ニセコイ 小野寺春ルート~ハルカゼとハナタバ~ (さとね)
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プロローグ「ハジマリ」
春。
暖かな風が桜の枝を揺らし、髪をくすぐる。
そんな四月――
高校一年生になって、高校生ってどんな感じなんだろうと胸を含ませて、跳ねるようにガードレールに飛び乗って高台から街を見降ろして。
真っ青な空から降り注ぐ日差しと、咲きほこる桜の匂いが混じった、甘く爽やかな青い春春風がおろしたての制服をゆらゆらと躍らせてくれた。
なんだか素敵な恋でも始まりそうだな、なんて笑顔で道を歩いていたら、怖い人たちに囲まれて。
そして。
私は、王子様と出会った。
顔も名前も分からないけど、私を怖い人たちから助けてくれた、とっても素敵な私の運命の王子様。
優しくて、きっと格好いいんだろうなって、想像するだけで胸がドキドキした。
そんな王子様との出会いを邪魔するように現れた、最低最悪の悪魔のような男。
ずっと昔からお姉ちゃんが恋をしていて、向こうもお姉ちゃんが好きだと言っておきながら、別の超美人の彼女がいる、女の敵。
地元じゃ知らない人のいない集英組の一人息子、一条楽。
こんな人、大嫌いだ。
好きなものが一緒なのも、ふとした時に意見があってしまうのも、私の王子様を穢そうとするような言動も全部、大嫌いだ。
そう、思っていたのに。
あの花火大会の日に、気づいてしまった。
夜空を埋めるハート形のお結び玉の下で。
桐崎先輩との関係はニセモノで。
私が好きだった王子様は一条先輩で。
ずっと私は一条先輩のことが好きだったんだって、ようやく気付いて。
それでいて、ちゃんとお姉ちゃんと一条先輩は両想いだということを、知ってしまった。
諦めようと、そう思った。
一条先輩が好きなのと同じくらい好きなお姉ちゃんが付き合ってくれれば、この気持ちはいつか冷めてくれると思った。
でも、私の想像以上に、この恋の熱は冷めてくれなくて。
心のどこかで、一条先輩の隣にいたいと思ってしまう自分がいて。
文化祭のミスコンで優勝して、先輩とフォークダンスをして。
あの時にちゃんとお別れをできていれば、また別の未来が待っていたのかもしれない。
桐崎先輩と結ばれる未来。
お姉ちゃんと結ばれる未来。
きっとあの頃には、無限の可能性があった。
だから私が歩いてきた道も、そんな可能性の一つに過ぎないのかもしれない。
万里花先輩のために九州まで行ったあの時間も。
お姉ちゃんと一条先輩が付き合っていたあの時間も。
飛行機に乗って逃げてしまったあの時間も。
そんなもの、本当はなかったのかもしれない。
でも。一つだけ、はっきりとさせなきゃいけないことがある。
これから語るのは、先輩たちのニセモノのコイの物語なんかじゃなくて。
私と先輩の、ホンモノのコイの物語だ。
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第一話「サンニン」
時間は16巻138話「ダイキチ」からです。
「ええええええええ!! こ……この人が王女様――――――!!?」
厨房で作業しているときに突然お姉ちゃんが叫ぶものだから、私は思わず外に出てしまった。
そこにいたのは、一条先輩と……桐崎先輩?。
「どうしたのお姉ちゃん! まさか、一条先輩に酷いことをされたとか!?」
「してねえよ! これはかくかくしかじかで……」
「ええええええええ!! こ……この人が王女様――――――!!?」
さっきお姉ちゃんとノンビ~リ王国の王女様が桐崎先輩みたいって話はしていたけど、まさか本当に入れ替わっちゃうなんて!
一条先輩が詳しい説明をしながら、私たちのことを紹介してくれた。
マルーシャさんは私たちをくりくりの可愛い瞳で見つめて、
『なんというか、とても美しい方々ですね……』
「ええ!? いやいやそんな……! マルーシャさんの方が……!」
「そ、そうですよ! お姉ちゃんが可愛いのは確かにそうですけど……!」
おい一条先輩。春ちゃんもマルーシャさんも分かってるなぁ、見たいな顔するな。
そうだ。相手が桐崎先輩じゃないなら、私は裏方に徹するべきだよね。
「とにかく! ウチに寄ってくれたんですから、おすすめ持ってきますね! ほら、お姉ちゃんは隣に座って楽しくお話でもしてて!」
「え、え。でも、一応お仕事の手伝いをしてる途中だし……」
「い、い、か、ら!」
「は、はい……」
私は肘でお姉ちゃんを先輩の方へと押し込んで、厨房へと向かう。
わずかに視線を向けると、三人で並んで座っているのが見えた。
……どうして胸が苦しくなるの……っ! 諦めるって決めたじゃん!
「お母さん、ちょっといい」
「ん? どうしたの?」
「実は今、一条先輩とそのお友達が来てるから、とびっきり美味しいの持っていくね」
「おっ、一条のとこのが来てるんだ。ならこれ、持って行ってあげなさい」
お母さんが並べた和菓子を持って、私は仲良く話す三人の元へ歩く。
「おまたせしました。色々と見繕ったのでどうぞ」
さっそくマルーシャさんが和菓子を口に運ぶ。
『美味しい!』
「良かったです」
一口味わったマルーシャさんは、和菓子をまじましと眺めて、
『……日本のお菓子は不思議です。どれも見た目が美しくて……』
「その中のいくつかは、お姉ちゃんが成型を任されたんですよ」
『ええ!? コレ、小野寺さんが作ったのですか!?』
「そ、そんな凄くないよ……! 形を整えただけだから」
私は一条先輩の耳元に口を寄せて、
「ほら、ここで褒めてください! 女の子を褒めるなんて基本中の基本ですよ!」
「前に春ちゃんを褒めたときは殴られた気が……」
「あ、あれは一条先輩が悪いんです! ほら、いいから!」
「お、おう……」
先輩はコホンと咳ばらいをして、
「さすが小野寺。細かな造形まで完璧だよな」
「え、えへへ……。そう、かな」
お姉ちゃんは頬にそっと手を当てて、
「でも、和菓子作りなら一条君の方が上手だよ。和菓子にうるさい私のお母さんも認める程なんだから」
『そうなのですか!?』
「いやいや……! まだまだ趣味の範囲っつーか……!」
そこであんたが照れてどうするんですか一条先輩っ!
褒め合う二人を見て、マルーシャさんがスマホにぼそっと話しかける。
『……お二人はその、とても仲が良いのですね』
「「え!!」」
先輩とお姉ちゃんは二人とも顔を真っ赤にして、
「いやいや、まぁ別にそんな……。そりゃまぁ仲悪いわけじゃねぇけど……!」
「そそそそうだね。普通に友達ってゆーか……、普通だよ、普通……!」
本当にこの二人は……!
ほら、マルーシャさんも『普通……』って呟いてるし。
両想いってのを言うのはさすがに出来ないけど、このもどかしさと胸にチクッと刺さる得体の知れない痛みをどうにか消し去りたい。
はあ、と私がため息をはいていると、この空気に耐えられなくなったお姉ちゃんが綺麗になったお皿を手に取る。
「え~と、お皿もう下げちゃうね。今、お茶いれるから……!」
「あ、それなら私が……」
私がそばに行こうとしたとき、ガシャーン!! とお皿がお姉ちゃんの手から滑り落ちた。
「うおお!? 大丈夫か!?」
「お姉ちゃん、大丈夫!?」
私と一条先輩がすぐに駆け寄って、散らばった破片を見降ろす。
「うお~派手にやったな。手伝うよ」
こういうときにすぐ手伝おうとするところは、さすが一条先輩……って、なにちょっと優しさに感心してるんだ私!
「先輩、素手だと怪我するので、ほうきを持ってくるまではちょっと待っ」
「痛っでーーーーー!!!?」
「言わんこっちゃない!」
私はすぐに絆創膏を持ってきて、一条先輩の手を取る。
「もう、これじゃあ格好つかないじゃないですか!」
「な、なさけない……」
あ、へこんでる一条先輩、思ったよりも可愛い……じゃない!!
「ほら、どこ切ったんですか」
「えーと、人差し指……」
「見せてください」
私は先輩の指に絆創膏を巻く。
「まったく、文化祭のときとは先輩がお姉ちゃんに絆創膏を貼ってたのに……」
「わ、わりぃ……」
私は心配そうにこっちを覗くお姉ちゃんに聞こえない声で、
「お姉ちゃんにいいところ見せたいなら、もうちょっと頑張ってくださいね」
「お、おう……」
絆創膏が巻き終わって、そろそろマルーシャさんを送る時間が近づいてきたようで、二人は入れ替わっている桐崎先輩のいるホテルへと向かっていった。
一条先輩を見送って、私たちは店へと戻っていく。
「お姉ちゃん、嬉しそうな顔してるね」
「ええ、そうかな……?」
「そんなに一条先輩が来て楽しかった?」
「も、もう! 春ってば!」
お姉ちゃんはリンゴみたいに顔を真っ赤にしていた。
やっぱり、お姉ちゃんが嬉しそうにしてると私も嬉しい。
「頑張ってね、お姉ちゃん。応援してるから」
と、そう思ってたのに。
「あれ、一条君はもう帰っちゃった?」
「うん。もう帰ったけど、どうしたのお母さん」
厨房からひょっこりと顔を出したお母さんは、手にスマホを持っていた。誰かと電話をしていたみたい。
「ほら、あんたたちは前も行ったことあると思うけど、今度の週末に温泉旅館のバイトに行ってもらってもいい?」
「私は大丈夫だけど、春は?」
「私も予定ないから大丈夫」
「なら、二人は確定ね」
お母さんは何かの連絡をLINEでしながら、
「それと、今年は特に人が足りないみたいだから、一条君も誘っておいてね~」
「え、ええ!? い、一条君も!?」
「あの子だったら腕もいいし旅館側も問題ないでしょ。ついでにあんたら二人であの子を落としてうちの婿にしなさい」
「そんな適当でいいの!?」
「小咲とも春とも仲良さそうだったし、どっちかに惚れれば勝ちでしょ?」
……もうお姉ちゃんに惚れてるんですけどね!
でも、一条先輩が自分のことを好きだなんて思いもしないお姉ちゃんはぶんぶんと顔を振って、
「そ、そんな簡単に言われても……! ほら、一条君にも予定とかあるだろうし……!」
「あー、でも三人寄こすって言っちゃったから、お願いね~」
「お、お母さん!」
ペロッと舌を出してお母さんは奥へと戻っていった。
「も、もう……! お母さんの馬鹿……!」
「よかったじゃん、お姉ちゃん。大好きな一条先輩と一緒にバイトできて」
「春まで! ……もう!」
……照れてるお姉ちゃん、可愛いなぁ。
「それじゃあ、バイトの件、一条先輩にはお姉ちゃんが話しておいてね~」
「わ、私!?」
「当たり前でしょ? きっとお姉ちゃんから誘ったほうが来てくれるだろうし」
多分一条先輩なら、私が誘っても来てくれるだろうけど、それじゃ駄目なんだよね。
うぅ~と唸るお姉ちゃんは、渋々頷いて仕事の手伝いに戻っていった。
「さて、私も仕事をしなきゃね」
私も厨房に入り、明日の分の和菓子の仕込みを始める。
ふとお姉ちゃんを見ると、週末に先輩もバイトに来るからか、口元が緩んでいた。
ああ、本当に。
嬉しいはずなのに、チクンという痛みが胸に響く。
「……こんなに好きになるなんて、思わなかったな」
痛みを忘れられるように、私は黙々と和菓子を作っていた。
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