綿ぼこりたち (凍り灯)
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snow flake

フレック・グレイズってなんかいいですよねっていう、ふわっとした感じで始まります。

※誤字報告ありがとうございます。適用させていただきました。







身を屈め、手を伸ばし、岩を掴む。

 

取りこぼさないようにとスクラップの重機から取り外されたクローを増設された手が、慎重に岩を地上から数メートル上まで持ち上げた。

 

その場から動かずに、上半身だけを回して指示された場所へとゆっくり降ろす。

持ち上げられて岩があった場所には、黄色い色をした重機がわらわらと集まり、残った小さな残骸をえっさほいさと片付けていた。

 

ようやく終えた繊細な操作を要求される仕事に、肺の中から大きく息を追い出しながら、後は作業の様子を上からぼーっと見下ろしていた。

 

『お疲れ様です』

 

この狭い空間の三方を囲むモニターの一つに女性の顔が映し出される。

丸眼鏡を掛けており、長い黒髪をポニーテールにした女性だ。

多分アラサーだと思うんだが真相は不明だ。

 

相変わらず綺麗な顔してるなぁと思いつつ、作業の進捗を確認した。

 

「リーリカ、おやっさんはなんて?」

『もうやることはないので降りてきて良いそうです』

「あいよ」

 

まぁそうだろうなぁと独り言ち、パネルを操作してこの"巨体"を屈めさせる。

ロックを解除、レバーを引きコクピットを開いた。

ガゴンッと噛み合わせが悪そうな音が響いた後、左右のモニター諸共頭上のハッチがせり上がり、新鮮な空気が入り込んでくる。

そう痛い程に新鮮な空気だ。

彼女と同じ黒い色の髪の毛が吹き付ける風に当てられて巻き上がる。寒い。

 

後付けで取り付けた温度計をちらりと見る。

『-20°』

 

凍える前に俺はさっさとコクピットから飛び降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ストーブで暖められたプレハブ内で防寒着を着込み、何故か俺が作るはめになった賄いのボルシチを口元に運びながら窓の外の愛機を見上げた。

 

粗末な氷結対策と防寒処理を施した、全長15m程の片膝をついた巨人。

 

特徴的なのはその頭部だ。

ウェポンベイの役割もあるためか箱状に大型化した頭部を持つこの機体は、ギャラルホルンのグレイズシリーズの派生である"フレック・グレイズ"と呼ばれるモビルスーツ。

グレイズの所謂廉価版モデルなのだが、整備しやすいのは助かっている。

あとちょっと小さい。

 

…しかし、作業用と銘打ってもいたがまさか本当に重機のように使われるとは開発者も思ってもいなかっただろう。

俺も思っていなかったし。

 

ちなみに今回は山間部で起こった土砂崩れで転がってきた大岩の撤去だ。

ここは標高が高く今日はたまたま冷えているが、そろそろ雪解けの時期でもあるのでその融雪が地面に浸透したせいで地盤がゆるんだらしい。

 

…こういう場所でなければエイハブ・ウェーブを発するモビルスーツの出番はなかっただろう。

 

その重機代わりとして活躍したフレック・グレイズはさっき降り始めた雪で薄っすらと白く染まっている。

それと対称的に脚部の足元は泥で汚れていた。

弾痕は、今はまだない。

あ、このビーツ下処理が悪かったな、ちょっと硬い。

 

そんな覇気のない様子でプラスチックのスプーンでスープを吸い込む俺に近づく影が一人。

止まった所で俺は彼女に声をかけた。

 

「もうあがっていいって?」

「はい。諸々の話は済みましたので」

「んじゃぁ帰るかぁ。あぁ、服でも買ってくか?」

「モビルスーツを牽引したままで、ですか?」

「そう、イエローナイフの近くも通るだろう?そうだ、オーロラでも見て帰るか」

「…遠慮しておきます。駐車場に入りそうもないですから。それに、去年アルバータ州でモビルスーツ沙汰で事件があったばかりですからね」

「エドモントンでの件か。確かにあんな風に停電したらショッピングどころじゃないか」

 

俺のナンパじみた発言にリーリカは咳払いをしてから答える。

ちょっと無遠慮だったなと反省しつつ、露骨に逸らした話題に適当に返した。

俺はまだ諦めんぞ。

 

「さすがにそろそろ買った方がいいんじゃないか?洒落た服一着もないだろう?」

「これで十分ですよ」

 

そう言ってコートから覗くくたびれたYシャツと(すみれ)色のズボンを指さす。

 

「…ま、いーんだがね」

 

これは遠慮してるなぁ、と苦笑いを浮かべる。

もう彼女は居候ではなくビジネスパートナーになったと言うのに。

 

とりあえず勝手に買っておけばいいかと結論付け、残りのスープを飲み干す。

 

そうして空になったスープの紙の器をゴミ箱に捨て、モビルスーツをトレーラーに乗せるべく立ち上がった。

 

「帰るか」

「ええ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グレートスレーブ湖近隣、オーロラで有名なイエローナイフから見てその大きな湖を挟んだ反対側に位置するパインポイントの近くに俺たち住処がある。

 

元々俺が所属していた傭兵団の拠点ではあったのだが、俺一人残して壊滅してしまったものだからそのまま使わせてもらっている。

成仏してくれよ、皆。

スクラップは活用させていただいております。

 

俺は今、そのがら空きになったガレージで愛機の整備を行っていた。

 

「フィーシャ」

「来たか。頼む」

「分かりました」

 

たった今ガレージに姿を現したリーリカに、コクピットの内部から垂れ下がったケーブルが繋がっている端末を手渡す。

俺は()()()の方はさっぱりなので彼女に任せっきりだ。

そういう契約だが。

 

「…」

「…」

 

無言の作業はいつものこと。

彼女は最初からそうっだので元々無口なのだろうと思っている。

…ただまぁ俺は遠慮なく話しかけるが。

 

「復旧率はどれくらいだ?」

「7割です…やはり、"教育"を直にしないとこれ以上は難しいかと」

「動作パターンのデータがほとんど死んでたもんなぁ。実際に動いてシステムに覚えさせるしかないか。シミュレーターじゃもう限界なんだろう?」

「はい」

「都合よくモビルワーカーしかいない海賊狩りの依頼でもこないかねぇ」

「ヒーローショーの出演依頼なら来てますよ」

「酔狂すぎんだろ」

 

そもそも街中に持ち込めないって知らないのか?

 

「映像出演だそうです」

「余計にわからん」

 

ヒーローショーなんだよな?

映画の撮影じゃなくて。

 

「…改修箇所が多すぎてパッチワークのこいつが映像映えするとは思わないがねぇ…」

「そこは編集でどうにでもなるそうですよ」

「なんで俺んとこに来たんだそれ…」

「………さぁ?」

 

OSの調整が住んだリーリカが端末の画面を変え、依頼の詳細を見してくる。

彼女の肩越しに画面を覗き込んだ。

あ、いい匂い。

ってうわ、支払いは悪くないぞ。

 

「…なんか怪しくないか?」

「こうしましょう。相手がただの酔狂だと期待する」

「本気で言ってる?」

「他に何にもないんですよ」

 

メールの履歴を確認する。

怪しげな広告メールや、明らかに怪しげでやばそうな依頼が数件と、怪しげなヒーローショーの依頼。

怪しいのしかねぇ。

だが確かにこれは依頼主もはっきりしてる。

 

「…」

「…」

「…や」

「や?」

「………やるかぁ…」

「もう連絡いれていましたので、明日にも出ることになると思います」

 

その言葉に対して至近距離で半目でまじまじと顔を見やる。

 

リーリカはそのじっとりとした目のまま見返してくる。

 

主導権は既に握られていた。

財布の紐も握られている。

首輪の紐も危うい気がする。

 

マネージャー兼オペレータの"リーリカ"はこういう女なのだ。

 

しかし多分、彼女に握っている自覚はない。

じゃぁ俺が勝手に握られてると思ってるだけか。ふぁっきゅー。

 

「…OSの教育にもちょうどいいかもなぁ」

「思いっきり動いても良いみたいなので、ついでにやってしまいましょう。踊ったり」

「都合良すぎない?」

「そういう日もあります」

「文字通り誰かの手の平の上で踊らされる気がする」

「そんなこと言ってないで準備しますよ、時間もないんですから」

 

もっと前もって言ってくれれば良かったのでは?とは口に出さない。

あまりに不毛すぎた。

 

がら空きのガレージに少し慌ただしい二人分の足音が響く。

 

やっぱりあと一日あればなぁ…!と汗を流しながら思うもそれでも何も言わない。

ご主人様に逆らったら食いっぱぐれちまうからな!そうじゃねぇよ。

 

…システムがある程度復旧すれば戦闘もできるはずなので、それまでの辛抱かぁ…

そうすれば余裕もできるだろう。

代わりに命の保証はなくなる。

 

OSとかシステム面が完全に終わってるスクラップだったからこそ安く仕入れられたので文句は言えないが、あの戦えるゲイレールが恋しい…

そのゲイレールの装甲は今やフレック・グレイズの一部である。南無三宝。

 

ようやく準備が一段落したので椅子代わりのコンテナに腰かければ、リーリカからタオルを渡される、汗を拭く…どうにも、気が利きすぎる。

 

後はトレーラーに乗せるだけとなったフレック・グレイズを、首にタオルを掛けながらなんとなく眺める。

…相変わらず安価なナノラミネートアーマーで補修したために白が多い。

 

前の現場で汚れた脚部の泥は綺麗さっぱり落とされていた。

 

弾痕は、今はまだない。

 

モビルスーツ一機だけの傭兵なんて湿気た商売だ。

リーリカのこともある。

足を洗った方がいいのは、俺だろうな。

この白を汚してしまう前に。

 

「何を考えているのですか?」

「一応武器とか持っていった方がいいのかなって。弾は抜いてさ」

「確かに…聞いてみますね」

 

ま、いいか。

なるようになるだろう。

 

頼んだわ、とリーリカの肩を軽く叩いて愛機に向かって歩く。

とにかく酔狂な依頼を終わらせてから考えよう、と俺は未来の自分に丸投げした。

頑張れ、未来の俺。

 

 

 




■エフィーム・アダモフ(Ефим・Ада́мов)
略称で"フィーシャ"と呼ばれている。
ロシア系らしい。
傭兵団でゲイレールパイロットを務めていたが、仲間が全滅し、乗機も大破した。
MSを探すも、中古のフレック・グレイズしか手に入らなかった。

■エヴァンジェリーナ(Евангелина)
略称で"リーリカ"と呼ばれている。
寡黙な性格だが最近はよく喋るようになった。
フィーシャとはマネージャー兼オペレータとして契約している。有能。

■フレック・グレイズ改(寒冷地仕様)
中古品。グレイズより頭一つ小さいMSでマスコットとして人気が…違う?
OSとかコンピューター系が終わってたがフィーシャが気合で動けるようにした。
それでも戦闘面のシステムが絶望的だったために重機扱いでバイトをさせられてた。
しかしリーリカのおかげで復旧の目処が立つ。
でもヒーローショーはどうかと思う。




Hloekk(フレック)の語源がわからない今日この頃。
10話以内の短めで、原作にはあまり介入しないです。
今は1期終了からだいたい1年後あたり。
あ、関係ある人は出ます。

それとしばらく続きは投降できないと思います。
プレオープンならぬプレ投降。
ところでガンダム全然わからないんですが(致命傷)




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part time hero

しばらくやらないと言いつつも。







"戦闘で大切なのはリズムだ"

そう叩き込まれている。

 

亡き団長の言葉だ。

スポーツだと良く聞くのではないだろうか。

 

適切なリズムをとり無駄な動きを排除することでモビルスーツの消耗を抑えることと、相手のリズムを計りつつ、回避と攻撃をスムーズに行えるようにすることを目指したものらしい。

なんとなく格闘技の考えに近いかも知れない。

 

"消耗を抑える"というのは、いくら頑丈なフレームとはいえ、無遠慮に振り回せばガタが来て、いざという時にしっぺ返しを食らうから気を付けよーやということだ。

 

金のない傭兵団だからこその言葉に聞こえるが、これは団長の根本的にあった信条の側面が多いと思う。

"道具"を大切にすることを信条にしていたのだ。

そのせいか古い家具とかのアンティークが好きだったもんなぁあの人…ゲイレールに話しかける程だし。

名前もつけてたな、俺もそうしろと言われたが…

 

彼はこうも言っていた。

 

"人の心臓が脈打つように、モビルスーツにもリアクターの鼓動がある"

"人もモビルスーツもリズムというしがらみからは抜け出せない"

 

機械に人と同じような道理を当て嵌めるその考えに最初は半信半疑だったが、実際に各アクチュエーターの消耗率とかが団長と違いすぎるし強いしで何も言えなかった。

 

団長が趣味で買った脆いアンティークのフォノグラフ(蓄音器)を指して「これは少し力を加えれば簡単に壊れる。本来機械とはとても繊細なもんだ。どれだけ頑丈になろうとも"根"は変わらない」とも言われたっけ。

 

だからといって当然モビルスーツのフレームが人間より脆いことはないが。

架空のスーパーヒーローじゃあるまいし。

 

要は繊細に機械の調子に耳を傾けろという事だ。

そうすれば自ずと最も合うリズムがわかってくると。

 

そうやって訓練していくと言われた通りに段々とモビルスーツの"癖"がわかってくるのだ。

無理がある動き、早く腕を振りぬける軌道。

数を(こな)せば自然と身に付くものをより身に着けやすく、より深く染み込ませるためのやり方だったのだと、今では思っている。

 

そして、そういったものがわかってくると今度は敵の動きも見えてくる…らしい。

スペック差はあれど同じモビルスーツ。

自身の乗機を理解すれば相手もある程度理解できると言うことだ。

 

戦い方にも繋がる話だ。

最適な動きがわかるのだから、極めれば無駄のない合理的な操縦をできるようになるわけだ。

(ちまた)で噂の阿頼耶識の機械離れした動きではなく、機械を尊重した動きと言えばよいのだろうか?

 

それからある程度習得した上で、戦闘でのリズム感を身につけることになった。

自身の動きを、楽譜の音符のように細分化するように意識し、どんな時でも自分のリズムを崩さないように立ち回る訓練だ。

 

リズム感を養うためという理由でフォノグラフで色々と聞かされたりしたもんだ。

…「自分の好きな曲を相手に教えたい」っていうあれもあったろうな。

 

リズムの癖を徹底的に身に着けるために、本当に音楽を聞かされながらモビルスーツを動かすこともあった。

果たして効果があったかは、まだわかっていない。

 

しかしこれらは逆に手練れ相手だとそのリズムを読み取られるという恐れがある。

なのでより複雑に細分化してリズムを刻めるようにしろと言われたっけなぁ…まだそこまで日が経ってないのに、もはや昔のことのようだ。

これらの格闘技っぽい考えは、接近戦が殆どの決定打になるモビルスーツだからこそだろう。

 

だが団長の言う"リズム"は暴力的な面より、いかに自身(MS)を思い通りに動かせるかの"理解"に対しての面を重視してたのだと思う。信条が信条なだけに。

 

…結局、俺がそれらを理解しきる前に皆逝ってしまったのだ。

俺が生きてどうするんだよ、本当。

 

 

 

そして今、俺はまさに音楽に乗せた戦いを繰り広げている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白色が目立つモビルスーツ、俺のフレック・グレイズ改が得物を見栄を切って振り回す。

 

それはグレイズのバトルブレード…の折れた刃を、これまた斧刃の部分がまるまる折れて消えたグレイズのバトルアックスの持ち手部分に貼り付けたものだ。

異なる鉄塊を組み合わせるので、それぞれ違う重心の位置を調整をした結果、刃部分が持ち手よりやや前に飛び出してしまっている。

 

剣というよりは剣みたいな斧、マチェットみたいな扱いだ。

 

後退しながら構えるのは左腕に貼りつけられたシールド。

これはアリアンロッド所属のグレイズシルトのシールド…の、上半分だけだ。ちょうどくびれっぽいのがあるだろ?あそこから上だ。

胴体のコクピット部分だったり限定的な位置しか守れないが、ないよりはましと腕に固定している。

 

イメージする―――

 

盾を構えながら相手のモビルスーツの掃射を真横にスライドするように躱す。

激しい砲火。

近づく隙がないんじゃないか?

堅実に立ち回り、まず相手のリズムを読み取るのだ。

 

…だが、今求められるのは残念ながら堅実な立ち回りではないのだ。

 

 

"パッション(情熱)"だ。

 

 

砲火に晒されながらもその中を突き貫けるイメージを描き、直後、飛び込むような前身。

爆音と関節の金属が擦れ合う音、スラスターから噴き出す炎の音から熱く滾るような音楽が聞こえてくる気がする。

 

()を天高々に掲げることも忘れない。

 

決死の覚悟、ここで仕留めると言う自信と熱い魂を感じるような踏み込みを持った前進。

曲はきっとここが一番盛り上がる所だろう。

 

だがそれを相手は「自棄になったのだ」とほくそ笑み、銃を投げ捨て、こちらよりも長いブレードを構える。

相手はブレードの突きによって、こちらが決定打を打てる距離外から仕留めるつもりのようだ。

 

地面の土を巻き上げながら互いの距離が詰められる。

音楽はそのハイテンポを走り続ける。

 

ブレードの切っ先が白いフレック・グレイズの胴体へ突き立てられると思われた瞬間。

その刃を前に機体は左にぶれ、大地を噛みしめるよう左足を斜め横に突き立て、体勢を半身にする。

自棄になったと思わせてのフェイントだったのだ。

 

胴体のコクピットの前を凄まじい速度でブレードの鈍い光が通り過ぎ、僅かに掠った装甲から火花が散る。

 

まさに紙一重。

 

そのまま左足を軸に機体をその場で時計回りに回転。相手に背中を晒すもそれは一瞬の事。

相手は思い描いていた敵の死とは違う結果と、大上段の刃の軌道とは違う動きに困惑。腕は突き出され、これ以上は望めない程の隙。

 

互いの機体の距離はぶつかり合う程。

ジルダは突の勢いを止められずに背を晒す。

 

SAUのモビルスーツ"ジルダ"の目の前で、それより頭一つ小さな白い機体がさらに体制を低くして回ったがために、ジルダのパイロットはまるで相手が消えたかのように錯覚していたのだ。

 

フレック・グレイズは遠心力を加えた剣を裏拳で殴りつけるように思いっきり背部のコクピットに叩きつけ、轟音。

 

金属同士がぶつかり合う、鉄道同士が正面からぶつかり合うよりも大きな鈍く甲高い音。

体格差を感じさせないような強烈な一撃に、禍々しい黒いジルダは大きく胴体をひしゃげさせながら真横へ吹き飛んだ。

 

静寂。

残心。

 

吹き飛ばされた機体がピクリとも動かず、そのスリッド状のセンサーアイの光が消えていくのを見届けると、白い機体はよろける様に前に倒れそうになる。

 

受けた銃弾は数知れず。

交わした剣戟はどれ程か。

 

限界なのだ。

敵は倒した。

 

ならばもう休んでもいいだろう―――

 

 

 

否!!

 

 

 

傷だらけの白い機体は力強く足を踏み出し、大地を抉りながらも倒れない!

倒れてはいけないのだ。

 

己の矜持と、その背中を見て育つ若き希望のために…

満身創痍の機体はスパークや異音をまき散らしながらも、その右手に持つ剣を掲げんとする。

 

さぁ高らかに勝利の雄たけびを上げるのだ。

正義は勝つのだと!

 

【ここで背後で爆発】【子供の歓声「フレッくーん!」】

 

 

 

 

 

脚本:イオク・クジャン

軍事監修:ラスタル・エリオン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『テレッテ〜♪テレテレ〜♪』

 

………………不本意だが、今回はこのような音楽に合わせて動いた。

スーパーヒーローしてんだよ、文句あるか。

 

「カットぉ!」

「お疲れ様です監督」

「いやぁ良い動きするねぇ、うちで欲しいところだ」

 

これヒーローショー用の撮影だよな?映画じゃないよな?後うちで欲しいってあんた、その制服はなんだ。軍の人間だよな?

 

『お疲れ様です。なかなか過酷なスケジュールでしたね』

 

モニターにリーリカの顔が映し出される。

どこか辟易とした感じで、その言葉にも皮肉が込められていた。

 

ほんとだよ………しかも一週間も。

 

いや、期間延長の可能性は契約書にも書いてあったし、なんなら最初に言われたけどさ。

堂々と「明日もお願いしますね!」って笑顔で言われた時は顔が引きつったのも許してほしい。

明日休みだと思ったら仕事終わりに休日出勤だと言われるようなものだ。

 

溜息しか出ねぇ…

 

「………さっさと帰ろう」

『………そうですね』

 

明らかに子供向けではない連中を背に俺たちは『屋外軍事演習場』と看板が立てられたスタジオを後にした。

 

…もう何も言わんぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に意識が浮き上がり、(リーリカ)はゆっくりと目を開く。

 

薄いカーテンからは朝の鬱陶しい光がダイレクトに入り込み、僅かにぼやける視界を閉ざしにかかる。

その朝日の奮闘虚しくきびきびした動きで硬いベッドから起き上がった。

 

現在きっかし朝6時。

いつも通りのルーチン。

少し満足そうに頷き、6時から1分過ぎたら鳴るように設定した目覚まし時計のアラーム機能をオフにする。

部屋を見渡せば大きめのクローゼットと、洗面所への扉が目に入る。

 

かつてここはフィーシャの傭兵団が健在の時に在籍していた壮年の女性が使っていたらしい。

今の私のような仕事を受け持っていた非戦闘員だそう。

パイロットがフィーシャを残して全滅した後、彼の事を心配しながらもここを去ったと聞いた。

 

クローゼットを開けるも、その大きさを持て余すように少ない衣類しか………おや?見覚えのない、真新しいシャツとスカート。

一体いつの間に入れたのか…後でお礼を言っておかなくては。

何故かサイズがちょうど良い理由も問い詰めなくてはいけない。

 

せっかくの好意なので今日はこれを着ようと手を伸ばす。

 

テキパキと身支度を終え、そうした頃に隣の部屋のドアの開く音が聞こえてくる。

彼が起きたのだ。

 

彼は私にもっとゆっくり眠っていていいと言うが、そういう本人も朝は早い。

やや覇気のない所謂ダウナー系のような雰囲気を持つが、それは雰囲気だけで、生活リズムもしっかりしていたりする。

ただそれは今は亡き団長に矯正されたからだと言っていた。

 

彼の部屋には洗面台など諸々の設備がないそうなので、今は一人しか使わない共用の洗面所へいったのだろう。

 

亡くなった団員の部屋を使おうとしないのは「祟りに来られそう」と茶化していたけれど、やはりどこか忘れられないのだろう。

踏ん切りはついてるみたいなので、私などが心配することではないのだけれど。

 

…本当に過ぎた待遇だと思う。

何処の誰なのかも、私ですらわからない怪しい女の扱いとしては。

 

ネガティブな感情を頭からさっさと追い出す。

今はただ、恩に報いるために動けばよいのだ。

 

そうして私はベッドサイドの丸机の上に置かれた、焦げ茶色の革製のブックカバーに包まれた一冊の本を見やる。

アンティーク好きの団長が集めていたというコレクションの一つ、今時珍しい紙媒体の本。

 

いつだか、それを何故か気になっていた私に、彼がくれたもの…まぁ彼の物ではないのだと、当人も苦笑いを零していたけれど。

与えられてばかりだ、本当に。

 

もう一度だけその本を一見し、私は割り当てられた部屋を後にした。

 

 

 

 

 

キッチンへと足を運び、朝食の準備をする。

 

全部私がやると言っても「そこまで任せるといよいよダメ人間になる」と言うものだから当番制になっている。

今日は私の当番だ。

 

と、その前に、ここの団長が購入したと言うアンティークのフォノグラフ(蓄音機)にレコードをセットして電源を入れる。

音楽を流して食事をするのがここでは習慣だったらしく、私もそれに習った形だ。

 

ぜんまい式を買えなかったと嘆いていたそうだが、この時代にそれを持つのは博物館かよっぽどのマニアぐらいだろう。

 

流れる曲はドミートリイ・ショスタコーヴィチの『十月革命』、とレコードに書いてあった。

聞けばマイナーな曲らしく、フィーシャはそれを選んだ私を面白そうに見ていたのだが、彼には悪いが私にはどれを聞いても善し悪しが分からないのでなんとなく感性にあったものを選んでいるだけだ。

朝に聞くには少し激しかったかもしれない…音量は低めにしよう。

 

そのマイナーな古いクラシックを聞きながら、私は黙々と調理をする。

 

大手パン屋チェーンの"COBS BREAD(コブズブレッド)"で買った食パンを薄く切る。

彼も私も朝からくどいものが食べられないタイプなので、今日はタマゴサンドだ。

 

最適な硬さ茹でた卵を崩し、塩とこしょうで下味を付け、マヨネーズで手早く和える。

マヨネーズはやや控えめだ。

 

切った食パンの上に軽くバターを塗り、ちょうど良いサイズに切り分けたサニーレタスを敷き、その上からタマゴを乗せる。

 

次に細切れにしたベーコンをカリカリに揚げるように焼く。

ベーコンチップのように調理したそれを多すぎない程度にタマゴに振りかけた。

 

これはフィーシャが触感を求めたために始めたことらしく、私もそれを真似してやっているに過ぎない。

彼は焼く工程を面倒くさがって、棚に置いてある"READY CRISP"と書かれた箱に入った調理済みのベーコンを使っている。

 

さて、これで完成ではない。

 

ラップに包み、冷蔵庫で寝かせることでパンとタマゴをなじませるのだ…と、本来ならばしたいところなのだが、彼は温かいままのサンドイッチが好みらしい。

 

一度寝かせてから温めてもいいのだが、この前そこまでしなくていいと止められてしまったので不本意だがこれで完成になってしまった。

 

それだけだと寂しいので、今回は簡単な飲み物を一つ作る。

 

アールグレイに、その量の半分程度の温めたミルクを入れる。

本当はスチームミルクがいいのだけど、ここにはエスプレッソマシンはないので諦めた。(ホイッパーなどで泡立ててもいい)

後はバニラシロップを入れて出来上がり。

 

所謂"ロンドンフォグ"と呼ばれる飲み物で、まだ冷えるこの時期にはうってつけだろう。

 

ロンドンとは名にあるものの、バンクーバー発祥の飲み物らしい。

後で何でロンドンとつくのか調べようか…

 

準備が出来たため私はフィーシャを呼びにキッチンを後にした。

 

 

 

 

 

大抵は彼はガレージでシミュレーションか、やっぱりガレージでトレーニングをしていたりする。

 

思えば私といない時はだいたいそこにいるなと気が付き、思わず笑みが零れた。

 

ガレージへ繋がる扉を開くも姿が見えない、コクピット内でシミュレーションだろうか?

と、思った直後にハッチが開く。

ちょうど終わりにするところだったらしい。

 

コクピット内から、彼曰くアナトーリ・リャードフのピアノ曲『舟歌』が聞こえてきた。

 

少し長い黒髪を後頭部で纏め、総髪のようにしているフィーシャが顔を出し、私に気が付く。

顎に無精髭を残したまま、相変わらず目だけがだるそうにしていた。

 

「フィーシャ。朝食の準備ができました」

「あいよー」

 

よし、あの髭は剃ってしまおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フォノグラフから音楽が流れたままだが、かまわずに据え付けのモニターの電源を入れ、ニュース番組を映す。

 

たまにニュースの中の小さな事件や、スポーツの勝敗なんかに対して二人でコメントしながら、リーリカの作ったタマゴサンドを頬張った。

無精髭は剃られた。

 

…習慣ではあるが、あの団長の訓練のせいでクラシックを聴くと戦闘側に意識が傾きそうになる。

戦闘体勢になるのだ。トラウマとも言う。

仲間の一人はこう言っていた。

 

「朝は特に戦闘体勢になるよな。そう、下半身がな!」まじで黙れよお前。

 

下らないことを思い出していると、リーリカがニュースの一つに反応を示す。

釣られて俺もモニターに視線を戻した。

 

「…徹甲弾?」

「…鉄華団ですよ?地球圏に支部を設立したみたいですね――――――徹甲弾というのも、ある意味間違いでもなさそうですが」

「エドモントン?近いな。州違いではあるが――――――ギャラルホルンという装甲に穴をブチ空ける砲弾だって言うのか?確かにひと騒動あったがな」

「そうなるかはわかりませんが………あぁ、ギャラルホルンと言えば、アラスカでの"ヒーローショー"のことなんですが」

「なんかわかったか?」

「やはり動いてたようです」

「…あぁ~やっぱり?」

 

リーリカが調べた限りでは、フレック・グレイズを採用予定のアーブラウ国防軍のアラスカ駐屯地が、周辺住民の心象をよくするために企画したものだったそう。

他にも基地内部の意欲を上げるためでもあったようだ。

え?撮影した映像はヒーローショーどころか他にも使われてる?やめてくれよ。

 

それに便乗してギャラルホルンが()()しようとしていたらしい。

 

「…やっぱり踊らされてただけだったんじゃ…?」

「…明らかに軍の高官じみた人物がいましたからね」

まぁ金払いが良かったからいいんだけどさぁ…

 

ついでにしばらくしてデフォルメされたフレック・グレイズのキーホルダーも貰っていたりする。この仕事の早さは尊敬するよ。

編集された映像でもそうなのだが、右手のマチェットは特撮映えしそうな剣になっているし、左手の盾も綺麗な円盾に変えられていた。

全身もパッチワークではなく白を基調としつつ水色のラインでカッコよく塗装されている。どちら様?

 

「かわいらしいですね。なんて書いてあるんです?」

 

見れば一緒に引っ掛かってるタグには『踏み込め!フレッくん!』と書いてある。何に踏み込ませる気だよ。国境か?

 

「というか、フレック・グレイズなんて、同じアーブラウ同士なんだから他の配備が始まってる駐屯地から借りるかなんかすればいいのにな」

「撮影スタッフによれば国防軍総司令官とアラスカの駐屯地司令の折り合いが良くなくて出来なかったという噂ですよ」

知らんがな。

 

「それで配備を遅らされたり、他に掛け合っても苦い返事しか貰えなかったりと散々だったという噂も」

ほんと散々な噂だな。

 

どうやらアラスカ駐屯地内部でも段々「じゃぁもうそんなんならモビルワーカーでいいよ」みたいな風潮があったようで、これに焦った駐屯地司令が内部の士気を上げるためにも俺を呼んだのでは?とリーリカは見ている。

まぁ一番上が一人喚いてもどうしようもないからな。

 

「それにしても、あそこあたり(アラスカ)で俺たち以外にいなかったのか?」

それか他にも依頼をしたが蹴られた、とかだろうな。

 

「普通は蹴りますよね」

良かったな、俺たちが酔狂で。

 

いくら仲が悪いからといって、国防軍総司令官が情勢を見誤る程愚かでもないだろう。

必要な時にはちゃんと配備されるはずだ。何か焦っている?

それにいくら宣伝しても上が納得しなきゃ結局無駄足だと思うけどなぁ…あ。

 

「それでギャラルホルンか」

編集された映像でSAUのモビルスーツをぶっ飛ばしたことになってるからな、俺。

どうりで不謹慎だと思ったよ。

実際は台本通りに素振りしてただけだ。

 

「恐らく、その宣伝に関与させて貰う代わりに国防軍総司令官に働きかける、というような話があったのかもしれませんね」

「おいおい、アンリ・フリュウとギャラルホルンとの癒着の話はまだ新しいぞ」

「"根"は予想以上に広かったということかもしれませんよ」

大丈夫か国防軍。まぁただの憶測だけど。

 

「…でもそうだとしてあんなの(フレッくん)でなんか出来るのか?ちょっと不謹慎程度だろう?わざわざ子供への洗脳から始めようなんて気の長いこって…」

「…どうなんでしょう?本腰を入れる前の様子見かもしれません。取っ掛かりの繋がりを作るための副産物でしかなかったとか」

「………ま~儲かるならいいんだけどさ」

 

ここからだと陸路で37時間の距離だから、3日はかかるんだよあそこ。

なんか「またお願いしますね!」とか言われたから不安しかねぇ。

というかこっちは傭兵だっつってんだろうに。

さっさと配備して貰え。

 

移動は面倒だったが、リーリカと長く他愛もない話をしたり、信号待ちの時に寝顔を見れたということを考えれば…うぅむ、難しいな。

 

しかし彼女は免許がないから運転は任せられないし、やっぱりぶっ続けで車内は辛いんだよなぁ…あーそれどころか国籍もないからそっちをどうにかしなけりゃいけないんだった。

()の伝手をつかわないと危険かもしれん。

 

()()()()()、自身のことでわかっていないことが多すぎるのだ。

どうしたもんか…

 

彼女の横顔を見ながら、色々先行きが不安になってしまうことが多いなぁ、と小さく溜め息を吐く。

 

国防軍にはフレック・グレイズを手に入れた時の借りがある奴がいるから、そこら辺を理由に言いくるめられていざこざに巻き込まれなければいいんだが…

 

………とりあえずお偉いさん同士が仲直りすることを期待しようか。無理か。

 

 

 

 

 

後日、依頼のメールを確認していたリーリカが難しい顔をして俺にこう言った。

 

「似たような依頼が5件来ています………いろいろ書いてはありますが、要はモビルスーツを撮影に使いたいということみたいですが…」

傭兵だっつってんだろうに…

スタジオでも護衛とか、武力を売り込んだはずなんだけどな…違う意味で捉えられたか。

 

「でも、彼らの気持ちもわかります。すごい良い動きしてましたから」

「…団長たちにまた感謝することが増えちまったなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どっかの兄妹の家

 

『踏み込め!フレっくん!大魔王エッスェーユーの野望を砕くまで!』

「何見てるんだ?フウカ」

「…」

「フウカ?」

「お兄ちゃん!私これに乗りたい!」

「勘弁してよ…」

 

 

 

 

 




■『踏み込め!フレッくん!』
ヒーローショーで"最後のとどめとして使われた主人公のロボット"として映像出演をしたのだが、思ったより人気になってしまったためにアニメ化した時のタイトル。
子供にはわからないが、大人が見ればアウトに近い領域に踏み込んでる内容なので物議を醸した。
しかし勝手に敵役にされたSAU防衛軍側のお偉いさんが大爆笑してたのでまぁいっかってなった。
そのままなんか勢いでアーブラウの国防軍総司令官とアラスカの駐屯地司令は仲直りした。嘘だろ。
オファーが増えた理由でもある。一応立役者なので。勘弁してくれ。




次回こそ本当に時間がかかる…と思います。
進めないといけない小説があるので。
だけど気分が乗る可能性があるのでわからないです、はい。

あと割と適当なことを書いてるので多めに見て下さい。フレッくんのフィギュアあげるので。
というかプラモでないんですかねーフレック ・グレイズ 。




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echoing sound

…結局書いてしまった。
自分が信用ならないんで投降時期についてはノータッチでいきますね。







 

 

 

『早くっ病院へ…!まだ間に合う!間に合うはずっ!急いで!』

『―――』

 

『そんな…置いてなんていけない…!』

『―――』

 

『―――』

『―――』

 

『―――』

 

『必ず、迎えに来るから―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『対象を確保した。これより帰投する…死に損ないめ、せいぜい死ぬまで役に立つんだな』

 

 

 

 

 

「―――何の夢を見ていたのだっけ」

 

いつも通りの朝。

ただ控えめな音で鳴り続けるアラームだけが私の心を不快にする。

 

私がここに来る前から置いてあった、年季の入った安いデジタル時計を見やる。

『06:01』

 

私はもう何も覚えていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は日課のガレージの外周を回るランニングを終える。

気温が上がってきたとは言えまだ朝早くは良く冷え、大きく吐いた白い息が目の前を立ち昇っていった。

 

ミュージックプレイヤーに繋がったイヤホンからは、レナード・バーンスタインの『不安の時代』が流れている。

ランニング用の音楽にちょうどいいクラシックでプレイリストを作っていて、この曲が流れるタイミングがきっかり30分になるように合わせてあるのだ。

 

ピアノパートに合わせるように軽く息を整えながら歩き、ガレージ内へと戻った。

 

するとおや?リーリカがいる。

 

どうやら今日の恰好は所謂コンサバ系。

白ニットに、その色に拘りがあるのか(すみれ)色のワイドパンツを身に着けている。

それといつもの眼鏡。

 

うん、似合うな。

 

ちなみに彼女は一週間のうち5日はYシャツでピシッと決めていたりするのだが、これでも大分カジュアルになった方だ。

 

俺はイヤホンを外しながら彼女の方へと歩きながら話しかけた。

僅かな『不安の時代』の音漏れをBGMにしながら。

 

「もう時間だったか?」

「いえ、少し早めに来ただけです。これが必要かと思いまして」

 

そう言って彼女は俺に真っ白いタオルを差し出す。

 

「あぁ、ありがとう………なぁ、そこまでやらんでいいぞ?最近益々メイド染みてきてないか?」

「そうでしょうか?」

尽くされるのはいいが、これはなんか違うよなぁ…

 

リーリカは俺にタオルを渡そうとこちらに近づいてきたので、俺も近づき手を伸ばす…もその手は直前で空振った。

 

「お?」

「あっ」

 

彼女の頭の位置ががくっと下がる。

ガレージの床を這うケーブル群に足を取られたのだ。

 

彼女にしては珍しく迂闊だった。

 

当然、そうなれば必然的に俺の方に倒れ込むわけで…だが彼女と俺の身長差は大きく離れているわけではない。

結果、どうなるかと言うと。

 

「いっ…!」

「あ、す、すいませ…ん………?」

 

鎖骨にがつん、である。痛い。

ラッキーとか言ってられんぞこれ…!

伸ばした手とは逆の手で咄嗟に彼女の身体を支えようとしたが、ぶつかった後に肩に手を掛けただけで全く意味がなかった。

 

思わず俺は一歩下がり、右手で鎖骨辺りを押さえながらも彼女の安否を気にする。

あぁ、あと、眼鏡とか落ちたりしてないか?

左手は彼女の肩に手を掛けたままだったのでその手…を………?

 

「…リーリカ?」

「………」

 

 

 

 

 

『―――          す』

『―――   姉の  に              』

『―――             い 』

 

 

 

 

 

そうだ、早く戻らなくては。

 

誰…の下に?

 

姉…私には妹がいた…?

妹…妹………妹?

 

 

 

わ、たし…は…「おい」「おぅい」

 

 

 

 

 

「え?」

 

軽く身体を揺すぶられる感覚に、ずっと見えていたはずの目の前の景色を再認識する。

気が付けばフィーシャが私の顔を覗き込んでいた。

なんとなしにまだ地に足が付かないような気分のまま彼を見返せば、眉間には少し皺が寄っているのがわかる。

 

そうだ、朝食を…彼を呼びに…

 

「…大丈夫か?」

「えぇ…まぁ…」

「大丈夫ではないな…」

 

いえ、大丈夫です。

そう言おうとするも、どこかふわふわと意識が漂っている気持ちから抜け出せず、上手く言葉が出せない。

 

「…もしかして、何か思い出したか?」

 

黙って頷く。

だけれど、思い出したはずの内容を思い出せなかった。

唯一頭に引き留められた言葉は「姉」という単語のみ。

 

だが違和感がある。

もしかして私が姉なのではなく、私に姉がいたのだろうか…?

それも違う気がする…わからない。

 

「ぶつけた衝撃で思い出すってこと、本当にあるんだな…もうちょっと叩いてみるか?」

 

彼が私に気を使ってなのか、冗談めかして右ストレートを放つジェスチャーをする。

拳が空を切る音、その小さな風圧に乗って男の人の汗の匂いがした。

 

「…是非、お願いします」

「勘弁してくれ…」

 

記憶喪失にもいくつか種類があるが、フィーシャと私の見立てでは"逆行性健忘症"ではないかと推測している。

発祥以前の記憶が思い出せないという記憶障害だ。

精神的なトラウマやストレスによっても発症することが多いと言う話からも、そのパターンは()()()()()()()だったのだ。

 

しかし何かのきっかけで思い出すか分からないので、二人で色々と試してみたのだが…何故…今?

 

右ストレートを放った右腕をひらひらさせながら、取り合えずもう大丈夫そうだなと、いつの間に落としてしまったタオルで彼が汗を拭く。

そうして今まで後回しにしていた懸念事項を呟いた。

 

「…ちゃんとした医者に診てもらうためにも、やっぱり国籍が必要だな」

「そう、ですね…」

 

彼の言う通りだ。

 

私にはまだ国籍がない。

この一年近く、なんとか上手く誤魔化せているがそれも限界になりつつある。

アラスカの件(ヒーローショー)でアーブラウ国防軍との繋がりが出来たことも理由だ。

…だが、出会い方が出会い方であっただけに、二人とも慎重になっているのだ。

 

 

―――あの時の、荒野の中、患者衣で座り込んでいた自分を思い出す。

 

 

 

『―――それなんだが、俺は女と機械は丁寧に扱えって叩き込まれちまっててなぁ…』

 

 

 

出会ったのが彼でなければ、一体どうなっていたのか…

 

「…あーそうだ、名前どうする?"エヴァンジェリーナ(リーリカ)"はそのままとして、ファミリーネームの方なんだが…なんなら"エヴァンジェリーナ・アダモフ"にしておくか?」

 

ネガティブな思考に沈み込みそうになる私に、再度彼が冗談めかしておどけた。

いけない。

()()()()()()()()で沈んでいてどうするのか。

ゆっくりやればよいのだ。

昔のように、路地裏で無気力に座り込むようなことにはなってないのだから。

 

…昔?

 

「ええ、名案だと思いますよ?」

「………………………………………………………………考えておく」

 

かなりの間を要してフィーシャは答えを返す。

その顔は「複雑です」と書いてあるようなしかめっ面だった。

 

そうだ、これでいいのだと、断片的かつ唐突に蘇る記憶を無視した。

 

私には何も残っていない。

何も思い出せない。

両親も友人も、何をしていたのかも。

 

そして思い出したところで、それが人並みに()()()であるという保証もないのだ。

私の"最初"の記憶を思えば尚更…

 

私には何も残っていない。

フィーシャはどうなのだろう?

彼も何もかもを失っている…私と同じなのだろうか?

 

一体どういう想いを抱いているのか、互いにデリケート過ぎて踏み込めていないのが現状だ。

だが、彼はよく亡き団員の話をしてくれる。

本人の言う通り吹っ切れているようにも見えるのだが、どうなのだろう?

 

…分からないことだらけではあるが、結局のところ私たちは似た者同士なのだ、と感じている。

 

だからこそ私は繋がりを求めてしまう。

似ているが故に。

傷の舐め合い?そうなのかもしれない。

 

…それでも一つわかっていることは、前に進めているかどうかはともかく、私たちは"それなりに満足して生きている"ということだ。

 

 

『―――』

 

 

ただ時たま、私の名を呼ぶような声が頭の中にこだまし、私に後ろを振り向かせようとしていた。

 

「…あーそういや冷ませちまったか?」

「昨日のビーフシチューの残りなので、温め直せば問題ないでしょう」

「そうだったな」

 

フィーシャと並びガレージを二人で後にする。

彼はイヤホンから漏れ出ていたかけっぱなしの『不安の時代』を消してしまった。

 

暫く廊下を歩く二人分の足音だけが聞こえる。

 

ダイニングへのドアを開けば代わりにフォノグラフ(蓄音機)から流れるThe Beatlesの『悲しみはぶっとばせ』が景気よく「HEY!」と私たちを迎えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばなんか依頼は来てたか?」

「デブリ帯での回収作業依頼が1件と、アラスカ駐屯地からの対ゲリラ訓練への参加依頼が1件、それと女性アイドルグループからの依頼が8件です」

「どういうことだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△△△△△△△△△△

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『聞こえますか?時間もありませんので、このまま依頼内容を確認します』

 

まだ雪の残る白い山々の間を巧みに飛ぶ大きな影。

(やかま)しいローター音を反響させながら際どい()()()を攻める影は、それでも速度を落とさない。

 

その正体は今時運用されることも稀な年季の入った大型の輸送ヘリ。

このタンデムローター式のヘリは、ハーフメタルを用いることでモビルスーツの発するエイハブウェーブ下でも運用を可能とした、大昔に運用されていたヘリだ。

 

まるで連結させたモビルワーカーを大型化させてローターをつけたかのようなの無骨なヘリ。

その腹の下に背を張り付けるようにロッキングアームによって()()のフレック・グレイズが露天懸架(ろてんけんか)されている。

 

俺は今、その懸架されたフレック・グレイズ の中にいる。

 

大型ローターが空気を叩き落とす小刻みのドラム音と、風を切るキーンという甲高い音が機内に僅かに響くのを通信越しに聞きながら、俺はリーリカの声に耳を傾けた。

 

『今回はかつての金鉱採掘の跡地を違法に占拠し、根城にしている海賊の討伐になります』

「クロンダイク・ゴールドラッシュの名残か」

『ええ。厄災戦以前の昔、クロンダイク地方で金鉱が発見され、連合発足以前のアメリカ合衆国に伝わり、一獲千金を狙う人々が殺到した時の…遺物です』

「10万人もが夢を見た奴らが目指したと言うが、辿り着いたのはせいぜいが4万」

『さらに実際に金を採掘できたのは4千人にも満たないと言われていますね…記録が確かであればですが』

「俺はその夢見る人間役というわけかい。"(海賊)"の在り処がわかっているだけましか?…夢破れた9万と6千の怨霊に足引っ張られなければいいが」

『その時はもう一度埋め直してください』

「あいよ…で?今回アラスカの連中(アーブラウ国防軍)を動かせない理由は?」

『アラスカ駐屯地に受領されたばかりのフレック・グレイズ部隊の練度不足。モビルワーカー隊も他への対応で多くが出払っています。まさに猫の手も借りたい状況なのではないかと』

「いつも通りか。ギャラルホルンの社会的信用低下に伴う世界治安の悪化の影響かね…しかし新米(MS)部隊の初陣にはちょうど良い規模な気がするがなぁ」

()()()()()があるのでしょう』

「大人の事情ねぇ…」

『それと、(くだん)の金鉱ですが、既存施設は出来るだけ被害を与えないようにして欲しいということです…それで、気になって少し調べたのですが、何やら妙な動きを確認しまして』

「妙な動き?」

『採掘施設に決まった時間に大型のトレーラーが行き来しているのです』

「トレーラー…兵器(MSかMW)の類か?そのことは軍から何も?」

『はい。トレーラーの積み荷も不明です。ですので、予測される戦力を上回る可能性も考慮してください』

「あいよ」

『それともう一つ…』

「まだ気になることが?」

『ええ。入手した衛星写真から施設の全容を確認したのですが…どうにも綺麗すぎる気がするのです』

「観光地として整備されてる所じゃないんだよな?」

『間違いなく…"最悪"の場合も想定しなければならないかもしれません』

「…どうにもきな臭い。積み荷不明のトレーラー…緊急の依頼ってのも余計にな。モビルスーツ隊を動かさない理由もそうだし…依頼先がアラスカ駐屯地なのは間違いないだろうが…」

いつも(駐屯地司令)と思わせておいての別口の可能性は高いですね。それも、私たちと通信した准尉に命令できる権限を持つ誰かによる』

「面倒ごとは勘弁なんだがなぁ…まぁやることは変わらん、せいぜい臆病に立ち回るさ」

『…お気をつけて』

 

 

 

 

 

「じいさん」

『〜〜〜〜♪』

「じぃさん、おい。アドウェナじいさん!」

『あぁ?終わったのかよ?』

 

俺の言葉にようやく気づいたじいさんは、まるでステッカーをごてごてと貼りまくったスーツケースのような見た目なっている赤いヘッドセットからケーブルを一本無造作に引き抜いて答えた。

その途端、『Now's The Time 』のアルトサックスの音色が機内に流れ始める。

モダン・ジャズの父とも呼ばれたチャーリー・パーカーの曲だ。

 

慣れたもので、俺もリーリカもそれに対して何か言うことはない。

要は音楽プレイヤーからイヤホンを抜いて出力がスピーカーに変わっただけだ。まぁゆったりとした曲だから気にするほどでもないがな。

 

モニター越しでもわかるその立派な白い髭を蓄えた顔を、目を細めながら見つつ用件を手短に伝える。

 

「ブリーフィングはな。ちょっと"最悪"に備えて欲しい。今マークした緊急時の回収ポイントを確認してくれ」

『おうよ。…あぁ、まぁここなら大丈夫だろうて」

 

操縦席に座るアドウェナじいさんはディスプレイを確認したのかも怪しい速度で返事を返す。

モニター越しに通信している俺からはその手元は見えないが、恐らくかなりの速さで操作をして一瞬で確認していたのだろうな。

 

その相変わらずの手際の良さに、一体いつになったら引退と言い出すのかと毎度のことながら尊敬と呆れの念を抱く。

その昔、団員とその手の賭けをしたのだが、そういえば俺の予想は今年だった………墓に1万ギャラー供えておかないとなぁ。

 

ちなみにじいさんの隣の福操縦席に座るリーリカは、最初見た時目を瞬かせていたが、今や視線一つよこしていない。

こちらはじいさんとは違う灰色のシンプルなヘッドセットをしている。

 

「もしもの時はアドウェナじいさんが頼りになるが、リーリカもいる。そっちの身の安全を優先してくれよ?」

『言うようになりやがった。地上に這いつくばる海賊なんぞに落とされるほど、腕は錆びちゃいねぇぜ』

「そうだろうなぁ」

逆にまた腕が良くなってても、もう驚かねーよ。

 

『…おまえさんはあいつ(団長)の忘れ形見なんだからな、もしもん時は尻尾撒いて逃げちまいな』

「ならないように上手くやるさ。後のプランはリーリカと話を詰めてくれ…俺は機体の最終チェックをする。二人とも、頼んだ」

『おうよ』

『任せて下さい』

 

さて、こちらは相手方の索敵領域内に近づく前に手早くチェックを済ませなくてはいけない。

当初は海賊らの今までの活動データからモビルワーカーの他、多くてモビルスーツ2機が戦力として予測されていたが、これを上回るならばはっきり言って割に合わない。

 

―――とは言ったものの、さっきのリーリカの情報から命の危険とは違う嫌な予感がしてきていた。

 

どうにも、嫌な"大人の事情"の方かもしれないなと溜息をつきながら機体チェックを済ませていく。

とりあえず懸念していることが全部杞憂であってくれればと願う…上手くいかないのが常なんだけどな。

 

『間もなく作戦領域です』

『さっさと終わらせてこいよ?さぁさぁ、山間部の高低差を利用して不意をつくぜ。低空で突入後、切り離す…カウントに合わせろ』

「了解」

『ご武運を…』

 

ヘリは空中でモビルスーツを放り投げるとは思えないほどの高さへ、さらに高度を下げる。

 

バンジージャンプでもするかのような緊張感に、少し力が入りすぎた操縦桿を握る手を、軽く開いては閉じる。

当然、紐のない方の話だ。

 

目元に力が入り、息を大きく吸う。

 

『3……2……1―――』

 

そして鋭く吐いた。

エイハブウェーブの検知を潜り抜けるために一度ダウンさせた機体のシステムを一気に立ち上げる。

急激にリアクターが稼働する甲高い音がコクピットを埋め尽くした瞬間―――

 

『―――0』

 

機体が大きく揺れ、ロッキングアームを急遽解放させたせいなのかギャリッと言う金属音が耳をつんざくのを置き去りに、俺は操縦桿を繊細に引き上げながらもフットペダルを思いっきり踏み込んだ。

 

 

「やるか」

 

 

灰色のフレック・グレイズが山沿いに低空で倒れるように下っていく。

滑り落ちる様に木々の上を掠め通ったことで、機体の後ろでは雪煙が大きく上がり続けていた。

 

目標は奇襲に対応しきれていないモビルワーカー。

恐ろしい速さで目の前の白い景色が流れるその最中、右腕のライフルを構え、迷いなくトリガーを引いた。

 

小刻みにリズムを刻む、火薬の弾ける音と金属同士がぶつかり合う音。

 

かつてのゲイレールでも使っていた110mmライフルが、進軍の合図(トランペット)の代わりに山々に爆音を響き渡らせた。

 

 

 





■アドウェナ・アウィス(Advena・Avis)
ラテン語で渡り鳥を意味する偽名を名乗っている、老練なフリーランスのヘリパイロット。
白髪をオールバックにし、大きな白い髭を蓄えているのが特徴。
亡き団長と交流があり、フィーシャもそれなりに世話になっていた。
アフリカユニオンのイギリス出身らしいが、現在はSAU北側のアーブラウとの国境付近に拠点を構えている。

■MS輸送用大型ヘリ"クランウェル"
今作オリジナル兵器。
イギリスのクランウェル空軍基地空より名前を取ったと思われる大型輸送ヘリの改造機。
1機のみ懸架可能だが、期待されていた懸架したままの突入機動を出力不足から満たせず苦情が相次ぎ、今では軍で使われることは殆どない。
一部の傭兵が彼のように改造して運用している。
フレック・グレイズは通常のMSより小型のために相性が良い。



"クランウェル"の元ネタはアーマードコアの大型ヘリだったりします。
ちなみに後半のヘリでのやり取りも意識していたり。

ゴールドラッシュの話は史実ですが、この世界でも同じでないにしろ似たようなことがあったと思って貰えれば大丈夫です。
こちらより技術的な差があるので、採掘跡地の施設も比較的綺麗なまま残っています。
多くが夢破れた理由は道が整備されていなかったのではなく、きっと大規模な抗争があったのでしょう。

※季節描写を忘れていたので一部文章を追記しました。


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tomorrow is another day

嬉しい感想に筆が乗ってしまったんだ。
後ちょっと長くなりました。

※早くも誤字報告ありがとうございます。修正致しました。







「1、2、3」

 

哨戒中だったモビルワーカーを低空飛行したまま数機葬り、施設直前で一度跳ねるようなステップを挟んだ後、急停止。

灰色の巨体の脚部が雪の残る地面へと白い表面を削るようにめり込んでいき、その下に隠されていた地面の土をも巻き返す。

 

エイハブリアクターの恩恵(耐G性能)でも軽減しきれなかった慣性による急激なGがフィーシャを襲う。

シートベルトがパイロットスーツ越しに身体にめり込むも、しかしその目線と手先だけは正確に動いている。

 

背後から巻き上げられていた雪煙は、モビルスーツの巨体が生み出した風圧と、風下という位置も相まってフレック・グレイズの前方へと流れ、その姿をあっという間に白で覆い隠した。

 

直後、巻き上がる雪に紛れて真上へスラスターを吹かし跳躍。

すぐ補足されるだろうが、それまでの短い時間で施設周辺の敵機の配置を頭上から素早く確認した。

 

予測されていたモビルスーツ2機が未だにトレーラーの上に未だ寝そべったままなのを確認し、近くを護衛するモビルワーカーへ向かって降下を始める。

 

「MS2機確認。スピナ・ロディ。MW10機確認。3機撃破」

『データリンク完了。ブレードアンテナのある白いスピナ・ロディを優先して撃破して下さい。恐らく指揮官です』

Да-с(ダース)(了解)」

 

短い文章の羅列により報告する。

フィーシャの中ではある一定のリズムが刻まれており、それに乗るように報告をする癖があるのだ…別に普通に喋ることも全然できるのだが、リーリカも要点が纏まっていてオペレートしやすいと好評だったので続けているという。

そういう男である。

 

時間稼ぎのために必死に迎撃しようとするモビルワーカーを落下するフレック・グレイズがライフルで撃ち下ろし、着地。

それと同時にライフルを持つ右腕とカメラアイだけを半身のまま真横に向け1機のモビルワーカーへ銃弾を叩き込む。

 

「4、5」

 

5機目のモビルワーカーを葬ったその時、フレック・グレイズがライフルを向けていた方向とは逆方向に位置する指揮官機と思われる白いスピナ・ロディが機体を起こしかけていた。

もう1機はまだ起動中なのか動く気配はない。

 

決死の覚悟によりモビルワーカーは、その僅かな時間稼ぎに成功したのだ…と思われていた。

 

起き上がりながらも、たった今ライフルの銃口をフレック・グレイズへ向けた白いスピナ・ロディは気づいていない。

特徴的な箱型の頭部に縦に並んだ二つのカメラアイの内、一つがじっと自分を見ていたことに。

 

間髪入れず頭部のウェポンベイを兼ねたミサイルポッドの上部ハッチが開き、小型ミサイルが一発垂直に打ち出される。

ツインアイに内蔵されたレーザー目標指示装置から照射されたレーザーを道標に、短距離用の小型ミサイルが半円を描き標的へ飛ぶ。

 

それはまだ完全に起き上がり切っていなかった白い"スピナ・ロディ"の胸部に直上から落下するように命中。

破裂音が辺りに響き、モビルスーツは強烈に地面へと叩きつけられた。

轟音と雪煙が立ち上り、吹き飛んだ鉄の塊が幾つも周囲へと飛散する。

 

しかし撃破には至っていなかった。

なんと直前でミサイルと機体の間にブーストハンマーを差し込み盾にしたのだ。

 

…だからといってパイロットが無事な訳ではない。

落下速度の乗ったミサイルに真上から打ち付けられるという激しい衝撃に見舞われたモビルスーツは、軽微な損傷のまま起き上がることなく沈黙してしまった。

 

その間に立ち上がり始めていたもう1機のモビルスーツも、既にフィーシャのフレック・グレイズに捉えられている。

 

スラスターを吹かし、左腕のシールドを構えながらも真横にスライドするように急速接近。

 

半ば持ち上がったスピナ・ロディの機体を灰色のフレック・グレイズは左腕に固定されたシールドで減速しないままの速度を持って地面に向けて叩き落す。

 

先程の白いスピナ・ロディの焼き直しのように、勢いよくモビルスーツの巨体が地面にたたきつけられ、轟音。

その横を灰色の巨体が勢いのまま通りすぎた。

そしてライフルを抱え、足を前に投げ出す様な姿勢になることで腰部のスラスターを前方へ噴射、這いつくばったスピナ・ロディの周囲をグルッと一周するかのようにしながら減速。

その円を描く様な噴流によって再び雪煙があたりを満たして2機の姿を隠す。

 

直後、一際大きく鈍い金属音が辺りの空気を短く震えさせ、ここにいる全ての人間の耳を不快に刺激する。

 

フレック・グレイズは雪煙が晴れる前に、継ぎ接ぎのマチェットを杭を打ち込むようにして体重を乗せた一撃でコクピットを貫いたのだ。

 

「まず1機」

 

慈悲も驕りもない声が機内へ静かに響く。

さらには残ったもう一機は、既に死に体だ。

 

風下にいるモビルワーカーに狙いをつけ、灰色のフレック・グレイズは再度雪煙に紛れて強襲を仕掛ける。

巨体によって起こされた小さな吹雪の中、角ばった縦に並ぶ二つのカメラアイが鈍く発光し、残りの得物をそれぞれの視界に収めて睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主力である2機のモビルスーツを失ったからか、その後大した抵抗もなく残りのモビルワーカーは投降した。

 

『敵勢力の撃破、又は投降を確認。残るは、そのモビルスーツだけです』

「あいよ」

『なんだよ。もう終わっちまったのか』

「…その場で武装解除の後、一か所に集まってパイロットはモビルワーカーから降りるように伝えてくれ」

『かしこまりました』

 

一定の間隔に維持していた呼吸の間隔を長めに変え、大きく吸って吐いてを繰り返しながらも残心。

油断して、投降したと思っていた奴らから後ろから撃たれるなんてこともざらなのだ。

視界に纏めて入れておくことが俺としては一番気が楽だ。

 

一拍置いた後、未だに倒れたまま動かない指揮官機と思われるブレードアンテナ付きの白いスピナ・ロディへと足を進める。

 

「…」

 

まだ緊張は解かない。

まだリズムを崩してはいけない。

 

額から流れる汗をむずがゆく思いながらも、倒れ込んだままのスピナ・ロディに近づき、110mmライフルの銃口をコクピットへと突き付ける。

 

多分、まだ生きているだろう…多分?

生きていなかったら仕方ない。

しかし生きているならばちょうど良い。

 

足で押さえつける様にして機体に触れて接触回線を開き、俺は伸びてるパイロットに向けて寝起きの言葉をかけてやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いい話が聞けたな』

「全く、その通りだな」

 

そうやってニヤニヤと笑っているのは私の手元のモニターに映るフィーシャと、隣に座る大型ヘリの操縦者、アドウェナおじい様だ。

 

つい先ほど、生き残りの海賊たちを依頼をしてきたと思われる駐屯地の将官への引き渡しが終わり、1本2本…いや3本ぐらい釘を刺された上でようやく帰路につけた。

 

この二人、先ほどから楽しそうに笑うばかり。

親子ぐらい年が離れているが、完全に悪友のノリである。

 

と、言うのも、今回の件は少々"よろしくない"仕事だということを看破したこの二人が、口止め料として報酬の上乗せを要求したのだ。

…そして何もこの笑いは報酬をふんだくったために浮かべているだけではない、というのがまた質が悪い。

 

「そういえば"古い友人"と会う約束があったんだっけなぁ?まぁ今から予定をちょちょいと入れるんだが」

『俺もそういえば会う約束のある"古い友人"がいたっけなぁ?これでこいつ(フレック・グレイズ)の借りを返せそうだし呼び出すか』

 

フィーシャはモニター越しに、その相変わらずだるそうな目元のまま口端を吊り上げている。

その顔には「楽しみです」と書いてあるかのようだ。

 

顔を横に向ける。

 

アドウェナおじい様は悪魔のようないっそ清々しい程の笑みを浮かべている。

その顔には「無茶苦茶楽しみです」と書いてある。

 

私は思わず大きな溜息を吐き、一応…無駄だと思うけれど一応忠告する。

 

「いいのですか?再三釘を刺されたではないですか」

『浅い浅い。打ち込みが浅すぎたもんで痒くなって抜いちまったよ』

「違いねぇ。それも言われたことはちゃぁんと守るさ。なぁ?」

『そりゃそうだ。な?』

「な?と言われましても…」

 

そうしてフィーシャとアドウェナおじい様はそれぞれのコクピットに取り付けられた年季の入ったオーディオプレイヤーをぺしっと叩く。

どちらも機種の同じ古い型のもので、かつての彼の団員(とアドウェナおじい様)は全員がこれを持っていたらしい。

 

幸運(不運)なことに()()()()がついているタイプのものだ。

彼らに刺す釘に鋭利さが不足していたのか、単に面の皮が分厚すぎたのか…

 

私はもう一度小さな溜息を吐くと、このことは頭から追い出して今回の戦闘で消耗した弾薬や推進剤の計算を始める。

彼らは不気味に笑いながらも"古い友人"とやらに連絡を入れた後、ひと段落した私も含めて三人で他愛のない話に興じた。

 

「おいフィーシャ、そういえば愛機に名前付けたんだって?嬢ちゃん(リーリカ)に聞いたぜ、やっとだな!」

『おいリーリカ?』

「すいません」

『言い訳もなしかい…恥ずかしいからやめてくれよ………団長も他のやつらも付けてたしな、俺もそれに倣ったんだ』

「感慨深いな…そうなると母国語か?」

『あぁ。ロシア語で―――』

 

二人の傭兵のやり取りに、時たま私が言葉を差し込むような調子で会話が繰り広げられていく。

その三人の声はチャーリー・パーカーの『I've Got Rhythm』の陽気な音楽をBGMに、私たちの住む拠点まで途切れることなく続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、見覚えのある将校が逮捕されたというニュースを見て再度口端を吊り上げる二人の男がいたとか。

まぁ一人は私の目の前でベーコンエッグを食べているのですけど。

あら、このベーコンいつもより美味しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△△△△△△△△△△

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばなのですが」

 

俺が運転をしている大型トレーラーの中、助手席に座るリーリカが読んでいた革のブックカバーをつけた本を閉じて口を開く。何度も読み返しているらしいが、そんなに気に入ったのだろうか?

ハンドルはそのまま、目線も前に向けたまま俺は彼女に応えた。

 

「どうした?」

「私も釣られて言ってしまっていたのですが、どうして"アーブラウ国防軍"と呼ぶのですか?」

 

あ、今聞くんだ、と彼女の顔をチラと横目で見た。

微妙な静寂の間を、トレーラー内に流れるピアノの自由な曲調が彩り繋げる。

 

「…今まで聞いてこなかったから知ってるのかと」

あの時(出会った頃)は余裕がありませんでしたから、そのまま今の今まですっかり聞きそびれていまして」

「あーそうだよなぁ」

 

よく考えなくとも不思議だったろう。

 

何故なら"アーブラウ国防軍"など存在しない。

いや、別にホラー映画的な話をしてるわけじゃなくて、そう名乗る軍隊は()()ないということだ。

そこらへんの事情を軽く説明する。

 

「では、やはり最近お世話になっているアラスカ駐屯地は本来は…」

「そう、正確には"アラスカ国防軍"だ。今はまだな」

 

だが俺はアーブラウ国防軍と呼んでいる。

 

…彼らは約一年後に控えた発足式典を折に公式にアーブラウ国防軍と名乗ることになる。

実態としてはアーブラウのロシアやカナダ、アラスカなどの国に元々あるそれぞれの国防軍が再編成という形で"アーブラウ国防軍"という括りに()()()()纏められ、組織されることになっているのだ。

何もないところから軍人が出てきたり、ましてやそれで指揮系統がいきなり成立することは難しいしな。

ちなみに暫定だが、駐屯地司令はそのままアラスカ国防軍の国防総長が就任している。

アーブラウ国防総長とアラスカの駐屯地司令の折り合いが悪いという話もそれが原因のようだ。いきなり他国の上司が現れたわけだからな。

 

「確かに、急造の素人集団では国民も納得がいかないですものね」

「そうそう、もうアーブラウ国防軍の体制自体は出来てて、正式に周知されるまで呼び方が古いままのだけってことだ」

 

―――ただ少々厄介な話なのは、モビルスーツの配備があまりスムーズに進まなかったということらしい。

ギャラルホルンからフレック・グレイズ購入するわけだから、そこらへんを意図的に調整されてる気がしないでもない。

そのせいで最近話題の鉄華団の地球支部があるエドモントン(カナダ)の本部への配備が後回しにされていたというのが現状だった…と、この前会った件の"古い友人"に聞いた。

彼ら(鉄華団)も支部が出来たのは最近だが、それまでの間も付近に留まって色々と働いていたのは俺も知っている。

 

加えて本部は各国からの招集があった人員が配属しているという。

聞こえはいいが、今この時期を狙われれば連携不足が響いて来るのは確実だろう。文化や習慣の違いだってあるはずだ、こういう些細なすれ違いはあまり馬鹿にできるものではない。

 

今はモビルスーツの方はさすがに配備は既に済んでいるが、発足式典までの1年にも満たない年月(としつき)でどこまで練度を上げられるものか…

そのためのフォローを任されているのが鉄華団のような奴らや、俺ら傭兵というわけだが。

組織の再編成で落ち着かない軍の穴を埋めるための戦力ということだ。

 

ちょっと話が逸れたな。

 

「…それで、フィーシャもアドウェナおじい様も、既にアーブラウ国防軍と呼んでいたのは結局何故なんですか?」

「発足式典が一つの区切りなだけであって、内部はもう新規"アーブラウ国防軍"の空気だったから、が理由かな。繋がりがある傭兵も、関係者として周知があったからなぁ。まぁ宜しくお願いされてることもあって軍の依頼で最近物騒な仕事が多かったんだよ―――違ぇわ、物騒な仕事なのは当たり前だった。俺もあれ(フレッくん)に毒されてきたかもしれん」

「軍内部の空気に合わせて呼んでいたのですね…私がもうお世話になってる時期のはずですよね?来てましたか?―――ですが、意外に収入になるんですよね…MSアクションスタントとしてやっていけるのでは?」

「来てたさ。出会ったばかりの頃、一度客が来た時あったろう?タイミング的にリーリカに関係があるのかと疑って同席させなかったが、そいつが団長と知り合いの軍の士官でな。再編成後の挨拶というか、体制とか空気とかも聞かされてるのさ。俺しかいなくなっていたことには驚いていたが…―――………その話(MSスタント)はいよいよ本当に全く仕事がなくなったらな…」

 

リーリカはようやく納得いく答えが貰えたからかこちらに向けていた顔を逸らし、まだ雪の残るどこまでも続きそうな目の前の地平線へと視線を向けた。

彼女は視線をそのまま再度口を開いた。

最近は遠慮なく喋ってくれるので俺も機嫌が良かったり。長時間移動も悪くないな。

 

「しかし、傭兵と軍の関係は思った以上に深いのですね」

「…傭兵は何かと軍と繋がりがなければやってられないからなぁ」

「実感しています。私たちのようなフリーランスであれば尚更」

「立場が違うだけで、軍に所属する兵たちと結局やってることは似たり寄ったりだよ。金を貰ったからと言ってほいほい別の陣営に入って裏切ったりなどは出来やしないもんさ」

 

まぁ国同士の戦争なんぞ今は聞きやしないから場合によってはSAUとかの依頼もあれば受けるけどな。アドウェナじいさんはそもそもSAU住みだし。

俺の立場で受けちゃまずい依頼と言えばギャラルホルンからの依頼だろうか。

 

「まぁリーリカも知っての通り一度受けたんだがな…」

「そのおかげで私はここにいれるのですから感謝しかありませんよ?蒔苗(まかない)氏が代表になったばかりの時期ですから、ギャラルホルンの威光の名残で治安もまだ比較的安定していましたものね」

「許さないって言われたら今通り過ぎたアイスロード(湖の上の氷の道)に突っ込むところだった」

「この時期は止めてください。軽車両でも割れますよ」

 

小っ恥ずかしくて心中を提案してしまった。落ち着けよ俺。

あの時期は仕事がなかったのもあるが俺の心の問題もあったからな…

 

まぁともかく武力は元より、雇用主や同業者からの"信頼"がなければ成り立たないのが傭兵だ。

悪質な者は排除されるというのが実態である。

 

今回もそうだったが、事前に航路を打合せ、申請したりと軍とはそれなりに密に連携をとる必要がある。

対人交渉の能力だって見られているのだ。

その"過程"と"結果"で信頼を築くことが俺たちにとっては重要になるのである。

 

「…悪質なものは排除される、ですか?フィーシャ?」

「…あれは善良の間違いだろう?視点を変えればだけど。いや、悪いとは思ってはいるんだ、あの将校殿にも」

「どれくらいそう思っています?」

「70くらいかな」

「100の内ですか?」

「いや1億」

 

リーリカが言うのはこの前の金鉱での海賊討伐の件だ。

 

実はあの採掘施設、アラスカ駐屯地(国防軍)のどっかの将校の一派が違法に稼働させていた。

というのも、投降した連中から聞き出したのだが、今の技術でスキャンと採掘をした結果、さらに深くに多量の金があることがわかったそうだ。

 

嫌な予感通りにやはり悪い"大人の事情"だったわけだな。

 

「"欲の熊鷹 股裂くる"ってな。過ぎた欲は身を滅ぼすのさ」

「見事にあなたとアドウェナおじい様に股を裂かれましたね。海賊も…あの将校(依頼主)も」

「これであそこ(アラスカ)の連中も襟元を正すだろうさ、多分」

 

人陰のない山奥だということもあって欲が出ちまったんだろう。

だが、バレずにやるためにちまちま少ない人員でやってたのと、それの秘匿を徹底させるための待遇と処罰が厳しいのが仇になった。

 

その件で例の将校に軍を追われた士官が海賊に堕ち、事情を知る故にこれ幸いと占拠したということらしい。

最低限の戦力しかないことを知っていたから、弱小海賊でもどうにかなる。さぞ美味いカモに見えたことだろう。

 

将校にとっても何の拍子で露呈するかわかったものでもないので迂闊に動けない…はずだった。

 

彼ら(海賊)にとって予想外なのは、交渉を呼び掛ける間もなく傭兵を差し向けられたことだろう。

かつては顔見知りだったのだから、上手く脅せば多少はこちらの言葉に耳を傾けると思っていればこの結果。

元々交渉に応じなくともある程度採掘すれば早々に放棄する予定だったらしいが、予想以上の速さで俺が現れたわけだ。

 

「良いカモだったよ」

「まともに正面から戦ってませんからね…」

俺の腕の問題もあるがこいつ(フレック・グレイズ)のスペックもなぁ…

 

思うに、フレック・グレイズはグレイズの廉価版(れんかばん)ということもあるが、ギャラルホルンで運用する時に後方支援での運用を前提として作ってるのではないかと思う。

動きながらだと当てるのが難しいレーザー誘導式のミサイルだったり、広範囲の視界を確保できるツインアイだったり。

まぁ言い訳は止めておこう。俺がこいつを使いこなせなきゃ死ぬだけだしな。

 

さて、海賊の制圧後、後詰めの部隊が遅れてやってきたのだが、それまでに白いスピナ・ロディに乗っていた男に色々話を聞けた。

俺はコクピットに取り付けていたオーディオプレイヤーから抜き取った録音データを、トレーラーのダッシュボードの上に固定したプレイヤーで再生する。

 

『―――本当だ。間違いない』

『それを裏付けるものはあるのか?』

『ある。軍を追われる前にいつか一矢報いてやろうと記録した、汚職の経歴を保存した媒体が。ここの金鉱のこともデータに入っている』

『余計な欲を出したもんだ。大人しくメディアにでも突き出せばよかったのにな』

『…』

『ここで捕まるか死ぬかすればそれも無駄になるわけだ』

『…』

『そこで、だ。それを俺に預けてみないか?』

『…何?』

『上手くいけばそいつ(将校)と隣部屋になれるかもしれないな。硬いコンクリートに囲まれた部屋(牢屋)だろうけど』

『それは…いや、どうせ俺に選択肢はない。せいぜい上手く使ってくれ』

『上手く使うとも(報酬の上乗せとか、軍に恩を売るためとかな)』

『…(大丈夫なのか?)』

『安心してくれ。やることはやるさ。信頼が大事な商売なものでね』

『…傭兵、そうだったな』

 

…というやり取りをした。

ちなみにここはオフレコ部分だ。

 

聞けばわかると思うが彼が軍を追われた士官その人だったらしい。殺しそびれて良かったよ。

道連れにするつもりであっさり洗いざらい吐いてくれたこともまた良かった。

おかげで例の将校が直々に来る前に色々とよろしくない活動の記録データを回収できたからな。

 

『―――これで満足か、傭兵ども。金の亡者どもめ』

『ええ、ええ。これで十分ですよ』

『…わかっているな?ここで見たものも、聞いたことも、誰にも他言はするな。軍の人間なんてもっての他だ』

『目の前でちゃんと戦闘データも消去したでしょう?約束は守りますよ。信頼が大事な商売なものでね』

『お前たちのことは知ってるぞ…背中を気にしながら生きたくないのならばしっかりと私の言葉を身に刻むんだな』

『ええ。心得ております。だから今後とも私たちをよろしくお願いしますね?』

『木っ端傭兵風情が…』

 

お、ちょうど流しっぱなしのプレイヤーからこの時の会話が出てきたな。

言われた通り他言はしてないし、戦闘データも見せることもしていない。

"古い友人"はちゃんと()()軍の人間でもないしな。ひどい屁理屈。

俺たちはただ昔話に花を咲かせた後に、無言で骨董品のカセットテープをプレゼントしただけだ。

 

「その後会われたという"古いご友人"は軍の?」

「ああ。もう引退してるんだが、こいつ(フレック・グレイズ)を融通してくれたやつだ。その借りが返せて良かった良かった」

「…アドウェナおじい様も?」

「同じだな、むしろ向こうの方がえげつないだろう。なんせあの年の知り合いと言ったらそりゃぁ、かつてそれなりに高い地位とかにいた人だろうし」

「悪い人たちですね…」

 

リーリカはそんな俺に対して呆れ顔だ。

だけど反省はしてない。生き残るためだからな。

結果的にそれは彼女のためでもあるのだから。

 

「…信頼は大事だと言ったろう?今はまだ体制が整いきってないからこそ俺の様な木っ端傭兵でも軍から便宜(べんぎ)を図って貰えるが、その時期が過ぎればそうもいかない」

「…鉄華団の件ですか?軍事顧問になりましたからね」

そっち(鉄華団)も支部が新設だからまだぎこちないんだけど、やっぱり時間の問題さ。俺たちが今やるべきことは軍からの確固たる信頼を築き、彼らが安定した後でも問題なく仕事を回して貰える様にすることだよ。だからこそ普段なら金で目を(つむ)る暗黙の了解を無視したのさ…これは間が悪かったとしか言えないなぁ、運がなかったと諦めてもらおう」

「そう考えれば、ヒーローショーのことは結果的に依頼を受けて良かったと言えますね。まさか軍が関係してるとは思ってもいなかったのですけど」

「………そうだなぁ」

凄まじく複雑である。

 

信用は大事だ。

 

だけど、こう…傭兵の矜恃(きょうじ)というものがあるだろう?

…え?弾薬代がない?

OK、"傭兵のプライド"今なら24ギャラ。破格だろ?こんなもん買うぐらいならチョコレート買いな。駄菓子屋でよく売ってるあれがちょうど二つ買えるんだ。

ちなみに今トレーラー内で流れているこのピアノ曲はドミートリイ・ショスタコーヴィチの『24の前奏曲』だ。ショパンのじゃないぞ、でもそれを参考に作曲したらしいね。

 

関係?特にないけど?

この作曲者はリーリカが一時期聴いてた『十月革命』と同じ作曲者だ。

でも彼女は結局The Beatlesとかのポップバンドに落ち着いてしまったんだ…いや、俺も好きだけど。

 

「…しかし本当にどうしたもんかねぇ…これぇ」

 

そう言って俺はトレーラのバックミラーから吊り下げられた"()()()フレッくん"のキーホルダーを指で小突く。

 

―――海賊討伐の前に、フレック・グレイズをやっとまともに塗装してやれたのだ。パッチワークだと心象も悪くなるからな。

で、白は"フレッくん"と被るから灰色に塗り替えてやったのさ!

 

信頼は大事と言ったが、そう言った手前、あの撮影とか諸々も軍が背景にいるのだから断りづらい。

だから少しでもそれに抵抗してやろうと色を変えたのだ。無言の抗議というやつだ。

 

…なのに今度はアニメで新キャラの仲間として、このカラーリングで登場しやがった。

 

『フレッくんを時に助け、時に立ちはだかる正体不明の男(?)グレイフレッくんと呼ばれる彼は果たして敵か味方か!?』

 

紹介文の上には立ち絵姿と「てきでもみかたでもない…」という台詞がかわいらしいフォントで書かれていたのをリーリカから見せられた。

逃げられねぇ。

 

ちなみにそいつの本名(?)は"ヴェーチェル"らしい。

()()()()で"風"という意味だ。

 

…そうロシア語だ。

俺が愛機に付けた名前も"ヴェーチェル"なんだがなぁ?

 

 

あのクソジジィ(アドウェナ)めっ!!

ついでにいらんこと喋りやがったな!?

じゃぁ主人公(フレッくん)の名前はなんなんだよ!

 

 

…"フィーシャ"…?…え、嘘…だろ………?

 

 

「フィーシャ?前ちゃんと見てくださいね?スーパーヒーロー(と同名)が交通事故など起こしてはいけませんよ」

「リーリカおまえ…………………………」

「………いえ、その…えっと、ほら、この"手乗りフレッくん"良いと思いません?」

 

リーリカが俺の視線から逃れる様に取り出したのは名前通り、前足をだらっと放り出した姿勢で座る手乗りサイズのフレッくんだった。

彼女は気まずい空気の中、苦肉の策で頭頂部のボタンを押す。

 

《あしたはあしたの()がふくさ!》

 

余計に気まずくなった車内では、ピアノの音色だけが必死に死んだ空気を繋ぎ止めようとその曲調を激しくしていくのだった。

 

…キャラクター使用料だけでも取るからな。

 

 

 




■ヴェーチェル(フレック・グレイズ改・寒冷地仕様)
亡き団長がその信条からかMSに名前を付けていたことに倣って名付けられた。
意味はロシア語で「風」
灰色に塗装し、継ぎ接ぎも綺麗に直した。
ゲイレール時代に使用していた破損を免れた110mmライフルを装備している。

■アーブラウ国防軍
アーブラウ加盟の各国の国防軍を再編成、名称を変更した軍隊の総称。
本編では素人集団みたいな扱いだったが、実際にそうなるかと言われると疑問があった。
今作では無理やり理由付けされている。

■グレイフレッくん
「踏み込め!フレッくん!」9話で登場した新キャラクター。
本名を"ヴェーチェル"というらしい。
とある傭兵から抗議文が来たが無視された。
サイボーグ忍者ではない。

■金鉱海賊の討伐を依頼した将校
自分の金鉱(違法)を海賊に占拠されて速攻で傭兵に依頼した男。
"よろしくない仕事"と看破した傭兵二名と、それを口止めする将校のアウトな会話が録音されたカセットテープはフィーシャが、海賊に堕ちた士官が持っていた不正の記録はアドウェナがそれぞれ持ち帰る。
それは"古い友人"という名の軍の引退者(OB)に渡されてしまった。
報酬の上乗せを要求された上にこれである。
どうなったかは昨日のニュースを確認してくれ。



この世界でミサイルの扱いがあまりわからなかったのですが、フレック・グレイズの頭部はミサイルが積んであるそうです。
と、いうことで、電波誘導ミサイルはエイハブウェーブに乱されそうなので光波誘導なら大丈夫と思い、レーザー誘導式のVLS(垂直発射式)ミサイルということにしました。
割と勢いで書いてるのでなんか「レーザーを当ててる間誘導できるミサイル」という認識で。

より詳細な資料を探せばきっと設定があるのでしょうが、私は見つけられなかったのでご容赦を。


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little wings

お待たせしました。
メインの小説を書きながら、結局こっちをやってしまったのは私です。

※鉤括弧に統一性がなかったので修正しました。







『―――悪く思うなよ。仕事だ』

 

最近、また夢に見る。

 

あの時、俺たちを殺したゲイレールを、あの男の声を。

 

破壊されたコクピットから這い出で、そしてバラバラになった団長の灰色のゲイレールに下敷きになった自分を見降ろすように、俺は立っている。

 

トラック同士の正目衝突の方がまだましな状況だろう。なのに気分はホームビデオを見ているかのようだ。

 

 

―――もう終わってしまったことなんだ。

 

 

ただ懐かしむように、アルバムを捲る様な気分でただ見下ろす。

あぁ、こんなこともあったんだよなって。

 

 

なぁ俺はもう、大丈夫なんだよ。団長。

ちゃんと前に進むための、理由を見つけたんだ。

 

 

 

…ヘリの音が聞こえる。

見上げれば見覚えのある大型ヘリ。

 

そう、いつもの迎えが来たんだ。

ヘリから降りてきたアドウェナじいさんと、ロベルトじいさんが俺を()()()()()団員の名を呼ぶ。

 

『ブランドン!ブランドン!!………くそっ、おい―――』

『―――シャノン!エド!バル!フィーシャ!』

『―――』

『そこか…?生きてんだな!?今瓦礫を退かす!死ぬなよ!?いいな!?』

『―――』

 

突っ立てるはずの俺の目に懐中電灯を向けられたような眩しい光が見え、そして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつも通りの朝。

そう昔でのないのに懐かしい夢だ。もう、見飽きた夢。

 

ベッドサイドのテーブルを見れば昨夜手入れしていたアンティークのエンフィールド・リボルバー。

まだなんとか動く懐中時計。小さな花のレリーフは、俺の趣味ではなかった。

灰色のゲイレールを背景に撮られた集合写真が入れられた、無駄に縁の分厚い木製の写真立て。"Dort Company"と金色の文字で小さく書かれている。

ランプカバーだけ小洒落た古ぼけた電気スタンド。今でも失敗作を押し付けていた男を思い出す。

 

ぼうっとしていれば、一分もしないうちに隣の部屋から目覚まし時計の音が微かに聞こえてくる。

リーリカの目覚まし時計だ。

 

目覚まし時計が鳴る前に起床する彼女にしては珍しい…わけではない。

最近は彼女はこんなだ、いい感じに緩んできたのか…もしや俺みたいに夢見が悪いとか…?んなわけないか。

 

なんとなく彼女に目覚めを悟られないように、物音を立てずに硬いベッドから降りる。

ミュージックプレイヤーからイヤホンを伸ばし、目覚めの一曲を流しながら床でストレッチを行う。

 

今日はチープ・トリックの『Mighty Wings』だ。

 

夢の続きではないが、この曲は特に昔を思い出す。

クラシック好きの団長が、好きだった映画に使われてたからって理由で聞いていた音楽。

映画も皆で見たもんだ、古いとはいえ有名な映画だったから簡単にダウンロード版が手に入ったから。

 

この拠点は変わらない、だけどもう皆はいない。

 

…あの時、皆が死んだ時はっきり言って俺も死んだんだ。

体ではなく、心と言うべきか。

とにかく無気力だったし、ただ叩き込まれた習慣だけを続ける人型マシーンだった。

 

だから生活がいつの間にか危うくなった時、ギャラルホルンの依頼でも平気で受けれた。

今にして思えば運が良かった、そう、お互いに。

その後の事を思えばまさに福音(エヴァンジェリーナ)だったんだよ。

 

―――それは墜落船の回収作業だった…その時、リーリカと出会ったのだ。

 

現場であるSAU領内、アメリカ合衆国西南部のユタ州南部からアリゾナ州北部にかけて広がる"モニュメント・バレー"と呼ばれる地域へいく途中のことだ。

 

名が表す通り、モニュメントのようなテーブル状の台地であるメサや細い柱のような岩山のビュートが見られる荒野。

 

登り始めたばかりの朝日をモニュメントが遮り、長い影を落としていた。

初めて訪れる観光地なのに何の感慨もなく、少しづつ昇り始めた太陽を眺めていたのを覚えている。そしてまだ肌寒かった。

 

だから本当に偶然だったのだ。

真っ直ぐ伸びる道路の、薄暗い端っこなんて所に目を向けたのは。

 

 

―――その時、イヤホンから《それはまるで足元の棉ぼこりさ》という歌詞が流れる。

 

 

あぁそうだ、思い出した。

あの時もこの曲を流していたんだ。

 

この歌詞を聞いて俺は道端に目を向けたんだ。

 

そしたら道端で座っていた。

あまりに無防備に。

 

 

《今夜、俺の心は空で燃え上がるんだ》

燃え上がっちゃいねぇよ。だけど親父の言葉がふと脳裏を通り過ぎる。

「女には優しくしろ」だなんて、別れた母さんに刺されて死んだ親父らしい言葉だった。

 

 

《銀の鳩に乗って》

おいおいこのトレーラーはそんな大層なもんじゃない。

ただ反抗するかのように意味もなくブレーキを踏んで。

 

 

《夜の果てに突っ込むんだ》

さぁ止めてやったぞ、なんて思っていた。そしてドアを開く。

うるさく急き立てるアップテンポの曲が、俺が開けたドアの中から薄暗い路地裏のような道路の端っこに虚しく落ちる。

 

こんな肌寒い中で入院着だけという格好もそうだが、無防備と言うのはその心だ。

 

共感を感じたんだ、そしてどうもに…そう、その姿はスラムで何もかも諦めたガキのようだった。懐かしさと虚しさ。

 

昔の俺の様な、そして今の俺の様な掃き捨てられた綿ぼこり。

 

何もかもがダブって見えたんだ。

死んだような俺が、死んだような昔の俺を見下ろしている。

 

 

《連れてってくれ》

彼女はまだ、縋ることを忘れていなかった。

死んでいた女は、それでも俺を見てそう言ったんだ。

だから思わずこう答えた。

「わかった」と。

 

 

《最高の翼で空を駆け抜けて》

「どうして…ですか?こんな女が必要なの、ですか?」

急に謙遜(けんそん)したな。特に考えてないなぁ…必要でも不要でもないし。まぁなんだ…これから見つかるだろうさ。

「…私を、どうするつもりですか…何をさせるつもりですか」

…いやまぁそう勘繰るだろうが、違うんだよ。ほら寒いだろ、上着。

 

 

《最高の翼で連れてってくれ》

「私は…何も、何も覚えてません。ここは、いえ、私はどこから来たのかも」

悪いが俺にもわからん。銀のトレーラーでマーケットのある街まで連れていくことなら出来るけどな。今後どうするにしろ、服買わないとな。

「本当に…あなたは私に何を支払わせるつもりですか…」

調子戻ってきた?いや行き倒れの女に払わせないよ。対価を求めてるんじゃないんだ…今ギリギリの生活だったなそういえば。

 

 

《今夜、最高の翼で連れて行ってくれ》

「では何故…?」

「それなんだが、俺は女と機械は丁寧に扱えって叩き込まれちまっててなぁ…」

 

 

 

 

 

その俺の締まらない言葉で、彼女は手を取ってくれたわけで。

リーリカ(福音)が俺をどう思ってるか…そんなのわからんよ。

 

いつかわかるんじゃないか…あー多分?。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、団長はあの曲のフレーズを気に入ったから、傭兵団が今のひっどい名前になったんだよ、って聞いた。

 

"Fleckmans(棉ぼこり人間たち)"

 

同じ曲からもっといい名があったと思う。

"Silver Dove(銀のハト)"とか、それこそ"Mighty Wings(最高の翼)"とか

今思えば、そういう(掃き捨てられた)やつらが多かったから、的を得ていたなとは思う…クララばぁさん以外は、皆いい名前だって言ってたからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△△△△△△△△△△

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は午後4時を回った。

 

イギリス出身(と思われている)のアドウェナじいさんが、団長に教えたと言う"ミッディ・ティーブレーク"の真似事をしている。

ちなみに"アフタヌーン・ティー"は社交的な面が多い。ラフなものがこの"ミッディ・ティーブレーク"と考えてくれ…つまりおやつの時間ということ。

 

二人で使うには広いダイニングのテーブルの上には、昨日買っておいた"Tim Hortons(ティムホートンズ)"のサワークリームグレ(ドーナツ)ーズドが皿に乗せられている。俺は半分だ、甘すぎた。

 

それと以前バンクーバーのキッツィラノにある"Bays Water(ベイズウォーター)"で買ったハーブティー。

ローズヒップをメインにブレンドした紅茶で、ビタミンCが豊富なので美容に良い。勿論、俺のチョイスではない。

 

俺のチョイスは『You've Lost That Lovin Feelin』だ。

ライチャス・ブラザーズの曲で、クラシックではなくポップミュージック…例の映画の曲だよ、これを選んだのはまぁ今朝のこともあって懐かしくなったからだ。

よくもまぁこうまでレコードを揃えたものだと今でも感心する。

 

これは主人公とヒロインの思い出の曲として使われている歌だ。

 

「なぁリーリカ………あれは、何だ?」

 

だがそんな雰囲気に流されることなど皆無であり、原因は視線の先。テーブルを挟んで向かい合う俺とリーリカの真ん中だ。

20~30くらいの封筒が積まれている。

その見た目が問題だ…いや中身の方が問題なんだが、ピンクだったり、可愛いシールが貼ってあったり…

 

「ファンレターですね」

「………へぇ?でさ、この前手に入れたグレイズ用のブースターのことなんだが…」

「スルーしないで下さい」

「許してくれマネージャー…なぁ、こういうのはちゃんと選別してから渡すものだ。だからそっちで見ておいてくれ」

「"事務所"の方から選別されたものがこちらになります」

「そちらになりますか…」

 

がくっと天を仰ぐように椅子の背もたれに脱力する。

この度私、エフィーム・アダモフはモビルスーツアクションスタントとしてデビュー致しました!違うからな?

 

「教えてくれリーリカ、俺たちはどこに向かってるんだ?」

「『最初は兵器と聞いて怖かったのですが、キュートな踊りに魅了されちゃいました!』ですって。次は―――」

「聞いてくれよ」

 

俺の目は未だかつてない程死に絶えているが、実際リーリカの目も同じだ。

嫌な現実を見たくない俺と、さっさと終わらせて忘れたいリーリカの図である。

 

俺たちは輪斬りのレモンが浮いた鮮やかな赤い色のハーブティーを飲み、心の安定を図る。

本来酸味が強いが、少しハチミツを入れているのでややマイルドな味に変わっており、飲めばバラの独特な香りが鼻を抜け、気分はリセットされた。思い込みによって。

 

「………断ればよかったじゃないですか…あんな(いかれた)依頼」

「………信頼は大事なんだよ…大事だよな…?」

 

事の発端は以前、金鉱の海賊討伐の前に来ていた依頼だ。

そう、血迷った女性アイドルグループが出してきたあれだ。

 

やつらの脳が腐ってヨーグルトになってるのは間違いないが、これは絡繰りがある。

と言うのも、以前のフレッくんのことが良い例だが、軍が背景に付いているグループがあるのだ。

あの時と同じように印象操作の一環だ。怖いな。

 

1グループだけ動いてもあからさますぎるので裏で結託したのか煽ったのかは知らないが、結果8つのグループからアタックされた。怖いわ。

 

「だから実際に裏に軍がついてるグループを探して、そこからだけは引き受けなきゃいけなかったんだよ…癪だが、非常に癪だがな。泥水を啜ってでも将来路頭に迷う選択肢を潰したいからな」

「言っていることが無茶苦茶ですよ」

 

泥水を啜ってるならもう迷い込んでるのよあなた、と言わんばかりの目を向けられる。

 

本当に悪かったと思ってる。

振付をやる俺はまだ金属の箱(モビルスーツ)に密閉されているからまだ言いものの、彼女は事務所のマネージャーやらアイドルやらに板挟みにされていた。

 

あぁ、それと今回も映像出演と言うか、撮影した動きを編集してバックスクリーンでなんか使うらしい。

 

そんなリーリカは溜息を一つ、もう一度カップを口元に運んでさらに一泊置いた。絵になる。

 

「…必要なのはわかってますよ、嫌でも軍が背後にいることはわかったので…彼女たちのその…肩幅とかで」

「それは言うな」

 

背後どころか、もはやアイドル科でもあるのかよと言わんばかりである。

もしかして彼女らは広報官なのか?

だとしたら余計に無視できる依頼でもなかったわけだ。何でこいつら俺たちの予想をことごとく超えて来るんだよ。

 

結果として事務所に届けられたファンレター(俺じゃない、"ヴェーチェル(フレック・グレイズ)"宛てだ)がこちらに回された。

 

…しかしこんな依頼が来るのは異例中の異例だ。泥水を啜る(プライドを投げ捨てる)のは今回ばかりさ、そうだろう?

…そうだよな?どうしよう全く自信がない。

 

―――通常傭兵と言うのは著名な傭兵が雇い主と契約を交わし、その傭兵の元に旧知のグループやフリーランスの傭兵が集まるという形態が主流だ。

 

前々回の仕事で輸送を頼んだアドウェナじいさんも、そうやって著名な傭兵に集まるフリーランスの運び屋なんだ。

 

その時は"著名な傭兵"が俺だったわけだ。

 

まぁ俺が誘ったんだけど。

分け前は減るが、信頼と命の前にはあまりに安い。

 

そもそもモビルスーツの輸送を考慮して道路が整備されてるとはいえ、全てがそうではない。

特に奇襲をするならば尚更既存のルートは論外、そう言う時に彼らのようなヘリなどで空輸する運び屋が必要となってくる。

 

傭兵はそうして必要な仕事に必要な連中が集まり、そこで一時の杯を交わし合うのだ。

別に美しくも羨ましくもないだろうが、それでもその瞬間を求めて死んだ奴を見てきた。

 

俺たちもそういう人種だった。

今は、ちょっと違うかもしれないけどな。

 

………まぁ詰まる所何が言いたいかと言うと、あれは絶対に傭兵の仕事じゃない(バックダンサー代わりは違げぇ)ってことだ。

 

「ともかく、だ。点数稼ぎにはそれなりになったはずだから次来ても断る…もう来てる?」

「安心して下さい。よく調べましたが軍関係ではなく、触発された(腐れヨーグルト)人たちからだけです」

「ゴミ箱に落とせ」

「もう昨日やってます」

 

お見事。

 

「ちなみに他の依頼は」

「以前から来てましたデブリ帯からのジャンク品回収依頼が1件…これはまだ先の話で余裕があります。それとアラスカ駐屯地から()()()もらった護衛依頼が1件です」

「相変わらず傭兵らしい仕事がないよなぁ」

「国同士の戦争がありませんからね。良いことですよ」

 

大規模戦争を忘れた世界に純粋な傭兵は厳しい世界だ。

まだFleckmans(フレックマンズ)()()()頃からそうなのだからモビルスーツ一機だけの俺たちでは尚更戦闘から遠のいてしまう。

 

加えて予想していた通りの事態になっているのだ。

 

「軍との模擬戦もさっぱりなくなったし…鉄華団め…」

「子供相手に大人げないですよ?」

 

多少便宜を図ってもらっていた依頼も、やはり鉄華団がアーブラウ国防軍の軍事顧問になってから少なくなってきている。

逆に言えば信頼足る傭兵だと認められたからこそまだ仕事を回してもらえる。フレッくん?アイドル?次は何をやらされるのか戦々恐々なんだよ…今は忘れさせてくれ。

 

ガキ(子供)が好きなのか?」

「嫌いではないです」

 

成程面倒見は良さそうだ。

リーリカは表情の変化にはちょっと乏しいが(人のことは言えない)、何だかんだ抱きしめてあやしてそうな気がする。

 

「そうか…何人欲しい?}

「そうですね。二人は少なくとも」

「…」

「…」

「…」

「…どうしましたか?」

「え?いや?何でもないよ?」

 

フォノグラフ(蓄音機)からは《君のために(ひざまず)いてもいい》という歌詞が流れてくる。

やめろ!俺を惑わすな!

リーリカが無表情でしたり顔をしている気がしてならない…あ?笑ったな今??

 

咳払いを一つ、話を元の軌道に戻す努力をする。

 

「俺の人生の教訓は女と道具は大事にしろだ」

「初めて会った時、言っていましたね…子供は入らないんですか?」

「入らんな。それに覚悟を決めてるヒューマンデブリの連中に、何を言っても無駄だろうさ…ああまで成功した例は聞いたこともないが」

「そうですね…子供とはいえ、彼らもまた責任を持つ立場となったのです。それが流されるままだとしても」

「戦い以外の道がないものかーとか言わないんだな」

「わかってるくせに」

「ははっ」

 

俺たちも同じ穴の(むじな)。綺麗ごとを喋るような人間じゃぁない。

…それに現にここまで功績を残しているのだ、下手な同情はいざという時命取りになる。

 

だけど、リーリカはそうは言うものの、どこか煮え切らないような表情をしているのだ。

それが果たして憐れみなのか、彼女の優しさ故なのかわからない。

 

「…まぁ、ガキが自分の意地っ張りのせいで死ぬのは、ちょっと気の毒だけどな…誰かが首根っこ掴んでやんなけりゃ止まらんぞあれは」

「…彼らは死ぬまで止まらないと?」

 

怪訝そうに彼女は問う。

まぁ傭兵どころか軍の人間、海賊すらも命は惜しい。

当然あいつら(鉄華団)もそうだろうが、割り切るのが早いのだ。どうにもな。

 

「そんなのわからんよ…ただ、根付いた"習慣"っていうのはそれこそ戦いから離れでもしなきゃ中々治らんよ。そういう風に叩き込まれてるんだ」

「詳しいですね…もしや会ったことが?」

「いや?俺がそうだったからな」

 

団長に拾われる前の話だ。

親父が刺されて死んでから路頭に迷い、後は()()()()感じでヒューマンデブリの出来上がり。

二束三文で買われ、二束三文すらも与えられずに二束三文のために戦う。

その過程で洗脳され、脅迫観念に駆られて命を投げ出す。

 

「だからこそ、染み込んだ命も(いと)わない戦い方がここぞという時に引っ張り出される。同じ寝床で生き抜いた仲間の前だと尚更な」

「………初めて、聞きました…良かったのですか。私に教えてしまって」

「何を謙遜してるんだよ、いいさ。ただ言うタイミングがなかっただけだしな」

 

だからこそ彼女に手を差し伸べてしまったのだ。

自身の過去と、父の教えと、団長に拾われた恩が染み込んでいたからこそ。

 

「…ガキを舐めてるわけじゃないが心配だよ…ガキの命じゃなくて、なまじ高い武力を利用されることがな。悪い大人なんぞ、それこそ腐るほどいる。割を食うのは、何もガキだけじゃない」

 

これはアラスカの連中も気にしていた。

どうにも国防軍本部の新設MS部隊と折り合いがよくないらしいからな。こんな話ばっかだな。

付け入る隙が見えてるのは冷や冷やする。

 

《今は君の愛を失ってしまったから―――生きていけないよ…》

なんてことを嘆いているフォノグラフを、俺は小突いて電源を落とした。

彼女と共に茶菓子と空のカップと、完全に存在を抹消していた封筒を片付ける。

 

「とりあえずグレイズ用ブースターの調整だ。腰部には元々のスラスターがついてるから背面なんだが…」

「地上仕様だとバランスが取りづらくなりますね。取り合えず一度吹かしてみてOSの書き換えをしましょう」

「一旦取り付けない事には始まらないか。そうだな、2番ガレージに―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△△△△△△△△△△

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リーリカ」

 

フィーシャが私を呼ぶ。

手にしていたタブレット端末から目線を上げた。

 

目の前には灰色のフレック・グレイズの"ヴェーチェル"が両膝を格納庫の床に付いた状態でコクピットを開いている。

フィーシャはそこから身を乗り出すようにこちらを見ていた。

 

「どうだ?」

「恐らくこれで大丈夫だと思います。後は実際に飛ばしてみないとなんとも」

「まぁそうだよな」

 

彼はそう言うとコクピットに備え付けられたワイヤーフックに掴まってするりと降りてきた。

 

私はそれを見上げる。

 

降りてくるフィーシャの後ろ、ヴェーチェル(フレック・グレイズ)の頭の上からひょっこりと取り付けたブースターが顔を出しているのが見えた。

二枚羽のプロペラの様な装甲が上下に伸びる一対の可動式のブースターが、今回背部に取り付けられた装備だ。

 

海賊討伐の際に彼らが抱えていたパーツを一部融通してくれた時に手に入ったもので、これでもって機動力を上げて奇襲に適した仕様にしていくらしい。

 

こうして見れば、小さな翼を背負っているかのように見えなくもない。

 

―――グレイフレッくん!?その翼は…!?―――

―――見ていられないぞフレッくん、貴様も年を取ったものだ―――

 

和む。

 

至極下らないことを考えていたらもうフィーシャはもう私の目の前に。

 

「………なぁ、怒らないから何を考えてたか教えてくれ」

「きっと来週にはこの翼を生やしたグレイフレッくんが登場するのだろうな、と」

「翼じゃねぇよ、戻ってこい」

 

怒らないとは言ったが素直に言いすぎだ、と彼はぼやく。

そもそも怒るところを想像できないのですが、とは言わないでおこう。

 

そういえば今ここに流れている曲(Mighty Wings)も、そんなタイトルだったと思い出す。

 

私と彼が出会った時の音楽、私は彼の"最高の翼"で連れ出してもらったと言った所だろうか。

そう思えば、この小さな翼も頼もしく見えてくる。

 

「この翼で飛ぶのを、是非とも見てみたいものですね」

「そうだな、色々試してみたいこともあ―――もう翼でいいよ…気に入ったのか?これ」

「ええ、きっと人気が出ますよ」

「素直に喜べない」

 

流石に幾らかキャラクター使用料(でいいのだろうか?)を今後貰うことが出来るようになったので、人気取りも大事になる…彼は嫌がるけど私は何だかんだ気に入っているのだ、フレッくん。

 

傭兵のパートナーだけれども、それでも平穏が一番なのだ。

そうした"平穏"の匂いを感じれるものは、やっぱり安心する。

 

「ただ宙をひらひらと飛ぶだけの翼であったら良かったのに」

 

私の呟きに彼は一瞬呆ける。

 

こんな詩的な言葉を言うのは意外だったのだろうか?

彼は困ったように笑って目を逸らし、ヴェーチェルを見上げた。

 

「…そうだな…明日、飛んでみるか?風になった気分になれる」

「あら?デートに誘うならば眺めの良い席を用意してもらわないといけないのですよ?」

「参ったな。このヴェーチェル()は一人乗りだった」

「私はもう"最高の翼"に乗せてもらっているので大丈夫ですよ。あの時から」

「いつからそんな洒落たこと言えるようになったんだ?」

「ついさっきからですね」

「…本当に素直な女だよ」

 

私はもう嘘をつきたくないのだ。

 

…何故?

いや、わからない、けれど…自分を偽ってはいけないと、まだ見えもしない霞んだ記憶の中に…そう思わせる何かがある。

 

きっとそれは辛いことだから。

 

《俺が感じたいように感じるまで》

そんなフレーズが彼のミュージックプレイヤーのスピーカーから流れてくる。

そう、覚えてはいないけれど、そうしたいからそうするのだ。ただ感じるままに、後悔しない道を。

 

―――少し雑談をしながら一息入れた後、私たちは残していた後片付けに入ることになった。

その後フィーシャはヴェーチェルを、私はタブレットをシャットダウンさせる。

 

そしてすっかり手に馴染んだ画面の消えたタブレットを眺める。

 

本来OSの書き換えは不可能なのだが、フィーシャには…正確には亡くなった団長さんにはギャラルホルンとの伝手が少しばかりあったようだ。

 

その関係から限定的であれど書き換えのためのソースコードを持っている。

 

だからこそ戦闘面のOSが死んだフレック・グレイズを横流ししてもらったみたいだけれど、私が来るまでただの重機と化していた。

 

『―――え?プログラミング、できる?』

 

目の下に隈を作って、ただでさえだるそうな目が存在を主張していた顔を思い出す。

分厚いプログラミング用の参考書を片手に、タブレットを前にしてうんうん唸っていたのだ。

 

『おお!行けそうか?よかった、これで生活リズムを戻せそうだ』

『ありがとう。本当に助かった』

『まさに俺へのエヴァンジェ(福音)リエだよ』

『俺にも教えてくれるか?』

『―――の知っていることを教えてくれる?』

「よし戻るか」

 

「あ…はい」

 

少しぼうっとしていたようで、彼の言葉で現実に引き戻される。

最近、よく夢も見る…思い出せないけれど…

目覚ましが鳴る前にも、中々起きれなくなってしまった。

 

 

あぁ、全て思い出したとき…私は何を選ぶのだろうか…?

 

 

 

「―――SAUは日和見だし、まず動くならギャラルホルンだろうさ。なんせ戦争がなさすぎた。なんかあったら裏で暗躍してるんじゃないかと勘繰りたくもなる」

「それは同感ですね…少し探ってみたのですが」

「それはいつものクラッキング(不正な調査)?」

ハッキング(正当な調査)です。ぎりぎりを見極めてますから、ね?」

「すまん」

 

失礼な。見つかっても黒と断定されないように暗号化しているんですからね。

 

「ギャラルホルンの通信の記録なのですが…」

「待て、待て待て…あーいやすまん、続けてくれ………」

 

フィーシャが再度私の言葉を遮り、謝罪した。

言いたいことはわかる。でも話が進まないので素知らぬ顔で続ける。

 

「さすがに内容はわかりませんし覗くつもりもありません。あくまで"アリアドネ"を経由した通信履歴の記録に不自然な"()"を見つけただけです」

「…通信記録を抹消した跡があると?」

「はい。ギャラルホルンと関係がある、癒着や汚職のありそうな施設付近ではよくこの"穴"は見られるのですが、今回は地球のある特定の場所で何度かあったようです。施設も何もない場所で」

 

おおまかな地域は変わらないが場所は毎回違う。

逆にそれが怪しかったのだけど。

 

「…それだけじゃ憶測の域を出ようがないな…だがきな臭いのは間違いない」

「結局は数多の通信履歴から統計的に割り出した憶測の域、でしかないですが…」

「何が出来るわけでもないし、巻き込まれないようにだけ注意しないとなぁ。ちなみにどこ辺りなんだ?」

「それが…アーブラウとSAUとの国境付近なんです」

「うわぁ………」

 

何だかよくわからんがやばそう、と言うような引きつった表情を浮かべたフィーシャ。

彼は目を閉じ、拳で数回自身の眉間を小突く。

 

その間に沈黙ではなく、代わりにずっとリピートされているアップテンポな音楽が格納庫に響いている。

《俺の心は激しく燃え上がる》

もっと燃え上がってください。この気まずい間が全く持ってないですよ。

 

彼は閉じた拳をパッと広げてこう言った。

 

「今日の夕飯なんだが」

 

哀れ、彼は頭を叩いて記憶を消し去ってしまった。そんなわけありますか。

ただ、正直私も知った時は似たような心情になったので責められない。

 

それに結局、何もわからないに等しいのでどうしようもない。

だから私もさっさと用意していた話を差し込むのだ。

彼が夕飯のオリヴィエサラダの話を終える前に。

 

「そういえば依頼というか…」

「ピクルスと香草を―――どうした?」

「フィーシャに会いたいと言う人物が」

「俺に…誰だ?」

「ガラン・モッサと名乗る傭兵です」

「………へぇ?」

 

フィーシャの目が細められる。

 

彼が何を思ったかはわからないが、間違いなく、穏やかな心情ではなかったということだけは私でも理解できた。

 

《カミソリのように夜を切り裂くんだ》

 

そんな目をしていた。

 

 

 







Fleckmans(フレックマンズ)団員名簿
ブランドン:団長。壮年男性。元ギャラルホルンで退役後傭兵へ。死亡。
シャノン:戦闘員。中年女性。元ギャラルホルンで団長の元部下。後を追い傭兵へ。死亡。
エドヴァルド:戦闘員。中年男性。火星出身でドルト2の元労働者。死亡。
バルトーク:戦闘員。青年男性。元海賊。団長とジャズバーで意気投合し鞍替え。死亡
エフィーム(フィーシャ):戦闘員。青年男性。元ヒューマンデブリ、阿頼耶識は無い。後に団長に拾われる。コクピットを破壊されるも奇跡的に生存。
ロベルト:壮年男性。団長と旧知の仲。クララと夫婦で所属、戦闘員の死亡により退団。
クララ:壮年女性。団長と旧知の仲。ロベルトと夫婦で所属、戦闘員の死亡により退団。

エヴァンジェリ(リーリカ)ーナ:マネージャー兼オペレーター。エフィームに拾われ、後に"福音"という意味の名前を貰う。

尚、現在はFleckmansという名前で活動していない。

■団長が好きだった映画と曲
トム・クルーなんたらさんが主演のとても有名な戦闘機映画。カッコいい。
Mighty Wingsはエンドロールに名流れた楽曲。
この小説を思いついた時に、たまたま最近映画を見直していた。

■ヴェーチェル(フレック・グレイズ改・寒冷地仕様)
翼…ではなくてグレイズ 用のブースターを装備した。
次の週の放送でさっそくグレイフレッくんが装着して登場した。納得いかねぇ。

■グレイフレッくん
サイボーグ忍者では、ない。

■リーリカ
だんだんフィーシャに似てきた。



本来"flecks of fibre"で棉ぼこりとなるので、"fleckmans"だと"小片男たち"か、"そばかすの男たち"という意味になってしまいます。
歌詞でも棉ぼこりは"a ball of dust"として使われていますが、この世界だと"flecks of fibre"だったという事で一つ。

要はDon't think, feelということです。雰囲気でやっていきますよー。


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bloody beard

お待たせしました。
メイン小説を完結させたので燃え尽き症候群…になる間もなく仕事に追われていました。(進行形)
他にも新しい構想が浮かんでしまったのも原因ですが…







「―――ガランと言えば、数年前に活動を始めた傭兵か」

「ご存じで」

 

僅かな衣擦れの音が、手入れを怠っていたのか黄ばんだカーテンに囲まれた狭い空間から聞こえる。

その音は二人分。

 

「ああ…そりゃぁ、()()知ってるさ…それにフリーランスを集め回ってるってのは話に聞く。俺をスカウトする気か?」

「恐らくは」

「面の皮が厚いことで…」

 

俺は袖も(えり)もないスーツを着ながら、薄い布一枚で隔てられた先で同じように着替えているリーリカと先日のことについて話す。

 

「一度会ってみたかったから丁度いい。話を受ける気はないがな」

「拠点を差し出すことになりそうですものね」

うちは部屋もモビルスーツ用の倉庫も空いてるしな。

 

白いYシャツの袖のボタンを留め、最後に鏡の前で黒いネクタイを締める。

ややバランスが悪い気もするが…まぁ見えないからいいだろう。うん。

 

「そういう事。それに、あいつらに祟られちまうぜ、本当によ」

「………」

 

リーリカは俺の呟きに何も返さない。

俺がこう言う"理由"を既に話してあるから安易に口を挟みづらいんだろうなぁ。

 

普段は雑に分けている髪の毛もポマードで丁寧に整え、男にしては長い髪の毛を後ろで纏める。

せっかくだから今日に合わせて切ろうと思ったが、リーリカに「勿体ないですね…」なんて言われたもんだからやめた。アドウェナじいさんもそこらへんは適当でいいって言うしな。

ちなみに今日はわざと無精髭を残している。今回のような"バイト"であれば似合うだろうとお許しが出たからだ。俺の自由意思よ、戻ってこい。

 

準備が終わりカーテンを開けて布に囲まれた個室から外へ出る。

っと、ちょうどリーリカも終わったようだ。女性は準備に時間がかかると言った奴は一体誰だったのか。彼女が早いだけなのはわかってるが。

 

彼女も俺と同じく袖のないスーツを着てロングネクタイを締めているが、俺と違って色の濃さは違えどどちらも彼女のお気に入りの色の(すみれ)色っぽい色だ。

髪型は普段と同じポニーテールだが、いつも前に垂らしている髪の毛(それ鬱陶しくないか?といつも思っていることは内緒だ)は全て左右に流していた。

それとフチなし眼鏡。

 

その服装は彼女の隙の無いような雰囲気にもしっかりフィットしていた。それどころか堂に入ったような感覚すら覚える。

 

「よく似合ってる」

「あなたも」

 

俺たちは細々とした仕事の確認をしながら、肩を並べて暗い廊下を進む。

その途中にあるドア、その反対側には真鍮製のプレートに「Staff only」と書かれているであろうドアを潜った。

 

そこは古めかしい雰囲気を漂わす広間。

スタッフ通用口から出れば、まっすぐ伸びたカウンターが、吊り下げられたランプに慎ましく照らされているのが目に入る。一個だけ形が違うのはバル(バルトーク)のやつが生前作ったものだ。

静かな雰囲気を晒しているがそう見えるのは今だけで、一度人が入れば奥で沈黙しているピアノが持ち出されたサックスたちと共にあたりを楽しいジャズィーな音色で包み込むだろう。

 

内装のために表面だけレンガを積んだ壁には仰々しい額縁に挟みこまれた古い写真が所狭しと飾られており、それがかつてここで演奏をしたミュージシャンたちの顔だということを知る者は少ない。

その下にはもう動くことが無いジュークボックスがこの場の雰囲気づくりのためだけに突っ立ていた。

さらには背の低い本棚が並べられており、その中にはちゃんとハードカバーの紙製の本が

収められている。ここに通っている常連が持ち寄って集められたからなのかどれもボロボロで言語も様々。

見事に骨董品ばかり、といった様相だった。

 

SAU北部、アメリカ合衆国モンタナ州の町"スウィートグラス"

羊飼いの映画のロケ地になったスウィートグラス郡ではなくツール郡の中の町の方だ。こう言っても分かる奴なんざアドウェナじいさんぐらいだが。

州間高速道路15号線が真横を通る町で、ほぼ同じ町と言っていいような近さで"カッツ"というカナダの町が隣接している。そうここはまさに国境のが目と鼻の先にある町だ。

 

そして俺たちがいる場所はアドウェナじいさんが持つジャズバー"Stork's(ストークズ) Cocktailss(カクテルズ) &(アンド) Dreams(ドリームズ)"だ。もろに映画の影響を受けてる。

 

何の映画かといえば『Cocktail(カクテル)』さ。じいさんの好きな映画だ。

 

俳優たちのシェイカーやグラスを使ったパフォーマンスであるフレアバーテンディングに憧れて皆で練習したもんだ。公開直後バーテンダー養成学校への申込が殺到したという話があるのもよくわかる。

あぁでも、主演はこの映画のこと好きじゃなかったみたいだけどな。

 

 

 

―――そう、俺たちは今、ジャズバーでバイトをしているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ついにモビルスーツすら使わなくなったな………」

「では、いっそもうここで働いては?」

「二人でなら悪くないと思い始めた自分がいることに戸惑いを隠せねぇよ」

 

今度は俺の呟きを逃さずにリーリカが答えた。

酒場で働きながらモビルスーツでアクションスタント…わけわからんな。

そして頼むから酒瓶と一緒にに"フレッくん"ぬいぐるみを置くんじゃぁない。おぅいじいさん。その手に持ってる灰色のフレッくん(グレイフレックくん)を置け。カウンターに置けなんて言ってねぇよやめろ。

 

―――"バイト"なんて言ったものの、そもそも別の目的があってここに来たのだ。

ここを会合に使いたいって言ったら、じいさんにバーテンスーツ投げ渡されたせいでこうなっただけだ。それが条件と言われちゃな。

 

チラリと隣でシェーカーを気取って振る練習を一生懸命するリーリカを見やる。

既に数日経つがまだややぎこちない。肩に力が入っており、眉間に皺を寄せながらシェイクシェイク。身体と共に。そう特に―――

 

「こういうのもいいな」

「…え?なんて言いました?」

「また肩に力が入ってるって言った」

 

邪心を振り払う。

しかし振りにくいのも仕方のないことで、今リーリカが持っているシェーカーは"ボストンシェーカー"と呼ばれる一般的なシェイカーよりも容量が大きいものだ。その分、シェーク時に空気をたくさん含ませることができるので、フルーツを使ったカクテルであれば香りが際立ちまろやかにもな味に出来る。

彼女は要領が良いのですぐ慣れることだろう。

 

「しかしイメージがないですね」

「何がだ?」

「フィーシャが"フレアバーテティング"ができるということがですよ」

「やっぱりそう思うか」

 

俺もそのギャップの自覚はある。

彼女が言うにはダウナー系の雰囲気を出しながらもストイックに(過大評価な気もするが)生きている俺に対して、曲芸の様なことを人前で披露するイメージが湧きづらいとのことだ。

まぁ、まさに今ぽんぽんボトルとグラスを回しながら飛ばしてキャッチを繰り返してるけれど。

 

「古い映画に憧れたそのままの勢いで、団員の皆で何故かベストを尽くしてしまったのもあるがな」

「全員出来たんですか」

エド(エドヴァルド)だけ出来なかったな」

「ドルトの…額縁を贈ってくれたという?」

俺の部屋に置いてあった写真の入った額縁を思い出すように彼女は言う。

「そうそう。ま、そもそも"情報収集"の一環としてローテーションでバイトさせられていたのもあるな。じいさんも団長もフレアバーテンダーを入れるのに乗り気だったし、俺たちも軽いノリでやっちまったんだよ」

「それで好評だったと…しかしこのような酒場で"情報収集"とは、アドウェナおじい様の交友関係の広さを思い知らされたようです」

「まさに敵に回したくない人間の一人だよ、知っての通りな」

リーリカはこの間の将校の告発の件を思い出してか神妙に頷いた。

 

ここは特に傭兵やら軍人やらがたむろする酒場だ。

アドウェナじいさんは宇宙に出ないのであれば傭兵からしてみれば信頼できる輸送ヘリのパイロットだ。傭兵の知り合いは多い。加えて本人はあまり語らないが、かつての従軍経験から何かと古い軍の友人も多い。

そういったじいさんの世話になった人間がこの酒場に集まってくるのだ。かく言う団長もその一人だったらしい。

 

だからこそ、ここは比較的簡単にリスクも少なく情報を集められる穴場なのだ。

当然、行き過ぎた行為をした者は()()()()()になるが。

集まってる人間が人間だからな。相当度胸がなきゃ問題も起こせないだろうけど。

 

そんでもってここで"話"を付けることもままある。

それは傭兵同士の協定であったり、軍が使い走れる傭兵を見つけるためであったりだ。

グレーゾーンはあってもそれよりやばい仕事が出てこない(出せないが正しい)からこちらの方も比較的安心して話を進められるわけだ。

 

だからさっき言ったように俺も"話"の()()()()理由で来た…はずだったんだが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「腕が鈍ってなかったのが救いかねぇ…」

 

そんな呟きもサックスと笑い声の音に掻き消されて消える。

日も暮れ、ようやく春に入ったというのに外は吹雪いている。それでもここは昔と変わらず人に溢れていた。思わずここで飲んだFleckmans(棉ぼこり)たちとの夜が脳裏に蘇る。

 

誰かがリクエストした『Fly me to the Moon(私を月に連れて行って)』が、穏やかなバリトンボイスで一途な愛を紡いでいる。

あぁこれも映画で使われていたっけな。ここでは昔から変わらず定番の曲だ。これを聞けば映画を思い出して宇宙旅行をしたくなる。いつかリーリカとどこか行くのもいいかもしれない…

 

20〜30人は入れる程度の大きさのこのバーは既にそれなりの人数が入り込んでおり、リーリカも忙しそうに狭い机の間を歩き回っている。

今彼女に手を出そうとした輩はカウンターで老齢な軍人と話をするアドウェナじいさんが眼力で黙らせた。俺もガンを飛ばしたがいつも目つきがよろしいとは言えないせいでいつも通りにしか見られない。つまりなんの迫力もなかった…顔は覚えたぞ。

 

俺はと言うと、じいさんから少し離れたカウンターでボトルをぶん投げてる最中だ。

 

シェイカーをトス(飛ば)し、フリップ(空中回転)させたボトルがさらにその上を舞う。

回転していたボトルはボトム(下部)からトスされたシェイカーに吸い込まれるように空中ではまり込み、手元に戻った瞬間に手首のスナップですぐさまはまっていたボトルが宙を舞った。後を追うようにシェイカーも派手にフリップしつつもゆっくりと弧を描き交差し、両手でキャッチと同時に手の平で弾くように低く縦に連続でフリップさせる。

大事なのは緩急だ。

 

"フレア(フレアバーテティング)とは自己表現だ"

そんなことを言っていた亡き団長を思い出す。

 

だから覚える気のある団員は皆バラバラの『表現』をして客だけではなく団員やアドウェナじいさんをも楽しませていたものだ。

何にでも流儀を語りたがる団長は言うだけあって一流のフレアバーテンダーでもあったのだ。何よりカクテルを絶妙なバランスで提供し、客と俺たちの舌を喜ばせていた。

 

実のところ戦闘においてリズムを重視する俺たち(Fleckmans)にとって相性が良い訓練でもある。どのくらい役に立ったのかを正しく実感はしていないが、少なくとも動体視力は上がった気がする。

 

しかしこれが"自己表現"だというならば、今の俺はどう見えているのだろうか?

一度落ち込むところまで行ったが、今はそれなりに吹っ切れて安定していると思う。

そういうのに鋭そうなじいさんをチラりと横目で見れば、何故か視線が合った。

 

え、と一瞬呆ける暇もなく、じいさんが空のグラスを持ってアンダースローの構えをしている。

 

(―――あ。あれか)

 

意図を理解した俺は自分が投げ、落ちてきたボトルをキャッチする。同時にじいさんがニヤリと笑いグラスを俺に向かって放り投げる。

俺はキャッチしたボトルと手に持っていたシェイカーを再度宙に放り投げてじいさんのグラスをキャッチ、シェイカーと合わせてジャグリングする。加えてその途中でもう一つのシェイカーをカウンターから掠め取るように弾いて飛ばし、宙を円を描いて舞うステンレスとガラスの流れに新たに洋銀を加わえてやる。

 

その息の合った突発的なパフォーマンスに対してカウンターやテーブル席から覗いていた客からと思われる口笛。小さな拍手。

 

ちょうどリーリカも見ていたらしく、思わず足を止めてこっちを見ていたのを確認。

じいさんはどうやら彼女に対する俺の"見せ場"を作ってくれたらしい。相変わらずそういう気遣いは嬉しいのだが、心臓に悪い。

 

入りたての頃は反応できずに目の前をグラスがただ通過していって、俺の隣でフレアをしているバルがキャッチしてジャグリングをかましていたっけなぁ。あいつも上手かったというか、打ち込み具合は断トツだった。

 

―――Fleckmansはモビルスーツを5機も保有したそれなりの規模の傭兵団だ。

伝手もあったため仕事に困ることもなかったが、必ず5機全てが出払うわけではなかった。輸送方法やその費用の問題から全員が現場に行けないことも多かったのだ。

 

そういった残留組が一人、ないしは二人でここで"バイト"をして常連から"お話を伺う"のだ。

 

団長がわざわざ他のメンバーが戦闘中にも関わらず派遣させる程に、ここで集められる情報は侮れない。

"アドウェナの元で働いている人間"という肩書きだけで相手の物腰もまるで変わる。

『比較的簡単にリスクも少なく情報を集められる穴場』とは言ったがその信頼あってものものだ。

 

俺含め他の団員も常連からは顔を覚えられていたし、ほとんどが昔話だったがその合間に有益な情報を話してくれたりする。

上手く聞き出せるかは上手く機嫌が取れるか次第。そういう意味ではフレアバーテティングのパフォーマンスも無関係ではなかったのだ。

 

「ブランドンのやつは残念だったなぁフィー坊。だがしばらく見ないと思ったら美人な嬢ちゃん連れてくるたぁいけねぇよ」

「そういうことなんだろう?コレだろ?コレ」

カウンターに座る顔の傷が目立つ老人が小指を立てる。隣の禿頭の老人も同様に。

「いえ、まだソレですね」

「でもアレはもうしたんだろう?」

懲りずにOKサインをしている二人組。どちらもイギリス出身だからそのジャスチャーの意味は色々とNGだ。

「いいえまだ」

「うっそだろおめぇそりゃないぜ。俺らだったら秒でアレだぜ」

「あたりめぇよ。明日も分からんって教訓を得たんだからアレしてコレになったらアアすればいいんだよ」

「いやどれですか」

「だからぁよぉ、嬢ちゃんの下「口を慎んでくださいおっさんども」

 

 

 

 

 

そうやって古い常連から生前の団長の昔話だったり雑談をしていれば、また客が一人。

それを見て俺は()()()()()()()()()()

 

肩幅のある偉丈夫で、深緑色のパンツと革ジャンを着た男だ。防寒としてか革製のグローブを付けている。黒髪をセンター分けし、整えられたフル・ビアードの髭を生やした三白眼の男だ。

日が落ちたばかりとは言え暗くなっているにも関わらず、空軍パイロットの印象の強いアビエイターモデルのサングラスをかけており、コートに張り付いた雪を落としながらバーを軽く見渡すように視線を巡らせている。

 

すぐさまリーリカが出迎え、カウンターの席へと案内する。

男の視線はサングラスにより隠されているが、心なしか彼女へ向けている気がしないでもない。尻を見るなこら。

 

擦り切れた木製の床の上を硬いブーツの音を立てながら、間もなく男は俺の目の前の席へ座り、そこでグローブとサングラスを外し、しばらく体を温めた後にその男は口を開いた。

 

「中々にいい場所だ。別にそこまで長生きなわけでもないが、古い時代を思い出すようだ」

初めて来たかのような物言い。

男は片肘をカウンターに乗せ、やや乗り出すように言う。興味が引かれた子供の様な、そんな人好きのするような目を俺に向けてきた。

「マスターの拘りと、常連の方々の協力があったからこそですよ」

「なる程。確かに、俺のようなおっさんを指して若造と言えるようなご老人もよく見える」

「何かとマスターの知己(ちき)の人が多いですからね」

「ここのマスターは軍にでも入っていたのか?いかつい連中の多いこと多いこと」

男は何気ない所作でぐるりと室内を見渡し、ここに集う人種を察して肩をすくめる。

「さぁ?詳しく聞けたことは無いですが、アフリカユニオンの方で活躍したと思っていますよ」

「それはまた手広いな?」

「ええ、手広いようで」

 

一瞬、目が合う。

 

「お飲み物は?」

「任せていいか?酒の味が分かるような輩じゃなくてな」

「では"シーザー"を…貝類にアレルギーは?」

「ない。それで頼む」

 

本人が言ったように酒は飲めればいいタイプのようで、メニューに目を通すことなく俺に任せた後は片肘をカウンターに付いたままステージの方へ振り返る。酒を楽しめなくともジャズは楽しめるようだ。

すぐさま俺はカクテルの準備を始める。この男に"フレア"を見せる必要はない。

さっそく棚からグラスを取り出し、準備を始める。

 

まずグラスを上下反対にして、皿に張ったレモン汁の中にグラスのフチをそっと浸す。そしてレモン汁で湿った箇所に同じように塩胡椒を付けて定着させ、グラスを持った手首を叩いて余分な塩胡椒を落とした。

 

そのグラスに氷を入れ、ウォッカと"クラマトジュース"を注ぎ混ぜ、さらに適量のタバスコとウスターソースを加えて混ぜ合わせる

今作っているこのカクテルはセロリの茎を大胆に差し込むものもあるが、ここではショットグラスに野菜スティックと共に刺して提供している。お好みで、と言う奴だ。

 

最後に小さなレモンとライムのスライスをフチに引っ掛けて彩り完成。

 

「"ブラッディ・シーザー"です」

「………」

 

『ブラッディ・シーザー』

カナディアンにも人気で二日酔い防止としてもよく飲まれるカクテルだ。

"ブラッディ・メアリー"との違いは、トマトジュースではなくクラマトジュースというハマグリのエキスとミックスしたトマトジュースで酒を割ったという所。

 

カナダの定番カクテルと言えばこれだろう。

目の前の男に()()()()そう説明し、それを聞いた男はくいっと一口。

ほぅ、っと感心したように男はグラスの赤いアルコールを眺めた。

 

「いい腕だな。久しぶりに飲んだが、俺が飲んだ中でも1、2位を争う程だ」

さっきの味が分からん設定はどこいった。

「恐縮です。…ですが、それなりに自信がありましたので"一番"になれるように精進しなくてはいけませんね。良ければあなたの"一番"をどこで飲んだか教えて頂いても?」

「ここだよ」

 

キンっと、どこかでグラスがぶつかり合う音が聞こえる。

ちょうど演奏との間なのか、辺りが妙に静かに思える。カウンターの俺たちの話声すら周りの客に聞こえてしまいそうだった。

 

リーリカが木製の床を歩き回る靴音が大きい。

聞き取れはしないが、近くから小さな囁き合うような話声が聞こえた。

 

どうもおちょくられている。

「あなたはそれを作ったのが()だったか覚えていますか?」と聞く前に、目の前の男が無邪気そうに笑い、視線でアドウェナじいさんのいる方向を指し示した。

 

ステージの方から「ワン・ツー・スリー」と小さく聞こえたと思えば、『Days of Wine and Roses(酒とバラの日々)』が流れ始める。

これも映画の挿入歌で、美しい響きと裏腹に孤独を酒で誤魔化す日々を謳った曲だ。

 

「あぁ。マスターの"シーザー"でしょうか?そうであれば納得せざるを得ないですね。それにしても、以前に来たことがあったのですね。それに同じシーザーとは面白い()()ですね…」

「全くだな。来たのは一年程前だから誰が作ったかは覚えてないが、そこのマスターぐらいの年齢だったのは覚えているな…誰だったか」

男はグラスに口を付け、味わうようにゆっくり飲む。

「いえいえ、恐らくマスターでしょうね。シーザーに限れば私より上手く作れる者はここにはそういないので―――」

「あぁ、思い出した!ブランドンの()()に作って貰ったんだ」

 

《孤独な夜が蘇える》と、バリトンボイスのヴォーカルが口ずさんだ。

その歌詞の合間に、二人分のグラスをテーブルに置く音が聞こえた気がした。さっきまで俺が話していた二人組あたりからだ。

 

それはまるでこの男―――"ガラン・モッサ"と団長と親しかったかのような言い方だった。

傭兵仲間?だが、()()()()()ではアドウェナじいさんも団長とこの男との繋がりを知らないようだった。

単純に古い友人か、確実な答えは出せない。

 

だが恐らく俺でなくても団長の過去を知っていれば一つだけ思い当たることがある。そのせいで僅かに、眉間に皺が寄った。

あらゆる可能性の中で、何故かあまり考えたくないやつが頭の中を()ぎる。

 

 

団長は元軍属(ギャラルホルン)だった。

 

 

ガランのその野性味溢れた顔の眉尻が下がるしぐさをした。それはどこか悲しみを表す時の表情だ。

 

それも一瞬で、今までの気さくな態度を改めて声のトーンを落とし、少し真剣な顔になって語りかけてくる。

 

「俺が何でお前に声を掛けたかを、知りたいんだろう?」

 

"前座"は終わりにして欲しいらしい。

相手の表情を見逃さないように、手元は"シーザー"の後片付けを続ける。

 

()()()に委縮でもしてくれればこっちも多少溜飲(りゅういん)が下がったというのに、そういうタマじゃないのは一目瞭然。

亡き団長(ブランドン)がかつてこいつに出したのがシーザーだったから、それに重ねてみたが大した反応もなかった。どころか聞きたいことが増えちまった。

これは俺が"話"を受けるつもりがないのもバレてそうだなと、ついネガティブに考えてしまう。

 

(正直、この男に関わらないで済むならばもうそれで良かった…会うことを選んだのは俺なんだから今更だが…)

 

この様子ならここで話す意味はもうないだろう。

相手はこちらの返事を待つばかり。ここでは先程の思わせぶりな言葉の意味を聞き出せなさそうだ。

…それに、わざわざ協力を申し出てくれたくれた常連たちを刺激させることもない。

一応の収穫はあったが、虎の威を借るキツネ(俺の知り合いはおっかないぞ)じゃぁだめかぁ…ここを使う理由がそのためだったのだ。

 

俺は顎で店内奥の小部屋のドアを指し、ガランを連れてそこへ向かう。

 

途中すれ違ったリーリカに人手が減って忙しくなってしまうことを詫びてから、ドアを潜った。

彼女の心配そうな視線を受けて、少しだけ肩の力を抜けた気がする。

 

部屋の中はさっきの広間とは趣がまた違う。近代的な装いをしており、気取るつもりが全くない。

それもそのはずで、ここは軍の人間や傭兵たちが話を付ける時に使う防音の小部屋だ。ドアを閉めれば広間の音楽などもう聞こえやしない。

テーブルやカウンターで話がある程度成立しそうと判断すれば、こちらでより詳細に詰める。そういう流れが多い。

 

なんならここで契約してしまう場合すらある。それでいいのか軍属。

ちなみに傭兵同士であれば大抵はテーブルで済ませる。そんなもんだ。

だから今回は特別だ。

 

「さて、"お話"を始めようか?」

 

席に着くなりガランは目の奥を光らせて言った。

あーこの目は見たことある。悪戯好きな子供のように無邪気に見えて、実際はこっちを揺さぶる算段を立てている時のやつっぽいな。

 

さっきのこちらが気になる情報の出し方といい、主導権は簡単に渡してもらえそうにない。

それを忌々しく思いつつも、それが手の平の上だったとしても、少し手もガランの情報を引き出すために"お話"を始めた。

 

 

 

こいつは団長を、()()()を殺した男なのかもしれないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずはっきりさせようか。ブランドンを、お前たちを殺ったのは俺だ」

「…まずは自己紹介をしようぜ」

 

顔を引きつらせながらもこの返しができたことを誰か褒めてくれ。

あーやっぱ会わなけりゃよかった。

 

 

聞こえるはずもない褒め言葉を求めて耳を澄ましても、壁一枚挟んだ広間の楽し気な音楽すら、やはり何も聞こえては来なかった。

 

 

 

 

 






改めてお待たせしました。忙しい時期なのでペースは杜撰ですがお付き合いください。
やり取りの解説は次回誰かが喋ってくれますので、なんかそれっぽいこと言い合ってるとだけ思ってくれれば。
というかモビルスーツどこいった。

■映画と音楽について
『Cocktail』:フレアバーテンダーの映画。これもトム・クルーなんちゃらさん主演。
『Fly me to the Moon』:老人が宇宙へぶっ飛ぶ映画の挿入歌。
『Days of Wine and Roses』:酒に溺れていくカップルの悲劇を描いたドラマとそのテーマ曲の名前。

■フレッくんのぬいぐるみ
大好評発売中!ど畜生!モビルスーツここにいた!

■ガラン ・モッサ
最近人集めをしている傭兵。
亡き団長であるブランドンと交友があったようなそぶりを見せている。


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in the predawn past

あれ、バーが赤くなっている…!?(気づいてたけど言う機会がなかった)
このような作品を評価していただき、本当にありがとうございます。
当初の予定通り10話程度で終わる予定なので既に折り返し地点は過ぎてますが、残りの2人と1機の物語をごゆるりとお楽しみください。

※誤字修正と最後の方に状況補足の文章を追加しました。






 

 

 

 

「あのガランという男が、フィーシャの団員たちを殺めたというのは本当なのですか?」

 

私はグラスを拭きながら、隣でブラッディ・シーザーを作っているアドウェナおじい様に問う。

 

「さぁなぁ…そうかもしれないし、そうじゃぁねぇかもしれない」

 

曖昧な返事。でもきっと、おじい様は真実に近いところを知っている、もしくは察しているかもしれないと思ってしまう。

 

「おじい様は―――」

「ん?」

「―――もし仮にそうだとしたら、フィーシャはどうすると思いますか?」

 

おじい様はどうするのですか?と聞こうとして止めた。聞くことに意味がない気がしたのだ。

 

多くの人間をその手で運んできた彼ならば、きっと多くの別れも経験したのだろう。

その口元の深い皺をくしゃりと寄せて笑うおじい様を見れば、そう、思ったのだ。

この人は親しい死すらも"そういうもんだ"と割り切っている、と。

 

「心配か?」

 

その手を止めることなく私に問う。

 

「してないと言えば嘘になります。ですが、彼も既に受け入れているようですのでそこまでは…互いに傭兵、そういうこともあるでしょうから」

 

おじい様は私の返事に満足そうな視線を一瞬寄越した。

そうしてさっきのような笑みを浮かべるのだ。

 

「分かって来てるじゃねぇかよ。そうさ、今日の敵は明日の味方なんてよぉくある話。恨み辛みを引きずってちゃぁ必ず足を引っ張られる。あいつだってわかってるのさ」

 

フィーシャは地域に根付く傭兵だ、敵になったり味方になったりと変化することはそうそう無い。が、ガランのように転々と拠点を移す人間であれば話は変わってくるのだろう。

そういう根付いていない"流れ傭兵"に対して風当たりが良いとは言えないが、それでも未だこの地で動けているのならば受け入れられている証拠。

 

であれば"暗黙の了解(傭兵間の私的な殺しの禁止)"を心得ているうちは、一傭兵がどうこう言った所で立場が悪くなるだけで良いことがないらしい。

特にフィーシャと私は余裕があるわけではない。最近ようやく軌道に乗ってきたのだ。(フレッくんに納得いってないみたいだけど)自らの首を絞める行為を、()()彼が行うとは思えない。

 

それが例え、仲間の仇であろうとも。

 

「つまり」

「何もしないだろうさ」

 

それはわかっていたことだ。だけど…

 

「…フィーシャは、少し()()大分引きずっているようでしたが」

 

弱った姿を、ちゃんと見たわけではない。

それこそ、そう認識できたのは拾われた直後。あの荒野、あの時、あの瞬間だけ。

それでも、出会った頃と今とを比べればかなり差異がある。

 

「今は大丈夫だろう?嬢ちゃんと会う前は確かに危かったが、それでも切り替えは出来てたんだよ。じゃなきゃぁすぐさまモビルスーツを手に入れようとしたりしねぇさ。ブランドン(亡き団長)のやつがフィーシャに何を望むか、それをあいつは理解してたんだよ…ぎりぎりではあったけどな」

「そうですね…」

 

煮え切らないような私に対して、おじい様は苦笑いしながらも答えてくれた。

 

「あいつは真相をはっきりさせたいのさ。後回しにし続けた憂を断ちたいってやつだ」

「あぁ、フィーシャは確かに嫌なことは後回しにしますね」

 

ファンレターの件とか。

 

「それに今回はお相手さんからの接触だ…何か意図があると思って真意を確かめないわけにもいかないだろう?」

 

それが何よりの懸念事項だった。本当にあのガランという傭兵がフィーシャの傭兵団を壊滅させたのだとして、わざわざ何故、今?

ちらりとカウンターで酒を飲む二人組に目を向ける。

 

「そのために彼ら(二人組)を?」

「おう。あの二人以外にもいるぜ?ブランドンの野郎と親しいやつらをちょっくら呼んだのよ」

 

おじい様が手元から顔を上げ、店内へと視線を回す。

そうすれば何人かがジョッキを片手に手を振ってきた。

 

「こいつらも割り切れてはいるが、あいつら(Fleckmans)の死には不審な所が多い。今はガランとか言う奴にどうするわけでもないが、フィーシャはブランドンの忘れ形見だ。殺したかもしれんやつが自ら出てきたとなりゃぁ心配にもなるのさ」

 

全く、あいつもガキじゃぁねぇんだぜ?とため息を吐くおじい様。

確かにさっきも、事あるごとにガランにプレッシャーを送っていたなと思う。

 

―――かつてガランが団長さんに何かの"仕事"の話を持ってきて、断られたのは知っていたそう。

 

そしてFleckmans(フレックマンズ)の壊滅は、その一月後の事。

軍によって調査もされた、けれど結局下手人を断定は出来なかったと。

おじい様たちは。その短い映像記録と手際の良さから軍のような組織的な部隊、又は腕利きの傭兵だと考えていたらしい。

 

…フィーシャが唯一、相手から聞いた言葉を考えれば"仕事"で排除させられたことになる。

どこかの軍、或いはガランがやったにしろ、他の傭兵がやったにしろ、指示を出した(クライアント)人間がいるはずだ。

 

それなりの規模の傭兵を潰す仕事なんて、今の戦争を忘れた国がやるとはあまり思えない。

もちろん確証はない。だけどFleckmansは軍部からもある程度受けの良い、真っ当な傭兵だっただけに、メリットとデメリットを天秤にかければそこまでする理由がないのだ。少なくとも()()()()()()()ではないだろう。

 

では他国からの?

一体どういう意図だろうか。国の戦力とみなして削るのが目的、というのも全然しっくりこない。所詮は傭兵なのだ。

 

何もアーブラウの主要な傭兵は彼ら(Fleckmans)だけではない。とは言え、確かにモビルスーツ5機ということを考えれば規模は大きめだったか…?

…だがそれは、数年前ならばまだわかる。今は、モビルスーツがどこも配備され始めている。

その上でピンポイントで狙う理由はなんだ。他の傭兵に被害が出ていてもおかしくないのに、彼らだけを亡き者にした理由がわからない。

国外の軍部という線であると、どうも不自然。

 

では私怨からの個人の依頼だろうか?

それならばいくらでも理由が出てきそうではあるが、目ぼしい人間は一応は調べたらしい。

表と裏の人間含めても、モビルスーツを5機も保有する傭兵団抹殺の依頼料を払える人物、或いは組織は限られている。

加えて"金の動き"というのはどうしても()()()()()()のだ。

それでも分からなかった。

 

ではもしや地球圏外の?考え過ぎだろうか…

 

そうなれば"仕事"という発言がフィーシャ聞き間違いか、或いは生きているのを知った上でわざと嘘をついたのかも、となるが…それを考えればきりがないか…

 

他にも幾も考え得る候補の内、私は何の確証もない直感だが、そうなのではないかと思う動機が一つあった。

 

フィーシャの仲間の"()か"を狙ったものだったのではないか、ということだ。

 

おじい様は、私の言葉に対して笑みを深め、こう付け加える。

 

或いはFleckmansのような、軍とも懇意な力のある傭兵団を壊滅させること自体が()()だったからではないか、と。

 

下手人の"仕事"がどう関わって来るかはわからないが、あくまで"排除自体が仕事の目標"ではなく、"目標を達成する上で排除する必要があった"のでは?ということだ。

 

やり方の不自然さ、そしてわざわざ暗殺ではなくモビルスーツでの戦闘を行った理由は周辺人物への警告、又は軍へ挑発、それか…他の傭兵への"アピール"。

 

Fleckmansの壊滅はそれなりに注目されていた。軍内部の人間には衝撃を受けた者もいたぐらいらしい。

短時間の戦闘、現場を検証した軍も犯人を追えず、真相は謎のまま。

面倒な噂が飛び交い、一年以上過ぎた今はそれも下火だが、それでも心のどこかで燻る火は残っている。

 

火に寄るのは無害な生き物とも限らない。むしろこの場合は毒虫の方が多そうだ。

 

"Fleckmansを軍の追跡を逃れ葬った力"。なんとも分かりやすく陳腐な(うた)い文句か。

普通はそんな言葉に乗る傭兵はいないはず。だけど今は乗る"理由"がある。

 

 

"鉄華団"だ。

 

 

正確には"鉄華団"が"アーブラウ国防軍"の軍事顧問になるまでの()()()()()()()()()()だ。

 

ギャラルホルンの社会的信用低下の影響による世界治安の悪化、それに伴い地球圏内の各国軍がモビルスーツを急配備する風潮。

一時は仕事が増えて嬉しい笑みが漏れていた傭兵たちだが、たったの一年、それだけで既に仕事が減っているのがよくわかる。

フィーシャも言っていたではないか。

 

―――今はまだ体制が整いきってないからこそ俺の様な木っ端傭兵でも軍から便宜(べんぎ)を図って貰えるが、その時期が過ぎればそうもいかない―――

 

これからさらに傭兵は仕事を失うだろう。現にフィーシャのように運よく伝手が手に入らなかった傭兵もいるはずだ。そういう傭兵の行く先は、さらに大きい傭兵団に取り込まれるか、綺麗さっぱり足を洗うか…海賊に身を落とすか…

皆必死なのだ。

そして同時に軍に大きく取り入った"鉄華団"は羨望と恨みの対象。

 

特に構成員が"宇宙ネズミ"と蔑まれる子供たちとなれば余計に。

 

だからこそ、危険と知っても確かな"力"という実績を持った誘いは甘美だろうか。

どうせならと、賭けに乗る様な思考になってもおかしくないかもしれない。

 

つまり人材を集めるため、しかも後ろめたい気持ちのある。

敢えて言う必要もないが、下手人は傭兵だとおじい様は思っているようだ。

 

Fleckmans殺しはあくまで"過程"。

そして団員に元々排除したい人間がおり、規模もちょうど良かったため()()()()()()()()

下手人はその後ろめたい実績をもって仲間を集め、何らかの"仕事"をしようとしてる。

 

最近精力的に仲間を集っているのは、今日この場に現れた―――

 

 

 

―――私はガランを半ばFleckmans殺しの犯人と見ている自分に驚く。

 

おじい様も同じ考えだろうと勝手に思い込んでいたが、さすがに飛躍がし過ぎた気がする。それに結局私自身が集めた情報など皆無なのだ、早計もまた過ぎる。

もしガランであれば、あまりにあからさまではないか…もっと冷静に考えなければ…冷静?

 

私は冷静じゃなかった?

フィーシャがガランに盗られ―――待って、どうしてそういう思考になった?

 

いや、違う、行くなら私も()()だ。

違う、違う。そもそもフィーシャはガランの話は受けやしないだろう。

 

………これはいけない。

 

心底そう思う。

全くもって今の日常に馴染み切ってしまっている。

かつての自分もそうだった。

 

情は身を滅ぼす。

何よりそうやって滅びゆく中で、なんの悔いも抱かないというのが問題だ。

だって私は、そうやってお嬢様を庇って撃たれたではないか。

 

 

―――は?

 

 

「お嬢様…?」

「おじい様だぜ?」

「わっ」

 

思考の渦から抜け出せばおじい様の顔が目の前に。

相変わらずダンディな白髭ですね。

 

 

―――あら、何を思い出したのだっけ―――

 

 

トントントン。ドンドンドン。

 

事前にフィーシャが抜けることを想定に入れて、おじい様が呼んでいた別の従業員が歩き回る音が聞こえる。

ジャズバンドは『my Favorite Things』を静かに奏でており、そろそろ酔いの回ってきた客が下品な笑い声と共に木板の床を踏み鳴らす音が響く。

 

これまた古いミュージカルの曲をカバーしたことで、一昔前ジャズの定番になった曲だ。

私も大分、詳しくなってしまったものだ。

家庭教師との恋の果てに、安泰(あんたい)を求めてスイスへ亡命する一家の話だったか。

 

「もしかして何か思い出してたか?」

「えぇ…そうなんですが…やっぱりあまり覚えていられないようです」

「早く記憶が戻るといいなぁ。さっきのといい普段の立ち振る舞いといい、絶対イイトコの出だぜ?」

「だから余計に動きづらいのですよね…」

 

自身の教養の高さや、無意識の気品はちゃんと理解している。

声高に自身の存在をアピールすれば、恐らく誰かが私を見つけるかもしれない。

…だからこそ自身を"探す"ために大きく動くことが危険と思えてならないのだ。

明らかに、私の最初の記憶は()()ではなかったから。

 

 

―――恐ろしい程の衝撃。

 

ひび割れた目の前のガラス。

自身が入っていた何かの溶液で満たされたカプセル。

煙の充満した白い部屋。

迫る火災。

慌ただしい声、足音、爆発音。

 

何もか朧気で定まらない中、ふらつく足をそれでも力強く踏み出して何かに取り憑かれるように歩いた。

 

斜めった地面。散乱する薬品と書類。

"優秀な脳"。TYPE‐F、被検体。

 

 

『必ず、迎えに来るから―――』

 

『―――死に損ないめ、せいぜい死ぬまで役に立つんだな』

 

 

―――戻らなくては―――

 

ただ、そう思った。その一心で、大地に叩きつけられ、火を噴き出す落ちたあの船から抜けだした。

生きていたのも、目が覚めたのも、そして誰にも見つからずに抜け出せたのも奇跡だった。

 

 

そしてフィーシャと出会ったのだ。

 

それが何よりも奇跡的だった。本当に、本当に。

 

 

「―――出会いが不審すぎんだよ。病院でも脱走してきたか?」

「似たようなものです」

 

おじい様にはある程度話をしてはいても、()()()()来たかは言っていない。あの墜落した船から抜け出したことを知っているのはフィーシャだけだ。

 

あの時フィーシャがあそこにいた理由、請け負った仕事こそが彼の唯一の"ギャラルホルン"の仕事だった。

 

『墜落船の残骸処理、及び行方不明者の捜索』

何故落ちたのか、何の船なのか一切不明。

私はそこから来たのだ。

 

不安になるな、と言うにはあまりに無理がある。

 

「…もしよぉ、全部思い出しても、あいつ(フィーシャ)のこと頼むぜ?」

「………拾った責任を果たしてもらうつもりですので」

()()()()()()()責任について弁明あるか?」

「…どんな行為にも、責任は付き纏うものなのですね…」

 

私も彼に助けられたせいで、このような想いを抱いてしまったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういうことだったのさ」

いやどういうことだ。

 

思考が緩慢(かんまん)だ。

あの時は何とか言い返すことはできたが、やはり相当()()()らしい。

 

ガランの話を要約するとこうだ。

 

ガランと団長はギャラルホルンの元同僚、それなりに親しい仲だった。(本当か?)

今はギャラルホルンを止めて、かつての団長のように傭兵として活動している。

だが当分は仕事を都合して貰わなければ、軍あがりの新参傭兵としては厳しいご時世だった。

しかしだらだらと引き受け続けていれば、待っていたのは傭兵を襲撃する仕事だったという。

今後の傭兵活動を考えればそれは…と難色を示したかったが、半ば頼り切っていた状態では強く出れるはずもなかった。

 

そして俺たちの訓練日、その時だけ随伴したギャラルホルンの偽装ゲイレールたちと共に襲撃、用意周到な完全な不意打ちによってあっという間に制圧。

 

そして忘れもしないあの瞬間(シーン)

 

ガランは襲撃相手のモビルスーツの詳細は教えられていても、団長がいたこと自体は後で知ったらしい。

意図的に隠されていたのだろう、と言っている。(…本当か?)

ブランドン(団長)という優秀な相手を潰すために、同じく優秀な、旧友でもあるガランに詳細も伝えずやらせたのだろうと推測している…らしい。つまりどちらが死んでもいい。使い捨てとして。

 

そして生き残り()がいるということも、最近知ったとか。

 

今回声を掛けたのも、恨まれていると分かった上でのこと。

それでも互いに傭兵、団長の元で動いていたならば優秀な人材だろうと思っていて、気になってはいた。

そしてようやく、諸々の決心がついたので声をかけた、と。

 

「………」

 

本当か嘘かが、わからない。

 

そういうのに長けているわけじゃないが、話し方や表情じゃぁ全くだ。

恐らく、恐らくだが真実も上手く混ざっている。そしてその中に"嘘"がある…と思いたいのかもしれない。

 

一度目を閉じ、小さく息を吐く。

わからないのであれば、今は疑いつつも話を進めるしかない。

裏付けも何もかもは後回しだ。

 

「話はわかったよ」

 

そう静かに伝えれば、目の前の髭面の男も、どこか気まずそうに頷くばかりだ。

 

「何も言い訳はせんよ。軍に寄生し、そしてその寄生虫を上手く使うのがギャラルホルンだ。そんなことわかっていたことだったんだがな…」

 

ガランは前のめりになっていた身体を反らせ、パイプ椅子の背もたれにその逞しい背中を預けた。

参ったな、と言ったふうだが、俺も参った。

 

ガランは本気でそう思ってる、そうとしか見えないからだ。

 

「…もう過去の事だ。傭兵が戦場に出ればどう転ぶかなんてわからないのは百も承知だろう?"使い捨てられる"、そうならないように立ち回っても、結局俺たちの出る幕は戦場にしかないんだから。わかってるさ、わかってるんだよ」

 

それでもやっぱり、"真実"と納得できる答えが欲しかった。ガキだなぁ俺も。

 

「…今回、別に謝罪だけじゃぁないんだろう?そう、いつまでも恐縮されちゃぁ話が進まない」

「…悪いな」

 

そうすると空気が変わる。

部屋の電気のスイッチのようにカチリと。

過去と未来は、俺たちの"仕事"において同居しないんだ。

 

「だいたい察しはついてるんだろうが、俺はお前をスカウトしに来たのさ」

「面の皮が厚いと言われないか?」

「残念だがよく言われる。…今、俺はこのアーブラウにおいて仲間を集めている。地球圏内の急速な軍拡に従って俺たちの居場所はじわじわ首を絞められるように奪われているだろう?その情勢を利用し、腕利きだが運悪く()()()()()()傭兵を集めてるのよ」

 

落ちぶれた傭兵を集めてるってのは…後ろめたい仕事だろうとやってくれるからか?勘繰っちまうな。

 

「俺が目指しているのは―――鉄華団の打倒」

「…何?」

 

こいつが鉄華団を(ねた)んでる連中と一緒には見えんが。

 

「まぁそんな顔するな。勿論こんな目標をあげたのには理由がある。ギャラルホルンから仕事を回されていたとは言ったろう?」

()()()()()()()とはな。

 

「今回も回ってきやがったのさ…内容は、『鉄華団とアーブラウ国防軍内に傭兵として入り込み、足を引っ張れ』、だ」

「…スパイの真似事か?ギャラルホルンはそりゃぁ鉄華団に恨みがあるだろうがよ」

「ま、そんなところさ」

「…そういう(スパイ)行為が野蛮だとか非難するつもりはない。けどなぁ、団長(ブランドン)を知ってるならわかるだろう?傭兵としての矜持、何より、アーブラウの軍人との繋がりを軽視するようなことなんざできないが?」

 

そう言えば、ガランは二カッと笑った。

 

あいつ(ブランドン)の仲間ならそう言うと思ったよ」

 

満足そうな、親し気な笑顔だ。これが全て演技だった場合、こいつは相当の狸だろう。

 

「それにどう入り込むと?現状アーブラウ国防軍の発足式典を控えてるこのくそ忙しい時期に?」

「アーブラウとSAUの武力衝突が起こるらしい」

「―――――――――()()()の間違い、じゃぁなくてか?」

 

しれっと言いやがって…!

こんなこと聞かせて本当に俺が頷くと思っているのか?いや、思ってるはずがない。

これは前座だ。

さっきのこと合わせてそろそろ頭が痛くなってきたが、俺はガランに先を促した。

 

「俺も詳しくは知らん…この仕事を受ける危うさはわかり切ってはいたが、逆に利用するチャンスだと思ってるのさ」

「…裏切ることも念頭に入れてると思うぜ」

「そうだろうさ。だが、裏切るわけじゃない。仕事はちゃんと果たす…続きを話すぞ。どうやって、かは知らないが久方ぶりの国同士の武力衝突が起こる。それに乗じてアーブラウ国防軍に取り入れってことだが…鉄華団のガキどもは優秀とは言え、本格的に国同士の衝突に上手く対応できるとは思えん」

「そこでギャラルホルンで培ったノウハウを活かした"頼れる大人組"が参上。スパイとして情報を流しつつも、戦場で活躍することによってあんたの傭兵団は一儲け。上手くいけば鉄華団の立場に俺たちが~…なぁんて言いだすんじゃないだろうな」

「大まかにはそういうことだ」

「………で?あんたが気になってることは?」

「俺の推測だが、"普通の戦争"にはならない気がする」

 

そりゃ俺でもそう思うさ。ギャラルホルンが仕組んでる時点でな。

そもそも何で戦争なんざ起こすのか…

権威は落ちたが、モビルスーツ事業はそれなりのはずだ。博打が過ぎる。

 

いや、やつらが騒ぎを起こす理由はだいたいは―――

 

「だからイイ感じに混ぜっ返そうと思っていてね」

「…混ぜっ返す?」

 

いかん、流れに乗せられている気がする。

ガランは俺の問いに頷くと、やつ自身の計画を話始める。

 

「ギャラルホルンの思い通りに事が進むのも(しゃく)だ。何よりそうなれば文字通りどう転ぶかわからない」

「あんたが言うと説得力が違うよ」

「皮肉を言うな。俺が思うに、SAU側に別の傭兵団…いや、ギャラルホルンの部隊が加勢することになると踏んでいる」

「証拠は?」

「地球外縁軌道統制統合艦隊だよ。エドモントンの戦いで地に落ちたギャラルホルンの威信回復にも貢献しているあの部隊だ。そこの司令官…マクギリス・ファリドだが、どうにも良い噂ばかりが過ぎると思わないか?まるで正義のヒーローだ」

「…あんたが言いたいことってもしかして…」

「あれはギャラルホルンが返り咲くために仕立て上げた存在だ、と思っているということさ」

「過去に面識は?」

「ない。確かに善人かもしれない。だが権威回復のためと立てられた御旗(みはた)と思うのが自然だろう?」

「…あんたが介入することで鉄華団の情報を流しつつ動きを阻害、ギャラルホルン介入のタイミングを作らせる。終いには余計なことを知り過ぎたあんたら諸共そのマクギリス・ファリドとやらの出世のために消されると?」

「正確には俺個人を、かもな?」

 

それはあり得る。

 

こいつの言葉が本当だったらの前提でしかないが、確実に知りすぎている。

団長を殺す理由がギャラルホルンにあったと言うならば、同じ道筋を辿り、且つ汚れ仕事まで引き受けたこの男は軍の汚点。

消せるチャンスがあるならば消す。そういうことをギャラルホルンは常にやってきた。

これは団長にも聞いた話だ。

 

さらには権威の回復は何よりも取り組まなければいけないことのはず。

マクギリスという男がこれを機に立ち上がった善良な美青年だと思いたいが…どうにも出来過ぎている気がするのも事実。

 

しかし噂では鉄華団と繋がりがあるとも聞く。

噂は噂。だがそれでももし何らかの繋がりがあった場合、あくまで戦争の調停という立場で止むを得ず参戦する形か…でなければいつも通り全てが完全なるマッチポンプで、鉄華団を利用して戦争終結の立役者になる、か。

 

それは()()()()()()()()

俺が以前リーリカに話したことが現実となっちまう。

ガキが自らの責任で死ぬのは勝手だが、都合よく利用されれば割を食うのはガキだけじゃぁない。

 

「だから仲間を集めているのさ、わかっただろう?何をしたいのか」

「…投入されてくるSAU側のギャラルホルンの部隊の、返り討ち」

「そうだ」

 

ただでは利用されない、ということだろうか。

 

戦争を止める手立てはない。

 

ギャラルホルンがやる、と言うならば本当に起きると考えた方がいいだろう。

そうすれば俺たち傭兵は大なり小なり駆り出される…本来ならば。

アーブラウ内だと鉄華団が軍事顧問として支援してる今、統制の取れない傭兵をちまちま雇わない可能性はある。

 

だから最近ガランは急に徒党を組み始めた。そして規模を大きくすることで戦争でも通用することをアピールする。

そこまではギャラルホルンの筋書き通りだろうが、ガランはさらに腕利きを集めて飼い主に牙を剥くつもりなのだ。

 

どうせいつかギャラルホルンが自身を消そうと動くのならば、自分も稼げて、それでいて目の上のタンコブな鉄華団を含めてまとめて追い払えそうなこのチャンスに賭けているのだろう。

それに、もしやつらの介入がなかったとしても、ここで鉄華団よりガランの傭兵団が軍にとって有用だと証明できれば、軍と言う後ろ盾によってギャラルホルンからある程度は逃れることが出来る。

加えて傭兵の価値も再認識されるかもしれない。

 

こういうのが嫌いそうだと分かった上で俺を誘ったのは、このいざこざに介入する手立てがこれぐらいしかないと言いたいからだろうか。

 

結果的ではあるが戦力としては軍の役には立つことになる。"義理立て"と言うにはスレスレだとしても。

 

…ん?"鉄華団打倒"を目標にしてるのは何でだ?

もしかして全員が知ってるわけじゃないのか…?そうなればその目標のためだけに入ってるやつもいそうだな…

 

それ含めて色々と、危険すぎる賭けだ。確かに、全くあり得ない夢物語でもないか。

 

だが…

 

「悪いな、その話は受けれない」

「理由を聞いても?」

 

一つ、大きすぎる穴がその話に存在する。

それはガランがギャラルホルンと繋がっていないという、保証がないことだ。

俺はやはり、こいつのことをどこか信用できない。私情じゃぁない。

ガランに関しても、()()()()()()()()()()

 

そしてもう一つ。

 

「俺はなぁ、最悪、傭兵家業から足を洗うことも考えてるんだよ」

 

ようやく、まともに未来へと目を向けられるようになったんだ。

そんなに長い間落ちぶれていたわけでもない。

そんなに長い間アイツ(リーリカ)といたわけでもない。

だけど立ち上がるきっかけをくれた人のためにも、危険な仕事を受けないようにしようと、思ってきてしまってるから。

 

「あぁ…あの嬢ちゃんか?」

 

何故か、何故か心臓が冷えた気がした。

ほんの一瞬だけだ。気のせいだったのかもしれない。

 

…だが、傭兵にとって、その"気のせいかもしれない何か"が、一瞬で何もかもを奪ってゆくと知っている。

 

「そうだよ…参ったな、分かりやすかったか?」

「あの嬢ちゃんの尻を俺が見た時、ガン飛ばしただろう?」

 

それは明らかに俺の過失だった。

俺は何でもないように振舞う。

 

「あ~そう言うことなんだ、察してくれ。一か八かを仕掛ける戦いには乗れそうにないんだ」

「はははっ!そう言うことなら仕方ない!縁がなかったと諦めることにしよう。…あぁ、一応持っとけ。気が変わるかもしれないからな」

 

ガランは懐から名刺を出し、俺はそれを受け取る。

律儀なことだ。

そしてあっさり引いたこと怪しいと思ってしまう。考えすぎなんだろうか…

だがこいつ、俺が軍に話すと考えないのだろうか?

アドウェナじいさんを通せば完全に信じられはせずとも、ある程度考慮はしてくれる。

 

…団長の仲間だから話す気はないと思ってるんだろうか?

あぁ確かに団長ならば静観したかもしれない、だが俺は団長ではない。以前もじいさんと金鉱将校をしょっ引くためのリークをしたばかりだ。

 

まだ裏付けも何も取れていないから動けないが、その結果によっては伝えなくてはならない。

俺たち(ヒューマンデブリ)を生み出した戦争なんざ、起きないに越したことはないんだから。

 

 

―――しばらくギャラルホルン時代の団長の話や、傭兵になったばかりの時の苦労話なんかを聞かされた後、時計を確認したガランが話を切り上げる。

作ってやったシーザーのグラスも、とっくのとうに空になっている。

 

「美味かった。うちに引き込めなかったのが残念だがな?」

「じゃぁまたここに来て口説いてみるんだな。ただ、もうこういう席は設ける気はないぜ?」

「落としたいのは金じゃなくてお前さんなんだがな!わかった!またぼちぼち飲みに来るとしよう。まだまだブランドンのことも話足りないからな!」

「あんたが来ると店がピリピリするから程々にしてくれよ」

 

俺の言葉に豪快に笑うガランは、防音部屋の扉をくぐる。

途端に聞こえてくるジャズの音。ようやく、戻ってきた。

 

外に出れば、やはりガランに向けて視線が刺さる。

団長殺しの容疑者(犯人だったわけだが)が大笑いながら出てこれば、そうもなる。わざとやってるのか?自嘲してくれ。

 

―――あぁ、そうだ。一応教えてやった方がいいかもしれない―――

 

「おい。ガラン」

「?なんだ?こいつは?」

 

バーカウンターを横切り、出口の扉を目指すガランの背中に、カウンターに置かれていた"フレッくん"のぬいぐるみを投げ渡してやった。

リーリカの嘆きの悲鳴が聞こえた気がしたが無視した。

 

「俺のバイト先だ」

意欲に関しては皆無だが。

「!?…ははは!そういうことか!全く愉快な巡り合わせだ」

 

愛機のことはおそらく掴んでるだろう。加えて俺の言葉で確信したらしい。

さすがにフレッくんのモデルだったとは予想外だったようだ。初めて見せた呆け顔に、俺はやっと同じ人間なんだと安堵した。

 

そしてこれもある意味牽制(けんせい)だ。もしギャラルホルンと繋がっているならば、フレッくんの内情も知ってるかもしれない。

元はあれ(フレッくん)はギャラルホルンとアラスカ駐屯地が始めたことなのだから。

おまけに脚本はセブンスターズだ。(俺は今でも疑っている)

調べれば、俺の至極意味不明な経歴も出てくるだろう。恐れおののけ馬鹿野郎。

 

 

 

 

 

―――ガランが去った後、俺はリーリカが立つバーカウンターの目の前の椅子へと腰を下ろす。

 

そのままべったりとカウンターに突っ伏した。

気遣ってくれる、或いは詳細を求めるような視線も周りから感じたが、ただ早く癒されたかった…いやほんとあの髭おやじ…。

 

割り切っていても、過去から近づいて来れば思い出しもする。

忘れられるわけがない。忘れられるもんか。

 

俺はあの時、団長に見つけられた時から変わらない、そこらへんに掃き捨てられた綿ぼこりだ。

あの時は本当は、舞い上がるだけの風があったから宙ぶらりんながらも生きていた。

 

そう俺は、今はただ、舞い上がる理由が出来ただけなんだ。

もう一度"(ヴェーチェル)"と一緒に舞い上がってくれる、綿ぼこり(福音)を見つけたんだ。

 

「お疲れ様です。フィーシャ」

「あ~~~~~…もう二度と会いたくねぇ…待て、リーリカ…これはなんだ」

「ミルクです」

「ミルク」

「ミルクです」

「ジョッキ一杯の、ミルク」

 

なんで?

 

「頭痛にはマグネシウムが豊富な食べ物や飲み物が良いと聞きます」

「あぁ、よくわかったな頭痛いの…あのさ、せめてアルコールが入ってるやつだと」

「ミルクです」

「嬉し」

「ミルクです」

「伝わった、伝わったから」

 

無表情で見降ろしながらミルクミルク連呼されると怖い。

おかしいな…癒されに来たんだよな?

 

「…もしかして、フレッくんのぬいぐるみのことで怒ってるか…?」

「いえ、そこまで大人げないことをするつもりはありません」

「………そうか」

 

これはしばらく機嫌悪いだろうなぁと思いつつ、機嫌取りのためにレストランでも予約しようかと考え始める。

ミルクを飲む。一瞬、ジョッキを傾ける手が硬直する。だけどすぐに再開。

 

牛乳かと思ったら豆乳だった飲み物を飲みつつ、"イエローナイフ"のオーロラが見えるコテージも追加しないとダメかもしれんと計画を立て始めた。

 

そしてついに表情に出さずに飲み干した。

大豆にもマグネシウムはある?お気遣いどーも…

 

―――こんなやり取りでも、悪くないと思えるのはきっと幸せなことなんだ―――

 

生暖かすぎる視線の数々を受けながら、そろそろ働けとじいさんに尻を蹴り上げられて気持ちを切り替える。

後で色々話さなきゃならない。

だけど今は少しだけ、気難しいことを後回しにしたい。

息を吐く暇もないような『クレオパトラの夢』のピアノ演奏をBGMに、どこかでグラス同士のぶつかる音を聞いていたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△△△△△△△△△△

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アドウェナじいさんには、ガランが団長殺しの犯人だとカミングアウト(告白)したことを伝えた。

過去、ギャラルホルンので同僚であり、何故殺すに至ったのか。

 

じいさんは目を閉じて聞いてるばかりで、特に何を言う訳でもなかった。

何も言うことなどないだろうに、俺たちは人殺しで金を稼ぐ傭兵なのだから。

 

それ以降にガランと話した"スカウト"の件は伏せている。

曲がりなりにも傭兵、おいそれと話すわけでもない。確証が無いからだ。

今そのまま伝えればガランの"信用"を裏切り、裏付けも取らず"傭兵仲間"にデマを流す馬鹿になりかねない。

 

俺たちは傭兵だ。如何に親しかろうと、線引きを忘れてはならない。

だからこそ、急いで裏付けを取らなくてはいけないわけだが。

 

で、だ。

あのおっさん共(二人組)…というよか、あの場に来てくれた団長の旧友たちに言いものを貰った。

 

「パイルバンカーとは頼もしいなぁ?」

「"自作"のマチェットではそろそろガタが来そうですからね」

 

パイルバンカーである。

 

これをくれたおっさん共はこう言った。

「さっさと嬢ちゃんとやること済ましてこいよ。こいつでな!!」まじで黙れよ。

 

やや小型の()()だが、逆に都合がいい。

左腕のシールドの下部に綺麗に収まったからだ。差し詰め、"シールドパイル"と言った所だろうか?

 

「それにまだお金に余裕はありませんからね…改めてお礼をしなくては」

「そうだなぁ~。ミサイルも使った端からスモークグレネードで代用しなくちゃぁいけないぐらいだしな」

 

モビススーツの弾薬というのは高い。ミサイルは特に高い。一発だけでも正直えぐい。

 

だから頭部のミサイルサイロをそのままに、射出機構を流用してスモークグレネードを投擲(とうてき)できるように手を加えた。

 

スモークグレネードは昔から拠点に置いてあった…言わば残り物だ。

今、俺がヴェーチェル(フレック・グレイズ)で戦う上でよく採用してる雪煙に紛れる戦術。

元々これもFleckmansで使われていた煙幕を利用する戦術の応用だ。

 

バル(バルトーク)のやつは「ハウスダストでも喰らいな!」って言って使ってたな。そのせいで身体に悪そうなイメージしかない。

団名的には合ってるけどさぁ。

 

冬場だから、煙幕を利用するのを雪煙で代用していただけだ…ってわけじゃぁない。

それもあるが、グレネードを射出するランチャーが一つも残っていなかったために、今まで使えなかったんだ。

まさかミサイルの弾切れを補うために頭ん中に埋め込むことになるとは。

 

ちなみにだが、まともなミサイルはもう一発しか残ってない。虎の子である。

 

「左腕に負荷がかかり過ぎな気がするが大丈夫か?」

「フレック・グレイズはグレイズのモンキーモデル(劣化兵器)とは言え、フレームはほぼ同じものを流用しています。切り詰められたりと背が低くなってはいますが、頑丈さは健在です」

「チビだが力持ちってわけか、頼もしいねぇ」

 

現状右腕には110㎜ライフル。

左腕には腕部側面に貼り付けたシールド、その内側に小型パイル。加えて元々フレック・グレイズの標準装備である小型サブマシンガンを手に持っている。

 

小型サブマシンガンはそのサイズからシールドに隠れるので、上手くやれば相手に見えないように立ち回れるだろう。

 

グレイズ用のブースターもある。継ぎ接ぎだらけの時代を思えば、中々様になってきたものだ。

 

「パイルを打ち込むための一連動作もOSに書き込まなきゃなぁ」

「しばらくはそっちでも忙しくなりそうですね」

「悪いな。だがガランの話の裏付け方もこっちも疎かにはできんからな」

「いえ、お気遣いなく」

 

さっさとやろうと言わんばかりに、リーリカはコクピットの端末を操作する。

以前はケーブルに繋がれた携帯端末でやってたんだが…近くない?いや、俺は大歓迎だけどさ。

しかしその手際の良さは以前に増して良い。

 

俺は開きっぱなしのコクピットに座りながら、テストモードで"ヴェーチェル"の左腕だけを動かし重量の間隔を掴む。フレーム的に問題ないとは言え、動作のラグは出る場合があるからだ。

 

ああ、コクピットに座ってるんだ。

…リーリカはコクピットの縁に腰かけながら身を乗り出して端末を操作している。

…いや近過ぎない?

 

お礼言った方がいいか?

 

そんなサービス精神旺盛な状況で作業しているにも関わらず、やはりどこか気品がある。

 

じいさんはイイトコのお嬢さんだろうなぁなんて言ってたが、俺はどちらかというとイイトコなのは変わらないがそのお嬢さんに仕えているイメージがでかい。

 

出来る侍女頭ってとこか?どうしよう、イメージに合いすぎる。でもメイド服より執事服の方が似合いそうなのは仕様だろうか。

 

煩悩をさらなる煩悩で封じ込めるという意味のない戦いをしながら挙動の動作確認を続ける俺は、一つ違和感に気が付いた。

 

 

流していたラジオが止まっていた。

 

 

いや、電源はついている。雑音が聞こえるのみで、いつも聞いてる放送局のジャズは流れていない。

このご時世、ラジオの電波が悪くなるなんて古い時代の映画みたいなことなんざそうない。ないのだ。

 

 

"エイハブリアクターの稼働している場所では通信障害が出る"

 

 

だから今やってるテスト稼働は、内蔵された予備電源用の水素エンジンから供給して左腕だけ動かしてるのだ。

 

 

そしてその時動けたのは傭兵としての、そう、勘だった。

その"気のせいかもしれない何か"が、一瞬で何もかもを奪ってゆくと俺は―――

 

 

 

「…っ!リーリカっ!!!」

「え―――――――――」

 

 

 

 

次の瞬間には、俺たちのいる倉庫は轟音と共に崩壊した。

奪われるのはいつだって、突然なんだ。

 

 

 

 

 








最近忙しい癖にまた新しいのを始めたせいで、更新速度がさらに遅くなってしまってます。
一応順番に更新するようにしてるんですがそのせいでどれも終わらないという。これはひどい。
ここ数ヶ月高頻度で終電がオトモダチなので許して下され。


■ガラン・モッサ
昔話を聞いてる限り、団長とは本当に仲が良かったのかもしれない。
色々喋った割に、あっさり引いた。
二度と会いたくねぇ。

■フレッくんのぬいぐるみ
髭おやじに献上された。

■映画と音楽について
『my Favorite Things』:『サウンド オブ ミュージック』で使用された曲の一つをビル・エヴァンスがカバーしてジャズの定番になってます。
『クレオパトラの夢』:バド・パウェルのピアノ曲。彼が何故なぜ"クレオパトラ"を曲名に使ったのかはわからないらしい。




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Don't come back

大変お待たせしました。

今回、戦闘描写は一話で纏めるつもりが纏まらなかったので二話に分けてお送りいたします。

尚、今作では設定資料でしか出てないフレック・グレイズのギミックとかが混ざるのでご注意ください。詳しくは後書きにて。

※前回の話の最後の部分の状況が分かり辛かったので補足する文章を追加してます。前話に戻って確認する程ではないですが一応ご報告だけ。
※さっそく誤字報告ありがとうございます。適用させていただきました。
※たまたま見返してたら誤字見つけたので修正しました。10/14





 

 

日も落ち込んだ夜の鉄色がかった紺の中。

それに紛れるような灰緑色(かいりょくしょく)の大型テントからはランプの灯りが漏れている。

 

ガス燃料の詰まった缶の上に取り付ける簡易的なコンロから、細い火が吹き上がる音。

コポコポとチタン製のケトルの中で湯が沸き上がる音。

 

やがてカンッ、とチタンらしい軽い金属同士がぶつかり合う小気味良い音までもが加わり、暖かなランプの光と合わせて心安らぐような雰囲気があった。

 

しばらくするとそれらの音は止み、湯気の立つカップを持った人影が折りたたみ式の布張りの椅子へと腰掛ける。

カップはアルミ製のどこか頼りない鉄骨でできたテーブルの上へ置かれ、淹れられたコーヒーは音もなく熱を逃がす。

 

腰かけた彼が手に持つのは今時珍しい印刷された写真。

男はわざわざ紙媒体の写真など持つのはナンセンスだと思っていた。だからこれは所謂贈り物、或いは記念品だろうか。

 

椅子の背もたれに寄りかかり、意味もなくそれを眺める。

 

写真には複数人の男女、皆思い思いの笑顔を浮かべていた。男の目線は自分が映る位置、その隣にいる男女だ。

 

一人は"角笛"の所業を嫌い自由を求めた男。

一人はその男を追って飛び出したお転婆女。

 

二人ともすでにこの世にはいない。

 

写真を裏返せばサインペンで書かれた多くの名前。男は二人の名前を見やる。

 

"ブランドン"、そして"シャノン"。

 

男―――ガランは目をつぶりあの頃を思い出すように小さく笑った。

 

 

「許せよ。いつかあの世で文句は聞くさ」

 

 

ガランはその笑顔の後、写真をライターで燃やした。

 

テントの隙間風によって、灰が舞い上がり流れてゆく。

 

そして彼は冷ますつもりのなかった冷たいコーヒーを宙に掲げ、まるで正面から突き出されたカップへとぶつけるように手首を揺らし、心の中で誰に言うでもなく「乾杯」と呟いた。

 

ただ一思いに飲み干し立ち上がる。美味いわけがない、だがそれもまた若い頃、まだ不味いコーヒーしか淹れられなかった死んだ男を思い出すようで苦笑いを浮かべた。

写真は燃やしたばかりだと言うのに。

 

あぁ、仕事の時間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

声が上がる。高く空へ。

見上げた空は人工的な空、ちょっとやそっとじゃ吸音されるはずのそれらの声は、だけどあまりの多さと大きさによって僅かに反響して聞こえる。

 

やがて一呼吸入れるように全ての声が一瞬だけ途絶えた。

次いで瞬きする間もなくにつんざくような発砲音。拳銃なんてものじゃ出てこないような大音量のそれは先ほどの声と同じくあまりに多い。

 

スペースコロニー、"ドルト3"の吸音機構は今度は全く間に合わず、コロニー中に無辜の人々を震え上がらせて止まない銃声を響き渡らせ続けた。

 

その中に混じる悲鳴は暴力的な鉄の雨に掻き消され、やがて静かになる。

 

俺はその音を聞き、悪い予想が当たったことを嫌でも理解した。

 

「ギャラルホルン…」

 

通りを一つ挟んだ、決して遠くない位置で行われた凶行。無気力気味な今の俺でも流石に何も感じるなというのは無理があるってもんだ。

 

だから何が出来るわけでもなし、せめてと角笛の凶弾に倒れたであろう人々を想って目をつぶり、無機質な空を見上げた。目的であるエド(エドヴァルド)の遺品を家族に渡すこともできた。もう、ここに居座る理由はない。

今すぐは動けないだろう、宇宙港はどうせ封鎖されている。ほんと厄介なタイミングで、来ちまったもんだ。

 

不意に額に鈍い痛みが走った。加えて酩酊(めいてい)感に近い霞みがかった思考へと移り変わる。

だが俺の足はそんなもの知らないと言うように淡々と歩き続ける。まるで頭だけが()げ替えられたようだった。

 

やがて立ち止まった俺は再び視線を上へと向ける。だけど今度は空ではない。

どこだ?

俺の勝手に動く身体は明確に何かを見つけた、と言うことは何となくわかった。

 

頭痛と耳鳴りが響く、ぼんやりとした霞がかった街の静寂の中―――

 

 

「お、スナイパーだぁ」

 

 

そんな間抜けな自分の声。

と、直後、弾ける火薬の音。

その音に、再び頭が痛みだす。

 

ビルの中層、その窓際に陣取っていた黒服の二人組が何やらまくし立てている。俺に言っているわけではないらしい。

そうしてその場を退いていく二人組。

 

俺の額からは何故か血が流れ始めた。だがこれは、今できた傷ではない。

それは目元を伝い口元へと入り込み、このぼんやりとした意識からは程遠い、はっきりとした苦い鉄の味を俺に認識させた。

 

唐突に、その味はかつてのヒューマンデブリ時代、その記憶を思い出させることになる。

 

急激に色づく苦い記憶のおかげで、俺はようやくこのいつかの夢から蹴り起こされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――フィーシャっ!!」

「………っ!!」

 

目に入り込んだのは間近で叫ぶリーリカの顔。声はどこか遠く聞こえる。俺の後ろで結んでいた黒髪は解け、鬱陶(うっとう)しく視界を遮る。彼女は焦燥に駆られ、だがそれでいてその目は鋭く冷静さを失ってはいなかった。

彼女のその顔の先、開け放たれたままのコクピットから見える光景を目に入れた途端、俺は反射的にレバーを引き、フットペダルを踏み込んだ。

 

回避行動、モビルスーツの急制動によって動作確認用に使用していた内蔵された予備電源である水素エンジンから、エイハブリアクターへと供給ラインが自動的に切り替わる。

未だに開け放たれたままのコクピットを庇うように左腕のシールドを構えつつ、半壊した格納庫の壁を突き破り脱出。その衝撃と金属をへし折るような余りに大きな不協和音にリーリカは持っていたタブレットを手放し、思わず俺の身体にしがみ付いた。

 

装備されているシールドはアリアンロッド仕様のグレイズシルト、その半壊したシールドを再利用したものだ。

いくらフレック・グレイズ が小柄とは言え本来より半分以下のサイズになってしまったシールドでは全身を守ることはできない。必然、コクピット周辺だけを守ることになるが瓦礫の中を突っ切るには些かサイズ不足だ。

粉塵が目前を覆いつくし、劣悪な視界と空気にそれでも冷静に機体を走らせる。

 

リーリカは俺に抱えられるようになんとか掴まっていたようだが、機体の揺れが収まったその瞬間、彼女は咄嗟に頭上のレバーを引いてコクピットの隔壁を閉めてくれた。

 

ナイス。そんな言葉を口走るも鼓膜をつんざく轟音のせいか自身の発した声すら耳鳴りに埋もれる。コクピットを閉じたことで一瞬途切れた視界が内部のモニターから映し出され、現状を整理するために頭を働かせた。

 

身体をリーリカごと前かがみに持ち上げ、「ベルト」と視線を逸らさずに短く言葉を出せばリーリカは素早く意味を理解し、シート奥に埋め込まれたシートベルトを引き出して手際よく二人の身体ごと括り付ける。

 

エイハブリアクターの関係上、コクピットはリアクターから発生する疑似重力によって発生するGを抑制するためかシートベルトを使用しない人間も多い。だけどヒューマンデブリあがりのモビルワーカー乗りだった俺はベルトを締めないと落ち着かない性分だった。

特に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()このフレックグレイズであるならば尚更。

 

より密着した状態からリーリカのやや早くなった鼓動を感じながら細く短く息を吐き出す。

2人分の人間が無理やり重なった状態だ。操作の難易度が上がったこんな状態だが、やるしかない。

 

絶えず愛機であるヴェーチェルをスラスターによって不規則に走らせる。

射撃位置は割れてる。木々の合間から姿勢を低くしたゲイレールが一瞬遠くに見えた。右手に握ったライフルを左腕に乗せる独特の構えだ。さすがに補足されたことには気が付いているだろうが、その場を動く気配はまだない。

 

「頭の位置を下げてくれ、見づらい!」

「わかりました…フィーシャ、額の怪我は…」

「額?…っ」

 

今更、額の痛みに気づき思わず顔をしかめた。運悪く破片が掠めていたか!

夢の中で口に感じた血の味、それは額から流れ出た血が口内に侵入していたのだということをたった今理解した。

 

意識を彼方から呼び戻したのは傷の痛みではなく、血の味だった。

 

 

―――これがなきゃ夢の中のままお陀仏だったか―――

 

 

こればかりは運が良かったと言うしかない。動作確認をしていたのがシールドのついた左腕でなければ終わっていただろうし、リーリカもあんな近くにいなければ今のように抱え込むこともできず、ヴェーチェルの足元に放り投げられて瓦礫の下に埋まっていたことだろう。

 

至近距離の衝突音に耳はやられ、運悪く頭部に与えられた衝撃に意識を失う…それを鉄の味…味覚によって意識を取り戻すとは。

 

―――それはデブリ時代、満足に栄養を取れなかったことの亜鉛不足からなる「自発性異常味覚」によって、絶えず感じる苦い鉄の味に悩まされながら送る思い出したくもない日々を思い出したからだ。まさかこんなことで命拾いすることになるなんて。

 

 

苦い記憶の味を飲み干し、警戒を―――

 

 

衝撃。

 

ギャリンっ、と言う音が密閉されたコクピット越しに響き、リーリカは息を呑む。

被弾箇所はまたしてもシールド。しかしその位置に危機感を覚えざるを得ない。シールドがもう少し違う位置にあれば隙間からコクピットに直撃していたであろう位置だ。

 

―――こっちのランダム機動を読んでやがる!―――

 

数発撃たれたとこで装甲は撃ち抜けない。だが、パイロットは別だ、特に無理やり二人乗りなんてしてる今の状況はよくない。同乗者が戦闘行為に不慣れであればパニックに陥る可能性があるからだ。

 

…だが、リーリカは人一倍冷静だ。

 

「機体への被害状況を確認します。エイハブリアクターは正常に稼働…ですが、急稼働による()()が発生、FCSに異常あり。武装自体は全て異常なし、ガレージ突破の際に左脚部の装甲が一部歪みあり、膝部(しつぶ)の関節に乱れあり、詳細検査中。また、左肩部の装甲に歪みがあるようですが左腕部の可動域に影響はありません。背部追加ブースターは若干出力に乱れがあります。特に衝突した左側が不安定です。バランサーで補える程度ではありますがこれ以降の衝撃には注意してください…膝部の検査結果出ました、装甲の歪みが関節を圧迫しているだけに留まらず、ショックアブソーバーにまで影響が及んでいます。左脚部に負担をかける行動をする際は姿勢の立て直しが遅くなる可能性が高いです」

 

さっき取り落としたタブレットを使い機体状況を整理してくれる。有線で繋がれたそれはOSの改良にも使える高品質のものだ。

普段はヘリのシートにいる彼女だが、どうやらたかが場所が変わっただけとしか思ってないらしい。次々と俺が今知りたがっている情報を教えてくれる。

 

あまりに頼りがいがありすぎてついつい笑みが零れる。

そして思う。彼女だけは絶対に死なせたくないと。

 

 

機体付近に着弾。

遠距武器はライフルのみか?

俺も愛用している、単発式の110mmライフルだ。左腕部にマウントしているのはシールドか。にしては小さすぎる。近距離武器にピッケル…そんな扱うのが難しいもんを装備しているということは必然的に手練れの可能性が高い。単機で来ていることからもその自信が窺える。

さらに背部にホバーユニット。

 

奇しくも似てる構成だ。

ライフルにシールドとマチェット。背部に追加のブースターの類。

だがこちらは加えてシールドに隠した小型パイルのほかに同じようにシールドに隠れたフレック・グレイズのサブマシンガン、頭部にスモークグレネードと虎の子であるミサイル。手数だけならば負けていないか。

 

しかし問題は…

 

「リーリカ!パイルのOSは?」

 

まだパイルの攻撃の動作機動のOSが完成していないこと。

 

再度シールドに着弾。衝撃が俺たちを揺さぶる。

 

「っ…未完成です!」

 

腕を引き、前へと押し出し、パイルを打ち込む。

この動作を全てマニュアルで行うのは難しいなんてものじゃない。腕だけではなく腰の動き、重心の移動も含まれるからだ。

だから一連の動作をOSに登録することで最適化し、パイロットへの負担も大きく減らせる。

だが今、パイルバンカーに限ってそれがない。

もともと破損してしまったOSを再利用して一つ一つ自力で更新して何とかやりくりしていたのだ。本来あるはずの動作も入ってないかったためそれの設定が間に合ってない。

 

つまり、パイルを使いたいならすべてをマニュアルでやるか…今ここで設定するしかない。

普通に考えれば無茶だ、時間が足りない。

 

「戦闘機動中にできるか?」

「やるしかないのでしょう?」

Прикольно(プリコーリナ)!頼んだ」

 

それを合図に俺は反撃に出る。右腕のライフルをゲイレールに向けて撃ち牽制。

 

―――今の今までエイハブリアクターの急稼働の()()を受けていたために火器管制システム(FCS)が正常に作動していなかった。反撃に出れなかったのはこれが原因だ。

金鉱の時みたいに事前に想定しているならともかく、アイドリングでもない状態からの急激なエネルギー供給に機体の方がエラーを起こしていたということだ。中古品故の弊害(へいがい)だろう。

ならば、と接近戦に持ち込むことはできたが、ピッケルを操る腕を警戒して近づいていない。

 

ゲイレールはこちらの射撃を大きく横へとスライドしながら回避。その動きの中でも的確な射撃を止めてはくれない。

 

射撃と合わせて頭部の内蔵されたミサイルのロックのためにツインアイをゲイレールへと向ける。

LCSを応用したレーザー誘導によって射出されるそれは、当然のように存在に気付かれていたようで継続的な補足ができないように立ち回られ、残念ながら期待できなかった。

どちらにせよ、火薬入りはもう一発しかない。使い時は選ばなくては。

 

そして肩の装甲を掠めるようにまた一発。

 

やつは何故だか、接近戦を仕掛けてこない。最初の格納庫からの脱出の時程隙だらけな瞬間はないだろうに…

 

だが好都合だ。長引けば長引く程こちらとしては助かる。

相手の機動…リズムを読むのに時間は必要だから―――――――――

 

 

『よう、エフィーム』

 

 

男の声が、スピーカーから聞こえてくる。

 

LCSによるモビルスーツ間の通信だ。

 

………予想はしていたさ、こいつが関係あることは。

 

「―――――――――ガラン」

『そう辛気臭い声するな。誰か死んだか?』

 

友人に話しかけるように気さくな声だ。殺意の欠片も感じないようなあっけらかんとした声。だが射撃は止まっていない。

 

「…リーリカがいるところを狙ったのか」

『それとどうせならトレードマーク(ヴェーチェル)と一緒にとも思ってね。せめてもの温情というやつさ。だがその様子だと…なる程、どうやら死んでないようだな。コクピットの高さから落ちた上に加えてあの瓦礫の山で生き残れるわけもない。大方相乗りでも楽しんでるんだろう?羨ましいもんだ』

「ざまぁないな。あと辛気臭い声なのはお相手があんたと分かったからだよ…二度と会いたくなかったぜ」

『そいつは光栄だ。安心しろよ、三度目はない』

「だろうっ…な!」

 

互いに円を描くように一定距離を維持する機動から一変。示し合わせたかのように俺とガランの機体は急接近する。

 

俺はヴェーチェルを左腕のシールドを前に押し出すように構えたまま半身にさせ、ライフルを腰部にマウントさせたマチェットに持ち替える。さらに右腕のマチェットを後ろに回してガランから見えないように水平に構えた。

マチェットのリーチを相手に直前まで認識させないためだ。

 

対するガランのゲイレールは右腕のライフルを下げ、左腕のピッケルを頭上に振り上げた。

地上戦用のホバーユニットの分だけゲイレールの方が早い。

 

ガランを迎撃するように速度を合わせていた俺に衝突する直前…ガランはヴェーチェルに届かないはずの位置でピッケルを振り下ろした。

 

「は…」

 

ピッケルが勢いよく地面へと突き刺さる。

空振りの振り下ろし。明らかに隙だらけ。

 

 

明らかに、罠。

 

 

「…っ!!」

 

構わず後ろ手に回したマチェットを振り抜く。狙いは振り下ろしたばかりの右腕。

罠ならばこれ以上の踏み込みは危険、欲張らず、まずはピッケルを無力化する。最悪の場合マチェットは手放す覚悟だ。

 

『踏み込みが浅いぞ?怖じ気づいたか?』

 

―――今までで一番でかい衝撃が俺たちを襲う。リーリカの短い悲鳴。弾かれた?タックルか!!

見れば右肩を突き出すように身を固めているゲイレールが。

振り下ろして地面に突き刺したピッケルを軸に、ホバーユニットによる強引な急加速を使って遠心力を加えたタックルのを繰り出したのか!

 

完璧なカウンター。

右腕は機体と共に弾かれ、シールドを構えた左腕も衝撃で前方へと伸びきっている。

 

―――まずい!

 

回転の軸にしたピッケルは既に地面を離れ、こちらへと突き出されていた。

ゲイレールはそのピッケルを手首を使ってくるりと回転させたと思うと、ヴェーチェルのマチェットは宙を舞っていた。

 

「右腕に異常あり!手首の関節が正常に稼働しません!」

『リズムを乱すのは基本だとブランドンに教わらなかったのか?まだまだ青い―――』

 

 

直後、前方へと伸びきっていたヴェーチェルの左腕、そのシールドの影から銃弾がバラまかれる。

シールドによって存在を隠し通していたサブマシンガンだ。

 

装甲を貫くには貧相ではあるが、至近距離から放たれたそれはゲイレールの左腕のピッケルを弾き飛ばした。

 

 

「団長から手の内を隠すのは基本って教わらなかったのか?」

『…これは一本取られたな、ガキめ』

 

汗が噴き出す。だけど呼吸は一定に。

 

―――次は押し通される。

 

このままではそうなると確信した。

今のはまぐれだ。ピッケルに当たってなければ畳みかけられていた!

ガランと俺では大きな差がある。それは経験もそうだが、機体性能も込みで。あのゲイレールのスペックは通常より高いのは間違いなかった。少なくともかつて俺たちが乗っていたゲイレールよりは!

 

目を離すな。そして己にも目を向けろ。

 

まだ左脚部の不具合にガランは気が付いていない。深く踏み込まない判断をしたのはそれを考慮したからでもある。

加えて今やられた右手首。

悟らせるな。必ずつけ込まれる。動きを最適化させなくては。

 

 

"―――戦闘で大切なのはリズムだ"

 

 

リズムを整えろ。戦場のリズムだ。常に揺れ動く不定のリズムを把握しろ。言ってしまえばそれも一つの音楽だ。

相手を見ろ、必ず"リズム"がある。古い映画のフィルム、その恐ろしく細分化されたコマのようにやつの動きを細分化しろ。そしてタイミングを合わせるんだ。相手の挙動に、ガランは()()()()()()()()()

同時に急接近をしたのがいい証拠だ。おまけに手痛いカウンターまでもらった。

 

 

ガランがライフルを撃ちながら後退する。狙いは落としたピッケルか。

 

もう一度あれを使わせるわけにはいかない!左腕のサブマシンガンと右腕のライフルを同時に撃ち込み妨害する。幸運なことに右腕は狙いを定める上では問題はなさそうだった。

背部の追加ブースターを吹かしてゲイレールに追随。距離を離させないで追い込む。

 

ピッケル付近へサブマシンガンをバラまいたのが効いたのか、拾うのを諦めゲイレールは跳躍。

同時に俺はヴェーチェルの背部ブースターをカット。このブースターも不調なため多用はできない。今はまだ大丈夫だが必ず()()が来る。

 

 

"人の心臓が脈打つように、モビルスーツにもリアクターの鼓動がある"

 

"人もモビルスーツもリズムというしがらみからは抜け出せない"

 

 

心の中でかつての団長の教訓を反芻(はんすう)した。

機械の調子に耳を傾け、無駄を無くせ。俺自身の思考も操作も。それが相手より先手を取るために必要だ。

 

長引けば確かにガランのリズムを理解しやすくなる。

だが()()()()()()()()()

ヴェーチェルのこの調子ではそう長くはもたない。

 

短期決戦に持ち込むしかない。

 

問題は。ホバーユニットの速度に追いつけないこと。さらにガランがピッケルを拾おうとしているのを妨害するために、ピッケルを足元に置く立ち位置も大きく変えられない。

 

いつのまにかヴェーチェルを中心に、回るようにガランがゲイレールを軽々と駆り、俺を翻弄していた。

 

 

『あぁ、そういえばいるんだろう?眼鏡の嬢ちゃんは』

「…」

『だんまりか、つれないな。せっかく面白いことを教えてやろうと思ったんだがな』

 

俺の神経が磨り減る以外は進展のない、ジリ貧の撃ち合いが続く。いや、ガランが話したいがために続けさせられている。ならば大きく機体を動かしていないこの状況を維持して破損個所の消耗を抑え、チャンスを待つべきか…

 

『お前を調べさせてもらったが―――あぁ、嬢ちゃんじゃない、エフィーム、最初はお前だった。そしたら嬢ちゃんのことを知ったわけだ。興味を持ったのはそれからなんだがな?―――"エヴァンジェリーナ"、愛称は"リーリカ"か』

 

このタイミングでおしゃべりってことは碌なことを言うわけがない。

だが開かれっぱなしの回線はハッキングによってロックされている、聞いてやるしかないな。

 

「趣味が悪い。けど女を見る目はあるみたいだな」

『お褒めいただき感謝するぜ』

 

やっぱムカつくなこいつ。

 

『おまえのくれた"フレッくん"とか言うやつも役に立った。元の監修はギャラルホルンらしいな。知っての通り角笛とはちょっとした伝手があってな、詳しく教えてくれたよ、お前たちの事を。ありがとよ。こうまで早く辿()()()()、動き出せたのはお前のおかげだ』

 

クソが、完全に余計な事だったじゃねぇか!何が「恐れおののけ馬鹿野郎」だ過去の俺の馬鹿野郎。

牽制のつもりが逆効果だ…こいつ、もしや…()()()()()()()繋がってやがるのか…?それに辿()()()()()だと?

 

俺はリーリカの身体を少し強く抱え込んだ。嫌な予感がした。

リーリカもタブレットから手を離すことは無いが、何かを感じたらしい。無意識に身を寄せてきた。

 

ガランがぺらぺら語り始めた現状、互いに無暗に撃ち合うことは無いが、隙を狙っては互いの装備の破壊をしようと試みる素振りをし合っている。

やがて互いのモビルスーツの足が止まる。距離を取り、銃口は突き付け合ったまま。

 

その銃口の先は互いのコクピット…を庇うシールドに向いている。少しでもどちらかが照準をずらせば、先程のような撃ち合いが再開されるだろう。

 

『エフィーム、お前と嬢ちゃんが一緒にいるようになった頃に、ちょうど面白いことがあった―――"夜明けの地平線団"、知ってるだろう?この海賊共がギャラルホルンの輸送船団を襲撃したらしい』

 

 

―――『墜落船の残骸処理、及び行方不明者の捜索』―――

 

 

不意にかつての記憶が蘇る。

あれはそう、ギャラルホルンからの依頼だった。

作業自体に、何かあったわけではない。幾人か近場の傭兵も駆り出されてたし、ただ言われた通りに残骸の処理をしただけだった。

 

 

リーリカと出会ったこと以外は。

 

 

『ほとんどは難を逃れたらしいが、運悪く一隻の輸送船が逃げきれずに損傷、地球の重力に負けて落ちた…その場所は"SAU領内のモニュメントバレー"という地域。まぁこういうことはたまにある話さ、だが今回偶然にも、落ちた船はちょいとよろしくないものを運んでいたらしい…わかるか?』

「………」

『船員は大半が落ちた時に死んだらしい。なんとか生きてたやつらも、火災でお陀仏…全てが焼け落ち、運ばれていた"物"も失われたと、そう思われていた………だがもし生きていた"モノ"があって、逃げ出していたとしたら?幸い厳重に保管されていた"モノ"は、落下の衝撃では、死ぬことは無かった』

「"モノ"、ね…」

『どうせ予想の一つにあったんだろう?そうさ、人間さ。当然、ただの人間じゃない。実験用のモルモットらしいぞ?なぁ?―――――――――"フミタン・アドモス"、死んだ人間よ。思い出したか?』

 

 

 

彼女の鼓動が、早まった気がした。

 

 

 

「いえ、全く」

 

…気がしただけだった。

 

 

 

 

 






私は(一先ず)地獄(仕事)を切り抜けたぞー!!ジョジョー!!(テンション行方不明)
仕上げられたのは間違いなくありがたい感想のおかげです。ありがとうございます。

まだ一段落しただけなので次話はいつになるのか…
首を長くし過ぎてお待ちください。


■用語補足
・Прикольно(プリコーリナ):かっこいい!という意味のロシア語のスラングです。
・"ブランドン"と"シャノン":シャノンが誰か忘れた人は五話後書き参照。
・シートベルト:一人ぐらい真面目に付けててもいいじゃない。

■ヴェーチェル(フレック・グレイズ改・寒冷地仕様)
フレックグレイズの初期案に「コクピットブロックを分離することで簡易的なモビルワーカーとなる」というギミックがあったそうなので採用しちゃいました。
一体どういう仕組みなのかは…ふふふ(目線を逸らす)
フレックグレイズが主人公機ならではのことがしたくて最初期から予定してたのでご容赦を。

取り合えずPS3のディスクも起動できる初期型PS4よろしく、フレックグレイズも初期型はそんな機能もあったと言うことで一つ。プレミア!尚、粗大ごみ扱いで売られた模様。



■エヴァンジェリーナ(Евангелина)
愛称で"リーリカ"と呼ばれている。
何の因果かフィーシャの存在が、"フミタン・アドモス"を生かし、リーリカ(福音)として生まれ変わらせた。




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Let's introduce ourselves

思ったより早く仕上がりました。
後半になります。





 

半壊した格納庫、そこから少し離れた場所にある草原はかつて5機のゲイレールが動作確認用の試験場としていた場所。エフィームことフィーシャが拠点の崩壊を危惧したのか、それともガランが戦いやすい場所へ誘導したのかは定かではないが、いつのまにか戦場はそこへと移っていた。

 

そもそもが山一つ入るような広大な土地を今は亡きfleckmansの団長が買い取り、拠点としていた場所。だからそこはそれなりに広く、樹木を引っこ抜いて慣らされた平地ゆえに、上から見れば生い茂る針葉樹林の中にぽっかりと大きな穴を空けているように見えることだろう。

 

その大穴の中で深緑色のゲイレールと灰色のフレック・グレイズが互いに銃口を突き付けながら対峙する。

ゲイレールは左腕部の小さなシールドをコクピットを守るように持ち上げつつ、110㎜ライフルをその左腕に乗せる独特の構え。脚部は左右に肩幅よりやや大きく開かれ、足一つ分だけ左脚が前へ出ている。

 

対するフレック・グレイズも左腕のシールドでコクピットを守る姿勢は変わらず、同種の110㎜ライフルはシールドの右側から覗かせるように構える。ゲイレールは機体正面をフレック・グレイズに向けているが、小柄なモビルスーツは膝部の装甲が歪んだ左脚を前に出す半身の姿勢。

両肩部から突き出て見える背部のブースターは時折火花を散らしており、突き出したシールドも弾痕が生々しい。

 

どちらが優位かなど、明らか。

 

まるで戦闘の一瞬を切り取ったかのようなその場面は一見すれば膠着(こうちゃく)状態に見えるが、しかし実際には間違いだ。

 

フレック・グレイズが()り足で左脚を前へ詰める。ゲイレールが右脚をほんの少しだけ引く。

フレック・グレイズが右脚をやや横へ逸らす。ゲイレールが機体の腰を少し低く下げる。

 

互いの銃口は一度も逸らさないままに、次の動作を互いに読み合う静かな戦い。

餌の()き合いだ。自分の思った展開へ持っていくための、眼前の敵に自分に有利な行動させるための予備動作(フェイント)のぶつけ合い。

 

一瞬でも気を抜けば次の瞬間どちらかが飛び掛かってしまいそうな緊張感の中、二人…いや、三人は通信を交わす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――密着して抱えたリーリカの鼓動を感じる。こんな状況でもリーリカのそれは一定だ。鋼の心臓なのは間違いないな、それと汗臭くないかな、なんて場違いなことを俺は思った。

 

「…"フミタン・アドモス"?」

「らしいですね」

 

戦場の()の空気に当てられているためかやや緊張を感じるものの、リーリカはだいたいいつも通りな声色でそんなことを言った。

その間もタブレットを動かす手は止まらない。彼女の"戦場"はそこだからだ。

 

「出生が分かっても、やはり思い出せないですか…期待はしていませんでした。記憶が戻る時と言うのは、本当に何がきかっけかわからないようですから」

 

それは、かつて二人で調べ上げたことのことを言ってるんだろう。

記憶が戻る"きっかけ"というのは様々だ。それは母親の料理の味だったり、或いはペットの犬の匂いだったりする。

いや、むしろ味覚や嗅覚こそが思い出に直結していることが多いらしい。

例えば、特定の匂いから、それにまつわる記憶を誘発する現象を「プルースト効果」と言う。

そうなってしまうのは、嗅覚は脳の中でも本能的な感情を(つかさど)大脳辺縁系(だいのうへんえんけい)に直結しているからだとかなんとか。

つまり匂いは特に感情や記憶に直接作用しやすいらしい。

 

 

…つまるところ、今の彼女に、他人の"言葉"は、思ったよりも力を持たなかった。

 

 

『ふん、つまらんな』

 

それはガランも承知のことだったようだ。運が良ければ、程度にしか考えていなかったのだろう。

 

どちらかというとこれは、リーリカから間接的に俺を揺さぶるための手札の一つ。

もしリーリカが記憶の断片でも思い出し、その素振りをあからさまに見せるようなことがあれば俺なら()()()。それ程に俺の中で彼女が占める割合は大きい。

 

その小さな隙をガランは逃しはしなかっただろう。この瞬間も、互いに銃口は突き付け合ったままにプレッシャーをかけあっているのだから。

まぁ結果は御覧の通りだが。

 

「ありがとよ、ガラン」

『ほう?そう思うなら両手を上げて欲しいものだ』

「言ってろ」

 

それでも礼はしなくちゃいけないだろう。俺たちでは簡単に辿り着けない答えを教えてくれたのだから。

だからこそ、こいつを殺さなきゃならない。リーリカを殺そうとした、それでいて多くを知っているこいつを。

 

 

俺たちを殺そうとした理由は?

リーリカの過去は他にも知ってるんじゃないか?

あの時、バーで会った時から、最初から殺すつもりだったのか?

…団長との思い出は―――あの懐かしむような笑みは嘘だったのか?

 

 

出来るならば聞きたいことは色々あるさ。

どうせ教えてくれないんだろう?大してこの男の事は知らないが、そんな気がする。

 

状況はまだ大きく動かない。それはガランの策が不発に終わったからだ。

ならばやつが手札を一つ切った今、俺も手札を一つ切る。

 

―――予備動作なく頭部のミサイルポッドの上部ハッチが開かせ、小型ミサイルを一発、垂直に打ち出す。

 

互いにほぼ静止状態、であれば今まで定まらなかった頭部内蔵ミサイルの照準は既についていた。

 

ミサイルは虎の子ではあるが、その実、頭部に内蔵されたスモークグレネードとの相性は悪い。煙幕によってレーザー光が散乱し、命中精度が著しく低下するからだ。

 

先に使う方が、後のヴェーチェルの行動を抑制しないと判断した。

 

『思い切りが良いな!』

 

やつも予測していないはずがない。そう言ってガランは動き出す。

 

()()()()()()()

それで一つ確信した、こいつは間違いなく俺のことを調べ上げていると。

恐らくやつはミサイルの残弾数については把握している。俺の購入履歴と軍に提出している戦闘記録を把握していれば自ずと分かってくるからだ。

だから「思い切りが良い」なんて言葉が出てくるんじゃないか?

 

俺はガランの言葉を聞いた直後、やり方(殺し方)を決めた。

 

そしてこれは賭けだ。

 

やつにとって、パイルバンカーの存在は()()()()()()の可能性が高い。

 

サブマシンガンの時ですらやつの意表を突けたんだ。今も尚隠し通している武器、且つ()()()()()()()()に関してなら?

 

この短い戦闘の合間で理解している。このまま正攻法でやっても勝ちの目が見えてこないということは。

機体の損傷具合がそれに拍車を描けている。

 

だから賭けるしかない。やつの()()()()()()と、()()()()()()に。

 

 

―――あぁ悪くないな―――

 

 

短期決戦。

それは変わらない。皆が生きていた時から、俺はずっとそうだった。

ヒューマンデブリ時代の劣悪な環境下で生き抜くための癖であり、その癖を伸ばすべきだと導いてくれた団長の教えがあったから。

 

だけどこうまで無謀なことを仕出かそうとしたことがあったか?"敵"と"仲間"を信じた上で戦うなんて。

あの自暴自棄の俺であったならともかく、今は違う。さらには一蓮托生(いちれんたくしょう)の身、失敗すれば、俺たちは一緒にあの世行き。

 

だと言うのに、いや()()()()()なのか、俺はこの大一番に心が凪いでいくのを感じる。

そして急にひどく、腕の中のリーリカが愛おしく思えた。

思わず、俺はリーリカに聞いた。

 

「俺に預けられるか?」

「何を今更」

 

 

―――垂直に発射されたミサイルが弧を描きガランの頭上から迫る。

その前に、やつは俺へと接近するべく前へと大きく踏み込んでいた。

 

短距離用の小型ミサイルとは言え、格闘戦の距離では当たらない。ガランは当然のごとく心得ていた。

もしも後ろへ下がれば当たっていた可能性がある、だが急激に前へと詰めればミサイル本体の旋回性能が追いつけず、虚しくその背後の地面へ着弾する。

 

つまりこれは回避の上では最適解。だが互いに接近専用の武器はない、そう表面上は。

 

ガランが前へ進む選択をした時、俺もまた背部のブースターを吹かして最高速度で踏み込んだ。

構えるのはシールド、それもお互いに。

 

衝突。

いや、火花を散らして互いのシールドが擦れ合う。不協和音が響き、それでもぶつかったにしては小さな音。理由はまるで曲芸のように互いにシールドでいなし合い、すれ違い、通り過ぎていたから。

 

 

俺はここで初めて、ガランのリズムと噛み合った。

 

―――よし。

 

『やるようになって来たじゃないか。なんだ、押す必要のないスイッチを押したかね』

「底から舞い上がることに関しては一家言あるもんで」

『元ヒューマンデブリらしいお言葉だな』

 

ガランの余裕は本物だ。何が嬉しいのか笑ってやがる。

対して俺は軽口は叩けども、正直余裕なんてない。

 

左脚部の損傷のせいか、すれ違い後の旋回も遅れていた。見るからに装甲が歪んでるのだ、ガランも気づいただろう。背部追加ブースターの不調も、きっと気が付いたはずだ。()()()()()()()()()()

 

加えて互いの位置が入れ替わったということは―――今まで守り切っていたピッケルを拾われるということになる。

それは俺のマチェットに関しても、同じことだ。

 

俺はライフルを腰部にマウント、素早くマチェットを拾い上げ、同じように得物を取り戻したガランと対峙した。

 

『では仕切り直しと行こうか?』

 

ガランの皮肉を聞き流しながら、リーリカに頼らずに右手首の関節の状況を確認する。

あと数度、全力で振るえばイカれる。ヴェーチェルの消耗具合は思ったよりも大きい。

 

無理やりな二人乗りと言う操縦環境。

額の怪我による体力の消耗。

左脚部、右手首と背部追加ブースターの損傷。

そして単純な経験と機体性能の差。

速度もやつのゲイレールの方が上回ってるから逃げることも出来ない。

 

「フィーシャ―――」

「―――リーリカ、もう一つ頼む」

「―――――――――…はい、間に合わせて見せます」

 

マチェットの具合を確認する。俺はマチェットが予想していた状態にあることを理解し、緊張を誤魔化すために息を大きく吸い込んだ。

 

―――スモークグレネードの弾数は3発。サブマシンガンも残弾数は多くはない…か。

 

ガランは俺の機体状況から押し切れると判断したのだろう。

俺の損傷が左側に偏ってるのを確認してか、俺から見て左側へと陣取りつつ旋回しながら接近。

俺が選択したのは―――逃げの一手。

明らかに調子の悪くなったブースターを吹かしながら後退。ガランの牽制の為の射撃をシールドで防ぎつつ、ただ"必死に"下がる。

 

全く気の抜けない防戦の中で()ぎったのは―――嫌と言う程見てきた阿頼耶識を乗るガキの動き。

 

阿頼耶識を取り付けられたガキは結構いたが、俺はヒューマンデブリ時代には運よく施術されなかった。

それは施術する金さえない連中だったからだ。あの環境下で阿頼耶識がないのは運が良いのか悪いのかは正直判断できない。

 

技術を叩き込まれ、モビルワーカーを駆る。必死に生き残るために阿頼耶識持ちの動きを真似ようとしたからよく覚えている。

 

やがて死に際を団長に拾われた。

団長が教えてくれたリズム、それは人間の格闘技を応用したものだ。

接近戦が決め手となるモビルスーツ戦を考慮した技術。

 

そんなもの阿頼耶識にこそ相応しいのではないか?そう思った時もあったが、それは違う。団長がかつてギャラルホルンにて阿頼耶識持ちと戦うために見出した対抗策こそがそれだった。

 

人馬一体、それを阿頼耶識なしで行う。

当然そのアプローチの仕方は全く違う。そりゃそうだ。

これは阿頼耶識の有機的な動きに追い(すが)るための無機的な技術。だが元は格闘技と来た。どっちなんだか。

 

―――リズムを聞け、ヴェーチェルの鼓動(調子)を。それは言わば機械への理解。どこまでが可能で、どこまでが無理かのラインを正確に把握すること。今こそ、()()()()()()()になる。

見極めろ、ガランのリズムを。さっきの噛み合った瞬間を思い出せ。あの時確かに、わかったはずだ。

 

ゲイレールがピッケルを振るう。狙いは…シールドを剥がす気か!

それを受けることなくヴェーチェルのスラスター吹かせて最小限の動きで右へ躱す。

 

『さぁどうする?エフィーム』

「あんたこそどうする?山奥とは言え、じきに騒ぎを聞きつけ軍が派遣されるぞ?」

 

―――喋らせ続けろ。

 

スライドするように躱したヴェーチェルをゲイレールが追随(ついずい)

ホバーユニットの急加速なのか、一気にモニター全体をゲイレールが占めた。

 

『準備とは周到にするもんさ。木っ端傭兵一人であろうとな』

「…っ!そうか…よっ!」

 

―――会話を止めるな。利用しろ。

 

右切り上げの軌道を追ったピッケルはまたしてもシールドに引っ掛かることなく空降る。

ガランと同じように背部追加ブースターによって急加速し、距離を取った。それでも皮一枚の距離。

その際にサブマシンガンの残り少ない残弾を一気に使い切り牽制。有効打は…なし。

 

空になったサブマシンガンを"八つ当たり気味に"投げつけ。左腕は防御に専念。

背部ユニットの深刻なエラーを表すランプが点滅を繰り返す。次同じことをすれば確実に壊れることを把握。

 

急加速から右脚一本でブレーキ。地面を抉りながら右脚を回転軸として半回転。

再度追撃を加えようとするガランと正面から向き合うことになった。

 

「そっちこそ、木っ端傭兵一人にこの体たらくか?そのピッケルはお飾りか?」

『あぁもやり返された手前、大手を振って「そうだ」などと言えないのが残念だがな―――さて、お前はまだ足掻くのか?』

「あんたも軍にいたなら知ってるだろう?」

『差し詰め窮鼠(きゅうそ)か。おっと、お前はネズミのしっぽ(阿頼耶識)はなかったな』

 

―――どこで仕掛けるか、それを読み取れ。

 

ガランが射撃を止め、左腕のピッケルで左薙ぎを行おうとする―――

!?‥単純に、今までで一番早い…!

 

構えたシールドを戻すことが叶わず。

絡めとられ、シールドごと左腕が大きく左へと伸ばされる。咄嗟に戻そうとしたからか、それともガランが早さのみを追求して振るったからか、接続部が壊れて飛ばされるようなことは無かった。

 

「…っ!!」

 

左へと(パリィ)された勢いのまま、右腕のマチェットを"慌てて"袈裟斬りに振り下ろす。

自分で決めたタイミングでないにしろ、体重の乗ったその一撃の威力は当たれば一溜まりもない。

 

『はっ』

 

ガランはそれを鼻で笑う。

ガランがしたことは―――いや、()()()()()()()

 

俺の一振りは確かに重かったが、これは"失策"だ。

この体勢からの袈裟斬りは、左脚へと重心移動を行う。ましてや体制が崩された後なのだ、無理やりであったが故に、左脚への負担はかなり大きい。ガランはそれを見抜いていた。

 

―――そう、左脚の損傷から、思ったよりヴェーチェルが前に踏み込めないのを理解していた。より装甲が圧迫し、可動域が狭まっていたんだ。

 

ここでガランがケリをつけるためにと、もう一歩だけでも踏み込んでいれば届いただろうそれは、最初、ガランと俺が得物を失った時の攻防とまるで逆の様相だ。

 

マチェットがガランの前で空振る。

 

自分で作った獲物の隙を前にしても、ガランは冷静だった。

 

そして空振ったマチェットは地面へと突き刺さる。

 

 

『どうした?また怖じ気づいたのか?さぁ、これ  でし  まい  にす  ―――  』

 

―――ここだ。

 

喋らせ続けたからこそ、まだ理解と言うよりは勘に近いレベルではあるものの、行動のタイミングが微かにわかった。

人間の行動は、意識しなければ何かに連動する。集中すれば息が止まるように、話し始め、息継ぎ、話終わりなどのタイミングは同時に動かす身体の動きと直結することがある。

 

絶対はない、だから必死に読み取ったそれを、ただ自分の直感を信じて判断する…!

 

目と鼻の先にいる俺を葬らんとピッケルを振り上げたゲイレールから目を逸らさずに、手元のスイッチを押し込み、頭部のウェポンベイにあるもう一つの手札を切る。

 

それはミサイルの代わりとして詰め込んだスモークグレネード。ガランは存在こそ知っていたかもしれないが、まさか仕込んでいるとは思わなかったのは反応を聞けばわかる。

 

『!?これはっ…!』

 

フレック・グレイズの背は低い。だから必然的に、ゲイレールの頭部より下の位置にこっちの頭は来る。上方向にしか射出できない現状では、どんぴしゃ。

ウェポンベイから射出したグレネードは三発全てであり、咄嗟の予測でそれぞれ別方向に撃ち放った。その内一発がゲイレール頭部のカメラにぶつかり、二機の間を一瞬で真っ白に染め上げた。

 

「fleckmansからのお届けもんだぜ…!」

 

目視に頼っているモビルスーツ戦にとって、煙幕の効果は絶大。

当然、俺も見えはしないが、これに関しては一日の長があるはず…!

 

崩れた姿勢から、最早地面を這うような前傾姿勢のままゲイレールの横を通り過ぎる。すぐ後ろで、何かが振り下ろされた音を聞いた。

そこから無理やり姿勢を持ち上げることで片膝をついたような体勢のまま横滑りしてブレーキを行った。

エイハブリアクターの慣性制御でも殺しきれない負荷が俺とリーリカに伸し掛かる。ベルトが身体に食い込むも、身体をモニターに叩きつけることだけは阻止されているのだから文句は言うまい。

 

「…!」

「…っ!うっ…!」

 

煙幕をボフッと突き抜けるように飛び出したヴェーチェルを間髪入れずに右脚とスラスターで素早く持ち上げ反転、「これで終わってくれよ」と願いながら、マチェットを腰だめに構えて一突きで決めるために突撃。

 

まだ煙幕の中の様子は何も見えないが、俺は迷わなかった。

そして俺が向かったその位置には―――

 

 

『小癪な真似を―――っ!?』

 

 

煙幕から抜け出したゲイレールが、ちょうど今、背中を晒していた。

わかるさ、俺もかつて訓練で初めてやられた時は同じ動きをしたもんだぜ…!

反射的に俺がさっきいた場所へそのままピッケルを振り下ろし、手応えのなさから敵の位置と正反対に飛び退いたんだ。

 

ピッケルの振り払いを避けるために右半身側へとやや回り込む様に突き進む。

 

少なくとも左腕のピッケルで俺を迎撃する暇は、ない。

 

 

間違いなく、獲った…‼

 

 

 

 

 

はず、だった。

 

 

 

 

 

ガランは右半身を俺に向けている。

そこまでしか旋回が間に合わなかったからだ。

 

なのに俺のマチェットは折れた。

甲高い音を響かせて後方へと飛んでいく刃を目で追うことはしない。

ガランが裏拳で殴るかのように、少ない時間で許された90度もない角度の"振り向き"を行いながら水平に薙いだ()()を見た。

 

右腕に持っていたはずのライフルは既になく、代わりにあるのは小型のアックス。

そして気が付く。

 

「―――シールドアックスかよ」

 

道理で、シールドが小さ過ぎるわけだ。

 

『…全く、やるもんだ…さすがに笑えなかったぞ?だが、―――』

 

俺がサブマシンガンを隠していたように、ガランもまた、手札を隠していた。これが恐らく、やつの()()()

振り向きざまに、いや、恐らく煙幕を抜ける前からライフルを手放し、左腕にマウントされたシールドアックスに手を掛けていたんだ。

 

―――ここで接近戦で決めにかかることを、読まれていた。

 

『―――ブランドン(団長)から手の内を隠すのは基本って教わらなかったのか?』

 

ほんと、ムカつく野郎だ。

なんて悪態をつく暇もなく、俺は最後の()()に出るために頭を切り替える。

呆ける暇なんぞないんだ。

 

俺はブースターを()()()()()吹かす。

 

が、―――

 

「フィーシャ!」

「…!」

 

思わず止めるようなリーリカの声、そして直後に、背部追加ブースターが小さな破裂音を上げた。

リーリカの"悲痛な叫び"も、ガランに聞こえただろう。

 

―――()()()動かない…!

 

左側だけだが、それが余計に悪かった。

バランサーによる調整が間に合わないまま、ヴェーチェルは右側だけのブースターを強く吹かしたせいで体勢を再び崩し、地面が急速に近づく。

 

間一髪、折れたマチェットを手放した右手で支えるも、ピッケルで絡めとられた時に損傷していたために手首の関節から折れ曲がり、不自然な方向に向いたまま地面へとめり込ませた。"止むを得ず"倒れ込まないために左腕もシールドごと、機体を支えるために地面へ伸ばし踏みとどまる。

 

まるで挫折した人間のように、火花を散らしながら(こうべ)を垂れたその様を見て、もう戦えると誰が思うのだろうか?

 

 

もう、(ヴェーチェル)は満身創痍だった。痛々しい程に。

 

 

その姿勢から動こうとするも、まるで産まれたての動物のように震えるばかりで立ち上がれない。

…ゲイレールが一歩一歩、近づいてくる振動が伝わる。

コクピット内のいくつもあるランプは赤く点滅するばかりで、不愉快に短く小さな警告音が何重にも響くも、それ以上は動かない。

俺は汗と血を額から垂れ流しながら、それでも一定の呼吸を繰り返す努力をしていた。

 

―――リーリカと、目が合う。

 

「―――」

「―――」

 

鼻先がぶつかり合うような距離で見つめ合い、俺は頷いた。

 

 

『本当に、でかくなったもんだよエフィーム。俺が思っていたよりもずっとな』

 

リーリカがタブレットを操作する。

俺はそれを見て、コンソールより上、モニター脇にあるカバーのついたレバーに手を伸ばし、カバーを開けた後にセーフティー用のピンを素早く引き抜く。

 

『出来れば、こちら側についてもらいたかったもんだ』

 

リーリカがタブレットの操作を終えたと同時に、俺は迷いなくそのレバーに手を掛け、引き下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある格闘家が言った。

"Be water"―――"水のようになれ"、と。

 

 

心を空にせよ。型を捨て、形をなくせ。水のように

カップにそそげば、カップの形に

ボトルにそそげば、ボトルの形に

ポットにそそげば、ポットの形に

そして水は自在に動き、ときに破壊的な力をも持つ

友よ、水になれ

 

 

それは団長がこの戦闘技術を確立するに当たって参考にした格闘家の言葉だ。

―――俺には結局、理解しきる前に皆逝ってしまった。

 

だけどもう、「生き残ってしまった」なんて言うつもりはない。

確かに、俺は理解できなかった。いつかきっと…そう思いながらも、その境地へと至らず、今この瞬間まで来てしまった。

 

わかっていたんだ。そこへまだ辿り着けないことは。

 

だからこそ、俺は(ヴェーチェル)の名をこいつ(フレック・グレイズ)につけたんだ。

強く打つためではなくて、誰か(棉ぼこり)の背中を押して舞い上がらせるためと。それが、リーリカを見つけてしまった俺の"責任"だと思ったから。

 

 

 

何が言いたいかと言うと………全部がリーリカを後押しするための"布石"だってことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆竹のような短く連続した破裂音がしたと思えば―――フィーシャたちの乗る"ヴェーチェル"のコクピットが分離し、飛び出したことにガランは驚いた。

 

それは勢いよく飛び出し、慌ただしい着地と同時にガランのゲイレールの真横をスレスレで通り越す。

…だが、それ以上進むことは叶わなかった。荒っぽい着地のせいか、機体の三本の脚部の内一本がへし折れ、羽のもがれた虫のように這いつくばったからだ。

 

ガランは振り上げたシールドアックスを降ろし、たった今横を通り過ぎて行った()()()()()()()へとゲイレールを振り向かせる。

 

「そう言えば、あれには"ああいう機能(モビルワーカー)"もあったな…」

 

フレック・グレイズの初期型に見られる機能だ。コクピットブロックが分離し、簡易的なモビルワーカーとなる。動力はエイハブリアクターを使用しないで行う動作確認用も兼ねた、予備電源である水素エンジンとなっている。

爆裂ボルトによる素早く確実な分離が出来るとはいえ、接続ボルトを破壊して行うために元に戻すのは手間と金がかかってしまうが。

低コストが売りゆえにスペックダウンされたモビルスーツではあるが、どこぞの良心的な科学者がなけなしの慈悲として脱出機能をつけることを提案したことが発端らしい。

 

どうやったかは知らないが、上層部もそれを一度許可したから世に出回り、巡り巡ってフィーシャの手にそのフレック・グレイズがあるのだ。

 

―――まぁそのご慈悲も、すぐに取り払われたようだがな…

 

今、売り出されているフレック・グレイズにはそんな機能はないのだから。

 

 

ガランは笑みを深め、シールドアックスを再び左腕へと折り畳みマウントする。そして落としていたライフルを拾い上げ構える。

左腕に銃身を乗せる、彼独特の構えだ。

 

たった一発の銃弾で二人の命は(つい)えるだろう。ガランが外すはずもない。

 

 

―――そのほんの一瞬の気の緩みこそが、()()()()()()()()()()だった。

 

 

ガランにとって想定すべきだったのは、"フィーシャの成長"。それに絞られていた。

 

…だが本当に想定すべきだったのは"フミタン・アド(リーリカ)モスの頭脳"、それだったのだ。

 

モビルスーツの機動とは当然事細かに全てを操縦するわけではない。ある程度の"動き"をパターンとしてOSに覚えさせてあり、それを取捨選択、組み合わせることで阿頼耶識ほどではないにしろ人間染みた動きを可能にしている。

グレイズやモンキーモデルのフレックグレイズに使われるOSも、それ以外も例外はない。

 

()()()()()()()

 

フィーシャがフレック・グレイズを容易に手に入れることが出来たのは、その最も大切なOS部分が破損していうたからだ。だからこそフィーシャは最初の内、慣れない分厚い専門書なんて読んでいた。

そしてリーリカと出会い、彼らは一年と少しと言う短い期間とは言え、二人でずっとモビルスーツに手を加えてきた。

 

リーリカ(フミタン)の力によって少しづつ、このフレック・グレイズは他のモビルスーツと()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

そう、フミタン(リーリカ)がそれをほぼ一人で成した、この短い期間で、だ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()―――――――――例えばそれが戦闘中でも、()()()()()()ということを考えるべきだった…と言うのは、酷だったかもしれない。

 

 

 

『っな―――』

 

そして今―――

 

「やっぱりおまえは俺の"福音(エヴァンジェリーナ)"だな」

「光栄です―――――――――"ヴェーチェル"、お願いします」

 

シールドアックスも仕舞い、ライフルを撃つ独特な構えで両手も塞いでしまった背中を堂々と"彼"に晒したゲイレール。

そこに"ヴェーチェル"が()()()()()()()()()()()()上半身を持ち上げ、左腕―――シールドの裏に隠し続けていた正真正銘の切り札(パイルバンカー)を背中へ突き出した。

 

 

 

 

 

「リーリカ、お前もこれで風上にも置けない女になったな」

「では風下においてください」

「妥協案の話をしてるんじゃぁないんだよ」

 

この夜、最も大きく短い金属音が、舞い上がる風に流され乾いた空へ響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

分離後の着地による過剰な負荷によって、ローラーのついた脚がへし折れたモビルワーカーがそのハッチを開ける。

ハッチと言っても、このモビルワーカーはコクピットブロックそのままなのだから、(くちばし)を開くように上部装甲ごと持ち上がった。

 

そこから覗くシートベルトに縛り付けられた二人の男女―――フィーシャとリーリカは油断なく後ろへと倒れ込んだ穴の開いたゲイレールを見つめる。これ以上、もう出来ることは無い、文字通りやり尽くしたのだ。

 

やがて、ピクリとも動かないことを確認した二人は息を吐いてシートへと‥リーリカはフィーシャの胸元へと力なく身を預けた。

 

二機のモビルスーツが機能を停止したために、コクピットに備え付けていた止まっていたラジオから『キャラバンの到着』が流れ始める。

双子の姉妹を主人公にしたミュージカル映画にて、年に一度の祭りを数日前に控えた町にキャラバン(ショーを披露する一座)が到着し、その際に流れる音楽だ。

 

これを聞いていると、さっきまで起きていたぎりぎりの殺し合いすら、もしかしたら前座なのかもしれないな、なんて陽気な音楽を聞き流しながら適当なことを考えた。

 

 

「―――記憶、戻ってたのか」

「―――いつ、気が付いたんですか?」

「だってお前、ガランの言葉に「出生が分かっても」って言っただろ?お前程の人間が、やつの言葉をそう簡単に鵜呑みにするなんて思えないぜ。その時にはもう、どーせ戻ってたんだろ?で、いつ戻ったんだ?」

目敏(めざと)い人…本当に。…ガランに出生を暴かれる、そのほんの少し前です。戻った理由は恐らく―――」

「…どうした?」

「笑わないですか?」

「笑えるなら笑う」

「…汗」

「ん?」

「汗の匂いですね」

「…まじ?」

 

確かに嗅覚と脳の関係は強いとは言ったが、まさか本当に?

俺と密着してたから、俺の汗の匂いで思い出した?

いつか格納庫で俺とぶつかって思い出したときも、思えばランニングの直後だったから汗をかいていた。あれも匂いがトリガーだったのだろう。

 

「それも戦いの中で生き足掻く()()()()のような…そんな血を含んだ汗の匂い」

 

誰か()()を思い出すようにリーリカは言う。

 

「…記憶を失くしてからも、似たような人間の近くに行ったってわけ、か…」

 

思わず夜の空を仰ぎ、満点の星空を見上げた。

奇妙な星の元に生まれるとはこういうことなのだろうか?それとも、あの時、今日みたいな寒空で出会った時も、血と汗の匂いに惹かれてしまったのか…

 

ほぅ、っと吐き出した息はまだ少し白く、熱くなり過ぎた二人の体温を冷やしていく。むしろ、少し寒いぐらいだ。

リーリカは身動(みじろ)ぎすると、ほんの少しだけ身を寄せ、不安を混ぜたかのような口調で聞いてくる。

 

「私は…一体、どうするべきなんでしょうか…」

「…それなんだが、俺は女と機械は丁寧に扱えって叩き込まれちまってるからな」

「―――えぇ、よく知っていますよ………また、よろしくお願いします」

 

"また一緒にいてくれるのか?"

そんな意味の込められた問いだったが、俺は言うまでもなく、リーリカも聞くまでもなかったのだろう。

どこかずれた問答でありながら、互いに確認するように一言ずつ告げ、それ以上はなかった。

 

そしてリーリカは顔を上げ、俺を真正面に捉える。

―――記憶を思い出した今、やることは一つだ。

 

 

「…そうだな、自己紹介をしようぜ」

「ふふ…お初に御目にかかります…フミタン・アドモスと申します…エフィーム(優しい人)・アダモフ」

 

そこは俺に言わせてくれよ。なんて言葉を呑み込み俺は小さく笑った。

 

 

結局、色々わからないことはあったが今は全部後回しにして………なんてことはリーリカが許してくれるはずもなく、俺の上を退いた彼女に「ほら、行きますよ?」と、手を差し出される。

 

 

苦笑いしながらも『キャラバンの到着』の躍動するようなジャズワルツのメロディをBGMに、俺はその手を取るべく、まだ冷め切らない高揚感で震える腕を持ち上げた。

 

 

 

 

 







お気に入り数が50となりました!
最近ポッと出した短編が軽く超えていったことで変に落ち込みましたたが、みなさんの存在があるだけで励まされてます。

次回は多分解説多めのパートになります。
この作品の山場は越えたので、今後の彼らの選ぶ行く末をお楽しみください。

※誤字見つけましたので修正しました。

■エフィーム・アダモフ
エフィーム(Ефим)はロシア語で"親切な"を意味する。
父親が女たらしで、女には優しくしろという意味が込められた。
その父親は幼少のころに目の前で母親に刺殺されたため忠実に"教え"を守っている。

背中を押す事こそ、自分の責任と思っている。

■フミタン・アドモス
愛称で"リーリカ(福音)"と呼ばれている。
どうすればいいのか、それは二人で考えればいい。
背中には、銃弾で撃たれたかのような傷跡が残されている。

■ガラン・モッサ
『出来れば、こちら側についてもらいたかったもんだ』
それは本心だったのだろうか?

■ヴェーチェル
フレック・グレイズを改良し、寒冷地仕様にしたモビルスーツ。
ヴェーチェル(ветер)はロシア語で"風"を意味する。
思った以上にかなりぎりぎりの綱渡りだったが、逆転劇は、きっと子供たちのヒーローの特権。

■"Be water"―――"水のようになれ"
ブルース・リーの名言。
団長ことブランドンは彼の人生哲学を取り入れた。

■『キャラバンの到着』
『ロシュフォードの恋人たち』というフランス映画の挿入曲。
日本のCMでもいくつか使われてるので曲の方が有名。

■蛇足
タイトルは棉ぼこり"たち"なのに「あらすじ」に"たち"はない。
フィーシャは風となり背中を押すことが自分の責任、役目と定めた。
つまり「あらすじ」はフミタンことリーリカのことを指しているのかもしれない。


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dead mans walking

お待たせしました。
そしていつもより長くなってしまいましたので十分な時間を確保し、画面から1㎞くらい離れて見てください。

※1:一部、違和感ある表現を修正しました。
※2:誤字と一部内容を修正しました。







 

夜はまだ明けず。

針葉樹林の中にぽっかりと開けた平地である広い試験場は多くが抉られ、小さなクレーターがいくつもできていた。運よく被害を免れたところは背の高い雑草が呑気に生えるばかり。

そしてその試験場にて機能を停止した二機のモビルスーツ。

 

一機は深緑色のゲイレール。目立った外傷は唯一、コクピットに開けられた穴一つのみであり、まるで滑って転んだ直後かのような滑稽さを見せつけながら背中から地面に倒れ込んでいる。当然それは俯瞰して見た時の話であり、この巨人に対して蟻んこ程度の大きさしかない俺たちから見上げれば別の話だ。どちらかというと、地面から起き上がろうとする力強さの方を感じてしまうのは感傷的過ぎるか。

対してゲイレールに背を向けるように片膝をついているのは俺の灰色のフレック・グレイズである"ヴェーチェル"。

 

…言うまでもなく満身創痍(まんしんそうい)だ。

 

右手首はへし折れ土に汚れ、両足も膝下はボロボロでついでに土に汚れ、左腕のシールドはスクラップと言っていい程べこべこに波打っている。背部の追加ブースターも左側が一部吹き飛んで黒焦げているし、他の装甲も弾痕が生々しく刻まれている。

何よりコクピットブロックがない。ちなみに俺たちの後ろで踏みつぶされた虫みたいに伸びているモビルワーカーが"それ"だ。

 

 

―――本当に…本当にギリギリだったな。

 

 

機内に備えてある応急キットから引っ張り出して巻いた頭の包帯を撫で、おもむろに解けたまま放置していた長い黒髪をくしゃっと握り込む。

 

震えていた腕は、もういつも通りだ。

 

しばらくの間、スモークグレネードによりまき散らされた白煙が風で流されていくのを眺め、視界が十分開けたことを確認した俺たちはゲイレールへと近づくために歩を進める。

()き散らされた煙―――白リンは、一見無害にも見えるが発煙直後は液状化し飛沫となって飛び散る。その際に人体に付着すれば油を被ったような不快感と同時に体温の高さで自然発火するために結構(たち)が悪い。

 

破裂した直後でなければそんなことないのだがら大丈夫、と思うかもしれないが今の今まで動きたくなかったのは他に理由がある。

なんせこの煙、ドブのような洒落にならない匂いがする。

 

バル(バルトーク)のやつがこいつ(スモークグレネード)をハウスダストと呼んでいたのもよくわかる。軍の関係者からも「なる程この匂い…だからfleckmans(棉ぼこり男たち)か」と納得されていた。納得しないでくれ。

 

リーリカも隣で鼻をつまみながら「確かに私も風上に置けない女になってしまいましたね…」なんてしみじみと言っているが納得しないでくれよ?そうじゃないからな?

 

多少ましになったとは言え、未だに消えない悪臭は疲れ切った身体の膝を折ろうとしてくるが、今はそんなことも言っていられない。

髪の毛を鬱陶しく垂れ下がらせたまま、俺は雑草を掻き分けて物言わぬ鉄のオブジェと化した巨人へと近づいた。

 

 

 

 

 

―――ガランは生きていた

 

右腕を失い、コクピットブロックはコンソールを背後から貫き穴が開いており、打ち込まれた鉄の杭に引っ掻き回されるようにコクピット内は無秩序に荒れ果てている。

その余波を受けたガランは当然腕を持ってかれるだけで済むはずもなく、細かい描写は避けるが"悲惨"の一言だ。

 

それでもまだ、生きていた。

今にも途絶えそうなか細い息を吐き出しながらも、ガランの浮かべる笑みは最初にあの時、バーで会った時と何一つ変わらない気がした。血に濡れて似ても似つかないはずなのに。

 

俺はゲイレールの、内側からの衝撃で吹き飛んだコクピットの前面装甲の"残りカス"に足を掛け、覗き込むようにガランを見下ろす。

 

会話はできるのか?

 

どちらにせよ、これで最後なんだ。

 

「殺そうと思えば格納庫に俺たちが入る時点で、いや、もっとその前から、ただ近づいて踏み潰せばそれで終わってた。"狙撃"なんてわざわざ回りくどい方法なんざする必要はなかったはずだ」

 

道端で会ったかのような気軽さで俺は問う。

意趣返しだ。余裕ばっかこいてるこいつに対しての。

 

「…()()の、成長を見てやるのも…役目の一つだろう?」

「―――そうか」

 

息苦しそうに呼吸をする中、まるでそうするのが当たり前だというように、やつは俺の問いに対して答えにならない答えを言う。未熟な後輩に教えてやるかのごとく、この状況になっても余裕の態度を崩さない。

…最も、この瀕死の状況を見ても俺がそう感じるのは、ガランに対しての印象が最初の出会いの時の印象に固定されてしまっていたからだろうな、なんて思う。

 

ガランの吐き出した言葉の意図を読み取ろうとし、ふと、やつの顔を見る。

死を悟ったからなのか、それとも虚勢なのか、変わらず挑発するような笑みを浮かべる血だらけの髭面を見て、ごく自然に、ガランと団長(ブランドン)が戦場でコーヒーの入った杯を交わし合う姿が思い浮かび消えた。

 

 

 

―――あぁ、そうか。

 

 

 

ガランと団長は、親友だったんだ。

 

 

 

その顔を見て、俺は何故かそう確信した。

 

「よくも…まぁ、あんな()()をした、もんだ…」

 

気持ちを切り替える。

演技か…俺は結局、ガランとの殺し合いでは団長の教えを引き出しきれなかった。

そうなれば必然的にガランに勝てる要素がなくなる。現に、そうだった。

ガランと団長が親しい中であった以上、互いの手の内は知れているはず。であれば団長に追いつくことのできない程度の技量では"詰み"に近い。

 

だから俺がより意識して引き出した"教え"は、モビルスーツの鼓動を聞くこと…つまり機械の調子の把握、その上で把握した情報を信じての臨機応変な判断。

 

団長はこう言っていた。

「人の心臓が脈打つように、モビルスーツにもリアクターの鼓動がある」

「人もモビルスーツもリズムという"しがらみ"からは抜け出せない」と。

 

戦闘の合間も常に機体状況を把握することで、消耗を抑えつつ合理的な無駄のない動きや判断をするための教えだが…そこに"俺流"のアレンジを入れさせてもらった。というか、辿()()()()()()()()からそうせざるを得なかったというか。

 

フレアバーテティングと同じだ。

手の内を知られているならば、そのアプローチ(表現方法)を変えればいい。俺らしいやり方へと。

 

そのためにヴェーチェルの状況を正しく理解することにより比重を置いた。

 

機械への理解。どこまでが可能で、どこまでが無理かのラインを正確に把握すること。俺が勝つ上でなくてはならないことはそれだったのだ。

後どれ程ブースターは使えるのか?イカれた右手首の限界は?損傷した左脚の関節の可動域はどれぐらいか?マチェットは経年劣化と合わせてどれくらいガタが来てる?とかな。

 

左脚の動作不良による隙、マチェットが折れたこと、ブースターの破裂等々、それらをこちらが意図したタイミングで引き起こすことによって、ただでさえ満身創痍の機体から滲みだす"限界"を()()、ガランでさえその優位性を決して疑わないようにと思考誘導をした―――と自信を持って言える()()でもなかったか…

 

これは何もかも、最後の"一撃"を行うための布石だ。ミサイルとサブマシンガンをさっさと撃ち切ったのも、ピッケルを再度掴ませることで余裕を持たせたのも。

 

それとガランがライフルを撃つときのあの構えも重要だった。なんせ両手が塞がる。確実に仕留めるために、俺たちへの"とどめ"はライフルで決めて欲しいと思っていた。

だからこそのモビルワーカー。

接近戦をするまでもなく、たった一発の銃弾で終わってしまう脆さを押し出すために分離した…という理由()ある。

モビルワーカーの脚が折れたのは偶然だが、最初から故障か何かの"振り"で少し離れた位置で止まるつもりでいた。

 

 

生きた心地は、全くしなかったが…

 

 

はっきり言ってアドリブだらけの綱渡りだ。

シールドをピッケルで弾かれた瞬間は死を予感したし、マチェットをへし折られた時も(あの奇襲が上手くいった時は決まると思っちまった)思考が一瞬停止しかけた。シールドアックスなんてもう二度と見たくないぜ。

あまりに、あまりに細い隙間を駆け抜けた………リーリカが腕の中にいなければ、途中で恐怖で目を瞑って諦めてしまったかもしれない程の。

 

他に方法があったんじゃないか?と今でも思う。

だが、スペックも技量も上で逃げる暇も与えてくれない状況では、無理やり隙を作って意識外から仕留める方法しか思いつかなかったんだから仕方ない。

 

獲物を仕留める瞬間が一番隙が大きいと言うやつだ。

特に、勝利を疑いようもない状況になったならば尚更のこと。

 

これは何もかも、"リーリカの手腕"と、何より"ガランの観察眼"を信じて走り切った。

ヴェーチェルの動作の中に、追い詰められる"表情"が出るように動かなければいけなかった。あからさま過ぎず、だけどガランのような手練れでなくては気づかないようなほんの小さな"表情"。

 

阿頼耶識がない以上、それはなかなか至難の業で………それを行う上でヒーローショーやらなんやらの経験が存分に活きてしまったのはぶちゃくそ複雑ではあるが、命を助けれられたことに変わりなかった。

あれだけ余裕がない中で成し遂げられたのは推進剤が尽きるまで撮り直しを要求してきた監督のおかげだろう。憎しみすら覚えているが、今なら…いや、やっぱり納得いかねぇ。

 

そんなことを、死にかけの男に事細かに言ってやる必要もないだろう。

 

「―――俺はこう見えてモビルスーツを使った"演出"は得意なんだ…(ろく)でもないバイト(フレッくん)のせいでな」

「く、くっくっ…こりゃぁまた一本取られたな―――ほんと、でかくなったもんだ」

 

ガランは重そうな瞼をこじ開けながら、俺の背後、片膝をついた灰色のフレック・グレイズ"ヴェーチェル"の背中へと目を向ける。

 

「―――いい機体だな」

「だろう?」

 

―――最後、ヴェーチェルが独りでに動いたのは単純。

時間差であらかじめプログラムさせていた動きをさせただけだ―――とは言うものの、完全にリーリカの手腕頼り。最初頼んだ「パイルで突く」という動作パターン以外に俺が戦闘中追加で頼んだのは「時間差で動く」というもの。

 

それが出来たのも、エイハブリアクター以外に予備電源、兼モビルワーカー用の水素エンジンが積んであるからこそ。分離した後も、リアクター自体はヴェーチェル本体に残っているから出来た芸当だ。

 

…だとしても、ハッキリ言って無茶ぶりだ。大元の"脳"がない状態で動かさなければならないのだからクリアしなくてはいけない条件は厳しそうだ。

人ではなく機械なのだから出来るの可能性があるとは言え、そもそもそんな使いかたは考慮されておらず、時間差の行動を行うというだけで複雑な要素が絡み合う可能性は大いにある。

 

そも基礎があったとは言え、いきなり「モビルスーツの挙動を一から組み立ててプログラムして下さい」なんてひどい話だ。しかも戦闘中ときた。

性能試験なしでモビルスーツを売り捌くようなものだ。実際に動かすまで何が起こるか分からない。開けたらさぁどうなるビックリ箱。俺はパワハラ上司もびっくりな所業を頼み込んだわけだ。むしろ無能上司か。

 

だが、リーリカは見事にやり遂げてくた。

とは言え、俺も少しは勉強した身、さすがに複雑な動きは無理なのはわかっていた。

 

だから必要だったのはガランのゲイレールとヴェーチェルを隣接させ、プログラムする動作を少なくすることでリーリカの仕事を減らすという事。そうすれば彼女が時間内に間に合う可能性も高くなるし、一発本番でエラーを起こす心配も少しは減る。

そしてなにより、この単純な動きで確実に仕留める上では「ヴェーチェルに背を向ける」という状況が必要だった。

 

"素人から見ても明らかに大きな隙"が欲しかったんだ。

モビルワーカーを使ったのはこっちの理由もあった。

 

その状況を作りたかったからこそ、俺たちは"囮"となった。自らの牙をガランの目の前で分かりやすく、且つ不自然なく抜き取り、何もできない(獲物)を演じた。

そして予想通りガランは抜け殻となったヴェーチェルに背を向けた。その投げ捨てられた牙が首筋に喰い込むとは思いもせずに。

 

…割と、本当にどうなるかわからなかった"賭け"は、最後の"とどめ"の方法についてだ。一番重要であり、ほぼ運任せであったのは否めない。

 

わざわざ瀕死の敵をアックス等で叩き潰す趣味があれば死んでいた。ヴェーチェルとゲイレールの距離が開いてしまえば、攻撃は十中八九(かわ)される。ライフルによるとどめを望んだのはそういう理由もある。"闘い"から"狩り"となった以上、足が止まると思ったからだ。

 

「たった一発の銃弾で終わる」という心理的な誘導に乗るかどうか。

その前段階として徹底的にズタボロになって「もうこれ以上無理!逃げる!」と思わせようとしていたが、それでもどうするかなんてわかりゃしない。

 

無駄弾を使わないためとかなんだかで近づいて来ることも危惧したが…結局ガランはライフルによる"とどめ"を選んだ。

賭けに勝ったのだ。

 

もしヴェーチェルにパイルがあるなんてことを知っていれば、もう少し"本体"にも警戒していたかもしれない。

 

しかし、最後までこちらの切り札は隠し通され、見た目上は丸腰になった段階で少なくともやつは負けることはないと確信してしまったはずだ。くどいようだがなんせ、武器一つない満身創痍の身を演出してやったのだから。

 

ブースターの暴発で倒れ込んだのもガランを近づけさせるためだったんだぜ?あれも結構危なかったけどさ。

もしかしたらリーリカに咄嗟に頼んだ"悲痛な声"が効いたかもしれないな。

 

…だがまぁ、結局、ガランがどういう心情だったかなんて、わかりようがないんだけどな。

 

 

「―――懐かしい、銃だ…そんな骨董品、まだ残ってたとはな。はは…やはり、あいつのガキってだけは…ある、な……………―――」

 

ガランは目を瞑り笑う。

俺の手に持つ、願掛けとしてコクピットに持ち込んでいたリボルバー。こいつの言う通り、厄災戦以前のかなり昔の銃だ。

団長が持っていた時からずっと手入れは欠かされていないから、今でも撃つことは出来る。

 

小さな花のレリーフが彫られた懐中時計。

ゲイレールを背に撮った集合写真と、その額縁。

古ぼけた電気スタンド、そのランプカバー。

そして団長の、ただのコレクションだったエンフィールド・リボルバー。

 

いつか皆が俺に贈ってくれたものだ。

 

「そうだ、団長の、そして俺にくれた銃だ。子供の頃に貰ったもんだ。使うことなんて、永遠にないと思っていた」

 

思えばこれも元ヒューマンデブリらしい思考から手に入れてしまったようなもの。

欲しいものを聞かれて、咄嗟にコレクションとして見せて貰った銃を要求するなんて。何故欲しがったかは覚えてない。戦いでしか役に立てないと、あの頃は思っていたからか。

 

リボルバーを構える。

脂汗を浮かべ、目を瞑って笑うその顔に向けて。

 

 

最後だガラン。

そう言おうとして、俺は動きを止める。

 

 

「………」

「   」

 

 

俺たちを殺しに来た理由は仕事か?それとも、仕事のために邪魔だったからか?俺に話した"目的"とやらは、どこまでが本当だ?リーリカのことは、どこまで知っている?

聞きたいことはたくさんあった。

 

 

「―――………ほんとムカつくひげおやじだ…」

 

 

俺はリボルバーを持つ手を下げる。

もう意味がないからだ。

 

 

 

ガランは死んでいた。

 

 

 

随分と満足そうな顔して、死にやがった。

 

 

俺はあの夜、ガランが俺に語った言葉と、団長との昔話を思い出す。

嘘と真実は入り混じっていたのだろう、だが今ならわかる。団長に対しての親しみの感情は本物だった。

それでも、やつは殺った。

 

何故?間違いなく、ガランは自分の意思で殺しただろう。

それ以上は、推測の域を出ない。

確かめる方法は、もうない。

 

「何でたった一人で来たんだよ…あの時は違っただろ。最後の仕事で手抜きしやがって」

 

"鉄華団の打倒"という目的で集った傭兵もいただろう。だが、恐らく俺に語った謳い文句で集めた傭兵もいたはずだ。俺とタイマンを張る必要なんざなかったはずだ。自分の力への自信?

いや、そもそもガランはまるで俺との戦いを楽しんでいるかのようだった。それは単に俺を逆撫でするために浮かべていた笑みだと思っていたが…本当にそれだけだったのだろうか?

 

それももうわかる機会はない。

 

(ガキ)の成長を見守るってさ―――」

――団長と、そんな約束でもしてたのか?俺は本当は()()()、生かされたのか?

 

 

 

『―――悪く思うなよ。仕事だ』

 

 

 

あれは明確に、俺に向けて言った言葉だったのか?

 

それがわかることは、きっともうないんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フィーシャ…」

 

私はコクピットから降り立ったフィーシャに歩み寄る。

フィーシャは私に気が付くと、結局撃つことのなかったリボルバーをポケットに雑に収め、代わりに取り出した髪留めで垂れ下がらせたままだった髪の毛を結んだ。

 

顔を上げた彼は、いつもと変わりないように見える。やる気の感じられない、それでいて油断のない目だ。

だけど…

 

 

 

―――不思議ね、いつもあんなに明るくて、お葬式のときも氷の花にはしゃいでいたのに…―――

 

―――無理もありません。彼らはまだ子供。無意識のうちに多くの葛藤を胸に押し込めている。そのひずみが時に表れるのでしょう――

 

 

 

ふと、いつかお嬢様と話した時の自分の言葉を思い出す。

 

フィーシャは大人だ。

私が記憶を思い出すに至ったきっかけのあの匂いは、確かに鉄華団の、イザリビで感じた汗臭さ―――あれは誰もが身を清めることを怠っていただけなのだけど―――は同じかもしれないけれど。

 

だけどフィーシャは彼らと違い、()()()()()()()()()()()()()()にいる。

ヒューマンデブリ時代の絶望を、団長や団員を失った挫折を。

それに引っ張られることなく、彼はやり切った。持てるものすべてを引き出して。

 

…そうだとわかっているのに、今のフィーシャを見て"何か"を失くした"子供たち"と重なった。

 

 

「―――リーリカ………」

 

 

だから駈け寄り、抱きしめた。

あの時の子供たちのように。

 

…いや、子供だとか、大人だとか、そんなことは関係ない。

 

誰もが子供の頃、今の自分と未来の自分が別物だと思っていた。

だけどそれは間違いで、全て一本の線でしかない。昔の自分は今の自分でしかあり得ない。

 

団員に囲まれていた彼と、一人になってしまった彼とが同じであるように。

記憶を失くした私と、取り戻した私が同じであるように。

それを知ってるからこそ、彼は当たり前のように"福音(エヴァンジェリーナ)"と私を呼ぶのだろうか。

 

 

―――小さな子供でなくても、慰めがあったっていいじゃないか。

 

 

 

 

 

…なんて言い訳して、何が私の本心なのやら。

私は自分の震えを誤魔化して、包み込むように、そして縋りつくようにしがみ付いた。

 

戦いの最中、生きた心地なんてしかなった。

彼がいなければ折れていたかもしれないのは、私だってそうなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△△△△△△△△△△

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地面に寝かされ、幾人かの作業員によってコクピット周りを修繕されているたフレック・グレイズを見る。

手足を全て取り払った状態を寝かせると言っていいかあれではあるが。

 

俺たちが今いる場所は2番格納庫(ガレージ)…そう、崩壊した格納庫とは別の、全く同じ造りの建物だ。

 

元々ゲイレールを五機も持っていたのがこのfleckmansの拠点だ。

必然的に、格納庫が一つでは間に合わなくなる。今までは手持無沙汰でもあったので頭の片隅でレンタルガレージでもやろうかと思ってた手前ではあるが、それは一旦見送ることになりそうだ。

如何せん、流れ弾やらなんやらで被害が出ている場所もある、当分は拠点の修繕作業にも追われることだろう。

 

が、今は突っ立って見てるだけだ。

"餅は餅屋"ということだ。今やって貰ってるのは、爆裂ボルトによって破断したコクピット部と機体フレームとを繋ぐボルトの修繕だ。かなり重要な場所なので、ノウハウは一通り叩き込まれてるとは言え念には念をと専門家を呼んでいる。正確には()()に呼ばれた。

さらにその前にモビルワーカーのへし折れた脚部も取り替えて貰ってる。

元々この機能は初期型のみだ。予備のパーツが手に入らないとう事態になったが、それも()()()()()()どうにかなっていた。

 

ともかく、その現状最も重要な部分が終わらない限りは俺もこいつの修繕に手を出せないわけだ…元通りになるまで付き纏われそうな兆候が既に見えているんだが。

 

「では拠点の修繕を手伝えば良いのでは?」

「いーんだよ、こき使ってやれば。それにこれは()()の範疇だ。手を出しても向こうのメンツが立たないだろ?」

「そういうものですか」

「そういうもんだ…それ程にでかい"貸し"になったってことさ―――だからその差し入れも程々にしとけよ?」

「皆さん!休憩にしませんか?焼き菓子とスポーツドリンクを持ってきました」

「聞いてくれよ」

 

リーリカの呼びかけに黄色い声で答える作業員(主観だが)を見て溜息をつきつつ、彼女の持ってきた焼き菓子…クッキーか?を覗き見る。

 

 

両手で万歳するフレッくんの形だった。

 

 

「………………なぁリーリカ」

「フィーシャもお一つどうぞ」

「あ、うまい―――じゃなくてな?」

「スポーツドリンクもどうぞ」

「お、ありが…待て、何だこのラベル…『飛び込め!フレッくん!』?コラボ商品??"踏み込め"じゃなくて?二期でもスタートしたのか??」

「よくわかりましたね」

「………まじか?」

「まじです」

 

今度はどこに飛び込むんだ?修羅場とかか?あぁきっとギャラルホルンと誰かの争いの最中に突っ込むんだろ?まじでやりそうだから怖い。

 

「つきましては、新しいオファーがあります」

「お前実はかなりノリノリだよな?」

「うふふ」

 

 

―――あの戦いから二週間経った。

 

 

あの後すぐ、戦闘が終わった後に連絡を入れていたアドウェナじいさんがヘリで急行してくれた。

 

野次馬根性(はだは)だしい常連のじいさん共も引き連れて来たけど。簡易的だが武装していたから、一応心配はされていたらしい。

死生観が達観してると思っていたが、さすがのじいさんも今回は心臓に悪いと小言を零しており、あの時はその小言が素直に嬉しかったものだ。

前回の俺は瓦礫の下にいたんだからな。

 

その後じいさんは軍と繋いでくれた。近くまでは来ていたようで、その到着は比較的早い。

俺はガランの口ぶりから何か妨害工作でもしてるのかと思ったがどうやらそれはブラフ。単純にエイハブウェーブ下に晒されたせいでレーダーが機能不全を起こし、位置を特定できなかったようだ。

 

俺たちが拠点にしている場所は"旧ウッドバッファロー国立公園跡地"ということもまた、発見が遅れていた理由の一つだ。

40000k㎡を超えるかつてはカナダ最大の自然保護区だったらしいが、人の済まない地域ということで戦場に多々選ばれてしまい、厄災戦の影響を大きく受けた土地の一つでもある。

300年経った今でも有毒ガスが残留し、砲撃によってできた苔を(まと)った小さなクレーターが無数に敷き詰められている。その中には元の地形すら大きく変えてしまっているものもある。

加えて当時は不発弾の回収などやってる暇がなかったのか、未だに多くが地面の中に隠れており、年月が経ってしまった故に余計に発見が難しくなってしまっている。

不発弾だけではない、銃弾に使われている鉛もまた大きく影響を与えた。

弾丸は風化し、土壌に染み込むことで土壌や水が汚染…さっき言った有毒ガスも合わせてアーブラウ政府によってレッド・ゾーンに区分…つまり「人が生活するには危険すぎる地域」とされている。

 

団長のようにコネクションを使い、あと金と時間をかけて居住地の有毒物質を除染と不発弾の除去のできる人間や、危険と知って尚住み居る無法者を除いて立ち入る人間なんていない。

蛇足が多くなったが、人が少ない上にこれだけの広さを誇ればガランがさっさと俺を始末するつもりであった以上、十分な時間が確保できることだろう。現にそうだったわけで。

 

これには俺も思わず(うな)った。

 

というのも、信号弾を打ち上げるだけで状況を打開できていた可能性があったからだ。

あの開けた試験場に誘い出したのも、モビルスーツの姿を遠目から樹木によって隠すためでもあったんだろう。つまり、俺は綺麗に誘導されていたわけだ。

だからこそ、逆に思考誘導を掛けられると思ってなかったというのも勝因の一つかもしれないが、それは置いておこう。

 

その後、俺たちは軍の立会いの下、事の顛末(てんまつ)を話した。

ガランは軍の一部では有名らしく、だが悪い噂があるわけでもなかったために俺の証言を(いぶか)しむ者もいてて、それは俺にも予想はできていた。

きっと多くが、"俺が仲間を殺された復讐目的で殺した"と思っているのだろうなと、どこか他人事のように考えていた…のだが、これはガラン自身が残した"置き土産"に否定されることになる。

 

「…わざと残したと思うか?」

「どうでしょう…自爆シークエンスにすぐ移行できるようになっていたらしいですが…"コンソールが破壊されたせいで出来なかった"と考える方が自然かと」

「そうだよな…」

「少し、肩入れし過ぎですよ…?殺されかけたと言うのに」

 

リーリカが呆れたように言う。その妙に優しい目で見るのは止めてくれ…

 

"置き土産"、それはガランのゲイレールから絞り出されたデータの中にあったギャラルホルンとの通信記録のことだ。

コンソールごとパイルで貫いたからおじゃんかと思いきや、全てではないにしろ一部のデータが残っていたらしい。

 

と言っても、大した記録は残っていたわけではない。

元々ガランが削除した残骸をサルベージしたものだし、そもそもほとんど壊れているから仕方が無いことだろう。だが、それでも間違いなくガランがギャラルホルンと繋がっていることだけは分かる程度には復旧できたらしい。詳しくは俺も知らない。

 

内容が知らされることもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか"アーヴラウ国防軍発足式典"の直前にやるとは豪胆だよ、ほんと」

「延期などせずに、それまでに解決してやろうと言う気概を感じましたね」

 

―――壁にかかったシックな時計の針は午後三時を指している。いつものアフタヌーンティーの時間。今俺たちは格納庫を離れ、ダイニングルームで紅茶を飲んでいる。

 

ここは被害のなかった部屋…ではない。運悪く流れ弾の直撃した部屋だ。

 

木製のテーブルを挟んで向かい合う俺たちが顔を横に向ければなんとまぁ綺麗な青空。ようやく適温になったこの時期のそよ風を崩れた壁の大穴から直に浴びつつ、そんなこと知らんと紅茶を(たしな)む。壁が壊れた程度で済んだだけ御の字だろう。

が、その影響でお気に入りのフォノグラフ(蓄音機)が壊れてしまったので、新しくモダンなデザインのオーディオプレイヤーを買わなければならなかったことは遺憾(いかん)である。

…そのスピーカーからノイズのない、どこかゆるやかな曲調のロックである『Stay up late』が流れているからか、この開放的なのも雰囲気としては悪くはないと思えてきたことが救いか。オセアニア連邦の島国のバンド、the band apartの曲だ。

 

あぁ、せっかくだから窓を大きめにしてもらうように頼んでみよう。どうせ全額向こう持ちだ。

 

壊れた骨董品のフォノグラフを横に、新品のオーディオプレイヤーが音を響かせるさまは、ここに新しい"風"を運んできたかのような、そんな空気が入れ替わる新鮮さをほのかに感じさせる…そう、壁の大穴から文字通り入り込んできてもいる。

 

再度、これ見よがしに見せつけられた青空へ顔を向ける。

雲一つない青が覗く大穴に向かって、真新しいスピーカーはこう言った。《風鈴はビートを止めない、ほらこんな風に》と。

次いで《Ooh-ooh-ooh-》というヴォカリーズがそよ風に合わせて流れて来る。

まぁ、こう言うのも悪くはない。

 

そんな風に音楽を聞き流しつつ、どこのスーパーでも売ってるバタータルトを一摘み。レーズンやナッツの入ったバタークリームが美味い。

リーリカは優雅に紅茶を飲みながら懲りずに送られてきたファンレターを開封している途中だ…以前より量が増えた気がするのは気のせいか。

 

俺たちが今飲んでる紅茶はタルトと同じくどこでも売っているメープルティーだ。観光客がよくお土産にもしている。メープルとセイロンがブレンドされた紅茶で、柑橘(かんきつ)系の香りが特に良い。勘違いされがちだが、この紅茶はあくまでフレーバーティー(香料や果皮などで香り付けしたもの)なので甘いわけではない。そこはお好みでシロップや砂糖を入れる必要がある。

 

 

 

さて、一週間前、ガランの集めた傭兵はお縄についた。

 

 

 

やつらはアーブラウとの国境付近のSAU領内に拠点を構えていたのだが、アーブラウはそれを逃さなかった。

加えてやつらは国境を(また)いだわけなのだから当然、SAUとの連携が不可欠なために二国間で協議されることになる。

どういった話し合いがあったかは知らない。最終的にSAU側が譲歩することでアーブラウ国防軍のフレック・グレイズが国境を踏み越えた。

 

 

『いざ踏み込め!フレッくん!!』

 

 

…この時、フレッくんのメインテーマが頭を過ぎったのはきっと俺だけじゃないはずだ。いや、リーリカと俺ぐらいだったかもしれないけど。

果たしてそのせいなのかどうかなんて知りたくもないが、SAUから割と邪険に扱われることもなかったらしい。きっとマスコット的な面を知ってる人間が多かったのだろう。いや、流石にそんなわけない。

ともかく、ピリつく国同士を繋ぐことになったのは、意図せず現れた共通の敵だったわけで…体よく供物にされた傭兵には多少同情もする。

 

あと、鉄華団の地球支部からもなんか一人捕まってたらしい。

 

そいつとの記録もガランのMSから運悪くサルベージされてしまったのだ。まぁ、南無三宝。ガランが執念で道連れにしたように思えるのは気のせいだろう。

 

俺があの日ガランと話した時の証言と照らし合わせて、軍が本気出した結果、意図的に戦争を起こそうとした容疑(仮)で徹底的にやつらは囲まれ、追い回され、独房にぶち込まれた。完全な不意打ちによる二国間の物量作戦である。アーブラウのモビルスーツが先駆けであり主体だが、後詰めと包囲はSAUが行っている。あそこまで密になったフレック・グレイズを見るのは中々に壮観で面白い体験とも言えた。

 

「あれは可愛かったですね」

「………」

 

リーリカが「飛び込め!フレッくん!」のステッカーの貼られたファンレターを広げながら言う。サムズアップをしたフレッくんが俺を見ている気がする。ファンレターとは言え紙媒体を使うのは珍しい。なのにこの量である。一体彼らを駆り立てる情熱はどこから来てるのだろうか?

 

「そのデフォルメされたやつは可愛いとして、あれはなぁ…」

 

当時の様子をリーリカも俺も知っているのは、ガランと一騎打ちをした経験を活かせるかもしれないということで俺たちも現場に立ち会ったのだ。全員はあり得ないにしろアイツほどの手練れがいれば危険だ。少しでもリスクを減らすために、そして何よりフレック・グレイズを熟知しているためにと呼ばれたわけだ…というのは表向きだろう。

実際は俺のことをその段階でも疑っていたがために、監視やらなんやら含んでいたのだろう。

とは言え俺たちとしては特にびくびくする理由もないので自然体で過ごさせてもらった。そう言うわけで働いたわけでもなく、後ろの前線の指揮所から眺めていたわけだ。

 

それと鉄華団の連中は内部の人間が一人しょっ引かれた事情があったからなのか、参加を見送られていた。なのでリーリカはまさかのニアミスとなる。

 

…実を言うと、この傭兵達にとって理不尽な不意打ちが出来たのは今言った鉄華団の…ラ…名前は忘れたが、そいつが先にお縄に付いたからでもある。

というか"決定打"をぶち込んだのはそいつだ。

 

尋問が割と容赦なかったのか、それともそいつが保身に走ったからかは知らないが、洗いざらい吐いた。さらには拠点の位置に心当たりがあったらしくそれがまた大当たり。その拠点の捜索にはリーリカがかつて"アリアドネ"を通して発見した通信履歴の"穴"の情報も一役買っている。国境付近の不自然な動きはガランたちの仕業だったのだ。驚きはしたが納得はした、タイミング的に。

 

そんなわけでその…何とかーチェとか言うやつのおかげで俺の証言は現実味を帯び、思いのほかスムーズに傭兵の逮捕を終えることができたのだ。

 

 

…だが、鉄華団の方はまだ少々騒がしいことになっていると聞いた。

 

 

裏切りの発覚後、木星圏を中心に活動する企業複合体である「テイワズ」も加わって大事になっているとか。現在進行形である。

どうやら、鉄華団で捕まった男はそのテイワズから派遣された監査役だったらしい。なのでその誰かさんの身柄うんぬんで一悶着あったらしい。(かば)うとかじゃなくて落とし前的なあれで。怖いな。

 

当然、一番激怒しているのは鉄華団である。どうやらこの話を聞いて居ても立っても居られず火星からはるばる殴り込み(?)に来ようとしたらしく、そっちの対応でも国防軍は大忙しだ。なんとか地球支部の人員が(たしな)めたと聞いたが…どうなっているのやら。

 

―――まぁ、鉄華団みたいな輩にとって、派遣された大人が爆破テロなんてことに加担しようとしていたわけだから当然と言えば当然。しかも、狙いの中に鉄華団の他の仲間も入っていたらしい。

他にもなんとアーブラウの代表である"蒔苗東護ノ介(まかないとうごのすけ)"も狙いに入ってたらしい。やべーこと考えやがるとは思ったが、確かにガランが関わっているならばそれぐらいはするだろうという納得も今ではある。

 

 

それもすべては水の泡。

アーヴラウ国防軍発足式典はつい昨日、何事もなく終わった。

 

 

こんな風に芋づる式に色々とあったせいで俺はアーブラウ国防軍に大きな貸しを作ってしまった。…どころか、鉄華団にもである。

加えてリーリカこと、"フミタンの生存"ということを考えると、またてんわやんわになりそうだ…

 

ただ、それに関してはリーリカに考えがあるらしく、鉄華団諸々のことは俺は完全に任せることにしている。

 

で、今回作った"貸し"が、ただ今進行中の拠点やフレック・グレイズの修繕に繋がる。

あれよあれよと軍に雇われた業者が流れ込み、ついでにいつかの軍が背景にいたアイドルグループもやってきたりした。なんで来た。

 

ちなみに彼女らは俺が予想していた広告官ではなく、一応括りとしては"カレッジリクルーター"だったらしい。何でアイドルやってるんだ??

カレッジリクルーターは広報官と違い現役の部隊から派遣され、仕事についての質問や相談に答えるための人間たちだ…だから肩幅が………これ以上は止めておこう。

どうせアイドル官なんて内部に作れないからって、適当な肩書きを当ててるだけだろう。考えても仕方がない。

 

「…こうまで大事になったことを考えると、ガランを討てなかった時を考えると流石にゾッとするな」

「フィーシャ考えていた通り、鉄華団を利用して多くの犠牲が出る所だったわけですからね…現役の傭兵としては戦争が起きた場合はどうなのです?」

「戦争が起きれば確かに金にはなったかもしれんがな。そんな手の平で踊らされて神経すり減らしてまでやるほど飢えちゃいないし、それくらいの常識はあるつもりだ」

 

…思えば、たった一人の傭兵の死によってここまで大事になっていることが異常だ。

ギャラルホルンの誰かさんは、よっぽどガランのことを信頼していたのかもしれない。そう思うと生き残るどころか勝てたのは奇跡だし、ガランが俺ごときに足元をすくわれたのも妙な話だ。

 

 

―――…ガキの、成長を見てやるのも…役目の一つだろう?―――

 

―――ほんと、でかくなったもんだ―――

 

―――…あいつのガキってだけは…ある、な…―――

 

 

やめよう…どうにも感傷的になっちまう。

 

…しかし肝心のギャラルホルンの目的がまだわかってない状況だ。

どうやら話を聞いてる感じだと、ガランが俺に語った「マクギリス・ファリドを使ったギャラルホルンの権威回復」というのは嘘っぽい。そのマクギリスがラスタル・エリオンと対立気味みたいだ、と関係者からこっそり聞いたからだ。

そうなると俺には判断しようがない。なんせ角笛(ギャラルホルン)の内情なんて知らん。

 

その角笛も、アーブラウの追及に知らぬ存ぜぬらしいからどうなるやら…

国防軍としても、配備したばかりのフレック・グレイズのこともあるだろう。一筋縄ではいかないか。

 

…だがそれを抜きにすれば容赦する必要もないはずだ。かつてのアンリ・フリュウのこともある。代表である蒔苗氏が狙われたこともあり―――これ自体はキャラルホルンなのか独断かどうかの判断はできないのだが―――深い亀裂が出来たことだろうし。

 

そうなると俺の仕事も増えるだろうか。フレッくんじゃない。いや、そっちも増えるだろうが、ギャラルホルン関係だ。ドンパチするまでは現状ないだろうが、護衛関連の仕事は増えそうだ。

 

「…つっても、まぁしばらくはヴェーチェルに付きっ切りだからなぁ」

 

まだまだ完全に直るには時間がかかるだろう。その間は俺もリーリカもじいさんのバーでたまにバイトしに行っている…頻繁にはやってない。遠いんだよ、ここから何時間かかると思う?陸路で20時間だ。

 

 

…ヴェーチェルやバイトの件はいいとして、やはり俺が今一番気になっているのだリーリカのことだ。

 

 

「リーリカ、いいのか?鉄華団は」

「当然、このままではいられません。今回の事で鉄華団がまたこの"うねり"に巻き込まれることはよくわかりましたから…ですが、私は恩を仇で返す程、薄情者ではありません」

「それはよーく知ってるさ…それでも、本当はすぐにでも行きたいんだろ?"お嬢様"の元に」

「えぇ………」

 

リーリカは顔を伏せ、ティーカップの赤茶色の水面を意味もなく眺め始めた。

その憂を帯びた表情と、崩れた壁から覗く青空の組み合わせは非常に絵になっている。ずっと見ていたいと思う程に。

 

「…しかし"アドモス商会"に"フミタン・アドモス小学校"とはな…戦場からようやく戻れたと思ったら殉職(じゅんしょく)扱いされてて二階級特進していたことを知った人間の気持ちはわかりそうか?」

「何も知らずにひょっこり帰ってきたら、死んだと思われたのか自分の名前がついた記念館や銅像が置かれたのを見てしまった人間の気持ちはわかりましたね…」

「いやそのまんまだろ」

「なんとしても名前を変えさせなくてはなりませんっ」

「あぁ…まぁ確かに自分の名が入った学校は勘弁か」

 

 

リーリカは…"フミタン"のことを話してくれた。

 

 

どういう生い立ちで、何をしてきて、何を感じていたのか。

ノブリスゴルドンのこと、鉄華団のこと、"お嬢様"のこと。

 

ドルトでお嬢様―――クーデリア・バーンスタインを庇い、撃たれたことも。

 

彼女はあの時、奇跡的に生き延びた…だが、鉄華団の船に乗せられる余裕は全くなかった。かなり危険な状態だったのだ。速やかにその場を離れなければならなかった鉄華団はドルトの病院に彼女を置いていくしかなった。

そして、互いの再会を約束し―――――――――彼女は(さら)われた。

 

 

 

『早くっ病院へ…!まだ間に合う!間に合うはずっ!急いで!』

『お嬢…様…私のことは、どうか、置いて…いってくだ、さい』

『そんな…置いてなんていけない…!』

『もう、私の…せい、で…あなたを、苦しめたくは、ないのです』

『馬鹿言わないで!………!!あ、ミカヅキっ!手伝って下さい!』

『…!その怪我…わかった、病院はどっち?』

 

 

『私は、大丈夫、ですから…ふふ…本当に、仕方の、ない人…待ってます………さぁ、行ってください…必ず、また―――』

 

 

『必ず、迎えに来るから………待っていて、フミタン』

 

 

 

 

 

『こっちだ、見つけたぞ』

『まさか、あれで生きているとはな…だが、生きてるなら丁度いい。こいつを使えばもしもの時の鉄華団への有効な手札の一つになるだろう』

『対象を確保した。これより帰投する…死に損ないめ、せいぜい死ぬまで役に立つんだな』

 

これが意識を失う前の記憶。

そして次目覚めた時は既に記憶を失くしており、煙の充満した墜落船の中。

 

 

 

「何を迷ってんだ?」

「フィーシャ…」

 

きっと記憶を失う前の彼女にとって、1年と半年程度のここでの生活は甘すぎたんだろう。

 

使われ利用され、葛藤し、感情を圧し殺し…そうしたものとはあまりに無縁な生活。

記憶を取り戻した今、それは余計に強く感じてしまっているのかもしれない。

 

だが躊躇(ちゅうちょ)してるのは何もそんな独り()がりな事だけじゃないことぐらい俺でもわかる。

彼女がどういう選択を取るかはわからない。けれど背中を押す事ぐらいしか俺には出来ないのだと思う。

 

 

棉ぼこりを舞い上げるのが、今の俺の役目だと、そう思うんだ。

 

 

「…どんな顔して会えばいいかわからないか?」

「それは…それもあります。私はここで、支えるべき人を忘れ、フィーシャに依存してのうのうと生きていた」

「…それが問題じゃないみたいだな」

「えぇ。そう思う気持ちはあれど、私たちは既に一蓮托生。互いに互いが必要だったんです」

「そうだな…」

「だから私が悩んでるのは―――――――――どうサプライズするかでして」

「そうだなーーーすまん、もう一回いってくれ」

「はい。どうサプライズするかでして」

「………そっかぁ…サプライズかぁ………」

 

そっかぁ、サプライズかぁ。

 

ガッツリ独り善がりな事情だった。

 

さっきまでの俺の気遣いも真剣な空気も流れ去った。

俺は思わず目頭を押さえたがーーーだが、そんな中でも喜びも感じていた。

記憶を取り戻しても、やはり彼女(フミタン)彼女(リーリカ)だったんだ。

 

ここで謳歌(おうか)した"自由"は、確かに彼女の中に息づいている。

 

それが無性に、嬉しくて仕方なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…そう言えば凄まじい蛇足だが、フレッくんの二期の新キャラで"フレッちゃん"なるものが生まれやがった。

俺のキーホルダーにいつの間にかぶら下げられてたから知ってしまったのだ。リーリカ?

そのフレッちゃんとかいうのは眼鏡をかけた敬語キャラらしい………リーリカ??

 

…ついでにフレッくんとグレイフレッくんとの三角関係らしい。やっぱり修羅場じゃねぇか!

ギャラルホルンを出したの方がまだ教育にいいよ…ていうかフレッくんとグレイフレッくんってどっちも俺とヴェーチェルがモデルだろ?自分と奪い合うの?

 

…あぁやめよう、不毛だ………なぁリーリカ、そんなに笑うなって。

 

 

 

 

 







いつか10話くらいで終わると言ったな?
ソ、ソウダ、タイサ、タ、タスケ
多分気づいていると思うがあれは嘘になった。
ウワァァァァァァァァァァァァァァァ

戦闘開始から今回の前半部分までを元々一話予定だったので伸び伸びなのです。
予定では後2話。個人的に一番気に入ってる作品なので少しだけ伸ばすかどうか…それは未来の自分に丸投げします。頼んだ私。
感想待ってるぜ!(ヤケクソ)

そして下記の補足も長くなりましたので注意。


■フィーシャ(エフィーム・アダモフ)
ガランに対して複雑な感情がある。
後にfleckmansの団員の眠る墓石に名前を刻んでやった。あの世で団長に詫びてこいと笑いながら。
最期のシーンはミカヅキとクランクのやり取りとは対照的に描いています。

■リーリカ(フミタン・アドモス)
鉄華団と会うタイミングを計っている。どんなサプライズにしましょうか。
フィーシャのせいでおちゃめ度が増したと本人談。俺のせいなの??
実際は負の記憶を背負わないまま過ごした影響。

■ガラン
ブランドンから聞いていたので、一方的にフィーシャのことを知っていた。
が、実は昔、一度だけ会ったことがある。
フィーシャがガランの顔を見て団長との関係を確信した本当の理由は、その時の記憶が彼に微かに残ってたから。

フィーシャが忘れ形見ということを知って尚、ラスタルのためにと殺しにいった。
だけど二人の友(ブランドンとラスタル)を並べた時、何が大事なのか葛藤した。
妥協点として、抗うための隙を与えた結果、足元をすくわれる。
独り善がりだとしても、それでも満足して逝けた。

■飛び込め!フレッくん!
人気だったのでアニメの第二期がスタートしてしまった上にコラボ商品まで出てしまった。
何故か制作会社からプロットを渡されて確認してみたところ、新キャラを加えた三角関係の修羅場が形成されていて目が遠くなった。
なおグレイフレッくんは「追い詰められた廉価(れんか)版は最新型より凶暴だ!」と名言?を残して巨大な二足歩行モビルアーマーに踏みつぶされて散る予定らしい。なんだこの複雑な気分は。

■フレッちゃん
新キャラ。リーリカを意識してるとしか思えない。眼鏡って…縦向きでかけんの?
この時フィーシャは、灰色に塗装したことやグレイズ用ブースターをつけたことがすぐに制作陣に伝わったのはリーリカの仕業と確信した。彼女は秒で白状した。

■グレイフレッくん
サイボーグ忍者だった。

■ラディーチェ
鉄華団とテイワズが怖くて徹底的にアーブラウに媚びを売った。
今では独房が世界一安全だと思ってる。

■テイワズ
落とし前付けましょうね~

■鉄華団
落とし前付けましょうね~

■アーブラウ国防軍
結果的に危機的状況を全回避した。でもこの騒動で多くがヤクザ恐怖症になってしまって最終的に鉄華団地球支部は滅んだ。
タカキ「は!?」
嘘。軍事顧問からは外されたが存続はしている。

■ウッドバッファロー国立公園
44,807 k㎡もある国立公園で世界遺産。
今作ではその話は遥か昔で、厄災戦の影響で人が容易に住めなくなったまま放置されているという設定。フィーシャらはそこの北部を拠点にしてます。
大きさを分かりやすく言うと東京の約20倍、或いは北海道の約半分もの大きさです。でかい。

■画面から1㎞くらい離れて見てください
元ネタはカウボーイビバップの次回予告。

■音楽と映画
the band apartは日本のロックバンドです。
『Stay up late』の意味は"夜更かし"。2011年の曲なので最近の曲で全部英語の曲。
真夜中の戦闘、そのエピローグ的なBGMとして。

ちなみに"ヴォカリーズ"とは「ラララ」や「ルルル」などの歌唱法。あらかじめ書かれた歌詞をなぞる場合ではなく、アドリブの場合は"スキャット"と言うらしいです。合ってます?

タイトルの"dead mans walking"は映画『Dead Man Walking』から。それに"s"を付けたもの。
そのさらに元ネタは死刑囚が死刑台に向かう際、看守が呼ぶ言葉です。
「ショーシャンクの空に」と同じ監督。




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