呪廻にて剣花は咲く (超親友)
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01

よろしくお願いします。


 

 

 在りたいように在る、そんな風に毎日を生きてる人がどれだけいるだろう。

 自分の思うがまま、誰にも縛られることなく自由に生きられたのなら……そう考えたことは誰しも一度や二度あるだろう。俺だってそうだし、出来ることならそうしたい。

 ただ、俺たちが思ってるよりも生きるということは難しい。

 些細なことで喧嘩するし、価値観の違いから衝突したりもするし、集団の中で生きるために自分を押し殺さなければならなかったりもする。

 地震や台風などの自然災害に見舞われることだってあるだろうし、もしかしたら無関係の事件にいつの間にか巻き込まれるかもしれない。

 世界っていうのはそんな理不尽に溢れていて───だからこそ『呪い』が産まれ続けるのだろう。

 

「呪術師は歯車の一つ、ねぇ」

 

 人が生きるために呪いを産み出し、産まれた呪いを呪術師(俺たち)が祓う、そうして世界は回っていると昔に誰かが言っていたのを思い出した。

 堪ったものじゃない、昔も今もその言葉を聞いた感想は変わらない。

 それなのになぜ術師をやっているのかと聞かれれば、別に好きでやってるわけじゃない、仕事だから、と返すほかないだろう。

 在りたいように在るのは難しい、それは呪術師だろうと同じ人間なのだから当然だ。

 

「そう考えると呪霊(君たち)が羨ましいよホント」

「オ、オマエ呪術師カ?」

 

 人っ子一人いない廃屋、それどころか周りに人気が微塵も感じられないあたり、既に事を済ませた後だというのは明白。

 助けられなかったことを申し訳なく思いつつ、今回の仕事のターゲットである蛞蝓のような呪霊へ視線を向ける。

 

「本能のままに自分のやりたいように生きる。地位も伝統も関係なくだ、憧れるね」

「呪術師ハここ殺殺すスス」

 

 成立しているようでしていなかった会話が途切れる。

 もう少し話していたかったが、相手にその気がない以上は口を噤まざるを得ない……まぁ、別段時間稼ぎが必要な相手という訳でもなさそうなので問題はない。

 さっさと片付けて晩飯にしよう、そう考えて蛞蝓呪霊から放射された粘液を跳躍し避ける。

 

「随分と殺意の高いことで」

 

 常人なんて軽く溶かし尽くそうな粘液に気を取られていると、おろし金のような多数の歯が自身を噛み砕こうと迫っていた。

 巨体に見合わずいい動きするなと感心しつつ、腰に差してる得物()を抜いて応戦する。

 

「固った」

 

 蛞蝓とは思えない強度に困惑したのも束の間、その隙をつかれ弾き飛ばされる。

 飛ばされた先にはつい先ほど蛞蝓の吐き出した粘液、目視の後に体制を整えその真横に着地する……が、

 

「う、ぉッ」

 

 着地の瞬間を狙ったであろう尻尾? の振り払いが直撃し、そのまま廃屋の壁を突き破り外に放り出される。

 

「いてて、流石に舐め過ぎてたか」

 

 仮にも二級術師を返り討ちにしてるのだ。

 術式も使わず呪具だけで、なんて甘いことは通じないらしい。

 加えて、

 

「普通に弾かれたよな今の」

 

 振り払いが直撃する瞬間に合わせた呪具を使った斬り払い。

 普通に尻尾を斬るつもりで放ったが、刀身が沈み込んだと思ったら倍返しになって勢いが返ってきたので驚いた。

 どうやらそこは見た目通り弾力性が強みらしい。

 なるほどなるほど、確かにこれは二級の手には余る案件だ。

 

「そういうことなら、こっちもそれなりの対応をさせて貰おうか」

 

 人手が足りないから、そう言われて手早く済ませようと気軽に受けたがどうやら外れクジだったらしい。

 それともそう言えば俺が受けると思ってわざとそう言ったのか……ま、その辺は片付いた後にでも問いただすとしよう。

 

 呪具を鞘に納め虚空へ手を伸ばす。

 瞼を閉じ思い起こすのは、今まで幾度となく使ってきた自身の術式。

 心の内に潜るように深く息を吐き出し───深層で脈動する術式()の呼吸を感知した。

 

「何ダそれは」

 

 追ってきた呪霊の言葉を耳に瞼を開けば、虚空を掴んでいた手には水晶のように澄んだ紺碧で彩られた剣が握られていた。

 

「始剣──…呪術師なんだ、術式は使って当然でしょ」

「姑息ナ!」

 

 先ほどの噛みつきが再び迫る。

 一度競り合いで勝ったからまた勝てると思い飛び込んできたのだろうが、生憎それは2級呪具相手の話。

 家の相伝の術式相手には些か分が悪い。

 

「なニィ!?」

 

 真正面から受け止めそのまま斬り下ろす。

 それだけで自慢の歯は砕け、呪具が通らなかった肉体には驚くほど簡単に刃が入りそのまま巨体を両断した。

 

「だガ無駄ダ!」

 

 終わり、と思ったが……両断され二つになった体はそれぞれが意思を持ち再びその牙を向けてくる。

 術式は持っていないと思っていたが、どうやら分身・分裂に近い術式を持っていたらしい。ますます簡単に片付く仕事じゃなかったと内心愚痴を溢しつつ、確認の意味も込めて左右の蛞蝓呪霊を再び両断する。

 

「無駄ダ、オマエの攻撃は効かナイ」

 

 嘲笑うように言った呪霊は二体から四体に増えていた。

 姿形は一匹目と何ら変わらず疲労してる感じは見受けられない。

 言葉通り斬撃が効いてる様子もなく、分裂の数に制限があるかどうかは不明。

 ただ、術式を使う以上呪力を消費するのは必定。

 呪力が無限の呪霊なんて聞いたことないし、それを考えればこの分裂にも当然限界はあるだろう。

 なら対処の仕様なんて幾らでもある。 

 

「こりゃあいい。どれだけ分裂できるのか見せて貰おうか」

「? 何ヲ言ッて───」

 

 始剣を構えながら印を結び術式を発動する。

 空を裂く音が響くのと同時、取り囲んでいた呪霊たちの体が宙を舞う。

 それは手であったり足であったり、果てには頭や眼球であったりと様々で、呪霊は声にならない絶叫を発しながら細切れに刻まれていく。

 

「とりあえず一分間やってみようか」

 

 返答は一際大きな悲鳴だった。

 

 

 

 

 

 

「やっほー国近、元気してる?」

 

 呪霊退治を終え補佐監督に報告を兼ねた小言を言い終え帰路についてると、現代最強の術師と何ともまぁタイミング良く鉢合わせた。

 

「お陰様で元気してますよ、悟先輩」

「それは何より。饅頭食べる?」

「いただきます」

 

 雑に投げられた饅頭を受け取ると、ついこの前この近所のデパートで買った饅頭そのものだった。

 何か話題になってたから暇つぶしついでに買ったものだが、悟先輩も買っていたようだ。

 まぁこの人甘党だし、こういう系のはその辺の女子高生より詳しそうだから話題になってなら買うか。

 

「これ美味しいですよね、行列できるのも納得ですよ」

「へー、わざわざ並んだんだ」

「……先輩並ばなかったんですか?」

「だってこれ国近の家から取ってきたやつだし」

「は?」

 

 何言ってんだこの人。

 

「国近に話があって来たんだけど伊知地に聞いたら任務中って言うじゃん? だから先輩が話ついでにわざわざ差し入れ持ってきて上げたってわけ」

 

 話があるのは分かった。

 けどどうやって俺の家入ったんだ? 肝心なところがまったく説明されてないんだけど……まぁこの人の場合、こういう時は何言っても適当なこと言って誤魔化されるだけだから今は流しておこう。

 

「で、話って何ですか?」

「国近ってさ今フリーだよね?」

「……まぁ、一応」

 

 今受けてる任務は特にないし、七海さんみたいに助手と一緒に活動してる訳でもないので、一応フリーと言えばフリーだ。

 しかし何だか嫌な予感がする。

 悟先輩がわざわざ電話じゃなくて直に会いに来て要件を伝えに来る辺りが特に。

 

「宿儺が受肉したんだけどさ」

「……ん??」

 

 宿儺? え、両面宿儺?? 特級呪物の???

 

「びっくりすることに器の子が宿儺を抑え込めるくらいの才能の持ち主でさ、折角だから指全部食べさせてから死刑にしようよ、ってことで高専預かりになったんだよね」

 

 抑え込む? 指全部食わせる?? 高専預かり???

 

「ただ上の年寄りがうるさくてさ~、僕の預かり知らぬところで邪魔されるのも面倒だから国近に高専の教師になってもらって諸々手伝って貰おうかと思って」

 

 教師? え、教師ってそんな簡単になれるものなんですかね?

 

「学長の許可はもう貰ってるから。それじゃよろしく~」

「は? おい、ちょ待て! バカ目隠し!!」

 

 思わずいつも心の中で呼んでる名前で言ってしまったが、バカ目隠しは言うだけ言うと確定事項だと言わんばかりに返事も待たずどっかへ行ってしまった。

 正直宿儺のこととか器のこととかまったく整理できてないが、それ以上に教師になるということが普通に嫌なんだけど。

 しかも言葉的に宿儺の器の子担当っぽくない? 絶対に嫌だ、いくら悟先輩のためでも今回は絶対に引き受けたくない。

 

「ん?」

 

 メールが飛んでくる。

 スマホを取り出し画面を見てみれば、元凶からの追伸だった。

 

【器の子は僕に並ぶくらいの術師になるからきっと育て甲斐あると思うよ。あと恵とか顔見知りもチラホラいるからそこもよろしく   p.s. バカ目隠し聞こえたからな後でマジビンタ】

 

『国近──…僕、夢が出来たよ』

 

「……………………はぁ。マジビンタやだな」

 

 とりあえず明日学長のところに行って話だけでも聞いてみよう。

 受けるか受けないかはその後で決めてもいいでしょ。

 

「今日はもう疲れた~早く帰って寝よっと」

 

 人が生きてく上で、在るように在る、ということは難しい。

 もう一度言うが、それは呪術師にとっても同じことだ。

 

 

 




アニメ始まりましたね(今更)
狗巻先輩とマイフレンドが登場するのが楽しみです。


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02

 

 両面宿儺。

 術師界隈においてこの名前を知らない呪術関係者はまず存在しないだろう。

 1000年以上も前の呪術全盛の時代、当時の術師たちが総力を挙げても敵わなかったほどの圧倒的な強さを誇り、経緯は不明だが屍蝋として指が20本残された後もその指を消し去ることは出来ず、封印を経てもなお元来の縛りを受け付けず呪いを呼び寄せる呪物と化したという規格外さ。

 宿儺は呪いの王と称され現代まで言い伝えられてきたが、それは誇張でも何でもなく純然たる事実だ。

 もし宿儺が現代にいたらあの五条悟ですら勝てるかどうか分からない、と言えば宿儺という存在がどれほどのものなのか理解出来るだろう。

 

「そんな宿儺が受肉したなんて聞いたら……そりゃ上層部の爺さまたちが騒ぎ立つのも当然でしょ」

 

 幾ら器になった子が宿儺を抑え込めるほどの逸材だとしてもだ。

 保守派の集まりの上層部がそんな危険物をいつまでも放っておくとかあり得ないし、悟先輩が融通を聞かせてもあの手この手で邪魔しに来ることは火を見るより明らかだ。

 というか、悟先輩が色々おかしいだけで普通の術師なら誰でもそう考えて当たり前だけど。

 

 そんなことを考えながら歩くこと数分、目的地の校門が視界に入った。

 同時に、かつての恩師も。

 

「久しぶりだな、国近」

「お久しぶりです、学長」

 

 夜蛾正道。

 傀儡呪術学の第一人者で高専の学長も務める凄い人だ。

 悟先輩の学生時代の担当を務めて、俺もよくお世話になった。

 

「……苦労するな、オマエも」

「学長ほどじゃありませんよ、本当に」

 

 ちなみにお互い五条悟被害者の会の筆頭会員でもある。

 学長と飲みに行くと悟先輩の愚痴でいつの間にか朝になってたりすることも少なくない。

 まぁ、一先ずそれは置いといてと。

 

「宿儺の器が見つかったって本当ですか?」

「信じられない気持ちは分かるが事実だ。私もついさっき会って確認した」

 

 なんてこった。

 もしかしたら夢かもしれない、なんて考えていたがどうやら現実だったらしい。

 

「オマエにもオマエの事情があるだろう。許可を出した私が言うのも何だが、あの話は無理して受けなくても構わない」

 

 あの話、というのは教師の話で間違いないだろう。

 

「とりあえず色々と聞いてから決めようと思ってますよ。悟先輩にも言いましたけど、今やってる任務とかありませんし」

「そうか。ならあまり時間もないことだ、手早く済ませるとしよう」

 

 歩きながらで構わないか、と踵を返す学長に頷いて後に続く。

 高専自体は拠点として卒業後も訪れていたのであんまり久しぶりという気持ちはしないが、学長と二人で高専を歩くのは入学前の同期や先輩たちとの顔合わせ以来だから何だか懐かしい気持ちになる。

 

「悟からある程度聞いていると思うが、オマエには悟の補佐ということで今年入学する宿儺の器の子を含めた一年生の担当について貰う。後、場合によっては二、三年の方も面倒を見てもらうことになるだろう。まぁ副担任みたいなものだがな」

「え、一年生だけって聞いてたんですけど」

 

 あのバカ目隠し説明適当過ぎじゃない?

 

「……まぁ、そういうことだ。話を続けるぞ」

「ハイ」

 

 文句の一つでも言おうかと思ったが眉間を抑える学長を見て止めた。

 ホント苦労してますね、ご愁傷様です。

 

「今年の一年生は現時点で三名。伏黒恵と虎杖悠仁、あとは家の事情で少しばかり入学が遅れるが釘崎野薔薇という女子生徒の三人だ」

 

 確か虎杖くんが宿儺の器の子だったよな? おぼえとこ。

 それにしても女子生徒とは……俺が学生の頃は同い年に女子なんていなかったら羨ましい限りだ。

 恵くんは相変わらず名前の通り恵まれてるね~本人的にはどうでもいいとか思ってそうだけど。

 

「釘崎さんは反転術式使えたりとか?」

「使えない」

「ですよねー」

 

 てことはまた硝子先輩のお世話になりそうだ。

 京都の方に一人反転術式使える子が入ったって聞いたからもしかしたらコッチにもと思ったが、そううまいこといかないか。

 まぁ呪術師自体が全然いないし、その中から更に希少な反転術式使える人材なんてそうそう現れたりしないだろう。

 

 それから学長と諸々の話をして、とりあえず近いうちに返答する旨を伝えてこの話は終わった。

 この後悟先輩との約束があったが、当人がまだ来てないのと喉も乾いていたので学長と一緒に学生時代によく使っていた自販機の前にやってきた。

 

「懐かしいですねここ」

「ああ。オマエと悟はよく互いの術式を確かめ合ってたな」

 

 自販機の傍にあるベンチから一望できる広場を見て思わず笑みが漏れる。

 あの頃は俺もやんちゃだったからよく悟先輩に突っかかって返り討ちにあってた。

 それを硝子先輩に治して貰ってまた悟先輩に挑んでの繰り返し……今考えてもバカだな俺と思う。

 だけど、そんなバカなこと(青春)をしてた時が一番楽しかった。

 悟先輩や硝子先輩だけじゃない、伊知地や七海さんに学長、そして───……

 

「飲むか?」

「あぁ、すみません」

 

 思考を打ち切り、奢ってもらった缶コーヒーを受け取って一口含む。

 あ……これブラックだ。俺微糖派なんだけどな。

 ブラック飲める人って、ていうかコーヒー飲める人ってどんな気持ちでコーヒー飲んでるんだろう。普通に考えてコーラとかファンタの方が美味いと思うのって俺だけなのかな。

 そんなことを考えながら缶コーヒーを飲み切る。

 正直何か他の物飲んで口直ししたいが、学長の手前失礼だから後でにしようと思ったのも束の間、

 

「ほら」

「ん……あ、わざとブラック買いましたね」

「まだ治らんのか子供舌」

 

 俺そんなに子供舌かなと思いつつ、呆れたように笑う学長を後目にコーラを一気に飲み干す。

 うん、やっぱりコーヒーなんかより断然こっちの方が美味いわ。

 

「学長」

「なんだ?」

「さっきも言いましたけど、教師になるかならないかはまだ決めてません。けど、仮になるとしたら」

 

 生徒にはめいっぱい楽しんで貰いたいです。

 そう言うと、学長はコーヒーを傾けながらそうなるかはオマエ次第だと笑った。

 

 

 

 

 

 

「国近お待たせー」

 

 学長との休息を終え、時間になったので悟先輩と約束した集合場所へ向かい待つこと数分。

 悟先輩が二人の男の子を連れてやってきた。

 一人は恵くんでもう一人がおそらく宿儺の器の虎杖くんだろう。

 

「相変わらず治ってないですね遅刻する癖」

「治す気ないからね」

 

 いけしゃあしゃあと……こういうところが学長とか庵さんの気に障ってるんだろうな。

 

「久しぶり恵くん」

「どうも」

 

 バカ目隠しは放っておいて隣の恵くんに挨拶する。

 気分は可愛がってる甥っ子に久しぶりに会った叔父さんの気分……いや、そこまで親しくないから近所の子供に挨拶するおばさんの気分?

 

「先生、この人がさっき言ってた新しい先生?」

「そうだよ。一級術師の朽網国近(くたみくにちか)、僕の二つ下の後輩」

「へー、てことはここの卒業生ってことか」

「そうだけど、呪術師は基本的に全員高専の卒業生だよ」

 

 あれが宿儺の器の虎杖悠二くんか。

 ……確かに、悟先輩の言う通り見所のありそうな子だ。

 ていうか正直、素の身体能力だけで言ったら俺より高そうな気がする。

 

 と、そんな俺に視線に気づいたのかそれとも先輩との話が終わったのか、虎杖くんがコチラへ視線を向け頭を下げた。

 

「俺、虎杖悠仁。これからよろしく朽網先生!」

「よろしく虎杖くん。ただ、まだ先生になるかは決めてないから先生付けはいらないよー」

「「え」」

 

 とりあえず大事なことだから修正すると何故か先輩まで虎杖くんと同じような顔をし出した。

 ちなみに伏黒くんは当たり前でしょって嘆息してる。

 

「今日学長と話してないの?」

「話しましたよ。ただ学長が嫌なら断っていいって言うんで、もうちょい考えてから決めようと思って」

「あの脳筋学長余計なこといいやがって」

 

 聞こえてるからね?

 

「それに考えてみれば、高専(コッチ)の許可が出ても家の許可が下りなきゃどっちにしろ教師なれませんからね」

「それなら問題ないでしょ。国近当主なんだし」

「当主だからこそですよ。家は先輩と違って一人で好き勝手すると下がとにかくうるさいんで」

「僕とは違ってってどういう意味だよコラ」

 

 そういう意味だよ。

 まぁ先輩の言う通り問題ないだろうけど、もしもがあって赴任した後からその問題持ってこられても面倒だから念には念をってやつだ。

 

「先生、もし朽網さんが教師になったら俺たちの担任になるってことですか?」

「んー? なになに恵、僕が担任じゃなくなるのが嫌なの?」

「逆ですよ」

 

 うわ、先輩凄い顔してる。

 恵くんも先輩には結構行くよなぁ……ある意味尊敬する。

 

「ざーんねんでした! 国近が来ても僕は恵たちの担任で国近は副担任でーす」

「そうですか」

 

 どうしようあの目隠しのこと先輩って呼ぶの恥ずかしくなってきたんだけど。

 恵くんが七海さん並みの大人の男性に見えるんだけど。

 

「ま、いいや。じゃあ国近の家がゴネそうになったら言ってよ、僕が何とかしとくから」

「何とかできると思いますけどやらないでください」

 

 割とマジで。

 家は御三家並みに大きい家じゃないからそんなことされたら拒否できないし、そうなったらそうなったで五条家と仲悪い他の御三家との間に板挟みになっちゃうから。

 まぁ俺が悟先輩と一緒に行動してる時点で手遅れな気がするけど、まだ個人同士の付き合いって言えば凌げるから。家同士の付き合いになったもう弁解できないから。

 

「大人って大変だな伏黒」

「……大体あの人のせいだけどな」

 

 恵くんの同情が心の深いところまで染み渡った。

 



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03

 

「───じゃ、そういうことだから家のことはよろしく」

 

 何かあったら連絡して、と言葉を残し電話を切る。

 そのままスマホを机の上に置き、ソファに身を沈めてため息を一つ。

 

「とりあえず許可は取れたな」

 

 高専の教職に就くという件は思ったよりもあっさり片付いた。

 最近は顔出せてないしもう少し小言を言われるものと思ってたから拍子抜けだ。

 まぁ元々厄介者みたいな扱いだし、当主になったのも家の総意というよりは条件を満たしてるのが俺しかいなかったからみたいな所も大きかったからな。

 向こうからしてみれば、俺が居なくなってくれた方が色々とありがたいのだろう。

 

「呪術師は呪霊を祓うのが仕事なのに身内でいがみ合ってたら世話ないよ」

 

 足を引っ張りあうなら好きにしてくれ。

 俺はそれに関わるつもりはないし、邪魔するなら踏んでくだけだ。

 

「さて、どうするかな」

 

 家の承諾は得られたので悟先輩の誘いを受けるか受けないかは俺次第。

 まぁもう答えは出てるんだけど、少し気になることがあってどうにも煮え切らないというか何というか。

 

「高専の上層部が悟先輩に嫌がらせするのは今更だけど……最近色々ときな臭いよな」

 

 近年の呪霊の活動に対しての上層部の対応には疑問点が幾つもある。

 事前に開示するべき情報を明かさなかったり、呪霊の等級を偽って手に余る術師を派遣させたり、去年の乙骨くんの件からかなり粗が目立つようになってきた。

 それが本当に粗だったらいい。上の人たちも歳だからそういうことももしかしたらあるだろう。

 ただ、

 

「呪詛師と繋がってないだろうな?」

 

 それが作為的に仕組まれたものならそうはいかない。

 呪術師なら誰しも知る呪術規定。

 これを管理し規定を犯したと判断して執行を命じるのは上だ。

 その上が仮に呪詛師と繋がってるとしたら……考えたくないが今の呪術界は無法地帯ということになる。

 

「まぁ、それをどうにかするために悟先輩は頑張ってるんだけど」

 

 呪術界の一新、そして強く聡い仲間を集めること。

 それが悟先輩の夢で、あの人は俺にその夢を手伝ってほしいと言った。

 俺はその頼みを承諾した。

 俺もまったく同じ気持ちだったから。

 

「なら悩んでても仕方ないか」

 

 誰が敵で誰が味方かは自分で見極めればいい。

 上層部が呪詛師と繋がってるか定かではないが怪しいのは事実、それならより近いところで調べればいいだけの話だ。

 

 重い腰を上げ、机の上に置いたスマホを手に取る。

 画面を操作して開いたのは電話帳。

 

「あ、もしもし───……」

 

 

 

 

 

 

「ということで、今日から高専で教鞭を執らせてもらいます一級術師の朽網国近です。よろしくね~」

 

 場所は東京・原宿。

 ヒラヒラと手を振って挨拶すれば三者三様の反応が返ってきた。

 

「よろしくお願いします」

「よろしく、朽網先生!」

「もっと面白いこと言え~」

 

 誰が何を言ってるかは説明するまでもないだろう。

 

「虎杖くん制服間に合ったんだ、似合ってるよ」

「あざッス! つってもこれ五条先生がカスタムしたらしくて俺がやった訳じゃないけど」

「あー、あの人そういうところあるからね」

「それ伏黒も言ってた」

 

 俺もよく連絡なしで任務の引継ぎ先に選ばれたりするし。

 

「先生のは自分で?」

 

 そう言って虎杖くんが指差したのは俺の制服。

 袖の部分をちょっと短く弄ってもらっただけで、それ以外は普通の制服と比べて特に違いはない。

 ただ、

 

「これ学生時代のだから少し小さいんだよね」

「間に合わなかったんですか?」

 

 恵くんの言葉にうなずく。

 教師になると決めたのが昨日の夜中でそこから今まで大体半日くらい。

 流石に半日で新しい制服を用意するのは無理と言われたので、急遽学生時代に着ていたのを引っ張り出して今に至るという訳だ。

 

「国近背伸びたよね」

「大体10㎝くらい伸びましたよ」

 

 学生の頃は当時の悟先輩より小さかったが、今は悟先輩と同じか少し小さいかくらいまで伸びた。

 そのせいで七分くらいに弄ってた袖がご覧の通りほぼ半袖になってる。

 

「僕の制服使う?」

「いや、後数日もしたら届くみたいなんでいいです」

 

 悟先輩の制服めっちゃ高そうだし何かあって弁償とか嫌だからね。

 

「それじゃ、そろそろ時間だし三人目迎えに行こうか」

「先生、俺ポップコーン食いたい!」

「後にしろよ」

 

 そんなこんなで今日原宿に来た目的───三人目の一年生、釘崎野薔薇さんの捜索が始まった。

 

 

 

 

 

 

 悟先輩は一年皆で東京観光と言ってたが、今日集まった本当の目的は今の一年生がどれだけ戦えるか確かめるための実地試験だ。

 ということで、先輩たちが釘崎さんを迎えに行ってる間に念のため試験場所が報告書通りか確かめに来てみたが、

 

「思ってたより濃いな……3級、もしかしたら2級がいるかも分からんね」

 

 一夜の内に何らかの要因で強くなったのか、それとも報告書に記載されてる内容に誤りがあったのか……何にせよ教師生活の初日からやってくれる。

 

「恵くんは病み上がりだから今回は休むらしいし、二人が来る前に祓っとくか?」

 

 釘崎さんは確か3級だから2級相手はキツそうだし、虎杖くんは……悟先輩が確か呪具渡す手筈だったからもしかしたら行けそうかもだけど、追い込まれて宿儺が出てきたりしたら面倒だし、やっぱり今の内に2級だけでも祓っておこう。

 

「元々今回の試験は地方と東京の呪いの違いを釘崎さんに知ってもらうためのものだしね」

 

 そんな時間もかからないだろうし、手早く済ませて生徒に交流を深める時間を作らせてあげようか。

 

「誘い込んでるのか知らないけど自分から位置バラしてるのも都合がいい」

 

 大方2級になって浮かれてるのだろう。

 万能感に浸るのはいいけど相手は選ばないとダメでしょ。

 

「ちょうど範囲内だし、このまま術式使って祓っちゃうか」

「おーい国近、ストップストップ」

「ん?」

 

 掌印を結んで術式を使おうとしたのと同時に、釘崎さんを連れて悟先輩たちがやってきたので手を下ろす。

 

「悟先輩、ここ2級いますよ」

「みたいだけど、それだけじゃないんだよね」

 

 訳アリのようなので話を聞いてみると、どうやらここに子供が迷い込んだらしくその救助も今回の試験に含まれることになったらしい。

 それで俺が術式を使おうとしてるのを見て、それに子供が巻き込まれるのを危惧して悟先輩は止めたとのこと。

 

「───俺も行きますよ。流石に今回のは二人の手に余るでしょ」

 

 ということで、状況整理も兼ねて改めて今回の目的を説明すると恵くんが悟先輩にそう提言した。

 

「なぁ朽網先生、2級とか3級とかって何の話してんの?」

 

 病み上がりだから恵はダメ、と言う悟先輩ともう大丈夫ですよという恵くんの会話を見ていると、隣で首を傾げる虎杖くんからそんな疑問を頂いた。

 

「はぁ? アンタそんなことも知らないの?」

「虎杖くんはついこの間まで一般人だったからねー」

 

 悟先輩が説明してなさそうだったので、虎杖くんが高専に来た経緯を釘崎さんに簡単に説明する。

 

「特級呪物を飲み込んだぁ!? きっしょ! ありえないんだけど!!」

「んだと?」

 

 まぁ幾ら呪いに無関係の一般人でも如何にも怪しい指を飲み込むのは俺もどうかと思う。

 

「ということで、虎杖くんと釘崎さんには3・4級の低級呪霊たちを相手して貰うつもりだったけど、2級呪霊がいるみたいだから俺が祓うまでちょっと待っててくれない?」

「2級って言っても大したことなさそうだし私は構わないけど」

「俺も大丈夫だよ朽網先生」

 

 んー、これは聞く耳持たなそうな予感。

 

「それに子供がいるんなら早く助けてやらねぇと。なら人数は多い方がよくない?」

 

 それはそうなんだけど、ぶっちゃけ二人がどんだけ戦えるのかよく分からないから判断しづらいんだよね。恵くんが来てくれるなら話は別だけど、まだ療養中みたいだし。

 

「悟先輩どうします?」

 

 何にしても俺副担任だから担任の指示に従おうと思い、悟先輩の方へ顔を向ける。

 そうして悟先輩が少し考える素振りを見せたのも束の間、

 

「悠仁、これ持ってきな」

 

 どうやら二人を向かわせることにしたようで、懐から呪具(屠坐魔)を取り出して虎杖くんに渡していた。

 疑問を浮かべる虎杖くんに屠坐魔のことを説明した悟先輩は、未だに納得してなさそうな恵くんを座らせると俺の肩に手を置いて言った。

 

「国近、引率よろしく」

「だと思いましたよ」

 

 大方めんどくさいから俺に押し付けたんだろうな。

 まぁ元々俺が祓うつもりだったから別にいいけどさ。

 

「2級は国近が引き受けるから悠仁と野薔薇は他の呪霊の処理と子供の救出優先ね」

「伏黒は?」

「恵は待機。まだ傷が癒えてないから」

 

 恵くんが二割増しで不機嫌になったのを俺は見逃さなかった。

 

「じゃ、さっさと行きましょ」

「あ、おいちょ待てよ!」

 

 方針が決まったからかずんずんと一人で進んでいく釘崎さんとそれを追いかける虎杖くん。

 うーん、前途多難だ。

 ま、気張っていくとしますかね。

 

「国近」

 

 踏み出した足を止め振り返る。

 

「頼んだよ」

 

 その言葉には適当に手を振って返しておいた。

 

 

 

 

 

 

「悟先輩には引率頼まれたけど、2級の居場所は分かってるから二手に分かれようか」

 

 廃ビルの玄関口で一度二人を呼び止めて簡単に動きを説明していく。

 

「俺は地下の2級祓いに行くから二人は上の階をお願い。出来る?」

「当たり前でしょ、子供のお使いじゃないんだから」

「虎杖くんは宿儺出すのは厳禁だからね? 出したら俺と先輩の首飛んじゃうから」

「分かった、宿儺は出さない」

 

 一通り見た感じ上には大した呪霊いないみたいだから二人なら特に問題ないでしょ。

 後は子供がどっちにいるかだけど……まぁ仮に地下()にいたとしても問題はないかな。

 

「じゃ、そういうことで。終わったら今度こそ東京観光行こうか」

「ホント!? 今度は嘘じゃないでしょうね!」

「先生俺中華街行きたい!!」

「嘘じゃないし、行きたい所あるなら東京じゃなくてもいいよ」

「よっしゃ! ならさっさと終わらせて観光行くわよ虎杖!!」

「おうっ!」

 

 そう言って廊下を爆走して行った二人を見て、あの二人何だかんだで気合いそうだなと思った。

 いやー、青春してるね良きかな良きかな。

 

「それじゃ俺も、早いとこ仕事済ませるとしようか」

 

 奴さんも待ちくたびれてるだろうし。

 

 そんなことを考えながら二人とは逆の廊下を進み、地下へ続く階段を下っていく。

 他の呪霊と遭遇しない辺り、自然とこの場所が2級呪霊の縄張りと認識されてるのだろう。

 もし上に溜まってるなら二人にはいい経験を積ませられるし、俺は余計な手間がかからないし一石二鳥だ。

 

「さて、ここか」

 

 早く来いと言わんばかりに呪力の滾りを感じる。

 そんなに焦らなくてもちゃんと来てあげてるっていうのに……って

 

「フライングかよ」

 

 扉を開けるよりも早く呪力が弾丸と化して扉を突き破って来た。

 同時に呪具を抜いて弾丸を横へ逸らす。

 

「如何にも呪いらしい真似するじゃん」

 

 視界に映ったのは達磨のような小柄な呪霊。

 その隣には──…意識を失ってる子供が倒れていた。

 

「コッチにいたか……なるほど道理で自信満々なわけだ」

 

 いざとなったら子供を囮にでもするつもりだろう。

 ニタニタと挑発するように嘲笑ってるのがいい証拠だ。

 けどまぁ、

 

「子供の場所が分かった以上、コッチも術式を使わない理由はなくなった」

 

 呪力を溜め再び弾丸として飛ばそうとする呪霊の腕を呪具を投擲して斬り落とす。

 その隙に掌印を結び術式を発動、その呪力に驚いた呪霊が子供を盾にしようとするがもう遅い。

 

「はい、お終い」

 

 不可視の剣が呪霊を斬り裂き、再生する間もなく塵と化す。

 同時に廃ビルに満ちていた呪いの気配が大分和らいだので、虎杖くんと釘崎さんたちにはコッチは終わったという合図になったことだろう。

 

「うん、ちゃんと息してる」

 

 呪霊が人質にしようとしていたので心配してなかったが一応子供の生死を確認しておく。

 何でこんな所に足を運んだのかは分からないが、まぁこれを機に二度とこんな無茶なことはしないで貰いたいもんだね。

 

「お」

 

 子供を担いで部屋を後にしたのと同時、廃ビルを包んでいた呪いの気配が完全に消滅した。

 呪力の流れはしっかり確認できるので、どうやら二人も上手くやれたようだ。

 それじゃ約束通り、ご褒美に東京観光に連れてってあげようじゃないか。

 

「…………あ、お金下ろすの忘れてた」

 

 東京観光の前に銀行寄らないとな。

 



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04

 

「あれが宿儺の器か」

 

 呪霊が祓われた廃ビルの屋上。

 その片隅で佇む黒い僧衣を着込んだ呪詛師は、新たに高専に入学した三人の一年生──正確にはその内の一人、虎杖悠仁を見て笑みを溢した。

 

「色々と確かめさせてもらうとしよう」

 

 そう言って取り出したのは20ある宿儺の指の内の1本。

 その指と虎杖悠仁を交互に見て思考を巡らす呪詛師は、次いで五条悟とその隣を歩く亜麻色の髪の呪術師へ目を向ける。

 

「五条悟は手筈通り器から引き離すとして……問題は彼だね」

 

 朽網国近。

 朽網家相伝の術式の使い手で、虎杖悠仁の入学と同時期に教師として高専にやって来た1級呪術師。

 その姿を見て肉体に刻まれた記憶が脳裏を巡り、その術式の全容と人格を把握した呪詛師は思わずと言った風に嘆息した。

 

「彼まで器から引き離せば流石に五条悟が感づくだろうし、たかが指1本程度じゃ時間稼ぎすら出来ないで祓われるのが落ちか」

 

 1級と格付けられているが、その実力が特級と比べても遜色ないというのは朽網国近という呪術師の本質を知る者たちの間では周知の事実だ。

 呪詛師自身もそれを理解してるが故に、如何すれば彼を宿儺の器から引き離すことが出来るか瞼を閉じ熟考する。

 

「もう1本の指は別のところで使う予定だし、私の残穢を残すわけにもいかない……となれば」

 

 脳裏を過ぎったのは以前自身に協力を求めてきた特級呪霊の集団(・・・・・・・)

 実力は優れていても呪術師に対してまったくの無知であることを思い出した呪詛師は、無知の彼らだからこそこれから戦おうとしてる呪術師がどういう存在なのか、そしてどれだけその力が脅威なのかを学んでもらおうと判断した。

 

「話を受けるのはもう少し後にするつもりだったけど、これはこれで都合がいいからね」

 

 仮にその結果がどちらかの死であったとしても、自身の思い描く計画には何ら支障はない。

 そんな思惑を胸中に秘め、呪詛師はクツクツと嗤いながら廃ビルの影へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

「───出張ですか?」

【うん。ま、すぐ終わるだろうけど僕が戻るまで色々引き継ぎよろしく】

「その色々の範囲に明日までの仕事とかないですよね?」

【………じゃあそういうことだから!】

「おい待て」

 

 待たずに通話が切られる。

 ……ご丁寧に電源切ってるあたりそういうことだろう。

 明日までに終わる仕事じゃなかったら呪ってやるからなあのバカ目隠し。

 

「そう言えば、明日は交流会のことで学長に呼ばれてたっけ」

 

 懐かしいな交流会。

 正直参加したメンバーがメンバーだから全然やり応えなかったけど、それでも色んな術式見れて良い経験にはなったから無駄な時間だったとは思わない。

 それに今の京都(向こう)の生徒のことを考えたら一年生たちにはいい刺激になることは間違いない。

 本来なら一年生は参加しないけど今年は人数足りないらしくて俺の時みたく参加させるって学長が言ってたし。

 

「今年は結構いい勝負するかな?」

 

 去年は乙骨くんが無双したらしいけど今年は海外行ってるとかで出場しないらしく、三年の秤くんは停学中。

 ぶっちゃけ今の状態だと東堂くんを誰も止められないから完敗だろうけど、一年生……特に虎杖くんの成長次第ではそれも分からない。

 京都(向こう)は人数足りてるから一年生が出てくることはないだろうし、加茂くんとかは恵くんや狗巻くんの二人でなら抑えられる。

 

「腕の見せどころだねぇ」

 

 交流会までに一年生をどれだけ仕上げられるか、少なくとも団体戦で放たれる2級呪霊は難なく祓えるようにさせるのが最低条件。

 恵くんと釘崎さんは術式を持ってるからそこを伸ばしていけばいいけど、虎杖くんは術式持ってないしそもそも呪力の扱い方から教えていかないといけない。

 まぁその辺りは俺よりも悟先輩の方が教えるの上手いと思うから、俺は恵くんと釘崎さん担当かな。

 

「何なら二年生の皆に手伝ってもらうのも有りか」

 

 二人は体術とかその辺てんでダメだし、動ける二年生に指導して貰うのは我ながらいい案だ。

 二年生の担当の日下部さんは色々予定が重なってるとかで今高専にいないし、二年生たちは一年生に教えることで改めて自分の動きの粗に気づくかもしれない。

 

「そうと決まれば明日皆に相談してみようかな」

 

 顔合わせも兼ねてって伝えれば拒否はされないだろう。

 確か恵くんとは顔見知りだった筈だし、交流会に出場する以上二年生の皆も足は引っ張てほしくないと思うだろうしね。

 

 一先ず交流会のことはこの辺にしといて、そろそろ悟先輩の引き継ぎの確認でもしようかな。

 何だかんだであの人も大事な書類とかは先に片付けてるだろうから特に心配はしてないけど。

 

「ちゃちゃっと終わらせてさっさと寝よう」

 

 眠りに就いたのはそれから三時間後───伊知地からの緊急事態の連絡を受けたのは、そこから更に五時間後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 突如として発生した特級呪霊の受胎。

 受胎の発生した場所は少年院上空、受胎発生から既に三時間が経過しており避難誘導が9割完了した時点で施設を閉鎖、しかし未だ5名の在院者が施設内に取り残されておりその救出のために呪術師を派遣───そこまではいい。

 

「特級に変態するかもしれない任務に一年を派遣……? ふざけてる!」

 

 走る、走る、走る。

 

 本来なら特級、どんなに低く見積もっても1級の案件だ。

 それを高専に入って間もなくの、2級が精精の一年生を派遣するなんてあり得ない。

 伊知地には俺が行くまで絶対に三人を施設には行かせるなと言ったが、あの三人は受胎が変態を遂げる前に取り残された人を助けようとするだろう、そういう人種だ。

 だけど俺の考えが正しければ今回の件、

 

「失念してたわけじゃない。けど正直舐めてた……ここまでして虎杖くんをッ」

 

 悟先輩の出張、他の術師の不在、突如現れた特級……これだけ材料が揃ったらもう確定だ。

 

「あの老害ども……!」

 

 特級を祓い終わったら覚えておけ。

 二度と舐めたこと出来ないように徹底的に潰してやる。

 

「受胎が変態したら今の三人じゃ絶対に勝てない、早まるなよ三人ともッ」

 

 在院者を救出できても特級が変態して鉢合わせたら終わりだ。

 それまでに俺が駆け付けて特級を祓う、それ以外に三人を生きて高専に帰らせる方法はない。

 

「よし、見えてきた!」

 

 伊知地の迎えを断り、呪力で強化した五体で走ること数分。

 ようやく目的地の少年院が見えたのを確認して、後は三人の安否を確認するだけ、

 

「───あ?」

 

 その直後にそれは起きた。

 今まで戦ってきたどの呪霊よりも膨大な呪力の気配、上空から隕石の様に落下して来た呪霊(ソレ)は、下卑た笑みを張りつけて言った。

 

「朽網国近だな?」

 

 その言葉に答える暇もないまま、

 

「死ね」

 

 業火が視界一面に広がった。

 

 

 

 

 

 

 周囲の木々ごと纏めて焼き払い、今もなお轟々燃え盛る眼前の光景をその単眼に映して特級呪霊──漏瑚は嗤った。

 

「フン。呪術師など所詮この程度だ」

 

 脳裏を過ぎる呪詛師に返すように言葉を吐き、漏瑚は襲撃を成功させた際に落ち合うと決めた場所へその歩みを進めようと振り返る。

 

「蓋を開けてみれば弱者による過大評価。何が脅威か、まったくもって反吐が出る」

 

 朽網国近。

 自身と同じ特級クラスの術師だと話に聞いて来てみれば、奇襲一つ見抜けなかったただの間抜け。

 この程度の相手を脅威と呼ぶなど所詮は紛い物の人間かと心底落胆した面持ちで、漏瑚はやはり人間の協力など仰ぐものではなかったと後悔する。

 

「呪いの時代は儂らの手で作るに他はない」

 

 そう言葉を残し、最後にもう一度自身が焼き払った呪術師の骸を確認しようとして───その単眼を限界まで見開いた。

 

「バカな……無傷だと?」

 

 そこに地面に横たわる焼死体はなく、五体満足の呪術師が悠然と立っていた。

 

「驚いた。それにその呪力量……特級か」

 

 漏瑚は呪詛師から朽網国近の術式の話を聞いていない。

 正確には聞くに値しないとして早々に飛び出したからだが、もし聞いていればその疑問を解決する一助にはなっていただろう。

 そんなことは今更考えたところで後の祭りだが、術式が不明なら確かめるまでだと再び術式を使おうと手を伸ばして、

 

「なっ!?」

 

 術を放つ前にその右手が宙を舞う。

 斬られた、と判断した頃にはその隙をついて既に国近が迫っていた。

 

「貴様ッ!」

「おっとッ」

 

 咄嗟に斬られていない左手で掌底を打つが紙一重で躱され、カウンターの回し蹴りがその脇腹を捉える。

 

「この程度で!!」

 

 無理な体勢で放ったからか痛打には至らず、体勢を整えた漏瑚の術が国近の真横の壁から文字通り火を噴き直撃する。

 先ほどのように術式を使う前に手を斬られることはなかった、それならこれをどう受けると漏瑚は国近の動きの一挙一動を注視する。

 そして───その術式の片鱗を垣間見た。

 

 国近を呑み込まんとする業火、それを剣の形をした何かが幾重も重なり盾となって防いでいる。

 今は漏瑚の炎から身を守っているためその姿形が浮き上がって判別できるがその実態は不可視の剣。

 先ほど儂の右手を切断したのもあの剣だろう、と冷静に判断し追撃しようとしたのも束の間……風切り音を耳にした漏瑚は反射的に回避の行動を取っていた。

 

「それだけではないと言うことか!」

「ご名答」

 

 確認の意を込めて先ほどまで自身の立っていた場所へ目を向ければ、漏瑚の炎を防いでいる剣群とは別の剣撃がその背後の木々ごと斬り刻んでいた。

 どれだけの剣群を操作しているのかと内心思考しつつ、直感と予測を頼りに国近の剣撃から逃れながら漏瑚は時折見せる隙を火柱でついて国近の術式の穴を探っていく。

 

「ぐっ……!」

 

 だが国近の剣群はまるで限りがないと言わんばかりに漏瑚の術を全て通さず、反撃の刃も途切れることを知らない。

 国近は一歩も動かずその場で掌印を結ぶだけで、漏瑚の方は常に動き続けながら隙を伺い術を使う、どちらの動きが鈍っていくかは明白だろう。

 しかし、徐々に呪力による治癒では治しきれなくなってきたところで漏瑚は気づいた。

 

「(ヤツの腕の傷、いつ付いたものだ?)」

 

 掌印をする腕の下部、そこに自身がつけたものであろう火傷の痕があった。

 まさか、思考する漏瑚の脳裏に最初に奇襲した光景が脳裏を過ぎる。

 

「(確かめてみる価値はあるか)」

 

 ぽんっ、ぽんっ、ぽんっ、と軽快な音が漏瑚の周囲で響く。

 その音とともに現れたのはアブのような姿の虫の呪霊。

 その呪霊たちは漏瑚が剣撃を避け続ける間に宙へ舞い上がり、そして四方八方のあらゆる方向から国近へと迫っていく。

 

「ん?」

 

 その呪霊に気づいた国近が怪訝そうな表情を浮かべつつも一瞬の間にその虫呪霊を宙で斬り裂いた───その瞬間、

 

「ッ!?」

 

 耳を劈くような大音量の奇声に体が怯んだ直後、国近の周囲を包むほどの大爆発が起こった。

 

「フッ、やはりな」

 

 爆発による火柱から逃れ出た国近の姿を見て漏瑚は自身の考えが間違いではなかったと笑みを浮かべる。

 

「………やるねぇ、君」

 

 そこにいたのは見るも痛ましい火傷の痕を左腕に負った国近の姿だった。

 



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05

 

「(思った以上にしんどい相手に絡まれたな)」

 

 感覚のなくなった血濡れの左腕を見て内心愚痴る。

 今まで戦ってきたどの呪霊よりも呪力、術式ともに最高位だが、正直扱いやすい相手だから割とどうにかなりそうだとは思ってたものの……実際に戦ってみれば素の身体能力や治癒の速度は言わずもがな、俺の術式を僅かな間で看破する観察眼と洞察力はとても呪霊のそれとは思えないほど優れていた。

 

「(この後のことを考えながら戦ってる余裕はないな)」

 

 少年院の呪霊を祓うための余力は残しておきたかったが、このまま力を出し惜しんで戦っていたら殺されるのは俺だ。

 実際あの虫呪霊の音で呪力の流れは乱されたものの、術式自体は維持出来ていたし呪力で体を強化してたから、術式の間を抜けてきた爆発はそこまで威力はないと高を括ってた。

 だが実際に喰らってみれば、ある程度力を相殺したにも関わらず左腕(コレ)だ。

 直撃なんて貰った暁には俺自身がどうなるかは考えるまでもない。

 

「(なら、攻撃させる隙を作らせなければいい)」

 

 あの呪霊の術式が炎系統のモノなのは間違いないとして、面倒なのはあの虫呪霊を出せたように他にも手札を隠していそうなのと、地面を介してかつ視界内であれば何処からでもあのミニ火山を使った火柱が飛んでくることだ。

 攻防で術式を操作しながらあのミニ火山や虫呪霊の対処をやり続けるには反転術式が使えない俺には分が悪すぎる。

 利き腕じゃなかったのは幸いだが、片腕が使えない以上は術式の精度は今までよりも格段に落ちるから攻撃と防御の両立をするよりどっちかに集中した方がいい。

 

 となれば、見た感じあの呪霊飛べなそうだから上から一方的に削り続けるのが無難だろう。

 

「───どうした? 逃げてばかりでは儂は殺せぬぞ」

 

 逃げてたんじゃなくて止血してたんだっての。

 まぁちょうど終わったところだし、そこまで言うならやってやるよ。

 

 術式を操作し何もない宙に幾つかの足場を形成し、呪力強化を体に施して下準備は完了。

 呪霊への牽制にその単眼目掛けて一閃したのと同時に跳躍、予め作っておいた足場に着地して呪霊を見下ろす形で宣言した。

 

「さぁ、第二ラウンドと行こうか……!」

 

 

 

 

 

 

「浮いてる……? いや、足場を創ったのか」

 

 上空より自身を見下ろす国近の姿を単眼に映し、呪力と傷の回復のために時間をかけて戦っていたのは愚策だったかと漏瑚は舌打ちとともに臨戦態勢を取る。

 

「だがそうまでして儂との距離を取るということは、やはり貴様の術式は近づけば近づくほどその力を発揮できなくなるようだな」

 

 国近の術式が距離を詰められれば詰められるほどその力を発揮出来なくる、というのは漏瑚自身の推測だったが、今の国近の姿を見てそれは確信に変わった。

 そんな漏瑚の言葉に、国近は笑みを携えたまま返答する。

 

「ホント、呪霊にしては感心するくらい鋭いね」

 

 まるで人を相手に戦ってる気分だよ、と言う国近に漏瑚は分かりやすく不快感を露にした。

 

「貴様らのような紛い物と同列に扱うな反吐が出る。我ら呪いこそが真の人なのだ」

「真の人ねぇ……何か訳アリみたいなら聞いてあげるけど?」

「貴様に話す道理はない」

「そうかい、そりゃ残念だ」

 

 微塵も思ってなさそうな表情に殺意を抱いたのも束の間、音すらも置き去りにして漏瑚の右肩から先が宙を舞う。

 

「ぐッ……!?」

 

 何が起こったか理解できないという表情とは裏腹に、国近の術式の速度が自身では捉えきれないほど上昇していることに漏瑚は気づく。

 力を出し切っていなかったのか、それとも何らかの縛りによる術式効果の上昇か、幾つもの可能性が脳裏を巡るが答えは出ない。

 そんな漏瑚の様子に国近は得意気に笑いながら解答を口にする。

 

「相手の呪力を追って走らせる剣と自分で一から操作して走らせる剣、前者と後者とでは凡そ倍の速力の差がある」

 

 今までのは前者、是は後者───その言葉とともに放たれた剣撃が漏瑚の真横の大地を割断する様を見て、その言葉が偽りではない事実に冷や汗が頬を伝う。

 

「ただ術式の処理が追い付かないからあんまり長く使えないのが欠点だけど」

 

 それが術式の開示による縛りだと気づいたのも束の間、身震いするほどの殺意を受け呪力・術式・五体の持てる力の全てを駆使して漏瑚は駆け出した。

 直後、漏瑚の立っていた場所が木々諸共跡形もなく薙ぎ払われる。

 その様を確認する余裕は漏瑚にはなく、ただ一心不乱に少しでも自身の動きを予測されないように速度を落とさず走り続けることしか出来なかった。

 

「(自動と手動では速力が倍違うと言っていたが、術式の開示を済ませたことでその速力は更に上がっているッ───反撃する余裕すら……振り返ることすら叶わんとは!)」

「おいおい、逃げるなって言ったのは君の方だろ?」

 

 そんな国近の挑発に答えることすら、否そもそも聞こえているか怪しいほど漏瑚は感覚を研ぎ澄ませ国近の剣撃を避け続けることに専念していた。

 瞬きすら煩わしいと思うほどの、一歩踏み出した傍からその場所が国近の術式により削り抉られていくギリギリの攻防。

 僅かでも気を緩めれば足が飛び、動けなくなったところを斬り刻まれて成す術もなく祓われることを漏瑚は呪いの本能で理解していた。

 しかしこのまま逃げ続けているだけではいずれ限界が来て国近の剣撃に捕まることは必至、何か手を打たなければならないが国近はそんな暇を与えないと言わんばかりにより苛烈に漏瑚を追い込んでいく。

 だがそんな絶望的な状況に置かれながらも、漏瑚の単眼から戦意が消えることはなかった。

 

「(今はヤツの術式を避けることだけを考えろッ、仕込みは既に済ませてある……!)」

 

 脳裏を過ぎるのは国近が術式の開示をしてる間に済ませた仕込み。

 そして国近が術式の開示の際に言った言葉を漏瑚は聞き逃さなかった。

 

「(術式の処理が追い付かないから長く使えない、貴様はそう言ったな)」

 

 能力が向上してる以上はその言葉に偽りはないだろう。

 そして国近が術式を使ってる間はその場から一歩も動かないことを漏瑚は知っている。

 加えて現状滞空してる国近は空を飛んでいるのではなく、空に足場を創ってその上に乗っているだけ。

 だとしたら尚更、処理が追い付かなくなった時の状態では自身の仕込みを避けられる道理はない。

 

「(貴様と儂、どちらの方が先に限界が訪れるか───我慢比べと行こう)」

 

 

 

 

 

 

 ────それからどれだけの数の攻防を重ねたのか。

 

 周囲の木々の大半が国近の術式によって薙ぎ払われ倒木し、戦いの壮絶さを現すように大地は荒れ果て、幾多もの割断を繰り返し不安定になったその足場は最早まともに歩くことすらままならない。

 

 漏瑚が自身の考えに賭けて国近の術式から逃げ続けること約4分。

 体の節々から血を流し、治癒に回す呪力すら惜しいと死に物狂いで駆け続けたその時間にようやく終わりが訪れる。

 それは漏瑚が倒木した樹木を跳び越えた瞬間に起きた。

 

「足場がッ……!?」

 

 着地するべき足場が割断していたため空中で身を翻し着地点を変更したことにより生まれた僅かなタイムロス。

 ただでさえギリギリだった攻防に生まれたその隙間を国近は見逃さなかった。

 

「────」

「ッツ──…!」

 

 漏瑚が死を覚悟したのと同時に国近の表情が歪む。

 反転術式を使えない国近の脳が緻密な術式操作に耐え切れず悲鳴を上げたからだ。

 その悲鳴は痛みという明確な形を伴って国近の脳内を襲い、そのあまりの痛みに掌印を結んでいた指が解かれ同時に漏瑚を襲っていた剣撃も中断された。

 

 一瞬の空白。

 

「待っていたぞ、この時を……!」

 

 再起を果たしたのは当然ながら漏瑚だった。

 国近から逃げ続けたその脚で仕込んだ術式が、漏瑚の掌印と共に解放される。

 

「儂の勝ちだ、朽網国近ッ!」

 

 それは国近の周囲を隙間なく覆う幾多もの巨大な火柱。

 視界を封じ空中での逃げ場も封じた、常人であれば近づくだけで灰となって焼き尽くされるほどの灼熱の牢獄。

 その中心で捕らわれた国近は、痛みが晴れて鮮明になった視界で自身の状況を確認し舌打ちを溢した。

 

「……俺暑いの苦手なんだけどな」

「案ずるな、一息で終わる」

 

 膝をつき肩で息をする漏瑚は、国近の姿をただの強がりだと断じると勝利を確信したように嗤った。

 

「確かに儂は滞空する術を持たんが、対処する術は幾らでもある。自分自身で退路を断った己が愚を呪って死ぬがいい」

 

 宙に掲げた両手で火柱を操作し、渾身の呪力を以って左右の手を引き合わせる。

 

「終わりだ」

 

 瞬間、全ての火柱が中心に立つ国近の下へ集束し天を衝かんばかりに高々と燃え盛った。

 協力者の呪詛師にやり過ぎるなと念を押されていたが、そんなことは既に漏瑚の頭に一片たりとも存在していない。

 

「脅威というのも眉唾ではなかったな」

 

 苦心の末の勝利故か、漏瑚にしては珍しく胸中で朽網国近という呪術師の脅威を素直に認め嘆息する。

 呪詛師から依頼を受けた時はまさかここまで苦戦するとは露ほども考えていなかったから、というのも理由の一つだろう。

 

「ヤツの話によれば五条悟は朽網国近より強いと言うが……領域に入れてしまえば問題はない」

 

 国近の力を見誤ったせいで領域を使おうと思った頃には既に使う余裕がなかったため出せずじまいで終わってしまったが、領域さえ使ってしまえば五条悟であろうと誰だろうと負ける気はしない、という確信が漏瑚にはあった。

 

「一先ず、今は休息を取らねばな」

 

 これからのことを考えるのはその後でいい。

 そう結論付けてこの場を離れようとした、その時、

 

 

「────極ノ番『■■』

 

 

 聞こえるの筈のない声が、未だ燃え盛る火柱を超えて漏瑚の耳に届いた。

 

「バカな……ッ!!」

 

 あり得ない、と思考がその可能性を拒絶する。

 確かに漏瑚は朽網国近の術式の全容を把握していないが、それでも戦いながら推察した国近の術式では絶対に生きていられる筈がないという確信があった。

 

 だが現実は、国近を呑み込んでいた火柱が斬り裂かれ消滅するという最悪の形で漏瑚の眼前に現れた。

 

「ホント強いね、君」

 

 水晶のように澄んだ紺碧の剣を手にした国近は、足場から飛び降りて呆然とする漏瑚の前に着地する。

 

「一つ聞きたいんだけど」

「……何だ?」

「君、呪詛師と繋がってる?」

 

 私のことは決して口外しないことが条件だ、協力を結ぶ条件として受け入れた言葉を思い出し漏瑚は国近の問いに沈黙する。

 だが国近にとっては漏瑚のその態度だけで十分だったらしく、わざとらしく頭を抱えると大きく息を吐き出した。

 

「君並みの呪霊と関係を持てる呪詛師とか正直考えたくないなぁ」

 

 少なくとも国近の脳裏に目の前の呪霊と関係を結ぶことが出来る力量の呪詛師は存在しない。

 唯一思い当たる節がある人物は去年五条悟が排したため尚更だ。

 

「正直君には聞きたいことが山ほどあるから、素直に投降してくれると俺としてはすごいありがたいんだけど」

 

 その問いに漏瑚からの返答はない。

 愚問だということだろう、問いかけた国近自身もまったく期待してなかったので当然と言えば当然だ。

 

「じゃあ仕方ない───祓うよ」

「ッ、貴様まさか……!」

 

 国近が纏う呪力が変質していく様子を見て何をしようとしてるのか漏瑚は一目で看破する。

 

「領域を使うつもりか!」

 

 領域───正式な名を領域展開。

 

 それは術式の最終段階にして呪術戦の極地、そして術師の中でも限られた才能の持ち主しか到達できない神域。

 生得領域と呼ばれる心象世界に術式を付与し、それを呪力で現実世界に構築する……言葉だけで言えば簡単だが、それを実際に起こせる術師は現代では片手にすら収まらない。

 

「ならば……!」

 

 領域を展開された際に最も有効な対抗手段は自身も領域を展開すること。

 呪術全盛の時代から伝わるその定石に則り、漏瑚は掌印を結び己が呪力を練り上げ生得領域を構築する準備に入る。

 国近もまた利き手の剣を大地に突き刺し、刀印を結んでいく。

 

 そうして両者の準備が整い、互いに領域を展開しようとした───その時だ。

 

「ッ、なんだ?」

「この呪力の気配は……宿儺か?」

 

 互いの呪力など比にならないほどの禍々しい呪力がそう遠くない場所で出現する。

 その呪力の気配へ視線を向ければ、国近が向かっていた少年院の方角から漏瑚の言った通り宿儺の呪力が感知出来た。

 

「まさかッ!」

「どうやら、向こうは向こうで上手くやっているらしい」

 

 最悪の展開が国近の脳裏を過ぎる中、漏瑚は事情を知ってるかのような口振りでその様子を思い浮かべ笑みを溢す。

 

「もしかして少年院に受胎仕込んだのって君たち?」

 

 仮にそうだとすれば国近の中で不可解だった幾つかの点が線になって結びつく。

 

「さてな。何にせよ、儂の役目はこれで終わった」

「逃げるの?」

「貴様こそ儂に構ってる余裕があるのか? ……次に相見えた時が貴様の最後だ、朽網国近」

 

 決着が付けられないのは漏瑚としても遺憾だが、如何せん先ほどから脳内に響く気色悪い声の主が撤退を促してきて鬱陶しいことこの上ないのだ。

 呪力もその大半を消費してしまったことを加味すれば、目的を達した今無理を押して国近と戦うメリットは薄い。

 それは国近自身も分かっているだろう。

 故にこそ国近は退いていく漏瑚を追うことはせず、そのまま見逃す選択を選んだ。

 

「…………取りあえず、今は虎杖くんたちの安否を確認するのが優先だ」

 

 当初の予定通り、国近は少年院へとその歩みを進めるのだった。

 



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