歩というところまで追い詰めた。

 今こそ決め時だ! そう思った勇者たちの脳内に、人型のバーテックスの言葉が響く。

『まずい! 止まって!』

 追撃しようとしていた勇者たちはその言葉に慌てて止まる。見ると3体の天の神は集まり1つの身体になろうとしていた。

「どうして止めたの⁉ あと一歩だったのに」

 園子の言葉に油断なく天の神をにらみつけながら、造反神モードの人型のバーテックスは告げる。

『その時、不思議なことが起こった。からだよ』

 その言葉にどういうことだと勇者たちは首をかしげる。だが次の瞬間融合して1つになった天の神(Rx)がすさまじいスピードで丹羽に向かって走り出した。

「早っ⁉ なんなのアレ、双子座並みに早いじゃない!?」

「しかも触れるとやばいって人型が言ってた光る棒を2つもってる!」

「くっそ、間に合わねぇ! 須美、狙撃を!」

「駄目! 早すぎて狙いが」

 突如超スピードで丹羽に向かって2本のリボルケインを両手に構えた天の神が迫る。

 そのスピードに東郷も狙いをつけられないでいた。辛うじて放たれた銃弾も樹海を穿つだけだ。

『ちぃっ! 3体のチートライダーが1つに集まれば能力3倍とか、無茶苦茶すぎるだろ!』

 追い詰められたヒーローはパワーアップして帰ってくる。

 そんな特撮のお約束が敵の立場から見たらこんなに厄介だとは…人型のバーテックスは痛感した。

 なにそれ、ズルくね? と。

「丹羽、逃げなさい!」

「丹羽君、逃げて!」

 風と東郷が叫び武器を振るうが天の神はやすやすとそれを躱し丹羽へと迫る。

 あと少し、あと数歩踏み出せば丹羽に向かってリボルケイン(相手は死ぬ)を突き刺せる距離になった天の神は、突如自分に向けられた強い敵意に飛びのいた。

「「満開」」

 友奈と園子が満開を使い、巨大な船のような武器から槍を放ち、避けたところを巨大な2つの拳で放たれた勇者パンチが天の神を襲う。

 だが天の神もそう簡単にはやられないぞと友奈の満開でできた拳にリボルケインを突き刺し、右拳を爆発させる。

 満開でできた外付けパーツとはいえ、勇者の拳が破れたことに友奈は驚く。さらに放とうとしていた左拳もリボルケインで破壊され、強制的に友奈の満開は解除された。

「ゆーゆ! よくもぉおおお!」

 友奈の満開が破壊されて地に落ちていく姿を見て園子は船のような武器から天の神に向けて無数の槍を放つ。

【ぬ゛ん゛!】

 園子の放った槍をいくつか受けたが天の神はそれを無視して園子の乗る船の武器に近づき、両手に持った2本のリボルケインを突き刺した。

「きゃあっ⁉」

「友奈ちゃん! そのっち!」

「須美、園子はあたしに任せろ! お前は友奈を!」

 満開の武器を破壊され、強制的に満開が解除されて地面に転がり落ちる2人の仲間を見ながら、東郷は友奈を銀は園子を助け起こすために動く。

「あんたらばっかりいい恰好してるんじゃないわよ! 満開!」

「夏凜! あの馬鹿⁉ 樹は友奈と乃木が怪我しないようにこっちに引っ張って来て!」

「わかった、おねえちゃん!」

 友奈と園子に触発され自身も満開する夏凜。それを見ながら風は樹に友奈と園子救出のためにワイヤーを放つように言う。

「これが、完成型勇者のぉ…っ!?」

「夏凜ーっ⁉」

 天の神に向かった満開状態の夏凜の巨大化した2振りの刀を持つ武器が、友奈と園子と同じようにリボルケインによって破壊され、爆散した。

 あまりにも一瞬の出来事に混乱する夏凜を樹のワイヤーが包む。そのまま友奈、園子と一緒に回収されていった。

「あ、ありがとう樹。助かったわ」

「この馬鹿夏凜! 勝手に先走って! 友奈、乃木、あんたらもよ!」

「「すみません」」

 風の言葉に返す言葉もないというように2人は謝る。2人ともまさか満開が爆発させられて強制的に解除されるとは思っていなかったのだ。

 強い。

 自分たちが相手にする敵の圧倒的強さに、改めて勇者たちは戦慄する。そしてその敵が自分たちの仲間に向かって迫っているということも。

「樹が動きを止めて、アタシと銀がとどめを刺す。東郷、いざというときはサポートよろしく!」

「風先輩、まさか」

「ここまで来たら出し惜しみできないでしょう。全員、満開して相手に当たるわよ」

『待て、君たちがそこまでする理由は』

 人型のバーテックスの言葉を聞く間もなく、勇者部全員は決断した。

 自分たちの仲間…丹羽明吾を守るために、ここが切り札である満開の使いどころだと。

「「「「満開」」」」

 満開状態の樹が天の神に向けて大量のワイヤーを放つ。そして動きが止まったところに風と銀が攻撃し、可能ならば東郷が銃撃でサポートする。

 それが風の考えた戦法だったが、その予想を天の神は軽々超えてきた。

「なっ⁉」

 すさまじいスピードで風との距離を詰めると、巨大な大剣とそれを支える腕ごとリボルケインを突き刺し満開武器の両腕を爆散させる。

 その後迫っていた銀に向かってリボルケインを投擲し、4つ足の獣のような満開武器の攻撃が振るわれる前に破壊した。

「くそ、ここまでかよ!」

 攻撃することもできず強制的に満開が解除され、地上に落下していく銀が叫ぶ。

 樹は風をワイヤーで捕まえて残りのすべてのワイヤーで天の神を拘束しようとしたが、天の神は片腕に持ったリボルケインで難なくそのワイヤーを振り払う。

 風と銀がやられたことに一瞬動揺した東郷だったが天の神に向かって満開して得た無数の砲弾を放とうとする。

 だが――無駄だった。

「え?」

 次の瞬間、目の前の光景が信じられず目を点にする。

 天の神の背後から無数の光る棒状の武器――リボルケインが生えていてそれが次々と自分と樹に向けて放たれたのだ。

 東郷は知らなかったがそれは人型のバーテックスのサブカル知識に存在したFG〇のギルガ〇ッシュの宝具、ゲートオブバビロンを模したものだった。

 あまりにもめちゃくちゃな光景に、呆然とするしかない。

 と同時に頭でもう1人の冷静な自分が告げる。あ、これは死ぬわね。と。

「死なせませんよ!」

 次の瞬間、爆散する戦艦のような武器から切り離された身体が何者かによって抱きしめられていた。

 周囲を飛び回る8色の光がキラキラしている。横に目をやると自分と同じように満開武器を破壊され気絶している樹が抱えられていた。

「なんて無茶するんですか! 下手したら死んでましたよ!」

「丹羽、君?」

 百合の花の結界を作り終わった丹羽が自分と樹を助けてくれたのだとわかったのは、地面に下ろされた後だった。

「ここからは、俺と人型のバーテックスに任せてください。皆さんは絶対もう満開しないでください。いいですね!」

「待ってにわみん! わたしはまだ戦える! 今度はちゃんとうまくやるから!」

 右目の視力を失ってもなお戦う意思をなくさない園子を頼もしく思うと同時にこれ以上頼るわけにはいかないと丹羽は首を振る。

「それ以上満開して、前みたいに内臓がなくなるまでボロボロになって戦うつもりですか? そんなの、俺もアイツも望んでませんよ」

「でも、でもこのままじゃにわみんと人型さんが!」

 視力を失った瞳から涙を流す園子を落ち着かせるようににっこりと笑うと、丹羽は言う。

「大丈夫です。俺もアイツも死ぬつもりはありませんから。必ず、生きて帰ってきます」

 その言葉に、嘘だと園子は思った。だって本当にそう思っていたら、そんな覚悟の決まった顔はしないはずだ。

「それに、散華を治すのには俺の精霊が必要ですしね。そうそう死ねませんよ」

「にわみん」

「じゃあ、行ってきます。そのっち先輩。みんな」

 白い円環状の武器に乗り天の神へ向かう姿に、園子は祈るしかなかった。

 帰って来て。絶対に。

 だって、わたしは君が書く物語の続きを、まだ読んでみたいんだからと。

 

 

 

 園子の前ではいい恰好をして飛び出したものの、丹羽には天の神打倒の作戦などなかった。

 というか、お手上げ状態だ。追い詰めたと思ったのにまさか3倍の強さになって戻ってくるとは。

 どうしたものか、と思いながら天の神と相対した瞬間、造反神モードの人型のバーテックスが放った攻撃が天の神を襲った。

 ドゥームブレイブキラー!

 範囲内の敵に即死級のダメージを与える必殺技である。

『丹羽明吾! そいつのところに俺を飛ばせ!』

 人型のバーテックスの言葉に丹羽は造反神モードの人型のバーテックスに向かい自分の腕輪を投げて空間をつなぐ。

「繋げ!」

 丹羽の白い円環状の武器の中から突如やって来た人型のバーテックスに天の神は目をむいた。自分の後方にある無数のリボルケインを放ち、紫の炎に揺らめく体躯を破壊せんとする。

『させるか!』

 造反神モードの人型のバーテックスは、揺らめく炎の体躯から自分そっくりの人型のバーテックスを出現させ天の神の近くで爆散させていく。

 やがて打ち止めになったところで天の神は最後に残ったリボルケインを人型のバーテックスに向けて振るった。だが、それを両手でつかみ、人型のバーテックスは丹羽に言う。

『丹羽明吾、俺も思いついたぜこいつを倒す方法。エボルトってお前が言わなかったら思いつかなかった。感謝する』

 その言葉に丹羽は首をひねる。なんだ? こいつ何をするつもりなんだと。

『さあ、これで終わりだ天の神。お前も、こっち側(・・・・)に来ようぜ』

 言うや否や人型の腕がリボルケインの無限のエネルギーを送られて内部から爆発する。それに構わず人型のバーテックスは星屑丸出しの顔を天の神の首元に押し付け、アメーバのような姿へと変化した。

 爆発する人型のバーテックスの身体。本体の紫の炎のような体躯も大分小さくなっている。おそらくあれで打ち止めだったのだろう。

 だが、天の神はリボルケインを抱えたまま動かない。今こそ丹羽と造反神モードの人型のバーテックスを倒す絶好の機会だというのに。

『ああ、もう拘束する必要はないぞ。丹羽明吾』

 困惑しながらも白い円環状の武器で天の神を拘束しようとする丹羽に、造反神モードから元の人型のバーテックスに戻りながら言った。

『俺たちの勝ちだ。これで天の神との戦いは回避された上に、四国の守護神も誕生した』

 

 

 

「おはようございます。おじさん、おばさん、光ちゃん」

 南光太郎はお世話になっている南条家の家族に向け朝の挨拶をする。

 クライシス帝国との戦いを終えた光太郎は、気が付けばこの世界にたどり着いていた。

 そこは四国以外の世界が滅ぼされた世界。光太郎のいた世界とはまるで違う別世界だった。

 どうやら以前出会った平成のライダー、ディケイドと同じように自分も知らぬ間に異世界へたどり着いてしまったらしい。

「あ、おはよう光太郎兄さん!」

「ちょっと光、食事中よはしたない」

「まあまあ、元気がいいのはいい事じゃないか」

 朝の挨拶をした光太郎に、南条家の人々が挨拶を返してくれる。テーブルの上には光太郎の分の朝食も用意してあった。

 ここで自分は南条家に居候する大学生として生活している。南条家の父親は光太郎の名付け親で、光太郎の亡くなった両親とは旧知の間柄。両親亡き後光太郎を引き取ったという設定だそうだ。

 話を聞いた時これもゴルゴムかクライシス帝国の仕業かと疑ったが、話を聞いてみると彼らには敵意がない。特に娘の光は自分によくなついていて、邪険にすることもできなかった。

「光太郎兄さん、今度勉強教えてよ。父さんに聞いてもなかなか要領を得なくてさあ」

「こらこら、光太郎君はお役目で忙しいんだから」

「あなた!」

 うっかりお役目という言葉を漏らした父親に向け、母親が注意する。それにこほんと咳払いし、ごまかすように父親は言い直した。

「光太郎君にも大学の勉強があるんだから、自分の勉強は自分でしなさい」

「いいですよおじさん。光ちゃん、俺でわかることならいつでも教えるよ」

 やったー! と喜ぶ光にしょうがないわねぇという顔をする母親。父親はすまないねという視線をこちらに向けてくる。

 この南条家の人々は善良だ。四国に住む人々も。

 だがそれを脅かそうとしている存在がいた。それはクライシス帝国やゴルゴムではないが、自分にとって今の敵だ。

 そう、南光太郎はお役目として四国に来るバーテックスたちを倒している。

 バーテックスとは人類を滅ぼすために天の神が差し向けた怪人…もとい邪悪な存在だ。許しては置けない。

 光太郎が来る前は光と同じ年齢ぐらいの少女たちが命を懸けて戦っていたというのだから、何とも救い難い。光太郎はそれを最初聞いた時怒りに震えた。

 おのれ大赦め、自分の安全のためにいたいけな少女を利用するなどゆ゛る゛さ゛ん゛と食って掛かろうとしたが、他ならぬ勇者の少女たちがそれを止めたのだ。

 これは自分たちに課せられたお役目で、名誉なことなのだと。

 そんな少女たちを見ていられず、光太郎は自分が彼女たちの代わりに戦うことを大赦の大人たちに宣言した。

 そしてそれから勇者の子供たちには黙って人知れず四国に襲来してくるバーテックス達を倒している。これ以上子供が傷つかないように。

 朝食を食べ終わり、大学へと向かった光太郎のスマホに【樹海化警報】という文字が表示された。それを見て講義中だった光太郎は席を立つ。

 周囲の人間は時間が停止したように制止する中、樹海へと飛ばされた光太郎。拳を強く握り、右腕を腹の位置に構えると左腕を伸ばし拳は天に向け盾のように構えながら叫んだ。

「変身!」

 腹に構えた右腕を天高く掲げ、ゆっくりと正面へと持って行ったあと左へ素早く向ける。左手を右に素早く動かし、拳を強く握って構えた。

 光太郎の腰に巻かれたベルトの2つの赤く円い部分が発光する。光が収まると黒い体に二の腕と上半身、太ももが緑色で赤い大きな目が特徴的な戦士がそこにいた。

 悪と戦うためのもう1つの姿。仮面ラ〇ダーBlack RXへと変身した光太郎は、迫る星屑たちに向け言い放った。

「四国はこの仮面ラ〇ダーBlack RXが守る!!」

 

 

 

 うまくいっているようだ。

 人型のバーテックスは四国に侵入するためにやって来た星屑と戦うために変身した南光太郎…いや、元天の神を見て思う。

 あの時人型のバーテックスがアメーバ状になって天の神(Rx)にしたことは2つ。

 それは『自分が南光太郎であり、ゴルゴムとクライシス帝国と戦ってきた記憶を植え付けた』こと。

 そして『ゆゆゆ世界の物語を大まかにインプットし、自分は勇者たちの代わりにバーテックスと戦うという使命を持っていると思い込ませる』事だった。

 つまり今戦っている仮面ラ〇ダーRXは自分を南光太郎だと思い込んでいる天の神なのだ。

 丹羽のエボルトという言葉から他人に寄生して自我を乗っ取るという方法を思いついたのは偶然だった。丹羽本人もそのことに思い至らなかったらしい。

 うまくいくかどうかは正直賭けだったが、天の神は問題なくヒーローをやってくれている。

 これも光堕ちの1つになるのかなと思いつつ、四国にいるもう1人の自分のことを思う。

 今は満開した勇者の皆のために自分の精霊を中に入れさせ散華の治療中だと思うがうまくやれているだろうか?

 いや、きっとうまくやれているはずだ。だってあいつは俺ができなかったことをやった奴なんだから。

 そう思いながら、これで天の神による侵攻は勇者の皆が生きている間はないだろうと安堵する。

 あれは天の神本体ではないが、もし仮にまた別の天の神が四国へ来たとしても同じ天の神(RX)と戦うことになるだろう。

 勇者たちをあれだけ追い詰め、なんども「その時不思議なことが起こった」で窮地を乗り越えてきた存在とだ。

 並大抵の天の神ではアレに勝てないと思う。それこそ勝てるのは本体くらいだろう。

 これで四国は当面安泰だ。自分は四国以外の土地のテラフォーミングに専念できる。

『というわけで、勇者の皆のことはお前に任せたぞ』

 星屑をすべて倒し、樹海化が消えていく四国の土地を見ながら、そこにいるはずのもう1人の自分に人型のバーテックスはつぶやいたのだった。




 仮面ラ〇ダーBLACK RXを倒す方法。
 それは洗脳…ゲフンゲフン。仲間に引き入れるでした。
 敵に回してたらそれこそ、「その時不思議なことが起こった」で何度も戦うことになるからこの判断は妥当だと思われます。
 勇者の代わりに四国を守る存在も手に入って万々歳。勇者の章へのフラグもバッキバキに折った。
 四国安全都市宣言もされたし、これで足りなければ特警ウィ〇スペクターさんに任せるしかない。

 次回、エピローグ


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【グッドエンドルート】希望に満ちた将来が待ってる少女たちの間に挟まった百合厨はどうすりゃいいんですか?【完結】

 あらすじ
 勇者たちの満開がリボルケインで破壊されてヤバイ!
 リボルケインが無数に生えてきて投擲されてヤバイ!
 それに耐えて捨て身で天の神を説得(洗脳)する人型のバーテックスがヤバイ!
天の神(RX)「四国はこの俺が守って見せる!」
ヴァルゴ「うちの上司がなんか敵に回って同胞を容赦なく××してる件」
天の神(RX)「おのれバーテックス、ゆ゛る゛さ゛ん゛!」
ヴァルゴ「え、なにその光る棒…あっ、あっ、ヤバイ! 体の中からエネルギーがあふれて…あーっ!」
天の神(RX)一欠


 天の神との最終決戦から一か月ほど経った。

 あれから園子と夏凜を除く勇者たちは勇者システムの入ったスマホを大赦へと返還し、勇者ではなくただの中学生となる道を選んだ。

 四国にやってくるバーテックスは天の神(RX)と人型のバーテックスが倒す。これ以上戦う必要はないとあの日伝えられたからだ。

 園子と夏凜は防人たちと共に新天地となった中国地方に行くためにスマホは返還しなかった。

 園子は防人システムに近いものを量産し、一般人でも四国の外へ行けるようにするための技術を開発しようとしているらしい。

 今は人型のバーテックスに精霊を分け与えてもらって精霊バリアを持った人間がいけるだけだが、将来はその精霊バリアがなくても人間1人1人が四国の外へ行けるようにするのが当面の目標だそうだ。

 それを散華により右目が治っていない状態で大赦の大人たちと実現させるためにあれやこれやと意見をぶつけ交渉している姿にはそばにいる丹羽は感心するしかなかった。

 その甲斐もあって大赦の技術部では四国の外で生きていけるような精霊バリアに代わるものを開発中だそうだ。開発には約3年ほどかかるらしい。

 そのころには本州のテラフォーミングもかなり進んでいるだろう。今から楽しみだと園子は語っていた。

 そんなこんなで丹羽の精霊を使った散華の治療も終わり、日常が戻って来たある日。

 銀が入学し8人に部員が増えた讃州中学勇者部は今日も今日とて依頼に奔走している…わけではなかった。

「で、説明してもらえるかしら丹羽?」

 風、夏凜、東郷が床に正座している丹羽をにらみつけている。

 そこにあるのは明確な敵意だ。その様子を見て同学年の樹は仕方ないなーというあきらめ顔。友奈と銀は理由がわからず頭に疑問符を浮かべている。

 そしてこの状況を作り出したある意味張本人である園子は「あははは~」と笑いながらバツの悪そうな顔をしていた。

「なんで、アンタの書いた小説に! アタシたちをモデルにした女の子たちが出てくるのよ!」

 風が噛みつくように言うとそれに続き夏凜も言う。

「それはいいのよ。別にあんたの趣味だからあたしたちももうあきらめてる。問題なのは」

「どうしてそれを不特定多数の人が見ることができる小説サイトに投稿したのか、ということなのよ。丹羽君」

「本当に、すみませんでしたー!」

 それはそれはみごとな土下座だったと、のちに園子は語る。

 全身から黒いオーラを出す東郷に向けて、丹羽は平身低頭して謝ることしかできない。

 10と0どころか100と0で自分が悪いからだ。

 きっかけは園子との会話だった。

 いつものように勇者部で花咲かせる百合イチャを観察していた2人は、「尊い、てぇてぇ」「ビュォオオオ!」とそれぞれのカップリングを見て会話に花を咲かせていたのだ。

「そういえばにわみん、新作読んだんだぜー。姉妹百合もの。鉄板だけどいいよねー」

「ああ、あれは犬吠埼先輩と犬吠埼さんの会話を元にしたんです。ふういつは大正義ですからねー」

 その言葉を偶然聞きつけた風がまず「ん?」と首を傾げた。

「この前の先輩後輩ものと同学年ものも好きだよー。受けの女の子がチョロかわいくて」

「あれは三好先輩をモデルにしました。この前の結城先輩と犬吠埼さんに挟まれたゆうにぼいつが最高だったので」

 その言葉におやつのにぼしを食べている途中だった夏凜が思わず手に持っていたにぼしを机の上に落とす。

「完全夫婦な同級生ものも好きだぜー。あれってやっぱり」

「結城先輩と東郷先輩です。いやー、お2人のエピソードは純度高いから過剰摂取には注意ですわー」

「だねー。わたしもはかどるんよー。ビュォオオオ!!」

「やはりゆうみもは夫婦ですからねー。本当に百合イチャエピソードには困りませんよ」

「ずいぶん楽しそうね? 丹羽君、そのっち?」

 にこにこと笑う2人に3つの影が落ちた。

 振り向くとそこには風、夏凜、東郷が目が笑っていない笑顔で2人を見下ろしていたのだ。

 それから3人が丹羽を正座させ、園子に詳しい情報を聞き出した結果発覚したのは1つの小説投稿サイトだった。

 そこにある誤眠ワニという作家の書いている小説を読んで、東郷は顔を真っ赤にする。

「これ、私と友奈ちゃんが屋上で話した…なんでこんなことまで!?」

「あたしと芽吹がなんかケンカップルってことにされてるんだけど!? ちょ、なにこれぇ!? あたしこんなこと言ってないわよ!」

「これなんて樹とアタシの会話をそのまま書き出しただけっぽいわね。あれ? でもこんなことアタシも樹も言ってないわよ? へ? ほ、ほあー⁉」

 すると出るわ出るわ。自分と友奈しか知らないはずの秘密の会話や戦うことでしかお互いの素直な気持ちを伝えられないもどかしい乙女心をつづった小説。仲のいい姉妹の日常かと思いきやかなり願望が入り捏造された過激な百合イチャなど本人のあずかり知らぬところで百合小説のネタにされていたのだ。

 そのことに怒り、しかもかなり人気でもう複数の人間に見られた後だということが発覚して冒頭へ至るのであった。

「本当に信じられない! どうしてこんな捏造…もとい百合小説を」

「だって仕方ないじゃないですか! 勇者部の皆かわいくて尊いんですから!」

「か、かわっ⁉」

 丹羽のストレートな言葉に何人かの部員が顔を赤くするが、気を取り直した夏凛が追及する。

「あたしたちが問題にしてるのは、小説にして大多数の人間が閲覧できるサイトに投稿したことよ。なんでこんなことしたのよ!?」

「そりゃ、こんな尊い出来事を俺1人で独り占めなんてできないからですよ。質のいい百合イチャはみんなで楽しむもんです」

「そうだよにぼっしー。わたしも入院中にはにわみんの小説に大分お世話になったんだよー。だから、にわみんを責めないで上げて―」

 園子の言葉に一瞬夏凜は言葉に詰まった。園子が長年入院していた境遇を思い、不憫に思ったのだ。

 その心を救ったというのなら業腹だが多少は見逃してもいいか。と思い直しかけたその時だった。

「騙されないで夏凛ちゃん。そのっちは昔からこんな感じだったわ。というか、そのっちも私たちをモデルにして丹羽君みたいな小説を書いてるんじゃないでしょうね?」

 東郷の鋭い指摘に、園子はあからさまに目を逸らす。

 さすが小学生のころからの付き合いだけはある。親友が何をしようとしているかはお見通しらしい。

「か、書いてないよー」

「嘘おっしゃい! ちゃんと私の目を見なさいそのっち!」

 東郷と園子が言い争っている中、他の勇者部部員たちは自分のスマホに(くだん)の小説サイトを表示させ、内容を確かめている。

「わー。本当に私と東郷さんが話したこと書いてあるー。それに夏凛ちゃんと遊んだことも」

「ほんとですねぇ。帰ったらうちに盗聴器がないか確認しないと」

「いや、犬吠埼さん。盗聴とか盗撮の類はしてないからね! 信じてもらえないかもしれないけど」

「あ、この小説のモデルあたしか? しずくとラーメン食べに行った時のことが書いてある。あの時は楽しかったなぁ」

 樹を除きのんきに小説を読みながらわいわい騒いでいる友奈と銀に、東郷は訴えた。

「友奈ちゃん! 友奈ちゃんも怒るべきなのよ! 丹羽君は私たちだけの大切な思い出を勝手に小説にして!」

「え~。でも私たちの大切な思い出をこういう形にしてすぐ思い出せるようにしてくれたのはすっごく嬉しいよ! それに、私たちの思い出がみんなを元気づけてるって考えるとそれって素敵なことじゃない?」

 さすが勇者部の攻略王。マイナスだと思われる物事への全肯定っぷりは相変わらずらしい。

「そうね、友奈ちゃんの言う通りだわ」

「折れるの早っ⁉」

 そして友奈ちゃん専用イエスマンの東郷はあっさり寝返った。その手のひら返しに思わず夏凜はツッコむ。

「あたしたちはプライバシーの心配をしてるのよ! 風、部長のあんたからもなんか言ってやりなさい!」

「えー。でも一応名前は変えてるし、わかってる人が見ないとわからないくらいの配慮はしてくれてるみたいだし、別にいいんじゃない?」

 帰ってきた言葉に思わず頭が痛いというように夏凛は額に手を当てる。しかもこいつ、よく見ると自分のスマホから小説を開いてさっきから樹とのイチャイチャシーンを何度も読み返している。

「それより夏凜、この小説呼んでみ? うちの妹マジ天使なの。ほら、いいねもいっぱい」

 こいつ駄目だ。改めて風のシスコンっぷりに辟易しながら夏凛はもう1人のモデルにされている樹に声をかけた。

「樹、あんたは? この百合イチャ馬鹿に言うことあるでしょ?」

「わたしも別に…。丹羽くんがそういう人なのは知ってますから。まあ、盗聴は正直困りますけど、そこさえ注意してくれれば」

「心が広すぎるでしょうあんたは!」

 丹羽と同じクラスにいるためか丹羽の性癖については誰よりも理解し半ばあきらめている樹からしたら今更のことだ。特に驚きはない。

 というか盗聴盗撮の類の犯罪にかかわることを丹羽は天地神明にかけて行っていない。

 ただ、ナツメやセッカなど勇者たちと仲がいい自分の精霊たちから極上の百合イチャエピソードを聞いたり、賄賂(わいろ)(主にお菓子や園芸用品などの嗜好品(しこうひん))を渡して教えてもらっているだけだったりする。

「銀! あんたは? 自分のこと小説に書かれるって嫌でしょ?」

「え? いや全然。園子が昔から普通にしてたことだし、それほど抵抗はないな。むしろ変な服を着せられたりとかしないし、全然オッケーだぞ」

 なんてことだ。勇者部に夏凜の味方はいないらしい。

 みんな丹羽に対して寛大すぎる。いつぞやの精霊の時もそうだが、もう少し疑問に思いなさいよと夏凜は憤っていた。

「あのー、三好先輩」

「なによこの百合厨!」

 相当怒っている夏凜に、おずおずと丹羽は言う。

「その、三好先輩がどうしても嫌って言うならこれからは三好先輩をモデルにした小説を書くのは控えますけど」

「え? やめちゃうの?」

「ちょっと、園子。なんであたしより先にあんたが反応するのよ」

 残念そうな顔をする園子に、夏凜は思わずツッコむ。

「だってにぼっしーがいるだけでお話はすっごく面白くなるんだよー。ほらほら、評価見てみてよー。にぼっしーがメインの話、星の数多いでしょ?」

 その言葉に小説の評価一覧を見て見ると、確かに園子の言う通りだった。夏凜がモデルと思われる人物が登場する話には高評価が付いている。

「わたし読みたいなー。にぼっしーとみんながイチャイチャしてる話」

 園子の言葉に夏凛は顔を真っ赤にして「しょ、しょうがないわねー」とまんざらでもない様子だ。

 チョロい。さすが公式チョロインにぼっしー。

「そういえばそのちゃんをモデルにした話はあるの?」

 友奈の言葉に丹羽はスマホを動かしいくつかの話を選択した。

「これとこれとこれ。あとこの3つですね。そのっち先輩は基本東郷先輩と三ノ輪先輩との組み合わせが多いです。あと三好先輩」

「東郷と銀はわかるけど、なんであたし?」

 丹羽の説明に首をかしげる夏凜に、丹羽と園子の言葉が重なる。

「「だって、三好先輩(にぼっしー)使いやすいし」」

「人をお助けアイテムみたいに言うな―!」

 ウガーッ! と怒る夏凛に、まあまあと友奈が落ち着かせようとしていた。

「でも、丹羽君が書いてる小説って結構人気なのね。そのっちと同じくらい評価されてるんじゃないの?」

「そういえばそのっち先輩もこのサイトに投稿してるんですっけ。よければペンネームを教えていただいても?」

 東郷の言葉に丹羽が尋ねる。

「うん。スペース・サンチョっていうペンネームで書いてるんよー」

「ファンです。サインください」

 深々と頭を下げどこかから取り出したサイン色紙を園子の前にペンと一緒に出した丹羽に勇者部全員が驚く。

 こいつ、いつの間にこんなもの準備をしていたんだ? しかも行動が早すぎだろと。

「いつも常人にはあり得ない発想で描かれる物語にもう夢中です。応援してます。大好きです!」

「そ、そんなにストレートに言われるのは照れるんよー。それに、サインなんて初めてだし」

 照れ照れしながらもサラサラとサインを色紙に書いていく園子。どうやらまんざらではないらしい。

「えーっと、マリア様がみてるっていうのが1番人気なのね。その後がやがて君になる。ARIA、桜TRICK、きんいろモザイク、私に天使が舞い降りた、まちカドまぞく……これ、何作品あるの?」

 列挙された丹羽が書いたとされる作品数の多さに東郷が驚いている。もっともそれは丹羽というか人型のバーテックスが持つこの世界にはない百合作品を文章に起こしただけなので丹羽自体が考えたわけではないのだが。

 それにふっふーんと得意げに園子が説明する。

「誤眠ワニさんは作品数も多いけど、そのどれもがクオリティーの高い作品ばっかりなんよー。特にマリア様がみてる、通称マリ見ては続きが気になるいいところで執筆が止まって多くの百合小説好きを阿鼻叫喚に陥れた作品。みんなもきっと気に入るよー」

「いや、阿鼻叫喚って…そんなの読みたくないわよ」

 園子の解説に冷静に指摘する風。そんな彼女が丹羽の投稿した作品を見ていると、1つおかしなことに気づいた。

「あれ、このその花びらに口づけをって小説、R-15よね?」

 その花びらに口づけをとは丹羽の知識の中では18禁の百合作品だ。それを多くの人に楽しんでもらえるように性的な描写は控えめにしてR-15作品にしていた。

「はい、文字通り15歳以上じゃないと読めない小説です。犬吠埼先輩は読めるけど、犬吠埼さんは読めない作品ですね」

 何でもないように言う丹羽に、ジトっとした目で風が問いかける。

「ちょっと待って。丹羽、今アンタ何歳?」

「12歳、学生です」

 沈黙が勇者部部室を包む。風の言わんとしていることに気づいたのか、丹羽は親指を突き出して言う。

「大丈夫! 18禁の官能小説を18歳以下が読んじゃいけないっていう法律はありますが、書いちゃいけないっていう法律はありません。それと一緒で俺がR-15小説を書いても何の問題もないんですよ」

「「問題ありまくりだこの大馬鹿!」」

 風と夏凜のツッコミが勇者部部室である家庭科準備室に響く。

 今日も讃州中学勇者部は平和だった。

 

 

 

 四国の壁の外。かつて本州と呼ばれていた場所のテラフォーミングは順調に進んでいた。

 中国地方の解放は終了し、今は三重の伊勢神宮があったあたりに向けて開拓を進めている。

 出雲を解放したことでたくさんの神霊が味方となり、人型のバーテックスのテラフォーミングに協力してくれていた。

 園子や防人隊の協力もあり、海に四国から運んできた魚を放ったり動植物を試験的に育ててみたりと新天地でも生命が生きていけるかという実験は、四国にいる専門家の指導の下続けられている。

 これによりテラフォーミングは次の段階へと進んだ。もう少しすれば四国の外で牧場や魚の養殖も行えるようになるかもしれない。

 さらに動物の糞や死骸を分解するバクテリアが生まれ、植物が育ちそれを動物が食べるという生命のサイクルも近いうちに発生するだろう。それはテラフォーミングされた大地にとって革命的な変化だった。

 なぜなら人型のバーテックスの手を借りず、新しい生命が生まれるという初めての出来事だからだ。

 人間型バーテックスが住む村も芽吹が持って来た資料により、より住みやすい町へと発展している。

 水洗トイレや井戸水に頼らない地下水道の整備。下水の設置に伴う浄水場の設置などがバーテックスの能力も使って急ピッチで進んでおり、すでに弥生時代から江戸時代ぐらいまで生活レベルが向上していた。

 さらに本州でもスマホが使えるように基地局も設けるつもりだ。これは四国から持ってきても問題はなかったが壊れた時に直せる人間がすぐには来れないという事態を想定してバーテックスと精霊の力を組み合わせたハイブリッド機材を作成した。

 これ1つで地方のどこにいても連絡が取れる代物なのでむしろ四国の方から是非1つ譲ってもらえないかと頼まれたほどだ。

 こんなかんじで中国地方のテラフォーミングは順調に進んでいる。

 そんな中、丹羽を呼び出した人型のバーテックスは1体の丹羽と同じ強化版人間型星屑を前にして言った。

『丹羽明吾、頼みがある。もう1度だけ満開して、ブラックホールを作ってくれないか?』

 その言葉に、丹羽はすべてを察した。伊達に同じ人間から生まれたわけではない。

「のわゆ次元…あるいは鏑矢世代の勇者まで救う気か? 上手くいくかわからんぞ」

 そう、人型のバーテックスはずっと考えていた。神歴勇者だけではなく、西暦勇者たちも救えないかと。

 そこで目を付けたのは丹羽が天の神の時に作って見せたブラックホールだ。あれを使えば時空を超えて西暦時代へ行けるかもしれない。

 かもしれないというだけで確実ではない方法だ。ひょっとしたら亜空間に飛ばされてバラバラになってしまうこともあるだろう。

 それにこれから神霊を解放していくうちに、時空を操る神様が現れるという希望もある。

 だが人型のバーテックスはそれを待つ時間も惜しかった。今すぐにでも西暦勇者たちを助けに行きたい。

 しかし自分には四国以外の土地を再生するという使命がある。

 そこで考えついたのが、丹羽と同じように強化版人間型星屑を精霊と一緒に西暦時代へ送り出すという方法だった。

 丹羽の言うようにうまくいくとは限らない。ひょっとしたら宇宙の片隅を永遠にさまようことになる可能性もあるだろう。

 だが何もしないよりはマシだ。西暦にいる勇者の少女たちを救いようのない物語から助けられる可能性があるのなら助けたい!

「言っても無駄っぽいな。決意は固い、か。まあ、それはいいんだが……どうして女性型なんだ?」

 自分と同じ白い勇者服だがショートボブな髪で胸が豊かな強化版人間型星屑を見て、丹羽は尋ねる。

『いやだって、お前の件で勇者の女の子と一緒にいると自我を持つってわかったし。それなら女の子送り込んで勇者の皆とキャッキャフフフしてるの見た方がいいなと』

「完全に私欲かよ! まあ、わかる。俺もお前ならそうしただろうし」

 さすが自分、話が分かる!

 思わずハイタッチする人型のバーテックスと丹羽。その様子を光のない目で見るショートボブの女性型強化版人間型星屑の肩には見覚えのある精霊がいた。

「で、なんで国防仮面? 東郷先輩じゃ駄目だったのか?」

『いや、迷ったんだけどな。どの時代のどの場所に飛ぶかわからないから、全く関係のない人物を参考にした方がいいかと』

 その言葉に「ああ~」と納得とも呆れとも取れる声を漏らす丹羽。それから丹羽の中にいる精霊8体が外に出てきて、見慣れない自分たちと同じ人型の精霊に興味津々といった様子で取り囲んだ。

『スミー? スミかー?』

『違うわ、私は憂国の戦士国防仮面! 断じて鷲尾須美ではないわ、銀』

『いや…どう見ても東郷だろう』

『うん。東郷だよねー』

 スミの言葉に否定する国防仮面だったが、ナツメとセッカにツッコまれていた。 

『レンち、レンち! あれカッコよくない?』

『フッ、勇者服とは違う軍服のような男装…アカミネはああいうのが好きなのかしら?』

『ロックもアカナにそういう格好して見せたったらええやん。まあ、ウチは着んけど』

『みーちゃん、私が着ても似合うかしら。ああいう服?』

『うたのんは何を着てもかっこいいから大丈夫だよー』

 イチャイチャしている鏑矢組と諏訪組に思わず「あら^~」と人型のバーテックスと丹羽の頬が緩む。

『アカレン、うたみーはいいな。精霊になってもイチャイチャしている姿を見せてくれて、満足』

「だな。まあ、それはそれとして…1つお前に確かめたい事があるんだよ」

 丹羽の言葉に思わず『ん?』と人型のバーテックスは首をかしげる。それに丹羽は小瓶の中に入った飴玉状の丸まったバーテックスの肉塊を見せた。

「お前、俺にこれを使うのは3つまでって言ったけど、本当はこれ全部食べても人型化しないんだろ? 俺だったらそうするし。それなのにああ言ったのは、俺に満開して戦ってほしくなかったからか?」

 その言葉に『さあな』とどこかとぼけたように言う人型のバーテックスの言葉に、丹羽は自分の考えが正しかったことを察した。

 まったく、自分が生み出したただの道具にどうしてそんな気を使っているのかこいつは。

 まるで勇者の少女たちと同じ…とまではいかないがそれと同等くらい大切に扱ってくれる創造主に、丹羽は呆れるしかない。自分の変わりはいくらでもいるのだから使いつぶせばいいのにと。

 勇者の少女たちを救うためなら人間だった頃の倫理なんて捨てようと最初は考えていたくせに、甘いというかなんというか。

「時には非情になる覚悟をしとけよって、本当は言うつもりだったんだ。お前がテラフォーミングをしに四国以外の土地に行くって話をした時に。でも、お前が予想外のことを言うから言えなかった」

 丹羽はその時のことを回想し、遠い目をする。

 あの時はいきなりそのことを告げられ残り7体の巨大バーテックスとの総力戦前に戦線を離脱するという行動に動転して自分の覚悟を告げることができなかった。

 いざというときは俺を使いつぶせ。勇者の皆を守るために死ねと命令しろと。

「まあ、そんなお前でよかったと思うよ。そういうお前だからこそそのっち先輩はお前を信じて、勇者の皆も信じてくれたんだろうな」

 人型のバーテックスの分身ではなく丹羽明吾として自我を得たバーテックスは、自分の創造主を誇りに思う。

 と同時にそんなことは絶対に言わないけどなと固く誓った。もし言ったらとんでもないナルシズムだ。

「じゃあ、やりましょうか皆さん! 偽神満開! 天津甕星!」

 小瓶の中の肉塊を口に入れて噛み砕き、8体の精霊と一体化し光に包まれる。

 様々な種類の百合が咲き誇ったあと、光が収まるとそこには神道の白い神官服に7色のラインが入って中央に燃えるような赤い宝玉がある勇者服を着た丹羽がいた。

 武器である白い巨大な茅の輪のような物を中空に放ち、意識を集中させる。すると空間に裂け目ができそこからねじれるように黒い穴が広がっていった。

「できたぞ」

『ああ。じゃあ、行って来てくれ』

 人型のバーテックスの言葉に国防仮面の精霊と一体化した女性型の人間型星屑はうなずき、空間の裂け目に飛び込む。

 体全部がブラックホールの中に消えたのを確認した後、丹羽は満開を解き精霊たちに礼を言うと自分の中に戻した。

「繋がるといいな、西暦に」

『ああ、あんタマやぐんたか、大正義わかひなを直で見たいけどなー。俺もなー』

 自分が送り出した人間型星屑の姿を見て言うことがそれかよ! と丹羽はげんなりする。まあ、気持ちはわかるが。

『さて、じゃあこれで心残りはなくなったし、俺は土地の再生に戻るわ。お前は勇者の章じゃない勇者部の皆が幸せになる物語を見届けて来いよ』

 ひらひらと手を振って星屑丸出しの顔で言う創造主に、丹羽は笑って言った。

「おう! ちゃんと見届けるよ。彼女たちが不幸になりそうになったら全力でそれを阻止する。必ず7人全員が幸せになるようにがんばるさ」

 明るく言う丹羽に、これなら任せて安心だなと人型のバーテックスは思う。

 勇者の章へ続くフラグもバッキバキに折った。神樹の祝福もあるし彼女たちを待ち受けているのは約束された幸せな未来だろう。

 それを丹羽の目を通して見ることができるということに喜びを感じる。

 あと精霊を通して百合イチャを間近で見られることも。

 こうしてこの世界最弱の敵、星屑に突然転生させられた「俺」こと人型のバーテックスの物語はここで終了する。

 この後続くのは、何でもない退屈とも思える幸福な「普通」の日常を送る女の子たちの物語。

 そう、この世界の「結城友奈は勇者である」のお話は、これでおしまい。

 

【詰みゲーみたいな島(四国)で人類の敵として転生させられた百合厨はどうすりゃいいんですか?】(了)

 

 

 

 おまけ

 

 天の神は歓喜した。

 自分の予想をはるかに超えた新たなる同胞。そして好敵手の誕生に。

 自分が操る天の神の端末を倒し、逆に支配して己の手駒とするなど考えもつかなかった。

 こいつは危険だ。神樹と組んで自分たちと戦う日がいずれ来るだろう。

 だが、今はその時が待ち遠しい。彼と出会い存分に語らう日が来る日を指折り数えていきたいと思う。

 百合のすばらしさに。女性のみが住むという彼の作った理想郷を訪れる日が来ることを。

 そう、天の神は端末とシンクロして人型のバーテックスの思考を探ろうとしていた。

 その結果人型のバーテックスが天の神(RX)を洗脳した時、同じようにシンクロしていた天の神本体にも少なからず影響が出たのだ。

 それは正義の心と人を愛する心。そして…偏った性癖。

 つまり、天の神本体は自分でも知らないうちに人型のバーテックスの嗜好と同調し、百合好きになっていた。

 この結果数百年後、天の神本体、神樹、そして造反神モードの人型のバーテックスは3体そろい四国や復興した日本列島について会議することになる。

 内容は人間をこれからどう扱うかという崇高なもの――の皮を借りたどういう百合シチュが好きという百合厨特有の濃いトークだったことを、人類は知らない。

 ただ、この時結ばれた約定により2柱の神と1体のバーテックスの手によって人類に永遠の祝福が与えられることになり(主に百合方面)、人類は長きにわたる天の神との戦いの終結に喜び合うのだった。




 トロフィー【2つの神を百合厨にさせた百合の伝道者】を獲得しました。
 トロフィー【その時、不思議なことが起こった】を獲得しました。
 トロフィー【夢の40人ドリームチーム】を獲得しました。

 実績:〈造反神〉を獲得しました。
 実績:〈偽神満開・天津甕星〉を獲得しました。
 実績:〈中国地方再生完了〉を獲得しました。
 実績:〈国防仮面の精霊誕生〉を獲得しました。


 四国と神樹の寿命も神婚以外の方法で伸ばすことに成功。
 バーテックスの脅威から四国の人々を守り、勇者たちを戦いから遠ざけた。
 四国以外の土地は再生され、人間や動物も住める環境になってきている。
 これでゆゆゆにおける詰み要素は全部改善されました。(公式「これから増えないとは言っていない」)
 以上を持って「詰みゲーみたいな島(四国)に人類を滅ぼす敵として転生した百合厨はどうすりゃいいんですか?」は終了となります。
 ここまで読んでくださった読者の方に感謝を。そして誤字報告してくださる方にはさらに感謝を。ありがてぇありがてぇ。
 さらにゆゆゆという作品を作ってくださった原作者のタカヒロ神とアニメ制作会社様とクリエイターの皆様には最大限の感謝を。起立、礼、タカヒロ神に、拝。
 春アニメの新作「ちゅるっと!」期待しております。早く動いてしゃべる西暦組が見たいよぉ!
 拙い作品ではありましたがゆゆゆ新作が始まるまでの暇つぶしに読んで楽しんでいただけたのなら幸いです。
 ご愛読ありがとうございました。


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【ヘテロ】バッドエンドルームへようこそパコ(友奈編)表【注意】

 全国のドスケベ変態叡智を愛する皆さん、シコんにちは~!
 イグッドアヘタヌぅ~ン! ()ンジュルルルッ!
 食〇ーストヴィイイイインチェ! 自慰好(オ〇ニーハオ)! ジャン勃!
 みんな大好きセキレイハメ。お久しぶりの挨拶だから最初から飛ばしすぎたパコ。
 後で中折れしないか心配ハメねぇ。
 本当は90話突破と共にお会いするはずだったはずだったけど例によってシリとアスから抜け出せなくてこういう登場となったパコ。
 あんまりしゃべると「ハメドリくんっぽい奴ばかりしゃべってこれじゃぬきたし小説じゃん」「ハメドリくんはやめたほうが」「なにこの白ペンギン」「ちん〇んギンギン」とか読者の皆に思われるのがボクはわかってる賢いタイプの精霊だからこの辺にしておくハメ。
 それでは今回紹介するのはハメら! スコココココ! どぴゅぅうううん!
 みんな大好き友奈ちゃんルート! イェエエエイ!


 映像が終わり部屋が明るくなると、室内に拍手が起こった。

「いやー、いい話だったわー。さすがアタシ。できた姉ね!」

「ちゃんとそのっちの告白も断って。それでこそ丹羽君ね。ちょっとかわいそうだったけど」

 風と東郷の言葉に友奈と夏凜もうなずく。風の言葉は自画自賛だったが。

「東郷の後に見たから、すっごいマトモな恋愛模様だったわ。青春って感じよね」

「そうだねー。お幸せに、樹ちゃん」

 パチパチと拍手が送られる中、当の樹の顔は真っ赤だ。今更ながら恥ずかしくなってきたらしい。

「えっと、わたしの世界のお姉ちゃんが明吾くんのこと好きだったって今知ったんですけど…大丈夫ですかね?」

「大丈夫よ樹! アンタの世界の自慢の姉を信じなさい!」

「でも女子力(獣欲)」

「友奈、今いい話だからそういうのはやめなさい」

 自分の知らなかった情報に不安がる樹に親指を立てて風が言う。それにまたも会話の爆弾を放り込もうとする友奈を夏凜が制止した。

「さて、樹ちゃんの恋模様もわかったところで夏凜ちゃん。さっきの話の続きいいかしら? みんなも明吾君の性癖に関することは知りたいだろうし」

 東郷の言葉にそうだった! と他の4人も食いついた。

「えっとそうね。色々セッカに作ってもらったんだけどチャイナ服とか結構興奮してくれたわ。シニョンに入れたツインテールの髪型があたしに似合ってるって。あと足がきれいに見えて素敵だって言ってくれて」

「あ、わかります。明吾くんって足が好きですよね。わたしにもよく制服に白タイツ履いてくれってお願いしてくるんですよ」

 夏凜の情報にそうそうと樹も自分が持っている情報を出す。

 いつの間にか話はどんな衣装で恋人が1番反応したかという暴露大会へと変わっていた。

「そう? アタシは制服にエプロン着た時が1番…というか、樹が起きるまで毎朝やってるからもう習慣化しちゃって」

 風のノロケに東郷、夏凜、樹はこいつ毎日やってんのかよ、獣か! と心の中でツッコむ。

「私は色々試したけどやっぱり私服かしら。彼、肌の露出が少ない方が興奮する傾向がない?」

 東郷の言葉に「確かに」と3人の声が重なる。ただ1人、友奈だけが会話に入らなかった。

「友奈はどう? 明吾が興奮した服って」

「友奈さん、空手やってたから…ひょっとして道着とか?」

「あー。好きそうよねアイツ。袴とか」

「袴…そういえば弓道着がまだあったはず。明吾君も興奮してくれるかしら」

 4人の質問に友奈は困った顔をする。東郷だけは自分の世界に入っていたが。

「えっと、ごめんなさい。私そういうのは」

「そういうのって…え?」

「明吾君とはキスまでというか、その…風先輩みたいなエッチなことしたことないんです」

 言っていて恥ずかしくなったのか、友奈の顔が真っ赤になる。

 なるほど、だから風の映像を見た時誰よりもダメージを受けてネガティブ友奈になっていたのかと得心すると共に「ん?」と4人は首をひねった。

 4人は「タイム」と告げ部屋の隅に集合する。

「ど、どうするのよ! アタシたち結構いろんなこと話しちゃったわよ⁉」

「まさか友奈がマジモンの生娘だったとか」

「どうするんですか! わたしたち明吾くんが喜ぶエッチな内容色々話しちゃいましたよ!」

「それに関しては本当に感謝してるわ。帰ったらさっそく試してみるから」

 1人ブレない東郷は置いておいて、風、夏凜、樹はどう友奈に弁解すべきか考えた。

「このままじゃアタシの勇者部一頼れる先輩であり部長と言う名誉が地に堕ちそうなんだけど」

「もうとっくに堕ちてるわよ。あんな映像見せられたら」

「ですね」

 風の言葉に夏凜、樹がツッコむ。

「仕方ないじゃない! あそこまで見せるなんて知らなかったんだから!」

「まあ、それは置いておいて…気まずくさせちゃったわよね」

「ですね。立場が逆ならいたたまれないと思います。自分だけ明吾くんとその…エッチなことができてないのは」

「でも、付き合った時期も関係するんじゃないかしら? 風先輩は8月にはもう丹羽君と付き合っていたんでしょう? この中の誰よりも長く付き合ってるじゃないですか」

 東郷の冷静な指摘に、「それだ!」と3人は声を上げ友奈の元へ戻る。

「大丈夫よ友奈。まだ付き合いたてなんでしょ。焦ることないって」

「そうよ友奈。風が特殊なだけで、普通エッチなことにまで行くには段階ってものがあるんだから」

「そうですよ友奈さん。ちなみにどのくらいから付き合い始めたんですか?」

 風、夏凜、樹の怒涛の言葉に友奈は目を白黒させていたが、やがて目を逸らし呟く。

「その、8月の終わりに付き合って…今は付き合って半年と2日になります」

 ん? 半年?

 またしても「タイム」と風が告げ、部屋の隅に再集合する。

「夏凜、あんた明…丹羽と付き合ってどれくらい?」

「ちょ、何よいきなり⁉」

「いいから! ちなみにアタシは3か月」

「3か月でアレなの⁉ あんたいろいろやばいわよ。あたしは5か月」

「わたしは4か月です」

 東郷に視線をやると彼女は深刻そうな顔で告げた。

「私は夏凛ちゃんと同じ5か月よ。つまり…」

 この中で1番付き合いが長いはずの友奈が、1番進んでいない。

 まさかの事態に4人は困惑する。

「ちょ、嘘でしょ⁉ 明吾が2か月我慢出来たらすごい方よ! 風の世界は別として」

「確かにその通りです。お姉ちゃんの世界は別として」

「まったく、その世界の丹羽君は何をしているのかしら。風先輩の世界は別として」

「アンタらねぇ」

 散々な言いように風も事実が事実なだけに何も言い返せない。

 ちなみに東郷は自分の世界の丹羽のことを「明吾君」それ以外の世界の丹羽を「丹羽君」と呼んでいるようだ。

「でも、それだけ大切にされてるってことじゃないの?」

 風の言葉に3人はジトっとした視線を向ける。

「これだからお姉ちゃんは」

「ちょっと東郷! なんか妹にいきなり罵倒されたんだけど⁉」

「いえ、風先輩。これはそう言われても仕方ないです」

「仮によ。友奈と立場が逆だったらあんたどう思うの?」

 その言葉に風は想像してみた。みんなだけ自分の恋人とエッチなことをして、自分には何もしてくれないと発覚した時。

「……うわぁ、すっごい落ち込む」

「でしょう? 最悪自分に問題があるのかなって思うわよ。特に相手は友奈よ」

「丹羽くんに1人で抱え込みすぎだって言われてましたもんね」

「そうね。ひょっとしたら互いに気を使いすぎて、とか? ……うん、明吾君に限ってそれはないわ」

 自分で言っていてあり得ないと思ったのか、東郷がすぐ否定する。

 丹羽明吾というのは気遣いはできるが相手の気持ちが推し量れないわけではない。

 つまり、友奈がそういうことをしたくないと思っているから手を出していないのだ。

「どうしたもんかしらこれ。元の世界に戻ったら、逆に丹羽のことを襲ったりしない?」

「というか、最悪あたしたちのせいで破局とか」

「やめてください縁起でもない!」

「これ、まさか友奈ちゃんの世界の私が妨害してできないってことはないわよね?」

「「「あり得る!」」」

 東郷が提示した可能性に、それだ! と3人が納得する。

 再び席に帰り、友奈を囲むと慰めの言葉をかける。

「大丈夫よ友奈。東郷は強敵だけど、倒せないわけじゃないから」

「そうよ友奈。そっちの世界のあたしによく効く睡眠薬を分けてもらいなさい。東郷が寝てる間に事に及べばいいのよ」

「友奈さんファイト! わたしは何もできませんけど」

「友奈ちゃん。そっちの世界の私がごめんなさい。でもそっちの世界の私は多分あなたのことで頭がいっぱいなの。だから…最悪の場合は泣いて馬謖を斬って頂戴」

「え? え? え? どうしたのみんな? 何か変だよ?」

 突然自分を優しい目で見ながら怒涛の励ましをしてくれる仲間たちに、友奈は目を回す。

「だって友奈、アンタ1人だけ丹羽とそういうことしてないの気にしてるんでしょ? だから」

「おいこら犬吠埼姉ぇ!」

 うっかり口を滑らせた風に夏凛が思わず名前ではなく苗字でツッコむ。それに「あ」と風は気付いたようだがもう遅い。

「そっか。みんな心配してくれたんだね。ありがとう」

 友奈らしからぬどこかはかなげな笑顔を見て、東郷、夏凜、樹の厳しい視線が風に突き刺さる。

 お前、この空気どうしてくれんの? と。

「あ、えーっと…そう! 次は友奈がどんな風に丹羽とくっついて今までそういうことが起きなかったのか原因をあたしたちが探りましょう! そうしましょう!」

 苦し紛れの風の提案だったが、それに東郷がうなずく。

「悪くない考えですね。丹羽君にも原因があるかもしれませんし」

「そうね。あたしは東郷が原因の方ににぼし1年分を賭けるわ」

「そうだね。じゃあ、鳥さん、やってもらえる?」

 樹の言葉に完全に蚊帳の外になっていた精霊のセキレイは、ポチポチとコントローラーをゲーム機につないで遊んでいた。

「あんた、何してんのよ?」

『ハメ? ようやくお話終わったパコ? あんまりにもみんながボクのことないがしろにするから【性乱闘スマッタッシュブラザー〇ンズスペルマ射ル!!】通称マタブラプレイしてたハメ』

 見ると画面の中ではセキレイそっくりな青い鳥が3Dで再現されていて同じく3Dの女の子に卑猥な攻撃をしている。それを見て東郷と風の保護者コンビは急いで友奈と樹の目を手で目隠しした。

『女子のトークは素人物のインタビュー並みに長いパコねぇ。ボク、することがないからこうやって暇をつぶしてたハメ』

「いいからさっさと友奈と丹羽が結ばれた世界線を見せなさいよ。それと今回は付き合ってからしばらくの間見せて頂戴」

 風の言葉にセキレイはあからさまに嫌そうな雰囲気を出す。

『え~? それが人にものを頼む態度パコぉ? これは全裸土下座くらいしてくれないとボクのいきり立った暴れん棒もおさまらないハメよ』

「いいから、やれ。早急に」

「友奈ちゃんの将来がかかっているのよ。ふざけないで」

 うっすらと青筋を浮かべている夏凜と東郷に、あ、これふざけられる雰囲気じゃないなとすぐさまセキレイは悟る。

 セキレイは防衛本能が高い賢い精霊であった。

『オッケー! ゆゆゆいガチャで期待値の目安になる友奈ちゃんパコねー。すぐ準備するハメ!』

 言葉と共に室内が暗くなり、5人が見守る中目の前の画面に映像が流れだす。

『それではよいドスケベライフを~!』

 

 

 

 神樹と人型のバーテックスが話し合いの末勇者の皆の安全が保障され、丹羽自身も四国に住むことを許され以前のように讃州中学勇者部に通うようになって数週間が過ぎた。

 神樹が丹羽の記憶を消したために起こった誤解からの戦闘や信念をかけた戦い。

 それは勇者部の面々の心に暗い影を落とした。

 丹羽本人は気にしていないといったが風、樹、友奈は何度も丹羽に謝り、償いをさせてくれと頼み込んだ。

 特に友奈は皆が止めるのも聞かず勇者としての使命感から丹羽を本気で殺そうとまで思っていたのだから、なおさらである。

 ただでさえ思いつめる性分である彼女にとって仲間であるはずの丹羽を殺さなければならないという苦悩は耐えがたいほどであり、ノーマルルート以上に病んだ。

 結果その反動から現在結城友奈は丹羽明吾に対して……

「はい、明吾君。今日のお昼ご飯だよ」

 過剰に世話を焼いていた。

 朝早く丹羽の部屋へ行き弁当箱に入った朝食を一緒に食べた後ともに登校。

 昼休みは自分の作った弁当を一緒に食べる。それも東郷が見ている前で「あーん」して食べさせるという丹羽にとって胃の痛い状態で。

 放課後の勇者部の活動では積極的に丹羽と一緒に組んで活動しているのだ。

 この状況に関して丹羽は異議を申し立てたが、他ならぬ部長の風と東郷に却下されたのだ。

 いわく、友奈が落ち着くまでされるがままにしろと。

 その時初めて知ったのだが、丹羽が園子や夏凜、防人隊たちと新天地で調査をしている間友奈が大変だったらしい。

 理由は不明だが情緒不安定となり、塞ぎこんで家に引きこもっていたとか。何度東郷や風、樹が説得しても聞き入れず、お手上げ状態になったところに丹羽が帰って来たと聞いて家から飛び出したそうだ。

 確かに調査から帰って来た時壁の外付近で自分を出迎えてくれた上に抱き着いてきた彼女に困惑したが、まさかそんなことがあったとは。

 それから今日に至るまで友奈の精神安定のために丹羽の日常は犠牲になった。

 朝から放課後まで授業中以外は常に友奈と一緒。

 その間数々の難攻不落の女性たちを落としてきたコミュ力おばけがグイグイと距離を詰めてくるのである。

 呼び名もいつの間にか丹羽君から明吾君へと代わり、気が付けば友奈に世話を焼かれるのも心地いいと感じ始めていた。

 このままではだめだ。

 百合男子としてヘテロ堕ちするわけには…。

 しかし友奈の攻略王っぷりはすさまじく、いつの間にか彼女のいない生活が考えられないほど丹羽の心の中を友奈がいる生活が満たしていた。

 これは、そんな2人が一緒にいるのが当たり前になってから2か月ほど経った後の物語。

 

 

 

 三ノ輪銀が退院し、乃木園子と共に本格的に勇者部に所属するようになってから2か月。

 勇者部ではいつもの光景が繰り広げられていた。

「明吾君、あーん」

「いやいや、結城先輩。1人で食べられますって」

 肉団子をつまんだ箸を口元に持ってくる友奈に、丹羽は無駄だと知りつつ抵抗する。

「もう、友奈さんって呼んでって言ってるのに。今日のは自信作なんだよー。そのちゃん家の料理人の人に作り方教えてもらったんだ」

 相変わらずグイグイくる攻略王に、しかし丹羽はそれほど嫌な気分ではない。こうするのもあくまでポーズだ。

 斜め右にいるこちらを般若のような顔でにらんでくる東郷に「俺、抵抗してるんですよー」と意思表示するための。

「ぐぬぬぬ」

「わっしーさぁ…もう慣れたら? わたしやミノさんがいない間もこういうの、ずっとやってたんでしょ?」

「あっついねー2人とも! もう12月だってのにそこだけ常夏かよ」

 悔しがる東郷に呆れたように言う園子。はやし立てる銀とわすゆ組3人は今日も元気だ。

「隙あり!」

「むぐっ⁉」

 さらに東郷に言い訳を言おうとした丹羽の口に肉団子が放り込まれる。

 固いのは周りだけで中は柔らかくジューシー。コリコリとした軟骨の触感と玉ねぎの甘みがとてもおいしい。

「どう、かな?」

「おいしいです。でもこれ、作るのに相当な手間がかかったんじゃ」

 自分のためにそこまでしてくれなくても…という言外の言葉に対し、友奈は笑顔で言う。

「だって明吾君がおいしいって言ってくれるのが私の幸せだもん! 風先輩と東郷さんにはまだかなわないけど、もっともっとがんばるからね!」

「うう、健気だわ友奈ちゃん。あなたこそ大和なでしこよ」

「東郷、泣くのか食べるのかどっちかにしなさいよ」

 友奈ちゃんスマイルが自分に向けられていないことに涙を流す東郷。それに冷静に夏凜がツッコむ。

「はいはい、食べながらでいいから聞いて頂戴みんな。今回の依頼は保育園や幼稚園にサンタ役で来てほしいんだって。一応去年のサンタ服が3つあるけど今年は8人部員がいるから割り振りをどうしようかと思ってるんだけど、意見がある人」

 風の言葉にはいはい! と友奈が勢いよく手を上げる。

「私、明吾君と一緒にサンタやりたいです!」

「友奈、それは後で決めるから。今のところクリスマスの飾りつけ作りとか去年と同じことは決まってるんだけど、他にやりたいことある人」

 風の言葉に昼食中の勇者部は一気に騒がしくなる。

「サンタ役の衣装はセッカに頼んでもっと増やしてもらえるんじゃない? どう、セッカ?」

『オッケー夏凜。ミニスカサンタでもトナカイの仮装でもどーんとこい!』

 仲良しコンビの夏凜とセッカからサンタ役の増加が提案された。

『飾りつけ作りは任せろ』

『お手伝いしますお姉さま!』

『フッ、このミロクにかかれば幼児たちの心に残る聖夜にするのは造作もないわ』

『おっ、ロック頼もしいなぁ。ほなウチの分までがんばってなー』

「シズカ、人任せじゃなくて貴女もちゃんと手伝ってね?」

 和気あいあいと飾りつけの話をするナツメと鏑矢組の精霊に東郷が言う。シーサーなど沖縄色の強いクリスマス飾りが混ざらないか今から心配だ。

『はいはーい。私の作った野菜を子供たちにプレゼントするのはどうかしら?』

『うたのん、素敵だよそれ』

『プレゼントするのはみーちゃんね。ミータクロース誕生よ!』

『ええー!?』

「でも子供たちの中には野菜嫌いの子も多いし、そこは事前に保育士の先生と相談ですね」

「さすが樹! できた妹だわー!」

「たしかに、プレゼントって渡されたのがピーマンとか玉ねぎだったら子供たちがっかりするだろうな」

 樹の言葉にその光景を想像した銀が率直な感想を漏らす。

「はいはーい。わたし、勇者部の皆と一緒に部室でパーティーやりたーい!」

 園子の提案に友奈を始めとした声が「賛成!」と続く。

 こうして2組のサンタクロースが保育施設を手分けして訪れることとなり、終わった後は部室でお疲れ様会を兼ねたクリスマス会が開かれることが決定した。

 

 

 

 結城友奈は暗闇の中にいる。

 服は制服ではなく桃色の勇者服だ。ぬらり、とした嫌な感触に拳を見ると、紫色の血に染まっていた。

『どうして…どうしてあいつを殺したの友奈!』

 声にハッとして振り向くと呆然とした顔の夏凜と目が合った。

 その瞳にあるのは絶望。そして自分に対する隠しようのない敵意。

『丹羽君はいい人だったのよ。なのに、友奈ちゃん…どうして』

 声のする方を見ると東郷が涙を流しやりきれないといった様子でいた。

『わたしたちは、みんな丹羽くんのことを思い出していました。友奈さんだけが、戦おうとしてた。友奈さんが丹羽くんを殺したんだ!』

 声は敵意に満ちていた。

 樹が自分を責めている。本来ならあり得ない光景に、友奈は息苦しくなる。

『友奈、なんで……。アタシが、ちゃんと止めなかったから? アタシが部長としてもっとしっかりしていれば』

 一方で自分を責めているのは風だ。これが友奈には1番堪える。これならばお前のせいだと責めてくれる方がいい。

『ゆーゆ、どうして…どうしてにわみんを殺しちゃったの?』

 問いかける園子は目の光を失っている。その足元には胸元を友奈の拳で貫かれた丹羽の姿があった。

『違うんだよ! みんな騙されてる!』

 自分の口から出た声に、しかし友奈は首を振る。違う、私はそんなこと言わない!

『丹羽君はバーテックスだったんだよ! 神樹様の敵なんだ! だったら倒さないと!』

 違う違う! 明吾君は私の、私たちの大切な仲間だ!

『悪い奴なんだ、丹羽君は! みんなを騙してたんだ! だから』

 そんなことない。たとえ騙していたとしても、彼の親切やこの胸の想いは偽りじゃない!

 そう必死に否定するが、自分の口から出るのは想いとは正反対の意図しないものばかりだ。

『神樹様が嘘をつくはずがない! 神樹様の神託は絶対なんだ! だから』

『もういいよ、ゆーゆ』

 心底呆れたように言う園子の瞳は、何の感情も映していなかった。

『ゆーゆ。いや、結城さん。結局あなたは神樹様や大赦の奴隷だったんだね。にわみんの仲間じゃなくて、勇者ですらない』

 違う! 自分は勇者だ! だからつらかったけど丹羽君と戦って……あれ? 違う、そうじゃなくて。

『ごめんなさい、友奈。アンタを止められなくて。この責任はアタシ1人で取るわ』

 そう言って風の姿が暗闇に消えていく。気が付けば園子の姿もなかった。

『許さない! 絶対にわたし、あなたのこと許さないから!』

 怨嗟に満ちた声を残し、樹の姿が暗闇に消える。

『友奈ちゃん、どうして私の言葉を聞いてくれなかったの? どうして』

 恨み言のような言葉をつぶやきながら、暗闇に東郷が消えていった。

『友奈、あんたは勇者よ。あたし以上に……でも、人間としては最低だわ』

 待って! と声をかけ追いすがろうとした友奈を残し、夏凜も暗闇に消える。

 いつの間にか暗闇の中に残ったのは友奈と丹羽の死体だけになっていた。

 友奈はひざまずき、白い勇者服の丹羽の死体を抱きしめようとする。

 だが友奈が触れた先から丹羽の死体は灰となり、風にさらわれてどこかへ行ってしまう。

 残ったのは、拳に握られた石灰のような塊だけ。

『あああああ』

 口元から知らず声が漏れる。

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!』

 それは後悔。

 それは懺悔。

 それは慟哭。

 胸の中に詰まったすべての想いを口から吐き出すように、真っ暗な世界で友奈は叫んだ。

 喉が裂けて血が出ても叫び続け、絶命するまでその声は暗闇の中で続いていた。

 

 

 

「起きましたか、結城先輩?」

 目を覚ました友奈はそこが自分の部屋で、ベッドに寝かされた自分の手を丹羽が握っていることに驚いた。

「大丈夫ですか? うなされていたみたいですけど」

「丹羽…君?」

 訳が分からない。今までの光景は? 丹羽は死んだはずでは?

 とそこまで考えて気が付いた。

 先ほどのは夢だ。自分が丹羽を殺してしまう夢。

 最近は見ることが少なくなっていたのに、どうしてまた見たんだろう?

「勇者部のクリスマスパーティーが終わって疲れたのか寝ちゃったのを俺が運んできたんですよ。あ、もちろんその時は東郷先輩も一緒にいましたからね? ただ、結城先輩が俺の服を離さなかったのでこんな時間までお邪魔してます」

 見ると確かに丹羽が握っているのとは反対側の手が丹羽の服の袖をしっかりつかんでいた。

 どうやら無意識に離れたくないと思い強く握ってしまったらしい。

「そのあと見守ってたんですけど、なんだか急にうなされだして…。ミトさんとシズカさんの力を借りて癒そうとしたけどあまり効果はないみたいで…すみません」

 頭を下げる丹羽に、友奈は笑みを作る。心配させないように。

「大丈夫だよ、丹羽君。ちょっと嫌な夢を見ただけだから」

 そう言って何でもないようにふるまおうとしたが、丹羽はお見通しだったらしい。

「俺を殺す夢でも見てたんですか?」

「っ⁉ なんで、そのこと」

「東郷先輩に聞きました。俺がいない間、そういう夢を見て苦しんで憔悴してたって」

 その言葉にそう言えばと友奈は思い出す。

 眠るたびにさっきのような夢を見て、眠るのが怖くなった友奈は親友である東郷にだけ夢の内容を打ち明けた。

 夏凜によく効く睡眠薬をもらったが一向に夢見が悪い状態は直らず、ついには眠るのが怖くなり一睡もできなくなってしまう。

 その状態で授業を受け体調を崩して早退。以来悪夢に悩まされるのは壁の外で園子と防人たちと一緒に調査をしていた丹羽が四国に帰ってくるまで続いた。

 丹羽が近くにいて、優しくしてくれるのが心地よくて忘れてしまっていたのだ。自分にはそんな資格がないんだと。

「ごめんね、ごめんね丹羽君」

 突如涙を流し始めた友奈にぎょっとして、丹羽はあたふたとしだす。

「え、ど、どうしたんですか結城先輩!? 俺何か悪い事しちゃいましたか?」

「そうじゃない! 悪い事をしたのは私。全部私が悪いんだ! 君に恨まれても仕方ないのに、こんなに幸せで…そんなこと許されないのに」

 友奈の言葉にどういうことだ? と詳しい夢の内容を聞き、それを何度も見ていたということを聞いた丹羽の反応は、淡白なものだった。

「いつまでそんなこと気にしてるんですか結城先輩」

 あんまりにもあんまりな反応に、思わず言葉を失う。

「俺がもういいって言ってるのに気にして。犬吠埼先輩たちはとっくに立ち直ってますよ。なのにまだ気にしてたなんて」

「それは、そうだけど…でも」

 瞳を逸らし泣きそうになる友奈を丹羽の手が挟んでむりやり自分の方を向かせる。

「俺は今、充分幸せですよ。勇者部の皆が笑顔でクリスマスパーティーをしてたこと。犬吠埼先輩が入院してないこと。三ノ輪先輩が生きてくれてることを目に焼き付けられることが幸せすぎて夢みたいで」

「風先輩と銀ちゃん? どうして?」

 思わず漏らした勇者の章のトラウマになんでもないと丹羽はごまかし言葉を続けた。

「こんな幸せな世界に、不幸な思いをしている人がいるなら見逃せません。それが結城先輩なら特に」

「それは、私じゃなくて東郷さんや樹ちゃん、夏凜ちゃんとでもそう思うんじゃない?」

 めずらしくネガティブな友奈に首をかしげながらも、丹羽は首を振る。

「あなただからです、結城先輩。結城友奈が幸せじゃない世界なんて、俺は認めない。勇者じゃなくて普通の女の子になっても、あなたが幸せじゃないと意味がない。あなたが幸せになるためになら、俺は持てる力をすべて尽くしますよ」

 笑顔で言う丹羽がまぶしくて、友奈は目を細める。と同時に先ほどの夢を思い出し、目線を外しうつむこうとした。

「ごめん。ごめんね丹羽君。私、あなたにそんなことを言ってもらえる資格なんてない。最後の最後まで勇者部の仲間を信じずに神樹様を信じて君を倒そうとした私にはそんな」

 それは友奈の性質を考えれば当然のことなので丹羽は気にしていないのだが、そう言っても納得しないだろう。

 だから、からめ手で納得させる。

「結城先輩…いや、友奈さん。俺、実はもう友奈さんがいないとダメな身体にされちゃってるんですよ。朝ごはんも中学生男子には多すぎる量のお弁当のサイズになれちゃってるし、あーんして食べさせてもらうおいしさは1度味わったらもう忘れられません。東郷先輩の視線が怖いですけど、お昼休みに部室のひだまりで膝枕されるのなんて最高です! もうあれがない生活なんて考えられません」

「そんなの、私じゃなくても…。もともとご飯は風先輩が作ってたし、お料理だったら東郷さんの方が。私はまだまだ東郷さんとそのちゃんみたいに丹羽君と共通の話題で楽しく盛り上がれないし、樹ちゃんと違ってかわいくないしクラスも違うし、銀ちゃんみたいに丹羽君の特別じゃないし」

 なんだこのネガティブ友奈は?

 予想以上に手ごわい友奈に困惑しつつも、丹羽はさらに言葉を告げる。

「あなたじゃないとダメなんです。他の誰かじゃなくて、結城友奈先輩が俺はいいんです。そばにいて、幸せを感じるのは。バーテックスの俺にないはずの心を優しさで満たしてくれたあなたが、とても大切な人なんです」

 告白ともとれる言葉に、友奈の胸の奥がきゅうんと苦しくなった。

 痛い、苦しい痛みではない。甘い、何かを期待するような、何か楽しいことが始まりそうで焦るようなドキドキが胸を打つ。

「いいの、本当に? 私、君を殺そうとしたよ? なのに、君と一緒に幸せになろうだなんて虫が良すぎるよ」

「俺がいいって言ってるんですからいいんですよ。それより友奈さん、俺の呼び方、丹羽君に戻ってますけど」

 散々東郷が怖いからやめてくれと言った名前呼びも、されなくなったら寂しいものだと今気づいた。

「うん、うん。そうだね明吾君。私、君と一緒がいい。ずっと、いつまでも」

「俺もです。ちゃんとあなたが幸せになるのを見届けたいです。誰よりも近くで」

 その日、1組のカップルが誕生し、クリスマスプレゼントを交換する。

 プレゼントは互いの口づけ。冬の月だけがそれを知っていた。




 さて、ここで友奈ルートを終わりにしてもいいが読者諸兄は気になっているのではないだろうか。
 友奈が言っていた8月の終わりに付き合って…付き合って半年といった発言。それではこのエピソードとかみ合わない。
 それもそのはず。これは丹羽視点での物語。友奈視点では内容がかなり異なる。
 イイハナシダナーで終わりたい人はここで読むのをやめることを推奨したい。友奈ちゃんカワイイヤッターという友奈ちゃんファンもだ。
 警告はした。この後の友奈視点の物語を読むかどうかは、あなた次第だ。


 結城友奈ルート確定条件
〇9月までに好感度Max。
〇東郷と友奈ちゃんファンクラブを作り会員となる。
〇夏合宿で友奈の水着をほめる。
〇夏祭りで友奈の浴衣をほめる。
 結城友奈は攻略王の2つ名の通り一方的に信頼度、親愛度が上がる傾向があります。
 それにあぐらをかいて彼女を放置すると本当の信頼を得ることができずどのルートでも後半で詰みます。友奈ルート狙いではなくてもきちんと平等に他の勇者たちと一緒に優しくしましょう。
 友奈ちゃんファンクラブ結成イベントを発生させるためには東郷さんへの信頼度も上げなければならないので注意。
 プレゼントには押し花図鑑、きれいな花などが効果的。話題はどれを選んでも均等に上がります。


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【ヘテロ】バッドエンドルームへようこそパコ(友奈編)裏【注意】

 攻略王の時間だぁあああ!
 友奈ちゃんが丹羽君を攻略するお話、はーじまーるよー。


 時間はさかのぼり、夏休みである。

 園子が加わり7人で夏祭りの屋台を巡っていた勇者部だったが、友奈は人ごみに流されてはぐれてしまう。

 同じように人ごみに流されはぐれた丹羽と合流した友奈は、そこで自分の内面を見抜いていた丹羽に驚き、今まで勇者部の皆にも隠していた内心を吐露したのだった。

「格好悪いね、私。先輩なのに、丹羽君にしっかりしたところ見せないといけないのに」

 困ったなぁというような顔をする友奈に、そんなことはないですよと丹羽は告げた。

「俺は弱音を漏らして助けてって言ってくれる結城先輩の方が助かります…いや、好きです。そっちのほうが人間らしくて」

 それは丹羽が友奈の自己犠牲的な考えや自己評価の低さが改善されればいいなと思って言った何気ない言葉だったが、当の友奈は違った意味で受け取る。

(え? 好き? 丹羽君、私のこと好きなの!?)

 結城友奈14歳。恋愛に関する免疫はゼロ。

 さらに言えば異性に告白された経験もゼロだった。

 無論、勇者部の活動でボランティアで向かった保育園や幼稚園で男の子に好意を向けられることはある。

 だがそれも東郷の目で厳選され、問題なしと判断された子だけだった。

 つまり、明確な行動や言葉によって好意を示されたのは今回が初めてだったのだ。

(ど、どうしよう!? 今返事した方がいいのかな? でも、もし勘違いだったら? 今後丹羽君と顔を合わせるのが恥ずかしくなっちゃうよー。助けて東郷さん!)

 その東郷ははぐれた友奈を探すために祭りがおこなわれている境内を爆走中である。風と夏凜の制止も聞かずに。

「友奈ちゃんどこぉおおおおお!?」

「あれ? 今東郷さんの声が…」

「結城先輩、今犬吠埼先輩と連絡つきました。鳥居のところでみんな待ってるみたいです」

 ドップラー効果を残して去っていく東郷の声が一瞬聞こえ耳を澄ませた友奈に丹羽は声をかける。

「じゃあ、行きましょうか」

 そう言って丹羽はうかつにもいい人ムーブを忘れ、友奈の手を握ってしまった。

「あっ」

 手のひらから感じる自分とは違う体温。女の子とは違うごつごつとした手。意外と長い指。

(手をつないでしまった…これはもう結婚するしか)

 結城友奈14歳。もう1度言うが恋愛に関する免疫はゼロだった。

 なので考え方は極端で、手をつなぐ=結婚。キス=赤ちゃんができるというお花畑的な思考だったりするのだが…それを明確に指摘してくれる人間は残念なことにこの場にいなかった。

 というか、誰も友奈がこの時丹羽に恋心を抱いていると気づかなかったのである。

 それは神樹様による丹羽が四国を滅ぼす敵という神託やその後に続いたごたごたが原因だ。

 ちなみにこのルートの友奈はノーマルルート以上に病み、友奈の自己犠牲精神を否定して大嫌いと宣った丹羽に対し、「そんなこと言うのは本当の丹羽君じゃない!」と本気で殺しにかかっていたりする。

 その後は丹羽を傷つけたことに涙を流しながら謝り、「ごめんね、ごめんね」と見ている方が気の毒になるほど謝罪していた。

 その時は勇者部の全員が大切な仲間を勇者という責任感から傷つけてしまったことに対して謝っているのだと思っている。

 誰も気づかなかったのだ。この時の友奈の危うさに。

 

 

 

 戦いが終わった後、男子寮の部屋から犬吠埼家の隣の部屋にまた引越しし直した丹羽は、早朝のチャイムの音にドアを開けた。

「おはようございます、犬吠埼先ぱ…あれ? 結城先輩?」

 そこにいたのは隣の部屋にいる風ではなく友奈だった。丹羽が開けたドアに足を挟み、にっこりと笑う。

「おはよう明吾君。朝ごはんまだでしょ? 作って来たんだー」

 そう言って手提げ袋に入った弁当箱を見せる友奈。

「え? なんで? いや、俺はいつも犬吠埼先輩に朝食にお呼ばれしてナツメさんと一緒に食べてるんですけど」

「知ってるよ。でも、今日から私が朝ごはん当番。風先輩にも了解もらったよー」

 明るく言う友奈に丹羽は困惑しているようだった。

「えっと、どうしたんですか急に? 俺、なにか結城先輩にしましたっけ?」

「いつも親切にしてくれてるよ! それにその…それも含めて日頃のお返しをしたくて」

 玄関先でもじもじする友奈に、とりあえず丹羽は中に入るように促す。

「わぁ…ここが丹羽君の部屋なんだ。パソコン以外何もないね」

「男の1人暮らしなんてこんなもんですよ。それよりお返しって一体…」

 そんなの、今まで彼女らしいことができなかったことに決まってると友奈は思う。

 2人は恋人同士なのだから朝起きるのも一緒。寝るのも一緒な毎日が当たり前だが自分たちは学生の身。そこは我慢すべきだろう。

 だが、恋人としてせめて料理くらいは一緒に食べたい。友奈なりの乙女心に風は快くうんと言ってくれた。

「はい、どうぞ。お口に合うかな?」

「これ…すごいごちそうじゃないですか! 朝からこんなに…大変だったでしょう」

 友奈が広げた弁当箱にはおにぎりや厚焼き玉子、肉団子に揚げ物と男の子が好きなおかずがいっぱい詰まっていた。

 東郷や風のように一流ではない。だが、それゆえ心がこもっているとわかる料理の品々。

 友奈が促すと丹羽はおいしそうに食べてくれた。

「どう…かな?」

「ええ、すごいおいしいですよ。これなら東郷先輩もイチコロですね!」

 丹羽の言葉に友奈の顔は曇る。どうしてそこで東郷の名前が出るのか。

 やっぱり自分なんかより東郷の方が好きなのだろうか? きれいだし、丹羽と東郷しかわからないことをよく話して一緒に盛り上がっているし。

「いや、東郷先輩もこのお弁当を食べたら大喜びするっていう意味ですよ! こんなの俺にはもったいないっていう意味で」

 なんだか知らないが慌てた様子の丹羽がフォローしてくれた。どうやら知らぬ間に口に出してしまったらしかった。恥ずかしい。

「なんだ、そうだったんだ。いいんだよ、これは丹羽君のために作ったんだから丹羽君が全部食べて」

 にっこりと笑ってどうぞどうぞとお弁当を勧める。

 男の子向けにたくさん作ったが足りるだろうか? 丹羽はバーテックスなのだから重箱3つでは足りないかもしれない。

「結城先輩は食べないんですか?」

「うん。もう食べてきたから」

 自分のことを心配してくれる丹羽に、改めて友奈は惚れ直す。

 やっぱり明吾君は優しいな。

 その後丹羽は友奈の持って来た弁当(重箱におにぎりを3合分敷き詰めた1の段。おかずが2段)を食べ終え、満足そうにごちそうさまといってくれた。

「じゃあ、俺は学校に行きますから」

「うん。一緒に行こうね」

 にっこりと笑うと丹羽は変な顔をする。

「え、一緒に?」

 恋人なら当然なのに。きょとんとした顔をすると「まあ、そうですよね」とつぶやき一緒に登校することにした。

 学校につくまで彼女の特権として腕を組んだ。恥ずかしかったがこうやって自分のものと周囲に喧伝するのは基本だと樹に借りた少女漫画には書いてあったし普通だろう。

 ぴったりと丹羽の腕にくっついて歩くのは少し動きずらかったがなんだか心の距離まで縮まったようで嬉しかった。

 

 

 

「犬吠埼風、樹、丹羽、入るわよー」

 昼休み。既に弁当を広げている2年生組に挨拶して3人が部室に入って来る。

「いらっしゃい、風先輩、樹ちゃん、明吾君」

「お先にいただいてるわよー」

「明吾君、いらっしゃい。風先輩と樹ちゃんも」

 入って来た3人に向けて東郷、夏凜、友奈がそれぞれ声をかけた。

 本当は友奈も昼休みに家庭科準備室に行くのも丹羽と一緒に行きたかったのだが、夏凜と東郷に誘われていつものように3人で来てしまったのだ。

 だがそのせいで3年生の風が丹羽と一緒に部室まで一緒に来るとは想定外だ。風先輩にはちゃんと丹羽とお付き合いしているって言ったのに。

 これは油断できないかもしれない。風が人の恋人をとろうとする泥棒猫のような人物でないことは知っているが油断は禁物だ。次からは自分が1番に丹羽のクラスに行き部室まで一緒に来ようと友奈は決意する。

「乃木は今日も大赦? それともお見舞い?」

「両方よ。いろいろ忙しいからね。そうよね丹羽」

「そうですね。新天地の調査とか防人の人たちとの連絡や調整とか忙しいですから」

 夏凛の言葉に丹羽もうなずく。実際大赦への報告と防人と共に丹羽や夏凛と新天地へ行ったりと園子は忙しい毎日を送っている。

 大赦のフォローが入るのだろうが、出席日数が足りるのかと心配だ。丹羽は普通の中学生生活を満喫してほしいと思っているようだが、そうもいかないらしい。

「明吾君、私お弁当作って来たんだ。一緒に食べよう」

 友奈の言葉と行動に、勇者部の部室内はおかしな空気になる。

「え? 友奈、あんたなにを?」

「友奈ちゃん?」

 丹羽が風に弁当を作ってもらっているのは勇者部では周知の事実だ。

 それを知りながらも丹羽に対して弁当を作って来た友奈に、東郷と夏凜は困惑しているのだ。

「え、えっと結城先輩。今朝もですけどどうして急に俺にお弁当を? そういうのは東郷先輩にした方が喜んでくれると思いますよ?」

 百合イチャを求める丹羽の発言に、一瞬友奈の瞳が曇る。

「やっぱり東郷さんのことを…。丹羽君、私のことを好きって言ったのにどうしてそんなに東郷さんのことを気にするの? 手だってつないでくれたのに」

「え、どうしたんですか結城先輩。急にぶつぶつ言って」

 どうやらまた口に出していたらしい。反省しなくてはと友奈は首を振った。

「なんでもないよ。それに風先輩には今日から私が明吾君のお弁当も作るって連絡したから問題ないよ」

 その言葉に全員が風を見る。

「え、だって友奈がそうしたいって言うから」

「何考えてるんですか風先輩!」

「そうよ、一体どうしたの風」

「どうしたって…ねえ?」

 食って掛かる東郷と夏凜を見て風は友奈を見た。

 むしろ恋人としては当たり前の行動だと風は思う。いつまでもお世話になっている先輩とはいえ恋人に他の女が作った弁当など食べてほしくないだろう。

 と、そこで風は東郷と夏凜にはまだ内緒にしているという友奈の言葉を思い出した。

 たしかに今の反応を見るに夏凜はともかく東郷には黙っていた方がいいように思う。じゃないと今度は東郷が精神崩壊しそうだ。

「そういうわけで、これから丹羽の朝食と弁当は友奈が作るから。まあ、夕食は今まで通りアタシが作るけど、それは我慢してね友奈」

 グッと親指を突き出す風に友奈は感謝する。話の分かる先輩でよかった。

 一方丹羽はどういうことかわからず当惑している。

 なにか風の気に触ることをしただろうか?

 ふういつ関係の百合イチャを見るためにしでかしたことが多すぎて、心当たりがありすぎる。

 あれでもないこれでもないと考えていると友奈がいつも樹が座る丹羽の隣の席に座り直し、丹羽の分の弁当を広げた。

 ちなみに樹にも風に報告するときに一緒に報告済みである。最初は驚かれたが2人とも自分たちの恋を応援してくれている。

「じゃあ明吾君、お弁当食べよ。ちゃんと朝のとは中身が違うよ」

「説明なさい、丹羽君」

「お、俺にもなにがなんだか」

 友奈のことを無視して丹羽が冷や汗をかきながら東郷に必死に弁解していた。

 それが何となく面白くなくて、友奈は東郷に少し意地悪してしまう。

「東郷さん、今は食事中だよ。それに私の明吾君にひどいことするなら…嫌いになるよ?」

 嫌いになるよ…嫌いになるよ…東郷さん嫌い…東郷さんなんて嫌い、もう知らない!

 脳内で勝手に友奈の言葉が絶縁宣言に変換され、東郷がフリーズする。

 その様子に「おーい、東郷?」「東郷先輩?」と犬吠埼姉妹が心配そうにしているが聞こえていないようだ。

「ちょっと丹羽、あんたと友奈何があったのよ? なんかただ事じゃないんだけど」

 こっそりと丹羽に近づいて耳打ちしている夏凜に、距離が近いなぁと友奈は目を細める。

「夏凜ちゃん。今はご飯中だよ。お話なら食べ終わった後にできるでしょ?」

 視線を受けた夏凜はビクッとしてすぐさま自分の席に帰り食事を再開した。

 一瞬感じた明確な殺意。それに目が、友奈の目が全然笑っていなかった。

 唐突な友奈の変化になにがあったかは気になるが、触らぬ神に祟りなしだ。とりあえずしばらくは静観しようと夏凜は決意した。

 全員が弁当を食べ終わるとまだフリーズしている東郷に友奈は声をかける。

「ねえ東郷さん。教えてほしいことがあるんだけど」

「はっ! 友奈ちゃんが私に教えてほしい事ですって!? なになに、なんでも言って!」

「あのね、丹羽君とよく東郷さんが話してる戦艦? とかについてわたしにも教えてほしいんだけど」

 友奈の言葉に東郷は感極まった顔をして涙を流す。

「うう、ついに友奈ちゃんも国防の心に目覚めてくれたのね…。いいわ、私の持てる限りの知識を注ぎ込むわ」

「ああ、東郷の目がまたグルグル状態に。どうすんのよこれ」

 護国思想モードになった彼女は誰にも止められない。これは今日1日使い物にならないだろう。

 どうしたものかと考え込む風はちらりと友奈と付き合っているという勇者部唯一の男子を見る。

「やはりゆうみもは夫婦。キテマスワー」

「丹羽くん、顔」

「はい、すみません」

 友奈と付き合っているというのに相変わらずな百合厨にこいつは一生変わらないのかなとため息をついた。

 

 

 

 それから東郷の教えもあり友奈も東郷と丹羽との軍オタトークに交じれるようになった。

 ついでに東郷には丹羽と付き合っていると伝えたところ「そうなの、それは素敵なことね」と笑顔で言われる。

「ハァ、ハァ、ぷぎゃー! どぴゅー! ぬー! どぴゅぅん!! どぴゅぅん!! ひーっ! 知ってるゆー! お〇ほのぷれい、お〇ほとイナゴのブレンド! ウーッ」

 親友の祝福に喜んだ友奈だったが、友奈が東郷邸から帰った後勝手にオンラインゲームのデータを消された子供みたいに自室で泣き叫ぶ東郷の声は隣の家の友奈の部屋にまで響き丸聞こえだった。

 夏凜にも丹羽と付き合っていることを伝えると優しい顔で祝福してくれる。

「そう、あんたと丹羽がね。おめでとう! あの百合イチャ好き相手だと大変かもしれないけど、疲れたら愚痴くらい聞くわよ」

 と同時に最近の友奈らしからぬ…いやある意味友奈らしい丹羽に対しての攻略ムーブに得心したらしい。

 その後讃州中学に入学した銀とその親友の園子にもそのことを告げると2人とも驚いた後祝福してくれた。

「おう、そりゃめでたいな。おめでとう、結城さん」

「へー、そうなんだー」

「うん。だからとっちゃやだよ」

 にこりと笑って言うと、2人ともうなずいてくれたので手を振って別れる。

「……すっげぇ気迫だったな、結城さん。あたしらが丹羽に手を出したら承知しないっていうのがありありとわかったぜ」

「あんなに愛されるなんて、にわみんも幸せ者なんよー。まあ、本当ににわみんと付き合ってるかどうかはわかんないけど」

 園子の言葉に「ん?」と首をかしげる銀に、あははと園子は笑う。

「にわみんもとんでもない娘に好かれたもんなんよー。にわみんに被害が及ばない限りは静観するけど、一線を超えたら容赦しないんよー」

「園子、お前もとんでもない覇気を放ってるぞ……やべーよ」

 友奈と同等のオーラを放つ親友を見ながら、銀はこれから入る勇者部でうまくやっていけるだろうかと一抹の不安を抱いた。

 

 

 

 それから丹羽の生活は一変した。

 朝は友奈の朝食をいただき、昼も友奈のお弁当をいただく。

 それは休日も変わらない。さすがに悪いと断ったのだが、友奈は聞いてくれなかった。

 料理の腕は着実にうまくなっており、東郷に協力してもらっているらしい。

「これでいつでも明吾君のお嫁さんになれるよ」と言われた時は思わず自分が百合厨であることも忘れてキュンとしてしまった。

 訓練された百合厨でなければ堕ちていただろう。恐ろしい破壊力だった。

 勇者部の攻略王の名は伊達ではない。

 それから休日は積極的に遊びに誘われ、公園や映画館などに一緒に行った。部活動でもペアになることが多く、一緒にいる時間が増えた。

 ただ、困ったことができた。

 それはある日の早朝。チャイムが鳴る前に丹羽の部屋のドアが開いたのだ。

 思わず隠れて警戒していた丹羽だったが、入って来たのは朝食が入った弁当を持って来た友奈だった。

 後で話を聞くと丹羽の寝顔を見たくて合い鍵を内緒で作っていたらしい。普通に犯罪ですと説教しておいた。

 東郷からよくない影響を受けているのではないかと風に相談したので再発することはないと思ったのだが、その後も週2ぐらいで早朝の不法侵入は続いていたりする。

 それとどうやら丹羽がどういう百合イチャシチュが好きなのか園子に教わり研究しているらしく、いろいろなことをしてくれた。

 目の前で東郷とイチャイチャしたり夏凜を後ろから急に抱きしめたりなど丹羽からしたら眼福な光景を見せてくれたのだ。

 まあ、そのあと東郷と夏凜に無茶苦茶丹羽だけ怒られたのだが。理不尽。

「結城先輩。そろそろ満足したんじゃないですかね?」

「ううん。まだまだだよ明吾君。それに、私のことは友奈って呼んでっていってるよね?」

 もう勘弁してくださいと遠回しに言ってもこの鋼メンタルには効果がないらしい。しかもカウンターでグイグイ距離を縮めてくる。

「それよりお昼食べて眠くなったでしょ。ほら、いつもの」

 部室のひだまりに座り、スカートの膝をパンパンと叩く友奈。その姿に丹羽はちらりと他のメンバーを見るが「やれ!」と告げている。

「じゃあ、お邪魔…します」

「うん。おいでおいで」

 昼食後の膝枕。風がGOサインを出してから恒例となった友奈の丹羽に対するお礼だ。

 その光景に誰よりも悔しがっていたのは東郷だった。顔が般若の面のようになっている。

「くっ、友奈ちゃんの太ももの上なんていう楽園に頭を預けるなんて…羨ましい!」

「東郷、どうどう」

「まあ、やりすぎかと思うけどあの2人だからね」

「そうですよ東郷先輩。邪魔しちゃダメです」

 夏凛と風と樹に止められ、ぐぬぬと東郷は悔しがる。殺意めいた視線を送ってくるので丹羽としては生きた心地がしない。

 自分は友奈と東郷がイチャイチャしていた方が嬉しいのだが…そう思っていると友奈の手が丹羽の髪を梳いた。

「ふふっ。明吾君の重さ、ちょうどいいな。いつまでも私の上にいてもらいたいよ」

「それだと足がしびれちゃいますよ結城先輩」

 軽口を返すと友奈はにっこりと笑い、太ももで丹羽の頭を軽く挟んだ。

「ねえ、丹羽君。私、君のことが好きだよ」

 この時がターニングポイントだった。

「? はい、俺も結城先輩のこと好きですよ」

 だが丹羽は深く考えず、友奈による丹羽君攻略フラグを立ててしまった。

「そっかぁ。わたしたち好き同志だね。嬉しいな」

 友奈の中で丹羽ルートが確定した瞬間である。

 それからさらに月日は流れ、友奈と丹羽の仲は深まって行く。

 それこそ互いに隣にいないと物足りなく感じるほどに2人はいつも一緒だった。

「ねえ、明吾君。さっきそのちゃんと一緒にずいぶん楽しそうに話してたね。どんな話してたの?」

「え? 普通に小説の話ですけど」

「そっかー。寂しいなー。私と話してる時より楽しそうで、ちょっと妬けちゃう」

「あいつら部室で相変わらずイチャイチャしてるわね」

「見えない聞こえない見えない聞こえない」

「須美、いい加減現実を受け入れろよ」

 夏凜の言葉に必死に自己暗示をしている東郷に若干引きつつも銀は現実を直視するように説得する。

 また別の日。

「明吾君。風先輩をお姫様抱っこしたんだって? 私もされたいなー」

「いや、あれはお化けの話を聞いた犬吠埼先輩が腰を抜かしたからで。緊急手段だったんです!」

「抱っこがダメならぎゅってしようか。はい、どーぞ」

 手を広げてウェルカム状態の友奈に、丹羽はため息をついて友奈の身体をお姫様抱っこした。

「部室まで運ばせていただきます。結城先輩」

「わーい」

「風先輩」

「ごめんなさい、東郷先輩。今お姉ちゃん限界みたいで」

 恐怖から気絶している風にこりゃ駄目だとお手上げ状態の樹の言葉を受け、東郷はため息をつく。

 どうしよう。日に日に2人のバカップルぶりが加速している。

 付き合っているとはいえ節度は持つべきではないだろうか。まだ中学生なんだし。

「お困りのようだねわっしー」

「そのっち」

 どうするべきか悩んでいた東郷の前に現れたのは園子だった。防人との新天地調査が終わり帰って来たらしい。

「ちょっと相談したいことがあってねー。まずはわっしーの意見を聞きたくて」

 そう言って連れてこられたのは大赦のモニター室だった。

「ここは?」

「にわみんの監視映像がある部屋。一応立場が立場だからねー。大赦もこういうことしてるだろうと思ったけど、そこに面白いものが映ってたんよー」

「再生して」という園子の言葉に大赦仮面が機材を動かしモニターに映像が映る。そこには見覚えのある少女の姿があった。

「友奈ちゃん!?」

 映像の時刻は午後11時をさしている。モニターの中の友奈はじっとマンションの一室の灯りを見つめ、その光が消えた後にっこりと笑いその場から去った。

「今のが10月1日から10月8日まで続く。で、その後の映像がこれね」

 映像にはマンションから出てきた女性2名が映っている。片方は中年でもう1人は若い女性だ。

 親子だろうか? そう思った東郷の目に信じられない光景が入って来た。

「なっ、嘘でしょ⁉」

 なんと血相を変えた友奈がその女性2人組と言い争っていたのだ。音は拾っていないので内容はわからないが、普段の彼女を知る自分からしたら信じられない。

 友奈が自ら進んで他人に喧嘩を売るなどありえない。そんなことをする子じゃないのは自分がよく知っている。

「調べてみたらこの2人、新興宗教団体を名乗って怪しい壷やお札を売りつける悪徳宗教の信者だったよ。どうやら両親がいないにわみんのことを聞きつけてしつこく訪問してたみたいだね」

「その2人と友奈ちゃんがなんで? ひょっとして丹羽君が騙されたとか?」

「まさか。にわみんはそこまで馬鹿じゃないよ。ただ、迷惑してただけ。ちなみにこの後この2人はこの地区の訪問もやめたし、なぜかその悪徳宗教団体もなくなったんだって」

 園子の言葉にまさか、と東郷は冷や汗を流す。だが同時にいやいや、そんなわけはないと冷静に否定する。

「で、これが最近。これはネタ探しのために自分の精霊につけたカメラが偶然撮っちゃったものなんだけど」

「え? そのっち今なんて言ったの?」

 なんだか聞き逃してはいけないことを言ったような気がするが目の前に流れた映像に東郷の意識はすぐ引き込まれた。

『結城さん。あなたと丹羽くんが付き合っているって嘘よね』

『違うよ、私と明吾君は付き合ってるよ』

 声は聞き覚えがあった。勇者部に依頼に来てくれた女子生徒の1人だ。

 自分たちと同じ学年で、確か珍しく丹羽に熱い視線を送っていたように思う。

 場所は人通りの少ない体育館裏。いかにもな場所だ。

『へえ、おかしいわね。丹羽君、付き合っている女の子いるのって訊いたらそんな人いないって言ってたんだけど』

 その言葉に思わず「え?」と声が出る。

 友奈と丹羽が付き合っているのは勇者部では公然の事実だ。自分だって涙を呑んでそれを祝福したのに。

『私と明吾君は付き合ってるよ』

『そう思ってるの、あなただけじゃないの? 結城さんって思いこみ激しいし、本当はただの部活の先輩後輩なんでしょ』

『私と明吾君は付き合ってるよ』

 壊れたレコードのように同じ言葉を繰り返している友奈を不気味に感じる。それに気付いていないのか、女子生徒は言葉をつづけた。

『ただの先輩後輩なら、私がもらってもいいわよね?』

『ダメ。明吾君は私の』

『そんなの、決めるのは本人でしょ? それとも本当に付き合っていないから焦ってる? 丹羽君もかわいそうね。こんな勘違い女に付きまとわれて』

 この女、ぶっ■す!

 大好きな友奈の悪口を言われて思わずガタッと立ち上がりかけた東郷の動きを封じたのは、友奈が放った轟音だった。

『な、な…っ」

 目の前の光景が信じられず、女子生徒が腰を抜かす。

 コンクリートの外壁が友奈の拳によって破壊されていた。

 腰を抜かした女子生徒にゆっくりと友奈は歩み寄り、目線を合わせて言う。

『ねえ、私って明吾君に付きまとっている勘違い女なのかな?』

 女子生徒は必死に首を振る。首がもげるのではないかと思うほど激しく。

『今回は、初めてだから見逃してあげる。でも、また明吾君に付きまとったら許さない。明吾君が一緒にいていい女の子は、私の他には勇者部の皆だけなんだから。わかる?』

 友奈の問いかけに女子生徒はうなずく。

『じゃあ、もうこれ以上私を困らせないでね。また明吾君に近づいて私のこと困らせたら――嫌だよ?』

 にっこりと笑う友奈に足をもつれさせながら女子生徒は去っていく。

 映像はそこで終わっていた。

「これって」

「他にも間接的にもにわみんを『困らせる』ことをした相手には男女問わず…というか女性は特に、かな。ゆーゆにお仕置きされてる。今のような恫喝はかわいいものだよ」

 衝撃的な事実に東郷は言葉も出せない。

 なんてことだ。友奈が自分たちの知らないところでこんなことをしていたなんて。

「止めさせないと!」

「なんで? 別にゆーゆは悪い事はしてないよ?」

 園子の言葉に思わず東郷はぎょっとして見返す。

「だって、これで逆恨みされて友奈ちゃんがひどい目にあったら! 友奈ちゃんはもう勇者じゃないのよ!」

「ゆーゆはそれも織り込み済みで行動してると思うけど。それにもしゆーゆがしなかったらわたしがやってたかもしれないし」

 事も無げに言う親友に東郷は言葉も出ない。それに「あのねわっしー」と噛んで含めるように園子は説明する。

「にわみんは四国の人々にとって最重要人物なんだ。人型さんと人類をつなぐ唯一の存在。それを害そうとする存在は、誰であれ許されない。最悪大赦や勇者も動く事態になりかねないんだよ。だから、ある意味ではゆーゆの行動は称賛されるべき行為なんだ」

「でも、友奈ちゃんがあんなこと! あんなことするはずの子じゃないのに」

 東郷の言葉に、それはわっしーが知らなかっただけなんじゃないかな? と園子は心の中でだけ言葉にする。

「とにかく、大赦やわたしとしてはその攻撃対象がにわみんに向かわない限りノータッチだから。わっしーからもそれとなくゆーゆを注意してあげて」

 園子の言葉にごくりと固い唾を飲み、神妙な顔で東郷はうなずく。

「わかったわ。友奈ちゃんは私が守ってみせる! だから心配しないでそのっち」

 その後も丹羽を『困らせる』案件を持って来た相手は本人のあずかり知らぬところで友奈によって葬られた。

 そして勇者部クリスマスパーティーの後、友奈にとっては3か月と24日目に丹羽から告白を受ける。

 丹羽にとっては初めての告白。友奈にとってはようやく言ってくれた相手からの愛しているという言葉。

 こうして微妙なすれ違いがありつつも、2人は幸せに末永くお付き合いしていったとさ。

「まあ、本人たちが幸せならそれでいいんじゃないかな?」

 とは園子様談である。




 友奈ちゃんの愛は重い。東郷さんとはベクトルの違う方向で。
 物理的には何もしないけど精神的拘束はしてきそう。あと目を離すと思考がネガティブに傾き過ぎて予期せぬ行動をとりそう。
 そこ、メンヘラとか言わない! 友奈ちゃんは地雷女じゃありません!
 ただ人より優しくてなにかあると自分を責めちゃうだけの娘なんです!
 ちなみに東郷さんの奇声を全部聞きたい人は「修羅パンツ」、「空耳」で検索してみよう。


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【ヘテロ】バッドエンドルームへようこそパコ(夏凜編)【注意】

 全国のゆゆゆを愛するみんなー、シコんにちは~!
 みんな大好きヘテロルートの案内精霊、セキレイハメ。
 100話突破記念のバッドエンドルームだパコォ! 一〇〇話って書くとア〇ルビーズみたいでなんかエロいハメね。
 まさかボクも100話を突破するとは思わなかったんだパコ。正直95話くらいで終わってあとはバッドエンドルームで100話に届けばいいなぁぐらいに思ってたんだハメ。
 103話。こうして瞳を閉じるだけでご主人様が勇者の皆と過ごした変態叡智な日々がまぶたの裏スジにギンギンによみがえってくるパコ。
 まあ、ボク5話しか出てないけど気にしちゃダメハメよ。
 さて、早いものでもう3月。あと1突きでもうゆゆゆの新作、ショートアニメの「ちゅるっと!」が放送パコ。
 ここで放送スケジュールを知らないマダハメイトのみんなに新作アニメ「ちゅるっと!」の紹介だハメ。
 2021年4月。毎週金曜日25:50頃からMBS/TBS系列全国ネット「スーパーアニメイズム」枠のお尻にて放送決定しているそうだパコ。
 4月14日から毎週水曜日23:30からBS日テレから再放送される「結城友奈は勇者である」とは別枠だから間違わないようにみんな注意するんだハメ。
 それでは真面目な話も終わったところで今回紹介するのはシコら! ジュビビボバ! ジュルゥウウウ!
 ゆゆゆの永遠のチョロイン。にぼっしーこと夏凜ちゃんルート! イェエエエイ!


 映像が終わり照明がつくと、風、樹、夏凜の3人はダラダラと冷や汗を流しながら友奈を見る。

(((やばい、東郷(先輩)もやばかったけど友奈(さん)も相当だった―!!)))

 なんと言葉をかけていいかわからずちらちらと互いを伺い合う。

(ど、どうすんのよこの空気! 夏凜、アンタ完成型ツッコミ型勇者なんでしょ! 何とかしなさいよ!)

(誰が完成型ツッコミ勇者よ! そういうあんたは勇者部部長でしょ! あんたこそ何とかしなさいよ!)

(これ、夏祭りから付き合ってると思ってるの友奈さんだけですよね。明吾くんは絶対クリスマス会の終わりから付き合ってるって思ってますよ)

 ぼそぼそと小声でしゃべりアイコンタクトをしている3人を置いて、東郷は友奈の元へ行くと目を合わせ告げる。

「友奈ちゃん、落ち着いて聞いて。夏祭りの時から丹羽君と付き合っているというあなたの認識は間違っているわ」

 言いやがったこいつー⁉

 とんでもない爆弾を放り込んだ東郷に3人の顔が引きつる。その言葉に友奈は首を傾げ不思議そうに言う。

「え? でも明吾君は私のこと好きだって」

「あれは、愛してるじゃなくて好ましいという意味の好きだと思うわ。友奈ちゃんと丹羽君の気持ちが重なったのはクリスマス会の後だから友奈ちゃんと丹羽君が付き合っている歳月は2か月ということになるわね」

 東郷の正論に友奈は目を白黒させていた。

 正論。正論なんだけどなぁ……。

 丹羽を手に入れるために一芝居打ち罠にはめ、逃げられないように囲い込んだ東郷が言うのは何か違うような気がする。

「違うよ。明吾君と私はちゃんとお付き合いしてたよ。どうしてそんなこと言うの東郷さん? 東郷さんも私も困らせるの?」

「ちょ、ちょっと落ち着きなさい友奈! 東郷の言ってることは間違ってないからとりあえず落ち着いて」

 不穏なオーラを出して目の光が消えだした友奈を風と夏凜が囲み、ゆっくりと言い含めるように東郷の言葉を噛み砕いて説明する。

 話が終わった後、友奈は顔を真っ赤にしていた。

「そんな、じゃあ私勝手に1人で勘違いして…恥ずかしい」

「まあ、そのおかげでちゃんとお付き合いできたから結果オーライなんじゃない? 東郷みたいに悪意があったわけじゃないし」

 夏凜の言葉にうんうんとうなずく風と樹に「ちょっと!」と東郷が不服そうに異議を唱えるが事実なのだからしようがない。

「友奈は思いつめるところがあるというか、丹羽にもそこんところ注意されたでしょ。あと丹羽を守るためとはいえ脅すのはやりすぎよ」

「だって、あの人たち明吾君のこと困らせてたし。大好きな人を傷つけようとする相手なら、私容赦しません」

「わかる、わかるわ友奈ちゃん!」

「あ、別に東郷さんほどじゃないから。私はまだライトな方だから」

 同調する東郷に友奈は若干引きながら否定する。その様子に、ガーン! と背後にオノマトペが出るほど東郷はショックで石化していた。

「いやいや、友奈。東郷とあんたは同じくらいヤバいと思うわ。むしろ振り切れてる分あんたのほうが危ない」

 夏凛の言葉に今度はガーンと友奈がショックを受ける。その様子に樹が風の耳に手を当て内緒話をするように言う。

「ねえ、思ったんだけど友奈さんの世界の明吾くんがそういうことをしない理由って、本能的に友奈さんのそういう面に無意識に気付いているからじゃ」

「樹、そこは黙っておきましょう。今回は友奈に現状を理解させられただけでも御の字ってもんよ」

 それにこれ以上藪をつついて蛇どころか大蛇を出したくないし。

 君子危うきに近づかず。触らぬ神に祟りなし。

 犬吠埼風はそれを忠実に守っていた。

 要するに友奈のメンタルケアを友奈の世界の自分に丸投げしたともいう。

『ちなみに友奈パイパイセンは勇者部の女の子たちがご主人の身体に触れるのは黙認してるけどそれ以外は容赦しないハメ。それに触れた時間は秒単位で数えておいて、後で同じ時間の分だけご主人とイチャイチャするのが恒例行事となってるんだパコ』

 セキレイの言葉に「当然ね」とうなずいているのは東郷だけである。他の3人はドン引きしていた。

 重い、重すぎる。

 愛が重いというか、自分たちの甘酸っぱい青春のような恋とは向ける感情の濃度が違いすぎる。東郷もそうだが、もし丹羽から嫌われたら立ち直れないんじゃないだろうかこの2人は。

「あのー、ちなみに2人とも。仮に、仮にですよ? もし明吾くんと何かの拍子でケンカになって先輩なんて大嫌いって言われたらどうしますか?」

 おそるおそる尋ねた樹の質問ににっこり笑って友奈と東郷は言う。

「そんなの明吾君が言うはずないよ。だって私がこんなに好きになった人なんだから」

「そうね。でももしそんなことになったら…彼を殺して私も死ぬわ」

「ヒェッ」

 目がマジな2人を見て思わず喉奥から声が漏れてしまった。

 怖い! この2人マジだ!

「友奈、東郷。アンタら帰ったらそれぞれの世界のアタシと丹羽とちゃんと話し合いなさい。今なら間に合うから」

「それで足りなければあたしや樹、園子と銀ともね。悩んだら相談! それが勇者部でしょ」

 肩をがっちりつかみ必死に言う風と夏凜に友奈と東郷は目を白黒させる。

『2人とも心配性ハメねぇ。友奈パイパイセンと東郷パイパイセンの尻滅裂な思考・言動・淫行なんていつものことなのに』

「おいそこの鳥、少し黙ってなさい。今大事な話をしてるんだから。それと支離滅裂の文字違わない?」

 ナチュラルに下ネタを混ぜてくる精霊に文句を言う風。それにあっけらかんとした様子でセキレイは告げる。

『で、最後に残ったのはミスツンデレことにぼし仮面にぼっしーだけどもう放映するパコ?』

「おいそこの白い鳥の着ぐるみ。最後だからって投げやりに紹介してるんじゃないわよ」

 拳を強く握る夏凛に残りの4人の視線が集まる。それを受け夏凜はため息をつき席に座った。

「いいわよそれで。どうせ大して甘酸っぱくもない話だし。その、少し恥ずかしいけど」

『今回はどこまで再生するハメ? 付き合って二か月のご主人様のことを『ダーリン』って呼んで勇者部の皆をドン引きさせてたところまでパコ? それともお尻での変態叡智なら膜はついたままだから勇者に変身できると思ってア〇ル性交に興味を持ち始めt』

「だーらっしゃー!」

 セキレイくん吹っ飛ばされた―!

 夏凜渾身のドロップキックを受けて壁にめり込む白い鳥の着ぐるみみたいな精霊。

「いい、あんたたち。今のはこいつの虚言よ。嘘っぱち。いいわね」

「「「「アッハイ」」」」

 あまりにも必死な夏凜の様子にうなずくしかない。

 というか今時いるんだ、ダーリンなんて呼ぶ子。推測だが夏凜の世界線の2人は相当なバカップルなのではないだろうか?

『うーん、もう少し丁寧に扱ってほしいハメねぇ。オ〇ホも裏返して石鹸で洗うんじゃなくてちゃんとお手入れ用の道具が専門サイトで売ってるからそっちを使ってほしいパコ。そっちのほうが長持ちするし衛生的にもいいんだハメ』

「知らないわよそんなこと! いいからさっさと再生するならしなさい!」

『ハイハイ、わかってるパコ。それじゃあ名残惜しいけど最後の映像ハメ。みんな席について静かに見るパコよ。バ〇ブやディ〇ドの振動音は自分が思ってるより聞こえやすいからエロ漫画やAVは信用しちゃダメハメ」

 セクハラ発言連発の言葉と共に照明が落ちて部屋が暗くなる。無論東郷と風の保護者組は保護対象(友奈と樹)の耳をふさぎ対策済みである。

『それではよいドスケベライフを~!』

 画面に映像が流れだし最後のヘテロ公演が始まった。

 

 

 

 人型のバーテックスと神樹様の話し合いが終わり、2週間ほどたった頃。

 その日、三好夏凛は園子と防人隊たち32人と共に新天地となる中国地方にいた。

 今回の派遣は再生された中国地方の情報を詳しく人類側――つまり大赦に報告するための情報収集だ。

 それと人型のバーテックスに頼まれていた建築技術や都市整備の細かい情報が書かれている資料を運ぶという任務もあった。

『なるほどなるほど。つまりここをこうしてこうすれば…あ、ここは前作った奴で代用できそう。そうなると新しく作り直した方がいいかな』

 スマホにまとめられた資料を読みながらてきぱきとゆゆゆいバーテックスに指示を出す。さらにショベルカー型バーテックス、ブルドーザー型バーテックスなどを新たに作り出し地下水路がある都市を作っていく姿に防人隊たちは開いた口が塞がらない。

 え、なにこの無茶苦茶な存在。人間が何年何か月もかかるような仕事を1体でやってるんだけど。

 本当に規格外な存在なのだとこの時夏凜と防人隊32名は人型のバーテックスに対して畏敬の念を抱いた。園子も言っていたが無茶苦茶にもほどがある。

「すごいわね、これは…。ここに来てたった数日だけど、驚きばかりよ」

 目の前で近代都市ができていく姿を見ながら言う楠芽吹に、そんなことないですよと言うのは丹羽明吾だ。

「楠先輩の持ってきてくれた資料があればこそです。素人でもわかりやすい近代都市の整備の仕方っていう難しい注文にも応えてくれて。別途にまとめられた解説書も読みやすいってあいつも言ってましたし」

 丹羽の言う通り、人型のバーテックスの注文は結構無茶な内容だった。

 知識がない者にもわかりやすくかみ砕いて教えるのは難しい。ましてやそれが都市の構造や専門的な技術を要する内容ならなおさらだ。

 だが短い時間で芽吹は期待以上の働きをしてくれた。絵や写真付きの図鑑を何冊も吟味し、専門的な用語はかみ砕いて分かりやすい内容に書き換えたものを別途に用意してまとめ人型のバーテックスに渡したのだ。

 さらにわかりにくいところは丹羽を通じて具体的に説明してくれる。痒い所に手が届くサポートぶりだったのだ。

「芽吹さんは大工の娘さんですもの。お家づくりには一家言ありますわよ」

「弥勒さん。私の家は大工は大工でも宮大工です。それに、なんで私のことで弥勒さんがそんなに得意げなんですか」

 ふっふーんとナイスバディな胸を反らせて言う夕海子に、芽吹がツッコむ。それを夏凛は面白くない気持ちで見ていた。

 人類が住めない土地を再生する人型のバーテックスと四国との橋渡し。

 その作業に欠かせないのが丹羽明吾だ。人型のバーテックスに作られ、勇者を守る勇者として四国に送り込まれた存在。

 最初こそその事実に戸惑った勇者部の面々だがすぐに受け入れた。それは今までの丹羽の無償の愛というか、自分たちに向けられていた献身があればこそだ。

 だからこそ丹羽と結ばれるのは勇者部の誰かなのだと思っていたのだが…。

「楠先輩、ここがわかりにくいそうなんですが」

「ああ、これはね。こことここの管を通すような感じで繋げてこうぐるっと」

「なるほど。だってさ」

『了解。じゃあ作ってみるわー』

 近い。芽吹と丹羽の距離が近い。

 物理的な距離もだがあのクソマジメを擬人化した芽吹の近くに男がいるというのは、勇者候補生だった頃からの知り合いである夏凛としてはなんだか変な気分だ。

 昔の芽吹ならあくまで事務的な対応のみであそこまで親密にはならなかったはず。男嫌いということはないが、それでも自分や夕海子と同じように心を許して接することはなかっただろう。

 魚座のバーテックスもどきから助けられたのがきっかけだとは思うが、それだけだろうか?

 今回の資料選びもすごい気の入れようだったし、とても張り切っている。それに防人隊隊長という立場から園子と一緒にではあるが丹羽と接することが多い。

 距離が近づくのも自然なことだと思うが…。果たしてそこに男女のなにそれがないとは言い切れない。

「三好…難しい顔してる。どうかした?」

「あら、夏凜さん。どうかされまして?」

「三好さーん。あなたのチュン助がお話を聞きますよー。チュンチュン。だからメブがいないときは私を守ってー」

 そう、近いといえばこの3人もそうだ。

 山伏しずくは休日に丹羽と何度もラーメン店で出会っていることを仲良しの精霊のセッカから聞いた。

 夕海子は丹羽とメル友らしい。夏凜のことを含めて頻繁に連絡を交換し合っているそうだ。

 加賀城雀は時々丹羽と密会…というか、越後屋と悪代官みたいな会話をしているのを目撃したことがある。夏凜に気づくとそそくさと2人は離れていったが、あれはきっと何かたくらんでいるに違いない。

 つまるところ、最近の丹羽は勇者部の皆よりも防人隊の女の子たちと一緒にいることが多い。

 そうすると必然的に丹羽と防人隊の女の子たちと接する時間が多くなる。

 最初はバーテックスである丹羽に警戒心を持っていた防人隊の少女たちも、接しているうちに丹羽の性格というか百合イチャを見るためならどこまでも人畜無害を貫き親切に接してくれる人柄に次第に心を許していった。

 防人の少女たちはお役目のためとはいえゴールドタワーという特殊な施設に集められた年頃の少女たちだ。

 男性との接触もなく免疫もない。そこに丹羽みたいな男(無性)を放り込んだらどうなるか。

(まずいわよね、このままじゃ)

 芽吹と目の前の3人も含め防人隊32人が丹羽に惚れるという事態が起こらないとも限らない。

 通常ならあり得ないだろうが防人隊の女の子たちは男に免疫がなく、優しくされただけで勘違いしかねない初心な少女たちだ。

 百合イチャを見るためなら無償の愛を注ぐ百合厨に心を奪われる娘が1人や2人出てこないとも限らない。

 そしてそれが原因で最悪刃傷沙汰となり防人隊の絆がズタズタになるようなことがあれば……目も当てられないのだ。

守護(まも)らなくちゃ。あたしが)

 夏休みに樹に風と丹羽がくっつけるように協力を頼まれ、夏合宿で東郷の丹羽に対する想いを聞いていた夏凜である。

 丹羽の無償の愛が防人隊にまで及ぶと絶対厄介なことになる。その確信があった。

 こうして新天地での無自覚な丹羽の無償の愛から防人隊の女の子を助けるために、夏凜の孤独な戦いは調査が完了する1週間ほど続いた。

 

 

 

「ただいま~。あ゛あ゛あ゛~疲れたー」

 マンションの自室に帰って来た夏凛は帰ってくるや否や自室のベッドに倒れ込むように寝転がる。

「なんなのよ丹羽のやつ。優しくするなとは言わないけど女の子に勘違いさせるような行動とるんじゃないわよ。おかげでこっちがどんだけ苦労したことか。ああ~もうヤダ!」

 新天地での夏凜の働きは予想以上にオーバーワークだったらしい。相当疲れているようだ。

「こんなことになるのもあいつがフリーだからよ。もういっそ風とか東郷とか園子と付き合いなさいよ!」

 丹羽に恋人でもいれば好意を寄せる相手にそれとなく伝えて諦めさせることもできるのだが、そうもいかない。

 そのせいで自分に苦労のしわ寄せが来るのは理不尽だ。絶対仕返ししてやる!

 翌日の早朝。いつぞやはセッカにお説教をされた海岸には木刀を持った夏凜と丹羽の姿があった。

「てぇい! たぁ! おりゃおりゃおりゃぁあああ!」

「っと、うわっ!? 三好先輩、今日なんだか荒れてません?」

 夏凛による二振りの木刀をさばきながら、丹羽はいつにも増して攻撃が激しいことに目を白黒させる。

 もう勇者として戦うことはないのだから戦闘訓練は意味はないのだが、夏凜は夏休みが終わってからも暇さえあれば丹羽と朝練を続けていた。

 戦闘の勘を鈍らせたくないというのもあるが単純に身体を動かすことが好きなのだ。あと今回はストレス発散という大きな目的がある。

「チェストー!」

「あぶねっ!? 今思いっきり頭かち割るつもりだったでしょ⁉」

「あんたバーテックスなんだからちょっとくらい割れても平気でしょ? いいからあたしの気が済むまで思いっきり受けなさい!」

 ストレスの原因へ向け情け容赦なく攻撃を繰り出す夏凜。戸惑いながらもさばいていく丹羽。

 いつの間にかこうやって2人で訓練するのは新天地の調査が終わった後のルーティーンになっていた。

「はぁ、はぁ、ちょっと休憩」

「お疲れ様です、三好先輩。タオルとスポーツドリンクです」

 夏凜は全力で動いて汗だくだというのに丹羽は涼しい顔をしている。

 それが面白くなくて夏凜はつい「別にいいわよ」と意地を張ってしまう。そう言いながらも結局最後は受け取るのに。

 運動後の心地よい疲労感が身体を包む。昨日までの荒れていた心も驚くほど穏やかになっていた。

 やっぱり体を動かすのはいい。特に丹羽とこうやって打ち合いするのはストレス解消にはもってこいだ。

「ねえ、丹羽。あんた勇者部の誰かと付き合う予定とかないの?」

 唐突な夏凜の質問に、丹羽は飲みかけていた自分の分のスポーツドリンクを吹き出した。

「なんですか急に?」

「あたしとしては誰ともくっついていない今の現状の方が不思議なんだけど。風とかどうよ? 料理もうまいし世話焼きだし。姐さん女房でいいんじゃない?」

 夏凛の言葉に丹羽は首を振る。

「俺にとって勇者部の皆は大切な存在で、そういう邪な感情で見たことはありません。そりゃ、犬吠埼先輩にはご飯を作ってくれたりしてるので感謝してますけど」

「じゃあ東郷は? あの胸、男ならたまらないんじゃない?」

「人の話聞いてました? それに俺は胸の大きさで女性を判断しませんよ」

 その言葉に夏凜は「ふーん」と少し上機嫌になった。なぜかはわからないが。

「じゃあ友奈は? あの娘いい子だし」

「三好先輩は俺に死ねと? 結城先輩には東郷先輩がいるでしょ」

 またそれか。この百合厨め。

 まあ、丹羽と友奈が付き合う場合東郷が最大の障害となるのはわかる気がする。

「樹は? 同じクラスだし、仲いいでしょ」

「仲がいい=付き合うのは違うでしょ。それに俺は犬吠埼姉妹がイチャイチャしてるところに挟まるつもりはありません」

「じゃあ園子と銀は? 特に園子とは話が合うし、いいんじゃない?」

「あの2人にはそういう感情を向けること自体が恐れ多いんですよ。特に三ノ輪先輩は…俺が助けられなかった人ですから」

 なんか地雷踏んだみたいだ。沈む丹羽の顔を見て夏凜は慌てる。

「じょ、冗談よ! あんた最近防人の女の子たちと距離近いから」

 特定の相手でもいれば自分が心配するように防人の女の子たちの間で刃傷沙汰が起こるのではないのか?

 そんな夏凜の心配に、丹羽は笑って言う。

「心配しなくても三好先輩の思うようなことは起こりませんよ」

 この時、両者の間で認識の齟齬が発生した。

 夏凛は前述した防人の女の子たちの心配からの言葉だったが、丹羽はそれをにぼメブへと瞬時に変換する。

 その上で自分がその間に挟まる男になるのはあり得ないと発言したのだ。

 恐るべき百合厨の思考。微妙に認識が食い違ったまま会話は続く。

「あんたはそうでも向こうがそう思うかはわからないでしょう。前にも言ったけど、優しくするなとは言わない。でも優しくする以上責任をとる覚悟はしなさい」

「それは…うん、肝に銘じておきます。犬吠埼さんの例もあるので俺もあまり深くは関わらないようにしてるんですが…」

 丹羽の言葉にわかっていないと夏凛は首を振る。

「アレで? 言っとくけど、あんたと防人の子たちとの距離は近いわよ? 気づいていないみたいだから言うけど気をつけなさい!」

「心配しなくても俺に好意を向けてくれるなんてありえないですって。俺もそういう男女のアレはないし。無性なので」

「あんたは自分を過小評価しすぎなのよ! 優しくされて悪い気になる女なんてそういないんだから。特に(防人隊の子は)周りが女ばっかりで男に免疫がないんだから」

 夏凛の言葉にそう言えば楠芽吹は原作で母親と離婚して父親と2人暮らしのパパっ子だったなぁと思い出す。

「たしかにそうかもしれないですけど三好先輩のことが大好きだから俺が入る隙間なんてないでしょう(メブにぼ的に)」

「え、そ、そりゃ思ったより(防人隊の子たちに)好かれてて驚いたけど……って、今はそういう話じゃなくて! 最近あんた弥勒や加賀城雀と一緒にこそこそなんかやってるでしょ」

 その言葉に丹羽はわかりやすく動揺し目を逸らす。

「エエー、ナンノコトダカワカンナイデスヨー」

「ごまかすの下手か! 弥勒とメールで何かやり取りしたり、加賀城雀とこそこそ取引したり。楠芽吹とも妙に距離が近い。あたしの知らないところで何やってんの?」

 夏凛の言葉に言えるわけないと丹羽は押し黙る。

 まさか加賀城雀と四国から中国地方へ移動する間護衛する代わりに芽吹ハーレムの映像や写真をもらっているなど。

 夕海子の件は一応夏凜に了解をとっているが、話しているうちにその写真を兄の春信にも送っていることをうっかり話してしまうかもしれない。

 ついでにいうと最近芽吹と仲がいいのは再生した土地の名城を作る計画を立てていたからだ。その計画を話した時の芽吹の目はゆゆゆいでも見たことないほど輝いていた。

「ぜひ姫路城は私に設計から築城まで任せて頂戴!」と両手を握られぶんぶんと握手する姿に本当にお城が好きなんだなぁと思ったものだ。

 一方突如押し黙った丹羽に夏凛はまたイライラし始める。

(なんなのよ。あたしに言えないこと? またこいつは1人で抱え込んで)

 友奈も1人で抱え込む傾向があるがこいつも大概だと夏凛は内心でため息をつく。

 夏合宿の時そういうところを気を付けろと散々注意したのにこいつは治す気がないらしい。

 とはいえそのまま伝えてものらりくらりと躱されることは今までの経験上わかっている。なので夏凛はからめ手で丹羽を説教することにした。

「ねえ、丹羽。これはあたしの友達の話なんだけど」

 その言葉にえ? と丹羽は首をかしげる。

 夏凜の友達といえば友奈と東郷くらいだ。あとは芽吹や防人組だろうか?

 そんな話をどうして急に自分にしだしたんだろうと頭に疑問符が浮かぶ。

「実は、その友達の仲のいい友達が…いや腐れ縁かしら。そいつがどうしようもない自己犠牲馬鹿で、手に負えないんだって。しかも自分の魅力がわかってなくて無意識に人に優しくするタラシで友達は気が気じゃないそうよ」

 夏凛の言葉にあ、芽吹のことかと丹羽は納得する。一瞬友奈の話かと思ったが腐れ縁と言っていたから芽吹のほうだと確信した。

 おそらく友達というのも建前で本当は夏凜のことなのだろう。そこは正解なのに肝心なところを間違えていた。

 確かに夏凜とは腐れ縁で防人全員を生かすために自分を追い詰める自己犠牲精神もあり、持ち前のカリスマ性もあり性格も人たらしだ。

「友達はそいつが原因で毎日ストレスが溜まってるんだって。いつかそいつが原因で一緒に働く女の子の集団の中で刃傷沙汰が起こるんじゃないかって」

「いや、刃傷沙汰は起こらないでしょう。その友達の腐れ縁の人が起こさせないでしょうし三好先輩が気にしなくても」

 その言葉に「あ゛あ゛ん?」と夏凜のまなじりが上がる。

 夏凛は丹羽が「俺がそんなことするわけないじゃないですか」という今までお前何聞いてたんだという風に聞こえ、丹羽としては芽吹が隊長である以上そんなことは起こらないだろうという信頼からの言葉であった。

 だがそんなすれ違いに気づかず、会話は続く。

「こほん。で、そいつが友達に内緒で他の女の子と隠し事というか内緒で会っていることにイライラするんだって。これをアンタどう思う?」

「恋ですね」

 迷いのない言葉に思わず夏凛の思考はフリーズする。

 え、鯉? 恋? 誰が? 誰と?

「きっとその友達(夏凜)は腐れ縁の人(芽吹)のことを憎からず思っているんですよ。なのに自分に素直になれずに自分の他に女の子が周りにいてイチャイチャしている姿に無意識に嫉妬している。そのことを認めたくなくてイライラしてるんです! 間違いありません!」

 無論これはにぼメブ、メブにぼが見たいがための丹羽の虚言に近い推測だったが、夏凜はそう言えばと思い起こす。

 確かに自分は丹羽のことを大切な仲間だと思っている。7つの御霊を持った水瓶座戦で自分を奮起させてくれたことは感謝してもしきれない。

 それにストレスが溜るのは防人隊たちとの新天地での調査の時だけだ。勇者部の皆と一緒の時は特にそれを感じない。

 それはひょっとしたら防人隊の誰かが丹羽に告白して受け入れられることを恐れているからではないのか?

 今回の件だって芽吹が自分以上に丹羽の役に立ったことに対する嫉妬ともとれるし、しずくや夕海子、雀が知らない間に丹羽と仲良くなっていた焦りとも考えられる。

 それに今日のように丹羽と思いっきり身体を動かした後は嘘のようにそんなストレスなどなくなっていた。

 あれ? おかしい。本当に丹羽の言った通りではないか。

「え、あれ? おかしい。そうじゃなくて…えぇ…?」

 混乱する夏凜に、丹羽はダメ押しの言葉を告げる。

「三好先輩、(女同士の恋愛で)戸惑うのはわかります。でも、(メブにぼなら)きっと2人はお似合いです。あとは先輩が素直になれば」

 夏凛にとっては告白ともとれる言葉が告げられ、パクパクと酸欠の金魚のように口を開けたり閉じたりする。

 やがてこぶしを握り、うつむいた夏凜が絞り出すような声で言う。

「丹羽はあたし…じゃなくて友達がその腐れ縁のやつにどうするべきだと思う?」

 そんなの決まっている。メブにぼが見たい一心で丹羽はその背中を押した。

「告白すべきです。あなたのことが好きだ。あなたのことで頭がいっぱいだ。責任をとれと。相手は最初混乱するでしょうが、きっと受け入れてくれるはずです!」

「うん。うん……そっか」

 丹羽の言葉をかみしめた後、夏凜は丹羽の手を取り顔を上げて目をまっすぐに見た。

「丹羽、あたし……あんたが好き!」

 突然の発言に丹羽はキョトンとする。それは芽吹に言うはずの言葉ではないかと。

「あんたの言う通り、あんたが防人の子たちと一緒にいるだけで心配なのよ。誰かがあんたのこと好きになって告白して受け入れるんじゃないかって」

「ちょ、ちょっと三好先輩?!」

「勇者部の誰かなら納得できた。でも、会って数日の子に取られるのは嫌! 恋愛は時間じゃないってわかってるけど、防人の子たちを選ぶくらいならあたしが…あたしのほうがあんたのことを大切に想ってるし、渡したくない!」

 混乱する丹羽の手を引いて体勢が崩れたところに顔を近づけ、無理やり唇を奪った。

「これが、あたしの答えよ。あんたの言う通り、もうあんたのことで頭がいっぱいなの! だから責任取りなさい」

「ちょ、ちょっと待ってください三好先輩、三好先ぱーい⁉」

 こうして勘違いから始まった三好夏凛の告白は最終的に受け入れられ晴れて2人は恋人同士となった。

 ちなみに夕海子に送っていた写真を兄の春信に送っていたことがバレてしまい、夏凜はにっこりと笑った後丹羽とのキス写真を撮影し「あたしたちお付き合い始めました」という文面と共に春信に送った。

 そのメールを受けた春信は人目もはばからず泣きじゃくり3週間大赦保有の保養施設で心の傷を癒したという。




 夏凜ちゃんは恋人になった瞬間いっぱい甘えてきそう。(偏見)
 付き合う前はツンツンしてるけど親愛度が高くなって線の内側に入ってきた瞬間「誰てめえ?」ていうくらいのキャラ変してきて甘えてくると思う。
 それを見た春信お兄さんが今までの妹の態度との温度差でショック死するまでがテンプレ。

 三好夏凛ルート確定条件
〇9月までに親愛度がmax。
〇夏休み中20回以上夏凛と戦闘訓練する。
〇夕海子とメル友になり「今日の三好先輩」を15回以上送る。選択肢「春信にも送る」に「はい」と選択する。
〇夏合宿で夏凜の水着をほめる。
〇夏祭りで夏凛の浴衣をほめる。
 ゆゆゆのツンデレ代表夏凜ちゃん。何気に風先輩に次いで面倒見がいい性格なので困っているとサポートしてくれます。
 基本的に常識人で勇者部のツッコミエース。加入時期が他の勇者たちよりも遅いので信頼度、親愛度を上げるために積極的に関わっていきましょう。
 複雑な家庭環境で育って来たので家族愛に飢えています。犬吠埼姉妹と積極的に関わらせるように暗躍し、犬吠埼3姉妹を目指せば3人同時攻略も可能。
 隠れブラコン。指摘すると親愛度が大幅に下がるので注意。
 夏休み中の訓練は親愛度と信頼度と共に対人戦闘能力が上がる貴重な選択肢なのでぜひ選びたいところ。
 プレゼントにはにぼしとサプリ。話題はトレーニングがなどが効果的。スケッチブックをプレゼントすると彼女の前衛的な芸術センスを垣間見ることができます。
 サブクエスト「樹ちゃんのお願い」を達成すると信頼度、親愛度が爆上がりするヒロインの1人。やっぱり樹ちゃんのこと好きなんですねぇ…。
 にぼいつはいいぞ!


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【ヘテロ】バッドエンドルームにようこそパコ(園子・銀編)【注意】

 全国の変態叡智を愛するみんな! シコんにちは~。
 みんな大好きセキレイハメ。
 さて、本来はこのお話で物語は終了して完ケツ済み小説にするつもりだったパコが104話という中途半端な話数だったから物言いが入ったハメ。
 どうせならキリのいい数字の話数で終わらせた方がいいんじゃないかって。
 それなら本編の100話で終了させた方がよかった気がするパコ。
 まあ、そういったわけで次の105話でこの変態叡智小説も終了ハメ。
 これでボクの出番も終わり。これからはゆゆゆ新作アニメをスマホ越しにオ〇ホ越しに見る生活が始まるんだパコねぇ。
 その日まで放送休止期間という泥水とスク水をすする苦い日々を送り、放送開始日まで生き残ってイきパコって日々シコるつもりハメ。
 それではその日まで皆様、よい叡智叡智ライフを~!


 映像が終わり部屋が明るくなる。

 自分に向けられる4人の視線に顔を真っ赤にしながらそれでも夏凛はきっと見返した。

「なによ。言いたいことがあるなら言いなさいよ」

「いやいや、夏凜。アンタどの口で友奈のことあれこれ言ってたのよ」

 風の言葉に「ちょっとお姉ちゃん!」と樹から待ったがかかる。言うにしてももうちょっとオブラートに包めということだろう。

「わかってるわよ自分が間抜けなことは。今だから言うけど、あの時にはもう明吾に対する好感度というか、好きな気持ちがカンストしてたのよねあたし。だから、きっかけさえあれば」

 夏凛の言葉にうんうんと東郷がうなずいている。彼女にも覚えがあるのだろう。

「あたしの世界の風や樹、東郷には不義理なことをしたと思ってる。でもしょうがないじゃない! 好きって気づいちゃったんだから!」

「大丈夫ですよ夏凜さん。少なくとも夏凜さんの世界のわたしは応援してると思います」

 樹の言葉に夏凜はそっぽを向いて「ありがと」と小さく言う。それに続き風も告げる。

「まあ、最終的に両思いになったんならいいんじゃない? アンタらが幸せならそれに越したことはないわ」

「風…」

「私は許さないわ。元の世界に帰ったら風先輩と夏凜ちゃんは警戒対象ね」

 感動的な雰囲気だったのに東郷の言葉で台無しになった。

「考えてみて友奈ちゃん、樹ちゃん。夏凜ちゃんは私たちが明吾君…いえ、丹羽君を好きだとわかってるのに油揚げを奪うトンビのようにかっさらっていったのよ」

 その言葉に友奈の目のハイライトが曇る。

「そういえば、新天地調査の時、明吾君とずっと一緒にいるんだよね夏凜ちゃん。許せないなぁ……明吾君の隣は私だけの場所なのに」

「ちょ、友奈さん落ち着いて! なんか東郷先輩よりヤバいオーラが出てます!」

 オーラというよりは瘴気(しょうき)に近いプレッシャーを部屋中にまき散らしながら言う友奈を必死に落ち着かせようと樹が奮闘していた。

「それに風先輩は2人きりになった途端本能に任せて丹羽君を襲ったわ。力は丹羽君の方が強いけど性格からして風先輩を強く振り払えないはず。だから結局最後まで致して」

「しねーわよ! というか、少なくとも樹の世界のアタシはちゃんと妹の恋路を応援したいい姉だったでしょうが!」

 東郷の言葉に必死に否定する風。それを見つめる友奈、夏凜、樹の瞳は懐疑的だ。

「そうだね東郷さん。私、2度と風先輩と夏凜ちゃんは近づけないことにするよ。特に風先輩はお正月に甘酒飲んで酔っぱらって明吾君に抱き着いてた。あれも今考えれば確信犯だったんだね」

「あ、それあたしの世界でもしてたわ。明吾のやつもデレデレしてたから腹立ってたのよ」

「お姉ちゃん…」

「待って! マイシスター! 友奈と夏凜はいいけどアンタだけはアタシを信じて!」

『いやー、いい感じにギンギン…じゃなくてギスギスしてるハメねぇ。他人の不幸でオメ…じゃなくてオコメがおいしいパコ』

 セキレイの言葉に風はそもそもこいつが元凶だと思い至り着ぐるみのような胸ぐらをつかみ上げる。

「このクソ鳥めぇ…上映会も終わったんだからもうアタシたちを解放しなさいよ。元の世界に戻しなさい!」

「おおっと、それはまだ早いよふーみん先輩!」

 声と共に最後のガラスをぶち破れ!AAのように空間を無理やりぶち破って現れた何者かがスーパーヒーロー着地を決める。

 その姿にセキレイは『ハメェエエエ⁉』と珍しく取り乱し必死にそいつから離れようとしていた。

『の、の、乃木園子様ぁ! なんでこんなところにいるパコ!? あなた様は今回招待してないハメよ!』

 その言葉に「そういえば」と勇者部の5人は思う。

 勇者部で丹羽と付き合ったメンバ―の中に彼女がいないのはおかしな話だ。園子は加入時期こそ遅かったものの丹羽と共通の趣味(百合イチャ観察)を持ち、話が合うお似合いの2人だった。

 それこそ自分たちも嫉妬するほどの。それなのになぜ?

 それにセキレイのこの狼狽え様、何かあるに違いない。

「よくないなぁ…セキレイさん。わたしに内緒でこんな楽しいことしてたなんて」

 白い勇者服で槍を構える園子に『はわわ』と見た目に似合わないかわいい声を出しながらセキレイは後ずさる。

『いやぁあああ! もう勘弁してほしいパコォ! 小説のネタ探しのためにいろんな世界のご主人様と勇者部の皆との叡智叡智ライフを再生するのは嫌ハメ! もう逆さに振っても赤玉も出ないくらい能力使ってボクはマン身創痍なんだパコ!』

「嘘はダメだよ~。さっきまでふーみん先輩やわっしー、イッつんにゆーゆににぼっしー。5人の恋模様を再生したんでしょ?」

 笑顔で近づいてくる園子にめちゃくちゃ涙目になりながらセキレイは必死に逃げようとしていた。だが腰が抜けているのかバタバタするだけで全然動けていない。

「今回もネタに詰まっちゃってさぁ。いやー、別次元に逃げたから探すのに苦労したよ。この前のわたしと女体化したにわみんとイッつんとの三角関係のアイドルものを見せてもらった後ちょっと目を離した隙に逃げるなんて思わなかったからねー」

「あの、そのっち。その鳥…というか精霊と知り合いなの?」

 明らかに園子を恐れている下ネタしか言わないはずのセキレイが必死に命乞いしている姿に戸惑いながら、親友の東郷がみんなを代表して質問する。

「この子の能力は本当に便利なんよー。みんなも見ただろうけど、この子は別世界のあったはずの可能性の世界を見せてくれるんよー。それこそにわみんがわたし以外とお付き合いした世界とか、そこに至るまでの分岐点とかね」

 その言葉にこの園子も丹羽とお付き合いしている世界の園子なのだと全員が理解した。

「でもそれってその…嫌じゃないの? だって自分の恋人と他の女がイチャイチャしてる映像を見せられるのよ?」

「うーん。別に気にならないかな。わたしのにわみんはちゃんとわたしのこと大切にしてくれるし。それに、わたしはにわみんを独り占めしようとは思わないしねー。ミノさんだけじゃなくわっしーやみんなともにわみんを共有してもいいと思ってるし」

 その言葉に信じられないという顔をする友奈と東郷。

 さすが乃木家。懐が深い。それが恋愛方面にもあてはまるのが倫理的にいい事かどうかはわからないが。

「あ、ちなみにわたしはミノさんとにわみんを共有してるよ。にわみんって体力底なしだから。ほら、夜とかどうしても…ね? ふーみん先輩とにぼっしーならわかるでしょ?」

「確かに最終的にアタシが倒れて後片付けはアイツにしてもらうのは悪いと思ってるけど…って、なんで知ってるのよ!」

「いつも気絶するまで責められるからやり返したいとは思ってるけど、返り討ちに合うのよね。それがまたたまらないんだけど…ってなに言わせんのよ!」

 思わず素直に答えてしまった風と夏凜だったが園子がそのことを知っていることに驚き訊き返す。

「そりゃ見てきたから。ちなみにここにいる皆の映像も見させてもらったよー」

 爆弾発言に全員が顔を真っ赤にする。つまり園子には自分たちの恋愛模様はお見通しらしい。

「ちなみにこの子にはいろんな使い方があってね? にわみんが1番喜ぶ×××のシチュエーションとか、にわみんとわたしたち…バーテックスと人間の間に子供ができる未来とかも映し出すこともできるんよー」

「「「「「なんですって!?」」」」」

 園子の発言に5人は食いつく。

 人間とバーテックス。決して相容れない生物として子供ができなくても2人でずっと一緒に幸せに暮らしていこうと思っていた5人にとって園子の言葉はそれほど衝撃的だったのだ。

 あと丹羽が喜ぶ理想の×××のシチュエーションというのにも興味があったが。

「そ、そのっち教えて! どうやったら私のお腹に丹羽君の子供が!」

「いやいやわっしー。一応わたしたち中学生だからね。妊活は計画的に」

「次いつこの世界に来れるかわからないのよ⁉ いいから教えなさい!」

「園子さんだけ知ってるの、ズルイと思います!」

「そういう情報はみんなで共有しようよそのちゃん。だって私たち友達でしょ?」

「あ、あたしは別に子供とかどうでもいいけど。その、丹羽とあたしの子供なら当然かわいいと思うし。でもしばらくは2人きりでイチャイチャしたいかなぁ」

 東郷だけでなく風も必死だ。見ると樹と友奈、夏凜でさえ目の色を変えている。

 あらー、これはちょっと早まっちゃったかなーと園子は冷や汗をかく。みんな結構思い詰めてたみたいだ。

「まあ、それはこのセキレイさんに教えてもらえばいいんじゃないかなー? わたしもこの子のおかげでその可能性がある世界を知ったわけだから」

 園子の言葉に5人の視線がセキレイに向く。その真剣さに思わずセキレイは後ずさる。

『な、なんでみんなボクにそんな熱い視線を送ってるんだハメ? そんなに見つめられたら流石のボクも不安アンアンになっちゃうパコ。ちょ、やめ…アーーッ♂』

「さーて、みんなだけ見てわたしのお話を見せないのは不公平かなー。セキレイさん、わたしの世界の映像を見せてあげて」

『園子様ー! この状況わからないハメ! ボク今オ〇ホの耐久テストみたいにいろいろ引っ張ったりツッコんだりされてるパコ! それどころじゃ』

「やれ」

『はいハメ』

 言葉と同時に室内の電源が落ち、周囲が暗くなり画面に映像が流れ始める。

『それではよいドスケベライフを~…ってぎゃー! そこはやめてほしいパコォオオオ!」

 

 

 

 グッドエンドルート後のお話だと思いねぇ。

 

 レオ・スタークラスターと天の神との戦いの後処理やごたごたが終わり、その戦いで負った散華の治療が終了した1か月後のことである。

「勇者部のみんなに取り次いでほしい?」

 突如讃州中学の男子生徒に声をかけられた丹羽はなに言ってんだこいつ、という目を目の前の3人組に向ける。

「そうそう。勇者部のみんなってお前以外美人ぞろいじゃん。だから、お近づきになりたいなーって」

「先輩の頼みだし、もちろん断らないよなぁ1年生」

「乃木家のお嬢様とか犬吠埼、東郷の胸とかたまらねえよなぁ? なぁ、お前揉ませてもらったりしてんの?」

 百合イチャ好きの自分にとって聞いているだけで不快になってくる言葉をかけてくるのは見るからに遊び人っぽい男子生徒だ。

 制服を着崩し下には色付きのシャツを着ている。地毛ではない染めた髪特有の汚い茶髪。ウェーイとか言いそうな陽キャムーブ。

 丹羽は確信する。こいつらは百合の間に挟まる敵だと。

「お断りします。失礼」

 そう言って無視して通り抜けようとする丹羽の行く手を1人の男子生徒が止める。他の2名はにやにやと笑っていた。

「おいおい、そりゃねーんじゃない1年生君よぉ」

「自分だけかわいい女の子に囲まれてとられたくないのはわかるけどさぁ」

「先輩たちにもちょっとくらい融通してくれてもいいんじゃないのぉ? 痛い目に遭いたくなかったらさ」

 こいつら…。エ〇同人に出てきそうないかにもなキャラだな。

 名前は知らないが丹羽のことを1年生と言っていることから2年か3年生だろう。原作にはこんな男子生徒はいなかったんだけどなぁと丹羽はどうしたものかと思う。

 ここで下手に問題を起こすのは得策ではないだろう。丹羽はバーテックスなので人間に負ける理由を上げる方が難しいのだが、大赦にマークされている身でもある。

 もしこちらが先に手を出して、大赦の人間に人型との交渉にそれを持ち出されてはたまらない。

「つうかさあ、東郷って胸でけぇけど一緒にいるあの赤い髪の奴はいらねえよな」

 ん? 今なんて言った?

「ああ、あの胸もない中途半端な奴な。名前なんだっけ?」

「さあ。どうでもいい奴のことなんて憶えてねーよ」

 ゲラゲラ笑う3人組を黙らせたのは丹羽が放った殺気だった。

「おい、テメェ今なんつった」

 自分たちに向けられた明確な殺意に思わず3人は黙り込む。背筋に冷たいものが走り足に流れるはずの血が冷たくなっていくように感じる。

「ゆうみもがいらねぇだと? よくも俺のベストカップリングをコケにしてくれたな……東郷先輩が手を下すまでもない。百合が尊いと思えるようになるまで百合好きに洗脳(教育)してやんよ」

 百合の間に挟まる男は許さんとばかりにキシャー! と3人組を威嚇した。

 とその時チャイムが鳴り、一瞬気をとられた丹羽が視線を戻すと3人組はすでに消えている。

 丹羽の放つオーラにこいつヤベェとすぐに判断し逃げ出したらしい。判断が早い。

 ちなみにその様子を偶然(?)見ていた東郷によりこの事実が勇者部全員に伝えられ、丹羽に対する親愛度が少し上がったのだが物語が終了した後だったのであまり意味はなかった。 

 

 

 

 その日の夕刻。丹羽明吾は乃木園子と三ノ輪銀が生活する乃木家別邸を訪れていた。

「おじゃまします」

「いらっしゃいにわみん! 入って入ってー」

「おう、丹羽。いらっしゃい!」

 引き戸を開け玄関に足を踏み入れた丹羽を園子と銀が笑顔で出迎える。

 乃木家本邸と三ノ輪邸は大橋にあり、そこから讃州中学に通学するのは不便だ。

 なので園子と銀は乃木家が所有するこの別邸から讃州中学に通っている。

 ちなみになぜ丹羽が今日そこを訪れたのかというと、大赦との取り決めのためだ。

 丹羽明吾が四国に戻り、今まで通り人間として生活するために保護という名の監視がつくことが大赦で決まりかけた時があった。

 それに待ったを賭けたのは園子で、週に2回自分の元で生活する代わりにそれを免除しろと迫ったのだ。

 大赦としては絶対に丹羽を監視下に置きたい。しかし今回の壁の外の状況を伝えてきた乃木園子には多大な功績と恩があり、さらにいえば間違った神託で丹羽を窮地に陥らせたという弱みもあった。

 大赦での協議の結果、1週間に3日の間丹羽明吾の監視を解き、その間は乃木園子の保護下に入るという条件で合意されたのだ。

 無論、裏で絵をかいていたのは園子だ。園子としては自分が丹羽を保護下に置くことで丹羽を独り占めしたかったが、それをすると乃木家が大赦以上の力を持つことになり他の人間から疎まれることになる。

 さらに丹羽の存在が生活の一部となっている犬吠埼姉妹から取り上げるのにも抵抗があった。

 たとえ恋のライバルであっても、正々堂々勝負を挑み丹羽と付き合い最後に手に入れるのは自分だと。

 そう、乃木園子は丹羽明吾のことが大好きだった。

 同じ趣味を持ち話が合う。顔が中性的なので女装させるのも楽しい。

 なによりもう治らないと思われていた散華を精霊を使い5日間一睡もせずに治してくれた恩人でもある。

 園子が彼に惹かれるのは自然なことだった。

『ソノコー』

 丹羽が靴を脱ぎ居間へ向かう途中胸が光り1体の精霊が園子の胸に飛び込んできた。

 精霊スミ。銀そっくりの姿をした人型の精霊だ。

「あ、リトルミノさん。いらっしゃい」

『ソノコー、ふかふかー。いいにおい』

「おいこらあたしのそっくりさん。お前昼に散々須美のおっぱいに顔をうずめてたくせになに園子の胸にまで顔突っ込んでんだよ」

 額に青筋を浮かべ親友2人にセクハラをかましているスミを銀がつかむ。

 天の神(RX)との戦いの後、スミは丹羽との約束通り新天地にいるKカップのお山にビバークしに行くことになった。

 そこにいた麻雀漫画の咲~s〇ki~の原〇(のどか)と真〇由暉子(ゆきこ)の胸の間に挟まる原作のエトペンのような状況になり大変満足した様子でいた。

 その後しばらくは女性を前にしてもビバークしたりせず大人しくしていたのだが最近また登山欲求が出てきたらしい。

「そういえば三ノ輪先輩はスミのビバークの被害に遭ってませんね」

 何気なく漏らした丹羽の言葉にそう言えばと園子もうなずく。

 それにあっけらかんと答えたのは銀だ。

「あたしはこいつがそうしない理由、なんとなくわかる。お前ら、自分とそっくりのやつの胸触って楽しいと思うか?」

 その言葉になるほどと思った。見ればスミもうんうんとうなずいている。

『そうだぞー。けっしてアタシのおっぱいが登りがいのないお山だからとかじゃないからなー』

「言うじゃねーかあたし。こりゃどっちが上かそろそろわからせなきゃダメか?」

 乃木家別邸を訪れるたびにこういうプロレスじみたやり取りが行われている。仲良しだなぁと思いながら丹羽はバチバチと火花を散らせる銀とスミを放っておいて園子とリビングに向かった。

「にわみん、どう? 収穫は」

「ええ。今週は三好先輩が犬吠埼家に遊びに来てくれてふうにぼいつがキテマシタワー。セッカさんに上等な生地を献上することで詳細を」

「いいな、いいな! 他には他には?」

「結城先輩と犬吠埼さんが仲良しさんでしたねぇ。ゆういつは見てて和みます。両方いやし属性だから当然ですが」

 家に遊びに来て1番最初にやることが百合談義とは。

 スミを肉体言語でわからせて持ち主の丹羽に返そうと連れてきた銀はその光景に思わず「うへぇ」と声が出る。自分には到底ついていけない。

「わたしはゆーゆとわっしーのいつもの。それとゆーゆとにぼっしーのカップリングを見ることができたんだぜー。同じクラスだとこういう時お得だよね!」

「シチュエーションは?」

「授業中ノートの端の落書きでしりとりとか、体育の授業でのボディタッチとか。前に比べてわたしたちのこと警戒してるのか自然なやり取りは見れなくなったかなー。それが醍醐味なのに」

「俺の精霊も警戒されてますからねぇ。最近犬吠埼先輩もナツメさんやセッカさんがいると警戒するんですよ。その分シズカさんとかアカミネさん、ミロクさんにはノーガードなんですが」

 丹羽が悪い顔をする。その様子に園子も同じような顔でにこにこと笑いあう。

「にわみん、お主も悪よのぉ」

「いえいえそのっち先輩ほどでは……とそうじゃなかった。今日はちょっと真面目な話があるので、夕食後時間を作ってもらっていいですか?」

 丹羽の言葉に園子と銀は首をかしげる。それを告げた丹羽の顔が珍しく真剣だったからだ。

 

 

 

 夕食が終わり乃木家のお手伝いさんが下がった後、丹羽は2人に頭を下げた。

「まず最初に謝っておきます。ごめんなさい」

 突如謝罪されて園子と銀の2人は戸惑う。

 百合イチャを見るために自分たちに内緒で何かしたのだろうか? いや、それならこんな真剣な顔はしない。

 どういうことか訊こうと銀が口を開きかけて、園子にそれを制される。

「そのごめんなさいは、何に対してのごめんなさいなのかな? にわみん」

「俺がそのっち先輩と三ノ輪先輩を騙していたことに対しての謝罪です」

 その言葉に2人は顔を見合わせる。

 丹羽がバーテックスだったというのは自分たちだけではなく勇者部のみんなが知るところだ。

 それ以上に衝撃的な事実などあるのだろうか? 疑問に思いながらも話を促す。

「俺が人型のバーテックスに作られたという話はもう知ってますよね」

 丹羽の言葉に園子はうなずく。

 丹羽の創造主であり銀の命の恩人である人型のバーテックス。

 それに関わりのあることだろうか? そう思った園子の目が、次の瞬間見開かれた。

「実は俺、記憶がないなんて嘘なんです。本当は、創造主である人型のバーテックスの記憶を継承しています。もちろん、三ノ輪先輩を助けられなかったあの日の記憶も」

 銀はそれがどうかしたのかというように首をひねっていたが、園子は怒りから拳を強く握る。

 今まで自分は、いや勇者部の皆は丹羽が人型のバーテックスに作られ送り込まれた結果2年以上前の記憶がないのだと思っていた。

 だがその前提自体がこの話では嘘だったということになる。つまり、最初から勇者部の皆や自分たちを騙すために近づいた。

 目の前の人の姿をしたバーテックスはそう言ったのだ。

「あの日、3人を…銀ちゃんとそのっち、須美ちゃんを助けられなくてごめんなさい。間に合わなくてごめんなさい。俺があと少し早くたどり着けていれば…いや、それより前の蠍座を俺の勝手な判断で倒さなければ3人があんな大怪我をすることは」

「園子⁉」

 園子は気が付けばスマホを手にして変身し、丹羽に武器の槍を突き付けていた。

 瞳は冷酷であり温度を感じさせない。

「おいやめろ園子! 丹羽が人型の記憶を持っていたからって何だって言うんだよ!」

「ミノさん。わたしはにわみんが…ううん、こいつが善意から勇者部の皆や私たちに優しくしてくれてるんだと思ってた。でも違った」

 突き付けられた槍に臆することなくこちらを見返してくる目が腹立たしい。園子は槍を胸のあたりに突き付ける。

「人型さんの記憶を持ってるなら、憶えてるよね? 私が槍であなたを滅多刺しにしたこと」

「ええ、もちろん」

「やめろ園子! 今のお前、なんかおかしいぞ!」

 銀の声も聞こえないほど園子の血は頭に上っているようだった。

「ふざけないでよ」

 声は涙声だ。だが、怒りを込めた隠し切れない慟哭だった。

「わっしーを助けてくれたのも、バーテックスを倒したのも、わたしの散華の治療をしてくれたのも、同じ趣味の話で盛り上がったのも! 全部全部演技? それともただの罪悪感からの罪滅ぼしだったっていうの⁉」

 信じたくなかった。自分を助けてくれたのは優しさで、丹羽明吾という人間の善意なのだと。

 だが丹羽が人型の記憶を持っていたとしたら行動原理がすべて打算からの行動に変わる。

 どうして黙っていてくれなかったのか。どうして自分たちを騙したままでいてくれなかったのか。

 その方が、ずっと幸せで…丹羽明吾というバーテックスを好きなままでいられたのに。

「ミノさんとわたしとわっしーを助けられなかったから、勇者部の皆と一緒に戦ってくれたの? バーテックスから守ってくれたの?」

「はい」

「どこからどこまでがあなたの…あなたたちの筋書きだったの? 教えてよ」

「散華の治療ができたのは偶然。2年間で三ノ輪先輩の意識が戻らなかったのは誤算。最終的に目を覚ましたのも偶然ですね。7体のバーテックスが融合してアクエリアス・スタークラスターになったのは誤算。あと神樹と天の神まで敵に回したのも誤算ですね」

 そこから丹羽は語っていった。人型のバーテックスはある程度未来を見通す能力を持ち、自分はその通り行動していたと。

 バーテックスが訪れる周期を知っていて攻略法も承知していたこと。12体倒してもまたやってくることも知っていた。さらに言えば防人たちの存在も2年前から知っていたのだそうだ。

 その言葉に園子はただただ驚くしかない。

 なんてことだ。自分たちは最初からこいつと人型のバーテックスの手のひらの上だったのかと。

「俺ともう1人の俺の目的はただ1つ。誰も何も失わず、この理不尽な不幸が待っている物語から少女たちを救い出すこと」

 丹羽の言葉に園子は手に持った槍を握る手に力を籠める。なんとなく、次に丹羽が言う言葉がわかったからだ。

「だから、それが終わった今。そのっちと銀ちゃんには俺を裁いてほしいんです。2人の幸せを…当たり前の日常を奪ったのは俺だから。だから、壁の外で土地の外を再生している俺には手を出さないでください」

 深々と頭を下げて土下座する丹羽に、園子は冷たい瞳で武器を突き付けたまま告げた。

「そんなこと言って、わたしが君を許すと思う?」

「いいえ」

「2年間だよ? ミノさんの大切な2年間をあなたは奪った。ミノさんの家族からも。それは許されると思う?」

「いいえ」

「やめろ園子!」

 園子と丹羽の間に入り、銀は必死に説得する。

「お前が丹羽を…人型のバーテックスを許せない気持ちがあたしにはわかんねぇ! そいつと人型はあたしの命の恩人なんだ! それに丹羽も大事な後輩だし」

「ミノさん」

「もしお前がその槍を使うなら、あたしごと貫きやがれ! あたしはこいつと人型のやつには感謝しかしてねえ! それに丹羽は間に合わなかった、助けられなかったって言ったけど、バーテックスに助けてもらえるなんて当時のあたしたちには想像もしなかっただろうが!」

 必死に訴える銀に、園子はため息をつく。それからスマホをタップして変身を解いた。

「園子?」

「もー、ミノさん! 今にわみんの弱みに付け込んで色々要求できる絶好のチャンスだったのにー! いろいろ台無しだよー」

 先ほどまでの冷たい刃みたいな雰囲気が嘘のように普段のぽわぽわモードの園子に銀は「へ?」と思わず固まる。

「人型さんとはとっくに和解してるし、さっきにわみんが話してたような内容は人型さんも謝ってくれたの! だからにわみんが気にする必要は全然ないの!」

「え? あれだってお前…だったらなんであんなこと?」

 わけがわからず混乱する銀と丹羽に、園子は「そんなの決まってるでしょー」と丹羽を助け起こし、そのままギューッと抱きしめた。

「わたしの2年間を返して―ってにわみんをわたしから離れられないようにしようとしてたのに。計画が台無しだよー。勇者部の皆もにわみんのこと狙ってるから、早いうちに婚約宣言とかしようと思ってたのに―」

 丹羽に抱き着きイチャイチャという擬音が付きそうなくらい近づいている園子に、銀は思わずずっこけて言う。

「な、なんだそりゃ―⁉」

 一方で丹羽は驚きから声も出せない。今回の懺悔で最悪園子や銀に恨まれて殺される可能性も考えていただけに、園子の行動は予想外すぎたのだ。

 真意がわからず自分に抱き着く園子を見る。その視線を受け、園子はにっこりと笑った。

「あのねにわみん。君が思い悩んでることなんて、わたしとミノさんは気にしてないの。ミノさんも言ってたけど、間に合わなかった、助けられなかったって悔いているならそれはお門違いだよ。本当は、わたしたちがあの3体を倒さなくちゃいけなかったんだから」

「それでも…それでも俺がもう少し早くたどり着いていれば誰も傷つかずに済んだ! 2人だって須美ちゃん…東郷先輩といっしょに普通に中学生として讃州中学に通って勇者部で楽しく過ごせた未来もあったかもしれないのに!」

 泣きそうな顔をしている丹羽に、ああ、この子はまだ2年前の出来事にとらわれているんだなと園子と銀は知る。しかも自分たち以上に。

「あのねにわみん。わたし、今までの2年間が不幸だったなんて思わない。そりゃ、2年間ベッドの上で寝たきりだったけど安芸先生や防人の皆も居たし。わっしーが幸せに生きているっていう希望もあった。なにより今、人型さんとにわみんのおかげでわっしーやミノさんと一緒に勇者部の皆と楽しく過ごせてるし」

「そうだぞ丹羽。あたしなんてあの時死んでてもおかしくなかったんだからなー。2年間園子や須美、家族を心配させたけどそれでお前を恨みやしないよ」

 2人の言葉に、丹羽の瞳から涙が流れ嗚咽を漏らす。

「どうして恨んでないんですか、どうして許してくれるんですか…。俺は、どうやってこれから2人に償っていけば」

「いらねーよ、償いなんて」

「にわみんはにわみんのままでいてくれればいいんだよー。それが、わたしたちは1番嬉しいかな」

 2人の笑顔に、丹羽は子供のように泣きじゃくった。

 それは丹羽明吾というバーテックスが勇者の誰にも見せたことのなかった情けない姿。

 それを知るのは、ただ2人。銀と園子だけだった。

 

 

 

 丹羽の懺悔の告白から数日後の昼休み。

 三ノ輪銀は1人屋上をさらにはしごで登った高い場所にいた。

 人3人ほどが転がれるスペースで何をするでもなくぼーっとしている。

 頭の中にあったのは丹羽が懺悔したその日の夜の出来事だ。

 あの日の夜。ふと目を覚ますといつも隣で眠っているはずの園子の姿がなかった。

 トイレかと思い自分も催してきたのでついでに探しに行った時、丹羽がいる寝室に明かりがついているのが見えたのだ。

 興味本位で近くを通りかかり耳を澄ました銀の耳にその声は聞こえてきた。

「たとえにわみんがバーテックスでも、わたしがあなたを好きなこの気持ちに嘘はないよ。だから、嫌なら振りほどいて」

 間違いなく園子の声だ。その後丹羽の戸惑うような声。そして……

「だー! やめやめ!」

 思い出しかけたその夜の出来事を無理やり頭の中から追い出す。

 園子が丹羽に告白した次の日から、銀は2人を避けていた。

 理由はわからない。ただ胸の中がもやもやする。

 それは一緒に暮らしていた親友を丹羽に取られたと思ったからか、あるいは…。

 そこまで考えてあり得ないと銀は首を振る。確かに丹羽に思いを寄せられているのではないかと冗談交じりに園子に漏らしたこともあったがそれは人型のバーテックスの記憶があったからで、丹羽自身は銀に特別な想いを抱いていたわけではないとわかったばかりではないか。

(まったく、何を期待してたんだか)

 今頃2人は勇者部の部室でイチャイチャしてるんだろうなぁ…と思いながら放課後は勇者部に顔を出さなければならないことにちょっと憂鬱な気分になっている銀の耳に、その声は聞こえてきた。

「で、首尾は?」

「万全だ。あの丹羽って奴、俺が書いたラブレターを本物だと信じ込んでるみたいだぜ」

「ったく、フラミンゴみたいな名前をしてるくせに調子乗ってるからだ」

 声は下の方から聞こえてきた。どうやら男子生徒3人が密談しているらしい。

 銀の姿は死角になっていて誰も気付いていないようだ。そいつらが会話している中に丹羽という言葉が聞こえ、銀は耳を澄ます。

「たかが合コンのセッティング頼んだだけなのにおどかしやがって。なにが百合の間に入る男は許さんだ」

「わけわかんねえよなぁ。自分はあんなきれいどころに囲まれてるくせに」

「勇者部の女の子を独り占めにして、マジ許さん」

 どうやら会話から察するに彼らは勇者部の女の子を紹介してもらおうと丹羽に近づいて返り討ちにあったのだろう。

 茶髪にピアスと見るからに遊び人な見た目だった。銀もああいう手合いは園子や樹に近づけたくない。

 東郷に聞いていたとはいえこういうやつらを未然に追い払ってたのか丹羽の奴…と銀は1人感心していた。

「でも、あいつ本当に来るのか? たかがラブレター1つで」

「問題ない。ラブレターもらって浮かれない男はいねーよ。ましてあの陰キャみてーなやつは小躍りしてるだろうぜ」

「しかも『来てくれなかったら死にます』って書いておいたからな。勇者部って正義感強い奴らの集まりなんだろ? だったら見捨てねーよ」

 ゲラゲラと笑う3人の男子生徒に銀は不快感しかわかない。

 なんだこいつら。丹羽のことが気に食わないなら直接言えばいいのに、なんでこんなひどいことするんだよ。

 思わず下に降りてボッコボコにしてやろうかと立ち上がりかけた銀の耳に昼休み終了のチャイムの音が聞こえてきた。

 たむろしていた男子生徒3人が屋上から去った後、銀はスマホを取り出し園子に連絡していた。

 放課後。

 珍しく勇者部の活動を休む丹羽を不審がり後をつけた勇者部の面々が見つけたのは、体育館裏で待ちぼうけを食らっている丹羽の姿だった。

 手にはピンク色のかわいい封筒を持ち、きょろきょろと辺りを見回している。その様子は一発で人待ち状態なのは明白だった。

「樹の情報通り、どうやら本当にラブレターをもらってたみたいね」

 風の言葉に樹はうなずく。

「うん、登校してきて机に手を突っ込んだ後、急にどこかへ行ったから変だと思ったんだ。だから席を外した時を見計らって中身を改めたよ」

「樹、普通にそれやばい行動だからね。同じクラスとはいえ普通はやっちゃいけないことよ」

 普段の彼女からは考えられないような行動をした樹に若干引きながら夏凜がツッコむ。

「それにしても相手の女性はいつ来るのかしら? さすがに待たせすぎじゃない?」

「だよね。丹羽君がここに来てからもう30分は経ってるよ」

 こそこそ隠れながら言うのはゆうみもである。

 なんだかんだ言って彼女たちも思春期の乙女。他人の色恋が気になるお年頃なのだ。

「しっかし、丹羽に告白とは奇特な奴もいたものね」

「そうそう。あんな百合イチャ好きのどこがいいんだか」

 そう語る風と夏凜だが、声にはどこか焦りが感じられた。

「ええ、本当に。ぽっと出の癖に丹羽くんのことを好きだなんて…おこがましい」

「樹ちゃん? なんか身体から東郷さんみたいな黒いオーラが出てるんだけど」

「え? 私こんなの出してたの? 嘘でしょ友奈ちゃん」

 隠し切れない剣呑な雰囲気を出している樹を諫める友奈とその言葉にショックを受ける東郷。

 5人とも内心では丹羽がこの出来事をきっかけに勇者部以外の誰かと付き合うのではないかと気が気ではないかったりする。

 一方その様子を陰から見守っているもう1組のグループがいた。

「ど、どうするよこれ? 勇者部に誰もいなかったから丹羽のいる場所に行ったら勇者部の皆ここにいるし」

「これじゃあ丹羽がいない間にお誘いとか無理じゃん! 誰だよこんな計画立てた奴」

「しかも実は俺らが嘘の手紙で呼び出したってバレたら勇者部の女の子たちの好感度爆下げじゃん! やべーよ」

 男子生徒3人組が困惑している。

 策士策に溺れるとはこのことで、まさか丹羽が勇者部メンバーたちにここまで慕われているとは思っていなかったようだ。

「そういえば乃木は? こういうのアタシたちが知らなくてもどこかから嗅ぎつけてそうだけど」

「そういえばいないわね。珍しい」

「そのっちもそうだけど銀もいないのよ。どうしたのかしら」

 風の言葉に夏凜がうなずき、東郷が首をかしげる。

「しっ、3人とも黙って! 誰か来ました」

 樹の言葉に全員が丹羽の方を見た。

 そこにいたのは黒髪のかわいらしい少女だ。丹羽と相対して何事か話し合っている。

 その少女を見て丹羽は何か驚いた様子だが話は続いていた。どうやらそんなに悪い雰囲気ではない。

 その様子を見て男子3人組は大混乱に陥っていた。

「おいおいおい、誰だよあの娘!」

「知るか! 勇者部の女の子に負けないくらいかわいい娘じゃねーか!」

「ぬぐぐぐ、なんであの男ばっかり」

 やがて話がまとまったのか、丹羽と少女が抱き合い腕を組んでこちらに近づいてくる。

 男子生徒たちは慌てて隠れようとするが近くまでくるとにっこりと笑って女子生徒は言った。

「ありがとう。あなたたちのおかげで丹羽くんとお付き合いすることができました。あたしの気持ちを代筆してくださって助かりました」

 その言葉に男子生徒たちは固まる。この少女、自分たちが書いたラブレターの内容を知ってる!?

「あたしたちこれからデートなんです。それと、こういう風に女の子の名前を騙って人を騙すような男の人って…最低だと思います」

 その言葉に男子生徒たちは真っ白になった。自業自得とはいえ相当ショックだったらしい。

 それから丹羽と女子生徒は腕を組み校舎の外へ向かう。

 ポカンとその様子を見守っていた勇者部の5人もそれを尾行し、やがて公園へとたどり着くと2人はベンチへと座った。

「だ、誰なのあれ!?」

「知らないわよ! 樹、あんたは…ってどうしたの?」

「許さない許さない許さない許さない」

「本当に、誰なのかしらあのぽっと出の女は。丹羽君も丹羽君よ。デレデレしちゃって」

「樹ちゃん、東郷さん⁉ なんか2人がこわいよー」

 普段は温厚な2人が暗黒面に落ちている姿に戦々恐々とする友奈と夏凜。

 そしてそこに現れた1人の女子生徒に風は驚きの声を上げた。

「乃木⁉ え、女の子の方もカツラをとって…あれ銀じゃないの⁉」

 丹羽と一緒にいた美少女はウィッグをつけた銀だったのだ。

 

 

 

「で、どうだった作戦は」

「うまくいったぜ。あいつら鳩が豆鉄砲を食らったような顔してた」

 昼休み、男たちの謀略を知った銀は園子にすぐさまそのことを報告し、話し合った。

 そして立てた作戦は、【嘘の手紙を出したら本当に告白相手が来ちゃった】作戦だ。

 効果は抜群だったらしく、3人組の男たちは大層驚いていた。そのことが痛快で銀は笑顔で丹羽と園子とハイタッチする。

「いやー、あの3人組もそうだけど丹羽の驚いた顔といったら…誰だこの美女って困惑してたからなー」

「え、普通に三ノ輪先輩ってわかってましたけど。ただ、どうしてそんな恰好してるんだろうなーと」

 丹羽の言葉に銀は固まる。え、バレてたの? と。

「にわみーん。本当は手紙も嘘っぱちって知ってたんでしょー。なのになんで待ち合わせの場所に?」

「万が一本物だったらと思って。来てくれなきゃ死ぬって書いてありましたし」

「本当に―? 俺にもモテ期来たんじゃね? ってウッキウキしてなかったー?」

「してませんよー」

 キャッキャと楽しく話す園子と丹羽に、ああ、本当に仲がいいなぁと銀は胸の奥が苦しくなるような気がした。

 どうやらそこに自分の入り込む余地などないらしい。そう思いさりげなく2人きりにしようと思い姿を消そうとしていると園子に腕を掴まれた。

「ねえミノさん。どうして最近わたしとにわみんのこと避けてるの? わたしたち何かした?」

 自分を見つめる心配そうな2人の視線に、銀はごまかしてもしょうがないと胸の内を語る。

「その、この前丹羽が泊まった時、聞いちゃったんだよ。園子の告白。だから…」

 その言葉に園子と丹羽は顔を真っ赤にした。どうやら避けられる心当たりに思い至ったようだ。

「えっと、もしかして最後まで聞いてた?」

「……おう」

 だけど心配するな。誰にも言わないから。

 そう言おうと笑顔を作ろうとした銀の口が園子に塞がれ、びっくりして思わず唸る。

「ん~!? んん~! むぐー!」

「どうやらミノさんをこっち側に引き込む必要があるみたいだね。にわみん、行くよ!」

「え、ちょっと、そのっち先輩!?」

 ちなみにこの時園子と銀の間では認識の齟齬が発生していた。

 銀としては園子が丹羽に告白してキスした場面までを最後と。

 園子としてはその後に丹羽に語った【勇者部百合の桃源郷計画】の詳細を銀が聞いたのだと思ったのだ。

 あれはまだバレるわけにはいかない。特に部長の風と東郷にバレたら終わりだ。

 こうして勘違いから銀は丹羽と園子の共犯者となり、仲を深めていった。

 その結果丹羽を想う自分の気持ちと向き合い、園子と丹羽を共有するという不思議な三角関係へとなっていたのだ。




 そのっちルートは単独だと108式はあるぞ!
 ノーマルエンドでもグッドエンドでもヘテロ堕ちしなくてもそのっちは容赦なく丹羽君を攻略してきます。
 同じ趣味を持つ百合イチャ好きの同志だからね。切磋琢磨しあう敬愛が恋愛に発展しても何もおかしくはない。
 銀ちゃん単独ルートは逆にかなり厳しいです。
 なぜなら丹羽君は銀ちゃんに対して無意識に負い目があり、そういう対象としては見てはいけないと思っているから。
 丹羽君はいわゆる銀ちゃんのエ〇絵じゃ抜けない勢で生きてるだけで尊い勢です。
 まあ、わすゆルートがある意味銀ちゃんルートだし。銀×銀で勇者部とくめゆ組に囲まれて楽しく生きていてほしい(切実)。
 次回で本当に終わり。みんな大好きハーレムエンドルート(ギャグ寄り)


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夢見た先はハーレムエンド♡

※グッドエンドルート後の話だと思いねえ。


『そのっち…そのっち起きなさい』

「むにゃむにゃ。ぐーすかぴー」

『そのっち…にぼっしー兄とにわみんが半裸で抱き合ってるよ。起きて見なくてもいいの?』

「なにそれ見たい!」

 目をぱっちりと開き、園子はがばっと布団から起き上がった。

 だがそこにあるのは暗闇一面の世界。いつもの自室ではないことに頭に疑問符を浮かべる。

「あれぇ? ここどこ?」

『起きたみたいだねーそのっち。昔の自分ながらこれで目を輝かせて起きるのはちょっと引くよ』

 声の方を見ると綺麗なお姉さんがいた。

 すごい美人だ。仕事ができるバリバリのキャリアウーマンといった感じでスーツがよく似合っている。

 それにどこか見たことのあるような顔…というかいつも洗面所でよく見ている顔がそこにあった。

「え? あれ? ひょっとしてあなた…大きくなったわたし?」

『さすが過去のわたし。話が早いんよー。わたしはあなたから見て10年後の乃木園子。アダルトそのっちとでも呼んでもらっていいんよー』

 今より出るとこも出ていてセクシーになっている自称乃木園子に、園子は目を瞬かせる。

「いや、24歳にもなって自分のことそのっちっていうのはちょっと痛い」

『何か言ったかなぁ?』

「ナンデモナイヨー」

 どうやら地雷発言だったらしい。圧をかけてくる自称未来の自分から目を逸らしながら、園子は尋ねる。

「で、10年後のわたしがどうしてわたしの夢の中に?」

『そのっち。これは残念ながら夢じゃないんよー。現実。圧倒的現実なんよー』

 声に悲壮感をにじませながら10年後の乃木園子は言う。それに首をかしげる園子に、10年後の園子は説明しだした。

『わたしが今日ここに来たのはあなたに伝えたいことがあったから。多分もうすぐあなたの人生にとって重大なターニングポイントが訪れるんよー』

「ターニングポイント?」

『そう。わたしが一生結婚できるかできないかどうかの、重大な、ね』

 言った後どんよりとしたオーラが10年後の乃木園子からあふれ出す。その様子に園子は困惑しかない。

「え? 結婚? どういうこと?」

『そのっち、よく聞いて。近いうちににわみんがいつものように壁の外へ行って身体のアップデートをしてくる。その翌日が勝負の日だよ』

 自分の肩を掴み、真剣な顔の10年後の乃木園子に戸惑いながらも耳を傾ける。

『その日は朝からにわみんの様子がおかしいからよくわかると思う。で、放課後は絶対ふーみん先輩と一緒に部室で2人きりにしちゃだめだよ!』

「どうしてー?」

『にわみんの身体に今までなかったもの…オチ〇チンが生えちゃってるからだよ!』

 10年後の園子が放った突然の下ネタに園子の顔が真っ赤になる。

 乃木園子14歳。小説でそういう描写は書けても実際に見たり聞いたりするのは苦手なまだ初心な少女であった。

『オチ〇チンが生えたことで2年間抑え込んできた性欲が爆発。部長のふーみん先輩に処理を頼んだにわみんはなし崩しにそのまま』

「え? え? え? にわみんとふーみん先輩が? 部室で? え?」

『顔真っ赤にして混乱しない。散々そういう小説書いたり読んできたでしょーに。というか、にわみんもなんでわたしを頼ってくれなかったのかなぁ。わたしはウェルカム状態で絶対断らなかったのに』

「違っ、わたしそんなえっちじゃないもん!」

 10年後の自称自分に必死に反論する園子。それに『あー、そういうのいいから』と24歳の園子はひらひらと手を振りながら言う。

『それでふーみん先輩とにわみんは付き合い始めたんだけど…問題はふーみん先輩が卒業した後。今思えばこの時無理やりでもにわみんを略奪していれば』

「そんなことしない! だってふーみん先輩は大切な仲間だし、にわみんが幸せならわたしは」

『まあまあ、人の話は最後まで聞いてよそのっち。その上で反論があれば聞くから』

 わかってるわかってると言わんばかりの10年後乃木園子に促され、いつの間にか表れていた座布団とちゃぶ台。その上に置かれていたお茶とお菓子を勧めながら24歳園子は話を続ける。

『高校生になったふーみん先輩とにわみんとのお付き合いは、すれ違いが続いたんよー。高校生の生活サイクルは中学生とは違うからねー。デートの回数も段々減って行って、あれこれいそがしいふーみん先輩をにわみんはそれとなくサポートしてたんよー』

 その言葉に園子はその光景を容易に思い浮かべることができた。確かに丹羽ならそうするだろう。

『でも、それゆえふーみん先輩は気付かなかった。にわみんの我慢に。というか、にわみんに甘えまくってたんだよねー。最終的に他の男と浮気するし』

「え、そうなの!?」

『うん。あ、それについては後で詳しく説明するから。でね、6月ごろ衣替えがあるじゃない。その時に、ね。いつものようにリトルミノさんがわっしーの胸に飛び込んだ時見ちゃったんだよ……成長したわっしーのお山がブルンブルンするのを』

 言った後どこか遠い目をする10年後の乃木園子。

『あれはもう、暴力だったね。鋼の精神を持っていたにわみんが陥落したのを誰も責められないよ。ちなみにその時のわっしーは10年前より成長していたからそのっちが想像している映像よりすごいと思う』

 そんなになのか、と園子は思わず身を乗り出して「くわしく」と10年後の乃木園子に尋ねる。だが重要なのはそこじゃないと座布団の上に座りお茶を一口すすった未来の園子は告げた。

『その日からにわみんにとって地獄の日々が始まった。勇者部の女の子たちは美人ぞろいだしね。そういう目で見ないように必死に我慢してたよー。でも恋人のふーみん先輩は高校の新生活に浮かれてたからねー。にわみんのそんな変化に気づかなかった。我慢に我慢を重ねた結果、にわみんの性欲は爆発した』

 10年後の乃木園子の言葉にごくりと生唾を飲む園子。

『きっかけは放課後。プール清掃の依頼が来た時部室で水着に着替えていたわっしーと遭遇したのが始まりなんよー。今より破壊力抜群なわっしーのメガロポリスの誘惑に勝てるわけもなく、にわみんは…』

「え? おかしくない? なんでわっしーは女子更衣室で着替えなかったの? ……まさか」

 園子の言葉に10年後の乃木園子はうなずく。

『わっしーもにわみんのこと大好きだったからねー。ふーみん先輩から放置気味だったにわみんの状況も知ってた。だから仕掛けたんだろうね』

 なんてことだ。自分の親友が恋人のいる男を食っちゃうような女だったとは。

 しかもその恋人は自分たちの先輩であり敬愛する元勇者部部長だ。なのに何が彼女をそんな凶行に駆り立てたのか。

『今思えば、この時がわたしが介入する最後のチャンスだったんだよねー。新天地調査のために防人の子たちと一緒に出掛けてた時を狙ったわっしーは戦略家なんよー。おのれわっしー!』

「えっと、わたしとわっしーはズッ友なんだけど、なんでそんなに恨んでるの?』

 怨嗟の言葉を告げて周囲からドス黒いオーラを出す10年後の乃木園子に、思わず園子は尋ねる。

『そのっち、憶えておいて。恋愛に女の友情なんて邪魔だよ。それにわっしーはミノさんは誘ったのにわたしを誘ってくれなかったんよー。おかげでこの歳になってもまだ独身』

「え? 24でまだ独身は普通だと思うけど」

『話を最後まで聞いてそう思えるなら言ってみるといいよー。で、わっしーに手を出したにわみんはその肉体に溺れた。そりゃそうだよ。男にとって極上の身体だからねー。で、その後はゆーゆ、ミノさん、にぼっしーと2年生組は次々と陥落していったね』

 10年後の園子の言葉に園子は半信半疑だ。

 いくら性欲が爆発していたとはいえ丹羽がそんな不義理なことをするとは思えない。そんなことをすればみんなが傷つくことは、誰よりも勇者部の皆を大切に想っていた彼が1番わかっていると思ったからだ。

『嘘じゃないよ。なんだかんだ言ってみんなにわみんのこと大好きだったからねー。高校生になった途端にわみんを放置していたふーみん先輩にみんな言葉にはしなかったけど不満を持ってたし。だったら奪っちゃえって』

「そんな、そんなことで勇者部の皆の絆が」

『そのっちはあの時のにわみんを知らないからそんなことが言えるんだよー。見ていてかわいそうになるくらい落ち込んでたからねー。それににわみんは最後まで自分の性欲を勇者部の皆で発散させるのに抵抗してた。それをなし崩し的に誘惑したのはみんなだよ』

 実感を籠った言葉でそう言われては何も言えない。

 今の丹羽からは想像できないが、もし自分がそんな丹羽を見たら力になりたいと思う。

 それが自分の身体をささげて解決することなら、彼の意思に反しても。

『納得したみたいだねー。ちなみにわっしーとにぼっしーはゆーゆの後ろから抱きしめてにわみんのオチ〇チンがゆーゆから生えてるように見える二人羽織プレイが大好きだったよー。基本3Pじゃないとにわみんの性欲発散には体力がもたなかったからねー』

 聞きたくなかった、そんなこと。

 思わず真っ赤になった顔を覆う園子に、『まだまだこんなもんじゃないんだけどなー』と初々しい過去の自分を見て10年後の園子は思う。

『で、残っているいっつんも黙っていない。隣の部屋に住んでいるという強みを生かしてお家で散々浮気えっちしてたみたいだよー。「お姉ちゃんがしてくれないこと、わたしが全部してあげる♥」って』

「いやいや、それは流石に嘘でしょ」

 あの純真な樹がそんなことをするはずがない。だが10年後の園子の顔は真剣だった。

「え、本当に?」

『そのっち。女は変わるんだよ。特に好きな人に関することならね。あとふーみん先輩によるにわみん放置に1番怒ってたのはいっつんだったからね」

 なんてことだ。姉妹で1人の男を奪い合う事態になるなんて。

 事実は小説より奇なりというが、この園子がいる未来は相当アレらしい。しかも何もせず放っておけば自分がその未来を歩むそうだ。

『あと、防人隊の子たちと安芸先生にもにわみん、手を出すよ』

「嘘でしょ⁉」

 ちゃぶ台が揺れ、園子の分のお茶がこぼれる。その反応を予想していたのか、10年後の園子は自分の分の湯飲みはしっかり手に持っていた。

『いや、考えてみてよそのっち。にわみんだよ? あの痒い所に手が届く優しさと気配り。さらに新天地をテラフォーミングする人型さんの身内。四国での約束された将来。顔も悪くない上に優しくて将来性もある優良物件。それに男性免疫がない防人の女の子たちが勝てるわけないよー。あと安芸先生も』

 10年後の園子の言葉に園子は何も言い返せない。

『まあ、それでもにわみんとそういう関係になったのは1番最後だけどね。それまでは水面下でそういう攻防はあったらしいけどメブーの統率により誰も手を出さなかったの。そのメブーがまさかあんなことになるなんて…』

 楠芽吹といえば園子も信頼を置く防人隊の隊長だ。すこし真面目過ぎる性格だが、とても丹羽に身体を許すとは思えない。

『どこからかにぼっしーとにわみんがエッチなことしてるのが彼女の耳に入ってねー。まあ、十中八九にぼっしー本人が言ったか壁の外の調査中そういう現場を目撃したかのどっちかなんだけど』

 ちょっと待て。にぼっしー何やってんの。

 夏凜の行動に思わず園子は額に手を当てる。それを見て10年後の園子は新しい湯飲みにお茶を注いだ。

『で、メブーってにぼっしーに対抗意識あるでしょ。だから当然にわみんに迫って…返り討ちに遭った結果セッ〇スにドハマリしちゃって』

「セッ⁉」

 スれた自分と違い直接的な言葉に顔を真っ赤にする園子に純情だなぁと10年後の園子は羨ましく思う。

『で、壁の外でもゴールドタワーでも暇さえあれば結合して。それが他の防人の子たちにバレちゃってねー。隊長がこの体たらくなら何も言えないし、みんなにわみんを狙ってたから。チュン助やしずしずもにわみんの身体の虜になっちゃったんだよー』

 ちなみにチュン助とは加賀城雀、しずしずとは山伏しずくのことである。

『ただ1人、ゆみきちだけは最後まで「弥勒家再興は自分の手で行いますわ。丹羽君に頼ってそれを行うのは違いますの」って抵抗してたんだけど…お察しください』

 そこは頑張ってよ弥勒さん。ふーみん先輩と一緒の最高学年でしょ?

『あと安芸先生も教師と教え子という禁断の関係に思った以上に盛り上がっちゃって。最初はにわみんと防人のアレコレを監督する立場だったんだけど次第に関係は逆転していったね。なんていうか、恩師があんな顔と声を出す姿を見るのは複雑だったよー』

 まるで見てきたかのように言う10年後の園子だが盗撮してたんだろうか? そんなことするくらいなら混ざればよかったのに。

 いかん、いつの間にか自分も10年後の園子の思考に染まってきている。

 思わず頭を抱える園子に、10年後の園子はまだまだ衝撃的な事実を告げた。

『で、その年のクリスマス。ふーみん先輩の浮気が発覚します。相手は同じ高校の先輩。理由はにわみんに放っておかれて寂しかったんだって。わたし視点からしたらふーみん先輩の方がにわみんを放って遊んでたように見えたんだけどね』

 その言葉に思わず「えぇ…」と困惑の声が園子から漏れる。ふーみん先輩なにしちゃってんのと。

『で、それに怒ったいっつんがにわみんと浮気していたことを暴露。しかも防人隊を含め39股してたことが発覚して修羅場。その後の仲直りックスは燃えたそうだよ。未だに自慢してくるんだ。いっつん』

 疲れたように言う10年後の園子に、園子は同情するしかない。39股といっていたからそこに自分は入っていないことが明白だったからだ。

『で、その後もメブーに手を出したことを知ったにぼっしーが無理心中を図ってにわみんを刺したりとか、散々放っておいたのに今更恋人面するふーみん先輩をわっしーとゆーゆが監禁して目の前でにわみんとの見せつけ3Pをするとかいろいろあったけど』

「ちょっと待って、そのいろいろの部分詳しく!」

 聞き逃すには重大すぎる情報をサラッと言った10年後の園子に思わず訊き返すが、話を続けていく。

『問題はその後。まず今から3年後。わっしーとゆーゆの妊娠が発覚します』

 あまりにも衝撃的な発言に、園子の思考がフリーズする。

『で、その後はメブー、ミノさん、にぼっしー、イッつん、ふーみん先輩、チュン助やしずしず、ゆみきちを含めた防人隊の子全員が妊娠しちゃったんだよねぇ。バーテックスと人間だからそういうのないと思ってたんだけど』

「え? 妊娠? 嘘でしょ?」

 まだ混乱してしどろもどろになりながら話す園子に、『マジだよ』と10年後の園子は言う。

『その結果何が起こったと思う? 人類とバーテックスの子供というある意味神様と人間のハーフに大赦大喜び。人型さんも祝福。新天地に皆行ってしまって四国にはわたし1人。みんな人型さんと新天地にいる女の子たちの手厚い看護を受けながらの出産。大学を卒業するころには5歳児の子供たちがいっぱいおばちゃんおばちゃんってわたしのこと呼ぶの。で、権力だけは私に集中してやれ乃木様だのやれ園子様だの……もう忙しくて目が回る生活が続くのね。で、新しい防人の子たちを選出したりテラフォーミングが終わった本州への移住計画でまた成功して権力が高まる私。その結果権力目当てで群がる男たち。当然にわみん以上に素敵で話の合う男なんていないわけで……』

 どんどん暗くなっていく10年後の園子に、園子は何となくこの園子が自分の元に現れた理由がわかった。

『もうね、疲れちゃった。わたしまだ24なのに小学生くらいの子供たちに「園子おばさん」って呼ばれてるんだよ。みんな幸せそうに新天地で母親やってるのに私だけ独身。しかもフリーで処女。権力だけはあるからやっと取れた休日も半強制のお見合いでつぶれる。もう仕事なんて全部放って新天地に行ってにわみんとわっしーの子供の男の子と光源氏計画するのもいいかなぁって最近思い始めてるよ。アハアハハ』

「しっかりしてわたし! あとそれ割といい考えだと思うよ」

 話を聞いた限り丹羽の子供は6歳。あと7年経てば13歳だ。

 31歳の自分を好きになるかわからないが、今から夢中にさせておくのは悪い考えではないと思う。世の中には20歳くらい年の離れた夫婦もいるし。

『そうかな。わたし、まだチャンスあるかな?』

「うんうん。がんばって! わたし応援してる!」

『ありがとう、14歳のわたし……って、そうじゃない!』

 危うくこのまま帰ってもいいかなーと思っていた10年後の園子は、目的を思い出して10年前の自分に告げる。

『いい、そのっち! わたしみたいになりたくなかったら放課後絶対ふーみん先輩とにわみんを2人きりにしちゃダメ! むしろ自分とにわみんが2人きりになるくらいの気持ちでいて!』

「そ、そんなこと言われても」

『わたしは精霊の枕返しとあーやや大赦の巫女たちの力を借りて夢としてこの事実をあなたに伝えた。わたしはもう手遅れだけどあなたには幸せになってほしいの、そのっち!』

 ちなみにあーやとはゴールドタワーにいる巫女の国土亜耶のことだ。

 言葉と共に暗かった空間が明るくなっていく。いつの間にかちゃぶ台や湯飲みも消えていた。

『ああ、朝が来る。憶えておいてそのっち! 絶対にふーみん先輩とにわみんを』

 最後の言葉を聞くことなく世界は真っ白となり、乃木園子の意識は覚醒したのだった。

 

 

 

「おはよーミノさん」

「おう、どうした園子。今日は早起きさんだなー?」

 いつもはニワトリの寝巻のままサンチョという猫みたいな枕を持って食卓に寝ぼけ眼で来る園子が珍しく制服を着てしゃんとしている。

 今日は雨でも降るのかと思いながら席に着き、銀は乃木家のお手伝いさんが持って来た朝食を園子と2人で食べる。

「うん、今日は面白い夢を見てねー。小説に書くのに夢中だったんよー」

「へー。あたしも変な夢見た。夢の中に未来のあたしが出てくるんだ」

 銀の言葉に、ぽとりと園子は右手に持っていた箸を落とした。

「へ?」

「なんかあたし以外が丹羽と結婚して子供ができて、あたしが行き遅れるっていう話だったんだけど妙にリアリティーあってさ。そんなことあるはずないのに」

「ミノさんも見たの⁉ どんな内容だった! わたしちゃんとにわみんと結婚してた⁉」

 急に真剣な顔になって自分を問いただす園子に目を白黒させながら、銀は夢の内容を思い出す。

「え、園子か? 園子は……そういえばあたしと一緒に大赦で働いてたなぁ。独身仲間だって言ってたような…。でも、たかが夢の話をそんなに気にする必要は」

「あ、もしもしわっしー? 今朝変な夢見た? うん。うん。そのことについて話があるんだー。そう。まずは学校に着いたらゆーゆとにぼっしーを交えて話し合おうか」

 銀の答えを聞いた園子はすぐさまスマホを起動し、東郷に連絡を取っていた。

 

 

 

 昼休み。勇者部。

 そこに丹羽の姿はなくいるのは女子7名だけである。

 丹羽には今日女子だけの緊急会議があると言って外してもらった。

 女の子だけの秘密の会議と聞いて百合イチャ好きの丹羽は目を輝かせる。だが「覗いたり盗聴したら嫌いになるよ」という友奈のガチトーンの言葉に本能的な危機を感じたのか、快く参加を辞退してくれた。

「さて、それじゃあアタシに対するこの扱いの理由を聞かせてもらおうじゃないの」

 昼休みになるや否や東郷と友奈に簀巻きにされて勇者部部室に連れ込まれた風は、他の6人を見ながら言う。

「理由は今朝見た夢です。風先輩は見なかったんですか?」

 若干目が据わっている友奈の言葉に風は思わず身を引く。見ると他にも風を威圧的な目で見るメンバーがちらほらいる。

「え? ああ。なんかアタシ以外の勇者部の皆が丹羽と新天地で暮らす夢を見たけど、でもたかが夢だし」

「その風先輩は、結婚してましたか? 丹羽君と結ばれて子供はいましたか?」

 尋問するような東郷の言葉に目を逸らしながら言いにくそうに風は告げた。

「いません。というか、独身よ。それを回避する方法を未来のアタシを名乗る女になんか言われたけど、もう憶えてないわ」

 その言葉に6人は互いに目配せし、うなずいた後風の拘束を解いた。

「ふーみん先輩。よく聞いてね。私たちも同じような夢を見たんよー。で、詳しい内容はね」

 園子は今朝見た夢の内容を事細かに風を含め勇者部全員に話していった。

 すると見る見る皆の顔が赤くなり、特に風は見ている方がかわいそうになるくらい動揺していた。

「え、嘘⁉ アタシと丹羽が⁉ ないない!」

「そう? 未来のあたしの言ってる内容とほぼ一緒だったわよ。違うのはあたしがそういうことに混ざらなかったことね。未来のあたしが言うには『あれが一生で一度の最後のチャンスだった』みたいだけど」

 園子の話を聞き終えた夏凜がそう答えると、他の面々も自分たちが見た夢との差異を発表していく。

「わたしは最初風先輩が丹羽君に手を出されたのは一緒だけどその後別れて恋人になったのは東郷さんだったよ。で、私だけ仲間外れでいつの間にか風先輩も元鞘状態に」

「私の場合は風先輩の役割をそのっちがしていたわ。浮気はなかったけど、1人だけだと体力がもたないって勇者部のみんなと防人隊の子たちも巻き込んで…『本当は混じりたかったのに、そんな関係ふしだらだわ』って10年後の私が突っぱねてたらいつの間にか1人だけ独身になってたそうよ。『丹羽君を手に入れるためならくだらない自尊心は捨てなさい』って言われたわ」

 友奈の世界は東郷が丹羽の恋人だったようでなぜ自分だけそういうことにならなかったのか不思議そうにしていた。おそらく友奈ちゃん大好きな東郷が絶対に手を出すなと丹羽に念押ししたんだろうなぁと友奈以外の面々は思う。

 逆に東郷の10年後は根本から条件が違うらしい。風ではなく園子が最初に性の手ほどきをし、そのまま囲い込んで勇者部の皆と防人隊32名で丹羽をシェアしていたようだ。

 東郷が独身だった理由は高潔な精神と自尊心の問題だったらしい。それが倫理的には普通なのだが、10年後の東郷は後悔しているようだった。

「わたしも東郷先輩と同じですね。ただ、わたしの場合はお姉ちゃんからまだ早いって言われて、いつの間にか除け者にされてた感じです。『あの時無理やりでも混ざっていれば』って後悔してました」

「あたしは園子が見た夢とほぼ同じだな。で、園子と一緒に四国の大赦で働いて独身。休日も見合いでつぶれるのも同じ。最近じゃ園子が弟2人を狙ってるんじゃないかって戦々恐々としているらしい」

 恨みがましく風を見つめる樹とあっけらかんと言う銀。

 それに対して風は「え、アタシが悪いの⁉」と混乱し、「そんなことしないよぉ~」と園子は自分の無罪を訴えていた。

「アタシの場合はほぼ東郷の言ったのと同じね。10年後のアタシに『絶対乃木より早く丹羽のことを捕まえなさい』って念押しされたけどそのことだったのね」

「でもふーみん先輩浮気するんじゃない。で、にわみんを傷つけてさぁ……少なくともわたしがにわみんを最初に捕まえた場合、浮気とかは一切ないみたいだよ」

 まだやってもいないことで責められてはたまったものではない。

「そんな未来、あり得るはずがないでしょ! アタシが丹羽以外の男と浮気するなんて!」

「ええ~本当に~」

「いやいや園子。お前も大概だからな。なに親友と恋人をシェアしようとしてんだよ。普通は倫理的にアウトだぞ」

「そうよそのっち。そんなの不健全だわ」

 親友2人に言われては園子も黙るしかない。風を煽るのをやめ、すいませんと謝り小さくなる。

「あんたらさぁ…今思ったんだけど誰も丹羽とそういうことになることを必死に否定したりしないのね」

 そんな中、勇者部のツッコミエースが核心を突いた。

「な、ななな、なに言ってんのよ夏凜! アタシは勇者部部長として、部員が困ってたら手を差し伸ばすのは当然で」

「手を差し伸ばすというか、手で竿を〇くというか」

「そのっち、下品よ」

「わたしもクラスメイトが困ってたら、その。処理するのもやぶさかではないというか」

「あれ? 樹ちゃん丹羽くんとカップル扱いされて困ってるって言ってなかったっけ?」

 友奈の指摘に樹が顔を真っ赤にする。

「あたしは、まあ丹羽は命の恩人だし、目を覚ましてすぐ動けたのもあいつのマッサージのおかげだしな。恩を返すという意味で少しくらいは」

「そ、そうよ。私も足が治ったのは丹羽君のおかげだし。彼の性欲処理はただの恩返しで、やましい気持ちなんて何も」

「えー、2人ともそうなの? わたしはちゃんとにわみん大好きだよ! それに嫌々義務感でされてもにわみんは気を使うと思うし、ここはわたしが」

 丹羽への恩返しを理由にしようとする銀と東郷に園子が明るく言う。

「そうすると東郷が言った倫理的にアウトな状態になるでしょう。でも、聞いた限りじゃ風に任せるのはなしね」

 全員の話を注意深く聞いていた夏凛が意見をまとめ始める。それに全員が耳を傾けていた。

「じゃあ、ここはこの完成型勇者であるあたしが代表して丹羽とお付き合いして健全な恋人関係を築くのが1番みたいね。倫理的にセーフで、四国でも壁の外でもどこでも一緒にいられるし。それにマンション暮らしだから一晩中でも」

「「「「「「待った」」」」」」」

 鳶が油揚げをかっさらうようにおいしいとこだけ取っていこうとする夏凛の肩をがっちりと6本の腕がつかむ。

「それは違うんじゃないかなぁ、夏凜ちゃん」

「その理屈なら、別にわたしでもいいんじゃないかなぁにぼっしー。倫理云々はわたし1人がにわみんと付き合えばいいんだし」

 友奈と園子が笑顔ではあるがプレッシャーをかけて言う。

「かーりーん。なに1人でいい格好しようとしてんのよ。そういうのは勇者部部長の役目でしょ」

「そういうのはクラスメイトのわたしのほうがふさわしいと思いますよ、夏凜さん」

 犬吠埼姉妹も同じく圧をかけて夏凛の肩を強く握る。

「そういうのはよくないと思うわよ夏凛ちゃん。ここは私が恩返しのために犠牲になるから」

「そうだぜ夏凜。恩を受けたら返す。大事だよなー。あたし、丹羽には返しきれない恩があるからさぁ。この中では優先順位1番高いだろ?」

 東郷と銀も恩返しという名目を盾に言外に自分こそが健全な恋人にふさわしいと言ってきた。

「じゃあ、この中で丹羽のこと本当に好きな奴。手、上げなさいよ。あ、ちなみにあたしは好きよ。最近気づいたけど」

 夏凛のまさかの発言に風と友奈、樹は驚く。

「え、か、夏凜ちゃん?」

「アンタ、なんかキャラ違くない?」

「どうしたんですか? まさかサプリと間違えて危ないお薬を…」

「飲むか! くやしいけど、気づいたのよ。あいつのこと好きだって。百合イチャ好きの変態だけど、あたしのことをちゃんと見て受け入れて、立ち直らせてくれた相手だから」

 そう言って顔を真っ赤にする夏凛は誰がどう見ても乙女だ。

 急なキャラ変に戸惑う3人に、東郷が手を上げて言う。

「私も丹羽君が好き。車椅子のかわいそうな先輩じゃなくて、東郷美森としてちゃんと1人の女の子として見てくれた最初の男の子だもの。それに友奈ちゃんへの気持ちも否定せず肯定してくれた。命も助けてくれたし、彼が困っているならこの命をささげてもいいとも思ってる」

 東郷の告白に続き、「はいはーい」と手を上げるのは園子である。

「わたしもにわみんが大好き! いつも一緒にいて楽しい気持ちにしてくれる。この気持ちを「好き」とか「愛してる」って言うと思うんだー。だから、わたしだけが感じるんじゃなくてにわみんも同じように楽しくてワクワクしてくれたら嬉しいな」

 2人の告白を聞いて遠慮がちに手を上げたのは銀だ。

「その、好きとか愛してるとかよくわかんないけど…あいつといると楽しいんだよ。でも、他の女の子と楽しそうに話してるのは嫌だ。胸が締め付けられるくらいきゅーってなる。だから、あたしだけを見てほしい。あたしのことだけ考えてほしい…変かな?」

 自分の気持ちをうまく言葉にできないもどかしさから問いかける銀の言葉にそんなことないと東郷と園子が両側から抱きしめる。

「わたしも…わたしも丹羽くんのことが好きです!」

「樹⁉」

 突如手を上げた妹に風が戸惑いの声を上げる。

「本当は、いつもわたしのこと守ってくれるのが嬉しかった。でも、素直になれなくて…だって丹羽くん、わたしじゃなくてわたしと一緒にいるお姉ちゃんやみんなを見てたから。ちゃんとわたしを見てほしい! 誰かとわたしじゃなくて、犬吠埼樹としてわたしは丹羽くんの隣にいたい!」

 成長して物怖じせず自分の意見を言えた妹の成長が嬉しくて思わず風の目から涙がこぼれ落ちる。

 だがここで泣いて樹を抱きしめるのは正解ではない。風も手を上げ宣言した。

「アタシも丹羽が好き。というか、あいつがいない日常がもう考えられない。なんていうか、もうそこにいて当たり前なのよね。だから、アタシから丹羽を取り上げる奴は許さない。たとえ部活の仲間であっても…妹でもね」

 自分を見上げる樹にウィンクをする風。実質上の姉妹間でのライバル宣言に、おお~と園子、銀、東郷の3人は歓声を上げた。

「私も、丹羽君が…ううん。明吾君が好き。愛とか恋とか難しいことはわからないけど、他の誰にも渡したくない。その気持ちは皆にも負けないよ!」

 最後に友奈が手を上げ宣言した。その言葉に夏凜はうなずく。

「じゃあ、その運命の日が来るまでじっくりと7人で話し合いましょうか。で、みんなが納得する1番いい方法…落としどころを決めましょう」

 

 

 

 数日後。その日丹羽は朝から落ち着きがなかった。

 その様子を朝食の席で敏感に感じ取った犬吠埼姉妹は学校に行く前全員にラインで連絡する。

 そして放課後。部室である家庭科準備室に入ってくるや否や7人の勇者部女性陣たちが丹羽を取り押さえた。

「ちょ、何するんですか皆さん! 俺なにかしましたか?」

「してないわよ。今はまだ」

「どっちかというとこれからにわみんがわたしたちにナニかするんだけどねー」

「そのっち、無駄口叩かないで押さえて! 友奈ちゃん、ズボンを!」

「ちょっと待って、ベルトが固くてなかなか」

「友奈、この小刀使いなさい。もう切っちゃいましょう」

「うわぁ、なんかすげぇやべぇことしてるみたいでドキドキする」

「今更ですよ銀さん。じゃあ、丹羽くん。脱ぎ脱ぎしましょうねー」

 上から丹羽、風、園子、東郷、友奈、夏凜、銀、樹の言葉である。

 某有名淫夢動画みたいに自分を7人がかりで押さえる勇者部メンバー。しかもズボンとその下のパンツも脱がせようとしていた。

 まさに7人に勝てるわけないだろ! という状況だ。これに「馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前!!(天下無双)」と返せる余裕が今の丹羽にはない。

「ちょ、やめっ、本当に⁉ アーッ!」

 数の暴力に勝てず丹羽の下半身があらわになる。

 ごくり、と生唾を飲んでそこを見た7人の目が点となった。

「え? …生えてない?」

「生えてませんよ! 無性なんですから!」

「あれぇ? でもにわみん朝からそわそわしてたんでしょ? ふーみん先輩」

「ええ。樹も見てたわよね?」

「うん。お姉ちゃん」

 下半身にあるべきものがないことに戸惑う友奈に、丹羽が反論する。それに犬吠埼姉妹に疑いの目を向ける園子。

「説明してもらいましょうか。皆さん」

 突如自分の下半身を無理やり脱がせた7人を丹羽が笑顔ではあるがにらみつけていた。

 あ、これ本気で怒ってるやつだ。

 拘束を解きパンツとズボンを履いた丹羽に全員正座して事のあらましを話した。

「……なるほど。つまり下半身にジョイスティックが生えた俺の性欲が爆発する前に勇者部の皆で搾り取って、冷静にさせてから俺に誰かを選ばせようと。そういう結論になって俺を襲ったと。なるほどなるほど。大体わかりました」

 正座する自分を見渡して、呆れたように言う。

「いや、ありえんでしょう。百合好きの俺がそんな楽園を自ら壊すようなことするはずないじゃないですか」

 その言葉に「ですよねー」と7人は思う。よくよく考えればそうだった。

「どこの誰ですか。そんなガセネタ持って来たのは」

「えっとぉ…未来のアタシたち、かな?」

 風の言葉に訳が分からないといった様子の丹羽。そりゃそうだろうなと全員が思う。

 あれ? だとしたらなんで未来の自分たちはあんなに必死に精霊や巫女の力を借りてまで自分たちに語り掛けてきたんだろう?

 首をかしげる友奈たちだったが「まあ、それはそれとして」と園子は丹羽の手をがっちりと掴む。

「まあ、きっかけはそれだったんだけどみんなにわみんが大好きだってこと発覚しちゃってさー。こうなったら早い者勝ちだよねー。にわみん、これからデートしようぜー」

「ちょ、乃木⁉ 話が違う」

 みんなで決めた取り決めを無視してさっそく仕掛けてきた園子に風が抗議の声を上げる。

「未来のわたしに教えてもらったからー。チャンスは有限なんだって。だからわたしはそれを最大限に生かすんよー」

「それなら私だって! もう倫理観や自尊心なんて関係ない、丹羽君は誰にも渡さないわ!」

「須美⁉」

 園子に引き続き東郷も丹羽の手を掴んで引っ張り大岡捌きのような状況になっていた。

「東郷さんもそのちゃんもずるい! 私だって」

「友奈さん⁉ わ、わたしだってー」

「あー、もう! みんなで必死に話し合って落としどころを考えたのに無茶苦茶よ」

 丹羽を囲んでしっちゃかめっちゃかになっている勇者部メンバーを見て夏凛はため息をつく。

 こうならないようにうまく立ち回っていたつもりだったのに。

「ところで丹羽は朝からなんでそわそわしてたのよ。股間にその…アレが生えてるんじゃなかったらどうして」

 顔を赤くした風の言葉にそういえばと勇者部の面々は抑え込んでいる丹羽を見る。

 その視線を受け、気まずそうに丹羽は言った。

「えっと、もうすぐ三ノ輪先輩の誕生日じゃないですか。だから2年分できなかったお祝いをするために防人のみんなや安芸先生、大赦の人たちにも協力してもらってて。それで頼んでいたものが今日できるそうなので今日は早めに勇者部の活動を切り上げて見に行きたいなぁと」

 その言葉に勇者部の面々から笑顔が漏れる。

 ああ、やっぱり丹羽は丹羽だなと。勇者部の皆の幸せを第一に考え、行動するどうしようもないお人よし。

 その愛情を独り占め仕様だなんて馬鹿みたいだ。

「水臭いわね丹羽。部長のアタシにだまってそんなサプライズを考えてたなんて」

「そうだよにわみん。少なくともわたしとわっしーには計画を教えてくれてもよかったんじゃないかなー」

「いや、でも皆さんお忙しそうでしたし」 

 丹羽の言葉にそういえば最近は話し合いのために丹羽を勇者部に入れず議論していたなぁと全員が思い至る。

「つまり、今回の勘違いは全部あたしたちの早とちりってことね」

「陳謝!」

「ああ、東郷さんがハラキリ芸を!」

「早まるな須美!」

「落ち着いてください東郷先輩!」

 途端に騒がしくなる勇者部を見てもう少しこのまま騒がしくて楽しいのもいいかなと園子は思う。

 少なくとも丹羽を独り占めするための計画を発動するのは銀の誕生日の後でもいいだろう。

 その時は容赦しない。乃木家の権力でも何でも使って自分のものにして見せる。

 他の皆もそう思ってるんだろうなぁ…と見透かしながら、園子は丹羽の手を取った。

「じゃあ、にわみんが防人の皆に頼んだっていうものを見にゴールドタワーへ行こうよ。あ、大赦でもいいよ。どっちがいい」

「ちょっと園子! 東郷、あんたがそんなことやってる間に園子が丹羽を連れて行っちゃったわよ」

「おのれそのっちー!」

「あ、私も行くー! そのちゃん待ってー」

「えっと、これあたしも行っていいのかな?」

「いいんじゃないですか? もうバレちゃいましたし。ね、お姉ちゃん」

「そうね。みんなで行きましょう」

 わいわい騒ぎながらも今日も勇者部の皆は元気で平和だった。

 ちなみにその後、丹羽が頼んだのが大赦には会場。防人隊にはお祝いの飾りつけなどで、セッカにウエディングドレスと白無垢を用意してもらいゆゆゆい1年目の三ノ輪銀誕生日イベント「友の夢を」を再現しようとしていたことが発覚。新郎役を丹羽がやると勘違いした勇者部メンバーとひと悶着あったのだが…それはまた別の話。

 

 

 

【おまけ】ハーレムルートのその裏で

 

 壁の外でのバージョンアップにより股間にジョイスティックが生えた丹羽は困惑していた。

 もう1人の自分は何を考えてこんなことをしたのか。

 朝犬吠埼姉妹と一緒に食卓を囲んだだけでもうギンギンになっている。その後もこの聞かん棒は言うことを聞きやしない。

 くそ、こんなことならもぎってしまいたい。性欲がなかった昨日までの自分に戻りたい。

 このままでは性欲の赴くまま誰かを襲ってしまいそうだ。性的衝動を抑えながら丹羽は何とか放課後を迎えた。

 部室には顔だけ出して早退しよう。そう思い家庭科準備室へ向かった丹羽を迎えたのは、意外な人物だった。

「国土亜耶さん? どうしてここに」

 そこにはゴールドタワーにいるはずの巫女、国土亜耶が制服を着て椅子に腰を掛けている。

 丹羽の声に気づくと真剣な面持ちで近づいてきて、開口一番こう言った。

「丹羽明吾さん。四国と新天地…人類の将来のためにわたしと子作りをしてください!」

「ファッ⁉」

 どこまでも真剣な顔の彼女の顔は真っ赤だった。

 

 

 

 園子たちの夢に現れた10年後の勇者たちが話した内容は嘘ではない。

 嘘ではないが、その未来に至らない次元の10年前の自分たちに告げた言葉だったのだ。

 そう、勇者部の7人がそれぞれ独身を貫くルートには共通して似たような境遇の人物がいる。

 それはゴールドタワーの巫女であった国土亜耶。彼女も防人隊が丹羽に全員手を出された中、唯一無事だった…というか手を出されなかった存在だった。

 10年後の乃木園子と同じく大赦での地位を確固のものとしたのはいいものの言い寄る男は権力目当て。休日も見合いでつぶれる。

 さらに新天地にいる仲間であった防人の子供たちからは「亜耶おばさん」と呼ばれ、行き遅れを自覚する日々。

 そこで亜耶は一計を案じた。自分が行き遅れにならないための方法を。

 10年前の自分に、まだ純真で神樹様の言葉と大赦の教義に従うのが当然と思っていた自分にこう吹き込むことにした。

『近い将来、四国に未曾有の危機が訪れる。

 それを救えるのは自分と丹羽の子供のみ。バーテックスと巫女の血を引く救世主がすべてを救うのだ』と。

 会った時間はわずかだが、神樹様の怒りから自分を救い治療してくれたことに悪い感情は抱いていないはずだ。それに丹羽はその後もちょくちょくゴールドタワーを訪れては何くれとなく自分を含め防人の皆に優しくしてくれている。

 最初は戸惑うかもしれないが、やがて本当に好き同志になるだろう。自分のことなので亜耶には確信があった。

 だって今まで会った男性の中で丹羽以上に自分に優しくしてくれる男性はいなかったからだ。

 女性の芽吹や防人のみんなを除けば彼だけが唯一自分が心を許せる相手だった。今思えば初恋だったかもしれない。

 だがその時の自分はまだ未熟で、その感情の正体もわからなかった。その結果ただ仲良くなっていくみんなから一歩引いて見ていることしかできなかったのだ。

 だが、今は違う。これからは違うと7つの次元の10年後の国土亜耶たちは心を1つにして10年前の自分に語り掛ける。

 自分は手遅れだが、せめてあなただけは幸せな道をたどってと。

 自分の元に相談に来た勇者には悪い事をした。本来彼女たちにつなぐはずだった丹羽の下半身にナニが生えた次元と1つずれた次元の自分の夢につないだことに。

 だが恋は戦争。10年の間に亜耶はそのことを身に染みてわかっていた。

 騙される方が悪いのだ。最後に勝つのはこの国土亜耶、ただ1人でいい。

『ごめんなさい、芽吹先輩。加賀城先輩。弥勒先輩。しずく先輩。防人の皆。わたしが幸せになった後、必ず先輩たちも幸せになると思いますから』

 そう。新天地で今母親になっている防人たちに聞いたが丹羽の性欲と体力は底なしだ。きっと過去の自分は芽吹や防人の皆を頼ることだろう。

 そうすれば別次元の自分と防人隊の皆はずっと一緒で幸せでいられる。

 同一人物とはいえ同じことを別の次元の7人の国土亜耶が同時に計画したのは奇跡と呼ばれるほどの確率であった。

 その結果、国土亜耶の隣には丹羽明吾がいる世界が生まれる。

 防人隊たちのアイドルと付き合った彼には並々ならぬ苦労が待ち受ける未来が待っていたりするのだが――それはまた別の話。

 

 

 ハーレムルート

 改め

 国土亜耶ルート これにて完。




 ハーレムルート(全員と結ばれるとは言っていない)これにて完。
 これで書きたいものは一通り書いたので今度こそ終わりです。
 以下、よくわかるヘテロルートとその後。

【風ルート】毎日が叡智叡智ライフな日々。風が高校に行ってもそれは変わらずラブラブっぷりに樹ちゃんは自主的に週末夏凛のマンションに通い過ごしている。
【東郷ルート】中学を卒業と同時に婚約。囲い込みは万全で壁の外にも定期的に西暦時代の調査のために訪れる。肉体と精神的拘束が強めかと思いきや意外にも後ろに一歩引き丹羽を立てる大和なでしこ然とした彼女っぷりで良好な関係を築き付き合っている。
【樹ルート】時にはケンカをしたりしながらも健全なお付き合い。5年後には丹羽プロデュースでアイドルとしてデビュー。歌声が新天地で生きる人々の希望となる。
【友奈ルート】愛が重い。少しでも新カプ発掘のために他の女性に丹羽が目移りすると曇る。しかし丹羽自身が友奈の愛を重いと思わず普通に肉体的拘束を受け入れているためラブラブ。曇らないようにメンタルケアも欠かさず行っている。
【夏凜ルート】バカップル。あまりの夏凜の変わりように芽吹は現実を直視できなかったらしくしばらく寝込んだらしい。四国の外の調査や再生計画を防人たちと共に手伝い、後に園子の右腕的存在となる。
【園子・銀ルート】同志。数ある園子ルートの1つ。親友と想い人を両方手に入れた無敵ルート。大赦での権力を強めながら休む時は休み丹羽と銀と共に公私ともに充実したイチャラブ生活を続けている。後に教科書に本州を解放した偉人として載ったりする。
【ハーレムルート】全員丹羽に好意を抱いたと発覚したので度々修羅場が起こるが基本的に平和なルート。後に人型に頼み丹羽にジョイスティックを生やすかどうかは、俺が決めることにするよ。
【亜耶ルート】初めて同士でぎくしゃくしていた2人だったが双方同い年(設定)ということもあり早々に距離も近まりいい関係となる。丹羽君は浮気したくても防人の皆が怖くてできません。するつもりもないですが。10年後の亜耶の目論見通りとはいかず一途に亜耶を想い続け後に婚姻し子供を設ける模様。安芸先生ェ…。


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