憤怒を持てなかったXについて (藤猫)
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憤怒と傲慢の日々


荷物を整理してたらUSBを見つけて発掘した話を整えたものになります。懐かしい。


その少女は肥溜めに等しいような場所で生まれた。

女は身を売り、男は奪うことを是とした、言ってしまえば早い話糞のような場所だった。

そんなところに、少女は生まれた。

真っ黒な髪に、真っ赤な瞳。目つきが鋭すぎることを除けばまるで宝石のように美しい見目の子どもだった。

だからと言って、少女が幸福であったかと言われれば違う。

場末の娼婦であった彼女の母は生活に疲れ切り、少女を厭うた。周りの人間は、その見目に価値を見出し、商品として扱おうとすいたるものも。

少女にとって幸運であったのは、彼女自身が賢しく、そうして逃げ回れるだけの頑丈な体を持っていたことだろう。

少女は人の悪意と、醜さを見続けた。

けれど、少女は、何の皮肉なのだろう。

少女は、当たり前のような善性を持っていた。

 

母を愛していた。自分を見れば、罵るか、それともひどく胡乱な目ぐらいしかしてくれない。家にだってほとんどいない。自分の名前さえも呼ぶことも無い。

それでも、子として保護者に愛されたいという本能であったのか、それとも純粋に自分の親であるそれを慕っていたのか。

疎まれても、無視されても、それでもなお、少女は母を愛していた。

それ故に、良い子であろうとした。

母を煩わせぬように、少しでも家を掃除して、食事を作る真似事をした。

いつか、望まれた子どもであれば、母は自分を愛してくれると信じていた。

 

全ての転機は、少女が人さらいから逃げることに失敗したことだった。

殴られた、押さえつけられた。

幾ら賢しい少女でも、大人に押さえつけられることは恐怖であった。

母を呼んだ、助けを呼んだ。

それでも、誰も助けには来てくれない。

いやだ、気持ち悪い、怖い、助けて。

 

・・・・・私に、触れるな!!

 

恐怖が積もり積もった果てに吹き上がったのは、防衛本能のような怒りだった。

吹き上がって来る、炎のような怒り。

自分に触れて来るそれ、理不尽への怒り。

そうして、どこからか、ごおおと、炎の音がした。

視界が、赤く染まる。何かが焦げた匂いと、不快ではない熱。

そうして、自分を押さえつけていた大人の絶叫。

燃えていた。その大人は、まるで地獄の業火にでも焼かれるように燃えていた。

大人の下から這い出し、そうして逃げ出す。

 

(・・・・私だ。)

 

自分を助けた、自分を燃やさなかった炎。

それは確かに自分の手からあふれ出していた。

 

 

飛び込むように少女は自分の家に入った。

ばくばくとなる胸を抱えて、理解の出来ない自分の炎に怯えた。

分からない、それゆえに恐ろしかった。初めて、慣れ親しんだ己の体に未知を感じた。

そうして、少女は家の中に気配を感じる。

彼女はそれに走り出した。

 

「お母さん!」

 

恐怖におびえた彼女は、くすみ、汚れた母に飛びついた。母親は彼女のことを疎ましそうに視線を投げ、振り払おうと手を上げた。

それよりも早く、少女は叫ぶ。

 

「炎が、手から炎が出て。私の手から、それで、人が焼けたの!!」

 

絶叫に等しい少女の声に、母親の体が固まる。少女は自分の異常さに気づいてほしいと、母親から離れて、自分の手を捧げた。

こおおおと、彼女の手から熱と光が溢れる。

母の眼の色が、変わった。

母親は歓喜に満ちた表情で、少女を目いっぱいに抱きしめた。

 

「ああ、あなたはボンゴレ九代目の子よ!」

 

その言葉の意味は分からなかった。それよりも、この手から溢れ出た炎が何かを知りたかった。

けれど、それ以上に自分がようやく母に望まれた子になれたことが嬉しかったのだ。

 

 

 

 

「・・・・ちっ。」

銀髪の少年が道を歩く。

校舎の中を歩き続けているが、目当ての人間が全くと言っていいほど見つからない。

銀の髪に、銀の瞳。鋭利な容姿をした少年に近寄ろうとする者はいない。

銀の瞳は、まるで炎の様に揺らめき、それと同時に剣のように鋭く輝いている。

「あそこか・・・」

少年は、最後に目星をつけていた場所に向けて荒々しい足音を立てて向かった。

着いた先は、校舎の中でも端にある、滅多に読まれない本が置かれた第二書庫だ。銀髪の少年は、鍵のかかっているはずの扉に手をかける。

ドアノブを、回し、癖の付いた扉を押し上げるように開けばもう壊れかけているらしいそれはあっさりと開かれる。

「う゛お゛お゛お゛お゛お゛い!ザンザス!」

扉が開かれた先、ぎっちりと本棚が詰め込まれた狭い部屋には申し訳程度の机と椅子が二脚置かれていた。そこには、金髪の情けない表情をした少年と、黒い髪の少女がいた。

大声を上げた存在に、二人は驚いた顔で扉の方を向く。そうして、入ってきたのが馴染み深いそれだと知って、黒髪の少女は穏やかに微笑んだ。

「ああ、スクアーロか。どうかしたのかい?」

ザンザスと呼ばれた彼女は、そういって銀髪の少年、スペルビ・スクアーロにのんびりと微笑んだ。

 

 

静まり返った書庫の中で、カリカリと何かを書きつける音と、ひそひそとした少女と少年の声だけが響いている。

スクアーロは不機嫌そうに顔をしかめて目の前の光景を睨み付けた。

そこには、狭い書庫に置かれた、これまた小さな机に身を寄せ合っている少年少女がいた。

少年は淡い金髪の人目を引く美少年だった。ただ、その容姿の良さに反して浮かべる表情は非常に情けない。鼻水やら涙やらと、それこそ顔から出せるものの殆どが流れている。少年は、それこそ目の前の課題を必死に解いていた。

少年の名前はディーノ。こんなにも情けない顔をしているが、かの有名なキャバッローネファミリーの十代目に当たるのだから世も末なのかもしれないとスクアーロは軽くため息を吐いた。

そうして、彼は忌々しいと顔に書いてあるようなそれで次に少女を見た。

少年へ課題について教えてやってるらしい少女の名は、ザンザス。忌々しいことに、今のところはスクアーロの雇い主に当たる存在だった。

真っ黒な髪は背中程度まで伸ばされており、緩くまとめられている。真っ白な肌に、少々鋭い印象を受ける怜悧な顔立ちをしていた。そうして、何よりも印象的なのは、その瞳だろう。切れ長の、血のような、ルビーのような、紅い瞳はまるでいっそのこと悪魔のような色合いではないか。

けれど、そんなまがまがしい印象を受ける容姿全てが、彼女の浮かべるのんびりとした笑みによって消し去られている。

薄く笑みをたたえた口元だとか、緩く下がった目元だとか。全てが、まるで陽だまりのような微笑みによって少女のマフィアとしての寒々しさが消えてしまっている。

彼女が、いつかはボスになるはずのボンゴレでは父親にそっくりだと評判だった。けれど、スクアーロは、そんな善性の塊のような笑みを浮かべる彼女が嫌いだった。

 

「う゛う゛う゛う゛!ごめんなあ、ザンザス。リボーンの課題、手伝ってもらって。」

「うーん。別にいいよ。リボーンの課題って的確で私も復習になるから。」

 

少年の情けない声と少女ののんびりとした声音が響く。

スクアーロはぶすりとした顔でそれを眺める。椅子の背凭れの上に手を置き、顎を乗せた。

ぎーぎーと椅子をこぐ音がする。それだけが部屋の中に広がった。

 

 

「ありがと!リボーンに提出してくるな!」

「別にいいよ。」

 

課題を抱えたディーノはそう言って、たったと廊下を駆けていく。それをザンザスは手を振って見送った。とっくに書庫から出たザンザスとスクアーロはそのまま廊下を歩きだした。

 

「そう言えば、私を見つけに来たんでしょう。スクアーロ?」

「・・・・・てめえんとこの教師が、探して来いとよ。」

「ああ。そうか、すいません。欠席の届を出し忘れていましたね。気を付けないと。」

 

のんびりとした声でザンザスは返事をする。そうして、スクアーロに背を向けてそのまま歩き続ける。

その後ろ姿を見て、スクアーロは無言で腰に手を伸ばした。そのまま音も無く床を踏みしめて、そのままにザンザスへ剣を突き立てようとした。

が!!

 

スクアーロの突き出した剣は、ザンザスの銃によって防がれる。スクアーロはその時、ザンザスが薄く笑みをたたえるのを見た。

目を見開いたその瞬間、ザンザスはするりと力を抜いてしまう。

 

「な!」

 

スクアーロは、剣に向けていた力のままに前に倒れ込む。跪いた瞬間、自分の頭に固いものが押し付けられた。

 

「ちっ!」

 

盛大に舌打ちをすれば、くすりとまた軽やかな声がする。スクアーロは頭に押し付けられたそれが頭から離れるのを理解した。

そうして、スクアーロは心の底から不機嫌そうな顔でザンザスに視線を向けた。

そこには、見目の良い少女には似合わない銃を持ったザンザスが微笑んでいた。

 

「今日も負けたね。」

「うお゛お゛お゛お゛いいいい!うるせえ、次は勝つ!」

 

耳をつんざくような大声にザンザスは苦笑して、今日も元気だねえと変わることなく微笑んだ。

 

 

スペルビ・スクアーロという少年がその少女に出会ったのはかれこれ一年前までさかのぼる。

スクアーロの父はどこかの弱小マフィアの構成員であった。スクアーロも碌に覚えてはいない。殆ど家にいなかったのだから当たり前だが。そうして、スクアーロが物心つく頃には何かしらの抗戦に巻き込まれて死んだ。

それにスクアーロは別段悲しいと思うことはなかった

愛のある育て方などされたことなどない。彼にとって父とはもっとも近しい他人であった。

けれど、幸いなことは、父親がスクアーロに剣術の基礎を手ほどきしたことだろう。

彼は、剣において極まった才を持っていた。

学校における初等部の卒業を控えていたスクアーロはその剣の腕だけで身を立てていた。けれど、事実として例え武器を持った大人でもスクアーロを屈服させられるものはいなかった。

スクアーロは己の剣の腕を磨くことに夢中だった。スクアーロにとって強くなるとは生きることと同義で在り、純粋に戦うことが楽しかったのだ。

己より強い存在と戦うことへの高揚感、刹那の中を生きる瞬間の沸騰するような興奮、溢れる様な充実感。

高みに手を伸ばすようなそれは、好戦的なスクアーロにとって居心地の良いものだった。

そうして、ザンザスと出会ったのは、あるマフィアの構成員を殺した帰りの事だった。

スクアーロは当時、強者を求めるあまり四方八方、あらゆる場所の人間を殺しまわって、喧嘩を売っていた。

おかげでイタリアという国を転々としていた。幸いなことに追ってを殺して金を奪っていたので生活には困っていなかったが。

スクアーロも、そんな相手を殺した帰りだったのが、お世辞にも歯ごたえのある存在ではなく、不完全燃焼と言って差し支えがなかった。

 

(・・・・くそが。追って出すなら歯ごたえのあるやつにしやがれ。)

 

苛々としながら街を徘徊していたのは、もしかすれば自分を満足させられる強者に会えるのではないかと思ったためだ。

そんな時、丁度道の角を曲がった時だ。

どんと誰かにぶつかったのだ。

スクアーロは自分が気配に気づかなかったことに驚いたが、ぶつかって来た存在の姿を見て納得した。

 

「わ、ごめんね!?」

 

軽やかな声を上げたのは、一人の少女だった。

スクアーロにぶつかり、よろけた少女はどこか慌てた表情でスクアーロを見た。

言っては何だが、人の美醜などに興味を持ったことの無いスクアーロでもその見目に感心してしまった。

艶のあるブルネットに、ルビーのような赤い瞳、怜悧な顔立ちの少女はスクアーロを気遣うように見た。

 

「怪我はないかな?」

「あ゛?うお゛お゛お゛お゛お゛い!この程度で怪我なんかするかよ!」

「ちょ、声大きいよ、君!?そんな声出したら・・・・」

「おい、あっちか!?」

「くそが、ちょこまかしやがって!?」

「あーばれちゃったか。ごめんね、私、行かないといけないから。」

 

そう言って少女は慌ただしくその場から駆けていく。スクアーロはそれを無言で見送りはしたが、じっとその背を見つめた。

 

(さっきのやつ、明らかにいい服着てたな。)

 

それに加えて、肌艶も良く、明らかに裕福な家の子どもであるようだった。そうして、次には道の角から明らかに堅気ではない男が数人出てきた。

彼らはスクアーロのことなど目にもくれずに、遠目に見える少女のことを追いかけていく。それに、スクアーロはにんまりと笑ってその後を追いかけた。

 

 

 

「・・・・君たちもしつこいな。」

「は!ようやく諦めたか。」

「散々走らせやがって。」

 

袋小路に追い詰められた少女は面倒そうに顔をしかめていた。じりじりと近寄って来るそれらに、少女はため息を吐く。そうして、来ていた上着の内に手を伸ばす。

その時だ。

騒がしい、絶叫が聞こえた。

 

「うお゛お゛お゛お゛お゛お゛いいいいいいい!遊ぶなら俺と遊んでくれよおおおお!!」

 

声の方に振り返る前に、追っていた男の一人の腕が吹っ飛んだ。転がった腕と、吹き上がる血しぶきに紛れて、剣のような銀色が日の光に反射した。

男たちはすぐに少年に意識を向けるが、それよりも先に次々に切り伏せられていく。

そうして、残ったのは夥しい死体の山だ。

ぽかんと驚いた少女の姿に、スクアーロは視線を向ける。己と同い年で、どう見ても箱入りらしいそれが喚かないことを意外に思う。ただ、そんなことなどスクアーロにとってはどうでもいい。

 

「・・・歯ごたえはなかったが、まあ、いいか。」

 

スクアーロが立ち去ろうとした瞬間、がっと、彼の手を少女が掴んだ。

流石にそんなことなど予想していなかったスクアーロは反応が一瞬遅れた。

 

「君、スクアーロだろう?」

「あ゛?」

 

名前を呼ばれてスクアーロは目の前の存在をじっと見た。少女からは特別な敵意も殺意も感じられなかった。スクアーロは少女の手を乱雑に振り払った。

 

「てめえ、離しやがれ!」

「そんなこと言ってる場合じゃないんだよ!ともかく、一緒に来て!」

 

少女はなおもスクアーロの手を取ろうとしたが、苛立った彼は未だに血の滴る剣をぶんと振る。

 

「俺に指図してんじゃねえ!」

「だから、人の話を・・・・」

 

言葉を続けようとした少女にスクアーロは何の躊躇も無く、剣を横に一閃した。常人であるならば、切り捨てられていたはずだった。

けれど、少女はそれを姿勢を低くして避けた。空ぶった剣の後に、少女は立ち上がる勢いのままに少年の顎にアッパーカットを決めた。

頭に突き抜ける様な衝撃の後に、スクアーロは意識を失った。

 

 

そうして、目を覚めた先がフカフカとしたベッドの上であったのだから全て察せられるだろう。

そうして、にっこりと笑ってスクアーロを見下ろした少女、ザンザスの存在だってそうだった。

 

蓋を開ければ、何でもスクアーロはボンゴレに保護されることとなった。

スクアーロはさすがに暴れすぎたらしく、本格的に彼を捕まえる為に幾つかの組織が動き出していたらしい。

それでもザンザスと出会ったのは偶然で、スクアーロの保護については彼女が言い出したことらしい。

 

「丁度、専属の護衛が欲しかったんだよ。」

 

ニコニコと笑ったザンザスに、スクアーロは吠える様に否定の言葉を吐いた。ベッドの上に立ち上がり、まるで怒り狂う獣のように叫んだ。

けれど、ザンザスは変わることなくニコニコと笑った。そうして、こういったのだ。

なら、取引をしないかと。

スクアーロはそれに顔をしかめた。なんといっても、彼にはする理由などなかったのだ。

 

「私は、これでもボンゴレのボスの実子で、おまけに一人っ子だ。」

「だから何だ?」

 

彼女があの有名なボンゴレファミリーの、おまけにボスの子どもであることには驚いたが、そんなことは彼にとっては関係ない。

早くこの場を脱出しなくてはと思っているとさらに彼女は言葉を続けた。

 

「だから、命を狙われて刺客が来るのなんてよくある話なんだよ。」

 

ザンザスはにっこりと笑った。

 

「私の所にいれば、衣食住も保証するし、報酬だって出す。そうして、いっくらでも強者と戦い放題だよ?」

 

その言葉に、惹かれたのは事実だ。ザンザスはそのスクアーロの反応に苦笑して、提案をする。

 

「私の護衛になってくれれば君は刺客と戦い放題だ。ボンゴレのボスの子どもに贈られてくる奴なんだ。ある程度の実力は保証するよ。」

「・・・・なら、どうして俺を選んだ。護衛にするなら、親父に言えばいっくらでも用意してもらえただろうが。」

 

スクアーロの返答に、ザンザスは苦笑した。

 

「・・・・ただの気まぐれさ。」

 

その苦笑は、何となく、スクアーロが見てきた中でも知らない部類のものだった。どこか、苦みと、ほのかな甘さがある、笑みだった。

 

「君が欲しいと、そう思ったんだ。きっと、君は強くなるから。」

 

戯言のように、そういった。

 

 

そうして、スクアーロは結局ザンザスの元にこうやって留まっている。ザンザスの護衛なのだからと見た目を整えられ、それ相応の教育を受けさせられ、こうやってザンザスと同じ学校に通っている。

二歳上のザンザスに比べれば小柄でも、それ相応に実力は付けてきているとスクアーロは思う。彼女と過ごす中で、剣帝のテュールと接触が出来たのは僥倖であった。

少しだけ鍛練も受け、実力は上がっているはずだ。

けれど。

スクアーロは、廊下の先を歩く彼女に視線を向けた。

ザンザスは、お世辞にも好戦的な人間とは言えない。スクアーロが喧嘩を仕掛けるのをいなすぐらいで、マフィアの関係者が通う学校内でも穏健派として通っている。

その性質は、お世辞にも裏社会の人間からは程遠かった。

笑みを絶やさず、努力を重ね、温和な態度を取る彼女は穏健派の現ボスを慕う人間からは評判がよかった。

スクアーロは少しの間でも、ボンゴレの中での彼女の評判はよく聞いた。

 

ボスに似てお優しくて。そうね、努力家で。最初はどうしてあんな子を拾って来たのかと思ったが。ああ、どうせ偽りだろうと思ったが。あのお方はボスの子だ。笑い方がよく似ておられて。

 

(けっ。人を褒めるのに、馬鹿の一つ覚え見てえに、似てる似てるって言いやがって。)

 

皮肉を混ぜてザンザスにそう言えば、彼女はひどく驚いたような顔をした。

 

「・・・・まあ。彼らにとって、それは一番の褒め言葉だろうからね。」

「下らねえ、てめえとあの爺さんのどこが似てるんだが。」

「似てないかな?」

「似てる似てねえじゃなくて、てめえとあの爺さんは別もんだろうが。」

 

不機嫌そうにそう言えば、少女は、本当に一瞬だけれど、ふんわりと笑った。

いつもの、困り顔のような笑みではない、花のようにふんわりとした笑みだった。

 

「君も、おかしなことを言うね。」

 

楽しそうな声で、年相応の少女のように可憐な笑みを浮かべて。そう言った。

それに、スクアーロは一瞬だけ固まった。そんな風に笑うところなんて、初めて見たものだから。

 

スクアーロはザンザスのことが嫌いだった。

ボンゴレに連れていかれた時の傍若無人さで印象が下がりまくっていたのもあるが、その女の波風を立てない在り方が嫌いだった。

てめえの願いは何だと言えば、不思議そうに父に恥じない存在になることを言われて、何故かたまらなく腹立たしくなった。

こんなにもフニャフニャとした奴に自分は負けたのかと。

そうして、確実に強くなったスクアーロは今でもザンザスに勝てないままだ。

自分よりも華奢な癖に強いその女が嫌いだ。滅多に本音を言わない薄い自意識が嫌いだ。自分よりも歳が上で高い身長が嫌いだ。

負けた悔しさで、殺してやると喚いたスクアーロに嬉しそうに微笑むそいつが嫌いだ。

 

(・・・・そんなザンザスに、勝てねえ俺は何よりも嫌いだ。)

 

今日もスクアーロは、その少女の背中を睨むように見ていた。

 





ちなみに、現在書いてる蛸の見た夢のひな型がこれだったと思います。データが亡くなって諦めてたんですが、今になって出てきました。


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影ある人

ちょっと続きを。短めです。
感想いただけると嬉しいです


「お゛お゛お゛お゛いいいいいいい!!」

 

騒音、と端的に言っていい声に少女は振り返った。振り返った先には、まるで星屑のような髪をなびかせた少年が一人。

こちらを見る瞳まで、同じように星屑を固めたような銀色の目をしていた。

綺麗だなあと、まるで絵空事でも眺めるようにそう思った。

頬を撫でるのは、なぶるような熱風だ。くんと臭うのは嫌に焦げ臭いそれ。

少女は、それに無意識のように浮かべてしまうようになった微笑みを向けた。

真っ黒な髪が焦げ臭い風になぶられている。そうして、彼女を包む焔と同じ赤い瞳をそろえた。

 

「スクアーロ。どうかしたの?」

 

ぽんと吐き出した言葉に、銀の髪の少年は顔を歪めた。どうしてそんな顔をするのかなんてわからない。わからなくて、それでも、そんな顔を浮かべるしかないのならザンザスはにっこりと笑うことしかできなかった。

 

 

 

いつも一人だなあとスクアーロは己の一応は主人に当たる少女を見た。

ザンザスの元に身を寄せてから数ヶ月ほどの時間が過ぎたが、少女の周りには基本として人がいない。

ボンゴレファミリーの令嬢である存在ならば、もう少し周りに人間がいると思っていた。けれど、学校が長期休みに入っているせいで家庭教師以外に人を見かけたことはない。

仕えているらしいメイドさえも彼女の周りには見かけなかった。

不便はない。部屋はいつだって綺麗に整頓されていたし、温かな食事は豪華な物ばかりだった。

スクアーロは殆どの時間を彼女と過ごしていた。護衛という名目でザンザスの側にいる自分はそれこそ四六時中一緒だ。

 

(にしちゃあ、あっさりと了承されたが。)

 

スクアーロはぼんやりとザンザスの父親に会ったときのことを思い出す。

 

 

 

「君がスペルビ・スクアーロ君かな?」

 

呼び出された部屋は、ザンザスの父親であるという男がいた。

 

(あいつの父親にしちゃあ、ずいぶんと。)

 

最初にあったときに感じたのは、そんなものであった。

真っ白な髪に、皺の刻まれた顔、優しげな顔立ち。全てが、ザンザスから遠く、そうして似ていなかった。

豪奢な椅子に座った老人は、とても優しげな目でスクアーロを見た。それに、どこかむずむずとする。

何もかも似ていない。そう思ったはずだった。なのに。

 

(目だけはやたらと似てやがる。)

 

憎々しくなるように感情でスクアーロは内心でため息を吐きたくなる。スクアーロは仰々しく着させられたシャツのボタンを外したいと思いはしたが、それを必死に飲み込んだ。

座らされた椅子はフカフカとした座り心地が良かったが、さっさと立ち去りたいという衝動におそわれる。

自分に注がれる、ボスの両隣を固める護衛たちからの視線が痛い。

 

行儀良くしてよ!

 

服を用意した少女からのきつめの言葉にスクアーロはたたき込まれた最低限の礼儀作法に従う。ボンゴレ九代目、ティモッテオ。穏健派の男は自分に穏やかに微笑んだ。

 

スクアーロが眼を覚まし、数日が経ってから九代目から呼び出しがあった。ザンザスも同行することを強く願ったもののそれは聞き届けられることはなかった。

 

「すまないね。病み上がりに呼んでしまって。」

「ああ。」

 

スクアーロはここで何と応えればいいかわからずに、何となしにそういった。九代目はゆるゆると目を細めて、そっと彼の前のジュースを促した。

スクアーロはそれも気にせずに、じっと目の前の老いた男を見た。

スクアーロのつんつんとした態度に九代目は苦笑する。けれど、さほど気にもとめずにスクアーロは見つめ続けた。

 

「それで、ザンザスは君を護衛に望んでいるそうだが。君はいいのかい?」

「何がだ?」

「あの子の護衛を君は務められるのかい?」

 

ぞわりと、体に警告と言える何かが駆け巡る。

小春日和のような老人などいない。喉元に切っ先を突きつけられたかのような、獅子を前にしたかのような、跪くような威圧感。

一瞬だけだ。一瞬、けれど自分では勝てない存在からの圧と言えるそれ。スクアーロは思わず椅子から飛び去り、それから距離をとる。癖のように腰に手を回すが、部屋に入る前にあずけたせいで空っぽだ。

 

「・・・・すまないね。」

 

その言葉と共に、威圧感はまるで波引くように消えていく。老いた男が、ザンザスとそっくりな目をした男が、自分をじっと見ていた。

 

「試すようなことをして悪かったね。ただ、ザンザスの側にいるというのはひどく難儀なことだ。だから、少し試してしまった。」

「それで、合格なのかあ?」

「ああ。君ならば大丈夫だろう。どうか、あの子をよろしく頼むよ。ただ、辞めたいと思うなら言ってくれればいいからね。」

 

(そんだけだったな。)

 

思い返せば思い返すほどに、良くも悪くも淡泊だった。もちろん、脅されたことは脅されたと言えるかもしれないが、ここまで大きな組織の中ではまだ簡素な試験であったと思う。

そうして、その後に会ったザンザスが珍しく慌てていたことも覚えている。

 

「スクアーロ。どうだった?」

 

彼女の住む屋敷の棟に帰れば、彼女はひどく慌ててスクアーロに駆け寄ってきた。いつも、にこにこと良くも悪くも変わることのない彼女が慌てている様は胸が空く心地だった。

 

「別に何も言われてねえよ。許可するってよ。」

「そっか。よかったよ。」

 

ザンザスはそれに息をついた。自分の隣を歩く女に、スクアーロはふとずっと胸の中にあった疑問が頭を擡げた。

元より、おかしな話でこの女の立場でこれほどまでに周りに人はいないということはあり得るのだろうか。かといって、虐げられているとは違う。

時折見かける人間は、ザンザスから距離をとることはあっても軽んじているということはなかった。

今日会った九代目もまたそうだ。

別段、彼女を疎んじているという様子ではなかった。どちらかといえば、心配しているという雰囲気がよく似合っていた。

だからこそ、スクアーロは不躾に、何のためらいもなく彼女に聞いた。

 

「てめえ、なんか俺に隠してるだろ。」

 

その言葉にザンザスは少しだけ口元を震わせた。そうして、おずおずとスクアーロを見た。それはまるで親からの叱責に怯える子供のようだった。

 

「その、別に話さないってわけじゃなくてね。少し、言ってないことがあって。」

「なんだ。」

 

それにザンザスは暗い顔でそっと己が手を掲げた。すると、彼女の手に光が集まっていく。

 

「なんだあ、これ!」

 

警戒するようにスクアーロがそっと体を離せば、ザンザスは苦笑交じりに手を握り込んだ。すると、光は霧散するように消えてしまう。

 

「死ぬ気の炎って知らないかな?私のは、色々と特殊でね。」

「・・・・ああ、ボンゴレの奴らが出せるってあれか。」

「私は、何というか憤怒の炎っていう特殊な炎でね。怒りとか、そういった感情でより威力の高い炎が出せるんだけど。」

 

ザンザスは視線を床に落とした。フカフカとした絨毯の敷かれた廊下は彼らの足音を綺麗に消してしまう。小さな背中が二人だけ、ぽつんと隣り合わせに歩いていた。スクアーロは置いた距離を縮めて、彼女の隣を歩いた。

 

「その、昔は人がたくさんいたんだ。世話をしてくれる人とか、掃除をしてくれる人とか。みんな、よくしてくれたよ。でも、私のことを狙った人がいて。護衛の人がいてね。守ってくれようとしたんだ。

でも、私はそれ以上に怖くてね。」

 

とつとつと、少女の声がする。心細くて、まるで風に飛んでいきそうなささやかな声だ。

ああ、らしくない。

スクアーロの中で苛立ちが膨らんだ。

ほんの少しの間だけの付き合いだ。それでも、らしくないと腹の中で何かが暴れる。

自分よりも強い彼女、一緒に勉強だってして、食事だって共にしている。

朗らかにスクアーロと日向のような声がまるで曇るように薄暗く聞こえた。

 

「私を殺そうとした刺客を死ぬ気の炎で焼き殺したんだよ。大変だったんだよ。ここら辺とか、一回焼けてさ。それから、死ぬ気の炎を上手く扱えなくてね。人の、焼ける臭いが鼻について。」

 

ザンザスはとつとつとそのまま言葉を続ける。

炎を上手く扱えず使用人たちを傷つけたこと、護衛たちも恐れて近寄らなくなったこと。

些細なことでストレスを感じ、炎を扱えないザンザスは他人を傷つけることを特に恐れた。そんなザンザスを慮り、九代目は彼女の住む区域内の人間を減らし、そうしてできるだけザンザスに近寄らないように指示を出した。

元より、建物を焼き払った彼女の評判は他に伝わり、刺客もすっかり減ってしまった。

 

「あ、い、今はちゃんと炎だって扱えるんだよ。そ、その。そこまで、はっきりと言えなくて。でも、あの・・・・」

「うお゛お゛お゛お゛お゛お゛いいいいいいいい!」

 

耳をつんざくような声にザンザスは固まり、そしてよろけた。呆然としたようなザンザスにスクアーロは怒りの声をあげた。

 

「つまりてめえの所に刺客が来る可能性も薄いかもしれねえって事か!?」

 

話が違うだろうとスクアーロはザンザスを睨んだ。ザンザスに近づき、胸を指で叩いた。

 

「てめえが、強い奴が入れ食いだって言ってたんだろうが!話がちげえぞ!」

 

つんざくような声でスクアーロが叫べば、ザンザスは口を開けて彼を見つめた。スクアーロはその間抜け面に舌打ちをして腕を組んだ。

 

「言い訳あるか?」

「あ、いや。その。刺客は来るよ。大人しくしてたら、送られてくるようになったし。」

「なんだ、ならいい。それより、てめえ授業がまだあるんだろうが。さっさと行くぞ。」

 

あっさりとスクアーロはそう言ってのけ、また歩き出した。授業に遅れると教師役の人間の小言が煩わしいのだ。

 

「ス、スクアーロ。」

「あ゛あ゛?なんだあ。」

「君は強いよね。」

 

何故、そんなことを唐突に言ってのけるのかわからずにスクアーロは振り返った。そこには、怯えるように体をかがめて床を見つめる少女が一人。

ザンザスのはっきりとした事を言わない態度にスクアーロは苛立ち始める。

 

「はっきり言ったらどうだ。」

「いや、その。君は強いから。だから、私の護衛ぐらい務められるだろう?」

 

確かめるような言葉であった。けれど、スクアーロにはその言葉の意図がとんとわからなかった。いや、何となしに自分が侮られているような気がした。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛!?てめえ、俺がてめえを襲ってくる奴程度に負けるとでも言いたいのか!?」

「は!?いや、そんなことが言いたいんじゃないよ!?」

「大体な!俺はてめえのことだって気にいらねえんだ!いつかぶっ殺してやる!!!」

 

捨て台詞のように言ったそれはまずいと思いはしたが、それでもそう言いたくなる程度に苛立っていた。

それにザンザスは何を思ったのか、ケラケラと笑い始める。

 

「そりゃあいいや!それぐらい強くなれば、護衛としてぴったりだよ。」

「っけ!せいぜい言ってやがれ。さっさと行くぞ!」

 

スクアーロは廊下を歩き始めた。振り返りもしなかった。彼にとってその話は、本当に些細なことだったからだ。だから、それで終わりだった。

けれど、少女はその背中を見つめていた。赤い瞳で、その銀の髪を見ていた。

穏やかに微笑んで、まるで夢を見るような瞳で彼女は少年の後ろ姿をじっと見つめていた。

 

「そうだなあ。それもいいかな。」

 

ゆっくりと歩き出した彼女は緩やかに微笑みを浮かべていた。

 

 

 

炎の臭いがした。くんと臭う、何かの焼ける臭い。いやな、肉の焼ける臭いだ。

ザンザスとスクアーロはそれこそ四六時中一緒だ。けれど、さすがに彼女の服を仕立てるとなると話は別だ。

彼女が着る柔らかなドレスは、九代目が指定したとおりオーダーメイドだそうだ。

目に入れても痛くない娘のためのそれに、スクアーロはさすがに立ち会うこともできずに指定された店の外で待たされていた。

けれど、その爆発音が聞こえてくれば話は別だ。急いだのだ。走って、それでも間に合うことはなく、開けた先の部屋は地獄が広がっていた。

黒く炭化した人の形をした何か、肉の焼ける臭い、怯えた仕立屋、かすかに床や家具を燃やすその炎。

その真ん中で、ザンザスは笑っていた。穏やかに、優しげに、九代目に本当によく似た笑みを浮かべて、微笑んでいた。

一緒に来ていた護衛たちもそれに怯えるような仕草をとる。

それがスクアーロは気に入らない。その少女のことも、周りの反応も心から気に入らなかった。

ザンザスが人をむやみに傷つける人間でない事なんてわかっているだろう。そうして、人を殺すのが嫌いなくせに、仮面のように笑う少女のことだって気に入らなかった。

自分でさえも何に苛立っているのかわからずに、それでも仕事をするのだと少女に近寄る。

 

「お゛お゛お゛お゛いいいい!ザンザス!敵はどうしたあ!?」

「スクアーロ、ああ。うん。ごめん、全部、焼いてしまってね。」

「俺の獲物だろうがあ!契約違反だぞ!」

 

スクアーロが自分にとって当然のことを口に出すと、彼女は仮面のような笑みを外して、安堵したように肩をすくめた。

 

「無理言わないでよ。私だって死にたくないんだからさ。」

「ちっ!何より、奴さんをこんだけ焼くんじゃねえよ!どこのもんかわからねえだろうが!」

 

口げんかをしていた二人にようやく正気を取り戻したらしい護衛たちが動き始める。それにスクアーロは眉間に皺を寄せる。

そうして、肩をすくめるザンザスを見た。

その少女は優しい、それこそどこかにいてもおかしくない程度に、彼女は温厚だ。周りも、九代目に似て穏やかな少女のその部分をよく褒めた。けれど、身を守るためにと力を振えば、話が違うと彼女を厭う。それが、スクアーロにはたまらなく気に入らなかった。何が気に入らないかわかりもせずに。けれど、ザンザスは変わることなく結局笑うのだ。

変わることのない少女のそのあり方がスクアーロは嫌いだった。

 



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少女の日常


お久しぶりです。次回は、ザンザス視点になります。

評価、感想、ありがとうございます。
感想、いただけると嬉しいです。


 

 

「スクアーロってたくさん食べるね。」

 

にこにこと笑いながら言われた言葉に、スクアーロは手を止めた。今いるのは、学校の中庭だ。ベンチに隣り合わせで座って、もぐもぐと簡素な食事をとっている。

嫌みだろうかと一瞬考えるが、隣にいるザンザスという女はそんなものとは良くも悪くも無縁の女だ。

ちらりと見たザンザスはにこにこと餌を与えられた犬のように機嫌がよさそうに笑っていた。

スクアーロは無言で、もう一度パンを口に放り込めば、余計ににこにこと笑みを深くした。

 

ザンザスは人が物を食べるのを見るのが好きだと知ったのは、彼女と会ってすぐのことだ。

ベッドに放り込まれたスクアーロに振る舞われた食事はザンザスが自ら運んできた。そうして、平らげるまで彼女はそれは嬉しそうに自分のことを眺めていた。

ボスの一人娘に近づく存在を排除することを恐れたのかと思ったが、どうやら彼女自身、他人の食事風景を眺めるのが好きなようでもあった。

 

(そういや。)

 

スクアーロは仕えている主人であるザンザスからの給仕を受けながら当時のことを思い返す。

ザンザスはこれでもボンゴレ派閥のリーダー格であるが、あまり他人と食事をすると言うことはない。事細かに下の人間との交流を持っているが、不思議と昼食などを共にすることはない。

いつだって彼女は、スクアーロと二人で食事をとっている。元より、護衛という触れ込みのせいでスクアーロとザンザスは四六時中一緒だ。

あまり団体行動になれていないスクアーロとしては最初は面倒だという感覚があったが、それ以上に気に入ったのは入れ食い状態で刺客がやってくることだろう。

学校の中でさえも、堂々と狙撃手が現れるのだ。

スクアーロとしては遠距離攻撃の人間はあまり好みではなかったが、それでも強者と戦えるなら満足できた。

何よりも、二人きりの方が気楽であった。ボンゴレの人間と会えばそれこそ面倒であったからだ。

 

 

ボンゴレの人間は、よくザンザスに媚びを売るけれど、それと同時に寒気のするような下卑た視線を向ける。

 

ああ、大きくなられて。

あんなにも幼い少女だったというのに。

9代目にはどうぞよろしくお願いします。

 

全てが気落ち悪いと思った。どろどろとしたその視線を向けるには、彼女はあまりにも不似合いだと思った。

 

(こいつも。)

 

スクアーロはいらいらとしながら隣の女を見た。それはもくもくと保温ポットに入ったスープをちびりちびりと飲んでいた。

それにスクアーロは眉間に皺を寄せて、ザンザスがコップを離した瞬間に持っていたローストビーフの挟まったサンドイッチを口に押し込んだ。

口にそれをくわえたザンザスは驚いた顔をしていたが、そんなことは気にせずにスクアーロは不機嫌そうにそれをねじ込んだ。

 

「う゛おおおおい、ザンザス、てめえ草食動物みてえなものばっか食ってんじゃねえぞ。」

肉食え、肉を。

 

スクアーロはそう言いつつ、ザンザスの口元にサンドイッチを押し入れる。ザンザスは驚いた顔をしたが、少しずつそれを咀嚼する。

ウサギが葉っぱを食べるように、少しずつ囓っていくようにザンザスは食べ進める。

以前からスクアーロはザンザスの食事について気になっていた。この年頃の女の食事事情など知るよしもないが、そうはいってもこの女は偏食が過ぎると感じていた。

肉類を好まず、野菜や穀物、後は少しだけの魚。さりとて、肉が嫌いというわけでもなさそうだ。

むぐむぐと小さな口でスクアーロの大口に沿って作られたサンドイッチを咀嚼したザンザスは呆れた顔をした。

スクアーロは次を食べさせるためにサンドイッチを構えた。それに、ザンザスは口元を押さえた。

 

「ウサギって、他にもちゃんと食べているよ?」

「どこがだあ、てめえ、肉は殆ど俺にやりやがって。前に医者にもっと太れって言われてるだろうが。」

 

スクアーロは不機嫌そうにそう言って、己の隣に座る女の腕を掴んだ。それはスクアーロを吹っ飛ばすような力があるようには見えないほどに華奢であった。

 

同年代の少女に比べて、明らかに痩せすぎです。

 

定期的な健康診断で女はそう言われていた。

お父様がご心配されますよ。

そんな言葉と共に言われたそれにザンザスは淡く微笑んで、はい、気をつけますと答えていた。

 

「・・・・失礼だなあ。女の子の体重に口を出すなんて。」

「失礼って話しじゃねえだろうが。だいたい、てめえはいちいちひょろいんだよ。」

 

スクアーロはそう言ってその腕を掴んだ。互いに成長途中とは言え、その腕はあまりにも細い。ザンザスの足なんて、己の腕とどう変わらない程度にしか見えない。

その、柔らかな腕を少しだけ握れば、スクアーロを吹っ飛ばすような力があるような豪腕には思えない。

それにぼんやりとであるが、目の前の生き物が自分と同じ世界で生きているなんて欠片だって思えなかった。

 

脆く、柔らかくて、そうして、あまりにも白い。

ああ、女の体だ。

女の体になんてあまり興味がないというのに、そんなことを考える。

それを失礼だとは思わない。

女であろうが、男であろうが、それの強さやあり方を否定することはない。そんなものはただの符号に過ぎないのだとスクアーロは知っている。

ただ、漠然と、それが女であるのだと改めて認識しただけの話だ。

 

「みろ、己の何分の一だあ、この腕は。」

「わかったよ、もう少し頑張ってみるからさ。」

 

ザンザスの苦笑したそれにスクアーロは無言でまたサンドイッチを口に押しつけた。

ザンザスはそれに対して目尻を下げながら、もっもっと咀嚼をする。

華奢な、体だ。

けれど、目の前の存在よりも二歳年下である自分に比べて、あまりのもその体は起伏に乏しい。まるで、少年のような体がやたらと痛々しく見えて仕方が無かった。

 

 

 

スクアーロとザンザスは、それこそ四六時中共にいる。

広い屋敷の中で同居しているが、護衛という触れ込みであるために部屋は隣同士だった。

子どもという枠組みにあっても年頃といって差し支えのない年齢であったためそこまで近しい立ち位置でいいのかという話もあった。

けれど、スクアーロの性格やザンザスの要望のために赦されている状況だった。

スクアーロとしては暗殺者の入れ食い状態のためご満悦だった。

けれど、二人が離れる瞬間というのは存在した。

それは、マフィア同士での会合、または交流や取引のためのパーティがあるときだ。

スクアーロは戦闘技術は際立っているがお世辞にも礼儀作法ができるわけではない。これからのことを考えて目下のところたたき込まれている。

が、今のところ人前に出せる状態ではない。ザンザスがそういった場に出る場合は父親にくっついているため彼女個人の護衛はあまり意味は無い。

 

その日も、ザンザスはパーティに出席することになっていた。

ただ、普段と違ったのは父親であるティモッテオが少しだけ遅れ、ザンザスだけが先に出席していたことだろう。

もちろん、彼女に護衛はつけられた。けれど、その日は腹心の守護者たちはおらず、代わりにその部下が護衛につけられた。

スクアーロは待機、ということで休憩室の近くにある小部屋に放り込まれた。パーティが終れば会場から直接、ザンザスが迎えに来ることになっていた。

 

(ひまだあ。)

 

スクアーロは生来の生真面目さを発揮して、出されていた課題の本を読みながらそんなことを考えていた。

退屈だ。鍛錬をしようかと考えたが、室内でそんなことをして何かしらを壊したときが何よりも怖い。

そのため、大人しくその場でお利口に待っておくことにした。

 

(先週はあんまし来なかったしなあ。)

 

今週は出来れば二桁を超える暗殺者が来てくれればスクアーロとしては満足だ。帰り道をわくわくしながら想像していたその時、近くで何かが爆発するような、鈍い音がした。

それにスクアーロは勢いよく立ち上がり、そうして音のした部屋に走った。

 

目的の部屋は鍵がかかっていたが、そんなことはスクアーロには関係ない。力の限り蹴り飛ばせば、簡単に扉は開いた。

そうして、くんと、スクアーロにとっては馴染んだ、肉の焼ける臭いが鼻をくすぐった。

 

部屋の中はさすがはというべきか自分のいた部屋に比べて豪華な家具が置かれていた。が、そんなことはスクアーロには関係ない。ただ、彼の目が寄せられたのは、部屋の中心でへたり込む護衛対象の少女の姿だった。

その近くには、焦げ付いた、炭化した腕に声もなくもだえている男が一人。自分たちとそう変わらない程度の年格好のそれにスクアーロは近づいた。

 

「あ、た、たずけ・・・」

 

掠れた声など気にならなかった。それよりも、スクアーロは少女に近づいた瞬間に、自体を正しく理解した。

華奢な、ドレスを着ていた。彼女に似合うようで、似合わない赤いドレス。少女の雰囲気に合った、愛らしい雰囲気のそれ。

それは、まるで布きれのように引き裂かれていた。青い顔のそれに、スクアーロは目の前のそれが何をしようとしていたのかを理解して。

スクアーロは放り捨てるように己の着ていた上着を脱ぎ捨てて、ザンザスにかけた。

スクアーロは何のためらいもなく、その男に隠し持っていたナイフを取り出した。

それよりも先に、ザンザスが声を上げた。

 

「こ、ころしちゃ、だめ!」

「う゛おおおおおおおおお!んなこといってる場合かああああ!?」

「そ、その人、昔からボンゴレと関わりがある組織の跡取りで、だから、殺したら、同盟に、亀裂が!」

 

ザンザスは伏せていた顔を上げて、歪な笑みを浮かべた。引きつったように口元をあげて、光の薄れた瞳でスクアーロを見上げた。

 

「大丈夫だよ!前から、あったことだから!」

 

その言葉にスクアーロは目を大きく見開いた。

 

「わ、私と、そういう関係になったら。ほら、いろいろ有利だから!だから、前からあって!でも、何かされた事ないんだ!私、強いから!大丈夫だから!人、呼んで!助けなくちゃ。」

「てめえ、自分の言ってること、わかってんのか?」

 

スクアーロは己がどんな感情を持っているのか、わからなかった。

呆れていた、驚いていた、失笑さえ、浮かんできそうだった。けれど、それ以上の感情、己の腹で揺らめく炎。

怒り、というものがあふれ出した。

が、それは次にザンザスの吐いた言葉に消えてしまった。ザンザスは、スクアーロに焦点の合っていない目を向けて、懇願するように言った。

 

「だって、ばれちゃう。おねがい、おとうさまには、いわないで。」

 

スクアーロは、立ち尽くして、そうして少女を見た。震える少女、それは、自分が穢されていたかもしれないことよりも、父親にばれることだけを心底恐れていた。

 

うめき声が聞こえる。汚らしい、豚のうめき声が聞こえる。

聞きたくなかった、黙れと思った。

何よりも、これ以上少女に、それを聞かせたくなかった。

スクアーロは後ろ手に無意識のうちにその男の額に向けて、ナイフを放った。さくりと、あっさりと刺さったそれに男は事切れた。

ザンザスはあっと声を上げた。

 

「ザンザス、てめえは・・・・・」

 

その時、部屋にようやく音を聞きつけて幾人かが入ってきた。それには、ザンザスの護衛を務めていた人間も混じっていた。

 

「何があった!?」

「おい、誰か死んでるぞ!」

「ザンザス様!」

 

ザンザスはそのまま、護衛の一人に連れて行かれる。スクアーロはそれを追おうとはしなかった。

 

「なにがあった!?」

 

スクアーロにそう話しかけてきた人間がいた。それに、スクアーロは口を気だるそうに開いた。

 

 

 

「スクアーロ君。あの子を守ってくれてありがとう。」

「・・・いえ。」

 

スクアーロはあの日から少しして、ティモッテオに呼び出されていた。老いた男は、じっとスクアーロを見ていた。

以前と変わらない部屋に、護衛の守護者。そうして、向かい合わせの机に置かれたお菓子とジュース。それを、スクアーロはぼんやりと眺めた。

 

「なにか、不手際があったでしょうか?」

「いいや。そんなことはない。ただ、少しだけ君に話を聞きたくてね。」

 

穏やかな声音であったが、その瞳の奥には疑いというものがあった。

それをスクアーロはぼんやりと見返した。

 

ザンザスはその日、途中で気分が悪くなったそうだ。もちろん、護衛はそれに付き添って休憩室に向かったそうだが、どうもなかなか良くはならなかったらしい。

その時、同じ休憩室に件の男が入ってきた。ザンザスの様子に医者を呼んだ方がと言った彼の言葉に、護衛は頷いて迎えの車と医者を呼びに向かったそうだ。

男にザンザスの付き添いを頼んだのは、彼が彼女と面識があり、尚且つ信頼の置ける人間であると判断されたためだった。

スクアーロは、休憩室に不審者が入り込み戦闘が行われた。ザンザスの憤怒の炎のに巻き込まれそれは逃走。男の眉間のナイフはその不審者のものであると報告した。

 

「その報告に、間違いは無いね?」

「ない。」

 

スクアーロはあくまで淡々とそう返した。それにティモッテオはうなずき、数秒だけ黙り込んだ。

 

「・・・・なら、彼のところにはお詫びをしないとね。」

 

それに対してスクアーロは何も思わなかった。ティモッテオがあの部屋であったことをどれだけ把握しているのかなんてスクアーロは知らない。けれど、疑い程度は確実に持っているはずだ。

けれど、目の前の男はそれを掘り返さないだろう。

穏健派の、ティモッテオ。

今回のことで古参の人間の間で下手な軋轢をするのは避けたいだろうし、あの男の思惑がどこまでなのかわからない。

組織が絡んでいるのか、あの男の思想によるものだったのか。

それさえも、今では闇の中だ。ならば、彼は沈黙を保つだろう。その金の舌は溶け落ちることはない。それは、ザンザスが望んだ時点で、スクアーロも同じだ。

だからこそ、虚偽の報告をした。証拠はないし、スクアーロの答えたそれは誰もが穏便に済ませられるものだ。

ザンザス以外は。

 

「・・・・ザンザスの。」

「うん?」

「見舞いを、してください。待っています。」

 

慣れない敬語にティモッテオは目を細めた。

 

「ああ、そうさせてもらうよ。」

 

優しい笑みはやっぱりザンザスに似ていて。

そうして、その男は結局、組織の長としてのあり方を優先させるらしいことを理解した。

 

(胸くそ、わりい。)

 

スクアーロは、そんなことを胸の中で吐き捨てた。

 



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