Loversビードロロマンシア (Planador)
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Loversビードロロマンシア

「物語読みたいならこういうのも読んでみたら?」

 そう言って、クレアから半強制的に二本エロゲを渡されたのがつい先般のこと。創作者のヒロインを攻略しつくしたのが一昨日のこと。そしてもう一つの作品の中で大正時代に飛ばされたのが昨日のこと。

「へー、クレアさんがやってるもの? 面白いんだって? じゃぁ暁と一緒に読む」

 偏見は持っているつもりはないけど、漫画とか小説とかよりは気軽に買えるものでもなく、また多くの時間を割くから、エロゲ的なものはそんなにやってこなかった。少し違うジャンルを読んでみたいとクレアに相談してみた結果がこれだ。

「何がどうであれ、何かを作り出せる人はすごいよねー。私には出来やしないや」

 完全に18禁のものしか勧められなくて、京楓と一緒に読むんだけどと言えずじまいだった。そりゃ京楓とエロ本読むことはあるし、あわよくばその中のシチュ試すこともあるけど、それを前提として人からものを借りる、というのは流石に気恥ずかしい。

「あれ、大正時代ってこれってあったっけ? ――これはあるんだ。これは――ないんじゃないの? 間違えちゃったのかな?」

 とはいえ、大学生なんて余暇は割とある。徹夜なんてしなくても、講義が入ってなければ自由時間は大量に捻出できる。そして俺も京楓も、土日と併せて四日程完全にフリーだった。だから、借りた、というより何故か押しつけられたエロゲ二本を一気にプレイしていた。

「えっと、冒頭にそんな記述があったけど、それがそう繋がって、えっ!?」

 そして後に手を出した方で、大正から2020年の桜の木に戻ってきたのが今。そのまま物語は終焉を迎える。

「――幸せだった、んだよね?」

 全てを終えて、タイトル画面に戻ってきた時に、京楓がぽつりと漏らす。それに、俺は素直に首を縦に振ることが出来なかった。

 双六から戻ってくる時の別れ。俺には、どうしてもそれがオーバーラップしてしまった。あの別れは今生の別れであるということがわかってしまっていて。

 今画面上で紡がれた物語が創作であると切り捨てることは簡単だ。だけど、似たような経験をしてしまうと、画面上の創作を創作と思えなくなってしまう。

「そんな何か考えちゃうことあった?」

「ん、まぁな……」

 具体的に言うのは避けよう。これはあくまで創作。少なくともこれ自体は俺たちが直に体験したことではない。俺たちがたまたま超常的現象に行き当たっただけだ。

 とりあえずどのタイミングでクレアにこれらを返そうか思案する。大学持って行っても別に問題ないだろうけど。それが一番楽だし安牌だけど、他の人の視線に晒すものでもない。店に持っていくか。バックヤードに入れてくれれば人目にもつかない。

 と、京楓があることに気付く。あ、ため息ついた。

「クレアさんがこの二つ貸してくれたのって、もしかして……」

 京楓が、同時に貸してくれたサウンドトラックの歌手の欄を指差す。それを見て、俺も即納得した。

 昨年は京楓と同名キャラのコスプレをしていたことを思い出す。そっちは意味はないだろうけど、こっちは多分確信犯だった。

「――あぁ」

 そこにあったのは、この二作品で三曲を歌唱する歌手の名前だった。

 

 

 

 ――届け舞い上がる恋心、まばゆい光となれ――

 その歌声を聴きながら、そういえば京楓はいつもはあまり熱心に歌わないよな、と今更ながらに気付いた。

 午前中にあった大学のゼミで卒論の進行状況を報告して。その後落ち合えばなんかデートっぽいことしたいと京楓が言って。そして今は個室に二人きり。このセレクトは俺が提案したもので、京楓もたまにはねと言うから通した。

 昼下がりのカラオケ店は、まだ高校生が下校するには早いから、店内は人もまばらだ。だから長時間部屋を占拠しようと思えば出来るけど、そこまでのつもりはない。

 個室に二人きりというのは、家で二人きりということがよくあるから、外でわざわざそういうようになるような場所には案外行っていない。だから、カラオケ店に来たことがあるのも片手の指で数える程だけだ。

 だから、マイクを持つ京楓は少しだけたどたどしくて、それが却って『それっぽさ』が出る結果になっている。

「そういえば、あの作品出てからまだあまり日が経ってないんでしょ? よくカラオケに入ってたね」

「ちょうど入った直後だったらしいよ。調べてないけど、もしかしたら一番乗りかもね」

 だいぶ適当なことを言う。入った直後ではあるらしかったけど、一番乗りかどうかは知りようがない。でもだいぶ早いのは間違いないだろう。

 とりあえず、何かの縁だと思うから、折角だから三曲歌ってみたいというのが京楓の要望だった。そもそも俺自身もその気だったというか、京楓がそうしたいと言う気がしたし。

 それにしても、大正か。なんというか、色々と被るというか、体験的に思うところがありすぎる。大正というか、タイムスリップして『異世界にやってくる』ということが。

 そして、それはやはり京楓も同じだったらしい。

「私たちはさ、それこそ死の淵だったわけだけどさ、却ってあぁいうタイムスリップをする方がつらいよね」

「あ、同じこと思った? そうだよな、双六宜しく、一切の常識が通じないならともかく、常識を持った状態で単身飛ばされる方がつらいよな」

 ランドルフだったか。あの狼が出てきた時に真っ先に思ったことは狂犬病の危険だった。当時は国内にも狂犬病は蔓延してたし、今もそうだが、一度かかればまず助からない。

 だから、噛まれる描写があった時、正直あっ死んだなと思った。京楓はそこは気にしなかったようだけど。

 それはそれとして、熱いし、聴けば聴くほど味のある曲だ。何より歌詞がかっこいい。

「それじゃ、閑話休題的にもう一個の作品の方行こうかな」

 そう京楓が口にするが早いか、アップテンポとも言えない、だけどはっきりとした旋律が流れ始める。

 ――夕焼け映した影と茜に染まるこの身が深く滲む――

 しっとり……とは違うけど、なんというか、実にエンディングっぽい曲だ。歌詞の内容は――まぁ俺は京楓には常々言ってる内容のつもりだけど。

「作家の頭の中ってどうなってるんだろうな」

「どうなってるというと?」

「いやだって、自分の人生以外に、ある意味では別の誰かの人生を考えてるってことだろ? よくそれだけのことが出来るなって」

「でも、それって、ぼんやりと『自分の人生がこうだったらいいな』って思うようなものを具現化してみるようなもんなんじゃないの?」

「あぁ成程。まぁそれを踏まえても、あれだけの文章を書けるのがすごいってなるよな。卒論だけでいっぱいいっぱいだよ」

「でも暁、以前好きなことなら幾らでも喋れるって言ってなかったっけ? それを文字に起こすだけなんじゃない?」

「あぁそっか。だったらわかるかも。そっか、好きなことならそうだよな」

 そこまで言ってから気付いたけど、それが好きなことかどうかはわからない。自分に出来ることだからしているのだろう。でも俺は、好きなことだからやれる、というようにはしたいよな、とは思う。

「でも、作家じゃなくても、暁は文章色々書くようなことになるんじゃない?」

「まぁそこはどうだろうな……京楓こそどうなのよ、そこ」

「私も今の卒論だけで十分かなぁ……」

 少なくとも、俺にも京楓にも縁遠い職業であるということは間違いなさそうだった。それはそれとして、多趣味なのは、きっと人生を豊かにする大きな要因なのだろう。そこはいつか真似をしたい。

 まぁ、あのシナリオを読んでいて、まずは旅に出たいと思わせるのが一番あって。

「四国、行く?」

「そうだな。そのうち行こうか。二人で」

 まぁ、そうなるよね。食べ歩きでもいいし、その土地の史実をじっくり調べてみるのもいい。京楓を飽きさせないようにするなら、色々歩いてみるのがいいだろうな。

「それじゃ、あと一曲かな」

 イントロが流れ始める。フラッシュバックが始まる。いつかの桜の花びらの幻覚が、視界の端に舞い降りて、そして消える。

 ――とめどなく旧りゆく日々、刻んだ足跡は消えないけどもう二度ともう最後といつか追いかけた淡い横顔――

 あぁ、やっぱり駄目だ。場面と相まって、どうしても霞のことを思い出してしまう。

 最後の最後まで気付けなくて。こんな頼りない兄であることを最後に思い知らされて。それでも満足そうに微笑んでくれて。

 あの桜の木もそうだったのかな。もう枝を渡ることなんてなくて、そして一つに収束した、落ち着いた未来にへと。

「――暁は、満足?」

 その問いかけに、俺は無言を貫く。多分、何を考えているのかはバレている。だからこそ、余計に口に出したくない。

「いや、答えたくないならいいんだけどさ。多分、暁はそのことについては喋りたくないだろうし」

 ほらね。こういう時だけは、ただ恋仲というだけじゃない、それ以上の密な関係というのは厄介だ。察してくれるというのも楽じゃない。

「ふぅ、満足した。私はこれでいいかな。暁は歌わなくていい?」

「いや別にいいかな。じゃぁもういいか、地味に急がないと追加料金が出ちゃう」

 確かにテキパキとしないとそうなってしまう。支度はそう時間がかからないとはいえ、早いに越したことはない。

「ところでさ、暁」

 ふと、思い出したかのように、京楓がこっちを向いた。

「両方とも、ヒロインが年上だったよね?」

 ――言われてみれば。

 

 

 

「たまにいね、こういうのも」

 長居の予定もなかったから、本当に三十分で店を出た。店からすれば客には長居してほしいんだろうけど、生憎店に拘らずともいいデートの方法は割と知っている。

 時刻的にはまだ夕暮れになるには早い。おやつ時だから、どこかカフェか喫茶店か、一息つける店に入って、ケーキか何かつつくのがいいだろう。

 少し、手持無沙汰な感があった。横を歩く触れた京楓の手を引き寄せ、ぎゅっと握りしめる。

「繋ぎたいの?」

「こうしたいだけ」

「そっか」

 本当にそれだけだ。それ以上の意味なんてない。そして俺たちは、意味がないことが出来る間柄になれている。

「暁は……私に包容力があった方がいいのか?」

 そんなことを考えていたら、不意に、京楓がぽつりと漏らした。

「いや突然どうしたよ」

「だって、いつしか独りで放り出されて、私が暁を拾って、それ以来ずっと一緒にいるけど、暁が欲しいのは母親みたいな温もりだったんじゃないかなって……」

 あぁ、さっきの両方ヒロインが年上というのを気にしてたのか。それこそたまたまそういう共通項があったというだけだろうに。

 だから、くいと、京楓の頭をこっちに引き寄せる。

「バーカ」

 いやほんと馬鹿だな。そんな素振りを見せた覚えはなかったはずだ。

「じゃぁ、なんで俺は素直に京楓を姉として立てようとしなかったんだ? 誕生日が早いからとか色々理由をつけて俺の方が兄であろうと最初はしてただろ? そりゃ俺に妹がいたからとかそういうのはあるけどさ。でも俺は母性的に甘えたいとは言った覚えはないはずだけどな」

「――それもそうだったね」

 一切甘えたい欲がないと言えば嘘になるけど。でも、それ以上に求めてるものがあって、それが手に入れられているとするならば、それでいいじゃないか。

「手を繋ぐのにもさ、手を繋いでいいですかなんて子供っぽく言う方がやだな。今の方が京楓も居心地いいだろ」

「そりゃね。だから、暁がそれならいいんだ。単に私が考えすぎだってことだから」

「俺だって、それこそ探偵所長的な相手ならと思わなくもないけど、あの関係と俺たちの関係は少し違うんだよな。俺は、完全に対等でありたい」

「それなら、ね。ところで、大正に飛ばされたのはともかくとしてもさ。創作者の方、暁が主人公だったら誰選んだの?」

「え? 同級生のイラストレーター一択だろ?」

 まさかそれを尋ねられるとは。そして俺の反応を見てれば嫌でもわかるだろうに。というか今その話したばっかだぞ。

「だって、一番二人三脚で二人で夢を見据えるシナリオだったわけだろ? そんなの、俺が京楓に対して望んでることと同じじゃん」

 他も悪くはなかったけど。でも、同じ歩幅で同じような歩みをするということが一番わかるあのシナリオが一番よかったんだ。

「というか京楓は俺がどれがいいだろうって思ったんだ?」

「あー、暁は妹ルートが好きかなって」

「どうしてよ」

「だって暁、霞ちゃん好きだったんでしょ? だったら、それこそあぁいう生活を望むのかなって……いや、そりゃ、結ばれるかどうかは置いとくとしてもさ」

 あぁ、そういう観点からか。まぁ、そりゃそういうのがないわけではないけどさ。

「好きっていうと誤解あるけど、そりゃ家族としてはな。でもそれより相手と同じ歩幅で歩きたいのが一番だから。それに、同級生のルートはある意味クラスとかに二人して存在価値を見出して、そして二人で夢を見つけるっていうお話だったじゃん。誰しもが一番こうありたいって思うルートじゃないの?」

 きっと、これは京楓と結ばれていなくてもそう感じたと思う。

「俺としては、京楓こそそう思ってると思ってたんだけどな」

「いや、それは合ってる。合ってるけど、暁はそうじゃないかなって思ってたから」

「そうだなぁ、俺としては、答えなんて最初から決まってただけの話なんだけどさ」

 そう、それだけはそうだって話は以前京楓に気付かされたし、だったら常に繰り返して伝えるまでのことだ。

「――ありがとね。私と出会えたことが一番ラッキーだって言ってくれて」

 そして、すぐに俺が望む答えに辿り着けてくれるのも、きっとすごくラッキーなことなんだ。

「俺は一緒で嬉しいよ」

「――私も」

 ただそれだけのことだ。このことに関しては、これ以上の言葉はいらない。

「ところで肝心のカラオケの感想を聞いてない」

「あー、悪い」

 まぁ、こういうことを言うのが一番恥ずかしいのは変わらないんだけど。一番心が通じ合う相手でも、言わなければ伝わらないから。

「歌、うまかったよ」

「――ありがと」

 手を繋いで、行きたいところへ。今日という日はまだ終わらないし、この関係は永劫だ。

 だから、ずっと離さずにいようか。歩幅を揃えられる彼女と。歩幅を合わせたい彼女と。歩幅を揃えて同じ帰路につける彼女と。



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