偽フォルテになりまして (レイトントン)
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第1話

 気が付いたらフォルテだった。

 

 何故そうなったのかは何も思い出せないが、目が覚めた瞬間には、俺はこの身体を持っていた。黒いフォルムに、ボロ切れのようなマントを纏った、電子の海の住人になっていたのだ。いや、正確には逆だろう。このナビの身体に、俺という自我が芽生えたのだ。理由は分からない。

 

 初めて目が覚めた時、俺の目の前に広がっていたのは広大な電脳世界だった。インターネットエリアなのか、電子機器の電脳なのかの判断もつかないまま、俺はとにかく自分の現状を確認しようと努めた。

 

 まず気付いたことは、自分の身体とその機能だ。自らのデータを読み込み、確認した俺の姿は最強のナビ、フォルテの姿と瓜二つだった。それだけではない。この身体の奥底から、底知れないパワーが溢れてくるのを感じ取っていた。外見だけでなく、その力までフォルテに近いらしい。

 

 そんな俺の頭の中には、様々な記憶、情報が混在していた。一つは、自分がこの電脳世界を『ゲーム』の内容として知っていること。タイトルは『ロックマンエグゼ』シリーズ——2001年の時点でインターネットを題材として作られた、画期的な対戦ゲーム。全6作プラスαが制作された人気シリーズだ。

 そのゲームに存在する二つの世界、現実世界と電脳世界の内の後者に、今の自分は居る。なんとも不思議な気分だ。何故かって、俺には『エグゼ』に関する知識もあるが、こちらの世界での短い生の記憶もまた、自分の中に確かに在ると自覚している。これが、混在する記憶の内、二つ目だ。

 

 俺は正確にはフォルテではない。いわゆるパチモンである。

 

 ネットマフィア『ゴスペル』の首領、帯広シュンによって作り出された、フォルテの模造品。それが俺である。

 ゴスペルとはエグゼシリーズ二作目の敵組織であり、ラスボスの名前でもある。組織によって生み出されたフォルテのパチモンは最終的に究極バグ融合体『ゴスペル』と相成ったが、ロックマンに粉々に吹き飛ばされた、はずだった。その後ゴスペルは崩壊、フォルテを作ろうとした実験体も散り散りになり、そのほとんどがデリートされてしまった。しかし、どうやら俺だけはデリートされずに残ったようだ。いや、他にも生き残りはいるかもしれないが、まあ、それは良い。

 

 問題は、このままでは俺も遠からずデリートされてしまう、ということだ。

 

 俺の登場するエグゼ2のメインシナリオ、そのラストにおいてパチモンである俺は、真フォルテにデリートされてしまう。模造品が気に食わなかったのだろう。そりゃそうだ、己の強さにプライドを抱いていそう(偏見)なフォルテさんが、自分のパチモンなんて許す訳がない。

 ……いやでも、フォルテは作品ごとに性格が結構変わっていたな。2では強者を求める求道者という感じだったが、4や6では破壊の化身みたいになっていた。どっち道人間ギライみたいだけども。3で記憶を失ったのが原因なんだっけか。

 

 ま、それは置いとこう。

 そんなオリジナル様とは対照的に、俺は人間に対する憎しみはない。寧ろオリジナルにデリートされないよう、オペレートして欲しいくらいだ。せっかく生き延びたのにぶっ殺されるのは勘弁願いたい。

 ……まあ、それはオリジナルの居るエリアに近づかなければどうとでもなるか。劣化とはいえ、フォルテだぞフォルテ。シリーズ通して常に裏ボスの地位を確固たるものにしている最強キャラの。

 

 しかし、楽観視は出来ない。オリジナルは偽物がいると知ったら消しにくるだろうし、それでなくともフォルテは科学省から逃亡したナビだ。姿形が同じ俺も、オフィシャルに狙われるかもしれない。無論、有象無象なら今の俺でも倒せるだろうが……オフィシャルには伊集院炎山とそのナビ、ブルースがいる。作中屈指の実力を持つあいつら相手では、パチモンたる俺では分が悪かろう。

 

 取り敢えずオフィシャルから逃れるために、現在、俺はウラインターネットに身を潜めている。木を隠すなら森の中。悪いナビは悪いナビの中に隠してしまえば良いのである。……いや、俺は別に悪者じゃないんだけど、オリジナルの方がね?

 とまあ、目下の目標は、フォルテに遭遇しても逃げ延びられるくらい強くなることだ。多分それができたら余程のことでない限り死にゃしない。何度も言うが、フォルテはエグゼ世界最強格だからな。そいつから逃げれるということは、他の誰が相手でも逃げられることに相違ない。

 

 さて、それほど強くなるにはどうしたら良いのか。実は、俺は既にその答えというか、アテを掴んでいる。ゲット・アビリティ・プログラムだ。

 

 ゲット・アビリティ・プログラムとは、フォルテの持つ特殊な、彼を最強足らしめる恐ろしいプログラムだ。その効果は、倒したナビ、ウイルスの能力をまるっとそのまま得るというもの。これがとんでもないチート能力で、要するにフォルテは戦えば戦う程、相手の能力を吸収し、強くなるのだ。相手が強ければ強い程、さらに強力な力を得る、無限に成長するナビ。隠しボスに相応しい絶望感である。

 コイツを利用すれば、あら不思議。俺のようなパチモンでも、戦うだけで強くなれる!

 

 さて、この能力がパチモンである俺に備わっているか不安ではあるが……ごちゃごちゃ悩んでいても仕方ない。俺の創造主である帯広くんと、フォルテのコピーを作り出そうとした天才科学者ワイリーを信用しよう。手始めに、その辺の雑魚ウイルスを狩って試してやる。

 

 しばらくウラインターネットを散策すると、ウイルスの群れを見つけた。狼のようなウイルスだ。色が違うが、系統は同じだろう。火属性の、なんだっけな、名前は確か……

 

 

『エネミー名表示:

 ガルー

 ガルーバー

 ガルーダン』

 

 

 お、名前が見える。流石ネットナビの身体だけあって、ウイルスの名前もこの身体にインプットされているらしい。確かこいつらはヒートショット系のチップを落とすウイルスだったはずだ。エグゼ3に出てくる雑魚エネミーだな。初戦闘相手のど定番、エグゼ界のアイドルであるメットール先輩と比べたら動きはかなり速いし体力もあるが、この身体での初戦闘の相手としては程良い強さだろう。

 俺は思い浮かんだ技を使ってみた。まだフォルテの固有技しか使えないが、普通に十分過ぎる。この技、避けるの大変なんだよなあ。pause連打すれば幾分楽だが、アレは反則技だ。

 

「エクスプロージョン!」

 

 俺の叫びと同時に、エネルギーがチャージされた腕から無数の光球が吐き出され、ガルーたちは粉々になった。

 粉々だ。光る粒子になって爆発四散してしまったのだ!

 ……強過ぎて笑うしかねえ。

 

 これはアレだな、ロックマンだから耐えられるし、避けれる。そんな技だ。

 さて、ゲット・アビリティ・プログラムは正常に作動しているだろうか。パチモンとはいえ、これがなくちゃフォルテとはとても呼べないんすけど……

 

 

『獲得バトルチップ:

 ヒートショット

 ヒートブイ

 ヒートサイド』

 

 

 おお、上手くいったっぽい?

 身体の中にチップデータが組み込まれていくのが分かる。試しに使ってみると、右手がヒートショットの砲身に変わった。手頃なストーンキューブにぶち込んでやると、向こう側に誘爆してるみたいだ。うんうん、ちゃんと使えている。

 ヒートショット系は正直あまり好きなチップではなかったが、初めて手に入れたバトルチップだ。感慨深いものがある。次の戦闘で使ってみよう。

 ……むむ。よく確認してみて気付いたが、チップコードは無いのか、この世界には。全部*扱いとか強過ぎませんかねえ。

 

 それにしても、ガルーはともかく上位種のガルーダンまで瞬殺か……これは、ウイルスは相手にならない、と考えた方がいいのか?

 いや、油断は禁物だ。下手なナビよりも強いウイルスなんて幾らでもいる。何しろあいつらは集団でこちらを嬲り殺しにしてくるのだ。4のウイルスとかかなりエゲツなかったし、慎重に行こう。クモとビーム野郎にハメ殺されるのはゴメンだ。

 

 ……なんて考えながら進んでいたが、ウラインターネットの奴らといえど所詮ウイルス。そりゃオモテのウイルスよりは強いが、そこまで脅威ではなかった。色々とフォルテの固有技(4以降のモノも)を試しながら、バトルチップ集めに集中する。ただ、ダークネスオーバーロードなどの大技はあまり使っていない。一回、3本編で使われたアースブレイカーを使ってみたんだが、アレの所為でウラインターネットが軽く揺れた。というか地面(?)がひび割れた。ヤバいね、この威力。本物なら地面ぶち破る威力の技だし、気軽に使って良いものじゃないな。

 こんな風に技もコピーできるなら俺にもワンチャンあるか、と思ったけど、よく考えなくてもダメだ。フォルテは新シリーズ毎にドンドン新しい技を覚えていくし、最終的には電脳獣の力までも扱えるようになる。二体しかいない電脳獣の一体を、その身体に取り込むのだ。恐らくは、ゲット・アビリティ・プログラムを使って。そうなればもう俺に勝ち目はない。

 フォルテと唯一渡り合える存在である、ロックマンと光熱斗に全てを託すしかなくなるのだ。

 

 ……まあ、先のことは先のことだ。あとで考えればいい。それよりまずは、目の前のことだ。

 

 ふむ、今度の敵は……

 

 

『エネミー名表示:

 スウォータル

 スウォータル

 キャノーダム2』

 

 

 剣を携えた小型幽霊と、砲台のウイルスだ。砲台の方は射線に入らなければただの的……じゃなかった。砲口をこっちに向けてきやがる。そりゃそうか、何もかもゲームと同じ訳がない。9マス×2のフィールドで戦っているのではないんだし。

 けど、動かないカカシに変わりはない。あいつを起点にしてぶっ放してやる。

 

「バトルチップ『ヒートショット』、『ヒートブイ』、『ヒートサイド』!」

 

 三枚のチップを一気に使用する。変形した右手は、炎と炎と炎のバトルチップが3枚合わさって最強に見える。ちなみに、バトルチップを使用する時わざわざ叫ぶ必要は、実はない。じゃあ何故かといえば、単なるノリである。

 

「プログラム・アドバンス、『ヒートスプレッド』!」

 

 ちなみに、プログラム・アドバンスとは特定のバトルチップを組み合わせることによって生まれる、超強力な技のことだ。

 我が魂の叫びが固定砲台に着弾し、耳を劈く大爆発を引き起こした。スウォータルも木っ端微塵に。……次からこの技使うの止めよう。めっちゃ目立つ。

 

『獲得バトルチップ:

 アクアソード』

 

 おっ、カッコいいの手に入った。

 ソード系は威力があるしカッコいいんだけど、ゲームでは如何せん射程が短過ぎた不遇のチップである。パラディンソードとかいうクソ強チップもあったけども。

 ゲームではブルースソウル、スラッシュクロスがなければ間合いが極短かったソード系だが、この世界の戦闘では自エリア・敵エリアなんてものは存在しない。故に、接近戦といえばソード系チップだ。代わりに、対戦等で猛威を奮ったエリアスチールなんかは自らの速度を上げるチップとなった。アニメ設定だな。

 

 俺はアクアソードを使ってみた。砲身となっていた右腕が、青いブレードに書き換わる。うん、良い感じだ。ソード系はちゃんと全属性分揃えておきたいな。属性の有利でダメージ二倍だ。

 

 ソードといえば、ゲームでは初めのフォルダに必ず入ってるんだよな。ワイドソードと一緒に。ただしロングソードはハブられている。アレさえあれば即、ドリームソードが使えるのに。

 ドリームソード。比較的簡単に手に入るバトルチップ三枚で生み出されるプログラム・アドバンスだ。威力が大きく、最初期のボス程度なら一撃で倒せる。また、範囲もかなり広く、ゲームでは3×2マスというソード系では破格の攻撃範囲を誇る、まさに夢の剣だ。これにお世話になったプレイヤーも多かろう。

 

 なんか、こう話をしているとドリームソードが使いたくなってくるな。いや、フォルテはドリームソードと同じ攻撃範囲のダークソードを素で使えるけど、そういう話じゃない。これはロマンの話なのだ。

 

 俺は全プログラム・アドバンスの中で、ダントツでドリームソードが好きだったりする。というか、そういう人多いんじゃないだろうか。威力や使い勝手で上回るものなんて幾らでもあるが、愛着があるし、何よりロマンがある。多分PA(プログラム・アドバンス)人気投票とかしたら1位取れるんじゃないかな。

 良し、なら次はドリームソードを……と言いたいところだが、ウラインターネットでソードやワイドソードを手に入れることが出来るのだろうか。オモテに行ければ、幾らでも手段はあるが……

 

 よし、こういう時は……あそこに行くとするか。



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第2話

NO NAME:ソードとワイドソード

ソードとワイドソードを探している

ウラインターネットで入手する方法は無いだろうか

 

NO NAME:ソードとワイドソード

なんでまたソードなんて探してやがるんだ

初期フォルダに入ってるだろ?

 

NO NAME:ソードとワイドソード

ドリームソードか?

 

NO NAME:ソードとワイドソード

ああ、よく分かったな

どうやらチップトレーダーに入れたかトレードしてしまったらしい

 

NO NAME:ソードとワイドソード

そりゃもったいないコトをしたな

チップを交換に出すトキは4枚ずつ残しておくのがキホンだ

 

NO NAME:ソードとワイドソード

ドリームソードならロングブレードやワイドブレードを使ってもデキるぜ

ソードやワイドソードを手に入れたいなら……ダレかにトレードを申し込むかヤミ商人でも探すんだな

どちらにせよフッカケられるだろうけどな……ケケケ

 

 

 

 

 

 最後にお礼のコメントを残して、掲示板から立ち去る。悪いナビばかりのウラインターネットなんだが、ウラ掲示板での彼らはなぜか割と優しい。今後困ったことがあったら、また相談しよう……シナリオ関連のことはできないにしても、チップやウイルスの情報なんかはウラの住人ならかなり詳しいはずだ。

 しかし、トレードかヤミ商人か……困ったな、ゼニーにはあまり余裕がないんだよな。俺の中に存在するゲット・アビリティ・プログラムの所為か、ウイルスを倒すと確実にチップデータが手に入る。それは逆に言えば、対ウイルス戦でゼニーを稼ぐ機会が得られないということだ。幸い、ミステリーデータ……インターネットに散らばる結晶のようなプログラムから、何度か拾えはしたので無一文ということはない。しかし、物価の高いウラインターネットで買い物が出来るかというと、少し微妙なところだな。

 ソードやワイドソードなら、少しはオマケしてくれるとは思うが……それでも価格はオモテの比ではないだろう。これだからウラインターネットは!

 

 もう一つの手段であるトレードに至っては論外だ。俺は件のアビリティによってチップデータを直接身体(ボディ)に取り込んでいる。取り出すことは出来ない。だから交換も不可能という訳だ。専用のプログラムがあれば、体内のチップデータを取り出すことも出来るのだろうが、生憎と俺は一人だ。

 

 ……万策尽きた、か?

 いや、諦めるな。今は手に入れられないかもしれないが、いずれオモテに出た時……その時こそ、ドリームソードを発動させるのだ。今はまだ時期じゃないだけ。悲しくなんてないぞ。さっきからテキトーにシューティングバスターでウイルスをデリートしまくっているが、決して八つ当たりなんかじゃない。

 

 しばらく、そんな風に進んでいくと、突然周りの景色ががらっと変わった。ウラインターネットっぽくない、なんというか、神聖さすら感じるような雰囲気だ。

 ウラインターネットから出てしまったか、と考えていると、またもウイルスの気配を感じ取る。最早手癖となったような勢いで、バスターをぶっ放す。

 しかし、バシュン、と俺のバスターが掻き消された。攻撃が防がれる……生まれて初めての出来事だ。相手を凝視する。虫みたいなウイルスの周りに、黄色いオーラが纏わりついている。アイツは……!

 

『エネミー名表示:

 ドリームメラル

 ドリームラピア

 ドリームボルト』

 

 ドリームビット!

 初代ラスボスである『ドリームウイルス』が造り出した凶悪なウイルスたちだ。何よりプレイヤーを苦しませるのが、その身に纏う『オーラ』。

 

 今の敵はどうやら攻撃力100より下の攻撃を無効にする『オーラ』を出しているようだが、これが上位種のドリームビットになると、攻撃力200より下の攻撃すら無効にしてしまう『ドリームオーラ』を身につけている。攻撃力200を単独で超えるチップはかなりレアなので、生半可なチップフォルダでは出会った瞬間詰む。

 

 まあ、この世界のバトルチップは攻撃力が数値化されていないようだから、もしかしたら威力の低い技でもひっぺがすことが出来るかもしれないが……念には念だ。ちょっとだけ本気を出してやる。オーラは確かに強力だが、このフォルテ(偽)には関係ない!

 

 俺は左手にエネルギーを集中させる。エグゼ3に於いてオリジナルが放ったこの技は、シリーズ史上最強クラスのオーラである『ダークネスオーラ』を一撃で壊しかけた(完全に壊せてはいない)。ならば、たとえ劣化コピーである俺が放ったとしても、格下の『オーラ』を打ち破るくらいワケはない!

 

「喰らえ、アースブレイカー!」

 

 膨大なエネルギーを帯びた腕を叩きつける!

 オーラは霧散し、ドリームメラルが粉々に砕け散る。他愛なし!

 

「ヘルズローリング!」

 

 続けて、車輪のようなエネルギー波を二つ、ウイルス共に向けて放つ。そのどちらもがオーラを貫通してウイルスを駆逐した。あっという間だったな。バスティングレベル9ってところか。大技を使えばSも狙えるだろうが……フォルテの姿で、雑魚戦に一々本気を出したくはない。スマートに行こう、スマートに。

 

『獲得バトルチップ:

 オーラ』

 

 オーラが手に入った。序盤に手に入れられれば鬼のように強いんだよな、このチップ。それに、エグゼ3のフォルテは常にオーラを纏っていた。思い入れのあるチップだ。

 

 俺は早速、オーラを使ってみる。バリアも強力だが、やはりオーラの方がカッコ良いな。ドリームオーラと、ダメージを半分にする『ホーリーパネル』を生み出すサンクチュアリのコンボは誰もが試してみたくなると思う。攻撃力400以下の攻撃を完全に無効化できるという凄まじいコンボだ。完成すれば、フォルテの攻撃だって無効にできる。

 

 良いチップが手に入った。上機嫌な俺は、鼻歌でも歌いそうな気分で進み続けていたのだが——途方もなく油断していた、と言わざるを得ない。

 失念していたのだ。ドリームビットが出現するようなエリアが、一体どのような場所なのか。

 

「……ッ!」

 

 突如、火柱が俺の身体を包み込む。高い威力を持ったそれは、一撃で黄金のオーラを引き剥がし、俺の身体を焼く。この世界に来て、初めてダメージを負ったが……痛いな。プログラムの身体でも痛みは感じるのか。どうやら、そういう風に造られているらしい。

 

「誰だ」

 

「9632人目……」

 

 コシュー、という独特の呼気と共に現れたのは、漆黒のボディ。何やら穏やかでないカウントをするそのナビの目付きは、そして何より研ぎ澄まされた殺気は、ナイフのように鋭い。

 

「オレの名はダークマン」

 

 ……ダークマンだと。ウラインターネットの王、セレナードへの道に立ち塞がる門番にして暗殺者のナビだ。

 なら、ここはセレナードが治めるシークレットエリアなのか。

 

 まずいな、知らん内にウラインターネットの最奥にまで来てしまったらしい。……俺はこの先に進みたい訳ではないから、見逃してほしい、なんて言っても無駄だろうな。このダークマンは、暗殺を生業とするナビ。そんな手緩い相手ではないことは知っている。

 暗殺を生業とする割に攻撃が派手だとか言ってはいけない。

 

「お前を倒せば、ナビ10000体デリートまで残り368人。恨みは無いが、デリートさせて貰う」

 

 ダークマンが、その手を前方に翳す。その瞬間、俺の周囲の空間——見えてないが、多分後方含め全方位に、真っ黒の穴が空いた。そこからコウモリの形をしたエネルギーの塊が飛び出し、俺に襲い掛かる。

 

「バトルチップ『オーラ』」

 

 この手の連続攻撃は、一発一発の威力が低いのはお約束だ。早速手に入れたチップを活用させてもらおう。俺の身体を覆うオーラが、コウモリを弾き飛ばす。

 

「エアバースト!」

 

 腕に溜めたエネルギー弾を放ってやるが、流石はシークレットエリアの番人。単調な攻撃は容易く避けられてしまう。とはいえ、俺はサポート系のバトルチップを持っていないから、搦め手もない。……ならば。

 腕にエネルギーを集中させる。エネルギー弾を乱射する『エクスプロージョン』なら、如何にダークマンといえど簡単には避けられない。物量作戦だ。

 

 発射しようとした瞬間、一筋の光線が瞬く。咄嗟に身を躱して射線から逃れるものの、その威力にオーラが再度剥がされた。

 キラーズビーム。対インビジブル性能を持つ上に麻痺効果もあるため、ダークマンが使う中でも特に厄介な技だ。

 

「邪魔なオーラが消えたな。喰らえ、ブラックウイング!」

 

 再びのコウモリ攻撃。ならば。

 

「シューティングバスター」

 

 飛び上がり、バスターを超高速で連続射出。オリジナルが4から使い始めたこの技は、威力こそ並だが連射速度と攻撃範囲に於いては他の技を凌駕する。といっても、威力も普通のナビの攻撃よりは遥かに高いのだが。黒い穴から現出するコウモリは、バスターで全て叩き落とされた。

 

「馬鹿な、全て撃ち落としただと!?」

 

 あの攻撃によっぽど自信があったのか、全て撃ち落とされたダークマンは動揺している。俺はその隙を見逃さなかった。ダークアームブレードを展開し、奴の背後に回り込み、刃を押し当てた。

 

「動くなよ。アンタの負けだ」

「くっ……不覚を取ったか」

「安心してくれ、アンタをデリートするつもりはない。このまますんなり帰してくれるんなら、の話だけどな」

 

 そうでないなら、仕方ない。このままブレードでぶった斬るしかなくなる。

 

「……見た目に反して、甘いナビだ。良いだろう、俺はヤツに忠誠を誓うナビではないからな。追撃はしない。奥に進むなり、引き返すなり好きにするがいい」

「サンキュー。話が分かるナビで助かった」

「しかし、それだけの力、一体どこで手に入れた? ウラランカーでもないし、かといってオモテのオフィシャルでもないようだが」

「話せば長くなるが、簡単に言うと超強力なナビの模造品なんだ、俺は。オリジナルは、戦闘力なら奥にいるやつにも劣らない」

 

 実際、オリジナルとセレナードは三日三晩戦い続けたって話だしな。結局はセレナードが勝ったようだが、デリート寸前まで追い込まれたと言っていたはずだ。

 

「ほう……」

 

 ダークマンは、興味深そうに息をついた。俺のオリジナルに興味があるのだろうか。だとしたら、ちょっかいかけるのはやめた方が良い。コイツの能力を奪ったフォルテとか、更に面倒くさいことになりそうだ。

 

「んじゃ、俺はトンズラこくよ。セレナードはめちゃめちゃ強いって噂だし……オリジナル様ならともかく、俺じゃ歯が立たないだろうしな」

「オレを倒したお前でも、セレナードはそれほどの高みにいると見えるのか?」

 

 ダークマンはそう疑問を呈した。そういえば、こいつはセレナードに挑戦するために、ナビ10000体デリートのノルマをこなそうとしていたんだったな。

 

「やってみなけりゃ分からない、とは思うが、セレナードは間違いなく電脳世界最強クラスの実力者だ。アンタみたいな戦闘狂ならともかく、俺はとても挑む気にならない」

「それほどの力がありながら、慎重だな」

「気にせず臆病者って言ってくれても良いんだぜ」

「いや、セレナードの力は強大だ。恐らく、挑みたいという俺の方が少数派だろう。例えば、次のエリアの番人は、セレナードに心酔し、その下に付いた者。それほどの力とカリスマを持った存在なのだ」

 

 ヤマトマンのことか。オフィシャルの特殊部隊リーダーでありながら、セレナードに心酔しシークレットエリア2の番人となったナビだ。

 

「そりゃ、恐ろしいね。アンタほどの使い手にそこまで言わせるセレナードには会ってみたい気もするが、君子危うきに近寄らず、ってやつだ。ウラの王ともなれば、俺如きに太刀打ちできる相手じゃなさそうだ」

「あまり自分を卑下するな。お前に負けた俺が惨めになるだろう」

「……それは、考慮してなかった。確かにそうだ、悪かったよ」

 

 さて、そろそろお暇しようか、という段階になって、その声は響いた。

 

『どうか足を止めてください、強き者よ』

 

 涼やかな声色だった。どこまでも透き通っていくような、透明な音が俺の耳に届いた。ダークマンにもそれは聞こえていたらしく、体を震わせている。果たしてそれは、武者震いなのか、それとも恐怖の表れなのか。

 強き者、とは俺のことだろう。ダークマンを倒した、俺のことを指した言葉だ。

 

「なんだ、ウラの王よ。俺はアンタのテリトリーを侵すつもりはない。既にエリアに踏み込んでおいて何を、と思うかもしれないが、これは注意不足によるもので」

『いえ、結構。事情は把握しています。私としても、あなた程の力の持ち主と敵対したくはない。負けはせずとも、深いキズを負うことになりかねません』

「では何故、俺を呼び止めた。俺はこのエリアを出るし、アンタは事情を理解しているが故、手を出すことはない。全てが丸く収まっているじゃないか」

『それは確かです。しかし、私はアナタに興味を持ちました。アナタの持つ力は、それほど強大であるにもかかわらず、見たところオペレーターもいない。それでいながら、荒々しい戦い方と正反対の理性的な言動。ネットナビとして、どこか歪なのですよ、アナタは』

 

 ……それは、俺がフォルテのパチモンだからだろう。荒々しい彼の戦闘スタイルをそのまま流用しているが、性格はまるっと違う。

 

『アナタと話がしたい。応じる気があれば、シークレットエリアの最奥までお越しください』

 

 



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第3話

 セレナード。

 電脳世界最高の防御を持つナビ。

 ウラインターネットを統べる『ウラの王』、ウラランキング一位の実力者だ。

 

 エグゼ3においては裏ボスの一人として出現するが、なんと彼(彼女?)には通常の攻撃が当たらない。チップ、バスター問わずあらゆる攻撃をその身に纏う羽衣でいなされ、カウンターの一撃を放つ。セレナードを倒すには、行動範囲を狭め動けない状態で攻撃を当てるか、数少ない、ヤツが攻撃に移る隙を突いて反撃するしかない。

 初見でコイツと戦って勝てたプレイヤーはどれだけいるのだろうか。エリアスチールからのリュウセイグンでハメる、というのがゲームでの楽な攻略法だったが、ゲームでなく現実となった今、そんな手は通用しないだろう。

 

 ウラインターネットの最奥にて、俺はセレナードと相対していた。家具データが用意してあり、俺とセレナードは対面に座っている。セレナードが柔和な笑みを浮かべているというのにピリピリとしたプレッシャーを感じるのは、恐らく、いや間違いなく後ろに控えるヤマトマンのせいだろう。

 武者のような姿のナビ、ヤマトマン。元オフィシャルの部隊長だったらしい。実力的にどうだったかは知らないが、立場的にはブルースの上司といった具合だろうか。まあ、ヤマトマンがいた時期にブルースがオフィシャルにいたのかは知らないが。

 

「招待に応じてくださり、感謝します。強き者よ」

「こちらこそ、お招きに感謝する。ウラインターネットの王に招待を受けたとなれば、俺も鼻が高いというものだ」

 

 ひとまず、友好的に話は済みそうでホッとする。セレナードがヤマトマンを伴っている姿を見た時は離脱しようかと考えたが、セレナードは元々攻撃型のナビじゃない。二対一とはいえ逃げに徹すればなんとかなるか、と腹を括って椅子に座ったわけだ。

 とは言ったものの、緊張感が凄まじい。俺がネットナビでなく人間ならば、冷や汗が滝のように流れ出ているはずだ。対応を間違えれば、デリートされることもありえる。

 セレナードはにこにこ顔でこちらを見つめてくる。くそ、余裕があるな。流石にウラの王として修羅場を潜っているだけのことはある。

 俺はどうだ? どんな顔をしてる?

 分からない。だが、少なくとも不安を顔に出すわけにはいかない。ああ、意識したら顔が強張ってきた気がする……

 

「そう怖い顔をしないでください。我々は貴方の敵ではないのですよ」

「分かってるさ。元々こういう顔なんだ」

 

 フォルテっていつも仏頂面だしな。とはいえ、口をへの字に曲げているのも失礼かと思ったので、口元をマントで隠す。前々から思っていたが、コレどんな仕組みでできてるんだろうな。

 

「まあ、良いでしょう。申し遅れました。私の名はセレナード。あなたは既にご存知のようですが、このウラインターネットを束ねる者です」

「俺は……俺には、名前はない」

「? どういうことです?」

「ダークマンに言ったとおり、俺は模造品だ。それも、出来損ないのな。オリジナルの名前なんて、他人様に到底名乗れるようなもんじゃない」

 

 内心ではノリノリでフォルテだなんだ言ってるが、それくらいの分別は俺にもある。

 

「変わったナビですね。我々はネットナビ。データの集合体だ。コピー体であっても、オリジナルとなんら変わるところはありませんよ。ロックマンのような例外を除いては、ね」

 

 俺のオリジナルも、その例外なんだよ。

 そう口にしようと思ったが、詮のないことだ。

 それに、俺はフォルテのデータをそのままコピーしたんじゃなくて、フォルテを再現しようと生み出されただけだ。コピーではない。

 

「ロックマンを知っているのか」

「ええ、一応はね。そういうあなたこそ」

「戦ったことがあるからな……結局、俺は倒されてしまったが。彼は強いぞ。何しろ成長速度が凄まじい。いずれアンタを超えるだろうな」

「随分、贔屓にしているのですね。ロックマンを」

「戦ってみれば分かるさ」

 

 そして俺からロックマンに興味を移してくれ。

 なんて打算を組みながら話す。

 セレナードは、微笑を湛えるばかりだ。この反応、読まれているのかいないのか。全然分からん。

 

 しかし、セレナードはなんとなく、俺と話すのを楽しんでいるように見える。

 分からなくもない。他のナビと話す機会なんて、滅多にないだろう。ヤマトマンやダークマンは近くにいるが、それぞれ番人としてシークレットエリアを守護している。オペレーターは、エグゼ3に登場するあるキャラクターであるという説もあるが、たしか公式には公開されていないはずだ。

 しかし、その2人あるいは3人以外に、セレナードが接触するナビは極めて少ない。精々がウラランク1位の座を求めて挑んでくる荒くれ者くらいだろう。

 人間に関しては皆無と言っていいだろう。セレナードの存在を知る人間が、果たしてどれだけいるのやら。

 

「いずれ彼はアンタの前に現れるだろう。高みに至ろうとする者は、同じ高みを目指す者とぶつかるものだ」

「なるほど。それは楽しみですね」

「だろう? ……ああ、高みで思い出した。ロックマンは温厚な性格だから、純粋にネットバトルを楽しめると思うが、俺のオリジナルには気を付けた方がいい」

「あなたのオリジナル、ですか」

「ああ。名前はフォルテ。はっきりいって、オモテもウラも合わせて最強のネットナビだ」

「ほう、そこまで言い切りますか。あなたはオリジナルを随分買っているのですね」

「戦えば分かるさ。アンタはウラの王なんだ、いずれフォルテと相見えるのは確実だ」

 

 原作では、三日三晩に渡る戦いの末にセレナードが辛くも勝利した、という話だったな。

 しかし、フォルテの恐ろしい部分は、その成長性だ。セレナードが戦った時は、恐らくGS形態ではなかっただろうし、その後の作品ではフォルテXX、フォルテBXなんて形態も登場している。ゲットアビリティプログラムにより、敵を倒せば倒すほど成長するフォルテは、いずれ必ずセレナードを超える強さを得る。

 

「俺がこれだけ力を持っているのも、オリジナル様のお陰ってわけさ。まあ、見つかったらデリートされるだろうから、感謝することもないけどな」

「コピー体を、デリートするのですか? そのフォルテとやらは」

「まあ、コピー体っつうか模造品っつうか……そうさ。俺はオリジナルに比べたら弱いからな。あいつにとっては、俺は不要な出来損ないなのさ」

 

 実際、2のメインストーリークリア後に流れるムービーではフォルテは偽物をデリートしている。

 

「俺はデリートされたくないんでね。なんとか逃げ延びるくらいの力は手に入れておこうかなと思ってる」

「なるほど、それでウラインターネットを彷徨う内に、このシークレットエリアに辿り着いたのですね。確かに、このエリアには強力なチップデータやプログラムが数多く眠っていますから」

「そういう訳だ」

 

 ゲームのプレイヤーも、シークレットエリアのバグピーストレーダーにお世話になった方は多いのではないだろうか。10個のバグのかけらを放り込めば、レアチップと交換してくれる優れモノだ。バグかけ10個……ガッツマン……うっ頭が……

 まあ、放り込みすぎるととんでもないことになるから、ご利用は計画的に。

 

「ふむ。アナタの事情は分かりました。強さを求めるなら、このシークレットエリアはうってつけの場所です。アナタならば、自由に出入りして構いませんよ」

「セレナード! それは危険です!」

 

 今まで黙っていたヤマトマンが、ついに辛抱堪らず口を出した。まあ、こんな怪しいナビに彷徨かれちゃたまったもんじゃないだろうな。

 

「ヤマトマン。アナタに口を出して良いと言った覚えはありませんが」

「いいえ、僭越ながら提言させていただきます。この男は身元も分からない上、先ほどまでの話もどこまで信用してよいか分からないではありませんか。それに、もし本当だとして、この男のフリをしてオリジナルがシークレットエリアに忍び込む可能性もあります」

 

 たしかに、それは危険だな。フォルテが俺のフリなんてするかはともかく。

 

「問題ありませんよ。不意打ちでも、騙し討ちでも」

 

 セレナードは、そう微笑んだ。

 凪のような穏やかさ。口にする言葉とはまるで裏腹の態度であるが、その優美とまで言える態度には、余裕がありありと現れている。ウラ最強は伊達じゃないな。ゾッとするぜ。

 

「ま、まあそういうことなら。たまに遊びに来ようかな」

「ええ、是非そうしてください。アナタとはまた話したい」

「そりゃ嬉しい申し出だけど……そんな面白い話したか?」

「ふふっ、誰かと話すこと自体、私にとってはそうあることではないのです。話し相手が増えるだけでも、喜ばしいことなのですよ」

 

 やっぱそうか。まあ、退屈そうだもんな、シークレットエリアにずーっといるってのも。

 

「んじゃ、俺はお暇するかな。サンキュー、セレナード、ヤマトマン。楽しかったぜ」

「ええ、ではまた、フォルテ」

 

 む。

 聞き捨てならない言葉に、俺は足を止めた。

 

「だから、俺は模造品なんだって。俺をその名前で呼ばないでくれ。オリジナル様にキレられちまう」

「しかし……いえ、分かりました。では、何かしら呼び名が必要ですね」

 

 呼び名か。まあ、確かに名前がないと不便ではあるな。いつまでも模造品だのコピーだのじゃあ窮屈でしかたない。

 

「なら、フォルスだ。俺のことは、フォルスと呼んでくれ」

 

 偽の、とか、真実ではない、とかそんな意味の言葉だ。まあ、ニュアンス的にはフェイクの方が正しいんだろうが、こっちの方がフォルテに近いし。

 うん。自分で言うのもなんだが、中々良いネーミングじゃなかろうか。

 

「なるほど……どこまでも自虐的ですね。いいでしょう、再びアナタに逢い見えることを楽しみにしていますよ、フォルス」

「おう。ヤマトマンも、次はそう構えないでくれよな」

 

 俺の言葉に、ヤマトマンは肯定も否定もしなかった。苦笑いしながら、その場を離れる。

 

 ふいー、焦った。まさかいきなりセレナードと遭遇するとは……今後は気を付けよう、マジで。

 さて、シークレットエリアも抜けたし、次はどーすっかなあ。オモテにでも行ってみようかな。

 

 

 

 自らをフォルスと称するナビが立ち去り、ヤマトマンは大きく息を吐いた。最後のセリフこそ気さくな様子だったが、一目見た瞬間に己の消滅を覚悟する程度には、禍々しい存在感を放つナビだった。会話の最中も常に無表情で、まるで感情と言うものが読み取れなかった。

 まさか、かつてオフィシャルの部隊長だった自分がこれほど気圧されるとは。あれほどの恐怖は、かつての電脳獣以来かもしれない。

 

「セレナード。彼は……」

「ヤマトマン。アナタが心配するようなことはありませんよ」

 

 先んじて、セレナードは不安を取り払うようにそう言った。

 

「彼は恐らく、生まれて間もないのでしょう。ゴスペルが壊滅したのはつい先日のこと。ゴスペルとオモテの者たちの戦い、その終盤に生み出されたのだとすれば、自身のボディのコントロールが覚束ない可能性もあります。普通のナビであるなら、それも可愛いものですが……」

 

 あれだけの力を持っているとね、と困ったように笑う。ヤマトマンは、主君が自らを慰めようとしていることを痛感し、その足下に跪いた。

 忠臣のそんな姿を横目に見ながら、セレナードは考える。先程自分が口にした通り、あの黒いナビ、フォルスは恐らく生まれたばかりの存在だ。何を目標とするのかなんてまだ明確に定まっていないだろう。善にも悪にもなり得る、危うい存在だ。ただ、幸いなことに今はまだ善良なナビであるように思える。

 彼が闇の道を行かないように祈るばかりだ、と静けさを取り戻したシークレットエリアで、1人頬杖をつくセレナード。

 しかし、ウラの王は一人考える。ヤマトマンの懸念とは別に、気になるところがあった。

 彼の言葉。彼の行動。彼の突然の出現。

 彼は一体何者なのか。




Switchでエグゼまとめパックみたいなの出してほすい


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第4話

 ドリームソードの完成を目指しながら、俺はこの先生き延びるために必要なことを考えた。

 そう、とても大事なことが1つある。それは、今がいつなのか、ということだ。つまりは、原作でいうどの時間軸に自分はいるのか。

 分かっていることは、シリーズで言う2以降というだけだ。なにせ俺がこうしてインターネットに放たれたのってゴスペルが崩壊してからだしな。そんでセレナードやヤマトマン、ダークマンは倒されていない、というかロックマンと出会ってはいないっぽい。よって2の終わりの空白から3のメインシナリオエンディングまで、そのどこかということになるだろう。

 

 セレナードはロックマンを知っているようだったけど、ロックマンは1の頃からウラインターネットに出入りしてるから、ウラの王であるセレナードが彼のことをある程度知っていても不思議ではない。3にはメインシナリオでセレナードとロックマンたちが会話するシーンもあるが、そこより後とは限らないというわけだ。

 

 今がいつか、ということについてはこのくらいしか情報はないが、オモテに出れば自ずと知れることだろう。大体どんな事件が起こっているのか、掲示板なんかで調べればいいのだ。

 フラッシュマンの頃ならN1グランプリという大会の予選が行われていることで分かるはずだし、ビーストマンの事件が終わっているのかはよかよか動物園の事件を調べればすぐに分かる。

 

 そんな具合に、WWW……3の敵組織が起こす事件を追っていけばよいのだ。特に事件が起こっていないようなら、2と3の間の時期、ということになるだろう。

 んで、フォルテに出会いそうなシナリオだった場合は即退散。そうでなければ、ちょっとロックマンたちを一目見てみたい……そんな下心を出しながら、俺はオモテに向かった。

 

 3のシナリオのことを考えるなら、ビーチエリアの出入り口から行ったほうが良さそうだな。

 道が分からないから、その辺にいるヒールナビに道を聞いてみたが、反応は悪かった。襲いかかってくるか、腰を抜かして逃げ出すかの2パターンだ。

 俺の姿はフォルテそのものだから、ビビって逃げ出すのは正直仕方ないと思う。でも襲いかかってくるのはどういう了見なんだ。

 試しに1体のヒールナビに聞いてみると、俺の顔がめちゃめちゃガン飛ばしているように見えるらしい。著しい誤解である。

 

 しかし、ウラの連中に対してさえコレだ。このままオモテに出たら、善良な一般市民ナビから通報されてブタ箱行きという筋書きさえ見えてきてしまう。

 違うよ。僕悪いナビじゃないよ。

 そう訴えたところで、聞く耳持たないだろう。少なくとも、俺が逆の立場だったら絶対信じない。

 一旦ユーモアセンスでも探してみるか。なかったら、このままこっそりオモテに行く感じで。

 ユーモアセンスというのは、組み込まれたナビがダジャレばかり言うようになるジョークプログラムだ。原作だとネタでしかないが、俺みたいなコワモテが友好的に接するためには案外効果的なプログラムなのかもしれない。

 

 でも、ユーモアセンスってウラでも手に入るんだったっけ。そのあたりの詳細までは分からないな。

 またウラ掲示板に行って情報を募るか? ウラスクエアまで行くの面倒だし、どうしようかな。

 

 なんて考えながら歩いていると……なんだか妙な気配を感じた。なんというか、俺を監視するような、付かず離れずを保つ気配だ。

 オフィシャルか?

 いや、それとも俺を倒そうとするウラの荒くれ者か?

 分からない。が、ずっとこの状態ってのも落ち着かないな。

 

 どうするか。ウラの連中だとしたら、オモテに出てしまえば追ってはこないだろう。しかし、オフィシャルだとしたら、俺がオモテに出ようとすれば止めにかかるかもしれない。

 なら、ウラスクエアかシークレットエリアまで戻るか? ウラスクエアは中立地帯だし、シークレットエリアは生半可な気持ちで入れる場所じゃない。強力なウイルスやセキュリティに手こずって、俺を監視する余裕なんて生まれないだろう。

 

 ……よし、だいぶ距離はあるが、ひとまずウラスクエアまで戻るか。掲示板の件もある。

 くるりと踵を返して、ウラスクエアへ戻る道を行く。大丈夫大丈夫、さすがに中立地帯で襲ってきたりはしない筈だ。

 

 しかし、俺は気付いていなかった。

 中立地帯で襲われる可能性は薄いが、そこに逃げ込もうとすればその前に襲われる可能性があるということに……

 

 俺が安全地帯へ逃げようとしていることを察してか、気配がどんどん近くなる。やべえ、と気が付いた時にはもう遅い。目の前に、気配の正体と思われるナビが現れた。

 

 なんのことはない、オフィシャルが使用するタイプのノーマルナビ。いわゆるオフィシャルナビ(そのまま過ぎる)だ。ヒールナビばかりのウラでは珍しいが、恐らくオモテでは標準的なタイプのネットナビだな。

 しかし、その普通さが、逆に不気味だ。俺の前に姿を現して、こちらを睨むばかりで何も言ってこないとはどういう了見だろう。

 

「……ようやく見つけたぞ、フォルテ!」

 

 口に出したのは、俺のオリジナルの名前。

 それによって、一気に俺の警戒心は跳ね上がった。

 

 フォルテについて知っている。それだけで普通の出自でないことが分かる。オフィシャルナビ、フォルテを知っている……

 こいつ、科学省のナビか!

 以前オーラの話題の時に出てきた、ダークネスオーラの使い手だ。

 そして何より厄介なのが、フォルテを狙っている、ということだ。『プロトの反乱』と呼ばれる、初期型インターネットの暴走事件が起こった際にフォルテはその事件の濡れ衣を着せられた。それによって科学省から逃げ出し、追われる日々になったわけだ。

 

 フォルテが強いことなんて分かり切っているハズ。それにもかかわらず、フォルテ討伐を任されるということは、相当な実力者だということだ。それは、シナリオでのダークネスオーラを見ても分かることだろう。

 

「俺はフォルテではない。……そう言ったら信じるか?」

 

 ダメ元で聞いてみるが、ナビは警戒を解く様子はない。

 

「見間違う筈もない……お前の姿はフォルテそのもの!」

 

 そりゃあ模造品だもの。

 しかし、言っても聞きそうにないな。やるしかないか。

 とはいえ、ダークネスオーラを張られたら突破できるか微妙なところだ。フォルテと同じワザが使えると言っても、威力までは再現できていないだろうし。

 

「悪いが俺は死にたくないんでね。抵抗させてもらうぞ」

「……はあッ!」

 

 オフィシャルナビの掛け声と共に、禍々しいオーラがその身に纏われる。

 

「フォルテよ……お前もオーラを纏う者なら分かるだろう。この()()()()()()()の力が」

 

 ……うん?

 今このナビなんつった?

 

「ど、ドリームオーラだと……!?」

「ふっ、驚いているようだな。そう、かつてワイリーが生み出したドリームウイルスが纏っていた、強化されたオーラだ。その防御力は通常のオーラを遥かに上回る!」

 

 いや、それは知ってるけど……ダークネスオーラじゃねえのかよ!!

 もしかして、まだダークネスオーラを獲得していないのか? まあ、ギガクラスチップだし簡単に得られるものでもないだろうけど……

 

「そ、そうか」

「さあ、どこからでもかかってくるがいい!」

 

 ノリノリだあ。

 ま、まあダークネスオーラだったら正直危なかっただろうし、ここは素直に喜んでおこう。もしかしたら普通に敵わなくて逃げるハメになるかもしれないし、油断は禁物だ。

 よし、ここはオリジナルと同じくアースブレイカーを試してみるか。

 腕へ力を集める。

 

「アースブレイカー!」

 

 ドンッ! と派手な音がして、オフィシャルナビは大きく後退した。しかし、ドリームオーラは剥がれていない。

 やっぱりパチモンの俺ではこんなもんか。オリジナル様ならイッパツだったろうに。

 

「ぐっ……流石のパワーだな。だが、流石にこのドリームオーラは破れないと見える!」

 

 オフィシャルナビはほくそ笑む。勝利を確信したかのようだ。たしかに、俺の強力な一撃は防がれてしまった。どーしたもんかね。

 

「次はこちらから行くぞ!」

 

 意気込むオフィシャルナビ。その姿が、直後に消えた。

 気が付いた時には、奴は俺の懐へと踏み込んでいる。これは……!

 咄嗟に飛び退くが、二重の斬撃の内片方が、俺のオーラの上から一撃を与えた。

 

「フミコミクロスか……厄介なワザだ」

「私のフミコミクロスを避けるとは……しかし、手応えはあった」

 

 確かに、オーラを切り裂きダメージを貰ってしまった。フミコミクロスは、相手の懐へ踏み込んで二回の斬撃を放つワザ。上手く当たれば2倍のダメージを与える。片方を避けてこれだ、正面から食らったら致命傷になるかもしれない。

 オーラが剥がれたから、オフィシャルナビはバスターを連射してくる。避けるのがしんどいな。このままじわじわと削られ続けたら、いずれ体力も底をつく。そうなる前になんとかしないと。

 

 俺はシューティングバスターで迎え撃ちながら、距離を取る。中距離でもフミコミクロスの餌食だし、近距離でのソード攻撃はまずい。ソード系は威力が高いのだ。

 俺のバスターの方が圧倒的に威力が高いが、それでもドリームオーラは抜けない。くそ、厄介過ぎるぞ。これでホーリーパネルとか張られてたらブチギレてるところだ。

 

「逃さんぞ」

 

 オフィシャルナビが何かのチップを使った。攻撃が来る。

 備えようと、一瞬足を止めたことが幸いした。

 

 俺の背後、先程までの進行方向から、鋭い竹槍が幾つも飛び出してくる。俺のボディを何本も掠め、体力を減らしていく。

 

「ぐっ、バンブーランスか!」

 

 ゲームでは敵エリア最後方の更に後ろから攻撃するチップだったが、なるほど。これは逃亡する相手に何より有効だ。

 足を止めていなかったら、今頃串刺しになっていたところだ。

 

「悪運の強い奴だ。しかし、ここで終わらせてもらおう」

「……俺はフォルテじゃないからこの辺でやめとこう、って言っても嘘臭いよな、この状況じゃ」

 

 仕方ない。

 俺は迎撃をやめ、回避とエネルギーの集中に専念する。

 相変わらず撃ってくる追撃のバスターが、俺のボディにビシバシ当たってめちゃ痛いが、チップ攻撃よりかは幾分マシだ。

 

「そろそろトドメと行こう……っ!?」

 

 優勢だったオフィシャルナビも、ここに来て俺の腕に尋常じゃないパワーが集まっているのを察したらしい。

 こいつは4のフォルテの最強技だ。流石のドリームオーラでも、破れないはずがない。

 

「させるか!」

 

 オフィシャルナビは、俺が何かしようとしているのに気付いたか、腕を巨大な砲身に変えて何かを放とうとしている。チップ攻撃……いや、プログラムアドバンスか?

 だが、もう遅い。

 腕へ集中させたエネルギーを、漆黒のレーザーにして放つ。

 

「ダークネスオーバーロード!!!」

「ギガキャノン!」

 

 ギガキャノン。キャノンを組み合わせることで放たれる強力な一撃だ。しかし、その弾丸は闇の光に呑まれて呆気なく消え去った。そのまま黒い奔流は、オフィシャルナビの姿をドリームオーラごと飲み込む。

 

 レーザーが消える。そして、その後にはボディからバチバチと火花を散らし、満身創痍のオフィシャルナビの姿があった。しかし、アレを食らってデリートされていないとは。ギガキャノンによる威力の減衰、そしてドリームオーラによるダメージ吸収のお陰か。

 

「くっ、ドリームオーラを破るなんて。まさかここまでのチカラを付けているとは……!」

「ドリームオーラは確かに強力だけどな。言っておくが、俺のオリジナル……フォルテはこんなものじゃないぞ」

 

 俺の一言に、ナビは心底驚いたような声をあげた。

 

「オリジナル、だと……ならばお前は、フォルテのコピー体だというのか!?」

「まあ、劣化コピーだけどな。信じるも信じないも勝手だが、オリジナル様はこんなこと言う奴じゃないってのを知っているだろ?」

 

 オフィシャルナビは黙り込む。どうやら納得はして貰えたようだ。

 

「デリートはしないでおいてやる。それと、もしオリジナルに挑むなら、ドリームオーラの上くらいは用意しておくんだな」

「ま、待て。待ってくれ!」

 

 懇願されるが、いい加減体力の限界だ。あと一発ぶち込まれたら、俺の方こそデリートされかねない。

 幸いスクエアは目と鼻の先だし、サブチップ商人を探してフルエネルギーを売って貰わんと。

 何か言ってるオフィシャルナビを尻目に、その場を離脱した。

 



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第5話

 回復できたのは良いけど、またウラスクエアまで戻ってきてしまった。まあ、折角だからまたウラ掲示板でも覗いてみるか。そんで、ユーモアセンスの情報を聞いてみてもいい。

 

 ふむふむ。前にも見たが、ゴスペル壊滅の話題が結構盛り上がってるな。さっきのオフィシャルナビの件から考えても、やっぱり今は2と3の間って感じか。フォルテの動向が掴めないのが怖いな。

 ふーむ。

 

「……おい、聞いているのか?」

「うん? あっ、さっきの。もう回復したのか」

 

 掲示板を覗いていると、さっきのオフィシャルナビが話しかけてきた。さすがにウラスクエアでドンパチはしないか。掲示板の前に立つ俺の隣まで歩いてくる。敵愾心は感じない。

 

「何の用だ? 悪いけどやることあるから忙しいんだ、手短に頼む」

「……お前、本当にフォルテではないのか」

 

 半信半疑、という感じの声色だ。まーだ信じてなかったのか、と溜息を吐きたい気になるが、まあ仕方ないか。見た目はまんまフォルテだし。

 

「ああ。フォルスと名乗っている。まあ、フォルテのパチモンだよ」

「パチモン……やはりコピー体か。まさか、あのフォルテをコピーするとは……」

「ちょちょ、あんまデカい声でフォルテの名前を出すな。周りに聞こえたら面倒だ」

 

 声を潜めるように注意すると、スマナイと申し訳なさそうに頭を下げた。

 なんか、雰囲気違うなあ。科学省の追手って言うもんだから、ヒートブレードのやつみたいな性格かと思った。なんか良いナビっぽいぞ、このナビは。

 

「ゴスペルって知ってるよな。ネットマフィアの。そのゴスペルの目的は、最強のナビを生み出し、インターネット社会を破壊することだった。で、ゴスペルが立てた計画の中で生まれたのが俺だ。まあ、バグだらけの失敗作だったんだけどな。あるネットナビとオペレーターによってゴスペルは壊滅。俺は逃亡、今に至るってワケ」

「……ゴスペルにより生み出された、フォルテのコピーか……確かに、報告書で目にしたことがある」

「俺はなんか知らんけど強い自我が芽生えたみたいでな。他の模造品よりは、安全なナビだと、思うよ?」

 

 チラチラ安全アッピールしてみる。微妙な表情をされた。何故だ。

 

「だからデリートは勘弁してくれ。別に誰かに危害を加えようってわけじゃないんだ」

「……………………」

「か、考え込むなよ。怖いなあ」

「確かに、ワタシのこともデリートしなかった。今の話も、信憑性はある。なるほど、キミは確かにフォルテではないようだ」

 

 おお、納得していただけた!

 良かった良かった、これでデリートされずに済むな! 少なくとも科学省には。

 なんて思っていたが。

 

「だが……正直に言おう。キミは危険過ぎる」

「えっ」

「それだけのチカラを持っているナビ。しかもフォルテと同じ技が使えるとなれば、科学省やオフィシャルはキミを放ってはおかないだろう。ゴスペルの遺産ともなれば尚更だ」

「待てよ、俺は、このチカラで世界を壊そうだなんて思っていない!」

「キミの意思に関わらず、キミのチカラそのものに目を向ける輩がいる。WWW、それにゴスペルの陰に隠れ暗躍していた犯罪シンジケート『ネビュラ』……もしキミが奴らの手に渡り、量産の方法が確立などされてみろ。あっというまにインターネット社会は崩壊するだろう」

 

 た、たしかに……

 ゴスペルはその段階まで至っていたが、すんでのところで熱斗とロックマンに阻止されたんだった。もし彼らがいなかったら、世界は大混乱に陥っていたはずだ。

 それに、俺はある意味バクダンみたいなもんだ。制作段階でバグをぶち込まれまくってるから、大量のバグを注ぎ込まれると、究極のバグ融合体『ゴスペル』に変化してしまう。

 世界各地に俺のコピーを送り込んで、同時にゴスペルを顕現させる……テロってレベルじゃないな。

 

「なるほどな。確かに、狙われるのも当然だな」

「……他人事のように言う」

「いやでも、俺は捕まる気はないぞ。悪の組織にはもちろん、オフィシャルや科学省にもな。デリートされたくないんでね」

 

 悪の組織に利用されるのもゴメンだし、それを阻止するためにオフィシャルなんかに消されるのもまたゴメンだ。

 

「…………そうか。そうだな。ああ、その通りだ。誰だって消されたくはない。コピーであるキミも、オリジナルのフォルテも。しかし、ワタシにも立場というものがある」

 

 剣呑な言葉。

 まさか、ここでやる気か?

 思わず身構えるが、いつまで待っても攻撃は来なかった。

 

「……キミを追わない、というわけにはいかない。しかし、こちらから襲いかかったというのに、キミには助けられた。借りは返すさ」

 

 オフィシャルナビは、俺にプログラムデータを送ってきた。

 まさかユーモアセンス……と思ったが違った。

 このプログラムは……

 

「キミには必要なものだろう。持っておくといい」

「ありがとう……と、言っていいのかな」

「フ……では、ワタシはここで失礼する。だが、見逃すのは今回だけだ。次にあった時は、ワタシは全力でキミを捕らえにかかるだろう」

「望むところだ。また返り討ちにしてやる」

 

 お互いに笑い合う。話す内容は物騒だけど、なんとなく彼とは友情を育めたような気がする。そう、それはルパンと銭形幸一のような……

 美化し過ぎか。

 ピシュン、とオフィシャルナビはプラグアウトしてPETに戻っていく。いいな、アレ。俺もやってみたい。

 

 

 

「とまあこんな感じで、科学省に目をつけられたっぽいんだよな」

 

 まあ、あのオフィシャルナビなら庇ってくれてると思うけど。でも、オリジナル様が追っかけられてる以上、どの道オフィシャルや科学省には追われる立場なんだ。今までとそれほど変わりゃしない。

 

 俺はこれからオモテに出るつもりでいる。別に最期の別れになるわけではないが、一応と思いシークレットエリアへ挨拶に来た。セレナードもヒマしてるみたいだから、定期的に会いに来ようとは思ってるけど。

 

 思ったとおり、セレナードは俺の話を聞いている間、至極楽しそうだった。シークレットエリアって何もないもんな。仮想データをいかに早くデリートできるか、というタイムアタックの遊びがあるらしいが、セレナードは防御型のナビなのであまり楽しくないそうだ。ちょっと可哀想。

 

 俺もやってみたが、フォルテのワザを使えば、タイムアタックのために用意されたコピーデータなんか瞬殺だった。セレナードはちょっと怒り気味で、予備フォルダでの攻撃のみ可能とルールを付け加えていた。

 ゲームでもそんなルールあったな。

 たしか、全部の記録を塗り替えるとギガクラスチップが貰えるんだったかな。俺もねだってみたが、くれたのはリカバリー120だった。いや、嬉しいけどさ、リカバリー。

 

 そんなこんなで、今まで起きたことを話して機嫌を直してもらおうと思ったわけだ。

 

「なるほど、中々大変でしたね。それで、アナタはこれからどうするのですか? もし行くアテがないのなら、シークレットエリアで匿っても良いですが」

 

 セレナードはそう提案してくれる。なんか、全く警戒されてないな。いや、良いことなんだけどさ。後ろ後ろ、ヤマトマンがすげえ険しい表情してますよ。

 

「いや、大丈夫。俺は俺でちょっと考えがあるからさ。2パターンほど」

「ほう? それはそれは。ぜひ聞かせてください」

 

 興味深そうにセレナードが聞いてくる。後ろのヤマトマンはちょっと呆れ気味だ。

 だが、俺としては悪い気はしないな。ふふん、教えてやろう。俺考案、パーフェクトな電脳世界の生き延び方をな。

 

「俺はフォルテのコピーであるために狙われているわけだが、実はオフィシャルや科学省に狙われているのにはもう一つ、重大な前提があるわけだ。それは……野良ナビだということ!」

 

 そう、俺にはオペレーターがいない。単体でふらふらしているからアブない奴だと思われるのだ。

 危険なナビでも、オペレーターがまともなら見逃してもらえる可能性は大いにある。ナビって基本PETの中にいるから、オペレーターが指示しないと動けないからな。俺みたいに自立型のナビもいるけど……

 ま、まあつまり、オペレーターに保護してもらおう作戦。完璧だ。完璧すぎて笑ってしまいそうだ。

 PETの中ってどんな風になっているのか地味に気になるし、安住の地を得られるというのはなんとも嬉しいことだ。まこと俺得な作戦である。

 

「オモテに出てオペレーターを探す。科学省やオフィシャルに関係ない人ならPETに匿ってもらうし、逆に近しい人なら俺のイノチを救けてもらえるように交渉してもらうのさ」

 

 交渉に失敗した時?

 ……失敗しない人を選びたいものだ。うん。

 

「なるほど……それで、もう一つの案とは?」

「悪の組織潰す」

「単純明快ですね」

 

 そう……単純にして明快。

 悪の組織が俺の体を狙ってくる(意味深)なら、潰しちゃえばいいじゃない。

 民間人は助かる。科学省が持つ、俺が悪の組織に利用されるという危惧も晴れる。悪の組織を成敗したということで、俺ヒーローになる。

 まさにWIN-WIN-WINである。LOSEは悪いやつらだけだ。

 

 ただし馬鹿でかい問題点が幾つかあるが、それには目を瞑ることとする。

 

「どれもハイリスクな作戦のように思えますが」

「リスクを取らなきゃ生き延びれないのさ」

 

 両方ともハイリスク・ローリターンな作戦で泣けてくる。しかし、この2つの作戦はなんと共存できるんだ。

 オペレーターが正義の心を燃やして悪の組織に立ち向かう可能性だってあるのだ。信じよう、俺の未来のオペレーターを。

 

「で、それがどうオモテに行くことに繋がるのだ?」

 

 ヤマトマンが口を挟む。気を許してくれたのだろうか。だとしたら嬉しいが……

 

「だってウラインターネットに接続してるの悪人ばっかだろ多分」

「た、確かに。オヌシもそんな輩をオペレーターにはしたくないか」

「まあ、中には良いやつもいるとは思うけどな。大半は悪人だぜ、きっと。普通のオペレーターが欲しいから、オモテのインターネットをぶらついて探すさ。オフィシャルたちに見つかりやすいって問題はあるけど、まあなんとかなるだろ」

 

 最悪、オペレーターが見つからなければロックマンたちを手助けして、野良ナビのままWWWをぶっ潰す。

 そうすれば、良いナビとして熱斗くんたちに認識してもらえるだろう。

 そしたらパパのコネで、そのう、科学省に口利きなんかをね? していただければね?

 

 という下心もありつつ、俺は生き延びるためのパーフェクトな作戦を決行するためにオモテのインターネットへ向かうのだ。

 

「てなわけで、しばらくはオモテにいると思う。また会いにくるけど、ちょっと先の話になりそうだ」

「そうですか……せっかく良い友人ができたのに、残念です」

「……ありがとう、俺もそう思うよ。本当に」

 

 俺とセレナードは、固い握手を交わした。

 必ず、またここに戻ってこよう。

 

 そんな決意をした時だった。

 

 背筋に悪寒が走る。

 圧倒的なプレッシャー、存在感。それがシークレットエリアを覆うかのように蔓延している。

 何かがいる。そんな漠然とした感覚がする。

 セレナード、ヤマトマンも同じことを思ったようで、2人は既に臨戦態勢となっていた。

 

「逃げろ……」

 

 聞き覚えのある声がした。

 

「ダークマン!」

 

 以前、俺と戦った暗殺者のナビ。ダークマンが、ズタボロの姿で地に伏している。一体誰が。ダークマンほどのナビをここまで追い詰めるなんて、並大抵の実力ではない。

 

「……強者の波動を感じる」

 

 上空から降るその台詞を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。

 それはこれから先の未来で、この世界の主人公であるロックマンに対しての言葉と同じもの。

 どうして、どうして奴がここにいる!?

 

 

「…………フォルテ………………!!」

 

 

 破壊の権化。

 俺のオリジナル。

 最強のネットナビが、こちらを見下ろしていた。

 



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第6話

「フォルスと瓜二つの姿……奴がフォルテですか。なるほど、アナタがあれほどまでに言うだけのことはありますね。なんと凄まじい殺気……」

 

 セレナードも、オーラを放つフォルテの実力をなんとなく感じ取ったようだ。それでいてまだ余裕のある表情をしているんだから、ウラの王は伊達じゃない。

 俺なんかは、デリートされる恐怖で足がガクガク震えてる。見つからないように隠れてようかと思うくらいだ。というか、すぐにでもそうするべきだったかもしれない。

 

 ふと、フォルテがこちらに目を向ける。全力で逸らそうとしたが、できなかった。あまりに鋭い、いや、冷たい瞳が俺を射抜き、金縛りにあったかのように動けなくなってしまったからだ。

 

「こんなところにもいたか、出来損ないが」

 

 吐き捨てるように呟いたフォルテは、俺に手を向ける。一瞬でエネルギーが溜まり、俺に向けて光の弾が放たれた。

 反射的に、俺も同じ技で返す。エアバースト。3までのフォルテの使う、最も基本的な技だ。

 エアバーストがぶつかり合い、爆発する。しかし、衝撃は殺しきれず、俺は後方に吹き飛ばされた。すぐに立ち上がり、体勢を立て直す。

 くそっ、やっぱりオリジナル様の方が、技の威力は圧倒的だ。

 

「遅い」

 

 はっ、と目線を上に上げれば、フォルテが腕を振りかざしている。

 アースブレイカー。ダークネスオーラも破るオリジナルの一撃は、俺の体なんて一撃で消し飛ばしてしまうだろう。

 

 あ、俺死んだわ。

 

 他人事のようにそう思った。

 

「フォルス!」

 

 俺を庇うように、セレナードが光弾を放つ。フォルテは舌打ちしながらそれを回避した。

 危なかった。セレナードのフォローが間に合ってなかったら、多分デリートされていただろう。フレイムマンを一撃で粉々にするような技だ。

 

「無事ですか、フォルス」

「なんとか。サンキュー、セレナード。危うく消されるところだった」

 

 なんとか助かった。セレナードが居てくれるのはなんとも心強い。さすが、原作でフォルテに勝っただけのことはある。

 

「ヤマトマン。ダークマンを連れて退がってください。あのフォルテというナビ、一筋縄ではいかなそうだ」

「しかし……いえ、承知いたしました。セレナード様、フォルス殿。御武運を」

 

 ヤマトマンは何か言いかけて、それでも主君の指示に従った。ダークマンも心配だが、ヤマトマンが連れて行ったのだから大丈夫だろう。それより、今は目の前の超強敵だ。

 ヤマトマンとダークマンは、すんなり見逃された。ヤマトマンはともかく、ダークマンは一度倒した相手だから、興味が湧かなかったということか。優先順位の高い、俺やセレナードの方しか見ていない。

 

「セレナード。アンタは防御に集中してくれ。攻撃型でないアンタより、俺が攻めた方が良いだろう」

 

 それに、絶対防御のセレナードでも、攻撃する時には隙ができる。なら、攻撃はなるべく俺が行い、隙を減らした方がいいはずだ。

 セレナードが頷く。よし、やってやるぞ。今度はこちらから攻撃だ!

 俺は黒い円盤状のエネルギー波を2発、フォルテに向けて放つ。ヘルズローリング。4以降のフォルテのメインウェポンだ。もしかしたら、今の時間軸……2と3の間の時期なら、オリジナル様も会得していないという可能性にかけてみた。

 しかし、当然のようにフォルテもヘルズローリングで迎え撃つ。やっぱダメか。俺の技を食い破り、威力を減衰しつつも俺の下へ走る黒の車輪を、2枚の間に飛び込んでどうにか避ける。

 この技を避けるには、前に出ることだ。ミスるとモロに食らうから、タイミングが重要。

 

 それにしても、4以降の技も使えるのか。くそっ、そりゃあ俺が使えるんだから、オリジナル様が使えない理由はないか。

 フォルテの技は、同じ技で返される。なら、フォルテの技でないもので隙を作らないと。よし、バトルチップの出番だ。

 

 俺はチップデータを発動し、フォルテの真上に向かって投げつける。弾は巨大化し、重い分銅のような形に変化した。

 アースクエイク。ポワルド系のウイルスの落とすバトルチップだ。

 

 自分にない攻撃方法に、フォルテは驚いた様子だった。回避が若干遅れる。ここだ!

 辛うじてアースクエイクを避けたところに、ダークネスオーバーロードを放つ。黒い光がフォルテを飲み込む。

 やったか?

 

「……出来損ない風情が、やってくれたな」

 

 ……マジかよ。

 結構上手くいったと思ったんだけど。

 いや、原因というか、フォルテの対応は見えた。初速のあるヘルズローリングを撃ち、ダークネスオーバーロードの威力を多少なり抑えていた。それによって、フォルテの纏うオーラが、威力の弱まった俺の大技を完全に防ぎ切った。

 ノーダメージ。しかも、不意を打たれたことに、オリジナル様は大層ご立腹だ。目が、目がガチギレしてる。

 

 まずい、とセレナードも感じ取ったのか、光弾を放つ。しかし、その弾速は、速いとはとてもいえない。やっぱり、ゲームと同じで基本的にセレナードは攻撃タイプじゃないんだな。カウンタータイプだ。

 なんて考えている場合じゃない。

 フォルテはセレナードの攻撃を意に介さず、俺に突撃してくる。その手は既にダークアームブレードを展開しており、接近戦を狙っているのが見て取れる。

 

 俺も、ダークソードで迎え撃つ。こちらの方が刃渡りが長く、攻撃範囲は広い。薙ぐような一撃。しかし、フォルテは斬り上げるようにして、俺の剣を弾いた。衝撃で腕が上がり、無防備になる。

 やばい!

 俺はオーラを展開し身を守るが、無駄だった。オーラの上から斬り裂かれる。激痛が走り、思わず飛び退いた。

 しかし、容赦なくフォルテは追撃してくる。ダークアームブレードの真骨頂は、素早い3連撃だ。あと1発、攻撃は続く。なんとか防がないと。

 切羽詰まった俺は、ダークソードの逆側の手にアクアソードを展開し、フォルテと斬り結んだ。良かった、できなかったらどうしようかと思ったが。

 

「ふん、二刀流か……」

 

 フォルテは俺の腹に蹴りを入れ、一旦距離を取った。あ、危なかった。なんとか凌いだ。

 しかし、実力差は歴然だ。オリジナル様やべえよ。全然敵わないぞ。スピード、パワー、防御、どれを取っても俺の上だ。俺はバトルチップで凌いでるけど、フォルテだってやろうと思えばバトルチップは使えるはず。使わない理由は、普通に攻撃した方が強いからだろう。

 

 まずいな……このままじゃじわじわと削られて、そのままデリートされてしまう。とりあえず、セレナードに貰ったリカバリーで体力を回復させる。

 しかし、このままでは勝ち目はない。セレナードはタイマンなら勝てるのかもしれないが、俺を守る余裕はないだろう。寧ろ、俺を庇うとその分隙ができる。数の優位は、セレナードにとっては寧ろやりにくいのかもしれないな。

 俺のせいでセレナードがやられた、なんてことになるのはゴメンだ。こうなってくると、俺はさっさと逃げた方がいいんじゃないか、という気さえしてくるな。

 

 でも、セレナードは原作では、フォルテとの戦いで大きなダメージを負った、と言っていた。

 それはどうにか避けたい。友達だしな。

 

「フォルテ、と言いましたね。アナタはなぜ、そうまで自らのコピーを狙うのです?」

 

 セレナードが問いかける。時間稼ぎか、ありがたい。その間に、策を考える。

 

「……強者よ。お前の名は?」

「セレナード」

「セレナード、俺は不愉快だ。俺と同じ姿、同じ技を持ちながら、こうまで弱いそいつが。お前もきっと同じだろう。考えてみろ、自分と同じ顔が、自分に取り得ない行動をするのを。それが、俺の強さを、人間への復讐心を貶めるようなものなら尚更だ。だから、俺はそいつを消し去る……邪魔をするな、そこを退け」

 

 うぐっ……

 オリジナルにそう言われると、なんかこう、傷付くな。散々模造品だの偽物だのと自嘲してきたが、いざ本物に言われるとガックリきてしまう。

 フォルテにとっては、自分の姿を勝手に写し取られて、好き勝手されているのと同じことだもんな。そりゃ、誰だって嫌だろう。

 何も反論できない……なんだか悲しくなってくる。

 俺が何も口に出せず黙っていると、セレナードが答える。

 

「いいえ、彼は私の友人です。デリートしようというのなら、黙って見ているわけにはいきませんね」

「セレナード……」

「フォルス。アナタは自分を模造品と言いますが、模造品だっていいのです。アナタはもう、この世に生まれ落ちているのですから。気の良いアナタを、むざむざデリートさせたりはしません。それに、ここは私の管理するエリア。無許可で侵入して好き勝手暴れられては、ウラの王の沽券に関わるというもの」

 

 ……そうか。そうだな。そうだよな。

 俺だって、フォルテの偽物ではあるけど、

 模造品だっていい、という言葉は、何よりも嬉しかった。

 

「それに、模造品だとしても、アナタの方が優れている部分だってあるはずです。私はアナタの優しさや、生きようと必死に考える姿は、オリジナルのフォルテにだって負けていないと思いますよ」

 

 俺が、オリジナルより優れているところ。

 セレナードの言葉は、俺を励まそうとしてくれたものだろう。しかし、その言葉が、大きなヒントになった。

 あるじゃないか。今のフォルテに無くて、俺にあるものが。

 一回だって試してないし、賭けのようなものだが……やる価値はあるな。

 

「セレナード。ちょっと時間を稼いでくれるか」

「何か思いついたのですね。いいでしょう。彼の攻撃は凄まじいですが、防御に徹すれば凌げないことはない。私1人だったら、攻撃の隙を突かれてしまう可能性だってありましたが……今はアナタがいる。頼りにしていますよ、フォルス」

「任せといてくれ。とっておきをぶつけてやるさ」

 

 セレナードは、フォルテに向かっていく。そうだ、セレナードより防御が優れたナビはいない。倒されることはまずないだろう。

 その間に、俺は集中する。フォルテになくて、俺にあるもの。

 

 

 イメージしろ、獣の姿を。

 かつて電脳獣という呼び名で恐れられたグレイガ。奴は、インターネットに発生するバグが集まって生まれた怪物だ。

 かつて起こった現象は、それと同じ原理で起こる。バグの力を高めることによって、そいつは生まれる。

 

 だが、生まれて暴走するだけじゃダメだ。コントロールしろ。

 思い出せ。これだって、オリジナル様がいずれ生み出す形態の一つだ。

 

 俺の体内にあるバグが、腕に集中していく。やがてそれは、獣の顔を形作った。

 

「セレナードッ!」

 

 意図を察したセレナードが退避する。こちらを見て、ギョッとした表情を作った。それはフォルテも同じだ。

 

「何だと……アレは!」

「吹き飛べ、バニシングワールド!!!!!」

 

 ()()()()の頭から放たれた、極大の光。

 全てを灰塵に帰す一撃が放たれた。

 

「チィッ!」

 

 セレナードに対応していたせいで避けきれないと踏んだか、フォルテはオーラを強め、ガードを固める。しかし、光線はフォルテのオーラを容易く引き剥がし、本体に直撃した。

 

 光線を吐き出し終えたゴスペルの顔が崩れていく。途方もない疲労を感じて、思わず膝をついた。

 俺の体内のバグ、そのほとんどが今の一撃で使われてしまった。なんだか体が縮んだ気さえしてくる……というか、マジで縮んでるっぽい。

 

 だが、流石のフォルテもこれなら……

 

「……やってくれたな、出来損ない風情が」

 

 …………!

 フォルテは、ボディのあちこちから火花を散らしながら、憎しみの表情を湛えている。

 まさか、ほとんど直撃だったはずなのにアレを耐えるなんて……化物すぎるぞ。

 そういえば、フォルテってめちゃくちゃタフだったな。プロトにやられても生きてるし、その後やられる度に強くなって復活するもんな。お陰でエグゼシリーズでは皆勤賞だ。

 

 とはいえ……あの体じゃ、少なくとも今はもう戦えないはずだ。それは俺も同じだが、こちらにはセレナードもいる。勝ち目がないと分からないフォルテじゃないだろう。

 

「フォルスと名乗っていたな。お前はいずれ俺が消す……それまでは精々、借り物の命を楽しんでおけ。セレナード、お前ともまた決着をつけさせてもらうぞ」

 

 マントを翻し、フォルテの姿は消えた。

 ……終わった、のか?

 気が抜けた俺は、思わず尻餅をついた。良かった、デリートは免れたか。

 でも、完全にターゲットにされてしまったな。傷が癒えたら、俺のこと狙いに来たりするのか?

 いやでも、3のシナリオもあるし、まだ猶予はあると思いたい。フォルテとしても、さすがに俺より人間への復讐の方が優先だろう。

 ……まあ、それらは後で考えるとして。

 

「サンキューな、セレナード」

「こちらこそ」

 

 セレナードと拳を合わせる。

 うんうん。友情っていいモンだな。

 ……ん? なんか俺の拳、セレナードと比べてやけに小さくね?

 

「ところでフォルス。アナタ、体が縮んでいるようですが……」

「マジか」

 

 バグを使いすぎたか。

 オモテ行きはまた先になりそうだ。

 



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第7話

 ウラの中でも比較的浅い……つまりはオモテに近いエリア。ウイルスもそれほど強くないここで、俺はバグのかけら集めに励んでいた。

 ゴスペルスタイルっぽいものを発現したはいいが、俺の体は縮んでしまった。セレナードが言うには、暴走を恐れて体内のバグの殆どを吐き出してしまったらしい。もっときちんとコントロールできるようになれば、縮まなくて済むようになるのだろうか。

 

 今の俺の体は、今までの半分くらいの背丈になってしまっている。ミニフォルスとでも呼ぶべき状態だ。別に小さくなるのは構わないが、技がまともに撃てなくなるのはマジでヤバイ。ダークネスオーバーロードなどの大技はもちろん、シューティングバスターさえ撃てないとあっては、オフィシャルやWWWの襲撃があった時にどうしようもなくなる。

 ここは早くバグを集めなければ、とウイルス狩りに励んでいるわけだ。

 

 幸い、バトルチップは使用できたので、今まで吸収したバトルチップでウラのウイルスたちと闘いまくった。バグのかけらもそうだが、戦闘経験が積めるのは何よりありがたいことだ。今まではフォルテと同じ技をぶっ放すだけの脳筋だったから、チップ同士の組み合わせなどを考え、戦略的に使うのは良い体験だ。

 

 数週間、ひたすらバグのかけらを集めていると、ようやく元の大きさに戻ってきた。ふう。ウイルス狩りも楽じゃないな。

 セレナードに相談したところ、シークレットエリアにバグピーストレーダーを設置してくれるらしい。バグのかけら10個を放り込むと、レアチップに交換してくれる夢の機械だ。

 ガッツマン狩らなきゃ……

 放り込まれたバグのかけらは、俺がまた縮んだ時に提供してくれるんだそうだ。なんという優しさ。流石慈悲の心が強さの源だというだけはある。

 

 さて、元の大きさに戻れたところで……ついに、ウラインターネットを抜け出す時が来た。

 オモテに出れば、オリジナル様もそう簡単に追っては来られまい。セレナードたちは心配だが、あれからフォルテ対策でモノリスやナンバーズを配置し、簡単には奥まで侵入できないようにセキュリティを強化した。足止めしているうちにダークマンやヤマトマンを召集し、3対1の戦局を作れればなんとかなるのではないだろうか。

 フォルテには劣るというだけで、ヤマトマンとダークマンも相当な実力者だしな。

 

 よし、行くぞ……

 

 ウラインターネットからジゴクエリアへ。そして、そこからワープポイントを踏み、ビーチエリアへ抜ける。

 ここが、オモテのインターネット。

 まず思ったのが、雰囲気が明るいということだ。これが本来標準的なのかもしれないが、ずっとウラにいた俺にとっては、相当に明るい。眩しいくらいだ。だが、悪くないな。

 次に、見かけるウイルスが弱々しいということだ。ウラの殺伐としたウイルスと違って、なんだか可愛らしいような気がしてくる。あ、メットールもいるぞ。可愛いな。

 ゲームではビーチエリアには出現しなかった気がするが……そういった部分も、ゲームと現実の違いか。

 道ゆくナビの表情も殺伐としていない。朗らかでのほほんとした感じだ。平和な時代なんだな、というのが見て取れる。

 

 さて、せっかくオモテに出たことだし、ソードやワイドソードを探しながらも、見ておきたいエリアをチェックするとしよう。インターネットはどこまでも広がっている。海外のエリアも地続きになっているから、ニホンから外に出るのも簡単だ。

 まあ、俺の場合ウラを経由することになるだろうけど……

 

 しかし、フォルテの襲撃を鑑みて、まずチェックしておくべき箇所が一つあると感じた。なので、まずはそこに向かった。

 

 辿り着いたのは、セントラルエリアだ。

 6に登場するエリア。その最も大きな特徴が、俺の目の前にある大穴だろう。この穴の中には、アンダーグラウンドと呼ばれる地下世界が広がっている。ここは電脳獣グレイガ、ファルザーの凄惨なる戦いによってできた大穴だ。

 そしてここには、そのグレイガとファルザーが眠っているのだ。

 

 電脳獣……俺がゴスペルに変身するのと同じく、バグ融合によって生まれた獣。特に、ゴスペルは自然発生したグレイガとよく似たオオカミのような姿をしている。ファルザーは人工的に生み出された、グレイガに対してのアンチプログラムだ。そのチカラは絶大で、プロトの反乱後にどうにか落ち着きを取り戻したインターネット社会を絶望と混乱に陥れた。

 

 オリジナル様は、6のシナリオ終了後にどういうわけかその電脳獣の力を手に入れる。これがまた強えんだ、生半可じゃなく。

 

 追いつこうと思ったら、俺もそれに手を出さなくてはならないかもしれない。いや、寧ろ今すぐ手に入れてしまった方が、この身は安全とまで言えるのではないだろうか?

 

 ……待て待て、考えがめっちゃ悪者みたいになってるぞ。電脳獣を吸収しようと解き放ったりしたら、それこそWWWと同じじゃないか。

 

 大体、いくらフォルテのパチモンとはいえ、俺に電脳獣を吸収できるのか?

 ロックマンやサーカスマンといったナビは、エクサメモリという特別なプログラムを組み込まれていたからこそ電脳獣をその体に取り込むことができた。フォルテはゲットアビリティプログラムで無理矢理吸収したんだったか。

 しかし、ロックマンは電脳獣を吸収してからずっと苦しみ続けていた。中の電脳獣が暴れまくったからだ。フォルテだって、相当に苦しんだ筈だ。

 俺なんかが、電脳獣に打ち克つことができるのだろうか……

 

 つーか、もし仮に電脳獣を片方吸収できたとしても、もう片方に吹っ飛ばされて終わりじゃないのか。

 ちなみに二体吸収は絶対無理だ。ロックマンやフォルテで一体が限界だったのに、俺が二体も吸収できるわけない。

 

 電脳獣を事前にゲットするのは、やめておいた方が良さそうだな。

 

 仕方ないので、その辺のウイルスを狩ってチップデータを集めることにする。

 

 というわけで、何気に初めて、エグゼ界のアイドルであるメットールとバトルしてみた。

 メットールといえば、ゲームのチュートリアルを毎回任される最弱のウイルスだ。ツルハシを武器にし、黄色のヘルメットがチャームポイント。ショックウェーブ攻撃は当たるとちょっと痛い。

 

 シューティングバスターを放つと、可愛い断末魔をあげて消滅した。流石に一撃か。

 

『獲得チップデータ:リフレクメット』

 

 おお。セントラルエリアだと、メットガードじゃなくてリフレクメットが手に入るのか。ゲームだと対グレイガ最強チップだったけど、現実になった今はどうだろう。試したくはないな。グレイガと闘り合う状況は好ましくない。

 

 とはいえ、防御系のチップはありがたい。オリジナル様はあんましこういうの使わなさそうだし、差別化になるな。

 インビジブルやユカシタモグラも欲しいし、なんならスーパーキタカゼなんかを持っていれば、多少は有利に立ち回れたりするんじゃなかろうか。

 うーん、考えれば考えるほど欲しいチップが多いな。

 

「……ん?」

 

 ふと視界の端に、電脳世界らしからぬ影を捉えた。あれは……人間か?

 遠目で見え辛いが、見間違いじゃあなさそうだ。なんで人間が電脳世界に……パルストランスミッションか?

 3で登場した、オペレーターの意識を電脳世界へ送り込むパルストランスミッションシステム。アレなら、人間が電脳世界に立ってもおかしくはない。しかし、アレは3のワイリーの本拠地にあるのみだったはずだ。いや、科学省にもあるんだったか? まあ、ともかくそう易々とできるものではない。

 

 ……あっ、ウイルスに襲われてる。

 どうしよう。

 確か、パルストランスミッション中に受けたダメージは、現実にフィードバックされるんだよな。ここは助けておこう。人間なら、オペレーター募集のきっかけになるかもしれないし。

 

 ウイルスたちの方へ走る。火属性のウイルスか。

 

『エネミー名表示:ダルスト』

 

 たしか、ヘルズバーナー系のチップを落とすウイルスだな。あのチップ割と好きだし、狩っておいて損はない。

 

 俺は人間に当たらないように、エアバーストで周囲のウイルスを殲滅する。やはり、オモテのウイルス……それも比較的平和なセントラルエリアのウイルスでは、俺の相手にはならないな。

 

『獲得チップデータ:ヘルズバーナー』

 

 よし、チップデータも手に入った。

 改めて、人間の方へ振り返り……思わず息を呑んだ。

 茶色の長髪に、物憂げな表情。蝶の髪飾り。

 おまけに顔がめちゃめちゃ可愛いと来たら、それが誰なのかはすぐにピンと来た。

 

 ……アイリス。

 

 エグゼ6のメインヒロインと言っていい存在。コピーロイドの体を使い、現実世界と電脳世界を行き来するネットナビだ。

 

「…………あの」

 

 はっ、しまった。思わずガン見してしまった。

 

「悪い、手助けは不要だったか?」

「……りが……」

「うん?」

「た、助けてくれて……ありがとう……」

 

 おお……エグゼ6の冒頭を思い出すな。

 主人公の光熱斗に助けられて、アイリスは辿々しくもお礼を言ったんだった。コピーロイドの体に慣れていないから、言葉が上手く出てこないのかと思っていたが……元々の性格故か。

 

「どういたしまして。俺はフォルスだ。君は?」

 

 知っているのに名前を聞くのもなんだか変な感じだが、ポロっと名前を呼んでしまったら、なんで名前を知ってるんだって話になるし、聞いておくか。

 

「……アイリス…………」

「そうか。この辺はあまり危険じゃないけど、ウイルスは居るんだ。気を付けた方が良い」

「……………………」

 

 こく、とアイリスは頷いた。無口だ。ゲームのイメージ通りの子だな。

 しかし、6のシナリオが始まるよりかなり早く接触してしまったな。どーしたものかな。

 

 ……なんて考えている内に、周囲に穏やかでない気配が増えていることに気付く。アイリスを背中に隠しながら気配のする方を睥睨する。やがて、ヒールナビたちが姿を現した。……7人か。

 アイリスは怯えたように身を縮こませる。狙いは彼女か。

 

「何者だ?」

「答えるヒツヨウは無い。そのオンナを渡してもらおう」

 

 めちゃめちゃ三下な台詞だな……

 アイリスを狙っているということは、少なくとも彼女の正体は知っているということだろう。ワイリーの放った追手か……?

 背後の彼女を見る。不安そうな表情だ。ワイリーの下から逃げ出してきたからだろう。

 

「家出少女はまだ帰りたくないってよ」

「キサマ……どこまで知っている?」

「それこそ答える必要があるか?」

 

 剣呑な雰囲気。

 先に抜いたのは、あちらさんだ。

 バトルチップ『マシンガン』や『バルカン』で固めたヒールナビたちは、俺に向けて一斉射撃を行う。しかし、フォルテの模造品である俺にとっちゃ、1番受けやすい攻撃だ。

 オーラを展開する。豆鉄砲は、全てオーラによって弾かれた。

 

「なに……っ!」

 

 お返しに、腕に溜めたエネルギーを爆発させ放つ。エクスプロージョン。幾つもの光球が放たれ、ヒールナビのうち3人に直撃した。

 威力は抑えたから、デリートには至ってない。が、動けないようだ。アイリスにあんまりナビが消えるところを見せるのもどうかと思った故の加減である。

 

「やめておけ……俺はフォルテのコピー体だ。この意味が分かるだろう」

「………………! フォルテ……都市伝説ではなかったというのか!」

 

 フォルテのことを知らないとは。一応、ワイリーとフォルテは手を組んでいるはずなのに。

 いや、確かヒノケンもフォルテのことは知らなかったはずだ。なるほど、部下には何も知らせていなかったわけだ。

 まあ、伝説としてはフォルテのことを知っているみたいで助かった。ヒールナビたちはたじろいでいる。もう一押しか。

 

「今すぐ退くなら、これ以上の攻撃をするつもりはないが……どうする」

「ぐくぅっ……シカシ……」

「今俺に消されるか、後でワイリーに消されるか……どちらにしろデリート、という訳か。そういうことなら苦しまないように、せめて一撃で仕留めてやるよ」

 

 大技の準備をする。極大のエネルギーが集中していることを察知してか、ヒールナビたちは慌てふためく。

 

「ま、待て! 分かった、俺たちは手を引く。今すぐにここを立ち去る」

「……そいつらも連れて行け。辛うじてデリートされちゃいない」

「あ、ああ……」

 

 ヒールナビたちは、こちらをチラチラと警戒しながら、仲間を連れて去っていった。ふう……オリジナル様みたいな強者ムーブは疲れるな。

 あっ、そうだ、アイリスは?

 

 後ろを振り向くと、ジッとこちらを見つめている。何か不審げな顔付きだ。

 

「どうかしたか?」

「……いいえ」

 

 アイリスは考えを口にしないタイプだからか、言葉数が少なくて、何を考えているのか分かりづらいな。

 もしかして、今の遣り取りで凶悪な存在だと思われた? あんな派手な必殺技を、ブラフとはいえ使おうとしたんだ。そう取られても仕方ない。でも、弁明はさせてほしい。

 

「いや、確かにあんな威力の技を使おうとしたのは事実なんだが、アレはほら、あいつらがどうしても退かないから仕方なく……ね?」

「……デリートするつもりがなかったの?」

「そうそう、その通りだ。俺はオリジナル様と違って、そんなに血に飢えているわけじゃないからな。別に無理してデリートすることもないだろ」

「……そう…………」

 

 それきり、考え込むように黙り込んでしまう。

 何かマズいことでも言ったかな?

 分からん。

 

「とにかく、悪そうなナビに追われてるみたいだし、どこかの電脳世界に隠れたらどうだ?」

「どこかの電脳……」

「そうだな……この近くなら……」

 

 ああ、そうだ。才葉学園の電脳世界がいいんじゃないか?

 6のシナリオではアイリスは才葉学園のコピーロイドを使っていた筈だし。

 よし、俺も詳しい場所は知らないが、アイリスを才葉学園の電脳まで連れて行ってやるとするか。

 またヒールナビに襲われたら大変だし。



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第8話

 才葉学園とは、6のシナリオで主人公・光熱斗が通うことになる学校だ。なんと熱斗くん、最終作にして秋原小学校を転校してしまうのである。これには衝撃を受けたプレイヤーも多かったのではないだろうか。

 熱斗が5まで住んでいたデンサンシティよりも更にネットワーク技術の発達している都市、才葉シティ。その中心街であるセントラルシティにある学校で、高校までエスカレーター式。PET内に生徒手帳を登録し登下校の管理を行なったり、学園内には警備ロボットが常駐していたりとハイテクな設備も多い。中でも特筆すべきはコピーロイドがあるということだろう。

 

 コピーロイド。

 見た目はパーマンのコピーロボットだが、鼻を触って起動するわけではない。ネットナビを送り込んで使用するものだ。コピーロイドに入ったナビと同じ姿を取ることができるというもので、ナビを現実世界に呼び出すための人形、と言っていい。

 ただし、バトルチップや、ロックマンでいえばロックバスターのような戦闘用の装備は現実世界では使用できない。仮に暴走したとしても人間を傷付けることのないように、という対策だ。とはいえ、ナビによっては素で人間の大人以上のチカラを発揮することができるという。

 多分ナイトマンとかメタルマンが実体化したら、とんでもないパワーを持ってるんだろうな。

 

 俺もちょっと現実世界に行ってみたい気はするが、俺に会いたい人間なんていないだろうし、微妙だな。

 ……自分で言ってて悲しくなってきた。この話はやめよう。うん。

 

 さて、才葉学園の電脳世界にやってきた。小学生から高校生まで、実に多くの生徒たちが校舎を行き交う。授業、昼休み、部活動、委員会……生徒たちは概ね生き生きと活動しており、見ている方もなんだか楽しい気持ちになってくる。

 アイリスも、表情の変化に乏しいながらも、目を輝かせているように見えた。

 

「ニンゲンって、あんなに楽しそうな表情をするのね」

 

 心底驚いた、というように、アイリスは言う。それを聞いて、なんだか胸が痛くなった。彼女が今まで見てきた人間の表情がどんなものだったのか、物語っているようで。

 

「ああ、そうさ。ああして楽しそうにしているのが、人間の本来あるべき姿だと思うよ。そして、俺たちネットナビは人間と共に生き、彼らをサポートするために造られた。笑顔を作り、笑顔を守るのが仕事さ」

「私たちの仕事……」

 

 ……まあ、ネットマフィア『ゴスペル』によって世界征服のために造られた俺が言うのも変な話だが、ネットナビとは元来そういう存在だ。人間の役に立ちたい、という性格のやつが多い。

 悪のナビだって、オペレーターや製作者の役に立ちたいという思いから悪事を働く。人間を憎悪するオリジナル様だって、かつては製作者であるコサック博士によく懐いていた。

 

 アイリスは俺の言葉を聞いて考え込む。

 偉そうに講釈を垂れたが、俺もまだ誰かの役に立ちたい、なんて立派な心意気は持ったことがない。オペレーターでもいれば、また違うのかも知れないが……

 知識だけで話したことについてそう真剣に考えてもらうと、なんか申し訳ないな。

 

「まあ、難しく考えることはないさ。ここなら追手もそう簡単には見つけられないだろうし、しばらく隠れて学校の様子でも眺めていたらどうだ」

「ええ、そうしてみる。学校の子供達の様子には、なんだか興味が湧いてくるの」

「そりゃ良いことだ。平和が一番だよ、平和が」

 

 アイリスは軍事兵器を操作して、ずっと荒れた世界を見てきたみたいだからな。こうした平穏な世界に興味を持つのは素晴らしいことだ。

 

「じゃあ、俺はもう行くよ。人数が多いと追手に見つかりやすいだろう」

「そう……。またね、フォルス」

「おう。また来るよ、アイリス」

 

 ちょっとは仲良くなれたようで良かった。

 彼女はゲームのシナリオでは、ちょくちょくコピーロイドを使って街へ繰り出したりもしているようだ。活動的なのは良いことだな。懸念としては、ワイリーに見つからないかということだが……ゲームでも見つかってなかったし、電子機器を自在に操作できる彼女なら、監視カメラに引っ掛かったりもしないだろう。

 

 さて、彼女は大丈夫だろうが、俺の方はどうだろう。

 前回の戦闘で完全にオリジナル様に目を付けられてしまった。もう逃げる云々言っている場合ではない。

 

 

 寧ろ、奴を仕留めることを考えるべきだろう。

 

 

 原作最強のフォルテを倒せるか不安ではあるが、少なくともセレナードクラスの仲間が居れば、良い勝負ができることが分かった。

 確実に仕留めるために、戦力の増強は必須だ。しかし、ゴスペルスタイルは現状、膨大なバグのかけらが必要だし、電脳獣を手に入れるのはリスクがデカ過ぎる。

 ダークチップも同じだ。使うと最大HPが減少するのもそうだが、何より怖いのは自我が失われることだ。いや、普通に怖えよ……ネビュラ連中はよく平気でダークチップ使えるな。ノーリスクってわけじゃないだろうに。

 

 アニメ版だと、オペレーターとの絆の力でダークチップの闇に打ち克つみたいな展開もあったはずだが、生憎俺にオペレーターはいない。ぼっちの俺はダークチップ依存症まっしぐらだから手が出せないのだ。

 5だとカオスユニゾンはノーリスクで使えるが……あれはあくまでゲームの仕様だろうな。

 

 はぁー、ノーリスクで簡単に強くなる方法ねえかなあ。

 自分で言っててめちゃくちゃだと自覚するようなことを考える。そんなことできたら誰も苦労しないんだよなあ。

 簡単に、とか考えるから良くないんだ。地道かつ確実に力を蓄える。それが大事だ。幸い、フォルテにはそれなりのダメージを与えた。ひとまずバグのかけら集めを継続しながら、バトルチップを集めるしかないか。

 

 ゲームで強力なバトルチップといえばなんだろう。メガクラスとかのレアチップはそう簡単には手に入らないだろうし、ウイルスが落とすチップで言うなら……ホッケーとかか?

 ドリルアームやスチールゼリーなんかもそうだな。

 

 しかし、それだけではフォルテには火力負けが過ぎる。

 一般的に手に入る方法で、フォルテに肉薄する方法……やはり、プログラムアドバンスか。ドリームソードの話に戻る訳だな。

 バトルチップを集める。それはそのまま、プログラムアドバンスを集めることに繋がる。

 プログラムアドバンスの欠点としては、およそ3枚以上のチップを纏めて使わなければならない点だ。まあ、威力からしたら欠点とも言い難いところではあるが、敢えて言えば、だ。

 

 しかし、それはオペレーターからチップデータを送信するから起こる問題。戦闘と指示のラグによる過負荷をなくすための制限にすぎない。

 

 俺はその場の判断で、継続的に自らのボディからバトルチップを発動できる。オペレーターの俯瞰的な視点からの判断は流石に真似できないが、その点では俺は既存のナビよりも遥かに勝る。

 

 フォルテもそれは同じなんだが……

 あまりバトルチップを使うタイプではない。6ではセンシャホウやヘルズバーナーを使うが、それもBXになってからは使わなくなる。やはり、威力が弱くて要らないと判断しているのだろう。もしくは、電脳獣の容量が大きすぎてチップデータを削減しているのか。

 

 どちらにせよ、俺に有利な部分だ。ここを伸ばしていこう。

 

 さて、3のメインシナリオが始まるまでにどれだけのチップ、バグのかけらを集められるか……そこが勝負だ。

 

 

 

 

 

 そこから、俺はバトルチップを集めまくった。

 科学省管轄のエリアには流石に近付けなかったが、色んなエリアを回った。

 なるべくカウンターを狙ってみて、バグのかけらを集めようとしたがあまり関係ないらしい。フルシンクロする気配もない。まあ、当たり前か。フルシンクロってのはオペレーターとナビの意識の完全な同調だ。バトルチップの性能を120%引き出し、ナビとオペレーターは一心同体となる。オペレーターのいない俺には、縁のない話だ。

 

 ともかく、俺は自らを鍛えまくり、そして同時に情報を集めた。ロックマンエグゼ3のシナリオの情報を。

 そして掴んだ。よかよかスクエア、雑談掲示板。

 バブルウォッシュ暴走事件……つまり、バブルマンが引き起こしたサイバーテロについての書き込みがあったのだ。

 これで原作の時間軸は把握した。チップ拾いに夢中になりすぎて、動物園事件の時期をスルーしてしまったのは焦ったが、まあ問題あるまい。

 

 ……いよいよ、修業の成果を見せる時だ。

 俺単体じゃあオリジナルには勝てない。しかし、セレナードと一緒に撃退したお陰で、自信はついた。ロックマンやブルースたちと一緒なら、俺だってオリジナルと戦えるはずだ。

 

 WWWを潰すことで俺の有用性を示し、科学省に取り入る。そして、オリジナルを抹殺し死の恐怖から逃れる時が来たのだ。

 ……言ってることが悪役そのものだな!

 

 とにかく、まずはN1グランプリ編だ。ここは俺の出る幕はない。主に現実世界で熱斗くんや炎山くんがわちゃわちゃするシナリオだからな。主に電脳世界からの観戦になるだろう。

 熱斗くんに顔を売るとしたら、この次……プラントマン編がベストか。

 フレイムマン編まで突入してしまうと、いきなりフォルテに遭遇する可能性が高まる。タイマンじゃ勝ち目はない。それに、現時点のロックマンはオリジナルにまるで歯が立たないレベルだから、もう少し成長してもらってから挑む必要がある。

 

 そして、フォルテをぶちのめすとしたらドリルマン編、ここが最もベストなタイミングだろう。なにせ、そこから先はラスダンだからな。プロトとフォルテ、最強の敵二体を同時に相手取るのは無謀に過ぎる。

 ……ロックマンって良くあいつらに勝てたな。

 

 N1期間中は、セレナードたちと一緒にシークレットエリアから観戦していた。セレナードが誰が優勝するか賭けようとか言い出したのが意外だった。結構フランクだよな、こいつ。

 

 俺は途中で大会が中止になるのは知っていたが、流れに乗らないのも悪いので、無難にロックマンに賭けた。セレナードも同じだ。やはり主人公は強い。

 ヤマトマンは、元オフィシャルということからか、ブルースを推していた。まあ、ブルースも相当強いからな。事件が起きなければ、優勝していてもおかしくない。実際、デザートマンは正々堂々の勝負なら問題にしていなかったし。

 ダークマンはキングマンに賭けていたが、ロックマンに敗北したことで非常に悔しがっていた。キングマンも惜しかったが、熱斗くんとロックマンの成長性には一歩、いや一手及ばなかったといったところか。

 

 シークレットエリアの俗っぽさがやばい。やはり何もないから娯楽に飢えているのだろう。

 だからだろうか、大会を中断したデザートマンにはブーイングの嵐だった。哀れデザートマン。

 

 そんな彼は、ロックマンのアクアカスタムスタイルによってボコボコにされていた。やっぱ水属性に弱いんだな。

 

 属性といえば、この世界のチップの属性は6の世界観に準じているらしく、3までの火、水、雷、木属性に加えてソードや置き物、ブレイクといった属性系統が追加されている。

 

 まあ、俺もオリジナルも無属性だからあんま関係ないけど……ドリルマンなんかはブレイク属性が付くはずだから、そのあたりはチェックしておかないといけないな。

 ブレイク属性はカーソル属性に弱い。マグナムなんかが有効だ。

 ちなみに、マグナムは作品ごとに系統が変わる面白いチップだ。エグゼ3では炎、4では地形破壊、5、6ではカーソル。

 さらに面白いことに、ゲームでマグナムのように属性が複数あるチップは、1枚で複数の属性を併せ持つようだ。マグナムは先程の3つ全てを兼ね備えた属性になるということだな。

 

 話が逸れたが、そんなこんなでN1編も終了した。

 次はプラントマン編か……

 プラントマンのチップって強かったし、油断せずに戦わないとな。



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第9話

 プラントマン事件でロックマンと共闘するため……かつ颯爽と現れてカッコつけるために、あらかじめ病院の電脳世界に忍び込んでおいた俺だったが、モロに失敗した。

 

 赤い風が目の前を奔る。目にも留まらぬフミコミ。そこから繰り出される一斬は、以前戦ったオフィシャルナビとは比べ物にならない速度だ。模擬戦したヤマトマンの突きだってここまで速くない。いや、模擬戦だったから本気かどうかは知らんけど。

 って言ってる場合じゃない!

 こちらもバンブーソードを発動し、目の前のナビと斬り結ぶ。が、ソード系チップにおいてこいつに敵うはずがない。受太刀をミスってぽきりと折られてしまう。慌てた俺は、トップウを発動させて無理やり距離を取った。あ、アブねー。

 今のうちに誤解を解かなければ……

 

「待って待って、タイム! ターイム! 話せば分かる!」

「何がタイムだ……斬る!」

『ブルース、バトルチップだ』

「ありがとうございます、炎山様。……フッ!」

 

 赤い剣士ナビ、ブルースが裂帛の勢いで放つメガブーメランによって、トップウが破壊される。風の戒めが解かれた彼は速度を取り戻し、またもこちらに攻め入る。

 

「うわわわわわわ」

 

 狼狽ながら、なんとか防ぐ、躱す、避ける、そして逃げる。

 なんでブルースが、と思ったが、思えばこの病院をプラントマンが狙ったのは、ここにテトラコードというプロト奪還に必要なプログラムがあるからだ。そんな重要な場所に不正アクセスしたら、そりゃオフィシャルが飛んでくるよ。しかも、今は度重なるWWWの犯行によって警戒が強まっている。オフィシャル最高戦力であるブルースがやってくるのも頷けるというものだ。

 

 ……そこにもっと早く気付いていれば!

 何やってんだオレのバカ!!

 

「くそっ、これでも食らえ!」

 

 俺は足止めにスチールゼリーを放つ。当たった相手の動きを遅くする可愛らしいスライムたち。ゲームではエリアスチールに高い攻撃力のついた激強チップだった。こちらでも、当たればめちゃめちゃ強い。

 

「……『イアイフォーム』」

 

 当たればね。

 ブルースの間合いにゼリーが侵入した瞬間、目にも留まらぬ速さで振り抜かれた刃が、ゼリーを細切れにする。

 うっそだろ、俺が使った時と全然違うんだが。俺はあんな速度で斬りまくったりできない。先のバンブーソードといい、剣捌きにおける経験の差が目に見えて分かる。

 

 くそ、まともにやり合ったらただじゃ済まないかもだ、これは。ここは逃げに徹する!

 

「待て、フォルテ!」

「俺はフォルテじゃない、パチモンだ! 『アイスシード』!」

「むっ……!」

 

 悪態を吐き逃げながら、アイスシードを背中側に軽く放る。地面に着弾した瞬間、種が割れて地面が凍りついた。

 見たか、氷パネルの上では滑って上手く走れまい。これで逃走時間を稼げる!

 

『ブルース!』

「ハッ! 『パネルリターン』!」

「マジかよ!?」

 

 パネルリターン!?

 そんなチップ入れてるやつ居んのかよ!!

 

 パネルリターンは、地面の損傷や状態異常を元に戻す効果のあるバトルチップだ。ゲームじゃあ正直使っている奴を見たことなかった。いや、6なら獣化のタメ撃ち用に使ってるの見たことあるけども。フォルダを全部無属性のアスタリスクにすればタメ撃ちし放題だぞ、やったね!

 

 しかしアレか、俺がめっちゃ名案だと考えた氷パネル作戦だが、思い付いた奴は結構いたらしい。だってあまりに対応が流暢なんだもの。

 そりゃそうだよな、オフィシャルって実質警察みたいなもんだし。逃亡するナビはこういう姑息な手をよく使ってくるだろう。対策は万全というわけだ。

 これじゃあパネル系の作戦は全部無意味か?

 ゴーイングロードとか、せっかく用意したんだがなあ。

 

「逃さん、ソニックブーム!」

「うおっ!」

 

 ブルースの斬撃が空を飛び、俺に襲いかかる。彼とのバトルにおいて、もちろん剣は最も警戒すべきだが、そればかりだとこの斬撃にやられる。遠距離攻撃だってこなせるのだ、彼は。

 オーラを張りつつリフレクメットで衝撃を跳ね返しながら、なお逃走する。どこまで逃げればいいんだ、コレ?

 

 何か手を打たないと一生逃げられる気がしない。

 ……待てよ、最近、エンドエリアで良いチップを手に入れたんだったな。アレなら逃げるだけの時間を稼げるはずだ。

 急に立ち止まり、くるりと反転する。俺の動きに合わせて、ブルースも止まった。フミコミザンの間合いは維持しつつ、攻撃を見てからリフレクトで跳ね返すのは容易い、そんな位置取りだ。流石、戦いなれてるな。

 だが、今から使う手は攻撃じゃあない。リフレクトで跳ね返すことはできないぞ。

 

「ふっ、鬼ごっこはここまでだブルース。今からお前を倒す!」

「何っ!」

 

 急に調子に乗り出した俺をブルースは警戒し、足を止めた。

 ふふふ、慄いているな?

 見るがいい、俺の奥の手を!

 

「食らえ……『ヘビーゲージ!』」

「なっ……」

『なんだと!?』

 

 それを発動した瞬間には、目に見える変化はない。だが、確実に効果は出ている。

 

『くっ……ブルース、今バトルチップを……!』

「無駄だ、ヘビーゲージの効力によって、バトルチップの送信は遅くなっている」

「だが、それはキサマも同じこと!」

 

 それが、同じじゃないのよさ。

 ブルースが、備え付けのワイドソードで攻撃してくる。しかし、バトルチップの失われた彼の攻撃は限られる。対策は容易い。

 俺はバトルチップの効力で、その刃をいとも簡単に受け止めた。

 

「っ、『シラハドリ』か!」

「ご明察だ」

 

 本来なら叩き込まれる3連撃を、すんでのところで止める。ブルースをやっつけたいわけじゃないからな。

 

「じゃ、悪いが俺の勝ちってことで。バイビー」

 

 シラハドリによる攻撃が行われないのを不審がり、固まるブルースに対してゴーイングロードを発動し、遥か遠くへ追いやる。パネルリターンも、先ほど既に使用している状況かつヘビーゲージ下では発動できまい。

 移動パネルで動けないまま運ばれていくブルースを眺めながら、俺は病院の電脳世界から退散した。

 

 ふう、上手くはまったな。流石の伊集院炎山も、ヘビーゲージには驚いたらしい。俺にとってのパネルリターンと同じように、コチラではあまりにも使い手の少ないチップだからだろう。

 

 理由は簡単だ。デメリットの方が大きい、コレに尽きる。

 ヘビーゲージは双方のオペレーターから送られてくるチップデータを激オモにすることで、バトルチップの使用速度に制限をかけるチップだ。必然的にナビの性能が高い方が有利になるわけだが、ブルースほどのカスタマイズがされているナビよりも性能が上のナビなんて、数えるくらいしかいないだろう。

 加えて、ナビの性能が上ならわざわざヘビーゲージなんて使わずとも、バトルチップで圧倒すれば良いのだ。例外はあるものの、強力なバトルチップを集めるよりも強いナビをカスタマイズする方がゼニーが掛かる。強いナビなら、扱うチップも強いのが普通だ。ヘビーゲージは寧ろ邪魔になることが多い。

 そういった理由から、ブルースレベルのナビがヘビーゲージによる真っ向勝負を挑まれる機会なんてほぼないに等しいはず。

 

 加えて、俺は直接ボディに取り込んだチップデータを起動させているだけだから、ヘビーゲージのデメリットを受けない。一方的な有利を得られるというわけだ。

 

 完全自立型ナビで、なおかつゲットアビリティプログラムによってチップデータを使用できる俺にしかできない最強の戦略(インチキ)といえる。

 ……オリジナルが使ったらマジやべーから、真似されないように大っぴらには使わないようにしたいが。それに、あいつも完全自立型だから効かないし、このチップ。

 

 あ、ちなみにクイックゲージ使われたら解けるゾ! というかクイックの恩恵を相手だけ受けてちょっと悔しい思いをするまである。

 クイックゲージは手に入り難くはあるがノーマルチップなので、知っていれば対策は容易……つまりは初見殺しというワケだ。

 

 なーっはっは、と1人高笑いする。ここまで上手くいくとは思ってなかったぜ。やっぱ色々なチップを使うのは楽しいな。これならWWWのナビも余裕で——

 

 ……やべえ、プラントマンに会う前に逃げざるを得なかった。この調子じゃ一生シナリオに関われないぞ。俺のWWWぶっ潰すという計画がパァだ。

 

 次のシナリオからは、フォルテが積極的に絡んでくる。バトルチップによる戦略の幅が広がったとはいえ、今の状況でオリジナルとぶつかるのは正直まだ早いと思う。俺がビビり過ぎてるだけか? いやいや、フォルテだぞ。原作最強キャラだぞ。慎重になりすぎるってことはないだろう。

 でも遅れ過ぎると本拠地に立て籠もって手が出せなくなるんだ。困ったなあ……

 

「……今からでも病院の電脳に戻る、ってのはナシだよなあ」

 

 ブルースともう一度鉢合えば、もうヘビーゲージは通用しないだろう。炎山くんレベルのオペレーターなら、クイックゲージ調達するなんて簡単な筈だし。

 

 まあ、過ぎたことは仕方ない。プラントマンを倒してロックマンに存在をアピールするのは諦めよう。

 次はフレイムマン編な訳だが……腹を括る時が来たのかもしれない。

 

 

 

 俺はウラインターネットに戻ってきていた。

 フレイムマンとロックマンがここで戦うことになるはずだ。そして、その後にオリジナル様がやってくる。

 怖いな、考えるだけで。俺も多少強くなったが、オリジナル様にどこまで通用するか。一対一じゃ正直まるで自信ないので、助けを求めるとしよう。

 

「おい、見てるんだろ? 出てきてくれよ」

 

 俺の声掛けに対し、気配を殺して俺を監視していたらしいナビが姿を現す。

 いつかのオフィシャルナビの姿が、そこにはあった。複雑そうな表情だ。いや、顔隠れてるから分からないけど、なんか雰囲気がね?

 

「今度あったら捕まえる、そう言ったはずだが」

「分かってるよ。でも、今回は待ってほしい。アンタも、今から話す内容を聞けば無視できないはずだ」

「何……?」

「もうじきこのエリアに、フォルテが現れる」

「!!!」

 

 オフィシャルナビが目に見えて動揺している。こいつの目的はフォルテをデリートすることだからな。俺のようなパチモンじゃなく、本物が現れるとなれば大事だろう。

 今までは尻尾も掴めていなかったわけだからな。

 

「バカな、フォルテが……何故!?」

 

 何故……そう言われると、確かに何故なんだ?

 いや、俺はシナリオでフォルテが現れるのは知ってるんだが、あいつのやったことってフレイムマンをぶっ倒し、ロックマンをぶっ倒し、目の前のオフィシャルナビをぶっ倒し……やりたい放題やって帰ったって感じだったんだよな。

 いや、割とマジであいつなんで現れたんだ?

 

「それはその、きょ、強者の気配を辿ってだな」

「なるほど、キミの気配を察知してやってくる……それをワタシに共に倒してほしいと、そういう訳だな?」

 

 アレー?

 そういう話だっけ?

 俺はただロックマンを助けてツワモノアピールを……

 

「任せておきなさい。ワタシはあれから、ウラの深部へ赴き『ダークネスオーラ』を習得した。今ならフォルテの攻撃を防ぐこともできるはずだ」

「お、おう」

 

 ウラの深部へ、か……結構好き勝手やってるんだな、科学省だかオフィシャルだかのナビなのに。

 

「そういえば、オフィシャルや科学省に俺のこと話してないんだな」

 

 ブルースが俺のこと知らなかったし。

 

「ん? あ、ああ。まあね」

 

 ……うん?

 おい、なんだ今の間は。

 俺のこと話してないのはありがたいけど、何かあるのか?

 そういえば、ゲームでもこいつの正体って結局明言されてなかったよな。『プロトの反乱』ってワード出してるから、科学省の差し金だと思ったんけだけど……違うのか?

 

「なあ、お前のオペレーターって科学省の人間なのか?」

「……何故そんなことを?」

「いや、フォルテを追っかけてるってことは、そういうことなのかと思って。フォルテは元々科学省のナビだしさ」

 

 フォルテはプロトの反乱の際に科学省を追われた。いまだに奴を追いかけている職員がいる、ってのは驚いたけど。

 

『……コピー体ながら、そこまで知っているとは』

 

 俺の問いに答えたのは、目の前のナビではなく、現実世界の映像からの声だった。

 そこから見える人物の姿に、思わず目を見開く。金の髪に髭、眼鏡の奥に見える穏やかな目付き。

 俺は彼を知っている。

 元科学省の職員にして、フォルテの生みの親。

 彼がオフィシャルナビのオペレーターだったのか。確かに、納得できる部分は多くある。

 

「あなたは、コサック博士……!」

 







※独自設定です。
調べるまで原作でもダークネスオーラくんはコサック博士のナビだと思ってました。ガイドブックとかは網羅してないので分かりませんが、少なくともゲーム内だと両者の関係性については明言はされてないっぽい。マジかよ!
でもプロトの反乱からかなり経ってもフォルテを追ってる、フォルテはデリートする方向性で動いてるってことからコサック博士がオペレーターなのではないかと予測しました。
確定情報あったらどなたか教えてくださいお願いします。


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第10話

『私のことまで知っているとは……もしや君には、フォルテの記憶までコピーされているのかな?』

「まあ、そんなところです。あくまで事情として知っているだけで、実感がこもってる訳じゃないけれど」

『なるほど……だから君は人間への恨みを持っているわけじゃないのだね』

 

 彼の名前を出してしまったのは少し焦ったが、幸いにもコサック博士は自らの推論を述べてくれたので、そこに乗っかっておく。

 うん、フォルテ時代の記憶がある、そういう話にしておこう。

 

「なるほど、フォルテを追っていたのは、自らが生み出したナビに対する責任とケジメのためですか」

『ああ、その通りだ。私はかつて、フォルテを生み出した。当時、いや現在においても最高の性能を持った完全自立型のネットナビ……しかし、私は間違えてしまった。彼との向き合い方を、そして周囲との接し方を。そのために、彼はああなってしまった。我々人間への恨みを、憎しみを……』

 

 言葉の節々から、悔恨と懺悔が滲み出るようだ。

 

「そんなことは! 確かにフォルテは今、人間を憎み切っている。しかし、かつては確かに、アナタという人間への敬愛があった。自らを生み出してくれたアナタを、敵意の視線の中で、唯一の理解者であるアナタを」

『そうかもしれない。しかし、当の私は驕っていたのだ。完全自立型ネットナビ。その性能を、生み出した私自身の技術力を。周囲との軋轢も考えず、フォルテの力を誇示するように。私の過ちだ。フォルテが人間を恨むのも、彼が恨まれるのも、全ては私の所為なのだ。すまなかった、フォルテ……』

「コサック博士……」

『……話し過ぎてしまったな。君がフォルテと全く同じ顔をしているからだろうか、ついこんなことを口走ってしまった。悪かったね、フォルス君』

 

 泣き笑いのような顔で、コサック博士は言う。

 彼の悲しみがどれほどのものか、俺には想像もつかなかった。きっと、彼にとってフォルテは自らが生み出した子供も同然に違いない。そんなフォルテが世界を、人間を憎む。

 そして、その憎しみがやがて災いを生むと、分かっているのだ。だから、我が子同然のナビを、自らの手で消す決意をした。

 

 ……可哀想だ、このままじゃ。

 フォルテ相手に甘いことしてらんないのは分かってるけど、このままじゃどうも気持ちの収まりが悪い。

 

「よし、なら一回ちゃんと話そう」

『なに?』

「フォルテをぶっ飛ばすとこまでは変わらないけどさ。ぶっ飛ばして、そんで話をしよう。コサック博士、アナタがフォルテのことを考えているのは、よく分かりました。フォルテがもし憎しみを忘れられる何かがあるとしたら、それはきっと、アナタの言葉だけだ』

『しかし、私はフォルテを造った者としての責任を……』

「別にデリートするだけが責任の取り方じゃない。このままだと、フォルテはもっと悪いことに手を染めていくはずだ。それを止められるなら、方法はなんでもいいはずです。もちろん、説得でも」

 

 大人しく説得されるタマではないかもしれない。でも、チャレンジはしてみたいじゃないか。

 俺も、元々フォルテは好きなナビだ。俺の命が狙われないってことなら、むざむざデリートすることもない。

 

『フォルス……キミは……』

「気にすんなよ。フォルテが改心したら、俺もデリートされる心配がなくなる。悪い話じゃないさ」

 

 笑ってやると、コサック博士も、ナビも肩の力が抜けたようだ。憑物が落ちたような顔。さっきまでの顔より全然良いじゃないか。

 

「よし、やってやる……勝てるかわからないけど、取り敢えず全力で戦う」

 

 まあ、一番の問題はそこだ。

 そもそも、フォルテに勝てるのかって話。

 ……無理だったら逃げるしかないよな。

 大丈夫、ブルースからだって逃げられたんだ。それに、無理な追撃はワイリー博士が止めてくれる、はず。……だよな?

 まあそうじゃなくとも、フォルテがロックマンをデリートしようとするのは止めないといけない。コサック博士たちを焚き付けておいて、俺だけ行かないってのも薄情が過ぎる。選択肢はないわけだ。

 

 

 

 コサック博士のナビと共に、ウラインターネットを探る。ゲームだと、ウラスクエアの近くでロックマンとフレイムマンが戦っていたはずだ、と記憶を引き出しながらエリアを彷徨く。

 しかして、すぐに当たりを掴んだ。バトルが始まり、力を解放したフォルテの寒気がするほどの強者のプレッシャーが、姿も見えない遠くまで届いている。

 

「急ごう!」

 

 俺とコサック博士のナビは、全速力でプレッシャーの源へと走る。

 

 やがて、俺と全く同じ姿をしたオリジナルが見えてきた。オリジナル様との2度目の邂逅だ。

 

 そして俺は、倒れている青いナビを見つけ、思わず感嘆する。

 ロックマン。

 ロックマンエグゼの主人公の1人。そんな彼の姿を目の当たりにして、嬉しい気持ちがない訳がなかった。残念ながら、彼はフォルテに敗れ気絶しているようだが……

 

 俺がしょぼくれていると、フォルテがロックマンにとどめを刺そうというタイミングでこちらを見つけたようだ。その瞳が憎悪に染まる。

 

「何時ぞやの紛い物……セレナードも連れず、のこのことデリートされに来たか。あの技には驚いたが、それでも俺とキサマの実力がかけ離れているのを理解していないわけではあるまい」

「……まあ、俺とオマエの一対一じゃ、まるで勝ち目はないだろうさ。でも、今回は俺もちょっとマジで行かせてもらう」

 

 俺の言葉に、憎しみを湛えていたはずのフォルテは、ほう、と笑う。俺の言葉を挑発と捉えたか。憤怒はそのままに、俺の策に対応してみせようという冷静さを滲ませている。

 

「面白い。紛い物がどこまでやれるのか、見せてもらおう。もちろん、そこのナビに手伝って貰うのも構わん。そんなどこの馬の骨とも知れんナビが、どこまで役に立つかは知らんがな」

「見た目は確かに普通のナビだが、誰がオペレーターかも知らないで余裕だな、オリジナル様よ」

「オペレーターが誰か、だと? …………まさか、キサマは!」

 

 俺の口振りから、オペレーターがただならぬ人物である、と思い至ったらしい。とはいえ、彼が知っている人間など限られている。彼が想像し得るのは、一人しかいない。

 

『久しいな、フォルテよ』

「…………コサック……!」

 

 激情。

 そうとしか表現し得ない、憎しみとも怒りとも、哀しみとも取れるような感情の渦が、フォルテの表情に浮かぶ。

 ……場違いにも、俺は感心してしまう。俺も今の今まで、ネットナビは人間と同じように感情を持った存在だと思っていた。人間と同じように笑い、泣き、怒り、悲しむ。

 しかし、このフォルテはそれ以上だ。

 これほどの剥き出しの感情は、人間にだって中々出せるものじゃない。ロックマンのように、人間の遺伝子が組み込まれている訳でもないというのに。

 最早人間よりも人間らしい姿を見せながら、フォルテはニンゲンを憎む。

 

「なるほど、その出来損ないはキサマの差し金か。俺を放逐しただけではまだ足りないらしいな。俺を消しにきた、というわけか」

『……フォルテ』

「気安く俺の名を呼ぶな! 俺を捨てたキサマが、どの口で俺の名を!」

『私は、私はただお前に……』

「問答無用だ。そこのナビ、そして紛い物を目の前で消し去ってくれる」

 

 やはり、このまま対話を、というわけにはいかないか。

 チカラを見せなければ、取り合ってはくれない。分かっていたことだ。

 

 気合を入れる。

 まずは先制攻撃だ。今まで、俺はナビとのバトルでは基本的に先手を取られてばかりだったからな。巻き込まれないように倒れているロックマンから引き離しつつ攻撃を仕掛ける。

 開幕から飛ばしていくぞ!

 

「ソード、ワイドソード、ロングソード」

 

 この世界で、多少ネットバトルを齧っている者ならこのPAを知らない者はいない。

 俺は3枚のチップデータを起動し、腕に重ねる。3本の剣は1つとなり、巨大な刀身を現した。

 

「『ドリームソード』!!!」

「……ダークソード!」

 

 淡い緑の輝きを放つ俺のドリームソードと、フォルテのダークソードがぶつかる。凄まじい衝撃を周囲に撒き散らしながら、2本の剣は拮抗していた。

 

(通常攻撃でPAに張り合うって、普通にやべえよな)

 

 改めて、フォルテの規格外を身に染みて感じながら、次の手を打つ。といっても、単純な攻撃だ。エアバーストをこの超至近距離で放つ。しかし、フォルテは身を捻り、いとも容易くそれを躱す。

 だが、体勢は崩れた。

 

「『サイドバンブー』!」

 

 フォルテの真横に現れた藪から、鋭い竹槍が伸びる。決まるか?

 

「『エンゲツクナイ』」

 

 フォルテの周囲を、円状の斬撃が覆う。竹槍はバラバラに切り刻まれ、その勢いを失った。

 

「キサマに出来る程度のことなら、俺にも出来るということだ。……あのワザを除いてな」

「くっ……」

「さあ、見せてみろ。ゴスペルの顎を!」

「やなこった!」

 

 アレ使うと体が縮んで通常攻撃できなくなるから、避けられたら詰むんだよ!

 なんて泣き言吐いても仕方ない。どうにかフォルテを倒して、コサック博士と話をさせてやらないと。

 

「ワタシも援護する! キャノン、ハイキャノン、メガキャノン——『ギガキャノン』!!」

 

 博士のナビも、PAでフォルテに攻撃する。よし、俺もこれに合わせて攻撃しよう。フォルテに向けてPA『ヒートスプレッド』を放つ。

 しかしそれらの攻撃も、フォルテの前には通用しない。彼は腕を振り上げ、巨大なエネルギーの塊を作り上げると、迫り来る砲撃にそれを叩き込んだ。

 カオスナイトメア。フォルテの切り札の1つによって、俺たち2人の攻撃は相殺されてしまう。

 

『まさか、これほど強くなっているとは……やはり、ゲットアビリティプログラムか!』

「コサックよ。キサマに感謝することがあるとすれば、このプログラムを俺に組み込んだ、それだけだ。お陰で俺はチカラを蓄え、キサマら人間に復讐できるのだからな」

『……させん! 私が、私たちがお前を止めてみせる!』

「ハァァァァッ、ダークネスオーラ!」

 

 博士のナビが、最凶のオーラをその身に纏う。

 ダークネスオーラ。ドリームオーラの更に上、オーラの中で最上級の性能を持つ。近くにいるだけで圧迫感に押し潰されそうだ。

 

「ほう……ドリームオーラの上を行くオーラか」

「そうだ。フォルテ、お前の攻撃はワタシには効かんぞ!」

「ならば、試してみるか?」

 

 フォルテが腕にエネルギーを集中させる。まずい!

 

「『ヘルズローリング』!」

「チッ!」

 

 車輪状のエネルギー波を放つ。フォルテに向かって真っ直ぐ飛んで行ったそれは、いとも簡単に防がれてしまう。しかし、ダークネスオーラの破壊は免れた。

 いかにフォルテの攻撃といっても、ダークネスオーラを破るには、アースブレイカーやダークネスオーバーロードといった大技を使わなければならないはずだ。俺が妨害し、その技を出させなければ、コサック博士のナビがやられることはない。

 これなら……!

 

「……なるほど。俺の技の模倣も、以前よりマシな威力になったようだな」

「ゲットアビリティプログラムを持ってるのは、お前だけじゃないってことさ。俺はお前の偽物だからな」

「フン……この程度で俺と同等のつもりか。なら、見せてやる。格の違いというものを」

 

 フォルテの雰囲気が変わった。

 何か来る。そう直感した俺は、備えとしてオーラを発動した。ダークネスオーラに比べたら弱々しい守りだが、張っておくに越したことはないだろう。

 

 しかし——フォルテの一手は、俺の想像の上を行っていた。

 

「バトルチップ『ポイズンアヌビス』」

「なっ!?」

「マズい!」

 

 阻止すべく慌ててダークアームブレードでフォルテに斬りかかるが、フォルテがダークソードでそれを受ける頃には、もう遅かった。

 フォルテの真後ろに、邪悪な気配を漂わせる石像が出現する。その口が開き、紫色の煙が辺りを覆う。

 見れば分かるほどの猛毒。それはオーラを、そしてダークネスオーラをも無視して俺たちに直接襲いかかる。

 

 バトルチップ『ポイズンアヌビス』。

 ゲームではメガクラスに位置する、強力なバトルチップだ。その効果は今体験している通り、毒によるダメージを与え続けること。恐ろしいのは、この石像を破壊しない限りダメージを防ぐ術はないということだ。インビジブルも、ユカシタモグラも、バリアもオーラも関係ない。あらゆる防御を貫通してダメージをもたらす。

 もしも相手に使われたのなら、即刻破壊する。それが鉄則だ。

 だが、フォルテがそれを許さない。アヌビス像を守るように、その前に構えている。フォルテが使ったアヌビスは、フォルテに毒の効果をもたらさない。ダメージを負うのは俺たちだけだ。

 

 体力がどんどん失われていくのが分かる。時間がない。

 

「くそっ、俺も探していたのに。どこで見つけたんだ、そんなモノ」

「俺はキサマとは比べ物にならない深淵で戦ってきた。理解できたか? これが俺とキサマの差だ。……理解できたなら、消えろ!」

 





エンゲツクナイ:かっこいいノーマルチップ1位(私調べ)


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第11話

 あらゆる防御を貫通する、という以外に、ポイズンアヌビスの恐ろしい点は、もう一つある。

 置物であるが故に、アヌビスのダメージに加えて本人の攻撃も、並行して飛んでくるのだ。

 それがフォルテのものともなれば、もう阿鼻叫喚だ。

 

 フォルテの放つシューティングバスターが降り注ぐ。バトルチップ『ルーク』を設置して、その陰に俺と博士のナビが飛び込む。フォルテの攻撃も、この堅固な守りならばどうにか防げるようだ。

 しかし、隠れているからなんとかなっているものの、とてもじゃないがアヌビスを壊すどころじゃない。この調子じゃあ、そちらに目を向けた瞬間にデリートされかねない。

 くそ、『ポルターガイスト』を探しておくんだった。あれなら、置物を宙に浮かせてフォルテにぶつけ攻撃できたのに。

 

 無い物ねだりしても仕方ない。今は、PAのポイズンファラオじゃなくて良かったと思っておこう。アレ耐久力もめっちゃあるから、壊すのにも一苦労だ。

 

 なんて考えている間にも、HPが刻一刻と減っていく。

 試しにホウガンを放ってみるが、シューティングバスターで容易く撃ち抜かれ、防がれてしまう。やっぱダメか。

 

「アレ、壊せるか?」

「ブレイク系のチップは一応博士も持っているが……フォルテの横を抜けて、となると難しいな」

「俺がなんとか奴のアタマ抑えるから、頑張ってくれ。このまま毒の及ぶ範囲が拡がれば、ロックマンまで巻き添えになる」

 

 体力ギリギリで気絶していたから、巻き込まないように多少離れたのは正解だった。俺のせいでロックマンがティウンティウンされたら堪らない。

 

 まあ、割とあの場から離れてるし、彼の心配は後で良いだろう。今は目の前の障害をなんとかしないとな。

 オーラを張り、凶悪な攻撃を携えたフォルテがアヌビス像を守る。なんともまあエゲツない戦略だ。

 とにかくフォルテを抑えなければ始まらない。一体何分持つかも分からないんだ。迷ってる時間はないな。最悪、バニシングワールドぶっぱするしかないだろうが……恐らく織り込み済みだろう。前回煮湯を飲まされた技を警戒しない、なんてことはないはずだ。あれは使ったが最後、体が縮んでしまっていよいよ後がない。本当に最後の手段としよう。

 

「1、2の3で行くぞ。……『フラッシュボム』」

「ウム。『エナジーボム』」

 

 目眩しのためのボムを用意。博士のナビが囮のエナジーボムを投げるのと同時に、フラッシュボムを地面に転がす。正確無比なバスターがエナジーボムを撃ち抜くが、本命は下だ。

 

「1、2、3!」

 

 フラッシュボムが光を発した直後、ルークの後ろから飛び出す。

 フォルテは——よし、光で一時的に視界を失っている。

 フミコミクロスでフォルテに斬りかかる。視界を失っているというのに、フォルテはダークアームブレードで一撃を防いだ。流石、というべきか。だが、片方の斬撃を防いでも、もう一撃ある。

 2つ目の斬撃がフォルテを捉える。オーラを切り裂き、フォルテにダメージを与えた。

 

「ほう……俺に一太刀入れるか」

 

 しかし、タイムオーバーだ。フォルテの視界がもう戻ってきてしまう。ギロ、と鋭い視線は完全に俺を捉えている。

 これで良い。俺に意識を向けていれば、博士のナビがアヌビス像を破壊しやすくなる。博士のナビが走る。フォルテはそちらに一瞬視線を向けるが、邪魔はさせない。

 こちらを見ろ、とばかりに腕に力を集中させる。放つ技は、ダークネスオーバーロード。大技を放ち、フォルテに相殺させることで時間を稼ぐ。博士のナビが、アヌビス像を破壊する時間を。

 

 ……?

 フォルテが放ったのは、俺と同じ技ではなかった。

 アースブレイカー。確かに高威力の技だが、ダークネスオーバーロード程ではない。彼は破壊の腕を、闇色の光線に叩き付ける。光線の波を掻き分けて、進んでくる。自らの体が傷付くのも構わず。

 遂に俺の技を突破したフォルテは、アースブレイカーをそのまま地面に向けて放った。

 

 外した?

 いや、違う!

 

 放たれたアースブレイカーは、そのまま地面を叩き割る。アヌビス像へと続く道を!

 

「くっ……! しまった!」

 

 エアシューズを……いや、博士からのチップ送信が間に合わないだろう。役割分担を間違えたか!?

 落ち着け、それは結果論でしかない。

 それよりも、博士のナビはもう限界に近い。

 

「プラグアウトしろ!」

「し、しかし……」

「良いから早く行けッ!」

 

 最早彼がいても、アヌビスの毒でデリートされるだけだ。彼だけでも逃さなければ。

 博士のナビが言いたいことは分かる。

 俺に逃げ道はない、ということだ。

 プラグアウトする先はないし、この体力で、フォルテから無事逃げ切れるとも思えない。

 

 ちくしょう、せっかく生き延びたって言うのに。結局死ぬのか。それならそれで、もっと電脳世界を楽しんでおけば良かった。

 オペレーター見つけて大会出たかった。いや、見た目フォルテだからどっちにしろ無理か。でも規模の小さい大会ならワンチャンあったかも知れない。

 セレナードたちに別れも言えてないし、アイリスのことも心配だし……

 あー、死にたくねー。

 もうこうなっては、一か八か、賭けるしかない。他に勝ち筋はないんだ。

 

「終わりだ」

 

 フォルテが勝ち誇る。

 最後の手段に、バニシングワールドをぶちかましてやろうと思った瞬間——その声は響いた。

 

「ロックバスター!」

 

 アヌビス像が崩壊する。

 フォルテが驚き、振り返った。その隙を逃さず、俺はガッツストレートでフォルテをぶっ飛ばす。

 距離ができた瞬間、リカバリーを発動して、体力を僅かばかり回復させた。

 

 あの声は……間違いない。

 声のした方を、改めて見遣る。

 青いナビ。この世界の主人公、ロックマンが、バスターを構えた状態でフォルテを睨んでいる。

 

「死に損ないが……!」

 

 怒りに満ちた表情のフォルテは、次の手を打とうとして……しかし、横槍が入る。

 ワイリーからの通信。撤退の提言だ。

 

「邪魔が入ったか……いずれ決着は付ける。首を洗って待っていろ」

 

 マントを翻し、フォルテは消えた。

 た、助かった。本当に、死を覚悟したよ。

 思わずその場に座り込んでしまう。

 

「大丈夫?」

 

 そこに、ロックマンが手を差し伸べてくる。

 ……なんか、泣きそうだ。安心と感動で。

 

「ありがとう、助かったよロックマン」

「それは僕のセリフだよ。僕がアイツにやられてしまった時、助けてくれたよね?」

「ああ、うん。それはそうだ。でも、俺も助けられたし、困った時はお互い様ってことかな」

 

 ロックマンも頷く。

 なんか不思議な気分だな。ロックマンと話すのは。知っていたけど、善いナビだ。俺に襲いかかってこないし……

 

「キミはフォルテに瓜二つだよね。どっちがどっちなのか、途中まで分からなかったよ。キミが仲間を心配して呼びかけたから、手助けしようと思ったんだ」

「そっか……博士のナビは?」

 

 博士? と首を傾げつつ、彼はプラグアウトしたよ、とロックマンに告げられる。よし、なんとか逃げられたみたいだな。これで一安心だ。

 

「あ、俺はフォルス。よろしくな、ロックマン」

「うん。フォルスは……その」

 

 ロックマンは、言葉を選んでいるようだった。

 

「察してると思うが、俺はフォルテのコピーだ。以前キミが倒した、ゴスペルによって作り出された最強のナビのコピー体。そのうちの一体が俺だ」

『やっぱりそうなのか! ゴスペルの時の……シュンが作ったナビってことだよな。でも、コピーなのにフォルテと戦ってるの?』

 

 俺が正体を明かすと、ロックマンのオペレーターである光熱斗くんが口を挟んできた。イメージ通り、明るい少年だ。シュンというのは、ゴスペル首領の帯広シュンのことだろう。俺の生みの親だ。それで今は、熱斗くんの友達であり、またゴスペル時代の償いとしてWWWの捜査協力を行なっているはず。

 

「まあ、オリジナル様は同じ顔の俺が気に喰わないようでね。それに俺の方も、オリジナル様が悪さばかりすると、コピーである俺の評判まで落ちてしまう。それを防ごうとしたのさ」

『悪いこと……そういえば、フォルテはさっき通信でワイリーと話してたよな? ってことは、アイツもWWWのメンバーなのか?』

「多分、一時的な協力関係だ。でも、WWWとフォルテが手を組んで、ボランティアでもしようってことはないだろう。今までの彼の動きからして、とんでもないことを企んでいるはずだ」

 

 プロト復活とかね。

 

『やっぱり、WWWか……』

「……そうだ! 熱斗くん、フレイムマンがデリートされたから、科学省の火事は止まったはずだよ!」

『! パパ! 悪いフォルス、詳しい話はまた!』

 

 熱斗くんはそのままロックマンをプラグアウトさせた。そのまま科学省へ向かったようだ……

 

 ……はぁーッ。良かった。生き延びた。

 フォルテは前戦った時よりよっぽど強かった。いや、セレナードがいなくてもなんとかなるとかいう俺の見通しが甘すぎただけか?

 まさかポイズンアヌビスとはなあ。他にも強力なバトルチップを持っているかもしれない。博士のナビがいてもアレだし、やっぱタイマンだと勝てそうもないな。正直、バトルチップ集めまくってる時は、これワンチャン行けるんじゃね? とか思ってたよ。

 

 さて……ワイリーの言葉を聞くに、テトラコードは全て揃ってしまったらしい。後は科学省エリアに安置されているプロトを、テトラコードによりセキュリティを突破することで強奪する。そして、ガーディアンをフォルテに破壊させる。これでプロトは復活することになる。

 このまま放っておいても、多分ロックマンがなんとかしてくれるだろうとは思う。でも、それじゃあ俺はいつまで経っても追われる立場だ。

 俺もなんとか、WWW壊滅に貢献しなければ……

 

 今回の収穫は、やっぱりなんと言っても、ロックマンに顔を売れたことだろう。ようやく主人公と会うことができた。

 これなら、プロト復活を阻止さえできれば、俺の活躍はオフィシャルと科学省の認めるところになるに違いない。オフィシャルには炎山くん経由で、科学省には光裕一郎博士経由で、上手いこと言ってもらいたいものだ。まあ、ブルースと炎山くんには以前のことがあるから心証は悪いだろうが、この後プロト奪還を阻止するためには、どの道彼の信頼を得ないといけないから関係ない。

 

 さて、今後やるべきことは分かっている。ドリルマンのプロト奪還を、その段階で阻止してやればいい。ただし、俺が現場に張るのは現段階じゃ無理だ。それをやろうとしてブルースとの鬼ごっこに発展したプラントマン事件でのことを、俺は忘れてないぞ。

 フォルテの見た目だとこういうところで損をするんだなあ。カッコいいのは嬉しいけどさ……

 

 だから、科学省エリアでの張り込みのために、まずは炎山くんの信頼を勝ち取る。そのためには、炎山くんから熱斗くんへの依頼……『ギガフリーズ』の入手、これをサポートしてやろう。

 

 『ギガフリーズ』とは、プロトをも凍結し得る究極のプログラムだ。扱えるのは、光熱斗くんの祖父であり、このインターネット社会の礎を築いた者、光正博士の作り出した特定のプログラムを持つナビに限られる。

 作中だとロックマンとフォルテ……あと、元々の持ち主であるセレナードもそうなのだろう。

 ……あれ、考えてて気付いたが、俺ももしかしてギガフリーズ使えたりする?

 一応、ゲットアビリティプログラムはあるみたいだし……

 

 ……いや、怖いからやめとこ。パチモンじゃダメだとか言われて氷漬けになったら悲しいぞ。

 ギガフリーズの扱いについてはロックマンに任せよう、うん。

 ギガフリーズはセレナードが持ってるから、入手については何も問題はない。

 

 今回こそは成功させたい。このままだと、俺もラスダンについて行かなきゃいけなくなったりするかもしれないし。

 プロトに吸収されたりしてみろ、戻ってこられる自信は全くない。

 そうなる前にケリを着けるのが一番ってことだな。



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第12話

「なあなあ。ワイリーってどんな奴なんだ?」

 

 才葉学園の電脳世界にて、授業風景を観察しているアイリスにそう問いかける。一応、ゲームのキャラクターとしては知ってるけど、生の意見も聞いてみたい。

 彼女は振り返り、少し考える素振りをして答えた。

 

「恐いけど……優しい人」

「どっちだよ」

「どっちでもあるの。普段はとても恐い人だわ。ネットワーク社会に対する、復讐心でいっぱいだった。……私も、復讐のための道具だって」

 

 ワイリーのことを話すアイリスは、少し悲しそうだ。嫌なことを聞いたかな。

 

「でも、たまに見せる表情が凄く柔らかくて……きっと本当は優しい人なんだ、って思ったの。でも、社会への憎しみが大き過ぎて、それが隠れてしまってる」

「そうか……」

 

 ワイリーも、元は優秀な科学者なんだもんな。ゴスペルを裏で操り、フォルテのコピーを作るように帯広くんに命じたのも彼だ。ある意味では俺を作った人みたいなところもあるし、中々複雑な相手だな。

 

「セントラルエリアでも噂になってるわ。ワイリー博士がプロトを復活させようとしているって、本当なの?」

「ああ、ほぼ間違いない。そっちの計画に注力してるから、追手はほぼ出ないと思うけど……プロトが復活したらそれどころじゃないからな。隠れていた方がいい」

「……兄さんはどう思っているのかしら……」

 

 兄さん……カーネルのことか。

 アイリスは元々、アメロッパ軍のエース、カーネルというナビの一部だった。ワイリー博士によって、カーネルから『優しさ』を司るプログラムが抜き出され、それにさまざまなプログラムを付与して造られたのがアイリスだ。

 だから、カーネルとアイリスは兄妹というわけだな。

 

 兄妹か、なんか良いな。ロックマンと熱斗くんもそうだが、なんか羨ましいぞ。

 俺もオリジナル様のことをお兄様とか呼んでみようかな。

 ……気持ち悪いからやめとこ。というか、本人に言ったらダークネスオーバーロードが飛んできそうだ。ツッコミの威力じゃない。

 

「ワイリー博士は俺やオフィシャルが止めるから、安心してくれ。カーネルも、本当にヤバいと思ったら止めにくるさ」

 

 ……多分来ないけど、そんな事実を突き付ける意味もない。

 カーネルのオペレーター、バレルはワイリーに育てられた。育ての親に対する義理立てで、彼は電脳獣によるネットワーク社会崩壊に力を貸すことになる。

 そんな彼が、プロトを止めるために現れるとは思えない。寧ろ、ゲームだとなぜ手を貸していなかったのか分からないくらいだ。

 この時期はアメロッパ軍から離れられなかったのだろうか。まだWWWじゃないってことだな。

 

「……そうね、兄さんとバレルなら。ありがとう、フォルス」

「良いってことよ、野良ナビのよしみだ。……おっ、授業してるな」

 

 誤魔化すように、横からアイリスの見ている教室を覗き込む。アイリスの能力で、防犯カメラの映像を見ているのだ。最新鋭の学校設備だけあって、教室にもカメラが付いている。流石は才葉学園だ。

 パソコン付きのデスクには、6に登場するコジローくんやアスタくんが座っている。固有グラフィックの持ちナビがいない、ちょっとかわいそうな2人だが……コジローくんはイタズラで活躍するし、アスタくんは日暮さんの代わりを務める重要な役回りだ。

 教壇にはマッハ先生が立っている。顔も話し方も暑苦しい男性だが、教え方は上手い。つまらない授業も、彼の話し口なら気持ちよく勉強できそうだ。

 みんな、和気あいあいと、楽しそうに授業しているな。その様子を眺めながら、ふとアイリスの方を見た。

 彼女は、防犯カメラ越しに見える彼らの様子を、眩しそうに見つめていた。よく見てみると、微かに笑みを浮かべているのが分かった。彼女の表情の変化は分かりづらい。危うく見落とすところだ。

 

「……なに?」

「いや、珍しいものを見たなと」

「そうかしら……この教室では、よく見られる光景だと思うわ」

「そうか。だとしたら、連れてきてよかったよ」

「うん。ありがとう」

 

 どうやら勘違いしているようだが、まあいいや。役得役得。

 良いものも見れたし、そろそろ行くか。

 俺が立ち上がると、アイリスはどこに行くの、と聞いてきた。

 

「ウラインターネット」

 

 そう答えると、彼女は顔を顰める。やっぱり、あんまり良くないイメージを持たれてるんだな、ウラって。

 そりゃそうか、犯罪者の巣窟なんだもんな。

 

「大丈夫だって。これでもまあまあ強いんだぞ、俺は」

「知ってるわ。でも、危ないところだから」

「心配してくれてありがとな。でも、必要なことなんだ。WWWを止めるためにな」

 

 ロックマンをギガフリーズのところまで案内しなければならない。そして、ブルースに紹介してもらう。

 

「……分かった。でも、無茶はしないでね」

 

 大仰に頷いて、俺はウラへ向かった。

 

 

 

 ウラスクエアで待ち伏せていると、ロックマンが掲示板あたりでウロウロしているのが見えた。ランカー入りする方法を探しているのだろう。

 俺は後ろからカレの肩を叩いた。

 

「よっ」

「君は……フォルス?」

 

 ロックマンはちょっと自信なさげに言う。名前を忘れられてるのかと一瞬悲しくなったが、どうやらフォルテとぱっと見で見分けが付かないだけみたいだな。

 大丈夫大丈夫。オリジナル様はこんな気安い挨拶はしないから警戒しないでほしい。

 

「何してるんだ、こんなところで」

「実は……」

 

 彼は炎山くんからギガフリーズの入手を依頼されていることを明かした。知ってたけど、聞いておかないと不自然だからな。

 

「そのために、『S』と呼ばれるナビに会わないといけないんだ」

「なるほど……それなら、俺に心当たりがある」

「えっ!?」

 

 ロックマンは心底驚いた、という様子だ。

 ウラランキングを上げる必要がある、と炎山くんに聞いていたものだから、これは想定外だろうな。

 

「そいつはウラの王と呼ばれる存在だ。俺も会ったことがある。良ければ案内してやるよ」

『良いのか?』

「勿論。ギガフリーズを手に入れられるかどうかは、君たち次第になるだろうが」

「ありがとう、助かるよ!」

 

 ロックマンはにかっと笑う。やっぱり主人公はいいな。話してて爽やかな気分になる。

 

「代わりに、後でちょっとしたお願いを聞いてもらいたいんだけど……」

「お願い?」

「ああ、その時話すよ。多分、ギガフリーズをゲットした後の方が話は通しやすいと思うし」

 

 実は、事前にセレナードに事情は話してある。ギガフリーズを求めるナビがウラに来るから、力になってやって欲しいと。セレナードははじめ懐疑的だったが、それがWWWを止めようとするロックマンだと説明したら、頷いてくれた。

 ちょっと嬉しそうだったのは、N1観戦の効果なのだろうか? 別にそういうわけじゃないか?

 まあ、どちらにせよギガフリーズはくれるっぽいし、手早く案内しよう。

 

 シークレットエリアの奥まで進み、セレナードとロックマンを対面させる。セレナードはギガフリーズを渡す前に、プログラムに適応できなければ永遠にフリーズする、と注意を促した。

 ロックマンも緊張しながら、それを受け入れる。そしてロックマンは、究極のプログラム、ギガフリーズを手に入れた。

 

『やったな、ロックマン!』

「うん! ありがとうセレナード!」

「礼には及びません。WWWの悪行には私も心を痛めていました。それに……N1でのアナタたちの戦いは、我々も楽しませてもらいました」

 

 やっぱそれで、ちょっと機嫌が良かったのか……

 さて、シークレットエリアはプラグアウトできないから、セレナードと別れて俺たちはウラインターネットへ戻る。

 

 シークレットエリアを出た後で、ロックマンに声をかけた。

 

「ロックマン。お願いについてなんだけど……」

「うん。フォルスには2度も助けてもらってるからね。僕に出来ることがあればなんでも言って」

「ああ。お願いってのは、ブルースに俺のことを説明してほしいんだ。別に悪者じゃないってさ」

 

 俺は、以前病院の電脳でブルースにちょっかいをかけてしまったことを説明した。

 いや、悪意はなかったんだけど……警備の邪魔をしてしまったわけだし。

 

「そんなことがあったんだ」

『炎山もせっかちな奴だなー』

「いや、俺の方が悪かったんだよ。フォルテと同じ見た目してる奴がいたら、誰だって警戒するさ」

『はは、それもそうだな。……よし、分かった! 俺たちで炎山たちに伝えるよ。ギガフリーズが手に入ったのがフォルスのお陰だって分かれば、炎山も納得してくれると思うぜ』

 

 熱斗くんは、炎山くんに連絡を入れた。話し声が、熱斗くんが映る画面越しに聴こえてくるが、やっぱりちょっと揉めてるみたいだ。申し訳ないな。

 

『……いいから、科学省エリアで待ち合わせなっ。フォルスも連れてくから。……平気だって! さっきも言っただろ? 2回も助けてもらったんだ。それに、ブルースだってデリートされたわけじゃないんだろ? ……とにかく、すぐ行くから! それじゃ!』

 

 なんか強引に話を打ち切ったみたいに聞こえたが、大丈夫なんだろうか。

 熱斗くんの顔を見ると、彼は笑顔で親指を立てた。

 

『科学省エリアでブルースと合流することになった。フォルスも来てくれ』

「あ、ああ。科学省エリアか……入るのは初めてだ。緊張するな」

「大丈夫! 僕らも一緒だし、ブルースも居るよ」

 

 正直それが一番怖いところだ、というのは言わない方がいいのだろうか。いや、避けては通れないことだが、病院の電脳でのこともあるから……

 悩んでいても仕方ないか。斬られそうになったら、ロックマンの後ろに隠れよう。

 

「あっ、ブルース!」

「…………来たか」

 

 ブルースは、科学省エリアに来てすぐに見つかった。俺に科学省エリアをうろうろして欲しくないらしい。嫌われたものだ。

 ぎろ、とバイザー越しに睨まれる。こ、怖え。

 

「よ、よう。久しぶり」

 

 視線が鋭くなった。どうやらふざけていると思われているようだ。そんなつもりはないのに……

 

『光から話は聞いている。究極のプログラム入手を手伝ったそうだな。それについては感謝しよう……だが、目的はなんだ?』

「WWWの計画を阻止すれば、俺が安全で善良なココロを持ったナビだと証明できると思ってね……フォルテの模造品で、尚且つゴスペルに造られたってことで、よく追われてるんだ」

『……WWW壊滅に手を貸す代わりに、自分からは手を引けということか』

 

 手を引け、って言い方だと、なんか俺がめっちゃ悪いやつに思えてくる。いや、俺は別に悪いことしてないよ?

 病院の電脳とか、色んなところの電脳に忍び込んだのはアレだけど……

 

『フォルスはフォルテと渡り合えるぐらい強いんだぜ。味方になってもらったほうが良いだろ?』

『キサマ……火野に騙されたことをもう忘れたのか?』

『うっ……そ、そうじゃないけど』

 

 口を出した熱斗くんだったが、痛いところを突かれて反論できない。ヒノケンに騙されて、WWWの起こす事件に加担してしまったんだったな。

 

『まあ、究極のプログラムをわざわざ俺たちに渡してまで取り入ろうとするのを見るに、WWWの一味だとは考え辛いのは確かだがな。プロト復活を目的とする組織の一員が、プロトを止め得るプログラムを手放すはずがない』

『そ、そうだろっ!? だから、フォルスはきっと良い奴だって』

『良い奴かどうかは知らんが、以前一度戦った時にしてやられたのは確かだ。一応、使えるヤツではあるようだな』

 

 この小学生めっちゃ偉そうだな!

 炎山くんは俺をどう使うかを考えているように、顎に指を当てて考え込んでしまう。まあ、さすがに重要な仕事には着かせてもらえないかもしれないが……ウラの巡回とかを任せてもらえれば、ドリルマンの逃亡先にあらかじめ回り込んでおくこともできるかもしれない。

 

 なんて考えていると、炎山くんの画面から、割れるようなサイレンが鳴り響いた。

 

『炎山、どうした!?』

『チッ……襲撃だ!』

 

 言うが早いか、ブルースは地面を踏みしめ駆け出した。俺とロックマンもそれに続く。

 

『プロトの保管してあるエリアをWWWが襲っているようだ。俺は対処に回る』

「そのエリアって言うのは……」

『……ここ、科学省エリアだ』

 

 幸い、プロトの保管されている場所はそう遠くなかった。科学省スクエアのすぐ近くらしい。セキュリティ面から見ると不安でしかないが……

 

 地面には、プロトを守るために増員されたであろうオフィシャルのナビたちが、無惨に転がっている。しかし……妙だ。

 プロトを奪うのは、WWWの自立型ナビであるドリルマンの役目であるはず。しかし、このナビたちの受けた傷は、ドリルで抉られたようには見えない。多種多様な傷跡に違和感を覚えながら、進もうとしたところで——

 

 死角から猛烈な速度で放たれた、爪の一撃を辛うじて避ける。回避できたのは幸運という他ない。あるいは、ナビの残骸から無意識にそういった攻撃が到来するのを予期していたのか。

 しかし、それだけでは終わらない。地面から生えた蔦が俺の足を絡めとり、動けなくなった俺の目の前に現れたナビが、電撃を放つ。

 俺はリフレクメットを発動し、衝撃を相手に返してやる。彼は僅かながらダメージを受けたようで、その瞳に憎しみを湛えていた。

 

「お前たちは……!」

「久しぶりだな、ロックマンよ」

「キサマにデリートされた恨み、晴らさせてもらうぞ」

「そしてプロトは、我々WWWがいただく!」

 

 電撃と催眠の使い手、フラッシュマン。

 鋭い爪と牙を持つ野獣、ビーストマン。

 泡のバリアを纏う小柄な戦士、バブルマン。

 不気味な砂の体を持つ怪物、デザートマン。

 花の貴公子、プラントマン。

 燃え盛る炎、フレイムマン。

 

 ドリルマン以外の、エグゼ3WWWメンバーが揃い、俺たちに襲いかかる。

 ——総力戦だ。



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第13話

「ウララララ! 我々はワイリー様の手によって復活した! 以前の我々と同じと思うなよ!」

 

 フラッシュマンがノリノリで叫ぶ。というか、ウララララってお前。ウラの住人でもそんな語尾してないぞ。いや別にウラインターネットと掛けてるわけじゃないと思うけどさ。

 

「食らえ、ネオンライト!」

 

 フラッシュマンが腕を翳すと、地を這う電球のような攻撃が迫ってくる。飛んで避けようとすると、その先にはプラントマンの放った針が待ち構えていた。

 

 仕方なく、ヘルズローリングで攻撃を相殺する。

 だが、向こうはそれすらも読んでいたようだ。攻撃後の隙を突き、デザートマンの砂の腕が俺を殴り付ける。咄嗟にオーラを張ったお陰でダメージは免れたが、大きく吹き飛ばされた。

 ブルースやロックマンと引き離されてしまったな。

 

「フォルス!」

「問題ない、それより目の前の敵に集中しよう!」

「そいつの言う通りだ、ロックマン。WWWメンバーが相手だ、気を引き締めて掛かるぞ」

 

 取り敢えず、今攻撃してきたフラッシュマンを狙う。ヘルズローリングを放つが、片方の輪はフレイムマンに止められ、もう片方は避けられる。

 動きが止まった瞬間を狙って、ブルースがフレイムマンに斬りかかるが、そこにバブルマンの槍が飛んでくる。リフレクトを張って防ぐも、攻撃は不発に終わった。反撃に転じようとしても、瞬時に接近したビーストマンによる攻撃が、更にブルースを追い詰める。

 

 ならばとロックマンがバスターを打ちまくるが、デザートマンの巨体がそれを防いだ。そうこうしている間に、ロックマンへプラントマンの花粉攻撃が迫る。慌ててバーニングボディを発動し、ことなきを得たようだ。

 

 フラッシュマンの笑い声はウザいが、確かに手強いな。妨害性能の高いフラッシュマン、プラントマンが後ろに控えて俺たちを牽制しながら、防御力の高いデザートマン、フレイムマンが攻撃を防ぐ。バブルマンが泡と槍で遠距離攻撃を行いながら、スピードのあるビーストマンが切り込む。

 

 特に厄介なのが、フラッシュマン、プラントマンだ。電撃と蔦による足止め。このお陰で、思った通りに攻撃ができない。ゲームでもこいつらのバトルチップは凶悪な性能だったな。

 

 溜めの長い大技は、奥の2人に咎められる。なら、小技を連発するしかないか。ロックマン、ブルースと連携できれば良いが……

 ロックマンはフレイムマンの炎の壁で、

 ブルースはデザートマンの砂の足場で。

 それぞれ行動を阻害されている。敵連中の連携は、思っているよりも巧い。無法者たちだから、自己中に暴れ回るばかりかと思ったがそうでもないらしい。こうなってくると、数の不利が辛くなってくる。早いところ敵の数を減らさないと。

 

「余所見は禁物でプクよ〜!」

 

 バブルマンが泡の攻撃を放つ。素の状態で当たると厄介極まりないが、俺は再度オーラを発動することでそれを無効化した。

 シューティングバスターを連射して反撃する。バブルマンは慌てて後退し、俺に攻撃が効かないと見るやロックマンたちに攻撃し始めた。そちらに向かおうとすると、今度はビーストマンが立ち塞がる。

 

 くそっ、面倒だな。合流を阻止し、必ず複数体で俺たち一人一人に当たるよう、作戦が組まれているみたいだ。こんなところで足止めを食っている場合じゃないというのに。

 

 ドリルマンの不在は、即ち彼だけがプロト奪取に向かったことを示している。こいつらは単なる囮だ。このままじゃプロトはあっさり奪われてしまうだろう。

 

 それを阻止するためには、こいつらを速攻でぶちのめす必要がある。

 

 ……よし。アレをやるか。

 

 ポイズンアヌビスを操るフォルテに負けてから、俺は考えていた。地力で劣る俺が、バトルチップをも使いこなすアイツに立ち向かうためには、どうすればいいのかを。

 いや、正確にはもっと前からか。俺は以前、その力を手に入れようとして諦めた。だが、今回俺が編み出したのは、その力を真似ようとした結果だ。

 

 結局、行き着いたのはここだ。

 やはりこの力に頼らざるを得ないのだ。

 まあ、構わない。それで、生き延びるだけのチカラが得られるのなら。

 

 俺はフラッシュボムを床に叩きつけ、ビーストマンたちの視界を奪う。すぐに回復するだろうが、構わない。僅かでもいいから集中する時間が欲しかったのだ。

 

 

 俺は、体内のバグの力を高める。以前、ゴスペルの頭を腕に造り出し、バニシングワールドを放った時と似たような感覚だ。バグが増幅されていくのを感じる。

 しかし、今回は以前とは違う。頭を形成するのではなく、()()()()()()()()()()

 

 

 俺のボディが、ゴスペルのように黒く染まる。バグの影響で斑が刻まれ、腕と脚に獣の爪が生えてくる。

 

 

 

 ——獣化(ビーストアウト)

 

 

 

 エグゼ6で、ロックマンが電脳獣をその体に取り込んだことで得た力だ。狼のような姿のグレイガ、鳥の形をしたファルザーと融合したような姿となり、獣のような強さになる変身。

 ちなみに、アーケードゲームではフォルテも獣化できたりする。ファルザーの力をその身に取り込むのだ。

 ロックマンの場合、電脳獣グレイガ、ファルザーのどちらかの力を得ることができる。ゲームではバスターの連射や羽根の射出、バトルチップ使用時の攻撃力上昇、自動追尾、スーパーアーマーや飛行状態によるパネルの無視、強力な爪による攻撃など、様々な恩恵が得られる。

 

 俺の場合は、体の中に在るバグを増幅させてゴスペルの力を引き出し、通常のサイズに獣の力を留めた姿だ。グレイガビースト、ファルザービーストのように速度、力ともに正しく獣の如く上昇している。その実力はこれまでの比ではないはずだ。なにしろ体が軽い軽い。

 名付けるなら、ゴスペルビーストというところか。

 

「な、なんだその姿はッ!」

 

 俺の変身にたじろいだビーストマンが、焦りのままに爪を振るう。奇しくも、獣同士の戦いだ。

 だが、不思議と負ける気はしない。

 ビーストマンの一撃を避けた俺は、お返しにゴスペルの爪をプレゼントしてやる。

 本来ならゴスペルの爪を飛ばし攻撃する技、シューティングクローを腕に留め、そのままビーストマンの土手っ腹にぶちかます。元々高い素早さの代わりに耐久力の低いナビだ。一撃の下デリートされた。

 まあ、パワーもスピードも、今の俺の方が遥かに上だ。当たり前といえば当たり前の結果だな。

 

「バカな……!」

「ぷ、プクプク〜! なんかまずいでプクよ、あのナビ! ビーストマンがあっさりデリートされちゃったでプク!」

 

 足下に蔦が伸びる。プラントマンか。俺の動きを封じるつもりだろう。だが、それは酷く緩やかな動きに見えた。身体性能が上がっているからだ。

 脚部の爪で蹴飛ばしてやると、蔦はすぐにバラバラになった。そのまま地面を踏み込み、一足で今度はバブルマンの懐に飛び込む。

 

「ひっ!」

「させん!」

 

 フラッシュマンとプラントマンの攻撃。電撃と針が飛来するのを、後退して避ける。バブルマンは心底ホッとした表情だ。しかし、これも想定の内だ。

 

「ぐおおおおっ!」

 

 ビーストマンに続いて、デザートマン、フレイムマンがデリートされる。ロックマンとブルースがやってくれた。後衛2人の意識が俺に向いている内に、タイマンに持ち込んだのだ。

 これで3対3。加えて、俺たち全員、確実にコイツらの実力を上回っている。ここでの勝ちは決まったようなものだろう。

 ……しかし、こいつらはあくまで陽動。真の目的は、ドリルマンによるプロト強奪にある。

 

「ロックマン、ブルース、先に進め。プロト奪取に動いている別働隊がいるはずだ」

「しかし……いや、分かった。先に進むぞ、ロックマン」

「うん。フォルス、気を付けて!」

「あっ、もしフォルテが来ても、ギガフリーズは使うな。アイツも君と同じ『選ばれし者』だ。アレは効かないぞ」

「えっと……分かった、ありがとう!」

 

 恐らく、なんでそんなこと知ってるんだと聞きたい様子だったみたいだが、今はそんな場合ではない。

 2人を先行させる。残りは俺1人で十分だ。

 

「シューティングクロー!」

 

 ゴスペルの爪が降り注ぐ。威力を抑える代わりに、数を増やした連射バージョンだ。

 敵3体はそれぞれ攻撃を避けるが、雨のような攻撃に分断されてしまう。狙い通りだ。浮いた敵から倒すとしよう。

 

 プラントマンの目の前に一息で移動する。彼が体から針を飛ばそうとするが、もう遅い。爪を縦、横と2連撃で放ち、ボディを4つに引き裂いてしまう。

 

 そのまま、強化された連射性能でシューティングバスターを放つ。バブルマンは召喚したストーンキューブの陰に隠れるが、それも容易く粉々にして、本人を蜂の巣にする。

 

 電脳獣グレイガとゴスペルは、姿がよく似ている。その成り立ちも、インターネットにあるバグが集まってできたという点でよく似ている。ゴスペルビーストは、グレイガビーストに近いチカラを持っているのだ。

 

 瞬く間に2体をデリートした俺を、わなわなと震えたフラッシュマンが睨め付ける。

 

「お、おのれ……! これだけのチカラを隠し持っていたとは……!」

「別に、隠していたわけじゃない。フォルテに負けてから編み出した技だ。本邦初公開だっただけの話さ」

「同じことだッ!」

 

 フラッシュマンはその場から弾けるように飛び出した。先ほどまでよりも速いのは、エリアスチールか。元々稲妻のような素早さをしていた彼だが、バトルチップの影響で更に速度を上げた。

 だが、この姿になった俺のスピードは、それを凌駕する。

 逃げる彼の目の前に、一瞬で先回りする。

 

「なにっ!?」

「終わりだ、フラッシュマン!」

 

 爪による一閃。フラッシュマンはほぼ致命傷と言っていいダメージを追う。が、ギリギリで回避が間に合ったらしい。悪運の強い奴だ。

 

「く、くそ……ここまで強いとはな。正直予想外だったぞ」

「そりゃ良かった。オリジナル様は俺のことをなんて? ボロクソに言ってたかい?」

「さあな……フレイムマンをデリートした新入りの癖に、生意気なヤツだったよ。キサマと同じでな」

「そりゃ元となったナビだからな。似てもいるさ」

「ふっ……こうなっては、オレが消滅するのも時間の問題か。だが、ただでは消えん!」

 

 フラッシュマンは両手を掲げ、全身から淡い光を放ち始める。あの構えは……!

 

「ふっふっふ……戒律98、戦いに負けてもただではデリートされるな。キサマに一矢報いてくれる! シャイニング——」

「シャイニング・ブラウザ・クラッシャーなら俺には通用しないぞ」

「……なんだと?」

 

 フラッシュマンが、またも驚愕した様子で固まる。ブラクラを中断して腕を上げたままのその姿は、まるで降伏しているようだ。

 

「以前ロックマンに使った、PETに直接ダメージを与えるワザだろう。しかし、俺はフォルテと同じ完全自立型ネットナビ。繋がっているPETなどない」

「……ば、バカな」

「終わりだ」

「わ、ワイリー様——」

 

 今度こそ、フラッシュマンにとどめを刺す。

 ……よし、完全勝利だ。獣化を解いて一息吐く。

 よかった、上手く実戦でも扱えたな。バグのチカラをぶっ放すバニシングワールドと違い、そのチカラを体に纏いパワーアップする獣化は使いやすい。体も縮まないし……縮まないし!

 前々から、電脳獣のチカラを手に入れられたらとは思っていたが、グレイガとゴスペルは成り立ちがほぼ同じということを思い出し、獣化を擬似的に再現するアイデアに至ったわけだ。その結果は、見ての通り上々。まあ、モノホンの電脳獣による獣化には敵わないだろうが……

 

 しかし、これならフォルテとも渡り合えるかもしれないぞ。フォルテが電脳獣のチカラを手に入れるのは遠く先。それまでは、地力で劣る分はこのゴスペルの力で埋めることができるかもしれない。

 

 希望を胸に、俺は取り敢えずロックマンとブルースを追いかける。強力な変身をマスターしたとはいえ、プロト復活を事前に阻止できるならばそれに越したことはない。

 ……と、思ったんだが。

 

「あちゃ〜、破られてら……」

 

 2人を送り出すのが遅すぎたか、はたまた2人がヘマをしたか。多分前者だろうが、プロトが保管されていたらしい場所は既にもぬけの殻だった。

 電脳世界に穴が空き、奥にウラインターネットらしき景色が広がってるのを見るに明らかだ。ドリルマンが突破した跡だな。

 俺も穴をくぐり抜け、ウラインターネットへ向かった。……しかし。

 

 ロックマンとブルースが立ち尽くしているところに遭遇する。

 

「2人とも」

「フォルス……」

「済まん、逃げられた……プロトは、WWWの手に落ちた」

「……仕方ないさ。あれだけのナビに足止めされたんだ、間に合わないのは当然だよ」

 

 なんだかんだ、6体ものナビの相手は大変だった。今回は向こうが1枚上手だったというだけだ。

 そんな励ましも、2人にはあまり届いていないようだった。

 

 ……これで、プロトはワイリーの手に渡った。

 やはり、行かねばならないだろう。WWWの本拠地へ。



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第14話

 フォルテとの決着、そしてプロト討伐への貢献のためには、WWW本拠地へ付いて行くのは必須だ。だが、俺1人では不可能だということは明らかだった。

 WWW本拠地の電脳世界への道なんて知らないからな。そもそも、通常のインターネットと繋がっているのかも分からない。いや、フォルテが行き来できているから、道自体はあるのか。俺が知らないだけで……

 

 ともかく、本拠地の電脳世界への道のりを、今から探そうとしても間に合わないだろう。何かしらの端末に入れてもらい、熱斗くんたちに連れて行ってもらうのが妥当か。

 

 ……連れてってもらえるかなぁ……

 

『光、ひとまずお前はプラグアウトしろ。もう我々がここで出来ることはない』

『炎山……けど』

『プロトがWWWの手に渡った以上、すぐにキサマの手を借りることになるだろう。それまで英気を養っておけ』

『……ああ、分かった!』

 

 炎山くんもだいぶ熱斗くんのことを認めるようになってきたな。良いもんだな、認め合うライバルってのは。

 なんてほっこりした目で彼らを見ていると、ブルースが近付いてくる。

 

「フォルス。お前はこれからどうする気だ?」

「どうする、か。まあ、WWWをこのまま放っておくわけにもいかないと思うが……今の俺には何もできないな。だが、俺の力が要るなら喜んで手を貸す」

「……正直に言うと、お前のことを信用しきっているわけではない。しかし、今は少しでも戦力が欲しい……お前の言葉に甘えさせてもらいたい」

 

 そういうと、ブルースは頭を下げる。意外な行動に、思わずたじろいだ。

 

「分かった。協力させてもらうよ」

「済まん」

 

 ありがとう、ではなく、済まん、か。オフィシャルとして、一般のナビに協力を求める非力さを悔しむような一言だった。まあ、俺が一般のナビと言われると、首を傾げたいところではあるが。

 そんな俺に、ブルースはプログラムを手渡してくる。受け取ると、それは炎山くんのホームページのPコードだった。

 良いのか、と目線で聞く。プライベート用のものだから普段はあまり使われていないという。問題はないらしい。

 

「WWWの本拠地を突き止め次第、突入することになるだろう。炎山サマが手に入れた情報はここに共有しておく……時が来たら力を貸して欲しい」

「ああ、待ってるよ。……あと、俺を入れるPETか何かを用意しておいてくれるとありがたい。敵のアジトでプラグインしてもらうのが一番手っ取り早い方法になるが、さすがにこのバグだらけの体でキミやロックマンのPETにお邪魔するわけにはいかないからな」

「分かった、用意しよう。オペレーターも要るか?」

「いや、プラグインさえしてくれれば、あとはオペレートは必要ない。俺のオリジナル、フォルテは完全自立型ネットナビだ」

「オペレートの必要がないということか……了解した、PETの用意は任せろ」

 

 ブルースは右手を差し出した。

 俺もそれに応じる。

 

「必ず倒そう、WWWを」

「ああ。よろしく頼む」

 

 

 

 

 

 セレナードたちシークレットエリアの3人、アイリスに挨拶回りを済ませて、俺は炎山くんのホームページで待機していた。アイリスには止められたが、ここまで来て行かないという選択肢はない。

 セレナードたちが手を貸してくれたら百人力だったんだが、ネットワーク社会が崩壊しかねないこの事態になってもまだ……否、こんな事態だからこそ、火事場泥棒的にウラでは活発な悪事が行われており、管理者であるセレナードたちの仕事も激増しているようだった。とても手伝いなど頼めないな。

 代わりに、バグピーストレーダーに放り込まれた大量のバグのかけらを餞別としてもらった。

 蓄え過ぎるとゴスペル化してしまうので、ギリギリの量を吸収する。これなら、バニシングワールドを撃っても縮まずに済むかもな。

 

「フォルス」

「来たか、ブルース」

 

 ブルースが呼びにくる。ついに突入、というわけか。

 ブルースに案内されるまま、俺は電子機器の電脳に入る。そこには、広々とした空間が広がっていた。また、プログラムくんが忙しなく動き回っている。

 おお……これがPETの中か。ほどほどの広さもそうだが、なんだか安心感が凄い。敵が襲ってこないというのは、それだけで心が休まる。

 ずっとここに住みたいくらいだ。自由に出入りできないのは不便だけどな。

 …………このまま科学省にドナドナされたりしないよね?

 

「PETは炎山サマが持つことになるだろう」

「……なら安心だな。炎山くんなら落っことしたりしないだろ」

「当然だ」

 

 心外だと言わんばかりの表情だ。主人を信頼しているんだな。

 

「では、俺は自分のPETに戻る」

「ああ。お互い頑張ろうぜ」

「フ……そうだな。働きに期待している」

 

 ブルースが俺のPETから立ち去ると、入れ替わるように炎山くんの顔が映る窓が宙に浮き出てくる。

 

『フォルス、PETの居心地はどうだ?』

「快適そのものだ。心地良すぎて眠ってしまいそうなくらいさ」

『それは何よりだ。奴らのアジトへは船でも相当かかる、今のうちに休んでおくといい』

「そうさせてもらうけど……炎山くん、キミは?」

『俺も休む。船はオートパイロットだ、ブルースやロックマンたちがプログラムを見ていれば何も問題はない』

 

 それ俺も手伝った方がいいんじゃないか、と思ったが、2人もいるなら不要か。

 人間の皆は船に揺られているらしいが、PETの中には揺れは届かない。快適そのものだ。休んでいる内に、現実世界から声がかけられる。

 デモンズ海域にある、WWWのアジトに到着した。

 

 そのまま、俺のPETを持った炎山くん、熱斗くんの2人で進んでいく。ゲームだとトラ吉くんとデカオくんもいたはずだが、合流しなかったらしい。

 しかし、炎山くんはオフィシャルのエースとはいえ、小学生2人でテロ組織のアジトに乗り込むのは普通にヤバいよな……2人以上のオペレーターなんてニホンにはいないだろうから、仕方ないのかもしれないが。

 

「ここがWWWのアジトか」

「なんていうか……ヤバそうなところだな。変な色の廃水が流れてるし」

「ふっ、臆したか?」

「そんな訳ねーだろ! 行こうぜ」

『プラグインできそうなところがあったら、俺を送り込んでくれ。俺は電脳世界から進むよ』

「ああ、分かった」

 

 しかし、プラグイン可能な場所は見つからなかった。実は外壁の剥がれた箇所からはプラグインできるのだが、そこには進む道はなかった。ゲームでも同じだったな。

 そして、問題の部屋に差し掛かる。

 

「あの椅子は一体……」

『パルス・トランスミッション用の装置だな』

「パル……? なんだそれ?」

『平たく言えば、人間の精神を電脳世界に送り込む装置だ。昔科学省で研究されていたんだが……まさか実用化されているとは』

 

 実用化されてるのは知ってたけど、言ってみたかったんだよね。

 

「なるほど、コイツを使わないと扉を開けることができないというわけか」

「じゃあ、俺が——」

「いや、ワタシに任せてもらおう」

 

 名乗り出たのは、後から部屋に入ってきた人物だ。2人は身構えるが、その必要はない。

 コサック博士が、金の髭を撫でながらツカツカと歩いてくる。

 

「……誰だ、WWWの構成員か?」

「おじさん! どうしてここに?」

 

 対照的な反応。熱斗くんは博士と知り合いだったな。まあ、名前までは知らないようだが。

 俺がコサック博士の名前を告げると、炎山くんは記憶の中から元科学省員の情報を引っ張り出す。プロトの反乱以後、科学省を辞した天才科学者。

 フォルテの生みの親、ということまでは知らないみたいだが。

 

 元々科学省で研究されていたパルス・トランスミッションシステム。操るのは、元科学省員である彼が相応しい、ということで、2人は大人しくその椅子を譲った。

 

『炎山くん』

「なんだ?」

『俺のPETを博士に。パルス・トランスミッションシステム用装置にはPETも接続できる……博士1人で電脳世界に行かせるのは、危険過ぎるからな』

「……分かった。博士を助けてやってくれ」

 

 炎山くんは、俺のPETを博士に手渡した。

 博士は驚き、しかしどこか感慨深そうな表情で、それを受け取る。肘掛けにあたる部分の先に、PETを置く。博士がパルスインするのと同時、俺も電脳世界へプラグインする。

 

「キミが……フォルスか。本当に、フォルテの生き写しだな」

「そりゃ、外見データはまるっとコピーしている筈ですからね。まあ、そんなことは後で。ここは敵の本丸です、迅速に扉を開けて、迅速に現実に戻りましょう」

 

 ゲームだとフォルテにやられちゃうからな、この人。その後どうなったのかは描写されてない。死んじゃいないと思うが……怪我しないに越したことはないだろう。

 コサック博士が現実世界の扉を開けようとする間、俺は周囲を警戒する。

 俺の心配をよそに、何事もなく扉は開いた。ふう……

 

「パルスアウトは、パルスインした地点に戻らないと実行できない。さあ、戻りましょう——」

『ほう。コサックか……懐かしい顔じゃ』

 

 老人の嗄れた声が、電脳世界に響き渡る。

 ……!

 空中に、老人の顔の映ったディスプレイが投影される。禿げた頭に、片眼鏡。そしてその奥に光る野望を湛えた瞳が何より印象的なその男こそ。

 

「ワイリー博士……!」

「この人が……!」

 

 WWWのボス、ドクター・ワイリーだ。

 彼は既に勝ち誇った表情で、こちらを見下ろしている。プロトによほど自信があるらしいな。

 

『それに、隣におるのは……ゴスペルで製造されたフォルテのコピー体か。ワシの研究の成果が、このワシに逆らうとはのう。飼い犬に手を噛まれる、というやつか』

「アンタに飼われた覚えはないけどな。でも、感謝はしてるぜ。アンタのお陰で俺はこの電脳世界に生まれ落ちたんだから」

『じゃが、ワシに協力する気はないんじゃろう?』

「まあな」

『なら、お前には消えてもらうしかない。……デリートじゃ』

 

 ワイリーはせせら笑う。だが、俺もそう簡単にやられるつもりはない。

 

「できるかな? 俺を倒すなら、そっちの最大戦力を向けるんだな」

『フォルテのことか? ふ……必要ないのう』

「……舐められたもんだな」

 

 俺もだいぶ強くなった。今更ドリルマン程度にやられる俺じゃない。

 他のWWWのナビが復活していたとしても同じだ。獣化の力を得た俺の相手ができるのは、オリジナル様をおいて他にいないだろう。プロトも相当厄介な相手だろうが、まだ復活していないからな。

 

 しかし、俺の鋭い視線を受けてもワイリーは余裕だ。笑ってすらいる。不気味だ。

 

『オリジナルに似て単純じゃの。戦うだけがお前を倒す手段ではないわ』

「なに?」

「……! イカン、フォルス!」

 

 コサック博士が俺を呼ぶ。慌てたような声に振り返ろうとして——体の異変に気付いた。

 

「ぐ、ううっ……!?」

 

 熱い。

 体の奥底から、燃えるような熱が込み上げてくる。

 力が、溢れる……コントロールできないほどの力が。

 

「こ、これは……俺の中の、バグか……!」

『名答じゃ。お主はバグ集合体……電脳獣と同じように、バグの力を用いて極めて強力なナビを作り出すために作られた存在。しかし、バグというのは本来好ましくはないものよ。簡単に増殖し、膨張する……今のお前の状態のようにのう!』

 

 くそっ……

 この電脳に何か仕掛けやがったな。俺のバグを暴走させる何かを。

 

『さあ、力を解放するのじゃ! そして我々の創り出した電脳獣——ゴスペルと化し、プロトと共にネットワーク社会を破壊し尽くすのじゃ!』

 

 体が変わっていくのが分かる。獣化の時よりもさらに深く、大きく。俺の体がゴスペルに変わっていく……!

 

「フォルス!」

 

 コサック博士が駆け寄るが……返事をする余裕がない。

 今の俺は、湧き上がる力と衝動を抑えるのに手一杯だ。

 

「フォルス、気をしっかり保つのだ! バグに飲まれるな!」

『ムダじゃ! かつてゴスペルが顕現したのと同等のバグを注ぎ込んだ。暴走は時間の問題よ!』

 

 2人の声が聞こえるが、反応できない。

 まずい、もう限界だ……

 

 そのまま、テレビの電源が消えるように、俺の意識は途切れた。

 



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第15話

前回までのあらすじ
WWW本拠地に突入したフォルスだったが、罠にかかり大量のバグを流し込まれてしまうのだった


 雄叫び。

 かつてコトブキシティに轟いたのと同じものが、荒れ狂う海の上、WWW本拠地に木霊する。

 プロト復活のため特別に拵えたワイリーの本陣を除くシステムの多くが、甚大なダメージを受ける。電脳獣グレイガと同等の力を持った獣、ゴスペルが今再び顕現した。

 

 変身の余波で体を飛ばされ、地面に転がるコサック博士はその威容に息を呑んだ。

 その大きさは、成人男性としては高い方であるコサック博士が遥か見上げるほどだ。巨大かつ鋭利な爪、牙と尻尾を持ち、黒い体のあちこちに、バグの証である黄色い斑が見られる。バグの化身、黒き大狼。

 

「ふ、フォルス……」

『ハーッハッハッハ! 変わったようじゃな! さあ、そこから出してやろう。世界を混乱に陥れるのじゃ! そして、プロト復活までの時間を稼ぐがよい!』

 

 もしも、このゴスペルが外のインターネットに出れば。溢れ出るバグを撒き散らし、電脳獣以来の大災害を引き起こすだろう。しかも、その後にはプロトまでもが控えている。それはつまり、ネットワーク社会の……世界の終わりだ。

 

「させん……! そんなことはさせるものか!」

『ほう。コサックよ、まだくだらんネットワーク社会を守ろうとするか。それとも、忘れたか? 世界がキサマの実の子も同然である、フォルテを排斥したことを!』

「…………!」

 

 ぎり、と精神データにも関わらず、歯を噛み締める。それほどの強い感情が、彼の心を揺さぶった。

 忘れるわけがない。プロトの罪を被せられたフォルテ。しかもそれが、以前からフォルテに向けられていた憎悪が元となったことを、コサック博士は知っていた。

 事件からしばらくは、眠れぬ夜が続いた。フォルテがデリートされたと聞かされた時は絶望したし、フォルテが生きていると知っても、人間への復讐心に囚われてしまっているのを理解して、また深い悲しみを抱いた。

 

 ……否、悲しみだけではない。

 フォルテを優秀過ぎるからと排斥した科学省の連中、そしてフォルテを受け入れることをしなかったネットワーク社会に憎しみを持たなかったといえば嘘になる。だから彼は、科学省を去ったのだ。

 ネットワーク社会への憎しみ。それは間違いなくドクター・ワイリーの抱くものと同じ感情だ。

 

 コサック博士が動きを止めたのを見て、ワイリーは口元を歪める。あと一息だという判断だろう。

 ゴスペルはそこら中の壁に体を打ち付けている。それを確認して、コサック博士の勧誘が終わるまでは、もう少しここで暴れさせておくかと髭を撫でながら考えていた。

 

『コサックよ。ワシの元へ来るのじゃ。キサマもワシと同じ、優秀な科学者じゃった。フォルテを生み出す技術もさることながら、そのプログラミング能力は、今の科学省では対抗できるのは光裕一郎くらいのものじゃろう……それほどの才覚、腐らせておくのはもったいない』

 

 コサック博士は答えない。しかし、揺らいでいるのは目に見えて分かった。

 科学者というのは、己の研究成果を認められたいものだ。どんな科学者でも、大なり小なりその心は持っている。ワイリーもまた、己の研究分野であるロボット工学が認められないことに憤懣やるかたなかった。だからこそ、フォルテの処刑を強行されたコサックの気持ちが良く分かる。

 打算はもちろんあったが、優秀な彼が排斥されるのは許されない、というのもワイリーの嘘偽らざる本音だ。

 だからこそ。本気が混じった言葉だからこそ、コサックは揺れた。

 

「ワタシは……ワタシは……!」

『こやつは所詮、キサマのフォルテを模倣した存在に過ぎん。こやつにはゴスペルとして暴れてもらおうではないか。そして、ネットワーク社会を壊す……それがキサマと、フォルテの復讐になるのではないのか?』

 

 何気ない一言だった。ワイリーにとっては当然の思考。自らの生み出した発明こそが、彼にとっては何よりも大切だ。だから、コサックにも同じことを求めた。

 フォルテのためだ。フォルテのために、ネットワーク社会を破壊しろ。

 ——フォルスのことは見捨てて。

 その一言が、揺れていたコサックの心を決めさせた。

 

 コサックは、意を決した表情で、電脳世界に響くようにワイリーへ答える。

 

「……ワイリー博士。確かに、今のネットワーク社会は、我々の犠牲の上に成り立っているのかもしれない。それを憎む気持ちも、疎ましく思う気持ちも少なからずあります」

 

 ワイリーはほくそ笑んだ。だが。

 コサックは走り出した。ゴスペルの——フォルスの元へ。

 

「しかし、それが彼を、フォルスをも犠牲にして良い理由にはならない!」

『愚かな……愚かじゃぞ、コサック! ワシの提案を飲まぬのは致し方あるまい。理解できぬ者もいるのは分かりきったことじゃ。ワシの領域に立てる者はそうおるまい。それはよい……じゃが、生身でゴスペルに挑もうとは!』

 

 そう、ワイリーが彼を愚かと断じたのは、提案を断られたからではない。コサックの無謀故である。

 彼の向かう先にいるのは、インターネット全体をバグで覆い尽くしかねない怪物である。それを、ロックマンやブルース、フォルテといった強力なナビがいるのならともかく、人間の脆弱な精神データ一つで立ち向かおうというのか。

 愚か、無謀、そんな言葉では表せないほどの絶望だ。

 

 精神データにダメージが入るだけでも、現実世界でのショックは計り知れない。もしもバグに侵食され、データが破損しようものなら……最悪の場合、廃人、あるいは死が待ち受ける。

 コサックほどの科学者が、それを理解していないはずもない。ならば、一体何故。

 

「諦めていたのだ」

 

 ワイリーが問いかける前に、コサックの口から言葉は溢れていた。

 

「ワタシは、フォルテが人間を憎悪していると聞いた時……諦めたのだ。フォルテとの共存を」

 

「だってそうだろう。フォルテの気持ちは、我が子の気持ちは痛いほどよく分かる。彼は人間に陥れられ、ワタシに見捨てられたと思っている。事実、ワタシはあの時、フォルテに何もしてやれなかった。恨んで当然だ」

 

「それどころか、ワタシはフォルテを生み出した者の責任として、彼をデリートしなければならないと思った。諦めていたのだ」

 

「だが、フォルスは……話し合えると言ってくれたのだ」

 

 それは、コサックの諦めを動かした。

 フォルテをデリートしなくてもいい。もしも、そんな可能性があるとするなら……ああ、それはどんなに。

 

「ワタシの諦観を否定してくれたのだ、彼は……誰もがフォルテをデリートしなければと言う中で、最もフォルテの被害を受ける彼が! だからワタシはここへ来た! 彼の後押しを無駄にしないために。だからワタシは、もう一度フォルテと語り合うために……!」

『だと言うのに、ここで命を散らすつもりか?』

「そんなつもりはない。しかし、フォルスを……ワタシに希望を与えてくれたナビを見殺しにすることは出来ん!」

 

 コサックはゴスペルに向かい、そしてその足下まで到着した。

 バグで覆われた巨体が、眼前に壁のように立ち塞がる。ごくり、と思わず喉が鳴る。

 しかし、コサックは臆さずに、声を上げた。

 

「フォルス! ワタシだ、コサックだ!」

『呼びかけなどムダじゃ! フォルスは今、完全な暴走状態にある。増大するバグに意識を奪われているのじゃ』

 

 嘲笑うように、ワイリーがフォルスの状況を口にする。しかし、そんなことはコサックとて承知していた。声を掛けるのは、動作を誤魔化すための手段に過ぎない。

 コサックの精神データ……電脳世界における体が、光を放ち始める。ワイリーは今度こそ目を剥いて驚いた。

 

『フルシンクロじゃと!? 馬鹿な!』

「私は今、電脳世界にデータとして立っている……ナビとのフルシンクロは容易いこと。たとえそれが、自分のナビでないとしても!」

『そうではない。バグに乗っ取られて暴走状態のナビとのフルシンクロなど、精神が保つ筈がない!』

 

 フルシンクロは本来、ナビとオペレーターの心が一体になった時に、ナビの力を120%引き出す状態だ。パルス・トランスミッション中は、人間の精神がデータ化されているために通常のオペレートよりもフルシンクロを起こすことは遥かに簡単だ。

 しかし、心を一つにするというフルシンクロの性質上、バグに暴走させられているフォルスと同調するということはその精神へのダメージをそのまま共有することに他ならない。

 

「ぐうううううっ!!」

 

 コサックの精神を、どす黒い闇が覆う。

 バグによってもたらされた痛み、苦しみ、不快感……それら悪感情が雪崩のように押し寄せてくる。

 コサックの精神は、身体は、悲鳴をあげていた。

 

 どうしようもないほどの苦痛が襲いかかる中で、コサックはそれでも退かない。

 この痛みを耐えているのが、自分だけではないと知っている。

 

(フォルス……今、助けるぞ!)

 

 コサックはフルシンクロによって得た感覚を用いて、フォルスの体内に確かに在る一つのプログラムを励起させる。

 フォルスのオペレーターでもない彼が、どうして彼の中のプログラムを知っているのか。フォルスが、コサックの生み出したフォルテのコピー体だから?

 いいや違う。これは、かつてコサックのナビが、フォルスに手渡したプログラムだからだ。

 

『バグが活動を停止してゆく……まさか、これは……!』

「バグストッパー……どうにか、間に合ったようだ」

 

 ゴスペルの体がぐんぐん小さくなって、やがて目を閉じたフォルスが、バグの山から姿を見せた。

 やがて、コサックの献身的な呼び掛けの甲斐もあり、フォルスが目を覚ます。

 

「ん……あれ、ここは……」

「フォルス、無事だったか」

「コサック博士……!? どうしたんですか、ボロボロじゃないか!」

 

 そこで、フォルスは思い出した。自分の意識が飛ぶ直前、ワイリーの罠に嵌ったのだ。

 起き上がり、周囲を見渡す。バグが撒き散らされ、また、爪や牙により破壊された電脳世界を。

 その凄惨な状況は、下手人がどんな姿をしていたのか、誰であるのかを、何よりも強く物語っている。

 

「お、俺がやったのか……俺のせいで、俺が……!」

 

 顔を青くして、フォルスは呟いた。彼は、自分が暴走すれば、ゴスペルという獣になることを知っている。知った上で、それを利用して戦ってきた。

 心のどこかで楽観視していた。制御できている。暴走などしない、と。それがどうだ。バグを注ぎ込まれたことで、あっけなく意識を手放した。

 

 こんな事態に陥ったのは、紛れもなく自分の——

 

「それは、違う」

 

 震えるフォルスの肩に、コサックが手を置いた。温かい。彼は今、精神データのみのはずなのに。

 

「フォルス、君は利用されただけだ。君に意識はなく、ドクターワイリーによって暴走させられただけのことだ。気に病むことはない」

「けど、俺はコサック博士のことだって傷付けて……」

「これは私が、君とシンクロしたために負った傷だ。君に傷付けられたわけじゃない」

「同じことだ! 俺のせいで博士は……」

「フォルス」

 

 コサックは、狼狽えるフォルスを制止した。

 そして、一言。

 

 

「頼む。ワイリー博士と…………フォルテを、止めてやってくれ」

 

 

 その一言が、フォルスの意識を引き戻した。

 体中の痛み、苦痛を押して、コサックが絞り出した言葉がそれだ。

 

 ゴスペル化した原因……油断、楽観、様々あるだろう。反省も後悔も存分にすれば良い。全てが終わった後で。

 

 コサックの一言は、フォルスの心の霧を晴らした。それが一時的なものとはいえ、この戦いにおいて、彼の迷いはなくなった。

 

「任せてくれ、博士」

 

 ふ、と笑い、コサックは気を失った。

 フォルスはそのまま、パルスアウト先までコサック博士を運び……炎山たちに彼を任せると、電脳世界を進み始める。

 

『フォルス!』

 

 炎山の声が聞こえる。

 

『落ち着け、闇雲に進んでは……』

「分かってる。炎山くんは一度コサック博士を船に運んでくれ。熱斗くんは現実世界から先へ進むんだ。早くワイリー博士を止めよう」

『あ、ああ』

 

 思いの外冷静な返答を受け、炎山がたじろぐ。

 フォルスは狼狽するのをやめた。今自分がすべきことは、ワイリーを止め、コサック博士を早く病院へ連れ帰ることだ。

 

 目的がさらに明確になった。フォルスを縛るものはなにもない。

 彼を阻むウイルスの壁も、彼が腕を一振りしただけで消えていく。

 

 その圧倒的な強さは、彼のオリジナルを彷彿とさせる。

 

『す、すげえ』

『光、お前は先に行け。俺は博士の応急手当をしてから戻る』

『炎山……分かった、オジサンを頼む!』

 

 人命救助もオフィシャルの仕事だ、と彼は笑う。その姿に一安心しながら、フォルスはWWWアジトをどんどん進んでいった。

 

 ——やがて。

 

 彼は到達する。

 

 生物の体内のような、赤い肉に支配された電脳に。

 

「待っていた」

 

 そこには、1人のナビと、1人の人間がいた。

 

 電脳世界最強のナビ。フォルスのオリジナル。破壊の権化、フォルテ。

 

 現実世界最悪の科学者。フォルスを生み出した男。WWW総帥、ドクターワイリー。

 

 臆さずに、フォルスは突き進む。

 以前までの彼なら、彼らの威容に恐れをなしていただろう。しかし、今の彼は違う。替え難い使命を帯びた彼は、何の気負いもなく、歩みを止めることはない。

 

「フォルテ、ワイリー。アンタたちは俺が止める」

「……やってみろ」

 

 今までのフォルスとは違う威圧感に、フォルテが思わず溢した言葉。

 それが開戦の合図となった。



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第16話

 バグの嵐が俺の体を駆け巡る。

 先の暴走があるというのに、なんの躊躇いもないのは、コツを掴んだからだ。自分の中に眠るゴスペルが鎧となり、彼を獣の姿へと変えていく。

 ゴスペルビーストになるのに、そう時間はかからなかった。

 

「くくっ、そう、その姿だ! 報告にあったゴスペルのチカラをコントロールした形態……貴様にあって俺にないモノ!」

 

 フォルテは喜色を湛えて飛びかかる。アースブレイカーか。だが、今の俺のスピードはオリジナルを上回っている。

 避けられたことを気にした様子もなく、フォルテは一層笑みを深めた。

 

「……何がおかしい」

「おかしいのではない、喜んでいるのだ。俺の模倣であるお前がその力を使えるということは」

 

 フォルテの腕が剣へと変わる。

 

「貴様を喰らえば俺も使いこなせるということだ!」

 

 三連撃。ダークアームブレードによる攻撃が襲いかかるが、鋭く伸びる爪により受け、流し、鍔迫り合って攻撃を防ぎ切る。

 獣化の興奮状態を、良い感じにセーブできている。慣れというのは偉大だな。

 

「確かに、お前は俺のオリジナルだ。それに、ゲットアビリティプログラムもある……俺を吸収すれば、使えるようになるかもな。だが、オリジナル様よ。こんな俺でも、お前に優るところがあるんだよ……チンケな特技だがな」

 

 バグ集合体である俺にとっての、レゾンデートル。バグを操り己が力とすることは、この俺、フォルスの最大の武器だ。

 

「他の全部はお前が上で構わないさ。だけど、ここだけは譲れない。ゲットアビリティプログラムだろうがなんだろうが、俺よりバグを使いこなせてたまるかよ!」

 

 もう同じ手を食うつもりはない。

 ワイリーの罠も警戒しながら、フォルテと渡り合う。もしまたバグを注ぎ込まれたら、バニシングワールドの餌にしてやればいい。容量を超えるバグを攻撃として利用してやるのだ。罠が来ると分かっていれば、対策は容易い。

 

 それに、先の暴走で得たものがなかったわけでもない。

 

 獣のスピードで、オリジナルを攻め立てる。シューティングクローによる連続攻撃。中空から降り注ぐ爪を、フォルテはエクスプロージョンで迎え撃つ。

 

「バトルチップ『アクアソード』」

「バトルチップ『ヒートブレード』」

 

 互いにバトルチップの力で呼び出した剣を叩きつける。瓜二つの俺とフォルテが逆さまに剣を振るう様は、まるで鏡写しのようだ。

 

 互角の攻防は続く。フォルテがポイズンアヌビスを設置すれば、以前のバトルから対策として手に入れたポルターガイストで逆利用する。こちらがプログラム・アドバンス『ヒートスプレッド』を発動すれば、フォルテは対抗して『アクアスプレッド』で相殺させた。

 バトルチップの応酬では埒があかないと見たのか。フォルテは、己の鍛えた技を多用し始めた。シューティングバスター、ヘルズローリング、ダークネスオーバーロード……フォルテが1人で電脳世界を生き抜くために編み出した技。これを彼以上に上手く扱えるものなどいない。威力、熟練度共に模造品である俺は大きく劣っている。

 

 だから、正面からの勝負を避けた。

 パワーで劣る俺は、獣化のスピードを活かして回避を続け、僅かな隙に攻撃を試みるヒットアンドアウェイの戦法を取る。

 フォルテの纏うオーラと、その身のこなしによってそのほとんどが躱され、あるいは防がれてしまう。しかし、僅かずつ、本当に微かにダメージはある。

 

 ——行ける

 

 押しているのは自分だ。

 フォルテの方が、攻撃力も戦闘経験も上。しかし、バグの制御による獣化で得た速度は、オリジナルをも上回っている。

 勝てる。

 これなら、コサック博士の願いを叶えることもできそうだ。

 

 今まで通りに、攻撃を避け、軽い一撃で僅かだけ傷を負わせようと爪を振るい、気付く。

 

「……傲慢だな」

 

 フォルテが、紫紺のオーラを纏っていることに。

 

「貴様とはこれで3度目の対峙になる。1度目は、セレナードに助けられなければ俺に楯突くこともままならない弱者だった。2度目も同じだ。仲間を増やし、バトルチップの収集もしたようだが、その程度で俺に勝てる筈もない。……しかし、今は違う。バグの力を制御し、新たな形態を手に入れた。貴様は強くなった。それは認めてやる。……だが、心持ちは相変わらず甘いようだな」

 

 ドリームオーラを纏ったフォルテは、呆れたように指を立てる。

 

「1つ聞こう。成長しているのが自分だけだと思ったか?」

「…………!」

 

 確かに、その通りだ。そもそも、フォルテは無限に成長するナビ。あれから強化されていない訳がないじゃないか。

 

 互角の戦いが、一方的になり始めた。

 見た目にはまだ互角だ。お互いの攻撃は相手へのダメージとはなっていない。こちらが速度で全て躱す。フォルテはドリームオーラで防ぐ。

 しかし、こちらはどんどん力を消費しているのに対し、フォルテには余裕すらある。

 

 回避し続けるのも、気力を振り絞っている状態だ。

 このままではいずれ決壊する。

 

 ヒットアンドアウェイは、もう無理だ。小技ではドリームオーラを突破できない。いたずらに体力を消耗するだけだ。

 

(この状況を突破する方法は、ないではない。隙を作って大技を叩き込めばいい。……けど、その考えはフォルテも承知のはず。できるのか? 警戒しているフォルテを相手に、隙を作れるか?)

 

 策を考える。

 バニシングワールドを放つ時間が欲しい。

 

 オーラを引っ剥がすならスーパーキタカゼだが、あのチップは探しても見つからなかった。

 フラッシュボムやブラインドで目眩しをしてはどうだろうか。いいやダメだ。あの手のチップは、バリアを貼った相手には効かないはずだ。オーラだとどうかは分からないし、もしかすればゲームと違いバリアを貫通するかもしれないが、分の悪い賭けだ。

 

 出の早いフミコミクロスを当てるか。それも賭けだ。あのチップは扱いがかなり難しい。いや、一太刀当てること自体は、実は簡単だ。だが、2連撃を両方当てるとなると、かなりの技巧が要求される。フォルスはキャノーダム等の動かない的にしか当てたことはない。そしてドリームオーラは、2発当てないと破れない。

 

 いっそ、ここは退却するか。

 それもできない。今でなければ、それは一つの手だったろう。しかし、今逃げればプロト復活は免れない。プロトの実力がどれほどかは分からないが、地面から突然襲いかかってくる分体を避けられなければ、取り込まれてしまう。一撃を貰うのも許されないというのは、相当な神経を削るはずだ。可能であれば、相手にしたくない。

 

 自分に打てる手は無い。だから、攻撃の頻度を減らし、回避に比重を置く。

 

「どうした、それではいつまで経っても俺を倒せんぞ」

「そうかもな。このままじゃジリ貧で俺の負け濃厚だよ……俺が1人だったらな」

「……なるほど」

 

 時間稼ぎか、とフォルテは呟いた。

 卑怯とか言われないか、と心配だったが、彼は特に何を言うでもなく、攻撃の密度を高めた。

 

「くっ!」

「一対一では俺には勝てんと踏んだか」

「初めは行けるかも、とか思ったけど、やっぱそんなことはなかったんでね」

「正しいな。貴様は一度目も他人と組んで俺を退けた。二度目は組んだ相手の力が足りなかったようだが、今の貴様の実力であれば、増援が来れば分が悪いのはこちらだな」

 

 意外だな、と場違いにも思う。

 フォルテは孤高にして最強の存在。他の追随を許さない、圧倒的な実力と、それに相応しい自負がある。

 そんな彼が、増援ありきとはいえ自らの不利を認めるとは。

 

 そんな思いが顔に出ていたのか、フォルテはにやりと笑う。

 

「何も不思議ではない。言っただろう。貴様は強くなった……俺のコピーだけのことはある」

「認めて貰えた、って考えていいのか」

「言った通りだ。俺のコピーとしては及第点をくれてやる。しかし、コピーがオリジナルの邪魔をするとはな。ワイリーめ、飼い犬に手を噛まれるとはこのことだ」

 

 忌々しげな台詞とは裏腹に、フォルテはどこか嬉しそうだ。本来なら、今頃ワイリーはフォルテコピーの軍団を手に入れていたはずだった。プロト復活、世界征服はもっとスムーズにいっていたはずだが、フォルテはどう考えていたのか。

 ともかく、劣化コピーを受け入れていなかった彼は、今目の前で相対するこの俺を自身のコピーとして認めた。思わず、笑みが溢れる。一刻を争う状態なのに、自らの命が脅かされる危機なのに。

 

(ロックマンが来るまであとどのくらいだ? おかしいな。世界を救うために、コサック博士のために、早く来てくれと願うのが正しいはずなのに)

 

 もう少しだけ、自分の実力をフォルテに示したいなんて。

 けれど、名残惜しい時間ももう終わる。

 遅れてきたヒーローが到着したのだ。

 腕を振り上げたフォルテの眼前を、閃光が走り抜ける。

 フォルテと俺、二人が同時に向けた視線の先には、腕のバスターを構えたロックマンの姿があった。

 

「フォルス、お待たせ!」

「ごめんな、ぼうえいロボに手間取った! けど、もう大丈夫! 一緒に戦うぞ!」

 

 頼もしい援軍の到着。これで状況は、

 

「そちらが有利……か。ならばこちらも、隠していた手を使わせてもらう」

 

 隠していた手?

 新たな形態なんて、この時点のフォルテが持っていただろうか。まさか、フォルテXXにでもなるのではないかと警戒を強めたところで——

 肉の地面から、発光する柱が突き出した。

 

 あれは……!

 

「やめろ、フォルテ!」

「遅い!」

 

 フォルテは腕にエネルギーを集中させ、発光する柱を叩き折る。

 ガーディアンと呼ばれる、光正が作ったプロトを抑えるためのプロテクトプログラムだ。プロトを抑える最後のストッパー。

 かつてワイリーが、帯広シュンをそそのかしてフォルスを……フォルテのコピーを作り上げたのも、これを破壊するためだった。

 

「ガーディアン。この力を手に入れたことで、俺は更なる高みへと登った。最早お前たちに勝ち目はない」

 

 ガーディアンを吸収したフォルテ。しかし、俺は知っている。それを破壊することこそが、ワイリーの狙いだったということに。

 

「フォルテ、気を付けろ! ガーディアンを破壊することは……!」

 

 プロトの解放を意味する。

 それを伝える前に……フォルテの足下から、ゼリー状の物体が飛び出し、彼を捕らえた。

 

「なんだ、コレは……ぐあああッ!」

「フォルテ!!」

 

 あれこそ、プロトの一部。

 オーラを纏っていようが関係ない。完全に不意を突かれたフォルテは、なす術なくプロトに吸収されてしまう。

 

「くはははッ! いいぞ、プロト! その調子で奴らも、そして全ての世界さえ取り込んでしまうのじゃ!」

 

 高らかに嘲笑するワイリー。彼も、パルストランスミッションシステムにより、この電脳に入り込んでいた。プロトを操り、世界を破壊するつもりだろう。しかし、

 

「ぬあッ!? ぷ、プロト! 何故……やめろ、やめるのじゃ! ぐわあああああ!」

 

 ワイリーもまた、プロトに取り込まれる。

 当然だ。暴走するプロトに、理性などない。ただただ全てを吸収、あるいは破壊し尽くす怪物だ。

 フォルテとワイリー。最大の敵であったはずの二人が取り込まれ、目の前に復活した、世界最悪の怪物が、鋼鉄の鎧を着込んだようなその姿を現す。

 

「熱斗くん、フォルス!」

「ああ、ここでこいつを止めなきゃ、俺たちに明日はない! やるぞ、二人とも!」

 

 これほどの強大な敵を相手に、熱斗とロックマンは一歩も引いた様子を見せない。やっぱり凄いな、この二人は。まさにヒーローだ。

 

「ラストオペレーション、セット!」

「イン!」

 

 掛け声と共に、二人のシンクロ率が急激に上昇していく。

 パルストランスミッションにより、二人が同時に電脳世界に存在することになり、双子の彼らのシンクロ率が跳ね上がっているのだ。

 ここに俺の獣化の力を含めて考えれば、いかにプロト相手といえど勝機はある。

 

 そんな思考の最中、それを見た俺は獣のスピードでその場を退避した。

 プロトの胸部から突き出した鋭い針。それを捉えた瞬間、体は反射的に動いていた。

 先ほどまで俺が居た空間を、雷撃が通り抜ける。バトルチップでいう、プロトアームΣ。凶悪な攻撃をいとも容易く繰り出してくる。当たったらどれだけのダメージなのか。考えたくもない。

 

 それで終わりではない。逃げる俺に、鋼鉄の爪が襲いかかる。これも、当たったら終わりくらいに考えていた方がいいだろう。

 

 これが、プロトの攻勢か。まるで嵐のような攻撃の幕だ。

 その上、核を攻撃しなければ、奴にダメージは入らない。厄介極まりない相手だ。

 

「ロックマン、俺が奴の注意を引く。その内に奴の腹に連続で攻撃するんだ! 奴のボディを掻き分け、核を攻撃しなければ倒せない」

「分かった! 気を付けて!」

 

 俺はシューティングバスターを乱れ撃つ。鋼鉄のボディに弾かれるが、奴の注意がこちらを向いた。無数の銃口が姿を見せ、こちらに向く。

 だが、手数重視の技なら好都合だ。こちらにはオーラがある。防いでいるうちに、ロックマンに攻撃を——

 

「フォルス、下だ!」

「ッ!」

 

 ロックマンの掛け声。咄嗟にその場を離れる。

 その瞬間、プロトの分体が地面を這い出し、その場を覆い尽くした。

 危ない、吸収されるところだった。くそ、足下にも注意しなければならないなんて、厄介極まりない。

 ……なんて、よそ見をする暇なんてなかったというのに。

 

 回避した先。

 そこに、プロトの腹から、極大のミサイルが放たれた。

 プロトアームΩ。ゲーム最高レベルの攻撃が、俺に直撃した。




アドコレ発売おめでとうございます。




全然更新できなくてすみません。普通にエタりそうというか半分、いや九割エタってました。
でもアドコレと、読者様の温かいコメントが私を引き戻してくれました。公式からの供給と読者の皆様ありがとうございます。
次かその次くらいで完結になりそうなので、そこまで頑張ります。アドコレをプレイしつつ。


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第17話

 激しい衝撃と痛み。

 ガードに回した片腕は吹き飛び、獣化も解ける。

 しくじった。油断したつもりはなかったが、ほんの僅かに足下に気を取られた隙に、大技を叩き込まれた。

 

 身体は……なんとか動く。だが、鉛のように重い。

 遠目に、ロックマンが一人で……いや、熱斗くんと二人で、奮闘しているのが見える。まずい、早く助太刀しないと。あの猛攻、身一つで受け切るのはかなり辛いはずだ。

 いや……俺なんかの助けがなくても、ロックマンと熱斗くんなら、あのプロトだって倒せるのか?

 ゲームでは、結局二人がプロトを倒した。俺の中の記憶にも、ゴスペルの強大な力を打ち破った彼らの戦いぶりは鮮烈に残っている。

 彼らなら、必ずプロトを倒してくれるだろう。そんな、予感じみた確信があった。

 

 ……だからって、このままぶっ倒れていて良いわけがない。なんのためにここまで来た。

 彼らと力を合わせて、WWWをぶっ潰すため。そして、俺はオリジナルの脅威から——

 

 そこまで考えて、俺は自分の、今まで考えてもいなかった自分の感情に気づく。

 そうだ。

 俺は、デリートされたくない。死にたくない。これは本当だ。

 だから、俺をデリートするフォルテから逃げて、戦って。生き延びようとしていた。

 でも、さっき勝負した時、フォルテに認められた気がして、俺は……嬉しかったんだ。それに俺、さっきフォルテがプロトに食われて、悲しかったし、プロトに怒りが湧いてきた。

 

 おかしいよな。散々デリートされかけておきながら、助けたいって思ってるんだ。フォルテを。

 そりゃ、俺のイノチを狙うのは勘弁して欲しいけど……やっぱ俺のオリジナルだし。

 偽物の俺の方がダラダラして長生きするのも、なんか違うような気もするわけだ。そう、それに、コサック博士だって、フォルテが生きていた方が喜ぶに決まっている。

 

「そんじゃあいっちょ、助けてやりますか……!」

 

 こんなもんで恩を感じるフォルテじゃないだろうけど、それでいい。

 敵を生かして命を狙われるなんて間抜けもいいところだ。でも、それでいい。

 俺は、俺のやりたいようにやってやる。

 

「フォルス! まだ動かない方がいいって!」

「熱斗くん、心配してくれてサンキューな。でも、熱斗くんがオペレートしているとはいえ、流石にロックマンだけじゃきついだろ」

「ボクたちなら大丈夫だよ。少しでも回復するんだ」

 

 光兄弟は、相変わらず優しいな。でも、俺だけが寝ているわけにはいかない。

 それに、試してない大技もある。これを使えば、プロトの隙を作ることくらい、きっとできるさ。

 なんせ……()()()()()()()()()になるんだから。

 

「なあ、熱斗くん、ロックマン。忘れちゃいないか? 俺が一体、どこの誰に作られたのか。俺を作ったのは、あのネットマフィアの首領、帯広シュンなんだよ」

『シュンが作ったのは知ってるけど……それがなんなんだよ?』

「……いや! 思い出して、熱斗くん! 以前ボクたちが、フォルテのコピーを倒した後は……」

「そうだ。帯広シュンはマシンの出力を上げて、バグの力を増強させた。その結果どうなったか……」

 

 そして、彼らはその時戦っているんだ。

 フォルテのコピー体と。そして、それがバグの力を得て、暴走した姿と。

 

「プロトの巨大な力を抑えるには、こっちも同等の力を出さないとな」

「けど、フォルス。その力は……」

「大丈夫」

 

 ロックマンたちの制止を振り払い、自分の中のバグを増殖させる。

 いや、それだけじゃない。この電脳世界にひしめくバグすら吸収して、巨大な獣の形を作り上げる。

 ロックマンたちは俺の暴走を気にしているようだが、問題ない。皮肉にも、先ほどワイリーによって暴走させられたことによって、コツを掴んだ。

 巨大な黒き獣。ネットマフィアが作り上げた、擬似的な電脳獣。

 ゴスペルと化した俺は、その巨大な身体で突進をかます。プロトのボディは大きくのけ反った。流石に、電脳空間に根を張っているだけはあり、引き剥がせはしない。しかし、衝撃により大きな隙が出来る。

 やはり、デカいってのは強いってことだ。質量は正義。

 

「フォルス! その姿は……!」

『大丈夫、意識はしっかりしてる。この巨体ならすぐには吸収もデリートもされないはずだ。今のうちにプロトを……おっと!』

 

 流石に、そう簡単にはいかないか。

 プロトアームΣで攻撃されそうなところを、ブレスオブゴスペルで相殺する。

 いいぞ、力だけなら拮抗している。問題は、この形態が長続きしないことと、じわじわ足下から吸収されそうになってることだ。

 このままのペースだと、あと何分もしないうちに、プロトに取り込まれてしまうだろう。だが、問題ない。俺の狙いは、プロトと俺で僅かでもいい、拮抗状態を作ること。そしてその狙いは成功している。

 

『ロックマン、バスターをチャージしといてくれ! 核を露出させる!』

「けど、フォルス。君の身体が既に吸収されかかってる。急いで離れるんだ!」

『構うな、今が最大の好機だろ。これを逃したらもう二度とないぞ、こんなチャンスは。プロトを世に放したら、ネットワーク社会は終わりだ。俺を気にせずやるんだ』

 

 押さえつけられたプロトは鋼鉄の爪で暴れ回るが、俺の爪だって負けちゃいない。シューティングクローが、プロトの攻撃を確実に抑え込む。しかし、俺のゴスペル化も完全ではないらしい。さっきからプロトのバルカンでちくちく削られているのだ。吸収もされかかってるし、口を閉じてる間はガードされていたゲームのゴスペルほどの硬さは得られていないようだ。

 

 このままじゃ核を露出させるだけの攻撃はできない……なんてことはない。

 ゴスペルはデカいだけじゃない。小技も充実してるのだ。それを見せてやろう。

 

『ダークネスクリエイター!』

 

 俺のボディの上に、ナビの幻影が姿を現す。本来はエグゼ2に登場するナビ……倒せなくない方のエアーマンなんかを召喚する技だが、今の俺のこの技は違う。

 現れたのは、俺に倒された、もしくは俺と戦ったWWWのナビたちだ。

 

 フラッシュマンが電撃を浴びせ動きを鈍らせ、

 ビーストマンがその爪と牙で肉壁を削り、

 バブルマンが泡で攻撃を防御し、

 デザートマンが砂で認識を誤魔化し、

 プラントマンが蔦で行動を縛り、

 フレイムマンの炎が再生する肉を焼き止める。

 

 ドリルマンは直接会ったことがないので再現出来なかったが、上々だ。これで核は露出した。後はロックマンに破壊してもらうだけだ。

 

 俺の体も、もう八割がたプロトに飲まれてきている。

 

「フォルス!」

『撃て、ロックマン!!』

 

 俺への呼びかけなんて必要ない。もう、今にも全身が飲み込まれそうだ。だけど、これで良い。今、プロトの警戒は全てこの俺に向いている。同等の大きさ、破壊能力を持ったこの俺に。

 だから、核が露出していようが、それをバスターで狙われていようが、反応しない。俺という脅威を吸収することに、全力を使い尽くしているからだ。

 ……けど、さすがは初期型インターネットといったところだ。

 ロックマンがプロトを倒すより先に、俺の体は吸収され尽くすだろう。

 

 くそ……自力で脱出できるかな。

 無理なら、なんとか後日の捜索で見つけ出してもらうことを祈るしかない。

 

 そう考えながら、ロックバスターの閃光を最後に、俺の視界は閉じた。

 

 

 

 

 肉の壁が、俺の体を包み込んでいる。

 目覚めると、不気味な空間にいた。プロトの体内だと直感的に理解する。体の感覚からして、ゴスペル化は解けていないようだ。吸収されたままの状態で保存されているわけか。

 

 このまま吸収されて死ぬか、救助が来るか。どっちが先になるか、賭けだな。

 自力での脱出は……どうだろう。体は動きそうだけど、この空間を破ることができるだろうか。

 試しに、正面にブレスオブゴスペルを放ってみる。爆発音の後、肉壁はかなり削られたが……残念、突破まではいかないか。

 こりゃ、俺一人の力じゃ無理かな。俺のブレスで肉壁を削ったあとで、薄くなった膜を一瞬で破るような、洗練された強大な力が必要になるだろう。

 

 仕方ない、運を天に任せるしかないか。

 それまではなるべく自分自身のボディを守るために、ゴスペルの姿で力を抑えていようかな。ゴスペル化を解除したら、サイズ的に長くは保たないだろう。

 

「……おい」

『ん? ……うおっ、フォルテ! そっか、プロトに吸収されたんだもんな。そりゃ中にいるか』

 

 声をかけられた方向に目を向ける。プロトの体内には、フォルテの姿があった。彼は外套に身を埋め、休息を取っている。ワイリーの姿は見えないな。

 

「やはりお前か。その姿……バグの力を完全にモノにしたようだな」

『まあ、結局コイツに吸収されちまったけどな』

「フン……お前のことだ、その巨体で的になって陽動を行なっている内に、脱出できないところまで吸収された……そんなところだろう」

 

 うぐっ。鋭い。

 にや、と図星を突いてきたフォルテは邪悪に笑う。が、俺はその姿に違和感を覚えた。俺に対してやけに友好的というか、優しいというか……

 いや。よくよく見れば、フォルテの傷は相当深そうだ。吸収されてそれほど時間は経っていないはずだが、だいぶ体がプロトに分解されている。

 

『……フォルテ』

「黙れ、お前に同情されるほど落ちぶれてはいない。これは俺が俺のやり方で生き、その結果負った傷だ」

『諦めたのか?』

「……フン。この体では、ここから生きては出られん。ニンゲンどもに復讐できなかったのは心残りだが……ここで果てるなら、俺はそれまでの存在だったということだ」

 

 なるほど。あの態度は諦観からくるものだったわけだ。

 自分はどうせここで死ぬし、俺をどうこうする気力もないってか。

 ……………………ムカつくな。

 今、俺が通常の形態なら、外套の襟首をひっ掴んでやったところだ。

 

『なんだ、大したことないんだな。オリジナル様も』

「……なんだと?」

『だってそうだろ。その程度の傷で、こんなやつの体内にちょっと取り込まれたぐらいで自分の命を諦めやがって。プロトの体をぶち破ってやろうって気概もないのか?』

「貴様……!」

『やるか? 今のお前なんかに、これっぽっちも負ける気がしないぞ』

 

 そりゃ、フォルテからしたら、いきなり煽られて怒りが湧いてくるだろう。けど、俺だって同じだ。

 この世界に生まれ落ちてから、俺はずっとフォルテと戦い続けてきた。いや、もっと言うなら、生まれ落ちる前から、か。ゲームの話だけどな。

 ともかく、フォルテは俺にとって生まれてから、そして生まれる前から最強の敵だった。散々苦戦させられて、対策を考え続けて、生き残るために戦い続けてきた。

 俺にとってフォルテは、自らのオリジナルであり、命を狙う宿敵であり、生涯かけての好敵手であり……そして、その強さに憧れた存在でもある。

 

 だから、プロトに取り込まれたコイツを助けたいって思った。

 それが、今のコイツの姿はなんだ?

 こんな弱ったフォルテを、俺は見たくない。

 まるで、自分のイメージ通りの姿じゃないと納得できない厄介オタクだ。けど、俺以上にフォルテの強さを信じてるやつはいない。それだけは、胸を張って言える。

 

「……いいだろう。貴様を粉々にするくらいの力は残ってるということを見せてやる」

『なら、四回戦目だ。やろうぜ。ただし、こんな狭苦しいところじゃ気が乗らない』

「なに?」

『続きは、ここを出てからだ』

「それは……」

『出来ない、とは言わせないぜ。俺を粉々にするくらいの力は……なんだっけ?』

 

 チッ、とフォルテは舌打ちする。

 まんまと嵌めてやった。俺の舌鋒も捨てたもんじゃないみたいだ。

 

「いいだろう。精々、俺の一撃を見て慄け。次はあれが自分に向くのか、とな」

『頼もしいこった。……時間が惜しい、一発で決めるぞ。まず俺が壁を削るから、強烈な一撃でぶち破れ』

「俺に指図をするな……と言いたいところだが、それが最善か。乗ってやる。下手を打つなよ、()()()()

 

 ……………………!

 フォルテが、俺の名前を……!

 こりゃ、やるっきゃないな。フォルテもフォルテで、発破のかけ方が上手いじゃないか。流石は俺のオリジナルだ。

 

『ああ。行くぜ、フォルテ!』

 

 俺は全力のブレスオブゴスペルを放ち、目の前のプロトの内壁を限界まで削る。かなりの手応えはあったが、まだ足りない。だが、それで良い。全く問題はない。

 フォルテが、残る全エネルギーを片腕に集中させている。アースブレイカーの構えだ。その組み合わせは奇しくも、あの史上最強のプログラム・アドバンスと同じ連携。フォルテは、俺たちのボディに同時に出力されたらしい、その名前を叫ぶ。

 

「————ダークメシア!!!!!」

 

 フォルテが腕を振り下ろす。

 そして、世界に大穴が空いた。



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最終話

 フォルテと共に、ダークメシアで空けた大穴から脱出する。WWWのアジトのインターネットは、プロトの討伐に伴い正常化していた。もはや、あの赤い肉の世界はどこにもない。だが、長居は禁物だ。現実世界で、プロトを失ったWWWのアジトは崩壊に向かっている。ここもいつ崩れるか分かったものじゃない。

 

「ふうっ」

 

 ゴスペル化が解ける。先ほどの攻撃で、戦闘使用可能なバグは全て吐き出し、なんなら俺のボディ構築に必要な分まで少々吐き出してしまったくらいだ。

 早いところバグのかけらを補充したいところだが……

 フォルテの方を見る。彼もプロトによって相当なダメージを負っている。とはいえ、さっきあれだけ煽ってしまったことだし、ここで攻撃が飛んできてもなんらおかしくはない。

 戦々恐々としていると、フォルテの方から口を開いた。

 

「何を見ている。あの中から脱出できたんだ、くだらん共闘は終わりだ」

「わ、分かってるよ。それで、その……どうする?」

「どうする、とは?」

「いやー、さっき言ってた、ほら、あの、あれだよ。第四回戦みたいな」

「ああ。ほざいていたな、今の俺に負ける気がしないだの。あの形態が解除された今、同じことが言えるのか……その点は興味深い」

 

 ひ、ひええ。あれは調子に乗ってたのと、オリジナル様に発破かけたかっただけなんですう。

 なんて言い訳をしても無駄だろう。今度こそデリートかなあ。

 と、考えていたにもかかわらず、いつまで経っても攻撃は来ない。

 

「しかし、互いに消耗しきっているのも事実だ。この状態なら俺が勝つだろうが、手痛い反撃が来ないとも限らん。今までの経験上な。……今日のところは見逃してやる」

「……い、いいのか?」

「デリートされたいというならそうしてやろうか?」

「分かった! お言葉に甘えさせてもらう!」

 

 慌ててフォルテの提案を飲む。

 フォルテの言う通り、お互い消耗しているとはいえ、今やり合ったら確実に俺がやられる。今まではセレナードがいたり、ワイリーから呼び出されたから撤退したりとなんだかんだ見逃されてきたが……今回は、明確にフォルテの意思により見逃された。

 どういった心境の変化だろう。これまでの発言から、俺のことを少なからず認めてくれたとは思うが、だからっていきなり改心するとは正直思えない。それを聞く勇気もないわけだが。

 

「精々力を磨いておけ。次会う時は敵同士だ。俺がニンゲンを抹殺しようとする限り、お前は俺に立ち向かってくるのだろう」

「ああ。悪いが、お前がニンゲンを滅ぼそうと言うなら、俺はそれを止めさせてもらう。俺自身のためにも、友人たちのためにも」

「好きにしろ。もはやお前は、ただの俺の模造品ではないのだから」

 

 ……!

 

「フォルテ!」

 

 声を上げる。が、フォルテはマントを翻し、その姿を消した。

 

 後には、俺だけが残った。

 フォルテの劣化コピーではない。フォルスと言う名前の、一人のナビだけが。

 

 

 

 

 

 WWWアジトから脱出する。丁度、熱斗くんたちが飛び乗る船が出ていたので、そのコントロールシステムに侵入させてもらった。船が波に揺られる数時間の間に、ブルース、そして俺が代わりに飲まれたからか、プロトに取り込まれずに済んだらしいロックマンと再会。互いの無事を喜びあった。

 やがて船がビーチストリートの港に到着し、待ち構えていた人々に温かく迎えられた。俺はその様子を、近くのテレビ局の車の電脳から、ドライブレコーダー越しに見ていた。

 

「よし、これで俺もお役御免かな」

 

 あとは、炎山くんがオフィシャルに、熱斗くんがパパづてに科学省に、俺の無害さをアピールしてくれるのを待つばかりだ。

 しかし、あれがパパさんこと光祐一郎氏か。世界でも有数の科学者、ネットワーク研究の権威。めちゃめちゃ凄い人だが、それゆえ事件に巻き込まれやすかったりするお方だ。熱斗くんと朗らかに話す様子は穏やかで、良い父親であることを感じさせ……ん?

 熱斗くんがこっちを指差して、祐一郎氏がこちらへ歩いてくる。

 

「はじめまして、フォルス。君のことは熱斗から聞いているよ」

 

 おお、さすが熱斗くん。俺のこと、事前にお父さんに話してくれていたのか。

 

『はじめまして、光博士。俺が無害なナビだってこと、分かってもらえただろうか』

「ああ。君のおかげで、プロトを倒すことができたと聞いた。君には感謝してもしきれないよ。ありがとう」

 

 こうまで正面からお礼を言われると、少し照れるな。

 

「君はフォルテや、彼を追う科学省やオフィシャルに命を狙われているそうだね。だが、安心してほしい。私の方から、彼らに君の存在を周知しておくよ。WWWの野望を阻止した功労者である、とね。少なくとも、科学省が君を追うことはなくなるだろう。オフィシャルも、炎山くんがきっとなんとかしてくれると思う」

『おお、それはありがたい』

 

 いや、本当にありがたい。フォルテとは次会った時は敵同士だと言われてしまったが、2のラストのように俺を抹殺するためにインターネットを探し回るようなことはするまい。そこに、オフィシャル、科学省からの追跡もないときたら、俺の目的はほぼ完全に達せられたと言って良いだろう。安寧の暮らし。俺が手に入れようとしていたものだ。

 しばし、感慨に浸る俺。これまで、インターネットの世界では生存のための戦いばかりだったが、やっと一息つけるのだろうか。

 

 考える俺に、祐一郎氏は更なる提案をしてきた。

 

「フォルス。もしよければ、君に会わせたい人がいる。君も知っている人間だ」

『俺に?』

 

 一体誰だろう。この世界に生まれ落ちてから、会ったことのあるニンゲンなんて限られている。熱斗くん、炎山くん、コサック博士、ワイリー、そして目の前の祐一郎氏。こんなものではないだろうか。熱斗くんや炎山くんはさっきから船の上でモニター越しに話していたし、コサック博士は病院、ワイリーはプロトの中のはず……

 思考を巡らせる俺の前に現れたのは、少年だった。

 確かに、俺は彼のことを知っている。何せ彼は、俺を造った人物なんだから。

 

『帯広シュン』

「やあ、フォルテ。……いや、すまない。フォルスと名乗っているんだったね」

 

 元ゴスペルの首領。かつて熱斗くんと対峙し、そして倒された少年。今は罪を償うため、WWWの捜査に協力しているって話だったな。

 今やWWWは壊滅した。今後の彼はどのように生きていくのか。ただ、今しばらくの贖罪が続くのは、想像に難くない。どれだけの情報を集められたかは知らないけど、結局WWWを潰したのは熱斗くんたちだ。ゴスペル首領としての罪は、それほど軽くはないだろう。

 

「フォルス。……すまない」

 

 彼は、車のドライブレコーダーに向けて、深々と頭を下げた。

 

『どうして謝るんだ?』

「理由は二つある」

 

 帯広くんは端的に、そう答えた。

 

「まず、君を危険に晒した。僕は君を作り出した。いわば君の……こう言われちゃ不快かもしれないけど、親みたいなものだよ。でも、僕は逮捕され、身動きが取れなくなってしまった。でも、結果僕は、君を無責任に放り出した」

『いや、でもそれは仕方ないだろう。君のしたことは……ゴスペルがしでかしたことは、逮捕されて罪を償って当然のことだ』

「うん。それ自体は間違いじゃない。でも、仕方なくなんてないさ。でも、君はフォルテに命を狙われ、そしてそれをなんとかするためにWWWに戦いを挑んだ」

『俺はそのことを後悔しちゃいないよ。皆んなを救うことにもなったし、悪いことばかりじゃなかったさ』

「ありがとう、フォルス。そして、だからこそもう一度謝りたい。君の行動は賞賛されるべきものだよ。しかし……君を放り出したまま、危険に晒し続けた僕が、その恩恵を受け取るなんて許されることじゃないはずなんだ」

 

 恩恵?

 なんのことだろうか、と首を傾げていると、隣の裕一郎氏が補足してくれる。

 

「帯広くんが作り出した君の活躍を見て、君を生み出した帯広くんに褒賞を与える動きがあってね。彼自身は否定しようとしているが……フォルス、君さえよければ、帯広くんが功績を受け取るのを許してあげてほしい」

『もちろん、そのくらい構わないよ』

 

 俺が自分のためにやったことで、帯広くんまでハッピーになるならそれに越したことはないだろう。

 

「いや、ダメです光博士! WWW壊滅はフォルスの功績です。僕には受け取る資格はない」

 

 固いなあ。

 まあ、ゴスペル首領としての過去を持つ彼だ。自分が自分を許せないんだろう。それに、俺を生み出しただけで、俺がやったことと自分が関係ないのでは、納得できないのかもしれない。

 

『なるほど……なら、一つ条件を付けてもいいかな』

「条件?」

『ああ。帯広くん……いや、シュン。俺のオペレーターになってくれないか?』

 

 二人は顔を見合わせる。

 そんな変なこと言ったかな?

 

『シュンが俺のオペレーターになれば、俺はインターネットで放浪する必要もない。安全なPETで仕事しながら暮らせるし。それに、シュンも俺のオペレーターになれば、功績を受け取るのも自然なことだろ?』

「けど……」

『それに、俺はシュンに生み出されたことに感謝してるんだ。少しでも恩返しがしたい。シュンが嫌でなければ、ぜひ俺を持ちナビにしてほしい』

 

 それでも納得できないなら、まあ、俺が持ちナビになった後でまた同じように功績をあげればいいさ。

 ダメか? と問いかける。

 シュンは……顔を伏せていたが、やがて俺が望んだ通りの答えをくれた。

 

 

 

 シュンの持ちナビとなった俺は、方々を駆けずり回った。

 元ゴスペル首領としての罪を雪ぐため、彼は真面目に仕事をこなしている。

 自分の創造主でもある彼を手伝うことに、なんの忌避感もない。あるいはこれが、一般的なネットナビの感覚なのだろうか。

 そして、俺という強力なナビを得た彼は、現在はWWWが崩壊してから台頭し始めた、ダークチップシンジケートであるネビュラの捜査に駆り出されている。小学生に働かせすぎだろ、と思ったものだが、どうやらシュンは乗り気らしい。

 と言うのも、現在彼は炎山くんの助手のような立場を任されている。功績が認められれば、いずれは炎山くんと同様に小学生にしてオフィシャルの仕事をしたいとのことだ。

 

「僕はあの飛行機事故で……世界初のネット犯罪で両親を亡くした。熱斗くんに会うまで、ずっと不幸だったんだ。だから、世界を恨んで、世界を壊そうとして……けど、それは間違っていたんだって気付いた。熱斗くんたちが気付かせてくれたんだ。だから今度は、僕と同じ境遇の人を作らないためにも、オフィシャルになってネット犯罪を少しでも無くしたいんだ。それが、今の僕の目標だよ」

 

 以前、シュンに償いばかりで辛くはないのか聞いた時の言葉だ。

 こんな気持ちを聞かされたら、余計に力を貸したくなるってもんだ。

 

 さて、シュンや熱斗くんたちは6年生となり、世間もゴスペルやWWWの脅威を忘れかけてきた頃。俺たちに舞い込んできたのは、ネットバトル全国規模の大会であるイーグル&ホークトーナメント。そこにネビュラが現れる可能性があると言う情報だ。

 ……まあ、タレコミしたのは俺なんだけど。ゲームの知識でどこにネビュラが現れるのかは大体知っている。完全自立型ナビであると言う立場を活かして、俺がウラから仕入れてきたって建前で教えてあげたのだ。

 ゲームの知識と、今のネビュラの計画が完全に一致しているかまでは定かではなかったものの、デンサンシティの電気街、シェロ・カスティロの着ぐるみロボと、シェードマンの動向は変わらなかった。今回も多分大丈夫だろう。

 

 シュンは炎山に潜入捜査の必要を直訴し、オフィシャルのコネで大会の参加枠を確保した。そして今、俺たちはテーマパークの城で、ネットバトルの大会に出場していると言うわけだ。フォルテと同じ姿で大会に出て問題はないかと思ったが、一応、俺たちの存在は科学省にも、当然オフィシャルにも周知されているし、許可の下の参加だ。思う存分戦ってやろう。

 一回戦の相手は……バーナーマンか。

 最近はウイルス戦、量産型のナビ戦ばかりだった。カスタマイズされたナビとの戦いは久々だ、腕が鳴る。

 

 司会のマミさんに呼ばれ、シュンと黒いPETに入った俺は、バトルステージに向かう。

 シュンはネットバトルマシンの前で、大きく深呼吸する。大舞台でのネットバトルなんて、初めてだもんな。

 

『ネビュラに近づくための第一歩だ。行くよ、フォルス!』

 

 シュンはそう気合を入れる。だが、俺からして見れば、まだ肩に力が入ってしまっているように見える。

 彼の緊張を解くためにも、俺は安心させるようにこう言った。

 

「分かった。——戦いなら、オレに任せろ」

 

 

 

 




これで「偽フォルテになりまして」は完結となります。
途中、長い期間更新できませんでしたが、それでも最後まで付き合っていただけて、とても嬉しかったです。ありがとうございます。
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