現に微睡み、藤波に堕ちよ (小夜夏)
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雀隠れ
序:私にとっての世界


アニメが始まったので書き散らしたものをまとめました。
単行本勢です。


 

 

「藤花姉さんはわたしのこと、嫌いになる?」

 

ある日のことだった。

突然の質問に私は歩くのをやめて数歩後ろにいる彼女を見る。

私の二つ下なのに何も映していないような瞳。

幼い子供なら誰しも持っていそうな無邪気な表情はそこには存在していない。

初めて会った時から変わらない表情。

それなのに質問してきた彼女を見た私は何故か今にも消えてしまいそうな気がした。

 

つい最近まで姉妹という存在とは無縁だったので彼女の姉としてどうすることが正しいのか正直、分からない。

でも、このままではダメだということだけは分かっていた。

だから思っていることを偽らずにそのまま言葉に出すことにした。

 

「櫻子のこと、嫌いになるはずないじゃない。私はあなたのお姉ちゃんなんだから」

 

大好きよ、櫻子。

 

消えないように手を握ってそう伝えると、彼女の表情が動いた。

嬉しそうに笑顔を咲かせたのだ。

 

ああ、この笑顔をずっと見ていたい。守ってあげたい。彼女が心の底から幸せだと思っている姿を見せて欲しい。

彼女に降りかかる災厄の総てから彼女を守りたい。

 

その姿を見た時、ようやく父が母を最期まで愛していた理由が分かったような気がした。

 

書類上ではお姉ちゃんなのだからではなく、大切な『家族』で愛おしいこの妹の姉として────。

 

この時、私は私の世界の中心に出会ったのだ。

 

 

◇◆◇

 

 

この世界はクソだ。

 

私たちを遺して逝ってしまった尊敬する父。

最期まで母と娘である私を愛してくれていた。

 

毒婦な母。

大金に目が眩み、実の娘を売った。

きっとその金で豪遊しながら自分好みの男でも漁っているのだろう。

 

才能があるからと私を知らない世界に引き摺りこんだ父の実家。

父が死ぬまで…いや、死んでも興味を持たなかったくせに虫の良い奴ら。

 

修行という名目の屈辱の日々。

心が折れそうになっても、這いつくばりそうになっても頑張る理由がすぐ傍にいたから虚勢を張って立ち上がれた。

弄ばれても、歯を食い縛って血が滲むような努力と研鑽を重ねた。

それなのに冗談を本気にしたのかと嘲笑われ、今までの意味がなくなった瞬間。

 

これがクソだと言わないのなら何だというのだ。

 

こんな世界に期待なんてしない。

こんな世界に望みなんて何もない。

 

辛酸・後悔・恥辱。

負の感情が渦巻く血腥い世の中。

 

それでもこんな穢らわしい世の中にいるのは偏に私の世界の中心を守ためだ。

あの子を血腥くて穢れている毒牙の餌食にさせるもんか。触れさせるもんか。

 

その思いだけを抱えて走り続けた。

 

 

「成人式を見るまで死ねないと思っていたんだけどなぁ……」

 

上手く動かない手をどうにか動かしてあの子がいるであろう方角の空に手を伸ばす。

 

あの子は今、何をしているのだろうか。何を考えているのだろうか。

 

昔はあの子のことなら大体分かると自負していたのに、いつの間にか分からなくてなってしまった。

 

私が死んだと知った時、あの子は私のことを偲んでくれるのだろうか。

それとも嫌な存在がいなくなってせいせいしたと思うのだろうか。

 

言い訳になるかもしれないが仲違いするつもりはこれぽっちもなかったの。

でも、上手くいかなくて…。

嫌われても良いと思っていたけれどこれ以上、私のこと嫌いになってほしくないとも思っていて…。

 

「…本当にバカなお姉ちゃんでごめんね」

 

残された時間が少ないことは嫌になるくらい分かっていた。

あの子を守るために必要な時間はどうしようもないくらい短かった。

偽善だって分かっている。押し付けがましいと理解している。

 

それでも立ち止まることはしなかった。

今更、立ち止まることはできなかった。

 

「それでもね、私はただ貴女の幸せをずっと、ずっと…願っているわ」

 

 

 

────────────愛しているよ、櫻子

 

 

 



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壱:報告書 No.■2■■■

そうか…1000文字以上じゃないと投稿できないんか


 

 

記録────

2018年6月  宮城県仙台市 杉沢第三高校

 

特級呪物『両面宿儺(りょうめんすくな)

杉沢第三高校の百葉箱に”魔除け”として保管されていたことを確認。

東京都立呪術高等専門学校一年 伏黒恵二級呪術師を『両面宿儺』回収のため、上記高校に派遣。

 

しかし、在学生徒によってすで百葉箱から『両面宿儺』を持ち出されていため回収することは出来ず、行方を捜索するも発見する前に施されていた封印が解ける。

 

『両面宿儺』の封印が解けたことにより呪いが発生し、対処していたところ在校生徒 虎杖悠仁が『両面宿儺』を体内に取り込む。

『両面宿儺』は千年かけて変質したその性質上、呪力を得られるのは呪霊のみであり人間が取り込んだ場合、即死するはずだったが虎杖悠仁は『両面宿儺』への耐性を獲得。同時に特級呪物『両面宿儺』の受肉を確認。

 

応援に駆けつけた五条悟特級呪術師が対処に当たり、受肉した『両面宿儺』を捕縛。

特級呪物『両面宿儺』の受肉を受け、上層部は呪術規定に基づき虎杖悠仁の秘匿死刑を決定。

しかし、捕縛した五条特級呪術師が『両面宿儺』の器としての適性がある事、自我を保ち『両面宿儺』をある程度制御している事から上層部に秘匿死刑の執行猶予を要求。

上層部はこれを承諾し、『両面宿儺』の器 虎杖悠仁の死刑執行猶予を認める。

 

以上の経緯により、『両面宿儺』の器である虎杖悠仁は五条特級呪術師預かりとなり、東京都立呪術専門高等学校に一年生として転入することが決定された。

 

 

 

───────────────────────────────────────

 

 

 

調査書 経過報告────

 

虎杖悠仁

 

2003年3月20日生まれ

宮城県 仙台市出身

杉沢第三高校所属

 

両親は生死・行方共に不明。

本人は両親の事を覚えていないが特に気にした様子はない。

祖父によって育てられたが『両面宿儺』の受肉と同日に病気のため死亡。

 

家系図から術師関係者は発見できず、本人も術式を持っていないため完全な一般家庭であると思われる。

 

性格は快活・素直。

学校帰りに病気の祖父を見舞うなど心優しい性格の持ち主である。

 

砲丸投げ(※ピッチャー投げ)で砲丸を30m弱先のサッカーゴールの枠にめり込ませた目撃あり。他にも50mを3秒台で走る、SASUKEの全ステージをクリアしたなどの話もある。

上記のことから常人離れした身体能力の持ち主であることが窺える。

その身体能力から中学生時代は”西中の虎”と言うあだ名で呼ばれるほど喧嘩には強かった。

 

 

以上、経過報告のため引き続き調査を続行する。

 

 

 




調査報告は蛇足です。文字数稼ぎです
流石に報告書で1000字超えはきつい


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弐:求められているのとは違う答え

 

 

 

上げられたばかりの報告書に目を通した玉蟲(たまむし)藤花(とうか)は書類を机に放り投げて頭が痛いと言わんばかりに眉間に手を当てる。

 

「あの男…また秘匿死刑者をウチで預かるなんて頭が可笑しいの?」

 

口では疑問形をとっているが件の男、五条悟の頭が可笑しいことを彼女は当の昔に知っている。

 

五条悟に限らず呪術師という者は皆、個性が尖りまくっており個性と個性がぶつかり合っているようなものなのでそんなことは今更なのだが。

 

人間の負の感情が渦巻く世界で呪術師は常に死と隣り合わせだ。

血で血を洗うような血腥い世界で生き抜くには正気ではいられない。

突出したイカれっぷりがなければこの業界で飯を食うことは出来ない。

 

故に、呪術師の活動歴が長い者ほど、階級が上の者ほどイカれているのだ。

 

「今年もまた荒れそうね…」

 

藤花は去年の出来事を思い出して遠い目をする。

彼女の心境としては余計な荒波を立てて欲しくないのだが、無理であると理解しているのでため息をつくしかない。

 

人の感情が常に穏やかであることはない。負の感情であるのなら特に。

負の感情が渦巻く術師業界では平穏なんてあって無いようなものなのだ。

 

 

◇◆◇

 

 

玉蟲藤花は秘匿死刑者である特級呪物『両面宿儺』の器が高専に転入したことで厄介事が流星群のように落ちてくると確信していた。

確信していたのだが───

 

────特級呪物『両面宿儺』の器の死亡。

 

一月も経たないうちにされたまさかの報告に肩透かしを食らった。

 

「あの特級呪物が死んだ…?」

 

間の悪いことにい彼女はその時、他の任務に当たっていたので件の任務については流れてきた噂でしか知らない。

だからなのかどうにも信じ難い…。

 

そもそも特級呪物『両面宿儺』は千年以上前からある呪物だ。

元となった存在は呪いの王と呼ばれていた。誰にも消し去ることができず、封印するしかなかったと聞けばその力の強大さは理解できるだろう。

 

この世に三人しかいない特級の内の一人。自他ともに認める『最強』である五条悟でも『両面宿儺』を破壊できないのだ。

 

破壊は出来ず、かと言って封印しても力は増すばかり。

 

呪いの専門家が長年に渡り扱いに困るほどの呪物が器に主導権を握られていたとは言え、そんなに素直に死ぬだろうか?

 

あのクラスの呪物が受肉をすることなんてまず無い。

あの呪いは猛毒にも等しく、受肉する以前に肉体が死ぬのだ。

その希少性は『両面宿儺』も理解しているはずだ。

なるべくそれは避けたいと思っているはずだ。

…まあ、器が死んだということは1、2本失っても、また永い時待つことになってもさして気にすることはないということなのだろうが。

 

そしてそれは『両面宿儺』だけの話ではなく、こちらの話でもある。

 

人道的かの問題が出てくるがそれを無視すれば扱いに困っている呪物の確実な処理方法。

 

すぐに死刑を執行しようとしていたのを取りやめてわざわざ全部取り込むのを待ってから執行する方針に変えた上に高専に転入させたのだ。

 

それなのに僅か一月もしないうちに向こう千年は生まれる可能性が低い確実な処理方法を失う?

 

上層部はバカなのか??

いや、ワザとだったか。

 

そもそも特級レベルの現場に器だけではなく他の一年生もいたという時点であり得ない。

それに加え、対応に当たるべき階級の術師(五条悟)が出張で来れなかった?もっとあり得ない。

 

偶然かもしれないがそれだけで片付けられないほどの偶然が重なっている上に耄碌ジジイどもの悪意が漂っている時点でクロでしょ。

 

「これだから上層部はクソって言われるんだよ」

 

藤花は今頃、あの五条悟を出し抜けたと喜んでいるであろう上層部に向けてさっさとくたばれ老害どもと呪詛を吐いておくことにした。

 

一連の出来事は上層部のせいと確信しながらも藤花は『両面宿儺』の器の死について再び考えようとしてやめた。

 

器が死んだのは確定されているようだし、何よりもしそれが間違いであったとしたら面倒なことになるのは確実だ。

 

分かり切っている面倒事に巻き込まれるのは御免なのだ。

 

 

◇◆◇

 

 

藤花は内心、うんざりしながらも目の前にいる人物に目をやる。

 

机に両肘を立てて寄りかかったその姿は強面とサングラスが加わているせいもあるのかどうにも威圧的に見えるが背後にある呪骸たちがそれを台無しにしている。

 

目の前にいる人物の名前は夜蛾正道。この高専の学長である。

藤花は夜蛾に呼ばれ、学長室を訪れていた。

 

「…どうしても出てくれないのか」

 

長い沈黙からようやく出た言葉に藤花はまたかと内心で留めていた気持ちを隠すことをやめた。

 

前々から遠回しに言われていたことだったため、主語がなくても何を指しているのかは分かる。

そして、それに対する返答はすでに決まっており、夜蛾にも伝わっている。

 

「やる意義を感じませんから」

 

それでもと夜蛾は改めて頼んだが、藤花は素気無く断った。

 

「人数が足りないんだ」

 

言外にこの状況になったのはお前たちのせいだぞと言われている気がしたが藤花は気のせいということにしておいた。

同期が勝手にやらかしただけであって藤花はあの一件については一切関わっていないのだ。

関わっていないのに責任を求められても困る。

 

「向こうに減らしてくれと頼めばいいじゃないですか」

 

通常の学校と比べるとここは圧倒的に生徒数が少ない。

一人でも入ってくれれば御の字。五人いれば今年は豊作だねと言われるレベルなのだ。

人数を揃える必要があるのならば少ない方に合わせるのは当然なことでその申し出をすることに抵抗を覚えるようなものはない。

 

「……仮に減らしたとしてもメインは二、三年。一年は数合わせに過ぎない。参加できる上級生がいるのなら優先されるのは当然だろう」

「参加するかしないかを決めるのは当人である私でしょう?私が参加しないと決めたのですから数合わせに一年生を入れるなり、人数を減らしてほしいと頼むなりしてください」

 

藤花が頑なに参加を拒否する理由は正直言って無い。

強いて言うなら最初に言っていた通りに自分にとって意義がないからだろう。意義がない自分よりも意義がありそうな人物が参加すれば互いのためになるだろうと言う思いで辞退しているのだ。

 

学長もそれが分かっているだろうにそれでもと出ることを求めてくる。

しつこいし、そこまでいかれると逆に意地でも参加してやらないという気持ちになる。

 

これは堂々巡りになるなと感じた藤花は面倒臭くなって適当なところで逃げた。

 

 

夜蛾の叫びが微かに聞こえたが気にせずに歩いているとグラウンドからギャーギャーと暴れ回る音がした。

遠目から見ても上がる叫び声も覚えはない。

まだ藤花が関わったことのない一年生でも鍛えているのだろう。

 

あっちはすでに一、二年だけでやるつもりなのに。

 

さっきまでの堂々巡りな問答はなんだったのだろうと遠い目をしているとジャージに着替えた伏黒がやって来た。

 

「…玉蟲先輩」

「お久しぶりです、伏黒くん。……この間は災難でしたね」

 

無視するべきか一瞬迷ったが、あちらも気づいたのならば無視する選択はない。

どう声をかけるべきか言葉を探したが出て来たのは直近の伏黒たち一年がクソ上層部に嵌められた一件についてだった。

 

「………」

「…何も知らない私が言うことじゃないと思いますが、あまり長引かせない方が良いですよ」

 

思ったよりも落ち込んでいる様子な伏黒に藤花はフォローは私の役目じゃないと思いながらも無難な言葉をかけてその場を離れることにする。

 

「…玉蟲先輩は、呪術師としてどんな人たちを助けたいですか?」

 

伏黒の問いかけに足を止める。

 

「どんな人たちを助けたいか、ですか…」

 

そういえば昔、鍛錬に付き合っていた時に彼が呪術師になった理由を語っていたな。

 

「私が誰かを助けるとしたら…それは私が助けたいと思った人、ですかね」

 

確か彼は人を助けるために呪術師になった。

だから彼にとって呪術で人を助けるのは当たり前な話だけど私は違う。

 

私は多くの呪霊を祓いたいから呪術師になった。

人を助けるのはそのついで。名前も知らない赤の他人に対して私は彼ほど必死になれないのだ。

 

伏黒が考えている前提から違うのだ。

彼が求めている答えではないがそれが私の答えだ。

 

 

「…いや、その基準を知りたいんだけど」

 

残された伏黒は答えになっていない答えに思わずツッコミを入れた。

 

 

 



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参:利害の一致

誤字報告ありがとうございます


 

 

 

学長の呼び出しといい、伏黒が(多分)落ち込んでいてちょっと気まずかったことといい、今日は随分とその場から逃げたくなる日だ。

 

「おっ来た来た。待ちくたびれたよ藤花」

 

目を黒い布で隠した胡散臭い不審者が勝手に待ち合わせしてきた。

 

藤花はすぐさま回れ右をしてその場から離れる。

あんな胡散臭い不審者──五条と会う約束なんてしていない。

今、あの男から声をかけられるとしたら用件は一つしか思い当たらない。

 

一年生たちが派遣された一件の絡みだ。

 

藤花ですらあれは上層部の仕業だと気づいているのだ。藤花よりも上層部との付き合いが長い五条が気づかないはずがない。

 

絶対に面倒なことだ。絶対に面倒なことを頼まれる。

 

「も〜僕の顔見た途端、とんぼ返りとか傷つくよ。暇ならちょっと付き合ってよ」

「暇じゃないので付き合いません。とっとと帰りやがれください」

 

追いついて一方的に肩を組んできたので目線も合わせずに叩き落としてとりあえず近場の部屋に逃げ込むことにする。

 

「まあまあちょっとだけ、ちょっとだけだから。まずは話に付き合ってよ」

 

ヒョイと抱えられ逃げ込もうとしていた部屋に連れて行かれる。

 

逃げようとしてもガッチリと抱えられて逃げられない。

そもそも呪力で身体能力にブーストをかけても辛うじて150を越えた藤花が2メートル近い身長を持つ五条に体格的に敵うはずもなかった。

 

「ちょっ!!セクハラで訴えるぞ!クソ五条!!」

 

一年前も似たようなことをしたなとデジャブを感じながらも藤花はせめてもの抵抗で声を上げることしかできなかった。

 

「それは反則でしょ!?そもそも話聞かないで逃げようとする藤花が悪いんだよ」

「面倒事持ってくるそっちが悪い」

 

面倒事だと分かっているのに大人しく待っているバカがいるかと藤花は吐き捨てる。

 

「はあ…いつまで抱えているつもりですか。本気で訴えますよ?」

 

もう逃げられない状況に追い込まれた藤花は渋々、逃げるのをやめるからさっさと離せと言外で五条に訴える。

 

「……ああ、ごめん」

 

やっと離してくれた五条にぶつぶつと文句を言いながらパンパンと制服のシワを軽く払う。

その間、五条は聞こえるように言われた文句に反応せずにさっきまで藤花を抱えていた腕をじっと見ていた。

 

「…ねえ藤花、また痩せた?」

 

呼び掛けられて面倒臭そうに五条の方を向いた藤花だったが続いて出た質問にキュッと瞳孔が開いた目で睨んだ。

 

「は?それ、今関係あります?」

 

有無を言わさない雰囲気に五条はホールドアップしながらナイデスネと答えた。

 

「で、なんですか」

 

雑談はここまでだと言う風に藤花は話題を切り替える。

これ以上、巫山戯たら取り合わなくなるのが分かったのか五条はようやく本題に入った。

 

「藤花は悠仁のこと、名前だけは知っているよね?」

 

唐突に告げられた名前に思わず、誰だそれはと返しそうになった藤花だが辛うじて引っかかった記憶を手繰り寄せて思い出す。

 

「悠仁…?ああ、宿儺の器の名前でしたよね」

「そそ、虎杖悠仁。後輩なんだからちゃんと覚えてよね」

 

…何故だろう。五条の言い方にとても嫌な予感がする。

 

「後輩も何も、もう死んでるんじゃないんですか」

「表向きではね!」

「……はぁ…」

 

実に憎たらしい笑顔で告げてきた真実に藤花はため息をついて天を見上げるしかなかった。

 

器の死亡についてあれこれ考えるのは藪蛇だと思って首を突っ込まないようにしていたのに。

その藪蛇自体が首を突っ込めとやって来た。

 

「あれ?驚かないんだね」

 

良いリアクションを期待していた五条だったが想像していたのと180度違う反応を意外に思う。

 

「…まあ、規格外中の規格外と言っても良い特級呪物ですからね…。あの腐れ上層部どもが思い描いてた通りになるわけが無いとは多少は思っていましたよ」

「あ〜それは分かるかも」

 

隠すほどでも無いかと思った藤花は素直な感想を述べる。

五条も藤花の感想を聞いて宿儺ならありそうだと納得した。いや、実際にそうなったんだけども。

 

 

────死んだはずの『両面宿儺』の器が実は生きていた。

 

正確には死んでたけど生き返った。原因は恐らく宿儺。何故生き返らせたのかは知らない。

都合が良いので記録ではしばらく死んだままにして簡単に死なないレベルまで力を付けさせてから復学させる。

 

五条から告げられた企みを整理しながらも藤花は一度遠ざかったはずの嫌な予感がひしひしと近づいて来ているように感じた。

 

何故だろう…一年前の出来事が脳裏を過ぎる。

 

「…それをわざわざ私に教えた理由は?」

「藤花に是非とも頼みたいことがあってね」

「お断りします」

「残念♪もう断れない段階にいるんだよね」

 

やっぱりかと藤花は苦虫を潰したような表情になる。

 

五条悟は我が強い。

こうと決めたら何がなんでも押し通す。

こちらが何をやってもムダだと経験則が言っている。

 

せめて一度でも良いからぶん殴るなり、なんなりしてその飄々とした態度を崩してやりたい。

そうすれば少しは溜飲が下がって素直に聞いてやっても良いと思えるかもしれない。…いや、ないな。

 

 

それにしても────

目の上のタンコブがなくなり、ついでに好き勝手引っ掻き回す五条悟に嫌がらせが出来た。

『両面宿儺』の器が死んだと思っている上層部はこの一石二鳥な結果にさぞ御満悦だろう。

 

実際にはその目論見は宿儺により潰え、逆に五条に利用される形となったが。

 

可哀想に、と藤花は皮肉げに笑う。

 

同情は全くない。

むしろ、ざまあ見ろと内心では嘲笑っているし、それを隠す気もない。

 

うっわぁイイ笑顔と五条が軽く引く素振りを見せるが特に気にしない。

 

五条も上層部のことを腐ったみかんのバーゲンセールとのたまうほど扱き下ろしているし、藤花が上層部を嫌っている事は周知の事実だ。

 

「それで、私を巻き込んだ理由はそれだけではないでしょう?」

 

逆にハメめられた形となった上層部を嘲笑いながらも藤花は自分を選んだ目的を問いただす。

 

五条の頼みたいことは分かっているがそれは藤花じゃないと出来ないことではない。

 

上層部に告げ口する気は一切ないが、真実を知っている人間は極力少ない方がいい。

特級で他の者と比べて多忙な五条だが、手助けが必要なほど難しいことではない。

わざわざ藤花を巻き込むメリットがないのだ。

それでも巻き込もうとしたのならば他に理由がある。そう確信した藤花は問いただしたのだ。

 

「藤花は今年、出る気がないことでいいんだよね?」

 

主語がない言葉が何を指しているのかすぐに分かった。

ついさっき、学長室で同じことを言われたからだ。

 

五条たちが指しているのは学内行事である交流会だ。

東京校(うち)と姉妹校である京都校の殺しなしの呪術合戦。

参加するのは主に二、三年生で呪術や戦闘技術の向上を目的とした親善試合でもある。

 

「ええ、そこまで意義が見出せないので」

 

三年生である藤花はそれに参加する権利を持っているが出る気はなかった。

 

交流会はただの親善試合ではない。

その活躍次第では昇級のチャンスがあるのだ。学生の呪術師の大半はそれを狙って交流会に参加する。

だけど、藤花はその面々には当てはまらない。

 

既に頭打ちである一級だからだ。

 

昇級のチャンスと言われても上にあるのは規格外の特級。

余計で面倒なしがらみは御免だし、そもそも人外の領域に踏み入る気が一切ない藤花からすれば積極的になれないのだ。

 

技術面の向上についても空いた時間でやればいいと考えているためそっちの方向でも参加しようという意欲が湧かない。

 

それに人数的に中心になるのは二年生だ。

だが、参加する二年生とは()()折り合いが悪い。

ギスギスとした空気の中やるより、気心知れたメンバーとやる方が賢明だ。

 

一年生の鍛錬をしているのを遠目に見たところ上手くいきそうな雰囲気だし。

藤花はわざわざそれを壊しに行くほど空気を読めない人間ではないのだ。

 

そんな考えもあって藤花は交流会に参加する気は一切ないのだ。

 

「だけど、学長にその気はない」

 

そう、そこが問題なのだ。

藤花的には人数を減らすか一年生を参加させればいいのにと思っているし、それも含めて自分の意思ははっきりと伝えているのだが何故かそれでも出てくれないかと打診される。

話し合いは平行線の一途を辿っており、どちらかが折れるまで解決しないだろう。

 

大方、京都校に負けたくないとかどうでも良い理由だろうがこちらからすれば迷惑な話だ。

 

それもこれも、停学になった同期のせいだ。

同期が停学にならなければこの問題も出てこなかったのだ。

頭の中でしばらく会っていない同期はサイコロにしながら先を促す。

 

「もし、その要らない枠を引き取ると言ったら?」

 

僕も学長と同じでできれば藤花にも参加して欲しいんだけどね…と五条がもらした言葉は聞かなかったことにした。

 

なるほど、そこに繋がるのか。

 

また上層部の横槍で死んだら五条的にも目を当てられない。

だから死んだままにして力を付けさせて復学させる。

 

そのまま復学させるのも味気ないと思った五条が目をつけたのがその集大成を見せる場にもなる場所、交流会。

 

「要らないものは引き取られる。また教育係をやることになるけど勿論、報酬だって出る」

 

どう?お得じゃない??と楽しそうに提案する五条にはイラつくが提示された案は魅力的だ。五条にはイラつくが。

 

藤花は交流会に出る気はないが学長は参加させようとしぶとく粘ってくる。

そこに転がってきたのは虎杖の生存と交流会で復学させようとする五条の企み。

 

「まあ、良いでしょう」

 

バックれる気満々の藤花と虎杖の参加枠が欲しい五条。

二人の利害が一致した瞬間だった。

 

 

 



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肆:悪い人ではない / きっと根っからの善人

いつの間にか呪術廻戦がくるくるリストに入っていて思わずニッコリ

ミリ単位で小説の内容も入っています


 

 

用事を終えた伏黒はジャージに着替えて先に鍛錬を始めていた釘崎たちと合流した。

 

今はどうやらパンダ先輩が釘崎の相手をしているようで釘崎はパンダ先輩からに逃げ回っていた。

 

真希と狗巻は遅れてやってきた伏黒に声をかけてきた。

 

「…禪院先輩は、呪術師としてどんな人たちを助けたいですか?」

「あ?別に私のおかげで誰が助かろうと知ったこっちゃねぇよ」

 

ふと思って聞いたが、玉蟲先輩といい参考にならないなと伏黒は聞かなきゃ良かったと軽く後悔した。

 

「そう言えば、さっき玉蟲先輩に会いました」

 

三年は停学って聞いていたんですがと伏黒は話題を変えて世間話をする。

 

「ああ、あの人な…別件に駆り出されてたみたいだぞ」

 

だから、三年の中で唯一停学喰らってないと真希はパンダに転がされる釘崎を見ながら答える。

 

「そうですか。…なら交流会に出るんですかね」

「……さあな。いっつも忙しそうにしてるから出ないんじゃないか」

 

伏黒の質問に真希は苦い顔で答える。

そこで伏黒はようやく藤花と先輩たちの仲があまり良くない事を思い出した。

藤花と先輩たちが一緒にいる場面に出会したことがなかったからすっかり忘れていた。

 

ああ、だから加わることなく遠目で見ていたのか。

 

一言だけ声をかけてすぐにその場を後にした藤花の後ろ姿を思い出す。

 

玉蟲先輩は基本、当たりが強い。よく嫌味や毒を吐くことや先輩が生まれた家のことで嫌遠する人も多い。

 

先輩なりの気遣いなのだろうか、そういう人にはなるべく関わらないようにしている気がする。

 

そういうところから人の良さが滲み出ていて聞いているほど悪い人じゃないと思ってしまうんだよなと伏黒は藤花は不器用な人だと評価している。

 

でも、何故か乙骨先輩とは仲が良さそうなんだよな…。

 

海外にいるもう一人の先輩の顔を思い出しながらも不思議に思う。

乙骨先輩と喋っている姿を見かけたことがあったから他の先輩たちとの関係に思い至らなかった。

 

顔に出ていたのか真希に気にすんなと小突かれた。

 

「そう言えば伏黒はあの人に鍛えてもらっていたか」

「ええ、少しの間でしたけど」

「玉蟲先輩との鍛錬、大変だったでしょ」

 

容赦無いんだよなあ〜マジ死ぬかと思ったというパンダ先輩の呟きに同意する。

 

五条から似たような術式を使う人がいると紹介されて鍛えてもらったが出来ることなら先輩との鍛錬はなるべく避けたい。

…強くなれるのは確実だがその容赦の無さに躊躇ってしまう。

 

二年生たちもその事を思い出したのか心なしか顔色が悪くなっていた。

 

「……その玉蟲先輩って人、何者なのよ…」

 

パンダに転がされまくっていた釘崎は砂埃を払いながらも至極当然な事を尋ねる。

 

「不器用な人」

「うーん…悪い人ではないけど、一言で言うと人嫌いの守銭奴かな?」

「梅」

「苦手だけど悪い人ではない」

「全く分からない」

 

揃って返ってきたのは悪い人でないと言う言葉。

頼りになる先輩なのかそうでないのかイマイチ分からない返答に想像がつかない。

 

「まあ、人の好き嫌いは激しいけど面倒見は良いし、頼れる先輩だよ」

「機会があれば会えるだろ。野薔薇にはその時に改めて紹介してやるよ」

 

 

◇◆◇

 

 

伊地知にも言った通り、この呪術界はクソだ。

保身馬鹿、世襲馬鹿、高慢馬鹿、ただの馬鹿。

それはさながら腐ったミカンのバーゲンセール。

 

上の連中を皆殺しにするのは簡単だけど、頭が変わるだけで腐った奴らの根絶にはならない。

 

誰もが納得してついてきてくれる革命が今の呪術界には必要なのだ。

 

『最強』と呼ばれていて、実際にそうで、大抵のことは一人で十分だけど、これについては一人では無理だ。

 

そのためには同じ思いを持つ仲間が必要だ。

強くて聡い仲間が。

 

そのために教育者となって種を巻き続けてきた。

 

パンダや棘、真希────それに恵と野薔薇。

特に注目すべきは秤に憂太、そして悠仁だろうか。

 

その種は順調に芽吹いている。

 

今は馬鹿な奴らに摘まれないように定期的に見ておかないといけないけどやがてそれは大きな波となってこの呪術界を飲み込むだろう。

 

藤花もその内の一人となってもらう。

 

反面教師なのか藤花は学生の中で特に上層部を毛嫌いしている。

きっと呪術界の腐った部分を他の子たちよりもずっと近くで見てきたはずだ。

 

ことあるごとにクソだと隠さずに吐き捨てているのだから巻き込めば心強い味方になってくれる。

 

より良い方向に持っていくためには喚くだけじゃなくて行動もしないといけないのだから。

 

 

そのためにも悠仁を強くしなくては。

藤花との利害が一致して鍛えるための助力も得れた。

 

呪術師には辛辣な対応を取る藤花だがもともと一般人だった者にはマイルドになることは憂太の件で分かっている。

きっと悠仁にも憂太と同じように色々と世話を焼いてくれるだろう。

 

だが、それだけでは足りない。

 

強くなるには身体能力の向上や技術の向上だけではなく精神的な成長も必要だ。

肉体面は多少雑に扱っても大丈夫だが、精神面はそうはいかない。

特に多感な時期は少し扱いを間違えただけで己を殺す猛毒となる。

 

それをケアし、正しい方向へと導くには藤花では力不足だ。

 

一級呪術師としての実力も誰かに物を教える能力も確かだ。

大人と同じように考えて割り切れる。人を殺す覚悟もしっかりと決めている。

 

それでも、彼女がまだ多感な時期の子供であることには変わりないのだから。

 

その役目を果たすためにはまた別の人間の手を借りる必要がありそうだ。

出来るなら人の痛みが分かる大人に預けたい。

 

「ほんと、人を育てるには多忙すぎるよね。この肩書き(最強)は」

 

だからと言って捨てる気は微塵もないけどと呟いた五条は優秀な後輩に協力してもらうために一先ず、伊地知を脅してスケジュールを聞くことにした。

 

 

◇◆◇

 

 

「と、言うことで新しい先生がつきます」

「いや、どゆこと?」

 

今日も映画鑑賞かと思ったらいきなり現れた五条が前置きなく話し始めた。

話の流れについていけなくて虎杖は思わず突っ込む。

 

先生と一緒にやって来た少女がその新しい先生だってことは分かるんだけども。

 

「修行には出来る限りついてあげたいんだけどね?僕ってば最強だからあっちこっちで引っ張りだこなんだよね〜」

 

五条の言っていることは分かる。

同期と共に任務に赴いた数はとても少ないが最初以外同行していなかったのでなんとなく忙しいのかなとは思っていた。

…でも、なんか言い方がちょっとムカつくな。

 

「で、僕が来れない時に変わって色々教えてくれるのがここにいる藤花ってワケ」

 

ほら、自己紹介しなよと五条に促されてその子は渋々と言った様子で口を開く。

 

「三年の玉蟲藤花です。一応、あなたの先輩ってことになりますね」

「えっ先輩!?」

 

先輩だと言われ虎杖は驚いて思わず二度見する。

 

年下の子供にしては刺々しい表情など纏う雰囲気を見れば確かに言っていたように先輩に見える。

でも、何も知らずに見ると──彼女から見て一つ年下に当たる佐々木先輩よりも低い身長なことから年下の女の子に見えてしまう。

 

虎杖が何を考えたのかすぐに分かったようで藤花の眉間にあるシワが深くなった。

 

「あっすんません!えっと…玉蟲先輩…?」

 

それを見て藤花がそのことを気にしていると察した虎杖はすぐさま謝る。

 

「…気にしなくて良いですよ。慣れてますから」

 

仏頂面で疲れたように言うその姿は何度も言われていると簡単に想像できた。

 

「悠仁、藤花は術式の解析とかずば抜けて得意だから分からないことがあったら積極的に聞くと良いよ。教え方もすんごく上手いよ」

 

知ってると思うけど悠二はついこの間まで普通の高校生やってたから優しく教えてあげてね。と五条が藤花に伝えると藤花は有り得ないものを見たというように五条を見た。

 

「まさか何も知らないんですか」

「ゆっくり教えていこうとした矢先にアレだからね」

 

僕は悪くないと胸を張っていう五条に藤花は呆れたと言わんばかりにため息をついた。

 

「そんなんで交流会に間に合うんですか?」

「間に合わせるさ。そのために藤花に手伝ってって頼んだんだから」

 

何の話をしているのだろうと置いてけぼりになった虎杖は佐々木先輩と言い、釘崎と言い最近知り合った女性は髪が短い人ばかりだなと藤花の綺麗な斜めラインを描く髪を見て一人、場違いなことを考えていた。

 

「…何ですか?またジロジロと見て」

「うーん…あ、ここでの初めての先輩だなあって」

 

思わず他にも何か考えていただろとツッコミたくなった藤花だが本人がわざわざ言わなかったことを掘り返すべきではないかと出かかった言葉を飲み込む。

 

「ん…?待てよ、前の学校では二年の先輩はいたけど三年の先輩はいなかったな…」

 

とゆーことは、二重の意味で初めての先輩ってことか?

 

思っていた以上に呑気な反応をする虎杖に藤花は微妙な表情になる。

 

「ね、言ってたように良い子でしょ?悠仁」

「…宿儺の器のワリには危機感欠如してませんか…?」

 

五条が会わせるというのでついて来た藤花だったが一目見たときから想像と違うとは分かった。

 

ただ普通に明るい人だ。

あの特級呪物の器であるという自覚や危機感がない気がするがそれはあの後輩──彼と同じ境遇なので二重の意味で虎杖の先輩になるだろう。も似たようなものだったのでそういうものなのかもしれない。

 

少し話しただけでそこまで分かるのだ。

これから共に時間を過ごして為人を知れば彼が善人であることは確信に変わるだろう。

 

きっと、これから彼に関わる呪術師はその為人に絆されて情が湧くことになるだろう。

そしてもしもの事態に陥った時、情を抱いている彼らの刃は鈍ってしまうかもしれないなと藤花は何処か他人事のように思う。

 

五条が虎杖を使って何を企んでいるのかは知らない。

なんとなくこの界隈のためになるのかもしれないとは感じているし、それに私を巻き込もうとしているのもなんとなく分かる。

 

今回は互いの利害が一致したから付き合っているだけで素直に巻き込まれてやるつもりはない。

 

 

藤花だって人間だ。

その者が善人であれば好ましく思うし、多少の情は抱くだろう。

 

カラカラとした様子で五条と話している虎杖の姿に目を細める。

 

だが、藤花にとっての”最上”はすでに定まっている。

もし、その”最上”を傷つけられるのならば藤花は躊躇う事なく排除する。

例え多くの者が善人だと判断する人間だろうと関係ない。

藤花の力では敵わない宿儺が相手になったとしても絶対に殺す。

 

”最上”を──藤花にとっての世界を傷つけようとしただけで藤花にとってはそれは悪となるのだから。

 

 

 



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伍:既に終わった話

超絶まったり〜だけどもうちょっと頻度多くしたいと思っていたり、思わなかったり

煽りストな語彙力が欲しい




 

 

「あり?一年ズは?」

 

交流会のために一年生たちを鍛え始めてはや一週間。

初めて会った時に生意気な口きいただけあって根性もあるし、強くなりたいと燃えてるからか腕もメキメキと上達している。

 

鍛え甲斐あるよな〜とパンダは思いながらグラウンドに戻ると一年生たちの姿はなく、同期しかいない。

 

「パシった」

 

実に短く教えてくれた真希にパンダはあの一年生たちは今頃、自販機あたりに向かっているのだろうと当たりをつけた。

 

普段ならそこまで気にはしないがふと交流会の打ち合わせが今日だと気づいたパンダは不安になった。

 

一年生たちが強くなりたいと燃える理由──虎杖が死んだあの一件。

悟とバチバチの上層部が仕組んだという話は生徒であるパンダでさえ聞いているのだ。

あの上層部嫌いで有名な先輩も悪態を吐いていたし、悟も機嫌が悪そうにしていたのでそれは真実なのだろう。

 

……今日、東京校(うち)にやってくる京都校の学長なんてモロその人じゃん!

もし、あいつらがそれを知っていて京都校の学長と鉢合わせなんかしたら…ヤバイって!!

 

パンダはパンダだがパンダのクセして人一倍人の心があるのだ。

絶対、まずい事態になるだろと思ったパンダは大丈夫なのかとそれとなく真希に伝えた。

 

「お遣い位出来るだろ」

「そうじゃなくてさ…」

「もう終わっちまったことにジジイどもが今更騒ぐワケねぇって」

 

真希がそこまでバッサリと言い切るのならそうなのかもしれない。

だが、さっきから感じる不安はこれぽっちも消えない。

 

「ん〜でもな〜…他の奴らはそうじゃなさそうな気がする…」

「…そのためにわざわざ京都から来るってか?」

 

暇人じゃねぇんだからと取り合わない真希にいやいや、杞憂に過ぎれば良いだけどさとパンダは前置きして言う。

 

「だってアイツら、嫌がらせ大好きじゃん」

 

 

◇◆◇

 

 

パンダの杞憂だったら良い。

まあ、でも一応見に行った方がいいかと自販機に向かえばど派手に壁をブチ抜いた音と振動が響いた。その後には連続した銃声も。

 

パンダと狗巻はその震源へと急いで向かい、真希はそのまま銃声が響いた自販機に行く。

 

「ウチのパシリに何してんだよ。真依」

「あら、落ちこぼれすぎて気づかなかったわ。真希」

 

そこにはパンダが予想した通り、真希がよく知っている京都校の人間(双子の妹)がいた。

 

「お前だって物に呪力を篭めるばっかりで術式もクソもねぇじゃねぇか」

「呪力がないよりマシよ」

 

「あーやめやめ。底辺同士でみっともねぇ」

 

一問答するがすぐにみっともないと思った真希は仰向けに倒れ込む釘崎に声をかける。

 

「野薔薇!!立てるか!?」

 

ムダだと言う真依に見る目がないなと真希は思う。

いや、こいつらの根性を知らない奴に気づけと言う方が仕方ないかと持っていた稽古用の薙刀の切っ先を真依に突きつける。

 

「何?やる気?」

 

「ナイスサポート、真希さん」

 

真依がこっちに気を取られている隙に背後から忍び寄っていた釘崎が襲うのを見て仕方のないやつと薙刀を担ぎ直す。

 

ザッと近寄ってきた気配に目を向けると何故か上半身が裸になっている男──京都校の三年である東堂が側に落ちていた上着を拾っていた。

 

大人しいその姿にパンダたちの方はどうにかなったかと真希は内心ほっとした。

 

「帰るぞ、真依」

 

真依を落とすのに夢中になっている釘崎は東堂が近寄ってくるまで気づかず、驚いて手を離してしまった。

 

「伏黒は…」

「心配すんな、パンダたちがついてる」

 

真希は嫌な想像をしている釘崎にすぐさま訂正を入れさせる。

 

一方の真依はすぐに釘崎から離れて空になった銃から薬莢を出して弾を充填する。

 

まだやる気の真依に面倒だなと構えようとした時──

 

「さっきから騒がしいと思えば」

 

まさかこんな時に来るとは思わず、真希は驚いた。

そして彼女が来たのならこれ以上割って入る必要はないなとすぐさま判断して構えるのをやめた。

 

一方、聞き覚えのない声に誰だと釘崎は振り向いた。

 

そこにいたのは数冊のバインダーやファイルを抱えた真希と似たような制服を着た少女。

いや、少女ではないな。

 

釘崎はすぐに自分の考えを否定する。

小柄な姿だが、こちらを冷たく見下ろすような桔梗色の瞳には見覚えがある。

あれはクソな大人がよくする目に近い。であればこの人物は子供ではなく自分と同じくらいの年齢の女性だろう。

 

「交流会まで待つことも出来ないなんて…いつから京都校は動物園に変わったんですか?」

 

長い袖からちょこんと出るグローブに覆われた手を唇に這わせながら嘲笑する。

その煽りは先ほど自分たちを煽った真依のようでこの人はあの女と同類なのかと釘崎は理解した。

 

「なっ」

 

まさか煽られるとは思っていなかった真依は青筋を浮かべて銃を構えようとしたが、側にいた東堂によって止められた。

 

「玉蟲か。丁度、お前に会いたかった」

「……私は一生会いたくなかったのですが」

 

初手の嫌味を華麗にスルーされた藤花は面倒臭さを全開にしながらも東堂と会話をする。

 

間に挟まれた釘崎は私たちを挟んで会話するなよと内心ツッコミを入れながらも東堂に玉蟲と呼ばれた女性を改めて見る。

 

────あの人が先輩たちが言っていた玉蟲先輩。

 

会って間もないが先輩たちが微妙な反応をするのも頷ける。

むしろ、悪い人ではないと言う先輩たちの精一杯のフォローに涙が流れそうだ。

 

どこが不器用な人だよ伏黒。お前の目は節穴か。

態度といい、言動といい釘崎はあのセンパイとは上手く付き合えないだろうなと確信した。

 

「お前がここに居るということは停学にはなっていないんだろう?退屈し通しってワケでもなさそうだがそれでも役不足だ。

お前も交流会に出ろ」

「また交流会の話…どいつもこいつも五月蠅いですね」

 

東堂の要求に藤花は嫌そうに顔を歪める。

つい一週間前からことあるごとに話題に上るその話に良い加減うんざりしていたのだ。

 

「俺たちにとって最後の交流会。魂と魂がぶつかり合い、血湧き肉躍る素晴らしい戦いにしようではないか」

「結構です」

 

その戦いを想像しているのか闘志を漲らせる東堂に対して藤花はバッサリと切り捨てた。

想定外の反応に出鼻を挫かれた東堂を見て藤花は良い気味だとフンと鼻を鳴らす。

 

「外野のあなたが喚こうが癇癪起こそうがムダですよ。交流会についての話は既についているんですから」

 

そして東堂が口を開く前に交流会には絶対に出ないことをピシャリと叩きつける。

話がついているのは五条とで学長は相変わらずしつこく粘ってくるが藤花が参加しないと決まったことには変わりがないのでそれは棚に上げておく。

 

「お前が交流会に出ると言うまで存分に話し合いたいが…。くっ…それ以上に大事な用事が…!高田ちゃんの個握が!!」

 

玉蟲と会えると分かっていればもっと早く来たのに…!!と血涙を流さんとばかりに悔しそうに言う東堂に藤花は話聞いてました?とツッコむが無視された。

相変わらず自分勝手に物事を進ませる東堂に思わずビキリと青筋が浮かび上がる。

 

京都校の生徒を連れて遅れるわけにはいかないとぶつぶつ呟いて帰る東堂に一発入れたい気持ちになるが、東堂の用事のおかげでこの一悶着が終わるのなら別に良いかといつの間にか握っていた拳を解く。

 

「何、勝った感出してんだ!!制服置いてけゴルァ!!」

 

五月蝿い奴らが帰って満足する藤花だが他はそうでもないようだ。

さっきから真希の側にいた人物──この間パンダに転がされていたのを見たので最後の一年生だろう。が真希に羽交い締めされながら威嚇している。

真希が止めていなければ一発ぶち込みに行っていただろう。

 

交流会でボコボコにすんぞと宥められてようやく静まったのを見てこの場にもう用はないと判断した藤花は戻ることにした。

 

「玉蟲先輩」

「………なんです?」

 

真希に呼び止められた藤花は面倒だという表情を隠さずに顔だけそちらに向ける。

 

「先輩は交流会出ないってことでいいんすよね」

「見ての通りですが?あなたたちも元からそのつもりでしょう?」

 

確かめるように紡がれた言葉に藤花は何を当たり前なことを聞いているのだろうと目を一度瞬かせて答えた。

 

その冷たい物言いに沸点が低い釘崎が噛みつこうとしたがそれを察した真希に軽くチョップされる。

 

「…まあ、そうなんじゃないかとは思ってましたけど」

「用がそれだけなら戻らせてもらいますね」

 

話はそれで終わりだと切り上げて去る藤花の後ろ姿を見る。

 

交流会の話が出た時、藤花は今回出ないのではないかと二年生たちは思った。

藤花が任務に忙しいことを知っていたから。

だが、一番は真希たち二年生を好ましく思っていないと知っていたから。

 

仕事の話になれば事務的とはいえきっちりと対応するし、嫌味は言うが面倒もちゃんと見てくれる。

意外だがあれでも周りをしっかりと見ていてそれに助けられることもある。

 

藤花のことは苦手だが悪い人ではないのだ。

それは真希だけではなく他の二年生も思っている。

 

それでも、出ると言うなら真希たちは拒絶する気は一切なかった。

出来る限り協力して京都校の奴らをボコそうと思っていたのだ。

 

まさか嫌がられてると最初っから諦められていたとは…。

 

「…真希さん、私あの先輩キライです」

「そう言うなよ。あの人は悪い人じゃないんだ。ちょっとムカつくけど」

 

 

 



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陸:知らざるを知らずと為す是知るなり

 

 

虎杖悠仁は呪術に関してズブの素人だ。

 

生得術式を持っていない上に一般家庭の出なのだからそれは当然のこと。

宿儺の器とならなければ呪術師(こちら)の世界を知ることもなく、踏み込むこともなく生涯を終えてるはずだったのだ。

 

だが、宿儺の器となったからにはそうも言ってられない。

両面宿儺は特級の中でも規格外な紛う事なき呪いの王。

ただそこに存在しているだけで影響を与える。

 

これから彼の前には多くの難関が立ちはだかるだろう。

その能天気さが鳴りを潜めるようなことが、精神が屈するようなことが彼の事情を考えずに襲ってくるだろう。

 

五条悟が彼を使って何をしようとしているのかは知らないが、途中で斃れて厄介なことになるのだけは避けたい。

またあのクソ上層部にハメられて死ぬようなことはあってはならないのだ。

 

だからこそ、虎杖悠仁の強化は早急に成すべきことである。

 

 

◇◆◇

 

 

まさかまた呪術について一から教えることになるとは…。

 

去年限りだと思っていたことをまたやることになった藤花は内心ため息をついていた。

 

今回は小さい頃から見えていたり、呪われていたわけでもない去年以上のズブの素人。

しかも、期限は前回よりも圧倒的に短い。

 

巻き込まれてなければ絶対に断っていた。

本人もそのことを理解していたのか前回の報酬よりも破格な値段を用意してきたし、了承してからは任務が減っていた。

 

他の者に気取られないレベルの減少だが正直言って有難かった。任務と並行しての教育は…ちょっと出来ないと思っていたところだったから。

 

…伊地知さんにまた無理強いでもしたんだろうなとあの男の使いっ走りと化している中年(恐らく)を思い浮かべる。

……今度、効き目が良い胃薬でも渡した方が良いのだろうか?

 

そんな取り止めのないことを考えながら学内の奥まったところに行く。

一見、資料室に見える部屋──恐らく物置として使われて放置された部屋の片隅にそれはある。

正方形にくり抜かれた下へと続く道。

 

昔は地下倉庫として使っていたのだろう。

中に人がいるからか今は外されているが、この道を塞ぐ蓋がまさにその用途であることを的確に示していた。

 

よくこんな都合の良い場所を見つけられるなとある意味感心する。

高専は呪術に関連する物を保管しているからなのか土地はムダに広いし、色んなところに建物がある。

 

藤花が本格的にここを出入りし始めて三年経つがそれでもその全貌は把握できていない。

 

主要な場所が固まっていることと行き来が面倒で特定の場所以外行く気になれないのが理由かもしれないが。

 

ここも人が全く寄り付かない場所の内の一つだ。

隠しているモノからしてもこれ以上ない隠し場所だろう。まさに灯台下暗し。

 

この事実をあの老害共が知ったらどんな顔をするだろうか。

 

仄暗い悦に少しだけ浸り、ぎしりと後付けされた階段を降りれば目的の人物をすぐに見つけられた。

 

虎杖が行儀悪くソファーに寝そべり、欠伸をしながら映画を見ていた。

 

藤花には映画の良し悪しが分からない。

だが今、虎杖が見ているものは少し見ただけでつまらないと感じるほどの出来だった。

行儀悪い格好で見てしまうのも納得できるほどだ。藤花だったら訓練として見ないといけなくても途中でやめるだろう。

 

「あっ玉蟲先輩」

 

藤花が近づいてきたことに気づいた虎杖は起き上がる。

ちらりと虎杖が小脇に抱えている腕の長さと頭身がおかしい熊の人形を見ると鼻ちょうちんを膨らませていた。

 

「………」

 

虎杖悠二と初めて会ったのが恐らく訓練を始めて間もない頃。

その時にこの呪骸が要求していた呪力はコントロール初心者がやるのに相応しいほどの少ない量。

 

日をそこまで空けていないのにも関わらず、前回と比べると出力は高くなっている。

 

彼と同じように──いや、それ以上に飲み込みが早い。

 

スポンジのようにスルスルと吸収するその様子に藤花は内心、複雑な感情を抱えた。

私も彼らのように飲み込みが早ければ────いや、この事を考えるのは止そう。

 

「訓練は順調なようですね」

「うん、殴られる回数は段々減ってきた」

 

呪骸がよく見えるように目の前に掲げられても起きる気配は微塵もない。

本当に呪力のコントロールが上達している。

 

「それにしても、随分と満喫しているようですね」

 

藤花が向けた視線を辿るように虎杖もその先を見る。

視線の先はソファの前に置かれたテーブルでそこにはパーティ開きにしたポテトチップスと飲みかけのコーラが鎮座していた。

 

他ならぬ虎杖が用意したものだ。

 

「お家映画にはコーラとポテチは定番スよ」

 

常識でしょと当然な顔をして言う虎杖に藤花は何とも言えない顔になる。

 

その常識は一般学生の常識で藤花には縁がなかったものだ。

小・中学の学生生活の大部分を呪術の修練に費やした藤花にとっては映画は触れたことがないものでどこで売っていたり、見れるのかは情報として知っているだけだ。

 

どう見るのが正しいかは全く知らない藤花だがもし、虎杖がやっていたように見るのが当然だったら行儀が良くないことは勿論、集中して見れないなと思う程度だ。

 

「…まあ、本人がそう言うのならぶち撒ける真似さえしなければ私は何も言いませんが」

 

本当にそれが定番なのかは藤花には分からないが飲み物を飲んでいる時や菓子を摘んでいる時に呪骸に殴られないのなら別に良いかと流した。

実害が出るのは虎杖のみなのだから。

 

「それはもうやっちゃたんだよなあ…」

「………貴方、バカなんですか?」

 

おちゃらける虎杖に藤花は思わず呆れた眼差しを送った。

 

 

◇◆◇

 

 

「先輩って『領域展開』ってできるの?」

 

そう言えばと話題を変えるように虎杖は藤花に聞いてきた。

呪術に関して殆ど知らない虎杖がその事を聞いてきたことに藤花は目を一つ瞬かせる。

 

「まだ教えていないはずなのですがよく知ってますね」

「先輩と初めて会った後に五条先生が課外授業だって外に連れてかれて…そこで教えてもらった」

 

なるほど…あの時に連れて行ったのか。

 

つい先日、五条から巫山戯た似顔絵と共に未登録の特級呪霊に襲われた事を教えられた。

特級呪霊ならば領域展開が出来ても不思議ではない。

 

途中で虎杖を連れてきたということはあの男にとって丁度良いところに教材が現れたと思う程度の強さだったのだろう。

 

…それにしても呪詛師と組んでいるらしいのに何でソイツらに虎杖が生きている事を教えているのよ。

 

直接言っても取り合わないだろうし、もう知られている状況なので何も言わないが藤花は内心ツッコむだけにする。

 

思考を戻して虎杖を見る。

虎杖は期待するように目を輝かせてこちらを見ている。先輩も出来るんでしょと言外に語っている。

 

虎杖には流れで自分の階級が一級であると言ってある。

呪霊の階級だけではなく、術師の階級についても知った彼はどうやら特級の一個下に位置する一級ならば呪術戦の頂点ともいえる領域が出来るのだと思っているようだ。

 

「一級だからと言って全員が領域展開出来るわけではありませんよ」

 

一級呪術師の現実を端的に告げるとそうなの?と聞かれたのええと藤花は肯定する。

 

「五条悟から教えられたのなら領域展開の基礎的なことは分かっていますね?」

「えっと、自分に有利な状況にして術式を相手に必ず当たらせるんでしょ?」

「…おおよそ合ってるので良しとしましょう。」

 

ざっくりとした認識に細かく指摘したくなるが押さえておかねばいけないポイントは分かっているようなので先に進むことにする。

 

「領域展開の前身である生得領域はその人の心の中と言っても良いです。そして、その生得領域を周囲に構築するということは言わば自分の世界を現実に持ってくるようなものです」

「ああ!固有結界みたいなものか」

 

五条に教えられた時、何となくしか分からなかったが藤花の説明でさらに分かった気がする。

脳裏に赤髪の少年を思い浮かべながら虎杖はポンと手を叩いた。

 

「固有結界…?一種の結界術ですか?」

 

キョトンとした顔で小首を傾げる藤花に虎杖はマジかよと驚く。

自分も詳しくないから知っているのかと聞かれると言葉に詰まるがまさかそんな反応されるとは思っていなかった。

 

こっちの話と言えば藤花は深く突っ込む気はないようで不思議そうにしながらも続きを話してくれた。

 

「領域展開は通常の比ではない呪力を必要としますがそれ以上に術式を含め自身の事を理解しないといけないんです」

 

それがどうして一級が領域展開出来るとは限らないと言う話に繋がるのだろうかと虎杖は首を傾げる。

 

藤花に改めて説明されて虎杖は一級呪術師は精鋭中の精鋭だと思っている。

藤花は特級ほどではないがピンからキリまであると言っていたがそれでも群を抜いて高い実力を持っていると思っている。

 

そんな人たちなら自分の武器である術式のことだって深く知っているだろうし、客観的に自分の事を分析できているのだろう。

 

「知っていますか?人は、思っているほど自分自身の事を理解していないんですよ。一級になるほどの実力があっても規格外に片足突っ込んでいようが所詮は人ですから。そこに気づかない限りは領域展開の体得は難しいのでしょうね」

 

だって自分自身さえ理解していない事を現実に持っていけるわけないでしょう?と至極当然のように言う藤花に虎杖は少年院の事を思い出した。

少年院のことだけではない高専に転入する時に学長と話した事も。

 

宿儺の指を食べたお前は何れ死ななければならないと言われて、他の人よりかは死ぬことの覚悟はあったと自分では思っていた。

死に時くらいは選べて潔く死ねると思っていた。それぐらい自分は強いと自惚れていた。

 

でも、いざ死を目の前にすると怖くて仕方なかった。泣き喚いて尻尾巻いて逃げたかった。

生き様で後悔したくないって言ったのに後悔しそうになった。

 

ああ、俺は自分の事を全く理解していなかったんだなってまざまざと知らされた。

 

 

────呪術師に悔いのない死などない

 

 

学長がそう言った理由がよく分かった。

 

頭があまり良くない俺でも、楽観的って言われる俺でもそう思ったし、実感させられたのだから他の人もそうなんだろうなと納得した。

 

 

 

「まあ、それでも領域展開しない人はいますけどね」

 

うんうんと納得する虎杖を横目に藤花はそっと呟く。

 

生まれながらにしてこの身体に、この魂に刻まれた術式。

それは誰もが選べず、本人の意思に関係なく与えられた才能。

 

どんなに醜悪でも、どんなに粗末でも。

無かったことにすることはできず、変えることもできない。

 

生得術式とはその人物の業そのものなのだ。

 

 

 





虎杖の脳裏にEMIYAが流れてそう…



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漆:呪術師というものは


玉蟲さんは全国で20人くらいいるらしい。
その大部分は宮城県と神奈川県にいるみたい。
ちなみに苗字の由来は全く違うよ。関係性も微塵もないよ。

感想嬉しかったから増やしまーす。キツくなったら元に戻すよ。



 

 

 

────呪術師という存在はみな、どこかイカれている。

 

例えば、価値観。

 

例えば、存在。

 

例えば、信念。

 

例えば、愛。

 

 

呪霊というモノは常人には見えない。

生来からの術式を持つ者や呪力を持っている者くらいじゃないと見えないのだ。

 

見えないのが普通で、見えている方が異常。

そんな一言で片付けられてしまう世の心理。

 

だからこそ、異常な世界で平然といればいるほど、呪術師としての才能を持つほどその人物はイカれているのだ。

 

そう言う意味では彼は十分にイカれているのだろう。

生まれて十六年。それまで呪術との関わりが一切なかったのにも関わらず、平然と宿儺の指を食べて受肉した。

 

呪いの元となっているのは負の感情だ。誰もが忌避する感情だ。

それが関わっている呪術(モノ)がお綺麗なものであるわけがない。

 

『毒を持って毒を制す』その精神で安置されている”魔除け”である呪物の見た目は尚更、気持ち悪い。

 

それをあっさりと食べるなど正気を疑う。

その話を聞いた時、両面宿儺の器となった男は倫理観など欠如した狂人だと思った。

 

しかし────

 

「どーしたの?玉蟲先輩」

 

しゃがんで買うお菓子を悩んでいる姿を見下ろしているとこちらの視線に気づいたのか見上げてくる。

その顔は純粋で、今でも呪術師なのかと疑いたくなるようなものだ。

 

────普通の男子高校生なのだ。

 

見た目も、中身も。

 

「…別に。それよりも早く選んで下さい。この時間帯、人がなかなか来ないとはいえ来ることもあるんですから」

 

虎杖悠仁という青年は呪術がなければどこにでもいる一般人なのだ。

 

藤花は虎杖から視線を逸らし、早くするように急かした。

ここは高専の近くにあるコンビニだ。

今の時刻は草木も眠る深夜。日中と比べると利用する高専の人間は少ないものの訪れる人はたまにいる。

特に日を跨ぐ作業が確定してしまった事務方の人間とか。

 

「先輩、ポテチってコンソメ派?それともうす塩派?」

「どちらでも。ああ…ですが匂いが強いものはあまり好みませんね」

 

いきなりの質問に藤花は訝しみながら正直に答えた。それが虎杖の悩みを解決に導くのなら安い物だろうと判断したからだ。

 

先輩はうす塩派なんですねと言いながら足元のカゴにコンソメとうす塩を複数放り込む虎杖を見てあの質問はなんだったんだと藤花は思わずため息をついた。

 

ジュースを選びに行く虎杖を追う。

ついでに朝食を選ばせてから藤花がコンビニに来た本来の目的である栄養補給食品なゼリーを種類関係なくカゴに放り込んでレジに向かった。

 

「先輩って変な人だよな」

「備蓄がつきただけです。あの変人と一緒にしないで下さい」

 

その量にうわぁと引いている後輩を一蹴しながら会計をする。

もちろん、虎杖と自分の物を別の袋に入れるように言っておくのは忘れない。

 

「あっお金」

「良いです。年下に払わせるほど狭くはないです」

 

流れるように会計へと行き、平然と金を払う藤花を見て虎杖は慌てて尻ポケットにある財布を取り出すが藤花にバッサリと切り捨てられた。

 

その姿を目の前で生々しいやりとりを見せつけられた二年生が見れば二度見するだろうが生憎、ここにいるのは数週間ほど前に知り合ったばかりの一年生だ。

 

虎杖は素直に礼を言って荷物を全部持った。

藤花はなんのために袋を分けたと思っているとじと目で見たが、奢ってもらったからと至極真っ当な理由にため息をついて虎杖の後を追った。

 

 

◇◆◇

 

 

五条先生に玉蟲先輩を紹介されてしばらく経った。

 

先輩は悪口になっちゃうけど言われるまで先輩だって気づけないくらい背が低い。

いつも不機嫌そうでよく仏頂面とか眉間にシワを寄せている。

 

近寄るなとか関わるなとかの雰囲気を醸し出していて最初の頃は俺、何かしたっけ?と先輩と知り合ってからの出来事をよく振り返っていた。

 

でも数日すればそれが先輩のデフォだってことに気づけた。

 

先生の言っていた通りに分からないことを聞けば頭の悪い俺でも分かるように噛み砕いてしっかり説明してくれるし、理解できるまで根気よく付き合ってくれる。

 

そんな先輩の様子を見てなんだか爺ちゃんみたいだなと密かに思う。

 

構うなっていうところとか、そこまで不機嫌じゃないのに不機嫌そうにしているところとか。あとは頑固そうなところとか。

 

気づけたことはそれだけではない。

 

まずは意外に面倒見が良いことか。

教えるのも上手いし、先生が代打として先輩を連れてきたのも頷ける。

 

食に頓着していないこと。

コンビニに連れて行ってもらった時は飲料ゼリーばっかり買っていて正直、引いた。

本人は備蓄が尽きたからその代わりとか行っていたけどあの量はない。

 

ベタベタ纏わり付かれるのは嫌い。

でも黙って側にいるだけなら何も言わない。

 

見た目にそぐわないが肉弾戦も結構イケること。

これには驚いた。

 

虎杖は自分が結構動ける方であると自負している。

運動系の勝負で負けることはなかったと思う。

それなのに気づいたら床に転がされていた。

タイマンなのによく見ていないと先輩をすぐに見失う。

 

他には映画に詳しくないこととか。

今、見ている映画はテレビっ子である虎杖ですら知らないものばかりだが、少しは知っているものもある。

それについて話そうとしたところ全く知らなくて会話にならなかった。

 

ああ、そうそう。先生や伊地知さんも気づいてないっぽいやつもあったな。

と言っても俺の勝手な予想だけど。

 

「玉蟲先輩って…」

「はい?」

 

気づいたら言葉に出ていた。

 

何でもないって言って終わらせることも出来たがそこまで重要そうなことでもないし、やめる必要もないかと思った虎杖は一度切った言葉を続けた。

 

何だと言う風に顔だけ振り返った藤花だったが

 

「先輩って、もしかして苗字で呼ばれるの嫌い?」

 

思いもよらない言葉にピタリと動きを止めた。

 

「………」

「いやえっと違ってたら…ごめんなさい」

 

何も反応しない藤花を見て虎杖はワタワタと言葉を探すが上手い言葉が見つからず、親に叱られる子供のようになる。

 

「…どうしてそう思ったんですか」

「え…ん〜そんな感じがしたから。上手く言葉に出来ないなあ…」

 

別に隠していたわけではない。

ただ誰もそのことに気づいていなくて、藤花自身も言うほどでもないと思っていたから言わなかっただけで。

 

だから会ってから間もない人物にそれを指摘されたことには驚いた。

 

人一倍人の心を持ち、察しの良いパンダですら勘づいていないことに虎杖が気付くとは思っていなかったから。

 

「…好ましくは思っていないですね。語感的にも良い印象ではないですし」

 

やましいことでもないので藤花は素直に肯定する。

 

地雷を踏んだのかと内心、冷や冷やしていた虎杖は藤花が普通に答えたのを見てほっと息をついた。

 

「あの漢字、苗字に使われているの初めて見た」

「私もあそこ以外で名乗っているのは見たことないです」

 

藤花の肯定にああ、やっぱりと虎杖は共感する。

 

「じゃあ、先輩のこと藤花先輩って呼んでいい?」

「虎杖くんがそうしたいのなら。変なあだ名じゃない限りどう呼ばれようが気にしませんし」

 

思ったよりすんなりと通ったことに虎杖は目を瞬かせる。

 

普通、親しい人以外に名前を呼ばせることはしない。それが男女であるなら尚更。

 

虎杖はそれが分からないほど鈍感ではない。

短期間といえ共に過ごしてきたので藤花が虎杖のことをどう思っているのかもなんとなく察している。

 

面倒を見るように頼まれた後輩。

 

端的に表すとこの一言に尽きるだろう。

 

呆れた顔を見せながら突っ込んだりするし、気が向いたら軽口を叩くことだってある。

だけど、それ以上のことはない。

 

親しくもなく、特別でもない相手に名前で呼ばせないだろうと半分冗談で言った。

 

先輩、苗字で呼ばれるのは好ましくないとか言ってるけど普通に嫌いじゃん。

 

「とーか先輩、ここ教えてー」

「はあ…良いですか?ここは────」

 

早速な呼び方に藤花は呆れるが悪い気はしない。

さっき言った通り、他人が自分のことをどう呼ぼうが気にしないしどうでも良いが忌々しいものを連想しやすい名前よりこっちの方がしっくりくる。

 

そういえば彼もいつの間にか苗字呼びから名前呼びに変わっていたなと異国の地にいる後輩のことを思い出した。

 

 

◇◆◇

 

 

呪術師という存在はみな、どこかイカれている。

ソレの程度の差はあれど例外はない。

 

イカれていないように見えてイカれているのだ。

 

最たる例は特級被呪者だった乙骨憂太だろうか。

 

任務で外国に行ってしまった可愛い後輩の背中を思い浮かべる。

 

彼は狂った『愛』を(たっと)ぶ人だ。

 

蛇足かもしれないが私の父もそうだった。

 

あの人は家族を愛していたけれど一番に愛していたのはきっと母なのだろう。

幼い私がそう察してしまえるほどどこか狂っていた愛だった。

女の趣味は娘である私でも無いと思うくらい悪かったけど。

 

あの人は呪術師の道を選ばずに普通の道を選んだけどもし、呪術師の道を選んでいたらきっと上位に位置したと思う。

 

呪術については何も教えてくれなかったし、話さなかったけど知識を得てから当時を振り返ると少なくともそれぐらいの力はあったはずだ。

 

散々、人のことをイカれていると評している私だって例外ではない。

 

 

私がイカれているところは────────

 

 

 

 





東堂葵
三輪霞
伏黒恵
乙骨憂太



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捌:適切な距離を保ってほしい

切実に。特に五条悟は2メートルほど。



赤色が…赤色がついてる。赤色になったの初めて…
ありがとうございます!!


 

 

ぐるぐると世界が回る。

音が遠く、くぐもって聞こえる。

 

「ゲホッゲホッ…」

 

堪らず咳き込む。

自分が立っているのか認識出来なくなって思わず壁に手をつける。

視界は黒く塗り潰され銀河のような点がゆっくりと動きながら明滅する。

(うなじ)に容赦無くかかる冷水が私の意識を保たせる。

 

足を伝って流れ落ちる薄桃色の水が視界に映る。

くぐもって聞こえていたシャワーの音も明瞭に。

 

ああ、ようやく戻ったか。

 

咳き込んだことで荒くなった息を整えながらどこか他人事のように思う。

 

今日はどうしようもないほど調子が悪いらしい。

藤花は今日が久々の休日で良かったと心の底から思った。

もし、任務が入っていたら死ぬほど手こずるか、死んでたかのどちらだろうから。

 

ずっと冷水に打たれ続けるわけにもいかないのでキュッと蛇口を締めてバスルームから出る。

たったそれだけでも重労働だ。

しなければならないが栄養補給もする気にはなれない。

 

適当に拭いた後に着替えてベットに倒れ込む。

久しぶりの休日なので部屋に籠もって作業や研究を進めようとしてたがそれも諦めた方が良さそうだ。

 

「藤花ー起きてるー?」

 

大人しく一日を寝て過ごそうとしているとドンドンとドアを叩かれた。

声の主は今、藤花が一番顔を合せたくない人物だ。…今じゃなくても出来るだけ会いたくないが。

 

会いたくない人物だし、動くのが億劫なので無視していると段々と強く叩かれ、人を小馬鹿にしたような言葉をかけられる。

 

「うるさいですね。少しは待つなり諦めるなりしたらどうです?」

 

段々と苛ついた藤花は堪らずドアを開けて文句を言う。

ただし出来るだけ顔を合わせたくないので開けるのはほんの少しだ。

 

「やっと起き…風呂上りか」

 

てっきり面倒だと無視されていたのかと思っていた五条は湿っている髪を見てすぐに出れるわけないかと巫山戯続けたのをほんの少し悪く思った。

 

「で、わざわざ休日に何の御用で?」

 

風呂上りだったから出なかったわけじゃないのだがそれを五条に教える必要はないのでそのまま流す。

正直なところ言いたいことだけ言ってドアを閉めたいがそれを止められるのは目に見えている。

 

さっさと用だけ聞き出そう。

 

休日である事を強調しながら何の用だと問うと五条は何を言っているんだと首を傾げた。

 

「いや、藤花には任務について行ってもらうから休日じゃないよ?」

「あ”ぁ??」

 

お前の都合で私の休日を取り消すな。

 

藤花は反射的に瞳孔が開いた目で凄むが五条は特に気にした様子もなく涼しい顔で流す。

 

…コイツ今すぐ殺そう。きっと今なら誰だってしょうがないって思ってくれる。

 

呪力を籠めて潜ませている蟲に命令を下す。

蟲は藤花の命令通りにドアの隙間から五条へと一直線に飛んでくるがそれに気づいた五条が叩き落として終わる。

 

「チッ」

「そんなにイラついてどうしたの?」

 

殺意のままにやったので出来ないのは分かっていたがこうも簡単にいなされるとムカつく。

 

不満を隠さずに舌打ちするとなに、生理?とデリカシーのない事を聞いてきた。

もう対応するのも面倒で八つ当たりのように力いっぱいにドアを閉めようとするが直前に滑り込んできた手によって止められる。

 

ニヤリとした顔をする五条に絶対何時か殺す。と殺意を新たに決める。

 

…鬱憤は多少は晴れたのでいい加減本題に入ろう。嫌だけど。

 

「……今日は七海さんと一緒に行くんじゃなかったのですか?」

 

藤花は渋々、今日の虎杖の予定を改めて確認する。

ここは学生寮なので主語は出さない。彼女たちはすでに外に出ていると思うが念のためだ。

 

虎杖は実地訓練として適当な任務をやることになっている。

その隠れ蓑兼教師役として同行するのが七海だ。

 

七海は一級呪術師で実力は確かだし、助力を求めたり、頼るなら彼だと断言するほど七海のことは認めている。

五条などとは違ってしっかりしているので学べることも多いだろう。

 

七海と藤花は共に一級呪術師だ。恐らく三級呪術師とされている虎杖──足手纏い的な存在がいたとしても過剰戦力となる。

今回は虎杖に任務をやってもらうことが目的でそれに合わせた任務をさせるのだからどちらか一人がいればそれで十分なのだ。

 

それが分かっていたからここ最近、虎杖たちに付き合っていた藤花は今日は久々の休日だと思っていたのだ。

 

「うん。でも知っている人がいると悠仁も心強いでしょ?」

 

物怖じしない性格の虎杖には必要もないのに。

こんなとってつけたような理由で私の休日が潰されるのか。

 

体調が悪いと言って断ることも出来るがそうすると五条が妙に構ってきてウザい。

それに素直に言うのも癪だ。

 

少しは休めたからか先ほどよりはマシになってきているし、ただの付き添いならそこまで労力もかからないはず。

足手纏いにはならないか…。

 

「………わかりました。先に行っててください」

 

そう判断した藤花はすごく嫌そうな顔をしながら五条にさっさと行けと態度で示す。

 

女子は準備に時間がかかることは流石の五条も理解しているので七海とは30分後に合流するからとだけ告げて離れていく。

 

扉を閉めて五条が完全に離れた事を気配で確認した藤花は扉にもたれかかる。

 

「ケホッ…」

 

口にあてた手を離すとそこには赤色があった。

何時もグローブをつけているからか白い肌にそれはとても映えるなと藤花は自分のことなのに何処か他人事のような感想を抱いた。

 

ざわざわと蟲たちが蠢く。

藤花の手を伝い登った数匹の蟲は顎を開閉しながら手のひらにある赤に近寄って行く。

 

手のひらを擽る蟲たちから目を離し、視線を上げる。

申し訳程度に置いてある鏡に映る自分の顔色は予想していた通り悪い。

 

少ししか顔を見せていなかったから五条は気づかなかったが真正面から顔を合わせていればどんなに鈍感な人間でも気づくだろう。

 

普通なら素直に言うべきなのだろう。

意地を張っても最終的には他人に迷惑をかけるのだから。

だけれども藤花は五条以外の面子にも正直に言うつもりはなかった。

 

自分自身がどのような状態であるのか理解している。

彼らがそれを知った時、どのような対応を取るのかも。

 

そして、彼らが取る対応は藤花が絶対にされたくない事だった。

 

ざわりと無機質な部屋に藤の香りが仄かに漂った。

 

だから藤花は今日もそれを藤波に隠す。

 

 

◇◆◇

 

 

「ハイ、今回引率してくれる脱サラ呪術師の七海君で〜す」

「その言い方やめてください」

 

五条はまるで友人のように気安く肩を組んで虎杖に今日の引率役である七海を紹介する。

七海は五条から離れたそうにしているががっしりと組まれているのか逃げられないようだ。

 

それを虎杖の隣で見た藤花は同情の視線を七海に送る。

藤花もつい最近、それをやられた覚えがあるからだ。

 

あの男、距離感がおかしい。やめろと言ってもグイグイくる。本当にやめて欲しい。

 

「呪術師って変な奴が多いけどコイツは会社勤めてただけあってしっかりしてんだよね」

 

術師はその在り方から個性が尖っている者が多い。藤花も多少なりともその自覚はある。

だが、その中で群を抜いている人物に他人事のように言われたくはない。

具体的には思わず苦虫を潰したような顔になるくらいには言われたくない。

 

「他の方もアナタには言われたくないでしょうね」

 

七海も同じ事を思ったようだ。

虎杖は藤花と七海の反応からやっぱり五条先生は変な人なんだなと会ってから薄々感じていた事を改めて認識した。

 

そして何故、初めから呪術師にならなかったのか当然の疑問を虎杖は七海にぶつける。

それを受けた七海はなんでもないことのようにこの世の中はクソであること、自分が呪術師として出戻った理由を語る。

 

初めて顔を合わした時から薄々感じていたことだがこの人とは世間と術師業界との認識についてとても気が合う。

 

腫れ物を扱うかのようにおべっかかいたり、存在そのものをなかったことにする奴らといい、老害な上層部や呪いを撒き散らす呪霊といい本当にこの世の中はクソばっかりだ。

 

「虎杖君、私と五条さんが同じ考えとは思わないでください」

 

内心、頷いていたら出てきた七海の言葉に藤花はだろうなと思う。

彼は定められたルールに従う人間だ。上層部に思うところがあってもだ。

そんな七海からしたら虎杖は厄介な存在でリスクを背負いたくないと思うのも当然だ。

 

私も宿儺が大きな爆弾であると分かっている。と同時に有用な手段だとも思っているのだ。

七海との違いはリスクとメリットを天秤にかけ、メリットを取ったことだろう。

 

「私はこの人を信用しているし、信頼している」

 

五条悟は現在、三人しかいない特級呪術師の一人で自他ともに認める『最強』。

仕事以外はアレだがそれを除けば多くの者から一目置かれ、内心頼りにされている。

彼の後輩であり、近くでそれを見る機会が多かった七海が信頼を寄せるのも分かる。

 

藤花は反対側でドヤ顔する五条を横目にこういうところが癪に障るんだよなと改めて思う。

 

「でも尊敬はしていません」

「あ”あ”ん?」

 

キッパリと尊敬していないと言う七海にさっきまでドヤ顔をしていた五条は凄む。

呆れた様子の虎杖の隣で藤花は当たり前だと言う風に頷く。

 

「藤花も何頷いているの!?」

「は??あなたのどこに信頼され、尊敬される要素が??」

 

五条の言葉に何を当たり前な事をと痛い奴でも見るように聞く。

 

「ウソ!?七海より酷いんだけど!!」

「私には解りかねますので是非、レポートにでもまとめてください。機会があれば読みますので」

 

構ってくる五条をしっしっと犬のように払って適当に遇らう。

 

機会があれば読むって…それ絶対読まないヤツと虎杖と七海は内心そう思った。

話が別方向に行ったので七海は咳払いして話を戻す。

 

「要するに私もあなたを術師として認めていない」

 

そういう意味では彼女もそうだと思っていたのだがと七海は藤花を盗み見る。

 

基本的に辛辣で嫌味を吐く彼女であるが意外なことに物事の判断は客観的だ。

物事を冷徹に見極める彼女は爆弾を抱えるリスクがどれくらいのものか分かっているはずだ。

 

大方、彼女も七海と同じように五条から面倒を押しつけられたのだろう。容易に想像がつく。

 

人嫌いな彼女が下級生たちと交流することもないため、虎杖と知り合ったのもその時だろう。

せいぜい数週間、とても短い時間だがその割には普通なのだ。

 

藤花の虎杖に対する態度と距離が。

 

「言われなくても認めさせてやっからさ。もうちょい待っててよ」

「いえ、私ではなく上に言ってください」

 

ぶっちゃけどうでもいいと虎杖の出端を挫く七海を見てやっぱりと藤花は思う。

 

藤花も数回ほど七海と組んで任務をやったことがある。

その時に七海は生真面目な人間であると理解した藤花は虎杖とは微妙に噛み合わないだろうなと思っていた。

五条とある程度付き合っていける貴重な人だし虎杖と組む分には問題ないだろうけどとも思ったので特に何も言わなかったが。

 

「藤花先輩、この人とはなーんか噛み合わない…」

「当然でしょう。あなたとは性質が正反対なんですから」

「………」

 

内緒話をするように小さな声で話し合う二人を見て七海は本当に珍しいものを見たという思いを胸の中にしまった。

 

 

 




サブタイ違うのがいいかもだけれどもこれはこれで気に入っている。



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玖:その晒された骨はまるで



テンポ良くいきたいなあ…


 

 

 

どうやら最近は映画に縁があるようだ。

 

現場となるキネマシネマの看板を見上げながら藤花はどうでも良いことを考える。

普段なら仕事中にそんなことは考えないが今回、藤花はただの付き添いだ。

現場責任者は七海で虎杖にこの仕事で何を教えるのかも七海に委ねられている。

 

上映終了後に従業員が清掃に入った時に男子高校生たちの変死体を発見したらしい。

それを受けてやって来た警察が現場を見て警察の領分ではないと判断をした結果、高専(私たち)が呼ばれたのが今回の顛末だ。

 

虎杖は七海からの簡単な説明しか受けていないが藤花は七海と共に伊地知から詳細を貰っている。

今まで虎杖がやっていた任務──現場にいる呪霊を祓って終わりなものよりは単純なものではない。だが、一歩先にいくのには十分なものだ。

 

……やっぱり、私は必要ない気がする。

 

内心そんなことを思いながら藤花は七海と虎杖の後ろに続いて現場に足を踏み入れる。

休憩所も兼ねているのだろう。

テーブル席に座ったスーツの二人組の片方がじっと通り過ぎる七海たちを見る。

 

私たちを呼んだ警察だ。刑事と言った方が良いのだろうか?

非術師(一般人)がいる現場は正直言って好きじゃない。

今回のように遠巻きで見ている分には良いが中には噛み付いてくる奴らもいるのだ。

 

呪術師はマイノリティな存在だ。

私たち術師にとっては呪霊の存在は当たり前で、それに伴った被害について不思議に思うことはない。

でも、一般人である彼らは違う。現実にはない空想のような現象に理解なんて示せない。

彼らがやれることは精々、見なかったことにするか、それに関わっている人間をバケモノだと指をさすことのどちらかだろう。

 

今回出会った刑事たちが噛み付いてくる人間でなくて良かった。

対応が面倒なことこの上ないし、それを初めて目の当たりになる虎杖も含めて気分が良いものではないから。

 

「見えますか?」

 

現場であるシアターの入り口で七海は珍しい形をしたサングラスのブリッジを上げて問う。

それは一歩後ろにいる藤花に対してではなく、隣でじっと宙を睨んでいる虎杖に対してだ。

 

「いや、全然見えない」

 

虎杖は難しい顔のままキッパリと言う。

 

「本当にあるの?残穢ってヤツ」

 

藤花の講義によって虎杖は残穢の存在は知っているが実際に見たことがないためか半信半疑だ。

 

現場に呪霊、被害をもたらした術師──呪詛師がいない場合は現場に残された痕跡を辿って追跡する。

残穢と呼ばれるそれは術式を行使すれば必ず残る痕跡だ。指紋と同じように残穢も人によって違う。特に呪詛師を相手にするならば残穢は絶対に見ておかないといけないものだ。

 

今まではそれが出来なくても問題ないものだったがこれからはそうはいかない。

なので、七海はまず虎杖に残穢を見るように促す。これが出来なければ調査が始まらない。

 

五条から虎杖の教育を任されているので出来るまで付き合うつもりだがあまりにもダメだった場合は付き添いで来た藤花に任せて先に行くことも考えている。

 

「先輩は見えてんの?」

「当たり前でしょう。初歩中の初歩ですよ」

 

目を凝らしても全く変わらない景色に虎杖は藤花にも確認をするが藤花はなんてことのない顔で地面にある虎杖には見えないナニカを目で辿っている。

そこに藤花たちが言う残穢があるのだと虎杖は察してもう一度見るがやはり何も変わらない。

 

それを横目で見た藤花はまあ、素人だから仕方がないかとため息をつく。

藤花のため息に現場に入るまで意気揚々だった虎杖の気分は下がる。

 

少年院で自分は弱いことを思い知った。

五条先生と藤花先輩から呪術について何も知らないことを学んだ。

 

それでも前に比べれば強くなっている。

順調に強くなっていると思っていたが先輩たちが初歩中の初歩で躓いていることにもどかしさを覚える。

 

「いいですか?残穢は()()()()()()()()()痕跡です。呪霊と比べればその存在はとっても薄いんですよ」

 

思わずいつもの流れで口を出した藤花だが今の藤花は付き添いに過ぎない。

最初に言った通り、今回の現場責任者は七海で虎杖に物を教え導くのも七海の役目なのだ。

余計なことをしたかと眉間のシワが僅かに深くなる。

 

「ええ、玉蟲さんの言う通り残穢は()()。なので目を凝らしてよく見てください」

 

七海はそのことに何も言わず虎杖に目を凝らすように促す。

半眼で唸っていた虎杖だったがようやく残穢を見れたようで見えたと嬉しそうにする。

 

「当然です。見る前に気配で悟って一人前ですから」

「まあ、ズブの素人から素人に毛が生えた程度には進歩しましたね」

「もっと褒めて伸ばすとかさぁ…ないの?」

 

それに対して七海たち二人はキッパリとした反応で虎杖は思わずぐぬぬと唸ってしまう。

 

「褒めも貶しもしませんよ。事実に即し、己を律する。それが私です」

「…褒めてますが??」

 

先輩、それは褒めているとは言わないと虎杖は思わずツッコむ。

 

「二人ともシビアだなあ…」

 

別にシビアではないのだがと物申したい気分になる藤花だが調査を進めようとしている所に割って入る必要はないかと言葉を飲む。

 

「さて、ここからは別行動を取りましょう。玉蟲さんは中を、私と虎杖くんは外を見ます」

 

今回の件に関係がありそうな呪霊の気配は複数ある。

大雑把に分けると七海が分けたように中と外。

一つずつ順に対応するよりも七海が言ったように二手に分かれて行動した方が遥かに効率的だ。虎杖に物を教えながらだと尚更。

 

七海からすれば付き添いとは言え一級呪術師が同行しているのにそれを使わない手はない。

藤花も同じ立場ならそうするのだから七海は何も間違った事は言っていない。

ただ、一つ藤花の心情を除けば。

 

通常ならば、七海が提案するよりも先に藤花が提案してさっさと行動に移していただろう。

 

朝と比べると格段に良くなっているが平時と比べると不調であることには変わりない。

足手纏いにならないと判断して──実際に不調でも遅れを取らないレベルだ。ついて来たがそれでもあまり離れたくないのが正直なところだ。

だが、このことを二人に言うつもりがない藤花にはそれを却下する理由がないのだ。

 

それにさっきのように余計な口出しをしてしまうかもしれないので別れて行動することは別の意味で好都合でもあった。

 

「……まあ、そのくらいならば」

「…藤花先輩、何かあった?」

 

渋々と言った藤花の様子に気合を入れて先に進もうとしていた虎杖はきょとんとした顔で聞く。

 

「何もないですよ」

 

藤花は虎杖の方を見ずに答えてシアター内に足を踏み入れた。

 

 

◇◆◇

 

 

自身の持つ珍しい術式が原因なのか藤花は探知や解析が他の術師に比べると秀でている。

建物内にいる呪霊が何処にいるのかはもう分かっており、後は祓うだけだ。

 

さて、やるか。

 

いつもならスティレットを脳天に突き刺して倒しているが今はなるべく動き回りたくない。

気配からしてそこまで強くなさそうだし、対人用の術式にあたる蟲だけでも十分そうだ。

 

そう判断した藤花は呪力を身に潜ませている蟲たちに供給して呪霊を喰らうように命令を下す。

手始めに喰らうのはシアター内を彷徨いている呪霊たちだ。

 

ぶぶぶと羽音を鳴らしながら飛んでいく蟲たちを一瞥して藤花はゆっくりと後を追った。

 

「はぁ…」

 

呪霊にしゃぶりついている蟲たちを横目に藤花は出入り口近くの席に座って一息つく。

今頃、七海は屋上で虎杖に戦い方の一つでも見せているのだろう。

術式を持っていない虎杖には出来ない戦い方だが今後の戦いの参考くらいにはなるだろう。

 

呪霊に関してはこの程度に遅れを取るほど弱くないから大丈夫だろう。

技術はまだまだ未熟で及第点ギリギリだが逆にそれで他にはない持ち味を出している。

 

「…?」

 

別れた二人について考えていると呪霊の何かに違和感を覚えた。

しゃぶりついている蟲たちに離れるように命令を下して呪霊を調べる。

 

蟲に肉の大部分を喰われ、骨を晒している呪霊。

なかなかにグロテスクな光景だが呪術師であり、蟲使いである藤花にとっては見慣れたものだ。

よくよく呪霊を見ると違和感は大きくなる。

例えばその晒している骨は何処か見覚えがある物だ。

 

まるで教科書に載っていたり、理科室でよく見かけていそうな────

 

「……」

 

藤花は頭に該当する部分に手を置いてこの呪霊の術式を解析する。

もともと隠そうとしていなかったのかその結果は直ぐに出た。

 

バイブ音が鳴り、藤花は仕舞っていた携帯を開く。

七海からの電話だ。

 

「はい」

『玉蟲さん、報告したいことがあります』

 

いつも固い口調な七海だがなんとなくいつも以上な気がする。

無理はないかと藤花は目の前の呪霊を見下ろす。

 

『私たちが戦っていたのは──』

「──人間、ですよね。こちらも確認しました」

 

そう、この呪霊は人間なのだ。

正確には人間を無理矢理、改造して呪霊になったモノと言った方が良いだろうか?

恐らく形を変えられるまでは生きていた。

 

今回の事件の発端である男子高校生たちの延長線上に当たるものだろうと藤花は考える。

 

「詳しい原因を調べるために持って帰りますか?」

『…ええ、身元を調べるのにも必要ですから』

 

電話を切った藤花は目の前にいる呪霊を一瞥して他の倒した呪霊にも目を向ける。

一通り倒し終えた後、蟲たちは呪霊をしゃぶり尽くしていた。

 

この蟲たちは術者の呪力を糧にするだけではなく、他の呪力や血肉も糧にする。

蟲たちにとっては攻撃は捕食と同義なのだ。

 

この術式の術者である藤花にとっては見慣れたモノで、藤花の術式である蟲がどのような存在であるか知っている七海は内心思うところがあるだろうが何も言わないだろう。

 

だけどつい最近まで一般人だった虎杖は違う。

普通の呪霊だったらちょっと引くぐらいで特に思うことはないだろう。

でも、この呪霊たちは人間だったモノだ。

 

七海の雰囲気から虎杖にはこのことはもう伝わっている。

虎杖の倫理観はそこまで狂ってはいない。

形を無理矢理、変えられた上に蟲によって貪られたこの姿を見せるべきではないだろう。

 

虎杖たちがこちらにやって来るまである程度、見えを整えるなりなんなりした方がいいか。

 

今日は戦う予定でもなかったので持ってきたものは最低限だ。

こうなると分かっていたら楽に切り刻めるアレを持ってきたのに。

 

証拠隠滅も含めてこの短時間では大して出来ないがやらないよりかはマシだろうと藤花はため息を着きながら袖に隠し持っていたスティレットをくるりと一回転させて逆手に持つ。

 

そしていつの間にか側にいた蚊のように細長い口器と何かを限界まで溜めたようにパンパンに膨らんだ赤い腹を持つ蟲にスティレットを突き立てた。

 

 

 



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捨:良い先輩であるはずがない

 

 

 

呪霊を高専に持ち帰った三人は解剖の結果を待った。

藤花や七海が確信していた通り、それの元になったのは人間だった。

 

『映画館の三人と同じだな。呪術で体の形を無理矢理変えられている』

「それだけなら初めに気づいていますよ。私たちが戦った二人には呪霊の様に呪力が漲っていた」

 

電話越しに告げられる家入の言葉に七海はそれはおかしいと言う。

 

普通の呪術の素養がない人間には呪力はない。いや、あるにはあるがないの誤差の範囲内に収まるくらいのもので直ぐに気づくものだ。

呪霊と同じ身なりにされていたとしても呪力が全くなかったり、違和感があったはずだ。

 

七海はそれを仕留める寸前まで人間だと気づかなかった。それほどまで普通の呪霊と遜色がなかったのだ。

腕時計を身につけていることに気づかなかったら呪霊として止めを刺していただろう。

 

『そればっかりは知らん。玉蟲、お前の方でも軽く調べたんだろう?何かないか』

 

その言葉を受けた家入はバッサリと切り捨てる。

 

家入は反転術式と言う術師にとって高難易度の術式での治療術が出来る数少ない人物である。

高専卒業後に医師免許も獲得しているから人体面には明るいがそれ以外は専門外だ。

 

術式に関してはどちらかと言うと藤花の方が専門的だ。

彼女はどういうわけか──恐らく彼女の家が呪霊や術式に対しての研究を行っていたことが関係しているのだろう。術式の解析能力が秀でている。

流石に五条の持つ六眼には劣るがそれを抜きにしても他とは一線を画している。

 

そんな玉蟲が現場にいたのだ。こっちに持って帰るまでに彼女なりに調べて何か掴んでいるだろう。

そう思った家入は七海とともに報告を聞いているはずの藤花に話を振る。

壁に寄りかかって報告を黙って聞いていた藤花は話を振ってきた家入に頷いて口を開く。

 

「そうですね…ざっと調べた限り、あの術式は打ちこまれたモノを変質させているのではないかと」

 

藤花自身もそれについては隠す気はなかったので素直に自分の所感を述べた。

これから更に調べるとは言え、これについては共有した方が良いと感じていたからだ。

 

「つまり、人間から呪霊に変質させられたと…?」

「ええ、それなら七海さんが最初に持った疑問は解消されると思います。非術師──一般人は私たちの様にそれを扱う技量も量も持っていませんが無自覚に呪いを形成する一助となるくらいの細やかな呪力は持っています。恐らくその術式で呪力を無理やり呪霊並に増幅させられたのではないでしょうか?」

 

藤花の言葉に七海はなるほどと頷く。

術式による効果ならばそれはあり得るかもしれない。

七海も藤花がそれについては秀でていることを知っているので大凡は外していないのだろう。

 

「と言っても詳しいことは私にも分からないので術者本人に聞いた方が確かでしょう」

『そうだな。こちらも調べたところ、脳幹あたりにイジられた形跡があった。脳までイジれるなら呪力を使える様に人間を改造することは可能かもしれん』

 

詳細は犯人に聞いた方が良いと言う藤花に家入は同意して先ほどの報告を更に付け足す。

 

『脳と呪力の関係はまだまだブラックボックスだからな』

 

一通りの報告を終えたので四人の間に無言の間ができる。

そんな中、藤花はちらりと虎杖を見る。

別れる前まではやる気満々だった虎杖だが合流してからはそのやる気はなりを潜め、ずっと無言だ。

 

今回は呪霊を祓うだけの話だった。その後に呪詛師との対決はあっても殺すまではせずに生け捕りにする予定だった。

突然の一般人への被害。それも知らずのうちに仕留めようとしていたことに思うところがあるのだろう。

 

そうだ、虎杖はいるかと家入は近くで聞いているはずの虎杖にフォローを入れる。

 

『君が殺したんじゃない。その辺り、履き違えるなよ』

「はい…」

 

その言葉で神妙な顔をしていた虎杖は眉を下げた。

 

「どっちもさ、俺にとっては同じ重さの他人の死だ」

 

家入との通話を終えて虎杖はポツリと言葉を溢す。

 

「それでもこれは…趣味が悪すぎるだろ」

 

青筋を浮かべて本気で怒る虎杖を初めて見た。

 

呪術に関わった人間の末路は碌なものではない。

 

最初の頃は虎杖のように怒ったり、嫌悪が募るものだろう。

そんな人として当たり前な感覚が薄く、そして無くなってきている。

 

虎杖のように自分のことのようにも思えないし、かと言って身近なことにも思えない。

どこか遠い、画面の向こう側のような感覚なのだ。

 

さり気なく藤花は七海たちから視線を逸らす。

 

何となく、そんな自分と善人である七海たちとを見比べたくなかった。

 

「あの残穢自体ブラフで私たちは誘い込まれたのでしょう」

「一連の犯人は相当なやり手です。これはそこそこでは済みそうにないですね」

「そうですね。もし、最初に考えていた通り呪霊ならば人間並みに高度な知能を持っていますから」

 

一応、犯人が呪詛師である可能性もあるがそれは低いだろう。

 

被害者の他に現場にいた人物は一人だけ。

手口から相当なやり手であることが分かっているのだ。

呪詛師なら高専が動くことは当たり前で、こんな怪しんでくれと言っているような状況にはしないだろう。

 

呪霊は階級が高くなるほど知能が高い傾向にある。あとは人に近い姿も取っていることも多い。

まだ直接会ってはいないが恐らく、人の形をしているのだろうし階級も一級か特級に当たるだろう。

 

最初は虎杖に補助する形で七海がいれば終わる簡単な仕事だと思っていたのだがどうにもそうはいかないようだ。

七海の性格からこれからどう捜査を進めるのかを予想しながら藤花はため息を一つついた。

 

 

◇◆◇

 

 

報告を終えてそれを飲み込むために一旦休憩となった。

この休憩は主に虎杖に向けたもので七海はこれからの詳細を詰めている。

藤花もそれに付き合うつもりだがその前に外の空気を取ろうと建物の外に向かう。

 

その途中にある自販機前で虎杖が佇んでいた。

 

それに気づいた藤花は無言ですれ違うべきなのか少し悩みながら進む。

ヒールの音で藤花が近づいてきていたのが分かったのか虎杖がこちらを振り返る。

 

あと1メートルと言ったところで藤花は足を止めた。

短い付き合いだがその中でも一番の情けない顔だ。

 

「藤花先輩……俺、出来るかな?」

 

眉を下げた虎杖が初めてもらした弱音に藤花は一つ瞬きをする。

 

藤花はてっきり虎杖が弱音を吐くことはないと思っていた。

今までだってちょっと情けない顔をしていたが弱音自体は口に出したことはなかったから。

 

まあ、でも彼が弱音を吐いたのならそれに何か返すのが先輩としての勤めだろう。

 

「虎杖くん、はっきりと言うとあなたにはそこまで期待していません」

 

口を開いて藤花が出したのは肯定や慰めの言葉ではなく、ナイフのように鋭利な言葉だった。

まさかそんな言葉を言われると思わなかった虎杖はうっと胸を抑える。

 

「散々言ったでしょう?あなたはズブの素人です」

「確かに言われたけど散々は言われてない…」

 

虎杖が藤花にズブの素人と言われたのは残穢を見れるようになった時くらいだ。

あの場面で褒め言葉として出たので内心そう思っていたことが多かったのではないかと薄々察していたが実際にそうだと言われると悲しくなってくる。

 

「そうでしたか。まぁ、この界隈は常に人材不足気味ですがズブの素人にそれを求めるほど逼迫していませんよ」

 

虎杖の否定に藤花は虎杖と出会ってからの日々を軽く思い出す。

…確かに言うほど言ってなかった気がする。

それはそれと藤花は置いておいて話を進めることにする。

 

「つまりですね…私も七海さんも今の段階で虎杖くんがそれをする必要はないと思っています」

「そもそもこれは誰だろうと出来るまでに時間がかかる問題ですから」

 

呪術師として生きていくのならばその覚悟は何時かはしないといけないものだ。

でもそれはその事実に直面してすぐに決めるものではない。

虎杖のように一般人で善人であるほど悩んで悩んで悩み抜いてようやく清濁併せ呑むように飲み込んでいくものだ。

いや、()()()()()()()()()()

 

例えば一刻の猶予も許されない状況だったらそんな暇はないが今回はそういう訳でもない。

藤花でもそう思うのだから呪術師である前に大人としての責務を果たそうとしている七海は尚更だろう。

 

それでも何か言いたそうな虎杖に藤花は敢えて虎杖を追い越して数歩進んだところで歩みを止めて大きな独り言を溢す。

 

「……まあ、これは独り言ですけどあのような状態になったら元に戻る術はないです」

 

自分だったら多少の融通は効くが他の者があの状態になってしまえばお手上げだ。

反転術式の使い手でない藤花でもそうなのだ。反転術式のスペシャリストである家入もやられた直後でなければ望みは薄いだろう。

 

これは下手人がいる限り、目の前に立ち塞がるどうにもならない現実だ。

 

その時に藤花や七海がいれば虎杖にはまだ早いそれを代わりにやることができるだろう。

ただ、現実は藤花たちが想像するほど甘くはないと藤花は知っている。

 

もし、その時に藤花も七海もいなかったら?

 

その有り得るかもしれないもしものために藤花は言葉を紡ぐ。

 

「これ以上、苦しませないように一撃で屠るのが彼らにとっての救いとなるでしょう」

 

自分とは違って他人のために本気で怒れる善人である彼が迷わないように。

 

「被害を出さないことも大切ですが、もし出てしまったのならばそれが私たちに出来る最大限の慈悲です」

 

殺してしまったと背負う必要のない咎を背負い、自分を責めないように。

 

後ろを向いているから表情は見えないし、言い方は素っ気ないが普段は一切見せない思いやりがこもった言葉に虎杖は思わず破顔する。

小さな先輩だがこの時ばかりはその背中が大きく見えた。

 

「…藤花先輩。高専(ここ)で出来た初めての先輩が藤花先輩で良かった」

 

虎杖から有り得ない言葉を聞いた藤花は自分の耳を疑う。

思わず虎杖の方を見るがさっきまでの弱音を見せていた姿とは打って変わりニコニコとしている。

そこで漸く自分の聞いた言葉が空耳ではないと理解した。

 

「は?どこをどう考えてその結論に到るんですか?頭湧いているんですか?」

 

そう認識した瞬間、藤花から出たのは拒絶の言葉だった。

 

だってそうだろう。藤花が虎杖たちに付き合っているのは全て打算ありきなのだ。

 

藤花は虎杖のことを特級呪物の確実な処理方法として見ているのだ。

今の言葉だってそれでまた殺されるような事態を避けたかったからもらしたのだ。

 

それに藤花は何時だって毒を吐いている。

その割合は上層部が大部分を占めているがそれでも誰彼構わず辛辣で嫌味を言っているイヤな奴なのだ。

他にも藤花は()()()()()()玉蟲家の出だ。呪術師たちの藤花への印象は当然マイナスだ。

 

いろいろ並べたが藤花は自分がどう思われているか自覚しているし、高専内で一番付き合いたくない先輩が自分であると自負しているのだ。

 

例え虎杖がその実態を、流れている噂を知らなくても普段と同じ態度で接しているのだからそう感じているはずなのだ。

罷り間違っても良い先輩だなんて思うはずがない。

 

だから藤花は虎杖が何で自分を良い先輩だと言ったのか本当に分からなかった。

 

酷いとギャーギャー騒ぐ虎杖を藤花はまるで別の生命体でも見るかのような目をした。

 

 

 



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捨壱:まだ子供ですから

 

 

昨日に引き続き、同じ建物の一室を借りている。

通常ならば高専にある会議室などを使うのだが高専側では死んだことになっている虎杖がいるので高専とは縁もゆかりもない一般の公共施設だ。

 

この部屋を抑えた伊地知は虎杖を迎えに行って今はいない。

七海はホワイトボードに持って来た地図を貼った後にスペースを空けるために手前一列の机を後ろに寄せている。

虎杖を置いて一足先にやって来た藤花はその様子を腕を組んで机に軽く腰掛けて見ていた。

 

「これからどうするつもりなんですか?」

 

昨日のことを受けて藤花は七海がどのような対応を取るのかは予想出来ていたが敢えて聞くことにした。

 

「私は単身乗り込みます。玉蟲さんは虎杖くんたちと共に行動してください」

「…やはりそうしますか」

 

藤花は七海によって貼られた地図を見る。

地図に書かれた印はここ最近、行方不明になった者や変質死した者を表している。その付近にある矢印は『窓』が実際に確認した残穢の流れだ。

 

その矢印を辿っていくとある一点を指している。

呪霊の根城の一つだろうと考えつくがあからさますぎる。

高度な知能を持っているのなら残穢の痕跡を可能な限り消しているはずだ。それに加えて撹乱するという考えも思いついているはずだ。

それなのにそれをせずに根城の一つだろう場所を突き止めさせている。

 

随分と露骨な誘いなことだ。

 

そう分かっていても無視することはできない。

 

「ええ、それに今回の一件は虎杖くんには荷が重いでしょう」

「それについては同意見です」

 

根城ならば映画館で会ったような元人間の呪霊も沢山出てくるだろう。

既に人を、呪詛師を殺してきている私たちには然したる障害にならないが彼の場合、話は変わる。

 

虎杖はまだ、人を殺したことはない。

 

死について他と違った価値観を持つ彼にとってそれは短期間で呑み込むことはできないことだ。

もし、連れて行ったところで攻撃することに躊躇して動けなくなることは目に見えている。

 

本来ならば虎杖の成長を促すための任務で七海が先導するがその主体は虎杖のはずだった。

だが、予想していなかった方向になったため、予定を変えざる得なくなった。

 

即ち、即時殲滅による事態の解決。

一級術師の藤花と七海の二人が共闘すれば解決するだろうがそれは難しい。

藤花と七海が二人で行動し始めたら意外に察しの良い虎杖のことだ。なんだかんだ理由をつけて二人の元に行こうとするに違いない。

 

まだ会ったこともないが藤花たちは戦い始めたら虎杖に気を遣う余裕がないことは確信している。

それぐらいの手練れだと認識している。

 

虎杖が納得する理由もこの短時間で用意できない。かと言って伊地知だけでは虎杖を止めることもできない。

 

どちらかが虎杖と共に残り、もう片方が倒す。

それが藤花たちが用意できる最もベターな策だ。

 

「虎杖くんのフォローを頼みます」

「すんなり誤魔化されてくれると良いんですけどね」

 

七海の頼みに藤花はため息を一つついて伊地知が置いて行った資料に目を通す。

被害者たちの他に現場にいた一人についてだ。

 

資料と言っても昨日の今日なので大した情報は載っていない。

その人物の名前と住所、被害者たちとの関係くらいだ。

ついでに現場のカメラの映像を切り取ったのだろう画質の粗い顔写真もある。

 

七海は”調査”についてはそこまで進展していないと嘯くだろう。

そして”調査”を進めるために別行動を取ると言い、虎杖に違うことを振る。

その時に虎杖に振っても違和感がなく、さり気なく遠くにやるにはこれは打ってつけだろう。

 

 

◇◆◇

 

 

報告会を終えて藤花は虎杖と共に伊地知が運転する車に乗り込む。

吉野順平──映画館にいた少年だ。の調査をするためだ。

 

七海に仕事を任されたからか虎杖はとてもやる気だ。

その調査は虎杖が思っているほど重要ではないし、なんなら虎杖を蚊帳の外にするために任されたと知っている藤花はなんとも言えなくなる。

 

車を走らせて遠目で吉野を確認した虎杖はどうやって話を聞くか伊地知に聞く。

 

「今回の場合は玉蟲さんの蟲を使っても良いのですが…よくある手法としてこっちを使います」

 

それを受けた伊地知は助手席に置いていた小さな檻を膝に持ってきて後部座席から身を乗り出している虎杖に見せた。

伊地知はあくまでも任務の流れを教えながらやる姿勢を崩さないようだ。

 

「それって呪霊?」

「『蠅頭』。四級にも満たない低級の呪いです」

 

檻に入っているのは成人男性の掌2個分あたりの肌色の生物が三体。

羽が生えているがそこだけは何故か白い。顔の方はゆるキャラの中でもキモカワと言われている方に近いものがある。

外に出たいのかそれぞれ鉄格子のすぐそばにいたり、ひっついている。

 

虎杖は檻に入れられた蠅頭をへぇ〜と見ていたが伊地知の言った言葉に疑問を持ったのか隣に座っている藤花へと顔を向けた。

 

「先輩の蟲って何?」

「腐っても名家ですから一応、一家相伝の術式があるんですよ。一言で言うと伊地知さんが言ったように蟲でそれを操ります。玉蟲の呪術師はその術式から蟲使いとして有名なんです」

 

なんてことのないように言う藤花に虎杖はそうなんだと思うと同時に藤花との鍛錬が脳裏を過ぎる。

 

藤花の術式を一回も見たことも聞いたこともなかった虎杖はその身のこなしからてっきり近接戦闘向けの術式だと思っていた。

まさか、その身のこなしとは全く関係ない術式だったとは思わなかった。

 

でも、先輩の動きって言葉に表すと蝶のように舞い、蜂のように刺すってカンジだからある意味あってるかも…?

 

「……。話を続けますが、人気のないところに出たらコイツに彼を襲わせます」

 

藤花の説明が終わったのを見た伊地知は話を続けた。

蠅頭を吉野に襲わせると聞いた虎杖は大丈夫なのかと驚いた。

 

「大丈夫です。蠅頭は人も殺せない呪いなので。せいぜい纏わりついてウザいとかちょっとした悪戯をされるくらいですよ」

 

強力な呪術が使えない補助監督が管理できるくらいなのでと藤花が補足説明をする。

 

蠅頭は本当に大したことが出来ない呪いだ。

どれくらいかと言うと寄ってきた虫を振り払う感覚で祓うくらい大したことない。

ついでに虎杖に置き換えると戯れに放った逕庭拳の最初のインパクトの時点で塵になるレベル。

 

伊地知は吉野の蠅頭に対する反応を見てどんな対応をするのか虎杖に教えていく。

 

「ここからは車を降りますよ」

「なんか自作自演みたいで気が乗らないなあ」

 

虎杖への説明も終わったので吉野を見失わないようにしながら近くのパーキングに車を停めた。

 

「馬鹿正直に言って違ったら痛い人間ですからね。こうやって実際に試す方が手っ取り早いですし、余計なことにならないんですよ」

「まあ、そうかもしれないけどさあ…」

 

虎杖は高専に行くきっかけとなった事件まで幽霊や呪いが実際に存在しないと思っていた。

その時より前に呪いが見えるかと知らない人物に聞かれたら間違いなく逃げるし、悪質そうだと思っていたら警察に突き出していた。

そういう意味では大したことない呪霊を襲わせて反応を見るという方法は間違っていないのだろう。

 

 

吉野が向かったのは閑静な住宅街だ。

藤花は住所の表記を見てそこが吉野の自宅付近だと気づいた。

 

一方、伊地知は周りに人がいないかとキョロキョロと確認して電柱の影にしゃがむ。

虎杖も伊地知に続いて中腰になる。

 

「良さそうですね。行きますよ、虎杖くん!!!」

 

周りに人がいないと確認した伊地知は持っていた檻を開く。

檻に視線を向けていた伊地知は植木の影に座っていた太っている男に気づかなかった。

気づいたのは近くにいた虎杖と表記からそちらに視線を向けた藤花だ。

 

「タンマ!!誰かいる!!」

「え?」

 

虎杖が声を上げたがもう既に遅かった。

今か今かと鉄格子にひっついていた蠅頭たちは勢いよく飛び出していった。

 

伊地知は飛び出していった蠅頭たちと空になった檻とを見比べて虎杖は常人離れた身体能力で吉野たちの方へ飛んで行った蠅頭を捕獲しようとする。

虎杖より出遅れた形となった藤花は袖に仕込んでいた千本を手首のスナップで投擲して蠅頭の羽を壁に縫い付けた。

 

壁側に寄りながら虎杖たちの方へ向かいその途中でさり気なく縫い付けた蠅頭を千本ごと回収する。

電柱にぶつかりながらも蠅頭を回収した虎杖は自分の奇行を弁解することもなく、ずいっと吉野に近づいて話しかけた。

 

「待て、今俺が話しているだろ!!」

 

失礼だなと言った様子で太った男──外村は虎杖を退けようとする。

 

「その割には彼はあなたと話したくなさそうでしたが?」

「なんだお前!?」

 

面倒な男だなと思った藤花は口元に手をやりながら会話に割って入る。

藤花が吉野たちを視認したのは遠目で、何を話しているのかは聞こえなかったが吉野の雰囲気は友好的なものではなかったため割って入っても問題ないと考えたのだ。

 

「あなたが良いのならば私たちの話に付き合ってもらいたいのだけど…どうかしら?」

 

藤花はまるで外村が元からいなかったようにスルーして吉野に笑みを浮かべながら提案をする。

虎杖のようにずけずけと言って引っ張っていってもいいが吉野本人が話を聞くと決めたとなればあの男も強くは出ないだろうと藤花は吉野が答えを出すのをじっと待つ。

 

「えっと…」

 

突然のことで何が何だか分からないがこれは渡りに船だ。

吉野はもう外村とは一言も話したくなかったので突然現れた少女の提案は怪しそうだがとても魅力的だ。

 

吉野は藤花が差し出した掌に戸惑いながらも藤花の胸元のボタンをさり気なく見る。

虎杖の胸にあったのと同じようなうずまきのボタンだ。

つい先日言われた言葉を思い出す。

 

────うずまきボタンをしている学生に会ったら仲良くするといいよ。

 

「子供が勝手に決めるな!!」

 

吉野の回想をぶち切るように外村が怒鳴る。

藤花が割って入ったことで隣で様子を見ていた虎杖だったが外村の言葉にカッチンときたのでなおも声を上げる外村に無言で近づいてズボンをずり下ろした。

 

「 」

「は?」

「くっ」

 

突然の奇行に三人の時が止まる。

その間も虎杖の手は止まらず外村を押し倒してドタバタとズボンを回収した途端、走り出してあっという間に角を曲がっていった。

外でパンツ姿を晒す変態となった外村は慌てて虎杖の後を追うが虎杖の常人離れした脚力に追いつくはずもなかった。

 

「なんだったんだ…」

「……。はぁー…」

 

そんな様子を見守る形となった吉野は呆然とするしかなかった。

藤花は眉間のシワをさらに深めてため息をついた。

 

「そんじゃ、行こうぜー」

「えっ、はやっ!!」

 

ついさっき角を曲がったばかりだというのに虎杖は一周して戻ってきた。

その手にはさっきまで持っていたズボンはなく適当な場所で放置してきたようだ。

 

「…虎杖くん、なんであんなことをしたんですか?」

 

頭が痛いと言わんばかりに頭を押さえた藤花はとりあえずワケを訊こうと虎杖に話しかける。

素直に引けばそれで良し。多少の口論になったとしても藤花は構わなかった。

だからこそ藤花はあの男に対してあんなに強気で言ったのだ。

 

「ええー?コイツがアイツ嫌いだから」

 

虎杖はガリガリと頭をかきながらなんてことないように言った。

 

「なんで…」

「なんとなく。あっ違った!?」

「違くないけど」

 

そんなこと言われるとは思っていなかった吉野は思わずじっと虎杖を見る。

 

「嫌いな奴にいつまでも家の前にいてほしくねーだろ」

「確かにあんな男が家の前で出待ちは勘弁してほしいですね」

 

虎杖がやったことは別にしてその言葉には一理あると思った藤花は同意して一先ず場所を移すことを提案した。

 

 

 




玉蟲さん家については追々パンダが解説してくれるはず!
きっと、たぶん、めいびー


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捨弐:有り得ない邂逅


この時期にあり得ない人…一体誰なんだろうなー(棒)


 

 

 

近くの河川敷に場所を移した藤花たちは吉野が呪霊を見えていることを改めて確認した。

虎杖は自分が捕まえた蠅頭を見せて映画館でこういうのを見なかったかと吉野に聞いた。

 

それを見た吉野は一瞬、映画館で出会った知り合いの姿を思い浮かべたが蠅頭とは似ても似つかなかった。

 

「いや、見ていないよ。そういうのハッキリと見えるようになったの最近なんだ」

「……最近、ですか。それは映画館に行った後から?」

「えっと…そう、ですけど…」

 

藤花はそれを聞いて顎に手をあてて考える。

 

吉野のことについてすでに伊地知が軽く調べている。

呪術に関わりのない一般人。彼が最近見え始めたと言うのならその原因は映画館での一件だ。

 

呪いは普段、一般人には見えない。

が、例外はある。

 

呪いが濃い場所にいたり、呪霊に襲われている時などだ。でもそれはその場の時だけで離れれば見えなくなる。

あとは呪いによる人の死際に遭う。

これはそれ以降でも見えることが多い。一般の出で呪術師になった人にも少なからずいた。

 

そういえばと藤花はさっきの質問を振り返る。

虎杖の言葉を要約すると蠅頭に似たモノを見なかった?になる。

 

藤花が考えている呪霊の姿は人間に似た姿をしたモノだ。

この場合、蠅頭に似たモノは藤花が得たい答えを導くには適していない。

 

人間の姿に似たナニカ、或いは誰も気づいた様子を見せなかった人を見なかったか?

 

藤花の求めている答えを得るには吉野にそう聞くべきだったのだ。

 

違うなら振り出しに戻るがもし、そうだったら彼は映画館で例の呪霊と会っているということになる。

 

行き着いた高い可能性にこれは是が非でもオハナシしなくてはならない。

 

「ちょっと、何映画の話を始めているんですか」

 

虎杖と吉野の映画談義に沈んでいた思考が浮上する。

もう話は終わったような態度に思わずツッコミをいれる。

 

「え?だって見え始めたのは最近って言ってたから…」

 

もう聞くことなくなったでしょ?と首を傾げる虎杖に藤花はそういうことじゃないと叫びたくなった。

 

だが、虎杖はつい最近まで呪術と何ら関わりのなかった人間だ。

そんなど素人な虎杖に呪術の知識を懇切丁寧に教えるのが藤花の役割だった。

しかし、術式について優先的にやっており、これについては後回しにしていた。これは完全に藤花のミスだ。

知識もないのだ。一般人が呪霊が見えるようになるという意味を全く持って理解していないのは当然のことだと言えよう。

 

とりあえず今は簡潔に結論を教えて吉野から洗いざらい吐いてもらわないと。

 

あとで説教ついでに教えないとと苛立ちを思いため息と共に外に吐き出す。

何故、藤花が怒っているのか分からずにおろおろしている虎杖の首根っこを掴んで耳元で囁く。

 

「いいですか?最近、見えたということは────」

 

誰かの視線を感じた藤花はその視線を感じた先である橋を見上げる。

 

フードを被った細身の男がこちらを見ている。

一瞬、吉野の家で待ち構えていた教師かと思ったがそもそもの体型が違う上に服を着替える必要性がない。

 

では、あれは誰だ?……もしかして例の呪霊と関係ある呪詛師?

 

逆光でフードの中が見えない。怪しいことこの上ない人物に少しでも情報がほしいと藤花はそっと気配を探る。

 

僅かに漂う()()()()呪力の気配に藤花の背筋が凍った。

 

「────っ!!」

 

藤花の様子が変わったことに気づいた男はクスリと笑うと何でもない風に橋から離れた。

思わず虎杖を突き飛ばして土手を駆け上った。

 

吉野から話を聞くこともあとで虎杖に説教することもすでに藤花の頭から抜けていた。

 

────────あの男を見失ってはならない。

 

ただそれだけが思考を占めていた。

 

「え?ちょっ…藤花先輩!?」

 

突然の行動に驚いて尻餅をつく虎杖の声で幾分か藤花に冷静さが戻った。

 

「二人とも私が戻るまでその場で待機!!」

「えっ!?」

「は?」

 

でもそれは一方的に指示を出す程度でそれだけ言うと藤花は男の後を追いかけて行った。

 

「……君の先輩、どうしたんだろうね」

「さあ?それでさっきの続きなんだけどさ……」

 

走り去る藤花の姿を見送った二人は理由は分からないもののそこにいろと言われたので映画談義に戻った。

数十分後に通りかがった人物によって既にそのことを忘れたが。

 

 

◇◆◇

 

 

あり得ない。あり得るはずがないのだ。

そう思いながらも藤花はひたすらに僅かに漂う呪力を追う。

 

息の乱れを整えながら人気が全くない袋小路の奥で待ち構えている男と対峙する。

見慣れた袈裟の姿ではないが、下ろされたフードから現れたのは見覚えのない傷が額を走っているものの見慣れた顔。

 

信じられないといった表情で藤花は声を絞り出す。

 

「どうしてあなたがこの場にいるんですか。────夏油傑」

「やあ、藤花。あんな呪力でよく気づいたね」

 

さすが優秀なだけはあると言うのは一年前の百鬼夜行──あの騒動で五条悟の手によって()()()()人物。

そしてかつて藤花が密かに師事していた男。

 

「宿儺の器をちょっと見に来ただけだったんだけどね…まさか藤花に見つかるとは思わなかったよ」

「………」

 

成長したねと褒める夏油に藤花はその割には余裕そうじゃないかと思いながらも口にはしない。

 

ただ、何時でも攻撃できるように警戒を高め、袖に隠している呪具であるスティレットを密かに握ると同時に身に潜めている蟲たちをいつでも放てるように呪力を細く送る。

 

「ん〜。藤花にバレちゃったからなあ…どうしようか」

「一戦やってもいいんですよ?」

 

予定外だと悩む夏油に軽口を叩くが内心、何をされるか気が気じゃない。

 

高専の人間が知らない過去を夏油は知っている。

むしろそのために短い期間とはいえ師事したのだ。知らないはずがない。

 

その見返りとして藤花は夏油に協力をしていたのだから。

 

それを含めたことを高専に暴露するのは夏油にとっては赤子の手を捻るほど容易で、藤花にとってはこれ以上ないほどの致命傷だ。

 

藤花にとって高専は上層部がクソなことこの上ないがそれを含めても藤花の目的を達成するためにこれ以上ない場所なのだ。

 

それがもし高専に知られれば藤花は高専には居られない。

その後に高専が特に上層部が何をするのかを想像すればその過去は絶対に隠し通さなければならないことなのだ。

 

「そうだ!藤花には()()()()()()をやってもらおう」

「……従うと思っているんですか?」

「勿論。君は世界で一番大切な子のためならなんだって出来るからね」

 

親族を皆殺しにするくらいなのだからこれくらい簡単だろうと夏油は藤花に微笑みかける。

 

「くっ…!」

 

分かっていたが人質を取られた。

夏油が生きているなんて想定外だ。

どうすればいい?いや、それ以前にあの子は無事なのか?

 

「ああ、大丈夫だよ。不安なら前と同じように”縛り”を課そうか?」

 

動揺しているのが目に見えていただろう。

夏油は藤花が落ち着くように優しく提案する。

 

「それは…」

 

夏油が優位の状況にも関わらず提案された”縛り”に本気かと夏油を見る。

 

「本気さ。なんなら改めて言おうか?『私たちは()()()に手を出さないし、関わらない』」

 

それは藤花が折れる絶対の言葉だ。

ぎしりと奥歯を噛み締めて握っていたスティレットから手を離す。

 

「………絶対ですか?」

「そのための”縛り”だろう?」

「……あなたと関わっている呪霊もですか?」

「ああ、ちゃんと言っておこう」

 

藤花の確認に夏油は勿論だともと頷く。

本当なのかと疑うように夏油を見るがこればかりは夏油の誠実さを信じるしかない。

 

夏油は仲間の呪術師のことを家族意識を抱いている。

一応、藤花もその『家族』に入れられている。藤花的には遠慮したいことだが。

 

「何が、目的なんですか…」

 

あのタイミングでの出会い。恐らく、藤花たちが今追っている呪霊と手を組んでいると見ていいだろう。

だが、なんとも言えない違和感がある。

だからこそ藤花は分かり切っていることを改めて聞く。

 

「おや、忘れたのかい?」

 

夏油は意外そうに藤花を見る。

 

「……覚えていますよ。呪術師だけの世界を、でしょう?生憎、私は賛同できませんが」

 

それを聞いた夏油はよくできましたと言わんばかりに笑みを深めてうんうんと頷く。

 

そう。夏油傑が目指したのは非術師を排除した世界の構築だ。

そこには一般人も呪霊も存在していない。呪術師だけの完全なる世界。

 

────ああ、そこか。そこに私は違和感を感じていたんだ。

 

夏油傑の術式は呪霊操術。文字通り呪霊を取り込み操る術式だ。

ここで注目すべきは夏油と呪霊の間に使役関係が存在する点だ。

夏油にとって呪霊とは呪いを祓う手段であり、自身を強化するものだ。

自分を強くするために呪霊は必要だが、それ以外は祓うべきもの。

 

夏油傑が理想とする世界に呪霊は添え物で罷り間違っても主役にはなり得ない。

 

そう、特級に分類されるほどの高度な知能を持ち、人間との主従関係も築いていない呪霊と協力関係になるはずがないのだ。

 

何故なら夏油の術式によって操る呪霊が人並みの知性がある必要性はないのだから。

むしろ、それは夏油にとって邪魔なものになるだろう。

 

「藤花は呪術師が大嫌いだもんね。私とは逆だ」

「………」

 

高専の人間は私のことを人嫌いだというが別に誰も彼も嫌いであるわけではない。

 

ただ過去の出来事から呪術師に生理的嫌悪を抱いているだけだ。

七海のように善い呪術師がいるということは勿論、解っている。

 

それでも好きになれない。ただそれだけの話。

 

対して、夏油は敵であろうとも若い呪術師なら甘くなる。

若い呪術師同士で互いに身を守り合っているのが『理想の関係』だと自ら語っていたのだからそれは確かだ。

そしてそれが価値観が全く違うのにも関わらず、夏油が私に力を与えた理由でもあった。

 

「……最後に一つ、いいですか?」

「なんだい?」

 

ニコニコと先を促す夏油を睨みつけながらも藤花は途中から感じていた疑念を口にした。

 

「────あなたは、()ですか?」

 

ピタリと夏油は動きを止めた。

さっきまで浮かべていた笑みは消えてスッと細められた目に思わず藤花の身体が震えるが睨み付けるのだけは止めない。

 

「何を言っているのかな。藤花自身が言っただろう?───夏油傑だと」

 

──────殺られる。

 

そう感じた藤花だったがその思考に反して身体は動かなかった。

 

その予想に反して夏油は何もしなかった。

 

細められた目は数瞬で元に戻り、ただ藤花の方へ歩いていく。

徐々に近づいていく夏油の姿を瞬きもせずに穴が開くくらいずっと見続けていたがまた会おうねと夏油はすれ違い際にぽんぽんと藤花の頭を撫でて去っていった。

 

 

「………クソがっ!!」

 

夏油の気配が完全に消えるまで動けなかった藤花は頭をかき乱して近くの物を蹴り飛ばした。

 

早く、早くあの子の無事を確かめなくては。

 

自分の中を駆け巡る衝動のままに携帯電話を取り出し、ボタンを連打して発信ボタンを押そうとしたがその寸前で手が止まる。

 

思い出すのは蹲ってこちらを見上げる絶望の顔をしたあの子の姿。

本当はあんな顔をさせるつもりはなかった。そんなに強く拒むつもりはなかった。

 

あの出来事もあいまってあの子とは疎遠になってしまった。

唯一繋げている保護者としての縁も事務的な物である。

 

あの子の無事を直接確かめて、それでどうする?

 

いきなり電話をしたもっともらしい理由が作れない。

さっきまで駆け巡っていた激情はなりを潜め、代わりに色々な感情が複雑に絡み合う。

 

藤花は電話番号を表示された画面を握り締めてしゃがみこむ。

 

何故かどうしようもないほど泣きたくなった。

 

 

 




設定を盛っていることは自覚している
だけどやめられなかったんじゃ


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捨参:回収しに来ただけ

タイトルをつけるセンスが欲しい。


 

 

「……いない」

 

荒波だった気持ちをどうにか沈めた藤花は思わず放置してしまった虎杖たちと合流しようと河川敷に戻ったのだが肝心の二人の姿が見当たらない。

 

今回の任務は些か面倒事が多い。今の虎杖の実力では例の呪霊と遭遇したら太刀打ち出来ない。

だから虎杖には単独行動は禁止だと口を酸っぱくして言ったはずだ。それなのに……

 

「あのバカ…!!」

 

待機だと言ったのにどこをほっつき歩いているのか。

藤花は額の血管を浮き上がらせながら虎杖に電話をかける。

なお、突然離れて虎杖を一人にさせたことは完全に棚に上げている。

 

『藤花先輩?どうし──』

「今どこにいるんですか?」

 

慌てることもなく呑気に電話を出た後輩に藤花は有無を言わさず居場所を問う。

 

声は地を這うように低い。おまけに虎杖には見えていないが今の藤花は綺麗な笑顔が張り付いていた。

 

あ、これはヤバいやつ。

 

流石の虎杖も藤花が怒っていることを察した。

そう言えば待機って言ってたなと映画談義に夢中のあまりにすっかり忘れていたことを思い出す。

 

「えーっと…あのあと順平の母ちゃんに会いまして…」

『それで?』

 

絶対零度な声に虎杖は電話を切りたくなったがそれだけはダメだと根性で折れそうになる心を支える。

今、電話を切れば確実に闇討ちされる。

 

あの先輩は力が弱いがその分を他に注いで不意をついた攻撃や受け流すことを得意としている。

たまに先輩と手合わせをするが背後からの急襲が暗殺者のそれと分かっているのに未だにうまく対応出来ない。

 

「は、話の流れで順平ん家で晩飯をご馳走になることになりました…」

『待機と言ったはずですよね?』

 

これは待機だと言われたことをすっかり忘れてホイホイと順平たちについて行った虎杖が悪い。

 

「……すみません」

 

自分に非があったことは確かなので素直に謝った。

 

 

「はあ〜〜…吉野順平の家にいるんですよね?」

 

電話越しからもしょげていることははっきりと分かった。

それに人様の家でいつまでも説教しているわけにはいかない。

 

重いため息をついて虎杖に今いる場所を改めて確認する。

そうですけどと返された返事に絶対にそこにいろよと釘を刺して電話を切った。

 

もともと吉野順平から話を聞くために結果的とはいえ家の前で待ち伏せしたのだ。改めて家の場所を聞く必要はなかった。

どんな経緯で一緒に晩ご飯を食べることになったのかは知らないが少なからずバカな後輩が迷惑をかけているのは事実だ。バカを回収するついでに菓子折の一つでも持っていかなくては。

 

一度、寄り道する必要があるな。なるべく近い場所にあるといいけど…

 

住宅街にそういう店がないことは分かっているが話を聞くだけと思っていたのでその周辺についてはそこまで詳しくない。

確認しようと携帯を開くと伊地知から所在を問う連絡があった。

 

「あっ」

 

伊地知がマッチポンプで放った蝿頭は三匹。

一匹は虎杖が捕まえ、もう一匹は藤花が捕獲して持っている。最後の一匹については放置したまますっかり忘れていた。

途中で伊地知がどこかに行ったと思っていたが藤花たちの代わりにそれを今まで追っていたのだ。

これは後輩のことを怒れない。

 

……説教は程々にしておこう。

 

とりあえず虎杖は今、吉野の家にいて自分もそこに向かっていることを伊地知に伝えて虎杖と合流することにした。

 

 

◇◆◇

 

 

「ど、ど、どうしよう…!」

 

一方その頃、虎杖はオロオロとリビングを歩き回っていた。

 

「どうしたの虎杖くん」

 

電話に出てから様子がおかしい虎杖に吉野は訝しみながらも出来上がった料理を並べていく。

 

「途中でどっか行った先輩がいただろ?」

「うん…それがどうしたの?」

 

虎杖の言葉に頷きながら話題の中心となった人物を思い出す。

 

見た目の印象はキツそうな人。

虎杖の呼び方から年上だと分かっているが最初見たときは年下だと勘違いしてしまいそうなほどの小柄だ。

でも顰めっ面な表情やまとう雰囲気がそれを打ち消す。むしろ、学生でないと言われても納得しそうだ。

制服を着ていたし、虎杖自身が先輩と呼んでいたのそれは無いが。

 

あとは自分に差し出された掌は黒い手袋で覆われており、彼らと出会うきっかけともなった担任を冷めた目で見て存在自体を無視していたことから潔癖症かもしれない。

 

「こっち向かっているって…」

「ふーん…え?」

 

あの担任、言動もあれだが、見た目もあれである。と担任をディスっていると思わぬ情報が出た。

誰が、どこに向かっているんだ?と虎杖を見ると真面目な顔でもう一度教えてくれた。

 

「先輩がこっちに向かっている。ついでに怒っている」

 

要らない情報を付け足してくるな。

恐らく、河川敷から離れたことに怒っているのだろう。

待機って一方的に言ってたし、絶対それが原因だ。

 

彼女のようなタイプの人は学校でも会ったことはないがきっと怒らせるとまずいことになるだろう。

能天気な虎杖すら顔色を変えてオロオロしているレベルだ。絶対そうだ。

 

どうする?

なんか理不尽に巻き込まれた気がするけどあそこから離れることになったのは、怒る原因を作ったのはこちらだ。

 

”先輩”に虎杖を差し出せば全て解決することは分かっているがここまで気が合う人を進んで差し出したくはない。

 

「二人とも顔を青くしてどうしたの?」

 

二人でどうしようかとうんうん唸っていると片付けを終えたのか母さんが顔を出した。

 

「母さん…えっと、その…虎杖くんの先輩が」

「あら、もう一人追加?まあ、鍋だからどうにかなるでしょ」

 

どう言えばいいのか迷いながらなんとか言葉を絞り出していたが母さんはもう一人やってくるのかと勝手に納得した。

いや、確かに一人来るけど…そういう感じじゃないんだよ…。

 

「とりあえず先に食べてよっか」

 

僕たちの様子を見れば分かることなのにどう考えたらそんな結論になるんだ。

相変わらず母さんは能天気だ。

 

 

◇◆◇

 

 

なんとか菓子折を見繕って吉野家に向かう途中、七海から殴り込みの結果が届いた。

虎杖を回収してから伊地知と合流する予定だったが負傷しているようなので伊地知にはさっさと七海のところに行ってもらうことにした。

 

こちらは負傷も何も無いので高専の人間に気を付けながら適当にタクシーでも拾って帰れば良いだろう。

 

再び戻ることになった吉野家の前で一呼吸してチャイムを鳴らす。

出てきたのは吉野順平ではなく、彼によく似た女性──きっと彼の母親なのだろう。

 

てっきり、出るのは吉野だと思っていた藤花は突然の母親の登場に思わず一歩下がりたくなるが、踏み止まる。

 

「バカな後輩が迷惑をかけたようで…これ、お詫びの菓子折です」

 

虎杖たちから虎杖の先輩が来ると知っていたのでチャイムが鳴った時にその子が来たのだろうと思った吉野の母──凪はすぐに扉を開けた。

そこに居たのは虎杖と似たような制服を着た少女だ。

きっと彼女が虎杖たちの言う先輩なのだろうと思いながらも随分と小柄なんだなと言う感想が出た。

 

彼女は一瞬、驚いて視線を彷徨わせていたがそれも数秒でやめて持っていた紙袋を凪に差し出した。

 

「別に良いのに…。さ、上がって。あなたも食べていくでしょ?」

 

差し出された菓子折に虚を突かれた凪だったがせっかく持ってきた物を受け取らないわけにはいかないだろうと受け取った。

 

凪は藤花を招き入れようとしたが藤花は少々気まずそうに目を逸らすだけで動こうとはしない。

 

「……虎杖くんを回収しに来ただけですので」

 

虎杖と同じように食べるものだと思っていた凪は藤花の遠回しな拒絶にどうしようかと考える。

先に食べていたが夕食はまだ始まったばかりだ。

 

自分から誘ったとはいえ、最近学校に行かなくなった息子が珍しく友達を家に連れてきたのだ。

どんな子か気になるし、本人たちも楽しそうにしているのでもう少しいて欲しいと言うのが凪の本心だ。

だからと言って虎杖を迎えに来た彼女をそのままにしておくわけにもいかないし…

 

「そう。じゃあ、せめて惣菜でも持っていて。悠仁くん、ある程度食べたけど男子高校生ならまだまだ足りなさそうだし」

 

凪は少し悩んだ末、帰すことにした。

彼女が帰りたがっているのが何となく分かったし、今日で虎杖たちとの関係が切れるわけではないのでまたの機会を設ければいいと考えたからだ。

 

だが、帰すことに決めたがそのままでは座りが悪いのでせめてと言った形で夕食を虎杖たちに渡すことにした。

二人では食べ切れるか微妙なところだったのもあるが。

 

「それは…ただでさえそちらに迷惑をかけてるのに」

「いいって。私のお節介なんだから。詰め終わるまででいいから中に入って」

 

凪の提案を断ろうとしたが勢いに負けた藤花は渋々家の中に入った。

リビングでは吉野と虎杖が喋っていたが凪が戻ってきたのに気づくとその後ろに続いて来た藤花に視線がいった。

 

「藤花先輩…えっと…」

「……。吉野くんのお母さんがご飯を持たせてくれるそうです」

 

気まずそうに視線をウロウロさせる虎杖に藤花は何も言わずに玄関先で決まったことを伝える。

先輩、怒ってなさそう…?と思ったが言外に礼を言えと圧をかける藤花を見て虎杖は慌てて凪にお礼を言う。

あとは夕食後に一緒に映画を見る予定だった吉野に軽く謝って後日にしようと約束した。

 

「わざわざ誘ってくれたのにすみません…」

「いいわよ。外せない用が出来ちゃったとかそんな感じでしょ?また来てくれればいいし」

 

使い捨ての容器に詰められた惣菜を玄関先で受け取った藤花はとってつけたような社交辞令を言う。

社交辞令だと分かっているはずなのに彼の母親はなんて事のないように言う。

 

「またな!順平」

「…うん」

 

別れの挨拶をする吉野たちを見る。

途中であの男に気づいたせいで話を聞くことはできなかった。

家には何も知らない彼の母親がいたこともあって聞けずじまい。

せめて玄関に出たのが彼だったなら手早く聞けたのにと言う思いがある。

 

七海の殴り込み(調査)の結果から相手が生きていたとしてもすぐに動くことはないだろう。

 

明日の朝あたりに接触して聞くか…。

 

そう結論づけた藤花は吉野親子が家の中に戻るのを確認してから虎杖に肘鉄を軽く入れる。

 

「気が合ったからって仕事も忘れてホイホイついて行くなんてバカなんですか?」

「うう…それはホントにすみません…」

 

吉野が今回の一件と関係ないことは分かったがそのあとに藤花たちに何も言わずに吉野の家に行ったのは流石に悪かったと反省している。

 

「でも、最初に仕事ほっぽり出してどっか行ったのは先輩…」

「怪しい気配があったので追っただけです」

 

お前とは違うと藤花は前屈みになった虎杖にデコピンを食らわす。

 

「アダッ!!…怪しい気配ってどうだったの?」

「……別に。今回の一件とは何の関係もない奴でしたよ」

 

悲鳴を上げながら虎杖は追っていった結果を聞く。

藤花は一瞬、あの男との別れ際を思い出して忌々しそうに吐き捨てるように言った。

 

藤花の機嫌が急に悪くなったのでどうしようかとしばらくの間無言になったが、藤花が近くに来たタクシーを呼び止める。

 

「高専に戻りますよ」

「あれ、タクシー?伊地知さんは?」

 

タクシーに乗り込もうとする藤花に虎杖は思わず、疑問を言う。

今日は虎杖、藤花、伊地知の三人で行動すると決めていたはずだ。

伊地知は藤花と別れる前にいつの間にか消えていたが。

自分は連絡を取っていないが藤花のことだ。すでに連絡はしているだろうから合流して帰るのだと思っていたのだ。

 

「ああ、七海さんが負傷しましたので伊地知さんには先に高専に戻ってもらっています」

「え?」

 

なんてことないように言った藤花は虎杖の反応を待たずに車の中に乗り込み、高専の住所を運転手に伝えた。

 

 

 



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捨肆:何もなければね

 

 

 

帰る途中、七海が負傷したと聞いて虎杖は驚いた。

 

どうして調査していたはずの七海が負傷したのか。

傷の深さはどれくらいなのか。

 

聞きたいことがたくさんあったが、眉間のシワを深くした藤花の話しかけるなという様子に黙り込むしかなかった。

 

「この仕事をしている限り君もいつか人を殺さなければいけない時が来る。でも、それは今ではない」

「理解してください。子供であるということは決して罪ではない」

 

治療を終えた七海に噛み付いて聞き分けのない子供に言い聞かせるように丸め込まれた。

 

いや、実際ナナミンから見れば俺はまだまだ子供か…

 

俺は子供じゃないと思う一方、未成年=子供と言う社会では当たり前な法則が頭に浮かんで思わずため息をつく。

 

別行動を取る前に虎杖も藤花も七海は調査を続けると言うことを聞いた。

あの時、虎杖は本当に調査をするのだと思ったし、藤花もそれについては何も言わなかった。

 

でも、そうじゃなかった。

 

数時間前の急に機嫌が悪くなったと思ったらさらりと七海が負傷したことを言った藤花の姿が浮かぶ。

急に機嫌が悪くなったのは話の流れから多分、別行動した結果が空振りだったから。七海の件は関係ないと思う。

 

七海の負傷とそれによる予定外の行動の発覚に対して何か言うと思っていたがそれは一つもなかった。

報告だけ聞いて何処かに行ってしまった。

 

恐らく、いや、絶対。同じ立場にいる(子供である)はずの藤花は七海が何をするのか知っていた。知っていて黙っていた。

虎杖はそこにどうしようもない疎外感を感じた。

 

藤花も七海と同じように一級呪術師だ。同じ学生でも一級呪術師ではない虎杖とは立場も責任も全く違う。

それは分かっている。理解している。

 

でも、納得できない。

 

先輩は俺のこと、どう思っているんだろう?

ナナミンと同じく子供だと思っているのだろうか。

 

パタンと何かが閉じる音が響く。

誰もいないと思っていた虎杖は驚いて音がした方を見る。

 

音がしたのはすぐそこの廊下の曲がり角だ。

今、虎杖がいる廊下とは違い電気は着いていなかったから人がいたとは思わなかった。

 

虎杖は『死んだフリ』をしているので生きていることを知っている伊地知たち以外の高専の人間と出会うのはまずい。

 

どうする!?隠れる?それとも逃げる?

 

いきなりのことにどちらを選択すればいいのか迷っていたらコツコツとヒールの音ともに見慣れた姿が見えた。

綺麗な斜めラインを描く黒とも濃い紫とも取れる色をした髪。

同じ女子生徒である釘崎よりも虎杖たち男子生徒に似た上着に横にスリットが入ったタイトスカートの制服。

 

「藤花先輩…」

 

心臓に悪い登場にいつもの虎杖なら軽く悲鳴を上げて藤花に脅かさないでよと近寄っただろう。

しかし、七海と別れてから考えたこともあって虎杖は囁くように藤花の名前を呼ぶ。

 

囁くだけの声量でも夜が更け、静まり返っている廊下に響くのには十分なもので。

藤花はそこで初めて虎杖の存在を認識したようで振り返った顔は驚いた顔をしていた。

だが、それも一瞬で気まずそうに視線を逸らした。

 

「……先輩はナナミンが戦うって知ってたんだよね?」

「ええ」

 

疑問形を取った確認に藤花は隠す必要もなかったので肯定した。

 

「どうして黙っていたんだよ。藤花先輩もナナミンと同じように思っていたの?」

 

七海と同じように。

藤花はきっとまだ子供だからとかそんな感じの話をされたのだろうと生真面目な七海が言いそうなことを思い浮かべる。

 

「いいえ。それについてはどうでも良いです」

 

バッサリと切り捨てる藤花に虎杖は思わず目を白黒させる。

 

確かに藤花は落ち込んでいた虎杖を慰めることはせずに期待していないと傷口を抉ると同時に七海の意見に賛同していると伝えた。

でも、それは戦力面から見てのことでまだ子供云々だからではない。

 

そもそも、藤花から見れば子供だからは止める理由にはならない。

子供だろうがやらなければならない時は来るし、やる時はやるのだ。

それに大人だろうが子供だろうが飲み込むのに時間がかかるのは多少の差はあれど同じことだ。

 

「虎杖くん、あなたは初めて会った時と比べて知識を身に付けました。まだまだ荒削りですが技術も。ですが、今回の呪霊との戦いではあなたは足手纏いです」

 

足手纏いか否かの質問に七海は答えなくて、先輩は足手纏いだと言った。

悔しくてグッと拳を握る。

 

五条先生やたまに先輩とやる鍛錬は転がされまくるし、まだまだ弱い部類に入るだろう。

それでも足手纏いだと言われるほど弱くはないと思いたかった。

 

「それは…そうかもしんないけど、蚊帳の外はないだろ…」

「事実を突きつけても大人しく待っている(たち)ではないと判断したので」

 

そうでしょうと確信を持って聞いてくる藤花に虎杖はむすっとしながら頷くしかない。

もし、七海に呪霊と戦うから待機していろと言われたら虎杖は絶対に大人しく待つことなんてせずに七海たちについて行く。

 

足手纏いと言われても、自分だけ呑気に待ってることなんて出来ない。

 

転入したその日に五条先生に戦わずに待っていれば良いと冗談で言われたことがある。

呪霊のことを知って、仲間が命をかけて戦っている。

俺は弱くて足手纏いだから仕方がないとか言い訳して待っているとかそんなのゴメンだ。

 

それくらいなら七海たちについて行って怒られながらも戦っている方がまだマシだ。

 

「それに少年院の一件のようにまた死なれては困るんですよ。両面宿儺の気まぐれで生き返りましたが次もそうとは限らないんですから」

「私を面倒事に巻き込んだ挙句、簡単に死なれるとか損でしかないじゃないですか」

 

面倒臭そうにため息を吐きながらそう言う藤花に虎杖は俺はそこまで弱くはないと言いかけたが一度止まる。

 

近付き難い雰囲気を出しているが実際に関わってみると面倒見が良いし、頼んだことはきちんとやってくれるのが先輩だ。

多少なりとも付き合いのある虎杖は藤花のことを良い先輩だと思っている。

 

だけど、欠点はある。

言い方がキツイし、分かりやすい態度を見せない。

虎杖は慣れてしまったが人によっては合わない。

 

そう、藤花先輩は良い先輩だけど人を選ぶ先輩なのだ。

 

それも含めてさっきの言葉の意味を改めて考える。

 

……。

う〜ん、これは心配している…?

聞き分けのない子供扱いされているのがちょっとムカつくけど。

 

なんか違うニュアンスがありそうだが多分、大部分は間違っていないと思う。

虎杖はポジティブな人間なのだ。そういうことにしておこう。

 

「先輩ってどうしてそう棘のある言い方しか出来ないのよ」

「は?事実しか言ってませんが?」

 

ちょっと言い方変えれば良いのにそう言うところで先輩って損していると思う。

 

「とりあえず、先輩が心配してくれることは分かったけど蚊帳の外にされるのはもうゴメンだ。次は何言われようとついて行く」

「はあ?私が何時あなたの心配をしたんですか。あなたがどんなに不満に思おうと今回の任務の責任者は七海さん何ですから指示に従ってください」

 

不満であることを隠さない虎杖に藤花は七海の指示に従うように言うがその顔は何を言っても意思を変えないと言わんばかりだ。

 

「もう良いです。明日も早いですし、休みましょう」

 

このまま話し合っても平行線だ。

 

そう感じた藤花はもう面倒になったので対応を伊地知たちに投げることに決めた。

平行線な言い合いを何時までもするほど藤花はお人好しじゃないし、今はそんなことしている気分ではないのだ。

 

 

◇◆◇

 

 

翌朝、もう一度集合した七海たちはそれぞれの予定を確認する。

ここまでくれば七海はもう隠すことはせずに呪霊の殲滅をすると言い、虎杖はそれについて行くと一悶着が起こった。

昨日の言い合いで平行線だと分かった藤花は虎杖を言い包めるのを七海と伊地知たちに任せて廊下で外を眺めていた。

 

扉が閉まる音に外の景色から目を外してそちらを見る。

七海がサングラスのブリッジを押し上げていた。

 

「どうでしたか?」

「納得はしてくれませんでした」

 

七海の答えは藤花の予想していた通りだった。

そうですかと答えた藤花は外に出ようとする七海と並んで歩く。

 

「虎杖くんたちの元に戻らないんですか?」

 

七海と入れ違いで戻ると思っていた藤花が並んで外に出ようとするので七海は当然の疑問を投げる。

 

「ちょっと気になることがあるので相手が本格的に動く前に確認してきます」

 

藤花は虫の知らせじゃないと良いけどと呟きながら昨日のことを思い出す。

 

夏油傑と名乗ったあの男。

わざわざ宿儺の器である虎杖を見に来たことから何か企んでいそうだ。

それが何なのかは藤花には分からないがタイミング的にあの呪霊に絡んでいるのは間違いない。

 

虎杖たちに振られた仕事は吉野順平の監視だ。

何か起こっても虎杖も伊地知とともに近くにいるし、すぐに対応できる。

そう判断した藤花は昨日聞きそびれたことを吉野に聞こうと思った。

 

それに呪霊と関わってそうな吉野と会話しても何にもならないかもしれないがどうしてか藤花はそうした方が良いと思った。

 

「そこまで離れるつもりはありませんし、何もなければすぐに戻りますよ」

 

 

 



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捨伍:これだからクソなんだよ

突然ですが単行本のvs.真人解説が好きです

ちょっと納得いってないけど先に進めたい。
いつか改稿するかも…?


閑静な住宅街。

普段なら特に気にはならないがその静けさに何故か藤花は胸騒ぎを覚えた。

 

コツリと吉野宅の前で止まった藤花は一息ついてからチャイムを鳴らす。

 

「……?」

 

しばらく待っても反応はない。

今の時間なら余程の事がない限り寝ていることはないはずだし、どこかに行っていることもないはずだ。

もう一度チャイムを鳴らしても反応がなく藤花は仕方なくダメ元でドアノブを捻ってみる。

 

鍵をかけ忘れたのだろう。ドアは予想に反してあっさりと開いた。

 

「───っ!!」

 

奥から微かに漂ってきた血の匂いとそれに伴って現れた残穢の気配に藤花はただ事ではないと感じ思考を切り替える。

 

スティレットを構えながら藤花は土足で中に入る。

リビングには残穢があるが何故か血はなかった。だが、依然として血の匂いは微かに漂っている。

残穢がここに残っていると言うことは呪霊が現れたことには違いない。

 

事件と関連があると突き止めた時から高専は吉野家をそれとなくマークしていた。

吉野家に呪霊が現れたならすぐに報告があったはずなのにそんな報告は一つも受け取っていない。

恐らく、マークしていた者たちも生きてはいないだろう。

 

隠すこともなく舌打ちした藤花は家の中の捜索をする。

気配からして呪霊はすでにいないが血の匂いが微かに漂っている以上、被害者はいる。

 

リビングの奥にある部屋を乱暴に開ける。

そこは寝室のようでベットと開けっ放しにされたクローゼットがあった。

ベットには土気色の吉野の母親が寝ていた。

 

血の匂いの元は彼女だ。

 

藤花は無言で近づいて掛け布団を剥がす。

吉野の母親は腰から下がなかった。

 

むわりと鉄の匂いが強くなると同時に閉じ込められていた冷気が放たれる。

死体が腐敗しないようにかあるだけの保冷剤と氷嚢が敷き詰められていたのだ。

 

そしてそこに無造作に置かれた魔女のように尖った黒色の爪の指。

 

藤花は嫌そうにそれを手に取る。

 

「両面宿儺の指…」

 

母親の死体を見つけてこのような処置をしたのは吉野だろう。

そして彼女を亡き人にした原因はこの特級呪物だろう。

 

何故、こんなところに宿儺の指が…

 

昨日この家に足を踏み入れた時は呪物の気配は全くなかった。

特級呪物が近くに居てそれに気づかないほど藤花の探知能力は鈍くない。

 

十中八九、藤花たちが帰った後にこの呪物が吉野家に置かれたのだろう。

 

今、七海が追っている呪霊の仕業かと一瞬思ったがそれにしてはやり方が遠回りだ。

藤花の脳裏に夏油傑と名乗ったあの男の姿が浮かぶ。

 

あのタイミングからして今回の呪霊と手を組んでいるのは分かっている。

ならばこの仕掛けは呪霊ではなくあの男なのだろう。

 

ここに宿儺の指を置く理由はなんだ?

まるで宿儺の指を見つけてくれと言わんばかりだ。

 

「何か仕掛けてある…?」

 

思いついた考えに藤花はじっと宿儺の指を見る。

 

流石、規格外の特級呪物。

宿儺の指の気配は強大でそれ以外の気配が分かりづらい。

それでも何かあるのではないかと言う自身の直感に従い藤花はじっくりと気配を探る。

 

「───これは」

 

微かに掠ったその違和感を掴もうとした時に帳が降りた気配を感じ取った。

 

しまった。宿儺の指に気を取られ過ぎていた。

 

帳が上がったのはここからそう遠くない場所だ。

今の虎杖は何がなんでも帳の方へ行くだろう。伊地知さんでは止められない。

 

多少の違和感を持っても直ぐに七海たちに報告すべきだった。

藤花は自分の失策に舌打ちする。

 

懐から携帯を出して連絡をしようとすると丁度、電話が鳴る。

表示されたのは七海でも伊地知でもなく非通知だ。

 

今、この瞬間に藤花に電話をかける人間は限られている。

藤花は相手が誰かを確信しながら出た。

 

「これはあなたの仕業ですか?」

「やあ、藤花。その口ぶりだと吉野順平の家にいるみたいだね」

 

電話の相手は夏油傑と名乗る男だ。

呑気な口調の相手に藤花は忌々しいとばかりに舌打ちをする。

藤花が予想した通り、吉野家に宿儺の指を置いたのはこの男だ。

 

「ええ。一般家庭に劇物を放り込むなんて趣味が悪いですね」

「仕方なかったんだよ。私だって一般人を巻き込むことに胸が痛い」

 

藤花の嫌味に男は心にも思っていない言葉を返す。

夏油傑の声で夏油傑ならば絶対に言わないことをいけしゃあしゃあと言うこの男に苛つきを覚える。

 

「それを初めに見つけたのが藤花で良かった。まあ、七海でも良かったんだけど」

「…やはり、高専に回収させることが目的ですか」

 

藤花でも七海でも良かった。

その言葉に藤花は己の考えが正しかったことを知る。

 

藤花も七海も虎杖の件で五条とは手を組んでいるが宿儺の指を見つけたからと言ってそれを五条に渡すことはしない。

それとこれとは話が別だからだ。

 

「藤花はやっぱり鋭いね。でも、それは内緒だよ」

 

聞き分けのない子供に言い聞かせるような口調に藤花は黙るしかない。

この懸念を伝えたとしても高専側はそれを本気にすることはないだろう。

本気にさせるためには正直に全てを話すしかないがそれだと藤花が高専に切られる。

 

己のために藤花は口を噤むしかないのだ。

 

「それよりも帳が上がったようだけどこのままそこにいてもいいのかい?」

 

男の真っ当な指摘に藤花はギリっと歯を食いしばる。

 

七海から虎杖の面倒を見るように任されている。

直ぐ戻るつもりで別行動を取ったが帳が上がった今、出来るだけ早く合流しないといけない。

この男と何時までも会話をしている場合ではないのだ。

 

「……約束は守りなさいよ」

「勿論だとも。では、頼んだよ藤花」

 

電話をぶち切った藤花は男と話しているうちにこみ上げてきた感情を鎮めるために息を吐く。

 

再び電話が鳴る。

相手が伊地知だと確認してから気持ちを切り替えて出る。

 

「伊地知さん、時間がないので端的に言います。吉野順平の家に人を送ってください。彼の母親が呪霊に襲われて死んでいます」

 

虎杖のことを話そうとする伊地知の言葉を遮って藤花は伊地知に指示して手の中にある宿儺の指を一瞥する。

これから虎杖と合流して呪霊と戦うことになる藤花にとって呪霊を引き寄せる宿儺の指は戦う時に邪魔になる。

 

だからと言ってこのまま、ここに放置していいものではない。

あの男の思い通りになるのはシャクだが宿儺の指を破壊できない上に虎杖に渡す気がないので取れる選択肢は一つしかない。

 

「後、帳の近くにいますよね?虎杖くんと合流する前に家で見つけた宿儺の指を渡しますのでよろしくお願いします」

 

伊地知の胃が悲鳴を上げた気がしたが藤花が虎杖と合流する前に会う人間は伊地知しかいないので仕方がない。

これは必要な犠牲なのだ。

 

 

◇◆◇

 

 

校庭に球形の物体が出来たのを見て藤花は直ぐにそちらに駆ける。

 

「ざけんな!!」

「虎杖くん!」

 

虎杖は血を撒き散らしながら球形を叩き続けている。

 

「先輩っ!!ナナミンが閉じ込められた!!」

「っ!!領域展開ですか」

 

その言葉で藤花は七海が相手の領域展開に引きずり込まれたのだと理解した。

 

領域展開は自分の有利な状況にさせると同時に術式を必ず当てる。

呪霊の術式は七海からの報告で魂に干渉する術式だと分かっている。

 

それの領域展開となると…五条悟のように領域に引きずり込んだだけで勝つものだ。

 

このままでは七海が死ぬ。

 

領域展開の対処法は幾つかあるがその最も有効な手段は受けた側も領域を展開すること。

しかし、七海は領域を展開出来ない。呪術で受けて防ぐ方法もあるがそれじゃあ長くは持たない。

 

七海は善い呪術師だ。

こんなことで失くすには惜しい人材だ。

わざわざ、虎杖の教育に巻き込んでいるのだからきっと五条悟もそう思っているはずだ。

 

七海を死なせずにこの状況を脱する方法はないのだろうか?

 

藤花は必死に叩き続ける虎杖の後ろで思考を高速回転させる。

 

汗が一筋垂れる。

 

七海を助け出す方法は()()

だけど、その選択をすると言うことは───

 

バリンと叩き割れる音に藤花は我に返る。

 

虎杖の拳が球形に無理やり穴をこじ開けたのだ。

虎杖はどうにか開けた穴に身をねじ込む。

 

「虎杖くん!?」

 

虎杖には穴に入った後の考えなんてなかった。

ただこのままでは七海が死ぬと分かってしまった。

目の前にいるのに何も出来ずに七海が死ぬのが嫌だった。

 

虎杖が無策で飛び込んだのは藤花でも分かった。

 

七海以上に虎杖を今ここで死なすわけにはいかない。

 

無策である虎杖よりもある程度の対抗手段がある藤花が飛び込んだ方がいい。

そう判断した藤花は先ほどまで躊躇した一歩を踏み出して落下する虎杖と場所を入れ替えるために腕を掴んだ。

 

ゾワリ

 

「───っ!!」

 

今まで感じてきた中で一番の悪寒に藤花は反射的に手を引っ込めた。

せっかく掴んだ腕も離して。

 

その瞬間、目の前にあった球形は消えて肩から血を流す継ぎ接ぎの人型呪霊──真人と状況を把握できない七海と虎杖が現れた。

 

「何が…」

 

状況を直ぐに把握したのは虎杖だった。

急接近し、呪力を乗せた拳を握る。

 

真人もこれで決着がつくと判断したのだろう。

ありったけの呪力を籠めて膨れ上がる。

 

最後のチャンスを無駄にしないと虎杖は今、自分ができる最高の攻撃である逕庭拳を真人に入れた。

 

パンと風船が破裂するように弾けた真人に虎杖は戸惑う。

 

今までで最も威力が乗った会心の一撃。

自分でもそう思うほどの攻撃だったがその割には手応えがなさすぎた。

 

原因はなんだと視線を巡らせていると視界の端を塊が過ぎていった。

 

あいつが膨れ上がったのは攻撃のダメージを通さないための防御じゃない。

逃げるための目眩しだ。

 

そう虎杖が理解した瞬間には七海も藤花も動いていた。

 

「逃すかっ!!」

 

藤花はスティレットを投擲し、真人を縫い止めようとしたがすんでのところかわされて排水口に潜り込もうとする。

 

「バイバぁ〜イ」

 

隠すことなく舌打ちした藤花はスティレットに付与されていた自身の呪力を操作しながら袖に隠していたアンプルをへし折る。

 

アンプルをへし折ったことで漏れ出た薄紫色の液体は細く長く藤花の元に伸ばされた極細の呪力を辿るように糸となり、藤花の手と地面に突き刺さったスティレットを繋ぐ。

 

────触毋(そくぶ)呪法 殺蔦(あやづた)

 

真人を真っ二つに切断にするために藤花は手を横に引いて弛んだ糸をピンと張ったが、何故かカクリと藤花がバランスを崩したことで目測を誤って真人の腕を切断する。

それと同時に七海の鉈が排水口を捉える。

土煙が晴れた排水口には真人の姿はなかった。

 

「チッ、玉蟲さん!」

「分かっています!」

 

糸を霧散させた藤花は蟲に排水口に逃げた真人を殺すように命令を下す。

ぶぶぶと羽音を鳴らし、カサカサと地面を這う蟲たちが七海の足元にある排水口に殺到して姿を消した。

 

「猪野くん、本丸が排水口から逃げました。ええ、玉蟲さんの蟲が追っていますが猪野くんもお願いします。今なら君でも祓える」

 

七海は急いで別行動を取っていた猪野に真人を追うようにスマホで連絡を取る。

 

「私たちも追いましょう」

 

藤花は真人を追った蟲の方に集中していたがその横でドサリと虎杖が倒れる。

合流してからもずっと血を撒き散らして戦っていたことから血が足りなくなって限界が来たのだろう。

 

すぐさま虎杖に駆け寄った七海とアイコンタクトを取り、七海に虎杖の介抱を任せて藤花は地下水路に向かう。

玉蟲が使う蟲の術式は烏を操る冥々の術式と違い蟲の視界を共有することが出来ない。

真人を仕留めたのか、それとも逃したのかは自身の目で確かめるか蟲の動向で判断するしかないのだ。

 

 




ようやっと藤花の術式名出せた!
術式名いつ出そうか迷うよね



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捨陸:少しだけなら、少しだけ 堕ちてしまえば

吉野編はこれにて終了です。
あと数話だけ後日談的なもの入れて次の章に入ります。




藤花は最短ルートで地下水路に向かった。

羽音が目印になったのか七海の協力者である猪野とも直ぐに合流することが出来た。

 

蟲の位置を完全に理解している藤花が先導となって地下水路内を駆ける。

その中で蟲たちが突然、二手に分かれた。

 

どう言うことだと藤花は足を止めて蟲たちの方により意識を向ける。

藤花は蟲に真人を追うように命令を下した。

より正確には真人の呪力を追うようにと。

 

これは蟲が視覚よりも呪力の探知能力の方が優れているからだ。

姿を捕らえられなくても僅かに漏れた呪力さえ見つけてしまえば追跡を続けることができる。

 

真人の手によって改造された元人間の呪霊は僅かとはいえ、真人の呪力が残っていたのだろう。

蟲は従えている術者の命令を聞く知能は持っているがそれを柔軟に考えるほどのものではない。

呪力を喰らう蟲は本能でどちらが呪力が濃いか分かっていながらも追うように命令を下された呪力と同じ呪力だからと追いかけて行ってしまったのだ。

 

「玉蟲!?」

 

いきなり止まった藤花に猪野は驚いて踏鞴を踏む。

それに藤花は素直に謝って蟲たちの現状を伝える。

 

「呪霊が改造人間()を出してそれに釣られて分かれたみたいです。まだ追えますが時間の問題になるので急ぎましょう」

 

幸運なのは二手に分かれた蟲の数に偏りがあることだろう。

 

暴食である蟲たちは呪力が多い方に釣られやすい。

おかげで囮に釣られた今でもどちらが本命なのか分かって追えるが真人がそれに気づけば蟲は簡単に撒ける。

 

藤花たちは更にスピードを上げた上に途中で分かれて追ったがどれも改造人間ばかりで空振りに終わった。

最後の方では数が少なくなった蟲を潰されたのでその地点を中心的に探したが真人の姿を見つけることは出来なかった。

 

 

◇◆◇

 

 

霊安室で七海と別れた後、虎杖は廊下で壁に背を預けている藤花を見つける。

 

「藤花先輩…。先輩も説教?」

 

沈んだ表情の虎杖に藤花は組んでいた手を下す。

 

「私にも落ち度はありましたし、七海さんが説教をしないと言うのならば私から言うことはないです」

 

肝心な時に虎杖と一緒に行動をしていなかったし、七海の窮地に藤花は何もしなかった。

それに加え、あのメンバーの中で追跡能力が一番あったのにも関わらずに真人を逃している。

 

あの男が頼んできたのは宿儺の指を五条ではなく高専に渡すこと。真人のことについては一つも触れなかった。

だから真人を逃すつもりはなかったし、あそこで潰す気は満々だった。

 

────それなのに逃した。

 

ギュッと拳を握る。

 

これは完全に藤花の手落ちだ。

 

責任者である七海なら説教する権利はあったが、そんな藤花が虎杖に説教をする権利はない。

 

二人の間に無言が落ちる中、藤花はつい数時間前のことを振り返る。

 

藤花はあの時、躊躇った。

 

七海が死ぬには惜しい存在だと思いながら。

虎杖と違って彼を助け出す術を明確に持っていたのにも関わらず。

 

虎杖が何もしなかったのならば藤花はどうしたのだろうかと考える。

 

あの時、もう少しで測り終えた天秤の秤を再度測る。

 

私は彼を助ける確実な方法ではなくその次である不確実な方法を取る。

七海は確かにあそこで死ぬには惜しい存在だ。

 

でも、私の全てを差し出して助けるほどの価値はない。

出せて精々、少し。そう、ほんの少しだけだ。

 

七海さんには悪いけど私の全てを差し出す相手は決まっているから。

まだ、溺れるわけにはいかないから。

 

「あなたは…もし、吉野順平が七海さんと同じ状況になっても助けようとしましたか?」

 

ふと、虎杖ならどうするのだろうかと思った藤花は虎杖に問いを投げかけた。

 

「するよ」

「両面宿儺が介入せず、あなたが死ぬことになっても?」

「うん」

「吉野順平があなたを騙していても?敵に回っていても?」

 

虎杖の即答に意地が悪いと思いながらも問いを重ねる。

 

「…先輩が何を言いたいのか分からないけど、俺はそれでも助けるよ」

 

そんな藤花に虎杖は怒ったが藤花の顔に茶化す様子は一切なく、真剣だったので怒鳴ることはせずにちゃんと考えて答える。

 

「俺さ、死ぬなら正しい死に方して欲しいってずっと思ってたけど今日、人を殺して思ったんだ」

 

「正しい死って何?」

 

虎杖は霊安室で七海と話したことを思い出す。

 

「ナナミンはそんなの分かんないって言った。俺たちよりも長く生きているナナミンが分からないのなら俺がその答えを見つけるのはすっごく時間がかかると思う」

 

だけどと虎杖は言葉を続ける。

 

「俺はまだ正しい死は分かんないけどあの場面で死ぬのは間違っていると絶対に断言できるから。例え、順平でも先輩でも誰でも助けるよ」

 

しっかりと藤花を見て答えた嘘一つない言葉に確信する。

 

虎杖はきっとどんなに可能性が低くとも手の届く範囲内にいる人を見捨てずに助けようとするのだろう。

 

これから起こる出来事の遠因は彼かもしれない。

虎杖はそれを否定することなく、認めながらより良い結果を求めようと必死に足掻くだろう。

あの時の藤花のように天秤にかけることなく。

 

ああ、彼ならば躊躇うことなく手を伸ばしてくれる。引っ張ってくれる。

彼なりになんとかしてくれるかもしれないと思えるし、五条悟よりも寄り添ってくれるだろう。

 

「……一つ。あなたに言うことがあったわ」

 

早計なのかもしれない。

 

虎杖は彼らに劣る。

 

藤花が望む方へ導く確実性も。

藤花が求める強さも。

藤花の中に積み上げてきた信用も。

藤花が寄せる信頼も。

 

だけれど、呪術師としての感性が強い私たちよりもまだ一般人側の彼ならばと思ってしまった。

 

何時か藤花は虎杖を殺さなければいけない時がくるかもしれない。

その時は藤花は躊躇わずに虎杖を殺すだろう。いや、絶対に殺す。

それが藤花の世界のためになると心の底から信じているから。

 

でも、もし。

 

そうじゃなかったら。

その時が来る前だったら。

 

少しだけなら任せてもいいのかもしれないと思ってしまったから。

 

「あなたはあの状況で出来ることを全力でやった」

 

仲良くなった吉野順平が殺されて、その元凶である呪霊を祓うことは出来なかった。

そして、改造された人間を殺した。

 

虎杖にとって今回の結果は彼が望んでいたものではなかった。

 

でも、藤花は虎杖が人を殺すところで足を引っ張ると思っていた。

虎杖が必要に迫られたとはいえこの短期間で無理やり乗り越えれるとは思っていなかったのだ。

 

それだけでも藤花的には十分だったのに虎杖はそれだけではなく、七海を助けた。

無策で飛び込んだことは正直言っていただけないが結果的には呪霊をあと一歩のところまで追い詰めた。

 

改めて言おう。虎杖が望んだ結果とはならなかった。

 

だが、虎杖が改造された人間を殺さなければ。

領域に引きずり込まれた七海を助けようと領域内に飛び込まなければ。

 

藤花が考えていた中で最悪の結果となっていただろう。

 

本人は満足しないだろう。

ただの慰めになるのかもしれない。いや、慰めなのだろう。

 

それでも、この言葉を贈ろう。

 

「よくやったわね、()()

 

いつものように素っ気なく言うのではなく、釣り上がり気味の目尻を下げて虎杖を褒めた。

普段全く見せないその表情に虎杖の喉元から熱いものがこみ上げそうになる。

 

泣きそうになった虎杖に藤花はどうするべきか視線を彷徨わせる。

 

何故か昔のことを思い出す。

こんなことがあった時、藤花はいつも優しく抱きしめて撫でていた。

 

例え似たような状況になったとしてもそれを思い出して重ねることなんてずっとなかったのに。

 

思わず撫でてあげようと手を伸ばすが同年代女子の平均身長を大きく下回る藤花が絶賛成長期な男子高校生である虎杖の頭に手が届くはずがなく。

 

中途半端に伸ばされた手を引っ込めた藤花は気まずくなって虎杖に背を向けて見ないフリをした。

 

 

◇◆◇

 

 

しばらくして落ち着いた虎杖は何も触れなかった藤花に感謝とともに気恥ずさを覚えながら分かれる。

 

ふとガラスに映っている自分を見ると目が赤くなっている。

苦笑するとともに視線を自分の目元から少し視線をずらすと普段閉じられている宿儺の目が開いていた。

 

宿儺は眼球を右側に向かせていた。

虎杖も釣られて見るとつい先ほど廊下で分かれた藤花の後ろ姿があった。

 

宿儺が出てくるのは主に虎杖を揶揄う時でそれ以外で出てくるのは珍しい。

 

つい数時間前に真人とともに虎杖を嘲笑ったのは今でも怒りを覚える。

それと同時に無意識に宿儺に縋ろうとしていた自分を情けなく思う。

 

それは一旦置いておいて。

 

一体、どんな気を起こしたのか。

 

「中途半端で在り続けるよりもいっそ堕ちてしまえば楽なものを」

 

先輩が角を曲がって姿を消した後にポツリと宿儺が言葉をもらした。

 

「中途半端…?」

 

宿儺が先輩の何を指して中途半端だと言っているのか分からず、言外に説明を求めたが宿儺はそんな虎杖に鼻を鳴らすだけだ。

虎杖は答えてくれない宿儺にムッとするも自分勝手で傲慢だと言うことを思い出してそういえばコイツはこう言う奴だったと思い直す。

 

そして最初の疑問に戻る。

体の持ち主である自分は分かる。

力のない序列云々と言っていたから最強である先生に関心を持つのも分かる。

では藤花先輩はどうだろうか?

 

先輩は強い。でも、本人が言うには一級でも下の方らしい。

それが事実ならば強さの方面では先輩は宿儺が求めるほどのものではないのだろう。

 

じゃあ、何でだろう?

 

宿儺を全然理解していない虎杖には宿儺が藤花に関心を持つ理由なんて分からない。

だが、強いて言うのならば特に理由のないことなのかもしれない。

 

「お前、藤花先輩のこと気に入ってんの?」

 

他に理由が見つけられなかった虎杖は宿儺に単刀直入に聞く。

 

「ハッ、俺が?あの小娘を?有り得ん」

 

それを聞いた宿儺は嘲笑する。

あの痴れ者とは違い分を弁えているがそれだけだと言う。

 

そもそも宿儺が今、好奇を寄せているのは伏黒恵ただ一人なのだ。

間違ってもあの()()()に好奇は寄せていない。

 

「小娘のような類いの女は逆の意味で例外だ」

 

どちらかと言えば心底、面倒。

 

ああいう手合いの女は理想への飢えも人一倍で第三者として見れば些か愉しめるが当事者としては余興にも成り得ない。

自身は地の底を這いずるほど弱いと、敵う筈もない弱者だと理解しているのにも関わらずに汚い手で己の裾を掴み、引き摺り降ろそうとする気概が特に不快だ。

 

「あんな死んでも面倒な女と関わるなぞ、御免だ」

 

宿儺はあの小娘は自分の知らぬ所で野垂れ死ねば良いと心底思うが虎杖(小僧)が懐いている時点でムリだろうなと思ってもいる。

 

「先輩ってそんなに面倒な人じゃないんだけど…」

 

嫌そうな声音を隠さない宿儺を意外に思いながらも虎杖は藤花に対する心象を溢す。

そんな虎杖に宿儺はお前は何も分かっていないなとため息をついて引っ込んだ。

 

 

 




ピロリン♪

七海の好感度が上がりました
七海は虎杖を呪術師だと認めた ▼


√『私の世界を穢す者』の分岐判定に弾かれました ▼

藤花の好感度が上がりました ▼

藤花の虎杖への好感度がギリギリ基準を超えました
新規√『藤浪に隠された少女』が発生します ▼

宿儺の藤花への好感度が一定基準を下回りました
派生エピソード『暴食と悪食』が発生しました
閲覧する場合は条件を満たしてください ▼


お遊びなので内容はよく考えてないです。



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捨漆:共振する呪い


今日は短めです。


 

 

暗闇の中、足元から波紋が広がる。

藤花は水面に目を落とすと一枚の薄紫の花びらがショートブーツの先に流れ着いてぶつかる。

 

「………」

 

じっと広がり続ける波紋とそれにゆらゆらと揺らされる花びらを見る。

 

「本当にやるのかい?」

 

誰もいないはずの空間に穏やかな男の声が響く。

 

「こういう時、出てくるのって家族じゃないんですか?」

 

藤花は呆れた様子で声がした方に振り返る。

 

陽が沈みかけているのだろう。

薄暗い和室だが端の方に置かれた行灯が室内を照らしている。

障子の外は藤棚でも広がっているのだろうか障子に藤の影が映っていた。

その目の前には長い髪をハーフアップにして袈裟を着た男性が立っている。

 

夏油傑。

 

藤花に呪術を教えた師であり、親友の手によって死んだ男。

 

「そうかい?藤花がそう思っているのならば私は藤花の家族だということじゃないのかな」

 

夏油の言葉に藤花は反射的に寝言は寝て言えと言いたくなったが口を噤む。

今、目の前にいる夏油傑は幻影だ。

 

「それは有り得ないです」

 

幻影に何を言ったところで変わらない。

 

今の言葉は藤花が夏油傑ならこの状況でこの言葉を投げかけるだろうと判断した結果に過ぎない。

でも、その言葉を否定しないわけにはいかなかった。

 

例え師であろうとも、彼は藤花の家族ではない。

その実力を認めていても、藤花が嫌いな術師でありながら好意を抱いていても藤花の家族には成り得ないのだ。

 

「そうか。それは残念だよ」

 

夏油らしい言葉に藤花は複雑な表情になる。

 

「そもそもなんで貴方なんですか?」

 

さあねと夏油は肩を竦める。

藤花の疑問に対する答えは夏油も藤花も持っていなかった。

 

沈黙が二人の間に落ちる。

陽は沈み続けている。

 

「それはきっと正しくないことだよ」

 

夏油から紡がれた言葉が何を指しているの藤花には分かった。

 

「ええ、正しくないです。ですが、それは貴方が言えることですか?」

 

藤花は間も置かずに肯定すると同時に夏油を見る目を細める。

 

夏油は自分の理想の世界のために反旗を翻した(百鬼夜行を起こした)

 

それを間違っているとは言えない。

自身の理想を実現しようと目指して行動を起こすのは間違ったことじゃない。

でも、正しいことではなかった。

 

それなのに自分のことを棚に上げてそう言われるのは酷くムカついた。

 

そうだねと夏油は苦笑する。

 

「悟が悲しむよ」

「あの男がどう思おうが知ったこっちゃないです」

 

敵対しても尚、互いを親友と称しただけのことはある。

でも、それは私には響かない。

 

藤花にとって五条悟は気を遣うべき存在ではない。

むしろ、好き勝手される分こちらも好きにさせてもらわなければ割に合わない。

 

「家族が悲しむよ」

「……そうですかね」

 

次の言葉に藤花は目を伏せる。

悲しんでくれたらいいけれど、藤花はそう思ってくれる自信がなかった。

悲しんでも、悲しんでくれなくてもどちらでも藤花は止めるつもりは微塵もない。

 

それが藤花の求める世界のためになると心の底から信じているから。

 

「本当にやるのかい?」

 

再び、同じ問いをかけられる。

 

「ええ、それが私がしてやれる数少ないことですから」

 

そうかと夏油は目を閉じる。

 

二人の間に再び沈黙が落ちる。

 

陽が完全に沈む。

藤の花びらが風に乗ってひらひらと舞い落ちる。

 

藤の香りとともに後ろから白磁のように生気がない細い腕が伸びる。

和室とそこにいた夏油はいつの間にか煙のように消えていた。

 

腕は壊れ物を扱うように優しく藤花を抱きしめた。

紅藤色の長い髪が藤花の頬を擽る。

足元は一面藤の花で埋まっており、その下にある水面が見えることはなかった。

 

そして、藤花は────────藤浪に埋もれた

 

 

パチリと藤花は目を開けた。

もたれていた椅子から背を離して伸びをする。

長時間同じ姿勢をしていたからかバキバキと小気味良い音が鳴る。

 

懐かしい夢…いや、記憶を見た。

 

きっとその原因は最近会った夏油傑の姿をした誰か(あの男)のせいだろう。

 

百鬼夜行の時に夏油傑は五条悟の手によって死んだ。

藤花はその時、京都に居たのでその最期がどのようなものだったかは知らない。

ただ、あの後の五条悟の様子から穏やかなものだったのではないかと思っている。

 

穏やかな最期だったのに、五条と家入の要らない気遣いで身体を使われるなんて…なんて皮肉なのだろう。

 

「ホント私たち、碌な死に方しかしないわね」

 

ため息とともに紡がれた言葉が物音一つもしない室内に零れ落ちる。

 

だからと言ってこの道を選んだことに後悔はしていない。

それはきっと彼も同じで。

 

例え、碌な死に方しかしなくても。

例え、正しくなくても。

 

それが自分の求める世界のためになるのならば。

きっと私たちは、時が巻き戻ったとしてもまた同じ選択をするだろう。

 

窓から朝日が差し込んだ。

 

 

◇◆◇

 

 

辛酸・後悔・恥辱。

人間の身体から流れ出た負の感情は澱のように積み重なり、やがて形を成して呪いへと転じる。

それが呪霊。

元となった呪いが強大なほど力を持ち、その呪いが強大であればあるほど他の呪いと呼応し、伝播する。

 

例えば、一年前に起った百鬼夜行。

近年に見ない呪術師と呪詛師の大規模な戦闘。特級仮想怨霊や特級過呪怨霊と危険度に応じて振り分けられる階級の中でも規格外の特級が大暴れした。

この戦いは呪術師陣営の勝利に終わったがそれに影響されてかしばらくの間、呪いが活発となって奔走する羽目になった。

 

そして現在。

特級呪物両面宿儺が受肉した。

両面宿儺は千年以上前の呪術全盛期の総力を持っても祓えなかった呪いの王だ。

死後の残った呪物でも壊すことは不可能という規格外中の規格外。

 

受肉しただけとは言え、特級の中でも群を抜いての規格外ならそれだけでも十分な動きだろう。

 

既に影響は出ている。

新たな特級呪霊の登場。

行方知れずだった両面宿儺の指の出現。

 

これから先、その影響は大きくなっていくだろう。

 

────それに加え、夏油傑を名乗る男が何かを企み、水面下で動いている。

 

あの男は自身の目的は呪術師だけの世界を作ると言っていたが自身を夏油傑だと偽っていた時点でその言葉も信用ならない。

 

何を起こすか分からないがそれも相まって私が想像する以上の出来事が起こるだろう。

 

「……保険を、かけるべきかしら」

 

チラリと机を見た藤花はソレを手に取る。

 

ソレは数々の偶然と奇跡で出来た物で。

戦闘で自分が使う呪具を多く作ってきた藤花でも同じものは逆立ちしてもできない唯一無二とも言って過言ではない呪具だ。

 

保険としてその効力を発揮するかは正直に言って分からない。

 

そんな曖昧な物を保険として賭けるべきではないだろうが悔しいことに自身が作った物の中で一番出来がいい。

 

それに高専に目をつけられている物を出すのは保険としての意味をなさないので目をつけらていないコレが都合が良かったこともある。

 

もともと自分に使うつもりで作ったわけではないし、試しに何度か使って問題がなければ何時か手放すつもりだった。

 

手放す機会を捉え損ねてずっと持っていたが先ほどの考えもあり、藤花はこの機会を逃さないことにした。

 

「問題は……上手くいくかしら…」

 

この機会を逃さないと決めたはいいものも藤花はその先に立ち塞がる問題に不安そうに瞳を揺らす。

 

もし、藤花が懸念した問題が起きたら藤花が考えている前提条件が崩れることになる。

それをどうにかすることは藤花には出来ない。

藤花に出来ることは問題が起きないように祈りながら運に任せるしかない。

 

「どちらにしても、何もしないわけにはいかないわね」

 

不安を押しつぶすように藤花はソレをギュッと握った。

 

 



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捨捌:指切りはしない

 

 

藤花は高専内にある休憩所に腰をかけて肘掛に頬杖をついていたが無言で嫌そうに視線を正面から外す。

対面に行儀悪く座ったのが五条だったからだ。

隣に腕を組んで座っている七海にチラリと視線をやるが七海も反応するのが面倒だとばかりに無言を貫く。

 

しばらくの間、三人の間に無言が落ちる。

 

「七海ィ藤花ァ、なんか面白い話してぇ〜」

 

それがつまらなかったのか五条は藤花と七海に話を振ったが無視をして藤花は袖にしまっていた呪具をいじり始め、七海は新聞を読むことにした。

 

五条と違って二人はこの沈黙が苦ではなかったのでそれを破る必要性を感じなかったのと五条に絡まれたらめんどくさいと言う共通認識があったからだ。

 

二人に無視される形となった五条はよし、分かった!!と意味不明で頭湧いてんのかと思われるようなゲームを提案して素気無く断られる。

藤花にいたっては何も言わずに嫌な虫でも見たかのような目で五条を見る。

 

そんなことも気にせずに五条は今度は自分を題材にした山手線ゲームを提案して勝手に始めた。

勿論、それに二人が乗ることはない。

本人の前で好きな所を言うなんて御免だし、好きな所なんて微塵も思いつかなかったこともある。

 

「その調子で頼みますよ。今の虎杖くんにはそういう馬鹿さが必要ですから」

 

七海は生真面目で、藤花は辛辣で。

二人は場を白けさせることは出来ても盛り上げることは出来ない。

 

おちゃらけていて、見ているだけでイラつかせる存在である五条が適任なのだ。

 

「重めってそういう意味じゃなかったんだけどなぁ」

 

五条の言葉に二人は何も言わない。

それは二人も思っていたことだ。

 

任務が予め知らされていたものと違う内容になってしまうのは往々にしてよくあることだ。

七海だって学生時代に散々経験したし、それが原因で呪術師を辞めた過去がある。

 

何時かは体験するだろうと思っていたがそれが本格的に行こうとした初っ端にきたのは運がないと片付けるしかない。

 

「藤花、吉野って子の家にあった指について悠仁に──」

「言ってません。聞かれていないので」

 

五条の言葉を遮るように藤花は返す。

 

本当に藤花は捻くれている。

とってつけたように付け足された藤花の言葉に五条は聞かれても言うつもりないのにと思うがそれを言ったら要らない毒が吐かれそうな気がしたので何も言わない。

 

「彼の場合、知ってしまえば不要な責任を感じそうですからね」

「オマエに任せて良かったよ」

 

藤花の説明に補足する形で付け足した七海に五条は素直に礼を言う。

 

「で、指は?」

「高専に渡しましたよ。貴方に渡すと碌なことをしないと私も七海さんも分かっていますし」

 

見つけた宿儺の指を寄越せと言外に要求した五条に藤花は鼻を鳴らす。

もう持っていないものを要求しても意味がないので五条は舌打ちを鳴らす。

 

それと同時に虎杖が元気よくやってきたのでこの話は自然と終了になる。

 

「はやく皆のとこ行こうぜ」

 

そう言った虎杖の目は交流会の存在を初めて聞いた時のようにキラキラと輝いており、楽しみにしていたことは何も言わなくても分かるほどだった。

 

そんな様子の虎杖に藤花は思わず子供かと呆れながら息をつく。

 

「悠仁…もしかしてここまで引っ張って普通に登場するつもり?」

「えっ違うの!?」

 

何を言っているんだという風に五条は虎杖を見る。

そんなことを言われるとは露にも思っていなかった虎杖はどう言うことだと五条を見る。

 

「死んだ仲間が二月後、”実は生きてました”なんて術師やっててもそうないよ」

 

”殺した親友の身体を使って悪巧みされてます”もなかなかないと思うけどねと藤花は心の中で皮肉げに呟く。

それを五条たちに言うことは絶対にないし、言うわけにもいかないので微妙な顔を誰もいない方へ背ける。

 

「やるでしょ、サプライズ!!」

 

五条が重要そうなことを発表するかのように言う。

その姿に藤花と七海は冷ややかな視線を向ける。

 

「……私は先に行かせてもらいますね」

 

碌でもないことをやるのだろと思った藤花は巻き込まれるなんて御免だと一足早く休憩室を後にすることにした。

藤花も七海も悪ノリした五条を止める術を持っていないのだ。

 

 

◇◆◇

 

 

五条から交流会の存在を聞いた時、虎杖は胸を躍らせた。

 

伏黒と釘崎とは一月近くも会っていない。

二人なら元気にやっているだろうが別れ方が別れ方だったので早く会って驚かせたい。

自分がどれだけ強くなったのか二人に見せたいし、それに協力してくれた先輩を紹介したいという思いもある。

他にもまだ顔も見たことがない先輩たちも出るらしい。仲良くなりたい。

 

高校生らしいイベントに虎杖はこれ以上ないほど浮かれていた。

 

藤花が同期たちと既に会っている可能性に行き着かないほどに。

 

交流会に出る先輩たちは二年生だと聞いて三年である藤花にどんな人物なのかと聞いた時は藤花から呆れた視線を頂いた。

 

虎杖はまだ見ぬ先輩たちと仲良くなり、藤花を含めた先輩たちと同期とともに力を合わせて戦う姿を夢想した。

 

良い。これは実に良い。

おれがかんがえたさいきょうのふじんの想像をしてさらに気分が上がった虎杖は隣で準備運動として柔軟している藤花に一緒に頑張りましょうと息意気揚々と声をかけた。

 

「私は出ないですよ」

 

それに冷や水を浴びさせるような藤花の返答に虎杖は頭を殴られたような気がした。

 

「なんで!?」

 

フリーズから起き上がった虎杖を見て藤花はこれは話さないと進まないと判断して手を止めた。

捨てられた子犬のようにこちらを見る虎杖にため息を隠せなかった。

 

「もともと交流会には出ない予定だったし、五条悟はあなたを交流会に出したいようですから」

 

そんな話は初耳だ。

それになんで俺が交流会に出ることが先輩が出ない理由になるんだろう?

 

疑問が顔に出ていたのだろうか。藤花は頭が痛いようで眉間によったシワを揉んだ。

 

「あなたが生きていることは学長にも伏せているんですよ?誰が虎杖くんの枠を用意するんですか」

 

交流会に出る人数は決まっているのだからと呆れたように教えてくれた藤花の話を聞いてようやく分かった。

 

『死んだフリ』をしている虎杖が交流会のメンバーに選ばれることはないのだ。

何せメンバーを選ぶ学長にも死んだと思われているのだから。

 

もし飛び入り参加が出来ても相手との人数差の問題で誰か一人外れなきゃならない。

その『誰か』は飛び入り参加した本人か、同期である可能性が高い。

 

それはまずい。『死んだフリ』して修行した意味がなくなる。

あの二人も頑張っているはずなので直前に外されるのは駄目だ。

 

やりたいことを貫こうとすると誰かが不満になるのが目に見えている。

全員が納得できる形じゃないと。

 

だからこそ、参加するように打診されているが出る気がない藤花の代わりに虎杖が参加する形となったのだと虎杖はしばらく考えて気づく。

 

本人も了承しているのなら文句が出ずに済むだろう。

その方が揉め事もなくスマートに進めることができる。

 

「でも、先輩と交流会出たかったな…」

 

頭では解っている。

だけど虎杖は同期と戦う姿は勿論のこと、藤花と共に戦う姿も夢想していたのだ。

その内の一つがなくなってしまったことを残念に思う気持ちはやめられなかった。

 

藤花は自分が枠を譲らなくてもあの男ならゴリ押しで人数の追加をしそうだと思いながらもそのことは口にしない。

言ったら実現しそうだったのとその後に待っている面倒事が御免だったのだ。

 

だが、しょげている後輩をこのまま放置しても面倒事が待っている。

五条悟は教え子に甘い男だ。しかも、虎杖のことを海外にいる後輩と同じくらい目にかけている。

そんな虎杖がしょげていたら絶対にワケを聞き出して、なんだそんなことかとさっき考えついた行動に出るのは目に見えている。

折角、綺麗にまとまった取り決めをあっさりと覆されるなどたまったものではない。

 

「……ならいいでしょう」

 

うるさいのと根本的に合わない奴がいるのでできれば顔を出したくなかったが仕方がない。

無理やり交流会に引きずり出されるハメになるより遥かにマシだ。

 

「え?」

「観戦くらいなら付き合ってあげると言ったんです」

 

ため息と共に出た妥協案に虎杖は言葉の意味を咀嚼した。

 

先輩は交流会には出ない。でも、顔を出すくらいはする。

それはつまり、二人に先輩を紹介できるということで…

 

一緒に戦えないのは残念だが、一切顔を出されないよりは良い。

 

「約束っすよ?」

 

妥協案に納得したようで虎杖はぱあっと顔を輝かせたのを見て藤花は影でほっと息を吐いた。

 

差し出された小指になんだと思ったが、ああ指切りげんまんかと幼い記憶を掘り出した。

 

幼子でもあるまいし。

世間で高校生と呼ばれている年頃がやるものじゃない。

 

「…そんなことしなくても行きますよ」

 

差し出された小指をはたき落として続きをやるわよと虎杖に手を進めるように促した。

 

 

 



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捨玖:桜の薫り

私とは全く正反対なこの人のことを自分のダメなところを浮き彫りにさせられるようでどことなく苦手だと思った。

 

「おお櫻子よ、お主に紹介しよう。今日からお主の姉となる藤花じゃ」

 

桔梗色の強気な瞳が私を映す。

目の前にいるこの人と違って頼りなく全てを諦めた私を責めているような気がして思わず目を伏せた。

この人が何故、この家にやってきたのかは知らない。知りたくない。

どうせこの人も私と同じように全てを諦めることになるんだ。

 

お爺さまにとってお父さまもお母さまもそして私もただのモノなのだ。ううん、この家の人間すべてがお爺さまのモノ。

モノがどうしたいか思うなんて関係ない。どうしようがすべてお爺さまが決め、お爺さまのやりたいようにされるのだ。

 

あの人がこの家にやってきてもうすぐ2週間になる。

それなのにあの人は私のように諦めることもなければ逃げることもなく抗い続けている。

 

この人のお父さまはお父さまの兄だったらしい。

この家から全てを置いて逃げた珍しい人間。お父さまが時たま思い出したように自分の兄のことを話てくれた。

お父さまは出て行った兄のその後のことについて知らないと言っていたがどうやら家庭を築いていたようだ。

 

私はこの家以外の家を知らない。それでも、この家は異常だとなんとなく気づいている。

 

かわいそう。こんな家に来なければ知らないまま幸せに過ごせただろうに。

かわいそう。全てを諦めた方がとってもラクなのに。

いいキミだ。かわいそうなのは私だけじゃない。一番惨めなのは私じゃない。

 

今思えば私はとても酷いことを考えていた。

あの家で一番下だったのは私だったから。私より下の存在がいると知ってしまった時、私はこれで私は惨めな存在じゃなくなったと安堵した。

まるでこの家の人間が思っているように。とても酷くて汚らわしい考えだ。

 

あの人はそれでも私に優しくしてくれる。実の妹ではないのに私のことを妹のように良くしてくれる。

 

「……どうしてそんなに優しくしてくれるの?」

「そんなの決まっているじゃない。あなたは私の妹だもの」

 

不思議に思ってどうしてと聞いたらあの人は当然とばかりに答えた。

妹だから?

この家の人間のことは嫌っているはずなのに。この家の人間のことを憎んでいるのならば私も憎まれて当然なのに。

 

「確かに私はこの家が嫌いだわ。でも、あなたは何か悪いことをした?していないでしょう?」

 

違うの。

 

私は何もしていない。

ただ眺めているだけだった。

 

私はあなたのことをいい気味だと内心せせら笑っていたの。

下を見て私はまだマシなのだと自分を慰めるだけだったの。

 

あなたに優しくしてもらう資格なんてないの。

 

「ならば、私があなたを嫌いになる理由なんてないわ。それに私、実は姉妹に憧れていたのよ」

 

悪戯がバレたように笑う彼女はこんな陰鬱な家に似合わないほど綺麗だった。

 

とても羨ましいと感じた。と同時に私がどうしようもなく浅ましい人間なのだとも思ってしまった。

たったその一言で私はこの人に救われたいと考えてしまったのだ。

 

「本当に良いの?」

 

私はとてもいやらしくて汚らわしい人間だ。

あなたに優しくしてもらえるような人ではない。

 

それでもあなたが差し伸べる手に救いを求めても良いですか?

 

「今更ね。私は初めて会った時からずっとあなたのことを妹だと思っているわ」

 

しょうがない子だと彼女はため息をついて私に手を伸ばした。

 

「……私は櫻子。よろしく、姉さん」

 

恐る恐る握った手は想像していたよりも暖かくて、なんでかわからないけど涙が出そうだった。

 

この日、私に血が半分しか繋がっていない姉ができた。

 

 

◇◆◇

 

 

夕陽に照らされる校舎を背に藤花は歩む。

外で部活動に励む生徒から物珍しそうに注がれる視線を横目に校門を通り過ぎて少しのところで止まる。

 

校門から出入りしている者を見張るように塀の影に佇む呪霊に視線を向ける。

藤花に見られたと判断した呪霊がザワザワと蠢く。

 

「……雑魚が。そこに居座るんじゃないわよ」

 

藤花は忌々しそうに呟くと動き出す呪霊から視線を外し、呪霊の前を通り過ぎざまに手を軽く振る。

 

禍々しい赤紫色が呪霊を一閃し、呪霊の首と胴体が離れる。

 

藤花が鼻を鳴らすのと同時に大量の羽虫の音が呪霊の鼓膜を震わせ、テラテラと鈍く光る黒色が視界を埋め尽くす。

藤花の殺蔦(あやづた)によって祓われたのにも関わらず蟲が消えかけの呪霊に殺到したのだ。

 

易々と消滅なんてさせない。塵の一つも自分たちのものだと言わんばかりに蟲たちは呪霊を貪り尽くす。

呪霊は助けてくれとなんとか動かせる手を藤花がいるであろう方向に伸ばすが藤花が後ろに目をやることはない。

 

久しぶりの食事に満足したように藤花の周りを飛んだ蟲たちは藤花の服の中に姿を消した。

 

「…もう戻らないとまずいわね」

 

時計を見て時刻を確認する。

 

手早く終わった任務の帰り道。

途中、気になる場所があったためドライバーである伊地知に頼んで寄らせてもらったがこれ以上、長居をしていると帰るのが遅くなる。

押し付けられたとはいえ一応、任されているので虎杖の様子も確認しておきたい。

 

想定外だったが時間があまりなかったので返って都合が良かった。

時間があれば周囲の散策もしたかったが、もう時間もない上に目的が果たされたのだからこれ以上欲張るのはよくないだろう。

 

藤花は近くで待たせている車の元へ足早に向かった。

 

「お待たせしました」

「いえ、玉蟲さんが寄り道するなんて珍しいですね」

 

準備はできていたようで藤花が車に乗り込むと同時にスムーズに発車する。

 

「……私だって必要ならば寄り道の一つもしますよ」

 

珍しがる伊地知の声に答えて藤花は窓の外に視線を向ける。

これが五条悟ならばスルーしていたが事務的な対応が常の伊地知だからこそ答えた。

藤花にとって仕事仲間に求めるものはビジネスライクさだ。

 

夕陽に暮れる学校は相変わらず部活動に励む生徒たちの声が響く。

サイドミラー越しに校門を出ていく桜の飾りをつけたロングストレートの生徒の姿を見た藤花は目を閉じる。

 

「…着いたら教えてください」

「えっ…あ、はい」

 

伊地知本人がどう思ってるのかは知らないがそういう意味では伊地知はこれ以上ない優秀な相方だ。

その真面目さ故に五条に目をつけられこき使われていることには同情するが。

 

 

◇◆◇

 

 

藤花は周囲に誰もいないことを確認して地下室に続く階段を降りる。

暗い中、虎杖は映画を観ていた。

 

鍛錬が終わった虎杖は高専の人間と鉢合わせしないためにあまり外に出ることが出来ない。

そのため、必然的にここで時間を潰すハメになっている。

 

ここは電気は辛うじて通っているがインターネットの回線が通っていない。

虎杖はゲームと言うよりかはテレビっ子だったらしく、インターネットがつながらないことに何も言わなかった。

 

なんとなく漫画を読む気分でもなかった虎杖が暇つぶしとして選択したのは訓練で余った映画を観ることだった。

 

「悠仁、伊地知さんから夕食を貰ったから食べましょう」

「え!?もう晩飯の時間か」

 

藤花はテーブルのものを端に寄せてコンビニの袋から取り出した弁当を置く。

夕食の時間だと改めて時計で確認した虎杖は映画の再生を一時中断させて夕食を食べる準備をする。

 

「先輩、どっち食べます?」

「どっちでも良いからあなたが選んで頂戴」

 

伊地知が用意した弁当は今時の学生が好みそうなものだった。

藤花からしてみれば軽いものの方が良かったが伊地知が悩んで買ったものを無下には出来なかった。

虎杖にどちらにするか聞かれたが正直言ってどちらを選んでもやってくる結末は目に見えていた。

好きに選ばせて余ったものを開封して食べようとすると虎杖がじっとこちらを見ていた。

 

「…何よ」

「先輩、もしかして洗剤変えました?」

 

藤花は何時も甘酸っぱいような甘いような香りをほんのりと漂わせている。

それは今のように近づかないと分からないようなもので虎杖は藤花と顔を合わせて少し時間が経った後に気づいたことだった。

 

だけど、今日に限っては何時もより甘ったるい感じで違う香りを漂わせていると思った虎杖は怪訝そうにする藤花に思い切って問いかけた。

 

「……変えてはいないけど」

「あれ、匂いが違ったからそう思ったんだけどなあ…」

 

おかしいなと首を傾げる虎杖に藤花は内心、その通りだと呟く。

 

彼は大雑把な性格をしている上に男だったので洗剤だと勘違いしただけで身に纏っている香りと言う点では合っている。

彼が指摘した通り、身に纏っている香りは変わった。

もともとそれも少量で関心がなければ気にならないほどの変化。

 

彼は時々、どうしても鋭い。

それが生来のものか、環境によって出来たものなのかは知らないが、まさかこれも指摘されるとは思わなかった。

 

「どっちも優しいカンジで先輩らしくて好きですけど強いて言うなら前の方が大人っぽくて良かったですね」

 

虎杖の言葉に思わず手が止まった。

 

どこをどう見て私が優しいと思えた??

 

藤花は自分をどんなに取り繕っても虎杖が言うような優しい人間にはなれない自覚している。

歯に衣着せぬ言い方を改めれば多少はマシな人になると思っているが藤花は嫌味や毒を遠慮なく吐くことはやめない。

 

それに藤花は自分の利益にならない限りは例え善人であろうとも、今後業界に必要な人間であろうとも容赦無く見捨てることが出来る人間だし、実際にそれをしようとした。

 

そんな人間のどこが優しい?

前も思ってたことだが虎杖はどこか頭のネジが吹っ飛んでいるか、頭が湧いている。

 

自分のことを優しいと形容した虎杖にそれは違うと言い返したくなったが私を善人だと判断しているらしい彼はそう言われてもピンとこないだろう。

 

むしろ、それを受けて虎杖が藤花のどこが優しいと述べそうな気がしてそれを聞きたくなかった藤花は口を噤む。

 

「………そう」

 

代わりに出てきたのはとても短い返事だった。

 

 

 




これでこの章は終わり!

せっかくなので超簡単なプロフィール設定でも…

1/16生まれの17歳
呪術家系出身の一級呪術師
身長:辛うじて150を超えた
体重:五条曰く軽い
趣味:研究と金を稼ぐこと
嫌いなモノ:呪詛師、呪霊、老害など

備考:
人嫌い術師嫌い
近、中距離を得意とするオールラウンダー
口調と呼び方で好感度が分かる
好感度判定が厳しく初期好感度から上がることは滅多にない

イメージソング
Aimer『春はゆく』、『花の唄 end of spring ver.』

元ネタはお察し×2



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蝉時雨
弐捨:異常であり、異質


スーパーパンダ説明回
聞き手は何も知らない釘崎さん

ちょっとやっつけぎみなのはご愛敬
前にも言ったけど煽リストの語彙力が欲しい…誰か煽りの呼吸を…



 

 

都校との交流会のために意気揚々とスーツケースを引っ張ってきた釘崎だったが集合場所にいた他の面々が手ぶらであることと話の噛み合わなさに頭から疑問を飛ばした。

その後に釘崎とパンダは声に出して確認しあったことで釘崎が勘違いしていたことに気づいた釘崎は嘘でしょ〜と呻き声を上げる。

 

てっきり、京都に行くものだと勘違いした釘崎は交流会後に観光しようとわざわざ京都の観光雑誌を買っていたのだ。

もちろんバッチリと読み込んでおり、行きたい場所もピックアップ済みである。

 

「去年、勝った方の学校でやんだよ」

「勝ってんじゃねーよ!!!バカ!!」

 

パンダの説明で京都に行きたかった釘崎の口から理不尽な罵倒が出る。

 

「なんの騒ぎです?」

 

そこにひょっこりと出てきたのは去年の交流会の参加者の一人である藤花だ。

釘崎の叫びがうるさかったのか面倒そうに顔を顰めている。

 

「あんたは!!」

 

京都校が喧嘩を売ってきた以来の登場に釘崎は思わず藤花を指差すがそれを制すように伏黒が藤花の前に一歩出る。

 

「玉蟲先輩…。交流会には出ないって聞いたんスけど」

 

伏黒は誰もが思っている疑問を藤花に投げかける。

 

交流会には出ないと伏黒たちと京都校の前で宣言していた藤花が何故か集合場所であるここにやってきた。

たまたま外に用があって交流会の集合場所である正面入り口に来たのかもしれないが藤花の性格上、それはないと伏黒は断言できる。

 

「ええ、出ませんよ」

 

それに対して藤花はあっさりと肯定する。

 

「じゃあなんでここに」

 

真希の疑問に藤花は答えてもいいのか少し考える。

 

もともと、藤花は今日は学校に顔を出す予定ではなかった。

藤花がここに顔を出したのは虎杖との約束があったからだ。

 

だが、後輩たちの様子からまだ虎杖が生きていることは知らないようである上に正直に約束だからと話す必要性も感じなかった。

話したとしたら誰との約束だと問い詰められそうな気がしたこともある。

 

「別に。貴方たちには関係ないことです」

 

藤花はフイと顔をそらしてこれ以上、話すつもりがないと態度で示す。

後輩たちから一歩離れた所で腕を組んで虎杖と五条が合流してくるのを待つ。

 

そんないけ好かない態度を取る藤花を釘崎は睨み付ける。

初対面の時のことと言い、今と言い釘崎は藤花のことが気に食わない。

藤花も釘崎が自分のことをどう思っているのか刺さってくる視線で気づいたが特に反応はしない。

 

むしろ釘崎の対応にこれが普通だと内心、頷いて虎杖によって狂わされていた調子が元に戻った気がした。

 

「おい、来たぜ」

 

しばらく気まずい空気が流れるが真希の声に一同は階段の方へ視線を向ける。

 

「あら、お出迎え?気色悪い」

 

真依の早速な物言いに軽く言い返そうと思ったが藤花は参加ではなく見学なので控えた。

それでも鼻で笑って流す程度だが。

 

「乙骨はいないが玉蟲はいるな。考え直してくれたようで何よりだ」

「勘違いしているようなので再度、言っておきますが出ませんからね?」

 

東堂は後ろにいる藤花の姿を確認して退屈そうな顔から嬉しそうな顔になったがそれを見た藤花は顔を盛大に歪める。

 

嫌そうにしながらもこの場にいたらそう思ってしまうかと虎杖たちと共に行動しなかったことを軽く後悔しかけたが下らないことに巻き込まれるよりはマシだと思ってしまったので渋々、訂正する。

 

集合場所(ここ)に顔を出しているのに出ないとごねるのは見苦しいですよ。東堂や私と戦って醜態を晒したくないと語っているようなものだ。その恥じらいのなさは流石、玉蟲の一言に尽きるが」

 

その様子に東堂の隣にいる狩衣姿の男──加茂が怖気付いたのかと藤花を一瞥する。

喧嘩を売ってきたと判断した藤花は頬に手をやって口の端を吊り上げる。

 

「あら、随分な言い様ですねぇ。京都校のみなさんが去年のように蹂躙されるのは可哀想だと思って身を引いたのに…。私のせっかくの優しさをそんな風に見るなんて…心が卑しいのでは?」

「…加茂家の嫡男としてそんなことを思われるのは心外ですね。去年は特級がいたからあのような事態になったのであって貴女が何かしたわけではないでしょう」

「私に秒で伸されたのを忘れたんですか?流石、天下の御三家様。その覚えについては是非とも見習いたいものですね」

 

双方、顔に笑みを作っているが目が一切笑っていない。

背後に黒いオーラと共に蛇や狐が現れてそうな重い雰囲気にたまたま加茂の近くにいた三輪がヒッと悲鳴を上げる。

 

「何、この空気」

「あー…先輩と今話している人、加茂家の嫡男な──の家、めちゃくちゃ仲が悪いんだよ」

 

突然発生した言葉の殴り合いに釘崎はついていけんと半眼になる。

その横でパンダはどうしたもんかと頬をかきながら何も知らない釘崎に説明する。

 

「なんで」

「ざっくり言うと玉蟲家の人ってもともと加茂の人間でな。100年前くらいに勘当される形で分離したんだよ」

 

関係的には真希と伏黒が近いな。先輩たちの方が血の繋がりは圧倒的に薄いけどと言われて釘崎は思わず後ろにいる真希と伏黒を見る。

どう言うことだという顔をしている釘崎に伏黒は面倒臭そうにどうでもいいだろと手で払う。

 

「分かれた経緯が経緯だから仲が悪いってワケ。今まではそこまでじゃなかったんだけど…先輩が昇級してからは特にな」

 

どう言う意味とパンダに視線を戻した釘崎に先輩の方が階級が上。しかも同い年だから本家的には面白くないんだろとパンダは投げやりに説明を追加する。

 

「ちょっと喧嘩しないでよ」

 

禪院家よりも深そうな確執にどうするんだと思っていた一同だが、パタパタと急いで登ってきた人物によって鉾を収めることとなった。

 

「ああ、引率は貴方でしたか…庵教諭」

「ええ。藤花は……元気そうで良かったわ」

 

藤花は割り込んできた人物を確認するなり、興味を失ったようで視線を外す。

庵は一瞬、自分の生徒である加茂を見て言葉を詰まらせたが振り払うように藤花に笑みを向ける。

 

東京と京都で関わりが少ないはずなのに呼び名が名前であることに視線が集まるがそんなこと知らないとばかりに藤花は何も反応しない。

相変わらずな藤花の反応に庵は口元をひくつかせるが、いつものことだとため息を一つついて話題を変えることにした。

 

「で、あの馬鹿は?」

「悟は遅刻だ」

「(バカ)が時間通りに来るわけねーだろ」

 

名前が出ていなかったが誰を指しているのか分かったパンダと真希はいつも通りだと返し、庵もそうと頷く。

 

「誰もバカが五条先生の事とは言ってませんよ」

「あの男がバカであることは周知の事実でしょう」

 

その様子に伏黒は半眼になりながら一応の擁護はするが藤花がバッサリと切り捨てる。

 

その瞬間にパンダたちを轢き殺しそうな勢いで五条が登場した。

面倒なことが起こる前振りのように急に近況を語り始めた五条を他所に藤花は五条が押してきた台車に乗っている箱をじっと見る。

 

藤花は休憩室で五条が碌でもないことを企んでいるのを知っている。

悪ノリした五条を止める術を持ち合わせていなかった事と巻き込まれたくなかったのでその内容を聞く前にその場を後にした。

どんな登場の仕方をするつもりかは知らないが五条が持ってきたということはそこに虎杖が潜んでいるのは明らかで──。

 

「故人の虎杖悠仁くんでぇーっす!!」

「はい!!おっぱっぴー!!」

 

やはり虎杖は箱の中に潜んでいた。

思わず真顔になるパンダ、感動も何もなく呆気に取られて何とも言えない表情になる伏黒たち。

あんまりな登場に藤花はそんな後輩たちの後ろで頭が痛いとばかりに頭を手で押さえて思いため息を吐いた。

 

虎杖は自身の登場の仕方が盛大に失敗したことを悟った。

せめてもの救いは初めて会うおじいちゃんがまともな反応を返してくれたことだが、虎杖が反応を求めていた人物ではない事と雰囲気的に歓迎してくれていないので正直言って全然嬉しくない。

 

助けを求めるように後ろにいる藤花を見るがため息をついた後のどう考えて成功すると思ったの?と言うような絶対零度な眼差しを受けて虎杖はアッ、コレ助けてくれないヤツだと理解した。

 

「おい、何か言うことあんだろ」

 

げしりと箱を蹴った釘崎に視線を戻すと不機嫌そうな顔をしているが若干涙目になっていた。

 

「黙っててすみませんでした…」

 

これは自分が悪いと一気に罪悪感が湧いた虎杖は素直に謝るしかなった。

 

その後、夜蛾が五条を〆ながら今回の交流会の団体戦である”チキチキ呪霊討伐猛レース”についての説明と諸注意を言って解散となった。

 

「もう分かっていると思いますが私の枠で参加するのは悠仁です」

 

移動する前に藤花は虎杖が本来なら藤花が使うはずだった枠で交流会に参加することを伝える。

夜蛾は何かを言いたそうに五条と藤花を見るが二人ともスルーを決め込む。

 

「藤花先輩!来てくれてありがとう!」

「まあ、約束を破るほど薄情ではないし。わざわざ来てあげたんだから何もしないまま終わったら…分かるわね?」

 

嬉しそうに近寄ってくる虎杖に藤花は面倒臭そうにあしらった後に何の気紛れなのかニッコリと笑って圧をかける。

藤花が問答無用で顔面スレスレにスティレットを突き立てる姿を想像した虎杖は冷や汗を流しながらモチロンデスと敬礼をする。

 

「「「「!?!?!?」」」」

 

そんな二人を見た二年生+伏黒は信じらないものでも見たかのように二度見する。

 

「おい、伏黒。俺たち幻覚を見ているわけじゃねーんだよな??」

「信じられないですけど現実ですね」

 

何がそんなに信じられないのかついていけない釘崎は一人首を捻るしかなく、それを察した真希が説明する。

 

「先輩って苦手な人が多いんだけどはっきりしていて分かり易いから逆に付き合いやすいんだよ」

「一番分かり易いのは呼び方だな。そん中でも名前呼びはレア中のレア」

 

さらにパンダがアイツ以外で名前呼びは見たことないと説明し、釘崎は他の面々が二度見した理由を理解した。

 

 

◇◆◇

 

 

虎杖に真希のお家事情を伝えた釘崎はつい先ほどまでいた気に食わないセンパイを思い浮かべる。

詳しいことは知らないが真希と同じようにいや、それ以上に御三家に目を付けられているのはすぐに分かった。

 

それなのに頭打ちである一級にいるなんて…真希さんの方が強いのに…。

 

「真希さん以上に面倒そうな家系なのに何であのセンパイは妨害喰らっていないのよ」

「先輩も妨害は喰らっているぞ」

 

愚痴るように言う釘崎にパンダはさらりと藤花も妨害を受けていたことを告げる。

 

「先輩って優秀な上に玉蟲家の特異性がモロに出てるからなあ…」

 

信じられなさそうにする釘崎を横にパンダは感慨深そうに呟く。

 

「特異性?」

「そ、毛嫌いされている玉蟲家が今日まで呪術師やっていられる理由でもあるし、先輩が周囲の妨害をものともしなかった理由でもある」

 

それと妨害をものともしなかったことがどう繋がるのかと首を傾げる。

 

「釘崎、お前持っている術式何個だ?」

「術式?そんなの言われるまでもなく一個でしょ」

 

突然のパンダの質問に何を当たり前なことをと答える。

それを受けてパンダは普通そうだよなと頷いてから続ける。

 

「なんでか知らんけど玉蟲から術式二つ持っている人がたまに出てくんだよ。玉蟲家の相伝術式とそれと全く関係ないやつ。しかも先輩が持っているもう一つの術式がな…」

 

何か嫌な姿を想像でもしたのかパンダはあーヤダヤダと体を震わせる。

 

二つの術式を持っている。

 

釘崎は一般家庭の出でこの界隈については詳しくないことを理解している。

それでもその事実が異常であることくらいは分かる。

 

先ほど言った通り、どんなに才能があっても術式は一人一つ。

それが当然であり、真理であるからだ。

 

センスがあれば誰でも使える簡易術式ならば話は別になるがパンダの口ぶりからするとそれも違うのだろう。

 

そんなあり得ない事実に釘崎は絶句すると同時に妨害を受けてもなお、一級である事に嫌でも納得してしまった。

 

 

 




パパ黒と禪院双子はどんな関係なんだろうね?伯父姪??だったら伏黒はイトコか。

〜どうでもいいお家関係補足〜
加茂さん家は勘当させるくらい玉蟲さん家が嫌い。すぐに潰したいけど有能な人材を排出しているし、そこまで力がないから見逃しています。でも嫌いだから妨害はする。
玉蟲さん家は加茂さん家のことは嫌々ながら本家顔してくるし、邪魔してくるから鬱陶しくて嫌い。潰されない程度に嫌がらせを行っているけどいつか潰してやるとかなんとか。

まあ、そんな家の人間同士だから毛嫌いし合うよねー
どっちも心の中で中指立ててそう(こなみかん)



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蝉時雨 弐捨壱:この世は金があればなんでもできる

 

 

 

死んだはずの虎杖が登場してから全員──特に学長たちが何か言いたげな視線を五条と藤花に時折やったが二人は当然無視した。

五条は流石に楽巌寺を煽りすぎたと反省しているのか甘んじて夜蛾に〆られていたが。

 

団体戦のルールと注意事項を伝えて解散した後も追求されるのを面倒に感じたのか五条は早々に庵を捕まえて逃げた。

残ったのは京都校学長である楽巌寺と夜蛾と藤花である。

 

三人とも何も喋らず沈黙が間に落ちる。

気まずい!!と夜蛾が内心、冷や汗が流れる。

 

藤花が上層部を毛嫌いしているのは有名な話だ。

五条も五条でこき下ろしているし、さっきみたいにバカにするように煽るが藤花の場合、冷戦なのだ。

以前、一度だけその場面に遭遇したが笑顔でいつもの八割増しな口撃に夜蛾は藤花を敵に回してはいけないと悟った。

 

五条と楽巌寺の組み合わせは胃がきりきりしそうだが、藤花と楽巌寺の組み合わせは胃が死ぬ。

 

夜蛾はこの状況にした五条をあとでまたシバくと密かに決めた。

 

楽巌寺は藤花を一瞬だけ睨む。

殺気も含まれているソレに藤花は怯えることもなく嘲笑する。

それを見た夜蛾は舌戦の火蓋が切られたと顔が青褪める。

 

「笑ってられるのも今の内だぞ、寄生虫」

 

楽巌寺は捨て台詞を吐いて踵を返す。

行く方向はモニター室ではなく、京都校に割り当てられた建物だ。

夜蛾の予想とは裏腹にあっさりと終わったそれにほっと息をついた。

 

「ふふ、そうですか。…再起不能なほど根腐れを起こしているのに呑気なものですよね。さっさとくたばればいいのに」

「おまっ」

 

藤花の言葉に夜蛾は慌てて後ろを振り向く。

楽巌寺は気づいていない風を装っているが絶対に今の言葉は聞こえてた。だって隠そうとしてなかったもん。

 

後で楽巌寺から絶対に何か言われる。

 

じゃあ行きましょうかと少し上機嫌そうな藤花を見て夜蛾は一言申したくなるが五条と同じで何を言っても無駄なんだろうなと頭を抱えるしかない。

 

藤花は例え上の立場の人間だろうと敵認定した相手には容赦しない。

毒は平然と放つし、存在ごと無視するし、嫌がらせを持ちかけられたら嬉々として行う。

なまじ優秀なので上層部の嫌がらせだってモノともしない。むしろ、熨斗つけて丁寧に返すレベルだ。

 

その様子はなんだか五条を見ているような気分になる。

実際に言ったら、生ゴミでも見るような目で見てその矛先をこちら向けるので口が裂けても言えないが。

 

藤花が京都校──主に加茂。ついでに楽巌寺に毒を吐くと思っていたので予め胃薬は用意しているが足りるかなと懐に入れた薬の量を思い出しながら、早速キリキリしてきた胃を押さえる。

 

「はあ…玉蟲、この際虎杖の件は置いておく。だが、交流会の参加についてはどういうつもりだ」

「どうもこうもないと思いますが?」

 

気を取り直して夜蛾はモニター室に向かいながら藤花に話を聞くことにした。

 

虎杖の件はどうせ五条が無理やり巻き込んだんだろう。

藤花は五条のことを嫌っているが上層部の嫌がらせのことになると協力的になりやすい。

 

夜蛾の問いに藤花は何を言っているんだという風に首を傾げる。

 

「いや、出ると言っていただろう」

 

平行線の話し合いに話し合いを重ねた末に藤花は確かに交流会に出ることに頷いた。

 

「はぁ…わかりました。…そのくらいなら顔を出しますよ。もうこれでいいでしょう?」

 

と、ため息を着きながら渋々と。

その代償として夜蛾のポケットマネーが幾ばくか無くなったが確かに出ると言ったのだ。

 

「ええ。だから約束通り、ちゃんと()()()()()じゃないですか。それに代わりの人間を連れてきましたし…文句はないでしょう?」

 

藤花の言葉に夜蛾はガッテムと額に手を当てた。

 

交流会に()()()()が、交流会に()()()()とは言っていない。

 

つまりはそういうことだ。

いちゃもんだと叫びたくなるがそこは確認を怠った自分が悪い。

 

藤花は時たま故意に誤解させるような言い方をするが聞けばちゃんと答えてくれる人物だ。

金銭が絡めば特に。

 

そう、藤花は基本的にウソはつかないのだ。聞かれなかったから答えなかっただけで。

毒は時も場合も考えずに吐くくせにそういうところだけはちゃっかりとしている。

 

しかも藤花が出ないことで穴が開いた部分は虎杖が埋めたので文句も言えない。

 

そんなこんなで藤花と夜蛾は一足先にモニター室にやって来た。

誰もいないと思っていた藤花だったが、顔の前で薄い水色とも藍白とも呼べる色の長い髪を三つ編みしている女性が部屋にいたのを見てちょっと意外そうにする。

 

「あら、冥々一級呪術師ではないですか」

「やあ、玉蟲。今日も稼いでいるかい」

 

冥々はフリーランスの呪術師だ。

そんな冥々が何故、この場所にいるのかと一瞬思ったが答えはすぐに出た。

高専に雇われたからここにいるのだ。

 

交流会と称しているがその名称通り、仲良くなろうなんて思っちゃいない。

ぶっちゃけると相手が気に入らないからぶっ飛ばすなんてザラだし、教師陣に至ってはどっちが強い呪術師を育てているかのマウント取りしているようなものだ。

 

そんな意識があるのだから不正とか嫌がらせとかはままあるのだ。

だからどちらにも所属していないし、どの派閥でもない冥々が中立の立場として試合の中継役を担うのだろう。

その証拠にモニターに映っている映像は誰かの視点のように動いている。

冥々の術式によるものだ。

 

「ええ、貴女ほどではないですが程々に稼いでいますよ」

 

と言っても冥々はお金が大好きな守銭奴なので『お気持ち』を受け取ったら簡単に寝返りそうだと思いながら藤花は笑顔で言葉を返す。

そうかい、それは良かったねと冥々もフフと笑う。

 

「試運転がてら見たけど驚いたよ。まさか宿儺の器が生きてたなんて」

「そうですね。私も驚きました」

 

近くにいた小動物の目でも借りて見ていたのだろう。

 

「本当にな。知っているんだったら話せば良いものを」

 

五条もそうだが知っていたなら話せよと呆れた視線を夜蛾からもらったが藤花は肩を竦めるだけだ。

 

夜蛾は楽巌寺側の人間じゃないので藤花としては別に隠す必要性を感じていなかった。

それこそ、七海を虎杖に会わせた時点で言っても良かった。

 

「それも含めての依頼でしたので」

 

ただ五条はそうしなかったし、誰にも言うなと言っていたから黙っていただけだ。

 

「依頼なら仕方ないね」

「ええ、仕方ないです」

 

そんな2人を見てこの守銭奴どもめと夜蛾を呆れた目をする。

 

「君は五条くんが嫌いなのによく依頼を受けるね」

 

冥々はそういえばと言うように世間話をする。

 

今回も五条の頼み(依頼)に乗ったのは上層部の嫌がらせを兼ねながら互いの利害が一致したからだ。好き好んで依頼を受けたわけじゃない。

 

藤花は不可抗力ですと顔を盛大に歪める。

 

「気に食わないし関わるだけで面倒事を持ってくる厄介な相手ですけどそれも踏まえて報酬はしっかりとしてますからね」

 

あの男、他人の事情は考えないくせに金払いは良いのだ。

それと人を強引に巻き込むことがなければ当の昔に縁を切っていたところだ。

 

苦々しく言う藤花に確かにと冥々は笑みを浮かべる。

 

冥々はフリーランスでやっていけるほど実力も確かな人間だ。

それに加え、守銭奴だが呪術師の中ではマシな人種に分類される。

 

小遣い稼ぎで頼まれ事をやっている藤花を使っているのだ。

藤花を使っておいて冥々を使わないほど五条はバカではない。

 

この人は要所要所であの男に雇われているんだろうな。

 

「それで良いのか?」

「どのような手段で稼ごうとも金は金です。例え気に食わない奴でもそれ相応の報酬を貰えばその分だけは働きますよ」

 

苦々しい口調に夜蛾は思わず突っ込んだが、藤花はそれはそれ。これはこれ。とバッサリと切り捨てた。

 

「ん?つまり、俺がもっと金を出したらちゃんと出ていたと言うことか?」

「ええ、そうですね。でも、あの男との取引もあったのでその報酬以上は出してくれないとやる気が出ないですね」

 

そして、場合によっては今回ちゃんと交流会に出たのではないかと思い、藤花に聞いたところ返ってきたのは肯定だった。

ただし、要求される金額が頼み事と全く釣り合わない。

五条が藤花にどれだけの金を支払ったか知らないが、藤花の無理でしょうけどというような態度から倍でも全然足りないことだけは分かった。

 

そもそも、ただの中間管理職が御三家の人間に財力で勝てるわけがない。

しかも五条は『最強』であるが故に引っ張りだこだ。元々ある何もなくとも遊んで暮らせるほどある資産が膨れ上がり、一生豪遊して暮らしても問題ないほど稼いでいるはずだ。

尚更、勝ち目などあるわけがなかった。

 

ただその財力がなければ藤花が見向きもしていないのがなんともいえないが。

 

「本当、お前は金が好きなんだな」

「資本主義社会ですから。金はいくらあっても困りませんもの」

 

夜蛾の呆れに藤花は澄ました顔でそうでしょう?と冥々に話を振る。

 

「ああ、玉蟲と私では今すぐ要求するか、後からしっかりと回収するかで過程が違うが金がいくらあっても困らないことには間違いないね」

 

冥々は金を得る過程が違うがそれでもいくらあっても困らないことには変わりないので藤花の意見に同意する。

 

何せ、金は大事だ。金に換えられないモノに価値などないのだから。

 

金さえちゃんともらえればそれで良い。

用益潜在能力があれば額が少なくても多少は良い。でも多ければ尚、良し。

 

冥々は心の底からそう思っているのだが、今までの付き合いからどうやら彼女はそうでもないようだ。

 

まあ、彼女が金を集めてどうするのかは知らないけれど同じ金を求める仲であることには間違いない。

どう行動するにせよ、それもそれで面白そうだ。

 

「似ているようで違うけれど私は君のこと結構、気に入っているよ」

 

ついでというように付け足された言葉に藤花は口元に手を当てて笑う。

 

「そんなこと言ったってお金はあげませんよ?」

「フフ、言葉だけで金がもらえたら苦労はしないさ」

 

生々しい冗談にこの守銭奴どもめと夜蛾は思わず呟いた。

 

 

 





どちらも『O☆KI☆MO☆TI』が多いと嬉しい。
ただ藤花は相手によってその最低ラインが変動する場合があったりなかったり…

〜お金の使い方〜
・冥々
ひたすら貯め込む
ゼロがいっぱいの通帳を眺めるのが好き

・藤花
基本、貯め込む
必要な時は札束で殴ることも厭わない

・五条
甘いモノとちょっとした頼み事と可愛い教え子のための時にパーっと使う
それ以外は経費で落とさせる



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蜃気楼:虎杖悠仁は藤花先輩の誕生日を祝いたい

せっかく誕生日を設定したのにそのまま埋もらせるのは勿体ない。供養としてやらねば。

と、言うことで時空が迷子な藤花誕生日話〜吉野を添えて〜です。


番外編なので文字数は多め(7000字越え)です!
話がひと段落したらちゃんと章を作ってそこに放り込みたいけどまだまだその時じゃないのでしばらくはここに置いておきます〜



虎杖がそれを知ったのは伏黒の誕生日のことだった。

 

同期である釘崎と吉野の3人で任務終わりに誕生日を祝うために伏黒の部屋に押しかけてたこ焼きパーティーをした。

この日のために吉野家から貸し出されたたこ焼きプレートがついたホットプレートを4人で囲んでいたら何時の間にか五条もその中に加わってどんちゃん騒ぎになった。

 

たこ焼きの材料も尽き、後片付けが終わってそろそろお開きにしようとした時に五条が一言言ったのだ。

 

「いや〜こういう祝い方もいいよね〜。次は藤花だけど藤花はそんなタイプじゃないし」

 

ちょっとつまんな〜いと退屈そうに言う五条に全員の目線が集まる。

 

「五条先生って藤花先輩の誕生日知ってんの?」

「そりゃあ勿論。藤花が一年の頃、僕が担任だったし可愛い教え子だもん。毎年祝ってあげてるよ」

 

へえ〜そうなんだと納得する虎杖を横目に伏黒は毎年いじり倒して遊んでいるの間違いじゃないかと自身の過去の記憶を思い出しながら心の中で突っ込む。

藪蛇になるのが分かっているので口に絶対に出さないが隣にいた吉野はそんな伏黒の顔を見て何かを察した。

 

吉野も近年の東京都立呪術高専一年の洗礼(五条悟が担任)とも言えるようなものを三ヶ月くらい受けたのだ。

そんな長いようで短い期間で嫌でも五条悟がどう言う人間かを知ったし、見せつけられた。

 

一年の中…いや、現在いる生徒の中で最も五条との付き合いが長い伏黒はそれはもう大変な目にあったのだろうなと思わず遠い目をしてしまう。

 

「ちなみに藤花の誕生日は1月16日」

「えっ冬生まれなんですか」

 

名前に『藤』が入っているので吉野はてっきり春生まれ──4月あたりだと勝手に認識していたので擦りもしない時期に生まれたことを意外に思う。

それは吉野だけではなくほとんどがそう思っていたようで同意するように頷く。

 

「別に花の名前が入ってるからその時期に生まれたわけじゃないでしょ」

 

ただ一人、釘崎だけは違う意見のようで呆れたように言う。

 

「私の名前である野薔薇は5〜6月くらいに咲くけど私が生まれたのは8月だし」

 

実体験に基づいた最もな意見に男性陣はなるほど〜となる。

 

「雑談もこれくらいにして私は帰るわ。明日も任務入っているし」

 

釘崎の言葉をきっかけに時間を確認した4人もそれぞれの部屋に戻って休むことにした。

 

 

◇◆◇

 

 

虎杖にとって藤花は捻くれているがとても善い先輩だ。

そして一番お世話になっている先輩でもある。

 

虎杖が死んだフリをしている時に五条に変わって呪術に教えてくれたのは藤花で、虎杖が真人の一件で悩んでいる時も素っ気ないし、辛辣だったけど助言してくれたのも藤花だった。

 

それに本人はその素振りを一切見せなかったけど吉野が高専に入る時に口添えしたのも藤花らしい。

吉野本人は俺が五条先生に頼み込んでそれに応じた先生がナナミンを巻き込んだと思っている。俺も五条先生がぽろっと溢すまで知らなかったけど。

 

そんなこんなでめちゃくちゃお世話になっている藤花の誕生日が近づいていることを知った虎杖が祝いたいと思うのは当然のことで…。

 

「と言うことで藤花先輩の誕生日を祝おう!」

 

定期的に開催しているB級映画上映会で虎杖が何の脈絡もなくそう言った。

 

「何が先輩の誕生日を祝うことに繋がるかわからないけど、知っちゃったしね…」

 

それを聞いた吉野は虎杖の意見に賛同する。

 

吉野も吉野で藤花に世話なっている人物の一人であるのだ。

 

吉野は真人の一件がなければ呪霊が見えることもなかったし、高専に転入してくることはなかった。

事前知識は似た経緯で入った虎杖と同じように全くない。

吉野を高専に勧誘した張本人であり、似た状況に陥ったことがある者として虎杖が藤花に教えて欲しいと頼むのは当然のことで。そこに止めとして五条による藤花への放り投げが入った。

 

そんな経緯で吉野は虎杖と同じように藤花から呪術についての知識を得、そのついでと言わんばかりに鍛えられてもいる。

 

今では同期の中で虎杖の次に藤花との交流があるレベルだ。

 

そんな頭が上がらないほど世話になっている先輩の誕生日を偶然とはいえ、知ってしまったのだ。

そのまま何もせずにいるのは失礼だ。

 

かくして虎杖と吉野の先輩の誕生日を祝おう企画が立ち上がったのだ。

 

「悠仁はどんな風に先輩を祝うつもりなの?」

「どうってプレゼント渡してみんなでご飯食べるとか?」

 

吉野はとりあえず提案者である虎杖にどんな考えがあるのか聞いたが虎杖もそこまで深く考えていないらしくふわふわとしたものだった。

 

「玉蟲先輩の誕生日?」

「そう、伏黒はどうするつもり?」

「どうってお前らほどじゃないけど世話になったからな。プレゼントは渡す」

 

もうちょっと考えてみようと言うことで一旦解散した後、男子たちの世間話の流れで再び、藤花の誕生日のことが話に上がった。

話を振られた伏黒は素直に自分が何をするつもりなのか話す。

 

「今、悠仁と誕生日に集まらないかって話をしているんだけど伏黒くんもどう?」

 

吉野の提案に伏黒はあー…と唸って考える。

先ほど行った通り、虎杖や吉野ほどじゃないが伏黒も藤花に世話になっている。

世話になっている先輩の誕生日を祝うために集まるのは本人が良ければ別に良いと伏黒は思っている。

 

ただそこで釘崎の顔が思い浮かんだ。

 

釘崎は藤花とは根本的に合わなかったようで一年の中で唯一藤花との関係が悪い。

先輩はそれを知って放置するタイプだし、釘崎は自分を偽ることなく貫くタイプだ。

そう言う意味でも二人の相性は悪く、互いの印象が変わることはよっぽどのことがない限りないだろう。

 

釘崎と藤花の関係を知っている虎杖たちは釘崎を誘わないし、もし誘っても釘崎は秒で断るだろう。

 

釘崎も先輩もそのことについて特に何も言わないし、気にしないだろうが一人だけって言うのもな…

 

「俺はいい」

 

何かなと思った伏黒は虎杖たちの誘いに乗らずに当初の予定通りにすることにした。

 

そっかーと残念そうにする虎杖とは対照的に吉野は申し訳そうにした。

遅ればせながら伏黒が断った理由に気づいたのだろう。

別に気にすんなと伏黒は手を振る。

 

「他に集まりそうな人って誰だろう…?」

「……」

「……」

 

虎杖の呟きに吉野と伏黒は黙る。

 

交流会でパンダが言っていたように藤花はある程度の為人を理解してしまえばとても分かりやすい人だ。

それを鑑みて集めても問題ないであろう人の名前を上げることはできる。

 

七海に家入、伊地知…あとはギリギリ京都校の庵だろうか…?

 

伏黒だけはその他に乙骨を挙げれるが彼は現在、海外にいるため集めることは物理的に不可能だ。

 

見事に大人しかいない。

そこに自由奔放な五条が乱入することを考えると五条世代のOB会in虎杖吉野藤花になりかねない。

 

「…お前ら二人とも玉蟲先輩にめちゃくちゃ世話になってんだから一緒に遊びに行けば良いんじゃね?」

 

流石にそれはかわいそうだと思ってしまった伏黒は助け舟を出すことにした。

言外に人を集めることは諦めた方が良いと言ってしまっているような気がするがそこは気にしてはいけない。

 

「それスッゲー良いじゃん。さすが伏黒!」

 

単純な虎杖はそのことに気づかなかったようで伏黒の案を純粋に受け入れた。

 

「あ、玉蟲先輩」

「ああ、伏黒くん…に悠仁くんに順平くんですか。どうしたんですか?」

 

ちょうど任務から帰ったのか藤花が一年男子と鉢合わせた。

 

「藤花先輩、16日って空いてる?」

 

虎杖は善は急げとばかりに藤花の予定を聞く。

吉野はその後ろでそんなストレートに聞いて良いの静かに慌てる。

 

「16日ですか?空いてますがそれがどうかしましたか?」

「じゃあ、一緒に遊ぼうよ」

 

虎杖の誘いに藤花はキョトンと首を傾げて一つ瞬きをする。

 

「遊ぶ??誰が?誰と?」

 

まさかの誘いに藤花がそれを理解するのに数秒の時間がかかった。

理解した後も冗談だと思ったのかもう一度確認をとる。

 

「藤花先輩が俺と吉野と」

 

普段は仏頂面な顔をしている藤花だが思いがけない誘いに戸惑った表情を見せる。

その表情に断りそうな雰囲気を感じた吉野はあのっ!と思い切って声を上げる。

 

「僕も高専に慣れましたし…前回中途半端でお開きになった続きでもどうかなって…」

 

とっさに出てきた言葉は藤花の律儀さを利用するもので吉野は気まずさを覚えて段々と尻すぼみになる。

それでも藤花が虎杖たちが藤花を遊びに誘った理由をつけるのに十分なものだった。

 

虎杖と吉野が出会うきっかけとなった真人の事件。

そこで知り合った二人は意気投合した結果、吉野家で夕食を食べた後に映画鑑賞会を行うことになったのだ。

 

藤花が虎杖を回収したことでそれをろくにしないで終わったが。

 

それの穴埋めと言うことね。

それならそうだと最初から言ってくれれば良いのに。

 

「なるほど、良いですよ」

 

その日に任務は入れないようにしておきます。

そう言った藤花は腕時計で時間を確かめてそろそろ行きますねと一言断ってその場を去った。

 

「なんか強引に決めちゃってごめん」

 

藤花が完全にいなくなるまで無言で見送っていたがそれも終わると吉野は勝手に決めてしまったことを虎杖に謝った。

 

「いや、特に考えてなかったし良いよ」

「玉蟲先輩が素直に乗ってくれたから逆に良かったかもな」

 

伏黒は吉野の咄嗟の機転を褒める。

 

遊べばと言った伏黒だったがよくよく考えてみれば藤花が遊びに行く姿を一度も見たことがない。

あの反応から藤花自身、誰かと遊ぶ機会がなかったことは容易く察することができる。

 

あのまま話を進めていたら藤花は何かと用事をつけて断っていただろう。

藤花に断れた時点で虎杖たちの目論見が破綻するのだから強引とはいえ約束を取り付けただけで十分なものだ。

 

「おかげである程度のことは決まったし、順平の母ちゃんにも連絡しないとな」

 

あの日の仕切り直しってことは順平ん家でやることになるだろうしと言った虎杖はやる気十分だ。

 

何をやるかほぼ決まったようなものでやることも出来たので一年男子の集いは自然と解散となった。

 

 

◇◆◇

 

 

そして、当日────

 

藤花は伝えられた時間通りに吉野家を訪れた。

ここを訪れるのは真人の事件以来であの時あった出来事を軽く振り返りながらここまでやって来た藤花はインターホンの前で一呼吸をする。

 

「いらっしゃい、先輩」

「ええ、お邪魔します」

 

チャイムを鳴らして出たのはあの時とは違い吉野だった。

 

一度訪れたことはあったので中がどうなっているかは分かっていたが吉野の案内についていき、リビングへと入る。

その瞬間、

 

「「先輩/藤花先輩、誕生日おめでとう!!」」

 

パンと鳴らされたクラッカーに藤花は目を丸くする。

最初、意味が分からなかった藤花だったが虎杖たちの言葉で今日が自分が生まれた日であったなと思い出した。

 

「ああ…そういえば今日でしたね」

 

すっかり忘れていた。

 

あの家に行ってから誕生日を祝われることなんてなかったから。

いや、高専に入ってからおめでとうの一言とともにちょっとした物をもらうことはあった。

ただ、昔のようにちゃんと祝われることもなかったのでいつの間にか祝日みたいな認識になってしまったのだ。

 

「思ったより薄い反応!!今日の主役なのに」

「……この年齢で良い反応を期待されても困りますよ」

 

虎杖が想像した反応は何だと思いながらも藤花は呆れたように言う。

 

「先輩、いつもありがとうございます」

 

いつの間にか用意されたのか差し出されたプレゼントたちを藤花は礼を言って受け取る。

それとともに近づいて来たのは吉野の母である凪だ。

 

「藤花ちゃん、誕生日おめでとう」

 

いつも順平が世話になっているわねと言う前置きとともに祝われた言葉に藤花は視線を少し彷徨わせる。

後輩たちや五条とは同じだけど違う言葉に藤花は昔のことを思い出す。

 

 

────生まれて来てくれてありがとう、藤花

 

 

愛おしいと言うように細められた私と同じようで違う少し青みが強い桔梗色の瞳。

髪を梳くように頭を優しく撫でる今にも折れそうなほど細い指。

 

10年以上の時が経っても尚、色褪せることなく藤花の胸の奥に大切に仕舞われている記憶の一つ。

 

あの時の藤花はただただ幸せを享受し、こんな日々が永遠と続くものだと根拠もない自信を抱いていた。

 

そんなことなかったのに。

 

泡沫の夢のように短くて、夢から覚めるようにあっさりと終わった穏やかな日差しのように暖かい日々を想う。

 

そこまで接点がないから大した物じゃないけどと凪からもプレゼントを渡され、藤花はハッと意識を過去から現在に戻す。

 

「いえ…わざわざありがとうございます」

 

「よし!プレゼントも渡したし、映画上映会しようぜー」

「映画ですか?」

 

それを見届けた虎杖は藤花の背を押して近くのソファに座らせる。

ソファの前には準備万端と言わんばかりに炭酸飲料とポテチがテーブルの上に鎮座していた。

 

「そう!順平と藤花先輩も興味が持てるようなB級映画を揃えたんだ」

「何でB級映画なんですか。縛りですか?」

「そりゃあ、フツーに見るよりも面白そうだから。B級映画なら多少は馴染みあるでしょ?」

 

確かに虎杖の修行に付き合ってB級映画を見たことがある。

だがそれも数回でどれも聞くに絶えないと途中で自分の仕事に集中していた気がする。

 

よくよく考えれば映画というものを見るのはあれが初めてだった。

 

サメのキメラが痴話喧嘩をするバカップルの仲を切り裂くように喰い散らかすシーンを思い出す。

 

あれが初めて観た映画だなんて…

 

その時は思い至らなかったことに気づいた藤花は一生気づきたくなかったと渋面になる。

 

吉野はそんな虎杖たちに苦笑しながらデッキに円盤を吸い込ませる。

虎杖とともに選び、厳選した映画はいっぱいあるのだ。

 

 

 

 

「ぶははは!!何でこんなものが鍵になんのよ!?この映画作った人、頭可笑しくない!?」

 

リビングで上映会をしているので必然的に凪も参加することになり、ビール片手にあまりのくだらなさに凪も虎杖も大爆笑している。

 

「は?この人アホなんですか??普通に考えてその選択するわけがないでしょう。頭のネジぶっ飛び過ぎじゃないですか」

 

その横で藤花は映画の内容に思わずツッコミを入れる。

 

 

 

「ぎゃあああああ!!!B級のくせに何でこんな本格的なの!?怖い怖い怖い!!しかもリアルにグロい!!」

 

吉野が悲鳴をあげて凪が離脱する中、虎杖と藤花はケロッと観続ける。

 

「何で先輩も悠仁も平気なの!?」

 

あまりにも顔色を変えない二人に吉野は八つ当たりのように疑問をぶつける。

 

「異常に怖がっている人が側にいると大して怖くなくなっちゃうんだよなー」

「日常でしょう」

 

藤花の最もなことに吉野はあ、そういえば僕たち呪術師やっているんだったと思い出すがそれでも怖いものは怖い。

 

 

 

「ジェイソン…ジェイソン…」

「ジェイソン…それはねえよ」

 

真っ暗なテレビを前に藤花たちは程度の差はあれ顔を覆う。

 

「確かに最初から間違っていたかもしれない。でも、あんなに頑張っていたのに…あれはない」

「こんな終わり方なんて…ジェイソンが報われない」

 

ジェイソンは最後の最後で報われるべき。この映画を作ったやつを許してはならない。

4人の思いが一致した瞬間だった。

 

 

 

「あ、そこに呪霊が映ってますね。この感じ…4級ですね。映像に映らないと力を発揮しない呪霊でしょうかね」

「え!?嘘!?」

「ほら、ここです」

 

藤花は映像を巻き戻して該当する部分で停止して指を刺す。

 

「これが?全然見えねー」

「何もないわよ?」

「え、何言ってんの母さん。そこに幽霊役の人が…」

 

凪の誰もいない発言に吉野はそこにいるだろうと言おうとして凪が呪霊が見えない人間だったと思い出して藤花が言ったことが本当であると分かり、顔が青くなる。

 

「まあ、この分だと映るだけで何も手出しはできないと思うので無視しても大丈夫です」

 

現場の方ももうすでに祓われているでしょうしと何事もなかったかのように藤花は映像を再開させた。

 

「そこ、スルーしちゃダメでしょ!?」

 

 

 

「はあ〜いっぱい観たな〜」

「そうね、しばらくは映画は十分ね」

 

虎杖と吉野が厳選した映画を全て観終わった頃にはすでに日がとっぷりと暮れていた。

これ以上、吉野の家に居座るわけにもいかないので虎杖と藤花は帰る準備をする。

 

「んじゃ、俺と藤花先輩は寮の方に戻るわ」

 

吉野は実家ということもあり、一泊してから高専の方に戻る予定だ。

 

「悠仁くん、順平くん」

 

家の外まで見送りに出た吉野に挨拶をして駅に向かおうとしたが藤花が呼んだので立ち止まる。

 

「今日はありがとう。とても楽しかったわ」

 

滅多に見せない笑顔──もちろん、交流会でよく見せた嘲笑ではない。の藤花に虎杖と吉野は思わず固まる。

でも、それは一瞬でいつもの表情に戻った藤花は早く行きましょうと虎杖を促す。

 

 

 

今日のように騒ぎまくるようなものではなかったがまともに誕生日を祝われたのは10年ぶりだろうか。

 

藤花は目を閉じて観賞会やその途中で挟んだ鍋パーティーを思い出す。

いつもだったら縁がない出来事に思わず、頬を緩ませる。

 

藤花が大事に抱えている記憶たちはいつだって穏やかなもので今日のようなことは一つもなかった。

 

互いを小突きあって大笑いしたり、親のあんまりな姿を友達に見られて恥ずかしいのか呆れているのかどちらとも言えない表情をしたり。

 

そんな時を憧れていなかったといえば嘘になる。

 

病弱だった父にそれを求めるのはお門違いだと思った。ただ側で微笑んで名前を呼んでくれればそれで十分だと思っていたこともある。

あの家に行ってからはそんな余裕はなかったし、そもそも誰かを招ける家ではなかった。

 

 

───こういう日も悪くないわね。

 

 

本当にこの時間を作ってくれた虎杖と吉野に感謝する。

 

大して良い先輩でもないこの私にそう思わせるほど考えてくれたのだと分かったから。

 

ふと、あの子の姿が思い浮かぶ。

 

 

嗚呼、何時かあの子とこんな誕生日を過ごせたら───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───きっと夢のような時間なのだろうな。

 

 

藤花はその光景を想像して愛おしそうに相好を崩す。

 

 

 

本当に、本当に。

藤花がそんなことを思ってしまうほど夢のように都合が良いものだった。

 

 

 




もうちょっと話を進めていれば別の話が出来たと思うけどそこまでストックためられなかったのでそれは零巻編がある時系列がめちゃくちゃな章でやります。

以下、映画蛇足話
興味ないなら飛ばしてねー

①記憶を失った主人公が謎の組織に追われながらだんだん記憶を取り戻していく映画
主人公の記憶を思い出すきっかけがしょーもなくて無理やり。ついでにどう考えても間違いだと分かるのにそっちを選択してしまうアホの子
多分、途中でタイとかインド映画のようによく分からない歌とダンスが入る

②どうしてB級映画と分類されているのか分からないほど高クオリティなホラー映画
阿鼻叫喚になる程怖いらしいがメンタルオリハルコンな虎杖と毎日がホラー()な藤花には効かなかった模様
五条が見た場合もおそらく同様な反応が得られる

③周りから怪物とされた一人の男の半生を生々しく丁寧に描かれた映画
観た者のほとんどは中盤あたりで感情移入するが終盤、予算が足りなくなったもしくは脚本家が失踪したのか雑な締め括りになって観た全員がそれはねーよになる

④厳選された中で一番金がかかっていないし、面白くもないドキュメンタリー映画
ネット上ではキャストの人数が合わん、合っているだろと一時期話題になった
映っていた呪霊はおそらく撮影現場にでも埋められていて自分を見つけてほしかったんじゃなかな(現場は対処済み)

あいぽんさんからコピペしようとしたら間違って消しちゃって絶望したけど複数端末持ちだったから事なきを得た…
データ共有される前にWi-Fi切っておいて良かったー!!



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