ラインアーク、計画的快楽殺人 (ナイーヴン)
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ラインアーク、計画的快楽殺人
アサルトライフルを速射する音が、戦場と化したラインアークにこだましている。続いて高速で何かが移動する音、そして着地と共に道路を穿つ音だ。アスファルトを粉々に粉砕してようやく止まったそれは、人の形をした巨大な兵器だった。ローゼンタールの標準機オーギルをベースとして、所々にレイレナード製のライフルやブースターを装備しているそのネクストの搭乗者は、ロベルトと呼ばれるカラードの新星だった。機体名はウェリングス、亡き母方の一族の名である。
「ホワイト・グリントめ......ここが貴様の墓標だ」
今回ロベルトが受注した依頼は、『ラインアークのネクスト、ホワイト・グリントの撃破』だ。ホワイト・グリントは非常に手強く、僚機であるネクスト、ステイシスとの協働でさえ徐々に押されているほどだ。ステイシスのリンクス、オッツダルヴァはカラード史上最高の戦績を持っており、それには及ばずともカラードのリンクスとして上位の実力を誇るロベルトが、しかし押され続けているのだ。
オッツダルヴァの言葉からは、心做しか余裕が消え去ってしまったようにも思える。
ホワイト・グリントとステイシスがその機動力を最大まで駆使した空中機動戦を行い、ロベルトもまたそれについて行く。両手の銃を器用に命中させ、ホワイト・グリントのプライマルアーマーを削っていく。敵が向ける銃を避ける様にサイドブースターを強く吹かし、視界外へと急速に退避する。
「よそ見とは、余裕そうだな、ホワイト・グリント」
それを追撃しようとするホワイト・グリントの隙を突くようにステイシスのプラズマキャノンが彼を襲う。ホワイト・グリントには直撃こそしなかったが、彼を守ったプライマルアーマーに目に見えて大きな穴が開いた。その穴を埋める為にホワイト・グリントの展開するコジマ粒子が濃度を薄めて収束していくのが見えた。
「やめてください!私達は自由を謳っているだけで、貴方たち企業連には手出しはしていないはずです。なぜラインアークを攻撃するのですか!」
「チッ......貴様も所詮、アナトリアの負の遺産だ。ラインアークごとここで散れ。後腐れなく逝かせてやろう」
ホワイト・グリントのオペレーター、フィオナ=イェルネフェルトが叫ぶも、オッツダルヴァがそれを一蹴する。ホワイト・グリントがステイシスに向かってミサイルを放つが、ステイシスはそれをラインアーク付近の廃ビルを盾に回避する。サイドブーストでビルの影から勢いよく飛び出すと、アサルトライフルを連射しながらオーメル製レーザーバズーカをホワイト・グリントに撃つ。ホワイト・グリントはそれらを右に左にブーストして避けているが、ステイシスの機動戦闘とロベルトの的確な援護射撃によって既にプライマルアーマーは削り切れており、武装を切り替えたステイシスのPMミサイルによってその純白の装甲には破片や弾丸による無数の銃創、切創が作られていた。
「ホワイト・グリント.....大げさな伝説も、今日で───」
ステイシスがそう呟いた瞬間、それに被せるようにロベルトとオッツダルヴァの元に通信が入った。それは企業連ではなく、ランク17のネクストであるフラジール、CUBEからの長距離通信だった。
「こちらフラジール。そちらに向かっています。ホワイト・グリントは強敵、3機でなければ勝てないとの通達です。私一人でも、敗率は殆どありませんが」
「フン......アスピナの機械人間か。良いだろう、せいぜい頑張ってみるといい」
「はい、そのつもりです」
通信が一方的に切られたかと思うと、はるか遠方からジェット噴射の音が聞こえてくる。ヴァンガードオーバードブースト、略してVOBを使って、フラジールが超高速で接近しているのだろう。
「パートナー。私は近接戦闘に回ります。援護を」
「だ、そうだ。ウェリングス、貴様に任せるぞ」
ウェリングスは銃口をホワイト・グリントに向ける。引き金を引けば即座にレーザーライフルが発射され、白いネクストの装甲を僅かに穿つ。高い戦闘力を持つレイヴンに見られる動きに酷似した、飛んで一瞬ブーストし、着地するという変則的な移動術でエネルギーを節約しながらウェリングスはホワイト・グリントから一定の距離を置く。ホワイト・グリントは離れる彼を攻撃しようとブーストを吹かせるが、ステイシスのレーザーとフラジールの小口径弾幕に遮られて逃してしまう。
一瞬空中で止まった様な素振りを見せるホワイト・グリントにレーザーをもう一発お見舞いしようとライフルを構えるが、銃口に精確な射撃を加えられたせいで、薬室のエネルギーが衝撃で破裂し、レーザーライフルが使い物にならなくなってしまった。レーザーライフルを放り捨てると、空いた手に背部ユニットハンガーに格納してあったレーザーブレードを握る。そのまま肩部の軽量レーザーキャノンを使ってホワイト・グリントに狙撃をかける。
「まあ、素養はあるか......ウェリングス。貴様とフラジールは待機だ。私が決着をつけてやろう」
そうオッツダルヴァは言い、ホワイト・グリントに単身突撃する。オーバードブースターの出力を限界まで上昇させ、ロベルト、そしてCUBEにもできるか怪しい程の見事な空中戦、超高速機動戦闘を繰り広げた。途中双方のミサイルやライフルによって互いの機体が酷く損傷する。
「中々、早いじゃあないか、ホワイト・グリントッ......!」
流石のステイシスとオッツダルヴァであってもこれほどの高機動を続けるのは難しいようだ。リンクスとして必須のAMS適正は、いわば神経をまるまるネクストと
オッツダルヴァは今、脳を焼かれる痛みを味わっている。そして、だからこそたった一つのミスを犯してしまった。オーバードブースターを切る前にエネルギーが切れ、ホワイト・グリントに後ろを晒してしまったのだ。
「......なっ、くっ!」
咄嗟に左手のレーザーバズーカを向けようとするが、エネルギーが切れたままだったせいで普段の中ほどまでしかターンできなかった。その隙を、好機到来とばかりにステイシスのメインブースターにありったけの弾丸を撃ち込むホワイト・グリント。連続して同じ場所に射撃を加えられた事でプライマルアーマーが削がれた上、唯一装甲の無いブースターを狙われた事で、ものの数発でブースターは破損。浮上が不能になり、着弾の衝撃できりもみ回転しながら、ステイシスは海上に不時着する。
辛うじて死亡しておらずAMSに脳を焼き切られずに済んだものの、メインブースターが破損した状態ではネクストは浮かず、泳げないカナヅチへと成り果てる。オッツダルヴァの未来は最早明らかだった。
「メインブースターがイカれただと......クッ、ダメだ、飛べん......こんなものが私の最後だと言うか......」
オッツダルヴァの焦燥を強く表すような声が無線越しに聞こえ、彼の焦りを如実に表していた。
「認めん......認められるか、こんなこと......」
そしてステイシスはコジマ粒子によって穢れた海、その深くへと沈んでいく。ロベルトもCUBEも、ホワイト・グリントですらその終り際を見ているばかりだった。
ステイシス、オッツダルヴァは、死んだ。
だが、戦いはまだ終わらない。その死を見届けたホワイト・グリントは反転、フラジール及びウェリングスに狙いを定める。身構え、近付いてきたと同時にチェインガンやレーザーキャノンをホワイト・グリントに撃ち込む。FCSのロック機能によって繰り出される予測射撃は、誰であろうと無傷ではいられない。かすり、そして直撃する。
ホワイト・グリントは目に見えて激しく損傷し、『ラインアークに白き目あり』とまで言わしめた彼は今や没しようとしていた。
「パートナー。私が前衛に立ちます。援護を」
フラジールがずいと前に出ると、オーバードブースターを吹かしてホワイト・グリントの迎撃に移った。ロベルトもその様子を見て、静かに、だが確実にホワイト・グリントに照準を合わせた。
ホワイト・グリントはかなり長時間機動戦闘を行っているが、全くエネルギー切れする気配を見せない。アレのジェネレーターに何か秘密があるのか、例えば少し前に|特別に開発されたジェネレーターでも使っている《レギュレーション1.20》のか。その正体はわからないが、それを差し引いても余りある実力が、ホワイト・グリントの強さの理由だった。
「やはりステイシスを落としただけはあります」
ステイシスと違わぬ航空機動を見せつけるフラジール、それを攻撃するホワイト・グリント。
レベルの高い戦闘に、ノーマル部隊はともかく一部のリンクスはついて行く事も難しいだろう。フラジールの機体は飛行特化、ステイシスと同じ土俵では負けるが、空の上に持ち込めれば強い状況で戦える機体だ。その甲斐あってかホワイト・グリントにも遜色ない戦いぶりを見せている。それどころか空中戦においてはステイシス、オッツダルヴァよりも一段上にいるかもしれない。
四連チェインガンを二門、たった1秒で30発以上の弾丸を撃ち込む様は、ホワイト・グリントとの実力差を感じさせない。だが、バックユニットはともかくメインユニットもサブマシンガンであるため、フラジールに決定打と言える攻撃はない。また飛行特性という機体である以上その装甲の薄さが顕著であり、プライマルアーマーを崩せば死は逃れ得ぬためアサルトアーマーも使えない。
それは、一人で作戦進行中の時だけの話だ。
「......!」
ウェリングスがこちらを狙うとでも直感したのか、フラジールよりも損害の大きいレーザーキャノンを回避しようとブースターを吹かす。回避行動が終わった途端にレーザーキャノンが発射される。着弾に対応し切れずにホワイト・グリントはコクピットを抜けてジェネレーターを貫通。ステイシスと同じ末路を辿った。
「なんと、呆気もない」
沈むホワイト・グリントを見つめるフラジールに銃口を向けたのは、同じ相手を倒したはずのウェリングス、ロベルトだった。ロベルトは攻撃態勢に入ったまま動かない。
「...........行動の意図が読めませんが、パートナー。それ以上は戦闘の意思ありと見なします」
フラジールが後ろを見ずに、僚機ウェリングスに警告を発する。それに対してロベルトはただの一言も無く引き金を引いた。
「なるほど。多少別の形ではありますが、一対一です。結果的にテストの汎用性は高くなりました」
言葉を介そうともせずにフラジールに射撃を続ける。対するフラジールも右へ左へと避け、アサルトライフルはプライマルアーマーだけを削り、装甲には掠りもしない。撃ち返してくるチェインガンを柱で回避しながらもアサルトライフルを下げ、肩部バックユニットを装備する。それはこっそり敵対したインテリオル・ユニオン社の無名ネクストから奪ったレールキャノンだった。
「......それは、少々危険ですね」
レールキャノンを見たフラジールが攻めの手を緩めずに呟く。照準が合えば何時でも撃てる体勢にあるが、機体の機動が速すぎて中々にロックオンできない状況が続く。
「ですが、当たらなければそれは危険ではありませんね」
そう言いながら何度もサイドブースターを強く吹かして回避する。レールキャノン、レーザーキャノン共に当たった時点で致命的損傷が確定するフラジールにとって、ロベルトは一瞬たりとも気の抜けない相手だった。
5、6、7発と双方のキャノンを撃ち込むが、ことごとくを避けられる。遠距離でしか戦おうとしないロベルトに痺れを切らしてフラジールがブースターを吹かして突撃する。
「......!?」
だが、フラジールのその突撃を見切っていたように右に二回、間に正面に一回とブーストし、フラジールの視覚から消えると、レールキャノンを一発当て、プライマルアーマーを完全に削ぎ、キャノンを捨ててレーザーブレードを強く握ってフラジールの胴体を斜めに切り落とす。ジェネレーターがあると思われるコア部分を正確に斬ったのだ、彼もAMSに脳を焼かれる運命には抗えなかった。
「AMSから......光が逆流する......ギャアアアアアアッ!」
落ち着いた様相の彼からは想像もできないほどの悲痛な叫びを聞いて、ロベルトは密かに愉悦の笑みを零した。
『ウェリングス。お疲れ様でした。フラジール、及びステイシスの死亡を確認。非常に残念です。ホワイト・グリントの撃破によってラインアークは最早塵も同然でしょう。あとは我々が引き受けます。貴方は帰還してください。以上です』
企業連からの通信が入って、ロベルトは帰り道を飛んだ。その間も彼の脳裏にはステイシスとフラジールの焦り、叫びや悲鳴たちがこだましていた。だが、彼はもう笑っていなかった。
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