その想いは知らなくていい (タン塩レモンティー)
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その想いは知らなくていい 前編

「3年生のときの体育祭覚えてる?」

 成人式後に開かれた同窓会、同じテーブルでビールを呑んでいた男子が笑いながら言う。

「ああ! 比企谷の?」

「そうそう! 川崎を引っ張りだしてさ!喧嘩ばっかしてたくせに好きだったのかよ〜って大笑いだったよな」

 高校の同窓会の案内が届いたのは去年の暮れだった。あたしは大学進学と同時に上京していたから、久しぶりに地元の友達に会いたいと、すぐに出席に丸をつけた。

「あの後どうなったんだっけ?」

「フラれたんじゃなかったか?」

 隣に座っていた姫菜が笑顔であたしを見た。

「もう昔のことだからいいよ」

 あたしはにっこりと笑ってカクテルを口にする。 姫菜は特に気にもせず、唐揚げを小皿にとる。

「ほら、もっと食べなよ」

 酔いの回った男子たちがそのときの比企谷の真似を始める。

「ちょっと、男子! やめなよ。川崎さんの目の前でそんなこと」

 同じテーブルに座っていたクラスメートの女子が止めに入る。

「あ、ごめん、川崎」

 怒られた男子はしゅんとして座り直した。

「あんたはそうやってデリカシーがないから、いつまでたっても独り身なんだよ」

「え〜、それは今関係ないじゃん」

 クラスメートたちが騒いでいるのを見ると、まるで高校の教室に戻ったような気分になった。やっぱり地元はいいな、なんて思いながら唐揚げを口に運ぶ。

 

 高校最後の体育祭は、秋なのに蒸し暑かった。

 

「暑さで溶ける」

 比企谷がぶつぶつと隣でうなる。

「ほら、借り物競走の集合かかってるよ。入場門のところに行きな」

「テントの影から出たくない」

「ほら、早く」

 比企谷の背中を無理矢理押し出すと、アイツは不満げに入場門の方へと歩いていった。

 目の前で行われている障害物走に目を向ける。ちょうど同じクラスの男子が走る番らしく、テント内が一気に盛り上がる。

 やがて、借り物競走が始まると、「お母さん」や「学年で1番のイケメン」や「教え方の上手な先生」などを探して必死にグラウンド中を走り回っていた。完全に悪ノリで書いてるでしょ。

 比企谷の出番になって、グラウンドの真ん中で指示の書かれた紙を拾って開いた比企谷は、まるで無理難題を引いてしまったようにしばらく立ち尽くしていた。

「比企谷、なに引いたんだろう」

「走れ走れ!」

 テント内から野次が飛ぶ。

 やがて比企谷は紙を閉じると走り出した。

「ヒキタニ君、こっちに来ない?」

 隣に座っていた姫菜があたしに耳打ちをした。

「何引いたのかな?」

 比企谷はテントまで来ると、あたしの腕を掴んで無理矢理立ち上がらせた。

「は? なに?」

 周りのクラスメートが騒ぎだしたのと、突然腕をつかまれたので、あたしは自分の耳が真っ赤になるのを感じた。

「……ちょっと来い!」

 比企谷に強制的に日差しの下に連れ出されてゴールに引っ張られる。後ろからクラスメートたちが冷やかしの声をあげるのが聞こえた。

「ねえ! 速いんだけど!」

 空手で鍛えているとはいえ、心構えもなしに走らされ息が切れてしまいそうだ。

 ゴールに着くと、体育委員がマイクを比企谷に渡した。比企谷はマイクを受け取りながらも困ったように黙ったまま立っていた。

「ねえ、早く言いなよ? あんたのために走ってあげたんだから」

 そうつつくと、比企谷は困ったように笑ってマイクを口にあてた。

「……俺が引いたのは『好きな人』です」

 遠目でもクラスメートたちが大騒ぎしているのが見えた。

 比企谷はマイクを体育委員に返すとあたしの手を引いて、競技を終えた走者の列の後ろに座った。

「すまん。ほかに頼めそうなやつが思いつかなかった」

 比企谷は相変わらず困った顔をしてあたしに言った。

「まあ、あたしを選んだあんたはえらいよ」

 あたしは笑って比企谷の背中を叩いた。

「だろ? とっさの判断ができる男だからな」

 比企谷が力なく笑う。

 そして昼食。

 ――コトン。

「へ? 川崎?」

 比企谷の目の前に差し出したもの……それは、あたしの手作り弁当だった。

「そ、その! こ、これはたまたま多く作り過ぎただけだから!」

 あたしは恥ずかしさからか、そんな言い方をしてしまう。

「唐揚げにハンバーグにポテサラに……これ、うまそうじゃん!」

「ち、違うから! 作り過ぎただけだから! トマトも入れた方が良かった?」

 照れ隠しに、アイツの嫌いなものも言ってやる。

 比企谷が食べる様子を見ながら呟く。

 許してあげるよ。捻くれていて、鈍くて、どうしようもないヘタレだけど、それでも許してあげる。

 だって、真っ先にあたしを思い出してくれたから。




いかがだったでしょうか。


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その想いは知らなくていい 後編

「ねえねえ、さっきから気になってたんだけど、川崎さんのその薬指に光ってる指輪は彼氏から?」

 さっき男子たちを止めに入ってくれた女子があたしのほうを見て言う。

「向こうで彼氏が出来たみたいなんだけど、どんな人なのか全然教えてくれないの」

 姫菜が口をとがらせて言うが、あたしを見るなりニヤリとする。

「え〜! どんな人なの? 川崎さんのそういう話って高校時代も全然聞かなかったから気になる!」

 周りの子たちが何事かと集まってきて、少し身を引いてしまった。

「そんな話すほどのドラマも何もないんだけど」

「彼氏がいるってのは本当なんだ? いいな。向こうの人?」

「ってことは、比企谷は2回目の失恋じゃん」

 あたしが黙っていても周りが勝手に盛り上がって話が飛び交う。

「ねえ、写真とかないの?」

「向こうの人だったら都会育ちだし絶対イケメンだよ」

 女子たちが盛り上がり始めて、どうしようかと思案していたときに、どかどかと足音を立てて隣のテーブルから男子たちが比企谷を引っ張ってきた。

「ヒキタニくん。残念じゃん。川崎さんに彼氏できたって」

 戸部が比企谷の首に腕を回して言う。

「離せって」

 比企谷がその腕を叩きながら言う。

 あの頃より背筋が伸びて、目も腐らなくなって、少し垢抜けたアイツは男子たちの腕から抜け出すと、あたしたちのテーブルに座った。

「比企谷、久しぶりじゃん。元気してた?」

 女子たちが一斉に比企谷に話しかける。

 意外と比企谷は人気者だったな、と思い出した。

「比企谷も上京したんだっけ? 向こうはどう? 彼女できた?」

「ああ」

 比企谷は曖昧に答えると手元にあったビールを手に取る。

「これ、誰かの飲みかけ?」

「はあ? おまえも彼女できたのかよ? 彼女を作るためには東京に行くしかないのか」

「あんたは東京に行っても彼女できないってば」

 ゲラゲラとクラスメートたちが笑う。

「なに飲んでるんだ?」

「カシスオレンジ」

 あたしがグラスを持ち上げて答える。

「ちょっと、ヒキタニ君! サキサキは東京に彼氏がいるんだからね。手、出しちゃだめだよ」

 比企谷に場所を奪われた姫菜がニヤニヤしながら言う。

「へえ、イケメンなの?」

 比企谷がおもしろそうに言う。

「う〜ん。どうだろう」

 比企谷にからかわれているのは気づいたが、どうすればいいか分からずにあたしは下を向いた。

「ほら、見てみなよ。こんなかわいい指輪をくれるなんて、川崎さん愛されてると思わない?」

 突然隣に座っていた女子があたしの手をとってまじまじと見つめる。

「うん、高かった」

 比企谷が手にしたビールを見つめて飲み干す。周りにいたクラスメートたちがまるで打ち合わせでもしたように声を揃えた。

「バイトめっちゃ増やしたしな」

 比企谷はうつむいていたあたしの顔を覗き込む。

「うん」

 あたしはうつむいてカクテルを飲んだ。

「え、川崎の彼氏って比企谷?」

 比企谷をこちらに連れてきた男子があたしたちを交互に見て言う。

「そうだけど?」

 比企谷はイタズラが成功した子どものように笑って答えた。

 

「なにも、みんなの前であんな風に宣言しなくてもいいじゃない」

 同窓会がお開きになって、クラスメートたちにニコニコと見送られながら比企谷と2人で帰路についた。

「聞かれたから答えただけだろ」

 比企谷があたしの肩に腕を回して答える。

「久しぶりに飲み過ぎたかも」

「あんた、吐かないでよ」

「たぶん大丈夫」

 相当酔っているらしい比企谷はぶっきらぼうに言う。

 受験のときは比企谷がどこの大学を受けるかなんて知らなくて、まさか東京で再会するなんて想像すらしなかった。

「指輪、気に入ったか?」

 比企谷があたしの薬指をなでる。

「……ありがと」

 そう答えると、比企谷は嬉しそうに笑った。

「俺さ、高校のとき1回フラれたじゃん?」

「告白された覚えも、振った覚えもないですけど」

「借り物競走の時だよ。終わったあと、みんなに囲まれた時に『あたしと比企谷が付き合うわけないじゃん』って。あれ、俺結構傷ついたんだけど」

「あんたは他に好きな子いたじゃない」

「雪ノ下と由比ヶ浜なら違うぞ。それに、体育祭の時の隣でからかってたの一色だったし」

「あの生徒会長か」

「……まあな」

 比企谷が子どものように拗ねる。

 それを言うなら、比企谷にずっと片想いしてたあたしの方がよっぽど傷ついていたと思う。けれどそれを告げれば、なんだか負けを認めるような気がして言ったことはない。

「はいはい、ごめんね」

 あたしはいつもするように頭をぽんぽんと撫でてると、比企谷が足を止めてあたしを呼ぶ。

「どうした、沙希」

 きっと向こうで再会しなければ、こうして比企谷があたしの名前を呼ぶことも、あたしが比企谷の名前を口にすることもなかっただろう。

「付き合ってくれてありがとう」

「酔ったのか?」

「ああ」

 あたしがふふっと笑うと比企谷は照れたようにあたしの首に顔を埋めた。

「どういたしまして」

 比企谷があたしの首筋から離れて、あたしの顔をじっと見つめる。ゆっくりと比企谷の顔が近づいてきたので、あたしはそっと目をつむった。

 

 他の子を見つめていた比企谷を、あたしがずっと想っていたなんてアイツは知らなくていい。




いかがだったでしょうか。


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