リスタートで世界最強 (ダマカッス)
しおりを挟む

第一章
コナタ君、プロローグですよ


 ──月曜日。それは誰もが逃れられない恐ろしい奴の名である。

 

 少年──南雲コナタが微睡みながらそんな認識をしていると、布団がゆっくり何者かにはがされる。

 目を開けた先には、ナチュラルボブカットの黒髪眼鏡女子。数年前から南雲家の一員として共に暮らす、幼馴染であり家族でもある少女、中村恵里がコナタの顔を覗いていた。

 

「やあ、おはようコナタ。はい、おはよーのちゅ~……ぅぶっ」

 

「残念ながら、当方おはようのチューは受け付けておりません。……おはよう恵里」

 

 挨拶ばりの軽いノリでキスをかまそうとする恵里に対し、コナタは慣れた動作で、枕元の本を手に取り自分と恵里の間に差し込んでそれ(キス)をガードした。

 

「もう……つれないなぁ……。ダメじゃないか、ちゃんと受け取ってくれないと。かわいい幼馴染女子からのおはちゅーを受け取るのは、幼馴染男子の特権であり義務でもあるんだから」

 

「すごい暴論を聞いた気がする。聞いたことねえよそんなの」

 

 一切の動揺も見せず普通に挨拶を返し身を起こせば、恵里が若干恨めし気に見つめてくる。割と無茶苦茶なことを言いつつ、可愛らしくむくれてみせる幼馴染に苦笑を禁じ得ない。

 

「ていうか毎度毎度、突然キスしようとしてくんのやめーや」

 

「それは仕方ない、発作みたいなものだからね。乙女心は時として猛禽類になるものさ」

 

「なにそれこわい」

 

 そんな朝の軽いやり取りを済ませると、「それにしても」と恵里が呆れ交じりに部屋を見渡すのでコナタもそれに倣う。

 視線の先には本、本、本の山。壁一面に設置してある本棚からあぶれた数百冊はあろう本が、部屋の床や勉強机などを侵食するようにうず高く積み上がっていた。なるべく邪魔にならぬよう纏められてはあるが、一山でも崩れようものなら部屋の中は大惨事待ったなしである。

 

「また随分増えたねぇ」

 

「増えちゃったなぁ」

 

「そんな他人事みたいに……」

 

 呆れ顔をさらに強め、視線と言う名の弾丸を浴びせる恵里。視線が突き刺さり心持ち居心地悪くなったコナタは、顔を明後日の方向に背ける。

 まるでイタズラがばれた子供か犬猫のような反応を見せる彼の仕草に、今度は恵里が苦笑を浮かべながら肩を竦めた。

 

「ま、コナタのビブリオマニア(愛書狂)は今に始まった事じゃないからね。でもなんとかしないと、また菫さんに怒られるんじゃない?」

 

「そーなぁ……。レンタルボックスをもう一部屋……いや、もういっそのこと家のどこかに図書室を増築した方が色んな無駄が省ける気も……」

 

「そこで手放すって選択肢が出ないのも君らしいよ……。それと、もし増築するなら、愁さんと菫さんの二人にはちゃーんと相談するように」

 

「わかってるさ」

 

 彼の頭に手持ちの本を減らすという考えは更々ないらしく、都合十部屋目となる倉庫を借りるか──それどころか家を増築する算段すら講じ始める始末。筋金の入った愛書家っぷりには、もはや呆れるやら感心するやら。

 

「ところで──」

 

 幾つかの案をどれが一番効率的か頭の中で整理していると、ふと恵里が表情を真剣なものに変え、話の転換を促してきた。なので一旦思考を止め、彼女の言葉を待つ。

 

「体調はどう? 今日は見たとこ大丈夫みたいだけど」

 

「ああ。問題ねえよ」

 

「……本当に~?」

 

 確認の言葉に答えて見せるも、恵里はコナタの言葉をすぐには受け止めず、目を疑り深く細め顔を見据えてきた。その目はさながら真贋見極めんとする鑑定士の様だ。

 それから暫し、納得できたのか表情を緩め安心したように微笑んだ。

 

「ん、だいじょぶそうかな」

 

「……いや、だからそう言ったろ? ったく、信用ねえの……」

 

「当然! 君には嘘をついた前科があるのだから!」

 

「……そうだっけか?」

 

「そうだとも!」

 

 自分の言葉をすぐには信じてくれないという、あんまりと言えばあんまりな恵里の態度に、ジト目を向け拗ねた様に唇を尖らせるコナタ。しかし直後にビシッ! と力強く指を指され論破されれば、掌返したようにすっとぼけてそっぽを向いた。

 因みに、微妙に責めるような物言いをしている恵里だが、その実言う程怒ってはいない。その証拠に、軽くため息を吐き「まったくしょうがないんだから」と間もなく頬を緩ませる。

 

「それよりほら、特に問題ないならそろそろ準備しないと! もう朝ご飯の支度はできてるから、隣の寝坊助さん起こして着替えたら降りてきなよ」

 

 恵里はすでに制服姿だ。この部屋には身の回りのこと含め、すべて片付け終えてから来たのだろう。行動にそつがなく頭が下がる思いである。

 

「マジか……。悪い、手伝わなくて……」

 

「ふふっ、僕が好きでやってることだからいいさ」

 

 ばつが悪そうに謝るコナタに、彼女はさして気にした風もなく楽しそうに笑い、足取り軽く部屋を出ていった。

 

 恵里が出ていくのを見届けた後、やってしまったと言うように頭を掻くコナタ。

 

「昨日は少し夜更かししすぎたな……。ネタがどんどん湧いてくるから、つい時間を忘れちまった」

 

 無類の本好きであると同時に、実は彼自身も“東雲彼方”の作家名で、中学一年時のデビューから現在まで多数のヒット作を生み出す新進気鋭の小説家だったりする。

 昨日はかなりノッていて、次々と湧いてくるネタを逃さぬようメモに書き留めていたら、かなりの時間が経ってしまっていたのだ。

 

 時計を確認したところ、時間にそこまで余裕はない。恵里の言う通り、あまりのんびりはしてられなさそうだ。

 

「ハジメー、起きろ~! 朝だぞー!」

 

「う、うーん……むにゃむにゃ……」

 

 こちらに身を寄せ気持ちよさそうに寝息をたてる、隣の寝坊助さんこと妹の南雲ハジメを起こしにかかる。しかし、呼べど揺すれど起きる様子はない。

 

「起きろっての。遅刻すんぞ?」

 

「……まだ、ねむ…………くぅ……」

 

「…………はぁ、仕方ねえ……」

 

 昨日ハジメは遅くまで売れっ子少女漫画家である母の作業を手伝っていたので、普通に起こすのはなかなか骨が折れそうだ。

 そう思い小さく溜息を吐くと、どこからともなく紙を取り出すコナタ。

 そして徐にそれをハジメの口許に近づけていく。すると、途中で紙が意思を持ったかのように彼女の口に吸い付いた。

 一見何の変哲もない──いや、実際どこにでもある紙なのだが、まるでガムテープを彷彿させるほどピタリと密着し、簡単には剥がれそうにないのが分かる。

 

「んで鼻も摘んでっと」

 

 口を塞いだ後に鼻も指でつまむことで、完全に呼吸をシャットアウト。

 

「く、ぅ……? ……ぅぐっ!? む、むぐぐぐー!?」

 

 そうしてすぐに息苦しさを感じたのか、ハジメがジタバタし始めた。口許に引っ付いた紙を剥がそうとするも、どうやら完璧に密着しているようで剥がれる気配はない。

 目が覚めたのを確認したので手を離す。同時に紙の方も、ハジメがどれだけ頑張っても剥がれなかったのが噓のように呆気なく離れた。

 

「ぷはっ! はぁっ、はぁっ……もぉお~~! ひどいよお兄ちゃん!! あんな起こし方!」

 

「いくら起こしても起きないからだろ」

 

「だからって()まで使う!? 鬼! 悪魔! 鬼いちゃん!」

 

「そこ鬼と悪魔だけで良くね? なんでわざわざ俺を加えたし。てかお兄ちゃんのニュアンス、なんか変じゃなかった?」

 

「気のせいだよ!」

 

「さいですか」

 

 ボクは怒ってます! とばかりに胸をぽかぽか叩いてくるハジメ。コナタは両手を高く上げ、されるがまま。

 しかし再度時計を確認したところで、いよいよ時間に余裕がない事に気付いた。

 

「って、そんな場合じゃねえって。そろそろ支度して飯食って出ないと、マジで遅刻しちまう」

 

「むぅっ! ……じゃあ、はい」

 

 まだ微妙に拗ねた様子のハジメはそう手短に言うと腕を広げ、何かを待つポーズをとる。

 

「アレしてくれたら許してあげる」

 

「……はぁ、ったくもう。この甘えん坊将軍は……」

 

 早く早くと期待を多分に含んだ目でせがんでくるハジメに、呆れと微笑ましさが四:六で混ざったような表情をして、彼女ご希望のアレ──ハグをしてやる。

 右手でゆっくり髪を梳くように撫でつけ、左手で背中をポンポンと優しく叩く。

 

「ん…………えへへ~」

 

 それだけのことでハジメの表情が半端じゃないほど蕩けだした。彼女の顔は、まさに今幸せの絶頂にいる、とでも言いたげな程ゆるっゆるだ。そんな顔をされては、こっちまでつられて頬が緩んでしまう。

 

「どうだ? 満足したか?」

 

「ん~……うん、満足! じゃあ、ボクも支度してくるね!」

 

「おう、そうしろ」

 

 どうやら満足したようで、ベッドを降り部屋を出て──

 

「あ、そうだ!」

 

 行こうとした直前、何かを思い出したのか立ち止まって振り返る。そんな彼女に、何事かと首を傾げるコナタ。

 

「おはよう、お兄ちゃん!」

 

 どうやら挨拶するのを忘れていた、ということらしい。目をしばたかせ、一、二秒キョトンとしていたコナタもすぐに表情を緩め──

 

「ああ、おはようハジメ」

 

 笑顔で挨拶を返した。

 今度こそ満足して、ハジメは自室に戻っていく。

 

 昔から変わらない妹のブラコンぶりに思わず苦笑が漏れる。まあ血が繋がってない上に、思春期真っただ中とも呼べる年頃になった今でも、変わらずお兄ちゃんと慕ってくれるのは兄冥利に尽きるというもの。だからこそ、つい甘やかしてしまうのだが。

 

「……ふぅ」

 

 自分以外誰もいなくなった部屋。静かに一つ、息を吐く。

 大好きな家族との、変わらない朝の一時を噛み締めることで、()()()()()()を無理やり流し去る。

 そうすることで、起床時から今まで、少しずつこみ上げてきていたモノ(不快感)を押し込んだ。

 

(ま、やらかしちゃいないんだから、別に嘘ではねえよな?)

 

 屁理屈じみた言い訳を心の中で延べ、しかし心配してくれた恵里には、やはり心の中で一言謝っておく。

 

「…………よし! 今日も一日、がんばるぞい!」

 

 気持ちを切り替えるようにお気に入りのアニメのセリフを口ずさんで、コナタは部屋を後にした。




ここでは本文で書けなかった補足を書いていこうと思います。
すまない…上手く本文に載せられたらいいんだけど、執筆力がお察しですまない……

南雲コナタ
身長:191cm
特技:速読、マルチリンガル

日も落ちかけた河川敷で、南雲夫妻が四歳くらいの少年が川を一人ボーっと眺めていたところを無視できず話しかけたのが始まり。
その後南雲家に養子として引き取られ、ゲーム会社社長の義父─愁と少女漫画家の義母─菫の影響でハジメと、後に家族に加わった恵里の三人揃って順調にオタクに育つ。
自他共に認めるビブリオマニアでオタクとして漫画やラノベはもちろんのこと、和書や洋書も問わず手を出している。様々な国の本を読みたいがためだけの理由で多様な外国語を全部独学でマスターしちゃったやべーやつ。
ただ、愛書家ではあるが本狂いというわけじゃなく、一番大切なのは家族と豪語しており家族との時間を最も大事にしている。不潔だと恵里やハジメに避けられたら死ねる自信があるため、身嗜み等もちゃんと気を払う。
本代やレンタルボックス九部屋分の代金は全て小説家としての稼ぎから充てている。
特技の速読は、本はじっくり読みたい派なので滅多にやらないらしい。
体はかなり丈夫な方だが、約二週間に一回のペースで起床時に体調を崩していることがある。どうやら睡眠時の何かが原因のようだが……

南雲ハジメ

お兄ちゃん大好きなブラコン。コナタには家族としての感情以外のモノも抱いてるっぽい。
一週間に一度、多い時は一週間まるっとコナタの布団に潜り込んでくる。一回それに関してコナタがやんわりと抑えるよう言ったところ、涙目上目遣いのおねだりにより間近で見ていた愁諸共鼻から溢れた愛に沈められ突破された。なお、彼女にあざとい行動を教えたであろう黒幕こと某売れっ子少女漫画家は、その様子を見て腹を抱えて笑っていたとかいないとか。
朝に弱い。

中村恵里

コナタとハジメの幼馴染兼家族。コナタによくキスを迫る。恵里もハジメ同様、コナタには家族以外の別感情を持ってるっぽい。それでもハジメと不仲な様子は見られない。
ある一件以降南雲家の養子に迎えられたが、南雲性は名乗っておらず、愁や菫のことも名前呼び。これは別に南雲家にマイナスの印象を抱いてるとかではなく、単に性や呼び方を変えるのはある目的を果たしてから、というのを自らに課しているからである。愁、菫もそれを受け入れ、その時がくるのを楽しみにしているようだ。
朝には強い方。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

日常の終わりですよ

「……はぁ」

 

 学校まであと数分で到着、といったところでハジメが憂鬱気に溜息を吐く。

 もちろん今日が月曜日ということもあるが、今の溜息の理由は他にあった。

 

「あんま気にし過ぎても良いことないぞ、ハジメ」

 

「そぉそっ。チキン共の目なんて気にするだけ無駄ってものだよ」

 

 溜息の原因を知る二人が、ハジメに気遣いの言葉を投げかける。しかし二人ほど胆力のない彼女は、フォローの言葉にも複雑な顔を返すのみ。

 

「無理だよ……。ボク、二人みたいに図太くないもん……」

 

「図太いて……」

 

「ひどい言われようだねぇ」

 

 心臓に毛が生えてるのではと思う程気丈な二人を心底羨ましく思いながら、ハジメは少し先の未来を想像して再び溜息を溢す。流石にこの悩みばかりはどうにもならないので、二人して苦笑交じりに頭を撫でてやるぐらいしかできなかった。

 

 そうこうしているうち、学校に到着。緊張で委縮しているハジメの盾となるため、コナタ、ハジメ、恵里の順で扉を開け教室に入る。

 その瞬間、教室内の目が全て三人に注がれた。その目は一部を除き、お世辞にも友好的なものとは言えない。無関心ならまだいい方で、大半が侮蔑や畏怖など、負の感情が込められたものだ。

 中でも一際強い敵意の籠った視線をある一点から感じ、コナタはその方向、四人の男子が群がる場所を一睨みした。すると、鋭い瞳を返された四人組の男子は一転顔を青くし、すぐさま目を背けた。ついでに四人組程でないにしても、まだ睨んでくる他のクラスメイトにも軽く鋭い視線を返すと、こちらも揃って顔を背けた。

 敵意だけは一端な臆病者に鼻を一つ鳴らして、以降一瞥もせず歩き出す。後ろからハジメがコナタに追従するように、恵里は堂々と自席に向かう。

 

 もはや学校がある日の恒例ともいえる光景。ハジメの溜息の原因はこれである。

 そもそもなぜ彼等はクラスメイトに敵意を向けられているのか。

 

 その答えが彼女だ。

 

「南雲君、ハジメちゃん、恵里ちゃん、おはよう!」

 

「おっす白崎。おはようさん」

 

「お、おはよう……白崎さん」

 

「おはよー香織」

 

「南雲君、今日は体の調子いいんだね!」

 

「おう、今日は絶好調だ」

 

「そうなんだ! よかったぁ……」

 

 朗らかに挨拶をしてきた彼女の名前は白崎香織。

 腰まで届く長く艶やかな黒髪、顔のパーツも配置も完璧と言っていいバランスで整い、性格面も学年問わず頼られるほどの懐の深さを持ち合わせている。

 この学校において二大女神と呼ばれ、男女問わず人気を集めている美少女だ

 

 そんな絶大な人気を誇る彼女は、なぜか三人──特にコナタをよく構う。それがクラスの者達には面白くないらしい。

 

 ハジメは夜寝るのが遅く、授業中に居眠りすることが多い。恵里は居眠りこそしないし、当てられればそれに答えもするが、基本やる気なく授業をこなしている。

 

 そしてコナタだが、彼は特に良くない噂が流れていた。曰く十数人の不良を血祭に上げた。二週間に一回は必ず体調不良を理由にして学校をサボる。老人の荷物を掻っ攫おうとしたetc...

 言っておくと、噂はほぼほぼでっち上げである。とある人物がそうだと決め込んだことを、彼を糾弾する際に吹聴して流れた、9割方嘘で構成された噂が大半だ。因みにその人物は嘘を吐いている自覚はない。その人物にとって、コナタは()()()()()()()()()()()()()ことから、自分がそうだと感じたそれらは全て(まこと)の出来事なのだ。

 そして周りもコナタへの第一印象と、(コナタ)自身がそれを否定しないことから、その人物の言葉を真に受け彼を危険な不良として捉えている節がある。

 

 これらのことから、不良学生として見られている三人が、香織のような優等生に積極的に話しかけられるのが許せないのだ。

 

「まったく、毎日毎日鬱陶しいったらないよね。別に授業中どうしてようと、こっちの勝手でしょうに」

 

 香織と挨拶を交わすことで、再び視線が纏わりつく。恵里も流石に鬱陶しそうだ。

 これで成績が悪かったりするなら確かに不真面目とも取れる授業態度は問題だが、彼等の成績は三人共平均より遥かに上であり、本来そんな目を向けられる筋合いはない。

 しかしながらこの成績に関しても、件の人物に「真面目に授業も受けてないのに良い成績をとれるはずがない」と意味不明な因縁をふっかけられインチキの誹りを受けているし、それ以前に香織が積極的に構ってくる以上、やっかみは避けられないことも理解している。言うなれば一種の有名税だ。

 だからどうというわけでもない。直接手を出すことも無ければ、面と向かって何かを言う勇気すら無い、遠巻きに睨んでくるだけの、所詮は臆病者の集いである。ハジメは彼女の性格的に難しいだろうが、やっかみなどコナタや恵里は鬱陶しいと思うことはあれどほぼ気にしない。勝手にやってろのスタンスだ。

 何もしてこないなら、こっちも無関心を貫く。逆に、家族に害を及ぼすというなら容赦なく潰す。それがコナタの心構えだった。

 

(しっかし、白崎はなんでこうも俺に構ってくるかね?)

 

 コナタのことを気遣って、というのもあるだろうが、それとは別の目的も窺える。なんか視線が熱いというか、熱に浮かされてるのが見え隠れする時があるというか。

 

(まさか学校では不良で通ってる俺に恋愛感情を抱いてる、なんてことはないと思うが……)

 

 そんな考え事をしてる内、四人の男女が近づいてきた。

 ハジメの表情がさっきより曇り、恵里が露骨に嫌そうな顔をする。コナタも顔には出さないが面倒な奴が来たと思った。

 

「三人共おはよう。毎日大変ね」

 

 まず苦笑しながら挨拶をしてきたのが、二大女神のもう一人である八重樫雫。

 実家が剣道の道場で、百七十二センチと女子にしては高い身長に引き締まった体つきをしている、ポニーテールが特徴の女の子だ。香織とは幼馴染の間柄。

 凛とした雰囲気と面倒見の良さから、彼女も熱狂的なファンが多く、特に後輩の女子から熱い視線を浴びては“お姉様”などと呼び慕われている。

 生真面目な性格が災いしてか、人一倍気苦労の多い、コナタ曰く泣けてくるほどの苦労人だ。

 

「コナタン、ハジメン、エリリン、おっは~!」

 

 次に元気よく話しかけてきたのは、中学で友達になった谷口鈴。

 身長百四十ちょいの小柄なムードメーカーで、心におっさんを飼い慣らし、時々暴走する困ったさんだ。

 最初の頃は主に恵里とひと悶着あったりもしたが、今ではすっかり仲がいいフレンドリー娘である。

 

「香織、また三人の世話を焼いているのか? まったく、本当に香織は優しいな」

 

 そしてこのやたらキラキラした、優し気な笑みを香織に向け臭い台詞を放ったのが、香織と雫の幼馴染。名を天之河光輝という。

 容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の完璧超人で、香織と同じくほとんどの教師や生徒から信頼を集めている。

 恵里とハジメが表情を変えたのは彼が原因だ。彼女達は彼の本質というか致命的な欠点を知っている。その為、彼女達にとっては正直絶対に関わりたくない部類の人間なのだ。

 

「全くだぜ。そんなやる気ない奴らにゃあ何言っても無駄と思うけどなぁ」

 

 最後に投げやりな調子で光輝に同調した男が、光輝の親友の坂上龍太郎。

 身長がコナタとほぼ同じ百九十センチあり、熊のような体つきをした絵にかいたような脳筋である。

 やる気のない人間が嫌いらしく、基本的に彼等に興味がない。逆もまた然りではあるが。

 

「あはは……おはよう八重樫さん、谷口さん、天之河君、坂上君……」

 

「おはよう八重樫、谷口」

 

「おは~、雫、鈴」

 

 とりあえず、挨拶をしてきた雫と鈴には挨拶を返しておくコナタと恵里。それを逃さず、光輝がすかさず問いかける。

 

「……南雲兄、中村さん。なぜ雫と鈴にしか挨拶をしない。俺達だって挨拶したんだからちゃんと返すべきじゃないか?」

 

「はぇ~、あれ挨拶だったんだ。分からなかったよ」

 

「まあ世間一般じゃ、あれを挨拶とは言わんわな」

 

 コナタと恵里の()()()に光輝の表情が硬くなる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()二人に良い気分はしないといったところか。

 

「それより南雲、君はいつまで香織の優しさに甘える気だ? わざわざサボる口実に体調不良なんて同情を買うような言い訳をして。いい加減その適当な性格直したらどうなんだ? 香織だって君にばかり構っていられないんだから」

 

 挨拶の事はもういいとでもいうように話を変え、コナタを注意する光輝。その口ぶりは、コナタが噂通りサボっているのを信じて疑っていない様子だ。

 いや、噂を信じているというのは少し語弊がある。なにせ件の人物、コナタの悪評とも呼べる噂の発信源は、他でもない光輝だからだ。

 

 天之河光輝という人間の致命的な欠点。

 それは自分が一度正しいと信じた事を疑わない。自分がそう信じたのなら、周りの人間も同じ考えのはずだと勝手に解釈してしまう。つまり結果的に自分は絶対に正しいという、その傲慢な性格にある。そして、その傲慢を光輝自身は自覚しないというのも質が悪い。

 また、さらに質が悪いのが、この傲慢さが世間でまかり通ってしまうことにある。無駄に高いカリスマのせいで、彼の出した答えがたとえどんなに歪なものであったとしても、他の者達は深く考えもせずそれに同調してしまう。これも光輝のご都合解釈をさらに助長させる原因と言えよう。

 

 もちろんコナタは──コナタだけでなくハジメも恵里も、香織に甘えた覚えなど一度だってない。だがそんな事、光輝には()()()()のだ。なぜなら、コナタに放った自分の言葉こそが“正しい”のだから。

 

 それを理解しているコナタは、彼の言い分に対して反論はしない。すればするだけ、実りの無い押し問答で貴重な時間が無駄になるのは明白だ。なのでただ肩を竦めるだけに止めておく。

 が、そんな態度すら納得いかないのか、光輝がコナタに再度小言を言おうとしたところで──

 

「? 光輝君なに言ってるの? 私は、私が三人と話したいから話してるだけだよ? それに、体調が悪い人を心配するのは当然でしょ?」

 

 香織が無自覚の爆弾を落とした。

 教室がざわつく。男子たちの目が呪い殺さんとばかりに強くなったことで、ハジメが小さく悲鳴を上げコナタの背にしがみつく。

 

「え? ……ああ、ホントに香織は優しいな」

 

 どうやら光輝の中で香織の発言は、あくまでコナタ達を気遣ってのもの、と変換され解釈されるようだ。

 

(重症だな。幼馴染の言葉すらも碌に聞き入れないんだから。なんとも厄介な奴に目を付けられたもんだよ、白崎も──)

 

「ごめんなさいね。彼も悪気はないのだけど……」

 

この子(八重樫)もな)

 

 この中では一番人間関係や各人の心情に敏感な雫が申し訳なさそうに謝罪してくる。

 

「あはは……しょうがないよ。天之河君が言いたいこともわかるから」

(できれば放っておいてほしいんだけどね……)

 

「別に雫が謝る必要はないでしょ? 僕等は気にしてないよ」

(どうせアレには、何言っても無駄なのは分かってるし)

 

「……そう言ってもらえると助かるわ」

 

 ハジメと恵里に逆に気を遣われて苦笑いを返す雫。顔には疲れというか、哀愁が漂っているように感じた。とても青春を謳歌する女子高生がする顔じゃない。

 彼女はどれだけ、光輝が首を突っ込んで自分は解決したと思い込んでる未解決の問題を、裏でなんとかしてきたのか。

 

(あっちへこっちへと、必死に頭を下げて回る姿が簡単に浮かぶな。本っ当に泣けてくる……)

 

 こうも苦労してると、ちょっとお節介も焼きたくなるというもの。

 

「八重樫こそ苦労してるだろ? 愚痴とかなら喜んで付き合うから、何時でも言いなよ」

 

「え? ……で、でも南雲君だって……」

 

「俺は心配いらねえよ。八重樫だって女の子なんだし、ストレス溜めるとキツイだろ? 無理強いはしないけど、頼りたくなったら頼れ。つっても、愚痴聞いてやるぐらいしかできないんだけどな?」

 

 肩を竦めて、少しだけおどけた口調で最後の言葉を補足する。雫の抱え込みやすい性格を鑑みると、真面目な口調一辺倒より多少おどけてみせた方が、「愚痴に付き合ってもらうのは迷惑なんじゃ……」という心のハードルを下げられるのでは? という考えだ。

 

「……ふふっ、それで十分よ。……えっと……それじゃあ、その時はお願いできるかしら?」

 

「おうよ」

 

 どうやらうまくいったらしい。さっきまでの申し訳なさそうな顔ではなく、柔らかい笑顔を見せてくる。

 

 コナタ達はあと二年もすれば光輝と離れられる。けど、幼馴染の二人はそうもいかない。下手すれば、この先もずっと付き合いは続いていく。

 

 このまま溜め込み続ければ、彼女はいずれ壊れてしまうかもしれない。なら少しでも落ち着けるように、彼女の心をちゃんと支えてやれる男が現れるまで、自分が一時的な宿り木になるのも悪くないだろう。

 

(いや臭っさ! なんだ宿り木になるのも悪くないって!? しかも上から目線で気持ち悪っ!! 自分で自分に引くわ……っ!)

 

 頭天之河かよ俺ェ、とさり気に光輝ディスも入れつつ、内心の言動にダメージを受けるコナタ。

 急に黙りこくったコナタに雫が声をかける。

 

「南雲君? どうしたの?」

 

「あー、なんでもない。自分の痛さにダメージ受けてただけだ」

 

「は、はぁ……?」

 

 何はともあれ、これでようやく席に着ける。月曜日の朝っぱらから密度濃すぎではないか?

 

「はよーっす南雲っ」

 

「おはよう南雲。朝から大変だな、お前も」

 

「はよー二人共。もう慣れたし、別に大変って程じゃねえさ」

 

 席に着くと、前と右の席に座る相川昇と永山重吾が話しかけてきた。

 

 彼等は鈴と同じく中学が一緒だったこともあり、光輝の噂に流されることなく、気さくに話しかけてくる友人と呼べる者達だ。二人の他にも、あと何人か同じように接してくれる人はいる。

 

 例えば──

 

「遠藤もおはようさん」

 

「お、おはよう南雲!」

 

 この遠藤浩介もそうだ。挨拶をすると嬉しそうに返してくる。

 なぜこんなに嬉しそうなのか? ……それは。

 

「うおっ!? 浩介、お前いつから……?」

 

「今さら!? ずっといたし!! てか挨拶しただろ!?」

 

「……すまん、気付かなかった」

 

 崩れ落ちる遠藤。

 

 ご覧の通り、彼はとても影が薄いのだ。自動ドアが認識しなかったり、存在すら忘れられることもあったりと、雫とは別ベクトルで泣けてくる存在である。

 だがコナタだけは、なぜか遠藤をほぼ確実に認識できるので彼からはすごく有難がられている。

 

「……平和だねぇ」

 

 遠藤たちのやり取りを横目に、読みかけの本を取り出し読み始める。

 ページを送る合間に窓の外に目を向ける。空は雲一つない快晴模様だった。

 

 

 

 

 

 四限目の授業が終わりようやく昼休みに入った。

 ハジメと恵里がコナタの席に椅子を寄せる。弁当を広げると彩り豊かなおかずが出迎えた。さっそく一口。

 

「うん美味い! 恵里も料理上手くなったよな」

 

 冷めても味が損なわないよう細かい工夫が施された弁当をコナタが絶賛し、弁当を作った恵里が誇らしげに胸を反らす。

 

「ふふん、でしょ~?」

 

「恵里もボクもいっぱい料理の勉強してるからね!」

 

 南雲家の料理はハジメと恵里、ごく偶に母の菫が作る。コナタも普通に料理はできるが、率先して二人が料理を担当してくれるので有難く任せることにしている。本を読む時間も増えるし、なにより可愛い妹や幼馴染の手料理を味わうのは、やはり男としては夢とロマンに溢れたものなのだ。

 

「三人共今日は教室でお弁当食べてるんだね! 私も一緒していいかな?」

 

 弁当を食べていると、またも香織が人懐こい笑顔と共に昼食同伴の催促をしてくる。

 

 コナタとしては問題ないが、確認のためハジメと恵里に目を向けた。

 

「僕は構わないよ?」

 

「……ボ、ボクもいいよ」

 

「だとさ」

 

「ありがとう!」

 

 二人とも了承の意を唱える。ハジメは若干の躊躇いがあったが、視線が気になるのと、確実に厄介者が来ることを危惧しての反応だろう。しかしそこで反対しないのが、押しの弱いハジメらしい。

 視線の方はコナタが座る位置を調整し、ハジメに向かないようにしてやる。

 

「でもいいのか? いつもあいつら(光輝達)と一緒に食ってるのに」

 

「うん! たまには他の人と食べるのもいいかなって思って! ……それとね、今日、ちょっとお弁当作りすぎちゃったんだ。南雲君、よかったら食べてもらえないかな? かな?」

 

 そう言う香織の手には、女の子っぽい丸いフォルムの小さめな弁当箱とは別に、男物の無骨なデザインの弁当箱があった。

 狙ったような作りすぎ加減な気もするが深くは考えまい。腹には全然余裕があるし、ありがたくもらっておく。

 

「そうか? なら遠慮なくもらうよ。サンキュな、白崎」

 

「うん!」

 

 お礼の言葉に満開の笑顔を見せる香織。魅力的な笑顔だ。これは人気者になるのも頷ける。

 まあ再び空気が不穏になるが知ったことではない、と早速香織から弁当を受け取る。が、それに待ったをかける人物が一人。

 

「香織」

 

「光輝君?」

 

 そう、我らが正義の味方(笑)(厄介者)、天之河光輝だ。

 香織あるところ我あり! といった風体で現れた。

 

(確実にストーカーの素質あるだろ、こいつ)

 

 彼の将来が本気で心配──にはならず、別に彼が将来的にどうなろうと自分には関係ないので、今はただ成り行きを見守ることにした。

 

「こっちで一緒に食べよう。南雲は妹と中村さんの三人だけで食べるのが良いみたいだしさ。それに、せっかくの香織の美味しい手料理を、他の料理の片手間に食べるなんて俺が許さないよ?」

 

「「「…………」」」

 

 続く光輝の意味不明な発言に、三人揃って言葉を失う。なんというか、痛々しいにも程があった。

 絶好調すぎる光輝節に、彼の頭の中は一体どうなっているのか、呆れと少しの興味を覚えつつタコさんウインナーを頬張る。

 

「え? なんで光輝君の許しがいるの?」

 

「「ブフッ!?」」

 

「ブッ!? ゴホッゲホッ!?」

 

「だ、だいじょぶお兄ちゃん!? お茶飲んで!」

 

「サ、サン゛キュ、ハジメ……ゲッホ!!」

 

 光輝の意味不明な発言をキョトンとした表情で一刀両断する天然さん(香織)。返答がなめらかかつ的確すぎて、恵里と雫が思わず吹き出す。

 コナタも慌てて口を手で塞ぎ、頬張ったばかりのタコさんウインナーが口から発射されるのを防ごうとしたところ、誤って飲み込み盛大にむせてしまう。それを見たハジメがすかさずお茶を渡してくれる。気配りのできる妹で兄は嬉しい。

 

 光輝は苦笑しながらも、なんとか香織をコナタ達から引き離そうと、臭いセリフを吐きながらしつこく食い下がる。

 

(……ほんとに痛いな。なにが痛いって、もう存在そのものが痛い。いっそテンプレな異世界にでも飛ばされないもんかね。そんな世界なら、どんなに存在が痛々しくても馴染めるだろうさ。たぶん……きっと………って、ん?)

 

 ハジメから受け取ったお茶を飲みながら、天井知らずな光輝の痛さに呆れかえっていると、突如として光輝の足元に純白に輝く魔法陣が現れた。

 

「っ、なッ!?」

 

 その異常事態にクラスにいた誰もが、その場から動かず魔法陣に視線を注ぐ。

 

(──これは……ヤバい!?)

「全員教室から出ろっ!!」

 

 直感で危険を察したコナタが声の限り叫ぶ。だが誰も動かない。否、動けない。皆この状況に頭が着いてこないのか、金縛りにあったかのように固まってしまっている。コナタの声も耳に入ってない様子だ。

 やがてその魔法陣は徐々に輝きを増し、光輝を中心にして大きさを教室全体にまで広げていく。

 

 異常が足元まで迫ると、ようやく硬直が解け悲鳴を上げるクラスメイト達。教室に残って生徒と談笑していた先生が、先のコナタと同じく「教室から出て!」と叫ぶが無理だ。コナタ含め初動が遅すぎた……。

 

「ハジメ! 恵里ッ!」

 

「「お兄ちゃん/コナタ!?」」

 

 間に合わない!

 

 そう判断したコナタは、咄嗟にハジメと恵里の腰に腕を回し抱き寄せる。何が起きても、せめて二人(大切な家族)だけは守ってみせると、抱き寄せた体を離すまいと腕に力を籠める。

 それと同時に魔法陣の輝きが一層激しくなり、教室全体が真っ白に塗り潰され、視界も真っ白に染まった。

 

 光が治まった頃、教室内は蹴倒された椅子、食べかけのまま開かれた弁当、散乱する箸やペットボトル、教室の備品だけがそのまま残されていた。

 中にいた人だけが忽然と姿を消したのだ。まるで神隠しにあったかのように。




鈴、愛ちゃん親衛隊、永山パーティを同中出身設定に変更。

コナタの容姿はかなり整っている方。だが、目つきが鋭いのと、積極的に愛想を振り撒くタイプではないため第一印象は怖い人と見られることがほとんど。これは同じく整った顔を持ち愛想を振り撒くタイプの光輝が傍にいるため、彼との比較対象になっていることも要因になっている。
コナタも人助けはよくするが、彼は光輝とは違い困っている人を見かけてもほぼ直接介入はせず、陰からさり気なくサポートをすることが多い。そのせいか、周りもコナタの実績には気づきにくい。というか気づかない。
そのため周りのコナタの評価は、広まる悪評のフィルターもかかり怖い不良止まり。しかし基本的に他人に対してはドライな性格を自覚しているコナタは、周りの評価には無頓着。ただし周りの雰囲気に流されず、親しく接してくる同じ中学だった者には少なからず好印象を抱いているようで、彼等との交友は大事にしていこうとも思っている。
悪意や善意、対面した人の感情の機微には敏感な方で、香織がクラスメイトから必要以上に疎まれる原因とは理解しているが、同時に悪意が無いのも理解しているため無碍にはしない。むしろ香織や雫を色眼鏡で見て、必要以上に美化する周りの人間にこそ嫌悪を抱いている。もちろん光輝が自らに向ける無意識の悪感情にも気付いている。
ちなみにコナタが売れっ子小説家なのは家族以外誰も知らない。これはコナタが本を読む時間が減るからと、顔出しやメディア露出をNGにしているためである。


注意:以降光輝下げ表現が含まれています。流石にこれは過剰だろと思う方もいるかと思うので、許せそうな方のみ下スクロールしてください。



↓噂の真実
・十数人の不良を血祭に上げた→これだけはnot光輝発信。
中学の頃、園部、宮崎、菅原の三名がガラの悪い連中に絡まれているところをクラスメートだったコナタが止めに入った。最初はコナタの風貌にビビる不良だったが、コナタが穏便に済ませようとしたことと、自分達は人数がいることを思い出しコナタに突撃。これを返り討ちにした。復讐の意思が家族に向かうと事なので、意思を完全に削ぐため一定以上のダメージを与えた不良数人が病院送りにされた。というのが真相。
血祭にしたわけではないが、病院送りにはなってるので噂はほぼ真実。
因みに本編冒頭の方で強い敵意をコナタに向けた男子四人も、病院送りにこそなっていないが、手痛い返り討ちに遭い無事恐怖を刻まれた模様。

・二週間に一回は必ず体調不良を理由にして学校をサボる
コナタが体調を崩すのは本当のことであり、学校にも大体一限目の途中には来ている。噂を信じ、サボっていると取るか否かは周りの考え次第。

・老人の荷物を掻っ攫おうとした
大荷物で歩道橋を渡るのに四苦八苦していたご老人の荷物を、コナタが断りを入れ代わりに運んでいたところに光輝と遭遇。なぜか光輝はコナタを荷物泥棒と思い込み彼を糾弾。ご老人はコナタに荷物を持ってもらっていたと庇ったが、光輝はそれを聞いてコナタがご老人を脅しいているという解釈に至り正義感が悪化。いい加減めんどくさくなったコナタは荷物を光輝に渡し退散。と見せかけ光輝の次の行動を陰から観察。
光輝が代わりに荷物を運んであげるならよし、と思っていたが、光輝はコナタから荷物を()()した時点で自分の役目は終了しており、やりきった感満載の爽やかな笑顔でご老人に荷物を返却し去っていった。ご老人呆然、コナタクソでか溜息。
結局荷物は光輝がいなくなったことを確認したコナタがご老人の元に戻り、責任をもって最後まで運んであげたそうだ。

・真面目に授業も受けてないのに良い成績をとれるはずがない
そもそもどうしたらこんな考えに至るのか……これが分からない。とはコナタと恵里談。ハジメは苦笑いで言葉にこそしなかったが同意を示していたのは言うまでもない。
しかしそれで一度不正を疑われたコナタは、カンニング等がないかマンツーマンでテストを受けたことがあるというのだからヤバい。一生徒の噂を信じ込んでそんなことを強いる学校とか、控えめに言ってヤバすぎる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

異世界召喚?いいえ、誘拐ですよ

お気に入り登録だけでなく高評価までいただけて、喜びの極みです。
ありがとうございます。

拙作ですが頑張りますので、応援よろしくお願いします。


 光の収まりを感じとり、ゆっくりと目を開けた。視界に映し出された景色はどう見ても、さっきまでいた教室じゃない。

 真っ先に飛び込んできたのは巨大な壁画。

 後光を背負った金髪の中性的な顔立ちの人物が、背景として描かれている雄大な自然を、包み込むように両手を広げた様が描かれている。

 一見すれば神々しい壁画だ。しかしコナタは全く別の感想を抱いた。

 

(気色悪りぃ……)

 

 まるでこの世界は自分の所有物だと主張しているかのようだと、薄ら寒い不快感を感じたのだ。長く見続けるのも精神衛生的によろしくないので、早々に絵を視界から外した。

 

「「あ、あの……コナタ/お兄ちゃん……?」」

 

「ん? …………あっと、悪い」

 

 真下からハジメと恵里の声が聞こえ、二人の声がした方に目を向ける。

 そこには頬を赤く染め、自分の顔を見上げる二人の顔。なんか距離近いなぁと思ったら、庇うように抱き寄せたのを忘れていた事にようやく気付いた。

 今すぐ何かが起こるようなことはなさそうなので、軽く謝りながら力を緩めて解放する。解放された二人は恥ずかしそうに居住まいを正しながらも、表情はどこか嬉しそうだ。

 

「皆混乱して動けない中で、君だけは咄嗟に僕達を庇おうとするなんて……。やっぱりすごいよ、コナタは」

 

「ほんとだね。お兄ちゃんと一緒だと、すごく安心する」

 

「……なははっ。そりゃ褒めすぎだ」

 

 彼があの時最小限の混乱で済んだのは、毎夜の体験のおかげだ。不可思議な体験を経験済みだからこそ、あんな謎の現象が起きても、二人を庇うため咄嗟に動けたのだと思う。

 

(長年苦しめられてるものに“おかげ”なんてのは、ちょっとばっかし複雑な気分だ……)

 

 二人はだいぶ落ち着いてきたのか、コナタの制服の裾をちょんと摘みながら周囲を見渡し始める。そして壁画に目が行くと、ハジメは冷や汗を一筋流し、恵里は顔を顰めて絵から目を逸らした。恐らく先のコナタと同じ感想を抱いたんだろう。

 

 コナタも気を取り直し、改めて辺りを見回す。

 どうやら自分達は巨大な広間の最奥にある、台座のような場所の上にいることが分かった。台座の上にはコナタ達だけでなく、あの時教室にいた皆の姿もある。もちろん香織達も一緒だ。

 あの時は本当にギリギリで、香織まで庇う余裕はなかったため、彼女の無事を確認出来てホッとした。

 

 さらに観察を続けると、彼等の乗る台座の前で三十人近い人が、まるで祈りを捧げるように両手を胸の前で組んだ格好で跪いていた。

 何かの正装なのか、金色の刺繍があしらわれた白い法衣で統一され、黄金の錫杖をその脇に置いている。恰好から見て教会の人間だろうか? 

 その内の一人、法衣集団の中でも一際豪奢で煌きらびやかな衣装を纏った、七十代くらいの老人が進み出てきた。

 

「勇者御一行様。ようこそ、トータスへ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

 そう言って、イシュタルと名乗った老人は、好々爺然とした微笑を見せる。

 厄介事の臭いしかしない状況に、コナタは人知れず溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 程なくして、十メートルほどのテーブルが幾つも並ぶ大広間へと通された。上座に近い方に先生と光輝達四人組が座り、後はその取り巻き順に適当に座っている。コナタは最後方で恵里とハジメが彼を挟むように席に着く。

 

 全員が席に着くと、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイドが入ってくる。こんな状況でも思春期男子の飽くなき探究心と欲望は健在のようだ。クラス男子の大半がメイドを凝視している。

 地球産の某聖地にいるようなエセメイドや外国にいるデップリしたおばさんメイドじゃなく、正真正銘、男子の夢を具現化したような美女・美少女メイドだし仕方ないことではある。

 しかし男子は、いい加減女子の視線に気付いたほうがいい。目が絶対零度の冷たさを宿してるから。

 

 だらしない顔を晒す男子の姿に、香織が「まさか南雲君も……!?」と気になってる人物に目を向ける。

 隣に座る雫も香織の様子に気付いたのか、「まあしょうがないわよね」と苦笑を浮かべながら、釣られたようにコナタを見やる。

 しかし予想に反して彼女達の目に映ったのは、メイドには一切見向きもせず、鋭い双眸にイシュタルを映すコナタの姿だった。

 

((南雲、君……?))

 

 まるで今すぐにでもイシュタルを射殺さんとせんコナタの威容に、香織と雫は彼に別の誰かの影を見た気がして、思わず息を呑む。

 

「コナタは美人メイドさんに見惚れないんだね?」

 

 コナタから目が離せずにいると、タイミングよく恵里がコナタに話しかけた。それにより恵里の方へ意識が向いたおかげで、コナタから感じた威容が薄まった気がした。

 息苦しさを感じる。そこで初めて、自分たちが呼吸すら忘れてコナタを見ていたことに気付いた。

 

「確かに美人とは思うが、初対面のどんな人間かもわからん奴に見惚れたりしねえさ。そもそも可愛い顔なんて、毎日お前らを見てるから慣れっこだし」

 

「「…………ばか」」

 

「なんで馬鹿呼ばわりされたの、俺……?」

 

(見間違いかしら?)

 

 さっきまでの威容が嘘のようなアホっぽい会話をしている彼を見て、先ほどの何者かの影は見間違いだと考えることに決めた雫。隣を見ると、どうやら香織も同じような考えに至ったのか、平時の彼女に戻っていた。

 

「うぅ……ハジメちゃんと恵里ちゃん……南雲君とどんな話してるんだろう。……なんか顔赤くなってる? 一体何を言われたの……!?」

 

「香織……あなた……」

 

 ……ちょっと調子が戻りすぎてやいないだろうか? 

 通常運転に戻った香織に呆れ顔を浮かべる雫。

 

(でも……)

 

 恥ずかしそうな、それでいて嬉しそうな表情を浮かべるハジメと恵里。その様子を見て香織程ではないが、彼等がどんなことを話しているのか気になりやきもきしている自分がいることに、雫は少しの戸惑いを覚えた。

 

(……まあ、私だって女の子なんだし、そういうことにだって興味は持つわよ! うん!)

 

 そうして誰にともない言い訳をして戸惑いの感情を誤魔化し、差し出された飲み物を、少しだけ感じる胸の靄を一緒に押し流すように口に含んだ。

 

 

 

 

 

 全員に飲み物が行き渡ったのを確認したイシュタルが話し始めた。

 

 話を要約すると、ここトータスという世界には、大きく分けて人間族、魔人族、亜人族の三つの種族がある。

 この三つの種族の内、人間族と魔人族は何百年も戦争を続けている。

 魔人族は個の能力に優れていたが個体数が少なく、人間族はこれに数で対抗することで戦力は拮抗していた。

 しかし最近になって、どういうことか魔人族が魔物を使役する(すべ)を手に入れた。今まで本能のままに活動する魔物を使役できる者はほとんど居なかった。使役できても、せいぜい一、二匹程度だという。その常識が覆された。これの意味する事は、人間族側の“数”というアドバンテージが崩れたということ。つまり、人間族は滅びの危機を迎えている、と。

 

「あなた方を召喚したのは“エヒト様”です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という“救い”を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、“エヒト様”の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

 

 大方、信託を聞いた時のことでも思い出してるのか、イシュタルが恍惚としたキモイ表情を浮かべる。

 なんでも人間族の九割以上が創世神エヒトを崇める聖教教会の信徒らしく、度々降りる神託を聞いた者は例外なく聖教教会の高位の地位につくらしい。

 

 勝手な理由で拉致られた上に、なにが悲しくてジジイの恍惚顔なんぞ拝まなきゃならんのだ、と怒りを募らせるコナタ。差し出されたクソまずい紅茶擬きを、熱々の状態で鼻から注ぎ入れてやりたい衝動にすら駆られる。

 だが、怒りに身を任せても実りは無いと、クールダウンして状況を冷静に分析するよう努める。

 

(ヤバいぞこの世界。あのジジイの恍惚顔と説明を聞く限り、この時点で教会の人間が狂信・妄信的な信者であることは、ほぼ確定だ。こんな奴ばかりとは思いたくないが、人間族の九割以上が信徒とか、かなり歪んだ世界じゃねぇか)

 

 この世界の歪さに戦慄してると、一緒に召喚に巻き込まれた畑山愛子先生が突然立ち上がり、猛然と抗議を始めた。

 

「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 

 彼女は今年二十五歳になる社会科の教師で非常に人気がある先生だ。百五十センチ程の低身長に加えて童顔なこともあって、見た目はよくて中学生にしか見えない。

 理不尽な召喚理由に怒りを顕わにするが、如何せん迫力がなさすぎる。本人は背後に猛虎を背負ってるイメージなんだろうが、どう考えても無理がある。なんなら普通の猫の威嚇の方が迫力があるぐらいだ。

 現にクラスメイトは「ああ、また愛ちゃんが頑張ってる……」とほっこりした顔で愛子を見る。和んでる場合ではないというのにだ。現状を理解できてないのか、できてるけどしたくないだけなのか……。

 なんにしても無駄な足掻きだと、彼等は次のイシュタルの言葉ですぐに思い知ることになる。

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

 イシュタルの言葉に場が凍り付いた。

 

「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」

 

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意志次第ということですな」

 

「そ、そんな……」

 

 その言葉を最後に、愛子が脱力したように椅子に腰を落とす。周りの生徒達も口々に騒ぎ始め、広間内は軽いパニック状態だ。

 イシュタルはこの間、特に口を挟むでもなく静かにその様子を眺めていた。目の奥には侮蔑が込められているように見える。「エヒト様に選ばれておいて何故喜べないのか」とでも思っているのかもしれない。

 

 この世界の人間でもないのに、この世界の神に選ばれたなんて理由で喜ぶわけがない。普通に考えれば分かる事だ。しかし盲目的に神を信仰する教会の連中には、そんな普通の思考すらとんと浮かばないのだろう。

 狂人に頭のどうこうを問うても意味はないが、イカレてると思わずにはいられなかった。

 

「ん?」

 

 コナタがイシュタルとエヒトの身勝手さに怒りを抱いてると、手を握られる感触。手を握ってきたのはハジメだった。握る手が小刻みに震えている。

 

「ハジメ、大丈夫か?」

 

「……ご、ごめんねお兄ちゃん。で、でも……もうちょっとだけこうさせて?」

 

「ああ。落ち着くまで握ってればいい」

 

 コナタの顔を覗き見るハジメの瞳は不安に揺れていた。周り程パニックにはなってないが、やはり怖いことには変わらない。

 いくらオタクで創作物が好きとはいえ、ハジメだって普通の女の子なのだから。

 

「まったく、ハジメは怖がりさんだね~」

 

 そうしてると恵里が茶々を入れてきた。「やれやれ」と肩を竦めてハジメに生温かい視線を送っている。

 ハジメは「うっ……」と唸ると、頬を僅かに赤らめた。

 

「し、しょうがないじゃない……。不安なものは不安だもん……」

 

「別に責めてはないよ。僕はただ、怖がってるハジメかわいいにゃ~って思っただけだから☆」

 

「……え、恵里は不安じゃないの?」

 

「僕? ……不安じゃないって言ったら嘘だけど、なるようにしかならないからね~。僕はハジメのかわいい姿を見て気を紛らわすとするさ」

 

「うぅ~……っ! ……恵里はいじわるだよ」

 

「あははっ、ごめんごめん!」

 

 恵里にいじられ、不貞腐れたようにそっぽを向くハジメ。恵里が苦笑しながら謝る。

 一見ハジメをからかってるだけにしか見えなかった恵里の行動だが、ハジメの不安を和らげるためにやったことだとコナタはすぐに察した。その証拠に握られた手の震えが治まってる。いい感じに気が紛れたということだ。

 恵里は嫌いな者には中々容赦ない性格をしているが、その分身内には甘い。自分だって不安なのに、ハジメの不安を拭うのを優先する辺り本当に甘い。甘くていい子である。

 

「へ? こ、コナタ……?」

 

 恵里の手を握る。握った手は先程のハジメ同様震えていた。やはり無理してたようだ。

 

「お前達は俺が守る。絶対に生きて帰るぞ」

 

 静かにそう言うと、恵里とハジメが頷き、手を握り返してきた。

 

 未だパニックが収まらない中、光輝が立ち上がりテーブルをバンッと叩いた。その音にビクッとなり注目する生徒達。光輝は全員の注目が集まったのを確認するとおもむろに話し始めた。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放って置くなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」

 

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無碍にはしますまい」

 

「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

 

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

 

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

 何を根拠に大丈夫と言ってるのか分からないが、無駄に歯を光らせながら、光輝が自信満々に参戦を宣言した。すると光輝のカリスマは遺憾なく発揮され、生徒達は“絶望の中に希望を見つけた”と活気が戻ってくる。

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」

 

「龍太郎……」

 

「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」

 

「雫……」

 

「えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

 

「香織……」

 

 いつものメンバーが光輝に賛同する。

 

「なんかベタな演劇を見てる気分だよ……」

 

「まあ、実際天之河のノリはそんな感じだもんな」

 

 ともあれ、クラスで最も影響力が高い四人が参戦を宣言した。これにより、後はもう子ガモが親ガモの後ろをついて歩くが如く、自然と他の生徒達も賛同する流れが完成した。愛子が涙目になりながら「ダメですよ~!」と訴えるが、既に彼らに聞く耳はなさそうだ。

 一種の現実逃避だと、コナタは彼等を見て思う。人という生き物は未知の恐怖に対面した際、解決策を示せる他者に思考停止で従うという心理的性質を持っている。それが明確な根拠など無い虚像の希望だとしても、それに縋ることで崩れそうな精神を守ってるに過ぎない。だから深く考えず光輝に追従した。戦争に参加するとは何を意味するのかも理解しようとせずに……。

 

 目だけを動かし、視線だけでイシュタルの姿を捉える。視界に映るイシュタルは、やる気ムード高まる場の雰囲気に満足そうに頷いている。

 

(狸ジジイが!)

 

 内心でイシュタルに毒づく。

 コナタは気づいていた。イシュタルが集団の中で光輝が一番影響力を持つことを見抜き、光輝がどんな話に反応するのか、どんな言葉に食いつくのか、逐一観察しながら説明していたことを。

 その誘導に、光輝はまんまと嵌った。

 人間族の悲劇を語ってた時、魔人族の冷酷非情さ、残酷さを強調して語ってる時なんか特に分かりやすい反応をしていた。

 七十もの年月を重ねてきた老獪な教皇からしてみれば、光輝という年若く真っ直ぐ(愚直)な人間は、さぞ分かり易く御し易かったことだろう。

 

(天之河は、先生がなんであんなに怒ってたのか分かってねえのか? 分かってないんだろうな……)

 

 迫力がなかったから、そこそこに聞き流したのかもしれない。戦争は言い換えれば殺し合い──命の奪い合いだ。だから愛子はあんなにも怒った。自分は年長者で先生だからと、生徒にそんなことをさせるわけにはいかないと、自身の不安や恐怖を必死に押し殺して……。

 

 光輝は真っ先に参戦を宣言したが、彼の覚悟はかなり中途半端なものだろう。いざ魔人族を殺すとなった時、恐らく彼は殺せない。憶測にはなるが、種族は違えど、魔人族は自分達と同じ──意思を持った“人”だろうから。でなければ戦争など起こるはずがないのだから。

 

 まあそもそも、端から自分達に選択肢はないので、結局やることは変わらないわけだが……。

 戦争参加を拒否すれば、狂人達が何をしでかすか分かったものじゃない。ただ、碌でもない結果になるのは確実だ。元の世界に戻れず、この世界の知識もない以上は、現状狂人連中の庇護下に入らねば生きる術がない。つまり雫が言った通り、今はそれしか道がないのだ。なら、今は大人しく従う他ない。

 

 ハジメと恵里に目を向ける。

 

(俺の大切な家族……)

 

 彼女達の命を、絶対にこんな世界に奪わせやしない。奪わせてなどやらない!

 彼女達を無事に元の世界に返す為なら、我が身全てを懸ける。

 

(この手を……いや、全身を血で汚すことになろうと構わねえ。俺は止まらねえ!)

 

 そう、密かに決意を固めた。




コナタ=ハニトラ絶対引っかからないマン
コナタは初対面の女性にはまず心惹かれることはない。それがたとえ、一国の王女や傾国の美女だとしても。もし誘惑でもしてこようものなら、逆に警戒心が一気に跳ね上がり敵意にすら昇華する。
今回は最初からイシュタルには警戒心がMAXだった。そこに男心を利用するためにハニトラ要員のメイドが出てきたことで、それを手配したであろうイシュタルに一気に敵意ましましに。その様子を香織と雫が目撃という流れ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

コナタ君サイテー!ですよ

おかしい……今回の話はそんなに長くするつもり無かったのに、気づけば前話数とほとんど変わらない文字数になっていた。これがポルナレフ状態か(違

それと書き忘れてましたが、ハジメ=ボクっ娘、恵里=僕っ娘です。
南雲家のおにゃのこは二人共一人称が“ぼく”なので一応念のため。

10/25 誤字修正しました。
教えてくださった方、ありがとうございます!

10/27 コナタがリリアーナの質問に答える部分に違和感を覚えたため内容微修正しました。


 戦争参加が決定した後、聖教教会の本山である神山から、麓に位置するハイリヒ王国の王城に移動することになった。

 王国では既に受け入れ態勢が整っており、コナタ達は滞りなく王宮に歓迎された。

 王宮内に入り、そのまま玉座の間に案内される。途中、騎士っぽい装備をした者や文官らしき者、使用人などから期待と畏敬の念を向けられる。“神の使途”の話は、ある程度彼等の耳にも届いているらしい。

 

 彼等から向けられる眼差しに、コナタがうざったそうに顔を顰める。

 

(嫌な目だ……。俺達を見てるようで見てない。更に先を見てるような、どこか遠くを見てるような……。これは……俺達(使徒)を通して神を御拝謁してるってか?)

 

 玉座の間に着き扉を潜ると、真っ直ぐ延びたレッドカーペットの先、意匠を凝らした玉座の前で国王が立って待っていた。隣には王妃と思しき女性、彼等の子供で姉弟であろう金髪の美少女と美少年が。更には国の重鎮であろう人物など、数にして三十人以上が並んで佇んでいる。

 イシュタルが国王の元に悠然と歩いていく。次の瞬間コナタは、予想はしてはいたが当たってほしくはなかった事実を確認した。国王がイシュタルの手にキスをする儀礼をとったのだ。これで国を動かしているのが“教会”ひいては“神”であることが確定。面倒なことになりそうだと、隣のハジメと恵里と共に内心で溜息を吐いた。

 そこからはただの自己紹介だ。国王の名をエリヒド・S・B・ハイリヒといい、王妃をルルアリアというらしい。金髪美少年はランデル王子、王女はリリアーナという。

 後は、騎士団長や宰相等、高い地位にある者の紹介がなされた。途中、王子の目が香織に吸い寄せられるようにチラチラ見ていた。どうやら異性に対する認識は異世界でも変わりないようだ。

 

 

 

 

 

 その後、晩餐会と称し異世界の料理が振舞われた。見た目は地球の洋食と大差なかった。たまにピンク色のソースや虹色に輝く飲み物など珍妙な食べ物も出てきたりしたが、味は思いの外美味しかったのが意外だった。

 

 ランデル殿下がしきりに香織に話しかけていたのをクラスの男子がやきもきしながら見ているという状況もあった。当の香織は、小さな殿下が自らに寄せる想いなどまるで気付いていなかったが。

 

 コナタ、ハジメ、恵里の三人は現在テラスで夜風に当たっていた。

 コナタがテラスに出たところを二人が追ってきた形である。

 

「別に俺に付き合わないでもいいんだぞ?」

 

「ボク達も休憩しようと思ってたところだから」

 

「それにあそこにいたんじゃ、色々話しかけられてめんどくさいしねぇ~」

 

 そう言って中の様子を覗く恵里にコナタとハジメも続く。

 中では同じく晩餐会に参加している貴族等が、生徒達に積極的に話しかけていた。褒められ、おだてられて調子に乗っていたり、美男美女に話しかけられ顔を赤くしている生徒達は、皆一様に悪い気はしてないのが見て取れる。

 

「なるほど」

 

 さもありなんと苦笑するコナタ。

 

 グラスを呷り、ふとテラスから外へ広がる世界に意識が向いた。視界の先には日本とはまるで違う、ゲームで見るような景色が広がっている。

 

「ッ……!」

 

 否応なくここが地球ではないのだと実感させられる。厄介事に巻き込まれたことを思い知らされ、ギリッと歯噛みした。

 

「「コナタ/お兄ちゃん……」」

 

 ハジメと恵里が心配そうに呟く。

 二人のいる位置からコナタの顔は窺えないが長年の付き合いだ。彼が今どんな表情をしているのかなんとなく察していた。

 

「晩餐会は楽しんでおられますか?」

 

「ッ!?」

 

「お、王女様?」

 

 不意に後ろから声を掛けられた。突然の第三者の声にハジメの肩が跳ね、恵里も多少驚いた様子で振り返る。

 そこには先程自己紹介されたリリアーナ王女がいた。人好きのする笑顔を湛え、金糸のごとき艶やかな髪を靡かせ歩み寄ってくる。彼女はなるほど王族らしい。歩く様一つとっても気品に満ち溢れている。初めて見る本物の気品は、同性であるハジメと恵里をして魅せられるには十分な威力を秘めていた。

 

「王女様が俺達に何か用かい?」

 

 ただ一人、コナタだけは意に介した素振りも見せずリリアーナに問いかける。

 むしろ能面のような無表情を張り付け、抑揚のない口調で質問をしてきたコナタに、逆にリリアーナの方が気後れし一瞬足が止まりかける。しかし、気を入れ直し再び歩みを進め気丈に答えてみせた。

 

「はい。あなた方とはまだお話できてませんでしたので、ぜひお話をしたいと思いまして」

 

 リリアーナは既に他の生徒達全員と会話をしてきた。彼女は非常に真面目で温和な人間だ。故に生徒達も、王族でありながら飾らず気さくに話しかけてくれたリリアーナにすぐに信頼を寄せていた。

 コナタはどうかというと?

 

「俺はあんたらと馴れ合う気はない。話すこともない。なんでお引き取り願おうか? ……ああ、二人は何か話したいことがあるなら話すといい」

 

 にべもなかった。

 召喚された者で、彼女の美しさに中てられなかった人物はこれで二人目である。一人目とは光輝の事だが、リリアーナはコナタと光輝の気風はまるで正反対の印象を受けた。

 

「だ、ダメだよお兄ちゃん!? 王女様に向かって!?」

 

「ちょっ、コナタ……今のは僕もどうかと思うけど……」

 

「よいのです、お二人共」

 

 王族の人間をすげなく追い返そうとする彼の言動に、流石にそれはまずいとハジメと恵里が待ったをかける。しかし二人に対しやんわりと言葉を返したのは、ぞんざいに扱われたリリアーナの方だった。まさかの方向からのまさかの返答に、ハジメと恵里は口をぽかんと開けて呆けてしまう。二人はまだ知らないから仕方ないことだが、リリアーナはあの程度で機嫌を損なう程狭量な器ではない。それに彼女自身、彼の態度はここに来る前から少なからず覚悟していたことでもある。彼女がテラスにやってきたのは、三人と話すことと別にコナタ個人にも用があったのだ。

 

「一つ、伺っても?」

 

 今がその時とリリアーナは笑顔をしまい、真剣に、誠実に、コナタへ質問の了承を問う。

 対するコナタは無反応。能面のまま是非の返答も無し。普通なら、次の行動をどうすればいいのか悩み委縮してしまうところだ。

 しかしリリアーナは違った。彼女はコナタの無言を是と受け取った。もし答える気がないなら、率直に否とだけ答え追い返すはずだ、と。彼女の推察は正解。大した気位の持ち主である。

 ならばと二の句を発するリリアーナ。

 

「……あなたは、私達のことが嫌いなのでしょうか?」

 

 これこそが、リリアーナの尋ねたかったこと。

 晩餐会が始まり生徒達にすり寄る貴族達だったが、実はコナタには一人も声をかけていない。なぜか──度胸がなかったからだ。

 見た目からして威圧感のあるコナタの風貌、それにプラスして彼が放つ“近寄るなオーラ”とも呼ぶべき苛烈な雰囲気に尻込みし、誰もコナタに近寄れずにいた。

 その光景を彼女は目撃していた。加えて先の応対だ。リリアーナがそう感じたのも必然と言えた。

 

「あれを見な」

 

 コナタが質問への回答代わりにある方向を指差す。示した先は晩餐会場。窓越しに分かり易く高ぶった生徒の様が窺える。さんざん持ち上げられてものの見事に舞い上がっていた。

 だが、今注目すべきは生徒ではなく貴族の方。貴族の表情を見ながらコナタは言葉を続けた。

 

「奴らの心境を当ててやる。“あぁ、これで私達も子供も戦争に参加せずに済む。死なずに済む”だ」

 

「………そ、それは」

 

「気づいてないとでも? 見縊んなよ。“人間族の希望”だの“我々は救済を望んでいる”だの聞こえのいいことを言ってるが、要は荒事全部俺達に丸投げして、自分達は安全圏に篭ってようってことだろ。せいぜいする事っつったら俺達のご機嫌取りぐらいか?」

 

 コナタの口から発せられる恨み節の数々。それを淡々と告げられるのは、ある意味不気味だ。

 

「も、申し訳ございません。……ですが、私達では魔人族には──」

 

「この子達もあいつらも本来戦う力なんて無えよ。当たり前だ。俺達は言わば民衆だ。平和な国で平和に過ごしてただけの一般人だった。それが急に何処とも知らねえ場所に呼び出されて“あなた方は力を得ました。だから最前線で戦ってください”ときた。そんな死刑宣告と変わらねえもんを、奴らは積極的に押し付けてきやがる。それで俺が好感を抱くと、お前はそう思ってんのか?」

 

 更なる恨み節が突き刺さり、リリアーナの体が強張る。

 

 口調はあくまで平淡。表情も変わらず能面。だがキレているのは明らかだった。言葉の途中、持っていたグラスを無意識に握り潰したのが何よりの証左だ。

 

「……いえ、思いません。心を汲まぬ失礼な問いでした。皆様には申し開きのしようもございません……。我々の勝手で関係の無いあなた方を巻き込み、戦場などという死地、に引っ張り出して、しまって…………ッ!」

 

 謝罪の言葉を紡ぐリリアーナの目に少しずつ涙が溜まってくる。

 ドレスを皺が出来るほど握りしめ、ついには嗚咽ばかりが漏れ言葉が出なくなってしまう。

 

「本当に、ごめんなさい……ごめん、なさい……っ!」

 

 それでもなんとか絞り出して出てきたのは、年相応な少女の心からの“ごめんなさい”だった。

 

 泣きながら頭を下げるリリアーナを見て、今まで口を挟めず黙っていた二人から「どうするの?」と視線を投げかけられる。

 やがて苛立ちからか頭をガシガシと乱暴に掻き、コナタは未だ頭を上げようとしないリリアーナを見据え口を開いた。

 

「頭を上げてくれ、王女様」

 

「……ですが」

 

「いいから」

 

 その言葉に漸く頭を上げるリリアーナ。

 そうして頭を上げたリリアーナは瞠目した。コナタの表情に確りと感情が乗っかっていたからだ。

 それだけでも面食らったというのに、次の瞬間さらに驚かされることになった。

 

「悪かった」

 

「あ、えっ……?」

 

 コナタが謝罪と共に頭を下げたのだ。綺麗な斜め45度。最敬礼というやつである。

 頭を下げられた理由が見当もつかないリリアーナは、流れる涙を拭うことすら忘れて困惑した。

 

「な、なぜ……。あ、頭を上げてください! あなたが私に頭を下げる理由などないはずです!」

 

「理由ならある」

 

 素直に頭を上げ、コナタはバツが悪そうに理由を述べる。

 

「俺がしたのは八つ当たりだ。それも相手が言い返せないのをいいことに醜い感情を一方的にぶつける、一番恥ずかしい類の」

 

「だ、だからって、そんな……」

 

 戸惑いは晴れない。理由は分かった。しかし仕方ないことだ。言われて当然なのだ。コナタがぶつけてきた言葉は、何もかも正論だったんだから。

 

「正論だったとしてもだ。……あんたが他の貴族とは違ってちゃんと俺達個人を見て、気を遣ってくれてんだってことはすぐに分かった。なのに俺は自分の感情を優先して拒んだ。向けられた優しさを蔑ろにして感情をぶつけた。謝る理由としちゃ十分だろ」

 

 絶句するリリアーナ。

 たとえそうだとして、こんな状況で自分の非を素直に認め謝ることができる人間など、果たして何人いるだろうか?

 

「王女様に泣いて謝られて一気に頭が冷えたからな。したらやることは一つだ」

 

 悪いことをしたら謝る。良くしてもらったら礼を言う。人としての常識をちゃんと出来る人間でありたいんだと、コナタは笑顔で言った。

 

 能面とのギャップが凄すぎたからか、はたまた別の理由か定かではないが、コナタの笑顔からリリアーナは目が離せなくなる。

 

 と、横からハジメが苦笑混じりにリリアーナにハンカチを差し出した。

 

「驚かせてごめんなさい。お兄ちゃんって変に律儀なところがあって。あっ、良かったらこれでお顔拭いてください」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「あれはコナタが自己満足でやったことなんで、王女様は気にしないでいいですよ」

 

「事実だけど言い方ぁ……」

 

 どうやら一連の流れで彼女達のリリアーナへの緊張は吹っ飛んだようだ。さっきまでの張りつめた空気は何だったやら。何とも緩い空気が流れ始めていた。

 その空気に触れ、リリアーナも少しずつ余裕を取り戻していく。ハジメに渡されたハンカチで涙を拭い……ふと視界の端でキラリと何かが光った。コナタが握り潰したグラスの破片である。

 

 リリアーナの顔からサッと血の気が引いていく。ガラス片が刺さり大惨事になったコナタの手を想像したのだろう。

 

「大変! 急いで治療しないと!」

 

「治療?」

 

 突然の治療発言に訝しむコナタにリリアーナが慌てた様子で詰め寄り、彼の腕を取り手のひらを開かせる。

 

「…………あ、あれ?」

 

 直後に間の抜けた声が出た。無理もない。そこには想像とかけ離れた傷一つない手があったからだ。

 

 綺麗な碧眼がコナタの手とガラス片を行ったり来たり。目の前で起きている不思議体験に、リリアーナは頭の中で?を量産した。

 

「そういうことか」

 

 得心し苦笑を溢すコナタ。

 

「俺の体は普通より多少頑丈でな。このくらいじゃ傷一つつかねえさ」

 

「そ、そうだったのですね」

 

 にぎにぎ

 

「ああ、だから安心してくれ」

 

「は、はい……良かったです」

 

 こねこね

 

「「…………」」

 

 にぎにぎ

 

「………なあ、王女様」

 

「は、はい……なんでしょう?」

 

 こねこね

 

「手……くすぐってーんだけど……」

 

「…………へ?」

 

 手慰み感覚で手をにぎにぎこねこねしてくるリリアーナにコナタがそう言うと、リリアーナが再び間の抜けた声を発した。

 

「王女様ってば、意外と大胆なんだねぇ」

 

「あはは……」

 

 横では恵里が「むふふ」と小悪魔チックな笑みを浮かべ、ハジメが苦笑を浮かべながらリリアーナを見ている。

 視線を戻す。リリアーナの両手は未だコナタの手をにぎ(略)していた。

 

「~~~~~ッッ!!?」

 

 やっと自分が何をしているのか認識したリリアーナの顔が一瞬で茹蛸になり、熟練された戦士もかくやという勢いで後退る。完全に無意識だったようだ。

 

「ごごごごめんなさい! 私ったら何をして……っ!?」

 

「あー……うん。俺は気にしてねえから。だからそんな頭下げまくんないでくれ」

 

 さっき以上に猛烈に頭を下げてくるリリアーナにコナタが困った表情で静止を促す。王族の人間が頭下げ過ぎじゃね? と心配になるレベルだ。

 

「はぅ……皆様にはお恥ずかしいところを見せてばかりです……」

 

「でもそのおかげで僕達は親近感わきましたよ? ね?」

 

「うん、そうだね」

 

「そ、そうでしょうか?」

 

「ま、取っ付きにくいよかマシだろ。俺らとしちゃ救われた気分だし」

 

「え?」

 

「何でもない。気にしないでくれ」

 

「は、はい」

 

 沈黙が降りる。されど最初のような険悪な雰囲気はなく、穏やかそのものだ。

 

「さて、王女様はそろそろ戻った方がいいんじゃねえか?」

 

「ええ、そうします。その前に、皆様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

「南雲コナタだ」

 

「妹の南雲ハジメです」

 

「中村恵里っていいます」

 

「コナタ様、ハジメ様、恵里様ですね。今後、何かご相談などございましたら遠慮せず仰ってください。私が出来る事なら喜んで力をお貸ししますので」

 

「ああ、そうさせてもらう」

 

「それでは失礼致します」

 

 ふわりと柔らかな笑みを湛え優雅に一礼し、リリアーナは戻っていった。

 リリアーナの姿が見えなくなるまで見送ると、ハジメと恵里がほぅっと息を吐く。

 

「コナタ、あんま無茶なことしないでよ。あんな王女様に喧嘩売るような……」

 

「ホントだよ! もう心臓止まるかと思ったじゃない!」

 

「悪かったよ。俺もまさか泣き出すとは思わなかったぜ」

 

「「そこじゃない!」」

 

 揃ってツッコミを入れる。リリアーナが寛容な性格だったから良かったものの、コナタの発言は下手すれば不敬罪と捉えられるものだった。

 

「それは問題ないだろ」

 

「なんで?」

 

「俺達が神の使徒だからだ」

 

「……あ」

 

「どういうこと?」

 

 簡潔に述べたコナタの言葉の意図を恵里が察する。ハジメは理解に及ばなかったようで首を傾げた。

 

「国を動かしてるのは神で、俺達は神が遣わした存在。それを当てはめれば、立場は国の人間より俺達の方が上だ。目に余る行動が続いたり、神の意思を踏み躙るような発言をすれば教会から異端認定されるだろうが、俺のは大きく見れば貴族達に対する小言。なら不敬罪に問われる謂れもねえ」

 

 説明を受けハジメも「なるほど~」と頷いた。

 

「しかし彼女と話せたのは、結果的に良い収穫だったな」

 

 コナタの言葉に二人も頷いてみせる。

 収穫とは、先ほどコナタが言った救われた気分というのに繋がる。

 トータスに召喚され数時間、三人はある懸念を抱いていた。それは信徒全員が狂信者である可能性だ。

 何をバカなと思う話だが、説明を聞き、この世界の歪さに危機感を抱いたコナタ達は可能性を捨てきれずにいた。

 

 それを覆してくれたのがリリアーナだ。

 彼女が泣いたのは決してコナタが恐かったからじゃない。本気で罪悪感を覚えていたのだ。コナタ達を巻き込んだことに本心から心を痛め、申し訳なさから涙を流し頭を下げた。

 そんなリリアーナの存在が、トータスにも神の意思や信仰に囚われ過ぎず、確りとした個としての意思を持った人間もいるのだと教えてくれた。それで少しではあるが、精神的に余裕を得ることが出来た。

 三人にとってリリアーナは、確かな救いになったのだ。

 

 晩餐が終わり解散になると、各自に一室ずつ与えられた部屋に案内された。豪奢な部屋に天蓋付きのベッドを見てコナタの顔が一瞬引きつるが、「まあ城なんだしこんなもんか」と深く考えるのはやめることにした。

 ベッドに入る直前、部屋が豪華すぎて落ち着かないと、ハジメと恵里がコナタの部屋に押しかけてきたのは完全な余談である。




ちょっと男子ー、なにリリィちゃん泣かしてんの?女の子泣かすとか、コナタ君サイテー!
↑がこの話数の正式なサブタイです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ステータス公開ですよ

あれこれ悩んでいる間にお気に入り100件半ば&評価バーに色が付いたことに驚愕を隠せないダマカッスです。

長らくお待たせしてしまい申し訳ありません。
なかなかこれだという文章が書けず、書いては消してを繰り返してました。
こんなに多くの方に読んでもらえるなら、もっとストックを作ってから投稿するべきだったかなぁと少し後悔してます。

ちょっと文にブレがあるかもですが最新話となります。


 ──人殺し

 

 ──化け物

 

 ──貴様さえいなければ

 

 

 ──死ね

 

 

 

 ──死ね 死ね 死ね

 

 

 

 

 ──死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──死ね!!

 

 

 

 

 

「……っ」

 

 小さな呼気と同時に瞼が開く。いかにも高価そうな天蓋が視界に飛び込んだ。

 少しの間呆けて、思い出したように呟く。

 

「……誘拐されたんだったな。クラス丸ごと……」

 

 周りはまだ薄暗い。

 時計を確認する。

 

「三時……」

 

 身体を起こし両隣を見やる。ハジメと恵里がコナタの方に身を寄せ穏やかな寝息をたてている。コナタが身を起こしても起きる気配はない。

 よほど疲れがたまっていたのだろう。昨日は色々あったのだから無理もない。頭を軽く撫でてやると、心地よさからか二人の寝顔が嬉しそうに緩んだ。それを見てコナタも薄く微笑む。

 

「ぅっ……!」

 

 つと昨日の朝より遥かに大きな不快感が胃からこみ上げてきた。こみ上げるモノの強さに、たまらず小さく呻き声を発し口を押える。どうやら今日の分で精神的キャパシティを超えたようだ。昨日のように幸せ成分で上書きも出来ないらしい。

 ゆっくり、しかしなるべく急いでベッドから抜け出す。

 せっかくぐっすり眠っているのだ。起こすのは忍びないし、無用な心配をかけるわけにもいかない。

 

 部屋に備え付けられた洗面台まで向かい、胃の中のモノを洗いざらいぶちまけていく。

 ひとまず収まりを見せ、それでも長年の経験から全て出し終えた感覚がしないため、コナタはしばらく洗面台に顔を伏せる。

 暫くすると背中を左右から擦られる感覚。なるべく声や音は出さないよう注意していたはずだが、それでも二人は起きてしまったようだ。

 

「大丈夫、コナタ?」

 

「ああ……悪いな、起こしちまったみたいで……」

 

「ボク達のことは気にしないでいいから。背中擦っててあげるから、お兄ちゃんは全部出してスッキリしちゃお? ね?」

 

「……ありがとう」

 

 横目でチラッと見えたハジメと恵里は、慈愛に満ちた優しい表情をしていた。

 

 

 

 

 

 朝食を終えると、訓練と座学が始まった。

 まず、各自に十二センチ×七センチ位の銀色のプレートが配られる。不思議そうにプレートを見る生徒達に、騎士団長メルド・ロギンスが直々に説明を始めた。

 騎士団の団長が訓練とはいえ彼等に付きっきりでいいのかと言う疑問もあったが、対外的にも対内的にも“勇者様一行”を半端者に預けるわけにはいかないということらしい。なるほど納得できる理由である。

 メルド本人もなかなか豪快な性格らしく、むしろ「雑事を副長に押し付ける理由ができて助かった!」と笑っていたくらいだ。副長さんにとっては笑い事じゃないだろうが。これにはコナタも哀れに思い、顔も知らぬ副長さんに心の中で合掌だけしておいた。

 

「よし、全員に配り終わったな? こいつはステータスプレートって言ってな、文字通り自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるって優れモノだ。でもって最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だから失くさないようにしろよー?」

 

 非常に気楽な喋り方をするメルド。彼は豪放磊落な性格で、「これから戦友になろうってのにいつまでも他人行儀に話せるか!」と、他の騎士団員達にも普通に接するように忠告するくらいだ。

 その潔い性格は、コナタにリリアーナ程ではないにしろ信用に足る人物であると高評価を付けさせた。

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。 “ステータスオープン”と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

 

 アーティファクトとは遥か昔、神代に作られた強力な力を持った魔法具のことで、現代では再現不可の国宝なのだとか。ただしステータスプレートだけは複製するアーティファクトもセットで存在するので、唯一一般にも流通しているアーティファクトとのこと。

 

 説明を聞き終え指先に針をチョンと刺し、プクと浮き上がった血を魔法陣に擦りつける。すると魔法陣が一瞬淡く輝いた。

 

=========================

南雲コナタ  17歳 男 レベル:ーーー

天職:掃除屋

筋力:1

体力:1

耐性:1

敏捷:1

魔力:1

耐魔:1

技能:言語理解・??? 

=========================

 

 コナタのステータスが表示される。見事に1が並んでいる。どう考えても一番低い数値のはずだ。レベルに至っては非表示になっている。イシュタルの話では、自分達の力はこの世界の住人の数倍から数十倍あるはずだが。

 

「どういうことだろうな。それにこの天職……」

 

 しかしそれよりもコナタの目を引いたのは天職だった。

 

 ──掃除屋

 

 一般的に清掃員などを指す単語だが、殺し屋など裏世界の住人の暗喩として使われることもある。むしろ漫画等のフィクションでは後者の意味合いでよく使われるものだ。

 

(なんか引っかかる……。漫画とかでもよく見る単語だけど、その時は特に何も感じなかったのに……。何というか……しっくりくる……?)

 

 今までもこんな感覚に襲われたことがあった。

 例えばコナタのペンネームである“東雲彼方”。自らの名前をもじって付けたものだが、その際も妙にしっくりきたのを思い出す。ピタリと嵌ったというかどこか懐かしい感じがしたのだ。今回もそれに似ていた。

 

「お兄ちゃんのステータスはどうだった?」

 

 思索に耽っているとハジメが尋ねてくる。ちょっとホクホク顔だ。結構いいステータスだったのだろうか?

 

「僕も興味あるな。コナタの事だから、すっごいチート持ってそう」

 

「見せっこするか?」

 

 恵里も興味津々と近づいてきたので三人で見せ合うことに。

 

=========================

南雲ハジメ 17歳 女 レベル:1

天職:錬成師

筋力:10

体力:10

耐性:10

敏捷:10

魔力:10

魔耐:10

技能:錬成・言語理解

=========================

=========================

中村恵里 17歳 女 レベル:1

天職:降霊術師

筋力:15

体力:35

耐性:40

敏捷:20

魔力:85

魔耐:85

技能:降霊術・魂魄感知・火属性適性・氷属性適性・闇属性適性・全属性耐性・複合魔法・魔力回復・言語理解

=========================

 

「なんかお兄ちゃんのステータス変じゃない? ていうか恵里、魔力と魔耐が異様に高いし技能も多い。……あれ、これってもしかして……」

 

「たぶんハジメの数値は一般平均なんじゃないかな……」

 

「や、やっぱりそう……?」

 

「……い、いや、わかんないよ? もしかしたら1が平均かもだし。それにしたってコナタのはツッコミどころ多すぎるけど……」

 

「だよね……」

 

「試してみるか」

 

 コナタのステータスに二人は有り得ないという表情を浮かべた。

 試しにと近くに落ちていた手ごろな石を二つ拾い上げ、ハジメと恵里に放る。

 

「お兄ちゃん?」

 

「それを思い切り握ってみてくれ」

 

 そう言うと、二人は意図を汲んで思い切り石を握りしめる。「ふぬぬ~!」という声を出し、固く目を瞑って力を籠めるためにプルプルと震える姿は実に可愛らしい。念のため言っておくが、別にこれが見たいからやってもらったわけでは断じてない。

 やがて全力を出し切ったのか、力を緩めてフゥッと息を吐く二人。手を開くと石は渡した時の状態を保っていた。

 

「うーん、欠けすらしないや」

 

「僕も同じく」

 

「ふむ……二人共ありがとな。その石もらえるか?」

 

 返された石を握り、少しずつ手に力を籠めていく。

 石は容易く握り潰され、砂となってサラサラと手から零れ落ちた。

 

「わー……あいっかわらずの馬鹿力だねぇ……」

 

「これで筋力1は無理があるんじゃないかな……」

 

「考えられるのはプレートのバグだな。別にこのままでいいけど、とりあえず団長さんに報告だけはするか」

 

 ここでメルドから追加の説明が入った。

 レベルはRPGのように、魔物を倒しただけで上昇するということはないらしい。地道に腕を磨くことでステータスを上げると、それに応じてレベルが上がるシステムのようだ。

 そして天職。天職は主に戦闘系と非戦系に分けられ、戦闘系は千人に一人、場合によっては万人に一人しかいないとのこと。非戦系は、百人に一人か十人に一人くらいらしい。

 そしてステータスの値だが、レベル1の平均値は10前後とのこと。それを聞いた瞬間、ハジメの表情が絶望に転じた。メルドは全員に期待に満ちた目を向けている。

 

 最初に報告したのは光輝。天職は勇者で、レベル1の段階でパラメータオール100に様々な技能持ちと、正に勇者らしいステータスだった。

 

(天職が勇者ってなんか嫌だな。そもそも勇者は職業なのか? いや、某代表的RPGでは職業:勇者もあるけども)

 

 その後も続々とメルドに報告していく面々。どれも戦闘系天職ばかりで、光輝には及ばないものの十分チートと呼べるステータスだった。

 いよいよ恵里、コナタ、ハジメが報告する番となりメルドの元に向かう。今まで規格外のステータスばかり確認してきた彼の表情はホクホクだ。

 まずは恵里が報告する。

 

「ほぉ、これまたすごいな。降霊術師は死者の残留思念を汲み取ったり遺体を動かしたりできたりと、闇魔法を主体とした上級職だ」

 

「死者の残留思念……遺体を動かす……。なんか裏切者とかが使いそうな力みたいでやだな……」

 

 恵里が戦闘系上級職持ちであったことに嬉しそうなメルドとは対照的に、降霊術師の能力説明を聞いた恵里は浮かない表情を見せる。

 少し沈んだ様子の恵里にコナタが声を掛けようとするが、その前に小さな影が恵里に近づいた。──鈴だ。

 

「大丈夫だよエリリン! エリリンは自分の思ったことはズバババン! って言える裏表のない性格だって鈴は知ってるもん! そんな恵里が裏でこそこそ悪い事するわけない、でしょ?」

 

「鈴……」

 

 屈託のない笑顔で恵里への大きな信頼を込め断言する親友に恵里は目を丸くする。恵里が南雲家以外でかけがえのない存在に出会えたことに嬉しく思いつつ、コナタは鈴の頭に手を乗っけて恵里に言った。

 

「谷口の言う通りだぞ恵里。それに天職どうこうで敵も味方もないさ。力をどう使うかなんて、結局本人の意思次第なんだからな」

 

「そっか、そうだよね。僕が君達を裏切るなんて有り得ないし気にする必要なんかないよね!」

 

「そういうこった」

 

 鈴とコナタの励ましに恵里が吹っ切れた様に笑顔を返す。

 

「……ところでコナタンはいつまで鈴の頭に手を置いとく気かな?」

 

「あっすまん。ちょうど置きやすい位置に頭があったもんでつい」

 

「鈴をチビと申したか。よろしいならば戦争だ!」

 

「……そろそろいいか?」

 

「あ、はい、すみません」

 

 後ろで「ちょっとは鈴に身長を分けろこんにゃろー!」とか「はは、小動物の攻撃なんて痛くも痒くもないぞ」といった親友と幼馴染の声をBGMに、メルドの方に意識を戻す。

 

「いい奴らじゃないか。大事にしろよ?」

 

「言われなくてもですよ」

 

 コナタ達の方を微笑ましそうに見ていたメルドが恵里の即答にさらに笑顔を深めた。

 

「さて、続きだが、とんでもない技能まで持ってるな」

 

「とんでもない技能?」

 

「これだ」

 

 メルドが指したのは“魂魄感知”の技能。

 読んで字のごとく魂を感知する技能で、突き詰めれば対象の魂の揺らぎから虚実を把握する事すら可能になるらしい。かつてこの技能を持っていた者は、若くして司教の座に上り詰めたりなど目覚ましい功績を残してきたそうだ。

 

「お前の今後の活躍に期待してるぞ!」

 

 ステータスプレートを恵里に返しながらメルドは良い笑顔でサムズアップした。

 

 次にハジメがプレートを渡す。するとメルドは「うん?」と笑顔のまま固まり、ついで「見間違いか?」というようにプレートをコツコツ叩いたり、光にかざしたりする。そしてジッと凝視した後、もの凄く微妙そうな表情でプレートをハジメに返した。

 

「あー、その、なんだ。錬成師というのは、まぁ、言ってみれば鍛冶職のものだ。鍛冶をするときに便利なんだとか……」

 

 メルドが歯切れ悪くも説明する。まさかこんなザ・平均が出てくるとは思ってなかったんだろう。ハジメの天職は非戦系、戦闘には向かない職業だ。戦えないこともないだろうが、戦闘時に役立たずになる可能性は高い。

 

「メルド団長。これ、俺のステータスなんすけど」

 

「お、おお……っ! どれ、見せてみろ!」

 

 場のよくない雰囲気を察知したコナタが、鈴との戯れを終え続けざまステータスをメルドに報告する。

 コナタからの報告にメルドは、「助かった!」といった表情でステータスプレートを受け取る。そして再び凍り付いたように笑顔のまま固まった。

 

「え、えー、その……ちょ、ちょっっと待て! これはステータスプレートが壊れてるはずだ! すまないが、もう一度試してもらえるか!?」

 

「まあ、いいっすけど」

 

 どうしても信じられなかったようで、コナタに新しいステータスプレートが渡され、再度血を擦り付けステータスの開示を行う。

 

「……変わらないな」

 

「っすね」

 

 結果変化なし。同じ内容が新しいプレートにも刻まれた。

 

「こんな天職は知らんぞ……。レベルも非表示になってるし、隠蔽された技能もある。何より……このステータスは……」

 

「俺は気にしませんよ。これでも身分証にはなるんすよね?」

 

「あ、ああ。まあ、それぐらいにはなるが……」

 

「ならいいです」

 

 ステータスプレートを返してもらう。コナタの淡泊な答えにメルドは少し呆然とした。

 元々自分の能力を数値付けされるのに気乗りしなかったコナタとしては、むしろこの結果は好都合だった。

 しかしそれで終わりとはいかず、いかにも小物っぽい雰囲気を纏った軽薄そうな男が近づいてくる。名を檜山大介と言い、取り巻きである斎藤良樹、近藤礼一、中野信治を引き連れてきた。

 檜山は香織に惚れており、香織に構われるコナタを四人で袋にしようと突っかかったところ、見事返り討ちにされた過去を持つ。それ以来恐怖を刻まれ遠巻きに睨むことしかできなかった彼等だが、メルドの反応からコナタのステータスが酷いモノだと小物特有のセンサーが嗅ぎつけたようだ。いやらしい笑みを浮かべながら、ここぞとばかりに突っかかってくる。

 

「オイオイ南雲。どんな天職かも分からないって、そんなんでどうやって戦うつもりなんだよぉ? 妹の方も非戦系みたいだし? 無能って言葉はお前等のためにあるんだよなぁ~?」

 

 うざったい口調で檜山が肩に手を乗せてくる。やっと仕返しが出来ることにテンションが上がっているのか、香織や雫、コナタの中学時代からの級友など、周りからの視線が冷ややかになっていることに気付く様子はない。

 

「ちょっとステータスプレート見せてみろよ。天職がショボい分、ステータスは高いんだろ?」

 

「見たいなら勝手に見ろ」

 

 粘着質すぎてキモイため、離れさせるためプレートを投げ渡す。

 そうしてしばらく眺めた後、檜山達は爆笑した。

 

「ぶっははは~、なんっだこれ! 超貧弱!」

 

「ぎゃははは~、こいつ赤ちゃんより弱いぜ絶対!?」

 

「だはははは~、見ろよ! 妹の方も完全に一般人だぜ!? 兄妹揃って弱すぎっしょ~!」

 

「無理無理! 直ぐ死ぬってコイツら! 肉壁にもならねぇよ! つーか兄貴の方の天職はゴミ清掃員にでもなるつもりなのかな~!? ヒァハハハ~!」

 

 今までの鬱憤を晴らさんと、コナタとついでに妹のハジメを嘲る小物四人衆。周りでは中学組以外の連中も爆笑なり失笑なりしていく。もう我慢の限界とばかりに香織や雫が憤然と動き出そうとするが、コナタは彼女達に掌を向け静止を促すと、いつの間にやら取り返していたステータスプレートをかざしてみせた。

 

「ほら、ハジメ」

 

「あ、……うん」

 

「なっ!? い、いつの間に!?」

 

「こんな場所に来てまでねちっこくマウント取りとか、本当に下らねえ連中だ。さすがはイジメ界の粘着セロハンテープってか? 小物臭極まってんな」

 

「っ!? 誰がセロハンテープだ!? キモオタが吐かしてんじゃねえぞ!!」

 

「確かにセロハンテープに失礼か。便利なあれと違って、お前らはただただ害悪に尽きる」

 

「てめえ……!」

 

 いつステータスプレートを取り返されたのか分からず驚愕を露にする檜山だったが、続くコナタの挑発に激昂し顔を真っ赤にして食って掛かる。

 それを光輝が見かね止めに入った。

 

「やめろ! 仲間同士で争っても意味はないだろう! 南雲、心配して声をかけてくれた檜山達に対してなんてことを言うんだ。今すぐ謝るんだ」

 

 ただ止めるか喧嘩両成敗にすればいいだけなのに、なぜかコナタを一方的に非難する光輝。それも言い分はかなり的外れだ。

 コナタは冷めきった瞳で光輝を一瞥し、すぐに興味も失せたと視線を外した。

 

「おい、無視するな!」

 

 コナタの態度が気に食わなかったのか、後ろから光輝が肩を掴もうとする。

 

「俺に触んなクズが」

 

「ぐっ!?」

 

 それをすんでのところで振り返ったコナタが、光輝の手首を掴み返して阻止する。先ほど石を砕いた時とは比較にならないぐらい弱く握ったのだが、それでも痛みを与えるには十分だったようで光輝は苦悶の声を上げた。

 手を離すと光輝が手首を抑えコナタを睨みつける。檜山は下衆な笑みを浮かべ光輝の後ろに着いた。光輝と一緒に攻め立てようという腹なのだろう。実に小物極まりないムーブだ。

 

「こらー! 喧嘩はやめなさーい! 仲間同士で争い事なんてしちゃダメですよ!」

 

「そうだな。そろそろやめとけよお前達。というかなんで仲裁に入ったお前まで険悪になってるんだ……」

 

 重苦しい雰囲気が流れ出したところで、愛子とメルドが待ったを掛けた。腕をブンブン振りながら、ちっこい体で必死に三人を仲裁しようとする愛子。メルドも木乃伊取りが木乃伊になった光輝に呆れながらも注意に入る。この時コナタの中で、光輝にも平等に注意できる人物としてメルドへの評価がかなり上がったことをメルド本人は知らない。

 

 横槍が入り毒気を抜かれた檜山が舌打ちをしながら離れていき、光輝は雫の指示を受けた龍太郎に引っ張られていく。

 檜山と光輝が下がったことで、もう大丈夫だろうと判断した愛子がコナタとハジメに向き直り励ますように背中を叩いた。

 

「南雲君、南雲さん、気にすることはありませんよ! 先生だって非戦系? とかいう天職ですし、ステータスだってほらっ、ほとんど平均ですから!」

 

 提示される愛子のステータスプレート。

 

=========================

畑山愛子 25歳 女 レベル:1

天職:作農師

筋力:5

体力:10

耐性:10

敏捷:5

魔力:100

魔耐:10

技能:土壌管理・土壌回復・範囲耕作・成長促進・品種改良・植物系鑑定・肥料生成・混在育成・自動収穫・発酵操作・範囲温度調整・農場結界・豊穣天雨・言語理解

=========================

 

 ハジメは死んだ魚のような目になると「あははっ、皆凄いなぁ~」と乾いた笑みを浮かべながら、どこか遠くに意識を持っていかれた。

 確かに非戦系だ。だが魔力は光輝に匹敵しているし、なにより愛子の天職は作農師。戦時下において兵力と並ぶほど重要とされる糧食問題を解決できるだろう超レアモノだった。付随されたスキルも、考え得る限り完璧だ。

 愛子の天職を知ったメルド達も当然騒ぎ出し、俄かに慌ただしくなる。

 

「先生。先生も十分チートっすよ」

 

「えっ?」

 

「あらあら、愛ちゃんったら止め刺しちゃったわね……」

 

「は、ハジメちゃん大丈夫!?」

 

「ハジメンが死んだ!?」

 

「この人でなし! ってネタはともかく、思いもしない方向から止めが来るとか……愛ちゃんもなかなかえぐいことするねぇ……」

 

「えっ、えっ……?」

 

 固まったハジメとコナタ達の苦笑交じりの言葉に、愛子は「あれぇ~?」と可愛らしく首を傾げていた。




コナタの体調不良の原因が判明
眠りに就くと毎日欠かすことなく聞こえてくる怨嗟の声が少しずつコナタの心を蝕んでいき、許容できる精神的キャパシティを超えてしまうことで起こる。その周期が二週間に一回くる。
声が聞こえ始めたのは七歳の頃で、今でこそ二週間周期だが当初は毎日のように戻していた。十年間も聞き続けてきただけあり、鍛えられたコナタの精神力は鬼のように強靭。召喚に巻き込まれても冷静さを保っていたのはそのため。


恵里の技能“魂魄感知”はありふれ零から引っ張って来てます。ただ私はコミック版しか持ってないので、もしノベル版で正確な技能名が出てましたら教えてください。


感想お待ちしてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。