伝説の聖剣に選ばれたのは俺じゃなくて幼なじみの美少女剣士だったので、俺は別の方法で英雄になるべく塔を登る (ケツアゴ)
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設定集 

主な設定

 

・|塔《バベル〉 古代より存在する謎の建築物であり、今も新たに出現している。外周は小さな街以上であり、高さは山を越える。内部は更に広大になっているらしい。内部でのみ存在する鉱石や薬草が存在する。破壊した場合、別の場所で新しい物が誕生する。

 

塔喰らい(バベルイーター) 塔を完全に破壊し復活出来なくする力を持つ存在。運命で主が決まっており、主からの好感度で力が増す

 

・補食 (バベル)が新たな出現する際に起きる現象。周囲の生命力を全て吸い尽くし、死の土地に変える。

 

・モンスター (バベル)内部に出現する怪物の総称。塔の生成するエネルギーで誕生。

 

 

・探索者 (バベル)内部に進入、探索をして内部の物を持ち帰る職業

 

・探索団 探索者が集まった組織。団長は基本的に引退した探索者が後任の育成や事務や交渉などを担当する役職。ランクが存在し、基本的にSABCDEFGの順に優秀。Cランクで大国の騎士団並みの強さとの事。尚、例外的にSSランクが存在するらしいが……

 

・回収士 本来なら塔に吸収されるモンスターの残骸をランタンに吸い込む力の持ち主。魔法の才能があればなれる。

 

  スピリットランプ  回収士がエネルギー回収に使うランタン

 

  エナジーストーン  エネルギーの一部を人体に吸収可能にした物体。ギルド職員に生成して貰った方が効率が良い。

 

・ナインテイルフォックス 元Aランク探索団であり、壊滅的な損害を受けて今ではGランクにまで落ちた。アッシュやリゼリクの家族が所属していた。

 

 

・探索ギルド 探索団の管理や不正が起きたときの取り締まり、探索団や(バベル)のランクの認定を行う。Cランク探索団を捕縛する程の強さは最低でも有るらしい。

 

・秘宝 (バベル)内部で手に入る不思議な道具。日常に便利程度から紛争の火種になるものまで。基本的に個人所有は不可能であり、ギルドからの貸し出しや探索団の責任下での管理となっている。中には主を選ぶ秘宝も。

 

  ・水の壷  四リットルの水が一度に出る壷。ただしみずはすぐにきえる

 

  ・湯沸きの壷 取っ手のない壷 熱湯が出る

 

・モンスターコア エネルギーを元にモンスターを生成する赤い球体。広範囲に散らばり、破壊されても時間経過で復活する。

 

・ワルキューレ  パンダーラに目の敵にされている仮面とフードの女の集団。神を信仰し、何やら暗躍中。

 

・四神 地域によって信仰対象が変わるが世界で信仰される四人の神

 

     ロキ

 

     バロール

 

     マーラ

 

     ティアマト

 

主な登場人物

  

  ナインテイルフォックス

 

・アッシュ・ニブルヘルム  主人公。赤毛を後ろで括った活発そうな少年。指輪から剣に変わる秘宝・魔剣の指輪を父から受け継いだ(建前上はナインテイルフォックスの所有物)。英雄になるのが夢で、少し単純

 

・ルノア・ヘルダ ボサボサ髪の栗毛でサラシと袴に羽織りだけと露出度が高いが色気皆無の酒好き。現在ナインテイルフォックス団長であり、壊滅した時の唯一の生き残り。それ以降は心が折れたらしく大したかつどうはしていないが、片足が義足でも高い身体能力を持つ

 

・ミント・ヘルダ ヘルダ家三姉妹三女 栗毛のボブカット。気が強い。魔法の威力が高く、射程が短い

 

・ハティ  銀髪金眼の尊大な態度の少女。秘宝の代わりに姿を現し、アッシュを運命で定められた主と呼ぶ。黒いドレスを着ており、スタイルが良い。月の塔喰らい(バベルイーター)を名乗る

 

 

  SSランク探索団 パンダーラ

 

・リゼリク・アースガルド 気の弱いアルビノの少年。アッシュ、ミント、ロザリーの幼なじみ。常人よりは上だが、三人に比べると少々モヤシ扱い。親戚が飯屋をやっている。何故か黒子衣装で活動し、ロリコンになった。

 

・リゼリクの意中の相手である金髪銀眼の幼女。感情が読めない不思議な存在であり、ハティの姉らしい。太陽の塔喰らい(バベルイーター)を名乗る

 

  Sランク探索団 光熱の剣

 

・ロザリー・エリュシオン

 

 青髪ポニーテールで無表情な少女。圧倒的な身体能力と武の才能を持つ天才。幼なじみ三人とルノアには分かるが基本的に他人には感情が読み取れない。秘宝の中でも特に強い聖剣ラーヴァティンに選ばれた。アッシュが好きであり、先に英雄になったら結婚すると強引に約束した。

 

  探索ギルド

 

・キュア・エクスペリエンス

 

 白髪碧眼で無表情のギルド職員。ナインテイルフォックスの担当

 

 その他

 

・ニーナ・ヘルダ アッシュの初恋相手でヘルダ家次女。リゼリクの親戚の店で働いている。金髪巨乳。



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終わりが始まる前

 この日、俺は運命を大きく変える出会いをした。

 

「聞こえなかったのか? お前の望みを叶えてやると言ったのだ。ああ、それとも……見た目通りに貴様の頭は空か」

 

 既に立っているのも辛く、倒れまいと剣を杖にして床に膝を付く俺の前には傲岸不遜な態度の少女が立っている。太陽と月を思わせる金の髪と銀の瞳は吸い込まれるように美しく、恥じる様子すら見せずに晒された一糸纏わぬ裸体は芸術品とさえ感じた程だ。

 

「お、俺の望み……」

 

「ああ、そうだ。先程の戦いは……いや、お遊びの一部始終はずっと見ていたぞ。いやぁ、あれが喜劇という奴か。笑わせて貰ったぞ。あの程度で英雄になるとほざくのだからなぁ」

 

 少女は俺の顎に人差し指を当てて軽く持ち上げる。そのまま息が掛かる程の近距離で見詰める瞳は吸い込まれそうで、侮辱への怒りが湧いて来ない。何時もの俺なら仲間との口喧嘩で直ぐに熱くなるのにだ。

 

「もう一度だけ言ってやる。私に手を貸せ。そうすれば貴様は世界を救う英雄にしてやると約束しようじゃないか」

 

 突然現れ、上から目線で訳が分からない事を言って来る少女に対し、俺は突き放し拒絶の言葉を向ける事が何故か出来ない。つい先日の光景が俺の頭の中で再生していたからだ。

 

 

「抜いたぞ! あの子が世界を救う英雄だ!」

 

「聖剣の所有者が遂に現れたんだ!」

 

 響き渡る拍手喝采。大勢が歓喜に叫び、感動で泣き出す人まで居た。そんな熱狂的な空気の中、俺だけは冷や水を頭から被せられた気分だ。視線の先には戸惑いながらも誇らしげにする少女の顔。小さい頃から見知った奴で、大切な友達だ。でも、俺は皆と一緒に歓声を上げる事が出来ず、一目散にその場から走り去る。

 

「なんで、なんで俺じゃないんだ……」

 

 喜びじゃなく悔しさから流す涙が頬を伝う。俺はそんな自分が惨めで悲しかった。本当だったら俺が駆ける方向は逆で剣を手にした彼奴の所なのに、どうして俺は逆方向に走っているんだ。

 

「……父さん。俺は最低な奴だ」

 

 立ち止まり、人混みの方に視線を向ける。俺と違い、彼奴に駆け寄って喜びを分かち合う二人の姿が見えた。今からでも戻る? ……そうすべきなんだろうな。分かっているんだ、その位。

 

 でも、俺は更に逆方向へと駆け、両手で耳を塞ぐ。歓声も拍手も今は俺の夢が壊れる音にしか聞こえなかった。

 

 

「……」

 

 回想を終えた俺は黙り込む。英雄になる、それは俺の小さい頃からの夢だ。その夢を掴む為の手段は潰えてしまった。でも、未だ方法が残っているのなら……。

 

「さて、どうする? 貴様が断るならば余は再び眠り、次の出会いを待つだけだ。貴様の夢の為には余が必要だが、余には貴様である必要は無いのだからな」

 

「俺は……」

 

 これは伝説の剣を手にして世界を救う英雄になる道を一度閉ざされた俺の物語。そして、別の方法で世界を救い英雄となるべく塔に登る俺と仲間達の物語だ。

 

 

 歴史書曰く、その存在が確認されたのは千年以上も前らしい。やがて人は世界中に存在するその建築物に名を付けた。(バベル)と。やがて(バベル)に挑む者達を探索者、その集まりを探索団と呼ぶようになった。

 

 その高さは山をも越え、その広さは小さな街以上。そして一度中に入れば広がっているのは多くの宝と危険を内包した未知の世界だ。一体誰が何の目的で造ったのか、そもそも人の手で建築可能な物なのか。多くの学者が研究するも答えは出ない。中には神様が建てたって言う奴や滅びた古代文明の名残だって説を唱える奴だって居る。

 

 只一つ分かる事は人にとって(バベル)は悪夢であり、同時に夢を追い求める場所だという事だ。……俺もあの場所に夢を求めた。幼い頃からの憧れ。何時の日か父さんみたいに強くなって、絶対に英雄になってみせる!

 

 

 

 

「行くぞ、リゼリク! 今日こそ頂上まで登ってやるんだ!」

 

「ま、待ってよ、アッシュ君。ルノアさんに二度と登るなって怒られたばっかりじゃ……」

 

 都会から遠く離れた森の中、近くの村に住む幼い少年二人は古びた塔を思わせる建築物の前で騒いでいた。強気そうな少年であるアッシュは建築物の頂上を指差し、気弱そうなリゼリクは止めようとはしているが押し切られている様子だ。建物は細長く、中はがらんどう。門すら崩れて殆ど穴になっている入り口から内部に入れば子供が少し走り回るには十分な程度の広さで床は地面が剥き出しで雑草が茂る。雨風に晒されて崩れた外壁の穴からは日が射し込み、六階建ての建物程度の天井まで吹き抜けになっていた。

 

 余程古い建物なのか苔むしており、ツタが幾重にも絡んでいる。アッシュは迷い無くツタを掴むとリゼリクがおどおどしながらも止めるのも聞かずに登り始めた。

 

「それに絶対危ないし……」

 

「何言ってるんだよ。この程度登れなくって立派な探索者になれるかってんだ。それにルノア姉ちゃんなんて昔は凄かったのに、今じゃ飲んだくれて、ニーナ姉ちゃんを困らせてばっかじゃんか。あんな奴の言う事なんて聞く必要なんて無いぜ」

 

 ルノアという人物の事を語る途中で活発そうな少年、アッシュは何処か拗ねた表情になった。殆ど垂直の壁をツタを頼りにスラスラと登り続ける姿からして随分と運動神経が良いのだろう。少し遅れて迷いながらも登り始めたリゼリクが一階の天井相当まで来た時、少し時間に差があったとしても三階の半分辺りまで登った時であった。森の中を軽快に駆け抜ける足音が近付いて来たのは。

 

 

「こぉのぉ! あほんだらぁああああああああああ!!」

 

 正しく爆走と呼ぶべき荒々しく凄まじい速度を出して向かって来る彼女に気が付いた時、アッシュは悪戯が発覚した時の悪ガキのような顔になり、リゼリクはサッと顔を青ざめる。突き出した枝を気にせずへし折り、伸びた草を踏み荒らしながら現れたのは若い女だ。

 

「危ないから此処に登るなって、何度言うたら分かるんじゃクソ餓鬼がぁあああああああっ!」

 

 栗色のボサボサ髪に鋭い目つき、昼前だというのに顔が赤く八重歯が覗く口からは酒臭さが漂う。下は袴で上は羽織とサラシだけだというのに全くもって色気を感じさせない彼女の胸部は二人が登っている塔の傾斜と殆ど変わらない膨らみだ。何よりも特徴的なのは左足だろう。時折鳴るギシギシと軋む音。そう、彼女の左足は膝から下が金属製の義足であった。

 

「やべっ! どうしてバレたっ!?」

 

「えっと、多分……」

 

 彼女が姿を見せたのが意外だったのか慌てるアッシュ。どうやら誤魔化す作戦が上手く行っていると思っていたらしいが、リゼリクの方は何やら察したのか茂みの方に視線を送る。現在接近中の彼女が踏み荒らした道を少し遅れて向かって来る同年代の少女二人の姿が見えたのだ。

 

 片方は息が上がっている栗毛をボブカットにした少女。もう片方は平然としており、全く表情を浮かべていない青髪ポニーテールの少女だ。

 

「ミントにロザリーっ!? お前達、裏切ったのかっ! 黙ってろって言っただろ!」

 

「何言ってるのよ、馬鹿アッシュ! 私は止めたわよ!」

 

「……ミント。その呼び方だとアッシュと馬鹿が別々みたい。後、私も了承はしていない」

 

  表情が乏しく感情が読み辛い少女は、声も冗談なのか本気なのか込められた感情を察するのが難しい。それほど大きい声でもなかったが、アッシュの耳にはしっかりと届いていた。

 

「おい、ロザリーッ!」

 

 その言い方では自分の名前が馬鹿を意味するみたいだとアッシュが文句を言おうとした瞬間、目の前に義足の女の姿が現れる。意識を外したのは一瞬の事。その一瞬が有れば彼女が片方が義足の足を使って今のアッシュの居る場所まで跳躍するには十分だった。

 

「ル、ルノア姉……ちゃん」

 

「そうやで。皆が大好きなルノアさんや。ほな、悪餓鬼にはお仕置きな」

 

 ルノアはアッシュの服を掴むとツタから引き剥がし、そのままほぼ垂直の外壁を駆け下りる。その速度たるや自由落下の際の速度の十倍。この時、アッシュの顔は強制的に地面に向けられていた。時間にして数秒。だが、幼い彼には随分と長い時間に感じた事だろう。

 

「なんや。お説教したろうと思ったら気絶しとる。………起きるまで酒でも呑んどくか。っと、手が滑ってもうたわ」

 

 白目を剥いて意識を失っているアッシュを横たわらせたルノアは腰から下げた徳利を傾け、途中で中身をアッシュのズボンにこぼす。この時、降りる最中だったリゼリクは見えていた。酒で濡れる前からアッシュの股間が濡れていたのを。

 

「……」

 

 視線が重なったルノアが軽く笑いながら人差し指を口元に当てる。だからリゼリクも何も気が付かなかった事にした。

 

「ほら、リゼリクも注意して早く降りぃ。お前も正座で説教やからな」

 

 

 これが少年少女達の日常。(バベル)に関わる脅威や武勇伝が世界に広まる中、探索者に憧れる子供が無茶な特訓を行って年長者に怒られるのはありふれた光景であり、ささやかで平和な日常だ。

 

 

 

 只、アッシュ達は知らない。これから待ち受ける運命を。当たり前が崩れる瞬間を……。




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終わりが始まる時

 俺にとって父さん達は憧れだった。(バベル)に進入し、多くの富をもたらす探索団の中でも英雄級の働きを認められなくちゃ認定されないA級探索団『ナインテイルフォックス』。何でも十年以上前に国で感染が広まった熱病に効く薬草を見つけ出した功績で認められたとか。

 

「ねぇ、父さん。帰ったら剣を教えてよ。強くなって俺も父さんみたいな英雄になるんだ!」

 

「はははっ! 分かった。その代わり、俺が留守の間、母さんの言う事をキチンと守るんだぞ?」

 

「うん!」

 

 探索団を率いる団長は普通だったら現役を引退した探索者が後任の育成や事務や他の団との話し合いの時の代表を行うのが普通だけれど、ナインテイルフォックスの団長をやってたリゼリクの祖父さんは豪快で現役バリバリだった。副団長を任せられていた父さんだって炎を宿す剣を使いこなしてたし……ルノア姉ちゃんだって新人を束ねるリーダーとして将来を期待されていたんだ。

 

「んじゃ、何時もの奴をするぞ。ほら、拳を出せ」

 

 父さんは家を出る時、俺と必ず約束をした。力と知識と運が必要とされる(バベル)の探索は危険が伴う。猛獣なんか比べ物にならないモンスターが徘徊し、罠だって未だに新しい物の発見が報告されている。だから、必ず生きて帰る為に俺と拳をぶつけて約束するんだ。息子との約束を破る父親は居ないからって。

 

「……父さん、行ってらっしゃい」

 

「おう! 今度は久し振りに(バベル)の破壊任務が回って来たから大仕事だ。凄い秘宝を持って帰って来てやるよ」

 

 二年前、俺は父さんの大きな背中が見えなくなるまで腕を振って見送った。早く父さんが帰って来て、一緒に剣の稽古をするのが楽しみだった。父さんと同じナインテイルフォックスに入って父さんみたいな英雄になるのが俺の夢だったんだ……。

 

 

 

 

「さて、何度言ったら危ない真似はするなってのが通じるんや? 己の頭は破壊済みの(バベル)かいな、ボケ!」

 

 あの頃、ルノア姉ちゃんは昼間から酒なんて呑んでいなかった。探索者は続けているけれどランクは最低のGで、何日も日を跨ぐ仕事だって受けない。足を失い仲間も失って、心が折れて情けない奴になっちまったんだ。俺の憧れの一人だった姉ちゃんは今、昼間から酔っ払った状態で俺とリゼリクを叱っている。心配しているってのは伝わっている。俺が悪いんだって理解してはいるんだ。でも……。

 

「……だって俺は少しでも早く強くなりたいんだ。強い探索者になって、父さんみたいな英雄に……」

 

 叱られている、心配されている。つまりは俺が弱いって事だ。強くなる為の特訓でさえ止められる位に。それが悔しくて拳を握り締め、ルノア姉ちゃんを見上げる。俺を見下ろす目は酷く冷たい物だった。

 

「おい、アッシュ。別にウチはお前が探索者になるのを止める気は無いわ。お前の命でお前の人生や。でもな……死んだ時の責任もお前の物、死にに行く理由を親父に押し付けるなや。……英雄? まあ、その位の働きはしとる。(バベル)だって何個か壊したからな。んで、その英雄様の末路がウチのこれで、副団長と団長や」

 

 俺の胸ぐらを掴んで顔を覗き込みながらルノア姉ちゃんは自分の足を拳で叩く。コンコンと堅い音が鳴る金属の足、二年前に一人だけ生き残った姉ちゃんの失った足の代わりだ。

 

 ……そうだ。父さんはあの日、初めて約束を守らなかった。俺と母さんが待つ家に戻って来てはくれなかったんだ。戻って来たのは形見の剣だけ。

 

「……」

 

「……ねぇ、アッシュ。ルノアさんの言う通りだよ。焦ったって強くなんかなれない。お祖父ちゃんだって長年訓練して強くなったって言ってたしさ」

 

「……分かってるよ」

 

 おどおどしながらリゼリクが言って来た通りだ。無茶をしたって強くなれないなんて分かっているんだ。でも、俺は二年前と同じで弱いままだ。父さんの形見の剣も俺には応えてくれない。俯いて静かに呟く。その頭にルノア姉ちゃんの手が優しく置かれた。

 

 

「まあ、気持ちは分かるからあんまり焦るなや。ウチがちゃーんと鍛えてやるからな」

 

「……うん」

 

「ほら、好きなだけ泣きーや。泣きたい時には泣くのが一番やかたなぁ。にしししし!」

 

 ルノア姉ちゃんの言葉にボロボロと涙が流れる。リゼリクやミント、よりによってロザリーの前で泣きじゃくる。そんな俺を撫でながら笑う時のルノア姉ちゃんは二年前のままだった……。

 

 

 

「……じゃあ、今から私と剣の稽古する?」

 

 ロザリーの声が聞こえたのは俺が泣き止んだ時。自分を指さしながら問い掛けて来る。相変わらず何を考えてるのか分からない奴だよな。何時も持っている練習用の木剣を二本取り出し、片方の柄を俺に差し出して来た。冗談……じゃないよな。此奴、冗談を言う事って滅多に無いし。本当に思考パターンが読めないよな……。

 

「……いや、空気読めーや、ロザリー」

 

 ルノア姉ちゃん、どん引きしてるよ。だよなぁ。このタイミングで提案しないだろ、普通。だが、その普通がロザリーには通じてない。ミントに視線で助けを求めるが首を横に振られた。いや、こういう時の為のお前だろ! 頼むから何とか……。

 

「空気? ……あっ、そうだった。無茶はしないってなったばっかしだった」

 

「……ロザリー、それってどういう意味だよ。それじゃあ俺がお前よりずっと弱いみてぇじゃねぇか!」

 

「だってアッシュって私に勝った事無いし」

 

「上等だっ! 九百九十九戦九百九十九敗だろうが千回目に勝てば俺の方が強い!」

 

「この前、千十五勝したけれど?」

 

「……アッシュ、忘れちゃったの?」

 

「ボッコボコにされていたもんね、アンタ。只でさえ馬鹿なのにロザリーの剣を頭に何度も食らって更に馬鹿になっちゃったんじゃないの?」

 

「さっさと来いや、ロザリー! ギッタギタにしてやるよ!」

 

 ヘタレとヘッポコ見習い魔法使いにまで此処まで言われて大人しくしていられるか! ロザリーを倒したら次は二人の番だからな!

 

 俺はロザリーに向かって受け取った剣を構える。次に動こうとした時、ロザリーの剣が俺の顔面に迫っていた。咄嗟に横に避ければ即座に横に薙払い、体勢を整える暇を与えてくれない。防ごうと出した剣は弾かれ、蹴りが腹に叩き込まれてぶっ飛ばされる。飛びかかる勢いを乗せた突きも正面から突きで受け止められた。

 

「……うーん、矢っ張りロザリーの相手は不味いなぁ」

 

 腕組みをしながら観察するルノア姉ちゃんの呟きだが、悔しいが認めるしかない。別格なんだよ、ロザリーは。ナインテイルフォックスの探索者だって新人じゃロザリー相手に勝てはしても圧倒は無理だった。一応入団試験をクリアして基礎訓練を受けてるのに、二年前って言ったら五歳だぞ。

 

「……だがよ。男には負けを認める訳にはいかない時が有るんだっ!」

 

 打ち合ったのは十合程度。それなのに俺はフラフラだ。それでも俺の心は折れない。相手の方がずっと強い? どれがどうしたってんだ。相手の方が強いなら、今此処でロザリーより強くなれば良いだけだもんな!

 

「本気で来いよ、ロザリー! 今日此処で俺はお前に勝つ!」

 

 何時までも同じ奴に負けてたまるか。今日此処で俺はロザリーを倒して先に進む。ロザリーより強くなって、あの伝説の聖剣を抜いて英雄になるんだ。思い出せ、父さんの教えを。基礎しか教わってないけど、その基礎が一番大事だ。地に付けた足に力を込め、只力任せじゃなく正確なフォームで剣を振るう。俺の言葉に応じて剣を構え迫るロザリーに向かい、俺は今自分が放てる最強の一撃を繰り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うん。まあ、そうやな。気合いだけで覆せる力の差って限度が有るもんな」

 

 そして俺は大の字に転がっている。空は雲一つ無い蒼天だった……。

 

「えっと、村に戻ろうか。そろそろ飯時やし……」

 

 俺を担ぎ上げ、村の方を見た姉ちゃんが固まる。村の周辺を光輝く円が囲っていた。あの円、確か本で……。

 

「ロザリー、リゼリクを運ぶんや! ”補食”が始まる! ……村は諦めぇ」

 

 ルノア姉ちゃんは俺とミントを担ぐと一気に走り出す。少し遅れてロザリーもリゼリクを担いで村から離れるようにルノア姉ちゃんの後を追う。一体何が起きるんだ……? 只、俺はルノア姉ちゃんに訊けなかった。歯を食いしばり、今にも泣き出しそうな顔をしていたからだ。

 

 

 

「……生まれる。(バベル)が生まれる」

 

 そんな俺の耳にロザリーの声が届く。相変わらず感情が籠もってないみたいに聞こえる……今にも泣きそうな声だった。

 



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補食

この作品、実はもう片方の連載の外伝です


 ルノア姉ちゃんは俺とミントを抱えたままグングン速度を上げて突き進む。もうちょっと小さい頃に背中に乗せて走って貰った記憶が有るが、その時よりもずっと速くて乱暴だ。上下に激しく揺れるし、ルノア姉ちゃんがぶつかって折れた枝が偶に当たって凄く痛い。てか、酔いそうだ……。

 

「ルノア姉ちゃ……」

 

「舌噛むから黙っとけ! 悪いけど今は(バベル)から離れるのが先決なんや! ロザリー! もうちっと速度上げても大丈夫やな!?」

 

「うん、何とか……」

 

 俺なんて既に後ろに向かって飛んで行く景色をが目で追うがやっとだってのに、ロザリーは無表情に少し疲労の色を浮かべながらもルノア姉ちゃんに着いて来れている。ミントとリゼリクなんて既に気絶してるってのに、本当に此奴は無茶苦茶だ。天才ってのはこんな奴を示すんだなって嫉妬混じりの関心をしていたらロザリーと目があった。

 

「大丈夫。私よりずっと弱くても、アッシュは十分強い」

 

「おーい。それってフォローになってへんで、ロザリー。挑発になっとるし、アッシュが怒鳴ろうとして舌噛まんように黙っとこうか」

 

「?」

 

 そして天然だ。今の言葉、俺を見下す気なんて毛ほども無いってのは伝わってる。ロザリーは感情を表に出すのが苦手だが、ちゃんと友達思いの良い奴だからな。……ちょっとズレてるけれど。

 

「……さてと、アッシュは兎も角、ミントとリゼリクは限界やし、此処まで離れたら大丈夫やろ。黒でもない限りってのが付くけどな」

 

 俺もそろそろ胃の中が逆流しそうでロザリーも少し速度が落ちて来た頃、ルノア姉ちゃんは足を止める。既に村は遠く離れて豆粒程度にしか見えないが、今居る場所は少し高い丘の上だから光の輪がハッキリと見えた。そして徐々に光は強くなり、空に向かって光の柱が立ち上る。

 

「……ギリギリやったな。光の輪が見えへん場所で気が付かずに遊んでたら終わってた距離や。……でも一応もう少し離れるで」

 

「うん。念には念」

 

 俺達の村を飲み込んで姿を現した光の柱の色は黄色。ロザリーとルノア姉ちゃんは少しだけ安心した顔だ。それでも俺達三人を担いだまま二人は丘を更に登って距離を開ける。漸く落ち着いて、未だ混乱している俺は気になっていた事を尋ねる事にした。

 

「ロザリー、さっき言ってた(バベル)が生まれるって一体……」

 

「……学校で習った。アッシュ、本当に探索者になりたいの? 知識、大切」

 

「うっ!」

 

 無表情だがハッキリ分かる。ロザリーの奴、完全に呆れていた。でも、仕方が無いんだ。俺は体を鍛える為に授業中は眠って体力を温存してたし、困った時はロザリー以外にもミントやリゼリクに聞けば大体分かったし……。でも、探索者に必要な事は少しは学んでんだ。(バベル)内部での動き方とか中心で、その他は少ししか勉強してねぇけど。

 

「……お喋りは其処までや。ちゃんと見ておきや。(バベル)が夢を馳せて飛び込む場所なだけやなくて悪夢を生み出す場所とも呼ばれる由縁をな」

 

「ルノア姉ちゃん?」

 

「黙っとけ」

 

 何だよ、そんな顔が出来るんじゃねぇか。二年前の一件以降は酒やギャンブルに夢中になって四六時中だらしない顔ばっかの駄目人間っだったのに、今は(バベル)に今から向かうぞって時の真剣な顔で、俺を一睨みで黙らせて柱の方を向かせる。

 

 一体何が起きているんだと思う俺だが、実は少し予想が出来ていたんだ。只、認めたくなかった。だって村には母さんが居て、三人以外にも友達やその家族が居る。だから目を逸らしたかった。

 

 

「……始まるで。探索者になろうってんなら絶対に忘れるなや。今から起きる光景を目に焼き付けろ」

 

 雲の上まで届きそうな程に高く伸びた光の柱は突然消えて、代わりにこの場所からでもハッキリと見える程に巨大な建造物、(バベル)が姿を現した。光と同じ青色で窓は存在しない。唯一の出入り口の門が静かに開き、死が広がり始める。俺達が育った緑豊かな森は(バベル)を中心にして全く別の物に変わっていった。

 

「森が枯れて行く……? 何で……」

 

「言ったやろ? 補食や、補食。……ああやって(バベル)が生まれた時と成長する時、周囲一体から生命力を吸い取る。それを補食って呼ぶんや」

 

「補食からは誰も逃れられない。どんなに強くても、例え同じ(バベル)でさえも食い殺される」

 

 鮮やかな緑の葉を茂らせていた木が急速に萎れ、地面に溶けるように消えて行く。暑い日は皆で水浴びに行った川も乾いた砂が水を吸うみたいに干上がり、大地は急速に命の輝きを失って行った。

 

 死が広がる大地の上空を飛んでいた渡り鳥の群れも次々に墜ちて行き、地面にぶつかった時は骨だけになって砕け散った。鳥だけじゃない。異変を感じて親子で逃げ出した鹿も骨になって崩れ落ち、干上がった川に取り残された魚も一瞬で骨になる。

 

 死だ。死しか存在しない。俺達が生まれ育った森は死の世界に変わってしまった。残ったのは命が一切感じられない広大な広野と、その中央にそびえる巨大な(バベル)。俺はこれが現実だって思いたくなかった。悪夢であって欲しいと願ったんだ。

 

「お、おいっ! 母さんはっ!? 村の皆は建物の中に……」

 

 俺は僅かな希望に縋り付く。そうだ。森は死んだけれど、村は(バベル)の中に取り残されているだけかも知れない。(バベル)の中にはモンスターが出るけれど、村にだって引退したけどナインテイルフォックスのメンバーだった人も居るし、その人達が守っている間に救助に向かえば助かるかも知れない!

 

「なあ、もう補食は収まったみたいだし、急いで皆を……」

 

 俺はルノア姉ちゃんに今すぐ助けに行こうと言おうとして言葉を止める。ロザリーが泣いていたんだ。普段は本当に表情を変えない奴なのに、膝から崩れ落ちて涙を流していた。ああ、そうか。母さんは、村の皆はもう……。

 

「うあ……うああああああああああああああああっ!」

 

 この日、俺はみっともなく大声で泣いた。その泣き声で目を覚ましたリゼリクとミントも泣いて、ルノア姉ちゃんは俺達が泣きやむまで四人揃って抱き締めてくれていた。きっと自分が一番泣きたいのに。父さん達仲間を目の前で失って、今度は故郷まで失って……。

 

 

「おい、皆。絶対探索者になろう。探索者になって、俺達の故郷を奪ったあの(バベル)を破壊するんだ。いや、あれだけじゃない。世界中の全ての(バベル)を壊せる位に強くなって、世界を救った英雄になろう」」

 

 涙を拭いながら俺は誓う。この日、只の憧れから英雄を目指していた俺は変わった。それは故郷を、家族を奪われた復讐心であり、同時に俺達みたいな奴らの為にも一本でも多くの()を破壊してみせるという目標だ。

 

「……ルノア姉ちゃん、俺を鍛えてくれ。言う事をちゃんと聞くから。だから俺を強くしてくれ」

 

「ぼ、僕も! 僕も強くなりたい!」

 

「姉さん、私も!」

 

「お願いします」

 

「……先ずは数日間休んでからや。気の高ぶりが収まって恐怖が出て来た後からよーく考えなあかん。恐怖は大事やが、飲まれとったら死を招くだけやさかいにな。取り敢えず街に行こうか。彼奴にも村の事を伝えなあかん。ほれ、ひとまず大きく息を吸って」

 

 俺達を落ち着かせる為か軽く深呼吸の真似をして、俺達も後に続く。もう十分に泣いた。なら、俺が次にすべき事は一つだ。

 

「……来い」

 

 (バベル)を睨みながら右手の中指に填めた金色の指輪に触れる。そのまま念じれば指輪が輝き、俺の手には刃が鈍く輝く剣が握られていた。父さんがこの剣を使っていた時はもっと輝いていた上に炎に包まれていた。腕にずっしりと掛かる重みに耐えながら刃の切っ先を正面に向けた。

 

「この重さも切れ味の悪そうな見た目も俺の弱さの証明だ。だがな、何時までも弱いままだと思うなよ。絶対に此奴を使いこなし、伝説の聖剣にだって選ばれてやる。……見てろ。絶対お前をぶっ壊してやるからな」

 

 この日、俺達は決意を共にした。このまま四人で一緒に歩んで行くんだろう。……この時の俺はそれを信じて疑わなかったんだ。

 

 

 

 そして気が付きもしなかった。ルノア姉ちゃんが複雑そうな顔で俺達を見ている事に。

 

(バベル)を壊す、か。それが何を意味するのか、未だ話さん方がええやろなぁ……)

 

 この時、俺は予想もしていなかった。(バベル)に隠された残酷な真実を俺は何も知らなかったんだ……。

 

 




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ライバル視

「ふぅ。漸く到着やな。ロザリー……とアッシュは大丈夫として、ミントとリゼリクはちゃんとした所で休ませてやらんといかんし、早くニーナの所行かんと。ギルドへの報告も有るし、三日は禁酒かぁ……辛い」

 

 流すだけの涙を流し、悲しむだけ悲しんで決意を新たにした俺達は故郷の村から一番近い街のトルロゴが見える急な丘の上まで辿り着いた。近いって言っても馬車で半日程の距離、ルノア姉ちゃんには俺達に合わせて貰ったから、出発から六時間は過ぎたんじゃないのかな? 周囲はすっかり暗くなり、街は人工的な灯りで照らされる。……そして、街の奥には(バベル)があった。

 

「前までは憧れの場所だったのに俺も現金な奴だぜ。……(バベル)で栄える街だなんて、今は信じられねぇ」

 

「まあ、奪われた側に回って初めて分かる事も有るってこっちゃ。ほな、二人を休ませたいし行くで」

 

 ルノア姉ちゃんの背中には疲れが限界で歩けない状態のリゼリクとミントの姿がある。村の最後を見てから走り通しだったし、無理も無いんだけどな。

 

「うん、急ごう。アッシュも大丈夫?」

 

 来る度に目を輝かせていた場所が今じゃ拳を握り締めて睨む対象だ。あれが誕生する時にどれだけの物が奪われたのかと思うと怒りが込み上げて来るんだが、ルノア姉ちゃんが言う通りに今大切なのは二人だ。元々リゼリクはアルビノ? とかで白髪に白い肌、ついでに赤い瞳で体がそんなに丈夫じゃない。ミントだって普通の大人よりは動けるけれど、俺達に比べたらな。

 

「お前が平気なんだ。俺だって平気だよ」

 

 どういう理由かは習った気もするが居眠りしながらだったからか忘れたんだけれど、探索者の子供ってのは普通の人よりもずっと動ける。それこそ下手な大人よりもな。まあ、探索者の子供同士の差は個人差が少し有る程度だけどよ。……だからロザリーが平気な顔をしてるんだから俺がクタクタだってのは気のせいだ。森を抜けた時に引っ掛けて外れたのか髪留めが無くなって母さん譲りの赤毛が汗で湿って張り付いてるのは汗っかきだからに決まってる。

 

「?」

 

「分かったれや、ロザリー。男の子にはくっだらん意地が有るもんなんや」

 

 男が女に負けてられるかってんだ。だって父さんが言ってたんだ。男なら女を守ってやれって。それに男女は関係無しにロザリーは俺のライバルなんだし、負けてたまるかよ。

 

「ほな、安全な道を選びながら先行するさかい、二人は後から付いて来や」

 

 ルノア姉ちゃんは二人を背負ったまま急斜面を一気に駆け抜ける。その後にロザリーが涼しい顔で続き、俺は最後だ。殿って奴だな。別に追われてはないけどよ。

 

「わっと!?」

 

「大丈夫?」

 

 途中、転びそうになった俺を心配してか先に進んでいたロザリーが戻って来る。俺と違って夜の悪路を昼間の平らな道みたいに易々とだ。しかも言葉だけじゃなくて手まで差し出して来た。

 

「手、繋ぐ?」

 

「必要無い!」

 

「だからロザリー……言うても無駄やな」

 

 差し出された手を無視して俺は駆け出す。女の、それもライバルの手を借りて進んでどうするってんだよ。俺は意地でも一人で進む為、必死で目を凝らしてルノア姉ちゃんが進む道や走り方を真似する。此処でジャンプして、此処では前傾姿勢になって、ってな感じだ。よし! 何とか慣れて来た。丘の麓まで後少し。このまま俺はロザリーよりも先に……。

 

「……本当に大丈夫そう。安心した」

 

 先にゴールしようとした俺の横を本当に微かに安堵の笑みを浮かべたロザリーが通り過ぎる。俺よりもずっと洗練された足運びで俺を抜き去って行った。

 

「次は負けないからな!」

 

「何の事?」

 

 その熱くなって指先を向けて来る理由が分からないって表情を止めろ! 俺だけ一方的にライバル視してるみたいじゃないかよ!

 

「ほら、夫婦喧嘩はその辺にしてさっさとトルロゴに入るで。……の前にアッシュ。親の形見やから気は進まんけど指輪を一旦渡して貰えへんか? ナインテイルフォックスの正規メンバーでない子供に持たせてるとかギルドにバレたら面倒やねん」

 

「……分かった」

 

 本当は嫌だけれど父さんの形見である剣に姿を変える指輪”秘宝・魔剣の指輪”を外すとルノア姉ちゃんに手渡す。

 

「……なあ、あの(バベル)でも似たのが手に入るのかな?」

 

「どうやろな。正直言ってGランクの(バベル)で手に入る秘宝なんてショッボイ物が殆どやで。まあ、凄い宝が出ないからこそ(バベル)の近くに人が集まれてトルロゴが大きくなったんやけどな。……ホンマ面倒な存在や。人に悪夢と恩恵の両方を与えるんやさかいにな」

 

 何時もみたいに飄々とした掴み所のない態度で心底面倒そうにするルノア姉ちゃん。この二年間で取るようになったそれを俺は嫌いだった。でも、今はそんな真剣身の感じられない態度が何故か安心出来た。あれだけの急斜面を駆け下りたってのに背中の二人も安心した様子で眠っているし、矢っ張り凄いよな。

 

 とても義足とは思えない動きをこなす姿に俺が尊敬の気持ちを蘇らせる中、トルロゴの入り口には白い制服を来た連中が真剣そうな表情で警備に加わっている。あの制服は確か……。

 

 

「探索ギルド。探索団の管理やら(バベル)の危険度を査定する連中が何やってるんだろ?」

 

「ん~。まあ、見ての通りの警備のお手伝いや。流石に仕事が早いなあ。とっくに(バベル)の誕生を察知して近くのトルロゴに変な連中が正規の探索団の振りして来てないか警戒しとるんやろ。……よ~う覚えとけ。伊達に武装集団の管理はしとらん。取締りやら揉め事の仲介も行う連中を只の役人みたいなのとは思わんこっちゃ」

 

「……うん。あの人達、強い」

 

 ロザリーの言う通り、ギルドの職員の動きは戦いを生業にする人達の足運びであり、警戒に隙が見当たらない。父さんがトルロゴ支部に連れて行ってくれた時は背筋をピンって伸ばして丁寧な態度の事務職って感じだったのにまるで別人だ。

 

「さてと、早速声を掛けんとな。支部内も慌ただしいやろうし、直行出来る方が楽やしな。おーい! ご苦労さん。仕事頑張っとるなあ」

 

「ヘルダさん? 矢張りご無事でしたか。では、早速支部の方に……」

 

「おいおい、相変わらず堅い奴やな。別に名字でなくても構わんやろ。まあ、それは良いんやけれど、ほれ」

 

「……成る程。では妹さんの所に連絡を入れましょう。他に救援を待っている状態の方は?」

 

「おらへん。四人とも怪我はしとらんし、今は休ませるのが先決や。ウチと一緒に居ったんやし、見ての通り子共やから聴取は全部ウチにしてや」

 

「……善処しましょう。仮にも元Aランクの貴女の言葉ですからね」

 

 ルノア姉ちゃんの声に真っ先に反応したのは如何にも真面目そうな眼鏡の兄ちゃん。勉強が得意なエリートですって見た目をしているけれど、この兄ちゃんの動きも隙が無い。かと思ったら俺達の存在に気が付くなり警戒を緩める為か支部の建物で目にした動きに戻るし、仕事もテキパキしてる。こりゃルノア姉ちゃんの言った通りだ。ギルド職員、侮れねぇ……。

 

「……ついでに労いの為に晩酌の用意なんかは可能やろうか?」

 

「却下です。可能かと本気で思ったのですか?」

 

 こ、このタイミングでそんな提案するとかルノア姉ちゃんの胆力も、それを速攻で却下する兄ちゃんも絶対に侮れねぇ。

 

 

 

 

「姉さ~ん! ミント~! 皆~!」

 

 ルノア姉ちゃん達がそんな提案をしていた時、慌てた様子の声と足取りで駆けて来る人が居た。姉妹であるルノア姉ちゃんとミントとは違うサラサラの金髪を肩まで伸ばした穏やかそうな顔付き。色気皆無のルノア姉ちゃんと真面目なようでがさつな感じがするミントとは似ても似つかない優しくて色気の有る美人のお姉さん。

 

 ヘルダ家三姉妹の次女、ルーナ姉ちゃんことルーナ・ヘルダが大きな胸を揺らしながら息を切らしてやって来た。胸が大きい割に背が低いから胸の辺りが強調された服装で、走る度にブルンブルン激しく揺れて動くのが大変そうだ。

 

「ニーナ姉ちゃん!」

 

 何を隠そう二ーナ姉ちゃんは俺の初恋の相手。口には出した事が無いけれど、英雄になると同時に二ーナ姉ちゃんをお嫁さんにするのも俺の夢だ。って、ギルド職員は平然としていて流石だが、他の警備の人達は胸に視線を奪われてる。実は俺も見ていた。

 

 

 

「……変態おっぱいマニアめ」

 

「……うわぁ」

 

「起きたんだな、ミント。……リゼリクは流石に未だか」

 

 そんな男共を見る女子二人の目は冷たい。ミントの奴、何時の間にかルノア姉ちゃんから降りてロザリーの隣に並んでいた。俺がニーナ姉ちゃんの胸を見ていた間だろうか。まあ、連中はジロジロ見過ぎだ。例え胸元のボタンがキツくって谷間が見えてたとしても正面から見ちゃ駄目だ。顔を見ている風に見せ掛けて見るんだ。

 

 

 

 

「いや、お前もやからな、エロ餓鬼?」

 

 俺の肩にルノア姉ちゃんの手が置かれ囁かれる。ロザリーとミントの冷たい視線が俺にも向けられている気がしたが、気のせいだと思いたい。



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不思議な夢

 寝ている時に見る夢には意味がある……と半分居眠りをしながら受けた授業で聞いた気がする。何かを察知したり、大いなる存在の警告だったり、全く無意味な夢は存在しないとか何とか。俺は全く夢に意味を感じた事は無いけどな。まあ、今後もそうだろうって思ってたんだ。

 

「皆、大変だったわね。じゃあ、お姉ちゃんの職場まで行こうか。連絡を受けて店を出る時、店長が何か作っておくって言ってくれたの」

 

 ニーナ姉ちゃんはルノア姉ちゃんからリゼリクを受け取って背負うと俺達を住働いてる食堂まで連れて行った。表通りにあるけれど、未だそんなに遅い時間でもないのに店は閉まっている。えっと、確か定休日でもなかったよな? あれ? 看板が吊り下げられてる。

 

「……本日閉店?」

 

「うん。皆が疲れてるだろうけど、裏には落ち着いて食事出来るスペースが無いからってお客さんには帰って貰ったの。まあ、今日は常連の団体客が予約を入れてたから貸し切りだったし、探索団の人達だから訳を話せば納得して帰ってくれたわ。じゃあ、狭くて汚い店だけれど遠慮無く入って」

 

「……狭い上に汚くて悪かったな」

 

「わあっ!?」

 

 扉を開けて直ぐに目に飛び込んで来た顔にミントが思わず声を上げる。うん、俺も思わず上げる所だった。銀灰色のオールバックの上にドレッドヘアー。どう見ても堅気の人間じゃないって人相の店長はニーナ姉ちゃんの言葉に少し呆れた様子を見せながら鍋をかき混ぜる。

 

「その汚くて小さい店で働いてる奴が何を言っている。ほら、熱いから気を付けて食べろ」

 

 差し出された皿には肉や野菜がゴロゴロ入った美味そうなシチューが注がれ、柔らかそうな白パンやサラダが添えられている。シチューの香りが鼻をくすぐった時、俺達の腹が一斉に鳴った。そういえば昼ご飯も食べてなかったな。

 

「う、ううん……。此処は……?」

 

 シチューの香りに誘われてか、俺達の腹の音が耳に届いたのかニーナ姉ちゃんに背負われて眠っていたリゼリクも目を覚ます。寝ぼけているのか自分が居る所が何処なのか把握していない様子でキョロキョロしている。てか、起きたならニーナ姉ちゃんから降りろよ。

 

「……起きたか。相変わらず体力が無い奴だな、お前は」

 

 仕方が無い奴だって言いたそうな表情の店長の声を聞き、リゼリクが店長の方を向く。途端に顔が引きつった。

 

「ひぃっ!? ……って、あれ? 此処って叔父さんの店?」

 

「……ああ、そうだ。お前の実の叔父さんのリュウ・リミットの店だ。流石に甥っ子に怯えられると堪えるな……」

 

「ご、ごめんなさい! 寝起きで急に見たものだから思わず……」

 

 そう、この店の店長はリゼリクの父方の叔父さんの店だ。元々ギルドの食堂で働いていたけど結婚を機に奥さんの家がやってる店を継いだんだ。にしてもリゼリクの奴、フォローになってないだろ。ほら、明らかに落ち込んでるし……。

 

「いただきます」

 

「……本当にお前はマイペースだよな」

 

「だって温かい方が美味しい」

 

「まあ、そうだけどよ」

 

 そんな微妙な空気が漂う中、ロザリーは平然と食事を始めた。パンをちぎってシチューに着けて、サラダは苦手なトマトを俺の皿に移して来たから食べてやる。

 

「今回だけだぞ。ったく……」

 

「うん、分かった。今日はトマトだけ」

 

 此奴絶対分かってないだろ。俺もトマトを食べたら余計に空腹を感じて慌ててシチューを口に運ぶ。程良い温め方をされているから慌てても口の中が火傷しそうにはならないのに冷えた体は温まって、満腹になると急に疲れがやって来た。

 

「……しかし相変わらず無表情な娘だな。全く感情が読めん」

 

「そうか? 俺やミントやロザリーは分かるけど? 三年前の頃は俺達も会ったばかりだから少ししか分からなかったけどな。今じゃその辺の人より分かるな。でも、そういや村の皆は……悪い」

 

 ロザリーの表情の変化を分かっていなかった、そう言おうとして言葉を止める。そうだよ。その村の皆はもう居ないんだ。(バベル)の誕生に巻き込まれて……。

 

「おい、ニーナ。四人を早く休ませてやれ。どうせルノアは聴取で暫く忙しいだろうし、その間は側に居てやれ。店は大丈夫だ。……それと、寝る前の歯磨きは忘れるな」

 

 本当にリュウさんは接客以外で口数が少ないのと見た目で損をしていると思う。顔見知りは中身を知っているけど、初対面の相手には悪人の疑いを持たれる人相だもんな。知り合いにも普段の時と仕事中のギャップが凄いって言われる程だしよ。

 

 ……ニーナ姉ちゃんの家にお泊まりか。街まで遊びに来た時に上がらせて貰った事が有ったけど部屋の中は見た事が無いんだよな。経緯からして不謹慎な気もするけど少し楽しみだ。

 

 

「はい。歯も磨いたし早く寝ようか。私は姉さんが泊まる時のベッドを整えて使うから、ミント達は私のベッドを使ってね」

 

 ニーナ姉ちゃんと一緒じゃないのが少し残念だけど、俺は少し嬉しかった。初めて入った初恋の相手の部屋で、その人が普段使ってるベッドで眠るんだからな。

 

「十分広くて良かった。じゃあ、明日はゆっくり休んで。明後日にはお祭りの予定だから遊びに行こうね。じゃあ、お休み」

 

「姉さん、お休み」

 

「ニーナ姉ちゃん、お休みなさい」

 

「また明日……」

 

 大人用のベッドだから横向きに寝転がれば十分広いし、今日は一人で寝るのが少し怖かった。枕側からリゼリク、ミント、俺、ロザリーの順に並んで毛布を被れば直ぐに眠気がやって来る。リゼリクなんて寝転がった途端に寝息を立て始めていた。

 

「……どうした?」

 

 灯りが消され、俺も眠ろうと目を閉じた時、不意にロザリーが手を握って来る。少し驚いて横を見ればカーテンの隙間から差し込む月明かりに照らされてロザリーの不安そうな顔がハッキリと見えた。

 

「……今日だけ手を握って寝たら駄目?」

 

 ロザリーの奴がこんな顔を見せるのは本当に久しぶりだ。三年前に母親の故郷だったとかで村に移住して来た当初は見せたけど、此処数年は見てなかったからな。俺より二歳上なのに俺の手を握る手は小さくて、どんなに強くても女の子だと思ってしまう。これで断ったら男失格だよな。

 

「いや、別に握りたかったら何時でも握れよ。遠慮する仲じゃないだろ?」

 

「……うん。矢っ張りアッシュは優しい。だから……すぅ」

 

 直ぐに不安そうな表情は穏やかな寝顔に変わる。ったく、現金な奴だぜ。そんな風に思いながらも実は俺も安堵感を覚えていて、直ぐに意識は睡魔に飲み込まれる。

 

 

『……よ。……の……ならば……とは……れない』

 

 ……何だ? この日、俺は不思議な夢を見た。眩しいくらいに金色に輝く空間に浮かんだ俺の目の前には父さんが使っていた時の剣が有る。手に取ろうとしても体は何故か動かなくて、途切れ途切れの声だけが頭の中に響く。

 

 

「皆ー! 朝ご飯が出来たから顔を洗って来てー!」

 

 次の日の朝、俺はニーナ姉ちゃんの声で目を覚ます。何故かロザリーは俺に抱き付くようにして眠っていて、リゼリクは寝相が悪くて足を突き出した格好のミントに蹴り落とされたらしくベッドの下で目を覚ましていた。

 

 そして俺は夢の内容を全く覚えていない。この夢について俺達二人(・・・・)がハッキリと思い出し、意味を知るのはずっと先の話だ……。

 



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古代の伝説

 早朝、目が覚めた俺は未だ体が睡眠を求めているので二度寝を決め込もうとしていた。何故かロザリーがすり寄って寝てるけど、一緒に昼寝してたら大体こんな感じだったな。手を繋いで寝たのが何時もより近い理由かも知れないが今はどうでも良い。睡魔に従うのが優先だ。

 

「この二度寝しても良いってのが最高なんだよな。起きる時間は同じでもよ」

 

 瞼を閉じて睡魔に誘われるがまま眠る。そんな至福の時は窓の外から聞こえて来た声に邪魔をされた。

 

「待てー!」

 

「……こんな朝っぱらから何だよ、うっせぇな」

 

「絶対に捕まえるんだねー!」

 

 他の三人は熟睡してるのか起きる気配が無いけれど俺は今起きてしまったばかりだ。折角寝ようとしても声は聞こえ続けているから五月蠅くて眠れない。我慢しようとしたけれど無理だ。どうしても気になる。

 

「ったく、何だってんだ……離れねぇ」

 

 こうなったら文句の一つでも言ってやろうとベッドから抜け出そうとしたんだが、ロザリーの手が俺の手を掴んで離れない。無理に離したら起きるよな、此奴……。

 

「よっと」

 

 睡眠を邪魔されるのもするのも嫌いな俺はロザリーをお姫様抱っこすると、そのまま窓に向かう。ニーナ姉ちゃんが鍵を閉め忘れていたので何とか開けた窓からカーテンを捲って外を見れば、声の主は丁度前を通り過ぎる所だった。

 

 最初に目に入って来たのは差し込み始めた朝日を反射するオレンジ色のツインテールだった。年齢は俺達と同じ七歳位の白衣の少女で、両側に取り付けられたウチワを羽ばたかせて飛ぶ巨大なバケツみたいな乗り物に乗っている。乗り物の底からは巨大な虫取り網を持った手が伸びて、追い掛けている相手を捕まえようとしていた。

 

「……何だあれ」

 

 そんな感想しか浮かばない。だって追い掛けられているのは金色に輝く体毛の狼に乗ったパンダのキグルミだったんだぜ。いや、本当に何なんだよ、彼奴達。

 

「ふっふっふ! 君がどんなに必死に追っても、僕はそれをスルリと躱す! 何故って僕がパンダだからさ!」

 

「今日こそ実験台にしてやるんだね!」

 

「おや、聞いてないね。君、そういう所直しなよ。ぶっちゃけ失礼だよ?」

 

 朝っぱらだってのに珍妙な格好をした奴を珍奇な乗り物に乗った奴が追い掛ける。パンダが屋根から屋根に飛び移り、時に道の真ん中を転がって逃げ続ける中、空中で突然乗り物がウチワの動きを鈍らせる。丁度俺が開けている窓の真ん前よりも少し高い位置でだ。

 

「……あれれ? もしかして故障なんだね!?」

 

「工房の警備が甘かったね! シリンダーの中に予めぼた餅を詰めておいたのさ! 今頃中は餅とアンコでベッタベタ! それじゃあ今日はこの辺で!」

 

「……」

 

 パンダが慌てふためく少女に向かって尻を左右に振った後で狼は屋根から屋根に飛び移って逃げて行く。乗り物からは明らかに煙が出ていて、俺は無言で窓を閉めると鍵を掛けてベッドに向かう。あれは関わったら駄目な連中だ。今すぐ眠って夢だと思う事にしよう。

 

「……ん? ちょっと変だな」

 

 未だ眠りながらも俺の手を握ったままのロザリーをベッドに戻しながら思ったんだが、片手が塞がってるから腰に手を添えて握った手でバランスを取って運んだし、これってお姫様抱っこじゃなくないか? てか、よく落とさなかったな、俺。実はロザリーがバランスを取っていた……は流石に有り得ないか。

 

「おーい。本当に寝てるのか?」

 

「……んみゅ」

 

 ほら、ちゃんと寝ている。気持ち良さそうに寝息を立てているし、わざわざ寝たふりをしてまで俺に抱っこされてる理由が無いだろ。布団の中の方が気持ち良いんだからよ。

 

「寝よ。眠いのに中途半端に起きたから変な考えが浮かぶし、変な連中……夢も見るんだ」

 

 横を見れば俺がさっきまで寝ていた場所に突き出されたミントの拳を除けて寝転がる。リゼリクの方には足が突き出されてリゼリクの姿が見えないけれど……ベッドから落ちたまま寝てるよ。

 

「……悪い。もう限界なんだ。恨むならミントを恨んでくれ」

 

 見なかった事にして瞼を閉じれば再び睡魔が訪れる。俺は直ぐに二度寝して、外から聞こえた爆発音は聞こえない事にした。

 

 

「姉さん。新聞を取りに行ったら家の前の地面が黒こげだったけれど何か知らない?」

 

「さあ? 酔っ払った探索者さんが魔法でも使っちゃったのかしら?」

 

 朝、清々しい気分で目覚めた俺はニーナ姉ちゃんの手料理を堪能しながらミントとの会話を聞いていた。魔法かぁ。俺も使ってみたいんだが才能が皆無らしいからな。その事が分かった時の父さんを思い出すよ。

 

「ま、まあ、お前は体を鍛えれば良いって。魔法の修行してたらどうしても体の方が疎かになるからな」

 

 あの豪快なのか馬鹿なのか分からない父さんが気を使ったのって記憶の限りじゃあれが最初で最後だ。うん、本当にな。俺以外の三人には魔法適正が有るってのも何とも……。

 

 ……ミントは魔法使いとしてはポンコツだけどな。

 

「じゃあ朝ご飯が終わったらお風呂にしましょうか。ウチのお風呂は結構狭いから二人が限度だけれどね。……もっと広い借家に移りたいわ」

 

 ああ、この家って借家だっけ。そんな事より風呂か。昨日から動き通しで体中が汚れてるのに疲れていたから泥みたいに寝たからな。ちゃんと風呂に入ってスッキリしたいぜ。

 

「じゃあ入ろう、アッシュ。髪洗って」

 

 ロザリーとミントが先に入るだろうから俺達は少し待たされるんだと思ったんだが、ロザリーは俺の手を取って風呂場に向かう。その動きに一切の迷い無しだ。

 

「へいへい、分かった……って、おいっ!?」

 

「ロザリー、何言ってるのよ、アンタ!?」

 

「ちょっとそれはどうかと思うな……」

 

「だって私は髪洗うの苦手。前にミントに洗って貰ったけど下手だった。でも、アッシュは上手。だから一緒に入る」

 

 まあ、俺達って未だ子供だし、一緒に入っても別に構わないとは思うけどよ。だからって俺と入るのを迷わず選ぶかよ、普通。

 

「ロザリーって大人になってもアッシュとお風呂に入ろうとしそうよね。バスタオルを巻いて体を隠せば大丈夫だって言って」

 

「ミント、それって駄目なの?」

 

「駄目に決まってるでしょ! あーもー! 自分で髪洗うのに慣れなさい!」

 

 我慢の限界が訪れたのかミントはロザリーの手を掴んで強引に風呂場に連れて行く。うん、本当にこんな時は頼りになるよな、ミントって。普段から何かと頼りになる友人の有り難みを再確認しつつ俺はソファーに座る。天井を見上げれば感じる事は只一つ。

 

「退屈だ。……ロザリーはカラスの行水なのにミントは長いからな……」

 

 待ち時間が長くなる予感をヒシヒシと感じつつ暇つぶしの方法を考える。ニーナ姉ちゃんと話でもしていたら楽しそうだけれど少し恥ずかしいし、リゼリクと話すか。

 

「って、読書かよ。相変わらず好きだな、お前」

 

 気が付いたらリゼリクは随分と古い絵本を黙々と読んでいた。ボロボロだし汚い字でルノア姉ちゃんの名前が書かれている。

 

「太陽の王と月の王か。俺、この絵本苦手なんだよな」

 

 表紙に描かれているのは太陽を背景に大剣を構えた男と月を背景にナイフを構えた男。結構昔から伝わる伝説を元にした絵本で俺の家にも有ったけど一回しか読んでなかったな。

 

「僕はどっちでもないよ。って言うかアッシュ君って基本的に本自体が嫌いじゃないか。絵本でさえ途中で寝落ちするよね。もはや特技だよ」

 

「うっせぇよ、モヤシ。一応その絵本は最後まで読んだぞ。終わりが何故か気になってよ」

 

「つまり他の本は一切気にならないって事?」

 

「うん」

 

 太陽の王と月の王は簡単に説明したら友情が壊れるって話だ。元々の伝説は確か……。

 

 

 強い絆で結ばれた者二人、太陽と月の主に選ばれる。だが、月の主は太陽に心惹かれ、やがて心を闇へと落とす。その時、両者の絆は断ち切られるであろう。

 

 ……何故か俺はその伝説が印象に残っていて、記憶にしっかりと残っていた。

 

 

 

「それは兎も角、明日のお祭りが楽しみだよな。何せ聖剣に選ばれるかも知れないんだ。俺は絶対に選ばれる! それが俺の目指す英雄への第一歩だ!」

 

「アッシュ君って切り替えが早いよね、本当にさ……」



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聖剣に選ばれし者

 秘宝、それは(バベル)で希に発見される不可思議なアイテム。父さんの形見である剣に変わる指輪である魔剣の指輪もそうだし、中には生活に役立つ程度の物から戦争の火種になった物も有るらしい。

 

 だから管理や所有者登録は探索ギルドや探索団によって徹底されて、個人所有は許されていない。王族でさえ貸し出しという形で手元に置いている位で、それが俺達の今後に大きく関わろうとしていた。

 

「ちょっと待てよ! 別の探索団に入るってどういう事だ!?」

 

 それは昼過ぎ、散歩に出掛けたロザリーとミントが持ち帰ったギルドからのお知らせに関係していた。その内容は今後の探索団における新人登録の人数規制と訓練の義務化について。

 

「ミントちゃん、これってどういう事なの? 今までは違法行為がないか監査に入る事は有っても、運営については自主性を尊重してたのに……」

 

「でも、弱小探索団が人数だけ集めて無理をするのには前からギルドの介入があった。多分これが踏み込んだ切っ掛け。流石ギルド、仕事が速い」

 

「新聞? 何々? 貧民街の住人や孤児を集めての実質的な奴隷化を摘発だって!? 犠牲者は殆どが子供だなんて酷い……」

 

「食うや食わずの人の弱みに付け込んで大人数に(バベル)内部での過酷な採掘や採取行為をさせていただなんて。四日で摘発されたけど、モンスターの群れに襲われた時に本来のメンバーは戦わずに逃げ出して、結構な人数が死んだらしいわ」

 

 差し出された新聞によるとメンバーの多くが逮捕された探索団はCランク。大国の騎士団に匹敵する実力を認められてたのに、更に評価を稼ごうと欲をかいた結果がこれらしい。

 

「でも、それでどうしてお前達二人が別の探索団に入る理由になるんだよ」

 

「ちゃんと読みなさい。お知らせに書いてるでしょ。ナインテイルフォックスはGランクの上にメンバーは姉さん一人。しかもAランクの若手エースだったけれど、若手だから指導能力に繋がる実績不足。この場合、加入可能な人数は二人。探索団に所属登録していないと(バベル)には入れないし、個人登録のフリーでやるには一定以上の功績が必要なの」

 

「探索者は危険な仕事だから。余計な犠牲を減らし、全体の質を高める為に必要」

 

「でも、それで俺は決定ってどうして……」

 

 ミントやロザリーの言葉は理解した。多くの命を守るってのがギルドの理念の一つだし、不満は残るけど文句は言えない。でも、それはあくまでギルドの決定についてだ。

 

「だってお父さんの指輪を使うにはナインテイルフォックスに所属するしかないじゃない。別の探索団に入る際に譲渡するとして、あくまで団の所属なんだからアッシュが使わせて貰えると思うの? 命の危険が伴う以上、強い力を持つ秘宝は強い人に使わせるわ」

 

 ……確かにそうだ。魔剣の力を引き出せていない俺が指輪を持たせて貰えるのが確実なのはナインテイルフォックスに所属した場合。仮に成長したら返して貰える約束をしていても、その間に手に馴染んだ武器を手放す事になる人がどう出るか分からないし……。

 

「でも、それでお前達が……」

 

「あのね。私達も探索者になりたいの。ギルドが行う研修だって受けたいし、早めにちゃんと入団したいわ。じゃないと差を付けられるもの。先に入団したメンバーの研修が終わってから入団したら(バベル)に入れるのは何時になるか分かったもんじゃないもの。だからアンタは自分の事を考えてなさい!」

 

「……うん。違う探索団でも私達は友達」

 

「僕もお祖父ちゃんの居た団だけれど、だからって無条件で入る気は無いよ。だから三人で話し合うからアッシュ君は気にしないで」

 

 ……何だよそれ。皆、ナインテイルフォックスに憧れてたじゃんか。絶対に入りたいって思ってたの知ってるんだぞ。それなのに俺に気を使って二人は別の所に行くだなんて。

 

 何で俺は直ぐに拒否出来ないんだ。形見の品じゃなくて想いを受け継いでるから平気だってどうして言えないんだ……。

 

 俺、本当に英雄になれるのかな?

 

「まあ、流石に人数制限が有る以上は子供の入団は難しいだろうし、ルノアさんに親しい探索団を紹介して貰うよ。それなら別の団の友達と会っても何も言われないだろうし、一緒に探索だって出来るだろうしさ」

 

「案外英雄になるのは私かもね。……まあ、姉さんが団長ってのは妹としてちょっとね。別の所に行っても行かなくても同じでしょう」

 

「競争。一番先に英雄になった人が好きな相手に何でも命令出来る」

 

 三人の言葉に嘘がないのは友達だから分かる。だからこそ俺は気を使わせて憧れてた探索団に入らない決断をさせた事が悔しい。そんなモヤモヤとした想いを抱えたまま日が沈んでまた昇り、聖剣祭の日がやって来た。

 

 

「アッシュ君、昨日から落ち込んだままだけれど大丈夫かしら?」

 

「アッシュなら大丈夫。聖剣に選ばれて直ぐに上機嫌になる」

 

 私、ロザリー・エリュシオンにとって世界は色褪せて見えていた。物心付いた時から感情を表に出すのが苦手で、周りの人が感情を露わにする理由も分からない。そんな私を周りの子供達は気味悪がって、ますます感情が表に出なくなった頃、お母さんの故郷に移り住む事になって、アッシュ達と私は出会った。

 

「引っ越して来たのってお前か。なあ、一緒に遊ぼうぜ」

 

「……うん」

 

 この手の手合いは一度断ってもしつこいのは分かっていたし、大人じゃないと遊び相手にならない私の動きで圧倒すれば直ぐに遊ぶのが嫌になる、そう思ってたんだけど……。

 

「アンタ凄いわね。私達がついて行くのがやっとだなんて」

 

「もう一度! もう一度勝負だ!」

 

「ぼ、僕は少し休ませて……」

 

 追いかけっこやボール遊びを他の子供として、ちゃんと勝負になったのはこの日が初めてで、少しだけ楽しいと思った。それでも私の表情は動いてくれない。感情は表に出てくれない。

 

「あっ! 今笑ったぞ」

 

「分かりにくいけど確かに笑ったわね」

 

「表情が固い子だね、ロザリーちゃんって」

 

「……分かるの?」

 

 正直言って驚いた。お母さんでさえ時々分からないのに初対面の子達が分かるだなんて。それから私は何となく三人と遊ぶようになって、相変わらず表情は変わってくれないけれど三人が分かってくれるから別に良い。特にアッシュに伝わるなら別に構わない。

 

 私はアッシュが好き。大好き。彼は私の英雄で、絶対に英雄になる人。

 

「……所で聖剣ってどんなのだっけ? リゼリク、覚えてる?」

 

「え? アッシュ君じゃあるまいしロザリーちゃんまで忘れちゃったの? えっとね、本来探索団ってS級が最高ランクだって知ってるよね? 聖剣……ラーヴァティンはそのS級が手を組んでも攻略不可能だった(バベル)から持ち帰られた物なんだ。分かっているのは一部の秘宝と同じで所有者を選ぶ事と、定期的に他の場所に転移する事。転移先で兆候が現れるのは結構ギリギリだから大勢は集まらないけれど……ほら」

 

 リゼリクが指差した先には大勢の人集り、そして大きな岩に刺さった光り輝く剣。柄は白銀で刃の中央は蒼く他は金色に輝く。

 

「使う時に眩しそう。外じゃ使えない?」

 

 私が感じたのはその程度。リゼリクがラーヴァティンを持ち帰って特例でSS級に認定された探索団の良い意味でも悪い意味でも無茶苦茶な噂話を聞き流し、今はニーナさんを見ている。

 

「……大きい」

 

 この人がアッシュの初恋の相手。つまりは好みの見た目。ちょっと自分と比べてみる。先ずは胸が大きい。私は子供だけれど、お母さんは大きかったから多分大丈夫。髪は金色でサラサラ。私は青い髪。……どうにもならない。

 

「ミントはルノアさんに似て」

 

「いや、急に言われても……何となく分かったわ」

 

 問題はミント。だってニーナさんはずっと年上。だから妹のミントがそっくりに育つ方が驚異。今の言葉で通じたし、後はアッシュが聖剣に選ばれるのを見るだけ。アッシュなら絶対に選ばれるに決まってる。

 

 

 

「……むぅ」

 

 なのに何故か私がラーヴァ……なんちゃらを抜いていた。ちょっとボケッとしていたら何時の間にか剣を岩から抜いていて本当に意味が分からない。知らない人達が歓声を上げても興味が無いけれど、ミントとリゼリクが喜びながら抱き付いたのは嬉しかった。\

 

「ありがとう」

 

 友達が誉めてくれるのも喜んでくれるのも嬉しい。この剣、アッシュが抜くはずなのを間違えた間抜けだし、こんなのが無くてもアッシュは英雄に……あれ?

 

「アッシュ……」

 

 抱き付いて来たのは二人。アッシュは私に背を向けてはしりだしている。多分泣いている。私には……私達には分かった。

 

「……行って来る」

 

 二人にはそれだけで十分。直ぐに離れてくれて、私はどうでも良い人達の頭の上を飛び越えて走り出す。何か呼び止める声が聞こえたけれど興味が無いから頭には入って来ない。直ぐに置き去りにして、聖剣を何処かに落としたけれど最優先で探せばアッシュは直ぐに見付かった。でも、泣いているからどうしよう。

 

「えっと、こんな時は……」

 

 多分抱きつけば良い。私はそれで元気が出る。だから直ぐに抱き付けば、アッシュは一瞬びっくりしたけれど、直ぐに私と分かってくれた。それが嬉しい。凄く嬉しい。

 

「……悪いな。俺が聖剣を抜きたいって思ってたんだ」

 

「あれ、多分明るい所だと眩しくて使い辛い。あんなの無くてもアッシュは英雄になれる。でも、私も英雄になりたい。だから勝負」

 

「いや、聖剣の扱いが……。それに相変わらずだな」

 

 名残惜しいけれどアッシュから離れて指を突きつける。変に慰めるよりもこっちの方が絶対に元気が出るのがアッシュ。ほら、ちょっとだけげんきになってる。

 

 

「私とアッシュ、どっちが先に相手を英雄に相応しいと認めるかで勝負。勝った方が相手に一つ命令出来る」

 

「はっ! 上等だよ。聖剣を持ったお前を父さんから受け継いだ魔剣を持った俺が越えてやる!」

 

 それでこそアッシュ。でも、勝つのは私。絶対に負けない。だから……。

 

 

 

 

「私が勝ったらアッシュは私のお婿さん。アッシュが勝ったら私はアッシュのお嫁さんになれって命令を受け入れる」

 

「どっちも同じだ!? ……俺が出す命令はその時に考える」

 

 ……もう少し引っ掛かるなり照れるなりしてくれたら良いのにアッシュったらケチ。……あれ? 私がアッシュを好きって通じてた? 別に恥ずかしくないけれど少し驚き。

 

「……びっくり」

 

「……本当に驚いてるのかよ。まあ、良い。お互い頑張ろうぜ!」

 

「うん、頑張る。勝つのは私だけれど、私の後でアッシュも英雄になれる」

 

 突き出された拳に拳をぶつける。前に教えて貰った約束の方法。ちょっと嬉しくなった時、遠くからミントとリゼリクの声が近付いて来た。聖剣がどうとか言ってるし、多分拾ってくれたと思う。……別に要らないのに。

 

 

 

 

 こうして私達はちょっと違う道を歩く事になった。そして九年の月日が流れて……。

 

 

 

 

「……お邪魔虫」

 

 アッシュの近くに余計なのが増えた。




聖剣の扱い……


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水の塔と月の秘宝
二人の探索者


 空は一面の白、だが 雲ではない。一切の切れ目も無く真っ白であり、空の高さは明らかに低かった。その下で光る球体が地面を照らしている。大人の腰程の深さで子供なら流されてしまいそうな流れの速さの川。所々に草が生い茂る小島が点在し、真横に並んだ大人が手を広げて渡れる程の橋が架けられていた。

 

 川の中を泳ぐのは普通の生き物ではない。一見しただけならばカエルに見えただろう。だが、その体は小型犬程で、犬の頭と体毛を持っている。他にも鋭い爪が生えた鳥の足が生えた魚や尻尾で跳ねて橋の上を移動する大きいザリガニ。どうやら縄張り争い食物連鎖の関係ではないのか互いに警戒する素振りすら見せず、まるで群れの仲間にさえ感じる。

 

 モンスター、(バベル)内部で生まれ落ちる異形の存在だ。普通の生物でないが故に互いに争う事は基本的に無い。だが、川の中から突き出した岩に乗って休んでいた犬のようなカエルが何かに気が付いて体を起こす。他のモンスターも同様。先程まで微塵も感じさせていなかった捕食者のギラギラとした瞳が一斉に一方向を向く。

 

「おっ。トードドックにクローフィッシュ、それと……何だっけか?」

 

「ジャンピングロブよ、ジャンピングロブ。珍しいモンスターだけれど習ったでしょ!」

 

 犬のうなり声を上げながら川から飛び出したカエルの群れ。魚は水球に包まれた状態で宙を泳ぎ、ザリガニは遠巻きに獲物と見定めた二人を見て直ぐに川に飛び込んだ。

 

 次々に川から飛び出すモンスターに対し、二人は呑気ささえ感じられる会話を交わす。軽装に身を包んだ赤髪の少年とフード付きのローブの少女。少女の手には蒼く光る炎を内包するランタンが下げられ、相棒の少年の言葉に呆れた様子。

 

「まあ、逃げたんだから別に良いだろ」

 

「良くないわよ。今回は良かったけど、危険な相手を忘れちゃってたら駄目だって言ってるの。ったく、英雄になるんでしょ? ほら、来たわよ、アッシュ!」

 

「了解だ、ミント! 来い!」

 

 故郷を失ってから九年。成長したアッシュが手を翳して呼べばその手には白刃の剣が現れた。犬歯を涎で濡らし、獲物を捕獲しようと長く伸びる舌を一斉にアッシュへと向け、剣の一振りで斬り飛ばされる。橋の上に落ちた舌の先と飛び散った青い血。だが、それは一瞬で光の粒子になって消え失せる。

 

 舌を斬り飛ばされ激痛を感じているのだろう。トードドック達は空中で体勢を崩してのた打ち回り、慌てた様子で川へと逃走を図る。橋の手摺りに飛び移り、川に飛び込もうとした。

 

「遅い!」

 

 だが、後ろ足が手摺りから離れた瞬間、真後ろに迫っていたアッシュよって切り裂かれ、一瞬だけ内蔵をぶち撒いて光の粒になって空中を漂う。そのアッシュの無防備に見える背中に向かい、爪を突き出したクローフィッシュが襲い掛かった。爪の先は体を包む水球から飛び出しているが、爪先が触れる前にミントの持つカンテラから赤い火球が放たれて間に割り込む。

 

 ファイヤーボール、基本的な魔法の一つだ。直径おおよそ二十センチ程の火の玉を放ち、射程距離は平均五メートル。だが、今放たれた火球は三十センチ程。

 

「……あっ」

 

 そしてミントの手元から二メートル強程進んだ所で霧散して消え失せた。しまった、とでも言いたそうな表情のミントだがクローフィッシュを怯ますには十分だったのか上に逃げた一匹を除いて振り返り様の一撃で纏めて切り裂かれ、身を包んでいた水球は橋を濡らす。アッシュは上へと逃げたクローフィッシュを少し悔しそうに睨んだ後で責める視線をミントに向ける。

 

「ポンコツ……」

 

「う、うっさいわね! 威力は高いのよ、威力は!」

 

 魔法、それは才能持つ者のみが扱える特殊技術。魔力と呼ばれる体内エネルギーを骨組みにし、詠唱によって組み上げた術式を張って完成させる張り子のような物。術式の組みが甘ければ発動すらせず、魔力のコントロールが甘ければ途中で消え失せる。

 

 今の失敗はそういう事だ。威力自体は高いのだが、肉体よりも魔法関連の修行を優先させる魔法使いタイプにとって射程が短いのは致命的だろう。故にアッシュの口にするポンコツは間違った評価ではないだろう。幼少期にも同じ事を言っていたので昔から改善されていないらしい。

 

「遠くからじゃ当たらないなら、近くで当てるだけよ!」

 

 カンテラを構え、ミントはアッシュへと駆け出す。既に剣を指輪に戻したアッシュは指を組んだ状態で腕を伸ばし、ミントが踏んで飛び上がるタイミングで振り上げた。その動きに迷いは無く、合図が無くとも二人の動きにズレは無い。上空に逃げ、一旦は無事だと安堵したのかクローフィッシュは空中で止まっており、二人の様子を伺っていた。だから目の前に迫るミントに咄嗟に反応出来ない。何とか爪を動かそうとした時、すでにミントの準備は終わっている。

 

「ファイヤーボール!」

 

 至近距離から放たれる炎。一瞬で体を包む水球諸共クローフィッシュを蒸発させ、トードドック同様に光の粒になって空中を漂った。ミントはそのまま空中で身を翻し、かなりの高度にも関わらず橋の上に着地。得意気に鼻を鳴らす姿は、どうだ、とでも言いたそうだ。

 

「じゃあ、次に行きましょうか。その前に……回収!」

 

 ミントがカンテラを掲げると周囲を漂い、少しずつ地面へと向かっていた光の粒が引き寄せられている。

 

「なんか毎回思うんだが、火に誘われて飛び込んで焼け死ぬ羽虫みたいだよな、それって」

 

「いや、虫嫌いなんだから言わないでよ。前から自分でも思ってたけれど目を逸らしてたのに、今度からそうとしか見えないじゃないの。ったく、デリカシーが無い奴ね。はい、完了。じゃあ、次に行きましょうか」

 

「だな。さっさと進入可能階層を増やしたいし、今日はギリギリまで残ろうぜ」

 

 アッシュが腰から下げた懐中時計に目をやれば文字盤は普通の物とは違っていた。針は長針だけで、十二時の部分に赤い点が有って数字は書かれていない。変わりに今は明かりを灯していない緑の豆電球のような物が五つ付いている。

 

「今の俺達じゃ進める範囲が狭いんだよな。楽に倒せる雑魚が殆どだしよ」

 

「分かってると思うけれど、今度許可されていないエリアに入ったら暫く活動停止食らうわよ? 数年早く強くなる事よりも、数十年強くあり続ける方を望むってのがギルドの方針なんだから」

 

「……へいへい。じゃあ、時間が勿体ないから急ごうぜ。まあ、お客さんが向こうから大勢お出ましだぜ」

 

 聞こえて来たのは水中から無数のモンスターが飛び出す音が聞こえ、トードドックやクローフィッシュが現れる。いや、それだけではない。一層大きな水音と共に川から飛び出したのは大型犬程の大きさのマリモ。綺麗な丸い形で緑色が綺麗だ。それだけなら大きいだけのマリモだが、前面に入った横の切れ込みが上下に開いてギョロギョロと動く眼が現れた。その周囲にはバスケットボール大の眼のあるマリモの群れが跳ね回っている。

 

「げげっ! メガマリモス!」

 

「マリモスもあんなに……。生息エリアって別の筈なのに。何処の馬鹿が追い込んだんだか……」

 

 巨大なマリモ(ギガマリモス)が飛び跳ねる度に橋が揺れる。それに同調して仲間のマリモ(マリモス)も飛び跳ね、他のモンスターまで興奮が加速して行く。

 

「……逃げるわよ。流石に今の私達じゃあの数は……アッシュ!? ああ、もう! 矢っ張り!」

 

「大丈夫だ。何とかなる!」

 

 アッシュの襟首を掴もうとしたミントの手は空を切り、モンスターの群れに向かって行くアッシュの背中を見てミントは地団駄を踏んで後に続く。

 

「今夜のご飯はアンタの奢りだからね、馬鹿アッシュゥウウウウウウ!」

 

 

 

 全身がボロボロの上にクタクタ。俺とミントは背中合わせに座り込んで休んでいた。周囲は戦いの跡がクッキリと残ってるし、防具だって凸凹だらけだ。

 

「ほら、何とかなっただろ?」

 

「……帰ったら四時間説教ね。あと、絶対に殴る」

 

 ミントがマジの声で告げた時、懐中時計から鐘の音が鳴る。キーンコーンカーンコーンってな。この懐中時計はギルドの貸し出し品。探索団のランクによって入れる(バベル)も活動時間も変わって来る。確か名前はリターンチャイム。設定された時間が過ぎれば……。

 

 

「さっさとシャワーが浴びたいわ」

 

「俺は肉が食いたい……」

 

「じゃあ、焼き肉ね。当然アンタの奢りで。勿論ルノア姉さんも行くわよ」

 

 いや、ルノア姉ちゃんが来たら酒代だけで何人分になると思って……。

 

「え? 何か文句有るの?」

 

「……無い」

 

 今日は少し無茶したが生き残った。だが財布は死亡が決まった時点で(バベル)の中から消える。……さて、明日からも頑張って稼がないとな。

 

「英雄への道は遠いな……はぁ」

 

 現在ナインテイルフォックスのランクはGのまま。リゼリクなんてSS級ランクの探索団に入ったし、ロザリーなんて活躍が新聞に乗ってたんだぜ。落ち込んで溜め息混じりに呟いた所でギルドの前に到着した。

 

「ほら、換金しに行くわよ。元気出しなさいって。秘宝だって幾つか発見したじゃない。……どうせガラクタだろうけど」

 

「励ましてからの追い打ちかよ」

 

 ミントがバッグから出したのはオルゴールサイズの小さな宝箱。さて、開けられるのはギルドだけだから何が入ってるのかは分からないんだが……どうなるかね。

 

 

 

「あ~あ。凄い秘宝を発見してぇよな。それこそ世界を救える程のよ」

 

「馬鹿ね、そんなの無いわよ」

 

 俺も本当に存在するだなんて思っちゃいないが、思わず呟いてしまう程には行き詰まりを感じていた。……そう、この時は。

 

 

 



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魔剣の呪い

活動報告で募集中

今回キャラと秘宝出します


 秘宝についてはよく分かっていないのが現状らしい。有ったら便利だし、取り敢えず調べて問題が無いなら使っておこうかってのが人類のスタンスなんだとよ。まあ、凄く便利だしな。

 

 どうして(バベル)の内部でそんな物が発見されるかについてはモンスターと同じ原理だの、神からの贈り物だの、(バベル)えお含めて神の悪戯だのって説が流れてるが、俺としては古代文明の遺産って説を推したい。何か格好良いからな。

 

 だが、強い力には代償だって存在する。上位ランクの探索団のメンバーなら秘宝の武器を使ったりしているが、そういったのは大抵呪いが掛かってる。だから要は使い手次第って事だな。……ルノア姉ちゃんみたいなのが駄目な使い手の例だよ。秘宝は呪われてないけど、巡り合わせが呪いみたいなもんだって。

 

 因みに俺が父さんから受け継いだ魔剣の指輪にも厄介な呪いが掛かってる。使ってる最中じゃなくて指輪の状態に戻した時に発動する呪いがな。

 

「相変わらずデカいよな、(バベル)って。街の何処からでも見えて……不愉快だ」

 

 (バベル)が多くの利益を生み出づ冒険の場として夢を馳せた者が集う場所であると同時に、悪夢の具現化って呼ばれる理由は俺の故郷を滅ぼした時みたいに周囲の生命力を吸い取る補色に有る。今でも偶に夢に見る光景だが、あれは誕生する時だけに起きるんじゃない。

 

 (バベル)は成長する。自らエネルギーを発生させ、より危険で広大な内部を作り出す際にも補食を行うんだ。誕生する時に比べれば規模は数段落ちているらしいが、周囲が死の土地になってしまうのは確実だ。だが、これは防ぐ方法が存在する。だからこそ(バベル)の周囲に街を作るなんて事が可能だし、探索者が必要とされるんだ。

 

「……終わった」

 

 そんな(バベル)からクッタクタの状態で戻り、ナインテイルフォックスの拠点に戻る前に立ち寄ったギルドの個室にて俺は悪夢とも言えるし、男としては天国っぽい状況に陥っていた。目の前にはスカートが捲れ上がり、陶磁器みたいに白い肌と、肌と同じ色だから一瞬穿いてないと錯覚しそうな純白のショーツ。ついでに俺の手はスベスベの太股に触れ、足の間を至近距離で覗き込む格好で少し年上のお姉さんをソファーに押し倒していた。

 

「えっと、わざとじゃないんだぜ? 事故でこうなっただけで……」

 

 いや、どうしてこんな事になってんだ!? 振り向くのが恐ろしい程に濃厚な怒りのオーラを背中に浴びながら俺は身の危険を最大限に感じる。ミント、完全にブチ切れ状態だよ。いやいや、俺は飯の前に少しでも懐を暖めたいと思ってただけなのに、どうしてこうなったんだ? 更に濃厚になる怒気を浴び、これが最後の回想になるのかとさえ思った俺が脳裏に浮かべたのはギルドの建物に入って直ぐの光景だった。

 

 

「……うへぇ。一杯だな」

 

 探索者がギルドで行う事は結構な数に及ぶ。新人入団者の申請や採取した物の買い取り、秘宝が入った箱の開封や今後の活動に関する相談その他諸々。俺達がギルドの建物に入った時、それなりに数のあるカウンターは全て埋まっていた。さっさと帰りたいが荷物は多いし、再び出向くのも面倒だ。

 

「まあ、仕方無いわよ。この街にある(バベル)早瀬の塔(はやせのとう)はGランク。当然挑むのも一番多いGランクの探索団だもの。並んでないだけラッキーよ」

 

「ああ、凄い行列の時があったな……」

 

 建物内を見渡せば順番待ちらしい探索者の姿は無いし、こりゃ待ってたらその内終わるかとソファーに座り、テーブルに置かれた新聞を手にする。何処かの(バベル)が周囲に拠点に適した場所が無い上に採取可能な物も珍しくないから破壊が決定したとか、新しくSランク認定された探索団が出たとか世間一般的に見れば悪いニュースじゃない。おっ、何時ものコーナーにリゼリクらしい奴について載ってる。

 

「銀髪で金の瞳の幼女を肩車して街を散歩する不審者を任意同行……うわぁ」

 

「何やってるのよ、あの馬鹿……」

 

リゼリクが入った探索団は例外中の例外のSSランク探索団。だけど特殊な意味で問題も多く、三面記事の格好のネタだ。お菓子の家を街中に建ててアリの大群がやって来たり、貴重な薬草を栽培してたけれど種が飛ばされてそこら辺で自生を始めたりと毎度お騒がせだ。正直言って笑えてたんだ。……今回は別だけど。

 

「しかしアレだな。身内がネタになったら笑えないよな、マジで」

 

「お待ちでしたら別室にご案内致しましょうか?」

 

「わっ!? キュ、キュアさん……」

 

 友達が困った事になってるって記事に呆れていた時、急に背後から聞こえた声に驚いて振り返れば立っていたのは顔見知りで相談の際は担当になっているキュア・エクスペリエンスさんだ。白髪碧眼でロザリーみたいな無表情。彼奴の場合は感情が動いても殆ど現れないんだけど、この人の場合は感情が動かない印象だ。

 

「驚かせて申し訳御座いません。丁度応接室の清掃を行う時間ですし、手早く終わらせれば使用しても問題無いでしょう。では、此方へ」

 

「えっと、規則とかは問題無いの?」

 

「相談がある場合、窓口が空くのを待っていたら私の退勤時間を過ぎてしまいますので。支部長にも許可を取っていますので遠慮は不要です」

 

 相変わらず合理主義ってか淡々と進める人だよな。まあ、若いのに優秀だし、回復魔法の使い手が居ない探索団に治療を施す役職でもある凄い人だ。……噂じゃ酔っ払って暴れるBランク探索団のメンバーを取り押さえたとか何とか。まあ、担当で世話になってるし、逆らったり失礼があったら駄目な人だよな。

 

 

 

 ……そんな風に思ったのが一分もしない前。応接室に通されてドアを閉めた時、俺は足を滑らせてキュアさんをソファーに押し倒してしまった。手は太股に触れ、頭はスカートの中に突っ込む。……これ、絶対に駄目な奴だ。以上、此処までが回想だ。

 

 

「はい。状況からして事故であったと判断可能です」

 

 香水らしき匂いはしないのに彼女からは良い匂いが漂う。だが、俺が体臭フェチじゃねぇし、慌てて離れる。普通なら悲鳴を上げてビンタした上で誰か呼びそうな状況だったってのにキュアさんは無表情の顔に一切嫌悪も恐怖も羞恥も、当然だ好意さえ微塵も浮かばせず、乱れた服を直すとしごとをすすめようとする。

 

「退勤時間が迫っていますので早くお座り下さい。今日は用事がありますので残業の予定は御座いません」

 

「お、おう……」

 

「アッシュ、流石に帰ったら分かってるわね?」

 

「……おう」

 

 俺は耳元で囁かれた死刑宣告に冷や汗を流しながらも俺はミントと並んでキュアさんと向かい合って座ると採取した薬草やら秘宝が入った箱を差し出す。キュアさんは俺達に紅茶を出した後で小さな壷を差し出した。

 

「では、今回の回収分をお願い致します」

 

「分かったわ。さて、今日はちょっと自信があるのよ。ギガマリモスが何処かの探索団に追いやられたのか現れちゃって……」

 

「そうですか。報告書に纏めておきます」

 

「……じゃあ出すわね」

 

 ミントがカンテラを翳して軽く振れば吸い込んだ光の粒子が中から飛び出して壷の中に吸い込まれて行く。壷の中をのぞき込めば光るコケみたいなのが徐々に貯まって行った。

 

「しかし本当に不思議だよな。これがモンスターの元だったなんてよ」

 

 モンスターってのは当然だけど普通の生物じゃない。研究の結果、(バベル)のエネルギーから産み出される存在なんだと判明したらしい。んで、倒しただけじゃ吸収されてモンスターが復活しちまう。それを防ぐのがモンスターを生成するエネルギーを吸い込む力を持ったカンテラ『スピリットランプ』であり、回収士(かいしゅうし)って呼ばれる奴の役目だ。

 

 基本的に魔法の才能が無かったら扱えないから俺には無理だ。偶に一人も居ない探索団も存在して、その場合はキュアさんみたいに回収士になれるギルド職員が有料で同行するって聞いた。ギルドの財源はそうやって稼がれてるとか。

 

「本日は……5000ミョルですね。採取分の換金は明日までに担当職員が行いますので明朝以降お越し下さい」

 

「結構な儲けになったな。大体日雇いの重労働が2000位だろ? 防具の整備費予想とかが要るけど採取した薬草とか秘宝の売却の金は別だしよ」

 

 吸い込んだ粒子を全て吐き出したカンテラの中身は青い炎が消えて代わりに淡い光を放つ飴玉みたいなのが残っていた。それを半分手に取って握れば体に吸い込まれ、体中をビリビリとした痛みが走った後で力が湧いて来る。これはモンスターを構成するエネルギーの一部が結晶化した物だ。

 

「これで次にギガマリモスに遭遇しても大丈夫だな」

 

「調子に乗らないの。油断した奴が早く死ぬって教わったじゃない。先ずはエネルギーを取り込んで強くなった力に慣れるのが先よ。それよりキュアさん、秘宝の鑑定をお願い」

 

「了解しました。何時ものように不用な品は買い取りで構いませんね?」

 

 キュアさんも小さなカンテラを出すが、中の炎は制服と同じ白。ギルド職員専用の魔法を使う為の特注品で、宝箱に向かって軽く振れば三個中二個が軽く震えて開く。出て来たのは箱よりも明らかに大きい取っ手が無い壷だ。

 

「湯湧きの壷ですね」

 

「……またかよ。しかも二個。出来たら水の壷が良かったのにな……」

 

 これまで何個も見て来た秘宝だ。見飽きたと言っても良い。中に入れた水を一瞬で熱湯に変えるんだが、口から直接飲まないと元に戻るって中途半端な品だ。一応使い道は有るけどもな。それよか一度に最大四リットル出る壷の方が良いよ。

 

「でも最後の一個は未だ開いてないし期待出来るわよ」

 

 基本的に高位の秘宝は出すのに手間が掛かる。何時もの数倍の時間を使って漸く開きそうな箱を前に俺の期待は膨らみ、遂に開いた箱から小さな指輪が飛び出した。石の無い金色の指輪。俺が填めているのと同じ見た目だ。

 

「魔剣の指輪ですね。鑑定担当の方は残業確定です。何せ魔剣の指輪は魔剣の力が千差万別、価値も大きく変わります。呪いも同じく」

 

「……呪いの話は止してくれ。苦手なんだよ、どうも」

 

 呪いに関する話、特に父さんから受け継いだ秘宝による呪いについては話したくない。何せある意味で死を招く呪いだからな……。

 

 

 

 

「了解です。今後はアッシュさんのラッキースケベの呪いについては話題に出すのを控えましょう」

 

「だから言うなって……」

 

 ……そう。俺の持つ魔剣の指輪が招くのは社会的な死の危機だったんだ……。

 

 

 

 



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恋心

「……やっべぇ。最悪の予想が的中したかも知れねえぞ」

 

 ギルドでの換金を終え、それなりの高値で売却出来そうな秘宝を手に入れたのはラッキーだと思ったんだが、禍福は……確か縄がどうとかこうとかって言葉が有るし、それを考えれば運が向き過ぎていたのか?

 

「姉さん、まさか……」

 

 俺達の所属するナインテイルフォックスの拠点はちょっと古びた建物だ。元々はAランク探査団だった頃、新人の育成の場所として仮の拠点を幾つか用意していた。その為に早瀬の塔とギルドの中間辺りに存在している。鍵が掛かっていない扉を開けた時、漂って来たのは強烈な臭い。気分が悪くなる刺激臭に耐えながら奥に進むがミントの顔色は悪い。何が起きているのか既に察し、外れていて欲しいと願う顔だ。

 

「頼むぜ、ルノア姉ちゃん……」

 

 異臭が漂う奥の部屋へと続く扉を開く。入って直ぐに目に入るソファーの上で仰向けになって力無く手足をダランとさせているルノア姉ちゃんの姿があった。

 

「姉さん……何をやっているのよ」

 

 ミントは膝から崩れ落ちて床に両手を着く。漂っていたのは酒の臭い。何時も飯を食うのに使っているテーブルの上には安いツマミが盛られた皿と巨大な徳利、毎日ランダムで中身が変わるが酒が大量に出て来る秘宝"酒豪の徳利”が置かれている。床がビッチョビチョだからって事は酔っ払って倒したんだな。……酒臭いな。こりゃ火の気があったら大火事になりそうだ。

 

「あっ、二人共お疲れ様。ご飯でも作っておこうと思ったんだけれど酒臭かったからもしやと思って部屋に入ったら床が酒の海でさ。僕は今日は暇だったから掃除するけど二人は探索から戻ったばかりでしょ? 休んでて」

 

 そんな部屋の中に探索団の団員じゃない二人の姿。一人は芝居で裏方を担当する黒子の衣装を着て掃除をしていたんだが、俺達に気が付くなりルノア姉ちゃんが脱ぎ捨てた服をソファーから退かして座るスペースを確保する。でも、そうですかって素直に休むのは無理だろ。言ってやらなくちゃいけない事が有るんだからさ。

 

 

 

 

「ちょっとリゼリク。姉さんにやらせるから掃除なんかしなくて良いわよ。どうせ書類仕事は朝の内におわらせて、その後は何時もみたいに大酒かっくらってこの有様なんだから」

 

 そう。この見るからに不審人物な奴は俺達の友達で現在はSS級探索団所属のリゼリク・アースガルズだ。今の格好はどうも秘宝の類だとか特別な製法の装備だとか聞かされている。……マジで怪しいよな。

 

 ミントはルノア姉ちゃんに責める視線を送りながら告げるが、当のリゼリクは戸惑っている。餓鬼の時分から整理整頓が好きで掃除を張り切っていたし、汚部屋に我慢出来なかったか、流石にな。……まあ、掃除を頑張った理由は他に有りそうだがな。

 

 俺とミントは一瞬だけリゼリクと一緒に部屋に居たもう一人に視線を向け、直ぐに互いに視線を合わせて極力触れない。口には出したが可能なら無かった事にしたいぜ。

 

「え? でも僕は七歳から此処で育ったし……」

 

「そりゃ実家みたいなもんだし、客人扱いはしないけどよ。掃除ってのは現在住んでる連中の仕事だって」

 

「……でも、ちょっと気になってさ」

 

「気持ちは分かるわ。じゃあ、明日姉さんが起きたら小遣い減額と一緒に掃除を言い渡すからご飯でも食べに行きましょうか。……そ、そっちの子も一緒に」

 

「ご飯!」

 

 この時になって俺達は二人目から目を逸らすのを止める。ロザリーやキュアさんとは似ているようで違う無表情。二人が感情が出なかったり動かないなら、この子は何を考えているか分からないって感じの無表情だ。

 

 銀の髪を腰まで伸ばし、一部が跳ねているんだが犬や猫の耳にも見える。真っ直ぐ向けていても何を見ているのか定かじゃない目の色は太陽の光を思わせる金色。年齢は十歳程度だな。此処までは別に良いんだ。懐かれたので一緒に来たってだけで、この部屋の惨状はルノア姉ちゃんの責任だから子供をこんな所にとかは言わないんだが……。

 

「えっと、お嬢ちゃん。その格好は……?」

 

「リゼリクが持ってた本に乗ってた。我、世話になってるから真似してる」

 

「そっか。そうかぁ……」

 

「リゼリク、我とは神が定めた運命の関係だった。今は同じ……探索団? の仲間」

 

 よく言ってくれたミント。……でも、出来れば触れないままで終わりたかった。ずっと黙ってたのにご飯って言葉だけ反応するのも、リゼリクと違って育った家でもないのに拠点に居るのも別に良いんだ。喋ってるが声から感情を読みとれないのも別に良いさ。でもな……。

 

「リゼリク、お前。ブカブカのワイシャツ着た幼女とかマニアック過ぎるだろ……」

 

 大きめのサイズなのか肘の辺りに指があるらしく袖が垂れ下がっている。下は履いてないが裾が膝まで有るし下着は見えないけど、完全に生足だ。辛うじて子供用のサンダルを履いてるが、正直なんでこんな格好なんだ?

 

 新聞では肩車だけで任意同行させられたって話だが、そりゃ詳しく書きたくないよなって理解する。正直言って俺とミントはドン引きしていた。

 

「だ、大丈夫! ちゃんと下に水着を着てるのを見せて貰っているから!」

 

「せめてスカートかズボンを着せてから大丈夫とか言え! って言うか見せて貰ってるのかよ!?」

 

 此処までの会話を聞いていた女の子は袖をブランブランさせて見せ付けながら小首を傾げる。リゼリク、お前、顔を赤らめてないか? 気のせいだよな?

 

「リゼリク、この格好変?」

 

「凄く似合ってるよ。スコルは何を着ても似合うから」

 

 

「あっ、その子はスコルって名前なのね」

 

「そう。我、スコル。太陽の塔………(バベル)

 

「わーわー!? それよりもご飯に行くならスコルも一緒で良いよね!? じゃあ、僕は掃除を続けてるから二人は続けてなよ!」

 

「リゼリク、何か焦ってない?」

 

「焦ってないですよ!?」

 

 スコルが何か言おうとした途端に慌てた様子で遮るし、どうも何かを隠してるのは間違い無いな。でも、此奴が俺達に黙っておこうなんて余程の事だ。なら、これ以上は止めておくか。

 

「あっそ。じゃあ私着替えて来るから。姉さんはどうせ起こしても無駄だし放置で良いわよ、放置で」

 

「こうなったら明日の朝まで起きないよな。その上二日酔いが酷いしさ。んじゃ、俺も着替えたら掃除手伝うから」

 

 どうやらミントも俺と同じ意見らしい。これ以上はリゼリクの性癖に言及するのは嫌だし、流す事にした。

 

「……私の昔の服を出すわね。一緒にご飯食べに行くのならちょっとね」

 

「近所の目がな。……既に俺のラッキースケベの呪いが伝わってるってのに」

 

 幸いな事に俺の呪いは誰にでも発動する訳じゃない。俺がちょっと良いと思った相手に対し、俺がドジした時に色々奇跡が起きてエロい事になっちまう。

 

「あんな幼女に対して発動してたら洒落にならないよな」

 

「まあ、社会的に完全に死ぬわよね。今でも評判が下がるから気を抜くなって言っているのに発動してるけど。……発動しなくて良かったけれど、私に発動しない事で私の女のプライドは死んだわ」

 

「ド、ドンマイ?」

 

 因みにルノア姉ちゃんにも発動しないし、既婚者も対象外だ。いや、本当に良かったよ。……人妻か。

 

「あら? ニーナ姉さんが結婚したの未だ気にしてるの?」

 

「うっさい……」

 

 ……そう。俺の初恋は見事に破れた。ニーナ姉ちゃん位に美人で性格が良けりゃ恋人だって居ても不思議じゃないし、そりゃ結婚だってするよ。この前なんか赤ちゃんを抱かせて貰ったよな。

 

 そんな俺だから分かっちまった。分かりたくもないんだが、リゼリクはスコルに恋をしているって事をな。

 

「まあ、ロザリーにとっては嬉しいんじゃない? ……私も正直言って姉の年の差カップルの相手が自分の幼なじみとか嫌だもの。まあ、ちゃんと考えてあげなさいよ? 他のに取られてからじゃ遅いんだから」

 

「へいへい。無碍には扱わないって。……分かってるよ」

 

「別に賭けとか関係無く恋人にでもなっちゃえば?」

 

 九年前の賭けから早九年。ロザリーは相変わらず俺に勝って結婚する気だし、俺だって負ける気なんて無いが、だからと言ってロザリーが嫌な訳じゃないんだ。美人に育ったし気心も知れている。ラッキースケベも何度か経験したさ。風呂に入ってたのに気が付かないで浴室のドアを開けちまったり、つまみ食いしに行った夜中のキッチンで出会したんだが、ミントに見つかりそうになって隠れた戸棚で密着したりとかな、

 

 ……でも、どうもな。そういった関係になるのには何か数歩足りない気がする。ミントの言葉に迷いつつも俺は鎧の留め金を外し、汗で湿った上着を脱ぎながら自分の部屋に入った。棚に鎧を仕舞い、上着をベッドに脱ぎ捨てて上半身裸になる。後は着替えをタンスから出そうとして、ベッドの掛け布団が膨らんでいるのに気が付いた。

 

「……おい、起きろ」

 

 誰が入っているか俺には直ぐに予想出来た。ロザリーだ。どうせ驚かせようとか思って俺の部屋に入ったのは良いが、眠くなったので寝ちまったんだろ。何時もの事だな。

 

「ったく、不用心な奴。襲われるとか思ってないんだな。襲う気は無いけどよ」

 

 毎度毎度の無防備さに呆れながらも俺は掛け布団を一気に払いのける。後は起こして部屋から追い出すだけ……だったんだがな。

 

 

「何で裸エプロンなんだよ……」

 

 ベッドの中で丸くなって眠っていた幼なじみの美少女剣士は真っ白なエプロンを素肌に纏っている。背中も尻も丸見えで目のやり場に困るな。

 

「おい、人のベッドで毎回寝るなって言ってるだろうが、ロザリー!」

 

「……ん。お帰りなさい、アッシュ」

 

 背中を向け声を少し大きくして話し掛ければベッドの上で上体を起こす音が聞こえる。その姿をついつい想像したんだが、此処で振り向いたら負けな気がするな。

 

「ご飯にする? お風呂にする? ……私にする?」

 

「いや、せめて棒読みは止めろ」

 

 どんな格好でも、どんなシチュエーションでも、淡々とした話し方じゃムードもへったくれも無い。ロザリーの奴、変な事ばっかり覚えて来るんだが、探索団に変な先輩でも居るのか? ……団長も副団長も比較的真面目な人達だったけどな。

 

「まあ、兎に角だ。俺は一旦出るから、その間に服を……」

 

 出て行こうとして俺は固まる。半開きの扉の隙間からスコルが俺達の姿をジッと見詰めていた……。

 

 

 




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裸エプロンと水着ワイシャツ

なんだ、このタイトル……


 太陽の放つ光は強い。闇夜を照らす炎の光も白日の下では無いも当然だ。つまり太陽の光はあらゆる光を飲み込む光って事で……。

 

「エプロンは服を汚さない為の物。どうして裸の上から着てる?」

 

 そんな太陽を思わせる金の瞳のスコルはドアの隙間からロザリーを指差して問い掛ける。そして今の俺の状況だが、ベッドの上で裸エプロンになってるロザリーに背を向けた状態で半裸だ。

 

 そんな状態で誤魔化した場合、他の奴に聞く時にこの状況を話されるんじゃないか? ……ヤバいな。俺だったら完全に事の最中だって思うぞ。おいおい、まさか外堀を埋める為にこんな状況に陥らせたんじゃないだろうな、ロザリーの奴。

 

「……どうしてだろう? この格好ならアッシュが喜ぶって教えて貰った」

 

 あっ、違うな。この天然にそんな事を企める筈がないもんな。チラリと視線を向ければ胸の前で腕組みして本気で悩んでいる。こうして見るとエプロンが少し大きいのが分かるし、少し動いたら肩紐がずれ落ちそうだな。……って、今ちょっとだけ胸が見えた。もう少し近くで見れば隙間から上も下も丸見えだな。

 

「何故その格好で喜ぶ? 我、分からないから教えて」

 

 っと、そんな風にロザリーに意識を向けている間にスコルは俺の真ん前まで来て顔を見上げる。無表情じゃないのに何を考えているのか分からないのは少し不気味とさえ思えるぜ。そして一言……教えられるかっ!

 

「……リゼリクに聞け。てか、何で俺の所に来てんだ?」

 

 取り敢えず彼奴に丸投げするとして本当に何でこっちに来たんだ? 探索団に所属してるんなら別に興味を引かれる物なんて無いだろうし、初めて来た場所の探検でもしたくなったって所だろうな。

 

「ほれ、一旦リゼリクの所に行っといてくれ。ロザリーも俺が部屋に戻る前に着替えておけよ」

 

俺はスコルの肩を軽く掴んで反転させると部屋から追い出す。扉を閉める時、部屋の隅に脱ぎ捨てられたロザリーの服やら下着が見えた。……ピンクか。

 

「……」

 

 思わず下着姿のロザリーを想像してしまい、慌てて頭を振って追い出す。危ない危ない。下着姿で迫られた方が理性が保たなかったかもな。

 

「我、お前を見に来た」

 

「アッシュだ。初対面の敵でない相手をお前とか呼ぶな。……俺を見に来た?」

 

「分かった。我、アッシュが気になる。ねじ曲がらなければ神に……これ以上は内緒だった」

 

「いや、何か気になるんだが……」

 

「駄目。これ以上はアンノウンに怒られる。我、食後のデザート抜きは耐えられない」

 

 神がどうとか意味深な事を言っておいて黙ったスコルはそれ以上は何も語らない。最後にデザート抜きって辺りで嫌そうな顔をしたが、飯の話題に反応したのと合わせて二回目だな、何となく考えが読めたの。

 

「まあ別に良いさ。話したくないのに無理に聞き出すのもな。……アンノウンか」

 

 何だかんだ言ってもリゼリクの仲間だし、変に疑うのもな。それに餓鬼の言葉だし、妄想やらが混じってるんだろ。そんな事よりも気になるのは最後に出した名前だ。リゼリクが入団した……本人曰く気に入られたのか入団させられたらしい。そしてアンノウンはSSランク探索団『パンダーラ』の団長の名だ。

 

 曰く、取り込もうとした国の王宮がお菓子の城に変えられた、だの、ギルドに届く探索団宛の苦情の七割が此処向けだの、明らかに作り話な逸話だらけだが、間違い無く世界一の探索団だ。

 

「パンダーラが気になる?」

 

「……まーな」

 

 何せナインテイルフォックスを壊滅に追い込んだ(バベル)を、壊滅の三年後に破壊した探索団。そりゃ気になるさ……。

 

「何せ神を名乗る化け物を二体も倒した連中だ。アポロンは俺がぶっ倒して父さんの敵討ちをしたかったのによ……」

 

 狙っていた獲物を奪われた事に改めて少しの苛立ちと不甲斐なさに拳を握りしめ、窓から遙か遠くの故郷の村があった方向を睨む。父さんの敵は討てなかったが、故郷の皆の敵は残っている。Dランク認定がされた青い(バベル)だけは絶対に俺がぶっ壊す。

 

「……待ってろ。どんな奴が居たとしても俺は負けないからな。お前を破壊するのは俺だ」

 

 これは九年前から続ける誓いだ。ロザリーやリゼリクにさえ抜け駆けはさせないし、他の連中に譲る気も無い。だから強くなろう。意志を貫けるように。もう無力感に打ちひしがれない為に。

 

 

 

 

 

「お待たせしました。焼き肉盛り合わせ十五人前です。ごゆっくりお召し上がり下さい」

 

 全員が着替えた後、俺達はリュウさんの店に(俺持ちで)飯を食いに来ていた。肉体労働な仕事だから当然食う量も多い。接客モードのリュウさんは普段の怖い顔が別人みたいだ。んじゃ、先ずはニンニクダレで……。

 

「それとこれは当店からのサービスです」

 

「肉! リゼリク、肉早く」

 

「はいはい。ちょっと待ってね。美味しい焼き方で焼いたのを食べさせてあげるから」

 

 ……うっ。肉ばっかり注文したからか大盛のサラダが各自の前に置かれる。こうやって甥っ子のリゼリクが一緒の時はサービスしてくれるんだが、どうせだったらサラダを頼んでおいて肉をサービスで貰った方が良かったな。そしてリゼリクなんだが、何故か膝の上にスコルが乗って随分とご満悦な様子だ。

 

「……後で話がある。例の記事の件も合わせてな」

 

「は、はい……」

 

 そして甥っ子が色々と心配になった様子のリュウさんは接客モードを一旦止めてリゼリクの肩に手を置いて呟いている。そりゃ甥っ子が幼女を肩車してて任意同行求められたり、幼女を膝に乗せてデレデレしてたら心配になるよな。

 

「ア、アッシュ……」

 

「そろそろカルビが焼けるな。ロザリー、タレ用の小皿を取ってくれ」

 

 助けないのかって? いや、友達でも親戚の問題に口を出すのはリュウさんが怖いからやらないって。

 

「肉、美味しい」

 

「って、早っ!?」

 

 俺がリゼリクに意識を向けた一瞬の隙に七輪の上の肉は消え失せ、リスみたいに頬を膨らませたスコルの姿があった。

 

「……おい、リゼリク。スコルって一体何者だよ?」

 

「ひ、秘密かな? 別に隠す事なんて何もないけど、何となく秘密」

 

 それじゃあ何か喋れない事が有るってバレバレだろ。もう少し上手く隠せよ、リゼリク。

 

「……そうか。何もないなら別に良い。ったく、次は肉を食ってやるからな」

 

 まあ、黙っていたいなら俺は無理に聞かない。ミントやロザリーも同じ意見みたいだ。ってか、ロザリーの奴、ちゃっかり取り皿に肉を確保してるじゃねぇか。

 

「おい、ロザリー。少し分けてくれ」

 

「分かった。じゃあ……あ~ん」

 

 目の前に突き出される肉。脂が滴り落ちて凄く美味そうだ。第一体を酷使した後だから腹が減ってる。肉の焼ける匂いで既に限界なんだ。

 

「……はい、あ~ん」

 

「……くっ!」

 

 勘違いするなよ、ロザリー。俺はお前に屈したんじゃない。焼き肉に屈したんだ!

 

 

「……いや、もうさっさと付き合ったら? それとスコル。お肉だけじゃなくて野菜も食べなさい」

 

 そんな俺に呆れた様子のミント。深く溜め息を吐きながらスコルの皿に山盛りの野菜を盛り付ける。……ちゃっかり時分のサラダのピーマンまで盛っていた。

 

「……いや、ピーマン食えよ」

 

 相変わらず昔からピーマンが苦手なんだな。ルノア姉ちゃんも苦手で、ニーナ姉ちゃんは平気だったな。……もしかして色気の有無はピーマンの好き嫌いで決定するのか、この姉妹は……。

 

「馬鹿馬鹿しい……」

 

「あ~ん」

 

 幾ら何でもそんな訳があるかと思いながらロザリーに焼き肉を食べさせて貰う。この日の夜はこうして更けていった。

 

 

 

「スコルはリゼリク待ってる。アッシュとロザリーはまた会おう。ミントは別に良い。……それと、これ」

 

 その別れ際の事だ。野菜の恨みかミントの名前を呼ぶ時だけ不満を顔に出したスコルは俺のポケットに何かの紙を入れる。それを広げて見てみれば早瀬の塔の地図の一部。俺達が漸く進入許可を得たフロアの物だ。だが、どうしてこれをくれたんだ?

 

「既に持ってるんだがよ。……ん? 隠し通路?」

 

 よく見れば地図の一カ所に汚い字で隠し通路の入り口が記されていた。

 

 

 

 

「此処でアッシュの運命が待ってる。馬鹿だけど宜しく頼む」

 

 

 



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新たな探索地

 馬鹿だの何だのと言われる俺でも知っている事だが、(バベル)の探索においては事前の準備が欠かせない。ギルド職員や先人達が苦労しながら作成した内部の地図や出現するモンスターの特徴を頭に叩き込み、命綱となる装備の点検もちゃんとする。例え自分の探索団のランクより低いランク認定がされた所でも、探索しても簡単には死なないってだけで、楽勝って事じゃないんだ。

 

「ねぇ、本当にあんなのを信じてる訳? 悪戯か現実と空想がごちゃ混ぜになっているだけよ。一体どれだけの人達が調べてると思ってるの? 隠し通路が有るならとっくに公表されてるに決まってるじゃない」

 

「ロマンがないよな、ミントって。ついでに胸も……はい、ごめんなさい」

 

 そんな訳で慣れた場所であっても探索中の不用意な行動は勿論、探索中じゃなくても不用意な発言は命取りになっちまう。無表情のミントにスピリットランプを向けられている今の俺みたいにな。……人のコンプレックスを刺激しちゃ駄目だよなぁ。

 

「まあ、油断はしないって。今日はこの場所に慣れるのを目標にして、余裕が出来たら試してみるって事で良いだろ? 何せパンダーラの団員からの情報だぜ? ちょっと試してみたいじゃん」

 

 俺が少し期待しているのはスコルから教えられた隠し通路の存在で、ミントが懸念しているのは新エリアで浮かれているんじゃないかって事。(バベル)での探索の制限はランクによって入れる場所が変わるだけじゃなく、担当職員の判断で進める範囲が変わるって事だ。違反した場合、ギルドからの罰則は基本的に無い。只、迂闊な行動のツケを身を持って払わされるケースが大半ってだけだ。

 

「まあ、でも少し浮かれるのは分かるわ。結構綺麗な光景だもの。……でも、五月蠅いし不意打ちとかが心配ね」

 

「じゃあ俺が前方と右側を警戒するからミントは後ろと左側を頼む」

 

「……えっと、右って分かってる?」

 

「分かってるに決まってるだろ!」

 

 俺達が新しく進む事を許されたエリアは左右を瀑布に挟まれた長い長い一本橋。水煙を上げて流れ込む滝の水は滝壺から腰程の深さの早瀬になって入り口に向かって流れている。この滝の水が何処から流れ続けてるのかは不明だが、(バベル)自体が変な存在なんだから気にすると疲れるだけだ。

 

 このエリア、通称『双滝の道(そうろうのみち)』の特徴は視界を邪魔する水煙と轟々と鳴り響く滝の音。大体此処で多いのがモンスターによる不意打ちだ。向こうも気が付かずに不意打ち出来る事も多いらしいがな。

 

「早速お出ましだぜ。マリモスに撲殺ラッコ!」

 

 水の底に沈んで漂っていた緑の球体が一斉に目を見開いて橋の上に向かって飛び出し、滝の上から石を抱えたラッコが飛び出して来る。剣の腹で振り下ろされた石を受け止め、そのまま数匹巻き込んで橋の上に叩き付ければ前方からマリモスが群れを成して転がって来た。

 

 拳大の大きさの上に速い。真上から剣を振り下ろしても簡単には当たらない。苛立って足で踏みつけるんだが伝わったのは堅い感触だ。

 

「ちっ! まるで石だな」

 

「アッシュ!」

 

 声に反応し視線を向ければ俺に向かって滑り込んで来るミントの姿。何も支持を受けていないが俺は飛び上がり、ミントはスピリットランプを突き出す。

 

「エアスラッシュ!」

 

 カンテラから次々に放たれる三日月状の風の刃は地面スレスレを進んでマリモスと撲殺ラッコを切り裂く。少し距離があった撲殺ラッコに届く前に風の刃は消え失せるが、ミントに飛び掛かった瞬間に俺が投げた剣に貫かれた。

 

 撲殺ラッコの体を貫いた刃の先は橋に刺さる事無く弾かれ、着地と共に掴めば足に伝わったのは普通の木の橋の感触。軽く叩いても木の橋なのに壊そうとしても傷付かない。

 

「本当にどうなってるんだろうな、この橋」

 

「今更でしょ? ほら、相手は待ってくれないわ」

 

 次々に水中から飛び出すマリモス。撲殺ラッコも滝に流されて来ている上にクローフィッシュやらも現れる。休ませる気は無いって感じだな……。

 

「……ちょっと多いわね。分かってると思うけれど引き際は間違えちゃ駄目よ? 私が判断して合図するから従いなさいよね」

 

「了解了解! 可能な限り強いのをぶっ倒しまくって、強くなったら更にぶっ倒しまくる! それで問題無いよな!」

 

「馬鹿丸出しの返答どうも!」

 

 ミントの奴は相変わらず口五月蠅いけど、俺があれこれ考えなくても良いんだから正直助かっている。でもよ、モンスターを倒した時に得られるエネルギーってのは強さによって変わるんだぜ? つまりは雑魚ばっか倒しても強くなれないって事だ。

 

「強い奴は全部出て来い! 纏めて糧にしてやるからな!」

 

「ったく、本当は分かってないでしょう、アンタ。まあ、良いわ。倒して倒して倒しまくってやるんだから!」

 

 飛び跳ねて向かって来たマリモスを剣で弾き飛ばしてクローフィッシュを撃ち落とし、撲殺ラッコを数匹一気に串刺しにする。直ぐに光の粒子になって消えるおかげで血やら死骸を気にせず戦えるのは嬉しいんだが、エリアが一つ違うだけで出現頻度が段違いだな。

 

 怒濤の勢いで押し寄せるモンスターの群れ。橋の中央で戦えば向かって来るまでに時間があるから対応出来てるんだが、流石に息が上がって来た。ミントも偶にエネルギーを回収する暇も無い程だし、そろそろ撤退指示が出そうだな。

 

「っと!」

 

 流石にこれだけ連戦が続けば無傷じゃ済まない。一撃で倒し損ねた撲殺ラッコの投げた石が胸に当たって防具の上から衝撃が響く。そのまま爪を立てようとしたのを蹴り上げたが、マリモスの体当たりを喰らった腕が痺れた。

 

「おいおい、流石に多過ぎるだろ。そう言えばモンスターコアが活発になる頃合いだっけか?」

 

「アッシュ、彼処!」

 

 ミントと背中合わせにして思わず愚痴をこぼした時、ミントが橋の前方を指差した。水煙に紛れて見えにくいが、橋の手摺りに赤い球体が埋め込まれている。あれはモンスターコア。(バベル)のエネルギーをモンスターに変換し、近付く奴が居れば周囲からモンスターを呼び寄せる。

 

 それがエリア毎に幾つも散らばって、破壊されても時間経過で何処かに現れるんだが、こんな入り口近くで発見するだなんてな。

 

「そろそろ一つ修復される頃だけれど、まさかこんなエリアの入り口近くで見つかるだなんて。初めて足を踏み入れたのに不運ね」

 

 撲殺ラッコの懐に潜り込んで至近距離でファイヤーボールを放ったミントは火達磨になった相手を蹴り飛ばして他のモンスターにぶつけると困った風な声色で呟く。まあ、その不運で現在ピンチな訳だが……。

 

「いや、幸運だ。あれを壊せば周辺でモンスターが生成されないし、得られるエネルギーだって桁違いじゃねぇか。早い者勝ちだぜ、早い者勝ち!」

 

「アンタって本当に単純ね。狙えばモンスターの妨害だって有るし、現在包囲されてるんだけれど?」

 

 俺達探索者の主な仕事は採取やモンスターを倒す事で(バベル)のエネルギーを消耗させて成長を防ぐ事。そして二種類有るコアの破壊もだ。モンスターコアの破壊こそが今の状況を何とかする手段。逃亡? おいおい、お宝を前にしてるんだぜ。

 

「頼んだぜ、ミント!」

 

「はぁ!? アッシュ、アンタまさか!?」

 

 俺はミントを担ぎ、慌てるのを無視して振りかぶる。そして全力でモンスターコアに向かって投げ飛ばした。

 

「アーッシュ!! 後で覚えて起きなさいよぉおおおっ!」

 

「……こりゃ本当に後が怖いが……今は敵をぶっ倒すだけだ!」

 

 モンスターの頭上を飛び越えてミントはモンスターコアへと接近する。文句を言いつつも空中で体勢を整え魔力を練る。当然させぬとモンスターが押し寄せるが、ミントに殺到するって事は俺を無視するって事だ。

 

「背中からだが卑怯だの何だの言うなよ? まあ、喋れないけどな」

 

 隙を晒したモンスターを背後からバッサバッサと切り捨てるが、モンスターコアに反応する方が強いのか反撃もして来ない。まあ、モンスターコアを発見した時の囮作戦ってのは定石だな。

 

「さっさと壊して帰るわよ! インパクトボム!」

 

 スピリットランプから出て来たのはフワフワと低速で飛ぶシャボン玉みたいな球体。次の瞬間、俺もミントも躊躇無く橋から飛び降りて伏せる。何せミントの魔法はあくまで射程が短いだけで着弾後に広範囲に広がる系統の魔法の広がる範囲は変わらない。そしてインパクトボムはミントが使える魔法の中でも最も広範囲に効果の有る衝撃波の魔法。次の瞬間、俺が取りこぼしたモンスターもモンスターコアも全部纏めて衝撃波が吹き飛ばした。

 

 

 

「派手にやったな、おい……」

 

 俺が浸かっていた水も衝撃で吹き飛んで、今は豪雨みたいに降り注ぐ。思わず呟いた俺の目の前には視界を覆い尽くす程の光の粒子が漂い、それをミントが回収していた。

 

「これなら取り分だけで昨日の焼き肉代は取り戻せるな。……ん? 何だ?」

 

 橋に上がろうと一歩踏み出した時、踏んだ石が沈む。カチッて鳴ったよな、今……。

 

「何か嫌な予感が……」

 

 嫌な予感がすると、最後まで言葉を言い終わる前に俺とミントの姿はその場から消え失せた……。

 

 

 

 

 

 




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逃亡戦

 其処は人里離れた秘境の地。決して人が足を踏み入れる事のない洞窟の奥に男が繋がれていた。知性と野心を感じさせる顔の美丈夫で、悪戯が好きそうな印象を見た者に与えるだろう。彼は決して逃げられぬようにと頑強な鎖で岩壁に縛り付けられ、男の真上には毒液が滴り落ちる牙を持つ大蛇が常に佇んでいる。

 

「……どうかなされましたか? 随分とご機嫌が良い様子ですが……」

 

 毒液が一滴でも体に触れれば想像を絶する苦痛が男を襲う事だろう。鍛え抜いた武人でも、神でさえも耐えられぬ程に想像を絶した責め苦だ。確かに鍛えている体だが、男もその苦しみに耐えられる不動の精神を持っている訳ではない。

 

 故に毒液がその身に触れぬようにと器で毒液を受け続ける女は問い掛けた。器が満杯になり、外に毒液を捨てに行く間は絶え間なく聞こえ続ける男の絶叫、そして再び器で受け続ける間も見続けた憔悴した姿。その二つを知っているが故に、随分と上機嫌な男の様子が気になった。

 

「ああ、簡単な事だ。俺の友達が頼みを聞き入れてくれた。あの傲慢な連中の思惑を叩き潰してくれたんだから上機嫌にもなる。体に残った苦痛も気にならない程にな」

 

「……そうですか。しかし、それならば貴方様を此処から解放し、全てを取り戻す手伝いをしてくれても良いのでは?」

 

「その打診はあったが断った。何故かって? これは俺の戦いだ。嫌がらせ程度なら手伝って貰うが、友達であっても手出し無用だ。……そろそろ満杯だな。指に触れる量になる前に捨てて来い。絶対に触れるなよ? 俺は精々叫んで暴れて、連中に思惑通りに進んでいると思わせてやるさ。ははははは! 俺は絶対に屈しないぞ!」

 

「……」

 

 高らかに笑う男の姿に女は黙り込む。これ以上は男への侮辱だと彼女は知っていた。一度毒液が触れ始めれば何も考えられない程の激痛が男を苦しめる事も女は知っていた……。

 

 

 

「さっさと連中の思惑を壊しなさい、アッシュ・ニブルヘルム。既に此方は遊技の駒にされる筈だった貴方達を救っているのですよ。一刻も早く恩を返しなさい」

 

 毒液を外に捨てながら女は呟く。洞窟の奥からは男が苦しみ暴れる音と絶叫が響き続けていた。それは先程の言葉の通りに演技……ではない。

 

 

 

 

 

 

「転移トラップ。ランクの高い(バベル)には存在するって習ったけれど、まさかGランクの早瀬の塔に存在するだなんて……」

 

 突然地面に現れた巨大な魔法陣。気が付けば俺達は見知らぬ場所に立っていた。見た所、水中。但し水中に存在する透明の管の中に居るみたいで息も出来るし、水が無い。こんな場所が有るだなんて聞いた事が無いぞ……。

 

「……あれ? いや、まさか!」

 

「どうしたのよ、アッシュ。あの子に渡された地図なんて取り出して。まさか罠が発動した地点が隠し通路の入り口だって言うんじゃないでしょうね?」

 

「そのまさかだ。この場所に向かう方法が地図に載ってるぞ」

 

 少しだけ気になっていたから覚えている。汚い文字だったし、踏んだら転移って書いてたが本気にはしてはいなかった。元々水中に飛び込む予定は無かったしな。

 

「嘘でしょう? え? 本当に?」

 

 だが、確かに俺とミントは転移して此処に立っている。三人程度が手を広げて通れる程の幅の水中の道は曲がりくねりながら中は淡く光り、遙か向こうまで続いているのが見えた。立っていられるんだからと横の水に手を伸ばすけれど、水の感触はしても腕は突っ込めない。試しに飛び込んでみても突き破れなかった。

 

「ちょっと何やってるのよ、アッシュ! 水の深さがどれくらいか分からないし、出られても戻れる保証は無いんだから無茶するんじゃないわよ! ……にしても本当に隠し通路が有るだなんて」

 

「俺もビックリだぜ。じゃあ、早速探索を……」

 

「駄目よ。一旦此処で大人しくしてリターンチャイムが発動するのを待つのが得策だわ。時間を掛けてじっくりと、それが探索者の基本じゃない。隠し通路が実際にあるって分かったし、ギルドの調査後にもう一度来るわよ」

 

 確かにミントの言葉は正しいだろうよ。無茶だけは絶対に駄目だって教わったし、英雄視していた父さんだって死んだんだ。仲間のピンチなら兎も角、好奇心でミントまで危険に晒すんなら俺に仲間を持つ資格は無い。そう、無いんだが……。

 

「取り敢えず落ち着ける場所で時間が来るのを待とうぜって言うか……さっさと走るぞ!」

 

「げぇ!? 新種!?」

 

 水中を通して見える管に道の遙か向こうから青く光る球体がフヨフヨと浮きながら接近して来るのが見えた。見た事がないし、本にもそれらしいのが載っていないから未発見のモンスターだな。凄く興味を引かれたんだが、どうも観察する余裕は無いらしい。

 

「道が消えて行く……」

 

 謎のモンスターが通った側から水中の道が消えて行くのを理解した瞬間、俺達は一斉に駆け出した。。道は曲がりくねりながら随分と先まで続いていてるし、長い鬼ごっこになりそうだな、こりゃ……。

 

「分かってると思うけれど追い付かれたら詰みよ! こんな場所で逃げながら未知の相手と戦うなんて馬鹿馬鹿しいし……」

 

「ああ、分かってる!」

 

 俺とミントは即座に意見を一致させる。今すべきなのは兎に角逃げる事だ。この道で下手に魔法を使った結果、道が崩壊して溺れたんじゃ間抜けだもんな。だから……。

 

 

「「そして戦える場所でぶっ倒す!」」

 

 こうやって意見が一致する辺り、俺って単純だの何だの言われているけど、ミントも大概だよな……。

 

 

「なあ、ミント。絶賛ピンチだけれど……これを乗り越えてこその英雄だよな!」

 

「……あー、はいはい。アンタだけじゃ不安だから面倒見てあげるけれど、私を巻き込んでるってのを自覚して無茶しなさいよね」

 

 何だかんだ言ってミントは本当に頼りになる。今も逃げながら相手を観察してるし、だから俺は存分に暴れられるんだ。

 

「未知のモンスターはやや加速! そして予想していたけれどモンスターは普通に通り抜けて来るわ!」

 

 前方の水の壁を突き破ってミニケルピーの群れが立ちはだかって蹄を上げて威嚇して来る。ったく、馬が水の中を走るなってんだ。

 

「私は魔法は控えるから先に行って!」

 

「任せろ! 退けよ、チビ馬共が!」

 

 大人の馬よりやや遅い程度の速度で向かって来るミニケルピーの群れを正面から斬りつけて先頭の一頭の首を切り落とす。その後ろから向かって来た二頭の首にミントが投擲したナイフが命中。悲鳴を上げて怯んだ所を二匹纏めて切り裂いた。

 

「死体が残らないってのは楽で良いよな! どんどん来い!」

 

「こんな所で死んだら私達の死体だって残らないんだから油断しない! 次! 足元からマリモスが十匹!」

 

 徐々に加速する相手から逃亡しつつ上下左右から向かって来る敵との戦い。未だかつてないピンチに思わず口角がつり上がる。ミントも冷静に見えて楽しそうだ。ワイヤーを結んだ投げナイフを回収した時の顔は笑って見えた。そうだよな。俺達はこの場所に何をしに来た? 金稼ぎ? いや、違う!

 

 

「矢っ張り冒険はこうじゃないとな! 燃えて来たぜ!」

 

 父さんとは違って俺の手の中の魔剣は炎に包まれてはくれない。漸く刃が使い物になったのも最近だ。だが、気のせいかも知れないが刃が僅かに熱を持ち始めたのを俺は感じていた。

 

 

 

「見えて来た!」

 

 かれこれ一時間以上は立ち塞がるモンスターを薙ぎ倒しながらの逃亡を続けただろうか。昇ったり降ったり左右に蛇行したりと無駄に疲れる道を行き、例のモンスターも直ぐ其処まで迫っているというタイミングで水面が見えて来た。道はその先に続き、俺達は一気に駆け上がる。

 

「これは追いかけ回してくれたお礼よ! アイスニードル!」

 

 数歩で触れられる距離まで迫った相手にロザリーは逆向きに伸びた氷柱を放つ。相手は止まれずに貫かれ、俺達は水面へと飛び出す。

 

「……こりゃピンチは続くって奴か」

 

 俺達が降り立ったのは円形の部屋。飛び出した穴だけが外へと続く出入り口で、俺達が構えると同時に空いた穴が全て塞がった赤い球体が姿を現した。



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魔剣の名

 偶然発見した隠し通路。そこで遭遇した未知のモンスター……取りあえずアクアスフィアと呼ぶ事にした、との戦いは一進一退の攻防になっていた。

 

「ミント、一旦下がれ!」

 

 アクアスフィアの周囲には四つの水球が浮かび、その二つが槍へと形を変えて真上から向かって来る。バックステップで避ければ床を突き刺しながらミントを追い掛けるが、その隙に俺が剣を構えて肉薄した。

 

「だぁっ!」

 

 残った二つが盾に変わって立ち塞がるが、俺の一撃は盾すらも切り裂いて本体に傷を付ける。手に伝わったのは堅い物を切り裂く感触。でも、切れない程じゃない。もう一撃オマケに喰らわせようとしたが、ミントを追っていた槍が矛先を俺に向けて戻って来ていた。

 

「ちっ! 後少しだったのによ!」

 

 剣で槍を弾き飛ばすが、その隙に盾が水球に戻ってアクアスフィアも遠ざかる。槍も水球に戻り、四つの水球が一つになった。来る! 

 

「アイスウォール!」

 

 俺は咄嗟に剣を盾みたいに構え、ミントも氷の壁を作り出せば水球から無数の水の礫が飛んで来た。まるで本当の石礫を浴びているみたいな衝撃が全身に走り、防げなかった場所に容赦なく打ち付けた。ミントが張った氷の壁の表面もボロボロだが今がチャンスだ。

 

 部屋中に散った水球は徐々にアクアスフィアの所に戻って行く。それだけなら良いんだが、その一部が傷を埋めるように入り込んで俺が与えたダメージを修復していた。

 

「一気に攻めるぞ、ミント!」

 

「分かってるわ! ファイヤーボール!」

 

 このままじゃジリ貧だ。此処で一気に決めるべく俺達は駆け出した。俺が剣を構え、ミントがそれに続く。アクアスフィアが放った水の槍を剣で破壊し、散らばった水と水の盾をミントの魔法が消し飛ばした。今、アクアスフィアは丸腰。これで終わりだとばかりに修復途中の箇所に向かって剣を突き出せば根元まで入り込む。だが……。

 

「くっ! 断ち切れない!」

 

 それ以上は動かせない。切り下ろそうとするも刃が動かず、引き抜こうと力を込めても同様だ。焦る俺の襟首ミントが引っ張り、咄嗟に剣を指輪に戻して下がればアクアスフィアから再び四つの水球が飛び出す。直ぐにその一部が傷に入り込み、アクアスフィアを癒やして行った。

 

「振り出しに戻る……って奴か?」

 

「本当に面倒な敵だけど……追加の生成が完了よ!」

 

 此処に来ての朗報。スピリッツランプの中には光の結晶が現れ、投げ渡されたそれを握り締めれば全身に軽い痺れる痛みと共に力が湧いて来る。ちょっと疲れてきたが勝負は此処からだ!

 

 

 

 

 

 時間は少し巻き戻り、俺達が立ち塞がるモンスターを倒しながら水中の道を進む道中。ミントがこんな事を言い出した。

 

「……ねぇ、アッシュ。命有っての物種よね? お金は正直言って惜しいけど、こんな事態じゃ文句は言っていられないわ」

 

 一応断って置くべきだと思ったんだろうな。俺の返事を聞くよりも早くミントはスピリッツランプから此処まで集めたエネルギーを解放した。うおっ!? 何やってんだよ、勿体ない! モンスターコアだって破壊したし、ギルドで物質化して貰えば結構な金額に……ん?

 

「……エナジーストーン?」

 

「そうよ。ギルド職員専用のスピリッツランプで作ったのに比べれば純度は落ちるし、二回に分けて作る必要が有るけれど、このピンチを乗り切るには必要よ」

 

 スピリッツランプの中には普段はギルドでしか見ないエネルギーの結晶体が入っていた。普段は回収したエネルギーを物質化して提出する時に生成される物だが、言われてみれば少し濁った色だな。

 

 だが、間違い無い。これは回収したエネルギーを人体に吸収可能な状態にした物体であるエナジーストーンだ。

 

「分かってると思うけれど、最近漸く(バベル)に入るのを許可された私達は弱いわ。吸収したエネルギーだって少ない。本当ならギルドで生成して貰ったらこれの三割り増しの力が得られたんだけれど……」

 

「だったら後ろの奴と立ち塞がる連中のエネルギーを提出すれば良いだけじゃね? 未知のモンスターだ。何か期待出来そうじゃん」

 

「……はあ。アンタの脳天気さが偶に羨ましくなるわね。まあ、良いわ。今は少しでも力を付けて、あのモンスターを倒して帰るわよ! 此処まで来たら時間経過で中途半端な終わりだなんて耐えられない。……残りの生成には少し時間が掛かるわ。サポートを最低限にして集中するから頼んだわよ?」

 

「了解了解! 俺が全部ぶっ倒してやるよ!」

 

 こうして即席の方法で力を得た俺達は昨日までなら負けていたであろうモンスターを薙ぎ倒して進み、アクアスフィアとも苦戦しながらも戦えていた。本当にミントには感謝だな。思い付きで動く俺とは違う。短時間でしっかり考えてくれるんだもんよ。

 

 

「これで更に俺達は強くなった。一気に終わらせてやるぜ、アクアスフィア! お前を英雄になる為の踏み台にしてやるぜ!」

 

「調子に乗らない! 相手も何か様子が変わったわよ!」

 

 一気に力が上昇した高揚感と戦いのテンションが合わさって一気に燃え上がり、横からミントに釘を刺される。ったく、うっせぇな。分かってるけど別に良いじゃん。……何かミントにラッキースケベが発動しない理由が分かった気がする。ガミガミ叱ってくる母親みたいなんだよ。ルノア姉ちゃんとミントのどっちが保護者か分からないって時が多いしさ。

 

「ミント、実は三十路?」

 

「集中せずに余計な事を言い続けるなら、アンタの引きちぎってすり潰して犬に食わせるわよ?」

 

「集中して行こうぜ! 向こうも本気で来たしな!」

 

 見ればアクアスフィアの周囲を舞う水球が四つから六つへと変わっている。それぞれ二つずつ盾と槍に変わり、残りの二つは筒状の何かに変わる。……まさか。

 

「大……砲……?」

 

「っ! アイスウォール!」

 

 俺の呟きに対し、正解だと言わんばかりに水の砲撃が放たれる。ミントが咄嗟に張った氷の壁は一撃目でひび割れ、二撃目で半壊。最後に槍が崩れ始めた氷壁を貫いて向かって来た。咄嗟に剣で防ぐも数歩ばかりの距離を後退させられ、再び砲口が俺達の方を向く。

 

「避けろ!」

 

 今度は二つの砲門から同時に砲撃。咄嗟に左右に分かれたんだが、槍は既に俺達に向かって来ていた。

 

「ちっ!」

 

 これは分断させられたんだと理解しながら槍を弾き飛ばそうとし、剣は空を切る。剣が迫った瞬間に水の槍は普通の水に戻ったんだ。力を込めて繰り出した一撃が空振りになってバランスを崩した俺が目にしたのは俺の方を向く砲門。避ける動作を取る間もなく水の砲撃が俺に襲い掛かった。

 

 その一撃で防具は破壊され、俺は壁に叩きつけられる。剣を手放さなかっただけ自分を誉めてやりたい気分だ。だが、今は余裕ぶってる場合じゃねぇよな。何せ床に散らばった水が槍に戻って俺に迫ってるんだからよ。既に至近距離まで迫った槍を剣で弾く余裕は無い。咄嗟に身を捩らせて直撃を避けたが脇腹を切り裂かれた。焼け付くみたいな激痛が走り、悲鳴を上げるのを咄嗟に堪える。だが、今度は二つの砲門が俺に向けられ、槍と同時に放たれた。

 

 

 

 

 

「ファイヤーボール!!」

 

 思わず目を瞑るよりも前に視界に飛び込んだのは間に割って入ったミントの背中。砲撃と槍が手を伸ばせば触れる距離まで迫った段階で放たれた火球は着弾と同時に弾けて熱と衝撃を撒き散らす。それによって水の砲弾と槍は消え失せ、ミントは俺の隣まで吹き飛ばされて壁に叩き付けられた。

 

「ヒー……リング……。後は、任せ……」

 

 ミントが気を失う寸前、俺に使った回復魔法によって痛みが消え失せる。そのまま意識を失い倒れ込むミント。アクアスフィアは今度は全ての水球を大砲に変え、今にも放とうとしていた。

 

「……任せとけ」

 

 ミントを背中に庇うようにして俺は走り出す。既に脱落した相手よりも動いている相手を優先するのか砲口が向いているのは俺だ。剣より伝わる熱は既に気のせいじゃないと分かる段階まで上昇し、一つの言葉が俺の頭に流れ込む。

 

 その言葉を叫べと剣から語り掛けて来た気がした。

 

 

 

「レヴァティン!!」

 

 剣から噴き出るのは紅蓮の炎。幼い頃の記憶に残る父さんが使っていた時の魔剣の姿が俺の手の中にあった。部屋の中を炎が熱し、急激に室温が上昇する。俺の頬から一筋の汗が流れ落ちた時、アクアスフィアは一斉に砲撃を放ち俺はレヴァティンを振るう。決着は一瞬だ。魔剣から噴き出す炎は炎の刃へと変わり、砲撃もアクアスフィアも纏めて切り裂いて焼き尽くした。

 

「勝っ……た……? ん? あれはまさか……」が」

 

 途轍もない疲労感と共に倒れそうになるのをレーヴァティンで何とか防ぐ。刃の炎は消え失せ、アクアスフィアが光の粒子になった時、秘宝らしき箱が目の前に現れたんだ。

 

「あれがボスドロップって奴か?」

 

 ルノア姉ちゃんから聞いたんだが、(バベル)内部で特定の場所を守るように存在するモンスターを倒した時、低確率で普通より上等な秘宝が手に入るらしい。欲張った馬鹿が狙って死なないように探索団のランクが一定以上じゃないと開示されないようにギルドが規制してる情報で、本当は俺達に話したら駄目らしいんだけどな。

 

 まあ、ボロボロだしリターンチャイムを見れば数分で強制帰還が発動する頃合いだ。ミントが気絶しているからエネルギーの回収は無理だし、頑張ったご褒美に秘宝だけでも持って帰ろうとした時だった。本来ならギルド職員のみ伝授される魔法によってしか開けられない箱が自動で開いたのは。

 

 

 

「……ふむ。まさか此処まで未熟者だとはな。それに何か違う気もするが……別に良かろう。喜べ、主よ。お前の望みを叶えてやろうではないか」

 

 そしてなかからあらわれたのは……威風堂々と立つ全裸の美少女だった。

 

「……は?」

 

「聞こえなかったのか? お前の望みを叶えてやると言ったのだ。ああ、それとも……見た目通りに貴様の頭は空か」

 

 既に立っているのも辛く、倒れまいと剣を杖にして床に膝を付く俺の前には傲岸不遜な態度の少女が立っている。太陽と月を思わせる金の髪と銀の瞳は吸い込まれるように美しく、恥じる様子すら見せずに晒された一糸纏わぬ裸体は芸術品とさえ感じた程だ。

 

「お、俺の望み……」

 

「ああ、そうだ。先程の戦いは……いや、お遊びの一部始終はずっと見ていたぞ。いやぁ、あれが喜劇という奴か。笑わせて貰ったぞ。あの程度で英雄になるとほざくのだからなぁ」

 

 少女は俺の顎に人差し指を当てて軽く持ち上げる。そのまま息が掛かる程の近距離で見詰める瞳は吸い込まれそうで、侮辱への怒りが湧いて来ない。何時もの俺なら仲間との口喧嘩で直ぐに熱くなるのにだ。

 

「もう一度だけ言ってやる。私に手を貸せ。そうすれば貴様は世界を救う英雄にしてやると約束しようじゃないか」

 

「お、お前は一体……」

 

 そうだ。本当に此奴は何者だよ!? 秘宝の箱から出て来たし、訳の分からない事ばっかり言ってきて、頭が変になりそうだ。

 

 

「……ああ、人は自己紹介をするのであったな。私の名はハティ。月の塔喰らい(バベルイーター)だ」

 

 ハティが名乗った物の意味、そして脳裏を過ぎったスコルの言葉の意味。それを知るのはもう少し後の話。言えるのは二つ。俺の運命はこの時から大きく動き出したって事だ。

 

 

 

 

 

「ああ、そうだ。遊び疲れている所悪いのだが、私を好きになる為に今すぐ抱け」

 

「何でだよ!?」

 

「いや、男とは一度手を出した相手に夢中になる物だろう?」

 

 もう一つ言える事。それは此奴が世間知らずの痴女だって事だ……。

 




メインヒロイン? 登場です!

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誘惑と癒やし

 (バベル)には常に未知が潜んでいる。連中は常に息を潜めて牙を研ぎ、既知の場所だと気を緩めた獲物の首筋に噛み付いて来る。それは俺達探索者が常に心に留めるべき言葉だ。だが、だがな……。

 

「ほら、どうした? まさか男色な訳でもあるまい? 心音が高なるのを感じているからな。年頃の男なのだし、滾る欲望をぶつければ良い。私が全て受け入れてやろう」

 

 未知のエリアを進んだ先で倒した未知のモンスターを倒したら裸の美少女が現れて誘惑して来るだなんて予想外にも程があるだろ!? ハティと名乗った女は俺の首に手を回し、少し顔を動かせば唇が触れ合う距離で不敵に笑う。鼻孔を甘い匂いが擽り、服の上から押し付けられる胸の感触は強い弾力があった。

 

 ハティの言葉は全くの的外れ……てな訳じゃない。俺だって年頃だし、娼館とかに興味が無いって言ったら嘘になるな。ラッキースケベの呪いのせいで顔が知られているから行けないんだが。

 

 ルノア姉ちゃんやミントに一切色気を感じないから耐えられているが、それでも溜まる物が有る。そして今は戦闘の高揚感が収まってない状態だ。視線を下に向ければ胸の谷間が至近距離に。思わず唾を飲み込み慌てて視線を逸らす。

 

「耐えろ。耐えるんだ、アッシュ!」

 

「……アッシュ? 一体これは……」

 

「……うん?」

 

 何だか様子が変だな。ハティはまるで俺が別の名前だと思っていたみたいだ。口元に手を当てて何やら考えている。うん、流石に離れるか。ずっとこの状態ってのも落ち着かないとハティから離れようとしたんだが足元がふらついて前のめりに倒れ込む。どうやら思った以上に俺は限界らしく、何時もの呪いが発動したって事だ。

 

「うぷっ!」

 

「おやおや、乗り気ではないか。私の気が逸れた途端にこれとはな。さては一方的に攻める方が好みだったか?」

 

 俺は顔面からハティの胸に突っ込んでそのまま押し倒す。不意を打たれて倒れ込んだのかビックリした様子だったが直ぐに俺の頭を抱き締めて更に強く胸に押し付けた。正直言って息がしにくい。その上スベスベの肌が顔面に押し付けられてどうにかなっちまいそうだった。

 

「さてと。私はどうすれば良い? 嫌がったり恥ずかしがったりする演技を所望するなら構わんぞ? 大袈裟に反応してやっても……あっ、悪い。窒息する所だったか」

 

「ぷはっ! こ、殺す気か!」

 

 ハティの腕の力が緩んだ事で俺は顔を上げて息を吸い込めた。寸前まで顔を埋めていた双丘を極力見ないようにしながら文句を言うがハティは誘惑するような笑みを浮かべたまま俺の頬に手を当てる。

 

「悩殺する気ではあるな。貴様に死なれたら困るから殺しはしないが」

 

 駄目だ、話が通じない。大体、此奴は俺に自分を好きにならせるって言ったが一体何が目的だ? それに秘宝の入っている筈の箱から出て来たし。せんが

 

「だからお前は一体何者なんだよ!? 秘宝の代わりに出て来たし、塔喰らい(バベルイーター)とか聞いた事の無いし……」

 

「……どうやら一から説明が必要な様子だな。まあ、良いだろう。今夜、ベッドの中で絡み合いながら教えてやろう。……これは手付けだ」

 

 疑問を投げ掛ける俺に少し呆れた様子のハティはそのまま両手で俺の頬を挟み、引き寄せて唇を重ねた。生まれて初めての口付けに俺の頭の中が真っ白になり、口の中で何かが動くも何か分からない。唇を重ねる事数秒。漸く離したハティは唾液の糸を指で絡め取って口に運び、俺が瞬きをすると同時に消える。……幻? いや、確かに顔にも唇にも感触が残って……。

 

「って、ミント!」

 

「呼んだ? ったく、派手にやられたわね。こりゃ明日は全身打ち身で動けないかも。その場合は炊事当番代わりなさいよ? ぶん投げた事はそれでチャラにしてあげる」

 

 ハティに気を取られていて気が付かなかったが、アクアスフィアから放出された光の粒子は部屋全体漂い、一カ所に向かって集まって行っている。どうやら喋る余裕は有るのか少し痛そうにしながらもエネルギーの回収をしつつ悪態を付いていた。こりゃ大丈夫だな。

 

「……えっと、もしかして全部見てたのか?」

 

 密度が濃いのか結構な勢いで吸い込んでいるのに少しずつ薄くなるだけだし、多分目が覚めたのは少し前だ。つまり俺が全裸のハティに抱き付かれた上に呪いが発動して胸に顔を埋めながら押し倒した姿も見られてるって事で、下手すりゃゴミを見る目を向けられるぞ……。

 

「どうせあの女を押し倒した事で軽蔑されると思ってるんでしょ? 安心なさい。アンタがアクアスフィアを両断した辺りから朦朧としてたけれど意識は戻ってたし、普段は気を抜いて呪いが発動する事に怒るけれど、今回は大目に見て良い案件でしょ。あんな事態が起きたんじゃね。……それで感触の方はどうなの?」

 

「……悪くは無かった。息苦しかったけど顔に押し付けられて感じた匂いは良かったし、感触だって気持ち……って、何を言わせるんだよ!?」

 

 さっきは事態について行けなかったが、落ち着いて考えると誤ってご褒美的な事だとも言えるよな。態度は大きかったし変人だったけれど美人だったし、男として悪い気はしなかった。だから聞かれるがままに感想を述べたんだが……何かやらかしたっぽいな、おい。ミントの目が明らかに変わったぞ。

 

「いや、魔剣の力を解放してたから、今後も使えそうかって感じの意味で聞いたんだけれど? ……女の私に猥談仕掛けるとか引くわ」

 

「……だよな。うん、さっきは勢いで使えたけれど、次は練習次第って所だな」

 

 この時、俺に向けられたのはゴミを見るような軽蔑の眼差しだった……。偶にミントが女だって忘れるんだよな、俺。

 

 

 

「矢っ張りぶん投げた事をチャラにするの無しね」

 

 心を読まれた!? 俺が唖然とする中、ミントは光の粒子を回収し終える。随分と時間が掛かったし、無駄にした分は取り戻せたか? 少し上機嫌になったし、俺がひとまず安心すると丁度のタイミングでリターンチャイムから鐘の音が鳴る。

 

「終わった後で良かったな……」

 

 これで回収途中だったら逆に不機嫌になる所だったぜ。それにしても今日は疲れた。出来ればギルドに向かうのは明日にしたいな。安心したせいか疲れが押し寄せる。今直ぐにでもベッドに入りたい気分だ。

 

「なあ、ギルドに行くのは明日にしようぜ……」

 

「賛成ね。隠しエリアだの未発見だったモンスターだの……あの女だの、報告に時間が掛かるのは間違い無いわ。姉さんだったらハティに関する事に心当たりが有るだろうし教えて貰いましょう」

 

 ミントも俺と同様に疲れ切った顔で賛同するし、今日は飯食ったら直ぐにベッドにダイブするんだ。これ以上疲れるイベントは勘弁して欲しいからな……。

 

「まあ、流石にこれ以上面倒な事は……うぇ!」

 

 忘れたいけれど思い出す。ハティの奴、今夜現れるみたいな事を言っていたよな。しかも行為に及ぶ気満々な感じで。未だかつてない貞操の危機に精神的な疲れが押し寄せる。只、卒業する事への興味が無い訳じゃないんだ。唇に指先で触れればファーストキスの感触を思い出すし、あの口の中に入って来たのって……。

 

 

 

「……ロザリーに知られたらどうなるでしょうね。嫉妬から襲われちゃうんじゃないの? だから前から言ってたのよ。さっさと押し倒しちゃいなさいって」

 

「うん? 俺、言われた事無いぞ?」

 

「アンタじゃなくてロザリーに言ったのよ。でも、アンタから求められたいんだって」

 

 思わず地面に手を付いて膝を折る中、俺達は街中へと転移する。丁度買い物客でごった返す時間帯で通行人が多い中、待ち伏せでもしていたように目の前にスコルが立っていた。……今日はメイド服か。

 

「ハティに会えたのは嬉しい。頑張って」

 

「お、おい! 彼奴の事を詳しく教えて……」

 

 言いたい事だけ言って去るスコルを止めようと手を伸ばした俺だが、その手はスコルじゃなくて間を通ろうとしたキュアさんの胸を鷲掴みにしていた。小振りながら形が良く、持ち主は相変わらずの無表情で俺を見る。

 

 

「非番だったのに担当の方と会うとは思いませんでした。所で街中で気を抜かない方が宜しいですよ?」

 

「……今はその反応が癒されるな」

 

 今夜の面倒事を考えると本当にこの薄い反応が俺の心の癒やしになっていた。ミントに指摘されるまでキュアさんの胸を掴んだままなのを忘れていた程にな……。

 

 

 




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助けを呼べば現れる

 テーブルの上に敷き詰められた料理の山。エナジーストーンによって大幅に強くなった上に激闘を行った体は栄養を求めている。つまりは大食いの時間って訳だ。ギルドに行ってないから職員が残業して計算してくれた未換金分もアクアスフィアのエネルギーの分のミョルも貰えてないから自炊なのが残念だけどな。

 

「にしてもざく切り野菜のサラダに炒め物とかの簡単なのばっかり。……ニーナ姉さん(ちゃんとした方の姉さん)に頼り切っていたものね。流石に結婚した後まで私達の家事を任せられないし……」

 

「料理教室とかは……通う暇はないか」

 

 俺達三人共料理って出来ない事も無いけれど別段上手な訳じゃない。まあ、ザッと作ってバッと盛るお手軽料理だな。美味しいとは思うんだがレパートリーが少ないってのは致命的だよな。食事の楽しみは大事だよ、マジで。

 

「まあ、ウチは肉に酒さえあれば別に構わへんよ? てな訳でミントちゃん、酒豪の徳利を持って来てや。今日は何と熟成した高級ワインやし、ソースに使うだけってのも勿体無いやろ?」

 

「……はぁ? 昨日酔い潰れて床を酒で満たしてたのは何処の誰だったかしら? 未だお酒臭いんだけれど、その酒臭さで禁酒期間の事を忘れたのかしら?」

 

「いえ、忘れとらんで!? 冗談やて、冗談!」

 

「言っとくけど禁酒期間は冗談にはならないから」

 

 分厚い肉にフォークを刺し、もう片方の手でお猪口で酒を飲む仕草をするルノア姉ちゃんにミントの冷たい視線が突き刺さる。一切の抑揚の無い声は怒ってるのを嫌でも感じさせるし、俺は巻き込まれないように黙っておこう。ルノア姉ちゃんは完全にビビった顔で飯を食い始めたし、本当にどっちが保護者か分からないよな。

 

 俺は巻き込まれなかった事にホッとしながらも食事を始めたんだが、ある程度食って落ち着いた頃、ルノア姉ちゃんの表情が切り替わる。自堕落で情けない駄目人間から俺が憧れていた頃の表情、元Aランク探索団の若手ナンバーワンへと一瞬で変貌した。俺とミントも直ぐに空気を切り替える。それを確かめた後、ルノア姉ちゃんの口がゆっくりと開いた。

 

「……さて、飯を食いながら仕事について話すのもあれやけれど、探索者ってのは危険な場所で飯食いながら計画について話すもんや。未発見エリアの事、詳しく話して貰おうか?」

 

「そうね。じゃあ、私が話すわ。先ずは進入の許可が出たエリアで起きた事だけれど……」

 

 何時の間にかルノア姉ちゃんの手にはペンが握られ、ミントの話す内容を書き留めて行く。そうか、聞き取り自体は俺達にもされるだろうけれど、何だかんだ言ってもギルドとの細かい申請報告や交渉は団長の仕事なんだ。……小さい頃、俺はルノア姉ちゃんを心が折れたと認識して失望していた。でも、今こうやって俺達を支えてくれているのはそのルノア姉ちゃんだ。……本当は出来たら一緒に探索したいんだけどな。鍛えて貰った成果を実戦で披露したいぜ。

 

 

「未発見エリアの発見に新種のモンスターとの戦い……ギルドへの報告書の作成が面倒やなぁ。なあ、ミント。姉ちゃん仕事頑張るから禁酒期間減らしてくれへん?」

 

 その数秒後、ルノア姉ちゃんは何時もの駄目人間に戻った。ハティと出会った事を話す前にこれだよ。相変わらず数分しか真面目に話せないんだから。……今の無しな。両手を合わして神に祈るポーズで実の妹を拝み倒す姿からはAランク探索団の若手ナンバーワンだった頃の面影は欠片も無い。俺、外に食いに行く金が無いから家で食うのがこれだけ嬉しかったのは初めてだ

 

「駄目。実際に遭遇した私達から聞き取りをして報告書に纏めるのは団長の役目でしょ! それと禁酒期間の短縮は聞き入れられないわ。って言うか昨日やらかしたから一週間禁酒にしたんじゃないの」

 

「いーやーやー! 飲ーみーたーいー! 酒はウチにとって命の源なんやで!?」

 

 もう三十近いってのに涙目になって手足をバタバタさせるルノア姉ちゃん。何時ものパターンでこの後は床を転げ回るまでがワンセット。あっ、始まった。エナジーストーンによってエネルギーを大量に吸収した影響か見た目よりずっと若いけれど見苦しいにも程が有るぜ。

 

「……神、か」

 

 確かアポロンを含めて何体か神を自称する連中だって居るし、最近じゃ変な教団が台頭してるんだっけか? 各地で活動してはパンダーラが熱心に潰してるって噂だけどよ。こうやって他の事を考えてたら余計な事を気にしなくて楽になるし、教団は興味が無い連中だけれど今は感謝をしている自分に気が付いた。

 

 この世の中って見たくない物が沢山有るんだよなぁ、例えば尊敬していた相手が駄々を捏ねる姿とかさ……。

 

「駄目よ。水でも飲んでなさい」

 

「……ルノア姉ちゃん、歳を考えてくれよ」

 

 だからミントは冷たい視線を実の姉に向けたし、鏡に映った俺の目は何処か遠くを見る目だった。

 

 

 

「ワーイーンー! 一杯! 一杯だけやからお願い!」

 

「それにしてもハティが名乗っていた塔喰らい(バベルイーター)って一体何だったのかしら?」

 

「ああ、そういやハティの奴が自分を月の塔喰らい(バベルイーター)って名乗ってたよな。……今思い返せばスコルの奴も同じのを名乗ろうとしてたんだよな。リゼリクが止めたから最後まで聞けなかったから合ってるかどうか分からないけどよ」

 

 床をゴロゴロと転がる姿に俺達は直視するのを止め、俺達だけで会話を続ける。だが、ルノア姉ちゃんの放つ空気は又しても昔に戻ったんだ。……いや、違う。何処か怯えが見える。ミントにビビってる時の情けない怯え方じゃなく、何か苦い思い出が蘇ったような。

 

「……おい、その話詳しく聞かせろや」

 

「あ、ああ……。アクアスフィアを倒した後で秘宝の箱が出て来たんだけど、其処から全裸の女が現れてよ……」

 

「アッシュ、願望を語るのは今度にしろや。今は真面目に話す時や」

 

 俺、本当の事を話してるのにルノア姉ちゃんは軽い怒りさえ滲ませている声だ。……だよな。俺もリゼリクが全裸の幼女が秘宝の代わりに現れたとか言い出したら妄想だって思うもんな。だが、俺にはミントが居る。一緒に探索する仲間なら俺がエロ妄想垂れ流すスケベ野郎じゃないって保証してくれる筈だ。

 

「ミント、話が進まないから証言してくれ」

 

「ええ、見たわ。詳しい話は本人がしてくれるんじゃない? アンタがハティの胸に顔を埋めながら押し倒した後、夜這いに行った時に話すって言ってたもの」

 

「……うわぁ。アッシュは相変わらずやなぁ。幾ら呪いでもその内捕まるんちゃう? まあ、邪魔はせんから頑張れや」

 

「ニンニクとか精の付く物でも買って来ようか? 肝心の時に役に立たなかったら怒って教えてくれないんじゃない?」

 

「有りそうやな。実際、ウチ達の両親が恋人だった頃に盛り上がって事に及ぼうとしたんやけど、親父の緊張のせいでてんで役に立たなかったせいで一時期破局寸前だったとか。……死んだ皆の遺族に出来るだけ渡したかったからギルドに売った精力増強の秘宝が無けりゃウチは仕込めんかったやろうな。死んだ皆の遺族へ沢山補償金払いたかったからギルドに売ったのは失敗やったわ」

 

「まあ、アッシュは単純だから緊張とか無いんじゃないの? ラッキースケベの連発はあっても経験はゼロだから下手くそで怒らせる事は有るかもね」

 

 男よりも女の方が下ネタがえげつないって聞いたけどマジだったのか……。てか、ミント達の両親ってできちゃった結婚だったんだな。

 

 

 

 

「……そして夜が来た訳だが来ないな」

 

 あの後、俺は寝室に押し込まれてハティを待たされていた。ルノア姉ちゃんは何処で塔喰らい(バベルイーター)って言葉を聞いたのか教えてくれなかったし、モヤモヤしながら天井を見上げる。一向に現れる気配の無いハティに思わず呟いた。いや、待ちわびてる訳じゃないんだぜ? ちょっと期待してるけど。

 

 でも、こんな形で経験するのもな。俺にはニーナ姉ちゃんという初恋の相手が……そのニーナ姉ちゃんは結婚して子供も居るから初恋は完全に破れたけどよ。

 

「いや、情報収集の為だし、大義名分は有る!」

 

「ほほう。童貞だから怯えて逃げ出すかもやと思っていたが随分とやる気が有って結構だ……因みに私は処女だが知識が有るから安心しろ」

 

 決意を込めて拳を握った時、不意に耳に息が吹きかけられる。横を見ればベッドの端に座って月明かりを浴びるハティの姿があった。完全に獲物を見る目を俺に向け、舌なめずりをしている。

 

 

「……何処から来た?」

 

「私は常に貴様と共に居る。それだけだ。……さて、会話は事が終わった後にして存分に楽しもうではないか」

 

 こ、怖いっ! 漂う色香に酔ってしまいそうだが同時に恐怖も感じる。誰か……誰か助けてくれ!

 

 

 

 

 

「……その人、誰?」

 

 どうやら願いは叶ったらしい。新しいトラブルを引き連れて。……俺の濡れ場にロザリー参上。

 

 



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衝動に耐える十六歳

 絹糸を思わせる質感の銀髪は僅かな風の流れによって揺れていた。金の瞳は見詰めるだけで吸い込まれそうな妖しい輝きを放っていて、呼吸と共に動く大きな胸は数時間前に俺が顔を埋めた物だ。吸い付くような肌と触れても押し返さそうになる弾力。両手で掴んで感触を堪能したいとさえ思うぜ。くびれた腰も細く長い手足も魅力的何だが、最も視線を集めるのは間近に迫った美貌だ。

 

「おや、客人か。その様子からすれば我が主に恋慕しているらしいが、別に混ざっても構わんぞ? 先に私と此奴で初めてを交換した後でな」

 

 小悪魔、もしくは夜魔だろうか? 未だ少女のあどけなさを残していながらも歴戦の娼婦を思わせる色香を感じさせる笑み。眺めるだけで魅了されそうなその笑みを浮かべたハティは挑発する口調で俺に顔を近付ける。今度は急にキスなんかしないが、俺がその気になれば直ぐに可能な距離。俺からしろと暗に告げているのだろう。

 

「……」

 

「どうした? 貴様は滾る欲望を思うがままにぶつければ良い。さすれば私が存分に快楽を与えてやろう。私を愛さずにはいられない程にな」

 

 此処まで来れば俺だって我慢の限界って物があるし、向こうが良いってんならガバッと行ってしまいたい……んだが、目が釘付けになって離せない筈の視線を外し、ドアの方に向ける。……何か可愛いのが其処に居た。

 

「……駄目。アッシュのお嫁さんは私」

 

 此処で地獄の悪鬼羅刹みたいに睨んでいたり、今にも泣きそうなら俺はビビるか自己嫌悪に陥ったんだろう。だが、ドアの向こうに立つロザリーは子供みたいに頬を膨らませて拗ねていた。まるで餌を口の中にため込んだリスみたいで微笑ましい。

 

「……うん、何か一気に冷めたな。ハティ、もう離れてくれ。ロザリーにも説明したいからよ」

 

 さっきまで爆発寸前だった俺の衝動はロザリーに癒された事で消え失せる。首に回された腕を軽く振り払い、密着する体を軽く押せば殆ど抵抗無くハティは離れた。……只、押す時に少し指先が胸に触れたんだが凄かったな。冷めたはずの衝動が戻って来そうになったぜ。

 

「良いだろう。女に恥を、だの醜く食い下がりはせんさ。何せ私は貴様と共に有るのだからな。……今度は風呂場で誘惑しよう」

 

「うぇ!?」

 

 最後に不吉な言葉を残したハティは不意に俺に口付けをするなり姿を消す。だが、今回は何処に消えたのかハッキリと見えた。枕元の台に置いた魔剣の指輪に吸い込まれて行ったんだ。

 

「お、おい! ロザリーも今の見たか!?」

 

「見た。あの女、アッシュとチューしてた。ついでに指輪の中に入った」

 

「うん。まあ、急にキスしたんだから驚くよな。……って、重要なのはそっちかよ!?」

 

「何で指輪の中に入っていった方だと……あっ」

 

 よ、良かった。流石にロザリーが天然でも俺がキスされた事よりもハティが指輪の中に消えた事の方が驚くよな。先にキスされた方に驚いていたのはロザリーだから仕方無いけどよ。幼なじみの天然に少し振り回されながらも俺は少し安堵する。

 

 ああ、本当にロザリー達と一緒に居れば癒されるってな。今日は色々有り過ぎた。さて、結局パティから話を聞き出せてないから二人が五月蠅そうだけど今日は寝るか。

 

「指輪の中に入ったって事は何時もアッシュとあの女が一緒って事になる。……何とか追い出さなくちゃ」

 

「……うん。矢っ張り天然だよな、お前」

 

「所であれって誰?」

 

 少しは機嫌が戻ったのか膨らました頬を戻して首を傾げるロザリーの姿に、そもそもハティに関して話をしていない事を思い出す。ああ、ちょっと面倒だけれど話をしておいた方が良いのか? まあ、このまま気にしているのを放置も駄目だしな。俺は上体を起こすとロザリーを手招きしてから椅子を指さす。

 

「座れよ。彼奴、ハティに関して説明するからさ」

 

「分かった。座って話を聞く」

 

 そのままロザリーは俺の部屋に入り込み、一切の躊躇を見せずにベッドに上がり込んで俺の膝の上に向かい合って座り込んだ。

 

「何処に座れとは指定されてない。アッシュは座れとだけ言った。……ちょっと座り心地が悪いけれど我慢する」

 

 言葉の通り、野郎の膝の上は落ち着かないのか何度も位置を調整する為にロザリーがモゾモゾ動くから小さい尻が擦り付けられるのを嫌でも感じた。因みに嫌じゃない。ロザリーの尻は小さく引き締まっていて、多分両手で楽に鷲掴み可能だ。実際、今の体勢なら簡単に掴めるよな? ……って、俺は何を考えてるんだ

 

「……はいはい。もう良いよ。んじゃ、俺とミントが新しいエリアに行ったんだが、モンスターコアがエリアの入り口付近に現れて……」

 

 ロザリーは頑として動く気が無いみたいだし、昔からこうと決めたらテコでも動かない頑固さは理解している。煩悩に傾いているのを悟られたくない俺は冷静な演技を続けて誤魔化した。

 

「お前、ちゃんとコミュニケーション取れてるか? 入って来る噂じゃクールビューティだの冷徹だの見当外れな内容ばっかりだぞ。本当は感情豊かで可愛い奴なのにな」

 

「照れる」

 

「その照れてるってのが他の連中に通じてないんだって……」

 

……本当に所属してる探索団で上手くやってんのかな? 少し心配にながらも俺は真正面を直視せずに語り始める。いや、ロザリーって俺の膝の上に座って向かい合ってるだろ? 顔の直ぐ前に胸があるんだよ。

 

 ……ハティの方が少し大きいか? それでもロザリーも十分大きいけどな。普段から頻繁に密着するから触った時の感触は分かっている。ハティが押し込んだ指に抵抗する弾力なら、ロザリーは触れた指を包み込む柔らかさ。静まったムラムラとした衝動を何とか抑え込んで俺は隠しエリアについて話した。

 

「……ミントを投げちゃ駄目」

 

「うん、まあ、明日辺りに報復されるっぽいからよ……」

 

 話の途中でロザリーが口を挟んだのはモンスターコアを破壊する時のやり取りの時だけ。それ以外は一切感情を表情に出さずに偶に頷き、口を開いたのはハティが消えた時だった。

 

「じゃあ、私も……」

 

「うぷっ!?」

 

 頭を抱きしめられ今度はロザリーの胸に顔面が包まれる。ハティと違って呼吸が可能な程度の力加減で押し付けられ只感触と香りを堪能しつつ押し倒された。……駄目だ。一度は抑え込んでた衝動が倍増して蘇った。

 

 押し付けられた胸に感触を比べてみての感想だが、どっちも気持ち良いが性質が大きく違う。ハティは興奮させられるって言うか気分が無理にでも上がるんだが、ロザリーの場合は安心感が有る。例えるなら体を動かしたりした時の心地良さと風呂に入った時の心地良さの違いだな。

 

「もう此処までだ……」

 

 ロザリーの腰に手を回して抱き寄せ、指先でロザリーの肌に触れた。抵抗する様子は一切無い。

 

「……誘ったのはお前だからな。止めるなら今だ」

 

 もう我慢する気は無い。一応最後に警告だけしてロザリーの胸から顔を上げ、唇を重ねようとして……スヤスヤ眠る穏やかな寝顔が目に入った。完全に安堵して熟睡する姿。

 

「こりゃ駄目だ。寝てる女を抱けるかよ」

 

 こうなったら精々抱き枕にでもなってやるか。俺はロザリーを抱きしめながら目を閉じる。そのせいで匂いやら感触やらが余計に強く感じられて中々寝付けなかったけどな。……起きてくれないかな、マジで。

 

「糞っ! ムラムラして来た……」

 

 キス程度なら良いんじゃないかって悪魔が囁くのを無視し、何とか寝ようとする俺。ここぞって時にロザリーが動くから本当に辛かった。

 

 

 

「……結局一睡も出来なかった。一旦便所で落ち着こう」

 

 横でスヤスヤと眠るロザリーの姿を眺めつつ俺はベッドから立ち上がる。未だ空が白く染まりだした早朝。ギルド職員の中には既に働いてるのが居る時間帯だ。

 

「起きるなよ、頼むから」

 

 俺はロザリーを起こさないように注意しながら、前屈みの姿勢で足音を忍ばせて便所に向かった。

 

「うおっ!? ……その内壁に穴開くぞ、マジで……」

 

 相変わらずの寝相の悪さでミントが壁を殴打する音やルノア姉ちゃんのいびきを聞きつつ進めば便所に続く曲がり角が見えて来る。やれやれ、これで落ち着いて……。

 

 

 

「いや、どうして朝っぱらからウチの便所の前で居るんだよ、スコル」

 

 何故か便所の扉の前では眠そうな瞳を擦るスコルの姿が。これじゃあ落ち着けないぞ、どうするんだ。そんな俺の気持ちなど察してくれる筈もなく、パンダの着ぐるみパジャマを着たスコルは俺を見るなりトコトコと寄って来た。

 

「さっき玄関から来て、アッシュの部屋に向かう途中で足音が聞こえた。……昨日はお楽しみだった? この言葉、我と添い寝した次の日の朝にリゼリクが皆から言われてる」

 

「いや、何やってるんだよ、リゼリク」

 

 この会話で落ち着けた俺だが、今度は友人が色々と心配になって来た……。

 

 

 

 

 

「アイヤー!?」

 

 ……何だ? 外が騒がしいな。トラブルは勘弁して欲しいんだがよ。

 



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仮面フードとチャイナドレス

 早朝から玄関の前で聞こえて来た喧騒。何だと思って外に出てみれば大勢のフードを被った仮面の女達が変わった格好の女と乱闘していた。白い艶々の仮面で顔の上を隠した奇妙な連中は手に武器を構えて糸目でシニョンの二十位の女を襲い、どう見ても尋常な状況じゃ無い。

 

「ホアッチャー! セイ! ハイ! ハーイ!」

 

 だが、襲われてる方は素人じゃねぇな。掛け声と共に鋭い打撃技が襲撃者達を宙に舞わせ、反対に振るわれる刃は掠りもしない。ありゃ何らかの武術だ。喧嘩だってんなら止める気だったし、襲われてるんなら助太刀する気だった俺だが、女が繰り出す華麗な動きに魅入っていた。

 

 繰り出される拳や蹴りを淡い光が包み込み、多分あれが威力を高めてる。おっ! 打撃技以外も使えるのか。突き出された槍を飛んで避けた女は軽快な動きで槍の柄を踏み台に飛び掛かり、相手の顔を太股で挟んで締め上げる。そのままバク宙、勢いを付けて地面に叩き付けた。

 

「にしてもエロい服だな。胸は普通だが下半身が……」

 

 打撃音が響く中、俺の視線は女の服装に注がれていた。確か母さんが父さんに頼まれて着ていた東方の国の服でチャイナドレス。真っ赤な生地には所々にパンダのワンポイント。体に張り付くようなデザインだから腰回りの曲線が丸分かりだ。しかも丈が長いけど深いスリットが入ってるから蹴りが繰り出し易いし、生足が丸見えな上に……。

 

「今、ピンクの布がチラッと見えたよな……。ん? アレは……マジかっ!?」

 

 このままフード連中が全滅して終わりかと思った時、ずっと後ろに控えて出て来なかった奴が動き出した。手にしたのは先端に蛇の頭の飾りが付いた長い鎖。俺はその鎖を知っている。

 

「秘宝・猛蛇の鎖(もうじゃのくさり)。おいおい、秘宝の扱いはギルドによって制限されてる筈だろ! って、そんな事を言ってる場合じゃ無い」

 

「……行け」

 

 フードの女の手から滑り落ちた鎖は音も無く地面を這い、戦いに熱中している女に忍び寄った。

 

「それじゃあ行くアル! 熊猫拳奥義! タイヤ遊びの……」

 

「避けろ!」

 

 背後から首に巻き付こうとする猛蛇の鎖に気付かない女の腕を掴んで引き寄せれば、鎖は正面に居た別のフード女の体に巻き付いた。

 

「ぬぅ! 誰か知らないけれど助かったネ! あっ、私はシォンマオだヨ」

 

「礼には及ばないけどよ……この連中何者だ? 俺はアッシュだ」

 

 シォンマオと俺達は背中合わせにフード女連中と向かい合う。結構な数が倒れているが、それでも結構な数が殺気丸出しで俺達を囲んでいた。ったく、街中で武器を構えて秘宝まで持ち出して、一体何が目的なんだ? まあ、襲われていたシォンマオが知ってるか。

 

「知らないアルよ。この連中、急に悪しき獣を崇拝するとか言って襲って来たネ! 私はパンダが好きなだけなのに意味不明アル!」

 

 ……悪しき獣? パンダが? 確かに此奴はパンダのワンポイントをチャイナドレスに着けてるけど、そんな理由で襲って来たのか? いやいや、流石に……。

 

 

「真なる神の降臨を阻害する悪しき獣を賛美する愚者め。我々が浄化してやる! 邪魔者の貴様もだ!」

 

「マジかっ!? んな理由で秘宝まで使って……」

 

「……退くぞ。厄介な奴が出て来た」

 

 どうやら俺まで狙われる事になったらしい。ったく、朝っぱらからアンラッキーだな。だが、売られた喧嘩なら存分に買ってやるよ。……あっ、指輪外したままだ。これは少し不味いか? 俺、素手での戦いはそれ程得意って訳じゃないんだよな。

 

 だが、秘宝を使ったリーダー格らしい女の指示が飛んだ途端、他の連中も倒れた仲間を担ぐと一斉に背中を向けて退散を始めた。路地裏に逃げ込むのや屋根から屋根に飛び移る奴。って、このまま逃がすのも問題だな。ちょいと話を聞き出さないと……。

 

「逃がすかっ!」

 

 ふん捕まえて情報を吐かせようと走り出す俺だが、不意に投げつけられた空の酒瓶をキャッチした事で動きが止まった。

 

「追わんで良いわ。あの偉そうな奴、今のお前より格上やからな」

 

「ルノア姉ちゃん、起きてたのか?」

 

「そりゃ大騒ぎやったし、起きるわ。酒も入ってなかったしな。にしても只の喧嘩なら止めずに放置するんやけど……連中は流石に放置って訳には行かんか」

 

 瓶が来た方を見上げれば二階の窓から寝ぼけ眼のルノア姉ちゃんがこっちを見ている。あの女もルノア姉ちゃんなら少し不味いと思って退散したのか。つまりは俺なら大丈夫だって判断されたんだな。ん? 今の口振りからして連中について何か知ってるみたいだな。

 

「なあ、ルノア姉ちゃん。連中は一体……」

 

「ん? ああ、説明は後や。ちぃっと遅れたけど、相変わらず仕事が早いわ。ほら、追わんで良いって言ったやろ」

 

 ルノア姉ちゃんが顔を向けた方を俺も見ればギルド職員がこっちに向かって来ている。遠くから争う音が聞こえるし、屋根の上で暴れてるフード女連中の姿も遠目で確認出来た。おいおい、俺が騒ぎに気が付いて数分だってのにギルド職員はもう察知して人員を送って来たのかよ。あっ、キュアさんも居る。

 

「リーダー格には逃げられましたか。追跡部隊の派遣は……済んでますね」

 

「ぐっ! 神に仇をなす愚者の元締め共が! 我々の手で……ぐぇっ!?」

 

 縛られて尚、フードの女は喚き散らしていたんだがキュアさんの拳を腹に喰らって黙り込む。いや、気絶したんだな。

 

「流石ギルドで働いているだけの事はあるネ。是非パンダ老師から伝授された私の熊猫拳と比べあってみたいアル!」

 

 シォンマオはワクワクした様子だが、俺はガクガク震えたい。いや、確かに強いのは分かっていた。何せギルド職員の仕事は仕事だったからな。でも、今の拳、殆ど見えなかったぞ。

 

「呪いのせいだからと許して貰ってるが、俺もアレを喰らってたかもって事か……」

 

「……はあ。今日は残業確定ですね。半休の筈だったのですが。……失敬。ワルキューレ達との戦いについて詳しいお話をお聞かせ願えますか? 朝食が未だでしたらギルドでお出ししますのでご同行下さい」

 

 俺がキュアさんの前では常に気を張ってラッキースケベの発生に備える事を心に誓う中、キュアさんの顔に僅かだけれど憂鬱の色が浮かぶ。普段は無表情で感情を動かさないキュアさんだが、こうして残業が関わるとあからさまに顔に出るんだ。それでも直ぐに何時もの仕事モードに入る辺りが流石なんだが……隠しエリアについて話さなくちゃ駄目なんだよな、今日は。

 

「……ワルキューレ? それが連中の名前か。……あれ? 何処かで聞いた覚えが……あっ!」

 

 そういえば昨日の晩に少し思い出した連中がそんな風に名乗って活動してたんだったな。確か……何だっけ?

 

真神降臨教団(まじんこうりんきょうだん)ワルキューレ。Sランク……一部を除いてやけど、(バベル)で存在が確認されている神を自称するボスモンスターを崇めるイかれた連中や。パンダーラが支部を偶に潰してるから相当弱体化しとるらしいがな」

 

 苦虫を噛み潰したような表情で教えてくれるルノア姉ちゃん。俺はその例外を知っている。何せナインテイルフォックスを壊滅に追いやったアポロンもその神を名乗るボスモンスター、通称擬神(ぎしん)の一体だったんだから……。

 

「あっ、そうだ。キュアさん、昨日報告しなかったけど……」

 

「明日では駄目でしょうか? ……いえ、報告事項が他の探索者の安全に関わる可能性が有る以上は早期の聴取が望ましい。残業代と代休を頂く事で妥協しましょう」

 

「お、おう。大変だな」

 

「いえ、仕事ですから。……ですが、本日ばかりは呪いの発動にご注意を。少々気が高ぶっていますので」

 

 俺は無言で激しく頷く。……下手すりゃ重傷だと俺の勘が激しく伝えていたんだ。

 

 

 

 

 

 

「……それでお前まで付いて来たのは何故だよ、スコル?」

 

 取りあえずパジャマを着替えてギルドに俺は向かう。……何故かスコルをオマケにしてだ。

 

「アッシュはうっかりだから話すなら担当にも……ってリゼリクが言ってた。ハティと我について話す。我とハティの姉妹と(バベル)の真実についてアッシュは知っておくべき。神に決められ、ねじ曲げられた運命は動き出した。……でも、一つ心配が有る」

 

 急に立ち止まって告げるスコルだが、最後は心配そうに俯いて、余程深刻な事だってのを暗に告げた。

 

「ちょ、ちょっと待て! 未だ分かってない事ばかりだってのに、これ以上何が有るって言うんだっ!?」

 

 謎の存在であるハティとスコルや、二人が名乗った塔喰らい(バベルイーター)って名前。その上、真実だの運命だの俺の理解は追い付かない。おいおい、こう言うのはミントの役目なんだよ。頭脳労働と肉体労働は分けてくれないと困るんだよ。

 

 俺の問いかけに対し、スコルは僅かに困り顔らしい表情をしながら前を指さす。キュアさん? あの人に関係有るのか? いや、もしかしたらギルド全体に関わる重要な内容かも……。

 

 

 

 

 

「話すのちょっと面倒な内容。多分あの女の残業時間が凄く延びる。ちょっと哀れ」

 

「そっちかよ!?」

 

 

 

 

 




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開く少女と踊るパンダ

 

「おい、彼奴って……」

 

「ラッキースケベのアッシュがあんな小さい子と一緒に……まさかっ!」

 

 ……おい、まさか、何だ? 俺の姿を見るなりコソコソ話が聞こえ、しかも不愉快な内容だ。好きで胸を揉んだり胸に顔面から突っ込んだりしてるんじゃないってのによ。呪いのせいだってのは周知だし、それは不本意な二つ名からして分かっている。だが、それでも向けられる視線は厳しい。野郎連中は嫉妬混じりで、女からは完全に嫌われている視線だった。

 

「ったく、何奴も此奴も朝っぱらから仕事熱心な事だぜ」

 

 朝っぱらだというのにギルドには大勢の探索者の姿がある。入った時間が遅くて夜遅くまで潜っていたからギルドが閉まっていたり、換金の為の集計に時間が掛かって朝受け取りに来たとかで日常的にこんなもんだ。ギルドもそれを見越して朝食が食べられるカフェを建物内でやってるし逞しい事だよ。

 

「ではシォンマオさんは彼方の部屋にお入り下さい。アッシュさんとパンダーラ所属の……お名前をお聞きしていませんでしたね」

 

「我、スコル。我の事、知ってた?」

 

 そんな質問が出たのは探索者が担当職員に内密な相談をする際に使う相談室の前。ギルドの室内は制服と同じ白なんだが、此処だけ一部の壁が真っ黒だ。よく見れば拳の痕みたいなのが有るんだがデザインにしては変わってるよな?

 

「……パンダーラは嫌でも注目を集める探索団ですので。ええ、嫌でも。だから全ての支部に情報が周知されるのですよ」

 

「我等、注目されてる。えっへん」

 

 小首を傾げて訊ねるスコルだが、確かにパンダーラの一員だって教えてないよな? っと思ったらキュアさんの説明で納得だ。そりゃ例外中の例外でSSランクに認定されてるんだし、細かい情報が伝わるよな。にしても嫌でもってのを強調したのが気になるな。

 

「なあ、パンダーラってそんなに注目浴びてるだよな。実際、噂って本当なのか?」

 

「業務外の事ですのでお答え致しかねます。それではお入り下さい」

 

 俺の問いはバッサリと切り捨てられて、キュアさんは何時もの感情が一切動いていない顔で俺達を室内に誘う。今まで聞かれちゃ不味い相談事なんて無かったし、予約で一杯だから入った事は無かったが、一昨日入った応接室より少しランクは落ちるけれど結構豪華な内装だ。あっ、飾ってるのは盗聴防止の秘宝だな。

 

 

 

「んじゃあ、早速話すな。先ずは昨日の事からで良いよな? 新しいエリアに入れるようになったし、早速入ったんだが隠しエリアへの転移トラップに引っ掛かってさ」

 

「……失敬。ちょっと退室しますのでお待ち下さい。直ぐに戻ります。……決して扉を開けないで下さい」

 

 無表情のまま立ち上がったキュアさんは部屋から出て行くんだが、すれ違った時に申請やら調査報告だの静かな声で呟いたし、最後に深夜残業って呟いた時には握り拳が震えていた。

 

「これは絶対に開けない方が良いよな。何で開けちゃ駄目なのかきになるけど」

 

「我は気になるから開ける」

 

「わっ!? ば、馬鹿、止めろ!」

 

 一切の躊躇無く動いたスコルによって開けられる扉。俺は猛烈に嫌な予感がして止めようとしたんだが、僅かに開いた扉の隙間から聞こえたのは殴打音。感じたのは連続で起きる単発の揺れ。隙間から廊下を見ればキュアさんが無表情のまま拳を壁にめり込ませていた。さっきワルキューレの構成員に放ったのよりも速く重そうな一撃だ。

 

 だが、気が付いている筈の他の職員が様子を見に来る気配は無いし、そもそも壁の拳痕の大きさはまちまちだ。……あの壁、それ専用なんだな。

 

「……俺は何も見なかった」

 

 気が付かれない様にそっと扉を閉じて呟く。壁の痕の数からしてこれが最初じゃないだろうし、だったら俺より前にも目撃者は居たんだろうが、壁の痕の理由について誰も伝えていない。だから俺も先人達に倣って口を閉ざそう。うん、全部忘れちまおうっと。

 

「ギルド職員って激務だよな……」

 

 探索団の取り締まりやら何かと五月蠅いギルドだけど、俺の知り合いの探索者にギルド自体を悪く言う奴は居ない。個人的に嫌いなギルド職員を悪く言う奴はそれなりに居る。まあ、権限が強いって事は責任も重いって事だ。俺だって感謝してるよ。……キュアさんはラッキースケベが起こっても怒らないしな。

 

「働くって大変。我、使命が終われば養われの身でグータラしたい」

 

「お前なぁ。そんなチビの内からそんなんでどうするんだよ。……てか、使命とか有るのか。SSランク探索団だと普通なのか?」

 

 探索団ってのは色々だ。何処かの国じゃ騎士団に探索を行う部隊があるって聞くし、商人がバックに付いてるのも存在する。俺達みたいに(バベル)に故郷を奪われたり、紛争で家を失って他に選ぶ道が無かったりとかな。でも身なりは良いし、スコルは何処かの名家の訳ありお嬢様なんじゃってのが俺の予想だ。

 

 ……まあ、スコルが何者かはそんなに重要じゃ無い。只、リゼリクが随分と惚れ込んでるみたいだから心配なんだよな。あのヘタレ、変な事に巻き込まれないよな?

 

「違う。割と自由で何も背負ってないのが多い。より辛い担々麺の研究に勤しんでるのとか、そんなのばっかり。我の使命は我等姉妹が祖父に頼まれた。全ての(バベル)を完全破壊、それが塔喰らい(バベルイーター)の使命」

 

「……完全破壊? 全世界の(バベル)のバベルコアを破壊するのが使命なのか。俺もそれが目標なんだよ。一緒だな」

 

 どうやら無駄な心配だったみたいだな。リゼリクが心を許しているのも目標が同じだからだろ。モンスターコアを破壊すればモンスターが生成されないのと同じで、破壊すれば(バベル)の機能を完全停止させられるのがバベルコアだ。例外無く強いボスモンスターが陣取って、倒すまで解除されない結界に護られているけどな。

 

 そうして破壊された(バベル)は誕生の時とは逆に周辺の大地に生命力を与え恵みを振りまいて小さい廃墟になる。俺とリゼリクが登ろうとしてはルノア姉ちゃんに怒られていた奴みたいにな。

 

 要するに探索で得られる利益だとか、それを取り巻く連中とかの色々な利害を抜きにしても無理な話だと一笑される目標を掲げる同士って事だ。わざわざ格好良い異名まで考えて可愛いな、おい。

 

「まあ、お互い頑張ろうぜ。どっちが(バベル)を多く破壊するか競争だ」

 

 相手は子供だが、同じ目標を持ってるんなら軽くは見られねえよな。俺はスコルに軽く拳を突き出すが、向こうはキョトンとした様子だ。……あれ? もしかして通じなかったのか? ミントには通じたけど、男限定の奴とか? それともジェネレーションギャップって奴? 俺、未だ十六なのに老けた気分だ。

 

 

 そんな風に俺が考え込む中、同じく何やら悩んでいた様子のスコルは元の無表情に戻り、相変わらずの何考えているか分からない声で告げた。……俺が知らなかった世界の残酷な真実をな。

 

「あっ、分かった。アッシュは未だ知らなかった。(バベル)は普通に破壊しても蘇る。何時か何処かで減った数だけ誕生するだけ。数は永遠に減らない」

 

「……は? うおっ!?」

 

 スコルの言葉が理解出来ずに間抜けな声が出た時、地面が一瞬だけ揺れる。……地震か。定期的に一瞬だけ世界中の地面が揺れる謎の現象である地震。原因は不明だけど一瞬じゃ大した被害は出ないからって今じゃ誰も気にしない。まあ、複雑な薬の調合やらトランプタワーを作ってる奴とかは困るだろうがな。

 

 

「……」

 

 この時、俺は気が付かなかった。揺れた地面を見つめるスコルの顔に一瞬だけ悲しみの色が現れた事を。

 

 

 

 

 

 

 ……一方その頃、アッシュが居るダウロゴより遥か南西の街グナロク。其処に現在パンダーラの拠点が存在していた。現在、つまりは前までは存在しなかった。新築したのではない。……歩いて来たのだ、二本の脚で。

 

 

「フー! ホッホッホッホッホッ! ハーイ!」

 

 フラダンスからコサックダンス、はたまたブレイクダンスまで。巨大なパンダの姿をした建物が広い敷地内で掛け声を上げつつ激しく踊る。周辺住民は既に慣れたのか特に気にした様子は見られない。只、幼い少年が少し不思議そうにその踊りを見詰めながら呟いた。

 

 

「何時も地震が起きる度に踊るよね。……どうしてだろう?」

 

 だが、その疑問も直ぐに忘れて少年は友達と待ち合わせした場所に急いで駆けて行く。この世界にとって地震は一瞬だけ地面が揺れる程度のたわいもない現象。特に気にする事でもない故に関連する事も直ぐに忘れ去る。

 

 

 

 

 変な建物が存在するが平和その物の昼下がり。平穏を壊す魔の手は直ぐ其処に……。

 

「……彼処だ。神々の降臨を邪魔する悪しき存在の居城。忌々しい姿だ」

 

 丘の上からグナロクを見下ろす女達。ワルキューレの証である仮面を身に付け、忌々しそうに踊るパンダを睨み付ける。

 

「街はどうしますか、隊長? 確か出身地でしょう?」

 

「構わん。願いの為だ。……纏めて焼き払え」




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死者の住まう地の侵入者
機密情報


 ……(バベル)は破壊しても別の場所で再び誕生するだけ。そんな悪夢みたいな内容を告げられた俺は呆然とするしか出来なかった。だってそうだろ? この世から完全に破壊し尽くせないなら、破壊しても他の誰かに厄災を押し付けるだけなら、俺の夢は完全に潰える。

 

 いや、違う。俺だけじゃない。だって同じ目標を持つ奴は、復讐心で探索者になった奴は多い筈だ。だけどスコルの言葉が本当なら全部の前提が覆る。全て無意味になるじゃねぇか……。

 

「……その様子だとハティは教え損ねてた。むぅ。姉妹として恥ずかしい」

 

「姉妹だったのか。……そういや似てるな」

 

 本当だったら子供の妄想だの悪い冗談だって否定する所だが、ハティの存在が嫌でも信じさせちまう。秘宝の代わりに現れた明らかに人間じゃない存在と、出会う前からその存在を知っていて、同じく塔喰らい(バベルイーター)って名乗った……いや、待てよ!?

 

「お前、(バベル)の完全破壊が使命だって言ったよな? 出来るのか!?」

 

 ショックも合わさって興奮した俺はスコルに詰め寄って肩に手を置く。少し乱暴だったのに小さな体は微動だにせず、銀色の瞳で俺の瞳を見つめ返す。相手は小さな女の子だってのにその瞳と目を合わせた瞬間、意識が飲まれた。建物の中に居るのに太陽の真正面に居るみたいな感覚で少し意識が飛んで……。

 

 

「……あっ」

 

 ラッキースケベが子供相手に発動した。俺の腕はスコルを抱き締める形になり、ソファーに押し倒している。それでもスコルは無表情で一切騒がず、扉が開く音がした。

 

「……今、扉を開ける瞬間、出来るのか、そう聞こえましたが……」

 

「そう。アッシュ、我にそう言って肩を掴んだ後でこうなった」

 

「誤解だ! 違わないけど違うからな!?」

 

 スコルは淡々と事実を述べ、キュアさんは無表情だったのが怪訝そうなのに変わって行く。この人が此処まで感情露わにするの初めて見るよ。負の感情だけどなっ!?

 

 

「まあ、ラッキースケベですね。流石に子供を意識したのかと思うと嫌悪感が発生しまして」

 

「いや、今のは呪いは関係無いから。普通に事故でああなっただけだから!」

 

 魔剣の指輪の呪いであるラッキースケベの発生条件は俺が気を抜いた瞬間、目の前に少しでも異性として意識している相手が居るって事は伝えてある。つまりこの瞬間、キュアさんの中では俺が十歳程度の女の子を異性として意識しているって認識になる。……ピンチだっ!? 

 

 何せ担当のギルド職員と探索団は切っても切れない関係だ。下手に悪感情を持たれれば敢えて危険に晒されたりはしないけど気不味い! 

 

「そうですか。では、話し合いを始めましょうか。こうしている間にも私の残業時間が増えて行きますので」

 

「あ……ありがとう。信じてくれてありがとう!」

 

 思わず手を握りそうになるけど、此処でラッキースケベが発動したら一巻の終わり。俺は咄嗟に堪え、只信じてくれた事へ感謝の気持ちを伝える。

 

「ですが一応お願いしますけれど、北区の孤児院には近寄らないで下さい」

 

 ……半信半疑だな、こりゃ。うなだれたくなる気持ちを抑え込み、俺は今から話す内容に迷いを生じさせる。(バベル)の復活について話すべきなのか? 信じるとは思えないけど、慎重になるべきだよな。

 

「じゃあ、話すぜ? 先ずはさっきも言ったけれど新しいエリアに入ったんだが……」

 

幾ら馬鹿だって言われる俺でも話すべきかそうでないかは分かる。此処は最低限に留めるべきだよな。……ハティについてはややこしいから黙っておくか。

 

 隠し事をするのは心苦しいが、内容が内容なだけに黙っているしか出来ない。俺は隠しエリアの事だけをキュアさんに伝え、ハティに関しては黙っておいた。

 

「……そうですか。こんな事ならばミントさんにもお越しいただいておけば良かったですね。私の判断ミスです。……それで、パンダーラ所属の貴女はどうして隠しエリアの事を先にギルドに報告しなかったのか。そして同行した理由をお教え願えますか?」

 

「げっ!?」

 

「……げっ? アッシュさん、何か不都合でも?」

 

 そ、そうだよ。隠しエリアはスコルから教えて貰ったんだし、それならパンダーラが既に知っていたって事になるよな。その上、わざわざ同行した理由。……どうやって誤魔化せば良いんだ!?

 

 

「あの隠しエリア、運命に選ばれた者が居ないと入れない。選ばれたのアッシュ」

 

「運命……ですか?」

 

「そう。アッシュを奥に封印されてる我の姉妹であるハティの主になる運命にした。お前、アッシュの担当。だから説明する。我、塔喰らい(バベルイーター)(バベル)を完全に破壊可能な存在」

 

「ちょっ!?」

 

 スコルの奴、一切迷わず言いやがった! おいおい、凄い重要な事だろがっ!? 大体、(バベル)を破壊しても新しく誕生するだけって事を説明しなくちゃならないし、流石のキュアさんも驚きのあまり言葉を失って黙って……。

 

 

「……成る程。それならば納得出来ました」

 

「はい? キュアさん?」

 

 あれ? 一瞬だけ驚いた顔をしたけど、あんまり驚いてない? まるで最初から知っていたみたいな反応に俺は面食らった。

 

「一定以上の地位のギルド職員は知ってる。Cランク以上の探索団にも教えられる。我、SSランク探索団所属だからもっと重要な機密も知ってる。凄い?」

 

「……えっと、多分?」

 

 此奴、矢っ張り中身は子供だな。無い胸を張って得意そうにしているよ。……てか、こんな口が軽い子供に重要な情報教えるパンダーラって一体。リゼリク、本当に大丈夫なのか?

 

「ああ、ルノアさんならAランクだった頃からナインテイルフォックスの所属なのでご存知でしょうし言われるでしょうが、一応私からも。規定により塔喰らい(バベルイーター)の存在に関してはSランク探索団以上に提示されますし、(バベル)の復活に関してもCランク以上でないと本来は知らされません。……仲間以外への口外は厳禁です」

 

 ……ああ、成る程。俺は昔の事を思い出す。故郷を失って(バベル)の完全破壊を誓った俺にルノア姉ちゃんが見せた態度に今納得が行ったよ。……低ランク探索団って辛いな。

 

 

 それにしても一切ブレないよ、キュアさんって。

 

「……あれ? 所でギルドは何処でそんな情報を得たんだ?」

 

「機密情報です」

 

 ……規定って面倒だな。

 

 

 

 

「おーう! ご苦労さんご苦労さん。……あのチビは帰ったんか」

 

「ん。ああ、何時の間にかな」

 

 キュアさんへの報告が終わったのは夕暮れ時。あの後ミントも呼び寄せて転移トラップの検証をしようとしたんだが何処の石を触れば良かったのか分からなかったし、詳しく知ってる筈のスコルは途中で帰っちまったし、残業が長引くからってキュアさんが壁を殴るし……。

 

 取り敢えずスコルのメモに書かれていた通常ルートの道も調べて漸く終わった頃にはヘトヘトだ。特にキュアさんからのプレッシャーに精神的にゴリゴリ削られた。

 

「……あ~、なんや。色々黙っといて悪かったな」

 

「別に良いわよ、姉さん。秘密にしてるのも辛かったでしょうし。……ちょっと一眠りして来る」

 

「別に気にしなくて良いから。俺は風呂……」

 

「……すまんな。んじゃ、ウチは飯買って来るわ」

 

 ……そう。俺もミントもルノア姉ちゃんが秘密にしていた事は気にしちゃいない。多分ロザリーもリゼリクもな。ってか、彼奴等も知ってて俺達に黙ってたんだろうしな。ミントはソファーに寝転がるなりスヤスヤと寝息を立て、俺は風呂場に向かう。もう既に風呂の用意はされてたし、今直ぐ入れるのは助かったな。

 

 

「……ふぅ」

 

 熱い風呂に入って一息付いて天井を見上げる。体から疲れが溶け出るのを感じていた。風呂はこうやって一人でのんびり入るに限る。風呂屋の広い風呂や露天風呂も最高なんだがな。

 

 

 

「アクアスフィアの分だけでも結構な額になったし、温泉でも行きたいよな……」

 

 手で湯を掬い顔を洗う。普段は二人が五月蠅いから一番風呂で長風呂が出来ないが今日はラッキーだ。天井を見上げ、機嫌良く鼻歌を歌った時だ。この至福の時間が終わったのは……。

 

 

 

 

「随分と上機嫌な事だ。なら、そのままの流れで私と楽しもうではないか」

 

 不意に聞こえる上機嫌な声。聞こえたのは入り口。声の主は……当然ハティだ。

 

 

 

 

 

「既にスコルめから話を聞いているのであろう? ならば良し。……所でこの服はどうだ? 裸以外のアプローチだぞ」

 

 声の方を向けば立っていたのは矢っ張りハティだ。ただ、全裸じゃなくてドレス姿だけどな。胸元の大きく開いたノースリーブの黒いドレス。

 

「ドレスか……」

 

 いや、裸を期待した訳じゃないぞ? ちょっと残念だったけど……。

 

 

「気に入らなかったか? ならば脱ぐが……脱がす方が好みか?」

 

「いやいやっ!? そもそも俺に迫る理由は何なんだよ!?」

 

 そうだよ。俺に自分を好きになれとか言って誘惑して、本当に何が目的なんだ? 俺が疑問を口にする間にもハティは俺に近寄りながら胸元に指を引っかけて前屈みになる。……矢っ張りデカいよな、此奴の。

 

 

 

「ああ、簡単だ。私達塔喰らい(バベルイーター)は運命で結ばれた相手からの好意の大きさで力を増す。故に抱け!」

 

「理由は分かったが思い切りが良すぎるだろ!?」

 

「いや、だって遠回しなのは性に合わないからな。……姉さんに負けたくないし」

 

 ……はい? お前が妹?

 



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混浴と添い寝

「ふむ。これはこれで良いな。肌を合わせながら共に湯に浸かる。悪い気はせん」

 

 そんなに広くない浴槽の中、俺はハティと背中合わせになって入浴していた。背中に感じるサラサラの髪やスベスベの肌の感触は嫌でもハティの存在を俺に意識させる。何でこんな事をしているのかと言うと、妥協の結果だ。

 

 

「では選べ。正面からか、後ろからか。ああ、貴様が嫌がる女を手込めにする願望を持っているなら演技で叶えさせてやるぞ? い、嫌っ! お願いだから乱暴しないで! ……とかな」

 

「俺にそんな願望は無い!」

 

 俺はのんびりと風呂に入りたいだけなのに露出高めのドレス姿で乱入して来たハティに抱くように迫られ、しかも自分を好きにさせる為だという。そんな意味不明の展開に俺は思わず立ち上がって汚名に抗議する。って、俺全裸だ!?

 

「……ぬっ。成る程な。これは大きい……のか? 大丈夫なのだろうか……」

 

「ジロジロ見るな! あーもー! 俺はもう出る!」

 

 顎に手を当て興味深そうに見て来るパティから隠すように、咄嗟に手に取ったタオルを腰に巻いた俺は足早に風呂場から出て行こうとする。ったく、迫られる理由は分かったけど、だからって応じられるかよ。

 

 正直言って手を出す大義名分にならない事もないのに心が動かされない訳じゃない。娼館に興味を持つ程度には年頃だしな。だが、俺にだってプライドがある。強くなる為に好きになれ? 好きになる為に抱け? 何か利用されるみたいで嫌だ。

 

「……後で入るか」

 

 折角の一番風呂を早々に切り上げるのは惜しいけど、こんなんじゃ落ち着いて入れないから本末転倒だ。二人にハティの見張りを頼んで二度目の入浴を頼むしかないか……。

 

 だが、出て行こうと伸ばした手はドアノブに触れられなかった。何か見えない薄い壁が現れていたんだ。これじゃあ出られない。てか、どう考えてもハティの仕業だな。

 

「くっくっく。そう性急にならんでも良かろう? 貴様の考えは分かった。なら、今日は共に入って話をするだけに留めよう。父の名と私の誇りに懸けて今日は風呂で迫らんと約束するぞ」

 

「背中合わせな。変に触って来るなよ?」

 

「構わん。今宵はそれで堪えよう」

 

 父の名に懸けて、そんな風に言われたらな。俺は妥協し、浴槽の端に寄ってギリギリ一人分のスペースを開ける。このまま押し問答してても埒があかないしな。するとドレスを脱ぎ捨てる音の後で風呂に入る水音が聞こえ、俺の背中にハティの背中が触れる。

 

「良い湯だ。心が落ち着くな……」

 

「……」

 

 そうか。それは良かった。俺は全然落ち着かないけどな。密着して風呂に入ってるんだし、どうしても意識してしまう。ドキドキしてるのが通じてるんじゃないだろうな。

 

 駄目だ。このままじゃ風呂に入ってもスッキリ出来ないぜ。えっと、何か話題は……。

 

「……えっと、どうして強くなりたいんだ?」

 

「力を求めるのは本能だろう? まあ、姉に負けたくないという意地も有るが……祖父を救う為だ」

 

「祖父さんを救う?」

 

 背中越しに聞こえたのは真剣な声。上から目線で利用する為に誘惑する時とは段違いだ。ちょっと気になるな。

 

「……今の貴様には未だ話すには早いが、いずれ話そう。兎に角、家族を救う為には(バベル)を全て破壊する必要が有る。故に力が欲しい。……運命に選ばれた貴様には無関係な話だろうがな」

 

「……家族か」

 

 俺の家族は全員死んでいる。父さんは擬神の一体であるアポロンに殺されて、残った家族も(バベル)の誕生によって村と一緒に消え失せた。……時々思うんだ。もし故郷を滅ぼした(バベル)を破壊すれば村の皆が帰って来るんなら俺はどんな無茶もするんだろうな。

 

 ……仕方無いか。聞き出したのは俺で、此処まで聞いてしまったらな。

 

 

「おい、ハティ。お前もナインテイルフォックスの一員になれよ」

 

「むっ? 唐突だな」

 

「仲間だったら絆が深まるし、どうせ(バベル)を破壊するには最上階まで行く必要が有るだろ? それが一番手っ取り早い」

 

 本当は団長のルノア姉ちゃんに話を通してからってのが筋なんだろうが今回の場合は仕方無いよな。俺の勧誘にハティは暫く考え込み、急に立ち上がった。

 

 

「よし! その申し出に乗ってやろう。私は今この時より貴様の仲間だ、主……いや、アッシュ!」

 

「そ、そうか……」

 

 今振り返ったらどんな光景が広がっているのか分かってるから振り替えれないし、後頭部に感じる感触で俺は気恥ずかしさから声が震える。

 

「ん? ああ、尻が当たっていたか。悪いな」

 

「いや、別に良い……」

 

 駄目だ、此奴は常識が通じない。スコルも空気読めてない所が有ったが気遣いやらは出来てたってのによ。

 

「お前には色々教えなくちゃな」

 

「それは調教という奴か? 成る程、そんな趣味が……」

 

「無いからなっ!?」

 

 こうしてナインテイルフォックスに新しい団員が加わる事になった。酒に弱い駄目人間にラッキースケベを連発する奴に射程が半分程度のヘッポコ魔法使いに加わったのは世間知らずの痴女。

 

 いや、こんなんで大丈夫か? 不安になって来た……。

 

 

 まあ、これで一旦色仕掛けは止めるだろうし、俺の安息は大丈夫だな。……と俺は寝る前に安心していた。ちゃんと部屋だって与えたし、疑いもしなかったんだ。

 

 

「おい、何で俺のベッドに入ってやがる? 昨日部屋を貰っただろうが」

 

 翌朝、目覚めた俺の視界に広がったのは白い肌。風呂に入った後で入団を申し出たらあっさりと許可が出たハティが俺の隣で寝ていたんだ。しかも裸でな。俺が声を掛けても目を覚ます様子が無いし、下手に揺すってラッキースケベが発動しても困りもんだ。

 

「放置するか。……飯でも作ろうっと」

 

 カレンダーを見れば今朝の当番は俺だし、ハティを起こさないようにベッドから出ると布団を被せてやる。冷えるし、また起こしに戻った時に目の毒だしな。被せる時は視線を外しながらだったんだが少しは見えてしまうし、色気に負けそうになる。……耐えろ、俺。此処で流されたら負けだ。

 

「あれ? 下手すれば毎朝こんな感じなのか?」

 

 選択を誤ったかもな……。少し後悔しつつ部屋から出る。閉める時に見えたハティの寝顔は幸せそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……ヘタレめ。あの年頃の男なら隣で裸の美女が寝ていれば迷わず襲うのではないのか? 別に構わんと伝えてもいるのに。……さて、どうするか。あの様な奥手では色仕掛けのみでは心許ないな。ふむ……奴の心を射止めるにはこれしか有るまい」

 

 

 

 ……何だ? 猛烈に嫌な予感がして来やがった。

 

 

 

 

「昨日の残りのシチューを温めて、サラダと……ハムでも焼くか」

 

 適当に朝飯を作りながら新聞を広げる。まあ、俺は連載小説と四コママンガしか読まないけどな。記事は基本的に目に付いたのだけ……おっ。パンダーラについての記事が載ってるな。

 

「……ワルキューレがグナロクを襲撃しようとしてパンダーラの団員に捕らえられた、か。連中、禄な奴じゃないな……」

 

 見出しに目を付け写真に目を向ければ縛られて吊された女達。仮面を剥がされ妙にリアルな肉襦袢を着せられ鼻眼鏡を装着してハゲのカツラを被せられて目が完全に死んでいた。……そりゃそうだ。こんな目に遭ったら心がへし折られるに決まってるよ。

 

「団長のアンノウンのコメントでは、今回の一件は全部期待の新人リゼリクの判断であり、一から十まで他の誰も関与していないよ、……うわぁ」

 

 幾ら街を襲おうとした連中でも此処まで酷い目に遭わせるとか、リゼリクの奴に何があったんだよ……。まさか団長が嘘ついてるとかは無いだろうしよ……。

 

 

「ロリコンの上に外道とか、変わっちまったな、彼奴……」

 

 

 



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提案

「おい、少し疑問に思っていたのだが……あの小娘が気軽にこの拠点に来る事に所属する探索団は何も言わぬのか?」

 

 小さい頃からの付き合いだった友達が鬼畜外道なロリコンになっていたという事実に俺がショックを受ける中、浴室に乱入して来た時のドレス姿で朝食を食べていたハティがそんな事を口にした。ああ、それは気になるよな。俺達は当事者だから事情を知っているけど、仲間になったばかりのハティには話してなかった。

 

「ロザリーが叱られないか心配か? 良い奴だな、お前」

 

「ふっ。もっと私を誉め称えよ。気分が良いからな。だが、違う。面倒事が煩わしいだけだ。幾ら顔見知りとはいえ、他の団の拠点に通い続けると向こうが邪推をするやもと思ってな」

 

「スパイとかか? 大丈夫や。光熱の剣(ロザリーの所の探索団)は……」

 

「お早う!!!」

 

「わふっ!? 何だ!? 敵襲か!?」

 

 ルノア姉ちゃんが説明をしようとした瞬間、ボロい家全体が揺れる様な大声が玄関から響く。いや、実際に揺れて、声に驚いたハティが持ったフォークの先のベーコンが抜け落ちた程の声量だ。……てか、わふ、って……。

 

「都合良く来たな。……でも、朝っぱら来るなや。おい、アッシュ。お出迎えしたりや。ハティも疑問を解消したいやろ? 一緒に行ったら分かるで」

 

 言われるがままに俺達は玄関へと向かう。扉を開ければ立っていたのは暑苦しい感じの大男だ。煌めく金髪、燃えるような同色の瞳、快活な笑みが特徴の太陽系の美丈夫。

 

「どうも。お早う」

 

「お早う、アッシュ! 今日もいい天気だ。この後で共に鍛錬でもしないか? むむ? そこの少女が例の存在か? お早う!」

 

「む、むう。お早う。……おい、アッシュ。このむさ苦しい男は誰だ

 

「……ダイナ・スターサイファー。さっき話題に上がったばっかりのSランク探索団・光熱の剣の副団長だ。んで、朝っぱらから何用なんだよ? ダイナさん」

 

「ああ、アンノウン殿からナインテイルフォックスに塔喰らい(バベルイーター)が入団したとの連絡があってな。団長が極秘で会いに行く予定だったんだが、俺達のやらかしの後始末で忙しい身だ。だから俺が会いに来た」

 

「団長……セレスティナさんはその事を……」

 

「昨夜は随分と遅くまで眠っていたんだ。起こすのも悪いだろう? 起きた時に用事を終えたと伝えれば良いだろう」

 

 いや、良くないだろ……。光熱の剣、Sランク探索団にしてパンダーラに継ぐ三面記事の常連。主にダイナさんとかが原因で、団長のセレスティナさんは後始末で胃を痛めているらしい。……今回みたいに善意で行動した結果ってのが余計に酷いんだよな。

 

塔喰らい(バベルイーター)についてはSランク以上か主に選ばれた者が居る探索団以外には極秘事項だからな。他人の耳が無い場所で話したいんだが、上がらせて貰って構わないか?」

 

「いや、良いんだが……」

 

「さっきから外でペラペラ喋っているだろうが、ど阿呆が」

 

 呆れ果てたって表情のハティの指摘にダイナさんの表情が固まり、顎に手を当てて考え込む事数十秒。目を見開いて驚いた。

 

「しまったっ!?」

 

「……遅いだろ、気が付くのが」

 

「悪いな。おっと、少し便所を拝借するぞ。冷えたら催したんだ」

 

 セレスティナさんの苦労が忍ばれる中、ダイナさんを中に入れる。足早にトイレに向かうダイナさん。ったく、相変わらず慌ただしい人だよ。早朝だったし人通りが無いから大丈夫だろうけどよ……。

 

 扉を閉める時、聞き耳を立てている奴が隠れていないか一応確かめる。まあ、ダイナさんだって俺以上の馬鹿みたいでSランク探索団の副団長だ。俺に気付かれる相手に気が付けない筈がないか。

 

 

 

「……同盟関係? ああ、成る程な。随分と探索団の格に差があるがな」

 

 ロザリーが好き勝手にウチに帰って来れている理由。それは光熱の剣とナインテイルフォックスが同盟関係に有るからだ。ダイナさんが未だ便所から出て来ないからって先に話を進めていたんだが、今度は別の事に納得出来ないって顔だな。

 

「元や、元。同盟ってのは互いの利益が必要やし、それが無かったら上が良くても下が納得せえへん。Aランク探索団だった頃に団員の遺族に補償金払う為の財産処理の手伝いして貰った後は筋を通して解消したわ。……まあ、今でも幹部とは個人的な付き合いが有るんや」

 

「人の子とは面倒だな。しがらみだの何だのと鬱陶しい事に縛られる」

 

「いや、それじゃあアンタは人間じゃないみたいじゃない。……いや、そうだったわよね。どう見ても人間だからつい忘れそうになっちゃうけど。でも、家族が居るなら社会だってあったんじゃないの?」

 

 ああ、そうだよな。てか、そもそも秘宝の箱に入っていた事とか謎が多いんだよ。使命を持ってるのは分かったけれど、それを誰が決めて、どんな経緯で箱の中に居たのかは謎だぜ。スコルがハティの居場所を知っていて、俺が運命で定められた主って言ってたんだし、予め誰が何かを決めて二人に伝えたって事だもんよ。

 

「……そうだな。貴様達と共に(バベル)の一つでも破壊した時には教えてやろう。思い上がった愚者共の企みと合わせてな。……来たか」

 

 腕組みをし、心底面倒臭いって表情だったハティだけれどミントの問い掛けに底意地が悪そうな笑みを浮かべて答える。此奴、平気な顔で無茶言うよな。(バベル)は利益をもたらしているから一定の条件を満たした場合のみギルドから破壊の依頼が来るってのに。知らないのか? 知らなさそうだな。只、今の俺達じゃ破壊は無理だって思ってるだけだ。こりゃ当分話す気は無いって事だ。

 

 そんな思惑を感じ取った俺とミントが少しムッとした時だ。カチャカチャとベルトを締める音と共にダイナさんがある提案をして来た。

 

「便所でひり出しながら聞いていたが、丁度良かった。参加してみるか? ウチが受けた破壊依頼」

 

「汚いやっちゃ。こっちは飯食ってる途中なんや。少しは考えんかい、ボケ!」

 

「それはすまなかった。でも悪い話じゃ無いだろ?」

 

 こりゃ格好のタイミングだな。都合が良いにも過ぎるし、良い事の後で同じだけの悪い事が起きそうだけどよ。しかし急な話だ。ミントは当然だけれど俺もいぶかしんだ目でダイナさんを見る。これを提案しに来た……って事は流石に無いよな?

 

 

「んで、そんな話、あの堅物が簡単に許可するとは思えへんのやけど?」

 

「いや、それがGランクの(バベル)の幾つかが生まれてな。荒野や砂漠に出現させたから補食で得たエネルギーも僅かなせいか秘宝やら薬草やらの質も悪いし、拠点になる街やオアシスも遠い。そろそろロザリーにも経験させようと思って俺と一緒に行く事になったし、此処に来るついでに誘おうって思ってな。団長には後から言えば良いだろう。起こしたら悪い」

 

「事前に言わん方が悪いわ! そないな重要な話、ちゃんと許可取ってから提案せえや。……ウチもミント達に経験積ませてやりたいが、後からいざこざになるのは勘弁や」

 

「俺が黙っておけば大丈夫だろう? 下の者には分からないって」

 

「お前やから信用ならんのや! あーもー! 元々の用事済ませて出直せや!」

 

「それなんだが幾つか伝言があって……ワルキューレと思しき不法探索者が増えてる事以外は忘れてしまってな。後でメモを持って来る」

 

「いや、次はお前以外の奴を寄越せや。手間が省ける」

 

「!?」

 

 ……こりゃ長くなりそうだな。飯を食い終わった俺は通るついでにハティの空き皿も下げて流しで洗い始める。後ろからはダイナさんとルノア姉ちゃんの漫才みたいな会話が続いてるし、不法探索者なんて不愉快な名前を聞いたから気分転換がしたい。……ああ、そうだ。

 

 

「ハティ、街の案内ついでに必要な物を買いに行こうぜ」

 

「気が利くではないか。実はどうしても欲しい物が有ってな」

 

 これから暫くはダウロゴの拠点で一緒に過ごすんだし、どの辺にどんな店があるかって教えていた方が良いだろう。そんな軽い気持ちで誘ったんだが随分と嬉しそうに寄って来る。

 

「欲しい物? まあ、アクアスフィアから得たエネルギーが結構な値段になったけど、あまり高いのは勘弁してくれよ? ウチの拠点、ボロいから修繕費を貯めてるんだ」

 

「別に拘りは無いからそこそこの物で構わん。ほら、両手を出せ」

 

 言われるがままに差し出した手をハティは掴み、そのまま胸元と太股に持って行かれる。思わず掴んだ右手に伝わったのはスベスベの手触りと凄い弾力を持つ胸。左手はそのままスカートの中まで移動させられ、気が付けば尻を触っていた。

 

 俺の右手の指は弾力に負けないようにと力が入り、そのまま上下に揺らされれば当然だが目の前でユサユサと大きな胸が揺れる。反対に小振りで形の良い尻は柔らかく、指先が沈みそうで……。

 

 

 

 

「触っての通り、私は下着を持っていなくてな。ミントやルノアに同行を頼むのは悪いだろう? なら、貴様に同行を頼もうと思った。デート、という奴だ。悪い気はせんだろう?」

 

 不適に笑う姿は悔しいが美しい。まあ、先に買い物に誘ったのは俺だし、仕方無いか……。

 

 

 

 

 

 

 

「おい、ウチ達に悪いって何がやねん。胸か? 胸の余計な脂肪について言っとるんか?」

 

「って言うか、何時まで揉んでるのよ、変態アッシュ」

 

「ウチには居ないから分からないけど、塔喰らい(バベルイーター)ってのは誰も似た感じなのか? ……ちょっと羨ましい」

 

 




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閑話 ギルド職員の調査任務

 その土地はとうの昔から既に死んでいた。枯れ草すら生えておらず、乾燥した大地には無数のヒビが広がっている。気候の問題か乾期が長く、半径数十キロに街道すら存在しない。完全に人から見捨てられた土地が此処であり、今後もそうだろう。

 

 だが、この日は違った。白い制服を身に纏った探索ギルドの職員達の姿の存在に興味を示す獣すら存在しない死の大地に集まる理由は只一つ。大山程の高さと面積を持つ建造物。黄色い外壁の(バベル)だ。極めて小さい物ではあるが、それでも驚異となる存在には変わりない。故に……。

 

「各員、仕事を急げ。漸く発見したが、それ故に次の補食が次の瞬間ではないとは言い切れないぞ」

 

 この日、ギルド職員達による(バベル)の調査が行われていた。

 

「計測が完了しました。本部に送り、この(バベル)を破壊した後で新たに誕生する土地を算出しましょう」

 

「採取した物の評価ですが下の下。攻略の拠点を設置するのも困難。存続させる価値は低いでしょうね」

 

 計測の為の道具を手に内外で調査を続け結論を出して行く。元より死した大地に誕生したのがこの(バベル)。元より最低ランクであり、得られる利益の低さに比べて探索の難易度は拠点の設置難易度からして高い。快適に休める場所も新鮮な食料の調達も難しい。だが、(バベル)は成長する。どの様な場所であったとしても。補食により更に広範囲を死の大地へと変えるのだ。

 

 故に結論は近日中の破壊。長期的に使用可能な拠点設置の為の資金調達も難しい。放置など絶対に有り得ない。何故ならばこのまま成長を続けた場合……。

 

「では、誕生地次第では変更の為の儀式が必要ですね。必要な秘宝を所持する探索団は……」

 

「パンダーラだけっす。戦いましょうよ、現実と」

 

「だな。悪い、どうしても避けたい現実なんだ。じゃあ拠点を今はグナロクに移動させておいた筈だし……今は鬱陶しい連中と戦おう」

 

 職員達が少し憂鬱そうな表情での会話をした後で崖を見上げる。仮面とフード姿のワルキューレが武器を手にして構えながら彼等を見下ろしていた。各自年の頃は別々で武器もバラバラ。同じ目標で動く集団としては異質だろう。

 

「あ、あの人達が神様の降臨を邪魔する悪い人達なんでしゅね。……噛んじゃいました」

 

「……子供?」

 

 身の丈と同等の大きさの盾を構え、オドオドとした様子で自分達を窺う少女に思わず怪訝そうな表情となるギルド職員。仮面で顔の上半分を隠しているが相手が十歳程の少女だと分かった。藍色の髪をツインテールにし、ローブの隙間からは派手な蛍光色のフリルだらけの服を着ている。まるで魔法の力を得て悪と戦う少女の物語に出て来そうなデザインだ。

 

「あ、あの! 神様の為ですから……邪魔しないで下さ~い!」

 

「……邪魔か。言っておくが君が口にする神は禄な存在ではない。絵本に出て来る優しく偉大な存在ではなく、欲にまみれた化け物共だ。本当に信仰すべき真の神の敵だ。……其方こそ邪魔をするな」

 

 弱気な少女に強めの口調で反論が向けられる。双方とも会話で引く様子は見せず一触即発の空気。睨み合いが暫く続き、ワルキューレの一人が崖の上から飛び降りれば他の者達も後に続く。但し、盾の少女は除いて。

 

「スクルド様!」

 

「む、無理! 無理ぃいいいい」

 

 後に続いて欲しいと仲間が叫び、意を決した表情で飛び降りようとした少女は突風で足が止まり、思わず見てしまった崖下までの距離に足を竦ませてヘナヘナと崩れ落ちる。既に涙目になっており、参戦は無理だろう。

 

「くっ! だったら例の(バベル)の方に! 今朝お渡しした鍵をお使い下さい! 私達は此処の者達に天罰を下し次第合流します!」

 

 彼女の頼りない言葉にワルキューレ達は多少の残念さを感じさせながらも目の前の敵から視線は外さない。人数差、約二十倍。無論ワルキューレ達が上だ。急な崖を物ともせず迫る大人数の敵は見るだけで威圧感を与え、全員から放たれる殺気に並の者ならば心すらへし折れる。

 

 

 

「何か企んでるみたいだけれどさせないよ!」

 

 だが、それは並の者だった場合の話。ワルキューレの先陣とギルド職員達がぶつかった瞬間、人の体が紙切れのよう宙を舞う。鎧袖一触、数の差など物ともせずにの一方的な蹂躙劇。その上、ワルキューレ達の誰も死んではいない。高く吹き飛ばされ地面に叩き付けられて呻き声こそ上げてはいるが意識すらある。但し指一本動かせない程にダメージが大きく、槍を持ったギルド職員の青年を通してしまった。

 

「ぐっ! こんな所で……」

 

 振りかぶった剣をへし折られ、ローブの下に着込んだ鎧をも砕かれて宙を舞う女が目を向けたのは粗末な馬車に向かうスクルドの背中。荷台には古びた金属製の扉が乗せられており、それに使うには少々大きい鍵をスクルドは必死に取り出しながら走る。

 

「どうやら地位が高いみたいだし、秘宝も持ってる。うん、そうだね。……手足の健でも切っておこうか」

 

 それは先程ワルキューレの戦陣を強行突破した青年。彼女達がときの声を上げながら駆け下りた崖を一足飛びに飛び越して着地、ヘラヘラと不真面目そうな笑みを浮かべているが目は一切笑わず槍を構える。少し前傾姿勢になり、足に力を込めた瞬間、彼の肉体は引き絞られ放たれた弓矢の如く少女に迫る。槍の穂先が細い足の健を貫くまで一秒と掛からない。

 

 次の瞬間、地面へと引き寄せられて行くワルキューレの構成員は悔しさの滲む言葉の続きを口にした。

 

 

「こんな所で忌々しい奴の力を借りるなんて」

 

 金属同士がぶつかり合う音、遅れて堅い物がへし折れる音が響いて槍の穂先が宙を舞う。根元からへし折れてクルクルと宙を舞った後で地面に転がった。

 

「ク、クロウさんっ!」

 

「危ない危ない。オジさん、焦っちゃったよ。怪我はないみたいだね、スクルドちゃん」

 

 焦った、そんな言葉と裏腹に彼の顔には余裕が見えている。細身ながらも引き締まった戦士の肉体を持ち、着込むのはダルダルのシャツとズボン。飄々とした笑みからはやる時を感じられず、無精ひげも茶色の髪もボサボサだ。だが、間違い無く槍をへし折ったのはこの中年男だ。青年も似た感じの笑みを浮かべたままだがバックステップで距離を取り、彼の一挙一足に神経を集中させる。その頬を冷や汗が流れていた。

 

「ワルキューレってのは女性ばっかりの組織じゃなかったっけ? ロクデナシのエロ野郎共の趣味でさ」

 

「まあ、構成員は基本そうかな? オジさんはちょっと特殊でさ。やる気も無いし……この子以外はあげるから見逃してくれない?」

 

「ちょっとクロウさん!? そんなの……むごっ!?」

 

 笑みを浮かべたままだが彼の目も青年同様に笑ってはいない。断れば戦闘も辞さないと暗に語っているが、それを分かっていないのか文句を言おうとしたスクルドの口が手で塞がれ、そのまま後退する。青年は少しだけ考える振りをした後で柄だけになった槍を投げ捨て、虫でも追い払うみたいに手首を動かしてさっさと行けと告げた。

 

「物分かりの良い子は助かるよ、オジさん。じゃあ、お仕事頑張って」

 

「お仕事の邪魔をした連中が何言ってるんだか」

 

「おっと、そりゃそうだねぇ。……あっ、君の名前は? オジさんはクロウって呼ばれてるよ」

 

「おいおい、呼び名かよ。……ランスロットだよ、俺は」

 

「そう。じゃあ、今度機会があれば酒でも飲もうよ、ランス君。じゃあね」

 

 クロウがスクルドの手の中にあった鍵を扉の鍵穴に差し込めば、開いた先に見えるのは荒野ではなく女の子の子供部屋らしい場所。カーテンが閉められて窓の外は見えず、そのままクロウ達が入った後で扉が閉められた。

 

 

「……やれやれ、面倒なのが向こうにも居るだなんて。俺の相方ってのをさっさと見つけたいよ。可愛い女の子だと良いけれどさ。さて、酒でも飲んで眠りたいけど……後始末が先か」

 

 ランスロットが視線を向けた崖下では既に全員捕縛されたワルキューレ達とほぼ無傷の同僚の姿。只、面倒な仕事が増えた事に肩を竦ませ溜め息を吐いた彼は迷い無く崖下に身を投じた。

 

 

 

「所であの人の相方は誰なのやら。性格悪いどブスだと助かるんだけどなぁ」

 

 



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選択と提案

 街の広場にある石像に背をもたれ掛かせて空を見上げる。今日は風が強いのか雲の流れが早いな。嫌な理由で有名な俺は目立つのかチラチラと視線を送って来る奴が居るし、女は俺に近寄らないように遠回りして歩いていた。

 

「待たせたな」

 

「いや、全然待ってないが……外で待ち合わせする意味ってなんだ?」

 

 今日はハティの身の回りの物を買いに行くんだが、同じ家に住んでいるのに待ち合わせをする意味が分からない。だって遠目に玄関が見えるんだぜ。

 

「さあ? 人間のデートとは待ち合わせをする物なのだろう? 私に質問されても困る」

 

「だったらしなくて良いだろ……。んで、ちゃんと下着は着けてるか?」

 

「まあな。私としては無い方が落ち着くのだが……ほれ」

 

 ドレスは着ているが、さっきはノーブラノーパンだったからな。直接触らされた感触が未だ手に残っている。思わず自分の手を見詰めているとハティはスカートの裾を摘まんで迷い無く持ち上げようとした。

 

「何やってんだ、ボケ! 街中だぞ、街中!」

 

「貴様が質問しておいて、私が見せてやろうとしたら止めるとは。……さては馬鹿だろう」

 

「馬鹿はお前だ!」

 

 本当に駄目だ、此奴。外で平気でスカートを持ち上げて下着を見せようとするなんて常識外れにも程が有る。恥じらいはないのか、恥じらいは! 只でさえ酔っ払って外でグースカ寝てる時の有るルノア姉ちゃんやら呪いでラッキースケベが発動する俺のせいでナインテイルフォックスの評判が散々だってのに……。

 

「随分と視線を向けられるな。何やらヒソヒソち話をしているし、私が幾ら美しくても少し常識知らずではないか?」

 

「……そーだな。外で下着を見せようとする奴の次に常識知らずだな」

 

「むっ。外で下着は見せないのか? 漫画ではヒロインが普通にパンツをチラチラ見せているだろう?」

 

「……もう行こうぜ」

 

 このまま話をしていても疲れるだけだ。漫画と現実をごっちゃにするなって言いたいが後にして買い物をさっさと終わらせよう。

 

「そうだな。では、少し腕を借りるぞ」

 

 案内する必要が有るから隣を歩こうとすると腕を取られ、そのままハティは俺の腕に抱きついて体を密着させて歩き出す。好奇の視線に嫉妬の視線が混じった気がした。だが、それは別に良いんだ。既に擦り付けられたり揉んだりしている俺には分かる。押し付けられている胸はノーブラだ。

 

 俺の腕を挟むようにして押し付けられ、歩く度に上下に揺れる。しかも胸元が大きく開いた服な上に俺の方が背が高いから視線を向ければ谷間が丸見えで、時々先端が……。

 

「おい、下着を一旦二人に借りて……あぁ」

 

「それ以上は口にしてやるな。哀れが過ぎる。……次女のニーナとやらは私よりも大きいと聞いたが、どうしてその様な差が?」

 

「知るか。……サイズの合うブラも買わないとな」

 

 これ以上この話を続けた場合、話を聞いていなかった筈の二人の怒りを向けられる可能性が高い。ハティも特に興味が無いらしく続けないし、俺も押し付けられる感触を極力意識しないように歩く。

 

 

「触りたければ路地裏にでも連れ込め。抵抗はせんぞ?」

 

「……しない」

 

「まあ、今はこのまま楽しめ。特に腕を振り払おうともしないアッシュよ」

 

  ったく、明らかに俺の反応を予測した上で言ってやがるだろ。どうやら全部計算の内らしい。此奴、もしかして性格が悪いのか? 今更振り払うのも何だし、悪い気はしないからそのままだ。……こんな姿をロザリーに見られたら面倒だな。

 

 

 

 

 

「おい、アッシュ。貴様が選べ。白のかピンクのか。私はよく分からんからな。貴様の好みで良い」

 

 とある店の前で選択を迫られる。簡単に言うとブラの色を俺に選ばせている……訳じゃない。だって俺の評判考えたら女物の下着売場に行ける訳無いだろ。下手に行って呪いが発動したら社会的に死ぬし、探索者が居たら肉体的にも死んじまう。金を渡してハティに選ばしたよ。……後で俺に見せるみたいな事は言ってたな。

 

「いや、好きなのを選べよ。アイスだろ、たかがアイスだろ」

 

「……たかが? おい、小僧。今、たかがって言ったか?」

 

「すいませんでした!」

 

 怖っ! アイス屋の店長怖っ! 低い声で俺を睨む店長に俺は即座に頭を下げる。謝らなければ……死んでいたかも知れない。アイス食ってないのに俺の体が冷える中、ハティは腕を組んで困り顔だ。

 

「私は食った事がないからな。味の説明をされてもさっぱりだ」

 

 下着を買い、部屋に置く品を適当に選ぼうとした時だ。ハティはアイスに興味を示した。此奴、どうも知識として知っていても実際には触れた事が無いことばかりでブラをどうやって着ければ良いのかも分からなかったし、金自体は知っていても、どの硬貨が何ミョルかも知らなかった。……知識自体も偏ってたがな。

 

「じゃあバニラとやらを貰おうか。こっちのチョコやらも気になるが……」

 

 やれやれ、漸く決まったか。最後に二択まで絞り込んだ。それでもバニラを口にしながらもチョコ味を気にしてたがな。

 

「甘い……。うん、良い物だ。アイスとは素晴らしいな」

 

 一口齧り、驚いた様な顔の後でハティは年頃の女の子らしい顔になる。お気に召したなら結構だ。少し疲れたが、この顔を見られただけで良しとするか。

 

「……おい。俺にはチョコをくれ」

 

 だからこうやって俺が買い求めて食べれば手に持ったチョコをチラチラと見て来る。だが、欲しいとは言わない。そりゃ偉そうな態度を取るだけあってプライドが高いんだろうよ。俺は気が付かれない程度の大きさで溜め息を吐き、そっとチョコをハティに差し出す、

 

「……そっちも美味そうだ。一口で良いから交換してくれ」

 

 俺の頼みに一瞬だけキョトンとしたハティは直ぐにパァッと明るい顔になり、直ぐに我に返って尊大な態度になった。

 

「……はっ! 意地汚い事だが仕方無い。まあ、私の寛大さに感謝し、心して味わえ」

 

「へいへい。ハティ様のお心の広さには感謝の極みだよ」

 

 適当に返事をしながら差し出されたバニラアイスを齧る。一口が大きいとか文句を言われたが知った事かよ。

 

「聞いているのか、アッシュ!」

 

「……悪かったって」

 

「ええい! 貴様には罰を与える! 今直ぐ背を向けろ!」

 

 何だよ、蹴りでも入れる気かよ。だけど無視するのも面倒な事になりそうだし、此処は大人しく蹴られておくか。怠い気持ちを抑え込んで俺はハティに背を向けるが、背中に感じたのは蹴りや平手打ちの衝撃ではなく、弾力がある二つの物が押し当てられる感触と重み。肩には手が置かれ、間近で揺れる髪の良い匂いがする。

 

「このまま私を背負って行け! 貴様は今から私の馬だ!」

 

「本当にお前は……」

 

 多分何を言っても無駄だろうし、俺が好奇の視線に耐えれば良いだけか。ハティが落ちないように足を支えて少し前屈みになる。頭の上から随分と上機嫌そうな鼻歌が聞こえて来た。

 

 

 

「おい、アッシュ。私はある事を思い付いたのだ。貴様に私への好意を抱かせる、その目標は一切変わらんが、それだけでは悪いと思ってな」

 

「出来るんだったら直ぐに思って欲しかったよ。散々色仕掛けをする前によ」

 

「ええい! 話はちゃんと聞かんか!」

 

 ハティはポカポカと俺の頭を叩いて来て、結構痛い。此奴、思った以上に力が強いな。まあ、細腕だろうが馬鹿力ってのは探索者なら珍しくもないんだがよ。

 

 

「心して聞け。矢張り仲間になったならば一方的な要求は望ましくない。私の肉体を好きに貪れる権利もヘタレ相手ではな……はぁ」

 

 呆れるなよ、失礼だろ! 深い溜め息が聞こえ、俺は降ろしてやろうかとさえ思った。幾ら何でも失礼だろ。俺だってギリギリで理性を保ってるのによ!

 

 

 

 

 

「だから決めた。貴様が私を好きになる為、私もお前を好きになろう。どうだ! 光栄だろう?」

 

 得意そうな声が上から聞こえて来る。……前の方に不満そうな顔の青髪ポニーテールの美少女が居た。



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修羅場(笑)

「……うわぁ。いや、すまんな」

 

 買い物から戻った俺達を出迎えたルノアんところ姉ちゃんの開口一番がドン引きの顔でのこの言葉だ。でも、うん、仕方無いよな。

 

 俺は今、両側からハティとロザリーに抱き付かれていた。両手に華って言えば聞こえは良いんだが、俺の腕はガッチリと掴まれて若干痺れて来たし、何か連行されている気分だ。

 

「はっ! 貴様のせいで散々な反応だな。そもそも罰としてアッシュは戻るまで私の馬になる筈だったと言うのに」

 

 右腕に抱き付くのはハティ。購入したブラを着ているのか感触は若干変わったが押し当てられる胸の弾力は凄いままだ。全部弾き返そうなのを力を込めて押さえ込んでいるから押し当てる力が尋常じゃない。それにズッシリとした質量も凄かった。

 

「……そんなの罰じゃない。罰だとしても、代わりに私が与えるからハティは離れて」

 

 対して左側から腕に抱き付くのはロザリー。ブラをしていても胸の柔らかさは健在で、強く押し当てる事で自在に形が変わって俺の腕を包み込む。挟まれている所が温かいし、フワフワと軽く感じる。

 

 二人共全く違った感触を俺に与え、男冥利に尽きるって奴だ。……ああ、そうだな。本当だったら夢見心地なんだし、ハティは微妙だが好意だって伝えられてるんだ。

 

「「……」」

 

 だが、俺を挟んでいがみ合うのは勘弁してくれ。余裕綽々って感じのハティと僅かに眉間にシワを寄せるだけのロザリー。但し、間近で居る俺には感じるんだよ、飛び散る火花を。さっきから腕に抱き付く力が徐々に強くなってるし、腕の痺れが凄くて力が入らない。

 

「なあ、ちょっと離してくれ……」

 

「ロザリーが離せば離そう」

 

「ハティが離したら離す」

 

 あっ、駄目だ。この二人、引くに引けない状態になってやがる。ロザリーは微妙に膨れ面だし、ハティは相変わらずの笑みだけれど、二人して此処で先に離したら負けな気がするからってムキになってるんだ。その代償が俺の腕で、二人の胸はより一層強く押し付けられる上に掴まれる。誰か、助けてくれ! せめて当てるんだったらもっと優しくしてくれないと感触を堪能出来ないから!

 

「こんな事になるんじゃないかって思ってたけれど、まさかこんなに早いだなんて……ちっ!」

 

 助けを直接口にしたら何か怖いので呆れ顔でやって来たミントに視線で助けを求めると、俺の腕の状況を見て頭が痛そうにしている。こりゃどうやって助けるのか悩んでいる顔だな。言葉にせずとも俺の救援要請は通じたんだ。流石はミント。駄目人間のルノア姉ちゃんの世話を焼き続けているだけあるぜ。……所で二人の胸を見てから明らかに舌打ちを……。

 

 

 ああ、何だかんだ言っても気にしてるんだな。ニーナ姉ちゃんじゃなくてルノア姉ちゃんに似ちゃった事をさ。驚異的な差が有るもん。

 

「……助けないわよ?」

 

 心を読まれた!? い、いや、ナインテイルフォックスの後始末係のミントならその程度……いや、無理だろ。

 

「顔に出てるっての、顔に。ほらほら、二人共離しなさい。アッシュの腕が限界よ」

 

 ふぅ。どうやら助けてくれるみたいだな。渋々ながらも二人に手を離せって促してくれている。それでも離さない二人だが、想定内だったのかミントに焦った様子は無い。腕が本当にヤバいから焦ってくれよ。

 

「ハティ、離さなかったらアンタだけお茶の時間にケーキ無し」

 

「ぐぬっ!?」

 

「ロザリー、アンタが何歳までおねしょしていたのかちゃんと覚えているから」

 

「……むぅ」

 

 ミントの説得によって漸く俺の両腕は解放される。やれやれ、胸の感触は良かったけど痺れが酷いから助かった助かった。ミントには感謝だな。

 

「助かったぜ、ミント」

 

「あーはいはい。今度からは痴話喧嘩は自分で解決しなさいよね。それでロザリーは何の用? まあ、(バベル)の破壊についての事でしょうけど」

 

 争いが再燃しない為かミントが急に話を切り替える。破壊依頼を受けたから手伝わないかって言われたけれど、詳細は忘れてたからな、あの人。

 

「あっ、そうだった」

 

 実際に正解だったらしく、ミントが取り出したのは何処かの平原らしい場所の地図だ。広大な面積に幾つもに枝分かれした道が通っている。地図の上の方、正しい道を選んだ先は大きく広がった場所になっていた。恐らくこれが目的の(バベル)だろ。

 

「団長に言われて持って来た。これ、副団長が忘れた地図。置いていくね」

 

「了解。こりゃ面倒な所やな。ミント、道を覚えておきや。こんな所は道を無視して直進する方が面倒になるさかいにな」

 

 ……こりゃ随分と広いな。折り畳んだ地図はテーブル全体にまで広げても半分以上残っている。(バベル)は何階層もになってるけど地図には上に行く階段らしい表記が無いし、階層が一階だけな分、面積は広大って訳だ。

 

「そう。姉さんが言うならそうするわ。ロザリーは此処に行った事あるのよね?」

 

「うん。ちょっと面倒だから遠回りした方が良い」

 

「はっ! 欲を刺激して獲物を誘い、引っ掛かった間抜けを生け贄にする。連中が好みそうな事だ」

 

「連中? なんや、何か情報有るなら教えてや」

 

「……口が滑った。今のは聞かなかった事にしろ。私もこれ以上は語る気はない。……今はな」

 

 蛇行や枝分かれを繰り返す道を無視して真っ直ぐ進んだ方が楽な気が楽に見える。道以外の場所に金の皮が採れる木が点在してるんだし、話を聞かなかったら俺も道を外れていたかもな。いや、実際外れた奴は多そうだ。でも実際に行ったロザリーが言うなら大人しく従うか。

 

「しかし、たかがGランクなら貴様程の力が有れば別段苦にはならんのでは?」

 

「此処は特別。道を外してまで金の樹皮を集めるなら、もっと強い所に行った方が効率が良い」

 

 ……どうもハティが重要そうな情報を隠すのが気になる。要するに俺達が弱いから教えられないって事だろ? 今に見てろ。近い内に認めさせて聞き出してやるからよ。

 

「それで(バベル)の名前は?」

 

「Gランクの(バベル)死霊の合戦場(しりょうのかっせんじょう)』。……ちょっと面倒な事になっているって団長が言ってた。副団長に伝えたのにあの人は忘れていたけど」

 

「面倒な事?」

 

 俺の問い掛けにロザリーはハッキリと感情を表情に出す。嫌悪と怒りだ。此奴がこんな顔するって事はもしかして……。

 

 

 

「違法探索者が目撃されている。それも秘宝狙いらしい。……死んでも自業自得だけれど、死んだら面倒な事になる」

 

 ああ、矢っ張りな。どうやらモンスター以外も叩きのめす事になるかも知れないぜ。

 

 




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とある塔にて暗躍せし

 地平線の彼方まで広がる一面の荒れ野。枯れ草が生い茂り、空は鉛色の曇天。気分を害する蒸し暑さに加え全くの無風状態という快適さとは縁遠い場所に怪しげな者達の姿があった。

 

「うっひょー! これ全部売ったらオイラ達は大金持ちザンスね、お嬢!」

 

 気が滅入るだけの辺り一帯の枯れ草色の中、その場所だけは金色に輝いて別世界にさえ思える光景が広がっていた。少々堅太り気味の小男が出っ張った腹を揺らしつつ太い腕で大木から皮を剥いで行く。驚く事に皮は眩く輝く金色であり、表面だけでなく裏側まで一切の混じり気のない純金だ。それを背負った籠に詰め込みながら大声で笑う男だが、その頭に女の細腕が叩き込まれた。

 

「しっ! 連中に聞かれたらどうしますの! このアンポンタン!」

 

 小男を叩いたのは少々派手な格好をした少女。金髪碧眼横ロールという良家のお嬢様を連想させる典型的な容姿であり、少々気品が感じられる立ち振る舞いをしている。だが、ゴージャスに見える服はよく見れば縫い直した跡が見られ、小男への態度からも間の抜けた印象を与える。周囲を見渡して聞き耳を立てている者が居ないかキョロキョロとあからさまに警戒する彼女だが、これでは怪しんでくれと言っているのと同じだろう。

 

 腰の辺りまで伸びた枯れ草のせいで誰かが潜んでいても分からないが、どうやら誰も居ないと判断したのか安心した様子の少女。尚、彼女の声の方が小男より数倍大きかった。

 

「そうだべ。途中で全部持ち逃げする作戦が台無しになるだべよ」

 

 小男と同じく籠を背負って小男を責めるのは痩躯で長身の中年男性。見事なカイゼル髭だが顔の作りが小者感を醸し出して逆に滑稽に見えさえしている。小男を責める彼だが、聞かれたら余計に不味い内容なので彼の頭にも少女の制裁が叩き込まれる。

 

 歳が親子程離れている二人が二十にも満たない彼女の制裁を甘んじて受け不承不承といった様子は見られない。逆に何処か信頼関係さえ感じられる。

 

「お馬鹿! 奴らを利用する作戦が台無しじゃないですの! きゃっ!?」

 

「「お嬢!」」

 

 その証拠が今の行動だ。腰まで伸びた枯れ草の根元は石や何かの骨が散乱する荒れ地であり、そんな場所にも関わらず派手なドレス姿の少女の靴はハイヒール。当然バランスを崩し、即座に二人が支えたので倒れる事は無い。二人が即座に動けたのは彼女の一挙一動に注意を払い、何時でも動ける様にしていたから。慣れた動きからして少女が転ぶのは珍しい事でも無いのだろうが。

 

「よ、よくやりましたわよ、ミーヤノにヨッシー。それにしてもフェレンツァ伯爵家の長女である私がどうしてこんな事を……」

 

「いや、お嬢は宿屋に留守番しておいてって言ったザンスよ?」

 

「ミーヤノの言う通りだべ」

 

「あら、おかしな事を言いますのね。高貴なる者は率先して動くべし! それが我が家の家訓だとお忘れですの? あの様な怪しい者達の依頼を家臣に任せて留守番などと有り得ませんわ!」

 

「「お嬢……」」

 

 堂々と言い切る少女に向ける二人の表情は少々複雑そうだ。立派になったと嬉しい反面、この様な場所でどう見ても怪しい仕事を仕える相手にやらせている事への不甲斐ない想いが入り混じっている。

 

「さてと。次に行きますわよ。家の再興の為にもお金が必要ですもの。亡くなられた一族の皆の為、難民となった領民の為。この程度の苦労なんて気にしていられません。二人共、気合いを入れて行きますわよ!」

 

「「へい! お嬢!」」

 

 気合いを入れる為にか少女は大声で拳を天に向かって突き上げ、ミーヤノとヨッシーもそれに続くと地図を広げて次の金の樹皮が採れる場所へと向かい出す。

 

 

 

 三人が立ち去った後、全くの無風状態にも関わらず草が動いてマントを脱いだワルキューレの構成員が姿を現した。

 

「間抜け共が。企みに気が付かぬとでも思ったか? ……まあ、良い。貴様達が無駄に溜め込んだエネルギー、死をもって我らが神に捧げろ。役立たずのお嬢様とその家臣には過ぎた名誉であろう?」

 

 遠目に映る三人組に向けるのは路傍の石ころに向けるのと同じ物。利用した後は処分する対象であり、見下す相手が自分達を騙せていると思っている事への腹立ちすら感じない。

 

 彼女は再びマントを被り、秘宝たるその力を持って姿を消そうとする。だが、その前に荒れ地に跪き、太陽の代わりに(バベル)内部を照らす光の球体に頭を垂れる。その姿は厳粛に執り行うべき神事中の神官にさえ見えた。

 

 

 

「さて、パンダーラに襲撃を行った者達はどれだけの成果を上げたのやら。私がこの様な場所で数日にも渡って働いているのだ。せめて住民を巻き込み、連中への悪意を募らせてくれれば良いのだがな……」

 

 

 女は一人呟くとマントを被って姿を消す。その姿は完全に不可視となり、足音を忍ばせれば周囲を漂う人魂の姿をしたモンスターさえも反応しなかった。

 

 

 

 

 

「……ふむ。では任務を続けるか。あの三人は……静観で良かろう。足掻く姿が楽しめそうだ」

 

 その姿を木の上から見張る者が一人。決して見上げねば上が見えぬ程に高い訳でもなく、葉が生い茂って姿を隠せる訳でもない。彼はただ木の上に居ただけだ。先程の女と違い秘宝で姿を消してもいない。なのに誰も気が付かなかった。三人組も、女も、モンスターすら一切の違和感を覚えさせない彼は地面に降り立つ。彼が視線を向けるのは一見すれば誰も居ない場所。だが、其処には不可視となった女が居る場所だ。

 

 

「ククク。さてさて、どれだけの物を私に見せてくれるのやら。貴様達の信仰心が何をもたらすのか、精々私を楽しませて欲しいものだな」

 

 

 

 

 

 一方その頃、ナインテイルフォックスの拠点はお茶の時間の真っ最中であった。甘いケーキと熱い紅茶が有れば話には幾らでも花が咲く。この場の者達もたぶんに漏れず話をしている最中だ。……但し、とても和やかとは言えない空気だが。

 

 

「ほほぅ。このモンブランとやら、どの様な物か知ってはいたが成る程成る程。……ふわぁ」

 

「チョコケーキこそ至高。……異議は認める」

 

 尊大な態度がモンブランを口に運ぶ度に崩れるハティ。今にも蕩けてしまいそうだ。その隣に座るロザリーも同じく。普段は感情が分かり辛い彼女だが、ケーキを食べている最中は幸せそうな顔になっている。同じ男を巡って争う二人ではあるものの、こうして甘い物を食べている最中は仲良く隣り合って座る。

 

 

「お、おい。これじゃあ俺がケーキを食えないんだが……」

 

 但し、座っているのは椅子ではなくてアッシュの膝の上。左右に広げた足に左右に分かれて座り、仲睦まじい姿に見えても修羅場だ。当然ながらアッシュはケーキを食べられる状況ではない。

 

「ふふふ。大丈夫だ。私が食べさせてやるから貴様は私の体を支えておけ。腰でも胸でも好きな部分に触れてな」

 

「……私も食べさせる。チョコケーキも分けてあげる。だから支えてて」

 

 ハティとロザリーはにこやかな表情のままアッシュの手を取り自分の体に触れさせる。ハティは胸から腰まで撫でさせる様にして、ロザリーは迷い無く胸に持って行くと少し自慢する風にハティを見る。

 

「アッシュはおっぱい好き。……知らなかった?」

 

「はっ! 貴様のお陰で今知ったぞ。お礼に不在の間は私の胸で此奴を満足させてやろう」

 

 笑顔のまま二人の間に火花が散り、二人同時にアッシュの口元にケーキを差し出す。

 

 

「「どっちを先に食べる?」」

 

 思わずアッシュは助けを求めて対面のルノアとミントを見るが、ルノアは残ったケーキを紅茶で流し込むなり立ち去った。アッシュの姿も見て見ぬ振り。巻き込まれたくない気持ちがダダ漏れだ。

 

 ならば最後の希望は残ったミント。目を逸らす事無く三人を見据え、静かに呟く。

 

 

「……馬鹿馬鹿しい」

 

 所詮色恋の上での争い等、他人からすればその程度、そういう事だ……。



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いざ、塔の中へ   (挿し絵)

挿し絵投稿

to4koさんに依頼しました

書き方ちょっと挑戦 今回だけ


 これはロザリーが地図を持ってアッシュ達の所に行く少し前の事である。

 

「……独断とはいえ、話を通してしまった以上は仕方無いだろうな。ルノアとは親友だとしても公私混同はしない主義の私だが、塔喰らい(バベルイーター)が居ると聞けば納得せざるを得ない。……ロザリーも友達や好きな人と過ごしたいだろうしな」

 

 複数の(バベル)の破壊任務の内の一つに対して副団長であるダイナが他の探索団に独断で協力要請を行ったと知った時、団長であるセレスティナ・メビウスが烈火の如く怒り、ダイナに仕置きをした後で冷静に語るのをロザリーは慣れた様子で眺めていた。

 

 艶めく夜色の髪に翠緑の瞳、均整のとれた肉体を持つクール系眼鏡美人、それがSランク探索団『光熱の剣』団長であるセレスティナであり、伝説の聖剣であるレーヴァンティアの主となったロザリーが変な相手に利用されないようにと入団を勧めてきた昔からの知り合いというのがロザリーの認識だ。

 副団長であるダイナがセレスティナにキツいお仕置きをされるのが日常茶飯事というのも認識の一つであり、偶にロザリーもされている。

 

 そんなセレスティナは話が通ったならば撤回すべきでないと口にしているが、実際はロザリーがアッシュ達と行動したいのを団長であるセレスティアの体面を気にして控えているのを知っているし、それ故に許可したのはロザリーにも通じていた。

 

「ありがとう、団長」

 

「別に他の団員以外の前では名前で構わんぞ? お前が寝小便していた頃からの知り合いだからな」

 

「相変わらず一言余計」

 

「はっはっは! 拗ねるな拗ねるな。まあ、下の者達には適当に話を通しておくし、建て前はお前のお供としておくが、気にせず好きに行動しろ」

 

「分かった。じゃあ準備する」

 

「……まあ、一言だけ言わせて貰うが、塔喰らい(バベルイーター)に関しては大っぴらに口にするな。聞かれれば面倒な事になりかねん連中が多いからな」

 

「うん。そうする」

 

 本当に分かっているのかと疑念を持つセレスティアだが、厳格なようで身内に甘い彼女はロザリーを信じる事にした。

 何かやらかしても自分がフォローすれば良い、そんな程度にはロザリーを気に入っているセレスティア。

 

 ……その優しさを自分にも分けて欲しいと切に願うダイナであるが、大体彼が悪いので分配される日が来るのかは甚だ疑問であるし、恐らく来ないだろう。

 

 

 荒れ野の中にそびえ立つ塔の前、光熱の剣所有の馬車に乗って辿り着いたアッシュ達だが、今から冒険をしようとする顔ではなく、何処か辟易とした様子だ。

 

「おい、これはあれか? 違法探索者ってのは馬鹿なのか? それともギルドが馬鹿にされているのか?」

 

 苛立ちさえ感じさせる声色でアッシュが蹴り飛ばしたのは焚き火の燃え残りの木々だ。

 辺りを見れば野営の痕跡が隠した様子も無く残されており、放置された料理の匂いに誘われたのか獣や野鳥の姿さえ見えた。

 これでは自分達の存在を大々的にアピールしているのと同じであり、その程度も分からない馬鹿なのか、それとも知られても困らないという随分な自信家なのか判断に困るが、アッシュは馬鹿だと判断したらしい。

 

「まあ、違法探索者ってのは探索団から逃げ出したり、犯罪に手を染めて解散になった探索団の連中が多いからなぁ。普通の奴なら辞めた後はエナジーストーンの強化を阻害する薬を定期接種するんやけれど、そういった連中は素直に受けんわ。強化した肉体を好き勝手に使うんや。……何処かの国がそんな連中を囲ってるって噂も有るし、本当に面倒やで」

 

 馬車の手綱を握ったルノアはアッシュ同様に野営跡を残した者達に呆れて居るが、それでも目には警戒の色が残る。

 

 今の自分は最低ランクであるGランク探索団の団長に過ぎないが、それでもリタイアした訳ではないので実力はAランク探索団の若手のホープだった頃と変わらない。

 前線は退いて腕は錆び付いていたとしても、痕跡を残した者達を雑魚とは侮っていなかった。

 

「にしても……小さいわね」

 

「うん。Gランクでも下位だから。確かに金の樹皮が採れるけれど、他に珍しい物は無い。なのに面倒」

 

 ミントは姉の様子を見て気を引き締めながら塔を見上げれば、首が痛くなるより前に頂上が見える。

 自分達が普段探索している物の半分の高さもなく、この場所に何度も入っているロザリーが少し付け足した。

 この(バベル)は探索で得られる富に対して立地が悪く、だからこそ野営跡から察せる人数に違和感を覚えていた。

 

「この程度の場所に大人数で来る必要がある雑魚か、それとも何か思惑が有るのか。……さて、行くぞ」

 

 ハティは腕を組み、少しだけ思案すると迷い無く入り口の巨大で分厚い扉に手を掛ける。

 その見た目に反さず、エナジーストーンによって強化された肉体を持たなければ屈強な大の男が数人掛かりで漸く開くのだが、小柄な少女の細腕で軽く押しただけで軋んだ音を立てながら開いて行った。

 

「……待って。勝手進まれたら迷惑。今回の任務のリーダーは私」

 

「おや、あくまでナインテイルフォックスは手伝いというのは建て前だろう? 惚れている相手に良い所を見せたいのは分かるが、私にとってこれは初戦だ。惚れる予定の男の前で格好を付けさせる度量を見せて欲しいがな」

 

 だが、それを横からロザリーが止め、自分より少々背が低いハティを上から睨みつけるも相手は何処吹く風と余裕が見えた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……また面倒な事に。ねぇ、アッシュ。いっその事、二人揃って抱いたら? ハーレムって男の夢なんでしょ?」

 

「王族でもないのに実際にやったら周囲がドン引きだろ!?」

 

 ミントが二人のやり取りに呆れ果てた末の発言の矛先が自分に向けられた事に戸惑いを隠せないアッシュ。

 確かに複数の異性、それも見た目も優れている上に好意を向けられているのなら悪い気はしないし、そんな彼女達を侍らすといった願望が無いと言ったらアッシュは嘘吐きになるだろう。

 

 だが、常識的に考えて、必要だから複数の女性と関係を持つ王族と違って血を何としてでも残す義務が無い一般人のアッシュでは状況が違う。

 アッシュだって複数の異性と関係を持っている相手を見れば羨ましい反面ドン引きするし、知り合いにされるのを想像したくもない。

 

「大丈夫よ。ラッキースケベ連発の時点でドン引きだから」

 

 一体何処に大丈夫な様子が存在するのかは不明だが、どうやら強引に話を進める気が満載なミントからは絶対に痴話喧嘩に巻き込まれまいという確固たる意志が伺え、アッシュを生け贄にする気らしい。

 

 尚、見事に捧げられた場合、生け贄らしく食われるであろう、性的な意味で。

 

「少しも大丈夫じゃないだろ!」

 

「いや、面倒事に振り回されないから私に平穏が訪れるじゃないの」

 

「俺に訪れない!」

 

 そんな事はミントが既に承知だと分かっていても叫ばずには居られないアッシュであった。

 

 

 

 

「じゃあ、私が先行する。三人は続いて進んで。ルノアさんは馬車の番をお願い。……ハティは少し離れて」

 

 

 結局話し合いは暫く続き、アッシュが宥めた事でハティが渋々引いてロザリーが扉を開ける事にしたのだが、ロザリーが振り向けば見せつけるかの様にアッシュに密着するハティの姿があったのだから堪らない。

 

 試合に勝って勝負に負けたとはこの事だとばかりに無茶な要求を口にしながら扉に蹴りを叩き込めば勢い良く開く。

 

 

 

「そ、其処を退くザンス~!」

 

「……誰?」

 

 その瞬間、見慣れぬ小男が頭から血を流す少女を背負って、何かに追われる様に正面から向かって来た。

 

 いや、実際に追われている。

 

 一見すれば茶色が混じった白い甲殻を持つ巨大なムカデだが、その体は大木の如く長く太く、観察すれば巨大なだけのムカデではない事が分かるだろう。

 骨だ、それも複数の人骨を無理矢理押し固めて形作った風に見える悍ましいモンスター。

 ギルドによって『スケルトン・センチピート』と名付けられた存在は人の手や足の骨の脚を頻りに動かして獲物である二人を狙って本能のままに突き進む。

 

 その牙が二人に突き刺さるまで残り五秒……。

 

 

「目障りだぞ、雑魚が」

 

 だが、その五秒後は一瞬にして訪れる事が無くなった。

 スケルトン・センチピートが一歩踏み出すより前に眼前に現れたハティは鋭利な爪が生えた右腕を振り下ろし、骨の大ムカデは頭から尻尾まで引き裂かれ、そして砕け散る。

 

「ふふん。どうだ、見ていたか、アッシュよ」

 

 

 見ていて当然、賞賛の言葉を浴びせられるのは歴然、そんな表情でハティは得意そうに振り返る。

 

 

 

「ひゃわぁああああああああっ!?」

 

 だが、誉めて欲しい相手は何時もの呪いを発動させていた……。

 



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違法探求者

 俺が父さんから受け継いだ魔剣の指輪の呪いは厄介で……本っ当に厄介で俺を困らせる。ラッキースケベの呪い、こんな風に口にするだけ文字にするだけなら大した事はないかに思えるが、よく考えて欲しい。

 

「ひゃわぁああああああああっ!?」

 

 怪我をした女を背負いながら目の前から走って来た男は(バベル)から出た途端に緊張の糸が切れたのか転びそうになる。本人も怪我をしてるんだし、背中の奴が地面に落ちても大変だとばかりに支えようとした結果、仰向けになって地面に転がる俺の顔の上に座って胸を掴まれながら悲鳴を上げる女の姿があった。

 

 俺の眼前には薄ピンクでレース付きの布。手にはロザリーやハティよりも大きくずっしりとした重量感の塊が二つ。弾力や柔らかさは二人の中間辺りか。

 

「いや、離しなさいって。何時まで掴んでる気なのよ、どスケベ馬鹿」

 

「あでっ!」

 

 何処をどうしたらあんな体勢にって感じの体勢になって急には動けない俺の頭に容赦無く蹴りが打ち込まれる。こんなのが日常茶飯事だなんて、父さんの形見の品じゃなかったら手放してるぜ、この秘宝。

 

 ……ほら、大変だろ? こんなのが頻繁なんだぜ? ったく、嫌になるよ……。

 

 

「……落ち着いた? ごめんね。あの変態馬鹿には私達からしっかり言っておくから」

 

「え、ええ……」

 

 俺の頬には真っ赤な紅葉で、向けられるのは冷たい視線。ミント達が宥めて漸く落ち着いた少女は転んだ拍子に気を失った小男を気にしながら話をしている。ミントは魔法で怪我の治療をしながら相手を落ち着かせる為に話をしていて、何とか落ち着いたのか名前を教えてくれた。

 

「助けていただき感謝致しますわ。私はアンナ・マリーア・デ・ラ・フィレンツァ。其処の男は家の庭師でミヤーノという男です」

 

「あら、長い名前ね。もしかして貴族かしら?」

 

「え、えっと……秘密ですわ」

 

 それにしても……此奴、探求者か? (バベル)に入って良いのは探求者や探求ギルドの職員だけだ。だが、目の前の女は一見ゴージャスなドレス、但し観察すれば継ぎ接ぎが目立つ服装で、とても探求者には見えない。

 

 ああ、ちょっと聞いた事が有るな。金でエナジーストーンを集めて力だけ得た金持ち連中が探求者ごっこを楽しんでるって。事前研修が必要になった犠牲者の増加だって、そんな風な連中を減らす為だってキュアさんが言ってたよな。面倒だから勝手に入る馬鹿が困るって愚痴ってたよな。

 

 いや、にしては身元を隠したがったりボロい服装の理由が分からない。不信感は募るばかりで俺はアンナを見ていた。

 

「あ、あの、私が何か?」

 

「いや、何でもない。気にしないでくれ」

 

 おっと、危ない危ない。知らず知らずの内に無遠慮な位に見ていたらしく、さっきの事も有ってかミントの陰に隠れながらアンナは俺を見て来た。流石に顔面に座ってしまった上に胸を掴まれた相手がジロジロ見てたら警戒するよな。照れてるみたいに見えたけれど……気のせいだろ。

 

 ミントは俺に非難する様な視線を向け、ルノア姉ちゃんはニコニコしながらアンナに近寄って行く。気さくそうな笑顔だし、アンナも大して警戒してないみたいだ。まあ、危ない所を助けたのも有るだろうな。その助けた張本人のハティは我関せずって風に離れて座ってるがな。ロザリーも近くには居るけれどアンナには無関心って様子だ。

 

 そんな中、アンナは急に真剣な表情になり、頭を下げて来た。育ちが良くて気位が高そうなのに一切迷わずだ。

 

「あ、あの、それで皆様は手練れの探求者とお見受けします。どうか、どうか私達を逃がす為に残ったヨッシーをお救い下さい!」

 

 おいおい、仲間が残ってるのかよ! こりゃあ話を聞いた以上は知らん振りは出来ないよな。俺だけじゃなく、ミントやロザリーも同じ意見なのか武器を手に立ち上がろうとする。二人が怪我してたんだし、一刻を争う状況だろうからな。

 

「良いぜ。じゃあ、残ってる場所まで案内を……」

 

「待てや。勝手に決めるなや、阿呆」

 

 だけどルノア姉ちゃんがそれを征する。言葉を遮って、片手を横に伸ばして止まれって合図。一体どうしてだと文句を口にする前にルノア姉ちゃんがアンナに問い掛ける。俺達に向けた事が無い問い詰めるみたいな静かな怒りの声だ

 

「……自分ら、違法探求者やな? それも金目当てで……妙な連中と連んでるやろ。挑発なのか残されとる野営の跡、手慣れとる上に痕跡が三人分じゃ足らんわ」

 

「うっ……」

 

 射殺す様な鋭い視線と冷たい声にアンナは身を竦ませる。肯定って事だな。さっきまで疑い言葉。怒鳴り散らしはしないが怒っているのは明らかだ。

 

 そして怒ってるのは俺達も同じ。お嬢様の火遊び程度なら別に気にしなかったよ。でも、此奴はそんなレベルじゃねぇ。どうやら随分と悪質な類の違法探求者らしいからな。

 

 違法探求者。本来はギルドによって管理される名簿に乗った正規の探求者しか入れない(バベル)内部で活動し、中の物を裏ルートで売買する連中だ。

 

 冒険に憧れた世間知らずの火遊びや、他でも採れる鉱石や薬草程度の売買程度なら強く取り締まっちゃいない。ギルドだって忙しいし、本当に危険で世の中に大きな影響を与える物は厳しいけどな。

 

 だが、悪質な連中は居るもんだ。正規の探求者を襲って秘宝を奪ったり、奪ったり内部で得た秘宝や秘宝の箱を裏で売ったりな。箱から秘宝を出す術はギルドが徹底管理しているが、その箱が本当に申告通りかまでは分からない。

 

 ……そしてだ。中にはボスモンスターが強力な秘宝を落とす事やコアを破壊すれば膨大なエネルギーが手に入るからと(バベル)を無断で破壊する奴さえ居る。前までは周辺で探求者が持ち帰った物で富んでる町に迷惑程度の認識だったが、(バベル)が破壊されれば別の場所に誕生する事を知った今は別だ。

 

「……おい。手を組んでる連中は九年くらい前に(バベル)を破壊したって言ってたか?」

 

 自分でも威圧する声になっている事に驚いた。でも、本来(バベル)の破壊はギルドの調査によって次の出現地点を観測し、可能なら誘導する準備を整えた上で行われるって教わったんだ。……つまり、俺の故郷は勝手に破壊されたから避難勧告さえされずに滅びたって事だ。

 

「答えろ」

 

「ひっ!」

 

 思わずアンナに詰め寄る俺に怯えた様子だが逃がさない。どっちにしろ妙な連中の片棒を担いだんだし、手掛かりになるなら容赦する気はなかった。腰が抜けた様子のアンナは後ずさって逃げようとするが俺の方が当然速いから逃げられない。

 

 

「まあ、待てや」

 

「ぬおっ!?」

 

 そして一歩前に踏み出した所でルノア姉ちゃんの足が伸びて俺の脚を払い、見事に転ばされていた。転んだ瞬間に思わず手を前に伸ばし、突っ伏した姿勢のまま何か柔らかい物が指先に引っ掛かる。ったく、急に何するんだよ。

 

「どうせ其奴は利用されただけやろうし、未だ内部に居る連中の方が情報持っとるわ。さっさと行って、さっさと捕まえて、んで帰って宴会にしようや」

 

「……だな」

 

 ちょっと熱くなりすぎていたのを反省した俺は地面にくっついていた顔を上げながら起き上がる。指先に引っ掛かっていた物が破れる感触が伝わり、起き上がった俺はそれが何かを理解した。

 

 

「パン……!?」

 

「だからいい加減にしなさいってのっ!」

 

 指先に絡みついた薄ピンクの布切れが何か口にする前に背後からミントの怒号が響き、続いて股の間から脚が振り上げられる。感じたのは途轍もない衝撃。

 

 

「この呪い、マジで何とかしたい……」

 

 一瞬激痛で意識が飛ぶ寸前、俺は切にそう願った……。



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意外な一面

 門を開けて内部に突入した時、目の前には別世界が広がっていた。血が乾いた跡がある剥き出しの地面に空を覆う鉛色の雲。雲に覆われて太陽の代わりを果たす球体の明かりは鈍く、薄暗い世界が何処までも広がって行く。

 

「此処が死霊の合戦場。……不気味な所だわ。オバケでも出そうね」

 

 (バベル)の中は異空間だって身を持って知っている俺達だが、所詮は入った事があるのは一個だけ。此処まで違うもんだなとミントの呟きに同感だと感じつつ足元を見れば骨が散乱していた。合戦場の名前の通り亡くなった人の骨……かと思いきや、事前の説明じゃこの(バベル)で生み出された物らしい。随分と趣味が悪い事だぜ。

 

「しかしミントじゃねぇけど本当に出そうだな、幽霊でもよ。まあ、実際にアンデッド系のモンスターが出るんだっけ?」

 

「うん。骨とか幽霊とか、そんな感じのモンスターが出て来る。……怖いからくっついて良い?」

 

 怖い怖いと言いながらもロザリーは表情を変えないまま俺の背中に張り付いて胸を押し当てる。……防具が邪魔だな。あの柔らかさを何もない状態で感じた後じゃ満足出来そうもない。にしても……。

 

「モンスターって(バベル)の内部で生まれるんだよな?」

 

「そうだけど、アッシュはそんな事も忘れちゃった?」

 

「いや、そうじゃなくって……」

 

 誕生した時には既にお化けってのも変な話だよな。いや、モンスターの材料のエネルギーって回収しなかったら再利用されるんだし一度死んでても変じゃないのか? 俺の問いにロザリーが真剣に心配するが、俺はそんな考えが頭の中をグルグル回って混乱しそうだ。

 

「……おい。さっさと行くのではなかったのか? あの女の仲間とやらが死のうが助かろうが私には興味が向かんが、助けると約束した以上は力を尽くせ。例え相手が気に入らぬ者達だとしてもな」

 

 そんな考えは横からハティが声を掛けた事で中断される。言葉の通りにヨッシーって奴の安否に興味は無いけれど、俺達が約束を破るのは気に入らないって様子だ。ああ、そうだな。何処かやる気が無かったのは認めるけど、引き受けた事に全力を出さずに失敗したらナインテイルフォックスの名折れだ。父さん達にも顔向け出来なくなる。

 

「おっと、そうだったな。行こうぜ、二人共。……ありがとうな、ハティ」

 

 大切な家族から受け継いだ物を汚す所だったっていう危ない所で踏みとどまれたのは間違い無くハティのお陰だ。ミントもロザリーも何処か見捨てたいって心の闇が有ったのを見透かされたから少しバツが悪そうだが、それでも俺の言葉に頷いてくれた。んじゃ、さっさと行きますか! 俺は二人と頷きあって進もうとするが、その前に思い出させてくれたハティの肩に礼の言葉と共に手を置く。……あれ? 何で不機嫌そうなんだ?

 

「……おい、何処を触っている?」

 

「え? 何か不味かったか? 肩だぜ、肩。お前、今更怒る様な奴じゃないだろ? だって痴女じゃんか」

 

「誰が痴女だ、誰が!」

 

 まさかベッドの中で誘惑して来たり風呂に突撃して来る奴が肩を触った程度で怒って来たから驚いて口が滑ったが流石に言い過ぎたな。にしても何を怒ってるんだ? まさか胸や尻を触れって言うんじゃ……。

 

 そんなまさかと思った俺だったが、ドレス姿のハティの胸元にはついつい視線が向かうし、少しは期待してしまう。

 

「……触れる場所が違う」

 

 あっ、矢っ張りまさかの方だった!? ハティは俺の手を掴むと上の方に持って行く。俺は抵抗する素振りだけは見せるが本当は大した抵抗はせずになすがままにして、そのままハティの体に手が触れた。

 

「誉めるなら頭を撫でろ。お祖父様は私や姉様を誉める時は頭を撫でてくれたぞ」

 

「お、おう……」

 

 言われるがままにハティの頭を撫でればサラサラとした絹糸みたいな手触りが伝わって来る。何時もの尊大な態度は何処に行ったのか撫でられてる姿は子供・・・・・・いや、子犬みたいだな。

 

「わふぅ。・・・・・・はっ!?」

 

 犬耳とブンブン振られる尻尾さえ幻視した時、すっかり心地良さに気が緩んだハティの口から出た声。可愛いとさえ思ったが我に返った本人は咳ばらいで誤魔化しているし意図して無かったんだな。美人系かと思いきやギャップで攻めて来るなんて予想外だ。うん。頭を撫でれて良かった。

 

 ・・・・・・胸じゃないのは残念だけどな。自分から触らせて来るってのが・・・・・・。

 

「アッシュ、残念そう」

 

 はっ!? 心、読まれた!? ロザリーの声に顔を向ければ不満そうにして少し怖い。いや、それでも可愛いんだけどな。俺の服の袖を掴んで離さないし、少し罪悪感が有るな。今、俺は猛烈にロザリーの相手をしてやりたかった。

 

「そそ、そんな事無いですよっ!?」

 

「じゃあ私の頭も撫でて? 他に触りたい所が有るなら・・・・・・別に良いよ?」

 

「お、おおう・・・・・・」

 

 俺より少し背が高いロザリーが顔を覗き込み、俺の空いた手を掴んで頭に置く。好きに触って良いって言われてもなぁ。今は頭を撫でられて幸せそうなロザリーを撫でていたい。

 

「はいはい、イチャイチャするのも後にして。先に行くんでしょう、先に!」

 

 うっ。流石にミントが怒ったが、これで気持ちを切り替えた俺達は頭を撫でるのを中断して今度こそ先に進む。本当にミントって俺達の保護者役だよな。口に出したら絶対に怒られるけど。

 

 

 

 こんな感じでさ。

 

「自覚が有るなら世話を焼きかせるなっての!」

 

 ああ、その光景がイントネーション含めて思い浮かぶわ。今にも殴りかかりそうな勢いでって言うか実際に一発は入れられるな。……ルノア姉ちゃんが昔から手を焼かすから肝っ玉母ちゃんみたいなのに育っちゃってさ。胸の方は……殺気!?

 

「あら? 一体どうしたのかしら?」

 

「いや、何でも無い。本当に……」

 

 き、気のせいだよな? 俺は自分に言い聞かせて前に進む。入り口から暫くは骨みたいな物が散乱しているだけの荒れ地だが、少し進めば見えて来るのは一面の枯れ草。腰の辺りまで伸びた草に隠れて石やでこぼこ道や尖った先端を真上に向けて転がる骨(みたいな物)が隠されているから草が生えていない代わりに曲がりくねって枝分かれしまくった道を進むのが安全策だ。遠回りだが、それ以上に面倒な理由も有るしな。

 

 

 だが、今は遠回りの道よりも危険だが最短ルートな直線路を進むしかない。俺達は最初気が進まなかったがルノア姉ちゃんにそうしろって言われたんだ。

 

「まあ、捕まえるのも罰するのもギルドの仕事やし、此処はひとまず助けてやろうやないか。……その代わりパンツはぎ取ったのはチャラな?」

 

 ……あの後、俺達はアンナから何があったか簡潔に話をさせた。モンスターの相手をするから金の樹皮を集めろと仮面を被った女達、そう、ワルキューレの連中から依頼されたそうだ。どうも胡散臭い連中だが大金が必要だったアンナ達は引き受け、裏をかいて集めた物を持ち逃げする気だったとか。

 

 

「愚か者共め。貴様達は贄だ。いと尊き御方がこの地に降臨なさる為のな。四神などという忌まわしい存在ではなく、この世界を支配するに相応しき御方の為に死ねる事を誇りに思え!」

 

 まあ、胡散臭いってのは正解で、後で裏切る予定だったのは向こうも同じって事だった。集めるだけ集めた所でモンスターを引き連れて姿を現したワルキューレ達からアンナを守る為にヨッシーって奴が足止めを引き受けたと。

 

 ……何か気になるんだよな。四神は世界で信仰される四人の神。確かロキとバロールと……何だっけか? 地域によって信仰対象が違うからな。残りは忘れちまったよ。

 

 四神じゃない神ねぇ。……擬神に関わりが有るかも知れないし、俺達の故郷を滅ぼす切っ掛けになった(バベル)の破壊に関して何か情報を持っている可能性だって有る。正直言ってヨッシーを助けるよりもそっちの方がメインだ。

 

 

 そうして外でルノア姉ちゃんが待ち構える中、俺達はヨッシーが戦ってるであろう場所をひとまず目指す事にした。でも、ロザリーが言うには草むらに入ると面倒だって話だが、まさか足場が悪いってだけじゃないよな?

 

「じゃあ、面倒だって言った理由を説明するね。見たら分かるけど」

 

 何度も訪れた事の有るロザリーが先陣を切って草むらに入った時、目の前の地面の下から十本の白い柱が突き出した。いや、違う。あれは柱じゃなくて指だ! 

 

 そう。目の前に現れたのは骨だけの指先。それが両手の分だけ存在し、地面から這い出して全体を見せる。人一人を掴めそうな程に巨大な手首から先の骨の姿をしたモンスターだ。

 

 

「……ボーンハンドラー。この(バベル)のボスモンスターの一種。この草むら、細かく分けられた場所に入る度にモンスターが出て来るの」

 

 辟易とした顔で剣を抜くロザリー。銀の柄に青と金の刃を持つ伝説の聖剣、俺が振るう事を夢見ていたラーヴァティンが純白の冷気を纏いながら存在していた



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どっちにしろ同じ

 この日の事をアンナは覚えている。幾星霜の時が過ぎ、死ぬ時になっても決して忘れないだろう。

 

 普段は飢える事こそ無いが質素な食卓に並んだご馳走。幼い頃に行方不明になった母の分も自分を愛してくれた父親。家族同然に慕っている使用人達。

 

 これは当然の様に続くと思っていた幸せを享受していた日。当たり前みたいに幸福が壊された日の前日。多くの人に訪れるその日が自分とは無関係だと心の何処かで思っていた日の事だった……。

 

「アンナ、お誕生日おめでとう。ほら、この日の為に仕立てたドレスが届いたよ」

 

「まあ! 素敵ですわ、お父様!」

 

 

 ()伯爵令嬢アンナ・マリーア・デ・ラ・フィレンツァの人生は人よりも幸福な部類に入り、その幸せは平凡な理由で終わりを告げた。確かに不幸ではあるのだが、世界を探せば幾人も同じ様な境遇の者を見付けられる、そんな出来事によって何気ない幸福の日々を奪われたのだ。

 

 アンナが生を受けた国は端的に述べれば腐敗が進んでいた。貴族同士の腹のさぐり合いからの追い落とし、賄賂に脅迫等が横行し、民とは搾取されるのみの存在。唯一成り上がる方法は金で爵位を買う……建て前としては不可能だが、他国の金持ちが自分より年下の貴族の養子になる事も珍しくない。自国の民は弾圧と圧制によって成り上がるのは不可能だったが。

 

 そんな国に生まれ、腐敗するのが貴族と務めとさえ認識されていそうな国にも変わり者は存在する。アンナの父は変人の極みの様な人物で、要するに民を愛する善意の塊であった。

 

 領地は他の場所と違って無計画な開発もせずに自然豊かであり、臣下達も教育が行き届いているので横暴な行いを取らない。だが、アンナの家は貧しかった。善政を敷く伯爵を頼って多くの難民が集まり、一人でも多くが飢えず凍えぬ様に手を尽くした結果の事で、アンナは貧しさを誇りにさえ思っていたのだ。

 

 ご馳走を毎日食べたくない筈も他の家の令嬢の様に頻繁に買い求める宝飾品やドレスで着飾りたいとは思っている。だが、それで良かった。清貧が良かった。何の事はない。善人の娘は善人だったという事だ。

 

 誕生日や特別な日にのみ与えられる新しい服を大切にし、自分が恵まれているという認識も持っている。後は同じくこの国での変わり者の婚約者を探し、父と同様に善政を行うだけ……それを信じて疑わなかった。

 

 

 幸せは簡単に崩れる。風に砂埃が吹き飛ばされるみたいに、何の予兆もなく呆気ない終わりがやって来るのだ……。

 

 ある日、(バベル)の補食によって家族を全員失った。よくある話だ。

 

 そして、遠縁の親戚が領地を乗っ取り、アンナは父よりも年上でこの国の貴族らしい貴族の妾にさせられそうになった。これも珍しくない話だ。

 

 だが、偶々遠出していた臣下やアンナを慕う領民の手助けで国を脱出する事に成功した。

 

 だから彼女はお金を集める事にした。お金で貴族に舞い戻り、父が守ろうとした物を、自らが守りたい者達の為に。その為ならば汚い事もする気で、本当に汚い者達に騙されて命の危機に陥った。

 

 それがアッシュ達との出会いに繋がるという訳だ。そんな彼女は今、アッシュの着替えとして持って来たズボンを履いていた。

 

 さて、話は変わるが『吊り橋効果』と呼ばれる現象が存在する。これは危機によって感じたドキドキを相手への恋慕による物と勘違いしてしまう物だ。

 

 繰り返すがアンナは伯爵令嬢として育った身だ。祖国の貴族は腐敗貴族らしく気に入った平民の娘を陵辱したり妾として囲ったりしていたが、女性の方も少々貞操観念が緩い。だが、淑女として育てられたアンナからすれば無関係な話だった。

 

 婚前交渉等想像さえせず、デートでさえ未経験。身内以外の男の手を挨拶としての握手以外で行った事さえ無いのだ。

 

 そんな彼女が出会ったばかりの男に跨がって胸を掴まれ、あまつさえ下着をはぎ取られた。これで冷静でいられるのなら精神が鋼で出来ているだろうし、アンナの精神は普通だ。

 

 

「……もう。これは責任をとって貰わなければなりませんわ」

 

「何や知らん事にさせて貰うけど、先ずは自分が行った事の責任を取らんとアカンで? ……その頃には落ち着いて我に返っとるやろな」

 

「えっと、妻としてアッシュ様をお支えするのなら婿ではなく、私を入り嫁として貴族になった方が良いかしら? その前に結婚式を何処で行うか決めませんと」

 

「……アカン。此奴、脳味噌ピンクの馬鹿や。気張れや、アッシュ。ラキスケの呪いは女難をも引き寄せとるで……」

 

 つまりは面倒な事になったと見張りで残ったルノアが頭を痛くする事に繋がった。ルノアは顔を真っ赤にしながらこっそり持ち込んだ酒豪の徳利に口を付け、一気に流し込んだ。

 

 

 

「ぶふっ!? 料理酒やないけ!」

 

 

 

 ロザリーが地面スレスレまで金色に輝く刃が下げた時、剥き出しの土に霜が掛かり、枯れ草が凍り付いてから砕ける。そのまま切っ先を持ち上げるだけで周囲の気温を一気に奪い、不愉快な程の蒸し暑さが肌寒さにさえ変わって行った。

 

「……アッシュ、競争しよ? 私が右手を倒すからアッシュは左手。私が勝ったらデートして。アッシュが勝ったらご飯奢ってあげるから二人で好きなお店に行こう」

 

「はっ! 上等だよ。俺の成長を見せてやるぜ」

 

 初めて入る場所での初めて戦うモンスターとの戦い。普段ならミントが慎重になれって五月蝿いんだろうが勝負なら大人しく出来るかってんだよ。呆れ顔のミントを無視して俺はレヴァティンを呼び出して構えれば刃からチョロチョロと青い炎が漏れ出していた。

 

「……炎出せるの? 成長したね。このままじゃアッシュのお嫁さんにされる日も近そう」

 

「まあな。てか、ラーヴァティンは冷気なのかよ。噂じゃ能力について伝わらないから知らなかったぜ。……んじゃ、お先!」

 

 試合じゃ何度も負けてるし、活躍だって向こうの方が上だ。にしてもアクアスフィアを倒した後で試しても思った通りに行かなかったのに今日は調子が良いな。別にロザリーとのデートが嫌な訳じゃ無いけど、勝負に負けっぱなしなのは嫌だ。悪いが飯奢って貰うぜ、ロザリー!

 

「……ん? まあ、良いか!」

 

 何か変な気がしたが気にせず行くか。何せロザリーは俺より格上だし、余計な事を考えて勝てる相手じゃないからな。ハンドラーが突き出して来た指に対し、俺は足を止めず僅かに横に逸れて回避する。真横を鋭利な指先が通り過ぎ、俺は間合いに手の平が入った瞬間に剣を振り上げる。

 

 その時、俺を掴もうと指が曲がった。背後から迫る指。捕まれば強く握り締められるだろう。だから全力でレヴァティンを振り下ろす。

 

「先手の一撃で決めれば問題無いよな!」

 

 分厚い骨に刃が食い込み突き進む。背中に指が触れて内側に押し込もうとするのを脚を踏ん張って堪えたが、そのせいで僅かに攻撃が鈍った。勢いが落ちて途中で止まりそうになる刃。だが、それがどうした!

 

「甘いんだよ、骨野郎! 俺を倒したかったらもっと握力を鍛えとくんだったな!」

 

 叫びと共に刃を覆う炎が膨れ上がり、ハンドラーを焼くと同時に炎の噴射が勢いを強める。苦し紛れに指の力が強まるが、そのまま強引に刃を振り下ろしてハンドラーを両断した。

 

 光の粒子になって崩れて行くハンドラー。はっ! ボスモンスターって言ってもこの程度か。こりゃ奢って貰うのは確実……。

 

「あらら? おい、ミント。ロザリーの方のハンドラーは?」

 

 ロザリーの方を向いた時、既にラーヴァティンを鞘に戻したロザリーが俺を見て拍手していた。いや、お前ももう一体を相手するって話だっただろ?

 

「そんなのアッシュが指を避けた時にはとっくに倒したわよ? 剣を三回振って、そのまま鞘に納めたらハンドラーに亀裂が入って粉々の氷になって終わり。デート確定ね。……どっちにしろだったけど」

 

「どっちにしろ? いや、デートは俺が負けた場合だろ?」

 

「……うん。本当に分かってないなら別に良いわ」

 

「アッシュ、約束約束。デートデート。……アッシュの好きな所で良いよ? お泊まりだって……」

 

 ……また俺の負けか。ロザリーが喜んでる姿は嬉しいが、相変わらず差が大きいよな。まあ、負けたからって腐るのは辞めたんだ。最終的に先に英雄だって認めさせれば俺の勝ちだ。負けた分だってこの先取り返してやるよ。

 

「んじゃ、行こうぜ!」

 

 気合いを入れ直し、俺は枯れ草を踏みつけながら先に進む。その瞬間、また地面からハンドラーが現れた。……いや、本当に面倒だな。

 

「まっ、俺が強くなる為の踏み台になって貰うだけだ! 出て来るんだったら、もっと数集めて出て来やがれ! 全部一度に相手してやるよ!」

 

 

 

 

 

 

「ったく、アッシュは相変わらず馬鹿ね。……にしても炎を上手く出せるようになったのは良いけれど急ね。昨日は無理だったのに」

 

「なぁに。内助の功と言う奴だ。好きになる予定の男を手助けしてやらんとな」

 

「……何かしたの? 彼奴変にプライド高い所が有るからバレたら面倒よ?」

 

「貴様は黙っているだろう? おい、アッシュ! 次は私との賭けだ! 勝った方が今晩風呂で背中を流して髪を洗うぞ!」

 

 



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男らしいのは……

「うぉおおおおおおおっ!? どんだけ…どんっだけ出て来るんだよ、此奴らっ!?」

 

 枯れ草を踏み荒らしながら騎馬隊が迫る。悪路だろうと何のその。朽ち果て掛けた鎧を着込んだ首無し騎士達を背に乗せた首無し馬が蹄の音を踏み鳴らし、騎士達が手に持つボロボロのハルバートやランスが振るわれた。

 

「……どれだけって、沢山?」

 

 前方を埋め尽くしながら迫る大群に思わず叫べば戻って来たのは疑問系。おいおい、ロザリー。お前は何度も来てるんだろ?

 

「沢山なのは見て分かってる!」

 

「正確な数は知らない。だって普段は範囲攻撃で一掃してるから。でも、倒すしかないからアッシュとミントは頑張って。……それとも私が倒そうか?」

 

「結構だ!」

 

「ならば私が助力しようか? ふふふ」

 

 死霊の合戦場のボスモンスターの一種であるデュラハン。出現エリアに足を踏み入れると同時に地面から現れて、あっという間に今の数にまで膨れ上がった。ハルバートの先を切りとばし、そのまま馬を切って崩れた所で騎士を切り裂く。

 

「一体一体は弱いんだが、こりゃハンドラーの数倍厄介だな……」

 

 切っても切っても一向に減る気配の無い大群に嫌になるが、だからってロザリーとハティの力は借りられない。……そう。この群れが出て来た時、俺は二人に下がっていてくれって頼んだんだ。ロザリーにもハティにも勝負で負けて、俺はちょっと本格的に鍛え直す必要が有るって感じてな。

 

 ……このままじゃエナジーストーンを金で手に入れて物見遊山気分での探索者ごっこをする連中に毛が生えた程度だ。能力を上げるだけじゃなく、そのこうして苦境に追い込まれる必要が有る。

 

「グチグチ言わないの! てか、アンタが言い出したんじゃない。付き合ってやってるんだから口じゃなくて手を動かしなさいって! ウインドスラッシュ!」

 

 広範囲に風の刃を放ち、咄嗟に構えた武器も馬も鎧も一度に切り裂いたミントは怒っている。怒りに任せて次々にデュラハン達を倒すんだが、正直言って近い。本来は遠距離から戦う筈の回収士が精々槍使い程度の距離で戦ってるんだからな。

 

 だが、それが問題にならない位に軽い身のこなしで攻撃を避け、時に投げナイフで応戦しながら強力な威力の魔法で一気に仕留める。正直言って秒単位の撃破数は俺より上だ。……って言うか四人の中で俺が一番低い。

 

 って言うかミントも付き合ってくれる辺り同じ焦りを感じていたみたいだ。そりゃそうだよな。魔法の威力は普通より高いのに、魔法の長所の射程が短いんだ。だから本来は魔法の訓練を優先して疎かになりがちな体術を鍛えての接近戦を強いられる。

 

 ……俺達は今のままじゃ弱小のまま。父さん達の様な最盛期に追いつくなんて夢のまた夢って事だ。俺達は他の連中の数倍頑張らなくちゃ駄目だよな。

 

「やってやるよ!」

 

「やる気が空回りしないようにね? アンタ、昔から熱くなると周りが見えないんだから。馬鹿は馬鹿なりに頭使ってよね」

 

 肩を竦めながらもミントは気合いを入れ直した顔でスピリッツライトを構える。こうなったら俺もとことんやってやるしか無いよな? でも……。

 

 

「あんまり馬鹿馬鹿言うな! 自分で言うなら兎も角、そんなに言われる程に馬鹿じゃないだろ!」

 

 

 

 

「馬鹿よ」

 

「馬鹿だろう」

 

「……大丈夫そんなアッシュが好きだから」

 

「俺の味方に味方が居ないっ!?」

 

 お前達だって貧乳と痴女と天然だろうがよ!

 

「まあ、そんなに怒るでない。ちゃんと評価に値する戦いを見せれば私が褒美をやろう。そうさな……膝枕などどうだ? 男はそういったのが好きなのだろう?」

 

 ハティはドレスの裾をまくって太ももを見せながら笑みを向けて来た。白いスベスベの肌。あれに頭を乗せて眠る事を想像してみると……。

 

 

「俺、枕が変わると寝付けないんだよな」

 

「むぅ。だったら私の膝に枕を乗せてだな……」

 

「いや、それだと首が痛くなりそうだろ」

 

「ならばあぐらだ。足の中心に枕を置いてしまえば良い」

 

「それだ!」

 

「二人揃って馬鹿ね。バカップルね」

 

「ミント、違う。アッシュとカップルなのは私」

 

「バカップルトリオだったかぁ……」

 

「さて、緊張が解れたしさっさと終わらせるか。ミント、例の奴を試そうぜ」

 

 馬鹿な話をしている間にデュラハン達が密集して前方に武器を向けての突進の陣形になっている。さっきからバッタバッタ倒してたし、少しは追い詰めたって事か。

 

「……アレって、こんなぶっつけ本番で? ちょっと不安ね……」

 

 俺の提案に後込みしたミントだが、それもそうだ。俺がやろうって言ってるのは危険な事だからな。こんな時はミントも女の子って感じる……。

 

 

「上等じゃない! 何時か、その内、またの機会、そんな事言ってたら何時まで経っても変われないもの! さっさとぶちかますわよ、アッシュ! ナインテイルフォックス此処にありって見せてやろうじゃない!」

 

「ミントの方が男らしい……。アッシュの負け。でも、そんなアッシュも好き」

 

「お前、本当に俺の事好きなの!? それとも駄目な男が好み!?」

 

「……アッシュの事を馬鹿にする奴は幾らアッシュでも許さない」

 

 本気だ。ロザリーから本気の怒りを感じる中、土煙を上げながらデュラハン達が迫って来る。あの数だし、真正面から受ければ蹂躙されるだけだな。なら、真正面から叩き潰してやろうじゃんか!

 

 って言うかミントはもう魔力を高めて魔法を放つ準備を終えている。本当に行動力高いな、此奴……。

 

「それじゃあ行くわよ! ホーリーレイン!」

 

 ミントの眼前に出現したのは直径数メートルもの光の球体。アンデッドに有効な光系魔法ホーリーレイン。空中に浮かび上がった球体が広範囲に雨みたいに降り注ぐ。

 

 

 ……まあ、ミントは威力は高いが根本的な所でヘッポコだから魔法の維持が苦手で途中で消え去っちまうんだけどな。出現した弱点にも臆さず向かって来るデュラハン。球体はそのまま浮かび上がり、雨になるけれど途中で消え去って届かないだろう。

 

「行っくぜぇえええええええ!!」

 

 なら、届く様にすれば良いだけだ。レヴァティンの刃に炎を宿してホーリーレインをぶっ叩く。本当だったら空中で炸裂する筈のそれは炎に包まれた状態でデュラハン達の先頭へと向かい、地面に激突した瞬間に炎は広範囲に広がって燃え上がった。……あれ? ちょっと激しく燃え過ぎてる気が……。

 

 気が付けばデュラハン達は燃え尽きてエネルギーと化し、炎は普通に枯れ草で燃え広がっていた。煙が凄いし、これって結構不味い?

 

「ミント、水系魔法で……」

 

「ホーリーレインって結構魔力使うのよね。……暫く無理」

 

 おいおい、かなりヤバい状況だろ。そうだ、ロザリーなら!

 

「……ミント、ズルい」

 

 肝心のミントは頬を膨らませてプイッて顔を背けていた。

 

「おい、何で拗ねてるんだ?」

 

 膨れ面のロザリーがラーヴァティンを振るうと周囲の炎が一瞬で凍り付き、そして砕け散る。周囲の気温が一気に下がって少し寒いがこれで助かった。って、何で俺を抓ってるんだよ!?

 

 

「……ほほう。レヴァティンの炎と光魔法を合成したのか。結構な事だ。成る程成る程……」

 

 飛び散った氷をつまみ上げながらハティは笑みを浮かべていた。

 

 

「ああ、正解だ。試しにやってみたら上手く行ってな。……どうした?」

 

「……いや。どうも知り合いの匂いがしてな。だが、どうして奴が?」

 

 

 

 



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盾の少女と無精髭

 青白く発光する人間の肋骨ような姿。胸骨柄、胸骨体、胸骨角は無く、胸軟骨が蠢きあたかも牙の様。仰向けで浮遊して移動する。そして……全長は15m程。巨大な上に悪霊を思わせる姿には威圧感が有り、見ているだけで魂を奪われそうだ。

 

「うう……。怖いよう。今晩おトイレ行けないかも」

 

「頑張りなさいって。神様の為に戦うって決めたのは君でしょうに。ほらほら、オネショ布団はちゃんと洗ってあげるからさ」

 

「し、しません! ……三日前は偶々だもん」

 

  死霊の合戦場に数多く存在するボスモンスターの中でも最も巨大で強く、(バベル)の命であるバベルコアを守る存在だ。

 

 空中をゆっくりと漂い、創造主である(バベル)を脅かす敵を排除すべく動き出す。それに立ち向かうべく巨大な盾を構えるのは場違いな少女、スクルドだった。

 

「ク、クロウさ~ん! これ、本当に私が相手しなくちゃ駄目ですかぁ?」

 

 巨大で強力なボスモンスターだから怖いのか、不気味なアンデッドだから怖いのか彼女は震えながら助けを求める視線を後ろに向けるも返って来た反応は期待した物とは違って困った様に後ろ頭をポリポリと掻いただけだった。

 

「いやぁ、仕方無いかなぁ? オジさんだって子供に無理はさせたくないけど、高い所が怖いからって任務放棄しちゃった罰は受けないと」

 

「ううぅ……」

 

 諭している様に聞こえるがクロウはヘラヘラと笑って気楽な声色だ。それでは元気付けられる筈も無く、少女は世間の冷たさに震える。チラチラと視線を送るが頑張れとばかりに手を振って頼りになりそうにない。

 

「大丈夫大丈夫。危なくなったらオジさんが助けてあげるからさ。……ギリギリになったら」

 

「それ、本当に最後の最後まで助けてくれないって事じゃないですか~!」

 

 ヘラヘラと笑いながらも容赦無い言葉にスクルドは涙目になって叫ぶが、リブ・レイスも目の前の少女の涙に容赦を見せる事無く襲い掛かる。ギチギチと音を立てて肋骨が開いた姿はまるで鋭利な牙を持つ獣の口の如し。そのまま空中で身を激しく揺すれば鋭利な先端がスクルドに左右から襲って来た。

 

「きゃわっ!?」

 

 響いたのは肉が骨に貫かれる音では無く、分厚い盾が骨の刺突を防いだ音。小柄で幼い少女の体にも関わらず脚が地面から離れる事は無く、それどころかフラフラと崩れる事すら無い。感情が存在しないかに見える死霊の身であっても怒りや焦りを覚えたのか攻撃の激しさが増し、それに伴って一撃が大振りになって行く。

 

「む、無理! 無理ぃ~!」

 

「いや、大丈夫じゃない。避けれてる避けれてる」

 

「大丈夫じゃないですぅ~! 凄く怖いんですからぁ~!」

 

 激しくなって行く攻撃に対応する姿に一切の不安を感じない様子のクロウではあるが当の本人からすれば一歩間違えば体を貫かれるのだから堪った物ではない。ガンガンと盾の向こうから音がする度に小さな悲鳴が漏れ出し、腕に痺れはないが全身が恐怖で震える。既に目には涙が蓄えられていた。

 

 幼気な少女のピンチをヘラヘラしながら見守るだけの無精髭の中年男性という正直言って絵面が宜しくない状況の中、リブ・レイスの動きが止まる。体を右側に大きく傾け、全身がプルプルと震えている。更に開いた肋骨は弱点となる内臓が存在しない今は只の凶器でしかなく、その凶器は更に届く距離を増した。

 

「えっと、もしかして力を貯めて……ひゃわぁあああああん!?」

 

 正解だと告げるかの様にリブ・レイスは猛スピードで体を振るう。その勢いは凄まじく、先端が届くより前に突風が吹き荒れてスクルドの体勢を崩してしまった。そのまま胸骨の先端は枯れ草の生えた地面を掘削しながら彼女へと迫り、そのまま振り抜けば彼女の体は宙を舞う。その姿をクロウは微動だにせず傍観するだけだ。

 

 

「ほら。大丈夫だったじゃないの。オジさんはそういうのちゃんと分かって言ってるんだよ」

 

 彼が見上げる先、空中に投げ出されたスクルドには一切の傷無し。鋭い先端が地面を削りながら迫った時、咄嗟に盾の真芯で捉えると同時に真上に飛んだのだ。彼女の持つ身体能力にリブ・レイスの一撃の威力も加わり、彼女の体はかなりの高さに迄到達している。少なくても彼女が怖がって飛び降りれなかった崖の高さに近かった。

 

 そんな彼女を狙って急上昇して行くリブ・レイス。攻撃範囲を広める為に広げた肋骨を閉じ始め、まるで両顎で獲物に喰らい付く肉食獣の如き勢いで少女の矮躯へと迫る。その恐怖を煽る姿は幼子なら一目で失禁しながら泣き叫ぶ程。だが、先程から泣き出す寸前だったスクルドは真っ直ぐにその姿を見据えるだけで怯え泣く様子を見せず、盾の裏側にはめ込んだスピリッツライトを構える。そのカンテラの内部の炎は青でも白でもなく黒。

 

 

「サンダークラウド!」

 

 迫り来るリブ・レイスに向かってスクルドが放ったのは帯電する黒雲。瞬く間に巨体を包み込み、脱出するよりも前に内包する電撃を全て吐き出した。

 

「お、終わりまし……ひゃわわわわっ!? 前門の虎後門の狼ぃ~!?」

 

 轟く雷鳴に迸る雷光。雷雲が消え去るのを待つまでもなく漏れ出した光の粒子がリブ・レイスの消滅を少女に知らせる。ホッとしたのも束の間。目の前の驚異が消え去った事でスクルドは気が付く。今、自分は凄く高い所から落ちているのだと。恐ろしい死霊に襲われても辛うじて泣かなかった彼女は泣き出し、強烈な攻撃を防ぎ切った盾を手放して軽いパニック状態だ。

 

「クロウさぁああああああああああんっ!? た~す~け~て~!」

 

 情け無い程に泣き叫びながら落下するスクルドは手足をバタバタと動かすも当然だが落下速度は落ちてくれない。地面が迫り、遂に気を失いそうになった時だった。

 

「……あー、はいはい。ったく、締まらないねぇ、君ってば。まあ、危ないから助けますよ」

 

 彼女の落下はクロウが空中で受け止めた事で漸く止まる。羽ばたく音を立てながらゆっくりと着地した彼は俵担ぎ状態でグッタリしている少女に苦笑気味だ。

 

「まあ、花丸は無理でも頑張ったで賞はあげられるし、帰りにパフェ……アイスでも奢ってあげますか」

 

 途中、ポケットの財布の厚みを確かめたクロウはそのままスクルドを降ろそうとして鼻に届いた臭いに一瞬だけ固まる。

 

「……先にお風呂に行こうか。ほ、ほら、汗と土埃でドロドロだしさっ!?」

 

「ううぅ……」

 

 鼻に届いた臭いの理由が何か察しても口にしないのが大人の男であり、彼はその辺大丈夫だった。欠点を上げるなら声が上擦って気が付いているのに気が付かれている事だが。

 

(やっべぇ。こんな時はどうやって慰めれば良いんだ? 前の主なら娘相手に……あっ、あの人は娘を監禁して育てたんだっけ)

 

 高所からの落下とは別の理由で泣き出しそうなスクルドを慰めたいが方法が分からずオタオタするクロウ。だが、耳に届いた足音にハッとして顔を向け、相手を確認した途端に気まずい表情になった。

 

 

「……ハティちゃんかぁ。嫌な時に会ったなぁ」

 

「久しいな、クロウ。此方に来る準備の時に顔合わせをして以来か。して、其処の小便臭い小娘は何だ?」

 

「オジさん、君のストレート過ぎる所は好きじゃないなぁ……」

 

 

 

 

 

 



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あのオッサンは……

「……本当に面倒だった。本っ当に面倒だった!」

 

「うっさいわよ、アッシュ」

 

 本当にどうなってるんだって位多くのボスモンスターの出現数にいい加減嫌気が差し、それでも続くボスラッシュに今すぐ帰りたいとさえ感じても先に進むしかなかった中、俺達は漸くヨッシーらしき男を発見した。ヒョロヒョロの痩身で高身長、髭が立派だが顔付きが小悪党っぽいから逆に滑稽に見える。先にアンナから聞いていた情報の通りだ。……いや、普通に酷くないか? まあ、分かりやすかったし、俺が仲間内で馬鹿って呼ばれるのと同じか。

 

「にしても最初は稼ぎ放題だって思ったけれど、流石にキツかったな。やれやれっと」

 

「……うん。他人様の所の人間関係に口出しするのは止めとくか。忠義とか信頼はちゃんと有るみたいだしな。それにしても……」

 

 気絶しているがロザリーの治療を受けているから大丈夫だろうヨッシーの姿や地面に突き刺さった折れた剣、そして発見した時の事を思い起こした。

 

 

「……ねぇ、彼処」

 

 次々に現れるボスモンスターを薙ぎ倒しながら進む事数時間、視界の端に誰かが戦っている様子が映ったのに最初に気が付いたのはロザリーだった。指差した先では、かなりの数のモンスターを倒したらしく濃霧みたいに広がった膨大な量のエネルギー。そして、地面を這って進む巨大なモンスターの姿だった。

 

 巨人の物かと思わされるドクロが向きをバラバラにして一列繋がり、全身を包む青いオーラと眼下の奥の怪しい赤い光。それが向かう先に助けに来た相手らしい男の姿が見えた。

 

「急ぐぞ!」

 

 アンナを逃がす為に戦い始めてから何時間も経ってるだろうし、流石にあのモンスターを倒すのは無理だろう。そう思って走る速度を上げるが、このままじゃ間に合わない……かに思えた時だった。

 

「おい、マジか……」

 

 男が向かって来る相手に飛び掛かったかと思った瞬間、先頭のドクロが切れた。右斜め上から左顎に掛けて斬撃が走って両断する。思い掛けない痛手に仰け反った瞬間に二番目のドクロが後ろから切り離され、宙を舞ったまま光の粒子になった。

 

「うひゃあ。確か警備隊の隊長だったっけ? 強いわね」

 

「うん。でも……もう限界」

 

 アンナ達が逃げ出して俺達が到着するまでの数時間の間ずっと戦い続けたんだろう。三番目のドクロを真横に切り裂いて倒すと同時に剣の刃が真ん中辺りで折れて飛んで行き、気を失ったのか男は空中で動きを止めて落ちて行く。だが、モンスターは完全に倒された訳じゃなかった。三番目のドクロを斬った一撃が届いてたのか今の先頭のドクロにも横一文字の亀裂が入っているが動いている。

 

「まあ、死んでなくて何よりだ。助けるって約束したからな」

 

 視界の先で男に襲い掛かろうとしたドクロが砕け散る。その次も、更に次も。剣が折れた瞬間に既に動き出していたハティは素手で次々と巨大なドクロを一撃粉砕していたんだ。

 

「……ん?」

 

 一瞬だけハティの頭に犬の耳が見えたんだが今は見えないし気のせいか。ロザリーもミントも何も言わないし、今はさっさと様子を見に行って怪我をしてるなら治療しないとな。

 

 

「にしても本当に強かったよな。殿を引き受けて主の命と引き替えに死ぬつもりだったと思ってたんだけど、これじゃあ生き残れる自信も有ったんだろうよ」

 

「そうね。見た目は弱そうなんだけど凄いわ。……回収終了。これ、結構な儲けになりそうだわ。他人の成果を掠めとるみたいだけれど、こっちも救助を優先して殆ど回収せずに来たんだから別に良いわよね?」

 

 実際、あと少し体力が残っていて武器が壊れなかったらあのデカい奴を倒せていただろうしな。周囲を見渡してもモンスターは音を聞きつけてやって来た動く骸骨やら人魂やらのボスじゃないのばっかりだし、周囲を漂っていた光の粒子の量も既に吸収されたのも入れたら相当な数を倒したんだろうな。

 

「それで一旦戻るか? リターンチャイムの転移先の座標は馬車にしてるから野営をして明日にでも入ろうぜ。時間が余ってるけど気絶した怪我人連れてコアを守るボスモンスターを倒すのは大変だろ?」

 

「そうね。ロザリー。その人の治療ってどの位掛かる?」

 

「怪我は治した。でも疲労が凄いから暫く起きない。……迷惑」

 

 うーん、少しは軽減されたけど違法探求者への敵意が残ってるって感じだな。ヨッシーの治療をしているロザリーは不満を隠す気は無いみたいだ。でも、放置して行こうって言わない辺り、同じ様に(バベル)で人生を狂わされたって事が関係してるんだろうな。

 

 んじゃリターンチャイムを持っていないヨッシーを連れて帰る為に入り口を目指すか。Gランクだからロザリー一人でボスモンスターの討伐が可能だけれど、それじゃあ俺達が同行した意味が無い。今日は諦めて明日通常ルートで奥を目指そうっと。

 

 取り敢えず同じ男の俺が背負うべきかと思ってミントに荷物を預けようとした時、さっきから落ち着かない様子のハティが勝手に奥の方へと進んでいた。

 

「おい、ハティ。一人で何処行くんだ? 便所か?」

 

 あっ、ずっこけた。マジで転ぶ奴が居るんだな。冗談でも試してみるもんだ。。俺の言葉がよっぽど意表を突いたのか前のめりに転けて尻を突き出してドレスの裾が捲れている。白い尻が見えて……んっ?

 

「……おい。どうしてパンツ穿いてない?」

 

「どうも下着は落ち着かん。正直言えばドレスも脱ぎたい。……自宅内なら構わんのではないか?」

 

「構う! 凄く構わない事無いからなっ!? おい! 二人も何とか言ってくれ!」

 

 ハティの事だ。このままじゃ拠点内を全裸で歩き回るに決まってる。いや、流石に困るからっ! だから俺は二人からも何かを言って欲しくて視線を向ければドン引きしている時の目だ。俺が馬鹿やった時に向けるのと同じだから分かるんだ。

 

 

 

「……アッシュ、今のは流石に無い」

 

「うわぁ……」

 

「すいませんでしたっ!」

 

 俺が馬鹿やった時に向けるのに似ているんじゃなくて、俺が馬鹿やった結果向けられた視線だった! 

 

 

「おい。もう行って良いか? ……どうも気になる奴の匂いがしてな」

 

「いや、アンタも流石に無いからね? 全裸で家の中歩き回ったら晩御飯抜きだから」

 

「……悪かった」

 

 ……うん。この瞬間俺は理解したよ。今のナインフォックステイル最強はロザリーなんだってな。

 

 

 

 

 

「それで用事ならさっさと終わらせなさいよ? ほら、アッシュ。アンタも一緒に行きなさい」

 

「へーい」

 

 さてと、ハティの知り合いってどんな奴だろうな。……姉が不思議系ロリで本人が箱入り痴女だし、変な奴なんだろうけど……。

 

 

 

「……ハティちゃんかぁ。嫌な時に会ったなぁ」

 

 俺がハティに連れられて向かった先に居たのは、無精髭にボサボサのダルダルのシャツをズボンからはみ出しただらしない格好のオッサンとフリフリのドレスを着た藍色の髪のツインテールの女の子。デカい盾を持ってるが秘宝か?

 

 駄目だ。このままじゃ情報が足りない。あの男が知り合いなのが分かるだけだ。それともう一つ……。

 

「久しいな、クロウ。此方に来る準備の時に顔合わせをして以来か。して、其処の小便臭い小娘は何だ?」

 

「オジさん、君のストレート過ぎる所は好きじゃないなぁ…」

 

 

「も、漏らしてましぇん! ……あっ、噛んじゃった」

 

「えっと、危ないし話がややこしくなるから下がっててくれる?」

 

 

 取り敢えずあのオッサン、絶対に苦労人だな。

 

 

 

 




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受け入れられぬ提案

「ほらほら、泣かないの。もう十歳でしょうにさぁ」

 

「ご、ごめんなさ~い!」

 

 今日のお仕事は前回のお仕事失敗のペナルティーだ。まあ、高い所が怖くてギルドの連中と戦う事すら出来なかったなんて幹部として許せないわな。なので資金集めの雑用に参加させられたんだが、情報収集担当は何やってんのよ。

 

 折角オジさんが気が付かない振りしてあげたってのに紛らわしい事言っちゃってさ。最終的には墓穴掘ったんだけどね。小便臭いってのは漏らしてるのを指摘した訳じゃ無いのに。ってか、此処に探索団が入って来るのは明日って話だったよね? 来たじゃないの、目の前に。

 

「向こうの方にはそれなりに強い奴の気配がするし、ハティちゃんとも会うしさぁ」

 

 その上、一緒に来た連中はスクルドちゃんを舐め切って集める物だけ集めたら、さっさと通常ルートに向かって時間潰すってボスモンスター押し付けて行っちゃうしさ。あーあー。ハティちゃんったら随分と怒ってるよ。まあ、怒るよね。

 

「おい、クロウ! 何故貴様がその女と一緒に居るのだ!」

 

「えっと、お仕事? 世の中って厳しいから無駄飯喰らいを養ってくれる人って中々居なくてさぁ。こっちの世界はお酒も料理も変わっていて美味いし、遊ぶ金をもう少し貰えたらなぁ」

 

 女ばかりの職場だし、男手頼りにチヤホヤしてくれると思ったら女傑か高飛車ばかりで肩身が狭いし、唯一の癒やしは可愛いスクルドちゃんだけれど……。

 

「せめて八歳……いや、七歳年上だったらなぁ。ねぇ、少年……えっと、名前教えてくれるかい?」

 

「……」

 

「ありゃりゃ。警戒されてるねぇ。オジさん、そんなに怪しいかい?」

 

 流石に無視は寂しいけど、よく考えたらワルキューレの仲間だって分かってるんだろうし。所であの赤毛の少年がハティちゃんの主かな? ちょっと単純そうだけれど善人っぽいしハティちゃんは運が良かったみたいで結構。あの子とは一度会っただけだけど親父の方とは偶に酒を酌み交わす仲だし気になってたんだよ。

 

「おい、ハティ。あの怪しいオッサンは何モンだ?」

 

「……説明は後だ。奴の動きに集中しろ。決して気を抜くな」

 

「おんやぁ~? オジさん、別にそっちが戦う気じゃないなら手は出さないよ? 子供相手に暴力振るうとか大人としてどうなのって話だしさ。てな訳だよ、ハティちゃん。君の主……主だよね? 何か繋がりが変な気がするけれど……」

 

 ハティちゃんと少年の間には間違い無く繋がりが感じられる。今の段階からしてギリギリ友達程度の好意って所かな? なぁんか妙な感じだけれどさ。腕組んでウンウン考えても分からない。じゃあ、考えるだけ無駄か。

 

「ほら、リターンチャイムの残り時間も短いし、オジさん達はさっさと消えるし、此処のコアだって譲るよ」

 

「クロウさん!? えっと、それじゃあ怒られるんじゃ……」

 

「妥協案だよ、妥協案。調査班の不手際だし、オジさんが上手く誤魔化すから大丈夫だって」

 

 スクルドちゃんったら随分焦ってるけれど結構稼いだから多分平気でしょ。まっ、もしもの時は独断だって責任取れば良いさ。別派閥の連中対策にはオジさんが必要だからね。

 

「……ちょっと待て。どうしてお前達がリターンチャイムを持ってるんだ? それはギルドからの貸し出しだろ。……まさか!」

 

 おやおや、単純そうに見えて頭が働く……いや、勘が鋭いのか。少年はどうやってリターンチャイムを手にしたのか思い当たったみたいだね。

 

「まあ、ちゃんと死体と一緒に戻って来る物ばかりじゃ無いって事さ。……大層な事を言っていながらどうかとは思うけどね」

 

 ……うーん。これはちょっと失敗かな? 少年は随分と怒ってるし、此処はハティちゃんに期待しよう。あの子だったら……。

 

 

「どうやら主の答えは決まっているらしい。まあ、時間一杯暴れて一矢報いさせて貰うさ」

 

「主想いな事で。ちゃんとしたのに出会えて嬉しいよ。オジさんの方は酷い人でさぁ」

 

 ……まあ、オジさんは上司も本当の恵まれてる方だろうねぇ。今は出向してるみたいなもんだし、あの方が主だってのは変わらないし、変える気も無いさ。正直言うと取っ付きにくい人だって感じだったのよ、あの方。だから適当に命令聞いて後は気ままにさせて貰おうと思ったんだけどさ……。

 

 冷血で厳格な孤高の王。それがあの方に抱いていた印象。他の連中は怖くて意見なんざ出来なかったが、オジさんは単純な力だけなら上の自信が有ったし、偶に顔出しては睨まれても平気な顔で軽口を叩いていた。

 

「殺さないんですかい? その子を殺すのが一番でしょうに……」

 

 あの日もそう。顔見るのも面倒だからと使者を通して居城から離れた場所で暮らしてたんだが、オジさんを含めた側近全員が集められた。まあ、普段舐めた口振りでも一応部下な訳ですし? 従うべき時は従いますよ。んで、集められた先に待っていたのは主と普段は表に出ない奥方、そして産まれたばかりのご息女だった。

 

 こりゃ未来の主の顔見ておけって面倒な事で呼び出されたのかと思いきや、告げられたのはもっと面倒な内容だ。

 

「……妻の予言により分かった事だが、娘が将来産む者が私を殺すらしい」

 

 途端にザワザワしだす同僚達。そりゃそうだ。俺と違って忠誠心厚い連中だし、そうでなくても主が孫に殺されるだなんて将来の地位に差し障る。今の主に付けば孫が同じ地位を約束してくれる筈も無いし、孫側なら主ぶっ殺す前に自分が殺されちまうもんな。

 

 でもよ。解決する方法ってのは簡単なんだぜ? 死んじまったら子供なんて産めやしない。下手に生き残る可能性が有る殺し方じゃなく、目の前で消し炭にしちまうのが一番だぁな。他の連中も主が怖くて黙ってるし、奥方も下唇を噛みしめてる。まあ、産まれた我が子は愛しいが、長年連れ添った夫の命と天秤に掛ければって感じだな。なまじ予言の力に自信が有るばかりにさ。

 

「いや、その必要は無い。娘が生涯暮らす塔を用意し、夫となる者と出会わせなければ良いだけだ」

 

「生涯篭の鳥ですかい。姫様もお可愛そうな事で……」

 

 俺の軽口に同僚達は不敬だ何だと喧しいが、オジさんに言わせりゃ主が怖くて黙ってるだけの連中が何を言うかだ。この後、俺達が順繰りで塔の周りの警護をする事になったんだが、他の連中は主は実の娘だろうと容赦が無いって言ってたが……何を見てるのかねぇ。

 

 別に姫様以外の子供が誕生しない訳でもないってのに、自分の命を脅かす相手を我が子でも手に掛けないんだぜ? それに何を見てんだ。表情こそ変えちゃいないが、姫様に向けた視線は間違い無く父親が娘に向けるもんだ。

 

 

 ……それから? まあ、奥方の予言は凄かったって事で見事に姫様は男と出会ってご懐妊。まーだ予言の最後まではたどり着いちゃ居ないんだが……俺はどうも臭いと見てる。裏で糸を引いてた連中が居るんだろうさ。

 

 

「にしても、忠臣を名乗ってる連中よりも敵さんの方があの方を理解してるってどうなのよ? 娘に向けるのが何かってバレてたじゃないのさ」

 

 あの一件で良かったと思えるのは姫様にもちゃんと愛が伝わっていたって事だ。本人は絶対にさせないって言ってたが……。ああ、全く不甲斐無い。連中も、そして俺自身も……。

 

 

 

「んじゃあ、退去の時間が来るまでオジさんの相手をしてくれや。なーに、ちょいと遊ぶだけだからよ」

 

 とても遊ぶって態度じゃない二人だが熱いねぇ。若いってのは良かったり悪かったりだぁな。俺が更に人差し指だけ伸ばして、これだけで相手をしてやるって暗に伝えたら更に怒って……単純だぜ、お二人さん? 片方の手を当てた首をグキグキ鳴らし、スクルドの嬢ちゃんがちゃんと下がってるのを確かめるなり一歩踏み出し、地面を踏み砕いた。

 

「ちっ!」

 

「おいおい、舌打ちとか行儀が悪いぜ、ハティちゃん。お祖父ちゃんに怒られても知らないからね、オジさんは」

 

 俺が足を踏み下ろした地点を中心に激しく割れた地面が隆起し、咄嗟に後ろに飛んだ二人。リターンチャイムを見れば残り時間は十分。さて、オジさんからすれば無駄だが格式美って事で一丁やりますかね。

 

 

「俺はクロウ・クルワッハ! バロール神に仕えし闇の塔喰らい(バベルイーター)だ! ……あー、どうも性に合わないな、こーいうのって」

 

 どうも気恥ずかしさとか有るんだよねぇ……。



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急変

 高く飛び上がり、体重を乗せた全力の一撃を叩き込む。人間相手にレヴァティンを振るうなんてした事が無いが、俺の本能が告げていたんだ。目の前の男は人間じゃなく、別のとんでもない化け物だって。俺の攻撃をクロウは避けようともせず、そのまま叩き込む。

 

「んな馬鹿なっ!?」

 

 手に伝わったのは鈍器で巨大な鉄塊でも殴り付けたみたいな痺れと感触。さっき暗に告げた通りに右手の指だけでレヴァティンの刃を受け止め、押し込もうとしても全く進まない。

 

「……う~ん。力も足りない技も足りない。そして何よりも覚悟が足りなくて無意識の内に加減しちゃってるのかな? 少年、人を斬った事無いでしょう? 炎出さなきゃ、炎。ほいっと」

 

「げっ!」

 

 クロウは俺に呆れながら諭す口調で告げると軽く指を振るう。それだけで俺は後ろに飛ばされ、真横をハティが突き進む。

 

「ふっ!」

 

 姿勢を低くし、指先を曲げた右腕をすくい上げる様に振るえば地面に五本の深い爪痕が刻まれたけどクロウには避けられてしまった。俺のは避けずに受けたってのに腹立つな。避ける必要すら無いって事かよ。

 

「殺気がだだ漏れ。その上で攻撃の軌道が丸分かりだねぇ。……って、さっきからアドバイスとか何やってるんだろ、オジさんは。これじゃあ帰ったら怒られそうだ。スクルドちゃ~ん。減給嫌だから黙っていてくれないかい?」

 

「は、はひっ! 頑張ります!」

 

 俺達との戦いの最中だってのに随分と余裕だな、此奴。ヘラヘラしながらスクルドって子にお願いしてるけど、あの様子じゃ顔見れば何か隠してるってバレバレだろ。あっ、不安そうな顔になりながら自分の服見てる。

 

「ねぇ、出来れば服には傷が付かない方向でお願いしたいな。オジさん薄給だから替えの服も殆ど持ってないのよ。酷くない? オジさんだけ装備が支給されない上に着替えないと汗臭いとか不潔だとか言われるんだぜ?」

 

「ああ、確かに臭うな。加齢臭が」

 

「えぇっ!? マジで臭うっ!? おいおい、未だ先だって思ってたのにショックだわ」

 

「大丈夫です、クロウさん! 少ししか臭くないですから!」

 

「……それ、少し臭いって思ってたよね?」

 

「あわわわわっ!? ごめんなさ~い!」

 

 ハティの言葉に少しショックを受けたクロウはおどけた様子で自分に腕に鼻を近付けるが、思わぬ追撃を受けてうなだれた。彼奴、天然って奴だな。それもロザリーとは違うタイプの……。自分の発言が不味いと気が付いたのか慌てた様子のスクルドだが、もう戦いって雰囲気じゃ無いよな。

 

「……おい、オッサン。矢っ張りアンタは気に入らないぜ」

 

「そりゃ敵だからね。少年がそんな風に思っても仕方無いさ」

 

「さっきからヘラヘラして真面目にやらないで俺達を舐め腐りやがってる上に……目が全然笑ってないだろ、アンタ」

 

「ありゃま。気が付いてたんだ。感心だねぇ」

 

「この……っ!

 

 そうだ。会った時から不真面目でこっちの敵意を飄々と流している癖に目が全く笑ってなかった。敵意を感じさせないで友好的にさえ見えるのに一切油断していないんだよ、此奴は。俺の指摘を受けても全く態度を変えない様子に苛立ちが募る中、クロウの真横からハティが襲い掛かった。

 

 四足獣みたいに姿勢を低くして枯れ草に身を隠し、クロウが俺に意識を向けた瞬間に飛び出して爪を振るう。斜め下から振り上げた一撃はクロウが大きく状態を後ろに反らした事で空振りになるが、飛び出した勢いを乗せた飛び回し蹴りが振るわれる。

 

「おっと。気が付かなかったよ。凄い凄い」

 

 指先だけで爪先を受け止められたハティはそのまま着地、拳や蹴りを放つがクロウには掠りもしない。その上拍手までされるとか、余計に苛立って攻撃が荒くなってるぞ。

 

「嘘付け。どうせ気が付いていただろう」

 

「まぁね。オジさんも結構鼻が利くのさ。まあ、スペックでのごり押ししか出来ない君とはちょっと違うかな?」

 

「落ち着け、ハティ! 挑発に乗ったら思う壺だ!」

 

「私は落ち着いている!」

 

 駄目だ。こりゃ口で言っても意味が無なと俺もレヴァティンを構えてクロウに向かって行く。ハティの両手を交差させて振るう爪を伏せて避けたクロウが額に指先を当てれば縫い付けられたみたいに動きが止まり、そのまま俺が背後から斬り掛かれば指を支点にして飛び上がって避ける。

 

「惜しい惜しい。今のは及第点に近かったぜ?」

 

「このっ!」

 

 額に当てられた指に押されて後ろに仰け反らされたハティは仰向けに転び、クロウは空中で一回転して着地する。汗の一滴も流しちゃいないし、随分と余裕って顔だ。

 

「……強い」

 

「まあ、今の君よりはね。でもハティちゃんも中々だよ? 多分オジさんが同じ年齢の時は君より弱かったよ」

 

「ちぃっ! 随分とふざけた態度を続けよって! ……だが、このままでは不味いな」

 

「ああ、余裕綽々の顔に一撃入れなきゃな」

 

 俺達の攻撃は傷一つ所か掠りもしてない。力も技も経験も向こうが完全に上って事だ。でも、だからってやられっぱなしってのは駄目だろ。ハティはその場で飛び起き、俺は横に並ぶ。そろそろ向こうが言ってた時間が近いし、絶対に顔面に拳を叩き込んでやりたいが……。

 

「……仕方無いか。おい、アッシュ。こっちを向け」

 

「うん? 何で……むぐっ!?」

 

 反応した胸元を掴まれるなり引き寄せられ、唇に唇が押し付けられる。

 

「いやいやいやっ!? 何やってるのさ、君達っ!?」

 

「は、はぅうううう……」

 

 返す言葉も無いぜ。スクルドは俺達の姿を真正面から見ちまって真っ赤だし、クロウは慌てて俺達との間に入って壁になる事で見えなくする。

 

「あっ、こら。スクルドちゃんは子供なんだから見ちゃ駄目だってっ!」

 

 本当に戦いの最中に何をするんだって話だ。抵抗しようにもハティの方が力が強く、口の中に舌をねじ込まれて動かされても抗えない。時間にして十秒にも満たない間、俺の口の中は一方的に蹂躙された。

 

「……後は任せたぞ。気張れよ? 我が主」

 

「いや、お前何を……何だっ!? ……力が湧いて来る?」

 

 口の中から喉に向かって熱い物が流れ込み、全身に広がると同時に力が漲って来た。これはエナジーストーンを吸収して強くなった時に感じる高揚感と同じだ。まさか今のキスの時に何かをしたのかと思ってハティを見た時、前のめりに倒れそうになっていた。

 

「おいっ!?」

 

「……平気だ」

 

「何処から見ても平気じゃないだろ!」

 

 慌てて支えれば頼り無いと足取りながらも体勢を整える。だけど押せば倒れそうだし、本当に何をやったんだ?

 

「……力の譲渡だよ、少年。その様子じゃ教えて貰って無いみたいだけれどさ。今日、ちょっと調子良かったりしないかい?」

 

 空気が変わった。圧し潰されそうな重圧がクロウから放たれ、まるで言葉の一つ一つが重量を持っているかの様にのし掛かる。得たばっかりの高揚感は消え失せ、息苦しさすら感じる。これは俺が気圧されているのか? 

 

 目の前の軽薄な男が今は巨大な竜にさえ見える。おいおい、本当に本気じゃなかったんだな。

 

 

「俺達塔喰らい(バベルイーター)は主従の契約を結んだ相手を強化出来るのさ。まあ、過ぎれば本当に疲れるんだけどさ。それで、それを聞いて君はどう思う? ハティちゃんが黙っていた所を見れば嫌がるタイプだと思うけどさ」

 

「……そうか。今日絶好調だったのはハティが知らない間に力を貸してたからか」

 

 一度出したっきりの力が思うがままに使いこなせて喜んでいたが俺の力って事じゃ無かったんだな。ぬか喜びだった事を責めるのかってクロウは俺に聞いているんだ。答えは既に出ている。

 

 

 

「ありがとうな、ハティ。お陰で何となく感覚が掴めた。後は俺の力で使いこなせるようになるだけだ」

 

「……アッシュ」

 

「はっ! 黙ってるとか水臭いな。俺が責めるとでも思ったのか? そんな訳無いだろ」

 

 意外そうな顔をするハティに笑みを向け、そしてクロウに向き直る。バロールの配下とかワルキューレの事とか知りたい事は沢山有るし、正直言って少しビビったままだ。でも、仲間が此処までお膳立てしてくれたのに立ち向かわないって選択肢は無いだろ。

 

 

 

「……やる気みたいだね、少年」

 

「……アッシュ。アッシュ・ニブルヘルムだ」

 

「そうかい。アッシュ君……いや、アッシュ。今からちょっとだけ力込めた一撃を放つからさ……死ぬなよ?」

 

 クロウは一瞬で大量の空気を吸い込み魔力を高める。口の中が煌々と輝いたと思った瞬間、耳をつんざく様な咆哮と共に破壊が放たれた。

 

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 



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誓い

 目の前に広がるのは破壊の奔流だった。クロウが吐き出したブレスは地面をひっくり返して土砂を巻き上げ、枯れ草を微塵にしながら突き進む。その破壊力も範囲も突き進む間に上がり続けていた。

 

「……行くぞ」

 

 剣の柄を握る手に力を込め、緊張も恐怖も押し込めて進む。背後には立っているのも辛そうなのに腕組みをして俺の背中を見守るハティの姿。俺が負ければ一緒にブレスを食らって仲良く終わりだ。なら、負ける訳には行かないよな?

 

 近付く程に威圧感は増し、押し込めた緊張と恐怖が頭を上げる。歯を食いしばり、足に力を込めて目前に迫ったブレスに向かってレヴァティンを振り下ろした。腕に掛かる途轍もない衝撃。今にもバランスを崩して吹き飛ばされそうになるのを堪えて踏み留まる。

 

「臆するな。迷うな。信じろ。自分を信じて突き進め」

 

 刃を覆う青い炎は勢いを増し、接する地点を境にブレスによる衝撃と共に左右に割れて破壊を振りまいた。腕も顔も余波を喰らって血が流れ出るが、徐々に、それでも確かに俺は前に進み続ける。

 

「が、頑張って下さい、クロウさん!」

 

 ブレスと炎がもたらす破壊の轟音に掻き消されながらも聞こえたのはスクルドの声。今にも泣きそうで、そしてクロウの勝利を願う声を受けてかブレスの勢いが増し、俺は押し戻されそうになった。

 

「ぐっ! ぐぉおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 おいおい、こんな所で負けてられるか。向こうが仲間の声援を受けて力を発揮するってんなら、俺は声援を受けた上に仲間の力を借りてるんだ。行け。進め。絶対に負けるな。あの野郎に一泡吹かせずに終わってたまるか!

 

 余波が体を傷付けるのも気にせず俺は突き進む。炎とブレスが拮抗するなら炎を圧縮すれば押し勝てるよな? 炎を凝縮した事で確かに刃はブレスを切り裂くが、左右に分かれた事で開いた隙間はほんの僅か。はみ出した部分は多少威力が落ちたとしても問題無い程のブレスを浴びる事になる。だが、止まらないし止まれない。

 

「行け!」

 

 背後から届いた声。それが俺に更なる力をくれる。徐々に進んでいた足は速度を増し、炎はブレスの内部を突き進んだ。そして遂に辿り着く。腹が立つ事に感心した様子のクロウの顔面に向かって炎全てを解き放てばブレスを完全に抑え込み、俺は拳を振り上げて炎の中に飛び込んだ。

 

 剣を握っている間は感じなかったが此処まで力を込めれば制御不足なのか使い手の俺の肌まで炎の熱が容赦無く焼く。だけど……。

 

「それがどうしたっ!」

 

 火傷を負うより、此処で一発も入れられずに終わる方が嫌だ。俺が肌を焼く熱を堪え、一気に拳を突き出せば硬質な感触が伝わる。そしてそのままクロウの顔面に触れた拳を振り抜いた。

 

「おらっ!」

 

 拳に伝わる堅く重い感触。まるで巨大な岩でも殴り飛ばしたんじゃないかって錯覚が俺を襲い、続いて拳に痛みが走る。こりゃ骨にヒビが入ったかもな。痩せ型って訳じゃないが、あの見た目でどんだけ重いんだよ。

 

「着痩せするにも程があるだろが……」

 

「あれ? 拳痛めちゃった? まあ、素手で殴るのに拘った代償って事で勘弁してよ。その程度なら魔法で治るじゃないの」

 

「……それでどんだけ頑丈なんだよ。いや、アンタもしかして自分から衝撃殺したな」

 

「あっ、バレた? 鋭いじゃないの。そういった勘って大切だよ」

 

「隠す気無かっただろ。食えないオッサンだな」

 

 俺が拳を痛めてまで殴ったってのにクロウはヘラヘラと笑って怪我一つ無いどころか俺の心配をする言葉まで投げ掛けて来る。これは拳を振り抜けたのはクロウが衝撃を和らげる為に体を動かしたからだな。しかも隠す気は無いんだから嫌な性格をしてるぜ。

 

「おっと。時間が来たみたいだからお別れだ。んじゃ、元気でね、アッシュ君とハティちゃん。おいおい、そんなに睨むなよ」

 

 クロウとスクルドから聞こえる鐘の音。リターンチャイムで設定していた時間が来たから強制的に脱出する合図。つまりはお情けで一撃マトモに入れただけで終わり。……要するに俺の完敗だ。悔しいからせめて睨むがヘラヘラ笑ってるだけ。

 

 

 だけど消え去る寸前、急に真面目な声で囁かれた。

 

「……気を付けな。糞ったれな神の娯楽で君は太陽の主と争う運命にある。……抗え。あんな連中の玩具になるな」

 

「お、おい!? それは一体……」

 

 呼び止めるもクロウの姿は消え去り、意味深な言葉が耳にこびり付く。太陽ってスコルの事か? なんか絵本の事みたいだよな。じゃあ主は……。

 

「いや、そんな訳無いな。くっだらねぇ」

 

 一瞬浮かんだのはリゼリクの顔だが、彼奴と俺が争うなんてプリンの食感はプルプルとネットリのどっちが良いかって事位だ。

 

「ありゃ悪戯だな。……そうに決まってる」

 

 不安はあるが、俺は会ったばかりのオッサンよりも長年の親友との絆を信じる。本当に質の悪い冗談だぜ。

 

 

 ……この時、俺はそう思っていた。用意されていた運命を、それを用意した連中について知るまで信じていたんだ……。

 

 

「……おい、アッシュ。あの加齢臭がこの様な物を投げて寄越したぞ。この(バベル)のコアだ」

 

「加齢臭って……酷い呼び方だな」

 

「知るか。私は鼻が利くんだ。近付いて戦うのも嫌だったぞ」

 

 ハティは眉間にシワを寄せて忌々しそうに青い玉を指先で摘まむ。いや、仮にも父親の飲み仲間だって話だし、ちょっと酷くないか? 余程臭かったのか鼻に手を添えたハティはコアを口の中に放り込んで飴玉みたいに噛み砕く。

 

「うおっ!?」

 

 突然の揺れ。しかも地震と違って一瞬で止まらずに揺れ続け、光が周囲を包んで眩しさのあまりに目を閉じる。……はっ!? 目を開けた時、俺が居たのは枯れ草が生い茂る荒野じゃなくて廃墟になった塔の内部。俺が餓鬼の頃に遊び場にしていた場所と同じがらんどうの塔の中だった。

 

「……ちょっと様子を見に行くだけじゃなかったの? (バベル)、破壊してる」

 

「ちゃんと私も誘いなさいよ。経験にならないじゃない」

 

 少し離れた場所に居たロザリーとミントも目の前に居るし、これが破壊された(バベル)なのか。

 

「ヨッシー!」

 

「無事だったでザンスか!?」

 

 壊れた門の方から慌ててアンナとミヤーノが気絶したままのヨッシーに駆け寄って来た。……まあ、クロウの件は不満だが、こうやって助けられたのは良かったな。

 

 

「なあ、ミント。彼奴達の今後はどうなるんだ?」

 

「さあ? 全部ギルドに丸投げするし、私には分からないわ。でも……今は暖かく見守りましょうよ。罪が軽かったら良いのにって」

 

「……だな」

 

 正直言って未だ違法探求者って事で良い印象は抱いていない。だけど今は無事に三人揃った事を喜ぼうか。

 

「これから大変だぜ、連中」

 

「アンタもね」

 

「うん? それは一体どうしてだよ?」

 

 一体全体どういう事だ? ミントはさっさと我関せずって感じに去って行って俺は取り残される。慌てて追いかけようとしたのは質問をする為……だけじゃない。何か嫌な予感がしたから逃げ出そうとしたんだ。……結果を先に言えば遅かった。

 

 

 

「さて、アッシュ。帰ったら風呂に入るぞ。約束通りに私の髪と背を洗え。それ以上進まないかどうかは……保証出来んな」

 

「……私とのデートも。丸一日する。お早うからお休みまで。……ベッドもお風呂も一緒」

 

 両側から二人が腕に抱きついて睨み合う。ミントが言ってたのはこれかよっ!?

 

「お、おい。二人共、一旦離れてくれ」

 

「「却下」」

 

「……そうか」

 

 振り払おうにも振り払えず、頼んでも離れてくれそうにない。こりゃ本当に大変だな。今後の苦労を予想したら溜め息が出そうだ。でも、こんな程度じゃ止まってられないぜ。外に出て振り返れば随分と小さくなった(バベル)の姿が目に入る。

 

 

「……此処からだ。此処から積み重ねて……何時の日か絶対に全ての(バベル)を破壊して英雄になってやる!」

 

 強く心に誓いながら口にする。絶対に成し遂げると誓いながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、今回はご苦労であった。我々以外の者が降臨する祭壇など不要。今後も貴様には期待しよう」

 

 アッシュ達の居る場所から遠く離れた地。何処かの国の王城の地下にて相手を見下しているのを隠す気もない声が響く。

 

「そりゃどーも。今後も頑張りますよっと」

 

 神々しさすら感じる部屋の中、声を発する石像に囲まれるクロウは一切態度を変えず、その事が不愉快なのか歯噛みする音も聞こえて来た。

 

「それで他の塔喰らい(バベルイーター)はどうなってるのかニャ?」

 

 聞こえたのは少女の物と思しき声。時々猫が喉を鳴らした時と同じ音が混じっている。

 

「さあ? 鳥の奴は姿隠してるし、象のは例の国に居ますからねぇ。狼は……さっぱりで」

 

「さっさと見付けるニャ。ゲームのお邪魔キャラはさっさと処分して私達だけで競うべきだからニャ。まあ、四つの席の内の一つはこのパス……」

 

 飄々と適当に受け流すクロウに少女の声は苛立ちが混ざり、室内には異常な重圧が満ちる。だが、部屋の中の神々しい気配は急に消え、石像からも声が発せられなくなった。

 

 

 

「……ったく、鬱陶しい連中だぜ。漸く時間切れかよ。全部思い通りに行くと思いやがって。……これだから神って連中は腹が立つ」

 

 クロウはアッシュ達の前では見せなかった怒りの姿を見せ、直ぐに元の顔に戻った。

 

 

 

「……悪いな、バロール様。俺、アンタを裏切らせて貰うわ」




取りあえず一巻分終わり 次は賢者書きつつ細かい構想を


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試練の時と大熊猫
騒動の幕開け


昨日、メモで書いてたタブレット忘れ物しちゃってさ


「では、神聖王国の動向については今後も注視するとして、今は密偵に監視を任せるに留めましょう」

 

世界各地に支部を持つ探求ギルドの本部にて支部長や本部の幹部が集まっての話し合いが行われていた。

 

 肌の色も瞳の色もバラバラの老若男女が居並び、共通点は決して権力に影響されぬ絶対中立を表した白い制服。四角い部屋の壁には四種類の紋章が描かれ、それぞれの壁の背中向ける人数には少々バラつきが見える。

 

「次にワルキューレについてですが、パステト神に関わる(バベル)の動きが活発になりつつあります。このままでは新たな擬神が降臨するのも時間の問題かと」

 

「確か活動地域に拠点を持つ探求団で高ランクのは……」

 

 参加する者達は一様に頭を捻って意見を出し合い、揃って真剣な表情を作る。……いや、例外が一人。この場において唯一ギルドの制服を着ぬ者が竜の紋章が描かれた壁を背にして声は出さずとも愉快そうにしていた。

 

(ククククク。まあ、随分と悩むものだ。神に仕える身からすれば感心すべきではあるがな)

 

 この場にて異様な存在でしかないが、この場でなくとも異様な姿でもある。腕を組み椅子の背もたれに体重を掛けて内心笑う彼の表情は他の物からは見て取れない。何せキグルミを着ているからだ。詳しく言うならハシビロコウのキグルミだ。

 

 彼に向けられる視線は不審者に向ける物で無いのを考えれば彼が居るのは当然と認識されているのだろうが、顔は見えずとも真剣でないのは態度で伝わっているのか向けられる視線は厳しい。それは本人も気が付いているが平然と受け流して気にも止めていなかった。

 

「続いて無視出来ない報告が上がっています。闇の塔喰らい(バベルイーター)ことクロウ・クルワッハがワルキューレと共に行動していたそうです」

 

「何だって!?」

 

「そんな馬鹿な! 彼はバロール神の忠臣の一人だった筈だぞ!」

 

「……ほぅ」

 

 深刻そうな様子で告げられた報告に会議室がざわつき、ハシビロコウは姿勢を正して興味深そうに呟いた。キグルミの下で喜色を濃くし、瞳は興味深さを示す。それは周囲にも伝わっているのか彼に視線が集まる中、進行を行っていた男は咳払いで視線を戻し、新たな書類を取り出した。

 

「この件については調査途中であり、他の塔喰らい(バベルイーター)の様子と共に調査を続けます。次に期日が近付きました恒例のあれについてですが、今回の試験官は……パンダーラに決定しました」

 

 再び会議室に声が満ちる。殆どが驚愕と反対意見であり、快く思っていないのは確かだ。但し、ハシビロコウを除いて。

 

 

「決定した事だ。全て神々のご意志として従うべきだろに、諸君。私達も全力で行うと誓おう。団の名誉に懸けて誠心誠意取り組もうではないか」

 

 姿勢を正し、丁重な語り口。まるで聖職者がミサで信者に語り掛けるかの様。だが、彼の姿を目にした者達が覚えるのは不信感。ハシビロコウのキグルミという場違いな姿だからでも、トラブルメーカーであるパンダーラの一員だからでもない。

 

「ククク。おやおや、随分と信用が無い様子だが、その様な相手に頼らざるを得ないとは憐れみを誘う。まあ、不安がる事は無い。この世界を厄災から守る為に忙しい主に代わって私が指揮を任されているが、引き受けたからにはベストを尽くそう」

 

 この男の全ての言葉が薄っぺらく空虚で一欠片も信用ならない。誠実さの欠片も感じられず、一切信用するに値しない。今この時まで明確に裏切りや謀略を働いた事は一度も無く、寧ろ期待以上の成果をもたらして来たのがこの男だ。

 

(我ながら理不尽な言い掛かりにさえ感じるが、それでも信用ならんぞ、この男は。これまでの全てが信頼を裏切られ苦悩する私達の姿を愉しむ為の布石に思えてならんのだ・・・・・・)

 

 とある支部長が抱く思い。それはこの場の殆どの者が抱く物。それ程までの何かをこの場の全員が感じ取り、もしかすれば感じ取らさせられていたのかも知れない。

 

「さて、どの様な試練を与えるべきか。神のもたらす災禍を乗り越える英雄となるのを期待される者達が相手だ。多少理不尽でも構うまい。力が足りねば何時か死するだけだ。ククククク」

 

 一つだけ確かなのはキグルミの中で邪悪に笑う彼が修正が不可能な程に性格が歪んでいるかの様。これでは神父服を着ていても騙りにしか見えはしなかった・・・・・・。

 

 

 

 

「うーあー……」

 

 ウチの朝は絞り出す様な声と共に始まった。

 床と天井が逆転していて、すわ天変地異かと思ったら何の事は無い。

 昨日ベッド代わりに寝ていたソファーから落ちただけだった。

 頭に血が昇ってるし、ズキズキ痛むし本当に最悪や。

 

「完っ全に二日酔いや。酒の無い国に行きたいなぁ……」

 

 フラフラしながら立ち上がり、水を求めてキッチンに向かう。

 昨日はマジで浴びる位に飲んだからな。

 ミントが漸く禁酒令を漸く解除してくれて、ウチは早速飲み歩きに行ったんやけれど、この街に昼間から酒出しとる店は少ないし、安酒しか置いとらん。

 

「こんなんじゃ満足出来へん。こうなったら質より量や! 質は夜から求めたる!」

 

 酒のツマミなんざ洒落臭いとばかりに酒だけを腹に詰め込み、幾つかの店の酒を空にした所で気が付いてしもうた。

 

「やっば。飲んで良いのは夜からやった……」

 

 ちゃんと飲む量は考えなさいって言いながら出掛けたさかいに店に行く時は咎める奴が居らへんかったけれど、酒の臭いプンプンさせて帰ったら確実に叱られるわ。

 

「ウチ、二周り近く離れとるのに頭が上がらへんからなぁ。さてさて、どうするか……。そうや!」

 

 ちょっと散歩にでも行った事にして、ニーナの所にでも行けば良いのだと思い付く。

 酒は買い込んで持って行って、適当な時間に夕飯をご馳走になったって誤魔化せば良い。

 何故かって言うかウチと違ってミントに信頼されとるし、一緒に謝って貰えば怒られへんやろ。

 

 

 

 

「……うん。本当に浅はかやったわ。痛たたたたた……」

 

 結論から言えば失敗に終わった。

 ウチが飲み歩いてるって出先で耳にしたミントはニーナの所で待ち伏せしとったんや。

 

「あらあら、随分とご機嫌ね、姉さん?」

 

「あわわわわわあわわっ!?」

 

 ニーナの家のドアを開けた途端に腕組みして待ち構えとったミントと遭遇、首根っこ掴まれて家に戻ってのお説教が長々続き、本日以降は再び禁酒令を言い渡された。

 

「……まあ、散々飲んだのに買った酒は飲んで良いってのは温情やろうな。にしても本当に二日酔いが酷い。み、水……」

 

 水瓶に手を伸ばし、ちょっと自分の臭いを嗅げば酒臭いし、少し酔いが残ってる。

 

「まあ、これで暫くの間は飲み納めって事で遅くまで飲んどったし……二日酔いには迎え酒~」

 

 実はこんな時の為にって隠している酒があるんや。

 壁に飾ってる絵の裏、其処に実は隠された引き戸が有って酒を隠しとる。

 さてさて、ミントが起きる前に……んげっ!?

 

 壁を強く殴る音が響き、思わず身を竦ませるけれど誰も現れない。

 

「……ミントの寝相やな。彼奴、あんなんやと男が出来ても直ぐに逃げられるんとちゃうか? こりゃ年齢イコール彼氏居ない歴のまま……ウチもか」

 

 盛大な自爆発言によって絵に伸ばした手が止まり、何となく絵を眺める。

 昔描いて貰ったナインテイルフォックスの集合絵、ウチが腐って停滞する前の栄光の時代や。

 

 今、アッシュ達はこの時代に追い付こうとし、更に先を目指して進もうとしとる。

 

「望んでも望まんでも道は続いとるし、進む奴はさっさと行く、か……」

 

 何か知らんけれど飲む気も失せたし、大人しく水でも飲んで二度寝決め込むかと思ったウチはベッドに向かおうとして玄関前で足を止める。

 

「……ギルドからのお知らせ?」

 

 郵便受けから中に入れられた封筒にはギルドの刻印が押されていた……。

 

 

 そして、これが新たな騒動の幕開けなんやけれど、今も外から何か騒がしい声が聞こえて来た。

 

「内容からしてアッシュやな。まーた何かやらかしたんかい、あの馬鹿は」

 




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常識とは……

 カーテンの隙間から朝日が射し込み鳥の鳴き声が聞こえて来る。どうやら朝らしい……だが、俺は眠かった。未だ寝ていられる時間帯だと自分に言い聞かせて決め込む二度寝に勝る快楽ってのを俺は知らないからな。さて、ミントがやかましく起こすまで寝ているか……。

 

「おい、起きろ。だらしがないぞ、アッシュ」

 

「……寝かしといてくれよ」

 

 だが、その快楽に水を差す声、ハティだ。空き部屋を与えられたってのに俺の指輪の中が落ち着くからっての押し問答の末にこっちが折れたんだが、自分だって遅起きが多い癖に偶に早く起きた時は俺を起こしに掛かる。

 

「散歩だ! 散歩に行くから貴様も同行しろ!」

 

「朝っぱらから散歩散歩って犬かよ……」

 

 どうもハティは散歩好きらしい。少なくても朝と夜の二回街中をブラブラしないと落ち着かないらしく、俺を誘うのは良いが早朝は勘弁して欲しいぜ。別に朝遅くても良いだろ。自分だって遅起きの時はそうしてるんだからよ。

 

 眠くてたまらないのに起こしに来られ、だから思わず口から出た言葉なんだがどうやら相当気に召さなかったらしい。体を揺り動かす力が強くなって大きな声が聞こえて来た。

 

「誰が犬だ、誰が! 狼と呼べ、狼と! 全く貴様は……」

 

「悪かったよ。謝るから寝かしておいてくれ……」

 

 目を開けないまま布団を頭から被る俺だがハティがどんな風に怒ってるかは想像が付く。出会ってから1ヶ月位が過ぎたし、何となく分かって来たよ。にしても犬は駄目で狼は良いって、何となく狼は格好良いから気持ちは分かるけどさ。

 

「駄目だ。ほら、窓を開けて空気を入れ換えるぞ!」

 

 「頼むから暫く寝かせてくれ。何でも……いや、何でもない」

 

 何でも言う事を聞く、そう口に仕掛けた俺は慌てて止める。何せハティの事だ。これ幸いにと行為を迫って来るに違いないからな。今は仲間だからと歯止めが効いているんだが、襲う口実を与えちまったら終わりだ。確かに仲間になって共闘もして好意は感じてるけれど、そういった行為に至るまでじゃないんだよな。

 

「……ちっ」

 

 あっ、舌打ち。こりゃ口にしてたら本当に襲われていたなと一安心したのも束の間、カーテンを開ける音が聞こえた。布団の隙間から入り込んで来る朝日に思わず被った布団から顔を出して目を開ければ窓の前に立つハティの背中が目に入る。

 

 シミ一つ無い白い肌。隙間風で揺れる絹の様な銀の髪。そして小振りで引き締まった尻。……全裸じゃねぇか!? おいおい、そんな格好で窓を開ける気かよ!?

 

「なにやってんだよ! カーテン閉めろ。窓を開けるな!」

 

「変な事を申すな。部屋の空気を入れ換えねばならんだろうに。……常識だぞ?」

 

「全裸で窓開けようとしてる奴に常識説かれたくないからな!? 寝間着はどうしたんだよ、寝間着は!」

 

 身の回りの物を買いに行った時、渋るハティを説得して服を何着か購入したし、昨日の夜には着ていただろ! いや、着ていたって言うか、風呂から上がった時に体をちゃんと拭かずに首からタオルを下げただけの状態で出て来たからミントが着せたんだよな。

 

 ああ、あの時も確か着ない理由を言ってたっけな。

 

「あの様な物は脱ぎ捨てた。私は服を着たくないと何度言わせる気なのだ。普段ドレスを着ているだけでも譲歩なのだぞ。なのに寝間着を着ろだの下着を付けろだの要求ばかりしよって」

 

「……あのなぁ」

 

 窓の取っ手に手を掛けた所で手を止めて振り返れば胸部の双丘がブルンと揺れる。重量感を感じさせる動きを思わず目で追ってしまうが慌てて目を逸らした。向こうが見て良いってんなら見たいけれど、絶対調子に乗るからな。流石にそれは勘弁だわ。

 

「まあ、良い。ほら、空気を入れ換えるぞ」

 

「おい!?」

 

 会話を切り上げて再び窓の方を向いたハティは止める間もなく窓を開け、外から通行人の騒ぎ声が聞こえて来た。ヤバい! 只でさえ呪いのせいで変な噂が立ってるのに、俺の部屋から裸の女が姿を見せるとか最悪だ。これ以上は阻止する為に引き戻すべく俺はベッドから飛び出してハティに手を伸ばす。

 

「ひゃんっ!?」

 

「……あ」

 

 そして発動したのがラッキースケベの呪いだよ。足を滑らした俺の両手はハティの胸を背後から掴み、誘惑する癖にいざ触られたら弱いのか可愛らしい声が聞こえる。

 

「……可愛いな」

 

「きゃう!? な、何を言うのだ。このエロ主が!」

 

「おいおい、流石にそれは……」

 

 予想外の反応に対してハティは赤面してる顔で振り向いて罵倒してくるけど普段の余裕は何処に行ったんだよ、此奴。攻めるのは得意だが攻められると弱いのか。ったく、それなのに全裸のまま窓を開けたり……やっちまった。

 

 そうだよ。俺の今の状況を振り返ってみると、自室の窓を全裸の美少女が開き、その背後から胸を掴んだって状況だし、実は今も掴んでる上に気が付けば揉んでた。うん、ごく自然に揉むくらいに触り心地が良かったんだが、未だ早朝だけれど通行人は居るんだ。だって他の連中が邪魔にならない様にって朝から頑張る探求者は普通に居るから……。

 

 窓の下を見れば露骨に視線を逸らして早足で去って行く同業者の姿。寧ろ何か言われた方が気が楽だったが、一人だけこっちの姿を見てる奴が。

 

「げっ! スコル!?」

 

 そう。見た目は無表情な幼女だが実はハティの姉らしいスコルが少しだけ目を細め、微妙な表情を俺達に向けていた。き、気まずい……。

 

「どうすれば……」

 

「いや、いい加減窓閉めろや」

 

 背後から聞こえたルノア姉ちゃんの声にハッとなる。そういや胸揉んだままだった。ハティは声を漏らすばかりで動こうとしないし、俺は慌てて窓を閉じる。少し息が荒くなったハティを見て思ったんだが……凄く色っぽいな。

 

 

「ったく、朝から盛って結構な事やな。どうせ一発ヤってもうて朝起きた勢いでって所やろ?」

 

「誤解だっ!?」

 

「……いや、五回もヤったとか報告されても……」

 

「違うからなっ!?」

 

 今の状況からして勘違いされても仕方が無いけどよ! ……ん? ルノア姉ちゃん、笑ってる?

 

 

「えっと、まさか……」

 

「冗談に決まっとるやろ。ほら、飯にするで。お客さんも来たみたいやしな」

 

 あっ、そうだよ。抗議は後でするとして、俺はスコルに教えて貰いたい事が有ったんだ。この前戦ったばかりのクロウ・クロワッハが言っていた事も気になるし……。

 

 

 

「……いい加減、塔喰らい(バベルイーター)について教えて貰わないとな」

 

 ハティの奴はのらりくらりと誤魔化すし、スコルが教えてくれたら良いんだけどな。



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お仕置き

 ナインテイルフォックスじゃ食事当番は交代制だ。昔はニーナ姉ちゃんの世話になってたけど、団員じゃないからって俺とミントが頑張ったんだ。じゃないとルノア姉ちゃんの飯を食う事になるからな。

 

「……むぅ。飾り切りとやらをしてみたかったのだが難しいな」

 

「そういうのは普通のをマスターしてからやろうぜ。それと朝は忙しいからな。サッと作ってバッと盛るんで良いんだよ」

 

 新しく入団したハティも当然だけど当番が回って来る。だが、此奴は家事が全く出来なかった。肉は生が一番美味いだの掃除は魔法で風を起こして埃を外に出せば良いだの無茶苦茶だ。だけどルノア姉ちゃんの飯を一度食って、俺やミントに何かあったら毎食これになるって脅したら練習を始めてくれて、今みたいに手伝いをしてくれている。

 

 何時もの黒いドレスの上からエプロンを着て、長い銀髪を後ろで束ねて四苦八苦しながらも包丁を握る。今じゃ少しは興味を持ったのか今みたいに野菜の切り方に工夫を加えようとしてる程だ。下手くそだけどな。それでも続けたらマシになるだろ。

 

「最初の頃はくだらないとか言って適当にやってたのにな、お前」

 

「群れに属したならばルールは守らねばと思っただけだ。それに貴様、こうして家事をやっている私に好意を持っているだろう? ふっ! 力が漲るのを感じるからな。……今晩どうだ?」

 

「お断りだ。ったく、面倒な奴だぜ。ほら、運ぶぞ」

 

「まあ、それで良い。今はな……」

 

 好意を力の上昇って形で察するから誤魔化しも利かないし、何か気恥ずかしい。そんな俺の内面を見透かした態度を取るハティと一緒に皿を手にしてテーブルに向かった。

 

「ん? その本、何処に有ったんだ? 探したけれど見つからなかったのに」

 

 俺が飯を作ってる間にミントはテーブルを拭いて準備をして、ルノア姉ちゃんは新聞を広げて飯を待つ。そして今朝急に訪ねて来たスコルは古い絵本を読んでいた。

 

 この世界で崇められてる四神の物語を纏めた少し分厚い本で、元々はナインテイルフォックスが大規模だった頃に団員の子供が拠点に来た時の為に置いてた物。遺族への補償金やら資産の分配やらの際に倉庫に放り込んでた奴だ。

 

 俺、昔から本とかそんなに読まなかったし、小難しい話は聞くのも嫌だったんだが、クロウとの戦いの後で気になって探してたんだ。裏表紙の落書きはルノア姉ちゃんが小さい頃にしたって奴だし、探したけれど見付けられなかった奴で間違いないんだが……本当に何処に有ったんだ? ちょっと気になっただけだけど、探し物が見付けられないってモヤッとするもんな。

 

「この本、リゼリクが借りてて忘れてた奴。我、用事があったからついでに持って来た」

 

 本の有った場所が分かってスッキリした反面、探し回った時間が無駄だって気がするのはちょっと嫌だな。にしても用事って何だ?

 

「でも、その前に……ハティ」

 

「は、はい!」

 

 スコルは少しだけ目を細め静かな声で妹の名を呼ぶ。何かルノア姉ちゃんとミントを見ているみたいだな。見た目年齢完全に逆だし。てか、ハティは随分ビビって身を竦ませたけど……。

 

「あの、姉様? 私に一体何用で……」

 

「全裸で窓開けたら駄目。我、お仕置きする」

 

 ……うん。マジでミント達にそっくりだわ。

 

 

 

 

 

 俺は一人っ子だったが、村は小さくて住民の距離が近かったから近所のチビ達の世話をしていたし、普通は兄や姉が弟や妹の世話を焼くし、悪さをすれば叱るもんだって思ってる。いや、凄い身近にルノア姉ちゃんとミントって例外は有るけれど、次女のニーナ姉ちゃんはちゃんとミントの世話を焼いていたからな。ルノア姉ちゃんのも焼いていたけれど……。

 

「ハティ、反省」

 

「ひゃう! ぴゃう!」

 

「あと二十回」

 

 だから目の前の光景は何一つおかしな物じゃない筈なんだ。躾の内容だって虐待にしか見えないの以外は他人が口出すのはどうかと思うし。だって家庭ごとに考え方が違うんだから。

 

「ア、アッシュ。主なんだから助けろ……。私を助けて……ぴゃっ!?」

 

 だから俺は目の前の光景に口出し出来ないでいた。ソファーに座るスコルの膝の上にうつ伏せに寝転んだハティは服の裾を捲って尻を露出し、スコルの小さな手による平手打ちが行われていた。一発ごとに乾いた音が響いてるし、ありゃ痛そうだ。俺達も餓鬼の頃は悪さしたら尻を叩かれたから痛いのは知っている。ハティの白い肌は尻の部分だけ赤くなり、涙目で上げる悲鳴は本当に辛そうだ。

 

 こりゃ見てられないし、流石に止めようと思ったんだが止められない。助けを求める声に思わず立ち上がろうとした俺だが、スコルの何処を見ているのかさえ不明な目で見られたら体が動かなくなったんだ。まるで巨大な狼を前にした野ウサギの気分だぜ。

 

 同じ理由で目を逸らそうにも気迫が凄くて逆に逸らせない。結果、どう見ても上下が逆な姉妹による尻叩きの様子を終わるまで見せられていた。……いや、本当に十歳位の女の子が俺と同じ年頃の奴の尻を叩くとか異様な光景だよな。だから変な気持ちじゃ見てないぞ? ハティの尻に目が釘付けになったりなんてして……ないからな?

 

「……反省してる?」

 

「し、してるぞ! 姉様は私が信用出来ないのか!?」

 

「出来ると思う?」

 

 あっ、これは絶対に前から何かやらかしてるな。俺は何となくミント達姉妹に目を向ければ二人揃って共感と同情の視線を別の相手に向ける。どっちがどっちかは言うまでもないよな?

 

 

「立場が違っても姉妹ってのは何処も同じなのか?」

 

 だからこんな呟きが出てしまうのも自然な事だった。そして会話をしながらも続けられるお仕置きの最後の一発は今までで一番音が響き渡り、解放されたハティは屍の様に力無く横たわっていた。

 

「ミント、回復したれや」

 

「あら、駄目よ。少しの間痛みが続くのもお仕置きの内なんだから」

 

 姉妹でこの対応の違い。普段どっちがどっちの立場なのか知らない奴でも丸分かりだ。き、気まずい。俺が何か言って空気を変えるべきなのか? だけど何の話題なら……。少しの間、足りない頭を働かして思い付いたのは共通の仲間であるリゼリクについてだ。今日は一緒に居ないけれど普段は仲良くしているみたいだし、居ないからこそ話せる普段の様子だって有るはずだもんな。

 

「なあ、スコル。リゼリクとはどんな風に仲良くしてる?」

 

「我とリゼリクが?」

 

 よし! これで空気が変わるぞ! そんな風に一安心したのも束の間、慌てた様子のミントとルノア姉ちゃんが小声で話し掛けて来た。

 

「ちょ、ちょっと。流石に急に話されても困るわよ」

 

「そやで。心の準備ちゅうもんが有ってやな……」

 

「いや、リゼリクの様子を知る程度でそんなのがどうして……あっ」

 

 そうだった。先日もワルキューレの連中が拠点を襲った時も鼻眼鏡とかリアルな肉襦袢とか兎に角変な格好させて吊り下げたり、ロリコンになってたりと色々変になってたんだ。それがパンダーラの影響なのか元々の性癖なのかは知らないけれど、俺はあまりにも軽率な真似をしてしまったのか?

 

「我、こう見えてもリゼリクより年上。だから問題無い」

 

「何が!? い、いや、話さなくて良いから……」

 

「何故? 聞かれたから起きた事話す。楽しかった事、話すのも楽しい。我とリゼリク、この前一緒に遠くの街に出掛けた時も怪しまれてたけれど理由が分からない。その時に雨が降ったから宿で雨宿りしてルームサービス食べてベッドでゴロゴロして、その後気持ち良かった」

 

「ミント! アッシュ! ちょっと相談や! スコルはちょっと待っててや!」

 

「うん? 分かった」

 

 不思議がりながらも頷くスコルを部屋に残した俺達はルノア姉ちゃんの号令に応じて部屋から出て行く。こんな時は頼りになるぜ、本当に。……じゃあ、話し合わないとな。

 

 

 次にリゼリクと会った時、俺はどんな顔して会えば良いんだ?

 

 

「……姉様。それで何処まで進んだのだ?」

 

「足と腰を揉んで貰った。リゼリク、マッサージ上手。所で三人は何があった?」

 

「いや、うん。……気にする程ではない。姉様は暫くはそのままでいてくれ。妹からのお願いだ」

 

 

 



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世界観完全無視

 地響きがしたと最初に気がついたのは町の外で遊ぶ子供達だった。SSランク探探索団のパンダーラの拠点が存在するグナロクでは巨大なパンダが定期的に踊ったり、パンダーラの団長であるアンノウンが騒動を巻き起こすが、最近では驚くのは外の住人だけで元から町に住んでいる者達はすっかり慣れた様子で驚きもしない。それが良いのか悪いのかは別として人間は順応する生き物なのだ。

 

「地震? でも昨日起きたばっかよね?」

 

「それに地震にしてはちょっと変だよ。まるで足音みたい・・・・・・」

 

 この世界において地震とは世界全体で起きる現象であり、数秒間地面が揺れるのが定期的に発生する程度の物だ。古い文献、それこそ探索団が存在する前の物には何時起きるか分からず規模もその時によって違う災害とされているが、今の地震とは全くの別物だと研究者達は首を傾げるばかりだ。

 

 故に子供達も最初は気にしていなかったのだが直ぐに何かが変だと気が付いた。一回の揺れの間が通常よりも長く、音は遠くから聞こえて来る。何よりも普段ならば既に収まっている時間になっても揺れは続く。

 

「まさかパンダーラが何かやった?」

 

 思い起こすは頻繁に起きる騒動と団を代表して頭を下げて回るリゼリクの姿。パンダーラの発表に拠れば主犯格らしいが、それにしては妙だと聡い子供は気が付いていても敢えて素知らぬ振りをして、大人は不可思議な迄に信じ込む。だから真っ先にパンダーラの名前が出たのは仕方無いのだが、今回は些か特殊だ。

 

 確信でも予想でもなく願望。どうかそうであって欲しいとの願いであり、予想は的中する。但し的中したのはパンダーラの仕業だというのではなく、足音みたいだという奴。山の向こうから大地を揺らし足音を轟かし木々を掻き分けながら巨大な姿を現した存在を目にした子供達は固まり、十二分に姿を見た後で叫んだ。

 

「格好良い!」

 

「化け物よ!」

 

 目を輝かしたのは男の子。恐怖で顔が引き攣ったのは女の子。その巨体は正しく異様な風体。重厚な全身鎧に似ているが胴体に比べて手足が太くて短く、首が無くて頭と胴体が一つになっている。全身は黄色に染まり、胸には四神の一人を示す象の紋章。

 

 

 この世界には一般的に存在を認識されておらず名前さえ知らないがロボットと呼ぶのが正しいだろう。事実、緑のモノアイが光る頭部には少女が乗り込んだコックピットが存在するのだから。モニターやレバー、複雑に伸びたコードなどコックピットの内部は機器で埋め尽くされ、中央に操縦者の小柄な体に合わせた大きさの操縦席が何とか収まっている。

 

「ふふふふふ! このテンマオー(シックス)なら確実に奴をゲット出来るんだね!」

 

 巨大ロボットを操縦するのはオレンジ色の髪をツインテールにした白衣の少女。九年前、金毛のパンダのキグルミを捕獲しようとして、ウチワで飛ぶ奇妙な乗り物を操縦していたのをアッシュに目撃された少女だった。あれから九年の月日が経ち、操縦する物の技術は成長している様子。技術とは成長する物故にそれは問題でも不可思議でもない。

 

 奇妙なのは彼女の容姿。九年前から一切成長していないのだ。あの時と同じ七歳前後の容姿のまま変わらず、動かす物だけは確実に成長している。

 

 テンマオーⅥは地面を揺らしながら前進し、コックピット内のモニターにはグナロクが小さく見える。このまま接近すれば一分と掛からず到着するだろう時、その動きが止まった。

 

「……おや? 何か来るんだね。……望む所なんだよ!」

 

 ハーネスで固定された体を前に乗り出し、レバーやキーボードを慌ただしく操作しながら歯を見せて笑う少女。好奇心で目を光らせて向けた視線の先には後ろ足のブースターから炎を噴き出して空を飛ぶパンダーラの拠点の姿。いや、少し違う。全体的にメカっぽくなっており、瞳の部分が透明になってレバーを握るアンノウンことパンダのキグルミとウサギのキグルミの姿が見えていた。

 

「……ねぇ、自分勝手な行動は止めなって言ったよね? 何時も好き放題に行動してさ。少しは周りの事を考えなよ。……って事で団の活動費を注ぎ込んで改造したこの拠点……大熊猫三号が相手だよ!」

 

「……三号って一号と二号は何処に? いえ、言わなくて構いません。私、帰って良いですか? 明日は息子の幼稚園の参観日なので準備をしませんと」

 

「早退は僕の気分次第だし、今日は……オッケーさ! お土産にコサックダンスを踊るパンダ人形を持って帰りなよ!」

 

 マイクを通してのブーメラン発言がアンノウンから放たれ、ウサギのキグルミの至極どうでも良さそうな声が響き、ウサギの乗った席だけがパンダの口から排出されて空の彼方に消え去った。それを慣れた顔で見上げる子供達。その一人の目の前に拳でボッコボコにされたパンダ人形の残骸が落ちて来た。見事な不法投棄である。

 

「……先手は貰うんだね!」

 

 見なかった事にした少女がレバーを引くと何やらテンマオーⅥの右腕が音を発しながら光輝き振動を始める。それは秒単位で激しくなっていた。

 

「リビドーエネルギー充填! 波旬バイブレーション発動! 必殺! パーピーヤスロケットパアァァァァァァンチ!!」

 

 テンマオーⅥの右手は高速振動しながら切り離されロケット噴射によって大熊猫三号へと向かって行く。音速を超えた腕は衝撃波を発生させ、触れる物を確実に滅する正しく必殺の一撃へと変わった。だが大熊猫三号も棒立ちになって破壊を受け入れはしない。その前足には笹の付いた竹が握られていた。

 

「秘技! バンブーパンダーブレェェェェェド!」

 

 竹と拳が正面から衝突する。火花を散らし衝撃を周囲に撒き散らしながら拮抗する二つ。やがて竹にヒビが入って砕け、拳も弾き返された上に装甲を破壊された事で露出したコードから放電が起きていた。

 

「……中々やるんだね」

 

「君もね。……じゃあ、次はパンダに相応しい必殺技を見せてあげるよ! その前に……変形合体だ!」

 

 テンマオーⅥは右手を損傷し、大熊猫三号は武器を破壊されている。だが、それだけだ。互いに被害は軽微。戦いは此処からであり、大熊猫三号の前足が光ったかと思うと三体のロボットが接近する。完全に世界観を台無しにする展開の中、大地を駆けるエリマキトカゲ、空の彼方より飛翔するハシビロコウ、そして川を遡ってタツノオトシゴが現れた。

 

「変形合体!」

 

「……危ないから逃げようよ」

 

 男の子達は更に目を輝かせ、女の子達は冷め切った様子で距離を取る。テンマオーⅥのコックピットの画面に映し出される映像に少女が驚愕する反面知的好奇心に心を動かされる中、大熊猫三号の姿が消えていた。

 

「あれ? 何処に行ったん……だね!?」

 

 コックピットに走る衝撃。緊急事態を示すアラームと赤い光が満たし、損傷率が重篤な状態である事が表示された。

 

 

「秘技……パンダドロップキック」

 

 背後から叩き込まれたドロップキックによって背後から破壊され、機体は前方へと飛んで行く。直後に起きる爆発。残骸となった機体の中で黒こげアフロになった少女が痙攣しながら倒れていた。

 

 

「ぜ……全然パンダらしくないん……だね」

 

「え? パンダとドロップキックだよ? ……全然らしくない! 所で君って本当にさぁ。それでも四神の一人なの? ねぇ、マーちゃん」

 

 

 

 

 

 一方その頃、アッシュとロザリーは青い(バベル)の前に立っていた。二人、いや、アッシュ達五人にとって因縁の地……故郷の村が有った場所だ。

 

 

「デート、デート。アッシュとデート」

 

 



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条件

 探求団の力を示すランクってのは結構大切だ。ランク以上の(バベル)には入れないし、入れる場所でも幾つかに分別されるエリアを進むには担当職員の許可が必要だ。……バレなきゃ大丈夫? いやいや、どんな奥に行っても帰還させてくれるリターンチャイムにちゃんと記録されてるんだよ。

 

 ……いや、本当にギルドの技術力はどうなってるんだ? 独自の技術だから製法は非公開ってなってるし、調べられないように色々としているから全然分からないんだよな。

 

「昇級試験の案内!? おいおい、マジかよ! 酔っ払って何処かから持ち帰ったとかじゃないよな?」

 

「アッシュ、お前はウチの事をどないな風に思っとるねん。ちゃんと届いた奴や!」

 

 そんなランクを上げる為に必要なのが昇級試験を突破する事。毎回高ランクの探索団が試験官を行うんだが、試験の参加を許されるのは同じランクの中でも上位の探索団だけ。つまりはナインテイルフォックスはランクを上げても大丈夫だろうって評価されたって事だ。

 

 ルノア姉ちゃんが見せてくれた手紙にはギルドの紋章が刻まれていて正式な書類だってのを示している。俺とミントが正式に探索者になったのは極最近なのに招待されたって事は活躍が高く評価されたって事だろうな。

 

 正直言って嬉しい。力を認められて評価されるってのは本当に良いもんだ。

 

「よっしゃ! 張り切って行くぞ、ミント!」

 

「ええ、そうね。ちょっと不安があるけど全力で行きましょう。じゃあ、今日から早速特訓ね。今までの試験内容を調べてみるわ」

 

 かつてはAランクだったのが壊滅を機にGランクまで下がってしまったナインテイルフォックス。栄光を取り戻す? 違う。もっと上だ。父さん達が辿り着いた先へと進むのが俺の目標だ。じゃないと英雄なんざ夢のまた夢だもんな。

 

 だから俺は張り切っているし、ミントだって同じだ。俺と同じくやる気だし、俺が苦手な頭脳労働を任せられるのはミントしか居ない。おっと、今は俺達だけじゃない。新入団員のハティにだって頑張って貰わないとな。

 

「おい、先に言っておくが私は参加出来んぞ?」

 

 これも仲間の結束を更に高める機会だと思ったんだが、まさかの本人から横槍が入った。

 

「はぁっ!? おいおい、何言ってるんだよ! お前だって俺達の仲間、ナインテイルフォックスの一員だぜ!」

 

「……ミント、まさかとは思うがアッシュは例の事を忘れたのか?」

 

「みたいね。予想は……いえ、確信していたわ。どうせ忘れてるだろうって」

 

 二人は呆れの表情を俺に向ける。俺、何かやらかした? 理由が分からず、助けを求めてルノア姉ちゃんの方を見れば同じく呆れ顔。あれ? スコルも何となく呆れている気がするぞ……。

 

「私は一応新入団員……研修中の身だぞ? 本来なら(バベル)への進入にも制限が掛かる身だ。……立場から特別扱いは受けているがな」

 

「……あっ! そうだった!」

 

 数打ちゃ当たるの原理で無闇矢鱈に探索者を増やして大勢の犠牲者を出した探索団があった事から始まった研修制度。ハティは本来ならば完全に壊せない(バベル)を破壊出来る塔喰らい(バベルイーター)って存在の上に俺との絆で力が上がるからって研修が終わる前に探索を許されてたんだ。……まあ、公には出来ないけどな。

 

「あまり目立つ行いは避けろと言われたであろうに……はぁ」

 

「ちょ、ちょっと忘れてただけだっての! ……あっ! そうだ、うっかりしてた。おい、スコル。クロウ・クルワッハって奴が自分をバロール神と関わりが有るみたいな事を言ってたんだが。……教えてくれ。塔喰らい(バベルイーター)ってのは一体何なんなのかをな」

 

 仲間なら何でも話せって言う気は無いし、好奇心からだけで訊いてるんでもない。ハティが誤魔化すのは何か理由があるんだろう。でも、それを分かった上で俺は知りたい。ハティと俺が運命で決まっていた主従(仲間)なのなら、それを理由に危険が待ち構えているんだったら、俺は知らなければならない。

 

「ワルキューレにも塔喰らい(バベルイーター)が居た。彼奴等の目的次第じゃ戦う事になるだろうよ」

 

「……そうね。ハティが話したくないならって聞き出そうとはしなかったけど、巻き込む巻き込まないって話じゃないし、知ってビビろうがビビらまいが待っている物は同じよ。この機会に話して貰えないかしら?」

 

 俺に続きミントも意志を示し二人でハティ達姉妹を見詰める。二人はハティは困った様子で、スコルは相変わらず表情から何を考えているか判断出来ない顔で見つめ合い、ハティが折れた。溜め息混じりに肩を竦めるとギルドからの手紙を指し示す。

 

 

「ランクアップしろ。ランクアップすれば教えてやるさ。貴様達が相手取ろうとしている者の正体を。待ち受ける存在が一体何なのかをな。……期待しているぞ」

 

 そう言うなりハティはおもむろに立ち上がって階段を上がる。大きなアクビをしているし、研修として受けている基礎知識の座学の勉強を遅くまで頑張っているから二度寝でもするんだろう。その場に残ったスコルだが、そういや何しに来たか話してないな。

 

「我が来た理由? ハティの顔、暫く見れないから会いに来た。……次の試験、試験官はパンダーラ。多分会わない方が良い」

 

 唯一無二のSSランク探索団パンダーラが次の試験官!? 嘘みたいな噂が流れ出る上に入団したリゼリクが変になっちまったから少し怖いな。だって見た目より年上だからって見た目十歳の奴に手を出したんだぜ、彼奴は。……親友だったら信じてやるべきなんだし信じたい。でも、親友として性癖やらを知っているからこそ信じられないんだよな……。

 

 

「……まあ、完全に納得してはないけど、別に良いわ。試験に受かってランクを上げて、知りたい事も知る。やるべき事も道も一つだけなのは楽で良いじゃないの」

 

「相変わらず男らしいな、ミント。実際男なんじゃ……待て待て待てっ!? こんな至近距離で、しかも室内で魔法を放ったら……」

 

「生憎とポンコツ魔法使いだから近距離でしか魔法が発動しないのよね。それと安心なさい。アンタにのみ被害を出すから部屋は大丈夫よ」

 

「全然大丈夫じゃない!」

 

 ミントはニッコリと笑い、俺に向かって魔法を放つ。……うん、ちゃんと後で治療してくれたよ。だけど凄く痛かったし、男扱いは口に出すのはマジで止めよう……。

 

 そしてこの日から俺達は精力的にランクアップを目指して特訓を始めた。早瀬の塔のエリアは奥の方まで進出が許可されたから時間いっぱいまで粘り、戻った後も基礎的な修行や試験対策の勉強(ミントのみ。俺は頭を使うだけ時間の無駄だって言われて筋トレ)を続けていた。

 

 

 そんなある日の事だ。ロザリーが何時もみたいに突然やって来たのは。

 

 

「アッシュ、約束のデート行こう。行きたい(バベル)が有る」

 

 ……デートは別に良いんだが、行き場所が(バベル)ってお前……。

 

 

「そんなんじゃ俺以外に嫁の貰い手無くなるぞ?」

 

「アッシュのお嫁さんになるから構わない。アッシュがお婿さんでも可。ランクアップの試験受けるなら頑張ろう。デートのついでに特訓特訓」

 

「まあ、それで良いや。普通のデートは今度行こうぜ」

 

 色気の欠片もないデートだが、俺達はそれで良いんだろう。まあ、デートのついでとして頑張るか。

 

 

 

 

 この時、俺達は未だ気が付いていなかった。ランクアップ試験の対策に重大なミスが有る事に……。



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幼なじみ系ヒロインは敗北者か否か

 野越え山越えひたすら進む。この道は何度も通った道、故郷があった場所へと続く道。少しは強くなったと思った度に通って、辿り着くまでの時間が短くなったのに少し喜ぶ。餓鬼の頃はあんなに必死で歩き続けたこの道も、今じゃ軽い散歩気分で進める様になった。

 

「……見えて来た」

 

 少しだけ複雑そうな声のロザリー。視線の先には遊び場にしていて、何度も登ってはルノア姉ちゃんに怒られていた(バベル)の残骸。コアを破壊して今の状態にしても別の場所に復活するだけって知った今じゃ俺も複雑な気分だ。ちょっとだけ顔を曇らせたロザリーが止まり、壁に手を当てる。大勢の幸せと命を食い荒らしただろう(バベル)の外壁は触っただけでパラパラと表面が崩れていた。

 

「俺達が遊んでた時はもう少しマシな状態だったのにな」

 

「うん、雨風に晒されてるから仕方無いし、今じゃ壊したい気分。思い出の場所だけれど……」

 

 何の覚悟も準備も無く故郷を、そして家族を失ってから九年。少しは強くなれたと思う。馬鹿なままだけれど知識だって身に付けて……いると思う。でも、足りない。今の俺じゃ全く……。

 

「アッシュ……」

 

 この場所に来ると俺は毎回落ち込んでしまうんだよな。何度も自分が無力だって感じて、一緒に来た奴に励まされる。

 

 ミントやルノア姉ちゃんなら姉妹揃って叱るんだ。頭を一発ポカってやって、不機嫌そうに文句を言う。

 

「馬鹿があれこれ考えんな。真っ直ぐ進むしか道は無いで」

 

「ウジウジ悩む暇があるなら鍛えなさいっての。悩んでたせいで弱いままでしただなんて笑い話にもならないわよ」

 

 リゼリクだったら俺と同じで落ち込んで、それでも気を使って励まそうとするんだよな。

 

「が、頑張ろうよ。僕達は強くならなくちゃ駄目なんだから……」

 

 そしてロザリーは……。

 

「……大丈夫。アッシュは強くなったし、これからも強くなれる。だって私が好きな人だから」

 

 背中から手が回されて優しく抱き締められる。背中に当たる胸の柔らかさ、言葉を発した時の吐息がロザリーの存在を感じさせた。これで気が利いたなら……それこそロザリーと俺が恋人だったなら正面向いて抱き締め返してたんだろうが……。

 

「悪いな、ロザリー」

 

「何が?」

 

「いや、何でもない……」

 

 チラッと後ろを見れば俺の言葉の意味が分からなかったのかキョトンとしているロザリーの顔が見える。こういう所が可愛いんだよな。その内陥落しそうだぜ。あれだよ、あれ。例のどっちが先に英雄になるかって賭けが無かったら変な意地を張らなかったんだろうけどな……。

 

 

 だって負けた気がするじゃんか、受け入れたら。馬鹿だとは思うが男の意地って奴だよ。それに受け入れるなら受け入れるで正面からだ。中途半端な気持ちは絶対に駄目だからな。

 

「おい、行こうぜ」

 

「うん。でも……ちょっと疲れた」

 

 ロザリーのお陰で少し持ち直したし、このままは気恥ずかしいから先に行こうとした時、俺は背中に重みを感じる。首に手が回されて背中にいっそう強く当てられる胸。ロザリーは俺の背中に飛び乗って体を密着させていた。

 

「いや、疲れたってお前……」

 

「疲れた」

 

「この程度で疲れる訳がないだろ? 変な事言っていないで……」

 

「アッシュはさっき謝っていた。だからお詫びにおぶって進んで」

 

「……分かった。でも、到着するまでだからな」

 

 シャンプーの香りなのかサラサラの髪からは甘い香りがするし、ロザリー自体から良い匂いがするし、当たる感触は悪くないし、これも役得だって事にしておくか。頑固だから絶対に降りないだろうしな。鼻歌まで始めて随分と上機嫌のロザリーを背負ったまま遠くに見える(バベル)を目指す。落ち込んだ気分は既になくなっていた。

 

 

 

「ちなみに今日の私はノーブラ。……揉む? 後で揉む?」

 

「……揉まない」

 

「……意地っ張り。揉んで良いし、それ以上も……」

 

 此奴、頑固なだけじゃなくて変な知識まで身に付けてるよな。光熱の剣ってマジでどうなってるんだよ……。

 

 

「団長以外は変人ばっかだっけ?」

 

「何人かは普通の人だって居るよ?」

 

「俺、何の事か一言も言ってないのに自分の所だって分かるって、ロザリーも変人揃いって認識してるんだな」

 

「うん。事実。現実は受け入れよう」

 

 リゼリクもそうだけれどロザリーも変な風に染まって行くんじゃないかって心配になって来たよ……。

 

 

 

 

「こうして見ると思うよ。……命って凄いんだな」

 

 あの日、俺達の故郷は死んだ。村は飲み込まれ、遊び場だった川も森も枯れて命全てが食い尽くされた。一切の命が感じられない死の土地。でも、あれから九年。少し、ほんの少しだけれど命が戻って来ている。足下には草が生え、飛び回る虫や、それを狙って鳥が地面に降りて来ていた。思い出に残る場所に比べれば全然だけれど、それでも命の逞しさに胸が熱くなる。

 

 ……そして人間も凄く逞しいってのを目の前の光景が教えてくれるんだが何だか微妙な気分になって来る。目の前には故郷を奪った憎い(バベル)の姿。青空を思わせる真っ青な外壁は不気味な程に綺麗で……その周囲にはテントやら丸太小屋で探索者相手の商売をしているキャラバンの姿。

 

「もう村よりも栄えてるよな、あれ」

 

「……うん。資金力が段違い。私達の村、貧乏だったから……」

 

 一番近い街のダウロゴがGランクの(バベル)から得る利益を中心に経済が回ってる上に、近いって言っても結構な距離だ。そりゃ貧しいに決まってる。

 

「Eランクだったか? そりゃ利益が段違いだもんな」

 

「気にしない気にしない。……ギルドの許可が出れば即座に壊す。その時はハティも一緒だけれど、今日は私とアッシュだけ。予行練習」

 

「まあ、そう思えば気が楽で良いな。頼りにしているぜ、ロザリー。これ、デートだからエスコートを任せるのはちょっと気になるけどな」

 

「デート、デート。アッシュとデート」

 

 って、聞いちゃいないか。それだけ俺とのデートが楽しみにしていてくれるって事か。嬉しい事だな、ロザリーと一緒にキャラバンの露天を見て回る。少し高い料金の串焼き肉を買い求め、適当に腹を満たして(バベル)の前に立つ。本当なら俺には挑む権利すら今は無い場所、ロザリーと一緒だから入れるんだ。

 

 それじゃあ張り切って……。

 

 

 

「何やってるんだい、あの馬鹿は!」

 

「おわっ!?」

 

 門に手を掛けた時に響いた怒声。思わず振り返った先に居たのはキャラバンの隊員に囲まれた大柄な婆さんだ。筋骨隆々の巨漢、怒りに任せて振り下ろした拳はテーブルだけじゃなくテーブルが置かれた地面さえ砕いた。何だ、あの婆さん。ただ者じゃねぇな……。

 

「特攻服だったか? 極東の服だよな、あれ。何かデカい文字が書かれてるけれど……読めねぇ」

 

「私、少し読める。ギリ……残りは無理」

 

 婆さんの服に書かれた『義理命火羅』の文字。何となく格好良いと俺は思った。

 

 

「……真似しちゃ駄目だよ? アッシュがしたら馬鹿っぽいから、絶対」

 




メリクリ 応援待っています


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試金石

前回出た婆さん、本当はドレイク姐さんみたいなのにするはずだったんだ


何故か直前に海賊姐さんが空賊の婆さん寄りに  何故


 まるで天国に来たみたいだ、その場所に足を踏み入れた瞬間に俺は思った。澄み切った青空は何処までも広がり、足元は純白の白。餓鬼の頃に絵本で見て憧れた雲の上を思わせる世界。それがEランク(バベル)雲海の園(うんかいのその)』。俺達に忘れられない悪夢を植え付けた場所は本当に綺麗だったんだ……。

 

「……アッシュ、行こう。広いから離れないで」

 

 少しだけロザリーの声は苛立って聞こえるし、俺だって内心では少し怒っていた。この場所は俺達の故郷を、家族を、日常を奪った所なのに景色に目を奪われる自分が居たんだから。きっと俺も関係無い場所に現れた此処に来たなら素直に景色を楽しんだんだろう。でも、あの日の光景はそれをさせてくれない。この美しい光景は俺達の家族の命を奪った事で存在しているんだから。

 

「しかし本当に広いな。地平……なんだかの先まで広がっているじゃねぇか。こりゃ迷ったら大変だぞ」

 

「うん。本当はそれを口実にして手を繋ぎたいけど……怒りをぶつける相手が来たよ」

 

 この(バベル)の調査は終わっているけれど地図は殆ど役に立たない。多少の起伏があっても基本的に白一色の似た地形が続き、数少ない目印は下の階層に続く巨大な豆の木。一階に入ったのに下に続く塔って本当にどうなってるんだよ。まあ、元から常識が通じない場所だけどな。

 

 さて、お客様のお出ましだ。今の俺の試金石になって貰うぜ。

 

 雲の一部が盛り上がって形を変えて行く。現れたのは……猫? まるで綿の塊を猫の形に整えたみたいな見た目。開けた口の中も真っ白で遠くから見たら周囲に紛れてしまいそうだな。

 

「クラウドキャット。この(バベル)で一番弱いモンスター」

 

「要するにそんなの一匹に苦戦する奴には此処を探索する資格は無いって事だな。じゃあ、行くぜ!」

 

 ゴロゴロと喉を鳴らしながら体を伸ばすクラウドキャット。見た目は可愛い猫だが目玉まで白一色な上に大きい。それこそ猫の仲間の肉食動物位にはな。どうやら俺達を獲物と認識しているらしいが、動き出すに向かって俺は一歩踏み出し、そして体がフワって浮いた。

 

 ……いいっ!? おいおい、どうなってるんだよ? 水の中みたいに浮き上がる力が発生したのか浮かんだ俺の体はゆっくりと下に向かい、生じた隙をクラウドキャットは見逃さない。短い鳴き声と同時に横からの猫パンチが俺に叩き込まれて吹っ飛ばされた。浮かんでいるからか随分な距離を飛ばされるけれど柔らかい雲の壁にぶつかったからそんなに痛くない。

 

「アッシュ、此処の壁は青。……ちゃんと覚えてる?」

 

「……あっ。そうだった、そうだった。青い壁の(バベル)は地形にご用心だったな」

 

 (バベル)は壁の色によって特徴が出る。この前破壊した死霊の合戦場は白で、ボスモンスターが多かった。普段入っている早瀬の塔は特徴の無い橙色。色によって補食の規模やら周期が違うんだが……すっかり忘れてたぜ。

 

「……ミントも苦労するね」

 

「あー、はいはい。今度からは苦手だからってミント任せにしないで勉強するよ。それより今は目の前の敵に集中する時だ」

 

 俺に向かって駆け出すクラウドキャットに真正面から迎え撃つ。慣れてない時に動いても足を掬われるだけだし、だったらどっしり構えて迎え撃つ! 大振りにレヴァティンを振り上げ、我が庭とばかりに慣れた動きで跳び掛かりながら振り下ろすクラウドキャットの足を切り飛ばした。断面まで真っ白で血も出ないのに痛がって地面を転がるクラウドキャットに剣を突き刺せば光の粒子になって消える。

 

「感覚的にはハンドラー位か? Eランク侮れねぇ。……俺には未だ早かったな」

 

 ハンドラーはGランクのボスモンスターだ。それが一番弱いモンスターと同程度って事は、この前進んだ先で遭遇するのは更に強い。しかもそれが大量に出て来るだろうしな。

 

「止める? 帰る?」

 

「いや、もう少し経験を積みたいから付き合ってくれ」

 

「うん。アッシュと一緒なら何時までも何処までも付き合うよ」

 

「そうか。感謝するぜ!」

 

 手加減されても勝負にならなかったクロウは格上過ぎた。だが、此処なら丁度良い。分かり易い程度に格上の敵が出るんだったら自分が取り敢えず目指す場所が見えるからな。

 

 そんな風に話している最中にもクラウドキャットが寄って来る。大体三匹……いや、周囲に紛れて隙を伺ってるのが二匹。冷や汗が流れ武者震いが起きる。

 

「ロザリー、手を出すなよ? 全部俺が倒すからな!」

 

 この前はハティがこっそり力を貸してくれていた。だが、今は前より強くなった。後はどれだけ強くなったのか確かめるだけだ!

 

 

「先ずは一匹!」

 

 真正面から突っ込んで来た奴の頭を縦に両断、僅かにタイミングを遅らせて来た二匹目が前足を振り下ろしたのを咄嗟に剣で受け止め顎に蹴りを叩き込む。仰け反るかと思ったんだが少し動いただけだ。でも、剣を押し込もうとする前足の力が緩んだので弾き上げて切り裂いた。これで二匹目だ。

 

 三匹目は仲間が二匹やられたのを警戒してか尻尾を上げたままソロリソロリと慎重に距離詰める。あー、こりゃ面倒だと跳び掛かった俺の体は予想以上に上に行き、チャンスとばかりに飛び付いたクラウドキャットの前足の爪が腹を掠る。防具を引っ掻いた事で金属が擦れる音が響き、それが嫌だったのか僅かに怯んだ顔面に蹴りを入れれば真下に落ちたが、あんな地面じゃ大して効いてないな。

 

「フシャー!!」

 

 鼻が曲がってはいるが三匹目は健在。蹴った感触もフカフカのクッションを蹴ったみたいだったし打撃に強いのか? 全身の毛が逆立っているのが分かり辛いけど見て取れる。どうやら随分とお怒りみたいで蹴り落とされたばっかりだってのに真正面からの突撃だ。

 

「これで三匹目!」

 

 刃を真下に向け、投げる。フワフワした力は地面に接した時に発生するのか特に抵抗無くレヴァティンは真下に向かい、空中で三匹目の体を串刺しにして地面に突き刺さる。今の俺は素手な上に落ち始めた最中。当然だけど隠れていた二匹が起き上がって左右から襲い掛かって来た。……読めてるんだよ、馬鹿が!

 

「戻れ、レヴァティン! そして来い!」

 

 俺の叫びと同時に地面に刺さったレヴァティンが消えて俺の手に指輪として姿を現し、即座に剣に戻って真横に振るえば二匹同時に切り裂けた。……うげっ! 柄が妙に熱くなったし、これはぶん投げたの怒ってるな。悪かったって。心の中で謝れば柄の熱は消えるけど、次に投げたらもっと怒りそうだな。父さんは平気で投げてたそうだし、俺が未だ認めて貰ってないって事か……。

 

「よし! これで全部……」

 

「ねぇ、アッシュ。……もう一匹居るよ?」

 

「ニャア!」

 

 着地して気を抜いた瞬間に警告がされ、間に合わず呼び出して来た六匹目に組み伏せられる。レヴァティンを握ってる右腕を押さえつけられて振るうに振るえない。これもまた父さんだったら好きな方の手に出せるんだがな……。

 

 見た目は雲の猫なのに生臭い息が顔に掛かり、俺の手を押さえつけてない前足が振り上げられる。狙ってるのは顔。さっき仲間が腹を狙って無駄だったからだろう。何も装備していない部分を狙った一撃は勢い良く振り下ろされ、それが届くよりも先にレヴァティンの刃から噴き出した青い炎がクラウドキャットを飲み込む。断末魔の叫びすら上げずに炎で焼かれた部分が蒸発し、直ぐに残りも消滅する。

 

「……炎に弱かったのか」

 

「うん。此処のモンスターは大体炎に弱い。でも、注意が必要。ほら、地面見て」

 

 起き上がって言われた通りに地面を見てみれば炎が触れた部分に大きな穴が開いてる。下手に炎を使っていたら地面が穴ぼこだらけ。……いや、待てよ? 此処って下に向かって進んで行くし、貫通して下の階層まで真っ逆様って事も有るのか……。

 

「それでどうする? 先に進む?」

 

「……いや、戻る。自分がどれだけ足りてないか大体分かった」

 

 一番弱いモンスター相手にこれだったんだ。もっと強くなってから挑むさ。ロザリーやハティが居ればって思うけど、俺の因縁でもあるんだから仲間を頼るのと頼りっきりにするのは別だ。

 

 

「今日は此処までだ! でも何時の日か絶対にお前を完全にぶち壊してやるからな!」

 

 雲海の園に向かって怒鳴り、ロザリーと一緒に外に出る。さて、時間も残ってるし普通にデートするか。何処に行くのが良いもんかな……。

 

 

 ……この時、俺は予想だにしていなかった。

 

 

 

 

「大丈夫。責任は取るし、天井のシミを数えていれば終わるから。……多分」

 

 ベッドの上でロザリーに押さえ込まれる事になるだなんて……。

 

 

 



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見覚えのある少女

一回メモが消えて書き直しました  二千二百はカイテタノニ


 外に出た時、空を見上げれば雲一つ無い青空だった。まるでさっきまで戦っていた場所に居るみたいで複雑だが、それでもデートをするには最適だ。ロザリーも俺と同じ気分なのか複雑そうに空を見上げていたが、手は自然と俺の手を握る。俺も当然握り返せば剣を握り続けて豆が潰れた少し厚い皮の感触が伝わって来る。まあ、探索者だったらこんな物だよな。

 

「それで飯はどうする? 何時も飯食いに行くのは同じ店ばっかしだし、丁度隊商の屋台が有るんだから食って行くか?」

 

「……うん。その後で寄りたい所も有る。彼処、入ろう?」

 

「彼処って、ログハウスだよな? 料金は……八万ミョル!?」

 

 商魂逞しい商人達は雲海の園の周りで色々と商売をしている。泊まり掛けで何日間も通えるようにとテントを張れる場所を整えてテントの貸し出しも行っているし、大勢が座れるイスとテーブルも料金は取るがちゃんと用意していた。だが、かなり値段が強気だ。まあ、大人数で入れば効率も上がるし、此処で使った分は簡単に取り戻せるだろう。

 

 だけどログハウスの使用料金は幾ら何でも高過ぎだ。大きさからして俺の部屋の数倍、つまりは数人が寝泊まりするのがやっとの広さしか無いってのに八万って。一人用テントの貸し出しが五千ミョルなんだから暴利が過ぎるだろう。前に置いてある看板によると小さいけれど風呂と便所とベッドが用意されてるらしいが、誰が使うんだ? ……あっ、分かった。

 

「どうせ探索者ごっこがしたい坊ちゃんや嬢ちゃんの為のもんだろ。別に俺達には必要無いって。ダウログまで戻れば家だって有るんだしよ」

 

「……ご飯食べた後、アッシュを抱きたい。私が出すから借りよ?」

 

「抱きたっ!? 急に何言ってるんだよ、お前!?」

 

「……私じゃ駄目?」

 

「いや、駄目って訳じゃないけどよ……」

 

 腕に抱きつかれ押し当てられた胸の感触は残念ながら防具が邪魔で固い。でも俺はロザリーの胸の感触を知っているし、ちゃんと女として意識している。こうやって誘惑されなくても告白はされてるんだから冗談で言っているんじゃないってのも分かってるんだ。

 

「……据え膳食わぬは男の恥だよ?」

 

 確か誘われた状況で乗らないのは駄目って事だったよな? 俺だってそういった店に行きたいって思っているし、乗れるんだったら乗りたいよ。ラッキースケベの呪いで女との接触は多いし、最近じゃハティの誘惑だって俺を刺激する。年頃だし、別に手を出して良いんじゃないかって思う時が有るんだ。

 

「……駄目だ。俺にとってお前は大切な奴だから簡単には手が出せない」

 

「じゃあ、途中まで。アッシュに私を意識させてハティを牽制したい。……横取りは駄目」

 

 成る程な。ロザリーの行動の理由が分かった。要するに俺をかっ浚われるのが嫌だったって嫉妬だ。可愛い奴だな、おい。……にしても途中までか。本とかで知識はあるし、ちょっと心の天秤が傾き掛ける。こんな世の中だし、娯楽だって田舎じゃ少ない。それに命懸けの職業の探索者ってのは性に関して少し奔放になりがちだ。

 

「……えっと、キスじゃ駄目か?」

 

「ハティもしているから駄目。このまま押し切って途中までして、残りは勢いで……あっ」

 

 語るに落ちるとは正にこの事。上手い事言って密室に連れ込んだ後は力の差を利用してって所か。……あれ? 逆じゃね? 確かに探索者ってどれだけエナジーストーンを吸収したかで力が変わるから男女差とか関係無いんだが……うん、聞かなかった事にしよう。

 

「こうなったら強引に……財布に少ししか入ってない」

 

「もう神様が諦めろって言ってるんだよ。ハティに迫られてもはねのけるし、今は安心してデートしようぜ」

 

「仕方無い。またの機会に……」

 

 こりゃ油断ならないな。いっそ流されたら楽だし楽しめるんだろうけどよ。ロザリーは文句無しに魅力的だし、向こうが良いって言ってるんなら……っと、また流されそうになってる。俺、ちゃんと理性が保つのか?

 

 そんな風に悩んでいた俺は何となく前の方に視線を向ける。屋台が建ち並ぶ広場の真ん中で煙突付きの金属製の箱みたいな物の前で何処かで見た気のする女の子が叫んでいた。オレンジ色の髪に白衣……本当に何処かで見た姿だよな? 思い出したくない気もするんだが……。

 

「あっはっはっはっはっ! 矢っ張り私は天才なんだよ!」

 

「……何だ、彼奴。少し馬鹿っぽいな」

 

 妙に癖が強いし、あれは会話したら忘れられないタイプだ。これは関わるのを止そう。てか、あの奇行に対して隊商の連中は慣れきった様子で馬鹿を見る目を向けてるし隊商の所属か?

 

「ロザリーは何食いたい? 矢っ張り肉か?」

 

「甘い物も」

 

「んじゃ、向こうで焼き菓子を売ってたし行くか」

 

 関わりたくないから横をさっさと通り過ぎようとした時、女の子が俺を見て驚くと同時に好奇心で目を輝かせる。うぇ。何か嫌な予感がするなって思った時だ。意識をこっちに向けた女の子の手が箱に触れたかと思うと箱が急激な勢いで振動を始めた。

 

「げげっ!? 誤作動なんだね!」

 

「何やってるんですか、馬鹿」

 

「また馬鹿が変な物作って暴走させたぞ!」

 

「ちょっと扱いが酷すぎるんだよ! 私はお前達の主なんだね!」

 

「姐さんだ! 姐さんを呼んで来い!」

 

 これは本当に不味い事態か? 慌てっぷりからして嫌な予感が当たったと気が付いたのも束の間、煙突から黒い煙が噴き出して空の上で広がって行く。雲一つ無い空は瞬く間に曇り空になって、土砂降りになるのに数秒と掛からない。……雨が降り出した!? 

 

 

「わはははははは! 降雨装置は成功したんだよ! 矢っ張り私は天才なんだね!」

 

 何処からか出したのか自分だけ傘を使ってる女の子だが、俺達は当然ずぶ濡れだし屋台の商品も水浸しで地面はドロドロ。隊商の連中が慌てて片付けに追われる中、雨音に混じって笑い声が響き渡る。

 

「わはははははは! 天才って称号はまさに私の……げげっ!」

 

 言葉の途中で女の子は青ざめる。ついさっきまで確かに誰も居なかった背後に巨大な婆さんが立っていたんだから仕方無いけどよ。婆さんは丸太みたいに太く逞しい腕を振り上げ、隊商の連中は一斉に耳を塞ぐ。俺達は何だと思って固まったままで、動くのが遅れてしまった。

 

 

「こんの……馬鹿たれがぁあああああああああああああっ!」

 

「へぶんっ!」

 

 雷鳴みたいな怒号と同時に拳骨が女の子の脳天に振り下ろされ、その勢いで女の子の体は首から上以外は地面に埋まる。あれって死んでるんじゃ……。

 

「何するんだね、ギリー! 私はお前の主なんだし、敬意を払うんだね!」

 

「何時もガラクタで人様に迷惑掛けてる馬鹿に払う敬意なんて存在しないよ! 寧ろ台無しになった商品の弁償を次の開発予算から払って貰うからね!」

 

 あっ、生きてる。寧ろ元気だ。人間を地面に埋める威力の拳骨繰り出す婆さんも化け物だが、それを受けて生きてる方も化け物だよな。呆然としながら見ている間に雨は止んだが婆さんの説教は止みそうにない。

 

「くしゅん!」

 

 体が冷えたのかロザリーがクシャミをする。俺も寒くなったし、こりゃ何処かでたき火でもして暖まりたいな。

 

「っと、馬鹿の相手は後でも出来るか。悪いね、坊主達。馬鹿は叱っておくし、金は要らないからログハウスを使っておくれよ。こんなんでも一応不服ながら主だ。その主のやらかしで迷惑掛けっぱなしにゃ出来ないよ」

 

「……チャンスが巡って来た」

 

 しゃがんで埋まったままの女の子の口を引っ張りながら婆さんがログハウスを顎で指す。ロザリーの目が怪しく輝いた気がした。……気のせいだよな?



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手が滑った(嘘)

 探索者になる動機は大まかに幾つかに分類出来る。アッシュ達の様に探索者を親に持つ者、一攫千金や名誉、はたまた刺激を求めて目指す者。後は腕っ節に自信があるからと荒事仕事として選んだ者だ。

 

「だ~か~ら~! 俺様は強いんだから探索団になんか入る必要が無いって言ってるだろ! ソロでやってる奴だって居るんだから俺様もそれで良いじゃねぇか!」

 

 

 お昼前の探索ギルドにて苛立った様子の大男もその一人だ。名はアーサー。遠く離れた街にて暴力だけでチンピラを束ねていたのだが、最近になって正規の軍人が駐在する事になったのを切っ掛けとして探索者を目指したのだ。真っ当に生きている商人達から用心棒代だと言って小銭を巻き上げ、ツケだと言って飯代酒代を踏み倒す毎日。それはそれで楽しかったが、どうせならば一攫千金で金と女に不自由しない生活を目指してダウロゴまでやって来た。

 

 一見無鉄砲なチンピラの様だが、暴力だけで他人を支配する者は大抵で寝首を掛かれる。暴力でしか従わせる方法が無いのなら数なり策なりで蹴落とされるのが世の常。にも関わらず今まで支配する側に留まれたのは知恵が全く働かない訳ではないという事だ。故に一番ランクが低い(バベル)を中心に経済が回っているこの街に来たのだ。

 

 但し、其処までだ。今まで暴力で他人を支配していた男が今更集団に属して下から頑張るという気にはなれず、大体腕っ節に自信が有るからと研修を受けるのも面倒だ。要するに今までの人生によって自信が肥大化し、根拠の無い全能感、もしくは自分は誰よりも強いという思い込みが起きている状態だ。

 

「ソロでの活動が許されるのは一定期間探索団に所属し、その実力を認められた方だけです。団員を募集している所ならば幾つか紹介致しますので入団して研修を受けた後、実績を積んだのならばソロでの活動許可が出せますので」

 

「テメェ! 俺を馬鹿にしていやがるのか!」

 

「私は規則をお伝えしているまでです。その様な意図は御座いません」

 

 道を歩けば誰しも左右に道を開け、拳を振り上げれば誰もが許しを求めた。だが、今は違う。自分よりも遥かに小さく若い女は威圧しても一切動じず、何を言っても無理だと突っぱねる。元から気の短いアーサーが怒り出すのは自明の理であったのだ。

 

「おい、キュアとかいったな! あんまり舐めた事言ってると……」

 

 脅そうと前にグイッと身を乗り出したアーサーはキュアの胸や顔をジロジロ眺め、途端にだらしない顔になる。既に彼の中では彼女を組み伏せて犯す光景が浮かび上がっていた。癪に障る態度を取った相手への制裁と快楽を両立させる事にアーサーの思考は切り替わり、無遠慮に手を伸ばす。

 

「おい、彼奴何やって……」

 

「誰か止めろよ……」

 

「でもよ……」

 

 アーサーは髭面の巨漢で如何にも悪党といった見た目であり、キュアは少々冷徹な印象こそ感じるも可憐な淑女。そんな両名の間で起きそうな諍いに対してギルド内の探索者達は遠巻きにザワつくだけで助けに入ろうとせず、同僚である筈のギルド職員達は我関せずと業務を続ける。

 

「へへっ! 所詮はこんなもんか。おら、一緒に来いよ。俺の強さをたっぷりと教えてやる」

 

 そんな周囲の様子に自分への恐怖を感じているのだと何時もの様に解釈し、目の前の女が泣き叫ぶ姿に更なる優越感を得ようとグイッと引っ張る。キュアの体は微動だにしない。変だと思って二度三度と力を込めて引っ張るも結果は変わらなかった。

 

 

「強さなら分かりました。この程度でのソロでの活動は許可出来かねますので一旦お帰り下さい。候補のリストを作成しておきますので」

 

「このっ!」

 

 言葉で脅しても怯まず、力で屈服させようとするも効果は無い。今までの人生の内、搾取される側だった頃以来の屈辱だ。アーサーにとって忘れたくとも忘れられない時代。物心ついた頃、彼は名前以外何も持っていなかった。死んだのか捨てられたのかさえ覚えていない両親。道端のゴミを見る目を向けてくる他人。人に優しくされた記憶など乏しい。自分より弱い相手から盗み奪い、同じく奪われ続けて同じ様な者達が消えて行く中で生き残った。

 

 暴力だけが、他人から奪う事だけがアーサーにとっての存在意義。それを壊そうとする者は憤怒の対象であり、隠しているが何よりも恐怖する相手。だから暴力で目の前の相手を叩きのめそうとするのは本能に近かった。

 

「……やれやれ」

 

 キュアのその声が耳に届いた瞬間、アーサーの体は真横に飛んでいた。キュアは腕を突き出した体勢から直ぐに事務仕事へと戻る。

 

「失礼。手が滑りました」

 

 聞いた者達は皆揃って嘘だと思うも口にはしない。遠巻きに見ていた者達が近寄らなかったのもこれを予想しての事であり、何時の間にか開け放たれた扉からアーサーは外に飛び出して、外には彼が飛び出して来るのを予想してか左右に分かれて事が終わるのを待っていた者達の姿もあった。

 

 

「……だから止めろって言ったのに。流石に可哀そうだろ」

 

「そんな事より並ぼうぜ。ったく、ああいう馬鹿には毎回困るぜ」

 

 ギルド内で動揺を見せている者は居らず、寧ろ慣れている様子。結局の所、探索者は荒事家業であり、アーサーの様な手合いは定期的に現れるのだろう。外で目を回している彼に注目しているのは一部のお人好しなのがそれを物語っていた。

 

 

 

「……彼奴、ちょっと玩具にしてやろうかニャ。偉大なる私がこの世界に君臨する私に選ばれた事を光栄に思うのニャ。……ルール違反だけれど、バレなかったら構わないだろうニャ」

 

 此処ではない何処かで誰かが呟く。遙か遠くから声の主がアーサーを面白そうに見詰めていた……。

 

 

 

 

「……凄い」

 

 ログハウスに入った時、ロザリーが思わず言葉を漏らしたのは仕方無い事だった。玄関から入って直ぐにフカフカの絨毯が敷かれ、壁には絵画が飾られている。しかも外からは曇りガラスに見えたのに中からだと外が丸見えだし、椅子やテーブルだって多分高級な奴だ。

 

 俺達がずぶ濡れだからか通された時には既に暖炉には薪がくべられているし至れり尽くせりって奴だな。泊まった事は無いけど高級な宿ってこんな風なのかもって思うし、それなら暴利な値段も納得だな。

 

 まさか変な道具で雨を降らすのを目撃した上にずぶ濡れになるだなんて想定してなかったけど、却ってラッキーだったかも知れないと少しワクワクしながら部屋の中を眺めていた時だ。背後から鍵をする音が聞こえた。

 

「これから着替えるから一応」

 

「そうか……」

 

 別に俺は何も言っていないのにロザリーが鍵をする理由を口にしたのが少し気になった。まあ、長い付き合いだけれど天然に振り回される時があるから変に気にしない方が得か。仲間を疑いたくないし、こんな状況で貞操の危険を感じるのって普通はロザリーの方だしな。

 

 そのロザリーが積極的に誘って来たのがついさっきだから少し不安になりながら服を脱げる所を探す。着替えは借りたし、暖炉の火で濡れた服を乾かせるのは助かったぜ。おっと、クローゼットまで有るのか。これは本当に金持ちが道楽で来るのを見越してるな。そうでなくても豪華だし、どうせ大金が入るからと財布の紐だって緩みそうだし。

 

「ルームサービスまで有るのか……」

 

「頼む? 私、この位なら払えるよ? 財布は忘れたけど小銭入れなら持ってるから」

 

 ロザリーと一緒に着替えるのもアレだって事でさっさとクローゼットに行こうとした俺だが、テーブルの上のメニュー表に思わず足を止める。これまた少し強気の値段だが、此処を借りる奴なら払える値段でもある。そんな風に意識がメニューに移った俺はロザリーの接近に気付けなかった。いや、それだけじゃない。ロザリーが装備を外して服を脱ぎ捨てる音にさえ気付けなかったんだ。

 

 俺の真横からメニュー表を覗き込んだロザリーはパンツこそ穿いているが他は当然脱ぎ捨てていて、体を動かす度に胸が揺れている。くびれた腰も傷跡こそ少し有るが、それでも余りある程に綺麗な肌も丸見えだ。思わず凝視してしまったのは無理もない話だろ。

 

「お、おい! 未だ俺が居るのにどうして脱いでるんだ!?」

 

「早く脱がないと体が冷えるから。それにアッシュに見られるのは嫌じゃないし、見て貰いたいと思うから。……私の体、何処か変?」

 

「い、いや、魅力的じゃねえの? 俺も着替えてくるから早く着ておけよ!」

 

 慌ててロザリーから目を逸らしてクローゼットに駆け込むが、今の光景が目に焼き付いて離れない。ハティの方が妖艶ならロザリーは健康的な美しさで違った魅力が有る。……これで俺に甲斐性があって理性が少し足りなかったら二人とも侍らせるとか妄想するんだろうが、実際は色々な意味で無理だな。ちょっと妄想してみて心は踊ったがな。

 

 結局の所、ハーレムなんてギスギスするらしいし、王族とか一部の特権だよ。世の中には妙にモテる奴が居て大勢に囲まれてるが、何時まで均衡が保てるんだって話だし。

 

「……そろそろ良いだろ。おい、ロザリー。ちゃんと服を着てるか?」

 

「……うん」

 

 今、ちょっと間があったのが気になるけれど俺も火に当たりたいし出る事にする。少し時間が経ったから目に焼き付いた光景も薄れたし、ロザリーの顔が見れないなんて事は無いだろ。

 

 クローゼットから出た時、確かにロザリーは着替えていた。問題が有るとすれば普通より大きい胸が身長に合わせたサイズの服のせいで強調されてるって事だ。普段はオーダーメイドか少し大きい服の裾や袖を短くして貰ってるらしいんだが。

 

「これ、キツい。……アッシュ?」

 

 不意打ちで見てしまった俺は固まって濡れた服を落とし、ロザリーは首を傾げて近寄った時にその服を踏んで足を滑らせる。そして毎度お馴染み、父さんの形見である魔剣の指輪から受けたラッキースケベの呪いの発動だ。普段なら足を滑らせないロザリーが滑らせて俺の方に倒れて来たんだが、それでもSランク探索団で鍛えられているだけあって簡単には転ばない。転びそうな体勢のまま真正面に跳んだ。

 

「うおっ!?」

 

 ロザリーが咄嗟俺を掴み、二人揃って倒れ込むが堅い床じゃなくてベッドの上だ。ベッドの上、少し動けばキスしてしまいそうな距離に俺はドギマギし動けない。でも代わりにロザリーが体を起こしてくれたから助かった。

 

「手が滑って咄嗟に掴んだ。……これは良い機会」

 

 何か嫌な予感がして起き上がろうとするけれど起き上がれない。ロザリーが片手で俺を押さえ付けているからだ。そして空いた手で器用に服を脱げば至近距離で胸が揺れて目が離せない。てか、手が滑ったとか嘘だろ……。

 

 

「大丈夫。責任は取るし、天井のシミを数えていれば終わるから。……多分」

 

 え? シミとか一つも無いんだが?



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悪夢の再来

 慢心していたと自覚していたのはこの前、ミントから話を聞いた時だった。

 

「……好きになる事にした?」

 

「だって。最初は一方的に好きにさせようってしてたのに、少しは進歩したって事じゃないの? アンタも頑張りなさいよ?」

 

 子供の頃から好きで、既にプロポーズだって済ませているアッシュの隣にハティが居た時、少し嫉妬したけれど危機感は無かった。一方的に都合を押しつけているだけだし、私とアッシュの間に入れやしないって思ってた。

 

 元々アッシュは呪いのせいで女の子と仲良くなるのは難しい。だから何時も隣に居なくても頻繁に顔を出せば良いし、何時も近くに居るミントに対しては安心感が有る。だってミントだから。あの二人が恋人になる姿が想像出来ないし、このままゆっくりと関係を進めれば良い筈だったのに……。

 

「ミントはハティとアッシュの関係に賛成?」

 

「賛成も反対も無いわよ。基本的にアンタ寄りだけれどハティだって仲間だし、幾ら仲間でも恋愛に口出しはちょっとね。……リゼリクはちょっと不安だけれど」

 

「……うん。流石にリゼリクは不安」

 

 実にミントらしい考えだと思う。昔から妙に男らしい所が有るし、ラッキースケベの呪いの対象にならない時点で色気を一切感じられていないから。

 

「今、失礼な事を考えなかった?」

 

「考えてないよ?」

 

「……まあ、言及は避けましょうか。それよりハティの方が接する時間が多いし、アッシュだって男なんだから色仕掛けに流されるかも知れないわよ?」

 

「やだ。それはやだ」

 

「だったらさっさと関係を進めなさい。今の関係が心地良いって進めないと負けるわよ?」

 

 アッシュの隣に居るのが私じゃない誰かなのを想像すれば胸が締め付けられる。絶対に渡さない。奪わせないし、奪われたなら奪い返す。

 

 

 ……この恋心は絶対に負けたりしない。

 

 

「……」

 

 私は今、半裸でアッシュをベッドの上に押し倒している状態だ。この状況になるまで幾つも偶然が重なったし、邪魔に入る人だって居ない。そしてこんな時の為に準備を積み重ねたのを思い出す。

 

 朧気な知識しかないから光熱の剣の皆に相談して、その手の本を借りて読み込んだ。団長はその手の話に疎いから単語の意味が分からない時に教えて貰おうとしたけど役に立たなかったけれど、経験は無いのに興味と知識はある人も居るから助かった。仲間って素晴らしいと思う。

 

「わ、私だってその気になれば男の十人や二十……一人や二人程度はだな……」

 

 そんな嘘を語りながらも教えてくれた先輩も何時か知識を役立てられる相手が見つかると良いな。

 

 本のシチュエーションを私とアッシュに置き換えてイメージトレーニングをしたり、経験者に話を聞いて色々学んだし、多分大丈夫。最初でしくじったら微妙な気持ちが続くらしいから自分でも慎重だったと驚いている。

 

 知識は身に付けた。状況も最適。セリフだって良さそうなのを小説を読んで幾つも候補に挙げいと欲望に任せて……だったんだけれど。

 

 今、私の頭の中は真っ白。あれだけ頑張ったのに思い出せない。……勢いに任せる事にした。

 

「……好き」

 

 多い被さり、何か言おうとした口を唇で塞ぐ。えっと、この時に更に何かするんだったけれど、チューって唇を合わせて終わりだったよね? じゃあ気のせい気のせい。

 

 私の方が強いからアッシュの抵抗は無意味。少し悪い気はするけれど、多分気持ち良いらしいから耐えて貰おう。抵抗するアッシュの手を掴んで胸を触らせ、ズボンに手を伸ばす。

 

 

 地面の下から突き上げる様な衝撃がログハウス全体を揺らし、(バベル)が激しく発光して窓が光で満たされた。何が起きているのかアッシュは分かっていないけれど、私は知っている。

 

 

「補食……? でも、あの(バベル)は……」

 

 あの光景を私は知っている。何処かの馬鹿な違法探索者が(バベル)を破壊したせいで出現場所が分からず、発見した時には補食が始まるまで僅かな時間しか残されていない(バベル)。絶海の孤島だったのが幸いして犠牲者は出ないし、後学の為にと遠くから見た光景。

 

 それと同じだと理解した時、私は迷わずアッシュの上から飛び降りて服をさっと着ると避難を促す為に窓へと向かう。好きな人と結ばれる寸前だったけれど、人命と天秤に掛けて迷う子にアッシュに好きになって貰う資格なんて無いから。

 

 でも、無駄だった。私の行動は全くの無意味。だって……隊商の人達は手早くテントを設置したり屋根のある所で盾になる物を構えたりしていたから。……後少しだったのに。

 

「おい、補食って事は逃げた方が……」

 

「大丈夫。生まれる時と成長の為とでは補食の方法が違うから。……寧ろ逃げた方が危険。此処なら安全」

 

 あと一分、いや、二十秒有れば私とアッシュは身も心も繋がっていた。それを邪魔された事に怒りが湧くけれど、それ以上に幼い頃の光景が強制的に蘇って体が震える。思わずその場で倒れそうになった時、アッシュが支えてくれなかったら床に倒れていたかも。

 

「見ていて。これが生まれた後に行う補食。私達がモンスターを沢山倒したりモンスターコアを破壊して防いでる悪夢だよ」

 

 周囲を照らす光は更に強まり、一瞬で消えたかと思うと頂上から空へと放たれる。一瞬遅れ、光の手が、無数に降り注いだ。

 

 小さな子供の物程度の細くて小さな手の形をした光は無差別に地上に存在する物に触れ、命有る物なら一瞬で生命力を奪われ枯れ果てた。私達が居るログハウスにも降り注ぐけれど窓ガラスに当たっても風が吹いた程度にさえ劣って一切破れる様子は無い。何かに触れた瞬間に光の手は消え去って行き、九年の月日で蘇りつつあった故郷の自然はまた枯れたけれど、幸いにも死者は一人も出ていないみたい。

 

 ホッと一安心。でも、終わったから続きをって気分にもなれない。蘇った恐怖は私の心を蝕んで、体に力を入らせなかった。これじゃあアッシュを押し倒せない……。

 

「アッシュ、帰ろう……」

 

「だな。この服は洗濯して返しに来るとして、お前はそこでジッとしてろ」

 

 アッシュは私をベッドに運ぶと帰り支度を始める。……今、私ってなすがままなのに襲わないんだね。アッシュらしいと言うかヘタレと言うか。これじゃあハティに手を出すのも相当先だろうし、それまでに続きをしよう。……次はもっと準備をして、絶対に邪魔が入らない状況で……。

 

「よし! 帰るぞ!」

 

 こんな事が有ったんじゃデートの続きをしても楽しめないし、今後暫くは光熱の剣での活動が有る。Sランク探索団は担当する場所も多いし、その分大勢の命に関わるから仕方無いけど……寂しい。

 

 アッシュ、そんなに簡単に帰るって決めて平気なの? もう暫く一緒に……え?

 

「ア、アッシュ……?」

 

「歩けないんだろ? 二人分の装備と荷物背負ってるからこうするしかないだろ」

 

 アッシュはベッドの上の私を持ち上げる。それもお姫様抱っこで。……不意打ちでするのは卑怯。私が自分の事を好きだって知っている癖に。

 

「……アッシュの馬鹿。好き、大好き……」

 

 そっと両手でアッシュにしがみ付く。このまま帰るまでこうして運んで貰えるだなんて。……今日は色々有ったけれど幸せな一日かも。

 

 

 

「でも、本当にどうして補食が? 起きる筈が無いのに。何か嫌な予感がする……」

 

 

 

 

「どどど、どないするねん!?」

 

「落ち着きなさいよ、姉さん! ガタガタしてても解決しないわ。ドーンッと構えなくっちゃ!」

 

 ……一方その頃、ナインテイルフォックスの拠点では少し騒ぎが起きていた



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絆と期待

 空高く昇った太陽の光が差すその大地は死んでいた。原因は荒廃した土地の中心にそびえ立つ(バベル)。それを中心にして綺麗な円を描いて広がる荒野の端で土仕事が行われていた。

 

「……よいしょっと。そろそろ昼飯ザンスか? 今日は魚が食いたい気分ザンス」

 

「そりゃ残念だったべ。コックが良い豚肉が入ったとか言ってたし、肉だべな」

 

 額に汗を滲ませながら働いているのはヨッシーとミヤーノ。先日アッシュ達に助けられた違法探索者であり、(バベル)が関わる策謀にて故郷を逃げ出した貴族令嬢の家臣二人だ。二人してキラキラと煌めく粉末状の物体が混ぜられた水を大地に撒き、馴染んだ頃にクワで耕す。

 

 するとどうした事か僅かながら大地に生命力が戻った様に見えた。本来ならば完全に死に絶えて種を撒いても水をやっても命など芽吹かぬ死の大地だったにも関わらず、十日ばかり前に同じ事をした場所では雑草が数本ながら芽吹いているではないか。

 

「昼になったら粉末にする作業の続きだったべ? えっと、アレはなんて名前だったべかな?」

 

「エナジーだったザンス。……(バベル)が大地から奪って生まれ、成長の為に生成する力を使って大地を復活させるとか、当然と言えば当然ザンスよね」

 

 ヨッシーは額の汗を手で拭いながら遠目に見えるギルドの建物に目を向ける。中は彼等の様に作業する者達の宿泊施設や仕事に必要な物の倉庫が有り、その倉庫の中には水に混ぜている物が元の姿で山積みにされていた。それは一見すれば光り輝く苔。探索者が(バベル)より奪って持ち帰ったエネルギーをギルドに提出する際に発生する物質だ。

 

「にしてもギルドも思い切った事を提案するザンスね。『神聖王国の情報を提供するなら罪を軽減し、匿いもする』、だなんて。まあ、祖国はギルドを受け入れてないザンスから渡りに船って所ザンス。そんな事よりお嬢様も渋っていたけれど最後は納得して助かったザンスよ」

 

「まあ、祖国を裏切る行為だとしても四の五の言っていられる立場じゃないべ。給金だって出るし、労務期間が終われば探索団だって紹介して貰えるんだ。其処で金貯めて堂々と胸張って帰れば良いべ。さあ! 飯まで仕事仕事!」

 

 根本まで腐敗が進んだ祖国には最早未練は持っていない。重要なのは忠義を誓った家の令嬢であり、幼い頃から見守って来たアンナの未来。大切な領民の保護という理由が無ければ平和な国で平穏無事に生涯を終えて欲しいとさえ願う。領民を深く愛する気高い貴族であるアンナが領民を見捨てられないのが嬉しい反面少し辛かった。

 

「……守り通すザンスよ」

 

「んだ。絶対に守り抜くべさ」

 

 二人にとってアンナは忠誠を誓った主であり、不敬だからと口には出さないが娘の様な存在。そしてアンナにとっても二人は家族同然の存在なのだ。例え血が繋がらずとも確かな家族の絆が此処には有った……。

 

 

「所でお嬢様は今は何を任されてるんザンス? 最初に厨房係を志願したけれど、異臭騒ぎの上に謎の物体を作り出して配置換えを受けたって聞いたザンスが……」

 

「今は書類作業だべ。お嬢様は学があるでな。ご実家でも当主様の仕事の手伝いをなさっていたし。……しかし包丁も握った事が無いのに料理に興味を持つだなんて……」

 

 途中で言葉を途切れさせた理由は一つ。二人の頭に浮かんだ男……アッシュの顔だった。二人ともそれなりの年齢だし、色恋に疎く理解出来ない等という事はない。つまりアンナが料理を覚えたいのは作りたい相手が居るって事である。

 

「……うん。まだ殺すとかそんな事を口にするのは早いザンスね」

 

「……一応命の恩人だべ。一応は……」

 

 この二人、相当過保護だ。尚、アッシュがラッキースケベの呪いをアンナに発動させてしまった事を二人は知らない。知っていれば既に殴り込んでいただろう。

 

 

 

「あっ。そう言えばGランクの探索団の昇級試験がこの近くの(バベル)だったザンスね。…お嬢様のシフトはどうだったザンス?」

 

「騙してでも忙しくさせるべ。お嬢様に恋愛は未だ早いし、するにしても探索者なんて不安定で危険な職業の男は許さないだべよ」

 

 殺気すら漏らしながらクワを振るう二人。鬼気迫る態度で行う仕事は他の誰よりも進んでいた。

 

 

 

 

 

 

 ……こんな筈じゃない。俺はもっと出来る奴なんだ。昔からそんな事ばかり考えていた。変わらない。何も変わらない。何時まで立っても俺は何一つ変われない。

 

 こんな筈じゃないって叫んで他人に当たり散らす、結局俺はそんな存在なんだって自分で自分に見せ付けるだけだった。

 

 

 アーサー。その名前が昔の英雄の名前だって知った時、餓鬼だった俺は親の愛情を感じた。ノミやシラミだらけの小汚く学のない孤児。服はゴミ捨て場で拾った擦れ切れだらけの一着で、誰も彼も嫌な物を見る視線を俺に向けていた。

 

 誰にも期待されず、誰にも期待しない。そんな俺が誰かから貰ったのは命と名前だけ。でも英雄と同じ名前だって知って、何かを期待されてたんだって嬉しかった。俺は要らないからと親に捨てられたんじゃなくて、不幸が起きて分かれ離れになったんだと思うと心の闇が少し晴れた気がしたんだ。

 

 

 そうだ。明日から誰かの役に立とう。英雄の名前に相応しい男になろう。そして俺みたいな境遇の奴を救うんだ。……そんな風に自分に期待したんだ。

 

 

 それからどうなったって? 盗んで奪って、それで何とか生きていた餓鬼に何が出来る? 誰が信用する? どうやったら変われる? 挫折の理由なんて幾らでも存在するだろうが。信用されず疎まれ心が折れる話でも妄想しとけ。

 

 

 ああ、当たり前の事だったんだ。ドブ川で生まれ育ったネズミが華やかな場所で生きられる筈が無いって、馬鹿な俺でも考えずに理解出来て当然だったのに。

 

 

 

「……此処は?」

 

 自分が生きて良いのはドブ川の中だけだったと自覚して、だったらと他の連中を押さえつけて、その居場所まで失った。力で意見を通す事しか知らない俺はそれ以上の力で叩き潰され、自棄酒をかっ食らって寝た筈だ。安宿かボロ酒場か道端か、どうせそんな所で酔いつぶれて眠った俺が居たのは一面が金色に輝く部屋。巨大な猫の像の前で座り込んでいた俺はおもむろに立ち上がろうとする。

 

 

 

 

「平伏するニャ」

 

「がっ!?」

 

 猫から声が聞こえた瞬間、俺は見えない力に押さえ付けられ床に伏せる。指一本動かせず、堅い床に押し付けられ続ける痛みに耐えながら目玉を動かせば猫の顔が俺の間近にまで迫っていた。

 

 

 

 

「我が名はパステト。四神に代わって世界を滑るべき存在だニャ。喜べ。貴様を下僕にし、私の役に立ててやる。その恩に報い、期待に応えよ」

 

 偉そうな言葉と共に全身が燃える様に熱くなり力が湧いて来る。今までの力がゴミ以下に感じる力。人を脱してしまったと自分で理解するに十分な程の力だ。

 

 

 期待している? はっ! 俺は馬鹿だが……期待されてない事は分かるんだよ。だが、断って唾でも吐いてやりたいが体が動かない。声すら出ない。……そして俺の心が何かに塗り替えられて行く。俺の全てをパステト様に捧げるのが当然だと、吐き気のする物に変わっていった。

 

 ああ、畜生。結局俺はこんなもんかよ……。

 

 

 俺が俺でなくなる寸前、床に映った顔を見る。……猫耳が生えていた。

 



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黒子と灰色の兎さん

 ……なんだかなぁ。目の前の光景を眺めながら僕は心の中で呟く。目の前ではキグルミの集団が土木作業をやっていた。信じられる? これって探索団なんだよ。

 

 間違い無く世界最強にして唯一無二であるSSランク探索団『パンダーラ』。何せSランクに昇格しても大丈夫だとギルドの人達が判断したナインテイルフォックスでさえ一蹴された擬神アポロンを倒した程なんだからどれだけの力なのか所属する僕でさえ把握出来てない。

 

 ……擬神やギルド、そして塔喰らい(バベルイーター)に関する機密情報を教えて貰った後からじゃ尚更で、そんな情報を知らずに居たかっと思うと手が止まる。

 

「手が止まっていますよ、リゼリクさん」

 

「は、はい! ごめんなさい!」

 

 おっと、いけない。今僕達は地下の空間で作業中。ツルハシを振り上げて穴を広げている最中だ。こんな場所でこんな作業をしていると熱とか粉塵とかで体を壊しそうだけれど、僕は黒子衣装を着ているし、今僕に注意した人も含めてキグルミを着ているから快適な環境で働けているんだ。

 

 ……そう。パンダーラは僕とスコルを除いて全員がキグルミ姿で普段から過ごしている。今僕を注意した灰色のウサギの人と、今は居ないハシビロコウのキグルミを着た人は通いだから拠点を出る時は素顔を晒すけれど、他の人はご飯を食べる時もお風呂に入る時も寝る時もキグルミだ。何でも僕の衣装も含めて凄い性能をしているから常に快適に過ごせるし、裸よりも開放感が有るらしい。

 

「おや、そろそろ時間ですね。私は一旦家に帰りますので」

 

「はい! お疲れ様です、グレー()さん」

 

「……はぁ。何度呼ばれてもその名前には慣れませんね」

 

 大きな溜め息を吐き出すグレー兎さんだけれど、この名前は当然本名じゃないんだ。パンダーラの特徴としてキグルミによって素顔を隠しているけれど、更に本名も隠す。グレー兎っていうのも当然だけれど偽名だ。団長であるアンノウン様は更に偽名から取ったあだ名で”グレちゃん”って呼んでいるし、あの方は大体の人をあだ名で呼ぶ。

 

 グレー兎さんはどうも偽名からして嫌らしいし、アンノウン様の事もきらいらしいけれど従う理由が有るから渋々下で働いているらしい。他の人もどうして従っているんだろう?

 

「じゃあ、別の呼び名にしましょうか。アンノウン様から聞いたんですが、昔ペンネームを持っていたそうじゃないですか。ポエムを書いていたそうですが、どんなのかは本人から教えて貰えって言われまして。確かメロリン……」

 

 言葉の途中で僕の真横を魔力の塊が通り過ぎる。え? 今のは魔法? 僕の黒子衣装にも仕込んでいる仕掛けでスプリッツライト無しで放てるのは分かるけれど、詠唱しなかったし、今みたいなのを僕は知らないけれど……。

 

 恐る恐る後ろを見れば僕が必死にツルハシで開けていた穴が広がって、工事の進捗状況は数日後の目標にまで達している。あれ? 僕の苦労って一体……。

 

「あのパンダ擬きが何を考えて指示を出したかなど考えるだけ無駄ですよ。どうせノリと勢いで行動の九割九分九厘九毛を決めますから。残りは……まあ、友の為などですが」

 

「は、はあ……」

 

 それは僕も何となく感じている。本名さえ不明で正体も教えて貰っていない僕だけれど、アンノウン様が身内に対しては優しいって知っているんだ。身内に近ければ近い程に何かと悪戯の犠牲になるんだけどね。あだ名で呼ぶのも一種の親愛の現れなのかな? ……それを考えるとスコルがあだ名じゃないのはどうしてだろう? 何かと親切にしているのに……。

 

 僕がちょっと気になっていた事を考えていると交代時間を示すブザーが響く。これからは自由時間。部屋でゴロゴロするなり遊びに行くなり(バベル)に向かうなり好きにすれば良い。僕も実はスコルとのデートの約束をしているんだ。この前は肩車をして買い物に行ったし、今日は手を繋いで食べ歩きでもしようか。

 

 絵面が悪い? スコルは幼い見た目で言動も幼児みたいな所が有るけれど僕より年上だし何も問題は無いさ。つまりは……け、結婚だって可能なんだ。あの子は料理とか出来ないけれど、エプロン姿で僕を出迎える姿を妄想……想像すれば鼻血が出そうになる。

 

「では、私はこれで。……ああ、一つだけアドバイスを」

 

「アドバイスですか?」

 

 グレー兎さんは実は人妻で子持ちらしい。スコルの見た目よりも幼い息子さんらしく、こうやって用事が終われば直ぐに帰るんだけれど、何者と僕の世話を焼いて助言だってしてくれるんだ。どうも”染まっていないし、染める気も無いらしいから”、って事だけれど、スコルとの関係が前進したのも彼女のアドバイスがあってこそ。今回はどんな内容だろうと期待した僕の耳元にグレー兎さんは口を近付ける。僕の好みじゃないけれど銀髪の美人さんだった素顔を思い出してドキッとした。

 

 

「……今度ペンネームで呼ぼうとすれば貴方に不幸な事故が起きますのでご注意を」

 

 殺気の込められたドスの利いた声。僕は別の意味でドキッとした……。今の、絶対本気だ。身が竦んで氷水に浸かったみたいに寒気がする。こんな時はスコルをギュッとして温まりたい。……した事は無いけれど。

 

「……アッシュ達は今頃何をしているんだろう?」

 

 パンダーラが昇級試験を執り行う以上は受ける側のナインテイルフォックスとは終わるまで接触を控えた方が良いって分かっているけれど寂しくもなる。この工事も試験に関係有るとか関係無い趣味の為だとか聞いているし、せめて一生懸命頑張ろう。会うのは合格してからだ。

 

「その為にも例の仕掛けに気付くかどうかだけれど……気付かない方が良いんだよね。スコルがそれとなく教えてくれたら嬉しいけれど、そういった不正は嫌いだからな」

 

 そんな真面目な所も可愛いと思いつつ僕はツルハシを所定の位置に戻す。さて、デートの前にお風呂にでも入ろうかな……。

 

 

 

 

 

「うっぷ! は、吐きそうや。気持ち悪い……」

 

 ミントが昼食を作っている最中、二日酔いが未だ治らないルノアの調子が悪そうな声が聞こえて来た。この姉妹、既に大丈夫かどうかを聞く関係ではないので何度も繰り返す愚行に姉の威厳は地に落ちて地中に潜り、威厳は減り過ぎて負債の状態。

 

「ったく、少しは学習しなさいよ。吐いたら自分で掃除して貰うわよ、姉さん」

 

「そんな事より洗面器を……」

 

「はいはい。姉さん専用の洗面器は……また仕事が増えたわね」

 

 どうやら水差しを倒したらしく何かが倒れる音に混じって水音も聞こえる。確かギルドからの通知書も机の上に置いてあったと思った時だ。ドタバタと慌ただしい足音でビチャビチャになった通知書を手にしたルノアが駆け込んで来る。

 

 

「た、大変や! このままだと試験に参加出来へん!」

 

「はあ!? 姉さん、一体何やらかしたのよ!?」

 

 水に濡れた試験開催の通知書。空白だった部分が濡れた事で文字が浮かび上がっていた



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受験資格

 この世界にて信仰を受ける四神にはそれぞれ司る物がある。

 

 悪意と善意を司る神 ロキ

 

 闘争と発展を司る神 バロール

 

 欲望と愛情を司る神 マーラ

 

 死と誕生を司る神 ティアマト

 

 職業や地域によって信仰する対象は変わって来るが、他に信仰する神は存在せず、基本的には四人で一セットなので宗教的な闘争はそれほど起きない。寧ろ起こそうとすれば何かしらの災害が起きて戦いどころではなくなるのが特徴だ。まあ、闘争を司るバロール神も信者同士の戦いは気に入らんらしいからな。

 

 神々が争いを止めていると伝わるが、実際にその通りだ。自分と同僚それぞれの信者が信仰を理由に争うのは気まずいとお祖父様が言っていたぞ。届きもしない生け贄を捧げる奴の次に迷惑だとな。

 

「さて、今回の講習はこの辺りか。……私が今更習う事でもあるまいに」

 

 ペンを置いてノートを閉じる。今日はギルドで新人探索者としての講習の日。昇級試験の調整で忙しいらしく当初の予定から少しズレたが順調に進んでいた。まあ、殆どの知識が私にとっては既知の内容。講義を受けてテストで合格するのは容易い事だ。その程度は目の前の奴ならば知っているだろうに……。

 

「規則ですので。何人だろうと一定の研修を突破せずに探索者にはなれません。貴女が(バベル)に入る事が許されるのは特例中の特例だという事をお忘れなきように」

 

「貴様、この世界に染まり過ぎではないのか? 今の名は……キュアだったな。もう少し融通が利く性格だっただろうに……」

 

「昔は昔、今は今。此処に居る私はキュアであり、それは他の職員も変わりません。連中に付け込まれない為にもギルドは中立を貫かねばなりませんので」

 

「まあ、それは分かるが……」

 

 こうしている間もアッシュはロザリーとのデートを続けているのだろう。好きになるとは宣言したが、未だに男女間の恋愛については一向に理解が進まん。お父様やお祖父様への”好き”とは別物だろうとは分かるのだがな。故に私はアッシュと交流を深めねばならぬのだ。奴を好きになるのが好きになって貰う第一歩だからな。

 

「しかし面倒だ。予定では三日以内に好きにならせる筈だったのだが、まさか裸で誘惑しても手を出さぬとは。おい、キュア。あの年頃の男とは女を抱きたい衝動に襲われているのではないのか? 貴様は我が主の担当であろう? よもや奴は男色という訳でもあるまい?」

 

「探索団内部の男女関係についての相談は業務外ですのでお答え致しかねます。彼にその気が有るかどうかは調べた事が有りませんし、今後も調べませんので」

 

 キュアは私の問いかけに素っ気なく答えながら講義の後片付けを進めて行く。むぅ。頭の固い奴め。まさか私がバロール神の塔喰らい(バベルイーター)でないからではあるまいな……。

 

 それにしてもバロール神といえばクロウ・クルワッハだ。何故ワルキューレの味方をしている? 連中が誰の道具か忘れる筈も無いだろうに。まさか主の地位を守りたくないのか?

 

「いや、流石にそれは有り得ぬか。何せ奴は忠臣だったと耳にしている。それが主の命を失わせたままで良いはずも無かろうに」

 

 ……今は考えても無駄か。アッシュとの絆を深めて力を高め、次に会った時に雪辱戦のついでに聞き出すまでだ。結局の所、私がすべき事は変わらない。力を高め、家族を助ける。たったそれだけだ。

 

「では私は一旦帰ろう。次の講義も頼んだぞ。……出来れば面白い事を習いたい」

 

「そうですか。では、規定の範囲内で貴女が知らないであろう事を……何でしょうか?」

 

「騒ぎが起きているらしいな……」

 

 講義を受けていた部屋の扉から騒ぎ声が漏れて入って来る。どうも数名の者が何やら慌てた様子で詰め掛けて居るのだが、その中に知った者の声も混ざっている。……ルノアの奴、一体何用だ?

 

 少し気になったので話を聞きに行こうとした時だ。キュアが私の耳元で囁いた。

 

「……今回の試験の場ですが、どうも怪しい動きを見せているパステト神の所有地です。ご留意を」

 

「……良いのか? 今のは肩入れだろうに」

 

「まあ、別に宜しいでしょう。どうせ調べれば判明する事ですし……私、あの方が嫌いなので」

 

 珍しく不快感を顔に出すが、私はそれで良いと思う。人になった事で人形みたいになったと思っていたが、そうそう変われるものではないという証拠だ。喧しいのは嫌いだが、この程度なら人形みたいなのよりはマシだろうさ。

 

「今の生活も今の家族も私にとっては大切な物です。職務上得た物だとしても、それをあの様な連中の我欲の為に乱させはしません」

 

「はっ! それをどうにかするのは私達塔喰らい(バベルイーター)の仕事だ。まあ、精々サポートに励め。……所で課題の量は減らせんか?」

 

「無理です。ギルドの規定ですので」

 

 高く積まれた課題の山。話の流れでどうにかならんかと思ったが、それは別の話だという事か。キュアは一礼すると用事は済んだとばかりに去って行く。……石頭め。ミントの奴、課題をしなかったら翌日のデザートを抜くんだぞ。

 

「……昼寝でもするか」

 

 夕飯前に少しは手を着けろと五月蠅く言われるだろうが、本当に少しやって飯の後で終わらせれば良いだけだ。私の力ならば軽いはずの課題が重く感じる。通り過ぎる際に横目で見ればルノア以外に数名の者達、確か他の探索団の団長だと紹介された事のある者達がギルド職員に何やら抗議していた。

 

「ですから! 試験については担当する探索団に全てお任せしているんですってば! 今回は通知書もパンダーラが作成すると言い張りまして、ギルドは何一つ関与していません!」

 

「何言っとるんや、ランスロット! 試験まで三日やぞ!」

 

「ギルドが紹介してくれるって言うのか!」

 

「いやいや、それも含めて試験って事で。逆に言えば達成したら他よりも優位に進められるっすよ?」

 

 ……ほぅ。あの男もそうか。この様な狭い町に三人も関わっているとはな。

 

「いや、奴もそうだからか。残るは象と鳥だが……象のとは勘弁して欲しい物だ。パステトもそうだが、奴も苦手だからな」

 

 今首を突っ込んでもややこしい事になりそうだし、一旦戻る事にしよう。何やら一大事らしいし、アッシュが戻った時に説明するだろうしな。

 

 詰め寄るルノア達に困り顔の優男をもう一度だけ視界の端に収め、真っ直ぐに帰路に着く。さて、寝るか……。

 

 

 

 

「……助っ人だと? おい、今度の試験は二人一組ではなかったのか?」

 

 昼寝を決め込み、夕食直前まで寝過ごした私はリビングの机で課題をやらされながら話を聞いたのだが、どうも水で濡らした通知書に文字が浮かび上がったと言うのだ。書いてあったのは一言。

 

「『これを発見した所はGランクでフリーの探索者を助っ人に加えるのが出場資格ね』、やと。他の所も暖炉に当たりながら読んでたら炙り出しで浮かんだり、黒インクをこぼしたら浮かんだり、条件はバラバラやけれど中身は同じや。ったく、フリーの探索者なんか簡単に見付かるかいな」

 

 通知書には試験時に持参する様に書かれているし、これは知らん振りは出来ぬか。……面倒な。奴め、何を考えて……いや、何も考えていないな。父様がそんな感じの評価をしていた。

 

「今時フリーよりも団に所属した方が便利だものね。秘宝の管理だってフリーだとギルドが厳しいし、どうするの? 姉さん、何かコネない?」

 

「……無い」

 

「あっそ。じゃあ仕方無いわね。……試験までに探すわよ。このまま出場資格が得られなくて不合格だなんてふざけた結果になってたまるかってものよ。こんなのを仕掛けた連中に正面から向かい合って認めさせてやるわ。ナインテイルフォックスの実力をね!」

 

「俺も賛成だ。舐められて終わりってのは気に食わないからな。次回に懸けるとか有り得ないだろ」

 

 成る程。見事な逆境だが、かえって闘志が燃え上がったらしいな。実に頼もしい事だ。だが、果たして三日で助っ人が見付かるのか? 少し心配だな。

 

 

 

 

 だが、強い運命を持っている者は有り得ない奇跡を引き起こす。精々足掻いて面白い物を見せて貰おうか。……少し気になる事も有るしな。



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私の交渉

 昇級試験への助っ人の参戦だが、抗議によって噂が広まった後は特に不満は出なかったわ。そりゃ最初はこんな形で試験が受けられない可能性が出るんですもの、抗議に押し掛けない方が変よ。組織のトップに立つ団長なら仲間の為に怒るわ。

 

 でも怒るのは其処まで。そもそも何か予想外の事態が起きれば命の危険に晒される探索者なんてやってるのですもの。”運”ってのは案外重要視されているのよ。隠し文字が見付からずに助っ人を加えられないのも、助っ人が見付からないのも、助っ人との連携が上手く行かずに足を引っ張り合うのも自己責任。それが嫌なら次の機会にって当たり前じゃない。

 

 私達は危険を承知でこの道に踏み込んだのよ? この程度でガタガタ抜かす奴は一発ぶん殴ってでも黙らせれば良いわ。

 

 

「……残り二日か。一緒に動いて打ち合わせとかもしてぇし、明日までに探さないとな」

 

「そもそもフリーでやってるのって集団行動が苦手なのか団が解散しても他の所に入れて貰えなかったって人じゃない。そう簡単に見付かるとは思ってないわ。ギリギリで良いから受験さえ出来ないって間抜けは避けましょう」

 

 探索者は危険な職業。だから探索団に所属して仲間を求めるのが賢いやり方よ。(バベル)で得た富を山分けにするのが嫌な金の亡者とか魔剣の指輪で受ける呪いが危険だけれど魔剣が強力で手放したくないとか、そんな理由じゃないとフリーでやる人は少ない。大体、フリーでやるにも探索団での実績が必要だもの。無謀な馬鹿が世間を舐めて犬死にするのを防ぐギルドの対策でね。

 

 まあ、探そうと思えば探せるわ。遠くの街まで足を運んで、臨時のメンバー募集をしているのが居ないか各支部で調べれば何人かは見付かる……のだけれど。

 

「ナインテイルフォックス? 駄目だよ。擬神に壊滅させられたところだろ? 悪いけれど他を当たってくれ」

 

「ちょっと縁起が悪い所と組むのはなぁ……」

 

 運を重要視する探索者なら、特にフリーでやってる連中は縁起を担ぐ。まあ、好き好んでAからGにまで下がった所と組みたがる人なんか居る訳が無いってね。苦難だろうが逆境だろうが立ち向かうのが私達だけれど、流石にこれは堪えるわよ。

 

「さてと、次の街まで走るわよ。急げば後何人かは当たれるでしょうし、駄目なら野宿なり夜通し歩くなりして更に遠くに行くだけね」

 

「相変わらず逞しい奴だな、ミントって。そのせいで男らしいって同性からモテるけどよ」

 

「はっ! か弱い乙女だったら最初から探索者になんかならないっての。それと女からモテる事は言うなっての。……殴るわよ?」

 

「もう殴ってるだろ!?」

 

 余計な言葉を吐いたアッシュに拳骨を落とすけれど当然の報いね。ったく、人が気にしてる事を。自分がラッキースケベ連発の変態野郎って噂を立てられてモテないからって僻んでるのかしら?

 

 実際私はそれなりにモテる。……但し同性から。通すべき筋を通して、くだらない弱音を極力吐かないで、目の前で困ってるのが居たら手を差し伸べているだけじゃない。男らしいってなによ、男らしいって! 他の野郎共が情けないだけだっつーの。

 

 毎月送られてくるラブレターの束を思い出して辟易する。いや、別に好きな男は居ないし、誰でも彼でも好意を寄せられたいとか逆ハー願望なんか持って無いけれど、あれはないって思うわよ。……私、どう見ても女よね?

 

「ったく、最終的には一度断られた相手に熱意を伝えるしかないわよね。結局の所、探索者ってのは冒険に魅せられた馬鹿が殆どだもの。アッシュ、その際は凄い馬鹿のアンタが……こんな時もかっ!」

 

 縁起が悪いからって理由で断られていた私達だけれど、女相手に交渉失敗した理由はアッシュのラッキースケベの呪いが原因だった。そりゃ私だって同じ立場だったら嫌よ。

 

 そんな呪いが今目の前で発動している。二十歳位の人の前で躓いたのか胸に顔を埋めて抱き付く格好で……あっ、殴られた。

 

「何するアルか!」

 

「ぶへっ!」

 

 あ~あ、見事な一撃が入ったわね。天高く飛んで錐揉み回転をしながら地面に落ちていくアッシュの姿に心配はしないけれど、少し安堵する。いや、これが交渉の前だったら余計に成功率が悪くなるわよ。さて、仲間として尻を拭ってあげないとね。

 

「仲間が悪かったわね。謝罪させて貰うわ。でも、言い訳を許して貰えるなら……あら、貴女は確か……」

 

「むむっ! 確かミントだったネ。って、事はさっきの痴漢はアッシュだったカ」

 

 アッシュの首根っこを掴みながら下げた頭を上げて相手の姿をちゃんと見たら見覚えがある相手。つい1ヶ月位前に街中でワルキューレに襲われていたフリー探索者のシォンマオだった。

 

「……お詫びに食事でも奢らせて。所で訊きたいのだけれど……貴女って私達と同じGランクだったわよね?」

 

「そうアル。でも、それが一体……」

 

 千載一遇のチャンス到来! これを逃がすのは駄目だと私はシォンマオの手を握る。突然の事で驚いてるけれど、こっちとすれば相手が冷静じゃない方が都合が良いわ。さて、どうやって交渉した物かしら……。

 

 ……いえ、駄目ね。焦り過ぎだわ。

 

「……まどろっこしいのは無しにしましょうか。受けてくれたなら一時的でも命を預け合うのですもの。シォンマオ、悪いけれど力を貸して貰えないかしら?」

 

 交渉はストレートに。それが私らしいやり方よ。

 

 

 

 

「いや、具体的な内容を教えて貰わないと返答に困るアルね」

 

「……そうね。私とした事がうっかりしていたわ。これじゃあアッシュと同じ馬鹿じゃない」

 

「俺と同じってどういう意味だよ……」

 

 そのままの意味よ。

 

 

 

 交渉はナインテイルフォックスの拠点で行ったわ。テーブルに料理を並べて、交渉するのは勿論団長である姉さん。探索団である以上は団長が交渉を担うのが礼儀だもの。

 

「ふむふむ。成る程……引き受けたアル。この熊猫拳師範代シォンマオの名に懸けて全力を尽くすのを約束するヨ。流石にそろそろ何処かに入団しないと生活に困っていたからネ。ワタシ、パンダーラに入団希望だし、アピールのチャンスになるヨ。ワタシ、力貸す。そっちは試験が終わるまで生活の世話する。それでヨロシ?」

 

 最初はそんなに乗り気でなかった様子のシォンマオの様子が変わったのは試験官がパンダーラだって知った途端。何でも使ってる熊猫拳って武術を教えてくれたパンダ老師って喋るパンダを探して旅をしているのだけれど、パンダーラの団長であるアンノウンが何か関わりが有るって睨んでるらしい。

 

 いや、喋るパンダって……。え? 胸の名札に”喋るパンダ”って書かれていたって? ……言及は止しましょうか。

 

「構わへんで。幸い部屋は空いとるさかい、好きに使いや」

 

 リゼリクが暫く顔を見せないのは都合が良かったわ。部屋が空くって意味でも、あんな小さい子相手にデレデレしている姿を見られずに済むって意味でも。

 

 

「まあ、話が決まったのなら今後宜しくお願いするわ。改めて自己紹介するわね。私はミント。ナインテイルフォックスの副団長よ」

 

「俺はアッシュ。まあ、一度共闘した身だし今更だけどな」

 

「ワタシはシォンマオ。風来の武術家ヨ。じゃあ短い間だけれどお世話になるアル」

 

 私はそっと拳を突き出し、二人も続いて伸ばして先端を軽くぶつけ合う。さあ! 参加資格はこれで得た! 後は合格するだけよ!

 

 

 

 

 

「所でミント。試験の会場って何処の(バベル)だっけ?」

 

「アンタ、お客さんの前で馬鹿晒すの控えてくれない? Fランクの(バベル)で、鬱蒼と茂った巨大な植物や建造物が特徴で虫系モンスターが数多く出現する場所。名前は……『巨人の庭園』よ」



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閑話  戦乙女の宴

 とある国にその城は存在した。一切の穢れを感じさせない純白の城壁。四方に設置された精巧な造りの彫刻は神に祈る清らかな乙女達の石像で、数多の美姫を集めた好色な王のお気に入りでさえも霞む程に美しい。城下町には数多くの教会が建立されており、今日もまた敬虔な信者達が祈りを捧げる。

 

 この街の住民達に煌びやかに着飾った者の姿は見えず、美食や美酒を提供する店も、男達が金で一夜の愛を買う店も、娯楽の品を売る店すら存在していなかった。正に清貧と賞すべき暮らしの中、人々は日々感じる幸せに微笑み、こうして存在する事が神の恵みだと感謝の祈りを捧げる。

 

 『聖都エインヘルヤル』 

 

 この世で最も清らかなる場所だと集う者達は信じて疑わない。そんな地の中心である純白の城の中、大勢の女性が広間に集まってテーブルを囲んでいた。いや、それだけならば特筆すべき事では無い。問題なのは彼女達の服装だ。上座に座る数名を除いて顔の上半分を隠す白い仮面にローブといった共通の服装。

 

 世界各地でパンダを好む者を襲い、悪夢を振りまく(バベル)を崇拝する集団であるワルキューレの構成員が集まっているのだ。テーブルに並べられた料理も一人分だけで城下町の一家族の数日分の食費に匹敵する豪華な物。

幾つかのグループで分けているのか内容は違っているが、多くの者の前には熱した鉄板の上で今も焼かれている分厚いステーキが有った。更に上座に座った者に用意されたのは一本だけで数年分の年収でも足りない程に豪華な品々だ。

 

「さて、親愛なる同胞諸君。よくぞ集まってくれた。心よりの感謝を示そう」

 

 上座に用意された席には幾つか空席が目立つが、中央に位置する席に座った胸が大きく背の高いブロンド髪の女が立ち上がり言葉を述べる。返って来た反応は歓喜、無関心、敵意と見事なまでにバラバラで隠す気すら感じない。いや、敵意はほぼ全員が互いに向けている。まるで敵対する派閥同士が一時的な共闘でもしているかの様だ。

 

「それではワルキューレ前線指揮官であるゲイル・スコルグが定期報告会を取り仕切らせて貰う。来ていない者が数名居るが……まあ、良いだろう」

 

 一触即発の空気が漂い、隙あらば己の首が狙われると察して居ながらも彼女は動じない。いや、動じる必要が無いと確信している様子だ。それ程までの自信は確かな物らしく、殺気を隠そうとしない者でさえ迂闊に動けない様子。そんな時に場違いな程に呑気な声がした。

 

「おーい。オジさんの席は何処だい? 名札が見付からないけどさ」

 

 此処にも剣呑な空気を意に介さない者が一人。この場所で唯一の男であるクロウ。ワルキューレが崇拝する(バベル)を完全に破壊する力を持った塔喰らい(バベルイーター)の一人であり、正式な名前はクロウ・クルワッハ。ヘラヘラと笑っているが目は油断を感じさせず、彼の隣に居るスクルド以外からは一様に濃密な敵意を向けられていた。

 

「貴様の分の食事は無い。……スクルド、貴様も取り分けようとするな」

 

「で、でも、クロウさんだって一緒に戦う仲間ですし……」

 

 クロウの分が用意されていないと知るやいなや少女はサラダが乗った皿に主な料理を半分ほど盛ろうとしていたが、鋭い眼光に身を竦ませ動きを止める。それでも何とか抗議の言葉を怯えながらも絞り出そうとするが、その頭にクロウの手が優しく置かれて止められた。

 

「良いって良いって。スクルドちゃんは成長期なんだから沢山食べなさいな。ゲイルちゃんもスクルドちゃんにはもう少し優しくしなよ。君達と違って記憶は殆ど持ってないし、何となく自覚が有る程度で基本は子供なんだからさ」

 

「貴様にあれこれ言われる筋合いは無い。我らが神がお許しになり、利用価値が有るから見逃してやっているが、私は裏切り者など信用しない。必要とあらば即刻首を跳ねてやる!」

 

「怖い怖い。じゃあオジさんは部屋の隅でガタガタ震えて神様に祈りでも捧げとくわ。……酒だけでも駄目?」

 

「駄目ですよ、クロウさん!」

 

 一般人なら心臓が止まってしまう程に強烈な殺気を浴びながらもクロウは飄々とした態度を崩さず、それがゲイルの怒りを更に煽る。この場に武器が有れば即座に手に取る程に彼女が怒りに震えるもクロウはヘラヘラと笑って挑発をするが、それを止めたのは先程彼を擁護したスクルドだった。少女からの思わぬ言葉に流石のクロウも驚き、ゲイルでさえ意表を突かれた様子。それが少女が普段からクロウに向ける態度の現れである。

 

 そんな彼女がクロウを止めたのだ。その理由は……。

 

 

 

「お酒を飲む時は何か一緒に食べないと!」

 

「……そっち? いや、スクルドちゃんらしくって構わないけど、一瞬ビックリしちゃったよ。でも、君だって俺にサラダ全部押し付けようとしたよね?」

 

「な、何の事でしゅ……事です?」

 

「誤魔化せてない、誤魔化せてない。……思いっきり目が泳いでるし口笛だって吹けてないよ?」

 

 当然と言えば当然ながらも一切空気を読まない発言とそれに続く遣り取りに場は静まり、一同は毒気を抜かれた表情を浮かべた。

 

 

「……まあ、良い。さて、皆も既に知っているだろうがパステト……神よりお告げがあった。”少し思い付きがあるから指定した場所以外にギルド連中の目を向けさせるようにニャ”……だそうだ」

 

「あっ、今。伝言でも語尾にニャって付けるの照れたよね? てか、オジさん前から思ってたんだけれど、猫がニャーニャー鳴くのは体がそうなってるからでしょ? 何でわざわざ語尾にニャって付けてるんだろうね?」

 

 クロウの発言に対し、部屋の彼方此方からクスクスと笑い声が漏れ、一カ所の集団からは濃密な怒気が放たれる。中には立ち上がってクロウだけでなく他の構成員にさえ襲い掛かりそうな者を両隣の者が止めてさえいた。

 

 

 

「あっ、こりゃオジさんは完全に会議の邪魔だーな。最近目覚めて加入した巨乳のあの子も居ないし、此処らで失礼させて貰うよ。スクルドちゃんのおねしょ布団だって取り込む時間だしさ」

 

「ク、クロウさん! それは言わない約束じゃ!?」

 

「……めんご」

 

 場をかき乱すだけかき乱し、謝意を一切感じさせない謝罪をするなり部屋を飛び出して行ったクロウ。ドタバタと足音を響かせ、やがてその足音が聞こえなくなるまで室内は何とも言えない空気に包まれる。最早最初の一触即発は何処かの彼方に消え去っているだろう。

 

「……彼奴は本当に。さて、それでは食事が冷めぬ内に食べるとしよう。各々敬愛する神の流儀に則って祈りを捧げよ。……あれ? 私の肉は何処に?」

 

 つい先程までゲイルの前に置かれていた分厚いステーキ肉はメモ書きに置き換えられ、ワインも消えている。メモにはこう書かれていた。

 

 

 ”お肉とワインは貰ったよ”、と。こんなメモを用意している時点で計画的な反抗である。

 

「あの男、今度会った時は目に物見せてやる!」

 

 ゲイルは苛立ちをぶつける様にテーブルに掌を叩き付ける。……丁度熱々の鉄板の上だったので数秒後に気が付くなり悲鳴を上げた。

 

 

「熱ぅうううううううううううううっ!?」

 

 

 涙目で手に息を吹きかける姿は先程までとは別人に見える。この時、誰もが思った。”……今なら首を取るチャンスなのでは?”、と。とても手を出すシリアスな空気ではなかったが……。



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奇妙な連中

 広い空の下、俺達は左右に広がる壁に造られた巨大な門の前に集まっていた。今日はGランク探索団の昇級試験の日。周りを見渡せば俺達以外にも助っ人を見付けられた探索団がチラホラと。それでもルノア姉ちゃんから聞いた数の二割も居ないんだから難しい課題だったよな。

 

「それにしても姉さんは団長としての用事だから兎も角、ハティまで見送りに来ないなんて。朝から何処に行ったのかしら? 何か変な事に巻き込まれてないと良いんだけれど、あの世間知らず」

 

「そんな事よりも試験はまだ始まらないアルか! ワタシ、気合いが入りまくってるヨ」

 

 二人共、全然緊張した様子が無い。相変わらず図太い奴だな、ミントは。シォンマオも少しの間一緒に暮らして分かったが、此奴は結構単純な奴だ。兎に角体を動かすのが好きで、考える前に体が動くタイプだな。俺と気が合うぞ!

 

 にしても注目されてるな。まあ、他の探索団はそれなりの期間を使って経験を積んでたし、俺達が正式に探索者として認められたのは半年も経っていない前だ。

 

「おいおい。どうしてお前達みたいなペーペーが此処に居るんだよ。あれか? 怖くて探索者を引退した団長の功績か?」

 

「兄貴ぃ。あの駄目人間にどんな功績が有るんっすかぁ? 他の探索団の手伝いをしても自分だけで(バベル)に挑めない臆病者ですよ? そして新人は変態野郎にマトモに魔法が使えない半人前以下の回収士」

 

「そうだ! きっと残っていた財産を賄賂として送ったんだ。おいおい、参加するだけじゃ合格しないって知らなかったのか?」

 

 まあ、こんな風に俺達が気に入らないって連中だって居るんだ。大柄のハゲに小柄なモヒカンのコンビ。如何にも堅気の人間じゃありませんって悪人面。

 

「はっ! 万年Gランクの”栄光の道”様は自信があるのか饒舌だな。それとも逆に不安だから喋ってるのか?」

 

「何だと!」

 

 俺の挑発にハゲの方が食ってかかり胸ぐらを掴もうと腕を伸ばすが、ミントが間に入ってそれを止めた。ハゲの手首を掴んで止め、俺の頭を平手でピシッと叩く。

 

 

「試験前にくっだらない喧嘩をしてるんじゃないわよ。否定したかったら結果で示しなさい。それが実力の証明だから。それが無理なら口だけの雑魚って事よ? ……ほら、始まるわよ」

 

 ミントの気迫に俺とハゲの動きが止まった時、門の前に軽薄そうなヘラヘラ笑いを浮かべたランスロットさんがやって来た。この辺の支部の中では結構な地位だってのに相変わらずそうは見えないよな。

 

「ほらほら、元気が有り余ってるのは結構だけれど、その元気は試験に使おうか。早速会場に繋げるよ。この秘宝・帰郷の鍵でさ」

 

「む? アッシュ……ミント、あの鍵はどんな力の秘宝アル?」

 

「おい、どうして途中で変えた? 俺の顔を見ながら言ってみろ。……アレなら俺だって知ってるからな。リゼリクやロザリーが帰って来るのに使うからよ」

 

 ランスロットさんがトランクから取り出したのは巨大な鍵。幾ら門が巨大でも鍵穴にはとても入らない大きさだ。なのに鍵の先は水面に突っ込んだみたいに鍵穴に刺さった。そして捻れば門は自然に開く。

 

「一番最初に開いた門と開いた門を繋げるんだよ、あの鍵は」

 

 開いた門の先に広がった風景は壁の向こうとはまるで別物。橙色の(バベル)の周りに僅かながら芽吹き始めた緑が見えた。

 

「ほらほら、初見の人は驚くだろうけれど先に進もうか。列になって進んでね」

 

 ランスロットさんの指示に従い、俺達は大人しく進む。……ハゲとモヒカンは他の連中を押し退けて進んだけどな。そうやって全ての探索団が門の向こうに行ったんだが、試験を行う筈のパンダーラの姿が何処にも見えなかった。

 

「……皆様、ようこそお集まり下さいました」

 

 はっ!? 今、一瞬で現れた!? 俺達の目の前には少し無気力な感じの灰色のウサギのキグルミが立っている。声からして大人の女って事しか分からない。

 

「それでは皆様、彼方をご覧下さいませ」

 

 あっちを見ろと言われるが、何も無い。そんな風に思った時だった……。

 

「な、何だっ!?」

 

 兎のキグルミが(バベル)を指差した時、突然地面が揺れ出した。地震? いや、それにしては長い。グラグラと揺れ続ける地面に俺以外の連中も戸惑い、平然としているのはミントやシォンマオを加えた一部だけだ。……うわぁ。ウチのチームの女って凄ぇ。

 

「この程度でジタバタしてるんじゃないっての! 私達が挑んでる場所に比べたら地面が揺れる程度でガタガタ抜かすんじゃないわよ!」

 

「体幹のトレーニングが甘いアル、アッシュ。熊猫拳を学ぶならこの状況で玉に乗って皿回しが出来ないと半人前ネ」

 

「近付かない方が良いわよ、シォンマオ。此奴にセクハラされるから。……ほら、見なさい。もっと驚く事が起きてるから」

 

「驚く事? ……げげっ!?」

 

 地面が揺れる中、ビキビキと音を立てて地面に亀裂が入る。俺達の少し前から(バベル)の入り口まで伸びて、更に激しい地響きと共に左右に開いて行った。

 

「おい、中は空洞だぞ。随分と広……うわっ!?」

 

「げげっ!? うわっと!?」

 

 あっ、さっきの連中が落ちた。不用意に覗き込んだ仲間に服を掴まれて二人一緒に落下するが、誰も助けに入る余裕が無い。

 

「あれ? 地面の下から何か聞こえる? これは……音楽?」

 

 俺達の中で最初に気が付いたのはミントだ。言われてみて耳に集中すると確かに何かがせり上がる音と共にギターの音色が聞こえ、地面の下から巨大な舞台が姿を見せた。それと同時に地面は閉じる。まあ、空洞だから潰されてはないだろ。彼奴達も探索者だ。

 

「彼奴、何やってんだよ……」

 

 舞台上に居るのはギターを軽快な指捌きでかき鳴らすリゼリク(但し上手とは言っていない)とバックダンサーらしいキグルミ達がバラッバラの動きでグッダグダの踊りを披露していた。ありゃ昨日今日練習を開始しましたって感じだな。ほら、猫と熊だけ上げる手を間違えた。

 

「いや、そもそもキグルミの意味は?」

 

 きっと俺以外の誰もが思っている事だ。そうだよな? 俺が馬鹿で理解出来ていないって事は無いよな?

 

「意味が全然分からないわ。どうしてキグルミなのよ……」

 

「……良かった。変だよな、アレって。リゼリクの格好からして変だったけどよ」

 

 しっかしデタラメな噂だって思ってたのに、実際にキグルミかよ。じゃあ、彼奴が団長か。あんなのが暫定世界最強って……。

 

 ……にしても、何処かで見た気がするな、彼奴。

 

 舞台の中央、少しだけ段になった場所でパンダのキグルミが踊っていた。こっちに背中を向けて尻を左右に振り続ける。

 

「……老師? まさか本当に老師アルか!?」

 

 シォンマオの探していた師匠って彼奴!? おいおい、どんな偶然だよ。偶々出会って偶々再会した奴の探し人を発見するなんて。

 

「お、おいっ! どうなってるんだ!?」

 

 横から驚きの声が聞こえ、突然周囲が暗くなる。月明かりすら存在しない一面の暗闇の中、雲を切り抜いたみたいにリゼリクとパンダだけが光の柱に照らされてリゼリクの歌声が響く。

 

「彼奴が彼奴がやって来た! 愉快な彼奴がやって来た! 彼奴はどんな!」

 

「パンダ!」

 

「此奴はそんな!」

 

「パンダ!」

 

「まさかのこんな!」

 

「パンダ!」

 

 リゼリクの声に合わせてパンダは動きを止めて叫び、下手くそな演奏は更に激しくなって行く。そして演奏が突然止まると同時にパンダは回転しながら真上に飛び上がった。

 

「此奴は此奴は! 彼奴は彼奴は!」

 

「アンノウン!!」

 

 名乗りと共にパンダ……アンノウンはこっちを向いて着地し、舞台の後ろから無数の花火が上がる。全て舞台上のキグルミの動物の顔で、最後に特大のパンダの花火が消えると空が元に戻り、世界は太陽に照らされる。

 

 此処に居る誰もが完全に言葉を失っていた……。

 

 

 

 

「矢っ張り老師は凄いアル!」

 

「あの探索団、どんだけ権力()が有ればこんな事が出来るのよ。……リゼリクが染まるのも当然ね」

 

 但し目をキラキラさせるシォンマオと呆れているだけのミントを除いてだけどな。……この二人、此処に居るどの男よりも肝が据わってやがる。

 

 

 ……ん? 何か忘れてる気がするけど一体何だろう?

 

 

 

 

 

「……兄貴ぃ。俺達、忘れられてるよな?」

 

「そんな気がする」



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最大の危機

「はーい! ってな訳で僕がパンダーラ団長で喋るパンダのアンノウンだよ! 皆、宜しくね~!」

 

 SSランク探索団パンダーラは前から嘘みたいな噂を耳にしたけど、実際に団長を目にしたら本当じゃないかって位に変な奴だった。声からして男なんだろうが他はさっぱり分からず、胸の名札に”喋るパンダ”って書かれているけれど、どう見てもキグルミ……いや、違うのか?

 

「成る程。パンダーラの団長ってパンダだったのか」

 

「だから行動が変なんだな。価値観が違うから……」

 

 周りの声に耳を傾ければアンノウンが本物の喋るパンダだって認識している。そりゃ名札に書かれているんだから実際に……はっ!?

 

「お、おい、ミント。彼奴ってキグルミだよな?」

 

「はぁ? 何処からどう見てもキグルミじゃない。アンタ、馬鹿だ馬鹿だって思ってたけれど、まさか其処まで……」

 

 良かった。俺が変なんじゃないんだな。ミントが言うなら間違い無い。しかし、だったらさっきの俺とか周囲の連中はどうしてアンノウンが本物のパンダだって思ったんだ?

 

 登場の時の大掛かりな仕掛けもそうだけど本当に何者なんだ? ランスロットさんなら何か知ってるかもな。後でちょっと訊いてみるか。

 

 

「……事前報告無かった。監督責任……減給……ローンが……」

 

「こりゃ駄目だ」

 

 暫くは話し掛けても無駄だな。目の前の舞台を顔を引き吊らせながら眺めるランスロットさんは見ていて居たたまれない。可哀想に……。

 

「それじゃあ早速だけれど簡単に試験の説明をするね。先ずは一次試験をして、次の試験で合否を決めるよ。以上説明終了!」

 

「簡単っつーか雑っ!?」

 

 ま、まあ良いだろ。一刻も早く始めて貰いたいもんだ。さっき喧嘩を止めた時のミントじゃねぇが、Gランクまで転落したナインテイルフォックスへの悪評をどうにかするチャンスなんだ。証明してやるよ。俺達の力を。

 

 新生ナインテイルフォックス此処にありって事をな!

 

 

「じゃあ、直ぐ其処のギルド所有の建物に入ろうか。一次試験はペーパーテストだよ!」

 

「……終わった」

 

 おい、ミント。俺を見ながら盛大に溜め息吐くの止めろ。始まる前から諦めるなよ。俺に対して失礼だろ! 

 

 

「……まあ、否定はしないけどよ」

 

「でしょう? まあ、多分探索者としての基本的知識と思うわ。合計点数ならカバー可能だけれど……」

 

 新生ナインテイルフォックス最大のピンチに俺の緊張は最大に達する。こりゃ気合い入れて挑まないとな………。

 

「頑張るわよ、シォンマオ」

 

「えっと、もしかしてワタシは馬鹿じゃない前提で話進めてるアルか?」

 

 横から飛んできた思わぬ追い討ち。シォンマオは凄く不安そうに言って来た。……マジでやべぇかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 そのピラミッドは吊す糸など存在しないにも関わらず宙に浮いていた。真下に存在するは灼熱の砂漠。太陽の眩い光を浴びて黄金色に煌めく砂粒は手にとって観察すれば砂粒ほどに細かい砂金であると分かる。それが地平線の彼方まで、地中深くまで続いているのだから尋常な話では無い。

 

 事実、このピラミッドの最奥、玉座の間にて肌も露わな美童達を侍らせながら傍らに控えさせた一人に黄金の酒杯を傾けさせ喉を潤す美女はただ者ではないのだろう。褐色の滑らかな肌に曲線美を追求したかの様な肉体。艶のある黒髪の間からは可愛らしい黒い猫耳が姿を見せ、身に纏う扇状的な下着同然の服や豪華な装飾品を飾るのも金。彼女が座る椅子も、部屋の内部も目が痛くなる程に光り輝く黄金で彩られていた。

 

「……ブドウを」

 

 彼女の言葉を聞いた一人が別の者が掲げた金色の皿の上のブドウの皮を剥いてから咥え、そっと顔を近付ける。その唇を奪うと同時にブドウを口にした美女は妖しく笑うのであった。その表情を見て美童達は陶酔の溜め息を漏らす。何とも甘美な空気漂うこの空間……だが。

 

「パステ……っ!」

 

「その忌々しい名で呼ぶなと言った筈だニャ」

 

 彼女の名前を呼ぼうとしたのだろう。その途中で慌てて口を押さえた彼の表情は恐怖に染まり、周囲の者は慌てて距離を取る。彼女の口から続いて出ようとしたのは謝罪と懇願の言葉。実際に出たのは吐血。美女が軽く指を振るっただけで幼さの残る矮躯はズタズタに切り裂かれた。

 

「肉片が見苦しい。早く片づけるニャ」

 

「は、はい! 直ぐに掃除いたします、我が主よ!」

 

 一瞬だけ表情を消した美女は直ぐに妖しい笑みに戻り、命じられた美童達は必死に恐怖を隠しながら死骸を片付け始めた。それを横目で一瞬だけ見た彼女が己の指先に目を向ければ爪の先に僅かに返り血が付着している。それを自然な動きで舐めとれば、まるで極上の甘露でも口にしたかの様な陶酔の表情となる。それを目にした少年達も同様だ。死骸を片付ける手を止め、彼女をジッと見詰める。

 

「何をしているニャ。”見苦しいから片付けろ”と命じたのが聞こえなかったか?」

 

 少年の返事は無い。今手にしている死骸と同様に無惨な肉片となって血と臓物を床にぶちまけたからだ。やがて壁や天井の僅かな隙間から無数の黒い虫が這い出してカビが広がるかの様に壁や床を黒一色に染め、死骸を飲み込むと再び隙間に戻って行く。虫が消えた後、其処には何も残っていなかった。

 

「……後少し。後少しで私の野望が叶うニャ」

 

 彼女の側から離れはしないが怯えきった表情を浮かべる少年達を一瞥もせずに彼女は天井だけを見詰める。そっと伸ばした手の指先からは鋭い爪が伸びている。光源が無いにも関わらず明るい部屋の中、爪は鏡の様に光りながら彼女の顔を映し出した。

 

「例えゲームのルールを犯そうが降臨さえしてしまえばこっちの物。他のやかましい連中の文句なんて聞き流せば良い。四神を排し、私を崇めさせ……そして名前を取り戻す。その暁には余計な茶々を入れたあのパンダを八つ裂きにして虫の餌にしてやるニャ!」

 

 見詰めれば吸い込まれそうな琥珀色の瞳が細まり、口の中で八重歯が光る。目的を果たした自分の姿を想像したのか思わず笑みが零れる中、彼女は再び侍らせた美童達に己の世話をさせ、享楽の宴を続ける。やがて夜が更ければ天蓋付きのベッドに誰かを呼んで伽をさせる予定だ。

 

 全ては順調で、己の野望は既に叶ったも当然だと、彼女は信じて疑いもしない。

 

「さて、私に裏をかかれたと悟った連中はどんな顔をするのかニャ? あっはっはっはっはっ!」

 

 

 

 その宴を物陰から眺める小さき物の姿が有ったのだが、誰にも気付かれる事無く姿を消した。



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リンボーをしているのは誰だ? パンダ

 一次試験はまさかの筆記試験だと発表されて俺は戸惑うが、意外な事に俺以外の連中にはそんな様子を見せているのは殆ど居なかった。……あれ? 筆記が不安なのって少数派?

 

「見なさい。これが普通なの。幾ら探索者の基本が戦闘能力の高さだって言っても知識が必要なのは変わらないわ。馬鹿なら馬鹿なりにもっと頑張りなさいよ」

 

「ぐっ! わ、分かったよ……」

 

 ほれ見た事かとミントが説教して来るが何も言い返せない。何だかんだ言って馬鹿な事とミントに甘えて疎かにしている自覚は有るからな。今後はもうちっと頑張るか……。

 

「む、むう! こうなったら馬鹿を補える位に力と技を磨くアル!」

 

「いや、馬鹿を少しはどうにかする努力をしなさいって。ほら、行くわよ。何か番号を引かされているみたいだし……」

 

 俺と違ってシォンマオは開き直ってるのか、俺と同じ馬鹿なのを直す気は全く無いらしい。ミントも今回限りの仲間とはいえ少し心配そうにする中、他の連中はあのウサギのキグルミが差し出した箱から数字が書かれたボールを取り出していた。

 

 ちゃんと話を聞いていたミントの説明によればカンニング防止と運試しを兼ねて全員違う問題を受けるらしい。つまりは結構簡単な問題の場合もあれば難しい場合も有るって事だ。……引くのが怖いな。

 

 ん? 何か数字を引いた連中の様子が変だな……。

 

「二十四番……って、臭ぁっ!? 触った手に臭いが着いちまったよっ!」

 

「五十五番。……このボール、ネチョネチョしているな。うぇ。糸を引いてる……」

 

「七番。おや、僕のボールには何も……インクが安物なのか手に着いてる」

 

 いや、おい。アレって何がどうなってるんだ? 運試しか? 運試しだよな? じゃなかったら試験開始前から意味不明な悪戯をされてるって事になるし……。

 

「……引くのが怖いな」

 

 だが、試験を受ける為には引かない訳にはいかない。こんな事でビビっていられるか!

 

「次は貴方ですね」

 

「簡単なの来い!」

 

 箱の中に手を突っ込み、一番先に触れたのを取り出す。臭くもなけりゃネチョネチョもしてなくてインクがハゲて肌に付着もしていない。はっ! これは大当たりだろ。

 

「666だ! ……あれ? そんなに居ないよな? それに数字の表記が……」

 

「666ですか……」

 

 あれ? ウサギさんの様子が変だ。まあ、キグルミの時点で……。

 

「私が何か?」

 

「……いや?」

 

「まあ詳しくは聞かないでおきましょう。貴方も余計な考えはお止めなさい。それにしても……」

 

 あっぶねぇ!? 今、顔に出ていたのか知らないが凄い威圧感があったぞ。……にしても何か様子が変だって言うか、同情されてる? ”それにしても”の続きを知りたいような知りたくないような……。

 

「十二番……ひゃっ!? 何で番号のボールが破裂するのよ! ちょっと責任者呼んで来なさいよ、責任者!」

 

「ワタシなんて嫌な毛でモッサモサになってるヨ。……八十番ネ」

 

 数字を確認した瞬間に高い音を立てて割れたミントのボールや手触りの悪い毛が全体に生えているシォンマオのボールを見ると余計に不安になる。他の連中も全員別々の悪戯が仕掛けられていたし、それだけなら当たりかもってb思うんだが、あの反応を見たらなぁ。

 

 

「俺、余程ハズレを引いたんじゃ……」

 

「さて、皆様に行き渡りましたので試験の詳しい説明を。これから番号別に個室で筆記試験を受けて頂き、平均点が五十点以上の探索団が最終試験に挑む権利を与えられます。

 

「ミント、ワタシが頑張って五十点以上目指すから多少間違っても平気ネ」

 

「そうね。目指すは私達で合計百五十点よ。アッシュは。部分点とか有るかも知れないから思い付いた事を兎に角書きなさい。奇跡が起きる可能性だってあるわ」

 

「任せな! 手当たり次第に書いて……えっと、何故か馬鹿にされてる気がするんだが。てか、何で百五十点を目指すんだ?」

 

「アンタがその答えを即座に出せない奴だからよ」

 

「変に考えるだけ無駄ネ。ワタシも馬鹿だけれど、アッシュはそれ以上なんだから無駄に考えるのは止すヨロシ」

 

 なーんか納得行かないが、反論の内容が思い浮かばない。そろそろ移動の時間だし、帰ったらルノア姉ちゃんに教えて貰うか。

 

 そんな風に気持ちを切り替え、番号が書かれた扉を探す。案の定殆どの数字を飛ばして見付かる666の扉。ドアノブを手に取って開こうとした時、突然地面が揺れた。

 

「なんだ、地震か」

 

 地震だったら数秒で止まるし気にする事でもないと扉を開く。アンノウンが横に伸びた棒の下を体を反らしながら潜り抜けていた。

 

「リンボーダーンス! リンボーダーンス! パンダのパンダのリンボーダーンス! ヘイヘイヘーイ!」

 

 陽気なリズムを口ずさみ、少しずつ前進するアンノウン。口ずさむリズムに合わせる様にしてスコルがドラムを素手で叩いているがペチペチと鳴っているだけだ。いや、ハティの姉だってんなら普通に鳴らせるんじゃ? そんな風に思った俺が部屋の隅に目を向ければ無残に叩き壊された無数のドラム。

 

「力が強すぎて壊しちまったのか?」

 

「そう。この世界のドラム、少し壊れやすい。我、実家ではもっと頑丈なの持ってた」

 

「そうかよ……。お前達の実家って?」

 

「秘密。合格したら教える。我、凄く寛大。偉い? えっへん」

 

「普通に見れば微笑ましいのに見事な棒読みだな」

 

 そう、スコルは一切の感情を感じさせない声色と何考えているか分からない無表情で無い胸を張ったんだ。これで小さい子が背伸びしている感じなら可愛げが有ったんだが。

 

「所で入った時点でテストの時間は始まってるけれど良いのかい?」

 

 俺がスコルと話をしている間に棒を潜ったらしいアンノウンが俺の肩を叩き、机の上の砂時計を示す。砂はゆっくりだけれど確実に流れ落ちていた。

 

「げげっ!? 聞いてないぞ、そんな事っ!」

 

「だって言ってないも~ん!」

 

 クルクルと回転しながら陽気な声でしれっと告げるアンノウンの姿で同情された理由を把握する。此奴、性格悪いぞ!

 

「だって僕はパンダだも~ん。人間とは価値観が違うのさ。ほら、そんな事よりも急いだらどうだい? 時間が過ぎても全問解けなかったらこの部屋に……スコルは先に出て行ったら? 僕ならギリギリで退避出来るしさ」

 

「我、アンノウンが心配。アッシュが全問解答出来なかったらあんな事になるから」

 

「どんな事になるんだっ!? あ~も~! やってやるよ! ……ん? んんっ!? これって……マルバツ問題っ!?」

 

 慌てて答案用紙に目を通せば全部で二十問。その問題文の横にはマルとバツが。正解だと思う方に印を付けろって……。

 

「ま、まあ良いさ。……最悪直感で解答すれば良いし」

 

 これで0点だけは免れるかと一問目に目を通し……固まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『第一問 アンパンと食パンが徒競走をした。アンパンは食パンの食事に下剤を仕込み、食パンはアンパンのレーンに落とし穴を仕掛けた。では、審判のカレーパンは焼きカレーパン?』

 

「知るかっ!」

 

 おいおいおいおいっ! 何だよこの問題っ! 訳分からないにも程が有るだろ!

 

「試験中に問題に関する質問は受け付けないよ。それが君がやってる奴みたいに全く意味不明な問題だとしてもね!」

 

「意味不明な問題出してる自覚が有るのかよ!」

 

「じゃあ……”3 以上の自然数 n について、x^n + y^n = z^n となる自然数の組 (x, y, z) は存在しない”、これを証明しろ、とかの方が良かった? まあ、君の所には友達の家族がお世話になってるし、特別に……」

 

「今のままでお願いしますっ!」

 

 

 こうして俺の孤独な戦いが幕を開けた。今まで学んだ事が一切役に立たないって言うか、こんな問題に役立つ事って絶対に存在しないって問題を続け、遂に最終問題にまで辿り着く。砂時計を見れば後少し。これは問題をパパッと読んで答えるしかないか。

 

 

 ……読まずに答えるのはプライドに関わるし、後でマトモな問題だったと気が付いたらショックだもん。そんな風に考えて十九問まで裏切られて来たんだが。

 

「えっと、何々……」

 

 

 

『第二十問 アポロちゃんことアポロンは太陽を司る本物の神である』

 

 ……バツだな。自称神だろ、擬神なんてよ。最後の最後で胸くそ悪いぜ……。

 

 

 

 

 

 

「……いや、最初から最後まで割と最悪だったか」

 

 




最近短編書いてます もしかして連載にするかもと意見募集の活動報告も


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筆記試験のその後で

 つ、疲れた。頭を使うのは前から苦手だったけど、今回のは頭を使うとかそんなんじゃねぇ。もっと根本的な物から色々と間違ってるだろ……。

 

 精神的な疲れが肉体にまで及んだからか、俺はフラフラと歩きながら廊下を進む。俺がテストを受けた部屋の番号は666。他の部屋までの間に明らかに絵の扉が続き、離れた所から聞こえる他の受験者の声が余計に疲労を際立てた。

 

「これ、直ぐに実技試験があったらヤバいぞ……」

 

 弱音を吐いても仕方が無く、変なのを引いた運の悪さも実力の内だと言われればそれまでなんだが他の連中との違いが凄いなら理不尽だぜ。

 

 そんな風に考えれば曲がり角の向こうから聞こえて来たのは仲間の声だ。

 

「へぇ。シォンマオは各地域の特徴だったのね。じゃあ旅をしているのが役に立ったんじゃないの?」

 

「それが郷土料理に関して知っている事を記載しろって内容で困ったヨ。郷土料理は確かに旅の醍醐味ネ。でも、食に関するチャレンジ精神って失敗を重ねたら削れて行くアル」

 

「まあ、独自の料理が必ず美味しいって訳でも無いしね。私はFランクとGランクの(バベル)についてそれぞれ十個ずつ名前と内部の特徴と出現モンスターに関する事だったわ。……自己採点じゃ八十点って所ね」

 

 いや、ミントの奴も厄介なのを引いたんだな……。俺だけが理不尽なのを引いてしまったのではなくて良かったが、俺の問題が変だったのは間違いないらしい。

 

 そんな事よりも今は二人に会って落ち着きたい気分だ……。

 

「俺も大変だったぜ。一見すればマルバツ問題なんて楽で直感で答えれば言い様に思えたが、問題文と解答の内容が全然関係ないのばかりでよ」

 

「あら、アッシュ……って、馬鹿っ!」

 

「へっ?」

 

 二人に会える安心感からか安全確認を怠った俺は曲がり角の先で台に乗って掃除をしていた奴にぶつかってしまう。

 

 幸いな事に台はそんなに高くなかったし、相手が倒れて来たのは俺の方だったからとっさに手で受け止められた事だ。これで相手に怪我させてしまったとか最悪だからな。

 

「ひゃんっ!?」

 

 不幸だったのは相手の身長と台の高さの関係で胸の高さに俺の顔があって、手が服とスカートの中に入り込んで胸と尻を掴んでしまった事だ。聞こえたのは聞き覚えのある若い女の声。どうやら俺への印象は最悪で……ん? この声って……。

 

 顔を胸に埋めたまま見上げれば羞恥で顔を真っ赤に染めて涙目になったマリアと視線が重なり、同時に向こうは俺の頭を抱き締めて密着して来た。

 

 より強く感じる心地よい感触と甘い香り……そして息苦しさ! まさか此奴、俺を窒息死させる気かっ!? 冗談じゃないと胸を掴んで押し退けようとするも俺の頭を拘束する力は強まるばかりだ。てか、疲れのせいで力が……。

 

「アッシュ様ったら大胆ですわね。そんなに胸を乱暴に扱われてしまっては私……。いえ、構いません。未来の夫の趣味ならば、人前でも乱暴な方法でも……」

 

 何やら甘ったるい声で言っている気がするんだが窒息寸前の俺の頭の中には入って来ない。おいおい、俺ってこんな所で終わって……。

 

「あーはいはい。窒息してるから。アッシュが息出来ていないんだから落ち着いて一旦離れなさい」

 

 意識が完全に途切れる瞬間、俺の頭は解放される。慌てて吸い込めば肺に入って来る新鮮な空気。今、俺は自分が生きているって実感……痛っ!? 今、何で殴られたっ!?

 

「毎度毎度気をぬくなって言っているのに同じ事繰り返して、挙げ句にとち狂って面倒な状態になったのまで出て来ちゃったじゃないの!」

 

「えっと、ミントさん? アッシュ様にあまり酷い事は……」

 

「アンタも償いで働いているなら職務時間に盛ってるんじゃないわよ! 元貴族以前に乙女でしょ!」

 

「は、はい! 直ぐに仕事に戻らせていただきますわ!」

 

 ミントに威圧されたのかマリアは涙目で逃げるみたいにして去って行く。

 

 

「所で未来の夫って言われた気が……」

 

「二人とヤる寸前まで行っておいて鈍感気取るな! 端で見ていて鬱陶しい!」

 

「す、すいません!」

 

 朧気な意識の状態で聞いていたから何だけれど、多分言い訳したら余計に殴られる。……って、鈍感? 俺、彼奴の股ぐらに顔突っ込んだり胸揉んだりパンツ引き剥がしたり、嫌われる事しかしていないよな? 助けた程度じゃ足りないんじゃ。

 

 じゃないと彼奴、痴女になるじゃんか……。いや、既にそんな事を言ったな。人前とか乱暴にとか。

 

 

「世の中には色々な趣味の人がいるのよ。馬鹿で、有り得ない位に馬鹿で、救えないレベルの馬鹿でも何かが狂えば惚れるのよ!」

 

 ば、馬鹿って三回も言われた……はっ!?

 

 

「どうかした?」

 

「いや、二人分の殺気を感じて……」

 

 気のせいだよな? 誰か自意識過剰なだけと言ってくれよ。四千ミョル払うからさぁ。

 

 父さん。俺、アンタから受け継いだ秘宝の呪いで変な女を続けて引き寄せてるんだが、どうにかならない?

 

「諦めてハーレムでも、ふげぇっ!? か、母さん勘弁!」

 

 幻聴が聞こえたし、俺って本当に疲れてるんだな。……次の試験まで一眠りしたい気分だよ……。

 

 

 

「それでは発表します。個人成績と合格した探索団は此方になります」

 

 あの兎……グレー兎さんが壁に張られた真っ白な紙を示すと黒く滲んで文字が浮かび上がる。

 

「おっ! 平均点三位!」

 

「アッシュとの平均なのに……奇跡だわ。ロキ神のご加護かしら?」

 

 ナインテイルフォックの名前は直ぐに合格リストから発見出来た。これでひとまず安心だ。

 

「名前は五十音順か。ミントは……九十五点っ!? 個人成績トップじゃねぇか!」

 

「此処まで来ると逆に満点じゃないのが悔しいわね。何が違ったのかしら?」

 

 けっ! 頭の良い奴は違うな。何時も頼りにしてるぜ、ありがとうよ!

 

「シォンマオは……あれ? おい、どうして崩れ落ちて……俺の成績?」

 

 なるべく見たくないから仲間のを先に調べたらシォンマオは四十五点で膝を折って手を床に着けてうなだれている。何があったのかと思ったら指差す先には俺の名前で得点は七十点。

 

「まあ、適当にやってもこんなもんか。寧ろ適当じゃなく真面目にやる方がどうにか……ん? おい、まさか落ち込んでるのって……」

 

「違うヨ?」

 

「俺は最後まで言っていないし、露骨に目を逸らして棒読みで言われてもな。せめて目を遭わせろ」

 

「理由は黙秘でお願いするけど拒否するネ。そんな事よりもご飯みたいだから急ぐヨロシ。ワタシ空腹ネ」

 

「ちょっと待てや、コラ! 逃げるな!」

 

 捕まえようと伸ばす腕。飛び退いて避けるシォンマオ。この時、少し前に起きた事と同じ出来事が発生した。

 

 

「……あっ」

 

 俺の指先にシォンマオのパンツが引っ掛かって太ももまでズレる。スリット周辺の布が翻り……俺は横顔に強烈なハイキックを叩き込まれて気絶した。

 

 

 

 本当にこの呪いって厄介だ。ラッキースケベなんてもう沢山だよ!!



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