インフィニット・ストラトス 最強と天才の幼馴染 (更新凍結) (灰崎 快人)
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クラスメイトは全員女……ではない 「四月」
再会からの始まり
更新は遅いですが何とか続けて生きたい所存です。
IS―――正式名称は「インフィニット・ストラトス」
今から約10年ほど前に篠ノ之束と言う人物によって開発された、宇宙空間での活動を想定されたマルチフォーム・スーツである。
開発当初は全く注目されなかったが、その一ヵ月後に引き起こされた事件―――通称「白騎士事件」によって、ISは従来の兵器を凌駕するほどの性能を所持していることが世界へと知れ渡ることとなった。それにより、宇宙進出よりも飛行可能なパワード・スーツとして軍事転用が始まってしまった。
しかし、現在ではアラスカ条約を結んだことによりISの軍事利用は禁止され、スポーツの一種として楽しまれている状態だ。
ISの最大の特徴は先ほど述べた従来の兵器を凌駕する性能ではない、ISの最大の特徴は『女性にしか扱うことが出来ない』という事である。ISが何故女性にしか反応しないのかは今も謎に包まれている。
しかし近日、ISを稼動させることができたという男性が現れたとニュースになっている。どういった原理で反応してしまったのかそれを知る為に何十万人の科学者が情報を得ようとIS学園の代表に質問攻めをしていた、また世界中では他にも男性操縦者が居るかもしれないとIS適性検査が行われている。しかしそう簡単に適正のある男性が現れるはずも無く、検査は難航しつつあった……はずだったのだが。
「ISの起動を確認しました!直ちに連れ出してください!」
なにも特徴の無いさえない男性がISを起動することに成功した。名前は
「あぁ、やっちまった……」
ぽつぽつと言葉を漏らしながら項垂れていた俺を、黒いスーツを着込んだ方々が抱え込んで個室へと引っ張られていく。
「嘆いていても仕方ないか……俺はどうなるんだろうな……?」
スーツの方々に質問してみたが、特に何も反応が無かった。どうやらただの屍のよう……ではないです、めっちゃ睨まれました。
特に何もすることが無いのでずっと下を向いていると、少しずつだがコツコツ……足音が聞こえきた。足音が近づいてきた時、ついに扉が開かれた。
そこにはスーツを着こなした凛々しい女性の姿があった、つり目の女性はこちらを見て何かを考え込んでいた。奇遇なことに俺も彼女を見て何かを思い出せそうで居た、どこかで見たことがあるのだが記憶が薄れているのか思い出せない。ぶつぶつと考えていると目の前に設置されているソファーに彼女が腰を下ろす、重々しいプレッシャーが俺の体にのしかかる。
(ちくしょう、まるで圧迫面接みたいだ)
心の中で悪態をつきながらも彼女に視線を合わせる、少しの沈黙が続いた後ゆっくりと彼女の口が開いた。
「突然連れ出して申し訳ないな、私の名は
織斑千冬。俺の聞き間違いで無ければ彼女は確かにそういった。その名前には聞き覚えがある、少し懐かしい名だ。
「貴方の名を教えていただきたい」
彼女は俺の名前を伝えられていないのだろうか?知っていて聞いているのだろうか?だが聞かれたからには答えなければならない。
「俺……私の名前は
そう言うと彼女は驚いたような表情を見せる、やはり俺のことは一切伝えられていなかったんだな。
「黒神……千春だと?本当なのか?」
「本当だよ。会うのは一年ぶりくらいだな千冬、元気だったか?」
「あぁ体に特に問題はない、いつも通り万全な状態だ。そう何度も体調を崩すほうがまれだからな、それにメールでも定期的に連絡を取り合っていただろ」
互いに久しく会えた喜びを感じながらも話を進めていく。千春とは約二年前にドイツで別れて以来会ってはいなかったものの、メールなどを使ってやり取りをしていた。何故ドイツで別れたのかという話はまた後日することにしよう。
「まさかこんなところで再び会うことになるとはな……」
「もう少しまともな再会をしたかったがな」
改めて彼女の紹介をしよう。織斑千冬。第一回、第二回IS世界大会通称「モンド・グロッソ」での総合優勝および格闘部門優勝者である。大会で優勝したことで誰もが認める世界最強のIS操縦者「ブリュンヒルデ」の称号を所持しており、IS操縦者の憧れの人物とされている。また俺の幼馴染の一人である。
「いきなりで悪いのだが、千春には一人目同様IS学園に通って貰う形になるのだが……大丈夫そうか?」
「大丈夫だと思うか?成人してる男性がいきなり女子校にぶち込まれる時点で大丈夫ではない。そういえば一人目が居たな、そいつの名前はなんて言うんだ?」
「
織斑一夏、千冬の弟であり男性操縦者一人目となっている。まぁこいつに関しても後日話すこととしよう。
「―――俺大丈夫かな?」
「出来の悪い弟で申し訳ない、しかし男性の中で最初にISを動かすことが出来たのはあいつなんだ」
やはり何故起動できたのかはわからないみたいだな。俺が何故起動できたか?いや分からないな、そんなことは今までなかったかもしれないし。
「わかった、なるべくの努力はしてみるさ」
こうなってしまった以上やるべきことをするまでだ。また二度目の高校生活が送れるとは思わなかったが、気分転換にはいいのかもしれないな。
「申し訳ない……それでなのだが、IS学園には来週から来てもらうのだが」
「この参考書を出来るだけ把握しておいて欲しい」
そう言って取り出したのはIS機密事項と書かれている分厚い辞書のような本である。ザ・参考書って感じだな、第3世代型IS開発の企画書並みに分厚いぞこれ。
「ISに関する仕事には就いていたが……万が一として受け取っておく」
「一週間と短い期間だがなるべく覚えておいて欲しい」
一週間でこれをすべて見るのか、基礎中の基礎が書かれているということだろう。俺の知っているIS情報と違う可能性もあるからな。
「了解、あと一週間だがその間は何処に身を潜めておけばいい?」
実はIS適正が発覚してしまった時、倉持技研に連絡を取ったのだが……「明日からもう来なくていいから」とクビ宣言をされてしまった。俺は一人暮らしをしていたが、こうなってしまっては帰る場所がない。
「それはこちらで既に手配してある。マスコミ対策としてでもあるが……一番の理由は研究所送りにされない為だ」
確かにあの連中だったら何処よりも良い待遇である事を表向きにして、裏では俺のことを実験材料としか見ていないだろうからな。
「まぁ……撃退くらいはできるけどな」
「とりあえず一週間後に迎えに来る、それまではこのホテルに泊まっていてほしい」
「了解、それじゃあまた一週間後にな」
一週間後―――
俺は読み終えた参考書をキャリーケースへと戻し、明日への準備を始めていた。千冬から学園の状態やある程度の見取り図、それから状態や生徒の人数など今年度の情報を提示して貰うと共に、こちらからは彼女から提示指示のあったものを提出してある。
「持っていける物に限りはあるが……一応こいつだけは持っていくか」
そう言って机の引き出しから取り出したのはドイツで作られたマシンピストル「H&K VP70」である。この銃はドイツ内で失敗作として有名であり、現在ではコレクター要素の高い代物となっている。
とある事情により千冬とドイツに渡った時、偶然千春が発見し譲り受けた物になる。本来の仕様では軍事用に可変ユニットを取り付けることで
「あとは心の準備をしておくだけ―――」
ガラガラ―――
ホテルの窓が突然音を立てて開いた。
「誰だ!」
恐る恐る銃口を突きつける、大体の見当が付いているのだが万が一に備えての対応である。
「その物騒な物をこっちに向けないでよ、何もしないからさぁ~」
「まぁお前だよな……久しぶり、それで何のようだ?
篠ノ之束、ISのコアを開発した「
「本当に久しぶりだねくろち~、まさかまたISを動かすとは思わなかったけど……まぁいいや、早速本題に入ろう」
俺が何かを言いたそうにしているのを感じ取ったのか、すぐさま話を進めていく。というかまたって言ったな?俺は今回が初めてだぞ
「本題、それで何しに来たんだ?」
束の持ち込んでくる話は大体問題のあることが多い、今回も問題は避けられないだろう。
「うん、くろちーIS学園に入るんでしょ?だったら専用機をこの篠ノ之博士がプレゼントしようと言うことにしました~パチパチ~!」
「良いのか?ISのコアは467個しかないのに……」
束の手によって造られたISのコアは世界に467個しか存在しない、その為専用機を持つ者は特別扱いされることが多い。そんなものを一般人の俺に渡そうとしている、うん問題しかないよな。
「大丈夫!この機体はISのコアを使用しないから!」
「どういうことだ?」
ISコアを使用しない、それはISと呼べるのだろうか?それはISではなくただのパワードスーツなのではないだろうか?
「この機体は正確にはISの姉妹機でID、通称「インフィニット・ドライブ」っていうんだ。これはISよりも装甲を小型化して防御力を削って機動力を向上できたんだ、でも色々とシステムが不安定で永久凍結扱いしてたんだけど、とあるシステムを省くことでシステムの安定化を図ることが出来たんだ」
さらっと恐ろしいことを言っている。防御を捨てて機動力に回しただと?なんと恐ろしいことをしてくれたんだこいつは。
「ほぅ?そのシステムは何だ?カスタム・ウィングか?それとも
「どっちも不正解~!正解は絶対防御でした!」
絶対防御、搭乗者の命を守る為の機能である。万が一のために備わっている「生体維持機能」もその分類になっている、つまり絶対防御が無いと言うことは……
「いやいやいや!絶対防御は省いたら駄目だろ!搭乗者の命に関わるわ!」
「でもくろちーなら大丈夫でしょ?それじゃあこれ渡しておくね~」
何をもって大丈夫だと言っているのか理解できない、束はそう言ってこちらに何かを投げてくる。受け取り確認してみると渡されたのは黒色の勾玉が刻まれた携帯電話のようなものである。
「これは?」
そう言って束の方に向き直ると、既に彼女の姿は無かった。
「ちょ―――束ぇ!!!」
勝手に面倒ごとを押し付けて勝手に去っていった、どうあれ俺は
初っ端からオリジナル機体、設定です。
おかしな部分等ありましたら指摘お願いいたいます。(やさしめに)
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金髪お嬢様との再会
ただそうなるとモチベーションが0になりそうで怖いです
四月某日、今日はIS学園の入学式である。桜の花びらが舞い新入生を歓迎しているような雰囲気の中、俺は学園へと足を踏み入れていた。元々女性しか扱えなかったISを学ぶ学園の為生徒のほとんどが女性である、そんなところに男性である俺が居ることは当然彼女たちにとっては不思議なことである。俺のことはすぐさま噂の男性搭乗者として広まり、周囲からの視線が集まっていた。
「これはなんとも言えないものがあるな……」
360度から伝わる視線が痛いほど刺さる、俺は耐え切れずに指定されている職員室にいた。前日の夜に千冬から「入学式を終えたら職員室へ来い」とだけ記されたメールが届いたからだ。何故呼ばれているのかは不明だが……とりあえず言われたからには行っておかなくてはいけない。。
「無事に入学できたようだな」
「無事って言えば無事だけど、視線がいてぇいてぇ……それで?ここに呼んだのは何か理由があるのか?」
ここに呼ばれた理由を俺は知らない、問題を起こしたとかそういったことは一切ない。しいて言うのであれば千冬に束から渡されたIDのことを話したくらいだろう。
「あぁそうだ、お前の所属するクラスだが、私が担当するクラスになると言うことだけ伝えたくてな」
「そうか、ちなみに一人目はどのクラスに所属するんだ?」
この学園には一学年につき、四クラス存在している。千冬が担当しているクラスはどうやら一組らしい。
「私のクラスだ」
「まぁそれが妥当なのかもな……」
男性搭乗者を二クラスに分けて監視するよりも、一クラスにまとめて監視した方が効率が良いと判断されたのであろう。
「私のクラスは問題児を押し付けられているだけなのだがな」
「俺もその問題児に含まれてるのか?」
「勿論そうだとも、世界でISを動かせるのは
「あいつと一緒の扱いはやめて欲しいんだけどな……」
正直言って気は乗らないが、決まってしまったことなのであれば仕方がない。
「仕方あるまい、私はこの学園の教師なのだ。生徒一人一人対等に扱う、私事で扱うことなんぞ出来んのさ」
「分かったよ、それでもう一つ聞きたいことがあるんだが」
ここに来てから一番に聞いておきたかったことが一つだけある。
「何だ?この学園についてなら参考書に書いておいたはずだが……」
「いや、この学園って寮生活だろ?なら俺の部屋はどこになるのかなって思ってな」
そう寮である。この学園には学生寮というものがあるのだが、女子と相部屋というわけにも行かないだろう。もしそうなのであれば俺はダンボールハウスで寝ることもやぶさかではない。
「そのことなら問題ない、既に決まっている」
それは実にありがたい、あの視線に耐え切った後すぐにシャワーを浴びて寝たいからな!もんだいは何処の部屋なのか。
「おぉ!で何処なんd「私の部屋だ」……はい?」
今なんて言った?聞き間違えでなければ千冬はいま「自分の部屋」だといったな……聞き間違いであってくれ。
「私の部屋だ、聞こえなかったか?」
聞き間違えではありませんでした、千冬の部屋でした……何故?何故そうなってしまったのだ?
「いや、聞こえたけど何で千冬の部屋なんだ?」
「………」
返答がない、もしや時間が無くて決めることが出来なかったのか?それなら仕方の無いことだが・・・・・・
「あぁ……すまない」
「最初からそう言ってくれ、てっきり部屋の掃除が出来ないからやらせようとしたのかと―――」
次の瞬間、左頬を何かが掠めていった……視線を移すとそこには鬼のような表情を浮かべる千冬の姿があった。頬を掠めたのは千冬の拳である、すぐこうやって黙らせようとするんだから仕方がない。
「あぁ?」
「いや、なんでもないよ!うん!!!」
二度とこの事は話さないようにしようと俺は心に強く願ったのであった。
「そうかならそれで良い、もうすぐ時間だ教室へ向かうとしよう」
「了解」
「それからこの学園内では私のことを「織斑先生」と呼べ、わかったな?」
「了解だよ、織斑先生」
さて、教室の前に着いたわけだが……なんか騒がしいな、少し覗いて見るか。
「織斑君?自己紹介してもらえるかな?駄目かな?」
「いえ!大丈夫です!」
「ありがとう、それじゃあ自己紹介お願いしますね」
自己紹介の途中だったのか、さてと少しは成長したのか見せてもらおうか……
「えっと、織斑一夏です………………以上です!!!」
いやいや全然成長してねぇな!何でそんなことしかいえないんだよ!もっと他にあるだろ、例えば趣味とか得意な事とか……あれ?俺も人のこと言えない感じか?
「うわぁ……」
「あの馬鹿者が……」
実姉も引いてるじゃねえか、どうして優秀な姉が居ると弟はポンコツってジンクスがあるんだろうな?理論とかでもあるらしいけど。千冬は「少し待っていろ」とだけ伝えて教室へと入っていった、一応自己紹介考えておくか。同じ轍を踏みたくないからな。うーんどうしようか?ここはやはり年上としての立場を―――
「満足に自己紹介もできないのかお前は?」
「げぇっ!千冬ねぇ!」
「織斑先生だ馬鹿者が」
早速千冬とあの馬鹿が姉弟だってことがクラス内に広まったな……さてさて千冬が教師をしてる姿を拝みますか。
「遅れすまないな山田君―――私がこのクラスの担任を務める織斑千冬だ。お前たち若干15歳の小娘をこの一年で使い物になるようにするのが私の仕事だ」
「「「「「「「「「キャアアアアアアァァァアァアァ!!!!!」」」」」」」」」
おうぁぁぁ!鼓膜がやられる!千冬ってこんなに人気なのかよ、知らなかったなぁ~次回から耳栓持ってくるとしよう。
「あの~教室前で何してるんですか?」
突然背後から話しかけられる、振り返るとそこには扇子を手にしている少女が立っていた。いつ居たのかわからないが怪しい人ではなさそうだ。
「あぁ、なんか入るタイミングがあるらしく。今待機しているところです……」
怪しいものでなければ事情を話すことに躊躇いは無いだろう、それにしても彼女はいったい何をしているのだろうか?少し考えたように仕草を取ったあと、はっとした表情でこちらに視線を合わせる。
「もしかして二人目の黒神千春さんですか?」
「えぇ、そういうあなたは一体?」
「失礼いたしました、私の名前は
「これはご丁寧にどうも。この学園に席を置くことになりました黒神千春と申します、これからよろしくお願いいたします」
このIS学園の生徒会長さんだった、話を聞くに新一年生の様子を見に来たらしい。生徒会長さんはそんな事までするんだな。
「慣れない環境下での生活になりますが、楽しんでくださいね」
「えぇ、ありがとうございます。困ったことがあれば相談に乗らせていただきますね」
更識さんと会話を終えた辺りで、騒がしいのが終わったらしい。結構短い時間で収まったんだな。
「さてと、
俺の番か、歳上としての威厳を見せておくとするか……だがこの視線だけは慣れないだろうな、きついものはきつい。
「緊急でこの学園に入学することになった黒神千春だ。黒神、自己紹介を頼む」
生徒の前では千春とは呼ばないんだな、気にしないけど。
「織斑先生からご紹介に与りました、黒神千春と言います。入学の一週間前にIS適性があることが判明した為この学園に身を置くこととなりました。倉持技研においてISの設計・開発を行っていました。皆さんとはかなり歳が離れていますが、仲良く出来たらと思います」
よし、このくらいでいいだろう。え?趣味とか特技は言わないのかって?気にしたら負けだよ。と言うか長々話する必要はないだろう?
「よし、黒神の席は一番後ろだ。ではここでHRを終わりとする、少し早いだろうが今のうちに授業の準備をしておけ。いいな?」
さてと、今のうちに準備しておきますかね。クラスメイトとの会話?いやいやいきなりそんな事は出来ないだろ、誰も話しかけてこないからな。今の教室は全てデジタル化してあるんだな、便利なこった。
「あの、ちょっとよろしいでしょうか?」
そんな事考えていたら早速話しかけられましたね、どちら様ですかね?そう思いながら声をかけてきた少女に視線を移す、うーん?どこかで見たことあるような?あの子かな?
「はい、どうかなされましたか?セシリア・オルコットさん」
確証があるというわけではないが、彼女を見た瞬間に何処か面影があることからセシリア・オルコットという名を言ってみた。彼女は驚いた表情を浮かべたが、すぐにやわらかい笑みへと表情を変えた。そして嬉しそうに―――
「まぁ!憶えていてくださったのですね!お久しぶりですわ、黒神千春様」
と言葉を返してくれた。セシリア・オルコット、イギリスの名門貴族の出自である。過去に一度イギリスに渡った際に出会ったことがある程度だが、色々とあったため記憶に残りやすかった。
「憶えていてくれたんだね、嬉しいよ」
「えぇ、私も黒神様に憶えていただけて光栄ですわ」
「千春でいいよ、様ってのもいらないからね」
正直~様と呼ばれるのは好きではない、なんか体がむずむずする。
「ありがとうございます、しかし目上ですのでせめて「黒神さん」とお呼びになられてもよろしいでしょうか?」
「それでも全然いいよ、それじゃあこれからよろしくねセシリアさん」
「私のことはセシリアで大丈夫ですわ、よろしくお願いいたします黒神さん」
二人は笑顔で手と手を取り合っていた、そんな中男子生徒がこちらをチラチラと見ているが無視する。何かしてほしいのならばまずはコンタクトを取ることが大切だからな。
「元気に育ってくれているみたいで安心した、親御さんは元気か?」
「いえ、数年前に列車の事故により……」
「そうか、辛い過去を思い出させて申し訳ない」
「いえ、大丈夫ですわ……」
「あれ以来は普通の家族として時間を過ごせたか?」
過去に一度俺はセシリアの家族と会っている、一週間という短い時間ではあるものの充実したイギリス旅行を過ごすことが出来た。
「えぇ、とても有意義な時間を過ごせたと思いますわ」
「そうか、それは良かったよ。この学園に来たってことはかなりの勉学を重ねてきたんだな」
「それが唯一両親の遺産を守る手段でしたから……そのお陰もあって今ではイギリスの代表候補生に」
代表候補生、それはIS操縦者の中でも優れた人物だけがなれるものである。その更に上には代表操縦者というものがある、これは候補生の中でも優れている人物がなることができる最頂点のものである。簡単に言えば一般がノーマル・候補生がエリート・代表操縦者がプロという形になるだろう。
「おぉ!凄いじゃないか、代表候補生になるだけでもとてつもない努力が必要になるのに。ともあれこれからよろしくセシリア」
「はい!よろしくお願いいたしますわ、黒神さん」
親しげに話している二人の姿を見て、周囲の女子生徒はほんわかとした気持ちになるものも居れば、先に接触しておけばよかったと落胆するものもいた。そんな中とある生徒が二人に近づいてきた。
「なぁ、ちょっと良いか?」
「あぁ、良いですよ。織斑一夏君」
男性搭乗者一人目であり千冬の弟である織斑一夏がそこに立っていた。
さて少しだけセシリアと千春の過去に触れましたが……そこまで深く考えていないのでこの設定は無くなるかもしれませんね。(追記 無くなることはありませんでした。)
本来の主人公である織斑一夏とであった千春、どうやら顔見知りの様子。
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最強の弟
織斑と黒神の関係を少々変更しました、また一夏アンチのタグを消去しアンチは念の為にしておきました。
「それで何か御用ですか?織斑一夏君」
「憶えてくれてたんだな、あんたもIS動かしたんだろ?折角なんだし、仲良くしようぜ!」
「えぇ、構わないですよ」
「二人しか居ない男同士仲良くしておこうぜ、千春!」
相変わらず年上に対してもこの口調なのか……一度それで不良にボコボコにされたって言うのに。
「はぁ……そう言うところは変わらないな、今はこのままで良いが学園の先輩に対しては最低限の礼儀は持つようにしておけ?」
「わかってるよ、それじゃあよろしくな!」
やっぱり昔から何も変わっていないな……そう思っていると一人の少女が近くへとやってきた。
「すまない。
どうやら織斑を目的にやってきたらしい。やっと勇気を振り絞って話しかけてきた女子生徒が現れたんだな、そう思い話しかけてきた少女の顔を見る。また懐かしい顔が拝めたものだな。
「構いませんよ、どうぞどうぞ
「私のことを知っているのか」
「えぇ、あなたのお姉さんに良く話を聞かされていましたからね。それに昔あったこともあるんですよ?」
篠ノ之箒、天災である篠ノ之束の実の妹であり日本の代表候補生でもある。中学三年生の時、剣道の全国試合にて優勝を果たし新聞の表紙を飾るほどの実力者であったが、束がISを開発したことで姉妹の仲が悪くなっていることも知っている。織斑に恋していることは何故か前日の夜に電話が掛かってきた為知っている。というか言われなくとも幼い頃の二人を知っている為聞かなくともわかる。
「すみません、昔のことはあまり……」
束のせいかな?思い出したくない記憶もあるようだ。それは仕方がない。
「織斑君に用があるんでしょ?それだったら早いところ進ませた方が良いよ、時間も限られていることだからね」
「はい、それでは失礼します。一夏行くぞ」
「あぁ……」
姉同士の仲が良いから弟妹も仲がいいんだな、面影が見えるから面白いな。
「さてと、授業の準備をするかな」
「黒神さん、さっきの方とは何かご関係が?」
少し話すとしたら第二回モンド・グロッソ決勝戦当日で織斑が誘拐されたことがあったが、千冬は決勝に専念して俺は織斑の救出を開始したのは良かった。誘拐犯を始末――牢獄にぶち込んだところで織斑にはこう言われた、「何で千冬姉じゃないんだよ!」って言われたんだ。何でだろうな?姉の方が良かったのかな?内心キレそうだったがなんとか救出することに成功したし良しとしよう。
「まぁ色々と長い付き合いだったからね、また何時か話すよ」
「分かりましたわ、それでは私はここら辺で」
「あぁ、また次の時間でな」
授業の準備も途中だし急ぐか、色々と用意しなくてはいけないみたいだしな。
さて山田先生による授業が始まった、正直言ってかなり分かりやすい。参考書よりも詳しく説明がされているのでこの授業を受けてもISがわからないなどと言う生徒はいないだろう。冷や汗を流しながら教科書を眺めているあいつ以外は。
「―――ということで、ISの基本的運用は現時点では国家の認証が必要であり、枠内を外れたISの運用をした場合は刑法によって罰せられます」
一通りISについての条約などが語られたところで一区切りがついた、今のところは俺の知っている情報と何一つ変わっていない。正直一安心だ。これで違ったら頭の中にあった常識がぶっ壊れるところだった。
「織斑くん、黒神さん、ここまでわからないことは何かありますか?」
授業についていけていないと感じ取ったのか、山田先生が俺と織斑に確認を取って来る。
「前職がISに関するものでしたので、今のところは問題ありません。確認したいことがあれば質問させていただきます」
「わかりました、織斑くんはどうですか?何か分からないことなどありますか?」
なんか織斑冷や汗かいてるけど、どうした?まさかわからないとか言わないよな?こんなにもわかりやすいのに?こんなにもわかりやすいのに!?(大事なことなので二度言いました)
「あ~先生」
「はい!なんでしょう。」
「ほとんど全部わかりません!」
えぇ……?こんなに分かりやすい説明は今まで聞いたことが無かったのに、本当にわからないのか?ほら全部わからないとか言うから山田先生涙目になってるじゃないか!嘘ですとか言っておけ!そうすれば丸く収まるから!
「千春も本当はわからないんだろ?ハッキリ言っとけって」
「いや……普通に分かる。企業に勤めていたからこれくらいは基本中の基本だったぞ?」
「嘘だろ……」
「織斑、入学前に渡した参考書に目を通したか?」
「えっと……電話帳と間違えて捨てました」
あぁだから織斑は授業の内容を理解できなかったのか。いや表紙にIS学園とかいてあるんだけどな?それに最近は電話帳すら見なくなったぞ。全てデータベースに保存されているからな。
「今から再発行してやる、一週間以内に覚えろ。いいな?」
「いや、あの厚みを一週間は無理d「いいな?」……はい」
「それで良い、では授業を続ける」
授業が再開されるが当然織斑が理解できたことは一つもなかった。俺のほうは一部情報が変わっていた程度だ、余裕で授業にはついていける。
「なんだよこれ、全然理解できない……」
授業が終わり少しの休憩時間となった。織斑は千冬から受け取った参考書に目を通してはいるものの、まるで理解できない様子であった。このままではカーストに墜ちていくかもしれないと感じた俺は、頭を抱える織斑へと近づいていった。
「織斑一夏君、何かわからないことはあるかい?」
「全部わからない!何なんだよアラスカ条約って!」
「いや、それはわかっていないとかなりの問題になるね。アラスカ条約というのは正式にはIS運用協定という、基本的にはISの取引とかを規制したり技術を共有するって事だよ。わかったかな?」
「全然わからねぇ……」
端を折って説明しているせいでもあるのだろうが、織斑がここまで理解できないとは思わなかった。
「それじゃあ仕方ない、織斑先生に泣きついてでも教えてもらうしかないね。それじゃあまた後で」
織斑の場所を後にしてIDの細かいシステムを構築しておかなくてはいけないな。未だに初期設定で動かしている状態だ、早いところ自分にあったものにしておかなくては使えるものも使えない。
元の席に戻ると再びセシリアが出向いてくれた。
「黒神さんは前職でISに関するものに就いていたと言っておりましたが、何をなされてたんですか?」
「自己紹介でも言ったけどISのシステムや武装などの開発を行う日本のIS企業に就いていたんだ、だから一通りのことは把握済みだ」
自己紹介でも説明したんだけどね?
「そういうことでしたの、ということはメカニックとしての腕がかなりおありなのですね」
「いや、そうでもない。実際中の下くらいだったからね……頑張って働こうと思ってたらこんなことになってしまったけどな」
実際倉持技研で働いたのは二年程度でしかない、なのでそこまでの実力があるかといわれるとそうでもない、ルーキーと呼ばれる立ち居地だろう。
「そうでしたわね、ちなみに入試はお受けになられまして?」
「あぁ、一応受けたほうがいいと言われてね。結果的に負けたけど」
「そうなのですか?お相手はどなただったのでしょうか、私のお相手は山田先生でしたけれど……」
「織斑先生だったよ、三十分粘って負けた」
最後の最後に本気出しやがって……初心者相手に瞬間加速はえげつないって。システムを理解していても、それに対応できるとは限らないんだからな?そんな事を話していると、授業開始を告げるチャイムが鳴り響いた。
「次の授業の時間だな。早く席に戻った方がいいぞ、でなければ出席簿を喰らう羽目になるからな」
「えぇ、それではまた後ほど」
この後、とんでもない事に巻き込まれることも知らずに俺は授業の準備とIDのシステム構築に取り掛かった。
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クラス代表決定戦?俺には関係ないでしょ……へ?
クラス代表者なんて嫌だよ
まぁ後々ぶっ飛ばして一夏強化しますけど(未定)
「さて授業を始める。この時間では実践で使用するISや各種装備の特徴を説明する、予定であったが再来週に行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めなくてはならない。クラス代表者とはそのままの意味だ、簡単に言ってしまえばクラス長だ。誰かやりたいやつはいるか?自薦他薦は問わん」
クラス代表なんてめんどくさいことやりたいやついないだろ、となると推薦になるが……
「はいっ!織斑君を推薦します!」
「私もそれがいいと思います!」
「私は黒神さんを推薦したいです!」
まぁこうなるよね、物珍しさで男を推薦するのは良いが後のことは考えてないんだろうな。ふとセシリアの方を見て見ると顔を真っ赤に染めている、何かに怒りを表しているようだな……クラス代表候補に名前が挙がらないからか?もしそうなら最初から自薦すれば良いものを、仕方ないここでセシリアがなにか不味いことを喋らないうちに推薦しておくか。
「じゃあ私はセシリア・オルコットを推薦させていただきます」
「ほぅ?男だけが推薦される中何故オルコットを選んだ、言ってみろ」
「理由としましてはやはり代表候補生であるという点です、代表候補生というのはただならぬ努力を必要とします。このセシリアさんは努力なされて候補生へとなった方だ、そんな彼女と私たち男性……どちらがクラス長を務めるのに相応しいかは火を見るよりも明らかだと思われますが?」
実際は違う、セシリアから何か良からぬ雰囲気を感じたため推薦したのだ。しかし千春の意見に反発するものがいた。
「何だよその言い方!それじゃあまるで男が弱いみたいじゃないか!」
織斑一夏である、どうやらこいつは最近の世間を知らなすぎるようだ。
「弱いみたいではなく、実際に弱い。ISというものが造りだされてから男性は権力を失い始めたのですから、ISは従来の兵器を凌駕する性能を持っているが男性には使えない。だから私たちのような男性は異例なんですよ。そこのところ理解できますか?」
ただしISが無ければ男女の力は一部を除いて平等に等しいんだけどな。
「だけど、何であいつなんだよ?」
「あいつなんて人はいません、セシリアさんのことでしたら先ほど説明しましたよね?聞いていなかったのですか?」
「聞いてたよ!代表候補生なんだろ?それが何だよ」
「代表候補生というのは―――」
「代表候補生というのは即ち、国家を代表するIS操縦者の候補生ということですわ」
我慢できなかったのか、セシリア自ら説明を始めた。俺よりも説明に関してはセシリアの方が上だろう、候補生を背負っているだけはある。
「要はエリートということです、そして代表者はベテランになりますね」
「へぇ~凄いんだな」
感心しているように見えるが、明日には一切覚えていないのだろう。
「さて他に自薦他薦するやつはいないか?居なければ織斑・黒神・オルコットの三名になるが……異論は無いようだな」
誰も言わないからこれで決定のようだな、後は戦う順番だな。あと織斑に対するハンデか、あとISのセッティングくらいか?
「私は優しいですからハンデをつけてもよろしいですわよ?」
初心者にハンデを与えてくれるのは正直ありがたい、だがハンデを貰うのは好きではない。あとIDの経験にもならない、やるのであれば全力を望む。
「はぁ?ハンデは男がつけるものだろ?力の差がありすぎる」
「織斑、これは単純な殴り合いではないんだぞ?」
「織斑君、それ本気で思ってるの?」
「男が女より強かった時代はもう過ぎてるよ?」
クラスの女子から言われている言葉の意味がわかっていないのだろう、織斑は何度も首を傾げていた。しょうがないから説明してやるとするか。
「まだ何を言われているかわからないみたいですね?簡単に例を出すとしたら、男が女に挑むということは素手で戦車と戦っているようなものだといわれているんです。理解出来ましたか?」
顔を真っ青にしたということは理解できたようだな、実際素手で戦車に挑むのは無理だからな……こっそり近づいてハッチ空ければ乗っ取り位は出来そうだけどな。あとは落とし穴とかな。
「まぁ知識や技能があれば差を埋める事は出来ます、だからしっかりと勉強しておいたほうが良いですよ」
技量も大事だが知能も勝利へと繋がっていく、大きな力を持っていたとしても作戦次第では敗北者へと落ちていくのだ。
「もういいか?三人は一週間後に第三アリーナにて試合を行ってもらう。三人はしっかりと準備して置くように、特に織斑は恥をかきたくないのならしっかりと予習をしておけ。わかったな?」
「織斑先生、ISはどうするんでしょうか?私は専用機を持っていますが千春さんは訓練用のISで試合をすることになるのでしょうか?」
俺よりもこいつの心配してやってくれよ……織斑も一応参加するんだからな。
「あぁ、その点は問題ない。黒神は専用機持ちだからな、それに織斑にも専用機が渡る予定だ」
専用機が与えられることに驚きを隠せないのか、教室中が騒ぎ始める。実際驚きはするよな、467個しかないISのコアの1つを与えられるってことだからな。それにしても織斑に専用機が渡されるのか~どんな機体だろな?
「専用機持ち!?一年のこの時期にですか!?」
「つまり政府からの支援が出てるって事よね?いいなぁ~」
「でも絶対データ収集目的よね」
「男性搭乗者なんて珍しいしね」
やっぱりうらやましいんだな、俺のはISではないが専用機には変わりないだろう。クソみたいな性能を持っているけどな!絶対防御が無いという最大のデメリットがあの機体には搭載されている、殺す気なのかな?
「専用機?」
あぁ何もわかって居ない奴がひとりだけ居たわ……
「織斑君、ISにはコアの数が限られていることは知っているか?」
「あぁ、確か467個だったけ?」
「そう、そのコアを君に1つ渡すって。良かったね」
「それはラッキーだな」
まぁあくまで目的はデータ収集だろうな、IDを押し付けてきた束だってそうなんだからな。
「この話はここまででいいだろう、では授業を始める」
この後は何事も無く授業が終わり、寮へと向かっていた。何事も無くと言っても、織斑が無自覚に女子と一緒にお風呂に入ろうとしていたこと以外はだが。思春期な男子だもんね、仕方が無いね。だがそのことで俺を巻き込んだのだけは許さん。
「はぁ……何で俺がクラス代表者にならんといけないんだよ、あんなのセシリアに任せれば十分だろ。物珍しさで男だけを推薦しやがって」
「そう怒るな、そんな事言っても確定事項は取り消せん。あきらめて一週間後の試合を待つんだな」
「そうするか、セッティングとかも変えておかなくてはいけないしな」
IDの初期設定以外の設定全て押し付けられたからな、マジで許さん。あいつは俺のことを実験動物だとでも思ってるんじゃあないか?
「着いたぞ、ここが私の部屋であり今から千春が住む部屋でもある」
目の前には一つの扉がある、周囲には人の気配が無い。生徒の部屋から少し離れているからだろうな。
「そうか、なら早くドアを開けてくれ」
「・・・・・・」
何故黙っている?何も問題ないと朝方言っていたはずだが……
「千冬?」
「いや、その……」
あぁこれは何もしてないんだろうな、とりあえず―――
「あけろ」
俺は鋭い目で千冬を睨みつける、これには彼女も戸惑いを隠せないだろう。
「はい……」
彼女はゆっくりと扉を開けていく。秘密の扉を開けさせることに成功した、その先に広がっていた光景は悲惨なものであった。
「これは酷いな、どうしてここまで散らかすことが出来るのか不思議に思うくらいだ」
散らかっている衣服、飲みっぱなしになっているビール缶、床に転がっているおつまみの袋たち。これの何処が大丈夫なんですかね?
「すっすまない!これでも整理整頓していたんだ!」
「端に寄せるのは整頓じゃねえよ!下着まで散らかってるし……」
そう言って床に転がっている黒のホルターネック式のブラジャーと黒のTバック、黒のガーターベルトを拾い上げる、全部黒色だな……しかしこんなの着てるんだな。
「下着は見るなぁ!」
「じゃあ脱いだらそのままにするなぁ!」
「はい……」
「とりあえずゴミ捨てるところからだな、これは時間掛かるぞ」
服に関しては洗濯機にぶち込まないと。あと掃除機もかけて……やることいっぱいだな。
「終わったら束と一緒にお話ししような?」
「無慈悲だ……」
無慈悲だ何だ言ってるけど千冬の行いでこうなってるんだからな……
次回はIDに関する設定を書くと同時に話を進めていきたいですね。
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インフィニット・ドライブ
部屋の片付け、掃除が終わったところで一息ついた、かなりの時間が掛かったがなんとか清潔感の感じられる部屋へと戻ったはずだ。洗濯カゴに大量の衣類がある以外は。
「何で初日にこんなに疲れなくちゃ行けないんだ……」
「すまない!説教だけは勘弁してくれ!」
「無理、ということで束と通話するぞ」
IDを携帯型にしたことで普通に日常品として使えるため非常に便利だ。この機能だけは正直ありがたい。
「もしもし~どうしたのくろちー?」
端末から束のアドレスを選択すると、瞬時に回線が繋がる。これ便利だな本当に!
「IDについて聞きたいことがあってな、まぁその前に千冬について何だが……」
「ちーちゃんがどうかしたの?」
「実はさ――「言うなぁ!!!」……部屋の片づけが全く出来てなくてゴミ屋敷化してたんだが、束はそんな事無いよな?」
千冬が止めようとするがそんな事お構いなしに話を続ける、幼馴染の悪いところはしっかりと直しておかないとな。まさかと思い束にも確認を取ってみた。
「そっそんな事無いよ?私は整理整頓は出来てるよ?それでどのくらい酷かったの?」
不安だ、正直言って束もそこまで整理整頓できるかといわれれば出来ないタイプだ。
「千冬の部屋の写真送るから少し待っててくれ。あと束、お前の部屋の写真も送れ。誤魔化しても無駄だからな?」
端末越しに「ぐぬぬっ」と声が聞こえてくるが慈悲は無い。端末で撮っていた数枚の写真をデータ化して送りつける。背後で全てに絶望したかのような表情を浮かべている千冬が座り込んでいるが気にしない。束からも写真が送られてくるが、様々な部品が散らかっていたり菓子類のゴミが散らばっていたりした。
「うわぁ……これは酷いね、しっかりとお説教しておかないとね?ち~ちゃん?」
この端末にはビデオモードがあり顔を合わせて話すことが出来る機能が搭載されている。え?いまさらだって、意外と便利な機能なんだぞ?まぁそのお陰で千冬は意気消沈してベッドで泣いてるよ。
「束、お前も説教だがな」
二人して整理整頓できないなんてどういうことだ!?まともなのは俺だけか!?
「さてと、お説教はここまでにしておいてIDについて話そうか」
二人分の説教が終わった後、気力で保っている状態の束からIDについての解説が始まった。
「あぁ、まずこのIDについて簡単に頼む」
未だにわかっていないところがある機体を使うのは嫌だからな。
「ID通称「インフィニット・ドライブ」はISよりも少し遅い時期に造った機体だよ、ISのシステムを一部共有しているからIDはISの姉妹機ともいえる存在だよ」
「ほぅ、ならばこの機体の開発コンセプトはなんだったんだ?ISは宇宙空間活動用のマルチフォーム・スーツだろ?」
「IDの開発コンセプトも同じだよ、宇宙空間活動用マルチフォーム・スーツ。IDを造った経緯とすればISが当初の目的ではなく、飛行パワード・スーツとして軍用転用されてしまったからね」
ISよりも装甲が小さく箇所が少ないものが、宇宙空間で使用できるのか不明だが……天災が言うのであればそうなのだろう。
「そしてIDはISのコアを使っていないため誰でも搭乗することが出来ると?」
「予定ではそうだったんだけどコアのシステムの一部をつかってる影響なのか、その機体も女性にしか扱えなくなったんだよね」
ISコアの欠点を引き継いでしまったのか、それでも新型のコアを作り出せるとはな……いやこいつも女性にしかつかえないのに、何で俺に反応したんだ?
「それでシステムの一部を使って新しいコアで造った機体がIDってことか」
「そう、その名も「IDシステム」、従来のISと同等くらいのスペックをたたき出せたからね」
コアではなくシステムという名称に変化しているらしい、ISと区別をつけるためか。擬似ISの立ち居地にいるのかもしれないな。
「つまりIDはISのシステムを一部使い、本来の目的である宇宙空間活動マルチフォーム・スーツを達成する為に造ったものだということだな?」
「そういうことだよ、ただ今あるIDはくろちーが持っている機体しかないからね。システムとかに異状とかが発生したらすぐに脱着してね、最悪爆発するから」
試作機ということは分かるが最悪爆発するって何だ!そんなに急ピッチで仕上げたものではないだろ?前段階から不安定であったとは聞いていたがここまでだったとは……
「まぁいい、それでこいつに搭載されているIDシステムには問題があったらしいが、何があったんだ?」
「二つあってね、1つはISと同じで女性にしか扱えなかったんだけどくろちーが動かしたからいいや。二つ目はIDシステムの中にとあるデータを入れたからなんだ」
「ほぅ、そのデータとは?」
「ちーちゃんが乗っていたIS、
暮桜、千冬が第一回、第二回モンド・グロッソにおいて使用したISである、武装は雪片のみとなっており、単一仕様能力ではISの機動力を上げ自身のシールドエネルギーを犠牲とし、相手のシールドバリアを無効化し直接ダメージを与えることの出来る代物だ。この能力がなければ千冬もブリュン・ヒルデとなることは無かったかもしれない。かもということは能力を使わなくともそれだけの技量があるということだ。
「お前なんてもの入れてるんだよ!通りで武装内に雪片が入ってるわけだ!それに単一仕様能力が急に発動したから焦ったんだぞ!それに対VTシステムって何だ!そんなものいらないだろ……」
「実際対VTシステムはほとんど役に立たない代物だけど、最近になってこのシステムをISに組み込んだ国がいるから万が一ということにしておいて」
「VTシステムを組み込んだ馬鹿な国が居るのか、どこかはまだ分かっていないのか?」
「探してるけどまだ何処とは言えないかな……」
束でもまだどの国かまではわかっていないようだな、わかり次第教えてもらうことにしよう。教えてもらったらどうするかって?開発した研究所と研究者全員破壊する。
「わかった、万が一の備えとしておく。それで何故零落白夜を入れたんだ?」
「改良型を実験的に入れてみたんだ、一応改良型だから名称も変わって「零落黒月」って言うんだよ」
実験的ということは何か別のISにこいつを組み込んだということか。織斑にも専用機が渡るといっていたがまさかな……
「まぁいいや、それでこの装備の少なさを何とかしておきたいんだが」
正直言ってこいつには装備が少なすぎる、ブレード一本と回転式銃、ワイヤーにナイフが二本。そして雪片改……あれ?結構そろってる?
「後々追加のバックパックを送っておくから大丈夫だよ、今はその武装だけで我慢してね」
「了解、それじゃあ追加装備楽しみにしておくわ」
「それじゃあまたね~」
束との通信を切断し、端末をパソコンに接続させる。さてと、最後にIDのスペックをまとめておくとするか。その前に千冬をどうにかしないとな……
「拗ねてるのか?千冬、もう怒らないから大丈夫だぞ?」
「どうせ私は整理整頓が出来なくてガサツで愛嬌が無い女なんだ……」
マジで落ち込んでるな、しょうがない少しは相手を褒めることも大切なのかもしれないな。
「そんな事は無い……とは言えないが、千冬はクールで女性や男性からも知名度がある。それに美人さんだ(整理整頓できないけど)俺だったら千冬と付き合いたいけどな~(付き合わないと心配なくらいだ)」
そういって千冬の頭を撫でる、昔からこれが1番楽であり効果的だと思い込んでいるが実際のところは違うようだった。嬉しいとかの感情はそこにはなく―――
「頭を撫でるなぁ~!」
恥ずかしいという感情を引き出してしまったため、千冬は頬を紅く染めながら俺の意識を刈り取った……
「しまった!千春しっかりしろ!」
しかし彼の意識は深く深く沈んでいった。
「死んではないからな?」
千春が気絶してしまった為こちらに簡単なスペックを載せておきます。
ID「インフィニット・ドライブ」
型番P-001
黒式
武装
近接ブレード「黒龍」
ハンドガン「カノン」
ワイヤー&ブレード「影縫」二機
試作型雪片改
単一仕様能力
零落黒月
追加バックパック
T.K.R.S
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二週間どうしましょうか?
千冬と千春にはいつかデートに行ってもらいます。覚悟の準備をしておいてください!
内容スカスカです。ほとんど進行してません。それでもよろしければどうぞ!
入学してから二日が経ったが、未だにこの学園では男子生徒は珍しい存在であるため、他のクラスから生徒が覗きに来ることも度々ある。主に目的は織斑一夏だろう、千冬の弟と言うことが学園中に広まったことでより注目を浴びることとなった。
え?昨日の夜はどうだったかって?聞くな……起きたら千冬が隣にいたとか朝から心臓に悪い出来事があったからな、そもそもなんでベッド一つしかないんですかね?普通だったらベッドは二つ用意されているはずなのだが、問いただしたら「そんなものは必要ない」だそうです。なんででしょうね?
今日も今日とてISについて学んだ、主に座学は山田先生が担当し実習は千冬が担当をするかたちになっている。山田先生の理解りやすい解説による座学、千冬によるスパルタ実習。実際バランスの良い教育だと思う、これは一年で使い物にさせる気だよなというかそう言っていたよな。まぁあいつが解説とかしてる姿が想像できないんだけどな。そして現在時刻は夕方の五時となっております。生徒は寮へと戻っていきISに関する自主学習するも良し、部屋にあるシャワー室でさっぱりするのも良し、食堂に行ってわいわい会話しながら食事するのも良し。俺は千冬と共に部屋へと戻ってIDの構築を行っていた。
「それで?お前は二週間どうするんだ?」
「どうするも何もアリーナを借りて練習あるのみだが……?」
アリーナで機体を慣らしておかなければ対等に戦うことすら難しいだろうからな、それにこいつは未知数の可能性や力を持っている。下手な設定を行ってしまえば束の言った様に爆発する可能性もある、冷や汗流しながらこいつを弄らなければいけないのがキツイ。
「アリーナは最低でも三週間分の予約が埋まってるぞ、そうそうに使えるものではない」
「まじか、そうなると徹底的に機体を弄る事くらいしかできないな」
部分的に弄って慣らすことしかできないのか……時間が足りるか?いや絶対足りないよな。こうなってしまっては仕方が無い、確かドイツに行ったときに習った戦術を身につけなおすのもいいかもしれないな。
「何を言う、体力づくりなどあるだろうが。IDはISと違って直接身体を動かさなければいけないのだから、お前の体力が切れたらただの的とかしてしまうぞ?」
千冬の言うとおりIDはISと違い直接身体に装着はするタイプである為脳波などでコントロールすることがほとんどない、簡単に言えば考えるよりも動けということだ。(それでも分からなければ漫画版インフィニット・ストラトスのような小型だと考えてくれたら幸いです)
「まぁ、それもあるな……千冬手伝ってくれるか?ドイツの時と同じように」
少なくともあの時と同じように動ければ、被弾率も少なくなるかもしれない。だがそこまで簡単に戻せるわけも無いだろう、最低限でも実力として戻せるのであれば千冬の助力もいとわない。
「良いだろう、徹底的に追い詰めるから覚悟しろよ?」
「かなり鈍ってるだろうからな、間違っても殺すなよ?」
「私を何だと思ってるんだ?」
「鬼教官」
一年ほどドイツ軍に所属していた時期があったがそのときの千冬は恐ろしかった、軍人に陰で「ゴリラ女」って言われていたことは黙っている。いま言ったらドイツ軍を潰しに行くだろう。ドイツと言えばあいつら元気なのかな~シュヴァルツェ・ハーゼ隊、通称黒ウサギ隊。ドイツの最強部隊で千冬が一年ほど育て上げた部隊になる、色々と個性的豊かな人物が多かったが友好的な時間を過ごせただろう。
「よし、三倍にしてやろう」
「勘弁してくれ」
結局二倍コースになりました。酷いよね、これだから鬼教官なんてドイツで言われてたんだよ。
「それでは明日の朝からはじめるから、配布されたジャージを出しておけよ」
「了解、それじゃあ夕飯食いに行ってくるわ」
「あぁ、クラスメイトと歳が離れてるから絡みづらいと思うが三年間は一緒に居るんだ。少しでも仲を深めておけ」
「出来たら苦労しないっての……」
ただでさえ男性搭乗者って時点で注目されているせいで誰も話しかけようとしてこないからな、セシリアと生徒会長だったかな?その子以外誰も話してないな。さてこの学園の学食についてだが基本的には日替わり定食系がメインになっている。勿論定食のほかにもラーメンやパスタ、サンドイッチなどの食事も提供されている。しかし1番人気はスイーツ系統が全て食べられることである、まぁ女子って甘いのも好きだっていうしね?千冬は例外だけど。
「今回はB定食にしておきますか。その後シャワー浴びて寝るか」
食券機にお金を入れなくてもボタンを押せば出てくるから便利だ。この食堂のご飯代は政府とかから出てるから実質ただ飯だな。
「あの~少し良いですかね?」
席を探していると背後から三人の女子生徒が近づいてきた。
「はい、どうかしましたか?」
「えっと、昨日のHRで自己紹介できなかったなと思って……」
「確かに途中で終わっていましたね」
「はい!なので自己紹介します。一年一組所属、
「
「
この三人は同じ一年一組の生徒さんだったらしい。
鷹月 静寐、ヘアピンをつけているのが特徴。最初に話しかけてきた子でもある、理由がクラスの和を広めることであるからしてかなりの真面目さん。
相川 清香、黒紫色ショートヘアーの子。第一印象として元気そうな子である。
布仏 本音、制服の裾が異常に長い子。凄くのほほんとしている雰囲気を醸し出すことから「のほほんさん」と皆から呼ばれているらしい、他にも仲がよくなった子にはあだ名をつけることがあるらしい。千春は「クロ」というあだ名を頂いた、黒神の黒をとったらしい。
「こちらこそよろしくお願いしますね」
「それででして交流もかねてご一緒に食事しませんか?」
「構いませんよ、席はあそこが良さそうですね」
丁度四人席のテーブルが空いているのを確認し、三人にも許可を得たところで食事を取ることとした。周囲の女子生徒の視線が気になるがあえて気にしないことにした、気にしてたら胃に穴が空くことになるだろう。
「黒神さんは代表決定戦まで何か対策とかするんですか?」
「したいところだけどアリーナは借りるのに間に合わないみたいなので知識とイメージトレーニングくらいですかね、あとは身体を鍛えておくことくらいかな」
千冬が鬼……天使のような人柄でよかった、そうでなければ鍛えることすら難しいだろうからな。アリーナが使えないことが残念だけどな。
少し取るに足らない話をしていると相川さんから千冬に関する話題が出てきた。やはり千冬は注目の的であり目標とされているだけあって話題には出て来やすいらしいな。
「それにしても織斑先生かっこいいよね~私先生のクラスになってよかったな~」
「そういうけど~織斑先生の授業厳しいよ……」
「クロさんも良くついていけるよね~」
「まぁ大体は知っていたので、ついて行けましたけど……これから先はどうなることやら」
「そういえば黒神さんは織斑先生と話している事が結構ありますけど、織斑先生と黒神さんて何かご縁があったんですか?」
いきなりぶっこんで来たなこの子達は……まぁここではぐらかしてもいずれはばれてしまう事だし素直に話しておくとするか。
「まぁそうですね、一応幼馴染でしたからね」
ん?何をそんなに驚いているような表情をしているんだ?そこまで不思議なことを言っている気はしないんだが。
「「「幼馴染ぃ~~~!!!???」」」
三人が驚きでを大声を出す、そんなに驚きなんですかね?誰にでも幼馴染くらいいると思いますけど?三人が大声で言ったことでよりいっそ周囲の視線がきつくなる。特に千冬に対して敬意の念を抱く生徒からの視線はよりいっそう大きく感じる、その中には嫉妬や殺意を出しているものが居たりする。
「そうですけど………そんなに驚きですか?」
「それは驚きますよ!だってあのブリュンヒルデですよ!?うらやましいな~」
「そんなにか?こちらとしてはそこまで良くはないんだけどね……」
「どうしてですか?」
どうしてって、ガサツだし脱いだものはそのままだし……料理しないから食事に偏りがあるし、毎日ビール飲んでるし―――支えないと本当に自壊していきそうで怖いんだよ。
「まぁ色々あるんですよ、一緒にいると分かることが沢山あったからね」
「そうなんですか?それでも羨ましいですよ」
まぁ一応有名人だもんな、そりゃあ羨ましいだろうけど毎日のように会っていた自分からして見れば普通のことなんだよな。
「さて、私はこの辺で失礼しますね。また明日」
彼女たちよりも速めに食事を終えてしまったので、ここは先に失礼させてもらうとしよう。IDのこともあるし……爆弾は早めに処理しておきたいからな。
「はい、また明日~」
「おやすみ~クロさん~」
良い子達だ、あの子達には立派な女性に成長して欲しいな。女尊男卑などに染まらずに、そして―――
「帰ったぞ……」
ガサツではなくしっかりと整理整頓が出来て、部屋がきれいで、ビールなんか飲まずに健康的な生活を送って欲しいな。こんなお酒を飲んでベロベロに酔っ払っている千冬みたいにならずにね。
「お酒の缶はちゃんと捨てろ!服は脱いだらそのままにするな!」
相変わらず服は脱いだまま床に置かれている、そして当の本人は下着姿でビール缶を手にくつろいでいる。本当に直す気があるのか疑問すら感じる。
「すまない、つい癖で―――」
「癖でじゃない!全く、それだと婚期逃すぞ!」
まぁ千冬の場合婚期とか関係ないと思うんだよな、家事と整理整頓が出来ればね。最悪の場合は―――
「気にしていることを真正面から言われるとかなり心にくるからやめてくれ」
「じゃあせめてその癖は直そうな?でないと本当に駄目になるぞ」
「最悪、お前が嫁にもらってくれるんだろ?」
なんでそう簡単に言えるんだろうな?普通はこんなこと簡単に口に出せないと思うのは俺だけなのだろうか、告白とかした事無いからわからねーけど。
「―――さぁ?どうだろうね?」
「何故少し黙った?おい!何で黙った!」
凄い剣幕で聞いてくるが俺はそれに応じずに深い眠りへと入っていった、千冬から何度も問いかけられるが狸寝入りを決め込んで一切反応しなかった。
その隣で千冬が下着姿のまま寝ていたのを知るのは翌日の朝であった。
千冬には速いところ整理整頓できるようになってもろて……まぁ千春と居れば良いだけなんですけどね!
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鬼教官、地獄のトレーニング
三日目。今日から千冬とのトレーニングが始まる……がその前にやっておかなければならないことがある、それは何かというと―――
「何でまた下着で寝てるんだよ、そこまで気を許してるのか?それとも単純に学習能力がないのか?」
下着姿で寝ている織斑千冬の目を覚まさせ、説教を喰らわせるということだ。本当にコイツは直す気があるのだろうか?本当に俺が千冬と籍を入れることになりそうだ……
「起きろ!もう朝だぞ、この痴女が!」
「誰が痴女だぁ!!!」
「おまえじゃあぁぁ!!!」
1つのベッドに男女二人って良く聞くけど、女のほうが脱いでて男の方が真面目なのってあまり聞いた事無いよね(偏見かもしれない)。千冬に説教を喰らわした俺はIS学園の指定ジャージに着替える。ジャージが配布されているのはありがたい、デザインとしては白と黒を基本としていて腕と脚に沿って赤いラインが入っている。千冬のジャージは白を基本としており一部に黒いラインが入っている。指定ジャージとか言う割にはデザイン結構あるんだな。
「全く……さっさと着替えて軽くランニングしに行くか」
着替えを終え部屋を後にしグラウンドへと移動する、早朝ということもあるが部活動をし始めている生徒が数名見られる程度だ。この学園では部活動も盛んに行われているためIS以外でも活躍の場がある、だがほとんどの生徒はISの道を歩んでいく。操縦者でなくても整備士などで活躍が出来るが、基本的には男性が整備士を勤めることが多い。力仕事や面倒ごとは男性が行うというのが今の社会の現状だ。
「最初はグラウンドを十周するぞ。それから腕立て伏せ100回、上体起こし100回、スクワット100回、そして最後に私と組み手をしてもらう」
軽くストレッチを行いつつも話を進めていく、ジャージ姿の千冬に目を移してみるときれいな身体のラインがジャージへと浮き出ている。いやらしい目で見ていたのがバレたのか少し睨まれた。悪かったってば。
「了解、グラウンド十周か……この学園のグラウンドって一周何kmだ?」
「大体だが一周25kmだな」
話を進めながらもグラウンドを周回し始める、はじめは軽くウォーキングをしつつも少しずつ走る速度を上げていく。
「250kmか……それは流石に厳しいな。五周にしてくれ。それで組み手の内容はどうする?回避型か?それとも攻めなどの戦術を練る感じか?」
実際千冬との組み手はかなりいいものである。どうすれば相手に有効打を与えられるのか、どう立ち回れば良いかなどを検証できる。相手は世界最強、こちらの考えが手に取るかのように戦術を仕掛けてくる。組み手の相手としては良いが敵には回したくない相手である。
「そうだな……時間によるな、汗かいたまま授業に出るのは嫌だろう?ならシャワーを浴びる時間も必要だからな」
「まぁ汗かいたまま授業に出るのは嫌だな。それにしても周囲の視線がきついな、人気者の隣に居ることがここまできついとはね」
千冬自身が毎朝行っていることもあってか見に来る生徒が後を絶たないらしい、本来この時間は部活動を行う時間であるのだがこっそり抜け出して見に来るそうだ。隠れているつもりなのだろうが千冬には全てばれている状態だ、黙っていてくれているだけありがたいのかもしれないな。
「まぁ私の影響もあるが、お前の影響もあるんじゃないか?そこらに居る小娘の話に耳を傾けてみろ」
そう言われたため物陰からこっそりと見ている三人組へと耳を傾けてみる、盗み聞きは得意なんでな。
「隣で走ってる男の人が織斑先生の幼馴染?」
「なかなかかっこいいわね!」
「そう?それにしても織斑先生の隣に居られるなんて……」
「「「うらやましい~~!!!」」」
俺のことも話しているみたいだな、それにしてもかっこいいか~照れるな。昔はそんなこと言われたことも無いからな……何故か隣に居る千冬に睨まれている。どうしてだ?少し走っていると木の影からこちらを睨んでいる四人組みの生徒の姿が見えた、さっきのグループとは空気感が違うな。千冬の表情が一変したのもあのグループが原因か?あそこにも耳を傾けてみるとしよう。
「ふーんあれが千冬様の幼馴染ね~?」
「あんなのが千冬様と隣に居るなんて……理解できないわね」
「あんな男ごときが私たちよりも勝っているとは思えないわ。何かあるのかしらね?」
「幼馴染ということを利用して傍に居るのかもしれないわね?何も出来ないのかもしれないし」
「それよそれ!どうせISを動かせてもそこまで実力がないから千冬様に土下座して頼んだに違いないわ!」
「「「「あははははははは!」」」」
どうやらこの学園も女尊男卑が広まっているようだ、まぁISの実力もそこまでないからあながち間違いではないではないんだよな。それにしても俺と千冬が幼馴染ってこと何処でばれ……そう言えば食堂で幼馴染だってこと話したら大声でばらされたな。それが原因か。
「全く……やはりお前からだったか、私とお前が幼馴染ということはそこまで知られないと思っていたが。本人が話していてはな」
そうそうこう簡単に千冬は人の心を読んでくる、何故か俺と束だけと限定されているのだがな。
「まぁそこまで気にしなくていいだろ、たかが幼馴染なんだから」
すると千冬が背後から殴ってきた、その顔はとても不満そうであった。幼馴染だけでは不満なのか?
「何だよ、怒ってるのか?それとも幼馴染としてもっと意識して欲しかったのか?」
「……うるさい馬鹿者」
そう言って走るペースを上げた、少しずつ差が開いていく……流石に追いつけなくなってきたな、やはりブランクがあった分きついものがあるな。
「はぁはぁ……流石に疲れたな、昔のようには行かないか」
「何をしている、次は腕立て伏せだぞ。ちなみに私が上に乗るからな」
「マジか、ちなみに千冬は何kgだ?」
その言葉を口に出した瞬間、千冬の背後から阿修羅のようなものが浮かび上がった。どうやらとんでもないことを言ってしまったらしい。
「よし、今から重り背負ってくるから待っていろ」
背後に阿修羅がしっかりと見える……風塵雷神も見える見える、あと何故か束が黒い笑みを浮かべているのが見える。なんでだ、束にはなにも言っていないだろうに。
「悪かった、勘弁してくれ」
だがしかし千冬は20kg重りを背負って乗ってきた……二度と体重の話はしないと心に強く誓ったのだった。それから上体起こし100回、スクワット100回を終えた頃時刻は既に8時を過ぎていた。
「最後は私との組み手だ……と言いたいところだが、残念なことに時間間近だ。今日はここまでにしておこう」
「これがあと二週間続くのか……まぁ少しは鍛えられるよな」
嘘です、正直言ってかなり身体にガタが来てます……しんどい。
「ほら、流石にきつかったのだろう?」
そう言って手を差し出してくる、流石にばれてるよな。ここは素直に甘えておくとしますかね。
「それにしてもよく分かるよな、俺の事とか束の事とか……何も言っていないのに」
「当たり前だ、私はお前たちの幼馴染なんだぞ?これくらい分かって当然だ」
当然なのかな……それはよくわからないが千冬が言うのであればそうなのかもしれないな。
「……そっか」
千冬の肩を借りて自室へと戻る。距離が近いから千冬の匂いがする、少し甘いようなそんな感じの匂いだ。ちょっと汗臭いということもあるが、それでも千冬独特の匂いがしっかりと伝わっていた。
「へんなこと考えるな馬鹿者」
「ごめん、なんか意識しちゃってね」
やっぱり心は読まれるよな、無心になるのが一番だな……
「シャワーを浴びたら食堂で飯を食え、軽く食べる程度なら間に合うぞ」
「あぁ、千冬はどうするんだ?シャワーも浴びるんだろ?」
「あぁお前が食事を取っているうちにシャワーを頂くとしよう。食事に関しては問題ない、昼に沢山食べるからな」
「そっか……」
一気に食べると太るぞ?っと思ったが再び地獄を拝みたくない俺は、心を殺してその考えを押しつぶした。
結局朝食に間に合わずに授業に出ることになったよ、シャワーは浴びれたけど部屋に戻る時間が遅すぎた。そういえば部屋に戻るときに穴だらけのドアの部屋があったがあれは何があったんだろうな?織斑と篠ノ之の雰囲気もどういうわけか悪いし……まるで昔の千冬と束を見ているかのようだったよ。
2週間分のトレーニングは過ぎたことにします。
なぜ過ぎたことにするかと言うとそこまで技術がないからです()
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蒼雫と黒式 前
次回はどのくらい時間が開くのでしょうか?
あれから二週間の時が流れた、思い返せば辛いトレーニングであった。しかしその運動もIDを動かす技術に役立つものであるのならばと思い、一切の妥協もせずに取り組んだところだ。さて話は変わるが本日はクラス代表決定戦である。模擬戦でより多く勝利した者の勝利となり、クラス代表の座に就くことが出来る……といっても俺は代表の座に就くつもりは一切無い。決して面倒だというわけではない、まぁこの模擬戦はとことんやらせて貰うつもりではあるけどな。
ところで再び話が変わりますが皆さんは隣に下着姿の女性が居たらどうしますか?起こしますか?驚いて大声を出しますか?悪戯をして相手を怒らせますか?ちなみに私の場合は―――
「毎回下着で寝るのやめろって言ってるよな?」
説教をします。
「全く、いい加減にしてくれよ?こっちの身が持たないからな」
「あぁ、善処する」
善処ね……二週間言い続けても何も変化がないんだけどな~?本当かな~?これで駄目だったらお酒制限させるか。
「どうだか?二週間も同じ事言われて直さないやつが言ったところでな……」
「それより今日はクラス代表者の決定を行うが心の準備は大丈夫か?」
話しそらしやがったな、心の準備か……そんなものとっくに決まってるっての。あとはこれまで積み重ねてきた知識をどれだけ生かせるか、たったそれだけだ。
「それなら問題ない、あとは千冬との模擬戦を生かせるかどうかだ。相手は未知の領域だからな……どんな行動をしてくるか考えて動かなくては、使えるものも使えない」
「相変わらず真面目な性格は変わらないな……」
そうか?自分で言うのは何だが俺は不真面目な部類に入ると思うぞ。挫折したことが幾度と無くあったからな。
「相手の戦術をいち早く理解し欠点を見つけてそこを突く、基本中の基本だろ?モンド・グロッソで優勝した千冬だってそうだっただろ?」
「まぁそうだな、相手の動きを理解するのは大切だが……私の場合はあの単一仕様能力で勝利したといっても過言ではないんだがな」
まぁ確かに千冬の搭乗していたISの単一仕様能力は凄まじかった。『
「その改良型が俺のIDに組み込まれてるんだが?」
「……まぁそれはあいつの遊び心だからな、なんともならん」
それはそう。束の気分次第では今のISをはるかに凌駕してしまう機体を創ってしまうかもしれないのだからな、下手に動かしたくない才能の持ち主でもある。
「まぁいい、それじゃあさっさと飯食ってアリーナに行くか」
「あぁ、ちなみに模擬戦を行うアリーナは第3アリーナだ。遅れるなよ?ただでさえ一夏のISが届いていないんだからな……」
「了解、それじゃあまた後でな」
何故ISが届いていないのかは疑問ではあるが、そこまで深い理由はないだろう。倉持技研での開発製作を行っているらしいがどうせデータを取るための機械を埋め込んでいるんだろう……それか束が何か厄介なことをしでかしてるんだろうな。
「それで?未だにあいつのISが届かないのか?」
「あぁ、予定では先日に届くはずだったんだが……」
第三アリーナへとやってきて既に待機命令が出されているものの、未だに試合開始まで至っていない。原因はやはり織斑一夏の専用機が届いていないことだ、やっぱり束が絡んできているのか?それにしては遅すぎる。束が関わっていたとしてもここまで時間が掛かったことはない。
「その通りだ、束のやつが何かしら仕組んだらしくてな。予定よりも長引いてしまった、全く何をしてくれたんだか……」
そう言えば俺のIDに零落白夜の改良型を実験的に仕込んだとか言っていたが、まさかあいつのISに零落白夜を入れたのか?やっぱり天災の考えていることは分からないな。
「それで?あいつ等は何を揉めているんだ?」
そこには口喧嘩をしている織斑と篠ノ之の姿があった、この二週間授業以外で顔を見たことがないからな……何をしていたのか何も分からないんだよな。
「俺ISについて教えてくれって言った気がするんだけど……」
「お前はIS以前の問題だったのだ」
「まぁたしかにそうかもしれないけど、基礎くらいは教えてくれても……」
「どうやらこの二週間ロクにISの事を学ばずに剣道だけをやっていたらしい、全く資料くらいは目を通すと思っていたのだがな」
「……それって俺とあまり変わらないような?」
実際にIS関連の事はほとんど目を通してないし、トレーニングを二週間してただけだぞ?
「というわけで先にお前とオルコットの試合になるが大丈夫か?」
話そらしたな、まぁISがなければ試合もできないからな。それならば先に機体を持っている同士で戦って、時間を稼いだ方が効率的だろう。
「いつでもいけるように準備はしておいたぞ。にしても観客が多い気がするんだが?」
「どうやら他のクラスの連中が来ているらしい、それに上級生も何人か見に来ているようだがな」
「問題はないのか?」
「問題しか無いな、本来ならばこの模擬戦には一組だけしか入れないのだからな」
ならさっさと退去させるべきなのではないか?それに下手に見せびらかすものでもないだろうに。
「入ってきた理由は男性搭乗者の品定めか?それとも圧倒的不利なのを理解して嘲笑いに来たか?」
「どちらもだろうな、実際に来ている上級生の中には代表生がいるからな」
代表生がそんな事していいのかよ、評価がた落ちするぞ?
「それなら舐められないように頑張らないとな」
「ではオルコットにも連絡を入れておく、お前はカタパルトに搭乗して待機してくれ。アナウンスが入ったと同時に出撃し、双方の機体が出撃した十秒後に試合開始のブザーが鳴る。理解できたか?」
アラームがなったらここを飛び出して出撃、再びアラームがなった瞬間戦闘開始。了解だ。
「問題ない、あとはどれだけ自分の力が出せるかどうかに掛かっている……セシリアは候補生だ、ハッキリ言って勝てるかどうかすら怪しいんだよな~」
「お前なら大丈夫だ、気にせずに行って来い」
その自信は一体何処からやってくるんだ、何を持って確信を得ているんだ?俺は今冷や汗を垂らしながら待機してるからな?
「了解、それじゃあ合図は頼んだぞ」
カタパルトってのはこの甲板らしいが俺は一回も使ったことがないんだぞ?気合で行けってか?やってやるよ!
「黒神千春……この機体なんて名前だったけ?えっと~黒式か。黒式!出撃する!」
カタパルトから射出され機体制御に集中する、この機体で飛んだことはほとんど無いため飛び方にも問題がありすぎる。フラフラとした状態の中俺はなんとか機体を安定させようと必死である。
「随分と小型なISですのね、フラフラしていますけれど問題はないのですか?」
そこには鮮やかな青色の機体『ブルー・ティアーズ』に搭乗していたセシリア・オルコットの姿があった。外見から分かる特徴は四枚の大きなフィン・アーマーと呼ばれるものを背に従えていること。またセシリアの手元には青色のライフルが握られている、スコープが付いている事からスナイパーライフルだと思われる。ISに装備されている銃器は主に実弾系統とレーザー系統の二種に分かれている。風の影響を受け偏差撃ちができる実弾型、直線状に放たれる代わりにエネルギーの消費が激しいレーザー型。個人の好みによって分かれる物だがセシリアはどちらだろうか?
「まぁ試作機だから問題は少々あるよ、でもないよりはマシみたいなところあるから……」
制御機構はほとんどISと同じだから大丈夫だと思いたいが、爆発するかもしれないと言われてるからな……畜生、機体が安定しねえ!
「いきなりの試合変更だったが大丈夫か?」
「問題ありませんわ、黒神さんこそ問題は無いのですか?」
流石代表候補生、余裕そうだな……それなら大丈夫そうだ。
「まぁ大体の状況は少し前に聞いていたからな、問題はないよ。それじゃあ始めよう」
機体制御を安定させながらもブザーが鳴るのを待つ。
「それでは第一試合、セシリア・オルコット対黒神千春を開始します」
『試合開始まで10秒前―――――5、4、3、2、1』
カウントが始まる、この10秒の間に覚悟を決めておく……負けたら千冬に色々言われるんだろうな。
『試合開始!』
「先手必勝ですわ!」
頭部のバイザーから瞬時に警戒注意が表示されるのと同時に、セシリアが握っている青いライフル『スターライトMKⅡ』の銃口から圧縮されたレーザーが発射される、レーザーは黒式の右肩アーマーをかすめて地面へと着弾した。
(あのライフルはレーザーか、ということは近接ブレードでは切れないな。雪片はなるべく使わないようにしたいところ、何も策がなければのはなしだが……いやそれよりも右肩アーマー持ってかれた!もう被弾は出来ないな……)
「わざと直撃させなかったな?初弾外しは慢心だぞ?」
先手必勝といいながらもあえて直撃させずに様子見をしたか?だがその武装の特性はだいたい理解した、というか嫌でも理解できる。
「……失礼いたしました、それでは本気で行かせていただきますわ!」
「全力で来い!」
全力で来てもらわなくてはこちらとしても困る、この機体の癖や欠点を補う戦術を作る必要があるからな。セシリアのISは中遠距離型、俺のIDは近中距離型……実力としても機体性能としても分が悪いことは俺が一番よくわかってる、相手との距離をどう埋めるか考えなければいけないからな。
「カノン!」
装備名を叫ぶと同時に千春の右手にリボルバー型の銃が展開される。装備名を叫ぶと相手に次の手がバレるという欠点があるがこれは単純に俺の技術不足だ、本来ならば武装名を言わずとも展開が可能となる。しかしそこまでの技量を鍛える時間はなかったためこの様な形になってしまった。要は初心者がよくやることだ。
『カノン』黒式に搭載されている初期武装。装弾数六発の実弾系リボルバー型の銃である、そこまで射程距離はないが牽制用には十分だろう。問題は俺がこの系統の銃を扱ったこと無いことくらいである。
「遠距離武器がないなら間合いを詰めるだけだ!」
照準をセシリアに定め発砲していく、しかしセシリアはいともたやすく回避行動に移る。
「ならばその前に撃ち落として差し上げますわ!」
先ほども言ったようにレーザー系統は直線状に放たれる、つまり射線が読みやすい。しかし未だにIDを使いこなせていない俺にとっては完全に避けることは至難の業だった……代表候補生だけあって俺の回避先を予測して撃ってくる、しかし同じようにセシリアの回避行動を予測しながらの射撃戦に持ち込んでいるため、俺が放っている銃弾が何発かあたっているのは確認できる。
「黒神さんは射撃が得意のようですわね!しかし―――」
カチッ……
銃口から弾が出ず、空しい音が響いた。その音は『カノン』のシリンダー内に発砲できる銃弾がないことを表していた。やっぱり扱い慣れていないのはきついな。
「残弾数をあまり理解していないようですね、その隙に撃ち込ませてもらいます!」
(クソッ!流石に撃ちすぎたか、こいつの
黒式のデータをバイザーに表示し武装を再確認する。近接ブレードはこの状況では使えない、雪片も同じく使えないというか使いたくないと言う事が本音である。補助的にワイヤーブレードが二機ついているが……これは活用できるのか?それでも使ってみるしか無い!
「いけぇ!」
セシリアが放つレーザーに向けて薙ぎ払う形で射出する、こいつに対レーザーコーティングされているかは不明だが無いよりかはマシだろう。
「レーザーが切られた!一体何を……」
「どうやらコーティングはされているようだな、しかし―――」
一度しか使っていないのにも関わらず刃先がズタボロになっている……そこまで耐久性はないか、酷使はできないな。
「どんな手を使ったかはわかりませんが……そろそろ終わりにいたしましょう!」
すると背後から四機のユニットが展開される、あれは一体何だ!?
「行きなさい!ブルー・ティアーズ!千春さんを徹底的に追い詰めて差し上げますわ!」
本来の主人公の一夏君が全く出てこないね、あともう少ししたら出すから我慢してくれ。
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蒼雫と黒式 後
セシリアのISから四機のユニットが展開された。どういったモノなのかは不明なため、おとなしく様子を見ることしか出来ない。
「何だそのユニットは?」
「これはブルー・ティアーズ。私のISであるブルー・ティアーズの最大の特徴でもある武装ですわ」
しっかりと説明してくれるんだな。優秀なのが仇にならなければいいがな、それにしてもISの機体名と同じ武装か……一体何をしてくるんだ?
「今からその真髄を見せて差し上げますわ!」
そう言ってセシリアが右手を前に突き出すと同時に四機のユニットからレーザーが放たれる、瞬時に反応が出来なかった俺は胸部装甲を失ってしまった、これによりもう二度と被弾することが許されなくなった。胸部丸出しの状態とかかなり不味いな。
「レーザー!?無線型のビット兵器なのか、しかし未だに試作段階だったはずだが……」
遠隔無線誘導型兵器、未だに完成の目処が立っていない兵器の一つである。これを扱うにはかなりの空間把握能力が必要とされているのだが、扱える者が誰一人居ないとして未だに実験的な意味合いで開発されている。しかしまさかそれをセシリアが扱えるとは思わなかった。だがモノは試作段階、どこかに欠点などが必ずあるはずだ。
「その通りです、私のISに搭載されているこのビット兵器は未だに試作段階。しかし私ならば全て扱うことが可能なのですわ」
「とは言っても所詮は試作品、何かしらの欠陥は必ずある。機械ってのはそういうものだからな」
しかし流石にまずいな、四機のビット兵器が連携良く動いているためセシリアに近づくことが難しくなったものがさらに困難になった。これを動かしているセシリアの技量には驚きしかない。IDのモニターに表示されている装甲が少しずつ削られていく、セシリアよりもビットを破壊しようと試みるも他のビットから一斉にレーザーが放たれさらに削られていく。防戦一方の試合へと変わっていった。
(いややべぇ!もう被弾できねぇだろ!下手に受けたら死ぬ!)
「黒神さん追い込まれてますね、やはりISの技量の差が激しいのでしょうか」
「確かに技量不足というのはあるが黒神には知識がある。そこで差を埋めていくのがあいつのやり方だ。ただ今回はビットに気を取られすぎているがな」
実際に千春はセシリアよりもビットの攻防に集中しているため、セシリアがどのように行動しているかを見ていないのだ。千春の欠点は知らない物事に集中してしまうことだ、そこから周囲の状況を確認するまでに時間が掛かる。
「もう少し視野を広げればセシリアの弱点にもすぐに気がつくだろう」
「流石幼馴染ですね、昔からそうなんですか?」
「まぁ昔から抜けていることは日常的にあったな、しかしそれが役に立つときもあるからなんとも言えんのだがな」
しかしこのままでは千春のISの装甲は無くなり地面に衝突して敗北するだろう……千春、お前の底力を見せてやれ!でなければ死ぬぞ!
「流石にこの状況が続くのはまずいな、どうにかして打破しないと」
(レーザーがわき腹付近を過ぎていっただけで火傷している気がする……後で手当てしよ)
カノンで撃ってもビットが避けてしまい当たらない、ブレードも届かない……一か八かでセシリアにワイヤーを打ち込んでみるか。これで駄目だったら雪片を使うしか無い!
「これでも喰らえ!」
ワイヤーブレードがビットの隙間を縫ってセシリアへと向かっていく、その瞬間ビットからの攻撃が止まった。
「―――っ!」
突然向かってきたブレードに対してとっさの反応ができすに装甲を削ってしまう。このとき俺の脳内ではとある仮説が思い浮かんできた。
(セシリアに向かってブレードが飛んだ瞬間、ビットは動きを止めた。つまりセシリアは自身が動くこととビットを動かすことの両立ができないということか、だんだんと攻略法が見えてきたぞ。そうと決まれば!)
俺はカノンの空薬莢を排出し新しい薬莢と交換する、武装から近接ブレードである『黒龍』を取り出す。黒龍とか書いてあるが実際はただの黒い刀である。カノンを左手に持ち替え、黒龍を右手で握り締める形となった。これで近中距離は問題ないだろう。
「セシリア、大体だが君のISの特徴はわかったよ。だから、ここらで仕切り直しとしよう」
「そうさせるとお思いですか?させませんわよ!」
作戦は簡単だ、セシリア本人に向かってカノンで牽制し避けている間にビットを切り裂く。問題はやはりカノンの残弾数だろう、本体に入っている弾数を除けば残り弾数は12発。一ビット壊すのに最大3発まで使っていいことになる、逆に3発で破壊できなければ終わりだ。
「狙い撃つ!」
標準をセシリアに向けて弾丸を放つ、予想通りビットは動きを止めた。その隙きにビットを一機破壊する、これをあと3回繰り返せばこちらのものだ。
(不味いですわね、千春さんはこちらの弱点にお気づきになられたようですわ……)
(予想通り、セシリアはビットを動かしているとき自身は動けないという弱点を持っている。逆に自身が動いているときはビットは動かせない、これを利用していけば勝てる見込みが出てくる。セシリアもそれには気がついているはず、こっからは技量と運の問題だな)
ここからはお互いの実力と経験そして知恵がものを言う戦闘になる、俺が彼女に劣っているのはIS経験と実力。だが戦闘経験と知恵ならばこちらの方が上だろう。
「こっからは俺がリードしてやるから覚悟しろよ!」
「それは楽しみですらね、しかし勝利するのはこの私ですわ!」
中遠距離のセシリアに対して正面から進んでいく。シールドエネルギーとビットの数を削りながら突き進んでいく千春に対し、セシリアは少しでもシールドエネルギーを削られないように正確な射撃を打ち込む。時にブレードでセシリアを切り倒そうとする際には『ブルー・ティアーズ』に搭載されているショートブレードで相殺していく。中遠距離が基本ということもあり近接戦闘は苦手のようだった。
「どうやらセシリアの機体の欠陥、癖を理解できたようだ。あとは油断しなければ黒神の勝利だ、油断しなければだがな」
「そうですね、セシリアさんの機体にはあと2機のブルー・ティアーズが搭載されていますからね。しかもその2機からはミサイルが射出可能なので使いどころが肝心ですね」
「あぁ、それに黒神の機体にも隠し武装が備わっているからな。あいつは使いたがらないがな……」
おそらく千春は自分自身の力で成長したいのだろう、雪片を使ってしまえばセシリアから放たれたレーザーなど簡単に切り裂くことができるからな。壊れている性能を持つ雪片は万が一のときのみ使うのだろうな。それにしても……
「なんか戦略が酷すぎないか?あそこまでする必要があるのか?」
「何を言っている、この戦いはどちらかのシールドエネルギーがなくなったら負けなのだぞ?自身よりも相手のシールド値を削るのに手段は沢山ある、それをうまく使うことが重要なのだぞ?」
「わかってるけどさ……あそこまで卑怯な手を使うことはないだろ?たかが数字を削ればいいだけじゃないか」
織斑一夏にはこの作戦が卑怯なものだと感じたらしい。何処が卑怯だむしろいい作戦だろう、お互いに自身の全力をぶつけ合っているのだ。
「甘いな織斑」
織斑の背後から出席簿が振り下ろされる。
「千冬姉ぇ!」
大きなたんこぶを撫でながらも犯人である姉に視線を合わせる。
「織斑先生だ大馬鹿者が。よく考えろ、この戦いで有利なのは中遠距離から仕掛けられ、なおかつISの操縦技術を身に着けているセシリアの方だ。しかし黒神はセシリアの搭乗しているISの弱点である近距離戦を発見した為距離を詰めて形勢逆転したのだ、武装だけで有利だと決めつけるのはナンセンスだ」
「そうですよ、ISの性能・武装を十分理解して戦わなければ強くなることは難しいですからね」
「そういうものなのか……」
戦闘や争いなどとは無縁だった一夏には理解できない話なのかもしれないな、これから先嫌というほど理解するだろうがな。
(弾数を一発残し4機のビット全てを破壊した、残すはセシリア本人のみだ。しかしこちらもかなりの手負いを受けてしまったな、やはりセシリアの狙撃技術は大したものだ。そのおかげでこちらのシールド値は残り50まで削れてしまった……これ本当にSE値あるの?装甲もうほとんど無いよ!?しかしSE値が少ない状況はセシリアも同じはず……最後の一撃に全てをかける!)
(完全にあちらのペースに持っていかれましたわ……まさかビットを四機も失ってしまうとは、しかしまだビットは二機ありますわ。黒神さんが一気に近づいてきたタイミングで放てば勝利はつかめなくとも相打ちくらいにはなるでしょう……あれ本当にISなのかしら?どう見ても黒神さんの身体から血が出ているような……いえ気のせいですわね)
「この一撃で最後だぁ!」
カノンを収納し黒龍を両手で握りしめる。これが避けられれば千春の負けである、しかしセシリアはミサイルで相打ちを狙っているため回避はしない。黒龍の刃がセシリアのIS装甲を切り裂いていく。
「これで決まりだ!」
力を入れて黒龍を横になぎ払おうとする、しかしセシリアが俺の腕を掴む。腰に搭載されていたミサイルがこちらに向けられる、高確率で当たるようにわざと喰らったとでも言うのか。彼女は腕を引っ張り俺との距離を縮めて離れないようにする。
「申し訳ないですが相打ちとさせていただきますわ!」
腰部に搭載されているビットの砲口が俺を捉える、そしてセシリアを巻き込むように大爆発を引き起こす。
(あっ……俺死んだ……)
「ブルー・ティアーズ、黒式両方共にSE残量0。よってこの第一試合は引き分けになります!」
山田先生のアナウンスが終わるとともに周囲の生徒達から歓声が湧き上がった。
SEの切れた機体を安定させながら着地する。
「まだビットがあったとはね……完全にやられたよ」
「こちらもです、まさかこんな短時間にこちらの弱点をついてくるとは思いませんでしたわ」
「またいつか再戦したいところだな」
「えぇ、そのときは勝利をいただきますわ」
「それはこっちのセリフだっての」
互いに固い握手を交わし再戦を誓った。
疲労感の残る体を動かしながら元のピットへと戻っていく、付近には千冬の姿があった。
「お疲れ様だな、代表候補生の実力はどうだった?」
「正直驚いた、最初は隙が生まれなくて攻め込むのに時間がかかったがな。しかし機体の欠陥がひどいな。特にビット、あれはまだ試作品なんだろ?正直言って無線よりも有線型にしてAIで制御するほうがまだ使えるかもしれない」
「そうか。それはさておき何故雪片を使わなかった?使い方は黒龍と変わらないはずだが?」
満身創痍の状態で説教の時間か?少しくらい休ませてほしいんだけどな~?さてなんと言うべきだろうか?適当な言い訳でも考えて抑えることにしよう。
「いやぁ〜何というか最初から強力な武装を使っても自分自身が強くなれないと思ってな、それだったら使い方の変わらない黒龍でいいかなと」
「まぁそれはいい、傷を見せろ手当てしてやる」
千冬が傷の手当だと!?いやそれだけは勘弁してくれ。
「いや、別にいらないんだが……」
(千冬手当てするの下手なんだよな、やるなら自分でやりたい)
「遠慮するな、これでも上手くなった方だ。次はセシリア対織斑だ、その時に手当てしてやる。ついでにほんの少しでも休憩しておけ」
そう言うと千冬はスポーツドリンクを千春に向けて投げ渡した、千冬なりの気遣いなのであろう。だが手当てはしないで良いからな?これくらいなら一人でも大丈夫だから。
「おう、いただこう。そういえばモニター室で見ても大丈夫なのか?」
「まぁ構わないぞ、邪魔にならなければな」
そうか、と呟き疲労の溜まった体を動かして千冬の後ろをついていった。黒式の装甲は予備のパーツで無理矢理組み合わせるとしよう。
これにてセシリア対千春の戦いは終わります。
成績
織斑 0勝0敗0引
セシリア 0勝0敗1引
千春 0勝0敗1引
千春達の戦いを見てた一夏が取った作戦とは!?
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蒼雫と白式
文章が長いので誤字、脱字が酷いと思うので適時報告などをしてくれますとありがたいです。
「これが織斑くんの専用IS『白式』です!」
そこには灰色のISが存在していた、これが束が手をかけたIS……一体どんな性能を秘めているのだろうか?
「すぐに装着しろ、時間が無いからフォーマットとフィッティングは実践でやれ」
そう言われすぐさまISに触れて装着しようとする。少し不思議そうな顔を浮かべながらも織斑は白式へと体を預けると、『アクセス』という機械音と共にシステムの最適化が始まる。ISのデータや操縦者の状態を複数のパネルに表示する、その中にはセシリアのISに関する情報が送られていた。相手のISのデータが事前に送られるということはその分戦力を理解できるということだ。ちなみに千春のIDにはこの機能が存在しないため、戦いながら相手のIS特性を理解しなければならないという欠点を持っている。
「白式、これが俺の専用IS……」
初めての専用機に少しの不安をいだきながらも情報を確認していく織斑、なにか引っかかることでもあるのだろうか?
「織斑、気分は悪くないか?」
「あぁ、行けるさ」
ISにも適正があるらしく適正が高いと本来の性能よりも高い性能を引き出すことができ、逆に低ければ性能を半分程度しか出せないらしい。一夏の適正がどんなものかはわからないが気分が悪くないと言っているあたり問題はなさそうだ。
「一夏、勝ってこい!」
「あぁ!行ってくる!」
箒による激励を受け一夏はカタパルトへと脚を進め出撃準備を行う。
「織斑一夏、白式。行きます!」
そう言って勢い良くカタパルトから射出された。一夏も本格的にISを操縦することは今回が初めてのため姿勢制御があまり安定せず、空中でフラフラとしている状態だ。
「白式か……なんか俺のIDとは正反対の名前だな、束が回収して手を加えていたのなら俺のよりも強力なISになっているだろう」
まるで狙っていたかのような機体名である、両方とも束によって作られているため似ている箇所は多いと思っていたが。黒式は白式の兄弟機扱いなのか、それとも正反対の機体ということで白と黒で分けたのかのどちらかだろう。
「それはどうだろうな?」
「と言うと?」
「あのISにはブレードしか搭載されていない」
「はぁ?中距離の武装は積んでないのか?」
「あぁ、積んでいない」
近距離武装以外を装備していないということは、相手の遠距離攻撃に対して避けるか防ぐかの二択しか無いということだ。避ければ隙きを作り、防げばじわじわとSEが削られていく。難しい機体だ……
「
「どうだろうな?」
「セシリアは確かに近接戦闘が苦手な様だが、対策は必ずしてくるよ。あの子は頭が良い―――とおもうから」
ブルー・ティアーズに搭載されていた唯一の近接武装である『インターセプター』、これをうまく活用できれば急な近接戦闘でも瞬時に対応ができるだろう。あとはセシリア自身がそれをできるかどうかに限られている。織斑は先の戦いをスクリーン越しに見ているのだ、対策くらいは練れただろう。練っていなければもう終わりだ。
「先ほどの戦いでは慢心していましたが……相手が誰であろうと油断はいたしませんわ!」
「あぁ!そうこなくちゃ本気で戦えないからな!」
セシリアの中には慢心などという言葉は既になく、どのようにして相手を追い詰め勝利するかという戦術を考えていた。織斑と同じようにセシリアにも白式の基本的なスペックが渡っている。
「それでは第二試合、セシリア・オルコット対織斑一夏を開始します」
『試合開始まで10秒前―――――5、4、3、2、1』
先の試合と同様十秒前からのカウントダウンとなる、このカウントが終わった瞬間即座に行動できるかどうかで試合の流れなどが変わってくる場合がある。
『試合開始!』
「お別れですわ!」
そう呟きライフルの照準を織斑にあわせ、迷わずに引き金を引いた。鮮やかな青いレーザーがあいつへと向かっていく。
「ぐあっ!」
瞬時に対応が出来るわけがない織斑はレーザーに直撃し、機体バランスを崩して墜ちていく。しかしすぐさま体勢を整えるもつかの間、開幕からビットを使っているセシリアの攻撃に対して常に回避行動をとらなくてはいけない。瞬時の反応が鈍いな……昔より機敏に動くことができていないようだ。
「クソッ、俺が白式の反応速度についていけていないのか!」
初期設定のISでは性能が低い為攻撃が満足に避けられない。しかしISを全く起動したことのない織斑にとってはこれでも性能が高い部類に入る為、操縦者本人がISに振り回されている形となっていた。
「やべぇ……シールドが削られていく、装備は何かないのか?」
設定の終わっていない機体のデータを探りながらも織斑は使えるものを探していった、すると目の前に一つのパネルが展開される。そこにはISに搭載されている名目のない近接ブレードが表示されていた。
「近接ブレード、これだけか!素手でやるよりかはマシか」
そう言ってブレードを展開し右手に収めるものの、遠距離で攻撃してきているセシリアに対して不利な状況には変わりなかった。
「千春さんと同じく近接武装で挑んできますのね、しかし対策は既に練ってありますわ」
そう言ってセシリアが左腕を天に掲げると、ビットが答えるように動き始める。ビットは一夏の周囲に弾幕をはり一夏が近づけぬようにしていた。
「駄目だ、弾幕を張られて近づけない……」
避けようとしても、動きが予測されていたかのようにレーザーが放たれるためむやみに動くことが出来ない
(千春がやっていたように近づければ……)
「一か八かだ!」
そう言うとレーザーを受けながらもセシリアに対して真正面から突っ込んでいく織斑、一体どういう理由があってこの行動をしているのかは全く理解できない。
「弾幕を受けながら突っ込んでくるなんてむちゃくちゃしますわね!けれど、無駄な足掻きですわ!」
無茶な接近をしてきた織斑に対して呆れた口調で叫ぶ。次は狙い撃つと決めたセシリアがスコープを覗くとそこには、近接ブレードで一機のビットを一刀両断するあいつの姿が映っていた。
「やっぱりさっきの戦いを見ておいてよかったぜ、このビットはあいつが命令を送っている間はあいつ自身が動けないんだったな!」
そう言ってセシリアに刃を向ける、その表情には余裕の笑みがあった。
「あの馬鹿者浮かれているな」
「どうしてです?」
「さっきから左手を開いたり閉じたりしているだろう、あの仕草をしているときは大体浮かれている。大方千春と同じように戦えるとでも思っているのだろう」
俺と同じように?馬鹿なのか?そんなこと出来るわけないだろ、完全に同じ動きをしたところで先の戦いで学んでいるセシリアに勝てる見込みは無い。
「流石姉弟なだけあるな、他にも何かあるのか?」
「まぁそれなりにな……」
他にもいくつかあるのだろうが特に話そうともせず再びモニターへと視線を移した。
「それにしても俺と同じ様にか、どうなんだろうな?俺の戦い方が良い戦術かどうかなんて誰にも分からないんだがな」
「気にするな、戦い方は各自で作るものだ。誰も文句は言わん」
それもそうかと思いながらも水分補給をしていく、この試合が終わったら最後には織斑対俺の試合が残っている為少しでも疲れを取っておく必要があるからだ。
「そうか、そう言えばあいつの乗っている機体って
「少なくともあと二分くらいだ、問題はないだろう」
「いやそうじゃなくて……この試合一次移行もせずに終わりそうなんだが?本当に問題ないのか?」
「あぁ、この試合で一次移行しようがしまいが既に結果は決まっている」
決定的確信を持っているのか、千冬は微笑みながらもそう答えた。姉弟だからこその確信があるのだろう。
ISの操作に手間取りつつもセシリアによるビット攻撃を回避していく織斑。しかしセシリアの射撃は的確にあいつを狙っている為、ガンガンとSEが削られていくのは時間の問題であった。
「クソッ、やっぱり無理なのか!?」
「当たり前ですわ、千春さんは複数の武装を活用して私を追い詰めましたのよ。その様な近接武装一つでは手も足も出せませんわ」
確かに千春のIDには中距離武装である『カノン』、ワイヤーを伸ばせば近距離から中距離まで使用することの出来る『ワイヤーブレード』。この二つの武装により引き分けとまで試合を進めれたことは非常に大きかった。しかし一番の理由はセシリア自身が慢心をしていたことである。ISのことをほとんど理解していないであろう男性操縦者の相手など簡単だという気持ちが、あの結果を生んでしまったのだ。
「ドドメですわ」
『ブルー・ティアーズ』三機による連携射撃が一夏のSEを刈り取っていく、防ぐことしか出来ない一夏に対し追い討ちで残りのビットからミサイルを放つ。
「しまった!」
防ぐことに集中していた一夏は向かってきていた二機のミサイルに気がつかづ直撃してしまう。空中では灰色の爆煙が上がっていた。
「終わったか?」
あっさりと終わったと思いモニター前に移動する、未だに織斑の居た場所からは煙が上がっていた。少しすると煙が晴れていき、あいつの姿が現れてきた。
「いや、どうやら一次移行が終わったらしい」
そこには純白の機体に身を包んでいる織斑一夏の姿があった。
「機体に救われたってやつか」
「織斑くんの専用機の形が変わってる!」
誰もが一夏の敗北を確信していた瞬間の出来事であった為、観客席からは驚き、疑問などの声が上がっていた。
「まさか貴方初期設定だけの機体で戦っていたっていうの?」
呆れたようにそう呟くセシリア、それもそうだろう。本来ならば一次移行は終わらせてから戦う予定であったが、時間も間に合わず初期設定のみで戦っていた
「よくわからないが、これでこの機体は俺専用の機体になったらしいな」
「
雪片弐型。白式に初期から搭載されている近接ブレードの真名である。暮桜、黒式に搭載されていたものと形状が異なり、単一仕様能力である『零落白夜』を使用可能になるが詳しいことは使ってみてからがいいだろう。
「俺は最高の姉を持ったよ、でもそろそろ守られるだけの関係は終わらせなくちゃな。これからは俺も俺の家族を守る」
すぐさま零落白夜を起動させる。剣先が変化し青い粒子によって刃が生成される、武器の特性を理解しないで使用しているが大丈夫なのだろうか?一応武器の特性を理解している千春と千冬は呆れたような表情を浮かべているが瞬時にはっとした表情に変わった。
「貴方、何を言っていますの?」
「とりあえずは千冬姉ぇの名前を守るさ、弟が不出来じゃ格好がつかないからな」
ドヤ顔で言っているが白式が一次移行しただけであり、不利の状態なのは変わりない。
「あぁもう!面倒ですわね、とっととケリを付けさせて頂きますわ!」
左腕を横になぎ払うとビットが応じるように一夏の周囲に移動し、死角からの射撃を行い始めた。ここから第二ラウンドが始まりだした。
「なぁ千冬、あの雪片ってさ……」
「あぁ、私も同じことを思っている……千春」
どうやら千冬も同じことを考えていたようだ……視線を合わせて息を吸い吐き出したかった言葉を同時に吐き出す。
息の合った叫び声に山田先生はびくびくしながら振り彼っていた、そこには頭を抱えている俺と千冬の姿があった。
「なんで雪片積んでるんだ!?もしかして俺のIDに改良型を入れたのはあのISを造るためなのか!?」
「いや、そうだとしたらあの機体のどこが改良されているのか理解できん。装備は雪片のみなどと……私は使いこなしたが、一夏には困難だろう。それに武装を多く積んでいるIDのほうが優れていると言っても過言ではない」
確かに雪片一本で挑むよりも、複数の武装を利用していった方が作戦の幅が広がる。
「天災の考えていることは理解できないな……」
本当に理解できない、特性の違う雪片を装備させてどうするつもりなのだろうか?ISとIDどちらが優れているかを調べる為なのか?それだとしたら純粋なスペックで競えば良いだけだ。それとも単純に力をぶつけ合えという考えなのだろうか?一夏が千冬の弟であることが関係しているのか?それとも……あのISのコアを利用しているのだろうか?
「見える!」
機体を安定させながらセシリアの攻撃を回避していく、先ほどよりも動きに磨きが掛かっているように見える。どうやらあいつは実戦経験を積めば積むほど強くなるらしい、誰でもそうであるが。
「良し!このままなら行ける!」
ついにはビットを破壊できるほどの技量になってきた、セシリアも異常な成長性に驚きを隠せないのか照準が少しずれているようにも見える。織斑はレーザーの間を潜り抜け、セシリアの懐へと忍び込む。あとは零落白夜を起動している雪片でなぎ払うだけだ。っと思っていたそのとき。
「白式SE残量0、試合終了。第二試合勝者セシリアオルコット。」
ブザーが鳴りセシリアの勝利が決まった、状況が理解できていない両者と観客席からは疑問の声が上がっていた。なお千冬と俺からは「やっぱりか」という言葉が漏れた。
「なんで俺負けちゃったんだ?」
試合結果に納得が出来ていない織斑は何故自分が負けたのか理解できていないようだった。
「バリア無効化攻撃を使ったからだ、武器の特性を考えずに戦うからああなる」
「バリア無効化攻撃?」
「相手のバリアを切り裂いて本体にダメージを与え、自分のSEを攻撃に転換する能力だ。私が第一回.二回モンドグロッソで優勝できたのも、この能力によることが大きい」
零落白夜は自身のSEを犠牲に相手に直接ダメージを与える特性があるのだが、こいつは特性を理解せず早々起動してしまったため、自身のSEが減っていくことに気がつかずに戦った結果、試合に負けてしまったのだ。
「だからいきなりISのSEが0に……」
「ISの戦いはSEが0になったところで勝敗が付きます、バリア無効化攻撃は自分のシールドを犠牲に相手にダメージを与える。言わば諸刃の剣ですね」
「つまり、お前の機体は欠陥機だ」
「欠陥機!?」
「言い方が悪かったな、ISはまだ完成していないのだから欠陥も何もない。お前のISはちょっと攻撃特化になっているだけだ」
欠陥機のほうが正しいと思う……と言いたかったが心の底にしまって置くことにした。
「ISは今待機状態になっていますけど、織斑君が呼び出せばすぐに展開できます。規則があるのでちゃんと読んでおいてくださいね」
山田先生から手渡された本は入学時に貰った資料よりもより分厚かった、国語辞典を二冊重ねたぐらいだろうか?それほど分厚かった、鈍器として扱えるだろう。
「わかりました……」
「最後に織斑対黒神の試合を行う、休憩は2分だ。しっかりと休んでおけ」
そう言って最終試合の準備に取り掛かるべく、一夏・千春は再び待機室に移動し試合開始のアナウンスが掛かるのを待った。
次回はたぶん一月に上がるんでしょうね……早く上げれたら良いな。
成績
織斑 0勝1敗0引
セシリア 1勝0敗1引
千春 0勝0敗1引
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白と黒 前
『織斑、黒神こちらの準備が整った。ISに搭乗し準備しておけ』
「わかった」 「了解」
白式と黒式、どちらも束の手が入っている機体。基礎・スペック共に違うが同じ時期に創られたと考えている。雪片を両機に搭載した理由はおそらく何かを創るために試験的に組み込んだと考えても良いだろう。全く面倒なことをしてくれたな……修理めんどくさかったな。
『相手は私の弟だが手加減はせずに戦って欲しい』
千冬から突然連絡が入った、何を言うかといえば実の弟である織斑に対して手加減をするなと言ってきた。そんな事言われても俺には手加減するほどの力はない、と言うかもう力尽きてるといっても過言ではない。この機体にもあまり慣れていない同士の戦いだからこそ手加減などそんなもの無いと思うのだが?
『少なくともお前は一夏よりは強いはずだ、私が鍛えたのだからな。あと少しだ頑張れ」
またナチュラルに心読んできたな……まぁ確かにこの時の為に鍛えてもらったんだからな、死なない程度に全力で行かせてもらうとしますか!
『あぁ。勝って来い千春!』
千冬は実弟に勝ってほしくないのだろうか?普通ならばそう思うはずなのだが、彼女は弟よりも俺に檄を飛ばしている。千冬との通信が切れ、カタパルトのハッチが開く。本日二度目の出撃だコツは大体理解しているつもりだ、後はこの試合に勝利すれば良いだけだ。あとは死ななければいい。
「黒神千春、黒式出撃する!」
さぁ!最後の試合を楽しむとするか!
千春が千冬と通信していた頃、同じく一夏も箒と会話をしていた。
「相手はセシリアと互角の勝負をした、油断するなよ一夏!」
「そのくらい分かってるって、大丈夫今度は勝って戻ってくるからさ!」
この白式を貰ったんだ、今度こそ勝利を手に入れて千冬姉の弟のである俺の実力を知らしめないとな!俺の実力はこんなもんじゃない!
「あぁ!期待しているぞ一夏!
カタパルトに機体を接続させ射出準備に備える。赤いライトが青になった瞬間に飛び出す。
「織斑一夏、白式行きます!」
織斑千冬の弟として無様な姿はもう見せられないと意気込みながら最後の試合へと飛び出した。
白と黒、正反対の色をした機体がカタパルトから射出される。二つの機体は空中で姿勢を安定させながら試合が始まるまで待機しはじめる。すると黒の機体を纏っている千春が話を振ってきた。
「ISの操作には慣れたか?」
先の試合でISの操縦に慣れてきたのかと聞いてきた、勿論操縦し始めたばかりの俺は横に顔を振る。すると千春は何かを納得したような顔をし、続けてこう言ってきた。
「それなら先ほどの試合の動きはまぐれということか、そんなもので良く守るとか言えるな」
セシリアとの試合で見せた動きはまぐれであり、この試合では全く動けない弱者だと思われたという事だ。姉である織斑千冬の力を授かっても弱く、本当に守るという意識があるのか疑問である。これは明らかに俺を煽りに来ているが、挑発が軽すぎる。こんなもので俺がムキになると思って―――
「言葉で言うのは簡単だが、実力が無くては守りたいものも守れない。千冬の弟は口だけの軟弱者、そんなレッテルを貼られることになるな」
「まぐれなんかじゃない、軟弱者なんかじゃないって証明してやるさ!それに千冬姉から受け継いだ力もあるんだ、負けてたまるかよ!」
意外にもこんな安い挑発に乗ってきた、どうやら沸点はかなり低いらしい。受け継いだ力ね……それはこっちも同じなのかもしれないな、違いがあるとすれば頼るか頼らないかだな。
「まぐれでない事に期待している、千冬の―――最強の弟としてな」
俺も心のどこかでこいつに期待している、千冬の弟だから?白式に選ばれた者だから?それもあるだろうが一番の理由は……ということ単純だろ?
「それでは最終試合、織斑一夏対黒神千春を開始します」
最後の試合のアナウンスが入ってくる、先の戦いで疲れている一夏。少し休憩を挟んでいた千春。白式に千春の搭乗している黒式のデータが表示される。白式とは全く異なるスペック、武装……唯一同じなのは雪片を搭載していることだけ。一通り目を通し表示されているパネル互いに消す、後は気持ちの整理をつけるのみだ。
『試合開始まで五秒前……」
こんなにも五秒間が長く感じることがあっただろうか?人によっては五秒などあっという間だと思うことがあるだろう。例を上げるとするなら、走馬灯を見るときに世界が遅く感じるときのような感覚である。そう言えばこの試合に勝ったとしても俺にメリットが特にないな……しいて言えば黒式の操縦特性をもっと理解できるくらいだろう、それにクラス代表は俺のような成人ではなく学生であるセシリアに譲ってしまえば良いだけだし。ささっと終わらせてしまうとするか。
『試合開始!』
試合開始の合図がアリーナに響き渡る、二人は瞬時に武器を展開し接近戦を開始した。俺は近接ブレードの『黒龍』を、織斑は唯一の装備である『雪片弐型』を握り締め相手へと振り下ろす。何度も何度も鍔迫り合いを行いつつも相手のSEを削る為に刀を振るう、このままでは埒が明かないと考えた俺は左手に『カノン』を展開する。照準を瞬時に合わせる、放たれた弾丸は白式の右肩のアーマーに直撃し弾痕を残す。
「そう言えばそのIS銃装備してたな!完全に油断してたぜ!」
「……ちゃんと試合見てたんだな?さっきあったばかりだぞ?本気で言ってるなら頭大丈夫か?」
セシリアの特性は覚えていたみたいだが何故俺のIDの特徴は忘れたのか理解できない、どうでも良いと思われたのか?それともセシリアへの対処で頭が回らなかったのか?おそらく後者なんだろう……まったく姉は優秀なのになんで弟はこんなにも馬鹿なんだ。
「面倒だな、さっさと終わらせるか」
「それはこっちの台詞だ、とっととケリをつけようぜ!」
カノンを再装填し銃口を一夏に向ける、それに対抗するように零落白夜を起動し突貫して来る織斑。確かに零落白夜によって発生する青い刃は実弾やレーザーをかき消すことが出来る、しかしそれが出来るのは技量があり弾道を見切ることが出来るやつだけだ。それに零落白夜は自身のSEを消費して行くというデメリットがある。それを利用させてもらうとしよう。俺が真正面から撃ち合う気はない、織斑の目の前から後退し急降下を行う。真下からなら銃弾も消せまいと考えた、あくまで予測だが雪片単体で防げていないのならば、背後などの死角からは全く防げないだろう。
「逃げるな!」
「これは逃げではない、作戦だ!」
弾丸を発射しながらも確実にSEを削り取る。しかしあいつは雪片で弾丸をかき消さずに防いでいる、未だに単一仕様能力が扱いきれていないようだ。白式の能力とカノンの放つ弾丸によって確実に相手のSEは削れてきている、このまま行けば白式のSEは0になり俺の勝ちとなるが……折角だしあいつを使ってみるとするか。地面ギリギリで機体を急転回させる、俺を追うのに必死だった織斑は目の前から消えた俺の背後に地面が迫ってきてたことに気がつかずに突っ込んでしまう。大きな爆音と砂煙を上げ地面に追突する、勢いを抑え切れなかった為大きなクレーターが出来ておりその中心にはボロボロになった白式と織斑の姿があった。
「起き上がる前にトドメをさすとするか、何やかんや十五分も戦ってしまったな」
カノンを待機状態に戻し、馬鹿の突っ込んでいったクレーターへと歩いていく。ISには操縦者を守る機能が備わっている為操縦者である織斑は無事だと思うが一応の確認である、クレーターを覗いて見ると純白であった白式は地面に叩きつけられたことによって所々に土が付いており美しい白色は見るも耐えないほど汚れてしまった。
「生きてるかい~?それとも気絶してるのかい~?」
「なんとか生きてるよ……クソッ、完全にやられた」
「降参するかい?それとも続けるかい?」
一応こいつの意志を聞いておく、降参してくれればこれで終わり楽になれるのだが……続けてもらっても雪片の餌食になってもらうだけだ。さぁ
「続けるに決まってる、俺のSEはまだ残ってるからな」
「そうか。ならさっさと上がって来い、上がってくるまでは待ってやる」
ボロボロになった白式を起き上がらせクレーター内からゆっくりと出てくる、よくもまぁこんなボロボロになりながらも続けたいと思えるな……しかし雪片を試すには絶好の的だな。
「全く……タフさは姉譲りか、もっとほかの事を引き継いで欲しかったんだがな」
「何言ってるんだよ?さぁ、続けようぜ!」
未だに零落白夜を使用しているのか、ただでさえ残り少ないSEを消費してまで発動する必要があるのか?そんな事を思いつつも俺は黒式に搭載されているもう一つの近接戦闘用武装を展開する。
「来い!雪片改……終わりにするぞ」
そう言って俺の手に光りの粒子が集まる、光りが一つとなり物として形成されていく。形成されたものを見た彼は、ハッと驚いたような表情を浮かべる。それはそうだろう。自分自身だけが受け継いだ力と思い込んでいたものが、目の前の敵である俺の手に形成されていたのだから。
「これを使うことまた運命なのかもしれないな……まったく厄介なものを押し付けられたものだな。」
自身の手に握られた雪片を見つめながらそう呟く。
「やっと使う気になったのかうつけ者め」
この状況下の中たった一人頬をゆるめる人物が、ひっそりと千春の姿を眺めていた。
「私を失望させるなよ?黒神千春」
次回は本当に雪片でケリをつけます。
メリークリスマス!(過ぎてる)
あけましておめでとうございます!今年もどうかよろしくお願いいたします!(まだ早い)
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白と黒 後
遅れてすいませんでした!
千春の右手に展開された黒式のもう一つの近接ブレード「雪片」を見て織斑は驚愕の表情を表した、何故手元にある雪片が相手である俺の手元にあるのか理解できていないようだった。俺の持つ雪片はあいつの手にしている物よりも小型化されている。そのため扱いやすい。
「何でお前が雪片を持っているんだと思ってるんだろ?単純なことだ、お前のIS「白式」と俺の機体「黒式」は兄弟機の可能性があるからだ。どちらも篠ノ之博士の手が入っているからな……あくまで同時期に造られた機体だという可能性だがな」
(まさかここまで絶対防御が大切な機能だとは思わなかったな、いや大切だわマジで!絶対いつか死ぬもんな!これ終わったら束に盾造ってもらって送ってもらおう)
白式と黒式が兄弟機だと織斑に伝えるが彼にはそんな事どうでも良いらしい、問題なのは俺が雪片を手にしているということ。それがどうも気に入らないらしく嫌悪感丸出しである。
「そこまで気に入らないか?」
「あぁ、気に入らねぇな……」
「そうかい、それなら向かってくるがいい。そして奪ってみせればいい……奪えたらの話だがな!」
白と黒が再びぶつかり合う……武器は同じ「雪片」違うのは武器とどの程度扱えるかの技量の差である。二週間身体を鍛え続けた俺と二週間剣道を続けた織斑、一見すると剣道を続けた一夏が上回ると思えるが全体的に戦術を思考し実行できる千春の方が技量は上である。
「どうした?こんなものなのか?」
「まだまだぁ!ここからだ!」
鍔迫り合いから何度も弾いたり弾かれたりを繰り返す。篠ノ之流剣術を使う織斑に対し、俺は篠ノ之流剣術と我流を合わせた剣戟で襲い掛かる。ある程度織斑流を理解している俺に分があるだろう、少しずつではあるものの織斑が苦悶の表情を浮かべ始めていた。
(クソッ!こいつ千冬姉と同じ篠ノ之流を使ってくる!幼馴染ってのは聞いてたけど、まさか流派も知ってるのか!)
(やっぱり千冬と比べてしまうと剣筋が歪んでいるな、それに振り下ろすのも遅い……あいつと比べてはいけないか)
先の戦いで怪我を負っている身体に無理はさせられない、俺はこいつを弾き飛ばして呼吸を整える。雪片を両手でしっかりと持ち『霞』の型を構える。
「悪いが一気にケリをつけさせてもらう。『零落黒月、起動』」
俺の持つ雪片が黒く光りだす、それに対抗するように織斑も自身のISに搭載されている単一仕様能力の出力を上げる。雪片の刀身がより一層白い輝きを放ちはじめる、おそらく出力を最大まで上げたのだろう。白式のSEの消費スピードが異常なほど加速している、この一撃で勝負が決まりそうだな。それならばこちらにも策がある。
「そっちがその気ならこっちだって!」
「織斑先生!あれ大丈夫なんですか!?」
「はっきり言って大丈夫ではない!あんなもの素人が持ってしまってはただの凶器にしかならん!山田先生、今すぐにブザーを―――」
『邪魔するなよ千冬、直ぐに終わらせる』
突然プライベート・チャンネルから通信が入る、彼はこの試合を邪魔するなとだけ伝えてきた。なにが目的なのか私には理解が出来ない。このまま継続しても良いと思うが、あの雪片を見てしまっては止めたくなってしまう。過去に一度私はあの光りを見ている、そして相手を傷つけてしまった過去もある。
「……死ぬなよ?」
千春の意見を尊重した私は、一言だけ彼に忠告した後チャンネルを切断した。私は彼が無事にこの場に戻ってくることだけを願い、スクリーンに表示されている映像を眺めることしか出来なかった。
「篠ノ之流剣術……円月!」
「無月!」
白黒の機体がすれ違う、一振りの剣戟によって衝撃波が生まれる。衝撃波は砂煙を起こしアリーナのシールドを揺るがす程激しい衝撃だった。少しの沈黙があった後、ゆっくりと砂煙が静まっていく……
「勝ったのはどちらでしょう……」
「直ぐにわかるさ」
砂煙が収まるとそこにはズタボロになった黒い機体が一機立っていた。その背後では白式を纏った一夏が地面に倒れていた。
「俺の……勝ちだ」(いやマジで死ぬかと思った、装甲がチョコのように溶けていったからな……)
「白式SE残量0、試合終了。最終試合勝者黒神千春」
生徒からの歓声が聞こえるが、今の俺はそれ所ではないので颯爽とアリーナから退場した。
(しんどい、ここまで疲れるとは思わなかった……たった二試合した程度でここまで持ってかれるとは)
「お疲れのようだな千春、肩を貸そうか?」
顔を上げるとそこには幼馴染の千冬が手を差し伸べていた。
「あぁ、疲れたよ……もう寝たい」
「もう試合は無い部屋に戻ってていいぞ」
「そうするわ~」
ISを待機状態にして寮に戻っていく千春の背中を見ながら一呼吸おく、そして問題児である弟の下へと移動する。
「さてと……織斑、お前は先の試合で何をした?」
一夏が試合に負けたことなどどうでもいいのだが、零落白夜の仕様を理解している千冬だからこそ気が付いた点がある。
「何って……ただ雪片の出力を上げただけ―――」
「ほう?直接相手にダメージを与える攻撃力を持つ雪片の出力を「ただ上げただけ」とはな……」
「何がいけないんだよ?」
「―――もういい、とりあえずお前はISを解除してこちらに渡せ。多少の調節を私がしてやる」
「千冬姉が?……わかった、それなら渡しておく」
納得していないような雰囲気を出しながらも素直にISを渡す、姉弟だからある程度の信用を得ているのだろう。
「確かに受け取った、お前はさっさと寮に戻れ」
これにてクラス代表決定戦はセシリアと千春の一勝一分、一夏の二敗となった。翌日の模擬戦で勝利した者が代表者となると、山田先生との話し合いで決定した。千冬は溜息をつきながら重い足取りで自室へと戻った。
「おかえり……なんか嫌な顔しているな?」
自室に戻ると半裸になっている千春が居た、身体を良く見てみると脇腹から血が滲んでいる。手にはフィブラストスプレーが握られており、机の上にはガーゼと包帯が置いてある。
「怪我は大丈夫か?それで治るのか?」
「知らん……ビームが脇腹を掠めていく事なんて経験した事無いからな」
「まぁそうだろうな、弾丸が掠めていくことはあったんじゃないか?」
千春は過去に一度ドイツで銃撃戦を経験してしまっており、尚且つ被弾した経験がある。ちなみにその場面には千冬も同行していた。
「遭ったけど!それとはレベルが違う……」
軽い被弾だった為大事には至らなかったものの、後日談曰く痛くて死ぬかと思ったとの事だった。
「それで?その白式はどうするんだ?調整するのか?それともロックをかけて制限をするのか?
「あぁ、私と同じ零落白夜なのはわかっていたが……まさかここまで攻撃特化になっているとは。これは下方調整しておかなければ、いずれ誰か死ぬ羽目になる……」
「俺のやつは大丈夫なのか?」
黒式も同じように雪片が搭載されている。単一仕様能力名は零落黒月という名であるが、簡単に言ってしまえば千冬が使用していた零落白夜を低性能にしたものになる。
「お前の零落黒月は私と同じ能力だ、多少の調整はされているみたいだからな」
「確かにデータを見ればかなり抑制させているな、知らないロックが掛かってる。パスワードも三百桁ある……簡単には解除できないだろうな。」
実験段階だったのかかなりのロックが掛かっている、レベルが5まであるとしたらおそらく現在の雪片のレベルは1にも満たないだろう。良くこれで戦えたな……機体は一次移行しているが肝心の雪片は初期状態、どうすれば上限が開放されるのか束に聞いてみるとするか。
「白式もそうして欲しかったがな……全く束のやつ、どういうつもりなんだか」
「今は良いや……とりあえず怪我の処置だけしておくがな」
「貸せ私が処置してやる」
「えっ……」
「何だその顔は、大丈夫だ今度は失敗しない!」
「それが怖いんだよ!ちょ……おい馬鹿やめろ!」
わき腹など血が滲んでいる場所など、様々なところを治療されていく。もちろんというか千冬の治療は下手くそであったため、各部に激痛が走る。あの時と同様に死ぬほど痛い気分を味わうことになるとは思わなかった……
次回は何時になるかわかりません。
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クラス代表は押し付けよう
「痛てぇ……やっぱり一人で処置しておけばよかった……」
包帯でぐるぐる巻きにされた箇所の苦痛に耐えながらそう呟く、ぐいぐいと傷口に包帯を巻かれているときが一番の地獄であった。
「これでも少しは上手くなったんだ、文句は言うな」
これで上手くなった!?包帯でぐるぐる巻きにされて全然動かせないんだけど!まぁ動かすと痛いから極力動かさないようにしてるんだけどな。
「あっ、もうこんな時間か……夕食済ませて無かったから行って来る〜」
「あぁ、私は先にシャワーを浴びさせてもらうぞ」
そう言いながらさらっと服を脱ぎ始める千冬、どうして脱衣所で着替えないんですかね!?こっち見るなよ……
「ご自由にどうぞと言うかこの部屋は千冬の部屋だろ?千冬が優先でいいさ、それじゃあ行ってくる」
逃げるように部屋を後にし食堂に向かっていく。
「さてと、何を食べようかな………」
食券機を前に悩んでいるが、それよりも視線がすごい。だが気にしないことにしよう。原因はだいたい察しているしな……
「黒神さん、お話が……」
「ん?セシリア……あぁ代表の話か?」
さらっと隣に現れるセシリア、何でそんなに静かに近づけるのだろうか?いや俺が悩んでいて気がつかなかっただけなのかもしれないな。
「そうです、失礼ですが場所を変えられませんか?」
こういった話はなるべく誰も居ないところで話したいものだがな、この食堂では一組の生徒も勿論居る。聞かれたら面倒なことになるのは間違いないだろう。
「大丈夫だが食事をしながらでも構わないかい?」
「構いません、ちょうど私も済ませようとしていたところですし」
「それじゃあ頼みに行くか」
俺はしょうが焼き定食を注文すえる。この学園で出されるしょうが焼きは甘辛のたれで調理されている、お味噌汁にはアサリが入っており健康に良さそうだ。セシリアはイギリス出身と言うこともあり食事もイギリス料理の魚料理であるフィッシュ・アンド・チップスにサンドイッチ、そして紅茶をチョイスしたようだ。イギリス料理は不味いと言われているが実際はそこまで不味くは無い、一部の人の味覚が狂っているだけだろう。俺はなるべく人目が付かないテーブルを探し出し、食事を始めながら本題の話を始める。
「さてと……どうしたものかな?はっきり言って俺は代表を辞退したいんだがな」
「理由を伺っても?」
「大人の俺よりもこの学園に所属しているセシリアのほうが立場的に良いと思ったんだ、大人に言われるのは嫌だろ?こういったことは生徒たちでやったほうが楽しいだろ?だから俺はこの権利を蹴り飛ばすつもりだ」
「そうかもしれません、ですが黒神さんの実力は高いほうだと思います。なので私は黒神さんを推薦したいのですが……」
「あれは偶然だ、セシリアが最初から本気を出していればあっという間に終わっていた。接近戦においてはこちらが勝っていたがそれ以外はすべて劣っていた。だからセシリア、俺が強いというわけではないんだ」
「ですが……」
煮え切らないところがあるみたいだが俺は断固として拒否する。決してめんどくさいとかではない、そうめんどくさいとかではない。
「―――セシリアも代表になる気は無いってことで良いか?」
「はい、私は代表にはなる気はございません」
セシリアが代表を降りるとは思わなかったな、セシリアならクラス代表も勤まると思っていたんだけどな……
「そうか、ならあいつでいいんじゃないか?」
「あいつ?……まさか織斑さんを!?」
「そうだよ、まぁ二人が辞退したら残ったあいつに押し付けられるからな」
「そうですけど……織斑先生が承諾してくださるかどうかわかりません」
「大丈夫、上手く説明しておくから。万が一あいつがなにかしら問題を起こしたときにはいつでも行動できるよう準備はしておくからな」
「わかりました、ありがとうございます」
話を終わらせ食事も済ませた、そのあと別の話を少々しながらセシリアと別れた。
さて……どう説明したものかな。適当に誤魔化したりしたら叱られるの確定だろうし……全部話すのが手っ取り早いよな。
「と言うわけで俺とセシリアはクラス代表を辞退する」
「セシリアが辞退するとは、お前も辞退すると言うことはわかったが……残った一夏が代表となるが大丈夫か?」
髪を乾かしながら問いかけてくる。姉である千冬も一抹の不安があるらしい、まぁあれを見てしまってはね……それより服をきてくれ、目のやり場に困るんだよ。
「たぶん大丈夫なんじゃないかな?クラスメイトが何て言うかわからないけど、多分千冬の弟ってことでなんとかなるんじゃないかな?」
「試合でぼろ負けしているが?」
「まあ……これからの伸び代に期待ということで、白式もまだ伸び代がありそうだしね」
正直なところ、あいつは白式のスペックを活かせていないだろう。まぁ動かすことも慣れていないんだからそうだ、慣れ始めたらあの雪片も器用に扱うことが出来るだろう。問題はどのくらいで慣れるかなんだけどな。
「お前の黒式もそうだけどな」
「それを言ってはいけない」
確かに黒式のスペックを活かせていないだろう……俺も早いところ
そういえば束に追加武装頼むの忘れてた。
「もしもし束?」
なるべく早いうちに盾がほしいところだ、あんなもの人体が耐えられるわけ無いだろ!いいかげんにしろ!ということで俺は束にコンタクトをとることにした。
『どうしたのくろち~黒式に不具合でも出た?』
「いやそれは無いんだが、流石に相手の攻撃を防ぐ盾が欲しいと思ってね。死ぬかと思ったから……」
『わかったよ~今USBメモリー持ってる?』
「持っているが、どうすればいい?」
『それを端末に刺してくれればいいよ、あとはこっちでやるからさ〜 』
こんな安物のUSBメモリーでなんとかなるのか?それだったら買い足ししておくとしよう、だがかさ張るのもいかんな……大容量のものを買うとしよう。
『データ送信…………っと!はい、頼まれてた追加の武装だよ〜全て試作品だからデータ収集も兼ねてるからよろしくね〜』
端末に複数の武装が入ったファイルが表示される……これどうなってるんだ?すでに完成品として送られているのもある、これならばすぐに使用することが可能だろう。これはありがたいな。
「ありがとう束、これで少しは安定するだろう。データ収集はそっちで勝手にやるのか?」
『そうだよ〜だから改良品とかも作ってあげるね〜』
「わかった、楽しみにしておく」
『それじゃあね〜』
俺は束との通信を解除して、送られてきたデータの入ったUSBメモリーをパソコンへと移動させる。
「さてと……送られてきた武装は何かな?」
ファイルを選択して送られてきた武装を確認する。こんなに武装いらないしなんなら盾だけでよかった……実弾のマシンガンや試作ビームライフル、バスターライフルと書かれているものもある。こんなもの使わないだろ!適当に送ってるんじゃないか!?まぁいい、盾の性能だけ知っておければいいんだ。
『ヴォイド』
反射……そのまんま対ビーム用だろうな。近接は技量で補えってか?まぁいいけどさ……
『試作型バスターライフル』
なになに?従来のビーム兵器を凌駕する威力を誇るライフル、一発撃つのにチャージが必要である。なるほどな……これは使えそうだが、人間相手に向けるものじゃないな。細かいことは書かれていないが、凌駕する威力を誇っていることから恐ろしいものに変わりは無いだろう。
「束のやつ……まぁいいや、送ってもらっただけ感謝しよう」
「資料に目を通すのは感心するが、この時間だ就寝するとしよう」
「そうだな……千冬、一つ聞いていいか?」
「―――なんだ?」
「下着姿のままで寒くないのか?」
「寒くは無い、部屋の室温を一定にしているからな」
「そうか……だが目のやり場に困る、服をきてくれ。千冬だって俺が下着姿で部屋に居たら嫌だろ?」
「嫌ではないが?」
「……そうですか」
なんでさらっとそんな事が言えるんですかねこの人は!自分の魅力に気づかないんですかね!?
魅力はあっても整理整頓する力はなかったな、前からわかっていたけど。
「うるさいぞ」
「脱ぎっぱなしにするなよ……襲われたりしたらどうするんだよ」
千冬が脱いだ衣類は全て俺が片付けることになった……あっ良い匂いする。これじゃあ変態だな、もう気にせずさっさと洗濯籠に入れてしまおう。
次回は何月だろう……
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クラス代表発表!
翌日の朝四時、昨日の疲れが残っている状態でトレーニングが始まった。
「痛っ……ここはあまり動かさない方がいいな」
昨日の試合で負傷したところがヒリヒリする、痛すぎて痒くなってくる。治るには数日掛かりそうだな、昔はこのくらいすぐに治ったが老いには勝てないのかもしれない。
「軽くするか?その方が負担も少なくなるが」
少しは心配してくれるみたいだな、千冬が心配してくれるのは珍しいけどな。
「いやいつもので良い、IDにもさっさと慣れておきたいからな」
実戦を経てわかったことがある、IDを動かすにあたり俺の身体能力が試される。ID装甲の重さが身体にズシっと来る、その為には身体を鍛えて重さに耐える事が重要だ。まずは千冬の体重を利用し筋力・脚力を向上させる、ある程度鍛えられたらIDを装着し鍛える。これを行えば実戦での技術や技能を格段に上げることができるはずだ。
「わかった、では失礼するぞ」
俺の背中に腰を下ろす千冬、これがいい感じの重りになるのでトレーニングの最初には持って来いだ。本人に重いなんて冗談でも言えないけどな?え?言ったらどうなるって?勿論生きて帰れないだろうね。それに女性に体重とかの話はタブーみたいだから……。
「ぐっ……よし、はじめるからカウントを頼む」
「それでは腕立て伏せ百回、はじめ!」
こうして朝のトレーニングが始まっていく、この後は走り込みによる体力つくりなど基本的なことだ。この日課が終わった後の朝食は本当においしく感じる、いや食堂のおばちゃんが作ってくれたから間違いなくおいしい。食堂に女子生徒しか居ないのを見るたびに、男子操縦者は貴重なものなのだと実感できる。こちらを見てくる生徒や、相席を狙ってくる生徒もしばしば……ちなみに織斑一夏は束の妹の篠ノ之、その他女子生徒に囲まれながら食事を取っている。千冬の弟と言うこともあるのだろう。俺はと言うと、今日は布仏さんと鷹月さん相川さんそして一年四組の簪さんとの相席だった。簪さんの苗字を教えてもらいたかったが、とある事情により言いたくないらしい……名前呼びは少々抵抗があるが、彼女から名前で呼んでほしいとのことなのでそれに従うことにしよう。
「黒神さんは専用機持ちなんですよね?」
「ちょっと特殊な専用機だけどね」
ちょっとどころではないかなり特殊な専用機だ、そもそもISではないし……ISの兄弟機ではあるものの分類的にはどうなるんだろうな。
「それってやっぱり日本の倉持技研からですか?」
表情が曇ったような気がしたが……倉持技研からではないこと、前の職場であったことを簪さんに話す。すると何処か彼女の表情がやわらいだ気がした、もしかしたら彼女は倉持技研と何か因縁があるのかもしれないな。さて何かあっただろうか?
「えっと……じゃあ私が日本の代表候補生なのは先ほど話しましたよね?実は倉持技研によって開発される専用機が送られてくるはずだったんですけど、なかなか送られてこなくて……」
倉持技研で開発されている専用機?あぁ確かに一つだけあったな。確か名前は―――
「打鉄弐式だったか?」
「はい!それです!」
その機体の搭乗者の名前は分からなかったが、まさか簪さんだったとは……
「ふむ……あれは俺も協力していたが直ぐに担当から外されたからな、最後に見たときは全く出来上がっていない状態だったはずだ。しかし遅れていると言うことは何かしらトラブルがあったのか、または別の何かに力を人員を割ったのかのどちらかだろう。いっその事未完成な状態でもこちらに送ってもらってはどうだ?自分の専用機なのだから細かい調整もしたいだろう?」
「……そうですね」
「あと遅れていた理由がわかったら俺に教えてくれ」
たしか倉持技研には白式が渡っていたはずだ、男性搭乗者であり千冬の弟と言うこともありほとんどの人材がそちらに渡ったのかもしれないな。それならばこちらで組み上げてしまったほうが早い。一人で組み上げたほうが早く済むからな。
「それじゃあ、打鉄弐式が送られてきたら教えてくれ。しっかりとサポートするからさ」
「はい!ありがとうございます!」
そうして朝食を済ませ教科書などが入ったかばんを片手に、一年一組の教室へと向かっていく。今日も今日とて織斑が千冬に叩かれていた、理由は勿論言うまでも無いだろう。
そして朝の
「……では一年一組のクラス代表は織斑一夏君に決定ですね、一繋がりで良い感じですね!」
山田先生は嬉々として話しているが、クラスの女子生徒たちには絶望の表情が浮かんでいた。先日の模擬戦を見ていたからだろう、織斑一夏は黒神千春・セシリアオルコットに敗北している為、クラス代表に名は上がらないだろうと思っていたということだろう。しかし山田先生から発せられた言葉に衝撃を隠せない。特に織斑一夏と篠ノ乃箒からは戸惑いの声が上がっている。千冬からはこの状況をどうするんだ?という視線が送られてくる。ある程度は対応するつもりだから問題ないとアイコンタクトで返しておいた、小さくため息をつかれた……仕方ないだろう
「先生、質問があるんですが……」
「はい、なんですか?」
「俺は昨日の試合に負けたんですが、何故クラス代表になっているんでしょうか?」
やっぱり疑問に思うよな。自身は完全敗北したのにもかかわらず何故か代表になっているんだからな、だが決まってしまったものは仕方が無い。さてと山田先生に説明させるわけには行かないしさっさと説明して終わらせよう、セシリアにも俺が説明するって言ったからな。
「俺とセシリアが辞退したからだ」
「なんで!」
「俺が代表になるよりかはこのIS学園に所属してる生徒が務めたほうがいいだろ?俺みたいなおじさんが代表になんてならないほうがいいだろうしな」
「……セシリアは?」
「わたくしが代表候補生になるよりも黒神さんの方が適していると考え、辞退したのですがその黒神さんも辞退してしまったので……結果的に敗者のあなたに決定したと言うことですわ」
そう言えばそんな事言ってたな……あれは完全なまぐれだったと言ったのに、それでも実力といわれるのは困る。
「そんな……」
「まぁ代表ともなればISの操縦技術も向上するだろ、代表戦とかあるしな、実戦には事欠かないだろう?敗者は勝者に従わないとな?」
まぁ何かしら事態が悪化したらサポートはしてやる。とだけ伝えておいた、何かしらの揉め事が起きるのは確定だろうしな。
「まぁ……最初の男性操縦者だしね~」
「そうだね~本当は黒神さんにやってほしかったけど、黒神さんがそういうなら仕方が無いね」
「私達は貴重な経験を積める。他のクラスに情報を売れる。一粒で二度おいしいね、織斑くんと千春さんは」
納得はしてくれたみたいだが……情報を売られるのは困る、クラスメイトを何だと思っているんだ?悪いがある程度の距離は取らせて貰うとするか。
「まぁ後はISの技術を教えてくれる人が要ればって感じだろ」
「じゃあ私が!」
私がと言っているところ悪いのだが、今の段階で教えられるのはISの基礎知識のみだろう……織斑一夏の場合実技も教えなければならなくなるわけだが、訓練機とアリーナの予約も埋まっている。男子生徒だからといって特別扱いは出来ないだろうからな。
「あいにくだが、一夏の教官は足りている。私が、直接頼まれたからな」
「そんな……」
「幼馴染だからっておいしいところとらないでよ!私だって織斑君に教えたいもん!」
「Cランクのくせに!」
ISを操縦するのに必要な身体的素質を持っているかどうかをランク付けしたものの通称を「ISランク」と呼んでいる。値が高ければ高いほどISの可能性を引き出すことが出来るらしい、ただISによって値が変化することもあるらしいのでほとんど宛にしない方がいいものだ。ちなみに俺のランクはSだった。これは千冬と同じレベルだ……機械壊れてるんじゃないのか?
「ら、ランクは関係ない!頼まれたのは私だ!い、一夏がどうしても懇願するからだ!」
「座れ、馬鹿ども」
流石ブリュンヒルデ、騒がしかった空間が一瞬で静寂に包まれた。しかしまぁ……
「はぁ……」
「そのため息はなんだ」
「いや、この雰囲気の中で三年間も過ごすのかってね……」
「耐えろ、望んできていないのはお前以外にも居るんだからな」
耐えますよ、耐えるしかないんだから……救いがあるとすれば馴染みのある人物が居るだけだろう。それだけでも心が救われるものだ。
「お前たちのランクなどゴミだ。私からすればどれも平等にひよっこだ。そんな段階で優劣を付けようとするな」
確かにブリュンヒルデからすればCとかBと言っても全て下のものになるからな。ISとカリスマ性だけは高いが、家事洗濯などの日常的なものは……半人前に近いんじゃないのか?まったく昔はあんなに可愛かったのに。
「何か言ったか?」
「いや何も言ってません」
クソッ!なんで分かるんだ!俺は千冬の心や思考回路は読めないのに何で反対はできるんだ!そんなに分かりやすいのか俺は!だが実際家事洗濯はほとんど出来なかったな、中学の時だってハンバーグ焦がしたり包丁で指きったりしてたからな……そこが可愛いわけだけども。
「ほう」
何故か織斑と二人暮らしだったのもあって食事とか作ったり、あいつに教えたりしたときもあったな……通い妻?違う違うってまだそんな仲じゃないって。それを言うのなら通い夫だろう。夫でもないけどな。
瞬間!大きく振りかぶられた出席簿が脳天に直撃する!その一撃は重く凄まじいものだった、机に顔面からぶつかっていく。
「……悪かったよ」
「わかればいい」
畜生!こいつは叩くしかないのか?もう少し別の手段を覚えてほしいものだ!
「クラス代表は織斑一夏。異存は無いな?」
「「「はーい」」」
こうして一年一組のクラス代表は織斑一夏となった。
よーし負けヒロインだ~
まぁ出ないんですけどね
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転校生はセカンド幼馴染らしい
基本的なISの実践
いやセーフではないですね
「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、オルコット、黒神は前に出て来い。ISを展開して試しに飛んで見せろ」
四月も下旬となり遅咲きの桜の花びらがなくなった頃。一年一組は今日もこうして千冬の授業を真面目に受けていた。
「早くしろ、熟練したIS操縦者は展開まで一秒とかからないぞ」
ISは一度フィッティングしたら、操縦者の身体にアクセサリーの形状に変化し待機状態となる。セシリアはピアスのようなもの、本人に聞いたところイヤーカフスと言うらしい。織斑一夏はガントレットと呼ばれるものだ、ガントレットはアクセサリーではなく防具である。ちなみに俺のIDは携帯端末である、完全にアクセサリーではない。だが実用性のある分優位性はあるかも知れない。
「集中しろ」
織斑は急かされているな、セシリアは既にISを展開し装備して浮かんでいる。ISを展開するときに1番簡単なのは意識を集中させISの展開をイメージすることである、しかし俺のIDはそんな事関係ないのでさっさと展開してしまおう。IDの展開は比較的簡単である、端末の中心部に設置されているボタンを押せば展開が完了する。ただし展開に二秒ほど掛かってしまう。
展開が終わりセシリアのブルー・ティアーズと横並びになってみると、圧倒的なサイズ差があるな……セシリアが浮かんでいるのに対して俺は地面に着地している状態だ、万が一バランスを崩して倒れこまないようにする為だ。
「よし飛べ」
俺とセシリアは勢いよく上空へ飛び立っていく、一夏は二人よりも少し遅れて飛び立ち急上昇していく。ISに乗りなれているセシリアには追いつけないが俺のはるか後ろにはバランスを崩しながらも追いつこうとしている織斑の姿が見えた。
「何をやっている、スペック上の出力では白式のほうが上だぞ」
通信回路からお叱りの声が聞こえてくる、何で全員に聞こえるようにした?まぁいいや。束が造った『白式』だ、スペックはそこら辺の量産機を越えている。代表生の機体を越えているのかは分からないが……スペック上ではセシリアのを越えているみたいだな。黒式?比べた事無いからわからん、後で調べておく。スペックでは上ということはそれを織斑は扱いきれていないということか、だが何時の日か扱えるようになるから大丈夫だろう。
「織斑、イメージは所詮イメージだ。自分がやりやすいように工夫し模索する事が大切だ」
イメージはかなり大切な部類になる、武装を展開するのにもイメージが必要になる。剣や刀、槍などの近接武装を展開するのにも武装をしっかりとイメージする必要がある。銃などの中遠距離武装もイメージが大切である。黒式に搭載されている武装については、俺も過去に触れたことのある類のものなので展開は容易に出来る。
「そう言われても……『自分の前方に角錐を展開させるイメージ』ってよく分からないし……」
白式、黒式には翼状の突起が背中に二対あるが、飛行機と同じ理屈では飛んでいないだろう。翼の向き関係なく飛べているからな……まぁそれを説明すると色々あるわけだが、確かにこの説明は全く分からない。実際俺もわけが分からなかったので、鷹が飛んでいるのをイメージしている。え?それでも分からない?細けぇことは良いんだよ。
「そうか……ロボット系のアニメとか見たことあるか?」
「えっと、アイ○ンマンとかなら見たことはあるけど」
アイア○マンはロボットに入るのだろうか?まぁいい
「それが飛んでいる描写をイメージしろ、それがやりやすくなければ模索していくしかないな」
「説明しても構いませんが、話すと長いですわよ?反重力力翼と流動波干渉のはなしにもなりますから」
そんな事したら織斑の頭がパンクするので説明はしなくていいとセシリアに伝える。セシリアは楽しそうに「残念ですわ」と言いながら微笑んでいた。あの試合以降セシリアは織斑のコーチを買って出ている、その為ある程度の信頼関係は築くことが出来ているみたいだ。
「織斑さん、よろしければまた放課後に指導してあげましょうか?その時は黒神さんも一緒に―――」
「一夏っ!いつまでそんなところにいる!早く降りて来い!」
いきなり通信回線から怒鳴り声が響く。何事かと見てみると、地上では山田先生が手にしていたインカムを篠ノ之箒に奪われていた。山田先生がおたおたしているのが見えてくる。これもISに搭載されているハイパーセンサーによる補正である、地上二百メートルから千冬の表情がはっきりと見える。相変わらずキリッとしたつり目だな、睨まれたので笑顔で返しておく。
「ちなみにこれでも機能制限が掛かっているんでしてよ?元々ISは宇宙空間での稼動を想定してたもの。何万キロと離れた星の光で自分の位置を把握する為ですから、この程度の距離は見えて当たり前ですわ」
ちなみにIDはある程度の機能制限は解除してある、というか解除しなければISよりも視野範囲などがISの三割程度しかなかったからな。これも全部初期設定だったのが悪い。
「さすがは優等生だな、知識面も豊富だ。この調子なら代表にもなれるな」
「ありがとうございます黒神さん」
そんな会話をしていると通信回線から千冬の声が聞こえてくる。
「織斑、オルコット、急下降と完全停止をやって見せろ。目標は地表から十センチだ。千春はその場で待機していろ」
「えっ……」
織斑とセシリアは実践を、俺は何故か残された。何故!?笑顔で返したのが悪かったのか?そう思いながらも二人の後姿を眺めていた。
「了解です、では織斑さんお先に」
そう言って、すぐさまセシリアは地上に下降していく。少しずつ小さくなっていくセシリアの姿を眺めるしかなかった。
「うまいもんだな。織斑、地上に激突するなよ?グラウンドに穴が開くからな」
ただでさえ急下降は難しいのに、専用機を持っているからというだけで実践しろと言われたらたまったものではない。セシリアは完全停止も難なくクリア出来たらしい、流石候補生だな。
「よし……いくぞ!」
意識を集中させて急下降していく……早いな、いや早過ぎないか?それになんか焦っているような―――
ズドォォォォン!!!
地上には着いたみたいだな、停止できずに墜落したが……クラスメイトにはくすくす笑われていたり、ため息をつかれたりしている……身体はGや衝撃から守られているな。
「馬鹿者。誰が地上に激突しろと言った、グラウンドに穴を開けてどうする」
見事なクレーターがグラウンドに完成している。あれは後で埋めておかないと次のクラスが使えないな……
「本当に激突するとは思わなかった……あれは急下降じゃなくて墜落だよな」
「まぁいい、千春聞こえるか?」
一通り説教が終わった後、千冬から通信が入る。通信はクリーンであり、千冬の息遣いがしっかりと聞こえる。
「千春には二センチで止まってもらおうと思ってな」
おー……マジで言っているのか?俺も織斑とそこまで操縦技術は変わらないぞ?それでもやれと言うのかこの鬼教官は……
「期待しているぞ!」
俺の心の声がハッキリ聞こえているのか、こちらを満面の笑みで見てくる。初心者にそこまでやらせるのか?それとも嫌がらせか?後者だったらお酒の制限してやる。
「しょうがねぇ、やるか!」
意識を集中し、地上に墜ちていく。目標は地上から二センチでの停止である、はっきり言って初心者には無理難題過ぎる。地上から二百メートル、身を翻し着地の準備を行う。ここで速度を落とせなければ織斑のように墜落し激突、グラウンドにもう一つ穴を空ける事になる。それだけはなんとしても避けたい。バーニアスラスタの出力を最大にし姿勢の安定化、着陸態勢に入る……そして。
「砂煙を巻き起こしたな……」
「それくらい許せ、それに穴は開けてないからな。すこし凹んだ位だが」
無事着陸を成功させたものの、周囲に砂煙を巻き起こしてしまった。クラスメイトが咳き込んでいるのを見ると少し申し訳ないと感じる。織斑の方を見てみると、篠ノ之箒に介護されていた。一応大丈夫そうだな。
「織斑、武装を展開しろ。それくらいは自在に出来るようになっただろう」
「は、はぁ」
「返事は『はい』だ」
「はいっ!」
「よし、でははじめろ」
白式唯一の武装である雪片を展開する、刀などの鋭いもののイメージは人それぞれである。強く右腕を握り締めていると、手から光が放出される。この光が像を結び形として成立する、この光が収まる頃には武器が握られている。
「遅い、0.5秒で出せるようになれ」
相変わらず厳しい鬼教官だ、あれから一週間しか経っていないというのに……だが厳しいだけあって上級生の教え子はかなりレベルが高かった。二年の生徒が訓練していたのを眺めていた、一年の成長であれだけの実力を有しているとは思わなかった。そのことを千冬に話すと「それでも私からしてみれば中の下だ」との事だ。
「セシリア、武装を展開しろ」
「はい」
あいつとは違い、一瞬で展開を終わらせる。銃器には既にマガジンが接続されており、視線を送るだけでセーフティーが外れる。一秒と経たず展開から射撃可能までのプロセスを終わらせている、流石候補生だ。
「危ないな……」
ただし、銃口がこちらを向いていることを除いて……
「流石だな、代表候補生。―――だがそのポーズはやめろ。横に向かって銃身を展開させて、千春を撃つ気か?正面に展開出来るようにしろ」
おうサラッと「千春」呼びしたな、生徒の目の前では「黒神」と上の名で呼んでいたのに。それを忘れるほどのことか?
「で、ですがこれは私のイメージをまとめる為に必要な―――」
「そのイメージに縛られていると、後々大変だぞ?とっさに射撃も出来ないからな」
その状態での誤射が1番恐ろしい、それに取り回しが悪いライフルを片手持ちで展開するのも効率が悪い。
「わかりました」
「セシリア、近接用の武装を展開しろ」
「えっ……あ、はっはい」
ライフルを粒子に変換し
「どうしたセシリア、調子が悪いのか?」
「もう少しで……くっ、『インターセプター』!」
武器の名前をヤケクソ気味に叫ぶ。それによって粒子は一つにまとまり武器として構成される、しかしこの方法は初心者向きの手段である。それをしたと言うことはセシリアは近接武装の展開が苦手らしい。あのときの試合でも確か名前を叫んでたな。
「何秒掛かっている、お前は実戦でも相手に待ってもらうのか?」
近接戦闘での展開が遅かったのは、セシリアが近接武装の展開に慣れていなかったからなのか。
「前回の試合で千春に間合いに入られていたように見えたが?」
「あれは……その……」
「実践あるのみだ、何時かは言わなくても展開出来るようにしておく必要があるな」
「善処します」
その意気だ、国家代表になるには何事も完璧にこなしていかなければならないらしいからな。過去に代表操縦者の動きを見たことがあるのだが、人間が動かしているとは思えない動きを繰り返していた。そんなことを考えていると……
「千春、お前は全ての武装を二秒内に出し切れ」
鬼からとんでもないことを言われた。
「全てを!?」
「全てだ」
いや全てって!つい昨日武装を追加したばかりで展開のコツも掴めていないって言うのに……いや昨日隣で見てたな!見てたからこそ全部出せってことか……
「勘弁してくれよ千冬……」
「織斑先生だ」
畜生……しょうがねえな、コイツに逆らうことはあんまり出来ないからなしょうがない。
「―――これで全部だ」
「一秒の遅れだな、まぁいい」
黒式に搭載されていた武装、新たに追加した対ビーム用シールド『ヴォイド』、一応追加した『試作型バスターライフル』、カノンが弾切れした際に使う緊急用拳銃『コマンドー』計七つの装備を展開したんだ。少しは褒めてくれよ!褒めないからドイツの連中から鬼教官とか陰口叩かれたりしてるんだぞ……バカ!
「時間だな、今日の授業はここまでだ。織斑はグラウンドを片付けておけよ」
「黒神さん!手伝ってください!」
「いや穴を開けたのはお前の自業自得だから……頑張れ」
「はい……」
しょんぼりとしながらグラウンド整備をしていく、頑張れ織斑。
またIS学園で問題が起きる
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セカンド幼馴染の到着
非常に短い内容なのが申し訳ないです。
「ここがIS学園ね」
夜の8時。IS学園の正面ゲート前に、小柄でまな板な身体に不釣合いなボストンバックを持った少女が立っていた。金色の留め金がよく似合う艶やかな黒髪は、春の夜風になびいていた。
「えっと、受付が……本校舎一階総合事務受付ってどこにあるのよ!」
上着のポケットからくしゃくしゃになった紙切れを取り出すものの、そこには『本校舎一階総合事務受付』としか書かれておらず、地図などは一切描かれていない。そのことを確認した後、再び紙切れをポケットにねじ込まれ、少女の大雑把な性格と適当な案内によってくしゃくしゃにされた。
「周りに誰も居ないし……自分で探せばいいんでしょ!探せば!」
ぶつくさ言いながらも、しっかりと行動している。思考よりも行動という、彼女の性格を現していた。良く言えば『実践主義』悪く言えば何も考えていない脳筋である。少女は日本人に似ているが良く観察してみると違う。鋭角的であり艶やかさを何処か感じさせるその瞳は、中国人のそれであった。
少女にとって日本は第二の故郷であり、思い出の地でもあり、因縁の場所でもある。誰か居ないかと人影を探すものの、そう簡単には見つからない。既にどの校舎も灯りは落ちており、生徒は全員寮にいる時間帯であった。
最悪ISを展開し空から探そうと考えるものの、ここに来るまでにあったことを思い出していた。
「なんで私がIS学園に入れないのよ!!」
「君が受験しなかったからでしょ、凰君」
目の前で喚き散らす少女を前に、小太りの男性が脂汗を出しながらも答える。男性も少女も軍服を身に着けている、少女の腕には星が縫われた腕章を身に着けている。男性の方は胸に胸章が付いている、章を見るに男性は三級士官のようである。
「受けるように言ったのに、無視したのは君だよ?」
「そのようで」
男性は過去に一度、少女に対してIS学園の受験を勧めたようだ。しかし彼女は全く興味を示さず受験を蹴り飛ばしたらしい。一度蹴り飛ばしてしまっているのであれば興味がないと思われても仕方がないだろう、そこにいきなり許可も無く編入させろなどわがままが過ぎるというものだ。
「そんな昔のことはどうでもいいの!なんとか私が入れるようにしなさいよ!」
何故か一度蹴り飛ばしたIS学園に入りたいと地団駄を踏んでいる。理由は何か知らないが彼女が、ここまで駄々をこねるのは初めてのことであり、そんな少女を見ている二人の男性はため息をついていた。
「軍にも予定があるしね……」
呆れた様子で首を振る男性、個人のわがままで編入できるほど社会は甘くない……ただしそれは既に過去のこと。
「お願いします、おじさま♡」
今は女尊男卑が当たり前、女性が全て優先されるというとんでもない時代である。
目の前には右腕にISを装着していた少女が、にこやかな笑顔で男性を見ていた。音がした方を向いてみると、そこには打撃痕が残っていた。にこやかにしているがその顔の裏には「次は無いよ」という意思が感じられる。
「わっ……わかった、できるだけ早い時期に転入手続きをしておこう」
そんな意思を感じ取れたのであろう男性は、冷や汗をかきながらも少女の要望を了承した。こうでもしなければ今度はあの衝撃をわが身に受けることになる、それだけは避けたかったのだろう。
「いつもありがと、話がわかるわね」
少女はISを解除して、にこやかな笑みを浮かべて去っていった。
そんな事を思い出しつつも、目的地を探しながら人影を探していく。しかしこんな時間帯に外を歩いている人物などめったに居ないだろう。
「うん?誰か居る?」
アリーナ付近に彷徨ったとき、物陰から誰かの声が聞こえてくる。少女は声のする方へと歩んで行った。
「111……112……」
そこには片手腕立て伏せをしている男性の姿があった。IS学園には男性が二名居るとは聞いていたが、彼は彼女が探していた織斑一夏では無さそうであった。
「ちょっといい?」
彼に近づき声をかける少女、その声に気がつき振り返る。彼女を見た男性は何処かの迷子が学園内に迷い込んだのかと、ゲートまで案内しようかと声をかけるが―――
「迷子じゃない!転校生よ!」
迷子と間違われたことにご立腹な凰は、彼に対して殴り掛かる。この少女も女尊男卑が当たり前だと思っているのだと考え、呆れた様子で少女の拳を受け止める。軽々と受け止められた自身の拳に戸惑いを隠せていない様子であった。
「あぁ転校生なのか、それは悪かったな。それで俺に何か用があるのか?」
「この紙に書かれてる場所に行きたいんだけど」
ポケットに無理やり詰め込んだ紙を見せる。クシャクシャじゃないかと男性が呟くが、彼女が睨みを効かせると押し黙る。
(こいつも黙り込むのね)
そんなことを思っていると、彼の口から言葉が漏れた。
「この時期に転校生なんて聞いたことは無いが……特例なのか?」
「まぁね~私中国の代表候補生だからね」
中国の代表候補生がこんなに小さく荒い性格をしていると思うと……代表操縦者の人は苦労しているのだろうかと思ってしまう。男性はため息をつき、何処か彼女を哀れに見るような表情を浮かべていた。
「ねぇ。織斑一夏って知ってる?」
「知ってるぞ、織斑千冬の弟だろ?」
「そうよ、どんな生活を送っているのか知ってる?」
「まぁ初めての男子生徒だしちやほやされてるんじゃないか?」
「……そう」
そんな事を話していると、目の前に事務受付と刻まれたプレートが見えてきた。
「ここが事務受付だ。それじゃあ俺はこの辺で……」
「ありがとうね、おっさん」
おっさん……その言葉が彼を傷つけたことを彼女は知らないまま、事務受付に入っていく。
「―――これで手続きは終わりです。IS学園にようこそ、
愛想のいい事務員の言葉を聞いてはいるものの、あまり頭には入っていない。鈴音はずっと頭の中でとある男の顔が思い浮かんでいた。
「織斑一夏って何組ですか?」
「噂の子?一組ですよ、凰さんは二組なので隣のクラスですね。あの子一組のクラス代表になったらしいよ、やっぱり織斑先生の弟さんなだけあるわね~」
噂好きは女性の性という言葉を体現したかのような事務員の姿を、冷ややかな目で見ながら鈴音は質問を続けようとしたがその言葉は事務員の言葉によって遮られた。
「一組といえば織斑先生の幼馴染の黒神さんもだったかな~あの人IS使ったこと無いのに候補生と相打ちまで持ち込んだみたいだし、噂では織斑一夏君も倒したらしいわよ」
一夏が黒神という人に負けた。そんな事があるのかと鈴音は驚くが、彼女がここに来た目的は強い人物と戦うためではない。
「二組のクラス代表って、もう決まってますか?」
「決まってるわよ」
「名前は?」
「えっと……聞いてどうするの?」
鈴音の態度に疑問を感じたのか、事務員は少し戸惑ったように聞き返した。
「お願いしようかと思って。代表を私に譲ってって」
にっこりとした笑顔には、一夏と会えるという喜びと、同じクラスではないという残念な気持ちと……
ちやほやされていると言うことにイラついているのか、血管を浮かび上がらせていた。
転校生と分かれた後、寮へと戻った千春。トレーニング後でぐったりしているが、追い討ちをかけたのは彼女が放った「おっさん」と言う言葉である。
「……戻ったぞ」
「あぁ、トレーニングは終わったか?」
相変わらず下着姿のまま缶ビールを飲んでいる千冬、彼女に羞恥心はないのだろうか?無かったわ。
「……終わったぞ」
「どうした?気分が沈んでいるように見えるが」
気分が沈んでいる彼の姿に少し驚きつつもビールを飲み、勧める。
「なぁ千冬、聞いても良いかな」
「なんだ?」
「俺っておっさんに見えるのかな……」
そんなくだらないことで落ち込んでいるのかと、呆れた口調で千冬は言っているが、俺にとってはかなり辛い言葉であったのには違いなかった。
「そんなことで落ち込むな。ほらこれ飲んでさっさと忘れろ」
そう言って冷蔵庫からキンキンに冷えたビールを取り出して千春に渡す。
「いや俺酒飲めない―――」
「いいから飲め!」
「モガッッ!」
翌日の朝。俺は千冬と仲良く裸で寝ていたこと、夜何をしたのか全く覚えていないことに恐怖を覚えながら、彼女の目覚めを待つことしか出来なかった。
「俺は一体何をしてしまったんだ…………?」
次回は千春は出てこないです。一年一組の代表決定パーティです。
千春は千冬にお酒を飲まされているので出て来ません、千春たちがしていたことは番外編の方に投稿していきます。
(大事なことなので二度言いました。)
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就任パーティー
「と言うことで!織斑くんクラス代表おめでとう!」
「おめでと~」
クラスメイトによってクラッカーが乱射される。織斑の頭に落ちる紙テープは、織斑の心に重くのしかかっていた。
現在は夕食後の自由時間。場所は寮の食堂である、一組のメンバーは千春を除いて全員揃っていた。各自飲み物やお菓子を手にわいわいと盛り上がっている。
「……」
皆はめでたいと言っているが、ちっともめでたくない。なんなんだこのパーティーは。壁には『織斑一夏クラス代表就任パーティー』と書かれた紙がかけてある。就任パーティーか……まぁなってしまったものは仕方が無い、しかし何故千春がこの場に居ないのかが疑問だ。
「いやー、これでクラス対抗戦も盛り上がるね!」
「ほんとほんと。」
「同じクラスになれてラッキーだったよね~」
さっきから相づちを打っている女子は二組だったり、三組だったりしたりがするんだが。気のせいだっただろうか?いや気のせいではないな、確実に人が多い。明らかに三十名以上はいる、何でクラスの集まりでクラスの人数を軽く超えてるんだよ。
「人気そうだな一夏」
「……本当にそう思うか?」
「ふん!」
箒は鼻を鳴らしてお茶を飲む、相変わらず機嫌が悪い。
「はいはい~、新聞部です。話題の新入生、織斑一夏君と黒神千春さんに特別インタビューをしに来ました~!」
その言葉に一同盛り上がる。何で盛り上がるんですかね?
「私は二年の
とりあえず受け取って名前を確認する、画数の多い漢字が使われているんだな。この名前を書いている本人は大変なんだろうな。
「ではずばり織斑君!クラス代表になった感想をどうぞ!」
ボイスレコーダーを俺に向けてくる、無邪気な子供のような瞳を輝かせている。
「あ~えっと……」
感想なんていわれても特に何もない、千春に負けてセシリアにも負けた……全負した俺が代表をやっていると言う時点でおかしい。だけど二人は俺に代表を託した、なら男としてしっかりしないとな!
「頑張ります」
「もっといいコメント頂戴よ~。俺に触れるとヤケドするぜ!とかさ~」
その台詞だいぶ前の時代に流行ってる気がする。
「自分、不器用なんで……」
「まぁいいや、適当に捏造しておくからいいとして」
よくねえよ。独断と偏見による偽造で間違ったイメージが伝わるじゃねぇか!こうやって世間には間違ったことが広がるのか、恐ろしい……
「もう一人の男性操縦者の人は?」
辺りを見回しても千春は来ていない、この人の言葉を聞いて回りの人たちがざわざわし始める。中には「千春さんに会いに来たのに。」と言う声も聞こえる、そう言えばあの人千冬姉の幼馴染って言ってたな。昔の記憶とかあまり覚えてないんだよな~
「黒神さんは参加していませんよ」
オルコットはどうやら知っていたみたいだ、前もって参加しないということを聞いていたのかな?
「誘わなかったの?」
「誘おうと思ったのですが……黒神さんの部屋が何処かわからなくて」
違った。セシリアも千春の居場所がわからないだけだった、それにしても本当に何処にいるんだ?俺が部屋を伝えられたときも、既にいなかったし……別のところに移動させたのかな。
「他の方にも伺ったのですが、結局何処なのかわかりませんでしたわ。得られたとしたら黒神さんは織斑先生といることが多いみたいでして……」
千冬姉とそんなに交流があるのか、珍しいな。幼馴染だけのことはあるのかな?仮にそうだったとしても、一緒にいるときが多い気がするな。
「確かに私も黒神さんが織斑先生と歩いてるところ見たよ~」
「私は朝一緒にトレーニングしてるところを―――」
皆色々見てるんだね、それだけ注目されているってことなのかも知れないな。
「そっか、本人から教えてもらったりとかは無かったの?」
「なかったですわね……」
「そうなんだ。織斑君よりあの人のほうが人気なのに。しかたない、黒神さんに関してはまた後日にしておくよ」
それは本人のいないところで言ってほしかったな……千春のインタビューは正直気になる、忘れてることが多いからな。
「セシリアちゃんもコメントくれるかな?」
「あまりこういったコメントは好きではないのですが……仕方ないですわね」
満更でもなさそうだ……というか意外と近くに居たんだな。写真対策なのか髪型に気合が入っている気がする。
「ではまず、何故私と黒神さんがクラス代表を辞退したのかと言うと―――」
「長くなりそうだからいいや、写真だけ頂戴」
「最後まで聞きなさい!」
「いいよ、適当に捏造しておくから」
「それは困るんですが……」
何を書かれるかわからないもんな、そりゃぁ困るわ。
「とりあえず二人並んでね。写真撮るから」
「注目の専用機持ちだからね、本当は三人の写真がほしかったんだけど」
「そうですか……そう、ですわね」
何故か残念そうな表情を浮かべるオルコット。千春が来ると思って気合入れたんだろうな。
「……」
「なんだよ箒?」
「なんでもない」
なんでこっちをじろじろ見てくるんだ?何か用があるのかと思ったが、違ったらしい。紛らわしいな。
「それじゃあ撮るよ~931÷(810+3)は~?」
「えっ……4?」
「ぶー、1.14514でした!」
なんだそりゃ、全くわからない。
パシャッとカメラのシャッターが切られる。……ん?
「なんで全員はいってるんだ?」
恐るべき女子の行動力、一組のメンバーが一瞬で周りに集結していた。箒までいる、一体何がしたいんだろうか。
「あなたたちね……」
「まぁまぁ~」
「セシリアだけ抜け駆けは無いでしょ」
「まぁいいですけど。」
何はともあれ、この『織斑一夏クラス代表就任パーティー』は十時過ぎまで続いた。女子のエネルギーを侮っていた、そう気がついた頃には既に夜はどっぷりふけってた。俺は消耗しながら部屋へと帰還し、ベットに寝転がっていた。
「今日は楽しかっただろう。良かったな」
とげとげしい口調で箒が嫌味を言ってくる。なんなんだろうか、俺に喧嘩を売っているのか?よくわからないな。
「楽しいものか、疲れただけだ。お前は逆の立場だったら嬉しいのかよ」
「あぁ……そうだな。楽しいかもしれないな!」
本当はそうじゃないくせに、すぐに意地をはる。一度言い出すと引っ込みがつかなくなって自爆する、箒はそういうやつだ。適当に話を切り上げてやった方がいいだろう、これ以上おかしなことを言われる前に眠りにつきたい。
「あっそう、じゃあ俺寝るわ」
「まだ十時半ではないか、もう寝るのか?」
「疲れたんだよ、そういうときは早く寝るに限るんだよ」
「そうか……なら寝間着に着替えるからそっちを向いていろ」
同居生活も一週間を超えるが、何でこいつは俺がいるときに寝間着に着替えるんだろうか?俺が歯を磨いたり、シャワーを浴びているときに済ませればいいと思うのだが。事実俺はそうしている訳だし。
「なぁ箒。前も言ったが着替えは俺が居ないときに―――」
睨みつけられた
「……わかったよ、向こう向いてればいいんだろ」
これだから女はよくわからない、特に箒に関しては全くわからない。とりあえず俺は身体の向きをごろりと変えておく。
「…………」
「…………」
この沈黙の時間が嫌なんだ。妙に時間が長く感じるし、ちょっとした衣擦れの音が異様に気になる。俺だって健全な十五歳の男子であって、この落ち着かない感じはなれない。
シャツを置く音が聞こえる……以前にシャワー上がりの姿を見てしまったことがある、それが自然と脳裏に蘇ってしまう。ますます落ち着かなくなってしまう。
それからしばらくの間、何とも言えない着替えの音に翻弄される。俺は眠るどころではなくなってしまった。
「もういいぞ」
許しが出たので身体の向きを元に戻す。別に戻さなくても良いと思うのだが、一度それで何故か怒られたのでもう何も言わないことにしている。
「帯新しくしたのか?」
箒は毎日寝間着浴衣を着用している。何処までも和を貫いているやつだ。まぁ良いと思うけどな。腰に巻いてある帯が昨日のもと全く違うものだったから、俺は何の気なしに指摘してみた。
「良く見ているな」
先ほどのとげとげしさが無くなり、上機嫌になっているように見える。よくわからないやつだな。
「色も模様も違うんだから、普通気が付くだろ。毎日箒を見てるんだからな」
「そうか……私を毎日見ているか、そうかそうか」
どうやら上機嫌で何度も頷いているらしい。
「よし、では寝るとしよう」
とてもじゃないが寝るやつのテンションではない、ともあれ箒が上機嫌に戻ってくれて何よりだ。
「おう、おやすみ」
少しずつ眠くなってきた俺は、今度こそ睡眠へと落ちていく。
その日の夢は、何故か昔のことを思い出す内容だった。
次回は幼馴染の子ですね
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再会
昨日千冬に酒を飲まされた後の記憶が一切無い、俺は一体何をしてしまったのだろうか……彼女に手を出していないことだけを願うしかない。とりあえず起き上がって、朝練の準備をしておかないと。
ゆっくりベットから起き上がる、妙な違和感に襲われながらもしっかりと身体を起こした。少しずつ視界がよくなり頭が回っていく。
ポケーッとしながら状況を確認すると、何故か生まれたままの姿であった。
「なんで俺は裸なんだ?夜一体何が―――」
「寒い………」
声のした方に視線を移動させると、そこには生まれたままの姿で腕にしがみついている千冬の姿があった。
―――え?
うわぁぁぁぁ!俺は本当に何をしたんだ!?なんで千冬と裸で寝ているんだ!?何でこうなったんだ?
……駄目だ、思い出せない。何も思い出せない。
「千冬……起きてくれ、頼む起きてくれ」
声をかけるが千冬は全く起きる気配が無い、揺さぶって起こすしかないのか?いやしかし!今の彼女は裸なんだ、こんなことしてしまえば拳が飛んでくることは間違いない。なんとかして千冬を起こさないと……
「いやその前に手を出していないかの確認だけを……いやどうやって調べるんだよ、う~ん」
確認するために彼女にかかっているシーツを剥がす、というわけにも行かないだろう。そこで起きてしまったら俺が変態だと思われる、それだけは避けたいところだ。そんな事を考えていると、隣からくすくすと声が聞こえてくる。
「……千冬?」
「おはよう千春、よく眠れたか?」
どうやら既に起床していたらしい、それなら俺の声に応えてくれても良いと思うんだけどな~?悪戯のつもりなのか?
「あ、あぁ……眠れたが。とりあえず隠してくれないか?」
イスにかけてあった大きいサイズのバスタオルを千冬に渡す、しぶしぶ受け取ったあと千冬は身体を隠しベットから起き上がった。
「私は別にいいのだが……千春の方こそ、立派な物が丸見えだぞ?」
そういわれて今現在の姿を確認する。俺の身体には今何も身に着けていない、そして千冬と対面している状態だ。千冬がすこし頬を赤らめながらも、チラチラと下のほうを見ている。
「チラチラみるな!」
急いで着替える、こんな辱めはさっさと終わらせておかないと……そうだ千冬に一つ確認することがあった。
「千冬!俺昨日の夜の記憶が無いんだけど!お前に何したんだ?手は出してないよな?暴力とかも振ってないよな?何も無かったよな?」
頼む、何も無かったといってくれ。仮に何かしてた場合、最悪行為をしていたとしたら……俺は責任を取って―――
昨日の夜は激しかったな。」
あぁ……なんということでしょう。俺は千冬の初めてを無理やり奪ったということになる、もう二度とお酒は飲まないと誓わなければ。あとしっかりと責任も取らないと。いろいろと問題も起こるだろうし、その処理も行わないと……
ふふっ少しからかっただけだが、なかなか初々しい反応をしてくれるじゃないか。昔は千春にやられていたが……今では私がやり返す側になってしまったな。ぶつぶつと何か呟いているが、しかたない正気に戻してあげるか。
「千春」
「なっ……なんだ?」
怯えている表情を見るのも新鮮だな、こうして目の前で見てしまうと……いじめてくなってしまうな。しかし今回のことに関しては言っておかねばな。こいつは考え込んだら一人の世界に閉じこもってしまうからな。
「安心しろ、『お前からは』手を出していない」
「ほ、ほんとうか?ほんとうに?」
本当に何も覚えていないのか、何度も訊ねてくる。そこまで心配するのは千春らしい。
「あぁ本当だ、だから安心しろ」
「そうか、そうかそうか……よかった、千冬に手を出してないんだな」
よかったか、少し複雑な気持ちになるのはなぜだろうな。妙に安心しきっている表情を浮かべているのがまたムカつく。
「まだ大丈夫なんだな」
「……何か言ったか?」
「いや何も!」
『まだ』か、いつかあの言葉を言ってくれるということか?―――想像しただけで顔が赤くなりそうだ。千春にはばれていないだろうか?それにしても千春はこういったことに疎いな。『お前からは』と言っているのに彼は『手を出していない』と言ってきた、つまり私からのみだと思っているんだ。そう考えているのであれば今はそれでいいだろう。
「とりあえず今日もトレーニングを……する時間がないな」
時刻は既に七時を回っていた、流石にする時間は無いな。今日は止めておくか。
「千春。お前はいつも通り先に行っておけ、その後私もここから出る」
「わかった、じゃあさっさと準備済ませる!」
千春が私の部屋にいるのは私達を除いて山田先生しか知らない。全生徒にばれてしまわない様にと、時間をずらしている。ばれる前に部屋を決めなくてはいけないな……すこし寂しいが。
「それじゃあいってくる!」
「あぁ気をつけてな」
寮から出た後、俺は一目散に自身のクラスに入っていく。丁度織斑も来たようであった。
「織斑君、黒神さん!おはようございます、転校生の噂聞きましたか?」
朝から元気な子だ、やっぱり若い子は元気であるべきだな。それにしても転校生か……転校生?
「転校生?今の時期に?」
「なんでも中国の代表候補生らしいですよ!」
中国……代表候補生……転校生?もしかしてあの時の?いやそうだな、そうに違いないな。こんな時期に編入する時点であいつしか居ない。というかあのときにあったやつで間違いないだろう。
「ふーん」
「あら、わたくしの存在を今更ながらに危ぶんでの転入でしょうか?」
いやおそらく俺たち男性操縦者関係で転入してきたのだろう、最悪相部屋になってしまえばデータを盗める。セシリアは単にISの稼動データのためにこの学園に入ってきているが、ここから先の転校生はほとんどが男性操縦者のデータを獲るために来るだろう。
「どんなやつなんだろうな~」
「気になるのか?」
「少しは」
「そうか……」
「今のお前に女子を気にしている余裕はあるのか?来月にはクラス対抗戦があるというのに」
「そうですわ織斑さん。クラス対抗戦に向けてより実戦的な訓練を行いましょう。中遠距離は私が、近中距離は黒神さんがお相手いたしますわ。一組の中で専用機を持っているのはわたくしと黒神さん、そして代表のあなただけなのですから」
確かに専用機を持っていれば、アリーナの申請だけで済む。そう考えると専用機持ちだけで模擬戦闘をしたほうが手っ取り早い。
クラス対抗戦とは読んで字のごとく、クラス代表同士によるリーグマッチ戦である。本格的にISを学ぶ前の、スタート時点での実力指標を作るためにやるらしい。またこのイベントはクラス単位での交流およびクラスの団結力を強める為のイベントでもある。
やる気を出させる為に、一位を取ったクラスには優勝商品として学食デザートの半年フリーパスが配られる。
「まぁやれるだけやってみるか」
「やれるだけでは困りますわ!織斑さんには勝っていただかないと!」
「そうだぞ。男たるものそのような弱気でどうする」
「織斑くんが勝つとクラスの皆が幸せだよ!」
などといっているが皆フリーパスが欲しいだけである。しかし今の一夏は基本的なIS操作技術でつまづいている状態だ、これをあと少しの期間内に戦えるようにしなければならない。フリーパスは確かに魅力的ではあるが、カロリーの悪魔が忍び寄っていることを彼女たちは知っているのだろうか?
「織斑くん頑張ってね~」
「フリーパスの為にもね!」
本音が漏れている生徒もいる、そこまでして欲しいのか。
「今のところ専用機を持っているクラス代表は一組と四組だけだから、余裕だね!」
果たして余裕なのだろうか?不安要素しかない。そんな事を考えていると―――
教室の入り口から声が聞こえた。どこかで聞いたことのある声だと思い扉の方へ視線を送る。
「二組も専用機持ちがクラス代表になったの、そう簡単には優勝できないから」
そこにはあの時の小さい迷子が立っていた。あぁやっぱりこの子だったのか。
「鈴……お前、鈴か?」
「そうよ、中国代表候補生、
なるほど、あの子は織斑と知り合いだったらしい。だからこの学園に転入して来たのか、データも盗みに。ファン・リンインか……警戒しておくことにしよう。
「何かっこつけてるんだ?すげぇ似合わないぞ?」
「なんてこと言うのよあんたは!」
まるで小学生の喧嘩だな、織斑も余計なこと言わなければ良いのに……
「あれ?おっさん、ここの生徒だったんだ」
「まぁそうだな、どうせ興味ないだろうから関わらないと思うがな」
そう言いながらも少女のほうへと進んでいく。こう近くで見ると本当に小さいな……ちゃんとご飯食べてるのか?それとも遺伝なのか?
「男性操縦者が二人いるのは知ってたけど、まさかおじさんだとは思わなかった」
「そうかい」
「一夏に勝って、イギリスの代表候補生とも接戦したらしいわね」
ずいぶんと知っているな、それだと何故織斑が代表をやっているのかも理解しているみたいだな。
「まぁ私はあんたのことなんて眼中に無いから」
「そうしてくれ、後早く自分のクラスの戻れ」
「生憎おっさんの言うことは聞きたくないの、ごめんね?」
「鬼が来てもか?」
そういって少女の後ろを指差す、呆れたような態度を示し仕方ないと後ろを振り返った。
「もうSHRの時間だ、教室にもどれ」
そこには最強こと織斑千冬が立っていた。朝のこともあり、あまり千冬を直視できない……
「ち、千冬さん……」
「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ、そして入り口を塞ぐな。邪魔だ、あと年上は敬え」
「す、すみません……」
明らかに態度が違うのに納得がいかない。しかし千冬は教師、俺は生徒という関係上仕方が無いのかもしれない。
「また後で来るからね!逃げないでよ一夏!」
織斑を何だと思ってるんだろうか、少なくともこの馬鹿は逃げないだろうな。
「さっさと戻れ」
「はいっ!」
そういって小さいのは二組の教室に走り去って行った。廊下は走らない、これ常識。
「あいつ、IS操縦者だったのか……知らなかった」
「一夏、今のは誰だ?知り合いか?えらく親しそうだったが」
あーあー目の前に千冬がいるのに余計なおしゃべりしちゃって……こりゃ叩かれるな。
「席に着け馬鹿ども」
うん、やっぱり叩かれたね。わかってたけど、こいつらに学習能力が無い。
「それと黒神、誰が鬼だって?」
あっ……しっかりと聞こえていたんだな。
「すいませんでした」
俺の頭上に出席簿が叩き困れる、相変わらず容赦が無い一撃だな。まぁそんな事はどうでもいい、今日も一日頑張るか!
次回は……なんだ?
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龍と虎
あの後何事もなく順調に日常が進んで現在は千冬の持っている授業の時間である。
正直朝の一件が気になって授業に集中できない。何故あの時千冬はからかってきたんだろう……本当は何かあったんじゃないのか?それに頬を赤らめながら言っている辺り絶対何かあっただろ!何で教えてくれないんだろうか!この込み上げてくるムカムカをどう抑えればいいんだろうか?
「はぁ……」
「ほう、ため息をつくほど私の授業はつまらないか?千春」
Oh……いつの間に、ため息をついているところを見られてしまったか。さてどう誤魔化すものかな、下手に誤魔化せば拳か出席簿が降りかかる。
「いや、違うぞ」
「ほう?なら何故ため息をついた?」
「それは……」
言える訳ねえだろ!こんな所で言ったらとんでもない事になる!もしここで言った場合、社会的に殺される……諦めるしかないな。
「―――ごめんなさい」
ばしーん!と激しい打撃音が響いた。相変わらず頑丈な出席簿だ、一体何でできているんだ?
そう言えば箒が叩かれていたな。転校生が幼馴染ってことに驚いたのか?それとも純粋な嫉妬心による集中力の乱れなんだろうか?まぁ俺には関係ないな。
授業が終わって昼休みに突入した。俺は午前中の授業で三回も千冬に叩かれた、原因はわかってるんだけどね?その悩みを誰にも相談できないのが悩みなんだが。
「黒神さん、大丈夫ですか?あまり授業に集中できていらっしゃらない様子でしたけど」
セシリアが不安そうにこちらの顔色を窺ってくる、流石できる子は違うな。
「あぁ大丈夫だ、気にするな……大人になると色々問題にぶつかるんだ」
例えば加齢臭とか、炭酸水を飲むのがきついとか、焼肉とかの脂身がしんどいとかな。若い頃に戻りたい。最近だと視力が少し悪くなってきた。
「そうですか……では食堂に行きませんこと?すこしは気分が楽になるのではありませんか?」
そういえば朝何も食べてないな、しっかりと食事を取ることも大切か。そうすればすこしは頭が回るかもしれない。
「そうだな、食堂に移動するとするか」
そう言ってセシリアと一緒に食堂に向かう。途中何人かの生徒にじろじろ見られたり、話しかけられたりされた。あとはなんか新聞部の人が来たが、後にしてくれと言って名刺だけ受け取った。いつかしっかりと受けてやらないとな。
「何やってるんだあいつら?」
食堂にたどり着くとそこには織斑と箒、そして―――
「待ってたわよ一夏!」
転校生の小さいのが居た。ラーメン片手に通路を塞いでいた、正直邪魔だ。
「とりあえずそこを退いてくれ。食券出せないし、普通に邪魔だぞ?」
「うるさいわね!わかってるわよ!」
「ラーメンのびるぞ」
「わかってるわよ!何で早く来ないのよ!」
何故早く来なくてはいけないのだろうか?自分の考えていることが全て当たり前だとでも思っているのか?それとも馬鹿なのか?
「……なんか騒がしくなりそうだな、早々に立ち去っておくのがベストだろう」
とりあえず食券をおばちゃんに渡す、今日の昼はしょうが焼きに春雨サラダだ。ガッツリしたものが食べたかったからな。
「そう言えばわたくし黒神さんに、伺いたかったことがありますの」
伺いたかったこと?何だろう、想像ができない。
「昨日織斑さんのクラス代表就任パーティーをしたのですが、黒神さんの姿が見えなかったので……」
えっ何それ、聞いてないんだが?もしかしてはぶられたのか?そんなに嫌われるようなことしたのだろうか?もしかしてはぶられたのか?とりあえず平静を装っておくとしよう。
「そんな事があったのか、知らなかったな」
「やはり誰も黒神さんには話していなかったのですね。昨晩どちらにいらしたんですか?」
別にはぶられたわけではないのか。そういえば俺の部屋誰にも教えてなかったな、だから俺の居場所がわからなくて伝えられなかったということか。
「自分の部屋に居たぞ、まぁその頃には寝てたと思うがな」
「そうですの……それは残念ですわね。せめて部屋の場所だけでも教えていただけませんこと?」
俺の部屋……千冬との相部屋だと、この場で言っていいことではないな。ここははぐらかしておくか。
「俺の部屋?そうだな……千冬に聞いたほうが早いかもな」
「それってどういう―――」
セシリアが疑問を投げかけてくるが、その前に立ち上がる。これ以上はこの場では言えないからな、それに二人っきりのときに言おうとしても誰か聞かれてしまう可能性もあるからな。
「これ以上のことは言えないかな。ご馳走様、それじゃあ俺は教室に戻ってる」
「……わかりました」
残念そうな表情を浮かべるセシリアに、罪悪感を覚えながらも食堂を後にした。
三人で座れそうな席を見つけて談笑し始める。鈴とは一年ぶりの再会だ。箒に比べると短い期間だが、それでも大切な幼馴染だ。
「鈴、いつ日本に帰ってきたんだ?おばさんは元気か?いつ代表候補生になったんだ?」
「質問ばっかりしないでよ。アンタこそ、何IS動かしてるのよ。ニュースでアンタのことが出てきたとき、ビックリしたんだからね?」
丸一年ぶりの再会ということもあって、普段の俺からは考えられないほどの質問を投げかける。付き合いの長い幼馴染は、空白期間が気になるというものだ。箒の場合もそうだったからな。
「一夏、そろそろどういう関係なのか説明してほしいのだが」
鈴と仲良く話しているのが気に入らないのか、多少棘のある声で訊いてくる。周囲のクラスメイトも興味津々とばかりにこちらを向いていた。たしか箒と鈴って面識無いんだよな。
「あぁ箒は知らなかったな、丁度入れ替わりだったからな。箒が引っ越して小四の終わりごろだっただろう?鈴が転校してきたのが小五の頭だったんだよ。それで中二の終わりごろに帰国したから、会うのは丁度一年ぶりになるな」
「こっちが箒、前に話してただろ?小学校からの幼馴染で、俺の通っていた剣道場の娘」
「ふ~ん、そうなんだ」
鈴はじろじろと箒を見ている。まるで品定めしているようだ、箒も負けじと鈴を見返していた。
「初めまして、これかよろしくね」
「こちらこそ」
そう言って挨拶を交わし握手をしている二人の間で、何故か虎と龍の幻覚が見える。俺は疲れているのだろうか?だとしたら休もう。日本人の悪いところは休み方を知らないことだ、とフランス人社長がテレビで言っていた。この状態だと社会人になったときに確実に死ぬな。
「そういえばアンタ、クラス代表なんだって?」
「まぁそうだな」
「ってことは、あのおっさんに勝ったってこと?」
おっさんて、千春のことか?あの人おっさんなんて年齢だったかな、たしか千冬姉と同年齢だった気がしたんだけど。そうなると千冬姉はおばさんに……本人には言わないでおかないと。
「いや負けたぞ、完全敗北だ」
悔しいけど負けを認めるしかない、あの試合では確実に戦い方のセンスが違いすぎた。
「は?負けたのに代表してるの?」
「そうなんだよ、セシリアにも負けた。だけど二人が代表を辞退したんだ」
面倒だから押し付けたのかと最初は思ったが、そういうわけではないんだよな~しっかりと理由も言ってくれたし。
「ふうん……変なの。まぁいいわ、それなら私がISの操縦見てあげようか?」
「いやいい、セシリアと千春と箒の三人に見てもらってるから。それに鈴は二組だろ?」
しっかりと特訓のスケジュールを組み上げられているし、俺に厳しくして強くさせようとしていることはわかるんだが……厳しすぎて体がもたないかもしれない。
「まぁそうだけど、それじゃあ空いている時があったらさ―――」
「あいにくだが、一夏は私達とISの特訓をするんだ。放課後は埋まっている」
「じゃあそれが終わったら行くから、積もる話もあるしね。ちゃんと空けといてね。じゃあね、一夏!」
そう言って駆け足で食堂を去って行く、相変わらず元気なやつだ。断ることもできなかったな……絶対待ってないといけないやつじゃねえか。
「一夏、特訓の方が優先だぞ!」
「わかってるて!」
そしてこっちも断れる状況じゃないな、難儀なものだな……
次回は遅れます
織斑くん強くしよう?
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特訓だぞ織斑!
そうしてくれれば負荷が減ってくれる。
放課後の第三アリーナ、今日も今日とて織斑の特訓を行う。ある程度鍛えておかなければ、織斑千冬の弟は弱いと認識される。千冬はそれでもいいらしいが、当の本人である織斑一夏はそれだけは回避したいらしい。既に手遅れだとは思うが、やれるだけやってみよう。
「篠ノ之。何処か顔色が悪いが、何かあったのか?」
昼に何があったのかはわからないが、篠ノ之箒がなにやら思い詰めてる表情を浮かべていた。
「いや……なんでもない」
「体調悪かったらちゃんと言えよ?」
「もちろんだ」
本人は問題ないと思っているようだが、他人から見ていると思い詰めているようにしか見えない。あの小さいのと何があったのか疑問が頭を過ぎるが、正直今はそんなことどうでもいい。今回は目標は織斑の操縦技術の向上だ、あのままでは格好がつかないからな。
「織斑、今日は近接戦闘と回避行動の訓練だ。模擬戦のときの映像を確認したが、お前は大振りなのが多い。確かに大きく振りかぶるのは良いことだ、だがお前は剣速が遅い。箒は確か剣道の大会で優勝していたな、それでお前の腕の違いを的確に見せる。篠ノ之、試しにこのダミーを斬ってみろ。織斑もな、二人の剣速の違いから確認する必要がある」
そう言って地面からダミーのISを出す、これはアリーナに設備されている機能である。主に二年が射撃訓練に使っているものだ、さまざまな場所に展開することでタイムアタックなどが可能になる。ちなみに空中には円形状の的が展開される仕組みになる。ちなみにセシリアには近接武装を展開できるように訓練させている。
「わかった」
「わかりました」
それぞれの機体に搭載されている近接武装を展開する。雪片と
「じゃあまずは織斑からやってくれ」
「よーし!」
雪片を展開した織斑は、ダミーを目の前に大きく振りかぶり斬り捨てる。まぁ良い方だろう。
「次は箒だ、やってくれ」
「わかった。」
既に織斑と違って構え方が違う、そして剣速がすばやい。織斑が斬り捨てたダミーと箒が斬り捨てたダミーを見比べつつも、二人を集める。
「よし、じゃあこれを見てくれ」
先ほどの二人の太刀筋を動画として記録した、これで違いを確認する。
「織斑と箒の動きの違いだ。織斑とは違って箒は下半身の使い方や手首の使い方が異なる、他にも色々な違いがあるが主な点としてはこの二つだ。後は予備動作の有無くらい。」
織斑は構えてしっかりと斬るっというのを順序良く行っている形だ。しかし、箒の場合は一撃で終わらせるっというのを行動で表した太刀筋である。そして斬られたダミーの切断面をみると織斑のは曲がっているようにも見える。
「なるほど……つまり一夏は鈍っていると」
「そうだな。特に剣筋は酷く歪んでいる、これでは戦えるかどうか……織斑は幼い時に剣道をしていたと聞いた、その時の動きは覚えているか?」
「なんとなく……」
だいたいなんとなくと言うときには、ほとんど憶えていないと言うことが多い。素直に言わないと後悔することになるので、皆は気をつけよう!
「憶えていないな、それは箒に教えてもらえ。次に操縦技術についてだが、無駄な動きが多いな。セシリアの狙撃を受けたときに、大きく回避していることが多い。そこをセシリアは的確についている、それで少しずつSEが削られていったんだ。これに関しては慣れになってしまうからどうしようもない」
セシリアと織斑が戦っていたときの映像を流す。ブルー・ティアーズによる翻弄攻撃が目立つが、それによって度々被弾している織斑が映っている。このときのセシリアは本気でやっていたと後日聞いた、まぁ距離をつめられたら苦手だもんな。
「そしてここが一番の問題はこれだ、零落白夜を使いすぎなことだ。この能力は自身のSEを削って自身の力とするものだ、その性質を理解しなければ一生このままだ。特に当てることも出来ない剣なのだから、使用する意味が無い。自ら自滅しに行っているだけだ」
セシリアとの戦いでブルー・ティアーズを撃墜する際に零落白夜を展開しているが、正直言ってしまえばこの程度に能力をしようする意味は無い。
「うぅ……」
「黒神さん、そこまでにしてさしあげて。織斑さんが泣いていますわ」
そこまでボロクソに言っていないのだがな……まぁ良いだろう。
「あぁ悪かったな、ということで近接の訓練はここで止めて次だ。次は回避極振りだ。セシリアと俺が中遠距離からの単発射撃、箒は近距離での模擬戦闘になる。大きく回避するのはいいが、すぐに次の行動に転じれるようにしろ」
そう言ってセシリアと共に上空に移動する、スターライトmkIIIとカノンによる中遠距離射撃を始める。勿論箒には当てないように弾道を調整している。
「行くぞ!一夏!」
「こい!」
織斑は箒との鍔迫り合いや、セシリアからの射撃を避けなければならない。だが箒との近距離戦闘に集中しているところを狙うと、簡単に被弾する。これは不味いな、相手がブーメランとかの武器を使ったりしたら背後から直撃だろうな。
「織斑、回避に専念するのもいいが相手の武装の特徴を理解するのも大切だ。お前の雪片の特徴もだ。わかったな?」
「はい!」
本当に大丈夫か?まぁ本人が言うのであれば一応信じてみるか、それで駄目なのであれば俺が教えるしかない。
「よし、でははじめ!」
先ほどと同じように射撃と斬撃を繰り返す。今度はこちらに集中しているようで、箒から何発か太刀を喰らっている。ISの機能でセンサーが反応するはずなのだが……気づかないのか?それとも気づいていても反応し切れていないのか?
「一夏!狙撃に集中しすぎだ!それでは懐がお留守になってしまうぞ!」
「わかってるつもりなんだけどな!」
気づいてはいるみたいだな、だが対処法が理解できていないようだ。しょうがない、少し助言してやるか。
「ヒントだ。セシリアはレーザー系、俺の銃は実弾だ。雪片で防げるのはどっちだ?能力は使うなよ」
「えっと……」
あぁやっぱり理解していなかったな、これはしっかりと教えてやらないと駄目だな。
「ふむ……一旦やめるぞ」
そう言ってセシリアと共に着陸する。どうして止まったのか理解できない織斑は疑問を浮かべている表情が見える、こいつの心が読まれやすいのは顔に出ているからだろうな。
「セシリア、ちょっとこのカノンを持っていてくれないか?」
そう言ってセシリアにカノンの
「いいですわよ、ですが一体何に使うのですか?」
「俺のISには白式と同じ雪片が搭載されている、それを使ってあいつに特徴を理解させる。と言っても同一とは言えないけどな」
実際機体に搭載されていた
「わかりましたわ、距離はどのくらいからでしょうか?」
「十メートルで頼む、そこから単発で射撃してくれ。場所は適当でいい」
「了解です!」
十メートル程度ならば簡単に斬れる、スロットから雪片改を展開し右手で構える。
「ということで織斑、良く見ておけ。雪片の特徴と最低限度の回避だ」
「準備はよろしいですか?」
「あぁいつでも良いぞ」
流石に子の距離なら弾道が見れるだろう、織斑は無理でも箒ならば……いけるのかな?
「ではカノンからいきますね」
「頼む。」
画面に危険信号が表示される、シグナルが表示されると同時に意識を集中させる。弾道を予測したうえで刀を振る、銃弾の勢いを落とす。その為には剣速が銃弾の速度と相殺できる速さでなければいない。装甲に当たらない弾丸は完全に無視だ。
「ふっ!」
「見えないんだが……」
やっぱり見えていなかったな、箒の方はどうだ……同じように見えないか?
「不可能に近いはず、何故そこまでの技量があるのだ?私には足りない何かがあるのか?」
あぁもう完全に考え事をしてるな、こりゃ駄目だ。
「次に狙撃します」
スターライトmkIIIを展開しているのが確認できる、既にこちらに銃口が向いていることから準備万端である。
「了解」
そう言うと真正面に構える。銃弾よりも速いが、レーザーは弾道が読みやすい。曲がるレーザーの武装は聞いたことが無いので、今のところ避けやすい部類に入ってくる。
「せりゃぁ!」
少々手に振動が伝わるが、レーザーを真っ二つに切り裂く。
「レーザーが真っ二つに……」
「これが雪片の特徴、最低限度の回避、そして実弾とレーザー式の違いだ。それを踏まえた上でもう一度行う。良いな?」
まぁあくまで俺の雪片の特徴でもあるんだがな、それに織斑はまだ銃弾を斬ることなどできないだろうし……ただし実弾に直撃したとしてもある程度防ぐことができる、そこだけわかってくれればいい。
「はい!」
「セシリアもありがとうな」
「お安い御用ですわ黒神さん」
セシリアからカノンを返却してもらう、空薬莢はしっかりと回収する。再利用するのに必要だからな。
「よし、再開するぞ!」
織斑の特訓が再び始まった。
「まぁここまでやれれば上出来だろ、後は戦闘中に相手の特徴を見抜けるかだな」
弾道はある程度避けれるようにはなったものの、流石に銃弾やレーザーを斬ることはできなかったな。後は回避の仕方を変える必要もあるな、あとは荷電粒子砲を……いや必要ないか。そこまでの技量がまだ無いからな。
「今日はここまでにする、明日は攻めに特化させる。避けたところで攻撃が当たらなければ意味が無いからな」
避けているだけではただ時間が過ぎるだけだ、その為には決定的になる攻撃方法が必要だ。まぁ今のままでは絶対無理だろうけどな。
「しっかりと体を休ませておけよ?後々支障が出てくるからな」
「はい……」
「箒の太刀筋もなかなか良かったぞ、ただ真っ直ぐすぎてな……癖があればいいんだがな」
「あまりそういったことはしたくないのだが……」
嫌そうな顔をする、どうやら世の中の恐ろしさや卑怯なやつに遭ったことがないんだろうな。世の中にはいいやつも居ればクソヤロウも居ると言うのに……
「真剣勝負で相手が正々堂々戦うと思うなよ?この世の中に正々堂々の精神を持っているやつはあまり居ないからな」
「……わかった」
あまり納得はしていないようだな、だがこれが現実だ。それがわからなければその程度の人間だったということだ。
「それじゃあピットに戻るぞ」
ピットに戻りIDを解除する。最初の頃よりは身体への負荷も減った、少しずつではあるもののコツはつかめてきている。あとは実践で試すしかない。
そんな事考えていると、織斑が項垂れていたのである程度のアドバイスを送っておく。改善策もしっかりと考えていなければ短所を埋めることなどできない、改善策をつくり実践することで原因がわかる。まぁ織斑に関しては短所が多すぎるのだがな。
「無駄な動きは若干ではあるが減った、それだけで十分だ」
「そう言われても……あまり変わった気がしないんだよな」
「自分で変化がわかるほどではないと言うことだ、だが今回の特訓でお前の長所を一つ見つけた。」
「なんだ?」
「お前は瞬発力が良いんだ、こんな感じにな!」
疑問の顔を浮かべている織斑に対し、空のペットボトルを投げつける。距離は一メートルあるかどうか、しかしそんな事は織斑には関係ない。なぜならこいつは瞬発力に長けているからだ。
「危なっ!急に投げるなよ」
そう言いながらも織斑の手の中にはしっかりとペットボトルが納まっている。やはりこいつは瞬発力が高い、これを利用して何か作戦を考えなければいけないな。瞬発力を利用した作戦……うーん、あるのか?
「ほら、しっかりとキャッチ出来てるじゃないか。それがお前の長所だ、ただその長所もISの操縦技術が乏しいからついていけていないんだけどな」
「……そうか」
あまり納得していないな、長所がそこだと嫌なのか?姉と同じようになりたいと言う考えを持っているとは聞いていたが、絶対無理だろどう足掻いても織斑は千冬にはなれない。同じ武装、同じISを使ったとしても絶対にありえない。
「これから先の伸びしろは大きいだろう、期待している」
「一夏!」
急にスライドドアが開いて小さいのが現れる、着替えてたらどうするんだよ……
「おつかれ!はいタオル、飲み物はスポーツドリンクで良いよね」
そんなことはどうでも良いのか、織斑にタオルとドリンクを手渡している。こいつあれだな、馬鹿というか常識が無いんだろうな。
「サンキュー。あぁ沁みる……」
「変わってないね、一夏。若いくせに体のことばかり気にしているとこ」
身体のことを気にしていないと病気になったりするぞ、それに成長も妨げられる……小さくてまな板のような体系になるからな。
「若いうちから不摂生にしていたら後悔するぞ。癖になってあとから後悔するのはお前なんだかな」
「うるさいよおっさん」
おぉ~相変わらず口が悪い、まあ俺の事に興味が無くて知らないからだろうな。それはそれでありがたいんだがな、あまり知られることは好きではないからな。
「俺がおっさんなら織斑先生はおばさんと言うことになるな、まぁお前には関係の無いことか」
「うっ……」
なんで千冬の名前を出すとこいつは怯むんだ?良くわからないやつだな。
「ところで一夏さ、やっぱり私がいなかったら寂しかった?」
「まぁ遊び友達が減ったのは寂しかったな」
「そうじゃなくってさ。」
なんかいい雰囲気になっているのがムカつくな……俺はこの場を引いたほうが良いか、あの小さいのも俺が居たら邪魔だろうしな。
「俺は邪魔そうだから、このへんで失礼するぞ」
「ありがとうな!」
「ありがとうございましただろ?」
「ありがとうございました!」
「よろしい」
織斑にもある程度言葉遣いを教えておいた方がいいのかもしれないな。常識知らずは社会に出たときに苦労するからな、実際俺も社会に出た時には苦労したものだ。交通バスの乗り方がわからなかったりと、色々と苦労した……インターネットを使ってやっと理解できるレベルだった、しっかりと事前に調べておいたほうが良いと思った。それにドイツに行ったときには、日本との暮らしとの違いに苦労したものだ。例としてあげるのであればお風呂である。ドイツのお風呂場にはバスタブ付のものが少なく、シャワーだけのところが多かった。この学園の寮のように広いシャワールームと同じ感じである。それに夜の安息時間帯である騒音規定には特に気をつけなくてはならない、夜22時以降翌朝~8時頃まではシャワーなどの利用を極力避ける必要があると言うことを学んだ。これは完全に勉強不足だったので、後悔している。
支度を済ませて、俺は更衣室のロッカーを閉めてその場を後にした。
千春が更衣室から出て行った後、鈴は何故か不機嫌そうに頬をふくらませていた。千春の態度が気に食わなかったのか?
「ふん!偉そうに……」
「そう言うなよ、千春は千冬姉の幼馴染なんだから」
「本当に幼馴染なの?」
「そうだぞ?」
鈴は千春のことを知らなかったのか。確かに千冬姉と一緒に鈴の家に行ったときには居なかったからな、それに話に出したことも無いからな。
「ってことはさっきまで話してたこととか、全て千冬さんに伝えたりしてるんじゃ……」
「まぁそうなんじゃないか?千春の部屋知らないけど」
実際に俺の特訓の成果とか話しているみたいだしな、千冬姉から話してくれることがたまにある。俺の実力はまだまだ下の下だが……いつかは千冬姉見たいになれるように頑張るんだ!弟が不出来じゃあ千冬姉も困るだろうし、何より格好がつかないからな!
「……そう」
そんな事を考えていると、鈴は何処か顔色が悪そうだった。何か変なものでも食べたのか?
「顔真っ青だけどどうしたんだ?」
「なんでもないわよ」
そんな事を言っているが、どう見ても大丈夫ではない。しかし鈴本人が大丈夫だと言うのであれば大丈夫なのだろうと信じよう。
「さてと、早いところ部屋に戻らないと箒に怒られるな」
「なんであの子の名前が出てくるの?」
そう言えば部屋について何も言っていなかったか。
「俺、今箒と同じ部屋なんだよ。別の部屋を用意できなかったっていわれて、だから今二人で―――」
「そ、それってあの子と寝食を共にしているってこと!?」
「まぁそうだな。でも箒で助かったよ、これが見ず知らずの相手だったら緊張して寝不足になっちまうからな」
「…………」
「どうしたんだ鈴?」
「……だったらいいわけね……」
「なんて?」
うつむいている鈴が何を言っているのか、聞き取れなかった俺は耳を傾ける。鈴は下を向いている為表情が見えない、せめて見たいところではある。
「だから幼馴染だったらいいわけね!」
「うおっ!びっくりした!」
急に顔を上げるな!ビックリするだろう!あと少し近かったら俺の顔面には頭突きが当たっていただろう、危ない危ない。
「なるほどなるほど、良くわかりました。」
なんか勝手に納得しているが……何を納得したんだ?何度も何度も頷いているが、俺に全くわからない。男にわからなくて女にわかるものってなんだろうな?逆に女にわからなくて男にわかるものってなんだろうな?これは感想で言ってもらう……いや止めておこう。
「一夏!」
「なんだよ」
「幼馴染が二人居るってこと、忘れないでね?」
「別に忘れないんだが」
「じゃあまた後でね!」
そう言って鈴は更衣室から飛び出していく、相変わらず元気なやつだ。というか積もる話は何処にいったんだよ!全然話しないじゃないか!全く……ちゃんと話するんだよな?幼馴染の考えることは良くわからないな、特に女の幼馴染は……
あーなんかまた面倒なことが起きそう……首突っ込みたくは無い仕方が無い
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虎と龍
「というわけだから、部屋替わって」
「ふざけるな!何故私がそのようなことをしなければならない!」
寮の部屋前、時刻は八時を過ぎた。特訓が終わり夕食を済ませた俺は、くつろいでいた状態でお茶を入れていたところ……いきなり鈴が部屋の前にやってきて、現在この状態へとなった。一体何の用なのだろうかと、俺は二人の会話を聞くことにした。
「いやぁ、篠ノ之さんも男と同室なんて嫌でしょ?気を遣うし、のんびりできないと思うからさ。その辺、あたしは平気だから替わってあげようかなって思ってさ。」
「別にイヤとは言っていない、それにだ!これは私と一夏の問題だ。部外者に首を突っ込んで欲しくは無い!」
「大丈夫、あたしも幼馴染だから」
「それが何の理由になるというのだ!」
こんな感じだ、全然話が進まない。というか噛み合っていない。鈴は鈴で我が道を行く性格だし、箒は箒で人一倍頑固者だ。どう考えても会話が成立するとは思えないし、平和的解決も望めなさそうだ。二十何世紀を過ぎても人は争いあう運命ということか。業の深いことだな。
というか俺の幻覚か?鈴は既に荷物をまとめたかのように見える、やはり幻覚なのだろうか……それは鈴に聞けばわかることか。
織斑との特訓が終わりリラックスタイムとなった俺は、千冬に今回の成果と課題点を話していた。織斑は千冬の戦闘スタイルを真似ているようなことが多く見られる状態だ。だがそれは当の本人にしか扱えない、仮に真似ができたとしても劣化という点には変わらないものだった。既存の戦闘スタイルよりも、自分自身にあった戦闘スタイルを組んだ方が今よりも成長に繋がる。
そんな話をしながらレモン水を飲んでいると、上の階から何やら騒がしい声が聞こえてきた。大体問題を起こすのは織斑と箒だけである。だが聞いた事の無い声も聞こえてきた、一体誰だ?
「また問題を起こしたのか。確認するのも面倒だな」
そんな事言って良いのか?仮にも教師だろうに……全くお酒を飲むといつもこうだな。
「俺が見てこようか?千冬酒飲んだろ?」
「何を言っている、飲んでいないぞ?」
ほう?しらを切るのか……ならしょうがない。
「じゃあこのゴミ箱に捨ててある缶はなんだろうな~」
「それは昨日の……」
「昨日のゴミは今日の朝捨てたんだよな~」
千冬は管理が雑だ、今日着ていた服をそのまま置いておく女だ。ゴミ箱がいっぱいになっても気がつかないから、俺が管理している。もう慣れてきたが、彼女は下着もそのままにするので洗濯かごに全て入れているからな。今までどうしていたのか逆に気になる。
「何か異論はあるかな?」
「……無いです」
捨てられた子犬みたいな表情を浮かべるなよ……こっちが悪いみたいじゃないか。だがお酒を飲んでいないと嘘をついたことは許さないがな?
「じゃあ俺見てくるから」
「あぁ、何があったのか教えてくれ」
そう言って俺は部屋を出て問題の起きているであろう織斑たちの部屋に行った。ついでに千冬が箱買いしたお酒はロックつきの戸棚に保管した、部屋から何か聞こえるが……気にしないでおくとしよう。きっと帰ってくるころには泣きつきながら懇願してくるだろうからな。
「鈴、それ荷物全部か?」
「そうだよ。あたしはボストンバックひとつあれば何処にでもいけるからね」
幻覚ではなかった。それにしても相変わらずフットワークの軽いやつだな!箒も女子にしては荷物が少ないが、鈴の方がさらに少ないというか少なすぎだ。昔の話になるが、鈴に「いつでも家出ができるようにかと」と冗談で言ったら本気で怒ったことがある、なのでもう言わないことにしている。
セシリアとか千春はどのくらいなんだろう?見た事無いから良くわからないが。まぁ他人のことに首を突っ込むのは避けておいた方がいいか、誰だって首突っ込まれたくないだろうし。
「とにかく、今日からあたしもここで暮らすから」
「ふざけるな!今すぐに出て行け!ここは私の部屋だ!」
「『一夏の部屋』でもあるんでしょ?じゃあ問題ないじゃん」
同意を求めるようにこちらを向いてくる、箒も同じようにこちらを向いてくる。鈴に出て行けという意見を欲しているように見える……というか睨まれている気がする。何故俺に全て振ってくるんだ。こうされるととにかく頭が痛い、半分優しさで出来ている錠剤かCAS登録番号: 68767-14-6の錠剤が必要だな。
「とにかく!部屋は替わらない!さっさと自分の部屋に戻れ!」
「ところでさ一夏、約束覚えてくれてる?」
「無視をするな!こうなったら力づくで……!」
激昂した箒はいつでも取れるようにベットの横に裸で立てかけてあった竹刀を握る。
「あっ、馬鹿―――」
止められる暇は無い。箒は完全に冷静さを失っている、防具も何も身に着けていない鈴にその剣先を振り下ろす。
バシィンッ!という物凄い音が響き渡った瞬間、俺は目を閉じてしまった……危険なことが目の前で起きてしまったら、誰でも閉じてしまうのではないのか?
「鈴大丈夫か!」
「大丈夫に決まってるじゃん。今の私は、代表候補生なんだから」
閉じた瞳を開けてみる。確実にヒットしたしたと思われた打撃は、ISを部分展開を右腕によってしっかりと受け止められていた。
誰よりも驚いていたのは箒だった。いくらISの展開が速くとも、その判断を下すのはそのISの操縦者であり所有者でもある生身の人間だ。ISの展開速度は人間の反射限界を超えないようにはなっているらしい。
そしてさっきの打撃は、おおよそではあるが素人が土壇場で対処できるレベルのものではなかった。つまり鈴自身がかなり強いという単純かつ明朗な答えがそこにはあった。
「ていうか、今の生身の人間なら本気で危ないよ?」
怒りに任せて自制心を失ったという指摘が何より効いたのか、箒はとてもバツが悪そうに顔を逸らしていた。
「まぁいいけどね」
細かいことは気にしないとばかりにからっとした態度で、鈴はISの部分展開を解除する。スマートな装甲を纏った右腕がぱっと光り、元の状態へと戻った。
気まずい雰囲気が漂っている中、コツコツと足音が近づいてくる。誰かと思い音のした方を向く、そこにはラフな格好をした千春の姿だった。
「うるさいぞ、何をしている!」
「おっさん、こんなところで何してるの?」
問題のある織斑たちの部屋にたどり着くとそこにはあの少女が立っていた。それにしても相変わらず口の悪いやつだ、こんなのが候補生なんて中国も苦労しているんだろうな。まぁほかのことでも問題を抱えていそうだがな。
「お前か……常識が無いのか?こんな時間に騒ぎを起こすな」
八時になったのなら静かに部屋で自主学習でもしてろ、何もすることが無いのであれば寝ていればいい。本来ならばリラックスできる時間帯だというのに、何でこう問題を起こしてくれるのか。
「私だって起こしたくは無いわ、この子が部屋を交換してくれないから―――」
「お前馬鹿なのか?そう簡単に部屋が変えられるわけ無いだろう」
何故部屋を交換できると思ったんだ?こいつには常識が無いのか……それとも自分の思った通りに世界が回っているとっでも思っているのか?呆れたものだな。本当に交換してほしいなら教師などに頼み込めばいいだろう。
「なんですって!」
「部屋を変えたいのなら織斑先生に直接言え、それで無理ならあきらめろ」
まぁ言ったところで何も変わりはしないだろうがな、逆にわがままだと言われて怒られるだけだ。
「わかったかガキ」
「偉そうに……何様のつもりよ!」
そう言ってISを部分展開し、俺を殴り飛ばそうとしてくる。こいつは沸点が低いな……まぁいいやとりあえず受け止めるとするか。ID展開、Connect……construction。部分展開右腕部を選択、展開まで0.01秒……展開完了!
展開を終えたIDを腕部に纏い少女の拳を受け止める。受け止められるとは思われなかったのか、驚愕の表情を浮かべている。他の二人も彼女と似たような表情をしていた、そんなに驚くことか?
「危ないだろ、それにこんなところでISを展開するな!このことは報告させてもらう」
「誰によ!」
「織斑先生に決まっているだろう、問題児なら織斑先生に報告するのが先決だ」
千冬の事を出せば大体は引っ込む、虎の威を借る狐のようだが……いや虎どころではないな。魔王だな。
「くっ……」
「篠ノ之箒、お前もだ」
「何故だ!私は―――」
「この小さいのをその手に持っている竹刀で叩こうとしたのだろう?防げたみたいだが、これが当たっていたらどうなっていたか良く考えろ。でなければお前は剣を持つ資格はない」
昔、俺にも荒れていた時期がある。そのときに千冬にも似たようなことを言われたものだ。「命を奪えるほどの力をぞんざいに扱うな、力とは誰かを護るためのものなのだから」荒れていたこともあり、その言葉を言われて一度剣の道は外れてしまっている。今の俺にはそれが出来ているのだろうか?それは誰にもわからないだろう、わかっている人物が居たとしたらそれは千冬なのかもしれないな。
「良く考えろ、お前の欠点を理解しろ」
今の自分にも言い聞かせるようそう呟き、千冬の居る部屋へと戻っていった。
「二人とも、大丈夫か?」
青ざめた表情を浮かべた目の前の二人を今は元に戻すしかない。それにしてもこんなタイミングで来るなんて……タイミングが良すぎる、意外と近くの部屋に居るのか?
「大丈夫だと思う?最悪よ……」
「あぁ最悪だ、まさかあの人が来るなんて」
「まだ千冬姉が来なかっただけ良かったじゃないか」
千冬姉が来たら絶対に俺も巻き込まれて説教モードになる、それだけは避けたかったんだよな~、いや明日そうなるのかもしれないけど……
「まぁそれもそうね、それで一夏」
「約束だろ?」
「覚えてるよね?」
「あれか?鈴の料理の腕が上がったら毎日酢豚を―――」
「そうそう!」
「―――おごってくれるってやつか?」
確か俺が小学生の頃に薄っすらとそんな約束をしたことを覚えている。良くそんなこと覚えているな、俺の記憶力は凄いな。千冬姉に叩かれてはいるものの、俺の脳細胞はちゃんと仕事をしているようだ。
「はい?」
「だから、鈴が料理出来るようになったら、俺にメシをごちそうしてくれるって話だろ?」
こんなにもありがたい話は無い、なにしろタダで飯が食えるんだからな。
「いやしかし、俺は自分の記憶力に関心がな―――」
パアンッ!という音と同時に俺の視界が右に動く。何がおきたのかわからなかった俺は、「へ?」と間抜けな声を出してしまう。
「えっ、えーと?」
どうやら頬を引っ叩かれたらしい。箒のほうに目線を合わせると、向こうも状況が把握できていないようだった。俺もあんまり理解できない状態であることには変わらない。
「最低!女の子との約束も覚えてないなんて!男の風上にも置けないヤツ!犬にかまれて死ね!」
そこからの鈴の行動は早かった。床に置いてあったバックをひったくりの様に持って、ドアを蹴破るという勢いで出て行く。ドアの閉まる強い音が響き渡り、その音で俺は我に返った。
「……まずい、怒らせちまった」
おそらく俺が悪いんだろう、たぶん。それにしても、男の風上にも置けないやつというのは……少し頭にくるぞ?それにそこまで言われるほどの約束ではなかったはずだ。いやしかし……泣いてたよなあれ絶対。
「一夏」
「おう、なんだ箒」
「馬に蹴られて死ね」
何故か箒もご立腹だ、しかも今になって頬が痛く感じる。明日までには消えてほしい痛みだな……消えなければ明日のクラスメイトの質問攻めに遭うだけだ、あれは何度体験してもなれるものではないけど。そう言えば女子っていきなり会話が飛んだりするよな?なんで飛ぶのかはわからないが、正直あれにはついて行けない。
「はぁ……」
とりあえず寝よう、まだ九時前だが。起きていては仕方が無い。それに箒もご立腹だ、起きていてもいい事は無いだろう。
明日になれば状況は変わっているんだろうか?いやそんな事は無いか、女は喜びや怒りの感情が男よりも三倍長持ちするらしいし。はぁ……ため息が尽きないな。
さて、千冬に説明しに行くか。相変わらずあの二人は問題が多すぎる、いつまでもあのままで居るのであれば部屋を分けることを提案させるか。
ん?なんか後ろから物音が近づいt―――
「オゴッ!?」
突然、背後から物凄い勢いで何かがぶつかってきた。普通こんなことにはならないだろう、それにこんな時間に生徒は居ない。つまりぶつかってきたのは……
「痛っ何処見てるのよ!」
この問題児だった、背中にぶつかってきてなんだその言い草は?廊下では走らないって教わらなかったのか?
「あんた……なんでこんなところに」
それはこっちの台詞だ。何でこいつは全力疾走で俺にぶつかってきたのか甚だ疑問である。ボストンバックを持っているあたり、同居はあきらめたみたいだが……なんでこいつは泣いているんだ?
「そういうお前は何で泣いている?」
「泣いてないわよ」
あくまでも自分は泣いていないと主張してるのか……これ以上面倒なことに首を突っ込む気にはなれない、それにこいつにとって俺は「おっさん」らしいからな。
「あっそ、じゃあ部外者はさっさと去りますかね」
そう言って部屋に戻ろうとするが、小さいのはその場に蹲って動こうとしない……これを放置しておくわけにはいかないよな、正直気は乗らないが仕方が無い。
「何があったかだけ聞いてやる。休憩スペースに場所を移すぞ」
そう言うと小さいのも了承したのか、コクリと小さく頷いた。まったく、織斑一夏の周りの人間はなんとも言えないやつらが多いな。
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幼い恋心
休憩スペースに移動した俺たちは、丁度二人で座れそうな長椅子に腰を下ろした。その隣には自動販売機が並んでいる、軽く休む為のスペースだと言えるだろう。こんな時間にこんな場所に居るのは俺たち二人だけだがな……
「それで、あの場で何があった?」
涙目で俯いている問題児に問いかける、あの場で何が起きたのか俺は知らないからな。
「実は……」
暗い表情の少女は少しずつ重い口を開いていく。幼い小学生の頃に告白をしたこと、それを問いただしたところ全く違う約束として覚えられていたこと、織斑をぶん殴ってその場を後にしたことなど……なるほどな、まぁ変に覚えられているだけマシなんじゃないか?俺なんて最初は忘れられていたからな、千冬からの話でやっと思い出したくらい薄い存在だったらしいからな。俺一応織斑家に何度も入ってるからな?千冬が料理教えってほしいって言われたときとか、夏休みの課題勉強とか……いや~懐かしい思い出だな。
「微かに記憶していることが変に歪んだのか、まだマシだとは思うが告白を別の意味で覚えられているというのは悲しいものだな」
「えぇ……これじゃあ期待していたアタシが馬鹿みたいじゃない、一夏ならきっと覚えてくれると思っていたのに」
「約束した側にとっては辛いだろうが、織斑の性格は幼い頃からあの感じだ。変に捻った告白をしたお前にも非はあるが……まぁいい」
「毎日お味噌汁を作ってくれ」を「毎日酢豚を作ってあげる」に変えたのは確かに伝わりづらい、そもそも織斑はこの言葉を知っているのかすら怪しい。あいつは一般教養があまり得意ではないし、ニュースなどにも特に関心はしていない様子だった。だから今の世間がどうなっているかも最初はわからなかった。だが篠ノ之が剣道で優勝していたことは知っている辺り、新聞などは読んでいる可能性がある……それでも世間一般的には欠けている部分が多いか。
「それで?お前はこれからどうしたいんだ?そのまま引きずっておくのも嫌だろ?それだったらしっかりと気持ちを伝えた方がいい。そうだろ?後腐れなく終わったほうが気持ち的にも楽だからな」
「そうだけど……」
なんか複雑そうな表情だな、こいつは解決策がほしいってことか?恋をそこまで経験したことの無い俺には難しいぞ?それでも何とか解決策を模索してみるとしよう。こいつと織斑だけになれる場所やイベント、いやイベントでなくてもいいタイミングさえ出来ればそれでいいのだが。それさえあれば後は時間の問題だけだ。
「お前って二組のクラス代表だったな。五月になれば代表戦がある、その時に改めて自分の意思や気持ちをあいつにぶつければいい」
ただこれは初戦で織斑と当たれればの話だ。織斑が一勝出来る確立は低い、ただでさえ一組の生徒よりも覚えが悪く動きが悪い。なんとか教え込んではいるものの、まるで成長が見られない。そうなると結果的にこの子と織斑が対決するのには初戦しかない……確率としては低いが、俺やあいつのような存在の確率よりはやさしい方だろう。
「……そうしてみるわ」
ただしこれはお前と織斑が一回戦で当たったらの話だと、一応の注意は話しておいた。三分の一の確立なのだから問題は無いと思うがな。
「決まりだな、そんじゃあさっさとそれ飲んで自分の部屋にもどれ」
先に飲み終えていた俺は缶をゴミ箱にいれて去ろうとする。するとうつむいていた少女が顔を上げ俺に問いかけてきた。
「何でそこまでしてくれるの?アタシのことなんか放っておけばいいのに」
何でか……過去に色々あったからだな。そうとしか言いようが無い。多くは語れないが千冬や束がまだ小学生だった頃に、彼女たちは虐めにあっていた。千冬は両親が出張でほとんど家に居ることが無かった為、両親が亡くなっていたと思われていた。俺でも会った回数は三回も無いだろう。
今考えればそんな事はありえないのだが、当時小学生だった虐めグループはそんな事も考えられず虐めを続けていた。束の方は純粋な嫉妬心からなるものだった。束は考えが独特であったが天才的頭脳を持っていたため、小中と全てのテストでは一位を独占していた。ちなみに千冬も同点だった、俺はそこそこだった為二人に届くことは一度たりとも無かった。正直言って二人は天才だった、だからこそ嫉妬心に駆り立てられるのであろう。
俺はそんな二人を見逃せなかったからなるべく身近で付き合いを始めた。最初はうっとおしいと嫌がられたこともあるが、次第に距離が縮まっていき今の関係へとなっていた。二人には支えになれる人が誰もいなかったと思ったからこその関係だったが今では俺が二人に支えられているな。
「お前に似たような子を昔見たことがあるんだ、それで放って置けなかったんだよ」
「そうなのね……」
ある意味修羅の道を通っていると居ても過言ではないだろう。
「そういうことだ、それじゃあ俺は部屋に戻るぞ」
「わかったわ……そう言えばアンタの名前聞いてなかったわね」
「俺もお前の名前聞いた事無いな」
ここまで話しておいて、俺たちは相手の名も知らずに対談していた。自己紹介とかすっかり忘れていたな。うっかりが過ぎたな。
「私の名前は
凰 鈴音、中国の代表候補生であり織斑一夏の幼馴染か。性格的にはサバサバ系という言葉が似合うな、気性が激しい彼女にはピッタリだろう。候補生ということは専用機持ちか、どんな性能や装備を搭載しているのかが楽しみだな!
「
「えぇ、よろしく千春さん」
お互いに握手を済ませた後、ポツリと鈴にこう呟く。
「それじゃあ今回のことは千冬に報告するから」
すると鈴は青ざめた表情を浮かべていた。チャラになると思ったのか?それとこれでは別問題だ。
凰と別れた俺は千冬が待つ自室へと戻っていく、千冬は既に酒を飲んでいる為出来上がっているだろうな。
「戻ったぞ千冬」
付近に誰も居ないことを確認した後、ゆっくりと部屋の扉を開けて入っていく。
「あぁ、何があった?」
そこにはバスタオルで体を拭いていた千冬が立っていた、相変わらず羞恥が無い様だな……少し見えてるし。
「転校生の凰、篠ノ之と織斑が部屋の前で喧嘩してた」
「詳しく」
完全に酔いが覚めているのか、キリッとした眼つきでこちらを見てくる。だが全裸だ。
「彼女に織斑が何か言ったみたいでな、部屋を交換してくれとせがんでいたよ」
「馬鹿か、そんな事生徒の一任で出来るわけがないだろう」
ため息を尽きながら、ロックの掛かった棚をこじ開けようとする。シャワー浴びた後に酒飲むなよ……いや酒飲んだ後にシャワーも浴びるなよ!危険だぞ!
「だから千冬に頼めって言っておいた。そう言ったらIS展開して殴りかかってきた、対応という形でこちらもIDを展開させてもらった。あと篠ノ之が転校生相手に竹刀で殴りかかってたみたいだ」
「そうか、明日処罰を言い渡そう」
「軽めので頼むぞ?簡単に潰れないようにな」
「あぁわかっている、それに五月になれば『クラス対抗戦』が始まるからな」
「あぁそのことなんだけどさ、予選で一組と二組が当たるようにしておいてくれないか?」
凰と織斑が確実に出会うには初戦しかないと言った、それを簡単に解決できるとすれば千冬に懇願することくらいだろう。
「まぁ考えておこう、結局はくじ引きなのでな」
あぁ駄目だったのか、結局はくじ引きで決まるのであればどうしようもないな。
「構わないよ、それより千冬?」
「何だ?」
「いい加減に服を着てくれないか?目のやり場に困るんだが?」
「おっと、すまないな」
そう言うと千冬は俺のクローゼットからシャツを取り出し着替え始めた。違うそうじゃない。と言うかなんで俺のクローゼットからとった?千冬もあるよね?下着くらいつけろ!
「これで問題ないのだろう?」
「もうそれでいいよ……」
かすかに透けているが……もう何も言うまい、意識したら負けなんだろう。そう思いながら一つしかないベッドに入っていく、千冬も同じくベットに入ってくる。向かい合わせで寝ろと言われたので仕方なく向かい合わせで寝ているのだが、これに何か意味があるのだろうか?
「あぁおやすみ千春」
「おやすみ千冬」
何もわからないが、俺に残された選択肢は「寝る」だけであった。
ここから鈴と一夏の戦いが始まるんですね。
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対抗戦、そして彼女は 「五月」
対抗戦
あれから数週間がたち、五月に差し掛かった。鳳は機嫌が直ってはいないが、何処か少し余裕を持てている表情を浮かべていた。その理由は今月に行われる代表戦にある、生徒玄関前廊下に大きく張り出された紙があった。そこには「クラス
「一夏、来週からいよいよクラス対抗戦が始まるぞ。アリーナは試合用の設定に調整されている、だから特訓は今日で最後だ」
放課後となり、かすかに空が橙色に染まり始めるのを眺めながら、第3アリーナに移動していた。メンツは俺とセシリアと箒だ、千春は「織斑、今日は昨日の
とはいえ、未だにIS学園内では話題の対象である事には変わりないが、それは千春も同じことだろうし色々と苦労しているな。来週のアリーナの観客席は満員御礼なんだろうな。
余談ではあるが、観客席を『指定席』として売り稼いでいた二年生がいたが、先日千冬姉に制裁を下されていた。バレた原因は千春が小耳に挟んでいた所を千冬姉に伝えたらしい。そのおかげで首謀者グループは3日間寮の部屋から出てこれなくなったらしい、一体何をしたんだ?
「ISの操作もようやくつかめてきたからな、今度こそ―――」
「まぁわたくし達が訓練に付き合っているんですもの。このくらいは出来て当然、出来ない方が不自然と言うものですわ」
「中距離射撃型の
言葉を遮られたせいなのかやや棘のある言葉で箒が告げてくる。だが実際のところ間違いではなかった、俺のIS『白式』には射撃装備が一切付いていない。このISにあるのは雪片弐型だけだ。一応千冬姉と同じ装備だ。
千春達から学んだのだが、ISというのは機体ごとに専用装備を持っているらしい。しかし、その『
そして後付装備のために『
「それを言うのであれば篠ノ之さんの剣術訓練だって同じでしょ。ISを使用しない訓練なんて時間の無駄ですわ」
「何を言うか!剣の道はすなわち見という言葉を知らぬのか!それに黒神さんも言っていたであろう!一夏はISの基本からが問題だと!唯一の装備である雪片を使いこなす為には、剣の型を磨くしかあるまい!」
「それでしたらわたくしのメゾットも回避行動など、ありとあらゆる分野で役に立ちますわ?」
「ぐぬぬ……確かにそうなのかもしれないが!見は全ての基本において―――」
「織斑さん、今日は
「この―――聞け一夏!」
「俺は最初から聞いてるよ!」
何で俺が怒られているんだ!理不尽だ……そんな事を思いながらも、俺たちは第3アリーナのAピットのドアセンサーに触れる。指紋・静脈認証によって開放許可が下りる、ドアが音を立てて開く。いつこの音を聞いても圧縮空気の抜ける音は格好いいな。
さてと、集中しますか!
今日は織斑の特訓日最後の日でもあるが、少し野暮用が出来た為別行動をしている。俺が向かっているところは鳳が所属する一年二組だ、来週にある対抗戦の振り分けを見てどう思っているのか、織斑とどうしたいのかの最終確認をするためにこうしている。わずかに人が残っていたこともあり、注目を浴びることになるだろうが俺にはどうでもいい。
「凰 鈴音はいるか?」
「黒神さん!?えっと……あそこの席です」
指差した場所を見ると、驚いた表情でこちらを見ている彼女が見えた。教えてくれた生徒に対して感謝の言葉を述べた後鳳の方へと向かう、二組の生徒たちがソワソワしながらもこちらに視線を向けてくるがそんな事はどうでもいい、俺は彼女に会いに来た。それだけだ。
「よう凰、いきなりで悪いな」
「いいえ、大丈夫よ。アタシも丁度帰る準備をしてたところだから」
彼女の机の上には学園のバッグと課題や教科書などがある、支度をしていましたという感じがしっかりと伝わっている。意外としっかりとしているんだな。
「ならよかった。それで来週から始まるクラス
「知ってるわよ、千春さんが千冬さんに言ってくれたんでしょ?」
「いや?言っていない。これはくじ引きで決まったことだ。俺は何もしていない」
言ったが何も出来なかったのほうが近い、結局は運だったからな。実質俺は何もしていない。
「そう……まぁいいわ。ところでアタシを探した理由を聞きたいんだけど?」
「いやなに、気持ちの整理はついたかどうか聞きたかったんだ。織斑に対してどうするのか……ね」
「若干の整理はついてるわよ、対面したときに最後の確認をして……決心をつけるわ」
「そうか、ならいい。吹っ切れた方が戦いやすいだろうからな」
「えぇ。仮に負けたとしても悔いは無いわ。アタシが負けることなんて無いだろうけどね」
「ふっ……お前らしいな。さばさばした性格がうらやましいよ」
「それじゃあな、来週の対抗戦楽しみにしているぞ」
「えぇ、アタシの実力しっかりと目に焼き付けなさい!」
満面の笑みを浮かべる彼女の顔を見た後、俺は二組のクラスを去っていく。鳳はあっという間に生徒たちに囲まれ質問攻めにあっていることだろう、廊下でも話し声が聞こえてくる。変な噂が立たなければ良いんだが。
試合当日、第二アリーナにて第一試合が始まる。組み合わせは織斑一夏と凰 鈴音。どちらも噂の新入生同士ということもあり、アリーナは全席満員であった。それどころか通路にまで生徒が集まっている、既に人が通れないほどに埋め尽くされていた。会場入りできなかった生徒や関係者は、リアルタイムモニターでの観戦となっている。
現在俺は一年四組の簪と本音、鷹月、相川と席に座っていた。早めに会場入りしたことで席を確保することが出来た、簪とは話すことが色々あるからな。主に専用機についての話になるだろうが……
「専用機の話は順調か?」
「いえ……取り急ぎってわけにはいかないみたいです」
「……そうか」
何か別の意図が見える気がするな、後で俺から確認の電話を送ってみるか。
「そろそろ始まるみたいですよ!」
「クロさんはどっちが勝つと思う?」
本音は相変わらず「クロさん」と呼んでくる、あだ名をつけられるのはあまりなれていないから反応しきれないことが多い。
「織斑……と言いたいが凰の方だろうな。実力もISもわからないが、織斑の操縦技術で対応できるとは思わない」
「同じクラスなんですから少しくらい信じてあげても……」
信じたいのは山々であるが、篠ノ之に勝てない時点で勝利する確立はかなり低いだろう。最悪の場合、凰の完全勝利という形になってしまう。それだけは避けたかった為に織斑を訓練させ続けた。完全勝利などという形になってしまえば、最悪研究所送りという可能性もある……少しは抗って見せろよ?
「あっ!二人とも出て来ましたよ!」
あれは……なんだ?どんな性能を持っているんだ?システム起動、対象ISのデータ表示っと……どれどれ?
「第3世代型IS……
モニターとして表示させ機体スペックを確認する、第三世代兵器などが備わっており安定性第一で造られているようだ。彼女に相応しいISだと思える。
「あの~黒神さん、さっきから何をみているんですか?」
「彼女のISの情報だよ、知っておいて損はないからね」
「なるほど……そろそろ始まるみたいですよ!」
さてと、織斑は今までの訓練の成果を、鳳は代表候補生としてのお手並みを拝見しておこうかな。
「それでは両者、指定の位置まで移動してください」
アナウンスに催促されて、俺と鈴は空中で向かい合う。距離は約五メートルほど。俺と鈴は開放回線で言葉を交わす。
「一夏、約束の内容しっかりと思い出せた?」
「だから酢豚を奢ってくれるって約束だろ?」
記憶に自信は無いものの、おそらくそうだろう。中学のときはひもじい思いをしていたからな~鈴の話を聞いてこれは食堂に行ったときにタダで食べていいんだって思ったしな、これだけありがたいことは無い。
「全然違うわよ!あの時言ったのはね!私の酢豚を食べてほしいっていったのよ!」
「……どういう意味だ?」
「意味もわからないんだ。日本ではお味噌汁で例えられているでしょ?」
「お味噌汁……いやわからないが」
「……もう良いわ、とりあえずアタシが勝ったら付き合ってもらうわよ」
「それくらいなら構わないぞ?」
これは強がりでもなんでもない、鈴のことだし買い物だろう。それに俺は真剣勝負で手を抜くのも抜かれるのも嫌いだ、勝負とはそういうものだ。全力でやってはじめてそこに意味が生まれる。
「知ってるかもしれないけど、ISの絶対防御も完璧じゃないのよ?シールドエネルギーを貫通する攻撃力があれば、本体にダメージを貫通させられる。」
それは脅しでもなんでもない、本当のことだ。俺が千春にしたようにSEを貫通して操縦自身にダメージを与えることが出来たからだ。噂ではあるが、IS操縦者に直接ダメージを与える為だけの装備も存在するらしい。それは競技規定違反だし、何より人命に危機が及ぶ。けれど『殺さないようにいたぶる事は可能』という現実は変わりようが無い。俺がセシリアに対してきわどい所まで迫ったのは、本当に奇跡が起きたとしか言いようが無い。
「そして奇跡は二回と起きない」
「黒神さん?」
「いやなんでもない、気にするな」
最悪ショタ化……?
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戦闘開始
「では両者試合を開始してください」
ピーッと鳴り響くブザー、それが切れた瞬間に俺と鈴は動いた。
瞬時に展開した『雪片弐型』が物理的な衝撃で弾き返される。千春達から習った
「初撃を防ぐくらいは出来るみたいね。だけど―――」
鈴が手にした異形の青龍刀―――というよりも両剣と言った方が伝わりやすいかもしれない、それを軽々と扱っている。刃に持ち手が付いているそれは、縦横斜めと鈴の手により自在に角度を変えながら斬り込んでくる。しかも高速回転している分、刃をぶつけて相殺することさえ厳しい。
このままじゃ消耗戦になるたけだ、一度距離をとって―――
「―――甘いっ!」
肩のアーマーがぱかっとスライドして開く。中心の球体が光を放った瞬間、俺は謎の衝撃に「殴り」飛ばされた。一瞬ぐらりと暗闇に傾きかけた意識を慌てて立て直す。しかし鈴が攻撃の手を緩めることは無い。
「今のは軽いジャブだからね?」
にやりと不敵な笑みを浮かべる。
「ぐあっ!!」
目に見えない拳に殴られて、俺は地面に叩き付けられる。ずきんっとした痛みがシールドバリアーを貫通して届いた。ダメージもかなり食らっている、これはかなりまずい。
「あれは『衝撃砲』か。空間自体に圧力をかけて砲身生成し、余剰で生じる衝撃自体が砲弾化して撃ち出される。砲弾だけではなく、砲身すら目に見えないのが特徴であり、セシリアのブルー・ティアーズと同じ第三世代兵器だ」
「詳しいですね。やっぱりIS開発に関わっていた知恵が多いんですね」
「その気になれば一人で装備も作れるよ。打鉄弐式の装備とかも俺が作ってたからね、計画からは外されちゃったけど……」
ただ装備を造るには素材がいる、素材を何処から入手・譲渡してもらうのかが問題だ。IS学園の整備室にならある程度の
「いつか私のISが来たら、専用装備とか作ってもらえますか?」
「勿論だ、全力で要望にこたえよう」
勿論素材があればの話だがな。
「クロさん、私達は~?」
「本音、そんな事出来るわけないでしょ?黒神さんを困らせないで?」
後ろの席から唐突に声がかけられた。振り向くとそこには本音に似た髪色で眼鏡をかけた生徒が座っており、その隣には生徒会会長である更識さんが席に座っていた。
「えっと……?」
「申遅れました。私、
「改めて自己紹介を、
本音に似た生徒は本音のお姉さんであった、生徒会で会計をしているということもありしっかり者というイメージが良く似合う生徒さんだ。そして楯無さんは簪の姉であり生徒会会長、このIS学園での会長は学園最強らしい。是非一度手合わせしたいものだ。
そう言えば更識と布仏って何処かで聞いたことがあるような……何処だったかな?確か何かの資料で見たことがある気がするんだよな。
「改めてまして、一年一組所属の黒神千春です。この学園に入学する前には倉持技研に勤務していました、楯無さんの妹さんである簪さんの専用機を開発を進めていました」
「簪ちゃんの……ありがとうございます」
楯無さんに深々とお辞儀されるが、そこまでされることを俺はしていない。むしろ外されてしまった。それだけがどうしようもなく申し訳ない。
「ただ今現在あの機体がどうなっているのかは分からずじまいで、未だに企業と上手くいっていない状態です。その為一度こちらの設備をお借りしたいのですが、構いませんか?」
「私のほうが整備科に所属しているので、こちらの方で確認を入れておきますので問題ありませんよ」
「ぜひ簪ちゃんのISを完成させてください、簪ちゃんもしっかりと手伝うのよ?」
「わかってる」
ぷいっと楯無さんから顔を背ける簪、姉妹の仲はあまり上手くいっていないのか?それともこれが普通なのか?俺には良くわからないな。
「妹さんと上手くいっていない感じですか?」
「色々ありまして……こんな関係に」
「大丈夫ですよ、姉妹なんです。いつかは分かりあえますよ」
「ありがとうございます」
姉妹というものは苦労するものなんだな、篠ノ之達もいつの日か分かり合えるときが来ればいいのだが……
「ねぇねぇ!クロさん~私達のISも整備して~」
「それは専用機が貰えたらだな……実践のときに訓練機を動かすことがあったり、故障したりすることがあれば付き合うよ。整備科にも仮はできたしそっちの方にも手伝えることがあれば、いつでも呼んでほしい」
「感謝します、黒神さん」
そんな談笑をしながらも俺達は目の前で起きている試合に再び視線を戻す。
「よくかわすじゃない。衝撃砲
確かに砲身も砲弾も見えない、見えないならまだしもこの衝撃砲は射角制限がほぼ無い状態で撃てるようだ。上下は勿論真後ろまでも展開して撃って来る。あくまでも射撃は直線状だが操縦者である鈴の能力がかなり高い、そのため無制限機動と全方位への軸反転など、基本の全てを熟知し習得しているようだ。よく一夏は対応できているといっても過言ではない。
なんとかハイパーセンサーに空間の歪みや大気の流れを探らせてはいるけど、それだけじゃあ避けることは難しい。撃たれた衝撃で理解しているようなものだ、早く先手を打たなければ―――思い出せ今までの訓練を!
「バリア無効化攻撃?それって千冬姉が使ってたISのやつか?」
そう聞き返すと、千春は小さく頷く。セシリア達との模擬戦をした後、俺はどうしてあの時の試合が敗北になったのかをふと考えていた。試合時の
「そうだ、そして織斑のISにも搭載されている雪片がそれだ。俺のとは若干違うがな。相手のバリアー残量に関係なく、それを切り裂いて本体に直接ダメージを与えることができる。そうなるとどうなる?セシリア」
「ISの『絶対防御』が発動して、大幅にSEを削ぐことができますわ」
「その通り。千冬が世界一位になったのも、この『雪片』の特殊能力によるところが大きい。だが織斑に搭載されているものは、攻撃性に特化しすぎていたこともあり。調整が入ったんだ」
さらっと言っているが千冬姉がしたことはものすごいことである。三年に一度行われるISの世界大会『モンド・グロッソ』、その第一回大会において優勝したのが千冬姉である。初代世界最強の姉を持つ弟の気持ちというのは、とても複雑で怪奇なことなのであると身をもって知ることができた。
「ってことは俺があの時、雪片を当てていれば勝てていた?」
「どうだろうな?セシリアはほとんど無傷で、お前はズタボロだったからな。もう一つ負けた要因があるんだが、何だと思う?」
「何でか知らないけどSEが急に減ったことか?」
「それは必然で起きた事だ。零落白夜は自身のSEを犠牲に攻撃力に転換している、つまるところ……言ってはいけないと思うがお前のISは欠陥機だろう」
「欠陥機!?」
でも千冬姉はこの装備でモンド・グロッソを優勝したんだ!ならこの機体も欠陥機なんかじゃないはずだ!となると問題は俺なのか?千冬姉に扱えても俺には扱えない代物なのか……?
「何故ここまで酷いのかは俺にもわからない、ただ他の機体よりも攻撃特化になっているだけだ。
「兄弟機の黒式はそんなに拡張領域があるのに……なんで俺のには……」
「まぁ素人向けのISかもな、量産機の打鉄やラファール・リヴァイヴとはまた違ったベクトルだけどな。それに射撃訓練ともなると、かなり学ぶことが多くなるが……今のお前では理解できないだろう?」
ぐうの音もでない。
「それにお前は剣道をしていたという経歴がある。それを極めた方が、今のお前には向いている。なにせお前は織斑千冬の弟なんだからな」
それからの訓練は全て千春が組み立てたトレーニングや座学、ISの操縦技術などに費やした。主に近接戦闘に対しての技能を磨いた、俺にできるのはそれしかなかった。後は箒との剣道訓練で『刀』の間合いと特性を再度把握するのに生かすことができた、セシリアからは遠距離に対する対策の仕方、接近方法を学ぶことができた。あとは気持ちで負けないということだけだ。
普通に考えればその実力差は一目瞭然である。しかも鈴はセシリアとは逆に戦闘になれば冷静になるタイプだ。こういった相手は基本的に強い。そんな相手との実力差を『なにか』で埋めるとするのであれば、それは心しかありえない。気持ちだけは何にも負けない、そんな意志があれば絶望的な戦いでも一筋の光明が差すはずだ。そう信じてやり通すだけだ。
「鈴、本気でいくからな」
真剣に見つめる。俺の気持ちが伝わったのか、鈴は曖昧な表情を浮かべた。
「そんなの当たり前のことじゃない、格の違いってやつを見せてあげるわよ!」
鈴はバトンのように両刃青竜刀を一回させて構えなおす。俺は衝撃砲が火を吹く前に距離を詰めて攻撃しようと加速態勢に入った。この一週間で身につけた技能である『
「いくぞおおおお!」
この奇襲は一度しか相手に通用しない。だからこそ『雪片弐型』のバリアー無効化能力を同時使用して放つ。これで半分以上は削れなければ、あの衝撃砲でじわじわとすり減らされ圧倒的大差で負けるのは目に見えている。
「織斑が仕掛けた、これはわからなくなるかもしれないな」
そんな事を呟いていると上空から謎の陰が現れたのを確認した。その物体はアリーナの遮断シールドを貫通し、アリーナの中心へと墜ちた。IDの展開準備をしておくとしよう。
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謎の侵入者
ズドオオオオオンッ!!!
鈴に刃が届きそうになった瞬間、突然大きな衝撃がアリーナ全体に走る。鈴の衝撃砲かと思ったが、そうではない。範囲も威力も桁違いだ。しかもアリーナ中央からもくもくと砂煙が上がっている。どうやらさっきの衝撃は「それ」がアリーナの遮断シールドを貫通して入ってきた衝撃波らしい。
「なんだ!?何が起こっいるんだ……」
何も状況が理解できない俺は頭の中が混乱していた、そんな俺に鈴からプライベート・チャンネルが飛んできた。
『一夏、試合は中止よ!今すぐにピットに戻って!』
いきなり何を言い出すのか。そう思った瞬間、ISのハイパーセンサーが緊急通告を伝達してきた。
《ステージ中央に熱源、所属不明のISと断定。ロックされています》
アリーナの遮断シールドはISと同じもので作られているらしい、それを貫通するだけの攻撃力を持っている機体が乱入してこちらをロックしている。つまりピンチというやつだ。
『一夏早く!』
「お前はどうするんだよ!」
まだ初めての相手との回線の開き方がわかっていない俺は、普通にオープン・チャンネルで聞く。
「あたしが時間を稼いで、先生達が来るまで耐えるから!その間に逃げなさいよ!」
「逃げるって……女を置いてそんなことできるか!」
「アンタのほうが弱いんだからしょうがないでしょうが!」
思いっきり叫ばれた。俺がプライベート・チャンネルで返さなかったから鈴も普通に喋っている。
「別にあたしも最後までやり合う気はないわよ。こんな異常事態、すぐに学園の先生達がやってきて事態を収拾―――」
「あぶねぇ!」
間一髪、鈴を抱きかかえてさらう。その直後にさっきまでいた空間が熱線で砲撃されていた。
「ビーム兵器……しかもセシリアのISよりも出力が高い」
ハイパーセンサーの簡易解析でその熱量を知った俺は、背中に冷たい雫が伝わっていった。これが武者震いというやつなのか。
「ちょっと!馬鹿!離しなさいよ!」
「おい、ちょっ、暴れるな。―――馬鹿殴るな!」
「うるさいうるさい!離しなさいよ!」
シールドエネルギーに守られているとはいえ、速射砲のごとくパンチを顔面に向かってされているのだ。気分のいいものではない。
「だいたい何処触ってるのよ!」
「っ!来るぞ!」
うるさい鈴はさておき、煙を晴らすかのようにビームの速射が放たれる。あんな強力なビームがこんなにも撃ち出されると、避けるのも難しい。それをなんとかしてかわすと、その射手たるISがふんわりと浮かび上がり俺達の前に姿を現した。
「なんなんだこいつ!?」
姿からして異形なものだった。深い灰色をしたそのISは手が異常に長く、つま先よりも下に伸びている。しかも首というものが無い。肩と頭が一体化しているような形をしている。何より特異だったのは『
通常、ISは部分的にしか装甲を形成しない。防御はほとんどがシールドバリアーによって行われる為、装甲はあまり意味を成さない。勿論防御特化型ISで物理シールド搭載している機体もある、けれど肌が露出しないISは聞いたことが無い。
そしてその巨体は姿勢を維持するためなのか、全身に大型スラスター口が見て取れる。頭部には剥き出しのセンサーレンズなどが並んでいて、腕には先ほど撃って来たビーム砲口が左右合計四門あった。
「お前何者だ!」
謎の乱入者に問いかけるも、こちらの呼びかけには答えない。当然といえば当然なのかもしれない。
『織斑君!凰さん!今すぐにアリーナから脱出してください!すぐに先生達がISで制圧に行きます!』
割り込んできたのは山田先生だった。心なしかいつもよりも威厳を感じる。いつもこれだったらいいのに。
「俺達は先生が来るまで食い止めます!」
あのISは遮断シールドを簡単に突破してきた。ということは今ここで誰かが相手をしなくては、観客席にいる人間に被害が及ぶ可能性が―――もうほとんど居ない!?既に避難はほとんど終わっているみたいだ。
「いいな鈴!」
「誰に言ってるのよ!それより離しなさいよ!動けないじゃない!」
「ああ、悪い悪い」
俺が腕を放すと、鈴は急いで離れる。そこまで嫌だったのか?それは悪かった。
『織斑君!?駄目ですよ!生徒さんにもしもの事が―――』
言葉はそこまでしか聞けなかった。敵ISが体を傾けてこちらにビームを撃って来る。それを避ける為に意識を集中する。
なんとか成功した。
「向こうはやる気満々みたいね」
「みたいだな」
俺と鈴は横並びになってそれぞれ得物を構える。下手に動いたら確実に墜とされる、それだけはなんとしても避けたい。それにしてもどうやってあいつを倒すかを考えないと……
「一夏、あたしが衝撃砲で援護するから。あんたはその武器で突っ込みなさいよ、それしかないんでしょ」
「その通りだ。じゃあそれでいこうか」
お互いの武器を切っ先を当てる、これが合図となる。俺と鈴は即席のコンビネーションで飛び出した。
織斑たちが謎のISと戦闘を開始する前
「一体何が墜ちてきた……まさかテロリストか?」
「遮断シールドを突破するほどの兵器を所持している、これはかなり危険です!急いで避難しましょう!」
避難したいのは山々であるが謎の機体の乱入により、アリーナの観客席内は混乱でざわついている者が多く危険な状態であった。
『千春!聞こえるか千春!』
千冬から緊急の通信が飛んでくる、こんなに焦っている辺りかなりまずい状況だな。
「聞こえるぞ千冬!こっちの状況は酷いものだがな!」
『何者かにアリーナのドアをハッキングされた!こちらからの通信を全く受け付けない!お前には生徒の避難誘導をしてほしい!』
「任せろ!こっちには生徒会の面子もいる。直ちに開始する!」
『頼んだぞ!』
千冬からの通信を切って急いで楯無さんたちに状況を伝え、いそいでドア前まで移動する。ドアの付近でも恐怖に駆られて押し寄せている生徒の姿が多く見られる。
「ドアをこじ開ける!ドア付近にいる生徒は離れろ!」
大声で注意喚起をし、ドア付近の生徒を退避させる。この程度の扉ならばIDを起動するまでも無い!緊急用の取っ手を掴み強引に扉をこじ開けていく。
「こんなもの……オラァァァ!!!」
ドアを完全に開き、楯無さんを中心とした生徒会面子に避難誘導を任せる。他の場所にも同じような扉があるはずだ、そっちにも急いで向かわないと。いつかこっちに被害が及ぶ可能性がある、それだけはなんとしても避けたい。さっきと同じように素手でこじ開けていたら時間が掛かる!こうなれば手段を選ばずにやるしかねぇ!ID展開、Connect……construction。部分展開右腕部を選択、展開まで0.01秒……展開完了!武装選択!《影縫》展開―――完了!
「離れろ!」
影縫でドアを切断する、多少瓦礫ができてしまったが避難に支障は無いだろう。あとは生徒や関係者を避難させていち早くこの場を離れるしかない。
「千春さん!こっちの避難誘導は終わりました!私達も急いで避難しましょう!」
『千春聞こえるか!まずいことになった』
また何か問題が起きたのかと思いアリーナを見ると、織斑たちが謎のIS相手に対応している様子が見えた。鳳は大丈夫だとは思うが問題は織斑だ、彼女にさえ手一杯だったのにあのISと対峙している。今すぐにでも離脱した方がいいが……何か考えがあるのだろう。
「簪、先に本音たちと避難していてくれ!」
「ですが!ここは危険です!今すぐにでも―――」
「頼む、避難してくれ!俺はあの馬鹿共を退避させる!怪我人は楯無さん、布仏さんと協力して!」
ここで簪を逃がしておけば、被害は少なくなる。こちらに気がついたのかISの砲身がこちらを向いていた。
「くっ……わかりました!黒神さんも気をつけてくださいね!」
簪たちを避難させた後、通信が入っている千冬に確認を取る。
「千冬!あの馬鹿二人は足止めをしているのか?」
『そうだ、だが教員があの場に行くのにも時間が掛かる!お前はあの二人のサポートに回ってくれ!』
「了解した!千冬は他の教員との連携を頼む!」
黒式を展開し装着する。遮断シールドが部分的に破壊されている為、侵入するのは容易いだろう。簡単に墜ちるなよ二人とも!教員たちがどれだけの実力を保持しているかは知らないが、最低でも時間は稼いでみせる!
遮断シールドをぶち破ってくる相手に対して、絶対防御もない機体で挑む千春は頭がおかしい。
評価が極端ですね……やっぱり受ける人と受けない人がはっきり分かれます、これが二次創作の醍醐味ですね。
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黒の参入
「もしもし!?織斑君聞いてます!?凰さんも!聞いてますか!?」
ISのプライベート・チャンネルは声に出す必要は全く無いのだが、そんなことを失念するほど真耶は焦っていた。周囲から見ると危ない人であることには変わりない。
「本人達がやると言っているのだから、やらせてみてもいいだろう」
「織斑先生!何をのんきなことを言っているんですか!?」
「落ち着け、今千春にも協力してもらうように指示を出した。それにあいつは既に生徒・関係者の避難誘導は終わったようだしな。糖分が足りないからイライラするんだ」
「……あの先生。それ塩ですけど?」
コーヒーに運んでいたスプーンを止め、白い粉を元の容器に戻す。
「何故ここに塩があるんだ」
「さぁ……?でも容器に大きく「塩」って書いてありますけど」
「…………」
「やっぱり弟さんのことが心配なんですね!?だからそんなミスを―――」
嫌な沈黙が続く。何かまずいことがおきる予感がした真耶は話を逸らそうと試みる。
「あのですね―――」
「山田先生、コーヒーをどうぞ」
「へ?でもそれって塩がはいっているものじゃあ……」
「どうぞ」
ずずいっと押し付けられるコーヒー(微塩)。真耶はそれを涙目で受け取るしかなかった。
「いただきます……」
「熱いので一気に飲むといい」
鬼がいた。
「先生!私にIS使用許可を!直ぐに出撃できますわ!」
「そうしたいのだが、これを見てみろ」
ブック型端末の画面を数回たたき、表示される情報を切り替える。その数値はこの第二アリーナのステータスチェックであった。
「遮断シールドがレベル4に設定……しかも扉は全てロックされている。あのISの仕業ですの!?」
観客席の扉は既に破壊しており避難誘導は完了しているが、ここからアリーナ内に入る扉はロックされており侵入することができない。遮断シールドも千春が入って直ぐにレベル4に設定された。
「一応避難は終わっている、あとはあのISを停止させるだけだが……」
「でしたら!緊急事態として政府に助勢を!」
「既にやっている!現在も三年の精鋭達がシステムクラックを実行中だ。遮断シールドを解除できれば、直ぐに部隊突入させる!」
言葉を続けながら、益々募る苛立ちに千冬の眉がぴくっと動く。それを危険信号と受け取ったセシリアは、頭を押えながらベンチに座った。
「結局ここで待っていることしかできないのですね……」
「どちらにしてもお前は突入部隊に入れないから安心しろ」
「なんですって!?」
「お前のIS装備は一対多向きだ。多対一ではむしろ邪魔になる」
「そんなことありませんわ!このわたくしが邪魔など―――」
「では連携訓練はしたか?そのときのお前の役割は?ビットをどういう風に扱う?味方の構成は?敵はどのレベルを想定している?連続稼働時間―――」
「連携訓練は千春さんとしか……そのときはビットを扱わずに千春さんが誘導している一夏さんの隙をついて狙い撃つだけですわ……」
「それだけでは不十分だ」
「そうですか……」
放っておいたらそれこそ一時間以上続きそうな千冬の指導を、セシリアは両手を揺らして止める。『降参』のポーズであった。
「言い返せない自分が悔しいですわ」
どっと疲れた気がして、漏れたため息はさっきよりも深かった。それからふと、あることに気がつく。
「篠ノ之さんは何処へ……」
周囲を見回しても篠ノ之の姿は無かった。千冬だけはさっきまでとは違う異様に鋭い視線をしていた。しかし現時点では誰も気がつかなかった。
「凰!織斑!無事か!?」
「なんとか!だけど……」
「くっ……」
織斑が一撃必殺の間合いで斬撃を放っているが、するりとかわされて反撃を貰っている。
「あれは何回目だ?」
「これで四回目よ……ちゃんと狙いなさいよ一夏!」
「狙ってるっつーの!」
織斑の攻撃は普通ならかわせるはずの無い攻撃速度と角度だ。けれど敵ISの全身に付いたスラスター出力が尋常ではないのだろう。ゼロ距離から離脱するのに一秒と掛からない、さらに彼女がどれだけ注意を引いても織斑の攻撃には必ず反応し回避行動をとっている。
「織斑、凰交代だ」
「何でだよ!俺はまだやれる!」
「お前のSEは後どれくらいある?」
そういわれた織斑はコントロールパネルをすぐさま開いて、自身のIS状態を確認する。そこには残り60という数値が表示されていた。
「あと60だ……」
「なら雪片を使えるのは後一回だな。それを無駄にしたくは無い、一度下がって相手の戦闘スタイルや隙を見極めろ!」
「だけど……」
「お前の能力だけが頼りなんだ、下手に動くなよ!」
織斑に釘を刺し、謎のISに特攻する。でたらめに腕を振り回して接近してくる。まるでベーゴマだ。かなりの高速回転だがその上にビーム砲撃までやってくあたりやっかいだな。それに俺の行動が予測できるのか、牽制砲撃まで行ってくる始末だ。これは一筋縄ではいかないな。
「こい!」
そう叫ぶと俺の手元には展開を完了した《カノン》と《黒龍》が握り締められている。カノンでの牽制が効くとは思えないが、ある程度まで時間を稼げればそれでいい。そして相手の欠点を見出せれば織斑の能力でぶった切る……上手くいけばの話だがな。
「来いよ不審者!俺が相手してやるぜ」
そう言うと、相手は一直線にこちらに向かってくる。どうやら引けたみたいだな。カノンでの射撃をするが、相手には全く効果が無いように見える。それとも微かなダメージはある程度無視してこちらに突撃してきているのかの二択だ。こうなってしまえばカノンよりも近接ブレードで殴る方がいいのかもしれないな。左手で握り締めていたカノンを収納し、黒龍一刀で正面から向かっていく。ビームは無理やりにでも砲身を曲げて阻止する、最悪の場合は……あの兵器に頼るしかない。
「せりゃあああああ!!!!」
ブレードを振り下ろし斬撃を浴びせるが、相手はそれを予測していたかのように軽々と避けこちらに砲身を向ける。だがこの距離ならば
「これならどうだ!」
瞬時に近づいた俺は相手の左腕をブレード切断しようと試みる。だが相手も手練れなのか、刃が半分と届かないうちに退避されてしまった……やっぱりこんな安直な考えじゃあ墜せないよな。
構え直して相手を見据える、ブレードには僅かながら斬ったという印であるオイルが付着している……瞬間加速を使っても相手に与えられたダメージはごく僅かでしかない。となれば高火力の装備で仕掛けるしかない。黒式には試作型荷電粒子砲と、雪片改の二種類がある。しかし一つは未だに試せていない装備であり威力は未知数である。雪片改で能力を発動させて斬り伏せるのも悪くないが……相手に通じるだろうか?ともあれやるしかない。俺に出来るのは織斑がトドメをさせるように仕向けること、できなければその後始末をつけるだけだ。それに色々と戦ってみてわかった。相手が腕を振り回しているときの砲撃は、射程距離が短くなる。乱れ撃ちという表現が近い。逆に腕を振り回していないときは狙いが精密になり有効射程距離が伸びる。
俺のSEは残り300、織斑は60、凰は織斑よりも被弾が少ないことを考えると150ほどは残っているはずだ。流石に厳しいがやるしかない。
「黒神さんも厳しいみたいね、現在の火力でアイツのシールドを突破して
「ゼロじゃなければいい」
「呆れた。確率が大きければ大きいほどいいに決まってるじゃない。アンタって良くわからないわね、それでどうするの?」
「逃げたければ逃げていいぜ」
「馬鹿にしないでくれる?あたしはこれでも代表候補生で、少なくともアンタよりは強いんだから。それにあたしより弱いやつを置いて退散なんて、笑い話にならないわ」
代表候補生の採用基準はきっとプライドなんだろうな、セシリアも似たようなことを言うしな。
とか考えているようだが、そんな訳が無い。代表候補生の採用基準は頭脳やISの操縦技術だろう、あとは愛国心か何かだと昔聞いたことがある。千冬は圧倒的操縦技術と戦闘スタイルで日本の代表になった経歴がある。っとそんな話をしている場合ではなかった、目の前の敵に集中しなければ!
『織斑、凰何か相手の動きを見て気がついたことはあるか』
プライベート・チャンネルを開く、俺は一つだけわかったことがあるが確証が持てない。だからこそ遠目で見ていた二人に通信を入れる。
「しいて言えば動きが若干カクついているような気がする」
「俺は……正直わからない」
まぁ織斑がわからないのは大体察していた、だが凰が言ったことはこちらの考えと合点が行く。この黒龍に付いたオイル、カクついた動き……
「もしかしたら無人機かもしれないな」
「無人機!?そんなことあるのか?」
「今のあいつを見てみろ、俺たちが攻めなければあいつもほとんど動かない。まるでこちらの会話を聞いているみたいにな。無人機ならばこの通信もジャックして聞くことくらいはできそうだしな?そして斬ってみてわかった、こいつは確実に無人機だってな」
「でも無人機なんてありえない。ISは人が乗らないと絶対に動かない。そういうものだもの」
確かにISは人が乗らないと絶対に動かない。だがある人物だけは無人のIS……いやISもどきは造る事ができるだろう。それにガワだけならば、不可能ではないはずだ。ISのコアも
「無人機だったら勝てるって言うの?」
「人が乗っていないのなら、最大出力で攻撃しても大丈夫だからな」
零落白夜は多少の調整が入ったが今でもその高火力は健在だ、ならばありったけをあいつにぶつければ機能停止に持ち込める。勿論当たればの話だ。
「でもその攻撃自体が当たらないじゃない」
「それを当てるように誘導するのが、俺たちの仕事だぞ凰」
「はぁ……やるしかないってことね。一夏、外したら許さないからね!」
「次は当てる!」
その意気だ織斑、あとは鳳と連携をとって隙を作らせるだけだ。
「千春さん」
「ん?」
「どうしたらいい?」
「簡単だ、俺たち二人で誘導する。織斑には合図を出して一気に突貫させる。主に衝撃砲での誘導にしてくれ、俺はこいつで誘導させる」
そう言って装備データから《試作型バスターライフル》を展開する。こいつの火力は未知数だが、カノンでは火力不足だ……今はこいつに頼るしかない。
「随分とゴツイ装備取り出したわね、名前はなんていうの?」
「名前……バスターライフル」
「なんかぱっとしないわね、私がつけてあげるわ。そうね―――装備の色が黒いから《ブラック・インパクト》なんてどう?」
「ブラック・インパクトね……もう少しこう~グッと来るものがいいな」
ブラック・インパクトってなんか別のものが頭によぎるんだよな、ディープイン―――いや気のせいだろう。そうなると……
「
「悪趣味だと思うわ」
いいだろ別に!俺が使う装備なんだからよ!ネーミングセンスがないのは1番理解している!それよりも無人機だ、こいつは必ず破壊する。そしてこれを造ったであろう人物に問い詰めてやる!
「いくぞ凰!」
「了解!」
俺と凰は無人機へ突撃していく、そのなかで俺はある人物に連絡を入れてとあるポジションで待機してもらうことにした。
正直デスペア・ブラストはダサいと思っている
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終結。恋の行方
凰が無人機に対して衝撃砲を撃っているのに対して、俺は無人機の回避行動を予測してその退路を潰していくという作戦だ。徹底的に追い詰めた後、織斑の雪片で切断し破壊する。これは織斑が雪片を当てやすいように、無人機の回避行動を徹底的に潰す。最悪の場合はワイヤーで拘束する。
「千春さん!そっちに逃げたわ!」
「了解!」
無人機に向けてライフルを構える、砲身にエネルギーを圧縮させる。時間としては2秒程度だ。これは速射も連射も出来ないな……使いどころが肝心というやつか。圧縮したエネルギーは紫色に輝き出す、圧縮完了の通知が表示される。これでやっと撃てるようになる、体感時間としてはかなり長く感じる。
「これでも喰らえ!」
砲身からビームが放たれる、反動が強く軽く吹き飛ばされるかと思うほどだ。ビームは無人機の腕をを掠め、地面に着弾する。腕を掠めた程度だったはずなのだが、見事に歪んでいる。そして着弾跡には紫の稲妻がはしっていた、これはおそらく放ったビームの残留エネルギーだろう……これ人に向け撃って大丈夫なのか?大丈夫なように設計されているのか?
「なによそれ!?そんな高威力見た事無いわよ!あの無人機に搭載されているのより強いんじゃないの!?」
「そうかもしれないな、だが今考えている暇は無い。徹底的に追い詰める」
このアリーナで注意するべき点は千冬達がいる管理室に誘導しないことだ、それ以外であれば何処に追い詰めてもいい。既に無観客状態だ、そう簡単に計画が狂うわけが―――
そう考え引き続き無人機を追い詰めていこうとした最中、アリーナのスピーカーから大声が響いた。
「一夏ぁっ!」
ハウリングが響く中、声の主を確認する。
「箒!?なにしてるんだお前……」
中継室の方を見ると無人であることをいいことに、現在の状況を作り出したようだ。本当に何やってるんだあいつは!?
「男なら……そのくらいの敵に勝てなくてなんとする!」
ハウリングが起きるほどの大声で叫ぶ。ハイパーセンサーで数倍に拡大して確認すると、どこか焦っているような、怒っている様に見える。だがこの状況では最悪だ。敵は今の館内放送に興味を示したらしい、俺たちから視線を外し篠ノ之の方をじっと見ていた。このままでは篠ノ之が危ない、もはや作戦など実行している状況ではなくなってしまった。
「鈴!織斑に衝撃砲を最大火力で放て!織斑はその衝撃と瞬間加速を利用して一気に突っ込んであいつをぶった斬れ!」
そう言って瞬時に動き出す、敵が篠ノ之に向けて腕を伸ばしている。確実に砲身が向けられている状態だ、あのビームは人に向けていいものではない。装備データから対ビーム用シールド《ヴォイド》を取り出し、瞬間加速を利用した加速力で射線上に向かって篠ノ之の盾になる。この盾が耐えられるかどうかわからないが、やるしかない。
「そんなことしたら俺のSEがゼロになるだろ!」
織斑から反論が入る。確かに普通に考えればそうだ、しかし瞬間加速は後部スラスターからのエネルギーを放出し取り込む。そのエネルギーを圧縮し再放出する。その際に生まれるエネルギーを利用して、爆発的な加速力を手に入れる。これはつまり外部のエネルギーからでもいいと言うことだ、そして瞬間加速の速度は利用するエネルギー量によって変化する。
「いいからやれ!」
「どうなっても知らないわよ!」
織斑が衝撃砲の射線上に入る、鈴は最大火力で衝撃砲を放つ為に補助用の力場展開翼を後部に広げている。収縮したエネルギーを一気に放つ。ドンッ!と織斑の背中に巨大なエネルギーの塊がぶつかる。みしみしと体から音が鳴ると同時に瞬間加速を利用する。
「オオオオッ!!!」
右手に握られた《雪片弐型》が強い光を放っているのが確認できる、それと同時に敵の砲身にも強い光が集まっているのが確認できる。これは間に合うか……?
俺のパネルには『零落白夜』使用可能。エネルギー転換率90%オーバーと表示されていた。その情報は聞くのではなく理解していた。俺がISに初めて触ったときに感じたあの一体感、全てを把握できそうなほどクリアな五感。集中力が何倍にも跳ね上がったような意識。そして何より全身から力を感じる。
俺は……千冬姉や箒、鈴を、関わってくれる人全員を―――守る!
必殺の一撃は敵ISの左腕を切り落とした。しかしその腕は千春が半壊させた腕であり、箒にむいている腕は右腕であった。俺が左腕を切り落とした瞬間、敵ISが箒に向かってビームを撃ちだした―――箒!
何で左腕を斬ったんだよ!無人機だって知ってるだろ!ぶった切れば良いってもんじゃないんだぞ!間に合ってくれよ!
黒式が出せるであろう最高速度をたたき出し、篠ノ之の目の前まで移動する。目の前までビームが迫ってきている、《ヴォイド》を前に突き出し篠ノ之をビームから守る。パキパキと盾から音が鳴る、ビームの威力が強すぎて弾かれそうになる―――ビームが収まった頃には、盾は大破しておりまともに使える状態ではなかった。
「くっ……だがいいポジションだな」
中途半端だが一筋の弾道を作り出すことには成功した、あとは彼女に援護射撃をして貰うだけだ。
『狙いは?』
『完璧ですわ!』
破壊したドアからセシリアがISを展開している姿が見受けられる、一つは完全に破壊しておいて正解だった。こうすればセシリアとも協力できる!
ビットは使うことが出来ないが、彼女の正確な狙撃能力が発揮される。それにあわせるように俺は刀を手に相手を翻弄していく、だがこの無人機無駄に硬い。おそらく装甲は最新のものを使われているのだろう。織斑の一撃で破壊できてよかった。
「この……いい加減にぶっ壊れろ!」
黒式に搭載されている特殊能力を発動させる為に《雪片改》を展開する。こいつの能力は『
「でりゃあああ!!!」
雪片片手に相手に突き進む。その刹那、黒式が一瞬輝き出す。これが不具合だとしたのなら最悪のタイミングだ。相手はこちらに対してビームを連発しているが全て雪片で切り伏せる。雪片を相手腹部に突き刺した後、上空に投げ飛ばす。
『合わせろセシリア!』
『はい!』
「最大火力だ……消し飛べ!」
セシリアと圧縮が完了しているライフルで、標的をロックする。『危険』という表示が出ているが気にせず撃ち出す。最大火力ということもあり、反動に耐えられず地面に叩き付けられる。だがその分威力は絶大だ、紫の稲妻は無人機を包み込み装甲を溶かしていく。こんな威力の攻撃、無人機でなければ出来ないな、もしやるとするのであれば憎しみが強い相手だけだろう。セシリアも良くやってくれた、あとで感謝しておかなくては……
「ははっ、やったぜ……」
反動をもろに受けてしまった俺は、敵が爆散したのを確認した後……意識が堕ちていくのを実感しながら眠りについた。
『も……ーし?………ーい?』
誰だろうか、何処かからか声が聞こえる。聞いたことの無い声だった、声の主を確認する為に俺はゆっくりと目を開ける。
「なんだ……ここは」
目を開けるとそこには透き通った世界が広がっていた。青空に雲が浮かんでいることで現実世界のような気分になるが、地面を見てみるとまるで鏡のように反射している。それだけしかない世界で声の主を探さなくてはいけないのかと思うと、憂鬱になりそうだ。
『あっ起きましたね』
直ぐ近くで声がしたと思い振り向くと、そこには黒髪ショートカット・無地の黒のワンピースを着ている少女が立っていた。何故こんな世界でたった一人少女がいるのか理解できない……そもそもここは何処なんだ?現実世界で無いとしたのならここは死後の世界なのかもしれない、だがあんなことで死んだとなると笑いものになりそうだ。
『大丈夫ですよ、死んでませんから』
俺の心が読めるのか少女はそう言葉を続けた、なんと都合のいいことだろう。となればここはおそらく精神世界になるのかもしれない。一度だけ千冬から体験談を聞いたことがあるが、まさか俺自身も経験することになるとは思わなかった。
『はい、確かにここは精神世界です。それで私はあなたに伝えたいことがあって、この世界に呼び出しました。慌ててしまわないか不安でしたが、なんとか状況を飲み込めてくれたようで』
「まぁ誰だって信じないとは思うが、俺は経験談を聞いたことがあるからな。それで話ってのは何だ?」
それが本題だろ?と少女に問いただす。少女はそうでしたと呟き言葉を続ける。
『あのですね、黒式の装甲が光ったときがあると思うんですけど、それは危険信号でもなんでもないです。あれは今出せる限界状態で発生する特殊な防護壁です』
防護壁……だがあの光は10秒も持たなかった、一瞬の防護壁など意味があるのだろうか?
『それは篠ノ之博士がつけた特殊能力の恩恵ですね、相手に突っ込むときに被弾して肉体的ダメージを追わないようにする為です』
零落黒月を発動しているときだけの副作用ってやつか、それはそれでありがたい。
『ですけど使用には十分注意してくださいね?壊れちゃうかと思ったんですから』
「それはどういう―――」
どういう意味か聞き出そうとした瞬間、世界に亀裂が入る。精神世界が壊れようとしているということか!
『時間みたいですね、大丈夫ですよ。貴方は現実世界で目を覚ますだけですから』
そう言って目の前の少女が霧に包まれる。霧が晴れた頃には既に少女の姿は無かった。そして今立っている地面に亀裂が入り、俺は谷底に落ちていった。
「戻り方ってもんがあるだろう!?」
そんな嘆きも空しく、俺は深く堕ちていった……
「うう……なんとか戻ってこれたのか?」
全身が痛むがなんとか体を起こし、周囲の状況を確認する。どうやら俺はあの後保健室に運ばれたらしい。カーテンで仕切られた空間は狭いが安堵感を与えてくれる。そういえばあの後どうなったんだ?
「気がついたか、馬鹿者め……」
カーテンが勢いよく引かれる。確認する前に行動する性格と声でわかる、これは千冬だ。
「体に致命的な損傷はない、だが全身に軽い打撲がある。数日は地獄だろうがまぁ頑張れ」
「これしき大丈夫だ……イテッ!」
「無理をするな、それであの後のことだが―――」
あれからの千冬の対処は早かった。まず無人機を足止めした織斑と鳳は撤退命令を無視したため反省文一枚の処理が行われた。反省文は書かせなくてもいいと思うんだがな。次に中継室に入り無人機の注意を引いた篠ノ之、彼女は反省文十枚の処分が言い渡された。まぁそうだろうな……危険な状態を引き起こしたのであればそれなりは……な。そして大本命である無人機だが、最大火力のビームで溶かしきったことで跡形も無く消えたらしい。これについては怒られた。機能停止させればいいものの、俺は全てを消し去ってしまった為相手のデータを何一つ得ることが出来なかったということだ。本当に申し訳ない。
「まぁ何にせよ、お前が無事でよかった。心配したのだぞ?」
そう言って抱きしめてくる、不安だった心境が伝わってくるように抱きしめる力が強くなって―――イダダダダダ!!!!
「千冬!痛い!痛いから!」
「うるさい、甘んじて受け入れろ。」
「……心配かけてごめんな」
頭をやさしく撫でると、ある程度力を抜いてくれる。
「お前はそう簡単には死なないさ。私達の大切な人なのだからな
「……そう思ってくれるのであれば嬉しいよ」
「なっ……聞こえていたか!」
抱き着かれた状態だったら聞こえるに決まっている。恥ずかしかったのか、千冬の頬が赤く染まっている。そしてより一層腕の力が強くなったのを感じた。
数分ほど時間が過ぎた後、千冬は俺から離れて立ち上がる。
「私は後片付けがあるので仕事に戻る。すこし休んだら部屋に戻っていてくれ」
そう言い残すと、千冬はすたすたと保健室を出て行った。仕事に真面目だな、俺もあの姿勢だけは見習わないと。するとまた保健室の扉が開く音が聞こえる、誰が来たんだ?そう思いカーテンを開ける。するとそこには凰とセシリアの姿があった。
「凰か、反省文は終わったか?」
「ええ、しっかりと終わらせてきたわ。一夏の方はまだ掛かりそうだけど」
今回の無人機の件で対抗戦は中止となり、デザート無料権もなくなった。ということは彼女が織斑に想いを伝える時間も失ってしまった。だが織斑と話す機会は沢山つくれる、その時に伝えられればいい。
「セシリアもありがとう、よくあの状況で期待に応えてくれた」
「あのまま見ていられなかったので、お役に立ててなによりですわ」
少しくらい表情の凰に視線を合わせる、彼女はゆっくりと
「あたしね、一夏に想いを伝えるの……もう少し考えることにしたわ」
「どうして?」
「一夏が馬鹿なのは前から知っていたけど、あそこまで馬鹿だとは思わなかったから。一旦様子を見ることにしたの」
それなら気持ちの整理もつけやすいか、一度遠くから見てみるのも手段の一つかもしれないな。それに昔の約束を思い出させるよりも、今の状態でならばしっかりと記憶に残るだろう。あいつもそこまで馬鹿じゃないはずだ。
「凰、それでもある程度のふれあいはしておけよ。人間ふれあい絆を深めていく事が大切なんだ、広く深くな」
「黒神さんが言うんだったらそうなのかもね……わかったわ、一夏とは休日に買い物とかしてくる」
「あぁ、頑張ってな」
ありがとう。そう言って凰とセシリアは保健室を去って行く。彼女の恋の行き先がどうか幸せなものになりますように。
俺は再びベットに身を委ねて眠りについた。
これにて謎のISは終わりです。
千春と鈴の絡みはあまりない無いです。
途中で出てきた謎の少女は誰なんですかね?
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生徒会長・データのやり取り
学園の地下五十メートル。そこにはレベル4権限を持つ関係者しか入れない。隠された空間であった。完全に破壊されたと思われたISはすぐさまそこに運び込まれ、解析が開始されていた。それから二時間ほど、千冬は何度もアリーナでの戦闘映像を繰り返し見ている。室内は薄暗くモニターの光で照らされた千冬の顔は、酷く恐ろしいものだった。
「織斑先生?」
モニターに割り込みでウインドが開く。ドアのカメラから送られてきたそれには、ブック型端末を持った真耶が映りこんでいた。
「どうぞ」
許可を貰ってドアが開くと、真耶はいつもとは違い幾分ときびきびした動作で入室した。
「あのISの解析結果が出ました」
「どうだった?」
「はい。あれは黒神さんが予想していた通り、無人機でした」
世界中で開発が進められるISの、未だに完成していない技術。
「どのような方法で動いていたなどは不明です。黒神さんの最後の攻撃で機能中枢などが完全に焼き切れていました。修復は……おそらく不可能かと」
「コアはどうだった?」
「それが……登録されていないコアでした」
「そうか」
やはりと言うべきか。心当たりのある千冬の発言に、真耶は
「何か心当たりがあるんですか?」
「いや、今はまだ無い―――今はな」
そう言って千冬はモニターの映像に視線を戻す。それは教員の顔ではなく、過去一人のIS操縦者だった時の、戦士としての顔であった。世界最高位の座にある伝説の操縦者。それを思わせる鋭い瞳は、ただただ映像を見つめ続けていた。
あれから俺はどれだけ眠っただろう?いまいち時間感覚がわからないが、ベットから体を起こし保健室から出て行く。ゆっくりと廊下を歩きながら、ポケットに入っている端末を起動させる。そこにはシステム稼働状態と、現在時刻が映し出されていた。現在時刻は夜の六時を回っていた。おそらく千冬は既に部屋に戻っているであろう時間帯だ、急いで戻らなければ心配させてしまう。
ゆっくりと学園を後にして、学生寮の方へと進んでいく。回りに人気はない。今回の騒動が原因で生徒全員は寮待機を余儀なくさせられたのだろう、あれがトラウマになってしまった生徒もいるかもしれないな……
「千春さん」
声のするほうへと振り向く。そこには生徒会長の楯無さんが立っていた、今回のことで自由に行動できるのはこの子くらいだろう。それだけ生徒会長という肩書きは大きいということかもしれない。
「楯無さんですか、どうかしましたか?」
「体調が万全そうでよかったです。生徒たちの避難誘導、ありがとうございました。けが人も無く皆安全に避難することができました」
「いえいえ、当たり前のことをしただけです。それに俺より若い子達を傷物にしたくはないしね。関係者の人とかも大丈夫でしたか?」
「問題ありません。全て黒神さんの迅速な対応と指示のお陰です。生徒会を代表してお礼いたします」
深々と頭を下げる楯無さん、そこまでしてもらうことは俺はしていない。過去の経験が生かされただけだ……俺は何もしていないに等しい。
「そんなことしなくていいよ。皆守れたからさ」
「そ、そうですか。では後日、生徒会室にいらして下さい。そちらのほうで少々お話しをしたいのですが」
「ここじゃ駄目なのか?」
「そうですね、今の状態では駄目ですね。ですので後日生徒会室に……」
これは断れなさそうだ、俺が折れるのを待っている……後日か、まぁそれなら時間もあるし大丈夫だろう。
「わかった。それじゃあ生徒会室に訪ねるよ、時間は―――放課後でいいか?」
「問題ありません、その時間にいらして下さい」
「それじゃあ明日、生徒会室で」
楯無さんはお辞儀をした後、その場を去って寮へと戻っていった。真面目な子だ、菓子折りでも持って伺うとしよう。
「遅い、何処を歩いていた?」
部屋に戻ると、少々イラだっている千冬の顔があった。こんな時間まで戻ってこなかったことを怒っているのだろうか?
「悪い、ちょっと楯無って子と話していたから―――」
「生徒会か、そういえばお前はよく簪と話していることが多かったな。簪つながりで生徒会の面々と知り合ったのか」
「簪ちゃんのお姉さんが楯無さんだったからな、専用機とかいろいろな問題もあるし。何かと繋がりがあるんだよ」
冷蔵庫からペットボトルを取り出し口に運ぶ、冷たい水が体の中に入っていくのを感じる。そのあいだ千冬はこちらをじっと見ていた、何かを察して欲しいようだ。まぁ大体はわかっている為行動するのは簡単だった。
端末を起動させ、連絡リストから篠ノ之束を選択する。すると束に連絡のコールが届き、こちらに反応してくれる……なかなか出てくれない
「………」
そんな怖い顔でこっちを見るな、その怒りはまだ抑えておくんだ千冬。まだそうと決まったわけではないんだ、まだな……
「もしもし~?くろちーどうしたの?」
束と通話が繋がる。俺と千冬が確認したいことの前に、まずは黒式についての話だ。今回のことで黒式は内部ダメージが溜まってしまった、これは修理して調整をしなおさなければならない。それに唯一のシールドである《ヴォイド》も大破してしまい、使用できる状態ではない。こちらも修理が必要だ。
「黒式についてなんだが―――」
「修理材が欲しいってこと?任せて~そっちに黒式の基礎データと修理材のデータをインプットしておくから」
データだけでどうしろというんだ!?データだけでは何も出来ないぞ?
「データを受け取ったら背部にあるスイッチを押してね、そうしたらデータを展開して取り出せるようになるから」
わー凄いテクノロジーだなー。そんなことありえていいのかよ……まぁ天災だし、それくらいありえるか。ありえるのか?
「話はそれだけ?」
「もう一つあるんだが……それは千冬から話してもらおうかな」
「ちーちゃんから?」
端末を千冬に渡す。千冬は鋭い目つきで束を見据える、束のほうはどこか余裕がありそうな表情だった。
「数時間前、謎のISがこのIS学園に墜ちてきた。そのISは無人機で何処にも登録されていないコアが使用されていた」
「へ~それは不思議だね~」
「各国でも開発途中である
「でも何処かの国は出来るんじゃない?」
「そう思っていたが……私が知る中でもっともISの技術に優れているのはお前だ」
「私が何かしたって言いたいのかな~?」
「その通りだ」
沈黙の時間が続く。最強と天災の異様な空気感は常人では耐えられそうにないだろう……俺でも押しつぶされそうになる。
「くろちーちょっと席外してもらえるかな?」
突然そんな事を言い出す束、だが正直ありがたい。こんな空気感は到底堪えられそうにないからな。
「じゃあ俺ちょっと出てるから、戻ってくるまでには終わらせてくれよ?」
「あぁ、終わらせてやる」
「それじゃあまたねくろち~」
そんな二人を置いて、俺は部屋から出て行く。重くのしかかる空気から開放された俺は、行く当ても無くのんびりと寮内を歩き回ることにした。
「それで二人だけにした理由はなんだ?ふざけた理由であれば殴り飛ばすぞ」
「まぁまぁ~落ち着いてよ~色々と私からも話したいことがあるしね」
そういって束が何かを弄り始める、こちらに何かのデータを送ろうとしているのだろうがそんな事はどうでも良い。私が聞きたいのはあのISを造り、こちらに送ってきたのはお前かと聞きたいだけだ。
「これはどういうことなのか聞きたくてね~?」
そう言って束が送ってきたものは、本来なら存在しないはずの動画データであった。私が彼―――千春とシャワー室で行為をしているところであった。
「どうやってこれを!」
「天災をなめちゃ駄目だよ~?それで私が言いたいのはね―――
ってことだよ。くろちーが憶えてないのをいいことに、くろちーの体を味わうのはやめなよ?」
「くっ……わかっている」
それは確かに相手の気持ちを考えていない行為だ、こんなことを知ってしまったら千春は立ち直れないのかもしれない。
「これ以上抜け駆けしたら、私も黙ってはいられないかな~例えばこの動画を全世界に流したりとかね?」
それだけは困る、あの映像が流されてしまっては私の立場と千春の立場がなくなってしまう。それだけはなんとか避けておきたいところだ。
「わかった、これからは相手の了承を得た上でする。だからそれだけはやめてくれ」
「わかればいいんだよわかればね……話はそれだけ。ちーちゃんから何か言いたいことはあるのかな~」
私から?言いたいことなど沢山ある!特に今回件に関しては問いただしたいところだ!
「あの無人機のことでしょ?あれは天災である束さんがつくったのだ!」
やはり束だったか、あの技術を両立できるのは束しか居ない。束があの無人機を乱入させた理由はだいたいは予想できる、黒式と白式のデータ取りの為に入れたのであろう。
「勿論そうだよ、特に黒式のほうは実験機だから沢山データを取らないといけないからね~」
「だが他にやり方はあっただろう、こんな騒動に学園を巻き込むな。わかったか」
「は~いすみませんでした~」
反省はしていないであろう、だが釘は刺した。あとは私から個人的な話をして終わるとしよう。
「束近くに定規は無いか?」
「定規?あるけどこれがどうかしたの?」
「それをお腹に当てろ、へそから大体一cm放す位でいい」
そういうと束は自身のお腹に定規を当てる、へそから局部まで真っ直ぐに定規がそっている。
「そこからだいたい――cmまでがあいつのモノの大きさだ」
「なっ!?」
束が何か言おうとしているが、私は瞬時に回線を切断する。いまごろあちらでは大変なことが起きているだろうがな。
「嘘でしょ……くろちーのってここまで成長してたの?だからちーちゃんもあんなに気持ち良さそうにしてたってこと?」
私は自身のお腹に当てた定規を見ながら、彼のモノが立派なものになっていることに驚きを隠せなかった。
「ぐぬぬ~なんか負けた気分がするよ~!なんなんだろうこの気持ちは!?」
私は頭をくしゃくしゃとしながら、複雑な心情に悩まされたのだった。
次回、最強の恋と天災の恋と無知の罪。
嘘です。
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生徒会と整備科
翌日。
時刻は四時を回り始めた、今回の予定は生徒会室に向かうことだ。楯無さんの伝えたいことというのがわからないが、あの目を見る限り真面目な話であろう。
「黒神さん、放課後空いてますか~?」
クラスメイトから誘いが来るが、生徒会に行かなくてはいけないと伝えると、しょんぼりとした様子で帰っていった。俺よりも暇人な織斑を選んだほうがいいと思うぞ、年齢も近い方が恋愛しやすいって聞いたことがあるからな。
「千春~今日も訓練頼むぜ!」
「織斑か、すまないが今日はパスだ」
「なんでだよ?」
「生徒会に招待されていてな、どうも重要な話みたいだからな」
そうかもしれないという可能性があるだけだ、実際はそんなに重要でもないのかもしれない。
「そうか……じゃあ空いている日に頼むぜ!」
「あぁそうさせてもらう」
教室を後にし俺は楯無さんが待つ生徒会室へと脚を進めていく、何故か後ろに本音がついてきているが……気にしないでおくとしよう。
生徒会室前、俺は閉ざされた扉をノックする。
「どうぞ」
扉の前から声が聞こえる、恐る恐る扉を開けるとそこには生徒会長である
「失礼します」
「そんなに硬くならなくても大丈夫ですよ」
「いえ、このままで居させてもらいます」
何故かこうしなければ落ち着かなくなってしまった、職業病というやつだろうか?
「それでお話しとは?」
「はい、今回私が黒神さんを呼び出したのは……私達生徒会に所属していただきたいからです」
予期していなかったことを言われた俺は、一瞬頭の中が真っ白になってしまう。IS学園に1年も居ない俺を何故生徒会に所属させようとしているのか、俺よりも優秀な人材はいくらでもいる。それでも俺を誘ってくる理由がわからない。
「何故わたしを?」
「理由はいくつかありますが、一番の理由は貴方が一年の中で判断力・観察力・行動力に優れているという点です。私達生徒会は現在三人での運用を行っていますが、先のアクシデントの影響により仕事が回らなくなっている状態です」
「生徒会が三人、楯無さんと虚さんと―――」
「私だよクロさん~」
本音だった、だからここについて来ていたのか。それならそうと教えてくれた方がありがたかったのだが、こればっかりは聞かなかった俺が悪いか。
「黒神さん、私は貴方のような優秀な人を探していました。貴方を逃すのは惜しいです、この機会にぜひ生徒会に入っていただきたいのです」
「……話を一度持ち帰ってもよろしいですか?いきなり言われましても、こちらも困るので」
「構いませんよ、ご検討のほどよろしくお願いしますね」
生徒会室を後にした後俺は一人整備科に移動する、黒式のダメージと《ヴォイド》の修復をする為だ。整備科の生徒には許可を取り、一部だけ場所を空けてもらっている。俺が生徒会に所属か……正直なところ乗る気にはならない。基本的に放課後は空けておきたい主義だ。そうすれば何かあったときにすぐさま行動できる。まぁ実際は成人男性が生徒会に入ってしまったら色々と問題が起こりそうだからである、面倒ごとはなるべく裂けたい主義である。
端末を起動して黒式の装甲を展開する、装備欄からも半壊したヴォイドを展開する。装甲の方は一見何も変化がなさそうに見えるが、よく見ると歪んでいる。ヴォイドはもっと酷く、少しでも粗末に扱えば崩れてしまいそうだ。慎重にそして丁寧に扱う、これが基本だ。再び端末を操作し修理材を展開し具現化する、一般のISにも使用される物質だが、盾に使用する修理材は一味違う。特殊な物質が使われており、これがビームを遮断する。ただし従来のISが使用できる盾とは耐久の面で劣っている為、使用するたびに整備が必要になる。扱いに厳しい装備だ。
「さてと……はじめるか」
修理材と鍛金道具を片手に歪んでしまった装甲を戻していく、何度も正しい状態に戻るように定板、ガスバーナーそしてトンカチで形を整えていく。そこに修理材を部分的に塗っていく。まだ状態が良いほうだったから幸いだったが、最悪の場合一から装甲を造り直す必要がある。過去に暮桜が破損し、装甲パーツの代えが無い状態であった。俺はそこで気休め程度の修理をした事があるが、かなり酷いものであった為もとの形に戻すのが手一杯であった。だがその経験が今生きているのかもしれないな。
「まぁこんなもんだろ、後は試運転してからって感じだな」
装甲の修理が終わり、今度は盾の修復を試みる。盾は原型を留めてはいるものの、廃棄した方がいいといわれそうなレベルだ。中心から熱で溶かされたような跡があり、それが全体に伝わって歪みを生み出してしまった。耐久性が無いのは予想していたがまさかここまでとは思わなかった。まずは溶けて歪な状態で固まった部分を削り取っていく、溶けてしまったところは使い物にならない。全体的に削り歪んでいないかを確認する、無ければ熱してドロドロになった修理材をそこに入れていく。多少デコボコするが、それは削って一定にするので問題ない。修理材が固まるまで黒式を装着し動作確認やシステム問題の有無が無いか確認する、問題があればそれはおそらく装甲を外したさいに起こる配線の繋ぎ忘れなどだろう。
「システム起動、黒式装着」
装甲が体を包み込む。無事に展開・装着が完了したことを確認し、システム・コントロール画面を展開する。現在の黒式の状態から、装着者である俺の体調などのデータが表示される。要らないデータを次々と消していき、問題のがないかを確認していく。
「状態は問題なしっと、動作も良好……何も問題は無いみたいだな」
何度も動き回り異常が無いか確認し、IDを解除する。特に問題が無いのであればもう手をつけなくても良い、それにまだ残っているものがあるしな。
「さてと、固まって―――無いね。まだ時間が掛かるか」
待っている時間が暇になるな、何かすることはないかと周りを見回す。整備科の生徒達が訓練用のISを分解・組み立てを行っている、訓練用であるIS『
打鉄は日本が造り出した第二世代ISである。性能としては安定を図っており、武者鎧のようなデザインになっている。まさに日本製ということがわかるデザインだ。両肩部分に装備された盾は「破壊される前に装甲が再生する」など、防御面に特化している。近接ブレード『
専用機や後期型第二世代ISが各部のアーマーを大型化し手足を延長した形態に対して、基本的に搭乗者本来の体格からあまり遺脱サイズだ。ただし追加装備の種類によっては変化する。
日本式のOSによって第二世代でも最大数の
基本的にスペックがいいので徹底的にOSを弄れば、専用機になりうる可能性を秘めている。現に簪は打鉄を発展させた機体を専用機にしようとしていた。その機体が未だに完成していないらしいが……大丈夫か倉持技研。
次にラファール・リヴァイヴだ。この機体はフランスのデュノア社が造っている第二世代型ISである。最後期の機体であり、そのスペックは第三世代初期型に遅れを取らない。現在配備されている量産ISの中では最後発であるが第3位のシェアを誇っているため、七ヶ国でライセンス生産、十二ヶ国で制式採用されている。操縦性がよく汎用性が高いのが長所であり、操縦者を選ばないという多様性役割切り替えを両立している。
外見上の特徴はネイビーカラーをした四枚の多方向加速推進翼である。また拡張領域が広く、追加装備の搭載量は最大でも10体になる。アサルトライフルから重機関銃まで幅広く扱える武装がありその特徴から別名『飛翔する武器庫』の異名を持っている。
こちらも先ほど述べたように汎用性が高い為、専用機になりうる可能性を秘めている。
どちらも初心者向けのISである為、授業でも実践として使用される。その分機体のメンテナンスが必要となる、万が一破損でもして生徒に怪我をされたらたまったものではないからな。
「よく出来ている、流石整備科なだけはあるんだな」
「私達が使うISですからね、私達で整備しないと……」
打鉄を整備している生徒と話をしていると、周囲の生徒の視線が集まる。こっち見ないで整備に集中した方がいいぞ、でなければ最悪の被害を―――あの子ケーブル千切ったな。流石にあれを直すには時間が掛かる、俺も手伝ってやるか。
ラファール・リヴァイヴの配線を直すのに手間取っている生徒の下に移動し手伝う、ISは特殊な配線で繋がれている為企業に勤めている人間でも、めんどくさがってやらない人が多い。一番大切でもあり一番重要なことでもある。
あの後盾の修理材は固まらなかったので、そのまま放置し寮へと戻った。千冬が出迎えてくれるが、帰ったときにかけてくれた言葉は「臭い」だった。酷いな……
それにしても生徒会へと入ってくださいか、本当にいいのだろうか?こんななりの俺が生徒会に入るよりは、まだ未来ある生徒が入ったほうがいいのではないかと考えてしまう。更識さんにも考えがあるのだろうな。これはしばらくの間考え込みそうだ。
後日、盾の修復を急ピッチで行う黒神の姿をみた整備科の生徒の技術が上昇したのはまた別のお話しである。
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倉持技研 託されたもの
六月冒頭、日曜日。
俺は久々にIS学園の外―――というか倉持技研にいた。理由は勿論簪の専用機である
「神童さんはいますか?」
「黒神さん!神童さんですね!案内いたしますのでこちらへどうぞ」
受付に案内されエレベーターに乗りこむ、よく作業場やデスクに移動する為にこのエレベーターを使ったものだ。通路を通っていくと、見慣れた顔の人たちがこちらを見てくる。同僚や後輩がこちらに気づいて挨拶を交わしてくれる、短い期間であったがそれでも覚えてくれている人がいるというだけでうれしいものだな。
過去に使っていたデスクを通り過ぎると上司たちが居座る部署に辿りついた、まだあの上司がいると考えると過去を思い出しイラッとしてしまう。そう思いながらも案内された席にたどり着くとそこには見知った後姿があった。
「神童さん、お客様をお連れしました」
「あぁ、ありがとう」
お辞儀をして受付の人はその場を後にする。見知った背中をした人はゆっくりとこちらに振り返る、そこにはかつての先輩であった
「お久しぶりです、神童さん」
「あぁ久しぶりだな黒神……さん付けしたほうがいいか?」
「いいですよ、昔のままで構わないです」
「そうか、それで何の用でここに?あの上司は既にここを去った後だぞ?」
「はい、それはですね―――あの人いなくなったんですか!?」
そんな事は初耳だ、まぁ解雇されてからの情報は何一つ入ってこなかったからな……知らなくてもおかしくないのか。
「そうか、お前は知らなかったんだな。あの上司がしてきたことを社長や倉持技研の関係者に全て流したんだ、それであの上司は一発解雇になったってことだ」
「そうだったんですね……それは神童さんが?」
「それもあるが、お前が過去に集めていた情報や同僚からの証言が沢山集まってな。まぁあいつはかなり悪評高い奴だったからな、まえから目をつけて見張ってたんだ。あの飲み会では社長が来ていたんだ、勿論変装してな」
初耳だった。まさかそこまで計画されていたとは思わなかった、しかもあの場に社長が来ていたことに驚きを隠せない。おれ自身も社長とは一度しか会っていない、あの中に社長がいたといわれても俺にはわからなかっただろう……神童さんがそこまで力のある人だとは知らなかったが、これで少しは職場が明るくなるだろう。
「それでもう一つ、お前に隠していたことがあるんだ。俺はこの部署の人間じゃなくて、本社の人間なんだ。俺は打鉄弐式のサポートとして本社から派遣されて、お前に協力した。最初こそはこの雰囲気にも戸惑ったが、話を聞いていくに連れてあの上司が原因だと知り、本社に報告したんだ」
「そうだったんですね……自分も最初はどこか雰囲気が違う人だとは思いましたけど、まさか本社の人間だったとは―――」
「すまない。だが君には感謝しているんだ、もちろんこの会社にいる人間全員な」
そういわれると少し恥ずかしくなる。おれ自身がしたことなのだが、当の本人がそのことを一切覚えていない。お酒を無理やり飲まされたということだけはしっかり覚えている
「それで、今回は何をしに来たんだ?」
「実はここで造られている打鉄弐式をIS学園に移動させたいんです、どうも人員が割かれて開発が全く追いついていないようなので……」
「あぁ、そのことか。それなんだが実は問題が起きてしまったんだ」
問題?何かあっただろうか?システムは未完成だったり装備に関しては何も出来ていない状態だが……そうなると問題が起きたのは打鉄弐式本体?
「打鉄弐式は本来打鉄の最高品質の部品で造られていたはずなのだが、嫌がらせなのか知らないがあのクソのせいで最低品質の部品で造られていたんだ」
「そんな!部品は自分が選び抜いたものを使っていたはずです!どうしてそんなことが……」
「あいつは腐っても上司だ。マスターキーさえあればどこにでも入れる、これを利用して全てのパーツを最低品質のものにすり替えていたんだ!」
なんということだ、それが本当なのであれば俺は同僚や後輩に余計な労力を与えてしまったのでは……申し訳ないという気持ちでいっぱいだ。
「それでIS学園に輸送する話だったな。こちらは白式に人材を割り切ってしまっている分、完成までにはかなり時間が掛かってしまう。もし許されるのであれば、打鉄弐式に使用する部品類をそっちに送りIS学園内で組み立てる。そういった方法をとってもらえないだろうか?」
神童さん達が忙しいのも良くわかっている、だが俺一人で全てを完成させられるだろうか……いやいけるかもしれないな、彼女たちの協力を得られればの話だが。
「それで構いませんよ、ただ部品類は先に決めておきます。打鉄弐式は打鉄の発展型、最高の素材で完成させてあげたいですからね」
そう言うと神童さんはデスクから一つの鍵を取り出し、こちらへ渡してくれた。
「部品倉庫の鍵だ、じっくり選び抜いてくれ」
「ありがとうございます!」
そう言ってすぐさま倉庫に向かう、本当に神童先輩には感謝しかない。これで全ての部品が手に入る、さっそく選別だ!
よし大体は揃った、これを全てデータ化して持ち帰ろう。部分的に区別しておけばある程度の整理・効率上昇は狙える。
開発リストに載っている部品類を全てデータ化し端末に入れる。あとは過去に創っていたシステムを完成させないとな、あれが無ければ打鉄弐式は完成しない。また簪が所望する装備がどんなものかわからないからな、そこも随時聞いていこう。
「先輩、ありがとうございました」
倉庫の鍵を神童さんに渡す、にこやかに受け取ってくれた先輩はそのまま世間話を始める。時間的に余裕のある俺はそれに付き合うのであった―――
「そうだ、お前に持って行ってほしい装備がある。まぁこれは倉持技研のスポンサーまがいな感じだけどな」
そう言ってまた倉庫に連れられる、二度手間だなとふと思ってしまったがそんな事を人前で言ってはいけない。倉庫の奥に進んでいくと黒い布が被されているものが見えてくる、もしかしてこれが渡したかったものなのだろうか?
「そうだ、こいつだ」
「声に出てましたか、それにしてもこれは一体?」」
「ベースは焔備だが俺が改良した、名前は『
「焔摩ですか……凄い倉持技研の刻印が強調されてますね」
「まあな。それでこいつをお前に持って行って使って欲しい」
「いいんですか?」
「あぁ持っていけ」
神童さんから託された装備『焔摩』をデータ化して収納する。この機能本当に便利だな!
「すみません。何か何まで……」
「いや良いさ。それに俺らの方も打鉄弐式を完成させられなかった……その罪滅ぼしさ。」
暗い表情を見せる。こころからそう思っていたんだな……
「それじゃあ神童先輩、またいつか。」
「あぁ。
俺は神童さんと手を交わした後倉持技研を去り、IS学園へと戻っていく。空を見上げれば既に夕日が沈みかけていた。さぁ明日から忙しくなるな!
倉持技研はもうしばらく出て来ません
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二人の転校生「六月」
学年別トーナメントと金銀転校生
翌日。現在時刻は丁度六時だ、俺は食堂へと移動し朝食を取る。いつもの事ながら、思春期真っ最中の女子で埋め尽くされている食堂だ。
「ねえ、聞いた?」
「聞いた聞いた!」
「なんの話?」
「だから、あの織斑君と黒神さんの話よ」
「いい話?悪い話?」
「最上級にいい話」
「聞く!」
「まあまあ落ち着きなさい。いい?絶対これは織斑君と黒神さんには教えちゃだめよ?女の子だけの話なんだから」
話を聞く少女はゆっくりとうなずく。
「実はね、今月の学年別トーナメントで―――」
のんびりと席を探していると、奥のほうで十数人がスクラムを組んでいる一団を見つけた。
凄い人だかりだと思いその場を離れようとしたところ、後ろから声をかけられた。誰かと思い振り返る。そこには先ほどの一団の中にいた簪と本音が立っていた、他の面々は少しはなれたところからこちらを見ている。
「どうした?」
「すみません、少し気になったことがあって」
「気になったこと……あぁ打鉄弐式のことか?それなら大丈夫だ、少し時間は掛かるが必ず完成させることを誓おう」
「ありがとうございます、でも今回はそのことじゃないんです」
ふむ……他に何かあっただろうか?そう思い頭の中を駆け巡るが、何一つ思い浮かぶことが無い。もしかして無自覚のうちに何かとんでもないことをしてしまったのだろうか?
「実は今月行われる学年別トーナメントで優勝した人は『織斑一夏または黒神千春と交際できる』といううわさが流れているんです。それが本当なのか確かめたくって」
「クロさんはまずこの噂話は知ってた?」
なんだその馬鹿みたいな噂は、どこの誰が流したかは知らないが……こんな噂流してなんになるというんだ?彼女たちを見るにやる気を上げることはできているみたいだな。さてどう返したものか……
「やっぱり知らなかった?」
「知らなかったな、だからこそ驚いている」
「ということは黒神さんはデマだったみたいですね」
「そうだな、少なくとも俺は何も言っていない。織斑のほうは知らないけどな」
「それが聞けてよかったです」
それは良かったが、いいのだろうか?あの子達は秘密だといっていたことを簡単に話してしまって……確証が持てなかったから俺に聞いてきたって事か、それにしても厄介な噂だ。俺は迷惑かけられるのはごめんだ。
「確認はそれだけでいいか?」
「はい、ありがとうございました」
「何か参考になったのなら、何よりだ」
そうして食事を取る為に席に着く。簪たちは一団の元に戻り今回のことを伝えたようだ、残念そうな声や「まだ希望はある!」などの声が聞こえるが……そんなに付き合いたいと思うのか?仮に俺と交際したとしても楽しいことなど何一つ無いのだが……まぁ織斑となら同年齢ということもあるだろうし楽しい交際が送れそうだな。苦労はするだろうが。
食事を終え辺りを見回す。すると一部の生徒が何かのカタログを手にあれやこれやと意見を交換している。
「やっぱりハズキ社製のがいいな~」
「そう?ハズキのってデザインだけって感じしない?」
「そのデザインがいいの!」
「私は性能的に見て、ミューレイのがいいかな。特にスムーズモデル」
「あれね~モノはいいけど高いじゃん」
どうやらISスーツのことを話し込んでいるようだった、女の子はそういった所もこだわったりするものなんだな。
「そう言えば黒神さんのISスーツってどこのメーカーなんですか?見た事無い型ですけど」
のんびりとコーヒータイムに浸っている俺の元にクラスメイトが近づいてくる、だが俺は彼女が期待しているような答えは持ち合わせていないなぜなら―――
「俺か?そもそもISスーツは着ていない」
そう、俺はISスーツを着ていないのである。そもそも男性用ISスーツが開発されていないのだから当然である。
「着てないんですか!?じゃああの服装は一体……」
「俺はISスーツの変わりに黒色のビジネススーツを着ているんだ」
「そうだったんですね」
俺がISスーツを着ていないことを知ると、暇そうに上辺を見ている織斑に視線が映る。
「織斑君のISスーツは何処製のやつなの~?」
「えっ?あぁ、特注品だって。男のスーツが無いから、どっかのラボが作ったらしい。確か……イングリッド社のストレートアームモデルだって聞いてる」
よく覚えている。最近勉強面にも力を入れてよかった、しっかりとその成果が出ているな。
ISスーツというものはIS展開時に体に着ている特殊なフィットスーツである。このスーツを着なくともISは展開が可能である。しかし反応速度が鈍るという欠点がある。ISスーツは肌表面上の微弱な電位差を検地することで、操縦者の動きをダイレクトに各部へと伝達しISが必要な動きを行う。また耐久性にも優れており、一般的な小口拳銃の弾丸程度であれば完全に受け止めることが出来る、ただし……激痛が走る。
「―――ということです」
気がつくと山田先生が立っており、先のことをすべて説明していた。
「山ちゃん詳しい!」
「一応先生ですから。……って、山ちゃん?」
「山ぴー見直した!」
「今日が皆さんのスーツ申し込み日ですからね。ちゃんと予習してきてあるんです。……山ぴー?」
入学からおおよそ二ヶ月、山田先生は8つくらいの愛称がついていた。慕われている証拠ではあるが、年上の人にはあまりあだ名をつけるのはよろしくない。威厳がなくなってしまうからな。
「あれ?マヤマヤのほうが良かった?」
「それもちょっと……」
「じゃあ前のヤマヤに戻す?」
「あれだけはやめてください!」
ヤマヤに何かトラウマでもあるのだろうか、山田先生は拒絶の意志を示す。酒のヤマヤかな?
「とにかくですね!ちゃんと先生をつけてください。わかりましたか?わかりましたね?」
はーいと答えているが、内心は言っているだけで何も考えていないのだろう。今後も山田先生はあだ名が増えていくことだろう。
朝食が終わり俺は走って教室に戻っていく。何故走っているのか答えは簡単だ、食堂でのんびりし過ぎて時間管理をしっかりと行っていなかったからな。
流石に参ったな今日は千冬の授業だ、遅れたらなんていわれるかわかったものじゃない。急いで教室に向かっていく。すると千冬と山田先生、金色の髪の生徒と銀色の髪の生徒が見えた。どちらも見たこと無いはずなのに既視感があった、一体どこで見たのだろう……特に金髪の生徒に関しては男子生徒の制服を着ている。だが三人目の男性操縦者のニュースなどは未だに確認されていない。となるとスカートが苦手、もしくは嫌いな生徒の可能性があるな。銀髪の子に関しては間違いなくあいつだろう、まさか千冬を追いかけにここまでくるとは思わなかった。
「黒神、何をしている。早く席に着け」
「ハァハァ……悪い、時間見てなくて」
「全くお前というやつは、しかしお前が遅れてくるとは珍しいな。」
「久々にやらかしたよ……っで?この二人は?」
千冬の後ろにいる生徒二人のことを聞き出す。
「いいから教室に入れ、それから説明する」
「了解」
そう言って山田先生と教室に入っていく、生徒は既に着席しており授業の準備が終わっている状態だった。
「皆さん!HRを始めます……とその前に!転校生を紹介したいと思います!」
転校生というのはさっきの二人のことだろう、しかし何故こんな時期に転校生が?また織斑狙いで国から飛んできたのか?全く罪深い男だな織斑は……いやそれは今回無いか。金髪の子はわからないが、銀髪の子は間違いなく千冬目的だろう。
「じゃあ入ってきてください~」
教室のドアが開き、千冬と二人の生徒が入ってくる。
「失礼します」
「…………」
クラスに入ってきた二人の転校生を見て、ざわめきが止まる。それもそうだろう、なにせ一人は男子用制服を来ているのだから。
二人の顔を見ようと視線を移動させる。
「えっ……なんで……」
俺の口からポロリと言葉が漏れる。
「静かにしろ。自己紹介は簡潔に頼むぞ」
はいと答え金髪の生徒が一歩前に出る。
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことが多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします。」
転校生の一人、デュノアはにこやかな笑顔でそう告げて一礼する。あっけにとられたのは俺を含めてクラス全員であった。
「男……?」
誰かがそう呟く
「はい。こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて、本国より転入を―――」
人なつっこそうな顔。礼儀正しい立ち振る舞いに中性的に整った顔立ち。髪は濃い金髪。黄金色の髪を首の後ろで束ねている。スマートな体格にしゅっと伸びた脚が格好いい。
印象としては貴公子っといった感じで、特に嫌味ない笑顔がまぶしい。そして俺はこの笑顔を知っている。
「きゃ……」
「はい?」
やばい、このままでは女子たちのソニックウェーブが引き起こされる。俺と織斑はアイコンタクトをとり、すっと耳栓をつける。
「きゃああああああああ―――っ!」
ソニックウェーブを喰らったデュノアは驚いているのがわかるくらいの表情を見せる、というか少し引いているように見える。
「男子!三人目の男子!」
「しかもうちのクラス!」
「美形!守ってあげたくなる系の!」
「地球に生まれてよかった~!」
相変わらず元気な女子生徒である。他のクラスの生徒がドアの隙間から覗き混んでいないのはおそらく、教員の皆さんが頑張って食い止めているのだろう。お疲れ様です、うちの生徒が迷惑かけます。
「騒ぐな、静かにしろ」
面倒くさそうに千冬がぼやく。仕事というよりこういった反応が鬱陶しいのだろう。学生のときも千冬はあまり他の女子生徒とつるんでいなかったからな。
「みなさんお静かに。まだ自己紹介が終わってませんからね」
勿論忘れては居ない、もう一人の転校生は見た目からしてかなり異端だろう。輝くような銀髪、白に近いそれを腰近くまで長くおろしている。綺麗ではあるものの整えているようには見えない、おそらくそのまま伸ばしっぱなしということだろう。そして左目に眼帯。医療用のものではなく、しっかりとした黒眼帯。そして眼帯をしていない方の右目は赤色を宿しているが、温度は限りなくゼロに近いだろう。
印象は言うまでも無く軍人。身長はデュノアと比べて明らかに小さい。しかしその全体から放つ冷たく鋭い気配は、まるで同じ背丈であるかのように見るものに感じさせる。
デュノアは男性としては小柄な方だ、もう一人の転校生は女子の中でも若干背が低い部類だろう。
当の本人は未だ口を開かずに腕組みをした状態で教室の女子たちを下らなさそうに見ている、しかしそれもわずかなことで、今はもう千冬にだけ視線を向けていた。
「……ラウラ、挨拶をしろ」
「はい、教官」
いきなり佇まいを直して素直に返事をする転校生―――ラウラに俺以外生徒がぽかんとする。それに対して異国の敬礼を向けられた千冬は、さきほどとはまた違う面倒くさそうな顔をしていた。
「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ」
「了解しました」
そう答えるラウラはぴっと伸ばした手を体の横につけ、足をかかとで合わせて背筋を伸ばしている。相変わらず千冬の指示を第一に動いているな。千冬を『教官』っと呼んでいるのには理由がある。
実はとある事情で千冬は一年ほど軍に所属していた経歴がある。その時に無理やり連れて行かれたからな。その後はどうしたか知らないが、一年空けてからIS学園の教員になった。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
クラスメイトの沈黙。続く言葉を待っているのだが、名前を口にしたらまた口を閉ざしてしまった。必要の無い情報は話さないということだろう。
「それだけか?ラウラ」
いたたまれない空気を感じた俺はラウラに向けてそう呟く。こちらに気がついたラウラの表情は驚きで染まっていた、そこまでビックリすることだろうか。するとこちらに近づいてくる。なんだ?何かまずい事でもしたか?
「お久しぶりです、副教官」
「副教官は辞めろ。千冬と同じだ、もう俺は副教官ではない」
ラウラの言葉に、クラス全員が再び驚愕する。これはまた面倒なことになりそうだな。
修羅になるのか?ならないのか?それは誰にもわからない
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転校生と合同授業
「副教官って……ラウラさんと黒神さんはどこかで?」
「しかも織斑先生のことを教官呼びしてたわよ」
あぁまたざわざわし始めた……これはどうしようもない。
「ラウラ、それはもう終わった話だ。これはからは黒神と呼べ」
「嫌です」
あるえぇぇ?何故千冬の言うことは聞くのに、俺のことは聞いてくれないの?辛いものがあるよ?俺のこと嫌いだったの?それなら話しかけてこないと思うんだが……
「副教官は副教官です」
もうわけわからないよ……それが良いならもうそれで良いよ。
「とりあえず戻れ、あとでゆっくり話そう」
「わかりました」
来たときと同様に俺の前から立ち去るラウラ。空いている席に座ると腕を組んで目を閉じ、微動だにしなくなる。
はぁ……どうしたものかな、軍人とかいろいろ機密情報があるし、話せることも限られるか。
「あー今日は二組と合同でIS模擬戦闘を行う。解散!」
ぱんぱんと手を叩いて千冬が行動を促す。俺は色々と困惑していたりするんだがそうも言っていられない。なにせこのまま教室にいれば女子と一緒に着替えるハメになる。それは困る。急いで教室から移動しようとする、今は第二アリーナの更衣室が空いているはずだ。
「織斑と黒神、デュノアの面倒を見てやれ。同じ男子だろ」
そうだが……そうなのかな。
「君が織斑君?初めまして僕は―――」
「デュノア、それは後にしてもらう。今はここから出るぞ」
俺はデュノアの腕を掴んで教室から出て行く、織斑が取り残されるが今はどうでもいい。俺には確認しなければいけないことがある。もしこの男子が「彼女」であったのなら……あの場で何か問題が起きたということだ。
「とりあえず男子は空いているアリーナ更衣室で着替え。これから実習のたびに移動する。いいな?」
「う、うん」
どこか顔が赤いがそんなことも気にしていられない、なぜなら―――
「ああっ!転校生発見!」
「しかも黒神さんと一緒!」
HRが終わったのだ、勿論他のクラスから生徒が情報収集のために尖兵を出してくる。波にのまれたが最後、質問攻めのあげく授業に遅れる。そうなれば千冬の特別カリキュラムが待っている、それだけはなんとしても避けたい。
「いた!こっちよ!」
あっという間に囲まれる、女子の行動力には驚かされるばかりだ。
「おいー置いていくなよ!」
ここで織斑が追いついてくる、だが女子の壁により俺たちは分断されている。
「やっぱり黒神さんの黒髪もいいけど、金髪ってのもいいわね!」
「しかも瞳はアメジスト!」
「見てみて!二人とも手を繋いでる!」
クソ……これ以上騒がれたら困る、さっさとここを抜け出さないと!
「何で皆騒いでるの?」
「話は後だ、デュノアしっかり捕まってろよ?」
「え?」
そう言って俺は窓を開け、デュノアを抱きかかえる。お姫様抱っこというやつだろうか。だか今はどうでもいい!そう言って窓から飛び降りる。かなり高いところから降りたが、IDを瞬間展開することで着地を可能にした。上の階からなにやら騒いでいるが関係ない、急いで第二アリーナへと移動していった。織斑は犠牲となったのだ。
「黒神さん……」
「どうした?」
「その……早くおろして欲しいなって」
第二アリーナの更衣室についたあとも俺はデュノアを抱きかかえていたようだ。顔が赤く染まっている。すまないといって下ろすと、少し俺から距離をとった。
「ここで着替えろ、俺は少し離れるからな。着替え終わったら少し待っていてくれ」
「わかりました」
デュノアから離れ俺はスーツへと着替えていく。何故男子生徒なのに離れたのか、それはある疑問があったからだ。俺は一度だけデュノア社に行ったことがある。そこでは当時8歳だった娘さんがいたはずだった、成長していれば丁度15か16歳。
確証は無いが万が一のために移動した。
「よし……まだ授業前だな」
「そうですね、黒神さんが飛び降りましたからね」
「デュノアは着替え終わったか?」
「はい、終わりました!」
随分と早く着替えが終わったな、制服の中に着込んでいた可能性があるな。
「よし、ならさっさと織斑先生と合流するぞ」
そう言って更衣室を去り第二グラウンドに移動する。そこには一組と二組の女子生徒が集まっており、千冬が静かにこちらを見ていた。
「織斑はどうした?一緒じゃないのか?」
「他のクラスの生徒に質問攻めにあってると思う、そこで分かれたからな」
「そうか……だかもう開始時刻だ」
これは間に合わないな、そう考えていると後ろからこちらに向かって走ってくる一夏のすがたが見えた。
「遅い!だがまあいい、苦労していたようだからな」
「ありがとう……ございます……」
息切れの中なんとか列に並ぶ。ISスーツの中に一人違うのがいると目立つな、俺のことだけど。
「では、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する」
「はい!」
一組と二組の合同実習なので人数はいつもの倍。出てくる返事も妙に気合が入っている。
「今日は戦闘を実演してもらう。丁度専用機持ちがいることだしな。――――凰!オルコット!ついでに黒神!」
マジか、もしかしてこれって一対二でやれってことか?畜生が……ついで?なんでついでなんだ?もしかして一対二ではない?もう一人誰か来るのか?それとも別のことをするのか?
「専用機持ちならば直ぐに始められる、いいかえら前に出ろ。」
仕方が無い、指名されたからにはやりますか。IDを展開し装着する、一部の生徒からは「何でスーツ?」といわれているが、そこを気にしてはいけない。凰もセシリアもしぶしぶISを起動する。
「少しはやる気出せよ、代表候補生としての意地がその程度名分けないよな?」
二人を軽く煽りやる気を出させる、ラウラがこっちを見て首を縦に振ってうなずいている。これは俺がドイツにいたときに軍人のやる気を上げる為に使った方法だ、ラウラはこれを懐かしんでいるのだろう。
「上等……吠え面をかかないでね!」
「前回のようにはいきませんわ!」
何故俺が一人側なのだろうか?まぁ元からその気だったけれども、相手にとって不測はない。代表候補者二名対男性操縦者、こっちはやる気満々だぜ?
「慌てるな馬鹿共。対戦相手は―――」
すると何かが空気を裂く音が聞こえてくる。ふと上を見上げるとラファール・リヴァイヴに搭乗した山田先生の姿が、ハイパーセンサーによって表示された。どうやら体制を崩してこちらに堕ちて来ているようだ。急いでスラスターを吹かし山田先生の安全を確保する。混乱しているのかなかなか思うように体制が安定しない。仕方ないので一度強制噴射を行い勢いを落とす。ゆっくりと山田先生を降ろし、何も問題ないか確認する。
「大丈夫ですか山田先生」
「はっはい!大丈夫です!」
良かった、あのまま落ちていれば生徒の列に突っ込んでいた。何事も無く落ち着けてよかった、本当に良かった。千冬がこちらを睨んでいること以外は……
「あの、黒神さん。そろそろ撫でるのをやめて欲しいかなと……」
「はっ!すみません」
気がつかないうちに俺は山田先生を撫でていたようだ、どうりで千冬が睨みつけてくるわけだ……視線が増えた気がするが気のせいだろう。気のせいであってくれ。
「それで山田先生が来たって事は二対二でやるってことか?」
「いや一対三だ。山田先生対凰・オルコット・黒神でやってもらう」
「え?流石にそれは……」
「安心しろ小娘。今のお前たちなら直ぐ負ける」
負けるといわれたのが気に障ったのか、セシリアと凰はその瞳に闘志をたぎらせる。特にセシリアは入学試験で一度勝っている相手だからこそ、力がみなぎっているようだ。
「では、はじめ!」
号令と同時にセシリアと凰が飛翔する。それを確認した後俺と山田先生も空中へと躍り出た。さてとどうしたものかな?
「手加減はしませんわ!」
「本気で行くわよ!」
「い、行きます!」
一抹の不安を抱えながらも、戦闘へと入っていく。その瞬間山田先生の目つきが鋭く冷静なものへと変わった。先生攻撃をしたのはセシリアと凰であるが、それは簡単に回避された。って考えてる場合じゃないか!俺は《カノン》を展開し戦闘へと介入した。
山田先生対千春・セシリア・鈴。明らかに山田先生が不利な状況なのは一目瞭然、だが教員の力は……
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山田先生対千春・セシリア・鈴
「さて、今のあいだに……デュノア、山田先生が使っているISの解説をしてみろ」
「あっ、はい。山田先生の使用されているISはデュノア社製『ラファール・リヴァイヴ』です。第二世代開発の最後期の機体ですが―――」
下の方ではデュノアによるラファール・リヴァイヴの解説が行われていた。一方こちらの方では上手い具合にセシリアと鈴が翻弄されぶつかり、山田先生からグレネードが投擲される。爆発が起きる前に二人の機体にワイヤーを引っ掛け、何とか直撃を回避させる。これは自身の力のみでは勝てないな、二人とうまく連携して何とか追い込んでいかなければ……
「大丈夫か二人とも」
「余計なことを……」
「お前らは連携が取れていない、それを利用されているんだ。しっかりと相手の動きを見ること、何を考えているかが大切なんだぞ」
「わかってるわよ!」
凰はそう言って山田先生に突っ込んでいく。頭に血が上っていて何も話を聞いていないな……セシリアは落ち着きを取り戻したのか、俺の話を聞いてくれている。セシリアだけでもいい、連携が取れれば十分だ。
「タイミングが合えばの話だが……俺は凰を一旦後退させる。セシリアはビットを使わずにライフルで狙撃してくれ、射線が被らない上空からの狙撃を頼んだ。」
「了解しました!」
山田先生とやり合っている凰に加勢する。彼女は頭が沸騰している状態だ、頭を冷やさなければ冷静な判断が出来なくなってしまう。今も衝撃砲を何度も撃ちこんではいるものの、全て避けられている。あのままでは直ぐにSE切れが起きる、悪いけど彼女には一旦引いてもらうとしよう。
「凰!避けろ!」
デスペア・ブラストを展開し、最低出力で撃ち込む。あの戦闘後こいつに出力制限をかけておいた、あんな威力のものは人に向けてはいけない……俺なら死ぬ。
「何するのよ!あぶないじゃない!」
「お前のほうが危ない、周りを良く見ろ。上手いこと誘導されてるし、衝撃砲をバカスカ撃ってるし……とりあえず下がってろ、そして頭を冷やしておけ」
「なんでよ!まだ私はやれる!」
「やれるとか、そういう問題じゃない。とにかく下がれ。セシリアといったん体勢を立て直して連携を組むんだ!」
頭に血が上っていれば相手の思う壺だ。だでさえこっちが不利な状況なんだ、冷静になってもらわないと……俺一人でどこまで押さえ込めるか、正直ここまで早く二人を下がらせることになるとは思わなかった。だがその分戦いやすくなったな。俺には集団戦闘が向いていない。
「覚悟してくださいね黒神さん」
いつものおっとりとした山田先生ではない。確実に相手を倒す為に狙いを定めている目をしている、これは千冬よりも辛いだろうな。
「ははっ……お手柔らかに」
さてどうしたものか、正直勝てる見込みはない。実力やIS稼働時間からしても山田先生が上、俺に出来ることは最低限の回避行動とわずかな攻撃のみだ。だが回避先も読まなければならない、あの二人は回避先が簡単に読まれていたり、自身の特徴である衝撃砲やビットを撃っていれば当然エネルギー切れを起こす。そうなれば使えるのは実弾と実刀、エネルギー系統は余計なエネルギーを使うだけだ。
「そこです!」
山田先生がこちらに撃ってくる。だがこれは威嚇射撃、そうわかれば近づくだけだ。《黒龍》を展開し懐に突っ込む、だがおそらくこれも読まれているだろう。一気に距離を離される。だがそれは予想範囲内だ、展開していた《カノン》で装甲を狙い撃つ。これは予想外だったのか、なんとか二発程度は当たる。だがそれ以外は全て回避されまた距離を置かれる、決定打がない状態だからこそ難しいものだ。
「流石……元代表候補生、IS操縦はお手の物か」
「昔の話ですよ、それに候補生止まりでしたから」
「それでも候補生だ、実力は間違いない」
山田先生は過去に日本の代表候補生として選ばれていたことがある。確か使用していた機体は今使っているリヴァイヴだったはずだ、千冬が見ていた候補生のデータを少し見せてもらったことがある。使い慣れている機体だからこそここまでの実力を引き出せていると言えるのだろう。三対一という状況で専用機を簡単に後退させる実力を持っているだけ優秀である、全く厄介な実演を組まされたものだな。あとで千冬のお酒を半分に制限しておくとしよう。
突然上空からレーザーが放たれ、山田先生は回避するままもなく被弾してしまう。上を見上げればそこにはセシリアがライフルを構え、こちらの動きを探っていた。
「会話も一つの作戦ですよ?山田先生?」
「っ……そうですね、油断していました」
正直やり方としては褒められたものではないだろう。だがこちらが不利な分、ある程度卑劣な作戦も考えなければ勝てない。
「今度はこっちから行くぞ!」
再び黒龍を構え山田先生を見据える。さてどうしたものか。IS技術は明らかに劣っている、更に言えば俺よりも射撃技術は上……対近接戦闘用の訓練のしっかりとされている分、攻め込むのが困難だ。流石『
『いいな凰、落ち着いたら戻って来い』
『えぇ、千春さんの実力見せてもらうわ』
実力を見せれるかどうかは別問題だ。何せ実力は月とスッポン、唯一勝っているところがあるとすればそれは非道な作戦を考えられる頭脳だ。
「―――っ!」
瞬間加速で一気に山田先生に近づく、彼女も一瞬驚きをみせるがすぐさま反応し対応する。間合いに入った瞬間黒龍を振り下ろしダメージを与える、追撃としてカノンを構える。だがその瞬間、目の前に小さな筒が飛んでくる。グレネードだ。山田先生は既に後退し、爆発に巻き込まれないようにしていた。
「間に合わなっ―――」
目の前でグレネードが爆発し煙に包まれる。
「焦りました……ですけどこれで同等ですね!」
煙の中からゆっくりと影が落ちてくるのが見える、しかも黒神さんは真っ直ぐに落下してくる。おそらく意識が無い危険な状態なのだろう、山田先生が急いで加速し黒神さんの腕を掴もうとする。
「「黒神さんっ!」」
凰とセシリアが落下していく千春の名を叫ぶ、だが千春は微動だにせず地面に落ちていく。下の方でも悲鳴が聞こえるが、千冬とラウラは何もいわず。じっと千春を凝視していた。
山田先生が直撃は避けようとこちらに手を伸ばした瞬間、山田先生は謎のダメージに襲われる。何処からのダメージか確認する、それは背後に刺さっている《影縫》であった、ワイヤーが射出されているのに気がつかなかった山田先生はまんまと黒神の罠に引っかかってしまったのだ。
「山田先生……まだ終わってませんよ!」
気を失っていたフリをしていた千春が目を覚まし、ワイヤーを一気に回収し山田先生と密着する。
「やっぱりな」
「副教官らしいですね、教官」
どこか既視感があったのだろう、ラウラと千冬がそんな会話をしている。まぁ過去に対峙したときに俺が見せた戦法でもあるからな。
「これなら避けられませんね」
そう言って一気に地面に堕ちて行く。俺がやろうとしていることは墜落に近い、最大限まで落下し一気に影縫を引き抜く。先生には悪いけど、地面に叩き付けられてもらう。
「えっ!?待ってください!?」
「もう待てませんね!」
そう言って山田先生だけを地面に叩き付ける、衝撃で砂煙が巻き起こり先生の姿が確認できなくなる。おれ自身はなんとか回避できたものの、体力の限界でほとんど動けずその場で膝をついてしまう。これである程度は削れたはずだ、あとはカノンで―――
煙がはれて姿が見えてくるはずだった、だがその中に山田先生の姿は無い。激突痕はあるもののどこにも先生の姿は無かった。まさかと思いゆっくりと振り返る、そこにはこちらに銃口を向けた山田先生が立っていた。
「ははっ……上手くいったと思ったんだけどな」
「ギリギリでしたよ、まさかあんな無茶なことをするとは思いませんでした」
「どうやって後ろに?確実に仕留めたと思ったんだけどな」
「スモークグレネードで砂煙を巻き起こし、様子を伺っていたんです。丁度体力切れだったみたいですね」
なんてことだ、ここまで簡単に裏を取られてしまうとは……だが俺一人で戦っているわけではないんだ。
山田先生の頭上から四本のレーザーが降り注いでくる、セシリアのビットだ。何とか作戦会議は終わったみたいだな、凰も近接装備片手にこちらに向かってきている。ここは二人に任せて俺はいったん身を引くとしよう。
『任せたぞ二人とも!』
『了解!』ですわ!』
この後セシリアと鈴のペアで山田先生と対峙したものの、上手く追い込まれた際にグレネードランチャーでまとめて墜とされてしまった。やっぱり即席での連携は欠陥だらけだったな。こればかりは仕方が無い。
「あとは黒神さんだけですよ?」
こちらに銃口を突きつけながら、山田先生はにこやかな笑みでそういってくる。いやはやまさかここまでだとは思わなかった、だが仕方が無い。最後まで抗って見せるか。
そんな事を考えていると千冬から個人通信が入ってくる、『もう終わったもいいぞ。』との事だった。最初は山田先生にも連絡しこれを終わらせようとしたのだが、彼女はこちらに弾丸を放ってきた。つまりこちらを早めに墜として終わらせようとしていると言うことだ。
「しょうがない……『雪片』『ブラスト』!」
そう叫ぶと俺の手には黒式の禁じ手(俺が勝手にしている)が形成される、どちらとも高火力の装備であるため扱いが難しい。黒式の能力を使えばSEは削られていく、しかし使わなければブラストの反動に耐えれない。まさに肉を切らせて骨を断つということだ。
「いくぜ……」
俺の口調が変わったことに山田先生は少し驚いた表情を見せるが、すぐさま臨戦態勢を取り戻す。
「ここで決める感じだな、口調が変わるのもあいつらしい」
千冬先生が彼を見上げながらそんなことを呟く、伊達に幼馴染をしていると言うわけではないらしい。
「黒神さんの雰囲気が変わりましたわね、かなり集中なされている感じですわ」
「そうね。かなりの高火力装備を取り出したあたり、終わらせにきてるわね」
セシリアと鈴も上空の二人に視線を移し、戦闘状態をうかがっていた。
山田先生は的確に俺の考えを先読みし進路を潰してくる、だがそんな事お構いなしに俺はライフルからレーザーの銃弾を発射する。レーザーに飲み込まれた実弾は跡形も無く溶けていき、俺に届くものは一発も無かった。そして彼女のライフルからカチッと弾切れを告げるむなしい音が響いたとき、俺は一気に彼女へと接近し雪片による会心の一撃を叩き込んだ。
「早い……!」
何とか俺から距離を取ろうと、スラスターを逆噴射する。しかしそう簡単に逃がすわけが無い。腕部に内蔵されているワイヤーで山田先生の腕を掴みこれ以上の距離を離されるのは面倒だからな。
「往生際が悪いですよ!」
そういって近距離でライフルを放つ、勿論出力はSEバリアが破られない程度に抑えてある。それでも威力は絶大であり、山田先生は苦悶の表情を浮かべていた。
「チェックメイトだ」
俺は山田先生の腹部に銃口を当て、そう宣言する。これで相手も降参を選んでくれるはずだ。そう思っていたが案外そうでもないらしい。彼女はにやりと笑うと口をゆっくりとあける。
「黒神さんは強いですね、流石織斑先生が鍛えただけあります」
「……まぁこれだけされて負けるのはいやなんでね、千冬に泥塗らないためでもありますけどね」
理由は他にも沢山あるが、今いえるのはこれくらいだろう。山田先生はそうですかと呟く
「話は変わりますが黒神さん、これなんだと思います?」
そういって彼女が取り出したのはグレネードだった、しかも通常のものとは違い威力の高いクラスター型であった。
「クラスター型グレネード!」
俺は急いで彼女から離れようとする、既にグレネードはピンが抜かれている状態だ。一刻も早くこの状態を解除しなければならなかった。しかし、俺の体は動かず山田先生に拘束されている状態であった。原因は俺の腕から射出されていたワイヤー、気がつかないうちに俺と山田先生が密着するように巻きついていたようだ。
「まさか……わざと被弾して!」
「敵の装備を利用するのも戦略の一つですから、それに―――会話も作戦の一つですからね」
彼女がにこやかにそう呟くと、グレネードが大爆発し俺と山田先生は爆発に飲み込まれていく。身体に激痛が走っていくのが伝わる、黒式の能力が無ければ俺の体には無数の風穴が開いていただろう。しかし反動は防げないものだったのか、俺の体には衝撃が幾度と無く叩き込まれていく。これは流石に不味い……な
グレネードの爆発が発生し二人が飲み込まれていった、煙の中では何が起きているかわからないがおそらく大惨事だろう。煙が少しずつ引いていき二人の姿がハッキリと確認できるようになる、しかし片方はISを纏っておらずそのまま落下していく。間違いなくあれは千春だ、このままでは地面に直撃する。急いでセシリア達を向かわる―――まえに一つの影が颯爽と飛び出していった。オレンジ色の機体色をしたリヴァイヴ、あんな機体は見たことが無い。
機体はなんとか千春を受け止めたようで、こちらに問題はないとジェスチャーを送ってくれた。搭乗者を良く見るとシャルル・デュノアであった、判断力といい行動力がずば抜けていることがいやでも良くわかるな。
「大丈夫かね山田くん?」
ゆっくりとこちらに向かってくる山田先生に状態確認をする、見た感じでは彼女のアイデンティティーであるメガネにヒビが入っているあたり、爆発の威力が壮絶なものであったことが確認できる。
「なんとか大丈夫でした、SEが一桁になったときは焦りましたけど」
「そうか、千春のほうは?」
「なんと言えばいいのでしょうか……激痛に頑張って耐えている表情や、苦痛の叫びを何とかこらえようとしていましたね。心がやられそうでした」
だろうな、私もそんな表情を近くで見ていたのであれば彼女と同じ心境になるだろう。
「悪い……心配かけたな。」
俺は少し気を失っていたらしく、デュノアに抱きかかえられている状態だ。起き上がろうとすると体に激痛が走る、流石にあれを受けて無事はすまなかったな。
「大丈夫ですか!?何処か痛いとか―――」
「少し身体は痛むが大丈夫だ」
「それなら良かったです!じゃああっちに連れて行きますね」
そういって俺はデュノアに抱きかかえられたまま、千冬たちの元へと届けられる。流石に恥ずかしかったが体があまり動かない状態であったためどうしようもなかった。
「まったく、間に合わないかと思ったんですからね。心臓に悪いですよ」
確かに人が無防備な姿で落ちてきたのなら誰でもはらはらするだろうな、こればかりはデュノアに感謝してもしきれないな。
その後千冬から心配をかけるなとお叱りを受けたのは言うまでもない。
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午前授業、所々問題あり。
「さて、これで諸君にもIS学園教員の実力は理解できただろう。以後は敬意を持って接するように」
手を叩いて千冬が皆の意識を切り替える。
「専用機持ちは織斑、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰、黒神だな。では七人のグループになって実習を行う。各グループのリーダーは専用機持ちがやること。では分かれろ」
千冬に言われるや否や、織斑とデュノアに一気に二クラス分の女子が詰め寄っていく。俺はゆっくりと千冬に起こされていた。
「まさかIS解除まで追い込まれるとはな、流石に心配したぞ?」
「クラスター型を使用したとはいえ、まさか私もあそこまでのダメージを追ってしまうなんて……もう二度と黒神さんには使えませんね」
「すみません……どうしても実力差がある分、何かで埋めなければいけないと勝てないと思って。奇策に出たんですけど、逆に策に溺れましたね。あの装備はあれでも使い道があるので構いませんよ、これからも使用してください」
そんな雰囲気を感じ取ったのか、クラス全員がこちらを向いた。見せもんじゃないって……呼吸すると若干身体が痛むが仕方の無いことだ。
「何をしている、さっさとグループに分かれろ」
千冬がそう言うと再び男子二人に女子が押し寄せる。セシリアと鈴、ラウラのところにも行ってやれよ……
「織斑君!一緒に頑張ろう!」
「デュノア君の操縦技術見たなぁ~」
「私もいいよね?同じグループに入れて!」
なんというか……色々と大変だな。予想通りといえばそうだが、まさかここまで繁盛するとは思わなかった。織斑もデュノアはどうしていいかわからず、その場に立ちすくしてしまっている。その状況を見かねた千冬は、面倒くさそうに額を指で押さえながら低い声で告げる。
「馬鹿者どもが……出席番号順に一人ずつ各グループに入れ!順番はさっき言った通りだ!それでももたつくようなら、今日はISを背負ってグラウンド百周させるからな!」
さらっとやばいこと言ってるぞこの女は……IS背負ったら重量で押しつぶされるぞ。千冬にそう言われるとそれまで群がっていた女子達は一斉に散り、それぞれの専用機持ちグループは二分も掛からずに出来上がった。
「最初からそうしろ、馬鹿者どもが」
ふうっとため息を漏らす千冬、教員も大変だな……
「よし!織斑君と同じ班!名字のおかげね……」
「うー、セシリアかぁ、さっきぼろ負けしてたし。はぁ……」
「凰さん、よろしくね。あとで織斑君の話聞かせてよ」
「デュノア君!わからないことがあったら何でも聞いてね!」
「……………」
「黒神さん!ご指導お願いします!」
各グループの女子たちの反応はさまざまなものであった。特に異質なのはラウラは沈黙を貫いており、グループの女子が少しうつむきながら押し黙っている。はぁ……ある程度はみてやるか。
「ええと、いいですか皆さん。それから訓練機を一班一体取りに来てください。『打鉄』が三機、『リヴァイブ』が三機です。好きな方を班で決めてください。早いもの勝ちですよー」
先の実演で自信を取り戻したのだろう、山田先生の堂々たるその姿はまさに『仕事が出来る女』に見える。
「でけぇ……」
織斑が呟く。まぁそうだろう、十代乙女にはなに豊満な膨らみを惜しみなく晒しているのだから。山田先生が時折見せる眼鏡を直す癖、そのたびにたわわなものに自らの肘が触れ、重たげに肉の果実を揺らしていた。
というか意識してなったけど、俺抱きしめてるんだよな……うん意識したら駄目かもしれないな。
「…………」
こちらを見てくる千冬、そんな目で俺を見るな。男子ならば誰でも意識してしまうだろう……現に声に出した織斑は思いっきり足を踏まれている。しかもかかとで。あれは痛いぞ……
「さてと、とりあえずどっちにしようか?」
グループの女子たちに声をかける。個人的な意見ではあるが、安定した性能を持つ打鉄がお勧めだ。あれならば特に問題は起こらないだろう。逆にリヴァイブは高度な技術を求める際に使ったほうがいいと考えている。だがこれはあくまで俺の個人的な意見だ、決めるのは彼女たちで俺じゃない。
ちなみに俺のグループには布仏・鷹月・四十院・夜竹・岸原となっている。
「私は打鉄がいいです!」
「私も~」
やはり皆安定を求めるのか、打鉄を所望していた。まだ他のグループはどの機体にするか決まっていないようなので、俺のグループが一番乗りとなる。IDを部分展開しISを引き連れていく。
「専用機ってどんな感じですか?やっぱりいい感じ?」
「そうだな……愛機でもあるな。俺の場合貰ったものというか託されたものって表現が合うけどな」
「「へぇ~」」
実際のところは実験的な意味合いも強いからな……いつ爆発するかわからない爆弾を持たされているとも言える。
『各班長は訓練機の装着を手伝ってあげてください。全員にやってもらうので、設定れフィッティングとパーソナライズは切ってあります。とりあえず午前中は動かすところまでやってくださいね』
ISのオープンチャットで山田先生が連絡してくる。装着を手伝うのか……まぁいいだろう。
「とりあえず番号順にやっていこう。ISの装着と起動、そして歩行。ここまでで構わないか?」
順番は岸原・四十院・鷹月・布仏・夜竹だな。
「はい!|お願いします!」
元気がいい子たちだな。他のグループでも元気に挨拶をしているところや全員右手を差し出しているグループも……何やってるんだ?
「「「お願いします!」」」
織斑のところは一体何があった?何かくだらに事でも言ってしまったのか?っと思ったがデュノアの方でも同じようなことが起きていた。本当に何やってるんだか、そんなことしてたら―――
スパーン!
「「「いったああっ!!!」」」
ほれ見ろ、こうなるんだ。何せこの授業には鬼g「あぁ?」……優秀な先生がいるのだから。
「やる気があって何よりだな、それならば私が直接見てやろう」
あぁもうデュノアの班は駄目だろうな。飛び火を恐れた織斑の班の女子が恐れるように散っていった、最初からしなければいいのにな。
「さてと、岸原さんはISに何回くらい乗ったことがある?やっぱり授業だけか?」
「はい、授業だけです」
「ならある程度は大丈夫だな、それじゃあ装着して起動してもらおう。わからない子はしっかりと人の練習を見ておくこと!でないと、放課後居残りになるぞ?」
「よし……真面目にやろう」
今まで真面目で無かったよな発言なのだか大丈夫か?あえて黙っておくけど。ということで一人目、二人目と装着・起動・歩行をこなして行く。途中ラウラのグループで問題が起きたため、そこに千冬を付かせた。興味の無いことに口出ししないのは時に良いが、今回は流石に駄目だ。そんな事があり三人目が終わり四人目の装着のとき、ちょっとした問題が起きた。
「届かない……」
「おっと……失念してた、俺のとは勝手が違うからな。とりあえず本音、こっち来て。」
「ん~?わかった。」
IDを展開してこっちに来た本音を抱きかかえる。こうしないとコックピットまで届かないからな、仕方ないしこれが1番楽な方法でもあるからな。女子が黄色い声援を上げているせいでこっちに視線が集まる。
「なんかごめんね、こんなことしちゃって」
「大丈夫だよ~それに安心するし~」
そう言って更に密着してくる、ただでさえ当たっているのだから勘弁して欲しい。意識を紛らわせながらコックピットまで運んでいく。
「背中からゆっくり入ってくれ、俺の手握りながらでいいからな?慎重にね」
「うん、大丈夫だよ~」
「それじゃあ少し放すぞ」
ゆっくりと本音を放していく、これなら安全に装着できるはずだ。ゆっくりとISに体を預けていくと本音にあわせるようにISが装着されていく。
「装着できたよ~」
「よし、それじゃあ起動してくれ」
彼女が起動シークエンスをはじめる。開いたままだった装甲が閉じて操縦者をロックし、静かに起動音を響かせて打鉄の姿勢を立て直した。どこか慣れているような感じがしたが、気のせいだろう。
「それじゃあ次に―――」
そうして事は順調に進み、午前中の実習が終わった。とりあえず疲れたから横になりたい。
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休み時間、デュノアの謎
「では午前の実習はここまでだ。午後は今日使った訓練機の整備を行うので、各人格納庫で班別に集合すること。専用機持ちは訓練機と自機の両方を見るように。では解散!」
時間ギリギリでなんとか全員起動テストを終わらせたようだ、全員でISを格納庫へと移動させる。そして全力疾走で再びグラウンドへ。ここでまた遅れれば鬼教師に何を言われるか、わかったものではない。
そんなこんな肩で息をしている生徒がいる中、千冬は連絡事項を伝えて山田先生と一緒にさっさと引き上げてしまった。
「まぁこんな所だろう……」
訓練機は専用のカートで運ぶのだが、動力などの補助機能は一切付いていない。俺は倉持技研での経験があるので難なくISを格納庫へと移動させることが出来た。まぁ慣れがあれば簡単に運ぶことが出来そうだ。コツがかなりいるがな。
織斑の班とデュノアの班で対応が違うのが気になったが……まぁ織斑だしいいだろう。
「シャルル、着替え行こうぜ。俺たちはアリーナの更衣室まで行かなきゃいけないしよ」
「えっと……僕はちょっと機体の微調整をしてからいくから、先に着替えててよ。日本の企業にいた黒神さんにも協力してもらうし。待たなくて良いよ」
「いや、別に待ってても平気だぞ?俺は待つのに慣れてるからな」
うーん?何がしたいんだこいつは、もしかしてあれか?男の友情がどうのこうのって感じなのか?こうなると織斑は引かない。デュノアも困惑しているなこれは何とかしてやるか。確か篠ノ之が呼んでいたな、これを利用させてもらうか。
「待っているのは良いが、お前は篠ノ之を待たせているはずだ。また怒られても知らないぞ?俺がデュノアのことを担当しておく」
「おう、わかった」
そう言って織斑はさっさと更衣室へと向かった。そんな簡単に引くのであれば最初からそうしてほしいものだ。
「はぁ……それにしても、厄介なことは舞い込んでくるものだな」
そうボソッと呟く、俺の考えであれば
「それで?機体のどこが悪いんだ?」
「えっと、ここなんですけど……」
そう言って彼が掲示したスクリーンを確認する。特に問題は内容に見えるが、彼には問題があるように見えたらしい。となれば身体にあっていないのだろう。
「とりあえずデュノア一度装着してくれ、そこから調整に入る」
「お願いします」
そうしてデュノアの機体の微調整が始まった。わずかな調整でも装着者には敏感に感じ取ることが出来る、そこにあわせることが一番大切なのだ。まぁこれは本人がやったほうが1番良いんだけどな。
「どうだ?少しは楽になったか?」
「はい、さっきよりもかなり扱いやすくなった気がします!」
「なら良かった。今度は出力系統か……これに関しては動かして調整するしかない。これ後にしておくか?」
「そうですね……もうこんな時間ですし」
そう言ってデュノアが時計を見る。時刻は既に十二時を過ぎており午後の授業まで残り数十分というところだろう、元からここにいる予定だった俺は持参した弁当箱を広げる。IS学園は全寮制なので弁当を持参したい生徒がいた場合に備え、早朝のキッチンは使えるようになっている。そこで軽く食事を取る為にサンドイッチを作った、それを口に運ぼうとる。すると何処からかくぅ~っと音が聞こえた、音が鳴ったほうへ視線を向けるとデュノアがお腹を押さえて苦笑いしていた。そうだデュノアはまだこの生活には慣れていない、だからこそ食堂の場所もわからないはずだ。
「食べるか?サンドイッチ」
そう言って彼に一切れのサンドイッチを差し出す。
「いいんですか?」
「お腹空いてるんだろ?もう少ししたら午後の実習が始まる。それまで我慢できるとは思えん、成長期なんだからな。沢山食べて大きくなれ」
「ありがとうございます。」
そう言ってサンドイッチをほお張るデュノア。やっぱりお腹がすいていたのか、パクパクと食べ進めあっという間にサンドイッチが手元から消えた。
「そんなにおなかすいてたのか?」
「それもありますけど、おいしかったので……つい」
「それは良かった、沢山あるからもっと食べて良いぞ。俺は少しあっちで着替えてくるからな」
「はい?わかりました」
そう言って一度デュノアから離れる。午後の実習は整備だ、正直言ってスーツは汚したくない。整備科に置いていたつなぎに着替えるとしよう、あれで整備した方がモチベーションが上がる。昔も思い出せるしな。スーツを脱いでつなぎに着替える、身体のサイズが変わっていないことを実感しながら身にまとっていく。やっぱりこれだよな。うん。
デュノアのもとに戻ると、先ほどまであったサンドイッチが残り二つになっていた。あれ?俺10個くらいつくった筈なんだけど……もしかして?
「デュノア結構食べたね」
「あっ―――えっと」
「怒ってないから安心して、それだけおいしかったって事だろ?ならいいよ」
誰かに料理を作って食べてもらう、それで喜んでもらえるのであればありがたいことだしな。
「それにしても……まさかデュノア社の人が来るとはね」
「意外でしたか?」
「いやそうでもない、俺は7年くらい前フランスに渡ったことがあるんだ。その時にデュノア社の社長さんと話をしたこともあるよ」
「父とですか?」
「あぁ、たぶんだけどその場に君もいたはずだ。9歳くらいだったかな?」
「そうですね……確かそのくらいです」
「だけどおかしいんだよね。俺はその子の名前を知っているんだけど……シャルル・デュノアって子ではなかったんだよね。それにその子は女の子、君とは違う」
そう言うとデュノアは俯いてしまう、やっぱり彼は彼女だったか……それとも双子だったのか。どちらにせよ確認は取らせてもらうとしよう。
「まぁそんな些細なことはいいさ、今の俺には関係が無いからね」
そう言って彼の頭を撫でる。彼は少々戸惑ったものの、何かを思い出したように笑顔になり撫でられた。
「さてと、トイレとかは済ませておきなよ。そこにあるからね」
「わかりました」
そう言ってトイレに移動するデュノア……確かめる為に覗くとかそういったことは一切しない。人にもプライバシーというものがあるからな。だがその前に、確認のメールを送らせてもらうとしよう。
『こんな朝早くに失礼をお許しくださいアルベール・デュノア社長。私黒神千春と申します。ご存知かもしれませんが、第二の男性操縦者です。また貴社にISの利便性を伝えに来たものでもあります。貴社の事とシャルル・デュノアについて確認したいことがございますので、折り返しメールを頂けたらと思います』
っとこんなもので良いか、それにしてもデュノアのやつ遅いな……もしかして迷ったのか?しょうがない探しに行くか~俺は重い身体をゆっくりと動かしてデュノアの向かったほうへと移動する。
「―――で?どうしてこうなった?」
あれからデュノアを発見することは出来たものの、彼は沢山の女子生徒に囲まれていた。彼がこちらに助けを求めたのは良いものの、こっちにも飛び火してしまう形となり……現在は撮影会が始まっていた。
「ごめんなさい黒神さん……」
「いや、俺は構わないんだが。あと少しで授業始まるぞ?」
「どうしよう……」
「大丈夫だ、丁度千冬が来たからな。」
そう言うと女子生徒が一気に振り返る。勿論そこに千冬がいるわけも無く、彼女たちはまんまと騙されてしまった。千春はその瞬間を見逃すわけも無くデュノアを抱えて全力疾走で場を離れる。逃がしたとわかるといなや、悲鳴を上げて悲しむ女子たちの悲鳴が響き渡った。
「次から気をつけろよ?シャルロット」
「わかりました」
デュノアに忠告し、もとの場所に戻っていく。一瞬デュノアが何か考えるような表情を浮かべたが、気にせずに俺は格納庫へと戻った。
「うん?デュノアと黒神か。ちょうどいい、お前たちに伝えたい事があってな」
格納庫に戻ると千冬の姿があった、俺たちに何か伝えようとこちらに近づいてくる。とりあえずデュノアは下ろしておくか。
「なんだ話って?」
「お前たちの部屋だ。千春、デュノアお前達は同室だ。こいつが部屋の鍵だ、無くすんじゃないぞ」
千冬から鍵を渡される、さらっと行っているが俺は千冬の部屋からお引越しするらしい。色々と不安だが……まあ仕方が無い、帰ったら荷物をまとめて移動するとしよう。
「とりあえずこれからよろしくなデュノア」
「は、はい!よろしくお願いします!」
すると午後の授業が始まる鐘の音が聞こえてくる、それと同時にこちらに走ってくる一団の姿も見える。一組と二組だ。
「ここに残ってよかったかもな」
「そうですね」
一組と二組の生徒が肩で息をしている中、千冬から午後の実習を開始すると告げられる。これはかなり疲れるものだから、彼女らにはしんどいだろうな。そうして午後の実習が始まった。
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共同生活、デュノアと千春
そしてここで千冬と千春の同棲は終わります、今回からはデュノアとの同室となります。
「それじゃあこれからよろしくな、デュノア」
「はい。よろしくお願いします、黒神さん」
夜。夕食を終えた俺とデュノアは部屋へと移動してきた。食堂では二人目と三人目の男性操縦者が仲良くしているということで、相変わらずの女子たちの質問攻めにあいそうになり、丁度こちらに近寄ってきたときには二人とも食事を切り上げていた。食事くらいゆったりとさせて欲しいものだ。一息尽きたい俺は部屋に備え付けてあるポットでお湯を沸かし、日本茶をつくっている。デュノアはそれに興味があるのか、自身も貰っていいかと尋ねてきた。特に問題は無いが、出来立てのため熱いということだけを注意してお茶の入ったカップを渡す。
「紅茶とはずいぶんと違いますね。不思議な感じです。でもおいしいです」
「気に入ってくれたのなら何より、今度機会があれば抹茶を試してみたらいい」
ちなみにセシリアは日本茶が苦手なようだった、特に緑色ということが引っかかっているみたいだった。
「抹茶っていうのはあの畳の上で飲むやつですよね?特別な技能がいるって聞いたことがあります」
「そうだな。抹茶をたてる技術が必要だが、近年ではカフェとかで手軽に飲めるようになってるぞ。抹茶ラテってやつもあるしな。もし良かったら今週の土日のどっちかで案内しようか?」
「いいんですか?一度飲んでみたかったんですよね」
「他にも色んなところに連れて行ってやるよ」
「ありがとうございます黒神さん」
柔らかな笑みを浮かべるデュノアに、一瞬あの子を重ねてしまう。中性的な印象がそうさせてしまうのか、こうも笑顔を向けられると戸惑ってしまう。
「まぁ俺も久しぶりに買い物とかいきたかったし、ついでってことだ」
あくまでもそうしておく、実際俺は抹茶が苦手だ。あれ苦いじゃん。あれより日本茶飲んでほうが幸せを感じられるよ。
「それでなんだがデュノア、シャワーの順番はどうする?俺は後でも構わないんだが」
「僕が先でもいいの?」
「構わないぞ、俺は色々とやらなくちゃいけないことがあるからな。帰ってくるのも遅くなるだろう」
「じゃあ先に頂いちゃおうかな」
「あぁそうしてくれ、あとこの部屋に設備されているもので無くなりそうな物があったら言ってくれ。追加しておくよ。シャンプー類のものは洗面台の戸に入れてあるから、そこから取ってくれ」
「わかりました」
そんな話をしていると端末が振動する。おそらく昼ごろに贈ったメールの返信が帰ってきたのだろう、デュノアには気が付かれないようにしないとな……
「そういえば織斑君いつも放課後にISの特訓をしてるって聞きましたけど、もしかして黒神さんが教えてるんですか?」
「前まではね、だけど今は別の依頼が入ってるから参加できないんだ。今月には学年別トーナメントがある、それまでには参加したいところだけどな」
それにあの子のISもトーナメント前に完成させないと……これはのんびりしてる暇は無いな。
「それって僕も参加していいのかな?専用機もあるから少しは約に立つと思うんだけど」
「それだったら泣いて喜んでくれると思うぞ」
教え方に難がある二人が今の織斑を特訓しているんだからな、馴染みやすいやつがいれば安心するだろう。特に男同士って事もあるんだろうけどな。
「それじゃあ先シャワーどうぞ、俺はちょっと色々と弄らなくちゃいけないからな」
「うん、わかった。」
デュノアがシャワー室に移動したことを確認し、端末を起動する。いくつか表示されているスクリーンからメールボックスを選択し確認する、先の振動はアルベール・デュノアからのメールであった。フランスの時刻は大体11時ほどだろう、まぁその辺はどうでもいいとして問題はメールの生身だ。恐る恐る届いたメールを確認する。
うちのシャルルが何かそちらで問題を起こしたでしょうか?もしそうであれば本当に申し訳ない。
私たちのほうでは特に何も問題は起きていませんが、そちらが疑問におもっていることなどがあればいつでもメールを送ってください。待っています。
アルベール・デュノアより』
だとさ、どうやら俺にはまだバレていないと思っているらしい。ならばこちらも徹底的に捜索させてもらうとしよう。
そう書いたメールを送信する。これである程度状況は理解していると伝わるだろう。あとは返事を待ちつつ彼女に真意を聞き出すだけだ。タイミングがあればの話だがな。
「全く……困った御方だ」
シャルロットが出てくるのを待ちながら、お茶を飲む。そう言えば彼女着替え持って行ったか?持っていったよな?まぁ呼ばれたらってことにしておくかな。
「さて……あとは楯無さんと千冬には伝えておくとしよう。もう既に知っていると思うけどな」
二人のアドレスは知っている、千冬はもとから登録されていた。楯無さんは生徒会室で会ったときに交換してもらった、こうすれば万が一のときに連絡が出来るからな。
とりあえずこれでいいや、あとあと彼女とは話す機会があるだろう。それより問題は千冬の方だ。さて……どうしたものかな。
起きたら質問攻めに会うんだろうな……千冬が般若の表情を浮かび上がらせているのが容易に想像できる。少し時間が経ったのち、デュノアがシャワー室から出てくる。意外と長かったな。
「サッパリしたみたいだな」
「うん!気持ちよかったよ」
デュノアの服装は長袖長ズボンのジャージ、縛っていた髪の毛は解けており真っ直ぐに伸ばされていた。うんやっぱり女の子だよな?男って言うには無理があると思うんだよな。
「それじゃあ俺も入ってくるかな、先に寝ててもらっても構わないからな」
「わかりました~」
恐らくだが、俺が入っているうちにシャルロットは端末を弄るだろう。だが問題ない、あの端末は許可制であって他の人が操作できないようになっている。ハッキングもされない強度な設計になっている。何されても安全だ。
やっと見つけた、幼い頃に僕を守ってくれた人。黒神千春さん。僕は彼に会う為にこのIS学園に入ってきたんだ、社長命令で「データを盗め」って言われてるけど、それは二の次。僕は性別を偽ってIS学園に転入した、これがばれたら僕は処分を受けることは確実だろう。だからこそばれない様にしなきゃ……彼にはバレていないよね?うんそう考えることにしよう。
「よし、始めよう」
机の上に彼の携帯端末があった、これが彼のISの待機状態であることをしっかりと把握していた。僕はすぐさまデータを盗むために端末へと手を伸ばしケーブルを接続した、するといきなり無数のパスワード入力などが表示された。簡単にデータを盗めないことなど分かっていた、けれど僕は諦めずに何とか解除しデータを盗もうとした。
けれど僕にも限界があり結局彼のデータを盗むことは出来なかった。だけどまだ初日、これから先の時間は限られているけれどまだ時間はある。
「今日は駄目かな……」
僕は諦めて片方のベットに身体を預ける。今までの緊張と疲労感が一気に身体から出てしまったのか、僕の意識は直ぐに暗闇へと堕ちて行く……彼に出会えたんだからきっといい夢見られるよね?
シャワー室から帰ってくると、そこには幸せそうに眠るシャルロットの姿があった。それもそうか、女ということをばれないように色々と工夫していたみたいだしな。緊張ということもあったんだろう。そっと彼女の頭を撫でる。彼女の横にはケーブルがあり彼女の持っていた端末とつながっていた。やっぱりデータを盗めと命令されていたな、俺は机の上にある端末を確認する。
しっかりと弄られた履歴と警告が画面に表示されている、まぁ逆にデータ盗めたしいいかな。盗もうとしたら自分のデータがコピーされているって知ったらどんな表情を浮かべるのかな?ゆっくりと眠っている彼女の顔を覗き込む、幸せそうに眠ってるな……何かいい夢でも見ているのだろう。
「おやすみ、シャルロット。良い夢見るんだよ」
「……さん。」
寝言だろう、彼女の口からそう言葉が漏れる。幸せそうに笑みを浮かべる彼女は一体どんな夢を見ているのだろう。そんなことを思いながら電気を消しベットに身体を預けていく、今日は実演もあり整備などいろんなことがあった。彼女に関してもこれから疲労がたまるだろう。そう思うとため息が出てしまうが仕方が無い。今日の疲れが身体と精神に溜まっていたのだろう、俺の意識は直ぐに暗闇へと墜ちていった。
翌日、鬼のようにメールが溜まっていたのは言うまでも無かった。楯無さんからは無理難題を押し付けられ、千冬からは反省文二十枚ほどの理由を書けといわれた。世界最強と学園最強を同時に敵に回すとこんなことが起きてしまうんだと、身をもって理解したのだった。
デュノア社にもいろいろと問題があるみたいですね。
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打鉄弐式と問題児
デュノアとラウラが転校してきてから五日がたった、今日は土曜日だ。IS学園では土曜日の午前は理論学習、午後は自由時間となっている。とはいえ土曜日はアリーナが全開放されている為ほとんどの生徒が実習に使う。それは織斑たちも同じで、今日はデュノアを混ぜた手合わせをした後、ISの戦闘に関するレクチャーを受けているようだった。俺は少し離れた格納庫にて打鉄弐式を組み上げていた、一人でやっていることもあり苦戦することもしばしばある。だが約束したのだからしっかりと組み上げてやら無いとな……ちなみに簪ちゃんは今回本音に連れて行かれたためこの場にはいない。
「ご苦労様です、千春さん」
「どうも、楯無さん。妹さんとの関係は良くなりましたか?」
更識楯無さんが様子を見に来たようだ、相変わらず凛々しい人だ。月曜に贈ったメールの反応からするに、既に彼女もデュノアには気が付いていたらしい。さすが生徒会長ということもあるのだろう、一体何処からその情報が手に入るんだろうか?それとも本能的に違いが分かるのか?
「私が簪ちゃんとの関係気にしているの知っていて言うんですね?あれからは何もありません、私も簪ちゃんもお互いに避けてしまっている形なので……」
「どうすればそこまで拗れるんですか……」
本当に姉妹というものは厄介な関係を築き上げるものだ、どちらかが劣等感を見出すときりが無い。俺は彼女達がここまでこじれてしまった原因を知らない、だから下手に手を打つことはしない。それにこれは彼女達自身で解決したほうが成長につながるだろう。
「それで、シャルロット・デュノアの件はどうなってるんですか?」
「今はまだ様子見ですが、アルベール・デュノアからの確信が得られれば実行する予定です。千冬に協力して貰っています」
「どうするか伺っても?」
「まず俺はフランスに飛びアルベール・デュノアと直接会います、そして問題を取り除き帰国する。その後デュノアは本国から呼び戻され妹のシャルロットが来たということにします。色々と不備などはあるでしょうが……そこは後々ってことで」
それまでにデュノアが女とばれなければいいんだが……そうなると俺が監視しなくちゃいけなくなるな、また一つ苦労するな。俺がフランスに行っている時には彼女達の力を借りるとしよう、そのためにも彼女には信頼してもらわないといけないな。それか彼女の秘密ごとでも取引に使ってみるか。
「万が一失敗した場合は、私のほうで処分を言い渡します。いいですね?」
「千冬にも同じ事を言われましたよ、まぁ失敗する気なんてさらさら無いんですけどね」
そうしてデュノアたちのほうを見ていると、なにやら様子がおかしい。アリーナ内がざわめきにつつまれる、みんなの視線から注目の的を探る。
「ちょっとあれ……」
「ウソッ、ドイツの第三世代型だ」
ドイツの第三世代型だと?そんなバカな、未だに量産の目処が立ってもいないし機体の安定化も図れていないのにか……しかしそんな事不可思議なことではない、セシリアという前例がある。おそらく彼女も機体の稼動データを取りに来たと言うことだろう。
「まだ本国でのトライアル段階だって聞いたけど……」
その通りまだトライアル段階のものだ、しかし動かせないと言うことではない。試作物は動かしてデータを取ってこそ意味がある。しかし何故急に彼女はこの場に現れたのか、それが分からない。クラスでもほとんどの生徒と話をせず、千冬としか話をしているところを見たことが無い。そんな彼女がここで何をするのだろうか?
「ラウラ……?あいつ何してるんだ?」
「ドイツの代表候補生よね?いきなり現れるなんて、びっくりだわ」
「何を仕出かすか分からない、こうなれば向かうのみだ」
万が一であるが問題を引き起こされた困る、転校五日目で問題を起こされてはドイツも溜まったものじゃないだろう。まったく!この学園問題児多すぎ!
転校生のボーデヴィッヒから突然ISの
「なんだよ」
俺が返事をすると、ふわりと飛翔してくる。何が目的なんだ?俺に出来ることなんて限られてるぞ?
「貴様も専用機持ちだそうだな?ならば話が早い。私と戦え」
いきなり何を言っているんだこいつは、戦うのが大好きなのか?戦闘狂かよ、生憎だが俺にはそんな趣味は無い。是非他をあたってほしいところだ。
「嫌だ、戦う理由がない」
「貴様に無くとも私にはある」
そうだろうな。ドイツ、千冬姉と来たら思いつくのは一つしかない、第二回IS学園世界大会『モンド・グロッソ』の決勝戦での出来事だ。俺としてはかなり思い出したくない記憶だが、それと同じくらい忘れられない記憶でもある。
はっきりいってしまえば俺は決勝の日に誘拐された。謎の組織によって。実際のところ俺を誘拐した組織は何処の組織かわかっていない、だから謎の組織といっている。何の目的があったのかわからないが、俺は暗い部屋の中で拘束され閉じ込められた。時間の感覚が全くわからなかったが、突然部屋の外から悲鳴を上げる声や、大きな音が何度も響いてきた。
ゆっくりと部屋の扉が開いた、きっと千冬姉が助けに来てくれたのだと思った。だがそこに現れたのは黒神千春だった。千冬姉の変わりに俺を助けに来たらしい、だけど俺は千冬姉に助けてもらいたかった。今思えば俺はわがままだった、命があるだけありがたいと感じてしまう。
もちろん決勝戦は千冬姉の勝利となり、大会二連覇を果たした。誰しもが千冬姉の優勝を確信していたこともあり、大会二連覇は大きな話題となった。
俺の誘拐事件に関しては世間一般的には公表されなかったのだが、独自の情報網から俺の監禁場所に関する情報を入手していたドイツ軍関係者は全容を把握している。そして千春と千冬姉はそのドイツ軍からの情報によって俺を助けたと言う『借り』があった為、大会終了後に一年ちょっとドイツ軍IS部隊で教官をしていたことがある。
そこから少し足取りがつかめなくなり、いきなりの現役引退。そして現在IS学園教師という仕事に就くことになる。千春のほうは就職していたと言うことすら知らなかった。
「貴様は教官の弟だそうだな、ならばそれ相応の実力があると見込む」
どうやら千冬姉の教え子と言うこともあり、その強さにほれ込んでいるのだろう。だが俺には千冬姉ほどの実力は無い、さらに言えば千春にも負けでしまう程度だ。そんな俺を求めて何になるというんだろうか?
「また今度な」
「ほう、逃げるのか。随分と弱気なのだな、だから副教官と比べられるのだ」
確かに女子達の中で見定められている、現時点で言えば千春の方が人気だ。前までは弟の俺に人が集まっていたが、クラスの代表を決める戦いや先月の対抗戦で俺の実力が皆に知られた。そして千冬姉と束さんの幼馴染と言うことで注目が集まり、それなりに実力もあるということで俺よりも千春の方が人気となっている。
羨ましいことは無いが、それなりのスペックを持っている千春が人気なのはわかる。だが俺は千春と比べられるのが1番嫌なことなんだ!スターと地点は同じはずだったのに気がつけばここまで差が広がってしまっている、自分自身の不甲斐なさもあるだろう。しかしそれでもあいつと比べられるのだけは嫌なんだ!
「はぁ……いいぜ、やってやるよ」
「織斑君!?」
「シャルル下がっていてくれ、こいつは俺が―――」
言葉を続けようとしたとき、ラウラはその漆黒のISを戦闘状態へとシフトさせる。刹那、左肩に装備された大型の実弾砲が火を噴いた。
「―――っ!」
「こんな密集空間でいきなり戦闘を始めようとするなんて、ドイツの人は随分と沸点が低いんだね。ビールだけでなく頭もホットなのかな?」
「貴様……」
横合いから割り込んできたシャルルがシールドで実弾を弾き、同時に右腕に六一口径アサルトカノン《ガルム》を展開してラウラに向けている。
「フランスの
「未だに量産型の目処が立たないドイツの
お互いに涼しい顔をした睨み合いが続く。俺はシャルルが割って入ってきたことに驚いたが、それ以上に装備の
通常1~2秒ほど掛かる量子構成をほとんど一瞬で、それも照準を合わせるのと同時に行っていた。なるほど、これが出来るからこその大容量
シャルルが代表候補生であること、その専用機が量産機のカスタム機であること、その両方の理由に納得がいった。
「黙れ!」
一気に腕を振りかぶり、シャルルを殴り飛ばそうとしている。手首からプラズマが起き手刀のようになっている。狙いは間違いなく頭部、そうはさせるものかと《雪片》を起動しようとする。しかしそんなことをするまでも無く、ラウラの腕は何者かの銃弾を受け横に流れた。銃弾が向かっていた方向を見ると―――
「そこまでだラウラ、デュノアも臨戦態勢を解け」
「副教官……」
そこには《カノン》を持った千春の姿があった。ISの基本装備を生身で扱っているのが、身体に負荷が掛からないのか?ISの装備って生身で扱うようには設計されていないと教わっている。
「一旦引けラウラ、出なければ強硬手段に出るが?」
千春が見たことの無い目をしている、ドイツにいた時はこんな感じだったのか?ラウラが驚いた表情をしている。シャルルもそのあいつの威圧に押し潰されそうになっていた。
「くっ……今回は引きます」
横やりを二度も入れられて興がそがれたのか、ラウラはあっさりと戦闘態勢を解除してアリーナゲートへと去って行く。
「次回は無いだろう……」
ラウラと千春と千冬の関係性はいろいろと複雑です。
楯無と千春は弄りあい合戦です。
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距離を置く、釘を刺される、悲劇
「大丈夫かデュノア、織斑」
「助かりました」
「おう、助かった」
つい数秒前までラウラを見つめていた鋭い眼差しはもう無い。いつものようにキリッとした千春の顔がこちらを見ていた。
「今日はもう上がれ。四時を過ぎたからアリーナの閉館時間だ」
「もうそんな時間か、シャルル銃サンキューな。いろいろと参考になった」
「それなら良かった」
ニッコリと微笑むシャルル、その無防備さに俺は何かに駆られそうになる。だが俺はあくまでもノーマルだ、その気は無い。
「えっと……じゃあ先に着替えていいよ」
シャルルはいつも俺を先に行かせようとする。とにかく俺と一緒にはなりたくないらしい。というか着替えたところを一回も見たことが無い、今日は前もってISスーツを着ていたし。俺は嫌われているのだろうか?うーん……考えないようにしよう。
「たまには一緒に着替えようぜ?」
「いや、僕は黒神さんとちょっと話しがあるからやめておくよ」
「つれないこと言うなよ」
「つれないって……僕は黒神さんと話しがあるっていったよね?どうして僕と着替えたいの?」
「どうしてシャルルは俺と着替えたがらないんだ?千春とは着替えてるのに」
質問を質問で返すのはちょっとマナー違反だが、シャルルにはそこそこ強引にした方がいいことがわかったので問題ない。
「どうしてって……その、恥ずかしいから」
おかしなこと言うやつだなぁ。シャルル自身細身ではあるが、しっかりと鍛えられた体つきに見える。それなのに何故恥ずかしいと言うのだろうか?
「慣れれば大丈夫。さぁ一緒に着替えようぜ」
「いや、えっと……」
何か適当な言い訳を探しているのだろうか、視線が宙をさまよっている。よし、あと一息と見えた。
「なぁ、シャ―――」
「デュノアすまない、こっちの作業が少し遅くなりそうなんで手伝って欲しい」
「わかりました、じゃあね織斑くん!」
そういって千春の方へと走っていった。やっぱり信用の問題だろうか?それとも別の何かだろうか?
「アンタはさっさと着替えなさい。引き際をしらないやつは友達無くすわよ」
鈴に首根っこを掴まれた、いきなりで苦しいからやめてほしいんだが。
「こっちも着替えに行くぞ。セシリアついて来い」
「言われなくともわかりますわよ、箒さん」
仲良さそうに女子達は更衣室へと移動していく。そういえばいつの間にか、女子同士は名前で呼ぶようになったな。俺は箒と鈴には「一夏」と呼ばれているが、他の女子には「織斑くん」「織斑さん」と名字でしか呼ばれない。やっぱり嫌われている?それとも距離を置かれているのか?
「鈴」
「なによ?」
「俺って嫌われてるのかな?」
「さあ?それはわからないわ。皆まだ距離感が掴めてないんじゃない?」
まぁ確かにそれもあるんだろうが……俺の気にしすぎか、千春だって「黒神さん」と名字で呼ばれているしな。
「じゃあ着替えてくる」
「先に待ってるわね」
そうして鈴とは一旦別れて更衣室へと急いだ。
「余計な仕事を増やして悪かったなデュノア」
「いえ、僕にとっては助けでしたから。気にしていないです」
そういわれるのなら有り難い。実際織斑がしつこかったこともあるのか、彼はホッとしていた。すると何処からか視線を感じる、恐らく彼女だろう。振り向くとそこには楯無さんが立っていた。
「まだいたんですね、楯無さん」
「えぇ、色々とあるので。何処まで進みましたか?」
それはISの話をしているのだろうか?それとも計画の話をしているのだろうか?
「ISは基本が終わりました、これから装甲や装備を作成していきます。また装着者である簪にも合うよう、ISの細かい設定などもしていくつもりです」
「そうですか、ではその時には簪ちゃんを呼んであげてくださいね。あの子黒神さん一人に造らせるのは悪いと思っているみたいですので」
「まぁ姉の貴女が言うのであれば、そうしましょう。そのときは貴女も協力してもらいますけどね」
「わかりましたそのときは、お願いしますね?計画の方も……」
釘を刺された、絶対に失敗するなよ?したらどうなってるかわかるよな?という眼で言われた。失敗する気はさらさら無い、必ず成功させるさ。きょとんとした表情でデュノアがこちらを見ているが、こっちの話だから気にしないでと言うと、わかりましたと笑顔で返してくれた。バレていないだけ助かる。そうして楯無さんは格納庫から去っていった。
「よし、とりあえずこれで全部だ。あとはここを去って更衣室に行くぞ」
「はっはい、わかりました」
何で織斑のときは嫌なのに俺のときは拒否しないのだろうか、これがわからない。ばれるのが嫌なのであれば普通は拒否するはずだ、もしかしてばれてもいいと思っているのか?よくわからないやつだな……
がらーんとした更衣室。ロッカーは50ちょいあり、当然室内もそれに見合って広い造りになっている。俺はデュノアから少し離れつなぎを脱いで制服へと着替えていく。あっつなぎじゃんまた整備室に戻しにいかないと。面倒だが明日でいいか。
「オイル臭いな……まぁ昔もそうだったか」
シャワーだけでなくお風呂に入りたいと思ってしまう。噂ではあるが男性操縦者が二人に増えたことで山田先生が入浴場のタイムテーブルを組み直しているらしい、有り難いことこの上ない。
「よし、着替え終わり。デュノアそっちは終わったか?」
「もう少しか掛かります~」
「わかった。」
着替え終わった俺は自販機で飲み物を二つ買っておく、勿論一つはデュノアの分だ。流石に差し入れくらいは持っていかないとな。
「あのー黒神さんとデュノア君はいますかー?」
「はい、いますよ。」
ドア越しに呼んでいる声が聞こえる、声からして山田先生だろう。噂をすれば何とやらと言うことだろう。
「入って大丈夫ですか?まだ着替え中だったりします?」
「デュノアがまだ済んでないですね」
「そうですか、じゃあこのまま言いますねー」
ドア越しに言ってくれる事で時間の無駄を無くしてくれるのは有り難い。
「今月下旬から大浴場が使えるようになりますー。結局時間帯別にすると色々と問題が起きそうだったので、男子は週に二回の使用日を設けることにしましたー」
「そうですか、ありがとうございます」
正直大浴場が使えるのは有り難い、のんびりとしながら湯に浸かれるのであればきっと疲れも取れるだろう。
「いえ、仕事ですから。このことは織斑君にも伝えてあるので、安心してくださいね~」
「わかりました」
ドア越しに山田先生が立ち去る音が聞こえる。大浴場が使えるようになったのはデカイ。感謝します山田先生。
「終わりました」
デュノアが着替えるのを終わらせてこちらに来る、デュノアにもあの話は聞こえていたから大丈夫だろう。
「それじゃあ部屋に戻るぞ」
「はい」
俺とデュノアは寮へと戻っていく。途中で女子に囲まれたのはいうまでも無い、全く勘弁してくれ……俺はデュノアを抱えて一目散に部屋に入った。後々そのときの写真が出回るのだがそれは別の話。
今はのんびりと端末を起動し、メールボックスを展開する。そこにはデュノアの父親であるアルベール・デュノアからのメールがあった。
私は暗殺を企てた一派から守る為に、デュノア家の圧力が届かないIS学園に男装という形で送り込みました。
幸いなことに、貴方がIS学園にいることを知り、安心して送りだすことが出来ました。
貴方がこちらに向かわれるのであれば、六年前と同じようにシャルロットの身を護っていただきたいのです。
ですが最悪の場合あなたの手を汚してしまう可能性があります、勿論ただで解決してほしいとはいいません。
貴方の手が汚れてしまったのは、これを任せてしまった私達の責任です。シャルロットの気持ちも理解できないまま送り出してしまった私たちの責任なのです。
貴方にしか任せられない、そうして押し付けてしまった罪悪感があるのです』
まぁ確かにシャルロットの気持ちを無視してここに送り込んだのはダメだったな、しかし彼女が命を狙われているのであればそれは無視することはできないな、来週には外出届けを出すとしよう。
いやシャルロットが嫌だろ、それこそ彼女の気持ちを理解できていない。彼女には彼女の好きな人がいるはずだ、その気持ちを邪険にするほど俺は鬼じゃない。だが用意出来る限りか……実に魅力的なものだな、ならば第二世代最強の装備を一つ頂くとしようか。デュノア社のロゴつきでな。
そう言えばボディーソープが切れていたな、ここの部屋のボトルが小さいせいだな。デュノアはそれに気がついているだろうか?とりあえずとりやすいように物は出しておくか。休日になったら買い物に行くからそのときに買うとしよう。俺は洗面台に移動し小さい棚から変えのボトルを出す、これをデュノアが取りやすいようにカゴの仲に入れようとした。するとガチャっとドアの開く音が聞こえた―――なんということでしょう。
デュノア社の人の本音が見えたり見えなかったりする話でした、そしてもうそろそろ大浴場が使用可能になりますね!
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シャルロット
それは彼女も彼も同じ。
ドアの開く音が聞こえ視線を向ける。シャワー室から出てきたのは―――
「くろ……かみさん?」
何処かで見たことのある「女子」だった。なぜ女子とわかるのか。簡単だ胸がある。
濡れた髪はわずかにウェーブがかかったブロンドで、柔らかさとしなやかさを兼ね備えている。すらりとした身体は脚が長く、腰のくびれが実質的な大きさ異常に胸を強調して見せている。
金髪碧眼という見た目から間違いなく日本人でないことはわかっていた、「デュノア」という名を聞いたときもしやと思った。そのせいだろうか、サイズ的にはたぶんCカップぐらいのバストが大きさとは関係なく絶妙に際立っている。水を弾く若々しい肌には球の雫が乗っていて、まるで宝石のように輝いている。
とにもかくにも女子の裸、全裸。俺は瞬時に煩悩をかき消し、視線を逸らす。だが見てしまったことに変わりは無かった。
「えっとだな……」
言葉が詰まる、なんといえばいいのだろうか?決して覗きをしたかったわけではない。だがどう表現したら良いのかわからず混乱してしまう。とりあえず体を隠してほしいものだ。
「きゃあっ!」
ハッと我に返った少女が慌てて胸を隠しながらシャワールームに逃げ込む。ドアが閉まった大きな音で俺もやっと正常な思考回路を取り戻し、聞こえてくる水音が耳に戻ってくる。
「えっと……変えのボディーソープここに置いておくからな」
「……うん」
会話にはなっていないだろうが、俺はシャワールームの前にボトルを置く。その後は思考回路を落ち着かせるために脱衣場を出た、たった数十秒という短い時間の中でいろいろとあったからな。
「はぁ……」
なんということだ、まさか千冬以外の裸を見るときが来るとは……事故とはいえ見てしまったことには代わりが無い。シャルロットには悪いことをしてしまったな……先の記憶を忘れる為に俺はアルベール・デュノアにメールを返信する。
それでは来週会いましょう。
P.S.
事故とはいえシャルロットの裸を見てしまいました。申し訳ございません。
ですがそういった気はなかったということだけ説明させていただきます。』
送信っと……絶対怒るだろうな、アルベールさん娘思いだから。いやもうフランスに行くの怖くなってきたな、あったらなんて言われるかわかったものじゃない。
メールを送信し終わった後、ガチャッと扉の開く開く音が聞こえる。
「あ、上がりました……」
「あ、あぁ」
背中越しに聞く声はやはりデュノアであった、俺は心臓の音を意識しないようにしながら振り向いた。そこには男性としての姿を捨て、本来の性別である女性としての姿があった。ジャージを着込んでいるが、女性特有の胸のふくらみが目立っていた。やっぱり女の子だとしっかりと再確認できた、あとはあれだけか。
「………………」
「………………」
かれこれ一時間はこうしているだろうか。俺と目の前にいる少女シャルロットはお互いのベットに腰をかけて向かい合っている状態だ、しかし視線はそれぞれ彷徨したまま。無言のときを過ごしていた。
「そのだな……」
らちがあかないので俺から声をかけると、シャルロットはビクッと身を震わせる。そんなにビックリされるとは思わなかった。
「とりあえずお茶飲むか?」
「うん、貰おうかな……」
お互い、何かしら飲み物があったほうが話をしやすいと感じた。俺は電気ケトルでお湯を沸かすとそれを急須へと注ぐ、お茶が出来るまで時間がありまた沈黙の時間が始まった。すると端末が光り振動する。どうやらメールのようだ。起動して届いたメールを確認する。
違う違う、そうじゃそうじゃない。気が早い気が早い!まだそんなこと決断させないで!シャルロットだってこんなこと聞かせたら困惑するに決まってる。式を挙げるにしてもまだ彼女は未成年だろうが!あと会社に関しては経営が駄目なんだろうが!俺はすぐさま誤解を解くために彼に急いでメールを送った、冷や汗が止まらないぞ畜生め。
「もう大丈夫だろ、熱いと思うから冷ましてから飲むといい」
「ありがと―――きゃっ」
湯飲みを渡すときに手が触れてしまった、シャルロットが慌てて手を引っ込める。湯飲みを落としそうになるが、なんとか握り直す。しかしその反動でお茶が手にかかってしまった。
「あっ……水っ水っ」
急いで水道のとこに移動し蛇口を全開にする。水でなんとか手を冷やして事なきを得た。これは軽いものだからそこまで悪化することはないだろう、右は利き手だからあまり傷つけたくないんだけどな。
「ごめん!大丈夫?」
「あぁこれくらいならやけどにはならない。大丈夫だ」
「ちょっと見せて。……赤くなってる。ごめんね」
軽くパニックになっているのか、強引に手をとってお湯の掛かった場所を痛々しげな表情で見つめる。
「直ぐに氷貰ってくるね!」
「その格好で出るのはマズイ、それに氷は冷蔵庫にあるから大丈夫だ。それを取ってくれでばいい」
先も言ったがシャルロットの格好はいつもと同じシャープなラインが入っているスポーツジャージなのだ。俺にバレてしまったのが原因だろうか、胸を隠すためのコルセットをしていない。その上で身体のラインがくっきりと出てしまう服装をしているのだから、胸があることが思いっきりわかってしまうのだ。だからその格好で外に出てはいけない。
「でも―――」
「それよりもだ……さっきから胸が手に当たっているんだが……」
言われてやっと自分の体勢を理解したのか、シャルロットは俺から飛び退くように離れると胸を隠すように自分の身体を抱く。若干弱弱しくはあったが、シャルロットは女子特有の抗議の眼差しを送ってきた。
「心配してるのに、黒神さんのえっち……」
「なっ!?それはシャルロットが―――っ」
俺が悪いのか?だが俺は一度シャルロットの裸を見てしまっている。もしかしたらそういう眼で見てしまっている可能性がある。おかしいな?千冬の時はそこまで無かったのに。
しかし気のせいだろうか、シャルロットの眼差しは抗議だけではなく全体的に恥ずかしそうでどこか嬉しそうな表情をしている。もしかしてシャルロットという名を言ったからだろうか?
「よし、ここまで冷やせば大丈夫だろう」
「う、うん」
今度はちゃんと湯飲みを受け取ったシャルロットは、ゆっくりと一口日本茶を口にする。俺も同じように一度のどを潤すと、先からの疑問であったことを聞いてみた。
「どうして男装を?」
「それは……実家のほうからそうしろって」
「デュノア社の社長から?」
社長のことを言葉に出すと、シャルロットの表情が曇っていく。
「うん。僕はね、愛人の子なんだよ」
知っている。俺が昔デュノア社に訪れたときに聞いてしまったのだから。
「引き取られたのが二年前。丁度お母さんが亡くなったときにね、父の部下がやってきたの。それで色々と検査する過程でIS適応が高いことがわかって、非公式ではあったけれどデュノア社のテストパイロットをやることになってね」
シャルロットは恐らく言いたくは無いのだろう話を健気に喋ってくれた。俺は黙って彼女の話を聞くことに専念した。
「父に会ったのは三回くらい。会話は数回かな。普段は別邸で生活をしているんだけど、二度本邸に呼ばれてね。一度目のときは酷かったよ。本妻の人に殴られたからね。『泥棒猫の娘がー!』ってね。参るよね。お母さんもちょっとは教えてくれたらあんなに戸惑わなかっただろうにね」
愛想笑いをつなげるシャルロット、だがその声は乾いていてちっとも笑ってはいなかった。愛想笑いは返せない。それはシャルロットも望んでいるだろう。俺はこの話を全て知っている、そして一度二人に対して説教をしているはずだ……多分覚えてないけど。
「それから少し経って、デュノア社は経営危機に陥ったの」
「デュノア社は量産機ISのシェアが世界三位だったはずだが?」
「そうだけど、結局リヴァイヴは第二世代型なんだよ。ISの開発ってのはものすごくお金が掛かることは知ってるよね。ほとんどの企業は国からの支援があってやっと成り立っているところばかりだよ。それで、フランスは欧州連合の総合防衛計画『イグニッション・プラン』から除名されているからね。第三世代型の開発は急務なの。国防の為もあるけど、資本力で負ける国が最初にアドバンテージを取れないと悲惨なことになるんだよ」
確かに現在欧州連合では第三次イグニッション・プランの次期主力機の選定中だ。今トライアルに参加しているのはイタリアのテンペスタⅡ型、イギリスのティアーズ型、ドイツのレーゲン型。今のところ実用的な面ではイタリアが勝ってはいるものの、実稼働データはそこまで取れていないので厳しい状況が続いていると聞いている。セシリアとラウラは実稼働データを取る為にIS学園へと送られてきたと言うことだろう。
「話を戻すね。それでデュノア社でも第三世代型を開発していたんだけど、遅れに遅れての第二世代型最後発だからね。圧倒的にデータも時間も不足していて、なかなか形にならなかったんだよ。それで政府からの通達で予算を大幅にカットされたの。そして、次のトライアルで選ばれなかった場合は援助を全面カット、その上でIS開発許可も剥奪するって流れになったの」
「なるほど、大体わかった。そして注目を浴びるための広告塔として、男装したと……そういうことだな?」
「うん、そう言う事」
シャルロットは俺から視線を逸らし、どこか苛立ちを含んだ声で続けた。
「同じ男子なら日本で登場した特異なケースと接触しやすい。可能であればその使用機体と本人のデータを取れるだろうってね」
「それは俺でも織斑でも良いって事か?」
「うん、どちらでもいいっていわれてる。そこだけは適当だった」
俺にコンタクトを取る為に送り込まれたのか?そしてアルベールがあえて突き放したようにこちらに送ってきたのは、シャルロットに今の会社の経営を全て話させるため。って感じだろう。
「とまあそんなところかな。でも千春さんにバレちゃったし、きっと僕は本国に呼び戻されるだろうね。デュノア社は、まぁ……潰れるかほかの企業の傘下に入るか、どっちみち今までのようには行かないだろうけど、僕にはどうでもいいことかな」
「……少しは楽になったか?」
「うん、話してたら少し楽になったよ。聞いてくれてありがとう。それと今まで嘘ついてごめんなさい」
深々と頭を下げるシャルロット、俺は気がついたら彼女の隣にいて抱き寄せていた。
「辛かっただろうシャルロット」
「うん、辛かった」
俺は彼女の頭を優しく撫でる、彼女がここまで来るのに無理をしていたのは最初から良くわかっていた。もしこのことが世間に広まってしまえば彼女と言う存在は許されないものになってしまう、それだけは避けたいところだ。
だからこそ内部からの圧力をかけて押さえ込んでいる状況を作っている、あとは国での問題と彼女の身分証明書を作り直すだけだ。それさえ済ませてしまえば彼女は彼女のまま生活を送ることが出来る。
「だがあと少しだけ我慢してくれないか?今色々と調整してるんでな」
「え?調整って……何を?」
「シャルロットを女子としてIS学園に再入学させる手続きだ」
千冬、楯無さんとコンタクトを取り、学園長に頭を下げた。そのおかげで彼女本来の生徒手帳などの発行が行われている状態だ、あとは彼女の写真を撮影し正式に登録をするだけだ。
「そんなこと、出来るの?」
「出来るかどうかじゃない、やるんだよ。シャルロットお前の為にな」
シャルロットは戸惑いながらも話を聞いている。いきなりこんなこと言われても信じられないだろう、だが俺は彼女のために最善の選択を行っている状態だ。既に学園長からの許可は貰っている、あとは彼女自身の問題なのだ。
「今このことを知っているのは俺と織斑先生と生徒会長、そして学園長だ。順調に手はずは整っている。だが決定権はシャルロット、君にある。君が決めるんだ。ここに女子として戻ってくるか、本国に戻るか」
「僕は……」
シャルロットに迫られている選択はそう軽いものではない、片方は確実に絶望もう片方は微かな可能性がある。シャルロット……お前はどっちを選ぶんだ?
はい、シャルロットのこと全部ばれました。何なら裸も見られました。
あの名シーンを言われる立場になるなんて、本当黒神うらやまけしからん。デュノアかわいいですよね(脳死)でもセシリアもラウラも楯無も簪も千冬も束も好きです。(箒と鈴はヒロインではないです。)
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選択
彼女に選択肢を与えてから数分が経つ、やはり彼女には難しい選択肢だっただろうか?そんな事を考えているとコンコンっと扉がノックされる。
「デュノア、とりあえずベットに入っていてくれ。バレないようにな」
「うん」
「黒神さん、いらっしゃいます?まだ夕食を取られていないようですけど、身体の具合でも悪いのですか?」
「セシリアか、いや特に問題は無いがデュノアが少し体調を崩してな。軽い看病をしていたところだ」
万が一セシリアが入ってきても大丈夫なように、シャルロットには冷えたタオルをのせておく。こうすれば大丈夫だろう、それにシャルロットの顔も少し赤いしな。
「そうでしたの、では薬を取りに行って来ましょうか?」
「いやそこまで崩してるわけじゃない、まだ日本の環境に慣れていないだけだ」
そう言ってセシリアを部屋の中に入れる、変に何か隠しているとは思われたくないからな。
「大丈夫ですかデュノアさん」
「うん、大丈夫だよ。心配させてごめんね」
布団に入っているシャルロットがそう伝える、表情といい完璧だな。
「俺が食堂で軽食をもらって来るから安静にしてろ、変に動いて体調崩されたらかなわないからな」
「うん、わかった。オルコットさんは黒神さんと一緒に行ってあげて」
そう言ってシャルロットはゆっくりとまぶたを閉じた。安静の時間と一人で考える時間を与えてやらないとな。
「さてと、食堂に行くかセシリア」
「はい、ご一緒しましょう。珍しいこともあるものです」
部屋から出て鍵をかける、誰かに入られたら困るからな。セシリアが「参りましょう。」というと、するっと腕を取られた。流石イギリス人、日本人が不得手とする行為にも躊躇がないらしい。いきなり密着されると困るのだが。まぁ俺が気にしなければ良いだけか。
食堂につくと織斑や鈴の姿が見える、既に食事を取っているようだな。他にも本音や鷹月などクラスメイトがいる、本音の近くには簪がいるな。相変わらず仲が良い事だ。
「さてと、なに食べるかな……」
「わたくしは既に決まっていますので、先にあちらの席でまっていますわね」
「わかった」
セシリアと一旦別れて俺は食券機の前に移動する、ある程度何でも揃っているこの学園の料理は有り難いな。シャルロットには何を食べさせたら良いだろうか?おにぎりだけでは流石に持たないよな、ならば他のものを考えよう。
「Aセットを一つと、お持ち帰りでおにぎりって出来ますか?」
「出来るけどどうかしたのかい?」
「ちょっと同室の子が体調崩しちゃって、何か栄養価のあるもの食べさせたいなと」
「それならおにぎりとこれかな」
そう言って取り出したのはインスタントの味噌汁だった、これならば電気ケトルでお湯を沸かせば飲めるな。インスタント味噌汁は正直言ってあまり体に良くは無いがこの場合は仕方がない、あとは主食となるおにぎりをいくつか貰っておくとしよう。
「ありがとうございます、おにぎりの方は五つほどお願いできますか?」
「任せておいて、アンタが食器もどしにきたときには渡せるようにしておくから。はいAセット」
食堂のおばちゃんからAセットを貰い、セシリアの待つ席へと移動する。
「待たせた」
「いえ、大丈夫ですわ。いただきましょう」
そうして食事を取り始める、たまにはセシリアと食事をするのも悪くない。イギリス料理は独特なものが多いが味は良い、セシリアも最初定食を見たときは驚いていたが一口食べてみると、結構ハマってしまったらしい。今も焼き魚定食を食べているからな。
「ん……ちょと飲み物取って来るな」
自身のコップが空になっていることに気がついた俺は一度席を外し、ウオーターサーバーに向かう。途中ラウラが食堂のおばちゃんと話している姿が見えた。その後ろでは数名の生徒がラウラのことを見ていた。やはり数時間前の出来事がきっかけだろうか?そうとう怯えられているのか、謎の多い転校生だと思われているのだろう。
「あの……オハチください」
「オハチ?ああ箸のことかい、ほら持っていきな」
ラウラは箸が欲しかったのか日本の文化に触れようとしているのだな、関心関心。少し様子を見てみると、なれない箸で食べ物を取ってはいるものの、口に運ぶ前に落ちてしまう。日本の箸は海外の人からはとても難しいといわれている。ラウラも例外ではないだろう。セシリアは何度も日本食を食べているうちに慣れたらしい。
「むっ……」
苦戦しているが、何とかしてご飯を食べようとしている。だが食堂もあと十数分で閉まる、取り残されないようにしなければな。俺は彼女にスプーンを持っていく、使い慣れているものだったら大丈夫だろう。
「ラウラ、スプーンを使え」
「
そういって立ち上がり敬礼するラウラ、まだ癖は抜けていないか……流石軍人だな。遠目から見ている生徒達が何処かほっこりとした表情でこちらを見ているが、一体何なのだろうか?ラウラにスプーンを渡した後俺はセシリアの元に戻り、食事を再開する。やはりこの食堂の料理はおいしいものだな。
「戻ったぞシャルロット」
「あっ、おかえり千春さん」
少しは楽に慣れたのだろうか、彼女の表情は少し和らいでいるように見える。
「お腹すいてるだろう、おにぎりと味噌汁貰ってきたから食べな」
「うん、ありがとう。いただきます」
ニッコリと笑って俺から受け取るシャルロット。定食などにしてなれない箸を使わせるわけにも行かなかった。インスタントの味噌汁は沸かしたお湯を注ぎ入れ、スプーンでかき混ぜる。これで朝までは持つだろう。
「それでシャルロット、決まったか?」
「まだだよ……僕はまだ決められない」
流石に一日では決められないか、だがまだ時間はあるそれまでに決めてもらえればいいだけだ。急かすような真似はしないさ。
「そうか、時に思うのだがシャルロット。君は人に頼るって事を覚えた方が良い、そんなに遠慮したりしているのであれば損するだけだ。いきなりってのは難しいが、最初は誰か頼る人を見つけるんだ。俺でも良い教員の誰かでも良い信用できる人をつくるんだ。そうすれば悩みも話せるし、きっと助けになる」
彼女は誰にも頼らずここまで来た、家でも誰にも頼らなかった結果がこれなのだろう。頼らないことは自分を成長させるのに役立つが、一人では限界があるのが現実だ。人と協力することで自分の欠点が見つかる、それを改善することができればさらに成長へとつながることが出来るはずだ。
「千春さん……」
しばらく迷っていたようだが、何かを決心したのか口を再び開く。案外決心するのは早いのな、そんなに急かした覚えは無いのだが……
「僕は、ここに居たい。男としてではなく女としてこのIS学園に通いたい」
彼女はしっかりと俺の目を見ながらそう言葉を発した。彼女は性別を偽らず、本来の女性として生きていく道を決めた。
「ちゃんと言えたじゃないか」
シャルロットの頭を撫でる、やっと人に頼り答えを出すことが出来たんだな。これも成長だシャルロット、君は一つ殻を破り捨て成長できたんだ。さて彼女からの許可は出た、最後の仕上げはフランスで行うとしよう。
「食事が終わったらゴミはこの机の上に置いてくれ、俺は少しシャワーを浴びてくる」
「うん、わかったよ」
シャワールームに移動する、ここでシャルロットの裸を見てしまった。いやもう思い出すのはやめよう。思い出したらキリが無い。カゴに脱いだ服を入れ着替えを取り出す、バスタオルも問題ない。よし。問題なし!
千春さん僕の名前覚えていてくれたんだ、名前で呼ばれるのは恥ずかしいけど嬉しいな。あったのは一度だけなのに、記憶力がいいんだね。
僕はおにぎりをほお張りながら食べ進める。千春さんが持ってきてくれたんだ、感謝して全部食べないと。
「そう言えば僕の下着、カゴに入れっぱなしだ。取っておかないと」
そう思い僕は脱衣所に移動する、シャワーの音がしているから千春さんには気づかれないだろう。僕も千春さんに気がつかなかったし。
「あっ……」
かごの中で僕の下着と千春さんが脱いだ服が混ざってしまっている、もしかしてかごの中しっかりと確認していないのかな。この中から僕のを探す為に漁らないといけないのか……人として思うところはあるけれど、他の人に僕が女って事ばれない様にする為だし仕方ないよね。
「えっと……」
千春さんの服大きいな~と思いながらもカゴを漁っていく、まずは下のほうが見つかった。あとは上を探すだけだがなかなか見つからない。何処にあるんだろう?
そうしているうちにシャワーの音が止まった、だけど僕は下着探しに集中していて気がつかなかった。
「あった!」
僕がそういった瞬間、シャワールームの扉が開き千春さんが出てきた。腰にはタオルが巻かれている。
「……シャルロット?」
「これは違うんです、けっして千春さんの服を漁ってたわけじゃなくて―――」
僕は必死に言い訳を探す、僕は間違ったことはいっていないが千春さんからすれば間違いなく自分の服を漁られていると思われるだろう。現に僕の左手には彼が着込んでいたシャツや下着が掴まれている。そして右手に握られているものは自分がつけていた下着だけで―――下着?
「シャルロット、とりあえずそれをしまって一回出てくれないか?着替えられないからな?」
「はっはい!」
身に着けていた下着がばれてしまった、正直興h恥ずかしかった僕はいそいで脱衣場から出て行く。下着は別のところにしまうことにしよう。少し経つと千春さんが着替えて出てくる、僕と似たようなジャージだけど黒がベースのものに白いラインが入っているものだった。
「あの千春S―――」
「あれは俺の不注意だ、気にするな。それだけだ」
「わかりました」
僕を責めずにお互いの責任として割り切った、面倒ごとは避けたい感じなのかな?それとも僕に気を使ってる?少し顔が赤いしそうなのかもしれない、それにしても千春さんの身体凄かったな~鍛えられてたし僕とは全然違う。やっぱり男性との体のつくりは違うよね。当たり前だけど。
「そろそろ寝るとしよう、こんな時間だからな」
「わかりました」
僕達はお互いのベットに潜り入っていく、今日はいろんな意味で忘れられない日だったな~
「おやすみ、シャルロット」
「おやすみなさい、千春さん」
そう言葉を交わして、僕らは眠りに落ちていった。
日曜は番外編行きです。番外編は三日にわけて投稿します。
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妙な噂
今回はラウラについても少し触れていきたいと思います。また今のIS学園についても少しだけ触れます。
「それは本当ですの!?」
「う、ウソついてないでしょうね!?」
月曜の朝、教室に向かっていた俺は廊下にまで聞こえる声にしばたたかせた。
「なんだ?」
「さぁ?」
隣にいるのはルームメイトのシャルロット――今はシャルルである。
「本当だってば!この噂、学園中で持ちきりなのよ?月末の学年別トーナメントで優勝したら、織斑君かデュノア君か黒神さんと交際でき―――」
「俺たちが何だって?」
「「「きゃああっ!?」」」
クラスに入って普通に声をかけたつもりなんだが?そこまで取り乱すか、しかも悲鳴まで上げて。反応がゴキブリを見つけたレベルなんだが、鼓膜ナイナイになるから叫ぶのはなるべくやめてほしいだけど。
「それで何の話だ?俺達の名前が出ていたが……」
「うん?そうだっけ?」
「さあ?どうだったかしら?」
鳳とセシリアが笑いながら話を逸らそうとする。そこまで隠したいことなのか?
「じゃあ!あたし自分のクラスに戻るから!」
「そうですわね!わたくしも自分の席につきませんと。」
二人に続いて他のところで集まっていた女子達の集まりも散っていく、自分のクラス・席に戻っていく。
「また面倒なことが起きそうだ。」
「…………?」
「今日も頑張ろうな。」
デュノアの頭を撫でて自分の席に座る。彼女は「もうっ」と言って自分の席に座った。ちなみにシャルロットは俺の席の隣である。
「ふぅ……この距離だけはどうにもならないな」
学園内に男子が使えるトイレが三ヶ所しかないという現状、授業終了のチャイムと同時に中距離走が始まる。もちろん帰りも走らなければ授業に間に合わない。織斑が先日『廊下を走るな!』とお叱りを受けている。まぁあれは運が悪かったと言うしかない。
だがこれが1番辛いのはシャルロットだろう。女子なのに男としてこの学園に入っている、それで男子トイレまで連れて行くのにも苦労する。特にお互いにトイレに行きたいときは―――なんともいえない雰囲気になりながら帰ってくる。そのせいで俺とシャルルの薄い本が作られているらしい、シャルロットに聞かれたときにどう説明したらいいか悩んだからな。他にも「春と夏」とか「白いマカロン」とかあるらしい。どこに需要があるんだよ。
それにこんなこと考えている暇は無い、次の授業はISの格闘技能に関する基礎知識と応用だ。俺に利益がある話しに代わりは無いだろう。
「何故こんなところで教師など!」
「やれやれ……」
ふと曲がり角の先から声が聞こえてくる、そのほうへと注意を向ける。なにせ聞いたことの声なのである。一人はラウラ、もう一人は千冬で間違いないだろう。それにしてもここで何を話しているんだ?
「何度も言わせるな、私には私の役目がある。それだけだ。」
「このような極東の地で何の役目があると言うのですか!」
ラウラがここまで声を荒げていることは珍しい、話の内容はどうやら千冬の現在の仕事についての不満や思いの丈をラウラがぶつけているようだった。
「お願いです教官。我がドイツで再びご指導を。ここであなたの能力は半分も生かされません」
「ほう?」
「大体この学園の生徒など、教官が教えるにたる人間ではありません」
「何故そういえる?」
「意識が甘く、危機感に疎く、ISをファッションか何かだと勘違いしている。そのような程度の低いものたちに教官が時間を割るなど―――」
「―――そこまでにしろ、ボーデヴィッヒ」
「っ!?」
突然の声に驚きを隠せないラウラ、千冬の方は気がついていたようだな。だが顔が凄いことになってるぞ。俺は恐らくだが軽い覇気を出してしまっているのだろう、言葉を途切れたまま続きが出てこない。
「少し見ない間に偉くなったようだな?十五歳で選ばれた人間気取りとは恐れ入る。お前はこんな「極東」と言ったが、俺や千冬にとってこの極東は祖国だ。それがどういう意味なのか……わかるよな?」
「わ、私は―――」
その声が震えているのがわかる。俺や千冬から恐怖を感じているのだろう。圧倒的威圧の前に感じる恐怖と嫌われてしまうという恐怖。そのどちらも襲ってくるのだ、それは怖いだろうな。
「そこまでだ、授業が始まる。さっさと教室に戻れ」
千冬がせかす。ラウラは黙ったまま早足で去っていった。
「全く、いつから見ていた?」
「こんなところで教師など!からだな」
「抜け目の無いやつだ……お前も戻れ授業が始まる」
「わかってる」
「それと千春」
「なんだ?」
「ラウラを少し見てくれ、何かしでかしそうなんでな」
「了解」
ラウラが何かするかもしれないか、嫌な予感しかしないな。それにシャルロットのこともある、今月は厳しくなりそうだ。刹那、目の前に物が飛んでくる。鋭い先端上のもの恐らくコンパスだろう、だが簡単に避けることは出来る。コンパスが投げられたであろう方向を見ると、数人の女子生徒が立っていた。全員一年よりは上だろう、リボンの色が違う。
「まだこういうやつらいるんだな?」
これは授業に間に合わないだろうな……だが遊んでやる分にはちょうどいいのかもしれないな。
「男がIS学園にいるだけでも汚らわしいと言うのに、ましてやあのブリュン・ヒルデと仲良く相見えるとは……貴様は生かしておけない。」
「なんだ?千冬と軽い話をしていただけで嫉妬したのか?くだらないな……」
今も昔も嫉妬心によるいじめの問題は変わらないか……世の中そんなものなのかもしれないな。
「何だと!?」
「話したいなら話しかけに行けよ、そんな事が出来ない時点でお前は弱者だ。もういいか?俺は急がなくちゃならないんでな」
正直こんなガキ共と相手をしている暇は無い、さっさと引いて欲しいんだが?
「悪いけど、行かせる気はさらさら無いわ。私達のおもちゃになってもらうのだから」
ウゼェ……まぁいいや軽くもんでやるとするか。昔みたいに。
「さっさと来いよ、軽く――――――現実を教えてやる」
「授業を始める……黒神はどうした?」
「トイレに行くと言ってましたけど、帰ってきてません」
デュノアが手を上げてそう応える。全く何処で道草をくっているんだあいつは、仕方が無い探しに行くとするか。大方分かれたところで何かしているのだろう。
「山田先生、少しの間代わりを頼みます」
「わかりました」
副担任の山田先生に授業を預け、私は千春を探しに教室を出た。私と彼が別れたのはあの木の付近だったはずだ、そこで何かしらのトラブルに巻き込まれていないといいのだが……この学園には未だに男性を受け入れない生徒がいる、そいつらに見つかっている可能性が高いかもしれない。だが千春ならば軽く無視して教室に来るはずだ、となれば気分が変わったか他に何か問題が起きたかのどちらかだ。
織斑先生が教室を抜け出した後、教室でもある生徒が抜け出そうとしていた。
「―――であるからしてISはこのような機能が生まれます、これを利用することで様々な戦略を練ることも可能です」
山田先生が授業を進めている中、眼帯をした銀髪の生徒が立ち上がる。
「どうかしましたかボーデヴィッヒさん?」
しかしラウラは山田先生の言葉に反応せず、教室の窓を開き足をかける。そしてそのまま飛び降りていった。
「ボーデヴィッヒさん!?」
あまりにも突然なことに、山田先生を含めた生徒の皆が驚く。ここは校内の三階であり、ある程度の高さがある。一般人はそうそう飛び降りようとは思わないだろう。だがラウラは軍人。この程度の高さなど、どうと言うことは無かった。
(わたしの考えが正しければ教官、副長官と別れたあの場の付近で何かが起きている。副教官にはまだ教えていただきたい事が沢山ある、まだ逃がしたくは無い)
少女は走りながら目的地へ到着する。しかしそこには千春の姿は無かった。
「なにをしているボーデヴィッヒ、お前は教室にいたはずだが?」
丁度同じ時刻、千冬も同じように目的地へとついていた。
「教官!副教官はどこに!?」
「わからん、だがそう遠くには行っていないはずだ。周囲を捜索、発見し次第報告せよ」
「
ラウラは敬礼し周囲の捜索に向かう、千冬は反対方向に捜索を開始する。
「避けているばかりで、攻めてこないのね?ビビッてるのかしら?」
何を言ってるんだこいつは、俺はやる気になれば簡単に殺せる。お前達と遊んでやってるだけだ。ISが無ければお前たちは男と同類だ、その事実がわからず高圧的な態度を取っているだけに過ぎない。昔からごみの掃除は得意だったんだ、それは今でも変わらないけどな。
「はぁ……もういいか?今度はこっちから行くが?」
さて彼女達が手に持っているものを確認しよう。コンパスにカッター、果物ナイフなど手軽に手に入るものばかりだ。果物ナイフがこの中だと危険か、それだけは奪っておくとしよう。
「来るわよ!」
彼女達が構える、だが遅い。瞬時に手を掴み関節を外す、痛みで悲鳴を上げるが俺にはどうでも良い。こいつが持っているナイフを奪って首元に当ててしまえばこいつは無様に怖気づく、絶望している表情を浮かべるだろうがどうでもいい。彼女達の生活はここで終わるのだから。
「千春!」
「副教官!」
千冬とラウラが駆け寄ってくる、随分と早く見つかったものだな。それと同時に周囲にいた女子が逃げようとする、もちろん逃がす気はさらさら無い。ワイヤーを展開し一人残さず縛り付ける。誰一人逃がすわけが無いだろう?
「怪我は無いのか?」
「ない。こいつだけにはあるけどな」
「それならいい、こいつらの処理は私に任せろ。ラウラと共に教室にもどれ」
「わかった。ラウラ行くぞ」
「はい、副教官」
ラウラと共に教室に戻っていく、千冬にこの場は任せて大丈夫だろう。名の知れた教師だからな。
ラウラと千春が去ったのを確認した後、私は生徒達に処分を言い渡す。全くまさかここまで行動してくるとは思わなかったが、一夏と千春の影響がそれだけ大きいと言うことか。
「貴様らの処分は既に決まっている、安心して地獄に落ちろ」
わたしの大切なものを傷つけようとするやつは許さん、それが例えこの学園の生徒だったとしてもな。
「私達は!」
「黙れ、何を言っても無駄だ。貴様らが仕出かしたことは上に報告させてもらう、こんなくだらないことで未来をつぶしてしまうなど……哀れだな」
この後教室へと戻った千春とラウラが怒られたのは言うまでも無かった。
社会観はそんなに簡単には変わらないですね。
躾のコツはもっとも屈辱的なことをすること。
これを含んだ残り4話で一旦更新を停止するかもしれません。理由としましては、私自身のリアルが忙しくなり始めたことが原因です。それともうひとつ、私自身のボキャブラリーが少なく戦闘描写が乏しいため、そこに時間がかかるということです。
力がないということを自覚しているので、このように報告させていただきました。
と言うことで、十月の更新は44話で一旦停止となります。
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ラウラ・ボーデヴィッヒ
時間は放課後、場所は第3アリーナ。今日も今日とて俺は
「簪、そこの装甲はこの部分に重なるように設置してくれ。あとこれは試作段階のIOSなんだが、これをコントロールシステムとして組み込んでおく」
「わかりました。」
「楯無さんはこの装甲を簪と「協力」してとりつけてください」
「わかったわ」
簪と楯無さんを合わせて三人での作業となっていた。これが意外と効率が良くて作業が捗る、質と量が安定しているといいなこれ。それはともかく俺は動力を繋げますか。そうして地べたに寝そべっていると突然、何かが超高速で放たれた音が響く。恐らくアリーナの中で誰かが模擬戦闘をしているのだろう、そう思いアリーナ内を見回す。そこには赤黒い機体・青色の機体そして黒色の機体が空を舞っていた、鳳とセシリアとラウラか。あの三人が絡んでいるとは珍しい、何かあったんだろう。そう思い再び打鉄弐式と対峙する、こいつには稼働データが必要だがその前に完成させなければ意味が無いな。楯無さんのIS稼動データを引用するのも悪くないかもしれないな。
突然爆音が響き渡る。驚き再び視線を向けるとそこには煙が舞い上がっている、その煙を切り裂くように影が飛び出してくる。
「あれは……セシリアと凰!?」
特殊なエネルギーで覆われたアリーナのシールドで隔離されたステージからこちらに爆風が及ぶことは無いが、同時にこちらからの声も聞こえない。
爆発の起きた中心部へと視線を向ける。そこには漆黒のIS『シュヴァルツェア・レーゲン』を装着しているラウラの姿だった。
セシリアと鳳のISはかなりのダメージを受けている、これ以上のダメージを受けてしまえば恐らく強制解除まで持ち込んでしまう。ラウラが何を思ってあんなことをしているのかは不明だが、元教え子の不始末は見逃す負けには行かない。簪と楯無さんに後を任せて、俺は急いでピットへと向かっていく。
「くらえっ!」
鈴のIS『
「無駄だ。このシュヴァルツェア・レーゲンの停止結界の前ではな」
衝撃砲は不可視の弾丸それがラウラに向かって放たれる、だがその攻撃はいくら待っても届くことは無い。停止結界というもので止められているのだろう。
「まさかこうも相性が悪いなんて……」
衝撃砲を無効化したラウラはすぐさま攻撃へと転じる。肩に搭載された刃が射出され、鈴に向かって飛翔する。どうやらワイヤーで接続されているみたいだな、複雑な軌道を描いて追撃射撃をくぐり抜けている。そして鈴のISの足を捕らえる。俺のIDと同じ使い道のある装備のようだな。
だがそんな事はどうでもいい、俺はラウラを止める為にステージへと飛び出した。
「終わりか?ならば―――私の番だ」
言うと同時に
「さてと、ボーデヴィッヒ?何故ここまで二人を追い詰めたのか理由を聞こうか?」
「ふっ……軽くお話しをしていただけです。喧嘩を振ってきたのは後ろの二名なので」
「なに言ってるの!私達の祖国のことを『数くらいしか能のない国』と『古いだけが取り柄の国』って侮辱したじゃない!」
「そうですわ!同じ欧州連合の代表候補生として恥ずかしい限りですわ!」
凰とセシリアが俺の後ろで吠えている。確かに祖国を侮辱するのはかなりタブーなことだ、特に目の前にその国出身のものがいたのなら尚更だ。
「なるほどな、どうやら躾が必要らしいな」
「副教官?」
黒神さんの雰囲気が一気に変わりましたわ、一体何が起きていますの?
「構えろラウラ・ボーデヴィッヒ。これから行うのは模擬戦ではない、実戦だ」
「なっ!?」
黒神さん貴方は一体何が起きているのですか?それにあなたから見える禍々しい気配は一体―――
「セシリア、ここは引くわよ!私達がいても邪魔になるだけ!」
「わ、わかりましたわ!」
私達は急いでピットへと戻ってISを解除する、ここまでボロボロになってしまっては月末の対抗戦に挑めるかどうかわかりませんわね。整備科の生徒達が駆け寄ってきてくれたことでなんとか立ち上がることが出来るほど、身体的ダメージを負っているとは思いませんでしたわ。
「二人を保健室に!あと織斑先生に連絡を入れて!」
私達は彼女たちに連れられて保健室へと移動する、黒神さんどうかご無事で。
「副教官!私は貴方と争うつもりは―――」
「黙れ。次回は無いといったはずだ」
副教官から感じるこの気配、間違いなくドイツ軍で指導を受けていたときに感じた殺意だ。私は貴方を怒らせるほどのことをしてしまったのですか、副教官!
瞬間彼の姿が消える。目の前から消えたと思った次の瞬間、私の腹部に衝撃が走る。ゆっくりとその先を見てみると、彼の拳が私の腹部にめり込んでいた。私が反応できないほどの超高速で彼は私のことを攻撃した、その事実だけがそこにあった。何メートルか吹き飛ばされるがなんとか体制を立て直す、彼の姿を再確認しようと視線を向ける。
「行動が遅い」
既にこちらに銃口を向けており何発かの弾丸が放たれていた、私はシュヴァルツェア・レーゲンに搭載されているシステム『
「そっちを気にしている場合か?敵は目の前に移動しているぞ?」
「くっ……副教官!」
私が気をとられている瞬間に加速してきたのだろう、私はなすすべなく彼の拳を顔面に受けて地面に直撃する。ISに搭載されている絶対防御が無ければ私の顔は悲惨なことになっていただろう、重い身体を持ち上げ標的である彼を見据えようとする。だが―――
「どうした?お前はこの程度の軍人なのか?」
既に彼の姿は視界内にいなく、私の頭の上に彼はいた。彼は私を覗き込むように見てくる。そして私の体に衝撃が走る、私の顔横には壁があり副教官がその壁に立っていた。違うこれは私が倒れているんだ、壁だと思っていたのは地面だ。私が追いつけないほどの速さで彼は攻撃を繰り返しているんだ。
「貴様はISの機能に頼りすぎている、だから慢心など起こすんだ。その機能はまだ未完成それを何度も使えばそれなりに欠点も見えてくる。さて?覚悟はいいか?」
私の腹部を踏みつけてそう問いただしてくる、なんとか抜け出そうと試みるも彼の足はビクともしなかった。それだけ強い力で私は踏みつけられていると言うことだ……
「完全に動けなくなったか、チェックメイトか?昔のお前ならこの程度簡単に抜け出せたはずだが?随分と腕が落ちたものだな」
「くっ……」
私のこめかみにライフルと思われる銃口が突きつけられる、あの時と同じだ。
「ボーデヴィッヒ?それでも軍人か?」
認めたくは無いがこれは現実であった。私が鈍っているということもある、そして彼自身が昔よりも強くなっていると言うこともある……私の完全敗北だ。
「降参します……」
その言葉をきいた副教官は、私から足をどかし纏っていたISを解除する。しかし彼の目は冷たいままであった、私を許す気はないとはっきりわかるほどだ。
「今回のことは千冬にも報告する、あとで呼び出されるかもしれないが……それくらいの覚悟があってこんな問題を引き起こしたのだろ?」
「………………」
「その前に、俺からのお仕置きだ」
そう言って私を抱きかかえたかと思えば、休憩室に連れて行かれた。ISを解除しろと言われたのでこれ以上怒られないためにもおとなしく指示に従った、そして個室へ連れられると私を掴みひざの上に乗せた。
「あの、副教官?」
「悪い子にはこれが一番だからな」
彼がそういった瞬間私のお尻を痛みが襲う、これも私は知っている。これはとても屈辱的なことであることを!そうこれは!
「お尻ペンペンだ!」
過去に一度教官が副教官にされているところを見たことがある、これを受けていた教官の姿はとてもではないが屈辱的なことを受けていると言う表情を浮かべていた。それを今私は受けてしまっている、同じ人物同じ境遇でだ。
バシバシと容赦の無い攻撃が私のお尻に降り注いでいく、私は今回の件を忘れることは無いだろう。ここまで屈辱的なことを受けたのは久しぶりだった。過去屈辱的だったことは戦術も何も知らない彼に射撃訓練で負けたことくらいだろう。何故負けたのか今でも分からない。
「赤く腫れてきたな、まだやめないがな」
私は副教官が許してくれるまでお尻を叩かれ、頬とお尻を真っ赤にすることしか出来なかった。
きっとドイツにいた時もこんなことされてたんだろうな
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トーナメントのペア・シャルロットの嫉妬
場所は保健室。時間は第3アリーナとラウラの件から一時間ほど経過していた。ベットの上では治療を受けて包帯を巻かれた凰とセシリアがむすっとした顔であらぬ方向へと視線を向けていた。
「怪我がたいしたこと無くてよかったな」
「こんなの怪我のうちに入ら―――いたたっ!」
「そもそもこうやって横になっていること自体無意味で―――つうっ!」
はぁ……全くこいつ等は、安静にと言う言葉を知らないのか?なんにしてもケガ人が二名、やれやれどうしたものかな。今回の件で間違いなくラウラは問題児扱いされるだろう、こうなってしまってはもはやどうしようもないのかもしれない。
「二人とも大丈夫か!?」
このことを聞いた織斑が保健室に駆け込んでくる、病室ではないが騒がれるのは迷惑だ。その後ろにはデュノアの姿も見える、彼女のその手には飲み物が握られていた。恐らく飲み物を買ってきてくれたのだろう、気が利くのはいい事だ俺も見習わないとな。
「これくらい大丈夫よ」
「問題ありませんわ」
全く、どうしてこいつ等はやせ我慢するんだ。どう見ても大丈夫ではない、見るからに満身創痍だろうが。
「ウーロン茶と紅茶買って来たよ、とりあえず飲んでね」
「ありがとうございますデュノアさん」
「一応貰っておくわ」
凰とセシリアは渡された飲み物を受け取り、ペットボトルの口をあけるなりごくごくと飲み干す。冷たいものを一気に飲むと身体に悪いんだが大丈夫か?
「落ち着いたら帰っても良いって言われてる、しばらく休んでおけ」
そう言って俺はイスに腰をかける。しばらくして、こちらに近づいてくる音が聞こえる。足音だなしかも複数人いや数十人だな、何があった?またラウラが問題でも引き起こしたか?
「なんの音だ?」
ドカーン!と保健室のドアが吹き飛ぶ。ドアは真っ直ぐに俺のほうに飛んでくる……ドア飛ばすなよ。いや簡単に外れるドアもやばいんだが。
「織斑君!」
「デュノア君!」
「黒神さん!」
数十名の女子生徒が雪崩れ込んでくる。ベットが5つもある広い部屋の保健室なのにも関わらず、室内はあっと言う間に人で埋め尽くされた。しかも織斑とシャルロットを見つけるなり一斉に取り囲む、そして一斉に手を伸ばしてきている軽いホラー状態だ。俺のほうは居ないから安心だな。
「なんなんだ!?」
「ど、どうしたのみんな。ちょっと落ち着いて」
「「「これ!」」」
状況が飲み込めない俺達にバン!と女子生徒一同が出してきたのは、学内の緊急告知文が書かれた申し込み書だった。彼女達から張り紙を一枚受け取り、上記に記載されている文章を読み上げる。
「なに?『今月開催する学年別トーナメントでは、より実戦的な模擬戦闘を行うため、二人組みでの参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする。締め切りは―――」
「そこまででいいですから!とにかく!」
再び伸びてくる手、なるほどな。
「私と組もう織斑君!」
「私と組んでデュノア君!」
「私と組んでくれませんか黒神さん!」
何故いきなり学年別トーナメントの仕様変更があったのかはわからないが、ともかく今手を差し伸べているのは全員一年の生徒だ。学園内で三人しかいない男子ととにかく組もうと、先手必勝とばかりに勇み迫ってきたのだろう。しかし俺は彼女達と組む気はない。
二人を見てみると困ったような表情でこちらを見る、まぁこの場を簡単に収める方法はあるが……シャルロットが心配だ。だが仕方が無い、こうなってしまった場合の助け舟を出してやるとするか。
「悪いけど織斑とデュノアは既にペアを組んでいる、だから二人の事は諦めてくれ」
しーんと静寂に包まれる。織斑とデュノアは「そんなこと決まってないけど!?」という顔でこちらを見てくる。これが1番楽なんだよ、男同士と言うことで納得されやすいからな。
「まぁそういうことなら……」
「男同士ってのも絵になるし……」
とりあえず納得してくれたようだ。女子達は仕方がないと口にしながら保健室を去っていこうとする。いや~これで一つ問題は取り除けたな~安心安心。
「あれ?黒神さんはどうするの?」
チッ。流石にわかるか。君のような勘の良いガキは嫌いだよ。
「じゃあ千春さんでも良いですから!」
「お願いします!」
180度からペア申し込み所を渡されるが俺は一つも受け取る気は無い。ペアと言うことを聞いた俺の中では誰と組むか、既に腹の中で決めていた。
「悪いけど、君達と組むつもりは無いよ」
どうしても組まないといけないやつがいるからな。簪もそうだが彼女は本音と組むと思っている、彼女達の動きを見て分かったが幾分かあわせやすい波長のようなものを感じた。俺が組むやつは昔から何処か抜けているが、勝負には真面目なやつだそいつと組めるのであれば俺は構わない。
「じゃあ誰と組むんですか!?」
「問題児だよ、軍人上がりの大馬鹿だけどな」
その言葉に女子達のから戸惑いと困惑の声が聞こえる。まぁ誰もラウラとは組まないと思っていたからな、丁度良いという事もある。それに色々と教育が必要だからな仕方が無い。
「なんでラウラと組むんだよ!あいつは鈴たちをこんなにまで痛めつけたんだぞ!」
織斑がそう咆え胸倉を掴んでくる、確かにあいつはここまでの事をした。しかしそれを放置するわけには行かないだろう。
「だからこそだ。あのまま一人で戦わせてしまえばお前達もこうなるかもしれない、だからこそ抑止力になる人が必要なんだよ。わかったか織斑、力だけあっても意味が無いんだ。それを制御できてこそ、成長と言えるのさ。人間としてもな」
「っ……そうかも知れないけど!」
「なんだ不満か?それならお前があいつと組むか?そうなればお前は足手まとい扱いだろうが」
そう言うと織斑は黙り食い下がる。全くそう黙るのであれば最初から黙っていれば良いんだ。そうすれば口論にならなくて済む、だから余計な口を挟むな。
一年生の女子達は保健室から去っていき、それから改めてペア探しが始まったようだった。
「はぁ……」
「一夏!私と組みなさいよ!」
「黒神さん、クラスメイトとして私と組みませんか!」
締め上げそうな勢いである。けが人は安静にしていろといったはずなのだがな。デュノアがこちらを睨みつけているが、悪いことでもしてしまっただろうか。だがあの方法だけが唯一の救いだったんだすまない。
「ダメですよ」
そう言って保健室に入ってきたのは山田先生。いきなり声をかけられてビックリしているのは織斑だけでなく、セシリアと凰も驚いていた。
「お二人のISの状態を確認しましたけど、ダメージレベルがCに届いています。当分は修理に専念しないと、後々重大な欠陥を生じさせますよ。ISを休ませる意味でも、トーナメント参加は許可できません」
ダメージレベルがCまで行っていたか、そこまで追い詰められていたとは思わなかったな。そこまでのレベルになってしまえばたとえ修理をしたとしても、期間内に間に合わないだろう。ISは戦闘経験を含む全ての経験を蓄積することで、より進化した形態へと自ら移行させる。その蓄積経験には損傷時の稼働も含まれ、ISのダメージがCに達した状態で起動させると、その不完全な状態での特殊エネルギーバイパスを構築してしまう為、それらは逆に平常時での稼働に悪影響を及ぼす事がある。
簡単に言えば、骨折しているときに無理をすると筋肉を傷める。というやつだ。
「しかしなんでラウラとバトルすることになったんだ?」
「それは……」
「まぁなんといいますか、プライドを傷つけられたからですわね」
実際には祖国を目の前で侮辱されている。それが許せずに戦ったが返り討ちにあってしまったと言うことだ。この結果は頭に血が上って冷静な判断が出来ずに突貫したことが原因だ、それに相手の特徴を理解すると言うことが大切だったのだ。セシリアが分析し凰が仕留める、この考えであればラウラと善戦できただろう。だが今回ばかりはラウラが一枚上手だったと言うことだ。
「まぁ何はともあれ、お前らの命が無事でよかったよ」
二人の頭を優しく撫でる。背後から何か恐ろしい気配を感じるが気のせいだろう。
「千春さん……」
「うん?」
夕食後、部屋に連れ立って戻るなり、シャルロットが口を開いた。心なしかその声は低く感じる。まだ怒っているのだろうか?
「なんで僕と織斑くんを組ませたんですか?あの状況なら僕と千春さんが組んでもよかったじゃないですか」
「あれか。ラウラのことが絡んでるからな、織斑やシャルロットと組むよりもラウラと組んだ方がいいと考えたんだ。確かにシャルロットを織斑と組ませることに不安はある、だけどそうするしか方法がなかったんだ。すまない」
「……そうですか」
「怒ってるのか?」
「怒ってません!だけど頭は撫でて欲しいです!」
あっだから俺がセシリアたちの頭撫でてるときに睨みつけていたのか。なるほど―――
「嫉妬か」
「違います!」
おっと口に出ていたか。怒って頬を膨らましているシャルロットも可愛いものだな。
「もう怒りました!トーナメントでぼこぼこにします」
「それは出来たらの話だな」
悪いが俺も今回は手加減なしで雪片を使わせてもらう、出し惜しみは無しだ。にやりとしながらそうシャルロットに伝えると、ぐぬぬと表情を歪める。
「じゃあ僕と寝てください。」
「それは同じベットで寝れば良いと言う事か?」
「そうです、一緒に寝てください」
うーんそれはいろいろと問題があるんだが、どうしたものか。これを拒否すれば彼女がむすっとするのは確定だろうしな……一つ賭けをするか。
「わかった、ただし条件がある」
「何ですか?」
「コイントスで決めよう、表か裏か選んでくれ」
コイントスほど簡単なことは無い。さあ表と裏どちらを選ぶかな?
「じゃあ裏で」
「よしわかった」
そういって俺は右ポケットから一枚のコインを取り出す。指で上空に弾き飛ばし、手の甲でしっかりと受け止める。
「裏だといいな?」
「僕は賭け事には強いですからね?」
ゆっくりと手をどかすとそこには表と書いてあるコインがあった。残念だがシャルロットの賭けは負けだ。
「残念表だったな。今回は俺に運が回ったらしい」
「そんな……わかりました。おとなしく寝ます」
そういってしゅんとした表情を浮かべて、彼女はベッドへと身をゆだねた。
ここだけの話俺はこの賭けに小細工をした。俺が先ほど弾いたコインは表しかないものだった、つまり最初から彼女に勝ちは無かったと言うことだ。逆に彼女が表と言っていた場合、俺は左ポケットに忍ばせている裏コインを取り出すだけだ。
悪いとは思っている、反省はしていない。
コインは「シェンムー」を元に書きました。
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打鉄弐式と更識姉妹
「今日は簪にこの機体を動かしてもらう、
翌日の放課後、一通り
「まだ君の要望である「マルチロック・システム」は搭載していないが、従来の「単一ロックオン・システム」を搭載している。これは仮に
「これが私のIS、私の専用機―――ありがとうございます!」
「まだ未完成だけどな。君と同期して
その為には機体を慣らさなければならない。そこで簪(ついでに本音)を呼んで模擬戦を行ってもらう、そこで稼働データと経験地を稼ぐ。そうすればなんとか
「本音はこの
「うん~問題ないよ~」
「よし。簪は
「わかりました」
そう言って簪はISに身体を預ける。『アクセス』という機械音と共にシステムの最適化が始まり、ISのデータや操縦者の状態を複数のスクリーンで表示する。簪自身がリクエストした装備に眼を通している、恐らくこれで問題は無いはずだ。
「よし……いける!」
彼女と最適化したISが立ち上がる。
「よし、ならこれから模擬戦だな。本音相手を頼んだ」
「まかせて~」
そう言って打鉄を展開する。さてどこまでこのISが力を発揮することが出来るのか楽しみだ。本音が先にピットに立ち、射出準備に入る。
「
そう言って彼女はステージへと飛び立っていった、なんかアニメとかの出撃シーンみたいだな。「ガ○ダム、アム○いきます!」とかだろ?まぁ簪はそんなこといわな―――
「
言うんだね~やぱり気分を高める為にも言ったほうがいいよね。それにしてもこうして二機が並んでいるのを見てみると、かなり外見が変わったな。まぁ開発段階から随分と変わった形になったなと思ってたけどな、実際に作ってみると偉い違いだ。
「さてと、二人とも聞こえるか?」
「聞こえます」
「聞こえてるよ~」
「よし、ではこれからISの模擬戦闘を行う。勝敗はSEがゼロになったらだ、では始め!」
そうして本音と簪の模擬戦闘が始まった。新造された打鉄弐式での活動だ、この稼働データは倉持技研に送信させてもらうがあくまでこの戦闘データだけだ。ここから調整して新たなシステムを取り入れる、神童さんには悪いと思うけれど少しデータを改変させてもらう。
「ふむ……戦闘スタイルはどちらも互角か、やっぱりあのシステムが未完成なことが大きかったか」
ミサイルを当てるのに苦戦しているようだ、やはり単一式ではダメかもしれない。やはりマルチロックか……
「完成したんですね、簪ちゃんの専用機」
扉から入ってきたのは生徒会長でもあり簪の姉でもある
「まだ試作ですよ。あとは彼女の実力次第です。そこからの稼働データにあわせて調整はさせていただきます」
「ありがとうございます。ところでデュノアさんの件についてはどうなっているのかしら?」
空気が変わる。俺はシャルロットのことを黙っていてもらうことの変わりに、この打鉄弐式を完成させた―――のはその前の約束。本当は裏で生徒会を支えることだ。生徒会が何かしらの緊急事態、諸事情により力を発揮することが出来なかった場合、俺が一時的な代替わりをすることになる。何故こんな形になったのかはわからないが、まぁ直属でないだけ良いだろう。
「今週の休日、フランスに乗り込みます。まずはデュノア社に入りアルベール・デュノアとその妻であるロゼンダ・デュノアに話を伺います。そこからはわかりませんが、デュノア社やシャルロットに何かしらの影響を及ぼす組織などがあれば―――徹底的に潰します」
「そこまでするのね」
「完全排除しなければ再び問題は生まれますから」
もし過去に潰したものが再発したのであれば、完全排除し恐怖を植えつける―――そんな必要など無いか。
「でも大丈夫?来週にはトーナメントがあるけれど?」
「それまでに間に合わせればいいだけだ。時間は厳守する」
「ふーん……まるで暗殺者みたいですね?」
「そうですね、本家の方がそういうのであればそうなんでしょう。対暗部用暗部「更識家」の当主
すると彼女は驚いた表情でこちらを見てくる。おっと刀奈の名は本命でしたけね?これは口が滑ってしまった~ついうっかりしてましたわ~
「どこまで知ってるの!まさか全て―――」
「そんな訳無いじゃないですか、全てを知っているのであればそれはもはやストーカーです。私は知りえる情報だけを話しているだけです。知っているからこそ貴女を頼ったのですから。おっと、いつの間にか終わっていたみたいですね」
ステージに視線を向けると、本音が地に墜ちてISを解除していた。その上空では打鉄弐式を身につけた簪が浮いていた。二人の下に駆け寄りスポーツドリンクを渡す。
「打鉄弐式はどうだった?」
「いい調子です、特に動きづらいとかそういったものも無いです。あえて言うのであればロックオン・システムですね、単一のものではどうしても時間が……マニュアルでの操作なので慣れが必要かと」
「なるほどな、それに慣れるか「マルチロックオン・システム」が完成するのが先になるか。その時間の問題か」
「ですね。―――お姉ちゃんいつの間に」
楯無さんに気がついた簪は彼女をにらみつける。全くこの二人は犬猿の仲か?
「本当に何故そこまで仲が悪いんだか。何か原因があるのか?」
そもそもの問題なぜここまで姉を毛嫌いしているのかがわからないのだ、まぁ大体は優秀な姉に対する自身のコンプレックスが原因だ。
「私が……簪ちゃんをこうさせてしまったの苦手意識を持たせてしまった、だけど何とかしてこの関係を改善しようとしたの。だけど今の私には何も出来なかった。だから私は打鉄弐式の稼働データに「ミステリアス・レイディ」の稼働データを流用してもらうことにしたの」
そうあの人のISとは、彼女のIS「ミステリアス・レイディ」である。俺はこのことを伏せて開発を進めていた。このことを話してしまえば彼女が傷ついてしまう可能性があると考えたからだ、もちろん簪の反応は無い。
「俺が黙っていたんだ、すまない」
「大丈夫ですよ、黒神さんはこの短期間でISを開発してくれたんです。そのことには感謝してます。だけどこのISにお姉ちゃんのISデータが流用されてると思うと……ちょっと複雑で」
「簪ちゃん……」
「お姉ちゃん、ISのデータを流用してくれたのは感謝してる。だけどこれは私のISだから、私の力で私にあったISを作って生きたい。お姉ちゃんがそうだったように」
にこやかにそう簪が伝えると、その言葉に驚きつつもすぐに笑顔を戻し楯無さんが妹に伝える。
「そう、ならそうしなさい。私を目指すよりもあなた自身で磨いた方がお姉ちゃんもいいと思ってるから」
うーん?これ俺いた方がいいのかな?本音もいつの間にか着替えてきてるし。うん俺はここにいなくてもいい気がするな!さっさと帰ろう!
「黒神さん!」
簪に止められる、まさか帰ろうとしていたのがバレてしまったのか?俺ってそこまでわかりやすいやつだったかな?
「ありがとうございました!」
「おう!トーナメントで会うの楽しみにしてるからな!」
俺はサササッとその場を去り、更衣室に入って着替える。今日も鉄の匂いと汗の臭いが充満している、帰ったらシャワー浴びるか。
「ありがとうございました黒神さん」
「っ!?」
声のするほうへと視線を向けると何故か楯無さんが立っていた。何故!?何故男子更衣室にこの人いるのか理解できない、もしかして変態なのかな?
「変態じゃない!」
さらっと心読まれた上に強く否定された、じゃあ更衣室入らないでくれますか?このこと妹さんに伝えますよ?そうしたらさっきの雰囲気が壊れることは間違いないですけど。
「それだけはやめて!」
「ならさっさと出て行け!」
流石に怒る。誰しも着替えを堂々と見られるのは嫌だろう、まぁこんなことするって事は恥じらいが無いんだろうけどな!
「変態会長、更識楯無か……神出鬼没だしストーカーとかの才能ありそうだな」
「誰が変態ですって~!?」
うわっ!呟いただけなのに、地獄耳かよ。まぁいいさっさと着替えて逃げるか。
俺は制服に着替えて更衣室から出る。目の前には血管が浮き出ている楯無さんの姿があった。うん可愛い顔が台無しだな。
「おや変態さん、まだいたんですね?」
「貴方っ!」
「おっと、暴力はいけませんな生徒会長?」
俺は暴力反対と書かれた扇子を広げる。楯無さんもこれには驚いている、なぜならこれは彼女のだからだ。
「私の……いつの間に!」
「懐がお留守のようだったのでね、これは返しますよ」
パタンと扇子を閉じて楯無さんに返す。この人面白いな、弄りがいがあるってものだ。彼女の意外な一面が見れたのは良かった。
「それでは俺はこの辺で、妹さんと仲良くしてくださいよ?これ以上ややこしい関係は篠ノ之姉妹でしか見たこと無いんですから」
「わかってるわよ!」
散々いじられて顔を真っ赤に染めた楯無さんを置いて俺はシャルロットが待つ自室に戻る。やっぱり面白いなあの人。
「ただいまシャルロット、今終わったよ」
「お帰りなさい千春さん」
「ちょっと先にシャワー頂くけど構わないかな?」
「大丈夫ですよ、僕も一緒に入るんで」
「わかった、じゃあ先に頂くよ…………ん?」
僕も一緒に入る?いや気のせいだろ、うんそうだ俺の聞き間違いだな。―――とりあえずロックかけるか。
その後泣きながらシャルロットがシャワールームの扉を叩いてきたのが異常に怖かったのは覚えている。怖い怖い。
一旦更新は止まります
何故千春が彼女の名前を知っているのか……何故でしょうね?
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取材
今日は新聞部の撮影と取材に応じている。前から取材させてくれと言われていたが、色々とあったためここまで伸びてしまった。
「すまないね
「いえいえ~大丈夫ですよ、こうして取材を受けてくれる時間も設けてくれた限りありがたいですよ」
個人的なわがままで引き伸ばしてしまったのにもかかわらず、彼女は笑顔でそう答えてくれた。こればかりは心の広い彼女に感謝する。
「それでは、取材のほうを始めて生きたいと思います。ここでの事は後日新聞となって学園中に配布されるので、何か嫌なこととか言いたくないこととかあれば「無し」とか「ノーコメント」でも大丈夫です」
「わかりました」
本格的だな、流石新聞部ということか。ここ以外でも部活動は基本本格的だからな、この学園の長所でもあるな。
「それではまず始めに、ご自身の名前と学年をお願いします。出来れば年齢と誕生日もお願いします」
「
「ありがとうございます。それでは私のほうからいくつか質問のほうを用意しています、またこの学園の生徒からもいくつか質問が来ているのでそちらにも応えていただきますが……大丈夫でしょうか?」
「基本的には大丈夫だと思いますよ」
「ありがとうございます、ではまず一つ目の質問です。一年一組でクラス代表を決める際に決闘を行いましたね、そこで千春さんは織斑一夏君を倒しあのイギリスの代表候補生であるセシリア・オルコットさんとも接戦を繰り広げました。結果的にはセシリアさんと同等でしたが、何故千春さんではなく一夏君がクラスの代表をしているのでしょうか?」
いきなりだな、まあこれに関しては誰もが思ったことだろう。一組の生徒はだいたい分かっているだろうが、あの中には上級生もいたからな。そこをしっかりと明確にしてほしいと言ったところだろうか。
「まず第一に私はクラスの代表を務める気は無かったんです、理由としましては私のような成人男性に代表をさせて本当に良いのか?学園生活を邪魔してしまわないか?と思ってしまったのです。結果的に言ってしまえばオルコットさんと同等ということで話し合いでの解決を求められましたが、私の方は早々に辞退していますので彼女に決まったと思っていたのです。しかし彼女は私の実力を過大評価していたらしく、彼女自身も代表を辞退してしまっていた状態でした」
「では結果的に残った一夏君がクラス代表を勤めることになった、と言うことでしょうか?」
「それもありますが、私のほうでは織斑一夏のスキルアップの為ですね。彼には織斑千冬という後ろ盾がありますが、それに頼ってばかりはいられないでしょう?頼らなくてもいいように彼自身の技能を磨くためと言う意味があります」
「なるほど。と言うことは彼が何か道を踏み外してしまったときはバックアップをするという形になるのでしょうか?」
「そうですね、実際かなり危ないときがあったりしましたからね」
あの無人機のときはマジで死ぬかと思った、あそこまで無謀だとこっちの身が持たないから正直控えてほしい。
「それでは次の質問です。前職では倉持技研に所属していたときにつらかったことなどありますか?また倉持技研で開発されていた
今度は倉持技研について触れてきたか、それに関連した人物名の名前を出してくるあたり色々と情報は持っているみたいだな。確かにつらいことは沢山あった、だがその後は平穏になったので大丈夫だろう。経営も安定してきていると聞いているからな。
「辛いことですか……沢山ありますけど、彼女の専用機と関連することのほうが記事にしやすいですよね?」
「そうですね」
「専用機の開発は主に操縦者からの要望に応える形で建造が行われています、装備も改良品から新規造型まで幅広く行っています。そこで彼女の開発グループでリーダーを任されていたのですが、そこの前任課長が本来使用するはずであった装甲素材を全て品質の悪いものへと変更していたのです。本来素材は私のほうが選びぬいたものを使用しているのですが、ソイツは深夜にラボへと入り込み物を交換していました。今はこのIS学園の整備科に運び込み、私と更識さんで組み上げているのが現状ですね」
「二人で組み上げているんですか!?大変じゃないですか?」
「そうでもないです。設計図は自分のほうで理解していますし、回路に関しても従来のものを改良して組み込んだ入りしているので。強いて言うのであれば新しいシステムの会い這うくらいですかね」
「なるほどなるほど~」
もともと打鉄を改良したもの、と言うことでの開発であったため意外と簡単なのだ。問題はあのクソハゲだけだ。
「では次の質問です。千春さんは織斑先生、篠ノ之束博士とは幼馴染だと言うことで有名です。そこで幼い頃の先生方のお話を一つお伺いしたいのですが」
これは大丈夫なのか?あとで千冬に問い詰められたりするんじゃないか?これは不味いな……俺も下手な話をするわけにもいかなくなったな。
「色々と限られるだろうから、二人との出会いを語ろうかな」
これなら問題は無いだろう、そこまでおかしくないだろうし。
「俺が千冬とであったのは小学一年の頃だった、当時の彼女は運動神経抜群と言う言葉が良く似合う子だったよ。俺よりも運動神経良かったからね、あと凄く頭が良かった。常にテストの点数は三桁だったよ。そこから一年たった時に束が転向してきたんだ。今とはそこまで変わらないが不思議な子って感じだった、表現の仕方とかが独特で聞いていて飽きないと思ったよ。ちなみにそのときの彼女も天才だったよ、千冬と変わらずテストは三桁だった」
「完璧な人間だったと言うことですね、何か失敗とかしたりするときはあったんですか?」
「まあ小学生で完璧人間なんているわけが無いからな、二人とも料理が出来なかったんだ。その時だけは彼女達が一般の小学生と変わらないと思ったよ」
「料理が出来なかったんですね~」
「それで俺が家に行ったりして料理を教えたりすることもあったけどね、小学四年生の時はお泊り会とかするくらい仲が良かったよ」
「千春さんたちは昔からプレイボーイだったと……」
違うそうじゃない、あくまで夏休みの宿題をしたりしていただけだ。そこまで発展したわけではない。仮に発展していたとしても恋仲にはなっていなかったと思うぞ。
「ではここからは代表候補生に関する質問や、千春さん自身のプライベートに触れて行きたいと思います」
今度はプライベートか……まぁ応えられないものには反応しないでおくとしよう、彼女もそれで良いといってくれたしな。
「では一つ目です。千春さんの好きな異性のタイプを教えてください」
いきなりぶっこんできたな!最初にこれが来るのか、好きなタイプか~あんまり意識したことは無いな。
「そうだな~基本的に俺が相手に合わせたりするから、特にこれって言うものは無いかな」
「相手のことを優先して対応とかしてくれるんですね~」
「まぁたまにこっちが勝手に動くときもあるから、波長が合えばいいかなって感じだよ。だから特にこだわりは無い」
「なるほど……では次ですね。千春さんはプライベートがなぞに包まれているので、皆さん興味津々ですよ。なので千春さんが休日に何をしているのか教えていただけますか?」
「休日は主に身体を鍛えているよ、今はちょっと別件があって出来ていないけど。基本的には整備室にいたり学園の敷地内を走っていたり、自室に居たりするよ。稀に剣道場とか二も居るから、見つけたりしたら気軽に話しかけてくれてもいいよ」
「整備室に居ると言うことはご自身のISを整備している感じですかね?」
「それもあるけど一番は更識さんの専用機かな、今度のトーナメントまでには完成させるつもりだから。急ピッチで仕上げてるよ」
間に合うかどうかは俺にかかっている、一刻も早く処理したいものだ。というか他にも問題があるからかなりハードなスケジュールを送っている状態だな、少しはゆったりした時間をすごしたいのが本音だ。
「それでは次の質問です。ずばり織斑先生との関係は?」
「幼馴染」
「それだけですか?」
「それだけ……まぁある程度言葉を交わさなくとも連携が取れたりする、だから心は許している関係かな」
「なるほど~」
実際かなりの頻度で俺の心を見透かしてくる、俺は千冬が何を考えているかわからないが彼女は俺が何をしようとしているのかすべてお見通しらしい。一方的なのは勘弁なので最近は千冬の観察をしたりしている。
「では次の質問―――
「以上で取材は終わりとなります、最後に見出しとして写真を一枚貰いたいのですがよろしいでしょうか?」
「ああ、問題は無いぞ。それより記事が完成したら一枚もらえるか?」
変なことが描かれていないかの確認の為に一枚は貰っておきたい、これを見て他の生徒たちが暴挙に出たりしないような内容であることを確認したい。
「勿論です、では写真行きますよ~3-5+2÷16×55は?」
「4.875」
「正解です。今回の取材をいけてくださってありがとうございました!」
「こちらこそ、今日はありがとうございました。記事のほう楽しみにさせていただきますね」
そうして今回の取材を終え、自身の部屋へと戻っていく。部屋にはシャルロットがIS学園の資料などを確認していたり、買い物に言った際に手に入れた俺の人形を持って遊んでいる。人形で遊ぶのが好きなんだな、他にも買ってきてあげたり作ってあげたほうがいいのかな?
「シャルロット、その人形好きなんだな?」
「ち、千春さん!?いつのまに……」
「ついさっき戻ってきたばかりだ、それよりその人形好きなのか?」
そう言うと彼女は顔を少し赤くした後にゆっくりとうなずいた、やっぱり女の子は人形とか好きなんだな。
「今度別のものとか作ってやろうか?」
「ううん、これだけで十分ですよ。」
「そうなのか?他にも種類があったほうが―――」
「これだけで大丈夫ですってば」
彼女がそういうのであればそれでいいだろう。こっそりシャルロットの人形でも作っておくかな。サプライズみたいな感じで隣に置いておこう。
「取材のほうはどうでした?」
「緊張はしないな、あとは記事が完成してからって感じだな。特に不味いことはしゃべっていないから大丈夫だと思うぞ」
何か不味いことを話していたりしたら、誰かがすっ飛んでくるな。まぁ大丈夫だろう。
「それじゃあご飯食べに行くとしようか」
「はい!」
その後、完成した新聞が食堂で配布された。いろいろと聞きたいことがあった彼女たちからしたら満足するレベルのものではないが、そこはかとなく満足は出来たらしい。まあ他に気になることがあれば直接聞いてほしいものだ。
「千春さんのことが詳しく書かれていますね。女性のタイプとか、プライベートのこととか」
「聞かれたからな、答えられることには答えるさ。それに秘密にしなくても問題は無いからな」
彼女も気になることが読めたので満足そうだ。ちなみに今回の取材では専用機持ちについて聞かれたり、生徒会に所属している噂などを聞かれたりした。とにかく噂とかについて話をしたりしたな、あと一番多かったのは恋愛に関する話が多かったな。問題が無いところだけしっかり応えたけど……まあ取材だしな。
「千春さんの経験人数はノーコメント、恋愛経験は無し。こういった質問もあるんですね」
「答えられない質問もあるだろう、デュノアもいつか取材されるんじゃないか?一応男性操縦者って項目だからな」
「……そうかもしれませんね。あっ僕についても触れてくれてる」
男性操縦者同士として何か感じることがあるかどうかという質問だった、特に問題は無かったと思うぞ。シャルロットのことも隠してあるからな。
「なんか複雑ですね、男同士だからって事もありますけど。興味ってところで「男性としての興味は無い」と描かれているので」
「男性として興味は無いだろ、俺には同性愛は無いからな」
「そうなんですね」
あると思われていたのか、織斑に特訓を設けているからか?そんな気はさらさら無いぞ?同性として興味が無いって事だからな、今のデュノアには複雑なんだろう。
「そんなに気にするなよ、デュノアのことはしっかり見ているからな」
俺は落ち込んでしまっている彼女の頭をやさしく撫でる、周りには何人か生徒が居るが気にせず彼女の頭を撫でる。
「わかってますよ、僕のことちゃんと見てくれているって。これに書かれていなくてもしっかりとわかってますよ」
「なら良かった、それじゃあ部屋に戻って寝るとするか。時間も時間だからな」
気がつけば食堂も閉まってしまう時間になってしまっていた。俺とシャルロットは食事を済ませて談笑していたので、すぐさま席を後にし自身の部屋へと戻った。
さて明日は木曜日だ、実習とかあるから早めに寝て体をしっかりと休めておかないといけないな。
「シャルロット、明日はアリーナでの実習がある。朝起きたらスーツを着込んでおいたほうが良いぞ」
こうすれば彼女は女であることが織斑にもバレ無くて済む、あいつは馬鹿だからこのくらいで簡単に納得できるからな。俺も明日の準備としてスーツを袋に入れてある。今はこれが一番動きやすいんだ、束がISスーツを開発してくれているのでそれが出来次第着替えていく予定だ。
「別に更衣室で着替えても問題は―――」
「あるだろ、織斑に裸を見られるかの知れないぞ?」
「ならやめておきます」
「そうだろう、だからやめておけ。あれを再現するなんて地獄があっていいわけが無いんだからな」
あれは事故だったんだ、と心の中で俺は勝手にそう決め付けている。あの時彼女が一緒にシャワーを浴びると言い出したのも、勢いだけであって本当はそんな事したくないと言うことにしてある。そうしなければ俺の心とSAN値がごっそり削られていくからな。
「それじゃあおやすみ、シャルロット」
「おやすみなさい、千春さん」
彼女は俺の形をした人形をしっかりと抱きしめて眠りについた、やっぱり人形が大好きなんだな~
何処からが本当で何処からが嘘なんでしょうね
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デュノア社
金曜の午後11時、これから俺はフランスへと飛び立つ。目的はアルベール・デュノアとの接触とシャルロット・デュノアの命を狙う一派の排除。後者のほうは可能であれば完全排除する。一日であれば恐らく可能なはずだ。それで無理だったらラウラに謝罪することにしよう、間に合わなくて彼女を敗退させてしまえばお互いに影響が出てきてしまう。それだけは避けたいところだな。
「行くのか千春」
後ろから声をかけられる、そこには心配そうにこちらを見つめてくる千冬の姿があった。一人で海外に行くことについては慣れている、それに集団に囲まれるのも慣れているから問題はない。あとは怪我をしないかと物を盗まれないかの問題だけだ。
「あぁ一日最悪の場合トーナメントには間に合うようにする。それまではラウラとシャルロットのことを頼んだ」
「わかった、こちらに関しては任せろ。特に一夏には要注意しておく」
あいつは勘がいい時と悪いときがある。その二つを合計10で表すのであれば、悪いときが9.9良いときが0.1という感じだ。極端ではあるがあいつはそういう奴だ、嫌な時ほど頭が切れる。だからこそこういった時はとことん注意しなければならないのだ。
「頼んだぞ、千冬だけが頼りだからな」
「わかっている。さっさといって来い」
千冬との会話を終えて俺は学園から去って行く、最低限のお金と服装とナイフさえあれば―――ナイフは空港に通らないか。現地で回収することにしよう。
さらば日本っていってもすぐに帰ってくるんだけどな、しかし久しぶりにフランスに行くな。ISを広めようとしたとき以来の訪問だ、それなりに景観が変わってるだろう楽しみだな。前段階でアルベールには連絡を入れている問題は無いだろう、それにあっちの方で武器は要されているはずだされてなければ造るからいい。
「しばらく眠るとするか」
そうしてフランスに到着するまで俺は深い眠りについた。
12時間後、飛行機はフランスへと着陸した。日本からフランスまでの飛行時間は約12時間、かなり長かったな。日本とフランスでは約7時間の時差があるつまり現在時刻は日本時間で土曜の午前11時、だがフランスでは土曜の午前4時とかなり早い朝になっている。これは間に合うかどうかわからなくなってきたな。日本時間で日曜の23時までには帰りたいところだ。
「久しぶりに来たなフランス、景色は変わってないところが多いが―――女尊男卑は浸透してしまってるか」
空港を見回すと男性が女性に振り回されているのが多数見受けられる、まだ日本はマシなレベルなんだろうな。それとも俺の見えないところではこう言った景色が広がっているのかもしれないな、そう考えると何処も彼処も同じか。
「さてと、ここからタクシーで……いや歩いていこう。変に絡まれてたりしたら面倒だからな」
タクシーなどを使って余計なお金を使いたくない、だからと言ってIDを起動して飛ぶと言うのもそれはそれで問題を起こしそうだ。幸いなことにデュノア社は空港から近いところにある、だからこうして歩いていける。大体三時間くらい歩けば良いだろう。走れば一時間半で行けるな、よし走っていこう。
「さてと、ここがデュノア社だな。相変わらず大きいビルだな、これが倒産するなんて考えられないけどな」
そうして本社に入ろうとする、当然の如くセキュリティーに止められ係員が走ってくる。俺はここに入るための身分証明書とか持っていないからな。
「何者だ!」
「アルベール・デュノアに会いに来た。彼に伝えろ「千春が来た」と」
一応名前を伝えてみる、これで分かってくれればいいのだが……これで分からなければアルベールに電話して入れてもらうとしよう。
「千春……まさか黒神千春か!?これは失礼しました!話は聞いています、此方へどうぞ!」
なんだ話は聞いていたのかそれはよかった、アルベールもちゃんと部下の教育はしているみたいだ。
「こちらが社長室です。それでは私はこの辺で」
案内係がそう言って後を去る、さてとやっとここまで来たな。俺は社長室の扉を開けて入っていく、そこにはデュノア社の社長でありシャルロットの父親であるアルベール・デュノアが座っていた。その隣ではアルベールの正妻でありシャルロットの義母であるロゼンダ・デュノアが座っていた。
「お久しぶりですね。何年以来でしょうか?それでは話のほうに―――」
「悪いけどちょっと静かにしていてくれないか?」
そう言ってアルベールを黙らせる、彼はビックリした表情を浮かべるものの素直に従ってくれた。まずは盗撮・盗聴されていないかの確認だ、敵組織に聞かれていては困るからな。社長のデスクから観葉植物まで隈なく探す、大体手がつけられないところとかに仕掛けられていることは確定だろう。まぁ大体はこんな観葉植物だな。根元の方をよく見てみると小さな黒い箱が埋められていた、これで間違いないな。後はこいつの電波がどこに飛んでいるか、それさえわかれば完結に処理することが出来る。まぁわからないんだけどな。それを握りつぶして破壊する、とりあえず今はこれだけしかないみたいだな。
「もういいぞ、盗聴器を壊したからな」
「盗聴器が仕掛けられていたのですか!?一体いつ仕掛けられたのかわかりませんが、とにかくこれで気兼ねなく話が出来ますな」
「あぁそれで?シャルロットの命を狙っているのは?どこの誰だ?数は何人いる?最低限の装備の用意はしてくれたか?」
そこが重要な点だ。とにかく今の俺には情報が必要だ、何も知らずにこのフランスへと来たのだ。ある程度情報提供してもらわなくては守りたいものも守れない。
「急がなくても大丈夫です情報は簡単に逃げませんから。まずシャルロットを狙った一派なのですが、メラルドと言う男性を中心としています。彼の周りには軍人上がりや、機械や化学に心得のある人物が部下として彼を慕っています。彼は過去に違法薬物を使用していたので、解雇しました。恐らくそのことを逆恨みしているのでしょう。そこで私の娘であるシャルロットを狙い殺そうとしたのでしょう」
「なるほど?逆恨みね~くだらないし幼稚すぎるな。違法薬物を使用したのは自分の自業自得だろうに。だがまあいい。それモノは用意してあるか?」
「こちらに」
そう言って彼が取り出したのはアタッシュケース。ゆっくりとロックを外してあける、そこにはフランス製のナイフやフランス製のMAS Mle.1950と恐らく彼らがいるであろう場所を示した地図が入っていた。
MAS Mle.1950はフランスのサン=テティエンヌ造兵廠で設計された自動拳銃だ、1950年に開発されてフランス陸軍の制式拳銃となっていたMAS 35を元にしている。同銃は7.65×20mm弾を使用していたのに対し、本銃では、ワルサーP38などと同じ9x19mmパラベラム弾の規格にあわせてスケールアップしている。またグリップの滑り止め横溝など、デザイン上でもワルサーP38との類似点が指摘されている。
1980年代に入ると新制式拳銃としてPAMAS G1(ベレッタM92G)が選定され、本銃はこちらに更新されて運用を終了することとなった。口径9MM、弾は9x19mmパラベラム弾を使用する。装弾数は9+1発と少ない、作動方式はシングルアクション・ショートリコイルが採用されている。
この銃は
「良い銃だ、よく手配してくれた。後のことは任せろすぐにケリをつけてやる」
相手の人数、場所はしっかりと頭の中に入れた。あとは相手の武力がどの程度かだ、軍人上がりが居るということは機関銃があってもおかしくない。それをしっかりと扱えるかどうかは別の問題だけどな。
「お願いします。どうかシャルロットをお護りください」
俺は暗殺者でもないただの一般人、だがそれなりにやることはする。例えそれが悪事だろうと。俺はアタッシュケースを受け取り社長室の扉に手をかける。
「あぁそうだ。戻ってきたら、色々と話したい事があるんで。それなりの準備はしておいてくださいね?」
そう言って社長室を後にして会社から立ち去る。さてとお仕事開始だな。
誓って殺しはしていません
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排除開始終了
やつらがいるのはここから五キロ先の廃墟ビル、ここを活動拠点としているみたいだな。俺なら一時間掛からずにたどり着けるだろう。そいつらに目的を聞き出し理由がくだらなければ排除する、情けをかけるつもりはもとから無い。
「ここか。随分と立派な廃墟ビルだな、廃墟とか言う割には電気と水道が通っているみたいだな」
そこまで来たら廃墟じゃないだろ。ただの小汚いビルじゃないか、これは何人いるかわからなくなってきたな下手したら数十人は要るかもしれない。さらに言ってしまえば相手はてだれだらけであり質も良い、数でも押し切られそうだな。となれば俺が潜入・殺しをするにはステルスしかないな。事前に準備しておいて良かった。
俺が持ってきたのは都市迷彩とブラックパターン、それと生体センサー、動体探知機だ。前二つは室内で見つからないために使用する、ブラックパターンは迷彩服でもなんでもないけどな。後ろ二つは相手の位置を探るために使用する、全員CQCで叩く伏せた後ナイフで喉を裂く。あとは死体を隠してしまえばいい、燃やせば簡単に終わるけどな。
「これより任務を遂行する」
俺は監視カメラに気をつけながら建物に侵入した。
「おい、まだあのガキの行方はわからないのか?」
「すみません、何度も周囲を捜索しているのですが影すら掴めなく―――」
「俺は言い訳を聞きたいんじゃないんだよ!」
堂々と椅子に腰をかけていた細身の男性が、大柄でガタイの良い男性を殴り飛ばす。かなり苛立っているのか何度も何度も男性を殴り続ける、男性の顔は既に原型を留めていないほど腫れてしまっている。
「チッ……もたもたするなよ?」
「わかりました」
数人の男性が殴られていた彼を支えながらその場を後にする、再び椅子に座り直した男は隣に配置されている机の上に置かれている酒を飲み干す。かなり苛立っているみたいだな、これは簡単に殺せる。だが他の連中は冷静だこれはなかなか厳しいな。
「全く、あのメラルドは如何してそこまで急ぐのかわからないな」
「デュノア社の娘を狙っている理由も教えてくれないからな、前に聞こうとした連中がたこ殴りにされていたからな」
「はぁ……本当変な人だな」
どうやらメラルドはそこまで信用されていないようだな、金で買われたやつらって事か。これならこちらの味方に出来るかもしれないな、問題はどうやって味方にするかだ。味方にしたからと言って必ずしも従うとは思わない、何処かのタイミングで裏切られるだろう。
まぁその前に信用できないやつは絞めさせてもらうとするか。
現在俺が居るのはエントランス、電気が通っているにも関わらす室内は大荒れしている。人の気配が全くしない、一階は安全かもしれないな。それでも探知機が設置されてたりしたから取り除いたんだけどな。
「さて、恐らくメラルドが居るのは最上階だろうな」
何故わかるのかと言うと、エントランス跡にこのビルの案内図が捨てられていた。これで内部構造は全て把握できる。エントランスでこれなら上の階層はかなり酷いだろうな、まぁ遮蔽物があったほうがありがたい。
まぁぶっちゃけ爆弾設置して建物ごと押しつぶした方が楽なんだけどな。殺しはするなって釘刺されてるからやらねえけど
さて何人気絶させただろうか?相手を引き付けては目の届かないところに隠す、これを何度も繰り返して最上階を目指す。時には相手の装備を奪って敵の情報を獲る、トランシーバーを奪えたことで相手の情報が筒抜けだ。これは助かるな。
それにしても本当に軍人上がりの部下が居るのか?そうとは思えないほど簡単に進行できている、まさか誘導されているのか?ならばこれを利用してやるか。まぁ残りは最上階しかないし生体センサーが反応しているのは一つしかないんだけどな。
「おい!誰か返事をしたらどうなんだ!?」
部屋の中で誰かが叫んでいる、おそらくメラルドだろうな。こう叫んでいるということは部下は全員気絶させたんだろうな。なんか簡単だったな~一時間も掛からなかったな。さてと終わりにするか。
ドアをおもいっきり蹴り飛ばす、驚いた表情であいつがこちらを見ている。まぁ急にドア吹き飛ばされたら誰だってびっくりするよな。
「やぁやぁ。君がメラルドであってるのかな?」
「そうだと言ったらどうする?」
そう言って彼はイスの下に手を伸ばす、そこに何があるかは知らないが行動は潰させてもらうとしよう。瞬時にナイフを投擲し彼の左手に突き刺す。彼は悲鳴を上げるがそんなことはどうでもいい、理由は吐いてもらわないと困る。
「俺が君に会いに来た理由は一つだ、どうしてシャルロット・デュノアの命を狙うのか。応えてくれるよね?」
「誰が貴様なんかに!」
ふーんこんな圧倒的不利な状況でまだ頑張るんだな?ならば徹底的にやらせてもらうとしよう。お懐からMAS Mle.1950を取り出し彼の右腕を撃ち抜く、彼は悲鳴を上げるが俺には雑音としか認識しない。
「吐け、そうすれば病院に連れて行ってやる」
「―――断る!」
彼の両足を撃ち抜いた。これで彼はここから一歩も動けないだろう。さっさと吐いてくれれば穏便に済むんだけどな?
「教えろといっている、今ならばまだ間に合うぞ?」
「分かった……教えてやる!だから殺さないでくれ!」
「最初からそうしていればいいんだ」
それからの話は簡単だった。シャルロットを狙ったのは単純な恨み、小学生でも考え付きそうなことだった。呆れた俺は彼に金輪際デュノア社に関するものすべてと、シャルロットデュノアには触れるなと忠告をし言質を取った上で警察を呼んだ。俺は警察がこの場に到着する前に去る、後ろでなにかほざいている馬鹿が居るが俺にはもうどうでもいいものだ。さあ事後報告をするとしよう。
「そういうわけで、あんたの娘はくだらない嫉妬心やらが積もって出来たんだよ」
「そうだったのですね……」
「とりあえずこの銃とナイフは俺が貰っていくぞ?いいな?」
「それくらいでしたらどうぞ」
まぁそんなことはどうでもいいんだがな。ここからが本題だ、このデュノア社について聞きたいことがたくさんあるからな。
「デュノア社の経営が落ちているみたいだな?やはり第三世代型の話か?」
どうしてして知っているのかという表情を二人が浮かべる、シャルロットから全て聞いたと伝えるとあの子は……と言葉を漏らした。
「千春さんもシャルロットから聞いているとは思いますが、うちでの第三世代型ISの開発は急務です。ですが圧倒的にものが不足している状態です。そのせいで予算がかなり削られています、この最後のトライアルで選ばれなければ間違いなく私の会社は潰れてしまうでしょう」
「だろうな。それで?今開発している第三世代型ISはどうなっている?」
「見たいのですか?」
「IS開発者としては興味があるからね。」
「案内しましょう」
そう言ってイスから立ち上がる。俺がここに来た理由は二つ、一つは先ほどまで行っていたシャルロットの命を狙うものの排除。二つ目はデュノア社の経営を復活させることだ。
「ここが開発室です」
デュノア社の開発室に入るのは初めてだが、妙に見慣れた景色が広がっていた。おそらく何処の企業でも開発部は同じなんだろうな。
「これがわが社の第三世代型IS「
色々と突っ込みたいことはあるがまあいいだろう、問題は性能だ。この機体がトライアルに選ばれなければ確実にこの会社は潰れてしまう、もちろんそんなことはさせないけどな。
「ほとんどリヴァイヴだな、パーツを流用しているのか」
「私たちのほうで新造することは難しかったので……」
「だがこれでは多様性が潰れてしまっているな……ん?このジェネレーターは強力なものがついているんだな。よし、悪いけど俺に時間をくれるか?」
「どうするつもりで?」
「こいつを元に再構築する。リヴァイヴの装甲をここに置いておいてくれ」
するとアルベールは急いで作業員を集め最高品質の装甲をかき集めさせた。さぁ開発と実験を始めよう。
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デュノア社の新型
まずこの機体のスペックを確認する。オルレアンの乙女であるジャンヌ・ダルクを元にしているためか、旗をモチーフとした近接装備が搭載されている。先端は槍のように鋭く造形されており槍として使用することが出来るだろう。
腰には生前のジャンヌ・ダルクが持っていたと使用したといわれている「フィエルボアの剣」が装備されている。これで近接装備が二つあるな。
次に中遠距離装備を確認するとしよう。この機体にはマントを模した装甲が搭載されている、そこに4×4のミサイルポッドが内蔵されている最大16発のミサイルを使用することが出来るが、世界のIS装備からするとかなり少ない部類だ。
あとは遠距離武装でライフルが搭載されているくらいだ。この機体のもとになっていたリヴァイヴでは多様性があったがこの機体には一切無い、拡張性皆無ということだ。出力上では俺の黒式を超えているものの、あくまでスペックの話であるためデータが無いことが問題だ。
「さて、日本のIS開発者の実力見せますかね!」
俺は機体を分解し再設計に乗り出した。
正直言ってリヴァイヴのカスタム機体でもそれなりに使用は可能であるが、それが第三世代型になるかといわれたらそうではないと言えよう。後継機であれば可能かもしれないがな。ということで俺が造るのはリヴァイヴの後継機だ、あの機体の特徴を引き継ぎながらもしっかりと第三世代型に対抗できる機体に仕上げなければならない。勿論簡単に出来るものではないが、それなりに形にする事は出来るだろう。
「装甲全てを剥ぎ取ってみると完全に骨組みはリヴァイヴだな、これは利用できるから問題なし。あとは装甲とジェネレーター出力の割合だな。リヴァイヴの三倍の出力があるのなら、全て機動力にまわしておいて装備の方に小型ジェネレーターを搭載すればいいか」
装備に別の物を搭載させれば機体の出力を下げなくて済む、あとはコストパフォーマンスの点だがそこは大丈夫だろう。なんせリヴァイヴは有り余っているからな。
私は彼の手を汚してしまった、彼が銃を握り締めて戻ってきた姿を見たとき。あの時のことを思い出してしまう。あれはシャルロットがまだ9歳だった頃初めて彼がこの場に来たときのこと。
「初めまして私は黒神千春と申します」
「君が客人か随分と若いな、いくつなんだい?」
「今年で17になります」
「フランスに一人出来たと聞いてはいたがまさかそこまで若いとはな、私の名はアルベール・デュノア。そして左に居るのが私の妻であるロゼンタ、右に居るのが愛人のドミニクだ。彼女にくっついている子は私の娘であるシャルロットだ。」
「よろしくお願いします。私が今回貴社を窺ったのはインフィニット・ストラトス通称「IS」の利便性を伝える為です」
彼はアイエスと呼ばれるものを伝える為に世界中を回っているらしい、日本人である彼がそこまでして伝えたいものは一体何なのか、私は興味がわいてきた。
「それで?ISとは一体何なのだ?」
「ISは宇宙空間での活動を想定し開発したマルチスーツです、今はまだ試作段階ですがいつの日か世界中で使用されるものになります」
彼が言うISは世界で開発されているロケットや宇宙服をはるかに越える代物であった、だが何処の企業もこの話を信じてはくれないようだった。それもそのはずただでさえ昨年地球に変わる惑星の発見がされたばかりであり、そこにたどり着くまでにさまざまな苦労があったのだ。それを簡単に超えてしまうモノの存在など誰も信じられるわけ無かった。それをうちの会社で開発設計をしないかという話だった。
「すまない。そんなものうちに言われても不可能だ、私の会社では何も出来ないからな」
「くっ……やはりそうですか」
目の前の少年は悔しそうに嘆く、私の会社では機械類の開発は何もしていないだからこそ彼の言葉は聞けないのだ。
「すまないな少年、他を当たってくれたまえ」
「悔しいですがそうします。それではデュノアさんありがとうござい―――」
そうして彼が頭を下げようとしたとき、部屋に覆面を被った人物たちがなだれ込んで来た。手にはナイフや銃が握られており私たちは閉じ込められてしまった、彼も何が起きているのか分からずに戸惑っている様子だった。勿論私たちもそうだった。私の隣には妻であるロゼンダと愛人であるドミニクが座っている、さらにその隣では私の娘であるシャルロットが飲んでいたジュースを零していた。
「何者だ!?」
「貴様らに危害を加えるつもりは無い、そこに居る小娘を渡すのであればな!」
侵入者の狙いは娘のシャルロットだった。だがこの子が狙われる理由が分からなかった、私は娘を別邸で生活させているためほとんど何をしているか知らない。彼らが何者か知らないが娘を渡すわけにはいかない、私は彼女たちを護るために必死に抵抗をした。だが私なんかでは相手にならず地面に叩き付けられてしまった、おのれの不甲斐なさを自覚しながらも私は地面に顔を押し付けるしかなかった。
「客人も居たのか、丁度いいお前も来い!」
彼らは客人である黒神と私の娘を連れ去っていった。数分した後警察が駆けつけてくれたが時既に遅く、彼らの足取りが何もつかめない状態であった。私たちに出来るのは彼と娘の無事を願うことしか出来なかった。
そこから5時間がたったとき、娘が発見され病院に運ばれたとの報告を受けた。私たち家族は急いで娘の待つ病室へと駆け込んだ、幸いなことにシャルロットは軽いスリ傷を負っていただけだった。私は娘が無事だったことに安心し涙を流していた。そこに一人の警察官が入ってくる、そこで伝えられたのは客人であった黒神が侵入者を全員刑務所送りにしていたことであった。しかし侵入者どもは一方的に彼が殴りかかってきたと証言していた、警察官は彼を犯罪者として処理をしようとしていたがシャルロットが彼のことを「ヒーロー」だとい言った。それを受けた私は彼がシャルロットを護る為に自らの手を汚したと思ってしまった。
その証拠に彼が持っていた日本製のお守りをシャルロットは持っていた。娘を逃がすために、万が一自分自身が戻らない人になってしまっても構わないように。
私は彼が無実であることを証明し彼を釈放してもらった、彼は自らその手を汚したことに後悔はないと語ってくれた。その瞬間私は罪悪感で押しつぶされた。彼は大丈夫だとにこやかに返してくれたが心に深い傷を負っていることには間違いないだろう。
「私は彼に何もしてあげられないままだな……彼は成長しここまでの力をつけているのに私は変わらないままここで見ていることしか出来ない」
私は無力だった。それはこれから先変わらないだろう。
「よし、ある程度は完成したな。あとは稼動データを作るだけだ、アルベール!IS操縦者を呼んでくれ!こいつの性能を試したい」
「それは構わないが、このISを満足に動かせるか分からないぞ?」
「それに関しては問題ない」
どこか彼は自信満々であった、目の前にある機体はどこかリヴァイヴに似ているようで似ていない機体だった。機体色はネイビーカラーであり、腕部や脚部などさまざまなところにハードポイントがつけられている。おそらくこれを利用して機体の汎用性を活かしているのだろう、またこの機体にはビーム系統の装備が一切成されていない。彼によれば「この機体のビーム兵器には別のジェネレーターを組み込む。」らしい、それではコスト面で高くついてしまうと思ったがそうでもないらしい。わが社で造っている小型のものが使用できるみたいだ。
「問題ない?どういうことだい?」
「俺がこのISに乗って稼動データをつくるからな、男性操縦者が開発・テストパイロットをした機体と成ればある程度お墨付きになるって事だ」
彼自身がこの機体を稼動させる、そう聞いたとき私は彼の意図が分かってきた。彼は娘だけではなくデュノア社までも救い出そうとしている、彼にこれ以上のことをさせたくは無い。だが私はその考えを口に出せず、会社に居るIS操縦者を呼び出すことにした。
殺してない殺してない、そうバレなければ犯罪ではない
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ミラージュ・デルタ
使えるかどうかは別
あれから3時間ほど経過した、この機体には一応黒式の稼動データを流用しているが悪用されないように百通りのロックをかけさせてもらった。試験的ではあったが相手さんは悔しがっていた、プロトタイプに負けるのは悔しいものなのか。しかし第三世代型の実力だとしてどこか感心している様子でもあったな、これはいけるかもしれないな。
まず俺が開発したこの機体の説明をしよう。機体名はミラージュ・デルタ。この機体はラファール・リヴァイヴの設計思想を元に開発したフランス製(作ったのは俺)第三世代型である。特殊装備に関しては一切出来上がっていないので全てリヴァイヴのものを流用している、アサルトカノンにショットガン、近接ブレード、重機関銃などが装備されている。もちろんシールドに関しても従来のものを使用している。この機体の長所はジェネレーターの出力から成される高機動である。運動性に関しても上がっている。機体は高性能であるが武装は従来のもので貧弱である、俺は日本に戻らなければならないので装備を開発することは不可能だ。だが設計図を渡すことは出来る、そこでデュノア社の作業員に取り組んでもらうことにした。
「装備の方はまだ案が出来ていないが、日本に帰った後にそちらに送信させてもらう」
俺はアルベールと共に再び社長室へと戻った、アルベールからは色々と感謝されたがこれは俺のわがままでしていることだ。彼が気にする必要は無い。
「ありがとう千春さん、貴方のおかげでデュノア社が救われるかもしれない。貴方が作ってくれた希望に感謝します」
「いいさ、俺のわがままを聞いてくれたんだ。そこまで言われることではない」
さてと、後は俺が話したかったことを話して帰るとしよう。
「それでアルベール、シャルロットの話なんだが」
「何でしょうか?」
「いや彼女、性に関して敏感というかなんと言うか……急にぐいぐい来たりするんだ」
「メールで窺ったことの話ですね?それで式はいつ挙げてくれるのですか?」
「いやそれはまだ―――そうじゃなくて、彼女にはそういったものの教育などはしていなかったのか?何というか距離感がおかしいんだ」
「そうですね、その手のことは一切していません」
「そうだったか。」
これは参った。正直シャルロットと二人っきりになると凄い来るんだが、それをなんとか改善したかった。だが現実はそこまで甘くなかった、こうなれば俺が教えるしかないのか?いや他にも最適な人物は居るはずだ、例えば山田先生とか千冬とか……千冬に関してはなんか嫌な予感がするけどな。
「それで式は―――」
「まだそこまでじゃないと言っているだろう!」
このあと俺は話を無理やり切り上げて急いで日本へと帰国した。航空機に乗る頃には既に日曜日の午前11時が過ぎようとしていた。航空機のフライト時間は12時間、俺がつく頃には日本は朝の6時になっているだろう。
「これは……かなりまずい状態だな」
何故そう言っているのか、答えは簡単だ現在は日曜日だが日本につけば六月の最終週になる。つまり学年別トーナメントが始まるということだ、それを間に合わなければ俺とラウラは不戦勝となり失格。勿論ラウラが納得するとは思えない、だからこそ余計まずい事態になっている。
「こうなったら千冬に連絡して―――いや駄目だ余計なことをさせるわけにはいかない」
俺は機内のシートに身を預けて日本につくのを待つしかなかった。
「ちなみに私も日本に行くんだけどね」
隣の席にはアルベールが居た。
六月も最終週に入り、IS学園は月曜から学年別トーナメント一色に変わる。その慌ただしさは予想よりも遥かに凄く、今こうして第一回戦が始まる直前まで、全生徒が雑務や会場の整理、来賓の誘導を行っていた。
それからやっと開放された生徒は急いで各アリーナの更衣室へと走っていく。ちなみに男子組にはこの広い更衣室を二人占めである、気前のいいことだ。反対側の更衣室では本来の倍の女子生徒を収容して、大変なことになっているだろう。千春の姿が無いのが気になったがまあいいだろう。
「それにしても凄いな……」
更衣室のモニターから観客席の様子を見る。そこには各国政府機関、研究所員、企業エージェント、その他諸々の顔ぶれが一堂に会していた。
「三年生にはスカウト、二年生には一年間の成果の確認、それぞれ人が来てるからね。一年生には関係ないと思うけど。それでもトーナメント上位に入れればチェックが入ると思うよ」
「それはご苦労なこった」
あまり興味は無かったので話もそこらで聞いていたのだが、シャルルに全て聞かれていたらしい。
「織斑君はボーデヴィッヒさんとの対戦が気になるみたいだね?」
「まあな、しかもペアが千春なんだそれは気になるだろう」
鈴とセシリアはやっぱりトーナメント参加の許可が下りなかった。今回は辞退せざる得ない状況になっていた。普通の生徒なら良かったものの、セシリア達は国家代表候補生でありその中でも選りすぐりの専用機持ちである。その二人がトーナメントで結果を出すどころか参加も出来ないというのは、二人の立場を悪くする要因になるだろう。
「自分の力を試せないっていうのは、正直辛いだろうな」
例の騒動を思い出し、俺は無意識のうちに左手を強く握り締めていた。
「感情的にならないでね。彼女はおそらく例外を除いて一年の中では現時点最強だと思うから」
「例外って言うのは?」
「千春さんだよ、おそらくだけどまだ全力を出していないと思う」
嘘だろ?あいつが一年の中で最強?そんな訳無い……と思いたいな。
「とりあえずこっちの準備は終わってるよ」
「俺も大丈夫だ」
お互いにISスーツへの着替えは済んでいる。俺はIS装着前の最終チェック、シャルルもスーツの確認をしていた。
「そろそろ対戦表が決まるはずだよ」
どういう理由なんだか知らないが、突然ペア対戦の変更が余儀なくされてから従来まで使用していたシステムが正しく起動しなかったらしい。本当なら前日に出来ているはずの対戦表も。今朝から生徒たちが手作りのくじを作っていた。
「一年の部、Aブロックで一回戦一組目なんて運がいいよな」
「どうして?」
「待ち時間に色々と考えなくていいだろ?こういうのは勢いが肝心だ、出たとこ勝負ってやつだ。思い切りのよさでいきたいだろ?」
「そうかもね、僕からしたら1番最初に手の内を明かすことになるから……ちょっと考えがマイナスになってたかもね」
なんともシャルルらしい考えだ。一見正反対の俺たちだからこそ、馬が合うのかもしれない。このペアを考えた千春はここまで考えていたのか?それでもシャルルが俺に合わせてくれていると思う。
ペアでの特訓を重ねて思ったのが、シャルルの性格の良さ優しさだ。俺の周りには居なかったタイプなのだ。多少天使に見えてしまっても仕方ないだろう。
「あっ!対戦相手決まったよ!」
モニターがトーナメント表に切り替わる。俺もそれまでの思考回路を停止して、そこに表示される文章を食い入るように見つめた。
「「―――え!?」」
出てきた文字を見て、俺とシャルルは同時に驚いた声を上げた。噂をすればなんとやらだろうか、一回戦のペアはボーデヴィッヒ・千春のペアだった。
織斑たちが使っているのとは反対の更衣室、人口過密のそこで一人だけ冷気を放っている一角があった。ラウラ・ボーデヴィッヒである。彼女の放つ異様な気配に、すし詰めで生まれた熱も冷めてしまいそうだった。
(初戦の相手はあいつと邪魔をしてきた金髪か、だが私たちに勝てるものなど居ないだろう。それにしても副教官殿は一体何をしているのだろうか?今朝から全く姿を見ない)
ラウラ達が待機している中、千春がしていたことは―――
「じゃあここで観戦させてもらうね」
「わかったから!俺一回戦目だから!急がないといけないから!」
アルベールに絡まれていた。
なんとかアルベールと分かれた千春は急いで更衣室へと向かっていく。手にはいつものスーツではなく着物が握られていた。
(畜生!時間のかかるもの持って来ちまった!気分が上がっていたとは言え……これは急がないと会場がブーイングで染まる、急いで着替えないと!)
なんとか更衣室にたどり着く、そこにはシャルロットと織斑がいた。だがそんな当たり前のことはどうでもいい、俺はいち早く着替えなくてはいけなかった。
「千春さん」
背後から声が聞こえる、声の正体はシャルロットだろう。俺は「なんだ?」といいながら着替えを続けた。
「一回戦目、勝たせてもらいますから」
「あぁ!俺らが勝たせてもらうからな!」
織斑も同じようなことを言う、こちらも手を抜かなくても済みそうだな。
「あぁ全力で来るがいい」
俺は着替えを終えてシャルロットたちと向かい合う。どこまで抵抗できるのか見ものだな。
「ところで何で着物なんだ?」
「それには触れるな!」
ミラージュ・デルタ
ジェネレーター出力 1,500kW
スラスター総推力 40,000k
本体重量 21.3t
全備重量 24.3t
アポジモーター数 10
開発組織 デュノア社(黒髪千春)
開発拠点 デュノア社
所属国家 フランス
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トーナメント
因縁のトーナメント
「副教官、いらしていたのですね」
「間に合わないかと思って、かなりあせり散らしたけどな」
俺はラウラと同じピットに立っている、そして反対側のピットでは織斑とデュノアが待機している状態だ。お互いにISの装備を確認し連携をどうするかの確認も行う、あっちは事前に練習などをして連携を取れている。しかしこちらは事前準備なしの状態だ。
「連携は……難しいか?」
「昔のようにとは行きません。副教官、ここは私にまかせていただけませんか?」
ラウラがそう言うのであればそうするが、連携はどうする?連携なしで相手を二つに分断する作戦で行くか?可能かは分からないがそれにかけて見るとしよう。
「じゃあラウラは織斑についてもらうか、俺がバックアップを担当するデュノアを追い詰める。その作戦でどうだ?」
「問題ありません、織斑一夏を排除し次第そちらの援護に回ります」
「俺から見て危険だと思ったら、お前の足にワイヤー引っ掛けて無理やり後ろに下げる」
「分かりました」
「逆に俺の身が危険だと思ったら、ラウラもそうしてくれ」
お互いにワイヤー搭載の機体に乗っている、お互いにそれの特性はしっかりと把握しているからこそできる荒業なのかもしれない。互いに確認が取れたところでアナウンスが入る、ピットに足をセットしアリーナへと出撃していく。もちろん反対側からはあいつらが出てきた。
「一回戦目で当たるとはな。手間が省けたということか」
「そりゃあ何よりだ。こっちも同じ気分だぜ」
「織斑君、冷静に行こうね?」
「ラウラ、さっきも言った通りお前は織斑をやれ。デュノアは俺が相手をする」
「了解」
試合開始の前にお互いのチームが発表される。
『これより第一試合。男性操縦者ペアvs師弟ペアを始める』
ペア名って決めてあったか?それともあっちが勝手に決めているのか?間違ってはいないからいいか。
『―――解説に織斑先生をお呼びしました。よろしくお願いします」
『よろしくお願いします』
『今回は先生の幼馴染である黒神さんと実の弟である織斑一夏君の直接対決であり、男性ペアと師弟ペアになりますね。織斑先生の評価はどうお考えでしょうか?』
『織斑のペアは男性同士ということもあり、連携の練習などを積み重ねている。反対に黒神のペアはここまでに何も打ち合わせなどはしていないだろう、しかしあいつらは昔もっとも連携が取れていたペアでもある。どちらが優れているかは連携とISの操縦技術で判断することができるだろう』
『なるほど、ありがとうございます』
俺とラウラがしっかりと連携が取れるかは別問題だぞ?連携が取れていたのは過去の話なのだ、今はどうなのかさっぱり分からない。それでもやるしかないのが現状なんだけどな。
『試合開始まであと五秒。四、三、二、一―――開始!』
「「叩きのめす」」
織斑とラウラの言葉はくしくも同じだった。試合開始と同時に織斑は
「おらぁぁ!」
「ふん……」
ラウラが右手を突き出す。AICか―――忠告はしたぞ?
「AIC?なんだそれ?」
「シュヴァルツェア・レーゲンの第三世代兵器よ。アクティブ・イナーシャル・キャンセラーの略。
「へー」
「ちなみに織斑さん、PICはご存知ですわよね?」
「知らん」
「基本でしょうが!基本!全てのISはこのパッシブ・イナーシャル・キャンセラーによって浮遊、加速、停止をしているの!」
「どこかで聞いたことがあると思ったらそれか」
「あんたねぇ……」
「とにかく対策を考えますわよ。正直わたくしも実物を見るのは初めてでしたが、あそこまで完成されているとは思いませんでしたわ」
色々とあったが結局確実な手段で
「くっ……」
しかし、その程度の戦略など読まれていたのだろう、俺の体は腕を始めに、胴や脚とAICに捕まえられる。何をしても動かない。見えない何かに捕まったように、身動き一つ取れなくなってしまった。
「開幕直後の先制攻撃か。単純だな」
「そりゃどうも。以心伝心で何よりだ」
「ならばわたしが次にどうするかもわかっているだろう」
分かりたくはないが想像はつく、ガキン!と大きなリボルバーの回転音が轟、白式のハイパーセンサーが警告を発する。
『敵ISの大型レールカノンの安全装置解除を確認、初弾装填――警告!ロックオンを確認――警告!』
慌てるな、一対一で訳ではないんだ。
「させないよ!」
シャルルが俺の頭上を飛び越えて現れる。同時に六一口径アサルトカノン《ガルム》による
「これは二対二なんだ、一人に集中していては駄目だぞ?デュノア」
千春はシャルルが手にしていた銃口を無理矢理俺の背中に向けていた。体に多段の衝撃が走るがAICで捕まっているため逃げることも出来ない。
「シャルル!?」
「ごめん!」
焦ったシャルルはその状況を良いように利用した千春によって腕を掴まれ地面へと急降下していく、俺はボーデヴィッヒからの砲弾を直で喰らってしまった。
「クソッ……」
「どうした?まさかこの程度なのか?」
「まだまだぁ!」
「邪魔をしないで千春さん!」
「断る。これはそういった類のものなんだからな。そもそも俺がデュノアとこうして一対一で戦っていること自体稀なことだ、そうでなければ俺は織斑を早々に退場させている」
正直不味い。このままじゃ僕達の負けは確定する、織斑君がやられた後間違いなく二人で僕のことを追い詰めてくる。二人を捌けるほどの力を僕は持っていない。それに千春さんの搭乗しているISの見た目が変わっている、第二次移行ではないと思うけど……装備を換装しているのかな?この日のために隠しておいたって事?それに今手に持っている武器だって違う、あの時は日本刀を模した装備だったのに彼が手にしているのは薙刀だ。
「まぁそこまで俺も鬼じゃない、一度だけチャンスをやるよ」
「チャンスですか?」
「あぁ。俺がワザと吹き飛ばされてやる、その瞬間にラウラを攻撃して織斑を救い出して見せろ。できなければ止めを刺してやる」
目が本気だ、この試合を本気で楽しんでいるということなんだろう。
「―――わかりました。」
今日の千春さんは何を考えているのかよくわからない。どうして僕にチャンスを与えてくれるのだろう?普通は勝ちたいと思うはずだ、それともそこまでのハンデをしても余裕であるといいたいのだろうか?
「それじゃあいくぜ?」
そう言って彼は僕に向かって薙刀を突いてくる、しかしそれは僕に当たることなく虚空を切り裂いた。その隙を見逃さず僕は彼に12ゲージの弾丸を浴びせた、約束通り彼はその衝撃で吹き飛び僕との間に大きな距離が生まれた。彼の腹部から若干赤いものが見えた気がするが気のせいだと思い込み、僕はボーデヴィッヒに近づき照準を合わせる。狙いは肩のカノン、あれがもう一度火を噴いたら彼は間違いなく交代せざる終えないだろう。
「そこっ!」
銃口から放たれた弾丸は肩のカノンに直撃しずらされ、彼に向けられた砲弾は空を切る。さらに畳み掛けるように弾丸を浴びせる、ラウラは急後退をして間合いを取った。
「逃がさないよ!」
僕は即座に銃身を正面に突き出した突撃体勢へと移り、左手にアサルトライフルを呼び出す。光の糸が虚空で集まり、一秒と掛からずに銃を取り出した。これは僕が得意としている「
「よし!俺も!」
織斑君もラウラへと追撃を開始する。好き勝手やらされた分返してやると言ったところなんだろう、だけど勿論そんな都合のいいことが起きるわけが無い。突然彼の背後から衝撃が伝わる。
「敵に背を向けるなんて馬鹿なことするとはね」
振り返るとそこにはアサルトライフルを持った千春さんの姿があった、手に持ているのは打鉄のものと酷似している。それの改良型なのかもしれない、彼ならそれくらいいともたやすくないだろう。
「あんたと戦ってる暇は無い!さっさと片付けさせてもらうぜ!」
「口で言うのは簡単だ」
俺は雪片を千春に向けて突撃する、相手もブレードを展開して身構えている。ガギンッ!と大きな音を立てぶつかり合って火花を散らす。なんとか相手の隙を窺って攻撃を入れようとしているが、全てにおいてこいつは隙が無い。多少無理やりにでも隙を作らせる為にスラスターの推力を上げる、加速度を増した斬撃は徐々にこいつを後方へと押していく。
「…………」
押されているのにも関わらず千春は黙ったまま俺を見据えている、不気味なやつだ。
「シャルル!」
「うん!」
左手を添えて真横にした《雪片弐型》で俺は千春の一撃を受け止める。その刹那、俺の背後で戦っていたシャルルが両脇から手を伸ばす。その手に握られていたのは面制圧力に特化した六二口径連装ショットガン《レイン・オブ・サタディ》二丁。この距離ならまず外さないだろう。千春の表情は変わらないままだがもう遅い、シャルルは引き金を引いた。
「副教官!」
突然目の前から千春が消える。ショットガンの連射はむなしく空を切った。何が起きたんだ?
「ナイスだラウラ」
声のした方へと振り向くとそこには千春とボーデヴィッヒの姿があった。よく見るとワイヤーブレードの1つが千春の脚へと伸びていて、アリーナの脇ほどまで引っ張られていたようだ。先の緊急回避はそのワイヤーによる牽引だったらしい。
「ラウラお前は引き続き織斑を相手しろ、俺はあの金髪だ」
「了解」
またも一対一の戦いになりそうだな。だが油断はしない相手の戦力は十分理解しているはずだ、油断せずしっかりと見極める必要があるんだ。
『シャルロット。俺と1つ賭けをしないか?』
突然千春さんからプライベート・チャンネルが開かれる、賭けといわれても何をするのかわからなかった僕は黙って話を聞く。
『内容は簡単だ。俺と勝負して負けたほうが相手の言うことを聞く、シャルロットには無理なこともあるだろうからそこまで重いものは言わない。だがシャルロットお前が勝ったら俺に何をしてもいい、どんな願いを言っても構わない。一緒に寝たいといえば寝るしシャワーを浴びたいといえば浴びる。制限無く俺に命令できる、魅力的な賭けだろ?』
確かに魅力的ではある。だけど僕が彼に勝てるかどうかはわからない、千春さんの言うことが本当なのであれば僕は彼とあんなことやそんなことをしたい放題ということに―――
『鼻血出てるぞ』
『考えてたらつい……その賭け乗ります!』
『ならかかって来い!』
プライベートチャットを切って僕は千春さんとの賭けの勝負を始めた。勝ったら何してもらおうかな?
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賭け
僕が勝ったら千春さんに……そのことをずっと考えながら僕は彼と戦いを続ける。好きにできるという魅力的な考えは僕の思考回路を鮮明にしてくれる、勝ったら「なんでも」出来るんだから勿論頑張るよね。
「……いきます」
「よし来い」
千春さんはアサルトライフルを手に身構えている、どうやら中距離から仕掛けるみたいだね。それならこっちもアサルトカノン《ガルム》を展開させてもらう、万が一距離が詰まったときは連装ショットガン《レイン・オブ・サタデイ》を展開しよう。そして近接戦闘が可能ならパイルバンカーを体にねじ込んでもいい。そう例え彼の体に衝撃が走ってしまったとしても問題は無いんだから。
シャルロットのIS装備はそこまで把握しているわけではない、だがほとんどがリヴァイヴと同じものだと考えている。ただあの機体は一部の基本装備が外されている、だからこそその分新たな装備が使用されている。戦闘を交わしながら相手の装備を見極めるのは当たり前だが、十以上の数であればさすがに俺でも対応できそうにない。そうなった場合は展開させる前に墜とせばいい、そうすれば賭けにも勝てる。というか今考えたら俺とんでもない賭けしてるよな!負けたら何されるかわからないのに。
お互いに銃口から火を噴く。銃弾は確実に相手を捕らえてはいるものの千春さんはスマートな機体、当てるのにはちょっと工夫が必要かもしれない。
「千春さん……やっぱり手加減してたんですね?」
「手加減?まさか~俺なりに訓練してたんだよ」
もう驚きはしない、彼がどれだけの技量を持っているのか僕が知らないことの方が多い。千春さんは近中遠なんでもいけるオールラウンダー、もしあの機体に遠隔操作のものがあったりしたら……考えたくもない。
「貴様程度では話にならん」
私は両手に内蔵されているプラズマ手刀を展開、さらにワイヤーブレードでの波状攻撃を行っていた。既にワイヤーの1つはあいつの右腕にかかっている。
「それはどうかな、凡人でも磨けば立派な操縦者になるんだからな!」
それは違うな。凡人は何をしても凡人なことに変わりない、特別な潜在能力を持っていた人物でなければ天才にはならない。それは副教官も同じだ。あの人は凡人でありながらも二人の天才に出会えた、だからこそ自身の力を最大限まで引き出すことが出来た。あの人は運命に恵まれている、そしてあの人に出会えた私たちも恵まれているのだろう。
「貴様の武器はそのブレードのみ。近接戦でなければダメージを与えられないからな」
こいつはなんとか近接戦闘を維持しようとしている、だがそれ以上離れれば大口径レールガンの的になる。さらにワイヤーブレードがこちらにはある、一度距離をとればそれを取り戻すのに時間を奪われるだろう。だが勿論私はそこまで甘くない、徹底的に相手を潰す戦いを続ける。
「うおおおおっ!」
意地でも食らいつくつもりか、もはやこいつに勝機は無いのにも関わらず無駄な努力をするものだな。
零距離での高速格闘戦。いつかは途切れてしまうであろう相手の集中力を削り取るように押し切る。
「そろそろ終わらせるか」
私はあいつを吹き飛ばしプラズマ手刀を解除し大型レールカノンの照準を合わせ終える。
「とどめだ」
レールカノンの砲口から瞬間的にあふれた炎を纏い、そしてそれを突き破りながら進む砲弾。しかもこれは対ISアーマー用特殊徹甲弾だ。当たり所が悪ければ相手は一発で退場する代物だ。それを今まさに撃ちだしている。
こいつは回避が間に合わないと悟ったのだろう、右手に握り締められたブレードで叩き斬ろうとしている。もちろんそんな事させるわけが無い、私はワイヤーを引っ張りあいつの右腕の動きを止めた。
そして弾丸が直撃―――しなかった。
「お待たせ!」
ガギンッ!と重い音を響かせてフランスの操縦者が盾でそれを防いだのだ。そして直ぐに私のワイヤーを切断、あいつの腕を引いてその場から離脱していった。
「シャルル、助かったぜ。ありがとよ」
「どういたしまして」
「千春は?」
「ちょっとお休み中」
そう言って地上に視線を向けるシャルルに従って俺もそちらをみる。アリーナの隅では機体から煙が出ており再起動中と表示されている、千春はどこか苦しそうに膝をついていた。
「なにがあったんだ?」
「ISに装備してあった電流が流れるグレネードを当てたんだ、そしたら急に機体各部から煙が上がって―――」
「まあいいやこれで人数有利なことには変わりないからな」
シャルルは何か言いたそうな表情を浮かべるものの、両手に持っていたアサルトライフルを捨てて新たな武装を呼び出す。ショットガンとマシンガンだな。
「千春さんがいつ復帰してくるかわからないよ!」
「それまでに俺たちのコンビネーションであいつを倒すぞ!」
どうしよう。確実に僕では彼に勝つことが出来ない、二人で攻め込めればなんとかなるかもしれないけどそれはあっちも同じだろう。無謀にも織斑君はボーデヴィッヒさんに突撃している、はやくあっちに援護しに行かないと。
「あいつが気になるのか?」
「無謀すぎて頭が痛くなってくるよ!」
僕と千春さんはお互いの刃をぶつけ合っていた、時には零距離からの射撃を行い距離をとる。これは
ちなみにこの戦法は『
なかなかいい戦法を取って来るな、正直俺が苦手な相手だ。ここまでしっかりと戦法があるとやりずらくて仕方が無い。
『お前が勝ったら俺にどんな命令をするんだ?』
ふと気になったので聞いてみる、たぶんデートとかお出かけなんだろうけど。
『いろいろです、たとえばデートとか~それからホテルに―――』
デートって……俺と付き合ってないだろうが。デートってまず付き合うところから始まるんじゃないのか?それともデートしてから付き合うのか?まあどちらにしろ俺よりもいい人に出会えると思うから、お付き合いまでは発展しないだろうな。
『デュノア。そこまでする必要はないと思うが?それに万が一ということもあるだろ、俺よりもやさしくてイケメンで貴女を大切にしてくれる人はいるはずだ。今急がなくても問題ない』
『えっ何で急に……』
『まぁ、デュノアが望み続けるのであれば……叶うのかもな!』
そうして俺は
大体わかってはいたが、まさかここまでだとは思わなかった。俺は彼女に応えられるほどの器を持ってはいない、それはこれからも変わらないだろう。そう思い悩んでいた時。
「千春さん、勝負は少しお預けさせてもらうね!」
そういって突然彼女がこちらに何かを投げてきた、筒状の物体……おそらくグレネードだろう。だがそんなものを黙って食らうほど俺は甘くない。刃でグレネードを破壊する。その瞬間俺の体に電撃が走る。もしかしてこれはフェイクなのか?そう思い彼女のほうを見ると手に別タイプのグレネードが握られていた。
「電撃グレネード……そんなものまであったのか」
俺の体に直接電撃が流れた為、地上に脚をつけてしまう。こういったエネルギー系は搭乗者の俺に直撃する、まぁ物理的なものも俺に来るんだけどな。これだけは回避するすべを考えておいた方がよかったな。
「千春さんの機体特性を利用しました、ごめんなさい……千春さんにもダメージが伝わるのはなんとなく分かっていたんですけど、一旦引かせるにはこの手しかなくって」
「くっ……さっさと助けにいってやれ。俺は少し休憩している、機体も少し不味いみたいだからな」
よく見ると機体の各部から煙が上がっている、回路系統に問題が起きたのかそれとも別の何かが起きているのか。よくわからないけど今は織斑くんを救わないと!
まいったな、身体のダメージもあるが機体の回路がやられてる。これは緊急で処理しないとな……それまで耐えてくれよラウラ。今更だが今回俺が使用しているのは束から送られてきたデータの中にあった名前の無い薙刀だ。そう簪が使っているのを見たら使いたくなってしまったと言うことだ、だって格好良かったんだ。色々と言われそうだが俺は気にしないことにしよう。それより今はラウラとVTシステムか。いやそれにしても遊びすぎたな!
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劣勢状態
それにしてもVTシステムの起動キーは一体なんだ?まるで配線の見えない時限式爆弾を弄っている気分だ。ドイツのやつらも、このシステムを埋め込んだと知らないんだろう……だが国内で行われているのであれば確実に犯人を潰す。教え子の機体にそんな駄作を組み込んだことは絶対許さん。
ということで束には既に確認を取ってもらっているし、なんならそこに向かってミサイルでもぶち込んでもらおうかと思っている。
「システム再構築、起動まであと三分―――」
何かわからないシステムが表示されるが全てデリートする、無駄なシステムを表示させたところで意味は無い。とりあえず彼女の様子でも見ておくとしようかな。
『千春、そんな装備と状態で大丈夫か?』
突然千冬からプライベート・チャンネルが送られてくる、そこまで心配しなくても身体には問題はないはずだ。多分だけどな。
『大丈夫だ問題ない』
『ならばいい、だがお前のIDは特殊なんだそれなりに安全を考慮しておけ』
『わかっている、これで通信を終わらせる』
そう言って俺は一方的にチャンネルを閉鎖する、千冬があとで何か言いそうだがそれはまとめて言ってもらうことにしよう。
「これで決めるっ!」
零落白夜を発動した俺は、勝負をつけるべくラウラへと直進する。
「触れれば一撃でシールドエネルギーを消し去るとは聞いているが、それならば当たらなければいいだけだ」
ボーデヴィッヒのAICによる拘束攻撃が連続で襲い掛かる、だがこの能力には特性がある。右手と左手をかざす事で発動する、だがこれだけでは回避することは出来ない。視線などをよく確認し俺は急停止・転身・急加速を用いてなんとかかわした。
「ちょろちょろと目障りだな」
立て続けの攻撃にワイヤーブレードも加わる、その攻撃は熾烈を極めて襲ってくる。だがこちらも一人で戦っているわけではない。
「織斑君!前方から二時の方向に突破!」
「わかった!」
射撃武器でボーデヴィッヒを牽制しつつも、俺へのサポートが抜かりがない。つくづくデュノアと組んでよかったと思う。もし敵だったらと考えるだけで恐ろしい。
「小癪な……」
ワイヤーブレードをくぐり抜け、俺はあいつの射程圏外へと収める。
「そんな事をしても無駄だ、貴様の攻撃は読めている!」
「普通に斬りかかればだろ?―――それなら!」
俺は切っ先を起こし、体の前へと持ってくる。斬撃が読まれているのなら突撃で攻める。読みやすさは変わりはしないが単純に腕の軌道は捉えにくいはずだ、線よりも点のほうが捕まえるには圧倒的に難しい。
「無駄なことを!」
身体全体の動きが凍りつく、あいつのAICの縄が俺の体を完全に固定した。
「腕にこだわる必要はない、ようはお前の動きを止められれば同じことだ」
「おいおい……忘れてるのか?俺たちは二人組みなんだぜ?」
その言葉を聞いたボーデヴィッヒは慌てて視線を動かす、だがもう遅い。零距離まで接近したデュノアが素早くショットガンの六連発を叩き込む。次の瞬間、ボーデヴィッヒの大口径レールガンは轟音と共に爆散した。
「くっ……!」
やっぱり、デュノアの言った通りだ。あいつのAICには致命的な弱点がある。それは『停止させる対象物に意識を集中させなければ効果を維持できない』ことだ。現に俺への拘束は解除されていた。
「織斑君!」
「わかってる!」
再度、雪片弐型を構えなおす。今度こそ避けきれまい!絶対必殺を確信した一撃を放った―――はずだった。
ギュゥゥゥゥン………
「こんなときにエネルギー切れかよ!?」
途中で受けたダメージが大きかったらしい。零落白夜のエネルギー刃は音とともに小さくしぼんでいき、そのまま消えてしまった。
「残念だったな」
ボーデヴィッヒの声が近い、視線を戻すと懐に飛び込んできているのが見えた。その両手にはプラズマの刃が展開されている。
「限界までSEを消耗してはもう戦えまい、後一撃でも入れてしまえば私の勝ちだ!」
彼女の言うとおりだ。俺はおそらく後一撃でも受ければSEの残量は0になり負けが決まるだろう。俺はとにかく彼女からの攻撃を避けるために雪片を利用して弾き返し続ける。
「やらせないよ!」
「それはこっちも同じだ」
援護に入ろうとしたシャルルにワイヤーブレードが発射される、これはラウラからではなく地上へと墜ちていた千春からの攻撃であった。あそこからここまで精確にシャルルを狙っている攻撃で、改めて相手の技量の高さを思い知ることになった。
「シャルル!」
「墜ちろ!」
被弾した彼に気を取られすぎていた、その瞬間を逃すまいと彼女の攻撃は俺の体を正確に捉える。強い熱源のような感覚、それに電撃のようなものが走り体が痺れる。それらはダメージを受けてしまったということであった。
ゆっくりと俺の体、そして白式からの力が消えて俺はゆっくりと墜ちていく。
「私の勝ちだな」
高らかに勝利宣言をする彼女に対して、超高速の影が突撃してくる。それは―――
「まだ終わってないよ!」
一瞬で超高速状態へと移ったシャルルだった。
「『
ラウラの表情には狼狽がみえる。事前のデータにはデュノアがこれを使えるとは書いていなかったのだろう。驚きもするだろ、俺も知らなかったんだからな。それに織斑でさえ知らなかったらしい。
彼女の器用さというものはただの特徴ではないようだ。これはもう技能の一つと言ってもいいだろう、とすればワンオフ・アビリティーと呼べるだけのものかもしれないな。
「しかし私の停止結界の前では無力だ!」
そういってラウラがいつものようにAIC発動体勢へと変わる。その瞬間に動きが止まったのはデュノアではなく、ラウラ自身だった。
「特訓の賜物か……」
いきなりあらぬ方向からの射撃を受けた彼女は視線を巡らせる。そして織斑と視線が交わる、そこにはデュノアが真下に捨てた残弾ありのアサルトライフルを構えている織斑の姿があった。
織斑とデュノアが訓練をしていたとき、射撃訓練を行っていたのは確認している。しかし装備の特性として仕様許可が下りなければその装備を他が扱うことが出来ない、だが織斑はそれをあつかうことが出来ている。ということはあれはあの時に使用していた銃と言うことだ、彼女だ立てた作戦は自身が突っ込んでいる間に織斑に射撃を行わせるという二段構えだったということだ。
いやこんなこと冷静に読み取っている場合じゃない、ラウラの援護に回らないと!
「これならAICは使えない!」
「この……死に損ないが!」
吼えるボーデヴィッヒだが、案の定冷静さは失っていなかった。元軍人それだけのメンタルを持っているということだろう。命中率の悪い俺の射撃は無視してシャルルに集中してAICの矛先を再び向ける。
「でも間合いに入ることは出来た」
「それがどうした。第二世代型の攻撃力では、このシュヴァルツェア・レーゲンを墜とせるものか!」
そう簡単な攻撃なら彼女を墜とすことはできないだろう、しかしシャルルの装備には第二世代型最強と謳われる装備が内蔵されている。そしてそれは、ずっと彼が装備していた盾の中に隠してあったのだから。
「この距離ならAICは張れないな!」
盾の装甲が弾け飛び、中からリボルバーと杭のようなものが融合した装備が露出する。六十九口径パイルバンカー《
「『
初めて彼女の表情に焦りが見えた。それだけは絶対に受けてはならないということを一番理解していたからだ。
「うおおおお!」
シャルルは左手の拳を強く握りしめ、叩き込むように突き出す。それは俺が行ったのと同じ、点の突撃。しかもさっきとは違い瞬間加速によって接近している。全身停止は間に合わない。ピンポイントでパイルバンカーを止めなければ直撃コースだ!
彼女はその目を集中して、一点に狙いを澄ました、が外したようだ。
一瞬、ほんの一瞬だがシャルルの顔が笑みを浮かべる。それはさながら死を宣告する死―――天使のようであった。
ズガンッ!と重い一撃が彼女の腹部に叩き込まれる。ISのSEが集中して絶対防御を発動して防ぐものの、その分のエネルギー残量をごっそりと奪われる。しかも相殺しきれなかった衝撃が深く体を貫いたのだろう。彼女の表情は苦悶に歪んでいた。
しかしこれで終わりではない、
しかし次の瞬間、何処からか放たれた紫の光りによりパイルバンカーが破壊された。
「まぁ流石にここまで無理させてしまったんだ、次は俺がやらないと駄目だよな」
何とか黒式を起動させた俺は瞬時にライフルを展開し、デュノアが次弾装填しているパイルバンカーを破壊する。流石にこれ以上ラウラに負荷をかけさせるわけにはいかないからな!俺はワイヤーを彼女へと発射し戦線を後退させる。
「大丈夫かラウラ、またせて悪かったな」
「副教官……私はまだ戦えます!」
「そうか、だがここからは俺の戦いだ。お前は休んでろ」
俺がへまをしたばかりにコイツをここまで追い詰めてしまったんだ、大人としてパートナーとしていろいろと責任を感じてしまうところがある。ならばその分は頑張らないといけないよな……
「さぁ第二ラウンド始めるか」
俺は再び薙刀を手に、デュノアと織斑に向かっていく。ここから先は俺の時間だ、何処まであいつらを追い詰められるか試すのも悪くない。
『副教官……私は!』
『大丈夫だ。お前が努力したのはしっかりと見ている、しっかりと理解している。だから安心して下がっておけ。例えお前のほうに銃弾が降り注いだとしても、俺が必ず護り抜いてみせるからよ!』
ラウラの過去に触れます
最近誤字脱字が酷いので、修正をちょこちょこしながら頑張っていきます。
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C-0037
こんな……こんなところでも貴方に頼らなければいけないか。私は確かに相手の力量と技量を見誤った。それは間違えようのないミスだ。しかしそれでも―――
(貴方にだけはこんな無様な姿を見せたくなかった)
ラウラ・ボーデヴィッヒ。それが私の名前。この名は識別上の記号ではない。この名がつけられる前、最初につけられた記号は―――遺伝子強化試験体C-0037。
人工合成された遺伝子から作られ、鉄の子宮から生まれた。暗い、暗い闇の中に私はいた。
私はただ戦いのためだけに作られ、生まれ、育てられ、鍛えられた。最初に知ったのはいかにして人体を攻撃するかという知識、分かっているのはどうすれば敵軍に打撃を与えられるかという戦略。
格闘を覚え、銃を習い、各種兵器の操縦法を体得した。私は軍の中でも優秀であった。性能面において、過去最高レベルを記録し続けた。それがある時、世界最強の兵器、ISが現れたことで世界は一変した。その適合向上の為に行われた処置『ヴォーダン・オージェ』によって変異が生まれてしまったのだ。
『ヴォーダン・オージェ』は疑似ハイパーセンサーとも呼ぶべきものだ。それは脳への視覚信号伝達の爆発的な速度向上と、超高速戦闘状況下における胴体反射の強化を目的とした、肉眼へのナノマシーン移植処理のことを指す。そしてその処置を施した目のことを『
危険性はまったくない、不具合も起きない。だがそれは理論上の話だった。この処置を受けた私の左目は金色へと変質し、常に稼動状態のままカットできない制御不能状態へと陥ってしまった。
そしてこの『事故』により私は部隊の中でもIS訓練において後れを取ることとなった。そしていつしかトップの座から転落した私を待っていたのは、部隊員からの嘲笑と侮蔑、そして『出来損ない』の烙印だった。
世界はISによって一変した。私は闇からより深い闇へと、止まることなく転げ落ちていった。
そんな私が、初めて光を目にした。それが教官と副教官……織斑千冬と黒神千春との出会いだった。
「お前こんなところで何してるんだ?」
「貴方は?」
「俺か?織斑千冬の付き添い、荷物持ちってやつだよ」
「何故こんなところに?」
「部隊員の資料を見ながら一人ひとり確認してたんだが、お前だけいなかったからな。探しに来たんだよ」
「……そうですか」
「ともあれ見つかったんだ、行こうぜ?えっと……なんて名前だっけ?」
「C-0037です」
「それ名前って言うのか?まさかほかの奴らもこんな感じなのか?」
「分かりません」
「そうか……じゃあ俺が名づけてやろうか?」
「結構です」
「じゃあこのまま連れて行くからな」
そう言って彼は私を持ち上げて皆が集まっている場所へと移動させられる、正直恥ずかしかった。
「千冬、この子か?成績が悪いって子は」
「あぁ、ここ最近の成績は振るわないようだが、何心配するな。一ヶ月で部隊内最強の地位へと戻れるだろう。なにせ、私たちが教えるのだからな」
「え?俺が何か教えれることはあるのか?」
「もちろんだ。お前は普通だと思っているのだろうが、ISに真正面から立ち向かえるのなんてお前くらいだぞ?」
「俺のことなんだと思ってるんだよ」
「異人」
その言葉に偽りはなかった。特別私だけに訓練を課したというわけではなかったが、あの人の教えを忠実に実行し彼と出来るまで繰り返した、そして私はIS専門へと変わった部隊の中で再び最強の座に君臨することが出来た。
今思い返して見れば、第二世代の試作機とはいえ刀一振りで立ち向かう彼の姿は異常だった。それまで私よりも優秀だった部隊員を次々となぎ倒していった、もちろん彼も無傷というわけではないが翌日には全快していた。もしかしたら私と同じなのかも知れないと思ったが、彼自身の口からは「しっかりとした人間だよ、俺もお前もな。」とのことだった。
その後私は彼から『ラウラ・ボーデヴィッヒ』という名前を貰った、どうしてその名なのか理由を聞いたが、彼は「なんとなくそんな感じの名前が良いと思った」と言った。
私はISの頂点に立っているあの人に憧れた。その強さに、その凛々しさに、その堂々とした様に。自らを信じる姿に、焦がれた。私もいつかこの人のようになりたいと。
そう思ってからの私は、教官たちが帰国するまでの半年間に時間を見つけては話をしにいった。いや話など出来なくてもよかった。ただそばで見ているだけで、その姿を見つめているだけでも、私の体の深い場所からふつふつと力が涌いてくるのが感じられるからだ。しかしそんな私に気がついた副教官はいつも私をあの人のもとへと手を引っ張ってくれた。
私の中で感じたものは『勇気』という感情に近いらしい、そんな力があったからだろうか。私はある日教官と二人きりで訊いてみた。
「どうしてそこまで強いのですか?どうすれば強くなれますか?」
その時だ。あの人が、鬼のような厳しさを持つ教官が、わずかに優しい笑みを浮かべた。私は、その表情に何故か心がちくりとしたのを覚えている。
「私には弟と幼馴染がいる」
「弟……幼馴染ですか?」
「あいつらを見ていると、分かるときがある。強さとはどういうものなのか、その先になにがあるのかをな」
「……よくわかりません」
「今はそれでいいさ、そうだな。いつか日本に来ることがあるのならあってみるといい。それに千春にも強さというものを訊いてみればいい、あいつのほうがよっぽど理解していると思うからな」
優しい笑み、どこか気恥ずかしそうだが信頼しているような表情だった。だがそれは私の憧れるあの人ではなかった。
あの人は強く、凛々しく、堂々としている。それがあの人だというのに。許せない、というわけではない。私は心のどこかで嫉妬していたのかもしれない。教官にそんな表情をさせてしまう存在に立っているあの人が、認めたくなかったのかもしれない。そこから少し経ったとき、私はあの人と話す機会があった。それはあの人たちがこの国を去るときだった。
「強さとはいったい何なのですか?」
「それを俺に聞くのか?」
「教官が貴方に訊けと。貴方はISを使用できなくとも強い、その強さの源とは何なのですか?」
私がそう訪ねると、彼は複雑そうな表情を浮かべた。
「強さか、それは俺にも分からないな。だけど―――」
「だけど?」
「誰かを護りたいとか、誰かの役に立ちたいとか。俺はそういった気持ちだからな……多分強さに答えはないんだと思うぞ?俺の強さの源は『心』だと思うが、ラウラお前の強さの源は別にあるんじゃないか?」
「心……ですか」
「まぁ俺は今そう思っているだけだ、お前もいつか答えが出るさ。強さとはどのようなものなのか、自身の強さの源はなんなのか。強さの根本は人それぞれだからな。」
私には彼の言葉が理解できなかった、だが力を求めすぎてはいけないと忠告を受けた。力に溺れたら戻るのは難しいとも言われた、きっと彼は知っているのだろう。力に溺れた人物をその結末を。
だが今の私は、この有様だ。こんなところで無様に立っている訳にはいかない、敵はまだ動いているのだ。動かなくなるまで、徹底的に壊さなければならない。その為には―――
(力が、欲しい。あの人に届くほどの、あの人と同じように!)
ドクン…………私の奥底で何かがうごめいた気がした。そして名のないものは言った。
『願うか?汝、自らの変革を望むか?より強い力を欲するか?』
言うまでもなかった。力があるのであれば、それを得られるのであれば。私など―――空っぽの私など、何から何までくれてやる!
だから力を……比類無き最強を、唯一無二の絶対の力を!私によこせ!
その瞬間、私の意識は何者かによって深い闇へと落ちていく。見えない無数の手のようなものに、闇へと引きずりこまれて行く。
(あぁ……これが力に溺れると言うことなのか……)
それは突然だった。俺が織斑とデュノアを追い詰めていたとき、黒式から突然危険信号が送られてくる。それは二人も同じだったようで戸惑いと驚きを合わせた表情を浮かべていた、そしてもう一つ。黒式にはとあるシステムが内蔵されていたことを再確認することが出来た。
「『
シュヴァルツェア・レーゲンから激しい電撃が放たれている、そしてISが変形していた。もちろん今までのISに変形というシステムはない、いや変形と言えるほど生易しいものではない。装甲をかたどっていた線はすべてドロドロに溶けていく。そしてそれはラウラを包み込むように形を形成していく。
「なんだよ……あれは……」
織斑が唖然とした表情で呟く。傍観している場合ではない!俺は急いで彼女の元へと走っていく。彼女が取り込まれる前にあれから開放することが出来れば、命は助かる。だが一度取り込まれた場合、あそこから救出するのは困難に近いだろう。
「クソッ……形成されるのが速い!」
先までシュヴァルツェア・レーゲンだったものはラウラの全身を包み込むと、心臓のように脈動を繰り返す。すると突然高速で全身を変化、成形させていく。そしてそこに立っていたのは、黒い
ボディーラインはまるで少女のようであり、最小限のアーマーが腕と脚につけられている。そして頭部にはフルフェイスのアーマーに覆われている、誰を参照したのか分からなくさせるためか。目の箇所には装甲の下にあるラインアイ・センサーが赤い光を漏らしていた。そしてその手に握られていたものは―――
「「《雪片》」か……」
千冬がかつて振るった刀、それに酷似していた。いや酷似というレベルではない瓜二つ、まるで複製だ。俺達が手にしているものとまるっきり同じというわけだ。
「これは……流石にきついものがあるぞ?」
俺は所持している薙刀を再び構える。刹那、ISもどきが俺に向かってくる。居合いに見立てた刀を中腰に引いて構える、そして必中の間合いから放たれる必殺の一閃。それは間違いなく千冬の太刀筋だった。
「マジかよ!?」
構えた薙刀が真っ二つに切断される。そしてそれはそのまま上段の構えへと移る。これはかなりまずい、だがこんなところで墜ちるわけにもいかない。
縦一直線、落とすように鋭い斬撃が襲い掛かる。薙刀はもう使えない、装備を展開しても間に合わない、後退回避したとしても次で墜ちる。ならば答えは一つ!
「ふんっ!」
振り落とされた斬撃を俺は両手で受け止める、そう真剣白刃取りというやつだ。何とか刃が届く前に受け止めることが出来たが、こいつは力で押さえ込んでいく。少しずつ俺は押されていく形になってしまった。
この手を離せば俺の頭に直撃する、避けて装備を……駄目だな。俺があいつより早く動ける自信がない。どうするか。
そのときだった。
「うおおおおっ!」
織斑が《雪片弐型》を手に突っ込んできた。正直言って無謀だ、あいつがこれに勝てる未来が見えない。それにあいつのSEはほとんどないはずだ、そんな中で突貫してくるなど馬鹿なのか!?
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無謀と無謀
俺は千冬姉に似たISもどきに突っ込んでいく。今こいつの武器は千春に向いている、ならばここがチャンスということだ。俺は全力で雪片をそいつへと振りかざしていく。
「お前馬鹿!何できた!?」
千春が何か叫んでいるが俺には聞こえない。俺は千冬姉を真似しているこいつが許せなかった、こいつが千春に放った剣技は俺が最初に習った『真剣』の技だった。初めて見たときの事は今でも正確に思い出せる。
『いいか、一夏。刀は振るうものだ、振られるようでは剣術とは言わない』
ずっしりとした鋼鉄のそれは、初めて手にした俺を試すかのように容赦のない重さを持っていた。
手にしているだけでも汗が滲み、構えようにもその重量故に刃が持ち上がらない。
『重いだろう。それが人の命を絶つ武器のその重さだ』
冷たく、鈍色に煌めくその刀。人を斬るために生まれ、作られ、鍛えられたその存在。
『この重さを振るうこと。それがどういった意味を持つのか、しっかりと考えろ。それが強さということだ』
そう言った千冬姉は厳しく、けれどどこか優しげな眼差しをしていた。何か眩しいものを見るかのように、いつもとは違う表情だった。
その後ろでは、千春が刀を構えて何かをしていたような気がするが。興味がなかった俺は一切覚えていない。
「喰らいやがれ!」
そういって刃を振り下ろそうとした瞬間、そいつは千春ごと雪片を振り回す。そのせいで俺は千春に突撃してしまう形となり、その衝撃で二人まとめて壁に叩きつけられる形になってしまった。
「お前……無計画すぎるだろ……」
「チャンスだと思ったんだよ、それにあれは俺が倒すべきなんだ。雪片を受け継いでいる俺が倒さなくちゃいけないんだ」
そういって俺は再び千冬姉を模したISに突っ込もうと構えなおす、俺が倒すんだ!俺が本当の後継者なんだ!
「……受け継いでいるだと?」
そうして突っ込もうとした瞬間、背中を引っ張られる。振り返ると千春が俺の体をつかんでいた。
「お前馬鹿か!どう考えても今のお前じゃ勝てないだろ!死ぬ気か!?」
「離せ!あいつふざけやがって!ぶっ飛ばしてやる!」
「この……冷静になれ!」
俺の頭に衝撃が伝わる。千春に頭を叩かれたらしい、しかもグーでだ。その痛みに俺は悶絶する、毎日受けている出席簿よりも重い一撃だったからだ。
「お前のISはほとんど機能していない、ここは一旦退くんだ!確かにお前が怒る理由の検討はつく、あれは千冬だ。だが千冬のデータを模して作られたものだ。お前はあいつの力を知っているはずだ、満身創痍のなかろくに刀も振れないお前が突っ込んで良いものではない。」
「とにかく俺はあいつをぶん殴る!その為にはあいつを正気に戻す!」
「今のお前に何が出来る!白式のエネルギーもろくに残っていない状況の中で、どう戦うつもりだ!その一振の雪片で何が出来る!」
「それは……」
確かに千春の意見はもっともだ、あの黒いISもどきも恐らくほとんどエネルギーが残っていない状態だろう。だがそれよりもこっちのほうがエネルギーが枯渇している、今の白式には一撃はおろか装甲展開するエネルギーすらなかった。
「お前はあいつを千冬の真似だと言ったが、お前も変わらないだろ!お前の戦闘スタイルはほとんど千冬を真似たものだ、そんな奴が真似事をするななどと言うな!」
ごもっともだ、確かに俺の戦闘スタイルは千冬姉を真似ている。それはしっかりと自覚していた……だからその言葉を聞いた時、言葉を上手く出せなかった。
『非常事態発令!トーナメントの全試合は中止!状況をレベルDと認定、鎮圧のため教師部隊を送り込む!来賓、生徒はすぐに避難すること!繰り返す!』
「聞いての通りだ、俺らがやらなくても状況は収拾される。だからさっさと下がれ!」
「だから無理に危ない場所に飛び込む必要はないってか?いつまでも子供扱いするな!」
「なっ……」
確かに千春の言っていることは正しいのかもしれない、だけど俺はそれを拒否する。
「これは俺がやりたいからやるんだ。他の誰かがどうだとか、知ったことか。大体こんなところで引いたらそれは俺じゃない、織斑一夏じゃないんだよ」
「何を言っているか理解できない……」
「だから俺は―――」
それ以上言葉は続かなかった。
「もういい、お前は寝てろ」
そう言って千春は俺の腹部にボディーブローを叩き込む、その衝撃と破壊力に俺の意識は沈んでいった。
前回のようにはさせない、こいつには一度力の差をしっかりと教え込む必要がある。勇気と無謀は違う、こいつが先までやろうとしていたことは勇気ではない。ただの無謀だ。意識が沈んだのを確認した俺は、織斑を抱えて戦線を離脱しようと試みる。
デュノアはこちらが逃げれるようにと、ライフルなどで牽制攻撃を繰り返している。だがそれはほとんど無意味だろう、あれが全盛期のころのデータを使用しているのであれば、弾丸などいともたやすく切断されている。その証拠に振り返ると、俺のすぐ後ろでその刃を振り下ろそうとしていた、これは勝てないそう本能が叫んでいる。
たとえデュノアと共闘したとしてもあっという間に押し切られ、二人まとめて吹き飛ばされるのがオチだ。
「千春さん!」
「デュノア、織斑を頼んだ!」
逃げ回っていても埒が明かない、しかも動けない馬鹿を背負っている状態だ。こんなところでお互いに死ぬ気はない、ならば荷物は別に預けてしまえばいい。
織斑をデュノアへと投げ渡す、突然のことだが彼女はしっかりと対応してくれた。さすがと言ったところだろう。これで被害者は一人で収まるな。俺は相手へと突進し吹き飛ばす、しかし俺よりも大きな偽者はそこまで吹き飛ばずに、しっかりと着地しこちらに刃を向ける。
勝負の間合い、ここから少しでも進めば取り返しはつかないだろう。だが既に後退のねじをはずしている俺にはどうでもよかった。
「そこまで殺りあいてえならしっかりとサシでやってやるよ!千冬もどき!」
するとそれは突然剣術の構えを変えた。
おいおいマジかよ……最初から殺る気だったってことか。相手は全盛期の千冬のデータをコピーした模造品、劣化だとしてもそれは千冬に変わりないか。
「ルールは……どちらかが降参を認めるまでだったな」
昔俺と千冬がよくやっていた試合形式だった、少しルールに違いはあるがここまでコピーされているとは思わなかったな。変にまじめなところまでコピーしやがったか、こんなに面倒だと思ったのは久しぶりだ。
どのくらいかというと束が何度も抱きついてくるくらいだ、それも勢いよく。毎回突撃させるのと同じくらい面倒だった。
「千春!今すぐにそこから避難しろ!」
私は今冷静さを省いている状態だ。アリーナの中心には私を似せた人形と、それからデュノアと一夏を逃がす為に犠牲となるであろう千春の姿があったからだ。
あと数分もすれば教師で編成された部隊が到着する、しかしそれまでに彼が無事でいるかどうかは別だ。急いで私は彼に避難勧告をする。
『いや~出来てたらもうしてるんだよな。どうもコイツ俺だけは逃がさないつもりらしいからな、下手に動けないってことだ。それに俺も腹は決まったところだからな』
もう既に手遅れであった、彼はあれを倒す。その為に残ってしまった。二つの黒い機体を見ればそれはまるで―――幼いころの私と千春であった。よく剣道において互いに切磋琢磨した、だがそれは昔のこと互いに腕は落ちてしまっている状況。そんな彼が私に?自分自身でいうのはなんだが彼が正規のルールで勝つことは絶対ないだろう。彼が私に勝ったことなど一度もないのだ、ならば残された道は一つ。黒式に内蔵されているすべての装備を使って時間を稼ぐことだ。それ以外は思いつかない。
「クッ……ならば教師部隊が乗り込むまで耐えてくれ……やばくなったらすぐに逃げろ!良いな!」
『わかってるよ、万が一俺に何かあったらそのときは頼んだぞ』
私はここで彼が無事に帰ってくることを祈ることしか出来なくなってしまった。
耐ええられたら良いな、俺は今まで一度も千冬に勝ったことはない。それは剣の道でも勉学でも、一度もあいつより上を取ったことはない。そんな俺が果たしてこれに勝ち耐え切ることが出来るだろうか?それはやってみなければわからない。
「俺も無謀か……」
そんなことを良いながらも俺は雪片を展開し構える、同じように千冬(偽)も構えはじめる。さて死線を越えるとしますかね!
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紛い者と偽者
あれは確かに私だった、動きが似ているとかそういったものではない。まるで私が二人いるような感覚だった。
VTシステム、そのシステムの膨大な負荷により世界各国で開発が中止されたものだ。だが当時のシステムにはあそこまでの力はなかったはずだ、もしかしたらどこかの国が研究を重ねて築き上げたのかも知れないな。そう言えば束がそんなことを前言っていたような……あれはこのことだったのか!まさかドイツがこんなことを仕出かすとは、第三世代型の開発に焦ったか?
そんなことを考えていると私の携帯端末から束の名前が浮かび上がる、あいつも何かしら感知したようだな。
「私だ」
『ちーちゃん!くろちーは!?』
「今戦っている、私のデータをコピーしたシステムとな。やはりあれはドイツで開発されたものなのか?」
『ご名答、あれはドイツの機密研究所で開発されたものだよ。束さんはそれを発見したのは良かったんだけど、どのISに組み込まれているかまでは調べられなかったの。くろちーは何処かで確信を持ったみたいで、その研究所の破壊をお願いされたよ』
「それは既に終わっているのか?」
『勿論!綺麗さっぱりに消し飛ばしてあげたよ。だからあとはあのシステムを破壊するだけだよ!』
「だがあれを倒せるのか?私が言うのもなんだが……千春が倒せる未来が見えない。あれは間違いなく全盛期のころの私だ、あれを倒すのは至難の技だと思う」
『信用しなくてどうするの!それにあの機体には私が創ったシステムが入ってるんだよ、それが発動すればあんなのへっちゃら!』
「だがな束……黒式のSEは残り50未満なのだぞ?」
『…………マジ?』
「大マジだ、だから問題なのだ!」
残りSEをすべて使用してもあれを倒せるとは思えない、だからこそ彼には生存を優先してもらいたいのだ。IDはISとは違いただの強化アーマーという立場に近い、装甲が削られてしまえば本体である装着者が丸見えになる。それにあれには防御機能はない、完全に削られてしまえば終わりだ。だが端末が無事なのであれば装備だけは取り出せる、最悪の場合は……生身での戦闘になる。最悪の場合は私が出る、こんなところであいつを死なせるわけには行かないからな!
さて本当にどうしたものか。二人に追い込まれてボコボコにされかけ、織斑と一緒に壁に叩きつけられたこともあって黒式と俺は満身創痍の状態だ。だがそれは相手も同じだ、元であるレーゲンもかなり満身創痍に近い状態だ。おそらく一撃でも与えることができれば形状を安定させることができなくなると思う、だが当てられるかは別だ。それにあの中にはラウラがいる、下手に斬りつけてしまえば彼女にも被害が出てしまう。
「これは厳しいな……」
最初からわかってはいたが、まあこうなってしまった以上戦うしかないな。この状態で零落黒月を使おうものなら、黒式は一分と持たずに消えてしまう。となればこの《雪片》は通常状態で使用するしかない、あとはあのシステムに対抗するものをいつ発動させるかだ。《対VTシステム・ノルン》、黒式を束からもらったときに判明したものだ。これを使用することんがあるとは思っていなかったが、まさかこんな所で発動させることになるとは思わなかった。俺自身もこのシステムを一度も稼動させていない。もしこのシステムが暴走してしまったらと考えてしまう、それにどういった状態になるのかすらわからない。なぜなら稼動させていないから!
「とりあえず軽―――できるわけねえよな!」
少し力を抜こうとしたところを隙と見たのか、それが横払いに一閃してきた。勿論力は中途半端に抜けている状態であった俺は、その斬撃を防ぐことに成功はしたもののはるか後方へと吹き飛ばされてしまった。隙を見せてはいけないな……何時死んでもおかしくない死合を俺はしているのだから。
「悪かったな、じゃあここから先は遠慮なしだ。ちゃんとやり合うか!」
俺は雪片を片手に突撃していく。まずは離れてしまった間合い詰めだ、俺とあいつの雪片は大きさに差がある。俺よりも相手のほうがリーチが長い分こちらが不利だ、だが距離さえ詰めてしまえば俺の刃は届き相手の長物は不利になる。剣術はとにかく間合いが大切だ、間合いひとつで戦況が変わってしまうこともある。
雪片と雪片が激しくぶつかり合い火花を散らす、力はこちらのほうが上……と言いたいところだが相手のほうが上だった。鍔迫り合いになりお互いに引けない状態になる、だが力押しでこちらが少しずつ後方へと押されていく。全盛期もそうだったがここまで力の差を再現することになるとは思わなかった、これで距離を取ろうとすれば距離詰めの一閃、横に逃げようものなら巻き技で装備を飛ばされる。いや……これゲームで言う負けイベントなのでは?
「ラウラ、ちゃんと助けてやるからな!」
「…………」
中にいるであろうラウラに言葉をかけるが、帰ってくるのは鉄が擦れる音のみだった。なかのラウラは一体どうなってしまっているのだろうか?これの動力、コアとして縛られているのだろうか?そんなの可哀想でならない、少しでも早く助け出してやらないと命にかかわるかもしれない。こんなクソシステムなんかに弟子を危険にさらしてしまったのは大人の責任だ、これだけは完全に殲滅する!とは言うものの……
「ぬおおお!」
ここから進展がない状態だ。何か切っ掛けがあればいいのだが……最悪の場合黒月を発動するのも視野に入れなければ、この勝負は動かないだろう。ライフルを最大出力で放とうとも考えたが、装甲を吹き飛ばすのに彼女も巻き込んでしまわないかと心配になる。下手に高火力で吹き飛ばせないのが悩みどころだ。剣術と低火力の装備で相手を追い詰められるだろうか?ワイヤーは切られる、カノンと焔摩は撃ったとしても銃弾が切られる。影縫はリーチが短く投擲したとしても弾き落とされる。盾であるヴォイド……一度だけだが囮に使えるかもしれない、問題は俺の展開スピードが追いつけるかどうか。いや……やってみる価値はあるな。
俺は無理やり相手を押しのけて距離を取る、その瞬間に盾を展開し俺と偽者の間に投げ飛ばす。もちろん相手は千冬少し押しのけた程度では動じるものではない、すぐさま体制を立て直しこちらへと突っ込んでくる。こいつの目の前には盾が投げ飛ばされている、払いのけるか叩き切るかで判断が分かれる。払い飛ばされた場合は構えた雪片で相手のものを弾き飛ばす。切られた場合は……弾き飛ばす。うんノープランだな!
(さあどうする?)
後退しながらも相手の様子を伺う、そして相手が判断したのはそのどちらでもなかった。
突然後ろから衝撃が伝わる、振り返ってみるとそこには先ほどまで目の前にいたあいつの姿があった。一瞬で背後に回るほどの速度までコピーされていたとは……いや俺の判断が悪かっただけだな。俺は斬撃の痛みとその衝撃で壁に叩きつけられる、黒式の装甲は光へと戻り消えていった。これで完全に生身の状態となってしまった。辺りには装備していたものが散らばり俺は丸腰となった……これは完全に死んだな。
そう思い瞳を閉じて覚悟を決めようとしていたとき、目の前に一振りの刀が転がってきた。視線を上に上げると千冬の形をしたそれが構えたままこちらを見ていた、どうやら止めをさす気はないらしい。再び刀を取り私と戦えということだろう。まったく……手を抜くなってか、この野郎!
「お前がその気なら……死ぬまで付き合ってやるよ!」
俺は一振りの刀を掴み取り再び対峙した、こんなことされるとは思わなかった。あの中にはラウラもいるが過去の千冬の感情もコピーしている可能性がある、だからこっちにこれを投げてきたんだ。決して手加減させないために逃がさないために。それならばこちらも答えよう。そしてラウラを必ず助けだす。
「いくぞ最強……俺の全力を持ってお前を打ち砕く!」
ここから先、ストックがないので停止します。
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影落とし
お互いに一目散に駆け出す。ぶつかり合った鍔で弾き飛ばされた後、彼女の斬撃が降り注ぐ。しかし同じ手は食らわない、俺は手にした一太刀で弾きそのまま腕を切り落とす。だが相手も相手そう簡単に切断できるわけもない。
「だが傷は入った、これを繰り返していけばいいはずだ」
的確に相手の急所を斬る、相手を殺す……そうこれは殺し合いなんだ。俺が死ぬかもしれないしラウラが死ぬかもしれない、だから殺し合いなんだ。それにしても懐かしい、こうして千冬と本気で刃を交えるのは久しぶりだ。少しずつ偽者と刃を交えていくことで過去の感覚を取り戻していく、もう俺の目の前にはあいつしか見えない。
だがやはりというべきか、俺の力ではあいつを超えることはできない。そもそも俺とあいつでは技能戦術共にこちらが劣っている、過去のことかもしれないがそれは今でも変わらない。
……いや何かあるはずだ、相手は全盛期とはいえ今の俺を知らない。逆にこちらは相手の戦術を理解している、だがこちらにはそれを受け止められるほどの力はない。お互いに欠点を抱え込んでいる状態。もしラウラの記憶から情報を得ていないのであればあれが使えるかもしれない、危険な賭けでは試すほかないだろう。
「たった一つだけ、誰にも見せたことのない技がある。それにかけるしかない」
これは真剣勝負や模擬戦では一切使用しないと心で決めていた技だ、なぜならば人命が脅かされるかもしれないからだ。だがこいつになら問題はない。幸いなことにVTシステムと対峙するのは二回目だ、こいつのどこを破壊すればいいのかも検討はついている。だからその技で破壊できれば、取り込まれているあいつも救出できる。
「一回で終わらせよう、お互いに短期で終わらせたいだろう?」
にこやかな笑みを向けると、そいつはどこか驚いたような微笑んだような気がした。そうだな、試合は楽しんでなんぼだよな。
そうして俺は笑みを絶やさずにあいつの下へと走っていく、それはあいつも同じだ。一撃で相手を沈めるそのために全力の一撃を放つ、あいつは横になぎ払う『円月』を出してきた。確実にしとめるにはこの技が一番扱いやすく破壊力も高い。だがそれを逆手に利用してこそ、真の一撃といえるだろう。
そいつが放ってきた剣技で俺は真っ二つに切り裂かれた……そう見えるように仕向けた。
「影落とし」
こいつが斬った俺は服をデゴイとした偽物、本物はすぐ後ろにいる。勿論データにない新たな技、反応できないのも無理はなかっただろう。
ラウラ、ISの核を避けてシステムの核を破壊する。チップが砕けたような音が中からしたとき、ゆっくりと装甲が解けて中からラウラが現れてくる。
「じゃあな偽者、二度と会いたくないがな」
何とか形状を維持しようとしているそいつに最期の別れを告げる、なぜか裸のラウラを優しく抱きかかえる。酷く弱ってしまっている彼女を急いで救護室へと運んでいった。
「一つだけ忠告をしておくぞ。あいつに何かを委ねたりするときは心を強くもて、あいつはその気はないくせに女を刺激する。油断してしまえば沈んでしまうぞ?」
そんな風に言う教官はひどく嬉しそうで、それでいて何処か複雑そうで、なぜか聞いているこちらがモヤモヤとした気持ちになった。
だが今ならわかるかもしれない。あれはヤキモチだったのだろう、それでついあんなことを訊いてしまった。
「教官はあの方に惚れているのですか?」
「フッ……まあそうなるな」
微笑ましい顔で言われて、私はますます落ち着かなくなってしまった。教官にこんな顔をさせてしまう存在であるあの男―――あの人が羨ましい。
そして話して、共闘して、守られて理解した。
強さとはなんなのか、答えは無数にある。けれど私はその答えの一つに出会えたかもしれない。
「あくまで強さとは心の在処。己の拠り所。常に相手を思うことではないかと、俺は思っている」
「そうなのですか?」
「まぁ自分自身がどうしたいのか、それがわからなければ前にも後ろにも進めないからな。どこに向かうべきか、どう相手と向き合うかな」
「…………」
「やりたいことを見つけろ、自分を見失うな。見失ってしまったら自暴自棄になる」
「貴方は、なぜそこまで強くあろうとするのですか?」
「俺は強くない」
「嘘です、あれほどの力を持っていて強くないなどと!理解できない」
「強さってのはな、計り知れないんだよ。いろんなものを乗り越えて経験し努力する、その後に得られたものが真の強さ。俺はそう勝手に考えている、自身の全てを使って誰かを想い守る。なんてな」
「あの人とは違う強さの考えですね」
「だから言ったろ?強さは人によって捉え方が代わってくる。お前はどうだ?ラウラ・ボーデヴィッヒ」
「私は―――」
わからない、強さというものはわからなかったが。あの人が彼に惚れてしまった気持ちは理解できた。答えに届かないとしていても決してあきらめずに自身を貫き通す彼に、ときめいてしまった。
それからはあの人とであったとき、心臓の鼓動が少し早くなっているのを感じた。黒神千春。やはり恐ろしく惹かれてしまいそうだ。
「あ、ぅ………」
ボヤっとした光が天井から降りてきているのを感じ、ラウラは目を覚ました。
「やっと気がついたか」
隣からは聞きなれた声が聞こえてくる、いや判断する必要がないほど尊敬している人物。織斑教官の声であった。
「教官……私は……」
「全身に無理な負荷がかかったことで筋肉疲労と打撲の痕跡がある。しばらくはまともに動けないだろう。無理をするな」
「何が起きたのですか?」
私は無理やり上半身を起こす、全身に痛みが走り顔を歪めそうになる。しかし私はまっすぐに教官を見つめていた。治療されていたのであろう眼帯は外されていたため、左の金色の瞳がただまっすぐ問いかけているだろう。
「ふむ……一応重要案件である上に機密事項なのだがな」
しかしそう言って私がおとなしく引き下がるとは思っていないのだろう。教官はここだけの話であることを沈黙で伝えると、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「VTシステムというものは知っているな?」
「はい、正式名称はヴァルキリー・トレース・システム。過去モンド・グロッソでの部門受賞者の動きをトレースするシステムで、確かあれは―――」
「IS条約で現在どの国家・組織・企業においても研究・開発・使用すべてが禁止されている。それがお前のISに積まれていた。巧妙に隠されていたがな。操縦者の精神状態、機体の蓄積ダメージ、そして何より操縦者の意志……いや願望なのか。それらが揃うと発動するようになっていたようだ。千春がお前に下がっていろと言ったのはそれを発動させないため、いつわかったのか分からないがな。あのあと直ぐにドイツ軍に連絡を入れていた、近くに委員会からの強制捜査が入るだろう。千春も向かうと言っていたが、無理やり押さえ込んだ」
「私が……望んだからですね」
私が力を欲し、あなたのようになりたいと願ってしまったから。自身の行いに俯いてしまった。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ」
「は、はいっ!」
いきなり名前を呼ばれ、驚いて顔を上げる。
「お前は誰だ?」
「私は……私の名前は……」
「ラウラ・ボーデヴィッヒだろ?」
その声に驚く、隣では先まで眠っていたあの人が目を覚ましこちらを向いていたからだ。
「副教官!ご無事なのですか!」
「なんとかな、このくらいだったら問題ない。直ぐにでも復帰できる」
VTシステムとやりあってまともでいられるはずがない、何処かしら大怪我を負っていても可笑しくはないはずなのに……どうしてそんなに簡単に立ち上がれるのですか!?
「お前はラウラ・ボーデヴィッヒだ。それ以外の何者でもない。だがもし悩んだりしたのであればしっかりと考えたり相談することだ、ここに三年間は在籍するんだ時間はたくさんあるだろ?たくさん悩んでたくさん成長しろ。我慢などするな、まずは自分自身のことを考えればいい」
私のことを励ますように言葉をかけた後、彼は部屋を出て行った。私はあの人に何を言えばいいのかわからないまま、ただポカンと口を開けていた。
教官は席を立ってベットから離れる、もう言うべきことは彼が言ってしまったということなのだろうか。教官は仕事に戻るようだった。
「お前よりも状態は酷かったからな。生身で対峙している時点で死んでもおかしくなかった。今回は切創、擦過傷が多く見られた。致命傷がないのが不思議なくらいだ」
「平気そうに見せるための演技ですか……」
「まぁそうだろうな」
そう言ってドアに手をかける。あの人は変なときに気が利いてしまう、こっちは問題ないからお前自身を優先しろということだろう。
「ああ、それから」
教官がこちらを振り向き再度言葉を投げかけた。
「お前は私にはなれない、もちろんあいつにもなれない。だからこそ己を磨けよ?」
ニヤリと笑ってそう言った教官は扉を開けて部屋を後にした。
あぁ……なんてズルい教官たちなんだろう、二人揃って言いたいことだけ言ってこの場を後にした。あそこまで言っておいて結局はお前が考えろなのだから、ズルいことこの上ない。
(自分で考え、自分で行動しろ……か)
笑いが少し漏れるたびに全身が引きつるような痛みが襲ってくるが、それさえも何処か面白いと感じてしまった。
二度目の完敗。完膚無きまでの敗北。けれどなぜかそれが心地よかった。
これから先、私ラウラ・ボーデヴィッヒが再びはじまっていくのだから。
「まったく無理をする!データに無い戦術を行ったことで何とか事なきを得たがいいが!」
「わかったから!傷口触るのだけはやめてくれ、痛いから!まだ傷口塞がってないから!」
「ええい!今日はおとなしくしていろ!風呂に入るな!」
「はぁ!?こっちは砂だらけだぞ、せめてシャワーくらい許してくれよ!」
「駄目だ!傷口が開いたらどうする!」
「じゃあ触るのやめてくれよ!」
廊下で痴話喧嘩している千冬と千春の後姿を見た生徒は「やっぱり幼馴染なだけはあるんだな。」と言う心境になったと後の新聞で描かれていた。
何度も試行錯誤してるのですが、しっくり来ないのでまた内容が少し変わるかもしれません
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結果……
『トーナメントは事故により中止となりました。ただし、今後の個人データ指標に関係するため、すべての一回戦は行います。場所と日時の変更は各自個人端末で確認を―――』
誰かが学食のテレビを消す。俺は海鮮塩ラーメンを食べながら見ていたので、そのままズルズルと麺を啜っていた。
「シャルルの予想通りになったな」
「そうだね。織斑君七味取って」
「はいよ」
「ありがとう」
当事者なのに何をのんびりしているのかと何処からか批判が来そうだが、ついさっきまで俺とシャルルは教師陣から事情聴取をされていたのだ。やっと開放されたときには食堂が閉まってしまうギリギリの時刻であった。急いで食堂に入ってみると話を聞きたかったのか、かなりの数の女子が食堂で待っていた。
とりあえず晩飯を食べてから、ということで俺たちは夕食優先でテーブルに移動した。そして先ほど重大な告知があるということでテレビに帯が入り、そして先の内容になるわけである。
「ごちそうさま。学食といい寮食堂といい、この学園は料理が美味くて幸せだ。……どうした?」
なぜだか知らないが、さっきまで俺たちの食事が終わるのを今か今かと心待ちにしていた女子一同たちがひどく落胆していた。その沈みっぷりはさながら沈没していく戦艦のようだった。見たこと無いけど。
「優勝チャンス……」
「交際無効……」
「うわぁぁん!」
何名かバタバタと泣きながら走り去っていった。何だったのだろう?
「どうしたんだろうね?」
「さぁ?」
俺とシャルルにはちんぷんかんぷんだ。女子というものは難しい生き物だということがまたひとつ分かったくらいである。
女子が去った後に、一人呆然と立ち尽くしている姿を見つける。それは見慣れた幼馴染こと箒だった。
まるで魂が抜けているかのような姿だが、ひとまず俺は箒のそばへと移動する。
「そう言えば箒。先月の約束だが―――」
俺はこのトーナメントが始まる前、箒ととある約束をしていた。箒のほうから付き合ってほしいと言われたのだが、なぜそんなことをあんなに大きな声で言って了承したとき、あんなにも嬉しそうだったのかそれがわからなかった。
「付き合ってもいいぞ?」
「………なに?」
「だから付き合ってもいいって~おわっ!」
突然、バネ仕掛けの玩具の様に大きく動いた箒は、身長差のある俺をお構いなしに締め上げてきた。くるしい。
「本当か!?本当に、本当なのだな!?」
何度本当を繰り返すんだよ、そんなに本当だって言われると嘘だって言いたくなるだろうが。
「お、おう」
「な、なぜだ?理由を聞こうではないか……」
さっと俺を離し、腕組をしてコホンと咳払いをする箒。その頬には赤みが差していた。なぜだろうな?
「そりゃあ、幼馴染の頼みごとだからな。付き合うさ」
「そうか!」
「買い物くらい」
「…………は?」
箒の表情がこわばる。おお、鬼面のごとしとはこのことか。千冬姉とはまた違った恐ろしさだ。
「はぁ……」
「どうした?」
かなり怖い顔の箒さんには、刺激を与えないのが一番だ。ニトロと唐辛子を食べた後の胃くらいデリケートかつソフトに扱おう。
「そんなことだろうと思ったわ!」
その瞬間、俺の顔面に向けられてこぶしが飛んできた。腰のひねりが加えられたその一撃は視界が一瞬暗転してしまうほどの一撃だった。
「ふん!」
吹き飛んだ俺に追い討ちをかけるように、みぞおちを踏みつけられた。
「ぐぐぐっ……」
ずかずかと去っていく箒を視線で追うことも出来ずに、俺はその場に倒れていることしか出来なかった。ダメージはかなり深く、しばらく動きたくないというか動けない。
「織斑君てわざとやってるんじゃないかって思うときがあるよね。」
「なっ……どういう意味だ?それは」
「まぁ乙女心は複雑なんだろうね」
シャルルは苦笑い視線をそらしてしまう。いったい何なんだよ……
まだわずかに痛む腹部を優しく撫でながら、俺はシャルルの正面席に腰をかける。
「そう言えば、千春はどうしたんだ?」
「千春さんは今救護室で眠っていると思うけど、それがどうかしたの?」
千春が死に掛けるほどの戦いをしたのか、でもあの場に俺がいれば何か役に立てていたんじゃないか?あの時、俺のISには少量のエネルギーが余ってた。僅かではあるがまだ動ける状態だった、なのにあいつは俺を気絶させて引き下がらせた……その結果があれなんだろ。俺に無謀だと言っておきながら、あいつも同じことをしているじゃないか!
「まるであの結果は本来俺に待ち受けていたものだった……」
「どうしたの?」
「いや……なんでもない」
もしあの場に千春が居なくて、俺があれと戦っていたら?俺はどうなっていたんだろう?もしかしたらISのエネルギーは一瞬で消え去り、壁に叩きつけられていたりあの刃で真っ二つにされていてもおかしくなかったのか?いや俺はあいつとは違う、俺だったらもっとしっかり……しっかりどうするんだろうな。
「暗い表情だな織斑、何か変なものでも食べたか?」
ふと顔を上げるとそこには眠っていると聞いていた千春が立っていた、どうやら気が沈みすぎて幽霊が見えてきたようだ。
「千春さん!体のほうは大丈夫なんですか!?」
「これくらい問題ない、お前達は大丈夫だったか?」
「はい!千春さんが意識を引いてくれたので」
シャルルが幽霊と会話をしている……いや幽霊じゃないのか。ということはいきているのか。まぁ死んだら千冬姉がどうなるかわかったもんじゃないしな。
「織斑君にデュノア君、黒神さん。ここに居ましたか。さきほどはお疲れ様でした」
「いえいえ山田先生こそ、あの後の状況整理など全て押し付けてしまって申し訳ないです。疲れてたりとか大丈夫ですか?」
「私は昔からああいった地味な活動が得意なんです。心配にはお及びませんよ。なにせ先生ですからね」
えへん!と胸を張っている山田先生。あの大きな膨らみが重たげにゆさゆさと揺れた。俺は目のやり場に困って視線を切ってしまったが、千春はどこかなれているような感じだった。
「それでどうしました山田先生」
「三人に朗報ですよ!」
グッと両拳を握りしめてガッツポーズをする山田先生、なんか先生のはずなのに可愛く見えてきたぞ……
「なんとですね!ついに今日から男子の大浴場使用が解禁です!」
「そうなんですか!?来月くらいまでかかると思っていたんですが」
「実は今日、大浴場のボイラー点検があったんです。基本的にこの日には生徒が使えないんですけど、点検自体はもう終わったので。それなら男子三人に使ってもらおうって計らいなんです」
正直大浴場が使えるようになるというのはありがたい、シャワーだけでは物足りないとおもっていたからな。しっかりと湯に浸かって今日の疲れを取りたいところだ。
しかしあれだな。先月の対抗戦といい、今回といい……本来予期せぬことというか、あり得ないことばかり起きるな。今のところ100%だ。嬉しくねえな。
「ありがとうございます、山田先生!」
大浴場が開放された感動のあまり先生の手を握りしめてしまう。両手を両手で包み込み、山田先生を見つめる俺の目はきっとキラキラと輝いているだろう。風呂が使えるのはすばらしい、日本の文化にして伝統!
「あの……そんなに近づかれると、先生ちょっと困っちゃいます」
「あっごめんなさい」
山田先生が落ちつかなそうに視線をさまよわせている。いつだったか「相手の目を見て話さないとだめですよ!」とか自分でいっていた気がする。
「ともかくですね、三人は早速お風呂にどうぞ。今日の疲れも肩まで浸かってしまえば疲労もすっきり!ですからね」
「わかりました、ありがとうございます」
よしそうと決まればシャルルと一緒に向かうとしよう!……あれ?なんか複雑そうな表情してるな、シャルルってお風呂嫌いなのか?
「大浴場の鍵は私が持っていますから、脱衣場で待っていますね」
よ~し早速大浴場に移動だ~!
織斑が大浴場に走っていた。織斑には悪いが少しシャルロットと話さなければならないことがある、アルベールも交えてな……
「デュノア、少し時間を貰えるか?」
「はい、どうしました?」
「話したいことがある、君の父親を交えてね」
「父親」というワードを聞いた瞬間、彼女の顔が強張った気がした。
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親子喧嘩と痴話喧嘩
俺はこれから親子喧嘩を見ることになるだろう、なぜかといえば答えは簡単だ。理由も話さずにこのIS学園へと突き放した馬鹿な社長と、その娘が未だに分かり合えていないからだ。
はっきり言って今回の件について非があるのは親のほうだ、しっかりと説明をしていれば、まだ状態は悪化しなかったかもしれない。いやそれ以前から悪化はしていたが……
「少し手荒なことになっても俺はかまわない、相手もそれは承諾しているからな」
「父と話すことなんて……」
「例え君が無くとも、俺と彼には話したいことがあるんだ。すこし我慢してくれ」
「はい」
そうして俺達はアルベールが待機している部屋へとたどり着いた、周囲に人は居ない。いや居ない状態を作ってもらったというほうが正しいだろう。
デュノアの性別を隠すためにも、何故隠していたのかそれを外部に漏らすのはあまりに危険すぎる。万が一知ってしまった、または聞いてしまった場合は……脳に刺激を与えるしかない。
「ここだ、入ってくれ」
「わかりました」
室内に移動すると、そこでは椅子に腰掛けているアルベールの姿があった。しかし社長らしからぬ表情を浮かべており、少し刺激を与えてしまえば泣き出しそうであった。
「顔ひどいぞ」
「いやだって急に避難してくださいって言われて、大丈夫だと思ったらボロボロになった君が救護室に連れて行かれたんだよ!?心配にもなるでしょう!」
「あー心配かけましたね、体のほうは大丈夫なので問題ないですよ」
「なら良かったよ、将来の娘の旦那さんが居なくなるのは勘弁してほしいからね」
旦那って……まだそんなんじゃないっての、シャルロットが困惑してるじゃねーか。その話は控えろ。というか今はこんなことを話したくて呼び出したわけではない。
「さてと本題に入ろうか」
三人とも椅子に腰掛けた状態での話し合いとする、俺がアルベール側にいるのはシャルロットが凶暴化し父親に暴力を振るった場合、すぐさま押さえ込む必要があるからだ。
「シャルロット、何故お前の父親がこのIS学園に男性操縦者として入学させたのか。その理由を知っているか?」
「同じ男性操縦者のISデータを盗み、デュノア社へと持ち帰ること」
「まぁそれだけしか話してないからそれしか知らないよな……アルベール、本当の目的を話してやれ」
「あぁ」
今まで黙っていたアルベールはゆっくりと重い口を開けていった。
「デュノア、私がお前をIS学園に入学させたのは、お前の身を守ってもらうためだ」
「守ってもらう?」
「デュノア・グループでシャルロットを排除しようという動きがあった。もっとも単純な方法、暗殺と呼ばれるものだ」
「そんなこと聞いてない!」
いや本当になんで重要なことを話しておかないのかな……そうすれば多少は良くなったかもしれないのに。
「IS操縦者は世界でもっとも保護された存在だ。だからこそ私はシャルロットをリヴァイヴに乗せた、IS学園となればデュノア家の圧力は影響しない。万が一お前の身に何かあった場合も考えたが、幸いなことに黒神が居てくれた」
保険として俺は利用されたわけか、まぁいい。それでデュノアの反応は―――あっ怒ってますね!
「言葉足らずの馬鹿親!」
「だって言ったら「大丈夫です……」とか言って拒否するじゃないか!それに男性操縦者として送り出す際に、黒神がIS学園に在籍していることを知ったら二つ返事で向かったじゃないか!」
「なっ!千春さんは関係ないよ!」
そういって殴りかかった、うん多少は妥協してるから大丈夫だろう。軽くアルベールの顔面が凹むくらい、パイルバンカー打ち込むくらい……いやそれはだめだ!
「デュノア待て!それは流石に死人が出る!殺したいほど憎いのはわかったから、とりあえず落ち着け!」
ISを部分展開している彼女を何とか抑える、アルベールは完全に怯えきっている。お前のせいでこうなったんだけどな!
「とりあえず、今回の件は完全にアルベールにある」
「知ってます」
「だからこいつを……どうしようか」
正直何も考えていなかった、デュノアが満足する事ってなんだろうか?考えたことも無かった、何か要望があれば応えてあげたいんだが。
「何か要望はあるか?明日から女子としてこの学園に入るわけだが……」
「えっと、じゃあ後で大浴場に行きましょう」
大浴場か~まぁお風呂入りたいよな、今日のこともあるししっかりと疲労を取って明日からしっかりとこの学園に入ってくるからな~
「問題ないぞ、俺は風呂入らないけど」
「えっ何故です?」
急にシャルロットの声が低くなった気がした、それに目に光がなくなった気がした。えっ何か不味い事言ったかな?
「何でなんですか?要望があるから言ったんですけど?」
「いや、今日はちょっと無理なんだよ。傷口が閉まってないし変に動かしたら広がる可能性があるから、そういった意味があるかちょっと厳しいな」
実際に今回の戦闘はかなり厳しかった。救護室で診断を受けていたが、骨折していないのが不思議なくらいだったと言われた。その代わり切創などが多く見られていた、肉がえぐられていたようなところは無いが……死ななくて良かった。
「うそつき」
「だが……状況が状況なのだ、黒神が出来なくとも仕方が無いだろう」
「ちょっと黙って」
実の父親に黙れってやばいぞ?少しさっきが漏れ出している、最悪の場合駄々を捏ねてしまうか?いやそんな歳ではないよな?そうだよな?頼むからそうだと言ってくれ。
「千春さんはうそつきだったんですか?」
あっこれ絶対にいかないと解決しないやつだ。というかそれ以外の選択しないわ。何だったかな、選択し間違えると死ぬゲームみたいだな。
「わかった、一緒に行こう」
その言葉を聞いた彼女はとても嬉しそうだった、好感度のメーターがもしあるとすればきっと20から30くらいに上がったんだろう。
「それで明日、というか今日の夜なんだが。風呂に入った後、シャルロットは一回「シャルル」としてこの学園を去る手続きをしなくてはいけない。そのあとはシャルロットとして在籍する手続きをする、と言っても写真をとって生年月日を記入し生徒手帳を作るだけだがな」
「そこまで準備整っているんですね……」
「いろいろと掛かったけどな、特に織斑先生にはな」
本当にしんどかった。最初は何を馬鹿なことを……みたいな表情を浮かべられたからな
「さてとアルベール、帰っていいぞ」
「いやせめて別日の試合くらい見ても―――」
「帰れ」
そう言うと彼はしょぼんとした表情を浮かべていった。帰ってさっさとデルタの開発をしてくれ。
さてと、とりあえず二人のことは終わったし風呂行くか~そう言えば
「シャルロットは少し時間ずらさないとだめだな」
「何でですか?」
「いや織斑に女だってバレたら不味いだろ?それに俺も居たら気まずそうだし」
女性一人で大浴場を使用するのは寂しいかもしれないが、状況的には仕方が無いだろう。
「え?僕は千春さんと一緒でも大丈夫ですよ?」
さらっととんでもないことを言うね君は、そんなのだめに決まっているでしょ。そういうものはね好きな人であり尚且つ将来を誓い合った人くらいじゃないとだめだよ?そうじゃなきゃ軽い人だと思われたりするんだからな。
「いや駄目だろ」
「大丈夫です」
「いや駄目だっ「僕が大丈夫って言ってるんです」いやそういう問題ではないんだが……」
若い子の思考が今一わからない……今度千冬に乙女心と思春期の気持ちについて習ってみるか、この学園で生きていくにはもっとも必要なことかもしれないからな。
「わかった、君がそこまで言うのであれば一緒に行こう」
「ありがとうございます千春さん」
理解はした、だが問題はもっと別の場所にあるものだ。
「という事で風呂に入る許可を頂きギャァァァァァ!!!!」
「駄目に決まっているだろうがぁぁぁ!」
事の発端はわかるだろう。ズタボロの状態である俺がシャルロットの要望に応えるために、風呂に入る許可をもらいに来たからだ。ただ千冬が怒っている理由がどちらなのかわからない、一つは未成年であるシャルロットと混浴することが駄目なのか?それともこんな身体で風呂に入ろうとしていることが問題なのか……とにかく俺は今現在彼女にアイアンクローを決められていた。
「痛い!痛いから!」
「度が過ぎた願いくらい駄目だといえんのかお前は!ともかくそんなことは許可できない!そしてお前の身体はズタボロだ!機体だって修理にどれだけかかると思っている!」
知ってた。確かに俺の身体はボロボロ、そして黒式も大破している状態だ。これを修理するためにはまず俺が万全な状態に戻ることが前提だ、それまでは千冬の手元に置かれている状態になる。これは彼女のように機体のデータを盗まんとするやからがいた場合を考えてのことだ。
「デュノア、お前がそんなくだらないことをするのであれば……今回のことはすべて取り消しとするが?」
「うっ、すみませんでした」
「おとなしく部屋で寝ていろ!」
まぁ仕方ないな、最初から駄目と思っていたからな。仕方がない今日はお風呂抜きだ。
「じゃあ部屋に戻るか……正直眠くなってきた」
「はい……」
残念そうだ。しかし言われてしまったものは仕方がない、俺は安堵感を覚えながらも部屋へと戻っていった。
「シャルロット……また明日」
「はい、また明日」
彼女と言葉を交わした後、俺たちはゆっくりと眠りについた。
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再入学
翌日、朝のホームルームには彼女の姿がなかった。それもそのはず、なぜならば彼女は今日からこのIS学園に在籍するのだから。
「あれ?シャルルはどうしたんだ?」
「あぁ、彼は少し国に用事ができたらしいぞ。だから昨夜このIS学園を旅立った」
「はぁ!?何だよそれ!それなら早く教えてくれればよかったのに!」
お前に教えたところで何の意味があるんだ、ただでさえ彼女の頭を悩ませていた存在だと言うのに……
「とりあえず席に座れ、もうそろそろHRだからな。話はそれからだ」
納得がいっていないようだがどうでもいい、あとはデュノアが無事にこの学園で生活を送ってくれればそれでいい。それにしてもラウラが居ない、流石に身体に響いたか?
「皆さん、おはようございます」
山田先生が教室に入ってくるがかなり疲れているようだ、昨日の一件がかなり響いているようだ。正直山田先生には感謝しかない。
「今日は皆さんにお知らせが二つあります。一つ目はシャルル・デュノア君のことです。デュノア君は本国から帰国命令が出たので昨日このIS学園を退学しました」
その言葉を聴いたクラスの女子からは悲鳴が上がる、織斑に先に伝えておいて正解だったと心の底から思えた。
「そんな……もうクロシャルが見れないなんて」
「シャルイチでしょ!」
クロシャル?シャルイチ?何を言っているのかさっぱり分からん。
「そしてもう一つのお知らせは転校生の紹介です、それじゃあ入ってください」
「失礼します」
うん聞きなれた声が聞こえるな、他の奴らも困惑気味だ。
「シャルロット・デュノアです。皆さんよろしくお願いします。」
スカート姿のシャルロットがぺこりと礼をする。俺以外のクラスメイトがぽかんとしたまま、シャルルとシャルロットの顔は瓜二つ。いや全て同じだろう。
「えっと、シャルロットさんはシャルル君の代わりにこのIS学園に在籍します。デュノア君からある程度のことを聞いているとのことなので、皆さん仲良くしてあげてくださいね~」
これで俺とデュノアは部屋を変える事になった、流石に年下の女子と一緒と言うわけにはいかないからな。織斑は同年代だから良いだろう。となると俺はまた千冬と?いやいやそろそろ一人部屋が欲しいところだ。
「
「はい、
「気にしなくて良い、これからよろしく頼むぞシャルロット」
「よろしくお願いします、千春さん」
これで少しは怪しくないだろう、デュノアが双子であったと言うことにしておけば何も問題は無いだろう。フランスに行くことなんてほぼ無いだろうからな。
「遅れました……」
声のした方に視線を動かすと、そこには包帯に巻かれたラウラの姿があった。絶対防御の機能の遮断、強制的に意識の遮断。それだけでも深刻なのにもかかわらず彼女は無理やり身体を動かしてここまで来た、足元がふらついてしまっている。
彼女の足が縺れ倒れそうになる、幸い近くに居たことで何とか身体を抱えることができた。彼女をこうしてしまった原因は取り除いたが、専用機である「シュヴァルツェア・レーゲン」はコアを残して全ての装甲が解けてしまった。
幸いなことにドイツ軍のクラリッサとコンタクトを取ることができた為、予備パーツを送ってもらえることとなった。
「いくつかに分けてそちらに送る」
との事なので、ラウラのISを元に戻すのには時間がかかりそうだ。
「大丈夫か?無理しなくても良かったのだが」
「問題ありません、この程度っ!」
問題はないと言っているが彼女は表情を歪めていた。全く……この歳で無理してはいけないだろうが!
「無理するな、お前はまだ若いんだかな」
彼女を抱きかかえて席まで移動する、ある程度は手助けしてやらないと苦労が絶えないだろうからな。
「副教官……私のせいです。私が無力なばかりにこのような自体を引き起こしてしまいました、私にはその責任があります」
「あまり自分を責めるな」
「けじめをつけます、副教官私を嫁にしてください!」
うん何言ってるのかなこの子は?そんな事しなくても良いってば、それに俺よりいい人見つけてくれれば良いからな。人生100年って言うからな。と言うか誰がこんなこと教えた?責任の取り方など他にもあるだろうに……
「誰からその作法を知った?」
「クラリッサからです」
そういえば彼女は日本のことに興味心身だったな、どこから仕入れた情報なのか分からないが歪んでいるというか偏っていると言うか……一度しっかりと教えられたら良いんだがな。
「全く、あまり変なことを言うなよ?好きでもないやつの嫁になんてなりたくないだろ?」
「私は好きです」
うんド直球だね、そんな面と向かって言われると困るな。それに好きも沢山あるし……まだ決まったわけじゃない。
「ボーデヴィッヒ、そんな事私が許可すると思うのか?」
気がつけば千冬も教室へとたどり着いたようだ、そして話を聞かれたらしい。
「諸君も同様だ、恋愛するのであればある程度の知識を学んでからだ」
まぁ勉強できなければ強制退学だからな、恋愛は二の次と言うことだろう。
「そもそも相手いないから恋愛どころではなのでは?」
そんな事をいうと織斑を除くクラス全員がこちらを見てきた、何だと言うのであろうか?
「お前は……そうか自身は恋愛の対象にはならないと思っているのか。そうかそうか」
「いやだって普通青春というのは―――」
「まあいい、ただこれからは気をつけろよ」
どういうことだろうか?千冬が呟いたその言葉を俺はしっかりと受け取ることができなかった。それともう一つセシリア、ラウラ、シャルロットの怪しい視線に気がついていればと、この時ほど思ったことは無いだろう。
「うーん……」
あたり真っ暗の部屋であった。
部屋の至る所には機械の備品と思われるものが転がっており、ケーブルがまるでタコ足……いやそれすらも超えるように広がっていた。机の上には食べかけであろうかインスタントラーメンの器が広がっていた。
こんな異質な部屋に住んでいるのは探しても一人しか居ないだろう。そうここは
「なるほど、くろちーはコアの人格と会えたんだね」
モニターには黒式のデータが表示されていた、黒神の戦闘データを取りながら新たな武装を開発しようとしているのか。それは天災である彼女にしか分からない。
「もう少ししたら第二フェイズに移行しても良いかな~」
彼女の脳裏にはなにやら計画があるようで、不審な笑みを浮かべていた。そんな時端末から「デェェェェン」とまるでメイトリックスが完全装備を完了したかのような音声が流れてきた。
「こ、この着信音は!」
椅子から飛び上がり端末に飛びつく。部品などが激しく散らばるが、束にとってはそんな事同でもいい。すぐさま端末に耳を当てる。
「もしもし?マイエンジェル?」
ぶつっ。瞬間的に電話が切れた。
「待って待って!」
彼女の願い叶ったのか分からないが、端末が再び鳴り響いた。デェェェェン!
「はーい、篠ノ之束さんですよ~なにかようかなちーちゃん?」
「その名前で呼ぶな」
「はいはーい。それで何の用かな?」
「今回の一件、お前が開発した基地を破壊したようだな」
「くろちーに言われたからね~」
「どうやって場所を突き止めたんだ?」
「突き止めたのは私じゃないよ、突き止めたのはくろちー」
「なんだと?」
そんな事ができるのか?あの戦闘時か?それとも確信をもったそのときから?
「とか考えてるでしょ?実際は何処で分かったのか私にも分からないんだよ」
「勝手に人の心読むな。まぁいい……用件はそれだけだ」
ぶつっと電話が切れた。今度はかかってくることは無いだろう。彼女は名残惜しいそうに端末を眺めたが、しばらくした後にそれを放り出した。
「ちーちゃんは相変わらずだったな~」
束は腕を組んでうなずきながら笑みを添えていた。
彼女と織斑千冬、そして黒神千春の出会いは小学生時代まで遡る。以来ずっと同じ学校同じクラス、もちろんそれは束がそうなるようにしていたからである。このことを千冬は知っているが千春は知らない。
他にも三人の関係はある。
三人が高校生の時にISが発表され、以降数年間千冬はISの操縦者として、千春はIS開発に協力していた。つまり、千冬と千春は元々知識ベースからして他の操縦者よりも一枚も二枚も上手、理解のレベルがハナから違うのだ。
さらに千冬は訓練と独自の戦術。IS世界大会『モンド・グロッソ』で第一回優勝者に輝いたのは不思議でもなんでもない。当然の結果である。少しでも壊れたら優秀なメカニックによって完璧に修理された。
「しかし、ちーちゃんは引退なんて惜しいことしたね~」
そう、千冬は第二回モンド・グロッソで優勝した後現役引退をしている。はっきりいって今現役に戻っても第一線で活躍は可能だろう、むしろ負けるほうが難しい。
しかし人の心は複雑なものだ。天災的な頭脳を持っていたとしても、その深さを全て知ることはできない。―――だからこそ
知りたい。世界で四人だけの束の興味対象なのだから。
その夢は こころの居場所~♪生命より 壊れやすきもの~♪何度でも 捨てては見つけ~♪安らかに さぁ眠れ~♪脈打つ衝動に 願いは犯され~♪忘れてしまうほど また想い出すよ~♪
突然の電話着信。しかしどこか聞いたことのある声の歌である。『美しき残○な世界』と言うタイトルのようだ。いったい何の曲なのだろうか?
その着信音を聞いた束は千冬以上の反応を見せる、なにせこの電話が鳴るのは今回が初めてなのだから。相手は、出る前から曲を歌っている人からして分かっている。
「やあやあ!久しぶりだね!ずっと待ってたよ!」
「―――姉さん」
「うんうん、用件は分かってるよ!欲しいんだよね?専用機、
―――『
扱えるかは別だけどね?
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レーゲンの修理、少女たちの抑止力
さてと、今日はドイツから送られてきたパーツを使ってシュヴァルツェア・レーゲンの修復を行う。あと俺の黒式……コアを残して全ての装甲が大破してしまった……あの子には悪いと思うけど、今日はラウラのISを優先させてもらおう。
「あとで覚えてろよ?」
という声が聞こえた気がしたがきっと気のせいだろう、そう思う事にしよう。ちなみにラウラは身体への負荷がひどいのでおとなしくしてもらっている。
「さてと、やりますか!」
俺はドイツから届いた荷物を開封し、ISの再構築を始めた。まずは基本となる腕や脚、そして腰のアーマーだ。それぞれ起動していない状態なので薄暗い灰色だ、第二世代は塗装だったが第三世代からは最適化したらその人の特色に染まるという特徴がある。それでも気に入らない人が居たらその上から塗装を施すらしい。
四肢のアーマーと腰が完成したら一旦ISを起動させて干渉が無いか確認を行う、これで不備があったらラウラに更なる負荷がかかってしまうからな。
「俺が動かしても問題は無いか……それにしてもいつもより視線が高いな」
やはりISと等身大のIDではアーマーの大きさなどで高さや当たり判定がかなり変わってきてしまう、それに絶対防御もIDには搭載されていないから妙な安心感がある。
「システム起動、テストモード。これよりシュヴァルツェア・レーゲンの稼動テストを行う。」
『Starten Sie das System und führen Sie den Schwarzea Regen Test durch.』
ドイツの機体だけあってシステム音声もドイツ語だ、解読できなければ積みだった。
「さてと、スラスターや武装はまだ装備できていないが稼動には問題ないだろう」
アリーナは幸運なことに空いていた、これならば自由にアリーナを使用できるだろう。まずは軽く走ったり殴ったりなどを繰り返す、その後問題が無ければ大型スラスターを取り付けリアアーマーを接続すれば基本は完成する。問題はその間に何か問題を起こさないかだ、問題起こしたり設定がぶち壊れてしまっていたら俺流で治すことになる。ラウラとは感覚や感度が違うからな……それが無いことを願おう。
『Als nächstes werden wir einen Flugtest durchführen.Anschluss des Triebwerks kann nicht überprüft werden.』
飛行テストを行うが、スラスターが確認さないのでテストを中断しますとの事だ。と言うことは手足の稼動には問題がなさそうだ、早速大型スラスターとリアアーマーを接続させよう。コンテナから取り出すと大きなスラスターが二つ梱包されている。そしてこの右スラスターには大型レールカノンが装備される。スラスターとリアアーマーにはワイヤーブレードが搭載されているので装備のテストも行わないといけないなあとは両腕に搭載されているプラズマ手刀、AICもテストしないと……いや多いな。レールガンとワイヤーブレードはアリーナの的当てで、AICと手刀は模擬戦しないと無理か?誰かいい相手居ないかな……
「お困りのようですね?」
「楯無さん、こんなところに居て良いんですか?あの件の処理は?」
「ほとんど終わってるので問題ないですよ、それで模擬戦の相手が必要なんですよね?」
なんでこう思考回路が読まれるのか?口にでも出ているのか?それとも表情で……分からないな。
「まぁそうですけど、もうしばらく待ってて居てもらえますか?」
楯無さんには悪いけど、ドイツのデータを見せるわけには行かないからな……しばらくおとなしくしてもらおう。
「手伝うわよ?IS使えばこれくらい簡単に運べるし」
力を借りても良いかもしれないな。時間短縮できそうだし。
「ではあそこのコンテナをこちらに運んでもらえますか?」
「任せておいて~」
荷物運びには丁度いい人員を見つけることが出来てラッキーだ、さっさと取り付けて試運転を行わないと。クレーンを使用してISと接続をしていく、接続に成功したらスラスターが浮かび始める。もう片方のスラスターを接続してリアアーマーを接続する。これでシュヴァルツェア・レーゲンの形として完成した。後は機体の細かい設定をしておくくらいかな?PICの設定も見直す必要があるし、ハイパーセンサー、カスタムウイング、シールドバリア、絶対防御の発生を確認するか。
「ひとまず形としては完成しました。ありがとうございます。」
「どういたしまして、それにしてもこのISこんな色だったかしら?」
今のシュヴァルツェア・レーゲンはテスト段階の薄暗い灰色、実際は黒に赤いラインが施されている。これにはそれが一切無いからな。ラウラの機体なのに俺に最適化したら駄目だろう。
「これで構わないですよ、それでは少し武装のテストを行ってきますね」
「それ模擬戦でやったほうが良いんじゃない?」
「武装の設定は大切なんですよ?少しでも捻じ曲がっていたら困りますからね」
「でもそれが実践で発揮できなかったら意味無いわよ?」
一理ある、だが俺はこの機体の出力などをしているだけで扱っては居ない。知っているのと実際に動かしていると言うのは似ているようで異なるものだ。
「はぁ……あまり本気出さないでくださいよ?」
「もちろん、手加減してあげるわよ」
「ではスーツに着替えてくるので、少し待っていてくださいね」
「先にアリーナ内で待ってるわよ~」
そういって楯無さんはその場を去っていった、さてさてシュヴァルツェア・レーゲン・リペアの実力でも試すとしますかね?
「お待たせしました」
「真っ黒ね?」
「黒式とそれほど変わらないでしょ、ではよろしくお願いしますね」
「こちらこそ、合図はこっちからで大丈夫かしら?」
「お願いします」
「それじゃあ行くわよ!」
お互いに近接装備を繰り出し一目散にぶつかり合った。
「はぁ……はぁ……」
「良い線行ってたんじゃない?」
結果からすれば楯無さんの完勝、手加減してもらったとはいえまさかここまでやられるとは思わなかった。しかしシステムの細かな設定などは直せたので問題は無いだろう、しいて言うのであればレールガンの射撃が遅い。遠距離向けかもしれない。
「とりあえずシュヴァルツェア・レーゲンはここまでで大丈夫です、ありがとうございました」
「もう一つは良いのかしら?」
「黒式のことですか?」
「そうよ、あそこまで大破したのよ?」
「大丈夫ですよ、俺が無理させたんです。しっかり責任もって直しますよ」
「そう……ところでもうそろそろアリーナが閉まるわよ」
気がつけばあっという間に夜だったらしい、集中すると時間の流れが速くなるのはいつものことだな。さて今日は寮に戻らずにアリーナで寝るか~
「先に上がってもらって構いませんよ、ありがとうございました」
「お疲れ様、また力になれることがあったら言ってね」
そんな事言っているがどうせ探知して近づいてくるだろう、さてISを待機状態にしてさっさと寝ますかね~
『――――――!』
『―――――』
何だ?騒がしいな……誰か喧嘩でもしているのか?喧嘩するにしても時間を考えてくれよ。
『――――』
『―――?』
これは一回起きて止めたほうがいいな、そうしないと気持ちよく眠れそうに無い。
「おいおい、喧嘩するなら時間を……またここか」
目を開けるとどこかで見たことあるような地平線が広がっていた、そして騒がしいところに視線を動かすと―――
「よくもやってくれたわね!」
「おかげでまだ修理終わってないのよ!なんで貴女が先に修理終わってるのよ!」
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
「私も早くあの男に直してもらいんだけど……」
なんか青とピンクと黒い服着た女の子たちが喧嘩してる、その傍には前に見た少女が座っていた。うんどういうことだ?
「おい、お前達」
声をかけると一斉にこちらを見てくる、まるで珍獣でも居るかのような視線だ。俺が居ることに気がついた黒い女の子は一目散に走ってきて俺の後ろに隠れた、うんもうよく分からない。
「その人を盾にするのはずるいわよ!」
「隠れるな!シュヴァルツェア・レーゲン!」
シュヴァルツェア・レーゲン?後ろに隠れている子がそうなのか?確かにISには人格があると言っていたが、こんなにも幼いものなのか?
「えっとシュヴァルツェア・レーゲンであってるのか?と言うことは目の前の2人は甲龍とブルー・ティアーズなのか?」
会話からするとシュヴァルツェア・レーゲンに大破させられていたのはこの二機だ、少しレーゲンよりも大人びている感じがする。
「そうです!わかるんですね!」
「流石、優秀なメカニックですね」
なぜ俺のことを知っているのかとかは言わずもがな、こちらがISを見ているときISもまたこちらを見ているのだろう。
「とりあえず喧嘩はやめなさい、問題はISを扱った操縦者にあるんだから。それはこっちでしっかりと注意しておく、だから見逃してやってくれ」
実際にISを扱うのは操縦者だ、ISに非は無い。所有者に問題があったのだ。
「貴方がそういうのであれば……今回は見逃します」
「次は無いと思ってね!」
もちろん次なんてさせない、ラウラもしっかり教育してあげないといけないからな。
「ところで黒神?私の修理いつになるのかしら?」
黒式が怒ってるのは分かった、パーツはレーゲンのを代用するつもりだから問題は無いだろう。
「へぇ~この子のパーツ代用するの?」
もうなんで心読まれるの?顔に出るのか俺は!
「構わないけど、痛くしないでよ?」
難しいかもな……まぁ期待しておいてくれ。黒式・レーゲンカスタムな。
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黒式の修理
翌日、俺は整備室の床から体を上げる。ふかふかのベットで寝ていないだけで体はバキバキだ、それにシャワーも浴びていないから臭いがひどいな……しっかりシャワー浴びないと臭い取れそうにないな。
「さてそんなことは置いておいて、黒式の修理始めるか!」
黒式の状態を見てみよう、損傷部分は腕アーマー、脚部アーマー、リアアーマー、そしてスラスターだ。幸いなことに装備は腐るほど予備がある、だが装甲だけは限りがあり損傷した部分によっては修復不可能まで達してしまっていた。下手に処分するわけにも行かないので完全に溶鉱炉で溶かした、そうすればなにも問題ないだろう。
「ISとIDでは装甲の大きさが異なるな、ならばその通りに作り変えてしまおう。レーゲンの装備は……オミットでいいかな」
AICは正直扱いづらいしプラズマ手刀を搭載するとワイヤーが使えなくなる。大型スラスターにはレールガンが搭載されているが、使ってみた感想としては装填が異常に遅い。束から送られてきたものよりは扱いやすいのかも知れないが、手持ち武器に作り変えたほうが扱いやすくなるだろう。いやでも固定させたほうがいいのか?まあいいだろう。
「装甲の最適化、装備の改良……時間かかるかもしれないな」
正直言って昨日より掛かるかもしれない。最適な形に形成するのには時間はかからないが、システムの構築には時間がかかるだろう。それに最適化を完了させるための時間がかかる、かといって適当にしたら被害がすごいからな。しっかりと完成させよう。
「さて!はじめますか!」
俺はレーゲンの予備パーツを使い黒式の修理を始めた。
ISの修理に時間を割いているせいで、黒神さんと話せませんわ……それに近日見かけませんし。どこにいらっしゃるのでしょうか?休日とはいえここまで見かけないのはおかしいですわね。シャルロットさんに伺ってみましたが彼女もどこにいるかわからないみたいですし。他に伺ってもわからないかもしれませんね。後行っていないところは整備室くらいでしょうか?そういえば黒神さんの機体が大破していましたわね、もしかしたら修理しているのでしょうか?
「これは確かめるしかありませんわね」
私は黒神さんに会いに私は整備室へと走り出した。
このところ千春さんと話せてない、それは一夏とも話せてないけど……千春さんにはあれを止めてくれたことを感謝しないと私の面子が立たない。早く千春さんに会いたいんだけどどこにいるか見当もつかない。私二組だからあまり話せる機会がないのよね、だからこうして話せる機会を作らないと卒業までこのままかもしれないし。
「とにかく手当たり次第に探すわよ!千春さんといえば!」
千春さんがいそうな場所……教室と整備室?
「とりあえず整備室から行ってみようかしら?」
私は千春さんに感謝の気持ちを伝えるために走り出した。
さてとりあえず形としては問題なさそうだ、だがスラスターを大型に換装したせいで当たり判定が大きくなってしまったな。基本的な黒式の装甲も作って置かないとだめかもしれない、レーゲンの装甲で作ったパーツを全てパッケージにするというのも手かもしれない。「Kパッケージ」か「Tパッケージ」や「Rパッケージ」、「Sパッケージ」……試作品は多くデータを取れたほうがいいからな。これから先が楽しみだ。
「目に見えない衝撃弾、無線式ビット、大容量の追加装備、パイルバンカー、AIC……いや誰にも扱えなくなるかもしれないからやめよう」
それぞれ特性のある機体だからこそ面白いのだ、全部乗せはロマンでピーキー過ぎる。そんなもの必要ないだろう。
「造るんだったら近中遠距離全てに対応できる機体を作りたいな~」
まぁそれだけの機体を造るほどのセンスは生憎持ち合わせていないわけだが。
「千春さん!」
どこからか声をかけられた、視線を移してみると肩で息をしている凰の姿があった。ここまで走ってきたのか?それにしてもなぜ俺に?
「どうした凰、珍しいこともあるものだな」
「千春さんにお礼をしっかり言いたくて!」
「お礼?」
お礼など言われることをした覚えはないのだが?無自覚のうちに何かしただろうか?
「アタシとセシリアをあの暴君から助けてくれたこと、まだしっかりお礼言えていなかったから」
あぁラウラのことか。あれは必要以上の犠牲を出さないための最低限の行動だったと思う、それ以外にも何かできることはあったのかもしれないけどな。ライフルを展開して狙い撃つのは今考えれば外した時のリスクが大きかったかもしれない、威嚇射撃ということにも出来たかもしれないが……あのレールガンを阻止できただけ良しとしよう。
「問題ない。謝らなければいけないのはこちらの方だ、俺たちの教育がもう少しまともだったら……あんなことにはならなかったかもしれない」
「それでも阻止してくれただけ感謝するわよ!ありがとう」
凰がそう言うのであれば素直に言葉を受け取ることとしよう。しかしそれだけのためにここまで来たのか、流石の行動力だな。
「黒神さん!」
「セシリア?」
整備室の扉が開かれそこからセシリアが入室してくる、セシリアまでここに来るなんて……もしかして知らないだけで二人ともここに足を多く運んでいるのか?
「セシリアもどうした?」
「黒神さんに感謝しなくてはいけないと思いまして」
「ラウラの件か?なら問題ない。気にするな」
「ですが……」
「俺が気にするなといっているんだ、大丈夫だから。な?」
「―――わかりました」
二人とも根はしっかりとしているから有難い、織斑もこうして立派な男として育ってほしいものだな。いや傍観しているだけでは駄目だ、しっかりと向き合いぶつかり合わなければ伝わらないこともあるのだから。
「二人とも機体の修理は終わっているのか?」
「まだ細かいのは終わってないです。模擬、実践を経験して細かいのを直したいところではあるけど……」
「体が鈍ってしまっているかもしれませんし、ある程度取り戻したいですわね」
二人とも復帰してから間もないが機体はまだ不完全か、気持ちはわかるがISの成長には必要だな。
「俺の機体も今仕上がったところだ、良ければ模擬戦してもらえないだろうか?」
「構いませんわ」
「もちろん大丈夫よ」
「じゃあ二対一でよろしくな、手加減は……互いに必要ないだろう?」
全力でやったほうが取り戻せるというものだ。二対一と聞いて二人が「二人のほうか」と呟いた、もちろん一人になるのは俺のほうだ。改修型とはいえ未知数だからな、使ってみて他にも策が思いつくかもしれない。
「では……準備はいいかな?」
「「問題ありませんわ!」ないわよ!」
「このくらいかな?ある程度データも取れたから助かるよ」
「それはこっちもよ、おかげで設定も完全にすることができたし」
「ビットの感度も終わりましたわね、これならいつでも前線に出れそうですわね」
前線……まぁ確かにISは兵器として扱われているからな、その例えはあながち間違いではないかもしれない。ただその状態は束が望んだものではない。
黒式・Rパッケージはレーゲンの大型スラスターにより推進力などが向上したが、その分運動性が低下してしまっている。出力を抑えるか……あとはレールガンだが、小型化したとはいえリチャージに時間がかかる。ライフルと似たようなものになってしまった、はっきり言ってしまえばそんな武装は二つもいらない。さらに言ってしまえばライフルのほうが出力調整もできるので使い勝手がいい、完全に使いどころのない装備になってしまった。
「二人とも感謝するよ」
「「こちらこそ!」」
これでレーゲン、黒式、甲龍、ティアーズの修理が終わった。これで全ての処理が終わった、次の月からは臨海学校が始まる。しっかりと準備しておかなければいけないな……千冬に何が必要かだけ聞いておくとしよう。それにしても何か忘れているような?学生といえばのことだった気がしたのだが、なんだったかな?
「あっ……来月からテストだ」
「「忘れてた!」ましたわ!」
あぁ二人も忘れてたのか……これは早く勉強しないとな!
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臨海学校?その前にテストですよ?
黒式とレーゲンの修理から数日後、新たな月日となった。今月には学校行事である臨海学校がある、だがその前にやることが一つだけある。それはテスト。そう!テストなのである。
入学してから早二、三ヶ月。ある程度の知識を詰め込むことが出来ただろう、俗に言う中間テストと言うことだ。教科はISの知識技能を合わせて全十四教科になる、数学、英語、現代文、古文、地理、倫理政経、現代社会、世界史、日本史、生物、物理、化学、地学と一般的な教科も入っているのはありがたい。例えISに関する職に就かなかったとしてもある程度の知識はつけることが出来るだろう。
それで現在何をしているかと言うと……
「千春さん!ここ教えてください!」
「この計算式はどうなっているんですか!?」
「クロさん~助けて~」
食堂はテスト勉強をする生徒たちで溢れ返っていた。皆それぞれ苦手な教科が違うため、沢山の単語が飛び交いあう。
篠ノ之は現代文など国語が得意なようだが、英語にはどうやら疎いらしく頭を悩ませていた。凰はある程度いける様だが計算だけは駄目なようだ、なんと言うかイメージ通りだな。セシリア、シャルロット、デュノアに関してはやはり日本の言語が難しいらしい。日本の言語は海外の人からは難しいと思われているようだが、まさにその通りだということを目の当たりにしている。
そして問題は織斑一夏。試しに5問のテストを作って渡して見ると、回答しあっているのは一問有るか無いかという状態だった。はっきり言おうこれは大問題だ。ここまで頭が悪いとは想像していなかった完全に想定外、かと言って見捨てるわけにも行かない為死力を尽くして教え込むことにした。
「織斑、『がいしゅういっしょく』は書けるか?意味は鎧の袖が一度触れたくらいで、敵を簡単に倒すことだ。」
「千冬姉ってことか?」
「いや四字熟語……いいから書いて見ろ」
「鎧って漢字がわからねぇ!」
もう本当に馬鹿!確かに最近は装甲とか言うけどな!戦国時代に侍たちが鎧を着て戦っていたとかそのくらい書いてあっただろ。
「次だ!数学!因数分解してみろ、比較的簡単だと思うからな」
これを解くことが出来なければかなり難しいだろう。さて俺はセシリア達に現代文を教えてあげないと……
「三人とも大丈夫か?」
「なんとか、ラウラが少し日本に詳しくて助かったよ~」
「あぁクラリッサから学んでいた日本の知識が役に立った、彼女には感謝しなければ」
クラリッサが教える日本の知識は少し偏っているが、それでもある程度の知識にはなるようで安心した。日本語が読めているあたり問題はなさそうだな、問題は漢字が読めるかどうか。大体の問題文は基本的に漢字を使われていることが多いが、読めるかどうかで回答が変わってくる。
例えば「隴西の李徴は博学才穎」これを読めるかで変わってくる。ちなみにこれは山月記に出てくる。有名なのは「その声は我が友李徴子ではないか」というフレーズが頭に残っている人は多いのではないだろうか?
ちなみに俺もこのフレーズが頭から離れない、近年のネットではオリジナルの設定をつけられたイラストが出回っているため、目に入りやすいのもその原因の一つだろう。
「それじゃあ問題。山月記より、李微の性格を答えてくれ」
ちなみにこれは本文の中の「性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く」から答えが出せるものだ。ちなみにもう一人の登場人物である袁慘の性格は、李微と袁慘がもっとも親しいともになれた理由から理解することが出来る。
「プライドが高く自信家?」
「狷介とはなんだ?」
「頗る厚くはえっと……」
やっぱり読めるか読めないかで解答がかなり変わってくるものだな。ちなみにシャルロットの正解。ちなみに狷介とは「頑固で自分の信じるところを固く守り、他人に心を開こうとしないこと」と言う意味を持つ。文中の「性」は性格を現しておりこれと合わせると「頑固で人と心を通じ合わせず、その上プライドが高い」という中々な性格である。少し前のまるでセシリアのプライドとラウラの頑固を合わせたようなものだ。
「正解はシャルロット、李微の性格はプライド高い自信家。簡単に言えばそういうことだね」
山月記は今の高校生に人気なのかな?それは分からないが俺の時代では面白い話だと思ったがな。
「では次の問題。李微は虎になりました、本文から「これは恐ろしいことだ」と言っていますが、「恐ろしい」とは何を言っているでしょうか?」
これは李微が発狂し虎になってしまった後に、虎の本能で獲物を捕らえてしまったことで起きてしまった。李微が気がつけば目の前が血だらけであったと言うのは恐ろしいほか無いだろう。
虎の本能のままに動いてしまったと言うことは、人間の心からの考え方から発想が少しずつ虎よりになってしまっていることが理解できる。
つまりこの場合の答えは「人間の心からの考え方ではなく、虎の側からの発想になっていた点」が模範解答になる。
「虎になったことで本能が変わり始めた?」
「凶暴性があがって動物を殺してしまったから?」
「人間としての自覚が無くなりつつあったからだろう」
全体的に合わせたら答えにたどり着きそうだな。確かに本能は変わり始めたし人間の自覚が薄れてきているのは確かだから……
「全体的に惜しいかな、全体的にまとめてみて?」
「全体的に?」
「人間としての自覚が無くなって虎としての本能に変わり始め、動物を殺してしまったから?」
ちょっと長いけど全体的にはあっているような気がするから問題は無いか。
「では次。「だのに、己の中の人間は、その事を、この上なく恐しく感じているのだ。」とあるがその理由を簡潔に説明せよ」
模範解答は「完全な虎になってしまうことで、人間だった記憶を一切失ってしまうことんあるから。」である。ちなみにこの直後には「人間だった記憶の無くなることを恐ろしく思っている」と言うことが書かれている。なので意外と簡単な問題でもある。さて解くことは出来るかな?
「「「完全な虎になってしまうことで人間だった頃の記憶を全て失ってしまうから」ですわ」かな?」
うん全員分かったみたいだね。それなら良かったよ。あとは漢字が理解できれば問題は無いだろう。
「さて織斑、現代語訳できたか?」
俺が織斑に出した課題は李微が袁慘に書き取らせた詩の現代語訳をさせていた。内容は以下の通りだ。
災患相仍りて逃がるべからず
今日の爪牙誰か敢て敵せん
当時の声跡共に相高し
我は異物と為る蓬茅の下
君は已に軺に乗りて気勢豪なり
此の夕べ渓山 明月に対して
長嘯を成さずして但だ嘷を成す」
これを現代語訳すると
災難と病とが重なって逃れることができない
今の私の爪や牙には誰もかなうまい
あの頃の君と私は共に評判が高かった
だが私は獣となって草むらの中におり
君は既に車に乗る身分となって羽振りが良い
今夜、山渓を照らす明月に向かいながら
私は詩を高らかに歌うこともできず、ただ哀しく吼えるばかりだ」
難しいかな……この詩は李微の気持ちを表現した詩になる。李微は「自分が虎になってしまったこと」を嘆いている、第一句と第二句では虎になったことは運命であると捉え、三句と四句では昔と今の境遇が異なることを述べている。第五句六句では自身と友である袁慘境遇の違いを述べている。そして七句と八句では詩を吟じたくても吟じることができない今の境遇を嘆いている。
悲しい人間の末路である。俺も死ぬときとか蒸発するときは詩でも書いておくかな?
「全く分からん!」
とか言っている割には二句まではしっかりと訳されている。三句目はそのままだから問題は無いだろうが、四句目が読めないのが問題だろうか?
「最初はあってるな、その調子で頑張れ。ちなみに三句目の誰か敢て敵せんは、誰もかなわないと言うことになる。と言うことは前の方は?」
「爪と牙……今日は?」
「今と言う意味だ。」
「今の爪と牙には誰もかなわない?」
「誰の爪と牙だ?」
「李微だな、これはこいつのことを「私」といえばいいか?」
「それでかまわないぞ」
「今の私の爪と牙には誰もかなわない」
それでいい、では後は自力で頑張ってくれ。
「千春さん!ここ教えて!」
自身の勉強が出来ないのが難点だが、こうして年下に勉強を教えるのも悪くないだろう。千冬が教師になった理由もなんとなく分かるかもしれないな。
ちなみにこの後織斑に英語を教えたが……セシリア、シャルロット、ラウラが織斑の発音が酷すぎるのにキレて訂正を何度も行ったことで、織斑の脳内がショートしてしまった。
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テスト当日
テスト本番、これが終わればあとは臨海学校までも準備を済ませるだけだ。ただ問題なのが……
「えっと1192作ろう室町幕府だっけ?」
1192作ろう鎌倉幕府だな、ちなみに最近では1185作ろう鎌倉幕府と言われてきている。正直どちらかは論争が続いているため正確なものはわかっていない。
「ミッドウェーは空母四艦が沈没したため形勢逆転してしまっただったな」
ミッドウエー海戦は1942年6月4日から7日に起きた海戦である。第二次世界大戦において日本海軍とアメリカ海軍の戦力がぶつかり合った、この海戦で日本海軍は空母四隻と約290機の艦載機そして3,057名の戦死者を出してしまった。アメリカ海軍は正規空母1隻と多数の航空機と200名の航空兵が犠牲になった、結果はアメリカ海軍の勝利となりこれをきに形勢が反転し大日本帝国の敗北が確定した。
「しっかり勉強は出来たみたいだな、あとは赤点取らなければ問題ないだろう」
「大丈夫かな俺」
「自身を持て、諦めたらそこで終わりだぞ」
テストは最後までわからない、全力でやって振り返って間違いがないかを再確認しなくては……誤解答があったらひどいからな。
「席に着け!これからテストを開始する!」
さぁテストを始めよう
テストが多すぎる!残りはISについての知識などだ、ISが造られた歴史からモンド・グロッソの優勝者(織斑千冬)を解答するのが基本になるようだな。それ以外は前職の知識が使えそうだ。
「第一問、IS学園の簡単な説明をせよ」
IS学園はアラスカ条約に基づいて設置された国立の高等学校、所在地は東京湾沿岸にある人工の島。
要塞のような造りで軍事色が濃い。本土から出入り出来るのは海上モノレールが主流だが、地下道があるため車でも一応出入りすることが出来る。だがあまり知られていないので整備が粗い。
この学園ではIS操縦者をはじめとして専門的なメカニックなどの人材を育成している。
設備は訓練アリーナをはじめ、学生寮や食堂、大浴場などが設けられている。一般校と同じように部活動があるのも特徴だ。
このくらい答えておけばいいだろう。
「第二問、IS学園の制服の特徴を答えよ」
制服か……基本は白地に赤いラインが入ったブレザータイプだが、生徒ごとにカスタマイズが認められているのが特徴だ。学年ごとにリボンの色が異なっており、差別化がされている。
体操着と水着が学園から指定されている。
絶対に水着と体操着がどういうものなのかは解答しない、そこまで知っていたらなんか変態みたいになるからな。
「第三問、アラスカ条約の正式名称を答えよ」
アラスカ条約、正式名称は「IS運用協定」だな。意外と簡単なんじゃないか?
「第四問、アラスカ条約が協定された理由を答えよ」
アラスカ条約は21の国と地域が参加して成立した。軍事転用が可能となったISの取引などを規制すると同時に、ISの技術を独占的に保持していた日本への情報開示とその共有を定めた協定。これによってIS学園もこの協定に基づいて設置されている。
しかし、世界では第三世代の開発で競争が始まっているが……どこかでは第四世代の開発が行われているようだ。
「第五、六問、モンド・グロッソとその優勝者を答えよ」
モンド・グロッソはアラスカ条約に参加している国を中心に行われるIS同士での対戦の世界大会。格闘・射撃・近接・飛行など部門ごとにさまざまな競技に分かれて各国の代表が競うことになる。各部門の優勝者は「ヴァルキリー」と呼ばれ、総合優勝者には最強の称号である「ブリュンヒルデ」が与えられる。
第一回、二回大会で総合優勝したのは織斑千冬である。
基本だがここから先はISのシステムについてだな、その先は世代ごとの特徴か……ん?もう一枚あるのか、確認しよう。
「第五十一問、黒神千春の幼馴染を書け」
あれ~?テストって五十問だった気がしたんだが?というかこれだけ「答えよ」が「書け」になってるじゃねーか!完全に私欲だろこれ、というかそれ以外にもあるし。
「第五十二問、黒神千春の好物を書け」
「第五十三問、黒神千春の特技を書け」
「第五十四問、黒神千春の前職を書け」
「第五十五問、黒神千春に聞きたい質問を一つだけ書け」
なんだこの問題!?小さい字で「なおこの問題はテストに影響しません」って書いてあるじゃねえか。なら答えなくても問題ないかな?
「お前の答えが正解になるからな?」
とモニターにチャットが飛んでくる。千冬?テスト中にチャット飛ばさないでくれ……仮に全てのモニターを監視しているとしてもやめてくれ、カンニング判定されそうだから!
テスト終了、とりあえず千冬に文句言っておこう。
「お疲れ様です教官、なかなかのものでしたね」
「お疲れラウラ。手ごたえはどうだ?」
「問題ありません、教官に教えていただいたので」
なら良かった、なんやかんやラウラが一番苦戦してたからな。クラリッサが教えてくれているものに偏りがありすぎて修正が大変だった……
「お疲れ様です黒神さん」
「どうでした?って聞くまでもないですよね」
セシリアとシャルロットが近づいてくる、二人の顔色からテストについては問題がなさそうだな。さて彼女たちが無事ということは勿論織斑も問題ないだろう、そう期待している。だから俺はあえて言葉をかけない。たとえあいつが机に突っ伏せていたとせいても……うん。ドンマイなのかな?
とりあえずテストが終わったため、凰・簪と合流し食事を取ることとした。テストについて聞きたいことが山ほどあるからな!
「皆に聞きたいことがあるんだけどさ、五十一問からなんて答えたのかな~?」
あのふざけた問題を作った千冬はあとで説教してやる。それはそうとして皆の解答が気になるところだ。
「最初のやつは織斑先生って解答しましたよ」
「それと篠ノ之博士ですよね」
正解だ、幼馴染は織斑千冬と篠ノ之束博士だ。それがわかっていれば問題はないだろう。ってそれが聞きたいのではない、俺が聞きたい問題は最後の五十五問。質問のやつだ
「質問のやつはなんて書いたの?」
「「「「「………」」」」」
案の定誰も答えてくれなかった、なんだ?どこかでこれは回収されるのか?
「まぁいいや、とりあえずこの問題を作った千冬にはお灸をすえないとな」
「ほどほどにしてくださいね?」
「加減はするよ」
加減はね……
テスト日の夜、俺は千冬の部屋へと転がり込んでいた。ちなみに前同室だったシャルロットはラウラと同じ部屋になったようだ。
そして相変わらず千冬の部屋は荒れていた、なんならその部屋の主である千冬は相変わらず下着姿だった。
「千冬、今日のテストについて聞きたいことがあるんだが?」
「なんだ?気に入らなかったか?」
「あれは俺である必要があったのか?俺でなくとも織斑がいたはずだが?」
「あいつよりお前のほうが人気だからな、それだけだ」
なんだそれ……つまり遊び半分で入れたのか?これはお仕置きが必要だな。
「これがお前に来ている質問だ、テスト返却の際にしっかりと返答してやれ」
そう言われて千冬に渡されたのは参考書よりも分厚かった、これまさか全校生徒分あるわけじゃないよな?
「勿論全校生徒分だ」
これに今から返答しろって言うのか!?正気の沙汰ではないぞ!
「まぁ頑張ってくれ」
「千冬お酒一ヶ月抜きとお尻ぺんぺんの刑ね」
俺は千冬を抱えてお尻を叩いた後、お酒の入った物入れに三十のロックをかけることにした。
「千春……頼むやめてくれ……」
「駄目だ、せめて前日に話をしてくれていれば良かったんだぞ?なのにそうしなかった罰だ、甘んじて受け入れろ」
千冬が屈辱的な表情を浮かべているが躊躇はしない、久しぶりに千冬のお尻叩いたな。こうすると成長したものだな
「へんなこと考えるな!」
うん、考えることはやめておくとしよう。
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ファッションセンス
テストが終わり、週末の日曜日となった。天気は快晴で心地よい。
来週から始まる学校行事、臨海学校の準備もあって俺は千冬と山田先生を連れて街に繰り出している。
「水着なんて昔のがあるから良いんだが?」
「たわけ、昔のものなどサイズが合うわけないだろう。私でさえそうなのだから」
千冬もサイズが?見た感じ何も変わっていないが、もしかしてビールとつまみのせいで太った―――
「そんなわけないだろう、胸のサイズの話だ」
「織斑先生、身体のことはあまり話さないほうがいいかと……」
山田先生の言う通りだ、人の身体的特徴にとやかく言ってはいけない。凰と織斑がそれで喧嘩してしまっていたからな、絶対に悪意のあるいじりをしてはいけない。
「駅前のショッピングモールは相変わらず便利だな、昔から変わらない」
「昔遊んでいたゲームセンターも変わってはいないからな、それだけ人が入っているということだ」
このショッピングモール「レゾナンス」は地下街とつながっており、飲食店や衣類品が完備している。一流ブランドまで網羅しており幅広い年齢層に対応できる。その便利さから「ここになければ市内のどこにもない」といわれていたほどだ。昔ながらに訪れていた場所が今もこうして盛んであることはとてもうれしい、残念なことは行き着けであったラーメン屋がなくなってしまったことだろう。
「水着売り場は二階だ、さっさと行くぞ」
「水着買うのは良いが……泳ぐのか?」
「私たちは泳がないぞ、生徒の監視をしなくてはいけないからな」
「泳ぎたい気持ちもありますけど、私たちはあくまで教員ですからね」
教員として大人としてか、少しの欲も我慢しなくてはいけないとは教員人生はつらいのだろうな。
「俺も泳がないんだが?」
「さてどうかな?相手は青春を謳歌する十代の女子達だ、お前のような男はかなり目立つ。目立たなくするというのが無理だ」
「黒神さんはれっきとした男性です、あの子達には刺激が強すぎるかと……」
それなら水着以外も買わないといけないな、メンズ用のパーカー?があったはずだそれを着ることにしよう。そうすれば多少の露出は抑えられる。
「とりあえず男と女の売り場は違う、ここでいったん別れるとしよう」
その方が何も思わないだろうからな、それに恥ずかしくない。
「何を言っている、私がお前をコーディネートするんだ。別れるわけなかろう」
「あれ本気だったんだな……」
どうやら千冬が俺の水着を選んでくれるらしい、有難いことなのかどうか定かではないものの仕方なしに男性用水着売り場へと移動した。
「一夏、どの水着が似合うと思う?」
「まて鈴、先は私からだ!」
テストが終わってから、休日を迎えた俺たちは水着を買うためにレゾナンスへ訪れていた。それにしても二人とも水着を俺に選んで貰うって言っていたが、それだけ重要なことなのか?水着なんてどれも一緒だろ?
ひとまず俺は先にシンプルなネイビー色の水着を買ったので、残りは二人の水着を決めるだけだった。
「やはり赤だろうか?いやここは白という手も……」
「デザインは良いけどサイズが……」
二人とも悩みに悩んでいるな、女子の水着選びは大変ということか。それにしても何故シャルロットやラウラ、セシリアがついてきたんだ?あと知らない人がもう一人いる、眼鏡をかけているが俺は知らないな……いったい誰だ?
「簪さんはどれにします?」
「えっと、このフリフリがついた黒い水着にしようかな」
簪が選んだのは黒のビキニスカート。少しデザインが派手で腰周りがスカートの形をしているため多少露出が抑えられている。
「なら私はこちらを」
そういってセシリアが選んだ水着はシンプルなデザインの青い水着、それと青い布を手に取っていた。パレオと呼ぶらしい腰に巻くものらしいが何のために巻くのか俺にはわからない。
「じゃあ僕はこれかな?」
そしてシャルロットが選んだのは黄色で黒いラインの入った水着、簪と似ているデザインだが上はシンプルで下が短いスカートになっているな。
「ラウラは選んだ?」
シャルロットがラウラに声をかけるが、彼女は微動だにせず困惑しているようだった。
「シャルロット……水着は何を選んだら良いのだ!?」
「自分が着たいと思うものでサイズが合えば良いと思うよ?あとは~千春さんに見られることを考えたり?」
「教官に……わかった探してみるとしよう!」
そう言ってラウラは水着売り場の中に消えていった、千春に見られると聞いた瞬間他の目が変わった気がした。水着って大切なんだな~
ひとまず俺の水着は決まった黒の水着にラッシュガード。シンプルだな。千冬と山田先生があまり納得していないが、俺は派手物の水着が嫌いなんだ。着ている人が嫌いとかではない、自分で着るのが嫌なんだ。
「何でお前は……いや目立つのが嫌だったな」
「シンプルイズベストですね!」
山田先生が必死にフォローしてくれるがあまり無理しなく良いですよ?さて俺の水着が決まったということは後は千冬と山田先生の水着を決めるだけだ。千冬はともかく山田先生の水着を決めなければいけないのかは別問題だがな。
「次は私の番だ、私に合う水着を選んでくれ」
「はいよ~」
と言っても千冬の水着は昔からシンプルだ。そして大体は黒い水着、まれに白が合ったくらいだろう。俺のセンスに任せているのであれば全てシンプルなものになるが大丈夫か?少なくともオーソドックスなデザインのものを選ぶぞ?
「私の水着も選んでほしいですね~」
とんだ爆弾発言だ、千冬も驚いている。山田先生のイメージは普段着ているものから黄色、ISの機体色から緑のイメージが大きい。だからどっちかの水着になると思うな……
「一つ失礼なことを聞いて良いか?」
「なんだ」「何でしょう?」
「二人のサイズに合うものを扱っているのか?」
正直言って二人の胸は大きい、特に千冬よりも山田先生のほうが大きいまである。身長は山田先生のほうが低いのに何故大きいのか?コレガワカラナイ
「失礼な!ちゃんと扱ってますよ~デザインは限られてますけど……」
なるほどな、下着選びも大変そうだ。
「ともかく私と山田君の水着を選んでくれ」
「彼氏でもないのに良いのか?」
「昔からの馴染みだろう?問題はない」
「私も問題ないですよ」
全く……女ってやつは。そう思いながらも二人の水着を選ぶために女性用水着売り場へと入っていった。
「一夏、ちょっと良いか?」
試着室に入った箒がヒョコッと顔を出してきた、どうしたんだ?おなか痛いとか?
「どうしたんだよ箒」
「少し手伝ってほしいのだが……」
「何を手伝えばいいんだ?」
水着で手伝うなんて始めて聞いたぞ?どうしたのかはわからないがとりあえず手伝うとしよう
「済まないな、では背中のホックを外してくれないか?」
試着室の中に入り箒を手伝おうとすると、そこには下着姿の箒の姿があった。俺はてっきり貴重品を持っていてほしいと言われるかと思っていたがそうではなかったらしい。
「なっ!馬鹿者!」
「ごめん!」
下着姿の箒から女子特有の甘い匂いがした、たぶん狭い部屋だから感じたんだろう。
「あの~箒?」
「なんだ……」
「ごめん」
「構わん、頼んだ私が悪かったのだ」
なんとも言えない空気が二人を襲った。
突然だがここで「コア・ネットワーク」について説明しよう。ISはこの特殊な情報網で繋がっている。もともと宇宙開発用のISには、お互いの位置を恒星間距離においても正確に把握する必要があった。これを使うことでそれぞれお互いの位置を認識しあえるという特徴が出来た。
もちろん正確な位置座標を割り出すにはお互いに許可登録が必要だが、それがなくても大体の座標はわかるようになっている。これを悪用されないように「
まぁこれは相手にも伝わるので現在位置がわかりませんと表示される。現在分からなくなっているのは千春のみ、それ以外は正確な位置が丸分かりである。
女子の水着売り場に入ってきた三名、既に水着売り場にいる七名何も起こらないはずもなく……いや合わなければなにもないか
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センス〇?×?
「あれ?千春さん?」
「副教官!」
水着売り場に入るとそこにはシャルロットとラウラが水着を手にしていた。どうやら二人も水着を新調しにきたようだな。
「二人とも偶然だな、臨海学校の準備か?」
「はい、千春さんはどうしてここに?ここは女性用ですよ?」
「俺は付き添い。ここに来た理由はあそこにいる二人を連れてくるため」
そう言って後ろを指差す、そこには水着を選んでいる千冬と山田先生の姿があった。彼女たちを見たときシャルロットが少し不満げな表情を見せたが、何か気に入らなかっただろうか?
「教官とご一緒でしたか、ということは副教官も水着を?」
「あぁ、正直買う理由はあまりなかったんだがな。海辺で水着でないのは目立つと言われたんだ、だから仕方なくということだ」
水着でなくとも濡れていい服装であれば構わないと思っていたのだが、どうもそれは彼女たちが許さないようだった。何故かって?俺が知るわけないだろう
「そうでしたか」
それにしても二人の水着を選ぶことになってしまうとは……これは難しいぞ。千冬は黒がぴったりだと思うんだが山田先生は本当にどうしたものか?二人とも水着を漁って自分に合いそうなものを探しているな、さてと俺も二人にぴったりなのを探してみるか。
とは言うものの、女性物売りばだから目立つ目立つ。回りの女性がすぐに気がつくと共に不敵な笑みを浮かべていた。
「そこのあなた」
話しかけられたがこう言ったものには一切手を出さないのが先決だ、というか女尊男卑に染まったやつとはあまり話したくもない。
「男のあなたに言ってるのよ!」
俺は男ではあるが「あなた」という名前ではない、それに男ならば織斑もいるみたいだしな。そっちかもしれないし俺は応えるのは控えるとしよう。
「ちょっと!」
そう言って女が俺の肩を叩く。あぁめんどくさいのに絡まれた。
「なんですか」
「さっきから私のこと無視して!ふざけるの!?」
ふざけていない、面倒だから応えないだけだ。お前みたいなやつに時間を使う必要がどこにある?いやそんな必要はない時間の無駄だ。
「それでなんですか?」
「そこの水着、片付けておいて!」
「は?嫌ですよ、なんで貴女みたいな人の言葉を聞かなくてはいけないんですか?時間の無駄なんですよ、さっさと自分でやれ」
少々口が悪くなってしまったが問題ないだろう、この程度言われて当然だと思うのが普通ではないのだろうか?そもそもこの社会が起きた原因はISにあるのだが、そのISは数が限られいている。つまりISを扱えるのは極僅かであり、一般人には無用なものであるということだ。それをどういうことか拡大解釈したのがこの社会、この世界だからな……くそくらえ
「そんなこと言うの?自分の立場をわかっていないようね?」
「少なくともお前よりは高い地位だろうな」
女性客は警備員を呼び出し、俺に『いきなり暴力を振るわれた』などと言い出した。警備員が俺を連れて行こうとするが、千冬が『私の連れだ』と言った途端職場へと戻っていった。俺の連れがあの織斑千冬であったことにこの馬鹿女も戸惑っていたが、ぶつぶつ言いながら立ち去っていった。もう二度と会いたくないタイプだな。
「全くお前ってやつは……」
「何だよ、別に俺何もしていないからな?」
「それはそうだがな?」
俺は悪くねぇ!俺は悪くねぇ!自分にそう言い聞かせ彼女の水着選びを再開した。千冬にはスポーティーな黒水着を、山田先生には紐で固定する緑色の水着を手渡した。千冬にはやっぱり黒が似合うと思うし、山田先生には緑というイメージがある為この水着を選ばさせていただいた。勿論彼女たちがこれを拒むのであらば彼女たちに任せるとしよう、俺のセンスに任せたのが悪いからな。
「とりあえずこれが似合うかと、サイズはわからないが」
「ありがとうございます黒神さん、ちょっと試着してきますね~」
山田先生が先に試着室へと入っていった、千冬は水着を少し眺め試着室に入ろうとはしなかった。やっぱりセンスが悪かっただろうか?それとも純粋に気に入らなかったか?不安そうな俺の表情を見た彼女はこちらをまっすぐ見てきた。
「この水着を選んだ理由は?」
「千冬に似合いそうだと思ったからだが?」
「何故似合うと思った?」
それを俺に言わせるつもりか!?無理に決まっているだろう……言うのであればまず千冬の下着などが黒だからとか、普通の水着では千冬の魅力が伝わらないと思ったのでこれを選択した理由がある。正直白い水着とも迷ったが、やっぱり黒のほうが似合うと思ったのでこのチョイスにさせて貰った。
「なるほど」
うんもう心読まれているよね勝てる分けないよね。何考えようが彼女には筒抜けだ……プライバシーも糞もない
「身体に合うかどうかだけ確認させて貰う、お前が選んでくれたものだからな」
そう言って彼女は試着室へと消えていった、全く相変わらず心を読まれるのは見透かされているようで気味が悪い。
私は今から千春が選び渡してきた水着を手に試着室へと入っている。私の考えとしてはもう少し控えめ、または派手めな水着を選んでくるかと思ったが……そんなことはなかったようだ。彼なりに私に配慮して選んでくれたようだ、それは山田君も同様かな?いや私のほうが上だろう。山田君にも私にも配慮してくれているあたり彼の優しさがにじみ出ているな。心の声は表情を見ればすぐにわかってしまうがな。
「ふむ……ぴったりだ、私のことを知り尽くしていたか?」
いや確か私が水着を探しているところを目撃していたな、そこでサイズを知ったか。それ以外で知っていたのであれば聞きだしてやる。
「千春、そばにいるか?」
「一応いるぞ」
試着室の外で待っている千春に声をかける、似合っているかどうか確認をしてほしかったが……流石に恥ずかしいな。この姿を披露するのは臨海学校当日と言うことにしよう、その方が期待度も高まる。
「そうか、山田君は?」
「もう試着室から出て会計済みだぞ」
どうやら彼女は既に買い物を終わらせてしまっていたようだ、私も早く終わらせなくてはいけないな。この後三人で食事をして満喫した後、バーへと行く予定だからな。あいつは酒が飲めん、だから行き返りはあいつに任せてこの僅かな休日を満喫させて貰うとしよう。
「わかった、千春は山田君と先に店を出ていて待っていろ」
「了解」
私が彼の選んだ水着を気に入ったとはあまり知られたくないからな、こっそりと試着室から出た私は水着を購入して彼らが待つであろう場所へと移動した。
「あれ?千冬姉、水着買いに来てたんだ」
「新調する必要があったからな、それでお前は何をしている?」
「箒たちと買い物だよ。「付き合ってくれ」って言ったらすんなり受けてくれてさ」
全くこいつは……あいつらを勘違いさせるような言葉を選びやすいものだな、その辺もう少しどうにかならないものなのか?ただでさえ昔から被害が出ていると言うのに、今でもこのような対応ましてや学園に二人だけの存在の男性。拡大解釈されても仕方がないだろう。こいつの後ろでため息をついている箒と凰の姿が目に映る、もう少しは乙女心を一から理解してほしいものだ。
「まぁいい、とりあえずお前がそれでいいのであれば構わないがな」
「千冬姉はこれからどこかに行くのか?」
あいつと一緒に来たと言うことは知られていないようだな、まぁそれはそれでいいのだががはっきり言って知られたくはないな。
「あぁ、お前はどうする?」
「俺はもう少しあいつらと一緒にいるよ、何か買うかもしれないし」
そうだな、こいつにはあいつらのことを深く知ってもらう必要があるからな。時間をかけなければならないだろう。もっともそれは私たちにも言えることなのかもしれないがな。
その後、私は彼の元に戻りゲームセンターのパンチングマシーンで勝負した。
結果は五分というところだった、意外だったのは山田先生が100点を取れたことだろうか。クレーンゲームもした、そこで千春のぬいぐるみを見つけたが本人は「許可は出していない」とのことだった。あとで苦情がいくだろうが、こっそりとそれを回収して宝物にしたのはまた別の話だ。
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青い海!白い砂浜!「七月」
臨海学校
「海が見えたっ!」
トンネルを抜けたところでバスの中にいる女子が声を上げる。
今日は臨海学校初日、天候は恵まれて無事晴天だった。こうでなければ折角新調した水着が無駄になってしまうからな。有り難味を感じながら心地よい潮風にあおられていた。
「晴れてよかったな、これなら海でのんびり出来そうだ」
「そうですね!」
隣に座っている山田先生もゆったりとこの臨海学校を楽しみにしていたようだ、気持ちは分からなくもないがしっかり教師として立場を考えなくてはな。
「そういえば千春さんはどうしたんですか?バスには乗っていませんでしたけど……」
「バスの乗車人数が千春を入れると超えてしまったんだ、だからあいつには自家用の車で移動してもらう事にした。案外すんなり受け入れてくれたときは驚いたがな。」
正直申し訳ないと思うが、簡単に済ませるにはこれしかなかった。バスの後ろでは千春の愛車である「ハチロク」と呼ばれる車が走っている、この道はあまり車通りがない為はぐれる事はまずないだろう。
「でもそれを聞いた子達が、千春さんの車に同乗しようとしてましたね~」
「全く馬鹿者共が、そんなこと許すわけないだろうに……私だって我慢したのだから」
「織斑先生、本音が駄々漏れですよ」
おっと済まなかったな山田君、しかしこれは事実だ。二人っきりの空間で思い出話をしたいじゃないか。これくらいは許してほしかったな。
「そろそろ目的地に着く。全員ちゃんと席に座れ」
落ち着きない生徒たちを席に座らせ、バスが旅館に着くのを待った。
まさかバス四台あって一台も乗り込むことが出来ないとは思わなかったな。まぁもともと俺と織斑は居ないはずだからな、それは計画に狂いが出ても仕方がないだろう。前日の買い物から車を連続で走らせることになるとは思いもしなかったが、愛車と共に遠くに出かけるのは悪くはないな。気分転換にもなる。
「だが車の中に荷物を置いていったことは許さんぞ千冬!」
俺の車に勝手に荷物入れやがって、山田先生も苦笑いしていたぞ?しかもそのあと助手席に乗ろうとしていたな。これは山田先生が止めてくれたから良かったが……あまりこういったことを生徒の目の前ですべきことではないと思うぞ。
「それにしても随分と大きい荷物だな、人一人入れるくらいの大きさのバックだぞ?」
こんなに荷物が必要だとは思えない。二泊三日、たったこれだけだ。いや昔の修学旅行だな……臨海学校だけでも二泊三日は羨ましいものだ。とは言うものの一日目を過ぎて二日目になってしまえばISの装備試験だから実際にのんびり出来るのは一日だけだな。
「まぁ俺の目的は二日目にあるからな……楽しみだ」
そうして車を走らせていると目的地である旅館前に到着した、バスの駐車場と普通車の駐車場が少し異なる為離れてしまった。千冬と俺の荷物を持って旅館へと移動すると、四台のバスからIS学園の一年生がわらわらと出てきた。こう見るとやっぱり人数多いな……
「それでは、ここが今日から三日間お世話になる
「「「よろしくおねがいします!」」」
千冬の言葉の後、一年生全員が挨拶をした。花月荘、毎年この旅館にはお世話になっているらしい。着物姿の女将さんが丁寧にお辞儀をした。
「今年の一年生も元気があってよろしいですね」
歳は俺より少し上だな、しっかりとした女将さんという雰囲気がしっかり出ている。仕事柄笑顔を絶やさずにしっかりとお勤めしている。
「あら、こちらが噂の?」
織斑と目があったようで千冬に訪ねていた。やはり織斑の知名度は広いようだな。
「ええ、まぁそうです。今年は二人男子がいるせいで浴場分けが難しくなってしまって申し訳ありません」
「いえいえ、いい男の子じゃありませんか。しっかりしていそうな感じで」
「感じがするだけですよ」
酷いな、実の弟をもう少しちゃんと見てやれ。少しはちゃんと成長しているからね?あのときのテストでは少々頭がクラッシュしてしまったが、よくよく考えてしまえば幼いころ俺と千冬で勉強を教えていたな。だからある程度の知識は持っていて当然だった。原因はISについての情報が多すぎて頭が暴発してしまったことだろう。
「不出来の弟でご迷惑をおかけします」
「織斑先生ったら、弟さんには随分と厳しいんですね」
「日々手を焼かされているので」
「それでそちらの男性は?もしかして彼氏さん?」
彼氏ではない。一応このIS学園一年生だ、24歳だが……学生なんだ。
「黒神千春です、千冬がお世話になっています」
「お前は保護者か。彼は二人目の男性操縦者で私の幼馴染です」
「なるぼど~よく話に出てくる気になる彼ですか」
なにそれ聞いたことない。千冬は俺のことを話していたりするのか?あとで山田先生にも聞いてみるとしよう。
「それしゃあ皆さん、お部屋の方にどうぞ。海に行かれる方は別館の方で着替えられるようになっていますので、そちらをご利用なさってください。場所が分からなければいつでも従業員にお聞きください」
女子一同は返事をした後、すぐさま旅館の中へと向かっていった。とりあえず荷物を置いていかないことには海を楽しめないからな。
ちなみに現在時刻は11時。ここまで来るのに時間がかかってしまったが皆お腹のほうは大丈夫だろうか?食事は旅館の食堂にて各自とるようにとの事なのだが、俺はここに来るまでに車の中でおにぎりを頬張っていたのでお腹は減っていない。
「あっ、クロさん~」
この呼び方をするのは本音だな。振り向くと重たそうな荷物を持ちながらゆっくりと近づいてきた、荷物を一回置けって……いや置いたとしても日常生活からゆっくりか。
「クロさんの部屋ってどこなんですか~?一覧に名前が書いてなかったので~」
そういえばしおりに名前書いてなかったな。それは織斑もそうだったが、実際どこなのか俺は知らされていない。それに周りにいた女子が一斉に聞き耳を立てていた。わかりやすいな。さっきまでにぎやかだったのに急に静かになったからな。
「俺も知らない。もしかしたら書き忘れなのか、それとも車中泊かもしれないな」
「車の中で寝るの~?じゃあお邪魔しよう~」
いやこの夏に車中泊はきついぞ、夜は少し寒いし起きたら起きたで熱いからな?それに蚊に刺されるからな!マジで蚊だけはきつい!
まぁそれは冗談で、どうやら俺の部屋は別で用意されているらしい。らしいというのは山田先生にそう伝えられえたからだ、伝えられただけであり明確な場所は一切教えてもらっていない。
「黒神、織斑お前たちの部屋はこっちだ。ついてこい」
どうやら織斑と同じ部屋のようだな、まぁそれが妥当だろう。本音に「またあとで」と伝えて千冬の後を追った。
「千冬姉、俺の部屋ってどこなんだ?」
「黙ってついて来い、それと織斑先生だ」
相変わらずだ。旅館の中はとてもきれいで広かった。一学年全員を丸々収容できるな、内装は歴史のある旅館と言う感じだが装飾と最新設備が融合していた。本当にしっかりとした旅館だ、長旅で疲れたときによれば疲れもあっという間に取れるかもしれない。
「織斑はここだ、黒神はその隣の部屋だ」
その部屋のドアには「教員室」とかかれた紙が張られていた。
「え?千春と同じ部屋じゃないのか?」
てっきり織斑と同じ部屋だと思っていたがそうではないらしい、いや本当になんで?男子同士なら問題はないだろうに。
「最初はそうしようと考えていたのだが、それだと絶対に就寝時間を無視した女子が押しかけて来るだろうということになってな」
千冬がため息をついてしまっている、かなりの策を練ったのだろう。まさか男子のみの部屋が駄目になるとは思わなかったが、個室であっても代わりはしなかったのだろう。ならば教員がいる部屋ならば押しかけてくることもないだろうと言うことだろう。
「その通りだ」
「ナチュラルに心読むな」
山田先生のほうには何人か行きそうだけどな……大丈夫だろうか?
「織斑の方は山田先生、黒神の方には私が入る。文句は言うなよ」
「「はい」」
部屋の中は二人部屋用だというのには広々とした間取りになっていた、外側の壁が一面窓になっていてそこから綺麗な青い海を見渡すことが出来る。これなら日の出もしっかりと見えるだろう。ISの過程を撮るためだけのカメラを持ってきて正解だった。
「凄いな……」
それ以外にもトイレやセパレート型のバス、洗面台までも専用の個室となっている。IS学園の寮より質がいい。当たり前か。
「大浴場も使えるが男のお前は時間交替だ。本来なら男女別になっているが、何せ人数が人数一学年全員だからな。男二人のために残りの全員が窮屈な思いをするはおかしいだろう?よって一部の時間のみ使用可能だ。深夜や早朝に入りたければこの部屋のを使え」
いやそれだったら男子はセパレートだけでよかったんじゃないか?それなら問題なかったと思うが……
「さて、今日は一日自由時間だ。荷物を置いて好きにしろ」
「千冬は?」
「私は他の先生方との連絡なり色々とあるからな、合流するのは少し跡になる」
なんだ、ちゃんと海で遊ぶのか。買い物に行ったときには泳がないと言っていたのに……
「お前が選んでくれたんだ、着なければ失礼だろ?」
あぁあの水着買ったのか、気に入ったのか?
「うるさい」
全く……心読むなよな?さとり妖怪じゃないんだから
コンコン。と部屋の扉がノックされた、山田先生だろう
「織斑先生、ちょっとよろしいですか?」
「えぇどうぞ」
山田先生が入ってくるのと入れ替わりで俺は部屋を出て行く、教員同士の話に生徒である俺はいないほうが良いからな。さて水着とタオル、変えの下着を小さなサックに入れて更衣室へと移動した。
海ではしゃげるのも久しぶりだからな!全力で楽しむとするか!
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天災と競争
別館の更衣室へと移動するが、少し道が分からなかったので従業員に道を伺うことにした。
「すみません、別館の更衣室はどちらにありますか?」
「それでしたらこちらですよ~」
ずいぶんとゆったりした方だ、それだけこの旅館は働きやすいと言うことだろう。頭の上にウサミミがあること意外は普通の従業員だ、ウサミミ以外は。
「……束だよな?」
「誰のことでしょうか~?」
「いやはぐらかさなくても良いから、見たらわかるからな?」
「なんだ~ばれてたか~」
そりゃあトレンドマークそんな堂々と出ていれば誰でもわかるだろう……よく千冬にばれなかったな!
「くろちーが運んでくれたからね~」
あのデカイバッグ束が入ってたのかよ!?と言うことは最初からついてきてたのか、中身を確認するべきだった。
「とりあえずここが別館の更衣室だよ~」
「あっ……あぁ、ありがとう」
少し戸惑いつつも俺は更衣室へと入っていく、男女に分かれていってありがたい
「それにしても何が目的だったんだ?」
いまいち良く分からないまま俺は水着へと着替えた、一応千冬にも連絡を入れておくとしよう。束が関わって来ると何かしら厄介ごとがおきるからな……あの事件だってそうだろう。
ひとまず更衣室で水着に着替える。隣から声がしない辺り既に皆着替えて海へと出向いているのだろう。織斑がいたであろう痕跡もある、貴重品はちゃんと部屋においておかないと駄目だぞ?ISは防水加工されているから塩水でも問題ないけどな。
そうして俺は海へと脚を運んだ。
「あっ織斑君だ」
「私の水着変じゃないかな?大丈夫?」
「問題ないよ~」
更衣室から浜辺に出ると、隣の更衣室から女子数人と出会った。皆可愛い水着を身に着けている、やっぱり露出が高いな……俺は少し顔を背けてしまった。
そういえば千春いなかったな、もしかして千冬姉と何か話し込んでいるのか?まぁあの二人なら何話していてもおかしくはないか。さてと、俺は一足先に海を堪能させて貰うか~
そう思い砂浜に向けて一歩踏み出した……砂浜は七月の太陽で熱されていた、それはまるで鉄板のようだった。俺はそれに一歩踏み出せてしまったので足の裏が焼かれた。
「熱っ!」
海に来たのが久しぶりだった俺は、この感触は懐かしくもあり楽しくもあった。海はやっぱりこうでないとな!
砂浜の熱を感じないうちにさっさと波打ち際に足を運ぶ。ビーチには既に多くの女子で溢れかえっていた、肌を焼いている子もいればビーチバレーをしている子、さっそく泳いでいる子など様々だ。着ている水着も様々でここに弾がいたら「目の保養になるな!」とか言うんだろうな!
さてと準備運動して俺も海を楽しむとするか~
「よっと……」
何年ぶりの海だからな、下手に怪我したら困る。とりあえず腕と脚を伸ばして~背筋も伸ばして~
「一夏あんた真面目ね~一生懸命体操しちゃって。終わったんなら泳ぐわよ!」
鈴が勢い良く俺に飛びついてきた、小中学校と俺に飛びついてきていたな……猫みたいだな。
鈴が着ているのはスポーティーなタンキニタイプ、オレンジと白のストライプになっておりへそが出ている。水着は大体そうか。
「お前もちゃんと準備運動しろって、溺れても知らないぞ?」
「あたしは溺れたことないから。前世はマーメイドね」
そう言いながら俺の身体を駆け上がって肩車の体勢になる。絶対前世はマーメイドじゃなくて猫だなこれは、いやでも猫は泳げなかったな……となると猿か。
「高い高い~遠くまで見えて良いわ。ちょっとした監視塔になれるわね」
それはどうも!というか良いから早く降りてくれ、俺も海を楽しみたいんだよ。
「危ないからやめろ凰、後準備運動はちゃんとやっておけ」
俺の後ろから少し声の低い男性の声が聞こえた、それと同時に周囲の女子たちが一斉にそいつに視線を移していた。
「準備運動は基本だ、身体を慣らしておかないと怪我に繋がる。折角の海を怪我で台無しにはしたくないだろう?」
海に来てみれば織斑が凰を肩車していた、はしゃぐのは良いがほどほどにしておけよ?先も言ったが怪我をしてしまっては楽しめるものも楽しめない、思い出をたくさん作りたいだろう?
「うっ……わかりました」
俺の注意をしっかり聞いてくれて何よりだ。それにしても視線が凄いな、水着が派手だっただろうか?比較的抑えた方だとは思うんだが。まぁいつものことだし気にしなければ良いだけだ。俺は凰と一緒に準備体操をして海を楽しむことにした、すると周りにいた子達も準備運動し始めた。全くしっかり身体を動かしておかないと駄目だぞ?
「教官!」「千春さん!」
後ろから声をかけられる、振り向くとシャルロットとラウラが走りよってきた。二人とも綺麗な水着姿で良く似合っている。その後ろにはセシリアと篠ノ之、簪、本音が歩いているのが見える。凰が一番早かったのか。まぁ楽しんだ者勝ちだからな、早く遊んで思い出作りたいからな。
「水着よく似合っているよ、日焼け止めとか塗った?」
「サンオイルですか?まだ塗ってないです」
まぁサンオイルも日焼け止めに該当するが、あまり俺はお勧めしない。日焼けするの嫌だからな!跡がくっきり残るのが特にね、昔企業で働いていたときはマスク焼けが多かった。だから日焼け止めは日常品になってしまった、あとは火傷とかしやすかったからそれようの薬とかな。ちなみに日焼け止めは日に当たる前に塗るのが良いらしい、これはネットで知った。
「教官、それは熱くないのですか?」
俺が着ているラッシュガードを見てくる。正直そんなに熱くはない、熱かったら脱ぐから問題ないぞ?一応日焼け止めも塗ってあるしな!
「熱くはないぞ、まぁそのうち脱ぐかもしれないがな」
「そうですか、それは楽しみです」
「……?」
ラウラがポツリと呟いたその言葉は理解できなかった、何が楽しみなんだ?やっぱり思い出つくりか?まぁ青春だからな!俺にはもう過ぎた話だが……
「さて軽く泳ぎますかね~軍時代を思い出すよ。少し前だけど」
「あの時は追いつけませんでした、ですが今回はどうでしょうね」
「俺は昔泳げなかったからな~千冬に教えて貰っていたよ」
本当に泳げなかった。小学校のときはマジで水泳の授業が嫌で嫌で仕方がなかった、唯一の救いは自由時間があったくらいだろう。その時間から千冬に泳ぎを教えて貰って、中学三年にようやく泳げるようになった。それだけ俺はカナヅチだった過去を持つ。
「千春さん昔泳げなかったんだ……」
「意外~何でも出来る人だと思ってた」
最初から出来たら苦労はしない。偉い人も言っていた「努力は必ず報われる。もし報われない努力があるのならば、それはまだ努力と呼べない。」ってね、つまり努力は裏切らないと言うことだ。
「あれだ、努力すればエリートも超えられるかもしれない。ってやつだよ」
「うっ……何故か心が痛いですわ」
そういえばセシリアも「エリート」と言っていたな、越えられたわけはないし努力してもいないが彼女の場合は慢心による隙だったからな。これから先しっかりとしていけば良いだけだ。勿論努力もな?
「さてと軽く泳ぎますかね!」
「久しぶりに競争でもいかがですか?」
「おっ良いね~」
「僕も参加する!」
「私も!「俺も!」
どうやらラウラ以外にシャルロット、凰、織斑も参加するようだ。この勝負負けられんな?大人としての意地……いや純粋な闘争心が俺を奮い立たせた。海に浮かんでいるブイまで泳ぎ、この場に戻ってきたのが速かった人が勝ちというシンプルなルールだ。
「では私がカウントいたしますわね!」
「よろしくセシリア」
男子二人と軍人上がりの二人が競争するとの事を聞きつけた女子たちが集まってくる、見世物……か一応その部類だな。少しプレッシャーを感じたほうがいいものだ。
「ではいきます!3!2!1!」
スタートダッシュなら負けない!
「「「「ゴー!」」」」
四人一斉に海へと走りブイまで泳ぎ始めた。
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バレーと水着
現在の順位はラウラ、凰、俺少し離れて織斑という形になっている。あれだけスタートダッシュでは負けないと言っていたが、すぐに彼女たちに追い抜かされた。
若さには勝てないか?いやそうじゃないこれは慢心と油断が生んでしまった副産物だ、ここから巻き返せれば問題はない。だがそれでも二人とも速いな~
「タッチ!」
「負けない!」
先に彼女たちが往復を開始した、その後遅れて俺、そしてさらに遅れて織斑。既につらそうな表情をしていたが、俺にはどうしようもない。
それにしても二人の泳ぎが速すぎる、ペース配分しているのか?いやしてないな……凰は既にスピードが落ちてきている、ラウラにも同様の状態が見えてきた。ここから先は俺のターンだな。織斑?多分来ないよ
「お先!」
「「しまった!」」
完全なペース配分不測、それにより不足したスタミナ。今回ばかりは俺の勝ちだな
「はい一着」
「くっ……二着」
「完全にやられた」
俺、ラウラ、凰と砂浜に戻ってくるが一人だけまだ戻ってきていないやつが一人だけいるな。
「ぜぇぜぇ、なんでそんなに速いんだよ」
「まぁ鍛えてるからな、これくらいのペース配分は余裕だ」
「一位にこだわり過ぎたか……完全に負けました」
「後も少しだったのに~!」
完全に負けたと思ったが俺に運が回ってきたようだ、と言うことはなにかしら悪いことが数日後に起きるかもしれないな
「四人ともお疲れ様です~はいこれ飲み物」
セシリアとシャルロットが両手にスポーツドリンクを手に駆け寄ってくる、ご丁寧なことでありがたい限りだ。七月の熱い太陽の日差しと、少しばかり疲れた運動後の水分補給は大切だ。しなければ脱水症状を起こしかねないからな。
「やっぱり鍛えているだけありますね」
「鍛えないとIS使いこなせないからな……ただでさえ特殊なのに」
正直ISのほうが心惹かれてしまう。絶対防御による操縦者の安全保護、簡易的に扱える操縦性。それに対してIDは絶対防御無しの無防備状態で命の危機をさらしている、肉体を駆使しての操縦。ISよりもIDのほうが人間に近い運動性を秘めているとはいえ、疲労感がISよりも酷く筋肉痛になりなりかねない。
「完全な貸切状態だからこそ、こうして楽しめるものなんだな」
「プライベートビーチみたいですね」
「デュノア社とオルコット家にはありそうだな」
大金持ちなら誰でも所持しているのか?それとも家内にプールを設置してそこで楽しむのか?個人的にはプールがあったほうが面白そうだがな。
「流石にないですよ~」
「仮にあったとしてもほとんど使わないですし」
なんだ案外そんなものなのか、確かにプールの整備とか面倒だと思う人はいるだろうからな。ビーチだってプラごみとか流れ着いたりしたら台無しになるからな。
「黒神さん~!」
「ビーチバレーしませんか?」
「クロさんとの対決だ~」
ビーチバレーか、経験はないが用は普通のバレーとなんら変わりないだろう?ならばその挑戦は受けて立つとしよう、さてチームメンバーを決めないといけないな
「誰かチーム組んでくれる人いるか?」
「「「「はい!」」」」
軽く問いかけただけなのだがこれが意外に反応が良かった、周囲にいた女子たちが集まり私が私がと募りをあげていた。軽いお遊びルールだと思うからパワーバランスを安定させる必要があるな……
「じゃあシャルロットと、セシリアで。他の皆は次のゲームで組むとしようか」
下手に勝ち続けるとこちらの人数を減らされるかもしれないからな、まずは軽く楽しむとしよう
「ルールはどうする?」
「タッチは三回まででスパイクは禁止、キリのいい十点先取で!」
「分かった、サーブはそちらからで良いぞ」
ビーチボールを持っているほうが先にサーブを打ったほうが効率がいい、手にしている櫛灘の目が不気味に光っているのを見逃さなかった
「七月のサマーデビルと言われたこの私の実力を……見よ!」
サマーデビルってなんだ?彼女はそう言って凄まじいジャンピングサーブを放ってきた、スピードと角度は申し分ない、だがそれに反応できないほどこちらは甘くない。
「任せろ!」
しっかりとレシーブをしボールを受け空中に上げる、それを見たセシリアがオーバーパスした。それを見逃さずシャルロットが相手の不意を突いてボールを放った。流石に相手の不意を突いてしまっては取れるものも取れないだろう、これで俺たちのチームに一ポイントだ。
「なかなかの連携だな」
「負けられないからね!」
どうして負けられないのか、それについて深く触れるのはやめておくとしよう。特に勝ったとしてもなにもないのだがね。
その後も攻防は続き、気がつけば9対8と接戦状態になっていた。その理由は俺が手を抜いているのとセシリアが疲れてきているからだな、少しシャルロットから「手を抜かないで」とのアイサインがあったので、最後だけはしっかりとすることになった。
その結果10対8と僅差での勝利となった、流石に二人とも休憩が必要だな
「おつかれ二人とも、お昼になるから休みがてらご飯食べにいきな~」
「千春さんはどうするの?」
「俺はここに向かう途中で食べてきたから大丈夫だぞ、皆は食べてないだろ?ならちゃんと栄養を取っておくようにね」
「「「はーい」」」
元気がよろしいことで、やっぱり年齢には勝てないな。あそこまで若々しいのは流石にこの年齢ではきつい
「そういえばクロさんの部屋ってどこなんですか?」
「あっそれは私も聞きたかったです」
そういえば誰にも言っていなかったな、まぁ言ったところでと言う状態だが。そこまで注目することはないだろうに……織斑のほうがお前たちには親しいだろうが
「織斑先生と同室だ」
その言葉を聞いた女子一同の表情が凍りついたのは言うまでもなかった、大体は予想できていたことだがな。ちなみに織斑の部屋も教えておいたところ「まぁ山田先生なら」との声が聞こえてきた、なめられてないか?大丈夫か?
「遊びに来るならちゃんと許可取りな?」
「そ、そうね。でも黒神さんとは食事の時間に会えるし!」
「わざわざ鬼の寝床に入らなくても大丈夫だよね!」
あー……これは言っても良いものか、君たちの後ろにはその鬼が佇んでいる。その隣には山田先生も居るぞ?多分部屋を伝えたところから全部聞かれてたかもしれないな
「誰が鬼だって?」
あぁ終わった。
「織斑先生……」
「おう」
全く選ぶ言葉には気をつけたほうがいい、常に誰かに聞かれていると思ってな。
千冬に関しては俺が選んだ例の水着を着ている。やっぱり千冬には黒い水着が似合うな、白でも似合うけど。スタイルと良いその鍛え上げられた肉体を惜しみなく晒しているのも彼女らしい。
正直自分で選んだのもなんだが、凄く彼女の美貌が出ていてどきどきしている反面、いつも下着姿で居るのを目の当たりにしているせいか見慣れているような気がした。美貌はあり色っぽく見えるのだが素を見ていると……なんだかな
「それ着たんだな」
「お前が選んだんだ当然だろ?」
おいさらっと皆が居るところで言うんじゃないよ、色々と問題が起きるだろうが。ただでさえ秘密にして行ったのに
「あの水着って黒神さんが選んだんだ」
「ナイスセンス!」
「うらやましいな」
あーもうすぐ広まってるし、これもうどうしようもないよね
「それでお前はいつまで上を着ているんだ?速く脱げ」
「女性が言う言葉じゃないぞ千冬」
まぁ少し熱くなってきたから後で脱ぐけどな?今じゃなくても良いだろう?そう焦るなって
「織斑先生はお昼どうするんですか?」
「問題ない、わずかばかりの自由時間を満喫させて貰うとしよう」
教師陣にはほとんど自由時間なんて存在しない、だからこそ僅かな時間をさらに減らすことなどしたくはないのだろう。折角の海だからな。
「じゃあ俺たちは昼飯に行って来ます」
「織斑、集合時間に遅れるなよ~?」
「はい」
織斑達が昼飯を取りに行くが、俺は大丈夫なのでその場を離れることはしなかった。正直昼飯の内容は気になるが、夜も変わらないと思うんだよな~
「織斑先生の水着姿カッコイイよね~」
「私たちもあんな風になれるのかな~?」
「いや無理でしょ」
「やってみないとわからないでしょ!」
千冬にはなれないがそれと同じくらい綺麗になれると思うぞ?その人のやる気しだいだと思うけどな。
「さぁ生徒は居ない、脱げ」
「はいはい」
何故そこまでして脱がしたがる?目の保養にもならないぞ?教師陣の水着姿は正直俺には保養になるが……男なら分かるだろ?たくさんの美人がビキニやいろんな水着で回りに居る状況の中で、男は一人しか居ないんだぞ?目立つ目立つ、その分眺められるんだがな。
「そうかお前は胸が大きいのが好みか」
「いやそうじゃなくて皆綺麗だなって」
そう言うと何人かは顔を赤らめて恥ずかしそうにしていた、それと同時に千冬が不機嫌になった。どうしろっていうんだ!?
とりあえずラッシュガードを脱げと言われているのでこれ以上機嫌が悪くなる前にさっさと脱いでしまおう
「ほら、これで満足か?」
「あぁそれでいい、しかしやっぱり刺激が強かったな」
なんでだよ。俺の身体に刺激なんかないぞ?山田先生が鼻血出してるけど……
「ほらさっさとこの僅かな時間を楽しむぞ」
俺は千冬に手を引かれて、海へと再び走り出した。彼女の表情は昔のように楽しげだった。
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食事とお風呂
時間はあっという間に過ぎていき、気がつけば夜の7時半となっていた。大広間を三つ繋げた大宴会場で、俺たちは夕食を取ることとなった。
「うん、美味しいな。刺身が出るなんて豪華なことだ」
「昼もお刺身でしたよ、IS学園って羽振りがいいですね」
俺の隣にはシャルロットが座っている、だが浴衣姿であった。どうやらこれは旅館の決まりらしく、『御食事中は浴衣着用』とのことだ。まぁその方が雰囲気が出ていい感じだからな。
ずらりと並んだ一学年の生徒は座敷なので当然皆正座だ。そして一人一人に対して膳が置かれている。
メニューは豪華なもので、刺身と小鍋。それに山菜の和え物が二種類、それに赤だしの味噌汁とお新香。刺身はカワハギという魚だ。簡単に説明すると夏が旬の魚であり、釣りや籠漁などで一年を通じて漁獲される。釣りの場合、小さな口で餌を削ぎとるように食べるので釣り人に当たりが伝わりにくい。このため釣り針を上げて魚の口に引っ掛ける合わせのタイミングを逃し、餌だけ取られることも多く、釣り上げるには高度なテクニックが必要とされる。このため引っ掛け釣りなどの釣法も普及しており、釣りの対象としても人気が高い。
この刺身には肝がついており、カワハギの肝は美味で珍重しこってりした旨みと甘みがある。
ちなみにカワハギは高級魚であり、一匹千円以上するものもあるようだ。
「うん癖がない。それにこのわさびも本わさびだ、高校生の臨海学校とは思えない豪華さだな」
IS学園に入ってよかったと思えてきた、まぁここに入らなければ彼女たちと再会することもなかっただろう。
「本わさ?」
「本わさび、西洋わさびに対して日本原産のものを『本わさび』って言うんだ。学園で出ているのは『練りわさび』と言ってワサビダイコンなどを着色したり、他のものと合成したりして見た目を似せたものなんだ」
「じゃあいつも食べてるのは偽物?」
「偽物っていえばそうだが最近は本わさびと混ぜたものもあるから一概に偽物というわけではないぞ」
気にする人は気にするがおれ自身はあまり気にしない、美味しければ何でもいいと言うことだ
「そうなんだ~あーん」
「おっと、シャルロットそれだけを食べるわけじゃないからな?」
わさびをそのまま口に入れようとしている彼女の手を止める、後もう少しで悶絶していたところだろう。
「まず刺身の片側にワサビをつけて、逆側に醤油をつけるんだ。 こうすれば醤油にワサビが溶けることはないからな」
「なるほど」
「あまり辛いのが苦手だったら使わなくても良いからな?」
「分かりました」
教えた通りに刺身を嗜むシャルロットの表情はとても幸せそうだった、良かった良かった
「ラウラは大丈夫か?」
「問題ありません、あのときから練習しましたので」
「それなら良かった」
このIS学園は世界中からISを学びに入学希望者が居る為、生徒教師共に多国籍だ。そのため箸や正座に慣れていない人達の為にテーブル席などが準備されているのだ。だがその心配は二人にはなさそうだ
セシリアは正座がきつかったらしくテーブル席に移動している、織斑の隣には篠ノ之と凰が居るし問題はないだろう。セシリアの表情はちょっとばかり寂しそうだけどな
「この席を手に入れるためにかかった報酬ですので」
「どういうことだ?」
「千春さん、女の子には色々あるんですよ」
色々ね……この席は会場に入ってきた順番に座っただけなのだが?それに何がかかったのだろうか?
シャルロットが呟いた言葉に対面の女子たちもうなずいている。なるほどつまり
「なるべく近くでってことか」
彼女たちの肩がビクッとしたのを見逃さなかった、そういうことなら確かに大変だな。織斑の方もおそらくそうだろうし。本当に見えないところで彼女たちは苦労しているんだな
他の料理も下手にしつこくない味付け、深みのある味わい……参考にしてもよさそうだな
食事を済ませた俺は温泉に移動していた、普段では味わえない贅沢な状態だ。
海を一望できる露天風呂に一人だけ、織斑は先に上がってしまった。少し話したいことがあったのだがな……仕方ない。
のんびりと海の夜景を眺めていると、ガラガラと戸が開いた音がした。おかしいこの時間に入ってくる人は居ないはずだ、織斑が入りなおしに来たとも考えにくい。と言うことは侵入者か。しかも織斑ではなく俺が目的で入ってきっている、手慣れか?
「誰だ!」
俺は侵入者に向けて構える、接近戦遠距離戦にされたとしてもここには使えるものがたくさんある。やれるものならやって来い
湯煙で相手が隠れている、姿が見えるまで逆に相手が姿を見せるまではおとなしく慎重に。的確に相手を戦闘不能にする。
そうして湯煙がはれた時、相手の姿が露になってきた。相手は女性でタオルすら身に着けていなくて……ウサミミだった。
「じゃーん束さんでした!」
「じゃーんじゃない!」
この状況突っ込まずには居られない、そもそもどうしてここまで来た!?他でも出会える場所はあっただろう!?
「まぁまぁくろちー、今は温泉を楽しもうよ~」
「いやタオルしてくれよ」
「タオルつけながら温泉に入るのは禁止なんだよ?」
そうだけど!そうなんだけどね!?
「千春!いつまで入っている!」
あーもう最悪だ、最強と天災が集まってしまった。温泉が戦場に変わる……
「やぁちーちゃん」
「束!?何をしている!」
「くろちーの背中流してあげようかと思って~」
いやそんな事言ってなかっただろう、完全に別件だよね?
「嘘を言うな!お前がかかわりだすと大体おかしなことがおきるんだ!」
「とりあえず束、一回出るから部屋で話しようか?」
「えー折角昔みたいに三人で入ろうと思ったのに!」
何年前の話だよ。もうお互いそんな年じゃないだろ?千冬も少し考えてるじゃないか!……なんで考えてるんだ?おいまてまさかとは思うが?
「仕方ないどうせならこの景色を楽しみながら話すとしよう」
「千冬?」
「生徒も居ない、問題ないだろう」
俺に問題があるんだが?いや待て待て!脱ぐな脱ぐな!刺激がきつい!
「あっ……えっ」
「あはっくろちー戸惑ってる」
「こうして裸の付き合いは久しぶりだからな」
お前ら俺の反応楽しんでないか?
「勿論だ、さぁ夜景を楽しむとしよう」
「おー!」
もうどうにでもなれ
「それで束、お前は何をしに来たんだ?また白式と黒式のデータ取りか?」
「それもあるけど本命は違うよ」
束はにこやかにそう言っているが俺は気が気でなかった。両隣には裸で身を寄せている幼馴染二人が居るのだから、身体が密着していて二人のイイ匂いが鮮明に伝わってくる。話どころではない。誰か助けてくれ……
「本命は箒ちゃん!あの子の専用機を造って来たんだ!」
「なんだと!?何故そんな事をした!」
「だって可愛い可愛い箒ちゃんの頼みごとだし?断る理由がないかなって~」
「なんということだ」
なんということだろう、千冬が興奮して詰め寄ったことで俺の身体にダイレクトにやわらかいのが伝わっている。san値がどんどん削れていく……san値ピンチsan値ピンチ!
「それで性能は?」
「なんとこの束さんが造った世界初の第四世代型ISだよ!」
「「はぁ!?」」
俺と千冬同時に驚く、それもそのはずだ第四世代などまだ空想の物であり世界でも開発が進んでいないのだ。ただでさえ第3世代でも問題があるというのに、それを超越した第四世代が彼女の手によって開発されてしまっているのだから。
「冗談だろ!?」
「本当だよくろちー、だけど問題が一つだけあってね~」
「なんだ?」
「操縦者は箒ちゃんだから、下手に扱わないか心配なんだよ~」
「ならリミッターをかければ良いだろう?操縦者の技術に合わせてな」
「そんな事したら怒っちゃうよ!」
「器の小さな人間が大きな力を持ったところで扱えるか!その人の技量に合わせるべきだ!」
俺と千冬の猛反発により、箒のISは下方修正されることとなった。得体の知れない第四世代型IS……危険すぎる
「それはさておき、三人でこうして入るのは久しぶりだね~」
「何年前だろうか?私たちが小学生の頃だからな」
ざっと十数年前、俺と彼女たち二人でお風呂に入っていたときがあった。ただその時は皆純心無垢だっただけであり、今となっては色々と知ってしまっているわけで……
「くろちーも立派になったよね」
「それは私たちもだ、こいつに支えられたからかな?」
「うっさい」
「照れているのか?昔のお前は―――」
「あー!聞こえない!何も聞こえない!」
照れくさい話をぶり返されてたまるか!そっちがその気ならこっちだって話すぞ!お前ら二人が泣きべそかいてたり、料理が少し苦手だったり!えっと……そのほか色々!
俺は二人が思い出話に浸っている中、羞恥心で一杯一杯だった。
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試験運用
合宿二日目。今日は朝から夜までISの各種装備試験運用とデータ取りに追われる日だ。特に専用機持ちには多彩な試験装備があるためとても大変だ、それは俺も例外ではない。
「全員集まっているな、ところで黒神何故お前は水着を着ている?」
「いつもISを使うときはスーツ着てるけどな、流石にこの日差しの中でスーツは死ぬ」
七月の日差しを舐めてはいけない、脱水症状が起きてもおかしくは無いのだからな。だからあえて水着を着ている。多少データ取りにズレがあるとは思うが……そこまで支障は無いだろう。
「そうか、ではISのコア・ネットワークについて説明してみろ」
「ISのコアはそれぞれが相互情報交換のためのデータ通信ネットワークを持っている。これは本来なら広大な宇宙空間における相互位置情報交換の為に設けられたものだ、現在ではオープン・チャットと個人個人で情報共有をする為のプライベート・チャンネルによる通信が可能になり使われている。それ以外にも『
「流石だ。企業勤めは伊達ではないか」
「あまり関係ないと思うぞ」
「誰が私語をしろといった」
結局叩かれた、酷いな
「さて、それでは各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員迅速に行え」
さて軽く俺が開発したパッケージのデータ回収でもするか。ちなみに現在地は旅館から少し離れたビーチだ、とは言うものの先日とは違い崖に囲まれている。ちょっとしたプライベートビーチだ。ここに向かうには一度水面下に潜り、水中トンネルを通らなくてはいけない。この場を知るものはIS学園以外にいないらしくまさに秘境ということだ。
ここに搬入されたISと新型装備のテストが今回の合宿本来の目的だ。
ISの稼動を行う為、全員ISスーツを着ているが俺だけは水着だ。ISスーツも水着とあまり変わらないよな、性能に少し問題が出るが
「千春さんのIS見た目変わったわね」
「あれから少し改良したからな、テスト時よりさらに変わってるだろ?」
あのときに大破した黒式にレーゲンのパーツを用いて改修を重ねたが、結局のところシンプルな黒式が一番扱いやすかった。なので本来の設計から見直しつつ実験機として各部にハードポイントを増設したことで外部装甲を追加することが可能になった、レーゲンはパッケージとして再度製作しデータ化してある。
それ以外にも開発したパッケージはあるが……盗んだデータを改良して創ったからな。
「この方が扱いやすいんだ、機体としてもデータ取りとしても」
「なるほど」
「ラウラはどうだ?再構築した機体だが問題は無いか?」
「今のところ問題はありません、流石教官です」
ラウラのレーゲンは大破したもの予備パーツで再建造したものになる、システムの設定などは俺が勝手に合わせてしまっているので彼女に合わないかもしれないと思ったが、案外そんなものらしい。
「篠ノ之、お前はちょっとこっちに来い」
「はい」
打鉄用の装備を運んでいた篠ノ之は、千冬に呼ばれてそちらへ向かった。
昨晩のことである知っている、あとはあいつがここに来るだけだ。
「お前には今日から専用―――」
「ちーちゃ~~~~~~ん!」
来たこの声は束以外ありえない全く起きるのが遅かったな、さて俺と千冬は知っているが謎の第四世代型ISそれを実の妹に授けるとはな……問題しかないか
「こうして会うのは何年ぶりになるかな?大きくなったね箒ちゃん~特にお胸が」
「殴りますよ!」
日本刀の鞘で殴られそうになるのを束は軽々と避けていく
「この合宿では関係者以外立ち入り禁止ですけど……」
「山田先生、彼女はISの開発者ですよ」
「えっ!?篠ノ之博士!?」
「そう、あの篠ノ之博士」
問題しか起こさないけどな、今回だって可愛い妹さんにISを届けに来たからな。下手に触らない方が良いぞ
「それで頼んでいたものは……」
篠ノ之がため息をつきながらそう尋ねる。その瞬間束の目が光った。
「勿論用意できてるよ!さぁ大空をご覧あれ!」
そう言って彼女空を指差す。その言葉につられて作業をしていた生徒たちも一斉に空を見上げた
激しい衝撃を生み出したのはなにやら大きな金属の塊だった。これが第四世代型なのか?
そう思っていると、正面の壁がズドンと重い音を立てて倒れてきた。そして中身が姿を現した。
「じゃじゃーん!これぞ箒ちゃんの専用機こと『
中から出てきたのは真紅に染まった装甲に身を包んでいるIS、その機体は彼女の言葉に応えるように動作アームによって外に出てくる。
新品のISだが……全てのISのスペックを凌駕するね?しかしそれが素人では手に余る。今回は様子見だな
「さぁ箒ちゃん!今からフィッティングとパーソナライズを始めようか!」
「分かりました、始めましょう」
「じゃあ始めるよ~!」
リモコンを押すと紅椿の装甲が割れ、操縦者を受け入れる状態に移行した。しかも知能があるかのように自動的に膝を落として、乗り込みやすい姿勢に変わった。
いやISには知能があったわ、コアの意識同士が喧嘩してるの見たことあったわ。
皆が紅椿に注目している中、俺は黙々とデータ取りに専念する。少しでも視線が外れてしまえばこちらはやりやすいからな。T.K.R.Sパッケージを全て展開しデータを取っていく。
Tパッケージ通称『ティアーズ・パッケージ』
ブルーティアーズとの戦闘データを用いて解析開発した高機動遠距離戦パッケージ、BT兵器を使用する為のパッケージでもある。欠点である近接戦闘は黒式の装備を使うことで補えるようにしている。
Kパッケージ通称『甲龍・パッケージ』
甲龍との戦闘データを用いて解析開発した近距離型特化、衝撃砲の使用の為のパッケージ。しかしあまり使うことがあるのだろうかと疑問に思っているのが正直なところだ、空間圧縮技術は確かにすばらしいがこれが通用するのは初見のみではないか?隠し兵装となれば話は別だがな。
Rパッケージ通称『リヴァイヴ・パッケージ』
デュノア社のラファール・リヴァイヴのデータを解析し開発したパッケージ。正直このパッケージはあまり特徴が無い、デュノア社から貰い受けたパイルバンカーを改良し大型のパススロットをパッケージに増設することが出来た。そしてこのパッケージのにはある特殊なAIが搭載されているがそれはまた別の機会だ。
Sパッケージ通称『シュヴァルツェア・パッケージ』
シュヴァルツェア・レーゲンのパーツを用いて開発した最後のパッケージ。このパッケージだけはレーゲンの装甲を使用している、レールガンの試験運用でありそれ以外は基本的に黒式と同じように扱う。
このくらいだろうか。
いや造り過ぎたな、皆が思っている通り短時間で開発した試作型パッケージだ。つまり試験運用は一切していない危険なものだ。
「さてどれから試すかな~」
「じゃあくろちー紅椿の相手してね~」
あぁもう時間なくなったわ。だが第四世代型ISの実力を見るには丁度いいかもしれないな、最新鋭のISと素人が合わさるとどうなるのか見ものと言うわけだ。
「良いぞ、こっちは全力でやるが問題は無いか?」
「問題ないよ~それくらいでやってくれないとデータ取れないからね」
こちらもこちらでデータ取らせてもらうとしよう。Tパッケージを黒式に装着させ紅椿との模擬戦闘に赴いた。
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紅と黒
「それじゃあ試験運用もかねて飛んでみて、その後くろちーとの模擬戦ね」
「わかりました」
音を立てて連結されたケーブル類が外れていく。それから篠ノ之が瞳を閉じて意識を集中させたと思ったら、急加速で飛翔した。
急加速による余波によって砂が舞い上がる。ここまでの衝撃波を生み出すとはな……出力も制御できんのか?
「どうどう?箒ちゃんが思った以上に動くでしょ?」
「えぇ、まぁ……」
束は何でもありだな、ISを装着しているわけでもないのにオープン・チャンネルが可能なのだから。俺も後で飛ばないとな
「じゃあ刀使ってみてよー。右は『雨月』左は『空裂』ね~武器の特性データを送るよん」
武器のデータを受け取った篠ノ之は二本の刀を同時に抜刀した。まだ少し時間がかかりそうだな、それなら俺のデータもさっさと取ってしまおう。BT兵器を扱うのは今回が初めてだからな、セシリアでさえ扱いに問題が出来ている状態それをどうしたものか。今のところ二つのシステムをこのパッケージには搭載している。
一つはBT兵器を自分の意思で全て操るシステム、もう一つは全てAIによる制御による完全制御。自分の意思でBTを動かせた方が本来はいいのだが俺自身がそこまでの技量に達することが出来なかった場合、このAIに頼ることになる。まずは自分の意思で扱えるようにコントロールしてみる事にしよう。
大きな空間能力とそれぞれのビットをコントロールする集中力、それに尚且つ本体である俺自身が棒立ちにならないように動き回らなくてはいけない。ISはIDと違って実際に身体を動かさない限り動くことは無い。つまり身体を動かしながら相手を見据えビットの遠隔操作を行わなくてはいけない。
いきなり難しいパッケージを造ってしまったものだな。
「セシリアちょっといいか?」
「なんでしょう黒神さん」
「ブルー・ティアーズをどう扱っているんだ?」
「私の場合常にビットの制御を意識してしまっているので、私自身の行動が疎かになってしまうことがありますわね。正直もう少しうまく扱えれたらと思っていますわ」
「なるほど意識の集中か……これは長期戦になるな」
つまりシングルタスクでは絶対に扱えない兵装と言うことだ、マルチタスクが常に必要となってくる。単一の考え方ではなく並列した考え方をしなくては成らない、これには得意不得意があるため人によってはセシリアよりもBT兵器の扱いに疎い人達もいるだろう。それが俺なんだけどな
「次は空裂ね~こっちは対集団仕様の武器だよ。斬激にあわせて帯状の攻撃エネルギーをぶつけるんだよ。振った範囲に自動的に展開するから超便利~それじゃあこれ打ち落としてね!」
そう言うなり束はいきなり二十連装ミサイルポッドを
「―――やれる!この紅椿なら!」
確かに全てのミサイルは篠ノ之によって振るわれた一太刀で打ち落とした。
爆煙が晴れていく中、そのISは威風堂々たる立ち姿をしていた。その姿はどこか懐かしさもあった。その場にいた全員がそのスペックに驚愕し、魅了されていた。そんな光景を俺と千冬は眺めていたが
その視線は厳しく、まるで敵機を見ているかのようだったと。山田先生は後に語った。
「じゃあくろちー行ってみようか」
「あぁ」
軽くだが性能は確かに見た、だがそれ以上のポテンシャルを本来なら持っているのだ。これでもリミッターを掛けているというのだから恐ろしい、ビットにはあるシステムと埋め込んでおいたから大丈夫だろう。一切試運転していないが
そうして俺は上空で待っている篠ノ之の元へと飛翔していった
「それじゃあどちらかのSEが200切ったら終わりにしよー」
「「了解」」
「それじゃあスタート!」
束の言葉で模擬戦スタートの合図がなされた。紅椿のSEは600なのに対しこちらは黒式の300+150の450となっている。つまりこちらは半分も削られてしまえは戦闘不能、あちらは1/3まで削られてしまえば戦闘不能になる。
SEの数値、スペック共にこちらが不利ではあるものの最終的にはそれを扱う操縦者によって決まっていく。
「行きます!」
そう言って二つの刀を手に取り接近してくる、黒式から掲示される紅椿のデータを見ながら回避行動に専念する。
紅椿。世界初の第四世代型IS。スペックは今まで公開されているISをはるかに凌駕している、近接戦闘であるが万能型に調整が施されている。先の束の説明の通り、二本の刀を振るいこちらに余裕を持たせまいとしている。
全ての機能を使わなかったとしても一つ一つの装備が強大すぎる、軽く装甲が掠め取られていると共にSEもごっそりと持っていかれていた。
「おいおい……」
「この程度ですか?」
「おー良く吠えるな」
大きな力を持ったから心に余裕が出来たか、それともはなっから俺の存在が気に入らなかったか?ちっどちらにしろ面倒なガキだ、軽くお灸をすえるとするか……出来るのだろうか?この機体で
「じゃあ本気で行くぞ!」
俺は6機のBT兵器を展開しオールレンジ攻撃を仕掛ける、セシリアの改良型とはいえ結局は実験兵器。完璧に扱いこなすことなど不可能だろう、だがシステムがうまく動いていることはしっかり確認できる。6機のBTは紅椿を囲むようにレーザーを放ち徹底的に篠ノ之を追い込んでいく
「この程度!」
「よしっいけるな」
少しずつそれでも確実に紅椿のSEを削っていく、少しばかりあの機体スペックを生かした回避行動をしてくる為狙いが外れてしまうことがしばしばだ。BT兵器は良く見ているだろう、まさかその程度の認識しかないのか?それとも全てスペックで勝っている分慢心したか?
「………」
「あの最新のISを箒は使ってるのに、圧倒的だ」
「どうやってあそこまでBT兵器を扱っているのでしょう」
「流石くろちーだね」
下の方では感心している生徒とその大人たちでいっぱいだった。試験的なBT兵器をほぼ自由に扱える技術と、先ほどまで圧倒的な性能を見せていた紅椿が一方的に押されている。そんな現場を今皆は見ているのだから
「終わりだ!」
6機のBT兵器と大型ライフルによるフル・バースト、全ての兵装が一方に向くのが欠点だがその分火力は最高潮だ。既に紅椿には危険メッセージが表示されているだろう、さぁさっさと避けないと200以下まで行くぞ。
「たっ大変です!織斑先生!」
引き金を引こうとしたその瞬間、下の方で山田先生が焦っているのが見て取れた。いつも焦っているが今回ばかりはどうも様子がおかしい、無人機いやVTシステムが発生した時よりも異常性を感じた。
「どうした」
「これを!」
千冬に端末を渡している、渡されたものを見て彼女の表情が曇っていく。下手なことにはならないでくれよ?
そんな事を思っていた時
「隙あり!」
状況を一切理解していない篠ノ之の一撃に反応できなかった、高機動型と言っても扱う本人の反応速度が疎かになってしまえばそれも意味を成さなくなる。
紅椿の放った一撃に俺は対応できず直撃を喰らい、海に叩きつけられる。急所の防御は出来た、だがそれ以外の至る箇所にダメージが入っている。自身の身体から赤い液体が少しずつ出ているのを実感しながら、ゆっくりと海をあがっていく。
「くっ……」
完全に油断したところに必殺の一撃、確かに本気でやると言ったのは俺だ。模擬戦でもあり真剣勝負でもあったこの戦いは完全に俺の負けだ、皮膚に塩水が入り込んでいく。これはかなりきついって……
「千春さん大丈夫ですか!?」
「傷口に塩水が入った、染みて激痛だぜ。それで何があった?」
様子が一変した千冬たちを見る、完全にただ事ではない。彼女のあの表情は過去に織斑が誘拐されたときくらいだろう。
異変を感じた篠ノ之もゆっくりと地面に降りてくる、その表情はどこか達成感があった。
「全員注目!」
山田先生が走り去った後、千冬は手を強く叩いて生徒全員を集めさせる
「現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと移る。今日のテスト稼動は中止だ、各班ISを片付けて旅館へもどれ。連絡があるまでは各自室にて待機すること。以上!」
いきなりの不測事態に生徒が不安げな声を出す、こう成ってしまえば不安の声を上げるのは当然だ
「とっとと戻れ!以後、許可無く室外に出たものは我々で身柄を拘束する!いいな!」
「「「はい!!!」」」
全員が慌てて動き始める。接続していたテスト装備を全て解除し、ISの起動を強制終了させてカートに乗せる。
「専用機持ちは全員集合しろ!織斑、オルコット、凰、デュノア、ボーデヴィッヒ、更識、黒神!―――それと篠ノ之も来い!」
「はい!」
先の戦いで実力を確かに感じたのか、気合の入った返事をした。これで篠ノ之も専用機持ちになったのか……本当に?
負けてしまった俺にはどうしようもないか
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専用機持ち全員集合
「では現状を説明する」
旅館の一番奥に設けられた宴会用の大広間、風間の間では専用機持ち全員と教員陣が集められた
薄暗い室内の中央で大型の空中投影ディスプレイが浮かんでいる。
「今から二時間前、ハワイ沖で試験稼動にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型の軍用IS『
いきなりの説明に織斑と篠ノ之は面を食らったようにポカンとしている。軍用ISと言う言葉に聞き覚えが無かったからだろう。そしてそれが暴走したという情報量の多さが頭をポンコツにさせてしまったか。
きょろきょろと他のメンバーを顔色を伺っていた。全員が全員厳しい顔つきだった。
正式な国家代表候補生ならばこの重大な危険性の対策訓練などは一通り経験はしているだろう、特にラウラは軍人だ。他のメンバーよりも厳しいだろう。
「その後、衛星による追跡の結果ここから二キロ先の空域を通過することが分かった。時間にして五十分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することとなった」
千冬の反応は渋々だった、そして次の言葉は誰もが予想していなかっただろう。
「教員は学園の訓練機を使用して空域および海域の封鎖を行う。よって本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう」
危険だ。そう言いたかっただが止められる状況じゃなかった。
「それでは作戦会議を始める。意見があるものは挙手するように」
「はい」
早速、手を挙げたのはセシリアだった。
「目標のISの詳細なスペックデータを要求します」
「分かった。ただしこれは二カ国の最重要軍事機密だ。けして口外するな、情報が漏洩した場合諸君には査問委員会による裁判と最低二年の監視がつく」
「了解しました」
未だに現状が飲み込めていない二人を置いてきぼりにしながらもセシリアをはじめ代表候補生の面々と教師陣は開示されたデータを元に相談、アイディアを始める。
広域殲滅を目的とした特殊射撃型、オールレンジ攻撃が可能であり攻撃と機動力極振り、スペック上ではそこら辺のISを超えている。第三世代型特有の特殊武装がかなりの曲者、そして格闘性能などが未知数だ。
これに対応を追われないといけないとはな……
「これに対して偵察は行えないのですか?」
「無理だな。この機体は現在も超音速飛行を続けている。アプローチは一回が限界だろう」
「一回きりのチャンス、と言うことはやはり一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかありませんね」
山田先生の言葉に、全員が俺と織斑を見る。なるほど雪片とブラストか……だがそれは無理だ。俺では不可能だ。あの兵器で的確に撃ち抜くのは至難の業、俺の技量では不可能だ。
「零落白夜か」
「それしかない、お前の身体が万全であったのならお前にも任せたかったのだがな」
「無理だ、超音速飛行できるほどのパワーは俺の黒式には無い。だが目標まで追いつける速さが出る機体と、目標を一撃で仕留められる一撃を持った機体はいる。それに掛けるしかないだろう」
俺では役不足だ、今は織斑と篠ノ之を信用するしかない。
「それって箒と俺でやるってことか!?」
「「「「「当然!」」」」」
五人の声が見事に重なったな。
「織斑。これは訓練ではない、実戦だ。もし覚悟が無いのなら、無理強いはしない」
千冬にそう言われて少し考えている、俺の方を少しばかり見る。
織斑のことを信用していないわけではない、今までの訓練を見れば格段に良くなって来てはいる。たった三ヶ月という短い時間だっただがその中でも確かに成長していた。
「俺はある程度お前の強さを認めている、だが一つだけ忠告しておく」
俺の言葉を聞いた織斑はごくりと息を飲んだ、そんな厳しいことは言わないっての……
「これは実戦だ例え空域、海域にイレギュラーな存在。例えばヘリや船がいたとしてもそいつらのことは無視しろ、本来なら侵入できないはずの場にいるのは犯罪者と同意儀と思え。でなければ死ぬぞ」
「はい!」
俺の言葉を受け取った織斑の視線は真っ直ぐだった。いい顔つきになったものだな、お前そっくりだよ千冬
「よしそれでは具体的な内容に入る。現在、この専用気持ちの中で最高速度が出せるのは紅椿。だが超音速下での戦闘経験は一切無い状態だ、そこで誰かにサポートをして貰う形になる。誰か出てくれるものはいないか?」
「それでしたら私が、丁度イギリスから強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』が送られてきていますし。超高感度ハイパーセンサーもついています」
全てのISには『パッケージ』と呼ばれる換装装備が存在する、単純な武器だけではなく追加アーマーやスラスターなど装備一式を指す。その種類は豊富である
専用機限定の『オートクチュール』と言うものが存在するが俺は見たことは無い。これを装備することで機体の性能を大幅に変化することが出来る、それは俺の黒式が近中距離型なのに対してTパッケージを搭載したことで中遠距離型としての色が強くなったようにな。
ちなみに俺とデュノアを除いて一年は全員セミカスタムのデフォルトになっている、基本に慣れなければパッケージなど意味が無いからな。
「それじゃあ束、紅椿の詳しいこととかはもろもろ任せる……俺は少し治療してくる」
「はーい」
「と言うことで任された束さんだよ~」
俺は彼女の説明を聞かずに、その場を後にした。黒式のコア、他ISとのコンタクトが出来ればもしやと思ったが……そもそもあの場にいけるかどうかだな
「ということで紅椿は私が開発した第四世代型なんだよ~展開装甲はより発展したタイプにしてあるからやろうと思えば攻撃・防御・機動と用途に応じて切り替えが可能だよ」
多国が多額の資金、膨大な時間、優秀な人材を全てつぎ込んでいるのにもかかわらず、この人はまるでそれが無意味だと言うように簡単に創って見せた。やっぱり天才で天災だ。
「やり過ぎだ束……」
「つい熱中しちゃったんだ~でも紅椿はまだ完全体ではないから大丈夫だよ~」
そういう問題ではないだろうけど、完全体にすればこの作戦は成功するのだろうか?ならばお互いに全力でサポートしなければいけないな。
「それにしてもあれだね~海で暴走って言うと、十年前の白騎士事件を思い出すね!」
ニコニコとした表情で話し出す束さん。その横では千冬姉がため息をついていた。
『白騎士事件』
これを知らない人は世界にいないだろう。
十年前に束さんが開発したISは当初、その成果を一切認められなかった。
『現行兵器全てを凌駕する』の歌い文句を誰も信じなかった、性格にはそう信じるわけにはいかなかったと言うことにもなる
ISの発表から一ヵ月後、それは起きた。事件と言うにはあまりにも異常で、これ以上ないほどの緊急事態だった。日本を攻撃可能な各国のミサイル約三千発。それが一斉にハッキングされ制御不能に陥り発射されたのだ。ミサイルの中には核もあり日本は絶体絶命だった。誰もが混乱と絶望のまった中だった。
そこに現れたのが白銀のISを纏った一人の人物、初期型のISはバイザー型のハイパーセンサーであったため、顔が隠れていた為身元は一切分からなかった。そのISは日本に向けて放たれたミサイル全てを―――
「ぶった斬ったんだよね。ミサイルの半数を。あれはかっこよかったな~」
剣でミサイルを切り裂いたと思ったら突然試作型だった大型荷電粒子砲をいきなり展開し、残りのミサイル全てを撃ち落していった。
これを目の当たりにした各国の行動は早かった「目標の分析、可能であれば捕獲。無理ならば撃滅」
最新鋭だった兵器も数多く導入されたが、全ては白騎士の前に無力だった。
ISは戦闘機とは違い小回りが利く、戦艦とは違い強靭な装甲を持っていた。白騎士は各国の戦力を削っていくが人命は一切奪われていなかった。
そして世界はある一つの結論に出た
『ISを倒せるのはISしかない」
そうして世界にISは究極の機動兵器として名を轟かせることなり、敗北者である各国は篠ノ之束の言葉を受け入れざる終えなかった。
「それにしても白騎士ってだれなんだろうね~?」
「知らん」
「うむん。私の予想では―――」
「黙れ、話を戻すぞ」
束を出席簿で叩いて黙らせる、相変わらずの手段方法だな。
束に紅椿の調整を任せ、残りは全て現状待機と言う形になった。白式にはセットアップとエネルギーの補充、ブルー・ティアーズは既に量子変換してある為いつでも換装が可能になっている。流石だと言わざるえない。
「じゃあ始めるよ!」
それぞれ作戦準備に取り掛かり始めた
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専用機全員集合!?
千冬達が作戦会議をしている中、俺は部屋に戻り負傷した箇所の治療と破損したパッケージの修復を行っていた。
あの機体が多少は制御されていたとしても、真正面から喰らってしまえば致命傷になりかねない。絶対防御の重要性が良く分かる、俺のIDにも部分的な絶対防御をつける必要があるな。
「さてと……黒式、少し相談させて貰うぞ」
黒式のコアと出会えることを信じながら、俺は軽く眠りについた。
目を開けるとそこは青い空が広がっていた。あたり一面は水面であり青空が綺麗に映し出されていた。
どうやらまたあの場所に来る事が出来たみたいだな、あとは彼女を探すだけだ。
「誰を探してるって?」
探さなくても良かったみたいだな、それに前にも居たメンバーがいるし見たことも無いコアもいる。赤と白と銀、それとオレンジ、うん絶対あいつらのISコアの人格だ。なにこれここまで繋がってる場面に出くわすことがあるとは思わなかったんだが、こういうこともISならありえるのか?シェアリングとはまた違う状況なのかもしれないな。
「銀の福音を止める為だからね、私たちも集まっておかないとね?」
「作戦会議しつつも世間話をしたりするんですよ」
なるほど、そういうものなのか。ISの人格も人間と変わらないな。それに可憐な少女たちだし。
「可憐だなんてそんな~」
あぁもう俺の心は皆に筒抜けなのね。なんでなの?なんでここまで簡単に読まれるの?ISだからじゃないよね絶対、それ以外のシステムか?いやそんな分けないなということは顔に出ていたのか?
「簡単ですよ?」
「そうか」
なんか辛いな……もういいけど。それにしてもこの中では白と黒、赤が大人びているな、やっぱり創られたコアごとに年齢が変わるのか?
「貴方が好む体系になっているだけよ」
「そうかそうか、じゃあ最初は子供系が好みだと思われていたってことか~ぶっ飛ばすぞ」
「まぁまぁ落ち着きなさい、それで貴方があったことのないコアたちだけど。左から紅椿、白式、弐式、リヴァイヴよ」
白式と紅椿以外幼すぎるだろ!どうなってるんだよ小学生か?まだそのくらいしか経っていないと言うことなのか?
それで作戦会議といっていたが、具体的な作戦はあるのか?
「その前に紅椿と白式、弐式が言いたいことがあるんだってさ」
「三人が俺に?」
余り身に覚えが無いのだが、特に白式。俺とはほとんどかかわりが無いはずだ。弐式と紅椿はなんとなく分かるが、白式お前は一体何なんだ?
「では私から、貴方のおかげで簪の元までたどり着けたこと、設計通りに開発してくれたことに感謝しています」
「いやあれは完全に企業の責任だった、長いこと待たせてしまってすまなかった。俺がもう少ししっかりしていればあんなことにはならなかった」
「いいんですよ、結果的に本来のスペックよりも格段に良くなりましたし。設計段階から問題のあった箇所も改修が施されてます。これは黒神さんの腕の力ですよ」
そう言ってくれるだけありがたい、俺がしてきたことは間違いではないということなのだろうから。これからもよろしく頼むと伝え、彼女と手を交わした。簪に似てまじめな子でよかった
「じゃあ次は私ですね、紅椿と言います。束さんに開発された第四世代型ISのコアであり―――」
「赤月?」
「憶えてくれてたんですね!」
その言葉に彼女は驚いた表情をしていた、第一世代型IS『赤月』。それは束に開発された最初期のISの一つである。これの搭乗者は誰だったか……忘れてしまったがこの機体はかつて千冬の愛機だった『暮桜』を損傷させてしまった。
赤月の単一仕様能力は「全てのISの弱体化」でありこれは強大すぎるため、封印することととなった。最初期のIS、そしてその能力それはまるで王のようだった。
さてなぜその機体のコアを俺が知っているのかだが、実は赤月は俺が止めたんだ。正確に言うのであれば止まってくれたの方が正しいかもしれないな。
「王だなんてそんな……」
照れているのか、だが今は違うはずだ。赤月は解体されたはずだしもう機体は残っていない、コアだけはこうしてちゃんと残っていたみたいだな。
「それで、俺に一体?」
「黒神さんの身体にまた傷をつけて!申し訳ございませんでした!」
それは見事な土下座だった、額を地面にこすり付けてしっかりと反省しているかのようだった。だが彼女に謝られる理由は無い、あれは完全にこちらの判断ミス。こちらに問題があったのだ彼女が気にする必要は無い。
「しかし!」
「いいの!もう傷口は治したから謝らなくていいの!」
「しかしあれは動こうと思えば動けたんです!ごめんなさい!」
「良いって、気持ちだけで十分だ」
それよりも今後のことが問題だ、銀の福音を止めるのに対して彼女を使わなければならない。紅椿と白式のSEをなるべく減らさないようにしなければ、あれを停止させることは不可能だろう。ただ搭乗者は織斑と篠ノ之だということだ、織斑は普段の成果が出ているのかかなり操縦技術に磨きがかかって来ている。遠距離と近距離を同時に相手することには未だに粗い場面が見られるがそれでも確実に成長の兆しが見えている。
対して篠ノ之だ、彼女は専用機をつい数時間前に譲渡されたばかりだ。全ての機能を理解していたとしても、扱いきれるとは限らないのだ。そして彼女の考え方も問題だ。打鉄に搭載されているアサルトライフルを一切使わない近接戦闘特化型、それを見越してのあの刀の能力だろう……任意のロック機能がついているのが救いだろう、縦横無尽になぎ払っていたら二次被害どころではなっただろう。それだけはナイスだ束。
「そしてお前は……」
「そう私だ」
「こうして会うのは何年ぶりだろうな」
「あの事件以来だろう、随分と成長したな」
頭を撫でてくる、コアは知能を得ることは出来るが見た目は変わらないんだな。まぁおばちゃんになっている白騎士は見たくないかな。このコアの人格と出会うのも二度目だ、最初にあったのは白騎士事件の前日だ。何故あったことがあるのかと、それに答えるのであれば「白騎士は俺が整備していた」からである。だがその時俺はISを動かすことは出来なかった、これには色々と理由があるのだがそれはまた別の機会に話すとしよう。
白騎士は最初に作られたISではあったが、世代的には暮桜と赤月が第一世代型に該当する。白騎士はISでありISではないという複雑な立ち位置である。
「なんとなく察してはいたが、白騎士のコアが白式に使われていたか」
「私もまさか織斑姉弟に使われるときが来るとは思わなかったがな」
「今の操縦者はどうだ?」
「ハッキリ言って弱いな、どうしても織斑姉と比べてしまうが……全てにおいて下回っている、伸び出ている能力もあまりない。総合的な技術不足だ」
やっぱりあの領域までは時間がかかるか、世代による差があるとしてもそこまで人格に言われてしまうとは。織斑臨海学校終わったらトレーニング三倍だな
「それより撫でるのやめてくれないか?」
「良いじゃないか~久しぶりに会えたのだから~」
やめろって言ってるだろ、それに周りの目が辛いんだよ。特に黒式は凄い睨みつけて着てるからな?理由はまったくわからないけど!それにこの歳で撫でられるのは心に来るものがある
「白騎士、今はそんなことをしている場合ではない。今はあいつを停止させるのが先決だ」
「勿論わかっている、だが正直言ってしまうとこの作戦は失敗すると思う」
そんな事はないと言いたかったが心当たりなどがさまざまある、だがこの作戦が失敗したらどうすればいい?超音速飛行をすることが出来るのは今のところブルー・ティアーズのみ、パッケージを開発するにしても三十分でというのは不可能だ。出来るとするのであればTパッケージのビットを全てスラスターに転用した後、別のパッケージに交換しながら戦うくらいだろう。だがこの作戦は勝てることが前提だ、全てのSEを使い切ってしまったときを一切考えていない。完全に特攻だ。
「私はその考えに反対、絶対に反対」
「私もです」
「同じく」
勿論反対されているのはわかってた、だがこれを実行することが出来れば残っている専用機持ちに情報を与えることが出来る。自身の犠牲を持って
「絶対に駄目だ、自己犠牲など無駄だと理解しているだろ!」
「いや無駄な犠牲と、無駄ではない犠牲もあるんだ。俺が成そうとしているのは無駄ではない」
「どうしても考えを捨てる気はないのね?」
「あぁ」
勿論だ。それに一人の命で済むものなのであれば良いじゃないか
「でもそれをする前に私たちで終わらせれるように考えましょう」
「……そうだな」
今は二人を信じるしかないのだから、俺が出るのはもしもの時か
「それじゃあこの作戦で行くぞ」
「わかった、紅椿も頼んだぞ。万が一操縦者が意図しない場面に出くわした際は」
「わかりました」
「そしてその他の皆は伝えた通りに頼む、きっと彼女たちは止まらないだろうから」
彼女たちには緊急事態の際に行ってもらうことを、紅椿と白式には操縦者の安全優先と銀の福音の停止、最悪の場合はコアの破壊。
あの操縦者にはなにも責任はない、だから死なさず殺さずを貫いてもらうことにした。そして黒式には万が一の場合に備えての作戦を伝えることにした、彼女は納得することは最後までなかったが……これだけは譲れない。俺の性格を知っているのであれば最低限はついて来てほしい。
「それでは解散!」
コアの人格と別れ意識を目覚めさせた頃には、既に三機の機体が銀の福音に向かっていた。
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作戦開始
時刻は十一時半を過ぎた。七月の日差しは相変わらず晴れ渡り、容赦なく降り注いでいた。俺と箒はお互いの専用機を展開して指定の場まで向かっていた、その少し前ではセシリアによる超音速飛行のサポートが行われている状態だ。一撃必殺の武器を持つ白式と第四世代の紅椿、この二つがあれば確実に勝てる……勝てるのかな、正直言って不安だ。それに千春から言われたあの言葉
「イレギュラーな存在は無視しろ」
これはたぶん俺の甘さを捨てろって事なのかもしれない、あいつは俺に「ある程度認めている」と言っていたが認められていないのはその甘さなのかもしれない。例外な事があったとしても敵を逃さずに、自身が落とされないようにする。最低限度の忠告だったのか?それとも紅椿を過信しすぎるなって事なのか?
どちらにしろ油断するなって事だろ、成長したところしっかり見せてやら無いとな!
『織斑、篠ノ之聞こえるか?」
ISのオープン・チャットから千冬姉の声が聞こえる。声を出さずに俺と箒はうなずいた。
『今回の作戦は
「了解!」
「織斑先生、私は状況に応じてのサポートをすればよろしいですか?」
『そうだ、だが無理はするな。お前は専用機を使い始めてからの実戦経験は皆無だ。突然問題が出るとも限らない』
「わかりました、出来るだけ支援します」
彼女の言葉は何処か落ち着いているが、何処か弾んでいて浮ついているような気がした。
『織斑』
「はい!」
突然千冬姉からプライベートのほうで通信が入ってくる、急なことだから声が裏返ったじゃないか
『篠ノ之はどうも浮かれている、あの状況で何か面倒なことを起こす可能性がある。そのときはお前がサポートしてやれ』
「わかりました、意識しておきます」
『頼んだぞ、黒神から言われたことを忘れるなよ』
そうしてプライベートからオープンに変わったとき、作戦開始の命が出た。紅椿のサポートを終えたセシリアは寮へと戻り緊急時の対応を任されることになった。彼女が離れたとき箒のISは瞬く間に加速して行った、そしてハイパーセンサーの補助機能により標的を見据えることに成功した。
「あれだ一夏!一気に加速するぞ!」
「おう!」
「標的に接触するのは十秒後だ!しっかり集中しろ!」
わかっている、だがなんだこの違和感は嫌な予感がするぜ。
紅椿がスラスターと展開装甲の出力を上げる、心の中でカウントをしながらしっかりと着実に雪片を当てるイメージを作り出す。
そして十秒後、俺は零落白夜を起動した。それと同時に瞬間加速を使いさらに間合いを詰める、この距離なら外さない!そう思っていた次の瞬間だった。
福音は最高速度を維持したまま、こちらに反転し後退の姿勢を取った。センサーが反応したのだろう。だがこれによって一度体制を立て直すくらいなら、このまま一撃を押し込んだほうが確実に良い。この間合いで引くには遅すぎる、相手の反撃が来る前にSEを全て削りきればいいだけだ!
「敵機確認。追撃モードへ移行。《
突然オープン・チャットから機械音声が流れてくる。無機質の声のはずなのに俺はその音声からハッキリと『敵意』を感じ取ることが出来た。嫌な予感は当たってしまったか、予想は数秒も掛からずに現実となる。
福音が身体を一回転させ、零落白夜によって生み出された刃を超精密コンピュータが叩き出した僅か数ミリの精度で回避した。千春でもここまで精密な回避は出来ないだろう、最低限の動きで攻撃を回避するのに、
「あの翼が急加速を生み出しているのか!」
紅椿のようにウイングが加速装置になっている
「箒!援護頼む!」
「任せろ!」
時間をかければかけるほどこちらが圧倒的に不利だ、箒に背中を預けて再度福音へと斬りかかる。しかし相手は紙一重の回避を何度も繰り返して行く、それはまるで踊っているようだった。おちょくられている様な気もするが気のせいだろう。
見事に相手の動きに翻弄され、零落白夜の残りエネルギーが迫ってきていることもあって俺は内心焦っていた。その隙を見逃すほど相手は生易しくない。
銀色装甲の一部、それが翼を広げるかのように開く。そして見えてきたのは―――
「砲口!」
一斉に開いた砲口からは光の弾丸が発射されてくる。その弾丸は、高密度に圧縮されているエネルギーで、羽のような形をしている。それが次々とアーマーに突き刺さったかと思うと、次の瞬間には圧縮されたエネルギーが暴発するかのように一気に爆ぜた。
爆発する弾丸。ゲームやアニメで例えるとするのであれば炸裂弾や榴弾、起源弾とかだろう。それらだ無数にこちら目がけて放たれくる、恐ろしいことこの上ない。救いなのはそれほど高くない精度、それを連射性能で補っている。わずかでも触れて起爆してしまえば連鎖反応は拒否できないだろう。
「箒、左右から攻めるぞ!お前は左から頼む!」
「了解した!」
複雑な回避行動をしながらも、連射の手を止めない福音へと左右からの二面攻撃を仕掛ける。だが軍用ISの出来のよさは俺たちの腕ではどうにもならなかった、俺たちの攻撃はかすりもしない。福音は回避に特化した動きで、それ以上の反撃までしてくる。特殊型のウイングスラスターは、奇抜な外見とは裏腹に恐ろしいレベルの実用性を秘めている恐ろしいものだった。
「一夏!私が動きを止める、だからお前は残っているもので斬れ!」
「わかった!」
そう言うなり、箒は二刀流スタイルで突撃と斬撃を交互に繰り返す。腕部展開装甲が開き、そこから発生したエネルギー刃が攻撃に合わせて自動的に射出して福音を狙って行く。
福音も化け物だが、束さんが造ったこの機体も十分化け物だな。
紅椿の機動力と展開装甲による自由自在の方向転換、急加速を使って福音との間合いを詰めて行く。この猛攻にはさすがの福音も防御を使い始めた、だが箒それはいくらなんでも無謀だ!
「La……♪」
そう甲高いマシンボイスが響いたその刹那、ウイングスラスターはその砲門全てを開き箒に向けてきた。箒は瞬間加速によって福音と距離を詰めている途中だった、彼女も間に合わないと思ったんだろう必死に防御体制に入っている。
光弾は無慈悲にも箒にと放たれる、紅椿の装甲が抉られるように削られて行く。だが隙は出来た。標的が箒に集中して定められているのであれば、背後から斬りつけてしまえば良い!
瞬間加速を使っての一撃、これが当たらなければ撤退せざるおえない。失敗するわけには行かない!
「当たれ!」
そうして福音の装甲に刃が届いたときだった、雪片から光が消えて展開装甲が閉じてしまった。エネルギー切れだった。最大にして唯一のチャンスにて頼りであった零落白夜は消えてしまった、作戦の要もなくしてしまった。
「しまった!」
「こんなときに……」
白式と紅椿から光の粒子が出始めている、ISを展開しているのがやっとな状態であると言うことだろう。ここがIS学園であったのなら既に試合終了だろう、だがこれは実戦。福音は俺たちから一端距離をとり、再び一斉射撃モードへと移行していた。
このままでは二人ともダウン。仮に絶対防御分のエネルギーを確保していたとしても、あれを喰らってしまっては一溜まりもない。
「箒!」
気がつけば俺は箒の前に飛び出し、彼女を庇っていた。こうすれば被弾するのは一人で済む
「ぐああああっ!!!」
光弾が一斉に降り注ぐ。エネルギーシールドでは相殺できないほどの衝撃が何十発と続き、みしみしと骨が悲鳴を上げている。アーマーは爆発で破壊され爆破の熱波で肌が焼けて行く。
気が狂いそうなほどの激痛が無限に続く中、一筋のレーザーが福音に降り注いだ。あぁこれはあいつだな。
「織斑!篠ノ之!」
黒い機体に身を包んだ千春の姿を最後に、俺は気を失ってしまった。
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犠牲は誰のために?
皆は予感を信じるだろうか?いやある程度の人は気のせいか、として無視していることが多いだろう。だがその予感は当たっていることが多い。
それが今俺に起こっていた、コアとの会議から目覚めた俺は二人の機体の行方を追っていた。もちろん千冬には黙ってだ。まぁ仮本部が二人の状況を監視しているだろうし、これがバレてしまうのは時間の問題だろう。
ハイパーセンサーによる二機の捜索を開始しつつも、想定外の敵に出くわさないように警戒をし始める。超音速加速はこの機体では出来ないがそれくらいの速度を出すことは出来る、逃げられたら追いつけないだろうな。
「発見……あいつ無理しやがって!」
拡大表示された三機の状況は酷いものだった、特に白式は装甲があまり無く織斑を守れて居ない状況だった。だがその後ろで篠ノ之を守っている、守るために自己犠牲か……
気が付けば俺は福音に対して狙撃を行っていた、それに気がついたようで福音も回避に専念し始めた。
「織斑!篠ノ之!」
二人の安否を確認するために近づく。織斑は篠ノ之に抱かれる形で気絶し、皮膚が焼けてしまっている。ISでもカバーできないほどだったか。
対して篠ノ之、気絶した織斑に必死に呼びかけていて軽いパニックを起こしている。紅椿はまだ少しだけのエネルギーが残っているが戦闘続行は不可能だ、だがこのままにしておくわけにもいかない。
「篠ノ之、退却しろ」
「織斑!目を開けろ!」
「……篠ノ之!」
「はっ!」
「退却しろ、今そいつに呼びかけても無駄だ。今すぐに寮に戻って治療してもらえ」
「で、でも!」
「いいからさっさと退却しろって言ってんだろ!」
俺は強制的に篠ノ之を寮へと戻した、さてさて?軍用ISの実力見せてもらおうかな?少なくとも戦術を間違えたら死だ。
第四世代の力を持ってしてもここまでダメージが与えられないと思わなかった、それほどまでに高性能で回避特化か。スラスターは砲口になりそこからは羽の光弾が放たれる、何砲口あるのか詳しいことは不明だがあれが主力武装なのか?
『黒式、データ表示できるか?』
俺は何も居ない空間に話しかけた、勿論黒式は何も話してくれない。だがそれに答えるように黒式はいくつかのパネルを表示した、それはどうやら白式と紅椿が交戦した際に得たデータのようだ。
なるほど確かに軍用ISらしい数値だ、射撃特化の機体だが回避にもパラメータを振っている。大型スラスターは広域射撃武器と融合させた新型か、高出力の多方向推進装置……逃げられたら面倒だな。
「十分だ」
全てのパネルを閉じ俺は福音と向かい合う、悪いがここから先は通行禁止だ。俺の退屈しのぎになってもらうぜ!
「織斑先生!」
「あいつ……!」
大画面には福音と戦闘を続ける黒い機体が映し出されていた、福音にはまったくかなわないスペックの黒式でなにをするつもりなのか。確かにあの機体にも雪片は積まれている、だが白式程の力は無いんだ。
私は直ぐに下がるように無線をつなごうとした。しかし「相手はこちらからの通信を拒否しています」と電子音が流れた、どうやら徹底的に交戦するつもりのようだ。そっちが万全になるまで俺が時間を稼ぐというのか?無謀だ。お前は直ぐにそうやって犠牲になろうとする、VTシステムのときもそうだ。
「どうして、どうしてそれしか」
「織斑先生、今は織斑君の治療を!そして作戦の再構築が必要です!」
「わかっている。わかっているが……」
こちらの二人は満身創痍。白式は特に酷く、束によると完全復活させるには一時間掛かるようだ。それはかまわないのだが操縦者である一夏が意識不明の重体である事が問題なのだ、白式は基本的に織斑にしか扱えない。
こんな状況下でどうすれば……
「織斑先生!黒神さんとのコンタクトが取れました!」
「なに!?」
「ただあちらの声は一切聞こえません、それに謎のデータが大量に送られてきます!」
モニターを見ると無数のシステムデータと思われるものが送られてくる、こういうのに詳しいのは大体束だ。これは束に頼るしかないだろう。
そう思い声をかけようとすると、既に彼女は事態に取り組んでいた。データを解析解読している彼女の額からはうっすらと汗が流れている、どうやら莫大過ぎて対処するのが遅れ始めているらしい。
「織斑と篠ノ之を除いた専用機持ちは集まれ!再度作戦を立てる!束、データの解析が終わり次第伝えろ!」
「勿論!」
おそらく私の予想からして送られてきているデータはあのISのデータだろう、それをあいつは戦闘を続行しながらも送り続けている。むちゃくちゃだな。
モニターに映っている彼の姿を見れば、羽の光弾を打ち消しながら的確に回避行動をしている。黒式の見た目が異なっているがおそらくパッケージを変えているのだろう、オルコットのティアーズに似たデザインになっている。紅椿戦によってウイングが破壊されたが、何とか修復が済んだようだな。
BT兵器を使用しながら相手の退路と光弾を消して行く、それでも相手の弾幕のほうが凄まじい……やはり耐久戦になればなるほど苦しいのはこちら側か。
使い勝手が良いパッケージだがその分使用者の負担も激しいようで、千春からは苦虫をつぶしたような表情が伺える。
片手からまばゆい光が放たれる、どうやらBTだけでは流石に無理なようで銃を二つ取り出した。ひとつはカノンだがもうひとつは一体なんだ?自動拳銃型だが……
「コマンド。徹甲弾を打ち出せる小型拳銃、だけど緊急用の装備だから弾薬はそこまで作ってないはず」
束が解析を進めながら武装の解説を行う。こいつを開発したのは束だったな、詳しくて当たり前か。だがあのウイングは知らなかったようで少しばかり戸惑っていた、千春が勝手に外装パッケージとして開発していたり改修を加えていると言うことだろう。
「それでも、状況は依然変わらない。あいつが苦しいままだ!」
「わかってるよ!だから今必死に治して解析しているんでしょ!」
「二人とも落ち着いてください!」
言い争いになりそうな私たちを山田君が止めてくれた、後ろに居るラウラ達は画面に映る千春を心配そうに見つめていた。
頼むから前回のようにならないでくれよ!千春!
BTから僅かだが光が出始めている、これはエネルギー切れの前兆。30分も最大火力を維持していれば切れても仕方ないだろう、まだまだ改良が必要だな……
「Laa♪」
勝機と見た福音は一気にこちらに加速してくる、確かに従来のISでは活動限界の合図になるだろう。だが俺のはちょっと違うんだよな!なぜなら切れたSEはパッケージ分だけだからな!
「慢心ほど酷いものは無いんだよな」
零距離で止めを刺そうとしてきた瞬間、俺の黒式が輝きだした。これは絶対防御の一種であり黒式にしか搭載されていないものである、部分的にしか展開は出来ないがその分目くらましにも使えるかもしれない。
突然の光に驚いた福音だがそれはこちらにとって絶世のチャンスだ、換装したRパッケージに搭載されているパイルバンカー《神殺し》を腹部に押し付け12発全てを叩き込む。流石の福音もこれには悲鳴を上げる、だがまだまだこの状態は保たせてもらう。パイルバンカーの次は20ゲージのショットガンを連射する。これに対抗するように光弾をぶつけて来るが、自分の装甲にも光弾が当たってぼろぼろになっている。我慢比べってか?だがその前に搭乗者の安全だけは確保させてもらうぜ!
「悪いけど少し福音とは分かれてもらうぞナターシャ!」
俺は福音から操縦者を引き剥がす、これをするためには
チャンスは勿論一度きり、純正の剥離剤とは違うため副反応が起こってしまうかもしれない。ISコアの人格が一人歩きし暴走してしまえば、対処しづらくなるのは当然のこと最悪の場合コアを破壊しなければならなくなる。
貴重なコア……黒式たちと同じ少女?を殺したくは無い。せめて何かしらの対話が出来ればいいのだが。
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墜ちた黒、立ち上がった白
剥離剤によって操縦者の安全を確保すること、それには成功したものの……お互いの機体はボロボロ、稼動しているのがやっとの状況だ。
ナターシャを救出しISもおとなしくなってくれると思ったが、やはりと言うべきか物事はそんなに上手くいくものではない。
「ISが、自分の意思で動いてる!?」
操縦者は居ないはずなのに、どうやって動いているんだ。本来操縦者が居るであろう場所は装甲が変形し塞がっている、ウイングからはエネルギーのようなものが飛び出ていて、それがウイングの機能になっているのか。いやそもそも先ほどまでの福音ではないこれではまるで―――
「
二次移行は本来稼働時間と戦闘経験が蓄積されることにより搭乗者とコアの同調が高まることで単一仕様能力が発現するのだが、この福音は搭乗者とコアが離れている。まず移行することは無いはずなのだ。
だが今目の前に居る福音は先ほどまでの機体ではない、完全に装甲は復活している。戦闘で追い詰められたことで防衛機能でも働いたか!?それだとしても機体自らが第二形態移行するなど不可能、となれば無理やり移行したか……恐ろしいものだな
「Laaaaaaaa」
確実な殺意だ、無機質音なのにも関わらずそう感じた。瞬時にブースターを起動しあいつから離れる、今回ばかりは本当にまずいことになった!あいつらでも対処しきれるか?いや……対処できるようにしないと駄目か。
「とにかくナターシャを安全なところまで非難させないと!」
気を失ってしまっている彼女を岩場などに置かなければ、あのISと対峙することが出来ない。狂気的なISを対処できるのはマジで代表者やよほどの訓練をつんだ操縦者しか居ないだろう、だがこの状況でそんな人材が居るわけも無い。最悪だ。
「―――けて」
か細い声が聞こえてきた。声の主は福音の操縦者であったナターシャ・ファイルスだった、機体に振り回されていたが何とか身体は大丈夫そうだな。
「大丈夫かよ?」
「あの子は……」
「システムがエラーを起こしているみたいでな、暴走状態だ」
「そんなっ」
「お前はここで救助を待ってろよ、絶対に動くなよ!」
千冬たちにも発見しやすいように、発信機を渡しておく。俺は福音の対処だ!
旅館の一室。壁にかけられている時計は三時前を指している。
ベットで横たわる織斑一夏はあれから一切目を覚まさない、その傍らでは篠ノ之箒が酷くうなだれていた。
(私のせいだ)
織斑をここまで追い込んでしまったのは自分のせいだと攻めるように、ぎゅうっとスカートを握り締めていた。
『作戦は失敗。状況は黒神による維持。状況に変化があれば招集する、それまでは各自現状待機だ!』
黒神とすれ違い、どうにか旅館まで戻ってこれた彼女を待っていたのはその言葉だった。負傷した織斑の手当てを指示した千冬は、すぐさま作戦室へと向かう。
(どうして私は……いつも)
いつも力を手に入れるとそれに流されるように振るってしまう、その得た力を使いたくてたまらないのだ。どうしても抑えられなかった、その結果がこれだ。
自身のわがままでISを欲し、それを使った結果がこれなのだ。彼女の心の中ではISに乗りたくないとさえ思えてくるような出来事が目の前で起きてしまったのだ、わがままであるが好奇心に負け忠告を無視してしまったのは自分の責任だ。
ひとつの決心をわがままにも自身で片付けようとしているときに、突然ドアが乱暴に開かれる。音に驚いた箒だったが、その方向に視線を向ける気力すら失われていた。
「わかりやすいわね」
遠慮なく部屋に入って来た彼女は、うなだれた箒の隣までやってくる。その声の主は鈴だった。
「あのさぁ」
話しかける鈴に対し、箒は一切答えることなくうなだれている状況だ。答えないのではなく答えられないのだ。
ISには操縦者を保護するための絶対防御がある、しかしそれにも限界がある。織斑一夏はその致命領域対応によって昏睡状態になっている。
この状況はISに存在する全エネルギーを防御に回すことで操縦者の命を守ることが出来る、しかしこの状況が起きるということはISの補助機能を深く受けてしまった状態でもあるのだ。それが故に、ISのエネルギーが完全に回復するまで、操縦者は目を覚まさない状態になってしまうのだ。
「で?落ち込んでいますってポーズ?ふざけてるんじゃないわよ!」
烈火の如く怒りをあらわにする鈴は、うなだれたままの箒の胸倉を掴んで無理やり立ち上がらせる。
「やるべきことがあるでしょうが!今戦わなくてどうするのよ!黒神さんだって限界があるのよ!」
「私は……もうISは、使わない」
「ッ―――!甘えてんじゃないわよ!」
次の瞬間、彼女は箒の頬を打つ。支えを失った箒はその場に倒れる。そんな箒を再度鈴が締め上げるように振り向かせた。
「専用機持ちってのはね!そんなワガママが許される立場じゃないのよ!アンタは何のために専用機を造ってもらったの!?」
鈴の瞳が箒と瞳を直視する、そこにあるのは真っ直ぐな闘志と怒りに似た赤い感情だった。
「誰かを守りたいとかじゃなかったの!?ただ力がほしかっただけなの!?違うでしょ!」
その言葉が箒の心に届いたのか、箒の表情には闘志が燃え上がっているように伺える。
「ではどうしろと言うんだ!頼みの綱である一夏はこの状態だ!私たちのISで出来る範囲は限られている!」
自分の意志で立ち上がった箒を見て、鈴はふぅとため息をついた。
「行くわよ、黒神さんが何とか足止めしてくれてるんだから!」
「わかった」
気がつくと俺は砂浜にうつ伏せになっていた、確か俺は箒を庇って……
「気絶した」
突然背後から少女の声が聞こえた、振り返るとそこには白いワンピースを身にまとった少女が立っていた。こんなところに女の子一人と言うのはおかしな話だ、保護者は一体どこへ行ったのだろう?
「状況が飲み込めていないようだけど、今はそんな場合じゃないの。さっさと目を覚ましてくれなきゃ死人が出るわよ?」
「死人だって?」
「貴方も良く知ってるでよ?黒神千春」
そんなはずは無い、ISには絶対防御があるから死ぬはずは無い。なのになんであいつが死ぬんだ!?俺はやっとあいつに認められてきたばかりなんだ、きっちり男として認められるまで絶対に死なせるものか!
「私もそろそろ本気で行きましょうか、第二次移行形態……」
「なんだそれ?」
「詳しいことはお友達に聞きなさいそれじゃあね!」
そういって彼女は消えていった。いや俺がその世界から消えたのだろう。
再び目を覚ますと見たことのある天井だった、身体の痛みは癒えていないが動くには十分だった。その後どうなったのか確認をするために俺は作戦室へと向かっていった。
「黒神!頼むから応答してくれ!」
「千春さん!」
『とことん潰しやがって……そこまで憎いかよ」
大型モニターを見れば千春があのISに追い込まれていたところだった、見た感じ人は乗っていない。操縦者の命は守れたみたいだな。
「千春!」
「織斑お前身体は大丈夫なのか!?」
「これくらい!それより状況を、あいつの状況を!」
その瞬間、目のまで映っていた千春の身体から赤い液体が流れた。あれは間違いなく血だ、何故なんだISには操縦者を守る機能がついているんじゃないのかよ!?それとももう既にエネルギー切れが起きている状況なのかよ!
『やべっ!身体が持たな―――』
その言葉があいつの最後だった、次の瞬間千春の身体に無数の光弾が降り注ぎ大爆発を引き起こした。
その爆煙の中から、身体を赤く染めた千春が墜ちて……海の中に沈んでいった。
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決戦と衰弱
黒式との戦闘が終わり、身を落ち着かせている。福音は海上200メートルで停止していた。その姿はまるで胎児のような格好で蹲っていた。
膝を抱くように丸まっていた、翼は丸めた身体を守るように頭部から包んでいた。
そんな福音が不意に顔を上げたとき、超音速で飛んできた何かが頭部を直撃し大爆発を引き起こした。
「初弾命中、続けて砲撃を行う!」
8キロ先離れた場所に浮かんでいるIS『シュヴァルツェア・レーゲン』とラウラが福音が、福音の反撃を許さず次弾を発射した。
普段のレーゲンの姿とは大きく異なり、八十口径のレールガン《ブリッツ》を二門左右それぞれの肩に装備していた。
遠距離からの砲撃や狙撃に対する防御壁として4枚のシールドを展開し、左右前後を守っていた。
これは砲撃パッケージ《パンツァー・カノニーア》である。超遠距離から超音速の砲撃が出来るのがこのパッケージの強みであるが、近接戦闘に疎くなるというデメリットが存在する。レーゲンにはプラズマ手刀やAICが搭載されているが、それを当てられるかは別問題である。また大型のレールカノンを二つも装備している、機動力が落ちてもおかしくは無い。
(敵機接近まで……3000!やはり予想より速い!)
あっという間に距離が埋まって行き、福音はラウラに迫って行く。
接近を許すまいと絶えず砲撃を行っているものの、エネルギーの翼から放たれる光弾によって次々と打ち落とされていく。
「ちっ!」
先ほども言ったが砲撃様は機動との両立が難しい。レーゲンは砲撃特化により機動力が落ちている。対して機動力に特化している福音は300メートル地点からさらに急加速を続け、ラウラにその手を伸ばす。
こうなってしまっては避けられない、だがラウラはニヤリと口元を歪めた。
『セシリア!』
伸ばした腕が突然上空から降り注いだ一筋のレーザーによって弾かれる。見上げるとそこには青一色の機体が佇んでいた。
『ブルー・ティアーズ』。これによるステルスモードからの狙撃だった。六機のビットは本来とは異なり、その全てがスカート状に腰部に接続させている。砲口は塞がっておりスラスターとして用いられている。
さらに手に握られている大型RTレーザーライフル《スターダスト・シューター》はその全長が二メートル以上にもなり、ビットの機動力に回している分の火力を補っている。本来の装備である《スターライトmkⅢ》よりも火力はあるものの、取り回しが悪いと言う欠点が生まれてしまった。
強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を装備しているセシリアは、時速500キロを越える速度を出せる機体での反応を補うために、バイザー状の超高感度ハイパーセンサー《プリリアント・クリアランス》というものを頭部に装備している。
これから送られてくる情報を元に、相手の行動を予測し捉えて福音を撃った。
『敵機Bを認証、排除行動へと移ります』
「遅い!」
セシリアの狙撃を避ける福音を、背後から別の機体が襲う。
それは先刻の射撃に至るまで彼女の背中に乗って移動していた、ステルスモードの凰であった。
機能増加パッケージ『崩山』を戦闘状態へと移行させる。衝撃砲が開くのに合わせて、増加された二つの砲口がその姿を現す。計四門の衝撃砲が一斉に火を噴いた。
それを背中に浴びた福音は堪らず姿勢を崩す。衝撃砲というがいつものように不可視の弾丸ではなく、赤い炎を纏っていた。福音に勝るとも劣らない弾雨、言うなれば熱殻拡散衝撃砲と呼ぶべきだろう。
それに加えて高速機動射撃を行うセシリアと、距離を置いての砲撃を再開するラウラ。三方向からの射撃に福音はじわじわと消耗を始める。
『……優先順位を変更。現空域からの離脱を最優先に』
全方向にエネルギー弾を放った福音は、瞬時にスラスターを吹かし強行突破を図る。
「させるものか!」
海面が膨れ上がり、爆ぜた。
そこから飛び出してきたのは真紅の稲妻……真紅の機体である『紅椿』と、その背中に乗った『白式』であった。
福音へと突撃する紅椿。その背中から飛び降りた織斑は、第二形態した白式に搭載されている
零落白夜を発動した雪片の攻撃は、福音の装甲とSE値を削り飛ばして行く。しかしその攻撃を受けてなお、福音は機能を停止させていなかった。
『《
両腕を左右に広げ、さらに翼も自身から外側へと向ける。刹那、眩いほどの光が爆ぜ、エネルギー弾の一斉掃射が始まった。
「諦めの悪いやつだ!」
「一夏!私の後ろに!」
前回の失敗を踏まえて、紅椿は機能限定状態にしてある。展開装甲の多用により引き起こしたエネルギー切れを防ぐために、現在は防御時のみに展開するようにしている。
そう設定したのは織斑の白式に無駄な被弾をさせないためである。
「それにしても、これは流石にきついな」
「軍用が二次移行するとここまで脅威になるとは……」
弾幕のように張られたエネルギー弾を掻い潜りながらも、ラウラとセシリアによる射撃が続く。セシリアは高機動を活かした移動射撃を、ラウラは砲撃仕様による交互の射撃。
「足が止まればこっちのもの!」
直下からの鈴の突撃。
「もらったぁ!」
エネルギー弾を全身に浴びる、しかし凰の斬撃は止まらない。
同じように衝撃砲を放ち、お互いに深いダメージを受けていた。そしてついに斬撃が福音の肩翼を奪い取った。
「はぁ……はぁ……どうよ」
肩翼になりながらもそれでも福音は攻撃を続ける。一度崩した体勢を直ぐに立て直し、凰を蹴り飛ばそうと加速する。
「やらせるか!」
その背後からは紅椿の超加速と白式の瞬間加速の勢いが乗った一夏が突撃してくる。零落白夜による斬撃は先ほどとは違い、確実に装甲を切断した。
両翼を失った福音は崩れるように墜ちていく、だがこれで終わったと思わないことが大切だと慢心を捨てろと言われている一夏はさらに追撃を行う。
『状況変化。最大攻撃力を使用する』
福音の機械音がそう告げると、悪足掻きと居えるほどの攻撃を繰り出してくる。それは一夏だけではなく周囲に居る箒などにも迫っている。
「このっ!」
一刻も早く終止符を打つ為に、俺は福音に接近した。
戦闘が起きている海上とは少し離れた場所、そこにオレンジ色の機体が何かを探しているように佇んでいた。機体名《ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ》シャルロット・デュノアの機体である。何故彼女がこの海上に佇んでいつのか、それは墜ちた黒神の捜索をするためである。
「千春さん……どこに居るの?」
ISのセンサーを駆使しながらも捜索を続ける、数分前には銀音の操縦者であるナターシャ・ファイルスを救助し旅館へと明け渡した。彼女の手当ては千冬たちがしてくれる、だから千春の捜索に専念しろと命を受けたのだ。
「潜らなきゃわからないよね」
酸素が入ったタンクを取り出し、デュノアは海水の中へと入っていく。機体は錆びにくいように工夫されているのである程度は問題ないだろう。頭部が濡れないようフルフェイスを被って捜索を続ける、海底は薄暗く捜索するには向かなかった。
海底をライトで照らしながら捜索を進めていくと、なにやら黒い断片を発見した。海底には人間が捨てたゴミなどが捨てられていたりと問題があるが、それはゴミというには不釣合いなものだった。
『間違いない、これは千春さんの機体の装甲だ!』
ここまで流れ着いたのか、それとも近くで墜ちてしまっているのか……すぐさま捜索を再開したデュノアが発見したのは、海面を赤く染めている千春の姿であった。
「千春さん!」
頭部と腹部から血を流し、手足は右腕を除いてありえない方向に曲がってしまっている。
頭部が特に酷く、額は切れていて片方の瞳からは血が流れている。これ以上出血させるわけには行かない、デュノアは直ぐにその場から千春を連れ出し平たい岩場へと寝かせる。応急手当程度ではあるものの、千春を止血させることは出来た。だが彼は意識を失っている。出家多量による貧血を起こしているのか、もしく水を飲んで呼吸が出来ていないのかのどちらかである。
彼女は迷わずに人工呼吸をし彼の中にある水を吐き出すことにした、いつもの彼女であればキスすることはためらいがあるだろうがこれは緊急事態。ためらっている場合ではなかった。
(千春さん!目を覚まして!)
そう望みながら、人工呼吸と心肺蘇生を続けた。
「…………むぐっ!?」
息を吹き返した千春、その瞬間にデュノアは人工呼吸をやめる。彼の口からは海水や胃に入っていたものが嘔吐物として出てきた、衰弱しきった彼の背中をやさしく擦る。ここまで弱弱しい彼は今まで見たことが無い。
「大丈夫ですか千春さん!」
「あぁ――デュノアか、酷くやられちまったな」
「心配させないでくださいよ!死んじゃったかと思ったんですよ!?」
本当に死ぬかと思った、何十分と意識を失っていて彼女に助けられなければそのまま沈んで死んでいただろう。九死に一生とはこのことだろう。
右目が開かない、使えなくなったか。腕も脚も動かせない。骨折か。黒式は――装備一つと右腕なら出来そうだ。
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大人の権利
「くそっ!しっかり当たってるのに!」
「どうなっているんだあいつは!?」
「破壊するまで収まりませんてことね……」
福音には何度も零落白夜を当てているのにも関わらず、福音は機動を停止しない。
ここまでの執念をISから感じることになるとは思わなかった、もし白式がこれと同じようになってしまったらと考えると恐ろしくてたまらない。
「白式の残りエネルギーは!?」
「あと二回分だ!」
このままでは同じになる。なにか、なにか他に武器は無いのか!?
白式が第二形態になったときに増えた装備はこの雪羅だけ、だがこれだけでも白式の戦闘能力は比較的に上がったはずだ。
それでもあいつを倒すには不十分だ。第四世代の紅椿も性能面では引けをとらない、だけど十分に活かしきれていないせいか福音よりも劣っているように見えた。
「来るわよ!」
考えている暇は無かった。
「デュノア、今から福音まで飛べるか?」
突然千春さんからそんなことを言われた。
勿論断った。今の彼があの場に行った所で何も出来ない、むしろ足手纏いになって的にされかねないから。もしかしたら福音に自身を狙わせて隙を作り出す作戦を出すかも知れなかった、また千春さんが血だらけになる姿は見たくない。
「駄目です、おとなしく旅館に戻ってください」
「頼むデュノア、福音を止めるにはこれを使うしかないんだ」
そういって彼が取り出したのは《
「チャンスは一度きりだが、それでもやってみるしかない」
「何をするつもりなんですか千春さん!」
「慌てなさんな。これを扱うのは俺じゃねえ、織斑だ。織斑にこれを使ってとどめを刺してもらう」
確かに破壊力はある、だけどそれを本当に織斑くんが扱えるのか?それだけが心配だった。その装備の許諾はおそらく降りているのだろうけど、それ以前の問題だった。それに千春さんの性格からして大人しく旅館へ戻るとも思えない、何かしら隠している。そう僕の中では思ってしまった。
「……何するつもりですか」
「なにって、これを織斑に扱ってもらって倒すだけだ」
「千春さん自身がですよ」
「俺はあいつの気を引く。相手を釣るには餌が必要だからな」
千春さんの言っていることをまとめると「福音は俺が引きつける。その間に織斑による射撃で破壊」ということになる。
だけどこの作戦は無茶苦茶なものだ、仮に千春さんが福音を引きつけられてとしても織斑くんがそれを外してしまったら?発射速度よりもアレが反応するスピードが速かったら?そう考えると一筋縄ではいかない。
それ以上にも千春さんがボロボロになっている姿をこれ以上見たくない、だから僕は千春さんの意見に反対した。
目を閉じて首を振ったとき、唇に何か柔らかいものが当たった感触がした。目を開けると僕は千春さんにキスをされていた。
俺の願いをことごとく打ち砕いていく。そこまでしてシャルロットは俺を前線に立たせたくないようだ、だがこれをしなければあいつを倒すことは出来ないだろう。それ以外でも何かしら方法はあるかもしれない、例えば未だに単一仕様能力が芽生えていない機体たちの突然進化。特にこれは紅椿に期待している、未だ未知数の第四世代型だ。進化する可能性はいくらでも秘めているだろう。
「ダメなのか?」
「ダメですよ・・・・・・」
シャルロットが呆れたように首を振る。こうなってしまっては仕方が無い、少し大人の権利を利用させてもらうとしよう。
彼女が目を閉じた瞬間、俺は彼女の唇と合わせる。逃げられないようにしっかりと右腕で頭を掴む、咄嗟にされてしまったことでびっくりしている彼女の姿が脳裏に浮かぶ。だがそんなことお構いなしだ、俺は俺自身が提案した意見を無理矢理でも通させてもらう。少しの時間キスをしてゆっくりと唇を離していく、彼女は何をされたのかわからないようで表情を浮かべていたが、その顔はしっかりと赤く染まっていた。
「お願い聞いてくれるかな?」
「ふぁふぁい……」
「ありがとう」
これは正直汚いと思うけど俺の考えを押し通すためだ、手段は選ばないさ。
彼女のファーストキスが俺になってしまった可能性は、どこかでしっかりと埋め合わせと償いをしなければならないな。
あとは多分これを知ったかもしれない二人にもなにかしら埋め合わせをしておかないと……
「それじゃあ頼んだぞ」
「はっはい!」
俺はリヴァイヴの装甲にワイヤーを突き刺して移動を開始した、関節がおかしな方向に曲がってしまった腕や足を無理矢理元に戻してなんとか動かせるようにした。右腕とライフルだけを展開した状態、これを生かして福音を破壊する。彼女のISデータを盗み更新しつつ作戦を練る、リブァイヴにと新たに搭載されているのは防御パッケージ「ガーデン・カーテン」だけ。
どうやらこれは実体のシールドを二枚、エネルギーシールドを二枚を駆使しして防御機能を向上させるようだ。
彼女の特性であればこれを利用しての防御の間攻撃に転じることも可能だろう。
これを発展させればいろいろと便利な機能になりそうだ。
「目標の状態はどうなってる?」
「無人機になって無差別に攻撃を開始ししています、織斑くんもなんとか復活しましたけど……押されている状態に変わりはありません」
「やっぱりダメだったか、織斑はいい線言ってると思ったが相方がやはりまだ不十分か」
紅椿のポテンシャルに制限をかけたのか、それとも未だに何か発揮されていない能力があるのか?束……もう少し情報をこっちに渡してほしかったな。
「見えてきましたよ千春さん!」
「気をつけろシャルロット、あいつの狙いはおそらく俺だ。俺を運んでいる君も狙われるからな!」
「はい!」
うっすらと見えてきた福音とそのほかの状態は随分と酷いものだった。福音は確かにその両翼をもがれているのにもかかわらず、機動を止めようとしない。
白式から紅椿までの装甲は削り取られており、戦闘続行は可能だろうがあと数分持つかどうかわからない状態だ。白式の形態が変化しているのを見るとどうやら上手くいったようだ。
「まず俺はあいつらが勝てるとは到底思っていない、確かに一部は認めている。だが相手は国家機密だ、正直勝てる見込みは未だ無い」
「私の零落白夜で!」
「確かにそれは戦力になるだろう、だが問題はそれを当てられるかだ。ここ最近の織斑は実力も少しずつであるが、しっかりと上がっている。それでも足りないんだ」
「私の展開装甲を駆使しての加速では?」
「確かに紅椿のスペックは福音よりも勝っている、それで行った方がいいだろうな」
「しかしそれでも当たるかどうか……」
結局当たるか当たらないかの問題になる、零落白夜が一度だけ当たったら良い訳でもないのだ。何度も当てて的確に操縦者を避けて攻撃をし、SEを削らなければならない。
「俺が時間を稼いでお前たちが出撃出来るように出来たら、お前たちは全力で挑めるか?」
「元から全力です、後は彼女たちだけの問題。彼女たちが私たちの最上限スペックまで生かしきれるかです」
「あとは……福音のコアと対話が出来たらいいんだが」
「それは無理。完全に遮断されてるからこっちからもあっちからも通信は出来ない」
となれば操縦者の生命が危険だな、名前はわからないが操縦者の名を言って問いかけていけば……いや意識は完全に遮断されていたな。となれば無理矢理引き剥がすだけだ、一つだけ剥離剤を開発している。それを使用すれば彼女とISを分離させることが出来るはずだ、そうすればISも強制的に停止するはずだ。
何事も例外が起こらなければの話だが。
「ダメです!危険ですよ!?」
「危険を顧みずにしなければならないときもたまにはあるんだよ」
「それでも!」
勿論反対意見が多かった。いや賛成意見は俺だけだった。黒式は断固として拒否し続けた、勿論理由はわかっている。
俺が犠牲になるということは俺の専用機である黒式にも被害が及ぶと言うことだ、黒式は傷つくのが嫌いだ。
だからこそ自己犠牲などふざけた理由だと思っているのだろう、だがこれは誰かが死なないようにするためだと考えれば造作も無い。
千冬達が築き上げた作戦だが、これがもし何かしらの状態で失敗した場合織斑か篠ノ之のどちらかが最悪の場合死んでしまう可能性がある。ISの絶対防御には限度があり操縦者を昏睡状態にまで追い込んでしまう。それが起きてしまったら、白式の装甲は如く破壊されて原型をとどめなくなってしまう可能性も考えられる。まだ原型をとどめている程度であれば、修復することは可能だろう。
「お前達の力を信じているからこの作戦を提案したんだ。勿論あいつらも」
「くっ……」
「すまない、だが決めたことなんだ」
「わかりました。そこまで頑固だと曲げるのが難しいですからね、協力します」
「助かる。それで俺が戦闘しながらあいつのデータを送る、それを糧に福音を止めようとあいつらはするはずだ。だからそのときは全力でサポートしてあげてくれ」
「「「「わかりました」」」」
「では解散!」
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ビームマグナム
「デュノア!」
「わかってます!」
こちらを確認した福音は真っ先に向かってくる。無機物なのにもかかわらずその行動からは殺意を感じ取ることが出来る、やっぱり俺を殺すつもりだな。
全員戦闘続行は可能そうではあるが問題は白式だ。アレにばかり頼るわけにも行かないがアレしか対抗手段を持っていない、そして紅椿は未だに全力を発揮できていないようだ。あいつの単一仕様能力はぶっ壊れだった気がしたが、それすら発動していないように見える。本当は紅椿を利用する算段だったがやはり計画は狂ってしまうものだった。
「簪!ミサイルでかく乱してやれ!」
「はい!」
簪の搭乗している打鉄弐式にはある程度改良が施してある。一つ目は彼女の要望でもあった「マルチロックオン・システム」の搭載である。これは標的を瞬時にロックオンすることが出来、確実にあいてを追い詰めるミサイルを放つことが出来るようになった。これにより弐式の最大火力兵装である「
ミサイルが破壊されようが問題は無い、多少爆煙で不可視に出来る程度だ。
「ラウラとセシリアはそのまま援護射撃!凰は無理するなよ!」
『『『了解!』』』
俺の指示通りに彼女達は動いてくれるがこれはあくまでも足止めに過ぎない、肝心なのは紅椿と白式を上手く活用する方法だ。
確たる確信がある中そこまでの段階に進んでいないのであれば、無理矢理にでも次のステップに進めてやるだけだ。
「篠ノ之!織斑!」
『『はっはい!』』
「お前らは本来の力を発揮できていない!もっとISを信用してやれ、ISはお前達がやりたいことに答えてくれる」
ISと心を通わせなければISはこちらがやりたいとを見通してはくれない、しっかりと通わせる必要がある。それは人間社会でも同じだからな。
「あと織斑、これ使え」
「なんだこれ!?」
俺は織斑に対してライフルを投げ渡す。流石に重かったのだろうか?少し悲鳴を上げていた。しかしこの程度で音を上げてしまってはいけない、これよりもキツい物など世界中にたくさんある。例えばIS一機丸々持ち上げるとかな。
「雪片のエネルギーが切れたとき、もしくは相手が遠くに逃げたときに使え」
「わかった……」
「篠ノ之、俺の知る限りではその機体は恐ろしい可能性を秘めている。お前の想定など遙かに超えるほどのな、しっかりと対話しろそして真の力を引き出してやれ」
「わかりました!」
本当は俺もその能力に縋りたいところなのだが、黒式の損傷レベルはDを超えてしまっている。はっきり言ってエネルギーが回復したとしても戦闘が出来るわけではない。
「うぐっ……」
「千春さん無理しないでくださいね!」
「わかっているさ」
止血したはずの場所から赤い液体がにじみ出している、この程度いつもならば問題は無いのだが貧血気味の現状では回復できないようだ。参ったな。骨折も完治はしていないようだがある程度馴染んできている、動かなければ問題は無いのだろうがこうしてしまってる以上完治は遅いだろうな。
「お前達が唯一の手段だ、頼んだぞ」
「「はい!」」
二人と離れた後デュノアから銃を借りて福音を押さえ込むのに参加する、簪は「
残った右腕のみIDが装着されている状態、補助的な機能もあるので助かってはいるがIS用のショットガンは反動が大きすぎるな……腕がしびれてくる。早くあいつらが戦闘可能になってくれれば助かるのだが。
紅椿を私は信用しているつもりだった、しかし「だった」だけであって本心からは信用できていなかったということなのだろう。確たる自信があった。しかしその中でも最も信用しなければならなかったISを信用仕切れていなかった。それが敗因といい手も限らないだろう。
(姉さんが手塩にかけてくれたこの機体で今度こそ、私は私の思い人を守りたい!協力してあの敵を倒したい!)
そう強く願ったとき。その願いに応えるかのように紅椿にかけられていた制限が全て解除され、展開装甲から赤い光が放出されはじめた。次第にその光は黄金の粒子となり溢れ出していた。
「こ、これは一体!?」
「紅椿が黄金に!?」
ハイパーセンサーからの情報で、機体の制限解除とエネルギーが急激に回復していく様子がわかる。
《『絢爛舞踏』発動。展開装甲とエネルギーのバイパス構築……完了!》
項目には
(まだ、戦えるのか?まだ動けるのだな!ならば!)
黄金の粒子を得た篠ノ之はその光を、隣に居た織斑に授け始めた。次の瞬間白式と織斑に不思議なことが起き始めた。
全身に電流が流れているような衝撃と炎のような熱が走って行く。
「白式のエネルギーが回復していく!?これは……」
「今は考えるな!行くぞ一夏!」
「お、おう!」
再度意識を集中させ、雪片弐型のエネルギー刃を最大火力まで高めた。形成された巨大な光の刃を両腕で構えて相手を見据えた。
千春がこちらに気がついたようで、セシリア達にも指示を出し始めた。ラウラと千春がワイヤーで相手の動きを封じ始める所業はまるで芸術のようだった、まさに師弟子だからこそ出来る荒技なのかもしれないな。それによくデュノアもあの動きについていける。流石だ。
「さっさととどめを刺せ織斑!」
「うおおおおっ!」
福音は俺からの攻撃を避けようと必死にもがき苦しんでいるが、そう簡単にワイヤーは切断されることなくしっかりと相手を束縛していた。
「せりゃあああ!」
エネルギーの刃を胴体へと突き刺し、確実に戦闘不能へと追い詰める。光の刃がワイヤーを切り裂いてしまうがここまでの手応えを逃がさないようにしっかり突き立てた。
刃を抜けば腹部に大穴があいた状態で痙攣状態を引き起こしている、最後のとどめとして千春から受け取ったライフルで跡形もなく消してやる!
『コアの確保は完了、機体は完全破壊だが文句はないな?』
『あぁ問題ない確実に破壊しろ』
『了解』
千春さんは誰かと会話をしているようで、こちらの声に一切応えてくれない。一体誰と?この様子だと千冬さんかな……それとも篠ノ之博士かな?どちらにしても今回の事後報告をしているのだろう。それと本来の福音の操縦者の保護確認をしていたりするのかな?
「ビームマグナム!」
勝手に名前つけてるけど良いのかな?ビームマグナムじゃなかったはずなんだけど……
そのビームマグナムを受けた福音の装甲は、跡形もなく溶けていった。機密だったから証拠も全て消し去った方がデータの悪用とかされなかいだろうし、問題はないでしょ。
「はぁっ、はぁっ……」
「終わったな」
「あぁ、やっとな」
福音のコアの確保と情報の保持と消滅は完了した、あとは帰還するだけだけど……気がつけば千春さんは身体に限界が来ていたのか眠っていた、この作戦で一番身を削ったのは千春さんと黒式。僕たちは感謝しなければいけないね……
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帰還
福音との戦闘を終えた俺たちは気を失った千春をつれて旅館へと戻った、千春の状態ははっきり言ってよろしい状態ではないだろう。血の流しすぎと無茶苦茶な行動、その両方が身体に更なる負荷をかけてしまっていたようだ。もしも俺があの立場であったらと思うと恐ろしくてたまらない、それをいとも簡単に行動に起こしてしまうアイツは少しおかしいんじゃないかと思う。いや確かにその行動は俺たちにとって結果的に有利になった訳だが、それに対する千春のデメリットが大きすぎる。そこまでする必要が本当にあるのか?俺たちは千春に頼りすぎなのではないかと思ってしまう……一人で強くあいつには頼らずになれるように努力しなきゃな。
「作戦完了と言いたいところだがここまでの損傷を受けてしまってはな。ひとまず一度休憩を挟んだ後診断をする、身体の状態をしっかりと確認する必要があるからな」
「千春さんは……」
「私がしっかり看病するさ、色々と言いたいこともあるからな」
千春を安静にさせるのは問題ないが、なんで千冬姉が看病するんだろう?やっぱり幼なじみだからある程度心配とかするのかな?
千春には最大限の処置がされた。輸血や点滴そして人工呼吸器、骨折に対しては千春がある程度無理矢理戻していたようでそえ木固定が施された。骨折を無理矢理戻すなっておかしいだろ。
「それじゃ、皆さんまずは水分補給してくださいね。夏はそのあたりとか意識しておかないと、急に体調とか悪くなってしまいますからね」
山田先生から渡されたスポーツドリンクを受け取った、冷たい物はあまり身体に良くないとのことである程度ぬるめの状態になっている。ここら辺は千春もよく言っていたことだからな。
一口飲んでみるとスポーツドリンクの他に鉄っぽい味がする、どうやら戦闘の中で口に中を切ってしまっていたみたいだ。些細なことに気がつかないほど、あの戦闘は死に物狂いであったと言う証拠だ。
「口の中切ってる……」
「ボロボロだな」
「それでも生きて帰ってこれた、それだけで十分だろ」
「……そうだね」
なんとも言えない空気感の中、俺たちは休憩をした後診察を開始した。勿論男女別なので俺は大人しく別室での待機となった。
夢の中で出会った少女は、詳しいことは全て千春が知っていると言っていたな。そもそもなんで千春のことを知っていたんだろう?詳しいことは後で聞いてみるとするか。
織斑達から少し離れた救護室、そこでは千冬を含む教員数名が気絶した状態の千春の看病に追われていた。血液がほとんど無い状態の中辛うじて生きている状態であった。幸いなことに血は千冬から提供された為、一時的な繋がりとなった。千冬と千春の血液が同じなことが本当に幸いだった。
他にも身体を診断したところ、内部にまでダメージが浸透しておらず臓器類にも特に問題は無かった。しかし身体は無数の傷跡がありそこからおびただしい程の血を流してしまった事で悪化してしまっていたと言うことだろう。流石の千春でも出血多量はどうしようもないと言うことだろう。
「どうして……お前は」
千春に言葉を嘆かれる千冬、その状態はとても弱々しく普段の彼女からは考えられない状態であった。それだけ彼女の中で千春の存在が大きいと言うことを周囲の教員も改めて感じ取るほどだった。
「―――ぁ」
「千春!」
かすかな意識の中で目を覚ました千春に、周囲の教員は驚愕する。その中でも一番驚いていたのはやはりというべきか千冬であった。朧気な意識の中その目ははっきりと千冬の顔を捉えていた、右目は戦闘の影響で失われてしまったようで何も見えていなかった。
「ちふ――」
「良かった!本当に良かった!」
千春からの言葉を待たず彼女は直ぐさま思い人を抱きしめた、彼の身体が悲鳴を上げているがそんなことはお構いなく。
大好きな彼を大切な存在である彼を抱きしめた。最初は戸惑いつつも次第に彼女のことを思った千春は、優しく抱き返し自身には問題ないと言うことをしっかりと認識させた。
その光景を目の当たりにした他教員達はどこか羨ましそうでありつつも、部屋を立ち去り山田先生への報告と事後処理へと移動していった。
「千冬、大丈夫だから」
「馬鹿者!たわけ者!どれだけ心配したと思って――!」
「ごめん」
「その言葉を何度聞いたと思っている!この前もそうだ!すぐにお前は自己犠牲をする、その癖を直せ!」
「……肝に銘じておく」
心配させてしまったのは確かなことだ、だがあれをしなければどうなっていたかわからない。万が一の予防線を張っておくのは大人としての務めだと思ってしまう。多少はあいつらに任せなければ成長に繋がらないか?俺のしていることはあいつらによろしくない状態を与えてしまっているのかもしてない。
それならば俺は多少なりとも前線から身を引かなければならないな、現状がこれならばその理由にもなるだろう。
「ならばここで誓え、私にはっきりと言ってくれ」
「もう二度と無理しません」
「はっきりと言え!」
「うっ……例え状況を優位に進めるためだとしても、自身が犠牲になったり千冬達を不安にさせるような行動は一切しません」
「よろしい」
ここまで誓わせるとは余程の事だったのだろうな、俺もその罪の意識をしっかりと憶えておかなければならないな。
他の奴らは大丈夫だったのだろうか?特に織斑には無理させてしまったからな、後でしっかりと確認しておくか。
「少ししたら夕食になる。だがお前はこの状態だからな、この部屋で食べてくれ」
「俺の姿を見たら何があったかわかってしまうからな……右目はなんとかしておかないと」
身体の傷などは服などで隠せるが、この右目だけはどうにもならない。ラウラの様に眼帯でも隠すしかないだろうが、顔の変化という物は一番目立つと言う物だろう。例えば普段眼鏡を使っている山田先生が急にコンタクトなどにした場合、その変化に気がつくのは簡単だろう。
「眼帯で隠すか義眼で戻すか……」
「最初は眼帯で良いだろうが流石に怪しまれてしまうからな、義眼は束に頼んで造ってもらうか?」
「人間に戻れなくなりそうだからやめておく、それにそれくらいなら俺でも造れるから大丈夫だ」
「え~!せっかく造ってあげようと思ったのに!」
突然そんな声が聞こえてきた、勿論神出鬼没な束の声だった。その声はとても残念そうであった、だが束の開発は人知を遙かに超えてしまっている。下手に手を出してしまえば人間をやめてしまう可能性もある、だから下手に信用や利用をすることは出来ないのだ。
「すまないな束、もしもお前を頼るときが来るのであればそれは――」
「わかってるよ、だけど無理しないでね」
流石の束も今回ばかりは心配していたようだ、それだけ俺の状況がヤバかったのか。
「黒式はしばらくの間使えない、修理しようとしてもお前がこれだからな。私が預かっておく時が来たら渡すとしよう」
「それで頼む」
きっと精神世界で黒式にボコボコにされるんだろうな……あいつらも含めて
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夕食は二人で
「ねぇねぇ、結局なんだったの?教えてよ~」
「機密事項だからダメ」
お膳を挟んだ向かい側、のんびりと夕食を楽しむデュノアに対し一年女子数名が群がりあれやこれやと訊いている。
おそらく一番親しみやすい彼女にならと思ったのだろう、しかしそれは大きな判断ミスだ。デュノアは専用機持ちの中では一、二番を争うほど責任感が強い。それだけは間違いないだろう。
もう一人はラウラだ、元軍人と言うことだけあり機密事項などには敏感だからな。
「シャルロットはお堅いなぁ~」
「聞いたら聞いたで制約がつくんだよ?それでもいいの?」
「あーそれは困るかな……」
「それならこの話はおしまい。もう何も答えないよ」
「ちぇ~」
流石と言うべきか、同年代の女子を軽くあしらうのもお手の物と言うことだろう。デュノアはなんというか頭脳派のお姉さんという感じだ。
「それにしても千春さんの姿がないね、どこに居るんだろう?」
「それな~今度こそ黒神さんの隣になれると思ったんだけど」
千春の人気は専用機持ちが思っているよりも進行が進んでいるようで、狙い始めている人も多くなり始めていた。それは千冬の実の弟である織斑一夏を遙かに超えるほどだった。
「デュノア、浴衣が緩んでいる。疲れていたとしてもそこはしっかりとしておけ」
「っ……!どこ見てるのさラウラ」
顔を真っ赤にしたデュノアは胸元を慌てて手で隠しながらも、ラウラに抗議の目を向ける。女の子同士だとしてもそういったことに関しては恥ずかしいのだろう。
「どこと言われてもその大きな膨らみだが?」
「ラウラっ!」
彼女の言葉に翻弄され始めるデュノア、その光景を見ながらも一年女子達はおいしい魚に舌つづみをしていた。専用機持ちはそれぞれ疲労しているが、それを表に出さないように視線に振る舞っていた。
「あとで千春さんのところ行ってみない?もしかしたら教えてくれるかもしれないし」
「そうだね、なんやかんや黒神さん教えてくれることとか多いし」
あれ?もしかして千春さんってなめられてるのかな……それに今あの人が居る場所知ってるの僕たちしかいないのにどうするつもりなんだろう?
「と言うことで黒神さんと一番関係が深いボーデヴィッヒさん教えて!」
「断る」
まさかのラウラに聞いてきた、確かに千春さんとは関係が濃いけど彼女も僕と同じくらい責任感や機密事項に敏感だ。そう簡単に情報を渡すわけはない。
セシリアや簪さん達からも情報を得ようと群がっているけれど、僕たちは一切話す気は無い。織斑くんはもしかしたらぽろっと話してしまうかもしれないけど、両隣には篠ノ之さんと凰さんが居るから問題ないでしょ。
食事を終えた僕たちは治療中の千春さんに会うために移動していた、専用機持ち以外には後をつけられないように最大限の注意を払ってきた。それでもついてきたり話を盗み聞きした場合はある程度の処分が下されるだろう。僕たちが事前に忠告はしておいたから問題は無いだろうけどね。
そうして千春さんが運ばれた治療室へとたどり着いた、織斑先生と千春さんの話し声が壁越しに聞こえてくる。僕たちはこっそりと壁に耳を当てた。
「千冬……流石にこれは少し恥ずかしいのだが」
「仕方ないだろう?お前はこんな状態なのだから」
「確かにそうだが、この歳でそれをするのはちょっと抵抗があってだな」
「甘んじて受け入れろ、でなければお前のためにならん」
「むぐっ……」
何をしているのか検討もつかなかった僕たちはこっそりと扉を開けて隙間を確保し、二人の現状を確認することにした。
「口の中が切れてる」
「むっ、ならばあまり刺激の強い物は食べさせない方が良さそうだな」
そこでは千春さんが織斑先生に食べさせられている光景が広がっていた、確かに何か軽い物が当たる音とかしたけど二人で食事をしていたのか。千春さんに食べさせれるなんて少し羨ましいけど、それだけあの人の身体が弱まってしまっている状態でもあるってことを表していた。
「……千冬やっぱり一人で食べるから」
「なに遠慮するな、例え年下のガキどもに見られたとて恥ずかしくあるまい?なあお前達」
織斑先生には気づかれていた、でもこういったことで千春さんが気づかないわけがないのだけど……もしかして視覚が奪われたことでそういった事に気づきにくくなってしまったのかもしれない。それはそれでありがた――強みが一つ無くなってしまった状態になってしまった。
「それでお前達、一体何のようだ?」
「「「えっと……」」」
「千春さんの意識が戻ったと聞いたので、様子をうかがいに来ました」
「つけられては居ないだろうな?」
「問題ありません」
それなら良いと織斑先生は僕たちを部屋へと招き入れる、千春さんは見られていたことが恥ずかしかったのか耳が赤く染まっていた。
その表情を見てしまった僕たち(織斑、篠ノ之、凰以外)の心の中では「もっとその表情が見たい」という欲が出てしまった、見たことのない彼の表情に心の何かが刺激されてしまった。この気持ちは何だろう?
「皆は身体に問題は無かったか?」
「はい、特に問題もありませんでした。教官の方は」
「特に問題は無いぞ。この右目以外はな……利き目だったがあの爆破で失われてしまった、しばらくは眼帯で隠すしかないだろう」
眼帯。私が普段身につけているもの、彼女が左目を隠すのと同じように教官は右目を隠す。お揃いになるがこれは喜ぶべきなのだろうか?いや喜ぶことではないだろう、何を思っているのだ私は!
「ラウラ、眼帯の予備はあるか?あるならば借りたいのだが」
「確かにありますがサイズが合うかどうか……」
ひとまず身につけていた物を外し教官の右目を隠すように縛り付ける、リバーシブルで使えるタイプでありサイズはベルトを延長することで身につけることが出来た。
「ふむ、ピッタリだな。それに傷も隠されている、これならある程度は紛らわせれそうだ」
「しかし限度という物もあります、理由も何かしら考えて置かなければならないでしょう。」
「そうだな、そのうち考えるとしよう。それはそれとしてこの眼帯しばらく借りるぞ」
「そのままお使いください、私は予備の方を使いますので」
長年使い続けて居た物はそう簡単に渡せる物ではない、しかしそれが恩師であれば喜んで差し出そう。それも困っているときならばなおさら。
「すまない。ありがたく使わせてもらう」
それから私たちは千春さんとたわいない話をし部屋を後にした、デュノアが何か耳元で話していたが何を言っていたのだろう?後で確認しなければならないな、抜け駆けなど許さんからな。
全くガキどもが入ってきたせいで二人での食事が長引いてしまった、さてこの後はどうした物か?風呂に入ろうにも千春は動ける状態ではない。仮に動けたとしても傷口にしみるだろう、それならばシャワーもダメだな……身体を拭いてやるしかないか。これでは完全に介護だな。
「今日は散々だったな」
「そうだな、だが死人が出ていないだけマシだろう。ナターシャも無事だったからな」
「ISのコアも無事に回収できたようだからな」
まさかISと操縦者を分離させるとは思わなかったが、それで命を救えたのであれば良いのだろうな。もう二度とやらせはしないがな!二度と自己犠牲などさせるものか!絶対にな!
「千冬……わかったからその顔はやめてくれ、流石に怖い」
どうやら表情にまで出てしまったようだ、少し怯えきっている千春の表情を見たとき私の中で何かが動いたような気がした。その衝動を抑えながらゆっくりと彼に近づく、彼に嫌われてしまうのは一番心に来るからな。
「身体を拭いてやる、海水でベトベトだろうからな」
「それは頼む」
「上はこっちでやるが下の方は自分で出来るか?」
「当たり前だ。千冬は少し過保護過ぎるぞ」
お前の現状を見てしまえば誰しもが過保護になるだろう!と思ってしまったが決して口には出さず、彼の身体のケアへと入った。
その後千春は全ての疲労により眠ってしまった。その顔はどこか安らかで安堵した表情だった、死力を尽くしたのだそれは当然だろうな。その表情を見たとき私の中でも安堵感が降りてきたのか、睡魔が襲ってきた。
私は彼の寝ている布団にも潜り込み、彼の身体を痛めない程度に抱きついて眠った。
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それぞれの思惑
翌朝。朝食を終えた俺たちは、すぐにIS及び専用機装備の撤収作業へと当たっていた。
俺は黒式の装甲をなるべく回収しておきたいとわがままを言って、山田先生と戦闘があった現場へと向かった。
幸いなことに装甲は集まっている状態で回収することが出来たが、肝心の頭部バイザーだけが見つからずそのまま投棄という状況になってしまった。
「どうですか黒神さん。ある程度回収できました?」
「そうですね……バイザー以外は全て回収できました。時間的にここまでなので撤収しましょう」
「それじゃあ捕まっていてくださいね~」
山田先生の操縦は安定しており揺れも少ない、胸の強調が凄いが千冬に知られたら何を言われるかたまった物ではないので大人しく帰還した。
千冬は少し不貞腐れていたが、生徒のまとめ役はやはり彼女が一番適材だろう。
帰還したときには既に十時を過ぎており他の専用機持ちも撤収作業を終え、生徒達は別々のバスへと乗り込み始めていた。
昼食は帰り道のサービスエリアで取るらしいが、なにを扱っているか先に確認しておかなければならないな。
「それで織斑、何があったんだ?」
「あ~……」
織斑の現状を一言で言うのであればボロボロだ。何故こうなって居るのか詳しいことは俺は知っていない。
織斑自身もあまり話したく無い様子で、空を眺めていた。目にはクマができていると言うことは寝不足なのだろう、それからこの重労働をしたと考えると眠くて死にそうなのか?
「理由は聞かないが、とりあえずこれ飲みながらバスで休め」
「助かる……」
死にかけの織斑に対しこっそり取っておいた栄養補水液を渡しておく、これならばある程度水分補給と栄養俸給が両立できるはずだ。あとはバスで寝ろ。
「さてと……車はどうした物かな」
皆の前で平然を装う為とはいえ、この身体では限度がある。普通に歩いているだけでも全身に激痛が走り、前に倒れそうになるくらいだ。
「私が運転する。お前は隣で寝るかバスに乗っても良いぞ」
「千冬免許持ってたか?」
「持ってるに決まっているだろう、個人的に取りたかった物でもあったからな」
千冬が運転免許証を所持していたことに驚きだ。
最近は近代化によりモノレールなどが発展してきている、自動車などはほとんど使用しなくても問題ない程度移動範囲が広がっている状態だ。
むしろ免許証を持っているのは少数派になりつつある。
「少しバスに乗ってみるかな」
「……そうか」
千冬の顔が暗くなってしまうのに申し訳なくなる。だが少し年下の雰囲気というのも知っておきたいのだ。
俺って少し世代から外れてるタイプだからさ。
「サービスエリアで車に乗り換えるから、それまでは許してくれ」
「わかった。お前がこちらに来るのを待ちわびるとしよう」
お昼には戻ると約束をした上で俺は一組のバスに乗り込んだ、俺が来るのは予想外だったのかこちらを驚いた表情で見つめてくる。
確かに俺はここに来るときバスに乗っていなかったからな、千冬と交代して入ってきた訳だし。
既にある程度席は埋まっているようで、俺に残された席は――
デュノアとラウラが座っている一番後ろの席、セシリアが座っている二人席、織斑が座っている席には篠ノ之が居るので無理だな。ちなみに本来千冬が座る席であった山田先生の隣も空いている。
さてどこに座ったものか……
(まさか千春さんがバスに乗り込んでくるなんて)
想定外の事態を一切考えていなかったシャルロットは少々困惑していた。
(昨日の事もあるし車では運転できなかったのかな、と言うことはあそこには織斑先生が?)
千冬が付近に居る状態では彼には近づくことすら出来ない、そう思いある程度一定の距離を開けてきていた。
しかし今邪魔者が居ないのであればこの距離を一気に埋めるチャンスにもなる。
これは絶好のチャンスだと踏んだシャルロットは、無駄のない思考でプランを作成し直ぐさま行動へと至った。
(千春さんを窓側に座らせてその隣に僕が座れば一人いじめできる、ラウラには悪いけど彼を堪能させてもらおうかな)
(これは黒神さんと二人っきりになれるチャンス!)
セシリアは千春がバスに乗り込んできた時、それは自身に降りかかってきたチャンスだと思っていた。
この合宿では千春と親睦を深めるチャンスであったが、印象に残った事と言えばバレーをしたことくらいだろうか?
昼食を取った後海に戻って見れば、千春は上を脱いでいる状態。刺激に弱い山田先生が鼻血を出してしまう程であったことから、刺激になれていない生徒達は話しかけることすら出来なかった。
(ここで距離を埋めるチャンスですわ!)
この機を逃す物かと千春を見据えるその瞳は、まるでレイピアのように鋭かった。
(教官がいらっしゃるとは、これも何かの縁というものか)
そんな関心をしているのは今回のビーチで新たに一歩踏み出したラウラだった。
自身の眼帯を千春へと明け渡し、お揃いとなった事を心なしか喜んでいた自分が少しおかしいと感じていた。まるで彼は自身の物であると錯覚しているような気分であった。
(あくまで教官との縁は教官としての縁、決して私の所有物ではない)
隣で座っているシャルロットの様子をうかがいながら、自身がやるべき事を考えていた。
どうすれば彼をこちらに誘い込めるのか、そう考えていると隣に居たシャルロットが独り占めしようとしているとわかった。
(そうはさせんぞ!教官の隣は私だ!)
彼女に対抗するかのように、ラウラは自身の欲望のために行動を開始した。
(あれ!?織斑先生どこに行っちゃったんですか!?)
一組の副担任である山田真耶は焦っていた、本来ならば自身の隣にはこのクラスの担任である織斑千冬が座るはずだった。
しかし彼女は一切こちらに来ることなく千春の愛車付近で止まっている。その代わりに彼がバスへと乗り込んできた、つまり場所の交代をしたと言うことだろう。
(織斑先生……私一人じゃ無理ですよ!?)
昨日の疲れがまだ残っているのか、彼女の目の下にはクマが出来てしまっている。生徒に質問攻めに遭ったのだろう。
親しみやすい性格と案外話してくれるかもしれないと、思われているのか仇になってしまっている。
(なんとかして織斑先生に頼らなくても良いようにしないと!)
そのためにはまず纏め上げる力が必要であると考えた真耶は、その力を持っている千春を参考にするために彼を招き入れる準備へと移った。
(千春さんを参考にしながら私の中で考えていくしか有りませんね!)
何というか凄い視線を感じ取ることが出来る、一人で座っている生徒達は何を思ったのか身なりを整えているし……
二人で固まっていたところは分散して片席を空けている状態にした、自意識過剰なのかもしれないが俺が座ってくれるのを待っているのかもしれない。
しかしなんと言うべきか、俺は空いている席であればどこでもよかったのだが。自身一人だけの席という選択肢はない。
「「「「千春さ――」」」」
「黒神千春さんっていらっしゃいますか?」
「ん?あっはい私ですけど」
まだ席に座っていなかったにが幸いした、俺は呼ばれた声に素直に答えた。
俺を呼んだ人物は女性であり、大体山田先生と同じような年齢だ。鮮やかな金髪だがセシリアやシャルロットとはまた異なる質感だった、それが夏の日差しで輝いてまぶしい。
格好は青いスーツを着込んでいる。千冬の様なビジネススーツではなく、おしゃれのに着飾るカジュアルスーツ。胸元が開いており女性特有の膨らみがわずかに覗いている。
その胸の谷間にかけていたサングラスを預けると、まっすぐに俺の顔を見つめてきた。
「ナターシャ・ファイルス。『
「黒神千春、二人目の男性操縦者であり――」
「私を救ってくれた張本人。でしょ?」
言い切るつもりはなかったんだが、こうもあっさりと言われてしまうとは。隠すつもりはなくかと言って話すつもりもなかった。
黒式に保管した福音のコアを明け渡したのか、彼女の手には小さなブレスレットの様な物が握られていた。千冬とある程度面識があるからこそ成せたのだろうな。
「ありがとうね、黒いナイトさん」
その言葉と共に頬に唇が触れた。バスの窓からこちらを眺めていたのか、中から黄色い声が響き渡るがその中からは悲鳴や怒りが感じられた。
そして一番見られてはいけない人物にも見られていたようで、その背後に居る強大な鬼がその手を振り下ろそうとしている。
「あまりそういったことは表でするな、恨まれるぞ」
それなら二人っきりの時に、と言葉に残してひらひらと手を振って去って行った。少しため息が漏れてしまったが、彼女には聞かれてはいないだろう。
いやな予感を少し感じつつも俺はゆっくりと視線の感じる方へと振り返る。
「千春さんさぁ……」
「相変わらずですね教官」
「貴方と言うお方は」
「あわあわ――」
さてさてどう説明したものかな?
「おいおい、面倒ごとを増やしてくれるなよ。」
その場を去ろうとしていたナターシャの肩に手を置いてそう言ってきたのは。千冬だった。その額には血管が浮かび上がっている。
それを見たナターシャは少し戸惑いつつも、はにかんで見せた。
「聞いていたよりもずっと素敵な男性だったから、つい」
「はぁ……身体の方は大事ないか?」
「ええ、それは問題なく。あの人に助けられたから、この子も一緒にね」
ここで言うこの子というのは、あの暴走によって今回の事件を引き起こした福音を指していた。
「あの子は私を守るために、望まぬ戦いに身を投じた。コア・ネットワークの遮断、強引なセカンド・シフト――私のために、この子は世界を捨てた」
言葉を続ける彼女の姿は、先ほどまでの陽気な雰囲気は一切無く、その身体に鋭い気配を纏っていた。
「だから私は許さない。この子の判断能力を奪い、全てのISを敵として見せかけた元凶を……必ず追って、報いを受けさせてやる」
福音のコアは黒神によって回収されていた為無事であったが、暴走事故を招いてしまったとして今日未明に凍結処理が決行された。
「あまり無茶はするなよ。この後も、査問委員会があるんだろう?しばらくは大人しくしておいた方が良い」
「それは忠告ですか、ブリュンヒルデ」
ISの世界大会『モンド・グロッソ』、その総合優勝者に授けられる最強の称号・ブリュンヒルデ。
千冬はその称号を手にしている唯一の存在であるが、その称号で呼ばれることは好きではないようだった。
「ただのアドバイスだ」
「そうですか。それならば大人しくしていましょう。しばらくはね」
一度だけ鋭い視線を交わした二人は、それ以上お互いに語ることなく帰路に就く。
――またいずれ。
その言葉が二人の背中に背負っていた。
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一学期の終焉 【八月】
ノウウェルカム・イン・ザ・サマー!
八月。先月よりも日差しが強くなり汗が滴る時期になってきた。この時期のアイスは格別に旨い。辛いラーメンなども何故か旨い。
この時期、IS学園は遅めの夏休みに入る。そのため世界中からやってきたが学生は、現在ほとんど帰省中になっている。
そのせいで現在この学園にいる専用機持ちは俺と織斑、簪と楯無さんとなっている状況だ。シャルロット達は一端帰省してISの戦闘データなどを解析しているらしい、専用機持ちならではと言ったところだろう。
「それにしても暑い……どうしてこう日本の夏は暑いのか」
「いや~酒が旨い」
「昼から飲むな馬鹿者」
「良いじゃないか、面倒なガキどもはほとんど学園は居ないのだから。これくらい羽目を外しても問題なかろう」
そう言っているが、昨日山田先生と共に一学期のまとめと書類の処理を行っていた。ほとんどが男性操縦者に関する事や、代表候補生ではないのにも関わらず専用機が与えられた存在の処理など。汗を流しながら作業していた。
「山田くん!この資料に関してなのだが!」
「それはこっちで回します!織斑先生は目の前の書類をお願いします!」
ここはIS学園の教員が集まる職員室。中には三人しか居ないが忙しなく動いているのが二名、その二人をサポートするように動いているのが一名。
勿論忙しいのは教員の方で、俺は特にすることはあまり――
「千春!お前も手伝え!」
「お願いします千春さん!」
仕事を与えられてしまってはどうしようもない。せめて動きやすくなおかつ快適に作業が進むようにと、冷房と飲み物を各自に配置した後与えられた仕事を熟していく。
「お前に関する事は全部任せる!こっちはこっちで問題児の処理だ!」
「私は一学期のまとめを!」
本来ならばこんなにも忙しくはないのだろう、しかし今回はイレギュラーが多すぎた。
『ISを扱える男子』から始まり『二人目の男性操縦者』、異常なまでの専用機持ちの集まり。頻発する謎の事件、さらには国際IS委員会からの説明要求と織斑一夏、黒神千春の身柄の引き渡し命令。そのほかにもまだある。
考えるだけでも頭が痛くなる。問題児が言うなって?HAHAHAHA!
「俺に対しての資料多くね?」
「私たちが処理しているものの数倍はあるからな」
なんで?なんでそんなことになってしまったの?恐る恐る重ねられた書類を一枚手に取る。
そこには学園クラス、名前、びっしりと書かれた質問が書かれていた。
あぁこれ少し前にあったやつか……本当に全クラスの質問に答えなくちゃいけないのか、いや本当にこれ全部答えるのか!?
「嫌だぁぁ……」
「ちなみにそれは今日までに頼む」
死刑宣告だ。この女俺に死ねって言ってきてる。こんなの一日で終わるわけ無いだろ!
そもそもテスト用紙って一枚だけだよな?何でレポートみたいに何枚も同じ人から来てるんだ?文字数制限無かったからか?
ともかくここでグチグチ言ってしまっていても時間が過ぎていく一方だ。片付けてしまおう。
ではまず手に取った一枚の質問から回答していこう。
「三年Aクラスの熱盛と言います。歳は今年で18になります。
出身は北海道でこのIS学園に通いたいと思ったのは、織斑先生のように凜々しく可憐なIS操縦者へと成長したいと思ったからです。
専用機は未だ持っていませんが、代表候補生として立候補しなんとかその立場にしがみつくことが出来ました。
しかし将来的には専用機を持ち『モンド・グロッソ』で快挙を成し遂げたいと思っています。そこで質問です。
黒神さんはISの開発を行っていたと伺っていたのですが、専用機の開発などしたことがあるのでしょうか?
開発した経験がある場合はこの質問に答えていただきたいのですが、その専用機開発で厄介だったまたは開発が難航してしまった経験などはありますか?
黒神さん自身も専用機持ちだと伺っているのですが、やはり専用機を持つことである程度優位感を感じられるのでしょうか?
また織斑先生との関係についてお答えしていただきたい。
織斑先生と幼なじみであることは周知の事ですが、それ以外を私たちは知りません。
ですのでここではっきりと織斑先生との関係をお答えしていただきたい。
よろしくお願いします』
なるほど、専用機持ちでは無いにしろなんとか候補生までは上り詰めることが出来たみたいだな。
このケースは山田先生と同じだ。彼女もまた努力しリヴァイヴという量産機で候補生まで上り詰めることが出来た。だがこの状態はあまりよろしくない。
山田先生はまだ学生の頃恐らく16?17?の頃には候補生だった。しかしこの人は18歳、段階としてはかなり遅い方だ。
俺の記憶が正しければ候補生を育てる育成所は20歳になってしまえば強制的に退出させられる、山田先生が教員になったのもそれが原因だ。
退出させられてしまうと言うがその分対応などは優しいらしくある程度融通が利く、整備課になる者もいれば山田先生のように教師になるひともいる。ISとは関係のない職業に就く者も居るが、ISの魅力に取り憑かれてしまってはその可能性は低いあろう。
さて、俺なりの回答をしておくとしよう。
『まず織斑先生との関係についてお答えします。
織斑先生とは幼なじみであることは周知の事実ですが、それ以上の関係と言うわけではありません。
彼女は高嶺の花、自分とはつり合いませんよ。ただの幼なじみそれが今の関係です、これからもそれは変わらないと思っています。
次に専用機についてです。
専用機はその操縦者の要望の元、持てる全ての技術を最大限活かして開発を進めています。
中には未だにどの世界でも開発が難航してしまっているシステム、兵装などにはかなりの時間を設けます。システムなどが開発できるまでの間、別のシステムで代用するという選択肢もあります。代用するには操縦者との模索の中で許可を得てからと言うことになりますが。
難航したもんで例を上げるとするのであれば、多数を一斉にロックオンし持てる射撃力で制圧するためのシステム『マルチ・ロックオン・システム』はかなりの時間を強いられました。
専用機を持っている事に対してですが、あくまで私の機体はデータを取るために使っているのでそもそも優位感などはありません。そもそも専用機を持っているからと言って、そのような感情を持ってしまっていては宝の持ち腐れになります。
あくまでもその責任感や立場を意識しなければ、専用機持ちになることましてや代表者になることなど不可能だと思います』
少し辛口だと思うが、これくらい言わなければ彼女の為にもならないだろう。
それに世界で活躍している代表者をある程度知っている身からすれば、彼女の覚悟など塵に等しい。
そのくらい世界は気宇壮大であると言うことだ。
「なかなか厳しいことを言ってしまったかな」
「それくらい普通だろ、世界を甘く見るな」
ブリュンヒルデがそう言うのであれば間違いないだろ。世界最強の言葉は重みが違う。
さて次の質問に答えとしよう。積み上げられた書類から適当に取り出す。
『二年Cクラスの鷺沼と言います。17です。バスト80cmウェスト57cmヒップ83cmですよろしくお願いします!
今回のテストで黒神千春さんか織斑一夏君のどちらかに対し、気になっていることを記入する課題が出されました。
私は弟の織斑君よりも親密な関係にあると思う黒神さんに質問をしたいと思います。
少し答えづらい質問もあるかも知れませんが、なるべく返答してもらえればありがたいです。
質問1。好きな女性の仕草やタイプ。
質問2。ずばり織斑先生と出会ったきっかけは?
質問3。胸が大きい子と小さい子どっちらが好みですか?
質問4。恋人とか募集していたりしますか?私は候補に入るでしょうか?
以上です。他にも聞きたいことは山ほどあるのですが、恐らく黒神さんにたくさんの質問が来ていると思うのでこの四つに絞らせていただきました。回答の方をよろしくお願いします。』
質問が四つなのはありがたい、答えるのに時間はそこまでかからないだろう。
しかし自身のスリーサイズを開示するのはいかがなものかと思ってしまう、ましてや一言も話したことがないのに良くこうして書けるものだ。
もしかしたらこれは嘘かも知れない、というかそもそもそこまで信用はしていない。
『質問1対してですが、はっきりと決まっているわけではありません。強いて言うのであれば笑顔ですかね?にこやかな女性は心に来ます。
質問2ですが、織斑先生とは小学生の頃とある理由で出会いました。理由は言えませんがその頃から顔見知りでありある程度関係があったという事だけはお伝えします。
質問3、胸などそういった特徴はあまり気にしません。身長が高かろうが低かろうが関係もありません。大切なのは性格とか気持ちの問題だと思います。
最後の質問について。特に恋人などは募集していません、ですが友達としてなら募集しているので話しかけてもらえたらと思います』
実際に彼女とかを募集しているわけではない、そもそも千冬と束以外はあまり話したことがなかった。
ラウラとかは一年とか数ヶ月程度、ましてや数日しか話していないときもある。モンド・グロッソの時に世界各国の代表者に見られたことはある、そこでイリース、アリーシャ、ログナーと出会った。
俺がナターシャの事を知っているのはイリースからテストパイロットとして彼女の事を聞いていたからだ、アリーシャとは千冬と激戦を繰り広げたこともありある程度の面識がある。
ログナーもそのときに出会ったのだが、今は代表を辞めているらしい。詳細な理由は知らない。
さて長々と回答していっては時間がかかるからな、割愛させてもらうとしよう。
と言うことがあったのだ。どうしてそこまで資料がまとまってしまったのか、それはやはりイレギュラーな存在が集ってしまったことが問題だろう。専用機持ちがほとんど一組に集まってしまっていること、男性操縦者二名も一組に集まってしまっている。こんなことは普通起きないはずだ、バランスを取るためにも普通散けさせるのが基本だ。しかしそれが無かったと言うことは何かしらの力が働いていると言うことになる、実際にデュノアはアルベールの力で俺と同じ教室に入ってきたからな。
政府の力全てを遮断するというのは厳しかったのか?そうだとしても目的が露骨すぎる、ばれないよう細工でも施してほしいものだ。それでもわかるんだけどな。
「それでもお酒はほどほどにしておけよ、体調崩されたらたまった物では無いからな」
「ほどほどにするさ」
「どうだか」
そんなたわいない会話をしながらも時はゆっくりと過ぎ去っていく、こうして平和な時間が続いて行くことを願っていた。
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すれ違い
あれから少し日が経ちある程度帰省していた生徒達が帰ってきた、学園内は少し騒がしくなっていたがそれが懐かしく感じてしまった。わずかな時間でこう思ってしまうとは、俺は意外とさみしがり屋なのかも知れないな。
現在俺は回復した手脚の慣しをしていた。軽く動かす程度は問題ないだろうが、IDの戦闘など今までしてきたような戦術は不可能だ。
黒式もまだ修復出来ていない状態だ、一度束に送り修理してもらおうと思ったのだが……IDが束に対し拒絶反応を示した。恐らく黒式はここまで自身を酷使してきた俺に責任を取って修理させると考えているのだろう、それを見てしまった俺はため息をつきながらも俺自身が起こしてしまったことを素直に受け入れた。
ただ問題なのがそれが今俺の手元には無いと言うことだ。黒式は今現在千冬の手にある為俺は一切触れることが出来ない状態だ。
だが付近にあると言うことなのだろうか?よく夢で話しかけられる。昨日は黒式と白式と紅椿だった、勿論内容は俺への説教だ。
あれだけ無理なことをしてしまったのだ、絞られてしまってもおかしくは無い。
白式からは
「お前が身を削るのは間違いではない、だがそれが正しいとも限らない。その行動が生んでしまう状態をしっかり考えるんだ。
きっと考え方はそう簡単に変わることは無いだろう、だがいつか自分自身が気がつくはずだ。今のままではダメだとな」
紅椿からは
「やっぱり私はあのやり方に納得がいきません、千春さん自身の為にもなりませんし……なにより周囲の人に大きな影響を与えてしまいます。
白式が言ったようにしっかり考えて行動するべきだと思います、千春さんは皆さんにとって大きな存在なんですから!」
黒式からは
「二人が言ったように私は貴方のやり方が嫌い、貴方が正しいと思っていても絶対に違うって断言できる。
貴方は何のために戦うの?何で一人で戦うことを選ぶの?何で自分を犠牲にしてしまうの?
その理由を貴方自身がはっきりと意思証明してくれないと、私は力を貸すことは出来ない。
だから次私と会うときまでに納得の出来る答えを考えて」
とのことだった。俺がどうして戦うのか、どうして自己犠牲をしているのかが彼女たちには理解が出来ないらしい。自己犠牲をするのも単純にあいつらに辛い状況を任せられないという気持ちがある、これは信じていないというわけでは無く今のままでは不十分だと思ってしまっている。
大人が子供を守らなくてどうする、その考えのもの行動をしてきた。だがそれは間違っているのか?わからない。俺が起こしてきた出来事は俺に干渉する人間全員に影響を与えるのは確かだと思う。
俺が使用してきたIDの特性を完全に理解した千冬達は、俺を前線に出さないように制限をかけてきた。俺はその提案を否定したがこれは専用機持ち全員からの願いだったと聞いたとき唖然してしまった、俺がしてきたことは間違いだったのか?本当に正しいことなのかと疑心暗鬼になり始めてきた。
「俺は……どうしたらいいんだ」
そんな言葉を呟いてみるが答える物は誰もいない。
自暴自棄にはならないようしっかりと自分自身の力で解決するしか無い。時間の猶予はたくさんある、それが許すまでゆっくり考えることとしよう。
黒神が一人悩んでいたその頃、専用機持ちはとある部屋へと集まっていた。部屋は薄暗く大きなモニターが立ち並んでいる。盗聴などされないように細心の注意を払われている。
「それではこれより黒神について会議を始める」
「「「「はい!」」」」
何故黒神以外の専用機持ちが集められたのか答えは簡単だ、福音との戦闘で大きなダメージを受けてしまった彼にこれ以上の自己犠牲をさせない為の予防線を張るためだ。
彼の考え方も大きな問題を抱えているのだが、それよりも彼が使用しているIS――IDの特性が問題だった。
「ではまずこのIDについて説明する。と言ってもお前達はあの戦闘で大体は把握できたみたいだがな」
千冬がそう言うと大きなモニターから黒式のデータが開示される。ISの兄弟機であるが特性は全くと言って良いほど異なっている、そのデータを再確認した彼女たちの額には冷や汗と戸惑いが現れていた。
「こんな物がっ!」
「やはりあの時に感じていた違和感の正体は……」
「千春さんが苦戦していた理由も理解できるわ」
「副教官……貴方という方は」
「常にハンデを抱えての戦闘なんて無茶ですよ!」
「「…………」」
それぞれ反応は様々だった、特にセシリアはどこか心の中で合致したのだろう。他の奴らもどこか気がついている様子だった。
箒と一夏は自分たちが失敗した任務を尻拭いされたときに、しっかりと彼が墜ちていくのを見てしまっている。トラウマになってしまってもおかしくは無いだろう。
実際にあれを見てしまった数人の教員は少し精神に影響が出てしまっていた、このままでは他の関係者までにも悪影響を出しかねない。
そう思った私たちは彼にしばらくの間IDを使うなと申し入れた。最初は拒否されたが私たち全員の頭を下げて無理矢理納得させた。そして黒式は没収した。
「黒式の特性と黒神の性格が嫌なほどあってしまった、それが招いた結果がこれだ。私たちはこれから先何かあったとき、彼に頼らず自身の力で対抗するしか無い。アイツには休息を与えなければいけないからな」
そういった千冬は今まで見せたことの無い表情を見せた、あのブリュンヒルデが本心から彼女たちに訴えているのがわかってしまうほどだ。そしてどこか自分にも言い聞かせるようにしていた彼女を見て彼らが出した結末は簡単だった。
「黒神さんにIDを渡さないでください、もうあの人には頼っていられないんです」
「大人として確かに間違ったことはしていないのでしょう、ですが私は理解しかねます」
「これ以上彼を傷つけたくない」
「僕たちの力でなんとかしないと……」
「アタシ達は代表候補生、千春さんに頼っているわけには行かないしね!」
「私は私の力で紅椿を扱ってみせる、だからあの人は安静にしてほしい」
「俺はまだアイツみたいに戦えるわけじゃ無い、まだ白式に振り回されている状態だ。
でもいつかアイツを超えて立派な男性操縦者になる!アイツにもまだ押してもらいたいことが山ほどあるんだ、だから今は休んでいて欲しい」
それぞれ黒神への思いを話しながら、彼を酷使させないためそれぞれが努力し彼を超える準備に取りかかっていった。その裏では恐ろしいISが開発されているとも知らずに。
私は千春にとんでもない物を渡してしまったと後悔している、彼ならあの機体を扱いきれると思った。
実際にアレを扱うことは出来たけれど、彼の戦術と黒式の最悪の特性がかみ合ってしまった。
これ以上黒式と千春を酷使することは出来ない。黒式のデータはある程度こちらに渡っている、武装のデータも最初からこっちにある。それなら黒式に変わるISを造ってあげれば良いんだ。
そうすれば彼がこれ以上傷ついて行くことはないんだから。IDはそのISを渡したときに回収させてもらおう、そして完全に分解してシステムも廃棄してしまえばいい。
そもそもあの福音とか言うやつが急に暴走したのはどう考えてもおかしい、そんなことが出来るのは私くらいのはずなのに……今回の事に私が関わったのは紅椿を与えたことだけ、ISのコアを回収して解析したけど怪しいと思うところは一切無かった。
つまり何が言いたいのかというと、あのISは自分の意思で暴走した可能性がある。だけどそんなことが可能なのか?黒式や白式でも何かしらの変化があった、なのに福音にはそれが存在しない……仮の話をしよう。
もし私より天才が居て、ISが解析される際に干渉した事そのものを消してしまう程の精密プログラムを組める人物がいたとしたら?そんな人物がいるのかは定かではない、だけど千冬や千春の様な特殊な存在が世の中居に居る。おかしな話では無いだろう。
「待っててね千春、今私に出来る最高のISを送るから……」
そんなことをボソボソと呟いている天災の後ろ姿を不安そうに眺める少女が一人。
彼女の名前はクロエ・クロニクル、彼女には謎が多いが特徴としてラウラと同じ銀髪であり幼いと言うことだろう。
幼い割りにはどこか凜々しく言葉使いも丁寧である、束に拾われてから彼女の意見には絶対的忠誠心を見せている。
千春よりも彼女といる時間は短いものの、彼女の事を理解している数少ない存在であった。
「束様……それ以上はお体に危険です。少し休憩いたしましょう」
言葉をかけるが彼女の耳には一切届かなかった、束が設計している開発図をこっそりと覗いてみる。
そこには驚愕するほどのスペックを持ち世界中で開発されていないシステムが搭載されている、完全なオーバースペックを持った機体の設計図がそこにはあった。
これほどの物を彼は扱うことは出来るのだろうか?それよりもこんな物が渡ってしまったら彼は世界中から狙われる存在に成りかねない、完成していく設計図はどこか白騎士と黒式の面影を残していた。
「第五世代型IS――いや新世代型
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ウオーターワールド、レディーゴー!
「千春、気分転換に遊びに行かないか?」
それは突然の事だった。俺は答えを見つけるために自問自答を繰り返している状態だった、そんな中千冬から提案されたのは今月に出来たばかりウォーターワールドでの遊泳だった。
たしかその場所は今月の前売り券が完売していたはずだ、それを彼女がこうして手に持っている。
どうやってそれを手に入れることが出来たのか謎だが、それでもあの競争から勝ち取ったのであればそれは素晴らしいことだ。
「ウオーターワールドか、前の水着を引っ張り出さなければならないな」
「ちなみに今日行くぞ、準備しておけ」
大体千冬が提案してくるときは当日の可能性が高い、前日に説明してくれればある程度こちらで準備が整うのだが、当日に言われるのは少し困る。
「せめて前日に教えてくれないか?」
「悪かったな、だが嫌では無いだろう?」
「まぁそうだけどさ……少し準備しながらご飯食べてくるから、少し待っていてくれ」
「あぁのんびり待たせてもらうさ、なにせ今は朝の四時なのだからな」
朝の四時?俺は自信の腕につけられている腕時計を確認する、時計の針は間違いなく四時を示していた。俺はそんなに朝早くから自分と向き合っていたのか……気がつかないとはかなり追い詰められているな。
「ご飯食べてくるよ」
俺は千冬を部屋に残し、朝食を取るために食堂へと向かった。このあと大きな問題になるとも知らずに。
今朝は少し冷えるがそれでも冷たい物がおいしい、それに生徒も朝から活発に動いている。夏休みだというのに元気なことだ。
さて今朝私がいただくのは鮭の塩焼きとだし巻き卵です、シンプルだがしっかりと栄養は取れる。備え付けはツナサラダにアサリの味噌汁、ご飯は勿論大盛り。ご機嫌な朝だ。
「むっ?教官お早いですね、なにかご予定が?」
近づいてきたのは銀髪の少女、ラウラ・ボーデヴィッヒだった。俺の弟子でもあるが今でもしっかりとした軍人だ、そんな彼女だからこそこの時間に起きることが出来るのだろう。
彼女の左目は眼帯で隠されているが、普段つけている物とは異なる。それは俺が彼女の眼帯を拝借しているからだ。前の戦闘で俺は右目を失ってしまった、義眼を入れるまで彼女の眼帯を借りることととなった。義眼の開発を急いで一刻も早く彼女に返したいところだが、ラウラに「ゆっくりで構いません」と言われてしまった。
大人として少しどうなのかと考えてしまうのだが、ここは素直に甘えるべきだろうか?
「まぁそうだな、千冬と一緒に今月出来たウオーターワールドに行く予定だ」
「ウオーターワールドですか、私もご一緒しても?」
「構わないが、チケットは持っているのか?」
チケットは既に完売しているそれをどう手にいれるのだろうか?
「問題ありません大体目星はついているので」
「……???」
目星がついている?つまり誰が持っているかわかっているのか?いや例えそうだったとしてもどうするつもりなのか、まさかとは思うが奪い取るとかでは無いよな?そうだよなラウラ?
「シャルロット、チケットを渡せ」
「ラウラ!?これはダメだよ!やっとの思いで手に入れることが出来たんだから!」
「では箒」
「なっこれはダメだ!一夏と行くと約束しているんだ!」
食堂の一角。そこでは専用機持ち達がなにか言い争っていた。事の発端は勿論千春が関係してしまっている。
彼がウオーターワールドに行くと言うことを知ったラウラは、そのチケットをもって居るであろう人物達に声をかけそれを奪――譲ってもらおうとしていたらしい。
譲ってもらおうとしている理由は簡単、千春達と共にウオーターワールドを楽しみたいからだ。
「そうか……教官達と共に行ってみたかったのだが」
「どういうこと?」
「実は先ほど教官から聞いてな、二人で行くのであれば共にと行きたかったのだが。叶いそうにはないな」
「千冬さんと行くんだ……なるほどね」
千春が千冬と共に行くと言うことを聴いた彼女たちの表情はどこか恐ろしい笑みを浮かべていた、ラウラはそのことに気がついてか言葉を続けた。
「今ならまだ間に合うぞ、チケットを一枚渡してくれないか?」
「僕ので良ければ一枚上げるよ」
直ぐさま行動に移したのはデュノアだった。
セシリアと簪は自室に戻り外出の準備を、箒と鈴は織斑を連れていくために部屋へと向かった。
彼女たちが学園を出たとき、千春達も学園を出てウオーターワールドへと移動した居た。
このことを聴かれていたとも知らずに。
学園から少し離れた場所にあるウオーターワールド、その施設で一際目立った二人組が居座っていた。その正体は――
「これは凄いな!流石新施設と言うだけはある!」
「落ち着け。そこまで興奮してしまってはあいつらと一緒だ、ゆっくり楽しむとしよう」
世界最強とその幼なじみが堂々とこの施設を楽しんでいる。千冬クラスになるとどこに居ても注目を浴びてしまうのは必然と言うことなのだろう。
そんな視線や言葉を一切気にせず堂々としている様はまさに世界最強、俺はその隣に立つだけの実力はあるのだろうか?
そんなことを思いながらも笑顔の彼女の隣に居られることに安心しながら、この施設を堪能することにした。
感じ取ったことのある視線を受けながら。
「教官楽しそうですね」
「あそこまで楽しそうな織斑先生達見たこと無いもんね」
「幼い頃の千春さんもあんな感じだったのかな……」
そこには水着姿のラウラ、シャルロット、簪の姿があった。その後ろには織斑と篠ノ之、セシリアに鈴が立っていた。
織斑はここに無理矢理引っ張り出されてしまったため、現状を未だ理解していない状態だ。
そんな彼を除いてヒロインズは二人の後ろ姿をゆっくりと眺めていた。
「絵になるわよね……美男美女だし」
「普通なら近づく事すらできないでしょうね、私達もこうしてのぞき見していますし」
「織斑先生は千春さんの心情を理解しているのかわからないけど、あの人をここまで連れてきたのは何かしら意図があると思うよ。千冬さんだもん」
確たる証拠は無いが千冬さんだから教官だからと簡単な理由で片づけられている辺り、流石千冬の存在であると言うことがわかる。
そんな事をしていると係員さんから不審者のような視線の感じたため、彼女たちもこの施設をゆっくり楽しむことにした。決して千冬達から眼を離さないように。
「これはウオータースライダーってやつか、やってみるか?」
「おもしろそうだ」
こういった施設はある程度利用してきたつもりだったが、ここのスライダーは見たことが無いほど大型の物であった。
大型の物は大体二人一組で滑ることが多いのだがこれは一体どうなのだろうか?浮き輪とか必要だっただろうか?
「これはどうやって遊ぶんだ?」
「こちらはですね、二人一組でこの浮き輪に乗っていただきます。まずは男性の方が座っていただいて、その上に女性が乗ってもらいます。
男性の方は彼女が飛ばされないようにしっかりと密着した状態をつくってもらいます、しっかりと彼女の腰に手を回して離れないようにしてあげてくださいね。」
なるほどつまり千冬が離れないようにしっかりと抱きしめれば良いんだな、それならばお安いご用だ。
どれだけ彼女を抱きしめていると思っているのだ、毎日朝起きれば彼女が目の前に居て抱きしめている。それくらい抱きしめているのだからな!
「よし来い千冬」
「ノリノリだな、そんなに楽しみなのか?」
「このスケールは初めてだからな!楽しみにもなる!」
少しため息を着きながらもなんやかんや楽しんでいる彼女は、俺の足の上に乗り身体を預けた。それに答えるように俺はしっかりと彼女の身体と密着し離さないようにした。
「それでは行きますよ~」
その言葉と同時に俺の身体が押されてゆっくりと前に進み始めたと思ったとき、浮き輪は急加速を始め滑走を始めた。
「はっ速い!?」
「これは流石に不味いぞ!」
急加速にある程度なれているとは言え、素肌をさらけ出してしまっているこの状態では流石に恐怖を感じてしまった。
目の前には背中を任せることが出来る千冬が、彼女に抱きつくことが唯一恐怖心を無くす方法だったのだろう。
恐怖心に勝てなかった俺は彼女の身体を強く抱きしめ、いずれ来るであろう衝撃に備えた。途中、彼女が驚いた様な声を上げた気がしたが気のせいだろう。
「はぁはぁ、凄かったな!」
「……そうだな」
「千冬どうした?」
彼女の表情はどこか恥ずかしがっているような様子だった、特に印象的なのは自身の身体に授けられているその二つの膨らみを腕で抑えているということだ。もしや降っているときに彼女の胸に触れてしまったのだろうか?確かに手に柔らかい感触があった気がする、もしや触ってしまったか?いや仮に触っていたとしてもいつも押しつけてきてるから何の問題も無いはずなのだが……
「気にするな、次に行くぞ」
「あ、ああ分かった」
少しギクシャクしてしまったが、気にすること無く俺たちは引き続きこれを楽しむことにした。
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譲れない戦い
「さあ!第一回ウオーターワールド水上ペア早押しクイズ、障害物レース。開催です!」
司会を務めているお姉さんがそう叫ぶと同時に大きくジャンプをした。その動きで大胆なビキニから豊満な胸がこぼれそうに――
……それを見てしまったせいなのか、はたまたレースを純粋に楽しんでいるのか、わぁぁぁ!と会場からは歓声(主に男性)と拍手が入り乱れていた。
この障害物レースの参加者は基本的に女性というか女性しかいない、それのおかげもあるのか観客のテンションも大いに上がっているようだ。
なお、俺と一夏はこのレースに参加を申し込もうとしていたのだが、目の前でレース参加希望の男性達がことごとく受付で弾かれていたのを目の当たりにしてしまった。
受付の人からは『お前空気読めよ』と言わんばかりの笑顔と圧をもらい受けてしまった為、俺と一夏は大人しく観客としてこのレースを楽しむこととした。
「それにしてもお前がここに居るとは思わなかった、箒にでも連れ出されたか?」
「あぁどういう訳か急に引っ張り出されてな、鈴とも一緒に来たんだ」
確かに俺とこいつが合流したとき、箒や鈴が近くに居た。しかしそれより不思議なのはさらにその後ろでセシリア、シャルロット、ラウラ、簪、本音を見たことだった。自意識過剰かも知れないが、もしや俺たちを追ってきたのか?と思ってしまった。
追ってきたにしては段取りが良すぎる、チケットだってどうやって入手したのか分からない。となれば答えは一つ元々皆誰かと行く予定を立てていたと言うことだろう。
今現状の社会は女性優遇ではあるが、それはそれこれはこれと言うことなのだろう。やはり水上を走り回るのは女性の方が良いに決まっている。という主催者であり当園オーナーの
「大変だな」
「それはお互い様なんじゃないのか?」
「――そうかもな」
あの後極一部の生徒(福音事件に関係した専用機持ち)と生徒会長には黒式に関するデータを全て公開した、それぞれ思うことはあっただろうが俺自身はあまり考えを変える気にはなれない。理由としては多々あるのだが一番の要因はこれから起きる出来事についてだ、少し昔の話をさせてもらうとしよう。
俺は過去にイギリスやフランスに渡っていたのは皆も理解してくれているだろう、その道中俺はとある廃施設を発見した。それはとても恐ろしく俺自身でさえも恐怖で身体を動かせなくなってしまうほどだった。詳しくは語れないが簡潔にまとめるのであればその施設は人体実験をしていたと言うことだろう。
そこでは人間の可能性を引き出すため、遺伝子を弄られた子供の育成が成されていた。施設にはその子供たちだったであろう遺骨が散らばっていた。
それからその資料を読み漁った結果、この施設では最低でも五人が育ち旅立って居たようだ。男が三人と女が二人、名前は分からなかったがそれでも確かに生存していることは明白だ。
今はその場所は跡形も無く消えているだろうが、そこで育った人物がいつの日か接触してくるのではと思っている。
少なくともこれから起きるであろう事に厳重注意しなければならないから……
「千春!そろそろ始まるぞ!」
気がつけば俺はセレモニー終わりまで考えに没頭してしまって居たらしい、今日は考えるのをやめよう。せっかくの機会なのだから。
「さぁ皆さん!参加者の女性陣に今一度大きな拍手を!」
再度巻き起こる拍手の嵐に、参加者であるシャルロットやセシリアは手を振っていたりお辞儀をしていたりと反応は様々だった。しかしその中でも特にどうという反応をするまでもないペアがいた。――千冬とラウラであった。
二人とも念入りに準備体操をしながら、それぞれ身体をほぐしていた。いやお前ら加減しろよ?全力で相手するなよ?いや箒達もだぞなんか他の参加者達とは熱量が違うんだが!?
「優勝賞品は南国の楽園・沖縄五泊六日の旅!みなさんがんばってください!」
なんだその優勝賞品。凄い太っ腹なんだが裏がありそうで怖いな……大丈夫だよな?俺が疑い深くなってるだけだよな?
そもそもこのイベントがあることすら知らなかったんだが、これって不定期で開催されるモノなのだろうか?いや初日だから開催されてるだけか、初日だもんな。
優勝賞品は五泊六日の沖縄旅行、それぞれ思惑を抱えながらもしっかりと身体を慣していた。勝手な妄想お思い描いてはいるが、その妄想までそう遠くは無いだろう。
(一夏と夢の沖縄旅行、このチャンス逃すわけには行かない!)
(沖縄か~この前の臨海学校ではそこまで接近できなかったし、これを利用すればある程度進むことが出来るかも知れないわね!)
(沖縄旅行、しかも千春さんと二人っきりで――このチャンス逃しませんわ)
(千春さんと沖縄旅行~もしかしたらあんなことやこんなこと……よし!)
(ふむ、沖縄かまたあの水着に着替えるのは少し恥ずかしいが、教官と二人きりなのであれば問題は無い)
(ふっ小娘らには負けられんよな?悪いが私と千春で楽しませてもらうとしよう)
(沖縄旅行。お姉ちゃんと一緒に行くのも良いけど、やっぱり千春さんと……)
(なんか楽しそう~)
一人だけのほほんとした人物がいることを除けば、彼女たちの妄想力はすさまじいだろう。
「では再度ルールの説明です!まず最初に行われるのは早押しクイズ!こちらが事前に用意した問題に早押しで答えていただきます!問題は全部で20問!一つ一ポイントとなっています!問題文の途中でも解答が出来るようでしたらボタンを押していただいても構いません!
そして次に行われる障害物レースの説明です。こちらは50✕50メートルの巨大プール!その中央の島へと渡り、フラッグを取ったペアが勝利です!こちらのポイントは10ポイントとなっています!
なおこのコースはご覧の通り円を描くようにして中央の島へと続いています。その途中途中に設置された障害は、基本的にペアでなければ抜けられないようになっています!
ペアの協力が必須な以上、二人の相性と友情が試されます!」
友情が試されるのか。確かに協力しなければ攻略するのは難しいだろう、それが「一般人」であればの話になってしまうが……
早押しクイズは完全に瞬発力だろうな、あとは答えが分かっていればの話になるが。
「それでは早押しクイズに参ります!参加者の皆さんはセットの移動へお願いします!」
これから早押しクイズが始まるが、まずスイッチ自体が彼女達に耐えれるかどうか分からない。瞬発力は間違いなくピカイチだろう、だが破壊力も間違いなくトップランクだろう。特に千冬、ラウラ、箒、鈴は上位になるかあらな。
耐えられるようにしっかりと耐久性を考慮しているのだろうか?
「それでは早押しクイズスタートです!」
「第一問!日本で海に面していない都道府県を全て答えよ!」
海に面していない都道府県は全てで8つ。栃木県、群馬県、埼玉県、山梨県、長野県、岐阜県、滋賀県そして――
「「奈良県!」」
「正解!」
そう奈良県、この8つの都道府県以外は全て海に面している。逆に海にしか面していないのは北海道と沖縄県になる、豆知識として憶えておいても損は無いだろう。ちなみに回答者は千冬とラウラのペアだった、やはりと言うべきかそう簡単にポイントは渡さないだろう。これで一ポイントリードだ。
「第二問!次のうちイタリアが発祥の料理は何でしょう?1ドリア、2カルパッチョ、3プリン・ア・ラモード」
この三つはイタリア発祥の料理としてイメージされているが、実際の発祥ものは一つだけだ。他の二つは実は日本発祥の料理である。
この問題は日本在住の箒や千冬には難しいだろうか?いや千冬はある程度知っているかもしれないが箒はどうだろうか……これは知ろうとしなければ知れないものだからな。シャルロットやセシリアあたりはここら辺に詳しいだろうから有利だろう。
そう考えながら参加者達を見ていると、ボタンが強く押された音がした。押したのはセシリア・シャルロットペアだった。
「2のカルパッチョですわ!」
「正解です!イタリア発祥の料理はカルパッチョです。ちなみに魚のカルパッチョもありますがそちらは日本発祥の料理です!」
そうカルパッチョは確かにイタリア発祥の料理だった。しかし日本で出されている魚のカルパッチョはイタリア発祥では無く日本で作られた物だった。
本来のカルパッチョは新鮮な牛の生肉の赤身の部分を薄切りし、パルミジャーノ・レッジャーノ・チーズとともに食べる料理である。パルミジャーノ・レッジャーノ・チーズは牛乳から造られる硬めのナチュラルチーズだ、別名「イタリアチーズの王様」と呼ばれている物である
ちなみにドリアは『ホテルニューグランド』で初代総料理長を務めたサリー・ワイルが考案した料理、プリン・ア・ラモードも同様にホテルニューグランドで生まれた料理となっている。全部おいしいから皆食べよう。
「第三問!フランスの正式名称は――」
「フランス共和国!」
まさかの問題途中で解答が行われた、回答者は簪だった。だが問題途中で解答をする場合は引っかけ問題と言うことが多い。つまり何が言いたいのかというと……
「残念!」
やはりと言うべきか三問目からは引っかけになり始めていた、これなら十問目には滅茶苦茶難しいのではないだろうか?それともISに関係する問題になるのか?
どちらにしろ難問になることは間違いないだろう。
「最初から読み直しますね!フランスの正式名称は日本ではフランス共和国ですが、フランスでの正式名称は何でしょう!」
正式名称ではあったはフランスでの正式名称か、これは完全に彼女の独壇場だろう。
「レピュブリク・フランセーズ!」
「正解!」
瞬時に解答をすることが出来るのはシャルロットくらいだろう、ラウラ達も気がついていたが判断が遅れたな。
「皆凄いな!誰が優勝するかわからないぞ!」
「そうだな、この後障害物レースあるからな。そこで挽回などいくらでも出来るだろう」
誰が勝つか分からないイベントを男達はただ見ることしか出来ないが、それでもこの時間は楽しい物であるという事実は変わることは無かった。
それからクイズは十問目を突入した。現状のポイントは箒・鈴ペア、簪・本音ペア、セシリア・シャルロットペアが2点、千冬・ラウラペアが4点とリードしているのは千冬達だった。だが7問の時点で既に問題がおかしかった。
ちなみに7問目の問題文は「お年寄りがバスに乗ってきました。大きな荷物を重そうに持っています。しかし、だれも席をゆずりません。なぜでしょう」という問題だった。俺にはまったく分からなかったが脳みそを柔らかくすれば答えは簡単だった。
鈴の解答で「バスに誰も乗っていなかったから」と言う解答が出された、確かにバスにの中にお年寄りの方しかいなければ誰も手伝うことはできない。
結果的に言えばこれが正解だった。一見すると難しい問題ではあるが、視点を変えてしまえば簡単になる。
問題をどの視点で見据えるかによって解答が変わってくる面白いものだな。
「それでは第十一問!神聖ローマ帝国が消滅する契機となった出来事は?」
まず神聖ローマ帝国について軽く解説していくとしよう。
神聖ローマ帝国は962年ローマ教皇ヨハネス12世によって、ドイツ王オットー1世がカロリング朝ローマ帝国の継承者として皇帝に戴冠されたことから始まったといわれている。
しかしドイツの歴史学界では西暦800年のカール大帝戴冠を神聖ローマ帝国の始まりとするのが一般的になる。
帝国史としては3つの時期に区分されている。
フランク王カールの皇帝戴冠から中世盛期に至る「ローマ帝国」期(800年-10世紀)
オットー大帝の戴冠からシュタウフェン朝の断絶に至る「帝国」期(962年-1254年)
中世後期から1806年に至る「ドイツ国民の神聖ローマ帝国」期
この3つになる。この帝国が消滅したきっかけは1789年に起きたフランス革命や第二次対仏大同盟など様々な事が関係して行く。そこから更に1805年に第三次対仏大同盟戦争が始まり、オーストリア主力軍はナポレオンの迅速機動により降伏し、フランス軍はウィーンを占領した。
結果的にはオーストリア=ロシア連合軍との会戦して勝利した。
それからナポレオンは『守護者』となり1806年にバイエルン、ヴュルテンベルクを初めとする帝国16領邦がマインツ大司教ダールベルクを首座大司教侯とするライン同盟を結成して帝国脱退を宣言したことで、神聖ローマ帝国は消滅するきっかけとなった。
つまり答えは――
「ライン同盟」
そうライン同盟なのだ。1806年、ナポレオンの保護下に結成された南西ドイツ諸国の同盟。プロイセン・オーストリアに対抗するためで、加盟国は最初16か国。これによって神聖ローマ帝国は崩壊した。しかし1813年ナポレオンの没落とともに解体され、1815年にはウィーン会議によりオーストラリアを盟主とするドイツ連邦が成立した。
回答者はドイツ出身のラウラ、母国の歴史はやはり詳しいな。これは世界史の中でも出ていただろうか?俺はもう記憶にないがなんとなく憶えている物だな。
「1815年って事はスペイン独立戦争とかそこら辺か?」
「その戦争はナポレオン戦争と言う03年~15年続いた戦争の中で起きた戦争だな、ナポレオンの支配を崩した戦争でもある。まぁまだ短い戦争なんじゃないか?」
「12年が短いのか?」
「335年戦争ってのもあるからな。これはオランダとシリー諸島の間で起きた戦争なんだが、最も犠牲者が少ない戦争でもあるんだ」
「335年も続いたのに!?どうしてだよ」
「一応戦争自体は1651年に終わっていたんだが、戦争終結を宣言しなかった。つまりまだ戦争は続いている事になっていた。それから335年後の1986年にこの事が浮かび出てきて、平和条約に調印がおされて終わったって事だ。住民の記憶には一切残らなかった戦争がこうして明るみに出て有名になることもある」
今だからほとんど戦争など起きては居ないが、ISが世に出回る時までいくつもの国が戦争をしていた。白騎士によってほとんどの兵器は粉砕されたがな、それだけISが優秀であり兵器として有効活用できると言うことだろう。そんなこと誰も望んでいなかったのに……
まさかここまでIS学園に関係している人物のみが接戦し始めているとは思わないだろう。一般参加者の彼女たちがかわいそうに思えてくるレベルだ、一番手前にいるペアに至ってはまるでFXで有り金を全て溶かしたような表情をしている。
だが観客の男どもはそんなことお構いなく盛り上がっている、ふと千春達の方へ視線を移してみると面と向き合って会話をしていた。こちらからは話し声が聞こえないが二人の表情を見るに楽しい会話なのだろう、男には男にしか女には女にしか分からない事もあるだろうだからな。
「ラウラ、この勝負負けられんぞ」
「無論です。副教官との沖縄旅行なんとしても手に入れます!」
ん?
面白い。手を出さないと決めていたがここまでになってしまえばそうも言ってられんな。
他の奴らも大本はアイツ狙いだろう。下手に手を抜けば負けるのは確定、仮にこのクイズで多くの点を取ったとしても障害物レースでは逆転される可能性もある。負けられんよな?
「第十二問!?に入る数字は何でしょう!77→49→36→18→?」
ここに来て数字の問題が流れてきた、これを答えることが出来れば織斑先生達と並ぶことが出来る。逆に鈴や簪に答えられてしまったら僕たちが並んでしまう。これだけは避けたいところだ。
けれどこの問題の意図が分からない、これを仮にかけ算や演算処理だったとしても数字が合わない。周囲の挑戦者を見てみてもほとんど分かっていない様子だった。ここでなんとか回答して行きたいところだけど、全く回答が浮かび上がらない。
「シャルロットさんわかりまして?」
「ごめん正直僕も分からない、数学とかは得意だったんだけどね……」
まさかここまで分からないとは思わなかった、現に千冬さんも眉間にしわを寄せている状況。
これの答えは一体なんなんだろう?
「急に止まったな、もしかして誰もわからないのか?」
「そのようだな。ちなみにお前はわかったか?」
そう問いかけると自信ありとばかりに胸を張ってきた、こいつがどうやって解答を導き出したのか知らないが一応聞くとしよう、挑戦者には聞こえないようにな。
「答えは8だ」
「正解だ。よく分かったな?」
「似たような問題を解いたことがある。これは77を割って7✕7にして49にする、49を4✕9にして36。これを続ければ答えは出てくるって事だ」
「全てはお前の言うとおりだ、問題文を一度分解するのも1つの手になるかも知れないからな」
冷静になれば一夏はこれくらい対処出来るみたいだな、もっとも実践でそれが出来れば良いんだが……
いや俺もしっかりとした作戦を立てなければいけないな、これ以上あの作戦を実行するのは無理があるということだな。それにこれ以上心配させてしまっては……色々と面倒だ。
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試作品 黒神千春 記載事項
*プロフィール設定
初登場第一話 再会からの始まり
国籍日本
専用ID黒式
IS適正S?
所属クラス1-1
役職生徒会補助役員
年齢24歳
身長167cm
体重55kg
好物お寿司(いくら)
ルームメイト織斑千冬→シャルロット・デュノア→織斑千冬
異名漆黒のワルキューレ、他人第一
*概要
男性ながらもISを扱える数少ない存在であり、ブリュンヒルデ・織斑千冬と天災科学者・篠ノ之束の幼馴染を持つ。
全国で男性操縦者を探し出す検査の際に、試験用のISを起動させてしまった。その後千冬と面会した後、日本政府の意向によりIS学園へと強制入学させられた。千冬の弟である織斑一夏を除き全て女子生徒であるという環境下に置かれた。二人目の男性操縦者として一夏同様注目の的となった。
両親については彼の口から一切語られることはなく謎に満ちている。
小学校時代に千冬、束と出会い行動していく。家事洗濯など家庭的なことは孤児施設での経験がある為、千冬や束を上回っている。また千冬と共に剣道を嗜んでいるため剣の実力も併せ持っている。このときの経験を生かしてIDの操作技術へと応用している。
専用機である黒式は良く言えば「完全な同化機体」悪く言ってしまえば「いつ爆発してもおかしくない試験機」という曰く付きである。さらにISと細部が違うため油断していると操縦者本人の命が危うい。しかしこれを剣術、軍に所属していたときの経験を活かして扱いきっている。
IS学園に所属する前には倉持技研に就職していたこともあり、ISについての知識的技術はずば抜けている(ただしブルー・ティアーズに搭載されていたBT兵器などは初歩的な知識しかなかった)
第二回「モンド・グロッソ」で千冬のサポートを行っていた際、とある事件を解決するためにその場を離れた。事件解決に協力してくれたドイツ軍への借りを返すためにIS部隊の副教官を一時期勤めていた。(ラウラとの面識がここで発生)その後、倉持技研に就職した。
千冬に力は劣っているが、ISやID用の武器を生身で扱うことが出来るという超人的な能力を持っている。
自身の強さの源は誰かを守りたい、助けたいと言う心であると言っている。しかし彼自身あくまでそう思っているだけであるため、本当の強さとはどのようなものか答えを出せていない。
彼自身昔からの友が少なかったこともあり、幼馴染二人が危険な目にあった場合は自身を犠牲にしてでも守り抜こうとする。
普通、中型免許と普通自動二輪免。移動式クレーン運転士免許。大型特殊自動車免許を所持している。
*経歴(現在)
0歳誕生する
?歳篠ノ之束と織斑千冬と出会う
?歳篠ノ之箒と織斑一夏と出会う
14歳篠ノ之束がISを開発する。
18歳『第一回モンド・グロッソ』で織斑千冬が出場することを知り、サポーターとして同行する。この頃から束と箒の中が劣悪になってしまっているのを知る
21歳束が行方をくらましたことを知る、それと同時に『第二回モンド・グロッソ』で活躍する千冬のサポートを行う織斑一夏の居場所を知らせたドイツ軍に恩を返す為に、千冬がドイツへ行く(無理やり連れて行かれる)
22歳その後ドイツで別れたあと、日本の企業である『倉持技研』に就職する(打鉄弐式の開発チームに参加する)
24歳ISが反応する二人目の男性として知られることになり『倉持技研』を解雇される。篠ノ之束と織斑千冬、篠ノ之箒、織斑一夏と再会する
***関係人物の呼び方、呼ばれ方
織斑一夏→織斑 千春
篠ノ之箒→篠ノ之 黒神さん
セシリア・オルコット→セシリア 黒神さん
凰鈴音→凰 千春さん
シャルロット・デュノア→デュノア→シャルロット 千春さん
ラウラ・ボーデヴィッヒ→ラウラ 教官(副教官)
更識楯無→楯無さん 千春さん
更識簪→簪 黒神さん
布仏本音→本音 クロさん
布仏虚→布仏さん 黒神さん
織斑千冬→千冬 お前 千春 黒神
篠ノ之束→束 くろちー 千春
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ID黒式 機密事項書
*概要
篠ノ之束によって設計開発された、千春専用第1世代型ID。
白騎士と同時期に開発されたが、多数の問題があったため開発は凍結された。
「世界で唯一ISを扱える男」である織斑一夏のために用意された専用機の試験機、その後黒神千春の専用機として開発が進められた、しかし問題は取り除けなかった為欠陥機となってしまっている。
第1世代を現在の第3世代まで性能が届くように徹底的に性能が上げられ、第3世代の技術が転用されている、そのおかげで第3世代に引けを取らない性能をたたき出すことに成功した。
白式の試作機としても扱われた為、雪片などが搭載されている。また白式と違い多くの拡張領域(パススロット)が設けられている為、後付装備(イコライザ)が可能となっている。
ただし細かい設定がオミットされている為、操縦者の命が危険にさらされると言う欠点がある。
単一仕様能力が似ているのは、白騎士と同時期に開発したからだろうか?それとも白式の試作機として回収されたからだろうか?それは篠ノ之束にしか分からない。
ISとは異なる為第二形態移行が存在するのかは不明。
待機状態は黒い携帯電話。
**零落黒月(れいらくこくげつ)
自身のシールドエネルギーを消費して黒式の攻撃力・機動力を底上げすることが出来る黒式の単一仕様能力。
白式の零落白夜とは違い、相手のエネルギー兵器による攻撃を無効化したり、シールドバリアーを切り裂いて相手のシールドエネルギーに直接ダメージを与えることは出来るが出力が抑えられている為、零落白夜より攻撃性は低い。
自身のシールドエネルギーを消費するため、使いどころを考える必要がある。
千冬の乗機であった暮桜の試作改良版である。
**試作型雪片改(しさくがたゆきひらかい)**
刀剣の形をした、近接戦闘用の武装で黒式の隠し武装。
千冬の使っていた武器「雪片」の後継でもあり、一夏の使っている「雪片弐型」の試作品である。
白式とは違い拡張領域(バススロット)をあまり使わないため、後付装備(イコライザ)ができる。
第四世代技術の展開装甲は使われていない。
**カノン**
装弾数六発の回転式拳銃。中距離戦用武装であり千春のお気に入り装備。
名前と使い勝手の良さから、基本装備として扱われている。
なお回転式は千春には合わなかったようで自動式拳銃に型を変えられた。
**ワイヤー&ブレード 影縫(かげぬい)**
腰部に搭載されている二本のショートブレード、腕部に搭載されているワイヤーを組み合わせることで使うことが出来る。組み合わせずワイヤー、ブレード単体で使用することも可能。
IDを展開せずとも生身で使用するときもある。
**近接ブレード 黒龍(こくりゅう)**
基本的な近接用ブレードであり、黒式の主力武装
違う点はブレードの刃が黒く、鍔がついていない。黒式の基本武装である。
生身でも使用することは可能。
**アサルトライフル 焔摩(えんま)**
打鉄の『焔備(ほむらび)』をベースとして改良されたもの。
倉持技研で神童颯に託された。
生身で使用できる。
*カスタムパッケージ
大破した黒式を改修し、追加装甲装備を外付け式として搭載することが可能である。換装することでSEが枯渇したとしても、パッケージのSEを接続することで継続戦闘が可能になる。
ハードポイントがもたらされている為、様々パッケージを接続することが可能である。
**Tパッケージ「ティアーズ・パッケージ」
セシリア・オルコット用の第3世代型IS。ブルー・ティアーズを解析しRT兵器を扱う為に開発されたパッケージ。試作段階なので未だ安定しない。
ブラックスター
スターライトmkIIIのデータを解析し設計開発したレーザーライフル。このパッケージの主力武装。連射性の向上が成されている。
サイズ
ブルー・ティアーズを解析し設計開発したビット型の武器。
パッケージに接続することでスラスターとしても機能することが可能である。
装備は6機、ブルー・ティアーズとは違い全てがレーザー型である。
PSN
接近戦用のナイフ。近接格闘、もしくは敵に接近された際に使用される。
**Kパッケージ「甲龍・パッケージ」
凰鈴音用第3世代型IS。甲龍を解析し龍咆を扱う為に開発設計されたパッケージ。
これも試作型なので安定しない。以下同文。
竜砲(りゅうほう)
龍咆を解析し設計開発した衝撃砲。
通常の砲撃仕様の他に、近距離用の散弾仕様にも変更することができる。
甲龍の主力兵装であったが、燃費が悪かったので改良され小型化された。
天竜月(そうりゅうげつ)
大型の青龍刀、双天牙月を元に設計し開発された。
2基装備されており、つなげることで投擲武器としても使用できる。
また小型化されて小回りが利くようになった。
**Rパッケージ「リヴァイヴ・パッケージ」
デュノア社製の第2世代型量産機。ラファール・リヴァイヴのデータを解析し開発したパッケージ。
神殺し
69口径のパイルバンカーを改良したもの、口径は33口径に変更された。
リボルバー機構を自動拳銃方のオートマチックに変更、連射性に優れるが交換に時間がかかってしまう。
左腕の盾に装備されている。
高速切替
シャルロット・デュノアの特技をAIで再現したもの、既存に保存されたものをコンマ0.01で呼び出しが可能になる。その代わり機体のオーバーヒート率が高い。
アサルト、ショットガンは従来のものと同じ。PSNを近接戦闘用として装備しているが、形が異なる。
**Sパッケージ「シュヴァルツェア・パッケージ」
VTシステムとの戦闘の際大破してしまった黒式をシュヴァルツェア・レーゲンのパーツを用いて修理したもの。基本的な装備は変わっていないが、大型レールガンの使用が可能。なお黒神の意思によりレールガンは解体され手持ち用に改良が施された。
また本来搭載されていたプラズマ手刀は扱いづらかったらしくオミットされている。同じ要領でAIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)もオミットされている。
その後、パッケージとして再度設計開発し直されたことで外付け式となった。
レールカノン
本来は右肩に装備されているが黒神により小型化され手持ち武器となった
その他は基本的に黒式の武装を使用する。
*追加武装『篠ノ之束から送られてきたデータ』
黒式の武装拡大のために束が開発してきた装備を適当に送りつけてきたもの、扱えるものもあれば役に立たないものなども存在する。
**試作型バスターライフル 絶望の嵐(デスペア・ブラスト)**
試作型荷電粒子砲。白騎士に搭載されていたものを大型化し、威力の安定化を図ったもの。
**緊急用拳銃 コマンド**
装弾数十発。カノンよりも小型の拳銃であるため使用する弾丸も小型である。
しかし破壊力は絶大で、基本的に使用される弾丸は徹甲弾など装甲系を破壊するために扱われる。
しかし基本的に使われることはないので、腰のラックに搭載されている。
**対ビーム用シールド ヴォイド**
小型の盾ではあるが、しっかりとした防御値を保っている。
修繕された際にエネルギーシールドが部分展開するように改良されてた。
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頼むからこれ以上荒らすな
あらからクイズ大会は終わり点数の差が一切無い状態になっている、千冬達の点数差をまさか後半から埋めていくとは誰が予想出来ただろうか?
これにより千冬・ラウラペアが築いてきた優位性は全くなくなってしまった。なおこれ以外のペアは優勝不可能となってしまっている、こうなってしまえば後は楽しむだけになってしまった……お気の毒に
最後に残っているのは水上障害物競走となっている、巨大プールの中心に浮かんでいる一つのフラッグを誰よりも速く手に入れることが出来れば優勝と言うことになる(千冬達以外のペア以外は優勝できないが)皆が悪い顔で作戦を立てているのが見ていても分かる、これは一波乱ありそうだな……
「千冬を倒すのは難しいからな……片方のペアが足止めしているうちにもう一人の方がフラッグを取りに行くって状態になりそうだな」
「それは大丈夫なのか?ルール的にも」
「問題ないだろう、このレースは妨害OKみたいだからな。妨害するペアは絶対にいるぞ特に優勝できない人達は特にな」
優勝できないのなら!って感じで妨害工作してくるのは多少居るだろう、せめて目立ってやるという意気込みを感じ取ることが出来る。
でもまあそれくらいの妨害は彼女たちには通用しないだろう。多少どころか全くと言って良いほどな、それくらいだったら純粋にレースに挑めば良いと思うだろうがそれは絶対に無理だ。運動技術に圧倒的な差が出てしまうからな……出来レースと言われても良いほどだ。
「さぁ!いよいよレース開始です!位置について!よーい!」
乾いた競技用ピストルの音が響き渡る、三十六名十八組の水着女性が一斉にフラッグへと駆け出していく。
「やるわよ箒!」
「分かっている!」
最初に仕掛けてきたのは箒のペアであった。いやそれ以外のペアも色々と仕掛けてきているのだが……真っ先に向かっていったのは優勝候補である千冬ペアだ、二人の息の合った連携で仕掛けたものの世界最強とその弟子には有効打とはならなかった。
その他からも仕掛けられているが華麗に避け一番目の島へと到着した。妨害がOKとは言えこのルールを使って優位に立てるのはある程度訓練を受けている人やスポーツをしている人だけだろう。
「さぁ行くぞ!」
「はい!」
向かってくるペアを軽々とかわしながら、仕掛けてきたペアの足を引っかけて返り討ちにしていく。
そんな彼女たちに一切構うこと無く前進するペアが一組。簪・本音ペアである。彼女たちは勝てないと思ったら自身達で今できる最善の策を見いだすしか無い。それが結果的に一切躊躇すること無く前進することだった。
セシリア・シャルロットは確実に相手に通用する妨害を行いつつも一歩一歩確実に前進していった、現在順位は二位という形になっているがいつでも追い抜かせる立ち位置に立っている辺り計画的である事が覗える。
そして相変わらず箒と凰は千冬ペアの妨害を行っていた、フラッグを勝ち取る気は無いのだろうか?これはレーズだぞ!?
「箒……妨害しかしてないぞ」
「妨害は有りだがこれは前に進まなければ何の意味も無い、これで一番になれば景品が手に入るというのに。全く」
妨害するのもほどほどにって感じだな。
ええい!こうも妨害されるとは!流石に厳しくなってきたぞ。しかしそちらがその気なのであればこちらにも策がある!
「ラウラ!」
「はい!」
もう加減は無しだ。ルール的にはどうなのかと思うが、結果的にどちらかがあれを取ってしまえばこのレースには決着がつく!悪く思うな!
私は妨害相手を背に腕を合わせ土台をつくる、彼女はそれに合わせるようにそこに足をかける。あとは自身の力とタイミングで彼女をフラッグまで投げ飛ばすだけだ!
「鳥になってこい!検討を祈る!」
ラウラを送り出した後私は絡んできた箒・凰を含む相手を逆に妨害することにした。
「さて覚悟は良いな小娘ども……」
後はラウラに託すとしよう。
レースは真面目組と妨害上等の過激派組に完全に分かれてしまった。
最前へとかけだしていた簪ペアシャルロットペアは妨害を一切受けること無く前へと突き進むことが出来ている、どちらかがフラッグを取るのも時間の問題かと思われていた。
「この勝負だけは負けられません!」
「こっちのセリフだよ!」
互いに譲る気は毛頭無く全身全霊でかけだしている、しかしその上空で何かが落ちてきているのが見える。
「あれは何だ!」
「鳥だ!」
「飛行機だ!」
「「ラウラだ!?」」
空から落ちてきたのは銀髪をなびかせるラウラの姿であった、いやどうやってここまで飛んできた!?
ISは使っていない様子、と言うことは千冬が彼女をここまで投げ飛ばしたと考えられるな。
「ラウラ!?」
「空から降ってきた!」
「お前達には悪いがこのレース私が制する!」
そう言うと彼女は二人の背後に手を回し、何かの紐を引っ張りだした。
するとシャルロットと簪が上半身に身に纏っていた水着がゆっくりと下に――
「許せ!」
「水着返して~!」
膨らみが見える前に彼女達が手で隠したのは正直ナイスだ、ここには男性客もいるからな滅茶苦茶沸いてるが……流石にタオル渡さないとダメだな。
「一夏、タオル二枚貸してくれ」
「ん?はいよ」
受け取ったタオルを彼女たちに届けるために近くに移動しようとするが、目の保養になる邪魔をするなと言わんばかりに男性客は邪魔をしてくる。いや観客は妨害しちゃダメだろ!おい!ちょっと待てや!グーはダメだろグーは!
妨害を受けながらも動けない状態の二人に駆け寄りタオルで隠すように促した、二人の頬は赤く染まりながらも再びフラッグを手に入れるために走り出した。相方の本音、セシリアは足場から落ちて這い上がっていた。
千春が二人に近づいている中箒と鈴が千冬姉に叩きのめされているのが目に入った。
気絶しかけている彼女達がプールの中でもがいてい現状を見てしまっては助けなくちゃという気持ちが動いてもおかしくは無いだろう、千春ならこんな時絶対に助けるだろうからな!
「二人とも!これ以上は危険だから!」
「止めるな一夏、まだやれる!」
「いや無理だろ!水面に投げ飛ばされている時点白目向いてたぞ!」
これ以上は身体が持たないと判断した俺は二人を無理矢理引き離しリタイア扱いにさせた。
二人はせっかくのチャンスがとぼやいているが、それはもう仕方ないから諦めてくれ。はやくここから脱出しないと千春みたいに妨害用ホースでずぶ濡れにされる……あれだけは避けたい。
「くっ水圧が強すぎる、これ本当に妨害用かよ!?」
目の保養を無くされた事に対する男性観客の怒りが千春に集中している、それを見ている女性陣からは冷めた視線が送られている。
そんな時間もそう長くは続かず終わりを迎えた。
最前線へと走っていたラウラがいち早くフラッグを掴み取りレースの終止符を打つこととなった。
「水少し飲んじまった……」
「大丈夫ですか教官」
「大丈夫だ、少し肺に水が入った程度だ。後ラウラ水着を取るのは流石にやり過ぎだ」
取って捨てた水着はなんとか回収して二人に返すことが出来たが、絵面的には危険な匂いがプンプンする状態だった。
これが同じ学園に通っている生徒同士と説明しなければ俺は間違いなく牢獄行きだろう、いや説明したとしても年離れているからむしろ疑われてしまうな。
「はい……二人とも済まなかった」
「全く!あの面前の中で脱がされるとは思わなかったよ!」
「びっくりした」
二人の顔は未だ真っ赤に染まっていた。無理も無いな。
優勝賞品はしっかりとラウラの手元に渡った、二人仲良く沖縄旅行を楽しんで貰うこととしよう。
「では副教官、共に行きましょう!」
「は?」
千冬からドスのように低い声が出てきた、初めて聞いたぞそんな低い声。それにラウラも俺とでは無く千冬と行ったらどうなのだろうか?師弟で行くというのは悪くないだろう?俺のことは良いからというか参加してないからな
「ラウラそれをこちらに渡せ。お前の企みは分かっている」
「教官、申し訳ありませんがここは譲れません」
おいなんか空気が……危ないから避難させておくか
「良いだろう!力ずくで奪ってやる!」
「望むところ!」
こうして沖縄旅行を巡って第二の戦いが始まってしまった。いやもう終わったから!施設で暴れるんじゃ無いよ!
「ええい!一夏止めるぞ!」
「いや絶対無理だろ!」
「無理でも止めるんだよ!やって見せろよ一夏!」
「ええい!なんとでもなるはずだ!」
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軍人は過去にうなされる?
「ラウラ・ボーデヴィッヒ。階級は少尉。現在はISの試験操縦者か」
薄暗い部屋。不快なジメッとした温度がここは地下であると言うことを物語っている。
だが見覚えがない部屋では無い。
ここは彼女の記憶の中でも暗い部分の一つだ。軍隊の訓練の中で最も嫌いな『尋問に対する耐性訓練』。
ここはその訓練場所でもあり、数年前までも実際に拷問に使われてた場所。
床についている黒いシミは、温度とは全く関係ないだろう。多分。
天井からは水滴がポツポツと落ちてきている、一体どこから垂れてきているのかそんなことはどうでも良い。
「気分はどうだ?ラウラボーデヴィッヒ。顔色が良くなさそうだな」
立つ気力も座る気力すらもなさそうな彼女は、そんな問いかけを相手にしたりしない。
おぞましき部屋の主であろう男は、顔が見えずこちらから逆光の立ち位置に佇んでいた。
その声は澄んでいて何処か聞いた事のあるような無いような気がした。この部屋の湿度とは全くもって相容れない声であったのは間違いない。
「さて、四日間の不眠と断食はいかがだっただろうか?ラウラ?ん?」
答えるのも嫌になる。答えるのにも体力を使う。そのくらい今の彼女は疲弊している状態だった。
「これはね典型的な拷問方法だよ。大昔から使われている手法だ。時間の概念が無くなっている部屋で眠らせず、食べさせず、そして永遠に水滴の音だけを聞かせている」
コツコツと硬質のかかとを鳴らしながら、ゆっくりとこちらに歩んでくる。僅かな光が相手の足下を照らしている。
軍服は着ていない?一体誰だこいつは……
いつもの訓練官ではない。いやそれどころか軍人でもなさそうだ。
微かに聞き覚えのあるような声を頼りに思考を巡らせる、だが何度考えても顔が思い浮かばなかった。
(こいつは一体だれなんだ?何故ここに居る?)
とにかく今はこいつをどう制圧するか思考を再度巡らせる。
(そうだなまずは――)
「まずは相手の動きを封じ、そのまま首を取ると。それはあまりおすすめはしないかな?」
(なっ!なぜ!?)
「何故考えていることが分かるのかって?それはねぇ」
男の顔がゆっくりと光に照らされていく、しかしそれは口元までであり目は見えない。
しっかりとした輪郭であるが、左の頬に斬られたような後が残っている。
ゆっくりとそいつが言葉を刻んでいく。
「それは俺がお前と同じだからだよ」
不思議なことにそれは聞こえなかった。
軍人である彼女であれば、例え無言であったとしても口の動きから言葉を理解するのはたやすい。
しかし彼女は言葉化することが出来なかった、理解できなかったのだ。
だがそれでも――何故か酷く納得してしまった。
(なるほどな……)
仕方が無いと思ってしまう、そんな『なにか』。それがその言葉にはあった。
「さて、それじゃあ尋問を始めようか。ラウラ君、君に愛国心はあるかな?」
「ああ」
「ふーん簡単に嘘つくんだね?愛国心のかけらも持ち合わせていないのにね?」
「そんなことは無い」
まぁそれはいいや、どうでもよさそうに言ってから、男はなにやら手帳を取り出し開いた。
「さて仲間はどこに居る?規模は?装備のレベルは?バックアップは?」
「言うわけがないだろう」
「そうだね、ではこんなのはどうかな?」
にやりと男の口元が歪む。
そんな標所の変化には取り合わず、彼女は次にどうやって目の前の相手を制圧するかを考えてていた。
「好きな人は出来た?」
その言葉にラウラの思考は停止した。
「なに?」
「名前は黒神千は――」
「なっ!?馬鹿!馬鹿を言うな!」
「あははっ!顔真っ赤にしちゃって!わかりやすいね!」
「殺す!絶対に殺してやる!」
疲労も脱力も吹き飛ばして、彼女は立ちあがるのと飛びかかるのを同時に行う。
そして――
「あーあの……ラウラ?」
「う?」
ラウラが押し倒し、その首元にナイフを押し付けていた相手はルームメイトのシャルロットだった。
場所はIS学園一年生寮の自室。時刻は早朝らしく、窓の外ではカラスとスズメがのんきに鳴いてる。
「えっと、あのね?ラウラがうなされてたから声かけようかなって思ったんだけどね?」
「そ、そうか……」
言われてみれば確かに彼女は寝汗をびっしょりとかいていた。肌にまとわりつく髪と寝間着が、たまらなくうっとおしい。
「それで、いつまでこのままなのかな?」
「そうだな、すまない……」
動脈に当てていたナイフをそっとどけ、シャルロットの上からも離れる。
どうも夢の内容はあまり覚えていないようだが、楽しいものではなかったのだろう。自分の動脈がそう告げていた。だが頬に切傷がある男の影を妙に覚えていた。
「ん。別にいいよ気にしてないからさ」
「そうか、助かる」
この部屋割には最初こそ戸惑ったが、ルームメイトがシャルロットが非常に気の利く存在であったため、むしろ今ではこの編成に感謝している。
対決後も別段気にしていた様子はなく、改めてルームメイトとして、友人としての付き合いをしてくれていた。
そんな相手に刃物を向けてしまうなど、どうかしてしまっている。ため息を漏らしてベットから降りる。シャルロットもそれに続いた。
「ところでさラウラ」
「なんだ?」
「寝間着ってそれしかないのかな?」
改めてシャルロットは指摘する。というのもラウラが今着ている寝間着は千春に買ってもらった唯一のものであり、これを部屋で常に着ているのだが流石に洗濯しないわけにもいかない。その場合は寝るときは全裸なのだ。その理由が――
「寝るときの服がこれしかない」
「いや……他にもあると思うけど、風邪ひくよ?」
時々サイドテーブルに備えてあるバスタオルはそのための物だ。今日は服を着ていたから良いものの、全裸の時は彼女がラウラの体にタオルをかけている。
「ふむ。まぁいい私はシャワーをしてくるが、お前はどうする?」
「うん。僕も浴びてこようかな。冷や汗かいちゃったから」
「一緒にか?」
「違うよ!もう!ラウラの後ね」
「冗談だ」
いつも通りの冷淡な調子でそう言われたシャルロットは一瞬ぽかんとしてしまっていた。
その間にラウラはシャワールームへと行ってしまって、パタンとドアを閉じた音が聞こえた。
(少し前までは冗談なんか言わなかったのに、一体どうしたんだろう?)
心境の変化でもあったのだろうか?友人としてルームメイトとしても気になるところだった。
(それはそれとして、やはり寝間着はなんとかしないと)
朝から問題に悩まされるシャルロットだった。
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デート?いいえ買い物です
「買い物?」
「うん、そうそう」
食堂の寮。そこで早めに朝食をとりながらラウラとシャルロット、偶然近くにいた千春を交えて話をしていた。
三人の他には朝練をしている部活動の面々がちらほらいる程度で、食堂は全く混んではいなかった。
彼女達のメニューと言えば、マカロニサラダにトーストそしてヨーグルトである。千春は鯖の味噌煮定食であった。
だがラウラのメニューにはもう一品追加されている。
「ラウラ、朝からステーキって……胃もたれしないの?」
「何を言うか。朝に一番食べる方が稼働効率が良いんだぞ?科学的にも証明されている。そもそもだな――」
「――ラウラ、それでも許容範囲があるぞ?朝からステーキは辞めておけ俺でも朝からステーキはキツい」
「むっ教官がそうおっしゃるのであれば」
存外感化されやすい性格なのかなラウラは。なんてことを考えながらシャルロットはフォークの先端にマカロニを通して食べていた。
「千春さんはいつも和食ですね、洋食はあまり食べないんですか?」
「まぁ基本的に朝は和食かな、洋食は昼だったり夜食べることの方が多いよ」
「和食……箸は苦手だ」
確かに僕も箸を使うのは苦手だ。それ以上に留学生の人のほとんどは箸の使い方が怪しかったりするから、和食を食べていたとしてもフォークやスプーンを使っている人の方が多い。
「栄養素を一気に取り込むのも良いが、ある程度配分してとったほうが良いぞラウラ」
「分かりました」
ラウラは本当に千春さんの言うこと素直に聞くよね、僕の言葉にも少しくらい耳を傾けて欲しいけど。
「それで買い物には何時行く予定なんだ?」
「えっと十時くらいに出ようかなって思うんだけど、どうかな?一時間くらい街を見た後、どこか良さそうなお店でランチにしようかなって」
「わかった十時くらいには準備を終わらせておくとしよう、ラウラもそのときには出る準備をしておくんだよ?」
「わかりました」
多分千春さんが居なかったら「せっかくだし教官も誘っていこう」って言ってたかもしれないね。
十時過ぎ、三人で学園を出る準備をして校門前に集まったのだが……
「ラウラ?その服以外になかったのか?」
「一応これは公用の服なのですが、ダメでしたか?」
これには流石にシャルロット、千春も頭を抱えてしまっていた。そういえばラウラが制服以外に服を着ている所を見たことが無い。
「もうそれでいいか、今日の買い物で私服も買ってやらないとダメだな」
確かにIS学園の制服と軍服しかないのは問題だ、それならはじめから普段着として着れる服があった方が何かしら便利だろう。
「まずはバスで駅前まで移動だな」
「あれ?千春さんの車は?」
「あーあれはしばらく使えそうに無いかな、俺がこのざまだからね。眼帯での走行は流石に危ないと思うからね」
実際の所眼帯をしていても車の運転は一応出来る、だがしっかりと運転走行が行えるかは定かでは無いため千春は安全を優先した形になる。
運転して事故起こしたら二人の体に傷をつける可能性もある、それならば最初から運転は抑えるのがベストだ。
「そうでしたね……少し残念」
「そうだな……」
「まぁ直ったらドライブくらいはしような」
彼は二人の頭を優しく撫でる。少し頬が赤くなってしまっているが熱にやられた訳では無い。
バス停近くまで歩いて行くと丁度バスが走ってきて、三人は急いでバスに乗り込む。夏休みの十時過ぎと言うこともあり、車内はかなり開いていた。
制服のラウラとは違い、シャルロットはしっかりとした私服だ。夏らしく白を基調としたワンピース、それに淡い水色を加えて涼しさをと軽快さを醸し出していた。
千春は夏のはずなのに長袖長ズボンという季節にはあまり似つかわしくない服装をしていた。長袖を着ている理由は多々あるが一番の理由は身体の傷を隠す事だろう、半袖を着てしまってはそれを表に出してしまうことになる。視線を避けるためにもそれが一番なのだろう。
都会のバスにしては珍しく、車内は冷房では無く窓から入ってくる風で涼しさを得ていた。
(そういえば街をゆっくり見るのって千春さんと出かけた時以来かな?今日ものんびりしながら色々見に行こっと~)
(あの建物は狙撃地点に使えるな。それにあっちのスーパーは長期戦時にライフラインとして機能させられる。それと――)
金と銀色に輝く二人の髪色が、日光を受け鮮やかに輝いていた。そのうえ涼しい風に撫でられた髪はよりいっそ際立っていた。
そんな二人の間に挟まってしまう男が一名、居心地が何処か悪そうにしていた。
(なんと言えば良いのやら、二人が綺麗すぎるから目立つんだよな)
「あそこ見て!あの二人!」
「すっごい綺麗~」
「隣の子も滅茶苦茶可愛いわよね、モデルなのかしら?」
「そうなのかな?銀髪の子が着てる制服?って見たこと無いんだけど……」
「バカッあれはIS学園の制服よ!カスタム自由の」
「え!?IS学園って確か倍率一万超えてるエリート学園でしょ!?」
「そう。入れるのは国家を代表するクラスだけ。まさにエリートだけの学園」
「うわ~それであの綺麗さってズルイ……」
「まぁ神様は不公平なのよ、いつまでもどこまでも」
「でもあの男は邪魔ね」
「そうね、あの二人の財布なんじゃない?」
二人に注目している女子高生のグループが、声のボリュームを抑えることなく騒いでいる
うん、やっぱりこういった噂が流れてしまう。少し離れて歩くべきだっただろうか?いやそうだったとしても不審者だと思われてしまう可能性もある、そうなると厄介だな。
顎に手を当てて考え込んでいた千春に気がついたシャルロットはそっと彼の腕に自身の腕を絡ませた、咄嗟の事で反応できず一瞬ポカーンとしてしまった。
「シャルロット?」
「こうすれば大丈夫ですよ」
一体何が大丈夫なのだろうかと頭の中で考えるが、結局どう大丈夫なのか全く分からなかった。それに気がついたラウラも同様に腕を絡めてきた。うん下手に動けなくなった。
「駅前に着いたみたいだな、さてどう回ろうか?」
「それに関してはもう決まってるから大丈夫」
シャルロットがそう言うとバックの中から雑誌を取り出して、それを案内図として交互に確認にしていた。
「この順番で回れば時間の無駄にもならないね」
「最初は服を見に行って途中でランチ、そのあとは生活雑貨とか小物を見て回ろと思ってるんだけどそれでも二人ともいいかな?」
「大丈夫だ」
「よくわからん、任せる」
相変わらず一般的な十代女子にはついていけないラウラだった。それにはも勿論彼女自身も含まれるのだが、わからなければ致し方ない。
それにしてもあんなにも自身を貫いていた彼女がシャルロットの言葉をすんなり受け止めるというのは珍しいものだ、何かわからなければ自分の意志で常に行動していた。
そんな彼女が今こうして誰かの意見を素直に受け入れているというのは成長の一つかもしれない。
(不思議なこともあるものだ)
確かにシャルロットには何か言葉で言い表せない不思議な魅力というものがある。
彼女にはなかった母性と呼べるものだろうか?そんな感じがする、それに彼自身もひかれているのだろうか?時々微笑んでいるようにもみえる。
「千春さん聞いてますか?」
「ん?あぁすまない考え事をしていた」
「えっとね。ラウラの私服はスカートとズボン、どっちが良いかなって」
「私はどちらでもいいのだがな」
どちらでもいいか。こだわりとかなさそうだな。
まぁ軍人として過ごしてきた彼女はそれ以外を切り捨てて生活してきたんだ。無理もないのだろう。
だがこうして見ていくとラウラに似合いそうな服は数多くあるだろう、その中からいくつか試着して買っていくのもいいだろう。
「試着してみたらどうだ?それならある程度自分に合う服装が見つかるだろ」
「あっ!それいいかも!とりあえず七階フロアから向かってその下、六階五階もレディースだから順番に見ていこう~」
「ん?上からなのか?下から見ていった方がいいんじゃないか?」
「上から降りていった方が良いですよ。実は五階六階はもう秋物になっているんで、セールで夏物残ってると思うから先にそっちを――」
「待て、秋の服はいらないぞ?」
「なんで?」
「今は夏だからだ」
いや秋物も今のうちに買ってしまおう、でないとまた同じ事の繰り返しになる。それに秋は少しずつ寒くなっていく季節でもある、季節の変わり目は体調も崩しやすいから注意が必要だ。
「秋の服は秋に買えば良い」
「いや今のうちに買っておこう、先に調達しておくのも一つの手だぞラウラ」
「むっ……」
「戦術でも教えただろう?備えあれば憂いなしだ」
「なるほど!」
「ラウラって千春さんの言うこと素直に聞くよね~まるで妹みたい」
妹か……そんな存在が居たら俺は千冬みたいに弟想い、妹想いな人になってたのかも知れないな。肉親が居れば俺も少しは違っていたのだろうか?
「とりあえずはぐれないように手繋いでいこう、千春さんもね?」
「お。俺もか」
「教官は真ん中です」
うーんこれでレディース見に行くの絵面的に大丈夫か?
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かっこいいよりも可愛い
「『サード・サーフィス』、変わった名前だな」
「結構人気のあるお店みたいだよ、ほら女の子も沢山いるし」
目の前には男が絶対は入れそうに無い女物を扱うお店がある。二人と手を繋いだ状態で入れるかと言われれば入れないと答える。
もしこれが一夏だとしたら?気にせず入ってるんじゃ無いか?
「な、なぁ……俺店の外で待ってたらダメか?」
「「ダメ」」
即答された。大人しく二人の後ろを着いていくしかなさそうだ。
店内はシャルロットの言った通り、女子高生・女子中学生で埋め尽くされていた。男の影など一つも無い。
セール中と言うこともあるのだろうか?店内は思って居たよりも騒々しい、その為接客もおざなりになっている状態だ。しかし――
「
店長と思われる人物がそう呟くと、ぱさりと客に渡す紙袋がすり抜けるように落ちた。いや落としたらダメだろ!
店長の異変に気がついた他の店員、客もその視線を追う。
というか二人の髪色ってブロンドとプラチナって言うのか。知らなかった。
「お人形さんみたい……」
「何かの撮影……?」
「ちょっとお客さんお願い……」
店長は二人に視線を向けたまま、ふらふらとこちらへ向かってくる。それはまるで魅了された様に、あるいは熱にやられてしまったかのように。
俺場違い過ぎて逃げたいんだが、誰か助けてくれないか?
「ど、どんな服をお探しで?」
若干うわずった声を上げる店長は見るからに緊張していて、スーツを着こなしている大人とは思えなかった。
それが少しおかしく笑ってしまいそうになるのを押し殺す。
「この子に似合う服を探しているんですが、いいのありますか?」
「あっ!こちらの銀髪の方ですね!今すぐ見立てましょう!はい!」
言うなり、店長は展示品のマネキンからセール対象外の服を脱がせる。
確かマネキンに着せている服っていつか売れるかも知れないから店頭に飾ってあるんだったか?仮に売れるとしてもそれは『とっておきのお客様』とかの為だった気がした。それを初めてのお客の為にわざわざ脱がすというのは普通ならないだろう。
普通ならな。
「どうでしょう?お客様の綺麗な銀髪に合わせて、白のサマーシャツになっております」
「へぇ、薄手でインナーが透けて見える様になってるんですね、ラウラはどう?」
二人が何を話しているのか俺は分からない……インナーが透けると何が良いのだろうか?きっと何か意味があるのだろうが俺にはその知識が無い。
「わから――」
「わからない、はナシで」
「むぅ……」
わからないはナシ、そう言ったシャルロットの顔が少し怖く感じたのは気のせいだろうか?気のせいだよな?
ラウラはむくれてしまってる、まるで子供だな。まぁ子供なんだが。
「白か、今着ている服と同じだぞ?」
「ラウラ。確かに着ている服の色は一緒だが、服の種類は変わってる。それだけでも印象はがらりと変わるんだぞ」
これは千冬でしっかり体験したからわかる。一見凛々しい彼女だがそれは服装が関係していることもある、基本的にはスーツなどスタイリッシュなもの身に着けているが過去にはフリルのついたワンピースやホットパンツを履いていた時期もある。
ここ最近の彼女はスカートすら履いていない完全なズボンスタイルだ。たまにはそれ以外の服装を見たいものだ。
「千春さん?」
「教官?」
「ん?」
二人に声をかけられた。考え事をしているうちにラウラの試着が終わっていたようだ。
シャルロットと店長が選んだ服を見ると『クール系』というような感じだった。確かにそれはラウラにあっているスタイルでもあるが、たまにはクール系よりも『可愛い系』を見てみたいと思うのは俺だけだろうか?
普段とは違う服装を着てみれば意外な一面が見れるかもしれない。
「うーん……悪くはないんだが、ちょっと待っててくれ」
個人的にラウラに似合いそうな服をいくつか選んで彼女のもとへ運ぶ、少し露出が高いかもしれないがそれでも彼女には似合いそうだった。あとはアクセサリーなどをいくつか持ってきたが、これは彼女の好みでつけてもらう事にする。
「露出が高いが黒で少し落ち着いていると思う、アクセサリーはラウラの好きなものを付けたらいい」
「……わかりました」
「あー着方がわからなかったらシャルロットに聞いてくれ、俺は力になれないからな」
シャルロットのアドバイスを受け入れながらラウラは試着を始めた。
「お子さんですか?」
「お子さん……違いますよ、同僚です」
何処をどう見て親子だと思ったのだろうか?眼帯か?それとも雰囲気か?
同僚と聞いた店長はあらっ!と驚いた声を上げていた、まぁ年齢的にも同じではないからな仕方ないだろうな。
20分後、着替えの終わったラウラ試着室を出ると店内の全員が息をのんでいた。
「すごいキレイ……」
「可愛い……」
店内の視線を受けて、さすがのラウラも照れくさそうにしていた。
俺が彼女に渡したのは黒のワンピース、肩が出ており部分的にフリルがあしらわれているのが特徴だ。
やや短い裾がラウラの雰囲気と合っていて、まるで妖精のような雰囲気を醸し出していた。
「靴まで用意されていたとは、驚きました」
「ん?靴を選んだのはシャルロットだぞ」
「せっかくだからと思ってね、ミュール選んでみたよ」
恐らく初めてヒールのある靴を履いているのだろう、彼女の足元はまるで生まれたての小鹿のように震えていた。
「大丈夫か?」
「す、すみません」
「慣れていないんだ、仕方ないだろう」
流石に心配なので体勢を崩す前に彼女の手を取る。ヒールのある靴はある程度慣れてからにしたほうがいいだろう。
それからシャルロットの私服もいくつか選び買った、その後店を出ようとしたところで二人の写真撮影が行われてしまった。
俺にはどうしようもないので大人しく待っていた。
「流石に疲れたな」
「まさか最初のお店であんなに時間使うことになるとは思わなかったね」
「ふたりとも人気だったな~」
時間はちょうど十二時を過ぎたところで、三人はオープンテラスのカフェでランチを取っていた。
ラウラは日替わりのパスタを、シャルロットはラザニアを、千春はホットドックをそれぞれ食べている。
「人気とか言って、数人と撮影してたの見逃してませんよ?」
「教官までも客寄せになってしまいましたね」
「いや俺は関係ないだろう、それより良かったのか?歩きにくくはないのか?」
買い物を終えた後、ラウラは俺が選んだ服装のまま店を出た。
当然といえば当然なのだが何度もバランスを崩していた為、何回か履いてきた靴に戻すかと提案したが彼女はそれを拒否してきた。
まぁ早く慣れることに越したことはないが、それが今日でなくてもいいと思う。
「千春さんが選んでくれたから着ていたいんだよね~」
「なっ!そんなことは……」
「そんなことは?」
俺が問いかけるとラウラは少し頬を赤に染めて「その通りです」と答えた、シャルロットは小悪魔的な笑みを浮かべていたが俺は見て見ぬふりをした。
午後は生活雑貨を見て回ることになっている、計画通りにいかないのはいつものことだ。
しかし生活雑貨とはいえラウラは何が欲しいのだろうか?俺は彼女を知っているようで知らないこともあるからな。
「二人は何が欲しいんだ?」
「僕は腕時計!日本製の時計ってちょっと憧れてたし」
「日本刀だな」
こんなところに日本刀は売っていないぞ?それに買ったとしても銃刀法違反で捕まるからやめておけ、模造刀ならコスプレのお店などで扱ってるかもしれないがな。
「日本刀以外に何か欲しいものは?」
「ないな」
即答だった。分かっていたとはいえ俺とシャルロットはがくっと首を落とした。
その隣席でスーツを着ている女性がうなだれていた、歳は大体俺と同じくらいだろうか?
「はぁ……」
深々と漏らすため息は、深淵の色が見て取れた。
そんな彼女に気が付いたシャルロットは――
「二人とも」
「「お節介はほどほどに」」
二人声を揃えていうことでもないだろうが、その言葉に驚きつつも嬉しそうな表情をしていた。
「二人とも僕のことちゃんとわかってくれてるんだね」
「た、たまたまだ……」
「それでどうしたいんだ?」
「とりあえず話だけでも聞いてみようかなって」
そう言うなりシャルロットは席を立って女性に話しかけていた。
「あの、どうかされましたか?」
「え?―――!?」
女性が二人を見るなりガタンッ!と椅子を押し倒す勢いで立ち上がった、そしてそのままシャルロットの手を握った。
「あ、あなたたち!」
「は、はい?」
「バイトしない!?」
「「えっ?」」
これはまた問題が起きそうだな……
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社会体験
「と言うわけでね、いきなり二人辞めちゃったの。辞めたって言うか駆け落ちしたんだけどね……ハハッ」
「はぁ」
「ふむ」
「でね!今日は超重要日なのよ!本社から視察の人間も来るし、だからお願い!貴女たち
女性のお店というのが、これまた特異な喫茶店だった。
女性は使用人の格好、男性は執事の格好をしながら接客をするという。いわゆるメイド&執事喫茶である。
「それは良いんですが……何故僕は執事の格好なんでしょうか?」
一足先に着替えが終わったシャルロットはやや控えめに訊く。
「だってほら!似合うもの!そこら辺の男なんかよりも、ずっと綺麗で格好いいもの!」
「そうですか……」
褒められているはずなのにあまり嬉しくなさそうなシャルロットはため息を漏らしていた、少し残念な気持ちになりながらも彼女は自身の着ている執事服を見下ろしていた。
そんな彼女に気がついてか、メイド服に着替えた女店長はがしっとその手を掴んだ。
「大丈夫!凄く似合ってるから!」
「そ、そうですか。あはは……」
社交辞令で笑顔で返していたが、彼女の表情がやや引きつっていたのは見逃さなかった。
複雑な乙女心を持て余しながら、シャルロットは改めてメイド服のラウラを眺めた。
細身でありながらも強靱さを秘めた体躯に、飾りっ気の多いメイド服。そしてそれらを統一するかのように伸びた銀髪。そしてミステリアスな要素のある眼帯。
(羨ましいな~ラウラってなんでこんなに可愛いんだろう?)
そんな視線に気がつかないラウラは、じっと男子更衣室の扉を見ていた。
数分も経たずにドアが開くと中からは執事服を着た千春が出てきた。何故千春がそんな格好をしているのかと言えば答えは簡単である。
二人に巻き込まれたからである。
「少し身体がキツいな……」
「それしか服が余って無くって、ごめんなさい」
「いえ、無理に動かさなければ問題無いですよ」
ラウラが更衣室をじっと見ていたのは千春の執事姿を見たかったからだろう。物好きだな……
「お似合いです教官!」
「こんな時くらい千春って呼べ」
「あっ……ち、ちはる」
何処となくぎこちなく頬を赤らめているのは一端置いとく、名前で呼ばれなければお客さんに疑問を持たせてしまうかも知れないからな。
シャルロットはメイド服じゃ無くて執事服だったのか……彼女の場合は髪を解いているときにが似合いそうだ。
「店長~はやくお店手伝って~」
フロアのリーダーと思われる人物からヘルプを求めて声をかける。すぐに店長はさいごの身だしなみをして、バックヤードの出口へと向かった。
「あのっ!もう一つだけ!」
「ん?」
「このお店。なんていう名前なんですか?」
そう言えばお店に連れてこられたのは良いがお店の名前を一切知らないのだ。
店長は笑みを浮かべながらスカートをつまんであげて、大人びた容姿に似合わない可愛らしいお辞儀をした。
「お客様、@クルーズへようこそ」
「デュノア君、四番テーブルに紅茶とコーヒーお願い!」
「わかりました」
カウンターから飲み物を受け取って、@マークの刻まれたトレーへと乗せる。
そんな単純な動作でありながらも、シャルロットからは気品がにじみ出ていて臨時の同僚に当たるスタッフ達からは、ほうっと感心のため息が漏れ出していた。
初めてのアルバイトだというのにその立ち振る舞いには物怖じた様子一切無く、堂々としていていた。
そんなシャルロットの姿に、女性客のほとんどが見入っていた状況だった。
「お待たせ致しました、紅茶のお客様は?」
「は、はい!」
彼女よりも年上であろう女性は、それを忘れているかのように緊張した面持ちでシャルロットに答える。
紅茶とコーヒーをそれぞれ女性に差し出す前に、お店の『とあるサービス』の要不要を尋ねた。
「お砂糖とミルクはお入れになりますか?よろしければこちらで入れさせていただきます」
「お、お願いします。ええと、砂糖とミルクたっぷりで」
「私もそれでっ」
「かしこまりました」
シャルロットがそう答えるとスプーンをそっと握り、砂糖とミルクを加えカップの中を静かにかき混ぜる。
時折、わずかに響く音でさえ、女性客は息をのんで聞き入っていた。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
すっとシャルロットの手元から差し出されたカップを受け取り、女性客はドキドキとした様子でそれを口につける。
同じようにコーヒーを混ぜて貰った女性客も、緊張からかギクシャクした動きで一口だけ飲んだ。
「それでは、また何かありましたら何なりとお呼びください。お嬢様」
そう言って綺麗なお辞儀をするシャルロットはまさしく『貴公子』としか言いようのない雰囲気を放っていて、女性客はぽかんとしたままうなずくのが精一杯だった。
(接客業って意外と意外と大変なんだね……ラウラと千春さんは大丈夫かな?)
仕事をこなしつつも、シャルロットは千春とラウラの姿を探す。
そして丁度男性客三名のテーブルで注文を取っている所を見つけた。千春は見つかってない。
「君可愛いね~名前教えてよ」
「お店何時に終わるの?一緒に遊びに行かない?」
男性客の言葉を無言で受け止めたラウラはダンッ!とテーブルに垂直に置かれた(と言うよりは叩きつけられた)コップが大きな音と一緒に滴を散らした。
面食らっている男達を前に、彼女はぞっとするほど冷めた声で告げた。
「水だ。飲め」
「こ、個性的だね。もっと君のこと知りたくなって――」
台詞の途中で、しかもオーダーも取ること無くラウラはテーブルを離れた。
そしてカウンターに着くなり何かを告げ、少しして出されたドリンクを持って行った。
「飲め」
さっきよりも優しめにカップをテーブルに置くラウラ。
それでも先のように弾んだカップからはコーヒーはこぼれていた。
「こ、コーヒーを頼んだ覚えは……」
「何だ?客でないのなら出て行け」
「そ、そうじゃなくて。他のメニューも見たいわけでさ……?」
ラウラに好印象を持たれたいのか、それとも有無を言わせぬ態度に萎縮してしまっているのか、男は言葉を探りながら会話を続けている。
実際、この女性優遇社会でこんな風に初対面の女子に声をかけられるというのは勇者か馬鹿のどちらかだろう。この男はどちらかわからないが……
「コーヒーにしてもモカとか――」
「貴様ら凡夫に違いが分かるとでも?」
「いや、それ以外にもパスタとか――」
セリフの途中でラウラの背後に近づいてきた人物を見て、男性客は声を発するのを止めた。
不思議に思い後ろを振り向くと、そこには微粒の殺気を出しながらも笑顔を保っていた。
「お客様、何かうちの者がご迷惑おかけしましたか?」
(訳。何時までもここに居られたらラウラも大変だからさっさと帰ってくれ)
「い、いえ……」
「そうでしたか、では私たちはこれで失礼致します」
半強制的に話を切り上げさせ、ラウラをテーブルから引き剥がす。彼女自身も対応に疲れていたのかため息を漏らしていた。
ドイツの冷氷と呼ばれたラウラの一面が今でも健在であったことを確認できたが、接客業にはあまり向いていないかも知れないと思ってしまった。
そんなことはいざ知らず、店内の男性客のほとんどが自分たちも同じように接客して欲しいと言わんばかりの熱のこもった視線を送っていた。
「無理するなよ?大変だったら声かけろ」
「はい教官!」
「教官言わんでよろしい」
そんな二人の会話を見ていた男性客からは殺意の視線が、ラウラの意外な一面が見れた女性客からは微笑ましいと言わんばかりの視線が注がれている。
特に盛り上がっているテーブルでは異様な興奮を見せていたが、他の客は勿論スタッフまでもが見て見ぬふりをしてやりすごしていた。
二人の人気は騒動の様に一気に広まっていった。どう反応していいものか困る二人だったが、店長が間に入って上手く二人を滞りなくテーブルに向かうように声をかけて調整していた。
流石本業なだけはある。店長の指示は的確で、いつの間にか先の五割増しの客をさばいていく。
そんな混雑した状況が二時間ほど続き、流石にシャルロットとラウラも精神的な疲れが見え始めてきた。
「二人を一端休ませて欲しい」
「そう言われても……ほとんどのお客さんが二人を指名してるしね……」
二人が倒れる前にある程度休みを与えなければと千春は奮闘していた頃、その事件は起きた。
「全員動くんじゃねぇ!」
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プロフェッショナル
全員動くんじゃねえ!と時代遅れのセリフを吐きながらドアを蹴り破って雪崩れ込んできた男が三人、怒号を発していた。
一瞬、何が起こったのか理解できなかった店内の全員だったが、次の瞬間に発せられた銃声で絹を裂くような悲鳴が上がった。
「騒ぐんじゃねえ!静かにしろ!」
男達の服装はジャンパーにジーパン、そして顔には覆面、手には銃が握られている。背中のバックからは紙幣が飛び出していた。
見るからに強盗である。しかもどこかから金を盗んだ後の逃走犯。
しかし古くさい服装である、こんな格好はアニメや漫画の世界でしか出てこないだろう。こんな格好をする人は「私は泥棒、強盗です!」と自己紹介しているようなものだ。
そんな服装に皆一瞬ぽかんとしていたが、銃を持っている凶悪犯なのだ。大人しく言うことを聞かないわけにはいかない。
「あー犯人に告ぐ!君たちは既に包囲されている――」
駅前と言うこともあり警察機関の動きはこの上なく迅速で、窓から見える店外では車両による道路封鎖とライオットシールドで構えた対銃撃装備の警察官達が包囲網を作っていた。
正直言ってやり方が古くさい、何処の刑事ドラマだ?〇阪県警の組事務所の捜索を見習って欲しい……いや見習わなくてもいいかも?
「ど、どうしましょう兄貴!このままじゃ俺たち――」
「うろたえるんじゃねぇっ!焦ることはねぇ。こっちには人質がいるんだ。強引な真似はできねえさ」
リーダー格と思われるガタイのいい男がそう告げると、逃げ腰だった他の男達も自信を取り戻す。
「そ、そうですよね!俺は高い金払って手に入れたコイツがあるし!」
そういうと固い金属音を響かせてショットガンのポンプアクションを行う。そして次の瞬間威嚇射撃を天井に向けて行った。
蛍光灯が破裂し、パニックになった女性客が耳をつんざくような悲鳴をあげる。
今度はリーダー格の男がハンドガンを撃って黙らせた。
「大人しくしてろ!俺たちの言うことを聞けば殺しはしねえよ。わかったか?」
女性客は顔面蒼白になって何度もうなずくと、声が漏れないようにキツく口をつぐむ。
「聞こえるか警察ども!人質を安全に解放したかったら車を用意しろ――」
凶悪犯三人が警察に注目している間に、千春は人質となっている客を一カ所に集めテーブルで壁を作った。
弾丸が警察車両のフロントガラスを割った音と、店外の野次馬がパニックになっている声が聞こえてきた。だが客全員を集めるには十分すぎる時間だった。
「平和な国ほど犯罪は起こしやすいって話本当ッスね!」
「まったくだ」
高笑いをしている男達。それを物陰から観察する目があった。
(ショットガン、サブマシンガン、そしてハンドガンか……他にも予備で持ってる可能性があるけど、とりあえずは――)
目立たないようにしゃがみつつ状況を冷静に分析していく。
もう一度店内を確認しようと視線を動かしていると、ぎょっとした表情に変わった。
「…………」
店内で強盗以外にただ一人立っているのはラウラだった。さらに強盗の後ろで倒れている机の陰にはいつの間にか千春が潜んでいた。
千春はともかく、ラウラは堂々と一人立っていた。銀髪に眼帯、目が覚めるような美少女となれば誰の目にも止まるだろう。
「なんだお前・大人しくしてろってのが聞こえなかったのか?」
案の定、すぐリーダーがやってくる。その手に握ったままの銃を、ラウラは一瞬だけ見てから視線を外した。
「おい!聞こえないのか!?それとも日本語が通じないのか!?」
「まあまあ兄貴、いいじゃないッスか!時間はたっぷりあるんスから、この子に接客して貰いましょうよ!」
「何言ってるんだお前」
「俺も賛成っ。メイド喫茶入ったこと無くって……」
二人そろってテヘッと嬉し恥ずかしそうな表情を浮かべる部下に、リーダーはシワを寄せながらソファにどかっと腰を下ろす。
「まぁいい。ちょうど喉が渇いてたころだ。おいメニューを持ってこい」
ラウラはうなずくでもなく男達を一瞥すると、カウンターの中にスタスタと歩いていく。
そうして持ってきたものは氷が満載された水だった、いや水すらないな氷だ。
「これはなんだ?」
「水だ飲め」
「いや……メニューが欲しいんッスけど……」
「黙れ飲め。――飲めるものならな!」
ラウラは突然トレーをひっくり返す。当然氷が宙に舞うが、それらを回転するかのような動作で掴み――弾いた。
「イイッタイメガァァァ!?」
氷の指弾。それをトリガーから離れていた人差し指に、突然の出来事に反応できずにいた瞼に、眉間に、喉に的確に当てる。
そして犯人の怒号よりも早く、男の一人の懐へと膝蹴りを叩き込んだ。
「ふざけやがって!このガキ!」
いち早く痛みから復帰したリーダーが、早速ハンドガンぶっ放す。
火薬の炸裂音が連続して響かせるが、ラウラまでは届かない。
ソファーやテーブル、観葉植物など、店内のあらゆるものを盾にして、ラウラはその細身からは予想もつかないスピードで駆けていく。
「兄貴!コイツッ!」
「うろたえるな!ガキ一人すぐに片づけて――」
「――1人じゃないんだよねぇ、残念ながら!」
マガジンを切り替えたリーダーのその背後に迫っていたのは、見目麗しい執事服の美少年――もとい美少女のシャルロットだった。
その言葉にはやれやれとため息が含まれていたが、どうもそれは強盗事件に巻き込まれた事では無く、ラウラが機を待たずに戦闘を開始したこと――そしてそれをサポートしなければならないと言うことに対してのものらしい。
「なっ!このっ!」
「あ、執事服で良かった。思いっきり足上げても平気だし」
そんなことを口にしながら、シャルロットはリーダーの拳銃を手ごと蹴り上げる。
そのままの勢いでショットガンの男の肩に今度はかかと落としを叩き込んで無力化する。ゴキッと鈍い音がして、ショットガンを構えていた腕はだらりと垂れた。
2人そろって慣れている。というレベルではない。
より高度な戦闘技術を経験している。その証明であった。
ISの専用機持ちとなればどの国も「ありとあらゆる事態」を想定した訓練を課している。それが候補生であっても変わりは無い。
ISが戦闘不能であっても、状況を打開できるように鍛えられている。
さらに軍人であるラウラと、非軍人であるシャルロットでは、それぞれ持っている技術や対応力、肉体能力に開きはある。
「目標2制圧完了。ラウラそっちは?」
「問題無い。目標3制圧完了」
手下二名の意識及び行動能力の喪失、つまりは気絶を確認して、ふたりはうなずく。
それじゃあと最後の目標1ことリーダーを――と思ったところで、既にリーダーも左手にはハンドガンが握られていた。
「ふざけるな!俺が!こんなガキどもに!」
その引き金が引かれる刹那、物陰から誰かが弾丸のように一直線に飛びだす。
身体を捻って初弾をかわしたシャルロットは、丁度足下にあった@クルーズの特性トレーを勢いよく踏みつける。
フチを踏まれたトレーはそのまま乗っていた『物体』をポーンと空中に投げる。そしてジャストのタイミングで千春の手に渡った。
黒く鈍い光を放つ殺傷兵器。片手に収まるほどの人工殺意。そのハンドガンの銃口をリーダーの眉間に突きつける。
「遅い」
「教官!?」
ガツン!と銃弾では無くグリップが額に叩き込まれ、男は糸が切れた操り人形のように倒れて伏せた。
「全制圧、完了」
「……びっくりしましたよ。本気かと」
「あれなら躊躇いが生まれるからな、大きなスキを活かした制圧方法だ」
「そうなんですけど」
千春さんなら本当に撃ちかねない。というのは黙っておく。
しばらくの間、しーんと静まり返った店内。ジェットコースター展開に呆然としていた店内の『民間人』こと客とスタッフは、のろのろと頭を上げはじめる。
「お、終わった?」
「助かったの?」
危機を脱したことはわかるものの、まだ状況を把握できていない人々は何度も瞬きを繰り返し、ラウラとシャルロットの姿を唖然と眺めている。
同じくまだはっきりとした意識が戻らない店長は、このことを本社に報告したら信じてもらえるだろうか?と妙にずれたことを考えていた。
「ラウラ、シャルロット銃器の回収を頼む」
「「了解!」」
千春は二人に命令を出した後、スタッフと客を動かさずに安静することを優先した。
ある程度状況を理解してもらうのにも時間がかかる、だからこそ少しの時間が必要なのだ。
「もう少しすれば警察隊が来るな、俺たちはこの辺で失敬する方が良いだろう。専用機持ちが公になるのは避けないとな」
ある程度回収が終わった二人を集めて、急いで荷物をまとめる。まとめると言ってもお金じゃないぞ?自分たちの荷物だ。
マスコミが立ち入り禁止のロープを乗り越えてきたところで、事態が再び一変した。
「ムショ暮らしになるくらいなら!いっそ全部吹き飛ばしてやる!」
完全に意識を失っていたと思っていたリーダーは、決まりが浅かったのかそう叫んで立ちあがるなり、革ジャンを左右に広げる。
そこには軽く四十メートルを吹き飛ばせそうなプラスチック爆弾の腹巻きだった、起爆装置は発動しやすいように手の中にある。
「諦めが悪いな」
ため息をつきながら、確実に相手のスキを作り出すためにカモフラージュとして執事服をリーダー格に投げ飛ばす。あちらからの視線は服で何も見えないだろうが、こちらは爆弾の仕組みを全て理解した。
そして三人の手元にある拳銃から――
ダダダダダンッ!
「「「チェック・メイト」」」
高速五連射✕3の弾丸は、的確に起爆装置と爆薬の信管、そして導線だけを確実に撃ち抜いていた。
「まだやる?」
「次はその腕を吹き飛ばす」
「吹き飛ばされないように、ちゃんと罪は償えよ?」
三丁の拳銃を突きつけられ、先ほどまでの威勢も高圧的な態度もなく男は震える声で謝った。
「すっ、すみまっ、すみませんっ!もうっ、もうしません!い、命だけはお助けを――」
その敗北宣言は最後まで続くこと無く、男は再び千春の一撃によって意識を失った。
そして誰にも気づかれることも無く三人は颯爽と立ち去った。
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三匹の猫
「もう夕方だね」
強盗事件から二時間後、三人は残っていた買い物を済ませて駅前のデパートから出ると外はもうオレンジの光景に変わっていた。
「買い物は全部終わったか?」
「うん大丈夫。それよりラウラ、自分のものなのに後半は『任せる』とか『好きにしろ』とかばっかりだったでしょ?ダメだよ?女の子なんだから」
「あまり小言を言うな。老けるぞ」
「老けないよっ!」
二人が微笑ましく話しているが、その言葉は千春のメンタルにぐっさりと傷をつくっていた。
まだ二十代前半とは言え、まだ老けてはいないとはいえこれからの事を考えるとため息がつきなかった。
「あっあそこにある公園に行ってみようよ」
「公園?」
「
「それは興味深いな。日本の城は守りが硬く攻めがたいと聞く。城跡とは言え、一見の価値はありそうだ」
相変わらず何処までもミリタリーな着眼点だが、口は挟まない。
個人の感覚は観察し合い、認識し合うものであって、押しつけるものではない。これは過去に二人から学んだことだ。
あのやり方が正しいと俺が一方的に決めつけてしまった、あの時はそれしか無いと思ったが、冷静になればもっとやり方はあったのかもしれない。
「それにしても、結構買っちゃったね。店長さんがこっそりお給料入れてくれたから、予定より色々買えて助かったね」
「む?金か?それならば口座に二千万ユーロほどあったはずだが」
1ユーロは大体140円だと思っていただきたい、それが二千万……つまり大体26億位と言うことになる。
軍人と言うこともあるが代表候補生としての立場もあるのだろう。
ちなみに俺の口座には日本円で二千万ほどだ。なんか涙出てきそう。
「あとでお金の使い方は教えるとして、公園に着いたからクレープ屋さん探そうよ!」
「クレープ屋?」
「うん、休憩時間にお店の人に聞いたんだけど、ここの公園のクレープ屋さんでミックスベリーを食べると幸せになるおまじないがあるんだって」
「『おまじない』……それは日本のオカルトか?」
「ジンクスだと思えば良い」
しかしそんな噂は過去にあっただろうか?ここにクレープ屋は確かにあるが、ミックスベリーは無かったはずだ。もしや新しいメニューが追加されたのか?
ともあれ今はそれを楽しみにしつつ、そのクレープ屋を探す。しかしそれは探すまでも無くすぐに見つかった。
おそらくは部活動の帰りやお出かけの寄り道なのだろう。女子高生が局所的に多く居る一角にそのお店はあった。
「じゃあ早速頼んでみようよ」
二人の手を引いて、シャルロットはバン車を改造した移動型店舗であるクレープ屋さんに入る。
「すみません~クレープ三つください。ミックスベリーで」
そう言うとお店の主であろう四十代後半の男性が、無精ヒゲにバンダナという風体でありながら人懐っこい顔で頭を下げる。
「あぁ~ごめんなさい。今日、ミックスベリーは終わっちゃったんですよ」
「あっそうなんですか。残念……ラウラ、千春さん別のにしますか?」
「ん?ではグレープを」
「僕はイチゴを。千春さんは?」
「……ブルーベリーはまだ残ってるか?」
「――勿論だ」
「それを頼む」
そう言うと三人の料金を全額払った。
「千春さん別に自分たちで出しますよ」
「気にするな、これくらいは大人に甘えておけ」
出来あがったクレープを受け取り、ラウラとシャルロットに渡す。
二人が店から離れたベンチに移動するのを確認したあと、ふとクレープ屋の店主から声をかけられる。
「あの子は元気か?」
「勿論、たまに悲しい顔をさせてしまうが……」
「そうか。たまには二人で来いよ~」
「えぇ、また時間があれば」
少し言葉を交わした後、俺は二人の元へと駆け寄る。
噂のミックスベリーを食べられなかったことに最初は少し沈んでいたシャルロットだが、出来たての柔らかさもあってその味についつい声が弾んでいるように見えた。
「おいしい!せっかくだからまた来ようよ。次は皆誘ってさ」
「そうか。では私は教官と二人っきりで来よう」
「それは抜け駆けって言うんだよ。もうっ」
聞かれていないと思って好き勝手言ってるな。しかしここまで素直に自分の気持ちを打ち明けられるラウラは見たことがない。
そんな彼女を見てシャルロットは少し羨ましく思って居そうだった。
「なにを話してるんだ二人とも?」
「「何でもないです!」」
「そ、そうか?」
即答で返されるとこっちは少し困ってしまう。ん?あぁ――
「なっ!なななっ!」
「ソースがついてたぞ」
指先でソースを拭き取り、それをなめとる。イチゴのソースも悪く無いかもしれないと思ってしまった。
「拭く前に言ってくださいよ……」
「ん?あぁ悪いな今度から注意する――」
「そう言う教官も、口元に着いてますよ」
そう言うなりラウラは直接なめとりに来た、注意してくれればそれで良かったんだけどな……
「直接なめるんじゃないよ」
「教官だけですよ、ミックスベリーを食べたのは」
「あっブルーベリーとストロベリー……」
「ご名答」
いつの間にかあのお店でイチゴとブルーベリーを頼むのがおまじないになっているとは思わなかった。
一体どこからそんな噂が広まったのだろうか?奇妙なこともあるものだ。
「そっか、それで『いつも売り切れているミックスベリー』ってそういうおまじないだったんだ」
なるほどと感心しつつも、こっそりと千春の手にあるクレープを一口食べる。
ブルーベリーも美味しいのか舌つづみをうつシャルロット。ちなみに先ほども言ったように、あのお店にはブルーベリーとストロベリーの合わせた物はない。
幻のミックスベリーはどういった経緯で生まれたのか分からないが、一つだけ言えるのは千春はブルーベリー、千冬はストロベリーのクレープを好んで買っていたという過去がある。それだけだ。
「それにしても、夏ももう終わりだな」
「そうだねぇ」
二人は何処か遠くを見ていた。きっと二人にしか分からない何かがあるのだろう。
今年の夏は――いや夏と限定すること無く今年というのは色々あって大きな節目だった。千春にとっては二度目の高校生生活、そして過去に出会った人達との再会など出来事はとても大きかった。
まさに人生の節目だと、今はそう思える。
きっとこの二人もこのことは生涯忘れることはないだろう。
「こ、これは何だ……?」
「かわいーっ。ラウラ、すっごく似合うよ!」
「だっ、抱きつくなっ。動きにくいだろ……」
「ふっふー、ダ~メ。猫っていうのは膝の上でおとなしくしておかないと」
「お、お前も猫だろうが……」
そんな楽しげな声が聞こえてくるのは、ラウラとシャルロットの寮部屋である。
夕飯を済ませて千春と別れた後、特にすることも無くゴロゴロとしていた二人は、シャルロットの提案で早速今日買ったばかりのパジャマを着てみよう!ということになったのだ。
「これは本当にパジャマなのか?」
「うん、そうだよ。寝やすいでしょ?」
「寝てないから分かるはずないだろう……」
ラウラが疑うのも無理はないだろう。それは確かにパジャマではあるものの一般的にはあまり見ないタイプのパジャマである。
袋状になっている衣服に身体をすっぽりと入れて、出ているのは顔だけ。しかもフードにはネコミミがついており、手先足先には肉球がつけられている。ようは猫の着ぐるみパジャマだった。
ちなみに他にも着ぐるみのパジャマはあったが、シャルロットが独断で決めたため千春やラウラの意思は全く反映されていない。
「や、やはり寝るときは裸でいい。その方が楽だ」
「ダメだってば~。それに、こんなに似合ってるのに脱ぐなんてもったいない」
今現在の二人の格好というと、ラウラは黒猫のパジャマ、シャルロットが白猫のパジャマである。特にシャルロットはこれをお互いに着てから、ずっとラウラの後ろから抱きしめるかたちで膝の上に座らせていた。相当この状態が気に入っているらしい。
「ほらラウラ、せっかくだからにゃーんって言ってみて」
「なっ!断るっ!なぜそんなことを言わなければならない!?」
「えーだって可愛いよ?可愛いのは何よりも優先されることだよ?」
ポワポワと音が聞こえてきそうなハッピースマイルのシャルロット、今の彼女に堕ちない男性は誰1人としていないだろう。そんな彼女はラウラにとっていつも以上の強敵であった。
とにかく『可愛いから良い』『これを着ないなんてとんでもない』『残念ですがその要求は却下されました』という、いつもとは180度違う理屈なし根拠なし交渉なしの強引なやりとりで、気がつけばシャルロットの膝の上に座らされていた。
「ほらほら、言ってみようよ~にゃ~ん」
「に、にゃ~ん……」
照れくさそうに猫の手振りまでつけてくれる眼帯猫ラウラに、シャルロットはますます幸せのパーセンテージを上げる。
「ラウラ可愛い~写真撮ろう!ね、ねっ!?」
「記録を残すだと!?断固拒否する!」
「そんなこと言わずにさ~」
そんな雰囲気のなか、部屋の扉がコンコンと叩かれる。
女子寮特有のフランクさでそれに答えたシャルロットは、ラウラを愛でて幸せいっぱいだった笑顔が、次の瞬間には真っ赤になっていた。
「おっまだ起きてい……やっぱりそれ着てたか」
来客は千春だった。その手にはなにか抱えられているがチラッとネコミミが見えた。
「買い物袋に一つ紛れてたから、渡しに来たぞ。といっても2人のなのか怪しくなってきたんだが」
そういって千春から渡されたのは少し大きめのグレーの猫パジャマだった。どうみても彼女ふたりの身体とは全くサイズ感があわない。何故これを買ったのだろうか?
「それは千春さんので間違いないですよ?」
「俺が買った覚えはないんだが……まさか勝手に?」
「お揃いで良いかなって思って」
マジかと言葉を漏らしながらもそれを見つめる千春、正直言ってこれを成人男性が着ると言うには絵面的に大丈夫なのか
「2人とも似合っていて可愛いんだが、これを俺が着るのはちょっとな――」
「「か、可愛い……」」
千春が何か話しているが2人の耳には一切入っていないようだった。顔を真っ赤にして停止してる2人を見て苦笑いしつつも、こっそりと部屋を出て行く。これ以上余計なことを言えばラウラのように逃げられない状況になりかねない。
「それじゃあ、2人ともおやすみ」
2人の部屋を離れ、千冬の居ない自室へと戻りパジャマをじっと見ていた。
お揃いとして買ってくれた事は嬉しいのだが、猫パジャマは色々と複雑だった。これを着るべきか着ないべきか……悩んでいても仕方が無かった。
買ってくれた物なら一度は着ておかないと、そんな思考が一瞬浮かびおもむろにパジャマに着替え始める。
着替え鏡に映る自身の姿を黙って見る。じっと黙って見ているが、やはり成人男性がこれを着るのはおかしいのでは?と思い始めている。
「俺には似合わないか……」
「そんな事は無いぞ?くくくっ」
そんな声が聞こえハッと振り向く。そこには仕事上がりの千冬の姿があった。にやにやとこちらを見ている千冬は何処か面白そうな玩具を見つけた子供のようだった。
「すぐ着替える」
「いいや着替えなくて良いさ、むしろそのままで良い」
そう言うなりベットに押し倒してくる、こうなってしまえば千冬を止めることは出来ない。
「ほら鳴いてみろ、にゃ~んとな」
俺に残された選択は彼女に従うだけだった……鳴くよりも泣きたい
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生徒会
ここは生徒会本部、夏休み中だというのここは職員室よりも慌ただしい。
生徒会で学校行事の企画運営、生徒会費の予算などの管理、各具活動から提出された報告書など仕事が任されている。
現生徒会メンバーは4人、4人でこの仕事を熟していかなければならないのは正直言ってキツい。
会長、書記、会計、庶務と仕事量に対して人数が適正では無いのだ。そして今生徒会室にいるのは5人。
「楯無さん、こっちの書類は特に問題なさそうです」
「ありがとう千春さん、簪この書類を職員室にお願い」
「わかった」
千春が副会長(非正式)と言う形で生徒会に所属している状態になっている。
何故彼が一時的な副会長になっているのか、それは楯無からの要望もあったが彼女への恩返しと言うこともあるだろう。
千春はシャルロット件に関して生徒会長である楯無、教員である千冬に対して「この件は俺が独断で解決する」と言い手出しさせないようにしたのち、彼女が女性として学園に再入学する手筈を計画して貰っていた。
これは2人の協力が無ければ決して完遂することは出来なかっただろう。それを何かしらの恩義で返さなければならないと思いこうして生徒会に所属したということになる。
「よく生徒会4人で保ってますね」
「皆優秀ですから」
「会長は時々抜け出しますけどね……」
「楯無さん……」
まさかこの仕事量を布仏さんと簪に押しつけていたと言うことはないでしょう?という視線を楯無さんに当てる。彼女はそんなことないじゃない!と抗議の意を示しているが、布仏さんが今まで集めてきたデータを見せてくれた。
データと言ってもこの生徒会室に存在する隠しカメラの録画だった。視点的には扉の真上か……これ今までバレていなかったのか?
更式家は優秀だと暗殺家系だと噂は聞いていたが、一人歩きした噂だったのか?それとも『更式』という家系ではない別の物だったのだろうか?
どちらにしろ千春にはあまり関係の無い話だった。
「サボってどちらへ?というか本音も居ないし、よく機能してましたね」
「会長がいない間は私が全て対応してましたけどね、基本的には千春さんのクラスの問題だったりしますが」
「それは本当に申し訳ない……」
俺がしたことの後始末など、考えてみれば誰が事後処理していたのだろうか?無人機の時もそうだが俺は千冬の保健室に連行され大人しくしているように言われてしまった、事後の現場を見ていない俺はあのあとアレがどうなったのかすら知らない。
だが生徒会、千冬達教員が動いたと言うことはアレはまだ形として残っていたと言うことになるだろう。
それが一般生徒に知られると言うことはないだろうが、万が一のために完全に破壊した方が良いのでは?と思ってしまう。
俺の予想があって入ればの話だけどね。
「とりあえず楯無さんはしばらく逃げられないようにしましょうか」
「実力で示すことが出来れば良いのですが、この学園の生徒会長は学園最強の肩書きを持っているので……それは難しいのでは?」
「簡単ですよ?この映像学園に広めるか、織斑先生に渡せばことが動きますし」
「なるほど、その手がありましたか」
布仏さんと悪い顔をしながら計画を練っていく、そんな俺たちを見ていた簪の頬が若干引きつっていたのは気のせいだろう。
少なくともこの情報が俺の手元に渡った時点で千冬に見せるのは確定していたからな、彼女にはもう少し生徒会長としての立場を理解して貰った方が良いだろう。
「ん?これは……学園祭か懐かしい」
「学園祭は九月のメイン行事ですね。それぞれのクラス、部活動で出し物を用意するんです。部活動では出された物に対し投票が行われ、上位の組は部費に特別成金がデス仕組みになっているんです」
「ほう、それはやりがいのある。ちなみに生徒会でもなにか?」
「企画は勿論考えてありますよ」
「それは楽しみですね」
「その前に書類を片づけましょう、できなければお盆週のお祭りはなしです」
この時期にお祭りがあるというのはよく聞く話だ。しかしそれは何処の話なのだろうか?ここの近くだと篠ノ之神社くらいだが、俺が知らないだけで他にも祭りあったのかな……
あとで調べてみるのもありかな、久しぶりに千冬とお祭りに行けるってのもあるからな。
「それじゃあさっさと片づけましょうか!」
「「そうですね!」」
「は~い」
よし、とりあえず半分は終わった……半分終えるのに3時間か。九時だった時計の針は気がつけば12時を超えている。
一足先にお昼休憩をもらいに行きたいが、彼女達の姿を見てしまうと行きづらうなってしまうな。
楯無さんは俺の三倍もある書類と常に睨めっこ状態、彼女の元にある書類は全て布仏さんが目を通しているから問題は無いと思おうが……
そんな布仏さんは書類の確認と印の押された書類を整理した後、届けが必要な物を簪に渡している。
簪はその書類を封筒に入れ第三者の目に入らないように最善の注意を払っている。本音はお菓子食べてる――お菓子食べてる?
「本音?」
「なーに?」
「仕事してくれ」
「してるよ~」
え?仕事してるのか?本当に?今までの時間特に書類にも触れずにのんびりくつろいでいるようにしか見えなかったんだが?
いやよく考えたらこの時間まで本音を注意しなかった三人も不思議だ、まるでこれがいつもの生徒会であるように一切彼女を叱ることもしない。まさか本音の仕事というのは……
「なにもしない。という仕事をしているよ~」
「それは仕事なのか……?」
「私が手を出すと二倍くらいの時間かかるからね~」
それは賢明な判断だろう、これ以上の時間を使うのは正直しんどい。それに他三人も早く終わらせたいだろうからな。
「……とりあえず俺は昼休憩してくるぞ。楯無さん達はどうする?」
「「「終わらないのでなにか作ってきてください!!!」」」
「わ、わかった。」
人数で言えば確かに四人居るが実際に作業をしているのは三人だけだったな。手軽で栄養が取れる物を作るべきかそれともしっかりとした料理を作って持ってくるべきだろうか?悩ましいところである。
お弁当箱があればそれに詰めて持って行けるが……四人分もあっただろうか?あっ別に本音のはいらなかったなずっとお菓子食べてたし何なら自分で食堂行けるからな。
「手作りになるからあまり期待するなよ?」
「「「「手作り!?」」」
「私も食べたい~」
「本音はちゃんと食堂で食べようね」
本音にはしっかりとした子に育って欲しいです。
「お待たせ待った?」
「「「全然!」」」
待っていましたと言わんばかりに食い気味な三人に苦笑いしつつも、食堂で作ってきたお弁当を三つ机の上に並べる。
「内容は三つとも基本的に同じだから気にしないで食べてくれ」
内容としてはハンバーグ弁当になっているが、違っているのはそのメインのハンバーグだ。右からデミグラス、和風大根おろし、チーズのハンバーグになっている。
それ以外は特に変わっていないのだが大丈夫だろうか?俺が作ったお弁当が三人の口に合うと良いのだが……
ちなみに俺はしっかりと食堂でラーメンを頂いてきた。本音は――色々と凄い食事だった。それしか言えない。
「本音は食事の仕方を見直す必要があるな……美味しいんだろうけど」
「美味しいんだけどな~?」
「本音の食事は色々と――ね?」
簪も彼女の食事の仕方には何か思う事があったようだ、むしろ思わない方がおかしいと思うのだが姉である布仏さんはどう思って居るのだろうか?
主食と汁物、おかずをを混ぜ合わせた通称「ねこまんま」と呼ばれるものを作っているのだが、見た目が……という人も少なくないからな。
「お味噌汁はこのカップに入ってるから、好きに飲んでくれ」
「「「ありがとうございます!」」」
三人が休憩に入るのと同時に俺に与えられた書類の確認整理を終わらせに行くのだった。
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お盆週
(ここは何も変わっていないのだな……)
八月のお盆週。その週末に彼女、篠ノ之箒はとある神社にいた。
とある神社というか、篠ノ之神社だ。彼女が転校する前の家であり生家でもある。
(本当に何も変わってない)
板張りの剣術道場は今の昔のままだった。聞くことによると、定年退職した警察官の方が善意で剣道教室を開いてくれているらしい。
剣は礼に始まり礼に終わるという父の教えの通り、子供達に道具の手入れと道場の掃除をさせているとのことだが、素晴らしい考えだと私は思う。
(今では結構な人数が居るようだ。昔は私と千冬さん千春さんそれに一夏だけだったが……)
壁の木製名札を見ながら、少しだけ昔の思い出に浸る。
『今日は俺が勝つ!』
『ふん』
『おりゃあああっ!』
べじっ!ぐしゃあぁ。
『明日は俺が勝つ!』
『その明日はいつ来るのだろうな?』
『今日も一戦頼むぞ千春』
『おう俺も少し試したいこともあったからな』
…………。
(いや待て。私はそこまで愛想の悪い子供だったのだろうか?それに一夏との思い出を思い返そうとしていたのに、何故二人が出てきたのだろうか?何か憧れが?羨ましいと思って居たのだろうか?というか剣術以外に思い出は無いのか?もう少しこう……良い思い出とかは)
しかし叩いても揺すってみても、そういうような思い出しか出てこない。
(いや、なにもそんな思い出だけでは無いはずだ。ないはずなのだが……)
生徒手帳を取り出し、そこに挟んである写真をそっと覗く。
剣道着を着た一夏と箒が二人写っている、思い出の写真だ。
――実際は箒の横に束、一夏の隣に千冬。千冬と束の間に千春が並んでいるのだが、その中央は折って見えないようにしてある。
実のところ、写真を折り曲げてツーショットねつ造というのは、鈴もしていることであった。奇妙なところで彼の幼馴染みは感覚が似ている。
「箒ちゃんここにいたの」
「は、はいっ!?」
急に声をかけられて、箒は手にしていた生徒手帳を後ろに隠しながら振り向く。
そこに居たのは四十代後半の女性で、年齢相応の落ち着いた物腰と柔らかな笑みを浮かべている。
「懐かしくてつい……すみません、雪子叔母さん」
「いいのよ別に。元々住んでいた所だもの。誰だって懐かしく見て回るわよ」
うふふと微笑む姿には裏を感じる事も無く、純粋に楽しそうな顔だった。
昔から、箒はこの叔母さんに怒られたことはない。たとえ箒が悪いことをしたとしても、叔母は怒ることも叱ることもしない。
『悪いことをしたっていう自覚があるのなら、叱らなくてもそれで十分でしょう?』
そんな風に言われるたび、たまらなく彼女は恥ずかしい気持ちでいっぱいになるのだった。
そして、自分の悪いところを自発的に直していく。そういう手のかからない子供だった。
「それにしても良かったの?夏祭りのお手伝いなんてして」
「め、迷惑でしょうか?」
「ううん、そんなことないわよ。大歓迎だわ。でも箒ちゃん?せっかくの夏休みなんだから、誘いたい男子の1人でも居るんじゃない?」
「そんなことは……!」
彼女の頬が赤くなる。その脳裏には、当然織斑一夏の姿が浮かんでいる。
その反応を見るだけで何かしらの理解と納得を得た雪子叔母さんは、また小さく微笑みを漏らした。
「それじゃあ、せっかくだからその厚意に甘えましょうか。六時から神楽舞だから、今のうちにお風呂に入ってちょうだいね」
「はい!」
元々、篠ノ之神社で行っていたお盆祭りというのは、厳密な分類では神道というよりも土地神伝承に由来する物らしく、正月だけで無く盆にも神楽舞を行うのだ。
現世に帰った霊魂とそれを送る神様とに捧げる舞であり、それが元々は古武術であった『篠ノ之流』が剣術に変わった理由でもある。
正確なことは戦火によって記録が消失されてしまったらしく不明とのことなのだが、この神社は女性用の実刀があったりと、とにかく『いわくつき』の場所なのだ。
箒たち一家が離れた後も、こうして親戚が管理を受け継いでいる。
(ここもかわってないな)
脱衣所でかつて住んでいた家を懐かしむ。そして不意にこの家を離れてしまった理由も思い出す。
(あの人がISを作らなければこんなことには……)
そうすればここに居られた。そして一夏の隣にいられたはずだった。
少し険しい顔で衣服を脱いでいく。その手がふと左腕にある『それ』に気がついて止まる。
幅は一センチほどの赤い紐。それが交差するように巻かれて、その先端にはそれぞれ金と銀の鈴が一対になっている。これは『紅椿』の待機形態だった。
(けれど、これをくれたのもあの人だ……)
初めて言った妹のわがままに、姉は快く応じてくれた。
あの時の心の底から楽しそうな声を思い出すと、少しだけ恨みがましい思いが晴れる。
(私は……本当はどうしたいのだろうか……)
許したいのか、それとも断じたいのか。
(分からない……)
分からない。ただ分からない。
どちらも本心のように思えるし、どちらも偽りの様に感じる。
(とにかく今はお風呂に入ろう……)
神楽の前の禊ぎであるため、本来は川か井戸の冷水を使うのだがその辺は結構いい加減だったりする。というより『続けさせるためにも緩くする』という先人達の工夫だった。
ゆえに、篠ノ之神社の禊ぎは風呂に入るだけで構わない。
箒は紅椿の腕飾りだけを身につけた姿で浴室へと入る。
彼女が幼い頃に改築したというお風呂場は、総檜木のしっかりとしたものだった。先月臨海学校で行った温泉宿にも引けを取らない。流石に広さは大人数では入れないが、それでも4人くらいは十分に足を伸ばして入れるだけの広さがある。
憶えているか分からないが箒達が5歳の頃、それはISが開発されていない時。剣術で流した汗を箒達はこのお風呂場で集まって洗い流していた。その中には千春も千冬も束も居た。
「ふう……」
何年かぶりに入る湯船は、やはり昔と同じで居心地が良かった。
彼女の好み通り、湯船には少し熱めのお湯が張られている。
その中で身体を伸ばすたびに、ちゃぷ……と小さな水音がこだまする。どこまでも気分が和らいでいくのがわかった。
(やはり風呂は良い……)
きめ細かい肌をお湯が滑るたびに、じんわりとした安らぎが身体全体に染み渡り広がっていく。
しばらくの間ぼうっとその感覚にゆたっていた箒は、ふと先月の事を思い出す。
「…………」
夜の海、そこで一夏と2人で過ごしたこと。そして彼の意思を聞いたこと。
「俺は今まで何かと守られてばかりだった。白式の力は千冬姉の力を譲り受けた物で、技術不足で太刀打ちできないときや絶体絶命になったときは千春が……俺は守られてばかりだ」
「それは私も同じだ、自身が犯した過ちをあの人達に救われた」
不甲斐なさが生んでしまったものにはしっかりと反省はしたのだが、最悪の事態を防いでくれたのにも関わらず千春さんには今の今まで何も感謝の言葉を述べたりなど一切していないのだ。
今の今まで時間はあった、しかしそれでも私はあの人に何も言葉をかけなかった。かけられなかった。
「紅椿を受け取った私は完全に浮かれていた、力を欲して専用機を受け取り良い気分になっていた。結果的には……」
「だから変わろうと思うんだ。何時までも守られているばかりじゃいけないんだ、白式がセカンドシフトいても今の俺では扱いきれない」
「それは私も同じだ、紅椿を扱いきれるだろうか……」
お互いに不安はあるだがそれでも扱い切らなければこれから先苦労するのは間違いない、専用機持ちと言うこと以前にIS操縦者として技術の向上が見られなければ専用機持ちという立場にはなれはしないのだ。だがこの2人は例外だ。片方は一人目の男性操縦者でありブリュンヒルデの弟であるということ、もう片方はISを開発した天災の妹であり姉から最新鋭の専用機を譲り受けた(自身が頼んだ)ということ。
特別な存在であるのは確かであるがそれを利用されていると言うことは間違いないだろう。
「絶対に扱いきるさ、そして俺は千冬姉も千春も越えられるようになる」
覚悟決めた彼の瞳はまっすぐで一切曇りを感じなかった。私はこいつについて行けるだろうかと不安になる、だがこれは私が選んでしまった道。覚悟は既に決まっているような物だ。
「私も、紅椿にふさわしい操縦者になってみせる!そしていつか……」
一夏と共に。とは言えなかった、それは今では無いと自然と思ってしまったからだ。
これから先どんな苦難があるか分からない、だが乗り越えることが出来なければ紅椿を乗りこなす以前の問題になる。
だが私は乗り越えて見せよう。それが例え何かを失う形になってしまったとしても、家族と友と私の命以外は惜しくなどない。
気持ちのあれこれが入り交じった箒は、何処かあのときの一夏に似た顔をしていた。
(今日の私は巫女としての責務がある。雑念は消さねば……)
再び湯船にしかりと浸かり、一切の雑念を捨て身体を清めることに専念する。
それから箒がお風呂から上がったのは実に五十分後だった。
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舞と夏祭りと
「よしっと……これで準備万端ね」
純白の衣と羽生の舞装束に身を包み、金の飾りを装った箒はいつもよりもぐっと大人びている。それだけでは無く、神秘的な雰囲気を纏っているため、息を呑むような美しさがあった。
「口紅は自分で塗れる?」
「はい。昔もしていましたから」
「そうよね。箒ちゃん、小さい頃からやってたもんね。神楽舞。あの姿も可愛かったわね~」
「む、昔の話は……」
「箒ちゃんも束ちゃんも体調崩したときは千冬ちゃんがしてくれたこともあったわね~千春君も一度だけあったかしら?」
「えっ……」
そんな話は聞いたこと無い。いや仮にあったとしても決してあの人の口から語られることはないのだろう。千冬さんも千春さんもこの衣装を着て舞を踊っていたというのは……後日聞くことにしよう。
小指の先で小皿から取った口紅をすっと唇に塗っていく。スティックルージュではなく、昔ながらの口紅を使うのもこの神社のしきたりだ。
(よし……)
鏡向いて紅を引いて、しっかりと引けていることを確認して箒は満足する。
昔、母親がしていたのをどうしても真似したくて、無理を言って小さな頃から神楽をやっていたことを思い出す。
それだけ少し恥ずかしい過去だったが、箒はそれよりも今鏡に映っている自分の姿に見入っていた。
(雪子叔母さんの化粧は流石だ、鏡の中の私は別人だな。まるでどこかの姫君のようだ)
ごほんと咳払いして再度表情を引き締める。
そんな様子の箒を見て楽しそうな叔母さんが、祭壇から宝刀を持ってきた。
「そういえば箒ちゃん、昔はこれ一人で持てなくて扇だけだったわね~」
「今はもう持てます!」
その言葉の通り、一息で刀を抜いてみせる箒。そして刀を右手に、扇を左手に持つ。
この一刀一扇の構えは古くは『一刀一閃』に由来し、現在も篠ノ之剣術の型の一つにある。
とは言え、実践で本当に扇を使うわけでは無く、『受け』『流し』『捌き』を左手の獲物に任せ、右手で『斬り』『断つ』『貫き』を行うという、いわば守りの形の二刀流に近い。
他流派では、小太刀二刀流の型として呼ばれている物である。
「ねえねえ箒ちゃん。扇振って見せてよ。叔母さん小さい頃のしか見たことないから」
「ええ。それでは練習もかねて舞ってみましょうか」
刀を鞘へと戻し、それを腰帯に指す。それは神楽というよりも侍のようだったが、これで正しいのだ。少なくとも篠ノ之流は。
「では!」
閉じた扇を開き、それを揺らす。
左右両端一対につけられた鈴が、シャンと厳かに音色を奏でた。
練習でありながらも、神楽を舞う箒には本番さながらの気迫にも似たような雰囲気があり、あたりが突然静かになったかのような錯覚さえ覚える。
扇を右から左へ揺らしながらも、腰を落としての一回転で刀を抜き放つ。
そしてその刃に扇を乗せて、ゆっくりと空を切っていく。
それは正しく『剣の巫女』の名にふさわしい厳格さと静寂さを兼ね備えており、幼かった頃よりもぐっと美しくなった箒はそれを自然に纏っていた。
「――以上です」
「まあまあまあ!素晴らしいわ!箒ちゃん!ちゃんとここを離れても舞の練習はしてたのね!」
「ええ。まぁその……一応巫女ですから」
叔母さんの喜色満面の笑みに押されて、箒は照れくさそうにそう告げる。
しかし、これに関してはあまり一夏には知られたくない事でもあった。
女らしいことをしている、というのは箒にとって若干のトラウマでもあったのだ。
(昔も男子に冷やかされた……)
それをかばってくれた一夏がとても眩しく見えた。最初の印象こそ最悪だった一夏だったが、その剣を境に箒の態度は緩和されていった。
だからこそ、それを一夏には知られたくないのだ。
昔は『数人がかりで女の子をいじめる男の子が気に食わない』という理由で怒りをあらわにしていた。けれどそれは『箒が侮辱されたから』というわけではない。
もし一夏に『女らしいことは似合わない』と仮に言われてしまったら、トラウマどころではない。
最悪の場合、みっともなく泣き出してしまうかもしれない。
そう思うとこの神楽舞も見られるわけには行かなかった。だからこの夏祭りには一夏を誘いはしなかったのだ。
(どうせあいつの事だ。夏祭りを覚えていても、わざわざ来たりはしないだろう。面倒だとかなんとか言ってゴロゴロしてるに違いない)
そう考えると、それはそれで面白くない自分がいると言うことを自覚してしまった。
(ええいっ!とにかく!一夏は来ない!だからわたしは精一杯舞を舞うだけだ!)
「よっ」
「…………」
「おつかれ」
一夏がいた。
(待て。待て待て。おかしい。おかしいぞ?私は神楽を終えてから軽く汗を拭くついでに巫女服に着替えてお守りの販売を手伝っていた、そんなところに何故一夏が!?)
混乱の余りここ数十分の行動を振り返りつつ棒読み反復し、改めてこの現状を確認する。
「それにしても凄いな、様になってて驚いた」
(これが夢だと言う可能性はないのだろうか?あり得ないことが起きているときは大体夢だ。)
「それになんというか……綺麗だった」
「っ――!!!」
ボンッと一瞬で顔が真っ赤に染まる箒。その赤さは巫女装束の袴の色に劣らないほどだった。
(う、ううう?ゆ、夢だ。これは夢だ。絶対に夢だ。あの一夏が、わたしにこんなことを言うはずがない。そうだ、そうだとも!夢だ!)
「夢だ!」
「な、なに?」
突然の大声に驚く一夏は、若干間の抜けた声で聞き返す。
「これは夢だ。夢に違いない。早く覚めろ!」
「箒ちゃん大きい声出してどうしたの?……あら?」
異変に気がついてやってきた雪子叔母さんは、箒の様子と一夏の姿を交互に見る。
「ああ」
ポンッと手を打って何やら得心する雪子叔母さん。その頭上には豆電球が光っている様に見えた。今の時代ではLEDの方が良いだろうか?
「箒ちゃん、あとは私がやるから、夏祭りに行ってきなさいな」
「なっ!?くっさすがは夢だ。あり得ないことが次から次に起きる……」
ブツブツとつぶやきを繰り返しまだこれが夢だと思っている箒に雪子叔母さんは腕組みをして考えたあと、再度閃き電球を輝かせた。
「えい」
ベシッ。
柔らかな物腰とは裏腹に鋭いチョップが飛んできた。
「あいたっ!?」
「箒ちゃん、現実に戻ってきてね」
「は、はぁ……」
叩かれた頭を押さえながらも、なんとか現実に帰還することが出来た箒。
そしてすぐさま、雪子叔母さんがくるりと箒を回れ右をさせて背中を押す。
「ほらほら急いで。まずはシャワーで汗流してきてね、その間に叔母さんが浴衣出しておくから」
「あっ、あのっ」
「良いから良いから」
箒の反論を許さず、強引にその身体を母屋まで押していく。そして去り際に、振り向いて一夏に言った。
「ちょっとだけ待っててね。彼女を待つのも彼氏の役目よ」
「えっ?」
ぽかーんとしている一夏に、ウインクを送ってそのまま箒と一緒に居なくなる。
どうしたものかと思いつつも、待っていろと言われた以上一夏は待つことにした。
「一夏ここに居たか」
そんな彼に話しかけてくる人物が一名。
「千春」
本来夏祭りに一夏は行かない予定だった。しかい話しかけてきた人物、黒神千春に誘われ現状の状態になっていると言うことになる。
「箒には会えたか?」
「ああ。ちゃんと会えたさ。舞の時の箒と少し違ったけどな」
それは良かったなと千春は言うが、彼が一夏をこの夏祭りに誘った理由は一切無い。なんとなくで誘っただけであり他意も何も無かった。
「雪子叔母さんに彼女を待つのも彼氏の役目って言われたけど、どういう意味なんだ?」
全くコイツは……と言うような顔をしながらも、千春は何故そう言われたのか一夏にゆっくりと説明していく。恋愛などに鈍い一夏には事細かく正確に説明をしなくてはいけないので案外苦労するのだ。
「――つまり付き合っているように見えたって事だろ。お前ら昔から仲いいからな」
「な、なるほどね」
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デート?
(あ、あり得ん!)
ざっばーんと三回目のお湯を頭から被りながら、さっきからずっと繰り返している言葉を箒はさらに続けて紡ぐ。
(一夏が夏祭りに来た。それは可能性としてはゼロではなかった。し、しかしだ!)
さぱーん。四回目のお湯を頭から被る。
ぐっしょりと濡れた黒髪からポタポタと水滴が落ちるが、気にしては居られない。
(あ、あの一夏が、一夏が!私に『キレイ』だなどと!)
脳内美化四割増し程度の一夏が、甘く箒にささやきかける。
『キレイだぞ、箒……』
『待て一夏。は、花火を見るためにここに来たのでは無いのか?私ばかり見てどうなる……』
『あんなの、二人っきりになるための口実に決まってるだろ』
『一夏……』
『箒……』
そして二人は幸せなキスをして終了――
「だあああっ!」
どっぱーん!桶に張った満杯のお湯をまた頭から被る箒。
「箒ちゃん~?なんだか大変な声が聞こえてきてるけど、大丈夫ー?」
「はひっ!大丈夫です!」
思わず裏返ってしまった声でした返事は、聞くからにして大丈夫そうではない。
「とりあえずそろそろ上がってね~。もう三十分も経ってるわよー」
「えっ!?」
時間のことをすっかり忘れていた箒は、それから慌てて身体と髪を洗い、しっかりと汗を落とす。
上がってすぐにドライヤーで髪を乾かしながら、時間短縮と言って浴衣の着付けをしてくる叔母さんに逆らえず、されるがままになってしまう。
「うん、できた。やっぱり箒ちゃんには和服が似合うわ~。お母さん譲りの髪のおかげかしらね?」
「どうも……」
褒められた事と浴衣を着せてくれたことの両方にお礼を言いながら、箒はいつもとは違う服装に若干戸惑いの色を隠せない。
浴衣を実に数年ぶりに来た箒だったが、雑誌のモデルと比較しても遜色ないほどの雰囲気と一体感、それを着こなせて見せた。
(な、なかなかに……似合っていると、思いたいです。少なくともおかしな所は無いはずだ)
自分の容姿についての自覚がない箒は、そんな自身の無いことを考えながら改めて鏡を見る。
白地に薄い青色の水面模様がついた浴衣は、アクセントに朱色の金魚が泳いでいる。所々に置いて行かれた銀色の玉と金色の曲線とが派手でなく自己主張せず脇役として徹底していて、涼しげな印象と落ち着いた雰囲気とを醸し出していた。
「それじゃあこれ持って行ってね。お財布とか携帯電話とか、他にも必要なもの色々入れておいたから」
そう言って巾着を渡される。
いつの間に用意したのやら……気になるが訊かないことにしておいた。昔から雪子叔母さんはとにかく気が利く人で、何時だって誰かのために何かを用意している。
「あの、雪子叔母さん」
「なあに?」
「あ、ありがとう……」
照れくさそうにそう言う箒に、叔母さんは少しだけ意外そうな顔をした後、とびきりの笑顔で返した。
「どういたしまして。それより、ほら。彼氏をあんまり待たせちゃダメよ」
「い、いや、あいつは――」
「はいはい。急いで急いで」
急かされるまま脱衣所を出て、玄関へと向かう。途中、壁掛けの時計を見ると、時刻は既に六時を過ぎていて、外は橙色に包まれていた。
「花火は八時からだから。それまでにちゃんと二人っきりになれる場所に行くのよ?」
「ですから、あいつは――」
「はーい、いってらっしゃーい」
「ううっ……」
全く話しを聞いてくれない雪子叔母さんにまだ言い足りない箒だったが、草履を履くなり外に出されてしまってはもう反論の余地もない。
それに何よりも、かれこれ一時間待たせている一夏が気がかりだった。
(ど、どうしよう。思ったよりも時間がかかってしまった。帰ってしまったりとかしてないだろうか?それにそもそも叔母さんの勘違いなわけで……ああなんと説明すれば良いんだ)
浴衣の裾を乱さないように気をつけながら、それでもできる限り早足で神社の鳥居絵と向かう。昔から、待ち合わせ場所といえばそこだった。
(一夏は……)
鳥居に着くと、既に多くの人で溢れかえっていてなかなか一夏を見つけ出すことができない。
特に、鳥居から神社の中へと向かう人がほとんどの中で、こうして立ち止まってしまっているだけでも通行人の邪魔になってしまうことが気がかりだった。
(やはり、一夏はもう帰って――)
そう思いかけていたとき、グイっと手を引かれた。
「見つけたぞ箒――おっ浴衣姿だ」
「い、一夏っ。いたのかっ。全然気がつかなかったぞ」
またしても突然の再会に、箒はつい焦る余りおかしな事を口走ってしまう。
(お、落ちつけ、落ち着け……ああっ!手!手を握られて!)
今更ながら、しっかりと握られている手に意識が向いて、また頬が赤く染まる。
幸運だったのは、あたりがそれなりに暗くなっていて、その顔色を一夏に気づかれないと言うことだった。
「へぇ。いいなそれ、似合ってる」
「そ、そうか!?わ、私もそう思っていたところだ!」
――褒められたっ!?またしても褒められた!?
軽いパニックと好意にのぼせそうになってしまう箒を、一夏が人の流れに沿って歩みを誘導していく。
「さて、色々見て回ろうぜ?いやー、しかし夏祭りに来るのも二年ぶりかぁ~去年は勉強してたしなぁ~」
ドキドキと響く胸の高鳴りを確かめるように抑えるように、箒は左手で自分の胸に手を当てたまま一夏について行く。その右手はまだ繋がれたままだった。
箒が合流する少し前、一夏を夏祭りに引っ張り出して来た張本人は彼と共にいた。
本来ならば一夏は実力と知識を深めるために学園で専用機持ち達と訓練をする予定であったが、千春が箒を一人にさせるわけには行かない。という表向きの理由を作り学園から連れ出した。
本当の理由は箒の気持ちに少しでも気づいて貰うためだ。恋愛に疎い朴念仁に気持ちを伝えたとしても、それがしっかりとした形で伝わるかと言われればそうではない。
実際にそれで気づいて貰えず女の子を泣かせたと言うことがあったのだ、まぁ幼い頃なのだから仕方ないだろう…多分。
「さて一夏。これから箒が来るわけだが、遊びたい屋台や食べたいものとか多いだろう?一応これだけ持って行け」
そう言って懐から取り出したのはお年玉袋だった、一体何なのだろうかと疑いつつもそれを受け取る。千春に開けてみろと言われ中身を確認する。
その中には一万円札が十枚入っていた。
「これだけあれば満喫は出来るだろ、お金は返さなくて良いからな」
「いやこんなにいらないって!」
「阿呆、これは元々お前の金だぞ?」
え?と呆気に取られている一夏の表情を見て少し微笑む、彼の説明をしっかりと聞くとこのお金はかつて一夏がバイトしていた時に貯めていたお金だったようだ。
自分でもこの額には驚くが、よく今まで残っていた物だと思っている。
「あとお前の部屋に通帳が置いてあるが、それもお前のお金だからな。まったく止めていなかったら大問題だったぞ」
中学の俺ってそこまで酷かったかな?と自分でも戸惑ってしまう。
「年に一度のお祭りだぞ?しっかり楽しまなきゃ損だ。ちゃんと箒をエスコートしてやるんだぞ?」
そう笑顔で俺に伝えるやいなや颯爽と消えてしまった。俺は言いたいことを何も言えずにその場に立ち尽くすことしか出来なかった。
急にこんな大金貰っても戸惑うだけだってば……
「箒、危ないから離れるなよ?人にぶつかるぞ」
「う、うむ」
「それで、最初はどこに行く?」
「そうだな……」
つい先ほどから繋がっている手が、少しもどかしいがそれでも嬉しいと思ってしまった。
(今は二人っきりなのだ。学校とは違って邪魔も入らない、プライベートな時間での二人っきりなのだ!)
そう考えると更にこの現状が喜ばしいと感じてくる、あの一夏と手を繋げていることがより嬉しかった。
「そういえば、箒って金魚すくい苦手だったよな」
「いつの話だ!いつの!」
「今は違うのか?」
「当然だ、いつまでも私が過去のままだと思うなよ」
「じゃあ勝負するか?負けた方が食べ物奢りな」
「望むところだ!」
腕を組んでうなずく私は、一夏と共に金魚すくいの屋台を探す。祭りの屋台には必ずある金魚すくいだが、最近はスーパーボールすくいや水風船が増えてきた。
水風船は放置しておくとしぼんでしまうので、正直取るかどうか悩むところだ。そして割れる。
スーパーボールは落としたらどこかに飛んでいって境内に紛れてしまう、たまに歩いていると落ちているのを見かけるからな……
「あ、でも箒は浴衣だよな。大丈夫か?」
「和服の扱いには慣れている。心配も手加減も無用だ」
「そっか、じゃあ勝負だ!」
「望むところ!」
ふたりのポイが同時に水をくぐった。
「悪いな、焼きそばを奢って貰ってしまって」
「ぐっ……納得いかねえ」
ほくほく顔で焼きそばを食べる箒の横で、一夏はうぐぐ……っと拳を握りしめていた。
勝負は五対五の引き分けで終わるかと思いきや、なんと一夏の器から二匹の金魚が跳ねて水槽へと戻った。その一連の流れに呆気を取られていたふたりともそこでポイの紙が破れて決着となった。
「あの金魚には感謝しなければ、真剣勝負に水は差されたが……」
「金魚だけにな」
ギロッといつもよりも二割ほど増した睨みを利かされて、一夏は口を閉じる。
「まぁいつまでもむくれるな。ほら焼きそばだ。一夏も食べろ」
そう言って、今し方まで口をつけていた箸のまま焼きそばをつまんでよこす。
(か、間接キスというものになってしまうが……仕方ないだろう)
またドキドキと鼓動が暴れ出すが、それをどうにかして顔に出てしまわないように気をつけながら、箒は一夏の様子をうかがう。
「お、思ったより、うまいな……」
当の本人はけろっとした表情をしていて、およそ他意はない様子だった。
全くこういったことに疎いのは相変わらずだったな……
「しかし喉が渇いたな……何か買いに行くか?」
「そうだな~。人混みのせいで暑いし、仕方ないな」
「うむ」
顔が赤いのはまったく別の理由なのだが、まぁいいだろう。
(よし、このまま自然に手を取って――)
居合い技の時と同じような剣豪の目で、ぐぐぐっと一夏の手を注視してしまう箒。
そして、絶好のタイミングが訪れた。
(い、今だ!)
「――――あれ?一夏?」
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ファーストとセカンド
「お?」
突然かけられた声に一夏が振り向いて、箒の手はするりと宙をかすめてしまう。
しかし、みっともない姿を見られまいとして、箒は狙いを外したその手をそのまま髪に持って行き、乱れを直すような仕草を振る舞った。
(ああもう誰だ!私たちの邪魔をするのは!)
「おー、鈴か」
(な……何故コイツがここに居るのだ!?)
箒が驚くのも無理はない。この祭りにはこないと思っていた人物が今目の前に居るのだから、さらにその後ろでは見知った顔達がたこ焼きを頬張っている。千春からは口パクで「すまん止められなかった」と読み取れた。
「奇遇ね、アンタも来てたのね」
「あぁ。ここは幼い頃に剣を習ったところだからな、それに箒が舞を踊ったし」
「ふーん、まぁ篠ノ之神社だしね」
そう答える鈴は、偶然にも箒と同じく浴衣姿だった。髪はいつものようにツインテールでは無く、後ろで一つにまとめている。
「鈴の浴衣姿って久しぶりに見たな。洋服の印象しか無かったけど和服も似合うな」
「当然。まぁありがとうね」
少し赤く染まったその頬を隠すように、ややうつむきながらも笑顔でそう答える鈴。
その様子から恋心を察した箒は、警戒センサーの感度を抜群に跳ね上げた。
「鈴が来てるって事は、セシリア達も来てるのか?」
「勿論来てるわよ。だけど私たちだけじゃ危ないって言われて、山田先生と千春さん千冬さんも来てるわよ」
なるほど。だから今現在千春は屋台を連れ回されているのかと感心する一夏の隣では苦労している人なんだなと苦笑いをしている箒の姿があった、
「千春さんと千冬さんは懐かしいって呟いてたわね」
それもそのはず。千冬はIS学園の教職員として活躍しているよりも前から日本代表として活躍してた、そんな繁忙期にお祭りなどと楽しんでる余裕はない。
千春は彼女の補助を行いドイツ軍に一年所属した後、倉持技研に就職していた。その際に打鉄弐式の開発チームへと渡っていたため慌ただしく、家に帰らず寝泊まりしていたことも少なくない。
「二人ともこの祭りには参加していたからな……巫女として」
「何言ってるんだよ箒、千春は男だから巫女じゃないだろ?」
「いや男の巫女も存在するんだ。その場合読み方は巫女では無く
今は呼ばれ方も変わっている可能性もあるが、たしかそんな呼ばれ方だったと思う。
そんな豆知識を披露するが、一夏は興味がなさそうにへぇーと答えた。
「とりあえず一緒に回るか?」
予想通りの朴念仁ぶりを発揮する一夏にがくりっと頭を垂れる二人。
だが今回ばかりはこれで良かったのかも知れない、千春が心配そうにこちらを見ていたがいつも通りの彼を見て安心していた。
「じゃあ色々見て回るか」
「そうだな」「そうね」
一夏を真ん中に置いて、右を鈴、左に箒が並んで歩く。大盛況の夏祭りには、親子連れや子連れ、そして恋人連れが大勢いた。
(これはチャンスだ。一夏と近づける絶好の機会!よし……頑張れ私!)
(千春さん達がついてきたときはどうなるかと思ったけど、あっちはあっちで忙しいみたいだしラッキー!楽しみながらも近づけるチャンス!)
二人ともチラチラと一夏の横顔を覗きながら、二人は人知れず気合いを入れていた。
(しかし一夏の唐変木ぶりには慣れたつもりだったが、ここまで変わらないとはな……案の定私以外の浴衣姿も褒めるし)
そう思いつつも、どこか憎みきれない。そんな自分の甘さもあって、箒はなんとなくモヤモヤした気持ちを蓄積していったのであった。
(しかしさっきは……か、間接キスしたし、な。ふふふっ♪)
それはある人からしてみれば小さな幸せかもしれないが、当人に取ってはその幸せが乗っている手が自らの物であれば十分なのだ。
その思いを大切に包み込むように、箒はそっと重ねた両手をお互いに包み込んだ。
「鈴ってこういったお祭りには来たことあるのか?」
「まぁある程度ね。と言っても本当に昔だけど」
箒が引っ越してしまった際に、このお祭りも一時期止まってしまった。こうして鈴と祭りに来ること自体初めてかもしてない。
着慣れていないかも知れないが、鈴なら問題無いと思ってしまう。
「あっ!あれやろう一夏!」
びしっ!と鈴が指さしたのは射的屋だった。
射的屋の仕組みは従来の物と変わらず、コルクを銃に詰めて発射する方式だ。コルク銃の威力はたかが知れており飛距離は2メートルあれば良い方だろう、それに殺傷能力も無いから銃刀法違反にもならない。
「おっ。もしかして得意なのか?」
「勿論。一応軍人してたからね」
鈴は元々中国の軍に所属していたこともあり銃の扱いは器用なのかも知れない、だけどこれはコルクだ。実銃とは全く違う弾道を描くことがあるかもしれない。
(ふふん~実際はそこまで得意じゃ無いけど自分でもそこそこだと思うし、一つくらいは取れるでしょ!)
「というわけで、行こうぜ。箒、あんまり離れるとはぐれるぞ。ほら」
そう言ってさらりと箒の手を引き、鈴も連れて射的屋に向かう一夏。
それぞれ手を握られた女子の心境など、おおよそ知るよしもないのだろう。
「いらっしゃーい」
「おじさん。三人分ください」
「両手に花とは羨ましいね~。よしっ、おまけは無しだ!」
「えっ!?いや負けてくださいよ。せめて女子の分だけでも」
「はっはっはっ。無論断る」
豪快な笑顔でそんなことを言う射的屋の大将は、浅黒く焼けた肌に白いTシャツを型までまくりあげて筋肉隆々な腕を見せつけている。多分千春より凄い。気はいい人なようなので、一夏はそのまま三人分の代金を払った。
「まいど。お兄ちゃん甲斐性あるな?女の分も払うとは、最近のガキにしちゃ珍しい」
「でしょう?だからおまけを――」
「断然断る。モテるやつは男の敵だ。がはは」
気はいいが交渉の余地はないようだった。一夏たちはそれぞれに鉄砲を受け取り、コルクの弾を込めて構える。
「…………」
表情は真剣そのもの、スナイパーの様な眼差しで狙いをつける鈴。その雰囲気はいつもとは違っていて、触れればキレるコンバットナイフのようで一種近寄りがたいものであった。
(訓練で銃の扱いは一通り習ってるから大丈夫なはず……!)
数秒前の自分が恨めしい。とっさに出た提案は、完全に墓穴になってしまっていた。
「本格的だな鈴。頑張れ」
「当然!」
集中力を切らさないために、脊髄反射でそう答えてしまう。
(素っ気ない態度取ったけど、こうでもしないと集中できないのよね!)
しかし時間をかければかけるほど一夏だけでは無く周囲の客の期待値までも高くなってしまう。
(ここはささっと実力見せて終わらせちゃお!それでダメだったら一夏に教えて貰えば良いだけだし!)
そう、もしかしたら手取り足取り教えてくれる可能性もある。だが相手は一夏だ。過度な期待は出来ないのが悩ましい。
そんなピンクグレープフルーツ色の考えが膨らんだと同時に、ぱーんっとコルク玉が発射された。
「「おっ?」」
「おおっ?」
「おうおうおうおうおっうおうおっwwwwwwwwパンッパァンッパァンッ(ヒレを叩く音)おうっおうおっおうおうおうおwwwwおうっっおうおうおうおうおっwwwwwwwwパァンッパァンッ(ヒレを叩く音)おうおうおうおっっwwwwおうおうっおうっおうっwwwおうおうおうおっwwwうおっw」
「おい今何か居たぞ」
ぺしっ。――――ぱたん。
札が倒れる音がした。恐る恐る倒した札を見てみると――
「その鉄の札を倒すとは……え、液晶テレビ当たり~~~~~!?」
「えっ?えっ?」
鈴が無意識のうちに撃った弾が難易度最大だったであろう獲物を落としたようで、射的屋の大将はもちろん周囲の観客、それに一夏も多いに盛り上がっていた。
「すげーなお嬢ちゃん!絶対に倒れないようにして――あ、いやなんでもない」
「はぁ……」
「液晶テレビを狙うなんて、凄いな。しかもゲットしてるし。いや凄い」
一夏は感心したような様子でパチパチと大きな拍手をする。それに釣られて周囲の観客もまばらながらに手を叩いて、次第にその輪は大きくなっていく。
「赤字だ赤字!ちくしょう持って行け~!」
「ど、どうも……」
やや大きめの包み、しかし代表候補生が持てないと言うわけがない。それを受け取った鈴の表情は複雑な物だった。
「よかったな」
「良かったのかしらね……」
これどうしようと悩んでいる鈴に、一夏は「?」マークを頭の上に浮かべるのだった。
一方、逆方向の箒はというと。
「ふっ!」
五発目の弾丸を撃ち景品をしっかりとおとしていた。
「よし、昔よりはマシになってるな」
「箒は弓のほうが向いてると思ったけど、銃も悪くないのかもな。だけどもう少し構え方を変えた方が――」
説明しながら、直接体を触っての指導までされて、箒は仏頂面の下では大変なことになっていた。
(わあああっ!?近い近いっ!手が!手がっ、体に触れてっ!?い、息が顔にかかる……離れて……)
欲しくはない、ないのだが。
「こんな感じだな。どうだ?わかったか?」
「う、うむ」
「じゃあ撃ってみろよ。ちゃんと狙えよ?」
「わかっている」
つい語調を強めてしまう、「あっ」と思った瞬間と同時に引き金が引かれた。
べしーん。――ボトン。
「おっ!ぬいぐるみに当たったな」
少し大きめのそれは、クッションとしても使えそうなくらいのサイズのウマのぬいぐるみだった。
無垢な瞳が鉄砲で落とされてしまったことに無言の抗議をしているように見えなくもない、気のせいだと思うが。
「嬢ちゃんも上手いことやったなぁ~今日は大損だ」
「隣のぬいぐるみが良かったのだが……」
「うん?」
「いえ、なんでも」
そう言って受け取る箒は、狙いの物とは違ってしまった景品でありながらも、その顔は妙に嬉しそうだった。
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花火に消えた
「ん~鈴のやつ遅いな……」
「そうだな」
あれから色々と屋台を回り、遊び、食べ、歩いた。
時間は八時を過ぎていて、もうそろそろ花火が始まってしまう時間になる。
「迷子って事は無いと思うんだが……大丈夫か?」
今席を外している鈴は、やはりと言うか当たり前だが液晶テレビが荷物として邪魔になり、それを千春に引き取って貰うために彼らを探しに境内を歩き回っている様子だった。
近くに居ると思うから、と言って二人を神社の水飲み場に残していった鈴だが、一向に戻ってくる気配がない。
探しに行こうかと一夏が考えたところで、数人の人影がこちらに歩み寄ってきてた。
「ごめん遅くなった」
「大丈夫だったか?って皆も来てたのか」
鈴の後ろにはセシリアやシャルロット、ラウラ、簪、そして千春の姿があった。山田先生は酒の入った千冬の介護をしながら、おつまみになりそうな屋台を歩き回っていた。祭りに行きたいと言っていた楯無さんは案の定仕事が終わるわけも無く、今頃泣きながら書類と睨めっこしているだろう。お土産くらは買って帰ろう。
鈴の当てた液晶テレビは千春の車のトランクに預けて、祭りが終わり次第学園に運んで行く予定だ。この時ばかりは学園用の車を借りてきて正解だったと思う
「時間的にそろそろ花火か……ならあそこに行くか」
「あそこ?」
「とっておきの場所があるんだよ」
そう言ってそのまま神社裏の林へと向かう。
(人気の無いところに……というかこんな所が?)
過去に住んでいた家とは言えまだ知らなかった事があったとは驚きだった。
千春の後を着いていくと、林を抜けたところで穴場のようなものがあった。
背の高い針葉樹が集まって出来たこの裏の林は、ある一角だけが天窓を開けたように開いている。
それはまるで季節を切り抜いた絵のようで、春は朝焼け、夏は花火、秋は満月、冬は雪と、色とりどり四季折々の風景を見せてくれる秘密の場所だった。知っているのは束、千冬そして千春の三人だけだった。
「ここも変わってないな~」
そんな千春の声は透き通っていた。
りぃん、りぃん、と虫の音だけが響く人気の無い林。わずかに吹く風が、夏の暑い空気を流してくれる。
そんな場所で男二人と女六人、何も起こらないはずもなく……
女性陣の視線は少しばかり光っているように見えた。しかしその視線を浴びている二人はそれに気づいていない様子で空の窓を見つめている。
(こ、これは。こっ、告白のチャンスと言わんばかりの場所では無いか!?)
誰に聞いているかと訊かれれば、こう答えよう。『
(ううううっ……?)
じいっと一夏を見つめる箒。しかし別の視線を感じ取りその方へ目を向ける。
「…………」
そこには鈴がいた。彼女の顔はだんだんと赤く染まっていき、気温とは関係のない汗がにじみ出していた。それを見たとき自身にも同じ事が起きていると気づいてしまった。
鈴は自分と同じ幼馴染みであり一夏と親しかった、だが一度だけ彼女は一夏から距離を置いて様子を改めることにした。その原因とも言えるものが改善されてきているのだろうか?それは彼を見ている人物にしか分からない。
(あぁ、鈴もまた一夏に――そうか)
そんな二人の視線を受けながらもなお一夏は空を見上げていた。
一方そのころ。千春の方はと言うと。
「少し離れるか」
三人を邪魔しないように少し距離を取っていた。
その光景に違和感を憶えながらも、左腕にセシリア、右腕にシャルロットがくっついている。そして胸に背を預けるように立っているラウラ、夜空を見上げてその場を楽しんでいる簪の姿があった。
「三人で花火見ていたのが懐かしい……今じゃそんなことすら叶わない」
彼の表情は少し暗かった。子供の頃の思い出は思い出補正がかかってしまいがちになる、だが三人で過ごした日々は楽しかったことに違いは無い。
毎年の花火で千冬と束に何か言われるが、毎回花火が上がってしまってその言葉を聞けていない。聞き返しても「なんでもない」と言われてしまう、いつかその言葉が聞ける時が来るのだろうか?それとも既に聞いてしまっているのかもしれない。
(いや今はそんなことを考えるべきでは無いか、今は彼女達が居るのだから)
「千春さん」
「どうした?」
「月が綺麗ですね」
月……?確かに月は出ているがどうしたのだろうか?シャルロットは三日月が好きなのだろうか?それともこの場所で見る夜空は別格だったのだろうか?
「そうだな。きっと今なら手が届くかもな」
そう答えると彼女は頬を少し赤く染めた、何かしてしまっただろうか?それとも夏の暑さにあてられてしまったのだろうか?
「黒神さん」
今度はセシリアから声をかけられた。セシリアも何か思うことがあったのだろうか?ラウラに至ってはシャルロットを少し睨んでいるように見える。簪はなにか分かったのか口に手を当てている、後で訊いてみることにしよう。
「星が綺麗ですわね」
「そうだな、願い事祈ったら叶うかもしれないな?」
再び彼が答えると、シャルロットと同じように頬を赤くしてうつむいてしまった。本当に何かしでかしていないかと心配になってくる。
「教官」
今度はラウラか……
「Der Mond ist schön, oder?」
ドイツ語で来たか。ならこっちもドイツ語で返すとしよう。
「Ich stimme zu. Aber Laura ist hübscher.」
そう答えると、ラウラは頭から湯気を出してしまった。普通に褒めただけだがダメだったのだろうか?
「黒神さんは罪作りですね」
クスクス笑ってるがしっかり聞こえてるからな?
後々分かってくるんだろうが、変に答えていると考えてしまったら恐ろしい。
ド――――ン!!
「始まったな花火」
この花火大会は百連発で有名で、一度はじまると一時間以上ぶっ通しで轟音と夜空の彩りが続く。
「一人で見るよりも、皆で見た方が良いよな」
ポツリと呟いたその言葉は、誰の耳にも入ることも無く轟音にかき消されていく。
パッ、パパッ!と花火が瞬くたびに、楽しそうに夜空を見上げる皆の表情が照らされる。
そんな無邪気な顔を見てしまうと、やっぱりまだ子供だなと思ってしまう。自分もそんな表情を浮かべているのに。
――今は、こうして楽しめているだけで十分だな。
赤、青、緑、黄色と様々な色の花火が多くの観客を楽しませている。
「いいものだな」
空を見つめながら笑みを浮かべる、その時だけは童心にかえったと後から思ってしまった。
『またいつかここで花火を見よう』
そんな約束をしていたことを思い出す。その約束はまだ成されていないが、事が終わり次第叶えよう。
再び花火の光に照らされた千春の横顔は、若返ったかのような笑みを浮かべていた。
「皆疲れて寝ちゃったか」
「皆まだ子供ですからね、体力使い切っちゃいましたね」
十人乗りのキャラバンを運転しながらも、寝てしまった皆の顔を伺う。
一夏達は勿論のこと千冬も幸せそうに眠っていた。お酒が入っている事も原因の一つだろう。そんな千冬とは違って山田先生はお酒が入ってるのにもかかわらず起きてくれていた。
「山田先生も寝て良いんですよ?」
「いえいえ、皆さんを部屋に運ばないとですから」
そう言ってくれるのはありがたい、だが無理させたくはないと思ってしまう。
……そういえばこの近くだったな。
「IS学園では無く家に止まりますか?」
「千春さんのお家ですか?」
「えぇ。それなら昼頃に戻れますから」
ぽかーんとした表情を浮かべる山田先生。まぁ急に家に泊まりに来ませんかって言ったら驚くか。
「いや、やっぱり辞めときますか」
自分で言っておきながら無いなと思って帰路に入る。
「いえいえ楽しみです、千春さんのお家」
「……じゃあそうしましょうか」
自宅へと帰路を変更し夜道を進んでいく。一人で住むには広い家だった、皆が寝れるくらいの布団はあったはず……無かったら川の字で寝かせれば良いだけだ。
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知らない天井
「…………」
朝、目が覚めて最初に映り込んだのは知らない天井だった。
昨日は箒達と一緒に屋台や花火を楽しんだ、その後は千春の運転する車に乗り込んで――――そこから憶えてない。
「何処だここ?それに箒達はどこに?」
和室には二つの布団がぽつんと置かれている。もう一つの布団は誰かが使っていたようで、少し乱された状態で放置されていた。
時計を見れば既に10時を過ぎている、夏休み中で無ければ完全に遅刻だった。
(とりあえず起きるか)
じっとしていても何も分からないので、布団から離れた一夏は家を探索するように動いていく。
「和風の家だな」
部屋は障子で分けられており畳が敷き詰められている。こんなところ来たことがあっただろうか?と思考を巡らせるがいまいち思い出せない。
部屋探索していくなかで離れたところから談笑している声が聞こえてきた、声は間違いなく箒たちだった。
「箒」
「おっ一夏やっと起きたか」
「あぁ」
声の方に向かってみると、テーブルを囲むように談笑している箒達が居た。千冬姉も山田先生も。千春の姿だけはまだ見えない。
ふと思ったのだが何故ここに二人が居るのだろうか?普通なら学園に戻っていてもおかしくはない、俺が言うのもなんだけど教員としてのなんとかがあるんじゃないのか?
「こっちの仕事は終わっている、だからこうして羽を伸ばしていても問題ない」
「少しでもゆったりしておきたいですからね~」
何故声に出していないのにそっちに伝わってるのか理解できない。顔に出やすいのだろうか?
苦笑いしつつも敷かれた座布団に腰を下ろす、ゆったりしているが俺はこの家が誰の家か全く分からない。少し警戒しつつもシャルロット達が呼んでいる本?アルバムに視線が移る。
「何見てるんだ?」
「千春さんと千冬さんと篠ノ之博士の幼い頃のアルバムだよ、本棚の中に並んでたんだって」
ちゃんと昔の思い出は保管してあるのが千春らしい、その内容に惹かれるように俺は後ろに回り込む。
実は俺が生まれてくる前までのアルバムを俺は見たことがない。千冬姉が見せてくれないといったほうが正しいだろう。
二人とも何かを隠したがっている?それとも過去のことは恥ずかしいから見せたくないのかのどちらかだろう。
「これが昔の――」
アルバムには幼き頃の千春達が和気藹々と公園で遊んでいる様子などの写真が入っている。今では考えられない笑顔を見せている三人、この笑顔が消えてしまった理由は間違いなくISも関わっているだろう。
三人が集まったとき話している様子を俺たちはこっそり見ていたことがある。そのときの三人は過去のことをなど知らないと言わんばかりにこれと同じ笑顔を浮かべていた。
あのときだけは素直になれているんじゃないだろうか?きっとそうだと信じたい。隠していることなどないと。
「可愛い」
「私が会ったときよりも幼いですわね」
「これは小学生の頃だな、全く……懐かしいものだ」
懐かしさに浸っている姉を見ると本当に幸せだったと言うことが伝わってくる、それを見てシャルロット達が羨ましそうにしている。
一瞬表情が暗くなった気がした、まぁ過去の思い出なんて嫌なこともあるだろう。それが姉に起きたことなのか二人に起きたことなのかはわからない。
「これは教官の両親が撮影されたのですか?」
「いや篠ノ之さんだ、千春は――――待てよ?」
突然厳しい顔つきになる千冬姉。必死に何かを思い出そうとしているのか眉間にしわがよっている。15年間弟として姉を見てきたけど、こんな姉は初めて見た。
俺よりも時間を共にしていることが長いから悩みの一つや二つもあるのだろう……幼馴染みって大変だな。
「「へっくしゅん!!」」
ふと思ってしまった。私はあいつの親に会ったことがあっただろうか?これまで何度も二人で家に来ては課題をやったりなど勉学にも勤しんでいたが……いや一度だけあるな。
だが千春とは似ても似つかない両親、むしろ他人では無いかと疑うレベルだ。
昔の千春はどちらかというと一夏と似ているような気がする。面影がある。
だが二人は全く血の繋がっていない赤の他人のはず、何故面影を感じる?千春がアイツを教育したからか?いやたかがそれだけで面影が有るわけがない、それよりももっと何か別の理由があるのか。
「千冬?」
二人の似ている点を見つけていった方が早いかも知れんな……
まず料理が出来る点、剣術の教えを受けている点、ISを動かすことが出来る男性という点、両親が居ない点、朴念仁なところがある点――――ふむ。
しかしそれだけで?もし仮にアイツが私と同じだとしたら?いやそんなことは無いはずだ。
「おーい千冬?」
しかしそれしか思い当たる節がない、そもそも生身でISを撃退するなど普通はあり得ない話だ。
そもそも色々疑い深かったところはいくつもあった。身体の治癒能力の異常性、これは一夏にも垣間見えたが千春の方が治癒が早かった。VTシステムに振り回されたときも福音に墜とされた時も翌日には動ける様になっていた、普通なら入院コースでおかしくない
人間を超越しているのが垣間見えたのはまさしく福音戦闘後だろう。戦闘から帰ってきた千春の体はボロボロであったのにかかわらず、内部には全くといっていいほどダメージが無かった。そしてあの時できた最大の医療を終えて二時間経たないうちに意識を覚ました。骨折したところも翌日にはほぼ万全とまでいえるほど直っていた。
訳が分からないと思うが、私もわからない。
「…………こちょこちょ」
「んんんっっ~~~~!!!」
急なくすぐり攻撃に無防備だった私はすんなりとそれを受けてしまった。一瞬の出来事だったが思考を破壊されるのには十分だった。
「考え事するのも良いがちゃんと回りの声には応えろよ?」
一番人の意見を聞かないやつに言われたくない。
「お前がそれを言える立場か?」
「まあまあ。それはさて置き俺の部屋からアルバム持って行ったな?」
「こいつらが見たいと言ったからな、何冊かあったうちの一冊を持ってきた」
デュノアが手に持っているアルバムを確認して少しため息を漏らす、まだ一冊だけだったから良かったのだろう。全部持ってきていたらなんと言われたか……
「ちゃんと元の場所に戻してくれよ?あと千冬は勝手に持ち出すな」
「悪かったな」
正直昔の俺を見られたくないのは正直なところだ。特に見られたくないのはあと二つあるアルバムの内片方、そこには俺が一番隠したい写真がまとまっている、少し内容を明かすとしたら『女装』この一言に尽きる。
俺は二度としたくないが、最悪の場合することにはなるんだろうな。
「はぁ……」
パシャッ!
「パシャッ?おい待て誰だ写真撮ったの」
絶対に誰かが写真撮ったよな?絶対に犯人見つけるからな?絶対に消去させるからな?最悪端末破壊してやるからな!?
「俺が優しく言ってる内に答えてくれよ?」
怒っているのが伝わっているのか全員怯えてる様子だった、殺気は漏らしていないはずだが?
「「「「「ごめんなさい……」」」」」
一人じゃ無かった。
スッと手を上げたのはシャルロット、セシリア、ラウラ、簪そして山田先生だった。いや山田先生はなんで撮った?理由なんて無いと思ったんだがこの人もか。
「全く。ちゃんと消しといてくれよ?」
「「「「「はい……」」」」」
「あとアルバムは没収」
シュンとした表情になっているが、そんなの俺は知らない。部屋に戻しにその場を後にするが後ろに誰か着いてきている、全く物好きなやつもいたものだな!
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食事は戦場
「千春」
「着いてきていたのはお前だったか……」
振り向くとそこには居ないと思っていた人物が立っていた。
「それで?何か訊きたいことがあるのか?」
「千冬姉の過去をもっと知りたいんだ、他のアルバムも見せて欲しい」
千冬の過去を?もしかしてアルバムとか一切見せてないのか?
確かに俺たちの過去は酷いものもあったがそこまで隠し通していたとは思わなかった、だがな――――
「それはダメだ、俺が見せたことを知ったら俺が怒られるからな?それを知られないようにすれば良いと思っているようなのであれば、それは無理だというのが俺の答えだ」
「どうして?」
「後ろに居るからな」
ガバッ!と後ろを振り向く一夏。当然誰も着いてきていない。
「騙したな!」
「そう簡単に人を信じるな。これから先疑っていくことを知っていけ?」
「そう簡単に騙してくる人居ないだろ?」
「どうだかな?」
少なくとも俺の人生で騙されたことは何回もある。
主にあの二人関連で騙されたことがあったが、結果的に騙していった人物は悲惨な目に遭っていったな……
特に酷かったのは何だっただろうか?ここ最近が忙しすぎて忘れてしまったかな。
「とりあえずお前は戻ってろ、あと少ししたら昼飯食べてIS学園に戻るからな」
「――――わかったよ」
とりあえずアルバム戻しに部屋に入るか、なんかさっきから広間の方が騒がしいけど大丈夫かな?
場所は分かってキッチン。そこでは
「くっ、このじゃがいも切りにくい!」
鈴がざっくりとジャガイモの皮を身ごとそぎ落としていく、食べられるところがどんどん減っていく。
その横では、ハッシュドビーフを作っているかも知れないセシリアが、ケチャップを鍋に流し込んでいた。ちなみにハッシュドビーフにケチャップは使わないはずである。確かそう、きっとそう。
「おかしいですわね、写真と色が違います。もっと赤くしないと」
「おい!そんな大量に!ちょっ火が強すぎる!」
「ご心配なく箒さん。私の料理は最後には挽回できるので」
「料理は格闘や勝負事では無いはずなのだが……」
ため息を漏らす箒はしっかりと和エプロンを着ていて、料理自体もしっかりと作っていた。メニューはカレイの煮付けである。
「シャルロットは何を作っているのだ?焼き鳥か?チキンか?」
「違うよ。これは唐揚げ。少し前に千春さんが好きだって言ってたから作ってみようと思って」
「教官が……そうか」
言いながら、ラウラは大根のかつらむきを見事に行っている。その手つきは慣れたもので、プロも褒めるレベルだろう。使っているのが包丁では無くサバイバルナイフなのを除けば。
「ラウラ、なんか凄いね。そういうの何処で憶えたの?」
「教官がリンゴ剥いてたのを見た。それを見よう見まねで真似してみた」
「真似しただけでそんなに綺麗に出来る物なのかな……」
「ナイフの扱いには慣れてるからな。ジャングルでは木を加工しなければトラップ一つすら作れない」
「そうなんだ。それはともかくラウラはなにを作ってるの?」
「おでんだ」
…………ん?
「おでんだ」
「二回も言わなくて良いからね?おでんって冬の料理じゃなかった?」
「夏には食べてはいけないという決まりはない」
「それはそうだけど……あ、大根余ったら分けてくれるかな?前に千春さんがおろしポン酢で食べるのが好きって言ってたから」
「そうなのか……私の知らない事をさらっと言いやがって」
「ラウラ?」
一瞬口が悪くなた気がしたが気のせいだろう。
「……お前は作らなくて良いのか?」
「織斑先生こそ」
「五人以上は流石に狭くなるだろう?それならば私は大人しく待つだけだ」
「そうですよね」
のんびりと料理風景を見ている二人がだ、とにかく気になってしまう様子で一夏は何度もキッチンの方を振り向いていた。
テレビを見てのんびりしていろと言われたものの、ちゃんとした料理が出てくるのか心配で仕方が無い。
ちんみにこの場合で一番被害を受けるのは一夏の胃袋と何も知らない千春の胃袋である。
(大丈夫だよな?食える物が出てくる……よな?)
一番心配なのは過去の凄惨な実績を持つセシリアだったが、こうしてみるとラウラも警戒ラインに入っているような気がしてならない。
「ん~♪ふふん~♪」
やっとこさ野菜を切り終えた鈴が、楽しげな鼻歌とともにそれらを炒めていく。
しかし皮と一緒に切り落とされた実がもったいない気がしてならない、一夏はそれも気になっていた。
ここで、とある海の向こうの小説家がこんな言葉を残している。
『時間のいいところを教えてあげよう。必ず過ぎていくことだ』
そしてもう一つ
「時間の悪いところを教えてやろう。必ず訪れることだ」
「そうそう――って脳内読むな!?」
「そんなことどうでも良いから、はいこれ胃薬」
「胃薬?なんで?」
「言っただろう?必ず訪れるって」
振り向いてテーブルを見てみると、五人五色の手料理が並んでいた。その中でひときわ異彩を放つのは、やはりと言うべきかどうしてもと言うべきか……セシリアとラウラの料理だった。
「どうですか二人とも。こう言ってはなんですが、自信作でしてよ」
見た目『だけ』は完璧なハッシュドビーフなのだが、さっきから匂いが妙に辛いような気がする。
(タバスコか!?まさか赤い色を足すためだけに、それをやったのかセシリア!?)
(これは……食べれるのか?)
そしてラウラの方はというと――
「おでんと言うのは中々に珍妙だな。バーベキューによく似ている」
大根、卵。ちくわ、こんにゃくを一本の長い串に刺しているだけでも普通では無いのだが?
そして煮込んだはずのそれに何故焼き色がついているのか理解できない、こんがりきつね色……何故だ?
「ラウラ、これは何か見て作ってみようと思ったのか?」
「クラリッサから借りた漫画にあったので」
なるほどね~なるほどね……
どういう風に作ったのかあまり想像したくないな~
隣に置いてある鈴の料理を見る。
「どう、あたしの肉じゃが。最高に美味しそうでしょ?」
本人は自信満々の様子だが、ジャガイモは小さくブロック状になっている。ビーフよりも小さい、これは煮くずれしたわけではない……な。
(い、いや見た目はともかく味は絶対大丈夫だ。鈴の料理は見た目があれなだけだ!)
そう心を奮い立たせ、二人は安心ゾーンの料理へと視線を移す。
そこにはシャルロットの作った唐揚げと、箒の作ったカレイの煮付けが並んでいる。
(そもそもなんで料理作ってるんだ?)
(ガキ共が良いところ見せたかったみたいでな、一人一品ずつ作ってもらった)
(あーそうなのね、家の冷蔵庫見たくないな……)
さらっと脳内で会話しているが普通ではあり得ないことだ。
一夏もこのことを知っていたらしく、凄い後悔しているようだった。
(うむ。二人ともうまそうだ。シャルロットは食べやすいように一口サイズで、俺が好きなおろしポン酢だ。箒に関してはシンプルに料理がうまいな。これだけ食べたい)
とはいえ結果が散々であろうと悲惨であろうと、作ってくれた事には本当に嬉しいしありがたい。
そう思えば、頑張って作ってくれた料理を『まずい』とは言えないのが、一夏の弱点だった。
「とりあえず昼飯にするか」
「千春さん小皿はどこですか?取ってきますよ」
「では私は飲み物を出してきましょう」
「こうやってお互いに作った料理を食べるというのは、何というか不思議な気分だ。――しかし、悪くは無いな」
「そういうときは、楽しいって言うんだぞ。ラウラ」
そう、楽しい。それは皆も同じだった。
二人の為に料理を作っていた時も楽しくはあったが、それとはまた別の楽しさがあった。そしてそれは、喜びや嬉しさといった感情に近い。
「簪、無理しないで良いからな。キツくなったら飲み物渡すから」
「分かりました」
「千春、私の分もくれ」
「分かってるって、じゃあ食べるとするか!」
食事の準備か終わり全員が席に着いたところで、千春はまず先に言った。
「いただきます」
料理の味よりも、こうして全員で食べるということに、暖かな気持ちを抱きながら、昼は過ぎていく。
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3人には勝てなかったよ
九月三日。二学期初の実戦訓練は、一組二組合同ではじまった。
「逃がさないわよ一夏!」
「くっ……」
クラス代表者同士ということではじまったバトルは、最初こそ一夏が押していたものの次第に鈴が巻き返し始める。
この原因は勿論経験の差と言うこともあるのだが、セカンドシフトした白式が大きな原因になっている。ただでさえ燃費が悪かったのにもかかわらずそれが改善されること無く悪化している。
「最初にシールドを使いすぎたわね!」
「まだまだぁっ!」
そう言って刀を振るう一夏だが、雪平弐型は既に光を失ってしまっている状態だった。
距離が開けば左腕の多能式武装腕《雪羅》による荷電粒子砲を放てるはずだったが、今ではそれを放つエネルギーすら残っていなかった。
「無駄無駄ァ!この甲龍は燃費と安定性を第一に設計された実戦型モデルなんだから!――衝撃砲!」
連射性が高く目に見えない衝撃砲、それを近距離で受けて距離が開く。
そしてその瞬間を見逃さないよう、鈴は連結状態の《双天牙月》を投擲した。
「ぐあっ!」
重い斬撃を受けきったものの、視界内から鈴を見失ってしまった。
すぐにISハイパーセンサーの位置情報補足がやってくるが、それでは遅すぎた。
「てりゃああっ!」
一夏の真下、足首を掴んだ鈴はそのまま力任せに地面へと一夏を投げ飛ばす。
眩しい陽光に一瞬目を細める一夏。その視界に影が落ちた。
「もらった!」
逆さまの格好のまま、鈴は衝撃砲の連射を浴びせた。
それが十二発ほど直撃したところで、試合終了を告げるアラームが鳴り響いた。
言うまでも無く鈴の勝利、一夏の敗北である。
「……やっぱり燃費か」
白式のスペックを見たときから異常なほど燃費が悪いのは分かっていたが、ここまで悪いとは流石に思わなかった。
一夏の戦い方では十五分ほどしか稼働できないだろう、紅椿の支援を使用して戦闘を行うスタイルを考えられていた見たいがが……一対一では相性が悪すぎる。
「調整できれば良いんだが出来るかどうか、そもそも調整したら今の火力も落ちるだろうし」
前半戦でも後半戦でも一夏の敗北だった実戦訓練。セシリアやシャルロットの戦術やセンスを見れるのはありがたかったが、参加したかったというのが実のところだ。
相変わらず黒式は帰ってこない、だからそれに変わるような機体を作ろうと思った。すぐにバレた。
「なぁ千冬――」
「ダメだ」
俺のことは全部バレてる。だから彼女も俺には絶対に渡さないだろう。
束は束で何か作って送ろうとしているらしいが、正直黒式より使い勝手が良くてもって感じなのだ。
そもそも某光の国では新兵器を開発したら敵とかそう言うポジションに奪われるジンクスが――
「なんの話をしている?」
「いやなんでもない、というかこの場に俺がいる意味あるか?実戦訓練なのに……」
「問題無い、今から戦って貰うからな」
ん?黒式は返さないんじゃなかったのか?それなのに戦うのか?え?もしかして生身で戦えって言ってるのか?
「打刀とリヴァイヴどちらか選べ」
「訓練機で戦えって事か……相手は?」
「セシリア、シャルロット、ラウラだ」
「多くない?そこは山田先生とかじゃないのか?」
「山田君は二組との合同で忙しいんだ、だから無理だ」
いやそうだとしても相手は1人にしてくれよ。なんで三体一!?
「時間は限られてる、さっさと選べ」
あーもうやるしかないパターンね。仕方ないやれるだけやりますか、リヴァイヴならある程度操作慣れしてるから問題無いだろう。後は武装をちょっと変更して――よし。
「準備できたか?」
「まぁそれなりにね。さてと行きますかね!」
上空で待機している三人をこれ以上待たせるわけにはいかないからな、そういえばISの当たり判定ってどこまであったんだっけ?
「お手柔らかに」
「手加減はしないよ!」
「全力で参りますわ!」
「倒す」
一人だけ覇気が違う……
「リヴァイヴにはこんな動きも出来るんだよな!」
(僕より使いこなしてる!?)
(ちょっと手を出でるだけで化ける性能を出せるのは知ってるからな!)
「そこ!」
「ビームの刃相手に実体ナイフは無理だよな……黒式なら――いや言い訳は出来ないな」
(地味に連携がとれている、なにか変わったな?)
「ブルーティアーズ!」
「それはもう見切った!」
「それはどうでしょう?」
(本体が移動しているのにもかかわらず、ビットが少し動き続けてる?)
「成長か……ぐっ!?」
(感心してる場合じゃ無かった)
「ちょっと待て!弾幕が!」
「逃げられると思わないでくださいよ!」
「アンカー射出!」
「ちょ!」
(長所の機動力が!)
「終わりですわ!」
「…………」
結論から言おうと思う。ボコボコにされた。
前半ではセシリアを封じながらラウラ、シャルロットの弾幕を避けていたが。セシリアの精密射撃でライフルを二丁破壊され、ラウラのアンカーで左足を封じられ、シャルロットの弾幕でエネルギーを七割持って行かれた時点で俺は正常な判断が出来ないくらい焦っていた。
そしてブルーティアーズとアンカーで完全に行動不能にさせられた俺は、彼女達による射撃でゲームセットになった。
実戦訓練の片付けを終えて俺たちいつもの面々は学食にやって来ていた。
一夏は鈴の調子に振り回されながらも、負けの悔しさを認めながら昼ご飯を食べる。
ちなみにメニューは鯖の味噌煮定食。白味噌のこざっぱりした味とサバの歯ごたえが抜群に良い。うん。今日もIS学園学食のおばちゃんは良い仕事をしている。
そんな一夏とは裏腹に千春は何か考えるように一人でアリーナに残っていた、千春が負けて悔しいと思うことはあまりないと思うのだが……その表情は何故か不安になった。
「ラウラ、それ美味しい?」
「ああ。本国以外でここまで旨いシュニッツェルが食べられるとは思わなかった」
相変わらずシャルロットと仲良しなラウラは、その皿に盛られたドイツ料理のシュニッツェル(仔牛肉のカツレツで他にもイスラエルなどで食べられている)を一切れ切り分ける。
「食べるか?」
「いいの?」
「うむ」
「じゃあいただきます。食べてみたかったんだ、これ~」
ラウラから分けて貰ったシュニッツェルを頬張って、シャルロットは幸せそうな顔をする。
「おいしいね!これ。ドイツってお肉料理が美味しくていいよね~」
「まあな。ジャガイモ料理もおすすめだぞ」
自国のことを褒められて嬉しいのか、ラウラの頬は少し赤かった。
そんな様子を見ていると他の女子も加わりたくなったらしく、早速料理談義に花が咲いていた。
「ドイツって何気に美味しいお菓子多いわよね~バームクーヘンとか。中国にはあまりああいうの無いから羨ましいって言えば羨ましいかも」
「そうか。では今度部隊の者に言ってフランクフルーラークランツを送って貰うとしよう」
フランクフルーラークランツはドイツのお菓子で王冠の形をしたバターケーキになっている、回りはクルミを混ぜたキャラメルで覆われている為とても甘いものに仕上がっている。
バームクーヘン同様中央に穴が開いているのが特徴だ。
「ドイツのお菓子でしたらわたくしはアレが好きですわね、ベルリーナー・プファンクーヘン」
ベルリーナー・プファンクーヘンは甘いイースト入りのパン生地を油で上げ、中にマーマレードやジャムのフィリングを詰めたパン菓子になっている。
アイシング、粉砂糖がかかっている物の他に、チョコレートやシャンパン、モカ、アドヴォカートなど種類もある。
ちなみにカロリーは結構高い。
「それって結構カロリー凄いと思うけど、セシリアはアレが好きなの?」
「わ、わたくしはちゃんとカロリ-計算をするから大丈夫なのですわ!そう、ベルリーナーを食べるときはその日その他に何も口にしない覚悟で……」
そんなに覚悟が必要なお菓子では無いはずなのだが?
「ジャム入り揚げパンか、確かに旨そうだ」
揚げパンは確かに美味しかった、特に給食で出てきたきな粉揚げパンは別格だった。
「私は日本の菓子が好きだな、あれこそ風流というものだろう?」
ラウラは夏休み中に皆で行った抹茶カフェで食べた水菓子が異様に気に入ったらしく、その後もちょくちょく足を運んでいるらしい。
本国の仲間にそのことを話したら、凄く羨ましがられたと同時に生八つ橋を要求されたとか。なんというかざっくばらんな軍隊だな。
「春は砂糖菓子、夏は水菓子とくれば秋はまんじゅうだな」
「冬は?」
「煎餅だ」
流石箒だ。日本の心を分かっている。
こうして昼食の時間はあっという間に過ぎていった。千春の姿は無かった。
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義眼
一組二組合同授業が終わり時刻は丁度昼時になっていた。
そんな時間帯だというのに俺はこの場所から動けないで居る。その理由は勿論俺がISを使いこなせていなかったから、三対一で負けたからという理由もある。
あれから時間はまだ少ししか立っていないがそれもいつしか大きなハンデになってしまう。特にこの右目は……な。
「そんなこと言ってられないか」
整備室に移動した俺はポケットから一つのUSBメモリーを取り出し、そのデータを表示させる。
個人で作成したISデータもあるがどれも実用性に乏しく実体化させることが出来ていないのが現状だが、それでもいつかは使えるように調整していくのが前の俺の仕事だった。
まぁそんなことはさて置き、今回使用するデータのファイル名は「Mark2」。試作品と言うこともあり実験段階で使用している物だ。
一つ前のMark1は何処にいった?と思う人がいるだろう、それは今俺の右目に移植されている。
Mark1に搭載された機能は右目を補う為の補助機能だけだ。正直それだけでも事足りているのだが、あくまでこれは試作用であるということを忘れてはいけない。
よし……これよりMark2、情報解析機能、視覚能力向上機能付与の実験を行う。
眼帯を外し右目に接続された義眼を外す。少しベタベタしてしまっているのには慣れないといけないな……
Mark1をベースに内部のデータをMark2に書き換える。簡単にアップデートができる様に設計したのは正解だった、でなければ試作機といって沢山の義眼をつくるハメになっていただろう。
「……ん?こんなデータあったか?」
アップデート内容に問題など無かったはずだが、余計なことまで付け加えてしまったようだ。
それでその余計なことなのだが――
(今日は千春さんに使ってもらえたよ!)
(どうだったの?負けてたみたいだけど)
(データは初期化されちゃったけど、三人じゃなかったら勝ってたと思うよ?)
なんか脳内に直接声が聞こえてくる……整備室には俺しかいないはずなのだが何故だ?
今一度周囲を確認してみる。確かにここにいるのは俺だけだった、あとは訓練機の打刀とリヴァイヴが数機置かれているだけだが……
(いやそんなわけない。そんなシステムを作った記憶はないんだが?)
仮に束がいたずらをしたとしよう、そんなシステムをつくってなんになる?意味など無いだろうに。
(ねぇ千春さんこっち見てない?)
((え?))
(こっち近づいてない?)
「…………」
本当にISの声が聞こえているのか定かでは無い。システムエラーで妄想が具現化しているだけかも知れない。
妄想だったら俺めっちゃ痛い人じゃ無い?それだけは避けたいんだけど……
「まさかそんなことが」
恐る恐る目の前に置かれているリヴァイヴに手を置く、金属のひんやりとした感覚が伝わってくる。
先ほどの声はただの空耳――(急に触ってきたけどどうしたんだろう?)ではなさそうだ。
「バグかぁ、一度データリセットして再アップしないと」
義眼を外して内部データを全て削除する。今までシステムのデータがバグり散らかしてきたときはバックアップから練り直しというのが俺のやり方だった、だが今回の場合はシステムの移行中に起きて閉まったバグであると考えられる。
それならば元からあったシステムには何も問題は無い。やり直せば良いだけだ。
「さて、これでバグは取り除けたか?」
もう一度システムを取り込んだ義眼をはめる。直っていなければもう諦めるしかないが……
(なにしてるんだろう?)
(そもそもなんで義眼をつけてるんだろうね?)
(極秘任務で負傷したって噂で聞いたよ~)
((極秘任務?))
あー完全に残ってるわ。取り除けないバグか。なんてこったい
「……ありがとうな、全力出せなかったけど」
ボロボロになってしまったリヴァイヴの装甲を優しく撫でていく、正直こいつの扱いには自信があった。だが結果はこのザマ。まぁ三対一だったからという言い訳は無しだよな。
俺もまだまだ負けられていられないよな。
(あはは~まぁ相手が第三世代だからね~性能差が出ちゃったね……)
「いやよく頑張ってくれたよ、あれだけ無茶苦茶な動きをよく再現できたよ」
(どういたしまして~)
(……ん?)
「戦闘データは消されちまうけどお前に乗れて良かったと思う。また機会があったらよろしく頼むぞ」
(うん!頑張るね!)
(……なんで会話出来てるの?)
まぁ疑問に思われても仕方がないよね。
「黒式が居ない今俺に出来ることは何もないな」
完全に無力になったな。最悪のID無しでも戦えるようにするか?確か折れた『葵』が何本かあったな――よし創るか。
使えなくなった武装をリサイクルするのは資源的にも良い、新造しなくても良いという一口で二度美味しいというやつだ。
ふと思ったんだがこれってISみたいに待機状態にして所持するのってありなのか?いやバレなければ問題無いか?
一本くらい良いんじゃないか?バレなければ犯罪じゃな――「ダメですよ?」
「や、山田先生」
「一つでも怪しい行動したら織斑先生に報告しますからね?」
「くっ……」
「福音との戦闘で千春さんの事はある程度分かっています。ですがもう少しあの子達を信じてあげてもいいんじゃないですか?今回の実践、本当はやる予定は無かったんですけど……あの子達がどうしてもというので」
俺に連携技術を見せるために?いや自分たちの実力が向上していることを見せたかったのか。
確かに機動力を潰して確実に相手を仕留めるのは良いだろう、セシリアも前回の教訓を活かしているあたり成長が見えた。それはいい。それはな。
「まぁ……そうですね。しばらく俺は失った目とどう共存するかを考えないといけないですし、大人しくしています」
(あれ?さっき義眼造ってなかった?)
(多分話してないんだよ、山ちゃん来る前に眼帯で隠してたから)
(でもなんで隠してるんだろうね?)
((知らない))
もうツッコミする気も無いな。でもこれって意外と使えるかもしれないな、使うときが来るか分からないけど。
「それで千春さんのIDの事なんですけど……分解してデータを得ようとしたところ、こちらのコンタクトを拒否しまして。どうしようもないので千春さんに戻します」
そう言ってすんなりとこちらに端末を渡してくる山田先生、結構重要な物をすんなりとこちらに渡してくる辺り本当にどうしようもなかったのか。
そもそも黒式って俺以外装着できるのかな?試したことないから全く分からないな。
「私としてはあまり千春さんには戦って欲しくないです、黒式の特性を理解してしまったからこそ……」
悲しそうな表情で俯いてしまう山田先生に何も言えなかった。
心配させないように戦うと言葉で言うのには簡単だが、実際にそれを守れるかと問われればそれは難しいだろう。
かの有名な赤い彗星は「当たらなければどうということはない!」と名言を残しているが、それを身につけることが出来るのは一握りの天才だけだ。
そして棒スーパーコーディネーターは機動性に特化した機体に乗っていたが、それを扱えるほどの技量は俺には無いのが現実だ。
凡人には凡人なりに頑張るしかないのだ。
「まぁ……しばらくは戦いませんよ、戦う必要も無いと思いますし。あいつらも俺の姿見て覚悟決めちゃった見たいですし」
俺が少しでも早く黒式の特性を教えた方が良かったのかもしらない、でも誰にも迷惑をかけたくないという思いで今まで隠し通していた。それが裏目に出てしまった結果がこれ。
「仮にですけど黒式に絶対防御を組み込むことが出来れば、全身装甲にすればこんなこともしなくて済むかもしれませんしね」
「まあそれは俺の技量次第なんですけどね」
といっても既にプランはいくつか作成してある、だけどそれを実現できるかと言われれば現状は無理だ。束に協力してもらえればなんとかなるか?って感じだ。
「ところで千春さん、お昼は既に取りましたか?」
「……あっ」
俺の昼飯お預けになっちゃった。
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IS問題
「二人だとしても相変わらず広いな、まぁ元々考えられてないから当たり前か」
男子専用となっているロッカールームは二人で使うには広く、ただただ静かであまり落ち着かない。
俺はISスーツに着替えると、白式のコンソール呼び出して微調整を始めた。
元々白式はデメリットの大きい武装があるのにもかかわらず雪羅という高コスト火力が追加された、これに割いているエネルギーが多すぎるせいでさらに活動時間が短くなってしまった。これを抑えて活動時間を稼ぐ方法を考えないと……
「零落白夜も雪羅も使用しない戦法を考えた方が良いだろうな、まぁ白式にはイコライザー無いんだが」
シャワー室から千春が出てくる、午後の授業で黒式に搭乗していたから返却されたんだろう。相変わらず良い肉体美している。俺も負けてられないな(?)
「それが問題だよなぁ、どうにか出来ないのか?」
「出来るには出来るが……凄く扱いづらくなるぞ?」
「方法があるだけでも良い。で、その方法は?」
「白式の肩部、腕部そして脚部に装甲を増設する。装甲に実弾兵器をジョイントして置けば粒子化しなくて済む、その代わり持って行った弾薬の分しか撃てない。そして運動性が落ちる、これは装甲にスラスター追加すればある程度マシになると思うけどな」
追加装甲……そんな手があったのか!
「まぁ元々は
元々はIS一機当たりの攻撃力を莫大に引き上げる事を目的とし、これまでに開発されたISに合わせて増加ウェポン・システムを制作し、精鋭のみで編成される部隊による運用が予定されていた。プランは主に三種類にしぼられている。しかし結局の所機動性が落ちるので凍結された。
「でも千春の事だからある程度実用性あるんだろ?」
「俺は天才じゃない。FAは本来被弾するダメージを軽減する目的で計画されていた、だがISにはシールドバリアーがある。機体本体にダメージが入るわけではなくそのバリアが削られたら負けなのがISのルールだ、つまりFAはただ機体重くして装備増やしましたーってだけ。それだけしかメリットないから結局凍結された」
「それを発展させた計画とかはないのか?」
「あるにはある、まぁこればかりは実験しないと価値がないけどな。お前の白式を実験機にするわけにはいかないだろ?だから黒式に色々試してる所だ、実用性のありそうな物お前に使えそうな物が出来たら調整して渡すさ」
「期待して待ってる」
そんな事を話し合っていると、突然更衣室の扉が開いた。
「千春さん、生徒会の事でちょっと――っぁ!」
「だ、誰!?」
「――変態生徒会長だ、せめてノックしろ」
生徒会長だったらしい。
「それで?生徒会がなんだって?」
「あ、後にしておきます!」
走って行く音が聞こえたからもう居ないだろうなぁ……
「良いのか千春、その……丸見えだったんだが」
「ん?」
あぁ気がついていなかったんだな。
「ですからっ!実弾装備を送ってください!」
『その要求は受け入れられません。セシリア・オルコット。貴女のブルー・ティアーズはBT兵器の実働データをサンプリングすることが目的です。実弾装備のデータは対象外です』
「わかっています!わかっていますとも!ですが!エネルギー装備のみでは限界があります!」
六限目の実習授業が終わり、二クラス分の女子が詰め込まれたロッカールームは熱気とおしゃべりの声で賑わっていた。
集団から少し離れた一角で、セシリアは携帯端末を片手に本国イギリスのIS整備部門担当者に国際回線でしつこく交渉を続けていた。
「そもそも、どうして急に実弾装備が必要なのですか?BT兵器の二基はミサイルなので必要ないと思いますが?」
「うっ……」
理由は単純明快であった。しかしそれを素直に口にするのははばかられた。
BT兵器、ほぼエネルギー装備しか積んでいないISでは織斑一夏のIS「白式」に勝てないから、である。
(エネルギーを無効化する装備を貫通することができないから、どうあがいても私が負けますわ)
午後の実習で軽く空中制動訓練と言って対戦を行ったが、セシリアだけ一夏に負けてしまっていた。
あのクソ燃費の悪い白式第二形態に負けた後と言うこともあって、セシリアのプライドはかなり悲惨な状態であった。
「一夏の武装はエネルギーを無効化する、ブルーティアーズの天敵とも言えるな。逆に実弾や弾の見えない射撃装備は白式のエネルギーを削るには十分だろう。エネルギー系は火力こそ素晴らしいが、無効化されてしまっては意味が無い。実弾系は威力こそ劣るが連射制などに優れている。実体盾にはエネルギー、ビームには実弾って感じだな。一部にはこの二つの特徴を合わせ持った装備が開発されている、臨機応変に対応できる装備が一番良いのかも知れないな」
最初の模擬戦から分かっていたことだ、白式と自分のでは相性が非常に悪くこちらが劣勢を強いられることも。
(わたくしだけが、わたくしだけがっ!)
苦虫を潰したような表情で押し黙っていると、電話相手の担当官がため息を漏らした。
『セシリア・オルコット良いですか?BT兵器の実践データ収集が貴女の任務です。それに、先々月の新装備大破についてはこちらも非常に困っているのですが?』
「あれは!」
『言い訳は結構です。それでは』
ブツリと切られた電話からは、トーン音がむなしく響く。
「ああもうっ!」
衝動的に端末を投げ捨てそうになって、セシリアは右手を天に振り上げる。
「せ、セシリア?どうしたの?」
「なんでもありませんわ……」
声をかけてきたのはシャルロットだった。既にISスーツから制服へと着替え終えていて、髪の毛の汗を拭いている。
白式が第二形態になって一番影響が無かったのはシャルロットだった、彼女のIS装備のほぼ全てが実弾兵器であるためだったが、それを差し引いてもシャルロットは強い。
現段階の成績では上から順に千春、ラウラ、シャルロット、鈴、箒、一夏とセシリア。
ため息をつきながら呼び出したISデータを見る。『BT兵器稼働率37%』の数字に言いようのない気持ちの暗雲が立ちこめていた。
(最大稼働時はビーム自体も自在に操れるようになるとは聞いていますけど……)
本当なのだろうか?と思わずには居られない。
(過去に一度もその制御に成功していませんし……空論の産物ですわ)
そもそも、BT適正Aという存在が国家代表候補生の中でセシリアしか居ない。
無論、だからこそIS学園入学と専用機持ちという待遇だったが、思うようにデータが取れないのではそれもいつまで続くのかわからない。
千春の開発したBT兵器は自身の意思ではなく半自動的に行動する様に設計されているので、適性はあまり関係ない。つまりあてにならない。
「はぁ……」
「ねぇ、セシリア?この後学食カフェに行こうよ。気持ちが沈んだままだと嫌でしょ?」
「そうですわね……」
それでもまだ元気が戻らないセシリアを心配して、シャルロットは言葉を続ける。
「そうだ。一夏と千春さんも誘って皆で行こうよ。大勢だと楽しいし」
「……まぁ千春さんがいらっしゃるのでしたら。」
プライドの高いセシリアにとって一夏を呼ぶのは悪手だが、千春が緩和剤になることである程度マシになったらしい。
「シャルロットさんのお気遣い、ありがたく頂戴いたしますわ」
気持ちを切り替えて顔を上げると、セシリアは自分のロッカーへと向かう。
その足取りは普段通りに自信満々なものに見える、セシリアにはそれが似合っていた。
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全校集会と出し物
ゆっくりと待ってくれた読者には感謝を、投稿しなかった期間にこの話を読んでくれた読者の方にも感謝を。
だいぶゆっくりの投稿になってしまいました。
許してくれたまえ☆
ごめんなさい……
翌日。SHRと一限目の半分を使って全校集会が行われた。
内容はもちろん、今月中程にある学園祭についてである。
(しかしこれだけの女子が集まると……)
騒がしい。それを通り越してやかましい。
「それでは、生徒会長から説明させていただきます」
静かに告げたのは生徒会役員の1人、その声でざわつきが一瞬で静寂へと変わった。
「やあ皆おはよう」
「はっ!?な――」
「待て、何も言うな」
壇上で挨拶をしている女子。二年のリボンをしたその人は、昨日ロッカールームに乗り込んできた人物だった。
俺は思わず声を上げるがその前に千春によって防がれたことで事なきを得ることが出来た。
「ふふっ」
一瞬だけ目が合って、笑みを浮かべられる。
「動揺してる所悪いが、大人しくしてろ」
動揺を悟られないように、大人しく生徒会長の言葉に耳を傾ける。
「さてさて、今年は色々と立て込んでいてちゃんとした挨拶がまだだったわね。私の名前は
にっこりと微笑みを浮かべて言う生徒会長は、異性同性を問わず魅了するらしく、列のあちこちから熱っぽいため息が漏れていた。
「では、今月の一大イベントである学園祭だけど、今回に限り特別ルールを導入するわ。その内容というのは」
閉じた扇子を慣れた手つきで取り出し、横へとスライドさせる。それに応じるように空間投影ディスプレイから浮かび上がった。
「名付けて!『各部対抗織斑一夏・黒神千春争奪戦』!」
ぱんっ!と小気味のいい音を立てて、扇子が開く。それに合わせてディスプレイに俺と千春の写真がデカデカと映し出された。
「「は?」」
「えええええええぇぇ~~~~!?」
割れんばかりの叫び声に、ホールが揺れた。鼓膜は逝った。
ほかんとしていると、一斉に俺たちの方へと視線が集まってくる。
「静かに。学園祭では毎年各部活動ごとの催し物を出し、それに対して投票を行うわ。上位組は部費に特別助成金が出る仕組みでした。しかし、今回はそれではつまらないと思い――」
ピシッ、と扇子でこちらを指す生徒会長。
「織斑一夏、黒神千春を一位の部活動に強制入部させましょう!」
再度雄叫びが上がる。
「うおおおおおおっ!」
「素晴らしい!流石生徒会長!」
「こうなったらやってやる!やってやるぞ!」
「たかが文化祭の一つ!ISで押し返してやる!」
「正気か!?」
「今すぐに準備を始めるわよ!秋季大会なんてほっとけ!あんなもの!」
あんなもの扱いされる秋季大会。いや秋季大会あんなもの扱いはやべえだろ!全力で取り組めや……
しかしそれ程までに必要なモノなのだろうか?そもそも俺は学生ではあるが成人男性だから大会とかは一切出られないぞ?いや一夏ならなんとかなるのかも知れないな。いや無いわ、無い無い。
仮に部活動に所属できたとしてもマネージャーとかでしか活躍できない気がするな……
「そもそも俺らに了承とか何も無かった気が……」
そういえば昨日生徒会の件でって声かけて来てたな。もしかしてこれのことだったのか!?クソ!完全にぬかったな!
そう思って生徒会長に目をやると
「ふふっ♪」
ウインクを返された。
いやまあ確かに話を聞きに行かなかったこっちが悪いんだけどさ!
「よしよしっ、盛り上がって来たぁ!」
「今日の放課後から集会するわよ!意見の出し合いで多数決取るから!」
「最高で一位、最低でも一位よ!」
そうして、一度火が付いてしまった女子の群れは止まることをしらない。
かくして初耳&未承のまま、俺たちの争奪戦は始まったのだった。
同日、教室にて放課後の特別HR。今はクラスの出し物を決めるため、わいわいのと盛り上がっていた。千春はどこか行った。
「えっと……」
クラスの代表として、俺は意見をまとめる立場にあるわけだ。千春は俺を置いて何処かへ言ってしまったが。
(内容が『織斑一夏、黒神千春のホストクラブ』『織斑一夏とのツイスターゲーム』『黒神千春とのポッキーゲーム』『男性二人と王様ゲーム』……って俺らメインじゃん)
「全部却下」
ええええええ-!!と大音量サウンドでブーイングが響き渡る。
「アホか!誰が嬉しいんだ!こんなもん!」
「私は嬉しいけどね、断言できる!」
「そうだそうだ!女子を喜ばせる義務を全うせよ!」
「織斑一夏と黒神千春は共有財産である!」
「他のクラスから散々言われちゃうんだってば!うちの部活の先輩もうるさいし……」
「だから助けると思って!」
そう言われても……というのが俺の率直な感想だった。
助けを求めて視線を動かすものの、千春は居らず最後の頼みでもある千冬姉もこの教室にはいない。
『時間がかかりそうだから、私は職員室に戻る。あとで結果報告にだけ来い』
優しいお姉さまですね。そんなわけないな。
「山田先生、流石にこうおかしな企画はダメですよね」
「わ、私に振るんですか!?え、えっと……」
あーなんとなくわかったかもしれない。
「うーん、わ、私はポッキーゲームとかいいと思いますよ……」
やや頬を赤らめながら答える副担任。山田真耶先生。完全に地雷だった……
「とにかくもっと普通の意見をだな!」
「悪い少し野暮用で抜けていた、それで?どうなってる?」
やっと戻ってきた千春に今まで出た案を全て話すと、俺と同じように頭をかかえていた。よかった、俺がおかしいのかと思った。
「ひとまずこれ全部ダメだな。ツイスターゲームとポッキーゲームは完全に俺と一夏だけがメイン、ホストクラブは女子も男装するということを考えても客足は主に一夏に向かうだろう。王様ゲームは何があっても責任をとれないから完全アウトだな……」
出た案を尽くぶち壊していく千春。俺もちゃんと理由を言って反対すればよかった。
「じゃあどうする?」
「千春さんが学生の頃はどんな出し物してたんですか~?」
そういえば千冬姉も学祭の出し物ってなにをしていたんだろう?俺なにもしらないんだよな……
「俺が学生時代の時はお化け屋敷とか射的、あとは喫茶店とかだな。基本的に客受けがよくって経費の回収が出来るのがよかった。それに役割分担が出来て暇になるやつがいなくなるからな。まぁそれ以外なら演劇とかな」
演劇……演劇は流石に厳しいだろうな。それに演劇になったら絶対俺と千春が組まされる。なんかそんな気がする。
「では「じゃあ『メイド喫茶は』どうだろう?」どうだ?」
そう言ってきたのはシャルロット、そしてなんとラウラだった……え?ラウラ?
千春を除いたクラスの全員がぽかんとしている。千春は千春で少し笑っていたような気がした。
「客受けはいいだろう。それに、飲食店は経費の回収が行える。確か招待券制で外部からも入れるのだろう?」
いつもと変わらず淡々とした口調だったが、あまりにも本人のキャラにそぐわない言葉が出てきた。滅茶苦茶失礼だろうけど。
「あぁ。少数ではあるが確かに招き入れることは可能だ」
「それなら休憩場所としての需要も少なからずありそうだし、お客さんは入ってきてくれるんじゃないかな?」
シャルロットが緩和剤の役割を担ってくれたため、俺もクラスの皆も理解するのにそんなに時間を要さなかった。
「えっと……み、皆はどう思う?」
意見は出たがとりあえず多数決を取らないことには始まらない。反応を見なければ仕方の無いことだ。
しかし急に振られたせいかクラスの女子全員がきょとんとしてしまった。これは流石に俺が悪かったか。
「俺は二人の提案は悪くないと思っている。客足が多くなったときの対処が出来ればまともに動くだろう。まぁそれは俺と一夏が厨房に入れば問題無いと思うけどな」
「え?二人は執事で担当してくれないの?」
そんな爆弾発言をしたのはシャルロットだった。この案を通すための援護射撃だと思われるそれは、見事に一組女子全員にクリティカルヒットした。
「織斑君、千春さん、執事……いい!!!」
「それでそれで!」
「メイド服はどうする!?私一応演劇部衣装係だから縫えるけど!」
一気に盛り上がりを見せたクラス女子一同。流石にこれを鎮めるというか、水を差すのはためらってしまう。
(変わった衣装の喫茶店だと思えばまだいいか……)
そう思い千春の方を見ると、何かを思い出したのか少し目が死んでいた。なにがあったのだろうか。
「メイド服なら私とシャルロットにツテがある。執事服も含めて貸してもらえるか聞いてみよう」
そう言ったのはまたもやラウラだった。一同が目を丸くする中、シャルロットと千春はあれかと何処か納得した表情だった。
「訊いてはみるだけ訊いてみるけど、無理だったらごめんね」
不安げに告げるシャルロットに、クラスの女子は声を合わせて『大丈夫だ、問題無い』と断言する。
かくして、一年一組の出し物はメイド喫茶改め『ご奉仕喫茶』に決まった。
(…………別に喫茶店で良かったのでは?)
ストックなし!ヨシ!(現場ネコ)
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