キリアイの再就職 (藤沢 南)
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1話

♩プレアデスデイリーニュースの時間です♩

♩既報で報告いたしました、ゼノン容疑者は取調べの際、8人の工作員の存在をほのめかしました。その内、4人はユリシス宮殿崩落の際に死亡が確認されています。しかし、残る4人の行方は不明、ウラノス警察庁とセントヴォルト警察が合同で行方を追っているということです♩

 

 ユリシス宮殿から薬品類を一通り回収して混乱に乗じて逃げおおせたパトリオティスNo.5キリアイは、全世界のラジオ放送に神経を尖らせていた。

「…情けない大将やな。べらべらしゃべりくさってからに。」

キリアイは耳から受信機を投げ捨て、すぐに踏みつぶした。

 

…ゼノンは捕まり、イーサン・セイラもレジスタンスに捉えられたと聞いた。

 

「あとはアキレウスへお礼せんとな。」

キリアイはこの混乱に乗じて逃げたと思われるウラノス参謀総長、アキレウスの行方を追う事にした。ゼノンの命令とはいえ、何度も夜の相手をさせられ、屈辱を強いてきた人物。ウラノスの政体が崩壊している今、アキレウスへの「お礼参り」がやりやすくなっていることは確かだった。

 

その日の夜は、とりあえずウラノスの自宅に帰る事にした。

ニナ・ヴィエントの召使となってからは、ユリシスの天宮に寝泊りしていたのでしばらく放置したままだった隠れ家のアパート。

キリアイは荷物を置くと、そのままベッドに倒れ込んだ。部屋のラジオはつけっぱなしにしてある。

♩〜ゼノン容疑者は、身柄をプレアデス刑務所に移され…。♩

「うっさいわ。クズ大将。」

キリアイは悪態をついた。その後、日々の過酷な業務からの開放感からか、猛烈な睡魔が彼女を襲った。

 

『賢い君にはわかると思うけどね。もし平和な世が訪れたら、君達の仕事と存在価値は無くなるんだよ。だから、君たちはこの世界から戦争をなくさないように日々過酷な仕事をこなさなければならない。わかるね。』

 

キリアイはまだパトリオティスになる前、激しい訓練に耐えていた子供の頃、一度ゼノンに自分の仕事の意義を問いかけた事があった。ミオと異なり、彼女は善悪の関係なく、自分の中で納得のいく理屈であれば、素直に従うところがあった。そのため、数々の体術訓練、薬学、危険物の扱い、銃やナイフの扱いなどを習得する事について、ミオよりも飲み込みが早く、また豚責めのような「教育」もすんなり受け入れるところがあった。

 

『キリアイに聞くと詳しく教えてくれるだろうけど…あいつもそれで人格ぶっ壊れてしまったからな』

 

何、何でハチドリとミオの会話をうち、立ち聞きしてん?うち、メロドラマ嫌いやゆうてんねんで。…ま、人格のくだりは当たってんけど。

 

『失礼しました。キリアイ、では後ほど、閣下と。』

 

うちは頭を下げたまま、アキレウスのすけべ顔を想像する。任務とはいえ、またかぁと心の中でため息をつく。

 

『手配終わりました。』

 

うちはニナ・ヴィエントを除く為の準備を終えた。またうちのせいで消される人物がひとり。

 

『…大好き。キリアイ。わたし、あなたの事大好き。』

 

「やめーい。うち、メロドラマ好かんとゆうたやろ!どこへでも行きぃこのバカップル!!」

キリアイは、冷や汗を流しながら目を覚ました。午前2時。変な夢だった。パトリオティス時代に受けたゼノンからの無茶な命令の数々。ハチドリのキリアイへの人物評。今全ての夢を思い出せないだけであの苦しくて発狂しそうな日々が今の夢の中で走馬灯のように駆け抜けていったのだろう。その後、最後にミオからの告白が。

 

「うち、人から感謝される事に慣れてへんねんな。ミオ、あかんて。うち、ハチドリの言うように人格いかれてしまってんねんで。だから、ミオ…勘弁してくれやほんま…うち、そんな言葉生まれてから一度もかけてもらった事ないんやぁ…。」

 

真っ暗闇の自室にて、キリアイはひとりごちる。

「あかん、寝よ寝よ。」

 

 



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2話

しかし、キリアイを悩ますこの悪夢が数日、続いた。

 

もうゼノンから呼び出される事もない。人を傷つけたり消したりする事もない。自分が待ち望んだ平和な日々。それから数日間、何もする事なく、プレアデスのあちこちをぶらぶらする。派手に壊された建物。シルヴァニア王国を中心とする連合軍は、ウラノスの政庁や王宮、神殿など、プレアデス庶民や地上の国々の人々を痛めつける為の施設を中心に破壊活動を行ったらしく、市井の人々の暮らしには明るさが戻りつつある。特に軍用機の発着を行う飛行場は派手に破壊されており、ここは占領軍の方針なのか、修復もされず今も大きな穴が3箇所開いたままになっている。

 

キリアイは軍の施設をあちこち検分し始めた。パトリオティスとして活動していた彼女にとって、軍施設に潜り込むことなど造作もない。

「ただ、人殺したり傷つけたりすると厄介な事になりそうやな。」

彼女は、息を殺してアキレウスの居場所を探した。

アキレウスを見つけたら、どないして料理したろ。自分がされたように豚のお友達にしてやるか。

 

キリアイが自由の身になってから2週間がたった。

アキレウスは、どうやら体調を崩し、療養中とのニュースが入った。

「…ちっ。仮病で雲隠れかいな。お偉いさんは勝手やな。」キリアイは悪態をつく。

ラジオの音声が淡々とニュースを読み上げる。

 

♩アキレウス参謀総長は、体調が回復次第、取り調べが行われると言う事です♩

 

…しゃらくさいでホンマ。さっさと撃ち殺したれ。キリアイの心の声が聞こえる。

 

「いや、アカン。アキレウス、ウラノスの軍部というだけや、下手すると罪に問われんかも。ゼノンやセイラみたく、戦争を煽っていた連中とは根本的に異なる。」

 

「…療養中やと…?」

 

キリアイは独り言を繰り返したあと、ニヤリとした。

「うちの再就職、決まったで。」

 

 プレアデス中央病院に、よく間に合う金髪のショートカットの看護師が採用されたのはその、3日後だった。

毎日のように運び込まれる軍人。傷ついた民間人。病院はパンク状態だった。そして別室で特別待遇の戦犯たち。戦犯達の相手ができるのはベテランの看護師だけで、どこにいるのかすら機密事項だった。

 

 そこに目をつけたキリアイは、履歴書を3分で書き上げ、病院の採用面接に出向いた。看護師資格を持つ彼女を、プレアデス中央病院は形ばかりの試験で一発合格させた。同時に合格したのは、全員実務経験のない看護学生。圧倒的な人手不足だった。

 



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3話

「レオーネ、リディア、シャールカ、アンドロ、ラウラ、サワ、ディナ、よし、全員いるね、今日の予定を。」

看護師になってから、あっという間にキリアイは同期のリーダー格となった。年齢はそんなに変わらないのに。

 

キリアイにとっては、過酷と言われる看護師の業務といえど、血で血を洗うパトリオティスの日々に比べれば子どものお使いに等しい。体力も薬学の知識も、同期を遥かに凌駕していた。

 

「あんまり目立つと、あかんねんな。アキレウスを捕まえるまでは、目だとんとこ。ただ、味方は何人か作っとくか。」

 

 キリアイは今はフィオレンティナと名乗っている。変装のために伊達眼鏡と、髪の毛は金髪に染めた。今、ハチドリやミオとすれ違っても、気づかれる事はないだろう。そして、話し言葉を標準語のウラノス語に切り替えた。

 

「フィオさん。私、今日、早上がりしたいんですが…。」

「ああ?シャールカ?いいよ。私が残るから。お兄さん、軍隊から戻ってきたんでしょ。早く行ってあげなさい。」

「フィオさん。私、明後日、母の看病で遅出したいんです…。」

「リディア。あなた結構働きすぎよ。1日休みなさい。私、その日2人分頑張るから。」

「フィオさん。この薬、投与していいのでしょうか。」

「それを決めるのはドクターでしょ。あなたが悩むところじゃなくて?でも個人的に薬の勉強しておくのはいい事ね。私でわかる事なら休憩中に教えるから、今は仕事に集中しなさい。」

「フィオさん…」

 

肩が凝る。キリアイはフィオレンティナと名乗ってからは、ミオ・セイラの使っていたウラノス標準語を真似して同僚たちと会話をしている。わかっていた事だが標準語は肌に合わない。そして、何でもかんでも聞いてくる同期たち。こいつら、看護学校で何を勉強してきたのだろうか。重症の傷痍軍人を目にして、震えるのもいる。

 

キリアイはいつも仕事から帰る時は一人だ。

同期や同僚から頼りにされ、チヤホヤされている。飲みや食事の誘いも多い。でも彼女はいつも心の中に闇を抱えていた。

『パトリオティスの頃に比べて、刺激がないわぁ。あんまり仲ようなかったけど、ミオやハチドリやニナがいた時の方が楽しかったなぁ。でもニナに毒をもれとか酷い命令もあったなぁ。今の方が人間の生き方としては正しいんやろうけど、うち人間として大事なもん欠けとるさかい。退屈してまうわぁ。はよアキレウスのお付きになれんもんかな。…やはりうち、殺人マシーンとしてしか生きられんのんか。悲しいなぁ。』

 

 そんな悲しみが募る時、彼女はひとり自室で酒を飲む。酒の力で入眠するしかないのだ。

そんな夜、あの悪夢が蘇ってくる。

 

『…私の分まで生きて、ね…。大好きだよ…。』

『いやや!いやや!フィオレンティナ!目開けてくれや!!』

 

 子どもの頃のパトリオティスの過酷な訓練で、とても仲の良かった女の子が死んでしまったときの夢だ。

でも、その夢は簡単には覚めてくれない。キリアイは悪夢にうなされながら、汗だくになる。



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4話

悪夢にうなされ、疲れ果てたあと、別の記憶がやってくる。

 

『今日からお前の名はキリアイだ。以後、その名前を名乗れ。返事は!!』

 

過去に唯一、ゼノンの命令に疑問を持った顔をした瞬間、自分の名前を取り上げられてしまった。トマスはまだ良い。私の名前は私の記憶からもぶっ飛んでしまっている。顔も知らない両親からもらった唯一の贈り物、私の名前。それを捨てて、キリアイなんて鳥の名前を付けられてしまった。なんでですか。閣下。うちの大切な名前。返してくださいー。

 

そしてそのいろんなバリエーションの悪夢が終わると、ミオが微笑むのだ。

 

『…大好き。キリアイ。わたし、あなたの事大好き。』

 

それで、悪夢は終わる。キリアイはボサボサの頭で悪態をつく。

 

「ミオ。うち、メロドラマ嫌いやゆうたやろ…。ええ加減にしいや。」

枕を何もない夜の闇に投げつける。

 

「ミオ、ミオ、あんたほどのアホおらへんで。フィオレンティナもや。うち、ゼノンのせいで殺人マシーンになってしまった女やねんで。あんたらが思うような女やないん。うち、どないしたらええねん。」

 

キリアイの目から、涙があふれてきた。

「ウソ。うち…泣いてん?」

 

「うち、白衣の天使の仮面かぶって、アキレウスの命を狙ってんねんで。なあ、ミオ。フィオレンティナ。うち、あんたらが思うような女やないん。わかってくれや…。」

 

キリアイは、止めどなく流れる涙に驚きながらも、その泣き顔を拭こうともせず、夜の闇の中で一人泣いていた。

 

翌日以降も、キリアイは周りの看護師たちから引っ張りだこだった。彼女はパトリオティス時代に身につけた記憶術で、スタッフの名前と家庭環境まで、一度聞けば記憶したため、近頃は家庭の相談まで聞かされる。キリアイは同僚のプライベートに深く立ち入るのは避けていたが、仲間たちがそれを許さなかった。

キリアイに懐いているのはシャールカとリディアだった。シャールカの親友で、隣の病棟のヘザーという看護師までもがキリアイとの休憩に割り込んでくる。今やキリアイは看護師達の人気者だった。そんな日々に戸惑いながらも、今までに傷つけた人達への罪滅ぼしとばかりにキリアイは周りの人間に親切にするようにした。

 

そんな日々が何ヶ月か続いた。

悪夢を見る回数が少しずつ減っていることにも彼女は気づいた。

 

わずか半年で、キリアイは昇給した。

『パトリオティスほどでないけんど、看護師もそこそこええ給料くれんねんな。』

そして、自分の足跡を消すため、引越しをして、少し広い部屋に移ることになった。



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5話

そんな頃、キリアイは同期の黒一点のアンドロが病院の隅っこでぼんやりとしているのを見つけた。アンドロは同期の中でもあまり要領が良くなく、ディナやサワから度々ドヤしつけられている。シャールカやリディアは優しく接しているが、どうも彼の働きぶりには呆れている様子だった。

「フィオレンティナさん、」

「アンドロ、どうしたの、こんなところで。」

アンドロはキリアイの事をあだ名呼びすらしていない。いつも本名で呼ぶ。こんなところも彼の鈍臭さ、コミュニケーション能力の無さを示しているようだ。

「ちょっと悩みがあって…。」

また悩み相談か。でも、アンドロはいつも同期の看護師達の影で引っ込み事案していて、キリアイに相談事をした事がない。悩み相談は飽き飽きしているが、まあアンドロだから、聞いてやろう。

「ええ、いいのでしょうか。」

「アンドロ。遠慮しないで。同期でしょう。」

「…わかりました。ありがとうございます。」

「ふふっ。敬語でなくていいのよ。私たち同期じゃない。」

「…じゃ、お言葉に甘えて。実は僕、病気がちの妹がいるんです。」

「あ、いつだったか教えてくれたよね。ちょっと歳の離れた妹さん。」

「で、その妹が入院しちゃって。見舞いの品を考えているんです。フィオレンティナさんなら何を贈ります?」

 

 

一瞬、空気が凍てついた。しかし、キリアイは平静を保ちつつ、とぼけた。

 

 

「うーん。私ならね。ケーキかフルーツがいいかな。」

「そうですか。違う答えが返ってくるかと思ったんですけど。」

アンドロは、そう言って、突然、キリアイに鋭い蹴りを放った。「!」

キリアイは咄嗟に宙返りをして、その蹴りをかわした。

しかし、キリアイの左腕の袖が裂かれていた。どうやらアンドロの靴に刃物が仕込まれている。

 

「正解は、『十二月の薔薇』だろ?パトリオティスNo.5?」

アンドロは一瞬でキリアイへの距離を詰めてきた。キリアイはナース服の内側からハンドダガーを取り出す。しかしふわりとしたナース服では戦闘がしづらい。

「ガチーン!!」

アンドロもナイフを取り出す。キリアイに斬りつけるも、キリアイはハンドダガーで受ける。キリアイの眼前で火花が2度散った。

「何の用だ?貴様パトリオティスの残党か!?」

キリアイは腹を決めて、アンドロに問いかける。アンドロは言い返す。

 

「だらしないぞキリアイ。俺は変装の達人シラサギだ。やはり俺を見抜けなかったようだな。ところで、ユリシス宮殿で裏切り者が出たようだな。パトリオティスのNo.4までが全員死んだだと?何があった?しかも天宮に潜伏していた中でパトリオティスNo.5とNo.8が生き残っただと?なぜお前たち下位のへっぽこ連中が生き残った?閣下はどうなった?」

 

シラサギは矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。キリアイはへらりとした口調で答えた。

「ほんなもん。知るか。運が悪かったんやろ。運も実力のうちや。うちら下位のパトリオティスの裏切りぐらいで崩れるぐらいなら、生き残ったところでそう長くは持たんわ。ゼノンの時代は終わったんや。うち、新しい人生始めてん。邪魔するなら容赦せえへんで。」

 

キリアイはハンドダガーを中段に構え直した。



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6話

すると、シラサギは逆手に構えたナイフを横なぎに振ってきた。

「!!」

またも火花が一閃する。

その次の瞬間、シラサギは宙蹴り、オーバーヘッドキックをキリアイに見舞う。

「しもた…!」

キリアイの左袖がさらに斬られ、今度は微かな痛みが走る。どうやら切り傷を負ったようだ。

「ち、しゃあない!」

キリアイは煙玉をシラサギの足元に投げつけた。煙幕がもうもうと立ち込める。

 

「お得意の催眠ガスか、そんなもの俺が何も対策せずにここへきたと思うか。」

「やかましわ。格下の分際で。」

「ほう。言ってくれるな。その格下にせいぜい痛めつけられろ。」

体が重い。キリアイは痺れ薬が傷口から入ったと感じた。振り向くとシラサギはいつの間にか顔に鉄の仮面をつけている。催眠ガスも効かないはずだ。

 

キリアイはナース服の裏側から拳銃を取り出した。

「悪いな。面倒やさかい、ここでお別れするで。」

シラサギは急に顔を強張らせて、両手を挙げた。この間合いで拳銃を持ち出したキリアイには勝てないと判断したのだろう。

「すまん、キリアイ、悪かった。俺の負けだ。」

キリアイはゼロコンマ1秒逡巡した。『こいつ殺すと看護師クビだな…アキレウスへの仕返しが出来なくなる…。』

 

そのコンマ1秒の間、シラサギは顔に一瞬だけ笑みを浮かべた。

「俺()()の勝ちだな。」

「な、なに!?」キリアイはただならぬ殺気を背中に感じ取り、ふっと体の軸をずらした。

一発の乾いた銃声とともに、キリアイの肩口に銃弾が命中した。キリアイは強烈な目まいに襲われる。麻酔銃か…?

 

「卑怯もの!女ひとりに二人がかりなんて!」

キリアイは銃声の方に顔を向けて、キッと睨みつける。そこにはパトリオティスNo.7アオサギが不気味な笑みを浮かべていた。

 

キリアイの意識は遠くなっていった。そして彼女は中庭の芝生の上でごとり、と倒れた。彼女は意識朦朧とする中、三人の名前を無意識のままに呼んでいた。

「フィオレンティナ、ミオ、ハチドリ…。」

彼女がその三人に何を言いたかったのか、それは誰にもわからなかった。

 

「ふ、馬鹿め。お前に普通の女の子のようなご丁寧な対応ができるか。この毒女。今まで散々馬鹿にしやがって。」

アオサギは拳銃をしまい、キリアイの体を縛り付けた。

「シラサギの兄貴よ。アキレウスの旦那にこのアマを献上すりゃいいんだな。」

「おう。丁重に扱えよ。大事な手土産だ。」

「しかし、キリアイにしては読みが甘かったな。病院に潜入して、おおかた療養中のアキレウスの旦那に仕返しでも考えていたんだろうが。アキレウスの旦那はその裏をかいたと言うわけか。」

「まぁ、そういう事だな。」

「そして遠い異国にいた俺らがこんなに早く戻ってくると読んでいなかったわけか。」

「ウラノスが崩壊して、ゼノンの旦那が捕まって頭がいかれてしまった。そんな状態なら、俺らは商売上がったりだ。次の雇い主が案外早く見つかって良かった。」

「俺らの初仕事はこの忌々しい毒女を捕まえて、アキレウスの旦那に献上すること、か。おいしい仕事だったな。シラサギの兄貴、報酬は俺は3割でいいわ。」

「お?アオサギ?いいのか?控えめだな。」

「ゼノン閣下が逮捕されて、仕事がなくなるばかりか、指名手配される可能性もあった。そんな時に、兄貴がこんないい仕事を見つけてくれたんだ。しかもムカつくキリアイに仕返しもできた。今後は俺は兄貴についていくぜ。アキレウスの工作員として働くから、よろしく頼む。」

「おう、よろしくな。」

アオサギとシラサギはパン、と手を叩いた。

 



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7話

「アンドロ!」

中庭にシャールカとヘザーがやってきた。この二人はアンドロことシラサギにも優しく接する看護師達だった。

「まずい、病院の看護師仲間だ、アオサギ、キリアイおぶってガラかくせ。じゃ、後でな。」

「おう、兄貴、バレないよううまく誤魔化してくれよ。」

アオサギはキリアイをおぶって消えた。

 

「おぉ、どうしたの、シャールカ、そして、君は…?」シラサギはアンドロに戻り、気弱な看護師の顔に戻った。

「いやぁね。何度か薬を届けてるでしょう。隣の病棟のヘザーです。いいかげん覚えてね。」

アンドロはバツの悪そうな顔をして二人に接する。ヘザーがアンドロの足元に落ちていた鉄仮面に気づいた。

「あれ、アンドロ、こんな趣味あるんだ。ちょっとかっこいいんじゃない?貸してよ。」

アンドロが言い訳を考えている間に、ヘザーが鉄仮面をひったくる。

 

「ねぇ、シャールカ、私、似合う?」

ヘザーは鉄仮面が気に入ったようだ。アンドロの顔に冷や汗が光った。

「ちょ、ちょっと、それ返してよ。」

気弱なアンドロに戻り、鉄仮面を取り返そうとするが、ヘザーは、その鉄仮面の中にある小型酸素ボンベに気づいた。

「何これ。ボンベがあるよ。あ、わかった!これ使って水の中に潜るんでしょ。」

「頼む、返して、大事なものなんだ。」

アンドロは泣きそうな顔を作ってヘザーに頼み込んだ、ヘザーはけらけら笑って、アンドロに鉄仮面を返した。

「アンドロ、もう少し私たちに打ち解けなよ。シャールカはうるさく言わないけど、みんなアンドロの事、気にかけてるんだから。特に面倒見のいいフィオレンティナさんとかね。あ、そうそう、私達フィオさんを探しに来たんだよ。午後の回診には彼女がいて欲しいから。アンドロ、フィオさん見なかった?」

よく喋るうるさい女だ。アンドロは無理に笑顔を作って、「知らない。」と答えた。

 

「知らないって…。フィオさんどこ行ったんだろうね。他当たろうか。ね。」

ヘザーはシャールカを促した。しかしシャールカはアンドロから目を離さない。

「あんた、何、その靴。危ないからしまいなさい。」

アンドロは冷や汗を感じた。すでに靴に仕込んだナイフは仕舞い込んであるはず。…いや、同僚の看護師の登場に焦ったか、ナイフの先っちょが出たままだった。さすがに看護師の2人だ。スパイではないが観察眼が鋭い。アンドロは慌てて靴から飛び出た刃物を全部しまい込んだ。

「それじゃ。あなたも。午後の回診までには戻っておいで。フィオさん見たら、早めに戻るよう伝えておいてね。よろしく。」

シャールカはまだ疑っているような視線を向けていたが、アンドロが気弱な顔を見せたので、そっと彼の肩を叩いた。「仕事戻るよ。」

 

 

「ちっ。シラサギの兄貴、ちっとも戻ってこないな。」

アオサギは、キリアイを無造作に地面に叩きつけた。彼女は少し顔を歪めるも、気を失ったままだった。

ここはシラサギのアジトだった。昨日二人は合流してから、キリアイを拉致したらここで落ち合う事にしていたのだった。

 

「こいつ抱えてここで待ちぼうけというのも、手間になるな。」

アオサギは、警戒心を緩めないまま、捕らえたキリアイと二人、アジトの中で息を潜めていた。

しかし、夜になっても、シラサギが戻ってこない。これは予想外の出来事だった。

「ううん。」

キリアイが目を開けた。アオサギは間髪入れず彼女の首筋に手刀を喰らわし、またも彼女の意識を奪った。

「兄貴、遅いな。いつまでこの毒女のお守りをさせるつもりなんだ。」

 



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8話

と、そこへ。

 

『トントン。』とドアをノックする音がした。

「兄貴か。」

 

返事はない。ドアの向こうの人物は分からない。アオサギは問いかけた。

「好きな花は?」

「十二月の薔薇。」

「よし。」

確かにシラサギの声だった。しかし、…。ドアを開けた瞬間、

 

「な?何する?兄貴!」

アオサギはいきなり羽交い締めにされ、手刀を喰らった。しかし急所を外したせいか、意識は失っていない。アオサギはしびれ震える手で拳銃をホルスターから取り出したが、

 

「ゾキューン」

 

…新手がいたのか!そうアオサギが認識した瞬間、シラサギの背後にいた茶髪の女が硝煙の煙を吐き出す拳銃を構えていた。

 

気づいた時には、アオサギの拳銃は吹き飛ばされ、右手にはさらに強烈な痺れが残った。

 

「パトリオティスNo.7。貴様の右手はもうしばらく使い物にならん。投降しろ!」

 

次の瞬間、瞬く間に距離を詰めたシラサギがアオサギに手錠をかけた。

 

「兄貴、裏切りやがったな。」アオサギは後ろ手のまま悪態をつく。

 

「…キリアイの言葉を借りよう。時代は変わったんだ。お前やキリアイは時代の流れに乗れず、消えゆく存在なんだよ。この俺やこちらのヘザーのように、うまく時代に乗っかって生きる柔軟性がお前やキリアイには欠けていた。ま、キリアイは新時代に対応しようと努力はしていたがな。あいつは運がなかった。それだけのことよ。」

 

そして、シラサギの背後で発砲した女性が逮捕令状を見せる。

「生き残ったパトリオティス全員に対して逮捕状が出ているのよね。でもNo.6だけはさっさと帰国して自首したから、こうやって私たちウラノス警察の仲間になった。うまく生きるというのはこういうことよ。ちなみに私はウラノスの元伝書使(クーリエ)。あんたとも一回ぐらい接触したとは思うけど。」

ヘザーは軽く笑いながら、拳銃をしまった。

 

 

キリアイとアオサギは、しばられたままワゴンに乗せられ、どこかに連れて行かれる事になった。すでにキリアイは目を覚ましていたが、彼女は抵抗することはなく、うつろな瞳で向かいにいるアオサギを見つめていた。

「…なあキリアイ、お前看護師になったんだって?」

「…。」

キリアイは答えない。ただアオサギを力なく見ている。

「まいったなぁ。俺、転職するなんて発想ないから、アオサギの誘いに乗って、アキレウス参謀総長の元で工作員として今後も働こう、キリアイを手土産にすればいい、なんて甘い話に乗ったばかりにこのザマよ。」

「…。」

「結局のところ、俺らは戦争がないと生きていけない人間なんだよ。戦争が終われば、こうやって消されていくんだ。俺、もう抵抗する気もなくなった。…煮るなり焼くなり、好きにしてくれって感じだ。」

 



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9話

 ちょうどその頃、特別室で入院していたアキレウス参謀総長が、特別室を出るよう促された。

 

「なんだね。君は。私は、病人だぞ!」

 

「病人である前に、戦犯であるかと思いますが。閣下。」

 

 アキレウスの背中に銃を突きつけているのは、ニナの忠実な部下であったヘドウィグだった。現在はウラノス警察の特務班で現場指揮を取っている。

 

「いや、閣下にはもう一仕事お願いしたくてですね。パトリオティスのNo.6を捕まえるべく、一芝居をお願いしたいのです。5と7は私の部下が捕らえました。じきにウラノスの特務班事務所に連行される予定です。そこで閣下にはNo.6をねぎらってもらいたい。それだけです。簡単でしょう。その隙を見計らって、私どもの精鋭がNo.6を捕らえます。あなたはそれを見ているだけでいい。」

 

しかしアキレウスは恐れおののきながらも、提案をしてきた。

 

「もし私がその通りにしたならば、パトリオティスNo.5の女を助けられるか?」

 

「は?何を?閣下とパトリオティスの女が何か関係あるのか?」

 

ヘドウィグがいぶかしむ。

 

「…戦犯で有る私がこんな事を要求できる立場にあるとは思えぬが、パトリオティスNo.5キリアイは私の気に入りの工作員だった。時代が変われば、私の秘書に、とも考えていたが、もう時代は私を必要としないようだ。せめてもの彼女への贖罪の意思として。彼女を自由の身にしてはいただけないだろうか。私は時代の流れに乗り切れず、断罪されてしまうだろう。だが、パトリオティスは今までの残酷な時代の犠牲者だ。彼らも戦争に加担したことは確かだが、彼らの若い命を奪うほどの罪があるとは思えない。その罪は我々が作り上げた残酷な時代が着せた罪だ。断罪されるのは我々だけで良い。」

 

ヘドウィグは神妙な顔をしてアキレウスの述懐を聞いている。そして口を開いた。

 

「閣下は誇り高き軍人で有るということが分かりました。ただ、お気づきの通り、私の一存で閣下の罪やパトリオティス達の罪を決めることはできません。ただ、このヘドウィグ、ウラノスの首脳部にも閣下のような方がいらしたという事だけでも、この戦争にささやかな救いがあったと思います。No.5の女の命についてはお約束はできませぬが、特務のメンバーにはお伝えしておきます。」

 

そしてヘドウィグはアキレウスを連行し、特務班事務所へやってきた。

 

アキレウスを幽閉した後、ヘドウィグはイグナシオ・アクシスに顛末を話した。

 

「首尾は上々のようですね。私の作戦通りにうまく行っているのは、ヘドウィグさんのおかげですよ。」

 

特務班作戦担当となったイグナシオは、自分も動きたくてうずうずしているようだ。しかし、彼は「プレアデスの奇蹟」の前哨戦でキリアイの毒に侵され、今も前線で働くことはできず、こうして作戦担当として働いている。

 

「イグナ、実は…。」

 

ヘドウィグは、イグナシオにおずおずと話を始めた。先ほどのアキレウスの話だ。ヘドウィグもイグナシオがキリアイの毒に今も悩まされている事を知っている。そんな彼には話しづらいことであった。

 



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10話

「そうか…キリアイが捕まったか。そして、アキレウスが謎の助命嘆願か。解せんなぁ。何か裏があるだろうな。」

 

「あれからこちらで調べた限りだが、アキレウスはキリアイのことがお気に入りだと言っていた。が、それは秘書として使いたいというより、夜伽の相手として気に入っていたからだということらしい。」

 

「…そんなこったろうと思った。キリアイの人格に惚れてというより何か利害関係が有るかと思ったが。知っての通り俺はキリアイのせいでこのような体になってしまった。とはいえそのキリアイも大変だったのだな。」

 

「気が進まないかも知れんが、イグナがキリアイを尋問しては。」

 

「気が進まんが。」

 

「これも任務だ。今度の国王は偏屈だが切れ者のようだし。元近衛兵でしかない我々がウラノスの残党狩りのために警察組織を動かせるのだから。新国王の期待に応えないと。」

 

3日後、イグナシオはキリアイを呼び出した。彼女はほおが少しこけているようだった。女性刑務官に聞くと、この拘束中、夜中に彼女が不穏になり、刑務官が3人がかりで取り押さえたとのことだった。

 

「どうだ。調子は。」

 

キリアイはけけけ、と不気味な笑い声を上げた。

 

「久しぶりですなぁ。残念イケメンのイグナさん。」

 

キリアイは手錠をかちゃかちゃ言わせながら、どこかネジが外れたような笑顔で返事をした。彼女は椅子に座らせられて、後ろ手に縛られている。

 

「お前、今パトリオティスがお尋ね者になっている事は知っているな?」

 

「知ってました。うち、もう覚悟決めてるさかい、はよあんたの拳銃でぶっ放してくれてええねん。何のために銃持ってるん?イケメンのイグナさん?」

 

いちいちこいつは勘に触る。イグナシオが椅子から立ち上がり、キリアイの顎を持ち上げて上にしゃくる。

 

「これは言うつもりはなかったが、アキレウスがお前の命を助命しろと言ってきている。お前、アキレウスとどう言う関係だ?」

 

「あーあ。どうもこうもあらへん。うち、ゼノンの命令のままにアキレウスの夜の相手をさせられただけや。何十回とさせられてんねんで。想像してみ。イグナさんイケメンやろ。好きでもない年増のおばさんの夜の相手を何十回とさせられてみい。みんなうちみたく頭おかしなるで。ミオは、確かゼノンの旦那が一度だけ玩具にしたや言うとったけんど、あいつもやばかったでほんま。それからあいつ、ちょっとおかしなったで。あんな嫌がってた訓練それなりに真剣にやるようになったでな。」

 

「…。」

 

イグナシオは黙っている。こいつもそれなりに苦労したのだな。

 

「何、イグナさん。うちに同情などいらへんで。うちはアキレウスとゼノンと共に銃殺でも何でもしてくれれば思い残すことなどあらへん。うちの命と共に憎たらしい連中を消すことができればそれで良し。フィオレンティナへの手向けや。」

 

「フィオレンティナ?お前が名乗っていた名前か。」

 

「そう、うち、ゼノンが捕まったと聞いて、自由の身になって生まれかわろうと思ったん。その時に、パトリオティスの訓練中に死んだ友達のこと思い出してん。その子の名前もろたん。うちの命と共にゼノンを消せるなら、フィオレンティナもこれで浮かばれる…長かったわぁ。」

 

キリアイは両眼から涙をボロボロ流している、軽薄でヘラヘラした喋り方は変わらないのだが。イグナシオは彼女の顎から手を離した。

 

「ほんならうちもひとつ願い事や。パトリオティスNo.8ハチドリはうちの命と引き換えに見逃してやってくれへんねんか。」

 

「勝手なこと言うな。俺にもそこまでの権限はない。これは新国王直々の密命だ。」

 

「パトリオティスNo.8はミオの思い人だったと言うてもか?」

 

「何だと?」

 

「へへへ。」

 

キリアイはまた不気味な笑い声をあげた。

 

「イグナさん残念すぎるでほんま。あんなけ長いことミオやハチドリと一緒に過ごして気付かへんかったんか。よっしゃもう一つ言うねんで。ミオはニナ・ヴィエント前国王の親友や。まさかそっちも気付かへんかったんか。」

 

「いや、それは薄々感づいていた。しかしハチドリがミオと…。考えられん。」

 

「そこが残念なとこやゆうてんねん。ははっ。おもろいなホンマ。イグナさん。そんなんだとイグナさんに惚れた女だいぶ泣かせとんのちゃう?あ。そうか、ニナ様の事しか頭にないか。残念やったの。カエル王子に取られてまったでなぁ。」

 

「カルエルだ。」イグナシオはぶすっとして答えた。

 

「軽いボケやねんて。ノリツッコミ期待してたけんど、あかんなぁ。へへへ。」

 

キリアイは椅子に手錠をくくりつけられたまま足をばたつかせて大笑いする。

 

「イグナさん、うち最後に話した男がイケメンのあんたで嬉しかったでぇ。今夜はぐっすり眠れそうや、あんがとうな。」

 

「少し待っていろ。」イグナシオはぶすっとした表情のまま、部屋を出て行った。

 



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11話

10分後、イグナシオが面談室に戻ってきた。

 

「何やイグナさん、今度は女連れでっか?けけけ。」

 

キリアイがへらず口を叩く。イグナシオはその軽口を無視し、後ろにいる女性に話しかけた。

 

「ヘザー、こいつがキリアイだ。フィオレンティナの偽名を使って、プレアデス中央病院で働いていた。間違いないか。」

 

「はい、作戦担当官。間違いありません。」

 

そう言うと、ヘザーと名乗るウラノス警察の職員は眼鏡を外し、キリアイが固定されている椅子に駆け寄った。

 

「フィオさん…。」

 

彼女はいち看護師の表情になって、キリアイの手をぎゅっと握った。

 

「フィオさん。きっと私があなたを守って見せます。」

 

キリアイは嫌そうな顔をして、そっぽを向いて答えた。

 

「無理や。うち、看護師になって半年で100人ぐらい助けたけど、工作員としてはその10倍ぐらいの人を苦しめてきた。」

 

「それは私も同じです。ウラノスの伝書使(クーリエ)だったんですから。」

 

「パトリオティスと一緒にしないで。たかだか伝書使の分際で。」

 

「そんな冷たい言い方。…私を巻き添えにしないための言葉だってわかってますから。フィオさん。」

 

「何言っているの。殺人エリートのパトリオティスと、使い走りに過ぎない伝書使を一緒にしないで。…戦争が終われば、パトリオティスの方が罪は重くなるのは当然のことじゃない。」

 

いつの間にか、キリアイが標準語になっている。ヘザーの為に、合わせているのだろう。イグナシオは、二人のやりとりをじっと聞いている。

 

「フィオさんこそ、生き残るべき人です。パトリオティスNo.8でなく、フィオさんが生き残って下さい。そして、その為に、証言をしてくれる人が必要なら、ミオさんですか?ニナさんですか?元伝書使の私が、地の果てまでその人を探しに行きます。ウラノスの元伝書使の誇りと名誉にかけて。」

 

「あんた、!何?ずっと私とこのイグナさんの会話聞いていたの?」

 

「ここは警察の特務班の事務所です。当然、会話は、筒抜けです。今更何ですか。パトリオティスらしくもない。」

 

ヘザーは、急に厳しい言葉遣いになった。

 

「…でも、そうやって、取り乱すフィオさんを待っていたんですけどね。」ヘザーはにこっと笑った。彼女は続ける。

 

「こうやって銃口を向けたところで、あなたが取り乱すとは思えませんので。」

 

ヘザーは拳銃を構えて、キリアイに向けた。

 

「あんたでもいいよ。その引き金をさっさと引きなさい。」

 

キリアイが挑発するも、ヘザーは動じない。

 

「拳銃を見せたのは私が伝書使から警察に転職したという事が言いたかっただけ。看護師として病院にもぐっていたのも警察の任務でね。私達は新しい時代で働くべき人間よ。あんたを消させはしない。生き残りなさい、フィオレンティナさん。」

 

ヘザーはそう言って部屋を出て行った。

 

「女同士の方が話が早いな。」

 

イグナシオはおかしそうに笑い、キリアイを横目で見た。

 

「…イグナさん、あんた結構イジワルやな。ちょっとがっかりしたで。」

 

キリアイが睨みつける。

 

「…お褒めに預かりまして。」

 

余裕の表情で、イグナシオは部下を呼び、キリアイを独房に戻すよう命令した。

 



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12話

 三日後、別働隊で動いていた特務班からの報告が入った。

 

「パトリオティスNo.6コードネーム『シラサギ』を捕らえました。アキレウス閣下からの呼び出しに応じて出てきた所を確保しました。」

 

「ご苦労。」

 

ヘドウィグは報告に応じる。傍らにはイグナシオ・アクシスが書類に目を通している。

 

「作戦担当官、いや、イグナ。これで俺たちの仕事は終わったな。これから君はどうするつもりだ?かねてからのオファーに応じて、ウラノスの警察に正式に就職するか?それとも、バレステロスのニナ様のもとに戻るか」

 

ヘドウィグはイグナシオに問いかける。もともとこの二人はニナ・ヴィエントの護衛役としての活躍が高く評価されて、しばらくウラノス警察の顧問として残る事になったのだった。特務班という部隊の専属となっている。しかし、特務班最大の任務であった『パトリオティスの残党を一人残らず逮捕する』という任務もこれで終わりを迎えようとしている。

 

「あとはパトリオティスNo.8、ハチドリを残すのみか…。」

 

イグナシオは嫌そうにその名前をつぶやく。ともにニナの護衛を務めた仲間であったが、決して仲は良くなかった。しかし、現在己が意のままに動かせる警察権力をもってハチドリを逮捕するのは気が進まなかった。

 

「俺もあまりそいつのことを追い詰めたくはない。ミオの面倒を何くれとなく見ていたのだろう?」

 

短い間の交流だったが、凛とした美しさと意志の強い瞳を持ったミオという女性を、ヘドウィグもまた好意的に見ていた。

 

「ヘドウィグさん、俺はこの作戦が終わったらバレステロスに帰ります。」

 

イグナシオの声には迷いがなかった。

 

「そうだな。俺もそろそろ帰りたくなった。が、俺は(アジト)の後始末もある。しばらくはこのままのらりくらりとウラノスのご厄介になるしかないかな。少し仕事の熱意を下げる事になるかもな。仮病でも使うか。」ヘドウィグはつぶやく。

 

「生真面目なヘドウィグさんには仮病は似合わないですよ。」イグナシオが笑う。

 

「そうか。お前とも長い付き合いだ。隠せないな。」

 

「ま、奴らの裁判まではお付き合いしますよ。ゼノンがどう裁かれるか、俺にも見届ける義務があると思います。そのうち、ニナ様やミオにも話す機会があるかもしれないので。」

 

「そうだな。俺たちはウラノスに残った以上、最後までこの戦争の結末、後始末を見届けて、皆に伝える義務があるだろうな。」

 

ヘドウィグは重い気持ちで答えた。

 



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13話

裁判までは異様な速さで進んでいった。

なんといっても、新国王となったマニウスのもと、彼の周りに集まった有能な官僚たちが、無駄を徹底的に排して司法改革を進めていったのが大きい。

 

クロノ・マゴスとしてこの世界を牛耳り、戦争の種を全世界に撒き続けたゼノンやイーサン・セイラ達は銃殺と決定。彼らの工作員として暗躍したパトリオティスもその罪に連座することとなり、キリアイ、シラサギ、アオサギの3人は同じく銃殺と決まった。

 

キリアイをはじめとする3人のパトリオティスへの助命嘆願をしていたアキレウスは裁判の途中で倒れ、今は入院している。アキレウス本人は自らの銃殺を希望していたというからある意味、驚きであった。クロノ・マゴスの他のメンバー達は彼の変節に罵詈雑言を繰り返したが、そんな事で現状が変わるわけはなかった。

 

「刑の執行は2週間後の正午に。」

 

そう伝えられたパトリオティスの3人は、手錠をされたままうなずく。

キリアイはすでに覚悟を決めたのか、取り乱す事もなく、その日まで、日々何やら文章を書いていた。シラサギは刑務官を殴りつけ、手錠に加え足錠をはめられている。アオサギは減刑を訴え続けているが、もう聞く耳を持つものはいなかった。

 

ウラノスの政治の中心であったユリシス宮殿が銃殺刑の執行会場となっていた。

一般市民にもその様子が公開されているところを見ると、この国は軍事だけが先進国だが、人権についてはまだまだだな、という印象を受ける。ヘドウィグはその宮殿の中を歩きながら、ウラノスの社会の未熟さについても気づき始めていた。

 

「でも、仕方ないのだ。この戦争の顛末まで見届けるのが俺の役目だ。」

彼は傍聴席のチケットを確認し、最前列の場所である事に気づいた。

「俺はワルキューレのような華々しい空戦ができるわけでもなく、イグナのようなイケメンの騎士でもない。ただ、俺なりにできる事をしよう。いつか、この戦争の愚かしさを皆が知るようになる。その時のために、貴重な記録を持ち帰るのだ。」

 

 

 

「トマス、ちょっと。」

とある果ての島に着陸し、生活を営み始めたミオ・セイラは顔色を変えた。

「パトリオティスNo.5、6、7が銃殺されるって。ここ見てよ。」

彼女は新聞を広げて、トマスに見るよう促した。

 

トマス・ベロアはその記事を見つめる。

『アキレウスは懲役刑、ゼノンとイーサン・セイラ他クロノ・マゴスに参加した戦争犯罪人は銃殺刑と決まった。そして、クロノ・マゴスの手足となって働いたパトリオティスも連座して銃殺刑となった。なおパトリオティス唯一の生き残りであるパトリオティスNo.8については、引き続きウラノス警察が行方を追っている云々…。』

 

「どうする?キリアイの事だよね。パトリオティスNo.5って。」

「…ああ。」

トマスはキリアイとの複雑な関係を思い、言葉を濁した。

 

「…わたし、助けたい。キリアイを。トマスを救ってくれたんだもの。」

「…ああ、わかった。どうするか考えよう。」

トマスは目を鋭くした。しかしミオは、トマスの肩をつかんだ。

 

「新聞に書いてあるでしょ。あなたは今でも追われている身なのよ。私にやらせて。ちょっとあてがあるの。」

「おい、まさかセシルを使うんじゃないだろうな。」

「…それしかないでしょ。セシルには悪いけど、無断で勅許を出させてもらう。要するに、シルヴァニアの女王陛下の名前を勝手に使って、エリアドールの7人の最後の一人、ライナ・ベックの命の恩人を助けたいの。キリアイやハチドリの状態のあんたから書類の偽造方法たくさん教えてもらったからね。彼女の筆跡を真似ることなんて朝飯前よ。」

「しかし、ミオ、お前だってまだ追われている可能性もあるんだぞ。その状態で一国の女王の名を騙るのはやはり危険だ。キリアイには気の毒だが、あいつはここで死ぬのが運命だったということだ。諦めろ。」

「…トマスはあの時、死ぬ運命だったよね。それを変えたのはキリアイでしょ。私、トマスが生きているからこうやって頑張れるんだよ。トマスがあの日死んでたら、私どうなるの?今更清顕のところに戻ったって迷惑かけるだけだし。」

「ニナのもとに行く方法だってあった。」

「どっちにしたって迷惑かけるよ。ニナ様はようやくカルエルと結ばれたのに、私がニナ様と女同士でキャッキャやるわけにいかないでしょ。」

「…わかった。好きにしろ。だけど、危ない真似はするな。」

「するよ。でもその時はトマスが守ってくれる。」

「お前な…」トマスは呆れ顔になった。

「私、何度も死にかけたから。それでも生きているから。大丈夫。キリアイに借りを返さなきゃね。私もあの子100パーセント好きなわけじゃないけど、私の大事な人を助けてくれたんだから…」

「あ…?」トマスが頬を染める。

「照れてる時間はないの。あと14日しかないから。」

 



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14話

その後、ミオは部屋に缶詰になり、2日後に出てきた。

手には、本物と全く見分けがつかないほど精巧に作られたエリザベート・シルヴァニアの「女王の命令書」が。

 

『パトリオティスNo.5の死刑執行を直ちに中止すること。彼女は私の生涯の友人、エリアドールの7人のうちの一人の命を救った。ここにエリザベート・シルヴァニアの名を持って、刑の執行中止を願う。』

 

筆跡はまさにセシルことエリザベート・シルヴァニア女王のものであった。

あまりにも見事な筆跡とサインにトマスは息を呑んだ。

 

「どうやったんだ。」

「2日間、私は部屋にこもって全身全霊をセシルに染め上げたというか。いつだったか習ったよね。…時間がない、さぁ、次はウラノス行きの飛空機を確保しないと。」

 

「それには及びません。」

 

パアンと南側のドアが開き、開放的な海風とともに一人の女性が入ってきた。彼女は身分証を示した。

 

「ウラノス警察特務班、シャールカ・ハシェックと申します。その命令書、私にお預け下さいますよう。必ずや死刑執行を止めてご覧に入れます。」

 

ミオは突然の訪問者に、身構えた。トマスは問いかける。

 

「シャールカ。いつぞやの伝書使(クーリエ)か。お前、確実にキリアイの味方なのか。それが確認できないことには、この命令書は託せないぞ。」

トマスは昔、接触した伝書使の名前を思い出しながら釘をさした。

 

「パトリオティスNo.8、あなた自分の立場分かっている?あなたも追われてる立場ってことお忘れなく。」

シャールカは滑らかな身のこなしで、拳銃をトマスに向けた。

 

「その命令書、私にお預けいただけないなら、今ここで奪うのみです。」

「笑わせるな。たかが伝書使の分際で。」

トマスはシャールカに蹴りを放つべく体を躍らせた、その瞬間…

 

『ドキューン』

 

シャールカの放った銃弾はトマスの右額を掠めた。トマスの顔面に血痕がツーっと流れる。ミオはその射撃術の正確さに息を呑んだ。これと言った構えもせず、全くの鋭角へ銃弾を放った。しかもトマスをかすめた銃弾の傷はわずかな切り傷でしかない。ほっといても治る傷だ、しかし脅しとしては十分すぎる正確無比な弾道だった。彼女の腕を示すには格好の証となった。

 

「伝書使と言っても色々いるのよね。私はスナイパーの訓練を受けている。もう一度いう、その命令書を渡す気はないなら、私が奪うのみ。」

「トマス、この人只者じゃないわ!」

ミオは叫んだ。いつの間にか銃弾の弾道にミオとトマスが一直線の位置に並ばされている。ポジション取りが的確だ。シャールカは続ける。

 

「パトリオティスNo.8ハチドリ、よく聞きなさい。本来なら私の腕であなたとこの女と二人殺して命令書を奪ってもいいわけでしょう。ましてあなたはパトリオティスの残党としてお尋ね者の立場。でも私はあなたを生かした上で、命令書を穏便に預かろうとしている。その意味を考えなさい。」

 



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15話

「味方…なの?」

 

ミオはトマスとシャールカの間に位置取ったまま、おずおずとたずねる。

 

「察しがいいのはさすがね、ミオ・セイラ。だてに秋津国、セントヴォルト、ウラノスの三国で揉まれてきたわけじゃないか。でも、この平和な島で過ごすうちに、スパイの訓練も能力も鈍ったようね。それこそ伝書使(クーリエ)の私に遅れを取るぐらいに。」

 

「余計な話はいい、お前が何者なのか、詳しく話せ。」

トマスがミオを押し除けて、シャールカに向けて歩む。シャールカは銃を再びトマスに向けなおす。その無駄のない所作はトマスですら歩みを止めるほどの隙のなさだった。

 

「私、ウラノスの警察特務班の人間よ。さっき言ったはずですが。…聞いたことあるでしょ。パトリオティスなら。」

「…特務班。腐敗し切ってたウラノスの警察組織の中で唯一まともな仕事ができる奴らが揃っていたところか。確かプレアデスの奇蹟の後、トップがすげかわったとか。」

「そう、表向きは特務班本部長の更迭ということになったけど、実際は新国王マニウス殿下の元、新しい組織になった。多分あなたは知らないだろうけど、ニナ・ヴィエント元女王の側近の近衛兵が作戦担当官と特務班前線部隊長にいる。」シャールカは冷静に説明する。

「何、誰だ、そいつは!」トマスが声を荒げた。ミオも息を呑んだ。

 

「私はイグナシオ・アクシス作戦担当官の元で働いています。前線部隊長はヘドウィグ隊長。二人とも近衛兵出身で、優秀なスタッフよ。」

シャールカはようやく拳銃を下ろした。一歩引き、トマスが襲い掛かれない距離を確保している。本当に隙がない。

「ちなみに我が特務班がパトリオティスNo.5〜7は全員捕まえたのよね。私の他にも伝書使あがりがいるけど、いつもパトリオティスの使い走りをさせられていた私達があなた達を捕まえるなんて痛快でしょ。」

「…そんなことが。」

トマスは信じられない、という表情のまま、そこに立ち尽くしている。

 

「…イグナの部下なら、私、あなたを信じていいよ。それに、トマスを逮捕しないというのも、何かあなたを信用していいと思える。」ミオが思いを込めて発言した。

 

「おい待て。こいつに偽の命令書を託すことで、俺たちもまた罪を重ねることになるんだぞ。」しかしトマスはなおも慎重になっている。

 

「そこはセシルの名前を使わせてもらうんだから、最後は私がセシルの前でお縄になってでも釈明する。セシルも私の大事な友達なら、キリアイも私の友達であり、あなたの命を救ってくれた人だから。はい、シャールカさんだったわね。よろしくね。」

 

ミオはすんなり命令書を渡す。

 

「ありがとうございます。ミオ・セイラさん。」

シャールカはその偽造命令書をおし頂いた。

 

「本当は私も、キリアイの釈明に行きたいんだけど。こんな立場だから、かえって彼女のためにならないかもしれない。」

「お気持ちはわかります。ミオさん。私も、パトリオティスNo.5には生き残ってほしいんです。そのためには、エリザベート殿下の行動を忠実に再現できる御学友の方しか方法を考えられないかと思い、裁判が決まってからミオさん達を張ってました。他のエリアドールのメンバーにも特務の手の者が入っていますが、他の者は芳しい成果を得られないようです。なんと言ってもパトリオティスNo.5と直接関係のあるのはあなた達だけでしたので。」

シャールカは隙を見せない表情のまま、微笑したようだ。ミオは彼女をあらためて見つめ返す。

 

「…そう。頼みます。キリアイを助けてあげてください。」

「喋りすぎました。ではこれで失礼します。」

 

シャールカは、拳銃を再び構え、風のようにトマスとミオの家から出て行った。あとには、開け放たれたドアと海からの南風が吹くだけだった。

 

 



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16話

「よし、よくやった。シャールカ。」

 

一週間後、イグナシオとヘドウィグは、帰ってきたシャールカからその偽造命令書を受け取った。明日となった執行日に向けて、キリアイの銃殺を防ぐべく準備に入った。

 

「いずれ、シャールカには特別手当を出すよう本部長に上げておく。しばらく休め。」

 

「作戦担当官。」

シャールカはまだ話し足りないようだった。

 

「なんだ?」イグナシオ・アクシスはシャールカに横目を向ける。

 

「いえ、特別手当の件はお構いなく。ただ、私には、個人的にご褒美をいただきたいのです。」

「…おい、俺たち宮仕えだろ。俺の一存でシャールカに出世をさせることはできないしな。…ああ、何かおごって欲しいのか?」

 

ヘドウィグはニヤニヤしながら二人の会話を聞いている。

 

「いえ、今回パトリオティスNo.5の命が助かったら、担当官にはしばらく毒抜きをしていただきたいのです。…私はいつまでも、担当官の元で働きたい。ですからパトリオティスNo.5に担当官の解毒をしてもらった上で静養し、また特務班に復帰していただきたいのです。バレステロスに帰国するなんて言わないでください。この国にはお二人の力がまだまだ必要なんです。」

 

シャールカは涙声になっている。このパトリオティス残党の一掃が終わったら、ヘドウィグとイグナシオはバレステロスに戻り、ニナの元で働くということになっている。

 

「しかし、俺の体に入った毒は、もう抜けないらしいぞ。そんな俺にできることは作戦担当官ぐらいしかない。こんな体の俺を雇ってくれた特務班には感謝している。しかし、これからはウラノスも平和国家として地上の国とうまくやっていかなければならない。俺たちの仕事は終わる。そうだろう。ヘドウィグさん。」

 

ヘドウィグが応じる。

「イグナのいう通りです。シャールカさん。我々は所詮よそ者です。ですが特務班の一員に加えられて、過分な給料を頂いた。そもそも我々は一応警察とはいえ、残党狩りや戦後処理のためにかなり汚いこともやっています。そんな特務班は、平和な時代が来たら、解散すべき部隊です。我々よそ者はその時に、ウラノスの忌まわしい記憶とともに、消え去るべきなのですよ。これからの新しいウラノスを作るのはあなたのような人です、シャールカ・ハシェックさん。」

 

ヘドウィグは静かに語った。そして口調を変えて続けた。

 

「でも、イグナは中年の私から見てもやや働き過ぎの気がしますな。帰国を遅らせてでも、このウラノスでしばらく解毒休暇を取ってはいかがかな。急いで帰国したところで、待っている女性もいるわけでもなし。」

 

ヘドウィグはイグナシオをからかう。

 

「ヘドウィグさん、勘弁してください。」

 

イグナシオは照れて自分の髪の毛をくしゃくしゃにする。ヘドウィグはシャールカに向けて、片目をつぶった。

 



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17話

シャールカは意を決して、イグナシオに歩み寄った。

 

「担当官、私の為に、ご褒美として、ウラノスに残ってください。」

 

イグナシオは少し笑みを浮かべた。ニナに仕えていた頃の融通の効かないイケメンの彼の表情が見えてきた。

 

「君は俺を特別手当の代わりにするつもりか。」

「特別手当はいりません。もらえるなら担当官のウラノス滞在費に使ってください。それと、聞き入れられないかもしれませんが、パトリオティスNo.5の命が助かったなら、彼女に命じて担当官の解毒をしてください。今のままでは担当官のお体が心配です。なんなら、この私がパトリオティスNo.5を鞭打ってでも解毒をさせます。」

「シャールカ。パトリオティスNo.5を助命しても、君に預けたら殺してしまいそうだな。とにかく休みたまえ。」

「でも、担当官…。」

「下がれと言っている。」

「はっ。」

 

シャールカは悔しそうな顔をしたまま部屋を出て行った。

 

「モテる男はつらいな。」ヘドウィグがイグナシオをからかう。

 

「…まぁ、シャールカの気持ちは汲んでおこう。俺も少しこの仕事を終えたら休みたい。解毒云々は期待していないがな。俺の体をこんなにしたキリアイを助けるのは今でも釈然としないが。ヘドウィグさん、明日の事を詰めましょう。観衆たちから反感が出ないようにしないといけませんから。」

 

そして二人が作戦を立て始め、2時間が経過した。

 

…そこへ現れたウラノス新政府の超重要人物。ヘドウィグもイグナシオも椅子から起立し、続いて膝を屈して臣下の礼をとった。

 

ゼノン以下クロノ・マゴス一味はさっさと始末すればいい。

まだ世の中を知らない子どもの頃から殺人兵器として訓練された可哀想なパトリオティス達は、全員余の部下にしたかったが、3人のうち2人は裏切り者であった。No.6シラサギはNo.7を裏切り、自分だけの保身を図った。No.7アオサギはNo.5キリアイを騙し討ちにして、やはり自分の保身を図った。唯一まともなNo.5キリアイは病院で重症患者や傷痍軍人の世話をした感心なやつだったが、やはり前女王ニナ・ヴィエントを毒殺未遂した事やそれまでの数々の戦争への協力行為、いくらゼノンの命令とはいえ、その罪を軽減できるレベルのものではなかった。パトリオティスは全員連座、という方針で固めていたところに、特務班がエリザベートの命令書を手に入れてきた。

 

渡りに船だった。

 

『パトリオティスNo.5の死刑執行を直ちに中止すること。彼女は私の生涯の友人、エリアドールの7人のうちの一人の命を救った。ここにエリザベート・シルヴァニアの名を持って、刑の執行中止を願う。』

あつらえたかのようなNo.5だけをターゲットにした執行中止命令。

 

その命令書が本物であろうと偽物であろうとどうでもいい。この命令書を手に入れるために、伝書使はパトリオティスNo.8のシッポをつかんだようだが、捜査上の取引扱いでパトリオティスNo.8は未だ行方不明という事になっている。

…パトリオティスNo.8はエリザベートの学友という事らしい。

 

「余はこの命令書を、エリザベート・シルヴァニアの正式な国書として受け取った。この執行中止を行う事で、我がウラノスとシルヴァニアの両国のますますの親善が図られれば良い。」

 

「ははーっ。」「御意に。」イグナシオとヘドウィグは揃って頭を下げた。

 

そう言って、そのVIPは部屋を出て行った。

 

…ふふ、これは貸しだ。シルヴァニア女王。

 



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18話

 翌日、ユリシス宮殿で行われる銃殺刑。クロノ・マゴス一味は全世界を戦争の惨禍に陥れて暴利を貪っていた罪で。パトリオティスもその片棒を担いでいたという事で、連座させられている。

 

クロノ・マゴス一味は次々と断罪されて行った。

しかし、パトリオティス達には一言ずつ、話す時間が与えられた。シラサギとアオサギは長々と話をしたが、その後で銃声とともに絶命した。

 

「さあ、言い残す事はないか。パトリオティスNo.5?」

「なんでうちが最後やの?」久々に発するキリアイの声だった。

「パトリオティスで一番序列が高いからだ。そのぐらいの序列はつけるべきだろう。」

「わかった。おおきに。一応うちの実力を評価してくれてんねんな。」

 

彼女の脳裏に沈黙が流れる。集まった観衆からのヒワイなヤジや暴言も、もはやキリアイの耳には聞こえない。

 

…こんな気持ちやったんやな。フィオレンティナ。うちもいくで、またあの世では仲良くしてな。

 

…ハチドリ、あいつだけうまく逃げおおせたな、運やで。最後は。運は実力そのものやで。ミオと仲良くな。

 

…ミオ、ニナ、楽しかったで。うちが普通の女の子やったら、もっと仲ようなれたのにな。今度生まれ変わったら、仲良くしてな。平和な世界でな。

 

…こんなクソみたいな人生やったけど、ハチドリとミオが幸せになれるなら、少しは誰かの役に立てたかな、意味があったかなって。そう思えんねん。…

 

キリアイは微笑をたたえた。

 

銃口を向ける執行官が、その凛とした微笑みに、膝を折った。銃をすでにしまい込んでいる。いや、執行官は、その知らせに膝を折ったのかもしれない。

 

キリアイの目隠しが外された。

銃殺係の執行官が、膝を折ってかしこまっている。

 

「パトリオティスNo.5、シルヴァニアからの国書が届いた。お前の刑は中止する。エリザベート女王のご慈悲に感謝しろ。」

「え?なんやのん?」

「こら、さっさと膝を折れ。お前の命は助けられる。エリザベート女王の国書が届いた。」

「何いうてん!うち、そんな女王様と知り合いやないで!」

「やかましい。ほら、縄も解いてやった。さっさとユリシスの舞台に向かって膝を折れ。あの勅使が持っている文書がお前を助けた。」

「…え?…え、と、ははーっ。」

 

キリアイが膝を折る。彼女はユリシスの舞台に向けて平伏した。やがて観衆からは満場の拍手でキリアイは迎えられた。そして作戦担当官のイグナシオ・アクシスがキリアイに向かっていく。

 

「キリアイ。お前の命は助かった。しかし、このままという訳にもいくまい。しばらくお前の身柄を特務班で預かる。ヘザー、連れて行け。」

「はっ。」

茶髪の眼鏡の女性が、キリアイの腕をつかみ、特務班の事務所に連れて行った。

 

 



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19話

 その後、キリアイは即座に放免とは、行かなかった。

 

 いくら死刑を免れたといえ、戦争犯罪にまみれた彼女の命を狙う輩もいる。パトリオティスと言えど、不意打ちには太刀打ちできるかわからなかった。彼女は結果的に病院を辞め、特務班から潜入していたヘザーとシャールカも病院から去った。

 

キリアイは、なんとマニウス新国王が直々に接見する事になった。

 

「…ま、もともと余が部下にしたかったなどと口走ったからな。」

キリアイは国王室に呼ばれた。ニナに仕えていた頃と、だいぶ家具や執務用の机のデザインが異なる。男性的内装になっていた。彼女はドアをノックして入った。

 

「パトリオティスNo.5です。」

「マニウスだ。」

「今日は、どう言ったご用件で。」

「単刀直入に言おう。貴様は、余の部下にならぬか。」

「…娼婦という事でしょうか。」

キリアイは少し暗い顔をして、アキレウスとの屈辱にまみれた数々の夜を思い出した。

 

「誰がそんな事を言った。貴様にもっとふさわしい仕事がある。」

「…。」

 

キリアイは自分の仕事…戦争の片棒を担ぎ続けてきた人生を思い、暗い顔になった。看護師としての勤務、その戦後の生活でだいぶ精神は安定し、人間性を取り戻しつつあるように思えた。だから今度は、もう人を傷つけるような仕事はしたくない。

 

「まずは、イグナシオ・アクシスの解毒をしろ。ヤツは貴様の盛った毒で今も苦しんでいる。解毒には遅すぎるかもしれないが、本人もそれはわかっている。できる限りのことをしてやってくれ。それはすぐに取り掛かれ。」

「ははっ。」

「そして次の仕事だが、…まずはそれを食ってみろ。」

 

キリアイの目の前に、何やら野性味あふれる匂いのスープとその中に入ったヌードルが運ばれてきた。…これは何だ?特に毒はなさそうだが。食欲をそそる。

 

「…つるつる。ちゅる。」

 

意外に可愛らしい食べ方のキリアイを観察しながら、マニウスは今にもよだれを垂らしそうな勢いで、キリアイの表情を見つめる。

 

「…殿下、なんですか。これは?…お代わりはいただけますか」

キリアイはスープを飲み干してから、うっとりとした表情で国王に問いかけた。

 

「代わりはない。それ限りだ。」

「…!ひどいです。ならもっと時間をかけて味わって食べたのに、先に言ってください!」

キリアイはぷんぷん怒っている。

 

「うまいだろ。実はそれはバレステロスと言う遠い国から冷凍して空輸してもらっている、貴重な食べ物だ。『アリーメン』って言う。貴様に食わせるのはもったいない限りだが、貴様も食べた以上、余の命令に従ってもらう。」

「はっ。こんな物をいただけた以上、殿下の御意に。」

 

汚れ仕事や人を傷つける仕事は、もうたくさんだと思っていたが、こんな貴重な食べ物を頂いた以上、それなりの仕事はする。前言撤回。キリアイの目に闘志が湧いてきた。



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20話

マニウス新国王は続ける。

 

「命令その2だ。その『アリーメン』の、作り方を完璧に勉強して、ウラノスに持ち帰れ。レシピはあるにはあるのだが、アリーメンは発案者であるアリエル・アルバスが作った物じゃないとここまで美味しくはならない。」

 

「つまり、そのアリエル・アルバスという者が作ったアリーメンを完璧に再現する、ということですか。」

 

「そうだ。出来が良ければウラノスに店を出せ。余も時々食べに行きたい。」

 

「ある意味…言葉は悪いのですが。産業スパイ、という風にも聞こえます。」

 

「その通りだ。パトリオティスでつちかった技術を存分に生かし、今度は平和のためにスパイ活動をせよ。ただし、アリエル・アルバスを拉致してウラノスへ連れて来い、とは言っていないぞ。彼女と人間関係を築いた上で、作り方を教われ。そうでないと、完璧な味にはならぬ」

 

「イグナシオさんを回復させたら、すぐに取り掛かります。」

 

「よし、これより貴様は、余の直属の部下だ。バレステロスは遠い。資金が足りないようなら、遠慮なく申せ。」

 

「ははっ。良き仕事をいただき、感謝にたえません。」

 

キリアイは、2つの仕事が非人道的、屈辱的なものでない事をマニウス新国王にいたく感謝した。しかし、新国王は彼女に釘をさした。

 

「決して楽な仕事ではないぞ。…アリエル・アルバスはアルバス重工業の若き経営者でもあるということだ。多島海戦争で活躍した飛空士カルエル・アルバスの妹でもある。繰り返すがその女と信頼関係を築かなければ、アリーメンの作り方を完璧にマスターするのは難しいだろう。多忙なアリエルがアリーメンを時間を作ってまで教えてやりたい、と思えるまでの友人関係を築けるか?やれるか?」

 

「頑張ります。殿下のために。」

 

「…違う。貴様の新しい人生の為に()頑張れ。余は貴様のパトリオティスとしての能力でどこまでアリーメンを再現できるかしか興味はない。頼んだぞ。それから、貴様の呼び名はキリアイでいいのか?本名はなんだ?」

 

「…本名についての記憶はなくしました。その名はゼノンが付けたものです。でも、いいです、この世界でその名で呼んでくれた数少ない友人がいますので。私はキリアイです。キリアイとしてこれからも生きていきます。」

 

キリアイの目には、未来を夢見るような一筋の光が宿っていた。

 

「よし、キリアイ。今後は余と新しいウラノスのために働け。」

「ははーっ!」

 

キリアイは元気よく返事をして、イグナシオの部屋に向かった。 

                                                完

 



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